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22を超えていかなきゃ!

2月22日は高校時代の仲良かった友達の誕生日だったよなあと思い出した。

そのせいか、ふと22という数字がやたらに目に飛び込んできてしまう。


本棚でほこりをかぶっていた「22を超えていけ」 辻 麻里子という本が目に飛び込んできた。

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22を超えていけ

おそらく10年以上前に読んだ本だったと思う。


当時の私はあまり調子がすぐれなかった時期だったのだけど、この本からキラキラと光輝くイメージが立ち昇ってるような気がして、気分爽快になったことを思いだした。

また読んでみようかなあ。



これは辻 麻里子さんご自身の体験で、幽体離脱してアカシックレコードにアクセスした体験を綴った本だ。


本文中ではアカシックレコードという言い方はしてない。 宇宙図書館と表現してある。


この本は、私のお気に入りの1つではあるんだけど・・あまり、人にはお薦めしたことがない。

なぜって・・幽体離脱とかアカシックレコードという言葉だけで引いちゃう人も多いから(笑)

自称スピリチュアル大好きという人たちでも、アカシックレコードにまで興味を持つ人は少ないような気がする。



とはいうものの、この本は単にふわふわしたスピリチュアル本でもなければ、教訓臭い人生哲学を述べてるわけでもない。

だから私は好きなんだけど。

また数字や幾何学模様が頻繁に出てくるのが面白い。(主人公のマヤの前生が航海士、建築家、だったらしいので)



それら図形を見ているだけで、キラキラした光を感じるのだ(私だけなのかもしれないけど・・)



・・・・・・・・・・・・・・・・



日本にも多くの霊能者さん(ヒーラー、チャネラーなど、すべてのサイキック能力を持つ人を含む)は多いだろうけど・・

それでも「アカシックレコードにアクセスしてます!」と断言してる方は少ないような気がする。


マヤ(主人公の女の子)のように、直接体験して、しかも詳細に記録しているのを他には見たことがなかったので、私はひどく興味を持ったのだ。


アカシックレコード? 
もちろん、私は存在するものだと思ってます。

インディー・ジョーンズのクリスタルスカルにだって出てきたしね~(←そうゆうことじゃないだろ!)

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アカシックレコードの語源は、阿迦奢(Akasha)だそうです。

そう、サンスクリット語がもとになってる仏教で使われてる言葉です。

「虚空」「空間」というような意味だとか。


ところで・・ここで、虚空蔵菩薩っての、思い出しませんか?
   ↓
空海とシュタイナーの関連性

虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)、梵名アーカーシャガルバ(梵: आकाशगर्भ [Ākāśagarbha])
「虚空蔵」はアーカーシャガルバ(「虚空の母胎」の意)の漢訳で、虚空蔵菩薩とは広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩、という意味である(Wikiより)



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重要文化財 木造虚空蔵菩薩坐像より


空海さんは虚空蔵菩薩の恩恵を受けたんでしたよね・・。

虚空蔵求聞持法(こくうぞうくもんじほう)を百日の間に百万回唱えることによって。

つまり、空海さんは、これによってアカシックレコードへのアクセス権を得たんじゃないかな~。

それから長安に留学して戻ってきてから、多くの人々に教えを広めていこうとして仏教の新派を開いた。

仏教の教えというよりも、「大日如来と名づけた宇宙の真理」を当時の人々に伝えるために仏教を使ったといった方がいいのかも。

そう、従来の仏教とは違った、「生きるための教え」だったのだから。


・・・・・・・・・・・・・・

さて、久々のこの本を読み返してみて、あらたなことにも気がついた。


あれ? これってフィボナッチ数列じゃないか~?

0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377

*フィボナッチ数列とは「前の2つの数を加えると次の数になる」という数列のこと



これは、黄金比のことだし~。

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デザインを美しくする「黄金比」について理解しよう!(身の回りにある黄金比)

*黄金比とは、近似値1:1.618、約5:8の安定的で美しい比率とされている。



この本文中にはフィボナッチ数列だとか黄金比なんて言葉は出てこないんだけど・・。

(たぶんマヤは9歳の精神年齢設定だからか? それとも著者の辻 麻里子さんご自身が、ただ夢の話を忠実に書き取ったのみで・・このとき知らなかったのか? だとしたらすごい!ことだが・・)



もちろん、昔は私も知らなかった。

前にダ・ヴィンチコードを読んで以来、よ~くわかるようになった。

おまけに、神聖幾何学という分野についても。

そう、どうしても・・私の頭の中では、ダ・ヴィンチコードを思い出しちゃうんですよね~。



神聖幾何学といえば、この本を読んでいくうちに、フラワーオブライフというのが思い浮かんでくる。

これ、古代から世界各地に残ってるんですよ。 この文様が!
ご存知でしたか?

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エジプトの神殿にも、トルコ、キプロスにも、ダ・ヴィンチのスケッチにも残ってたし・・
      ↓
古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』


もちろん、日本にも。(狛犬が足で転がしてることが多い。)


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古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』

子供の頃、どこかの神社で見た記憶があります!
なーんで毬を転がしてるんかな~!って思っただけだったけど。

もともとは中国から来たのかもしれませんね~。

こっちは、紫禁城の狛犬さん
    ↓
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まさに、神聖幾何学の模様も、神話の世界も・・私たちのために残された多くのメッセージなのかもしれませんね。

私たちに「気づき」を与えるために。



そのほか、ちょっとばかり本文中から気になるワードを拾ってみると、

●心をゼロポイントに置く

これは何度も出てくる言葉だ。

私も過去ブログで何度か、「ニュートラルな状態におくこと」なんて表現してたけど、 まあ同じことかと。


心をゼロポイントに置かない限り、データは正確には読めない。

(波立つ感情をゼロに保てなければ他者の本を読んではいけない・・というのが本文中にも出てくる)



この本によるゼロの定義は

ゼロ次元とは、仏教でいうところの「空」・・・ただし、空というのはからっぽという意味ではない。

多くの物質に満ち溢れていて、すべてを内包する多様性に満ち溢れた次元

つまり、ゼロとはすべてを含む。 プラスとマイナスのバランスがとれた状態

自然というのは、宇宙的な鼓動(リズム)➡ ゼロポイント





私は以前、メディテーションをしようと何度もやったんだけど・・すぐ挫折しちゃってました。


「心の中を無にする」ってのが、どうやっても出来なくって!

そうか~、プラスとマイナスのバランスがとれた状態なんだ!
心穏やかな、波立っていない美しい海を想像したとたん、すっとメディテーションに入れたことがあります。

無というのを、なーんもない空っぽにすることって思ってたからなんだなあ~って(笑)



●直感とは磁気(周波数・波動)を感じる能力のこと



●振動数(周波数)をかえるだけで物質化できる

たとえば水は、個体、液体、気体に変化するように・・

そういえば、何かを物質化させちゃうことができる幽霊さんがいるのも、そーゆうことなのか~と、妙に納得。

ある知人宅に女の幽霊が頻繁に出たそうで、必ずその後に床が濡れていたそうだ。
何度掃除しても、夜になると水がこぼれてる(幽霊のあとらしい)

そこで、この人、その水をスポンジに含ませて研究所に持ち込んで、成分分析をしてもらったそうだ。(やるなあ!)

詳しい分析結果は覚えてないけど・・(アルコール分がXX%に、なんとかかんとか・・で、ってヤツね)
結果は、こんな液体は地球上には存在しないだろ! なんだかさっぱりわからん!という解答だったそうな。



たぶん、意識(念)の力で目に見える物質化だって可能ってことなんだろうなあ。



●過去も未来も変えられる。

人の意識や心の持ち方で未来を変えることもできるのはわかるんだけど・・過去も?

