アンネの日記事件からホロコーストに至る

先日、日本のニュースで、「アンネの日記が多くの図書館で破られてる」というのを目にしたのだが・・。

これって、ただの器物破損だし、アンネの日記が大嫌いな人の仕業?と考えれば、それだけのような気もするんだけど・・・
なんだか、嫌ーーな気分、なんだか不気味な気がする。。。

ただの私の思い過ごし??

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アンネの日記というのは、ほとんどの人が知ってると思うけど、まあ、こんなもの↓

第二次世界大戦の最中のナチス・ドイツ占領下のオランダ・アムステルダムが舞台。
アンネ・フランクという女の子がつづった日記で、13歳から15歳の間に書かれた日記。
アンネ一家と別の一家とともに、8人で、ナチスのユダヤ人狩りを避けるため、ひっそりと息をひそめて、隠れ家に潜んでいた間の生活を描写したもの。
密告(密告者はいまだ不明)によりドイツ秘密警察に捕まるまでのおよそ2年間に及んだ。
アンネは収容所で、腸チフスで死亡。
彼女の死後、父オットー・フランク(唯一生き残った人)によって出版され、世界的ベストセラーになった。



悲惨な隠れ家生活の中でも、明るいタッチで書かれた日記、希望を失わない少女、鋭い観察眼とみずみずしいタッチ、バックには悲惨なホロコースト、人種差別、15歳で死んでいった少女・・・そんなことから、共感を呼び、世界中で有名になったようだ。

たしかに、私が小学生だった頃も、図書館には必ず置いてあって、

「これこそ、良い本です!みなさん、ちゃんと読んでくださいね!」

・・・と、言われたような記憶がある。


さぞかし、子供の頃に読んで、感動した人々も多いんだろうなあ


実は、私も読んでる。

んーー、、、だけど、

実は、今だからこそ白状すると・・・私にとっては、退屈で面白くなかった・・という記憶しかないのだ。


当時は、この本を「面白くない!」なーんて、言ってしまったら、なんて、情け知らずの人非人!!扱いをされちゃいそうで、口が裂けても言えなかったんだけどね。

あーー、今でも、そんなことを大きな声では言えないのかな?

あ、すでに言ってしまったか~。



さて、この「アンネの日記」について、感動した方々にとっては、ちょっと申し訳ない話なのだが、アンネの日記裁判があったのをご存知だろうか?

1959年に、エコノミック・カウンシル(Economic Council)という雑誌の記事で、次の様なことが記載されたんだそうだ。
http://www.ihr.org/books/hoggan/A2.html

●とても13歳の少女が個人の日記として書いたとは思えない。
13歳の少女がフランク家の歴史について日記の初めでまず語り、すぐ後にドイツにおける反ユダヤについて語っているなど。
本文の中で『オランダ風の梯子階段』と書いているが、彼女はオランダしか育っていないし、他の国にも行った事がない。
●本物の日記の筆跡とまったく違う。

●オランダ語ではなく、古い言い回しの流暢なドイツ語で書かれていた。

●当時は一般的に使われてなかった、ボールペンで書かれている部分がある。

●アメリカのユダヤ人作家メイヤー・レビンが、アンネ・フランクの父オットー・フランクから、この日記作成に対する多額の謝礼金を受け取った。その後レビンの作品をまるで自分の娘の作品の様にしてしまった。

こういったことから、裁判に発展したそうです。

なんでも、メイヤー・レビンが、私が小説として書いたんだ!と主張して裁判にもちこんだとか・・。

そりゃ、世界中でベストセラーになれば、どんだけ、がっぽり儲かったことか。
お金が絡むと、感動の名作も何もあったもんじゃないですなあ。

結果としては、「アンネの日記」はアンネ・フランク直筆の作品では無く、ゴーストライターのメイヤー・レビンが書いたことがはっきりした。

・・・はずなんだけど、これが、どうも曖昧なんだよなあ。。。

若干の退屈なエピソード、性の目覚めに関する記述の削除、ならびに存命中の者のプライバシーを保護するための配慮をし、編集を加えたとか、

書店に並んだ日記はアンネ・フランクが書いたものと一字一句おなじとはいえない。しかし、内容は概ねアンネ・フランク自身のものと一致しており、1960年及び1981年の文書鑑定では、「これらの編集作業は日記のオリジナリティーを損なうものではない」と結論づけられた。とか・・・。

おまけに、このときの裁判記録が紛失しちゃってるんだそーだ。

ニューヨーク最高裁判所の判決の書類番号は「2241ー1956」であり、ニューヨークの地方事務所になければならない。だが何故か、このファイルは現在紛失してしまっている。原因は不明。


正直なところ、私、個人的には、これが、本物か偽者かなんて、それほど興味がないんで、あんまり詳しく調べてみようとも思わないんだけど、

裁判記録が、原因不明で紛失・・ってのを聞くと・・・


やっぱり臭い匂いがぷんぷんしちゃうんだよね~。


明るく賢い少女が殺されてしまった悲劇、ナチスドイツによるユダヤ人迫害の象徴とされてるわけだし、やっぱり、プロパガンダに利用されたんじゃないかな~。

誰に?

