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今さらバシャール、されどバシャール!

日本から研修に来られた方々がいて、たまたまその中の一人の女性とランチをご一緒した。

そのとき、「最近、読んだ本で何か面白いものありません?」と聞かれたのだが・・

まさかなあ、正直に「ダークタワーシリーズ」を全部読み終わったとこ、って言ってもなあ、
この女性には引かれちゃいそうと思ったものの・・

めんどくさいんで、正直に答えた。

「え? なんですって? それって、スティーブン・キングが書いたものなの?
オカルト作家じゃないですか~! 気持ち悪い映画いっぱい出してる・・そんなものを読むんですか!」



あーあ、やっぱ、思ったとおりのリアクションだ(笑)


「私は、つい最近、すごくためになる本だからって、バシャールを人に勧められて読んだんですよ~。」と彼女が言う。

今ではこんなに出版物があるらしい。
     ↓
bashar.jpg


「え? バシャール、懐かしい! 80年代にはちょっとしたブームになりましたからね~。」(←完全に年がバレる会話だ)

彼女の方は、せいぜい30代と見た。

「でもねえ、なんだかピンとこなかったわ。 いったいどこがいいんだか・・。
やたらに、ワクワクすることをしろ!って言ってるのよ。 いつでもワクワクするように・・だって~。
そんなこと、大人になったら、あるわけないじゃないですか!」
と、彼女。


「ん? そうゆうことじゃないと思うけど・・ワクワクってどうゆうことだと思うの?」、と私が聞く。

「そうねえ、子供だったら、遠足の前の晩にワクワクして眠れないとか、プレゼントをワクワクしながら開けるとか・・
学生の頃だったら、好きな男の人と付き合い始めたときは、ワクワクするとか・・」



ああ~そうゆうふうに解釈しちゃってるのか~。

「そうゆうワクワクとは、意味が違いますよ。
バシャールは、ダリル・アンカってアメリカ人がチャネリングして書いた本だったよね。
だから、原文は当然英語だし、たしか、excitement って表現してるはず。 動詞ならexcite
だから、今言った意味のワクワクとはニュアンスが違うんですよ。」

たしか、ダリル・アンカってここ、ロサンゼルスに住んでたような気がする。

The Official site of Bashar Channeled by Darryl Anka https
Darryl Anka


「え? Excitementだったら、興奮って意味じゃないですか~!」
と彼女。

おいおい! 

この女性は、日本から来てる人の中では・・英語だってそこそこ話せる人だ。

でも、どうやら、英語も辞書通りの意味でしか理解しようとしない人らしい。


「日本語で訳せば、たしかに、興奮することだけどね・・でも、ちょっと違うよ。
ためしに英英辞典をみてごらんよ。ちょっとばかし日本語のニュアンスとは違うはずだから。」


といって、私は、スマホの画面で英英辞典の画面を表示して見せた。

Excitementは下記のように説明されてた。
    ↓
a feeling of great enthusiasm and eagerness.




「ほらね、日本語の興奮とは違って・・心身で感じる幸福感を伴う高揚感みたいなもの」ってカンジでしょ?
すごく、ポジティブな響きがあるし・・。
でも、ごれにぴったりする単語は日本語にはないよね? だから、翻訳者はワクワクと訳したんだと思うよ。」
、と私。


たしか、80年当時、この翻訳者はまだ若かったはず。

日本語に無い言葉を、彼の感性で、ワクワクと訳したんだと思う。


彼女のなんとなく不満そうな顔。

たぶん、プライドが高い人なんだろう。
日本では、エリート社員で英語も堪能と言われてる人なんだろうな~と思う。

なのに、私に英英辞典まで見せられて説明されたのが、ちょっぴり癇に障ったのだろう・・・と推察する。


「あら、それでも、ワクワクって言葉は違いますよ。 
私ね、バシャールを読んでるとき、ワクワクって意味がピンとこなかったから、私、わざわざ広辞苑で調べたんですよ。

広辞苑によれば、”楽しい期待などで心が落ち着かず、胸が躍るさま”って書いてありましたよ。
つまり、あなたがおっしゃるような意味だったら、翻訳者の誤訳ってことになりますよね!」



はあ~。


「誤訳じゃないと思うけど~。 だって、日本語にはぴったりくる言葉がないと思うし~。
だから、彼の感性で、ワクワクという言葉を選んだんだと思うよ。 たぶん、一番しっくりくる言葉だと・・私も思うけどな~。

じゃあ、他にどんな日本語の単語をあてるべきだったと思う?」



おっと、最後のは失言だったかな~。

他に、どんな日本語が適切かなーんて、バシャールの意味をハートで理解できてない人に言葉が探せるわけはないのだ。


「ちゃんと英和辞典にもあるんだから、興奮することをしろ!って言った方が、まだ正確だったんじゃありませんか?
あなたの説が正しいとすれば・・。」



ほらね、やっぱりこうなる!・・・私の失言だ(笑)


みなさん、毎日興奮することをしましょう! Byバシャールってか。。。

おいおい、それってやばくね?



「あの・・辞書ってものは、一般的に使われてる言葉を学者の先生方が調査して編集して作ったものでしょ。
それが常に正しいということでもないし、それ以外の意味を持たせちゃいけない!ってことでもないと思うんだよね。」
と私。


「でも、正しい日本語を判断するときは辞書じゃないですか! 
出版物に特別な意味をもたせる言葉を使うなんて、意味わかりません。」


そんなことを言いだしたら、この世に、本物の詩も小説もなくなっちゃうだろーが!
芸術そのものがなくなっちゃうぞ~!
・・と私。 (←心の中で思ったこと)


頭でっかちのエリート。

なんでも脳で判断する人、それが「知性」だと思いこんでる人ってのは厄介だ~。

おまけに、自分は「頭が良い」と思いこもうとしてるような人は、プライドが高くて、人を平気で傷つけるわりには自分もすぐに傷つきやすい・・ときたもんだ!(笑)

私も若い頃は・・そうゆうとこあったよな~、なので・・気持ちはわかるのだが・・。



だいたい、話の本筋がずれてきてるし~。

「正しい日本語論は置いといて・・バシャールのワクワクは、感動に近いことだと思うんだよね。

しかも、ただの感動だけでなく、それが明日へのエネルギーとなるようなパワーを秘めたもの・・それこそが、バシャールの行ってるExcitementじゃないかなあって。」


「感動? そんなもの、大人になったら、そうそうあるわけがないじゃないですか~!

ましては、私は主婦であり仕事も重要なポジションを任せられているんです。
毎日が忙しいんですよ。

感動?、ワクワク? どっちでもいいですけど・・そんなことしてるヒマなんて、ないんですよ。」
と、彼女は笑った。

苦笑だった。。。

ここで、ランチタイムも終わったので、この話もおひらきとなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、こうゆう人には伝えることは非常に難しいだろう。

何事も、自分の脳だけに判断基準をおいて理解しようとしてしまう人には。


こうゆう人に理解して頂くには・・

私の方から、彼女の頭の中に潜入して、彼女の先入観を打ち砕くような、ほころびや縺れをみつけて上手にそれを解きほどしてあげるしかない。 

それも、傷つきやすい彼女のプライドを傷つけないように細心の注意を払って、彼女の望む言葉を選ばなければならない。

こういったタイプの方は、ちょっとでも傷つけられると完全に相手をシャットアウトしてしまい、ますます、聞く耳は持たなくなるものだ。




そんなめんどくさいこと、やってられっか~!(笑)


でも・・なんだかなあ、

とくに今の日本は、そういった傾向の人たちが、増えてきているのかもしれない。



私は、ずいぶん昔にバシャールを読んだことはあったけど、特別、バシャールファンというわけではない。

同じようなことを述べている書物は他にもあるし、映画でもアニメでも、そういったことを教えてくれてるものは他にも多々あるからだ。


でも・・今の時代、彼女のように頑なに誤解されてしまってるんだとしたら、

それじゃあ、あんまり、バシャールさんも、ダリル・アンカさんも、この翻訳者さんも・・浮かばれないだろう(笑)

なので、この機会に、私がバシャールから感じたことを、ここに書いてみようと思う。 ずいぶん昔だけど・・。
いまさら、バシャールって気もしなくもないけど(笑)

・・・・・・・・・・・・

これは、前にもブログで書いた気がするけど・・

ある人が言った言葉
   ↓
「魂に刻まれるものは、体験と感動のみ。私たちは、そのために肉体を持って生まれてきた。」

私は、この感動に近いものが、バシャールのワクワクに近いかなって思う。

感動することによって、明日への活力となるようなバッテリー充電状態になることができる。

だから、少しでも日々多くの感動して日々を生きろ!ということだと。


つまり、彼女が言っていたような、こういった事とはちょっと違う。

遠足の前の晩にワクワクして眠れないとか、プレゼントをワクワクしながら開けるとか・・
好きな男の人と付き合い始めたときのワクワクするとか



これって、全部何かを期待してワクワクすることだ。

バシャールのワクワクには、期待なんてはいってないのだ。



もうちょっと補足すると・・(ん~。言葉でこうゆうのを説明するのって難しいなあ~)

自我が望むワクワクじゃなくって、自分の魂の望むワクワクすること。

「好きなことだけをして生きろ」とも言えるかな。(←これも誤解されちゃう言葉かなあ?)


ところが、これがうまく伝わったところで、こう言われちゃうことが多い。


「大人になれば、ワクワクすることだとか、感動することだとか、そんなもん滅多にないに決まってるだろ!」
(えっと、つい最近にも、このテーマで書いたばっかりだった。)
    ↓
子供の頃と比べて時の流れと感動そして想像力



「じゃあ、どうしろって言うんだ? 何か趣味でもみつけろってか!」とかっていう人もいる。


うーーむ。

おそらく・・この2つのタイプが多いんじゃないかなあ?

ご年配の方に多いタイプは・・「嫌いなことでもじっと我慢してやりとおせ、努力こそが美徳」みたいな教えで育った方が多いんで、歯を食いしばってがんばりぬくことこそが美徳、XXしなければならない! XXすべきだ!なんて考え方が植え付けられている。

マジメな頑張り屋さんになればなるほど、嫌いだと思ってることさえも自分にムチ打ってまで頑張っちゃう。

こんなふうにか・・
muchiutu.jpg
https://ameblo.jp/yurrygood/entry-12394315049.html

そして、それが立派なことだと思い込んじゃってる人も多いらしい。


逆に若い方々に多いのは、完全に「現実重視」で、社会や常識に上手に即した生き方をしたがる傾向があるみたいなのだ。
コスパがいいか悪いかを判断して行動する人たちが多いんだとか・・。

どちらにしても、頭しかつかわない人ばかり。 

それが当たり前だと思っちゃってる人たち。

脳に頼ってばかりで、魂の声なんて聴こえなくなっちゃうってるんだろうなあ~。
 
そうなると、脳はどんどん誤作動を起こすようになるし、本当に楽しいこと、ワクワクすることさえ、わからなくなっちゃう。




で、そうゆう人たちが無理やり、楽しいこと、ワクワクを探そうとすると、つい、外からの情報ばかりに頼るようになる。

グルメ雑誌で美味しい店を探すとか、今、人気の本だとかお勧めの映画情報とか、旅行もしかり・・。
全部、「受け身」でしかなくなっちゃう。

自分自身のアンテナが働かなくなっちゃってるんだろうなあ。


「なーんだ! 雑誌で紹介してあったし、すっごい人気だって言ってのに・・ちっとも大したことなかったじゃないか!」

で、結局のところ、また「ワクワク」がわからない、どうやって探せばいいのかわからない!
そんなものは、滅多にないだろ!

