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最近の大河ドラマと孫子の兵法

年配の日本人二人が、こんな会話をしていた。


「日本のTVは年々つまらなくなるねえ。 とくにNHK大河ドラマは最悪!

TVジャパン(24時間日本のTV番組を放送してるケーブルTVのこと)を入れて、ずーっと見てたのにさ。」


「うちもだよ。 まったくだね。 TVジャパンも、そろそろ解約しちゃうかな!」


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ロサンゼルスという場所は、海外でありながら不思議な場所でもある。

外国嫌いでどっぷり日本にはまっていたい日本人でさえ、ラクに生きていける場所なのだ。

買い物はすべて日系の店ですませ、
家では、ケーブルTVを入れれば、毎日24時間日本語放送が楽しめる。

そういった人たちが、日本語放送のTVを解約してしまう!ということは、よっぽどのことかもしれない。


NHK大河ドラマの第1作(昭和38年) 花の生涯・・井伊直弼の生涯を描いたもの
       ↓  (さすがに見てないけど・・)
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NHK大河ドラマ関していえば・・私は日本に住んでいた頃は、ほとんど見たことがなかった。

アメリカに来てから、何かのきっかけで見るようになり、

かなり古いものも含めて、Freeでアップロードされてる動画なら、すべてを見てしまったことがある(笑)


1980年代~90年代~2000年代と、時代の移り変わりとともに、世相を現すかのように大河ドラマも変化しているのがよくわかる。

そして、たしかに、あの二人が言ってたように・・近年はつまらなくなったと思う。

とくに、2010年あたりから・・「トンデモ大河」がやたら目につくようになった気がする(笑)

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むろん、「ドラマ」は、歴史番組とは別モノなんだから、大いに創作してもらって結構なのだ。

それでも、史実を無理やり変えてしまえば、視聴者に違和感を持たれかねない。


なので・・・変えられない史実があり、そこに創作を盛り込んでいく、
~そこらへんの微妙な巧みさが、歴史ドラマを見る醍醐味かもしれない。


面白いもので、
たとえ創作であっても、デキの良い作品というのは、まるで「それが事実だった」と思えてしまうものだ。

それこそが、「デキの良い作品」だ、と私は個人的に思っている。



さて、歴史上の人物でありながら、残ってる史料も少ないような人を主人公にする場合は、

そこは、まさに作家さん&スタッフさんの腕の見せ所でもあるし、いかに面白く、いかにうまく脚色する事ができるのか?が、楽しみなところとなる・・はず!


なるはず!・・・そう思っていたのだが・・


★2015年・花燃ゆ

★2017年・おんな城主 直虎


両方とも・・実に残念な作品になってしまった。(←あくまでも私の感想)



ある人が言ってた感想だけど・・「韓流時代劇っぽくて、昔の少女漫画のようなドラマだった!」と。

私は韓流ってのを見たことが無いんで、そこらへんはイマイチわからないんだけど・・
逆に、韓流ってのは、ああゆうものか~と(笑)



個人的な思い込みの問題だろうが・・あの少女漫画のようなラブラブシーンは、もともと恋愛モノ自体が苦手な私には、非常に受け入れがたいのだ。(←個人の感想です)

(少女漫画といっても、近年の少女漫画じゃなくって・・・ずーーと昔の少女漫画のこと。
最近の少女漫画は、人物描写や展開においても、ずっと深いものが多い。)




女城主・直虎の・・本能寺の変の時だったか・・こんなシーンがあった。

南蛮人の協力を得るために美人局(つつもたせ)的な事やっていて、

惹かれ合う男女が、その思いを素直に表現できないで、

ワルぶった男の方が、「そんなら、お前、援助交際やってみろ!(出来もしないくせに)」みたいな雰囲気で言えば、

お嬢様女は、「やってやるわよ!(できないと思ってるのね)」と意地になって・・・

で、実際、その場面ともなれば、結局、彼女を救おうと、

じゃーん!と、愛しい男が、現場に助けに来る・・・てな展開。



なんなんだよ!
この、ベタな展開!

これが、大河ドラマかよ!


・・と、正直、思いました。

本能寺事件のあたりでは、直虎さんはすでに50歳前後のわけで、・
恋を描くにしても・・もうちっと、オトナの恋を描けんのかよ!

いったい、誰が・・こんな脚本書いたんだ!
とも・・思ってしまったものです。。。



最近のNHK大河ドラマの傾向として・・


●戦さはキライだ! (戦さの無い世の中、民のために・・みたいなフレーズが多い。)

●恋愛至上主義(好きな人と結婚するのが良いこと)


この、2つを、実にベタに盛り込んでる。 
鼻につくくらいに。


これじゃあ、まさに、現代の感覚をそのまま持ってきてしまってるわけで・・

この時代の人々の心情は完全無視かい!
と、私は言いたい!

