空海とシュタイナーの関連性

「すごく会いたいのに会えない人っている?」

な、なんなんだ? その質問は!!

唐突に、どう答えるべきかわならないような質問をする人っていうのは、案外いるものだ。

それは恋愛対象のことを言ってるんだろうか?

「別に・・今、そんな人はいないよ。 少なくとも、生きてる人のうちにはね。」

「え? それならば・・すでに死んでる人ならいたの? ね、それって誰?どうゆう人だった?」


ずいぶん食いつきがいいなあ。

「空海とルドルフ・シュタイナー!」と、私が答える。

「なーんだ~。」

今度は見事、離れた手ごたえ(笑)

やっぱり恋愛対象のことを聞いてたのか、聞いてる本人がそんな状況下にあるからなのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もしも、すっごい霊媒師がいて私にどんな人でも呼び出してくれるとしたら、ぜひ、呼び出してもらいたいと思っているのは、やっぱり、
空海とシュタイナー

もっとも、このお二方の方で・・私なんぞとは話したがらないかもしれないし、そうなると、どんなに優秀な霊媒師に頼ったところで、無理ってことになるなあ(笑)



ふと、また空海のことを思い出した。


思い出すったって、もちろん、私は会ったことすらない。(←会ってたとしたら・・私はいくつだよ?)

空海といえば、真言宗の開祖となった超有名なお坊さんではあるけど、私は宗教にも興味はないし、お坊さんにはもっと興味なし。

だけど、空海だけは別格!



空海こと、「佐伯真魚」(さえきのまお)は、774年、今の香川県、当時の讃岐国に生まれている。
そう、讃岐うどんで有名なところだ。(一説によると、讃岐うどんは空海が唐から伝えたものだそうだ。餃子が原型だったとか)

佐伯の家は地方豪族で真魚は三男、幼少の頃から飛び抜けた利発さを見せる子で、神童のように扱われて成長したそうだ。

両親は、ぜひ、この子を大学寮に入れて中央の官吏となり出世をしてほしい!と望むようになる。

まあ、どの時代でも親の望むことは同じみたいだ。


中央といえば、もちろん・・この時代は京の都。
そこの大学寮といえば、貴族の子弟が入学するところ。

地方の豪族の息子なんて、よっ~ぽどじゃなきゃ入れるはずもないのだが、
佐伯真魚くんは、まさに、「よっ~ぽど」の大秀才だったことと親族のコネを使って入学が許されることになった。

それは異例のことだったはず。

ところが、どんなに秀才だろうが、地方豪族の息子はエリート官僚にはなれない。
そう、この当時、まず一番大事なことは血筋だから。

まあ、せいぜい中の下か中の上か?
出世といっても、そこらへんで頭打ち。


そりゃあ、地方豪族から見れば、それでも、ものすごい出世なんだろうけど、
ピラミッド型の官僚組織の中間に入ったところで、それが何?


おまけに勉強といっても、あいかわらず儒教中心で経書を暗誦するだけって?
いったい、これが何になるってんだ?



将来は見えたし、学びたいものは学べないし~。
ピラミッド型の社会に組み込まれるってことは、1000年以上前であっても同じみたいだ。



彼の学びたかったものってなんだろう?

まだ、ここでは漠然としたものだったかもしれないけど・・

世界の有り様や自己の生命そのもの、己の生と世界の探求?
おそらく、そのようなもの。


あ゛~、もう、やーーめた!


佐伯真魚くんは、『聾瞽指帰』(ろうこしいき)、のちの「三教指帰」(さんごうしいきと呼ばれる書を書き綴る。

実は、これは親にあてた手紙なのだ。
    ↓
たぶん、凡人が書けば、

「せっかく大学までいれてもらったのに、僕はXXXXXXXXの理由で、大学をやめようと思います。
本当にすみません。」


というような内容の手紙になっちゃうんだろうけど、


彼の手紙は、戯曲調にしちゃって、しかも、登場人物に自分の心境の変化を重ねて、理路整然としていながら読みやすいし、読み手を十分に意識した作品になっている。

登場人物は、蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で書かれていて、
戯曲のような構成となっている。

亀毛先生は儒教を支持しているが、虚亡隠士の支持する道教によって批判される。
最後に、その道教の教えも、仮名乞児が支持する仏教によって論破され
仏教の教えが儒教・道教・仏教の三教の中で最善であることが示されている。

弁証法的な手法によって、仏教が論理的に称揚されている。
しかも、流麗な四六駢儷体で書かれている
Wikiより



儒教というのは処世術を説いたものだし、道教は、命を延ばし水上を歩み、鬼神を使い天空にのぼれるようになるだって?
そりゃ、超能力者かい? それだって、ただ自分を救うだけの方法だけじゃないか! 人を救うことはできないじゃないか!
こうなったら、もう、仏教しかない!



