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織田信長という人(その1)

日本の歴史上の人物で誰が好きですか?・・というアンケートによれば

<<ベスト3>>

1.坂本龍馬
2.織田信長
3.真田幸村

地域ネタドラマ・映画 【男女3,921名に聞いた】一番好きな歴史上の人物ランキング



この結果は、おそらく小説やドラマの影響による結果なんだろうなあと思う。

鳥居強右衛門(とりいすねえもん)とか、小田氏治(おだうじはる)とか、山中鹿之助(やまなかしかのすけ)って名前は、さすがに1つも上がってこないんだなあ~(笑)

戦国マニアのゲーマーでもない限り、一般の人たちには名前も知られてないのかもしれないけど・・「その道」では有名な人たちなのだ!(←その道ってどの道?て聞かれそうだけど・・)

そういえば・・大河ドラマで、以前かなりマイナーな人(吉田松陰の妹)なんかを主人公にしたこともあったのに、何故「その道」の有名人を主役にしたドラマがないのかなあ、といつも思うのだが・・。

まあ、そんな話は置いといて・・


織田信長は常に人気上位に入ってる人物だ。

天下人という括りだと、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康なのに・・その中でも一番人気は織田信長なんだとか。

ホトトギスのたとえ話だと、「鳴かぬならば殺してしまえ」だったし、

超現実主義な行動力、武力で押し通す、短気で残虐、革命児、常識破りのアウトローといったイメージが一般的なのになあ。



でも、ちょこっと調べたところにろると・・信長さんの人気があがったのは近代に入ってからで、それも1960年以降なんだとか。

それまでは秀吉さんとか家康さんの方がずっと人気だったとか。

たしかにね~、そりゃそうかも。

信長さんは、もうちょっとで天下人に手が届きそうなところで、残念ながら亡くなっちゃった人。
秀吉さんは、それをちゃっかり受け継いで天下人、
家康さんはさらに600年も続く江戸幕府の礎を築いた人。

さらに、性格的にも問題だし・・信長さんはアウトロー。 
天皇や将軍というった上下関係にも心底から重きを置いてなかったようだし、副将軍の位だって、そんなもんはいらね~!って断ったくらいの人。
逆に下々の者であっても、優秀な人材なら出自には全くこだわらずに、どんどん出世させちゃう。

早いはなし、完全なるリアリストなのだ。

nobunaga.jpg


でも、そういったところが、「目上を敬うこと」が美徳だった時代の人たちから敬遠されたってのも頷ける。


ところが、60年以降の人々には、逆にカリスマ自由人のイメージで、どんどん人気がアップしたのもわかるような気がする。


さて、人の性格というのは、なかなかひと言では言えない。

ふだんはとても勇敢で頼もしい人が、いざというときに優柔不断なダメ人間になっちゃうこともあれば、
逆にいつもダメダメな人が、ものすごい勇敢な人になっちゃったりもする。

また、時が経つうちに人は変わっていくものでもある。


と、私は思っている。


信長は「怖い、鬼のような人」、秀吉は工夫をこらすタイプ、家康はがまん強い性格だったといわれているけど、
なかなか・・どうして(笑)

みなさん、それぞれに短気な部分も我慢強い部分もあり、工夫を凝らす知恵があるからこそ、強い武将でありえたわけなんだからね~。


中でも、信長さんという人物は「怖い、鬼神」というより、私には「いい人」に思える。
「いい人」というのは、薄っぺらないい人って意味でなく、「情の深い」ストレートな性格って意味の「いい人」だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

信長公記』という、信長の旧臣によって記された資料があるのだが、これは最も信ぴょう性が高い一級資料とされている。

その中に、信長が京へ上る途中、山中で片輪者の乞食を見かける話が載っている。(片輪者って差別用語だけどね)

旧中山道山中
8191yamanaka.jpg
https://yaplog.jp/rekishi-meijo/archive/379

その乞食にひどく同情して、信長は村人を呼び寄せ、反物を村人に与え、この乞食が一生食っていくのに困らないように、実に細かい指示をしている。

ただ同情しただけだったら、その乞食にぽーんと銭かモノを与えれば済むことなのに、ここらへんの配慮の細やかさからみても、
ああ、これは、ただの気まぐれの同情だとか憐憫とかじゃないんだよな~と思わせるものがある。

そもそも、この当時の考え方というのは、

障害を持って浮かれてくる者は「過去性において大罪を犯したもの」であり、言ってみれば・・自業自得という考え方が主流だった。



たぶん仏教思想の1つ?

