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任侠道の価値

年末年始は風邪で寝てたんだけど・・なぜか、寝ながらヤクザ映画を観てしまった。。。

有名どころの、仁義なき戦いだとか、小沢仁志さんが出てくるヤクザ映画だとか・・。

ほんとは他に観たい映画あったんだけどなあ。(←おいおい!何やってんだ私?)


でもね~、日本の戦後史を知る上のは、なかなか興味深かったんだよね、これが!

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ヤクザの歴史はかなり古いし、渡世人、侠客(きょうかく)とも呼ばれるし、なかなか定義づけしたり分類分け出来ないとこも多い。

侠客(きょうかく)」を辞書で引くと、江戸時代、強きをくじき弱きを助けることを主義とした人。
町奴、博徒の親分。男だて。

中国において義侠心をもって人の窮境を救う武力集団を指す呼称だったが、日本では市井無頼の徒「やくざ者」に対する美称として用いられた。 Wikiより



こちらが元祖と呼ばれる、歌川国芳の画による、幡随院 長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)さん
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服装も常識破れのハデハデだったんだね~、粋? 傾奇者?


ざっくり言えば、江戸時代の士農工商の身分制社会の中で、彼らは体制からはみ出すアウトロー、またはアウトロー集団。

こういったアウトロー集団は、日本各地に存在していたらしい。
国定忠治とか清水の次郎長とか、有名どころだね~。


時代はどんどん移り変わって敗戦後。

そう、太平洋戦争に負けて、なにもかも焼けちゃった後。

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人々は焼け野が原にバラックを建てて、なんとか生き抜いてかなきゃならない。

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そこで、人々は食ってくための商売を始める。
それが闇市

浅草の闇市でうどんを食べる人たち
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http://japanese.china.org.cn/photos/2010-12/09/content_21510652.htm

とくに都市部の人たちは最悪だった。 都市はどこも丸焼けだったはずだから。

餓死する人は全国の各街に及んでいたし、焼け残った衣服や家具などといった生活用品のすべてを主食や野菜と交換して、最低限の生活を維持していた。

ウチの親戚一同も東京在住だったから、超込み電車に何時間も揺られて、せっせとヤミ米買い出しに行ってたって話を聞いている。
足を棒にして回っても何も売ってもらえなかったり、焼け残った先祖代々の高級反物などを差し出して頭を下げて、やっと米一合としか交換してもらえなかったことさえあったとか。
田舎の人=素朴で優しいなんてとんでもない!と、この経験から、すっかり田舎嫌いになってしまったらしい。



本当に、こんな電車に何時間も乗っていったらしい。 こりゃ!命がけじゃ~! でも自分と家族の為に日々命がけだったそうな。
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https://rail-to-utopia.net/2018/03/598/


でもね、闇で米を入手することは違法行為。(物々交換も違法)

食料のほとんどは統制物資だったわけで、食糧管理制度(1942年に制定されてる)の下で配給以外に食料を入手することは即ち違法行為ってわけ。


ところが、配給なんてぜーーんぜん足らない。 

法を守って配給に頼ってたら死んじゃう!


事実、1947年(昭和22年)には法律を守り、配給のみで生活しようとした裁判官山口良忠が栄養失調で餓死という事件も起きている。(Wiki による)

彼は裁判官の立場で闇取引を取り締まる立場だったわけで・・それなのに、自分が闇米を買って食べるわけにはいかない!という信念だったらしい。・・・なんとも痛ましい。。。

当時の人々にとっては、闇市の闇物資が生きるすべだった。


ところが闇物資とわかれば、警察やMPに没収されてしまう。

さらに困ったことに、不良外国人(第三国人)が大暴れをして強奪、横暴の限りを尽くす。
彼らは次第に巨大なグループ化し徒党を組みだす始末。

まさに、こんなカンジで日本人を罵倒し物資を奪っていく人が後をたたかなったという。
     ↓
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https://bokete.jp/odai/782124

まあ、戦前は、彼らは日本人から蔑まれた立場にいたんだから、それがいっきに爆発しちゃったのかもしれないけどね~。


当時の日本の警察は日本人は取り締まれても、三国人は取り締まれなかったそうだ。
彼らは平気で庶民からは物資を強奪するわ、政府の配給品も強奪するわ、なんでもかんでも強奪した物資で闇で儲けたという。

そもそも戦後すぐの警察なんて・・・ほとんど機能してないような状態。
武器で対抗しようにも武器は不足してるし~、無法者の三国人は怖いし~、自分たちだって食うや食わずで命は一番大事だし~。

MPが助けてくれるかって?
そりゃ、NOだわ~。

となると、不良三国人グループに敵なし。
彼らも大きな組織を形成していき、戦後一番金を産む「闇市」に目をつけて手中に収めようとする。



さて、そこに登場してきたのが、任侠の男たち

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https://twitter.com/pal0dies/status/798658185502466048

