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リベラルアーツ続きで・・佐治先生の本を紹介

きょうは、佐治晴夫さんの本をご紹介しようと思う。
何冊も出版されているので、一番新しい本を紹介することにする。

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佐治晴夫_本


1935年東京生まれ。 数学者、理論物理学者、宇宙物理学者・・でありながら、文学、音楽、宗教、映画・・あらゆる分野への造詣が深い人だ。

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どんな人なのかは、こちらの授業を見て頂ければおわかりいただけると思う。
   ↓
宇宙物理学の佐治晴夫博士がついに面影座にやって来る!!宇宙一受けたい講義をもーやぁこ連載します。

宇宙物理学の佐治晴夫博士がついに面影座にやって来る!!第二弾

宇宙物理学者、佐治晴夫博士の宇宙一受けたい講義!最終回


理論物理学(今では量子論というべきか?)は、ある面で哲学的、宗教的な側面も持っているってことが、よ~くわかる~。


私もまた、こんな授業を受けたかったな~と(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人的に私が好きでメモったものを抜粋してみる。

★フラクタル構造・・私の好きな金子みすゞさんの詩を引用されてましたね~
ハチと神様の訳から世界観へ

* fractalとは、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念のこと。


つまりは、こうゆうこと↓
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それをもっと言えば・・

「自分をコントロールできているという錯覚。 自分とは『自』然の『分』身」
個ではなく、あらゆるものから出来あがっている・・彼の言葉を借りれれば、星のかけらでできている。


この感覚を宗教から見てみると、チベット仏教は類似してるんだけど・・

カトリックは、あくまでも神と人は別、神は天の上の存在になっちゃう・・という考え方が今さらながら面白い。

そりゃ、パウロ2世も困ったことだろう(笑)
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もっとも私は、バチカン総本尊のキリスト教(カトリック)と、イエス・キリストとは別物で無関係、と思ってるので、まあ、そうだろうな~って思う(笑)


★アウグスティヌスの「告白」という本
アウグスティヌスは、「未来はまだ来ていないからない。 過去も過ぎ去っているのだからやはりない。現在というものは過ぎ去ることがないものであるから、これをエテルナ(al ternam)である」といった。

つまり、永遠


そして、佐治先生は、永遠の説明をしてくれるのだけど・・

「そこに無限とは何かというからくりが出てきます。
たとえば、1割る3、これは0・33333どこまでいっても333…です。これを3倍しますと0・9999です。
ところが1割る3を3倍すると1なんです。では、1=0・999なのか?ということなのです。
これを美しく証明するのが数学なのです。」


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過去はわれわれの頭の中にあるだけで実在しない。 ないものの集積で現在がある。
あなたが考える過去が何であろうと、これからあなたがどういうふうにして生きるかによって、すべての過去は書き換えられる。

こうゆうのって、パラレルワールド、多元宇宙論といったものにも通じるものかもしれないなあ~。



★「やぎさんゆうびん」の話から

しろやぎさんもくろやぎさんも、読まずにお手紙を食べちゃう。
それで、お互いに心配になって、さっきの手紙のご用事なあにと手紙を書くというおはなし。

要するに手紙の内容を知らないけど、くろやぎさんとしろやぎさんの絆が結びついているという心温まるおはなし。

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このことを発見したのが、湯川秀樹さん。
何者かわからない中間子のボールをやりとりして、原子核の構造を発見しちゃったから。

「つまり、ものの本質というのは、わたしがわたしであるということでなく、わたし以外のものからわたしができているということ。
つまり、周囲との関係性で存在しているということなんです。これが物理学の原理なんですね。」




★フラクチュエーション(ゆらぎ)
水の変化量が水の実体を生み出しているということと同じ

「ゆらぎ(誤差)がある世界、半分予測できて、半分予測できないから心地いい」

『ある』と『ない』はワンセットだと意識することの先に真実が見えてくる」

『ある』と『ない』を超えたところに真理はある。あるとないの否定を繰り返す先に、自分と他者との区分がぼやけてきて、絶対的肯定の世界が立ち現れてくる」




そのほか、彼の著書の中では、こんなことを言ってる。

★学ぶこと、そして・・教育すること

「わかるということはかわること」


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わかった!ということは、まさに、その後の自分を変えていくってことだよね!

そんなこと、当然ちゃー当然なんだけど・・以外に頭に知識として詰め込んだだけでちっとも人生には反映してないって人も多いのかも。 とくに最近は。

でも・・それって、 頭にデータを詰め込んだだけで、ちーっともわかってない!ってことだよね~(笑)


教育者のスタンスとは・・
「教育で大切なことは、教えることではなく、感じさせることである」と言っている



さらに、

★今さらじゃなくって、今から!

昔は年寄りが「いまさら」という言い方をしていましたけれど、最近はその年代が下がってきていますよね。何を言っても「いまさら」と答えるんですよ。だから僕は、「さ」を「か」に変えろって言っている。「いまさら」じゃなくて「いまから」にしなさいと。



たしかに、昔のお年寄りは、「私は若くないんですよ~。 今さら・・」って答える人が多かった。

だけど今では、お年寄りどころか、まだ40代でも30代でも・・ひょっとすると20代でも、今さら~ね~!と言われることが多い。
ヘタすると、「あなたこそ、なんでそんな夢みたいな青臭いこと言ってるのよ!もっと現実を見なさい!」と説教されたりしちゃう! おいおい!



なんで、自分の世界を箱の中だけに限定しちゃうんだろ?

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きっと、サイエンスをまーったく知らない人・・見えないものは無いもの!と思ってる人なのだろうなあ。

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彼の講義(これは上記URLのサイトを読んだだけだけど・・)でも本でも、

とても、分かりやすくて読みやすい。

易しく(やさしく)て優しい(やさしい)波動に溢れてるんだよね~。



学者さんの文章は難解なものが多いとされることが多いんだけど、私のような、まったく数学・物理学の知識が皆無のような人にまで、さらっと頭に入ってしまう。

そっか~!

専門用語だらけで難解な文章を書くような学者さんて、ひょっとしたら、本人もわかってないんかも!

自分ではわかったつもりでも・・ただ、知識をデータとして頭に詰めてるだけの人。

ふと、そんなことを思った(笑)



そんなわけで、佐治晴夫さんの本を皆さんにお勧めします!

とくに、スピ系好きとか、引き寄せの法則云々とかって、自己啓発本がお好きという方には!

