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ドグラ・マグラの世界から「脳髄論」

昨日からの続きで、夢野久作さんドグラ・マグラから。
今日は、本文中の脳髄論について。

手っ取り早く言ってしまうと・・

人間は霊長類の中で最も賢いのだ~ってのは大嘘!

脳は物事を考えるところってのは大嘘!



ってことです(笑)


脳が占める割合はヒトが一番大きい

know_evolution.gif
http://bsi.riken.jp/jp/youth/know/evolution.html

だからヒトは一番頭がいい。
昔はそのように教わった覚えがあります。

だって脳は考えるとこだもん。
一番脳が大きいのは人間。
だから、人間は一番賢いんだ!

人間こそが霊長類の王なのだ~と。



そういった考え方の上にたつと、

ダチョウさんは「残念ないきもの」なんだそーです(笑) 
   ↓
28121834_1.png
https://curazy.com/archives/152207



さて、ドグラ・マグラの本文中は、このように書かれてます。
    ↓

エッ……脳髄は物を考える処だ……と云うのかい。

 そうだよ。みんなそう思っているんだよ。現代一流の科学者は勿論のこと、全世界のありとあらゆる種類、階級の人々は、プロとブルとを押しなべて皆、脳髄で物を考えているつもりで生きているんだ。
ラジオも、飛行機も、相対性原理も、ジャズも、安全剃刀かみそりも、赤い理論も、毒瓦斯ガスも何もかも、この一二〇〇瓦グラム以上、一九〇〇瓦グラム以下の蛋白質のカタマリから生み出されたものと確信し切っているのだ。

 成る程、人間の屍体を解剖して、脳髄なるものを覗いてみると、そうした考え方は万々間違いないように見える。大脳、小脳、延髄、松果腺なんどと、無量無辺に重なり合っている、
奇妙キテレツな恰好をした細胞が、やはり、奇想天外式に変形した神経細胞の突起によって、全身三十兆の細胞の隅から隅までつながり合っている。
その連絡系統を研究して行くと結局、人体各部を綜合する細胞の全体が、脳髄を中心にして周到、緻密、且つ整然たる糸を引合った形になっているのだ。
だから人間一切の行動を支配する精神もしくは、生命意識なるものは、脳髄の中に立て籠こもっているのじゃないかしらんと考えられる。少くとも「脳髄は物を考える処」と考えて差支えないように考えられるのだ。



xxx

当時の基督教の迷信と僧侶の堕落腐敗に飽き果てていた尖端人種は、これを聞くや否や大喝采裡に共鳴した。
吾れも吾れもとヘポメニアス氏の迷説を丸呑みにした。『脳髄は物を考えるところ』という錯覚を、プレミヤム付きで迷信してしまった。

「そうだそうだ。この世界には神様なんか存在しないんだ。すべては物質の作用に外ならないんだ。吾々は吾々の頭蓋骨の中に在る蛋白質の化学作用でもって、新しい唯物文化を創造して行ゆくんだぞッ……」
 ……と……。



ここで、ふと時代背景を考えてみた。

そういえば、とくにヨーロッパは長年キリスト教にがんじがらめにされてきたわけだし、しかも有難いはずのキリスト教がすっかり堕落腐敗してしまってることに、多くの人たちが気づいてきていたのだろう。

