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三島由紀夫とゆう人

きのうのブログ記事で、ちょっとだけ、三島由紀夫さんに触れたんで、今日は、三島さんの話をアップしようと思う。


誰でも知ってる文豪で、戦後の日本文学界を代表する作家の一人だったし、

川端康成さんと並んでノーベル文学賞候補にも上がった人。(年齢順ってことで川端さんにノーベル賞が渡ったんだとか)


また、日本で一番文章が巧い作家ともいわれる人。

一番文章が巧いかどうかは、好みの分かれるところだけど、とにかく、「日本語の造詣が誰よりも深い人」とはいえるかもしれません。


で、私は個人的に、三島由紀夫作品が好きかどうかと言われると・・前半のものはよーーく読んでたんだけど、後半のはいまだに読んでない。

読む気になれないってのが正直なところ。
その理由は、あとで述べることにして・・(^-^)/


まず、私が三島由紀夫さんの小説を読むきっかけとなったのは、たしか、高校のときの現国の教科書。

そこに金閣寺の一説が載ってたのがきっかけ。


金閣寺を描写してるんだけど、たしか、この部分だったと思う。
         ↓


私はまた、その屋根の頂きに、永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰を思った。

この神秘的な金いろの鳥は、時もつくらず、羽ばたきもせず、自分が鳥であることを忘れてしまっているにちがいなかった。

しかしそれが飛ばないようにみえるのはまちがいだ。

ほかの鳥が空間を飛ぶのに、この金の鳳凰はかがやく翼をあげて、永遠に時間のなかを飛んでいるのだ。
時間がその翼を打つ。
翼を打って、後方に流れてゆく。飛んでいるためには、鳳凰はただ不動の姿で、眼を怒らせ、翼を高くかかげ、尾羽根をひるがえし、いかめしい金いろの双の脚を、しっかと踏んばっていればよかったのだ。

そうして考えると、私には金閣そのものも、時間の海をわたってきた美しい船のように思われた。
美術書が語っているその「壁の少ない、吹きぬきの建築」は、船の構造を空想させ、この複雑な三層の尾形船が臨んでいる池は、海の象徴を思わせた。

金閣はおびただしい夜を渡ってきた。
いつ果てるともしれぬ航海。そして、昼の間というもの、このふしぎな船はそしらぬ顔で碇を下ろし、大ぜいの人が見物するのに委せ、夜が来ると周囲の闇に勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである。





これだけを読んで、がーんとなりました。


この金閣寺を、

Kyoto_GoldenTemple.jpg


金銅の鳳凰、神秘的な金いろの鳥

永遠に時間のなかを飛ぶ。 

時間の海をわたってきた美しい船

おびただしい夜の中


こんなカンジにイメージさせちゃう。

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ファイナルファンタジーからの画像


さらに、鳳凰は金色の船に姿を変えて

夜に出帆していく

永遠の時間を、

後ろに




美しい映像だけでなく、そこに時空まで加えて・・まさに4次元的な世界を体感させてもらったカンジだった。。。


いやあ、金閣寺を、言葉だけで、こんな描写しちゃう人っていったいどんな人だろう?って思ったもんです。

しかも、ちゃあんと、その美しいイメージがストレートに私の中に入ってきて、
わぉう!と感動させてくれちゃったわけだから。


それから、三島作品を読むようになったわけです。

それは、私が高校生のときのはなし。


もっとも、今の私のように・・残業して疲れて帰宅して、ネコのトイレ掃除して、ゴハン、片付け、風呂に入って寝ちゃうような生活をしていれば、こんな文章を目にしたところで・・・鳳凰だとか金色の船のイメージはわいてこなかったかもしれない。

さらっと読みとばしてしまったような箇所だったかもしれない。


受け手の心にゆとりがなければ、どんなステキなプレゼントを与えられても、気がつかないものなんだろうなあ~。

高校生のときで、つくづく、よかったなあ~と思う(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、三島由紀夫さんといえば、こんなことでも有名な人ですね。


