輪廻転生、勝五郎の話から現代へ

死んだらどうなる? 輪廻転生の話は、以外と多くの人に興味を持たれているらしい。

ただ、興味と言っても、それはオカルティックに位置づけてたり、迷信、荒唐無稽のファンタジーとして興味を持っている人も多いだろうし、そうかと思えば、中には真剣に信じてる人、直感的に信じてる人・・・それは、さまざまだろう。


アメリカは、どっぷりプロテスタントに浸かってた国なんで、そんなものを信じる人は少ない。

しかし・・・

2005年から2013年にかけて、アメリカの世論調査によれば
「神」「奇跡」「天国」といった宗教的観念への信仰率が軒並み減少していく一方で、逆に「輪廻転生」への信仰率はむしろ増加していっているというデータが出ているそうだ。


日本では、一時のスピリチュアルブームによってか・・自分の前世に興味を持つ人が増えたとも聞く。

「私の前世はなんですか?」という質問が多いんだとか・・。

もちろん、ほとんどが興味本位なんだろうとは思うけどね(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、つい最近、私は興味深い話を知った。
きょうは、それを紹介しようと思う。

まさに、これも輪廻転生の話なんだけど、日本の江戸時代に記録されていた話なのだ。


200年も前の江戸時代末期。

文政5年(1822年)、中野村(現在の東京都八王子市東中野)の百姓の家に、8歳の男の子、勝五郎という子がいた。

ある日、兄と姉と一緒に遊んでいるとき、


「あんちゃんとねえちゃんは、この家に生まれる前は、どこの家の子だったんだい?」
と、勝五郎は言い出した。

「そんなこと知らないやい」と兄。

「変なこと聞くねえ。だったら勝は知ってるのかい?」と姉。

「おらあ知ってるよ。程久保村の生まれで、藤蔵っていうんだ。」


・・・・・・

この話は、両親の耳にも入ることになる。

そして当然のことながら、はじめのうちは、勝五郎は出まかせを言ってるか、頭がおかしくなってるか?・・・と思われたことだろう。

ところが、

勝五郎は自分が生まれる前のことまでも知っていたのだ。

父と母の会話、
生活が苦しいので、母親が江戸に出て1年くらい奉公してこようという話を聞いていたというのだ。

それは、父と母だけが知っている事実だった。


そのとき、両親は我が子ながら、いくぶん気味悪く思ったかもしれない。

そんな話は、ぜったい人前でしてはいけないよ!と釘を刺した。


勝五郎には、優しい祖母がいる。
祖母は、勝五郎のすべての話に真剣に耳を傾けてあげたという。

「おらの名前は藤蔵(とうぞう)で、おとうの名は久兵衛(きゅうべえ)、おかあさんの名はしづ。
久兵衛のおとうは、おらが二歳のときに死んでしまったけど、半四郎という新しいおとうが来て、おらの事をとってもかわいがってくれたんだ。
ところが、おらは、六歳のときに病気で死んでしまった。

葬式の日、棺桶に入れられて山の墓地に運ばれて、棺桶をお墓の穴に入れた時、ドスンというすごい音がして魂が抜けだしたんだ。

そんで、おらは家に帰ってみると、おとうやおかあが話をしているのが、よく聞こえたし、おかあが泣いていたので近くへ行って声をかけたのに、おかあはちっとも気がつかないんだ。

それから、気がつくと白いひげに黒い着物を着たおじいさんが、こちらへおいでと手をふって呼んでたんだ。

おらは、そのおじいさんに連れられて山や川をふわふわと飛びまわったりした。
野原には、赤や黄色のきれいな花が咲いていて、花を折ろうとすると小さなカラスがきて、怒ってさわぐんだ。
あっちの世界では、花を折ってはいけないみたいなんだ。

おらは、おじいさんに連れられて他の子供たちがいっぱいいるところに連れてこられた。
ここで一緒に遊んでなさい、3年たったら迎えにくるからな、って言って、おじいさんは消えてしまったんだ。


