犬食文化の批判をスピリチュアル的に考えてみる

最近、犬食文化への批判が強まっているようで、日本の記事にもいろいろとアップされてるのを目にした。
      ↓
犬一万頭を食べる「犬肉祭」を巡って中国で議論沸騰

「韓国は犬食文化をやめろ!」ニューヨークで抗議デモ=韓国ネット「安倍首相がデモ隊を金で雇ったのでは?」「中国には何も言えないくせに…」

その他色々と、残酷な写真や記事やらも多くて、犬・猫好きな私などからみると・・卒倒しそうなものも多い。

こういった記事によると、

中国や韓国では、犬を日常的に食べる人々がいる。
しかも・・犬肉を食べるフェスティバルもある。 そういったときには大量に肉をさばいて料理して食べる。
しかも、非常に残忍な方法で殺す。(生きたままゆでる、生きたまま吊るして死ぬまで殴りつける、また、それを他の犬たちにみせつけてあえて恐怖心をあおる方法をとるなど)・・・・そうすると、犬のアドレナリンが上昇して、おいしくなると言われている。



そんな画像や動画がアップされたせいで、世界中から批判を浴びることになったのだそうだ。


ずっと昔、なにかの番組だったかで、アグネス・チャンという人(元歌手?)が、

「日本では、街中で鳩がたわむれてると、かわいい!って言う人が多いけど、私は、日本にきたばっかりのとき、うわあ!おいしそう!って思ったものよ。」

という発言を聞いて、なーるほど・・これだけ文化って違うんだよな!と思ったことがあった。

そりゃあ、鳩をペットとして飼っている人からみれば、こりゃまた卒倒しそうな発言だ(笑)



それならば、

cat-and-dog-7.jpg

cat_and_dog_on_a_chair_by_coconutbou.jpg

こういった光景を見て、

うわ!うまそうだなあ。
犬は、ネギとからめて焼き肉だな。
ネコはまだ小さすぎるから、もう少し大きくしてから、鍋にでもすっか!

と思う人もアリということだ。


私がアメリカに住んでから、ペットに関する、こんな体験をしたことがある。

NY州にて

愛犬のジャーマンシェパードを散歩させていたときのこと。
近所のガキ共がやってきて、私に聞く。

「その犬、どうするつもり?」

「どうするって? 散歩させてるんだけど?」

「あなた、食べる気でしょう? 中国人は犬を殺して食べるんですって。」

「私、中国人じゃないし、犬、食べないし・・。犬は家族の一員でしょうが!!」

どこで聞きかじった話だか知らないが・・とーんでもないことを言い出すガキ共だ!



さらに、カリフォルニアに引っ越してきてからの話。

CA州にて

現在飼っているネコは、「子猫あげます!」という広告を見てもらってきた猫だった。
それは、そのときの話だ。

そのお宅に行って、子猫を見せてもらい欲しい旨を伝えたところ、その家の主が言う。

「ここに名前、住所、電話番号を書いていってください。それと・・まず、あなたの出身地は中国ですか韓国ですか?」

「は? いいえ、私は日本ですけど・・。」

「日本人? ほんとに日本人ですか?」

これには驚いた! 
アメリカでは国籍や人種について尋ねることは一般的にタブーとされてるからだ。ディスクリミネーション(人種差別)とみなされる。


さすがに私が不快な顔をすると、相手は言った。

「すみません。こんなことを聞いて申訳ないです。・・ディスクリミネーションのつもりはないんですが、私は韓国人と中国人には子猫をあげたくないんです。

以前、韓国人に子猫をあげたら、数か月待って少し大きくなったところを、殴り殺して鍋にして食べちゃったって聞いたもんで・・。
私は、家族同様に大事にしてくれる人に差し上げたいんです。」



ひええ! 食べちゃった? ここはアメリカだよ!