このようにして、自分は仏教への道を選ぶことを決心した!

まあ、そんな内容だ。

すごい!

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とは言っても、当然・・私に原文は読めないけど↑


もしも、私が彼の親だったらこれを読んで感動して、

「もう、大学寮なんてやめちゃっていいから、作家になりなさい!」って言ったかもしれない。

これも彼が若いときに見せた、才能の1つだったのかもしれない。


で、結局、佐伯真魚くんは、大学寮をドロップアウト。
24歳のときだった。


まあ、こんなことは今でもよくある話だろうが。

当然、両親やら故郷の人々は、どんな名文の手紙をもらったとしても・・・

えええ!!そりゃ、ないだろ!あんなに期待してたのに・・親不孝者めが!ってことになったかも。


しかし、彼はちゃんと手紙にも、真意を書いているのだ。

親孝行という小さなことよりも、私は、多くの人々に慈愛を与える大きな孝行をしたいのです!と。


それでも彼の両親は、知らない人々よりも親孝行だろーが!と思ったか、それとも、なんと立派な息子よ!と思ったのかはわからない。



さて、ドロップアウトして仏門に入る決心をて、それから、佐伯真魚がどこへ行ったのか、何をしたのか? 
その足取りを掴むものはほとんどない。

そこで、空海研究者たちには、空白の7年間と呼ばれているそうだ。

え?
7年間も?


いったい何してたん?

世間からドロップアウトして隠遁生活、好きな読書三昧でお勉強か?
いやいや、引きこもりどころか乞食よりもひどい恰好で山野を歩き回っていたらしいのだ。

実に行動的な人だ。

一人で山林修行をしてみたり、寺を訪ねては文献を読み漁り、教えを請い、その間には多くの貧しい人々にも接触したことだろう。

そんな中、ある日のこと、『大日経』という密教経典に出会う。

あ、これだ!!!という、まさに直感の閃き💡

だけど、内容はイマイチわからない。


そもそも、なんでそんなものを見つけたのかはわからないけど、この当時、「大日経」なんて密教の経典をちゃんと理解してる人は、おそらく日本にはいなかったはず。

そもそも、書かれている言語だって中国語? いやサンスクリット語か?


さらに、この時期に、虚空蔵求聞持法(こくうぞうくもんじほう)という秘術を知ることになる。

この御真言(マントラ)を百日の間に百万回唱えることができれば、一度見聞きした知識を理解することができるようになり、それは永く忘れることが無い、というすごいもの。

ちなみに、その真言は

ノウボウアカシャ ギャラバヤ オンアリ キャマリ ボ(ウ)リソワカ




でも・・百日に百万回ってことは・・・

1日で1万回ってことになる。
1日1万回ってことは、24時間で割って、さらにそれを60分で割ると・・

10000÷24÷60=6、944444

つまり、1分間で7回は唱え続けなければならないってことになる。

それに、食べる時間は? 寝る時間は? トイレタイムは?
相当、早口じゃなきゃダメだ~ってことか?

しかもただ唱えるだけじゃなくて、その他にもいろいろと制限されるものがあるらしい。

実際のところ、ほとんどの人がギブアップ、ギブアップしない人でも衰弱死か精神を病んでしまうか・・そういったことが多いと聞く。
やり遂げた人は、たしかに稀なことだろう。

(たしか、日蓮さんもやり遂げた一人だったと聞くが・・)

やり遂げられるってことは、もともと特殊能力のある者か超能力者みたいなものが備わっていた人たちなのかもしれない。



たしか、室戸岬の洞窟に籠ってやり遂げたって話だ。
     ↓
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今でも、こうもりがいっぱい巣くってる洞窟らしい。

室戸岬の海というのは、砂浜がない、岩と荒い海ばかりだそうだ。
その時代、さぞかし、厳しく寂しいところだったことだろうなあ。

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http://www.sankei.com/west/news/150808/wst1508080005-n1.html

虚空蔵求聞持法をやり遂げた後、彼は、明けの明星が口に飛び込んでくるという、神秘体験をしたそうだ。

おそらく、もともとサイキック体質だったはずの彼は、ますます超能力開花となったのだろうか。


司馬遼太郎の小説、「空海の風景」には、このようなことが書かれている。
    ↓
室戸岬の洞穴で得た神秘体験が儒教的教養を完全に打ち砕き、肉体を地上に残したままその精神を抽象的世界に没入させる決定的な契機となる。


完全にサイキック、超能力者じゃないか!