でもね、おじいさんは、すぐに来たんだ。おらにはほんの数日しかたってないような気がしたんだ。
そのおじいさんに、さあ、三年たったから、生まれ変わるんだよ!って言われて、連れてこられたのが、ここの家だったんだ。

そこで、おかあが江戸に働きに出る話を聞いてたんだ。

それから、いつのまにか、すうっとおかあのお腹の中に入ったみたいで、それで、おらが生まれてきたんだ。」


さて、それから、おばあさんと勝五郎は、ついに、勝五郎の前世、藤蔵がいたという、程久保村へ行ってみることにした。

程久保村は隣村で、約1里くらい(5キロ位)

勝五郎は、初めて行くのに、ちゃんとその家を覚えていたという。

そこの家を訪ねて、家人に聞けば、たしかに、藤蔵という子がいて、6歳のときに疱瘡にかかって亡くなったという。
それは12年前の出来事だった。

そして、家人によれば、勝五郎は非常に藤蔵にも似ているという。

さらに、勝五郎は、その家について、実にいろいろなことを知っていたのだ。

向かいのタバコ屋の木は以前は、ここではなかったとか、自分が隠しておいたおもちゃだとか、実にさまざまな細かいことまでも知っていた。

家の人たちは、どんなに驚いたことだろう。

同時に、亡くなった藤蔵が戻ってきたように思い、非常に喜んだという。



・・・・・・・・・・・・

この話には、まだ続きがある。


勝五郎が隣村の藤蔵の生まれ変わりという話は、さらに、どんどん周囲へ広まっていった。


あるとき、大名の池田 定常(いけだ さだつね)がその話を聞きつけ、勝五郎のいる中野村まで訪ねてきた。

Wikiより↓
池田定常

すでに家督を息子へ譲って隠居の身であったとはいえ、大名が農家を訪ねるなんてことは、フツウだったら、まず、ありえない!

池田 定常さん、いったいどんなお殿様だったのか?

因幡国鳥取藩の支藩・若桜藩(わかさはん)の第5代藩主。 
2万石だったか3万国の小藩だったらしいが、この方、なかなかの人物だったらしい。
号は冠山。 ..松平冠山と呼ばれることもあるらしい。


1773年、先代の藩主・池田定得には、お世継ぎがなかったそうだ。
そこで定得は遺言として、旗本の池田政勝の子・定常を養子の後継者と指名していた。
それに従って定常が跡を継ぐこととなったというわけだ。

つまり、甘やかされた2代目でも3代目でもなくって、もともとは家来の子。
おそらく相当優秀な子だったんだろう。
 
だからこそ、藩主が、きっとこの子ならば、我が藩の行く末をたくせるとまで思ったんだろうなあ。


事実、彼は謹厳実直な政治家としても名君だったそうだ。

同時に、教養、文学においては並々ならぬ才能を発揮し、彼の著書、『論語説』『周易管穂』、『武蔵名所考』『浅草寺志』は、現代においてさえ、当時の儒学や古典、地理などを知る上で貴重な史料と高い評価を受けている。

どちらかというと、研究熱心、文筆家、学者肌の人だったと言えるのかもしれない。

そして、この殿様は正室を持たず側室たちの間に8男16女も、子どもがいたという。
(げ! そんなにいたんかよ!)