これじゃあ、
過去の時代や、そこに生きた人々の心情を、完全否定してるような、ちょっと嫌な気分にさせられてしまうのだ。



言うまでもないことだけど・・
誰だって、戦争や国の荒廃を見るのは嫌だし、また、好きな人と一緒にいたい!と願うのは当然のことだ。

それは、どの時代だろうが、どこの国で生きようが、みな「個人」感情は、同じはず。


しかし、過去の時代は、とくに武家社会においては、なによりも「家の存続」を一番に考えた。
100年後、200年後・・ずーーと我が家名が存続することを、男女ともに悲願としていた時代だ。

それゆえに、個人感情とのせめぎ合いに心乱れたり、「お家の大義」と「道の大義」の狭間で悩んだりもする。

だからこそ、そこにドラマが生まれる。


しかし、最近の大河ドラマでは、そういったことは・・まーーたく無視。
むしろ、バッサリ「悪い事」として、切り取ってしまってるかのようにも見える。


その時代に、現代感覚の現代人を持ってきて、ハリボテで作り上げてしまったような感覚だ。


主人公は、あくまでも、「いい人」に、作りあげる。
(もちろん、現代感覚の良い人)



これは・・現代の日本の風潮?

「いい人」は、戦国時代であっても、好きな女を妻に迎え、民のために戦えど、残虐行為はしないし、誰に対しても明るく優しい人。


ここに、ベタな良い人像が出来上がる(笑)

いい人なんか・・

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昔の大河ドラマを見ると、ここらへんが違う。

独眼竜政宗は、時には「撫で切り」を行う。
撫で切りとは、女子供に至るまで、見せしめのために片っ端から殺しまくることだ。

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その後、政宗さんは悪夢に悩まされて、しばらく心神喪失状態になる。

和尚に非道を責められたり、かと思えば、部下からは、致し方の無い事! それは武将として正しい事!という意見もある。



また、毛利元就では、

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元就さんは、かなり汚い手を使って、策略を用いて敵方を抹殺したりする。

それを、ある息子は、「父上は、武士にあるまじき卑怯者だ。」と怒り、
別の息子は、「まさに『兵は詭道(きどう)なり』、父上は立派だ!」と褒める。


現代の大河ドラマとは、あり得ないような人物像を作り上げている(笑)

私には、ベタな「いい人」像の主人公より、こういった主人公の方が、はるかに魅力的にみえる。

尼子役のこの人も魅力的に描かれてたけど・・
     ↓
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物語としても一貫性があり、デキの良い面白い作品に仕上がってたと思う。


ところが、最近は、

善か悪か?
いい人か悪い人か?

なぜか、この2つの選択肢しかないような気がしてしまう。

こうゆうのを、「ベタ」といい、 
言い方を変えれば、「薄っぺら」というんじゃないだろうか?


もちろん、これは私の個人的な感想なので、決してNHKさんや担当のスタッフさんに文句を言うつもりはない。
さまざまな事情があるのだろうし・・。


最近の世相に合わせて視聴率を上げるため、「一般多数の心理に迎合するため」に、あえてそういった作品が書かれるのか、

それとも、決して「迎合ではなく」作家や脚本家の本人の意思で書きあげたのか・・

また、「一般多数の心理」というのは、何を基準にしているのか・・




そこは私にはわからない。

わからないけど・・少なくとも「歴史が好きな人」が作ったんじゃないだろうなあ、と思う。

彼らにとっては、「別に過去の時代でも、現代でもどっちでも良かった・・たまたま、過去に時代設定にしただけ」
・・そんな気がしてしまう。



大河ドラマの主人公は、男でも女でも、だいたいが、歴史上に名を残す人物なのだが・・・

そのカリスマ性よりも、一般人と等身大の「いい人」をアピールしている気がする。

たぶん、これも世相?

