シャーマニズムと宗教話ついでに恋愛話も。

ハンク・ウエスルマンのワークショップに行きたい!と前々から思っているんだけど・・なかなか都合がつかなくって行かれない。

あ、カリフォルニアに来る!と思っても・・・サンフランシスコに近い地域ばかりなのだ。
とても日帰りできるような距離じゃないよなあ!

「そりゃあそうだろうよ!カリフォルニアといったって、能天気なアホばかり住んでるようなLAなんかには来ないさ。
サンフランシスコ、サンノゼ付近だろうね。」
・・・と友人は言う(笑)

そうだろうなあ。

こちらがハンクと奥さんのジル
   ↓
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さて、ハンク・ウエルスマンって誰?という人のために。
       ↓
スピリチュアルウォーカー ハンク・ウェスルマン
こちらは、私にHPの中の本の紹介ページから(かなり昔のものだけど。)


8年くらい前だったと思うけど、この本を最初に読んでからハンク・ウエスルマンさんにはとても興味を持つようになった。


彼についてもっと詳しい内容は、こちらのヤスさんのブログで、どうぞ。
      ↓
ヤスの忘備録 番外編




私がなぜ、彼のワークショップに参加してみたいか、というと・・シャーマニズムについての話が聞きたいから。

彼自身がすでにシャーマンの能力を持ってる人だし、それを学者らしく分析し様々な部分を解明してきた人だからだ。

また、すべての人に宿るシャーマン能力を開発して、それぞれの生き方にもヒーリングにも活用して欲しいという趣旨を持つ人でもある。



一般人からみると、シャーマンとは、古代文明やら未開の地で・・火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になったりする怪しげな人ってイメージが強いかもしれない。

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しかし、火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になるにも、それなりの意味があるのだ。

そして、シャーマンとは、その部族においての

メディスンマン
霊能者
ミディアム
ヒーラー
チャネラー
医者
超能力者
カウンセラー



などと考えていいだろう。

別の言い方をすれば、3次元世界にいながら精霊(別次元)世界とコンタクトがとれる人。

ハンクに言わせると、それ・誰でも本来持っている能力だそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、話はちょっと変わるのだが・・

つい先日、日本人女性から、ある相談事を持ちかけられた。

この女性は、ある新興宗教に6年間入信していて、つい先日脱会したそうだ。
その新興宗教の教祖は、かなりの霊能者だとか。



そこで相談事というのは・・

「私は6年間もその教祖に、私の依存心を教祖に向けるようにと仕向けられてきました。
そこで、その教祖を訴えたい!または、彼のしたことや私のひどい経験をネット上で拡散したい!
一番いい方法は、どうすればいいと思いますか?」


そんなこと、知るか!!

彼女の話を聞いてるうちに、きいいいい・・とイライラが募ってきてしまった(笑)


その教団というのは、それほど有名でもなく、どっちらかというと割と小さい組織らしい。
で、彼女の被害というのは・・・別に、家を奪われたり老後資金すべてを奪われたってわけではなく・・

たしか入会金が5000円で月会費が3000円だとか。(←私の子供の頃のピアノの月謝よりも安いような・・・)

ただし、任意でセミナーに参加費を払って参加するとか寄付するとか・・お金を使いたければもちろんもっと使えるらしい。
だからといって、別にあやしげば壺や絵画を売ってるわけでもなさそう。

彼女は、月に3万~4万は教団のために使ってきたいう。(←でも、それって自分の意思で使ったわけで恐喝されてたわけじゃないんだよね?)


「とにかく、月4万円として6年間でざっと300万弱のお金を使ってしまったことに対して、憤りを感じてるわけ?
騙されて支払ってしまったって思うの?」
・・と聞くと、

「いや、お金のことは、それほど大した額ではないのでいいです。」と彼女は言う。


じゃあ、なんで怒ってるわけ?


「私の依存心を煽って、私を教団から離さないようなことをしたからです。 
たぶん、霊能力を使って、私を操っていたんだと思う。
私は、教祖様のことを私の神様だと思ってましたからね・・・。
だから私、絶対、許せないんです!」


はあ?

月々3万円か4万円を使う会員に対して、霊能力を使ってまで教団に縛り付けておくなんてこと、するかな?(笑)
そんなことをしたら、たぶん会員全員に怪しい術でもかけなきゃならないだろうし・・会員数何人いるんだか知らんけど・・。
そもそも・・・そんな怪しい術って?(笑)

というようなことに・・この元信者は気づかないもんかね!!

気づかないんだろうなあ・・・だから、こんな相談事をしてくるわけだから。


何が私をイライラさせたかというと・・・(←こんなことでイラつく私もかなりの未熟者だ)

ぜーんぶ、ネガティブな被害者意識ばっかりだから。
それを長々と聞かされてるだけで、イライラしてくるのだ。。。


そもそも・・依存心を持たされるように仕向けられた!って、なんだそりゃ?

依存心を強く持つ人に限って・・・「私はXXされた」というネガティブな被害者意識を持つことが多い。

彼女の依存心は、いまだに健在だってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのは、ある種の恋愛問題にも似ているかもしれない。


ものすごーく思い入れの強い女性(または男性)が、相手のために必死で尽くす。

それこそ、痒い所にも手が届くほどの尽くしようで、なんでも相手の望むことをしてあげちゃう!

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http://pinky-media.jp/I0014863


ところが、その相手の方は・・だんだん、それが重荷で嫌になってくるものだ。(←まあ、よくある話だよね~)

なぜ、そんなにも尽くされてるのに嫌になってしまうのか?

だって、それって・・本当に相手のことを思い、愛しているわけじゃないから!

最初のうちは、なーんてよく尽くしてくれるんだろう!と嬉しいものかもしれないけど・・そのうち、これってなんか違う!ってことに、人は無意識のうちにも心で気がついてしまうものなのだ。

なぜなら、

彼女(彼)が尽くすのは、相手の愛を自分に繋ぎとめておくため。
自分は捨てられたくない! 一人になりたくない!


・・・・その一心でしてたことに、相手だって気がつくときが必ずくる。


そして、ある日、

「ごめん、もう別れたいんだ。」

とか、

「ごめん、他に好きな人ができた。」

なーんて別れを切り出されると、尽くした相手はぶち切れる。


私はこんなにも尽くしてきたのに捨てられた!
訴えてやる!


なーんて具合に、被害者意識から、憎しみや恨みに豹変する


これって、ぜーんぶ依存心の強いタイプにありがち。


一人になりたくない!という寂しがり屋なのか?
捨てられたくない!というプライドなのか?

それとも

何かにすがらなければやっていけない現状があるのか?



とにかく、相手に執着して離れたくないだけなのだ。


さらに、こうゆう執着タイプは困ったもので・・、

たとえば、相手が悪いヤツで自分が利用されているだけ騙されているだけだったとする。

それを薄々感づいていたとしても、あえて見ないようにして目をつぶってつきあっていく!なーんてことを、やってしまいがちなのだ。

真実を知りたくない!
このまま変わらずに、ずっとこのまま!


という意識が働いてしまうのだろう。


執着=依存心=失うことへの恐怖


そして、ついに、それが明るみに出てしまうと、やっぱり、被害者意識から恨みや怒りとなって爆発する。

「私は騙されていた!」
「そんなこと、ちっとも知らなかった!」
・・・と。

あーあ、厄介なことだ。


対処法は、なぜ?を自問自答して、自分を内観して自分で答えをみつけるしかないのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

さて、こういった恋愛ケースも新興宗教への依存心も、なんだか、ひどく似ている気がする。


新興宗教であれ恋愛であれ、そんな形でハマるってことは・・心の底になんらかの弱さがあるからなんだろうけど・・、

だからこそ、「新興宗教にすがりたくなる」ともいえるのだろう。

また、

だからこそ、新興宗教も信者を増やせるってものかも(笑)

悩みをかかえてる人、弱い人、かもーん、かもーん!・・・もっとも、そんな宗教団体ばっかりではないだろうが。


新興宗教と言う言葉を聞くと、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人も多いようだ。


ところが、新興宗教というのは、伝統宗教と比べて比較的成立時期が新しい宗教のことを差すだけのことで、日本では明治以降の宗教を新興宗教と呼ぶらしい。

それだけのことなのだ。


ところが、新興宗教と聞くと聞いただけで、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人の方が多いのはなぜだろう?

