キュリー夫人の話

前にも、ちょっとソウルメイトについて、書いたような記憶があるんだけど・・

えーーと、ソウルメイトに間違いない!って思えるカップルって誰だったかな?

ふと、そんな事を思って、あ!と思い出したのが、キュリー夫妻(Mr.and Mrs. Curie)でした。

ソウルメイト、または、同じグループソウルの二人が、偶然のように出会うとき、それは、1つの生きる目的(生まれてきた使命)を遂行するために、出会うのだ。・・・と、言われてます。

まさに、キュリー夫妻も、その典型カップルだったみたいですね。

sklodowska-curie.jpg

もともと、キュリー夫人と言う人、マリー・キュリーという名前ですが・・・・○○夫人って呼び方は、いかにも、時代をカンジさせますね~。

(女は、あくまでも男性に隷属するという、カトリック社会、当時の風潮を思い起こされちゃいます!)

・・・・・・・・・・・
さて、まず、その、「キュリー夫人」のおいたちから。

マリーは、もともとは、ポーランド人。お父さんは物理学の学者、お母さんも教育者の家庭に生まれた人で、科学者としての、サラブレット家系に生まれてるんだよね。

ところが、また、当時のポーランドという国は、大国に干渉され続け、一時は、国を失うほどの憂き目にもあってる国。
ロシアの干渉によって、お父さんは、ワルシャワでの物理学の学者としての地位を剥奪されて、家も追い出される。

その頃から、彼女は、ずーーーと、貧乏生活だけをしてるんだよね。

だいたい、極貧生活の中で生まれた子供の多くは、お金持ちになりたい!ってのが、一番の目標になるはずなんだけど、彼女の場合は、とにかく、勉学がしたい!大学に行きたい!学びたい!・・・ってのが、一番の夢であり、目標だったようだ。

ここらへんから、すでに、彼女は、「自分の魂の望む声」を、ちゃ~んとわかってたんだろうね。


勉学のために、彼女は、1人ワルシャワに住むことになる。

そこで、ぼろぼろの屋根裏部屋を借りて、家庭教師をしながら、学校に通い勉強を続ける。

きっと、この時代背景を考えると、女性が、1人で生活して勉強を続けるって、ものすごい大変なことだったはずだよね。

過労で、しかも毎日、ロクなものを食べてないんで、何度かぶっ倒れたことがあったようだ。

それでも、同じ物理学に携わる、男性と出会って、恋に落ちる。

ところが、この最初の男は、マリーと結婚する気だったのに、親に反対されて断念してしまうのだ。
理由は、身分違い! マリーは、ポーランドの下級貴族の出身、しかも、今は、超ビンボーだったからね。

おそらく、マリーは、ここで、「身分」の壁ってものを最初に、感じることになったのかもしれない。

失恋の痛みもあったのか、彼女は、フランスのパリに移る。
そこでも働きながら、学校に行く生活を続けるのだ。

さらに、1891年、ソルボンヌ大学に進み「物理化学学校」の教職につきながら、研究を続ける。

この頃、すでに、圧電現象をはじめ結晶物理学、常磁性と強磁性の研究でキュリーの法則・キュリー温度を発見し、研究は、認められ、一目置かれるようにはなるが、やっぱり、当時としては、女性を認めるわけにはいかなかったようだ。

そこに、新たに登場することになるのが、ピエール・キュリー
彼もまた、物理学者で、超一流の物理学者だったそうだ。

出会った瞬間から、ピエールは、強い縁を感じたそうだ。
また、マリーも、科学や社会のことを語り合った際には、自分と共通するところを多く感じたと、後に語っている。

出会うべくして出会った二人なんだろうからね!

二人は結婚して、そこから、二人で共同研究がはじまる、というわけだ。

しかし、相変わらず、生活はビンボー。
(質素な結婚式のあと、みんなの祝い金で、自転車を買って、それを二人で近所を乗り回した・・って、エピソードがあるくらいだからね。)

二人でくたくたになるほど、昼間は、教師として働き、夜は、研究に没頭する。もちろん、子供たちの世話もある。

さらに、研究するということは、ひどくお金はかかるものだ。
実験室を持たなきゃならないし、器具も必要だし・・ビンボーしながら、生活を切り詰め、家賃を払うのもやっとだっとようだ。

