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日本人の不思議な感覚(その1)

子供の頃の私は、海外のものばかりに夢中になってたなあ、と思い出す。
*海外のものといっても、当時日本に入ってきたのは、ほとんどが欧米のものだったけど。


映画も物語も、アクセサリーや小物に至るまで、どれもワクワクさせるものばかりだった。
逆に、日本のものって、なんで・・こんなにつまらんものばっかり、なんだろう?と、日本人に生まれたことを呪ってたくらいだ(笑)


母親から茶道や華道を教え込まれそうになって(母は茶道・華道の師範免状持ってた)逃げ回った記憶もある(笑)

じゃあ、あなたはどんな習い事だったらするの?と母に聞かれて・・
「乗馬、ライフル射撃、フェンシング!」(←西部劇ばっかり見てたから)と即座に答えて母を絶句させた記憶もある(笑)


中高生になってさえ、着物もキライだし、形ばかりに囚われた古臭い風習だとか、国民性だとか、年功序列だとかまで・・み~んなキライで、日本てなんてつまらない国なんだろう、とさえ思っていた。


それが、今では日本は凄い国だなあ!!と思うようになり、日本という国が好きになった。


日本の技巧技術、テクノロジーだったら、そんなに驚かないのだけど、考え方や精神性が・・とにかく異質だと思う。


その1: 日本は男尊女卑がない。

欧米はレディーファーストでおしゃれな国だな~と、子供の頃は思ってたもんだけど・・(笑)

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調べれば調べるほど、むしろ欧米の方がバリバリの男尊女卑だったんだなあ~ということがわかったのだ。
*日本が男尊女卑なんて言われるようになったのは・・・明治政府になって欧米のマネをするようになってからの風潮。


詳しくは、以前にこちらのブログにアップしてる。
    ↓
男尊女卑というジェンダー史




これは欧米に限らず、中国や韓国も同様。

中国の後宮では美女数千人を抱えていたというけど、これがまた男尊女卑というよりも、まるで「男の所有物扱い」というカンジだなのだ。

女の人格なんて認められてないんとちゃう?

こんな時代、こんな国に女に生まれたら最悪やん。。。

たとえば、纏足という悪しき風習があったことをご存じでだろうか?(小さいときから無理やり足を折り曲げて奇形にしちゃう・・怖ーい習慣)


纏足靴のサイズは9センチ~11センチくらいだとか。
tensoku.jpg

女は小さな足で、ヨチヨチと歩くのがいかにも弱々しくて、それが女らしいんだとか。(どうゆう美的センスしてんだよ?)
纏足してない女は嫁の貰い手がなかったとさえ言われてる。

ある説によれば、とくに貴族階級では女性を外に出られない状況を作るためだったとか。

そんなんで大災害が起こったら、どーなんよ。 走って逃げられないだろーが!(←女はまっさきに死ぬのが当然のごとく)

夫が病で死んじゃったらどーすんよ? 子供抱えて自力で働けないだろーが!(←まっさき自死することが女の鑑だったんだって。)


中国後宮には、そんな纏足美人が数千人もいたのか~。
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https://www.pinterest.co.uk/pin/478718635383792519/

こ~んな盛髪に重たい衣装で足が9センチ?って・・まったく、どうゆう美的センスしてるんだか?

女は美しく男を慰めるもの、または・・これはちょっと怖い話だけど・・いざとなったら殺して食べちゃうことさえあったらしいのだ。
「主君のために妻を殺して肉を提供した」な~んて話が、いくつも美談として残ってるくらいだもんなあ。

やっぱ、男以外「人」とは認められてなかったとしか思えない(笑)
笑うとこじゃないけど・・・笑っうしかないにゃ。



以前、「日本だって後宮があって、将軍所有物の女たちがいっぱいいたでしょうが!」
と、言われたことがある。

そう、大奥のことだ。

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https://ameblo.jp/nagabow/entry-10317026973.html


ところが、同じ後宮とはいえ、日本の場合はかなり違う。

中国の後宮では、女たちの世話役&管理は男がする。(男といっても宦官だけどね。)

日本の大奥では、唯一大奥に入れる男は将軍だけ・・でも、決して将軍の思い通りになる世界ではない(笑)
せいぜい将軍様が思い通りになるとしたら、「あの子が欲しいんだけど~」くらいなものだったとか。

