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雅楽と西洋音楽のスピリチュアリズム

「洋楽は指揮者が必要なのに、なぜ雅楽は指揮者がいないのだろう?」

と聞かれました。

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確かに雅楽には指揮者はいない。


ん? そもそも雅楽ってどうゆうもの?
たぶん、そこらへんに答えがあるような気がする。


奈良・平安時代頃から始まり、わが国在来の古楽と、唐・三韓(さんかん)などから伝来した音楽との総称。
神楽(かぐら)・催馬楽(さいばら)・朗詠・唐楽・高麗楽(こまがく)などで、中国、インド(天竺)、南ベトナム(林邑)、さらにシルクロードを経て伝来し たもの。

とあります。
雅楽ーwikipedia
日本雅楽会

手っ取り早く言えば、日本で生まれたものでも起源が海外にあるものでも、「洋楽以外のものすべて」を雅楽とよんだようです。

そういえば、空海によって伝えられた真言密教の楽器や音楽もあるようです。仏具でも音を出しながら声明を唱えるものもいっぱいありますからね~。

雅楽とは、このように器楽演奏、歌、舞踏・・すべてを含めたもの。


で、なんのために?

雅楽は、奈良時代・平安時代から、宮廷は勿論、寺院や神社において盛んに演奏されました。(←日本雅楽会より)

毎年の行事として節目節目にも行わていたようで・・これは、別に宮中の楽しい行事(たとえば、春の花見や夏の舟遊びみたいな)っていうより、政(まつりごと)のためだったようです。

まつりごというのは現代の「政治」のことではないです。

まつりごととは「祭政一致(さいせいいっち)」のこと
祭祀と政治とが一元化、一体化していることだそうだが・・
精神性(民意)と行政が一致してるものでなくてはならないもの。



雅楽はそのために、「自然に宿る神と交信するためのもの」と考えた方が近いかと思います。

それならば・・指揮者は不要ですね~。

神の声を聴くため、心を澄ませて耳を傾ければ、自ずから演奏者の心は1つになっていくわけですから。


それと、雅楽にはもう1つの意味もあったようです。

「安摩」という舞いがあり、さらに「安摩」の「二の舞」という踊りがありますが、ご存じですか?
(俗にいう、二の舞を踏むというのは、ここから出たんだとか・・)

私は岡野玲子さんの漫画「陰陽師」を読んで、初めて知ったのだけど・・
その中で、安倍晴明が「安摩の二の舞」を踊るエピソードが出てきます。

内裏が炎上するわ日照り続きで不吉なことばかり。そんな中、ようやく焼け落ちてた内裏新造の際、地鎮祭を行うことになる。
そこで、安倍晴明は「安摩」を舞う。
*この「安摩」というのは、6世紀頃今のベトナム北部にあった国(林邑=チャンパ王国)から伝わったもので、当時の他の舞楽ともかなり異なった特色を持っていたらしい。


このときの面がまた、とっても不思議な幾何学模様で、なんとも奇妙で、どこか滑稽さを感じる面なんですよ。

右側が「安摩」で使う面
20150709144532ama.jpg
http://ohtsukajumpei.hatenablog.com/entry/2015/07/09/153908

こんなふうに
   ↓
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https://www.pinterest.jp/pin/760826930773713884/


ひとくちに地鎮祭といっても、ただ決まった踊りをそのまんま踊ればいいってもんじゃないようです。

降雨のない状態が「陰」の龍ならば、「陽」を象徴する「朱雀」をもってその瓦解に充てる。
縦糸に横糸を通すように、「陰陽和した状態」を作り球体(珠)をもって表す。

これまた手っ取り早くいえば、陰陽のバランスが保てるような状態を舞いによって作り出すということ。(しかもすべての所作に意味があり、かなり理論的なもの)

詳しく知りたい方は岡野玲子さんの漫画「陰陽師」を読んで頂くか、下記のようなブログでも参照ください。
    ↓
中沢新一さんの虹の理論からの陰陽師の安摩の舞とか古事記のアメノウズメのくだりとか
海士と安摩-笑いの魔力




これでお分かり頂けたと思いますが、
雅楽はまつりごとに欠かせないもの、であると同時に「呪術」でもあった・・・ということです。

呪術というとおどろおどろしいものをイメージする方もいるかもしれませんが・・地鎮祭や魔を払うことなども、呪術の1つだったんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、洋楽というのは、すべて「人によるもの」から成り立っています。 (人が作り人が演奏し人に聴かせるもの)


