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心の病を患う人とムンク

昨今は精神を病む人が年々増えていくようだ。


こちらは、うつ病の薬の売れ行きを表したグラフだが、

1999年くらいまではほとんど横這い状態だったのに、2000年あたりから、ぐーーんと伸びていくのがよくわかる。
   ↓
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https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1409/29/news027_3.html

さて、2000年あたりを境にして何が変化したのか? 何が精神疾患の原因となって増えていったのか?

といった問題は置いておいて・・

とにかく精神疾患は増え続けている。


一人暮らしで不安や孤独を感じる老人ばかりでなく、
若い人々も孤独や不安を抱えて、それがストレスになっていく人だって多い。


孤独というと、一人ぼっちで恋人も友達もいない人たち、とイメージする人もいるけど、それは違うはず。
二人でいても家族でいても孤独な人は孤独。

不安というのも、明確な対象がなくても「漠然とした不安」というのもある。

そういったものがずっと消えないままでいると、ストレスとなり、心も体も蝕ばんでいくことになる。



少し前に面白い記事を読んだ。
     ↓
The dark side of creativity: Depression + anxiety x madness = genius?

これはCNNの英文記事なんだけど、タイトルのとおり、

クリエイティブなダークサイド: うつ病+不安 X 狂気 = 天才?

昔から高名な芸術家ほど、精神疾患に悩んでいる人が多いと言われてきたけど、

こういった芸術家だけでなく、創造性が豊かな人ほど、双極性障害や統合失調症などの精神疾患を患いやすい傾向にあるということが、スウェーデンの研究で判明したそうだ。(カロリンスカ研究所による)

統合失調症、双極性障害、うつ病やADHD、不安症候群に至るまで様々な精神疾患の患者を対象に調べた結果、
その親族にも統合失調症、双極性障害、食欲不振および自閉症などを抱えている可能性が高いこともわかった。



このサイトの中で、有名な絵画「叫び」を載せているのだけど、

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この絵はご存じのとおり、エドヴァルド・ムンク( Edvard Munch)さんの 1893.年の作品


お若い頃の写真がこちら
    ↓
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自身でも「病と狂気と死が、私の揺りかごを見守る暗黒の天使だった」と語っていたそうだけど、
たしかに、ずーーとそんな人生を生きてきた人だ。

ムンクの「叫び」は、評論家によれば、「絵画の苦しめられた顔は、現代人の不安を象徴するもの」なんだそうだけど・・

「叫び」というよりは悲鳴に近い気がする。


実際のところ、

ムンクによって指定されたタイトルは、Der Schrei(ドイツ語)

または、 Skrik(ノルウェー語)

英語では、The Scream

どれも、「悲鳴」という意味だ。



私には、「現代人の不安を象徴するもの」なーんて、そんな生易しいものどころか・・

絶対逃げられない恐怖からくる「悲鳴」に聞こえる。 
それも、狂気と紙一重になりそうな悲鳴に。



1978年、アメリカの美術史家で学芸員だった、ロバート・ローゼンブルム(Robert Rosenblum(1927 - 2006)が、
これは、ペルーの ミイラに触発されて描いたんじゃね? と言い出したことも有名なお話し。

それが、こちらのミイラ
    ↓
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動物学の博物館、自然史最高のとして知られている、La Specola博物館所蔵


そこで専門家さんたちが調べたところ、ムンクさんは一度も、この博物館に行った事実はなく、まったく関係なかったというのが結論。

でも、確かによーく似ている!


人の想念は潜在意識下で繋がってるというユングさん(だったかな?)の説を考えると・・
現実に行ったかどうか?なんてことではなく、共通意識、イメージだったのかもしれない・・と思えてくる。

多くの人の根源的な恐怖の叫び・悲鳴が、このイメージなのかもしれない。


いやいや・・狂気に捕らわれた芸術家なんてごめんだわ~(笑)
と、健康な私は思ってしまうのだが・・

それでも、若い頃の私は、どこか、こういったダークな作品にも惹きつけられたり感動したりしたこともあった。

それが今では、「哀しみ」や「痛み」の方を強く感じてしまう。



なんだって、

創造性豊かで才能に恵まれた人(天才)は・・波乱万丈の人生だったり、精神障害に悩まされてたり、狂気や鬱病と近いところにいるんだろう?


この答えは、私の中では出ている!


豊かな才能というのは、感受性が強いということでもあり、多くをキャッチできる能力を持ってるから。

早い話が、スピリチュアル系でいうところの、憑依体質と一緒!
(私はものすごーく能力の高い、霊能者さんたちも同じだと思っている)

才能のある俳優さんたちには、こういったタイプが多いそうだ。
深く感じることが出来る能力(霊媒体質または憑依体質)は、フィクションかリアルかの区別ができないような演技になるという。


ところが良い事ばかりではない!

感度のいいアンテナを持ってるから、他人のことも別世界のことも・・・ピピピピ~と多くのものをキャッチできちゃう。

外部から得るものが大きければ、それが創造力ともなり、才能にもなる。(←ここは良いとこ)

その反面、ネガティブなものだって受けやすい!

恐怖、漠然とした不安なんてものは、まさに、それ!

外部のものまで、無意識のうちに自分のもののように受け取っちゃったりする。

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自分にとって良いとこだけとか、美味しいとこだけを受け取るってわけにはいかないのだ。

そのすべてを、まずはパッケージとして受け取るっきゃないようだ。

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だからこそ、並外れて才能豊かな人ほど、並外れた不幸(心の葛藤)も多いってことなんだね~。


世間の人たちから「天才と狂気は紙一重」だとか、「芸術家は繊細過ぎて俗世に生き難い」
な~んて言われてしまうのにも納得。


それでもなんでも、どんな重荷を背負っても、前を向いて、俗世で生きなきゃならないわけだし、

恐れや不安を克服する術(すべ)を、悩みぬいた末に自分で見つけ出すってのが、天才に課せられた道なのかもしれない。



日本にも多くの天才芸術家や巨匠と呼ばれた文壇人たちもいたけど、
心を病んでしまったり、自殺してしまった人も多かったように思う。

たぶん、恐れや不安をシールドアウトしてしまうほどの強いパワーを持てなかった人たちだと思うのだ。

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ムンクさんも天才の試練として、ずーーと絶望、狂気、死と隣り合わせに生きてきたようだけど・・・

晩年には、こんな作品を残している。

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The Sun 1916

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Horse Team, 1919

まるで、生きることを謳歌しているかのような。

太陽も、そして、ホースチームという作品にも、力強く現実を生きる美しさが眩い。


よかったなあ~。

この人は、ちゃーんと克服できたんだな~!
そこへ、行きついたんだね~!!


