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7つの罪の話

7つの大罪というのは、キリスト教圏の人にとっては実に馴染み深い言葉だ。
太古の時代から、人々は7つの罪と戦ってきたといってもいいだろう。


ずいぶん前だったけど、7つの罪を題材にした映画もあったので、日本でもご存じの方は多いかもしれない。

poster_se7en.jpg

罪といっても、これらは法や宗教上の罪というよりも、「人間を罪に導くが可能性のある欲望や感情のことを指したもの」と考えるそうだ。

こちらに、7つの罪に対する記事があったので引用して、要約してみることにする。
    ↓
DECONSTRUCT THE SEVEN SINS & LOVE LIFE


7つの罪には、いずれも共通点がある。
それらはトラウマによって引き起こされ、恐怖に根ざしたものだということだ。

解消するためには、内観し、自分の恐怖の根源を知ることによって解き放ち、精神を健康に安定したものへと導くことができるだろう。

<<七つの罪>>

「LUST(欲望)」
心が傷ついているとき、孤独を感じているとき、倦怠感や空虚感などを感じているとき、欲望は私たちを持ち上げる刺激的な瞬間を約束してくれる。

しかし、ベースには愛があるわけもなく、あるものは恐怖感のエネルギー。 そのため、達成した瞬間から出発点よりも低いレベルまで落ちてしまう。
すると、またも欲望は陶酔感を求めることになり、そしてまたも低レベルまで落ちるという循環的な行動パターンに陥ってしまう。


そういえば・・好みのルックスの異性をみただけで、すぐに猛アタックし続けるという人たちがいましたっけ(笑)

ところが猛アタックして相手がOKしてくれたとたんに冷めてしまう。 またも次の人に・・といったパターンの人。
なるほど~! あれって根源はLUST・・つまり心が病んでたってわけだね~。

LUSTは一番自分では気づきにくい厄介なものらしい。 とくにLUSTの絡んだ恋愛というものは。
本人は「愛している」と思いこんでる場合が多いし、相手も「こんなに愛されてる」と勘違いしてしまうことが多い。
そしてレベルダウンしだすと「愛が冷めてしまっただけ」と思うらしい。 本物の愛ならば冷めることなぞないのだが・・・。



「PRIDE(高慢)」
自己不信が植え付けられたことによって機能しているもの。 自分で自分が十分ではないことを知っているため、自分を誇示することによって自分の価値を証明しなければならなくなっている状態。
他人から「自分が優れている」と思ってもらえることだけで、辛うじて自分を保っている状態。

つまり、根源には自己不信という「恐怖感」がある。 

そのため自分が他者より優れていることを証明して「何かを勝ち取ること/達成すること」で、自分自身を誇りに思うことができるという心理状態になる。

この原因は「自分を愛することの欠如」
自分を愛し価値を認めることができれば、人と比較する必要もなくなる。


「ENVY(嫉妬)」
嫉妬や羨望もまた、他人と比較して、彼らが自分より良い人生、良い生活をしていると思い混んでしまうこと。
これもまた、自分が他人より劣っているという「恐怖心」がベースにある。
PRIDE(高慢)が外に発するのに対して、ENVY(嫉妬)は内に溜め込んでいく。

それによって偏った不安定な判断力を引き起こしていくことになる。

常に他人のみをみつめて、彼らが持っているものの一部があったらいいのにと思い、そこに苦痛を感じることになる。
自分自身の内をみつめることができず、常に他人の成功についてばかりを考えてしまう。 

これもまた、自分を愛することの欠如からきている。
そして常に恐れが付き纏っている。


「WRATH(憤怒)」
WRATH(憤怒)とは感情的な激しい怒りであり、それはまた恐怖の裏返しでもある。 怒りで周囲へのコントロールを失えばさらに恐怖を煽り立て、不規則に振る舞うようなパルス信号を与えてしまう。

これは他者への「脅迫コントロール」にも繋がる。 怒りで行動することで他人を怖がらせ、彼らのエネルギーを無意識的に盗もうとしている。(こういった人は幼児期において、必要なエネルギーを得ることができなかった人に多い兆候)

