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神の領域へ挑戦する人々(その2)

<<前回からの続き>>

◆マクロの世界とミクロの世界

人がもっとも憧れることは・・

本質を知ること、それによって未来を知ること

それが可能となれば、ヒトは「神」を超え、すべてを操れるときが来るかもしれない。

どんな占いよりも、予言者よりも・・
めざせ、的中率100%!



実際、たしかに、
マクロ世界のニュートン力学は的中率100%の予言者となった。(だからこそ人々は狂喜したのだった)

もしも違ったとしたら、そりゃ条件が変わっただけ。



ところが・・

ミクロ世界では「決定論」は成立しない。

当然、未来を予知することも原理的に不可能。




量子力学の「不確定性原理」が、それを数学的に証明してしまった。



いまだに、量子力学の「不確定性原理」は、多くの理工系学生たちを混乱させるという。

だって、「当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦」を科学の世界で証明してしまったようなものだから。

atarumo.jpg


生まれてこのかた、ン十年も、ずーーと「太陽は地球の周りを回ってる。ありがたや~」と信じてきた人が、

ある日、突然「それ、ちゃうねん! あんたらが、地球が、太陽の周りを回ってるねん!」と言われたようなものだ。 それも、証拠を目の前に突きつけられて・・


にわかには受け入れ難い! ヒトの感情としてはとくに・・。

そういえば、一般相対性理論の創始者・アインシュタインはこの量子力学が大嫌いだった。

いや、むしろ・・敵意を抱いていたようだ(笑)

「神はサイコロはふらない」・・というのを理由にしてまで。



◆作り物、現実、仮想現実?

でも、マクロの世界でニュートン力学が通用するんだから、ミクロの世界なんて、どーでもいいんじゃね?
我々はマクロの世界で生きてるんだし!

なーんて大きな誤解をしないためにも、もういちど、ミクロの世界についておさらいしてみよう。


この世界の物質はすべて「原子」でできている。
さらに、原子を分解すると原子核と電子になり、原子核を分解すると陽子と中性子になる。

そして、この分解作業の最後に行き着くのが「素粒子」だ。


この素粒子の世界=ミクロの世界においては、
物質でもあり波でもある。

観測者が見ることで、いかようにも変化してしまう。



e1152d5e.jpg


まるで、幽霊じゃないか?

白でもあり黒でもある、固体でもあり気体でもある、動物でもあり植物でもある・・とでも言ってるようなものじゃないか!

おい!禅問答じゃないんだぞ!

ミクロの世界はミロクの世界?(おい!ダジャレてる場合じゃない!)


これは「実物」といえるんだろうか?


モノでもあり波でもあるもの。


「見えないし感じることもできなければ存在しない」と、思い込む人は多い。

たとえば、マクスウェル(James Clerk Maxwell 1831-1879)は電磁波の存在を予言した。

maxwell.jpg


しかし、人々は見ることも感じることもできなかったため当時は誰も信じようとはしなかったという。(科学者でさえ)

しかし、今では電磁波の存在を疑う人はいない。

電磁波を否定すれば、TVも無線機もGPSもスマホも全部否定することになるから。

同様に、幽霊だとか、輪廻転生・・なんてスピリチュアル系とされるものも、存在を否定できないってことになる。
(科学に重点を置き、存在を否定するならば、それを数式で証明しなければならない。)

むしろ、否定するより肯定したほうが、論理的に辻褄が合う場合だって多い。

・・・・・・・・・・・・・・・


さりながら・・見えない、感じないものの存在を認識するのは難しくもある。


まして、物質であり波であるものなんか・・。

oceanwave.jpg


これは、現実? 作り物? それとも仮想現実?

ここで、もういちど、プラトン流の世界観を思い出してみよう。

物質界の上に本物のイデア界が存在し、そのテンプレート(ひな形)として、物質界が実体化されている



・・・ とすれば、現実世界も「作り物」といえるのかもしれない。



仮想現実と現実世界・・その違いは?

現実世界の物は「実物」だが、仮想世界の物は作り物。

本物のバラの花と作り物のバラは触ればわかるじゃないか。

じゃあ、コンピューター映像の作り出すものは? そんなの「データ」に過ぎないじゃないか。

そんなの誰だってわかる「作り物」だと。




でも ・・・ 本当にそうだろうか?


現代のテクノロジーを持ってすれば・・人の五感を操りコンピュータ映像をリアルに思い込ませることだって可能。

バラにしたって、高度な3Dプリンターで作ったものはどーなんだ?

クローン羊ドリーは? 実物っていえるのか?

そもそも、「実物」って何だ?




実物と思い込めば実物になる・・ひょっとしたら、その程度のもの。

それが実物の正体?



◆仮想現実のTVゲームの世界



ふと思うことがある。

現実世界は、TVゲームの仮想世界となんら変わりはないのかもしれない と。

早い話が「作り物」であり、作り物である以上、「作った者が必ずいる」ことになる。


言い方を変えれば・・

我々が生活している現実世界、その上に上位世界がある。(←まさに、プラトンのイデア説)


子供が観察してる世界 >水槽の中で飼われているアリの世界

3Dプログラマー >ゲームユーザー





TVゲームの世界においては、3Dプログラマーは神の存在だ(笑)


シミュレーション系のゲームソフトで、シムシティ(Sim City)というのをご存知だろうか?

SIMSITY.jpg

ユーザーが市長になり、都市を開発するシミュレーションゲームだ。

このゲーム世界には、住宅地、工業地、商業地、発電所、交通網などのインフラがあるし、すべてが現実世界そのもののだ。

住民も現実そのもの・・道路が渋滞がすれば文句を言うし、わがままな住民もいれば、犯罪が多発すれば町を去っていく。その結果、税収が減り都市作りは滞る。

まさに、現実世界の都市がコンピュータ上でそのまんま再現されている。




これは、もうひとつの現実と言えないだろうか?


実際、3Dプログラマーは高度なプログラミングによって、空間とオブジェクトを、それこそ物理法則を適用して見事に3次元で操ってるわけだ。 

それがTVゲームの世界。


我々ユーザーは、その中で特定の役になりきり、そこにある「リアル感」を十分堪能することができるのだ。


しかも・・もしも飽きたらリセットしてやり直せばいい(←ゲーム界の輪廻転生)


しかし、

ユーザーは絶対に上の世界(S3Dプログラマー = 神)にはアクセス出来ないのだ。


神プログラマーは、いったい何の目的で、我々の世界を作ったんだろうか?

いくら、我々が必死の努力を重ねて、世界の法則の「仕組み」が理解できるようになったとしても、その「目的」だけはわからない。
永久に不可能。。。


唯一、その「目的」を知るのは創造者だけ。(人の限界・・)



◆プログラミングは、実行してみななけりゃわからん


またしても、ここで浮上してくる問題。

全知全能の神=3Dプログラマーならば、我々の知らない未来も、すべてお見通しなんだろうか?

だって、プログラミングしたわけだし~。 ぜーんぶ、どうなるか、ぜーんぶわかってて当然だよね?


で、プログラミングして、なんだって、それをわざわざ実行するんだろ?

3Dプログラマーならば、そりゃ、ユーザーが購入してくれて大儲けが目的だと想像がつくけど、

我々の上の世界の神プログラマーの目的は何?
「大儲け」が目的ってことはありえないから・・



そもそも・・プログラミングして結果がすべてわかってるんだったら、実行したところで何になるんだ?

まったく意味がないじゃないか!

うーーむ。


ちょっと待った!

ここで、突然気がついたことがある!

    ↓
現実世界では、SEがいて、プログラマーがSEの構想と指示に従ってプラグラムを書く。

その「プログラム」こそが、その世界を生成し更新していく。ものだ。


たしかに・・

もしも、そのプログラムを盗み出して解析できれば、次に何をするかがわかるし未来も予測できるってことになる。


ところが、そこが違う! そんな簡単にはいかない。

SEやプログラマーでさえ、プログラムが何をしでかすか正確に予知することができないのだ。

自分が書いたプログラムのくせに(笑)


それは、コンピュータ業界の常識だ。


すべてがプログラミングどおりに行くならば、(=予知できるならば)
プログラムに「バグ(誤り)」など、あるはずがない。

しかし・・・SEもプログラマーも声をそろえていう。
「仕方ないよ。バグってのはつきものだから!」


そういえば・・思い出すのが、マイクロソフトのWindows 8
Windows 7と比べて、評判は悪かった。


なぜなら、「特定の条件下において外付けHDDのファイルが消失する」ってことが判明しちゃったから。

ありえないだろ?

そんなもの、出荷するなよなあ!

しかし・・

「複雑なソフトウェアでは、すべてのバグを見つけるのは困難であるため、ソフトウェア会社は、発売後のサポートで対応するのが当たり前になってる」

これが常識!




つまり、プログラマーはプログラムを実行させてみて、初めてバグに気付く。

さらに、そのバグを修正すると新たなバグが生まれ ・・・ これを延々と繰り返さなきゃならないこともあるそうだ。

「デバッグ(Debug)」と呼ばれる作業がこれのこと。

プログラムは、実行してみないと結果はわからない。


つまり、

創造主=神プログラマーにも未来はわからないんじゃないか?
実行してみないと結果はわからないんじゃないか!




そもそも、プログラムを読むだけで結果がわかってしまうなら、プログラムを実行する意味がどこにある?

わからないからこそ、実行したのだ。


◆創造主とは?

おそらく・・それは「地球外生命体」によるところが大きいだろう。

ゼカリア・シッチン説によれば・・文明発祥の地、シュメールに秘密がありそうだし・・

リソパンスペルミア説:地球の生命が宇宙の彼方からやってきたという新たなる証拠が発見される(ロシア研究

なんてのもある。


我々の呼ぶ神とは・・高度な地球外生命体。

たぶん。。。


観察する子供 >水槽の中のアリ


同様に

高度な地球外生命体 > 地球人




しかし、それならば・・その高度な地球外生命体の世界は?

そのまた上の世界は、どうなっているのだ?

上の上の上の上の・・・世界があるのかもしれない。

「あるのかもしれない」というより、「ある」と考えた方がすんなりいくかも(笑)


なぜなら、我々の上の世界があって、そこで完結してるとは考えられない。



◆宇宙は無から誕生する? ビッグバンからか?

近代において、一般相対性理論の創始者アインシュタインによって、

宇宙が137億年前に「無」から誕生したことが分かっている。

BIG BANG

ところが、完全無欠に見えたこの理論にも弱点が浮上した。


一般的には、宇宙誕生の瞬間は137億年前に起こったビッグバン(宇宙大爆発)とされている。

のだが・・

じゃあ、ビッグバンの起こる前はどーだったんだよ?・・という問題が浮上する。


そこで、「無が支配する世界」な~んて言えば大変なことになる。

無から有が生じたことになってしまうから・・・。


これは、水槽のアリの世界は、 ある日突然、水槽が出現してアリも出現したのだ!といってるようなものだ。

違うだろ! 我々の世界があって子供がいて、その子が水槽を持ってきて・・作られたんだから。





同様に、現在宇宙に存在する膨大なエネルギーと物質が、宇宙誕生の瞬間に、突然湧き出たことになってしまう。。。

一体、こんな莫大なエネルギーや質量は、どこから湧き出たというのだ?


そこで、唯一考えられることは・

・この世界とはまた別の世界が存在し、それがこの世界に影響を与えている。ということ。


それは・・

「宇宙は創造主がつくったのであり、膨大な物質やエネルギーは、宇宙誕生の瞬間にさらに外から持ち込まれた」ことになる。


そうなると・・さらに上の上の上の・・・世界が存在する?

