肉食から狂牛病、そして自然の摂理へと

前回の記事、犬食文化をアップしてから、色々と考えてしまった。

●犬食文化・・って、文化とは呼べないだろう。
それは、文化ではなく、ただの犬食習慣ではないだろうか? ところで、文化とは何だ? 


とか・・(笑)

●犬食どころか、そもそもすべての肉食に問題があるのかも?

とか

●それは世界中が問題 → 人類の危機?

最終的に、そこまで行ってしまった(笑)


なぜかというと、月日神示を思い出したから。

日月神示とは、岡本天明氏が自動書記で書いたという神からのお告げの書

日本の予言書:日月神示(前編)

日本の予言書:日月神示(後編)


四ツ足を食ってはならん。共食いとなるぞ。
草木から動物生まれると申してあろう。臣民の食べ物は、五穀野菜の類であるぞ。
『碧玉之巻』第八帖



共食い?

まず、この言葉に、ちょっとびっくりした。

「共食い」とは、学術的にはカニバリズムと呼ばれるもので、同種のものを食べてしまうことだ。

自然界では共食いするヤツもいる・・たとえば、カマキリなど。

img_0_m.jpeg
http://blogs.yahoo.co.jp/thanks_roma/47966117.html

しかし、本来、多くの哺乳類は同種の動物は食べない、それが自然界のしくみだ。

もしも本来、食べない種族が食べてしまった場合は、なんらかの異常事態(たぶん・・病気など)を引き起こしてし死に至る。
または、種の絶滅へと繋がってしまうのかもしれない。

多くの動物たちは本能的にそれを知っているのだろう。 だから食べない。




たとえば、牛の群れを想像してみる。

餌となる草がまったくなくなって、飢えで生きるか死ぬかの状態に陥った群れがあったとする。
しかし、そこで、彼らはお互いを殺し合って食べてしまうだろうか?

たぶん、やせ細ってブヒブヒ言いながらも、みんなで餓死していくと思う。(←モウモウだろう?)

それどことか、牛にも相手を思いやる心があるのんじゃないか?とも言われている。

これは去年、牛の群れのうち一匹が交通事故で死んでししまったとき、仲間が戻ってきて必死に引き離そうとしても牛たちは離れなかったそうだ
    ↓
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何があっても、共食いはしない。
群れで生きる以上、仲間を思いやる

それが、自然の摂理というものかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、それを意図的に狂わせてしまった奴らがいる!

それは人間だ!

人は自然界の摂理にそむいて、牛たちに共食いを強要しちゃったのだ。

ウシは元来草食性動物で、肉は食べない。
そのウシに肉骨紛というものを作り出して与え続けた。 それも同種の牛の肉だ!

1920年にアメリカの会社が開発した「肉骨紛」は、ウシから人間が食べるところを取り除いた部分の肉や内臓、骨などを乾燥させ細かく砕いたもの。(正確に言うと・・牛だけでなく他の動物の肉も入っているらしい。)



なぜ、そんなことをしちゃったのか?

●第一の理由は牛たちの成長促進。
自分とまったく同じ成分の餌を与えられたウシは、ぐんぐんと飛躍的に成長する。

●第二にリサイクル。
今までは、捨て場に困っていた牛のくず肉や骨を再利用できてリサイクルが出来ちゃうというわけだ。
(くず肉や骨は・・何も利用されずに捨てられてたってことにも驚きだが・・。)


動物性飼料の肉骨紛は、従来の他の飼料と違ってとっても安価で、しかも、それを食べさせれば牛はぐんぐん成長して、すぐに肉として出荷できる。

つまり・・素晴らしい経済効率を生み出すってことだ。 

これで、牛肉を安く大量生産させることができる! 素晴らしい!

って、ことになったのだ・・・。

いや~、しかし、これって・・

実に身勝手な人間のエゴでしかないよなあ。


どうせ牛は家畜だし食料になるために生まれてきたんだし~、それでいいんだ!と思い込んでしまうところが怖い。

しかも、多くの一般消費者は、現在の牛肉は共食いによって作られた牛肉ですよ~!ってことを知らずに買わされてたんじゃないだろうか?