自警団を作ろうと思うんや~。 これで安心して買い物でけるで~。


自分の土地とそこで暮らす庶民を三国人集団から守るために自警団を作る。
これが、戦後ヤクザさんの出発点となる。


彼らのお仕事は毎日闇市を見回り、不良外国人から人々を守り、時には警察からの闇物資の疑いをかけられればその仲裁役にも回ったそうだ。

ヤミ物資を没収する警察官とMP(1949年) Wikiより
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闇物資だろうと・・そこんとこは上手に胡麻化してくれて、闇市の売人たちを守り買い物客も守ってくれるってわけだ。

さらに、闇市で商売する人たちが増えてくれば、場所をめぐってのいさかいも起こってくる。
それを間に入って仲裁し解決してくれる・・つまり、困ったことすべて解決するのが彼らのお仕事。


その見返りに、売人たちは自警団の人々にみかじめ料(場所代、用心棒代)を支払うようになる。

みんな自主的にみかじめ料を払っていたらしい。
そりゃあ、非力な人たちにとって守ってくれる存在は、さぞかし有難かったことだろう。


庶民だけじゃなく、警察署も・・かなり、この自警団連中には助けてもらっている。

三国人グループに警察署襲撃されそうになると、警察署長自ら自警団(後のヤクザ)に警護を頼んだという。
その他、もめ事が起きやすい競馬場などの警備も、自警団にお願いすることが多かったともいう。



こうやって、自警団は〇〇組という組織となり、次第に力をつけていくことになる。

たとえば、新宿は、尾津喜之助(おずきのすけ)さん率いる関東小津組
    ↓ 看板の下の方に小津の文字がみえる
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http://blog.livedoor.jp/oobasakura/archives/52212430.html

この人のキャッチフレーズは、光は新宿より
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https://ja-jp.facebook.com/pages/category/Public-Figure/%E5%B0%BE%E6%B4%A5%E5%96%9C%E4%B9%8B%E5%8A%A9-414123058620645/

焼け野が原だった新宿に、闇市をどんどん大きくし一大マーケットに作り上げたのは、この人だったそうだ。


関東新橋・渋谷付近を縄張りにしていたのが、松田義一さんの関東松田組
   ↓ ちゃんと松田組の看板が立ってる。
Black_market_in_Shinbashi.jpg

松田儀一さんは悲願だった渋谷のマーケットの完成間際で射殺されてしまうのだけど、その後を継いだのが奥さんの芳子さん。
二代目松田組、女組長ってわけ。

在日三国人から完成したマーケットが襲撃されそうになると組員と共に完全阻止したというツワモノ女性。(1946年の渋谷事件)

この写真左の女性
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https://ameblo.jp/horikinu/entry-12120718886.html

いずれにしても、写真を見る限りみなさん笑顔、地域住民には地元ヤクザさんたちは慕われていた時代だったんだろうね。



これらは関東の話だけど、同様に日本全国どこの都市部でも、似たような自警団、のちのヤクザ組織が出来上がっていく。

札幌も、広島も、大阪も、神戸でも。

神戸出身のヤクザ組織が、のちに全国制覇をした山口組というわけだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もともとヤクザさんのお仕事は、みかじめ料を取りつつ、自分とこの土地を守る自警団であり警察とも協力体制の・・
強きをくじき弱気を守る正義の味方~任侠道の鏡~みたいなものだったんだろうけど、

時がたつと共にそれぞれのビジネス形態は変わっていく(笑)


戦前の古いタイプのヤクザさんの主な収入源は賭博場の上がり
   ↓ こんなに美人でおしゃれな着こなしをするヤクザさんもいたんだろうか?
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でも戦後はそれだけじゃやっていけない。

そこでさまざまな分野に乗り出すことになる。


中には政界に出馬した親分さんもいるし(←地元住民から人気があったしね~)

競馬・競輪場の警備から、ノミ屋経営したり、キャバレーやダンスホールなどの直属経営。

また興行師のお仕事は、ほとんどヤクザさんたちの仕事だったと言われている。
新人俳優さんや歌手、講談師などの興行を手掛けて彼らを売り出すのも大きな仕事のひとつ。

まさに芸能事務所。
現在でも存在する、ある有名な芸能プロダクションは、もともとはヤクザ組織のシノギから始まったそうだし~。


そういえば、鶴田浩二襲撃事件なんてのも、あったし・・
ひと昔前の芸能人は、みんなヤクザさんたちのおかげで仕事が貰えてたんだろうなあ。

そう考えると、ヤクザが芸能界、政界、警察とも深いかかわりがあったことにも頷ける。


ところが困ったことに、任侠道一直線のヤクザさんたちは、だんだん少なくなっていくことになる。

カタギ衆には決して迷惑をかけない。
人々を焼け野が原から救い出し新宿に光を!


