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サンクスギビングデイに日本史を考える

今ちょうど、こちらはThanksgiving Day(感謝祭)の朝で、よく晴れた静かな朝だ。

そう、まさに・・日本でいうところの元旦の朝のようなものだろう。

人々は家族と過ごすために帰省し、感謝祭の特別メニューをみんなで食べて祝うのだから。

典型的なサンクスギビングメニュー(スタッフィングしたターキーローストにクランベリーソース、マッシュドポテトにグレービーソース、パンプキン・パイ・・・この3つはかかせないもの)
1510791692812.jpg

サンクスギビング(感謝祭)の歴史は、ご存じのように、1620年メイフラワー号に乗り込んだ入植者の一団の歴史がベースとなっている。

入植者一行は、マサチューセッツ植民地で、イギリスから持ってきた種子を使って農耕を始めたところ、現地の土壌に合わず収穫がまったくできなかった。 

その結果、冬には寒さと飢えで多くの餓死者を出してしまった。

それを見かねた現地のインディアンが彼らを援助し、ようやく収穫ができるようになったとき、その感謝を表す目的で1621年に先住民を招いて収穫を祝う宴会を開いたのがはじまり、ってことになっている。



おー! いい話じゃないか!と思うものの・・・どうやら、この話はあやしい(笑)

アメリカ先住民との間には、戦争、虐殺、略奪という暗い歴史しか無いので、1つくらいは「明るい話」があってもいいんじゃないかい? と、いう意図で広められた話ではないか?ともいわれてる。

へ? そんなもんかい?

また、サンクスギビングデイを国民の休日として制定したのは、16代大統領のリンカーンだったのだけど・・
彼は、インディアンは黒人以下の害虫とみなして大量虐殺をしまくったのは有名な話だし・・こりゃ、どうもなんらかの政治的意図も隠れているような気もしてくる。

うーーむ。。。

まあまあ・・・

今となっては、サンクスギビングはアメリカ全土で一番のホリデーになってるわけなんだし・・それはそれで良しとしよう(笑)
そんなことを考えるよりも、今はご馳走を食べるぞ~♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、思いつつも・・やっぱ、ふと考えてしまった(笑)

どこの国の歴史であっても、「時の権力者に都合がいいように改竄されてる」というのは、当然のことだよなあ。


そのほとんどは、残された書物から探ることになる。

その書物自体がいつ、誰によって、どのような意図で書かれたのか?ということから探らない限り、それがどこまで信ぴょう性があるものかは見えてこないってことになる。

そのために、歴史学者がいるわけだし、それ以前の古いものは考古学者が担当することになっているんだった。


ところが、世界中の歴史において、
「日本の歴史は、一番といっていいほど歪められてしまってるのかもしれない。」と、思うようになったのだ。


実は、少し前に、日本の古代史を調べていて、いくつか、あれ~?と、目からウロコ状態になったことがいくつもあった。

それ以来、 うーーむ。 私が教わってきた日本の歴史って・・ホントかよ?と思うようになったのだ。

ついでだから、きょうは、少しその話をアップしようと思う。(←なんでサンクスギビングデイで、日本の歴史を考えたんだかわからないんだけど(笑)


◆縄文人と弥生人

縄文人は毛皮を巻いて狩猟採取をしていた。
文明レベルが低い。


まさにこーんなイメージね
    ↓
a187068.jpg


そこに2500年ほど前、朝鮮半島から稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
鉄器を使う、進んだ文明を持った「弥生人」

日本民族はすっかり弥生人へと入れ替わり、農耕生活をはじめた。 それを弥生時代とよぶ。

こっちが、弥生人イメージ
yayoi.jpg
https://blogs.yahoo.co.jp/randokku2000/40573087.html

         
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これは、2005年に国立科学博物館で開催された特別展の、「 縄文 VS 弥生」のポスターから。

左、縄文人は、目鼻立ちがくっきりぱっちりで、アクセサリーを身にまとい服にも刺繍が施されている(ちなみに、これは一般女性の姿だそうだ)

