FC2ブログ

私の父のこと

私が、「薬について」深く考えるようになったのは、父のことがきっかけだった。

きょうはちょっと暗い話になってしまいそうだが、これは私自身が忘れないためにも、父の話をアップしておこうと思う。



父は50過ぎてから、毎日薬を飲み続けていた。
降圧剤数種類を含めて、全部で10種類くらいはあったらしい。

それを何十年も飲み続けていたことになる。


その頃すでに私は両親と同居していなかったし、2002年には渡米してしまっていたので詳しいことはなにもわからない。

全部母から聞いた話だし、ドクターがどのような診断をくだし、何の薬を処方していたのかはわからない。
もちろん、薬の名前すら知らない。



そのうち、軽い「物忘れ」が多くなってきた・・と母が言っていた。

大切な物をどこに置いたか忘れてしまったり、些細なミスが増えたり、同じことを繰り返し話したり・・と。

母が、「きのう、その話しましたよ。」と言うと、

「あれ? そうだったかな? いかんな~。 すぐに忘れてしまう。 年のせいかなあ。」と苦笑いする父。


もともと記憶力が良い人で大切なことは決して忘れたことがなかったし、記憶力に不安を覚えてくると、必ずメモをとるくらいの几帳面な父だったのだが。


そんな父でも「年には勝てない!」ということか~、と私も母も思ったものだ。



日が経つうちに、眼がかすむようになって眼医者に行く。

耳が遠くなってきて、耳鼻科へ行く。

何度も眼鏡を作り替えたり、補聴器を変えたりしながら・・

医者も言う。
「まあ、ご高齢となっていけば、仕方ないですよ~。」と。


さらに時が経つうちに、ほとんど動けない、耳が聞こえない、目がよく見えない、会話が出来ない・・という状態に陥って、
またも入院となったのだ。

ところが父は、最後まで入院するのを嫌がったという。
「あの病院だけは嫌だ。」と。

「あの病院」というのは、自宅からバスで20分ほどの距離にある病院で、以前にもそこで一度だけ入院経験があったという。
たぶん、そのとき、何か嫌な思いをしていたのだろう。



しかし、他の病院への紹介状は書いてもらえず・・

母が毎日通える距離の病院というのも、また、受け入れ可能な病院というのも・・そこしかなかったそうだ。


清潔で明るい光が差し込んでいて、いつも笑顔で美人ナースがいる・・そんな病院だったら父も喜んで入院したかもしれないのだが・・。

patient-masculin-de-talking-to-senior-d-infirmière-dans-la-chambre-d-h-pital-35797313



結局、その病院へ入院したのち、父の容体はますます悪くなったという。


完全に、聞こえない、見えない、話せない・・の3重苦になった。
もう完全に寝たきりとなった。


それでも不思議なことに、毎日通っていく母とは意思の疎通は出来ていたらしい。
最低限度ではあっただろうけど・・。

さすが長年連れ添った夫婦としか言いようがない。


あるとき、いつもよりも少し早めに病院に着いた母はびっくりしたという。

父の手足が縛りつけられていたそうだ。

慌てて看護婦を呼んで事情を聞くと、

体力が弱ってしまい自力で痰を吐き出すことが出来ないため、何かの器具を使って定期的に痰を出すのだそうだ。
しかし、そのときに父が暴れるため、やむを得ず手足を拘束するのだという。


「どうゆう器具をどのように使うのかは、私は一度も見たことがないし知らないけど・・
きっとね、ものすごく痛かったんだと思う。口に血の跡があったくらいだもの。

本当に、あんなに弱って身動きもままならない患者にしなければいけないことなのか、それとも器具を使う看護婦が下手くそ過ぎるのか、それとも、なんかの実験材料にでもされてたのかしら!」

