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織田信長という人(その2)

<<前回からの続き>>

織田信長さんの、悪名高い部分をいくつか挙げてみる。


●比叡山の焼き討ち
<比叡山を焼き討ちし、学僧、女子供を含めた数千人を殺したことで鬼と言われるようになった出来事。>

歴史あるお寺を焼いちゃって、しかもそこにいるマジメ~なお坊さんや女子供までも殺しちゃうって、いったいどんな人なんよ!・・って、小学生の頃は思ったもんです。 まさに鬼のような怖い人だと(笑)

これが大人になると、決して神聖な場所=お寺ってわけじゃないかもな~ということも見えるようになる。


比叡山延暦寺は、平安時代、最澄により開かれた天台宗の山寺であって、たしかに昔は天台宗を学び修行する敬虔な人々の殿堂だったのだろう。

ところが、宗教というもの、時代とともに力を持つようになると、色々とんでもないことになるのが常。
1980年代に日本でも、ある宗教法人が起こした事件はいまだに生々しい記憶に残っている。


さて、比叡山がそこまでのものだったかどうかはわからないが・・

僧兵を置いて武装し、結構好き勝手放題にやってたらしいのは確からしい。
誰も手出しが出来なきゃ、そうなるわな。

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そういえば、その昔白河上皇だったかが・・

「私の思い通りにならないものが3つだけある。サイコロの目と鴨川の水と山法師だ」と言わしめた程、比叡山延暦寺を中心にした寺社勢力はアンタッチャブルで厄介なものだった。

宗教というものは一歩間違うと怖いものに変じてしまうのかもしれない。(←信長より、こっちの方がよっぽど怖いぞな。)


とくにこの時代、みんな迷信深かったし、天罰が当たると言われれば誰も手出しができなかったのだろう。


これは新平家物語の中にもあった話
    ↓
叡山の山法師たちが、自分たちに都合のよい要求を通すために、日吉山王の神輿(みこし)を担いで京の都をデモ行進し、皇居へ運び入れるってことをしてたらしい。

これを、強訴(ごうそ)と呼んだそうで、
この神輿(みこし)の前では、天皇すら、階を下りて地にひざまずき、礼拝しなければならなかったという、絶対的な象徴だったとか。

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たとえ、それに矢を射ても、矢は「神輿(みこし)に当たらず、すべて地に落ちてしまう」
「射る者があれば、たちどころに血ヘドを吐いて死ぬ」
と信じられてたそうな。


ところが、それをやっちゃったのが、平清盛さん。

清盛のドラマより
きよもり13


「人を、悩ませ惑わせ苦しませる神や仏が、あろうはずがない。
もしあらば、外道の用具に違いない」
と言って、矢を放ったそうだ。


矢は見事に命中し、清盛さんは倒れるどころかピンピンしてた。

なかなかやりますな~! 清盛さんも! 

・・・・・・・・・・・・・・・

さらに時代を経て、さすがに・・神輿を担いで強訴はなくなったけど、やっぱり信長さんの時代にも、まだまだ神仏を恐れるという感覚は強かったし、「比叡のお山は神域」というイメージはみんなが強く持っていたことだろう。

それをいいことに、延暦寺は相変わらず僧兵軍団は持ってるし政治にも口を挟んでくる。

え?どこが敬虔なる宗教団体なん?と思うほどに。

信長に敵対した浅井朝倉の残党は匿うし・・それも仏の慈悲の心で匿ったというのでもなさそうだし、
何やらあれこれと戦略をたてて企んでいたフシも大アリなのだ。


そこで信長は討伐を決心する。

信長にとっては宗教団体も敵対する武将も一緒のこと。
(信長さんは無神論者だから。 仏教もキリスト教も信じてないし天罰なんかありえね!って思ってる)

でも信長配下の武将たちは、ええ! 比叡山をやるんですかい??とビビりが入ったのも確からしい。

おいおい、キミたち、一向宗だって宗教法人じゃないすか!
なのに、一向宗を鎮圧するのは平気なくせに、なんで比叡山はダメなん?と、私も、ついツッコミを入れたくなってしまうのだが・・・