人によるものであれば、指揮者は絶対必要になってきますね。


それでも昔は「指揮者」という職業は存在してなかったようで、指揮をするのは皆作曲家だった。
自分で作った曲を自分で指揮するんだから・・そりゃ当然。

ベートーベンさんも自分で作った交響曲は自分で指揮してました。
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でも時代を経て、作曲した人が死んでいくと指揮する人が必要になってくるわけで、
そこで生まれてきたのが「指揮者」という職業のわけです。


作曲家は楽譜を残してます。

ベートーベンのムーンライトソナタらしいが・・結構悪筆?
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その楽譜をもとに、作曲した人の思いを読み取り、さらに自分の表現力や解釈を加味させたものが1つの曲となって今に甦えさせる・・それが指揮者の仕事になったんだと思います。


おおもとの作曲家がいて演奏者がいて、時代を経てからの指揮者と演奏者がいる・・・すべてが人によるもの。


単純に言ってしまえば、
雅楽が神(自然の声)を聴き取るのに対し、洋楽は多くの人の思いが詰まったもの
とも言えるかもしれません。


そんなわけで、クラシック音楽の場合、まず楽譜は基本。 楽譜から始まるわけです。
(ただし原譜の楽譜のこと・・練習用楽譜の場合、わかりやすくするため速度記号などを勝手に書き足しちゃった○○版とかってのもあります)

ところが、作曲家といえども楽譜にすべてを事細かに記すことは到底不可能。

ここんとこは強調した音だけどのびやかで繊細さも含めるとか、しっとりと含めた音にするとか・・書いてられないつーの。
そもそも言葉で説明できるってもんじゃないし~。

だからこそ、後の人の解釈次第でいかようにもクリエイティブにしていくことが出来るってのも面白いとこです。

数百年前の作曲家と演奏家と指揮者との共同作業でもあり、そしてぜーんぶの人の思いが詰まったもの。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、そういえばクラシック界にも異端児もいましたっけ。

世界的なピアニストでありながら、和音を勝手にアルペジオにしちゃうとか、音を足しちゃうようなことまでした人。
有名なグレン・グールド(Glenn Herbert Gould)さん
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とことん、彼は自分流の自由な音楽を目指したかったんでしょうね~(笑)
ただし、彼の演奏はバッハなどのバロック音楽にほとんど限られていたようで、ショパンやリストではやっていません。

バッハくらいの時代だと即興性が強かったんで、まあ、オーソドックスなスタイルのジャズで即興演奏してる感覚なので、そうそう原曲をぶち壊すことにはならなかったんだと思うし、むしろ、曲によっては原曲を大いに活かした部分も大きかったかもしれません。


ところが、ロマン派以降のショパンやリストの時代の作曲家の作品は、下手に音を加えたり外したりしてしまえば、曲の完全破壊につながってしまうわけで・・

そこんとこ、グレン・グールドもわかってたらしく、ロマン派作品は好きじゃない!って言ってたようです。
そりゃ、自由にできないからね!(笑)

まあ、自由奔放にやりながらも、ちゃーんと曲の神髄は理解してた人なんだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、そういえば・・
現代のピアニストの中にも、自由奔放に、平気でぶっ壊す演奏しちゃう人もいるとか(笑)

しかも、この人、ショパンやリストの曲に独自で音を足しちゃったり省いちゃったりするわ、ミスタッチも多いわ、暗譜も忘れるわ・・で大変らしい(笑)


ところが本人は、私は機械じゃないんだから!(ミスしたって暗譜忘れたっていいっしょ!)と言ったとか言わないとか・・

うーーん! ある意味、すごいツワモノだと思うが・・

しかしながら・・
プロの落語家や講談家は、「滑舌が悪い」「言葉を噛む」ってのは致命的で、絶対やらないことだそーですよ。
そりゃあ、せっかく話の世界に入っても、それだけで現実に引き戻されちゃいますもんね~。