女は子供を作る道具扱いされてた・・な~んて憤慨してた女性がいたけど、とーんでもない!
将軍様の方が種馬扱いなのだ。
もっとも、それがお好きな将軍だったらなら願ったりかなったり!(←家斉さん)
でも綱吉さんなぞは、子作りのプレッシャーかけられまくってノイローゼ気味になったとか。



で、大奥の話に戻すと・・

男は一切口出しできない世界。(←どんだけ将軍や老中たちが大奥勢力を潰そうと画策してきたことか・・その苦労がわかる)

そこの総取締はやはり女。
   ↓ こうゆう人、大奥総取締役ともなれば、かなりの権力者。
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たとえば、徳川吉宗さんが将軍になれたのは、大奥の強力なバックアップがあったからだし、
大奥に睨まれないように、将軍も老中も上手に立ち回らなきゃならなかったわけで、かなりの裏の政治力を持っていたのが大奥というところ。

もっとも、表向きは政治にはかかわらないことにはなっているのは確か。

女がに追いやられるようになったのは、武士社会に悪しき儒教が入ってきてからのことだ。

で、表向きは男に従いつつも(←儒教のたてまえ上)、裏の「お役目」は女性が握っていて、時には政治の動向さえ動かすことさえあった・・・ということを考えると、どうみたって男尊女卑とは言い難い。


ちなみに、私は孔子の論語は好きだけど儒教はキライ! その2つはまったくの別物だと思っている。

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『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか』

つまり・・いくら儒教が入ってきたとはいえ、日本には本来、男尊女卑という思想が根付かない土壌があったのではないだろうか。

一神教のキリスト教が根づかなかったように。
儒教原理主義が根づかなかったように。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その2: 日本人の価値観


どこの国や地域でも昔は戦の連続。 負けたら終わり勝ち続けなきゃならなかったのは、いずこも同じ。

それは現代でも、「競争社会」として受け継いできているのは、みなさんご存じのとおり。


スポーツはまさにそんな「競争社会」の縮小版かもしれない。

多くの戦に勝ち続け、ようやくトップに君臨できたとき、

うわあ!やったぜ! 
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ガッツポーズ!!
*ちなみにガッツポーズというのは日本語、英語には無い言葉なのでご注意を。

といきたいところだけど・・日本古来の習慣では、ガッツポーズをしない国。
ガッツポーズしちゃうのは、みっともないこと・・とされていたのだ。


たとえば相撲

相撲でガッツポーズをすると、せっかく勝ってもその時点で負けになったとか。(←今はどうなってるのか知らないけど)

そもそも相撲は神事、礼で始まり礼で終わるという。

ただ勝てばいいってもんじゃない。

相撲は、体や技の強さだけで勝つものではなく、心の強さ、つまり心技体が揃って勝つという考え方がベースにある。

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そういえば、朝青龍さんというモンゴル出身の横綱がいて、その人がガッツポーズしちゃったとかで、ずいぶん問題になったと聞いたことがある。


朝青龍さん、日本人じゃないし~、しかも、そこんとこ、よーく教えてあげてなかったのかもしれないし・・そりゃまあ、仕方ない!

こちらのブログにも書かれてたんだけど・・なんでガッツポーズしちゃ悪いんだよ!!という意見も多かったと思う。
  ↓
朝青龍のガッツポーズのこと


私も当時は同じように思ったものだ。

うっさいとこだよな~、相撲協会ってとこは!!
嬉しいんだからガッツポーズしたっていいだろーが!
て。 (←相撲協会の人、ごめんなさい)


たしかに・・・勝った人は、そりゃあ、人より猛烈な努力をしてきた結果だろうし勝てばめっちゃ嬉しい!

ガッツポーズは達成感の喜びを表す素直な感情表現だ。

それでも・・・ここが日本人の感覚が他国と違うところなんだけど・・ 
自分一人の力だけで勝ったわけじゃない、というのが底辺にある。


簡単に言っちゃうと・・多くの人たちの協力や応援があって結果として勝てたとか、天の神、自然の力が働いたとか、おそらく、そういった感覚。

勝利に酔いしれる最高の瞬間でさえ、無言の中で、そういったものを感じ取ってしまうのが日本人だったのかもしれない。

つまり、欧米風の「個人主義」とはまったく違う考え方が底辺にあったといえる。


自分とは『自』然の『分』身」・・個ではなく、あらゆるものから出来あがっている
自分はその1部であり、また全体でもある。


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そんな話、以前にこちらの記事にもアップしたっけ。⇒リベラルアーツ続きで・・佐治先生の本を紹介


