コウゾーさんとキューバ

「コウゾーさんが、とうとうキューバへ引っ越すらしいよ。」
と、ホセが言った。

コウゾーさんというのは、ホセの昔からの知り合いで、スシ・シェフをしている人だ。
いわゆる、日本で言うところの寿司職人。

「よかったね。コウゾーさん! とうとうキューバで仕事、みつけたんだね?」

「うん、あっちのスシバーで、仕事をみつけたんだってさ。」

スシバーというのは、アメリカでは寿司屋のことだ。

「そりゃあ、彼にとっては天職だろうからね(笑)」

アメリカのスシバーとスシ・シェフいうのは、日本とはちょっと違う。 いや、かなり・・違うのかも。

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もちろん、スシ・シェフになるには、寿司が握れなくてはならないのは同じだけど、エンターテイメント性も求められる職業だからだ。

日本だと、職人気質の寿司屋のオヤジが、黙々と寿司を握ってる姿なんかがあるけど、こっちでは、どんなに美味しくてもそれでは商売にならない。

美味しいスシ、プラス、いかに客を楽しませるか、といったエンターテイメント性が必須なのだ。

コウゾーさんは、それがとっても上手な人だ。

もう、何年か前になるけど、私もコウゾーさんがスシを握ってるというスシバーに、ホセと一緒に行ったことがある。

そこでの、コウゾーさんは輝いていた(笑)

常連客らしい人たちが、コウゾーさんを取り囲んで、みんなが盛り上がっている。

そのうち、コウゾーさんは、客のおばちゃんの手をとって、サルサのステップを踏んだりする。

Salsa dance
もちろん、二人とも、どっか見てもこんなカップルじゃなかったけど・・二人とも気分だけは、まさにこんなカンジだった。(笑)

周りの客たちも、ひゅう、ひゅうと口笛鳴らしたり、大はしゃぎだった。


コウゾーさんという人、見た目は、どっからみても・・日本人の中年のおっさん。
どっから見ても、イケメンとはほど遠い(←失礼ながら)

ホセから聞いた話では、もともとは、ダンサー志望でアメリカに渡ってきた人だったけど、それを断念してスシ・シェフになった人だとか。

だからダンスはめちゃめちゃうまい。

おまけにラテン好き。 

とくに、キューバが大好きで、お金を貯めるとすぐにキューバに遊びに行くそうだ。

アメリカからキューバへは、国交断絶していたこともあって、今までは渡航は大変だったらしいが、それでも、わざわざ第3国を経由して頻繁にキューバへ行ってたらしい。

「なんで、それほどキューバが好きなの?」

と、ホセに聞いたことがある。

「えーとね、正確に言うと・・キューバが好きなんじゃなくって、キューバのおねえちゃんたちが好きみたいなんだ。」

はああ・・なーるほど。

女好きなのか~(笑) それも、キューバの女たちが!(笑)

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「あいつは、キューバ女を追いかけるのが唯一の趣味みたいなものでさ、まあ、独り者だし、いいんだけどね」

「見かけは、どうみたって日本人のおっさんなのに、ラテンの血が入ってるみたいだね。」

「前世は、ラテン系かも(笑)」



・・・・・・・・・・・・・・・

キューバという国。

キューバは社会主義国だし、フィデル・カストロが中心となった、1959年のキューバ革命は有名だ。
そのあと、ずーーと、カストロ政権が続いてたわけで、カストロについても、私は漠然と権力に執着した独裁者ってイメージを持っていた。

毛沢東や金日成やかつての、ソビエトのスターリン同様に。

たしかに、キューバからアメリカへ、自由を求めて亡命する人は多いと聞く。
まあ、近いってこともあるんだろうけど・・フロリダまでは、わずか107キロだとか。

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私は以前、NY州に居たころ、キューバから亡命してきたばっかりの人が、こんなことを言っていたのを思い出した。

