我慢することを東洋医学的に考えてみる

ダイエットのために、毎日ジョギングすると決めて、実際に、それを実行してる人がいる。

「そりゃ、すごい!
毎日、継続するってのはすごいことだね。」


・・・と、単純に私は感心して、そう言った。

「そうよ・・私は、怠けそうになるわが身を鞭打って、我慢、我慢!と言い聞かせてやってるのよ。」

「怠けそうになることもあるの?」

「この間、ひどく体がだるく感じて、どうしてもやりたくなくってね、1日しなかったの。
そのあと、ひどい自己嫌悪になったわ。」

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「ええ? なんで・・そこまでする! 私だったら気分がのらないときや体がだるいときは、すーーぐ休んじゃうけどなあ。」

「それじゃだめよ。 だって自分で毎日!って決めたことだもの。やり遂げなきゃダメなのよ!」

「そうゆうものかな? 無理してるんじゃない?
そもそも、ジョギングって、あまり、好きじゃないんじゃない?」

「好きとか嫌いじゃないのよ!決めたことは実行しなきゃいけないの!」


うーーん。

なんだかなあ。


そもそも、それほど太り過ぎってわけでもなさそうだし、ジョギングを楽しんでやってるってわけじゃないみたいだし・・
だったら、やらなきゃいいのに・・・って思う。

いくら決めたこととは言え・・・自分で決めたことだからこそ、いつでも撤回できるし変更できるんじゃないかな(笑)

たとえば、

晴れた天気のいい日、気分がいい日だけジョギングしよう。
楽しいダンスクラスに入る。

・・・とか。


彼女の頭の中にあることは、

●一度自分で決めたことは何があっても実行しなきゃいけない
●我慢すること


のようだ。


そういえば、以前、毎日ジム通いをして、貧弱な体をムキムキボディーに作り上げた男性がいたことを思い出した。

その人に、なんで、毎日続けられたの?って聞いたことがある。

「はじめは、雑誌で理想的な筋肉ボディーの写真を見て、僕もこうなりたいなあ!って思ったのがきっかけだったんだ。

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単調なエクササイズだし、たしかに退屈だったり辛く感じることもあったけど、今、この辛さが、あの理想のボディーに近づいていると思ったらたいして苦にはならなくなったんだ。 それよりも、むしろ、僕もあんなふうになれると思うと、うれしくなったんだよ。

実際、少しずつ、自分の体が変わってくるのがわかったしね・・。」


そうか~、彼の頭の中には、

●イメージする美しいボディーがある。
●だんだん、それに近づいていくカンジがする

があったんだね。

それは、

毎日継続しなきゃならない。
我慢!


ということとは大きく違うなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、そもそも○○しなきゃならない、とか、我慢ってことが子供の頃から苦手で、よーーく大人に窘められたものだ。

「君はね、我慢が足りないんだ! 一度決めたことはやり遂げなきゃならん!」

「好きなことなら我慢できるんだけどなあ。」
・・と私。

バカ! 好きなことするのは我慢とは言わないだろ!」

じゃ、なーんでわざわざ嫌いなことしなきゃならないんだ??

そう、思ってた私。


たしかに・・大人になってみれば、嫌なことでも我慢してやらなきゃならない状況にも遭遇する。
大人たちは、そういった将来を見越して、子供の私に、将来我慢できる子になるようにと・・教えていたんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小学生の時の夏休みに、毎日本を読むこと、毎日ラジオ体操をすること・・という学校命令が下った。

ラジオ体操は嫌いだから、ずいぶんさぼった。

本を読むことは、大好きだから・・毎日読んだ。(←もちろん、好きな本でOKだったから。)

夏休み明けに、両方を立派にやり遂げた児童が表彰された。

表彰された子が自慢げに言う。

「ほら、見てみろ! 僕は毎日ラジオ体操に行ったんだぞ! これがスタンプカードだ!」


じゃーん、と証拠物件をみせつけられた。
(ラジオ体操に通うと、カードにスタンプを押してもらうシステムになっていた。つまり、何日行ったかという大事な証拠となるシロモノ。)

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今でもラジオ体操なんてものが、日本であるのかどうかは知らないけど・・。

「こっちは、読んだ本の名前とページ数だ!」
読んだ本と、毎日何ページ読んだか、というページ数を書くことになってた。もちろん、こっちは自己申告だけどね。

「へへ・・僕ってすごいだろ! 一番だもんな!」

だから、どーした!!

その子は、やり遂げたということを自慢するだけだ!

