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「十よりかへる もとのその一」への学び

何かを学ぶとき、なぜ早い人、遅い人がいるんだろう?


職場の中で、どうしても仕事が覚えられない人がいて、なぜなんだろう?と考えたことがあった。


体調がすぐれなかったり心労があるときは集中できないものだし、または教える側と受ける側との意思疎通がうまくいかない場合(教え方にも問題ありって場合)は、誰だってなかなか学べないものだ。


ところが、こういったことがすべてクリアーされてさえ、理解できないという人がいる。

そんな人を見て気がついた。

Aの場合はこうしてBの場合はこうする・・と頭にインプットすることが出来ても、その本質が理解できないからなんだろうなあと。


葉っぱ1枚1枚のデータをインプットしても、 それがいつまでたっても、幹や根っことに行きつくこともなく、葉っぱや枝が幹や根といった関連性や、命全体の流れが見えない・・ということに似ているかもしれない。

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そう思うと納得できる。

いかに優秀な一流大学を卒業した人や、英検一級とかの資格を多く持っている人でも・・ぜんぜん、仕事となるとダメじゃん!という人がいるということも(笑)


もともと、私たちが学んできた日本の学校教育には「教科書」というものがあって、まずは、それを「丸暗記」さえしていれば、それなりの成績は取れた。

コンピューター並みに、多くの情報量を詰め込んで記憶するキャパシティーが大きければ大きいほど「優秀」とされていた。


ところが、具象や事例ばかりを追ってしまってばかりだと本質には、なかなかたどり着けない場合が多い。

本質が理解できなければ、仕事によっては大きな失敗にも繋がることだってある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が中学生の頃、母が私に茶道を教え込もうとしたことがあった。

茶道の基本は、帛紗(ふくさ)をさばく、棗(なつめ)を清める、茶杓(ちゃしゃく)を清めるなどといった、さまざまな所作の稽古から入る。

ようするに、ふくさを折りたたんだり拭いてキレイにすることなのに、それにも手順が決まっているのが茶道の世界。

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ぎいい! こんなめんどくさいこと、やってられっか!と、すぐに投げ出してしまったものだ。

何事にもルールがすでに決められていて、従わなければならないってことにキレたのだ(笑)


見るに見かねた父に、こんなことを言われた。
・・「別に他の方法で自分流にやっても構わないよ。
でも結局、ムダなくシンプルでしかも美しい流れで次の所作に入るようにするには、教えてもらった方法が一番だってことに気づくと思うよ。 
なぜこれをするのか?を自分で見つけられないならば・・まだ茶道を習うのはキミには早いね。」と。


この言葉で、なんとなく茶道の奥深い世界が垣間見えた気がしたのだが・・結局、そのまま、やらずじまいで終わってしまったことが、今ではちょっと残念に思っている。


一より習ひ 十を知り 十よりかへる もとのその一

という千利休の言葉がある。


多くの場合、人は「一より習ひ 十を知り」の段階で、終わっちゃうことも多いのかもしれない。
まるで知識量を詰め込んだコンピューターみたいなものだ。


十に到達した段階で、改めて見直すと新たな発見もあり、そこから、また一に戻り、根源、本質に向かっていくもの。

これが、茶道で言う「洗練」なのだろう。

学ぶということの意味もまた、そこにあるように思う。


美味しいお茶とお菓子を頂くこと、おもてなし、行儀作法を習うこと、表面的な日本文化を習うこと、だけに留まらないのが茶道の道。

手順を覚えることだけで終わってしまえば、到底、その先には行きつけない。

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行きつけない理由は、おそらく・・自分の頭でそれから先をシャットアウトしてしまうから、ではないだろうか?

それから先をまったく考えなくなるか、または、自分の「思い混んだ結論」に無理にででも、こじつけてしまおうとするか。。。



そういう人にありがちなのは、具象ばかりを持っていて、事例だけでモノを考えようとしてしまうということなのだそうだ。

そうなると、まず、我田引水に陥りやすいという。

*「我田引水(がでんいんすい)」とは物事を自分に好都合となるように言ったり、理屈をつけること。

それか、曲解してしまったり・・
*「曲解(きょっかい)」とは相手の言動や物事の意味を素直に捉えず、無理に捻じ曲げた解釈をとること。

そんな人が論文を書こうとすると・・断章取義になったりする。

*「断章取義(だんしょうしゅぎ)」は、書物などを引用する際に自分の役に立つ部分だけを取り出すこと・都合良く解釈すること。

断章取義というのは、あんまり聞きなれない言葉だけど・・たとえばレポートなどを作成する際に、論文や書物、詩といった文章を引用することがある。

そんなときに、引用元の作者の本来の意図や全体の理解よりも、自分の都合を優先してしまうというケースで、自分の伝えたいことや都合にだけフィットするように意図的に抜き出すことが「断章取義」というそうだ。
前後の文脈との関係・関連性さえも無視している場合だってあるという。

こうゆうのって・・・自己中の一種かもしれない(笑)


こうゆう人たちには何が欠けているのだろう?