なぜって、最近のスピ系本とか自己啓発本って、エリザベート・ニーチェさんタイプの本が多いから。


エリザベート・ニーチェさんというのは、気がふれた兄貴を世に出してブランドにしちゃった人で、

とにかく・・ビジネスの天才、
目先の利益追究主義者
日和見主義でコロコロ変わる、変わり身の早さ
上手に言葉を拾って寄せ集めて作っちゃう才能
でもって、ぜーーたいにブレない強さ、怪物



日本人に愛好されるニーチェの本は、大半がエリザベートの発案ってわけ(笑)
ずっと前にも、こちらのブログにも書いたけど・・
エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その1)

エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その2)



この手の本は、別の意味で、すごい!けど、真理の追究をしたい人や、スピリチュアル的幸せを求める人には向かないと思う。

幸せになるのは、筆者とその出版業界のみ、ってことにもなりかねない(笑)

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私は、つくづく、佐治晴夫さんという方を知ってから、

前回のブログのテーマじゃないけど、

学者(または、何かを研究する一般人であっても)

リベラルアーツは必要不可欠!
専門バカはただのバカ・・どんどん真理から遠ざかる!


と思ったもんです(笑)

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今回、私が新たに学んだこと。

波動関数・・・シュレディンガーの方程式

△Ψ=0

このマーク、Ψ・・・プサイって言うんですよね~。
波動関数を表すのにはギリシア文字のプサイ(Ψ、ψ)とファイ(Φ、φ)


実は、ずーーと前に、量子力学を学んでるという学生さんに教わったシュレディンガー音頭から、私はプサイって知ったんだけどね~。

シュレディンガーさんというのは、シュレディンガーの猫でも有名なエルヴィン・シュレーディンガーさんのこと
   ↓
Erwin_Schrödinger_(1933)

で、シュレディンガー音頭というのは・・

とある大学教授だったかが、宴会の席で、「プサイにファイ」「プサイにファイ」と合いの手を誘いながら踊っちゃったんだとか。

Youtubeで見つけた!



ついでに、佐治晴夫さんの説明を引用すると・・

プサイは波動関数で目に見えない数学的な波。虚数を含んでいる波。

波動関数というのは、じつは一番最初にお話したように、実在しないが頭の中にある直線が三本重なると三角形ができて、その内角の和は全世界どこにいっても180度であるというようなプサイ。

宇宙は何もないところから生まれた、ということをあらわすのは簡単ですよ。
△Ψ=0
これでいいんです。きれいだとおもいません?(笑)。なんかドキドキしませんか?





はい! きれいです@ ドキドキしちゃう!
結構、記号好きの私としては・・△Ψ=0 だけで、ドキドキ、ワクワク




最後に、もうひとつだけ、今回私が学んだこと。

佐治先生の言葉から。

「教えるということは、希望を語ることだということを私は非常に感じたんです。
教えるということは、それしかないんです。」


私は「希望」って言葉も、それを軽々しく使う人も好きになれなかった。

「希望ってどうゆうことよ! 説明してみーよ!」というと、
「どんな辛いときにでも、未来に何かを獲得したいと欲求し続けることとか、明るく前向きに考えること」とか言われ続けて・・

け! さむ~っ!って、思いっきりバカにしてた。。。


佐治先生の言葉は、

ユダヤのラビの口伝書の中の私の好きな文句です。
たとえ明日世界が滅びるとわかっていても私は今日林檎の苗を植えるだろう。



なんて優しい言葉なんだろう、と思ったとき、それは、すとんと胸に落ちた。

引き寄せの法則なんて知らないけど実践しちゃってる人:その3

それ、誰やねん?

はい! 今は亡き、淀川長治さんです。

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私は個人的にまったく知りません。
別にファンでもありません。

だけど、映画関係のお仕事をしていた友人が、彼のメッチャ、ファンだったのだ。

私がよーく知ってる彼は、日曜映画劇場の解説に登場してくるオジサン、というだけ。

小学生の頃、映画にハマった私は毎週日曜日の夜を楽しみにしていたのだ。
当時はパソコンもないし、映画配信もないし、レンタル映画もなかった時代(←年がわかりますね~。)
毎週映画館に連れて行ってもらえなかったし~。

なので毎週日曜日の夜を楽しみにしていたのだ。

子供は9時には寝なさいと言われてたんだけど、寝たふりして、こっそりとドアから日曜洋画劇場を覗き見していた私に根負けした父は、日曜の夜だけは11時まで起きていることを許してくれるようになった、というエピソード付き(笑)

スクリーンという映画雑誌まで、お小遣いで買ってたものだ。

私の買ってた時代のスクリーン
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そんなわけで、まあ、TV画面を通してだけど、毎週必ずお会いしてたオジサンなのだ。

「さあ、みなさん、そろそろお時間来ましたね~。 ではまた来週。 さよなら、さよなら、さよなら。」と、必ず言ってたオジサン。

毎週のようにみていると、子供ながらにも、だんだんと、「この映画は名作だ~!」と思ったり、「こりゃダメ!駄作だ~!」と思ったりするようになっていくのだけど、

淀川さんは、どうみても駄作の映画でさえ、ちゃーんと良いところをみつけて解説をしてしまうのには、びっくりさせられたものだ。
決して「こんな映画、ダメ~!」なんて言わない。 それでいてウソも言わない。

ほんとに、数少ない良いところを見つけ出してしまう人だったと思う。
ま、それが解説者としてのプロ意識だったのだろうけど。

それが私の知ってる淀川さんのすべてみたいなものだった。



で、私の友人が、なぜ、淀川さんファンなのかというと、

「あれだけ幼いころから、映画に魅了されて、そのまままっしぐらに映画だけに生きた人ってだけですごいよ!」という。

たしかにそうだ!

淀川家は、芸者の置屋さんをしていて近所の映画館の株主にもなっていたらしいので、たぶん、映画は子供の頃から見放題だったのだろう。

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学校の勉強もそっちのけで、映画映画の毎日。
映画こそが淀川少年の先生であり、人生すべてだったというのは、私もよく聞いた話だ。

しかも見ていた映画が、洋画だったのだから、自然に世界情勢や文化にだって詳しくなってしまったのだろう。

太平洋戦争が始まったときいたとき、
「ふーん、そりゃ、日本は負けるな!」と思ったそうだ。

この時代、世界を知らない日本人がほとんどで、誰もが神国日本が勝つと思いこんでいたような時代に
この若さでこんな大きな視点で世の中が見えてたのも、映画のおかげなんだろうね~。



20歳になった頃に、淀川屋は傾き、数年後には潰れてしまったという。
両親の面倒をみなきゃならないし、自分ひとりでも食べていくための苦労は大変なものだったはずだ。

それでも、
映画を好きなだけ見れてなんとか食っていければなんでもいい!と、それだけで、大阪のユナイテッド映画配給会社に就職したという。


その頃の彼のビッグイベントは昭和10年、
チャップリンがお忍びの新婚旅行で神戸港へやってきたのだ。

当然、ダッシュで押し掛けていったそうだ。

彼にとっては、チャップリンは神。
10歳のときから、チャップリンの映画はずっと見続けている。

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チャップリンも相当嬉しかったんだろうなあ。

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たぶんだけど・・淀川さんの映画の好みは、崇高な芸術作品と呼ばれる作品よりも、むしろ、チャップリン映画のように、
庶民的でニューマニズム溢れる映画がお好きだったようだ。


