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男尊女卑というジェンダー史

大学1回生の頃、友人たちと居酒屋にいたときのこと、
サラリーマン風のオヤジグループが「奢ってあげる」と割り込んできて、一緒に会話に参加するなんてことになった。

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なんの話をしてたのか忘れちゃったけど、あるオヤジが偉そうに、こんなことを言った。

「女ってのはね、男と違って感情的直観的に出来てるものなんだよ。
男は頭で考えるけど、女は子宮で考えるっていわれてるくらいだからね。」


ムっとした私は、「へえ~、おっさんは、そうゆう女としか付き合ってこなかったってことだね。」と言ったのを思い出した。

オジサンは、じゃなくって・・たしかに、オッサンと言った記憶がある(笑)
それも、かなり・・偉そうどころか、かなりの「上から目線で」いった覚えがある(笑)

当然、気まずい空気が流れる中、今度は隣にいた友人が、

「あ、そうだ! 女は子宮で考えて男は睾丸で考えるんだ!」と大声で言ったものだ。

こ、こうがん? 

そりゃ名言だわ~と、なぜか全員納得(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「男は頭で考え女は子宮で考える」という言葉が本当にあるのかどうか、どこから出た言葉なのかは知らない。

若かった私は、その言葉を女性蔑視と捉えてムカついたのだ。


あれから少しは成長した今の私からみれば、ああ、それもアリかな?って思えないこともない(笑)

頭で考えるだけでは答えは出ないし、直感や本能に従うだけでも道を誤る。
つまり、両方が必要なのだ、という教訓


本当のところはどうゆう意味かは知らないけど。


さて、このときの、オッサンがどういう意図でいったのかは今となってはわからない。

女は所詮そういった生き物なんだがら、良き妻となり良き母になるべきなんだよ・・と言いたかったのかもしれない。


これは昭和時代の話だ。
いまどき、そんなことを公衆の面前で言ってしまう男はいないと思う(笑)


ところが、国会議員のオッサンが、

「新郎新婦には、必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい」とか
「子供を一人も産まず青春を謳歌してきた女性の老後を、税金を使って面倒をみるってのはどうかね~。」とか

発言しちゃったんだそうだ(笑)

いくら少子化問題が頭にあったとはいえ、政治家が「ジェンダー差別発言」はまずいし、そもそも、問題はそこじゃないだろうに~。

おそらく、このオッサンたちは、遠い昔の昭和時代から、ちーーとも成長していない人たちなのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカの大学のマスターコースにいる友人で、ジェンダー問題を専門に研究をしている人がいた。

私もその人の話に興味を持ち、自分でもいろいろと調べてみたことがあった。


★女性参政権

過去において、女性には参政権すらなかった。。。

そんな中、一部の欧米諸国の女性たちは、女性の地位改善を目指し参政権獲得に命がけで戦ってきた人たちもいた。
   ↓
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-42971614

これはイギリスの100年くらい前のポスターだそうだが、このように書かれている。
    ↓

法廷用のガウンを着た女性 「ここから出ていい時期なのに、鍵はどこでしょう?」

「犯罪者、狂人、そして女性たちは! 国会選挙に投票できない」



先進国と言われている欧米諸国は、いずれもこーんなものだったんだなあ、と思う。


欧米諸国では長きに渡って「女は結婚し妻となり家庭に入り育児をするもの」という考え方が主流だったようで、
もしも結婚できなかったら? 夫と死別したら? 娼婦になるしかない・・ような時代だったともいわれている。

それでは、男尊女卑と言われても仕方がないだろう。


★日本の昔

では、日本はどうだったのだろう?

日本は明治政府になってから、大きく変わった。
何事にも欧米風を取り入れたため、法の上から、男尊女卑を明確に形づけてしまったように思える。

それまでの藩制を廃止し完全な中央集権にして、列強諸国に負けないよう国作りをしなきゃならなかったんだから、法でがんじがらめにしようとしたのも、頷けないことはない。



それまでの日本をみてみると、男尊女卑という概念は無い。
「専業主婦」という考えもない!