となると・・「勝つということ」は、必ず負けた相手がいるということにも思いを馳せ、負けた相手を敬う精神
あらゆるものへの感謝が沸き起こってくるもの。


ガッツポーズは、実に素直な感情表現ではあるけど・・

ひょっとしてアンタの頭の中、ただの勝ち負けだけ? アンタって、そうゆう深いとこが、わかってないんと違う!・・・とみなされてしまうというわけだ。

で、ガッツポーズをすることは「品性」に反する(つまり、アホ?)とみなされたってのが日本人の感覚だったというわけ。


実際に昔の相撲観戦では、勝ち方負け方までにもこだわったという。

今の勝ち方はダメだよな~とか、あの負け方は見事だったよな~とか。


つまり、結果主義の勝ち負けだけではないのだ。



これは剣道も同様。 
礼で始まり礼で終わり心技体が一体となって強くならない限り、真の剣客にはなれないのだ。

以前にも剣道の話をアップしている。
剣豪・山田次郎吉という人

武士道と刀のスピリチュアル




こういった考え方は、武術の世界に限らずビジネスや一般社会にも浸透していたようだ。

たとえば商人たち。
大富豪になっても、俺様ってエライ!努力した結果だもんね~・・とはならない!

心の底には皆さまのおかげという気持ちがあるからこそ、負けた者や弱者にも温情を示す。


面白いことに、庶民のバクチ場でさえ、大勝ちした人は胴元にも参加者全員へも、かなりの「心付け」を置いてきたり、みんなにお酒を振る舞ったりしてたらしい。

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http://assetsjin.com/tousikirai-bakutisuki/


それが「粋」なことであり、相撲世界でいうところの「品性」とも同義語かもしれない。


こちらに面白い画像をみつけた。

職業がデザイナーさんで、心技体で技術を磨いて、将来行き着くところを図にしたものらしい。

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心・技・体をフレームワークにしてデザイナーのスキルを整理してみた


武道であってもビジネスであっても・・まずは心技体からはじまり、それを自ら発展させていき、最後には自己超越する。
ざっと・・3段階だね。

最終的には「自己超越する=すべてが一体化したところに到達する。(個人も他人も世界も神も自然も)」

なので・・

最終的な勝者となる者には、それが備わっていなければならない。
個人を超越したところに立っていなければならない。



なるほどね~。

ガッツポーズしちゃう人は、精神的にちーっとも成長してなくて、自分の単純バカさを曝け出してるようなもの・・・と受け取られたんだろうね。 だから、品性が無いと。


さてさて、まあ・・そんな分析してみたところであんまり意味はないのかも(笑)

昔の日本人はこういった感覚を、理屈で考えるよりも先に、生まれながらインプットされてたかのようで、理屈より先に感じとっていたような気がする。
それが以心伝心で伝わって、多くの人々の共通意識にさえなっていたように思えるのだ。


それが本来持っている日本人特有の意識、感性、考え方。


ところが、最近は日本人だけでなく、むしろ海外の人たちが多く持つようになってきたような気がする。

むしろ・・本家本元だった日本人の方が失いつつあるようにも思う。


しかも、古い日本人たちが上手に説明できなかった感覚を、彼らは実にうまく説明してくれるのだ。

それはフラクタル理論であったり、ワンネスという言葉であったり、自然科学や数学の分野からも説明してくれる。

こうやって海外の人たちは、日本人とは違う方向で、彼らの学びの中から悟っていったのかもしれない。


私はこの図をみて理解したのだが・・

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最終目標は、真ん中のアウェアネスに行きつくこと。

*アウェアネス(awareness)にぴったりする日本語が見つからないんだけど・・簡単に言えば「気づき」。 ただし、それは「道」の行きつく先にある「気づき」ということで、「悟り」という言葉に近いのかも。


相撲や剣道、華道、茶道、香道に至るものすべては、アウェアネスに行きつくための「道を究める」ものという考えだったのだ。


それがいまだに、日本では、このような「道を究める」ものが文化や習慣として残っているというのは凄いことだと思う。
たとえ、それが形骸化しちゃったものだったとしてもだ。

それだけ日本には、こういった感覚を持つ人が多くいたという証なのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

残念ながら、昨今の日本はこういった文化も習慣もどんどん薄れつつある。


今の日本では、自己責任なんて言葉があるんだって(笑)
こんな言葉、外国語にはない・・と思う。 少なくとも英語にはない。


川で溺れそうになってる人をみつけたら、まず、なんとか助けようとしないかい?

