日本語の特異性と感性の必要性

仕事で、日本の会社の人とメールのやりとりをすることがあるのだが・・

Dear Ms.XXXXX(私の苗字がXXXXのところに書かれている)

Thank you for your continuous support.



英語で書かれているのに、とっても日本人らしい書き出しなのだ。....

実はこのメールの相手は、日本在住、日本企業に勤務する中国人だ。日本人ではない!
中国語、日本語、英語も堪能な優秀な方だと聞いている。

優秀な方ゆえに、ちゃーんと日本の風習や感覚も身につけて使いこなしているんだろうなあ(笑)

この書き出しは、

XXXXX様

いつもお世話になっております。



実に日本人らしいビジネス文書を英語にしたものだ。
感覚は日本人のまま(笑)



そう、「いつもお世話になっております」っていうのは、日本人だったら実によく使う言葉だ。

たぶん・・挨拶がわり。

だから、決して突っ込んではいけない。

誰が、いつどういったお世話をしたのか? 書き手は何に対して感謝を述べてるのか?・・・なーんて考えてもいけない。


しかし、それを知らない英語圏の人々にとっては、ひどく異様な感覚に陥る。。。

もっとも、ウチのオフィスで働くアメリカンたちは、こういった日本人気質をよーく理解してるんで、今更、なんの問題もないんだけどね。

InterLinx-Webmail-Compose.jpg


ちなみに、英語のビジネス文書だとこうなる。

Hi Mike,

Can you email me billing invoice ASAP? (できるだけ早く請求書を送ってくれる?)

Thanks.



書き出しは、Dear でもHelloでもいいんだけど、何度もやり取りをしてる担当者であれば、Hi を使ってファーストネームが一般的。

そして、いきなり要件、

最後は、ありがと!(Thanks)とか、よろしく(Best regards,)で閉める。
とっても短く済んでしまう。

これで相手に、失礼だ!なんて怒られることさえない!

もちろんあまり面識がない相手だったり、相手がかなりの権威者だった場合は、DearでMr.やMs.で始めるし、Could you~の丁寧語くらいは使う。


それに慣れてしまったせいか日本語でビジネス文書を書こうとすると、私はいつもひどく頭を悩ませる。

要件は、早くXX書類を送ってね!って書きたいだけなのに。



えーと、出だしは、いつもお世話になっております、って書いて・・・それから・・恐れ入りますがXX書類を至急お送りいただけますでしょうか?、かな?  うーん、ますでしょうか?ってヘンだよなあ。。。。
お送りください!でいいのかな? いやいや、これじゃ、ちょっと断定的で強すぎる言い方かなああ。。。やっぱり、ここは、お送りいただけますか? かなあ・・・それとも、お待ち申し上げます??  それと、ここは、恐れ入りますがより、お手数ですが、の方がいいのかなあ?



きいい! 忙しいのに、たったこれだけの要件にどんだけ時間をかけてるんだよ!と、そのうち自分が腹立たしくなる(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の言葉には、独特の柔らかさ、曖昧さ、を持つものが多い。

XXXなんでXXしてください!と直接的、断定的表現を避ける傾向にある。

だからこそ、人間関係を円滑にさせる場合もあれば、逆に曖昧に誤魔化すことにもできる。



どっちにしても、英語圏に慣れてしまった人には難しい。


ああ、もう・・・。

「いつもお世話になっております。
XX書類を至急お送りください。
よろしくお願いします。」


だけじゃあ、ダメなんかい?

こんなに頭を悩ませて時間をかけなきゃならないなんて、非合理的、非生産的じゃないか?(←自分の文章能力の無さを棚上げしてる)


しかし、礼儀を重んじる日本人には、それではまだ失礼に当たり、気分を害する方もいるので、もっと丁重に!と注意されたことがある。

で、私は日本語のビジネスレターが、ますます苦手になってしまったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも日本人は形式というものを重視をする傾向が多いように思う。


つい最近のこと、日本人の女性から、あるデーティングサイトで知り合った男性の話を聞いた。
お相手の男性は中年の男性だったそうだ。

彼女は、最初のメールで、現在の仕事と過去の離婚歴、最近ボーイフレンドと別れたこと、今後はこんな人とこんな付き合いをしていきたい!と軽くさらっと書いたそうだ。

datingsite.jpg


そして何回かのメール交換後、初めてのデートで、こんなことを言われたそうだ。


「XXさんは、びっくりするくらい率直な方なんですねえ・・・初めのメールで、自分の男性遍歴を書いてくる人って初めてなんで、びっくりしました。」

え? 男性遍歴って・・・あんた、過去の男たちを、そんなに並べ立てたの?」と、私が聞くと、

「まさかあ・・・過去に1度の離婚歴があることと、昨年まで付き合ってた男性が東部に引っ越すために別れちゃったんで今は一人暮らし、って書いただけだよ。 だから、一緒に食事したり会話を楽しめる人がいたらいいなあ、って思ってるって書いたんだよ。」

