愛は地球を滅ぼす?救う?

スピリチュアル信奉者の方から(笑)
上質のターコイズのブレスレットを入手したいけど、あんまり高額なものでないやつが欲しいんですが?

・・という依頼を受けた。。。

そもそも、ターコイズ鉱山は枯渇してきているわけで、閉山になってしまったところも多い。
従って、希少価値のあるものは年々高くなる一方。


屑石を練り固めて色をつけたものなどは、それなりの値段で出回ってるけど(笑)
たぶん、それじゃダメなんだろう。

スピ系の人であれば最強のお守りか何かの目的でパワーストーンとして持ちたいってことなんだと思うから。

pinturas-de-indias-cuadros-al-oleo.jpg


たしか以前の私のブログ記事で、ターコイズのことをアップした記憶があるけど・・・

古来よりターコイズは人にもらった物が一番力を発揮する。


これが、ターコイズをパワーストーンとして捉えた場合の特徴。

その一つの記述
      ↓

ローマ帝国の皇帝ルドルフ二世の侍医をしていた神学者、アンセルムス・デ・ブートの著書の中に、ターコイズに関するエピソードが記載されている。
彼はイタリア留学を終えて故郷のボヘミアに帰る途中、険しい道で馬が転倒し大地に叩きつけられた。
しかし、かすり傷ひとつ負わず、代わりに父からもらったターコイズが四分の一ほど欠けていたのでした。
また、その数日後、今度は重い棒を担ぐ仕事をしていたところ脇腹に激痛が走り、骨が折れたような感覚があったのに、実際には異常がなく、代わりにターコイズが割れていた。

この記述の、デ・ブートが所持していたターコイズも、もともと父から贈られたもので、それは別の人が何十年も使っていて色あせた中古品で、デ・プートの父はタダ同然で手に入れたんだとか。
そして、父親から、「ターコイズは人にもらった物が力を発揮するそうだ」と言われて渡されたのだ。



ターコイズは愛する人に贈ると、プレゼントされた人は強く守られる、という言い伝えがある。

事実、アメリカ先住民の間では我が子へ、ターコイズを代々プレゼントしてきたそうだ。
(昔はアメリカ中西部ではターコイズは豊富に採れたからね~)


そんな言い伝えから、現在でもターコイズを愛する人から貰いたい! 愛する人にプレゼントしたい!と思ってる人がいるらしい。

ただし、下心(したごころ)でプレゼントしてもちっとも効果はないんだとか(笑)


下心ってのは・・

ほーら、プレゼントしたんだから、私に感謝してくれるかな?
私をもっと好きになってくれるかな?

な~んて気持ちのことだ(笑)

つまり、

「相手のため」という大義名分を持ちながら実は自分のため、ってこと。

費やした分のお金や費やした分の愛の大きさが自分に還元されることを望んでるってこと

ま、ほとんどが・・みんな、そんなもんだろう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、私は個人的に、

「愛してる」という言葉を使いたがる人やスピリチュアル信奉者というものが、どーも、苦手で好きになれない。

なんとなく違和感があって・・
「それって、なんか違うんじゃね?」って、昔から感じてしまうのだ。


よく美しい恋愛ドラマに出てくるようなシーン、

「愛してる、あなたがそばにいてくれるだけでいいの!」

なーんてセリフを聞いただけで、あちゃ~😫 こりゃダメだ~!
と感じてしまう。

もちろん、それは、すべての恋愛映画やドラマにダメ押ししてるわけではないんだけど・・そのほとんどが、薄っぺらなカンジがするものが多いのだ。

そうゆうのを、たまたま見てしまうと・・

愛ってなんなのか? ほんとにわかってんのかよ!って突っ込みたくなる。
演じてる俳優も、プロヂューサーも、脚本家も、きっと愛の本質を理解せずに作って演じたんだろうなあ?って思えるような陳腐な薄っぺらさなのだ。


それを見て感動するという人もまた、

美しいカメラワーク、音楽、美男美女の俳優さん、そして、愛という耳障りの良い言葉・・・

そういったところに、おーー!これこそが、純愛!と、感動してしまうんじゃないのかな?

そもそも純愛って?・・愛にわざわざ純って言葉をくっつけるのもどーなんよ? 愛は愛じゃないかい?


なんで、私がそんなふうに感じてしまうのか?

それは・・

「愛」という言葉を軽々しく乱用する人たちに限って、愛の本質的理解には至ってないような気がするから。

そもそも、理解しようとさえも思ってない。
ただの雰囲気だけで、耳障りがいいってだけで、人に受けがいいってだけで、簡単に使っちゃう。

そういったところが、どーにも、嫌~な違和感になってしまう。



そもそも、一般論として・・・愛ってどうゆうもの?