恐ろしい病気が世に出て初めて知った事実だったような・・。





結果的に、自然界ではあり得ない食物連鎖を引き起こし、「狂牛病」を生み出し、それが蔓延してしまったのだ。

狂牛病(脳がスポンジ状態になって死を待つばかりの奇病)なんて病気は、それまではなかったわけだからね~。

しかもその肉を食べたヒトからも狂牛病が発症したのだった。

「肉骨紛」を世に出した人々や使用した人々の言い分は・・

少しでも多くの人に安く大量に牛肉を供給するため・・
人々のニーズに応えるため


ということだったようだけど・・それは「手っ取り早くがっぽり稼ぐため」という事と同義語でしかないように思える(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は・・最近、特に思うのだが、

この世には自然界の摂理というものが働いている。


もし、それに反してしまえば破滅につながる


そんな気がしてならない。


基本的には、この地球上で、私たちはいかようにも生きられると思う。

創意工夫で自分も世界も、どうようにでも変えることができるし、どんどん進化していけるという、大いなる自由が与えられている、と思う。

ただし、そこには・・絶対やってはいけないこと、タブーとされることも存在してると思う。

たとえば、殺戮、強盗など

これは、物欲だったり、自分のエゴから派生してるものだ。

こういったものはネガティブな波長を増長させて・・最終的には多くの死、人類の滅亡、地球生命の滅亡までを招いてしまうんではないだろうか?


私たちは、子供の頃から、宗教や道徳、親の躾などからも、善悪というものを教わってきた。

だけど・・なぜ、それが、やってはいけないことなのか?ってことまでは・・ちゃんと考えてもみなかった気がする(←私がバカなだけか。)



子供の頃は

「悪いことをすると捕まっちゃうんだぞー。刑務所行きになっちゃうんだからな。」
くらいにしか思ってなかったような・・(こんなバカは私だけか?(笑)


でも、今になって・・こんな年になって、ようやく気がついたような気がする(←遅すぎるそ~@)

それは自然の摂理に反する、タブーなことだったんだと。


そこで、さらに、気がついたこと。

エゴから動物を殺すことも自然界の摂理に反することではないのか?

ひょっとしたら・・それは、強盗、殺人と同等のタブーなのではないだろうか?

それを、日月神示では「共食い」と言っているのではないだろうか?


少なくとも、

食料も家もある人々が、美味しい肉を食べたい、暖かくて軽くてステキな毛皮が欲しい!というのはヒトのエゴだ。
それは、贅沢ではなくエゴだと思う。


日本には、五穀、海のもの、野のもの、山のもの、みな人民の食いて生くべき物、作らしてあるのぢゃぞ。
日本人には肉類禁物ぢゃぞ。今に食い物の騒動激しくなると申してあること忘れるなよ。
今度は共食いとなるから、共食いならんから、今から心鍛えて食い物大切にせよ
『梅の巻』第十四帖




たしかに日本人は、昔から恵まれた土地が与えられている。

世界レベルでみれば、雪と氷に閉ざされた地に住んだり、熱風の吹き荒れる砂漠地帯に住む人々だっているわけなのだ。

エスキモーは、アザラシやトナカイを狩って食べていたわけで、その生肉や内臓を余すことなく食べることでビタミン類を補っていたようだ。

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またモンゴルの遊牧民たちは、主食が馬乳酒(ばにゅうしゅ)で、彼らはそれによってビタミン・ミネラル分をこれで補うそうだ。

こうやって作られ、夏はとくにこれだけで生きていたとか↓
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まれに羊を一匹殺すことがあっても、それは大切なゲストを迎えるなどの特別な日だけだと聞く。


日本で厳しい土地に住む、アイヌ民族においては、

クマやタヌキなどの「狩猟の対象となる動物」は、カムイ(神)が人間のために毛皮と肉を土産にこの世に現れた姿」と考えていたとか。

イヨマンテというのは、熊の霊を送る有名な儀式だ↓
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さらに、日本には、マタギと呼ばれる人たちがいた。

以前、こちらでも記事にしたことがあったが ↓
マタギと山の神信仰


どの民族も、非常に信心深い。

そうやって厳しい土地で生きる人々のみが、動物食を許されていたのではないだろうか?