この絵を見ただけで思えてくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひと昔前だったら、 心を病む病気には、ノイローゼとか神経症とか言われたくらいで、あまり病名はなかったようだけど・・
最近では、実に多くの病名が付けられた。

単なる漠然とした不安にしても、「全般性不安障害」とか、「社会不安障害」などという名前があるそうです。
**この不安は、「対象がはっきりしない漠然とした恐れや緊張感などの不快な感情で、動悸や発汗などの自律神経症状を伴っているもの」



こういった病になる人たちの中にも、ひょっとしたら、天才予備軍が多くいるのかもしれませんね~。

感受性が豊かで溢れるばかりの創造力を持った、憑依体質の人たちが。

世に出るか出ないかなーんて、それこそ紙一重の問題で、実はムンクのような天才予備軍かもしれない人たち。

世に出る前に、病んでしまってる人たちだって、多いのかもしれない。



恐怖や不安を取り除く方法はないんだろうか?

ずっと前のブログ記事ですが、脳が幸せを感じるしくみ
というのをアップしてます。

ここで、アミット・ソッド博士(Amit Sood 統合医療の著名な研究者であり開業医)が提唱していることは、

深い感謝(GRATITUDE)
思いやり(COMPASSION)


を培っていくこと。

これに尽きるそうだ。

人が恐れや不安を感じるとき、深い感謝や思いやりは感じられないように出来てるそうで、
逆に、深い感謝や思いやりは感じるときは、まったく恐れや不安はなくなってしまうらしい。

脳とは、そのように作られている!




自分がどうしても生き難いと思うのならば、

自分を捨てて、人々の幸せのために生きるというのも1つの方法かもしれませんね。
常に、あらゆるものへの感謝を持って。



ムンクさんが、どうやってダークサイドを変えていったのかは知らないけど、

長~い苦難の果てに、自力で「何か」に行きついたんだろうなあ~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それにしても・・

ムンクも、晩年のあんなに美しい作品よりも、狂気に満ちた「叫び」の方が有名になっちゃたんだよね(笑)

今じゃ、パロディーも世界中に、いーーぱいあるのにはビックリ。

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これはWindows

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こっちはMac

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米国エネルギー省のスクリームだそうで・・・知らなかったけど。


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こっちは、映画のポスターにもなっちゃたヤツ。

マリブかインパラちゃんか?

すっごいマヌケな話。

車の修理のために、カーディーラーからレンタカーを借りたんだけど、貸してもらった車種はマリブという車。

私の車がインパラという車種なので、なるべく同じような車種をという配慮だったんだと思う。


マリブという車、インパラよりも小さめで小回りはきくしで、街中では運転しやすい。
しかも、アウトドアのスポーツカーではないので、さまざまな機能がついている。

スマートキーだから、キーをポケットに入れとくだけでドアは開くし、ボタンを押すだけでエンジンも始動する。

●バックするときは、ディスプレイにバックモニターで画像が映し出されるんで、後ろを見ながら目視確認をする必要もない。


うわあ!なんて・・ラクチンなんだ~!(←こんなことで感激する)


いつも、パワフル重視の車ばっかり乗ってた私は、こういった車を運転したことがない。
(注:アメリカの、スポーツカーやパワフルタイプ、アウトドアー目的の車には、あんまりこういった機能はついてないことが多い。
中にはあえて、マニュアル車を買う人もいるくらい)



すっごい便利! しかもラクちん!
 
最近は街中ばかり運転するようになってしまったんだし、今度買うときは、この車もいいかもな~なんて思ったくらい。(←いつ、買えるんだよ!)



なーんて♪♪思ってたら・・ガソリンスタンドで困ったことが発生。


レンタカーは使った分だけのガソリンは入れて返却しなきゃならない。


ところが・・・ガス給油口の開け方がわからない!

どうやっても開かない!

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パッセンジャー側に、こうゆうのがあるんで、これが給油口だってことはわかるんだけど・・

色々な部分を押しても開かないし、むろん、引っ張るところはないし~。

そこで、運転席から開けられる装置でもあるんだろ?と探したのだが、それらしきものはない。

ダッシュボードを開けてマニュアル本を探したけど、そんなものは入ってない!
そりゃそうだ@ いまどき、紙のマニュアル本なんかあるはずない。 インターネットでダウンロードするっきゃない。


さっそく、スマホでマニュアルをダウンロードしてチェックすると、

給油口はパッセンジャー側にあります。(←そんなもん、見りゃわかるだろーが!)
端の部分を押すとオープンします。(おい!端の部分たって、上下左右あるだろーが!)



上下左右の端の部分を色々とプッシュしても、びくともせん!

困った~。



こりゃ、誰かに聞く方が早いか!


隣にメキシカンのおっちゃんが、ガソリンを入れてたけど、車を見ると旧式のでっかいバンだし・・
それよか、英語も通じ無さそう。。。

キョロキョロ見回しても、早朝のせいか人があまりいない。(こういったタイプの車に乗ってる人がいないのだ。)


人を当てには出来んよな~。
あんまり、人を当てにしたくもないし・・


そこで、またもスマホを使って検索。

今度は、
Malibu 2019 How to open fuel door と、そのまんまを入力すると、

まさに、この動画がヒットした!
    ↓

こんな動画を貼ったところで、日本にいる皆さんにはマリブなんて車、関係ないだろーけど(笑)

そっか~。 左下を二本指を使ってプッシュするんか!
(たぶん、力加減もあったのだろう。 私はえいや~!っと、馬鹿力でプッシュしまくってたから。)

やった~! 今度は開いた!!

