バベットの晩餐をまた見て思うアートや宗教のことあれこれ

昨日の記事から、フランス革命時代のことやら、アートについて・・なんて事を色々と考えていたら、ふと、古い映画を思い出した。

バベットの晩餐会 1987年
原題のデンマーク名: Babettes gæstebud, 英語名: Babette's Feast)

Babettesgæstebudposter


アカデミー外国語映画賞もとってるのでご存じの方も多いだろう。
もっとも、一般受けする映画というよりも、マニアック好みの映画なのかもしれないが・・。

当然ハリウッド映画などと比べてしまえば、ひどく地味~な映画。
陰鬱な空と海、北海に突き出たユトランド半島の海辺の寒村が舞台。
しかもルター派(有名なプロテスタント)の牧師の娘二人を中心とした、ひど~く宗教色も濃い。
娘といっても、もう、おばあちゃんになってしまった娘で、二人とも若い時は美人だったが一度も結婚することもなく、ずっと父の教会を継いできた娘たちで、当然おばちゃんになっていて華やかさもない。

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この姉妹の名前は、マチーヌとフィリパ

そこに、ある嵐の夜、パリ・コミューンの事件により、夫と息子を殺されて命からがら亡命してきたバベットという中年女性がやってくる。

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この当時のパリも、すごいことになってたようで・・・無差別に裁判も無いままに大勢の人々が殺戮され、しかも食料も無くなり、犬ネコからネズミの肉までも食べるようになり、ほとんどの動物もいなくなったという記述がある。

バベットは、フランス人のオペラ歌手、アシール・パパンの手紙を持っていた。

パリ・コミューンのどさくさでこの女の夫と息子が打ち殺され、身寄りがなくなりパリにもいられなくなった。
そこで、かつて私が恋い焦がれ、いつかオペラ座の舞台に立ってほしいと思ったフィリッパに、この不幸な女のことを頼むのだ。
「名はバベットという。彼女は料理ができる」といような内容の手紙で、
最後にドン・ジョバンニとツェルリーナのデュエットの最初の2小節の楽譜が記されていた。(←うーーん、なんともおしゃれな・・)

アシール・パパンというのは、有名なフランスのオペラ歌手であり、はるか昔、まだフィリパが若かった頃に、一度、ストックホルムの公演の際に立ち寄った、この寒村で、教会から流れてくる讃美歌を聞き、その美しい声がフィリパだったことを知る。
そこで、一目ぼれしてしまい、なんとかフィリパに接近したくて、歌のレッスンを申し込んだことがあったのだ。

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確かに若いときは、この姉妹は美人だったなあ。↑


ある日の歌のレッスンで、
モーツァルトのドン・ジョバンニのレッスンをしようということになり、フィリッパはツェルリーナのパートを受け持った。
ところが、このときパパンは、第2幕の「誘惑のデュエット」のところで、感激のあまり我を忘れてしまい、フィリッパの両手を握りしめ、頬に口づけをしてしまう。

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そこで、フィリパは驚きのあまり、父親に頼んで歌のレッスンを辞めてもらうことになった。
つまり、アシール・パパンは、見事に失恋!
そして失意のうちに、パリへ戻ってしまう。

まあ、たったこれだけのことなんだけど・・こんな事があったのだ。

最初にこの映画をみたときは、パパンは、フィリパに一目ぼれして恋心を抑えられなくなってたところに、レッスンの最中に、ついオペラの中のドンジョバンニとツェルリーナと重ねてしまって、思わず彼女を抱きしめて頬にキスしてしまったと思ったのだが、

それだけじゃない気がしてくる。

音楽家のパパンはフィリパの美しい歌声にひどく感動し、この片田舎でパーフェクトなドン・ジョヴァンニとツェルリーナを演じたことに感動し、それは、モーツァルトの作品に対しても感動をよび、生きることが音楽であった彼にとって、この瞬間が至福のときだった。

今は、そんな見方もできる。

じゃあ、フィリパは、なんで彼が嫌だったのか?