何のために?


そりゃ、悲劇の主役、ユダヤ人にでしょ!


ユダヤ人と簡単にひとことで言っても、実は、その人種においても、同じユダヤ教においても、色々と複雑なのだ。


スファラディーユダヤ人とアシュケナジーユダヤ人というのが、大きく分けるといるわけで、超簡単に言ってしまうと、スファラディー系は、中東系の肌の浅黒い人で伝統的保守派、アシュケナジー系はヨーロッパ系の肌が白いユダヤ人で、現在では世界を牛耳る人々。
とされてるんだけど、そんな簡単なものでもないらしい。

もっと詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ↓
スファラディー系ユダヤ人とアシュケナジー系ユダヤ人

長いんで、それほど興味の無い方は、さくっと流し読みしてくださいな。
実は、私も流し読みしかしてないんですが・・。


そういえば、私の前回のブログでは、古代イスラエルの民の記事を書いて、彼らユダヤ人の血を、誇らしげなトーンで書いてしまったんだけど、これを読むとちょっと幻滅するかな

ま、古代の人と宗教と、現代のものとは、これだけ違うってことですよ~。



ついでに、ひとこと訂正させて頂きます。
以前のブログ、「現代のイスラエルは、ほとんどアシュケナジーユダヤ人」という記述をしてしまったんですが、数で言えば、スファラディーの方が多いようです。力関係は、アシュケナジーが牛耳ってるようですが・・。いい加減なリサーチですいません。。。




さて、なんで、プロパガンダとして利用されたのか?が、なーんとなくわかるような気がしてきませんか?


なーんとなく・・・で、もう、充分かと思いますがね。



アンネの日記は、アンネの死後に書かれたものだった!

さらに、ホロコーストはなかった!


そう、さらに、ホロコーストは無かったという話もあるんですよ。

あの話、600万人のユダヤ人が虐殺され、有名なアウシュビッツをはじめとする強制収容所でガス室で殺されたのは嘘!!!ってことですよ。

えーーー? もう、何を信じたらいいのわからん!


そんな話をすると、頭を抱え込んでしまう方もいるかもしれませんね。

でも、これも裁判になってるのも事実なんですよ。

●600万人のユダヤ人が殺されたとされているが、戦前1900万人いた世界のユダヤ人が、戦中、欧州で600万人虐殺されたのに、戦後5年ったら1850万人に回復している?

●毒ガス使用は無かった。
チクロンBという毒ガスが使用されたと言われてるんですが、学者がガス室の壁を採集したところ、シアン化合物の反応は一切出ていなかった・・んだそーです。
大量のシラミ退治に使われていただけだとか・・・。

「かねてから処刑用のガス室として使われたと云われている建物は、設計的に見てもその様にはなっていない。その構造に於ては、如何なる種類の排気装置も換気扇も存在したという証拠は何処にも無い。
所謂ガス室の為の通気装置は僅かに4つの、屋根の通気孔からなっているだけだ。屋根から約2ft以下の所に配置されていた。若しこの方法でシアン化水素ガスを換気すると為れば、其処から僅か道を隔てる所にあったSSの病院にまで有毒ガスが達した事になる。そしてSSの将校達がこれによって殺された事になってしまう。
部屋からガスが漏れない為の封印剤は使用されておらず、ガスが出て行かない様に扉に閉込めた(パッキングされた)様子もない。加熱装置も無く、循環装置も無く、排水装置も無く、排気用の煙突も存在しない。
当にこの様な状態で処刑用のガス室と云われる物が使われたと為るなら、全てが自殺行為で有る。これを使用するなら直ちに大爆発が起きるが、収容所中にガスが漏れ充満したで有ろう。

仮にガス室にチクロンBを充満させたとすれば、一回の処刑が終って後空気の入替を為る為には最低20時間が必要とされる。しかも排出用の装置が無ければ、チクロンBが一週間その部屋に残っている事になる。
排出装置が無かった事に気がついて頂きたい。
と云う事は、一日にガス室と云われている所で数回に亙って虐殺が行われたと為る事は、明確に矛盾する事になる訳だ。

フレッド・ロイヒターレポートより



多くのユダヤ人は、環境の悪い収容所の中で栄養失調や腸チフスが流行ったために病死したとの話です。



ところが、イスラエルのサイトを覗くと、ちゃーんとホロコーストの大量虐殺の話は載ってるんですよね。。。


ヒットラーさんは、本当に、ここまでやったんでしょうかね?