ってことになっちゃうことが多いらしい。。。



私は霊能力者じゃないんで、オーラの色なんか見えない。

だけど・・人の出す波動のようなものは、よく感じることがある。

ワクワクすることをしない人(感動することを忘れちゃってる人)の出す波動は、すごくイガイガした不快なものを感じることが多い。


たとえ、頑張り屋さんで「嫌いなことを頑張ってやり遂げた人」であっても、そうゆう人の出す波動ってのは、イガイガした嫌なカンジなものなのだ。

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そういったイガイガ波動は、必ずいつしか本人に病気や不幸を招くだろうし、また、社会にとっても、そういったネガティブパワーをまき散らしていく。


人と人どうしも、人と世界とも・・みんな波動で繋がっているのだ。

日本語で「波動」と呼んでるけど、英語ではバイブレーションのことだ。
高い波動を・・high vibrational energyなんて言ったりする。




たとえば・・こんなふうに街の中で行き過ぎた人々の間ですら、影響しあってしまうものなのだよ~。

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イガイガ波動の人が増えれば増えるほど、社会にも、世界にも影響を与えるてしまう。

もしも、そんなもので充満していってしまったら。。。



バシャールの言いたいことも、そこじゃないかなあ?

●だから、キライなことはやるな!

●どうしてもやらなきゃならないないことならば、好きになってからやれ!

(嫌いだと思ってることでも、自分の魂と脳とで十分ディスカッションすると、好きになることも多いのだ。
脳が、「あれ~!嫌いだと勘違いしてた~、ごめ~ん!て言いだすこともある、(笑)


●それでも、嫌いとう答えが出たならば、まったくやる必要のないこと!

だと私は思っている。



人なんてさ~

努力しなさいとか、持続力をつけなさい、集中力を持ちなさいなんて・・言われなくったって、

本当に好きなことをやってれば、自分でもびっくりするくらい、努力もしちゃうし集中力も持続力も出ちゃうもんなのだ。

ものすごーく自然に、できちゃうものなのだ。


しかも、そういった人たちは、いつだってキレイな波動に包まれている。

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こういったことを・・
また別の言い方をすれば、ポジティブであれ!ともいえるだろう。


おっと~!

おっと、ここでまた、「ポジティブ」って言葉だけど、

近年では何事も「ポジティブになれ」って言葉もひとり歩きしちゃってる気がする。

これまた誤解しちゃってる人がいるのだ。

ネガティブは悪いこと、いけない事と思い込んで、臭いものに蓋しちゃって、無理やりポジティブを装うとしちゃう人だっている。

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ネガティブが悪いなんて誰がいったんだ?

ちーーとも悪くない!


誰だって、嫌なことが起こればネガティブフィーリングに落ち込むし、持ってて当たり前じゃないか。

嫌な目にあっても辛くても、いつも、にこにこポジティブだったら、そりゃ、タダのアホだろ!


おっと! 山田はそうゆうアホじゃないよ~。 もっと、ハイバイブレーションのアホなのだ!念のため、ひとこと!
    ↓
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ただ、問題なのは・・ネガティブフィーリングをずーーと持ち続けて、ますます、どんどん、ひどくなってしまう人だ。
(こうゆう人も増えてきているのかもしれないが・・)


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ほとんどの場合、正常な人(心身共に健康な人って意味ね~)であれば、ちゃーんと乗り越えられるようにできてるらしい。
どんなに辛くても、ちゃんとネガティブなものと向き合って、自分の中で統合して、そのうち乗り越えちゃう。

それが、「ポジティブ」になるという意味だと思う。

ネガティブとちゃんと向きかって自力で乗り越えたのちにあるもの=それがポジティブ


そうやって、人は多くの経験を積むようにできている。

そうやって成長してきた人の波動は、本当に・・すごく心地良いのだ。



なぜだろう?

その一方では、なるべく新しい経験なんてしないで、せめて現状維持すること、平穏無事だとか、安泰であることだけを望む人もいる。

それでいて、人生なんて平凡で退屈なものって感じてる人たち。

ワクワクすることも滅多にない人たちだ。


この世で多くを体験と感動をするために生まれるんだとしたら、安泰なんて望むのは、ちと・・違うんじゃないか?
・・と私は思ってしまうのだが?

むしろ、
「変化し続けていくこと」こそが、本来の姿では?

なのに、神社・仏閣で、

「平穏無事に過ごせますように」・・なーんて祈っちゃう。
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私だったら、

「どんな出来事にも、打ち勝てる勇気をお与えください!」と祈るだろう。

うーーむ。
さすがに、山中の鹿ちゃんには負けるけど・・。
     ↓
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さらに・・

望みがうまくいかないとき、不幸が訪れたとき、

人によっては、「それが宿命」という言葉を使う人もいるけど・・なんだか、逃げ口上の言い訳に聞こえたりすることがある。

私は、まあ「宿命なんて・・あってないようなもの」だと思ってるから。

つまり、自分の意思で何でも可能にできると思ってる(笑)

世の中の人、すべてが・・そうできるもんだと思ってる。




変化し続けること

おっと!(←このフレーズ、今回多し!)

変化というと、これまた、ネガティブに変化しちゃうのも変化だぜい!・・と思われちゃうとマズイのに・・

成長、または、進化し続けること・・と言い換えておくことにしよう!
(この方が適切な言葉のように思える。)

アップダウンのジグザク状態でありながらも、必ず上を目指しているグラフのように・・・

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人々は、このようにして1つ1つ経験してデータを増やし、乗り越えながら成長(進化)していくもの。

ワクワクを媒体として(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バシャールの意味するようなことは、他にも多くみつけることができる。

たとえば・・仏教でいうならば、

空海さんの仏教(仏教とひとことでいっても、かなり違いもあるしいっぱいあるからね~)


たとえば、理趣経・・これについては、何度か私のブログにもアップしたけど・・

沙門空海唐の国にて鬼と宴す_読書感想文

始めに言葉ありき_言葉について考える



しつこく、ここでまた引用するけど、

「妙適淸淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である」

妙適ってのはセックスのこと。

これだけじゃなくって、この経典の中では、美味しいものを食べることも、セックスも音楽も楽しい事すべてが・・「菩薩の境地なり」って言ってるのだ。

僧侶の戒律として・・女犯(にょぼん)、飲酒、肉食(にくじき)はタブーなんだと思ってた私には、ほーんと、眼からウロコだったのだ。


もちろん、これだって誤解して受け取られてしまうと、とんでもない教えになっちゃう!

そんなわけで、昔は、この経典はある程度修行を積んだ人にしか伝授されなかったらしい、もちろん一般人が見るのもタブーだったそうだ。

今では、なんでもオープンにされちゃってるけどね。



これを、バシャールさん流にいえば、魂が望む、ほんとうにワクワクすることじゃないだろうか?

妙適はお互いの気の交換でもある。

さらに、二人の波動が1つになり、さらに大きく輝かせることもできるという。

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それこそが、「菩薩の境地」に至る道といってるのではないだろうか?

最高の妙適、バンザイだ!(笑)



逆に、一生懸命に耐えて堪えて、頑張りって禁欲しながら、ん十年も修行したお坊さんは、それで菩薩の境地にいけるんだろうか?

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東京イラスト写真集より


それよりも、

ひょっとしたら・・本当に魂が望むことをして、愛や幸せを満喫してる一般人の方が、美しい波動を出して、周囲の人々まで幸せな波動で包むことができるんじゃないだろうか?

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修行しなくったって・・
涅槃の境地、悟りまっしぐら~
(笑)



般若心経もしかりだ。
これも、わりと最近ブログ記事にアップしてるけど・・
    ↓
ハート・スートラと般若心経と空(くう)


すべてが無、空、宇宙の中に自分があり、自分の中に宇宙がある・・だからこそ、すべてを受け止めて好きに生きろ!

ものすごくシンプルで、しかもブッダの説いた教えの凝縮したものがそこに息づいている。


実際、ブッダもすっごい苦労したって話は、これも過去のブログにも書いてる(笑)
沙門空海唐の国にて鬼と宴す_読書感想文


ブッダは35歳で自ら悟りを開いたのはいいんだけど・・その内容ってのは、人々の常識では理解してもらえないような内容だったし・・それを言葉でどうやって正しく伝えようか?ってことが重くのしかかったんだとか。

間違った言葉で導いてしまえば、人を導くどころか破滅させちゃうかもしれないし~。
でも、伝えるには言葉にしなきゃならないし、黙ってれば、本人の胸の内で終わっちゃうわけだし~。



で、仏教用語に、こんな言葉がある。

真如(真理)をあらわすのに、

離言真如(りごんしんにょ)」・・言葉で説明し尽くすことのできない、言葉を離れたもの

依言真如(えごんしんにょ)」・・言葉を使った教え

結局のところは、離言真如なんだけど・・それでも後世に残すには依言真如、つまり・・言葉にしなきゃならないってことになる。





あ~あ。

懇切丁寧に長々説明すればわかってもらえるってわけでもないし・・

ブッダだって高弟に教えるのに苦労したつーのに、私の書くようなバシャールなんか、伝わるもんかね?と・・疑心暗鬼にもなるってもんだ(笑)




教える方と聞く方の波長の問題?

教え方(言葉の選び方)の問題もあるけど・・聞く方の問題もあるだろうなあ。

そりゃあ、人生経験が少なければ理解できないってことだって、いっぱいある。



でも、一番大切なことは、脳で理解しようとすることではないんだと思う。

やっぱり・・そこだ(笑)と。


脳だけで理解しようとすれば、必ず先入観といったものに邪魔されるし、「いやいや、私は先入観を取り払って見ているのだ!」・・という別の先入観にも陥ることになる(笑)


すると・・あの彼女のように、頑なな人間になってしまうのだろう。
人ごとなんだけど・・気の毒だと思う。


感じる能力だ!

それが、魂へと通じる。

相手の心を感じる能力、タッチ能力を使えということかもしれない。(←あれ? タッチ能力って、キングの小説、ダークタワーに出てきた言葉だ! 私はまだ感化されてるのかな?)

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ワクワクすることをどうやってみつけたらいいのかもわからない人もまた、同様なのだろう。

どうしたらいい?って聞かれたとき、私はいつも、こんなふうに答えてる。



★まず、脳を使うことをやめてみること。
すでに、誤作動を起こし始めてるんだから・・

それには・・毎日1回づつでも・・

★深呼吸して息を吐き出し・・リラックスして、無の状態、ニュートラルな状態に入れるようにすること。
そうすれば、必ず魂の声が聞こえるようになってくる。

★そうなると、アンテナがバリバリに立つようになって、ワクワクすることなんていっぱいやってくる。

higer vibration



みんながワクワクすれば、美しい波動だらけになって、当然、世界も変わる。 進化していくだろう。

それを・・スピリチュアルな言葉では、アセンションと呼んでるらしいが。


私はアセンションした世界を見てみたいのだ!