そうらしいです。

過去のある出来事が起こったとき、強い怒りや恨みを感じてたことであっても、今現在、暖かい気持ちで思えるようになっただけで・・過去のデータも書き換えられるんだそうだ。

(アカシックレコードというのは、出来事を書き記しているというよりも、そのときの感情(意識)の記録だという。



●今この瞬間を生きること

過去生を知ること、未来を知ることは興味本位のものであるならば、なんの意味もないもの。

それは、過去と未来の記憶を1本に束ねて今というこの瞬間をよりよく生きるためのもの



●感情を持っているものは、たいていのものを創造できる

意識が宇宙を形成している(事象も天候もあらゆるものを)
つまり、ネガティブな言葉を使ったり、ネガティブ感情を持てば・・世界も自分も、そのようになるということ



●22を超えていけとは(22は現在の地球人の限界)

「汝自身を知れ」「汝自身で在れ」

簡単に言っちゃうと・・

22を超えるということは、既成概念や思い込みを超えること。
(それには、やっぱり・・ゼロポイントにすることが基本)

それを超えない限り、至れない道。


最後に、ちらっと面白いことが書かれてたんだけど・・
   ↓
●地球人は戦闘用と労働用の奴隷としてDNA操作によって作り出された


これ、まさに、ゼカリア・シッチン説だよね~。
ゼカリア・シッチン


これは多くの人には感情的に受け入れがたい説だろうし、まず日の目を見ることはないとは思うけど、

私的には、アリかな~と思っている。



そもそも、地球人がどうやって作られたかなんて、どーでもいいことだと思ってる。

限られた寿命しか持たない不完全なものではあるけど、

とにかく今存在してるわけだし、感情豊かに美やまごころに感動することだってできるし、
進化していくことだってできるんだから。


そう思うと、たとえ奴隷としてでも、最初に作ってくれた地球外生命体には感謝したい気持ちになる。


我々地球人を作った地球外生命体だって、また同じように何者かによって作られたのかもしれないし・・

魂があるということにおいては、み~んな同じことなんだし。



ただ、最後に、もうひとつ、こんなことが述べられていた。

こういったことを気づいてしまった一部の人たち(邪な心を持つ、自我の強い人たち)は、

民衆はあえてそのことに気づかず眠っていてもらった方が、操りやすいと考えたわけです。

そして民衆もまた、あえて自分の足で立つより眠っていた方がラクだと思っているわけです。

これが惑星地球を覆う支配構造です。




なーんとなく思い当たることもあるような・・(笑)


でも、私たちは自分の足で立とうと思えば立てるわけなんだし・・当時と変わらない奴隷になってるのはやめようよ~。



それは・・既成概念や世間の正直、思い込みから、離れて「自分自身で在ること」なんだと思う。

自分自身の生き方をすることは人の為に生きること


せっかく魂の望む「やりたい事」がみつかったのに、
現状では受け入れられそうもないし、生活だって成り立たないかもしれない!

なーんて思って断念してしまうことも、既成概念だったり、

ちょっとでも世間体を考えラクな道を歩もうとするのも、奴隷精神かもしれませんね。

奴隷のままでは、不安と恐れがいつも纏りついているのかもしれませんね。


誰もがお役目を持って地球上に生まれてきている
人のために役立つ何かを。



世間に合わせてラクに生きようと思うのを捨てて、本当にお役目(自分の生きがい)に気がついたとき、
そして、勇気をもって踏み出したとき、


必ずすべてが実現するものなんだなあ、と私は思っている。

だって、自分の意識が人々の意識が、世界を作っているんだったら、そうならないはずがないもの。

踏み出したとたん、必ず後押ししてくれる。


そんなことをあらためて感じさせてくれた本だった。

老子道徳経の英語訳み~つけた!

前回のブログ、フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)にもまた、ちょっと続いて



結局のとこ、私たちが気がつかなきゃならないことって、ここに尽きるんじゃないかな~!って。

また引用するけど、ここんとこ
   ↓

肉体精神性、そして霊性・・・この3つ

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性利他的に生きる能力が生まれてくる




本来それを知るために、子供の頃から「自然のしくみ」を勉強してきたはずなんだし、そもそも「学ぶということ」教育もまた、それを知るためのものだった、はず!

でも・・多くの人は学べば学ぶほど、優秀と言われる人ほど、そこから遠い世界へ行っちゃう人が多いような気もする。


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なぜなら、頭だけで学んでるから。

当然、教育もまた、そのように教育してしまうから。



ええっと、ロックフェラー家だったか、ロスチャイルド家だったか忘れちゃったけど、

財閥一族の跡取りの教育は、

現代の社会に即してトップに君臨するにふさわしく、社会を動かす人物に育て上げる



と、聞いたことがある。


事実上、こういった世界を手中にする財閥によって、庶民教育の場である各大学(特に有名大学)が出来上がってるわけだし~、

またその下の小中高だって、それに準じたスタンスになるのは当然ちゃあ当然のわけで(笑)



ここで一番の問題は、「現代の社会に即して」ってとこかもしれない。

教育の場に限らず、ほとんどすべてが「現代のあり様に合わせて」ってなっちゃってることかもしれませんね。

この現実の中で出世して上に上り詰める

この現実の中でビジネスを成功させる

この現実の中でお金を貯める方法


そうなりゃ当然、学校教育だって、

大学や高校受験に合格するための教育
(この現実社会の中で成功者にするため)



ってことにもなっちゃうわけです。


とーーっても、限定的な世界観だよなあ~。


その結果

既成概念なんてのが出来上がっちゃって、先入観やら個人の思い込みなーんてのに縛られちゃう。

この時点でもう、人間本来が持ってるはずの「霊性」だって、ぷしゅうぅぅ~と縮んじゃう。




本来だったら、「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」のためというのが究極の目的だと思うのだけど、

限定された世界では、それすらも「現代社会に認められれる」ってことに上限設定されちゃってる。
(もちろん言葉上では「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」と唱えられていたとしても・・です。)


あらら~。

それじゃあ、理想の世界に変えていく人なんて、なかなか現れるわけないだろうなあ。

世界を牛耳る人は現れても。



そういった現代だからこそ、

牛耳る人と牛耳られる人、善悪、美醜、白か黒かの、なんでもかんでも二言論発想になっちゃって、

悪い方、醜い方を徹底弾圧するようになっちゃう世の中になっちゃうんでしょうなあ。



それはまた、自分自身の心の中にまで向けられてしまって、

マジメな人ほど、

自分の悪い部分を弾圧しようとする。
必死で悪いところを消し去ろうとする




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そりゃあ、心身を病むことになっちゃいますよ~。
なーんの解決にもならないし~。



前回、タオイズムについて書いたんで、ちょっとだけここで引用させてもらうと、

老子道徳経より第二章

原文
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。



なんだこりゃ? 模様にしかみえない。。。


そこで、

書き下し文

天下、皆美の美爲を知るも、斯悪のみ。皆善の爲たるを知るも、これ不善のみ。

故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、

音声相和わし、前後相したがう。

是を以って聖人は、為す事無きに処り、不言の教を行なう。

万物焉に作るも辞せず、生ずるも有せず、為すも恃まず、功成なるも居らず。

夫唯だ居らず、是を以って去らず。



うーーん、わかったようなわからんような(←結局わかっとらんのだ!)



それでみつけた、英語訳
    ↓

People through finding something beautiful
Think something else unbeautiful,
Through finding one man fit
Judge another unfit.
Life and death, though stemming from each other, seem to conflict as stages of change,
Difficult and easy as phases of achievement,
Long and short as measures of contrast,
High and low as degrees of relation;
But, since the varying of tones gives music to a voice
And what is the was of what shall be,
The sanest man
Sets up no deed,
Lays down no law,
Takes everything that happens as it comes,
As something to animate, not to appropriate,
To earn, not to own,
To accept naturally without self-importance:
If you never assume importance
You never lose it.

https://terebess.hu/english/tao/bynner.html#Kap02



こちらの英語訳は、Lin Yutang(1895 – 1976)さん(中国語作家、翻訳者、言語学者、哲学者および発明家でもあった)による1948年の訳

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https://en.wikipedia.org/wiki/Lin_Yutang

上海のセントジョン大学で博士号を受けたあと、アメリカのハーバード大学に奨学金を受けて学んだ人。
もともとはキリスト教から出発し、道教と仏教へ、そしてその後、再びキリスト教へと進んでいった人。




すごくきれいな言葉で、しかもわかりやすい。

こちらに訳してみた。(←拙い訳で申し訳ないっす。間違いもあるかもしれないけど・・)
    ↓

人々が美しいものを美しいと認識するとき、そこには醜さ(を認識すること)が生じてくる

人々が善なるものを全だと認識するとき、そこには悪(を認識すること)が生じてくる

生と死、これもまた互いから生じたもの、相反するステージの違いから生じただけに過ぎない

難しい易いは、達成したときの側面であり

長短は対比として測ったものに過ぎず
高低は相対する位置だけのものである。

しかしながら、トーンの違いは、声となり音楽となる。
生じたものから、また新たに生じるものへとなる

そこで聖人は
あるがままに扱い、起こるがままにまかせる
活気づかせたり、積極的に働きかけたり、何かを得ようともしない
なにもかも自然に受け止める(受け入れる) 決して自身の自意識を入れることはない。

自意識を持たなければ何も失うものもない



The sanest manをどう訳せばいいんかい?と思ったんだけど、原文では「聖人」だ。 なので、私も”聖人”って訳したんだけど・・
でも、聖人だったら英訳だったら、フツーは"Saint"だろうし。
でも、Lin Yutangさんが、あえてThe sanest manにしたってことは、「賢者、物事を道理を真に知る者」という意味で使ったのかもしれませんね。



拙い訳で申し訳ないんですけど、

物事の価値は相対的なものから生じるに過ぎないってことを言ってるってことはおわかり頂けたかと。

はじめ、日本語の読み下し文を読んだとき、私は、ちーっともピンとこなかったのだ。(←ただのおバカちゃんなのだが。)

美醜も善悪も同じこと?え? 同じのわけないだろーが!って思った。



これ読んであと、ふと、思ったのだが、般若心経(これもハートスートラの英語バージョンから理解した私だったが)も、非常に似てませんか?

