サイコパス的価値観が蔓延する時代の生き方って?

たしか、どこかの東洋占星術のサイトだったと思う。

古代から占術は帝王学のひとつであり主に王侯貴族に用いられてきたものだったが、
現在は各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本となる。



そんなことが書かれていて、あー、なーるほどなあ、と思ったことがあった。


時代によって価値観が変わるのは当然だし、また個人によっても一般的ではない価値観を持っている場合だってある。
そうなれば、一般論の占いには当てはまらないことだってあるだろう。


実は私も、若い頃に、相性と結婚運を観てみらったことがあった。

「うーーん、このお相手との相性はあまり良くないようですし結婚運もよくないかもしれません。
運気が波乱万丈になりそうだし安定した結婚生活が送れない可能性が高いでしょう。それにお子さんにも恵まれないかもしれませんね。」


と、占い師さんに言われたことがあった。


「え? 私、子供はいてもいなくてもいいです。それに・・波乱万丈は、むしろ望むところだし、夫と頻繁に派手な喧嘩をしても構わないし~、ただ何があっても二人で苦難を乗り越えていける関係というのが私の理想なんですけど。」

と言うと、
「あ、それなら、むしろ相性がいい関係かもしれませんね。」と言われた。

え? 占いってそんなものなの?(笑)


また、相手が外国人だったり、年齢差10歳以上離れていたり、お互いが晩年の結婚だったりする場合は、通常の相性鑑定には当てはまらないのだそうだ。

じゃ、そういうケースの占いってどーなるんだろう?とは思ったけど、いまだに答えは得られてない。


たぶん・・・この「通常の相性鑑定」というのが、現代の一般的価値観をもとにしてたんだなあ、と、このとき気がついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたまに、日本の時代劇映画やドラマを見ることもあるのだが・・

近年、なんだか見ていると違和感を感じてしまうことが多い。


なぜなら、現在の人々の感覚のまま作られちゃってるから!

現代の価値観で善悪までもジャッジしてしまうような作り方になってるような点が・・どうにも違和感が残る。
これじゃあ、ちっとも時代劇じゃないよな~、と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)


たとえば・・戦国の姫君たちが、「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか、「私というものがありながら側室を持った」、「他の女に子供を産ませた「とか、
「戦は嫌だ!」とか(笑)


おいおい、これはまさしく現代の価値観そのもの


戦国時代ならば「領地を拡大し家名をゆるぎないものとして存続させる」ことが男女ともに第一の目標であり、それが価値観にもなっていたんじゃないのかなあ?

だからこそ、少しでも勝ち戦をして領地を広げる。

ただし戦ばっかりしてれば、莫大な資金を費やし大事な兵士も失う可能性もある。

そこで上手な外交政策も必須。

それが姫君たちの役目だったように思うのだ。
また嫁ぎ先の事情をスパイする役目も担っていたかもしれない。

そんな大事な役目を託されて嫁ぐということは、むしろ姫君たちにとっては名誉なことで喜んで敵地に嫁いでいった人たちも多かったかもしれない。
機転が利いて賢い姫君だったら、見事にやり遂げたことだろう。


となると・・

「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか「戦は嫌だ!」

というのは・・・まさに現代人の個人主義的な思いだ。

たしかに男尊女卑の時代ではあっただろうけど・・すべてに身分制度がものをいう時代。
しかも戦国時代ならば、いくらでものし上がるチャンスがあった時代。

女性であっても、城主の奥方ともなれば旦那を別にすれば自分がトップの立場になれるし、いくらでも政に采配をふるえる。(もちろん能力があれば・・だけど)

まして戦国時代、コロっと旦那の城主様が討ち死にでもしてしまえば自分が頂点に立って采配をふるうこともできただろうから(笑)

今川義元のお母さんの寿桂尼(じゅけいに)さんなんて有名だよね。

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一方、男性側は、家の繁栄と存続を守るために領主が側室を持つことが必須だったし・・また、男色も当時は認められていた時代だ。
むしろ、「男同士の恋愛は美学」・・なんてことさえ聞いたことがある。