創造主の創造主の創造主・・がいる?

こりゃ、いったいどこまでいく?




または、この説に対する反論として・・

「虚数時間」を唱える科学者もいる。
     ↓
虚数【宇宙の謎】ビッグバン以前には何が存在したのか


これを極論してしまうと・・

●「宇宙の誕生」などなかった説

これが苦し紛れであろうとなかろうと・・こうやって辻褄を合わせる以外ない。


または・・前述したように、

●137億年前、宇宙誕生の瞬間に、宇宙の外世界からエネルギーと物質が持ち込まれたとする説


そこで、次の問題は・・、

このような大それたことができるのはどこの誰か?

高度に進化してしまった地球外生命体 または、神?



もう、こりゃ、堂々巡りだよな~(笑)


多くの科学者は・・研究を重ねれば重ねるほとに、またもという言葉にただりつく。


しかし・・神は大きくわけて二通りある。(念のため)

●信仰者が信じる「宗教上の神」

●科学者が疑う「宇宙の創造主」



けど・・ここでは信仰者の信じる神は無視


科学者は世界のしくみを知れば知るほど・・驚嘆することになる。

なんと無駄なく素晴らしい構造なんだ!と。

まさに、神の成せる業!と神の存在を身近に感じてしまうのだ。

感嘆し認めつつ、それでもやはり・・それを神に押しつけたくない気持ちが働く。


それが科学者のプライド、宇宙の誕生をなんとか自分自身で科学的に説明したい。

それが、科学者の性(さが)というものかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・

以前、私はこんな説を聞いたことがある。

地球人は

●他の星から移住して異星人が、地球の爬虫類を使って遺伝子操作で誕生させたものだ。

●複数の異星人が移住してきてハイブリッドになったのが地球人となった。

などなど。




結局、私の想像はここに行き着く
     ↓
たとえ、我々地球人が、どれほどの高度な知的生命体に作られたにしろ、上の世界の創造主に作られたにしろ・・

この世が上の上の上の・・・世界があって、

創造主の創造主の創造主の・・がいたとしても・・

すでに実行されてしまったプログラムの未来は、誰にもわからないんじゃないだろうか?


創造主の神プログラマーでさえ、予知できない世界。

はじめは、誰かに作られたとしても・・

今、この世界を作っていくのは、我々人間なのだ。と。





だからこそ、創造主も・・この世界がどうなっていくか、その変化(進化)を見ているのかもしれない。
見てどーする? 楽しんでるのか学んでるのか?・・・そこんとこは、わからないけど。


キーワードは、変化(進化)


神の前では無力と思われてきた人間だけど、我々人間が、神に影響を与えてることも確か・・・って気がしてきた。


神の領域に挑戦する人々が、これからまた、どんな発見をし、どんな進歩していくのか・・


私もまた、わくわくしながら見守っていきたくなってきた。

<<参考>>
http://tocana.jp/2016/12/post_11854_entry.html
スティーブン・ホーキング博士「宇宙は神が設計していない、自己創造するのみ」http://japanese.donga.com/List/3/all/27/312682/1
Maxwell's electromagnetic theory and special relativity

神の領域に挑戦する人々(その1)

現代人の人生の悩みは

「健康」「お金」「人間関係」の3つに集約されるとか。

ごもっとも。
・・と納得するものの、なんだか、小さいよな~と思ってしまうことがある。

人の人生なんて、たかだが70年~80年の平均寿命で、

狭い世界の中で生きて、その世界しか知らずに、そんなことで悩みながら寿命を終えるとしたら?


じゃあ、広い世界? もっと拡大して・・宇宙ってどうなってるんだ?


そーんなことを考えたことってないですか?

私は子供の頃にも・・そんなことを思い、今でもたまに考えます。(←いまだに子供かよ!とか、現実逃避かよ! と、非難されちゃいますが。)

・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、大きな水槽でアリの飼育をしていた人がいて・・人といっても、それは10歳くらいの子供だったんだけどね。

ari_su.png

その子は、アリが迷路のような巣を掘るところを観察するのがとても面白いと言っていた。

「だってアリは外の世界を知らないし、僕が観察してることだって知らないんだよ。
面白いでしょ!」


そっか~。
人間も同じだ~!


と、思ったら、なんだか、メチャクチャ腹がたってきた。

クヨクヨと悩んでた自分自身に!
それを観察してるかもしれない・・誰かに!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところが、アリさんたちの中にも、ある日突然、こんなことを思うヤツがいるかもしれない。

おい! ちょっと待てよ! 外があるんじゃね?
この外はどーなってんだ?



この世界(宇宙)はどのようにして誕生したのか?
この世界(宇宙)のしくみは、どうなっているんだろう?



◆プラトンから始まる

その一人が、プラトンだった。

アテナイのプラトン(BC427年 - BC347年)は、ソクラテスの弟子であり、アリストテレスの師にあたる哲学者だ。

中央左:プラトン、 右:アリストテレス
8-11-2015_plato_aristotle.jpg
https://humanities.blogs.ie.edu/2012/07/we-think-therefore-we-are.html

彼が唱えたのがイデア説
    ↓

物質界(この世)の上には、さらにイデア界があると考えた。

イデアとは永遠不滅の真実で、究極まで抽象化されていて、実体(実物)をもたない。

劣化することも朽ち果てることもない世界であり・・我々が住む物質界はイデア界がひな形になったものではないか?




古代ギリシャ・ローマの時代というのは、宗教も科学(数学・物理学・天文学・哲学)も共存共栄していて、(つまり、今のように・・学問のジャンル分けをされていない時代)

一人の人間が、さまざまな分野からのアプローチで答えをみつけようとすることも珍しくはなかった時代だ。



で、何のために?

そりゃ、やっぱ・・外の世界が気になりだしたから=真理の追究をしたかったから

もう一回繰り返すけど・・やっぱり、ここから始まった。
    ↓

おい! ちょっと待てよ! 外があるんじゃね?
この外はどーなってんだ?

この世界(宇宙)はどのようにして誕生したのか?
この世界(宇宙)のしくみは、どうなっているんだろう?



これこそ、「人類の究極の謎」といえるかもしれない。


プラトン哲学は・・その「先駆者」であったようで、その後のキリスト教の異端「グノーシス主義」や西洋神秘学「ヘルメス学」や、カバラにも影響を与えていったといわれている。



さて、プラトンから始まって、「人類の究極の謎」に挑戦し続けてきた歴史をみていこうと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆一神教のキリスト教が浸透していった時代

ところが、これに、ストップがかかることになる。

我々が「中世」と呼ぶ時代だ。

conversion.jpg


ご存じのとおり・・「一神教のキリスト教」が浸透していくと・・

宗教的価値観が西欧世界を覆いつくしてしまった。


ちょっとでも別の価値観を持つ者は、恐ろしい拷問で殺されてしまった時代。

一神教ってのは・・コワイコワイ。
*ちなみに、一神教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教


真実を追求しようとしていた科学は、このせいで停滞。

この時代は、むしろイスラム世界の方が科学が進歩していたとか。
  ↓参考
現代とフリードリヒ2世の時代考察



プラトンの時代は、宗教も科学も、その目的は「真理の追求」にあったはずなのに・・。

一神教のキリスト教は、マ逆の路線を行く。


科学は「疑うこと」から始まるが、宗教は「信じる」ことから始まる。

発生時点の教義を真理と決めてしまうのが「宗教」。

そこには一切の「改善」も許されない。

一方、科学は「疑い」と「改善」を基に進化していくもの。



そりゃ、どうみたって相容れるものは無い。


それまでの時代は、宗教も科学も、「真理の追究」にあったはずなのに。

ここにきて、宗教家 vs. 科学者という分類が出来上がる。



さて、停滞してしまった宗教はここでは置いとくとして・・

ここから科学者たちが、どうやって「究極の謎」に挑み、「真理の追究」をしていったか? をみていこう。



◆地動説

まず、画期的なのは、「地動説」

16世紀、コペルニクスによって提唱されたものだ。

Copernicus.jpg


それまでは、「太陽を含む星々は地球を中心に回っている」と信じられていた=天動説

ところが地動説は、マ逆な発想!

こんなことに気づくヒトは、たしかにすごい!


天空を観察すれば・・すべての星々は自分を中心に(=地球を中心に)回って見える。 

それを、まったく逆の発想で考えたってことは・・やはり凡人ではありえない。

後に、物事の見方が180度変わることを「コペルニクス的転回」という言葉が生まれたのにも納得させられる。


ところが、実際には、コペルニクスの時代よりもずっと前に、それに気がついている人がいた。


5世紀エジプト、アレクサンドリアにいた、女流科学者ヒュパティアだ。

Hypatia.jpg


以前、アレクサンドリアという映画を見て、その感想文的な記事をアップしたことがある
       ↓
アレキサンダー大王からヒュパティア、そして現代へ


ヒュパティアは、優れた天文学者、数学者、教育者でありながら、大変な美人でもあったことで有名な人だ。

しかし、彼女はキリスト教徒から弾圧され無残な殺され方をした。
罪人とされ公開処刑、それも・・生きたまま体を切り刻まれ、その後火で焼かれたという。


16世紀のコペルニクスもまた、地動説を決して世に出さず、発表したのは自分の死の間際だったという。


コワいコワい!

他にも、地動説に気づいていた人々はいたのかもしれない・・
でも、コワいから・・発表できなかっただけだったのかも。 (←それは大いにあり得る)




◆ケプラー、惑星の軌道は楕円

次に登場するのが、ケプラー(ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler、1571年 - 1630年)
数学者、天文学者、そして、かたわら占星術を主とする暦を出版したこと人としても有名。

kepler3.jpg

コペルニクス説を全面的に支持した天文学者として知られている人で、のちに、この3つのケプラーの法則を導き出す。


第一法則・・・「惑星の軌道は太陽を焦点の一つとする楕円(だえん)である」

第二法則・・・「惑星と太陽とを結ぶ線分が等しい時間に掃く(横切る)面積は等しい」(面積速度一定の法則)

第三法則・・・「惑星軌道の長半径(両天体間の平均距離でもある)の3乗は公転周期の2乗に比例する」



ケプラーはドイツの大学で教鞭をとっていたが、チェコに逃げ出して(←もちろん、コワイから)、かなりな貧乏生活をしていたという。


しかし、彼のおかげで、

惑星の軌道は太陽を焦点の一つとする楕円 (円じゃない!)

ってことが判明したのだ。


そういえば・・映画、アレキサンドリアの中でも、ピュパテイアのが楕円だ~!ということに気がつくシーンがあったけど・・
それはどうだったんだろう?
5世紀、まだ望遠鏡すら発明されてない時代だったわけだし・・




ただし、ここではまだ、ケプラーが「楕円であることを証明した」とは言えないのだ。

あくまでも、観測結果からの推測だったから。

このときはまだ、方程式を解いて導き出した答えではなかったからだ。



証明するには、数式が必須。

How-does-mathematics-explain-the-universe.jpg

数学って、そんなに信用できるものかよ?・・・と数式にチンプンカンプンの人は疑問に思うかもしれない。(←私もその一人)

しかし・・今のところ、人間が真実を知る上でこれに優る方法はない。

なぜなら、

数学は具体性が排除され、すべてを抽象化することができる。

3人の子供が鬼ごっこをしていました。 ところが、一人の子供は家に帰ってしまいました。
残ったのは何人でしょう?

3個のクッキーがありました。 A君がこっそり1つを盗み食いをしました。 クッキーは今いくつあるでしょう?