この間、ざっと30分。。。

ひどく疲れた。

ひどく情けない。

マヌケな話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらに住む日本人の方は、ほとんどがトヨタ、ニッサン、ホンダといった日本車で、しかも、タウン用の車に乗っている人が多い。

おそらく、スマートキーも、バックモニターも、「私が悩みに悩みぬいたプッシュ式給油口」だって当たり前なんだろう。

彼らに話せば・・常識でしょーが!と笑われちゃいそうな出来事だろう。(あ~恥ずかしい!)


でも、なーんか、納得できん!

マリブのマニュアル本はいかんよな~!
と思う。

あんな説明で、初めての人が出来るんかい?(いやいや、出来る人の方が多いのかもしれないが・・。)


と、またも検索すると、やっぱ・・私のように苦労した人もいる(笑)
    ↓
Bad Designs - How do you open the gas cap door?

この人、車の中のすみずみまで探し回ったりして、給油口を開けるのに1時間半もかかったという。

タイトルで、バッド・デザインだ!とまで、言い切ってる(笑 ←同類がいたことで喜んでる


私だって~、スマホであの動画がヒットしてくれなかったら、もっと時間がかかってたかもしれないのだ。



車って機能がいっぱいついて、ほーんと便利になった。

ぎりぎりの状態で縦列駐車なんかするとき、バックモニターがあれば、初めての車だってラクラク駐車できちゃうだろうし、
どこか故障個所があれば、モニター画面で故障個所を教えてくれたり、アイコンみたいなランプが点滅したりする。


でもひと昔だったら、車の幅と長さを体で覚えて、このくらいだったらまだ大丈夫だな~といった勘こそがすべてだった。



昔々、教習所の教官からも、

「車種によって大きさも違うんだから、それは自分の体の感覚で覚えるしかないんだ。
あとは、五感を使え!音や匂い、乗り心地から、異常を察知しなきゃいけない。 
さらに、最低限度のメカも学んでおかないと、どこに異常があるか予測も出来ないよ!」


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http://blog-imgs-34.fc2.com/y/u/z/yuzunekoninja/2011081021315250d.jpg

私が18歳のとき、教習所ではMT車だったしね~。

坂道発進のために、半クラッチの感覚を覚えろ!とも言われたわけよ~(笑)


車の運転って、ただハンドルさばきの技術だけじゃなくって、感覚も使わなければならないし、車の構造やらメカの基礎も勉強しとかなきゃいけないんか~。大変やなあ~!と思ったものだ。


でも、もはやそんな時代ではなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのって、車だけに限った話じゃないよね~!

お風呂だって掃除機だって炊飯器だって・・なんでもかんでも、いーーぱい機能がついてラクチンになってるもん。


前に日本に住む母と電話してるとき、突然、女性の声で何やら言うのが聞こえてきた。(内容までは聞き取れなかったけど)

「え? 誰かお客さんでもいるの?」と聞くと、

「ううん、あれ、お風呂よ! お湯が沸きました!って。」

ええええ? 風呂が、風呂が喋るんかい??

「は? あんたんとこのお風呂、喋らないの?」と、母が怪訝そうに言う。

喋る方が異常だろ・・。 

「やあねえ、いまどき、当たり前よ~。
お湯の温度設定だってできるし、メッセージで教えてくれるのよ・・。
アメリカって時代遅れなの? それとも、アンタんとこが、よっぽどのビンボーアパートなのかしら?」



風呂なんて、熱湯の蛇口と水の蛇口しかついてないし~。

豪華版の風呂でも、こんなもんだし、

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長年のアメリカ暮らしで、「風呂を沸かす」という感覚さえ忘れてた。


炊飯器だって、私がアメリカで使ってるのはこんなもんだし~。 
(ターゲットで20ドルくらいで売ってた。)
     ↓
rice cooker

母に話したら、異常に驚かれた!

「いまどき、2000円程度で買える炊飯器があるの?    
それじゃあ、お粥モードとか炊き込みご飯モードだってついてないだろうし・・可哀そうに・・食べられないのね~。」


はああ?


「私は、炊飯器が無かったころは、鍋でお米を炊いて食べてました!
お粥も、炊き込みご飯も、ぜーんぶ、水加減ひとつで美味しく作れます!」




昭和初期生まれの母親の方が・・完全に文明化しちゃってるらしい。。。

いやはや、日本恐るべし!


噂によると・・日本人はとくに便利が大好きだとか。

さまざまな機能がいっぱいついたものが好きなのだとか。

高くてもそっちの方が売れるらしいのだ。


いやいや、中国人観光客も、超高い家電の爆買いをするというから・・たぶん、中国人もお好き?



でも、便利であることと引き換えに、失ったものも大きいのかもしれない。

車を運転するにもゴハンを炊くのにも、勘や五感は使わなくなった今・・

便利な生活の中では、強く意識していない限り・・感性に磨きをかけるなんて無理なことなのかもしれない。

松果体が退化してしまうのも当然のことかもしれないなあ。




私だって・・給油口が開けられずに困ったとき、まっさきにスマホを使って解決法をみつけたわけだし。

スマホが無い時代だったら・・
一人で悪戦苦闘してどうにもならないとしたら・・

いったいどうしただろう?


やっぱり、近くにいる人たちに助けを求めただろうか?


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昔ケニアに旅行したとき、目的地に行かれずに困ったことがあって、通行人に道を聞いたところ、その人は知らないという。
(言葉がよくわからなかったんだけど、たぶん、そう言ったんだと思う。)

ケニアの英語なんて、スワヒリ語と英語のミックスでほとんど通じない。

ところが、その人が別の通行人を捕まえて聞いてくれた。
だんだん人が集まってきて、みんなが身振り手振りでも、親切にあれこれとアドバイスしてくれたことを思い出す。

まだまだ、こんな時代だったんだろうな~って思う。



今の私は、困ったときは知らない人に聞くより、スマホを信じてスマホに頼る。

そしてまた、人の心も・・たった一人の見知らぬ通行人を助けようとするだろうか?
それも大勢の人が集まってまで・・。


便利になった分、私たちが失なったものは勘だけじゃないのかもしれない。



私の母だって、そうなのだろう。

私の母に対するイメージはこういったものだったんだけど・・(完全に昭和時代の母)
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現在の日本にいる母は、喋る風呂に、IHクッキングヒーターなるものを使ってるらしいから。