銀幕の大スターといわれる女優よりも、隣のかわいい女学生っぽさの方が、親しみがあってウケるって風潮なのかも?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しかし、現実的に考えれば、

天下をとるような人が、「ベタないい人」であろうはずがない


だからといって、

「悪いヤツに限って出世する」という見方もまた、あまりにも短絡的過ぎて、私は好きじゃない。


少なくとも、上に立つものに求められるものとは、こんな人ではないだろうか。


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孫子の兵法・・『九変篇』の最後に書かれている内容から、


『五危(ごき)』という5つ・・将軍が過ちを犯す危険=間違い例がある。


『将に五危有り。

必死は殺さるべきなり。
必生は虜(とりこ)にさるべきなり。
忿速(ふんそく)は侮(あなど)らるべきものなり。
廉潔(れんけつ)は辱(はずか)しめらるべきなり。
愛民は煩(わずら)わさるべきなり』



これをもっと、現代的に表現すると・・
   ↓
「将軍には5つの危険あり。

●必死な者は殺される。
●生きようとすれば捕虜になる。
●怒りっぽい者は軽視される。
●まじめな者は策にハメられる。
●民衆の事を考え過ぎると精神的に参ってしまう。


こんな将軍は必ず負け戦をしてしまうよ!と言っている。

上の5つ、「怒りっぽい」以外は、本来ならば、すべてが良いことでもあり、ある意味上に立つものには必要な要素でもある。


自分の身を案じてばかりで、死を怖がれば戦いにはならないわけだし、(リスクを恐れるな!)

そうかといって、命を大事に考えて撤退する時の見極めも重要。(見極めて引きどきも大事)

それに、民を治めるには、民衆のことは考えるのは当然のこと。(人々のベネフィットを考慮せよ)


しかし、こういったことにも・・何事もバランス感覚が大事!


簡単に言ってしまえば、「まじめ」なのは長所だけど、「くそまじめ」は弱点で短所となるって事だ。

何事も、こだわり過ぎるれば、逆にそれが弱点になる。

将軍に求められるのは、常に冷静沈着で、広く浅く・・・総合的に判断する能力であって、

1つの事だけに集中して力を注げば、それは、かえってマイナスになる・・・という教えになっている。


これは、まさに・・帝王学にも通ずる部分にも思える。


面白い事に、それぞれの歴史上に名を残すような人は、ほとんど、こういった要素を備えている人が多い。

さっすが! 孫子だ!


私がなぜ、孫子なんか読んだのかというと・・・
これは、やっぱり、大河ドラマからの影響から。

武田信玄は、有名な孫子好き。

旗までも、孫子にしちゃったくらいだから。
誰もがご存じ、風林火山
   ↓
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其の疾(はや)きこと、風の如く
其の徐(しず)かなること、林の如く
侵掠(しんりゃく)すること、火の如く
動かざること、山の如く
知り難きこと、陰(かげ)の如く
動くこと、雷霆(らいてい)の如し。

郷を掠(かす)むるには、衆を分かち
地を廓(ひろ)むるには、利を分かち
権を懸(か)けて動く。

「迂直の計」を先知する者は勝つ。
此れ軍争の法なり。』




これは、春秋時代の呉の将軍・孫武が書いた兵法書『孫子』の軍争篇の一説を引用した物だったそうだ。

有名な一説の意味は、
   ↓
「疾風のように早いかと思えば、林のように静まりかえる、
燃える炎のように攻撃するかと思えば、山のように動かない、
暗闇にかくれたかと思えば、雷のように現れる。

兵士を分散して村を襲い、守りを固めて領地を増やし、
的確な状況判断のもとに行動する。

敵より先に「迂直の計」を使えば勝つ。
これが、勝利の法則となる。」



「迂直の計」とは、「迂」=曲がりくねったり、「直」=まっすぐ行ったり・・・
わざと変幻自在、遠回りをして油断させておいて電撃的にたたみかけを」したり・・

つまり、静と動、陰と陽、厳しさと優しさ、飴とムチ?

とにかく、正悟法と奇襲作戦のように、「相反する物を巧みに使え」って事らしい。



ここへへんを、チラ見しただけでも・・

『孫子』は、とても2500年前に書かれたものとは思えないようなシロモノで、現代でも充分通用する兵法書だと思う。

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信心と「吉凶」だけで、合戦の勝敗を占ってたような時代に、

こんなにも、リアリスト目線で、科学的で合理的な兵法書があったことには、びっくりだ。


もちろん武田信玄さんだけでなく、三国志の曹操や、八幡太郎義、徳川家康といった戦国武将も、愛読したという。

海外にも紹介されて、あのナポレオンでさえも、孫子を持っていたそうだ。(不可能という文字の入った辞書は持ってなかったらしいけど・・)



孫子の最も最初、第一章:始計篇の冒頭に出てくるのが、この言葉
    ↓
★『兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。 察せざるべからず』

つまり・・

「戦争は国家の一大事で、国民の生死、国家の存亡にも関わってくるのだから細心の注意を払って検討に検討を重ねなければならない」


また、もっとも大事な、「テーマともなるべき箇所」
    ↓
★『百戦百勝は善の善なる物にあらず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる物なり』

