我が家のネコ、そして異種動物間の愛

私は、いつから猫好きになったんだろう?

いや、猫に限らず・・ほとんどすべての動物好きでもある。

どうやらこういったものは、先天的なものかもしれない。
私の両親はむしろ動物嫌いで、おそらく私が生まれてこなかったら生涯ペットなどを飼うことはなかったことだろう。

何度も野良犬を拾ってくる子どもに、「野良犬や野良猫は汚いし病気を持ってるからダメだ。」と言い聞かせ、そのたびに捨てに行かせたのもだった。

しかし、そのうちついに根負けして、ペットショップでコリーの子犬を飼ってきた。

それが最初のペット体験となった。

それでも、私と彼らの犬に対する接し方は大きく違っていた。

彼らにとっては、犬は常に人間より下のランクに位置するものだったのに対し、私にとっては、兄弟であり友人のような存在だった。

ベッドで一緒に寝ようとすると、

「犬をベッドにあげちゃダメ。 そもそも家に入れちゃだめ。」
と、母が言ったものだ。

「どうして? お風呂に入れたからキレイだよ。」
すかさず、私が言う。

「そうゆう問題じゃないのよ。犬は一緒にしちゃダメなの。」

なんだか釈然としないなあ・・と思ったものの、まあ、それなら私が犬小屋で寝ればいいんだ、と、私は犬小屋で犬を抱きかかえて寝たものだ。
いや、おそらく、犬に抱きかかえられて寝てたんだろう。

その後 大人になり一人暮らしをはじめてからは、ずっと猫を飼っている。
都会のアパート暮らしのため猫を飼い始めたのだが、もしも住宅事情が許せば、犬も猫も、そして馬も飼ったことだろう。
動物好きが高じて乗馬クラブにまで通っていた私は馬好きでもある。

いや、豪邸生活ができる身分だったならば、ヤギや牛なども飼ったかもしれない。
あれ? こういうのは豪邸生活って言わないらしい。ホセに言わせると、それは豪邸ではなくってランチだろ?と言われるのだが、私にとっては夢のような豪邸生活に思える。

それぞれの種族によって、それぞれの違いがあるのが面白いのだ。

嬉しいときはどんな顔をするんだろう?
お互い、どんな好き嫌いがあるのか、どんな性癖があるのか?
異種間の動物たちが仲良くなったら?

そういったことを見るのが楽しいのだ。


しかし、それはあくまでも私の夢物語だろう。
現状で豪邸暮らし?が出来ない私は、ずっと猫を飼い続けている。
今は、4代目の猫だ。

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最初は小さかった子も、あっという間に、こんなになり、

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散歩すると、こんなになる↓
(ホセの散歩風景なのだが、顔は出すな!というから落書きした!)
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現在2歳なのだが、今もなお日々成長し続けている。 
いったい、どれだけ大きくなるんだろう。。。
今、ちょうど10キロ近い。しかし、かなりの筋肉質で身軽なデブなので、まあよし、としよう。


さらに、このネコは今までになく、ひどく変わった性癖を持っている。

まず、食べることにまったく興味を示さないのだ!
食べるものは、いつも決まった銘柄の安物ドライフードのみ。(例外として、日本産の高級海苔だけは好物。)

どんなに高級な肉や魚をあげても絶対食べない。

そのおかげで、テーブルに上がって食べ物を横取りしようとしたりすることもないし、食べ物をおねだりされることもないんで、いつでも、ゆったりと平和な食事が楽しめるのはありがたい。


こんなネコ、はじめてだ。

いや、でも・・・動物として生き物としてそれって、どーなんよ!食べ物に興味が無いって?

ただ、ひどく匂いフェチで、なんでも匂いを嗅ぎたがる。

とくに、食卓にはじめての物が上がると、必ずテーブルの上にジャンプしてきて匂いだけを嗅ぎにくる。

くんくんくんくん。 顔をつけんばかりに嗅ぎ終わるともう満足して去っていく。

食べようともせず、もちろん手も出さない。

たとえば、本日の夕食の一品に、「小松菜のお浸し」があったのだが、彼女は飛んできて、しきりに小松菜の匂いをかいだ。 すでに知っている匂いには見向きもせずに、遠くから飛んできて小松菜だけをしきりに嗅いでいた。 彼女がやってきてから我が家で小松菜を買ったのは初めてのことだった。

いつも、匂いだけ。

しかも、その嗅覚はかなり鋭いようだ。
どうして、遠くからでも、新しいモノがわかったのか?
まるで、犬並みの嗅覚じゃないか!