韓国の閉鎖的な農村地区の話だったら、あり得る話なのかもしれないが・・。

そこで、思ったのだ。

NY州で、子供に食べるつもりか?と聞かれて唖然としたけど、それだって、ひょっとしたら実際に起こった話だったのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・

欧米では、動物愛護団体などが中心になって、中国の犬食フェスティバルをやめさせようとしたり、食べられる寸前の犬たちを保護したり、などといった活動が進められているそうだ。

しかし、いったいどう説明して、やめさせるというのだろう?

犬は賢く愛情深い動物?
人間に役にたつ動物?


そんなことを言ったところで、当然、納得しないだろう。

「おまえたちだって、牛・豚・羊・鶏を食べるだろ? おまけに日本人は鯨やイルカだって食べる。馬だって食べるじゃないか?
かわいそうだって言うなら、なんで犬だけがかわいそうなんだよ!」


そう反論されれば・・たしかにそのとおりだ。

犬がかわいそうだから!という感情論だけで反対したところで、それは受け入れられない。

彼らにとっては牛や豚同様の食料なのだから。


人というものは、たとえば・・犬のような身近な動物はかわいそう!という感情がわくだろうけど・・身近にいない動物、よく知らない動物のことは、別になんとも思わないものだ。

当然、おいしければ食料にしてしまう(笑)

また都合よく、知らない動物は感情のない下等動物のように見なしてしまうのかもしれない。
だから食べても平気。

欧米では、馬も犬も身近にいた動物だ。
馬は重要な移動手段だったし、犬は牧羊犬や番犬として人々と一緒に生活していた。

だからこそ、食べようとは思わない。

おそらく、それだけの違いだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・

これは昔々、私が小さいころの話だ。

どこかの農家に初めていったときのこと、そこで、豚小屋を見せてもらったことがあった。

狭い豚小屋にぶいぶいと、豚たちがひしめきあってる。

残飯がばらまかれ、汚れた豚たちの体臭と腐った残飯の匂いで、気持ちが悪くなった。

豚って汚くって臭い生き物だ!と思った。

また、どこかの観光地にいったときのこと、

父親が馬が引いている観光馬車をみつけて、「あれに乗ってみるか?」と私に聞く。

馬に近寄ると、猛烈に臭い匂いがする。

うわ! 馬て汚くって臭いんだ! 馬車に乗ったら乗ってる間中、この匂いを我慢するのか!と思ったら、

「馬車には乗りたくない!歩いた方がいい。」と、思わず返事をした。

馬も臭くて汚らしいものだ!と思った。


それから大人になって競馬が大好きになり、競馬場でナマの馬を見た私。

その優美な姿、毛並みの美しさに驚いたものだ。 体臭は多少あるものの嫌な臭いがまったくしない。

24298b59.jpg


手入れされた馬は美しい。

おそらく手入れされた豚だって美しいのかもしれない。


美しくなるのも醜くなるのも・・それは人の愛情しだいなのだ。

大人になって、ようやくそれに気づいたのだ。

捨てられた醜い子猫が、やさしい飼い主に巡り合って元気を取り戻すと、びっくりするようなかわいい顔になるって話はよく聞くところだ。

誰でも、心身ともに病気を持っていたり、すさんだ心になっていれば、見た目も醜くなってしまうようだ。
それは、人も動物も同様だろう。

ところが、無知な子供はルックスだけで判断してしまうものだ(笑)


さらに、競馬好きが高じて、私は乗馬クラブにまで通いだした。

そこで、馬がどれだけ賢く記憶力がずばぬけていて、さらに愛情深いものかを知ることになった。


もう、馬刺しなんてとんでもない!

