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帝王学・易姓革命そして古代中国

これは日本に住んでいた頃、友人から聞いた話。

「私、6歳ごろから祖父に帝王学を授けられてたんだ」・・と彼女は笑いながら言った。

て、帝王学~?

「それって、具体的にどうゆう教育をされてたの?」(いったい彼女のおうちって、どんな家系の家だったんだろう?)

「じいちゃんが、あちこちの店に食べ歩きに連れていってくれるの。
それこそ、近所のラーメン屋から定食屋、デパートの食堂、ときには高級フレンチや料亭まで。」

「6歳ごろから? そりゃすごい!」
(ん?それって帝王学つーより、食べ歩き?)


「でね、必ず聞かれるのが、美味しいか不味いか? 次にここの料金は○○円するんだけど、どう思う?高いか安いか? 
それを子供の感覚で適当に答えるとね、なんでそう思う? ちゃんと考えて理由を答えなさい、って言われる・・。

じいちゃん、そんなことわかんないよ~。 なんで私、そんなこと考えて答えなきゃならないの~?って聞くとね、

『これはフィールドワークのお勉強なんだよ。 しかも帝王学を授けてるんだぞ。』って言われたのよ。」



ふぃーるど・・? てーおーがく?・・・って言われても、意味わからんかったらしい。(そりゃあ、6歳じゃね~。)
でも、彼女は、なんかその響きがカッコいいように思えて、じいちゃんにいつも付き合って食べ歩きをしたという。



それから数年経ち、彼女がティーンエイジャーになった頃には祖父はすでに他界。

あるとき、ご両親とおじいちゃんの思い出話をしたそうだ。

子供の頃、いつもおじいちゃんとたくさんのお店に食べ歩きに言ったことを話すと、

「ああ、オマエのじいちゃんは食べ歩き大好きだったからな~。
うちは、パパもママも家業で忙しかったから、いつもじいちゃんがオマエの面倒を見てただろ?」


「じいちゃんは、食べ歩きするのは私の勉強だって言ってた。 それは、帝王学だって、しょっちゅう言ってたよ」、と彼女が言うと、

「食べ歩きが帝王学だって~? あははは・・あのじいさんらしいよな~。」と両親は大爆笑。


その彼女もすでに30代後半に差し掛かった。

「あのとき、じいちゃんがさまざまなお店に連れて行ってくれたことが、今、ものすごく色々な面で役立ってる。
最初はただ、美味しいか不味いかだけだったのに、料金を示されれば、なんで、この値段なんだろう?って子供ながらにお金の価値考えるようになったしね・・

なぜ美味しくて安いのにお客さんがいないんだろうとか? 
なんで汚らしいお店なのにお客さんがいっぱいなんだろうとか?

そのうち、子供ながらに、お店の従業員やら雰囲気、建物や、色々なことにまで目を向けるようになってきたんだ。
そうゆうのをじいちゃんと一緒に話すのがすごく楽しかったし、それがまた、勉強になってたんだな~って思う。

まさに、あれはジョークでも誇張でもなく、帝王学だったと思う。」

彼女は20代で企業してベンチャービジネスの会社を持っている人だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、その話を聞いてから、帝王学というものの見方が変わった。


「帝王学」というのは、昔から皇帝、国王、戦国武将など、国を治めるために学ぶものって思ってた。

人々の性質を知り敵と味方を把握し、領土を知り、先を予測して、時、場所などを選ぶことで、物事を有利にスムーズに進める手法。 その目的は、統治して末永く繁栄させていくことにある。



言うまでもないことだけど、これは世襲の君主国の場合のお話。(共和制ではない)


『君主論(1532年に刊行されたマキャヴェリによる政治学の著作)によれば、
*これは西洋における元祖帝王学ともいわれている。


”世襲の君主ならば既に定められた政策を維持して不測の事態に対処するだけで統治は事足りる。”と書かれてるそうな。


なまじ共和制にするより、世襲制の君主国にしちゃった方がラクなのだ。

こうなりゃ、君主は平均的な能力さえ持って国民に愛されてれば、なんとか国はまわっちゃうってこと。

バカ殿でもたぶんOK? (これ懐かしいなあ・・)
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そういえば、260年続いた徳川政権だって、名君ばかりじゃなかったもんね~(笑)



