エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その1)

読書をしていると、その作品の内容は別にして、作者のイメージが湧いてきて、まるで、その作者と対峙しているかのような気がするときがある。

そうなると、ぜひ会ってみたい人だと思ったり、逆に あんまり、近づきたくはない人だな~と思ったり・・。
もちろん、100年も前の人だったりすれば会えるわけはないんだけどね(笑)


あるサイキックの人から、それこそが、サイキックの質だよ!と言われたことがあったけど・・・でも私はサイキックじゃないし(笑)

逆に、サイキックの人には、こうゆうふうに人が見える(感じる)ものなのか? と思ったものだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

引っ越しをするという人から、古本を何冊かもらった。
古本屋まで持ってくのがメンドーだからあげる!・・という、まあ、ゴミ出し代わりに使われただけかもしれない(笑)



その中に、こんな本があった。
    ↓
「エリーザベト・ニーチェ ― ニーチェをナチに売り渡した女」
ベン マッキンタイアー Ben Macintyre (原著), 藤川 芳朗 (翻訳)


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え? ニーチェかよ~! ・・・と思った。(←思い切り嫌な顔をしながら・・)

実は、私は二ーチェって人が苦手(もっと正確に言えば、キライ!)



キライになったわけは、16-7歳頃に遡る。
高校時代、世界の文豪・名作文庫なるものがあって、かたっぱしから読んだことがあった。

トルストイのアンナ・カレーニナ・・・こりゃ、すげえ不倫小説だなあ!
ゲーテの若きウェルテルの悩み・・・クラっ! ネクラ失恋男のばやきじゃんか!


なーんてことを思いながら読んでた。 (←ひどいもんだ。。名作文学もカタナシ。。。)



その中にニーチェのツァラトゥストラはかく語りきってのがあったので、タイトルに惹かれて読んで、

なんだ、こりゃ! 神話物語かい? 哲学書ってのは、もっと体系だったものかと思ってたのに、へんなの?


と思った記憶がある。
しかも・・わかったような、わからないような・・。(←結局わかってない)


それを、そのまま先生に言ったら、

「何を言ってる! ニーチェは素晴らしい哲学者なんだぞ! それを理解できないのは、まだまだ子供だな。」・・と言われて、しゃくにさわって、それから、さらに、いくつかの作品を読んだ。


で、大嫌いになった(笑)


いったい、私は何が嫌だったんだろう?

と、当時の感覚を思い出してみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、思い出すのは・・

「超人」「神は死んだ」「力への意思」・・なんて言葉を使って、とにかく、厳しい口調でこき下ろす。
注: 超人なんて言葉を聴くと・・なんだかゲームワールドをイメージしちゃうけど、それとは違うので・・念のため。
詳細は後ほど説明。



それを、力強くて、斬新で、カッコイイって思う人もいたのかもしれないけど・・私は、まず、そこがキライだったのだ。

誤解無きように付け加えるけど・・・私は、決して「血なまぐさいものやバイオレンスが苦手なの~」、というタイプの女の子ではなかった。(←子供の頃から)



たぶん・・強さ、厳しさ、たくましさの裏側に、なんらかの「嫌~なカンジなもの」を感じたからだと思う。

嫌~なカンジのものというのは・・・今思えば、「弱弱しいもの」やら「卑屈なもの」を感じたからだと思う。

暴力的と思えるほどの強さで、弱さを必死に隠そうする。それが「姑息さ」と感じたのかもしれない。


弱い犬ほど吠える(ストレスが溜まってる場合もあるけどね~)

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たぶん、それでニーチェは、会いたくない人にカテゴライズされてしまったのだ。  私の頭の中で。

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なんの因果で、また、こんな本・・ニーチェに関する本は読みたくないのだ!

と思ったら、なぜか・・読んでしまった。



ところが、これがなかなか面白かったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

タイトルの通り、この本はニーチェの妹、エリーザベトについて書かれている。

エリーザベト(Therese Elisabeth Alexandra Förster-Nietzsche)
    ↓
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写真のとおり、目がくりくりっとした小柄でかわいいカンジの人だったようだ。


ところが、この、エリーザベトは、とにかく、すごい!(←すごい!のひとことなのだ。)


どう、すごいかって?