まあ、過去にもさまざまな事件があったりしたわけだし、また、「自分のとこの神様が本物なんだ!他は一切認めないぞ!」と主張する教団もあったりするようだし・・

そうなると、なんだか精神世界つーよりも、ただの宗教ビジネスに思えてしまうせいかもしれない。


じゃあ、伝統宗教は違ったのか!というと・・いやいや、それでもないのだ。

鎌倉時代に遡って、まさに元寇がやってきた頃、新興宗教として登場した日蓮さんもまた、
「法華経こそが正法であるのに、浄土宗などは邪法だ!」と、堂々と非難していたようだ。
(もっとも、これは若い頃の日蓮さんが辻説法をやっていた頃だそうで・・流罪された後は変わったそうだ。)


そもそも・・仏教と言ったって、シャカは文書にして何も残さなかったわけだし、
たとえば、日本に多く広まっている法華経なんて、シャカの死後、ざっくり600年もたって記されたものだ。

それに比べて、キリスト教の新約聖書は、キリストの直弟子たちによって記されたものなんで、まだ聖人の言葉が忠実に記されたものか?というと・・それが、そうとも言えないらしい。

だからこそ、いくつもの宗派ができたわけだし、宗派どうしで解釈の違いによる論争だって起きるわけだ(笑)


人から聞いたものを書き起こせば、それは書き手の意識が必ず投入されることになる。
一つの言葉にしても、受け手によって解釈の違いはあるし、特に精神世界の言葉というものは、なかなか言葉だけでは表せないことの方が多い。


だいたい、精神世界は頭で理解することではないのだから!



仏教の宗派なんて、いったいどれだけあるんだろう?

結局・・自分がどれを支持するか?(信じるか?)でしかないように思う。


私自身は、以前にもブログにアップしたことがあるけど・・宗教家として好きな人の名をあげるならば、やっぱり空海さんかな。
    ↓ 
空海とシュタイナーの関連性

だからといって、わざわざ真言宗の檀家に入ろうとも思わないし、新興宗教の真如苑に入ろうとも思わない。

空海さんは、宗教家というだけでなく、書家としてアーティストの才もあったし、建築、土木、鉱山など、あらゆる才を発揮してるし、自分で道を切り開いた人でもある。

それでいて、しっかりと親のスネをかじって留学費用を出してもらったり(たぶん・・そうだったんだろうなあ。)、当時の天皇にも上手に取り入ったというか(笑)、そういった世渡り上手な人間臭い部分も持ち合わせている。

そういったところをすべて含めて、好きなのだ。

まあ、好みの問題かもしれない(笑)


キリストさんもそうだし、日蓮さんだって・・みんなそれぞれ、独自の道を作り上げたパイオニア(開拓者)だったという点では、たしかに尊敬できる人たちばかりだ。

今では、みんな高次元の存在=神となっている人たちかもしれないけど・・そうやって、人として現世にいた頃は、おそらく、悩んだり試行錯誤を繰り返しながら、道を究めていったことだろう。

空海さんは、しっかり時の天皇にも可愛がられたけど、日蓮さんは反逆者として迫害され処刑されそうになったり、島流しの憂き目にもあってる・・さぞ、熱くまっすぐな人だったのだろう。

それに、親鸞さんのような、アウトロー精神にも脱帽だ。

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当時の仏教社会では、僧侶の妻帯や肉食はタブーとされていた時代だったのに・・奥さんを持った人だったことでも有名な人だ。


私は、そういった先駆者として道を究めた人が好きなのだ。



しかし、宗教となると、それは人間によって作られた団体、組織に過ぎないと思う。

みんなで集まって、勉強し精神修行をするところだ。


精神修行とは、

◆高次元と繋がること
(高次元の宇宙人、神、精霊といったようなもの・・いわゆるハイヤーセルフなんて言葉も使われるけど・・。)
そこからメッセージをもらって学んでいくこと

◆自分を客観的に観察し、分析して、考え方の修正をしていくこと


この2点ではないだろうか?


でも、宗教団体に所属するということは、必ずといっていいほど、人間関係特有の問題やら矛盾もくっついてくることになるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、元創価学会の熱心な会員だったという人に聞いた話だ。

その人は、日蓮上人の教えを学びたいために入信したのだそうだが・・・あるとき、学会に飾られた曼荼羅を見ると、そこには・・天照大神や八幡様までがいることに気がついたそうだ。

だけど・・

「創価学会では他宗教を批判してるし、神道を含めた宗教も否定している。 それって矛盾してるぞ!」
と思ったのがきっかけになったそうだ。


そこから、ますます色々な矛盾に悩むようになり、結局脱会したそうだ。


それでも、多くのことを学ぶこともできたし、また、そういった矛盾を知ることもできたんだから、今でも創価学会にはとっても感謝してると言っていた。

いやあ、先ほどの、元信者とは大きな違いだ(笑)


「どこの教団だってそうでしょうが・・宗教という団体になった以上は、3次元的に維持していかなきゃならなくなっちゃうんですよ。

そもそも高次元の神の言葉を、3次元の人間が本にまとめて、それを読んで勉強するのも3次元の頭だったんだってことに・・
私はようやく気がついたってわけです。」

と、その人は言っていた。

なるほどなあ。。。

宗教団体に所属して一生懸命、精神世界について学ぶよりも、野に咲く花に感動できる人の方が、よっぽどハイヤーセルフに近いのかもなあ。

なんだか、そんなことを思った。

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God grows weary of great kingdoms, but never of little flowers.
<<神は偉大な王国には飽きられてしまうが、小さな花には飽きることはない>>

これは、ラビンドラナート・タゴールRabindranath Tagore(1861 – 1941)の詩の一節だったかな?
     ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう考えると、精神世界を探るのは宗教に限ったものじゃないってことになる。

つーか、むしろ、宗教団体に所属するよりも、戒律だとかめんどくさい人間関係が無い分、自由な心で見つめられるような気がする。


もちろん、シャーマニズムの世界もだ!

ハンク・ウエスルマンさんは、独自の経験を通して、シャーマニズムの道にそれを求めたということだろう。

彼の新しい本で、心霊の世界に覚醒してというのが出版されているんだけど、サブタイトルは、「直接啓示を受けるためのシャーマンの方法」となっていて、なかなか実践的で面白い。

シャーマンにもいろいろなタイプがあることが解説されてるし、

また、霊能力があるからとか、悟りの体験してるからというだけで、その人達の言うことを鵜呑みするべきではない。ということも、当然ながら頷ける(笑)


ついでだから、ざっと紹介すると、

シャーマニズムとは神霊の世界に直接アクセスし神霊の助けと保護を得る精神的な実践方法だそうで、大きくわけて、

3つあるそうだ。

◆感謝の心

何事にも感謝する姿勢が、神霊の世界へのドアを開ける一歩になる。

この世の裏側では、神霊たちが人間の目には見えないけど、気づいてもらいたいと思って光を放っているのに、なかなか人間は気がつかないものだ。

(彼は精霊と呼んでいるけど・・神・守護霊・高次元の宇宙人・ハイヤーセルフ・・そういったものと考えてもよいかと・・・。)

神霊の世界への入口は実にいたるところに隠されている。その一つは心臓のところにあるそうだ。

恐れ、敵意、うぬぼれ、落ち込み、疑い、皮肉癖、憤りなどの感情は、この心臓にある出入り口を塞ぐので、ほとんどの人の出入り口は閉じられてしまっているそうだ。

ところが感謝の心を持つことにおって、これらの悪感情を追い払うことができるので、心臓の出入り口を開くことができるようになるそうだ。

うーん、ハートチャクラを開くってことかもなあ(笑)


◆見る
二つめのテクニックは見ること。
無知や間違った世界の見方を克服できる術は、「見る」ことで、神霊が現実の中で見せてくれる真実を知ることができる。
シャーマンが言うところの「見る」というのは、頭の中をカラにして、一切の現世の考えを取り去ることだ。

無になることで、サードアイチャクラが開くってことかな?


◆祝福の祈り
三つめのテクニックは、祝福の祈りをすることだ。
祝福の祈りは魂へと還る道だそうだ、
そこには、人間の想像を超えた力があり、おそらく3つの中でも最も強力なものとなるだろう。
しかし、感謝の心がなければ祝福の祈りを捧げることは難しいことになる。



なんだか、本の紹介みたいになっちゃったけど(笑)
    ↓
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まあ、そんなわけで、私も一度はワークショップに参加して色々と聞けたらいいなあ!と思ったのだ。


いずれにしても、

精神世界を極めるにしても、ハイヤーセルフと繋がるにしても、自己改善にしても、良い恋愛をするにしても・・・

私は、ハンクさんの3つのことが基本かな、って気がする。


参考
SharedWisdom

野生動物の異種間交流と聖書の言葉から

「最近はとくに、凶悪事件やら、戦争とかテロのニュースばかりだよなあ。
なんか、こう、ぐぐっとくるような心温まるニュースってのは、ないもんかなあ?」

と、友人が言った。

あるわけないじゃん!


