脳が幸せを感じるしくみ

私の母は、日本でマンションの一人暮らしをしている。

なので、たまには電話して、母親のたわいもない会話につきあうことにしているのだが、きのうは、こんなことを言っていた。

「隣のマンションの奥さんてね、すごく子供に過保護というか干渉しすぎなのよ。
高校生のお嬢さんがいるんだけど、夏休みを利用してアメリカのホームステイをするつもりだったのに、危ないからアメリカなんかに一人で行っちゃダメ!って言いだして・・・結局行かれなくなったちゃったらしいの。」

「ふうん、まあ、危ないといわれれば危ないのかなあ? でも、今は日本だって安全な国じゃないでしょーに。」

「そうでしょ! それに下の男の子にも、友達の家でお菓子を出されたら食べちゃダメとかって言ってるらしいのよ。
無添加のものじゃないから体に悪いから、ダメなんですって。 
何でも危ない、危ないって言ってたら、何もできないだろーし、子供だって何も出来ない子になっちゃうわよ。」

「たしかにね~。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、コリン・フレッチャーの言葉を思い出す。
Colin Fletcher 9


コリン・フレッチャー Colin Fletcher (1922 – 2007)
Colin Fletcher

ちょっと昔の人だけど、イギリス人のバックパッカーの草分けみたいな人で、多くの大自然を旅してきた人。
アメリカのグランドキャニオンもバックパッカーとして歩き多くの本も出版して、バックパッカー、ハイカーのバイブルとして圧倒的な支持を得た人らしいのだ。

こちらのブログに詳しい説明↓
http://yaplog.jp/uminomegoo/archive/321


colin.png


そして彼は、こんな言葉を残している。
     ↓

もしあなたが、人生において “安全” を最優先の検討課題としてとらえているなら、どんな状況であれ、一人で長いハイキングをすることなどやめるべきだ。
短いハイキングでも危ない。つまるところ、どこであろうと一人では行くべきではない。
ドライブや、恋に落ちることや、死んでいる細菌があふれている空気を吸う事など、無謀な行為は必ず避けてるべきである。
着るものはすべて天然素材(ウール)にし、今の生活が半分不自由になるとしても、考えられるすべての不慮の出来事に対し、所有している家財道具をすべて保険にかけろ。
何キロ先まで車が一台もいなくとも赤信号は決して渡らないほうがいい。

そして、当たり前だが、今まで信じてきた事を脅かすような好奇心や考えは決して持とうとするな。
そうすれば、あなたは自分が安全だと分かっている世界の中で十分長生きするだろう。

しかし、あなたは死ぬ直前に発見するかもしれない。 もう、すでに死んでいたのだと。
ずっとずっと前から…



colin-book.jpg

安全に生きること と、冒険すること・・・は相反するものかもしれない。

私自身は、小さい頃は冒険心いっぱいの男の子だったから・・いや、違った!
女の子だったんだけど、その中身は「とっても男の子らしい」子供だったんで、毎日、わくわくすること、冒険を夢見ていたような気がする。

ずいぶん、親に隠れて色々な事に首を突っ込んだり、色々な場所にもこっそり出かけてた記憶がある。


最近は・・安全だとかセキュリティー強化なんて言葉はよく耳にするけど、冒険なんて言葉は聞かなくなってしまったような気もする。 また、冒険心満載の子供ってのも、あまりいないのかもしれない。

少し前に、ニュージーランド出身の人から、

「ニュージーランドでは、冒険は、若者の憧れであり、特別な意味を持つ言葉なんだよ。 
若いころはオンボロ車を買って、仲間とアウトドアに出かけていったものさ。
車を自分たちでメンテナンスしたり、みんなでテントやシュラフを持って見知らぬ土地へ出かけるってのは、若者の通過儀礼みたいなもんさ。」


という話を聞いて、とっても羨ましく思ったものだ。

Colin-and-The-Ark-1958.jpg


大自然に恵まれているせいもあって、さぞかしアウトドアが盛んな国なんだろうなあ。


で、冒険をしない人、つまり、フレッチャーさんの表現を借りれば、「人生において 安全 を最優先の検討課題」としてる人というのは、ようするに、私の母の隣人のような人たちのことだと思うのだが・・きっと、とっても怖がりな人なんだろうと思う。

自分だったら怖い、だから、子供にも、そんな危険なことをさせたくない、と思ってしまうのだろう。

心の底にいつも恐怖心を持ち、常に最悪の状態をイメージしてしまう人なんだろう。


怖がりというのも・・・しかもそれが、女の子だったりすると、ちょっとかわいいイメージもしないこともないなあ・・(笑)
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しかし常に恐怖心を持つということは、非常にネガティブマインドで、幸せ感からはずーーと遠くなってしまうこと!だそうだ。

じゃあ、どうやって、恐怖心を取り去ればいいんだろうか?

