アレキサンダー大王からヒュパティア、そして現代へ

友人から聞いて・・アレクサンドリアという映画をみた。

FC2映画 アレクサンドリア

4世紀のエジプトのアレクサンドリアを舞台に、実在した学者、
ヒュパティアの物語だった。

まず、アレクサンドリアという場所はココ。
    ↓
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ビブリオテカ・アレクサンドリア・プロジェクトより

地中海に面した南東部、
この周りを見ると、アテネ、テーベ、コリントス、シラクサ、ローマ、ボンベイ、クノッソス、カルタゴ、ビザンチンなどという、有名な都市が、まさにオンパレードだね。

もともと、この都市は、かの有名なアレクサンダー大王が作ったもの。
(ギリシャ語読みにすると、アレクサンドロスだが、ここでは、アレクサンダー大王と呼ぶことにする)

アレクサンダー大王と言う人は、生まれは非常に高貴な血筋でありながら、前線で戦えばめちゃめちゃ強い、おまけに臨機応変に対応できる戦略家でもあったとか。

だからこそ、小アジア、エジプト、ペルシャ、インドなど、ほぼ世界征服できちゃったんだろうねえ。
おまけに、彼の目は「一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く」と言われた、虹彩異色症、つまり、ブルーとブラウンのオッドアイをしていたんだとか。

そういったルックスまで伴って、とにかく戦えば負け知らずの、カリスマ的存在だったのだろう。

しかも、彼の場合は武力だけではなく、知性と教養も高い。
子供のころは、わざわざアリストテレスを先生として招いてたとか。
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↑アリストテレスの講義を受けるアレクサンダー

また、愛読書がホメロスの詩で、遠征中にも持ち歩いていたと云われている・・つまり文武両道カリスマ的存在であり、とにかくすごい人だったらしい!
それは、旧約聖書コーラン、シャー・ナーメ(イラン最大の民族叙事詩)、ゾロアスター教など多様な民族の教典にも登場することをみても、どれほど・・すごい人だったのか・・。


さて、アレキサンダーさんは、各地を遠征して手中に収めたいく中で、主要な場所には、みーんなアレキサンドリアという名前をつけて都市建設をしていったようだ。(まるで・・マーキング?)

で、アレキサンドリアは、実に70か所以上もあったらしいのだが(70か所もマーキング?)、その中で一番繁栄したのが、ここのアレキサンドリアだったというわけだ。

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それまで、大きな港を作ることができなかった地を、ファロス島という島を堤防で繋ぐことで、西と東に2つの港を築くことが可能となったし、ナイル川から注ぐ湖があることで飲料水も確保できる。

そんなわけで、アレクサンダー大王の死後も、(実は若くして死んでしまうんだよねえ。天才ってのはやっぱり早死か?)最も繁栄した都市。

その後プトレマイオス一世によって引き継がれたアレクサンドリアは、東地中海と紅海を通じてインド洋の南海貿易を行い、巨額の富を得た。
その富を都市建設に投じ、ヘレニズム世界の中心として文化的にも大いに繁栄し、「世界の結び目」と呼ばれ、地中海貿易の中心地として繁栄を続けた・・・そうだ。

注:プトレマイオス一世というのは、アレクサンダーさんの臣下だった人で、マケドニア出身のギリシャ人将軍。
ちなみに、アレクサンダーさんもギリシャ人だったし、当時の公用語は、コイネー語といわれるギリシャ語で、エジプトでありながらも・・・支配層は全部ギリシャ人。 エジプト人は肉体労働をさせられる奴隷とかが多かったそうだよ。
つまり、エジプトとギリシャが融合してたような文化、まさに、ヘレニズム文化だったんだよね~。


「アレクサンドリアにないものは雪ばかり」という言葉もあるくらい、おそらく百万都市だったんじゃないか?・・とまで言われた都市。

で、このアレキサンドリア・・中でも、ものすごーーく有名なのが、図書館ファロス灯台

ファロス灯台は、世界の7不思議の一つとまで言われるような、すごいものだったらしいが、まあ、この話は別の機会にでもするとして・・・・
アレクサンドリアの大灯台

またまた、すっごい!のが、この図書館。  

Wikiによると↓

世界中の文献を収集することを目的として建設され、古代最大にして最高の図書館とも、最古の学術の殿堂。
所蔵文献はパピルスの巻物であり、蔵書は巻子本にしておよそ70万巻にものぼったとされる。アルキメデスやエウクレイデスら世界各地から優秀な学者が集まった一大学術機関でもある。薬草園が併設されていた。



この時代だから、綴じ本はなかっただろうけど、パピルスの巻物が山のようにあったことだろう。。。


さて、ここで、ようやく本題に入る。(今までは、ぜーんぶ前置き。)

ようやく、ヒュパティア登場。

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Ὑπατία, Hypatia・・・・哲学、数学、天文学分野の学者。 
(ハイパティアか、ヒュパティアか、発音はわからないけど、ここでは一般的に、ヒュパティアと呼ぶことにする。)

アレクサンドリアのテオンの娘であり、ヒュパティアは400年頃アレクサンドリアの新プラトン主義哲学校の校長。
彼女はプラトンやアリストテレスらについて講義を行ったという。

お父さんのテオン(Theon of Alexandria 、335年頃 - 405年頃)は、同様にギリシャの天文学者・数学者・哲学者で、アレクサンドリア図書館の最後の所長であり、高名な学者だった。
当然、父の姿を見て育った娘も、父の後を継いで学者になったんだろう。

典型的なギリシャ美人だったらしいが、父を凌ぐほどの学者だったらしいのだ。

残念ながら、彼女はキリスト教徒により異教徒として虐殺されてしまったため、彼女の文献はほとんど残っていないらしい。

そう、この当時は、プトレマイオスがローマに滅ぼされ、エジプトがローマ領になっていた時代。
ローマはアレクサンドリアにエジプト総督をおいて支配し、さらにキリスト教勢力がどんどん強くなっていく時代。

当時のアレクサンドリアの総司教は、強硬派のキュリロス
皇帝から、非キリスト教の宗教施設・神殿を破壊する許可を与えられ、キリスト教の暴徒を使って、寺院やアレクサンドリア図書館や他の異教の記念碑・神殿を破壊しまくる。

映画の中でも、こういったシーンがいっぱいあった。

それまでのアレクサンドリアでは、宗教は比較的自由で、エジプトの神やギリシャの神、その二つが融合した神だったり、また、ユダヤ人地区では、ユダヤ教のシナゴークも多く存在していたようだ。

しかし、どんどんキリスト教信者は増えて行く。
貧しい者から、どんどんキリスト教に洗脳されていく。

数は多くなればなるほど怖い。。。


暴徒となったキリスト教信者は、414年、ずべてのユダヤ人を強制的に追放してしまう。

もう、キリスト教に改宗しない限り、そこでは生きてはいけない・・という状況になるのだ。

ところが、ピュパティアは、学術的で、科学的な思考をする。
神秘主義を廃し続け、しかも妥協しなかった。

それは、キリスト教徒からすると全く異端だったということだ。

とうとう、キリスト教信者たちによって教会に連れ込まれ、生きたままカキの殻で肉をえぐられて殺された・・・らしいが、
映画では、さすがに、石打ちの刑で殺されたことになってた。
まあ・・どっちにしてもあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・

この映画を見ていると、キリスト教信者が、悪魔の集団に見えてくる。

集団で徒党を組んで、破壊、惨殺しまくり。

それから後の世、中世においても、キリスト教によって、貴重な文献を焼きつくされ、異端審問と魔女狩りで多くの学者は殺されたわけだし・・・
なんとまあ、この時代から、恐怖のキリスト教時代が始まってたんだなあ。


その後、アレクサンドリア教会は最初の布教の拠点の一つとなり、キリスト教の五本山の一つされたそうだ。

五本山とは・・・ローマ帝国末期に5つの管区に別けて教会と信徒を管理するようになった。
その5管区の大司教がおかれた教会を五本山といい、ローマ教会・コンスタンティノープル教会・アレクサンドリア・イェルサレム・アンティオキアがそれである。
7世紀以降になるとアレクサンドリア、イェルサレム、アンティオキアの三教会がイスラームの支配下に入って衰え、残ったローマとコンスタンティノープルの二教会が激しく首位権を争うようになり、8~10世紀の対立を経て、ローマ=カトリック教会とギリシア正教として分離する。




そして、さらにその後、
アレクサンドリアは、641年にイスラームに征服され、イスラーム化した。

そう、恐怖のキリスト教は、今度は恐怖のイスラム教に変わっただけかもしれない。

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現在の地図、これを見ると、まさに地中海沿岸は、今も戦火に巻き込まれている地域も多い。

そして、今も・・その原因は宗教だ!