見えるものといえば空と海のみの洞穴の中で、夜明けの明星が衝撃とともに口中に入るという体験。

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現在の洞窟からの風景、当時は鳥居なんてなかっただろうけど。

それから、彼は空海の名を名乗るようになったという。


空白の7年間が過ぎて、ようやく空海はシャバへ戻ってくる。

目的は、唐へ留学するため。

そこで、密教・大日経を勉強するため。


この世のすべての現象は大宇宙の真理である大日如来の一表現であり、
諸現象の大本であるこの普遍的原理の中に入り込み、原理そのものと一体化する即身成仏こそを究極の目的と説くその思想に空海は激しく魅了される。 
空海の風景より




ようするに、彼は大宇宙の真理の追究をしてたってことで、
そして、死んでから極楽浄土よりも、生きてる人を生きてるうちに救える方法を探し続けていた。

そこで、生きている人が仏と一体化できる・・って思想に妙に感激しちゃったというわけだ。

納得~。


さらに、こんなふうに書かれている。

引用すると↓

欲望を否定してともすれば死へと傾斜しがちな釈迦の仏教に違和感を感じていた空海は、これにより生の謳歌を肯定し後にはその当然の属性である愛欲すらも宇宙の真理の一表現と考えることとなる。



それまでの仏教といえば、欲望を否定することばっかりだからね~。
いや、それ以後の仏教だって、すべての欲望は罪悪みたいに言われて否定することばっかり言う、宗教や僧侶だっている。

だからこそ、私自身もイマイチ好きになれなかった理由だ。



とにかく、唐へ行こう!
ちゃんと学ぶには、それっきゃない!


それはわかったけど・・アンタ、その費用はどーすんの?・・・と、つい突っ込みを入れたくなる。

実際、唐へ留学といっても、空海さんは国費で行かせてもらえる身分じゃないわけだし・・・。
勝手に大学寮をドロップアウトしちゃって、勝手に修行僧になったわけだし・・。


なんとかまた、コネで乗船できる許可をとってもらえたところで、国や公的機関からは一切費用は出ないのは確か。

それに、当時の決まりごとで、留学したら20年は帰ってきちゃいけない!って決まりがあったのだ。
(それって、どーなんよ!とも思うが。)


よーするに、行きたければ20年間あっちでの生活&勉強の費用は、ぜーんぶ自分で持って行けよ!ってことなのだ。


えーーと、また計算してみると・・

現在の私のここでの暮らしをベースにするとして、1年間でギリギリ最低でも350万は必要だろう。
うーーん、学費はどのくらいかはわからないけど・・・長安って大都市だから物価は高いかもしれない。

まあ、1年350万として、それが20年とすると・・350万 X 20年 = 7000万

最低でも7000万、渡航費やら授業料やら雑費で、さっくり1億円ってことになるかも?


そのお金、どーして作ったんだろう?


単純に考えられるのは、親に泣きついて出してもらう方法、

まあ、ちょっくら裕福なウチの子だったら、そうするだろう。

大学をドロップアウトして7年間放浪してた息子に、果たして親が喜んで全額出してくれたんだろうか?

「僕、自分探しの旅を続けてたんだけど、ようやくみつかったんだ!
で、唐へ留学するから一億円お願いします!」
と、お願いしたかどうかは知らない。



それとも、超能力を身に着けてしまった空海には、お金なんて簡単に捻出する方法があったのかもしれない。

現に、あっちこっちに、空海伝説が数えきれないほど残っている。

伊豆の修善寺は空海が発見した温泉だとか、猪苗代湖を出現させたとか、金鉱・銀鉱の発見だとか、巷で病を治すとか、奇跡を起こすとか・・とにかく数えきれないほどある。

北海道を除く日本各地に5,000以上あるとか・・・その半分がただのデマだったとしても、とにかく半端じゃない数だ。

どうやったのか?