いや、私が見たヤツで、ひとつあったな~。


ノルウェーに住む、写真家のTorgeir Bergeさん愛犬、Tinni(ティ二)と野生のキツネのSniffer(スニファー)がベストフレンドになっているという記事。

あるとき、バージさんがティ二を連れて森に散歩に行ったとき、一匹のキツネとばったり出くわした。

なぜか、愛犬とその狐は意気投合。

それからずーーと、2匹はこの森で会うたびに、いつも一緒になって冬も夏も広い森の中を元気いっぱいに遊び回る。

こちらがその写真

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バージさんは、このキツネにSniffer(スニファー)と名づけた。

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寒い雪の日も夏の日も。

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二匹はいつも一緒。

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なんなんだ? この仲良しぶりは?(笑)

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バージさんは、彼らの交流を見るたびに、いつも写真を撮っている。

そして、こんなコメントを載せていた。
    ↓
「犬とキツネは行動や性格が似ているところがあって・・・、スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」

https://www.thedodo.com/fox-and-hound-are-real-life-best-friends-1169549384.html




キツネと犬というのは、そもそも天敵のような関係だったはず?
キツネ狩りには犬を使うわけだから。。。


それに、

野生動物は食べることと繁殖すること・・のみで生きている・・それが野生動物なのだ

だから、人間のように遊びのための遊びはあり得ない・・とされてきた。
(つまり、子供同士の遊びに見えても、獲物を獲得するための狩りの練習に過ぎない・・という説)


もしも、この説が正しければ、絶対に野生動物には異種間の交流なんてありえないだろう。


ところが、どう見ても・・この二匹は一緒にいるというだけで幸せそう。


そういったことに気がついて、もう、ずいぶん昔に、この説に対して反論を唱えていたのが、羽仁進監督だったのだが・・・

今では、なーるほどなあ・・と、思っている。


異種間の交流と言えば・・

もちろん、キツネと犬だけでない。


野生のホッキョクグマと仲良く遊ぶ犬だとか、フクロウと仲良しのネコだとか、びっくりするような組み合わせが多く報告されている。


なぜなのだ?

エサをもらえるわけでもないし子作りに貢献できるわけでもないのに・・つまり、お互いに利害関係は無いのだ。
そもそも、利害関係から彼らの心理を探ろうとすること自体が、人間の大きな間違いではないだろうか?


すでそこに、重点を置いて考えてしまいがちな、悲しい人間の性。


理由は何もないよ。
ただ、お互いに幸せだから・・・



それだけの理由すら理解できない人間の方が愚かなのかもしれない。

そして、我々は・・野生動物のことすら、いまだにわかってないのかもしれない。



私は友人とそんなことを話し合った。

「それにしても、ほのぼのするような良いニュースってのは、みんな動物がらみのばっかだよなあ。
人間のニュースは、最悪なのばっかだもんなあ。 これじゃあ、人間嫌いになっちゃいそうだ~。」

と、友人が言う。


「ほんとだよねえ・・サリン空爆に報復して米軍がシリア攻撃をしたとか・・そんなのが一面のトップニュースだったりすると、うーーんざりだよ。」

「そもそも、報復ってのはおかしいよ! しかもアメリカ国家が堂々と報復するってのはさ。
アメリカは、昔っから、国家の中枢に登れる人は、WASP(ワスプ)のみって言われてきた国なんだよ。」

注: WASP(ワスプ)とは、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(英語: White Anglo-Saxon Protestant)」の頭文字をとった略語のこと


「たしかにそうだよね~、 オバマさん以来、ホワイトというのだけは完全に変わったけど・・いまだに、ムスリムは国家中枢機関にいられないだろうしね。」

「だろ? そのプロテスタントの国家中枢が、堂々と報復のための戦争なんて言葉を使うこと自体が大きな矛盾なのさ。」


「でも、歯には歯を! 目には目を!って言葉があるからOKってことなんじゃないの!」

「それは、聖書を読んだことが無い人の誤解だよ。」



おっと、そうだった・・。。。


目には目、歯には歯
出典はハムラビ法典とされているし、また、旧約聖書にも同じ言葉が記されている。

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目には目。歯には歯。手には手。足には足。やけどのはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。
(旧約聖書 出エジプ記21章24-25)



これは、復讐することを奨励する言葉ではなくて、まったく逆の意味なのだ。


紀元前の、この時代の律法では加害者に罰を与えることが出来たわけで・・
ただし、そのやりすぎを案じての但し書のようなものだったらしいのだ。

たとえば、加害者が被害者の片目を潰したとする。
被害者側は超怒りまくって・・今度は加害者の両目を潰した上瀕死の重傷を負わせてしまったとする。

こりゃあ、明らかにやりすぎ。
こんなるともう、被害者の方がもっと凶悪な犯罪者だ。




だから、もしも片目を潰されたなら、片目だけにしなさいよ・・という意味だったそうだ。


そして、こちらは

マタイ伝
   ↓
「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 
しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」
新約聖書 マタイによる福音書 5章38~39節

http://www.christ-hour.com/archive/detail.php?id=93より




こちらは、

パウロによるローマの信徒への手紙からの抜粋
       ↓
愛する人たち。自分で復讐をしてはいけません。神の怒りに任せなさい。
それはこう書いてあるからです。「復讐はわたし(神)のすることである。
わたしが報いをする、と主は言われる。」
(新約聖書 ローマの信徒への手紙 12章19節)



古代の律法でも行き過ぎた報復は禁じられていたし、キリスト教が誕生後は、完全に報復はするな!と言い切っている。


うっ! 
そうなると・・・少し前に流行った、倍返しって言葉があったけど・・・これって、完全に現代の報復を象徴するような言葉なのかもなあ。。。



それにしても・・・

昔からキリスト教国だったアメリカって、なんなんだよ?
ちっとも聖書、読んでないじゃんか!@@


ひょっとしたら、復讐するは我にあり=我=神=アメリカ

と・・超・おバカな勘違いでもしてるのだろうか~?


そうでなければ、国家が堂々と、「報復のため」なんて言葉を公言できるはずもないだろうから。
それで、納得しちゃう国民もまた、真のキリスト教徒ではないってことになる。


「だけどさ、そこはほら・・・大人の事情ってヤツでさ・・聖書で正しいことはわかっていても、世の中、そうはいかない事情ってのが大人にあるって言われるだろ? そうやって、みんなが納得しちゃってるんじゃないかな。」

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「それこそ・・詭弁でしかないね~。
大人の事情ってのは、ほとんどが利害にまつわることだもんね~。
それじゃあ、子供に正しい道なんて示せるわけないし・・いずれは、みんな大人になっちゃうことを考えると、お先真っ暗だよ。」



「仲良しワンコとキツネの方が、ずっと神に近い存在だよね~。」


「そうだね、逆に、自称・敬虔なキリスト教徒と言ってる人のほうが、ずーーと神の世界からは遠い場合も多いのかもね~。」
愛よりも利害関係を先に考えるのが大人だとしたら・・・悲しいよね~。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先ほどのワンコとキツネのニュースで、ワンコの飼い主で写真家のバージさんが、

「スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」とコメントしてたけど、


下記のビデオは、「子ぎつねが捕まって毛皮工場のゲージに入れられていたところを助けた」人がアップしたビデオだ。

こーんな小さなキツネまで毛皮にするために殺すのか・・と、私は初めて知った。。。
そりゃあ、たしかに子ぎつねの毛の方が柔らかいだろうし、上物だろうけど・・。



この子キツネは、助けてもらった人の家で、犬たちと一緒に飼われているらしい。
今では犬とも子供とも仲良くなって、とってもステキな表情をしている。 (1分程度のビデオなんで、どうぞご覧ください。)
     ↓




こんな子ぎつねを殺してまで毛皮にする人もいれば、それを買う人もいるってことだね~。

(そうゆう私も、子供の頃にはキツネの襟巻を持ってたし、若い頃はフォックスコートを持っていたことがあるのだが・・。)


しかし、今は思う。

唯一、動物を殺して食べたり毛皮にすることが許される人々は、厳しい自然環境で生きる原住民だけだと。

彼らは、命がけで狩りをして獲物を捕獲して食べ、また、極寒の冬を乗り切るために毛皮を得る。
そして、それを感謝と共に頂く人々のみが神から許されるのだろう、と。



そう思うと、子ぎつねを捕獲する毛皮工場も、それを身にまとう人々も・・・なんと、あさましい。
神の世界からは遠い人々だ。


だけど・・一方ではそれを救う人がいることも事実だ。

私は、まだまだ・・人間嫌いにはならないだろう。(笑)

スターウォーズとジョーゼフ・キャンベルの世界観

「今年また、スターウォーズが公開されるらしいな。やっぱり見なきゃな。」
と、ある中年男が、にんまりしながら言っていた(笑)

スターウォーズかあ。

スター・ウォーズ(Star Wars)といえば、ジョージ・ルーカスが作った映画シリーズだ。 正確にいうと、スペースオペラと呼ぶらしい。

タイトル通り、宇宙戦争(Star Wars)を描いた、今までで最高の部類に入るSF宇宙モノといえるだろう。

大ヒットを飛ばし、グッズやゲーム、本までもが売れたんだから。 
あるときはグッズの売り上げだけでも、映画の興行収入の2.5倍、約1兆円も売れたとか。

こんなに儲かった映画なんだから、まさに、笑いが止まらない!!


