やりたいこと、やらなきゃならないことの区別は難しい?

ある人が、こんな話をしてくれた。

ずーーと、自分がやりたかった仕事、デザイン事務所の仕事のオファーをもらったのだそうだ。

もちろん、すごく彼は喜んでた。


その矢先、父親が病気になり、実家に戻って、家業を継いでくれ!という話が、ほぼ同時にやってくる。

大きな家の長男、そして大きな田舎の家、家業、もちろん、従業員、親戚一同は、それを望んでいる。

長男なんだし、家に帰って家業を継ぐのが当然と、みんなが思ってる。



そこで、彼は、

「僕は、帰って家業を継がなければならない!」と言う。


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「なんで? だって、今まで自分のやりたかった仕事のオファーもきてるんでしょ?
何があっても、これは、やりたい仕事だったんだ!って、すごく喜んでたよね?」


「いや、しかし、僕は、家を出て、今までも好きな事をしてきたし、きっと、父が病気になったのも、僕に責任の一旦はあるんだ。
だから、僕は、実家を、ここで捨ててはいけないんだ!」


「ふーん、それは、捨ててはいけない、と自分に課してるの? どれとも、捨てられないって意味? (←あ、そこまで言うか~)

ちょっと困惑したような顔、

「捨ててはいけないと、課してるといえば、たしかにそうかもしれない。
でも、それは、僕が長男としての当然の、人の道だと思うし、してはならない事だと思うんだ。」(←素直な人だよね。)

「してはならないってのは、自分に対する禁止の言葉でしょう。
それって、ほんとは、心の底で、別の方向に誘惑を感じてるからこそ、自分で禁じなければならないんじゃないかな?」
(←またまた、ここまで言うか~!)


「いや、そうじゃない!
もしも、ここで、実家を見捨てるような人間でありたくないんだ。きっと投げ捨ててしまえば、絶対、後悔するだろうから。
そして自分が嫌になる。そんな人間になることは、自分が嫌なんだ!」


「ならば、それは・・・やっぱり、心の底で、誘惑を感じてるってことでしょうね。」

彼は、口をつぐんでしまった。

そして、ぽつりと小さな声で言う。

「なんだか、そうすると、自分が、汚い生き物に見えてきたような気がしてしまう。」

「ああ、そんなふうに思わないでよーー!自分がやりたかったことに誘惑を感じるのは、当たり前だし、それは、自分を蔑むようなことじゃないよ。
実家の家業なんか、投げ出して、自分の好きな仕事をしたいってのは、人として当然だもん。
今まで、ずっと、それに向かって努力してきたわけだし。

それをちゃんと抑えて、帰る決心をするってのは、すごく立派なことでもあると思うよ。」


「そうかな?」



・・・・・・・・・・・・・・

人って、以外に自分の本音に疎いものなんだって思う。

彼は、言われるまで、「そうすべきだ!」と思ってたようだ。
また、「そうしなければならないこと」、「自分のやりたいこと」も、ごちゃごちゃになってたようでもある。

心の奥底に、本当に自分のやりたい事があっても・・・・こっちをやることが、人の道だ!、自分の責任なんだ!というものがあると、人って結構、ごちゃごちゃにしてしまうことが多い。

そこには、また、

もしも帰らず、自分の好きな道に進めば、両親や周囲の人から、親不孝者のレッテルを貼られてしまう。
逆に、好きなことを諦めて家に帰れば、立派な息子だ!自分の好きな仕事を蹴ってまで、家に戻った褒められる。

そういった、両親や周囲が望む、いい息子でいたい!という望みも奥底に、あったのかもしれない。


それとも・・・父親の病気を聞いたときから、本当に、やりたかったデザイナーの道よりも、今は、父のそばにいてあげたい!という気持ちが強くなったのかもしれない。。。

あ、彼の場合、それは・・たぶん違うな~(笑)

もし、そうだったら、人ってのは、そうゆうときは、もっと清清しい顔をするもんだから。いくら、他に多少の未練を感じていたとしてもね。

ましては、厳しい顔をして、「僕は、長男として、帰らなきゃいけない!それが、正しい道だから!」なんて、断言したような言い方はしないもんだ(笑)

「今は、父のためにそばにいてあげたい!出来る限り助けたい!だから、帰らなきゃ!」って言うんだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、決断するのは、自分自身。

どっちも立派なことだとは思う。
やりたい事に未練を残しても、両親のために帰ろうとする決断・・・なかなか、大変なことだと思う。

また、両親の思いや周囲の非難を覚悟で、自分の好きな道を進むことも・・・それも、大変なことだと思う。

。。。。。。。。。。。。。。


ただ、

どちらにしても、そのとき、本当に、心から望む方向に行かない限り、決していい結果は生まないってことだけは言えそうだ。


もっとも、その前に、「自分の心から望むものが、よく見えてない人が多いか」・・・って事だね(笑)

人って、「こうあるべきだ!」「こうしなきゃいけないんだ!」って、何かを自分に課したとき、見失ってしまうんだね。

まず、それだけは見失って欲しくないもんだなあ。。。

その上で、どちらかに、決断すべきなんだと思う。


・・・・・・・・・・・・・・

この彼は、結局家に帰って家業は継がなかったそうです。
さんざん、両親にもなじられてるようですが・・。

それでも、病気のお父さんのお見舞いに頻繁に実家にいってるんだそうです!

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個性

GINGETSU様

こんばんは。
その彼は自分のやりたいことを選んで良かったですね。
家族を思う優しさがあるだけで素晴らしいです。

やりたいことがはっきりしていることはとても幸せなことです。

そもそもやりたいこととはその人の個性の表れなのだから
その個性を「○○すべき」で抑えてしまったら、その人がその人で
なくなりますよね。

家業を継ぎたい人は個性が家業、あるいは家業を継ぐことにたまたま合ってただけで、家業を継ぎたくない人は、家業ではなく他のことをやりたい個性なんだと思います。

実は息子たちも後者なのでよくわかります(笑)

感性(=個性)は最も大切なもので、
それを無視することの弊害はとても大きいんだなあと
息子たちを通して日々学習中の私にはタイムリーな話題でした。

Re: 個性

fumiさん

こんにちは。

私は、つくづく、fumiさんのようなお母さんだったら、いいなあ~って思いますv-353
でも、現実には、なかなか、そういった両親に恵まれてるお子さんも少ないみたいですね。

学生時代、フォトグラファー希望だった友達は、「そんな仕事、安定して食べてけないわよ!女の子がするような仕事じゃないでしょ!」と、頭ごなしに猛反対されて諦めたって言ってました。

たしかに、我が子を心配する気持ちは当然の事ですよね、それに、ひょっとしたら、その彼女の場合は、反対されて諦めてしまうような程度のものだったのかもしれませんが・・(笑)

私自身も似たような経験があるので、fumiさんのように知的で相手の個性を理解しようと努めてくれるお母さんにとっても憧れます!

でも、ふと考えて見ると、

若い時って、私たち自身でさえ、これが本当にやりたい事なのかどうかって、自分で迷うときも多いですしね?
そういったときに、たとえ、頭ごなしの反対だろうが・・反対してくれる親がいるって事は、ある意味で、自分自身を考え直すきっかけになる!ってこともあるかもしれませんね。

また、子供の大反対にあった親としても、相手の個性を考えるきっかけになり、新たに成長できるのかもしれません。

そう考えていくと、たとえどんな親子の関係であっても、お互いに成長しくチャンスを与えてもらってるのかな~って思ってしまいます。

親子の関係でも、ペットとの関係でも、私たちって、まだまだ学ぶことって多いですよね(笑)

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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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