食べていくことがあたり前だった庶民は夫婦揃って働いていた。

小さな子供はおんぶして働いていた。
    ↓
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広重の東海道五十三次より

少なくとも江戸時代の女性たちはバリバリ働いた。

江戸で働く女性たちには、実にさまざまな職業があったという。

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若い女の子たちの憧れの職業といえば、
   ↓
水茶屋・・喫茶店兼休憩所
麦湯売り・・麦湯とは麦茶のことで、夏ドリンクの定番
房楊枝屋・・優雅に房楊枝を売るのが人気だったとか。



パワフル系なら、
   ↓
料理屋・・かなり皿が重かったんで、主に力自慢の女性の仕事
留女・・旅籠の呼び込み専門

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行商人(ありとあらゆるものを売って歩ける)
海苔売り、針売り・・・これは婆さんたちの仕事、海苔や針ならば軽いので持ち歩けるので。


季節商売ならば、
   ↓
枝豆売り・・なぜか子供を背負った貧乏女が多かったそうだ。
鮎売り・・多摩川で鮎を獲って売り歩く



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子供を背負た貧しい枝豆売りの話は講談で聞いたことがある。

スキルがあれば・・
  ↓
三味線や小唄の師匠
手習いの先生
仕立物
養蚕・機織り
見世物小屋の奇術師、軽業師
旅芸人
綿摘み
・・黒い塗り桶に綿を乗せてほぐして小袖に入れる防寒用の綿にする(主に内職仕事だったらしい)
産婆(さんば)
髪結い
・・カリスマ美容師ともなれば超人気でかなりの儲けがあったとか。


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セックス産業がお好みならば、
  ↓
矢場の女
宿屋の私娼
飯盛女(めしもりおんな)
遊郭
(←これもお仕事で月々の賃金も決まっていたし専門の斡旋所もあったらしい。今でいう派遣社員か?)


https://edo-g.com/blog/2017/08/womens_work.html

ざっとあげただけでも、女性の職業は実にいーーぱい。
(ただし・・これは江戸の街やその近郊に限った話なので、貧しい地方にいけば話は別)


農家でも女も同様に畑仕事をしたし、街中に野菜を売りにいったりと、
むしろ、江戸の女は自活力があるので強かったといわれている。

男女の人口比も、男の方が圧倒的に多かったそうなので、女は引く手あまただったとか。
どんな鬼嫁でも、なかなか離縁も出来ない(笑)・・な~んて、可哀そうな男のボヤキも残っている。



これらは庶民の生活だが、武家社会ともなると、これまた話は別になる。

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武家社会では、「完全なる家長制度があって、女は家にいるもの」とされていた。

自由に出歩きも出来ないし、恋愛も結婚も個人の自由はない。

これでは女は男の所有物かい? 男尊女卑?と現代では勘違いすることも多いけど(笑)

これは単なる女性の「役割」 お役目なのだ。

武家は、とにもかくにも「お家の存続」重視。

男も女もそれに向かって一丸となっているだけなのだ。


男だって、自由恋愛⇒結婚、ができないのは一緒。 結婚もお仕事でありお役目。
男性は側室を持つこともできたけど、それだって、好きな女ならだれでも簡単に側室に出来たってわけじゃない。

まず、養えるほどのカネ持ってる殿様じゃなきゃならないし、側室を選ぶにしても周囲に認められた人でないとアウト。
悪い風評がたてば、お家おとり潰しにも繋がる。 おとり潰しが流行ってた時代でもあったから(笑)


殿には殿の仕事(お役目)があり、妻には妻の仕事(お役目)があり、側室には側室の仕事(お役目)があるという完全分業制。
家を守り繁栄させるために一致団結した協同組織みたいなものだったのだろう。


では武家の妻の仕事とは?

奥の総取締。
お金の管理、使用人たちの管理、側室がいれば彼女たちのケアー役、客人の接待、夫のサポート、情報集めをしたり、夫の相談役だったりと、ありとあらゆる奥向きの仕事が山積み。

ただし家事は下男・下女がやってくれるし、子育ては乳母がいるし、長男ならば、傅役(もりやく・教育係)という人物が、ちゃーんと付いていたはずなので・・それらの管理役。

これが、江戸時代の奥方の主なお仕事だ。


https://jjtaro-maru.hatenadiary.org/entry/20110123/1295765493


一番気の毒だったのは、30俵二人扶持あたりの下級武士。
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http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im4146593