「キューバには言論の自由さえないんだ。カストロを批判すれば捕まるし、インターネットさえ自由に見られない国なんだ。
アメリカはいいよ! すべて自由なんだから。」


なんて国だ~!・・と、そのとき、私は思った。

その後、アンディ・ガルシアの映画、For Love or countryをみたりするうちに、ますます、キューバって嫌な国だと思ったものだ。

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これは、キューバ人の天才トランぺッターと言われた、アルトゥーロ・サンドヴァル(Arturo Sandoval)が、アメリカへ亡命する実話をもとにした物語だった。

好きな音楽を自由に演奏したい!という思いから、自由の国アメリカへ亡命する話だ。


カストロも、はじめはキューバの国を憂い命をかけて革命を起こしたものの、やっぱり天下をとれば独裁者か~、と、私は、漠然と思っていた。

ところが、カストロは自分の肖像画や銅像を一切作らせなかったという。

独裁者といえば、なぜか銅像を作りたがるからね(笑)

じゃーん!

某国の銅像↓
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そして、カストロ兄弟(フィデロとラウル、今はラウルが後継者となってるけど。)は、一般人と変わらないような住宅で、しかも、車も高級車とは言えず、ましてや某国のように、黒塗りのベンツが走ってきたら、人々は立ち止まって最敬礼をするなーんて、こともなかったという。

あれれ? 

カストロって他国の独裁者たちとは、ちょっと違うのかも・・と、私は、そのとき、はじめて思ったのだ。

そこで、カストロのキューバ革命を調べてみることにしたのだ。

なぜ、彼らが革命を起こしたのか? その経緯を!

1959年、カストロがキューバ革命を成功させる以前、
キューバの土地は2/3以上が外国資産だった。そして、そのほとんどが、アメリカ合衆国の資本。
つまり、土地、電話、電力、鉄道すべての利権がアメリカ資本の手に渡っていた。

当時の政府はバティスタ政権、キューバの大統領は、フルヘンシオ・バティスタ大統領で、親米政権を樹立し独裁を敷いていた。

親米政権とは・・別の言い方をすれば・・アメリカの傀儡政権ともいえる。
キューバ政府の要人は、独裁者バティスタ将軍を筆頭に米国にゴマをする者ばかり。 首都バハマはアメリカンマフィアに牛耳られ、巨額の黒い金が支配層間で動いていたような政権だったから。


裕福なのはアメリカの企業とアメリカのマフィア、それとバティスタ政権の役人たち、かたや国民はひどく貧しい。 
働いても働いても搾取されるだけだし、金が無い彼らは、過労のため、ひどい病気になれば死を待つばかりだった。

もっとも、そんな国はキューバだけじゃなかったけどね。
当時のラテンアメリカは、ほとんどが同様な有様だった。


そこで、バティスタ政権に反旗を翻したのが、カストロを中心とした革命家だ。

こちらがフィデル・カストロ(Fidel Alejandro Castro Ruz)
    ↓
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当然、政府軍+アメリカは、反政府分子のカストロたちを抹殺するために軍隊を送り込むことになる。

多勢に無勢では勝ち目はなく、カストロは命からがらにメキシコに逃げたのだが、そこで、カストロは、チェ・ゲバラと出会うことになる。


チェ・ゲバラ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna)
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カストロはキューバ人だけど、ゲバラはアルゼンチン人であって、キューバ人ではない。

しかし、ゲバラは祖国アルゼンチンを後にして、ラテンアメリカの国々をオンボロバイクで旅をしているうちに、多くの貧困にあえぐ人々や医者にもかかれず死んでいく人たちを見ていたという。

彼にとってはもう、アルゼンチンもキューバも関係なかったんだろう。

カストロとゲバラ、この二人は意気投合し、ゲバラは、キューバ国民のために再度立ち上がろうとしているカストロに手を貸すことになる。 

(カストロ+ゲバラ)の革命軍 Vs. バチスタ政府軍+アメリカ(CIA)

そこで二人は、同じ境遇の追放キューバ人たちを統合して、ボートに乗り込みメキシコからキューバへ向かう。

そのときの革命軍の人数は、82人だったという。

しかし、上陸のとき、待ち受けていたのは大量のバチスタ政府軍。

命からがら山に逃げ込んで助かったのは、わずか12人だったという。(一説によると、17人とも。)