な~んて大望を抱くヤクザさんはいなくなってったんだろうなあ。


儲かりゃなんでもアリ!になってしまって、覚せい剤を売りさばき、風俗経営をし密売し・・

もっとも、それはヤクザ社会だけじゃないけどね~。
金になりゃ、なんでもいいやんけ! 逮捕されなきゃいいやんけ!というのは、一般カタギの人でもいるから(笑)
もっともヤクザさんの場合は逮捕されても構わないみたいだけど・・。


さらに困ったことに・・
組織が大きくなればなるほど・・勢力争いが盛んになっていく。

○○組抗争ってヤツね~。


真昼間の住宅街で銃撃戦になるわ~、一般人は巻き添えになるわ~。

どこがカタギ衆には迷惑かけん!って?

どこが、任侠道なん?
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https://twitter.com/yomota258/status/686161869598425088?lang=ca

そんなこんなで暴対法が強化されたこともあって、すっかり嫌われ者になったヤクザ。

それでも現在でさえ、多くの暴力団名が指定暴力団とされてる、つまり、ヤクザ組織はなお継続中。

噂によれば、有能な顧問弁護士を雇い入れ、法律に触れぬように巧妙になり、一般企業社会への進出(企業舎弟の増加)や組織擬装などによってカモフラージュされてしまってるんだとか(←どっからの噂よ?)



そんでも、日本人はもともとヤクザ映画好き。

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「股旅物」(またたびもの)って呼ばれて、各地を渡り歩く博徒・俠客を主人公とした、時代劇・通俗小説・映画などの総称で、義理人情、漢気(おとこぎ)みたいなものがテーマだったそうだ。


さすがに今時の人は、ヤクザ映画なんて興味ないけどね~(笑)
いや、むしろ嫌われるかも(笑)

風邪ひいて熱出しながら、こんなんボーっと見るなんて私くらい?


・・・・・・・・・・・・

でも、思うんですよ~!

戦後の・・あの想像も絶するような焼け野が原で生きていかなきゃならなかった都会の人々。

食うや食わずの状況なら人の心も荒れてるし、いつ強盗に襲われるとも限らないような状況だし、いつ餓死するかもしれないような状況。

もちろん助けてくれる人なんていない。 軍隊はなくなっちゃたし警察なんてぜーんぜん当てにならない。


そんな中だからこそ、正義のアウトロー集団が生まれてきたんだろうなあ~と。
現実社会がすでにアウトローならば、アウトローな人ほど水を得た魚のように、義の為に生きられたのかもしれない。



昭和21年「生活費500円」という動画をみつけた。 (この当時のお金の価値がわからなかったからね~)

当時の一般家庭、家族5人の生活費を政府は1か月500円として計算して配給を決めたそうだ。






うわああ!! 
これじゃあ、配給だけでやってた裁判官が栄養失調で死んじゃったの・・よーくわかる。


もう一つ、この動画をみてて面白かったのは、

前半の方で、「バカバカしい戦争をやったおかげで、都心にはほとんど住宅という住宅はありません」というナレーションが入るところ。


え? 昭和21年には、すでにバカバカしい戦争をやったという認識になっちゃってたんだ!と。
終戦が20年だったはずだから・・たったの1年で?



そういえば、戦争経験のある人たちは、よく言ってたっけ。

「戦前は軍国主義一色で一致団結してたくせに、戦後はコロっと考え方が変わってしまった。
一夜にして民主主義になってしまって、鬼畜アメリカがアメリカ万歳になってしまった。
日本人の変わり身の早さってなんなんだろーね~。」



同じようなことを、ある番組で美輪明宏さんが言ったことがある。

「戦前と戦後にはがらっと、すべての常識が変わってしまったんですよ。
いったい常識ってなんなんでしょうね?
だから私は常識なんて信じないって思いましたね。
絶対変わらないものは、真実しかないんですよ。」



戦前、戦後を通して多くの人の生死をみつめ、荒廃と復興をみつめてきた人たちの視点は違う。
それは当然のことながら。


戦後生まれの人たちには想像を絶する世界だったことだろう。



それでもまたいつ日本がこういった状況にならないとも限らないのだ。

それは戦争とは限らないかもしれない。

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誰でもいまある時代が永遠に続くものと思いがちだけど・・・

サムライだって、元禄年間のサラリーマン化したサムライは、一度も刀を抜いたことが無い人の方が多かったそうだ。
大阪夏の陣(1615年)を最後に平和になっちゃったもんね~。

ざっと100年過ぎれば戦国時代のことなんて遠~い昔になっちゃって、現実の価値観の中で日々のお勤めに励んでたことだろう。

今も昔も・・
そういうの平和ボケ?


三輪さんの「真実」じゃないけど、真実をみつけてない人は、いざという時、まっすぐ生きられなくなっちゃうのかもしれない。

ヤクザ映画を観ながら、そんなことを思っていた。。。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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