まあ、この時代の殿様ともなれば、それほど驚くことでもないだろうけど・・。
事実、このうち18人は、成人前に亡くなってしまってるそうだから。

その子供たちの中でも、51歳の時に、最も愛したと伝えられる側室おたえの方との間に生まれた末娘を一番かわいがっていたといわれている。


名前は露子、利発で信仰心が厚く、多くの人に愛されていた姫だったそうだ。

ところが、この露子姫は、文政5年11月27日、疱瘡(ほうそう)のため6歳で亡くなってしまう。

6歳といえば、この当時は数え年なんで実際は5歳のはずだけど・・・この姫、ただの幼児ではなかったような・・確かに、ただものでは無い姫だったようだ。

これは、犬夜叉の露姫だけど↓ 写真がないからね~。
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何よりも観音様を愛し、僧侶と話すことを好み、常に書画を好み読み、つーか、すでに天才児の片りんさえみえる。
さらに、天性のものとして、道理をわきまえ道を知り、慈愛に満ちていた、という話もまんざら嘘でも無さそうなのだ。


露姫が亡くなったあと、彼女が書き残した、手紙や和歌がみつかった。
ついでだから、下記に4点を紹介しよう。


●これは、56歳だった父親へ↓
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「於(お)いと(老い年、または お愛(いと)しい)たから(だから)こしゆ(御酒)あるな(上がるな)つゆが於ねかい(お願い)申ます めてたくかしく おとうさま まつたいら つゆ」

定常は酒豪だったらしく、もしも自分が飲み過ぎそうならばストップをかけてくれ!と家来たちに頼んでいたらしいが、誰も、殿様にはばかってストップをかけるものがいなかったそうだ。

そこで、いつも、唯一露姫だけが、いつも気にかけてストップをかけてあげたのだそうだ。

定常は、露姫亡き後、『思ひ出草』という随筆の中で、このように記している。
酒は露児が戒しにより今は唇をも濡さず(酒は露姫に戒められたので一滴も飲まなくなった)

●こちらは、母上のたえ様にあてたもの
   ↓
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「まてしはし なきよのなかの いとまこい むとせのゆめの なこりおしさに おたえさま つゆ」
(待てしばし 亡き世の中の 暇乞い 六歳の夢の 名残惜しさに)


むとせのゆめ(六歳の夢)って、さらっと出てくるとこがすごい。。。辞世の句かよ?


●こっちは、育ててくれた二人の侍女(乳母?)のたつときに充てた手紙
   ↓
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「ゑん(縁)ありて たつとき われにつかわれし いくとしへても わすれたもふな  六つ とき たつさま つゆ」
(この世で縁があって、たつもときもわたしに仕えてくれました。 わたしが死んでいく年たってもどうか忘れないでください。
わたしも忘れはしません。)


「たつ」と「とき」という二人の名前を、「立つ」と「時」にかけてる。。。


●こちらは、兄へあてた、3首だそうだ(絵がついてる)
    ↓
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蝶の絵の下 :「おのかみの すへおしら(ず)に もうこてふ」(己が身の 末を知らずに 舞う小蝶)
桜の絵の下: 「つゆほとの はなのさかりや ちこさくら」(露ほどの 花の盛りや 稚児桜)
雨の絵の下: 「あめつちの おんはわすれし ちちとはは 六つ つゆ」(雨土の 恩は忘れじ 父と母)



うーー、いずれも、すでに自分が死ぬことを悟って残した歌のような・・・。

しかも、散っていく桜の切なさ、哀感の中にも、残していく人々たちへの愛と優しさに満ちあふれた歌だ。

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それにしても、現在の年齢で言えば・・わずか5歳児が書いたものだよ。
そりゃあ、この当時、人生50年と言われた当時の5歳児は、現代と比べものにはならないだろうけどね~。

掛詞を見事に使いこなす5歳児だしなあ・・・これって下手な百人一首の歌よりも、数倍いいような(笑)



こんな末娘の姫ならば、殿様が一番かわいがるのもよくわかる。

年老いてから出来た孫娘のような姫、お父様が大好きで、誰よりも賢くて誰に対しても優しい姫、だったんだから。

ところが、よく出来た子に限って早世するのは世の習いか。
露姫は6歳で疱瘡でなくなってしまう。 現在の天然痘だ。

どんなに嘆き悲しんだことだろう。。。

そこへ、藤蔵という子も6歳で疱瘡でなくなり、そして勝五郎として生まれ変わったという噂が流れてくる。

その噂を聞いた殿様が、
どうしても、直接会って話を聞きたいという思うようになったとしても、それは当然の流れだったかもしれない。

愛する露姫もまた生まれ変わってくるのだろうか?
今、露姫はあの世とやらで、心穏やかに過ごしているのだろうか?