で、うーんざりしていたところ、じゃじゃーんと登場してきたのが科学の世界。

その反動もあって、科学的なものへ傾倒していったのかもしれないですね~。

堕落した唯心論から、唯物論へと。


続けて本文を
  ↓

「脳髄は物を考える処」
 こうした考え方は現在ではもう人類全般の動かすべからざる信念……もしくは常識となってしまっているのだ。


……ナニイ。まだ解らない……?……。

 アハアハアハ。それは脳髄で考える癖がまだ抜け切れないからだよ。

「精神は物質也」式の唯物科学的迷信が、まだ頭の隅のドコかにコビリ付いているせいだよ。





ここからは人間史を挙げてます。

人間は最も進化を遂げた高等な生き物と言われてるけどね~、実際に我々の歴史をみてごらんよ~と。

こりゃ、むしろ、『脳髄の罪悪史』だよ。
    ↓

曰く……脳髄の罪悪史は左の五項に尽きている……と……。

 『人間を神様以上のものと自惚れさせた』
 これが脳髄の罪悪史の第一ページであった。

 『人間を大自然界に反抗させた』
 これが、その第二ページであった。

 『人類を禽獣の世界に逐い返した』
 というのがその第三ページであった。

 『人類を物質と本能ばかりの虚無世界に狂い廻らせた』
 というのがその第四ページであった。

 『人類を自滅の斜面スロープへ逐い落した』
 それでおしまいであった。


 
その詳しい説明は、ここの部分です。
   ↓

かくして物の美事に人間世界から神様を抹消ノックアウトした『物を考える脳髄』は、引続いて人間を大自然界に反逆させた。そうして人間のための唯物文化を創造し初めた。

 脳髄はまず人間のためにアラユル武器を考え出して殺し合いを容易にしてやった。

 あらゆる医術を開拓して自然の健康法に反逆させ、病人を殖ふやし、産児制限を自由自在にしてやった。

 あらゆる器械を走らせて世界を狭くしてやった。


 あらゆる光りを工夫し出して、太陽と、月と、星を駆逐してやった。

 そうして自然の児である人間を片かたっ端ぱしから、鉄と石の理詰めの家に潜り込ませた。瓦斯ガスと電気の中に呼吸させて動脈を硬化させた。鉛と土で化粧させて器械人形ロボットと遊戯させた。

 そうしてアルコールと、ニコチンと、阿片アヘンと、消化剤と、強心剤と、催眠薬と、媚薬と、貞操消毒剤と、毒薬の使い方を教えて、そんなもののゴチャゴチャが生み出す不自然の倒錯美をホントウの人類文化と思い込ませた。……不自然なしには一日も生存出来ないように、人類を習慣づけてしまった。





まだ続きます。
   ↓

……そればかりでない……。

 人間世界から『神様』をタタキ出し、次いで『自然』を駆逐し去った『物を考える脳髄』は、同時に人類の増殖と、進化向上と、慰安幸福とを約束する一切の自然な心理のあらわれを、人間世界から奪い去った。

すなわち父母の愛、同胞の愛、恋愛、貞操、信義、羞恥、義理、人情、誠意、良心なぞの一切合財を『唯物科学的に見て不合理である。だから不自然である』という錯覚の下に否定させて、物質と野獣的本能ばかりの個人主義の世界を現出させた。

そうして人類文化を日に日に無中心化させ、自涜化させ、神経衰弱化させ、精神異状化させて、遂に全人類を精神的に自滅、自殺化させた虚無世界の十字街頭に、赤い灯、青い灯を慕うノンセンスの幽霊ばかりを彷迷さまよわせるようになってしまった。

『物を考える脳髄』は、かくして知らず識しらずの裡うちに、人類を滅亡させようとしているのだ。




え? これが・・1935年に出版されてたん?
85年も前だって?


今でこそ、物質主義の世を反省する人たちも増えたけど、この時代では、ほとんど、誰も考えてもみなかったんじゃないかな。

だって、文明バンザイ~! これからは科学の時代ってワクワクしてたようなときだもん。

あ、そうか~。 だから、小説として、「変人博士の説」というフィクションの形で、こういった考え方を世に出したのかもしれない・・なーんて、ちらっと思ったりしました。


日本だって、こうゆう時代に突入していく。

sanshu-no-jingi.jpg
https://www.shaveoffmind.com/sanshu-no-jingi/


IMG3_7_2.gif
http://www.denden-town.or.jp/history/part3_7.htm


たくさんモノを持てるようにならなきゃダメ~。
それには頭が良くなきゃダメ。
勉強して良い大学に入って~。

と言われた時代に突入。

アンタは頭が大きいから、もともと賢いのよ、やれば出来る子なんよ!・・・なーんて親におだてられたもんです(笑)

atamaii.png


ホントかよ~! 頭がでかけりゃ顔もデカいだろーが・・・。
それって美点かな!