ハート・スートラと般若心経と空(くう)

すべてが無、空と言い切ってるし。



さらに、岡野玲子さんの陰陽師を思い出しちゃって・・

その中で晴明さんが、友人の源博雅に、名と呪の関係を語るシーンが出てくるんだけど
(博雅には、またその話かい!と引かれてるのだが)

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呪とは名ではないかと
ふと思ってな・・・


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山とか 海とか 樹とか 草とか
そういう名も呪のひとつだ
呪とはようするに
ものを縛ることよ
ものの根本的な
在様(ありよう)を縛るというのは
名だぞ



これは、名と呪 KAZZ BLOGさんより、引用させて頂きました。


こちらの文中にも

つまり、親が子供に「名前」を授けるように「モノ」に対して「名」をつけるというのは、「存在」を内的に概念規定する力を持つことである。無数にある世界の「実体」に対して、いかに「名」をつけるか。「名」によってそこに世界の一部が認識されることになれば、それは言葉という抽象化された記号によって「実体」を手中にすることになる。森羅万象に「名」をつけることによって人はそれを認識し、そして世界の構造を掌握して行こうという努力をするのである。
(山口 謠司「日本語の奇跡 <アイウエオ>と<いろは>の発明」より)
----------------

つまりこれが、陰陽師で言う「呪(しゅ)」であって、対象やあるいは自己(自己の思考)さえも固定する(固定してしまう)という「名」の力なのだと思う。




このように書かれていましたが、これもまた、根源は同じことを言ってるのではないだろうか?



私たちは、実に限定された世界に住んでるってことだよね~。

そりゃ、我々の脳だって限定された考え方になっちゃうわけだ~。


しかも霊性が使えなくなっちゃった脳は、

「世の中の善悪判断」しか出来なくなっちゃって、悪とジャッジしたものはバッサリってなるわけだね~。




でもまたここで、Lin Yutangさんの老子道徳経より第二章や、般若心経を思い出して頂くと、

すべては相関関係で中で生ずるだけのものであり、実体の無い空、



ならば、一方を排除することじゃなくって、

在るものは在るものとしてそのまま認識して、自分で次のステップに進めばいいだけなんじゃないかなあ?
(それはつまり1つに統合することになる。 決して無理やり葬り去るとか切り捨てることではなく・・)



それがまた、フルフォード博士のいう、

自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

なんじゃないかな~って思ったのだ。



もちろん、自分のパーソナリティーの問題に限らず、なにげ~に言う言葉・・

「あの子、美人だよね!」って言ったりする。

つーことは、美人と不美人の差をそこでつけたことになる(美人じゃない人もそこで生じるってことだもん)
あ、別にこれが良いとか悪いってことじゃないし、言ったらいけない!なーんてことじゃあないから。


でも美醜なんて、自分の頭の中で作られた幻影かもしれないし、

たとえ多くの人が美人と認めたとしても、その見た目はいずれは崩れるのかもしれないし、
また不美人の中に、ものすごい美人になる要素だって含まれているのかもしれない。

そういった理解&認識を持つことが必要なんじゃないだろうか?


またもこの図をアップしちゃうけど・・まあ、こうゆうことだよね。
     ↓
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こういったことは、

学校教育の中で学び過ぎてお利巧さんになっちゃった人には、なかなか理解&認識が出来なくなっちゃうのかもなあ・・
と、思ったのだ。



しかし、中には、学校教育やら時代の枠(限定されること)を超えて、自力で学んでいった人たちだっている。

これはみんな私の好きな人たちで、過去ブログにも登場してる人たちだったと思う。
     ↓

●空海・・平安時代初期の僧。 弘法大師で知られる真言宗の開祖

●ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)バルカン半島のクラリェヴェク生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者

●アッシジのフランチェスコ(Francesco d'Assisi)フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士

●ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)アメリカの神話学者

●二ールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)デンマークの理論物理学者、量子論の育ての親として有名

●ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose,)イギリスの数学者、宇宙物理学・理論物理学者

●二コラ・ステラ(Nikola Tesla)セルビアの発明家である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなど多数の発明や、「世界システム」なる全地球的送電システム

●アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)イギリスの博物学者、生物学者、探検家、人類学者、地理学者。




少なくとも彼らは、既成概念や時代の限定に縛られることなく追及していった結果が業績となったのだろう。



それにしても・・なぜか見事に男ばっかりだよなあ~



ずっと前に、岡野玲子さんが「イナンナ」を出版したときだったかに言ってた事だが・・

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彼女はベリーダンスを習い始めたとき、こんなことがわかったという。

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「女性ベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。

陰陽師とか神祇官といった男性たちは、潔斎してお供えして星の名前を1つ1つ読み上げたりするような面倒な儀式を通して、
やっと同じことができるのに」



そうなのだ。

なんの教養も無く文字すら書けないようなド田舎のおばあちゃんが、強い霊性を持ち、

生まれながらにして、宇宙の真理を感じ取っちゃってるってことだってある。


どんなに教養を積んで社会に適合し言葉を巧みに操れる人だって、ぜーんぜん、その足元にも及ばない。


うーーむ。

ひょっとして昔は女性の方が生まれ持った「霊性」が、男よりも強かった?

琉球王国でシャーマンの地位にあったのは、ノロと呼ばれる女ばっかりだったことを考えても。

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沖縄大辞典より


なんでだ?

昔は、

男は学問を叩き込まれることが多かったため、無理やり頭を使わされて霊性が退化しちゃうことが多かった?

女は学問を叩き込まれない分、自由に自然の空気を感じ取っていたから?



まあ、どうであれ・・・現代は男も女も大差なくなってしまった時代、

あまり頭だけを使い過ぎないように。


そ~だ!

みんなでバカになればいいんだ!
(←そういうことじゃないと思うが)

「奇跡」は人の意識が起こす

プロ野球ファンの方に聞いたんだけど・・

もう2012年に引退してしまったのだが、北川博敏選手は、「奇跡を呼び込む男」だったという。

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代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン!

それはすごい!

もう何年も前の話なんだけど、野球ファンにはいまだに語り継がれているという。



アニメやドラマ、映画なんかでは、いつでも奇跡が起こる(笑)


野球ドラマといえば、私が数年前にハマッのはこれだった。
    ↓
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多くの人は「奇跡」はアニメ・ドラマ・映画で起こるけど、現実にはめったに無いと思っているのかもしれない。

だからこそ、そういったものを見ることで感動する。



でも、実際に奇跡は現実でもいっぱい起こってるような気がする。

北川選手だけじゃなくって、誰にでも奇跡を起こすことは出来るんじゃないかな?とも思っている。


奇跡とは絶対起こりえないようなラッキーが起こることだよね?

常識では起こりえない確率ゼロに近いことが現実に起こること、ともいえる。


私は一時、メーデー!:航空機事故の真実と真相というナショナル・ジオグラフィックチャンネルで放送されたものにハマってしまったことがあった。

それをこちらのブログでもアップしたことがあったのだけど、

絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

すべてのエンジンが停止してしまったり、油圧を失なってしまってコントロールも効かないような状況下で、
全員無事(または軽症者のみ)で、死者が一人も出なかったというケースがいくつもあることを知った。

まさに「奇跡」だ。


こちらはハドソン川の奇跡の実際映像から
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そのとき、すべての奇跡ケースに共通しているものがあることに気がついた。


コックピットのクルーは絶体絶命であることを知っている、にもかかわらず・・

●機長をはじめ、コックピットのクルーが冷静。

●コックピットのクルーたちが、それぞれの持ち場を担当しムダがなく働いている

●しかも・・ツーカーのチームワーク

チームワークというのは上下関係がない。
超ベテランの機長に対しても、目下の者たちが即座に注意を促したりするし、機長も不安材料があれば即座にクルーに確認する。

●諦めない。
ダメかも・・なんて言葉は一切使ってない。
ひょっとしたら、心の中では死を覚悟してるのかもしれないけど、最後の瞬間までベストを尽くそうとしてる


これらはボイスレコーダーで確認できたことなので、もちろんドラマ仕立ての作り物ではない(笑)


私はこれを見終わってから、

こういったクルーの意識が奇跡を起こしたに違いないと思ったのだ。


何人もの人々が意識を1つにすれば、何百人の命さえ救う奇跡を呼び込むことが出来るんだ~。



他にも「奇跡」と呼べるニュースをアップしたことがある。


★社員たちの生活が苦しいことを知って、自分の給料を大幅に削って社員たちの給料を大幅にアップした社長の話
その結果、社員たちは感激して「仕事のモチベーション」がぐんと上がり売り上げが倍。

また、社員全員でお金を出し合って社長の欲しがっていた高級車をプレゼント。
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


★スーパーマーケットチェーンの社長を救うため、社員一同、住民一同が一致団結して住民運動にまでしてしまった話。
マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるもの



まだまだ、こういったニュースは頻繁にある。

●難病を抱えた上貧しい生活をしているクラスメイトに、なんとか手術を受けさせようと、クラスメイトが寄付を集めた話。
あっという間に、学校中や地域住民から、手術費以上の寄付金が集まってしまった。

●SNSを使って、虐待された子供やペットの話を載せると、これまたびっくりするような寄付が集まってしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

比較的最近の話だったけど、

奇跡体験!!アンビリバボーというTV番組をみて知った話がある。

これってバラエティー番組なんだけど・・日本ではこういったニュースはバラエティー番組でしか紹介しないんだろうか?