帝王学を書いてる著書は、世界各国にあって、

インドの『実利論』は、古代インドの政治家カウティリヤによる帝王学の著作。

『禁秘抄』(きんぴしょう)は、第84代順徳天皇による有職故実の解説書・・・宮中の恒例行事の事次第だとか、改元などの国家的な行事の作法、宮中の宝物・施設や組織のあり方とか。(かなり現実的な内容)

また、それぞれの武将たちによるものもある。

武田信玄が残した『武田信繁家訓』・・99条にもわたるものだとか・・・。 ひええ。よっぽど書くこと好きだったんだねえ。
これはのちの甲州法度之次第の原型ともなったものだそうだ。

毛利元就が残したのは『三子教訓状(さんしきょうくんじょう)』・・・これまたすっごい長文、14条に渡るもので3メートルもあったとか。読む息子たちも大変だったろう。

こうゆうのすべてが、「帝王学」と呼べるものだろう。

帝王学とは、学と名はついているものの、明確な定義のあるひとつの学問てわけではない。
それぞれの家系や家によっても違うわけで、まあ、言ってみれば・・跡継ぎと決まった者に、幼少時から家督を継承するための特別教育のこと。



となると・・じいちゃんの食べ歩き教育だって、立派な「帝王学」に違いない。
実際、本人にとっては一般的な学校教育よりも、はるかに素晴らしい知的財産になったってことだし。

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各国の「帝王学」をみていくうちに、中国だけはちょっと異質、ということに気がついた。


有名どころで、古代中国の帝王学とされているものに、『韓非子』(かんぴし)がある。

春秋戦国時代の思想・社会の集大成というから、めっちゃ古い。

諸葛孔明さんが、幼帝の劉禅の教材として韓非子を献上したくらいだから、帝王学として重きを置かれていたものなのだろう。

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韓非子という人(人の名前でもある)は儒家の「荀子」(じゅんし)に学んだ人で、人の本性は悪であるとする「性悪説」を基本とする考え方になっている。
なので、法によって(つまり刑罰)人々を抑えるべきと主張されているとか。(←私は読んだことないけどね、解説書にはそう書かれていた)


そのせいか?(まさかね~)・・古代中国では、ここまでやるか?と思うほどの残虐行為が多いのは・・。
一族どころか、村中、町中焼き払って惨殺なんてことを日常的にやってのけたらしい。

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なぜ中国王朝では人類史に残る「大量死」が何度も起きたのか?

それでいて、易姓革命の思想を持つ国でもある。

ここが他の国々とは違うところ。


易姓革命とは、
   ↓  「世界史の窓」から引用

中国では王朝が交替することを易姓(えきせい)革命と言った。

易姓は王朝の支配者の姓がかわる(易る)こと、革命は天の神(天帝)の意志(命)がかわる(革る)ことを意味する。
殷(商)の紂王が悪徳の限りを尽くし、民を虐待したため、天の意志で周に交替したのがそのはじめであり、それ以後「革命」は中国では王朝の交替のことを意味していた。

現在では revolution の訳語として使われている。なお、易姓革命の形式には禅譲と放伐の二つがあるとされている。
世界史の窓より引用




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https://www.pinterest.ch/pin/307089268341378548/?lp=true

ちょっと補足説明をすると・・

●この世は天帝(天にいる神的存在)の意思によって作られている。
●王は天帝によって選ばれたものであり、もしも、王がを失った場合は人心が離れ国が乱れる。
となると・・天帝は現在の王を見限る。

●見限られた王は、禅譲(ぜんじょう)と言って、自ら退位を願いでるか、または他者によって討伐される。
この場合、討伐した者たちは反逆には当たらない(天帝の意思だから)

●新たなる王には、他姓の者がなる。 それによって、国名は変わる(国璽も変えること)



あれれ? 十二国記をお読みの方はお気づきでしょうが・・まさに、小野不由美さんの、あの小説は易姓革命の思想がベースにあるってわけですね~。

つまり、血統や身分を重んじるんじゃなくって、王としての資質、徳を重んじるという考え方。
儒家の孟子も、武力による王位簒奪さえ認めてたそうだ。(いやあ、ある意味、過激ですね~)

*世界史の窓の中の一文に、「現在では revolution の訳語として使われている」とあったけど、これは間違いかと思います。
revolution(革命)=易姓革命、ではないと思います。



さて、どのように思われますか?