まあ、そこんとこは謎だけど、最終的には、お金を十分ゲットして船に乗る許可もゲットしたのだ。



さて、ここらへんから、空海に、まるで偶然の連続のような奇跡が起こり始める。
いやいや、偶然じゃなくって必然なのか?(笑)


●本来、遣唐使の船はすぐ出航するはずじゃなかったのに、前年の船が沈んでしまったため、今年も出航することになったこと。

●空海を乗せた船を入れて、全部で4隻の船が出航したのに、嵐に合って、そのうちの2隻が沈んでしまったこと。
空海の船と別の船だけが無事に行き着いたこと。

ちなみに、別の船には、天台宗の開祖である、最澄さんが乗船していた。
ただし・・最澄さんは特別待遇の国費の留学生で、そのときの空海からみれば雲の上の人。


●空海の船は無事だったものの、ひどい嵐のため流されて、とんでもない場所に漂流してしまったこと。
はじめは海賊船と間違えられて、ひょっとしたら・・・罪人扱いで処罰されたかもしれないのに助かって、さらに長い道のりを経て、長安にたどりついたこと。



この後、まだ奇跡は続く。



さて、苦難の上、なんとか無事長安にたどり着いた空海さん、

第一の目的は、青龍寺の恵果さんを訪ねることだった。

恵果は、密教における、金剛頂経・大日経の両系統の密教を統合した第一人者であり、3代の皇帝の、代宗・徳宗・順宗に、皇帝の師と仰がれた、すごい人物。

弟子も1000人はいたという。
東アジアのさまざまな地域からも、教えを請うための人々がやってきていたという。

真っ先にそこへ向かったのか?・・・と思うと、すぐには行かない。


まずは、別の師について、サンスクリット語をマスターしたらしい。
それも、たったの3か月でマスターしちゃったとか。

いやはや、虚空蔵求聞持法の秘術で、明けの明星を食べちゃったせいか(←食べたわけじゃないだろうが。)、それとも、それくらいは本来の実力だったのか、そこんとこはわからない。


とにかく3か月でマスターしちゃった留学生がいるぞ!と長安の町でも有名になったそうだ。

当然のごとく、その噂は、青龍寺の恵果のもとにも届いている。


ようやく、空海が恵果のもとを訪ねたとき、恵果は、ものすごく感激して喜んだそうだ。
(わざと、それを狙って、相手を焦らす戦法か? いやいや、まさか・・)

かなりの高齢だった恵果は死期が近いことも悟っていたようで、今か今かと空海がやってくるのを待ち望んでいたそうだ。

そして、

会った瞬間、空海こそが、自分の後継者であると悟ったらしい。
いや、来る前から、会う前から感じ取っていたのかもしれない。

超能力者の弟子には師も当然のごとく超能力者だった可能性はある。


だからこそ、1000人もいる弟子から後継者を選ばず、わざわざやってきたばかりの、外国人留学生にすべてを授けたのかもしれない。

もっとも1000人だろうが2000人だろうが、数じゃないだろうから!

百万回のマントラを百日で唱える修行を完結させた弟子が他にはいたんだろうか?
たぶん、答えはNOだろう。


一目みただけで、恵果は完全に確信し、
待っていたのは、この男だ!と。

それは・・まるで運命の赤い糸(←こんなときに使う表現か?)

それからというもの、師は弟子に一対一の口伝で、甕の水を一滴もこぼさずに移し替えるがごとく、あらゆる知識を授けたそうだ。

それもたったの3か月だったとか。
ふつう・・そういうのって、ン十年とか、一生かかるってこともあるんじゃないのかなあ?


ついに、空海を自身の後継者として真言密教第八世法王の灌頂を与えたという。
そして、伝法阿闍梨位(でんぽうあじゃり)の位・・・これは師範代として教授の許可ともいうべきものらしい。

灌頂名は、「この世の一切を遍く照らす最上の者」(=大日如来)を意味する遍照金剛(へんじょうこんごう)を与えられたそうだ。


で、その年の暮れに、まるで待っていたかのように、恵果はぽっくり逝く。


最後に空海へ残した言葉は、「すぐに日本に戻ってこの教えを伝えよ!」だったとか。

ワシの後継者として青龍寺を継いでくれ!じゃないところが、なんともカッコいい!