その動画サイトがみつからなくなっちゃったんだけど、こちらがあらすじ
      ↓

貧しい黒人青年の車が突然故障してしまって、明日の引っ越し手伝いのバイトに行かれなくなってしまったそうだ。

急なことなので車で送ってくれる友人もみつからない。

そこで彼は歩いていくことを決心するんだけど・・歩くたって、朝到着するためには危険な夜道を6-7時間は歩きとおさなければならない。(アメリカは危険な獣もいるし強盗も多い)

しかし、この男はそれを実行するのだ。

とぼとぼ歩いていると、そこに遭遇したポリスカー。 事情を聞いたポリスたちは彼の話に感動してしまい、食事をご馳走した上、車で送ってあげる。

バイト先では雇い主が、危険を顧みず歩いてまで来ようとした彼に感動して、それをWEB上にアップする。

それを見た、引っ越し業界の社長が感動して彼に車をプレゼント、さらに大学の奨学金まで集まってしまうという話。




見方によっては・・・

危険な夜道を何時間も歩いて引っ越しバイトにいくなんて・・バッカじゃないの~!

たどり着けたってフラフラで仕事出来んだろ?

フツウだったら、事情を話してキャンセルするだろ!


と思うはず。 

私もそう思ったし、実際、私だったらそうする!


しかし、この男は違った!

それが多くの人を感動させてしまう。

アメリカ人って、単純バカなのかもしれないけど・・こういった話にすぐに感動しちゃう傾向がある(笑)

助けてあげたり寄付をしたくなっちゃうのだ。


その結果、この青年に奇跡が起きる。

オンボロ車に乗っていて、お金が無くて大学にも行けなかった青年に起こった奇跡だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは心温まるような奇跡の話とは違うんだけど・・


パリを中心に起こった黄色いベスト運動のことはご存じだろうか?

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あまり日本では大々的には報道されてないとも聞くが・・クリスマス前のパリの街ではほとんどの店がシャッターをおろしてしまい、
ものすごい有様だったらしい。


この事件の発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。

フランスはエコロジー政策をとっているので空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせることが目的と、
また増税目的もあったのかもしれない。


これに庶民が大反発をしたのだ。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかりだ。


ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだ。

結果的に、マクロン大統領は、最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案を提示することになったという。


パリ在住の人に聞いたけど、そりゃもうひどい状態だったという。

テロさながらの光景が展開されてたそうだ。


もちろん純粋にデモや運動を起こそうとする人たちだけでなく、そこには強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たち、テロリストだって混じっていたことだろう。


それでも多くの庶民が大反対をしたことは確かなことだし、そもそも最低賃金が15万円程度じゃ食べていくのもギリギリのはずだ。


ここで・・ふと思ったのだ。

もしも安倍総理が、日本で同じことをしたとして・・率先して運動を起こす人はいるのだろうか?

多くの人から賛同を得て運動が広まっていくのだろうか?



現在の日本の最低賃金を知らないので、ちょっと調べてみた。

最低賃金を値上げすべき「本当の理由」

これによると・・

現在の最低賃金は、もっとも高い東京都で958円。全国平均は848円となっている。


私はこの事実に愕然としてしまった。。。

LAだって2018年は11ドルだよ。 来年はもっと上がるはずだし・・


東京って、ロサンゼルスやパリと比べて家賃も安く物価も安かったっけ?

昔住んでいた頃を思い出してみても、決してそんなはずはない気がするのだが・・。



それで、どうして日本では大規模な運動が起きないのか?不思議な気がしてならないのだ。



もちろん暴動、破壊、流血騒ぎを弁護する気はさらさらないけど・・

結局のところ、今の日本では、マクロン大統領のような妥協案にこぎつけるどころか、

不平不満を言いながらも国民は政府のなすがままに黙認してしまうような気がしてならない。


おそらく日本では

「最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案」なんてことは、

天から降って湧いた奇跡にしか思えないのかもしれない。

「奇跡なんて起こるわけない」と思ってる人が多いのかもしれない。



小さなことにも感動して運動を起こす、寄付をするとか

または一致団結して成就させるとか・・


それはアメリカにも多くある出来事だ。


「奇跡」はそのようにして、人々の意識が起こすことだと思っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

奇跡体験は私にもいくつかある。

絶体絶命のとき思いがけずに救われたことが何度かあるし、数年前には車をプレゼントされるという経験もあった。


そう、新車をぽーんと!


ちょっとばかしお金持ちのボーイフレンドでもいれば、それほど驚くことでもないんだろうし・・

下心満載の男が女にプレゼントするなんてのも、まあよく聞く話。

それに、歌舞伎町あたりのナンバーワン・ホストだったら、そんなことは日常茶飯事だろう。


でも、まったく赤の他人から、ぽーんと!数百万もするプレゼントなんて、私にとっては奇跡としかいいようがない(笑)


当時の私の悩みの種は車だった。

かなりマイル数がいってる古い車でもなかったのに、頻繁に故障するので修理し続けて乗り続けていた。

働らけど働けど・・修理代で飛んでいく~。

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新車に買い替える余裕はないし、かといって似たような中古車を買ったところで、それがまた故障続きともなれば、もっと後悔することにもなる。

10万マイル以上の古い車でさえ、故障ひとつしない車だってあるのに・・なんで私の車に限って?

でもねえ・・
悩んだところで仕方ない!

ま、起こることは仕方ない!(←諦めて笑うっきゃない!の境地だった)



その頃、アルバイトで90歳になる老人にピアノを教えに行ってた。
彼は日系アメリカ人だ。


その老人が、

「そんな故障だらけの車はやめて新車を買いなさいよ。 
いちいち車の故障でレッスンを延期されるのは僕もたまったもんじゃないし・・キミの顔を見られないのは残念だからなあ。」
と笑って言う。


私にはお金が無いんだよ~!と言うと、

「なーんだ、そんなことなら僕が払うから好きなの買ってらっしゃい!」と言う。


「おいおい! ハンバーガーをおごってくれるのとはわけが違うんだよ! もうろくしてもらっては困るよ。」と私。


「なに、ハンバーガーも車も似たようなもんじゃ。 それ、善は急げだ!さっさと行って好きなのを決めてきなさい。
決まったら、すぐに小切手を書くから。」


年寄りは気が短くっていけない。


私は断固として断った。

私とその老人の関係は、ピアノ教師と生徒というビジネス関係しかない。

それも数か月前からの知人でしかない。

どんなに私が瀕していようとも、数百万もするような車をぽーんと買ってもらう謂れはないのだから、どうにも気分的にすっきりしない。


さらに彼の家には、何人も日本人のお手伝いさんやら、デイ・ケアの人たちが出入りしている。

彼の小切手帳を管理しているお手伝いさんがいるわけだから絶対気づかれないわけがない。
彼女たちの目を恐れたのも理由のひとつ。

そんなことで後ろ指をさされたくないからね~。


しかし、老人は言い出したらきかない。

「なんで、見も知らない私のために、そこまでしてくれようとするの?」と私。

「それはキミが車を買えないで困ってるからだし、僕には車を買うだけの余裕があるからだよ。」


「ああ、もう! そうゆうことじゃなくって~。」
と私。

「そうだなあ・・・僕は若い頃、エルビス・プレスリーが好きでね。
エルビスは後年似たような事を多くしてるんだよ。 僕もそれにあやかりたくなったのかな。 えへへ。」


えへへ・・じゃないだろーが!


「億万長者でもないくせに~。 それはムダ使いだよ。」

「いや、好きな新車に乗れば、キミは安心だし嬉しいって思うだろ?
それを見た僕だって嬉しいもんだよ。
ささやかな老人の幸せを、キミは踏みにじるのかい?」



え? なんで、そうなる? 