淀川さんという人、

本人も言ってたようだけど、映画以外はすべて人より劣っていると本人も言ってたくらい・・酒は飲めないし、映画抜きでは人とのつきあいもできないような人。

結婚はせず、淀川家が自分を最後に潰れることも厭わなかったくらい。 

世間からみれば、完全に変人だし、ドロップアウトしてるような人だと思う。


それでもいつもニコニコ笑顔を絶やさず、誰にでも声をかけるような優しい人。
これも映画の中から人生哲学を学んでいくうちに、そうするようになったという。


まあ、私も子供の頃は、いつもニコニコ優しいオジサンって思ってたけど・・・

実はものすごーく熱血漢で、実に「暑苦しい人」だったと思うのだ。
純粋、ストイックともいえるけど(笑)

そうじゃなきゃ、映画まっしぐらの人生なんて歩めるわけないもん。


そして、死ぬまで感動し続けた人だったと思う。

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ここに、80歳のとき、ニューシネマパラダイスという映画を見たときの淀川さんのコメントがある。

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有名な映画だし誰でも知ってるだろうとは思うけど、遠い昔過ぎて忘れちゃった人のために紹介ビデオを貼っておく。
    ↓


大人になれば、そうそう感動することなんてありませんよ~。そんな青臭い青春時代じゃあるまいし~。
と、したり顔で言ってる、おっちゃんに聞かせてあげたい言葉だ(笑)


もう一つ、淀川さんには、いつも「死」というものが付き纏っていた。

付き纏っているというよりも、いつも「死」を意識しながら生きていたといった方がいいかな。


まだ若い頃、徴兵されるだろうと思ったとき、これはチャンス!だと思ったという、本人コメントがある。
自分が「生か死かの瀬戸際を経験するチャンスなのだ!」と。
(実際には体が弱かったか?で徴兵されなかったらしいが)

これは・・この時代の人だったから!というのも、あるのかもしれない。

昔は、武士道のような精神を持っていた人が、まだまだ多かったらしい。


武士道といっても、書物をみると色々あって、
「主君のためにひたすら尽くすべし」といった儒教精神でコチコチになってるものもあるし、剣の極意やその精神性を綴ったものもあるので、ひと言では言えないのだけど・・

●柳生新陰流の柳生宗矩さんは、殺人刀から活人剣へと昇華しようとしたし、その奥義が「無刀取り」
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●宮本武蔵の「五輪書」では、さらに、武の神髄は真の「空」に到達することにあり。



こんなん話出すと長くなるからやめとくけど(私、時代モノファンだから)


手っ取り早く言えば、いつも死は隣りあわせにあるという死生観かな。

だからこそ、生き生きと輝いて生きられる。

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私自身、死をテーマにした小説とか好きなのだ。(あ、だから、サムライモノが好きなのかもしれないけど・・と今気づいた。)

ただし、死を暗~いものとか、重たく、おどろおどろして捉えたものはキライ。 そりゃ違うだろ!って思う。

活人剣じゃないけど、死を意識することは生き生きと明るく生きるためのものなのだ

死を意識するからこそパワーをもらえると思っている。



淀川さんご自身も、死について口にすることが多く、とくに晩年はますます多くなっていったみたいだ。

インタビューでも、こんなふうに語っている。

「死ぬことが怖いとかつらいとか考える人は、明日死ぬかくらいに思いなさいよ。
明日死ぬと思うから、生きることが輝いてくるんだから。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人は晩年に近ずくと、ああ、もう残された時間はあんまり無いよな~って悟る。

若い時は、ちっとも気づかないものなんだけどね~。

そこで死を恐れるか、それとも、残された時間をせいいっぱい燃焼させたいと思えるか?

その違いは大きい(笑)


淀川さんという人、

★好きなことだけを追いかけてきた人
★死ぬまで感動の人生を歩んできた人
★ネガティブな言葉は使わす人に優しく、穏やかにを映画から学んだ人
★いつも死と隣り合わせ、死を恐れず活かす人




引き寄せの法則なんて言葉も、波動も量子力学も知らなかったかもしれない。

それでも、大好きな映画の世界に入り、念願のチャップリンと会いゆっくり話すことも出来て・・
自分の望むことを引き寄せ続けた人だったように思うのだ。


こちらは、だいぶ前に淀川さんファンの友達に送ってもらった言葉
    ↓

私にはもうこの年で、死が迫ってきている。
楽しいことばかりが思い出される。
ウソだよ。
悲しいこともいいっぱいだよ。 そうも思う。

けれど、悲しいことを忘れるほど、私は嬉しいことがいっぱいで、私は今日まで生きてきた。
人生とは何か、人間の使命とは何か。
そんな難しいことを考えなくても、互いに嬉しかったなあと言い合える社会が一番幸せ



彼は、亡くなる前日にも映画解説のお仕事、スピーチ収録をしているのだ。
そして翌日、あの世へ旅立っていったという。


なんてステキな人生だったんだろう・・・と思う。
幸せってそうゆうものじゃないかな~。


なーんて褒めちぎると、友人からだから淀川さんはすごいんだ! わかったか!と言われそうだけど・・
別に私はファンでもないし、ファンになる気もない。(笑)

ただ、すごくステキな生き方とステキな死に方が出来た人なんだな~と感慨深く思える。


友人はこの言葉が一番シンプルで好きなんだとか・・
   ↓
「生きることの贅沢さ 1日1回は笑いなさいよ。 笑わないと損だよ。」



うーーん、実に・・らしい!

雨乞いの続き:レインメーカー? レインマン?

きのうのの話から、ちょっとだけ「雨乞い」に関する続編を書こうと思う。

これはアメリカで実際にあった「雨乞い」のお話。


雨乞いは英語では、Rain Maker(レインメーカー)と呼ばれてる。

ん? 雨を乞うのと雨を作り出すって違くね?

と疑問をお持ちの方もいるかも。

はい! おっしゃるとおり、違いますね。


そこは・・雨を司る精霊の存在を信じてた人と、目に見えないものを信じて無かった人の違いかと(笑)

つまりアメリカに移住してきた欧米人(主に白人連中)は、精霊なんぞ信じてなかったからこそ、レインメーカーって言葉ができたんでしょうね~。(目に見えないものに、何を乞うんじゃい!と言われちゃいそうですもん。)


しかし、白人が移住してくるよりも、ずーーと昔から、

ネイティブアメリカンには、「雨乞い師」がいたそうです。

ネイティブアメリカンの部族語で、そういう人たちをなんと呼んでたかはわかりませが、おそらく、日本語の「雨乞い師」に近いニュアンスの言葉だったのでは?って思います。



そういえば、ネイティブアメリカンって古代日本人と似てますよね。

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●自然霊を信じて八百万神(やおよろずのかみ)を敬った日本人 カチーナと呼ぶ多くの自然に宿る精霊たちを敬ったネイティブアメリカンたち