同性愛が良いか悪いか、美学かキモイだけのものか・・なーんてことさえ、時代によって変わるのだ。


当時、恋愛結婚ができたのは身分の低い人たちだ。(藤吉郎とおねさんみたいに。)
気ままに個人主義を貫けたのは、身分の低い人たちの特権だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

もしも、私が戦国の世の大家の跡継ぎに生まれて、15-6で出会った百姓娘に惚れてしまい、
家も跡継ぎの立場も家来たちも全部どーでもよくなってしまって、みーんな捨てて家を飛び出したとしたら・・・・

そりゃ、ひょっとしたら抹殺されたかもしれない。
それとも・・ほかに兄弟姉妹でもいれば、死んだことにされて諦めてくれたんだろうか?

いずれにしても、時代の価値観に逆行して生きようとすることは、決してラクではなかったことだろう(笑)


だからこそ、占いサイトにも書かれていたように・・時代の価値観に即して生きることこそが、生きやすい生き方なんだろう。



では、今の価値観とは?

たまたま、In Deepというサイトで、あるブログ記事をみつけたんだけど・・
ここに、まさに私が漠然と思っていたことが書かれていたので、ちょっとびっくりした。
    ↓
サイコパスとその理念が世界を動かしている「悪意の時代」の中で

抜粋すると、このように書かれている。
    

「アメリカから始まり西洋(および多くの西洋の影響を受けている国)全体に広がっている現在の社会は、全体が《サイコパス的》価値観に支配されている」



そう、現在の価値観は《サイコパス的》価値観なのだ。
しかも・・身分制度がなくなった現代は、階級には関係なく、すべての人々に《サイコパス的》価値観が蔓延してしまっている

そんな気がしてならない。


そして、サイコパスの定義はこのように書かれている。
     ↓

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの定義

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的



こういったサイコパス気質を持ちながら優れた能力を発揮して、なおかつ、巧みに「道徳的な行動」にカモフラージュさせて、「世のため人のために貢献している」ことををアピールできたならば、多くの人々の心を掴むことができる。

そうなれば、頂点に立つことがでできる時代なのだ。

サイコパスをベースに、プラス、才能とカリスマ性で、時代の寵児、ヒーローだ!
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これが、特権階級のみならず、一般庶民の間にも蔓延してしまっていることが怖い時代かもしれない。


たとえば・・身近なところで私たちの職場をみても、多くの会社が、第一目標は「いかにして儲けを出すか」
会社の上層部も社員たちもその理念のもとに、出世&給料アップを目指して突っ走っている。

もちろん経営理念に、「がんがん、ひたすら儲けること」と謳ってる企業は見たことがないけど・・(笑)
    ↓参考までに
Googleで経営理念を検索する

目標は売上アップのみ。 
会社側も社員も、相手を蹴落としてでも勝ち組となることを目指す。
そして負けたヤツは本人の力量不足なんだから当然!とばっさりと切り捨てる。



どんな立派な経営理念を掲げても・・・これがまさに、ホンネに思えてならない時代。

これじゃあ、多くの企業がブラック企業と紙一重なのかもしれない。


その結果、(これもIn Deepからの抜粋だけど・・)

見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、宗教は精神性を破壊しているばかりだ」 – マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)