さて、食べることに興味がないなら、彼女の生きる原動力、好きなことって何なんだ?と、いうと・・・

光を追いかけるのが好き。

猫じゃらしで遊ぶことが好き。

何でも新しいことを探すのが好き。

ドライブ好き。


つまり、常に好奇心を満足させるもの、刺激を求めることが生きる原動力となっているようだ。


そういえば、以前こんなことがあった。
私とホセが朝外出して夜遅く帰宅したことがあった。
帰宅したら猛烈に怒っていた。 どんなに謝ってもなだめても許してくれず、近くにも寄らず目も合わせず、完全に翌日の午後まで無視された。

なんだか、そのときは、まるで人間の女の子を相手にしてるかのように思えたものだ。
「私、一人でずーーと帰りを待ってたのに、アンタ酒飲んで、おまけに店の子と浮気してきたでしょ? いくら謝ってもおだてても、そう簡単には許さないからね!!」
なんだかそんなシチュエーションを想像してしまった。。。

うーーん。
いくら寂しい思いをしたとしても、フツーの動物は、こんな怒り方はしないような気がするのだが・・。


それ以来、どこにでも車で連れて行くことになったが、たとえ何時間も車の中で待たされても、彼女(メス猫なのだ。)にとっては我々と一緒に出かけるということに意味があるようで、それで満足のようだ。

さらにホセに言わせると、彼女はおしゃべり好きで意思の疎通ができるネコなのだそうだ。

「さあ、運転するから後部座席に行って!」というと、ちゃんと移動する。

「家にいるの飽きたから、ドライブに連れてってよ!」と、ホセを誘ったりする。



そういえば・・・散歩中に、いきなり立ち止まって地面を見て、にゃおう!と言ったことがあった。

「何か言ってるみたいよ。」
私が言うと、

「虫がいっぱい!って言ってるよ。・・なんで、オマエは彼女の言葉がわからないんだよ!」

と、ホセが呆れたように私を見る。

そんなのわかるか!

私がしゃがんで彼女の見つめる先を目で追うと、なんと、たしかに・・小さな蟻の群れが蠢いていた。

なるほど! 
彼女にとっては、はじめて見た蟻という虫。 触ることもなく、ただじっと、しばらく見つめていた。


今では、長年ずっと犬好き猫嫌いだったホセも、すっかり、彼女にはメロメロになっている。
まさに、目の中に入れても痛くないほどの・・猫かわいがりだ。

「猫は嫌いって言ってたじゃない?」

「猫は嫌いだよ。だけど、コイツは猫じゃない。 猫の皮をかぶってるだけで前世に犬も入っているのかもしれない。
だって、何も教えてないのに・・手の平を出すと必ずお手をするし、嗅覚は鋭いし、どこでもドライブできるし、耳は聴こえないくせに話は通じるし犬以上のすごいヤツだ!」

ホセは嬉しそうにベタ褒めする。(←前世が犬だったネコ?)

そうそう、彼女は生まれつき耳が聴こえない。 

白い猫でオッドアイかブルーアイの猫は聴覚障害が多いそうだ。毛の色素の細胞(メラノサイト)を欠乏させることで毛の色を白くし、眼の色素が欠乏させることで眼が青くなるそうだ。 さらにこの白毛遺伝子が耳の中にまで影響を及ぼすとコルチ器官という音の感覚器官に影響を及ぼし生後コルチ器官がうまく形成されなくなる。
コルチ器も色素の細胞(メラノサイト)と同じ細胞から分化したものなのだそうだ。



まあ、本人は生まれつきなせいか、全く気にしてないようだ。
私が呼んでも気が向けば返事もするし、ちゃんと意思の疎通はできているようだし、特に不便を感じることもない。