だから、気の毒でも仕方ないよね~、助けなくってもいいよね~。 ほっておいてもOK~・・という、実に都合の良い考え方が、常識とされてた時代でもある。


ところが、信長という人、常識的考え方に囚われない人。
気の毒に思えば、すぐに助けるという率直さ。 ストレート。


村人から見れば、今まさに京へ上ろうとする勢いのキラキラ武将が、一介の乞食を助けたわけだから、
人々は深く感動してしまった・・というエピソードが、わざわざ信長公記にも記されたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここでもう1つ、最初にちょこっと名前を出した、鳥居強右衛門(とりい すねえもん)さんのエピソードも紹介しておこう。


信長さんは、鳥居強右衛門の働きに、えらく感動して彼自身に出世を約束している。

この人、何をした人かというと・・

武田と信長(徳川さんも含まれる)軍の有名な戦い、長篠の戦いの前哨戦ともいうべきものがあって、

奥平貞昌(おくだいらさだまさ)さんという城主が、長篠城を徳川家康から託されて約500の城兵で守備していたところ、武田勝頼さんの軍勢1万5千に囲まれてしまう。

長篠城って、こーんな地形のとこだったんだね~。
mikawanagasino.jpg
https://blogs.yahoo.co.jp/panzerjoji/16977456.html


そりゃもう、アリ一匹逃げ出す隙間もないほどに。
絶対絶命の状態。

援軍(信長軍と家康軍)は来るんか来ないんか?

だからさあ、やっぱ信長方より武田方についときゃよかったんよ~。
この際、さっさと降参して武田軍に入っちゃいましょーよ。 
そうすりゃ命は助かるんだからさ~。


と、重臣たちは喧々諤々。

ところが、城主の奥平貞昌さんは、徳川家康さんの人物に惚れ込んで傘下に下った人であり・・
(それまでは今川についたり武田についたりしてた)
つまり、深い信頼を寄せている。

家康さんは絶対我々を見殺しにはしない。 
この重要な拠点となる城を新参者の私を信頼して任せてくれたのだ。
今が、がんばりどころなんだ!!


と思ってる。


けど・・家臣たちには、そうは思えない。
城主様はまだ若い上、老臣たちに囲まれている状況なのだ。

どうみたって城主様、反対意見に囲まれて不利な状況なのだ。
なんとか家臣たちを説得して安心させて一丸となって・・と思うのだが・・それがなかなか難しいところ。


なんてたって、城から一歩も抜け出せない以上、情報ってのがまったくゼロだからね~。

そこで、

城主様が言い出したこと。

「だったら、現在、援軍は来てるのか? 来ないのか?
こちらの状況を説明して早く援軍が来るように要請する必要がある。
誰かが決死の覚悟で城を抜け出して、徳川軍まで走って確かめてくるしかない。

城主である私は城を抜け出すことは出来ない。 いずれにしても最後の責めを負うのは私だからね。
誰か私の代わりにいってくれる者はいないか?」


しーん。

誰もなかなか手を挙げない。

ところが、ここで鳥居強右衛門(とりい すねえもん)の登場。

「あの~、だったら・・私がいきまっせ。」


鳥居強右衛門さんて人、身分はめっちゃ低い。足軽だったとも。
でも、この人もまた、若殿(奥平貞昌さん)の人柄に惚れ込んで家来になった人なのだ。

だからといって、取り立てて武勇や知略に優れてるってわけではない。
デカいだけの、むしろ鈍重と思われてる男。

えええ~、こいつが~!
絶対無理やろ~!
ああ、これで終わった~!


と皆が思うのをよそに、(←だったら、誰か行けばいいじゃんかよ!)

彼は見事脱出に成功。

蟻の這い出る隙もないところを、いったいどうやって?


