愛と信頼を築く躾け方法

近所で起こった小さな事件の噂話。
    ↓
夫に殴られ続けていた妻が、家を逃げ出して友人宅に匿われて、夫を告訴したんだそうです。
ところが、その妻は、ある日、子供を殴っているのを見つけられて、警察に連行されちゃったんですって。


低所得者の黒人家族だったそうなんですが・・まあ、人種や所得なんて関係なく、こういった話はわりと頻繁にあるのかもな~、と思いました。。。

とくに、アメリカでは、人前で子供を1回でも殴ったりするのを目撃されるやいなや、すぐにポリスに通報されちゃうことが多い。

また、日本人の親子が、幼児を車の中において、10分位の買い物のために車を離れただけで、戻ってきたときには、ポリスに囲まれて銃を突きつけられていた・・・って、事もありました。

こちらでは、12歳以下の子供を一人にしてはいけないという法律が定められているため、これは、完全に犯罪になってしまうんですよね~。


さて、先ほどの、夫に暴力を振るわれていた妻が、子供にも頻繁に体罰を与えていたらしい・・・というケースなんですが、
彼女としては、「子供の躾の為だった。」と言ってるそうです。

こうゆう話、子供の虐待か躾か?なんてのは、以前、日本でも問題になってたような気がします。


まあ、確かに昔は、悪いことをすると、親に殴られたりお尻ペンペンされたり・・・って事は、一般的だったような気もしますけどね~。
それが、一概には悪いことだとは思わないし、私自身も母親に、お尻ペンペンされた記憶もあります。
むしろ、昔は、それはそれで、親密な親子関係を作ってたケースもあったんじゃないですかね。

ただ、それが、子供心に理解し納得できることで、愛を感じる行為であったならば・・・なんでしょうけどね~。


アメリカも同様で、昔は、子供の躾のために体罰があった・・と聞きます。
それも、もっと強烈な方法で・・・お父さんがベルトで殴った・・ってことはよく耳にします。

たぶん、ムチ代わりに自分のズボンのベルトを使ってたんでしょうかね?
なんだか、奴隷をムチで殴ってた歴史を彷彿とさせるようで・・嫌なカンジです。。。
(もちろん今は、そんなことをしたら、す~ぐ逮捕されちゃいますけどね~。)


また、その名残か・・今でも、犬を躾けるときに、ベルトで殴ったりする人もいるって話です。

私は個人的に、こういった話を聞くと、犬の躾だろうが子供だろうが・・なんだか嫌~な気分になったもんです。

6167971_s.jpg


かなり前になるけど、私は、たまたまペットドックトレイナー資格講座ってのを、受講したことがあったんですよ~。

そこには、まず、心得として、こんな事が書かれてました。

子犬の躾けをする場合、決して犬を殴ってはいけない。
犬は、飼い主の表情で、悪いことか良いことかを判断する能力を持っている。

悪いことをしたときは、目を見て指を指して、怒った表情でNOと言うだけでわかるし、また、良いことをしたときは、オーバーリアクション気味で褒めてあげるだけで理解する。

体罰を与えると、たしかに、犬は従属するようになるが、それは、飼い主に対する恐怖のための従属であり、ストレスを内在させることにつながる。 そこからは、決して、愛と信頼は生まれない。
犬の躾けの究極の目的は、飼い主と犬との間に、愛と信頼関係を築くことである。



なんだか、これは子犬の躾だけじゃなく、人の子供も同じなんじゃないかな~、って思ったもんです。

躾けと称して頻繁に殴る母親の中には、子どもに与える肉体的、精神的苦痛を考えてないような人が多いような気がしちゃうんですよね~。

そしてまた、妻を殴る夫も、同様なんでしょう。

つまりは、力づくで他人や弱者の意志を曲げ、自分の思うようにするという手段を使ったということは、それだけで、利己的な行為をしたってことなんだと思います。

決して、愛情ではないと思いますね~。

もちろん、力というのは、暴力だけでなく権力も同様でしょう。
相手の弱みにつけこんで、権力をちらつかせたハラスメントは、幼児虐待や動物虐待と同様だと思います。



ところが、親子の場合だと、それが、「愛による躾け」と勘違いされることも多い。
他人から勘違いされるだけでなく、自分自身も、そう思い込んでしまってる・・・という、やっかいなケースもあるようです。

愛ねえ・・・

たしかに、愛というものは、親子、恋人、夫婦など、どういった間柄の愛にしても、勘違いが起こりやすい。

よく目にするのが、相手の欲求を満たすことをしてあげちゃうような人々。
「だって、愛してるから~。」と、相手を喜ばせるために過大な努力をしちゃう人たちって、いるもんです。。。

働かずに遊んでる夫のために黙々と生活費を稼ぐ妻、会社の金を横領してまで女に貢ぐ男、子供の欲しいものをすべて買い与える親など。

これって・・・相手を喜ばせてあげればればあげるほど、愛していると思い込んでしまうんでしょうかね~。
そうゆう愛には、必ず、無意識の中にも、愛の見返りを求めてるような気がするんですよね~。

愛の定義が、見返りを求めないもの・・・とするなら、それは、愛じゃない!ってことになりますね。(笑)


ほんとは・・・相手を喜ばせる以前に、理解し、尊重し、援助することが、ほんとうの愛情だと思うんだけど・・喜ばせることと援助することを一緒にしちゃってるんでしょうか?

それって、大きな勘違い!


そもそも、人って、必ず、自分で超えなければならない試練や状況を背負ってるもの、だとと思うんですよ。
ましてや、子供だったら、なおさら、将来には必ず試練のときが訪れるでしょう。

そして、試練は、必ず自分自身の手で克服しなきゃならないようになってる・・・私は、そんな気がするんですよね~。

慰めて喜ばせることが助けることだとしたら、それは、自分では何も解決できない人間にしてしまうような気がします。
むしろ、能力を試す機会を奪ってしまうだろうし、その人の魂の成長を停滞させてしまうんじゃないだろうか?

真の援助というものは、その人自身で試練や状況を解決できるように、支えて励まし見守って、前進できるようにしてあげることなんじゃないかな~って思うんですよね。

たぶん、それが愛情だと・・・。

・・・・・・・・・・

ところで、最近、私は飼い猫の躾け方法に悩んでます。。。

よそのうちの犬の躾けは、結構、できる方じゃないかな?って思ってるんですが、なぜか、自分の家のネコが、ちーっとも躾けられない。

しかし、たまにやってくる、ホセの言うことだけは素直に聞く。
ダメ!っと怒られると、シュンとなって落ち込む。。。
その後、必ず、自分の食べ残しのドライフードを1粒だけ運んできて、ホセにあげるんですよね~。

こめんね、ママ! 僕が悪かったよ!・・・と、言ってるかのように。。。

ホセは大好きなママで、・・・どうも、私のことは、ダチ仲間か舎弟分?とでも思われてしまったようです。

どこで間違ってしまったのか?

確かに躾ってのは、むずかしいもんです。。。

次回からは、これを参考にしてみるか・・・↓
50cent_twitpics_580_435.jpg

コメントの投稿

非公開コメント

Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

Calender
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
Link
☆HPはここをクリック↓☆
検索フォーム
カテゴリ
Diary
Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"