そ~んな物質主義の真っただ中でさえ、一方では「心霊」現象もあり、また興味を持つ人々もいた・・と書いてあります。
    ↓

それかあらぬか一方には、この唯物文化のまっただ中に、精神や霊魂関係の、怪奇劇や神秘劇が大昔のまんまに現われて来る。
しかも、モウ沢山というくらいに、後から後から現われて来て、一々人間のアタマを冷笑して行くから愉快ではないか。

 唯物資本主義の黄金時代、科学文化で打ち固めた大都会のマッタダ中で、死んだ人間が電話をかけたり、知らない人間が一緒に写真に映ったりする。又は宝石が美人の寿命を吸い減らしたり、魔の踏切が汽車を脅したりするはまだしも、大奈翁(だいなおう)の幽霊がアメロンゲン城の壁を撫でて、老カイゼルに嘆息して聞かせたり、ツタンカーメン王の木乃伊がエジプト探検家に祟ったりする。



はいはい。 おっしゃる通り、昔から幽霊話やミステリーはいっぱいありましたね。

現に科学的推理の天才的巨人、指紋、足跡、煙草の灰式、唯物的探偵法の創始者シャーロック・ホルムズさえも、晩年に到ってはトウトウこの種の怪現象に引きずり込まれて、心霊学の研究に夢中になったまま息を引取った……



はいはい、コナン・ドイルさんは確かに晩年は心霊研究家になっちゃいました。

それにしても、なんでもよくご存じで・・。

不思議だというが、そんな事実が在り得るとか、在り得ないとか断言し得る者は一人も居ない。
あっても終しまいには水掛論になってしまうので、結局、お互いの脳髄を怪しみ合いつつ物別れになる事が、
最初から解り切っている。



はいはい。 日本でもひと昔前のTVで心霊現象は、いっぱい取り上げられてたみたいだけど・・あれは幽霊のオーブだ! いやプラズマだ!って、さんざん議論してた時代があったような・・。



では、そろそろ核心にいきます。
   ↓

……ナニナニ……?????……。

 ……『脳髄で考えなくてドコで考える』と云うのか……。
 ……『脳髄で感じなくてどこで感ずるのだ』と云うのか……。
 ……『吾々の精神意識はどこに在る』……
    『吾々はドウして生きている』というのか……。

 ……ナアンダ……。
 チットモ可笑しい問題ではないではないか。不思議でもなければ奇抜でもない。極めて平々凡々の問題ではないか。


   
    xxxx

吾々の精神……もしくは生命意識はドコにも無い。吾々の全身の到る処に満ち満ちているのだ。
脳髄を持たない下等動物とオンナジ事なんだ。

 お尻を抓つねればお尻が痛いのだ。お腹が空すくとお腹が空くのだ。
 頗る簡単明瞭なんだ。

 しかしこれだけでは、あんまり簡単明瞭過ぎて、わかり難にくいかも知れないから、今すこし砕いて説明すると、

吾々が常住不断に意識しているところのアラユル慾望、感情、意志、記憶、判断、信念なぞいうものの一切合財は、吾々の全身三十兆の細胞の一粒一粒毎ごとに、絶対の平等さで、おんなじように籠もっているのだ。