毎日通ったラジオ体操がどーだったかという話も聞かなったし、読んだ本の内容の話もしない。

学校側も何も聞かない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな昔のことを思い出した。。。

あの、ジョギングおばさんも、昔の学校教育で、

「○○をやり遂げること、我慢して努力することこそ美徳」ということが刷り込まれてるのかなあ。

ところで、我慢ってなんだ?

我慢という言葉を調べてみた。

我慢(がまん)とは、仏教の煩悩の一つ。
強い自己意識から起こす慢心のこと。 四慢(増上・卑下・我・邪)の1つ、また七慢(慢・過・慢過・我・増上・卑劣・邪)の1つ。
仏教では人間を固定的な実体として捉え、自己に執着(しゅうじゃく)することを我執(がしゅう)といい、その我執から、自分を高く見て他人を軽視する心をいった。



あれれ?

もともとは、美徳どころか悪い意味だったようだ。

我慢とは、自分に執着することから起こる慢心を意味し、高慢、驕り、うぬぼれと同義語。
そこから、意味が転じて、我を張る、強情などの意味で使われるようになった。
さらに強情な態度は、人に弱みを見せまいと耐え忍ぶ姿に見えるため、近世後期ごろから現在使われる我慢の意味になった。


と、こちらの語源由来辞典には載っている。
http://gogen-allguide.com/ka/gaman.html



じゃあ、我慢するときの心理って、いったいどういったものだろう?

そういえば・・昔の武士の在り様じゃないけど、

●不当だと思えることであっても上司命令ならば、じっと黙して絶えること。
●感情をむやみに表さないこと


そんなことかもしれない。

たしかに、自分が黙することで、その場を波風たてずに抑えるということはできるかもしれない。

よく聞くやつで・・「私さえ、我慢すれば・・」ってヤツか(笑)


しかし、まあ、それも時と場合によるだろうけど・・そのほとんどが、決していい結果は生まないと思うのだ。


明らかに不当なことに対して沈黙を守っていれば、不当なことを黙認してしまうことになる。
不当な相手を助長させ、不当な社会すら黙認してしまうことになる。

相手のためにならないし、社会のためにもならない。

それよりも、「私さえ、我慢すれば・・」の心理の裏には、自分の勇気の無さ、事なかれ主義、人から良く思われたい!・・といったネガティブマインドが隠れているのかもしれない。

だからこそ、仏教では悪として指摘しているのではないだろうか?


それより何より、自分自身の心を偽り心を封じ込めることになる。


そうなると・・病気になる!

心、つまり感情を抑え込むと筋肉が緊張し、それが過剰になるとうつ病や自律神経の病気などを引き起こす。

これは、以前、感情と病気のメカニズムを調べたときに知ったことだ。

つくづく、人の心と体は、ほーんと密接なんだなあ、って思う。


たとえば、怒りたくても怒れなかったとき、無理やり抑え込んだ場合、体が震えるほどの怒りをぐっと抑え込んだときは、
筋肉に力が入り緊張が起きるそうだ。(筋肉の緊張状態)

もちろん、ひどい悲しみや恐れだって同様だろう。


外に出したい気持ちを我慢することによって、筋肉に力が入り緊張が起こる。

もっとも、私たちが通常でも歩いたり走ったりすることでも、筋肉の緊張は起こっているそうだが・・
ただし、その場合は緊張だけでなく弛緩もする。 

kinshikanho-image.png
http://ustubyou.com/1373.html

ようするに、筋肉がぐっと硬くなったり緩んだりの、きゅう! くたっ!を繰り返すことで、それが、血液やリンパ液の流れをよくすることになる。

さらに、そうしていることで、東洋医学でいう気(エネルギー)の流れがよくなり、それが心身の健康状態につながるそうだ。

東洋医学の考え方
気には、中に溜めるべき気と外に出すべき気がある。
気の流れが滞ることで病気になる。




ところが、

運動と違って、感情を押さえ込んでしまうと筋肉がずーーーと緊張状態になってしまって緩むことがなくなってしまう。

そりゃ、いつも緊張状態’だったら、血管だって圧迫していることになるだろうし・・
そうすると、さらに脳まで緊張状態に陥ってしまうそうだ。

うつ病の人などは、必ず体のどこかが常に緊張状態にあり、それが数か月、数十年も続いているケースも多いと聞く。

そして脳も常に緊張状態で・・結果的に、なんらかの病気を引き起こすことになる、というわけだ。

外に出したい気持ちを我慢することで筋肉に力が入り緊張する・・・というのは、言われてみないと、自分ではなかなか気がつかないものだね。

もっとも、長年、我慢することが日常になってしまった人は、自分の感情や心の声さえも気がつかなくなってしまう・・という傾向もあるそうだ。

そうなると・・怖い!