ところが、遊泳禁止の立て札のあるところで泳いでたんだから自己責任や!
と見捨てて行ってしまいそうなのが今の日本だとか。

面白い3コマ漫画があった。
   ↓
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https://togetter.com/li/1373118


うーーむ、なんだか、日本人の方が、こんな考え方になってきてるんかな?



私が初めてアメリカに来た頃、びっくりしたことがある。

アメリカの銀行に預金していたら、お金が減っていたのだ。

maintenance fee (日本語では口座維持手数料というらしい)という名目で10ドルだったか20ドルだったかを毎月引かれていたのだ。(預金したままで全然チェックしてなかった私がマヌケなんだけどね~)


銀行にもよるんだけど・・最低預金額が3000ドルとか4000ドルとか決まっていて、それより下回ってしまうと、毎月口座維持手数料をいうのが引かれていくのだ。

そんなん日本になかったからびーーくりだった。
ちゃんと説明書細かく読めばいいのに読んでなかったからね~。


ま、銀行経営から考えれば、よーくわかる。
高額預金者なら益になるけど低額預金者だったらむしろマイナスだ。
だったら、高額所得者には恩恵を与え、定額預金者からは逆に徴収する。

実に合理的に利潤を生みだす方法だ。


でも、これって・・なんかおかしくない?
講座維持手数料というのなら、高額預金者からだって引けばいじゃない?・・って思うのは私だけ?

合理的に銀行の利益は生み出すことは出来るだろうけど・・
これでは、ますます、お金持ちと貧乏人の格差は開いていくことになる。

社会全体のことは考えないんかな?

みーんな、表面的な目先のものしか見ないんだな~。
将来的に、そして国全体、世界全体から・・・もっと高い位置からは見ようとしないんだなあ~。



アメリカというのは、もともとは、そうゆう国だ。
たった1日でも支払いが遅れると、ペナルティーとしての支払いが請求される。
電気でもガスでも家賃でも・・なんでもかんでも。

私も、家賃の支払いが銀行事情で1日遅れただけで70ドル取られたことがある。
理由のいかんにかかわらず問答無用、1日遅れただけでも(たった1分でも翌日にカウントされた場合でも)引かれてしまうのだ。

 
ま、それがアメリカの在り様なんだし文化の違いでもあるので文句言う気はない。
こりゃ、私が悪いわけだし・・まさに自己責任だわ~!と思ったもんだ(笑)



ところが最近の日本のニュースをみたところ、日本でも銀行が「口座維持手数料」を徴収するようになるとかならないとか


うーーむ
日本もどんどんアメリカのようになっていくんだなあ、と思ったのだ。


そして、つくづく常識も風習も社会も、このようにして、その時々の人々の考え方や感性によって作られているんだなあ、と思った次第。


・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、どの考え方が良くてどれが悪いとか・・という話ではない。
人によって、それぞれなのだから。

自然の緑か山の紅葉か、真っ青な海・・どれに癒しを感じるかを議論するようなものだ。


それに、誰だって現実的な目先の問題に、まずは立ち向かわなけりゃならない。
これこそ、古今東西一緒!

競争社会に生きてきた以上、勝たなきゃ明日はない

こんなこと、当たり前過ぎるほどの当たり前のはなし。


だから多くの人たちは、今見える道をみつめてせっせと前進する。 それが、どんなに目先のことだけであろうが平面的であろうが・・。

nasuka.jpg


ところが、視点を変えれば・・この道はこんな道でもあるということをご存じだろうか?
   ↓
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これはナスカの地上絵を地上から人間目線で見たところと、はるか上空から見たところ。


ふと思うのだ。

昔の日本人て・・平面で見ると同時に、はるか上空からも見ることができたんじゃないだろうか?
見るというより、なーんとなく「感じ取ってしまっていた」ということかもしれない。

それは勝ち負けを決する勝負の中でさえ。


そしてまた、どんなに自分だけが恵まれた頂点に立てたとしても、

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それが決して幸せにはならないということを・・・感じ取っていたのかもしれない。
多くの不幸の上に成り立つ幸せなんて・・あり得ないということを。


・・・・・・・・・・・・・・・・

<<後記>>
以上、日本人の美点を中心に書いてしまったけど・・日本人て嫌だな~って思うこともあります。
それは明日にでも続編で。

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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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