それが・・便ツボから抜け出したという。(昔のポットン便所のこと)
そこから糞まみれになって、まず川に抜けて泳ぐって方法。

さすがに武田軍も、そんな過酷な臭いところから、💩まみれ💩の人が抜け出してくるとは思ってもみなかったんだろうね(笑)
(これは池波正太郎さんの「忍びの風」による説)


劇画タッチのスネエモンさん
   ↓
121141020.jpg
https://gamewith.jp/sengokuenbu/article/show/105538

えっと長篠から、徳川さんのいる岡崎だと片道65キロ・・・これをひたすら、敵方に見つからないように隠れて走り通したんだとか。
つまり・・街道を走れないから山野を駆けたんだと思う。


こっちは、ゆるキャラ・スネエモン
   ↓
43c23a9f.jpg
http://blog.livedoor.jp/furusato_ouen/archives/1013931029.html

主君への愛と信頼で走りぬくって・・まるで走れメロスみたいな話だけど。

彼は見事に岡崎まで走りぬいちゃう。


ieyasu1.jpg

家康さんはびっくりして、すぐに信長さんに報告。


nobuna1.png
信長さんもまた、

「そんな状況になってるなら大変だ!
準備を急げ急げ! すぐにも出発するぞ~!」


ということになる。

そう、援軍はちゃーんと進軍してきてたんです!

ところがなんてたって、あの、長篠の戦いだから・・
信長さんは、3万もの軍勢に鉄砲3000と馬房策の用意もあって、それなりの時間がかかってたわけ。


スネエモンはそれを聞いて大喜びしたものの、今度は早くこの朗報を長篠城にいる殿に伝えたい!
そうしなければ・・援軍が来ないと思い混んで、殿は切腹して開城しちゃうかも・・とか、色々焦るわけです。


「そんじゃあ、ワシ、戻って殿に伝えまっせ!」と。

おいおい!そりゃ、無謀だ!と、家康さんも信長さんも止めるのだが・・

また、スネエモンさんは走り出す。 またも65キロの道を!


ところが・・やっぱり・・今度は、武田方にみつかって捕まっちゃうのだ。

敵方の武田勝頼さんは、
takedakatuyori.jpg
https://sengokumiman.com/takedakatuyori.html

スネエモンに
「オマエ、よくやったよな~。 見上げたもんだ! だけど捕まっちゃたんだから潔く降参して今度はワシの家来になれ!
重く用いてやる。
ただし、家来になる証に、明日の朝、長篠城に向かって援軍は来ないから、投降しろ~!と叫べ。」

と条件を持ちかける。

スネエモン、少し考えてから・・わかった! そうする!と同意するのだ。

この時代の常識として・・命がけで良い働きをした者は捕虜となっても敵方に優遇されるし、また、それを受けることも当然とされていたのだ。


そして翌朝。

スネエモンは、
「殿~! 援軍はもう、そこまで来てますよ~。
だから絶対、降参しちゃいけませんよ~! あと、ひと踏ん張りですよ~。」

と、叫んじゃったのだ。

なんでそうなる?

スネエモンは本気で、ここまでやったんだから我が殿も許してくれるだろう。 だから武田の家来になろうと思ってたのかもしれない。 だけど、つい、いざとなったら、自分でもあれれ~?と思いながら、反対のことを叫んじゃっただけかもしれないし・・

または、初めから、勝頼を欺くつもりだったのかしれないし・・

そこんとこはわからない。
でも、そう叫んじゃったのは、まぎれもない事実!


長篠城の皆々は大喜び。

ところが、勝頼さんは、約束が違う!と激怒。(まあ、そりゃそうだ!)
そこで、わざわざ見せしめに、高台でスネエモンを磔にしてしまったのだ。

それを涙ながらに、城主の奥平貞昌さんや家臣たちが見て、
「ここまでしてくれたスネエモンの死を絶対無駄にしてはいけない」と一致団結したのは言うまでもない。

結局、織田・徳川連合軍の一隊が包囲を破って救出に来るまでの間、見事に武田軍の攻勢を凌ぎきったという。


武田軍としてみれば、ますます逆効果になっちゃったというわけ。
勝頼さん、まだまだ、こうゆうところが若いんだね~。


この後のことは皆さんご存じの通り、長篠の戦いになり、それが武田家滅亡へと繋がることになる。

さて、この鳥居強右衛門を、家康さんも信長さんもひどく感動し深く死を悼んだという。

亡き鳥居強右衛門の息子も重く用い、彼の殿だった奥平貞昌さんのことも重く用いることになる。

家臣にそれほどまでに信頼される殿というだけで奥平貞昌さんの評価もぐーと上がったし、事実また、その評価に値する人物でもあったらしい。


信長さんは、スネエモンの殿、奥平貞昌さんの戦いぶりを賞賛し、信長の偏諱「信」を与え、のちに、奥平信昌と改名することになる。 信長の直臣でもないのに・・むしろ新参者でしかも徳川の部下に偏諱を与えるってかなり珍しい。