「3-1=2」



数学は、必要最低限にまで抽象化し、抽象化によって高い普遍性をもつもの
(全てに当てはめることができるってこと。)


しかも完全無欠の論理(真実)で構築されている。
絶対的仮定の「公理」からスタートして水も漏らさぬ論理で。

その結果、導き出されたのが「定理」。

だから、曖昧さがつけいるスキがない。

それゆえ、数学は人間の究極の武器になっているのだ。



◆デカルトとニュートン

時代は流れて17世紀後半になると、有名な二人の科学者の登場となる。


デカルト(哲学者、数学者)

ニュートン(自然哲学者、数学者、物理学者、天文学者)




デカルト方がはニュートンより50年弱早く生まれてるので、まったくの同時期とは言えないけど、

二人が、注目したのは「天体の運行」だった。


ただし、アプローチの仕方はマ逆。

デカルトが考えたのは天体が「なぜ」動くか?

ニュートンは「どう」動くか?



デカルトは、天体が動くのは目に見えない何かによって天体を押されている? と考えた。

6-Major-Accomplishments-of-Rene-Descartes.jpg

ルネ・デカルト(仏: Rene Descartes、1596年 - 1650年)
高校数学でやったXY座標も、哲学の命題「我思う、ゆえに我あり」でも有名な人




デカルトは真空の存在を認めてないので、物質の粒子の間をうめるものとして、それは「微細な物質」だろうと想定し、その動きもしくは働きによって、惑星は流動し渦巻く物質にのって運動している、光が伝達されるのも然り。と、した。

目に見えない何か?・・・それは「エーテル」という物質。 Ether


しかし、ニュートンはこんな考え方はしない。

なぜ動くか?は神の領分。

そんなことを詮索したところで答えなんが出ない、と。

まずは、どう動くか?を考えばいいのだ!
そっちが先だろーが!


ニュートン流の天体の運行とは・・
    ↓

太陽の質量を「m1」、惑星の質量を「m2」、その距離を「r」とすると、
太陽と惑星は互いに力「f」で引き合う。これが重力(引力)

式にすると、こうなる(←私には理解できないけど・・)
f = G×m1×m2 / (r×r)
この式の意味するところは、2つの物体に働く力は、質量に比例し距離の2乗に反比例する




ニュートンは、超現実主義?

一方、デカルトは、宇宙のロマンを追い求めたロマンチスト?



しかし・・ロマンチストが過ぎて「なぜ?」ばかりに固執すると・・

エーテルのような怪しい物質をでっちあげるような結果になっちゃうのかもしれない。



ニュートン流の科学は「原因」ではなく「結果」を重視した。

そこにある、「神の方程式」を見つけ出し、それを解き答えを導きだすことだった。

だからこそ、ニュートン哲学は近代科学の父(あれ?母?)とまで呼ばれるようになったわけだ。(←納得)


奇人変人だったニュートン
    ↓

Isaac-Newton (1)


ここに面白いエピソードがある。

1684年、エドモンド・ハレーは、いきなり、ケンブリッジ大学のニュートン教授の元におしかけて、単刀直入に質問した。
(エドモンド・ハレーとは、天文学者、地球物理学者、数学者、気象学者、物理学者で、あの、ハレー彗星でも有名)

「惑星はどのような周回軌道を描くんですか?」

ニュートンは言う。

「そりゃあ、楕円だよ。」

うわあ! やっぱりそうだったのか~。 

ハレーはドキドキしながら、その理由を聞くと、ニュートンは素っ気なく答える。

「そりゃあ、計算したからだよ」

狂喜のあまり、ハレーは、その計算をみせてくれるように頼んだ。


が・・・・・

いくら捜しても出てこない。
どっか、行っちゃった・・・。

あり得ない・・。



いや、ニュートンならば、あり得るのだ。

ニュートンは、 恐ろしいほどの集中力の持ち主=奇人変人の類

突然何かが閃くと、ピクリともせずに何時間も座っていることがあったという。
紙とペンも使わずに、頭の中で宇宙の大問題さえも解いてしまう。

おまけに、困ったことに・・地位や名声にも無頓着。
どーでもいいのだ・・自分の中で満足すれば、あとはどーでもよくなっちゃう。


そのとき、ハレーが、もういちど解いて欲しいと懇願したことは言うまでもないだろう。

それに同意した、ニュートンは、またもや驚くべき集中力で論文を書き上げた。

「プリンキピア(Principia)」
プリンキピアは「3つの運動法則」と「万有引力の法則」で構成される力学大系で、科学史上最も重要な、歴史的な科学論文論文の一つ。



ところが、紆余曲解があって・・・それが発表されるには、かなりの時間がかかっている。
紆余曲解ってのは・・ほとんどはカネの問題だったらしいけど。


ニュートンは、自分で出版費用まで払って世に出す気はさらさらない。

「そんなことは、どーでもいい。 カネがかかるなら、もっと、どーでもいい」・・と思ってたらしい。


必死になって自腹を切ってまで、出版したのは、結局、Hレーさんだったようだ。

Edmond Halley
edmond-halley-astronomer.jpg


ハレーがいなかったら、プリンキピアはこの世に存在しない。

自分で宇宙の謎を明かすと、そこで満足しちゃって、世間に公表することなんて、どーでもいいニュートンさん。
おかげで、数学分野における、「微分積分法」ですら、世に出たのは、ずっと後のことだった。


そもそも、ニュートンの一番の関心事は数学や物理ではなかった。

こっちの研究に、50年も費やしたとか・・。
    ↓
錬金術と宗教。

まるで、オカルト?

ちなみに、ニュートンが熱中した「宗教」についてひとこと言うと、
キリスト教「異端」とされた、アリウス主義だった。

正統派は、もちろん「三位一体」を説いているんだけど、

注:「三位一体」とは、父と子と聖霊という3つの位格が1つとなって神の存在とする説



ところが、アリウス派は「子・イエス」の神性を真っ向から否定した。
つまり・・「イエス・キリストは神じゃないよ! 人だよ!」ってこと。

かなりの危険思想・・現代の「ダビンチコード」でも出版された後ならいざ知らず・・。
この時代に、堂々と発表してたら・・そりゃ、命が無かったはず。



とにかく、

本人にとっては、それほど関心がなかったモノだったのに・・

ニュートン力学は大快挙! となってしまったのだ。

これぞ、まさに人類が手にした初めての「神の方程式」だったのだ。


なぜなら、実験や観測の結果からの説やら推測ではない。

それを、ちゃーんと数式で証明してしまったところが、スゴイところ。


「天体観測結果=事実=絶対的仮定」からスタートし、微積分を使って万有引力の法則を導き出した。
まさに帰納法。



しかも、ニュートン力学というのは、「万有引力の法則」と「3つの運動法則」なのだが、
その普遍性には驚くばかり。

リンゴが大地に落ちるのも、地球が太陽を周回するのも、同じ原理。

しかも、ニュートン力学を使えば、100万年後の星々の位置、隕石の地球衝突も予測できる。

さらに、地球から7800万km離れた火星に宇宙船を送り込むことも可能なのだ。




つまり・・・

ニュートン力学を使えば・・未来さえも予知できることになる!?


たとえば・・

高校の物理で習うニュートンの方程式で、

ボールを投げると、その未来の道筋を完全に予測できる。
必要なデータは、ボールを投げた瞬間の角度と速度。

計算式もたった2つ。
   ↓
https://physics-htfi.github.io/classical_mechanics/001.html


やっぱ、こりゃ未来予知じゃないか!
「当たるも八卦当たらぬも八卦」の占いどころじゃないぞ!


これを言い換えれば、こうゆうことになる。
    ↓

すべての出来事は、原因があって結果がある。

それをヒモづけしているのが「因果律」

だから、因果律(神の方程式)を見つけ出し、

原因をインプット(速度、重さ、風向きなど)すれば、

未来の「位置」と「運動量」を求めることができる。


すべての未来がわかるのだ!

ただし、その精度を上げるには逐次計算が必要で、強力なコンピュータは欠かせない。
というわけで、コンピューターが出来てからの発展はさらに目覚ましいものがあった。



このようにして・・

ニュートン力学によって「近代科学」が始まったのだ。

こののち、科学は「法則化」の道を歩み、やがて哲学から枝分かれした。


そして、驚異の科学文明を築き上げていくことになる。

現在のテクノロジーも、すべてニュートン力学の延長線上にあったのだ。




もっとも、人々の心を掴んだのは、この、「画期的な考え」だったかもしれない。
    ↓
ニュートン力学を使えば・・未来さえも予知できることになる!?


それを言い換えれば・・
    ↓
未来は現在の状態によって、すでに決まっているんだ!?

こういった考え方を「決定論」と呼ぶことになった。



それを・・熱~く提唱した人がいる。


◆ラプラスの悪魔

19世紀初頭、フランスの数学者ピエール・シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace (1749 – 1827)は、完全なる「決定論」の信奉者だった。

Pierre-SimonLaplace.jpg


未来はすでに決まっている
宇宙がはじまったときから、私たちが何をするのかも、次に何をするのかも決まっている。



もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、
もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、
この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。



ラプラスによって提唱された、この概念=「決定論」をラプラスの悪魔と呼ぶことになった。
なんで・・悪魔? インパクト強そうな言葉だから?

簡単に言ってしまえば、こうゆうこと。
    ↓

未来はすでに決まってる?!

過去も未来も・・あなたのことも!

何もかも?!

それを、ちゃーんと、すべての物理的状態と力やデータ解析できる能力が無いから、今のとこは、わからないだけ!?




そっか~!

じゃあ、「もっと精密な方程式」さえあれば宇宙の過去も未来も完全に予測できるってことだよね~?



そこで、登場したのが・・

◆アインシュタインの一般相対性理論

Einsteine=mc2.jpg


まず、宇宙は3次元の空間と、その中にある物質と時間とで構成されると仮定する。

そして、ある瞬間の宇宙の状態が分かれば、宇宙誕生までさかのぼることも、その後に続く宇宙もすべて求めることができるという。


実際、この方程式を解くことによって、宇宙が137億年前に「無」から誕生したことが分かったのだ。
宇宙の誕生は137億年前と言われているのは、ここから来たんだね~。


いやあ、これでますます・・神の領域に近づいた!


と、当時は誰もが思った。

この世のすべてに法則がある。
証明できないものなんてないんだ!

科学の時代だ。 科学バンザイ!
古臭い迷信なんかくそ食らえ!




20世紀を迎える頃には、一般人もまた、この風潮が強くなっていった。

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しかし・・・

ここで、ニュートン力学 → ラプラスの悪魔 → アインシュタインの一般相対性理論と・・

ここまで築きあげてきた一連の流れが、ガラガラと崩れるようなことが起きる。

Tarot_Tower.jpg


◆ハイゼンベルクの反論

我々のマクロ世界では、ニュートン力学は、まさに神の方程式だった。

アインシュタインのおかげで、さらに進歩を遂げた。



ところが、それをミクロ世界で検証してみた人たちがいる。

ミクロの世界とは、

原子の真ん中には原子核があり、その周囲を電子がグルグル回っている。

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よーし、電子の未来を予知してみようじゃないか。

ある時点における電子の位置と運動量を測定し、ニュートン力学で計算すれば、未来の位置と運動量が予測できるはず。

ぜーんぜん問題ないだろう。。。


ところが、これが問題オオアリだった。


「量子力学」

ミクロ世界では、原子の位置と運動量(質量×速度)を同時に正確に測定することはできない。



もちろん・・測定器の誤差の問題とかじゃなくって、原理的に無理だったのだ!


なんで?

