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日本独自のもの

同僚のRoy君が、日本から来たお客さんをランチに連れていくことになった。

彼は、戻ってくると苦笑しながら言った。

「いやあ、まいったよ! 何が食べたいですかって聞いたら、本場のアメリカのデニーズでハンバーグを食べたい!って言うんだもん。」

「え? デニーズ?? あの最悪な店で、しかも・・ハンバーグだってえ?」



なぜかデニーズは、LAにも多くあるが、評判はあまり良いとはいえない(笑)
    ↓

味はまあまあだけど、まるでインスタントのような味。
これといって特徴のない料理ばかり
出てくるのが遅い。
スタッフが不愛想、感じ悪い。



そんなところで、わざわざ食事するハメになったRoy君もお気の毒な・・・。

「しかも、ハンバーグを食べたいって言ったって、あれは日本にしかない料理だもんね~。
唯一、それに近いのが、Salisbury Steakだから、それにしてもらったけどね。」



Salisbury Steak・・ソールズベリー・ステーキというものがある。

牛挽肉を固めたものを焼いたもので、確かに日本のハンバーグには似てる。

だけど、これはアメリカでは、あまり注文する人は少ないだろう。(笑)

なぜなら、

なんで、旨いステーキを食べずに、わざわざ挽肉の塊なんか食べなきゃならないの?

というのが、アメリカ人の言い分。


これが、アメリカのハンバーグこと、Salisbury Steak・・ソールズベリー・ステーキ
  ↓
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そして、


こっちが、日本の方にはおなじみのハンバーグステーキ
     ↓
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はっきり言って、日本のハンバーグの方がはるかに旨い!

そりゃそうだ!

日本のハンバーグは、作り方からして違う!

よーく、空気が入らないように挽肉をネリネリと練りこむ、それも空気が入らないようにと練りこむのだ。

まるで・・陶芸の時の手びねりを作るときみたいだ。

基本はこれと一緒(笑)
   ↓
tougei09.jpg

空気を入らないようにするのは、熱を加えたときに割れないようにするためだ。
(それは、ハンバーグ作りも陶芸も同じ。)



しかも、下味をつけて、卵を入れて焼き上がりをふっくらとさせるのが、日本のハンバーグ。


さて、アメリカは?というのと・・ほとんど何もしない。

ただ牛挽肉の塊を焼くだけ。

上の写真を比べるとわかると思うけど・・当然、ふっくらもしない。

ソースの味で食べるだけ。

そりゃ、美味しいわけがない!


逆にアメリカから日本に行った人が、はじめて、日本のハンバーグを食べたとき、そのあまりの美味しさにびっくりしたって話を何度か聞かされたことがある。


「あーあ、ランチがデニーズとはなあ。 お金もらっても、プライベートだったら絶対に行かないのになあ。」
と、Roy君は、その日、ずーーとぶーたれたままだった(笑)


日本人の中には、ハンバーグが元祖アメリカのものだと思っている人も多いだろう。

デニーズがアメリカの人気チェーンと思っている人も多いのだろう。

そりゃ、大きな間違いだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな話は、ハンバーグに限ったことではない。

つい昨日、母にこんなことを聞かれた。

「もうじきクリスマスね、アメリカでもクリスマスケーキは予約したりするの?」


はああ?

こっちではクリスマスケーキを食べるって習慣ないし~。



日本と言えば、クリスマスといえばクリスマスケーキ

イチゴのケーキが定番とか。
   ↓
hujiya.png

これは、不二家の創始者、藤井林右衛門が考案し、大正11年(西暦1922年)頃から広めたものだったそうだ。
クリスマスケーキの起源・由来・歴史とは?


アメリカのストロベリーショートケーキにヒントを得て、作ったのがはじめだったとか。
      ↓
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たしかに、アメリカにはストロベリーショートケーキは、どこにでもある。

ところが、これもまた、日本のストロベリーショートケーキとは違うものなのだ。

イチゴが酸っぱいので、甘いクリームで食べるだけのことで、付け合わせは、パンのようなものだったり、シュー皮だったり・・必ずしもふわふわのスポンジケーキが土台になってるってわけではない。



アメリカのクリスマスだって、家族が集まって、みんなでクリスマスディナーを食べるというのがメインなのだ。

そりゃ、デザートの一つとして、なんらかのスイーツはあるだろう。

それだって、各家庭によって違う。
まあ、そのほとんどは、各家庭で作られる手作りデザートということになるのだ。



どうやら、私の母は、

クリスマスといえばケーキ、

ケーキといえば、丸いフワフワのスポンジにデコレーションしてるもの

それこそが、アメリカだと思っていたらしい。(笑)


ついでに、もうひとつ訂正させて頂くと、ケーキ=甘いお菓子
と思ってたのは、母だけ。(←いやいや、ひょっとしたら、他の日本人もそう思い込んでる人がいるかも。)

Cake(ケーキ)とは、丸く固めたもののことであって、必ずしも、スイーツのことではないのだ。

たとえば、こちらで有名な、クラブケーキ(Crub cake) 
    ↓
29313_crab_cakes.jpg

カニ肉を使った料理・・これもケーキと呼ぶ。


このように、誤解されてることは多いのかもしれない。


日本独自の文化なのに、元祖は他国にあると思い込んでしまってるものも多いのだろう。

発想の着眼点は、たしかに海外にあったのかもしれないけど、そこからヒントを得て、独自のものを創り出してしまう。

それはもう、元祖とは言えない、独自なものなのに(笑)