「百戦百勝しても、ちっともエラくない、戦わないで勝つのがベストなのだ」と。

戦争は、何も生み出さない。

無くしていくばかりだ。 人の命もカネも、すべてを亡くすだけ。

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戦争には、多額の金額と多くの犠牲が必要。
戦わないで勝てるなら、それが何にも勝る事・・・

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そして、どうしても戦争しなければならないのならば、

★「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」

つまり、「情報を集めろ」という事。

敵の情報も、そして自分自身の事も、充分調べつくした上で、「勝てる相手とだけ戦え」と言ってる。

「勝算が無く負ける戦争ならば、絶対するべきではない」と、言っている。


まさに、納得。

戦国時代は、多くの隠密やら忍びの者たちが活躍していた時代。


実際は、こんな姿よりも
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こんな姿や、僧侶、農夫姿になって各地を回っていたという
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現地に潜入して、少しでも多くの情報を少しでも早く集めたものが、勝利に近づける。

あんな小大名だった、真田親子が機を見るのが早かったのも、徳川の大群を撃退できたのも、
まさに、上手に忍びの者たちを使い、詭道作戦を用いたからだろう。


毛利元就さんだって、小国の国人に過ぎなかったのに、情報収集と詭道を巧みに用いてのし上がった人だった。


★『故に、これを経(はか)るに五事を以ってし、これを校(くら)ぶるに、計を以ってして、その情を索(そと)む。
一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。』

「道・天・地・将・法の五つの事に関して、それが整っているかどうかで、この戦争を起こすべきかどうかを判断をする」
     ↓

「道」というのは、道理・・・つまり「大義名分」であり、「目的意識」
兵も民も納得すれば賛成してくれるし、兵もまた、「主君と生死をともにする」気持ちが強まるというもの

「天」とは・・時期の事。
天候や季節の事も含めて、今がその(戦争する)時なのかどうなのか?
(徳川家康さん、どんなに長くても時期をじっと待っていた人だった。)

「地」とは・・「地の利」。
地域の広さや地形を考え、どの場所で事を起こすか?

「将」とは・・大将の器量、つまり、国の君主が立派かどうか、信頼に値する人物なのか、公平さを持っている人なのか・・
すべての条件が整ってても、肝心の大将がダメなら、勝てる戦も勝てないわけだ。
(まさに、ここらへんは、真田幸村さんとか、楠木正成さんの悲劇を思い出してしまうところ)

「法」とは、軍のよしあしについて。
軍の編成や、軍需物資の管理、適材適所への配置など、個々の戦闘能力が強いだけでなく、チームワークや、全体の軍のまとまりも考慮するということ。
(数だけ多くても、負け色が見えると、寄せ集め軍はすぐに崩壊してしまうもの・・義元亡き後の今川軍は、こんなカンジだったのかな~。)




こういったことから、対戦相手と自分たちを見比べて、勝てるか勝てないかの判断をせよ!ということ。

そして、
「勝てない戦争はしない」というのが孫子の鉄則


また、
「本来、戦わずして勝つことが最良の方法」



そして、最後に、この始計篇のしめくくりに出てくる言葉が、

『兵は詭道(きどう)なり』

これ、2007年の風林火山でも、山本勘助が連呼してた言葉でもあった。


「詭道」の「詭」は、いつわるとか騙すとかという意味・・・つまり「正道」の反対

「兵」というのも、この時は「兵士」という意味ではなく、「戦争」の事。

で、「戦争は騙す事」という意味になる。




この部分を引用すると・・

『兵は詭道なり』
故に能なるも不能を示し、用なるも不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、
利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれを備え、強にしてこれを避け、
怒にしてこれを撓(みだ)し、卑にしてこれを驕(おご)らせ、佚(いつ)にしてこれを労し、親にしてこれを離す。
その無備を攻め、その不意に出ず。』
    ↓
「戦とは騙す事。

できるのにできないふりをしてみたり、いるのにいらないように見せたり、近いのに遠くに見せたり、遠いのに近くに見せたり、
有利だと思わせて誘い出し、混乱させてやっつける、充実している敵には準備を整え、強い敵とは戦いを避け、
挑発して掻き乱しといて、低姿勢に出て油断させる、休養をとっている者は疲れさせ、親密にしている者同士を引き離す、
無防備なところを攻めて、意表をつく。」