「位置」の測定誤差が減れば、そのぶん、「運動量」の測定誤差が増える。

逆もまた真なり。

式で表すと
 ↓
「位置の測定誤差×運動量の測定誤差≧一定値」




これが、不確定性原理

提唱者したハイゼンベルク(Werner Karl Heisenberg, 1901 - 1976年)は、その功績によりノーベル物理学賞を受賞した。

Heisenberg_10.jpg



量子論については、過去記事でも何度かアップしたことがある。
      ↓
人の意識とボーアから始まった量子論
フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める




これでまた、世界は騒然となった。


天動説から地動説が提唱された時みたいに・・・?

いや、それ以上の驚愕だったかもしれない。


だって、今までの価値観すべてがひっくりかえってしまうような・・まさに、これこそコペルニクス的転回なんだから(笑)


<<次回へ続く>>


参考
Edmond Halley Facts and Biography
人類が知っていることすべての短い歴史 (著), Bill Bryson (原著), 楡井 浩一 (翻訳)
ケプラーの法則


エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その2)

さて、前回からの続き、


ここからは、エリーザベトを追ってみよう。

エリーザベトの人生において、もっとも大きな3つの出来事とは・・


●パラグアイにドイツ人植民地「新ゲルマニア」を建設したこと

●哲学の大家のごとく「ニーチェ」を有名にしたこと

●ニーチェをナチスのプロパガンダに利用したこと



この3つだろう。

彼女のおかげで、ニーチェが「世界のニーチェ」になれたことは疑う余地もない。

彼女がいなければ・・十中八九、ニーチェは世に出ていないということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まずは、エリーザベトの伴侶を紹介しよう。

エリーザベトの夫は、ハンサムで背が高く、名をフェルスターといった。

ベルンハルト・フェルスター(Bernhard Förster 1843 –1889)
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二人を結び付けたのは、兄のニーチェとリヒャルト・ヴァーグナーだ。


リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813-1883)といえば、もちろん、、19世紀ドイツを代表する大音楽家で、「トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指輪」などで知られる人だ。

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最初の頃、ニーチェはヴァーグナーに魅せられた部分があったようで、頻繁に彼の取り巻きとしてヴァーグナーの豪邸に出入りをしていた。

しかし、才能あふれる大音楽家の裏側には、アーリア人至上主義、国粋主義者という顔があったことは、あまり知られていないのかもしれない。


ベルンハルト・フェルスター(Bernhard Förster)もまた、ヴァーグナー邸に出入りしていた取り巻きの一人だったのだ。

これが、のちにエリーザベトの夫になった人。





フェルスターは狂信的な反ユダヤ主義者で、「人種差別主義者」だった。

「ユダヤ人はあこぎな商売をしてドイツ文化を破壊しようとしている」として、ユダヤ人をおとしめるためには決して労を惜しまなかったというくらいの人。


一方ニーチェは、「反ユダヤ主義」の思想や「著名な音楽家」の肩書でヴァーグナーに心酔していたわけではなかった。

そのせいか、次第にヴァーグナーにも、ヴァーグナーの豪華な屋敷にもうんざりするようになっていく。

豪華絢爛たる屋敷で、40人もの楽隊をおき、お追従ばかり言う信奉者に囲まれて、ふんぞり返ってるヴァーグナー。


「まさに身の毛もよだつ人間たちの集まりだ。出来そこないは一人とて欠けてはいない。
反ユダヤ主義者さえもだ。 哀れなヴァーグナー、なんという境遇に陥ってしまったことか!
豚に囲まれている方がまだましだ!」
・・と、ニーチェは言っている。

そして、ヴァーグナーと決別していくことになる。

ニーチェは、むしろ民主主義、社会主義、全体主義、国粋主義、民族主義 といった、イデオロギーと名のつくものは、すべて嫌いだった。

彼は、あくまでも個を重んじ、全体主義(イデオロギー)を嫌った人だ。
だから、キリスト教の教義を猛烈批判しても、キリスト教徒たち、個人批判はしていない。



たしかに・・全体主義・・イデオロギーというものは、神=道徳とも同じような類だろう。


しかし、エリーザベトは、ニーチェが「豚小屋以下」と評したヴァーグナーの豪華屋敷が、相変わらず大好きだった。

二人は、そこで出会って結婚することになった。



当時、フェルスターは常々、「ユダヤ人に汚染されたドイツを捨てて、地球の裏側でドイツ人植民地を建設する」と触れ回っていた。

勇ましい演説をぶち、過激な人種差別で警察沙汰になったこともあるような男だ。


彼は「反ユダヤ」の妄想に取り憑かれていて 「ユダヤ人がドイツの芸術や道徳を堕落させ、その悪意にみちた陰謀の一環として、出版界まで支配しつつある。 私が書いた本が売れないのも、そのせいだ」と。

そんな事まで言っている。

本が売れないのは、どうみたって才能が無いから? または、内容に共感が持てないから?・・だと思うのだが。


うーーむ、この思い込みの激しさは、エリーザベトとも、ちと共通したものがあるかもしれない。


類は類は呼ぶか~?

しかし、逞しさ&強さの度合いは雲泥の差だったけど・・・もちろん、エリーザベトが雲。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1880年、フェルスター夫妻にとって、この移住計画を後押しするような決定的な出来事が起こる。



ヴァーグナーが「宗教と芸術」のなかで、このように記したのだ。
     ↓
「高貴な人種と高貴ならざる人種との混合が、人類最高の特質を損ないつつある。
アーリア人種の純粋さを保つことによってのみ、人種の復活は成し遂げられる ・・・ 食糧を供給するのに十分肥沃な『南アメリカ大陸』に人々を移住させることを阻むものは一つもない」



この当時、南米移住は珍しいことではない。

すでに、ドイツ移民となって南米に渡っていた人は大勢いた。


1871年、ドイツ帝国(帝政ドイツ)が成立して統一された後も、ひどい不況続きだった。


何千、何万というドイツ人が貧困にあえぎ、多くのドイツ人が南アメリカに渡った。


人が移民となる理由は、たぶん・・・第一に「食いっぱぐれで、もう、後がないから」


行き先は、たいてい、ブラジルかアルゼンチンだった。
すでに多くのドイツ人が住んでいたから移住しやすいのだ。


しかし、フェルスター夫妻が選んだのは、パラグアイだ。


なにゆえ、パラグアイ?

反ユダヤで純血ドイツ人の国をつくること。 

移住すれば・・ヴァーグナー信奉者の一人として彼にいい顔できる。
 
そして、パラグアイなら・・三国同盟戦争の結果人口が激減してるし、パラグアイも有利な条件で土地を譲渡してくれそう。
いまなら自分が移民リーダーで、お山の大将になって、そのうち国を乗っ取って好き放題できるかも。



とゆう読みがあったのだろう。


しかし・・・

土地は痩せ、穀物も育たない。インフラは皆無。 道らしい道もない。
水道もなく、井戸を掘ってもすぐに枯れ、飲み水にも事欠く。
そして殺人的な暑さ。



こんな不毛の土地で、文明化されてるドイツ人が生きていけるはずがないだろう。

実際この後、貧困・重労働の中で疫病で死んでいった人も多いのだ。
エリーザベトだけは、ぜーんぜん平気だったけどね~。 どこまでも強い・・。



エリーザベトとフェルスターは国中をまわり、パラグアイの理想郷を、「新ゲルマニア」と名付けて熱く語り歩き、移住希望者を募った。  ゲルマニアとは奇しくも、アドルフ・ヒットラーの世界首都ゲルマニアと同じ・・これも幻に終わっちゃったけど・・


その結果、移住希望者が100名ほど集まった。


1886年2月15日、開拓団を乗せた蒸気船がドイツのハンブルク港を出航した。



彼らは、他の植民団のように「食うため」ではなく、「アーリア人による人種の純化の国=新ゲルマニア建設」というイデオロギーを掲げていた。(←いちおう・・)


当然ながら、フェルスター夫妻が共同指導者に就いた。



しかし、パラグアイは三国同盟戦争で焦土と化してしまった土地。
なーんもない国。 
しかも地球の裏側にある未知の国。


そんなとこで、大丈夫か?・・・・と思うのはフツーの人

しかし、この夫妻はフツーの人ではない。

植民地=新ゲルマニアから、ゆくゆくは、南アメリカ全土を包含する「アーリア人共和国」の建国の絵図まで描いていたのだろう。 そこで、もちろん自分がトップの座につくという壮大な計画を。

そして、壮大な計画の方が着実な計画より上回っていた。



1886年3月15日、開拓団はアスンシオン(現在のパラグアイの首都)に着いた。



「新ゲルマニア」計画の土地は、さらに、アスンシオンの北150マイルにあるカンポ・カサッシアという地域だった。
面積は600平方キロメートル


ところが、着いてみれば・・土地の譲渡契約がまだ締結されていない!

信じがたいような話!(←ほーんとに熱い夢だけで・・つーか誇大妄想だけで突っ走れるらしい。)


そこで、フェルスターは、パラグアイ政府を巻き込み、手付け金2000マルクで、4万エーカーの土地を譲渡してもらう約束をとりつける。
ただし・・2年以内に最低140家族を入植させるという条件付き、 それが出来なきゃ土地は没収


この契約書にフェルスターは、嬉々としてサインしたそうだ。
なんと、好条件の契約だ~!と思ったらしい。

目先のことさえクリアーできれば、後のことはなんとかなるとでも思っていたのか・・あんまり、モノを考えない人だったのか?


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地図上でみても、分かる通り、どまんなか・・に位置する新ゲルマニアの地は、ジャングルそのものだった。



そのジャングルで、新ゲルマニア建設が始まることになる。

まずは、家とライフライン、最も優先されたのが、フェルスター夫妻の邸宅だった。


おいおい! みんなの家とライフラインからじゃないの~?


いやいや、そうではない!
王と女王のお住まいから・・に決まってる(笑)

エリーザベトは、植民地「新ゲルマニア」の母であり、ドイツ第二の祖国「アーリア人共和国」の女王になるだろう人であり、
フェルスターは、「アーリア人共和国」の近い未来のキングなのだから。

少なくとも、二人はそう信じていた。


1888年3月、大邸宅は完成し盛大な落成式をおこなった。



エリーザベトはこのとき42才、暑さもものともせず、常に黒いドレスを着こみ、くるくると精力的に動き回っていた。(←鉄人らしい)

19221712.jpg

このとき、得意絶頂のエリーザベトは、兄に手紙を書いている。

「新ゲルマニアには輝ける未来があるので、兄さんも早くパラグアイに来てください」



ニーチェからの返事
   ↓

「反ユダヤ主義者は、みんなまとめてパラグアイへ送りだしたらどうだろう?」(←まだ、発狂する前で、いたって正気)




さて、フェルスター夫妻の邸宅は完成したものの植民地建設はこれから。

そもそも2年以内に140家族が入植しないと土地は没収されてしまうことになる。



そこで、フェルスター夫妻が考え出したことは、

入植者を集めるため、誇大広告の宣伝を始めることだ。


新ゲルマニアを「希望の楽園」として・・。

現在、学校は建設中。
牧師を呼ぶための基金の計画も順調に進んでいる。すぐに新ゲルマニアと外部世界を結ぶ鉄道も開設されるでしょう。
純朴なパラグアイ人は召使いになるために集まってきます。
気候は快適で、食べ物は木に成っているのでまったく不自由しません。
ここは、まさに、エデンの園。



当然、「早い者勝ち」を煽ることも忘れない! さすが、商売人。(←かなりなアコギな商売人だけど・・)


誇大広告つーか、まったくの大嘘。。。


現実は、地獄そのもの!だったんだから。

殺人的暑さ、かと思えば突然の猛雨ですべて流されて水浸し、土壌は粘土質で耕すのも重労働、作物は育たない。
井戸は30メートル以上掘らないと水源に達しない上、もともと水量が少ないのですぐに干上がる。

そ、ぜーーーんぶ、見事なくらいのウソ八百。


ジャングルに住むパラグアイ人といえば・・

当時のパラグアイ人と接触したヨーロッパ人の証言
     ↓
「パラグアイ人は男も女も素っ裸で暮らしている。父が娘を売り、夫は妻を売る。ときには兄が妹を売ったり、食料や物と交換したりする。捕虜を捕らえると、まず、太らせてから食べる。われわれが豚を太らせるのと同じだ。
そして、おおむね、彼らは怠惰で仕事が嫌いである」


どこが、純朴なパラグアイ人だよ!