それもいいだろう。
クリーンで便利な生活、それは決して悪くない。


ただ・・便利ゆえに、これ以上失うものがないように・・

時代や世間に流されない強い意識と意思は持ち続けなければならない。


どんなに便利な生活をしていても、勘を働かせ、五感も鋭く、感性にも磨きをかけていくように意識していないと、

私たちは、あっという間に退化していってしまう気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、私のインパラちゃんが戻ってきて、

あ、こっちじゃなくって・・
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こっちね・・。
  ↓
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やっぱり、私には、便利機能がいっぱいついてなくても、インパラちゃんがいいな~!って思った。

つくづく思った。

ユル~く考える「許しと贖罪」

毎週、日曜礼拝に行ってるという人がいて・・かなり熱心なクリスチャンなのだろう。
ひと昔前ならば、アメリカ人は「日曜日といえば着飾って教会」というのが定番だったらしいが、最近はあまり聞かない。

えっと‥その人が行くのは、メソジスト派の教会って言ってたかな? 
(注:アメリカのほとんどがプロテスタント、ただしメキシカンはカトリックも多い)



ニューヨーク州にいた頃は、私は、黒人教会が好きでよく通っていたことがある。

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なんてたって・・生ゴスペルがタダで聴けて、特にレディーたちのファッションは華やかだし、あとで出される軽食が超美味しかったから!(ガンボなんて、もう、最高だったもん)

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なぜか、黒い人たちのチャーチファッションって、とくに豪華だよねえ。
ふだんは、タレッタレのチープファッションなのにね(笑)

昼の正装として、ちゃーんと帽子をかぶる人が多いってのも特徴

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上の二つは雑誌のチャーチファッションからひろったものなので・・・


現実は、こっちに近いかも(教会に行くのはご年配の方々の方が多いので・・)
   ↓
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それでも・・気分はマイ・フェア・レディーなのかも。

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ファッション的にも変わらんじゃないか!


それとも、パリの凱旋門賞か(競馬の有名なレース)?
   ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれれ、話が完全にずれてしまった・・・。

別に、チャーチファッションの話をするつもりではなかったのだ!

話を戻そう。。。



「教会で、どんなお説法を聞くの?」と聞いたら、

先週は、「許しと贖罪」がテーマだったんだとか。

ここの牧師さんのトークは、流れるように熱く静かな語り口で、美しいバリトンが人気なんだとか。



許しと贖罪ね~。

まさに、ジーザスの根本的テーマだね。


加害者を許せるか?



たぶん、多くの人の答えはNO



そうゆうとき、多くの人の心には憎しみが生まれるわけで、それを形にして処理しなけりゃならなくなるのが常。

それが、報復感情というもの。


報復感情を持つのは当たり前! 当然の権利!って思ってる人は多いだろう。

だからこそ、復讐があったり、法律で死刑もあるわけだし。
法律ならば、復讐も堂々と正当化できるわけだしね。


人というのはそうゆう生き物なんだから、当然のことだよ!とさらっと言われたことがある。

それも、敬虔なクリスチャンの人に言われたのだ。
矛盾してないか?



さすがにこのときは、ちょっとびっくりした。

だってだって・・・じゃあ、ジーザスはなんで十字架刑になったんだあ?


総督のピラト、ジーザスを憎むユダヤ人たちの陰謀といった外郭からの理由は、この際置いとくとして、

ジーザス自らが十字架刑を選んだから。

この世のすべての人々の代わりに、彼らのすべての罪を自分の体で引き受けるために。




「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。」(ヨハネ伝10:18)

だから一切、自分を弁護せずに沈黙を守ったまま、最も残酷な十字架刑になったのだった。


ところで、十字架刑ってすっごく残酷な刑って知ってた?
    ↓

十字架に架けられる犯罪人は、裸にされ、両手両足首に約15センチの長さの大釘を打ち込まれ、十字架に固定される。
この時、手足首の神経は切断され、すさまじい激痛が襲う。
さらに十字架に吊り上げられると、両肩は脱臼し、釘を打ち込まれた傷口に全体重がかかり、さらなる激痛が襲う。
犯罪人が呼吸をするためには、何度も足を突っ張って体を持ち上げなければならない。
このような苦しみが数日続くこともあり、最終的には激しい痛みと疲労のために呼吸困難となり、心拍異常を起こして心停止で死に至る。



おえ~!

こんなんと比べたら、ギロチンとか切腹(介錯付き)の方が、はるかに温情的だねえ。。。


そりゃあ、メル・ギブソンのThe Passion of the Christって映画みたとき、想像ついてたけどね・・・。

撮影風景・・・血だらけだもんね~。 撮影でよかったよ!
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まさに、パッションだよなあ。

パッション(passion)とは、2つの意味があって、あつーい「情熱」。  
もう一つは「キリストの受難」




そう!

彼は、自分がすべての人の罪を引き受けて、すべての罪ある人を許したわけ。

許し = 愛


だから決して、自分を卑しめた人にも、策略に落とした人にも、鞭うった人、釘打った人さえも、怨むこともなく、
むしろ、彼らのために祈ったのだ。

そうゆう人だったのだ。


彼のことを「人」なんていうと、そこんとこ、突っ込まれそうだけど・・

私は人だと思っている。 そうゆう人だったと!


少なくとも生きてるときは、私たち同様、肉体を持つ人だったことは確かなはず。


だからこそ、感動的なわけだし、

こんな生き様をした人は、他の宗教人をみても、まず・・いないと思う。

まさに、パッションなのだ!