命がけで動物を狩り大切な食料を与えてくれた神と動物に感謝して大切に食べるということで。




となると・・豊かな土地に住む日本人が肉食をするということは、自然の摂理から外れたことになる・・んじゃないだろうか?

豊富な野菜や果物が採れてちゃーんと、ミネラルやビタミンも補える。
しかも海や川では魚だって採れるんだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たちはいつから、こんなに肉を食べるようになったんだろう?

子供の頃から食べてたわけだし。

事実、私のウチでは完全に肉食中心だったし。

肉を食べないと大きくなれない!って言われてたし、牛乳は体にいいって言われてたし(笑)

肉を食べないと力がでないとも言われたし・・(笑)



ひょっとしたら、ずーーと、こんな迷信に振り回されていただけなんじゃないのか?

動物性たんぱく質について

人間の身体に近いアミノ酸組成を持っている。
そのため、動物性たんぱく質は植物性のものに比べて血や肉などを作るのに利用しやすいという特徴がある。

しかし、


肉類からタンパク質だけが吸収されるのであればよいが、肉類は腐敗する過程にあるため、硫化水素、アンモニア、その他の毒素が腸管から吸収される。

また繊維がないために便秘をきたしやすく、毒素の吸収はさらに高まり、身体を一層不健康にしてしまう。

肉類には老廃塩が多く、これは上記の毒素の他にも、エキシュール、プリン塩基、馬尿酸を含み、これらの毒素によって血液は濁り、粘り、痛風・神経痛・リュウマチ・動脈硬化、その他多くの難病を招くことになる。

肉類の脂肪は硬化度が植物油に比べて高く、そのため血管にこびりつきやすく、動脈硬化となり、高血圧の原因ともなりやすい。



そんなことが言われれるようになってきて、

すでに、アメリカでは、ベジタリアン、ビーガンなどが増えていることは、周知のとおりだ。


ところが、最近では、肉を食べる一般人の間でさえ、

月曜日は肉を抜く日、なーんてプロジェクトまで始めたそうだ。
        ↓
アメリカで「お肉を休む日」が、拡大中!プロジェクトに隠された3つのメリットとは?


ちなみに肉の1日当たりの消費量は一人分で、

日本人:1960年には5.2kg   だったのが、2010年には29.1kg

アメリカでは、年間123㎏(さすがに、すごい!)



このプロジェクトの目指すところは、

「人々の健康のため」

「環境のため」

「動物たちの境遇のため」



この環境破壊の問題というのも、今ではもかなり深刻になってきている。

http://saisyoku.com/kn_fao.htm
http://www.hopeforanimals.org/nikusyoku/



月日神示では、さらにこんな箇所もあった。
   ↓

 ●遠くて近きは、男女だけではないぞ。
    神と人、天と地、親と子、喰べる物も、遠くて近いがよいのざぞ。



遠くて近いものとは?

まず、

近いもの(共食い)とは、牛や豚などの哺乳類のことだ。

それよりも、少し遠いものは、鳥類

さららに、海藻やプランクトンを食べているの方がもっと遠いものになる。

一番遠いものは、草(野菜、木の実、穀類、豆類)ということになる。


だから、五穀野菜を中心の食生活にしろ!と言ってるのだろうか?

そういえば・・何かの本で、食べ物は血族結婚と同じだ、ということを読んだ記憶がある。
    ↓

血族結婚をすると血が濃くなりすぎて障害児が生まれる率がとても高くなるが、
食べ物もこれと同じで、近いものを食べてはいけない。





出口王仁三郎もまた、肉食の害毒と菜食の有効性についてはたびたび言及していたことを思い出す。

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この人は、かなりのすごい方だったようで、予言や神託といったものを残してる。
http://silvermoon2010.blog27.fc2.com/blog-entry-157.html



出口王仁三郎さんは、大正9年1月16日、食制改革について次のように述べている。
    ↓

肉食のみを滋養物として、皇国(日本)固有の穀菜を度外する人間の性情は、日に月に惨酷性を帯び来たり、しまいには生物一般に対する愛情を失い、利己主義となり、且つ獣欲ますます旺盛となる。

「獣、鳥、魚などの肉は、いったん食物として消化されたものが肉となったのであるから、それを摂取してもあまり益はない

米は陽性のもので、これを常食すれば勇気が出る、そして陽気である。麦は陰性のものであるため、陰気になる傾向がある。
くよくよしたり、いつも泣き言を並べたりするようになるのはこのためである。


