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バイブルから: コリント人への手紙

きのう、信仰は大事かも・・みたいなことを書いたので、きょうはその流れで、クリスチャンのバイブルについてちょっとばかし触れてみようと思う。

とは言っても・・ただの好きなもののお勧めのようなものだ(笑)

私はクリスチャン信者でもなく、すべてを細かく読んでるわけではない。


それでも、バイブルの中にとても好きな箇所がある。

それはパウロ(Paul)が書いた「コリント人への手紙の第一の中のチャプター13 (First Corinthians Chapter13)

first corinthians


英語版はこちらから読めますよ。
1 Corinthians 13 English Standard Version

Chapter 13
1 If I speak in the tongues of men and of angels, but have not love, I am a noisy gong or a clanging cymbal.
2 And if I have prophetic powers, and understand all mysteries and all knowledge, and if I have all faith, so as to remove mountains, but have not love, I am nothing.
3 If I give away all I have, and if I deliver up my body to be burned,[a] but have not love, I gain nothing.

4 Love is patient and kind; love does not envy or boast; it is not arrogant
5 or rude. It does not insist on its own way; it is not irritable or resentful;[b]
6 it does not rejoice at wrongdoing, but rejoices with the truth.
7 Love bears all things, believes all things, hopes all things, endures all things.

8 Love never ends. As for prophecies, they will pass away; as for tongues, they will cease; as for knowledge, it will pass away. 9 For we know in part and we prophesy in part,
10 but when the perfect comes, the partial will pass away.
11 When I was a child, I spoke like a child, I thought like a child, I reasoned like a child. When I became a man, I gave up childish ways.
12 For now we see in a mirror dimly, but then face to face. Now I know in part; then I shall know fully, even as I have been fully known.

13 So now faith, hope, and love abide, these three; but the greatest of these is love.
......................................
Footnotes
a. 1 Corinthians 13:3 Some manuscripts deliver up my body [to death] that I may boast
b. 1 Corinthians 13:5 Greek irritable and does not count up wrongdoing





また、日本語翻訳されたものならば、こちらから読めます。

コリント人への第一の手紙(口語訳)

下にこの13章だけを張り付けておきます。

13:1
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。

13:2
たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

13:3
たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

13:4
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、

13:5
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。

13:6
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。

13:7
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

13:8
愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。

13:9
なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。

13:10
全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。

13:11
わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

13:12
わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。

13:13
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。



出来れば、ゆっくりと、英語をみながら日本語訳と対比しながら読んで頂きたいなあと思います。



たとえば、4節目に来るのがこれ。

Love is patient and kind;

日本語訳だと・・
愛は寛容であり、愛は情深い




私が一番最初にこれを読んだとき、まず、この順番がすごくね?と思ったものです。


だって、たぶん多くの人が、愛は親切であること(Love is Kind )と思ってるはず。

ところが、バイブルではまず先に「寛容」が来て、そして親切って言葉が続いているのだから。

え? 愛は「寛容」だったんだ~!

まあ、そりゃそうだ~! 寛容さがなけりゃ、本当に、人に優しくとか親切にできないもんなあ。
そりゃ、ただの形だけになっちゃう!

.

もうひとつ、Patientの意味についても、私はここで発見したのだ。

そもそも学校英語では、 patient ときたら =忍耐強い だったもんね~(笑)

他にも、忍耐や我慢を表すことばは、perseverance, endurance, なんてのはあるけど・・ムカついてるときでも、Be patientなんかを使っちゃったりするくらいに、Patient=「我慢」だったのだ(笑)

ちなみに、「patienceは、嫌なことでも怒らず平静心のまま受け止めること。
toleranceは嫌なことに怒りを感じても、それを殺して表に出さずに平静に対応すること。」






Patient を辞書を引いてみると、「我慢」、「忍耐」のほかにも、あとの方に「寛容」、というのも載っていることは載っているのだ。


でもなあ・・・
うーーーん、忍耐と我慢が先かよ~


昔の子供は、英和辞典を引いて、その英文の中でぴったりする意味を自分の感性でみつけなければならなかったものだ。

それが、和訳するということだったんだけどね~。


ところが、最近はとくに電子辞書を使う生徒がほとんどなんで、A = B のようなひとつの意味に偏っちゃう傾向が大らしい。

それだと、永遠に理解は出来ないかもしれないなあ~。 寛容さがあるからこそ、忍耐や我慢にも繋がるってことを。



私がParientという言葉を理解できたのは、もちろん渡米してからのことだし、それもバイブルを読んだことで、はっきり理解したのだった。・・・同じ「我慢」であっても、こんにゃろめ! いつか見てろよ!って我慢じゃないのが、Parientなんだなあってことを(笑)



こんな曲があったのをご存じだろうか?

私が80年代にハマってたジャーニーの曲で、patientlyという名曲がある。


昔々、これを聴いたとき、Patienceって、なーんとなく、我慢とは違うんじゃね?と思ったものだ。
それから、ずーーと本当は、どうゆう感覚なんだろうなあって疑問に思っていた。

だって、我慢どころか、むしろ、溢れんばかりの愛しか感じない曲だったもんね~。


patience-5.png


さて、ここでまたバイブルの話に戻すことにしよう。

この部分のバイブルは、パウロが伝道のためコリントという街に行き、その後、コリントの教会とのやりとりをした手紙の一部なのだ。


パウロの時代のコリントという街、

corinth.jpg

繁栄した港町であり、商業も盛んで金持ちも貧乏人も雑多に暮らしてるような街だったという。

しかし信仰心は薄れ、人々の欲望が渦巻くような街であり、雑多な偶像崇拝が溢れ、アフロディテの像の前には売春婦も溢れていたというから・・まあ、現在の私たちの知ってる大都会とそんなに変わらないのかもしれない。

なんだか新宿だとか渋谷をイメージしちゃう・・・(笑)

20191203082554.jpg


そこで、この言葉・・

たとえ人の言葉やエンジェルの言葉を語っても、もしそこに愛がなければ、やかましい鐘や騒がしいシンバルと変わりない。

もし、先を見通すパワーを持ち、叡智や知識を持っていたとしても、また、もしも、山をも動かすような信仰や犠牲的精神を持っていたとしても、そこに愛が無ければ、むなしいだけだ。



なーんて言葉を聞くと・・

キレイごとだけを並べ立てるお偉いさんとか、偽霊能者さんとか、知識をひけらかす学者さんとか、金儲け主義の教会だとか、偽宗教にハマってマインドコントロールされちゃってる人とか・・今度は、そんな人々を思い浮かべてしまうのだ。


なーんだ! 現代とも変わらんなあ~!って思ってしまう(笑)

いつの時代も、繁栄すればするほど人々の精神は荒んでいくものなのかもしれないなあ・・な~んて思ったりしてしまう。



この13章で言ってることは、ものすごーく直球でシンプル。

愛がなければ何にもならない、 愛こそがもっとも大切なもの

ただ、終始それだけのことなのだ。 それだけに、その直球でシンプルさにゆえに心を動かされるのかもしれない・・・

パウロさんの真摯な気持ち、愛がビンビンに伝わってくる書簡だと思うから。



その後、コリントはマケドニアのアレクサンダー大王の支配下に置かれてしまい、その後に滅ぼされて消えていくことになる。

Book-of-1-Corinthians.jpg


それでも信仰を持つ人は消えないんだろうなあ。



これは、子供の頃から教会通いをしていたというアメリカ人から教えてもらった。

「バイブルの中で一番僕が好きなのは、コリント人の手紙1の13章なんだよ。」
と。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<<参考>>
コリント信者への手紙 解説



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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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