その晩、じっくり考えた。

プレゼントされるなんて、こんな嬉しいことは無いのに・・私が嫌がる理由はなんだろう?と自問自答してみた。

そのうち見えてきた。


私の心の底にあるものは・・

おかしな常識とやらに縛られていること。

人目を気にしてること。

思いがけないラッキーに飛びついたら、あとで悪いことが起こるんじゃないかという不安。

なんでも自力でやらなきゃ、ダメだ!というプライド。




どうして素直に喜んで、感謝いっぱいの気持ちになれないんだろう?


そう思ったとき、

人の好意を喜んで受けられない自分、はねつけようとしている自分が醜いように思えてきた。



同時に、昔見た映画を思い出していた。

Pay It Forwardという映画だった。

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ペイ・フォワード 可能の王国


翌日、私は老人に電話して「喜んで車買ってもらうね!」と明るい声でいった。


そして小切手をもらい車を買いに行った。

まるで、ハンバーガーでも買うようにお持ち帰りした。



その後日談だけど、やはり厄介ごとも起こった(笑)

私が新車を買ってもらったことを知ったらしく、日本人のお手伝いさんやデイ・ケアの人たちが露骨に豹変したのだ。

日本人グループは怖いっす!

アメリカ人もいたんだけど、彼らはいつもと変わらない対応をしてくれる。 

これもアメリカ人は個人主義だから? 人のことはどーでもいいじゃん!と思ってるからかも?




まあ、そのくらいのことは予期してたことだけど、


なんと・・

日本人グループの何人かが集まってポリスレポートまで提出したそうだ。(つまり、警察へ訴えを起こしたってこと)


容疑は「私が老人を騙して新車を無理やり買わせた」ということになってたらしい(笑)


その後、老人から電話があり、

「心配いらないよ! 僕の意思でしたことなんだから、警察に事情を話して取り下げて置いたからね。
まあ、彼女たちのことはほっときなさい。 ジェラシーが起こしたことなんだから。」
と、笑っていた。

彼女たちを解雇しなかったという。


大物だなあ。


むろん、私もちーーとも気にしてない。

私は車以上の、Pay it forwardという、大きなプレゼントを彼からもらったのだから。


その数か月後老人は亡くなった。


私はちょうど本を読んでいたのだが(またも、池波正太郎さんの時代小説

その小説の一節に、

ある男が人から親切を受けて、感謝のあまりワンワン泣き出すシーンがある。

周囲の人は驚くやら可笑しいやら・・・
「あれまあ、大のオトナがあんなに大泣きするなんて。」

たとえ嬉し涙であったとしても、人前を憚らることなく感情を放出してしまうのは、大人としてあるまじきこと、恥ずべきことだったのだろう。・・・まして武士ならば。

しかし、別の男が言う。

「それ、よく見よ! これこそが本物なんだよ。 こうゆうとき、大泣きできる男かどうかで人柄が出るものだ。」と。


このとき、この小説のこのシーンが、まるで私のために語られたような気がした。



私は今でも、すっごく大きなプレゼントをもらったと思っている。

まさに「奇跡とよべるプレゼント」を!



そして、奇跡は誰にでもどこにでもあるものだと思うようになった。

人の意識は「奇跡」も作り出してしまう。

そこには確率計算なんて及びもしないものだ。

年をとって丸くなる(メロウになる)

「マーロウさんは、昔と違ってずいぶん丸くなったなあ。」と、会社の同僚が言った。

私はその会社に昔からいるわけではないので、昔のマーロウさんは知らないのだけど、

「怒った顔を見ることも愚痴を聞くこともなく仕事は有能で親切な人」というのが、マーロンさんの印象だ。



学生アルバイトが仕事で大失敗をやらかしてしまったときも・・

「やっちゃったことは嘆いても仕方ないんだから、今はまず、どのようにそれをフォローアップするかだよ。」

と言って、彼が実際にやりながら解決方法を教えてあげていた。


「なかなか大変なもんだろ? だから、とくにこの部分は注意深くやらなきゃならないんだよ。
二度手間になるのは非効率的だしね~。 めんどくさいもんね。」
と、にこやかに教えてあげている姿を見たことがある。


学生アルバイトは、それからすっかりマーロウさんファンになってしまい、

「彼のおかげですごく勉強になったよ。 こういった問題解決の方法も学べたし、どこを気をつけるべきかもわかったんだから!
彼は素晴らしい人だね。」


と私に言ったものだ。


しかし古くから知ってる同僚によると・・

「とーんでもない! 
マーロウは完璧主義で自分の仕事はきっちりやるけど、部下がミスすると手厳しかったんだぜ。
露骨に不愉快な顔をしてビシビシ文句を言ってたもんだ!

オマエがミスしたんだから自分でなんとかしろ!それはオマエの責任なんだからな! 俺はノータッチだ。
って怒りまくってたのを何度も聞いたぜ。

それがどうだい! 年と共に、ずいぶん丸くなったなあ。 人って変わるもんだね~。」



ひええ。 そりゃ、知らなんだ~!



ちなみに、これは英語で話してるので、「丸くなった」というのは、私がここで日本語にして書いただけだ。


英語だと、実際にはこう言っていた。

He got mellow in his old age.


そう、メロウという言葉を使う。


メロウというのは、日本語にもなっているので知ってる人も多いだろう。

メロウな旋律とか、音とか、雰囲気とか。

また、英語では、熟成された美味しいワインに使われる表現でもある。

こんなふうに。

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「年を経て熟成されることで、まろやかな口当たり、芳醇な香り、そして深みのある味わい」に変わっていくワイン

人もまた年を取ることで深みを増して、そんな味わいに変わっていくのだろう。



私はアメリカに来て年を取るうちに、

こういった日本語と英語の言葉の感覚にだんだん敏感になった気がする。


日本の美しい表現に今さらながら気がついたり、逆に英語の美しい表現もあって・・

どっちも素晴らしいなあ!と、しみじみ思ってしまうのだ。




日本語の「丸くなる」という感覚。

ネコはこたつで丸くなり

人の性格も丸くなる

日本的な感覚が「丸くなる」
それは視覚的なイメージなんだね~。
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英語の感覚「メロウ」は、ワインのように熟成されて柔らかで深みのある口当たりかあ。
ということは、味覚からくるイメージなんだね~。

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面白いなあ~!


今さらながら、こんな面白い違いをしみじみと感じてしまったんだけど・・・

そもそもMellowなんて単語や言い回しは昔から知ってたはずだ。


日本で英語を学んだ頃から知ってたのに、こんなイメージの違いに気づきもしなかった。

またその当時、誰かにこのイメージの違いを教えてもらったところで、

だからなに?だっただろうし、若い頃の私は気にも留めなかったことだろう。



それが、この年になると、日本語や英語の言葉の違いに妙に敏感になり、

それぞれの言葉のイメージが鮮烈に広がっていって、そんな些細なことに気がついたり、

わおお!と、感動すら覚えるようになる。

言葉ってすごいなあ!と思う。


いやはや、まさに私も、メロウだか、丸くなったんだか(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「年をとると丸くなる」というのは、日本だけで言われることかと思ったら、なんと英語でもある。

英語で、「なぜ人は年をとると丸くなるのか?」と、ググってみると、いくつも出てくる。(もちろん、become mellow with ageでググってね。)


たぶん、万国一緒!


また、日本の昔の時代小説を読んでいても・・
「年を取ってまるくなったようじゃの!」とか、「年よりは涙もろくなっていかん!」とか。

そういった表現が多く出てくるところをみれば、

たぶん、時代も関係なく一緒!

ということらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どこの国の人も昔の時代でも・・

きっと、人は年をとると丸くなっていくものなのだろう。



ところが、どうも最近は違う話も聞く。

「とんでもない! ウチの両親は年を取ったらひどくキレやすくなって、毎日のように文句を言うし、頻繁に役所にだってクレームの電話をしてます」

とか、

「ウチの父は、年を取ったら、すごく我儘で頑固な人間になりました。 しょっちゅうイライラしてます。」

こういった事を言ってる人たちも多い。


うーーむ。

そういえば昔だって・・

「年を取って頑固になる」ってことも聞いたことがあったなあ、と思い出す。


それにしてもだ!