●目に見えぬ存在と交流し、大地といのち、宇宙との均衡、調和を祈り続けようとした・・というのは、どちらも一緒。


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●また、政略者だった白人社会と違って、男尊女卑なんてあり得なかった日本人&ネイティブアメリカン
(注:日本が男尊女卑社会っぽくなったのは、主に江戸幕府が確立し安泰な世になってから。
それも武家社会のみ。)
(注:ネイティブアメリカン部族は、母系制で、土地、家、財産は女性に属するのがほとんど。)



しかし今回の話は、ネイティブアメリカンの雨乞い師ではなく、れっきとした白人のレインメーカーの話です。


チャールズ・ハットフィールド : Charles Mallory Hatfield (July 15, 1875 – January 12, 1958)

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生まれは、カンザス州のフォートスコット(Fort Scott)

実家はミシン業を営んでいたのだけれど、後に農業へ転向した。

ところが、チャールズが11歳のとき、干ばつに襲われる。
せっかく耕した田畑は、あっと言う間に干上がり廃業を余儀なくされてしまう。

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アメリカは日本以上に厳しい土地だ。
不毛の砂漠地帯は多いし、大地が広大なだけに水路を確保できないことの方が多い。

頼みの綱は雨のみ!ということが多かったのだ。


最も天侯に左右されがちなのは農業。

ハットフィールド家も例外ではなかった。

彼らは土地を捨てて南カリフォルニアに引っ越した。


チャールズはニューホーム・ソーイングマシーンという会社のセールスマンになり、

1904年カリフォルニア州グレンデール(Glendale)に引っ越した。
 
(*グレンデールは、ウチから車で北へ1時間くらいの距離だ。
たしか白人が多く住む、小ぎれいな地域で、アルメニア系アメリカ人のコミュニティーがあるはず。
チャールズの時代のことは知らないが・・)



ミシンのセールスマンとして働いていたチャールズだったけど、(お父さんもミシン・セールスマンだったんだよね)


彼の頭の中には、いつもこのことばかり。
    ↓
「何としても農家を干ばつから救いたい!
 天侯に左右されない、人工的に雨を降らせる技術と装置が絶対にあるはずだ。」



暇さえみつけては、レインメーキングに関する多数の本や定期刊行物資料を読みふけった。
特にハーバード大学教授、ウィリアム・モリス・デイビス( William Morris Davis)によって書かれた「初等気象学」(Elementary Meteorology)の影響を最も受けたという。



時代は19世紀末、アメリカの深刻な干ばつは、農民から銀行家までの、すべての人に大きな影響を及ぼした。

自分の少年時代、干ばつで家族ともども土地を捨てて逃げてきたの経験もフラッシュバックされてたかもしれない。


何がなんでも雨を降らせなければ!という思いは、強迫観念に近いものであったのかもしれない。



豊富な知識を吸収し、チャールズは雨を作り出すための独自の方法を考案し開発し始めた。

チャールズの弟、ポールや末の弟ジョエルも手伝っていたという記述がある。


牧場の風車の塔の上から雨製造実験をしたり、何度も失敗挫折を繰り返したのち、


1902年、彼は大きな亜鉛メッキの蒸発タンクの中に23の化学物質の混合物を作り入れる、大がかりな装置を作り出す。
これこそが雨を引き寄せる装置になったようだ。


約6メートル程のやぐらを組みたてて、その上から薬品を調合してできる煙を空中散布することによって、雨雲を発生させ雨を降らせるというもの。

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ロサンゼルス・パブリック図書館からの写真


1904年フレッド・バイナリー(Fred Binney)が、チャールズのプロモーターとしてキャンペーンをするようになった。フレッドもまた果樹園の3分の2を干ばつによって全滅させられた経験をしていたのだ。

そのうち、ロサンゼルスの牧場主は新聞で彼の広告を目にすると、

干ばつに頭を痛めていた牧場主たちから次々依頼が入るようになる。
最初は50ドルだったり、100ドルだったり・・
(当時の100ドルは現在の$2800くらい。日本円だと・・310万円くらいかな)


契約はすべて成功報酬だったという。

しかし見事に成功し続けて彼の名前は、どんどん知られていくようになる。

●ロサンゼルスに18インチ(46 cm)の雨を降らせる依頼、
この仕事では、チャールズはルビオ渓谷近くのアルタデナにあるエスペランサ衛生院の敷地内に塔を建設。
見事に成功し約束金、$ 1000の料金を徴収した。




26年間の長きに渡ってこの商売を続け、その生涯で500件を超える雨乞いの依頼を受けた。
その中で失敗に終わったのは2件だったという記録が残っている。



1915年、チャールズが40歳のとき、
サンディエゴ市議会から、モトレナダム貯水池を満たすために雨を降らせて欲しい!と依頼を受ける。


当時のカリフォルニア州は、1200年ぶりの最悪の干ばつに見舞われていたという。(1200年ぶりってすごい!)

農家などでは、地下水源を守るために怪しげな雨乞い祈祷師を呼んでみたり、

ある専門会社では、大気をイオン化することによって降雨を引き起こすことができるんだから、そのための電気塔を建設さえすれば、干ばつは終わるのだ!とか・・・(ん? だからその費用負担をウチにくれってことか?)


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議会は日々、喧喧諤諤、紛糾しまくったことだろう。


結局、サンディエゴ評議会は、レインメーカー: チャールズ・ハットフィールドを雇うことにしたのだった。
10,000ドルの成功報酬で。




1916年1月1日、チャールズと彼の兄弟、ジョエルは,
街の東60マイルの森の奥深くに入り、モレナ貯水池のそばに20フィートの塔を設置し作業を開始。

チャールズは独自の公式を使って、彼は様々な化学物質を混ぜて大気中に放出した。


4日後、モレナで雨が降ったと報告されている。


雨はどんどん降り続く。


1月14日 サンディエゴ川が溢れ、オールドタウンとミッションバレーが洪水に見舞われる。
道路、鉄道、橋が一掃される。(ある時点では、4フィート(120センチ以上)もの水がブロードウェイを駆け下りていったという記録がある。

1月27日、サウスベイ地域では、スウィートウォーター貯水池の水位はダムを溢れるまで上昇し、50フィート(15メートル以上)の壁を崩壊させ、ボニータ渓谷は、農場、住宅、道路、鉄道、すべてが渦巻き状の泥水に飲まれてた。

*スウィートウォーターダムは観光名所で、1888年に建てられ、それは1915年まで、アメリカで最も高いダムだったそうだ。

こちらがスウィートウォーターダムの1907年頃のポストカード
      ↓
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もう少し南の方の、ローワーオタイダムにも危険が迫っていた。
水位は徐々にダムの頂上に近づいていき、設計建設者が、激しい嵐に耐えられないかもしれないと警告を出している。


同じく1月27日の午後4時45分、水はダムの頂部に到達し、午後5時5分に決壊



放出された水は峡谷を駆け抜けてダムの頂部から約20フィート下の地点までいっぱいになった。
貯水池が空になるのに24時間もかかったという。

6〜20フィート(6メートルにもなる!)の高さと巨大な壁のようになった水は、パームシティまでの距離を48分で駆け抜けたという。

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これによって、サンディエゴ全域が隔離されてしまった。

高速道路と鉄道が流され、電話回線も破壊されてしまったからだ。

唯一の方法は、ヨットクラブドックからボートで行くしかなかったという。

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1916年の洪水で、いったい何人の命が失われたのかは誰にもわかってない。

20人だったという人もいれば、60人だったという人もいて、もっと数えきれない数だという人までいる。


しかし犠牲者の多くは谷に住んでいた日本人農民たちだったといわれている。

被災後、何人かの日本人が小さなボートに乗り、必死で家族の名を呼びながら探し回っていたのが目撃されている。

現在、マウント・ホープ墓地には日本人の洪水被害者の記念碑があるそうだ。
     ↓
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当然のように・・・これだけの大被害を出してしまえば責任問題が問われることになる。

責任は誰に?


