先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)

「先祖と前世というのは別物ですか?」という質問をされた。

たぶん前回のブログ、ファミリーヒストリーとアイデンティティをからの質問じゃないかな? 


さて、私自身の頭の中を整理するためにも、もう一度、考えてみようと思う。


まずは先祖、前世という別の言葉があるとおり、いちおう定義としては、

先祖(せんぞ)または祖先(そせん)とは、現代人の、既に亡くなった数世代以前の血縁者全般のこと。とくに直系についていう場合が多い。

前世とは、前世(ぜんせ)とは、人の転生を認めるという大前提のもとで、現世以前の、それより前の人生のことを指す。
皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになる。



となると・・自分の先祖の中に前世があることも、前世の中に先祖があることだってありえるだろうねえ。


ただ、先祖というのは、かなり曖昧な部分があって、一人の人のその親の親の親と辿っていくのが先祖なんだけど・・・

兄弟姉妹がいれば傍系というのができるわけだし、1947年に日本国憲法が施行される前は、長男相続制だったわけだから、本家というのは代々の長男が継いでいたわけだ。

なぜか、男子で生まれて長男という立場なだけで、家屋、財産のすべてとその家の責任をぜーんぶ押しつけられてきた時代があったのだ。
お気の毒な・・(笑)

ところが長男が死亡したり、はたまた、男子全員が死亡したりすれば、お家存続のために養子を迎えたりしたこともあったわけだから・・完全に1つの血脈によって代々続いた家なんて、ありえない・・と考えた方がよさそう(笑)

しょせん、家の概念、家系というものは、生きている人間が作り上げた形でしかないような気がする。


もちろん、それは日本に限ったことじゃない。

たとえば、有名なロマノフ王朝だって、ロマノフ朝第8代ロシア女帝、エカチェリーナ2世だって、ロマノフ家の血なんて一滴も流れてない。

eka.jpg
映画エカテリーナから

つーか、ロシア人でさえないんだから(笑)

彼女は北ドイツで生まれた、ルター派の洗礼を受けた、ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケさんって名前だったわけだし、それがロシアの皇太子のピョートルと結婚するために、ロシア正教に改宗してエカチェリーナ・アレクセーエヴナと改名して、いかにも、名家のロシア人ぽく、しちゃっただけなのだ。



ま、どこの国だってそんなものだろう。。。


ただ、日本の特殊な部分をあげるとすれば、日本人の心に祖霊信仰(それいしんこう)が根付いている点かもしれない。


きのうのブログでも、ちょっと触れたけど・・

既に死んだ祖先が生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも一部見られる。
(ただし現代のアフリカのズールー人たちはほとんどがキリスト教らしいけど。)



となると・・現代でも熱心な祖霊信仰は、中国、韓国、日本、東南アジアってことかな?


未だに日本人は、お墓参りを大切に行う民族だ。
宗教を持たない日本人と言われているのに・・(笑)

ちなみに欧米では、XX家の墓という概念はない。
お墓は、すべて亡くなった個人のために作られている。


ちなみにこちらは、沖縄のお墓だそうだ↓
que-1436916389.jpeg
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1436916389

日本では、祖先の霊を祀り崇拝し、先祖を「ご先祖様」「ホトケ様」と言い、一般家庭で位牌を仏壇の中央にまつるわけだし、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事だってある。
まさに、見事なまでの祖霊信仰に属するものだ。

そして、それこそが仏教だ!
と、思ってる人も多いようだけど・・(笑)

ところが、本来、祖霊信仰と仏教本来の「シャカの教え」とは、まったく関係がない。
まあ、言ってみれば・・これこそ、まさに日本仏教。

じゃあ、本来の釈迦の教えって何だったの?