だからといって、
アセンションした世界=極楽浄土・・・な~んて思ってやしないけど・・

ある進化した星では、すべての人々が超能力の才を持ち、貨幣も必要がなくなるんだとか。

そこで問題になるのは、地球のような進化してない野蛮な星の波動をどう対処するか?ってのが問題なんだとか。


実に面白い


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、こういったことを彼女のような人に話たところで、なかなか理解してもらえないだろうし、むしろ拒絶されてしまうんだろうなあ。

ま、私には関係ないし、どーでもいいか~!

実に私は冷たい人なのだ。

はっきり言って、人なんかどーでもいい! 人助けなんかする気はないし、人のために何かしてあげよう!なーんて、ちっとも思ったことはない!



だけどね~、イガイガした波動は敏感に感じてしまうのだよ~。

イガイガした波動をまき散らされるのはたまったものじゃないのだ。

ますます汚染されていき、世間も世界もひどくなってくだろうし、アセンションには遠くなるし、私までが不快な気分にさせられてしまうじゃないか!!


だからこそ、どんな人にでも、幸せな気持ちでいて欲しいと心から願ってしまう。
 
幸せな波動はそばにいるだけで私まで心地よくさせてくれるから。


この世のすべての人も動物も、いつでも幸せなワクワク波動を出していてもらいたいのだ。

そのためだったら、私は、微力ながらも、いくらでも人に力を貸したいって思ってしまう。


人のためにじゃない! それは私自身のためなのだから。

アセンションの世界とやらを、見てみたいのだよ。(笑)

剣豪・山田次郎吉という人

ベッドにゴロゴロしながら、池波正太郎の時代小説を読むのが結構好きだったりする~♪

「信じられない!アンタって、オヤジ趣味ねえ~。」と笑われたことがあるが・・


歴史小説が好きというよりも、たぶん・・私は池波正太郎さんの世界が心地よいんだと思う。



その中で1つ、興味深いものを発見した。

それは、TVドラマ化されたこともある、「剣客商売」というシリーズだったんだけど・・


あ、これこれ!

「品川お匙屋敷」


この中に、小説のストーリーとは、まーーたく関係の無い事が書かれてる箇所がある。

準主役でもある、秋山大治郎という若い剣客の、彼の勘の鋭さを説明する部分なんだけど・・・

これは、TVドラマ化されたものだけど、この右の人のこと↓
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江戸時代の話を読んでるのに、いきなり・・その説明が、別次元に話が飛んじゃう部分がある(笑)


そこの部分だけ、抜き出してみる。
    ↓

彼ほどの剣客ともなると、その感能は、常人とははかり知れぬちからをそなえているといってよい。

理屈ではない。

明治の剣客などと呼ばれた直心陰流の山田次郎吉翁は、かの大正12年の関東大震災を4年前に予知し、これを発表している。

「おそらく大正13年までに、この東京に一大天災、つまり大地震があって、市民の7、8万人は死滅するだろう」

といい、この山田翁の言葉がロスアンゼルスの日本人会の新聞に出たという。

山田次郎吉いわく、

「剣術を、だんだんやってくると感が強くなって、人のことがわかるようになるから、注意しなければいけない。

感が当たるときはよいが、それが当たるとばかりはかぎらぬ。ときには間ちがうことがある。

それに頼ると大変な誤りを犯すことになるから気をつけなさい」

また、いわく。

「ほんとうに、明鏡止水の心境に到達すると、鉄砲の弾丸(たま)も当たるものではない。

心のはたらきは弾丸のはたらきよりもずっと速いからだ。

また、ここにすわっていて、太平洋の波の音を聞くこともできますよ」

また、或る日のこと、門下生某が下谷の清水町に住んでいた山田次郎吉を訪問し、さて、帰ろうとすると、次郎吉翁が、

「もう、10分もすると、M君が来るから、お待ちになったらいかがですか」という。

「先生、お約束でも、なさったのですか?」

「いえ、何も約束をしたわけではないが、30分くらい前に、M君が阿佐ヶ谷から私のところに来るため、出発したような気がします」

果たして、12-3分後に、M君が山田邸にあらわれたそうな。



私は、山田次郎吉なんて人、知らなかったのだが、急に興味を持った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

山田 次朗吉(やまだ じろきち、1863年 - 1930年)、剣術家(直心影流第15代)。
号は一徳斎。
自流の振興のみならず、諸学校において剣道師範を務め、剣道の研究・著述活動を行い『日本剣道史』等の名著を残した。


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江戸時代から明治、大正、昭和5年まで生きた、おそらく、最後の剣豪だったのかもしれない。

●上総国望陀郡下郡村(後の千葉県君津郡富岡村、現・木更津市)に、名主与吉の長男として誕生。
少年期は体力が低く、虚弱であった。

●1884年(21歳頃)、榊原鍵吉に出会い、剣の道を入る。


師となる榊原 鍵吉さんという人、これまた、すごい人だったらしい。
   ↓
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https://edo-g.com/blog/2016/06/professional.html/7

榊原 鍵吉(さかきばら けんきち、文政13(1830年) - 明治27(1894年)、江戸幕府幕臣、剣術家。 諱は友善(ともよし)。

幕末期に男谷信友から直心影流男谷派剣術を継承し、講武所剣術師範役、遊撃隊頭取を務める。
明治維新後は撃剣興行を主宰して困窮した士族を救済したことや、天覧兜割りの成功などで知られ、「最後の剣客」と呼ばれる。

稽古で長さ六尺(180cm)、重さ三貫(11kg)の振り棒を2000回も振ったといわれ、腕周りは55cmあったという。



ああ、なるほどね~。



そういえば、池波さんの「剣客商売」シリーズの中で、
秋山大治郎は、まず門弟に、振り棒2000回を振れるようにする稽古をやらせる・・という話が出てくる。

なまじっか、剣の心得がある門弟たちは、あまりの重さ・辛さに・・こんなこと、やってられっか~!と逃げ出してしまう・・
って話が出てくるんだけど、

なーるほど、この実話がちゃ~んとベースにあるらしい。




さて、山田次郎吉さん、

●師が師だけに、次郎吉さんも、すさまじい猛稽古に励んだらしい。

もちろん、振り棒で基礎体力作りは、まっさきにやったことだろう。


さらに、

健吉先生の荒稽古は、大きく強い面打ちで初太刀を取るというものだった。

つまり、いきなり頭をバーンと殴られる稽古。
(もちろん、防具も面もつけてるし、竹刀を使ってだろうが・・)


ところが、次郎吉は「その面を恐れぬ工夫が肝要」であると思いたち・・

つまり、頭に防具があるから、ついつい、平気!と思ってしまうのが、まずいんじゃないか!と思ったらしい。。。

頭を捨てる修行が必要と、毎日幾十度となく頭部を力いっぱいに、柱に打ち付ける修行をはじめる。(←マジかよ~)


回数を重ねるに従って、我知らず打ち付ける力が弱くなると、両手でしっかり柱をつかんで、柱を頭に引き付けるようにして打ち付け・・・幾度か気絶して倒れることも、そして遂には柱の中央が丸く凹んでしまった。
(この柱は・・現在次郎吉の弟子の某氏が保存されているとか)

そのうち、額は甲羅のように盛り上がり、強くなったとか・・


猛稽古をしていくうちに、

次郎吉さんは、さらに、こんなことに気がついた。

竹刀打ちと形とは恰も書道における、楷行草の関係の如きものである。
是を相排し合うべきではなく、兼修すべきものである」
・・恐る恐る健吉に向かってこの考えを述べた。

えっと、ちょっと補足すると・・


剣道の修行ってのは、昔は防具なんてつけないし、竹刀も使わない。
    ↓
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木刀を使う。

打ち所が悪ければ、そりゃ、死ぬこともある。

危険極まりないのだ。


そのため、まずは、徹底的に形(かた)というのを学ばされる。(剣道の場合がこれが守備にもなる)

技芸の上達についての言葉で、守破離という言葉がある。

守=まずは決められた通りの動き、つまり形を忠実に守り、

破=守で学んだ基本に自分なりの応用を加え、

離=形に囚われない自由な境地に至る。

つまり形をしっかりと身に付けることではじめて、高度な応用や個性の発揮が可能になるということ




ところが、竹刀なら、まず死ぬ危険はなくなるので、思い切って打ち込み稽古から始められる。
それに、地道に形(かた)をマスターするには、何年もかかっちゃうところを、短縮できる。


たぶん、そんなことから・・・

明治に入る頃になると、竹刀を使ったこういった稽古法が編み出されたようだ。



しかし、形(かた)を失ってしまえば、剣道はスポーツ化していく危険性もあるし(現在は完全にこうなってるけど・・)

もはや、剣道とは呼べないんじゃないか!・・・と、そこには賛否両論あったらしい。


現に、形と竹刀派とは真っ向から別れてしまっていて、流派も別れ、互いが犬猿の仲だったようだ。

ま、それぞれ、一長一短はあるということだけどね~。



榊原先生は、竹刀稽古派だったらしく形(かた)は使わない流派。


そこで、次郎吉さんは、師匠に、

「両方必要なんじゃないの?」・・と言ったわけだ。

「書道における、草書体、楷書体、行書体のようなもので・・全部必要だよね」と。


榊原先生、怒り出すどころか、

そりゃ、いい考えだ!と絶賛して、次郎吉さんが、他の師匠について、形(かた)を学ぶことを許したという。

さすがに大物!