最近は「年をとって頑固で意地悪くなる」ような人たちが、ものすごく増えてきてるような気がする。。。



さらに・・こんなことをいうご年配の方もいた。

「ワシは、年をとって丸くなったりなんか絶対するもんか! 年をとったからって、言いたい事がはっきり言えなくなってどーする!
そんな年寄りは、年をとって事なかれ主義になっちまった腰抜け野郎だ!」



うん、そりゃそうだ!(笑)

でも、 こ、これは、ちと「丸くなる」の意味が違うんじゃないかと。


たぶん、角が取れて「丸くなる」という意味を、「事なかれ主義とか」「見て見ぬフリをしちゃう」とか、
そっちの方に捉えてしまってるんじゃないかなあ。
(だから日本語は言葉は難しいともいえるんだけどね~)


ここは、また英語のメロウを持ち出すことにして、

「年齢とともに熟成されて、深みを増して柔らかくなる」ということが、「丸くなる」ということではないだろうか?


マーロウさんのように、若い頃は人のミスをみつけて怒り、叱り飛ばしてたのに、

今では、怒りよりも冷静になれるようになって、しかも相手にちゃんと理解させることが出来るようになった・・ということではないだろうか?
 
もちろん、若いときのマーロウさんだって「善悪」からすれば、何一つ悪いところはない。 まさに正論なのだ。

しかし、それでは・・相手を責めて落ち込ませるだけで終わってしまう。

それが今では、言葉の一つ一つが相手の心にちゃーんと浸透していくようになり、
「相手にも理解させられるようになった」ということではないだろうか?

それこそが「丸くなった」=「メロウになった」ことだと思うのだ。


これはオフィスで働く人だったらよーくわかると思うけど・・なかなか大変なことなのだよ。

自分の仕事だけで手一杯な状況で、少しでも自分の仕事を減らしたい!人から押し付けられたくない!と思ってる人が多い状況で、
それを、業務命令でもないのに、自分の時間を割いてまで教えてあげることがいかに大変か!

仕事なんて、無知な人に教えるよりも、さっさと自分が処理してしまった方がずーーと早く片付くのだから。




本来の意味、「丸くなる」とは、そういう意味なんじゃないかな?


なので、本当は心の中で怒っていても笑顔でカモフラージュできるようになるとか・・、

どうせそんなもんさ~と、なんでも諦めてしまうようになるとか・・

そういった事とは「根本的に」違うと思う。




面白いことに、年をとった人々を見ると大きく2つに分かれてる。

丸くなる人 Vs. 頑固で怒りっぽくなる人



ここでちょっと考えてみる。
「頑固で怒りっぽい性格になる」のは、年のせいなんだろうか?

NO だ。

私にはそうは思えない。

頑固で怒りっぽい性格の人は若い頃から(多分、子供の頃から?)ずっとそのままだったんじゃないだろうか?


それが年を取ることで、体が思うように動かないとか、先行きの心配だとか・・そういった諸々のストレスが蓄積してきて、

頑固で怒りっぽい内面を外に出すようになってしまっただけかと。



つまり、言い方が悪くて申し訳ないけど・・

ちっとも成長していない人ではないかと、私には思えてしまう。



逆に、「丸くなった人」というのは、さまざまな過去の経験から学び認識し、自分で変えていった人たちではないだろうか。



とかく若いうち、とくに子供のうちは感情に支配されやすい。

ほとんどの子供は自分の感情主体で生きてるだけの「エゴイスト」だ。




私の知人から、こんな話を聞いたことがある。

彼女は子供の頃はひどい医者嫌いだったという。

シングルファザーの父親と二人暮らしだった彼女は、甘えっ子だったのかもしれない。

医者に連れていかれる時は、泣いて怒ってそりゃもう大変だったとか。

しかし、あることをきっかけに、或る日突然気がついたという。


「私の父は、すごく忙しい人なのに、わざわざ仕事を休んでまで私を医者に連れて行ってくれてる。
それだけ私の事を心配してくれているんだし、私をすごく大事に思っていてくれてるんだ!」と。

それまでは、父親のしてくれる事すべてが、父親なんだから、そんなこと当たり前!としか思ってなかったのに、

そのときから、彼女は自分のことだけでなく、初めて父の思いを知り、また他人の気持ちを理解するようになっていったという。



エゴイストのおチビちゃんたちも、こうやって少しづつ、世の中の理を知り人々の心を知ることで成長していく(丸くなっていく)ということなんだね~。


大人になってからもまた、私たちははじめに感情ありき!で・・・怒ったり、泣いたり、嘆いたりしながら・・ひとつひとつ内観しながら、成長していくのだろう。


@そうなのだ@

成長できるかどうかのポイントは、内観できるかどうかにある気がする。


「内観すること」、これを「自己分析」とも置き換えていいかもしれない。


なぜ、私はイライラしてるんだろ?
なぜ、私は怒ってるんだろ?


自分を深くみつめてみれば、必ずそこに答えはみつかる。


ところが、成長しないタイプは深くみつめない(笑)

浅いところで、自分の都合の良い答えばかりを見つけ出そうとするか、または、開き直ってしまって、考えることを放棄してしまう(笑)

だって、私が悪いんじゃないもん。 XXがXXだしXXが悪いんだから私は怒ってる。 
だから私は怒っても悪くないんだよ~と(笑)




こうやってみると、

内観できない人の特徴として、必ず「善悪」を隠れ蓑にしてしまう傾向がある気がする。



かくゆう私も、子供の頃&若い頃は実にひどいものだった。 白状するけど(笑)


まず、ものすごい気分屋だったし、

その上悪いことに・・周囲の大人たちから、「弁が立つ子」 「口先ではかなわない」と言われていた。

「この子には口先では大人だってかなわないよ」なんて言われることで、本人も得意にもなってたようだ。

まったくもう、恥ずかしい限りだ。


思春期から青年期になると、そりゃ私にも恋人が出来るようになるんだけど、優しい女の子でいられるのは始めだけ。


親しい人になればなるほど、相手の悪いところや弱点に我慢できなくなってしまい、すぐにビシビシとキツイ言葉を投げかけるようになってしまう。


むしろ、「だって~、私、あなたのそうゆうとこイヤ! 嫌なものはイヤ~!」な~んて言いながら泣いちゃうくらいの女の子ならば、それはそれで可愛げがあったのかもしれないけど・・


私の場合は違った。 

水も漏らさぬような論理展開で相手をやり込める。
それも、クールに顔色ひとつ変えずに。


これじゃあ、まるで、血も涙もない悪徳弁護士だ! 

(あ~、思い出すだけで赤面ものだ~!)


そんなわけだから、どんどん恋人をつくり、どんどん去っていった。(回転が早いレストランかい!)



それでも愚かな私は思っていた。

「ふん、あんな男こっちから願い下げだ! 自分が正しいなら、ちゃんと私に反論すべきだろーが。
それも出来ないようなのは私の相手じゃないわい。 私を言い負かすくらいの男じゃなきゃね~!」
と。

あああ・・穴があったら入りたい~!!



私は、丸いどころか、体全体がギザギザの刃物のようだった。 丸いのは顔だけだった。(なぜか性格に反して丸顔だった)


動物に例えるとこんなもんかに?
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そんな私でも、さまざまな経験をするうちに徐々に変わっていくことになる。

ひょっとして、私の言葉で多くの人たちを傷つけていたのではないだろうか?と遅ればせながら気づいていくことにもなる。



それから何年も経って、その頃には、かなり「悪徳弁護士癖」が抜けてきたのだが・・・

当時のボーイフレンドに、なぜか私の悪い癖がまたも炸裂してしまった。


またもやっちまったのだ。 悪徳弁護士スピーチを!


さあ、反論できるものならしてみろ!と言わんばかりのドヤ顔の私に、彼が、ひとこと言った。

「反論する気は何もないんだけど・・ただ、僕は、今のようなキミの心がキライだ!」


がーん! 効いたぜ! そのひとこと!


で、やっぱり・・それから間もなくして別れた。



そこでまたも、私は内観してみた。

なぜ、彼のことを責めるようなことを言ってしまったんだろう?