日本でも大ヒットを飛ばしたわけだし・・もちろん私もスターウォーズは全シリーズを何回も見た。

そりゃあ面白かったから(笑)

今までにないCGを駆使した映像の壮大さ、華やかなアクションとストーリー性に釘付けになったものだった。

また細部に渡って考え抜かれた衣装や髪型、宇宙船のデザインや小道具、音楽、カメラワーク、CG技術など、どこに注目しても優れていたと思う。

まさに、派手でエンターテイメント満載のハリウッド映画
ビッグな商売人、ジョージ・ルーカスに脱帽!


と思ったものだ(笑)

ストーリーといえば、正義の味方と悪者が登場して、最後は完全懲悪のいかにもアメリカらしいパターンだろう!

お決まりのパターン!
いかにもハリウッド映画だろうなあ・・と思って見始めたのだが・・・



ところが、見ていくうちに、
びっくり!

ストーリーを通して東洋的な哲学思想が流れていることに気がついたからだ。


そもそも、ジェダイの力の源とされるフォース

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生まれつきフォースに敏感な者は、目には見えないこのフォースの「流れ」を感じ取り、更にそれを制御して自由に操作することが可能である・・・と、Wikiにまで説明されてる(笑)


ようするに、これは東洋で言うところのエネルギーのことじゃないか!・・と、たぶん日本人ならすぐに気がつく(笑)


そういえば、こんなシーンを覚えているだろうか?

Planet Dagobah(惑星ダゴバ)でルークが、沼に沈んでしまったX翼戦闘機を引き揚げようとするんだけど、出来ないのだ。
ルークはまだ若くて未熟者だからね~。

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そのとき、ヨーダがルークに言う言葉がこれ
  ↓
Life creates it, makes it grow. Its energy surrounds us and binds us.
(生命がフォースを作り育む。フォースのエネルギーは、ワシらを囲んで結びつけるのだ。)

You must feel the Force around you.
( お前の周りにあるフォースを感じなさい。)


Here, between you, me, the tree, the rock-everywhere.
(ほらここに、お前とワシとの間にもある。その木との間にもその岩との間にも、あらゆるところにあるのじゃ。)

Yes, even between the land and the ship.  
(そうじゃ。あの戦闘機と岸の間にもあるのだ。)


ルークは、そんなあ・・。無理に決まってんじゃん!とふてくされ顔。
立ち去ろうとするルークをしり目に、

ヨーダはフォースを使って戦闘機を岸まで運んで見せる。

えええ!!
I don't believe it.(し、信じられない!!)

と、ルークが言う。

そして、ヨーダが言う。
That is why you fail.
(信じられないからこそ失敗したのじゃよ。)



フォースは人にも木にも岩にも・・どこにでもある、という考え方って・・・
「神羅万象は気から作られている」という東洋思想と同じじゃないか!

と、そのとき、私は思ったものだ(笑)


これが、アメリカのハリウッドの娯楽映画なのか~?



ついでだから、スピリチュアル的なセリフをいくつか抜粋してみよう。


Our meeting was not a coincidence. Nothing happens by accident.
●出会いは偶然ではない。 偶然に起こることなんて何もないのだ。(さだめなのだ。。)


最愛の人を失う恐れに悩まされているアナキンがヨーダに尋ねるセリフ
    ↓
But you can't stop the change, any more than you can stop the suns from setting.
●運命は変えられないの。夕日が沈むのを止められないように。


うう・・なぜか切なくなるような・・おしゃれな表現。


以下はヨーダの言葉
   ↓
Death is a natural part of life.
●死は生きることの一部でもあるのだ。


まさに、死生観?


Fear is the path to the dark side. Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering.
●恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じるものだ。


●Careful you must be when sensing the future, Anakin. The fear of loss is a path to the dark side.
未来を感じる時は用心が必要なんだよ、 アナキン、喪失への恐れは暗黒面につながるのだ。


●But beware of the dark side. Anger, fear, aggression. The dark side of the Force are they.
フォースには暗黒面もある。怒り、恐怖、敵意 。それが暗黒面だ。



●Is the dark side stronger?
暗黒面の方が強いの?


●No, no. Quicker, easier, more seductive.
いや、そうではない。 入りやすいのだ。
(素早く、たやすく、そしてひきつけてしまうものだ。・・・という意味で。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、目隠ししたままだと戦えないというルークに対して、オビ=ワン・ケノービが言うセリフ
   ↓
●Your eyes can deceive you. Don't trust them.
目が見えるとかえって惑わされる。
(目はおまえを欺くものだ。 見えるものを信じるな。)


まるで武士道のような。。。
目に頼って見るな。感じろ!ということか~。



ルークがヘルメットで目を覆ったまま光線をはね返した際、ハンが「まぐれさ」と言うのに対して、

●In my experience, there's no such thing as luck.
経験上、成功にまぐれなどない



これもまた、剣道の極意のような・・
   ↓
●Judge me by my size, do you?
わしは小さいから弱いか?


yoda fighting

●No different. Only different in your mind.
サイズは何も違わん。そう思い込んどるだけだ。


たしかに、剣道を究めめたものは、体の大きさや若さでもなかったよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ライトサイドとダークサイドをどうやって見分けるの?」という問いに対して

●You will know, when you are calm, at peace, passive.
自然に分かる。心を平静に、無の境地にひらけば。


・・・・・・・・・・・・・・

ハンとレイアが苦しむ未来を見てしまい、彼らの安否を尋ねるルークに対して

●何とも言えん。未来は絶えず揺れ動くものだ。
Difficult to see. Always in motion is the future.


未来は決まってなんかいない?


こちらは、ルークにフォースの解説をするときのセリフ
    ↓
●It’s an energy field created by all living things. It surrounds us and penetrates us. It binds the galaxy together.
生命体が作り出すエネルギーの場で、銀河全体を覆い貫き、銀河系すべてを結びつけているのだ。


●Luminous beings are we, not this crude matter.
生命は光り輝く存在だ。肉の塊ではない。


・・・・・・・・・・・・・

こうやってみていくと、まるで、スピリチュアルのオンパレードのようなセリフばっかりだ。
まさしく、そこには東洋哲学思想が流れているかのようだ。


スターウォーズには、原作本というのは存在していない。
あくまでも、ジョージ・ルーカス自身の感性から生まれてきたものだ。



アメリカ西海岸生まれの彼が、どうやって、そんな感覚を習得したのだろう?

子供の頃からジョージは、大のSFファンで、車大好き、コミック大好き少年だったという。

そして、彼が大きく影響を受けた人は、Joseph Campbell(ジョーゼフ・キャンベル)だった、と本人自身も語っている。



ジョーゼフ・キャンベル : アメリカの神話学者、文学者、講師、比較宗教学者で、アメリカ人にとって、従来の宗教を離れて精神世界を模索しようとする人々たちにとっては、バイブル的存在とも言われている人。



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右側の言葉は、こんな内容→あらゆる宗教はどれも真実だ。それを暗喩的に理解するならば真実なのだ。
しかし、それを事実として自分自身の暗喩や解釈としてとらえてしまえば問題になるのだ。



キャンベルさんは、子供の頃、ネイティブ・アメリカンの工芸品を見たのがきっかけで、すっかりネイティブ・アメリカンの文化に魅了されてしまい、ネイティブ・アメリカンの研究をするようになったそうだ。


それから神話研究の世界に入っていったという。

こちらに彼の名言集がある。(なんとなく、これを見ただけでも彼という人がわかることだろう。)
    ↓
ジョーゼフ・キャンベル名言集


ジョージ・ルーカスは、ジョーゼフ・キャンベルの影響を受けた。
そして、ジョーゼフ・キャンベルは、ネイティブ・アメリカンに影響を受けた
ということは・・・

こりゃあ、東洋哲学思想と言い切れないようなあ~、と気がついたのだ。


東洋哲学思想=ネイティブアメリカン哲学

そもそも、この2つは、ひどく類似点が多い。

神羅万象に気が宿る

この底辺にあるものからして同じなんだから!
場所も人種も違うのに?