実は、学生時代に、山梨だったか長野の友達の家に遊びに行って一度ごちそうになったことがあるのだ。

馬刺しと鍋をご馳走になった。

そのときは、美味しいものだなあ!と思った。

が、そののちに、

「レースホースが骨折してしまった場合や成績を残せないときは、維持費がかかるので、業者に売って肉にしてしまうのさ。」って話を聞いた。

そのとき、競馬の世界は当然ビジネスなのだということを思い知った気がした。(←当たり前だろーが。)

馬も商品でしかないのだ。


鯨についていえば、やはり子供の頃に・・・どこかで鯨のベーコンなるものを食べた記憶がある。

たぶん、当時はどこの肉屋でも売っていた時代だったと思うが、たまたま私の両親が嫌いだったという理由で、私自身はめったに食べなかっただけだと思う。

だけど、ちゃーんと今でも買おうと思えば帰るんだね。

楽天の画像から↓
img23848137.gif


今では、国際捕鯨委員会(International Whaling Commission:IWC)によって、鯨漁はかなり制限されたものになってしまったが、禁止の理由は、鯨・イルカなどを絶滅の危機から救うためだという。

さらに、鯨やイルカは知能が高い哺乳類なのに、それを殺して食べる日本人ってどーなんよ!・・・という感情論も多くあったようだ。

でもなあ。

もともと鯨が激減してしまったのは欧米諸国が鯨油をとるために乱獲しまくったのが原因のわけだし・・・それって、どーなんよ!

それに米軍が海で兵器の実験でイルカやクジラを殺すのは、どーなんよ@

とまあ、すっきりと納得できないような事も私なりにはいろいろある。



鯨・イルカ・犬は、知能が高い哺乳類、しかも愛情深い、感情を持ってるものだから、食べてはいけないというのが、感情論的に一番多い理由だそうだ。


だとすると、牛・豚・馬・鶏はバカだからいいんか?ってことにもなりかねない(笑)

果たしてそうなんだろか?

本当に、豚はバカか? 鶏はバカか?


牧羊豚のベイブ(映画から)↓
babe.jpg


ちゃんと接したことのない私たちが知らないだけなんじゃないだろうか?

それに、バカな動物ならば食べてもいいって論理だってヘンじゃないか!

そもそも何をもって、知能が高いとか低いとかって決めつけられるんだ?



私たちは、結局何もしらないんじゃないだろうか?


なーんとなく、昔からの習慣で食べていて、牛や豚は食べられるために存在すると漠然と思っているだけだ。

牛や豚だって親子愛もあれば、犬同様に人になついたり、かわいい存在になるものかもしれないのだ。

鯨やイルカだって、山間部や都会生活の日本人は馴染みがないものだけど、ちゃんと友達になっている人たちだっている。

5118T8RC47L.jpg

(鯨はさすがに大きすぎて無理だろうなあ。)



鶏だってそうだ。


ホセが昔飼っていた、鶏のぴーちゃん

どこかの縁日で飼ってきたひよこが大きくなってしまったのだそうだ。

ぴーちゃんは、犬たちと一緒に飼われていて、犬の散歩のときは、自主的に一緒に散歩して歩いたそうだ。

「ぴーちゃん、虫が出た!とってくれ!」と言うと、飛んできて、ハエや蚊を食べてくれたそうだ(虫取り機かよ?)


鶏の脳みそは少ないだろうし、おそらく、鶏はバカの代名詞みたいなものだ。

しかしぴーちゃんは、犬が好きだったという。

それは、知能の低い鶏でさえ異種間に愛情を感じているということにはならないだろうか。


とにかく、私たちは知らないことが多すぎる。

知らないゆえに平気で食べられるのかもしれないってところもある。

そう思うと、犬食文化を、感情論だけでは一概には否定できなくなる。

自分の感情を押しつけたところで、相手には受け入れないだけだ。


ましてや、欧米諸国の力で押さえつけて禁止令を出したところで、人々が納得してなければ、いくらでも闇で取引されるだけだ。

そうなれば、不当な業者が横行し闇マーケットで大儲けをしようとする人々だって現れるようになるだけになる。

人々が納得しない限り、問題は解決しないもの。


それは、なんでもそうだけどね~。


中国でも、ある都市部を中心に、諸外国に対してみっともないから犬食をやめさせようとする運動もあるそうだ。

しかし、

中国ではペットの盗難が相次いで起こり、撲殺されたり、毒矢、毒の餌を与えて殺してから、食肉業者に高く売る事件が多発している。
最近では、盲導犬までもがさらわれる事件が起こったとか。



食用に飼育された犬じゃなくって、ペット犬を盗んでまで売りさばくって・・・。

こうなると、もう、めちゃくちゃだ!