ってことになる。

それをひとことでまとめちゃえば・・おそらくこんなこと
      ↓(かなり要約しちゃってるけど 笑)

生・老・病・死という“四苦(しく)”は生きている人間の宿命であり、輪廻のサイクルの中にある。
輪廻思想が大前提。

仏教が目指す最終目的として、悟りを得て輪廻のサイクルから抜け出すことで本当の幸せになれる。
悟りを得て解脱(げだつ)




「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」というのが釈迦の言葉。

で、釈迦は輪廻転生を認めながら霊魂の存在を認めていないのだそうだ。

ええ? それってどーゆうこと? 矛盾してるよー、と釈迦の弟子たちですら頭を抱えてしまったそうだ(笑)

また現代でも、霊魂の存在を否定した釈迦の教えは間違いだった!なーんて言い出す、スピリチュアル信奉者もいるらしい。


さて、それをどう解釈するかは、みなさん、それぞれ(笑)


私の独断的解釈としては(笑)
    ↓
「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」という意味は、
「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんて、ないよ~!と言ってるだけだと思う。


つまり、AさんやBさんの死後、Aさんの霊魂やBさんの個々の霊魂が生き続けるということではないってことだ。

死後、AさんBさんに宿っていた魂は49日を経て霧散してしまい、その意識の一部だけが残って転生していく。
だからこそ、AさんBさんの自我、実在としての霊魂はない!ってことじゃないだろうか?

ただし、彼らが現世で学んできた意識の一部は転生し受け継がれている・・・というのが私の勝手な解釈(笑)

私としては、ちーとも矛盾してない気がする。

スピリチュアリズムで言われる類魂とも共通してる概念じゃないかな?

以前、どこかでこんな例えを聞いたことがあるけど・・
     
deop.jpeg

類魂 とは、コップの水のたとえで言うと、大きなコップから一滴また一滴と現世にこぼれ落ちる水滴(たましい)が、それぞれ、実にさまざまな時代、国、性の人間として生まれ、まったく違う経験を積んで、また死んでコップの水の中に混じって溶けあう現象。
それを何度も繰り返す。

類魂の「個性」は同一なのに、それぞれの「経験」は別々。
それが全体として溶け合うことで、類魂の中(コップの中)へ再び溶け合ったとたんに、それらすべての経験が、コップの中で共有される。
1つである個は全体の一部であり、それはまた1つとなり全体の一部となる。



それが、一つの生命の誕生、輪廻転生、類魂だそうだ。


そうなると、死んでからもなお個人としての魂がお墓に宿っている、と考えるのは、ちと違う気がする。

もっとも、成仏しきれない魂、つまり、死んでも何らかの強い念のため、自我を頑なに持ち続けてしまってる魂だったら、お墓に宿ってるってこともありそうだけど・・。

ちゃんと成仏(浄化?)できた魂だったら、お墓にしがみついてるわけはないと思う。

たぶん、こっちの方が正しいと思う(笑)
  ↓

これは、日系人の90歳になるおじいちゃんが好きだった曲。もう、故人だけど・・

彼は日本語がイマイチだったんで、もっぱらこっちのビデオをみてた。



まあ、そんなわけで、私は先祖供養が最も大事なことだとか、それこそが仏教の神髄だとは思ってはいない。

だからといって、もちろん否定する気はないし、むしろお彼岸やお盆といった日本独自の文化も好きだ。
お墓にお参りをするというのも、喜ばしいことだと思っている。
おそらく・・それは死者のためというより、「生きている人々のため」だろうけど。

ただし、先祖供養をしてなかったら罰が当たったとか、子孫に不幸が起こるなんてことはありえない、と思っている。
そんなことをいったら、遠い異国に住んでしまって日本へお墓参りに行けない人は全員、不幸な憂き目にあうことになっちゃう。


なぜ、日本が祖霊信仰の国になったのか?
おそらく、中国大陸、朝鮮半島を経て入ってきた、儒教思想や道教思想の影響じゃないかと思う。

儒教は家庭を中心とした人間関係というものを強調したわけで、父子、夫婦、兄弟姉妹、友人間、統治者と民衆間の五つの関係を基本にして、最も強調されるのが父子関係、それを拡大して年齢の上下の関係を重んじるようになっていったそうだから。

道教もまた、自然と祖先の魂とへの崇拝という概念が基本にあるわけだし、神仙思想と結びついて、中国式の煉丹術や中国占星術、中国伝統医学、風水なんかも、生まれてきた。

なので、未だに四柱推命や算命学では、祖先という概念で捉えることも多いんだとか。


うーん、たしかにスピリチュアルリズムの観点から見ると、先祖が守護霊になっていることもそれなりに多いらしいし、また前世=先祖だったこともあるらしいから、まんざら的外れではないのだろう。


じゃあ、DNAを辿ったらどうなんだろう?