格式を重んじる武士はバイトも出来なけりゃ、奥方を働かせるわけにもいかない。
それでも武士と名がつく以上、しきたりにがんじがらめになるし、冠婚葬祭のしきたりだけでもカネはどんどん出ていくだけ。

庶民のような自由は少ない。
個人の自由を愛する人なら、この時代、武士には絶対生まれたくないだろう(笑)
たとえ高級武士であってさえも、


さて、武家社会がこのように確立されたのは、おもに徳川政権が確立から。


★明治時代以前に活躍した女性たち

それ以前、まだ戦国の気配が残っていた頃の徳川家康さんの時代だと・・
女性の表舞台での活躍も大きかったのだ。

家康さんはたくさんの側室を持っていたけど、中でもお気に入りだったのが、阿茶局(あちゃのつぼね)、彼女は大坂の陣では豊臣方の交渉役も務めたことでも有名な人だ。

出自も甲斐武田の遺臣の娘というだけで特別良い家柄では無いし、家康との間に子供をもうけたわけでもないのだが、彼女の才気を買って奥向き一切を任せ、しかも家康の相談役でもあり、敵方の交渉役にも抜擢されたという人だ。


もう少し時代を遡れは、のぼうの城に登場した、忍城の城主・成田氏長の娘、甲斐姫

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「東国無双の美人」と賞賛された一方、軍事に明るく武芸に秀でていた人でもあり、

1590年7月、豊臣方の小田原征伐の際に石田三成が率いた23000人の豊臣軍を相手に、兵300領民2700人のたった3000人で抗戦。

クレージ~。
なんなんだ? この、不屈な戦闘魂は!

石田三成は10万人もの人夫をかき集めて水攻めなどを行ってもなかなか落ちず、 逆に主家の小田原城・北条氏の方が先に降伏しちゃったというお話。


もう、こうなると、男も女もないのかもしれない(笑)


戦国の世であれば、女であっても家を守るためには、甲冑に身を包み戦略に長け、第一線で活躍した女たちもいたのも事実。

実際、乗馬や弓矢が得意な姫君も多かったらしいし、また家によっては、幼少の頃から兵法・武術も教育されていた姫君もいたという。


も~っと時代を遡れば、巴御前
木曽義仲(源義仲)の側室であり、この人は武者としても源義仲に仕えていた人でもある。

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「平家物語」によれば、「巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。」と美しさを賛美される一方で、「強弓精兵、一人当千の兵者(つわもの)なり」

めっちゃ美人でありながら、めっちゃ強かった女武士と書かれている。(もちろん、脚色かもしれないけどね・・)

最後は、義仲軍はたったの7騎になり、敵襲の際に巴御前が一人奮闘して義仲を逃がしたという。

まさに主に使える武士の鏡(笑)


『吾妻鏡』によれば、
当時の甲信越地方の武士の家庭では女性も第一線級として通用する戦闘訓練を受けている例は存在する。
鎌倉時代にあっては、女性も男性と平等に財産分与がなされていた。





中世~明治期あたりまでをみると、庶民であれ武士であれ、日本の方がずーーと女性が活躍できる場があったようだ。
同様に、決して女性の地位が低いというわけでもない。


それ以前の古代をみると、古代日本は母系・父系双方の親族集団に属する社会だったので、豊富な経験と統治能力があれば、女性でもさまざまなポジションも可能、事実多くの女帝の存在がある。


ただし、8世紀に律令官僚制が導入されると、表舞台は父系・男性優位の原理が埋め込まれるようになったのも事実。

なぜか海外に見習うと、明治以降も同様だけど、男性を表舞台に立たせようつとする意識が導入されてしまうようだ。

それでも、また乱世に入ってくると、女武士やら女政治家も台頭してくるんだから、日本という国は根本的な意識の底には、
ジェンダー差別という意識は持ち合わせていないのかもしれない。

むしろ役割の違いこそあれ、日本人の中には基本的に同等という感覚を持っていたような気がする。




★フランスの話

それにくらべて、中世~近代の欧米諸国では女性は大変だったようだ。

フランスはパリでさえ、ひとりの女性が働く場所はほとんどなかったという。

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せいぜい、若いうちなら帽子屋さんやドレス屋さんのお針子に雇ってもらえるかもしれない。
でも、それで独り立ちするのは皆無。 ショーウインドーのそばでお金持ちでステキな男性が自分を見初めてくれるのを待っている子が多かったという話が残っている。

結局のところ、一人で女が働ける場所が無い以上、男性に養ってもらうしかないのだ。
行きつくところは、妻か娼婦か? 二者択一?