そこで、前代未聞、殿様が田舎の百姓家に赴くことになるのだ。

実際、話をしたのは、勝五郎とおばあさん。
お父さんは、殿様を前にしてカチカチになってしまい、話も出来なかったという。

そりゃそうだろう・・・それにしても、勝五郎のおばあさん、なかなかの大人物だったんだね~(笑)


そこで聞いた話を、池田定常は『勝五郎再生前生話(かつごろうさいせいぜんしょうばなし)』として、まとめあげた。

それを多くの人々が読み、勝五郎の生まれ変わりのことは、江戸中の評判にまでなっていったそうだ。


さて、話は、まだ終わらない。


勝五郎の生まれ変わりの話が評判になるにつれて、勝五郎と父親は、江戸に呼ばれ、中野村の領主 多門伝八郎(おかどでんぱちろう)に、話を聞かれることになる。 

まあ、いちおう、調書でもとって記録には留めておこう!ってことだったんだろう。


このとき、さらに、学者の平田篤胤(ひらたあつたねが、この話に興味を持って、さらに二人から詳しい話を聞いた。

そして、勝五郎から聞いた話を『勝五郎再生記聞(かつごろうさいせいきぶん)』という書物にまとめあげた。

Wikiより
平田篤胤

この人もまた、知名度の高い学者さん。
江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者であり、復古神道(古道学)の大成者。
大国隆正によって荷田春満、賀茂真淵、本居宣長とともに国学四大人(うし)の中の一人として位置付けられている。

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篤胤さんは、この本を都(京都)へ持参して、天皇にまで見せることになったそうなのだ。
今度は江戸だけじゃなく、ついに、都の人たちにも知られることになってしまった。


さて、この話はまだまだ終わらない。


ラフカディオ・ハーンという人をご存じだろうか?
日本名は、小泉八雲という名前で、怪談、雪女だとか耳なし芳一で有名な人だよね。

Wikiより↓
小泉八雲

小泉八雲(1850―1904)は、明治23年(1890)4月、40歳の時にアメリカから来日して、日本の文化、伝承・昔話などにひどく興味を持って文筆活動をした人で、もともとは、ギリシャ生まれの新聞記者。
日本に住んで、日本人の妻からさまざまな地方の伝承を聞きながら、それを本にしていったそうだ。



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明治30年9月、八雲はアメリカとイギリスで随想集『仏の畠の落穂』を刊行、この中の一編として「勝五郎の転生(Rebirth of Katsugoro)」を執筆した。

仏の畠の落穂という作品は、創作ではなくて、八雲自身が興味を持った事項を資料に基づいて紹介したもので、「勝五郎の転生」ほか11編が収められているそうだ。

この本は、1897年(明治30年(1897年)ロンドンとボストンで発表された。 
もちろん、英語で。


ただし、彼は、あくまでも作家としての目で、日本古来の伝承や文化や宗教観などに焦点を当てているので、事実を検証したり研究材料として・・ということではなかったようだ。


ちなみに、小泉八雲さんの、八雲という名前は島根県の松江市に在住していたことがあり、その、出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」からとったんだとか。 



さて、この話は、まだまだ続くんだよね~。(←いったいいつ終わる?)