●1894年(31歳)、榊原先生より免許皆伝の目録を受け、直心影流第15代と道場を継承。

●1895年(32歳) 師匠の榊原の死去に続き、父も世を去ったことを機に、東京へ移った。

●1896年、宮家の剣術師範を辞する。

●1901年、東京高等商業学校鍛錬部(剣道部)の師範に就任。

●1904年 道場を本郷区竹町に移し、「百錬館」と名付ける。
大日本武徳会からの入会勧誘を断り、競技的剣道には参加せず、直心影流に専心



その間、
東京高等商業学校、 東京帝国大学、東京帝国大学農科大学、東京府立第三中学校などで、指導を行い、

また、多くの著書も残している。

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『剣道集義』東京商科大学剣道部、1922年
『続剣道集義』水心社、1923年
『日本剣道史』東京商科大学剣道部、1925年
『鹿島神伝直心影流』東京商科大学剣道部、1927年
『古代養性論』水心社、1929年
『剣道叢書』水心社、1936年
『剣道極意義解』水心社、1937年



その他にも、まだまだ色々なことをしてる人らしい。

済生学舎に通って医学を学んだり、知人の医師のもとで薬学、整骨術を学ぶ。

警視庁に入って、巡査になったり、焼き芋屋や米屋、煙草屋を開業したり・・・これらの職業は、いずれも長くは続かなかったらしいが・・。



●1919年、雑誌『新時代 第3巻第1号』において、関東大震災を予言。

関東大震災(1923年)の四年前、大正8(1919)年正月の挨拶で、

弟子に『 大正十三(1924)年までに帝都を一大天災、恐らくは大地震が襲い市民の三分の二は亡くなる 』という予言をし、

それが、この雑誌で発表され、震災後に「的中した!」と、人々に驚かれたらしい。



「一徳斎山田次朗吉伝」(昭和6年)」には、関東大震災の当日の様子が、このように書かれているようだ。
     ↓

自宅(下谷区御徒町)で、友人(菊田慶太郎氏)と卓を囲んで談笑してたところ揺れが襲った。
菊田氏は顔面蒼白となったが、山田次朗吉は、特に普段と変わった様子もなく
「 下腹にウント力を入れなさい 」と菊田氏にアドバイスをし、
自身は立ち上がって部屋のガラス戸が地震で壊れないように電球を外したりと、冷静沈着に予防措置をとっていた。

曰く―――。

《「地震は踊るのが仕事、私達は酒を飲むのが仕事です。  菊田さん、マア落着いて一杯やりましょう」と、
そんな冗談を言いながら今度は階下で焼酎の盃を傾け、且つ静かに食事をとられた。

その内に火の手が見えて来たので外に出られた。

「昔の書物に地震のことが色々書いてあるが、随分平生と異なったことがあるらしい。今度こそ実際に経験して後の世の語り草にしよう」
他の人々がどうなる事かと、おろおろしている内に、こう決心して、次々に起るべき異変を悠々として迎えるべき心構えをされた。

「こうした事は天の為す業だから、人力では如何ともなし難い。家財道具などは出してはならぬ」
こう言われて永年蓄読募集して、無虚数万巻に達した珍貴な蔵書をも、少しも手をつけず、業火の焼くに委せられた。 》




御徒町の自宅に火が迫るなか、他人の救済を続けるために飛び出していき、
家財はもとより、貴重な書籍や、直心影流の伝書類の一切もが焼失してしてしまったそうだ。

それ以降、宗家を廃することにしたという。


実に面白い人だ・・。(笑)

剣豪と言われた人なのに、直心影流の免許皆伝とか、流派とか・・そういったことには、全くこだわりがない人らしい。

家財道具や貴重な書物が灰になることも気にしない。
(なるに任せてしまえばよい!ってことか・・)

そもそも・・巡査になったり、焼き芋屋?にもなったりする人だし、

弟子の時代から、師匠の流派の枠内にとどまらず、他流派の形(かた)までを学んでしまった人のわけだし。

それを、許す師匠も師匠、実に大物だ!

この師匠に、この弟子・・・だから、免許皆伝を与えて道場までも継がせたんだろうけど・・



山田次郎吉の目指したものは、唯一、剣の道

流派を超えたところにある、剣の道だったのだろう。



彼は、常々こんなことを言っていたそうだ。

「剣術使いは防具を頼りにするから真剣なりきれないで、単なる叩きあいに堕するのだ。
真に生死の際に泰然たる活人物になるには、形によって練らねばならぬ」


たしかに!

防具があれば、叩かれたって大丈夫。
生死をかける必要はない!

このようにして、明治以降の剣道は、スポーツになっていったわけだ。



ずっと前に、剣道・・武士道に関するブログ記事をアップしたことがあった。
      ↓
武士道と刀のスピリチュアル

殺陣と剣道と四戒


精魂を傾けた名人芸ともいうべき技で刀が作られ、それを肉体と精神を鍛え上げた剣の達人が手にする・・・そんな内容を書いたのだった。

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剣豪、つまり・・剣の達人ともなれば、

★家の中にいてさえ、迫りくる危険な気配を感じることができる
(相手の殺気を感じることができる)

★相手の次の動きを瞬時に予測することができる(太刀筋が読める)



まさに、スピリチュアルであり・・彼らは、サイキックだ。

そのようなことを書いた。



それを、今、まさに山田次郎吉さんの存在で、それが証明された気がする。


彼は、迫りくる関東大震災を予測し、太平洋の波の音さえも聞くことができるという。

鉄砲の弾丸さえ当たらなくなるという。
(心のはたらきは弾丸のはたらきよりもずっと速い)

おそらく、弾丸を発射する気配も予知し、弾丸の道筋さえも予測できるから、
鍛えぬいた体は、瞬時にそれに対応できるのだろう。

たぶん・・こんなふうに? ↓
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剣道の極意は、四戒

そして、明鏡止水の境地に達すること


私は、「ニュートラル」なんて言葉を使ったものけど、明鏡止水の方がカッコいいなあ~。


こういった精神面だけでなく、とうぜん、肉体もそれに合わせて鍛え上げなければならない。


そして、はじめて・・

完全無欠のサイキックが出来上がる!


サイキックとは、こうやって肉体と精神修行のうちに作られていくものなんだなあ・・とつくづく思う。


しかも、

感が当たるときはよいが、それが当たるとばかりはかぎらいし、ときには間ちがうことがある。
それに、頼ってばかりいると、大変な誤りを犯すことになるよ~。

と、ちゃーんと戒めているところも納得。

実に冷静なのだ。



現代もてはやされている、「霊能者」とか、「サイキック能力」なんて・・しょせんは、まだまだ不完全な方が多いのかもしれない。

ここまで肉体&精神を鍛え上げた人はいないだろうから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本という国は、つくづく・・

稀に見る、すごい国だったんだな~と思う。

山田次郎吉さんだけでなく、多くの剣客、そして剣豪と呼ばれる人たちがいたんだから。


華道も、書道も、茶道も、そして、剣道も・・・すべて道であり、精神修行がベースにあったのだから。

精神修行の先に、彼らは宇宙を! 調和の美を! 垣間見たのだろうか?

そのためのものだったんだろうか?

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しかし、

明治になって、すべてが変わってしまったようだ。

剣道は防具を着けて、竹刀でたたき合うスポーツに転じ、

華道、茶道は、女性向けの花嫁修業になり、
(華道、茶道も、本来は武将が好んだものらしいが・・)

書道は、キレイな字を書くことだけに変じてしまった。。。


たしかに・・
それじゃあ、サイキックは生まれようがない(笑)


明治以前の日本人は、

一般人でさえ、剣の道のごとく・・生の裏にある「死」の存在も意識しながら生きていたのかもしれない。

お迎えがくれば天にゆだねる潔さを持ち続ける。

だからこそ、精一杯明るく生きようとしていた気がする。

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池波正太郎さんの時代小説を読んでいると・・・

この人、すご~く、この時代が好きだったんだな~♪と思えてくる。

この時代が大好きで、そこに生きる人々、風物詩、鍛え抜かれた剣豪たち・・
「娑婆気」な中に漂うスピリチュアル

きっと、そういったすべてが好きで、

楽しんで書いてる・・・そんな感じがする。


だから、私は、「オヤジ趣味」といわれようが、「大衆小説」と言われようが・・
ついつい、ベッドで読んでしまう。。。


その人の好きでたまらない世界に触れると、私までハッピーになれるから。

一流贋作と呼ばれるマイアットとベルトラッチ

さて、先日の絵の贋作の話の続きに入りたいと思います。

こちらの記事からの続きです。
    ↓
メーヘレンの絵をめぐって


その2: ジョン・マイアット(John Myatt)

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ジョン・マイアットさんは1945年生まれのイギリス人。

こちらは、現代に生きている人ですね。

もともとは絵が好きな美術教師だったそうだが、ある日、妻が幼い子供二人を残して家を出てしまい、育児のために退職を余儀なくされたそうだ。

なんとか生計を立てていかなきゃならないけど・・働きには出られない!

そのため、「19世紀~20世紀の絵画、本物の贋作(Genuine Fakes)を描きます」という広告を出しそうだ。

これなら家で仕事ができるからね~。

せいぜい日本円にして2万円~5万円程度の料金だったそうだし、もちろん、これなら犯罪にはならなかったのだが・・・。


しかし、そこに、ジョン・ドリュー(John Drewe)という人物が顧客としてあらわれる。
彼は、ジョンの才能を見抜き、やがて、彼に本物と偽って売る詐欺を持ち掛けたのだ。

この男、なかなかの山師だったようで・・(笑)
原子核物理学者のドリュー,イスラエルの秘密サービスの代理人、防衛省のコンサルタントなどという肩書を持ち、(もちろん、フェイクだけど・・)

武器販売業やら何やら、さまざまな詐欺を手掛けていたらしい。


http://www.dailymail.co.uk/news/article-1247154/John-Myatt-career-forging-famous-works-art-finally-caught.html

John Drewe

この男
 ↓
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ふむふむ。

いかにも詐欺師らしく、「身なりがよくて知的で上品」を身にまとってる風(笑)



絵画には必ず、来歴を記した資料を、その絵画の所持者となる人(収集家や美術館の館長)へ渡されることになっている。

ジョン・ドリューという男、自分は教授と身分を偽って、偽造書類を作成して売り込んでいたらしい。


はじめは、マイアットさんは、ドリューを顧客と思っていたようだし、ドリューの方は、それを勝手に、本物と称して売りさばいていたようなのだ。 マイアットさんには知らせずに・・。


ところが、時間が経てばマイアットだって気がつく。
気がついたときは、もう遅い!

しっかり共謀になってた・・・というのが本当のところだろう。



結局、ジョン・マイアットの方は、シャガール、モネ、シャガール、ピカソなど、7年間で200以上の贋作作品を描いてドリューに渡し、

ドリューは、有名オークションの、Christie's、Phillips、Sotheby's や、また、ロンドン、パリ、ニューヨークのディーラーに販売し続けたという。

もちろん、本物作品と認められたことは言うまでもない。


ちなみに、Wikiによると・・
    ↓

最初に、アルベール・グレーズ Albert Gleizes)(の贋作をオークション会社クリスティーズに持ち込んだところ本物と鑑定され2万5000ポンド(500万円)で売れ、マイアットは分け前として150万円を受け取った。



ふーーん、マイアットの分け前が少ないような・・(笑)

これは、マイアットが描いたモネ
     ↓
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最終的には、ドリュー関係の方から暴かれ、詐欺行為の証拠となる書類を発見され通報したことで二人はスコットランドヤードに逮捕されたのだ。

マイアットは懲役1年、ドルーは6年の判決を受けた。

しかし、マイアットは実際に刑務所に入っていたのは約4ヶ月だったそうだ。



出所して絵筆を持つことを辞めたマイアットだったが・・

なんと、スコットランドヤードの刑事が、マイアット氏自身の作品として絵の依頼をしたのだ。
それも、5000ポンド(当時の価値で140万円相当)で。

その後、その刑事は、さらに画家としてのマイアット氏を後押しし続けたという。


そのかいあってか・・現在では、有名な画家になってしまったジョン・マイアットさん



200あまりの贋作作品のうち、そのうちのおよそ120は美術市場に流通してしまっているわけだけど・・それはどうなってるんだろう?


