ちぇちぇんじん?
そういえば、ずっと以前、つき合いはじめた友達が、今度ご主人を紹介してくれるってときに、「ウチのダンナ、ベルベル人なんよ。 」
・・・と、言ったのを思い出した。
まあ、世界中、色々な民族はいるわけだし。。。
チェチェンといえば、チェチェン紛争なんて聞いたことあったなあ。
たしか、ロシアの南の方、ロシアとめっちゃ仲が悪くて、テロリストがいて・・。あのボストンマラソンのときのテロも、チェチェン人だったとか・・
私の知識も記憶もその程度だ~。

「なんで、チェチェン人が前世だってわかったの?」
「何度も何度も、あの光景が夢に出てくるのよ。 夫と子どもはロシア兵に惨殺され家には火をつけられ村は焼かれたの。
それは、まるで地獄のような生々しい夢なのよ。」

チェチェンは、黒海とカスピ海の間、コーカサス山脈の北側にある地域。
北にロシア、南西にトルコ、南東にペルシャ(イラン)という、昔から強大だった3つの帝国の境界にあたり、いくつもの勢力が、この地を支配しようと攻めてきては去る、という歴史が繰り返されてきた。
だが、そこには5000メートル級の高峰が連なる険しい山脈があり、ここに住む人々は、強国が攻めてくると山に篭もり、難を逃れたり抵抗運動を展開したりしてきた。
チェチェンの人々は、イスラム教徒。ただ、この地域にイスラム教が入ってきたのは18世紀ごろで、それまで信仰されていた地元の宗教儀式と混じり合った、「イスラム神秘主義(スーフィズム)」になる。
厳格な従来のイスラムと違う点は、偶像崇拝をタブーとするイスラムに対し、スーフィズムは修行を続ける聖者たちを崇拝し、聖者は「奇跡」を起こすとされ、宗教儀式の踊りや音楽などもあり、人々を恍惚とさせて宗教意識を高める。
シャイフ(shaykh)と呼ばれる聖人を中心に、その弟子たちが各地の村々の指導者となり、宗教的な強いつながりが、チェチェンの氏族社会の特徴。
また、同族的なつながりに加え、山の民としての自尊心の強さがある。
とにかく、強大な敵にも屈しない・・・まさに、不屈の精神を持つ民族らしい。
ロシアの作家、ソルジェニーツィンの著作収容所群島というのがあり、それは、ロシア革命(1917年)からスターリン批判(1956年)までの、ソ連の強制収容所での人々の様子をまとめた、ノンフィクションなのだが、それによると、

ロシアでは1937年以降、ソ連国家に反感を持ちそうな民族を丸ごと、中央アジアのカザフスタンなどの遠隔地に強制移住させる政策がスターリンによって行われた。
それは様々な民族で占められていて、ドイツ人、日本人、朝鮮人なども含まれていたそうだ。
強制移住地に送られた人々の多くは、そのうち服従の中で生きる心理が身につき従順になっていく。
「服従」どころか、ことさら一生懸命に働いたのは、朝鮮人やドイツ人、それから敗戦とともに満州からシベリアに抑留された日本兵の集団など、その後、高度成長を遂げた国を故郷とする人々だった。
ところが、服従の精神をまったく受け入れなかった民族が一つだけあった。それは、チェチェン人。
彼らは個人としてではなく、民族全体として、「当局に取り入るとか、気に入るようなことはいっさいやらず、いつも胸を張って歩き、その敵意をかくそうともしなかった」。
「あえて言えば、特別移住者の中で、チェチェン人たちだけが精神的に正真正銘の囚人だったのだ」
・・・・・ソルジェニーツィンは、そのように書いている。
そして、チェチェンとロシアの戦いの歴史は、200年前に始まってます。
こちらが、簡単な戦いの歴史です。