許しとは、加害者を許すことで、加害者のためのもの、って思ってる人が多いようだけど・・

それは違う! ほんとうは、自分のためのもの。

・・・というのを、私も、どこかの教会のお説法で聴いたことがある。


加害者がいて被害者がいて・・

被害者は憎しみから報復感情を持つ。

報復感情を爆発させるのは簡単だけど、その状態を持ち続ければ消耗しかなくなってしまう。

そこから生まれるものは何もない。


同時に、被害感情もエンドレスで持ち続けることになってしまう。

それはそれで辛いことだろう。

いつまでも同じ穴にはまってるようなもので・・それこそ、生きたまま地縛霊になっちゃうようなものだ・・と私は思う。



そういえば、日本には「罪を憎んで人を憎まず」なんて言葉もあったね。

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なんだか古い時代劇の、名奉行あたりが言いそうな言葉だけどね。


この語源がどこから出たのかは知らない。

孔子だとか、古代中国の賢人の言葉だって説もあるらしいけど、

でも、これを実践的に説いてくれたのは、やっぱり、この人だったと思うのだ。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Passion_of_Jesus


ついでにもう1つ、聖書からの引用で有名な言葉があったけど、

これはご存じだろうか?


ヨハネ伝の中に出てきた言葉だったと思うが・・

罪の無い者が最初の石を投げよ

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人々が姦淫の罪で捉えられた女が引き出してきて、律法通り、石打ちの刑(死ぬまで石を投げつけて殺す刑)にするという。
どうよ?法にのっとってんだから、文句はないだろーが!と。

そこで、ジーザスの言った言葉がこれだったわけですね~。


参考までに、詳しい話はこちらに載ってます。
    ↓
(49) 罪の無い者が最初の石を投げよ


なんだか、今も昔も、あんまし変わってないんかも~。

自分の罪を棚にあげて、集団でよってたかって・・人を断罪しようとするってとこ!
まーーたく罪を犯さない人間なんていないのにね~(もちろん、警察のお世話になったかどうかってことじゃないよ~。)

・・・・・・・・・・・・・・・

私はどちらかというと、もともと、ユルーく生きてるような人間で、頑張るよりも、疲れる前に休息をとっちゃうようなタイプだ。
(私の辞書に、頑張るという言葉はないらしい)


そんなもんだから・・

相手になんらかの被害を受けたとしても、報復こそが最終的なカタルシスだ~!とは、ちっとも思えないのだ。


悪意による被害を受けたときは、むろん立ち向かわなきゃならないし、決して我慢も泣き寝入りもするつもりはないんだけど、

その実害が修復できた時点になると、相手を許すとまではいかないまでも、な~んとなく相手にもユルーくなっていって、いつのまにか風化しちゃうというのが私の常だ。

tooime.jpg
http://mh2sketchbook.blog90.fc2.com/page-24.html

ああ、そういえば、そんなこともあったよね~と、いつのまにか、1つの思い出みたいに・・遠い目で思い出す程度になってる(笑)



こうゆうのって、ただの忘れっぽいつーか、ユル~い人間に過ぎないのかもしれないけど、

それでも、「許せない」というニュースばかりの世の中で、少しは、こんなユルーい人がいてもいいのかもしれない。
と、自分で自分を慰めている(笑)



人を許すなんてことよりも・・・自分のしている事や考えてることなどを、

ふと、別の視点で眺めたとき、

私の方こそ、「お許しください」という気持ちになることの方が多い。


生きてきた年数分だけ、「お許しください」が増えてくものなのかなあ。

いやあ、まいったなあ。

人生は贖罪の連続なのかもしれない。。。



贖罪(しょくざい)、これは難しい言葉だねえ。

私がこの言葉を知ったのは、英語の方が先だった。
それも映画から(笑)

shawshank redemption

日本語タイトルだと、ショーシャンクの空に
そういえばこれも、スティーブン・キングが原作だったんだよね~。

ずいぶん昔だけど、かなりヒットしたし映画だったから、覚えてる人も多いと思う。


この原題が、Shawshank Redemptionだったのだ。

この映画のおかげで、Redemptionを調べて、それが贖罪って意味だったと知ったわけ。


Redemptionとは、

キリスト教からくる、罪の贖いという意味なんだけど、実はもう1つ意味があって・・

会計用語(金融用語?)で使われる、償還(しょうかん)・・債務を返済すること。




そういえば、この映画の主人公(無実の罪で終身刑になっちゃた人)は、すごく有能な銀行員だったね。

ああ、だから、両方の意味を掛けて使ってたのか~と(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジーザスって、私の中ではいつも、映画や小説からだったり、宗教だとか神として捉えるよりも、人として捉えてしまったり・・と、

まさに異端なのだろうけど、それでも、魂に触れるものは、ちゃーんとある。

それは、もちろん、宗教として確立されて政治利用された部分は抜きにしての話だけど。



たまには、教会に行くのもいいかもしれない。


これでもか!って正装姿を見て、ミュージックを堪能して、最後の軽食を堪能して・・
で、流れるように、熱く静かに語るお説教を聞くのもいいかもしれない。


日本の教会は幼稚園のときに通ってたけど・・

プロフェショナルな歌を聞いた覚えがない。
お説法はどこも似たようなものだった気がする。


アメリカでは、プリーチャーには、スピーチの大会まであるらしい。
*プリーチャーというのは、プロテスタントの牧師さん(お説教をする人)のこと。


今さらながら、実にアメリカ的だよなあって思う。

陳腐な悪と陳腐な善

「日本には修学旅行ってのがあってね~・・」

と、アメリカ人の同僚たちに、修学旅行について説明していた。


(ちなみに、学年全員で旅行に行くという、修学旅行の習慣は日本だけらしい。

こうゆうとき、つくづく当たり前のように思っていた日本の習慣が、世界レベルでみれば、ぜーんぜん、当たり前じゃなかったことに気づかされる。)


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https://matome.naver.jp/odai/2151962642428511001


「大勢で行く、遠出のフィールドワークみたいなものなんだね。 そりゃあ、さぞかしいい思い出になるだろうね~。」

と、彼らは言う。


日本の修学旅行の習慣が、いつ出来たのかは調べてないけど、私の父や祖父も行ったといういから、
かなり、古くからあった習慣なのだろう。


みんなで、そんな話で盛り上がっているとき、

一人の日本人の同僚が、「僕は修学旅行でいい思い出がないから、話したくないんだ。」と、ぽつりと言った。



あとで、彼に聞いてみると・・(←話したくないって人から無理やり聞き出しちゃう、悪い好奇心)