そこに見えたものは、


「私は彼によく思われたい。 バカな女とは思われたくない。 彼と別れるのが怖い。」

そこに見たものは・・いかにも、恋する乙女心だ(笑)

しかも、恋する乙女は、なんと身勝手なものだろう。 

「自分が愛されたいだけ!愛の名のもとにエゴを押し通したいだけだろ!」ということにも気がついた。

恋人に対していつも、偉そうで賢そうに振る舞う裏側にあったのは、「心の弱さ」・・・ということにも気がついた。

こんな私、まっぴらごめんだ~!と、つくづく思った。


ヒトってものは、本当に気づいてしまったことは二度と繰り返さなくなるものなんだね~。

それ以来、私の悪徳弁護士癖は完全廃業となった。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなふうにして、人は学びながら丸くなると思うのだ。 (←自分の経験から)

私が学んだこと

怒ることや泣いたり・・感情的になることでは物事が解決しないことを学ぶ。

すべてを善悪で押し切ろうとするのは、実に幼稚なことだと学ぶ。

多くの場合、ネガティブ感情の発露は、自分自身の中に、なんらかの原因があることを学ぶ。
その多くは、エゴか弱さが潜んでいる。

内観することで、エゴも、漠然とした不安も恐怖も、だんだん少なくなってくる。
人事を尽くして天命を受け入れる境地になっていく。

さらに、相手に伝えるための効果的な方法も熟練していくようになる。
たぶん、それは、相手の心理状態も理解することから始まるような気がする。




私も少しずつ少しずつ、マーロウさんに近づいていってる気がしてる。

まだまだ熟練度は低いんだけど。



それと同時に、年とともに、すごく感動することが多くなったとも思う。


「年よりは涙もろくなる」ってのは、感受性が豊かになりつつあるのかもしれない。

体がきかなくなってくる分、豊かな想像力を与えられるのかもしれない。


あ、一つだけ水を差すようだけど・・高齢になったための病気で涙っぽくなる人もいるらしいんでご注意を。
たぶん、それは自分でもわかると思うけど・・。 感動してもいないのに気がつかないうちに、だーーと涙が出たりするらしい。




「年とともに丸くなり、涙ももろくなる」 

なんてステキなことなんだろう。



頑固でキレやすい老人が増えてしまうという現状は、世知辛い世の中にも原因はあるのだろうけど・・

それでも、自分で内観できるかどうかにかかっている気がしてならない。


NO MORE 「インナーチャイルド老人」  NO MORE 「インナーチャイルドアダルト」だ!!



逆に、年をとったら子供のいいとこ取りをしよう!

子供のように感情を素直に表現する・・・よく喜び、よく笑う、好奇心旺盛で感動もいっぱい。


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そう、ネガティブ感情はなくなって、ポジティブな感情をぱあ~と周囲にまき散らすことだ。


それが「年をとって子供に還る」ってことかもしれない(笑)


そんな人の周りにいるだけで、誰もが楽しくなってくる~♪



人は気がつくことができれば、いくつでも変われる。

それは、私の母を見ていて学んだ(笑)


私の母は、ハリネズミにも負けないような、トゲトゲ強力パワーの人だったけど、

80過ぎから、びっくりするくらい丸くなった。


「私ね、一人で孤独だとか、息子夫婦が電話すらしてくれないって文句ばかり言ってたけどね・・
今は、一人でもすごく楽しく過ごせるのよ。 好きな編み物したり、贅沢な食べ物を食べちゃったり・・

なんで、今まで、こんな幸せに気づかなかったのかしら。
考え方ひとつで、いくらでも変われるものなのよね~。」
だそうだ。



それでも、ワシは我が道を行くぞ! エゴの塊だろうが構わん!とまで、頑固ジジイやババたちに言われてしまえば、

こりゃもう、どうぞ、Go your own way!としか言いようがない。



でも、せっかく生まれてきて、満ち足りた幸せを知らずに死んでいくとしたら、なんともったいないことか~。


それとも・・・密の味が香しく甘いことを知らない人に、それをいくら説明したところで理解してもらうことは難しいか?



そんな人々に1つだけ言えることがあるとすれば、

「丸くなった人」は、今までとは全く違った、ステキな世界を感じることができる、ってことだろうか。




どうか、少しでも多くの人たちが、「丸くなって」いきますように。



いやいや、ここは「メロウ」と注釈つきの方がいいのかな。

「丸くなる」は、誤解されやすい言葉かもしれないから。


丸くなる(メロウになること)としておこう。

またも「美しき緑の星」を観てテクノロジーを思う

ここしばらく、ずっと様々なニュースをみていたのだが、

相変わらず、異常気象に、シンクホールなどの異常現象、動物の大量死に、経済破綻に、「新たな冷戦時代」という政治界など

やっぱりなあ・・・「黙示録的世界」が加速度的になってきているのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ニュース写真をざっと下に張りつけてみる。

<異常気象ニュース>

サウジアラビアに雪、砂漠に雪か・・
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https://diariodeavisos.elespanol.com/2018/01/tormenta-desierto-arabia-saudi-deja-imagenes-tan-ineditas-esta/


中東一帯が、前代未聞の大洪水

オマーンの様子
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https://twitter.com/yas_zak/status/1000152890630131712


中東レバノンで黙示録的な大洪水。首都ベイルートでは洪水が「ゴミの川」を作り出すという異様な光景も

サウジアラビアも、レバノンも、イエメンも、エジプトも・・。
参考記事:洪水伝説の再来 : アラビア半島を中心とした中東地域の過去1ヶ月の雨量と洪水発生数が観測史上最大に。そこからふたたび思う「黙示録の時代」



季節はずれのカリフォルニアの山火事
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今までにはない大被害。
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https://www.thecut.com/2018/11/california-wildfires-malibu-2018.html



<新たな冷戦、世界をまっぷたつにするかのような・・>

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The unfolding of a new Cold War
アジアを分断する冷戦の恐れ強まる-ペンス米副大統領の対中批判で


<世界が抱えた膨大な借金>

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あーあ、相変わらず、こんなことばっかり。
もう、何年も前からのことだけど。

こういったすべては、人々の意識が作り出した結果だと思えてならない。


自然災害や異常気象などでさえ・・私にはそう思えてしまう。

それも、今では「確信的」に感じている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たち地球人って、

ものすごーく、野蛮な未開人なんじゃないだろうか?
おまけに、ものすごーーくアホ野郎。



ひどく、そんな嫌~な気持ちになってしまい、またも美しき緑の星(La Belle Verte)を見た。

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もう何度も見ているんんだけどね~。


そういえば、私は2015年の5月にも、ブログ記事としてアップしていた。
     ↓
美しき緑の星(La Belle Verte)




このときにも簡単に紹介したのだが・・

「映画見たけど・・よくわからなかった!」という人もいたので、もう少し説明を加えてみようと思う。
なんでだ? 字幕映画を観ることに慣れてない人だったのかな?


わからないというのは、たぶん、冒頭に出てくる「切断」の説明を聞き逃しているから、かもしれない。

そこの部分を聞き逃してしまうと・・たぶん、あとあとまでわからない(笑)


この映画のキーポイントは「切断プログラム」にある。

ある惑星の人々(地球人から見えば宇宙人たち)が、地球に、ミラという女性を派遣員として送ることになる。

しかし、地球という星は、野蛮で危険な場所。

そこで、派遣員ミラの安全性確保のために、「切断ブログラム」を持たせることにするのだ。

切断プログラムは、弱と強があって

は、ミラと接触した人々すべてに、ゆっくりと作用する。

にするときは、こうする。
    ↓
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ヘン顔!(笑) そう、この映画はコメディ仕立てなのだ。

一瞬にして発動して効果覿面

だから、危険が迫ったとき以外はあまり使わないように!というわけだ。




ミラが降り立ったところは、フランスのパリ
(この映画、1996年作のフランス映画だから・・そりゃ、設定はフランスになる)


車だらけでイヌ糞だらけのパリの街

たしかに、この当時のパリは、イヌ糞がいっぱい落ちてて結構汚い街だった。

今はどうなんだろう? 

こんなサインも出来てるようだし・・大分改善されたんだろうか?

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さて、パリに降り立ったミラは、まず、こんな問題に直面する。

お金が無いと食べ物さえ得ることもできない。

ようやく食べ物を手に入れて口にしたものの、ミラはおえ~!と吐き出してしまう。
「毒が入っている」(食品添加物のこと)と。


彼女には食べられない!

そこで、まず、赤ちゃんと接触しようとする。
(赤ちゃんからは、生命エネルギーを貰うことができるらしい。
ただし、せいぜい1日程度らしいが・・)


そこから、物語が展開していく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミラの星の人々は、地球をこのように表現している。


「過当競争と不要品の大量生産
戦争 原子力 自然破壊
奇病 原始時代だね」




そこで、「切断ブログラム」の意味するところなんだけど・・・

切断された場合・・

「本来の自分の心のままに、忠実な正直な発言・行動をするようになる」

「すべてのいのちを慈しむようになる」


ということらしい。


私は、このシーンが好きなのだが・・

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彼女はミラと接触して影響を受けて、徐々に「切断」していった人だ。

彼女は高給取りの医者の妻。
「裕福な暮らしを望んで、美貌を武器におカネ目当てで結婚したという女」という、よくあるタイプだったらしい(笑)


ランチをしているとき、お皿に添えられたレタスの美しさに気がつくシーンがこれだ。

光に充ててレタスをしみじみ見ると、見事な葉脈が張り巡らされている。

いのちの神秘と美しさに、はじめて気がつき感動するシーンだ。



こんなこと、今さら言葉にするまでもないんだけど・・

自分の中の洗脳、常識、偏見、思い込み、依存など、

あらゆる物質文明の垢を自分の意思で「切断」することことで、いのちを慈しむことができるようになるということらしい。

それを仏教的な言い方をすれば・・「解脱」

それを、スピリチュアル的な言い方をすれば・・「目覚め」「覚醒」


ということになるんだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこで、

<文明社会をどう捉えるか>
なんだけど・・

ずっと以前、私は「未来のテクノロジー世界」をこんなイメージで捉えていた。

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テクノロジーを極めれば極めるほど自然は破壊されていくものであって・・