そこはやっぱ、一向宗は当時の新興宗教でポッと出だったし、比叡山は平安時代からの歴史のある大御所みたいなもんだったから・・大御所には神仏がついてる、畏れ多い! ってことだったのだろう。

今でこそ、浄土真宗も浄土宗も天台宗も、みんな歴史ある宗教になったけどね。


そこで武将たち、

比叡山は、なにかと敵対する態度だし僧兵で武装はしてるし、しかも女まで入れて最近は堕落した坊主が多いとは聞くけどさあ、
なんてたって歴史ある比叡山だからなあ。
仕方ないよな~、手出しは出来ないよなあ~。
つーか、いくら信長様の命令でも・・神仏がいるとこは・・したくないよな~!



というのが本音だったかと。


ところが、ここでまた言わせてもらうけど・・

信長さん、常識ってヤツを、もともと持ってないから。
信長さん、無神論者だから。


彼の中では、ただの敵の城攻めと一緒のような感覚だったのだろうと思う。


むしろ、そういった常識に縛られ何もできなくなってしまう家臣共に、あえて常識を突き抜けさせたいと思って命じたところもあったかもしれない。


さて、実際のところはどうだったのか?というと・・
    ↓
多くの罪の無い人々が何千人も殺され、山のすべてが焼け野が原で、何百年もの宝物も焼けて・・と言われ続けてきたわりには、

昨今の地質学的な研究によれば、この焼き討ちで焼失したのは根本中堂と大講堂くらいで、貴重な宝物というものも、言われているほどなかった・・という研究結果も出ている。



●馬揃えで天皇家に軍事力を見せつけたこと

●蘭奢待(らんじゃたい)の削り取りで、天皇家&公家に高圧的態度を見せつけたこと


この2つの出来事は、信長が天皇家へ、その軍事力を誇示し、高圧的な態度をみせつけるためのものだったと言われることが多い。


ところが、これまたちょっと調べてみると、

馬揃えのきらびやかなパレードがみたい!と言い出したのは天皇さんの方で、天皇さんが見たいって言うんだったら、この際うんと派手にやりますか~!となったらしいのだ。

蘭奢待(らんじゃたい)というのは、今でいうアロマ、炊くと良い香りがする香木のこと。 それも最高級品とされている。

東大寺の正倉院の秘蔵のお宝の1つ、そもそも正倉院というのは、東大寺の大仏様を建立した聖武天皇が生前に集めたお宝を、奥さんの光明皇后が1ヶ所に納めた倉庫のこと。 中のお宝は、ぜんぶ天皇家の物ってわけ。
ところが、天皇だっていつでも自由に出入りして見られるってわけではない



そんな場所に、信長さんが武力で正倉院に押し入って蘭奢待を切り取ってしまったわけではない!
(そりゃ、盗賊だがな~)

信長さんは、事前に関白さんの許可済みだったらしい。

ところが、天皇さんは、どうやらそれを聞かされてなかったらしいので、え?僕は許可した覚えないのに~!と驚き、ちょっと不快感を示したとか。

このときの天皇さんは正親町天皇だったと思うけど・・天皇公家衆といったって、こちらも1つにまとまってるわけじゃなかったみたいで・・正親町天皇vs.近臣たりの間でもなんやかやあったようだ(笑)


それにしても、なぜ信長さんは蘭奢待を切り取ったんだろう?

ちなみに蘭奢待を切りとった人を調べてみると。

寛正六年(1465年)、足利義政
天正二年(1574年)、織田信長
明治十年(1877年)、明治天皇


この3人だけ。

もっとも正倉院の宝物殿の見学が許されて、蘭奢待を実際に見たってだけの人だったら、他にもいる。
藤原道長とか足利義満とかも、見るだけなら見てる。 切り取らなかったけどね。

まあ、足利さんとか藤原さんとかは天皇家の親戚筋みたいなものだったけど、信長さんはまーーたく関係ない尾張の小大名の子だからねえ。 この中では確かに異質な存在ではある(笑)


なのに、なぜ、切り取ったのか?

