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心理学的スピリチュアル的なソーシャルディスタンスとパーソナルスペース

日本にいる母は、3月末に入院・手術をした。

予定では1週間~10日の入院だったらしいが、経過が良かったせいか5日で退院したそうだ。

入院の際、病院側から「この時期なので、付き添いやお見舞いは一切来ないように断ってください。」と言われていたらしい。

馴染みのない病院の手術で、退院までずっと一人っきりって・・心細いだろうなあと心配したんだけど、母は至って平気。

「あはは。 子供じゃあるまいし~。」と逆に笑われた。

まあ、この人は、そんなことくらい平気だろうなあ(笑)


ところが、そうはいかない人たちだって大勢いる。

養護施設に入居してる老人たちが、子供や孫たちの面会が出来なくなったとたん、多くの方が亡くなったという話を聞かされた。
(病状が急に重くなって亡くなった人、または自殺)


また、刑務所でも、家族との面会が許可されなくなったことで、暴動が起こるという事件もあった。


そう、これらは、もちろん、ソーシャルディスタンスがすべての原因になっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと視点を変えて、ソーシャルディスタンスをスピリチュアル面から考えてみた。


私自身は、他人が自分の半径1m以内に侵入してくると、違和感?のようなものを感じる。

車じゃないけど、接近し過ぎるとアラームが点灯して、さらに接近してしまうとアラーム音が鳴り出すようなカンジかな?

別に危険とまでは思ってないんだけど、ちょっとした不快感みたいなものが違和感となって感じてしまうのかもしれない。

こうゆうのって、パーソナルスペース(Peasonal space)とも呼ばれるようだ。
心理的な縄張りみたいなものなのだろう。

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心理学的にいうと、たとえ無自覚であっても誰でもパーソナルスペースを持っているらしく、レストランなどでもテーブルの配置はちゃんと計算してセッティングするそうだ。

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そういえば・・電車に乗るとき、車両がガラガラに空いてたとしたら、みんな他の乗客からは離れたところに座ると思う。

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http://domonoirasuto.blog.fc2.com/blog-entry-4.html?sp


それがもしも、くっつくように隣に座ってくる人がいたとしたら・・

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私ならば、すぐに席をたって遠くに移る。

ところが、このサイトによると・・
空いてる電車で「異様に近い人」は何なのか?「 周囲に意見を聞いてみた」より

回答数 11人中、7名が「気にならない」もしくは「気にはなるが嫌ではない」と回答。


嫌だ!と感じる人の理由は、貴重品が狙われてるかも、とか、若い女の子の場合だったら誘惑?なんて心配をするらしいけど・・
そういったことじゃないのだ!


ただ単に、パースナルスペースへ侵入されることで、ぞわぞわと嫌なカンジなのだ。

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こういったとこ、日本人て不思議だよなって思う。(←自分だって日本人のくせに)

日本人って知らない人と接近しても、あんまり気にならないのかなあ?


ん~、そういえば・・日本て、どこでも人がメチャメチャ多くて、満員列車も並ぶの当たり前だもんね~。

昔、自分が日本に住んでたことを思い出してみると、やっぱり、今よりはパーソナルスペースなんて気にもしなかったように思う。

他人と密着することに、知らず知らず慣らされちゃってた気がする。

今の私だったら、絶対ムリ!だけどね。


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ところが、人って面白いもので、それが親しい人になればなるほど、逆に近づきたいって思う。

たとえば、恋人どうしだったら、むしろ息がかかるほどそばにいて手を握りたいって思うときもあるだろう。

それは、大きな安心感が得られるからだ。


そういった感覚は、人間だけじゃなく他の動物たちも同じらしい。

初めのうち、近すぎると不安にさせられるけど・・
   ↓
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親しくなっちゃうと・・
   ↓
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こうゆうとこ、人も動物も同じなんだよな~って思う。


「たとえ遠くにいても心さえ通じ合ってれば」とも言われたりするけれど、やっぱり近くで体感からくる「安心感」は大きい。

こういった体感からくる「安心感」と「暖かさ」を味わった経験のない人に、遠くで思ってくれてる人を感じろといっても、そりゃムリな話だろう。


そう思うと、施設にいる老人たちが楽しみにしていた子供や孫と面会が出来なくなってしまったことや、刑務所の囚人たちが、家族や恋人と会う楽しみが奪われてしまったということは、ものすごく大きなことなんだということを実感させられる。

閉ざされた環境下にいる人たちにとっては、ほとんど唯一といっていいほどの「安心感」であり「暖かさ」だったのだから。



手を握りあってるだけで、じんわりと相手の暖かさが伝わってくる。

たぶんこれって、気の交換なんだろうなあって思う。



そういえば私、若い頃に、いきなり手を握ろうとしてきた男がいて、その男をいきなり突き飛ばしたことがあったなあ。

なにすんねん!
どついたるねん!