さて一方、彼女自身も、なぜか・・ホセのことはメチャメチャ大好きなようだ。

1日に何度でも、ホセにはスリスリと体をなすりつけ、撫でられるたびに目を細めてゴロゴロ言う。
もっともスリスリというよりは、彼女の場合は、頭からぶち当たる「頭突き」のようにも見えるのだが。

しかし、私には、スリスリも頭突きもしない。

私が帰宅すると、せいぜい、にゃ!と叫んで部屋をかけまわって戻ってきて万歳をするだけだ。
まあ、これも喜んでくれてる行為だとは思うのだが・・なんとなく、ちょっと寂しい。

座って両手を挙げる行為、つまり万歳は、彼女の「遊んでくれ!」というアピールなのだ。

私と視線が合っただけで、万歳をする。

彼女にとっての私は、遊び相手としての存在らしい。


彼女が決めたルールによると、

私の役割は、「一緒に遊ぶ人」であり、「トイレの掃除をする人」

ホセの役割は、「ゴハンを与える人」、「大好きでたまらない人」であり、「話し相手」


「オマエは、舎弟だと思われてるんだよ! だから、きっと遊び相手なんだ。」
と、ホセが言う。

じゃあ、ホセは何だよ? 世界で一番大好きなママか??

たしかに、そうかもしれない。
ただ好きでたまらないから、ベタベタしたいからスリスリする。

そこには、テレも無ければ気を引く小細工も無いし、まして下心も無い。
ただ、好きでたまらないからする。
実にストレートだ!

ホセが「お腹が空いたなあ。」・・とつぶやくと、彼女は自分の食器を頭でぐいっと押してホセを見上げる。
「ほら、私のドライフードが残ってるから食べなよ。」

「オマエは優しいなあ。 でもねえ、それはいいよ。 あとで自分で作って食べるから大丈夫だよ。」


二人でこんな会話をしてるんだそうだ。

そういうとき、私はちょっと妬ましい気分になる。

私にはしてくれないから。。。
(別に、猫のドライフードなんかもらっても困るんだけど・・。)

そもそも、動物が食事を差し出すというのは最大の親愛表現なのだそうだ。
こんな記事があった。↓
野生のアザラシと仲良くなりプレゼントされたのは…え、ペンギン?


動物というのは不思議なものだ。
それは野生動物でさえ、一見ありえないだろう?と思えるような感情の露出を見せる。
言葉も手段も使わずに、愛されることを求めず、愛することだけをストレートに示す。


それが異種動物間であってさえもだ。

ロシアでフクロウを助けたトラック運転手が、今では助手席にフクロウを連れて走ってるそうだ↓
フクロウを助けたらすっかり懐いてしまい、預けた動物園から「手に負えぬ、引き取ってくれ。」 と言われたトラック運転手(ロシア)


ホッキョクグマは、本来は最強のプレデター(捕食者)であり、犬なんかエサになっちゃうはずなんだけど↓
大大大好き!!犬とホッキョクグマの仲良しっぷりがわかる画像特集

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんだか、こういうの見ていると、人間同士で血のつながりの無い養子縁組だとか、白人が黒人の子を養子にするとか、文化の違いだとかで、色々と悩むのはほんとうに馬鹿げているなあってつくづく思ってしまう。


そもそも、一夫一婦制の結婚制度だって何のため? ふと、私は思ってしまうことがある。

まあ、社会的秩序だとか法律面は別にして・・・それってお互いにナンバーワン、オンリーワンの忠誠心を求めたくなるようになってるし、そういった「特別の関係を維持すること」を前提とされているようで、私はときどき不自然な息苦しさを感じてしまう。


たとえば・・ウチのネコが人間だったとして・・・・私とホセとニャンコセンセーのような関係で3人で同居する関係だってアリじゃないか?(←うーん、ちょっと極端過ぎるか?)