彼の修学旅行先は、沖縄だったという。

首里城とか、ひめゆりの塔とか、お決まりの修学旅行コースだったらしいのだが、

どこに行っても、ひどい頭痛、吐き気、悪寒、耳鳴りで、夜もほとんど眠れなかったという。


原因は霊障で

彼はもともと霊感が強くて、かなりの憑依体質なんだそうだ。


「ひめゆりの塔は、かなり酷かったなあ。 もう倒れる寸前で我慢し通しだったよ。」


それじゃあ、楽しいわけがない。。。


「沖縄っていうのはね、太平洋戦争末期に沖縄戦があったところでさ、もう、本土なんかとは比べ物にならないほどの
悲惨な地獄絵図だったんだよ。」
・・と、彼は言う。


まるで見てきたみたいに。

見えてしまう人は、アリアリとリアルタイムで見えているに違いない。


「修学旅行は、僕にとってはあまりにも辛い経験だったけど、
おかげで帰ってきてから、沖縄戦とか、太平洋戦争について、ずいぶん調べたりしたんだ。」


「帰ってきたら、大丈夫だったの?」

「うん、あそこは、ほとんどが地縛霊だったみたいなんで、本土まで憑いてくる霊はいなかったからね。」

「そりゃあ、まあ・・よかったね~。」




私も、沖縄が一番悲惨な戦場だったとか、ひめゆりの塔の話は聞いている。

15~6歳の女生徒たちが、看護婦代わりをさせられて、戦火がひどくなると共に、患者たちや先生たちと鍾乳洞のようなところに逃げたんだけど、そのほとんど銃火で殺されるか自殺して死んだという。

悲惨だったという話を知識として知ってただけで、私は、生々しさまで感じたことはなかった。

それが、見える人と見えない人の違いなのかもしれない。


沖縄戦(太平洋戦争末期)の写真。ひめゆり学徒隊の悲劇


250人以上いたそうだけど、生き残ったのは半数にも満たなかったというし、

ひめゆりの塔が有名になったのは、沖縄第一高等女学校の生徒たちが多く、入学するには狭き門の一流校の女生徒たちばかりだったそうだ。

だからこそ、悲劇性がよりクローズアップされて後に報道されたのかもしれないけど、実際は似たような悲劇は至るところで起こっていたことだろう。


「沖縄では、もう至るところで集団の霊を見たよ。」と、彼も言っていたくらいだから。


終戦まじかの ゴザの子供たちの写真
       ↓
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https://www.facebook.com/kikuta.kunihiro/posts/698249470286658?pnref=story

完全に栄養失調だし、裸で・・



この写真をみると、現在のアフリカやシリアなどの戦火の中で生きている子供たちの写真とダブって見えてしまう。

今も昔も、戦争の引き起こす結果は、ちっとも変ってないんだ!と思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば・・ずいぶん昔、広島出身の友人が言ってたことを思い出した。

「原爆ドームの近くに行っただけで、ものすごく気分が悪くなったんで、二度と原爆ドームだとか慰霊碑には近づきたくない。」


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この人もまた、かなりの憑依体質の人だった。

彼女は、原爆で祖父や祖母や多くの親戚も失ったそうだ。



彼女はこんなことも言っていた。

「絶対、おかしいわよ! 
あれだけの市民を、子供たちまでも原爆で殺しておいて、アメリカが一切の戦争責任に問われないなんて。
ナチスドイツが悪の権化みたいに言われているけど、アメリカ軍のやったことだって似たようなものだと思うわ。

私はね、アイヒマンを戦後何十年も追いかけて死刑にするなんてことだって、敗戦国やその1個人に責任を擦り付けてるみたいな気がして胸糞が悪くなったものよ。」



たしかに・・

戦争は勝った方が正義になる。
力を持つ方に正義がある。


日本でも「勝てば官軍」って言葉があったけどね。



アドルフ・アイヒマン(Adolf Otto Eichmann)というのは、当時のドイツの親衛隊将校で、ゲシュタポのユダヤ人移送局長官だった人。

アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送をしてた人だ。

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そりゃあ、ユダヤ人側は血眼になって探しただろうし、見つかれば完全に死罪にしなきゃ収まらなかっただろう。


結局、アルゼンチンに逃げていたのを、1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)に捕らえられ、イスラエルに連行されて絞首刑になった。


ところが、

アイヒマンという人、誰もが、ユダヤ人大量虐殺をした極悪人、尊大な悪魔のような人物と想像していたのに、

実際に逮捕してみれば・・ただの凡人で、小役人的人物にしかみえないことに、多くの人が驚いたという。


逮捕後のアイヒマン(Wiki画像より)
  ↓

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裁判では、自身の行為について「命令に従っただけ」だと主張したそうだ。

別に反ユダヤ主義者でもなんでもなく、若い頃はユダヤ人の友人までもいたという。



そういった彼の一連の裁判記録を、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt 1906 - 1975年)が、

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https://www.biography.com/people/hannah-arendt-9187898

イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil)

というタイトルで、1963年に雑誌、ザ・ニューヨーカー上で発表している。

参考までに
エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】amazon



彼女は、ドイツ系のユダヤ人で、アメリカに亡命した哲学者だ。


彼女は、この出版物の中で、さまざまな問題を投げかけている。

アイヒマンを極悪人として描くのではなくごく普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったと描いている。(やはり、彼女の目にもそのように映ったらしい。)

イスラエルは裁判権を持っているんだろうか?

アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、裁判そのものに正当性はあったのか?

むしろユダヤ人でさえもユダヤ人ゲットーの評議会指導者のようにホロコーストへの責任を負うものさえいたとまで指摘した。

こうした指摘の上で、悪の陳腐性について論じている。


イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告 wikiより




もちろん、この本を出版した彼女は、ユダヤ人やイスラエルのシオニストたちに激しく非難されたという。

ユダヤ人のくせに、「アイヒマン寄りの本を出した」とか「ナチズムを擁護してる」とか。


実際にホロコーストによって、肉親を殺されたユダヤ人にとっては、アイヒマンを何がなんでも処刑しなきゃ、心情的にも収まらなかったことだろう。


その心情的なものはわかるのだけど・・報復という感情だけで、処刑してホロコーストの問題が終われるんだろうか?