宗教とは・・強固なイデオロギーによって社会を一元的に律すること。
人々に恐怖を植えつけ、そして洗脳する。

じゃあ、
世界の在り方を解明し、世界の真実を人々に説き明かし、人々を正しい方向に導くもの。
は、なんと呼べばいいんだっけ? (笑)

洗脳され、集団となった人々は実に怖い。
権力者の意のままに操られ、平気で殺人まで犯す。


つくづく、日本はキリスト教社会にならなくてよかったなあ~と、ほ~んと、つくづく思ってしまう。

ヨーロッパもキリスト教の暗黒時代に支配され、そしてアメリカも同様だ。
ようやく、アメリカでも少しずつキリスト教ばなれがしてきたのは、まだまだ最近のことだ。


なぜ、日本にキリスト教が広まらなかった(現在も広まらない)のだろう?
(ここで言うキリスト教とは、強固なイデオロギーによって社会を一元的に律するキリスト教のこと)

まあ、色々な説はあるようだけど・・

キリスト教には、「父(神)と子(イエス)と精霊」は三つの位格をもつが本質的に一体であるという、三位一体説がある。
これが、異端では無い正統なキリスト教とされたようだけど・・・

イエスの母・マリアは、カトリックでは大事にされてるけど、プロテスタントではマリア信仰は認めてない。


いずれにしても、キリスト教の中心にあるのは、常に「厳しい父なるもの」であって、

優しいお母さんが居てはいけないのだ。

すべてを受容する母性原理と、
絶対的な原理に合わないものを排除する父性原理。

もともと、日本は縄文時代から自然崇拝的を発端として、多神教的な傾向があった。
それこそ、プトレマイオス時代までのアレキサンドリアのように。

おそら、すべてのく人間の原点はそこにあるんじゃないだろうか?

しかし、アレキサンドリアを初めとし、多くの世界は、絶対的な父性原理一色に塗り替えられてしまう。

しかし、なぜか、日本人は、ずっとそれを持ち続けられた。
自然崇拝的、多神教的、すべてを受容する母性原理を!

きっと、日本人は心の奥で、父性原理の強い、絶対主義な一神教に対して、違和感が感じてしまうのかもしれない。
おそらく無自覚だろうとは思うのだが。
無意識の心の中では、厳格な父よりも、すべてを許容する大きな暖かい母は大きな存在だったのかもしれない。

もちろん、日本の昔を見れば、男尊女卑は形としてはあったのだが、それすらも、キリスト教圏の男尊女卑とは底辺に流れているものが違ったような気がする。


母なるもの。
すべてを包み込み融合させてしまう暖かさ。



それに対し、父なるもの。
絶対的な唯一神があり、人間はそのしもべとして存在し、さらに、人間と動物とを厳しく区別する。
まさに、これはランクづけする発想だ。


ユダヤ教、キリスト教、イスラム教・・いずれも一神教だし、その発想は実に似ている気がする。


日本に限らず、どこの国や地域に関わらず、本来の人間はアニミズム的自然崇拝があり、母性原理に近かったと思う。

それを、なぜ、日本だけ持ち続けられたのかはわからない。

たしかに、

島国であり他民族に襲われることもなかったこと。
植民地にされなかったため、無理やり全国民がキリスト教を強制されなかったこと。


そういった要因は大きいと思うけど・・きっと日本人の心は、それだけではないのかもしれない。
ちょっと日本人を美化しすぎだろうか?(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今、つくづく、思う。

これからの世界は、母なるものへ移行すべきなんだと思う。



それには、

常に自分で考えなければならない・・ということだ。
考えることを放棄してしまえば、人は洗脳されていくだけだから。


貧困、差別、飢餓、疫病・・・人は苦しくなればなるほど、自分で考えることを放棄し何かに依存しようとする。
そうなると、常軌を逸した行動すらもわからなくなる。

おそらく、アレクサンドリアの貧しい人々も同様だっただろうし、現在の世界もまた、大差ないように思えてくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

映画を見て、色々なことを思ってしまった。。。

ヒュパティアが、こんな言葉を教え子に残してるそうだ。

Reserve your right to think, for even to think wrongly is better than not to think at all
あなたの考えるという権利を保持しておくこと。たとえ誤ったことを考えていたとしても、まったく考えないことよりはずっと良いのですから。

まあ、こんな時代にこんな事を言ってたら、そりゃあ、殺されるよなあ。。。

ヴィジェ・ル・ブランと恐怖政治の時代

エリザベート・ヴィジェ・ル・ブラン(Elizabeth Vigee-Lebrun 1755−1842)という人についての本をたまたま読んだ。

で、私は全く知らなかったのだが・・この人はかなり有名な肖像画家で、マリー・アントワネットの肖像画を30作品以上制作してることでも有名な人だったらしい。
    ↓
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これは1778年の最初の作品↑

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こうやって、ヴィジェ・ル・ブラン作のマリーアントワネットの肖像画を年代順に並べてみると、だんだん人間味が増してくるというか・・その変化が面白いなあ、と思う。

肖像画なんてカメラがなかった時代の、ただのカメラ代わりじゃないか!と、私は単純に思い込んでいたのだが・・
こりゃ、とんでもないアートの一分野だったことがよくわかる。

そして、ヴィジェ・ル・ブランという画家は、女流画家で、しかも超美人。
こちらが自画像↓
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私はこちらの自画像が好きなのだが↓
lu.jpg

いやあ、たしかに・・ひょっとしたらマリー・アントワネットよりも美しい方かも。。。

これだけの美人だし、才能はあるし・・だから宮廷画家になって、注文主のために上手に修正を施して気に入った肖像画を作ることで、有名になれた・・・と考えるのは、ちょっと短絡的過ぎるかも。

ヴィジェ・ル・ブランが、後の回想でマリー・アントワネットのことを述べている部分があるのだが・・

背が高く、感嘆するほど良い体格で、ちょうどいい具合の肉付き。 腕はすばらしく、手は小さくて完璧な形。足は魅力的

これは、まさしく画家目線のコメントだと思う!
しかも、実に、被写体をポジティブな目線で捉えている!

それに、先にアップした最後の絵、マリーアントワネットが子供たちと一緒に描かれた絵、つまり、これ↓
もういちど、その一部分だけをアップさせてみよう↓
MARYR.jpg

そして、もう一度、全体の上に写真を見ると、

第1子は王妃の左側に立つマリー・テレーズ王女

第2子が、右側に立つ王太子ルイ・ジョゼフ。 1789年、革命が勃発したその年に脊椎カリエスを併発した肺結核で死亡。

アントワネットが抱いているのが、まだ幼子の第2王子ルイ・シャルル


そう、なんで、王太子ルイ・ジョゼフが、黒いベビーベッドを指さしてるの?
なんだか不自然な構図?・・・と思ったのだ。

実は、4番目の子供は死産してしまい、その最後の子供が寝かされるはずだったベビーベッドだったそうなのだ。
それを指さす息子、その色使い、影の配し方など、どきっとさせるものがある。

決して、ヴィジェ・ル・ブラン、ただの宮廷画家ではなさそうだ!