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アミット・ソッド博士(Amit Sood)という人が、なかなか興味深いことを言っている。
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米国内科学会に所属する全米で最も優れた病院のひとつといわれる、メイヨークリニックにて、統合医療の著名な研究者であり開業医。
Wiki


不幸な脳というのは、恐怖と自己不信に悩まされている脳なんだそうだ。

いつも「恐怖」と「自己不信」が離れない、いつも不安を抱え、自分なんか価値がないと思う。
どうしていいのか分からず困っているとき。

まあ、そんな経験は私にも多々あるけどね(笑)

まず、脳というのは、こんな三大特徴を持っているのだそうだ。

・脳は他人の痛みも自分の痛みとして感じる
人間の脳は、本来人が痛みを感じているのを見ると、自分の脳内でも実際に痛みを感じる時に発せられるニューロンが発生してしまう。 それが、特に愛する人や身近な人だったりすると顕著に表れるそうだ。

もっとも、人によっては、人の苦しみや不幸は蜜の味って人もいるけどね~。
それは、かなり病気?の脳になっている証拠で・・・本来の脳は「他人の痛みも自分の痛みとして感じる」のだそうだよ。


・脳にとっては、空想も現実も同じもの
想像でも現実に起きていることでも、脳の中では同じ神経構造が使われいてるそうだ。
もし、クモが体を這っている夢をみた場合、もちろん夢だから実際にそんなクモはどこにもいないのだが、
それが夢で感じた恐怖であったとしても、脳にとっては現実の恐怖と同じになる。

・脳は、心の痛みと身体の痛みの区別がつかない
たとえば、嫌がらせや中傷されたりして心を傷つけられたとき、その痛みは、肉体的にトゲが刺さった時の痛みと同じ。
心が壊れた時の痛みは、骨が折れた時と同様の痛み・・・というわけだ。
脳にとっては心の痛みも身体の痛みも区別が無しの同じもの。


「脳は他人の痛みも自分の痛みとして感じる」ということについて、ここでさらに補足的な別の記事を発見した。
    ↓
米カリフォルニア大学のダッカー・ケトルナー教授は、人間の脳は同情するようにデザインされていると説明している。

<以下、その内容>

私が行ったカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学の研究で面白い発見があった。
人は物理的な痛みを感じると脳の一部に信号が送られる。 驚くべきは、それを観察していた人も、脳の同じ部分に信号が送られるのだ。まるで相手の痛みを共有して感じているかのように。

これはミラー(鏡)ニューロンと呼ばれる神経細胞の働きで、他者の行為を観察することで、自分の脳内であたかも同じ行為が行われているような働きを示す。

 ”共感”は非常に複雑なプロセスが脳内で行われており、この大脳皮質の新しい発見は、言語や未来のことを想像するなど思考の中枢を司っている部分にあたり、前頭葉に深く関係している。

共感するには「自分以外の相手がいて、その人は自分とは異なる感情や考えを持っている」と理解することが必要である。
バークレー社会的交流研究所で、被験者たちに典型的な痛みを感じる写真を見てもらう実験を行ったところ、被験者はとても強い同情の反応を見せ、物事を処理するときに働く中脳水道周囲灰白質と呼ばれる部分が反応した。

中脳水道周囲灰白質は哺乳類に共通する神経細胞で、昔から我々の脳にある
つまり、同情は昔から脳神経に組み込まれていたのだ



これは驚きだ。

昔から人類は弱肉強食世界で生態系の頂点に位置し、貪欲にお金や権力、地位や名声なんてものを求め続けてきたというイメージがある。

そう、強いものが生き残る。
私たちは、個体の生存、種の継続をかけた競争の中で生きていて、その中で生き残ろうと思うならば、同情、共感、憐れみの情などという・・つまり「優しさ」なんてものは、まったく不要なもののはずだ。

しかし、昔から、「他人に共感する」 「優しさ」のようなものが、すでに脳に組み込まれている! ということは、、、、

ちょっと待てよ。。。

私たちが生きる上で一番必要なことは、生命維持や、種の継続といったもの・・だよね。
(もちろん、ここでは肉体的・物質的な意味でだけど・・。)
すると、生命維持や種の継続のために「他人への同情・思いやり・優しさ」が、必要ということにもなるね。

生物に無駄な器官があるはずはないからね!