おそらく、本物として美術館に飾られているか収集家の屋敷にかけられているのだろう。


彼らは贋作と判明したのちも、あえてその事実を隠す傾向にあるという。
たしかに、名画ともなれば鑑定家やブローカーなどを流通し大金が動くわけだし・・・もしもそれが贋作と判明してしまえば、お金だけの問題でなくなるからだろう。



摩訶不思議な世の中だ。
だけど、それが現実社会というものらしい。


The Art of Genuin Fakes

The true story of the downfall of an amateur artist who pulled off the world's most audacious art fraud Read more: http://www.dailymail.co.uk/news/article-1247154/John-Myatt-career-forging-famous-works-art-finally-caught.html#ixzz54kTqypPm Follow us: @MailOnline on Twitter | DailyMail on Facebook

マイアット氏は、一番大切なのは子供たちだったという。
その生活費のために、贋作に手を染めたと裁判でも証言したそうだ。

そういえば、逮捕時に思春期だった子供たちは、犯罪者の父親をどう受け止めたのだろう?

fabulously cool!・・・だそうだ(笑)

ダディーって、超カッコいい!

世界的美術館やオークションハウスをも翻弄した父の腕前を、むしろ誇っていたのかもしれない(笑)


Who Says Crime Doesn’t Pay


今や、ジョン・マイオットは画家としても成功し、しかも座談会まで開く有名人となったのだ。

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彼は、非常に興味深い言葉を述べている。

「贋作を製作するときは、完全にそのアーティストになりきること。
たとえば、ゴッホは人とのつながりを持てず、とても寂しい人生を送ったはずです。

ゴッホの精神状態、自分らしく生きられないことからくる不安定な状態を表現する、こういったことこそがゴッホの心の状態を現しているのです。」


つまり、絵はテクニックだけではないのだ・・・。

そして、彼は、時を超えて・・ゴッホの一番の理解者だったのかもしれない。
もちろん、ゴッホだけでなく、彼がなりきったすべてのアーティストたちの。。。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その3: ヴォルフガング・ベルトラッチ(Wolfgang Beltracchi)

1951年生まれのドイツ人。 もともとの名前は、Wolfgang Fischer
フィッシャーさんという姓だったんだね~。

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彼の父親はアート作品の修復と壁画家をしていたようで、彼はそんな環境で生まれたそうだ。

14歳のときに、はじめてコピーしてみたのがピカソの作品、その後、ドイツの美術学校に通うも、そこは放校させられたという。

素行が悪かった? または、子供の頃から型にはめられるのが苦手だったのか・・(笑)

そのため、彼の絵はほとんど独学だそうだ。


ドイツ人でありながら、アムステルダムとモロッコに住み、また、マヨルカ、スペイン、フランスにも住んでいた彼。

1992年にヘレーネ・ベルトラッッチ(英語名だとヘレン)という女性と出会い、1993年に結婚した後、ここで彼女の姓を使うことになったそうだ。


それから妻と二人三脚で贋作を始めたという。


彼の場合は、単に贋作作品を作り上げる才能だけではない。

美術史、絵画の理論、美術業界、鑑定方法、技術のすべてに造詣が深く、作家ひとりひとりの人生についても調べ上げているのだ。

既存の作品の精巧なコピーではなく「本人が描いたオリジナル作品」を生み出していく。


まあ、ここらへんのとこは、メーヘレンとも共通する。



ところが、2006年に些細なことから発覚することになった。
絵の裏の美術商のラベルが贋作だとわかったことから、発覚となったという。

さらに、どんどん波紋を呼び、
現代アートの殿堂とまで言われた、ポンビドゥー・センター(Pompidou Centre)の元館長、シュピース氏を騙したことで大きく取り上げられることになる。

*フランス・パリ4区(セーヌ川右岸)にある総合文化施設。フランス語での正式名称は Centre national d'art et de culture Georges-Pompidou[† 2](日本語訳の例:ジョルジュ・ポンピドゥー国立美術文化センター)


 これが元館長さんのシュピース氏
         ↓
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Werner Spies rehabilitated with Max Ernst show in Vienna

1997年から2000年にかけてパリのポンピドーセンターのディレクターを務めた人であり、エルンストとピカソの親友で、1971年にピカソの彫刻のカタログシリーズを編集し、1975年にパリのグランド・パレで初めてのマックス・エルンストの回顧展を開催した経歴がある。

ベルトラッチは、そんな人に、なんと、マックス・エルンストの7枚の絵を売ったのだ。

もちろん、世紀の大発見、真作だと偽って!

なんとまあ、大胆不敵な(笑)


さらに、シュピース氏が、この鑑定の際に受け取った巨額の鑑定料を、タックスヘイブン(租税回避地)の口座に入れていたことにより問題はさらに複雑化。

しかも捜査時に、この事をシュピース氏が話さなかったため、真相の解明が遅れて、贋作のいくつかが再び市場に出回るという事態にも陥った。

なかなか美術界というのも黒い世界と見える。。。



こちらが、マックス・エルンストの贋作を作るベルトラッチ
       ↓
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2008年、マックス・エルンストの『森』の贋作から、オリジナルが製作された1927年当時使用されていなかったとされる顔料(白チタン)が発見されたため、贋作の証拠をつかまれたそうだ。


結局わかってるだけでも、マックス・エルンスト(Max Ernst)、ハインリヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)、フェルナン・レジェ(FernandLéger)、Kees van Dongen(キース・ヴァン・ドンゲン)などの有名アーティストのオリジナル作品の偽造品を販売し、

合計4500万ドル(2860万ポンド)で売却された14作品の芸術作品を偽造したとして有罪判決を受けたのだった。



2011年10月27日、ベルトラッチは懲役6年の判決。彼の妻ヘレーネは4年。

ところが、刑務所に送られたにもかかわらず、ヴォルフガングは一定期間家に帰ることが許されいて、彼らは友人のフォトスタジオに雇われて、午前中に刑務所を出て、仕事後に戻る生活をしていたようだ。


なんとまあ、ジョン・マイオットも同様だったけど、刑罰とはいっても、ベルトラッチさんもまた、非常に優遇された軽い刑だったようだ。


とにかく、関係者は贋作だと気がついても、訴えない場合も多い。

また、ヴォルフガングさんの言葉を借りれば、「彼らは、いつも有名アーティストの真作発見を心待ちにしている」そうだ。

たしかに、そんなシロモノが見つかれば、みんなが飛びつく!センセーショナルな出来事なのだ。
そして、関係者はみな大儲けできるんだから。


悪く勘ぐれば、本物かどうか、怪しい気がする・・と思いながらも徹底的に調べずに本物だ!と認めてしまったのかもしれない。

少なくとも、悪気はなかったとしても、心理的に「そういった気持ち」が働いたのかもしれない(笑)




で、当人の、ベルトラッチ夫妻は、犯してしまった罪を深~く反省してるんだろうか?

いやいや、NO!・・・だと思うなあ(笑)


仲良し夫妻
  ↓
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世間もまた、犯罪者呼ばわりするどころか、彼を天才贋作アーティストとして一躍有名人にしてしまった。

今でも、ある美術館では、真作の本物作品とあえて、並べて彼らの贋作を展示しているところがあるという。


いくつかのドキュメンタリー映画も作られ、写真集やら座談会やらインタビューやらで、彼らはみな有名人だ(笑)



妻のヘレーネは、「彼の天職だし、私はその才能に魅了されてます!」とまで言い切っている。

彼らにとっては・・

贋作は犯罪、そんなことは承知の上、
しかし、人として罪を犯したとは思っていない。
むしろ、これが天職だと思ってる(笑)

だから、楽しみながら完全犯罪を企む。
そして・・もしも捕まったときは、潔く刑に服する。
ただ、それだけ。




なぜか、欧米諸国においては・・メーヘレンもマイアットも、ベルトラッチに対しても、一級の贋作アーティストとの名声を得たわけだし・・・

そのせいか、びっくりするほど、刑は軽く、出所すると一躍有名人だ。

欧米人は、そもそも、一流、天才、努力家には、寛大になるのかもしれない(笑)


それがいいのか悪いのかは別として・・

しょせん、刑法なんて、そんなものかもしれない。
人が作ったものなんだから、最終的には、大多数の意思で決められてしまうものかもしれない。

.......................

しかし、面白いものだ。

本物ならば、ン百万円もするようなものが、偽物と断定されれば、せいぜい1万円まで値が下がる。

蚤の市でみつけて600円で購入した皿が、有名陶芸家のものとわかり、数百万円になってしまうこともある。

街中で購入した二束三文の茶碗を千利休が購入して、大名に法外な値段で買い取ったなんて話だってあった。



ネームバリューというヤツだ(笑)

バブルの80年代には、若い女性たちは、有名ブランドに飛びついたものだ。
当時、私が働いていたオフィスでは、5人の女性がいたが・・彼らはみな、バッグはエルメスのケリーだったし、靴はフェラガモだった(笑)

たしか・・ケリーバッグが50万円位だった時代。
ただし、ちょっと専門分野を学んでさえいれば、派遣社員の女性たちも時給2000円近くもらえた時代だった。


こうなるともう、みんなが似たような服装で・・まるで、制服だ!

制服嫌いの私だけが、浅草の職人に頼んで、オーダーメイドのバッグを作ってもらった。
そして、KYと呼ばれることになった(笑)・・・もちろん、その当時はKYという言葉は存在してなかったけど。



こういった当時の女性心というものは・・クリスティーズで名画を競り落とす人々と似かよった心理なのかもしれない。

だからこそ、贋作も真作とされるチャンスが多いとも言えそうだ。



ある鑑定家が、こんなことを言っていた。

「結局、我々が鑑定できるのは、2流の贋作作品までなのだ。
一流の贋作作品ともなれば、作者側が何らかのミスを犯すまではみつけられるものではないのだ。」



となると、たしかに・・・

「美術館で鑑賞してる絵が贋作」ってことも、大いにありえそうだ。


1917年のHeinrich CampendonkによるTiereと、科学的分析を経てCampendonk様式で描いたのWolfgang Beltracchiの絵
   ↓
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ベルトラッチは語っていた。

「エルンストを天才とは思わないね。
エルンストのオリジナルより、私の贋作のほうが美しい。なぜなら、私は彼の作品に加えているからさ。


これは、決して負け惜しみではないのだろう。

そして、彼の妻も娘も、こういった彼を今もなお、誇りに思っているようだ。




参考
Could Wolfgang Beltracchi be the Original Fake?

https://www.youtube.com/watch?v=h2P3VwqnjWY&list=RDh2P3VwqnjWY&t=41

Here’s How to Make Millions as an Art Forger

天才詐欺師はニールだけではない

メーヘレンの絵をめぐって

ある人に、「ゲッティーに行くんだけど、一緒にいかない?」と誘われた。

ゲッティーというのは、J・ポール・ゲティ美術館(J. Paul Getty Museum)のことで、ロサンゼルスでは唯一有名な美術館だ。
ロサンゼルス観光のガイドブックにも、必ずといっていいほど載ってる。



お誘いを受けた人によく聞いてみると、どうやら、私の車で私の運転で行きたいらしい!