大半の武器も食料も失い、茫然とするゲバラに、カストロが言う。

「俺たちは12人も生き残った。これでバティスタ野郎の命運は尽きたも同然だ!」

これは有名な言葉らしい(笑)

絶望的な状況で気がふれてしまったとしか思えない言葉・・・だけど、これが現実になっていく。

次第に農民たちが彼らに協力し、同士がどんどん増えていったのだ。

おそらく、その理由は、

●日ごろから農民は支配層に抑圧されていたこと

それに加えて、

●革命軍は農村で食料や物資を調達する際、必ず農民に代金を支払ったこと。
一方、政府軍は代金を払わず略奪してたそうだから。

●ゲバラは戦闘が終わると自軍だけでなく、負傷した敵兵にまで必ず治療を施した。

注: ゲバラは、アルゼンチンの裕福な生まれで医者だった。



これによって、革命軍は農民たちの心をしっかりと掴んでいく。

農民だけでなく、政府軍の中にも革命軍に加わった人々もいたという。


彼らは、そうやって革命の同志を増やしつつ、政府軍の意表をつく様々な作戦を立案し、最少の人数で最大の戦果をあげ続けたという。

一方、カストロは情報戦にも長けていたようで、積極的に内外のジャーナリストに取材をさせたことにより、
バティスタ政権が隠蔽しようとしていた事実や革命軍の連戦連勝ぶりは民衆に伝えらることになり、ますます支持を得ていったという。

上陸から2年後、サンタクララがバティスタ軍との最終決戦の地となった。(有名なサンタクララの戦い

◆ゲバラは7倍の敵に対し、兵力の少なさを悟られぬよう複数の地点から攻撃を開始。

◆また敵の退路を絶つ為に軍用列車を破壊した。

◆パニックに陥った政府軍は雪崩をうって投降し始める。
「ゲバラは捕虜を殺さない」という噂がこの投降を加速させたのだという。


サンタクララ陥落の報を聞いたバティスタは、すぐに、独裁者のラファエル・トルヒーヨ率いるドミニカ共和国へ亡命。

そして、1959年1月2日、民衆の大歓声に迎えられ革命軍はついに首都ハバナへ入城した。

ここに新政権が樹立。
このとき、カストロは若干31歳、ゲバラは30歳という若さだった。

新生カストロ政権がまずやったことは、

●国民全員が文字を読めるように教育を無償化し、政府軍が使っていた全ての兵舎を学校に変える。

●医療の無料化

●それまで大地主が独占していた土地を国有化、米国資本が牛耳っていた企業の国営化



このとき、多くの富裕層たちは、アメリカのフロリダへ逃げ出したという。

同時に、ここで経済的に大打撃を受けたのが隣国のアメリカ

キューバ全土の土地や電力、鉄道などの巨大な利権とハバナ歓楽街のブラックマーケットまでも牛耳ってたそうだから。
もちろん、そこには大国アメリカのプライドもあっただろう。

そこでアメリカは、革命政府をつぶそうと、CIAを暗躍させ、爆弾テロ、米軍傭兵部隊の上陸作戦など様々な方法でやっきになる。

軍事侵攻だけじゃない。

1961年1月国交断絶、4月全面的貿易封鎖、秘密裡にカストロを暗殺すべく何度もCIAを送り込んでいる。(←発覚しちゃってるけど。)


しかし、経済封鎖はもっともキツかったはず。

キューバは、日本よりも小さな島国だ。
当時の産業といえば、砂糖と葉巻くらいしかなかったキューバで、それを輸出しなければ石油を輸入することさえできない。

それどころか、アメリカ政府はキューバに経済及び軍事援助を行った国に対する制裁を規定する法案を可決した。

そこまでやるか!と思うけど・・力あるものは、どこまででもやっちゃうんだよね!

