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宿命と中庸

前回の東洋系占星術の続き

この2つは算命学理論の基本ともいうべきものだそうです。
     ↓
宿命
中庸


もちろん算命学だけでなく、古代中国思想の根本にあるものなのかもしれません。

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★宿命

人は宿命のもとに生まれてくる。
「宿命を知って宿命どうりの生き方をするように」


と言われるようですが・・

これはスピリチュアリズムで言うところの、

「人は今世に生まれてきた学びのテーマとお役目がある。」

というのと、ちょっと似てる気がする。


ただ「宿命」と言われると・・じゃあ、宿命を決めたのは誰なん?という疑問が湧いてくる・・。

それは天? 「神」というべきものなのか?

そこらへんが明確にはされていないし、自然とそうなっているものだ!と言われてもピンとはこない(笑)



スピリチュアリズムでは、「本人が生まれる前にすべてを自分で決めて生まれてくる」と言われていますね。
生まれ落ちる境遇も、性別も、父母でさえも。


インディペンデントをモットーとする私としては・・こちらの方がずっと心地良く・・
たとえ神様だろうとなんだろうと、勝手に決められるのはごめんだ!と思ってしまいます。。。

「宿命」という言葉がすでにもう、縛りつけられてる気がして気に食わない!というのが本音でしょうか(笑)



ある算命学の先生のサイトで、たまたま朝青龍(大相撲力士)の人生鑑定をアップしていたのをみつけました。
参考までに、そちらを要約すると
     ↓

朝青龍は、もともと力士になるような宿命ではなかった(そういった星を持っていなかった)

まさに宿命を軽視してやり過ぎるとどうなるか?という実例です。


力士に必要な戦いの星(車騎星、牽牛星)が皆無なので、スポーツに向いてない人

その代わりあるのが、知恵の星・・頭を使った仕事、学者にでもなった方がいいような宿命


これは本人の宿命でなく回ってくる運気が格闘技世界に押し上げてしまっただけ。

宿命に無理を強いた結果、彼はどーんと人生をこけちゃった!


大切な人生なので宿命通り、無理なく普通に生きるのが一番なのです。




なるほどねえ~。
おっしゃる通りなのかもしれませんし、この鑑定は大当たりなのかもしれません・・が、

鑑定よりも、この先生と「生き方」に対する考え方の違いのようなものを感じてしまい、私には違和感がありました。


まず、●学者の星だとか戦いの星だとかという、そういったベタな分類の仕方に疑問を感じてしまうんですよね。

スポーツは肉体派、学者は頭脳派・・みたいな。

実際、肉体能力や闘争心が他者より劣っている選手でも、緻密な瞬時の計算能力、霊感力のようなものでカバーしていて、優れた選手になっている方もいますからね~。

*マイケル・ジョーダンはボールの落ちる位置を常に冷静に計算できたんだといわれているし、若乃花(お兄ちゃんと呼ばれてた人)は、体は小さかったけど対戦相手の次の動きが手に取るように見えていたとか。

格闘技といえども、必ずしも「闘争心」のみが必須条件とは思えないんですよね~。


進路を決めるにしても、そのとき自分の心を一番熱くする方向へ行く方が、私にはナチュラルな生き方の気がします。
たとえ、宿命とか持って生まれた星がどうであれ・・ね。

むしろ、「あなたの宿命は違います! そうゆう星のもとに生まれていないんですから。」と言われて、
「ああ、そうすか!」と、やりたい事を捨てて、サクッと方向転換してしまう方が、

あれれ~、それって自分の魂への冒涜じゃないのかい?と思えてしまう。



朝青龍さんは、たしか引退に追い込まれちゃったんでしたね?
でも・・それは「こけちゃった!」ということなんだろうか?

その時点をピンポイントでみれば、本人にとっては失敗だっただろうし、不幸のどん底。

ところが、失敗や不幸な出来事こそが、大きな学びになって、次のステップで大輪の花開く、なーんてことも多々ありますからね~。

「人生には一切の無駄はない」
「次のステップに続くための布石」

私はこうゆう考え方の方が好き!
まあ、好き嫌いというよりも、実際に、失敗や逆境を乗り越えた人の方が「本物」を掴んでいるようにみえます。



なので、これは私が思っていることに過ぎないのですが、

●失敗しようがなんだろうが、今自分が一番好きなことをするべし。
魂が高揚することに比べたら星だとか宿命論だとか・・なんぼのもんじゃい!と思ってます。



そうは言っても・・誰でも不幸のどん底にいるときは辛いもの。

そのときこそ、占い師さんや霊能者さんのアドバイスを受けて、次のステップの手がかりを見出せることができたならば、それは最高ですね~♪
どんなときにでも、希望、光明を見出だせることって、ほーんと有難いものです。

あなたにはもともと持ってない星だったんだから・・とか、だからコケちゃったんですよ~なんて言われたら、実も蓋もないよなあ。 私だったらもっと落ち込むか・・怒り出す


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★中庸について

「宿命通り無理なく普通に生きるのが一番」という考え方が「中庸」だとすると・・
私の解釈とは違うんだなあ~って思ったわけです。


常に100あるうちの真ん中の50をとるようにして、決して無理はせず、人より頭を出さない生き方・・

これこそが「中庸の美徳」と言われることもあるんですが・・

これだと、「中途半端」や「日和見主義」になっちゃうような気がするんですよね~(笑)


こちらの記事をみつけたんですが、
「中庸」の意味とは?「中庸の徳」や孔子の教えも例文で解説!