「へ? それだけで男性遍歴ってなっちゃうわけ?
その男の離婚歴は? それとも、今までガールフレンドもいなかったって人?」

「さあ、知らない。長年駐在員としてアメリカで働いていたようで・・・どうも離婚歴があるらしいけど自分でははっきり言わないんだもん。」

「なーるほど・・日本人はあまり最初から、離婚歴などを話さないものなんかなあ?
それって、日本人の礼儀なのかなあ? もしそれを率直に言うと、男性遍歴になっちゃうのかな?」



「うーん、日本人ってわかんないなあ・・・。」(←私も彼女も日本人なのだが・・笑)


英語圏のサイトでは、真っ先にプロフィールを紹介するのが、ほぼ鉄則みたいなところがある。
現在独身なのか、別居中なのか、離婚歴があるのか・・
むしろ、最初に、こういったことこそ率直に言う方が礼儀とされるし、また正直さもアピールできるからだろう。



「で、結局、そのブラインドデートはどうなったの?」と、私は聞いた。


「うん・・彼は自分の趣味の話題だとか、トランプ政権の話とかをしてたんだけど、ちっとも私と話しが嚙み合わないんだよね~。

彼の話すことって、あまりにも一般的でどこでも言われてるようなことばっかりだったし、趣味にしてもさあ、本当に好きでやってるの?って突っ込みたくものばっかりだったんだよ。」


二人で大笑いしてしまった。


「ところで、デートは、どこでランチしたの? おしゃれなレストランにでも行ったの?」

「それがさあ、なかなか決まらなくてさあ、彼の食べ物の好みがわからないから、どんなものが好き?ってメールで聞いたのに、はっきり言わないんだよ。ウダウダを私にばっかり聞こうとするんだもん。

だからさ、リブを食べに行きたい!って私が言って、私が指定したリブ専門店になったんだ。」

「ほう、初デートで、手掴みで食べるリブとは・・・やるなあ。
まず、日本人の若いカップルだったら、絶対にありえないだろうなあ。」

「だろうねえ・・・でもさ、そういえば、その男、ナイフとフォークでリブを食べたんだよ!」

「え?? ナイフとフォークでリブを食べた?
あれって、手づかみで豪快に食べなきゃ美味しくないでしょーが。」

「変った人だよねえ・・・私はもちろん手づかみで食べたけどね。」


これが正しいリブの食べ方
     ↓
rib girl

「あんまり好きじゃなかったのかもしれない。だいぶ残してたし、持って帰ることもしなかったから。
だったら、はじめから自分が何が食べたいのか言えばよかったんだよね~。」

「あー、めんどくさいやつだね~。で、結果はどうなったの?」
(←聞くまでもないけど)


「いちおう、その日別れてからメールできょうはありがとう!ご馳走になりました。とメールしたんだ。
彼の方が少し多めに支払ったからね・・・ところがね、それに対してぜーんぜん返事のメールがこないんだよ。
これ以上私と付き合いたくないって思ってもさあ、無視するってのは失礼でしょ!
まさに、礼儀知らずなやつだったよ!」

「あらら~、そりゃあ、とんでもない礼儀知らずだね!」


「なんではっきり言わないのかね? あなたとは根本的に感覚が違う気がするので将来の嫁探しが目的の僕としては、今後のお付き合いはお断りさせてもらいますって・・・そう書けばいいのにね!」



よくはわからないが・・・たぶん、その彼にとっては、

もっとも・・もう会いたくないから、メールするのもめんどくさいって思ったのかもしれないし・・

もっと好意的な見方をすると、

お断りをはっきり言わない方が礼儀、または相手を思いやる親切だと思ったんだろうか?


しかし・・彼女から見れば、

メールに返事もしない礼儀知らずであり、
ちゃんと意思表示すらもできないダメ男、のレッテルを貼られてしまったわけだ
(笑)

どうなんだろう?
これも、お国柄による感覚の違いか、それとも、たまたま、そうゆうタイプの男だったのか?