とにかく・・ビジネスの天才、
目先の利益追究主義者
日和見主義でコロコロ変わる、変わり身の早さ
でもって、ぜーーたいにブレない強さ

かわいいルックスとは裏腹の怪物




ここまでくると・・もう、素晴らしい!としか言いようがない人なのだ。



で、お兄さんのニーチェと、どう関わったのかというと・・

兄貴が発狂して廃人同様になると・・兄貴の原稿(主に走り書きのメモみたいなものが多かったとか)を寄せ集めて、本にして世に出してしまったのだ。
(そ、当然・・改竄


「精神異常の天才哲学者」 というキャッチコピーで、「悲劇ぶり」を見事にアピールしまくって、
まんまと大衆の野卑な好奇心を惹きつけて、大ブレイクさせてしまった仕掛け人だったのだ。


もう、素晴らしいとしかいいようのないプロデューサーだった。


それまでのニーチェは、まーーたくの無名、
本を出版しても、ぜーんぜん売れなかったそうだ。


ここで、な~んと、お兄様思いの妹、と思ってはいけない。

彼女は兄への愛の為ではなく、自分の強い信念に基づいてやったのだ。・・・おそらく。

その信念とは「目先の利益追究」

これがまた、ただの欲望なんてレベルじゃなくって、信念そのもの=自分がすべて正しいと思ってる
こういったところが、やっぱり、すごい人としかいいようがない!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さて、妹エリザべートの話の前に、ここでちゃーんと、発狂する前のニーチェという人物を紹介しておく必要があると思う。


誰もがご存じのとおり、

フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche) (1844–1900) は、「超人思想」を提唱し、自らが「超人(オーヴァーマン)」になろうとした人だ。

この超人という言葉からして・・私は弱弱しい男がせいいっぱいの虚勢を張ってるかののように感じちゃって・・そこがキライだった。 もちろん・・本人は無意識だったと思うけど・・



なんだって、ニーチェは、こんなことを考え出したんだよ?・・という答えを得るには、

まず、当時のヨーロッパに蔓延していたキリスト教思想がベースにあった・・・ということを知っとく必要はある。



簡単に言ってしまえば、こんなことだ。
      ↓
そもそも、ユダヤ教、およびキリスト教は、かつては迫害されて負け組となった宗教だ。

ところが、現実世界で負けた恨みを晴らそうとして、精神世界ってやつを持ち出してきて、それによって勝利しようとした。
その仕掛けとなったのが「道徳」だった。


武力によって現実的に滅ぼされたのが弱者

負けちまった弱者のくせに・・

我々は高い精神性(道徳)を持っているんだから、本当の強者は我々キリスト教なんだと!




つまり・・彼らの「善悪」定義は、こうゆうことらしい。
     ↓
弱者=協調的で優しい=「善」
強者=自己中で強引=「悪」



このようにして、多くの人々は、神の名のもとに「道徳」を植え付けられて、飼い殺しにされ道徳奴隷にさせられてしまった。



ニーチェは、これをひどく蔑んで忌み嫌った。

勝ち目のない惨めな現実から逃れるため、自己を正当化しようとする願望が「奴隷精神」

詭弁を弄して正当化しようが根本にあるのは、ひがみとねたみ根性じゃないか!


ニーチェは、このような価値観を植え付けられ、飼い殺しにあってしまった弱者を、「ルサンチマン」(フランス語で「ひがみ・ねたみ」の意味)と呼んだ。


ルサンチマンとは、
信仰によって骨抜きにされ、自分の欲望を直視することができない人たち。
自分というものがなく、「群れ」でしか生きられない人たち。
だから、本当は弱虫。
しかも、それを認めず道徳をでっちあげて、自分は上等だと言い張る人々。




ところが、こんな張りぼて妄想が長続きするわけがない。

その結果 ・・・人々はだんだん疑いだし、そんな神が信じられなくなっていく。



信じてもらえない神は「神ではない」

ゆえに、神は死んだ!


神が死ねば道徳も崩壊する。

たぶん・・日本人のイメージする「道徳」とヨーロッパキリスト教徒たちの「道徳」とは、違うかもしれない。

こちらが、彼らの「道徳」
      ↓

注: キリスト教圏の思想は、神=道徳
当時のキリスト教では、道徳を守らない者は神罰が下ると教えられて育っている。
それが怖いから道徳を守る。
だけど、神がいなくなれば神罰もなくなる、道徳も崩壊する。




こうやって、「信仰と道徳」は崩壊するだろう。

そのとき、ルサンチマンはよりどころを失い、ただ生きながらえるだけの生き物になる。
それをニーチェは「末人」と呼んだ。

今まで信じていた神、価値観、目指すべき理想を失ってしまうと・・全てが同じものに見えてしまうようになり、昨日も今日も明日も同じことの続きに感じてしむ。
しかもそれは・・無限に反復されていくかのように。


これじゃあ、なんのために生きてるんだ?
どこに意味があるんだ?
なーんも意味なんてねえじゃん!