もちろん、王族や貴族の肖像画であれば本人の意向で多少の修正はすることもあるだろうが、かなりリアルに描かれているんじゃないだろうか。

リアルに、そして素材を生かしてしかもその魅力を十分に引き出す描き方。
時には、この3人の子供たちとの肖像画のように、そのときの心理状態までもを描き出す。


やっぱり、この人、正真正銘の画家なんだ!と思わされてしまう。



その後、あのフランス革命が起こり、彼女はまず、イタリアに亡命したのだが、その時、こんなことを書いている。

ここで見たのは、神さま、なんという光景でしょう。(イタリア・トリノのこと)
街路も広場もフランスの町々から逃げて避難場所を求めてやってきたあらゆる世代の男や女たちでいっぱいでした。
何千人という単位でやってきて繰り広げるその様子を見ると胸が張り裂けそうでした。
彼らのほとんどは荷物も金も、パン一つも持ってきていませんでした。
命以外のものを助け出す時間がなかったからです。

子供たちはおなかをすかせて哀れに泣き叫び、それまで荷馬車に乗ったことなどなかった妊婦たちはでこぼこ道の振動に耐え切れず多くが流産しました。
これ以上ひどいものは見たことがありません。
サルデーニャの王がこれらの不幸な人々を泊めて食べ物を与えるようにという命令を出しましたが、とてもすべての人に行きわたるものではありませんでした。



はああ・・・。

なんだか、2世紀前も今も・・いつの時代も同じかもしれない。。。
シリアどころじゃないなあ。

また、ヴィジェ・ル・ブランは、デュ・バリー夫人の処刑についても、のちの回想録の中でこんなことを述べている。

注:デュ・バリー夫人というのは、もともとは貧しい家庭で生まれた人で、貴族の出ではなかったが、出世してルイ15世の愛妾となり、宮廷ではマリー・アントワネットとも対立してたとも言われるが、なかなか気さくで朗らかかな人だったらしく、他の人々からのウケはよかったとか。
しかし、この当時のフランスの恐怖政治時代の犠牲者の一人。
とにかく、貴族は全部殺してしまえ!って時代だったし・・・貴族でなくても気に入らないってだけで殺された時代。
デュ・バリー夫人は、金持ちってだけで殺されたんだとか・・。


そして、Wikiによると↓

革命裁判所で死刑を宣告され、命を落とした多くの女性達の中で、断頭台を直視出来なかったのは、デュ・バリー夫人だけだったという。
彼女は泣き叫び、処刑台の周囲に集まった恐ろしい群衆に慈悲を乞い、彼らの心を掻き立てた。



そして、ヴィジェ・ル・ブランは、こう述懐している。
「私が確信したのは、もしこの凄まじい時期の犠牲者たちがあれ程までに誇り高くなかったならば、あんなに敢然と死に立ち向かわなかったならば、恐怖政治はもっとずっと早く終わっていたであろう」


多くの人々は、自分が無実であるにも関わらず、誇り高く断頭台で死んでいったんだろう。
ふと、子供のころに読んだ、二都物語を思い出した。

たしかに、それはカッコいいかもしれないけど・・ヴィジェ・ル・ブランの言うとおりだったかもしれない。


とにかく、あれは最悪な恐怖政治時代だったからねえ。。。(←私は生まれてなかったけど。。。)



フランス革命当時には、王党派、革命反対派、穏健派、過激派など・・色々な人々がいたわけで、しかし、勢力を持ったジャコバン派は、貧しい庶民を扇動して、自分たち以外の反対するものたちを、すべて皆殺しにしまくった。
マリーアントワネットが処刑された当日にも、ほとんど公正な裁判も行われずに21人のジロンド派全員を死刑にしてしまっている。

その他、有名な化学者のラヴォアジェは、「共和国は学者を必要としない」という理由で処刑されたし、ルイ16世の弁護をつとめたマルゼルブ、ラ・ロシュフコー、詩人のアンドレ・シェニエなんて人たちも・・もう、誰でも構わず殺してしまった時代。

そうそう、マリーアントワネットの、あの膝の上にいた幼児、第2王子ルイ・シャルルは、ある意味では一番残忍な殺され方だったかもしれない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A417%E4%B8%96

そもそも、恐怖政治というのは、このフランス革命後の、ロベスピエールのジャコバン派から始まったと言われてる。
フランス語では、terreurで、、まさにテロの語源になった言葉。

ちなみに、Wikiには、こんなふうに書かれてた。
    ↓

恐怖政治というのは、投獄、殺戮 等の苛烈な手段によって、反対者を弾圧して行う政治のことである。

つまり、権力を握った者が人々を弾圧したり恫喝することで恐怖を持たせ、恐怖のあまりに権力者に反対意見を言うことができなくなるようにすることで、無理やり従わせ、自らの権力を維持するという政治形態である。
権力を握った者が人々を逮捕し牢獄・監獄に入れてしまったり、殺してしまったりするのである。

一般的に権力者が自分自身で直接逮捕に出向き自分の手で監獄に連れてゆくわけではなく、権力者の手先となり逮捕・収監を実行するような組織・機関を作りそこに属する者に実行させる。「秘密警察」「官憲」「公安警察」などと呼ばれるものである。

逮捕や収監はしばしば、法律に基づかず、闇雲に行われる。
ともかく権力者の意に従わないかも知れないと少しでも思われた者をそのままにしておかず排除する。逮捕直後に「取調べ」などと称しつつ暴力を振るって殺してしまう事例も多い。
逮捕直後に殺さなかった場合でも、収監後に、人々に分からないように、殺してしまう。
逮捕された人の家族から見ると、家族が傷だらけの遺体で帰ってきて、警察機関の者から「取調べ中に自殺した」などという作り話を聞かされたり、あるいは消息が全く判らなくなる、ということになる。

恐怖政治を行う権力者はしばしば密告を奨励し、人々を相互監視の状態に追い込む。
人々は、言うべきことは言い状況を変えてゆくために努力しなければならないと頭では分っていても、恐怖心のあまり行動することも発言することもできなくなってゆく。

それでも一部の人は、人々を弾圧・抑圧から解放するための策を練り、身を挺して行動しようとする。それでうまく権力者を倒せることもあるが、権力者の側に察知され殺されてしまうことも多く、権力者はそうした計画を「陰謀」と呼び、さらに弾圧に強める。

人々を幸福にする良い君主(権力者)であれば、陰謀をそれほど恐れる必要は無い。
だが、独裁者はほとんどが陰謀を非常に恐れ、人々に過酷な刑罰を課し、人々を疑い、無実の人のことまで罪があるとし、その結果、自ら(彼らが言うところの)「陰謀」を誘発しているわけである。



こんなことは多くの国で行われてきたことだし、未だにテロリストに支配されてる国だってあるだろうし、また、日本にもこういった時代があった。


それにしても、当時のフランスってのは、本当に恐怖!
まさに狂った殺戮の時代だったんだろう。


その時代を、ヴィジェ・ル・ブランは画家の目でみつめ、生き抜いてきた。

彼女の回顧録からみると、美しいだけでなく、かなり聡明な人でもあったと思う。


こんな記述もあった↓

1791年、ヴィジェ・ル・ブランは亡命先のローマでに、知り合いの歌手の妻マダム・カイヨーからの手紙を受け取った。

「私たちはみなが平等になるのです、黄金時代が到来するのです。」と言って、彼女にもぜひ帰国をするようにと勧めてきた。

しかし、ヴィジェ・ル・ブランは信じなかった。

その少しあとで、マダム・カイヨーは絶望の果てに窓から身投げして死んだ。



黄金時代はこなかった。

恐怖時代がやってきたのだ。

政治家がどれほど素晴らしいプロパガンダを広めようと、彼女には信じられなかったのだろう。。。


彼女は、その後数年間をイタリア、オーストリア、ロシアで暮らし、貴族の顧客との付き合った経験を生かして画家として働いた。
そして、ローマでは作品が大絶賛され、ローマの聖ルカ・アカデミーの会員に選ばれた。

その後、フランスに戻り、1842年3月30日にパリで亡くなった。

激動の時代を生き、そして、さまざまな国に移り住んで生き抜いてきた人。


そう言えば、マリーアントワネットの子供たちで、たった一人、亡命して生き残ったのは、マリー・テレーズ王女だけだった。
彼女もまた、転々と亡命生活を繰り返した人だった。

しかし、あまりにも悲惨な経験がトラウマになったのか、気難しい性格になり笑わない皇女と呼ばれたとか。。。

フランス革命とその後の恐怖時代は、さまざまな人を巻き込み、多くの影響を及ぼしていったことだろう。


最後に、ヴィジェ・ル・ブランとその子の自画像↓

mary7.jpg

なんだろう?

この清潔感のある美しさは。。。 白の色使いが美しいせいか?