これは、演奏家も同じだと思うんですよ。 
ミスタッチしない、暗譜は忘れない・・なんてことは出来て当たり前で、だからプロなんだと思うのですが・・。


ずいぶん前でしたが、音大時代の知人(モーツァルト大好き)が、このピアニストとN響による、モーツァルトのピアノ協奏曲21番だったか?を聞きにいったそうですが・・

酷評でした。。。

だって、どこにもモーツァルトがいないんよ!
今まで、いっぱいコンサートで聴いてきたけど、モーツアルトの曲なのに、モーツアルトがどこにもいない演奏を初めて聴かされた! と。

完全に自分流の解釈で、ヘンな甘さとロマンチックを表に出す弾き方、しかも、あまりにも気ままで感傷的なだけ。
だったそうです。

たしかに、モーツァルトの美しさって、むしろ中庸のバランス的なとこにあるようです。
だからこそ、ロマンチックさも残り香のように、後からさわやかに伝わってくるみたいな。(←モーツアルトファンによる)

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まあ、音楽なんて好きなように演奏すりゃいいわけなんだけど・・・

それでも、演奏家は作曲家の思いを皆さんに伝えるという役目もあると思う私です。

作曲者を完全無視するなら、自分で作った曲を演奏すべきじゃないかな~って思う私です。


西洋音楽は「人によって作られたもの」 
クラシックとして今も残っているものは、その多くの人々を経た「最高傑作」のはず。

モーツアルトの曲を演奏するなら、時代背景から緻密な楽曲分析をしたりするのは必須のわけで、
(そういえば、のだめカンタービレの中でも、気分だけで弾いてたのだめが成長して、一生懸命、楽曲分析をするようになりましたね。・・あんなもんです。)

なぜなら、少しでもモーツァルトの心や、その神髄に近づこうとするからです。
つまり、自分だけの音楽でありながらも、決して自分だけのものでないのが音楽なのかと。

それを別の言い方をすれば、作曲者へ対する敬意なのかもしれません。

そういったものを完全無視するならば、そこに演奏価値は無いように思います。
やっぱり、自分で作曲した曲を演奏すべきかと。

・・・

さらに、驚くべきことに、このN響の演奏に指揮者を置かなかったそーですよ。

おまけに、途中から遅刻してきた客を途中でどんどん入れちゃうわで・・ざわついて煩かったとか。
(せめて人を入れるなら、1つの楽章が終わった切れ目にすべき、と思うのですが)

ええ? N響ってそんなとこだったん?
日本のクラシック音楽界ってそんなもんなん?


・・・と、これを聴いてちょっと悲しくなりました。。。

探してみたら、似たようなことを書いてるブログがありました。
    ↓
樋口裕一の筆不精作家のブログ


ついでに、かなり古い映像だけど、私が好きなピアニスト、マルタ・アルゲリッチと小澤征爾さんのコンサート前に打ち合わせをしてる映像があったので貼っておきます。
お二人とも、すごく若いとき。 (なかなか二人のやり取りが面白いし、最後の方には昨日のブログの、ベートーベンの7番もちょっとだけ入ってます。ベルフィンフィルだけど)



このようにして、指揮者もピアニストも綿密なリハーサルを重ねて本番に臨むわけです。

それだけ多くの人々の思いが詰まって出来上がるもの。
それが西洋音楽なんだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<<雑記>>

雅楽をもっと聴いてみたいな~とは思うものの・・なんか、耳にする雅楽ってどれもテンポが超スローなものばかりだし、似たようなものばかりって気がする。 本当はシルクロードを経て伝わってきた、かなりハイテンポな曲もあったはずなのですが・・。

ふと、Wikiの一文にこんなことが書かれていた。
  ↓

現在、宮内省雅楽部は宮内庁式部職楽部となり百曲ほどを継承しているが、使用している楽譜が楽部創設以来の明治選定譜に基づいているにもかかわらず昭和初期から現代にかけて大半の管弦曲の演奏速度が遅くなったらしい。
曲によっては明治時代の三倍近くの長さになっており、これに合わせて奏法も変化している。

これは廃絶された管絃曲を現代の奏法で復元した際に演奏時間が極端に長くなったことにも現れている。
このような変化や律と呂が意識されなくなってきている事などから現代の雅楽には混乱が見られ、全体としての整合性が失われているのではないかと見ている研究者もいるが・・



つまり、今では伝承されてないものが多くあるということなんですね~。
そもそももともとは楽譜はなかったわけだし・・いずれにしても残念なことです。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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