そう考えると、別にこれって、東洋独自のものではなかったのかもしれない、と思えてくる。
本来、世界中の人間の根源に流れていたものかもしれない。



ただ・・
西洋文明の方が先に進んでしまったために、多くの西洋人が忘れてしまった感覚だった・・というだけのことかもしれない。


ふと、そう、思ったのだ。



キャンベルさんは、最初にスターウォーズをみたときに、「私はスターウォーズが大好きだ」と公言したそうだ。
これは、神話の「英雄伝説」を完全に体現している、と言ったそうだ。

そりゃ、そうだろう。

そもそも、キャンベルに心酔したジョージ・ルーカスが作ったわけだし。




キャンベルさんによると、神話の「英雄伝説」には、同じ行動パターンがあるという。

彼自身の名著「千の顔をもつ英雄」にも述べられている。
sennokao.jpg


「英雄とは困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」


スターウォーズの中で言うと・・

ルークは地味に農作業の手伝いをしている青年だった。
ある日、ジェダイの騎士と出会う。

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ルークはジェダイの騎士と共に新たな世界へと飛び出す。
さまざまな困難を乗り越えながら、多くを学び、強大な帝国軍、悪の化身ダースベーダーと壮絶な戦い。

ルークは多くの試練や苦難を乗り越え、ついに悪の帝国をうち倒す。
そして、ルークは彼を待つ仲間のもとに帰還する。




ハン・ソロもまた、別のタイプの英雄だろう。
     ↓
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う、若かったよなあ・・ハリソン・フォード(笑)

まるで海賊のようなならず者。
自分でも、「正義のため、なんぞ・・クソくらえ!俺は金のためにしか働かないぞ!」って言い切る男。


ところが結局、相棒のチューバッカと共に命がけで人助けをしちゃう男。





人間というのは、面白いものだ。

いざとなったとき、普段はとっても良い人だったのに、人を押しのけてまで自分だけ助かろうとしたりしたり、また逆に、普段はワルのくせに、いざとなると、人を助けちゃう人いるのだから。
(飛行機事故で絶対絶命のピンチに陥ったとき、乗客がシートベルトで動けない子供を踏みつけて我先に脱走した話もあった。可哀そうな子供は踏みつけられて死んだのだった・・。)


まさに、スターウォーズからのセリフを借りれば、
恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じる」だ。


恐怖心は、品行方正の善人ですら、あっと言うまにダークサイドに落としてしまう。。。


ところが、ふだんは悪人と言われている人でも、英雄的行為をしてしまうこともある。


むしろ・・そういった人の方が魅力的なのかもしれない、とくに・・女性にとっては。(笑)
ふだんは悪ぶってるくせに、いざとなると・・勇気・正義の塊になる男ってヤツに。


ならず者のハン・ソロと気の強いレイア姫、生まれも育ちも違う二人。
当然のごとく、いがみ合う2人。

レイア姫が、「これからは私の命令に従って」 と言うと、

I take orders from just one person…me! 「俺に命令できるのはこの俺しかいねえ!」 と、ハン・ソロ。



ところが、この二人が恋に落ちるのに時間はかからない。

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それにしても、ハリソン・フォード、めっちゃ若い!



たしか最初の大ピンチのときに、レイア姫が、I love you! と告白すると・・
ハン・ソロは、I know..知ってるさ。・・・と応える。

また別のシリーズの中で、ピンチに陥ったとき、
今度は、ハン・ソロがI love you! というのだ。
すると、レイア姫がI know..わかってるわ。と応える。

こういった見せ方も、ちゃんと心得ている(笑)

なかなか盛沢山の映画だ。




もちろん、スピリチュアルなセリフだけでなく、こんなのもある。

●Twice the pride, double the fall.  
自信が増せばその分挫折も大きくなる。

●All who gain power are afraid to lose it. Even the Jedi.
力を得た者はそれを失うことを恐れる。ジェダイさえもだ。

●I should think you Jedi would have more respect for the difference between knowledge and wisdom.
ジェダイには「知識」と「本物の知恵」の違いに敬意を払ってもらいたい。

●The more you tighten your grip, Tarkin, the more star systems will slip through your fingers.
力で締めつけるほど反乱は広がるわ。(手で強く握りしめればしめるほど、手からすべり落ちていく)

●The day we stop believing democracy can work is the day we lose it.
民主主義を捨てる日は、民主が滅びる日。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、スターウォーズ・・・英雄伝説、大叙事詩。

2015年の公開からは、ルーカス・フィルム(ジョージ・ルーカスが設立した会社)から、ウォルト・ディズニー・ピクチャーに権利が移っている。

このお馴染みのロゴの映画会社だ。
    ↓
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とにかく、ウォルト・ディズニー会社が権利を買い取ってしまったのだ。


そのため、ジョージ・ルーカスの意見はほとんど無視されて製作されたとか。

2015年に、完成したスター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)を見たとき、ルーカスさんは、ひどくがっかりして、こき下ろしたそうだ(笑)

もちろん・・すぐに謝罪を入れたそうだけど。


そりゃそうだ!
さらに、バージョンアップして、大成功を収めたんだから。
世の中、金がモノを言うのだ(笑)

評判も賛否両論でまっぷたつに分かれるとか・・。



実はこの作品に限っては、私はまだ見ていない。

その後の、ルーク、ハン・ソロ、レイア姫も、登場してくるんだとか。(まるで往年のファンを楽しませるための企画か?)

でも・・こんなに変わった3人を、あまり見たいとは思わない私だ(笑)
   ↓
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(左から、レイア姫、ルーク、ハン・ソロ)

おそらく・・ディズニー映画になってから、東洋哲学=ネイティブアメリカン哲学や、登場人物の深い心理的葛藤など・・そういったメンタル面が希薄になってしまったのかもしれない。
その分、もっとエンターテイメント性を増したのかもしれない。

もっとも、私は見ていないんだから・・これは、ただの私の想像に過ぎない。


1977年 スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
1980年 スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲
1983年 スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還

1999年 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
2002年 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
2005年 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

ここから、ディズニー映画になる。
       ↓
2015年 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)
2017年 スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)
2019年 未発表(エピソード9) コリン・トレヴォロウ



まあ、それは・・それでいのかもしれない。

別に、旧作のルーカス作品にしたって・・
精神性や人間心理の機微に感動を覚えた人もいれば、そんな部分はまーーたく気がつかず、大活劇のエンターテイメント性に感動した人もいたことだろう。


それでも・・ジョーズ・ルーカス & ジョーゼフ・キャンベルの感性は、彼らの無意識の、心の深層部分に刻まれているはずだから。

哲学思想なんて、なーんも知らない子供の心にも、何かが残っているのかもしれない。


なんだか知らないけど・・ヨーダってカッコいいんよな~って言う子供もいるくらいだから(笑)


心に残る映画というのは、そうしたものかもしれない。


ジョーゼフ・キャンベルの英雄伝説のように、
「困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」

みんな、そうなるべきなのかもしれない。


あ、そういえば・・もうひとつ、ジョーゼフ・キャンベルの言葉があった。
   ↓

僕たちは「世を救うという華々しい英雄」ではないにしても、
英雄たちと同じように、自分の内部における精神的、心理的な旅をしなければならない。

世界を救う旅路ではなく自分を救う旅に出かける。そうすることであなたは世界を救うことになります。
いきいきとした人間が世界に生気を与える(神話の力 より)




そして、スターウォーズで、何度も出てくるフレーズ。

May the force with you.
フォースと共にあらんことを!


まずは・・自分の気も、周囲の気も・・「感じること」から始めなければならない。(笑)

サイコパス的価値観が蔓延する時代の生き方って?

たしか、どこかの東洋占星術のサイトだったと思う。

古代から占術は帝王学のひとつであり主に王侯貴族に用いられてきたものだったが、
現在は各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本となる。



そんなことが書かれていて、あー、なーるほどなあ、と思ったことがあった。


時代によって価値観が変わるのは当然だし、また個人によっても一般的ではない価値観を持っている場合だってある。
そうなれば、一般論の占いには当てはまらないことだってあるだろう。


実は私も、若い頃に、相性と結婚運を観てみらったことがあった。

「うーーん、このお相手との相性はあまり良くないようですし結婚運もよくないかもしれません。
運気が波乱万丈になりそうだし安定した結婚生活が送れない可能性が高いでしょう。それにお子さんにも恵まれないかもしれませんね。」


と、占い師さんに言われたことがあった。


「え? 私、子供はいてもいなくてもいいです。それに・・波乱万丈は、むしろ望むところだし、夫と頻繁に派手な喧嘩をしても構わないし~、ただ何があっても二人で苦難を乗り越えていける関係というのが私の理想なんですけど。」

と言うと、
「あ、それなら、むしろ相性がいい関係かもしれませんね。」と言われた。

え? 占いってそんなものなの?(笑)


また、相手が外国人だったり、年齢差10歳以上離れていたり、お互いが晩年の結婚だったりする場合は、通常の相性鑑定には当てはまらないのだそうだ。

じゃ、そういうケースの占いってどーなるんだろう?とは思ったけど、いまだに答えは得られてない。


たぶん・・・この「通常の相性鑑定」というのが、現代の一般的価値観をもとにしてたんだなあ、と、このとき気がついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたまに、日本の時代劇映画やドラマを見ることもあるのだが・・

近年、なんだか見ていると違和感を感じてしまうことが多い。


なぜなら、現在の人々の感覚のまま作られちゃってるから!

現代の価値観で善悪までもジャッジしてしまうような作り方になってるような点が・・どうにも違和感が残る。
これじゃあ、ちっとも時代劇じゃないよな~、と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)


たとえば・・戦国の姫君たちが、「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか、「私というものがありながら側室を持った」、「他の女に子供を産ませた「とか、
「戦は嫌だ!」とか(笑)


おいおい、これはまさしく現代の価値観そのもの


戦国時代ならば「領地を拡大し家名をゆるぎないものとして存続させる」ことが男女ともに第一の目標であり、それが価値観にもなっていたんじゃないのかなあ?

