「他人の不幸は蜜の味」と脳の関係

きのうに続き、またちょっと脳のお話。

他人の不幸は蜜の味・・・という言葉を聞いたことある?

またまた、これ! 私には、さっぱり理解できない感情なのだ。
そこで、ちょっくら調べてみよう!と思ったのだ。

人の不幸を喜ぶってのは、そりゃ、モラルとしても良いことではないだろう。
普通なら、そういった場合、相手を心配したり慰めたりするのが良し・・・とされている。

だが、思ってしまうものは仕方ないじゃないか!・・・と思う。

ところが・・私は、まーーたくそういった感情を持たない、だから、私は良い人・・・って、わけでは、決してない。
ただ、私には無いだけ・・なのだ。なぜ??

honey-combs.jpg



さて、なんで、そう思ってしまうのかを、まず分析してみたい。

そこで、こんな記事を発見↓

妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに
―妬みに関する脳活動が強い人ほど“他人の不幸は蜜の味”と感じやすいことが、脳科学的に証明された―



そうか!他人の不幸を喜ぶ感情は、妬みから発しているんだ。。。

妬みは現代人の誰もが持つ普遍的な感情と言えます。また、私達は他人に不幸が起こると通常同情をしますが、反対に喜ぶ場合もあり、“他人の不幸は蜜の味”と呼ばれる非道徳な感情を持つことがあります。

これらは私たちがごく普通に持ちうる感情ですが、これらの感情が脳のどのような機能によってもたらされるかはこれまで不明でした。

今回の研究では、心理課題を被験者に与え、その時の脳内の活動をfMRI により解析しました。
その結果、第1に妬みの感情には前部帯状回と呼ばれる葛藤や身体的な痛みを処理する脳内部位が関連していることがわかりました。

次に、妬みの対象の人物に不幸が起こると、線条体と呼ばれる報酬に関連する部位が活動することがわかりました。

さらに妬みに関連する前部帯状回の活動が高い人ほど、他人の不幸に対して線条体が強く反応することが明らかとなりました。



前部帯状回・・・大脳皮質の一部でその前部は前頭葉内側の一部をなす。注意機能といった認知機能や大脳辺縁系の一部として情動反応にも関わる。また痛みや葛藤の処理にも関わっている。

線条体・・・終脳の皮質下構造であり、大脳基底核の主要な構成要素のひとつ。ドーパミンが豊富な部位で運動機能への関与が最もよく知られているが、報酬系の一部で、心地よい感情や意志決定など情動や認知過程にも関わると考えられている。

そうか!

つまりは、自分でまず、痛みや葛藤を抱えているから、それを開放してあげるために、人の不幸を目にしたときに、線条体つーのが働いて、日頃の辛さのご褒美として、良い気分にさせてくれるって事らしい。

それじゃあ、他人の不幸が蜜の味って感じる人の方が、日頃は辛い思いをしてるって事だ。

さらに、こんなふうに書かれていた↓

妬みは、他人が優れた物や特性を持っていることによる劣等感や敵対心を伴う心の痛みです。
私達が物の評価をする場合、絶対的な価値よりも他の物との比較によって行うことが多く私達の自己評価も自己に関係した特性や関心を持った人間との比較によってなされることが多いと思われます。

自己にとって関連や関心の高い優れた物を他人が所有していると妬みが生じ、他人の優れたものを手に入れたいとか、他人が持っている優れた物を失えばいいのにと思うことがあります。

しかしながら、他人が持っている物や特性が非常に優れていても自己にとって関連や関心のないものであれば、それほど妬みは生じません。

また、他人に不幸が起きた時、私達は通常は同情しますが、他人が自己にとって重要な優れた物を所有し妬みの対象になった場合、その所有者に不幸が起きると“他人の不幸は蜜の味”というある種の喜びすら感じてしまうのです。



劣等感や敵対心を伴う心の痛み・・・そりゃ、さぞかし辛いと思う。

人は劣等感を持つとき、それを隠そうとして人を攻撃したりするものだ。
その劣等感を隠すのは、相手というよりも、自分自身に対してかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは私の小学生の頃の話だ。
まあ、1つの例として話すとしよう。

クラスで常にトップを争っている女の子がいた。

ある日、彼女は私よりも、3度続けて算数でいい成績をとったのだ。

おそらく、私は、彼女には勝てない⇒彼女の方がもともと頭がいいんだ・・・って思ったんだと思う。

一緒に下校するときに、なぜか・・私は彼女が苦手だった理科の問題を持ち出し、わざとケンカを吹っかけるような事を言った。

むろん口論になったのだが・・・こましゃくれた嫌なガキだった私は、口論では負けない。
一見、理路整然とする言葉で、まくし立てた後、

「あんた理科が出来ないんでしょ。だったら、なんで素直に私に教えてって言えないだよ!」・・と、締めくくった。(←おいおい、自分の算数のことはどーした??)