「徳を失った王を交代させる」・・いかにも、最もなことのようにも聞こえるんだけど、徳を失ったかどうかって、いったいどうやって人々が判断できたんでしょうね? (十二国記の中では麒麟の存在で判断できたけど)

そもそも徳って? 何を持って徳と?


実際に王朝交代を正当化する理論にも使われてしまっていたらしい。

古代中国流大義名分ってヤツ。

北方から別部族が攻めてきて王を討つ。 
栄耀栄華を極め人民を苦しめ虐待し・・と王に対する罪状はいくらでも作り上げて、ちゃっかり新王に収まることができる。
(どんな善政を敷いたところで、反対派は必ずいるもんですからね)

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黄巾賊より多い黒山賊100万を率いた張燕(ちょうえん)


王を倒すのは、平民だろうがどこの馬の骨でもOK, (強大な武力さえあれば)
劉邦さん(前漢の初代皇帝)とか、朱元璋さん(明の始祖)なんか、平民出身だしね。


古代中国の歴史って、ずーーーーと、そんなんばかり。


そんなんばかりじゃ、古代中国の統治者たちは枕を高くして眠れなかったことだろう。
で、有能な占い師ブレーンを置いていた・・・という説がある。


そういえば、中国系占いサイトによくあるキャッチフレーズで、
「四柱推命(または算命学)は、中国4000年の歴史の中で帝王学として扱われてきた秘中の・・・」なーんてヤツね(笑)


ところが、占い師といっても当時は軍師が兼ねていることが多い。

たとえば、諸葛亮(孔明)さん  (またも登場)
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https://www.pinterest.de/pin/310396599302454505/?lp=true

奇門遁甲に通じ、八卦に基づく八陣図をモチーフにした陣形を組んだり、風向きを読んで戦いを勝利に導いたりしたそうだ。

これ、小説でも漫画でもる名シーンになってるとこ(笑)


で、紀元前500年頃には、兵法家の孫武が記した『孫子』兵法がすでに広まっていたそうだ。

『孫子』は戦争の勝敗は天運ではなく人為によるものと説く極めて現実的な兵法書。 占いには頼らず人事を尽すという考え方。

古代中国人はかなり現実的な考え方を好んだようで、孫子の兵法は広く受け入れられたそうだ。

たしかに、実践的じゃなきゃ明日攻めてくる敵には勝てないからね~。



それでも、現在に伝わる四柱推命や算命学が五行思想をベースにしているように、古代中国の時代から、五行思想は根強いものがあったようだ。

万物には木火土金水の徳があり、王朝もこの中の1つの徳を持っている、という考え方。

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『後漢書』とかいう書物の中では、漢朝は火の徳を持っているとされ、漢朝に代わる次の王朝は土の徳とも書かれてあったという。

イメージカラーも赤の次は黄色だ!となる。

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ああ、だから・・黄巾党だとか、

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黒山賊だとか、色にこだわったのかもしれない。 

自分たちの徳を象徴する色であり、新たに取って代わる色を誇示するために。

やはり、易姓革命の思想なんだな~。


一方、ヨーロッパの王朝の場合、もしも子供が短命で死に耐えてしまった場合は、他国から王族を招き入れて新しい血を入れたほどで、彼らは「王族の血」というものにこだわった。

また、前政権のすべてを無に帰して(または破壊して)完全に塗り替える・・・なんてことまではしない。


日本の場合は、ご存じのとおり「天皇」国家だ。 
中央集権化した大和時代あたりからずーーと今まで綿々と続いてきている。

天皇が徳を失ったとかボンクラだったとかって理由で、過去に滅ぼされたことは一度もない(笑)

