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メーヘレンの絵をめぐって

ある人に、「ゲッティーに行くんだけど、一緒にいかない?」と誘われた。

ゲッティーというのは、J・ポール・ゲティ美術館(J. Paul Getty Museum)のことで、ロサンゼルスでは唯一有名な美術館だ。
ロサンゼルス観光のガイドブックにも、必ずといっていいほど載ってる。



お誘いを受けた人によく聞いてみると、どうやら、私の車で私の運転で行きたいらしい!

冗談じゃない!

遠いし、平日でもメチャメチャ混むし、駐車場も混雑して探すのが大変だとか・・そんな思いまでして行く気にはなれない。
おまけに、私が好きな絵はあまり置いてない。


そういえば・・昔日本に住んでいた頃は、美術展だとか写真展だとかによく出かけていた時期もあったけど・・いずれも混雑はすさまじかったなあ。

そんなことを思い出した。

ゴッホ展だとか、ナショナルジオグラフィック写真展だとか、そういった知名度があるものは行列を作って並び、列を作って歩きながら鑑賞するだけだったし、作品はガラスケースに入れられてるし、写真撮影は出来ないし・・。

そんなんじゃ、アート鑑賞をする意味がない。
疲れに行くようなものだ(笑)


やっぱり、こうゆう環境で見ないと・・

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中には、絵をみながらスケッチしてる学生たちもいる。

img_8583-1024x732-copy.jpg

これは、私がニューヨークのバッファローに住んでいた頃、頻繁に行った、Albright Art Museumの風景だ。

Albright-Knox-Art-Museum-Buffalo-NY.jpg


どこのミュージアムも、閑静な場所に作られているしし、建物も環境も、ゆったりとアートを味わうような演出がされている。
それに、どこのミュージアムでも、街中と比べて館内のレストランは食事が美味しい。


アート鑑賞をするためには、すべてが非日常の空間でなければならない。

もっともだと思う。

そこで、お断りすることにした。

渋滞を抜けて駐車場を探し回ってドタバタ絵を見て帰ってくる気にはなれない、と。


そもそも、美術、音楽なんてものは、どうやったって、東海岸にはかなわないのだ。
街を歩く人々の服装にしたって、ニューヨーカーの方がはるかにおしゃれだ。

ロサンゼルスは、ビール片手に、ドジャース観戦の方が似合う街だ。


すると、断った相手からこんなことを言われた。

「えーー! ゲッティーは入館料タダなのに。
じゃあ、あなたは、お金を払ってでも小さい美術館に行く方がいいんだね?
でも、小さいとこなんか、贋作が置かれてる可能性があるよ~。」


はあ?

ゲッティーさんの遺言で入館料がタダなのは知ってるけど、その代わりゲッティー財団は駐車場を15ドルにしてるぞ(笑)

そもそも、大きい小さいとかじゃないし・・・贋作?って、いったいどこから来る発想なんだ??

よくわからん人だ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「贋作」という言葉を耳にして、ふと、思い出したことがある。


3人の贋作画家のことだ。

この話、ご存じだろうか?

その1:ハン・ファン・メーヘレン(Han van Meegeren)

メーヘレンは、1889年オランダ生まれ。

20081105044954.jpg

彼は、オランダの美術アカデミーを首席で卒業したようで、将来をおおいに期待されていた新人だった。



とくに彼は、17世紀の絵が大好きで、フェルメールに心酔していたという。


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フェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』

しかし、あるとき開いた個展で・・「君の絵はもう古い!」と言われてしまう。

1920年に入ると、17世紀の絵が大好きというメーヘレンの作風は、古臭いとしか映らなかったのだろう。


時代の目は、少しずつ新しい芸術表現キュビスムに移行してきた時代だ。
その代表的なのが、ピカソだった。


写実とかロマン主義的リアリズムとかは、もう、時代遅れになっていたのだ。

当然、彼の絵は売れない。
絵葉書やポスターを書いて食いつないでいたという。


そこで彼は、大好きなフェルメールの贋作を作ることを思いついたのだ。

フェルメールはオランダでは超有名で、17世紀に活躍したバロック時代を代表する画家

ただし、作品はわずか三十数点しか確認されていない。


まだ、作品はどこかに埋もれているのかもしれない。

フェルメールが絵筆を取らなかったという、空白期間があるが、それは、作品が発見されてないだけじゃないだろうか?




メーヘレンは、ここに目をつけたのだ!