野菜を食えば仁の心が養われる。魚類を食えば知恵がわく。故に魚類も月に一度や二度は必ず食わねばならない。米と野菜と魚類とで、智・仁・勇となる。

肉食をする者には仁の心は少ない。故に野菜を常食とする日本人にして初めて愛善の心があり、外国人には稀である。



さらに、↓

肉というものは一度、草や野菜等を喰って、その栄養素が肉となったのであるから、あまり栄養もない。
そして肉によって養われた細胞は弱い。

日本人は米を食い、野菜を食うから、すなわちまだ肉とならない栄養を摂るから、細胞が強い。また、日本人の歯は臼歯といって、米を噛みこなし易くできているが、肉食人においては臼歯がとがっている。 
(「食物」昭和7年12月)



この方は、ご自分で「若い頃は四足は、コタツ以外はなんでも食べた!」という人だったそうだが、ついに、ご自身でこの境地に至ったということだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

日月神示ではさらに、

「口から入るもの気つけよ、いくさ(戦)起こるのぢゃ」

という箇所があるのだが・・この戦とは、食べたヒトの体内での戦でもあり、それはさらに、世の中でも戦争を引き起こすということでもあるんだろうか?


そういえば、英語の表現でも、You are what you eat. という格言?がある

「あたたは、あなたが食べたもの、そのものである」というような意味だ。

「日々食べている食物で人の体は作られる」というもので、

それは肉体の栄養学的にも、スピリチュアル的にも、両方を指す言葉なのかもしれない。




そのほか、日本の超古代の文書でも、やっぱり、食については肉食を避けることを書いたものが多い。

秀真伝(ほつまつたえ)によれば、「常食とすべきは田畑の作物である」

上つ記(うえつふみ)、 竹内文書、カタカムナ文献なども、



こういった古の知恵とうものは、むしろ、現代のもの以上にあなどれないものが多いように思う。
(現代に近くなるほど、精神論を説きながらビジネスってのも多いから。笑)
 

しかも、わざわざ、食について言及するということは、それが何よりも大事なものだったのかもしれない。

私たちがあまりにも日常のこと過ぎて気がついてないだけかもしれないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、じゃあ、どうすりゃいいんだ?


日月神示など、こういった文献に書かれていることが正しかったとしても、

ヒトのエゴで動物を殺すことが、自然の摂理に背くことだったとしても、


現在においては、肉食をなくすことは、まず困難だろう。
無くすどころか減らすだけでも・・むずかしいはずだろう。


だって肉、美味しいもん~♪
毛皮のコート、牛皮やシープスキンのバッグ、欲しいもん~♪


そういった人々の欲求には必ずビジネスが絡んでくる。

ビジネスもまた同じ次元の欲求を満たすためのものだからだ(笑)



だめだとわかったところで・・やっぱり美味しいものには逆らえない。

美味しいものは、まるで麻薬?


そして人は、正当化するためにいろいろな理屈をつけるものだ(笑)

●動物は食べられるためのものだから、仕方がない。

●肉食獣だって弱肉強食の世界で生きてるんだから。

●野菜も多く食べれば問題ない。

●今は世の中がそれで回ってるわけだし、みんなそうなんだから今さら仕方ない。

●野菜だって豆だって、今は栄養価ないんだからさあ

(う!これは確かにそのとおりだ。↑)

と。

さらに、

◆動物が飼育され、また殺される現場からは一切目をそらすことにする。
あえて・・見ない、聞かない、知らなかったことにしておく。

実際に、あまり目に触れさせないようにされてる。売れなくなっちゃうからね~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は私自身も、こんな経験がある。
(私は無類の肉好き、ただし、動物好きでもある。)