リアルに会ってみたい人だ。

太宰治と境界性パーソナリティー障害

あけましておめでとうございます。

おい!きょうは何日だ? とっくに過ぎてんぞ!

正月早々、とくにやることもないので・・インターネット検索などをしながら遊んでいると、
ピースの又吉直樹さんは太宰治ファンで、彼自身も小説を書いて投稿したとかなんとか、って記事がありました。

太宰治ねえ、
すっごく古くて懐かしいなあ。。。


実は私、高校時代に太宰治の全集を一気読みしたことがあって・・私にとっては、すっごく古くて懐かしい!ものです。

で、太宰さんて、どーして自殺、(愛人と一緒に死んだので情死って言われてます。)したんだっけ?と、あらためて昔の記憶を思い出してました。

もう一度、私の高校時代とは違う目線で追ってみようかな?と、思ってみたわけです。

こちらは太宰治さん(本名:津島修二さん)学生時代
    ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

太宰さんの最期は、東京の三鷹市にあった玉川上水で愛人と一緒に自殺しちゃいます。

それ以前にも、若い頃から何度も心中事件を起しているんですよね、最初の心中事件では、相手の女性が死んで自分は生き残ってしまったため自殺幇助罪に問われたりもしてるし・・・いつも死がついてまわってる人。

それも、・・・・ええ?こんなことで死にたくなるんか?・・というようなことばっかり。
面接試験に落ちたとか、芥川賞を逃したとか、実家と断絶とか・・まあ、そんなことみたいです。

津軽の名家の豪邸で育ち、子供の頃から秀才で、とくに文章力は目を見張るものがあったんだとか。
地元の有名高から東京の東大に入るんですが、実家からは、ずーーーと毎月90円の仕送りをもらってたそうです。
多いときは100円以上もあったとか。

えーと、この当時の100円?て、よくわからないんですが、月30円もあれば文学青年一人だったら余裕で暮らせたんだそーですよ。

なのに、いつも金欠だった。。。
いったい、どれだけ使ってるんよ!

まーーったく金銭感覚はゼロだし、大酒飲みで女遊びもお盛んだし・・不幸なことに、非常に女性にモテモテだった。
ハンサムで気品があってインテリ、おまけに女性に送るラブレターも非常にお上手。

参考までに、愛人だった太田静子さんに送ったラブレターを抜粋すると・・・↓

「いつも、あなたのことを思ってゐました。一度、お逢ひして、ゆっくりお話を聴きませう」
「僕は、もう君を離さないよ。・・・僕は今日まで、結婚の時にたてた誓いを一所懸命まもって来た。だけど、もうどうしていいか分からなくなった」 


その他、こんな古歌も贈ってるんですね↓
「ものおもへば澤の螢もわが身よりあくがれいづる魂かとぞみる」 (和泉式部集)
「五月雨の木の晩闇の下草に螢火はつか忍びつつ燃ゆ」    (読み人しらず)

太田さんのお母さんが亡くなったときに、送った手紙↓
「拝復 いつも思ってゐます。ナンテ、へんだけど、でも、いつも
思ってゐました。 正直に言はうと思ひます。
おかあさんが無くなったさうで、お苦しい事と存じます。  
・・ 中 略 ・・ 
一ばんいいひととして、ひっそり命がけで生きてゐて下さい。 コヒシイ」



お相手の女性たちも、「古歌? ンなもん送られたって意味わかんね!」という人たちじゃなかったようです(笑)
それぞれ名家のお嬢様だし教養も高い才色兼備の方々ばかり。

こんな女性たちに、モテモテだったんですね~。


でも、太宰さんはけっこう冷たいんですよね。
太田静子さんが妊娠しちゃてからは、一度も彼女には会おうとしなかったし、生まれた娘にも会ってない。
(自殺を決意して実行する前に、ひょっとしたらこっそり会ったのでは?という説もあるけど、よくわかってません。)

それは奥さんの津島美知子さんの目を恐れたのと、さらに、新しい愛人の山崎富栄さんの目を恐れたからだったようで・・・
というか、太宰さんの気持ちはすでに富栄さんの方に向いちゃってたんでしょうね~。


この富栄さんて方のバックグラウンドとキャリアもすごいですよ。

お父さんは、東京婦人美髪美容学校(お茶の水美容学校)の設立者。日本に初めて美容学校を作った人であり美容会の大御所。 
娘の富栄さんにも英才教育を受けさせ、彼女は京華高等女学校から錦秋高等女学校に転じて卒業。 
卒業後YWCAで聖書や英語、演劇を学び、聴講生として慶應義塾大学でも学ぶ。
銀座2丁目でオリンピア美容院なども経営し、美容師としても腕も優秀。



こちらは18歳くらいのときに、お父さんが日本髪のモデルとして撮影した写真    
          ↓
tomie.jpg

これだけのキャリアを全部捨ててしまって、彼女は太宰さんを支えるために生きる道を選ぶんですよね。

もちろん愛人であり、太宰さんの優秀な秘書となります。英語も堪能で日本の古典にも通じている方ですからね。
それに、肺結核の病気持ちだった太宰さんのお世話をする看護婦さんでもあったわけで、何役もこなしてたみたいです。
彼女は、それまで自分で働き貯金していたお金もすべて太宰さんのために使っちゃいます。
富栄さんの貯金は十数万円(現在価値で1,000万以上)あったとのこと、わずか8ヶ月ほどで底を突いたんだとか。
いったい、どんだけ使ったんよ!


でも・・・そのうち太宰さんは、またまた、今度は富江さんが飽きてきたみたいな様子が出てくる。
おそらく、富栄さんは焦ったでしょうねえ。
妊娠して捨てられた太田静子さんのことも頭をよぎっただろうし、自分には子どもがないことに嫉妬も感じてただろうし・・。

富栄さんの日記(メモみたいなもの)には、こんなことが書かれてたそうです。
●奥さんの美知子さんに二人の関係を疑われたと聞かされた。
(以前、太宰さんは、太田静子さんに妊娠を告げられると、美知子が気付いたから手紙をよこさないよう指示して、それから一切連絡しなくなってしまったという事実がある。・・・ほんとかどーかは、わかりませんが。)

その数日後、
●実は、僕には他に女子大生の恋人がいるんだ、という告白を受ける。

富栄さんは、「離れますものか、私にもプライドがあります。」 って書いてる。

富栄さんは、自分こそが太宰にとって最愛、無二の女と信じてたことは確かじゃないかな~。
コンナ立派ナ女トモ、ワカレネバナラヌカ、 スギタルモノ、
って、メモに殴り書きで書いてあったし・・・。

●その翌日のメモによると、太宰さんの言葉で、
「誰にも言えないことだけど・・・んなこと、だんだん考えるようになったんだ。そうなるかも知れないよ。いい?」とある。


それって、死ねってこと、でしょうね。



実はこの2人、死の会話ってのを、前々からやってるよーで・・・これも富栄さんのメモに書かれたことの抜粋ですが↓

●太宰さんがひどい体調不良を訴えて、「僕は死ぬ!」というと、富栄さんは「一緒に連れて行って下さい」って言う。
たぶん、本気じゃなくって・・太宰さんが「僕は愛されてるんだ!」ってのを確認したくて、甘い媚薬の言葉だったのかもしれないけどね。

●でも富栄さんの方は、「日を決めて下さい」って言ってる。
それが文字に残ってるってのは・・・真剣だったんでしょうね。

死ぬ!ってのが、二人を盛り上げるための甘い会話のうちは、いいんでしょうが・・・だんだん重たくなってきて本当になっちゃったような気もしなくはない・・・。


これは、私の勝手な想像なんだけど・・

●太宰さんは、そろそろ富栄さんと距離を置きたくなってきた。
  ↓
●そこで、奥さんにばれたらしいとか、他にも恋人ができたとか言い出した。
(そんなメンドーなこと言わなくたって、別れたい!バイバイ!って言えないのかなあ。
まあ、言えないのが太宰さんだろうし、そんな事言ったら、逆上して相手は死んじゃうかもしれないし・・やっかいやのう!)