しかし、またもや、誇大広告に騙されて、一旗揚げようと入植者たちがやってくる。

1888年、ユリウス・クリングバイルという男が妻を連れて、新ゲルマニアにやって来た。



彼らは、まずは挨拶に、フェルスター邸を訪れた。


そこで彼らが見たものは・・

美しく飾り立てられ、豪華な家具、ピアノ、夕食には上等のワイン。
しかし、他の入植者たちは地獄の中で貧困生活をしている・・・その事実。


さらに、フェルスター夫妻にも失望した。

夫のフォレスターは落ち着きのない男で、マトモに相手の顔を正視することもできない。
妻のエリーザベトは、機関銃のようにしゃべりまくり、分譲地がどんどん売れ植民地が成功しているし・・といった自慢話を延々と聞かされる。




とうとう、クリングバイル夫妻はフェルスター夫妻と喧嘩別れをして、さっさとドイツに帰ってしまった。

帰りの旅費もあって・・ドイツに帰れた人はラッキーだろう。
帰れない人は、地獄の奴隷生活を強いられてたことだろうから。


それでも腹の虫が収まらなかった、クリングバイル夫妻は、

1889年、「ベルンハルト・フェルスターの植民地・新ゲルマニアの真相を暴く」という本を出版した。


   ↓

フェルスターは大ペテン師。 夫婦そろって愛国者をきどっているが、貧しい者を食い物にしている大悪党だ。
我々は新ゲルマニアの宣伝に騙されて、とんでもない目にあった。
政府は、ただちに介入すべき、こんな悪事を放置してはならない。



まさに暴露版・・でも、真実。


これは大騒動になった。

さすがに、植民地協会もフェルスターに疑いを持ち、真相を見極めるまで植民地基金を新ゲルマニアに送金しない決定を下しそうた。

これはフェルスター夫妻にとっては大変な痛手だ。

「植民地基金の送金」と「入植者への分譲地」が儲けなんだから・・・送金をストップされた上、入植者がやってこなくなったらたまったもんじゃない!


そこで、エリーザベトは、入植者たち(半ば奴隷化してる?)に、夫と自分を賛美する手紙を書かせたという。

ベルンハルト・フェルスターは実に誠実で頼もしい人です。
エリーザベトはクリスマスに子供たちのためにケーキを焼いてくれます。・・・とかなんとか。(←呆れてモノが言えない。)



しかし、こうなっては、もう下降線をたどるだけ。
(当然ちゃー当然の成り行き、ウソで固めたモノが永遠にバレないわけがない)


財産をつぎ込んでしまってるのに、カネが入らず・・しかも、2年以内に没収されるかも。 

その恐怖で、フェルスターは、アスンシオン(パラグアイの首都)に近いドイツ人居住区サン・ベルナルディノのホテルに逃げ出してしまう。

うつ状態の飲んだくれ男になる。

狂信的な反ユダヤ主義で、大ぼら吹きのくせに、実は小心者だったらしい。


一方、エリザベートは逃げない。
 
どんどん、新しい大嘘を並べて宣伝のための本まで出版する。
ブレない。 実に強い信念の人なのだ。

まさに、彼女こそ、生まれながらの超人(オーヴァーマン)だったんだろう。

ただし・・常に目的は邪悪そのものだったと言われそうだけど・・。


1889年、ついにフェルスターはホテルで自殺を遂げてしまった。




もちろん、エリザベートは、夫の死を悲しむあまり悲嘆にくれた日々を送る・・・なーんてことはない!

ここで、すでにNextステップを考えた。

こりゃ、そろそろ見切りをつける時期かもな~。
ここらが引き際だ。


ちょうど、その頃、うまい具合に兄ニーチェの容体が悪化した。

彼女の行動は早い。

家と土地を売っ払い、有り金全部を持って、

1893年8月、エリーザベトはアスンシオンを出航

してしまった。


後に残された入植者なんか、知ったこっちゃない。


帰国後の1895年1月、エリーザベトはこんな記事を寄稿した。



「私には、別の仕事が私の時間とエネルギーを要求しています。
たった一人の愛する兄、哲学者ニーチェの世話をすることです。
兄の著作を守り、その人生と思想を記述しなければなりません」


素晴らしい!
なんという変わり身の早さ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女の次のステップは・・兄ニーチェの著書を独占販売して金儲け!


それも、ただかき集めて出版したわけではない。
そんなことをしたって、売れるわけがない。

売るには、ステキなキャッチコピーと大々的な宣伝が必須。
それをブランド化してしまうことだ。(←なぜか、こうゆうことにかけては天才)


そこで、狂人&廃人となり果てたニーチェを、狂気の天才哲学者+超人というイメージを打ち出すことにした。 なぜか、超人という言葉は、彼女も気に入っていたらしい・・これはいけるぞ!と思ったはず。


しかし、こういったことすべてを、エリーザベトは論理的に考えたわけではない。

そこがまた、彼女のすごいところ。


そもそも筋道立てて考えるということはしない人(出来ない人?)
なのに、まさに・・直観的に行動することが大当たりになるし、大衆を掴むことにかけては天才なのだ。



そこで、彼女は自分の側近であり、詩人であり詐欺師のシュタイナーを使って広告文を書かせた。

彼はニーチェをこう讃えた。
   ↓
「ニーチェが、ひだのある白い部屋着に身を包んで横たわり、濃い眉の下の深くくぼんだ目を見開いて、バラモンのように凝視し、問いかけるような謎に満ちた顔をして、思索家らしい頭を獅子のように威厳に満ちて傾けるのを見れば、だれしも、この男が死ぬなどということはなありえない、この男の目は永遠に人類の上に注がれることだろう、という感じがするのだった」

バラモンのように・・獅子のように威厳だとか・・永遠に人類の上に注がれることだろうとか・・

よくもまあ・・
内容なんて空っぽなくせに・・一般大衆はこうゆう文句に弱い、ってことをよーく知ってる。

さすが詐欺師、さすがエリーザベト。



さらに、どんどん、味方を手なずけて宣伝させていく。

ニーチェの信奉者だったハリー・ケスラー伯爵

さらに、

1896年、音楽家リヒャルト・シュトラウスまでも、
ニーチェの著書「ツァラトゥストラはかく語りき」をモチーフに交響曲を書いた

のだから。

この楽曲は、スタンリー・キューブリックのSF映画の「2001年宇宙の旅」に使われ一躍有名になったので、いまだに多くの人はご存じだろう。

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こうしてニーチェは正気を失った後、どんどん名声を得ていくこととなる。

すべては、エリーザベトのプロデュース、キャッチーな宣伝のおかげなのだ。


さらに、エリーザベトは、ニーチェ本の編集までに口を出した。

といっても・・エリーザベトは哲学の知識は皆無、だから、実際に書くのは、側近のシュタイナーにやらせるんだけど、

しっかりと口をはさむのだ。


シュタイナーは、こんな言葉を残している
    ↓
「(エリーザベトは)兄上の学説に関してはまったく門外漢だ。
細かな差異を、いや、大ざっぱであれ、論理的であれ、差異というものを把握する感覚が一切欠けているのだ。

あの人の考え方には論理的一貫性がこれっぽちもない。そして、客観性というものについての感覚も持ち合わせていない ・・・ どんなことでも、自分の言ったことが完全に正しいと思っている」



まさに、エリーザベトの性格そのもの。


しかし、実際にエリーザベトが編集に関わった本はメチャメチャ売れた。

哲学の素養も論理的思考もゼロなくせに、なぜか、セリフのセンスは抜群なのだ。
大衆は、そうゆうものに飛びつく。



エリーザベトは、ますます意欲的に動く。
「ニーチェ資料館」を設立して、書籍以外の商売をもくろむ。・・・(←この時代に、こういったアイデアはすごいとしか言いようがない。)


1894年2月2日、ナウムブルクの実家で「ニーチェ資料館」が開館。


ニーチェの著書、手紙、そのほか、ニーチェにまつわるあらゆるものが詰め込まれた。


資金集めにも抜かりはない。

ニーチェを崇拝する友人で金持ち連中から、資金を提供させ、今度はヴァイマルに、資料館を移してバージョンアップ。

ヴァイマルは、ドイツ古典研究の中心であり、ゲーテー、シラー、リストなど著名な文化人を輩出しているから・・目の付け所も申し分なし。


ニーチェ資料館には、そのうちヨーロッパ中の知識人が押しかけるようになる。

悲劇の天才哲学者ニーチェワールドをひとめ見ようと。

著作は売れ続け、ニーチェの健康が悪化すると、さらに名声は高まり、本の販売数もうなぎのぼり。


1898年10月に、アルノルト・クラーマーが「椅子にすわる病めるニーチェ」と題する彫像を製作。



これも、カネになるチャンス!・・・・エリザベートはレプリカの販売を思いついて即販売。


1900年8月25日、ニーチェは風邪をこじらせて55歳で死んだ。


もちろん狂ったまま、正気に戻ることもなく・・あっけなく死んだ・・・。

エリーザベトはこの機会を逃さす、精力的に宣伝して売りまくる。


この後、さらにエリーザベトが目を付けたのは、ニーチェの未完の書の出版だ。

未完の書? 
そんなものがあるわけない・・・

ニーチェは、とうの昔に発狂してたんだから・・残ってるのは、書いたり、棄てたりしていたのメモ書きばかり。

しかし、それで十分!


エリーザベトは、ニーチェの信奉者のペーター・ガストを再雇用して、ニーチェのメモを繋ぎ合わせて、
一冊の本を創りあげてしまった。

それも・・エリーザベトの指示に従って。


1901年、この本は、「権力への意志」と命名され、ドイツで出版され、ニーチェの代表作の一つになった。


エリーザベトとその仲間によって書かれた本なのに。


エリーザベトは、ますます本の売り上げで大儲け、
しかも、金持ち連中からの寄付も後を絶たない。


その中の一人、スウェーデンの銀行家エルネスト・ティールは、ニーチェの熱烈な崇拝者であり、エリーザベトに多額の寄付の申し出をしてきた。

ところが、この銀行家はユダヤ人。

あれだけ・・反ユダヤ主義のイデオロギーを打ち立ててパラグアイアまで言ったんだから、そりゃお断りする・・・はず?