以前、あるレストランで、ホセと二人でごちそうになったことがあった。

そこで、骨付きラムチョップを私は大食いした記憶がある。

「うわあ、柔らかいし香りもいいし美味しいねえ。」

「そりゃそうだよ。値段だってそこらのステーキ店のシャトーブリアンよりも高いんだぜ。」

「え? そうなの? 」

「そりゃあそうだよ、そもそも子羊なんだから、少ししか肉はとれないわけだからね。」

「おまえ、何匹分食べてんだよ?」



子羊? そうだった・・・

しかし、そのときは、頭に浮かびそうになったイメージを追い払ってバクバク食べてしまったのだ。

それからしばらくして・・また思い出す。

ラムとは確かに子羊の肉なのだ!ということを。

それも・・

ラム(英: Lamb)とは、永久門歯がない、(およその目安として)生後12か月未満の羊のこと

だ。


しかし肉屋で見るラムはこうなってるし・・

NIKU.jpeg


料理すればこうなってるし・・
RUMCHOP.jpg

だけど、これが本来の本当の姿なのだ。
BooBoo-005-1.jpg


誰もこの子がどうやって殺されたのか、どんな恐怖や痛みで死んでいったのかは知らない。

私もまた、それを、見なかったこと、聞かなかったことにして自分を欺こうとする。



だけど、ふと、頭をもたげた思いは消えない。。。

美味だというだけで・・私は、ここまでして子羊を食べる意味があるんだろうか?


その後、

菜食主義者だったガンジーの言葉をみつけた。
    ↓

私の心にとって、子羊の命が人間の命と比べてより尊くないなどということは、少しもない。たとえ人間の体のために子羊の命を奪うことが必要だという場合でも、私は気が進まないことだろう。
ある生き物が無力であればあるほど、その生き物は人間の残酷さから、人間によって保護される資格を、より多く与えられている。



私はこのとき、

何か、大きなタブーを犯したような気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・

あ゛゛~~。

やれやれだなあ。。。


まあ、だからといって、

「みなさん、肉食はやめましょう、ベジタリアンやビーガンになりましょう!」

なーんて、言うつもりはない。

それは・・私はこちらで、嫌なタイプのベジタリアンやビーガンを多くみているせいかもしれないが(笑)


同じテーブルで肉を食べてる人に露骨に、極端な嫌悪感を示す人や、

「あなたのように肉食ばかりしてると、いつまでたっても霊性があがらないのよ。」と上から目線で説教をはじめるヤツとか・・・。

彼らによれば、

非常に健康体になり、フツウの人とは心身ともにワンランク上のレベルになる

ベジタリアンになると霊性が上がりアセンションできるようになる。


・・・ってことだそーだ。
 
これじゃあ、まるで怪しげな宗教のようだ。

妄信して厳しいドグマだけを守ろうとしている、それを守っていれさえずれば大丈夫と思い込んでしまうのは、

原理的菜食主義信仰か(笑)


それじゃあ、肉食をやめたところで意味はない、つーか、もっと悪くなりそうだ。

霊性なんて言葉を持ち出すなら・・そりゃ、むしろ、キミたちは下がりっぱなしだろうよ(笑)・・と私には思えてしまう。


人は、魂から望んだことでない限り、何事もするべきじゃないと思う。

自分で納得して心から望んだことでなければ、ベジタリアンになったところで良いことなんて何もないだろう。





だから、私は人に、どうすべきかなんてことは言えない。

色々なことを見聞きして、自分で考え、自分で感じたこと、自分の心に響いたことを実行するのが一番だと思っている。 

また、それしかないと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただ、私の心にはガンジーの言葉はずっと響いている。

そして、すこーんと、心の奥に収まった気がする。

同時に私はラムが魅惑的に美味しいものであることも、よーく知ってる(笑)


でも、子羊の姿とガンジーの言葉を思ったとき、その魅惑的な誘惑さえも、あとかたもなく消えていってしまう。

だけど、私一人がやめたところで、多くの子羊が殺されていることにはかわりはないんだけどね。


自然の摂理かあ。


私の中での善悪とは、自然の摂理に沿って生きているかどうか、ということだ。

ひょっとしたら・・私たちは昔から、直感的、または、本能的に、すでにそれを知ってるのかもしれない。


自然の摂理=真理=宇宙の法則=グレイトスピリット=神・・・ということなんだろうか?

あえて、目をつぶってしまったら・・きっと私は幸せにはなれない。


生きることは、学びながら幸せを感じることだと思うし・・・

あ、それもまた、自然の摂理ってやつだろうか?

今、私の直感がそう言ったような気がする(笑)

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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