たしかに、ヒットラーはユダヤ人を嫌ってたのは事実だし、国から出て行って欲しかったのも事実でしょう。


・・・・・・・・・・・・・・

真実は闇の中。


アンネの日記についても、ホロコーストにしても、、、


ホントかもしれないし、また、嘘かもしれない。

ただ、歴史はいつの時代においても、勝者によって作られるのは、ありがちなこと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、ここにきて、日本で起こった「アンネの日記事件」

なぜ、日本で起こったのか?

米国のユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副代表が20日、「多くの日本人がいかにアンネ・フランクを学び、敬意を表してきたかを知っている」としつつ、「この事件は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の犠牲となったユダヤ人の子どもの記憶を中傷する組織的活動の存在を強く示唆している」と非難した。



さらに、26日のニュースでは、

「アンネの日記」300冊、イスラエル大使館が寄付
http://www.sanspo.com/geino/news/20140226/tro14022605010006-n1.html


「杉原千畝」の名で「アンネの日記」や関連本137冊寄贈 事件受け都の図書館に
http://news.guideme.jp/kiji/1a1be1372095fa568426f1dc7d9fbe6b

杉原千畝さんというのは、第二次大戦中に、外務省命令を無視して、多くのユダヤ人にビザを発行して救った人でした。
その後、日本に帰国したけど、命令違反で外務省を首にされてしまった人でした。
もう、とっくに亡くなってる方です。


なんだかなあ。。。

「破かれてしまったアンネの日記を寄贈してくれるなんて心温まる話だー」というよりも、なぜか、わたしとしては、空恐ろしいものを感じてしまう。

胃の辺りに、ぞわぞわしたような違和感を感じてしまう。

なんだか、まるで、圧力をかけられてるような圧迫感・・・。



古代イスラエルの民が、古代日本の建国に大きく貢献したのは確かでしょう。

そして、現在のイスラエルを中心に、複雑に絡み合ったユダヤ人の問題があり、

ロスチャイルド家をはじめとする、世界を牛耳るユダヤ勢力もあり、

いまだに、貧しく人種差別を受けてるスファラディーユダヤ人の存在もあり、

そして、世界中に散らばった、ビジネス上手で、優秀なユダヤ人たち。

ここ、アメリカにもいっぱいいます。。。

なんだか、そんな色々なことに思いをめぐらしてしまったなあ。


・・・・・・・・・・・・・・・


アンネの日記に関して言えば、それが、誰によって書かれたものだろうと、人々に深い感動を与えて、世界を知るきっかけになったり、戦争を見直すきっかけになったりするのであれば、それは、どーでもいいことなんだと思います。

むしろ、それは、素晴らしい存在といえるでしょう。

しょせん小説(日記?)なんて、ノンフィクションだろうが、フィクションだろうが、たいした問題じゃないと思う。

大事なことは、それが息づいて、人々の心に生きるかどうか・・でしょうから。


ただ、私は、今でも読みたいとは思わないし、読んだところで感動もしないだろうなあ。


きっと、小学生のときと同様に、私の心の中には、息づかないものなんだと思う。

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No title

どうも銀月さん。メイプルです。

ホロコーストの真実は一部では疑われていますよね。それはドイツ敗戦後と、ホロコースト露見後の直後から否認論、修正論はあったみたいです。

個人的には一部捏造やプロパガンダとしての利用もあったでしょうが、やはりアウシュヴィッツを代表としたホロコーストはあったと思っています。

ホロコーストとは何も、強制収容所での大量処刑に限りません。たとえば、銀月さんは文章の中で杉原千畝さんに触れておられますが、やはり当時のユダヤ難民達は、ドイツやソ連(戦勝国故あまり取沙汰されていませんが、ソ連のユダヤ人迫害も相当エグいものでした)から逃れようとするも、逃亡ルートが次々と閉ざされていく中、生き残る道はシベリア鉄道を使った極東への避難しかない状況でした。

その最後の生存ルートに難民を逃がす英断を、杉原千畝さんが外務省に背いて行いました。「命のビザ」の発行ですね。

しかしユダヤ系難民達の全員が、シベリア鉄道に乗れたわけではありませんでした。着の身着のままで逃げてきた難民達の全員が、高額な運賃約160ドルを払える訳が無かったのです。