一方、右の弥生人は、のっぺり顔。 一般女性はアクセサリーはしないし、とってもシンプル実用的な服


そして、土器

そういえば・・昔、教科者に載っていた土器をみて、びっくりした記憶がある。

これは、火焔型土器 と呼ばれてる縄文時代のもの
      ↓
125143019191216122466.jpg
http://www.globe.sh/guzzi/joumon04/joumon-6.htm

ちなみに、これはちゃんと日常的に使われてたものだという。(煮炊きの焦げた跡などもあるらしい)
決してお飾りではないとのこと。



一方、弥生式土器
   ↓
yayoi_doki.jpg

いたってフツーの日用品ってカンジ・・・


これを見て、中学生だった私は、ものすごーーく不思議に感じたことを覚えてる。
だって、どうみたって、縄文土器の方が優れていて、まるでアート! 縄文人は本当に野蛮人だったのかなあ?


で、それを先生に質問したところ・・・

「たしかに縄文土器の方が、まるでアートだけどね、それはおそらく、宗教的な意味合いだとか呪術的な意味も込めて作られていたからじゃないのかな。 
ところが、弥生人は実用と機能のみを追究した。
それこそが、文明の進歩なんじゃないかな。」


と答えが返ってきたのを、よーく覚えてる。

うーーん、なんか、わかったようなわからんような・・でも、どっか「腑に落ちない」、ってのが、私のそのときの感想(笑)


しかし、とにもかくにも・・

縄文人と弥生人では、ルックスも違うし生活様式も違うわけで・・
そもそも、まったく人種が違うものなのだ、と教わった記憶がある。

このように
  ↓
20140505215340a96.png
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2250.html

ちょっと見にくい画像だけど、右が弥生人で面長の顔で一重瞼の骨格なんだそうだ。
左の縄文人は、まったく違う。

この写真は、縄文人と弥生人では顔立ちが違い、民族的特徴がまるで違うということを証明する写真として
NHKが「日本人はるかな旅」という番組で放送したそうだし、その後も、数々の本でも紹介されて広く世に出回ってる写真だそうな。

ところがこの写真、真っ赤な偽写真だったということが判明


なんと1枚の写真を何度もコピーを繰り返すことで作り上げた写真だそうな。
(当時はコピーマシンの性能が低かったため、全体的に写真が黒ずんだものが出来上がった)
写真をよくみると、顔を線対称にして、張り合わせて作られている。

ええ!!
そんなことってアリ??


はい。 事実だそーですよ~。

でも、不思議なことに・・こんなことが判明されてるのに、なぜか、ちっ~とも、これが大ニュースにもならなかったような。。。そっちの方が不思議だ。。。



なぜ、こんな偽写真まで作って騙したのか!って話は後にして、とりあえず、次の時代を見てみよう。


◆古墳時代
その後、弥生人たちは、さして文明の進歩がないままに、古墳をせっせと作り、豪族たちが勢力を誇示したいた時代。
それを古墳時代と呼ぶ

注:私の時代の教科書では、縄文時代→弥生時代→大和時代→飛鳥時代、で、古墳時代というのは設けられてなかった


さて、一般的には(つまり、教科書で習ったこと)、古墳は有力豪族の富と権力を示す墓とされてきたけど・・さてさて、これも

今では、さまざまな説がある。

こちらの話はまた別の機会にするとして・・。(←詳しく説明すると超長くなりそうなんでね。。)