●ボディービルで、ムキムキの体を作り上げた人

●政治的な傾向により、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成

●自衛隊市ヶ谷駐屯地に押し入って演説の後、割腹自殺



たしかに、子供の頃から貧弱な体で、それにコンプレックスを持ってたらしい。
そこで、自ら肉体改造をするため、ボディビルをはじめたそうだ。

若いころはこんなだったけど・・

Mishima_Yukio_1948.jpg


こうなったんだよね~。

moshimabody.jpg


見事な肉体美なんだけど・・

私は、それ以前の三島由紀夫さんの雰囲気の方が好き。

この最初の写真、ネコと戯れてるような方が自然で好きなのだ。

ボディビル後の三島さんの写真は、どれを見ても違和感を感じてしまって・・私は好きになれないのだ。




ボディビルで見事な体になった三島さんは、ヌード写真集までも出版されることになる。

薔薇刑(ばらけい)
写真家・細江英公撮影

barakei.jpg

幻想的・耽美的な側面と、オブジェとしての肉体に焦点を当てるという側面とを兼ね備えた作品で、頁をめくるうちに、「ある漠然としたストーリー」が見る者に想起されるように構成されている。
1963年(昭和38年)3月25日に集英社より刊行
薔薇刑_Wikiより




もちろん、このヌード写真集は、そんじょそこらのヌード写真集とは違う(笑)

完全にアート作品なのだから。

写真1つ1つにも、また、薔薇というワードでさえ、シンボルとして使われてるようだ。

2ee2999613bef407ef769f129bb20560.jpg


薔薇の花弁は何重にも渦を巻いていて、どこまでが内か、どこまでが外なのかという判断を惑わせる形態をしている。
血と内蔵にまみれた表面は、内部による外部への氾濫だ。その比喩としての薔薇の花。
薔薇は、内部と外部の混沌・合一から生まれる「表層の美」とは何かを、最も明白に表してくれる。




現に、薔薇刑という写真集、今では海外の方で人気があるようで、日本以上に売られてるみたい。

そういえば、「仮面の告白」の中にも出てきたんだけど・・

ジェノバのパラッツォ・ロッソに所蔵されている、グイド・レーニの「聖セバスチャン殉教図」

sebastian.jpg

これは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの近衛兵であった聖セバスチャンが、密かにキリスト教を信仰していたために、処刑される様子を描いたもの、なんだそうだけど・・・

日本の矢から生々しい血が流れるわけでもないし、むしろ表情は安らぎに満ちていて、若々しい美しい肉体がある・・・
いやあ、こりゃ、そちらの方々が見たら、垂涎ものかも。(←そちらの方々って??)


まさに、エロティシズムの美の極地


そういえば、三島さんは、フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユのエロティシズム理論に感銘を受けたというのを、インタビュービデオで見た記憶がある。


ジョルジュ・バタイユのエロティシズムとは、

エロティシズムは、いわば存在と存在の間の“深淵”を超えて、失われた連続性を回復しようとするノスタルジーから生じる。

それは初め肉体的エロティシズムとして、次に心情的(精神的)エロティシズムとして現れる。

つまり、肉体のエロティシズムが安定化することから、精神のエロティシズムが生じてくる。

この連続性へのノスタルジーがエロティシズムを形作っている



この解説がこちら
    ↓

孤独を超えてつながろうとする欲望、これがエロティシズムの根本にある。
私たちにとって恋が苦悩をもたらす理由はここにある。つまりそれは結局のところ不可能なものを追求しているからだ。

恋の感情は「彼女の心を手に入れられたなら、孤独なお前の心は彼女の心と一体になれるだろう」と何度となくささやきかけてくる。
それは叶えられない約束ではある。しかし、恋人たちの間では、それは狂気としての激しさをもって結実することがある。

https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-bataille-erotisme/



なんとなく、イメージとしておわかり頂けただろうか?