そりゃあ、ただ、パパンがブサイクで、濃いー男だったから・・・とも言えなくもないけど(笑)

それよりも、やはり・・根本的な生き方が違っていたということだろう。

パパンにとって音楽は芸術であり、感動であり、それが生きることだったのに対し、フィリパにとって音楽は神へささげるものでしかなかった。

その生き方の違いは大きい。

これがそのデュエット曲↓



それから、数十年が経過して、すっかり姉妹が年をとった頃に、同様に老いたパパンは、手紙をつけてバベットに持たせたのだった。
だから、手紙には、ドン・ジョバンニとツェルリーナのデュエットの最初の2小節の楽譜が記してあったのだ。


バベットは姉妹のために、そこでメイドとして働くことになる。
有能なバベットは、無くてはならない存在になっていく。

さらに10数年が経過し、バベットもすっかり村の生活に馴染んでいったものの、教会の信者たちの中にはひずみも生まれてくる。
お父さんの牧師が生きていた時代とは、だんだん変ってきたのだ。

そこで、姉妹はちょうどお父さんの生誕100年祭にお父さんを知る信者たちを招いて食事会をすることにする。

その頃、バベットは、フランスの友人から宝くじが当選したという手紙をもらった。
預けてあったお金で、毎年友人に頼んで買ってもらっていたものだったのだ。

そこでバベットは、この食事会の食事は自分が費用を持つのでぜひ自分に任せて欲しいと、姉妹にお願いする。

姉妹ははじめてのバベットの頼みごとを承諾したものの、ぞくぞくと届けられる食材を見るうちにだんだん不安になってくるのだ。

それは、生きたウミガメやウズラだったからだ。

Babette_s_Feast.jpg

村人たちは、もちろん、そんなものは食べたことがない!
なんせ、堅いパンと干した魚を水で戻して切り身にしてぐちゃぐちゃに煮込んだ料理・・・みたいなものを毎日のように食べてる人たちだから。
(このシーンも最初に出てくる。)

なんだかまるで、悪魔の晩餐、魔女の料理でも食べさせられるような不安にかられてきた姉妹は、村人の招待客に相談する。

すると、

「大丈夫。 晩餐会では何があっても食べ物や飲み物の話はしません。 どんな言葉も出さないようにします。
舌は神をたたえるが、一方では手に負えない毒の塊です。
晩餐会の日には皆、味がないように振る舞いましょう。
舌はお祈りのためだけに使います」


と、村人は言うのだ。

彼ら敬虔な信者にとって、舌は神をたたえるためのものなのだ。
美味しい料理に舌鼓を打つことも、美味しい酒を飲むことも、それは罪。 それは罪悪。

そう、まるで、フィリパにとって、歌は神をたたえるためのものだったのと同じなんですね~。

神の存在を無くして、快楽や喜びを感じることは、むしろ罪・・・と考えてるんでしょうね。

晩餐会の日が迫ってきたころ、

レーベンイェルム夫人から手紙が届く。
「甥のレーベンイェルム将軍も、牧師の生誕100年の晩餐会に是非出たいといっている。 将軍を一緒につれていきたい」
との内容だった。

当初、11人のゲストを予定していたが、これでゲストは12人となる。

レーベンイェルム将軍というのは、まだ若いころに、一度だけ片田舎のこの町の、叔母のうちに3か月だけ滞在していたことがあったのだ。

そこで、マチーヌを見染めてしまい、教会に足繁く通っていたものだった。
だが、結局、何も言うことができず、「この世界には不可能なことがあると知りました」とだけマチーヌに言い残して、姿を消す。

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たったこれだけ。

しかし、おそらく、マチーヌの心には何かが残ったことを暗示している。

マチーヌとフィリパは、貧しい村に住む敬虔な老姉妹であり、厳格な牧師の娘。
若い頃は二人とも美貌の持ち主ながら、ずっとその身を神に捧げ、現世の享楽や恋愛ごとには見向きもしなかった。

しかし、レーベンイェルムはマチーヌに、オペラ歌手パパンはフィリパに、それぞれの胸に小さなさざなみをたてたことだろう。

世界的に有名なオペラ歌手のパパンもすっかり老いて寂しい生活を送っている。

また、レーベンイェルム将軍は、すっかり出世して、ソフィア王女の侍女と結婚したくらいだから、かなりの政府中枢にまで上り詰めた人だろう。

が、なぜか心は空しい。
空しい心を抱えて再びこの村にやってくる。

そして、彼は若き日の自分に語りかける。

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これが現在の姿↑

「お前は望みのものをすべて手に入れた。 けれどもこの空しさは何だ? 
お前は今日、自分が選んだ道が正しかったことを証明しなければならない」

「あの村の人々の貧しい暮らし、つましい食卓を見れば、あの日の選択が間違っていなかったことが納得できるだろう。
そして私のこの空しさが、根拠のないものであることが分かるだろう」
と。


そして、晩餐会の当日、
彼は、年老いた叔母と共に百年記念の晩餐会に出かけていく。

一方、村人たちは「味わってはなならぬ、料理の話はするな、何も考えないように」と言い合いながら席につく。

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さて、この晩餐会のしーンを文章で書いてしまうと、とっても陳腐になってしまうのだが・・
とにかく、この映画ってのは、ものすごく簡潔、実に単純でまったく無駄をそぎ落としてしまってるような作りなんで、無駄な会話も無いし、人々の表情や動作で表現しているところが多いのだ。