まあ、そりゃ当然の結果だよなあ。


もちろん昔から、ガンガン金儲けしてビッグになることを目標にした人は多かったことだろう。

貧しければ貧しいほど、そう願うのは当然だろうから。


しかし・・それでも、

人々の間にはやっていいことといけないことの境界線がひかれていたように思う。


どんなに手っ取り早く売り上げを伸ばせる方法がわかっていても、これだけはやってはいけない!という境界線を持っていたように思える。

法に触れるからというよりも、それは人道的・精神性から来るものが大きかったように思うのだ。

それでも、もしも非人道的なことをやっちゃった人は、法で裁かれる前に社会的制裁が加えられることになったことだろう。


現代と大きく違う点は、
「人道的、モラルの境界線」から「法律に触れて告訴されないギリギリの境界線」へ変わっってしまったように思える。

それも社会全体、人々の価値観全体が。


・・・・・・・・・・・・・

ウチのじいちゃんは、江戸商人の出だったそうだ。
そのじいちゃんから、子供の頃に聞いた話がある。

「昔は、いちいち証文やら売買契約書なんてものが無くても、口約束だけで取引することも多かったんだ。」
と、じいちゃんは言った。

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江戸の商魂 (講談社文庫) 文庫 より




「え? そんな危ないことしてたの? 商品持ち逃げされちゃったりお金を返してくれなくなったり、大変だったんじゃない?」

「そんなことは一度もない! 商売仲間は信用で貸し借りも売買もしてたからね。
もしも、相手を裏切るようなことをすれば、あっと言うまに同業者に広まり、そいつは二度と商売ができなくなっただろうからね。
だから、そんなことをするヤツはいなかったよ。」

「へええ、今じゃ考えられないなあ。」

「それどころか、関東大震災で店が潰れたときは、大阪の知り合いの商人が無期限無担保で資金を貸してくれたもんだよ。
どうぞ使ってくれなはれ! あんさんの器量を見込んでお貸ししますよってに、って。
それで、ワシは店を再興することができたんだよ。」


それは・・当時の人たちが持っていた、義理とか人情ってものだろうか?

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倫理観、モラル、人としてのプライド

仁・義・礼・智・信というのは、かつての日本人の精神性に刻まれていたものだったと聞く。


たぶん、武士であっても、商人であっても、当時の人たちには、そういった精神性が心の奥に刻まれていたのだろう。

だからこそ一線を越えない。
心情的に超えられない。


どんなに儲けるためでも家を守るためでも・・超えてはいけない境界線を意識していた人が多かったように思う。



古い時代というものは、野蛮で残酷な殺戮の時代というイメージがある。
私も、そう思っていた。

首を切って処刑するとか自分で腹を切る切腹だとか・・

こりゃ、たしかに、スプラッターだ。


では、現代は、もっと人道的で優しい時代になったんだろうか?

答えはNO!!

むしろ、視覚的スプラッターをきれいなオブラートに包んだだけで、残酷、冷酷、非常さはもっと増したのかもしれない。

過労死、薬害、自殺も増えているわけだし、
戦争で多くの人々を殺戮しているのも事実だし。


倫理観、人情といった精神性を失いつつある現代だからこそ、罪悪感もなければ後悔することもない人も増えている。
そのうえ、むしろ、そういった人こそ、トップにたったり称賛の的になったりする。

そんな時代なのだから。

それをサイコパスと呼ぶわけだ。


サイコパスに動かされている時代。
それが一般的価値観になってしまった時代。




しかし・・

それでも多くの人は、もう心の奥で気づいているんじゃないかなあ。


今の時代って、なんかヘン。 なんか狂ってる。


世間に順応できない若者が増えたり、「引きこもり」になったり、
うつ病を患ったり。
スピリチュアル系にはまる人が増えたり。


なーんとなくでも、現代の価値観で生きられない人は、そうやって病んでしまうか、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。


醜いものに蓋をして逃げ出したい気持ちはよーくわかるなあ。

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見なかったこと、聞かなかったことにしちゃう!
そして、ほんわかした世界で生きようとする。

私も、つい・・そうしがちだったから(笑)


だけど・・逃げ場を求めて自分の世界に籠っていていいんだろうか?


スピリチュアル系で使われる言葉で、グラウンディングというのがある。

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グラウンディングとは「地に足つけてしっかりと現実を生きる」ことをいいます。
また、目的達成や集中力、「今、ここに居る」という意味もあります。
グラウンディングが出来ていない時は意識が身体の外側に向き、現実から心が離れて心身のバランスが取りにくくなります。



この世に生まれてきて現実を生きている以上、現実と関わりながら生きなければいけないんじゃないか?
たとえ、それがどんな現実であろうとも。


私も最近は、そう思うようになった。


それには、精神性レベルにおいて強くなること。
サイコパスに動じない強さを持つこと。
現在の価値観に合わせることではなく、自分の価値観に現実を変えていくこと。




おっと、その前に・・まずは自分の価値観を確立させることかもしれない。

青少年の頃から、少しづつ自分の価値観を作っていかなきゃならないわけだけど・・・そういうと、ご年配の方々は
「昔のように、学校で道徳を教えるべきよ。」

なーんて言う方々も多いが、これも、ちと問題かもしれない(笑)