◆大和~飛鳥時代

7世紀になって、またまた進んだ文明を持つ渡来人たちが朝鮮半島からやってきて、さまざまな文化を日本人にもたらした。

手づかみで食べていた日本人に箸の使い方を教え、文字を教え、仏教などを教え、そのためようやく日本には、文明が花咲いた。


Three_Kingdoms_of_Korea_Map.png

と、韓国の教科書にも書かれているようだし、また、私たちも、そのように学校で教わっている。



ちなみに、こちらが、韓国の教科書の内容だそーです。
    ↓

【韓国 国定中学用国史教科書(1985)】

三国(百済、高句麗、新羅)は、互いに対立し競争する中で活発に文化を交流させた。

中国とも交流しつつ独自の美術を発展させる一方で、海を渡って日本に文化を伝え、彼らの文化の基礎を固めた。

百済では阿直岐(あじつき)と王仁(わんいん)が日本に渡って儒学を教え、段楊爾(たんやんい)、高安茂(こうあんむ)らも学問を教えた。

聖王の時代には仏教を伝えてやり、百済と高句麗の僧侶も多数、日本の仏教界を指導した。

儒学や仏教以外にも、美術、音楽、歴史、医学や農業などさまざまな技術を教えた。

ことに雲徴(たむじん)は紙、筆、墨、硯(すずり)の作り方を初めて日本人に伝え、法隆寺の壁画も残した。

日本が飛鳥文化を興し、古代王朝へと発展することができたのは、三国の文化が伝えられたからである。
(別技篤彦著『理解されない国ニッポン』祥伝社)




あれれ?

なんだか、やたらに「韓国が日本に教えてあげた」ことばっかりが強調されてるような?


これを見た途端、ますます、こんな疑問がわいてきてしまった。

ホントかいな~???
本当に、当時の日本て、そーんなに遅れた文化だったんだろうか?
文明は、すべて、朝鮮半島を伝わってきたものなの?


強調されればされるほど、なんだか疑いの目になってしまう。。。(←素直じゃない、私だけかもしれないけど・・)


さて、ここで、色々と調べてみたところ、

後漢書東夷傳(ごかんじょとういでん)という、中国に残る史書で、日本についての記述があるらしいのだ。

それは、これ
  ↓
======
建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬
======

ん? さっぱりわからん

つまり、日本は、「漢委奴国王」と記された金印を、漢の皇帝から受領している。
と書かれているんだそーです。

別の言葉で言うと・・

西暦57年に、倭奴国の王が後漢の光武帝からもらった

実際に、この金印は、江戸時代に福岡県の志賀島で発見されたそうですよ。

画像はWikiより
King_of_Na_gold_seal.jpg


ちなみに、卑弥呼が魏の皇帝からもらったとされる金印は『親魏倭王』の金印とされ、こっちはまだ見つかってないらしい。


でも、どっちも金印!!

そう、ここが問題らしい(笑)

そもそも古代中国には、、玉印、金印、銀印、銅印の区分があったそうで・・
玉印は、象牙でできた印であり、これは中国の皇帝だけが用いたものだそうだ。

金印、銀印、銅印は、中国皇帝が下賜する印だったそうで・・金印をもらえる国は、中国皇帝と対等もしくはそれに近い国力を持った国のみだったらしい。
そう、まるでオリンピックメタルみたいな格付けがあったようだね~。

で、すでに・・日本は金印をもらってる!!


おそらく当時の日本は一枚岩だったわけではなく、あちこちに小国家があったらしいのだが・・いずれも金印。

ちなみに、朝鮮半島の国は、銅印だったそーだよ。


あれれ~?
私たちが習ってきた歴史とは、まーったく違う!



つまり、中国皇帝が認めるほど文化が進んでいる国だったことになる。



韓国の教科書によると、文字すらないオクレタ国のように、書かれてたけど・・文字が無い国に印鑑をくれると思えないし・・
しかも、金印なんだからね~。


事実、いくつかの神代文字というのが残ってる。

だけど、なぜか偽作とされることも多くて・・公には認められてないらしいけどね~。(←これも不思議な話だよね~)

こちらは荒神山の御札。左側にあるのが神代文字
800px-Koujin_yama.png

どうみたって、

おそらく当時の朝鮮半島より、日本の文化の方が、ずーーと発達してたように思えてくる。


そこで、新たな疑問

なぜ・・日本の文化はそれほど発達していたのだろう?
いったいどこから?



ここからはあくまでも私の想像なんだけど・・

日本は東の果ての国だったから・・・じゃないだろうか?