こういった感覚を、当時の人々は、「ニヒリズム」って言ってたようだ。
だから、ニーチェの哲理はニヒリズムから発しているとかって言う人もいたんだねー。


それが無限に反復されていくかのような感覚」、こうした状態をニーチェは「永遠回帰」と呼んだ。

20120205142812.jpg
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20120205/p1


しかし、ニーチェは、この永遠回帰をむしろ積極的に受け入れ、そこから、「超人」となることを目指そうとしたのだ。


それには、まず人間本来の欲望を押し殺さず、目をそらさないこと。
人間本来の欲望って?・・・やっぱ、権力、金力、名誉?


それに挑戦する人間。

つまり、結果ではなく意志。 


だからこそ、ニーチェは「力への意志」と呼んだ。


そして、この意志を持ち続ける人間を「超人(オーヴァーマン)」とよんで、人間かくあるべしと鼓舞したのである。

当然、自分も、超人(オーヴァーマン)であろうと!

ところが、なりきれず・・
精神を病んじゃったんだけどねー。

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それにしても、この人の言葉はメッチャメチャ強烈だ。

強烈な言葉は、ドイツ国民にも向けられた。

ニーチェの著書「偶像の黄昏」の中の一説
     ↓
「かつて思索の民とよばれたドイツ人は、今日そもそも、思索というものをまだしているだろうか。
近頃では、ドイツ人の精神にうんざりしている ・・・ ドイツ、世界に冠たるドイツ、これはドイツ哲学の終焉ではあるまいか、とわたしは恐れている。
ほかのどこにも、ヨーロッパの『二大麻薬』、つまり、アルコールとキリスト教、これほど悪徳として乱用されているところはない」


アルコールとキリスト教を「二大麻薬」とまでも言い放ってしまう強烈さ。
(←アルコールだってさ・・百薬の長ってこともあるんだよーー。 おぬし、知らんな! )


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

確かに、キリスト教=道徳社会が人々を堕落させているというのもわからんじゃない!
そうゆう人、たしかに・・・今でもいたし・・。

近代文明の発達とともに、立派な道徳を説きながら、一方で金権主義、権利主義が蔓延する世の中。

人々は権力者には何も言えない現状。
(←あ、今と変わらないのかも)


そこで、

弱者=協調的で優しい=「善」を植え付けられて奴隷化されてるのは、もうやめようよー。
そこから脱却して、現実をみつめ、自由の精神、自分の意思の力で生きようじゃないか!

この発想はたしかに素晴らしい。
十分、現代にも通用しそうだ。


だけど、
彼の激しい言葉の数々が示すかのように


白か黒か、右か左か・・それしかない人だ。 
まるで、中庸と安定を憎むかのような人だ。



幼い頃から頭脳明晰、神童とまで言われたような人だったようだし、現実を見据える目も確かだろう。

しかし、あまりにも・・ストイックで純粋。

一方しか見えなくなる狂信性


悪と決めつけたら、既存の価値のことごとく破壊しなきゃいられない。

まるで、ドーパミン出っ放し。

これじゃあ、まるで、狂気。

こんな状態じゃ、いずれは自分が壊れるぞ!


で、実際、彼は狂ってしまったんだった。

たぶん、今でいうところの「統合失調症」



1889年1月3日、カルロ・アルベルト広場で、老馬が御者に鞭打たれるを見て発狂してしまった・・と言われている。


は? そんなシーンで発狂してる場合かよ!
そんな御者殴り倒して、さっさと老馬を助けろよ!と思うのだが。

(←そっちの方が、ずーーと超人(オーヴァーマン)だと思うのだが・・。

Nietzsche_horse.jpg


ニーチェという人、彼の精神は「精工なガラス細工」のようで、繊細で崩れやすい人だったんじゃないだろうか?


だからこそ、ドーパミン出しっぱなしの、超人(オーヴァーマン)とならんとすることで、
必死で自分を保っていたのかも。


ふと、そんなことを考えたら、このガラス細工のように弱い男を守ってやりたくなってきた(←冗談)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、発狂してしまったニーチェは、完全にエリーザベトに利用されまくることになるのだが・・

長くなるので、ここからは次回にアップすることにしよう。


続く>>>>>>>

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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