気がついたときには大きな病気!


心身の健康にとって、我慢は敵だ!


たとえば、怒りや悲しみの感情を相手に悟られないようにしたい場合、人は顔の筋肉までも緊張させ、表情を変えないように無意識にがんばる。

なんとなく・・誰にも覚えがあるかもしれないね。

そうなると、のどや口、唇や頬などの筋肉までが緊張し続けることになり、さらにそれが繰り返されると筋肉の緊張はなかなか緩まず、に緊張が固定してしまうのだそうだ。

これが慢性的な肩こりの原因になっているという方は、決して少なくないという。

そうか~、慢性的な肩こりというのも、こういったことの初期段階なのかもしれないね~。


じゃあ、どうすりゃいいのか?

答えは簡単。

感情を外に出し切ること・・だそうだ。

感情を素直に行動に移すこと・・だそうだ。


たとえば、

怒りの感情を出し切るには、ばか~!と怒鳴ったり、モノを叩いて壊したり、投げつけたり、また悲しみの感情は、わーーーーと大泣きする。(笑)

おいおい!

しかし・・いったんそうやって感情を出してしまうと、筋肉の緊張が次第に緩んで正常な状態に戻るそうだ。




たしかに~私たちは、本来常に多くの感情を持ってるものだ。

いきなり誰かに叩かれれば、痛い!

そして、怒り、恐怖が沸いてくる。

その感情こそが、実は持って生まれた生命維持のために組み込まれたもので、とっても大切なものだそうだ。

そこで、逃げるか、戦うかが選択される。

それこそが生命維持につながる。

ただし、人間の場合は、生命の危機だけではなく自分の尊厳や存在を脅かされたときにも感情は湧くし、自分の大事な人を傷つけられたときでも感情が生まれる。

自分や自分の大切なものを守ろうとする・・・それこそが感情が沸き起こるとき。


感情が沸き起こるということ、これを別の言い方をすると・・・体の中にエネルギー(気)が生まれるとき

となるそうだ。

しかもそれは、体の外に出ていくべきエネルギーであり、ちゃーんと外に放出させなけりゃいけないエネルギー(気)だそうだ。

出さなきゃ病気になっちゃう!
便や尿も体から出すべきものだけど、それと同様、感情も外に放出しないで我慢し続けると病気になっちゃうらしい(笑)


そこで、

感情をどうやって出すか?

だよね。。。

うーーむ。

仕事先で小さな子供のように、わーーーと大泣きすることも出来ないし、いきなり、相手を殴りつけたり物を破壊したりすれば、そりゃ、一歩間違えれば犯罪者にもなりかねない。

それこそ、我慢しなきゃいけないってことになる。

でも、我慢したら、自分が病気になる。
(で、現実には、うつ病などの病気が増えてしまうのかもしれないけどね・・。)

うーーん。

・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、もう一度、我慢という言葉を考えてみることにしよう。

私が、昔から違和感があった言葉、我慢=ペイシェンス(patience)

英語で言うと、我慢は一般的に、ペイシェンス(patience)と訳されることが多い。
もっとも、endurance, toleranceなんて言葉もあって、それぞれニュアンスは違うけど・・まあ、ペイシェンス、ペイシェント(形容詞)が多いんじゃないかな。


でも、日本語の我慢という言葉には、じっと黙って耐える、嫌なこと、辛いことでもじっと耐える・・という意味が含まれている気がするが、

長年こちらに住んでみると、英語のペイシェンス(patience)にはそれが無い・・・ように思える。


そもそも、欧米人というのは日本人以上に自分の思ったことを主張するというスタンスの人が多いように思う。

giphy.gif


むしろ、感情に任せて大泣きしたり、超怒りまくったり・・・って傾向が強い(笑)

そこで、ペイシェンス!

いきなり感情に任せて行動せず、まずは頭を使って冷静に物事を見極めること、考えること、それがペイシェンス!