アイヒマンの罪状は、

「人道に対する罪」、「ユダヤ人に対する犯罪」および「違法組織に所属していた犯罪」など15の犯罪で起訴されたそうだ。



そんなことを言ったら・・

当時のドイツでは、一般市民が、ユダヤ人の子供に石を投げたり半殺しにしたという事実も多くある。

いくら軍によって洗脳されていたとしても・・・彼らは一市民だったことで、なんの責任も罪にも問われないんだろうか?



アイヒマンは、たまたまゲシュタポ勤務してただけであって、そういった人たちともほとんど変わらないタイプだったのかもしれない。

家族思いの父親で、軍に勤務していて出世だけを楽しみにしてた男、
嫌だなあと思いながらも、上からの命令に従うだけの男。

事実、軍の命令に従わなければ抹殺されることは明白。
命令に背けば愛する妻子の生死にもかかわるかもしれない。



ちっとも軍人らしくない、それだけの男だったのかもしれない。

戦後、すぐに逃げ出したようなところをみても、根っからの軍人タイプというより、むしろ小市民タイプだったような気がしてしまう(笑)



それよりも、一般市民がユダヤ人の子供を見かけただけで半殺しにする方が、もっと非道な残酷行為のように思えてならない。

実際に、こういった事は日常茶飯事に行われていたそうだ。


今だったら、罪もない子供に危害を加えるなんてことは人道上許されないことで、「悪」とみなされるんだけど・・

当時のナチス政権下なら、ユダヤ人の子供を虐待しても、当然のこととされて、ちっとも悪にはならなかったのだろう。

政治とはまったく無縁で、主義主張なんか、ま~るで持ってないフツーの人たちが、そんなことをしてたって方がずっと怖い!



善悪が時代やら社会の在り方で変わるようなものならば、正義なんて言葉は存在しないことになる。

まさに、悪の陳腐さだ。



アイヒマンの罪状は、「人道に対する罪」だったそうだけど・・・何を持って人道なんだろう?

それならば・・と、やっぱり、私も思ってしまう。

多くの市民を原爆で殺しても、人道に対する罪に問われないのはなぜ?




ハンナ・アーレントは国際法上における「平和に対する罪」に明確な定義がないことを指摘して、

ソ連によるカティンの森事件や、アメリカによる広島・長崎への原爆投下が裁かれないことも批判していた。


もちろん、カティンの森や広島・長崎の原爆だけじゃなくって、こんなことは世界中に数えきれないほど起こっている。
今でも同様に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、こんな話も残っている。


ナチスドイツの統治下なのに、あるドイツ人たちは・・


こっそりとユダヤ人をフランスに亡命させてあげたり、家にかくまってあげたりしていたそうだ。

生まれたユダヤ人の子供の命を助けるために、こっそりとアーリア人てことにして洗礼を受けさせた聖職者も多くいたとか。



これも、ごくフツーの人たちだ。 彼らの名前すら残っていない。



アメリカで黒人が合法的に奴隷とされていた時代にだって、白人の聖職者が中心となって、こっそりと彼らを逃がす地下組織があったことは、以前、こちらのブログで書いたことがあった。
     ↓
バッファローの地下鉄道組織



自分たちだって命がけなのに、それでも弱者を救うために行動に移さずにはいられない人たち、
そういった人たちもまた、必ずいたことだろう。

きっと、どの時代にもどの地域にもいたことだろう。


ハンナ・アーレントさん流に言えば、

悪の陳腐があるならば、善の陳腐だってあるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

アイヒマンさん、

もしも、現代に生きてたら・・

サラリーマンで、出世する事だけを生きがいに上役の命令を忠実に実行し、
サービス残業を山ほどやってのける、おっちゃんになってたかもしれない。

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https://ten-navi.com/hacks/article-10-9592

会社を訴えることさえも出来ない(しない?)人だったかもしれない。


もちろん、私は個人的に、こんなアホ男キライだ!

極悪人であっても信じた道を行き、最後は逃げ隠れもせず、自分で落とし前をつける男の方がずーっとマシだって思う。
(←ヤクザ映画じゃないんだからね!)


なので、まーーたく、アイヒマンさんを擁護する気持ちはないんだけど・・


果たして、正当な裁判と言えたんだろうか?
(そんなことを言えば、何を持って「正当な裁判」なんだ?という疑問は常に残るんだけど。)



少なくとも、

こうゆう人に責任を押しつけて絞首刑にしたところで、根本の問題解決になるんだろうか?

私は、広島出身の彼女が言った言葉や、ハンナ・アーレントさんの主張の方が、的を得てる!って気がしてならない。

だからこそ、今でさえ、似たようなことが世界中で起こっている。
ちっとも、ホロコーストの時代とさほど変わってない気がする。。。



沖縄や広島だけでなく、世界中のどこにでも、こういった霊たちは、いまだに彷徨っているのだろう。

硫黄島の心霊現象の話もよく聞かされたし・・。



それどころか、どんどんどんどん、こういった霊が増えていかないように祈るばかりだ。



霊が見えない人々にとっては、単なる歴史上の悲劇としか思えないし知識として知ってるだけでしかないんだけど・・

「見える人たち」には、自分が体験したことのように、犠牲者の痛みや悲しみ、怒りを生々しく感じてしまうらしい。



修学旅行の沖縄で悲惨なものを見てしまった彼は、それまで歴史上の事実はほとんど知らなかったそうだ。

沖縄であまりにも酷い経験をして帰ってきてから、そこで何があったのかを自分で調べて、はじめて事実を知ったそうだ。


そして、

「あんな戦争、絶対起こしてはいけないことなんだよ!」と、強く言っていた。


「ふつうだったら、幽霊を見て、ひえ!怖っ!で終わっちゃう人だって多いだろうに、そんなふうに思えるって立派なことだね!」

と私は言ったのだが・・


「あの光景や大勢の彼らの声を聞いてしまったら、誰だって・・真剣に考えざるを得なくなるもんだよ!
みんなが見えるようになったなら、絶対、戦争なんて起こらないと思うのに。」
 と彼は言っていた。


たしかに、そうだろうなあ。



せめて、どんな時代になろうが、どんな社会になろうが・・

私だけの普遍的な、「陳腐な善」だけは、持ち続けたい!
時代なんかに流されたくない!