・・・・・・・・・・・・・・・

結局、犬食文化をやめさせるには、どうしたらいいのか?

もちろん、感情的に言えば・・私だって嫌だ!


しかし、それには肉食をしてきた彼らの状況、歴史や文化も知る必要があるんじゃないだろうか?

鯨肉だって、馬肉だって、ほとんど蛋白源がなかった土地では、それはたいへん貴重な食料だったのだ。

しかし、

そういった状況下で生き抜くために動物を殺して食べること

それと、

人々の贅沢を満足させるためにビジネスで動物を殺すこととは、


それはまったく異なることだ。
それは常に自覚しておく必要があると思うのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここからは、あくまでも私自身が思うことだが、

自然界において、動物を殺して食べるにはそれだけの覚悟がないものは食べる資格がない。

まずは、そんな気がする。

たとえば、昔の狩猟民族は、動物を射止めるのに命をかけていた。

自分も命がけ、相手も命がけ、そして勝った方だけが食べる権利が与えられる。


以前、何度か私のブログ記事にもアップしたことがあるが、

アメリカインディアンは、バッファローを射止めるとき、必ず1本の矢で射止めるそうだ。

日本にいた、マタギと呼ばれる人々も、熊狩りのときは、必ず一発で命中させて即死させる。

モンゴルの狩猟民族もまた、羊をさばくときは、ナイフの一刺しで絶滅させた。


実に美しい殺し方なのだ。

同時に、必ず、祈りを捧げることを忘れない。

彼らは、それぞれ独自のスピリチュアル性を持っているのだ。

自分も命をかけて戦ったからこそ、だからこそ・・命の重みを知っているからこそ、生まれてくるスピリチュアル性なのかもしれない。

それこそが、自然界から与えられた資格なんじゃないだろうか?



捕鯨民族には、母親イルカやクジラが子供を連れているときは決して襲わないという鉄則があったそうだ。

鯨漁もまた、一昔前は命がけだったことだろう。大きいだけにね~。

メルヴィルの小説、白鯨じゃないけど、船長と鯨の、殺るか殺られるかのまさに死闘だったことだろう。

そうやって、頂いた命を食べるわけで、それは大きな感謝とともに、さぞや滋養にもなったことだろう。


おそらく、それこそが動物食の基本的な姿だったと思う。


そうなると・・一番まずいのは・・私たちのように、スーパーでスライスされた肉を買ってきて、命の重みすら感じず食べてしまう人々かもしれない。
感謝するどころか、無駄にしたり、捨てちゃったりすることもあるわけだしね・・・(笑)



この機会に、単純に感情論だけで犬食を批判するよりも先に、そういったこともすべて考え直す必要もあるんじゃないだろうか?