大切に思うこと
他人を思いやること?


私たちは小さいころから、「他人を思いやることは大切ですよ!」って教わってきた。


ところが、

私のような、かなり、嫌~なズルいガキは、

大人の望むいい子になろうとして、他人に親切をこころがけたものだった。
勉強のできない子に教えてあげたり、道案内をしてあげたり、お手伝いをしてあげたり・・

そうすれば、大人たちは、「この子はなんて優しい良い子」とぐーーんと株があがって、得することが多くなるのを知ってたから。

それだけのこと。
子供の時代の私は、自分のために、他人を、親切な行為というものを使って、利用し続けてきたのだ。

逆に、今度は他人から親切を受けても、おー!ラッキー!と思って当然喜んだ!

それ以上でもそれ以下でもない。
それだけのものだった。

なぜなら、相手が自分にとってプラスになることをしてくれたんだから、そりゃ、当然喜ぶ!
そんな子供だった。。。


たぶん・・私には、その当時から「確固とした自我フレーム」ってものが出来上がってたんだと思う。

自分自身←→他人

とはっきりと区別する認識があって、(←それを自我の芽生えというのかも(笑)

自我が芽生えるということは、自分が! 自分が!という気持ちを強く持つようになるってことだ。

その結果、

大切に思うこと
他人を思いやることで、

これをうまく使えば、自分に大きくプラスに働くぞ。 
こりゃ利用価値があるぞ@

と、考えるようになったってわけ。
そして、相手もまた同様なんだ。

そんな相互利用で世界は成り立ってる。

たぶん、そんなふうに思ってた。

もちろん、子供だったから、自我だとか、相互利用、愛なんて言葉は知らなかったけどね。
それでも、そうゆう認識をしてたのは確かだった。

.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それが大人になれば、もっと・シビアーな醜さを帯びてくるようになる。
自我が芽生えてしまった大人たちの世界なんだから。

さらに、名誉欲だとか権力、カネでも絡めば、さらに醜い駆け引きだって生まれるってもんだ。

ただし、ここでは・・世間体だとかカネや権力目当てというのは除いて考えてみることにしよう。


さて、そこで、

人間が成長し大人になって、恋愛ドラマのような恋をして結婚をしたとしよう。


そう、純粋に恋に落ちて結婚ってパターンの場合。


でも、なんのため結婚する?
なんでお互いに結婚を望む?


一緒にいたいから?

なんで?


自分がより幸せな気分でいるため。
伴侶を持てば自分がひとりぼっちの寂しさを感じなくてすむから。
何かあれば、伴侶に助けてもらえるから?




これもまた、自分が自分が!自分が!!

といった、エゴが中心になってることに気づかされる(笑)


結婚とは、

自分が幸せになるため。
安心感を得るため。

の保険のようなものかもしれない・・(笑)


そのために作られた制度なのかもしれない。

と、いつのころからか、私は思うようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔々、弥生時代のころだっただろうか?
人は、狩猟生活から農耕生活に変わっていった時代があった。

illust121.jpg
http://www2.ttcn.ne.jp/kazumatsu/kidspazegenshi.html


不安定な狩猟生活よりもなんといっても農耕生活は安定する。
多くを収穫し蓄えることができるようになったからだ。

これでもう、飢えることはない!

蓄えられるということは、安心感に繋がるのだ。

ところが・・人は飢えないようになると、今度はより多くを所有しようとするようになる。


「より多く」を所有すること = 安心感という意識が生まれてしまったのだ。


人よりも多くを所有すれば、より安心感が得られる。
当然、貧富の差もできる。
当然、自我(エゴ)意識もますます強くなっていく。




すべては、安心感を得たいがために。


ちょっと待てよ? ところで安心感ってなんだ?

安心感ってのは、失うことへの恐怖感と対極にあるもの。
恐怖心から逃れるための手段


そのためには、なんとしても少しでも多く自分のものにしなきゃならない!と思うようになる。
何事も!