そして、こんな作品を描き上げた。

VanMeegeren_The_Disciples_at_Emmaus.jpg

タイトルは、エマオの晩餐


これを、没落した貴族から極秘に仕入れた絵画を売却しているというふれこみで・・(笑)
もちろん、メーヘレンの見事なまでの贋作だ。


美術界はむろん、待ってましたとばかりに食いついた!


おお! これは、フェルメールが空白時代に書いた宗教画に違いない!
なんと、構図はカラヴァッジョ風・・・いかにもフェルメールがやりそうなことじゃないか!
と、美術界では話題になったそうだ。

むろん、厳しい鑑定も行われる・・が、ちゃーんと鑑定結果でも、真作(本物)とされたのだ。

当時の高名な美術評論家が真作と褒め称えたとなれば、ジャーナリズムは、それをセンセーショナルに煽り立てる。

あっという間に、「エマオの晩餐」はオランダの国宝級の作品に祭り上げられた。


瞬く間に入手バトルが始まり、最終的にはロッテルダムのボイマンス美術館が54万ギルダーで買い上げたという。(4500万円だとか・・・)


おかしなもんだなあ。

古臭いものは売れない時代なのに、フェルメールが描いたものならば、それほどの大金になってしまうんだから。


それからというもの、メーヘレンは、ときどき、「貴族の所有する古い絵画を売る画商」として、仕事を続けていったという。


時は、ナチスドイツの占領下だったオランダ。


そこに、ナチス傘下のヘルマン・ゲーリングがメーヘレンに絵の依頼をする。

この人だ。
  ↓
Bundesarchiv_Bild_102-138052C_Hermann_GC3B6ring-thumbnail2.jpg


絵画コレクションに、どうしても、フェルメールの絵を加えたいというのだ。


フェルメールの絵といったって、そりゃ、メーヘレンの作品なんだけど・・(笑)


ヘルマンは、絵に高額な値段をつけた上、オランダから没収した何点かの絵画を返却する条件を提示したという。
メーヘレンは、それに同意した。

金目当てだったか、それとも、失われたオランダの絵画を取り戻したい愛国心だったか、ナチスに一泡吹かせたかったのか・・そのすべてだったのか?

そこはわからない。

しかし、とにかく、彼は同意したのだ。



ナチスが、欧州各地で美術品を略奪しまくったことは有名な話だ。
なんでも60万点にも上るというし、未だに、未発見のナチスの財宝は10万点もあるんだとか・・。

ヒットラーは、若いころは画家志望だったというくらいで、自分でも絵を描くし、こよなく美術品を愛したという。
ウィーン美術アカデミー」への入学を希望していたのに、試験に落ちてしまったんだとか。

ちなみに、これは、ヒットラーが描いた絵の一つ
     ↓
0914_st_stephens_cathedral.jpg
アドルフ・ヒトラーの描いた絵画

確かに、素人とは思えないほど見事だ!

だけど・・なんだか、絵葉書の絵みたい。。。


案の定、ヒトラーには、「独創性」が無いということで、落とされてしまったらしい。

技術的な問題よりも、彼の精神性に起因するものが多かったのかもしれない・・。
「絶対に自分の心を見せない」というような・・・


この絵をみてもわかるとおり、ヒットラーは、写実派なのだ。
前衛的作品を嫌って、破壊しまくったことでも知られている。


好きな絵は奪い、嫌いな絵は破壊する。

実にシンプルな人だ。


おそらく、ヒトラーにとっても、フェルマールは好きな絵だったはず。

それが、ヒットラーの意向だったのか、それともヘルマンさん個人の意向だったのかは、はっきりしないのだが・・



1945年ナチス・ドイツの国家元帥ヘルマン・ゲーリングの妻の居城からフェルメールの『キリストと悔恨の女』が押収された。

 
img_4_m.jpg
キリストと悔恨の女

何度も言うけど・・これはメーヘレンの贋作(笑)


それが大問題に発展する。


ナチスなんかに、オランダの宝を売ったのは誰だ!

当然のごとく売却経路の追及され、メーヘレンが逮捕される。

オランダの宝を敵国に売り渡した売国奴としての罪だ。
それは、国家反逆罪


当時のオランダ人が、どれほどナチスを憎んでいたか?と思えば、その罪がどれほど重~いものだったかは想像できるというもの。

とんでもない!
ナチスに売った、売国奴にされたらたまらない!

ここで、はじめて・・メーヘレンは、この作品は自らが描いた贋作であると告白することになった。

メーヘレンの裁判時の写真
     ↓
204724cf6ea9(1) Ruka Vermeera(2)_thumb[2]

これは私が描いたものだ。
これだけじゃない! 
エマオの晩餐も私が描いた! あれも、あれも・みーんな私が描いた!