さて、すっかり密教を学ぶことができた空海はいつでも帰れる準備をはじめる。

それはお買い物三昧の日々~♪

密教の曼陀羅、貴重な書物、仏具など・・日本には無いものをいっぱい買い込む。

なんてたって、20年分のお金を持っていたわけだから、まだたんまり残ってるしね~。
それをほとんど全部、つぎ込んだそうだ。


だけど~、船が来なけりゃ帰れないんだよ!!
この当時、船便は命がけなんだし、そんなすぐ来るわけないだろーが。

ところが来たんだよね~。

それも奇跡的に。



そして、無事日本へ帰国となったのだ。


ところが、ここで問題発生。

ほんとは20年いなきゃいけなかったのに、たったの2年で帰国しちゃったわけだから、それは罪に値するのだ。
罰として、まずは九州の大宰府に留め置かれてしまって動けない状態。

そこで都に手紙を書き、唐から持ち帰った数々の宝の目録をつけて、自分が学んできた密教の内容などをせっせと書き綴ったのだが・・中央の役人は完全無視。

ところが、そんな空海の窮状を救ったのが、なんと、最澄さんだったという。


当時の京の都と言えば、誰もが怨霊におびえていた時代。

そりゃあそうだ! 政敵を片っ端から殺しまくってたわけだもん。

ずっと前に、
菅原道真の怨霊は今

という記事をアップしたことがあったけど、とにかく平安朝はそんな時代でもあった。

とくに、桓武天皇は実の弟の早良親王を殺害してるわけで、その怨霊におびえて平安京に遷都までしちゃった人。

生きてる人間は権力で抹殺できても、死んでる怨霊に太刀打ちできなったのが皇族・貴族たち。
自業自得なんだから、しょーがないだろ! 観念して殺されてやれ!

ところが本人たちは、そうは思わない(笑)

自分だけは無事生きていたい! 怨霊が怖い! なんとかしてくれよ~!
という貴族たちにとっては、密教はとっても有難いものだったのだ。

なぜなら、密教には

怨霊を鎮める方法
死者を祀る方法


が含まれてたから。


ま、宇宙の真理なんてどーでもいいけど、病気や怨霊から守ってほしい!という、超現実的な理由から密教は、貴族の間でどんどん人気になっていく。

空海よりも先に早々と帰国していたのが最澄さん。
(たった1年で帰国)


え? 20年滞在しなきゃいけないんじゃないの?
なーんて言ってはいけない。

最澄さんは第50代桓武天皇のお気に入りで超エリートで特別待遇の人。

だから、さっさと好きに帰国できるってわけ。

最澄さんも、唐でちょこっと密教をかじったけど、それは、ほんとにかじった程度。
だって、彼の分野は天台数学なんだし密教はおまけみたいなもの。

しかも、空海よりもさっさと帰国しちゃってる最澄さんには、わかるわけない。

なのに、当時の皇族や貴族たちは、最澄が本格的に修学した天台教学よりも密教のことばかりに関心を持つ。

さぞ、不本意なことだっただろう。


ところが、最澄さん、結構、いいヤツだったのかもしれない。

くそ!なんだって俺の天台宗より密教ばっかりもてはやすんだ!とぶち切れることもなく、

大宰府にいる空海さんの手紙を読むや否や、この人を京に呼び寄せようとすぐに働きかける。

空海が無事に許されて京に上ることができたのは、まさに、最澄のおかげなのだ。

さらに、自分が学んでこなかった密教の教えを乞うために、弟子にしてくれるように空海さんに丁重な手紙をしたためた

最澄は空海よりも7歳年上、しかもすでに高僧として知られる超有名人、それが、まだ無名の空海さんに?

それだけを見ても、さぞや器のでかい人、マジメで研究熱心な人って気がする。

もちろん、そんなに礼を尽くしてお願いされちゃえば、空海さんも断る理由はない。


最澄は次から次へと経典の貸し出しを願いでて常に丁重なお礼状を送る。

だけど、空海は、もともと最澄さんが好きじゃなかったのかもしれない。(←ただの私の想像)

アイツ、あんなに出世はしたけど俺よりか頭悪いじゃん!と思っていたのか、
それとも、マジメで熱心で、コツコツと勉強する姿が、天才・空海にはウザいヤツと思えたのか・・・そこはわからない。


ある日のこと、最澄は空海に「理趣釈経」という教典を申し入れたのだ。
それは、理趣経(りしゅきょう)の注釈書。

それが二人に亀裂が入る第一の原因となった。

空海はダメ~。それ、貸してあげないよ!と断る。

なぜなら、本来は、師から弟子へ口伝によって伝えられるもの。
書き記したものなど、酒の搾りカス、または瓦礫に過ぎないのだ。


・・・というような名文で、きつーっくNOと断っている。
(あいかわらず文字も文章も見事)