こっちが、僕のもの、そっちがキミのもの・・・と線引きすることも覚えていった。


愛もそのひとつだろう。

現在、多くの人々が愛と呼んでいるものの多くは、ただ自分の「安心感」を得たいがためって気がしてならない。

自分のものとして所有したい、所有し続けたい、それは、裏返せば「失うことへの恐怖」という感情の上になりたったものだろう。


自分が幸せな気分でいるためには伴侶を持たなければ。
ひとりぼっちの孤独を感じなくてすむしね~。
そばにいてくれるだけで、幸せなの。



これは・・自分の安心感を得るため人を利用してるってことにならないかい?
このように、夫は妻を利用し、妻は夫を利用する(笑)


多くの人は、この相互利用を、「愛」と呼んでいるのかもしれない。


また、多くのこういった人たちによって作られたのが、結婚制度という法律でもある。


「所有すること」を目的に、安心感を守るために作った制度
さらに「結婚」「恋人」「家族」というレッテルを張った概念も出来上がっていく。


制度を作って法律にしちゃえば、もう、俺から離れれないのだ!
私は安心・・結婚してしまえば法律によって守られるからね~。


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ところが、時がたてば・・


最近のTVニュースをみても、XXさんが不倫をしてたとか離婚騒動だとか・・相変わらずにぎわってる。

そして当事者はみんな言うのだ。

あんなに愛していたのに~と。


そんなの、もともと愛じゃないんだよ!と、つい突っ込みを入れてしまうと・・

じゃあ、本当の愛ってなんだ?
説明してよ!


・・と言われてしまうだろう。

ところが言葉で説明なんかできない。


昔から多くの宗教家や聖人と呼ばれる人たちが、すべてといっていいほど人類愛を説いていたけど明確な説明はしていないんだからね~。

さまざまな解釈ができるような暗示的なことを散りばめているだけなのだ。

こんな私に説明ができるわけがない!


おそらく、言葉では説明ができないもの。
肌で全身全霊で感じるものなのだろう。


ただし、ひとつだけはっきりと言えることがある。

愛とは、恐怖や憎悪や悲しみは内包しないもの。


愛が裏切られて憎悪に変わるとか・・
愛ゆえに苦しむとか・・
愛ゆえに哀しむ・・

なーんてことであれば、それは愛ではなく、エゴから発生した感情のプロセスに過ぎない。
別名、欲望


自らのエゴから出た感情を、愛という美しい響きの言葉にすり替えてるだけなのだ。


だからこそ、そんな愛からは、偏りが生じ、執着が生まれ、依存が生まれ、対立が生まれ、喪失感や恐怖を生むことになる。


最近のTVニュースでみるような、不倫騒動、バッシング、ドロドロの離婚調停なーんてのをみても・・・納得。。。
どこにも愛はない。
はじめから・・・。

Bad men chase bad women


結局のところ、多くの人たちは、愛という言葉を軽々しく乱用しながらも、誰もその本質的理解にまでは至ってないどころか、

それだけで満足しちゃってる。


これじゃあ、愛は地球を救うなんて大嘘だ。

もし、こんな浅はかな理解の中で、愛を追い求めたりしていけば、

本来の愛とは、どんどん程遠い次元に変わっていってしまう気がする。

むしろ、愛は危険なものになる。

愛は地球を破滅させるかもしれない(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これと、まったく同様なことが、スピリチュアル信奉者にも言える。

もちろんすべてのスピリチュアル信奉者を全否定するつもりはないんだけど・・


ただ、昨今のスピリチュアル信奉者たちの中には、スピリチュアルからどんどん遠のいて、かけ離れたラインに向かっている人が多い気がする。


たとえば、ニューエイジ連中の集会にありがちな光景

「v( ̄Д ̄)v イエイ! ラブ & ピース!」とピースサインをしながら、

eyeem-93055033.jpg

肩を組んだり、パワーストーンを身に着けてる人たち。

そんなことをしてる間にも、世界では戦争が起こり天変地異も起こり、多くの人が死んでいる事実は変わらないわけだし・・


戦争反対を叫んでるくせに・・なぜ、戦争が起こっているのか、国家がどのように形成されてるのか、現実の国家や社会のこともちーっとも学んでいない人たち。

学ぼうとしないどころか、
うちら、スピリチュアルを目指すものは、そんな現実の汚い世界なんか知らなくていいんだよね~と思ってる人だって多い。


現実を知らないところで、スピリチュアルなんてありえない@って思うんだけど・・。


スピ系の人たちって、見た目は優しくて穏やかに見える人が多いんだけど・・なんだか話してみると、ただ、フワフワした話だけで終わっちゃう人も多い気がする。

たぶん、自分で考えてない勉強不足の人が多いんじゃないかと(笑)

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それでいて、落ち込んでる人を見ると、

「だめ! 悲観的に物事をみちゃダメ!ポジティブシンキングよ!
この世は引き寄せの法則があってマイナスの思考はマイナスを引き寄せるんだよ! 
さあ、愛を感じなさい!」