いや、エリザベートは、ぜーんぜん気にせずしっかりと受け取る。


それどころか、その後も家族ぐるみで仲良く付き合うようになり、彼からの30年間に及ぶ寄付の総額は数十万マルクにも上ったという。

もちろん、エリーザベトは、気がとがめることもなく、すべてを使い切ったことは言うまでもない。


エリーザベトトにとっては、根本的にイデオロギーなんてどーでもいいことだったのだ。
人種差別者でもなかった。
彼女は、ただの日和見主義なのだ。

目的は、儲けることにあり。(←ビジネスマンの鑑)


それこそが、彼女の信念であり、そこには神のご加護もあるのだ。
それはもう、正義なのだ

・・・ここに達することができる人ほど、強いものはないだろう。


どんな実業家であろうとも、時には、良心の呵責やら、重責に押しつぶされそうになったり、ストレスに打ちのめされたりするものだ。 

しかし・・彼女にはそれが微塵もない。

愛する夫が自殺したときも、新ゲルマニア計画が挫折してペテン師呼ばわりされたときも・・・。

そんなことで悩んでるより、常に前に進め! GO! GO!

だからこそ、ブレない人なのだ。



1914年7月28日、第一次世界大戦が始まる。



エリーザベトは、さっそくアーリア人至上主義、国粋主義に凝り固まった論文を新聞に投稿する。

「ツァラトゥストラは立ち上がれ! 戦え!すべてのドイツ人の中に戦士が息づいている」というような内容のものを。

エリーザベトの文章もスピーチも・・じっくり読めば読むほど、何が言いたいんだかよくわからんのだ。
しかし、言葉の使い方だけは絶妙(たぶん、言霊使い?)で、それで、大衆の心を掴んでしまうところがある。



そうやって、世間は、

ツァラトゥストラは超人であり、アーリア人魂だ~!と。
・・・すっかり、ツァラトゥストラは、エリーザベトの作り上げたツァラトゥストラに書き換えられてしまった。

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これは・・ドイツ政府にとっても好都合だったのだ。


ドイツ政府はニーチェの著書「ツァラトゥストラはかく語りき」を前線の兵士に配布することにした。


「ツァラトゥストラはかく語りき」は大ベストセラーになり、版元のエリーザベトは、またもや大儲け。

やれやれ、戦争まで味方につけてしまうとは・・・。


ニーチェも、まさか自分の高邁な哲理が、自分が一番嫌っていた戦争のプロパガンダと金儲けに利用される結果になるとは、思ってもみなかっただろう。。。


1918年11月11日、第一次世界大戦の休戦条約が締結。


これは実質上の、ドイツの「敗戦条約」だった。


さて、この後・・ドイツ情勢がどうなっていくか?
多くの人がご存じのとおり。

多大な借金を抱えてドイツ国民はますます貧しくなっていく。

1923年、さらに大事件、ドイツはハイパーインフレが進行し、マルクは紙くず同然になっていく。


それが、どんなすさまじいものだったか・・・。

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パン1個買うにしても・・一夜の内にものすごいことになっていく。
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エリーザベトへの親交ある大金持ち、資金提供者たちも、どんどん崩れていく。

やっぱ、個人の資産家なんてのはダメかも。
よし、こうなったら、政府だ。
政府からカネを出させるのが一番安定してる。



そこで彼女が次に目をつけたのが・・なんと、ナチスだったのだ。

しかし、この時はまだ、ナチスはただのゴロツキ集団のようなもので、政党としてなんか機能してない。
アドルフ・ヒットラーは、ムショに入れられてたわけだし・・。

そんな状態のうちに、いち早くナチスに目をつけるとは・・・さすが、エリーザベトとしか言いようがない。

政権内部にコネをつくりつつ、エリーザベトは虎視眈々とヒトラー内閣が成立を待っていた。

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そして、誰もがご存じとおり、
ついにヒトラーが政権をとるときがくる。

ゴロツキ平民にも似た集団・・あんなナチスが政権をとるとは・・実に異例な事。

しかし・・この当時のドイツの時代背景を考えれば、当然ちゃー当然なのだ。


1929年 世界大恐慌が起こる



第一次大戦で負けて莫大な賠償金を課せられ、ハイパーインフレと大量失業で国は破綻寸前、その上、大恐慌が襲ったんだから、ドイツ国民は食うや食わずの状況。 餓死者も大勢出る。


平和外交なんぞで、メシが食えるか?
俺たちは生きるか死ぬかなんだぞ~!


こういった国民感情は、当然のようにナチスに向いていったのだ。

無理はない。。。



1933年1月30日午前11時15分、アドルフ・ヒトラーが首相に任命された。



ついに、エリザベートの進撃開始が始まる。

これを逃してなるものか!
私の優雅な暮らしを再び手に入れるために!



彼女は、ドイツの内相フリックに目をつけ、そこから、ヒットラー総統に近ずくことに成功。

エリーザベトはヒトラーに歯の浮くような賛美の手紙を書き、ニーチェ記念館を訪れるよう催促した。

ヒトラーが来訪すればエリーザベトに箔がつくし、ニーチェブランドの価値はまたもや急上昇間違いなし


そして、ヒットラーはやってきた。
それも何度も訪れた。

エリーザベトの勝利!!

エリーザベトとナチス
     ↓
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ところで、
ヒットラーは、ニーチェの信奉者だったんだろうか?

答えは NO!!


たぶん、ヒットラーは一冊も読んでいない。 哲学書なんぞには興味もなかっただろう。

だけど、エリーザベトには敬意を表しニーチェに感銘を受けてるフリはした。

なぜなら、利用価値を見出していたから。
読みもしないくせに、利用価値をだけは・・ちゃーんと見出していた。


すべてが「力の賛美」となる熱い言葉の数々・・「超人」「力への意思」「ツァラトゥストラ」

それによって大衆を、熱い心で燃え上がらせ、モチベーションを高めるにはうってつけ。
ヒットラー自身もまた、熱い芝居がかったスピーチで大衆の心を鷲づかみにしてしまう天才と呼ばれた人物でもある。


こりゃ、使えるぞ!

ニーチェのロジックなんて、どーでもいいのだ。・・・そんなこと、たぶん、考えてもみない。
利用価値があるかないか・・なのだ。

かくして、ニーチェの文言が、何の脈絡もなく断片的に引用されて、ナチスの教義に利用されるようになっていったのだ。

それは、エリーザベトも同様。

ある意味で、実に似た者同士だったのだろう。
エリーザベトとヒトラー

目的こそ違って・・かたや政治利用(ナチスの教義)、かたや金儲け利用だったけど。



しかし、また・・思い出して欲しい。

ニーチェは、民族主義も、国粋主義も、ありとあらゆるイデオロギーを嫌っていた人だ。
しかも、盲目的に「超人」になれと、力を賛美したわけではない。
既存の道徳やイデオロギーにも左右されず、自らの内なる声を直視し、自己実現を説いたのだ。


ニーチェの賛美したものは、あくまでも「個人主義」であって、
決してナチスの「全体主義」ではない。

むしろ、それを忌み嫌ったことだろう。





しかし・・実際に、こんなふうに語られてしまうと・・
    ↓
「ニーチェはつねにはっきりと見ていた、ユダヤ人の振る舞いがドイツにおいてはいかに相容れないものかを」


まるで、これが本当の事のように思われてしまうのだ。

言葉を断片的に取り上げて抽象化して、上手に引用されてしまえば、なんとでもなってしまうものだ。



自分で出版した本はまったく売れずに、「超人」を目指して・・ついに発狂してしまった男。
しかも、生まれながらの「超人」だった妹と、ナチスの全体主義を煽るための「教義」に利用されてしまった男。


まさか・・ニーチェも、こんな顛末になるとは思ってもみなかった。
草葉の陰で泣いているのだろうか?


しかし、彼の著書には、このような一文が残っている。
   ↓
「最悪の読者は、略奪団のような真似をする。彼らは利用できるあれこれのものを持ち去るのである」

狂気に落ちていく中で垣間見た予言?
「超人」にはなれなかったけど・・サイキックだったのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1934年、エリーザベトはヒトラーの秘書から手紙を受け取る。


「兄上の仕事の普及につとめておられるあなたの奉仕に対し、月額300ライヒスマルクの名誉終身恩給を給付いたします」



エリーザベトは、見事にやってのけたのだ!


しかし・・

年には勝てない。(でも、ここまで生きれば十分かも・・)

1935年11月8日、エリーザベトはインフルエンザに罹り、それがもとで亡くなった。


享年89歳、死ぬ直前まで、元気に口述筆記を続けていたという。


11月11日、エリーザベトの追悼式は、ヒトラー総統をはじめ、ナチスの錚々たるメンバーによって送られた。




それから4年後、第二次世界大戦が始まり、

1946年12月、敗戦を迎えると、ナチスに加担したニーチェ館は閉鎖され、職員は逮捕されるか殺害された。



ニーチェ財団は完全に解体され、ニーチェの名声も地に落ちた。


・・・・・・・・・・・

私がアメリカに来てから一度だけ・・なんかのついでに、「二ーチェって哲学者がいたでしょ?」と、話をしたとき、

「あ? 二ーチェって確か・・ナチスドイツの手先だった哲学者じゃなかった?」・・と言われたことを思い出した。


たぶん、欧米人からみたニーチェ像は、いまだにナチスドイツのカラーが強いのかもしれない。


戦後の欧米人たちは、むしろニーチェを「忌まわしい歴史の一部」として、封印してしまったようだ。

1991年、東西ドイツが統一されて、はじめて、ニーチェ館のあった場所は博物館として蘇ったという。
ようやく・・45年もの長いときを経て・・。
博物館か~。



それにしても、日本では、ニーチェ=ナチスって話は一度も聞いたことがなかったし、
そこに突っ込みを入れる日本人も知らない。(←私がたまたま知らないだけか・・だけど。)

むしろ、ニーチェは戦後も日本では受け入れられていた哲学者だという。
なぜか・・日本では人気のある哲学者

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かつては日独伊同盟国だったわけだし、日本人はドイツに共感を持ってたんdなろうか? 
ヒトラーに対しても日本人は、欧米人たちよりも寛容だったのかもしれない。




現在でも、日本においては、二ーチェは人気のある哲学者らしい。

とくに、かなり大衆向けに編集された「ニーチェ語録」の売れ行きが大変よろしいんだとか・・。


断片的にピックした「ニーチェ語録?」
うーーん、こりゃ、エリザベートの強烈な意識が、時を超えて飛んできているのか(笑)



エリーザベト・・私はこれほどのビジネスセンスに溢れ、才能ある人をみたことがない。
また、これほどブレない、強い人も。

ただし・・絶対に会いたくない人だけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は変わるけど・・

以前、自称魔術師という、あるサイキックの人の言葉を思い出した。

その人は、強い念の力を持っていて・・どんな相手でも呪いをかけることができるという。
(まあ、ちょっとした事故に合わせるとか、倒産させるとか)

「ただし、ごく稀にだけど・・絶対、術にかからない人もいるんだ。
それは、自分のしたことは100パーセント正しい! 一点も悪くない!って思い込んでる人。 
こういう人だけは、絶対に通用しないんだ。」


まさに、エリーザベトだ!と私は思った。


きっと彼女なら言うだろう・・

私が金持ちになって贅沢するのは当然のことよ。
私は、それだけの価値ある人間なんだから。
神様だって、私をお認めになって、ご加護を下さってるわ。


こりゃ~、どんなに優れた術者だったとしても・・呪いをかけることは出来ないだろう。
簡単に跳ね返されてしまうはず(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

好き嫌いは別にして、エリーザベトという人物、「稀にみる、ビジネスの天才」だったことは疑いようも無い。

こんな百年以上の昔に、現代のビジネスマン以上のことに着手して成功させているんだから。



こうゆう女性に対して、一般大衆は「悪女」の称号を与えたがるものだ。

悪女どころか、こちらの海外サイトでは、タイトルから、「悪魔の女」、「サタンの娘」として紹介している。
Most Evil Women in History: Satan's Daughter Elisabeth Förster-Nietzsche

それこそ・・ニーチェ流にいえば、妬みや嫉みのルサンチマンが潜んでいるのかもしれない。



果たして・・「悪い生き方」か「正しい生き方」かなんて、判断基準は、どこにあるのだろうか?