彼らの実験室は、まるで、家畜小屋のように粗末だったらしい。

彼らが、実験室で、何をしていたかというと、ご存知のとおり、彼らの功績は、「激しい放射線を発するラジウムと名づけた、新元素の存在について発表した」ことだよね。

しかし、学会は、彼らの発表に対しては、はじめは、かなり冷淡な反応だった。

つまり、「純粋な新元素の塊を見せろよ!」
証拠となる、モノを出してみろ!・・・って、ことだったんだよね。

ところが、それには、ビッチブレンドって鉱石が大量に必要。
こーんな石ね↓

Pichblende.jpg

ところが、高価な石なんで、とてもじゃないけど、彼らが、買い集めることは不可能。
そこで、ウラン塩を抽出した後の廃棄物を利用する方法ってのを思いつき、オーストリアのある鉱山から、無料で提供してもらうことにしたそうだ。それでも、送料は負担するんで・・・大変だったろうなあ~。

数キロ単位の鉱石くずを大鍋や壷で煮沸・攪拌・溶解や沈殿・ろ過なんかして、分離させ、溶液を分離結晶させることを何段階も繰り返す・・・そんな作業、気が遠くなるようで、しかも重労働。

劣悪な環境と過酷な作業、生活費を稼ぐための教職の仕事、ほとんど、ぶっ倒れる寸前だったようだ。
一時、ピエールは、健康状態を考え、一時、中断しようとしたらしいが、しかし、マリーは諦めなかった。

最終的には、純粋ラジウム塩を得るまでに、11トンの鉱物をを処理したことになる。

気が遠くなるような作業だったが、放射性元素は、少しづつ、着々と濃縮され、やがて試験管や蒸発皿から、ほんのりと発光が見られるようになったからだ。

やがて、ラジウムの青い光を発するようになった。

この光をみたとき、どんなに、美しい光に見えたことだろう。どんなに感動しただろう。

ここまで、成し遂げられたのは、おそらく、中心となったのは、マリーの功績だったことだろう。
しかしまた、ピエールという最高のパートナーがいなければ、成し遂げられなかったはずだ。

ピエールはリウマチを悪化させ、たびたび発作に苦しみ、マリは神経を衰えさせ、睡眠時遊行症を起こすようになっていた。

それでも、二人は苦難の道を投げずに、二人で成し遂げたということは、やはり、ソウルメイトに間違いないと思えてならない。

「そんなことして何になるんだ?もう、やめようよ。」

「子供がかわいそうだよ。」

なーんて、フツウだったら、ありそうな発言だったろうに・・(笑)
同じものを見て、同じ道を歩む二人には、ありえなかったんだろう。

だからこそ、成し遂げられた。

そして、そのために、ソウルメイトが出会ったのだろう。


1903年12月、スウェーデン王立科学アカデミーはピエールとマリに、ノーベル物理学賞を授与する。

しかし、彼らの目的は、賞をもらうことではなかったようだ。現に、フランス政府からの賞は、辞退している。
彼らは、物理学者としての栄誉や安定した地位よりも、もっと、他の次元を目指していたようだ。

それでも、ノーベル賞で得た7万フランの賞金は、極貧生活を救い、金銭的に恵まれない知人や学生たちのためにも役立てられた。さらに、新しい研究資金にも当てられた。

しかし、同時に、一躍有名人となり、マスコミに追いかけられ、取材され、研究に没頭できる時間がなくなってくる。
彼らは、一時、逃げるように、田舎に引越して偽名を使ったこともあったようだ。


極貧生活は、改善されたものの、二人は、大学で教鞭をとり、研究に没頭し、相変わらず多忙をきわめていた。

そんな矢先、夫のピエールが、馬車が行き交う狭いドフィーヌ通りを横断していた際に、ぶつかった荷馬車に轢かれ、事故死してしまう。

最高のソウルメイトの結末は、こんなふうに、突然、やってくることもあるんだろうか。。。

そのとき、マリーは、「同じ運命をくれる馬車はいないのだろうか。」と、日記に書き残している。


しばらく、マリーは、ひどい精神状態の中にいたようだが、ようやく彼女は、「ピエールの遺産」を受け継ぎ、彼にふさわしい研究所を作ることが自分のやるべきことと決断する。

オファーのあった、大学の職位と実験室の後任を受諾した。

こうして、パリ大学初の女性教授が誕生した。


しかし、また有名になればなるほど、世間の目は厳しくなり、叩かれることにもなるのが、世の常。


マリーは、周囲から推されて科学アカデミー会員の候補になったのだが、それが、また、どんどん、煩わしい事態に巻き込まれていく。

空席を巡って対立候補となったエドアール・ブランリーとの間で、支持者による二つの陣営が出来上がってしまった。

「自由主義者のマリと敬虔なカトリックのブランリー」、
「ポーランド人対フランス人」
「女性対男性」



特女性の会員に猛反対する人物も多く、さらには、カトリックの投票権者達に対してマリがユダヤ人だというデマまで流れた。
(当時は、ユダヤ人は嫌われてたからね。また、カトリックが一番!だったわけだし・・。)