だからこそ、少しでも勝ち戦をして領地を広げる。

ただし戦ばっかりしてれば、莫大な資金を費やし大事な兵士も失う可能性もある。

そこで上手な外交政策も必須。

それが姫君たちの役目だったように思うのだ。
また嫁ぎ先の事情をスパイする役目も担っていたかもしれない。

そんな大事な役目を託されて嫁ぐということは、むしろ姫君たちにとっては名誉なことで喜んで敵地に嫁いでいった人たちも多かったかもしれない。
機転が利いて賢い姫君だったら、見事にやり遂げたことだろう。


となると・・

「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか「戦は嫌だ!」

というのは・・・まさに現代人の個人主義的な思いだ。

たしかに男尊女卑の時代ではあっただろうけど・・すべてに身分制度がものをいう時代。
しかも戦国時代ならば、いくらでものし上がるチャンスがあった時代。

女性であっても、城主の奥方ともなれば旦那を別にすれば自分がトップの立場になれるし、いくらでも政に采配をふるえる。(もちろん能力があれば・・だけど)

まして戦国時代、コロっと旦那の城主様が討ち死にでもしてしまえば自分が頂点に立って采配をふるうこともできただろうから(笑)

今川義元のお母さんの寿桂尼(じゅけいに)さんなんて有名だよね。

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一方、男性側は、家の繁栄と存続を守るために領主が側室を持つことが必須だったし・・また、男色も当時は認められていた時代だ。
むしろ、「男同士の恋愛は美学」・・なんてことさえ聞いたことがある。


同性愛が良いか悪いか、美学かキモイだけのものか・・なーんてことさえ、時代によって変わるのだ。


当時、恋愛結婚ができたのは身分の低い人たちだ。(藤吉郎とおねさんみたいに。)
気ままに個人主義を貫けたのは、身分の低い人たちの特権だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

もしも、私が戦国の世の大家の跡継ぎに生まれて、15-6で出会った百姓娘に惚れてしまい、
家も跡継ぎの立場も家来たちも全部どーでもよくなってしまって、みーんな捨てて家を飛び出したとしたら・・・・

そりゃ、ひょっとしたら抹殺されたかもしれない。
それとも・・ほかに兄弟姉妹でもいれば、死んだことにされて諦めてくれたんだろうか?

いずれにしても、時代の価値観に逆行して生きようとすることは、決してラクではなかったことだろう(笑)


だからこそ、占いサイトにも書かれていたように・・時代の価値観に即して生きることこそが、生きやすい生き方なんだろう。



では、今の価値観とは?

たまたま、In Deepというサイトで、あるブログ記事をみつけたんだけど・・
ここに、まさに私が漠然と思っていたことが書かれていたので、ちょっとびっくりした。
    ↓
サイコパスとその理念が世界を動かしている「悪意の時代」の中で

抜粋すると、このように書かれている。
    

「アメリカから始まり西洋(および多くの西洋の影響を受けている国)全体に広がっている現在の社会は、全体が《サイコパス的》価値観に支配されている」



そう、現在の価値観は《サイコパス的》価値観なのだ。
しかも・・身分制度がなくなった現代は、階級には関係なく、すべての人々に《サイコパス的》価値観が蔓延してしまっている

そんな気がしてならない。


そして、サイコパスの定義はこのように書かれている。
     ↓

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの定義

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的



こういったサイコパス気質を持ちながら優れた能力を発揮して、なおかつ、巧みに「道徳的な行動」にカモフラージュさせて、「世のため人のために貢献している」ことををアピールできたならば、多くの人々の心を掴むことができる。

そうなれば、頂点に立つことがでできる時代なのだ。

サイコパスをベースに、プラス、才能とカリスマ性で、時代の寵児、ヒーローだ!
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これが、特権階級のみならず、一般庶民の間にも蔓延してしまっていることが怖い時代かもしれない。


たとえば・・身近なところで私たちの職場をみても、多くの会社が、第一目標は「いかにして儲けを出すか」
会社の上層部も社員たちもその理念のもとに、出世&給料アップを目指して突っ走っている。

もちろん経営理念に、「がんがん、ひたすら儲けること」と謳ってる企業は見たことがないけど・・(笑)
    ↓参考までに
Googleで経営理念を検索する

目標は売上アップのみ。 
会社側も社員も、相手を蹴落としてでも勝ち組となることを目指す。
そして負けたヤツは本人の力量不足なんだから当然!とばっさりと切り捨てる。



どんな立派な経営理念を掲げても・・・これがまさに、ホンネに思えてならない時代。

これじゃあ、多くの企業がブラック企業と紙一重なのかもしれない。


その結果、(これもIn Deepからの抜粋だけど・・)

見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、宗教は精神性を破壊しているばかりだ」 – マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)



まあ、そりゃ当然の結果だよなあ。


もちろん昔から、ガンガン金儲けしてビッグになることを目標にした人は多かったことだろう。

貧しければ貧しいほど、そう願うのは当然だろうから。


しかし・・それでも、

人々の間にはやっていいことといけないことの境界線がひかれていたように思う。


どんなに手っ取り早く売り上げを伸ばせる方法がわかっていても、これだけはやってはいけない!という境界線を持っていたように思える。

法に触れるからというよりも、それは人道的・精神性から来るものが大きかったように思うのだ。

それでも、もしも非人道的なことをやっちゃった人は、法で裁かれる前に社会的制裁が加えられることになったことだろう。


現代と大きく違う点は、
「人道的、モラルの境界線」から「法律に触れて告訴されないギリギリの境界線」へ変わっってしまったように思える。

それも社会全体、人々の価値観全体が。


・・・・・・・・・・・・・

ウチのじいちゃんは、江戸商人の出だったそうだ。
そのじいちゃんから、子供の頃に聞いた話がある。

「昔は、いちいち証文やら売買契約書なんてものが無くても、口約束だけで取引することも多かったんだ。」
と、じいちゃんは言った。

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江戸の商魂 (講談社文庫) 文庫 より




「え? そんな危ないことしてたの? 商品持ち逃げされちゃったりお金を返してくれなくなったり、大変だったんじゃない?」

「そんなことは一度もない! 商売仲間は信用で貸し借りも売買もしてたからね。
もしも、相手を裏切るようなことをすれば、あっと言うまに同業者に広まり、そいつは二度と商売ができなくなっただろうからね。
だから、そんなことをするヤツはいなかったよ。」

「へええ、今じゃ考えられないなあ。」

「それどころか、関東大震災で店が潰れたときは、大阪の知り合いの商人が無期限無担保で資金を貸してくれたもんだよ。
どうぞ使ってくれなはれ! あんさんの器量を見込んでお貸ししますよってに、って。
それで、ワシは店を再興することができたんだよ。」


それは・・当時の人たちが持っていた、義理とか人情ってものだろうか?

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倫理観、モラル、人としてのプライド

仁・義・礼・智・信というのは、かつての日本人の精神性に刻まれていたものだったと聞く。


たぶん、武士であっても、商人であっても、当時の人たちには、そういった精神性が心の奥に刻まれていたのだろう。

だからこそ一線を越えない。
心情的に超えられない。


どんなに儲けるためでも家を守るためでも・・超えてはいけない境界線を意識していた人が多かったように思う。



古い時代というものは、野蛮で残酷な殺戮の時代というイメージがある。
私も、そう思っていた。

首を切って処刑するとか自分で腹を切る切腹だとか・・

こりゃ、たしかに、スプラッターだ。


では、現代は、もっと人道的で優しい時代になったんだろうか?

答えはNO!!

むしろ、視覚的スプラッターをきれいなオブラートに包んだだけで、残酷、冷酷、非常さはもっと増したのかもしれない。

過労死、薬害、自殺も増えているわけだし、
戦争で多くの人々を殺戮しているのも事実だし。


倫理観、人情といった精神性を失いつつある現代だからこそ、罪悪感もなければ後悔することもない人も増えている。
そのうえ、むしろ、そういった人こそ、トップにたったり称賛の的になったりする。

そんな時代なのだから。

それをサイコパスと呼ぶわけだ。


サイコパスに動かされている時代。
それが一般的価値観になってしまった時代。




しかし・・

それでも多くの人は、もう心の奥で気づいているんじゃないかなあ。


今の時代って、なんかヘン。 なんか狂ってる。


世間に順応できない若者が増えたり、「引きこもり」になったり、
うつ病を患ったり。
スピリチュアル系にはまる人が増えたり。


なーんとなくでも、現代の価値観で生きられない人は、そうやって病んでしまうか、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。


醜いものに蓋をして逃げ出したい気持ちはよーくわかるなあ。

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見なかったこと、聞かなかったことにしちゃう!
そして、ほんわかした世界で生きようとする。

私も、つい・・そうしがちだったから(笑)


だけど・・逃げ場を求めて自分の世界に籠っていていいんだろうか?