ある程度は仕方ないんだろうなあ?・・・と。



しかし、もう一度、ミラの住む惑星を見てみよう。

地球よりも何千年も進化しているという星を。

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大自然のままで、人々はまるで未開人のように質素に見えるのだが・・

●他の惑星に自由に行くことのできるテクノロジーを持っている(しかも我々のような動力を使わず・・)

●どこでも通じる通信能力を持っている。(ただし水を媒介とする)

●あらゆる言語能力も持っている(どの星のどの言語でもOKらしい)

●寿命が平均200年以上、しかも驚異的な身体能力を持っている。

●すべての人々が、我々のいうところの・・超能力を持っている
(たとえば・・・ミラも、通行人を見ただけで体のどこが悪いかを即座に見抜く能力を持っている)


今では、私の中では、こんな不文律が出来上がった。

私たちは、「自然もすべての動植物とも共存していかなければならない。

もしも何かを破壊すれば、いずれは自らも破壊することになり、地球は絶滅に向かう





輝かしい未来、テクノロジーの進歩~♪な~んて思ってた以前の自分が、つくづく、ものすごいアホ野郎に思えた。



本来のテクノロジー、本来の「進化するということ」とは、

「決して自然を破壊することなく、すべてと共存して調和させた上に成り立つ」
ものでしかないということに。

もしも・・

そんなこと出来るわけない!

と思っている人がいるとしたら、それこそが洗脳、常識という呪縛に囚われているのかもしれない。
(かつての私も、そう思ってたんだけどね~)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事実、かなり昔にも、こんな試みがなされていたのだ。

★ヘンリー・フォードは、モデルT(Model-T)という自動車の研究・建設に10年以上を費やし、こんな車を作り上げた。

彼の夢は、世界に向けて安全で強固、そして環境も汚さない乗り物を提供することだった。




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車体が麻(hemp)から作られたプラスティックのパネルであり、しかも、麻から作られたバイオ燃料で走行するようにデザインされたもの。
この麻で作られたプラスティックのパネルのボディーの衝撃強度は、製鉄の10倍の強さを誇ったという。



しかし、
1937年にアメリカで麻が違法になり、それが主な原因となって、この技術は抑圧される結果となった。

その結果は、みなさんもご存じのとおり・・

ガソリンや製鉄、その他の地球と調和しない素材を使った自動車産業に一直線に向かっていくこととなった。



★フリーエネルギーの研究

フリーエネルギーとは、どんなものかご存じだろうか?
   ↓
これがあれば、原発も石油も要らない!

誰も電気代を支払う必要さえなくなる。


超簡単に説明すると、そういったシロモノ


この研究の先駆者ともいうべき、有名な人は二コラ・テスラだった。

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地球上のどこからでも自由に電気を取り出すことのできる「二コラ・コイル」を使って、それを「世界システム」で、すべての人に、送電線も使わずに供給することができるものを研究開発していた人だった。

その一方で、

エジソンの発案した電極供給網は、「電力会社」という電気を生み出す大元に毎月電気代を支払い、送電線を使って世界中の人に電気を売るという仕組みだった。


もちろん、現在どちらの案が採用され、現在に至っているかは誰にでもわかりいただけるはず(笑)

二コラ・テスラは、資金援助を打ち切られ、失意のうちに亡くなったという。
彼の死後、彼の発明品や設計図は「アメリカ軍とFBIが没収した」ようで・・それがのちの陰謀論などを生むことにもなったそうだけど。



★その他、医学、薬学分野においても、

エイズに効く薬草だとか、癌治療に用いる薬草などなど、さまざまな研究開発を行っていた人々がいる。
(その説明は長くなるので割愛することにする。)


残念ながら、こういったすべてが実現をみない結果となった。(法による抑圧などで・・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、19世紀のうちから、何度も「地球環境と共存できる発明」は試みられてきていたのだ。


もしも、こういった研究が進んでいれば、今頃は、すさまじい進化を遂げられたことだろう。

少しは、ミラの星に近づいたのかもしれないなあ(笑)



しかし、現実は残念ながらちっとも実現しなかった。

実現しなかった理由は実に単純明快。
     ↓

ほとんどの人々が支援しなかったからだ。

また、ほとんどの人々が知らなかった、信じなかった・・とも言える。






つまり・・多くの人の意識が変わらないかぎり、現状のまま突っ走ることになる。

なぜなら、我々の地球人の意識とは、ここにあるのだから。
    ↓
貨幣制度に基ずく、私有、統治、競争意識、

それによる、環境破壊、貧富の差、不調和・・・

そして、我々の文明の毒となるものばかりを生み出す



それを多くの人が認めてしまっているところにある。



完全に、ミラの惑星の人々とは意識が大きく異なっている。

ところが・・
進化を遂げた彼女の惑星でさえ・・何千年も前には、やはり地球と同じような時代が存在していたのだという。



映画の中で、ミラの息子たちが母親を追って地球にやってくるのだけど・・

考古学に詳しい息子がこんなことを言っていた。

「(現在の地球の)工業時代のあとは大裁判になる。

有害物(食品、化学物質、武器、タバコ、酒、医薬品、原子力、自動車、建築など)を製造した人(業者)全員、それで蓄財した政治家に有罪の判決が下される。

不買運動が起こる。有害なものを買わないようにしたんだ。
それには軍隊も警察も手が出せなかった。」


これは、ミラの惑星の過去なのか・・地球の未来なのか・・
それとも、地球の未来がミラの惑星ということなのか。 そう考えると・・なかなか面白い。




いずれにしても、
人々の意識が変わり、そこから始めない限り文明の進歩はあり得ない。
ってことだ。



何よりも、興味深かったのは、

文明が進化すると人々は超能力者になるという点だ。


我々現代人の多くが失ってしまった能力。

基本はテレパティック能力らしいが・・

もしも、もしも、そうなれば・・
そりゃあ~犯罪なんてなくなるだろうし、上下関係なんて生まれるはずもないね(笑)


息子たちが最初に到着した場所は、どうやら、アボリジニの住む土地だったようだ。

こんなシーンがあったから。
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みんな感度が良くって通信可能だし親切な人たちばかりだよ!って言っていた。



アボリジニの第六感が我々の文明科学よりはるかに進化している?

私たち文明人は、実は・・アボリジニよりも進化が遅れてしまってる?

かつてのアボリジニやアメリカ先住民、縄文時代の人々。

そういった人たちよりも、実は・・どんどん退化していってしまったのかもしれないなあ。(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、二コラ・テスラが、こんな言葉を残している。

「直観は知識を超越する。
我々は疑いなく真理を把握する素晴らしい組織を脳の中に持っていて、
その時は演繹的な論理・計画的な努力さえも実に取るに足らないものになってしまうのだ」


こういったことさえも、現代人はどんどん退化させてしまっているのかもしれない。
それは、食品、医薬品、水、電磁波・・すべての環境汚染も原因なのかもしれないね~。



結論として、私には、やはり、こう思えてならないのだ。
    ↓

森羅万象のすべてと共存・調和して生きること

テクノロジーも進化も・・そこから生まれるべきもの




いつか、我々はそれに気づき、

ミラの息子が言ったような不買運動が起こり、世界は大きく変わるのだろうか?


それとも、

このまま突き進み、世界は滅亡するのだろうか?

そして、新たに生まれ変わるのだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・

現在、「美しき緑の星(La Belle Verte (1996)日本語字幕」は、こちらのサイトで見られます。
   ↓
美しき緑の星(La Belle Verte (1996)日本語字幕


この映画は、1996年に興行としては大失敗した映画なのに・・こうやって消されても消されても、オンライン上では今もなおアップされ続けている。


それだけ、20年以上たった今でも、共感する人々が多いということかもしれない~♪

それだけ、この世界もまだまだ捨てたもんじゃない!ってことかもしれない~♪


<<参考までに>>
今回私は、この映画を観るたびに探すのもめんどくさくなったんで、ダウンロードしてメモリースティックに保存することにしました。
Vimeoのサイトは、なかなか映像もキレイだったんでね~。


下記のサイトを参照に、無料で簡単にダウンロードできる方法もありますので、よろしかったら、どうぞ。
(こんなこと、すでに皆さんはご存じかもしれませんが・・。)
     ↓
【超簡単】Vimeoの動画を録画して保存する方法
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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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