たとえば・・

マザー・テレサ = 善人
エリーザベト = 悪人
と・・言い切れるものだろうか?
(注: 決してマザー・テレサを貶めるつもりはない)


エリーザベトの人生における目的は、金儲け人々からの賞賛、名誉、それによる豪華な生活

その目的のために、形の上では確かに気の毒な兄を利用したことは事実だが・・・

だからといって、「兄を愛してなかった」 「冷酷なだけの女」とは言い切れない気がする。

心から、「それが兄のため」と思ってやっていたような気がするのだ。
もちろん、そのためには「自分のためが一番」、そうじゃなきゃ、「兄を助けることも出来ないから」・・という、彼女流の論法があったような気もするけど。


人の心は複雑だ。 
「人は良いことをしながら悪事もするし悪事を働きながら良いこともする。」
これは、池波正太郎さんの時代小説の中に、たびたび出てくる言葉だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この本を読んだおかげで、

なぜ、自分が若い頃、ニーチェが嫌いだったか?
その後、なぜ、まったく関心がなくなってしまったか?

それが今、なーんとなくわかった気がする。

結局のとこ、

私の読んだニーチェの本の中には、数多くの単語を通して、
「超人」になれなかったニーチェと、生まれながらの「超人」エリーザベトの意識が強く流れていたからだろう。

私にとっては、これらは「魂の宿らない作り物」だったから。
なぜか、作り物には、私は感動できない。


しかし、人それぞれ。

青少年が、ニーチェ文学に触れて(たとえエリーザベト文学であっても・・)、インスパイアされて、
「超人」となって成長を遂げていく引き金となってくれるのなら、それに勝るものはないのだ。



エリーザベトと、ニーチェと、ヒトラーと。

方向性がまったく違う3人なのに、なぜか似ている気がする。

類は類をよぶ。
彼ら3人が出会ったことも・・必然だったのか?



参考
Friedrich Nietzsche's Influence on Hitler's Mein Kampf

エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その1)

読書をしていると、その作品の内容は別にして、作者のイメージが湧いてきて、まるで、その作者と対峙しているかのような気がするときがある。

そうなると、ぜひ会ってみたい人だと思ったり、逆に あんまり、近づきたくはない人だな~と思ったり・・。
もちろん、100年も前の人だったりすれば会えるわけはないんだけどね(笑)


あるサイキックの人から、それこそが、サイキックの質だよ!と言われたことがあったけど・・・でも私はサイキックじゃないし(笑)

逆に、サイキックの人には、こうゆうふうに人が見える(感じる)ものなのか? と思ったものだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

引っ越しをするという人から、古本を何冊かもらった。
古本屋まで持ってくのがメンドーだからあげる!・・という、まあ、ゴミ出し代わりに使われただけかもしれない(笑)



その中に、こんな本があった。
    ↓
「エリーザベト・ニーチェ ― ニーチェをナチに売り渡した女」
ベン マッキンタイアー Ben Macintyre (原著), 藤川 芳朗 (翻訳)


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え? ニーチェかよ~! ・・・と思った。(←思い切り嫌な顔をしながら・・)

実は、私は二ーチェって人が苦手(もっと正確に言えば、キライ!)



キライになったわけは、16-7歳頃に遡る。
高校時代、世界の文豪・名作文庫なるものがあって、かたっぱしから読んだことがあった。

トルストイのアンナ・カレーニナ・・・こりゃ、すげえ不倫小説だなあ!
ゲーテの若きウェルテルの悩み・・・クラっ! ネクラ失恋男のばやきじゃんか!


なーんてことを思いながら読んでた。 (←ひどいもんだ。。名作文学もカタナシ。。。)



その中にニーチェのツァラトゥストラはかく語りきってのがあったので、タイトルに惹かれて読んで、

なんだ、こりゃ! 神話物語かい? 哲学書ってのは、もっと体系だったものかと思ってたのに、へんなの?


と思った記憶がある。
しかも・・わかったような、わからないような・・。(←結局わかってない)


それを、そのまま先生に言ったら、

「何を言ってる! ニーチェは素晴らしい哲学者なんだぞ! それを理解できないのは、まだまだ子供だな。」・・と言われて、しゃくにさわって、それから、さらに、いくつかの作品を読んだ。


で、大嫌いになった(笑)


いったい、私は何が嫌だったんだろう?

と、当時の感覚を思い出してみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、思い出すのは・・

「超人」「神は死んだ」「力への意思」・・なんて言葉を使って、とにかく、厳しい口調でこき下ろす。
注: 超人なんて言葉を聴くと・・なんだかゲームワールドをイメージしちゃうけど、それとは違うので・・念のため。
詳細は後ほど説明。



それを、力強くて、斬新で、カッコイイって思う人もいたのかもしれないけど・・私は、まず、そこがキライだったのだ。

誤解無きように付け加えるけど・・・私は、決して「血なまぐさいものやバイオレンスが苦手なの~」、というタイプの女の子ではなかった。(←子供の頃から)



たぶん・・強さ、厳しさ、たくましさの裏側に、なんらかの「嫌~なカンジなもの」を感じたからだと思う。

嫌~なカンジのものというのは・・・今思えば、「弱弱しいもの」やら「卑屈なもの」を感じたからだと思う。

暴力的と思えるほどの強さで、弱さを必死に隠そうする。それが「姑息さ」と感じたのかもしれない。


弱い犬ほど吠える(ストレスが溜まってる場合もあるけどね~)

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たぶん、それでニーチェは、会いたくない人にカテゴライズされてしまったのだ。  私の頭の中で。

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なんの因果で、また、こんな本・・ニーチェに関する本は読みたくないのだ!

と思ったら、なぜか・・読んでしまった。



ところが、これがなかなか面白かったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

タイトルの通り、この本はニーチェの妹、エリーザベトについて書かれている。

エリーザベト(Therese Elisabeth Alexandra Förster-Nietzsche)
    ↓
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写真のとおり、目がくりくりっとした小柄でかわいいカンジの人だったようだ。


ところが、この、エリーザベトは、とにかく、すごい!(←すごい!のひとことなのだ。)


どう、すごいかって?

とにかく・・ビジネスの天才、
目先の利益追究主義者
日和見主義でコロコロ変わる、変わり身の早さ
でもって、ぜーーたいにブレない強さ

かわいいルックスとは裏腹の怪物




ここまでくると・・もう、素晴らしい!としか言いようがない人なのだ。



で、お兄さんのニーチェと、どう関わったのかというと・・

兄貴が発狂して廃人同様になると・・兄貴の原稿(主に走り書きのメモみたいなものが多かったとか)を寄せ集めて、本にして世に出してしまったのだ。
(そ、当然・・改竄


「精神異常の天才哲学者」 というキャッチコピーで、「悲劇ぶり」を見事にアピールしまくって、
まんまと大衆の野卑な好奇心を惹きつけて、大ブレイクさせてしまった仕掛け人だったのだ。


もう、素晴らしいとしかいいようのないプロデューサーだった。


それまでのニーチェは、まーーたくの無名、
本を出版しても、ぜーんぜん売れなかったそうだ。


ここで、な~んと、お兄様思いの妹、と思ってはいけない。

彼女は兄への愛の為ではなく、自分の強い信念に基づいてやったのだ。・・・おそらく。

その信念とは「目先の利益追究」

これがまた、ただの欲望なんてレベルじゃなくって、信念そのもの=自分がすべて正しいと思ってる
こういったところが、やっぱり、すごい人としかいいようがない!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さて、妹エリザべートの話の前に、ここでちゃーんと、発狂する前のニーチェという人物を紹介しておく必要があると思う。


誰もがご存じのとおり、

フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche) (1844–1900) は、「超人思想」を提唱し、自らが「超人(オーヴァーマン)」になろうとした人だ。

この超人という言葉からして・・私は弱弱しい男がせいいっぱいの虚勢を張ってるかののように感じちゃって・・そこがキライだった。 もちろん・・本人は無意識だったと思うけど・・



なんだって、ニーチェは、こんなことを考え出したんだよ?・・という答えを得るには、

まず、当時のヨーロッパに蔓延していたキリスト教思想がベースにあった・・・ということを知っとく必要はある。



簡単に言ってしまえば、こんなことだ。
      ↓
そもそも、ユダヤ教、およびキリスト教は、かつては迫害されて負け組となった宗教だ。

ところが、現実世界で負けた恨みを晴らそうとして、精神世界ってやつを持ち出してきて、それによって勝利しようとした。
その仕掛けとなったのが「道徳」だった。


武力によって現実的に滅ぼされたのが弱者

負けちまった弱者のくせに・・

我々は高い精神性(道徳)を持っているんだから、本当の強者は我々キリスト教なんだと!




つまり・・彼らの「善悪」定義は、こうゆうことらしい。
     ↓
弱者=協調的で優しい=「善」
強者=自己中で強引=「悪」



このようにして、多くの人々は、神の名のもとに「道徳」を植え付けられて、飼い殺しにされ道徳奴隷にさせられてしまった。



ニーチェは、これをひどく蔑んで忌み嫌った。

勝ち目のない惨めな現実から逃れるため、自己を正当化しようとする願望が「奴隷精神」

詭弁を弄して正当化しようが根本にあるのは、ひがみとねたみ根性じゃないか!


ニーチェは、このような価値観を植え付けられ、飼い殺しにあってしまった弱者を、「ルサンチマン」(フランス語で「ひがみ・ねたみ」の意味)と呼んだ。


ルサンチマンとは、
信仰によって骨抜きにされ、自分の欲望を直視することができない人たち。
自分というものがなく、「群れ」でしか生きられない人たち。
だから、本当は弱虫。
しかも、それを認めず道徳をでっちあげて、自分は上等だと言い張る人々。




ところが、こんな張りぼて妄想が長続きするわけがない。

その結果 ・・・人々はだんだん疑いだし、そんな神が信じられなくなっていく。



信じてもらえない神は「神ではない」

ゆえに、神は死んだ!


神が死ねば道徳も崩壊する。

たぶん・・日本人のイメージする「道徳」とヨーロッパキリスト教徒たちの「道徳」とは、違うかもしれない。

こちらが、彼らの「道徳」
      ↓

注: キリスト教圏の思想は、神=道徳
当時のキリスト教では、道徳を守らない者は神罰が下ると教えられて育っている。
それが怖いから道徳を守る。
だけど、神がいなくなれば神罰もなくなる、道徳も崩壊する。




こうやって、「信仰と道徳」は崩壊するだろう。

そのとき、ルサンチマンはよりどころを失い、ただ生きながらえるだけの生き物になる。
それをニーチェは「末人」と呼んだ。

今まで信じていた神、価値観、目指すべき理想を失ってしまうと・・全てが同じものに見えてしまうようになり、昨日も今日も明日も同じことの続きに感じてしむ。
しかもそれは・・無限に反復されていくかのように。


これじゃあ、なんのために生きてるんだ?
どこに意味があるんだ?
なーんも意味なんてねえじゃん!