そもそもホセと私は一緒にいたいからいるわけだし、ホセはニャンコセンセーが大好きでニャンコセンセーもホセが大好き。私はニャンコセンセーが大好きだけど彼女からの見返りラブはあまり無い。 それでも、やっぱり幸せだと思うから一緒にいる。
その結果3人で一緒にいる。

それだけのことだと思う。

もしも一夫一婦制にしたら、こんな関係は成りたくなってしまうだろう。


そういえば、よく私とホセの関係も、「どういった関係ですか?」と聞かれることがあるのだが、私はいつも返答に困ってしまう。

まず法律上の夫婦ではない。 
恋人と呼ぶには、ラブラブな恋心が欠乏してるような気がするし、入籍してない夫婦と言ったところで、あまりにもインディペンデント過ぎるし夫婦としても役割も責任も何も無い気がする。
やっぱり、友達というんだろうか?

やっぱりよくわからない。

それでも1日の最後には必ず会って話したくなる相手だし、楽しいときも喧嘩しても、やっぱり関わっていたい相手だし、何かがあれば助けたいと思う。(←あれ?これってニャンコセンセーに対する気持ちとも同じだなあ。)


中には、「そんなに仲がいいのになぜ結婚しないの? 早く結婚しちゃえばいいのに。」と、言われることも多い。

ところが結婚というものは、タックスが大幅に削減されて生活がかなりラクになるとか(笑)・・実に美味しい現実的な利点があれば、そりゃまた検討の余地はあるだろうが、それ以外は、私にとっては、ほとんど意味がないものに思えてしまう。


現在の結婚制度ってのは・・・お互いがナンバーワン、オンリーワンの関係で縛られ、世間からでさえ、愛の努力を強要されそうなシチュエーションに陥りそうで、なんとなく気が進まない・・つーか、どこかで不自然な状態を作りあげている気がしてしまう。

私にとって世間一般の結婚とは、どうやら、とっても不自然なことらしい。


いつでも、お互いに一緒にいる意味を見出せなくなったときには自由に出て行ける状況を作っておきたいし、今一緒にいたいと思うから単純に一緒にいる・・・その方が私にはとっては、自然なことに思える。

ある日突然、居ついてしまった野良猫と同じ状態にしておきたいのだ。
いつでも、自由に来られて自由に出て行かれる。

そして、そんな状態でずーーと毎日いられたら、お互いに本当に幸せだと思う。

今はそう思える。

だけど昔は・・私もいつもナンバーワンやらオンリーワンを求めていたのも確かだ。
それこそが愛だ思ってたし、それ以外の愛はいらない、なーんて思ってたこともあった。(笑)


そもそも、犬は「自分の犬」になってくれるかもしれないけど、猫は完全には「自分の」猫になどなってはくれない。
人も同じだと思う。

それでも、人生の雨の日にも嵐の日にも絶対変わることなく寄り添ってくれる存在があることは幸せなのだ。
それだけのことだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は動物たちから、こういった事を色々と学ばせて頂いた気がする。

厳しい状況下に生きる野生動物であってさえ、また異種間であってさえも、無私の愛をストレートに示すことがある。

それは種族保存の本能や食べて生き延びるための本能から見れば、実に無駄な行為で、厳しい環境にいる野生動物ならば、無駄に時を割く余裕は一分たりとも無いはずであり、時には自分の命取りにさえなることだ。

それでも事実、起こりえる。
つまり、どんな動物も、琴線に触れる愛の感情を持って生まれついているものかもしれない。


それは、自分が生きることよりも時には優先してしまうことなんだろうか?
それとも、それこそが生きることなんだろうか?



一方、家もあり食べることに困らない人間たちに限って、ナンバーワンルールやオンリーワン法律に縛られてしまうのは、なぜだろう?

なんとも世の中は不思議だ。


私は、これからも、風変わりなネコとホセと関わって生きていくことになるんだろう。
関わっていくということは、お互いに影響しあって変化し続けることでもあると思う。

きっと、これからも、ますますニャンコセンセーのおかしな性癖を発見していくことになるんだろうなあ。

ただ、これ以上、体の成長はして欲しくは無いのだが・・・。今でも大猫で重たくてかなわん。


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犬っぽい猫もいれば、猫っぽい犬もいるらしい↓
「うちの犬は、自分のことを猫だと思っている…」振る舞いが猫っぽいハスキー犬の写真いろいろ

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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