ここは、私が、個人的に好きな部分でもあって、
実に広い視野を持ったリアリスト視線で書かれている。


武士ならば、大群を相手にしても、正々堂々と真正面から戦って果てろ!とか、
親の仇き~!と、怨みに身を任せて、殺しまくる!とか、



それは、青臭いだけの、真っ正直な愚か者であり、

結局のところ・・自分の個人感情の枠から一歩も踏み出せない器でしかない。

つまり、大将の器ではない。

決して、すべての民の生活を任せられるような器ではない。

そんなことを言われてるような気がしてくる。



孫子の各章には、さまざまな実践部分も多いのだが・・

やはり、孫氏の特徴として、人の心理に関わるところが興味深い。


●『囲師(いし)には必ず闕(か)き』
 「敵を囲む時は、一方だけに逃げ道を作っておく」・・逃げ場がないとわかれば相手は必死になり、
思わぬ事態へ発展することもある。  たとえ、敵であっても、徹底的に追い詰めるな!ということ。


●『善く戦う者は勝ち易(やす)きに勝つ者なり。  故に善く戦う者は勝つや、智名なし、勇攻なし。』
「名将は、勝ちやすい者に勝つ。 だから名将は勝ったとしても、その名を知られる事はないし、賞賛もされない。」

これ、優れた野球選手の話で聞いたことがある。
    ↓

本当に、すぐれた選手は、ボールの落ちる場所が事前にわかるので、投げられた瞬間に走ってボールの下で待っていて受け止めることが多い。 
ところが、ダメ選手に限って、猛烈ダッシュをして転びながらのファインプレーを見せる。
観客は、ダメ選手の方に拍手を送るが、真のファインプレーをしているのは、前述の選手のことである。



たぶん、これと同じことじゃないかな?


●『・・・乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は彊(きょう)に生ず。
治乱は数なり。勇怯は勢なり。彊弱は形なり。』

「(戦争の中では・・・)平静はすぐに混乱に変り、勇気はすぐに怯えに変り、強者はすぐに弱者に変る。
混乱するかしないかは軍の統制力で決まり、怯えるが怯えないかは軍の勢いで決まり、弱者になるかならないかは軍の態勢で決まる」

いずれも、見事に、人の心理を言い当ててる箇所だ。

人の心理というものは、おそらく、紀元でも今でも変わらないのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

孫子は「兵法」でありながら、

なんだか、読んでいくうちに、

別角度からアプローチした「平和論」を説いているような気さえしてくる。

逆説的手法ってやつだろうか?(笑)


それで、いつのまにか、最上の平和論を読んでる気になってしまう。

戦争を通して、重大な問題提起をされてる気さえしてくるのだ・・・。


決して、

「戦争は悪い事だ!」
「戦は嫌い!」
「平和な世が一番」

なーんて、近年の大河ドラマのセリフは一言も無いんだけど・・

それゆえに、ずんとくる確かなものを感じてしまう。


戦国の世の武士たちは、家の存続をかけて、戦うことが商売ともいえる。

子供の頃から、実践の戦闘技術を学び、

さらに、名僧と言われる人を先生につけられて、帝王学なるものを学ぶ
そこには、四書五経からなる「人の道」の教えもあったはず。

当然、孫子を愛読していた人も多かったことだろう。


現実の戦国の世で、または・・過渡期の明治維新、それぞれの時代で、

男も女も・・

どんなことに悩みながら、どのように心の折り合いをつけ、どのように、トップに立つようになっていったのか?

孫子をどのようにとらえたのだろう?

彼らにとっての理想の家、理想の社会とは、どんなものだったんだろう?



そういった疑問がわいてくるけど・・

残念ながら、最近の大河ドラマの中に、それを探すのはムリだ。


むしろ・・昔のNHK番組、たとえば・・「その時歴史が動いた」の方が、ノンフィクションのはずなのに、
ドラマ性もあったし、人物も魅力的に見えた。

ノンフィクション登場した西郷さんの方が、今年の西郷どん!よりも、100倍も魅力的に描かれて気がする。
(今の最後うどん・・あれ? じゃなくって・・西郷どん!、最初の3回だけ見てやめちゃったけど・・)


これは、以前のブログに書いたことだけど・・・

漫画原作の、アシガールの方がはるかに楽しめたし・・時代考証もしっかりしてたし、おまけに、役者の立ち居振る舞いが美しかった。
タイムスリップが出てくる、ファンタジーモノなのに、だ!


もう、いっそのこと、大河ドラマは終わりにして、そっちの路線にしちゃった方がいいんじゃないかなあ。



それでも、

私が日本史に多少詳しくなれたのも、

孫子を知ったことも・・

陣形もわかるようになったことも・・

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やっぱり、大河ドラマがきっかけになっている。

そうゆう意味では、NHK大河ドラマには、大いに感謝している。

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