これまた当然のように・・市議会はチャールズに責任を押し付けることになる。

まず、350万ドル相当の請求を突き付けたそうだ。

おいおい! ちょっと待ってよ!


雨を降らせって依頼したけど、今度は雨が降り過ぎちゃって大被害が出たから、全部オマエのせいだ!ってこと?


そもそもチャールズは、雨を降らせるための研究をしてきたけれど、
雨を止ませる方法は研究していない。

もっと正確にチャールズの言葉を借りるならば
”I do not make rain. That would be an absurd claim. I simply attract clouds, and they do the rest.”
Charles Hatfield



私が雨を降らせるんじゃなく、雨雲を呼ぶだけだ。 雨を降らせるのは雨雲なのだ。


2月4日、チャールズは記者団に「被害が出たのは市が十分な予防策を講じてなかった責任があるはずだ。」と述べている。


ところが、市議会はチャールズが全損害賠償責任を引き受けない限り、契約金を支払うことを拒否。

ん? 350万ドルを払えば、最初の雨を降らすって契約の1万ドルは支払ってやるぞ!ってことらしい。



新聞雑誌で「素晴らしきレインメーカー」ともてはやされた男は、「サンディエゴを大洪水にした張本人」と言われるようになる。


彼を貶めようとする者、また擁護しようとする者との会話。

「この男はコンアーティスト(ペテン師野郎)だ。」

「いいえ、違います。彼は実際に過去に何度も成功していますよ。」

「私も彼は人柄も大変良い人だと思います。 巷によくいるような口先だけのセールスマンのようにはまったく見えません。
また、そんなふうな噂だって聞いたこともありませんよ。」


実際、彼はミシンのセールスマンではあったが、典型的なセールスマンタイプ(つまり、口先が滑らかで上手に買わせるように仕向けてしまうような)ではなかったという。
敬虔なクエーカー家に生まれ、いつも礼儀正しく、自尊心を持つ態度だったという。
淡く澄んだブルーアイを持ち、白い肌を持つ細身の男だった。

    ↓
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「そうゆう洗練された男こそ、本当に気をつけなきゃいけないんですよ。」

「いいえ、彼のバックには、れっきとしたサイエンスがあるのかもしれませんよ。」




市職員側は、雨だけでなく、その結果生じた損害の補償までも求めるような訴訟をどんどん起こしていく。
それがあまりにも殺到していったため、

本来の約束だった、成功報酬の1万ドルでさえ、支払わない方向に持っていったという。


チャールズ・ハットフィールドが雨を降らしたのは自分がやったことであり、決して神の行為ではないという証明をせよ!
その証明が提出できなければ、支払いを拒否する。



なんだそりゃ!


裁判は1938年まで続き、

当時の陪審員によって、「彼は科学的に雨を降らせたのではなく偶発的におきた自然災害」として判断し無罪の判決を下した。


つまり、科学的考証によりもたらされた産物ではない、
ただのペテン師野郎だった!
という判決が下されたことになる。


公の見解では、
チャールズ・ハットフィールドは気象学の知識を使って、前線がどこにあるかを予測し、あらかじめその場所に行って自分が雨を降らせたかのようにしただけに過ぎない


ということにされた。



ん? でも・・果たしてそんなことが出来るものだろうか?

いくら気象学に通じていたとしても100年前の気象学のわけだし~。(昔の天気予報なんてハズレも多かったと思うのだが)

それに、クライアントの依頼を受けて始めてその場所に行くわけだし・・
生涯で500百件を超える雨乞いの依頼を受けたうち2件を除いては成功したという事実から考えても・・

もし、本当にそんなことができたとしたら、

高い雨の確率にピンポイントで選択できる、恐るべきスキルとタイミングの感覚を持っていたってことになるんだろうか?
それとも、サイキックかい?(笑)



謎の部分はいくつもある。


裁判のとき、彼の研究結果を表す、化学式の提示は求められなかったんだろうか?
それとも、彼が拒否したのだろうか?

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チャールズとジョエルは、自分たちが行ったレインメーキングのあと、サンディエゴまでの60マイル(97キロくらいあるんだけど・・)を歩いたという。

濁流となった川、渓谷は完全に浸水し、橋は消え、鉄道は破壊され、家は流されていた。
死んだ動物達は泥水の中で放り投げられていたという。

それを目の当たりにした胸中を想像すると、真っ暗な思いがする。。。


その後も、チャールズの名声は消えたわけではなく、多くのレインメーキングの依頼も受けたそうだが、

すぐにやってきた大恐慌で、彼はミシンのセールスマンに戻っていったという。

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彼は静かに余生を送り、
1958年1月12日、83歳で生涯を終えた。

カリフォルニア州グレンデールのフォレストローン記念公園墓地に埋葬され、彼の化学式も一緒に埋められたという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼の死後いまだに、

●チャールズ・ハットフィールドは本物レインメーカーだったか、ペテン師だったのか?

●彼の調合したものはなんだったのだろう? 化学式はなんだったのだろう?



と謎が謎を呼び、ずっと囁かれ続けている。


有力な説のひとつとして言われているのは、

「雨粒の形に近いヨウ化銀を気化させた煙を大気中に散布したのではないか」という説。
これは20世紀後半から人工降雨の技術の一つとして実際に稼動させているものであり、実用化されているレベルとなっているらしい。

しかし、いずれも航空機などを使用して高所で行なわなければならないものなので、チャールズがやったように地上からできるものとは思えない・・というのが一般的見解。



結局、なにもかも不明・謎のまま。


もっとも、現在の軍上層部だったら、地震・気象兵器「HAARP」だって持ってるくらいだし~解明されちゃってるのかもしれないけど(笑)


ただ・・・現実に存在した事実は、

干ばつを回避するために、人生のほとんどを人工雨を降らすことに命をかけてきた男と、

それを信じて庇護する人とペテン師扱いした人がいて、

大災害が起きれば、誰かに責任を取らせよう必死な人たちがいたこと



それだけは確かなことだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レインメーカーの話は、のちに映画にもなった(笑)