具象ばかりを持っていて事例だけでモノを考える人というのは、長年に渡って、継続・蓄積してきたものを多く持っている人に多いという。

もちろん、それはそれで立派なことなのだけど・・

その対極としての、知性・創造性・センス・閃きといったものが大きく欠如してしまうことも多いという。


結局のところ、データを詰め込むだけ詰め込んで、表面的なところやキャッチーな所ばかりをかいつまんで我田引水に捉えているような場合は、いつまでたっても本質的なことは何も分からない、ということなのだろう。


それは、今までずっと自分の頭だけを駆使してきちゃった弊害ともいえる。
もしも欠如している部分・・・知性・創造性・センス・閃きを補うとしたら、それは自分の体で感じてみるしかない。

日々の生活において、学んだことが当てはまる事象をどれだけみつけられるか?
自分自身がそれを体験してみるか?

学んだことをどれだけ現実の生活において抽象できるか?

たぶん、そうすることで、頭だけでなく血肉となることができるのだろう。

また、学びが早い人というのは、そういった経験を多く持っている人。

血肉にしている経験が多ければ多いほど、次の学びも早くなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たとえば、私たちが学校で学ぶ教科の中で、日本史は一番嫌われるそうだ。
暗記することが山のように多いから。 

年号を暗記して登場人物を漢字で間違いなく書けるようにしなけりゃならないし・・本当に大変でめんどくさい

1482年 畠山義就が室町幕府に抗す
1482年 足利義政が慈照寺を造営開始
1485年 山城国一揆が起きる
1489年 足利義政が銀閣寺を完成させる


こんな年表の年号を覚えて、しかも漢字で間違いなく書けるようにするだけでも労力がいるもんね~。

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https://www.mag2.com/p/news/209898
しかも、テストとなれば、こんな問題に解答しなきゃならない。・・(高校日本史のテスト問題)
    ↓

●芸術風流を好み、慈照寺銀閣に隠棲した室町幕府の8代将軍であり、東山文化の興隆を支えた人物とは誰か?
答え: 足利義政(あしかがよしまさ)

●南朝の正当性を主張する内容の「神皇正統記(じんのうしょうとうき)」を執筆して後村上天皇に献じた南朝の重臣は?
答え: 北畠親房(きたはたちかふさ)



kitabatake.gif
https://www.city.uda.nara.jp/udakikimanyou/otokotachionnatachi/kitabatakechikafusa.html


だから何? こんなのに正解できて何になる?
これって・・完全にテストの為、大学入試の為でしかないもんね~(笑)


本当は、足利義政(あしかがよしまさ)がどんな境遇の人で何を考えてたか?
北畠親房(きたはたちかふさ)が、なんで南朝の正当性を主張したのか、神皇正統記(じんのうしょうとうき)にはどんなことが書かれてたのか?

そこまで見なければ、それに対して「感じること」もなければ、知性・創造性・センス・閃きなんて生まれてくるはずがないもん。

当然ながら、自分の血肉となり、実生活に活かせるわけもない(笑)


ところが、そんなことまで詳しくやってたら莫大な時間がかかっちゃうし時間がないのだ。
目的は試験にパスすることなんだから。

ましてや、すべての教科に満遍なく良い成績を取るためにはさらに時間が無い。
効率よく「テストにパス」することだけに専念しなきゃならないってのが現状。


そりゃあ、面白いわけないだろーよ(笑)

せめて、良い成績とって良い大学に入ることとか、人々に賞賛されて優越感に浸るとか、就職に有利になるとか・・そんなことくらいしか楽しみはみつからないだろーよ。

なーんて言うと・・

え? 勉強ってそうゆうものじゃない! それ以外にあるの~?と言われたりしてしまう。


子供の頃から、こういった勉強をしてきた子は、大人になってもそのまま・・ってことが多いのかもしれない。

だから・・「感性」(知性・創造性・センス・閃きを含めて)が育たないまま大人になっちゃった人が増えてしまうのかもしれない。

末端のデータを詰め混んでも、本質が理解できてない(理解しようともしない)ために、いざというときに大失敗しちゃう人とか。
TOEICや英検一級持っていても、センスの悪い文章だったり、それどころか相手に誤解される文章だったり。
頭の中の理論だけに走り、我田引水をしてしまう自己中とか。

こうゆうのを、頭が固くなっちゃってる! 柔軟性を失っちゃってる!というのだろう。


完全に千利休の「学び哲学」と逆行しちゃってるのが現在の社会だ。


もちろん現在の教育法にも問題はあるのだけれど・・社会のせいばかりにしていても解決しない。

現状の学校教育だけに合わせてしまったのは、やはり自分なのだから。

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それなら、学校では教えてくれなった「十よりかへる もとのその一」を、自分自身で学べばいいだけだ。

今度は頭だけを使わずに! 体で感じる学びを!

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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