香木に興味深々で欲しかったのか?
好奇心旺盛の信長さんだから、それもアリかもしれないけど・・なんとなく政治的な目的で奈良へ赴く口実として、正倉院に立ち寄った・・ような、そんな別の目的があったような気がする。

なので、高圧的な態度で武力で!というのは、実際にはあり得ないと思う。


若い時はうつけと呼ばれたり、こーんなファッションしてたらしいけど・・

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https://yururito-sengoku.com/sengokuodanobunaga1/sengokuodanobunagautuke.html

それでも斎藤道三との面会では、こうなったわけだから・・
   ↓
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若いときから筋目を通した方がいい時や場所は心得ていて、いつもヤンキースタイルでのし歩くアホじゃないってことだね(笑)

東大寺や春日大社を参拝する時の信長も、「一段慇懃(いんぎん)」と当時の関係者の日記(にも記されているらしい。
つまり、実に真心こもった礼儀正しい態度であったと書かれている。



●信長は神になろうとしていたという説

これは、安土城の一角だったかに、信長の代わりとなる御神体(ただの、そこらの石)を安置して、これを拝め~!って信長が命じたと、ルイス・フロイスが記したことが発端になったもの。


あははは。 これ、ホントにやったかもしれない(笑) 
これ、信長流のギャク入ってたんじゃないの?と、私は思ってしまうのだが・・。

神仏とか言って熱心に願いをかけたり拝んでる人を見て、アイツらアホか!
なんでも拝めばいいってもんじゃないだろ!
だったら、ワシも神になれるわい! と、そこらの石を拾ってきて、これがワシのご神体だ! さ、これでも拝んでろ!


みたいな事だったのではないかと・・(笑)


ところが、ルイス・フロイスはそれをマジに受け取っちゃって、信長は自分が神だと思っている!ってことになっちゃったのかも。

ルイス・フロイスって人、信長をなんとかキリスト教の信者にしようとして、見事失敗しちゃった人だからね~。

そこで、
この人は何の神も信じてない。自分が神だとでも思い混んでる!恐ろしいヤツだ!って自分で思い混んじゃったのか・・
それとも、キリスト教徒に出来なかった腹いせに、わざと信長を鬼のように描きたくなったのか・・・・

そこんとこはわからないけどね~。

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ルイス・フロイスもフランシスコ・ザビエルも属していたのはイエズス会だ。

キリスト教は博愛の精神で情け深くって、世界中の人々を救うため苦労して旅をして教えを広めてるんだな~と・・これまた私が小中学生の頃に思ってたこと(笑)

ところが、キリスト教の宗派も色々あって、当時だって宗派の違いで血を血を洗うようなありさまだったし・・また、イエズス会というのは昔から黒い噂が絶えないことでも有名な宗派でもある。


なぜ、この時代、イエズス会だけが日本にやって来たのか?

そもそも、世界中に派遣する修道士たちの生活費はいったいどこから出てるんよ?

それを誰が何の目的で出してるんよ?と考えるてみると・・なかなか、愛と博愛の精神で世界中の人の幸せにするため~なーんてキレイごとだけじゃすまない何かもありそう(笑)

イヤだね~、大人の世界は!


信長さんは、一切宗教に関心なし。

キリスト教を重んじたのは、広い世界に目を向けるため、新しい技術や道具を知ることが目的だった。(これは周知の事実)

仏教だって関心なし!