私の父親あたりが見てそうな映画だけど・・
     ↓
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これは、私の時代の映画だ。
    ↓
41WDNDEAREL.jpg

これは「雨乞い」じゃなくって、「弁護士」の映画だったけどね~。

このレインメーカーとは、「雨のごとく金を降らせてくれる一流の弁護士」って意味の現代におけるスラング。

一流といっても、必ずしもいい意味だけで使われるわけじゃないけどね~(笑)


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まったくの余談なんだけど・・

チャールズ・ハットフィールドは、「大砲を撃ったあと雨が降る」言葉から、多くのヒントを得たという話が伝わっている。

「大砲を撃ったあと雨が降る」というのは、どうやら南北戦争の頃から、言い伝えられるようになったらしいのだ。


実体験してきた軍人さんたちから言い伝えられてきたらしい。

こちらの、南北戦争体験者からのサイトに載っていたのだ。
     ↓
Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk


チャールズよりも以前にも、それを証明しようとした気象学者たちもいたようで・・

1841年ジェームズ・ポラード・エスピイ(James Pollard Espy)という当時の一流の気象学者の著書『The Philosophy of Storms』の中で、
「湿った気流をより冷たい大気の層の中に移動させることによって、結露が起こり、人工的に雨が降る可能性がある」と主張している。

それが大砲やら機関銃やらの一斉攻撃が引き金になるってことらしいのだ。


その後、1890年にも大規模な実験まで行われたという。



だとしたら~その後も何度も大きな戦争が起こってるわけで、

ヒロシマ・ナガサキの原爆だって(あ? そういえば、原爆が落とされた後も黒い雨が降ったんだったっけ?)

近年では、中東に向けてのピンポイントミサイル攻撃だって数えきれないだろう。

石油コンビナートだとか、タンカーの大爆発だって起こってるわけだし・・


気象状況を変えてしまったのは、人間かもしれない!



参考
It's Raining Man! - San Diego History Center | San Diego, CA |

When Rain Comes: Charles Hatfield’s Secret Formulas

Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk

Charles Hatfield: Rainmaker or Con Man?

The Great Flood of 1916

Firing a cannon to make it rain: madness or meterology?

The Rainmaker, Charles Hatfield, and the Flood of 1916

フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)

これは私がずーっと前に聞いた話だったけど、

ある出版社へお勤めの編集者さんが外を歩いているとき、ふと、すれ違った女性に、ぎょっとした顔をされたんだそうな。

目が合うと、その女性(すごく平凡な中年女性だった)が、

「あの~、あなたのバッグの中から、気味の悪い黒い霧のようなものがモヤモヤと立ち上るのが見えたもんで・・
いったい、その中に何を入れているんですか?」
と。


その編集者は、すぐに思い当たった!
今、頂いてきたばかりの原稿だ。

それは、ドロドロの怨念たっぷりが盛り込まれた原稿だった。 
むろん秀作で、ちかぢか出版する大事な原稿ではある。


しかし、その原稿は当然パソコンでタイピングされてた原稿だし、

直筆で書いたり、怨念こめた血文字だったり・・なーんてシロモノではない。(当たり前だろ!崇徳天皇じゃあるまいし~。
崇徳天皇の詳細は過去ブログで ⇒天皇国家を呪った崇徳天皇



それでも書いた人の念(エネルギーや波動)が籠ってしまうということなのだろう。
(見える人には見えるのだね~。)


「あなたも、あまり長くそれを持っていない方がいいですよ~。」

といって、その女性は去っていった。



本(印刷された本でさえ)には、それ独自の波動が込められている

それは今の私にも、よーくわかるようになった。

「とても心地良いもの」 「げーー!触りたくもない本」 「なんだこりゃ!と放っておくもの」


私には、この3種類のタイプの本があるような気がする。

もちろん、家に置くのは「心地良いもの」だけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人から、「これ、すごーーくいい本だよ!」と紹介された本がある。

もちろん、先に述べた意味での「良い本」


それが、これ。
   ↓
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amazonより

簡単に紹介すると、この本はロバート C フルフォード医師 (Robert C. Fulford, D.O. (1905–1997)によって後年に書かれたものだ。

Robert C. Fulford, D.O.・・まずは、このD.Oというところに注目してください。


一般的なドクターには、M.Dという肩書がついていることが多い。

アメリカの医者には、名前の後につく肩書きがMDの人とDOの人がいる。(両方とも医学の博士号)


●MDとは、Doctor of Medicineのこと・・・これは、私たちもよく知ってる現代の西洋医学の方

●DOとは Doctor of Osteopathic Medicineのこと




オステオパシーというのは聞きなれない言葉かもしれないが、

オステオパシーとは、アンドルー・テイラー・スティル医師(1828-1917)によって考案されたもの

19世紀に流行っていた薬剤信仰を嫌い、本来備わっているはずの、自然治癒力を最優先する治療法を研究していた人。

その結果、どんな病気の人にも必ず筋骨格系の異常があり、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしていることをつきとめた。

それを解決するために、マニビュレーション(手技)を施してほどよい循環を取り戻すという方法を考案した人。



つまり、M.DとDOでは、カリキュラムと根本哲学がまったく違うのだ。



この本は、スティル医師のポリシーを受け継いだフルフォード博士によって書かれたもので、もちろん、医学的見地から書かれている。


簡単に言ってしまえば、

こころとからだは密接な関係で成り立っている

精神と体内を通して、順調に気が流れているときは健康なのだが、滞りができれば症状が出て病気になる。



ということだ。


さらに彼は、

気を生命エネルギー
滞りをエネルギーブロック

と呼んでいる。


エネルギー・ブロックがあると、いずれは病気の症状が表れてくる。

それは、遠い昔の古傷が原因になってることもあれば、精神的なトラウマだったり、欲望とのジレンマからくるストレスだったり・・
人によってさまざま。


その根源を突き止め、ブロックを解除する手技を行って、気の流れをスムーズに戻す、それが彼の治療なのだ。



日本では気(き)と呼ばれるけど、

中国では氣(ち)

インドではプラーナ



このように、何千年も前から、ヒポクラテスの時代から、ちゃーんと生命エネルギーの概念があったのだ。


そう、彼は、これを生命エネルギーと呼んでいる。


うーーむ。

今になってようやく、エネルギー療法、エネルギー医学という分野にも注目されるようになってきたけれど、

まだまだ、日本ではそういったものは「代替医療」扱い。

そんなものは似非科学と呼ぶ人がいるのもたしかなことだ。



自分の思い込み、先入観、既成概念、が捨てられない人には受け入れがたいのかもしれない。

しかし、今や世界レベルでみると、日本より他国の方が「生命エネルギーの概念」をどんどん取り入れてきている気がしてならない。

つい最近のブログ記事でもアップしたとおり
     ↓
「森羅万象は気で出来ている」という波動医療



まず、私がこれを読んですっごく驚いたのは、・・

南北戦争当時のアメリカに、気の流れに注目し研究した医者がいたということだ!