ずっと前の記事に、ユダヤの謎と日本の起源というのをアップしたことがあった。
ここで、古代ユダヤ民族が、お告げに従って・・東の果てにある「日出処の国」を目指したという内容を書いた。

ユダヤの謎と日本の起源(その1)
続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)
続々:ユダヤの謎と日本の起源(その3)


おそらく、古代ユダヤ民族のみならず、なんらかの理由で新天地を求めた古代人たちは、東へ東へと旅をしてきたはず。

ユートピアを思い描き・・
永住の地を求めて。

となると・・行きつくところは日本

これより先は太平洋になっちゃうわけなんだからね~。


最後にたどり着いた地は、「緑が多い四季のある土地、しかも海・山の幸がある」

だとすれば・・彼らは、そこを最後の地として喜んで移住したのではないだろうか?

水と緑が豊富で、魚、獣が豊富で作物が実る国
miyazaki-takachiho-4.jpg


となれば、さまざまな人種に溢れていて、さまざまな文化をもたらした人々がいて、おのずから日本は文化が進んだ国になるのは必然だったんじゃないかな~。

従って、当然・・縄文人も弥生人なんて人種もなく、さまざまな顔立ちの人たちがいた・・・と考えられるんだよね~。


だからこそ、中国皇帝が認めるほどの文明の進んだ国だったんじゃないだろうか?


もちろん、中国はじめ、さらにヨーロッパやアフリカ沿岸には、文明国はあったけど・・・たった、1つ、日本がそれらの国とも大きく違ってる点がある。

しかも、縄文時代には武器がない!

約1万7千年続いたとされている縄文時代、まったく、武器らしきものが出土されてないんだそうですよ~。
(もっとも、食料とする動物を射止めるための武器はあったらしいけど、対人間用の武器はまったく出土していない)


これは世界でも類をみないんだそーです。

他国と比べて・・

縄文時代は、

すべての人々が共存できた国
争いがほとんどなかった国





だからこそ、縄文文化では、あんな芸術作品ともいえるような土器を使って生活できたんだろうし、刺繍を施した衣服やアクセサリーを身に着けることもできたんではないだろうか?

いつ襲われるかわからないような状況じゃ、実用第一にならざるを得ないわけだしね~。


そうそう、もうひとつ。

当時は、●ヒスイの勾玉を朝鮮半島や中国に輸出してたらしい。

L_00018773.gif

ふーん、そうなんだ~・・と、ここで、サラッと終わってはいけない!(笑)

この事実は、実は・・とってもすごいことなのだ。

ちなみにヒスイは硬度が6.5、ちなみに鉄は5

鉄器をまだ用いることがなかった日本で、鉄より硬いヒスイの加工技術があったってことは恐るべきことなのだよ~。



さらに、それだけじゃない!

さらに、●すでにが利用されていたそうだ。

Wikiによると・・

土器の接着・装飾に使われているほか、木製品に漆を塗ったものや、クシなど装身具に塗ったものも出土している。漆製品は縄文早期から出土し、縄文時代を通じて出土事例が見られる。



漆の起源は、ヤマトタケルにあるらしい。

こちらもWikiによると・・

倭武皇子(やまとたけるのみこ)は、宇陀の阿貴山で猟をしていたとき大猪を射たが、仕留めることができなかった。
漆の木を折ってその汁を矢先に塗って再び射ると、とどめを刺すことができた。
そのとき汁で皇子の手が黒く染まった。

部下に木の汁を集めさせ、持っていた物に塗ると美しく染まった。そこでこの地を漆河原(現在の奈良県宇陀市大宇陀嬉河原(うれしがわら))と名附け、漆の木が自生している曽爾郷に漆部造(ぬりべのみやつこ)を置いた。




いやあ、びっくり!