そうして脳髄は、その全身の細胞の一粒一粒の意識の内容を、全身の細胞の一粒一粒毎に洩れなく反射交感する仲介の機能だけを受持っている細胞の一団に過ぎないのだ。

 赤い主義者は、その党員の一人一人を細胞と呼んでいる。それと同様に細胞の一粒一粒を人間の一人一人と見て、人間の全身を一つの大都会になぞらえると、

脳髄はその中心に在る電話交換局に相当する事になる。そうしてソレ以外の何物でもあり得ない事がわかるのだ。




脳髄は考えるところにあらず。

脳髄は感じるところにあらず。



眼の球ばかりで物を見る事は出来ない。耳ばかりで音は聞えない。その背後には必ずや、全身の細胞の判断感覚がなければならぬ。

 同様に脳髄が、脳髄ばかりで物を考えたり、感じたりする事は不可能である。その背後には必ずや全身の細胞相互の主観、客観がなければならぬ。





吾々の全身三十兆の細胞は、かようにして、流れまわっている赤血球、白血球から、固い骨や、毛髪の尖端に到るまでも、吾々が感じている意識の内容をソックリそのままの意識内容を、その一粒一粒毎ごとに、同時に感じ合って、意識し合っているのだ。




……繰返して云う。
 人類は物を考える脳髄によって神を否定した。大自然に反逆して唯物文化を創造した。自然の心理から生れた人情、道徳を排斥して個人主義の唯物宗を迷信した。そうしてその唯物文化を日に日に虚無化し、無中心化し、動物化し、自涜化し、神経衰弱化し、発狂化し、自殺化した。




以上です。

人間社会が物質主義を中心に回ってしまうようになったのは、デカい脳が偉いんだ~!という思い混みによって始まったのかも・・・ですね。

脳ばかりで考えようとして、それぞれの細胞で考えたり感じたりできなくなってしまったことに起因してるのかも・・ですね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずっと前に、プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係というのをアップしたことがありますが、

この中で、スピリチュアル体験をしてしまった脳外科医が、脳じゃない! これは細胞、DNAによるものかもしれない!とあらためて気がついた・・という話がありました。

彼は、もともとはバリバリの西洋医学界の脳外科医で、心霊現象などというものは脳が見せる幻影にすぎないと長年思い混んでいたそうですが、自らの体験によってその間違いを認識し、目からウロコだったみたいですね。


近年になって、多くの科学者やドクターといった人たちの中には、新たな「気づき」を経験しだした人が多いみたいです。


が、それにしても・・夢野久作さんが、あの時代に、こんなことに気づいていたってことには驚きです。



いやいや・・よく考えてみれば、どんな古い時代であっても、「気づいている人」「知ってる人」はいたんでしょうね~。

たとえば、ルドルフ・シュタイナーをみても、もっと古くは、聖徳太子やゴータマ・シッダールダなどにおいても。
みーんな知っていたことでしょう。
で、みーんな霊能者(笑)


仏教はなんのためのもの?・・と聞かれれば、人々をアセンションに導くためのもの。
アセンションというのは、スピ系用語らしいので・・仏教用語でいえば、解脱ということになりますね。

そのために、仏典は個人の心の持ち方を書いているものが多いそうですが、同時に「宇宙のしくみ」「自然の法則」について書かれているものもあるそうです。

宇宙のしくみや自然の法則を「知ること」によって、同時に己を知ることになり、それが解脱の道へ導く・・という考え方がベースにあるようです。

ところが、そういった仏典があっても、それをどのように解釈するかは、それぞれの僧侶によってまったく違うそうです。

なかには、ぜーんぜん読み違いをしちゃってる大僧正だっているかもしれませんし~(笑)



そういえば、以心伝心という仏教用語がありましたね~。

以心伝心のもとになる逸話として、拈華微笑(ねんげみしょう)というのがあるそうです。

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あるとき、お釈迦様のお弟子さんたちがお説法を聞こうと集まってきた。