なんとゆう柔軟な思考なのだろう! この時代に!(←時代も国籍も関係ないってことだよね~。)



さらに、この本は、人の持つオーラにも触れている。

オーラとは生命場のことであり、肉体に生命力を導き入れ、その人に霊魂と気力を供給するもの
また、オーラは、固有の電磁場ともいえる。

動物にも植物にもすべてのものが、固有のオーラを持っている。




おそらく、オーラなんて言葉を聞くと、多くの人々は心霊現象とかオカルト分野の扱いにしてしまうかもしれない。

しかし、オーラの研究は、なんと1935年、エール大医学部のハロルド・サクストン・バー教授が、実験を重ねた結果、

「生命があるところには必ず電気的な特性がある。 周波数の高い電磁場がある」

という内容を論文として発表していたそうだ。

ある人々は、それを色で感知するというだけのことだ。



1935年だよ!!

こういった研究は、実のところ、多くの人によってされてきたのだろう。
しかし、そのほとんどが握りつぶされてきたのかもしれないなあ。



ここらで、なんとなく、おわかり頂けたと思うけど・・

この本は医学的見地から出発しているけど、宇宙や生命にまで繋がる本だといえる。



神の概念にさえ触れてるだから。(以下抜粋)

「普遍的な生命力こそ、創造主といわれる神の別名。

神はエネルギーという形をとって、われわれひとりひとりの内部にいる。

現代ではほとんどの人が、神は内部でなく外部にいると教えられている。
それが間違いのもとだと私は思っている」



これがプロテスタント王国のアメリカ人の言葉かい?とびっくりする方もいるかも(笑)



さて、内容紹介はここらへんにして、あとは目次だけを紹介~♪


一章 オステオパシーとはなにか
二章 宇宙の仕組みと人体
三章 健康が問い直される時代
四章 オステオパシーによる健康
五章 自己管理の秘訣
六章 穏やかな生 穏やかな死
七章 霊性を高める
八章 エクササイズ
九章 もっと知りたい人のために




最後にもう1つだけ、引用したい箇所がある。


人間の3つのからだ

人間は3つの存在が一体となってはじめて完成する


第一は肉体、第二は霊的な存在、第三は精神的な存在


・・・中略・・・

このように、我々が望ましい結果を得るには、その三つをほどよく兼ねそなえ、自然の真理と調和していきなければならない。
アンドルー・テイラー・スティルの言葉より




これを、フルフォード博士は文中で引用しながら、このように述べている。
       ↓

肉体、精神性、そして霊性・・・この3つ

オステオパシーの思想とタオイズムとの結合がわたしの思想の基礎になっている

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他的に生きる能力が生まれてくる





ああ、これはもう、完全に老子の無為自然の思想なんだな~と。

それが、なんとアメリカ人の中に、ちゃーんと宿ってたんだ~と。

私は驚くばかり・・・

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    ↑
この図が表しているように、
すべてをそのまま受容すること(決して二元論ではなく調和して一体となること)だと、私は思っているのだけど



しかしながら・・

老子のタオイズム(道)というものを、

むしろ日本人の方が、違った解釈をしている人が多い気がする。



ちらっとググってみても、老子の無為自然とは「素晴らしい処世術の1つ」、という解釈してる学者さんもいるし・・

自分を大きく見せようと見栄をはる必要もなく自然体でいなさいよ~という意味ですよ~、と自己啓発本の中で言ってる人もいる。


人によって解釈は違うわけだし、それが生きることの支えや癒しになるならば、それはそれでいいのだろうけど・・



でも、老子さん(←本当にこの方が実在かどうかはわからないそうだけど)が、本当に言いたかったことは、


私には、フルフォード博士の心の中に宿っているように思えてならない。


気(生命エネルギー)という概念がベースにあって、はじめて行きつくことが出来る解釈ではないだろうか?




そして、ここに行きついた人が、どこまでもどこまでも深い、利他的な生き方になるのは、
こりゃもう、自然の成り行きだろう。

自分や身内だけに向けられる愛だけではない、人々すべての向けられる愛


タオイズムの神髄、宇宙(自然)の摂理や調和も、そこにあるのではないかなあ~。

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そこに行きついた人の書く本は、暖かい波動に満ちている。

この本をそばに置いておくだけで、私には柔らかな波動が伝わってきて、ほのぼのとした笑みが浮かんできてしまう。


多くの人がこの波動を感じるようになれば、それこそ、世界は変わると思うんだけどな~(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オフィスの同僚に、ミッシェルという香港人がいるのだけど、彼女は「気(エネルギー)の流れ」というのをよく口にする人だ。
食べ物にだって良い気と悪い気の入ってるものがある、といってる。
また、かなりの読書家なのだ。


私が日本から入手した本は、こちらの本なのだが、
      ↓
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ミッシェルにお勧めすることにした。 (もちろん英語版を)

「ミッシェル! この本は、すっごくいいよ~。

私はこの本を何回読み返したかしら? 何人にすすめただろう?」



ミッシェルは目を輝かして、本のタイトルをメモった。



吉本ばななさん、ごめんなさい!

私は、ちゃっかりあなたの言葉を拝借しちゃいました。

まだ2回しか読み返してないのに・・・
今はじめて、ミッシェルにすすめたのに・・・


でも・・

私もまた、多くの人に読んで欲しい本だと思ったのだよ~。

バシャールのワクワクの続き(豊かさ)

前回今さらバシャール、されどバシャール!をアップしたところ、質問メールをいくつかもらった。

ざっとこんな内容
    ↓

魂が望むワクワクすること(好きなこと)と自我が望むワクワクとの違いがよくわかりません!

たとえば、お金持ちになって豪華な家に住んだり高級車を持つことを夢見てワクワクするのは、魂が望むことじゃなくて自我が望むことなんでしょうか?

それは間違ったワクワクなんでしょうか?

自我というのは、なんなのでしょう?


こういったことを言葉で説明するのは、ほーんと難しいと思う。

目に見えない感覚を伝えることは、相手も同じような感覚を持っているか、心へのタッチ能力がない限り、無理なんじゃないかなあ?とも思ったりもする。


シラントロを食べたこともない人に、その香りと味を説明するようなものだ。

Cilantro.jpg

「それ、コリアンダーのことだよ。 パクチーって呼ばれてることもあるよ。
ちょっと甘いような、なんともいえない癖のある味と香りなんだ。」



「あ、そうかあ! うんうん、想像できる!」と、すぐにピンときてくれるならラクなのだが・・

コリアンダーも、パクチーも知らなくて、ぜんぜん想像もできない!としたら、ますます言葉を並べ立てなきゃならないことになる。


私は拙い言葉を並べ立てて、あとは相手の想像力に頼るしかないのだが・・

でも、説明してみよう!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お金持ちになって豪華な家と高級車を夢見てワクワクすること」


それを具体的にイメージすると、例えば、こんなことだろうか? 