なーんて、言ってのけたりする。。。

(まあ、たしかに言葉としては間違いじゃないんだけど・・同じ言葉であっても使う人によっては、ただのむなしい響き、ちーっとも説得力がない)


かと思えば・・

「言葉にはね言霊があるのよ。
だから、汚い言葉を使っちゃダメ! 毎日ありがとうを10回ずつ唱えなさい」


なーんて人もいる。

たしかに・・・言霊はあるだろうし、これも言ってることが間違いではないんだけど~

こうゆう人に限って、妙に汚い言葉に過剰反応をする人がいるのも確かだ。

おまえって、バーカか~!なんて言葉を聞いただけで、、あ、汚い言葉を聞いてしまった!悪い想念が移ってしまう!と思うらしい(笑)

バカ!はたしかに、汚い言葉だろうけど・・それを愛情表現として使う人だっているのだ。


たとえ口調は汚くても、その根本にあるものが、人を傷つけようとして吐いた言葉なのかどうかも感じ取れないようでは、言霊なんて理解できるはずもないのに~。


言葉というのは言葉そのものでなく、言葉に乗せた想念のことなのだから。
毎日ありがとう!って唱えたところで、心ここにあらずだったら、そーんな言葉が無意味なのと一緒だ。



スピ系の人たちは、実にいろいろなことを言う。

「イメージトレーニングが大事です。まずは自分がなりたい姿をイメージしてみましょう。」とか、

「信心して得を積みましょう。 得を積むためには人に親切にすれば得を積めます。そして自分も幸せになれるんです。」とか


そもそも、ありがとうを唱えることも、得を積むために人に親切にすることも、イメージトレーニングも・・・


すべての目的が、自分が幸せになりたいためだったとしたら、
自分が安心感を手に入れたいためだったとしたら、

本末転倒だろう。
ちーっとも人のためにならない。

全部が自分の欲求を満たすため。


下心でターコイズをプレゼントすることと変わらないってことだ。
当然、効き目なんてあるわけがない。


毎日、ありがとうを呪文のように唱えながら、傍らで萎れていく花にも気がつかないかもしれない。

こんなことで幸せになんかなれるはずはないのだ。


かと思えば・・

「とにかく深いことは何~も考えず、ひとすら他人に尽くして、お人好しになって、愛を信じてさえいれば奇跡が起こって私は幸せになれるの」って人もいる。

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あ~、もう、

みーんな思考停止しちゃった、フワフワした人たち。

エゴを手放せずに・・・生きながら浮遊霊のようにさまよってる人たちだ。


これじゃ、スピリチュアル信奉者が増えるほど、世の中はスピリチュアルから遠のいていく。
愛と同様に。


腐ったものにフタをして、ポジティブシンキングという名のもとに、思考停止にだけはならないでほしい。



たぶん、私たちは、長い進化の過程で、エゴを発達させてきたことで、よけいな恐怖心を身に着けてしまったんだと思う。

失うことの恐怖、他人から認められない恐怖、それゆえの執着、不安などなど、あまりにもいっぱいある。。。


それでも、私は、その過程が悪いことだとは思わない。
そういったネガティブなものでさえ、きっと我々には必要な、「必要悪」のような気がするから。

必要悪を認識し、我々が次のステップに進化するためになくてはならないもの。
たぶん、通過儀礼。 越えなければならない試練・・として必要なもの、って気がするから。


ただし~

耳障りのよい言葉に騙されて、いつまでも何も気がつくことなく通り過ぎてしまえば・・・

もしも多く人が、そうなってしまえば・・・どんどん悪化させていくような気がする。
あなた自身の個人も世界のすべても。


そのためすべきことは、

まずは、自分の中にあるエゴや必要悪の存在に気がつくことじゃないかな?


気がつくためには、フワフワはやめて、よーっく考えること、よーく学ぶことだと思うのだ。


ただし、学ぶということは脳だけを使って学ぶことではない。


今までの固定観念、常識、ネガティブな思考パターン、恐怖心をすべてゼロにした状態で(ニュートラルの状態と言ったりもするんだけど・・)、学ぶということは感じ取ることだと思う。

脳だけでなく体全体の細胞から感じ取ること=理解する=学ぶこと
だと私は思ってる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ついでに、もうひとつ。

これは、あくまでも私が感じていることに過ぎないけど・・・

よくスピリチュアル世界で言われていることがある。
      ↓
人間というものは、自分自身 対 他人ではなくて・・・類魂で成り立っている


そうであれば、自分だけの幸せを求めるのは永遠に無理ではないだろうか?
そもそも、「自分の幸せ」なんか、存在していないのかもしれない。

多くの人と繋がっていることが感じ取れない限り、たぶん、本当の愛も幸せもありえないんじゃないだろうか?



