「預言者ヨナの墓」爆破から「ヨナの物語」

まず、ニュースの話題から。

イラク北部モスルを制圧しているイスラム教スンニ派武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が、キリスト教やイスラム教の聖地とされる預言者ヨナの墓を破壊した。
「ヨナの墓」の敷地に立つモスクは、かつてネストリウス派キリスト教会として使われていたモスルを代表する歴史建造物。およそ1800年前に建てられた建造物であり、ここが、ヨナの墓であることは間違いないとされている。

治安関係者によると、ISISは墓の周りに爆弾を仕掛け、遠隔操作で爆発させたという。
ISISはイラク国内の複数の都市を制圧し、イラクとシリアにまたがるイスラム国家の建設を目指している。反イスラム的とみなした寺院などは破壊すると警告し、この数週間でモスルにある複数のスンニ派の聖地を破壊していた。



そうえいば、嫌な事件ですが・・・東エルサレムのパレスチナ人の少年二人が、生きたまま、ガソリンを飲まされて焼き殺されるなんてこともありました。
もう、こうなると、パレスチナだろうがイスラエルだろうが、民族も宗教も関係なく、単に、憎しみが憎しみ生んで、さらに増幅させているだけ。

しかも、こういった事件は、かなり昔からあります。私たち日本人が、あまり知らないだけ・・というか、あまり報道されてないってこともありますけどねー。
90年代にあった、セルビア人による大虐殺、スレブレニツァの虐殺やら、フォチャの虐殺でも、信じられないほどの残忍なことまでしたようです。

さらに、インドのカースト制度の中では、異なるカーストで関係を持ったカップルを親族らが殺害する「名誉殺人」と呼ばれるものまであって、これは、名誉を守るためなら、自分の娘や息子を殺しても罪にはらないんだそうです。

人の深い悲しみは憎しみを生み、さらに増幅させ、狂った方向へ向かわせてしまうのでしょうか?

そうなると、人は、自分が軌道を逸してることさえも、気がつかず、当然のことをしたまでだ!と思いこむようになってしまうのかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、今回のニュースで、私が、ちょっと気になったのは、預言者ヨナの墓を爆破しちゃった!・・・と、いうことです。

ここの記事にもあります。↓(ウォールストリートジャーナルの日本語版より)
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304067104580054123526620714

この写真は、1910年代の古いものですが・・・↓
64829455.jpg

爆破後の写真はこちら↓
WO-AT152_JONAH_G_20140725170844.jpg


このヨナという人についてですが、「ネストリウス派キリスト教の旧約聖書の中のヨナ」といった表現をされてる記事もありましたが、そもそも、ネストリウス派というのを、現在のキリスト教の一派と考えるてしまうと、ちょっと、いや・・かなり、違います。

えーと、たしか、私のブログ記事のどこかにも、書いた記憶があるんですが・・ネストリウス派というのは、古代キリスト教の教派の1つで、日本で言うところの、景教です。
唐代の中国においては、こう呼ばれていて、空海も唐に渡って学んだ形跡もあります。

まず、この物語は、旧約聖書のひとつなんですが・・旧約聖書が先にあって、そこから、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にまで派生した・・・と考える方が正しいみたいです。

さて、この物語の内容をみると、旧約聖書としても、かなり異色なものなんですよねー。
   ↓

『ヨナ書』の主人公はアミタイの子、預言者ヨナ(イオナと表記されているものもあり。)

ヨナは、ある日、神から、イスラエルの敵国であるアッシリアの首都ニネヴェに行って「(ニネヴェの人々が犯す悪のために)40日後に滅ぼされる」という予言を伝えるよう命令される。

しかし、ヨナは敵国アッシリアに行くのが嫌がって、船に乗って反対の方向のタルシシュに逃げ出してしまう。
そりゃそうでしょう。敵国に言って、そんな事を言ったところで、誰も信じないだろうし、ヘタすりゃ、自分もどうなるかわからない。ボコボコにされて、殺されるのがオチでしょうから・・。

運よくやってきた、反対方向の船に乗り込んで、ヨナは、神様をまこうとしたのかも・・ですね(笑)。
しかし、神様はお見通し。神は、船を嵐に遭遇させる。

誰だ!誰のせいで、こんな嵐に見舞われるんだ!と船の中は大騒ぎになり、この嵐は誰のせいか、くじをひいて調べようということになりました。

くじはヨナに当たってしまう。

そこで、ヨナは船乗りたちに、神から命令されたこと、それに従わなかったことを告白する。
そして、自分を海に投げれば嵐はおさまるだろう、と船乗りたちに告げる。

結局、激しい嵐のためにどうすることもできなくなった船乗りたちは、ヨナの言うとおり、彼を海に投げ込んでしまう。

海は静まる。

しかし、ヨナは海の藻屑・・・と思いきや、神が用意したと思われる、大きな魚(鯨でしょうか?)に飲み込まれ、3日3晩魚の腹の中にいて、その後、海岸に吐き出される。

jonah.jpg


そして、ようやくヨナは悔い改め、ニネヴェにいって神のことばを告げる決心をする。

ニネヴェに赴き、人々に告げると、意外なことに、町の人々は全然怒らない。
それどころか、いっせいに反省し、 権力者自らが先頭に立ってボロをまとい、灰を被り(この当時の人は嘆くときにそうしたとか)、厳しい断食を布告し、 切に神に向かって懺悔し、慈悲を求めたのだ。