一説には、理趣経というのは、修行が出来ていない未熟者が読むと内容を理解できずに、曲解して捉えてしまうもの、だから簡単には貸せない、ってことらしい。

その理趣経、いったいどうゆう内容かっていうと・・
   ↓

大楽(たいらく)の法門においては、「十七清浄句」といわれる17の句偈が説かれている。

妙適淸淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である
慾箭淸淨句是菩薩位 - 欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である
觸淸淨句是菩薩位 - 男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である
愛縛淸淨句是菩薩位 - 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である
一切自在主淸淨句是菩薩位 - 男女が抱き合って満足し、すべてに自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも、清浄なる菩薩の境地である
見淸淨句是菩薩位 - 欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である
適悅淸淨句是菩薩位 - 男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である
愛淸淨句是菩薩位 - 男女の愛も、清浄なる菩薩の境地である
慢淸淨句是菩薩位 - 自慢する心も、清浄なる菩薩の境地である
莊嚴淸淨句是菩薩位 - ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である
意滋澤淸淨句是菩薩位 - 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である
光明淸淨句是菩薩位 - 満ち足りて、心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である
身樂淸淨句是菩薩位 - 身体の楽も、清浄なる菩薩の境地である
色淸淨句是菩薩位 - 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である
聲淸淨句是菩薩位 - 耳にするもの音も、清浄なる菩薩の境地である
香淸淨句是菩薩位 - この世の香りも、清浄なる菩薩の境地である
味淸淨句是菩薩位 - 口にする味も、清浄なる菩薩の境地である
理趣経。Wikiより





いやあ、私も最初にこれを見たときはびっくりだった。

だって、仏教では、ほとんどの欲を禁止してるわけだから。
いや、キリスト教だって同じだけどね。

なのに、これは「肯定」することから始まっている。

男女の交わりも、美しい色をみることも、香しい香り、そして美味な味わいも・・すべて感動することは菩薩の境地である。

さらに、

人たるもの大欲(たいよく)を持ち、衆生の為に生死を尽くすまで生きることが大切であると説き、清浄な気持ちで汚泥に染まらず、大欲を持って衆生の利益を願うのが人の務めである



ただし小我であってはならない。大我を持って生き、自然体であることこそ菩薩の境地ということなんだと思う。
(そこんとこを、未熟者は小我のまま、自己肯定をしちゃうのだろう。)

誰かが・・「愛には大我の愛小我の愛がある。 大我の愛は、ただ与えるのみの神の愛であり 小我の愛とは個としての物質的な愛」と言ってた人がいたような気がするけど、まさに根底には、それがあるような・・・。



さて、貸してくれなくて困った最澄さんは、一番弟子とも呼べる、泰範さんを送り込む。

忙しい僕に代わって、なんとか君が学んできてくれないか?ってことだったのかも。


ところが、空海に心酔しちゃった泰範は、そのまま待てど暮らせど音沙汰なしで戻ってこなくなってしまったのだ。

ついに、最澄さん、『老僧を棄つることなかれ』(年寄りを見捨てないでよ~。)という手紙を泰範さんに書くのだが・・・

ああ、なんか切ない。。。


一番弟子の返事は冷たい。

「悪いけど今後の僕は密教一筋でいくことに決めちゃいました。 今まで大変お世話になりました。じゃーね~。」  みたいな・・・・(笑)

しかも、それは空海が代筆したような手紙だった。

そりゃ、ないだろ!


さすがに、最澄さん、大ショック!

バリバリバリ~。

二人の仲には、完全に亀裂が入る音。
二度と戻ることのない亀裂が!

なんだか、泰範さんって人、昔の男を振って新しい男に寝返る女のイメージがするのは私だけか?
しかも、別れを自分で切り出さず、「おい、お前の女さあ、もう、オマエよりも俺の方がいいってさ。だから、付きまとうなよ!」と新しい男の口から別れを言わせるような・・・こずるい女のイメージ。

いやはや・・。



この頃になると、空海も、嵯峨天皇の後ろ盾を得て、すっかり有名人になっている。
まあ、力を持った新しい男に、そうゆう女がなびくのもありがちなことか。(←女じゃないってば!)