と、母は、ひどく腹立たしげに語った。


そのときから、母はなんとしても病院を変えるか、退院させて自分で看護することを考え始めたという。

しかし、誰に相談しても却下されたそうだ。



それから間もなくして、父は亡くなった。

亡くなる日も、母は父の病院を訪れていた。

その日の父は、微笑みながら、こんなことを母に語ったという。

「もう、病院には来なくていいからね。 今まで毎日ありがとう。」と。

もちろん、父が話せるわけではないのだが・・

母にはそう聞こえたそうだ。

「なに言ってるのよ、パパ! 明日も来るわよ。 毎日来るに決まってるわよ!」

父の手を握りながら、母は大声でそう言ったそうだ。


父が亡くなったという連絡が入ったのは、その日の夜だった。



さらに、私が父の死を知ったのは、それからさらに2週間後のことになる。

母は一人で葬儀をすませ、茫然自失となっていた、ちょうどその頃、私が電話をして、その時初めて聞かされたのだ。


咄嗟に、なんで、もっと早く!と言いそうになった言葉を飲み込んだ。
そんなことを言ったところで虚しいだけだ。


そのときの母は後悔ばかりを口にした。

「なんで、あんなに嫌がっていた病院に入院させちゃったんだろう?
私は、パパの看病に疲れてしまってたんだろうか?
それでも、入院さえすれば良くなるかもしれないって思ってしまったのよ。 ああ、バカだった。
私はパパに酷いことをしてしまった!

あんな病院・・いつも不潔で掃除すらちゃんとされてない病院だったのよ。
治療だなんて・・ただ死にそうな病人を収容してただけみたいだし、看護婦も横柄な人たちばかりだった。
今思えば、実験材料か練習台にされてたようなものだわ。
どんなに遠くたって、何時間かかったって、もっといい病院に入れるべきだった。

ううん、そうじゃない! やっぱり、あんなことになるなら、死ぬまで家にいて私が看取るべきだった。」


そりゃもう、機関銃のように激しく延々と病院を責め、深く自分を責めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は母を責めることなんてできない。

私は父の看病もすべて母にまかせっきりだったのだから。

それほどひどい状態になっていたことさえ知らなかったのだから・・ 私こそ、実に親不孝な娘だ。



母は一人で世話をし看病し、さまざまな状況下でよくやったと思う。

心を許して相談できる相手さえいない状況で、 自分一人で考え、決断してきたのだから。

それに自分でも足腰の痛みを抱えながら・・毎日欠かさず病院へ通い続けたことことだけでも、
それだけでも、大変なことだっただろう、と思うのだ。


老人が老人の介護をしなければならないという現状
介護認定を取得する煩雑さ
入院先の病院まで自由に選べない不自由さ



こういった問題は山ほどある。

さまざまな事を考えさせられた。


私はまず、なぜ、父が、見えない、聞こえない、話せないの三重苦になったのだろう?

原因は何だったのだろうか?という疑問を持った。

死因さえ、病院側はちゃんと母に話さなかったそうだ。
ただ、葬儀社のお勧め&紹介だけしてくれたそうだが・・



最初は軽い記憶障害や、些細なミスにはじまって、言語、視覚、聴覚が侵されたとなると・・

脳が原因としか思えない。


一方、父の血圧は常に正常に保たれていたそうだ。
そりゃあ、降圧剤を何十年も飲み続けていたんだから、正常のはずだろう。


結局、その処方されていた薬はわからないのだけど、
私はその後色々調べた結果、今では・・なんとなくわかった気がしている。

それでもすべては、後の祭りなのだけど。



その後、アメリカに住んでいる私は、身近な老人たちを関心を持って眺めるようになった。

周囲の老人たちを見ていると、それほど薬漬けになっていないという事実にも気がついたのだ。


90歳でも毎日車を運転してる老人たち。

足腰は弱ったとはいえ、認知症、痴呆症なんて、ほとんど見たことがないじゃないか!
そんな話も聞かない。

o-OLD-DRIVER-facebook.jpg

「うちのおばあちゃんは、ギャンブル好きで困っちゃうのよ~。
また、Palaのカジノへ一人で行っちゃったのよ!」


そういえば、昼間のカジノはジジババだらけなのだ~。

こうゆう光景を、私も嫌というほど知っている(笑)

AR-310099795.jpg




日本では会社に就職している人たちは、会社が社員の健康診断を行うらしい。

しかし、アメリカではすべて自己責任なのだ。


従って、ほとんどのアメリカ人は、自分で病気を自覚して辛い、苦しい!という状況になり、しかも、こりゃ自力では治せないと思わない限り、めったに病院にはいかない。

理由は前にも言ったとおり、

アメリカの健康保険は種類も多く複雑な上、よっぽどの高額な保険料を払ってない限り、病院への支払いがとんでもないことになりかねないからだ。(あっという間に、何百万、何千万の借金になることもザラにあるのだ)


ただし、歯医者は別。
歯医者だけは、ほとんどの人が、どこも悪くなくても、半年に1回は定期診断を受けて歯石をとってもらうのだ。
たとえ保険を持ってない人たちでさえ、せっせと行く(笑)
家を亡くすほど高額にはならないし・・これはまあ、お国柄による、長年の習慣なのかもしれないが・・。