縄文時代に、鉄よりも固いヒスイの加工技術を持ち、しかも漆まで使われてたなーんて、私はまったく知らなかった。。。


そうなると・・・ますます、高度な文明を築いていたのは、朝鮮半島じゃなくって古代日本の方だったんじゃないかな?という思いが強くなってくる。


ただし、文明国といっても・・他の文明国と比べて、その精神性がまったく違ってたんだよね~。

権力者が武力を持って国を統治するというのが一般常識。


ところが、古代日本(縄文時代)は「和を持って貴しとする」の精神で、すべての人々が共存できる国だった

それこそが、他国に類を見ないものだったらしい。

こちらは神話の中に出てくる話だけど・・その精神性が実によく書かれている。
       ↓
古事記における国譲りの神話

スサノオノミコトの子孫の大国主神(おおくにぬしのみこと)は、出雲地方、葦原中国(あしはらのなかつくに)を支配していた。

yao_ookuninusi.jpg
https://yaoyoro.net/%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E4%B8%BB%E5%91%BD.html


以下が古事記の原文と読み下し文。
   ↓
「天照大御神、高木神之命以、問使之。汝之宇志波祁流葦原中國者、我御子之所知國言依賜。故汝心奈何。」


で、こうゆう意味なんだそうだ。
    ↓

天照大御神の命もちての使せり。汝(な)が領(うしは)ける葦原の中つ国に、我(あ)が御子の知らさむ国と言よさしたまへり。
かれ汝が心いかに。(古事記)



ん??(←まだ、イマイチわからん私)

で、もっと簡単に説明していただくと・・ポイントは、この2つにあるそーです。

ウシハク国
シラス国



「主人(うし)」が「履く(はく=所有する)」、主人が自分のものにする、という統治手法

「シラス」は、古い日本の言葉で、「シラス、シロシメス」などと活用されて、「統(し)めらふ」、つまり「統(す)めらみこと。
これは「知らしめる」という意味で、つまり「知らせ」を聞いたみんなが情報を共有化し、互いに必要な役割を定め、みんなで一致団結、協力して国造りをする。



そう、つまり・・

国というのは、権力者個人のものじゃなくって、知らせを聞いた人達が共有し協力し合うことで国を治めていくものなんだよ~。

天皇と民による君民共治にしなきゃダメなんよ~。
だから、アンタ(大国主神のこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)に国を返してちょ!

と、アマテラスさんのお使いの者が、オオクニヌシさんに迫ったそーです。

そこで、オオクニヌシ(大国主神)さん、

「うーーん、僕が今まで苦労して、これだけ国を立派にしたんだけどな~。 ちと残念だけど・・
でもなあ、やっぱ、言われてみればそのとおりだよな~。」


と納得して、国譲りをしたって話。


それが、他国のウシハク国々と大きく違う日本の特徴=シラス国



おそらく、これこそが日本における国作りの基本的精神だったんでしょうね~。


その後、時代は変わり~

弥生時代当たりから・・精神性は変わり他国同様のウシハク国精神になってきてしまったところで・・

聖徳太子が出現。

そして、17条憲法を作った。

その冒頭は、みなさん、ご存じのとおり、
「和をもって尊しとなす」


おそらく、聖徳太子さんは、まさにこの、太古の昔にあった思想、精神性をもって、新しい国作りを志したんじゃないだろうか?


・・・と、思ったわけです。

・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここで・・なんだって、日本の歴史がこんなにも怪しいものになってしまったのか?を探ってみることにする。


縄文人と弥生人写真の偽写真までもが堂々と報道されてしまうとか(笑)

私が学んだ時代の教科書でも、いくつかの説をありますよ~と、紹介するスタンスではなく、
「XXとなっている」、「XXと決まっている」みたいな、決めつけられたスタンスだったように思う。

そもそも古い時代になればなるほど・・確実なものを探るのは難しいわけで、さまざまな説があるのは当たり前なのに~。


たぶん、その原因のひとつは、戦後日本がGHQの支配下に置かれたこと。らしいのだ。

GHQによって、公職追放令というのが出されたと聞く。

つまり、GHQの意向に反する教授たちは、「追い出される→仕事なくなって路頭に迷う!」ってことになってしまった時代だったらしいのだ。

一方、アメリカさんとしては、「神の国、皇国日本」という思想を危険視していたわけで、少しでもウシハク国として日本を隷属させたかったんでしょうね~。

そのためには、日本人に、日本は古代から文明の進んだ国と思わせてはいけない!・・・という意向があった。。。(笑)


さらに、現代では、近隣諸国条項ってのが、ちゃーんとあるそうです。

近隣諸国条項(きんりんしょこくじょうこう)とは、日本国の教科用図書検定基準に定められている「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」という規定のこと。Wikiによる

なんだここりゃ?