冗談じゃない!

遠いし、平日でもメチャメチャ混むし、駐車場も混雑して探すのが大変だとか・・そんな思いまでして行く気にはなれない。
おまけに、私が好きな絵はあまり置いてない。


そういえば・・昔日本に住んでいた頃は、美術展だとか写真展だとかによく出かけていた時期もあったけど・・いずれも混雑はすさまじかったなあ。

そんなことを思い出した。

ゴッホ展だとか、ナショナルジオグラフィック写真展だとか、そういった知名度があるものは行列を作って並び、列を作って歩きながら鑑賞するだけだったし、作品はガラスケースに入れられてるし、写真撮影は出来ないし・・。

そんなんじゃ、アート鑑賞をする意味がない。
疲れに行くようなものだ(笑)


やっぱり、こうゆう環境で見ないと・・

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中には、絵をみながらスケッチしてる学生たちもいる。

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これは、私がニューヨークのバッファローに住んでいた頃、頻繁に行った、Albright Art Museumの風景だ。

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どこのミュージアムも、閑静な場所に作られているしし、建物も環境も、ゆったりとアートを味わうような演出がされている。
それに、どこのミュージアムでも、街中と比べて館内のレストランは食事が美味しい。


アート鑑賞をするためには、すべてが非日常の空間でなければならない。

もっともだと思う。

そこで、お断りすることにした。

渋滞を抜けて駐車場を探し回ってドタバタ絵を見て帰ってくる気にはなれない、と。


そもそも、美術、音楽なんてものは、どうやったって、東海岸にはかなわないのだ。
街を歩く人々の服装にしたって、ニューヨーカーの方がはるかにおしゃれだ。

ロサンゼルスは、ビール片手に、ドジャース観戦の方が似合う街だ。


すると、断った相手からこんなことを言われた。

「えーー! ゲッティーは入館料タダなのに。
じゃあ、あなたは、お金を払ってでも小さい美術館に行く方がいいんだね?
でも、小さいとこなんか、贋作が置かれてる可能性があるよ~。」


はあ?

ゲッティーさんの遺言で入館料がタダなのは知ってるけど、その代わりゲッティー財団は駐車場を15ドルにしてるぞ(笑)

そもそも、大きい小さいとかじゃないし・・・贋作?って、いったいどこから来る発想なんだ??

よくわからん人だ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「贋作」という言葉を耳にして、ふと、思い出したことがある。


3人の贋作画家のことだ。

この話、ご存じだろうか?

その1:ハン・ファン・メーヘレン(Han van Meegeren)

メーヘレンは、1889年オランダ生まれ。

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彼は、オランダの美術アカデミーを首席で卒業したようで、将来をおおいに期待されていた新人だった。



とくに彼は、17世紀の絵が大好きで、フェルメールに心酔していたという。


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フェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』

しかし、あるとき開いた個展で・・「君の絵はもう古い!」と言われてしまう。

1920年に入ると、17世紀の絵が大好きというメーヘレンの作風は、古臭いとしか映らなかったのだろう。


時代の目は、少しずつ新しい芸術表現キュビスムに移行してきた時代だ。
その代表的なのが、ピカソだった。


写実とかロマン主義的リアリズムとかは、もう、時代遅れになっていたのだ。

当然、彼の絵は売れない。
絵葉書やポスターを書いて食いつないでいたという。


そこで彼は、大好きなフェルメールの贋作を作ることを思いついたのだ。

フェルメールはオランダでは超有名で、17世紀に活躍したバロック時代を代表する画家

ただし、作品はわずか三十数点しか確認されていない。


まだ、作品はどこかに埋もれているのかもしれない。

フェルメールが絵筆を取らなかったという、空白期間があるが、それは、作品が発見されてないだけじゃないだろうか?




メーヘレンは、ここに目をつけたのだ!

そして、こんな作品を描き上げた。

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タイトルは、エマオの晩餐


これを、没落した貴族から極秘に仕入れた絵画を売却しているというふれこみで・・(笑)
もちろん、メーヘレンの見事なまでの贋作だ。


美術界はむろん、待ってましたとばかりに食いついた!


おお! これは、フェルメールが空白時代に書いた宗教画に違いない!
なんと、構図はカラヴァッジョ風・・・いかにもフェルメールがやりそうなことじゃないか!
と、美術界では話題になったそうだ。

むろん、厳しい鑑定も行われる・・が、ちゃーんと鑑定結果でも、真作(本物)とされたのだ。

当時の高名な美術評論家が真作と褒め称えたとなれば、ジャーナリズムは、それをセンセーショナルに煽り立てる。

あっという間に、「エマオの晩餐」はオランダの国宝級の作品に祭り上げられた。


瞬く間に入手バトルが始まり、最終的にはロッテルダムのボイマンス美術館が54万ギルダーで買い上げたという。(4500万円だとか・・・)


おかしなもんだなあ。

古臭いものは売れない時代なのに、フェルメールが描いたものならば、それほどの大金になってしまうんだから。


それからというもの、メーヘレンは、ときどき、「貴族の所有する古い絵画を売る画商」として、仕事を続けていったという。


時は、ナチスドイツの占領下だったオランダ。


そこに、ナチス傘下のヘルマン・ゲーリングがメーヘレンに絵の依頼をする。

この人だ。
  ↓
Bundesarchiv_Bild_102-138052C_Hermann_GC3B6ring-thumbnail2.jpg


絵画コレクションに、どうしても、フェルメールの絵を加えたいというのだ。


フェルメールの絵といったって、そりゃ、メーヘレンの作品なんだけど・・(笑)


ヘルマンは、絵に高額な値段をつけた上、オランダから没収した何点かの絵画を返却する条件を提示したという。
メーヘレンは、それに同意した。

金目当てだったか、それとも、失われたオランダの絵画を取り戻したい愛国心だったか、ナチスに一泡吹かせたかったのか・・そのすべてだったのか?

そこはわからない。

しかし、とにかく、彼は同意したのだ。



ナチスが、欧州各地で美術品を略奪しまくったことは有名な話だ。
なんでも60万点にも上るというし、未だに、未発見のナチスの財宝は10万点もあるんだとか・・。

ヒットラーは、若いころは画家志望だったというくらいで、自分でも絵を描くし、こよなく美術品を愛したという。
ウィーン美術アカデミー」への入学を希望していたのに、試験に落ちてしまったんだとか。

ちなみに、これは、ヒットラーが描いた絵の一つ
     ↓
0914_st_stephens_cathedral.jpg
アドルフ・ヒトラーの描いた絵画

確かに、素人とは思えないほど見事だ!

だけど・・なんだか、絵葉書の絵みたい。。。


案の定、ヒトラーには、「独創性」が無いということで、落とされてしまったらしい。

技術的な問題よりも、彼の精神性に起因するものが多かったのかもしれない・・。
「絶対に自分の心を見せない」というような・・・


この絵をみてもわかるとおり、ヒットラーは、写実派なのだ。
前衛的作品を嫌って、破壊しまくったことでも知られている。


好きな絵は奪い、嫌いな絵は破壊する。

実にシンプルな人だ。


おそらく、ヒトラーにとっても、フェルマールは好きな絵だったはず。

それが、ヒットラーの意向だったのか、それともヘルマンさん個人の意向だったのかは、はっきりしないのだが・・



1945年ナチス・ドイツの国家元帥ヘルマン・ゲーリングの妻の居城からフェルメールの『キリストと悔恨の女』が押収された。

 
img_4_m.jpg
キリストと悔恨の女

何度も言うけど・・これはメーヘレンの贋作(笑)


それが大問題に発展する。


ナチスなんかに、オランダの宝を売ったのは誰だ!

当然のごとく売却経路の追及され、メーヘレンが逮捕される。

オランダの宝を敵国に売り渡した売国奴としての罪だ。
それは、国家反逆罪


当時のオランダ人が、どれほどナチスを憎んでいたか?と思えば、その罪がどれほど重~いものだったかは想像できるというもの。

とんでもない!
ナチスに売った、売国奴にされたらたまらない!

ここで、はじめて・・メーヘレンは、この作品は自らが描いた贋作であると告白することになった。

メーヘレンの裁判時の写真
     ↓
204724cf6ea9(1) Ruka Vermeera(2)_thumb[2]

これは私が描いたものだ。
これだけじゃない! 
エマオの晩餐も私が描いた! あれも、あれも・みーんな私が描いた!



ところが・・誰も信じない。

そりゃそうだ・・。
国宝級とまでなってしまった絵を、僕が描いた!なんて言ったところで、誰が信じるもんか!

そこで、メーヘレン自身が法廷で贋作を描いてみせることになった。


まず、古い17世紀頃の絵を探し出してきて、絵の具を丁寧に削り取る。
絵の具は、17世紀の手法で自ら作り出したものを使う。
完全にフェルメールに成り切って描き上げる。
さらに、自然に古くみせる工夫もこらす。



そぞ、見事な作品だったことだろう。

実際に、法廷で描いた作品はこれだったそうだ。
     ↓
kid_christ.jpg
寺院で教えを受ける幼いキリスト

なんと、この贋作の絵にも、3000ギルダーの値がついたという。

こうやって、メーヘレンの国家反逆罪の疑いは晴れたのだ。


それどころか、彼は一躍、売国奴から「ナチスを手玉にとった英雄」扱いされるようになった。


贋作の罪も異例の軽い罪となり、1年の禁固刑とされたそうだが、メーへレンは刑務所に入ることなく、亡くなるまで自宅で悠々と暮らしたという。
残念ながら、刑期が明ける前に病死したそうだが。

これは、今だに語り継がれる有名な話として残っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

メーヘレンが贋作に手を染めた理由は、自分を認めなかった美術界への反抗とか憎しみとか言われているようだけど・・・

そんなことは、本人に聞いてみなけりゃわからない。
いや、本人だって、わからないのかもしれない。

到底皆さんの納得できるような理由を述べることなんてできないだろう。

そこには、さまざまな思いが織りなす糸のようになっているはずで・・

強いていえば、「ただ、好きな絵を描き続けたかったから」としか、言えないのかもしれない。



これをスピリチュアルっぽい見方から眺めると・・

フェルメールが乗り移っていたのかもしれない(笑)

メーヘレンが愛してやまなかったフェルメール。

フェルメールという人、バロック絵画を代表する画家の1人になっているものの、謎の部分が多いのだ。
生涯で30作品程度しかなく、しかも、生年月日も死んだ日さえも、実はよくわかってない。
ただ、不遇の人であったことは確かなようで、彼の死後も長い間、忘れられた画家だったそうだから。

フェルメールとメーヘレンが引き合い、
さらに、その絵を強く望んだ、ヘルマン・ゲーリングもまた、何かに引き寄せられたのかもしれない。

ヘルマンもまた、最後は自殺を遂げた不遇な人ともいえる。


3人とも不遇な人、しかしまた、「不遇」というのも、一般人の見方でしかない。

本人たちは、思い残すことなく、十分生を全うしたのかもしれないのだ。



こういった贋作事件をみると、いろいろなことを考えさせられる。

美術業界というもの
美術鑑定というもの
芸術作品というもの
法というもの
物の価値というもの



「メーヘレンは、どんなに美術界に認められなかったとしても、諦めず自分の思った絵を描き続け、もっと精進し続けるべきだった」
というのは、実に良識的意見だ。

しかし、それは・・

アートというものが、純粋に作品に感動した人のみが代価を支払って入手できる、というシンプルな世界でのみ言える正論じゃないだろうか。

こんなふうに。
   ↓
Paris-montmarte2.jpg

そして、その純粋さだけで、アーティストが食べていかれる世界。


私は、メーヘレンが贋作を犯した犯罪者か英雄かなんてことには、興味はない。


見方が違うだけで、誰でも英雄にもなれば犯罪者にもなる。
革命家がいい例だ(笑)


ただ、一人の人間の生き方としてみた場合、私は興味をそそられたのだ。

しかも、かなりの優れた才能を持っていた彼が歩んだ道に。


実は、私には、フェルメールもフェルメールの贋作も、それほど良さがわからないのだが・・
このデッサンをみたとき、なんとも美しい!と心を捉えたものがあった。


もちろん、メーヘルンの作品
   ↓
uHertje.jpg
http://www.meegeren.net/



美術界に認められることなく、ポスター画家として食いつなぎ、それでも精進し続けながら一生を終えるのも人生。

途中で諦めて他の職業につくのも人生。

メーヘレンの生き方もひとつの人生。

画家志望だったヒトラーの生き方もひとつの人生。


自分で選択する人生だ。

そして、最後に自分が納得した人生だったかどうか?