  ↓
●それでも、諦めてくれそうもない富栄さんに、僕は死ぬけどキミどーする?って聞いた。
  ↓
●そしたら、もちろん!一緒についていきます、ってことになって、本当に死ぬことになっちゃった。

のかも・・・。
まあ、わかりませんけどね。

とにかく、太宰さんて、すぐ「死ぬこと」に直結しちゃうような人ですからね。
また富栄さんは、何があっても太宰さんと一緒にいたかった、独占したかったんでしょうしね~。


一番最初に、太宰さんが富栄さんへの口説き文句は、「僕と死ぬ気で恋愛してみないか!」
だったそうです。

それが、まさに、本当になっちゃった! ・・・とにかく、最期は玉川上水に身を投げて自殺しちゃったわけです。


二人の体は赤い紐できっちりと結ばれて、離れないようにしてあったそうです。

まさに心中物!!
近松門左衛門の世界か! ロマンですかね・・。

でも、実際は・・・太宰さんの死体は首を絞められ口の中には締めた縄が押し込まれていたそうで、
富栄さんの死体は、恐怖と苦痛に満ちた形相でなくなっていたとか・・。
怖っ!

なので、最初は富栄さんの無理心中まで疑われたそうです。

まあ、これも事実はわかりません。
太宰さんが、首を先に絞めてくれ!ってお願いしたのかもしれないし、彼の気が変わらないように富栄さんが、無理やりやったのかもしれないし・・。
お二人にしかわからないことです。


そこで、一般的に言われてる自殺の原因てのは、こんなのがあげられてます。

●税金を払うお金がなくて、どうにもならなくなってしまった。
今のお金に換算すると、1千万円以上はあったとか・・。
太宰さんの出版した斜陽はものすごく売れたみたいで、印税か、がっぽり入ったんだけど・・それ、使いまくってしまったんでしょうね。

●奥さんを含めた家庭、愛人の太田静子さんと子どもへの送金、それと富栄さん、みんなの板ばさみ。

●文学活動における志賀直哉ら文壇有力者への反発、仲人まで勤めてくれた井伏鱒二さんや旧知の人たちとの確執、新たな文学・出版関係者らとの付き合い、饗応に伴うストレス

●自分の健康不調(肺結核進行・度々の喀血?)

奥さんの津島美知子さんにあてた遺書の一部には、「小説を書くのがいやになったから死ぬのです」って書いてありますが・・・本当のところはどうだったんでしょう?

もっとも、死ぬことを決意したときって、自分でもどれが理由かなんてわからないことの方が多いのかもしれないし、とにかくが全部が負担になってしまって・・生きてるのががいやになっちゃった!ってだけかもしれません。


そういえば太宰文学って、ものすごくファンがいる反面、大嫌い!って言う人もいますね。
この人の小説ってのは、当時は結構メジャーだった私小説とされるものが多いので、小説の主人公と自分の行き方がリンクしちゃうんですよね。

なので・・・

大金持ちで何の不自由もないのに、放蕩を繰り返して実家には迷惑をかけるし、それでいて警察沙汰になったときも、親の権威と金の力でもみ消してもらってるし、勘当されても仕送りはしてもらってたし・・女にはだらしなく複数の愛人を持つし、きれいに別れることもできない。借金も払えないし、その金策もできないし、なのにプライドだけ高くて、人を俗物よばわりするし、自分は逃げてばかり。責任感なし。とうとう最期は一人で死ねなくて女を道連れ。
最低のダメ男、まさに人間失格!


すごい、こんなにあるんかよ!

という批判もあって、だからキライだ!って人もいます。


この際、彼のアーティストとしての感性や作品の価値を無視して、ただの人間としてみるとすると・・まさに、そのとおりですよね。


でも、これだけマイナス要素が多いって、すごいですねえ。

あまりにも、すごいんで・・ひょっとしたら、これって精神的な疾患でもあったんじゃない?とふと思って、調べて見たところ・・・あったんですよ。

ぴったりの病気が!

おそらく・・・境界性パーソナリティ障害って病気だったんじゃないかな~。

Wikiからの引用↓

境界性パーソナリティ障害の症状の機軸となるものは、不安定な思考や感情、行動およびそれに伴うコミュニケーションの障害である。
具体的には、衝動的行動、二極思考、対人関係の障害、慢性的な空虚感、自己同一性障害、薬物やアルコール依存、自傷行為や自殺企図などの自己破壊行動が挙げられる。

また怒り、空しさや寂しさ、見捨てられ感や自己否定感など、感情がめまぐるしく変化し、なおかつ混在する感情の調節が困難であり、不安や葛藤を自身の内で処理することを苦手とする。

衝動的行為としては、性的放縦、ギャンブルや買い物での多額の浪費、より顕著な行為としてはアルコールや薬物の乱用がある。

自傷行為の多くは心理的苦しみを軽減するために行われるが、自傷行為が発展すると実際に自殺を招く。
東京都立松沢病院の調査では、入院していた患者の退院後2年以内の自殺企図率は、うつ病や統合失調症の人が35%なのに対し、境界性パーソナリティ障害では67%と約2倍高いという結果であった。

自殺企図の動機として、他の精神疾患の患者が「重篤な幻覚や妄想」「社会適応上の悩み」「人生の破綻による自暴自棄」などであったのに対し、境界性パーソナリティ障害では「近親者とのトラブル、裏切りによるうつ状態」「居場所が無く追い詰められた危機感」などの対人面での“見捨てられ感”から行われるという違いがある。



うわあ、見事、ぴったり当てはまっちゃうんですよね。。。

さらに、こんな部分もぴったりです。↓

境界性パーソナリティ障害では、幼少時から分離不安のある者が多く、依存できる関係を求める傾向にある

しかし相手の悪い部分を認識することで混乱を起こしてしまう患者は、相手を過度に理想化する傾向にあるが、傷つきやすい自己愛を持ち、他者の感情には敏感であるため、なにかの拍子に失望することが多い

その際に自分が混乱しないように、自身の中にある相手の評価を下げることで防衛する。
このような心理メカニズムは正常な人でも日常で用いているものであるが、そのあり方が極端になると社会的機能の低下につながり、『障害』となる。



この時代って、うつ病だって認定されたなかった時代だし、境界性パーソナリー障害なんてのは、誰も知らなかった言葉でしょうね。

とにかく彼の心は常に不安→不安定な状態→死を意識する・・・だったんでしょうね。
その不安の裏には、いつか人は自分を見捨てる、愛なんて移ろいやすいまぼろし・・・みたいに感じてたのかもですね。


そもそも、太宰さんの生まれた家がフツウの家じゃないですよー。

権威のある大金持ちで政治家・実業家の家系で、子どもの頃は、乳母と叔母に育てられたそうです。
もちろんお父さんが絶対的権威を持ってたでしょうし・・彼の家ってのは、家庭・家族というよりも、小社会だったんじゃないかなって気がするんですよね。

こういった特異な中で4男として育てられたことも、彼の病気を誘発する原因になってしまい、その結果、早い人生の幕引きに繋がったのかも・・・そんなことを感じました。
もっとも、そのかわりに、独自な太宰文学も生まれたわけですけどね。


子供の頃から、両親の名声や財産を継いで権力をゲットする気はさらさらないし、そこそこの出世も望まない。
周囲とは違和感を感じてた子だったはず。
その後、俗物性を嫌い、崇高な文学性のみを求めた。
それと引き換えに、常に不安を抱えて自分の弱さをさらけ出しながら自滅していく。

なんか、そんな人だったんじゃないかな!
ひとことで言ってしまえば・・・病気なんだけどね~。


でも、彼は人気作家になっちゃいます。

戦前から戦後までの軍国主義の時代背景を考えると、おそらく当時のインテリ層には、押しつぶされていく弱さや常に漂う不安といったものは、はなかく消えていく花のような魅力となったのかもしれませんね。
まさに、滅びゆくデカダンス美学なんですかね。


でも、そういった感覚は現代では受け入れられない・・つーか、理解できないものかもしれませんね。

多くの人は、太宰作品なんて読んでも、なんだこりゃ! ただ暗くて重くてダメ男の話じゃんか!・・と思われて終わっちゃいそうですもん。

ピースの又吉さん、太宰ファンで、桜桃忌(太宰さんの命日でファンが押し寄せる)まで参加したとか。
うーん、この時代の若い方にしては珍しい! すごいことかも!