とはいっても・・二人とも日本人だ(笑)


彼女は、中学のときからこちらに住んで、しかもアメリカ人社会で育った人だ。

彼は、何年アメリカに住んでいるのかは不明だけど、おそらく日本人社会の感覚で生活してきた人なんだろう。


自分のプロフィールもはっきり言わない。
食べ物の好みさえも、はっきり言わない。
バイバイさえも、言えない。

おまけに彼女に言わせると・・彼の話題もまた一般的な当たり障りのないことばかりで、ちっとも面白くなかったそうだから。


「あーあ、日本人ってわけがわからないし・・・うんざり!」と彼女が言う。

「まあまあ・・そんなヤツばかりじゃないと思うけどね、たまたま、優柔不断の礼儀知らずに出会っちゃただけだよ。」


おそらく、これは私の想像だけど・・・

彼としては、

あまりにも率直に話す彼女に閉口気味。

おまけに、彼の話に尊敬と多大な関心&感心をもって聞き入ってくれなかったことにもがっかり。

本当は、アメリカンのリブレストランなんて行きたくなかったけど仕方なくいったこと。

そして、極め付けは、彼女が大きなリブを手で食べたこと(笑)

なんて空気の読めない女だ!




そりゃ、相容れない二人だろう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆日本語というのは、はっきり言わない、あえて曖昧にしておく・・みたいなところが多いように思う。


まあ、よく言われてることだけど、

ビジネスシーンで、相手から何かの要求や願望を受けた場合、

「まあ、頑張ってやってみます」
「努力してみましょう」


と言われることがあるけど・・・これはお断りの文句と思っていい。

よく政治会談や貿易交渉でも、

「前向きに考えます」
「検討させていただきます」
「善処いたします」


なーんて言葉も、一見は賛成・賛同の意のように見えても、実は丁重に断る意思を伝えてる言葉だ。


たぶん、こんなことは、言葉のニュアンスとそのときの雰囲気で同じ日本人同士ならば、わかることだろう。



前向きに検討なんて言われると、前向きって言葉は本来は積極的な意味だけに期待させられることも多いが、、交渉するときの断りの意味でも使われるのだ。

ところが、

同じ日本人同士ならともかく、海外が絡めば、当然、誤解され問題になることも多い。
(最近では、さすがに日本人も海外ビジネスでははっきり言うようになってきているというが。)




◆もうひとつ、日本語の特徴として省略形が日常的にもよく使われる。

「それではそろそろ…」(そろそろ帰ります、という言葉が続くはず。)

「切手が一枚ほしいんですが…」(売ってください。買います・・という意味)

「お茶が入りましたけど…」(飲みませんか?・・という意味)



おそらく、これを外国語にしてそのまま言ったら、

そろそろ・・何をする気なんだ?って聞かれるだろうし、

切手が1枚欲しいけど・・何か問題があるの?って聞かれるだろうし、

お茶が入ったけど、お茶に何か問題があったの?って思われるだろうし・・



外国人には伝わらないのだ!(笑)

日本人はこれを「建前」と言い、言い出さずに省略した核心部分を「本音」と呼ぶわけだ。



たしかに、はっきりと最後まで言わなくても伝わるならば、あえて言う必要もないのだろう。

また、はっきり言い切るよりも省略した方が、ほんわりオブラートに包んだような柔らかさを醸し出すことだってできるようだ。


ニコニコして、「切手を1枚欲しいのですが・・」なんて言われると、
聞き手の方は、そのあとに「売って頂けますか?」「よろしくお願いします。」なんて言葉を、勝手に想像して、心地よい気分になる。


しかし、日本語に慣れていない外国人には、こういったところは非常に難しいだろう。
相手の顔色やシチュエーションを悟って、敏感に相手の意思を理解しなきゃならないんだから。

たとえば、あるベトナム人が日本語を習っていたころ、

「きょう、お蕎麦を食べに行きませんか?」
「結構です。」

それは行きたいのか行きたくないのか、同意か断りか!!と、始めはひどく悩んだとか(笑)




◆もともと日本語は曖昧な単語も多いのだ。

しかも、さらに曖昧にさせてしまうような言い方さえある。



たとえば職業を聞かれると
「ファッション系の仕事です。」 なんて言ったりする。

ファッションデザイナーなのか、パタンナーなのか、モデルなのかはっきりしないし、それどころかファッション・マッサージで働く人も、そう言うんだとか(笑)

「医療関係です」ってのも、範囲が広すぎてわからん!


また、

「おタバコの方は、こちらで・・」
なんでなんだ? 