なぜ江戸の女たちのように、さまざまな行商でもして、自活しようとしなかったのだろう?

おそらく、世間がそれを許さなかった! そんな気がする。 

仮に女性が売り歩いたとしても誰も買ってくれなかった・・ということかもしれない。 
男の仕事をする女は世間から敬遠された?

つまり、何をやってみても商売にならない。


唯一女性が売り歩けたのは「花」だけだったそうだ。

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江戸の男たちは、商品がよければ女だって男だって構やしない。
むしろ、キレイな女の行商から買いたい!て思ったのか?(笑)

女がひとり立ちするには、あまりにも過酷だった欧米社会。



それでも、フランス中世期を登り詰めた女性もいる。

マダム・ポンパドール(Madame de Pompadour)だ。 

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ルイ15世の公妾だった人。・・公妾ってなんや?と思ったんだけど、公の認める国王の妾ってことで、公妾ともなれば、かなりのお手当も支払われるようになり身分も保証される、れっきとした役職でもあるらしい。

このマダム・ポンパドールは、銀行家だった平民出身の家柄。
ところが、両親はブルジョワ階級並みの教育を施し、18歳?だったころに「ハクをつけさせるため」に結婚させられる。
(注:当時フランスでは、未婚者の場合は不倫とされるけど既婚者が浮気をしても恋愛とされたとか?
いずれにしても、当時のフランスでは一度結婚経験がある女性の方が価値は上がったのだそうだ。)


その後超一流サロンに出入りするようになると、国王ルイ15世に見初められて公妾となって王宮入り。

美しかったことはもちろんだけど、この時代のフランスでは、美しいだけの女は相手にされない。

誰にも引けを取らない教養、会話術、ファッションセンス、審美眼がものをいう時代。


それでいて、やっぱり、この時代は、貴族階級だけがモノをいう時代。
平民階級の彼女は、どれほど素晴らしい人物であっても、王宮では白い目でみられたという。

もちろん、人々の妬みだってあったことだろう。

ところが、彼女はしだいに周囲の人々を味方につけてしまう。
王妃も貴族階級のおば様方も、宰相も大臣たちも、誰もかもが彼女のファンになっていったという。


夫であった、ルイ15世は政治には無関心ですべて人任せ。
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当時のフランスは決して安泰だったわけではない。

なんといっても七年戦争の時代だったのだから。

そこでマダム・ポンパドールは、政治に乗り出すことになる。

昼間は執務をとる。

彼女の一番大きな功績は、1756年、オーストリアのマリア・テレジア、ロシアのエリザヴェータと通じイギリスに対抗し、プロイセン包囲網を結成したことかもしれない。
(あ、ぜんぶ、女性政治家だよね~)

とくに宿敵オーストリアと和解にこぎつけたことは、彼女の画期的な快挙だったのだ。
のちに、その和解の証としてマリー・アントワネットがフランス王室に嫁ぐこととなるんだけどね~。


でも、マダム・ポンパドールのお仕事は公妾なんだから、本来はルイ15世との夜の寝室が舞台なのだ(笑)

もともと体が弱かった彼女は、昼は政治で、しかも夜の相手なんかしてたら体力が持たない。
そこで30歳を超えた頃から、きっぱり断って、国王をささえる「親友」に徹したという。

その代わり、国王のために鹿の園(ベルサイユの森に開設したとされる娼館を建ててルイ15世好みの若い女性たちにお相手をさせたそうだ。
それも市井の女の子たちに賃金を払って雇い入れたのだという。


彼女の功績は政治手腕だけでなく、啓蒙思想の庇護者でもあり芸術の熱心な愛好家でもあり、多くの芸術家のパトロンとなり庇護し、芸術の発展にも努めてた。 

これがフランスを中心に、優雅なロココ様式の発達した時代へと繋がることになる。

結果的に、マダム・ポンパドールは42歳でベルサイユで亡くなるまで、王が最も信頼する人として寵愛を受け続けたという。
(当時、死病に侵された人間は僧院に移され、ベルサイユから出される慣例だったそうなのだが、彼女だけは特別扱いだった)