●18世紀、チェチェンの南のオスマントルコ帝国が衰退し始めると、北方のロシア帝国が南下政策を展開。
ロシアの軍隊は、カフカス地方の無数の小さな民族を征服していった。 そこで、猛烈に抵抗したのがチェチェン人。
●シャイフ・マンスールという聖人指導者がロシアに対する「聖戦」を宣言、
チェチェン周辺の北カフカス地方の人々全体を束ね、抵抗戦争を始める。
1785年にはロシア軍を打ち破ったが、6年後にはロシア軍に捕らえられて殺されるが、いまだに英雄とされている。
●その後もチェチェン人はロシア軍に抵抗し続け、
1859年に、ついにロシアの支配下となる。 この抵抗戦争によってチェチェン人の3分の2が死んだといわれている。
●ロシアの支配下となった後、チェチェン人はオスマン帝国のスパイという疑いをかけられて殺されたり、宗教弾圧が行われたが、チェチェンのスーフィズム信仰は、こっそりと、村の家々で礼拝や儀式を続け、さらに信仰と同族の団結が維持されていく。
●さらに、ロシアの圧政を逃れ、南のオスマントルコ領内に移住したチェチェン人も多い。
当時のオスマンは現在のシリア、ヨルダン、レバノンなどを含んでおり、これらの国々には今も多くのチェチェン人がいる。
●1917年にロシア革命。 この機に、チェチェンとその周辺のイスラム教徒たちは「北カフカス首長国」の建国を目指し、ロシア皇帝の軍隊や共産軍などと戦った。
●その最中、ロシア共産党の代表が、大幅な自治権を認めてやるから、自分たちに味方するよう求めた。
当時ロシアでは、皇帝の勢力と共産勢力との間で全面的な内戦になる可能性があり、共産党はイスラム教徒を味方につけておきたかったようだ。
●1922年にチェチェンは自治州となる。約束は守られたのだが、それは形だけのこと。
ソ連の統治が始まると、スーフィズム信仰は「迷信」から「反革命」とレッテルを貼られそれに反発する多くの宗教者たちは、犯罪人として逮捕、処刑される。
●ソ連当局は、チェチェン人の結束の固さを破壊するために、村を解体して集団農場にすることで、結束を崩そうとした。
しかし、それは、ロシアに対する組織的な憎悪を膨らませていくことになる。
●スターリンがとった次の手が、民族ぐるみのカザフスタンへの強制移住。
1944年2月、当時のチェチェンでは人口の半分近くを占める25万人、北カフカス全体では100万人が、突然の命令で、家族ごと強制移住させられた。(ソルジェニーツィンのノンフィクションはこの時の話ですね~。)
●1957年、強制移住が終わり人々がチェチェンに戻る許可が出る。
しかし、戻ってみると、彼らの土地は、当局によって所有者不在とされ政策によって移民してきたロシア人に割り当てられてしまっていた。
●今もチェチェンの人口の2割を占めるロシア人の多くはこの末裔、
1994年と99年にロシア軍がチェチェンに侵攻した際は、彼らロシア人を守るという大義名分もかかげていた。
●ソ連が崩壊の1991年、チェチェンは独立を宣言する。
92年、新しいロシア連邦を結成する条約への調印を拒否。
調印しなかったのは、ロシア内の21の共和国(少数民族地域)のうち、チェチェンとタタルスタンだけである。
●この反抗に対して、ロシア政府は2年間、チェチェン人代表と交渉したが、チェチェンの独立意思は固く崩れない。
1994年9月、手段を再び暴力に切り替えて、ロシア軍がチェチェンに侵攻。
ロシア軍の戦車部隊は、やすやすと首都グロズヌイに進軍し、勝利したかのように見えたのだが、その直後、市内各所でのゲリラ軍の待ち伏せ攻撃が始まり、ロシア軍は壊滅した。
●ロシア軍はこの年、3回にわたってグロズヌイを攻めたが、いずれも似たようなやられ方をしてしまい勝てなかった。
少数民族でありながら、山間のゲリラ戦と不屈の精神を持つチェチェン人には、大国のロシアも手を焼いている・・・ってとこのようです。
そして、ずーーと、ロシアとチェチェンの戦いは続いてるわけです。
山間の、こんなのどかなところだったんですね↓

ところが、こんなことになり↓

写真を見ていると、生々しい醜悪な写真が多いんで気分が悪くなってきます。そんな写真はアップしませんでしたが・・。
でも、これも・・・事実、今、起こっていることなんでしょうね~。
「ドブロフカ劇場の占拠事件があったでしょう? あのときは、ものすごいチェチェン人の意識が私の中に入ってきてしまって・・・・しばらくうなされ続けて、ひどかったわ。」・・・・と、彼女は言う。
ん??
彼女が言ったのは、この事件のこと↓
2002年10月23日、42名のチェチェン人の武装勢力が、モスクワ中央部にある劇場ドブロフカ・ミュージアムで観客922名を人質に取った事件。
第二次チェチェン紛争により進駐してきたロシア軍のチェチェン共和国からの撤退を要求した。
もしも、これが受け入れられない場合は人質を殺害、自分達も爆弾を使って劇場ごと自爆すると警告。
しかし、政府はこれに対し交渉を行うとの声明を出したものの、実際は突入への準備が行われていた。
交渉に応じるといって、犯人グループのリーダーをおびき出し、その間に、ひそかに特殊部隊が進入して、
KOLOKOL-1と呼ばれる非致死性兵器ガスを通風口から、投入する。
そのために、劇場内にいた大半はこのガスによって数秒で昏倒してしまう。
もちろん、犯人も人質たちも。
その間に、武装勢力側は全員射殺される。
その中には意識不明でその場に倒れていて特殊部隊員によって無抵抗のまま射殺されたものが多い。
ガスの使用とその種類については周囲に一切知らされておらず、解毒薬も特殊部隊の一部にしか与えられていなかった。
そのため、人質の救出の成功と同時に、多くの人質となっていた人々は、呼吸困難や心停止に陥った人も多かった。
最終的に人質129名が窒息死。
医療班を待機させ、解毒剤などを準備していれば、救われた命があったはずだろう、とも言われている。。
ロシア政府は、今なお、このガスの詳細な成分については発表していない。
この事件では、ロシア人の人質側では、毒ガスにより家族を全員失って、一人だけ生き残った人もいました。
また、テロリスト側には、多くの女性やまだ若い子どものような兵士も含まれていたようです。
いずれも、家族をロシア軍によって殺され、死を覚悟で参加した者たちだったようです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いいじゃん! 軍を撤退させろ!って要求くらい、飲んじゃえばいいだろ!
そもそも、はじめの約束どおり、チェチェン人を独立国家にしてしまえばいいじゃん?
・・・とは、簡単にはいかないのが、国家ってヤツなんでしょうね~。
だって、チェチェンには、ロシアの大切な資源である、石油があるんですから。。。
ロシアを守るためには、その石油資源は必要。
戦争を起しても、利権は手に入れなければならない。 ロシア国民のために!
そして、テロリストには、決して屈しない!
で、特殊部隊の強行突入。
その結果、人質だったロシア国民は死んでしまっても、そりゃ仕方ないでしょ。・・・・
って、事なんだろうか?
じゃあ、政府って何のためにあるんだ?
国民のためのものだったんじゃないのかなあ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の中で、テロには絶対屈しない!というのは、こんなイメージしかない。