私には、彼のいうエロティシズムってのは、

永遠に結実しないもどかしさと切なさがあるからこそ、美しさを生むもの。
そして・・ちょぴり、死の予感を含むもの


そんなイメージがしてしまう。


さて、三島由紀夫さんも、ちゃーんと、この写真集の中に、同じようなポーズのものを入れてる。

misimabook.jpg


そのほか、

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また、こんな写真も

74678172_o3.jpg
新版 薔薇刑 細江英公 写真集 三島由紀夫


時計のモチーフを使った写真もいくつかあるらしい。


三島さんの「薔薇と海賊」からの抜粋
    ↓
帝一 (わが胸を押へて)ここでテクタク、時計みたいに動いてゐるものがハートだね。

楓 でもそれは冷たい鐡と硝子の時計ぢやなくて、熱い肉と血でできた時計なの

帝一 それぢやその時計、生きてゐるんだね。





おそらく三島さんて人は、文筆家としての才能だけでなく、絵画、音楽、戯曲といった幅広いセンスと才能を持ってたんじゃないのかなあ?

現に、戯曲もいくつも残してるし、それを演じる俳優さんに言わせると・・

「三島さんの戯曲は、セリフの言葉が緻密に計算されて書かれていて、とにかく美しく、印象的に作られている」のだそうだ。



さて、これほどまでに、多くの才能を秘めたアーティストが、なんでまた、政治活動?


こーんな軍服らしきものまで作っちゃって・・自前で団員たちに支給してあげたりして、

tatenokai.jpg

当時は、「あーあ、三島も終わりだね~。 わけわからん、兵隊ごっこまで始めちゃって。」

「今さら、天皇制だとか、右翼に走るなんて頭がおかしいよなあ。」


と・・・評判ガタ落ち。

多くの人に失笑されたそうです。


アーティストは、右翼でも左翼でも・・政治と結びつくなんて、ありえないよなあ。。。

ましては、なんで今さら、天皇を神様にするんだ?


と、私も、さーーぱりわからん!状態だった。


ところが、時を経て今になってみると・・・彼は、右翼とか左翼とか、また、この天皇一家を神として神として崇めよう、なーんてことを目指してたんじゃなかった・・・ってことに気がついた(笑)

決して、この方々を神様として明日から奉ろう!なーんてことじゃないので・・誤解無きように。
       ↓
AS20150503002871_comm.jpg

三島さんの、こんな言葉が残っているらしい。

天皇は「日本の歴史・文化・伝統の中心」であり、生きている現人神で、絶対的存在であった。
しかし、米国が作った平和憲法の中の天皇は「国政に関する権能を持たない国民統合の象徴」であるだけだった。

日米同盟という安保の枠組みの中で経済的豊饒(ほうじょう)に安住し、国を守れる軍隊も持たず、情けない「米国に従属した国」となった。



「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」からの引用部分
     
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。

日本はなくなつて、その代はりに、、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。

それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。



ああ!

たしかに~。


今、、まさに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国になっちゃってるなあ。

それすらも、翳りが見えてきてるけど・・



私のつい最近のブログで、サンクスギビングデイに日本史を考える

でも、触れたんだけど・・

日本は太古の昔から、他国のウシハク国とはまったく違った文化や思想を持つ国。

シラス国なのだ。

それは、アマテラス神の血筋を継承する、天皇を中心に、民による君民共治をする国。

それは、他国の金権主義や合理主義をベースにしない、独自の文化を持つ国。




たぶん、三島さんは、かつての日本、そういった独自の文化を持つ国に戻したい!
そのための、スピリチュアルな天皇制を目指したんじゃないだろうか?

ってことに・・今さら気がついた。

となると・・もちろん、今の天皇家のあり方・・ほとんど一般人と変わらないようになっちゃった? しちゃった?あり方にも、異議を唱えたことだろうね~。

なんかのエッセイだったか、コラムだったか・・忘れちゃったんだけど、

だからこそ、天皇は一般人のような自由は許されない存在なのだということを言ってたはず。


戦後、口当たりの良い言葉、民主主義、平等の世といった言葉にくるまれちゃって、すっかり、欧米諸国龍の金権主義に魂を譲り渡しちゃった文化になっちゃったってことかな。。。


それを、1960年代後半~1970年代に、警鐘を鳴らしていたんだから、これって、すごい!かもしれない。

日本は裕福になり、まさに、バブル景気に向かうような時代だったときに。

三島さんて、世の中の流れについても、おそろしく先見の目を持っていた人だったんだろうね~。

だけど、こんな時代では、ほとんど理解されなかったのだろう。

それが世の常だから。。。。



おっと!

