武士道・騎士道:惻隠(そくいん)の情

どこの国でも、いつの時代でも、戦争ってのは、人の心を狂わせるんでしょうかね~。
昔も今も、戦争にまつわる、おぞましい話はいっぱいあります。

戦争は、人がもともと隠し持っている残虐性を表面化させてしまうものなんかな、な~んて思ってしまうこともあります。
殺人や破壊願望を持ってる人には、最高な場となるわけですからね~。

現在では、あまり知られてない話だと思いますが、第二次大戦中に、ビハール号事件というのがありました。

1944年重巡洋艦利根が、そのときの艦長であった、黛治夫の指示で、英国商船ビハール号に、偽装工作して近づいた。

アメリカの国旗をメインマストに掲げて近づいたんですって。
このとき、航海長が、「御紋章を隠したり、米国旗を掲げるなど卑怯です」と進言したのに、黛艦長は「これは、国際法違法ではない!」と、押し切ってしまう。

そして、ビハール号を撃沈!
さらに、80名の捕虜となった人々を、甲板上に集めて全員処刑しちゃったんだそうです。

もちろん、これは、国際法違法に決まってますよ~!

戦後になってから、黛艦長と当時利根が属していた第十六戦隊司令官だった左近允尚正少将が戦犯指定されて、香港軍事裁判により、黛治夫は懲役7年、左近允尚正は死刑となったんだそうです。



そりゃ、黛艦長だって、上司である、少将の命令だったんでしょうけどね~。

また、艦長の命令だったにしろ、捕虜を殺さなければならなかった兵士って、どんな気持ちだったんでしょうかね?
同じように狂ってしまうものだろうか?
そして・・上官を止めさせようとした航海長の気持ちは、いかに?


その前の年の、1943年にも、駆逐艦秋風虐殺事件てのもありました。

これなんかもっとひどいですよ。

ラバウルへ移送中の外国人を、艦上で、全員虐殺しちゃったそうです。↓
カイリル島の26名(修道士12名、修道女11名、2~7歳の中国人児童3名)と、マヌス島の40名(神父と修道女各3名、ドイツ人宣教師夫妻2組と子供1名、ドイツ人農園主2名、中国人2名と原住民3名)が乗船。外に少なくとも5名のオランダ人、1名のハンガリー人、1名の米国人

相手は、軍人じゃないんですからね~、しかも子供まで殺してるし・・・。

その後、1944年に、この秋風号は米潜水艦の雷撃を受け戦没しちゃったそうですけど。

これって・・・日本人以外は、全部殺しちゃっても構うもんか~って思ってたんですかね?

つまり、み~んな、狂ってたんでしょうかね?

戦争は、すべての人を狂わせてしまうんだろうか?

・・・・・・・・

しかし、まったく同じ時期に、逆に、いい話もあったんですよ~

この話は、テレビで放映されたことがあるようなんで、ご存知の方も多いかもしれませんが。

IJN_Destroyer_Ikazuchi.jpg

1942年、日本軍はジャワ上陸作戦を展開し、インドネシアのスラバヤ沖、バタビア沖でイギリス、アメリカ、オランダ、オーストラリアの艦隊と海戦が勃発。

海戦は日本軍の圧勝で、セイロン島に脱出しようとしたイギリス艦、アメリカ艦を撃沈。

イギリスの「エンカウンター」という駆逐艦も撃沈されてしまい、海に放り出された乗組員は、たった8隻の救命ボートの周りに、鈴なりになりながら、21時間漂流しつづけていたそうです。

重油の海に使って、多くの者が一次的に眼が見えなくなり、負傷した兵の中には耐え切れなくなり、自殺しそうになる者など・・悲惨な状況でした。

そこに日本海軍駆逐艦の雷(いかずち)が現れます。
雷の艦長は工藤俊作中佐

そこで、彼は、「救助!」「取り舵いっぱい」と命令を下します。

連合軍艦隊を破ったとはいえ、敵潜水艦がいるかもしれないような、まだ危険な海域で救助することは、雷(いかずち)の乗組員さえも危険にさらすことになります。

しかも、イギリス兵は400人以上もいて、乗組員の倍以上の人数が海を漂っていたそうです。

なかなか救助作業がはかどらないため、さらに、工藤艦長は、

「一番砲だけ遺し、総員敵溺者救助用意」と異例の命令を出します。
つまり、艦を動かす最低人数以外は、救助の命令を出したんですね~。

乗組員は、縄梯子や竹竿を両弦に出し、必死に救助にあたりますが、イギリス兵の中には体力が限界に達しているものがおり、力尽きて水面下に静かに沈んでる者もいました。

「がんばれ!」「がんばれ!」と日本兵は連呼し続け、この光景を見かねた二番砲塔の斉藤光一等水兵が、独断で海中に飛び込み、立ち泳ぎしながら重傷のイギリス兵の身体や腕にロープを巻き始めました。

結局、 「雷」は終日、海上に浮遊する生存者を探し続け、422人を救助し、イギリス兵の体についた油をふき取り、熱いミルクやビール、ビスケットを提供したそうです。

はじめに、雷が近づいてくるのを見たとき、イギリス兵たちは、「幻ではないかと思い、わが目を疑い、そして銃撃を受けるのではないかという恐怖を覚えた」・・と語ってます。