仏教の歴史で忘れちゃいけないことは、当時の、とくに庶民が信仰していた仏教は「来世仏教」だったということ。
これは死んでからのことが重要で、極楽浄土にはどうしたら行けるか、どうすれば地獄に落ちないで済むかが課題だったのだ。

だからこそ、ビンボー人はただただ拝むだけ。(それでいて不具者は前世の行いが悪かったせいにして無視しちゃったりする。・・これ前回に書いたけど)
金持ちはお堂を作って善行を積もうとしたりして、戒を破ちゃったことに対する贖いで許されようとしてたってわけ。
(人間、罪の1つも無いって人はいないからね~)

ただ「禅宗」はちょっと違って、死後のことはあんまり言わない。 それよか、とにかく座禅あるのみ。
座禅によって悟りを獲得するから、とにかく座禅あるのみだったそうな。

これもまた、信長さんの次元じゃなかったんだろう。



ならば、信長さんの死生観は?
それは・・「死んだら人は一握りの灰になる」


ここらへんのところが、スピリチュアル信奉者には、だから信長は権力と財力だけの唯物主義者だ!と嫌う人も多いところ。



だけど、私には信長さんが、即物的・唯物論者だったとは思えないのだ。
リアリストだったとは思ってるけどね。

彼が好きだったものは、茶の湯と能

利休を見出し用いたのも信長だったし、多くの茶器の収集をしたことでも有名だ。


茶の湯の極意、その魅力はどこにあるのだろう?


それは・・わびさびという言葉に尽きると思う。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%B6%E5%AE%A4

「侘び」というのは、「侘ぶ」という動詞からきていて「思い通りにならない感情」が原義だと聞いたことがある。
「寂び」の原義は「生命力が衰えること」なのだそうだ。
人が孤独で生きていく力が無くなったら、それは“寂しい”になり、金属も時を経て錆が出る・・ということにも通ずる。


思い通りにならないこと、古びて孤独になったり寂しくなること・・なんだかネガティブなようだけど(笑)

一見そういったネガティブの中に美を見出すのが、茶の湯の世界=日本人の美意識、ということになる。
形として完璧に完成されたものを求めるのではないところにある美=世界観みたいなもの。

それはもう、決してネガティブなものではなくなってしまう。
むしろ、ポジティブな輝きを持つ世界に変じてしまうのかもしれない。

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こうゆうところの、日本の美意識ってすごいよな~って、いつも私は感心させられてしまう。


日本の和歌の世界の美意識も同様のものだったし、また能の世界にも通ずるものがある。

観阿弥から世阿弥に伝えられたのが能楽で、世阿弥は父親の観阿弥から伝えられたすべてを「風姿花伝」という書物に残している。
能の理論書であり、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学、さらに人生論まで。
世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えたものも書かれているという。



私は読んだことないけど・・その中の有名な言葉だけは聞きかじってる。

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。 この分け目を知ること肝要の花なり

それと、「幽玄」という言葉。


幽玄という言葉、またまた若い時の私は、どこか頽廃的な美しさみたいなものを感じてたんだけど・・
19世紀ヨーロッパに起こったデカダンス芸術みたいなヤツの日本版かにゃあ?と。(←アホやね~)

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能を、私はそれほど多くは観たことないのだが・・

名人とか達人とかって言われる人の能を観て、不思議な感動を覚えたことがある
面と取るとタダのお爺ちゃんなのに、演じているときは鬼であっても、生命力のある、なんともいえない美しさを感じてしまったのだ。

外面は静かで優雅なだけなのに、そこに内面から出てくる生命力や美しさが伝わってきて、それが感動になったんかな~。
な~んて、シロウトながらに思ったことがある。

内に力を秘めた強さ、生命力をもちながら、外はどこまでも静かで内面の力を感じさせない。
これが、世阿弥のいうなのかなあ。

それが幽玄なのかなあ、と。


たぶん即物的な人ならば、そんなものに美しさは見いだそうとはしない。

古ぼけた歪みのある茶碗より、ゴールドで作られた完全なる形をした茶碗を好むはずだし、
能を見るより、シルクドソレイユを好むはず(←シルクドソレイユは、あれはあれで見事だし私も好きだよ~)