私の子供時代にはたしかに道徳の時間というのがあったはずなんだけど・・一番つまらない授業で眠かった記憶しかない。

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それでも、よーく思い出してみると、答えが全部、はじめから決まっていた気がするのだ。
お年よりに席を譲ること、何事も最後までやり遂げること、人に親切にすること・・・それが正しいことで正解。

子供でも、そのくらいの正しい答えは知ってた。
みーんな正解だった。

ただ、それがなぜ? ということは知らなかった。

すでに知ってる常識や善悪だけを叩きこまれるだけの、だるーい授業だったのだ。


そう思うと、その当時から・・少しずつ世の中は狂いだしていたのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・

ここでまた、戦国武将の話に戻すけど、

彼らは幼少の頃の教育は、主に知識人である僧侶が行っていたことが多かったようだ。

禅宗の寺に預けられて、必読書となるのが「四書五経」
和歌や風流を学ぶためには、『源氏物語』『伊勢物語』も使われたそうだ。

参考に
 ↓
戦国大名が『源氏物語』を読んだのはなぜ? 戦国武将と意外な読書の遍歴

禅問答といわれるとおり、はじめから正解を教えて叩き込む教育ではない。

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あくまでも自分の頭で考えさせる教育だったという点は現代の教育とは大きく違っている。



さて、子供たちへの道徳教育ってどうなんだろう?
まず先生から教育が必要だったりして(笑)

道徳教育は一歩間違えば善悪の押し付けや洗脳になってしまう危険性もある。

学校で道徳教育を受けたはずの私だけど、その記憶すらほとんどないんだから、まったく受けてなかったことと同じわけだ~。

たぶん・・寝てた(笑)
絶対・・寝てた(笑)

道徳の時間=寝る時間という記憶がほとんどだから。

そんな不真面目な子は洗脳されることだってなかっただろうけど(笑)


教育の基本というのは、自分の意思で考え何かを選択していく力をつけるってことかもしれない。
そう考えると・・たぶん今の学校教育では、とくに精神性の教育は無理かもなあ。


せめて大人が出来ることは、ニュートラルな立場でまっさらな状態から、多くのことを見聞きできる状況を与えてあげることだけかもしれない。

どれが良いことで悪いことなのか・・お互いに話し合い自分で模索しながら、自分の価値観を作っていけるように。



そして、価値観が構築できたなら、

やはり大事なことは・・・

どんなに最悪で生きにくい世の中であっても、やっぱり現実から逃げてはいけない気がする。

あるスピ系の人々は、地球外知的生命体とのチャネリングやら、死後の世界や前世を模索し、同じものを共有できる仲間ウチの世界だけで生きるそうだ。 
むしろ、その方が魂の向上になりアセンションができるそうだが・・・。


でも、それも一歩間違えば・・現実逃避か、偏った選民思想を作り出すことにもならないだろうか?



そもそも現実を無視して蓋をしてしまえばスピリチュアルの意味すらないように思う。

肉体があるってことは現実に生きろ!ってことだと思うし、スピリチュアルとは、現実を生きるための知恵とパワーだと思っている。


むしろサイコパスな価値観が蔓延する現代だからこそ、私たち一人ひとりが自分の価値観を構築して生きる時代がきたのかもしれない。


そう考えると、現代も決して悪いことばかりじゃない。


最初の占いサイトにあった言葉、
「各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本」


それに、私なりの訂正を加えると・・


世の中の一般的価値観に合わせて生きることではなく、自分の魂が命ずる価値観を現実と融合させていくこと。
ほんの少しずつでも。


それが最終的に、自分で「生きやすい」場所を作っていくことじゃないだろうか?

そうゆうところに価値観を見出した占いがあるかどうかは知らないけど・・


戦国時代じゃないけど・・・我々の現代も日々戦いなのだ(笑)
自分の良心がNOと言ってるときは、声に出してNOと言わなければならない。

それも現実に足をつけて生きることの第一歩かもしれない。

強い精神力を鍛えて。
地に足をつけて。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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