すると、しばし沈黙の後、彼女は、「ごめんね!」と言って、帰っていった。

うおう! 勝ったぞ!
・・・と、鼻息荒く、家に帰ると、つい、父親に得意そうに話した。
(もちろん、算数で負けた事なんか話さず、自分の都合のいい事ばっか話したと思う。)

ところが、

「は?なんだそりゃ!そんなのは勝ったとは言えないだろ。○○ちゃんの方が、ずっと大人だねえ。」・・・と言われた。

ううっ。なぜか、とっても苦いものが残った。

算数で負けた劣等感を隠すため、ケンカを吹っかけて、口論の結果、さらに負けたのは私だったのだ。
「ごめんね!」と言える相手は、私よりも大物で、私は、また新たな劣等感で、苦い気分を味わうハメになった。

やられた~ってカンジだった。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、そんな小学生の経験からも、劣等感を持つことは、非常に辛いことだってのは、よくわかる。
それは、小学生だらうが、大人だろうが・・同じだと思うのだ。

そして、劣等感にかられて、それをごまかすために何かをすることは、もっと墓穴を掘る。

いや、仮に他人をすべて騙せたとしても、自分自身の心に何か、すっきりしない苦々しいものが残るのは確かだ。

逃げたり、責任転嫁したり、人を見下したり・・ぜーんぶ劣等感の辛さから・・なんだろうって思う。

でも、いくら辛くても、それに真っ向から立ち向かわない以上、いつまでも、そのままの状態から抜け出せないのだ。

んで、唯一の救いとして、他人の不幸は蜜の味となり、そこに、唯一の自分の慰めを見出すのかもしれない。つまり、脳内物質、線条体さんが働いてくれるってわけだ。

だけど、そりゃ、一時的に酒に酔って、ハイな気分になったのと変わらないよーな気がする。醒めりゃ、また同じ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、いまだに、劣等感はいっぱいあるのだが・・他人の不幸は蜜の味という感情を持ったことはない。

おそらく・・

「他人が持っている物や特性が非常に優れていても自己にとって関連や関心のないものであれば、それほど妬みは生じません。」・・・という事なんだと思う。

まずは、他人と自分と比較したり、他人からどう見えるかって関心がそれほど無いから・・なんだと思う。

どっかに、私は人と違うんじゃい!・・・ってのが、自分の中にあるから、かもしれない。

・・・・・・・・・・

例えば、私がひどく欲しがってたモノがあったとする。
仮に、ある高級車を、ものすごーーく欲しがってたとして、

ある男が、その高級車を、ぽーんと買ったとする。
いいなあ。いいなあ・・・確かに、まずは、涎タラタラにはなる。

●しかし・・多くの場合は、それは買った相手の努力の賜物によるって事を知ってる。
(私よりも、その人が、はるかに努力して金儲けしたり勉強してきた結果なのだ。)

●また、大金持ちのボンボンが過保護の親に、ぽーんと買ってもらった場合。

大丈夫かあな?世の中そんなに甘くないぞ!いつか苦労することになっちゃうぞ!・・・と、なんとなく、そのボンボンの未来を具間見てしまう気がする。だからこそ、ちーーとも妬む感情が沸いてこないんだと思う。

人なんて、誰でも苦労はするもんだと思ってるし、それを先にするか、後にするかって違いだけだと思ってる。

むしろ、コイツ、こんなに甘やかされちゃって、大丈夫かなあ・・と、他人事ながら、ちらっと、将来を心配する程度だ。

案の定、そのボンボンの親が破産して、急に悲惨な生活になったところで、やっぱり・・蜜の味はしない。

当然、起こり得ることだと思ってるからだ。

「やっぱなあ。キミにも、その時期がおとづれたか! さあ、これからが、本当のキミが試されるときだ!お手並み拝見!」
・・・と、ちょっと、その後の彼のドラマチックな人生に興味を持つかも。

その結果、ソイツが発奮して、今度は自力で大金持ちになろうとも、世をすねてホームレスになろうとも・・、それはその人の人生でしかないもんね~。やっぱ、自分には関係がないって気がするのだ。


だから、私は蜜の味を感じないんだろう。

・・・・・・・・・・・・


むしろ、相手が苦労せず、ラッキーに自分の欲しいものを手に入れた場合は、

ええ!世の中って、こーんなラッキーがあるんか~。じゃあ、私にもあるかも・・って気がして、なんかウキウキしてくるのだ。←それって、単純なだけ?

どんなに、自分が惨めな状況の中でさえ、むしろ、ラッキーな人の話を聞くと、妙に勇気がわいてくる。

むしろ、自分が暗いときこそ、人のラッキー話を耳にするのが、好きだ。
わーい、世の中捨てたもんじないぞ!きっと、私にも・・って光が見える気がするのだ。

逆に、幸せだった人が、不幸のどん底になったのを耳にすれば、

げげ!世の中わからん!私にも、そんな不幸が起こるのかもしれん(怖!)


他人の不幸は蜜の味どころが、私の心まで暗くしてしまうのだ。。。


そんなわけで、私には、「他人の不幸は蜜の味」とはならない。


しかし「他人の不幸は蜜の味」となる人は、無意識の中にも、どこか辛い気持ちを隠してるんだろうなあ。

いくら、お気楽、単純なバカと呼ばれようが・・私の方が、ずっとラクな生き方だと思うよ~。

コメントの投稿

非公開コメント

納得するということ

更新ありがとうございます(^^)
偏りのない気持ちのよい意見は
気持がスカッとします♪

このブログを読み、自分がウジウジ悩んでいた時を
思い出しました。
腐っている自分と向き合った時に
「つまりは今の自分に納得していないんだ」とわかりました。

努力でなんとかなることもあるし、なんともならないこともある中で
とにかく自分が納得しているかどうかなんだと。

大切なことを思い出させてもらえました。



Re: 納得するということ

fumiさん、

こんにちは。
あいかわらずの長文ブログ、読んでいただいてありがとうございます。

納得すること・・・確かにその通りでしょうね。
納得し理解することは、心の成長になるって言われるけど・・それより前に「自分を救う事」って気がする。

だって、ウジウジ悩んでたり怒ってたりするのは、自分が一番辛いわけだし。
Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

Calender
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Link
☆HPはここをクリック↓☆
検索フォーム
カテゴリ
Diary
Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"