バージニア大学医学部は、昔から輪廻転生の研究で知られる、知る人ぞ知る有名なところ。
正確には、ヴァージニア大学医学部精神医学講座というらしい。


イアン・スティーブンソンIan Stevenson)博士が開設したんだとか。


そもそも、スティーブンソン博士が「生まれ変わり」の研究に専心するきっかけの一つとなったのは、
なんと、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)によって英訳された、勝五郎の死、たまたまそれを読んだ博士が興味を持ったのがはじまりだったという。


その後50年にわたり、その学部では、前世の記憶を持つ子どもの事例を世界40カ国以上で精査、2600を越えるデータを保有しているという。

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ちょっと古いんだけど、私のブログ記事で、前世を知る意味の中で、4歳のジェームズ君が前世を知って生まれてきた話を紹介したことがあった。

これは、日本のTV番組でも紹介された話なんだけど、この内容は、この大学のデータの1つとして、今でもちゃんと保存されている。



世界から集められた、生まれ変わりのデータ、もちろん、これは研究目的なので、中には、作り話や記憶違い、妄想などもすべて排除して、これはもう!前世の記憶としか疑いようがないもの、だけをデータとして保管してるそうだ。



スティーブンソン博士は、すでに故人となってしまったが、その後を継いだ多くの研究者によって、輪廻転生の研究はずーーと続けられてきている。


現在では、「生まれ変わり」研究の第一人者と言われているのは、バージニア大学医学博士であり精神科医であるジム・タッカー博士(Jim B. Tucker)

スキンヘッドのおじさん↓
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彼は2008年に「生まれ変わり」の可能性がある事例を見直した記事を、さまざまな医学雑誌に投稿している。

さらに、最初の著作『転生した子どもたち』(LIFE BEFORE LIFE)は、かなり評判になったという。

Life Before Life


こちらは日本語の翻訳本
     ↓
転生した子どもたち―ヴァージニア大学・40年の「前世」研究

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このようにして、

バージニア大学医学部、タッカー教授などの長年の研究とデータを分析によって、今では少しずつ、輪廻転生の研究が進んできているようだ。

●学校へ上がる前の子供のみが覚えている。(7歳くらいまで)
それ以降は忘れてしまう。

●70パーセントの子供が、過去、早世しているか変死、事故なので不幸な死に方をしている

●60パーセントが、前世は男だったという

●90パーセントの子供が前世も同じ性だったという(男は男に、女は女に)

●死んでから生まれるまでの期間は、だいたい16か月

●20パーセントの子供が死んでから生まれるまでの記憶もあるという

●死んだあとは、お腹がすくこともないし辛い思いもない、とっても快適な気分。



そこで、タッカー博士がたてた仮説
    ↓

◆量子物理学では、宇宙や電子、陽子など、もっとも小さな粒子を含む出来事などを最も基本的なレベルで表している
その存在が確認できるのは、目視状態のとき

◆物質界は意識から発生している、その反対はあり得ないことを示唆している。
これについては多く議論されてきたが、量子論の父であるマックス・プランクをはじめ多くの量子物理学者が信じている

◆もし、意識が世界を作り出しているとすれば、世界が実存しているかは関係ないかもしれない
意識の存在は、生きている脳に依存しているわけではない

◆もし、意識を作り出すのが脳でなければ、脳が死んだあとも意識は存在し続ける。
そして新しい脳に定着して、新しい人生を歩むことも可能になる



ふーーむ、どーゆうことか、おわかり頂けたかな?(笑)


彼らは、医者であり脳科学の権威でもあるわけで・・・記憶というものは、脳に宿るもの・・というのが通常の医者の常識。
なのに、その常識を完全に覆す仮説をたててるってことになる。


人の意識こそが物質を作り出す。物質界を担っているのかもしれない・・・てなことを言ってるし、

そして、これは量子物理学の分野までも示唆することを言ってるね~。



事実、すでに量子物理学から死後の世界を研究している教授もいるのだ。

こちらは2013年の記事だけど
     ↓
死後の世界は存在するのか?量子力学的にはありえる(米科学者)



そういえば、

やはり、アメリカの優秀な脳外科医だった人が、まーーたく死後の世界なんて信じてなかったのに、自分で臨死体験をすることになってしまい、生き返ったとき、そのときの自分の脳のレントゲン写真をみて、はじめて、これは・・・

記憶は脳とは関係なかったのかもしれない!