逃げ遅れたユダヤ系難民達は移動殺戮部隊(アインザッツグルッペン)に虐殺されていきました・・

またアインザッツグルッペンは懲罰部隊でもあり、遅刻や規則違反を犯した軍や警察の若者たちが軍法会議での厳罰を、この部隊に志願する事で回避できたようです。

或いは、反ユダヤ主義に染まった特に若い人たちが所属していました。

最初はまともな若い子達が特殊な訓練と数えきれない殺戮の果てに、殺戮に対し何とも思わない存在に順応していく・・恐ろしい事ですね。

彼らは“任務”が終わると、返り血で真っ赤に染まっている事を気にもせず、テーブルに着き仲間と一緒に軽い音楽を聴き食事を楽しんでいたと言います。

ごく普通で、まともな若者達をそんな状態にさせる罪深さが恐ろしいですね。スピリチュアルでいえば、彼らの魂は傷らだけなのでしょうが・・。

その様子を当時まじかで見ていた医師の手紙は現存していますし、荒れ狂うユダヤ人虐殺を見るに、僕はヨーロッパにおけるユダヤ人問題の根の深さにゾッとさせられます。

確かに捏造もあったかもしれませんし、勝者によって歴史は作られるのも事実です。戦勝国に都合の悪い事実は伏せられがちなのも本当でしょう。

しかし当時ユダヤ人に対する猛烈な迫害と虐殺があったことは火を見るより明らかです。ヨーロッパにおける反ユダヤ主義は根深いですし。

そして強制収容所にユダヤ人が連行されたのも事実でしょう。収容所での犠牲者の数には資料によって人数が変動するでしょうし、それを双方プロパガンダとして利用しようという思惑もありましょうが、当時やはりユダヤ人が迫害され、人としての尊厳を奪われ、殺戮されていた事は明らだと思っています。

例え「アンネの日記」が小説でも、強制収容所での犠牲者数が水増しされていたとしても、その恐るべき蛮行と悲劇は無くなりはしないし、「捏造」や「プロパガンダとしての利用」の問題とは分けて考えるべきなのでしょう・・・。

歴史問題はどうしても感情と絡んでくる厄介な問題です。お互いに自分達の正当性を主張して譲らず、やがてその小競り合いが血で血を洗う悲劇に発展してく・・・恐ろしい事です。

世界の在り方と歪み、そしてそこから生まれる悲劇を癒し、見直す事が最重要で、その見直す“きっかけ”が例え何らかの思惑から生まれた産物だったとしても関係ない、それで人に“思いやり”の心が生まれるのなら・・・全く、銀月さんの仰る通りだと思います。

長文失礼しました。それでは

Re: No title

メイプルさん

こんにちは。

たしかに、私もホロコーストは、事実あったと思いますね。

アメリカに住んでいる日系人のおじいさん達に、第二次世界大戦中の話を聞いたことがあります。アメリカ西海岸地区では、財産没収の上、強制収容所行きか日本へ帰国するかの選択だったそうです。

そこは、砂漠のど真ん中の最悪な収容所ですが、なんとかみんなで力を合わせて、住みやすい収容所に変えていった・・というような苦労話だったんですが、それでも、まだ自由はあったそうです。

反日感情が強くなり、おちおち外も歩けなくなってきた状況下では、むしろ収容所生活の方が安全だったそうで、それに、なにより、朝から晩まで肉体労働で働きづめだった日系人などは、むしろ、多くの自由時間が出来て体がラクになった・・と笑っていました。

むしろ日本へ帰国した人々の方が、アメリカのスパイと疑われて殺されたり、食べ物もない状態で悲惨な目に合い、地獄の体験だったとか。

同じ、第二次世界大戦中の強制収容所でも、「収容所に入れられること、イコール、殺されること」を意味した、ユダヤ人の収容所とは、こんなに違っていたんだ!って思ったもんです。

だからこそ、ユダヤ人たちは、必死に隠れ住むか脱出するしかなかったんでしょう。                                                              大量虐殺された数字やガス室などの虐殺方法は、たしかに、曖昧な部分はあるようですが(もっとも、それすら、改ざんすることも可能だし・・)ホロコーストについては、やはり事実だと思いますね。
だいたい、千人の虐殺でも10万人の虐殺でも、数の問題ではありませんからね~。


当時の狂気に突っ走ったナチスに比べれば、連合軍の方がずっと人道的だったと言えるでしょう。


しかし今、

アメリカ軍が中東の戦地においてやっている事は、ひょっとしたら、ナチスと変わらない部分も多いんじゃないか・・と思うことがあります。

ゲームのように一般人を殺害したり拷問したり、それを動画に撮ったり、それを見て酒を飲んだり・・という行為・・・。
戦争は、若者に集団狂気を作り出すようです。精神の病ですね~。

もちろん、そういった事実はなかなか報道されず、一部の戦地に行った人々の話でしか伝わってきませんが。

狂気を楽しむようになる若者と、仕方なく従う者、いたたまれず軍隊を逃げ出す者があるのだそうです。

いつの時代も同じかもしれない。

そう考えると、ホロコーストは、今でも、至る所で起こっているような気がします。

おっしゃるとおり、まず、多くの人が、真実を知り見直すことが最重要だと思います。

いつも、貴重なコメントをありがとうございます。



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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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