どんなとこが魅力なのか、ちょっとお聞きしてみたいなあ。


ババ・ヴァンガの予言と予言の意味するもの

少し前に、ババ・ヴァンガの予言ブルガリア政府が一部を公表するというニュースをみました。
    ↓
ブルガリア政府、2015年のヴァンガの予言を公表


ババ・ヴァンガさん(Baba Vanga )は、1911年生まれで1996年に亡くなっている方です。

本名は、バンゲリア・ガシュトローバ(Vangelia Gushterova)というようで、ババというのは愛称だそうです。

ブルガリア南西部のルピテ村で生まれ、生涯そこで暮らしたそうです。↓

Rupite8.jpg


彼女は、子どもの頃に竜巻に合い空に巻き上げられてしまい、運よく助かったものの、目にも大量の砂が入り込んでしまい、そのまま失明してしまった。

それから、なぜか予言の力がついてしまう。

まず、身近なことから予言をするようになり、それが、どんどん的中していく。

近所の羊がいなくなったときに、どこでみつかるかを的中させたり、兄が出兵するときは、兄が捕虜になり拷問されて殺されるビジョンをみる。
そして、そのとおりになってしまう。。。

そのうち、ヒットラーをはじめ、さまざまな高官が彼女の元を訪れるようになる。

彼女の予言は、ブルガリア政府の安全保障当局が記録し、すべて国家最高機密とされた。



こちらの写真は、ルピタ村のババ・ヴァンガさんゆかりの教会↓
ルピテってこうゆう文字なんですね→рупите

vanga.jpg


その国家機密事項である、彼女の予言の一部を公開する、ということなんですね~。


で、正式に公開された予言はどれなんだろう?

・・・と探してみたんだけど、日本語でも英語でも確かだろうと思われるのがみつからず、どうやら、これっぽい!と思ったものがロシア語かブルガリア語なんだよね~。

困ったなあ!と思ってたら、なんと、In Deepさんのサイトで発見しました。(この方、すごいですね~。)
http://oka-jp.seesaa.net/

下記はそこからの抜粋です↓

●2015年、アメリカの大統領が退任する。
(これについては、バンガは非常に混乱して、また比喩的に語ったという)。彼はその後は政治と一切関わらないが、すべての特権と保護を奪われ、裁判にかけられる可能性がある。

●ロシアでも大統領が退任するという。
「ロシアは斬首される」とバンガは述べる。

●しかし、それは悲劇的なものではなく、ロシア社会が混乱に陥ることもない。むしろ、ロシアはより発展し、それは現在の大統領が築き上げたものであり、その統治は継続する。

●ロシアのループルは、2014年からその影響力が強まり、次第にドルより信頼のある通貨となる。ブルガリアもロシアとの関係を強化するだろう。

●ウイルスの蔓延が収まらない。ワクチンが作り出され、「最悪期は脱した」とする騒がしい声明が出されるだろうが、逆にウイルスはそこから突然変異による新しいウイルスの形態を獲得し、ウイルスが勝利する。

●シベリアとオーストラリア以外の全世界がウイルスで汚染される。



彼女の予言というのは国家機密とされてるわりには出回っていて、私も以前に読んだことはあります。

そのすべてが、本当に彼女の予言かどうかはわからないんですが、当たってることもあり、当たってないこともあり、それでも、かなりの的中率なんじゃないかな?


下記は、一般に出回っているものです。(こっちは、日本語版でも英語版でもあります。)

ただし、2010年以降なので、すでに過去の第二次世界大戦の終結やら911の予言など、見事に的中だったようですが、これに含まれてません。とにかく、全部だと膨大な量になるらしいので・・。
       ↓

2008年:4人の元首が暗殺を計画されインドネシアで紛争が発生。これが第3次世界大戦の原因の1つとなる。

2010年:第三次世界大戦は2010年11月に始まる。それは、核兵器と化学戦争に進行し、戦争は2014年10月まで続く。

2011年:戦後、放射能により北半球のほぼすべての生活が破壊される。残りのヨーロッパ人は化学兵器を使用するイスラム教徒からの脅威に直面する。

2014年:戦時中の化学物質と核兵器の別の結果、世界中で皮膚癌や皮膚病が蔓延。

2016年:ヨーロッパは、ほぼ無人地域となる。

2018年:中国は新しい超大国になり、搾取されるものも多くなる。

2023年:地球の軌道が変わる。

2025年:ヨーロッパは依然過疎の状態で他国に逃げ出す人が増える。

2028年:新エネルギー源が発見。飢餓がなくなり、金星に向けて有人の宇宙飛行がはじまる。

2033年:極地の氷冠が溶け、世界の水のレベルが上昇。

2043年:経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かす。

2046年:すべての身体器官が、簡単で一般的な方法で再現可能となる。

2066年:アメリカが気象兵器をイスラム教徒に使用する。

2076年:共産主義が処理を引き継ぎます。

2084年:自然が生まれ変わる。

2088年:人を数秒で老いさせる新しい病気が出現。

2097年:ファーストエイジング病が治療される。

2100年:人工太陽が地球の闇の部分を点灯させる。

2111年:人々は、アンドロイドのようなものになっていく。

2123年:小国間の戦争が起こるが、大国は関わらない。

2125年:宇宙からの信号をハンガリーで受信。

2130年:エイリアンの助けを借りて、水中で生活する文明が生まれる。

2164年:動物が半分人となる。

2167年:新宗教。

2170年:大きな干ばつ。

2183年:火星のコロニーが核保有国になり、地球からの独立を要求する。

2187年:2つの大きな火山噴火の停止が成功。

2195年:海のコロニーがエネルギーと食糧を持つことになる。

2196年:アジア人とヨーロッパ人は完全にミックスされま​る。

2201年:太陽の熱プロセスが遅くなり、気温が下がる。

2221年:地球外生命の探索で、人間は恐ろしい何かに遭遇する。

2256年:宇宙船は地球に新たな病気をもたらす。

2262年:惑星の軌道が徐々に変化し、火星は、彗星に脅かされる。

2271年:物理学の法則が変更される。

2273年:白人、黒人と黄色人種が1つの新しい人種を形成する。

2279年:電源が無から得られることになる。フリーエネルギーか?(おそらく真空またはブラックホール。)

2288年:タイムトラベルが可能。エイリアンの遭遇。

2291年:太陽が冷えてくるが、再び熱くなるよう試される。

2296年:太陽で強力な爆発あり。重力が変化。古い宇宙ステーションや人工衛星が落下する。

2299年:フランスで、イスラムに対する抵抗運動が大きくなる。

2302年:宇宙の重要な法則と秘密が明らかにされる。

2304年:月の秘密も明かされる。

2341年:恐ろしい何かが宇宙から地球に近づいてくる。

2354年:人工太陽の事故で干ばつが起こる。

2371年:世界の飢餓。

2378年:急成長している新しい人種。

2480年:2つの人工太陽が衝突し地球を暗闇にする。

3005年:火星との戦争により地球の軌道が変更される。

3010年:彗星が月に衝突。地球は岩石や灰でリング上に囲まれる。

3797年:地球上のあらゆるものが死ぬ。しかしこのとき、人間の文明は、新しい星に移動出来るほど進んでいる。

3803年:少しずつ新しい恒星系に移住が始まる。人々はお互いが合うことが少なくなる。新しい惑星の気候は人々に影響を与え変異することになる。

3805年:食料を求め戦争が起きる。半分以上の人が絶滅。

3815年:戦争終結。

3854年:文明の発展は事実上停止。人々は獣のように生きることをはじめる。

3871年:新しい預言者が宗教、道徳的価値を人々に伝える。

3874年:新しい預言者が人口のすべてのセグメント(分割地域)からの支援を受け、新しい教会を組織。

3878年:教会と一緒に再訓練。新しい人々は科学を忘れる。

4302年:新都市は世界で成長。新教会は新しい技術と科学の発展を奨励する。

4302年:科学の発展により、科学者は生物のすべての疾患に影響するものを発見。

4304年:どんな病気も克服できる方法の発見。

4308年:突然変異により、人は脳の34%以上を使用し、完全に悪と憎しみの概念が無くなる。

4509年:人は最終的に神と通信できるレベルに達する。

4599年:人々は不死を達成。

4674年:文明の発展はピークに達する。別の惑星に住む人々の数は約3400億人となる。エイリアンとの同化が始まる。

5076年:境界宇宙。誰もが知らないもの。

5078年:人口の約40%が反対するが、宇宙の境界を去る決断をする。

5079年:世界の終わり。



このすべてが、確実にヴァンガさんの予言かどうかはわからないし、また、彼女の言ったことを書き間違えたり、誤解して記述してしまったり・・ってこともあるかもしれないけど・・・それにしても、なかなか興味深い!