ということに行きついたという話を思い出した。


こちらは、私の古いブログ記事 ⇒ プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうやって、だんだん、輪廻転生、死後の世界なーんてオカルトチックで非科学的、非物質界と烙印を押されていたものが、本格的に研究されるようになってきたってことだね。


脳でなければ、いったい人間の記憶はどこからくるのか?
量子物理学との関係は?



でもまあ、そんなことに、とーーくの昔に気がついてる人だって、それなりにいたはず。
近代化と物質文明の中で、それは封印されていた分野だったに過ぎないのだ。


もちろん、シュタイナーも気がついていた一人だったし、ニコラ・テスラもこんな言葉を残してるくらいだから。
      ↓
「科学が非物理的現象を扱い始めたなら、今までの何世紀に及ぶ研究より革新的な進歩を10年の間で実現するだろう」



・・・・・・・・・・・・・・

さてさて、ようやく勝五郎の話から、終わりが見えてきた(←やっとだよ。)

まとめると、

ときに勝五郎のように、学校に上がる前までの幼児の中には、前世の記憶を持って生まれてくる子がいるってこと。

おそらく、前世で悲惨な死に方をしたり、早死にした場合が多いようで、そういった人に限って、早く生まれ変わり、しかも前世の記憶を持って生まれてくることが多いらしい。


そこには、どういった意味があるんだろう?


もういちどこの世に生まれて、やり残した人生をやり直すため。
その思いが強いほど、前世の記憶を持って生まれてくるんじゃないだろうか?


本来、多くの人間は前世の記憶は消えたままで生まれてくる。

消されていた方が、過去にとらわれず、新たに自分で自分の人生を作っていけるわけだから。


ところが、それなのに・・
その記憶を持って生まれてくるってことは、それだけ、過去を清算するという強い使命で生まれてきたとはいえないだろうか?

しかし、それでも7-8歳くらいまでで、その記憶は消えていく。

おそらく、学校に行き、社会生活をするようになれば、そういった記憶は不要になるのだろう。


それと、もうひとつ、

これは、本人のためだけではなく、周囲の人たちへ対するメッセージでもあるのかも?

つまり、

死後の世界はあるんだよ!
人は生まれ変わるんだよ!


ってことを周囲の人々に教えるために、幼い頃に前世の記憶を持った子供が生まれてくるのかもしれない。



勝五郎の話をもう一度振り返ってみると、

勝五郎の話は、どんどん広がって大きな影響を与えていった。

●まず、藤蔵の両親は、前世を信じざるを得なくなったわけで、その結果、幼くして不幸にも亡くなってしまった息子への後悔の念、辛い思い出も払拭されたんじゃないだろうか?


だって、こうやって生まれ変われるんだ!ってことがわかって、しかも・・・再会できたんだから。



●さらに、あの殿様も!

幼い露姫を失い悲嘆にくれていただろうけど、こうやって、魂は生まれ変われるということを知れば、きっと露姫もどこかで生まれ変わるということが確信できるだろうし、ずーーと重かった心は大いに癒されたはずだ。


●それが、平田篤胤から、時の天皇の耳にまで届き、さらに、小泉八雲から海外へと拡散されていく。


●小泉八雲は世界にも拡散していくことになった。



そうして、ついに本格的に研究チームもできた。


これは、まさに・・・多くの人に、

死後の世界はあるんだよ!
死んでもまた、生まれ変わるんだよ!
世界は物質世界だけじゃないんだよ!


ということを、多くの人々に知らせるためのメッセージではないだろうか?