以前のブログにもアップしたけど、
アンパンを最初に考案した人

アンパン、カレーパン、牛鍋やすき焼き、餃子・・すべて、日本の誇るべき料理になっているのだから。


ところが、こういったものを、海外のものを真似ただけじゃないか!と言う人もいて、

「日本人はなんでも猿真似が巧い人種だ。」

なーんて、悪口めいたことを言う人もいる。


でも・・ここまで極めてしまうと、

どうみたって、真似っこの域は完全に出てしまってる
クリエイティブで独自の作品になっている


と私は思う。

日本の風土に合わせ、しかも日本人の精神や味覚に合わせたものを作りだすクリエイター。

それが日本人の特徴。



たまたま、海外のものからヒントを得ただけに過ぎない。

ということは、他国に対しても偏見のない自由な発想が基本にある、ってことにもなる。




そういえば、先ほどちょっと陶芸にも触れたけど・・

日本の陶芸には、手びねりという手法がある。

電動ろくろというものがあるのに、あえて手で作ったり、

または、電動ろくろを使って見事な成型したものを、あえて、手で歪みを作ったりする。

これは、もともと日本で生まれた手法のようだ。



本来、ディナーセットとなるものは、歪みがあってはいけないわけで、8客すべてが全く同じものでなくてはならない。

このように。
   ↓
White-Bone-China.jpg

欧米人にとっては、これが、食器に対する基本感覚。


ところが、日本の美的感覚となると、

わざと歪みを作って、
    ↓
5053-620.jpg


セットにしたって、こうなる。
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ちなみに、両方の写真とも魯山人の作品。

セットにしたって、1つ1つが違っていて、
「この世に二つとはないものであり、同時に全体としてみた場合もまた調和するもの」になっているのだ。



日本に伝来する以前の陶磁器は、歪みは「悪」とされ、完全な円を目指すための技術にこそ心血を注いできたものだった。

そりゃ、手仕事ともなれば、ほんの僅かでも自然に歪みは出来てしまうものだけど、それは仕方ないとしても・・
「わざと歪ませる」ことなんか、絶対なかったのだ。

ところが、

「あえて、歪みを創り出すこと」
これこそが、日本の美的感覚が生み出したものらしい。


こちらのブログ記事によると、
http://bigakukenkyujo.jp/blog-category-14.html

この「恣意的な歪み」こそ、日本独自の文化。
日本独特の「自然崇拝」が浮き彫りになっている。


器の歪みは日本人の「自然崇拝」を物語っている・・のだそうだ。


その対極にあるのが、「人工」ということになる。

こちらの記事によれば、また、ゴシック建築ほど、最高傑作の「人工物」だという。

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キリスト教のシンボルであるゴシック建築、

垂直に伸びあがり、天を希求する三角錐の屋根は、「神への信仰」を表すもの。

アダムとイヴの血を受け継ぐ(原罪を受け継ぐ)人間は「不完全」なものであるがゆえに?

それは・・少しでも人が神に近づきたい希求なのか?

完全なシンメトリーこそが「神の完全性」に通じるのだろうか?



うーむ。

ここでまた、陶器に話すことにしよう・・・・

当然ながら、海外では完璧な円を目指すのに対し、日本では昔から、あえて歪みを加えたものこそが名品とされる。

同じ東洋である中国であっても、やっぱり完璧な円を目指していたそうなので、これはあくまでも、日本だけが持つ美的感覚だったようだ。

これは、清時代の名品とされる茶碗
   ↓
shintho_touki.jpg


こっちは、「卯花墻(うのはながき)」という銘のある、桃山の名陶による志野茶碗
   ↓
t_AIC201309060025.jpg

うーーむ、一目瞭然。

私も、ずーーと前に陶芸を習ってたことがあるんだけど・・手びねりの歪みというのは難しい(笑)

下手すれば、ただのぶきっちょが作っただけの駄作になっちゃう。 紙一重の差でアートになるか駄作になるか・・美的センスが世要求されるところなのだよ。




日本が目指した美とは何だったのだろう?

そう、自然崇拝が根本にある。


万物に魂は宿るというアニミズムを想起させるような・・・自然崇拝

西洋では、

自然の対極である人工とは、神に近づくこと。
死を否定し、乗り越えようとする思想

それに対し、日本では

自然を肯定すること 人間を肯定すること
「歪み」とは・・「不完全さ」、「死」



器を歪ませること・・・・それは自然に近づくこと、さらに、そこには、自然の摂理である「死」への受諾までもが含まれているのではないだろうか。

・・・と、まあ、この記事では述べてましたっけ。

生も死も、自然の一部として受諾できる民族、それが日本人なんだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・

海外から渡ってきたものは、昔から多くあった。

料理も、陶器も、建築も、さまざまなものに至るまで。


そのすべてに至るまで、独自なものに作り替えて魂を吹き込んでしまったのが、日本文化だったのかもしれない。



やっぱり・・太古の昔から、「和をもって尊しとなす」の精神性が潜在的に宿っているんだろうか?


しかし、和という言葉を一歩間違えてしまうと・・

主体性がない
周囲の目ばかりを気にする
没個性



なーんて、近年では言われてしまう日本人像だけど・・


「和をもって尊しとなす」のとは、


人類だけでなく森羅万象すべてという意味だったのかもしれない。

異種への偏見なくすべてを受諾するという意味だったのかもしれない。


だからこそ、かつての日本人は他国へも目を向け、独自のものを創り出すことができたのではないだろうか?


アンパンを作った木村さんも、クリスマスケーキを作った藤井さんも、 最初にハンバーグや餃子を考案した人も。(これについては誰だか知らないけど・・)


ところが、残念ながら・・・
近年では、海外から入ってくるほとんどのものが、ただのマネに過ぎないものばかりが目につく気がする(笑)


なんだか、とっても残念。


本来、日本人の細胞の中心には、二重らせんの巻物が鎮座しているはずなのに。


そこに書かれているものを、読めなくなってしまったのかなあ?

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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