たぶん、それだけだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*長くなったので、他の二人の贋作作家の話は次回にします。

三島由紀夫とゆう人

きのうのブログ記事で、ちょっとだけ、三島由紀夫さんに触れたんで、今日は、三島さんの話をアップしようと思う。


誰でも知ってる文豪で、戦後の日本文学界を代表する作家の一人だったし、

川端康成さんと並んでノーベル文学賞候補にも上がった人。(年齢順ってことで川端さんにノーベル賞が渡ったんだとか)


また、日本で一番文章が巧い作家ともいわれる人。

一番文章が巧いかどうかは、好みの分かれるところだけど、とにかく、「日本語の造詣が誰よりも深い人」とはいえるかもしれません。


で、私は個人的に、三島由紀夫作品が好きかどうかと言われると・・前半のものはよーーく読んでたんだけど、後半のはいまだに読んでない。

読む気になれないってのが正直なところ。
その理由は、あとで述べることにして・・(^-^)/


まず、私が三島由紀夫さんの小説を読むきっかけとなったのは、たしか、高校のときの現国の教科書。

そこに金閣寺の一説が載ってたのがきっかけ。


金閣寺を描写してるんだけど、たしか、この部分だったと思う。
         ↓


私はまた、その屋根の頂きに、永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰を思った。

この神秘的な金いろの鳥は、時もつくらず、羽ばたきもせず、自分が鳥であることを忘れてしまっているにちがいなかった。

しかしそれが飛ばないようにみえるのはまちがいだ。

ほかの鳥が空間を飛ぶのに、この金の鳳凰はかがやく翼をあげて、永遠に時間のなかを飛んでいるのだ。
時間がその翼を打つ。
翼を打って、後方に流れてゆく。飛んでいるためには、鳳凰はただ不動の姿で、眼を怒らせ、翼を高くかかげ、尾羽根をひるがえし、いかめしい金いろの双の脚を、しっかと踏んばっていればよかったのだ。

そうして考えると、私には金閣そのものも、時間の海をわたってきた美しい船のように思われた。
美術書が語っているその「壁の少ない、吹きぬきの建築」は、船の構造を空想させ、この複雑な三層の尾形船が臨んでいる池は、海の象徴を思わせた。

金閣はおびただしい夜を渡ってきた。
いつ果てるともしれぬ航海。そして、昼の間というもの、このふしぎな船はそしらぬ顔で碇を下ろし、大ぜいの人が見物するのに委せ、夜が来ると周囲の闇に勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである。





これだけを読んで、がーんとなりました。


この金閣寺を、

Kyoto_GoldenTemple.jpg


金銅の鳳凰、神秘的な金いろの鳥

永遠に時間のなかを飛ぶ。 

時間の海をわたってきた美しい船

おびただしい夜の中


こんなカンジにイメージさせちゃう。

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ファイナルファンタジーからの画像


さらに、鳳凰は金色の船に姿を変えて

夜に出帆していく

永遠の時間を、

後ろに




美しい映像だけでなく、そこに時空まで加えて・・まさに4次元的な世界を体感させてもらったカンジだった。。。


いやあ、金閣寺を、言葉だけで、こんな描写しちゃう人っていったいどんな人だろう?って思ったもんです。

しかも、ちゃあんと、その美しいイメージがストレートに私の中に入ってきて、
わぉう!と感動させてくれちゃったわけだから。


それから、三島作品を読むようになったわけです。

それは、私が高校生のときのはなし。


もっとも、今の私のように・・残業して疲れて帰宅して、ネコのトイレ掃除して、ゴハン、片付け、風呂に入って寝ちゃうような生活をしていれば、こんな文章を目にしたところで・・・鳳凰だとか金色の船のイメージはわいてこなかったかもしれない。

さらっと読みとばしてしまったような箇所だったかもしれない。


受け手の心にゆとりがなければ、どんなステキなプレゼントを与えられても、気がつかないものなんだろうなあ~。

高校生のときで、つくづく、よかったなあ~と思う(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、三島由紀夫さんといえば、こんなことでも有名な人ですね。


●ボディービルで、ムキムキの体を作り上げた人

●政治的な傾向により、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成

●自衛隊市ヶ谷駐屯地に押し入って演説の後、割腹自殺



たしかに、子供の頃から貧弱な体で、それにコンプレックスを持ってたらしい。
そこで、自ら肉体改造をするため、ボディビルをはじめたそうだ。

若いころはこんなだったけど・・

Mishima_Yukio_1948.jpg


こうなったんだよね~。

moshimabody.jpg


見事な肉体美なんだけど・・

私は、それ以前の三島由紀夫さんの雰囲気の方が好き。

この最初の写真、ネコと戯れてるような方が自然で好きなのだ。

ボディビル後の三島さんの写真は、どれを見ても違和感を感じてしまって・・私は好きになれないのだ。




ボディビルで見事な体になった三島さんは、ヌード写真集までも出版されることになる。

薔薇刑(ばらけい)
写真家・細江英公撮影

barakei.jpg

幻想的・耽美的な側面と、オブジェとしての肉体に焦点を当てるという側面とを兼ね備えた作品で、頁をめくるうちに、「ある漠然としたストーリー」が見る者に想起されるように構成されている。
1963年(昭和38年)3月25日に集英社より刊行
薔薇刑_Wikiより




もちろん、このヌード写真集は、そんじょそこらのヌード写真集とは違う(笑)

完全にアート作品なのだから。

写真1つ1つにも、また、薔薇というワードでさえ、シンボルとして使われてるようだ。

2ee2999613bef407ef769f129bb20560.jpg


薔薇の花弁は何重にも渦を巻いていて、どこまでが内か、どこまでが外なのかという判断を惑わせる形態をしている。
血と内蔵にまみれた表面は、内部による外部への氾濫だ。その比喩としての薔薇の花。
薔薇は、内部と外部の混沌・合一から生まれる「表層の美」とは何かを、最も明白に表してくれる。




現に、薔薇刑という写真集、今では海外の方で人気があるようで、日本以上に売られてるみたい。

そういえば、「仮面の告白」の中にも出てきたんだけど・・

ジェノバのパラッツォ・ロッソに所蔵されている、グイド・レーニの「聖セバスチャン殉教図」

sebastian.jpg

これは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの近衛兵であった聖セバスチャンが、密かにキリスト教を信仰していたために、処刑される様子を描いたもの、なんだそうだけど・・・

日本の矢から生々しい血が流れるわけでもないし、むしろ表情は安らぎに満ちていて、若々しい美しい肉体がある・・・
いやあ、こりゃ、そちらの方々が見たら、垂涎ものかも。(←そちらの方々って??)


まさに、エロティシズムの美の極地


そういえば、三島さんは、フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユのエロティシズム理論に感銘を受けたというのを、インタビュービデオで見た記憶がある。


ジョルジュ・バタイユのエロティシズムとは、

エロティシズムは、いわば存在と存在の間の“深淵”を超えて、失われた連続性を回復しようとするノスタルジーから生じる。

それは初め肉体的エロティシズムとして、次に心情的(精神的)エロティシズムとして現れる。

つまり、肉体のエロティシズムが安定化することから、精神のエロティシズムが生じてくる。

この連続性へのノスタルジーがエロティシズムを形作っている



この解説がこちら
    ↓

孤独を超えてつながろうとする欲望、これがエロティシズムの根本にある。
私たちにとって恋が苦悩をもたらす理由はここにある。つまりそれは結局のところ不可能なものを追求しているからだ。

恋の感情は「彼女の心を手に入れられたなら、孤独なお前の心は彼女の心と一体になれるだろう」と何度となくささやきかけてくる。
それは叶えられない約束ではある。しかし、恋人たちの間では、それは狂気としての激しさをもって結実することがある。

https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-bataille-erotisme/



なんとなく、イメージとしておわかり頂けただろうか?

私には、彼のいうエロティシズムってのは、

永遠に結実しないもどかしさと切なさがあるからこそ、美しさを生むもの。
そして・・ちょぴり、死の予感を含むもの


そんなイメージがしてしまう。


さて、三島由紀夫さんも、ちゃーんと、この写真集の中に、同じようなポーズのものを入れてる。

misimabook.jpg


そのほか、

f14d0594343d8f7bb068e164aecb7693.jpg


また、こんな写真も

74678172_o3.jpg
新版 薔薇刑 細江英公 写真集 三島由紀夫


時計のモチーフを使った写真もいくつかあるらしい。


三島さんの「薔薇と海賊」からの抜粋
    ↓
帝一 (わが胸を押へて)ここでテクタク、時計みたいに動いてゐるものがハートだね。

楓 でもそれは冷たい鐡と硝子の時計ぢやなくて、熱い肉と血でできた時計なの

帝一 それぢやその時計、生きてゐるんだね。





おそらく三島さんて人は、文筆家としての才能だけでなく、絵画、音楽、戯曲といった幅広いセンスと才能を持ってたんじゃないのかなあ?

現に、戯曲もいくつも残してるし、それを演じる俳優さんに言わせると・・

「三島さんの戯曲は、セリフの言葉が緻密に計算されて書かれていて、とにかく美しく、印象的に作られている」のだそうだ。



さて、これほどまでに、多くの才能を秘めたアーティストが、なんでまた、政治活動?