Wikiで

ポンパドール夫人というのを調べたところ、
このように記述されていた。
   ↓

フランス国王の公式の愛妾となったポンパドゥール夫人は、湯水のように金を使って、あちこちに邸宅を建てさせ(現大統領官邸エリゼ宮は彼女の邸宅のひとつ)、やがて政治に関心の薄いルイ15世に代わって権勢を振るうようになる。



なーんとなく、このニュアンスって・・女が有能な政治家であることなんて許せない!というタイプの男が書いた記事のような気がして苦笑してしまった。

日本においても、男に代わって政治手腕を発揮した北条政子や日野富子を悪女にしておかなきゃ気が済まないという人もいるけど、まあ、似たようなものか~。




そういえば・・
ずいぶん前だったけど、ポンパドールスタイルという髪型が流行ったことがあったなあ。。。

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前髪をふわっと丸くしてアップにするスタイル。 もともとは彼女が考案して流行させたとか。

また、私が東京に住んでいた頃、ポンパドールってパン屋さんがあったなあ。
赤っぽいロゴでたしか、ロココ調の貴婦人のマークだった記憶がある。

何百年も経遠い日本でも彼女の名前は伝えられているってことなんだなあ。



★イギリスの女王の例


一方、高貴な生まれの女王であっても国を傾けてしまうという悪い例もある。

イギリスのメアリー1世は、ブラッディ・マリーの異名を持つくらいの人だし(笑)

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結婚制度って?のブログでも書いたけど、
ヘンリー8世と最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの娘、エリザベス1世の異母姉妹のお姉ちゃんだ。

メアリー1 世は熱心なカトリック信者であったため、イギリス国教会もプロテスタントも、メチャメチャ殺しまくった。 
貴族であろうが一般市民であろうが、あまりにも殺戮の限りをしたために、ブラディー「血まみれ」と呼ばれるようになったとか。

11歳年下のスペインのフェリペ2世と結婚し男に溺れ、イングランドを危機に陥れた人としても有名。
フェリペ2世の方は国益のための結婚と割り切ってたようで、都合をつけてスペインに帰ってしまう。
どーやら私捨てられたらしい?と知ると・・メアリーはますます危ない人になっていったという。

自分に反対する一派を粛清し、反対する庶民も殺害、まるで独裁ぶり。 こりゃもう、恐怖政治だ!

国民からは嫌われ恐れられ、早くエリザベスの時代にならないかと皆が待ちわびていたという。
メアリー一世の訃報を聞いたとき、国民がみな歓声を上げたという。(死んで大喜びされるってのも、すごいもんだにゃ!)


だからといって、女だから恋愛に溺れやすいということではないようだ。
男性君主でも恋に走るあまり国を傾けてしまった例は実に多い。
(えっと・・誰だったか忘れちゃったけど、君主(男)が男の恋人に心を奪われて国をメチャメチャにした話もあった)


要するに・・領土を収める者は個人的感情は後回しにしなければならないのだ。

そこに男女差は無く、国家を収める資質があったか? 国家を収める責任を持っていたか?ということに尽きる。


★中国・朝鮮、そしてイスラム圏では?

まず、中国と朝鮮史を調べてみたのだが・・

国を動かすような女性というのが、見事なまでにいないのだ!
これには、びっくり。

あ、唯一いた女帝は、中国の則天武后
ただし、ポンパドールのように自分の才覚で味方をつけて、のし上がったというよりも、「君主の母や妻が代行する政治」という状況をちゃっかり利用しただけのようなのだ。

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この人、憎らしい側室を抹殺するために、自分の娘を殺してその女に罪を擦り付けるとか‥結構あざといことをいっぱいしてる。
まさにドロドロした女の世界の、コワーい人でもある。


なぜか、古代中国や朝鮮では、女は美人に限る!という風潮が強かったようで、
側室にするには、出自よりも美人であればオッケ~。
フランス人のように教養にもこだわらない。 そんなん、無くってオッケ~。 

礼儀作法くらいはちゃっちゃと教育して王宮に差し出すということをしていたようだ。

うーーむ、ひょっとすると・・こちらの国々の方が徹底した「ヒエラルキー社会」で「男尊女卑」の国だったのかもしれない。

欧米諸国でも同じ傾向はあるけど、それでも女性たちが政治を行っている例がいくつもあるのに・・
むしろ、「皆無」という事実の方に驚いてしまう。


男の世界には口出すな!の世界なのか?