まあ、簡単に追っていくと、その料理のあまりのおいしさに、全員が圧倒されていく。

大出世をした将軍だけが、唯一のグルメで料理の知識も豊富にある人なのだが、
まずは、食前酒のアモンティリャードが出されたとき、

「これは驚いた、アモンティリャードだ」・・と、見事に言い当てる。

●スペインのアンダルシア地方の酒精強化ワインであり、シェリーの一種。高級シェリーとして有名。

そして最初の料理、「海亀のスープ」のおいしさに、ついに、スープ皿を手に持って、残ったスープを直接、ずずーーと口に注いだりしちゃうのだ。
それを見ていた村人も、まねをしてずずーーと飲むシーンがある。

●ウミガメのスープは、高級料理として昔は有名だったが、今では代表的な絶滅危惧種であり、ワシントン条約で国際取引が禁止されてしまってる。  なので、ウミガメスープを味わった人は今では皆無のはず。



メインディッシュの「ウズラのフォアグラ詰め、パイケース入り、ソース・ペリグール」が出たとき、将軍はフランスに駐在していた頃にフランス騎兵隊の軍人とパリのレストランに行った思い出を語り出す。

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「パリの最高級レストラン、カフェ・アングレに行ったことがある。
驚いたことにそこの料理長は女性だった。 そして彼女の創作料理がウズラのパイだった。

その夜のホストだったフランスの将軍はこう言っていた。 ここの料理長は食事を恋愛に変えることのできる女性だ。
それはもう、肉体が望んでいるのか精神が望んでいるのか区別がつかなくなってしまう


近頃のパリには決闘してでも欲しい思える女性はいなくなった。 唯一、決闘に値する女性はこの店の料理長だと。
彼女は厨房の天才として有名だった」


●映画を見ると、ウズラの中にフォアグラをトリュフと一緒に詰めパイ生地で作ったケースに入れてオーブンで焼いている。
ソースはトリュフのソース、ソース・ペリグールだ。
おそらく、パイ生地のサクサクした食感と、ウズラの淡泊ながらも柔らかくジューシーな味わいに、濃厚なフォアグラのうま味とトリュフの芳香のきいた一品なんだろう。。。


●ラム酒風味のサヴァランも美味しそうだったなあ。
バベットはこのサヴァラン(焼き菓子)を円形に作って、そこにフルーツのコンフィ(砂糖漬け)を添えてラム酒をかけていた。



そんな料理を食べていくうちに、
村人たちの会話も弾んでいき、牧師の生前の思い出やら、いがみ合っていた村人同士が互いに詫びたり、いたわりの言葉をかけたり。
次第に彼らの表情もやさしくおだやかになっていく。

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ここに登場するお酒たち・・が、またすごい!

●ヴーヴ・クリコ 1860 ・・・シャンパーニュの銘酒の一つ。
晩餐会の時代設定から考えると、このヴーヴ・クリコは25年ものになる。

私はもちろん、そんな高級ワインもシャンパンも飲んだことはないのだが・・聞くところによると、良いワインやシャンパンは酸味がぐっと後退して、甘みと芳醇なふくよかさがぐっと押し出されたカンジだとか。

●クロ・ヴージョ 1845・・・有名なブルゴーニュの赤ワインで、コート・ドールで有名なロマネ村の北方に位置するヴージョ村のワイン。
この舞台設定では40年ものになっている。

●コニャック:ハイン - フィーヌ・シャンパーニュ・・・ハイン社のコニャックの中でももっともデリケート。フルーツを連想させるアロマと、しっかりした芳醇な味わい。25種類以上のコニャックをブレンドしてできた「伝統的」なもの


最高の料理で満喫して、こんな銘酒でほろ酔いになれば、そりゃあ、誰だって幸せな気分になるってもんでしょう。。。

レーヴェンイェルム将軍は、最後にマチーヌの手を取って囁く。
「今宵、この美しい世界では、あらゆることが可能なのだと知りました」

そして去っていく。



晩餐会がすべて終わり、満ち足りた表情を浮かべて客たちが帰ったあと、姉妹とバベットの会話がある。

バベットは、二人に自分は、カフェ・アングレのシェフだったことを打ち明ける。

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あなたがパリに戻っても、このことは忘れないわ、と言うマルチーヌに、バベットは言う。