三島さんよりも、もっと昔に、先見の目を持ってる人がいたのを忘れちゃいけない!

それは・・幕末の頃にいた、佐久間象山(さくましょうざん)という思想家の先生

syozan.jpg

これも、以前のブログ記事、中国人と日本人と論語にも、アップしたんだけど、そこからまた、引用すると・・

幕末の頃といえば・・

開国して優れた西洋のものをバンバン入れようぜ!って人と、日本国に西洋人なんてとんでもねーぞ、ぶっ殺せ!って人もいた動乱期。

ところが、象山先生は、東洋道徳・西洋藝術を唱えたのだった。

あくまでも、東洋的な思想を基盤にした上で、西洋の技術、テクノロジーを取り入れるこそがすぐれた国を作ることだと。

この時代に、彼はちゃーんと見通してた。

東洋と西洋の優れた部分と弱点すらも!



誰もが黒船来航から、新しい文化・テクノロジーに有頂天になってる人か・・または、外国すべて排除してやる!という反対派と、真2つに割れてた時代に、冷静に未来をみつめてた人もいたんだね~。


三島由紀夫さんもまた、日本の未来を考えたとき、佐久間象山と同様な危惧を持ったんじゃないかな?


そんでもって、楯の会活動に入る?

うーーん、なんだか・・そこらへんには、ちと、無理があるような・・(笑)

私の、まったくの個人的直感に従って言ってしまえば・・

ただ、彼は、死にたかったんじゃないかと!

それも、冷静に計画的に。

死ぬ準備の流れの1つとして、楯の会があったのではないかと・・・。


これは、まーーたくの根拠もない、想像です(笑)


なんで死にたかったのか?

そりゃ、よくわかりません。

色々な方がさまざまな推測をしてるけど・・・。

醜い姿をさらして老いて死ぬより、美しい肉体のうちに死にたかった。

美を完結させたかった。

自分の一生を自分で演出し、現実を舞台にして死をもって完結させた。


もっと、現実的な推測をみると、

小説がもう書けなくなって自死した。
右翼を貫くパフォーマンスとして自死した


なーんてのもある。


ドナルド・キーンさんという、彼は有名な日本文学の翻訳家。
永井荷風や谷崎潤一郎などの翻訳も手掛け、個人的にも親しかったそうだ。

donald.png

とくに、いちばん親しかったのは三島由紀夫さんだったらしい。


彼が言うには、

「自死を選んだ原因はいくつもあると思います。

三島が命を絶ったのは憂国のためだけではないと思います。

彼には独自の美学があった。彼は歳をとりたくなかった。
美しく咲いたままその命を閉じたかった。

それも1つの大きな理由でしょう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、死にたい!と思ったとしたら・・

それも、冷静な意思として思ったとしたら・・

それはもう、ますます、死は身近になってきて、死は美しい憧れのようになっていくのかもしれない。

アーティストであれば、それを、自ら演出しようとしてしまうかもしれない。


もう一つ、美輪明宏さんが興味深いことを言ってましたっけ。

美輪さんは、三島さんと長年に渡って懇意にした人だ。

ある日のパーティーでのこと、

美輪さんは突然、三島さんの背中のところに変な人影が見えたそうだ。
緑色ぽい人影で、青年将校のような姿をしていたという。

ところが、美輪さんは、その人物を知らない。

「どうやら、二・二六事件の関係者じゃないかしら。」

そこで、三島さんに、その関係者の名前をあげさせたそうだ。

いくつか名をあげても、みんな違う。

そのうち、「磯部浅一」の名をあげたとたん、それは、ぱっと消えた。

「それよ!その人よ!」と、美輪さんは叫んだ。

霊は名をあげられると消えるそうだ。

三島さんが、どうやら、磯部浅一の霊に憑依されていたというのは、知る人ぞ知る有名な話。


美輪さんは、こんなことも語っている。
    ↓
「『憂国』を書いてる時に、自分であって自分でないようなおかしなことはありません?」って聞いたら、「ある」っておっしゃって…。