豊臣政権とか徳川政権なんてあったけど・・結局、彼らは天皇によって認められた「総理大臣」のようなものであって、
実質的には武将が政治的実権は握っていたけれど、それを認めて任命するのは今も昔も天皇だった。


そう考えると、中国には歴史がないのは当然だろうなあ、って思う。
過去を潰して塗り替えてきたのだから。


もちろん中国にだって、何千年前の建造物も残っている。

こちらは、山西省にある南禅寺(782年に建築された最も古い仏教寺院)
800px-早晨的南禅寺大殿
https://zh.wikipedia.org/wiki/File:%E6%97%A9%E6%99%A8%E7%9A%84%E5%8D%97%E7%A6%85%E5%AF%BA%E5%A4%A7%E6%AE%BF.JPG

でも、それは形骸に過ぎない。 精神は断たれてしまってるから。

精神を絶つことこそが、易姓革命の考え方でもあったわけで、

歴史を伝えるよりも、新しく塗り替えていくことに重要性を置いていたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、どこかで「世界の老舗企業」というアンケート結果を見たことがある。
(創業100年とか200年とかの伝統を守りぬいてるという店や会社)

そのサイトが見つからなくなっちゃったので、こちらの老舗の一覧でも、ご覧ください。


現存している中で日本で一番古い(世界最古)なのは金剛組だそうだ。
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*578年、四天王寺(現在の大阪府)建立のため聖徳太子によって百済より招かれた3人の宮大工(金剛、早水、永路)のうちの1人である金剛重光により創業。


このサイトだとデータ化されてないのでわかりにくいんだけど、

私が見たサイドでは、
とにかく日本が「老舗の数」においてダントツの1位だった。 たしか3000以上あったはず。

2位がドイツで1000と少しだったかな。

それ以下、やはりヨーロッパが多く、アメリカだって1600年代になれば登場してくる(それ以前はアメリカって国はなかったわけだもんね、それを思うとアメリカでさえ古いものを残してることがわかる。)


中国は・・・どこにあったのか覚えてないんだけど、すごい下の方で数十件しかなかったような。(韓国に至っては記憶にない)

あんな大国で人口も多いのに、人口の少ないチェコの方がずっと上位だったことを考えると、中国がいかに古きものを残さない国かということがわかる。


ひょっとしたら、文化大革命のときに、すべての古いものは壊されて、伝統を守る人々は殺されるか他国へ逃げ出してしまったのかもしれないが・・。



ダントツ1位の日本の老舗にインタビューすると、どこでも口を揃えて言うことがある。
「一番大切なのは、です。 信用・信頼を無くしてはたとえ一代限りであっても成り立ちません。」

また社内でのモットーは、
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という言葉が一番多かったそうだ。

社内においては上下心を一つにして共に働き、対外的には信用を最も大切とし誠を尽くす、ということらしい。


このデータを見るまで、日本がこんなにも古い伝統を持つ国だったとは、ここまでとは・・思ってもみなかった。


いったい何を持って「中国4000年の歴史」と言われるようになったのかは不明だけど(笑)

むしろ中国は面々と新しさのみを追求していこうとする国なのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い頃の私は、伝統なんて大っ嫌い! ぶっ潰せ~!と思ってた。

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パンクファッションはキライだったけど、中身は完全無欠のパンク野郎だった。

それは、愚かにも「昔と同じことをただ黙々とし続けなければいけない」と思い混んでたからだ。 それが伝統だと。

「精神を受け継ぐ」ということを、ちっとも理解していなかったのだ。


帝王学もまた同様で、一番大切なことは「精神を受け継ぐこと」なのだと思う。

「帝王学」なんていうと、選民思想を彷彿とさせるよーな、ずいぶん大層なネーミングだけど・・

親から子へ、または先代から次世代へ伝える大切なメッセージであり教育、とも言い換えられそうだ。

誰でも一緒の学校教育とは違って、何を伝えるか、どのように伝えていくかは、そこはそれぞれというわけだ。

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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