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

信長さんは、宗教を心の拠り所にはしない。
死んだら灰になるだけだと思っている。

思っているというか、そうありたいと思ってたのかもしれない。。。


彼の心の拠り所であり目指すところも、美の探究とその世界観にあったのかなあ、な~んて思ったりもする。


敦盛の舞が好きだったらしいけど・・

まさに滅びゆく平家の若武者、笛の名手だもんね~。

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あ、そうそう・・・私は知らなかったんだけど、信長が舞った敦盛は正確に言うと「能」ではなくって、「幸若舞」(こうわかまい)の「敦盛」なんだそうだ。

これを、たぶん型に忠実に踊るというよりは、自分流に行きついたところを舞っていたのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここからは、私が思ってるだけの話。

信長さんの美の最終傑作=人生の最終達成は、安土城にあったんじゃないかなあ?。

たぶん、天下統一を達成するくらい、いや、それ以上にも? 
彼は全身全霊を捧げて作ったような気がする。

安土城


完成した安土城を、キリスト教宣教師、ガスパル・コエリヨは、このように評している。

「この城はヨーロッパのどの城よりも素晴らしい。
城内の広さ、大きさ、美しさをなんといって形容してよいか、私はそのすべを知らぬ。

城内には黄金の飾りをつけた御殿が立ち並び、そのつくりの見事さといったら、人の手の及んだものとは思われぬ立派な細工に埋まっている。
城の中央には7階の塔(天守閣)があり、その巧妙さをみると、日本の工人の腕には魔力が宿っているとしか思えない。

塔の中の彫刻はすべて金が塗り込まれ、白や黒、赤や青の彩色豊かに塗られた壁や窓。
そして青い瓦の屋根。 その瓦の前の箇所には金がかぶせてある」




とくに見事な青の色を出すため、瓦を特別に焼かせたというような話を昔何かの本で読んだことがある。


信長以降、天下の名城と言われる城を築いた人は多くいるけど、おそらく、安土城だけはまったく異質なものだった気がする。
コンセプトがまったく違うものだった気がするのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

信長さんの生き方を追っていると、「死んだら灰になって塵となって消えてしまうだけ」って考え方もアリかな~と思うようになった。

私は個人的には、そりゃあ幽霊だってわんさかいるし死んだら輪廻転生があると思ってる。

だけど、なまじっか、輪廻転生があれば、もう1回生まれてくるんだからいいんだ~って短絡的に考えちゃう甘ちゃんもいたりして、ゲームオーバーでリセットして、簡単に自死を選ぶような人もいるわけだし。

そんな人と比べれば、たった1度しかない!死んだらチリになって消えるだけ(←バンパネラか!)と思える人の方が潔い。

また、それだけ必死に悔いなく、生きられたような気がする。


信長さんは安土城を作ることと、天下統一を果たしたあと、何がやりたかったんだろう?
世界を人を、どのように導いていきたかったんだろう?


それにしても不思議な人だ。

●今まで天皇(または親族)しか切り取ったことのない、蘭奢待を切り取った人
(実際には30か所以上も切り取られた跡があるそうなんで、こっそり切り取った人は他にも続々といそうだけど、いちおう、堂々と切り取った人って意味で)


●世界に二つと無いような安土城を作った人

●天下統一目前にして本能寺に消えた人

●しかも焼け跡をどんだけ探しても死体があがらなかった人。

●信長の死と共に、美の傑作だった安土城も燃えてしまったこと。



私には、織田信長という人、日本の歴史上において、一番謎の多い不思議な人に思えてならないのだ。

ほんとに、バンパネラだったんかよ~と思うほどに(笑)

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ついついポーの一族のこのシーン、火の中で塵となって消えちゃうバンパネラのシーンを思い出してしまうのだ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い世代の人に、織田信長って知ってる?聞くと、「ああ、小栗旬ね」と即座に言われるとか。

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これ、面白かったもんね~。
漫画もドラマも!

常識に縛られることもなく人とは別次元を見ていた信長さんならば・・
ああ、これもアリだよな~、となぜか私には思えてくる(笑)

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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