それにしても、なぜブルガリア政府は国家機密としていた予言を発表したんでしょう?

たぶん、なんか意図するところがあるんでしょう。


それと、「ロシアが強くなっていく」という予言を、前にも他の予言者ので読んだことがあったんだけど・・・うーーん、誰だったっけ? だめだ、思い出せない。(健忘症かボケか?)

そこで、もう一人、ジョン・タイターという人を思い出したんだけど、この人は予言者じゃないけど、2036年の未来から来たという人だった。

私の過去記事にも、ちょっと触れてました。
   ↓
東京が危ない!そして、ジョン・タイターを思い出す

このジョン・タイターって人は、2036年の未来から来た人なんで、予言者ではなくて、すでに起こっている事実を言ってた人なんですよね。


2000年の11月から4ヶ月の間に、ネット上で多くの書き込みをして質問にも丁重に答えて、任務を遂行したので(未来に)戻るといって消えていった人だった。

ジョン・タイターもまた、数々の予言があたっている。もちろん、はずれてるのもある。
(あ、予言じゃないんだよね。彼にとってはすでに起こっているできごとだから。)

そして、彼の書き込みによると、

2015年、ロシア連邦がアメリカの「反乱部隊側(都市外部側)」につき、反乱部隊を援助するために、アメリカの都市部に核爆弾を投下する。このことにより核戦争となり第3次世界対戦へと発展していく。

というのがあり、今後はロシアがアメリカをしのぎ巨大になっていく・・というようなことが書かれていた。


なーんか、ロシアというのが、今後を担う鍵になるのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

予言者にしても、ジョン・タイターにしても、

つい、私たちは、それが当たってるか当たってないか?ということにフォーカスしてしまい、当たってないものがあれば、やっぱり、たいした予言者じゃないとか偽物だろう、という判断もしてしまいがちになるもんです。

でも、ババ・ヴァンガさんが偽物か本物か?で言えば、私は、やっぱり本物の予言者だったと思うんですよね。
まあ、こういったことは証明できるものでもないし、私がかってに感じたことに過ぎないんだけどね~。

ただ・・・私としては、根本的なところで、

未来に起こることすべてを予言して的中させるのは不可能だと思ってます。


それは、決して、予言者にその能力がなかったということではないし、
また、しょせん予言なんてものは当たるわけがない・・・という懐疑論から言ってるわけでもありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

世界を動かすのは、それぞれの人の思いや意思であり、それが多く集まってひとつのムーブメントのようになって、出来事は起こっていくんだと思う。

つまり、とっても流動的なもの。

だから、ヴァンガさんの予見のビジョンが正しかったとしても、少しづつ変わっていく可能性はあるんだと思う。

人の心は流動的なものだからね。


たとえば、ある国の政府が戦争を起そうと企んでいるとする。
そこで、マスコミを動かし国民を洗脳し、強制的に徴兵制度をしこうとしている。
マスコミも国民も政府のいいなり状態ならば、そのとおり、戦争になるでしょうね。



そのビジョンを見て、○○年に戦争勃発という予言があるんじゃないだろうか。

しかし、突然、こんなことも起こるかもしれない。

政府が戦争を起そうと企んでいるとする。
マスコミを動かし国民を洗脳し、強制的に徴兵制度をしこうとしている。

そこに、ある一人の政治家があらわれてそれを阻止しようとする。
または、あるマスコミが断固反対し政府の思惑を暴露するかもしれない。
それとも、国民からカリスマ的リーダーが生まれて反対運動が起こるかもしれない。



あらら、これだと戦争よりもクーデターか暴動が起こりそうだけど。。


人の心は突如として変わることもあるし、
それによって多くの人も影響を受けることにもなって、
世界は大きく別の流れに変わる。

もしも、すべてが予言どおりに進んでしまって、何も変えられないんだとしたら、世界になんてなーんも面白くないし、
私たち個人が生きることにも、なーんも意味がなくなっちゃう。


そんなはずはないです。だったら、生まれてくる意味なんてないですもん!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、予言の意味するものって何だろう?

と、考えて見たわけです。

「このまま進んでいくとこうなるよ。」と、現状をみせることで、人は、

悪い予言ならば、それを回避するために何かに気づき何かを修正するだろうし、
良い予言であれば、それが起こるように、よりいっそう努力するんじゃないだろうか。


それが、予言者の役割なんじゃないかな。

つまり、私たちが何かに気づき、軌道修正をしながら生きていくために。

ひょっとしたら、誰かもっと大きな存在があって、その存在が、予言者にパワーを与えて人々に知らせる役目を与えたのかもしれない。

なんだか、そんなことまで考えると、ますます収拾がつかなくなりそうなんでやめときますけど・・。(笑)


政府公認の予言者になり、多くの著名人が訪づれるようになっても村を出ることなく住み続け、晩年には村に教会
(宗派には関係なく誰でもOKの教会)を建てたのだそうです

ベラシッツァ山脈が近くに見え、そして75度の温泉も沸いている土地
rupite_05.jpg

パワーの源になりそうな土地ですね~。


ブルガリア政府が予言を公開することによって、より良い世界に改善しようとしてる?・・・んだったらいいんですけどね~。

武士道・騎士道:惻隠(そくいん)の情

どこの国でも、いつの時代でも、戦争ってのは、人の心を狂わせるんでしょうかね~。
昔も今も、戦争にまつわる、おぞましい話はいっぱいあります。

戦争は、人がもともと隠し持っている残虐性を表面化させてしまうものなんかな、な~んて思ってしまうこともあります。
殺人や破壊願望を持ってる人には、最高な場となるわけですからね~。

現在では、あまり知られてない話だと思いますが、第二次大戦中に、ビハール号事件というのがありました。

1944年重巡洋艦利根が、そのときの艦長であった、黛治夫の指示で、英国商船ビハール号に、偽装工作して近づいた。

アメリカの国旗をメインマストに掲げて近づいたんですって。
このとき、航海長が、「御紋章を隠したり、米国旗を掲げるなど卑怯です」と進言したのに、黛艦長は「これは、国際法違法ではない!」と、押し切ってしまう。

そして、ビハール号を撃沈!
さらに、80名の捕虜となった人々を、甲板上に集めて全員処刑しちゃったんだそうです。

もちろん、これは、国際法違法に決まってますよ~!

戦後になってから、黛艦長と当時利根が属していた第十六戦隊司令官だった左近允尚正少将が戦犯指定されて、香港軍事裁判により、黛治夫は懲役7年、左近允尚正は死刑となったんだそうです。



そりゃ、黛艦長だって、上司である、少将の命令だったんでしょうけどね~。

また、艦長の命令だったにしろ、捕虜を殺さなければならなかった兵士って、どんな気持ちだったんでしょうかね?
同じように狂ってしまうものだろうか?
そして・・上官を止めさせようとした航海長の気持ちは、いかに?


その前の年の、1943年にも、駆逐艦秋風虐殺事件てのもありました。

これなんかもっとひどいですよ。

ラバウルへ移送中の外国人を、艦上で、全員虐殺しちゃったそうです。↓
カイリル島の26名(修道士12名、修道女11名、2~7歳の中国人児童3名)と、マヌス島の40名(神父と修道女各3名、ドイツ人宣教師夫妻2組と子供1名、ドイツ人農園主2名、中国人2名と原住民3名)が乗船。外に少なくとも5名のオランダ人、1名のハンガリー人、1名の米国人

相手は、軍人じゃないんですからね~、しかも子供まで殺してるし・・・。

その後、1944年に、この秋風号は米潜水艦の雷撃を受け戦没しちゃったそうですけど。

これって・・・日本人以外は、全部殺しちゃっても構うもんか~って思ってたんですかね?