もちろん鳥居家も、その後ずっと徳川政権になってからも繁栄していく。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スネエモン話、長々書いたけど・・信長さんは、どうもこうゆう話に弱いらしい。

こうゆうことに深く感動してしまうところがある。

自分も常識外れのせいか、常識外れで命がけで事を成そうとする人にはついつい、共感を覚えてしまうのかもしれない。


この話は、武士の忠義といってもてはやされている。


ところが、ひとこと言わせてもらうと、

忠義とひとことで言っても、「部下の立場上なにがなんでも大将に従う、絶対裏切らず尽くす」という忠義とはぜーんぜん中身が違っているのだ。


たとえば、逆パターンでこんな話がある。
    ↓

ある勇猛な槍働きをする足軽が、ある武将に仕えて大活躍をしたため、戦を勝利に導いた。
その武将の、また上の大将が大喜びして、その武将に何万石もの恩賞をとらせたそうだ。

ところが、その武将というのが、かなりセコイヤツだったらしく・・自分の部下の働きだったことを自分の大将にひと言も告げずに、ぜーんぶ自分の手柄にしちゃったらしい。 もちろん、加増分も独り占め。

それを見た勇猛な足軽は、「こんな男はダメだ~! もっと俺が命がけで仕えることにできる主人を探そう!」と、さっさと見限って出て行ってしまったんだとか。



ええ? これじゃあ、まるで忠義心が無い?と思われがちだけど、

これはまさに、スネエモンと同じこと!
「惚れこんだ男になら命をかける」という点で、そんな主人に巡りあったか、まだ巡り合ってないかの違いだけ。

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https://www.toyorigin.com/collectibles/pop-toys/devoted-samurai-standard-version-1-6-scale-figure-ex026a/

主人の人物を見極めることもできずに、ただ忠義さえ尽くしてればいいと思うのは、ただのアホということになっちゃう。
江戸時代に入ってからの武士の忠義は、だんだん、こうなっていっちゃったようだけどね~。

これが戦国時代の「正しい」忠義の尽くし方。

これぞと思った人物に仕える、そして死を恐れず勇敢に働くこと。
それに対して、上司も信頼し重く用いることで、さらに両者の絆が深まっていく。


早い話、その人物に惚れてるか恩を感じてるか・・なのだ。
そこから生まれるのが「忠義心」なんだと思う。


信長さんは、そこらへんは実によくわかってた人のようだ。
だからこそ、有能な部下がいっぱいついてきたわけだし。

もっとも信長さんだけじゃなく、それぞれ名を残すような武将はみ~んな、それだけの器を持ってたともいえるだろう。

織田信長をトップに、その下が家康さん
逆に下から言えば、スネエモン ⇒ 奥平貞昌 ⇒ 徳川家康 ⇒ 織田信長

トップの信長さんが、一番下の足軽のスネエモンに直に対面して出世を約束しちゃうのも、なかなかない話。



やっぱり、「熱く情の深いストレートな性格」、いい人だった信長さん、

だけど、それだけじゃない。

同時に緻密なほど計算高く、現状把握ができて、先見の明もある。
人を上手に使う才能
もあった人だ。

みんながみんな自分の人物に惚れてついてくる部下ではないのも承知の上。
目先の損得だけでついてくる武将もいただろうし・・・それでも、こいつは役に立つと思えば、ちゃーんとそれなりの部署に配置して使い分けている。


ただの「いい人」だけだったら、必ずそのうちコケる。
戦国時代をタフに上り詰めるなーんて、絶対ムリ。

信長さんの緻密なほどの計算高さと冷静な目もあったればこそ・・だったんだと思う。
さらに世間の常識には一切無関心つーか、もともと持ち合わせてない人・・だったんだと思う。

渡辺健さんの織田信長より(←私はこの信長さんの、このシーンの立ち居振る舞いが一番美しかったように思う)
nobukagamovie.jpg


ところが、なぜか信長さんの「いい人」部分はスルーされて、残虐・冷酷非道の部分が強調されて描かれることが多い。

では、次にネガティブ部分をみてみよう。

<<長くなりそうなんでいったん切って、次回に>>

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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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