怒りもまた愛で克服することができる。 受け入れ難い状況であってさえ、合理的で愛情のある態度で状況に対処する方法を見つけることができれば、怒りや恐怖で状況に対応するよりも結果を良い方向へと向かわせることができる。

怒りのエネルギーは、ただ消費するだけであり不毛なものでしかない。 怒りに駆られそうな状況のとき、あえて自分をタイムアウトに置くことで冷静さを取り戻す時間が与えられ、その後の行動をよりよいものへと変換することができる。
「瞑想」は怒りの感情を溶かすことができるので、怒りに襲われたときには、便利なシールドとして使うことができます。


「SLOTH(怠惰)」
ナマケモノでいることは、恐怖を「信念の欠如」の裏返しでもあり、成功への自信を失い、本来の望むものへの貢献ができなくなる。

自信が揺らいでしまったなら、自分を引き戻し、埃を払い、人生に再び関わるためには大きな力が必要でしょう。

ナマケモノの振動に身を任せてしまうと、その間、重要なシンクロニシティーを見逃してしまう可能性がある。

たとえば、あなたが家にいてビデオゲームをプレイし、好きなピザを注文するする。 ピザ配達人がノックしたとき、そこには重要なシンクロニシティーが隠れていたとしても、それを感じることが出来ずに逃してしまうことになる。

時に人生は私たちにとって厳しいときもあるが、常に変化をみつめ、私たちは大きな世界と手を携えている必要がある。
それが困難に思えるときであっても、「行動すること」が唯一の方法であり、愛情をベースにした動は、常にポジティブなカルマが道を開くきっかけとなる。
簡単なことなのだ。 外に出て、自分の思うところの「良いこと」をすることだ。 すると「良いこと」が自分にも戻ってくるのだ。


「Gluttony(大食い)」
大食いのエネルギーは欲望にも似ている。
ときに、不健康に食べることによって、ダウンした精神を持ち上げようとしてしまう。

まさに、捨てられていた自分の名前が書かれたバケツ型アイスクリームを見つけたような気分になって、それはウキウキさせることだろう。

しかし残念ながら・・それは手の上のものを満足させたとしても、スプーン1杯で痛みを癒すことはできない。
そのため、Ben&Jerry'sがなくなるまで、次から次へ、そして次から次へと取るかもしれない…さらに、アイスクリームが終わってしまうと、 またも自分の感情がぶり返してきて、今度はキッチンに行ってアイスクリームに代わるものを探そうとしたりしてしまうかもしれない。

この場合、「大食い」は私たちの痛みに対する一時的なマスクとして利用されているだけであり、1つの気晴らし方法でしかないのだ。

どんなに素晴らしい味であっても、心の平安への鍵は実際にはアイスクリームの坪の底にあるのではないのだ。
そんなことは、私たちはすでに、十分にわかっているはず。

注:Ben&Jerry'sというのは、アメリカのアイスクリームブランドで、こうゆうヤツ
     ↓
benand jerrys

私自身も、嫌なことがあったり、むしゃくしゃした気分のときは、バケットアイスを抱え込んで食べちゃったりしてたこともある(笑)
さすがに大きいヤツ1個食べてしまえば、私の場合は満足して嫌なことも忘れられたけど
過食症も拒食症も、心の病というのは納得できる。


「GREED(貪欲)」
貪欲さは恐怖を植え付け、私たちは常に地球のエネルギーに恵まれていることが信じられなくなってしまう。
公平さは失われ、常に快適・安心感を継続していくために少しでも多くを取ろうとするようになる。

もしも極端な富を得ることが出来たとしても、常にそれを失うことへの恐れは消えないままだ。
その結果、快適さや安心感、その価値を維持しようとして、ますます儲けようとするサイクルの中に閉じ込められていく。

愛を具現化したとき、そこにあるものは「幸福」なのだ。 金銭的な裕福さはがゲームの目的にしか過ぎない。
銀行残高の終わりにゼロがいくつあったとしても、私たちに幸せがなければ、それはすべて価値の無いものとなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