スピリチュアル系で使われる言葉で、グラウンディングというのがある。

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グラウンディングとは「地に足つけてしっかりと現実を生きる」ことをいいます。
また、目的達成や集中力、「今、ここに居る」という意味もあります。
グラウンディングが出来ていない時は意識が身体の外側に向き、現実から心が離れて心身のバランスが取りにくくなります。



この世に生まれてきて現実を生きている以上、現実と関わりながら生きなければいけないんじゃないか?
たとえ、それがどんな現実であろうとも。


私も最近は、そう思うようになった。


それには、精神性レベルにおいて強くなること。
サイコパスに動じない強さを持つこと。
現在の価値観に合わせることではなく、自分の価値観に現実を変えていくこと。




おっと、その前に・・まずは自分の価値観を確立させることかもしれない。

青少年の頃から、少しづつ自分の価値観を作っていかなきゃならないわけだけど・・・そういうと、ご年配の方々は
「昔のように、学校で道徳を教えるべきよ。」

なーんて言う方々も多いが、これも、ちと問題かもしれない(笑)


私の子供時代にはたしかに道徳の時間というのがあったはずなんだけど・・一番つまらない授業で眠かった記憶しかない。

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それでも、よーく思い出してみると、答えが全部、はじめから決まっていた気がするのだ。
お年よりに席を譲ること、何事も最後までやり遂げること、人に親切にすること・・・それが正しいことで正解。

子供でも、そのくらいの正しい答えは知ってた。
みーんな正解だった。

ただ、それがなぜ? ということは知らなかった。

すでに知ってる常識や善悪だけを叩きこまれるだけの、だるーい授業だったのだ。


そう思うと、その当時から・・少しずつ世の中は狂いだしていたのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・

ここでまた、戦国武将の話に戻すけど、

彼らは幼少の頃の教育は、主に知識人である僧侶が行っていたことが多かったようだ。

禅宗の寺に預けられて、必読書となるのが「四書五経」
和歌や風流を学ぶためには、『源氏物語』『伊勢物語』も使われたそうだ。

参考に
 ↓
戦国大名が『源氏物語』を読んだのはなぜ? 戦国武将と意外な読書の遍歴

禅問答といわれるとおり、はじめから正解を教えて叩き込む教育ではない。

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あくまでも自分の頭で考えさせる教育だったという点は現代の教育とは大きく違っている。



さて、子供たちへの道徳教育ってどうなんだろう?
まず先生から教育が必要だったりして(笑)

道徳教育は一歩間違えば善悪の押し付けや洗脳になってしまう危険性もある。

学校で道徳教育を受けたはずの私だけど、その記憶すらほとんどないんだから、まったく受けてなかったことと同じわけだ~。

たぶん・・寝てた(笑)
絶対・・寝てた(笑)

道徳の時間=寝る時間という記憶がほとんどだから。

そんな不真面目な子は洗脳されることだってなかっただろうけど(笑)


教育の基本というのは、自分の意思で考え何かを選択していく力をつけるってことかもしれない。
そう考えると・・たぶん今の学校教育では、とくに精神性の教育は無理かもなあ。


せめて大人が出来ることは、ニュートラルな立場でまっさらな状態から、多くのことを見聞きできる状況を与えてあげることだけかもしれない。

どれが良いことで悪いことなのか・・お互いに話し合い自分で模索しながら、自分の価値観を作っていけるように。



そして、価値観が構築できたなら、

やはり大事なことは・・・

どんなに最悪で生きにくい世の中であっても、やっぱり現実から逃げてはいけない気がする。

あるスピ系の人々は、地球外知的生命体とのチャネリングやら、死後の世界や前世を模索し、同じものを共有できる仲間ウチの世界だけで生きるそうだ。 
むしろ、その方が魂の向上になりアセンションができるそうだが・・・。


でも、それも一歩間違えば・・現実逃避か、偏った選民思想を作り出すことにもならないだろうか?



そもそも現実を無視して蓋をしてしまえばスピリチュアルの意味すらないように思う。

肉体があるってことは現実に生きろ!ってことだと思うし、スピリチュアルとは、現実を生きるための知恵とパワーだと思っている。


むしろサイコパスな価値観が蔓延する現代だからこそ、私たち一人ひとりが自分の価値観を構築して生きる時代がきたのかもしれない。


そう考えると、現代も決して悪いことばかりじゃない。


最初の占いサイトにあった言葉、
「各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本」


それに、私なりの訂正を加えると・・


世の中の一般的価値観に合わせて生きることではなく、自分の魂が命ずる価値観を現実と融合させていくこと。
ほんの少しずつでも。


それが最終的に、自分で「生きやすい」場所を作っていくことじゃないだろうか?

そうゆうところに価値観を見出した占いがあるかどうかは知らないけど・・


戦国時代じゃないけど・・・我々の現代も日々戦いなのだ(笑)
自分の良心がNOと言ってるときは、声に出してNOと言わなければならない。

それも現実に足をつけて生きることの第一歩かもしれない。

強い精神力を鍛えて。
地に足をつけて。

すべての宗教の根本は愛にあった?

イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転するって!!

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実は私は、このような記事をいくつか読んでいたのだ。
     ↓
米大使館のエルサレム移転、5月にも発表か 国際社会は警告

在イスラエル米大使館 エルサレム移転を5月に判断か

イスラエルは、もう、強引にエルサレムを自分のものにしちゃえ!ってことらしい。

イスラエル横暴過ぎ!
 
いやいや、イスラエルって言い方はよくないかもなあ。
(安倍政権のやることすべてを、すべての日本人の意思と思われたくないのと一緒かも。)

現にイスラエル人だって、それに反対している人は多いと聞くから、やっぱり問題は、正確にいえば、ネタニヤフ政権だ。

ネタニヤフ政権、どーなってんの?


エルサレムというのは、周知のとおり、イスラエル東部・パレスチナ自治政府にある都市で、
ユダヤ教・イスラム教・キリスト教がみーんなが聖地としてる場所で、旧市街は城壁に囲まれ、東西南北に宗派ごとで四分割されている。 (ちなみに、北東はムスリム地区、北西はキリスト教徒地区、南西はアルメニア正教徒地区、南東はユダヤ人地区)

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もちろん紀元前からの古~い歴史のある場所で、歴史的にも有名な、嘆きの壁、聖墳墓教会、ダビデの塔、岩のドームといった各宗教の建造物がいっぱいあるとこだ。

だからこそ、どこの国もみんな、それなりの配慮をして、エルサレムを避けてテルアビブに大使館を置くようにしていたようだ。 



なぜかこういったニュースをまたも聞くたび・・私はつい、こんなことを想像してしまう。

ある学校のあるクラスに、I君とP君がいました。

I君はお金持ちのくせに、貧しいP君の持ち物が欲しくって無理やり分捕ろうとしました。
そこでI君は、学級会に訴えて裁いてもらおうとしました。
とうぜん、学級会では、「P君の持ち物を奪ってはいけません。I君は以後気をつけるように!」とI君に注意しました。

すると、I君は逆キレ、
「俺が今まで学校やクラスにどれだけ寄付してたと思ってんだ?それならその金、全部返せよ。
それに、俺には、強力な父ちゃんの後ろだてがあるんだぜ。
こーんなバカバカしい学級会なんて、やってられっか!」



I君をイスラエル、P君をパレスチナ、学級会を国連、パパはもちろん・・アメリカ、
と置き換えるとまさに!ってカンジでしょ?


私には、こんなレベルの話にしか思えないのだ(笑)

子供でも、よーーくわかる話だと思う。



ある人たちは、パレスチナとイスラエルの長年の戦争&確執を「宗教の違いによるもの」という人もいるけど、問題の本質はそんなことではないように思う。


以前のこちらのブログでも、オスマントルコの平和な時代から、現在のように中東が戦争だらけになってしまったことを書いたけど、結局原因を作ったのは西洋諸国の利権争いが発端だと思ってる。
      ↓
クリスマスに2016年を振り返ってみて


たしかに宗教は権力に利用されやすい・・それは事実だろう。
そんなの太古の昔からのことだからね~。
(ローマ帝国を盤石なものにするために利用されたのがキリスト教だと思ってる。ニケーア公会議なんてやっちゃって・・1つに決めちゃったわけだからね。)

でも、実際のところは、クラスにいる金持ちで強欲なI君の話の方が近いんじゃないかな、と私は思っている。

・・・・・・・・・・

宗教の話といえば、昨日、アメリカ人の友達がくれたメールでこんなことが書かれてあった。


>なんだか、今朝憂鬱な気分で目が覚めたので、ふとベッドサイドにあった聖書を手にしたんだ。
そして、僕の一番好きな箇所を読んだ。
僕の好きな一節はこれなんだ。
シェアしてくれると嬉しいんだけど・・。



と言って最後に書かれてたのがこれ。
  ↓

1 Corinthians 13:13 says that “There are three things that remain - faith, hope, and love - and the greatest of these is love”



ん? コリンティアンズって、たしか・・・コリントってのが聖書にあったよなあ。。

で、
結局、最後に残るものは、強い信頼と希望と愛の3つ。 そして中でも一番偉大なるものは愛なのだ。

と、私は頭の中で理解したのだけど・・、ここにちゃーんと訳された正規のものがあった!
      ↓
コリント人への第一の手紙 - 1 CORINTHIANS 13

この一番最後に出てくる訳文がこれ
      ↓

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛とこの三つである。
このうちで最も大いなるものは愛である




そうか~、聖書だからね~、faithは信仰と訳す方が正解なんだね~。
だけど、私的には深い信頼の方が、ぴったりくるんだけどね~。

詳しい背景を知りたい方はこちらを
      ↓
コリントの信徒への手紙一 Wikiより


愛? どの宗教もすべて愛を説いているんじゃないだろうか?