ところが・・誰も信じない。

そりゃそうだ・・。
国宝級とまでなってしまった絵を、僕が描いた!なんて言ったところで、誰が信じるもんか!

そこで、メーヘレン自身が法廷で贋作を描いてみせることになった。


まず、古い17世紀頃の絵を探し出してきて、絵の具を丁寧に削り取る。
絵の具は、17世紀の手法で自ら作り出したものを使う。
完全にフェルメールに成り切って描き上げる。
さらに、自然に古くみせる工夫もこらす。



そぞ、見事な作品だったことだろう。

実際に、法廷で描いた作品はこれだったそうだ。
     ↓
kid_christ.jpg
寺院で教えを受ける幼いキリスト

なんと、この贋作の絵にも、3000ギルダーの値がついたという。

こうやって、メーヘレンの国家反逆罪の疑いは晴れたのだ。


それどころか、彼は一躍、売国奴から「ナチスを手玉にとった英雄」扱いされるようになった。


贋作の罪も異例の軽い罪となり、1年の禁固刑とされたそうだが、メーへレンは刑務所に入ることなく、亡くなるまで自宅で悠々と暮らしたという。
残念ながら、刑期が明ける前に病死したそうだが。

これは、今だに語り継がれる有名な話として残っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

メーヘレンが贋作に手を染めた理由は、自分を認めなかった美術界への反抗とか憎しみとか言われているようだけど・・・

そんなことは、本人に聞いてみなけりゃわからない。
いや、本人だって、わからないのかもしれない。

到底皆さんの納得できるような理由を述べることなんてできないだろう。

そこには、さまざまな思いが織りなす糸のようになっているはずで・・

強いていえば、「ただ、好きな絵を描き続けたかったから」としか、言えないのかもしれない。



これをスピリチュアルっぽい見方から眺めると・・

フェルメールが乗り移っていたのかもしれない(笑)

メーヘレンが愛してやまなかったフェルメール。

フェルメールという人、バロック絵画を代表する画家の1人になっているものの、謎の部分が多いのだ。
生涯で30作品程度しかなく、しかも、生年月日も死んだ日さえも、実はよくわかってない。
ただ、不遇の人であったことは確かなようで、彼の死後も長い間、忘れられた画家だったそうだから。

フェルメールとメーヘレンが引き合い、
さらに、その絵を強く望んだ、ヘルマン・ゲーリングもまた、何かに引き寄せられたのかもしれない。

ヘルマンもまた、最後は自殺を遂げた不遇な人ともいえる。


3人とも不遇な人、しかしまた、「不遇」というのも、一般人の見方でしかない。

本人たちは、思い残すことなく、十分生を全うしたのかもしれないのだ。



こういった贋作事件をみると、いろいろなことを考えさせられる。

美術業界というもの
美術鑑定というもの
芸術作品というもの
法というもの
物の価値というもの



「メーヘレンは、どんなに美術界に認められなかったとしても、諦めず自分の思った絵を描き続け、もっと精進し続けるべきだった」
というのは、実に良識的意見だ。

しかし、それは・・

アートというものが、純粋に作品に感動した人のみが代価を支払って入手できる、というシンプルな世界でのみ言える正論じゃないだろうか。

こんなふうに。
   ↓
Paris-montmarte2.jpg

そして、その純粋さだけで、アーティストが食べていかれる世界。


私は、メーヘレンが贋作を犯した犯罪者か英雄かなんてことには、興味はない。


見方が違うだけで、誰でも英雄にもなれば犯罪者にもなる。
革命家がいい例だ(笑)


ただ、一人の人間の生き方としてみた場合、私は興味をそそられたのだ。

しかも、かなりの優れた才能を持っていた彼が歩んだ道に。


実は、私には、フェルメールもフェルメールの贋作も、それほど良さがわからないのだが・・
このデッサンをみたとき、なんとも美しい!と心を捉えたものがあった。


もちろん、メーヘルンの作品
   ↓
uHertje.jpg
http://www.meegeren.net/



美術界に認められることなく、ポスター画家として食いつなぎ、それでも精進し続けながら一生を終えるのも人生。

途中で諦めて他の職業につくのも人生。

メーヘレンの生き方もひとつの人生。

画家志望だったヒトラーの生き方もひとつの人生。


自分で選択する人生だ。

そして、最後に自分が納得した人生だったかどうか?


たぶん、それだけだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*長くなったので、他の二人の贋作作家の話は次回にします。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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