7つの罪にフォーカスして考えてみると、それぞれがただ「不健康にエネルギーを消費している」ということがわかります。
それは、失いつつあるエネルギーをさらに引き下げる方法をとってしまっているということになります。

本来、そのようなときこそ、逆に私たちは精神を高める方法を取らなければならないというのに。


恐怖に屈して自分が崩れていくのではなく、トラウマや傷みに愛を持って対処し、自分自身に健康的に癒される時間を与えなければなりません。

私たちは自分に対する愛と尊敬を持って自分自身を扱い、休息する必要があるときは休息し、自身をバックアップしながら、精神的養分を与えてあげる必要があります。

そしてもちろん、7つの美徳の行動(Charity慈善, chastity節制, temperance中庸, diligence勤勉, patience辛抱強さ, kindness親切 and humility謙虚) を実践することで、恐れではなく愛に基づき、人生の中で実際に行動することで、私たちが想像も出来なかったような、カルマの法則による恩恵を受けることができます。 





俗に、私たちは「ネガティブ」と表現することが多いのだけど、そのネガティブの裏にはすべてといっていいほど「恐怖」が隠れているのかもしれません。

「不安」や「心配」もまた、恐怖に繋がるものですからね~。



恐怖を逃れようとするために、心理面にも行動面にも、こういった現象が現れてしまうのだろう。


結局のところ、恐怖に負けず、精神的に強くなるしかないわけで・・

強くするためには、7つの美徳を実践することしかないということかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで・・

長い間虐げられてきた民族というのがいる。

これは、世界中を旅して周った私の知人が言った言葉だ。
   ↓

領主には搾取され続け、官僚役人たちからは不当に強奪され、少しでも文句を言えば命さえ奪れかねない。
正義なんてどこにもない。 そもそも人として扱われていないのだから。

彼らは、自分より上のものに対しては難を逃れるためにも卑屈になる。人としての尊厳する持たない。
心の中では、常に美しい着物を着てお腹いっぱい食べられる人に対してはいつも嫉妬にかられている。

同時に、同じく底辺で生きる人たちか、もっと最下層の人に足しては、彼らを見下し虐待することで鬱憤を晴らす。

運よく食べ物が手に入ればすべてを一度に食べきるか、またはこっそり隠し持って溜め込む。
他人が死んだって構うもんかと思う。

そして、常に憤怒を心の底に溜め込むだけ溜め込んで生きている。

彼らにはもはや一揆を起こして立ち向かう気力さえない。

それどころか、人々の為に立ち上がろうとしたり、一揆を起こそうとしたりする人がいれば、かえってそんな人間を憎む。
上にチクって、少しでもゴマをするか褒美にありつこうとさえする。

そういった民族性が何代も続いていくと、もうそこにいる人々全体がそのカラーに染まってしまう。
土地ですら、怨念で汚染させた土地になっていく。


まだ日本の民たちは、どんなに貧困・圧制の中ですら、百姓一揆を起こすパワーがあったということは、そこまで精神がやられてなかったということだよ。 命がけで人として生きることを選んだってことじゃないかな。

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もちろん、日本の歴史上でも悲惨なことはいっぱいあったことは事実だけど、それでも、そこまで日本は、政府の在り様も腐敗してなかったってことだと思う。 一揆が起これば領主の責任問題だって問われたわけだし、必ず失脚させられてマトモな人に代わっていったわけだからね。



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どんな最悪な状況下に置かれようと、人としての尊厳を保ち美徳を持って生きることではあるけれど、それでも限度を超えれば、人は壊れちゃう。

壊れる前の究極の選択肢は、生か死かしかなくなるわけで・・


そこまで腐敗してしまった政治は腐敗した人々しか生き残らず、その状態が長く続けば続くほど、人々が浄化するには長い年月がかかるだろう。

国がそういった人々を生み出し、また人がそういった国を生み出してしまうともいえるかもしれない。


なんだか、そんなことを色々なことを考えさせられてしまい、ちょっと気分が重くなってきたので外に出て景色を眺めることにした。

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季節はちゃんと巡ってくるし植物は変わらないよな・・と、また嬉しくなってくると、心はまた、7つの美徳の方へと傾く。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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