同様にイスラム圏の歴史上でも重要な役割を果たした女性というのが、あんまり出現していない。


ただ、古代にはスキタイの女戦士や、女族長なんかもいたので、第一線で戦う女性もいたようだ。
「いたようだ」というよりも、むしろ、女戦士が多い(笑)
  
イランササニッド時代の女性(西暦226〜651年)
     ↓
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スキタイの女戦士
   ↓
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https://freethoughtblogs.com/taslima/2012/07/07/women-had-more-rights-in-pre-islamic-period/


ところが、イスラム教が起こると、

イスラムの社会秩序の中では女性は男性に守られるべき存在であり、公的なポジションに女性が就くことは稀になった。

その代わり家庭内では女性が完全に仕切っていて男は口出しできなかったという。

家庭内の教育も母親の役割であり、女性の地位が低いというわけでもなく、やはり、完全な分業化だったといえそうだ。


しかし、朝鮮では家の中でさえ男(家長)の権力は絶対!

儒教のせい? で、女性は男性に服従しなければならない、ということだったのかもしれない。

ただ・・そういった儒教精神が支配するということは、
彼らの意識ベースに「それをすんなり受け入れる国民性があった」と言えるのかもしれない。


チャングムの誓いという、女性の立身出世ドラマが流行ったらしいけど・・
あの時代「人の体に触れる職業は卑しい」とされていたため、結局のところ、医女として宮廷の女官になろうが、「偉大なるチャングム」の称号をもらおうが、奴婢であることには変わりはなかったようだ。

実際は身分が上がることさえなく、上位のものには一生服従を強いられるという。
すべては生まれで決まり、男女差の壁も破れない。

そこには曖昧さはなく、実に徹底されていたようだ。

そんなに蔑まれてきた歴史があれば、そりゃ、女性は火病にでもなっちゃうかもしれない(笑)
と、なんだか同情的な気持ちにさせられてしまった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうやって、ざっとだけど、さまざまな国のジェンダー史をみていくと、

基本的に日本はジェンダーによる差別は無かった国といえそうだ。

もちろん、それぞれの時代・地域によっては、男女差別が強い地域もあっただろうし、今でも残っている地域はあるのかもしれない。

それでも、やっぱり同時代の各国と比較してみれば、差別という感覚は少ないように思う。



大きく変わったのは、やはり・・明治政府になってから。

西洋諸国の価値観を導入したことによって明確な男女差別を形作ってしまったように思える。

たとえば不倫。 この時代の言葉でいえば「不義密通」のことだが・・

●江戸幕府の定めた「御定書百箇条」によれば、「密通いたし候妻、死罪」
不倫した女もその相手の男も死刑・・・実にシンプル(笑)

●ところが、明治の法律では、
妻が行った場合は夫の告訴によってその妻と相手の男とが処罰(禁固6か月~2年)されたが、夫が行った場合、その相手が人妻でない限り処罰されない・・というもの。



どうみたって明治時代の法律は不平等過ぎないかい!


江戸時代の法は、「どっちも死刑」と、実にシンプルで厳しかったものの・・実際にはそこんとこは曖昧にされていた部分も多い。

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「すんませんでした~! 深く反省してますよってに今度だけは勘弁してください。大事になると家名にも傷がつくし奉公人も路頭に迷わせることになりますし~。」

「しゃーねーなあ。 んじゃあ、今回限りは、お目こぼしにしてやろう。」

なーんて具合に。

さらに、あれだけ厳しい武家社会においても、
「こんなことでお家取り潰しじゃ気の毒だ。もともとは良い領主なのだから、今回はお目こぼしにしてあげよう。」とか

身分違いの恋愛で、泣く泣く恋を諦めようとする長男のことだって、
「まあ、アイツは良い跡取りの素質十分だし、相手の女も身分が低いというだけで立派な嫁になる素質は十分なんだから、武家のしかるべき家の養女ってことにして、一緒にさせてやろーかの。」
なーんてことも、そこそこあったらしい。

ま、何事にも「お目こぼし」ってヤツがあり、日本人特有の「本音と建て前ってヤツ」があった。

それを「汚い不正」と捉えるか、それとも「情状酌量の温情」と捉えるか?