つまり、み~んな、狂ってたんでしょうかね?

戦争は、すべての人を狂わせてしまうんだろうか?

・・・・・・・・

しかし、まったく同じ時期に、逆に、いい話もあったんですよ~

この話は、テレビで放映されたことがあるようなんで、ご存知の方も多いかもしれませんが。

IJN_Destroyer_Ikazuchi.jpg

1942年、日本軍はジャワ上陸作戦を展開し、インドネシアのスラバヤ沖、バタビア沖でイギリス、アメリカ、オランダ、オーストラリアの艦隊と海戦が勃発。

海戦は日本軍の圧勝で、セイロン島に脱出しようとしたイギリス艦、アメリカ艦を撃沈。

イギリスの「エンカウンター」という駆逐艦も撃沈されてしまい、海に放り出された乗組員は、たった8隻の救命ボートの周りに、鈴なりになりながら、21時間漂流しつづけていたそうです。

重油の海に使って、多くの者が一次的に眼が見えなくなり、負傷した兵の中には耐え切れなくなり、自殺しそうになる者など・・悲惨な状況でした。

そこに日本海軍駆逐艦の雷(いかずち)が現れます。
雷の艦長は工藤俊作中佐

そこで、彼は、「救助!」「取り舵いっぱい」と命令を下します。

連合軍艦隊を破ったとはいえ、敵潜水艦がいるかもしれないような、まだ危険な海域で救助することは、雷(いかずち)の乗組員さえも危険にさらすことになります。

しかも、イギリス兵は400人以上もいて、乗組員の倍以上の人数が海を漂っていたそうです。

なかなか救助作業がはかどらないため、さらに、工藤艦長は、

「一番砲だけ遺し、総員敵溺者救助用意」と異例の命令を出します。
つまり、艦を動かす最低人数以外は、救助の命令を出したんですね~。

乗組員は、縄梯子や竹竿を両弦に出し、必死に救助にあたりますが、イギリス兵の中には体力が限界に達しているものがおり、力尽きて水面下に静かに沈んでる者もいました。

「がんばれ!」「がんばれ!」と日本兵は連呼し続け、この光景を見かねた二番砲塔の斉藤光一等水兵が、独断で海中に飛び込み、立ち泳ぎしながら重傷のイギリス兵の身体や腕にロープを巻き始めました。

結局、 「雷」は終日、海上に浮遊する生存者を探し続け、422人を救助し、イギリス兵の体についた油をふき取り、熱いミルクやビール、ビスケットを提供したそうです。

はじめに、雷が近づいてくるのを見たとき、イギリス兵たちは、「幻ではないかと思い、わが目を疑い、そして銃撃を受けるのではないかという恐怖を覚えた」・・と語ってます。

まあ、そりゃそうでしょう。。。海に投げ出された兵を、容赦なく機銃掃射で皆殺しにするなんて、当たり前のことでしたからね~。


工藤艦長は、救助したイギリス兵士官を集めます。
まず端正な敬礼をし、流暢な英語で次のように述べたそうです。

 You had fought bravely.(諸官は勇敢に戦われた)
 Now you are the guests of the Imperial Japanese Navy.(今や諸官は、日本海軍の名誉あるゲストである)



う~!工藤艦長、かっこいい~

実は、この話は、2003年まで、封印されてたんですよ。

工藤船長は、帰還して上司に報告をしたところ、

「君のやったことは、決して間違ってはいない。だが、もしも、これが明るみに出ると、君は非国民とされるだろう。
だから、この話は封印する。」


ということで、上司によっても、守られたんでしょうね~。

いやあ、上司も立派だったんですね~。
波長の法則ってもんで、やっぱり、かっこいい人の周りには、かっこいい人が集まるものなんでしょうかね~。

その後、工藤艦長は雷を降りることになり、さらに、その後の戦いで、雷は、撃沈されてしまいました。
あのときの乗組員、工藤艦長の部下だった彼ら、一丸となって救助をした彼らは、すべて海の藻屑になってしまったわけです。。。

そんな理由からも・・・彼自身も、この話は、語りたくなかったのかもしれません。

それが、なぜ、明るみに出たのか?

2003年、1人のイギリス紳士が、生まれて初めて日本の土を踏む。84歳という高齢に加えて、心臓病を患っている、その紳士は、サー・サミュエル・フォールという元軍人にして外交官。

そう、あのとき、工藤艦長に救われた、当時、23歳だったフォール少尉だったんです。

「死ぬ前に、どうしてもお礼を言いたい。この歳になっても、一度として彼のことを忘れたことはありません」と語ったそうです。

ところが、なかなか工藤艦長のその後の足取りはつかめず、再度来日して、ようやく、工藤俊作中佐の墓を探し出し、墓の前で手を合わせる事ができたのだそうです。

その紳士は、サー・サミュエル・フォールも、もう、この世の人ではありませんが、彼の本が残っています。

http://www.bushido-seishin.com/falle/

工藤俊作さんという方は、海軍兵学校時代の校長だった、鈴木貫太郎という方から、大きく影響を受けたのだそうです。

海軍兵学校・鈴木貫太郎校長の3原則
 ・鉄拳制裁の禁止
 ・歴史および哲学教育強化
 ・試験成績公表禁止(出世競争意識の防止)



うーーーむ。すごいですね~。

たしかに工藤艦長も、雷の中では、一切の鉄拳制裁の禁止にしてたそうです。この当時では、異例のことですよね!

しかし、多くの部下には尊敬され、現存している、元軍人の方などは、

「男が惚れる男で、彼のためなら死んでもいいと思っていた」と語ってます。

いやあ、仁侠映画だけじゃなく、ほんとに、あるもんですね~。
そんな人に出会ってみたいもんです。。。

工藤艦長は、身長185センチ、90キロで、当時は日本人離れした体格、そして、決断力は早く、勇敢でかっこいい男だったそうですよ。

ふと、私は、はるか昔の子供の頃に、日曜映画劇場で見た映画を思い出しました。
眼下の敵」という古い戦争映画だったんですが、子供ながらにかっこよすぎて、感動したのを覚えてます。

dvd-930.jpg

これは、やはり第二次世界大戦中、アメリカ軍の駆逐艦とドイツ軍の潜水艦の戦う話なんですが、超かっこいい、頭脳明晰な両艦長が、戦う話。
最後に、ドイツの潜水艦が、アメリカ軍を撃沈したと思い、乗組員を助けようとして、即座に浮上してきたところを、逆にアメリカの駆逐艦に撃沈されちゃうんですが、すぐにまた、アメリカ軍もドイツ軍を救助するんですよね~。

そして、ドイツ軍の兵士たちを甲板に引き上げて、はじめて、艦長同士が対面する。
かっこいい男と男の死力を尽くして戦った末の対面、敵同士ながら、尊敬と無言の友情・・・というストーリーでした。。。

でも、こんな話が、現実にもあったってことなんだね~。


工藤艦長は、海軍兵学校時代の鈴木貫太郎校長の言葉、惻隠の情(そくいん)という、これは、武士道で使われる言葉ですが・・・常に、これを心に持ち続けていたそうです。

「惻」は、同情し心を痛める意。
「隠」も、深く心を痛める意。
したがって、人が困っているのを見て、自分のことのように心を痛めるような、自他一如(いちにょ)【平等・
無差別】の心もちを「惻隠の情」と言う。



彼は、武士道を実践していたんですね~。

そしてまた、救助されたイギリス軍側も、船の上からロープを投げても、最初は、動ける人たちでさえ、誰も上がってこなかったんだそうです。

「怪我人から、助けてあげてくれ!」と、イギリス兵たちが叫んでいた。

騎士道ってヤツですね~。

武士道も騎士道も・・、同じものかもしれませんね(笑)


つくづく、戦争のような非常時になると、人間の真価は、見えてくるものなんだな~、と思います。

それは、本当に強い人間か弱い人間だったか・・・その差かもしれません。
人は弱さゆえ、非道なことでも上司に逆らえなくなったり、自分の身さえ守れればいい、と思ってしまうわけですからね~。

それって、怖いからなんでしょうね~。

それにしても、惻隠の情(そくいん)、きれいな響きの言葉ですね~

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gingetsu2010

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