ところが、お釈迦様は、なーんもしゃべってくれない。
何も言わず、一輪の蓮の花を手折ったのだ。

え? 師匠!なにやってんの? それ、どーゆう意味?と、みんなが怪訝な顔をしてしまった。

ところが一人だけ、摩訶迦葉(まかかしょう)さんだけが、お釈迦様の真意を感じ取って微笑んだ。



という逸話。

言葉や文字で伝えず、「心で伝え心でキャッチする」という、まさに以心伝心の逸話です。


つまり、この時代から、ほとんどの人は頭で理解しようとしていたってことかもしれませんね。

肉体の目だけで、1輪の蓮の花だけをみて・・、え? なんで蓮の花なん? 意味わからん!ってことだったのかも(笑)


ドグラ・マグラの一節、
    ↓

眼の球ばかりで物を見る事は出来ない。耳ばかりで音は聞えない。その背後には必ずや、全身の細胞の判断感覚がなければならぬ。



まさに、これかと(笑)


こうゆうのが本来の「霊能」なんだろうなあ、と思います。


どんなに必死に考えても・・・結局、本当のところは、わからないってことも多いと思います。

また逆に、いくら伝えようとしても、頭だけを使って理解しようとしてる方には、伝えることは不可能なんだと思います。

世のなかには、「言葉だけでは伝えられないこと」も多々あります。

とくに、真理は以心伝心でしか伝わらないように思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私の子供の頃は、ヘンな大人が結構いました。
文学青年って呼ばれた人たちで(笑)・・・今、こんな言葉って死語かと思うけど・・。


青白い顔して、「人は何のために生きるんだ?」 「私とはいったいなんなのだ?」とか、始終ブツブツ言ってて・・
しかも、超重たい本を抱えて歩いてる人が多かったような・・。 (トレンディーだったのかな?)


チラっと背表紙を見ると、ニーチェだとか、ドフトエフスキーだとかで、本も重いし中身も重い。
(あ、ニーチェやらドフトエフスキーさんやらを、否定する気はありませんが。)

で、とにかく、暗いんだわ~。 (見てるだけでイライラしてきて、200メートル全力疾走してみんかい!と言いたくなるくらい。)
    ↓
C_CXn7CVwAEzdVX.jpg
https://twitter.com/yokotanji/status/860358394279903232?lang=ro

飲んで歌って騒いでの・・アホ女子連をみて(←私も含まれてた)

ため息つきながら、「キミたちはいつも幸せそうでいいね~」と、超バカにしくさった口調で言われたもんでした・・・。

まあ、たしかに、私たちはおバカな女子学生やってたんで反論は出来ませんが・・


それでも、彼らよりは百倍生きることを満喫してたと思うし、
彼らより千倍、生命力にあふれてたよーに思います。


ここで、またドグラ・マグラの一節を借りれば、
   ↓
吾々の精神……もしくは生命意識は脳髄のドコにも無い。 吾々の全身の細胞の到る処に満ち満ちている。
脳髄を持たない下等動物とオンナジように。



ティーンの頃の私たちは、脳髄を持たない下等動物並みに、体全身でハッピーを感じてたんだと思います。

でも、それだけじゃダメなんだよな~、ってことに後に気づきました。


どんなに生命力があっても、やっぱ、せっかく胎内で5億年は進化してきたわけだし、ヒトとして誕生した以上は、
ヒトとして多くを知り、ヒトとして生命力に溢れなきゃ!

それには、全細胞で学び考え、感じることなんだな~と。

頭だけで考えようとするな。 感じようとするな。

細胞のすべてが生きて考え感じて、しかも記憶しているのだ。


この博士の言葉が響いてきます(笑)

私たちがこの世で吸収したことのすべてが、私たちのDNAの中に記憶され、
それがまた、「未来性」へと引き継いでいくんだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回ドグラ・マグラの本筋のミステリー小説の部分や謎解き部分などは、まったく無視して、ただ、論文箇所の、それも「胎児の夢」と「脳髄論」だけにフォーカスして抜粋してます。

論文中にも、まだまだ、大人が見る夢についてだとか、人間心理についての部分だとかの興味深いところもあるんだけど、とりあえず、そういったことはカットしてますので、興味があれば読んでみてください。

私はまた読もうとは思わないけど・・。


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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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