それは時と場合にもより、人によって受け止め方も違うことだろう。


欧米諸国が、常に善か悪かの徹底した二元論になってしまうのに対して、

日本は、ゆる~~いところだ。


欧米的二元論は、長年に渡ってキリスト教会によって支配されてきたということが大きな原因だろう。

一方、日本人は厳しい法を施行されよるが仏法やら儒教を説かれよるが、結局のところ、心は自然体なのかもしれない。

だからこそ、一神教に支配されることもなく八百万神(やおよろずのかみ)がいる国なのかもしれない。


ジェンダー問題もまた同様。

男のくせに! 女のくせに!なんて言葉を発しながらも、
ま!いいか~! アイツはアイツで頑張ってろんだし、どっちでもいいや!というところに落ち着いてしまう。

どこか、そのような生き方が見えてくる。


つまり・・

現代の女性たちが思うような・・
「昔から女は子供を産む道具にされてきた。 男尊女卑の世界だった」という意識は、
当時の女性たちは持ち合わせていなかった。

それぞれの役割にプライドを持って生きていたように思える。


そうは言っても、
いつの時代だって、自己中人物はいるし、レイシストだっている。


それでも、こうやって歴史を眺めてみると、総じて日本人はゆるーく生きてたのかな、という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現代でも、ある種のオッサンたちは、いまだに「女は結婚して子供を産むもの」と信じて疑わない人もいるのかもしれない。

それは、明治政府が植え付けた先入観から抜けられなくなっちゃってる人たちなのだろう(笑)
かわいそうに~。


言うまでもなく、男も女もそれぞれの生き方がある。


「結婚して子供を持ち専業主婦になること」もその1つ。


ただし、自らがそう望んでしたことと、「女だから、そうしなきゃならない」と思ってしたことでは、そこには大きな意識の違いが生まれる。

また男性側も同様だ。

心の底でジェンダー蔑視を持ち「女は男の仕事に口出すな! 育児と家事だけしてろ!」
なーんて本気で思ってるとしたら、そこに未来はない(笑)


夫がどんどん出世し家も安泰・繁栄した家というのをみると、妻が夫の相談役にもなっているケースが実に多い。

徳川家康さんの「阿茶局」さんも、秀吉さんの「おね」さんも、山内一豊の「千代」さんも、夫の仕事に口出ししまくってる(笑)
夫も、ちゃんと耳を傾けている。

アメリカのメイシーズという有名デパートの共同責任者、イジドー・ストラウスは、なんでも妻のアイダに相談したという話も残っている。(19世紀~20世紀初頭にかけてのアメリカでは妻は専業主婦、一般的に男は仕事上のことは妻に話さないのが常識)


戦国時代の領主であれば、「お家思い」の、先祖代々の家臣も多かっただろうし、相談役もいたことだろう。

ところが、今、唯一のブレーンになりうるのは、外で働く夫にとって妻だけなのだ。

結局のところ、どんな時代に生き、建て前はどうであれ・・やはり、信頼できる最強の見方を持っているかどうかで、今後の運命は大きく変わることだろう。

「夫婦」は最小限の最強チームといえそうだ。

そこに、ジェンダー蔑視なんて入り込む隙はないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

私はそんなことを学んだ気がする。

どんなに血筋がモノをいった時代だったり、女性の進出が難しいとされる時代であってさえも、

マダム・ポンパドールのように、いつのまにか周囲を賛同者に変えてしまい、自分の望む道を進んだ人もいたわけだし、それも可能だったという事実。

明治の時代にだって、与謝野晶子さんのような、超スーパーウーマンだっていた。

早い話、
その気になりゃ、どんな時代だってなんでも出来る!

それを時代や世の中のせいにして、男社会が悪い!なーんて愚痴ってるよりも成し遂げようぜ~!


と思う私でもある。


ああ・・ただね~、昔の中国や韓国に女として生まれたらどうだったんだろう?・・と、ちと、それだけは自信がない。

いやいや、実のところ中国や韓国にだって、歴史上のスーパーウーマンはいたのかもしれない。
ところが、後の政府がその事実を知られることを恐れて、記録を焼き捨ててしまっただけかもしれない。

真相は闇の中だ。

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"