とつくづく思った。

あーあ、たわいもない修学旅行の話だったのに、なんだか、とんでもない話になってしまった。。。

黄色いベスト運動からみる現社会

黄色ベスト運動のニュースは、去年の12月だったか・・こちらのブログ記事、「奇跡」は人の意識が起こすの中で、
ちょっとだけ触れたことがあったけど・・


またも、3月16日のデモでは、テロさながらの凄まじい様相だったらしい。



シャンデリゼの高級店で略奪、ぶち壊し、放火、暴力、そこにポリスと・・・

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https://www.nytimes.com/2019/03/16/world/europe/france-yellow-vests-protest.html

黄色いベスト運動は、前にも触れたけど・・

発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。


フランスはエコロジー政策をとっているため、空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせるためと増税目的だったと思われる。
これに庶民が大反発をした。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかり。

ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだから。

これでは暮らしが成り立たない!

そこで黄色いベスト運動となったわけなのだが・・

そこに、強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たちやら、またはテロ行為目的の人々までもが混じってしまう。

その結果、黄色いベスト運動そのものまでが、暴徒の集まりのように思われて弾圧されてしまうことになる。


結局のところ・・
貧しき者と富める者の格差が引き起こしているもの、といえるだろう。


暴徒といえども、多くの人が、暮らしていける程度の生活が保障されていて、心豊かに暮らしていければ、リスキーな暴動なんて起こさない。

生活苦、蔑み、怒りといったものから、人の心は壊れていくものだ。
そうやって、暴徒の群れに入ってしまったり、テロリスト化してしまう人々も多いだろう。

そこには移民問題をはじめ、さまざまな社会問題が含まれていることは言うまでもないのだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

格差問題は、今や世界中の問題になっている。

つい最近も、オフィスにいる日本人の同僚からこんな話を聞いたばかりだった。

「日本にいる妹が離婚してねえ、今子供二人を抱えながら昼と夜の2つの仕事を掛け持ちして働いてるのに食べてくのがやっとなんだって。 だからといって私も援助なんて出来ないし・・困ったもんだわ。」

「え? なんで? 元夫から慰謝料は貰えるでしょうに。」
・・・と、すっかりアメリカナイズされてる私は、まっさきに言った。


こちらでは、離婚した妻子に養育費を支払うのは当然のことで、ちゃーんと夫の給料から天引きされるようになっている。
支払わなければ、法的罰則やら禁固刑にだってなりかねないし、社会的信用も失うことにもなる。


しかも、シングルマザーとなって働いた場合、税金は引かれることもなく、保育所等の問題に悩む必要もない・・といったさまざまな特典がつく。

ところが、日本の事情は違うらしい。


私は無知にも、今までこういった日本の事情をほとんど知らなかった。

singlemother.jpg


私が日本に住んでいた頃にも、同僚やら友人の中に、子持ちの離婚経験者は何人かいたのだけど、
みんな、裕福な暮らしをしている人が多かったせいかもしれない。

ある友人は、夫と離婚し小学生の子供二人を引き取ったのだけど・・・・元夫から月々20万円の仕送りを受け、子供たちが大学進学の際には別途に全授業料を支払って貰えることになっていたらしい。

しかも彼女自身の収入が手取りで25万あり、持ち家だったし・・・私よりもはるかに裕福な暮らしをしていた。
(これはもう、20年も前の話なのだが・・。)


または、同僚の女性は、父母が離婚していたのだが・・やはり父親からの多額な慰謝料を貰って、大学進学、留学と・・
実に裕福な暮らしをしていた。


ところが、こんな人たちは、だったのだ。


あるデータによれば、慰謝料を貰えている人は10%にも満たないという。


私の身近にいた人たちは、かなり恵まれた人たちであって、多くは・・前述したような、朝晩働きづめでやっと子供と食べていくような母子家庭が多いのかもしれない。


そこに、親類縁者などがいて、少しでも援助してあげらる人がいればいいのだけど・・
いない場合は、いったいどうなるんだろう?

何より子供が気の毒だ。

日本の法律、なんとかならんのかい!



そこでちょっと、ネット上で、日本の離婚と慰謝料について調べてみたのだが・・

ケース別でみる離婚慰謝料の相場とできるだけ多くもらう方法

元妻になるべく慰謝料を払わないですませる方法



なーんてのがヒットしてきて、・・・これが、なんと弁護士さんのサイトだったりするのだ。


なるべく多くをふんだくってやる! 少しでも払いたくない!

別れた夫、妻の顔なんぞは見たくもない!


それって、ぜーんぶ、自分のことばっか!



おいおい、子供のことは考えないかよ!
別れた子供なんか、どーでもいいんかよ!

(たぶん、考えてないから、そういった発想になるのだろう。)


そして、弁護士さんのサイトも、

そういった離婚者を支援する(お客にする)サイトが出来上がる・・・って構造だ。


あーあ~、すべて荒んでる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今のところ、日本では・・パリのような「黄色いベスト運動」のような過激なものは起こってはいない。


しかし・・人々の心は確実に荒んでいる。 テロリストさながらに。

それも、根っからの極悪人だとかサイコパスなんて人たちじゃなくって・・ごくフツーの人々の心をむしばんでいる気がしてならない。



「貧しき者と富める者の格差社会」が大きくなればなるほど、

貧しき者は富める者を羨み、妬み、絶望、怒りとなって爆発していく。


ますます、貧しき者は心貧しき者へと変貌し、富める者は貧しき者からの防御&排除に徹するようになる。


どちらの心の中にも、

どうせこんな社会なんだ! 
人の事なんて構ってられっか!
仕方ないだろう!

といった正当化する気持ちだけが芽生えていく。

その結果、今の社会が出来上がってしまうのだろう。



でもね・・どんな社会に生きていても、

社会のせいにする生き方って、違うんじゃないのかなあ。

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      ↑
シングルマザーの子供の描いた、明るい絵


社会に合わせて自分の生き方を変えるんじゃなくて・・

自分の生き方に合わせて社会を変えていくことじゃないかなあ。

ふと、そんなことを思った。

Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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