私は、 ニューヨークの高層ビルの最上階のコンドミニアムに住みたい・・・大きなガラス窓があって、まるで宝石箱をひっくり返したような街の夜景が見えるところ。

この下には、新しい建築物とアールデコ調の古い建物が混じっていて、そこに多くの人々が生活してる。
金持ちもいればホームレスもいる・・・都会にはさまざまな人がいきかっているでしょ?

上からみると、1つ1つが小さくて、全部キラキラしてるんだよね~♪



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車はね、ポルシェ911が好きなんだ~。 色は黒がいいなあ。

あの美しい流線形のフォルム、道路に吸い付くように走るし、運転すると自分とすごい一体感があるのが最高~。
大自然の中を走り抜けてみたい♪



Porsche-911-Targa-4S-2.jpg


こういった話を聞いてるだけで、私までウキウキしてくる~。
(別に私はマンハッタンの高級コンドの最上階に住みたいとも思わないし、ポルシェ911にも興味はないんだけど・・)

それでも、ウキウキとしたイメージを語る人のそばにいるだけで、その波動が伝わってくる~♪


こうゆうとき、

豊かさを感じて暖かくなるのだ。

心の豊かさ



ところが、人によっては「漠然と」豪華な家と豪華な車が欲しい!と思ってるだけの人もいる。

なぜ?と聞くと・・

ビンボーな田舎者とばかにされたくないから、都会的な高層マンションに住みたいんだよ。

友達にも、おお!すっげえ!と羨ましがられる生活がしてみたいんだよ。

でも、職場から遠くなるのは通勤が面倒だから、なるべく近くで便利なところがいいなあ。




これは、ぜんぶ自分のが作りあげてた願望ではないだろうか?


この場合の特徴として、欲しい家や車に対する自分自身のイメージを具体的に持ってないという傾向がある。


そんな彼らのイメージを尋ねると、

まるで雑誌に載っているような月並みな豪邸イメージだったり、車のパンフレットに書いてあるようなイメージだけってことが多い。



ああ、そういえば・・

知人の不動産セールスをしている女性が、しきりに「レクサスが欲しいよ~!買いたいよ~!」と言ってたことがあった。


理由を尋ねたところ、

こちらの日系不動産屋さんたちは、ほとんどがレクサスに乗ってるんだとか。(言われてみれば確かにそーだなあ。)


こうゆう車
   ↓

IMG_8716GULLIVER.jpg


お客さんを乗せて物件を案内することが多いため、

ビジネス上の理由からレクサスに乗るのが一番いいんだそうだ(笑)

「へええ、そうゆうものなのか~。」と私は思った。


当然ながら、彼らにとっては、「レクサスというブランド名となるべく新車であること」のみが必要なのだ。

彼らは、うっとりするような目でレクサスを熱く語ったりはしない。


逆に、知人の車好きは、自分の好きな車については目を輝かして延々としゃべる。
ほっとくと止まらないのだ。

「すごいだろう! こんな美しい形を作り上げたデザイナーにも、この素晴らしいメカニックにも脱帽だよ!
こういった何人もの天才的なプロフェッショナルの手によって出来上がったのがこの車なんだよ。
すべてが手作りなんだ! 
こんなのを作ってくれた人たちに感謝感激だ~。」


彼は、その車を作ったデザイナーやメカニックにも敬意を払い深く感謝までしてしまう。


やれやれだ😥

やれやれとは思うものの、それでも、ウキウキ感が私にも伝わってきて、私まで良い気分にさせられてしまう。


おわかり頂けるだろうか?
この違いを!



●脳から派生したもの(自我)
ビジネス上有利になるから、ステイタスになるから、安心だから、(漠然と)ラクな暮らしや贅沢がしてみたいから
特徴:凡庸なイメージのみ


●魂から派生したもの
ものすごく惹かれる、感動すら覚える。 イメージすればするほどワクワクしてしまう。
特徴:独自のイメージを持ち、いくらでも具体的にイメージできる。



とまあ、便宜上この2つに分けてみた。
魂なんて言葉を使ったんだけど・・それが適切な言葉かどうかはわからない。 ひょっとしたら・・DNAと呼ぶべきなのかもしれないし~。



さて、ここで・・

もし、あなたが車だったら、どっちの人のところへ行きたい?(←すごい質問?)

自分に惚れ込んでくれてすごく喜んでくれる人のもとに行きたいんじゃないかな。(笑)

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愛ある人のもとへ。


ひょっとしたら、

人がモノを選ぶんじゃなくって、モノが人を選ぶのかもしれない。・・なーんて私は思ってしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

こういった話をしていると、「じゃあ、脳から派生したものは良くないってこと?」と、勘違いする方もいるらしい。

なので、ここではっきり断言しておきます!

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決して悪くない!!

この現生で生活していく以上は、必要なことも多い。



ただ、ここに大きな問題がある。

「脳から派生しているものだけが生活のすべて」になってしまう人たちのことだ。

さらに、魂から出るワクワクが、どんなものだったかさえ、今ではわからなくなってしまっている人たちのことだ

それは「豊かさを失う」ということではないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・

私は、「願望成就のための天然石のブレスレット」を作っている
のだけど、

人のために作るときは、必ず、なんのために? なんの目的で?と聞いてから、それに合わせて石を考えていく。

ごくたま~に、

「お金が欲しい」
「金運アップのため」


としか言わない人もいる。

金運アップなんだから、ぜんぶ、タイガーアイかタイチンルチルにしちゃえば!ってか?!(笑)

それじゃあ、願望なんて叶わないよ~!・・と、私は思う。


なんのためにお金が必要なんだろう?



お金そのものが目的の人はめったにいない気がする。

ほとんどの人が、その先にある目的のために、お金が必要なんじゃないだろうか?


それとも、

何がやりたいのか何が欲しいのか? 具体的なビジョンがないけど、

とりあえずお金!と思ってるだけなんだろうか?

athomeVOX3_6N.jpg
https://www.athome.co.jp/vox/town/78086/pages2/

「とりあえずビール」みたいなものか~?(笑) 
なんで日本人はこんな言い方するんだろ?
ビールさんに失礼な気がしてしまうのは私だけ?




私の経験上だけど・・・「漠然と」「とりあえず」お金が欲しいなあ!と望んだところで、めったにやってこない(笑)


稀にこうゆう人もいるけどね~。

お札のにおい、お札の肌触りが大好き・・お札そのものを愛してるの~!もう、スリスリしたくなっちゃう!

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うん、きっとこうゆう人には、ざっくざっくお札が集まってくる可能性は高いかも。


・・・・・・・・・・・・・・・・

私には、「引き寄せの法則」というのは、モノに対しても強く働くような気がしてならない。


本当にワクワクしながら願えば、「モノの方からあなたを選んで、あなたのところにやってきてくれる」

そんな気がしてならないのだ。


もちろん、モノだけでない。

何事も、本当にワクワクしながら望み進んでいけば、なんだって可能になる!

ということだ。


こんなとこで、答えになっただろうか?
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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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