アメリカが世界的な権力を握っていた時代だからね・・ほとんどの小国は、強いものには巻かれるしかなかっただろう。


新生キューバの生き残る道は、もう、当時のソビエトを頼りに社会主義陣営に加わるしかなかった。

1962年 ソビエトとアメリカの冷戦時代、キューバ危機は有名な出来事だ。

しかし、1991年のソ連崩壊によって支援物資は途絶え、キューバ経済は、ここで未曽有の危機に見舞われることになったが、そこで大改革を行い、なんとか生き延びてきている。

小さな貧しい国が、経済封鎖されて半世紀あまりを、よくもまあ、生き延びてこられたと思う。



ここで話がちょっと前後するけど、チェ・ゲバラは、新生キューバの工業大臣に任命された後、「勤勉さがキューバを救う」をスローガンに、自ら進んで人々の中に飛び込んでいった。工場ラインで働き、サトウキビの収穫期には農園で汗を流した。

しかし、キューバには原材料がなければ他国に高値で売る技術力すらない。
働いても働いても、なかなか利益は出なかったことだろう。

そして、ゲバラはキューバを出ることを決心する。

一つでも多くの国が、アメリカに搾取されない国家となるために。
彼は他国に渡り、再びゲリラ戦争に身を投じた。

これが、そのとき、フィデロ・カストロにあてた別れの手紙
   ↓

フィデル、僕は今この瞬間多くのことを思い出している。初めて君と出会った時のこと、革命戦争に誘われたこと、準備期間のあの緊張の日々のすべてを。
死んだ時は誰に連絡するかと聞かれた時、死の現実性を突きつけられ慄然とした。
後に、それは真実だと知った。真の革命であれば、勝利か死しかないのだ。

僕はキューバ革命で僕に課せられた義務の一部は果たしたと思う。だから僕は君に、同志に、そして、君の国民達に別れを告げる。
僕は党指導部での地位を正式に放棄する。大臣の地位も、司令官の地位も、キューバの市民権も。

今、世界の他の国々が、僕のささやかな助力を求めている。君はキューバの責任者だから出来ないが、僕には出来る。別れの時が来たのだ。
もし僕が異国の空の下で死を迎えても、最後の想いはキューバ人民に向うだろう、とりわけ君に。
僕は新しい戦場に、君が教えてくれた信念、人々の革命精神を携えてゆこう。
帝国主義があるところならどこでも戦うためにだ。永遠の勝利まで。革命か、死か



1967年10月8日、ボリビア山中でCIAのゲバラ追跡部隊に指揮されたボリビア軍に捕らえられ、その翌日射殺された。

こちらのYoutubeの動画が、ゲバラの人生について、とってもわかりやすい。
      ↓
チェ・ゲバラ、世界を変えた男



チェ・ゲバラは、アルゼンチンの裕福な家庭に生まれて医者になったし、フィデロ・カストロもまた、裕福な家庭の生まれで弁護士だった。 若いときから貧困者のために活動をしていたという。

そんな何不自由もない二人が、革命に身を投じていくわけで、常人の親からみれば、とーんでもない親不孝息子たちだろう。

事実、カストロは、革命後両親によって勘当されたとか・・ま、そりゃそうだろう。
カストロの両親は、まぎれもない富裕層だったわけだから(笑)

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カストロが築いた社会主義政策は、成功か失敗か、と言われれば・・そりゃ、失敗だろう。
いまだに、人々は相変わらず貧しいんだから。

だけど、キューバ大好きなコウゾーさんは言う。(←あ、キューバの女性大好きなコウゾーさんだった。)

「みんな貧しいけど、陽気な人たちだよ。 町中でダンスを踊りだすし、人懐っこいし・・・。
それに、俺、何度も行ってるけど、ホームレスは、まだ一度も見たことがないよ。 ロサンゼルスには、いっぱいいるのにさあ。
ま、暖かいってこともあるんだろうけど、みんな、食えないほどビンボーじゃないんだよなあ。