あらためて、そんなことを思った。

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仏教は慈愛であり、キリスト教は愛を説いている・・という人も多いけど、慈愛だろうが愛だろうが、言葉の違い、ニュアンスの違いだけであって、根本は同じものではないだろうか?

もちろん、仏教だってキリスト教だって、ものすごーーく宗派があるわけで、そもそも弟子の解釈の違いによって伝えられるものは、それぞれ違ってくるのは当然だろう。

どっちが正当なんてことなんて、この際どーっでもいいことで、根本は愛(または慈愛、言葉はどっちでもいいけど・・ここでは短い方をとって愛としておこう)


そしてこれは、おそらく仏教、キリスト教だけじゃないと思うのだ。

世界3大宗教と言われている、最後のひとつ、イスラム教も同様、という気がする。
もちろん、私は専門知識があるわけではないし、イスラム教に至っては、もっと知らないことの方が多いのだが・・。

それでも、ふと、思い出したことがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が、まだNY州のバッファローに住んでいた頃のことだ。

ある日、2週間という約束で外国人のホームステイを受け入れたことがあった。

その人はサウジアラビア人の30歳の男性で、家族でアメリカに住むことになっているんだけど、先に来て家族と一緒に住む家探しをするのでその間、ホームステイをしたいとのことだった。

職業は、サウジアラビアで英語の先生をしていたそうだ。

そのせいか、めっちゃ英語が上手かった。 当然、私などは足元にも及ばない(笑)
唯一、私が彼に教えてあげた英単語は、「ネコのひげ」 ちなみに、動物のひげは、ネコだろうとライオンだろうと、すべてwhiskersという。

ウチのネコが顔を洗っているのを見て、彼がひげを手でこすってるね・・と言おうとしたときの話だ。

ただ度忘れしてただけで、すぐに出てこなかったというだけらしい。

「いやあ、キミは英語を僕より知ってるじゃないか。 僕、すっかり単語忘れちゃってたよ。」

彼はとっても人へのさりがない気配りが上手な人だった。

「そんなこと褒められたって別にうれしくないよ。 だって、whiskasってブランドのキャットフードがあるんだもん。」(ちょっとスペルは違うけど明らかにそのまんまを意識したブランド名、ちなみに日本では、ねこまっしぐら、カルカンというブランドになってるらしい。)
   
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彼は、バリバリのイスラム教徒だ。
ちゃんと1日に5回はメッカに向かって祈りを捧げるくらいの人だった。

ところが、3日だけウチにいただけで、あとは友達のうちに泊ってくるといって、ずっと帰ってこなくなったのだ。

え? アメリカに来たばっかりで、誰も知人がいないんでホームステイをしたいって話だったような??

と、私は不思議に思った。

しばらくして戻ってきた彼に聞いたのだ。

「友達が、こっちにいたの?」

「いや、正確にいうとね、たまたま出会って友達になったんだよ。その人もイスラム教の人だったんだけどね、
そしていつまででも構わないからウチに泊っていいし、家探しも手伝うし、家族を先に呼んでもウチで面倒みるよ!って言ってくれたんだ。」

「え? だって会ったばかりの人でしょ?」

と、私が怪訝そうな顔をすると、彼は言った。

「うん、そうだね。会ったその日にそんなことを言われたってフツウだったら信じられないだろうし、なんか魂胆があるんじゃないか?って思うのがフツウだろうね。
でもね、これは僕たちのイスラムの教えのひとつにあるんだよ。

たとえ、通りすがりの人であっても、出来るだけの食事で持てなし、困ったことがあれば、どんな助力も惜しまないこと・・という教えというか、いや、これは僕らの中では常識に近いのかもしれないなあ。」


「え、それはイスラムの教えなの?」
私はあえて、スンニ派だとかシークだとか・・めんどくさいことは聞かなかった。

「そうなんだよ。 イスラムの教えの根本はね、愛にあるんだよ。
相手がまったく知らない人であっても、困っている人はすべて助けるし、決して金銭は要求しないんだよ。
つまり、愛の手を差し伸べるってことなんだよ。」

私は、そのとき、正直びっくりだった。

「それは、すごいね~。
でも、私たちの感覚でいうと、やっぱり知らない人は、たとえどんなに信用しているとしても、やっぱり遠慮しちゃうところがあるからなあ。」

遠慮をしちゃいけないって教えもあるんだよ。 食事を出されたらお腹いっぱいになるまで食べるし、お金をくれたらすべてありがたく頂くことなんだよ。
そして困ったときはお互いに助け合えばいいことだし、また、僕が別の人をそうやって助ければいいことなんだよ。」


「それは、素晴らしい教えだね~。」

私は心底、そう思った。

現に彼は、出会ったばかりの人に泊めてもらい、家を借りるための手持ちがすぐに無ければ僕が出すとまで言われたそうだ。


私はアメリカに来て、数人の日本人に出会ったが、どんなに困ったことがあっても何も言い出せなかったし、また、そんなことまで言ってくれる人に出会ったことがない。
ましてや、出会ったばかりで、あるわけがない!

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イスラム教の根本は愛にある?


彼は愛という言葉を英語でLOVEと言ってたけど、彼らの言葉でそれをなんと呼んでいるのかは知らない。

愛、慈愛、アガペー、人類愛、思いやり・・・言葉はさまざまだけど、その神髄はひとつのはずだし、どう訳すかなんて問題じゃないはずだ。

ギリシア語では人の愛を3つの言葉で区別しているそうだ。

 エロス……男女の愛。自分の好みに合った対象のみに向けられる愛。
 ピリア……友情。 共に生活したり行動したりすることが条件。
 ストルゲー……親子の愛。血のつながりが条件。
 
この3つは条件つきの愛なのだが、それに対して神の愛は、無条件の愛で、それを ギリシア語で、アガペーと呼ぶ。




まさに見返りを求めない無条件の愛ならば、それはギリシャで言うところのアガペーだ。

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もしも、彼らのようなイスラム教徒ばっかりだったら、町中からホームレスはいなくなるだろうし、格差社会だってなくなることだろう。


そういえば愛については、私はこちらのブログ記事で、
   ↓
絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

愛とはネガティブを消すための唯一の武器(パワー)の名前って気がする・・なんてことを書いたっけ。

愛で常に充電されていれば、たとえ飛行機事故のような絶体絶命の状況でさえ、恐怖心やエゴにも打ち勝つことが出来る。

絶体絶命のピンチのとき、パニックになって人を押し倒して逃げる人を責めることはできない。

おそらく、そんな人だって日常生活では優しい良い人だったりするわけだし、ただ、そんな状況のときに、わが身を顧みずに人を助けるか、人を踏み倒して逃げる人になるかの違いは、愛が充電されてる人か電池切れの人かの違いだけだろう。



そんな内容を書いた。

今また、つくづく、そう思う。


そして、すべての宗教はそれぞれ違いはあっても、すべては、さりげなく・・愛をおしえているような気がしてならない。(もちろん、この際、いかがわしい宗教やら曲解した宗派などは除く、他の宗派は認めないとか唯一神しか認めないとかの教えは別物だと思ってる)



いや、宗教だけでない。

これも、私の過去記事からだけど、
     ↓
脳が幸せを感じるしくみ

この中で、

●ダッカー・ケトルナー教授は、人間の脳はもともと、他者に対して同情するようにデザインされていると説明している。

●アミット・ソッド博士が提唱する、脳で幸せを感じるための方法は、深い感謝(GRATITUDE)思いやり(COMPASSION)を培っていくのみ。



こんなことを書いた。

これは、宗教ではなく医学的見地からのアプローチだったけど、やはり、神髄は同じじゃないだろうか?

人種や文化や時代が違っても、またそれぞれのアプローチ方法が違ったとしても行きつくところは一つ。
そんな気がしてきた。


そうであれば、世界の首脳陣たちが何をやらかそうとも、私たち個人が決して惑わされず、一つのことさえ肝に銘じていれば、世界は決して悪くはならない、どんどん変わっていくだろうなあ。

もちろん、それは素晴らしい方向へと。
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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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