眠くなっても筆だけ闊達に動いてるんですって。で、どうしてもやめられない。

終わった後読み返して、文に不満があるんだけど、書き直そうとしても何かが書き直させない力が働いて、あれは不思議だったっておっしゃった。

あの「憂国」というのは、純粋に三島さんではないと思っています、半分ね。」



磯部浅一という人物は、二・二六事件の実質指導者で首謀者として銃殺刑を受けている人物。

isobe.jpg

処刑が決まったあと、獄中での磯部は、軍の幹部から、世の中すべてに至るまでを呪う文書を多く残してる。

死にたくない、仇がうちたい、全幕僚を虐殺して復讐したい・・・とか。

「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」などと書き記して、
現天皇はおろか明治天皇、皇祖神、天照大神にいたるまで叱り、呪っている恨みっぷりだったそうだ。

「成仏するつもりなど、さらさならない、悪鬼となりて所信を貫徹してやる!


二・二六事件の青年将校の霊に憑依されていた三島由紀夫


怨んで怨んで、悪鬼のようになって死んでいった人のようだ。

なんと往生際の悪い・・。


そうか~!

そのせいだったのか~!

と、実は、私は自分なりになんか、納得してしまったものだ。。。

私が後期の三島作品が好きになれなかった理由。

なんとも違和感があって、本を手にとっただけでも読む気にすらなれなかった理由は、そこらへんにあったのかもしれない。

違和感と重さ


憂国なんて作品、舞台を見る気さえなれなかった。。。


写真を見たって、たしかに後半の三島さんは、イケメンに変身し、

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素晴らしいボディかもしれないけど・・

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どうも好きにはなれない。

目が、どうにも好きになれない。

異質に、なんだか作り上げたような表情だし・・・。

最初にアップした若かりし頃、たしかに・・ちょっとなよっとしてるけど・・私は、こっの方が100倍好き。

または、せいぜい、このくらいまでの頃の写真

ms3.jpg
ネコ好きだったのかな?

彼の作品についても同様に・・・ある頃を境にしてから、つまり、ボディビルあたりを境に・・読む気がなくなってしまった。



それは、彼が彼であると同時に憑依されて、半分は別の人にもなっていたからなんだろうか?


後半の三島さんは、憂国の舞台で真に迫る切腹シーンを撮影したり、関の孫六の名刀を手に入れたり・・どんどん、そっちの方向へ傾いていく。

鬼気迫るように。

憑依の力も借りて(利用して)、クーデターにおよび、割腹自殺に至ったのかもしれない。


しかし、それもまた自分。
自分が呼び寄せた霊、たとえ無意識だったとしても・・・。



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これは、美輪さんが最後に三島さんと会ったときのエピソードから。
   

自決される1週間前、三島さんは私がコンサートをやっている日劇の楽屋を訪ねてこられました。

「出演おめでとう!」と言いながら、抱えきれないほどのバラを持って。

ピカピカの靴でタキシードで正装されてました。
普段ならご家族のことなどはあまり話さない方なのに、その日に限って弟さんの話をしたりして、いつもの様子とはちょっと違っていました。

 三島さんが劇場の控室からお帰りになる際、突然楽屋を振り返り、「もうこれっきり、君の楽屋には来ないからね」と。

「どうして?」と聞いたら、

「今日も奇麗だったよ!なんて嘘をつくのがつらいから、もう来ないよ」
そんな皮肉交じりの冗談を笑いながらおっしゃって出ていかれました。

298521-赤い背景に彼の背中の後ろに赤いバラの大きい花束を持って男



なんとまあ、古い外国映画のセリフみたいに、おしゃれなセリフ(笑)

それもまた、彼の別の一面だったんだろうなあ。



三島由紀夫が亡くなったのは、1970年

今から、もう47年前だ。


彼の魂は今、どうしてるんだろう(笑)

とっくに、統合されてしまい、個としても三島由紀夫はなくなってるんだろうか?


それでも、生きてる我々には、決して消えない人のようだ。

彼の作品とともに、いまだに語り継がれているわけだから。




参考
http://d.hatena.ne.jp/SemiuNatsuhito/20141130/1417345296

http://www.tv-asahi.co.jp/ss/182/special/top.html
http://news.livedoor.com/article/detail/9916106/

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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