ところで、嵯峨天皇という人、日本三筆の一人、(ちなみに、三筆とは空海・嵯峨天皇・橘逸勢のこと)
さらに、唐の文化にも非常に興味津々だった文化人だったようだ。

とくに、空海は強調文五筆と言われ、さまざまな書体をかき分けられたんだとか。

ちょっと面白い書体が残っている。
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これなんか、絵文字だよね~↑
空海の書(飛白体)より


当時の唐、長安は仏教だけじゃなく、イスラム教、マニ教、景教(古代キリスト教)も入っていたような国際都市、

嵯峨天皇が、そこで学んで多くを吸収してきた空海を師として仰いだことにも十分うなずける。


一方、空海が嵯峨天皇やほかの貴族たちをどう思っていたかは知らない。

心の中では、古い慣習に囚われたり怨霊におびえたりする彼らを侮っていたのかもしれないけど・・表面的には、実に見事な対応ぶりだったみたいだ。

天才にありがちな、人つきあいが苦手で衝突を起こすようなタイプじゃなかったらしく、旧勢力の仏教関係者ですら、上手に付き合っていたらしいのだ。

だからこそ、なんで最澄には亀裂を入れちゃったの?と思ってしまうのだ。

二人とも真摯に道を究めようとしている天才だったはずなのに・・ちょっとした行き違い?
それとも女か?(←そんな話はないぞ!)


しかも、どう見ても最澄の方が常に下手に出ていたような気がするのだが。

そこが返って、空海にはなーんとなくムカつくヤツって感じたのかもしれないけど。
まあ、そこには、どんなに偉大な人であってもお互いにしかわからない感情や縺れもあるのかもしれない・・・生身の人間だし。



さて、空海の業績は密教だけにとどまらない。

インドで生まれた宿曜占星術を持ち帰り広めたり、土木工事では、香川の満濃池を修築して水害を止めたり、また、薬草学鉱山知識も豊富だったらしい。

また、人々に湧き水の場所を教えれば、それはミネラル、イオンが豊富に含まれたものだったようだし(近代の調査で判明)、備長炭のもとになる白炭を伝えたのも空海だ。


そういえば、お遍路さんで有名な「四国八十八か所」は、なんと中央構造線に沿っているらしい。

と同時に、それは水銀が産出される場所でもあったとか。

そこには、空海由来の真言密教の寺と鉱山が多くあるということだ。

もちろん、それは偶然なんかじゃない空海の意図的なことだろう。

空海の右手の錫杖(しゃくじょう)は、鉱山師の持つ錫杖と同じという話を聞いたことがある。
      ↓
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水銀は丹砂(たんさ)などと呼ばれていて、
丹(に)とも云い、それが転じて丹の付く地名はこの鉱物を採取する場所・鉱山を指すようになったという説がある。

実に丹(に)、または(にゅう)と呼ぶこともある。 実に、丹のつく地名は多い。

丹生都比売(にうつひめ)神社、丹後、大丹生、小丹生、丹生、丹後、丹波・・・


小浜市の若狭神宮寺と鵜の瀬では、「お水送り」の神事が行われる。
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その十日後には、東大寺に達して「お水取り」になるのだそうだ。 
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そのお水とは、どうも、水銀のことを言ってるらしいのだ。

水銀、丹と呼ばれる鉱石は、もともとはこんなヤツだ。
       
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錬丹術などでの水銀の精製の他に、古来より赤色(朱色)の顔料や漢方薬の原料として珍重されていたとか。

水銀は金メッキをするにはかかせないものだった。

なぜなら、水銀にはほとんどの鉱物を溶かし込むという働きがあるから。

おそらく、水銀の産地を知り、それを抑えた者は巨万の富を手に出来たことだろう。
おそらく、空海はそういったことすべてを知っていたのだろう。


どうやって、彼が鉱物学やら地質学、化学の知識までを勉強していたのかはわからない。
しかし、万能男・ダビンチにも匹敵するのは確かだ。 いや、それ以上だったのかも。




アートも地質学も建築、土木、鉱山学、すべてがオールマイティーになったのは、やっぱり、あの虚空蔵求聞持法(こくうぞうくもんじほう)から、始まるんだろうか?

虚空蔵とは宇宙の無限の知恵と慈悲が収まっている蔵のようなところだ・・というようなことを、たしか夢枕獏さんが言っていたような記憶がある。


それを聞いたとたん

え、それって、アカシックレコードと似たようなものじゃないか?