「え~? なんで~?
手ぐらいいいじゃないか。。。別にキスしようとしたわけじゃないんだしさ~。」


「手を触られることが一番嫌なんだよ!
ムリやりキスされるよりも、ずっ~と嫌なんだよ!」

「え? キスの方がいいってか? んじゃ!」
 と迫る男に、「やれるもんならやってみい!」と(笑)

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どうやら若い頃の私には、ヒョウパワーを味方につけた大阪のおばちゃんが入ってたのかもしれない。


これは私の懐かしい昔話ではあるんだけど・・手を握られることが一番イヤ!というのを、このとき、はじめて自分で気がついたのだ。

同様に私は、好きな人とハグするのは大好きだけど、そうじゃない人とはしない。

2-3度会っただけで、これは親愛の挨拶なんだから!と言われても、やなこった!
必ず、「私は日本人で、日本ではハグの習慣がないので。」とお断りすることにしてる(笑)



ずっと後になって、気功の先生から、「人間が一番気を発してる部分は手のひら」というのを聞いて、すごく納得できたのだ。

だから、好きな人とは手を握りあっていたいわけだし、イヤなヤツの手には絶対触れたくなかったのだと。

Hold hands


また、ここで日本のことを考えたのだけど・・
日本では親密な人達とでさえ、ハグする習慣なんてないくせに(←最近の若い人たちはそうでもないらしいが。)
満員電車とか行列とかで、知らない人たちとくっつきあっても、気にならなくなってしまってるのかなあ?

日本といっても、混雑してるのは都市部に限られてるわけだろうし、田舎だったらまた違うのかもしれないけど。



私はずっと混雑真っただ中の東京だった。 その当時の私はどうだったんだろう?

やっぱり・・さほど不快感はなかったかも。(混んでんだから仕方ないよ。 お互い様なんだしってカンジだったんだと思う。)


それでも、もう少し思い返してみると、常にぐっと下っ腹当たりに力を入れてたように思う。

無意識のうちに自分の気を高める防御態勢をとっていたのかもしれない。

まさに「丹田に力を込めて」をやってたのかなあ。

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https://ameblo.jp/n-krt-no1/entry-12290993577.html

ずっとそんなことしてたら、そりゃ、疲れるわ~!

今想えばだけど・・たしかに東京暮らしはメチャメチャ疲れてたように思う。

だからこそ、家に戻れば、好きな人や好きなペットから大いに癒しを得てたようにも思う。


「心許せる存在があること」
「待っていてくれる人がいるということ」


本当に大切なことなんだなあ。


人を一番弱くしてしまうのは「孤独感」だそうだ。

たしか、イギリスだったかでは、ロックダウンを開始してからというもの自殺者が5倍にも跳ね上がったという。
おそらく、どこの国でも似たようなものだろう。。。

医学面でも、孤独と孤立は、脳卒中、癌、認知症、糖尿病といったあるゆる病気をも悪化させるとことは知られている。



そうゆう私も、今は孤独な一人暮らしなんだけど(ネコはいるよ)、ちっとも寂しいと感じないのは、おそらく過去からの「安心感・暖かさ」の蓄積があるからかもしれない・・な~んて思う。

それは、さっと引き出しを開ければ、すっと取り出せるようなもので、「思い出」なんて漠然としたものよりも、ずっとパワフルで色鮮やかに音や匂いまでもついているのだ。

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そして、いつでも幸せな気分を蘇らせることができる。

そのおかげで、私は一人でも平気なのかもしれない・・な~んて思う。


過去に一度でも「心許せる存在を持った」ということは、そのときの幸せな思いが消えることなく、いつでもイメージ化視覚化ができるようになるのかもしれない。

いずれにしても、ありがたいことだ!


あ、もちろん言うまでもないことだけど、これは過去によく「ありがちな恋愛」とかの話をしてるわけじゃないから(笑)

スピリチュアルでも言われるように、恋(小我)ではなく、愛(大我)、を本当に感じたことがなければ蓄積はされない気がする。 
ただの恋の思い出なんてものなら、いつか淡く消えていくものでしかないように思う。



おいおい! それならアンタは、そんなに過去に本物の愛の経験が多いんかい!って突っ込まれそうだけど・・
そりゃないな~(笑) 私は人間よりも、イヌ・ネコたちからの愛をいっぱい受け取ってる気がする。

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私の母が孤独な老人一人暮らしなのに、毎日楽しく過ごせるのはなぜなんだろう?
たった一人で入院・手術を受けて、一人でタクシーで帰ってきちゃう逞しさは、どっから来るんだろう?

たぶん・・生前の父のおかげで、彼女の引き出しはいつもいっぱいなのか?
それとも・・・単に、超がつくほどの現実主義の楽天家なだけなのか?(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ソーシャルディスタンス、パーソナルスペース・・さまざまなことを考えさせられる。

無理やり押し付けられたソーシャルディスタンスは不快なものだけど・・

人との間に少し距離を保つことで、生まれてくる節度や美意識もあるし、だからこそ、こんどは逆にパーソナルスペースに入れたものを、より愛しく感じられるものかもしれない。


どっちも感じなくなってしまうような・・そんなふうに心を麻痺させてしまってはいけないなあ・・とつくづく思う。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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