「パソコンとか持ってる?」
パソコンとかって言うから、パソコンを含めたコンピュータライズされた電子機器一般を指すのかと思うと、パソコンだけを指してる場合が多い、・・・つまり、パソコン持ってる?って聞いてるのだ。


たぶん、そういったことが日常化してしまってる日本人から見れば、あまりにも自然で違和感はないのかもしれない。

でも、私から見れば、こんなことは、はっきり言えばいいのに!と思うことが多々ある。




◆さらに、マスコミやおそらく政治家さんたち?によって、あえて生み出された言葉もあるようだ。


売春 → 援助交際
暴行・殺人 → オヤジ狩り
商工ローン → 高利貸し 
(高利貸しは高利貸しだろーが。)

ぜんぶ嫌な言葉だ。

まるで売春を正当化するような言葉だし、オヤジを刈るなんて言葉には、人種偏見すら潜んでいる気がする。
それが流行語大賞になったというんだからなあ。


また、先日の私のブログ記事でも書いたけど・・

アミノ酸等・・・等を使って、曖昧にうやむやにさせる意思が見え見え。

化学調味料 → うまみ調味料・・・これも化学よりもうまみの方が、印象がぐーんとアップするのを狙った意思が見え見え。


こっちは、村上龍さんの「明日できることは今日しない」から抜粋だけど・・
     ↓

銀行に公的資金が使われる、なんて言ってるけど、なんで税金と言わないで公的資金なんて呼ぶんだ?

戦没者慰霊祭は、なんで戦没者なんだ? なぜ戦死者と言わない?



なんて書かれたいて、おー、なーるほど!と思ったものだ。



さらに、

今じゃ、当たり前のように使われているリストラ、これだって解雇のことだよね?

英語でリストラクティング(restructuring)というのは、再構築の意味だ。 それからとって日本語で解雇することをリストラという言葉を作り上げたんだとか。




もっと、すごいなあ、って思ったのは、

「拉致」は「誘拐」のことだ。
なぜ、拉致と呼ぶようになったのか?
    ↓

北朝鮮による拉致事件だ。
誘拐という世界中のどの国でも最も重い犯罪を国家が主導で実施した、歴史上稀有な事件である。
偉大だといわれているかの国の指導者を被告にして国際司法裁判所に告訴してもいいくらいなものだ。
国のマスメディアがこぞってソフトイメージの演出に腐心し、交渉を有利にしてくれる手伝いをしてくれるのだから。
http://d.hatena.ne.jp/hamachan/20041110




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の曖昧さは、人間関係のコミュニケーションを円滑にするという長所もある半面、こういったように、あえて意図的に曖昧にさせて真意をぼかす目的でも使われるのかもしれない。


ここのサイトの、日本人が曖昧な表現を好む理由を心理学者が分析という記事によると、
       ↓
http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20150719/Goowatch_f2c71208cc2edb0a99636a0e71d61986.html


このサイトの心理学の先生は、こんなことを言っている。
    ↓

●明確な発言をすると、責任がついてまわりますよね。昔から日本人は、責任の所在を分散させて、問題が起きたときに誰か1人が責めを負うことがないよう配慮してきたのです

●日本人が曖昧な表現を好むもう1つの理由に、相手との議論を避けたいという心理があります。
議論をすると勝敗がついてしまいますよね。それでは周囲の人とのあいだに摩擦が生まれてしまうかもしれません。
そこであえてぼやけた表現を使うことで、他人との議論を避けてきたのでしょう。

日本人に議論を避ける傾向があることは、日米の比較テストでも証明されています」




この2つの日本人の心理的要因、たしかにそのとおりだろう。


どこの会社でもよくありがちな話。
     ↓
大きなミスが起こったとき、必ず責任の所在は追求される。



以前に私が前にはまっていた、メーデー!:航空機事故の真実と真相
のドキュメンタリーの中でも、墜落事故を起こした飛行機の真相を究明し責任の所在ははっきりさせる作業が行われている。


なぜなら、二度とミスを起こさないため!
人命が係わることだから、なおさら真剣に厳しく追求するのは当然のことだ。


原因を追究すると、パイロットの判断ミスだったり、または、整備士のうっかりミスだったことが判明するんだけど・・

今度は、そのパイロットや整備士の勤務記録の心理状態やその会社からのノルマや体制までもがチェックされるのだ。

そうすると、会社側から無理なフライトスケジュールでこき使われていたり、多大なノルマを達成させるために無理を強いられていたり・・そのほとんどが、個人だけに責任を押し付けられないような、バックグラウンドの問題や、いくつかの他の多くのミスが積み重なっている場合がほとんどだった。


だいたいの場合、一人の人間は、その人が不運にも引き金となって事故を引き起こしたに過ぎない。



そこで、多くの改善策が出来上がり、即実施されることになる。
二度と事故を起こさないために。


ところが、これが・・いい加減な会社だったりすると、責任の所在を、一方的に担当者に押し付けて首切りするか、上司の管理不行き届きとして担当上司に責任を押しつけて終わってしまったりするだけで、ちーっとも根本的改善はされないってこともある。


よくこんなことしてる会社あるよね
   ↓
sorry.jpg


深く頭を下げて一時停止して・・・謝罪するってのは、日本人らしいのかもしれないけど・・・

これで、視聴者も納得してしまうんだろうか?