と、ふと思ったものだが、

それが・・どうやら、本当に同じものを指しているらしいのだ。
       ↓
アカシックレコード

Wikipediaによると、
虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)、梵名アーカーシャ・ガルバ(आकाशगर्भ [Ākāśagarbha])と呼ばれている。
仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされ、知恵の菩薩とも評され、人々に知恵を授けてくれるともいわれる



え? それじゃあ、空海の口の中に、明けの明星が飛び込んだってことは・・・

そうゆうことだったのか~。


空海は、こんな文章を残している。

五大皆有響  五大に皆響き在り 
十界具言語  十界に言語を具す 
六塵悉文字  六塵悉く文字なり
法身是實相  法身これ実相なり


なんだか、この文、リズムがあって声に出して読むと非常に耳障りがいい。
しかも、五、十、六、法と頭も、緻密な規則性でも潜んでいるようだ。


この意味は、こんなことだそうだ。

物質の構成要素として地・水・火・風があり、そこに、虚空(空・エーテル・氣)を加えたもの
(それが、五大)


え?おいおい、これって、昔の西洋における物理学でも考えられていたことだったような・・?

その虚空の空間に入ると「五大に響きあり」、それぞれに響きがあって影響しあって、物質も精神にも言葉を具す(十界)

創造の波動として、宇宙に鳴り響いている宇宙原音に意識を合わせた行者は、その音を直ちに自分の理解できる言葉として聞くことが出来る


というようなことらしい。

そういえば・・少し前に、NASAの報告でも星や太陽が音(周波数)を出しているなんて記事があったことも思い出した。

あ、ここに載っていた。
  ↓
すべての「星」が音を作りだしているかもしれない。そして、太陽も常に歌を歌っている。しかしその周波数は 528ヘルツ? それとも?


なんだか、色々なことが繋がってくる気がする。

空海は、音、声というものに非常に重きを置いている。

だからこそ、密教においても、音・声に出すマントラがあるのだろう。


体内からのものと外界のものとが触れ合うことによって生じたのが、声という音になり、それが自然界の要素と一体となったとき、真理の音を聞くことができるのだろうか?

だから、音・声を出すことは大事なんだろうか?


そういえば、・・・DNAの情報コーディングは、なぜか『言語』とよく似た構造をもつというのは、今ではよく知られている事実だ。

だからこそ、言魂という概念もあるのだろうか?

なんだか自然科学とスピリチュアルなことが、どんどん一緒にまじりあっていく気がする。

ひょっとしたら、空海さんにはミクロの世界の量子力学まで見通していたのかもしれない。
まさに、それって物質の構成要素の5元素にも繋がることだろうし・・・。


虚空蔵、つまり、アカシックレコードに関しては、アイオワ大学元教授Marshal McKusickによれば、アカシックレコードという言葉を作ったのはルドルフ・シュタイナーだそうだ。

ああ、こうやって、色々なことが繋がっていく(笑)


こちらは京都・東寺観智院安置の五大虚空蔵菩薩像
      ↓
kokuuzobosatu.jpg
真言宗総本山東寺

右手に剣、左手に如意宝珠を持ち、それぞれ馬、獅子、象、金翅鳥(こんじちょう)、孔雀の上の蓮華座に乗っている

法界虚空蔵(中央、白色)
金剛虚空蔵(東方、黄色)
宝光虚空蔵(南方、青色)
蓮華虚空蔵(西方、赤色)
業用(ごうよう)虚空蔵(北方、黒紫色)




空海の密教における虚空蔵も、ルドルフシュタイナーのアカシックレコードも同じものだった。

その事実は、私にとっては、びっくりだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

ああ、こうなったらもうお二人の天才サイキックにいっぺんに出てきてもらって、二人にご教授願いたいものだ。

ただし、私は、

虚空蔵求聞持法を百万回を百日で唱えるなんてまっぴらだし(←すぐに病気になりそう)

ン10年もかけて下積みの僧侶として境内のお掃除から始めるなんてまっぴらだし(←気が短い上に寿命も長くないから。)

もう、いっきなり、理趣経の講義から入ってもらって構わない。(←修行を積んだもの以外はダメなんだって!)


うーーん、こんなことを思ってる以上、私の前には絶対出てきてくれそうもないだろう(笑)


やっぱり、彼らは私にとっての「会いたくても会えない人」なのだろう。


それでも会いたい!


もう少しで・・あと少しで、とっても大切な何か、私が忘れちゃってる何かを掴めそうな気がしているから。


参考資料
http://www.nippon-bunmei.jp/topics/turedure/%E3%80%9066%E3%80%91-%E5%85%83%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E5%8E%9F%E5%83%8F%EF%BC%88%E4%B8%89%EF%BC%89%E3%80%80%EF%BC%8D%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%AA%E4%B8%B9%E7%94%9F.html
エンサイクロペディア空海

http://singetu.ddo.jp/kuukai_meiku/12.htm

弘法大師空海の声字観

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