なんだか、そこには、まるで必然の力が働いたように思えてしまう。


だって・・

世界は物質界だけじゃないこと、
魂の存在を知っていること


これを知ってると知らないでは、大きな違いがある。


死んだら終わりだと思っているからこそ、今にしがみつき物質文化しか信じようとしない。

だからこそ、生きてるうちに楽しく暮らさなきゃと思うだろうし、そうなると、物質世界へどんどん傾倒していく。

また、死は怖いものだと思う。



だからこそ、不老長寿の薬だとか若返りの薬だとかを研究してきた歴史もあるわけだしね~。


しかし、もしも多くの人が、魂というものを信じ、あの世を信じて生まれ変わりも信ずるならば、

必ず、物質至上主義の無意味さがみえてくることだろう。
なんのために、肉体を持ってこの世へ生まれたのか?
何のために、人は生きるのかを考えざるをえなくなるだろう。

肉の幸福ではない、魂の幸福とは? を考えざるをえなくなるだろう。


・・・・・・・・・・・・

チベットでは、ダライラマは世襲制ではない。

生まれ変わりで決められるのだ!
    ↓
ダライ・ラマは血筋ではなく‘生まれ変わり‘で決まる

まず、僧たちによって、ダライ・ラマが生まれる地方やいくつかの特徴が予言される。
実際にその場所に行き子供を探し、誕生時の特徴や幼少時のくせなどを元に、その予言に合致する子供を候補者として選ぶ。

かなり厳しい審査があり、選ばれた子供は、さらに教育をされて次のダライラマになるのだという。

そういえば、こんな事件もあったなあ。
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中国がチベットに圧力をかけて、ダライラマは中国政府が決めるってことで強硬手段にでたらしい。
さすが、物質至上主義の中国政府!




そうゆう、私も・・

以前の私は、チベットって、いまだに非現実的なことをうやってるヘンな国だなあ、思ってた。

だけど、今では、これこそ・・一番公平な、最高な後継者選びなのかもしれないと思うようになった。

だって、どこぞの王族のようにアホな息子を後継者にすることもなければ、民主主義を偽って不正選挙で当選させることもないわけだしね~。


ちなみに、チベット仏教、イコール、仏教と思ってる人も多いようだけど、それはまったく別物。

仏教には、そもそも、勝五郎のような輪廻転生といった考え方は存在しないようだ。
(正確にいえば、そこの部分は釈迦も突っ込んで説いていない)

それは、宗教というよりも、むしろスピリチュアル分野の考え方だ。



チベット仏教は、むしろスピリチュアルであって、ひょっとしたら、一番公平なリーダー選びかもしれない・・と思うようになった。

だって、出自は関係なく、たとえ勝五郎のような農民の子でも、 認定されれば教育を受けさせてもらって、ダライラマになれるのだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、輪廻転生、あの世を信じるか? 魂の存在を信じるか?

それは、人それぞれだろう。


でも、私自身は信じている。

なぜなら、その方が、ずっと、世の中に疑問を感じずに生きやすくなったから。
だから、そっちが、私にとっては正解!だと思うのだ。

私の尺度は、いつもそこにある。
私が幸せを感じるものが本物だし、それこそが真実だと思ってる(笑)



同時に、輪廻転生の研究を楽しみにしている。

近い将来、

量子物理学から。
そして脳医学からも導き出せるかもしれない。


そのとき、霊の存在も同時に明らかになるだろう。
この世とあの世のしくみも。

真の科学がスピリチュアルと結びついたときこそ、きっと世の中も、がらっと変わるはずだから。
そこから、新しくはじまるような気がする~♪


・・・・・・・・・・・・・・・

下記に故・丹波哲郎さんのビデオを発見したので、貼り付けておきます。
まさに、勝五郎の話だった。。。丹波さん、すごい!

丹波哲郎の大霊界3 死んだら生まれ変わる
    ↓


参考:
勝五郎の生まれ変わり物語

露姫の遺書4通を発見 鹿野・雲龍寺(日本海新聞2008-02-08)

満5歳の遺書 神童 露姫より


PSYCHIATRY AND NEUROBEHAVIORAL SCIENCES Division of Perceptual Studies

Children with Life-between-Life Memories



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日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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