エクセルシオール紙などは一面でマリを攻撃し、右翼系新聞には彼女の栄誉はピエールの業績に乗っかっただけという記事まで載った。

時代的な背景もあるのだが、完全に、女性であること、宗教、外国人であることへの、差別意識が含んでるよね。
さらに、優秀な女科学者に対する妬みもあったことだろう。

結局、マリーは落選して、ブランリーが選ばれる。


しかし、実際、マリーは、すでに他の国からは、請われて、アカデミー会員になっていたわけで、当時のフランスは、ひどく古い体質に支配されてたようだ。


当時のマリーは、低温環境でのラジウム放射線研究の構想を練った。

そこへ、今度は、有名人のスキャンダルを売りに購買欲を掻き立てていた当時の新聞が、マリーの不倫記事を大々的に掲載する。
(相手は5歳年下で、ピエールの教え子ポール・ランジュバン。彼は既婚だったが夫婦間は冷めて別居し、裁判沙汰にまでなっていたそうだ。マリは私生活の問題で悩むランジュバンの相談を聞くうちに親密になっていったのは確かのようだ。)

しかし、それが何だってんだろう?
いかにも、カトリック的道徳観を掲げた、単なる差別、バッシング、スキャンダル探し。


報道は、ランジュバンに宛てたマリの手紙を暴露し、他人の家庭を壊す不道徳な女とマリを糾弾し、

またも彼女をユダヤ人だ、ピエールは妻の不倫を知って自殺したのだと、あらぬことを連日書き立てた。

あいかわず、こういったマスコミは、こんな時代からも、存在していたってことだね。。。



しかし、このさなかに、スウェーデンからノーベル化学賞授与の電報が入った。

理由は「ラジウムとポロニウムの発見と、ラジウムの性質およびその化合物の研究において、化学に特筆すべきたぐいまれな功績をあげたこと」と、「新元素発見を取り上げて評価されたこと」だった。

2度目のノーベル賞受賞、しかも、今度は、ノーベル化学賞

このスキャンダルのさなか、辞退しては?の声があがるなか・・彼女は、堂々と授賞式に向かったそうだ。
記念講演で、彼女は、亡き夫、ピエールの業績と自分の仕事を明瞭に区別した上で、この成果の発端はふたりの共同研究にあったと述べている。


第一次大戦が勃発。

そのさなか、彼女は、X線撮影による医療のために走り回る。病院にX線撮影のための器具を設置し、
レントゲンカーを作り、自ら、解剖学も学び、運転免許をとり、技師としても学び、また、車の故障のために、整備も学んだそうだ。

その後、マリーは、アメリカにも招かれ、大歓迎を受けている。物理や化学の研究にはほとんど費用が廻らなかった中で、これは、大きな資金集めになり、研究所の維持に、非常に役立つことになった。

彼女が亡くなったのは、1934年。再生不良性貧血が原因だったようだ。

ラジウムの研究に捧げ、素手で何度も放射性物質を持ち歩いていた彼女。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女が、この世に誕生した使命は、「物理学、化学の貢献・・ラジウムの発見によって、医療の進歩、人々に役立つ発見をすること」だったのだろう。

現に、夫妻は、ラジウム精製法に対する特許を取得せず公開している。

なぜなら、これは、人々のためのものだからだ。

二人は紛れも無いソウルメイトであり、自分の生きる使命を知ってたんだろう。
生まれながらの、スピリチュアルな人たちだった。

しかし、現実のダークな面を嫌と言うほど経験している。

貧困、多くの差別、中傷、愛する夫の事故死。

スピリチュアルな世界に行きながらも、彼女は、見事に、こういった現実にも、打ち勝っていく。

ほんとうに、強い人だなあ!って思う。

・・・・・・・・・

立派な精神世界、スピリチュアルな世界を持っている人々は、以外に、現実の汚さに触れると弱いものだ。

しかし、彼女は、見事に、打ち勝っていく。

また、こういった事すべてが、彼女が、「この世で、学ばなければならなかったことであり、乗り越えなければならなかった課題」だったんだろうなあ。

神様は、人によって、ほんとうに多くの試練を与えるものだ。


あ、いや、違うね! 神様なんて関係ないね。。。


生まれるときに、自らが、それを選んで生まれくるそうだから。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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