こういった感覚を、当時の人々は、「ニヒリズム」って言ってたようだ。
だから、ニーチェの哲理はニヒリズムから発しているとかって言う人もいたんだねー。


それが無限に反復されていくかのような感覚」、こうした状態をニーチェは「永遠回帰」と呼んだ。

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http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20120205/p1


しかし、ニーチェは、この永遠回帰をむしろ積極的に受け入れ、そこから、「超人」となることを目指そうとしたのだ。


それには、まず人間本来の欲望を押し殺さず、目をそらさないこと。
人間本来の欲望って?・・・やっぱ、権力、金力、名誉?


それに挑戦する人間。

つまり、結果ではなく意志。 


だからこそ、ニーチェは「力への意志」と呼んだ。


そして、この意志を持ち続ける人間を「超人(オーヴァーマン)」とよんで、人間かくあるべしと鼓舞したのである。

当然、自分も、超人(オーヴァーマン)であろうと!

ところが、なりきれず・・
精神を病んじゃったんだけどねー。

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それにしても、この人の言葉はメッチャメチャ強烈だ。

強烈な言葉は、ドイツ国民にも向けられた。

ニーチェの著書「偶像の黄昏」の中の一説
     ↓
「かつて思索の民とよばれたドイツ人は、今日そもそも、思索というものをまだしているだろうか。
近頃では、ドイツ人の精神にうんざりしている ・・・ ドイツ、世界に冠たるドイツ、これはドイツ哲学の終焉ではあるまいか、とわたしは恐れている。
ほかのどこにも、ヨーロッパの『二大麻薬』、つまり、アルコールとキリスト教、これほど悪徳として乱用されているところはない」


アルコールとキリスト教を「二大麻薬」とまでも言い放ってしまう強烈さ。
(←アルコールだってさ・・百薬の長ってこともあるんだよーー。 おぬし、知らんな! )


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

確かに、キリスト教=道徳社会が人々を堕落させているというのもわからんじゃない!
そうゆう人、たしかに・・・今でもいたし・・。

近代文明の発達とともに、立派な道徳を説きながら、一方で金権主義、権利主義が蔓延する世の中。

人々は権力者には何も言えない現状。
(←あ、今と変わらないのかも)


そこで、

弱者=協調的で優しい=「善」を植え付けられて奴隷化されてるのは、もうやめようよー。
そこから脱却して、現実をみつめ、自由の精神、自分の意思の力で生きようじゃないか!

この発想はたしかに素晴らしい。
十分、現代にも通用しそうだ。


だけど、
彼の激しい言葉の数々が示すかのように


白か黒か、右か左か・・それしかない人だ。 
まるで、中庸と安定を憎むかのような人だ。



幼い頃から頭脳明晰、神童とまで言われたような人だったようだし、現実を見据える目も確かだろう。

しかし、あまりにも・・ストイックで純粋。

一方しか見えなくなる狂信性


悪と決めつけたら、既存の価値のことごとく破壊しなきゃいられない。

まるで、ドーパミン出っ放し。

これじゃあ、まるで、狂気。

こんな状態じゃ、いずれは自分が壊れるぞ!


で、実際、彼は狂ってしまったんだった。

たぶん、今でいうところの「統合失調症」



1889年1月3日、カルロ・アルベルト広場で、老馬が御者に鞭打たれるを見て発狂してしまった・・と言われている。


は? そんなシーンで発狂してる場合かよ!
そんな御者殴り倒して、さっさと老馬を助けろよ!と思うのだが。

(←そっちの方が、ずーーと超人(オーヴァーマン)だと思うのだが・・。

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ニーチェという人、彼の精神は「精工なガラス細工」のようで、繊細で崩れやすい人だったんじゃないだろうか?


だからこそ、ドーパミン出しっぱなしの、超人(オーヴァーマン)とならんとすることで、
必死で自分を保っていたのかも。


ふと、そんなことを考えたら、このガラス細工のように弱い男を守ってやりたくなってきた(←冗談)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、発狂してしまったニーチェは、完全にエリーザベトに利用されまくることになるのだが・・

長くなるので、ここからは次回にアップすることにしよう。


続く>>>>>>>

魯山人のエピソードと密教

ふと、思い出した魯山人のエピソードがあります。
*北大路魯山人・・篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家など、なんでもアリの人

ずーーと昔、私がまだ日本にいた頃、陶芸教室に通っていた事がありました。



これは、その頃、陶芸の先生から聞いた魯山人の話。

右:魯山人(71歳のとき)、左:パブロ・ピカソ
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魯山人の本より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、友人の紹介で人が来た。 客は、わたしをつかまえてさっそく質問を発した。

「先生、料理の根本義についておきかせください」

 そこで、わたしは言下に答えた。

「食うために作ることだ」

 客は物足りぬ顔をしながらまたきいた。

「食うために作ることですか、先生。そんなら、なんのために食うのですか」

「そりゃ生きるためにだ」

「なんのために生きるのですか」

「死ぬためにだ」

「まるで先生、禅問答のようですね」

 わたしは笑いながらいった。
「君がむずかしいことを聞くからだ。料理の根本義について……なんぞいい出すからだよ。もっと、あたりまえの言葉できけばいいではないか。むずかしい言葉を使わぬと、本当のことや、立派なことがきけないと思うているとみえるね」

 客はあわてていった。
「いえ、決して……。では、あたりまえの言葉で伺ったら、先生は本当のことを教えてくださいますか」

「うむ、あたりまえの言葉で聞いたら、あたりまえのことをいってやるよ」

 客は、ここでもまたあわてていった。
「あたりまえのことなら、伺いたくないのです。先生、本当のことをききたいのです」

「あたりまえのことが、一番本当のことだよ。
君は、本当のものを見ないから見まちがうのだ。耳は、本当のことをききたがらない。
舌は本当の味を一つも知らないから、ごまかされるのだ。
手は、あたりまえのことをしないから、庖丁で怪我けがをするのだ」

「分ったようで、分りません」

「そうだ、なかなか、あたりまえのことは分りにくいものだ。いや、分ろうとしないのだよ。ハハハ……。
いろいろききたければ、わたしが、近々本を出すから、それを読んでくれるといい。それには、あたりまえのことしか書いてないが、多分、君の聞きたいことがみんな書いてあると思うよ」

「そうですか、ぜひ、読ませていただきます」

 客は帰りぎわに、なにか書いてくれといった。玄関へかけるのだという。
そこでわたしは、さっそく客のいう通りに、色紙をとりあげ、筆をもった。

「玄関へかけるのですから」

 客は、念を押して頼んだ。

 そこでわたしは「玄関」と書いて渡した。

「先生、玄関と書いてくださったのですか」

「そうだ」

 客は、まだなにかいいたそうであったが、なにもいわずに帰って行った。


 玄関であっても玄関でないような玄関もある。さっきの客も、入り口だか、便所だか、靴脱ぎだか、物置だか分らぬような玄関を作ったのかもしれない。

そうでなかったら、あんなこねまわした質問をするはずがない。

さっきの客も、また、その客を訪ねて行く客も、間違わぬようにと思って、わたしは親切に玄関と書いてあげた。

昭和28年、魯山人の言葉から。


尋常一様より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、特に魯山人ファンというわけでもないんだけど・・このエピソードは、なぜか好きでしたね~。


言葉か~。

たしかに、始めに言葉ありき ・・・なんだけど、

いつしか言葉の洪水に飲み込まれて、言葉に惑わされてしまって、どんどん神髄から遠くへ行っちゃうことも多いような気がします。

とくに・・知識人と言われる人たち(笑)

この、魯山人さんのウチにやってきた、客人のように。

*知識人・・・学歴あり、知識豊富、多くの言葉を知ってる人たち、また、自分でもそう自覚してる人たち


とくに、インタビュアーというのは、相手にインタビューしてるつもりで、自分自身まで曝け出すことになっちゃうものですね~。
本人は、それすら気がつかないものですが・・。


・・・・・・・・・・・・・・

密教ってご存知でしょうか?

密教とひとことで言っても・・昨今では新興宗教も含めてさまざまな宗派もあるので、誤解があるといけないので・・

ここでは、西安の青龍寺恵果和尚(けいか / えか)の正当な伝承者の伝えたもの・・・ってことで限定しましょう。


ここ、青龍寺
   ↓
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ちなみに、そのメンバーは、「伝持の八祖」と呼ばれるそうで・・

龍猛( りゅうみょう)
龍智(りゅうち)
金剛智(こんごうち)
不空(ふくう)
善無畏(ぜんむい)
一行(いちぎょう)
恵果(けいか)
空海(くうかい)



なんだそうです。

そう、日本ではあの空海が祖となっている、真言宗になるわけですね~。


その、密教の方から聞いた「お釈迦様エピソード」がこちらです。 
     ↓

ある時、お釈迦様が弟子の前で花を一輪手に取って、それを眺めていた。

ただ、それだけのこと。

ある弟子は、お釈迦様のそんな様子に気を留めることもしない。

また、ある弟子は、なぜお釈迦様が花に関心を示しているんだろう?と思う。

一人の弟子だけは、それを見て、はっ!とする。・・・そして悟りを得てしまった。



これこそ、以心伝心という、もともとは仏教用語だったそうです。

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「心をもって心に伝える」という。


この密教の奥義として、

ただ、心から心に伝えることが大切であり、
文章によって伝えることのみを貴いとはしない。




というのがあります。

要するに、真の仏教は、このように書物や文字では伝えられないものがあるんですよ~と。



それ以前の仏教、つまり・・空海が唐の青龍寺で密教を学んでくる以前は、顕教(けんぎょう)と呼ばれていました。

顕教(けんぎょう)というのは、別に宗派のことをいうわけじゃないです。
ただの、分類するだけの呼び方です。

顕教(けんぎょう)・・言葉や文献で説かれた教え

密教・・以心伝心で伝えるもの



という分類です。

以前の仏教は、書物を読んで研究したり、また、偉いお坊さんたちが、せっせと相手にお説法することで説いてきた教えだったのです。


もちろん、それも素晴らしいことだったんでしょうが・・・次第に、そこには落とし穴も生まれてくるわけで・・

たぶん、多くを学んだ人々の中には、「頭でっかち」になっちゃった人も増えてきたんでしょうね~。


そこで、それまでの時流を反省するかのように、


顕教は極論すれば書物でも学べる教えであるが、書物のみで学べるものの中には本当の真理はない、という立場をとったのが密教でした。


これ、現代風にもっと簡単に言っちゃえば・・

本で勉強したり講義を聞いたりしても、わからん人には、わからんよ~。
感性も使ってキャッチしろよ~。


ってことかもしれません(笑)


ところで・・感性って言葉も曖昧ですけどね~。
直感、直観、霊感、第六感、なんでもいいんですけど・・感官を媒介として受入れる精神の認識能力なんて説明がありました。


Heart Communication


なるほど・・・。

「一生懸命努力してきた、知識人と呼ばれる人こそ、どんどん神髄から遠くへ行っちゃう」のも、わかる気がします。

別にこういったことは、宗教やら精神世界のことだけじゃないと思います。

科学、数学、あらゆる分野でも、また、日常の中でも、言えることだろうな~と思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それでもやっぱり・・・とくに精神世界のことは言葉だけで伝えることは難しいでしょうね。


言葉だけが独り歩きして、誤解されたり、曲解されたり・・

あらゆる宗教でも、そういった側面はありますね。


密教は、神秘主義的、象徴主義的な教義が中心で信者だけで非公開な教団内で修行を行なうもの、それ以外、仏教を体得できない。 だから、出家しなさい・・・とか(笑)・・(実際に、これは・・オウム真理教で言われたことだったとか・・)



始めに言葉ありき・・・

Music-For-Father-Sun.jpg

それは・・言葉から音質を感じ取ることとと似てるかもしれません。

音質が無い言葉には、言霊も宿らないでしょうから。
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