そんなわけで、一般庶民と言われる人々は、何かの異常数値を知ることもないし、むろん、高血圧症なんて診断されることもなければ、自分の血圧すら知らない人ばかりだ。


当然、処方箋の薬なんかめったに飲むことはない。
処方箋の薬もまた、かなり高額なのだ。(ただし、保険の種類にもよるんだが・・)

私は眼医者に行き、帰りに処方箋を持って薬局に行って目薬を買ったら・・
小さな1週間分の目薬1つで、190ドルを請求されたことがあって、あやうく熱が出そうになった経験がある。。。




そんなわけで、庶民はよっぽどでない限り、病院へは行かない!
むろん、処方箋で薬を買うこともない。


どこか具合が悪ければ、薬局にいって市販の薬を買って飲む程度で済ませてしまうのだ。


こんなところや、

_72787190_72787189.jpg

こんなところで・・

rite-aid.jpg

それで、死ぬときはぽっくり死ぬ人が多いようだ。



ただ、アメリカでもリッチな人々は別だ。

以前の私がニューヨーク州のバッファローに住んでいた頃は、リッチな人々との交友関係もあったのだが、

彼らは毎年、健康管理のため健康診断を受けている。


そして老人ともなれば、ほとんどの人が薬漬けになっている(笑)
寝たきりになる老人も多い。

まさに、多くの日本の老人たちのように。

ああ、日本でもアメリカでも、年よりはどこも同じかあ。
みんなしょちゅう薬を飲んだり、ボケてきちゃったりするんだな~と。


金持ちアメリカ人しか知らない頃の私は、そう思ったものだ。



しかし、ロサンゼルスに引っ越して、多くの庶民をみるようになると・・明らかに違う。



これは、いったい何を物語っているのだろうか?

金持ち老人は頻繁に病院に通い、ほとんど薬漬け(何種類もの薬を飲んでいる)

ビンボー人、または庶民階級の老人は、めったに病院に行かないけど元気


ただし、アルコールやドラッグ中毒の人は別だけどね~。
そもそも、こうゆう人たちは、老人になるまえに・・消えてしまうのかもしれないけど。



ただ、ひとつ私に言えることは・・

「年を取れば、ボケても仕方がない。
薬漬けになるのも当然」


これは違う!ということだけは確信している。


年齢ではなく、まず先に、そこには必ずなんらかの原因があったはずだ。

決して、年齢そのものが原因ではない。

年齢というならば、長年し続けてきた何かが原因なのだ。



私の父の場合は、長年に渡る降圧剤が最も怪しいと思っているのだが・・

それだけではないかもしれない。


足腰が弱ってしまった父は、それでも、よく外に出たがったという。

「少し散歩に行ってもいいかな~。」というたび、

母は父を心配して、
「ダメですよ~! 足腰が弱っているのに、もしも倒れたら私も支えきれないし、交通事故にでもあったら大変ですから。 我慢して家で過ごしてくださいね。」と、決して外出を許さなかったという。

外に出るときは必ずタクシーを利用したそうだ。

これでは、精神的にかなりのストレスを溜めていたことだろう。


うっかりミスや軽い物忘れが始まったとき、それは、何かを知らせる危険信号だったように思えてならない。

残念なことに、母も私も、父本人も・・誰も、それに気がつかなかったのだ。

こうゆうのは、歳をとれば当たり前として、済ませてしまったからだ。

それだけが、今も私に、硬いシコリのように残っている。


前回のブログに書いたような、大木先生のような人がいてくれたら、適切なアドバイスをしてくれたことだろう。

だけど、大木先生はいないのだ!


自分自身が、家族がしっかりと正面からみつめていかなければならない。
決して、小さな兆候を見逃さないように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなわけで、父の死は後悔することは多いのだけど・・

それでも多くの事を学ばせてもらったことも確かだ。

母も私も。


母はよく言うのだが・・

「いい? 間違っても掃除の行き届いてないような病院に行っちゃダメよ!
そんなところは、ろくでもない医者と看護婦しかいないんだから。
まず、病室とトイレを、真っ先に、よーく見なさい!」


これは、母が学んだことの1つらしい。

コメントの投稿

非公開コメント

Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

Calender
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
Link
☆HPはここをクリック↓☆
検索フォーム
カテゴリ
Diary
Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"