それは、すべてを溜め込んで我慢して黙してしまうこととは、まったく違う種類のものだ。



どうすればいいのかを考えて、次の正しいステップへ進むべきための理性、またはその準備期間。

その先には、なんらかの行動、感情の放出が目的にあるということだ。

だから、ペイシェンスという言葉は、考えなしにキレル人と区別されて、立派な褒め言葉になっている。



職場で身に覚えのないことで非難されたり、不当なことを言われれば、そりゃ、怒りが沸いてくるのは当然の感情だろう。

だからといって、そこで大声で怒鳴ったり、泣きわめいたところで、周囲の人たちからは引かれちゃうだけだ。

また逆に、いくら自分が正しいとはいえ、堂々と正論をぶちまけて誰かを非難するだけならば、それも今度は相手にネガティブ感情を受け付けちゃうだけになる場合もある。

論理性を持って正しいことを見事に言って、相手をやり込めるという裏には・・隠れた虚栄心があることも多いそうだ。

ほーら、俺って弁が立つだろ!おまえらと違って頭がいいもんね~。反論できるものなら、してみろ!
ば~か。


そんな思いを、弁が立たない人でさえ、無意識で察知するというものだ。
だからよけい、弁が立たない人からは反感を買うことになる(笑)

自分が論理的で頭がいいことを証明するんじゃなくって、自分の感情を理性にかえて相手に理解して頂くことなんだよな~。

それが、真の意味でのペイシェンスの使い方だ!
・・・と私に教えてくれたアメリカ人がいた。

なーるほど。

これは、私が昔好きだった曲、ジャーニーのバラード曲、ペイシェントリー (笑) じっと我慢で耐えるってニュアンスは無くて・・優しさと愛で溢れてる曲だけどね。
  ↓


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、また、あらためて感情をどうやって出すか?を考えてみる。

●ペイシェンスに感情を放出する。
つまり、いきなりキレルのではなく、いったん冷静になって相手に理解してもらおうとして話すこと、相互理解。


それでもどーしてもダメなときは、

●自分の感情を素直に話せる相手を持つこと、家族、友人、恋人など


誰もいないし・・一人だもん!ってときは、

●怒りの感情なら、サンドバックでも思いっきり叩きまくる、穴を掘って叫ぶ(笑)
めちゃくちゃ、スポーツで汗を流すってのもありかな。

●悲しいときは思いっきり家で泣く、または、感動する映画で涙を流す。


なんかこれって、代償行為ともとれるけど、それでも、しないよりはマシ。

とにかく・・外に出すことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、ここで・・感情の度合いというものを考えたとき、それって、人によって違うことも多いよなあって思う。

同じことでも、怒る人と怒らない人だっている。(←決してそれを我慢しているってことでなく、怒らないし気にならない人がいるってこと。)

Crying-Kid.jpg

おもちゃが欲しい!と、お店で大泣きしちゃう子供がいる。

それが・・結構、高額なおもちゃだったりするのだ。

「ダメ!買ってあげたって、アンタはどうせすぐ飽きちゃうし大事にしないんだから!」

「ダメ! そんなのは贅沢だよ!」

「ダメなものはダメ!とにかく、ダメ~!


それとも、あなただったら、多少無理してでも外で大泣きされるくらいなら、買ってあげちゃう?


これは実際にあった話
  ↓
「あのね、買ってあげたいけどね・・それは無理なの。
パパとママの給料を合わせても、月々2000ドルしかならないのよー。
で、家賃と食費でね、なーんもお金がないの。

明日から何も食べないことや家がないことはもっと辛いよ。

パパもママも同じだよ。欲しいものはあるけど何も買えないんだよ。 
それでも家族一緒に楽しく笑って暮らせば、パパとママは楽しいと思ってるよ。」



うう! 身につまされる話だなあ。。。

さて、5歳に満たない子供に、そんな説明がどこまで理解できたか知らないけど(笑)

それ以来、その子は欲しがらなくなったとか。

唯一、クリスマスだけは無理しても両親はプレゼントをしてあげるそうだが・・。


きっと、両親の説明する内容はわからなかったとしても、正直な心だけは通じたのかもしれない(笑)

うーーん、そう考えると小さな子供への躾というのは、ただ、むやみに我慢させることとは違うものかもしれないね。

ダメったらダメ!と頭ごなしに言われたら・・その子は感情の発散ができずに、ストレスを溜めこんだかもしれない。
また、なぜ、他の子は買ってもらえるのに僕は?・・・という不信感を持ったかもしれない。

だからといって、欲しがるものをすべて子供に与えてしまう・・としたら、

それは、もっと怖い結果を招くだろう。




何かを理解すること。

他に考え方を方向転換すること。

他の楽しみを知ること。


そういったことで、小さな子供ですら、感情を外に発散させて解消させることだってできるのかもしれない。


私たちの基本は感情は外に出すことにある。

怒りたいときには怒り、楽しいときには喜び、泣きたいときには泣くこと。
行動で表すことが基本のようだ。

同時に、自分や他人の感情に理解を深めていくこと。


それが、一番の自然体なんだろうなあ。

そしてそれこそが、私たちが生きるということ、学びなんじゃないかなあ。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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