私にはさーっぱり意味不明なんだけど・・・ようするに、近隣諸国と仲良く足並み揃えましょう!ってことで、某国との摩擦を招かないためにも、現代の歴史教科書が作られるってことのよーです(笑)


だからこそ、韓国の教科書と足並み揃えるような教科書をつくるってことになるんだろうか?

どうも・・私には理解できない世界なんですが・・(笑)

ようするに、歴史の教科書ってのは、アカデミックなものではなく、政治色の影響で作られるものなのかもしれませんね~。




そうそう、例えば・・最近の教科書では、聖徳太子を載せてないのも多いんだとか。

一時は一万円札にもなってた人なのに~(笑)


教科書に載せてあっても、厩戸皇子(うまやどのおうじ)という記述で、ほーんと1行くらいでさらっと終わってしまうか、または、聖徳太子というのは現実には存在していなかったという説を支持するため、まったく載せないんだとか。

そうなんですね~。

なぜか、聖徳太子は存在してなかった・・って説が近年になって浮上してきたよーです。

なんだかふと・・

ここでも、近隣諸国条項を使って、「日本を古代から文明の遅れた野蛮な国」とイメージづけしたい。
それには、業績が立派だった、聖徳太子は邪魔!

なーんて、意思が働いてるようないないような・・そんな想像までしてしまう私(笑)


とにかく、歴史とは、真の教育や学問というアカデミックとは違ったところに存在してるようです。

さらに、文科省と国立大学閥、そこに生まれる階層社会、予算の分捕り合戦といったような、大人の都合ってヤツがあるようです(笑)


やれやれ😥

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別に~、古代日本が文明の遅れた国であったとしても、進んだ国であったとしても、
また、その逆に、当時の朝鮮半島が進んだ国だろうが遅れた国であったとしても・・・

私的には・・そーんなことは、どっちでもいいことだと思うんだけどね~。

古代文明が進んでいたんだから、今現在だって、こっちの国民が優れてる!なーんて理論は成り立たないのに(笑)

なのに、そのレベル思考に固執する人がいるってことなんだろうか。

そしてまた、そういった思考レベルの人々によって国が動かされてしまう・・・ってことなのかなあ?



私は個人的にも、歴史は一番大切な学問って気がする。

だってそこには、政治学、経済学、文化、哲学、思想、神話学などを含むあらゆるものが含まれているんだから。

もしも、それを・・政治色やら大人の事情を抜きにして学ぶことができたら・・・
次世代の人たちによって、素晴らしい国を作っていくことだって可能になると思う。
とくに思想や精神面においては、目覚ましい発展があるだろう。


でも、現実は、ただ・・年号と出来事を暗記するだけの、超だる~い科目で終わってしまう分野。
とくに、私の時代はそうだった。。。


でも、今は、インターネットがある時代
学ぼうと思えば、自分でも学べる時代なんだよね~。


私が、日本の歴史に興味を持ったきっかけは、こんな言葉からだった。
    ↓
「日本は世界の要といわれる国」
「日本は世界のひな型」



『日月神示』や、ルドルフ・シュタイナー、そして・・アレックス・コリアーさんたちも(^-^)/
こんな言葉を残している。。。


日本なんて、ちっぽけな国だし、世界からもずーーと文明が遅れてる国だったのに~、なんでだ~?
という疑問がずーーーとあった。

今、私は、それが、だんだん見えてきた気がするんだよね~。


真実の扉が少しずつ開いていく
ワクワクした気分と一緒に


まさに、そんなカンジ


多くの日本人の方々も、もう一度、日本の歴史を勉強し直してくれればいいなあ~。
もちろん、政治色やら大人の事情を抜きにしたテキストを使って(笑)


参考:
http://nezu621.blog7.fc2.com/

 

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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