私の思う「中庸」は、むしろ、こちらの考え方に近い気がします。


論語の中からも引用されていて、

「中庸の徳たる其れ到れるかな。 民鮮きこと久し」

「不足もなく余分のところもなくバランスよく行動することは、人徳としては最高のもの」という意味。

「中」というのは、偏らないということで、決して大小や上下の中間を取りさえすればよいという意味ではない。
「中庸」は、かたよるな!という意味。
「極端に多すぎることは少なすぎることと同じくらいによくない」という考え方。




中庸って、行動を言っているのではなくて、精神や考え方を言ってるんじゃないかなって思う。

たとえ、大志を抱いて思い切った行動を起こそうとも、精神は一方だけに偏るな!
冷静によく見て、よく聞き、そのバランスを持て!

と言われているような気がします。

さらに言えば、常にニュートラルな部分を持つこと、「無の境地」にも近いかな?
喜怒哀楽があっても、常にニュートラルに戻せるような部分、それがバランス感覚を持つことになんだと思っています。


「怒ってはいけない!」と言う方もいるのですが・・それも違う!と思っています。

怒るときは怒る!


心の底は怒り心頭なのに、表面だけ、いい人(人徳のある人)であろうとがんばって、
ニコニコしていたとすれば、それはもっとバランスを欠いてることだと思うんですよね。

そーんなの、なーんにもならない! 自分にも周囲には悪い気をまき散らすだけって気がします。

なので、怒るときは大いに怒るべし!

ただし・・・

ここで、「ただし」がつくのだけど・・自分の感情の捨て場にしちゃダメ~。

怒るときこそ、心の底に冷静さと計算が必要じゃないかなって思うんです。

●たとえば、嫌な人、嫌な会社・団体などから、決別する手段として怒る。

●はっきり怒った態度を示すことで、自分の意思を相手に明確にわからせるため。

●自分の怒った態度で相手に反省を促すため



などなど。 まあ、状況によって色々あるでしょうが・・

つまるところは、ストラテジー(Strategy)として怒るのだ(笑)


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自分の感情の「怒り」だけで爆発しちゃえば、そりゃあ、中庸を欠くことになっちゃう。
また、優柔不断や事なかれ主義になっちゃうのも、中庸を欠くことになっちゃう。

私には、そのように思えてなりません。

いったん中庸を欠きだすと、そうゆうのって癖みたいになっちゃって、どんどん狭くしちゃうものです。

どんどん、どんどん中庸を欠くことになっていって、そのうち、小さな壁の中の景色しか見えなくなってしまうんじゃないかなかあ。

・・・・・・・・・・・・

私たち社会の中には「支配する側」と「支配される側」というのがあって、

支配される側ってのは、
   ↓
教育機関の中で、生徒の立場だったり
企業の中で従業員だったり
国家における、一般大衆だったり、

そういった「支配される側」の人たちは、「意見も批判もしないこと」と教育されることが多いように思う。


いまだに生徒が師匠に、鋭い質問や、痛い質問でもするものならば・・生意気と言われたり、

師を敬う気持ちがない!と言われちゃったり、することも多いみたいです。

本来支配する側もされる側もないわけで、単なる立場の違いだけで、み~んなが同じライン上にいるはずなのにね~。
それを民主主義っていうんじゃないっけ?

歴史の中で、儒教もまた、都合よく「支配する方法」として使われちゃってたのかもしれませんね~。

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それでも、儒教精神バリバリの武士社会でさえ、「諫言する」ことも行われてきたわけです。

アホ殿を注意勧告したり、意見したりと。

そりゃあ、儒教の教えが、上の者を敬うことであったとしても、何事も「お家存続のため」なんですもん。

アホ殿がアホなことばかりやってたら、お家なんて、真っ先に潰れちゃいますもん。

で、ちっとはマシな城主様は、はっと気がついて部下の諫言を聞き入れて心を入れ替えたんだろうし、
最後までアホ殿は、無礼打ちしちゃう。 アホなYesマンばかりが残り、賢い部下たちはトンズラで・・お家は傾くってのはよくある話。