ふうむ。

・・・・・・・・・・・

さて、そこで、

恐怖と自己不信に苛まれてしまっている脳を、幸せな脳にする方法

アミット・ソッド博士が提唱する、幸せな脳の作り方のビデオがあるのだ。
           ↓
これは英語版なんだけど、下記にざっと日本語で内容を追ってみることにする。


ここに登場するのは、ブルーディーくん(まさに、憂鬱て意味かい?)

ブルーディーくんは、恐れ(FEAR)と自己不信(SELF-DOUBT)に悩まされていて、自分なんて生きてる価値ないのかな~って思ってる。

そこで、友達がやってきて、脳のことやしくみを学ぶために、彼をスクールに連れて行ってくれる。
幸せな脳になるためのクラスに出席することになる。

脳の中には、何兆もの結合があって、何百万という機能が働いているのだ。
そんな脳には、3つの大きな特徴があって、過度に働かせると疲れきってしまうのだ。

その3つとは・・・さっきも述べたけど、これ↓

・脳は他人の痛みも自分の痛みとして感じる
・脳にとっては、空想も現実も同じもの
・脳は、心の痛みと身体の痛みの区別がつかない


そこで、恐れと自己不信で疲れきってしまってる脳を、豊かな充実感でいっぱいにするためには、

深い感謝(GRATITUDE)
思いやり(COMPASSION)


を培っていくこと。

日々、感謝の気持ちを抱き、他人を思いやることで、ブルーディー君は日に日にたくましくなり、ついに恐れと自己不信に打ち勝った。
そして自分にも価値を見出し、脳はどんどん幸せを感じるようになっていった。



たしかに、私たちは、ひどく自分のことばかりを考えてしまい、それがネガティブな思考だと、どんどん落ち込んでしまって、ますます抜けられなくなっちゃうってことがあるよね。

そんなときこそ、逆に人の事を考え、人のために何かをすることが、自分を救う道なのかもしれない。
同情が偽善だろうとなかろうと、なにかを人のためにやって、それで人が救われるならば、偽善も大いに結構!


そもそも、人のためにやるってことは、つまりは、自分のため、自分の幸せのためなのだから(笑)
まさに、情けは人のためならずということだ。

そして、これは科学的にも検証されたようだし・・。


人の痛みや不幸に共感してしまうのが脳ならば、逆に、人の幸せな顔をみたならば、きっと自分も幸せを感じることだろう。
まして、自分の行動が相手を幸せにしたとしたら、この上もない喜びになるだろう。

そして喜びを感じ始めると、今まで見えなかった自分の道も見えてくるというものだ。
有意義で独創的で、ますます人のためになる行動をするようになり、脳はもっと幸せになる。

なーるほどね~。

脳が幸せになりたかったら、幸せを追い求めるよりも、感謝と思いやりを追い求める方が幸せになれるようになってるってことだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前述の、カリフォルニア大学のケトルナー教授だが、ちょっと続きがある。
        ↓

共感の欠落について

私たちは”社会階級”というシステムとそれが与える心理的影響に強く興味を持った。
そして、人間の神経システムで一番長い束の迷走神経と呼ばれるものに注目した。

この迷走神経は、同情や助けたいという感情が生まれると活動することがわかった。
ある実験を行い、下流階級の人と上流階級の人に「苦しんでいる写真」を見せた。

すると、下流階級の人は、迷走神経に反応が現れたが、上流階級の人はそのような反応を示さなかった。
これは正に富が生み出す思いやりの欠如と言えるだろう。

経済学の統計に従えば、金持ちの人ならお金を分け与えるのは簡単だと思われる。
逆に、銀行の口座に千ドル(十万円くらい)しかない人は、自分の生活に関わってくるので簡単には他人に分け与えない、と思われている。

しかし我々が発見したのは、下流階級の人々の方が、上流階級の人よりも、多くのお金を分け与えているという事実だった。
これは他のボランティア活動について研究した他の実験結果とも同じものだった。



なーるほどねえ。
金持ちほどケチだ!とも俗に言うね(笑)

特権のある階級の人の方が、欠如していることが多いということだね~。

本来の脳から、欠如してしまっている・・・・つまりは、幸せを感じる脳ではなくなってしまってる。。。
だからこそ、余計に富や権力に走ろうとするのかもしれないね~。

幸せじゃない人が多いんだね~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「人にはやさしく、思いやりを持ちなさい」
lこれは、昔から言われていた倫理上の教えだった。

しかし今や科学的な裏付けをされ、これには、ちゃ~んと意味があったということだ。

すごい!

そう、そして・・・人間の脳は他人に同情するようにできている
それが、自然で正常な状態の脳

私たちが幸せを感じるために。
それが、生物学的にも生きることかもしれない。

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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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