ふと、そんなことを思ってしまった。


また、かわいそう!を理由とするならば、行き過ぎたペット業界の実情、また動物虐待についても考える必要があるようにも思う。

決してそういったことに目をつぶることはできないのだ。



結局のところ、禁止するのではなく、これは教育なのかもしれない・・と思う。

教育というと、ちょっと上から目線で嫌な言葉にも聞こえるけど・・スピリチュアル性を含めて、知らないことを教えること、別の世界を教えることなのじゃないだろうか。

そして最終判断は彼らが自分自身で選ぶことだ。


知らないでいること、目や耳を閉ざしてしまうことが一番の犯罪かもしれない。


命がけで、たった一発の矢や弾丸で仕留めた狩人たち。

ネイティブアメリカンの部族、信仰深い狩猟民のマタギ、モンゴルの狩猟民族など。


彼らにとっては、動物を斬殺するような行為や大量殺戮は、決してありえないことだった。


そこには、代々伝わる、教えがあったからだ。

どんなに儲かろうが、どんなにラクが出来ようが、彼らは決して、その教えには逆らわなった。

それが、彼らの誇りでもあったからだ。


ひょっとしたら、動物食はスピリチュアルな人々だけに許された行為なのかもしれない・・・。

彼らが、非常にそういったスピリチュアル性が高かったのは、彼らが命を狩って自らのの命を繋ぐ人々だったからだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、現在斬殺されていく犬たちのことを思ってみる。


ここで、自分が食用に殺される犬だと想像してみることにする(←フツウ、そんな想像しないだろ!)

うーーん、とにかく想像してみる。


逆さ吊りにされて死ぬまで殴りつけられる、または、生きたまま釜茹でにされる私。

そのときの恐怖、肉体的な苦痛は、きっとマックスに達する。

それよりも先に、自分の愛する仲間や子供たちが同じように殺されるのを目の当たりにしたら、それはもう心の痛みのマックスだ。

きっと、

祟ってやる!
お前の末代までも祟ってやる!
うんと苦しめてお前も殺してやる!


そう、念じて私は絶命することだろう。(ああ、なるほど・・こうやって憎しみの怨霊が出来上がるのかあ・・)


今の私は魂の存在というものを信じている。

さらに、動物も人間同様に感情を持っていると思っている。

それは魂を持っているということだ。

しかし、おそらく、犬を残虐に殺す人々は、魂の存在を信じていないからこそできるのだろう。
犬には魂が無いと思ってる。(牛や豚も・・だけど。)

死んだらすべて終わり。
動物は魂がない下等な生き物。



そう思っている。

しかも

うんと恐怖と激痛を与えることでアドレナリンが上昇して肉を旨くなるとは・・とんでもなく狂った迷信だ。

旨くなるどころか・・彼らは恐怖や憎しみの念をモロに食べることになる。

それが美味しいと感じるとなれば、きっと彼らの感覚が狂ってしまっているということだ。



私は宗教やモラルなどの善悪で何かを量ろうとは思わない。

ただ、自然の中にある法則は確かに存在していると思うのだ。

それが魂の存在でもあるし、輪廻転生もあると思っている。


「おまえら日本人だって、戦後、食べ物が無い時代には、そこらの犬を殺して食べてただろう。
もしも食糧難になれば、だれだって自分の可愛がっていた犬だって殺して食べてしまうもんさ。」


そういった人がいたそうだが・・。

あたりが焼け野が原、食料も水もない状態で、愛犬と私だけであっても・・・

私は愛犬を食べないだろう。

飢餓が耐えられないほどつらいなら、むしろ自殺して、犬を救うために私が餌になった方が幸せだと思っている(笑)
犬がそれを望むならば・・・だけど。 オマエの肉なんて食えない@病気で死んじゃいそう!と言われそうな気もしなくもないが・・


そういう場合の自殺のみ、罪じゃないと思ってる(←私の法則)

だって、魂は存在すると思うし、輪廻転生もあると思ってるから。
せめて最期くらいは悔いなく幸せに死にたいものだから。


おそらく、みんながそう思ったならば、残虐な犬食だけは、少なくともなくなると思うのだ。

そして・・せめて肉を食べるときは、犠牲となった動物に感謝して食べたいと思う。

さすがに、現代では自分で命がけの狩をして獲物を捕るつーのは無理だろうからね~(笑)

ShUQ27dl.jpg

きっとそれだけでも、世界は大きく変わると思うんだけどなあ。

コメントの投稿

非公開コメント

Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

Calender
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Link
☆HPはここをクリック↓☆
検索フォーム
カテゴリ
Diary
Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"