まあ、今も昔もあまり変わってないのかもしれませんね。


ちなみに、日本語では、

(上司にたいしては)諫言する
(同僚、部下にたいしては)忠告する

違う言葉があるってのが、いかにも日本文化なんだな~って(笑)
はやい話、どっちもアドバイスするってことなのにね~。




yoga moderation


さて、ここで、算命学に話を戻します。

私たちは、エレメントともいうべき、いくつかの星(気)を持って生まれついているようです。

ところが、誰でも、何らかの不足があったり、なにかが多すぎたり少なすぎたりと、偏よりがあるようなんです。


ようするに、なんらかのアンバランスの部分を生まれながらに持っている、ということかもしれません。


それを自分で人生の中で気がつき、少しづつ改良し変化していこうとすることで、バランスを身につけていくんじゃないのかなあ。


その変化の度合いは、もちろん人によって違うはずです。

早くに気がつき、せっせと自分を変えていこうとした人と、なーんもしなかった人とでは、どんどん違ってくるはず(笑)



以前、私の友人が幼なじみと結婚することになって、彼との相性を観てもらうというので同行させてもらったことがあります。

占い師さんは、まず、このように言ってました。

「正直に申し上げますが、あなたの結婚相手は、穏やかでマイホームパパのような方が向いていると思いますよ。
こちらの方は、親分気質の方だし、出世して社長を目指すような方ですからね~、結婚生活はご苦労されるかもしれません。」


友人は、きょとーんとして

「へ? 彼は平凡なマイホームパパを目指してる人ですよ。
脱サラして手に職つけて、家でチマチマと食ってくだけの仕事したいって言うような人ですけど・・!
あと、ボランティアをしたいんですって。 性格も、いつものーんびりしててアクセクしない人ですよ!」


占い師さん、とってもマジメな良い人だったようで、

「あれえ? ボランティア? それはおかしいなあ。」と、誕生日を確認したり、本に目を通したりして考え込んでしまいました。


私は、彼女から聞いて知っていたのですが、彼女の婚約者は、ある経験をしてから考え方を180度変えたんだそうです。 

もともとは、占い師さんの言うとおり、子供の頃から野望ギラギラの人で、性格も短気で頑固で怒りっぽかったそうですが、
自分で自分の性格も変えていったんだとか。

そしたら、やりたい事も将来の夢もまったく違ってきたし、幸せ感ですら、すっかり変わってしまったんだそうです。


fire element

このように、人って何かに大きく気づき、変えなきゃ!と真剣に思えば、いくらでも変われるんだなあ~って思ったもんです。


持って生まれた星はそのままでしょうが、いくらでも、自分で思ったとおりに変われる。

それが、足りないものを補い、バランス良く気の流れも良くなるってことなんだろうな~って思うんですよね~。



同時に、占い師さんも、相手の「魂の気づきの成長過程」が感知できなければ、ダメなんだよな~って思ったもんです。

それは、どんな占術の本を紐解いても書かれいないし、書きようがないことでしょうし。

やはり、霊感(直観や経験からくる何かでもいいんですが・・)、そういったものが無いと人を見ることはできないと思います。
(そんなわけで、占い師さんも霊感が必要と、前回のブログで述べたわけです)


spi water

持って生まれたものは誰にでもあるのだけど、それをどのように変えていくかは本人の「気づき」次第。


そうやって変わっていけるからこそ、人生って面白いなあって思う。

私たちは、そのようにして、どんどん魂のステップアップさせて「自分を変えていくため」に生まれてきているのかもしれないですね。



まあ、結局のところ、どのように生きるかなんて人それぞれ。

そのように生まれついたんだから、なーんも変えなくなっていいじゃん!という考え方も、アリだと思います。

もちろん、どっちが良いか悪いかなーんてこともありません。

「限定されたこの社会の枠に沿って難なく無事に生きていく」を目指すも・・・それもまた、あなた次第。

むしろ波風はたたず、大怪我することもないかもしれません。


でも、その反面、日々の喜びも感動も少なくなるのもたしか、だとは思います。

どちらを選ぶかは、その人しだい。



ただ、私としては・・特に若い方々には、

星なんかくそくらえ! 宿命なんかクソくらえ!

今、この瞬間一番やりたいこと、ワクワクすることをやる!

失敗してボロボロになっても、いいじゃん! それこそ大きな学び! 次へのステッ~プ。


といった意気込みで進んでいって頂きたいなあ、と願ってる次第です。



なぜって・・

そうやって、生きてきた人たちの方が、、

中庸(ニュートラル感覚・バランス)を身に着けてるような気がするんですよね~。

中庸っていうのは、挫折も苦難も乗り越えて「優しいほど強くなれた」人だけが行きつけるところなのかもしれませんね。


そしてなにより、そんな生き方をした方が、

心の底から「人生って素敵!♪」って思えることだけは確かだと思います。

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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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