と、同時に、もうひとつ思ってることがある。

私たちには、本当の愛の感覚というものが、もともと内在されている気がする。


本来、備わっていたんじゃないだろうか?

それは、私たちが文明とともに、太古の昔に忘れてしまった感覚のひとつかもしれない。
第六感やサイキック能力などと同様に。

それでもまだ、私たちは潜在的に誰もが持っているような気がするのだ。 



これは私の場合だけど・・

前述したように、私は子供のころから利己主義の申し子みたいなヤツだったんだけど・・
なぜか、こんな私でも、動物だけは大好きだったのだ。

虐められてる野良犬や猫をみるたび、いたたまれない気持ちになった。

なんとか救おうとしてしまう。
相手が自分より大きないじめっ子でも、そんなときは勇敢に立ち向かってしまうのだ。


ところが、その一方でわかってるのだ!

野良犬や猫を救ったところで何になる?
彼らが恩返しをしてくれるとは思えない。

ここ掘れ、ワンワンで、金貨がザックザックは物語の中だけだろーが!

img_02.jpg

鶴の恩返しも、狐の恩返しも、ぜーんぶ嘘っぱち。
そんなことは子供心にもわかってる。

動物なんて人間より利用価値は低いのだ!


だけど、助けてしまうのは、なぜ?
さっぱり・・わからない。


それでも、救った動物たちが元気で生きていってくれるだけで嬉しいって思ってしまう。


あるとき、助けてあげようと思った野良犬に噛みつかれたこともあった。
だけど・・怒る気もなければ怖いとも思わなかった。(たしかに、ひどく痛かったけど・・)

そのとき、痛みから感じたことがある。
ああ、長い間人間にひどいことされてきたんだから無理もない。 こんなにも人間が怖かったんだ!
なんと可哀そうに!
って思って泣けてきた。


たぶん・・今、思えば、これこそが唯一私に宿っていた、愛の片鱗だったんだと思う。

無私の愛、相手が幸せならばそれで私も幸せって思える愛


うーーん、残念なことに、私は動物に対してしか持ち合わせてなかったなあ(笑)

なので、まだまだ修行が必要な身でもある。



きっと誰でも、愛の片鱗は生まれながらに備わっているものではないだろうか?

大人になり、エゴの渦巻く物質社会の中でさえ

ふと、その感覚を思い出せば、

きっと誰もが愛を理解していけるような気がする。

人類すべて、生き物すべて、そしてすべての自然に対する愛というものを。
たぶん、そういったものこそが、愛と呼べるものなんじゃないかなあ?

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Re: どう思われますか

こんにちは。

いきなり、④の回答ですが・・これは、ありえるように思います。
      ↓
『今の世界は実在しない虚構であり、実在する本当の自分は「DNAや原子を合成する科学を持った遠い未来」(真実の世界)にいます。』

つまり、高度な文明の進んだ地球外生命体と思っていたものが、それは実は「未来の私たち人間」だったという説になりますね。
(まさに、猿の惑星みたいですが。)


ただ、そうすると、私たちの素朴な疑問、「それは、なんのために作られたのか?」という疑問が生まれてくると思います。

未来人によって意図的に我々の住む「虚構の世界」が作られたのか(我々を観察するため? 研究するため?等の理由?)

・・それとも、もっと別の考え方をすると、彼らが意図的に作ったわけではないのに、現象として起こってしまった、それを未来人が観察している・・だけなのかもしれません。


または、未来人の観測しようとする意思が、しぜんに我々の虚構の世界を作り出してしまったのかもしれない・・という考え方もできるかもしれません。

意識が現象を作り上げてしまう世界

そうなると、どちらが虚構の世界でどちらが実在(真実?)の世界なのか?
ひょっとしたら、どちらも実在の世界といえるのかもしれないし、どちらも虚構の世界といえるのかもしれない。

まるで、哲学や禅問答の分野にまで広がっていきそうですね。

Re: 7回目の終了です(その1)


宗教家も科学者も必死になって真実の解明をしようとするけど、結局のところ、三次元の頭で三次元の感覚・感性のままで解明しようとしても何も解明できないんじゃないだろうか?

私は、そんなふうに感じるのですが。

日月神示は幾通りもの解釈ができるようだし、複合的なメッセージが含まれているようです。
Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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