たった一人の仲間を助けるため、巨大な敵に単身でも乗り込むとき、
そこに、思いを同じくする仲間が。あとから加わってくる。

よくあるシーン(笑)
俺たちは、テロには屈しない。絶対諦めない・・・というクレージーなヤツらがいる。
そして、彼らは、見事にやりとげてしまう!
こんなのって、やっぱり・・・アニメやヒーロー物の中でしか、ないんだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長年の戦いは血で地を洗い、さらに憎しみの連鎖を生み、黒い染みが広がるように、どんどん拡大してしまう。
「抑圧されている少数民族」は、いつのまにか、「分離主義のテロリスト」にレッテルを張り替えられるんだねえ。
・・・・・・・・・・・・・・
それにしても、前世チェチェン人はつらいよなあ。
そんな夢を見たり、そんな人たちの意識が入ってしまうんだったら・・・そりゃ辛い!
「それは大変だね。安眠できないだろうし・・・。でも、きっと、何か、やらなきゃならない使命みたいなものがあるんじゃないの?」
そんな漠然としたことしかいえない。
まーったく!
前世なんか知りたくもないし、スピリチュアルな能力なんか無いほうがいい!
少なくても、今を気楽に生きられそうだからね。
飢えや殺人も一生経験することもなく、戦地になってない文明国に住んで、のーんびりしてれば、他の国の出来事なんて世界のニュースでしか知らなくてすむ。
そしてTVニュースを見ながら、
「ふーーん。大変な国もあるんだね~。 平和が一番! ところで、明日のディナーは、どこに行く~♪」
なーんて、お気楽な会話ができるってもんだ。
私もそうだった。 まさに、若い頃の私。
まさに、対岸の火事を眺める気持ち。
でもね~、
どうやら、サイキック能力のある人は違うようだ。
画面上で、死んでいく人の思いまでも、キャッチしてしまい、自分も痛みを感じてしまうことがあるんだそうだ。
ウラで何が起こっているのかを、知ってしまうことさえ、あるんだそうだ。
そうなると、もはやそれって遠い国の出来事だもんね~、関係ないもんね~・・・とは思えないだろうね。
もう、自分の痛みや苦しみだろうからね。

私は、ラッキーなことに、サイキック能力はない

だけど・・・なんでだか??
いつ頃からかは覚えてないんが・・・こういったサイキックの人々の、辛い気持ちや頭の中の映像みたいなものが、チラっと、私にも垣間見えてしまう気がするのだ。
そして、彼ら、サイキックの心情のようなものが、ずーーんと入ってきてしまうのだ。
まったく関係ない人相手にでも・・・感応?してしまうんだろうか?
そうすると、私も、なんだか落ち着かなくなる。
見えない私は、どこかで、まだ、「遠い国の出来事だもんね~。関係ないもんね~。」と、思いながらも、
なんだか、私まで、もう、人ごとではすまなくなってしまう。

やばいなあ。 サイキックに近づいてきたら、どーしよ。。。

しかし、それなら、いっそのこと、
世の中みんながサイキックになってしまえば、どうだろう?
少数民族が虐殺された映像をみただけで、これは、●●政府軍の仕業だ!
誰が命令を下したのかもわかってしまう。
遠くで死んでいく人たちの無念や痛みも感じる。
そしたらもう、戦争はなくなるね。
だいたい、陰謀も起せなくなるね。
いっそのこと、そうなってしまえばいいかもなあ~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あーあ、なんだか、そんな、とりとめもないことを考えてしまった。
どうか、チェチェン人が前世の人、はやく自分の使命をみつけてくださいね・・と願うばかりですが・・。