神はその様子を見て、ニネベの町を滅ぼすことを中止した。

ところが、ヨナは、神に激怒する。
1度滅ぼすと言った言葉を撤回し、しかも、イスラエルの敵であるニネヴェの人々を神が許したことに我慢できなかったのだ。

そこで、ヨナは、ボロ小屋を建てて、ニネヴェがどうなるか見るためにそこにいることにする。
ボロ小屋といっても、ほーんとに、ボロ。
おそらく砂漠のような大地で、日陰を作るのもやっとで、かなり厳しい環境だったはず。

神は、その小屋の周りに、とうごまの木(ひょうたんの一種らしい)を生えさせられ、あっというまに成長させ、日陰を作ってヨナを喜ばせる。

その横にひょうたんの実もなった。

ところが翌日の朝になると、虫が食い荒らしてしまったので、木が枯れてしまう。
焼きつける日光に加え、熱風も吹き、ヨナは絶望のあまり、神に叫ぶ。
「こんなことなら、死んだ方がましだ。」  

そこで、神の言葉。
「お前は、たった1本のひょうたんを惜しむのか? ならば、神が12万の人間と無数の家畜がいるニネヴェを惜しまずにいられようか。」



なんだか、聖書というよりも、まるで、物語みたいでしょ?

これが、異色といわれるのは、まず、

異邦人(非ユダヤ人:ニネヴェの人々)の方が神の意思に従っていて、むしろ、ヨナ(ユダヤ人)の方が神の意思を理解できていない事を示している。
という点ですねー。

しかも、

●イスラエルの民のユダヤ教には、選民思想・特権意識というのが、あるんですが、まず、それを完全否定しちゃうような話になってますよね。

●また、キリスト教徒にとっても、キリスト教は一神教なのだから、他宗教を絶対に許さない。そして、神様は正しく、潔癖なお方なのだから、罪人に厳しくあるはず。
一度、神が下した決定は、絶対に変わらない。
・・・・というのを、ぜーんぶ覆した話になってる。

という点があげられるんですねー。

それに、「敵国で、異端者の国の、しかも堕落した街の住人が、先に、さっさと素直に悔い改めてしまう」・・という点は、なんとも意外性があって、他の聖書には、ほとんど類を見ないようです。

そして、神は異邦人でさえも救う。 (つまり、間違った選民思想を正し、異邦人に対する偏見を捨てさせるという意図ですかね?)

また、神学の中では、「神は、1度言ったこと(ニネヴェを滅ぼす)は必ず実行する・実現する」という信仰(神の不変性の神学)というのが、あるそうなんですが・・・、

これだと、「神は、一旦言ったこと、決めたことでも、考え直す、変更する」ということになり、かなり、フレキシブルですよね~。別の言い方をすると、「神の可変性の神学」が基盤になるんですって。

神の不変性の神学→神の可変性の神学へと、導くための物語、いや、聖書なんですかね。

また、このヨナ書は、キリスト教の新約聖書の中にも、イエスがヨナの名前に言及する場面がみられるんだそうです。
そのため、旧約聖書と新約聖書をつなぐもの、という説もあり。
「主よ!どうか、あなたが救世主である印をお示しください!」という人々に向かって、「ヨナのしるしのほかには何のしるしも与えられない」と言っている。
マタイによる福音書(12: 39、16: 4)やルカによる福音書(11: 29)

さらに、同じ話がイスラム教のコーランにもみられ(クルアーン第10章ユーヌス)、ヨナは預言者の1人ユーヌスという名前になっている。




私は、どの宗教にも属してませんが・・・

鯨のような魚、ひょうたん、の暗示するもの。
そして、ヨナの怒りと悟り。

なかなか、興味深いものがあって、個人的には、好きな話です。

・・・・・・・・・・

さて、ここの破壊された「ヨナの墓」というのは、イラク北部の都市モスルにあって、ここにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の、預言者ヨナが埋葬されていると言われるんですよね。

モスルの住人のほとんどは、イスラム教のスンニ派なんだけど、モスルという地は、宗教の多様性と寛容さを象徴する都市と言われてる場所でした。

しかも、モスルがあるニナワ州が、数千年前からキリスト教ネストリウス派の中心地でもあり、ヨナの廟が、なんと、イスラム教のモスクの中にあるということは、まさに、多様な宗教が共存・・・という記述もありました。

しかし、私としては・・・すべての宗教を一体化してしまったもの、いや、宗教を超えて、真理を説く教えだったんじゃないかと思えるんですよね。

そして、そこが、そういった意味を持つ土地だった。。。

そこが、破壊されちゃったわけです。

ヨナ書が書かれたのは、紀元前612年のニネベ陥落(アッシリア滅亡)の前であることは間違いないそうです。
そして、そのモスクは、約1800年前の建造物。

なのに、破壊されちゃった。。。

まさに、聖書で言うところの・・・神と悪魔の戦いの火蓋が切られたのかも~。
なんだか、そんなふうに感じた事件でした。

悪魔が悔い改めれば、フレキシブルな神様は許してくれるでしょうが、もしも、悔い改めなければ、ニネヴェの人々のように、40日後に滅ぼされるのかもしれません。

滅びるということは、新生するということ。

ならば、それならばそれで、いいのかもしれません。

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