「パリには戻りません。」

「パリに戻らない?」

「私は戻れないのです。お金もありません。」


「お金がないって? でもあの1万フランは?」
と、驚くマルチーヌ。

「カフェ・アングレの12人分はちょうど1万フランです。」

「私たちのために全部使ってしまうなんて。」
 と、フィリパが言う。

「いいえ、理由は他にもあります。」と、言うバベット。

「一生、貧しいままになるわ。」

「貧しい芸術家はいません。」
 と、バベットは堂々と言う。

「あれがカフェ・アングレで出した料理なの?」

「お客さまを幸せにしました。力の限りを尽くして。 それはパパン氏がご存知です。」

「アシール・パパン!」
と、フィリパが目を輝かす。

「ムッシュー・パパンはこう言いました。 芸術家が次善のもので喝采を受けるのは恐ろしいことなのだと。
芸術家の心の中には、自分に最善を尽くさせて欲しい、その機会を与えて欲しいという世界中に向けて出される長い悲願の叫びがあるのだと。」


そして、フィリパが言う。

「でも、これが最後ではないわ。絶対に最後ではないわ。
天国であなたは至高の芸術家になる。それが神の定め。天使もうっとりするわ。」

こんなストーリーだった。

なんだか、完全ネタばれで、つい、ストーリーを追ってしまった。。。


しかし、この映画は何度見てもいいし、また見るたびに新たな発見をする。



映像、セリフ、演技、音楽、ストーリーのすべてが香気に溢れ調和し、不思議な官能の境地へと連れ去ってしまうような。
まさに、天才モーツァルトの音楽のようだ。

それぞれの関係と心境のメタファーになっているなど、芸が細かい部分も多い。

ヒューマンドラマ、感動の名作と呼ばれるものにありがちな、お涙頂戴やあざとさがまったくない。

それゆえに、エレガントな気品の中に、深く静かな感動がもたらされるのかもしれない。
暗い地味な映像なんだけなあ。 実はそれすらも計算されて、それゆえに!ということかもしれない。



そして、また、宗教ってものを、ふと考えてしまうのだ。

なぜ、敬虔な人々は快楽を罪のように扱うのだろう?

「子どもを作るため以外の性欲は禁止?」

「おいしいものを食べるのは罪?」

「酒は絶対にのんではならない?」


私の知る限りでは、このようなことを教えている箇所は聖書のどこにもない。
モーセの十戒をみても、無い!

人間は禁欲的に生きることによって神の栄光を表すみたいな・・・そういった誤った考え を植えつけられてきたように思う。


宗教的にいえば、自然に存在するあらゆるものはすべて神の創造物ではないだろうか。
そしてそれ自体に善悪なんて存在しないはず。

罪というならば、それを利用をする人間の心の在り方が原因となって罪が発生するだけじゃないだろうか?

酒にしろ、おいしい食べ物にしろ、お金にしろ、それ自体を罪であるとするのは、間違った自己満足であり、自己神化願望の現れかもしれない。
それこそ、病気かも・・。

美味しいお酒、料理を食べることで、感動し幸せを感じるならば、むしろそれは神の望むことではないだろうか?
逆にそれによって罪悪感を感じるのであれば、それこそ、神の意志とは大きくかけ離れてしまうように思う。

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ふと、ショコラって映画の舞台となった田舎町もそんな宗教色の町だったことを思い出す。

酒を飲んで他人に危害を加えたり、暴飲暴食で体を壊す人がいるとしたら、それは本人の心の問題であり、それ自体を禁じたりすることではなく、正しい方向性を示してあげることが宗教ではないだろうか?

だとすれば、

禁欲的な教えを守ってじっと耐えて、罪の意識におびえて生きる人々よりも、オペラ歌手のパパンや、バベットの方が、ずーーと神に近い存在かもしれない。

真のアーティストは神に近いのかもしれない。

この映画をみて、また、そんなことを考えてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この原作を書いたのは、イサク・ディーネセン、またの名を、本名はカレン・ブリクセン

20世紀デンマークを代表する女流作家だ。
この映画はデンマーク映画だが、舞台はノルウェー。

なぜ、カレンは、男の名前で作品を書いたのか? それなりの事情はあったのだろうが・・・。
それは知らない。

そういえば、『愛と哀しみの果て』という映画も、カレン・ブリクセンことイサク・ディーネセンの原作だったことを思い出す。
メリル・ストリープとロバート・レッドフォードが演じて、1985年のアカデミー作品賞と監督賞を受けた作品だった。

溜息が出るほど美しいアフリカの風景を思い出す。

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でも、未だに思うんだけど、原作は、『アフリカの日々』(Out of Africa)というタイトルなのに、なんで、愛と哀しみの果てなんだ?

これじゃあ、甘ったるいメロドラマ仕立てになった映画をイメージさせちゃうようなタイトルだし・・個人的にはこの日本名には不満だ(笑)

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