ところが、ミトコンドリアDNAだと、必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。
したがってミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の…と女系をたどることができるけど、ずっと男性社会が支配していた家系図と照らし合わせるのは難しいだろう。

そもそも家系図が怪しいとなれば・・・もう、お手上げだ。

じゃあ、DNAと前世の関係を調べるとすると、遺伝子学者と霊能者(スピリチュアルリスト)のコラボレーションが要求されることになるし・・・・うーん、これもまた、なかなか実現しそうにないのかも(笑)


そういえば、霊能者の方から、こんなことも聞いたことがある。

「絶対先祖は子孫に大きく影響する! 現にXX家では先祖の祟りで代々長男が呪われてる!」

さらに、

「XX家に強い恨みを抱いて死んだ人が、そこの家の長男に代々祟っている」

なーんてことも。

確かにそれもあり得るだろう。
でも、これは、先祖や家系とは関係無いように思う。

強い恨みを抱いて死んだ人が、たまたま、勝手にXX家のせいだ! だからXX家を呪ってやる!という念を残して死んだからだと思うのだ。

成仏できない誰かさんの思い違い、思い込みからきたものだろう。
その結果として、XX家の長男が呪われる、ってことになっただけだと思うのだ。

もし、強い恨みを抱いて死んでいった人が、「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんてない、と知っていたら・・

もし、類魂や前世というものを知っていたら・・

XX家を代々呪ったところで、そりゃあ、お門違いってことに気づくだろう。


キミね、もっと、的を得た、他の呪い方があるだろ!・・・と言ってやりたくなる(笑)

ところが、生きた人間とか、肉体を無くしてさ迷ってる霊というものは、得てして・・こんなふうに思い込みがちなのかもしれない。

物事を多角的に大きな視点から見ることができる霊だったら、いつまでも怨念を抱いて現世をさ迷ってることもないだろうから。

Grave-Of-The-Fireflies-post.jpg

さて、

結局、どれが正しいか間違ってるか? なーんてことを議論をしたって、なーんの結論も出てこない。

インドで釈迦が説いた仏教こそが本物で日本仏教が偽物だなんて言ったところで、また祖霊信仰がいいとか悪いとか言うような問題でもないと思う。

また、個人の何パーセントくらいが意識として残り統合されるのか?・・なーんてパーセンテージで示すことさえも愚問だと思う。
そんなことに平均値やパーセンテージで示せるとも思えないし、また、どうやってその数字が導き出せたのかもいうのも疑問だから(笑)

もちろん、お墓にいないなら墓参りなんて必要ない!なんてことも思わない。
それじゃあ、目に見えないものすべてを否定する現世主義者の思考回路だ(笑)

わざわざお墓に出向くことによって、そこに死者の魂を感じるならば、やはり、そこには意味があるはずだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところは、

さまざまな文化を知った上でたくさんの選択肢の中から、自分がどう感じるか、どうしたいか?

それだけだと思う。


前述したエカテリーナ2世のように、生まれ持ったプロイセン人のアイデンティティを捨て名前まで捨てて、新たにロシア・ロマノフ家の大帝としてのアイデンティティを自ら選ぶなら、それはそれでアリなのだから。


ただ1つの世界だけにしか目を向けなければ・・選択肢は狭まってしまうだろうし・・それじゃあ、生きながらにして成仏(浄化)できずにいる霊たちと同じになっちゃう(笑)
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