こーんな軍服らしきものまで作っちゃって・・自前で団員たちに支給してあげたりして、

tatenokai.jpg

当時は、「あーあ、三島も終わりだね~。 わけわからん、兵隊ごっこまで始めちゃって。」

「今さら、天皇制だとか、右翼に走るなんて頭がおかしいよなあ。」


と・・・評判ガタ落ち。

多くの人に失笑されたそうです。


アーティストは、右翼でも左翼でも・・政治と結びつくなんて、ありえないよなあ。。。

ましては、なんで今さら、天皇を神様にするんだ?


と、私も、さーーぱりわからん!状態だった。


ところが、時を経て今になってみると・・・彼は、右翼とか左翼とか、また、この天皇一家を神として神として崇めよう、なーんてことを目指してたんじゃなかった・・・ってことに気がついた(笑)

決して、この方々を神様として明日から奉ろう!なーんてことじゃないので・・誤解無きように。
       ↓
AS20150503002871_comm.jpg

三島さんの、こんな言葉が残っているらしい。

天皇は「日本の歴史・文化・伝統の中心」であり、生きている現人神で、絶対的存在であった。
しかし、米国が作った平和憲法の中の天皇は「国政に関する権能を持たない国民統合の象徴」であるだけだった。

日米同盟という安保の枠組みの中で経済的豊饒(ほうじょう)に安住し、国を守れる軍隊も持たず、情けない「米国に従属した国」となった。



「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」からの引用部分
     
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。

日本はなくなつて、その代はりに、、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。

それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。



ああ!

たしかに~。


今、、まさに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国になっちゃってるなあ。

それすらも、翳りが見えてきてるけど・・



私のつい最近のブログで、サンクスギビングデイに日本史を考える

でも、触れたんだけど・・

日本は太古の昔から、他国のウシハク国とはまったく違った文化や思想を持つ国。

シラス国なのだ。

それは、アマテラス神の血筋を継承する、天皇を中心に、民による君民共治をする国。

それは、他国の金権主義や合理主義をベースにしない、独自の文化を持つ国。




たぶん、三島さんは、かつての日本、そういった独自の文化を持つ国に戻したい!
そのための、スピリチュアルな天皇制を目指したんじゃないだろうか?

ってことに・・今さら気がついた。

となると・・もちろん、今の天皇家のあり方・・ほとんど一般人と変わらないようになっちゃった? しちゃった?あり方にも、異議を唱えたことだろうね~。

なんかのエッセイだったか、コラムだったか・・忘れちゃったんだけど、

だからこそ、天皇は一般人のような自由は許されない存在なのだということを言ってたはず。


戦後、口当たりの良い言葉、民主主義、平等の世といった言葉にくるまれちゃって、すっかり、欧米諸国龍の金権主義に魂を譲り渡しちゃった文化になっちゃったってことかな。。。


それを、1960年代後半~1970年代に、警鐘を鳴らしていたんだから、これって、すごい!かもしれない。

日本は裕福になり、まさに、バブル景気に向かうような時代だったときに。

三島さんて、世の中の流れについても、おそろしく先見の目を持っていた人だったんだろうね~。

だけど、こんな時代では、ほとんど理解されなかったのだろう。

それが世の常だから。。。。



おっと!

三島さんよりも、もっと昔に、先見の目を持ってる人がいたのを忘れちゃいけない!

それは・・幕末の頃にいた、佐久間象山(さくましょうざん)という思想家の先生

syozan.jpg

これも、以前のブログ記事、中国人と日本人と論語にも、アップしたんだけど、そこからまた、引用すると・・

幕末の頃といえば・・

開国して優れた西洋のものをバンバン入れようぜ!って人と、日本国に西洋人なんてとんでもねーぞ、ぶっ殺せ!って人もいた動乱期。

ところが、象山先生は、東洋道徳・西洋藝術を唱えたのだった。

あくまでも、東洋的な思想を基盤にした上で、西洋の技術、テクノロジーを取り入れるこそがすぐれた国を作ることだと。

この時代に、彼はちゃーんと見通してた。

東洋と西洋の優れた部分と弱点すらも!



誰もが黒船来航から、新しい文化・テクノロジーに有頂天になってる人か・・または、外国すべて排除してやる!という反対派と、真2つに割れてた時代に、冷静に未来をみつめてた人もいたんだね~。


三島由紀夫さんもまた、日本の未来を考えたとき、佐久間象山と同様な危惧を持ったんじゃないかな?


そんでもって、楯の会活動に入る?

うーーん、なんだか・・そこらへんには、ちと、無理があるような・・(笑)

私の、まったくの個人的直感に従って言ってしまえば・・

ただ、彼は、死にたかったんじゃないかと!

それも、冷静に計画的に。

死ぬ準備の流れの1つとして、楯の会があったのではないかと・・・。


これは、まーーたくの根拠もない、想像です(笑)


なんで死にたかったのか?

そりゃ、よくわかりません。

色々な方がさまざまな推測をしてるけど・・・。

醜い姿をさらして老いて死ぬより、美しい肉体のうちに死にたかった。

美を完結させたかった。

自分の一生を自分で演出し、現実を舞台にして死をもって完結させた。


もっと、現実的な推測をみると、

小説がもう書けなくなって自死した。
右翼を貫くパフォーマンスとして自死した


なーんてのもある。


ドナルド・キーンさんという、彼は有名な日本文学の翻訳家。
永井荷風や谷崎潤一郎などの翻訳も手掛け、個人的にも親しかったそうだ。

donald.png

とくに、いちばん親しかったのは三島由紀夫さんだったらしい。


彼が言うには、

「自死を選んだ原因はいくつもあると思います。

三島が命を絶ったのは憂国のためだけではないと思います。

彼には独自の美学があった。彼は歳をとりたくなかった。
美しく咲いたままその命を閉じたかった。

それも1つの大きな理由でしょう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、死にたい!と思ったとしたら・・

それも、冷静な意思として思ったとしたら・・

それはもう、ますます、死は身近になってきて、死は美しい憧れのようになっていくのかもしれない。

アーティストであれば、それを、自ら演出しようとしてしまうかもしれない。


もう一つ、美輪明宏さんが興味深いことを言ってましたっけ。

美輪さんは、三島さんと長年に渡って懇意にした人だ。

ある日のパーティーでのこと、

美輪さんは突然、三島さんの背中のところに変な人影が見えたそうだ。
緑色ぽい人影で、青年将校のような姿をしていたという。

ところが、美輪さんは、その人物を知らない。

「どうやら、二・二六事件の関係者じゃないかしら。」

そこで、三島さんに、その関係者の名前をあげさせたそうだ。

いくつか名をあげても、みんな違う。

そのうち、「磯部浅一」の名をあげたとたん、それは、ぱっと消えた。

「それよ!その人よ!」と、美輪さんは叫んだ。

霊は名をあげられると消えるそうだ。

三島さんが、どうやら、磯部浅一の霊に憑依されていたというのは、知る人ぞ知る有名な話。


美輪さんは、こんなことも語っている。
    ↓
「『憂国』を書いてる時に、自分であって自分でないようなおかしなことはありません?」って聞いたら、「ある」っておっしゃって…。

眠くなっても筆だけ闊達に動いてるんですって。で、どうしてもやめられない。

終わった後読み返して、文に不満があるんだけど、書き直そうとしても何かが書き直させない力が働いて、あれは不思議だったっておっしゃった。

あの「憂国」というのは、純粋に三島さんではないと思っています、半分ね。」



磯部浅一という人物は、二・二六事件の実質指導者で首謀者として銃殺刑を受けている人物。

isobe.jpg

処刑が決まったあと、獄中での磯部は、軍の幹部から、世の中すべてに至るまでを呪う文書を多く残してる。

死にたくない、仇がうちたい、全幕僚を虐殺して復讐したい・・・とか。

「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」などと書き記して、
現天皇はおろか明治天皇、皇祖神、天照大神にいたるまで叱り、呪っている恨みっぷりだったそうだ。

「成仏するつもりなど、さらさならない、悪鬼となりて所信を貫徹してやる!


二・二六事件の青年将校の霊に憑依されていた三島由紀夫


怨んで怨んで、悪鬼のようになって死んでいった人のようだ。

なんと往生際の悪い・・。


そうか~!

そのせいだったのか~!

と、実は、私は自分なりになんか、納得してしまったものだ。。。

私が後期の三島作品が好きになれなかった理由。

なんとも違和感があって、本を手にとっただけでも読む気にすらなれなかった理由は、そこらへんにあったのかもしれない。

違和感と重さ


憂国なんて作品、舞台を見る気さえなれなかった。。。


写真を見たって、たしかに後半の三島さんは、イケメンに変身し、

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素晴らしいボディかもしれないけど・・

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どうも好きにはなれない。

目が、どうにも好きになれない。

異質に、なんだか作り上げたような表情だし・・・。

最初にアップした若かりし頃、たしかに・・ちょっとなよっとしてるけど・・私は、こっの方が100倍好き。

または、せいぜい、このくらいまでの頃の写真

ms3.jpg
ネコ好きだったのかな?

彼の作品についても同様に・・・ある頃を境にしてから、つまり、ボディビルあたりを境に・・読む気がなくなってしまった。



それは、彼が彼であると同時に憑依されて、半分は別の人にもなっていたからなんだろうか?


後半の三島さんは、憂国の舞台で真に迫る切腹シーンを撮影したり、関の孫六の名刀を手に入れたり・・どんどん、そっちの方向へ傾いていく。

鬼気迫るように。

憑依の力も借りて(利用して)、クーデターにおよび、割腹自殺に至ったのかもしれない。


しかし、それもまた自分。
自分が呼び寄せた霊、たとえ無意識だったとしても・・・。



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これは、美輪さんが最後に三島さんと会ったときのエピソードから。
   

自決される1週間前、三島さんは私がコンサートをやっている日劇の楽屋を訪ねてこられました。

「出演おめでとう!」と言いながら、抱えきれないほどのバラを持って。

ピカピカの靴でタキシードで正装されてました。
普段ならご家族のことなどはあまり話さない方なのに、その日に限って弟さんの話をしたりして、いつもの様子とはちょっと違っていました。

 三島さんが劇場の控室からお帰りになる際、突然楽屋を振り返り、「もうこれっきり、君の楽屋には来ないからね」と。

「どうして?」と聞いたら、

「今日も奇麗だったよ!なんて嘘をつくのがつらいから、もう来ないよ」
そんな皮肉交じりの冗談を笑いながらおっしゃって出ていかれました。

298521-赤い背景に彼の背中の後ろに赤いバラの大きい花束を持って男



なんとまあ、古い外国映画のセリフみたいに、おしゃれなセリフ(笑)

それもまた、彼の別の一面だったんだろうなあ。



三島由紀夫が亡くなったのは、1970年

今から、もう47年前だ。


彼の魂は今、どうしてるんだろう(笑)

とっくに、統合されてしまい、個としても三島由紀夫はなくなってるんだろうか?


それでも、生きてる我々には、決して消えない人のようだ。

彼の作品とともに、いまだに語り継がれているわけだから。




参考
http://d.hatena.ne.jp/SemiuNatsuhito/20141130/1417345296

http://www.tv-asahi.co.jp/ss/182/special/top.html
http://news.livedoor.com/article/detail/9916106/
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アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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