それに、いざとなれば病院もタダだし、とくに妊婦と乳幼児は、とっても保護されてるせいで子供の死亡率が非常に少ないって聞くよ。

そうそう、それにね、俺のガールフレンドの子が言うには、学校もタダだし、学校には、日本のような「イジメ」ってのがないそうだよ。
勉強ができない子には、できる子が教えてあげる義務があるそうでね。」



そこで私は、多くの国民がカストロ政権について、どう思ってるのか聞きたくなって、コウゾーさんに尋ねてみたのだが・・。

「カストロ政権? あ、そうだよなあ、キューバってカストロさんが革命を起こして作ったんだったよな。
えーと・・・さあ、そんな話をみんなとしたことないからわかんないけど・・。」


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う!聞く相手を間違ったかも。

コウゾーさんは、きっと、キレイなお姉ちゃんとばっかり、会話をしてるんだろう。 それも・・色っぽい会話ってやつを(笑)

「あ、そういえば・・インターネットが自由に閲覧できないし検閲もあるしで、若者はアメリカに憧れて、亡命したがる人も多いんだけど、
亡命しても、キューバの家族なんかに仕送りしてたり、そのうち、また、キューバに戻ってこようと考えてる人も多いようだから、
それほど、命がけで、切羽詰まった亡命ってことじゃ、ないみたいなんだよ。
ただ、もっと自由を求めて、出稼ぎに感覚に近いような気がするんだ。」


ええ? 出稼ぎ感覚で亡命しちゃう国なんかよ??

そういえば・・アメリカはキューバ政権をぶっつぶすために、ありとあらゆる手を使ったという話を聞いたことがある。

そのひとつに、キューバからの亡命者をどんどん受け入れて、アメリカの自由を満喫させ金儲けさせて、反キューバ主義者を多く作るのが目的で、内側から崩そうとしたんだとか。

ところが、キューバ人たちは、せっせと金儲けして、

祖国の家族たちにお金を送る ⇒ アメリカドルがキューバに流入する

それによって、キューバ全体が、危機的状況のときも破綻されずに救う結果となった
・・なんて説もある。

ほんとかどうかは知らないけどね(笑)


そもそも、キューバの歴史は、革命、戦いの連続だった。
キューバの歴史

スペイン人によってラテンの国々が発見されて以来、当時の先住民は斬殺されるか、過酷な強制労働と疫病で、死に絶えてしまったという。
その後、アフリカからの黒人奴隷が強制労働に連れてこられ、黒人、白人、ハーフで作られた国だ。

スペインに400年間も支配され続け、ようやくアメリカのバックアップで、独立を勝ち取ったと思ったら、今度は、アメリカの支配下に置かれただけだった。

これじゃあ、待遇は奴隷と変わらない。

ようやく、本当の独立を勝ち取ったのが、カストロとゲバラの革命軍がはじめTのことだ。

こういった歴史の中からも、彼らは十分に、どこの国の大国だって、決して善意だけで手を差し伸べてくれることがないことは、よくわかっているだろう。

それには、貧しい小国を完全に自立した国にするしかないし、そのためには上手に外交を行っていかなければならない。

ましてや、彼らは、強大国、アメリカを敵に回してしまったんだから。



敗戦後、日本はアメリカに寄り添うことで生き延びてきた。

それとはマ逆な方法をとった国がキューバだ。


日本が生き延びるためには、それこそが最上の策だったと、良識人たちは言う。

たしかに、日本はキューバとは比べものにならないほど豊かな国になった。



それに比べて、キューバは相変わらず貧しいし、医者が非常に多い国でありながら、その給料も一般の職業とほとんど変わらないという。
当然、それを不満に思う人だって多いだろう。

しかし、

ホームレスがほとんどいない国。
自殺者も少ない。
イジメもない。
競争社会もない。
ビンボーながらも、食べる心配はない国だという。


そう、考えると・・どっちがよかったのかは、まだ答えは出てないような気がするのだ。


あるキューバ人は、こんなことを言っている。

「カストロの社会主義政策は失敗だろう、相変わらず、キューバは貧乏国だから。
だけど、あいつらは、ワシたちに、アメリカに屈せず、毅然と戦うことを教えてくれた。 
人としての誇りを教えてくれたんだ!