まあ、そりゃそうでしょう。。。海に投げ出された兵を、容赦なく機銃掃射で皆殺しにするなんて、当たり前のことでしたからね~。


工藤艦長は、救助したイギリス兵士官を集めます。
まず端正な敬礼をし、流暢な英語で次のように述べたそうです。

 You had fought bravely.(諸官は勇敢に戦われた)
 Now you are the guests of the Imperial Japanese Navy.(今や諸官は、日本海軍の名誉あるゲストである)



う~!工藤艦長、かっこいい~

実は、この話は、2003年まで、封印されてたんですよ。

工藤船長は、帰還して上司に報告をしたところ、

「君のやったことは、決して間違ってはいない。だが、もしも、これが明るみに出ると、君は非国民とされるだろう。
だから、この話は封印する。」


ということで、上司によっても、守られたんでしょうね~。

いやあ、上司も立派だったんですね~。
波長の法則ってもんで、やっぱり、かっこいい人の周りには、かっこいい人が集まるものなんでしょうかね~。

その後、工藤艦長は雷を降りることになり、さらに、その後の戦いで、雷は、撃沈されてしまいました。
あのときの乗組員、工藤艦長の部下だった彼ら、一丸となって救助をした彼らは、すべて海の藻屑になってしまったわけです。。。

そんな理由からも・・・彼自身も、この話は、語りたくなかったのかもしれません。

それが、なぜ、明るみに出たのか?

2003年、1人のイギリス紳士が、生まれて初めて日本の土を踏む。84歳という高齢に加えて、心臓病を患っている、その紳士は、サー・サミュエル・フォールという元軍人にして外交官。

そう、あのとき、工藤艦長に救われた、当時、23歳だったフォール少尉だったんです。

「死ぬ前に、どうしてもお礼を言いたい。この歳になっても、一度として彼のことを忘れたことはありません」と語ったそうです。

ところが、なかなか工藤艦長のその後の足取りはつかめず、再度来日して、ようやく、工藤俊作中佐の墓を探し出し、墓の前で手を合わせる事ができたのだそうです。

その紳士は、サー・サミュエル・フォールも、もう、この世の人ではありませんが、彼の本が残っています。

http://www.bushido-seishin.com/falle/

工藤俊作さんという方は、海軍兵学校時代の校長だった、鈴木貫太郎という方から、大きく影響を受けたのだそうです。

海軍兵学校・鈴木貫太郎校長の3原則
 ・鉄拳制裁の禁止
 ・歴史および哲学教育強化
 ・試験成績公表禁止(出世競争意識の防止)



うーーーむ。すごいですね~。

たしかに工藤艦長も、雷の中では、一切の鉄拳制裁の禁止にしてたそうです。この当時では、異例のことですよね!

しかし、多くの部下には尊敬され、現存している、元軍人の方などは、

「男が惚れる男で、彼のためなら死んでもいいと思っていた」と語ってます。

いやあ、仁侠映画だけじゃなく、ほんとに、あるもんですね~。
そんな人に出会ってみたいもんです。。。

工藤艦長は、身長185センチ、90キロで、当時は日本人離れした体格、そして、決断力は早く、勇敢でかっこいい男だったそうですよ。

ふと、私は、はるか昔の子供の頃に、日曜映画劇場で見た映画を思い出しました。
眼下の敵」という古い戦争映画だったんですが、子供ながらにかっこよすぎて、感動したのを覚えてます。

dvd-930.jpg

これは、やはり第二次世界大戦中、アメリカ軍の駆逐艦とドイツ軍の潜水艦の戦う話なんですが、超かっこいい、頭脳明晰な両艦長が、戦う話。
最後に、ドイツの潜水艦が、アメリカ軍を撃沈したと思い、乗組員を助けようとして、即座に浮上してきたところを、逆にアメリカの駆逐艦に撃沈されちゃうんですが、すぐにまた、アメリカ軍もドイツ軍を救助するんですよね~。

そして、ドイツ軍の兵士たちを甲板に引き上げて、はじめて、艦長同士が対面する。
かっこいい男と男の死力を尽くして戦った末の対面、敵同士ながら、尊敬と無言の友情・・・というストーリーでした。。。

でも、こんな話が、現実にもあったってことなんだね~。


工藤艦長は、海軍兵学校時代の鈴木貫太郎校長の言葉、惻隠の情(そくいん)という、これは、武士道で使われる言葉ですが・・・常に、これを心に持ち続けていたそうです。

「惻」は、同情し心を痛める意。
「隠」も、深く心を痛める意。
したがって、人が困っているのを見て、自分のことのように心を痛めるような、自他一如(いちにょ)【平等・
無差別】の心もちを「惻隠の情」と言う。



彼は、武士道を実践していたんですね~。

そしてまた、救助されたイギリス軍側も、船の上からロープを投げても、最初は、動ける人たちでさえ、誰も上がってこなかったんだそうです。

「怪我人から、助けてあげてくれ!」と、イギリス兵たちが叫んでいた。

騎士道ってヤツですね~。

武士道も騎士道も・・、同じものかもしれませんね(笑)


つくづく、戦争のような非常時になると、人間の真価は、見えてくるものなんだな~、と思います。

それは、本当に強い人間か弱い人間だったか・・・その差かもしれません。
人は弱さゆえ、非道なことでも上司に逆らえなくなったり、自分の身さえ守れればいい、と思ってしまうわけですからね~。

それって、怖いからなんでしょうね~。

それにしても、惻隠の情(そくいん)、きれいな響きの言葉ですね~

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