スペイン人が移住して以来、キューバは戦いの連続だ。

常に国民は支配され続けてきた。

そこで、奴隷のような生き方でも耐えて生き続けるか?
殺されようとしても、戦わずに殺される方を選ぶか?
自分の名誉と尊厳のために命がけで戦うのか、または、人々のために戦うのか?


それは、個々の選択するところだ。



ある日本のサイトで、もしも日本で徴兵制度が復活したら? 敵が攻めてきたら? というのがあって、それを読んだところ、

「とんでもない。戦争は悪だ!
だから、僕は戦わず、さっさと他国へ逃げる。」 
って答えが結構多かった(笑)

人が第一に考えるのは保身だし、怖いから逃げるのは自然なことだろう。

だけど、戦争が悪だから!を理由にするのは、ただの正当化に過ぎない気がする(笑)


カストロやゲバラがやったことは、革命家であり、戦争家でもあったんだけど・・・それでも、彼らは貧しい人たちのために戦ったことは、間違いないと思うのだ。

彼らは、もともとは富裕層なんだから、戦う必要なんて個人的には、まったくなかったわけだから。


歴史上には、他にもそうやって、革命を起こした英雄と呼ばれる人たちは多くいるけど、その多くは、まさにヒーローのような働きをするものの、なぜか権力を手中にすると、傲慢な独裁者となって民衆を抑圧し、保身に走ることが少なくない。

少なくとも、彼らは、権力を手にしたあとも、その姿勢は崩してない。

あくまでも革命家であって、テロリストでも犯罪者でもなかったということだ。(負ければ犯罪者として処刑されるけどね~)



今でも貧しい国キューバ、今後はどうなっていくんだろう?

2015年には、オバマと会談し、半世紀ぶりに、国交回復の兆しがあるようだけど・・・少なくとも、ここまで貫いてきたものを捨てて、アメリカのようには、なって欲しくないような気がする。

そうなれば、今よりは経済的には豊かにはなるのだろうけど・・失われていくものも多いだろうから。



ところで、今、キューバの有機農法が、世界中から注目されているようだ。

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ソビエト崩壊を機に、国中を有機農業に転換したキューバのエコロジカルムーブメントに始まったんだとか。

うーっむ

アメリカ、モンサント社の、遺伝子組み換えだとか、ラウンドアップなんて農薬が世界に広まって、それがだんだん社会問題になっている昨今、これが出来たのは、反アメリカを貫き通したキューバならではのことだろう。


私個人的には、やっぱり、キューバ路線は根本的には変わって欲しくないと思う。
決して大国の属国にはならない!という信念を!


今は貧しくても、そのうち、西側諸国で化学物質で汚染だらけになった食物の代わりに、大量にキューバから食物を輸入する国々が現れるかもしれない。
そのとき、アメリカは崩壊してしまい、食べ物は汚染させたものしか残ってない状況がくるかもしれない。


先なんかわからないんだから(笑)

・・・・・・・・・・・

コウゾーさんのことを、また思ってみる。

スシシェフとして人々を楽しませるのが好き、キューバ女が大好きで、キューバに移住しようとさえ思ちゃう人。

女を追いかけるのが生きがい!だとか・・(笑)

どっからみても、日本人顔でやせ形の小男の中年なんだけど・・・それでも、いつも恋してる。
(ダンスが上手で口説き上手なんで、キューバン・ビューティーには、なかなかモテるらしいのだ。)

ダンスが大好き。

楽しいことが大好き。

貯金はゼロ。


やっぱり、彼は、キューバ人の熱い血が流れているのかも・・・(笑)

「コウゾーさんが、うらやましいなあ!」

と、ホセが言う。

私も・・そう思う(笑)



参考:
50年間、支配者であり続けている男 ―知られざる元首フィデル・カストロ

フィデル・カストロ

チェ・ゲバラの生涯

1950年代のマフィア組織

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