私には、こっちの方が気になる。
   ↓
徹底的に原因を追究し、それに対し次回からはどんな改善案を施したんだろうか?



私は個人的に、こんな謝罪パフォーマンスなんかどーでもいいから、どのように原因究明して、今後はどのように改善したのかを具体的に発表してもらいたいと思ってしまう。。。。

そっちの方が、本当の謝罪だろう。



何かをより良く改善していくためには、それぞれの責任をもう一度考え直し、多くの人々と議論を重ねることは絶対に必要だと思う。

ただ、その目的が、誰かを責めることにあったり犯人捜しになったり、または、責任逃れをする目的があれば、・・まったく意味はないけどね。

そんなことなら、やっぱり、うやむや曖昧にしてしまう方が、まだマシってことにもなりかねない。

でも・・それじゃあ、ちーっとも問題解決できないよなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もう、ひとつ、こんな意見があった。

「あいまいな言葉」をうまく使って、コミュニケーションを円滑にする方法
仕事で失敗した部下や同僚を慰めるときは、あいまいなぐらいがちょうど良いものです。
私たち日本人が周りの人を慰めるときによく使う「頑張ったのに残念だったね」という言葉。
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。

しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。
お互いに伝えたいのは「慰めてやりたい」「慰めてくれてありがとう」という気持ちであり、具体的なアドバイスや情報ではありません。

慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。
http://tabi-labo.com/279832/everything-starts-with-writing-02




いやあ、そうゆうものなんかなあ?

多くの日本人のみなさんは、そう望むんだろうか?



これに関しては、私自身は反対なので・・わからない。

反対というよりも、私自身がそんなことをされたら嫌なのだ。
       ↓
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。
しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。



私だったら、何について頑張ったのか残念だったかもわかりもしない人にそんな言葉をかけてもらいたくない!

形だけの優しい言葉なんて、まっぴらだ!って思ってしまう。


かえって・・・怒り出す!(笑)


そうだなあ・・。
私の場合だったら・・・

ただ、冷静に会話もできないほど落ち込んでるときは、まず、そっとしておいて欲しい。

または、黙ってハグしてくれるとか・・(←これは日本人には無理かも(笑)

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または、ひとこと、「ま、よくあることさ!元気だせよ!」と、美味しくて温かい飲み物でも頂いた方が百倍嬉しい。


さらに、心まで温めてくれるようなものをごちそうになるとか。(←結局食べ物かよ!)


そして、もしも私を思ってくれるのだったら、何が原因だったのか、どうすればよかったのか、今後どうすればいいかを、一緒に考えて意見を言ってもらいたい。

私は、そっちの方が嬉しい。



あ、そうそう、もう一つ、このアドバイザーが言っていた、この部分も私には気になる箇所
    ↓
慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。

相手をただ嬉しがらせることで、慰さめようとするんかい?

嬉しがらせることと慰めは別物だ~!

そんな、表面的なことで嬉しがるわけないだろーが!!
(←これは、私の場合だけなんかな?)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも・・

「頑張ったのに」
「私なりに一所懸命やったのに」


という言葉は、私自身あまり好きな言葉じゃないのだ。


だって、頑張るとか自分なりに一生懸命やるなんてことは、誰だって当たり前じゃないかな?


それをなぜ、あえて口にするんだろう?


それを口にする心理には・・・

私は悪くない! 一生懸命やったんだもん!という自己弁護が見え隠れしてしまうから、嫌なのだ。



そういえば・・日本の人生相談にありがちなパターン。

「私は家事もパートも一生懸命私なりにやってきたつもりです。しかし・・主人は・・・・」
「僕は毎日、一所懸命働いてきたつもりです。しかし・彼女は・・・・」

どれも・・それとな~く、私は悪くないのに!といった自己弁護を匂わせている。




もっと嫌味だなあ・・・って感じてしまうのは、

何には、私も至らないところがあったかもしれません・・と言いながら、さらに、自己弁護を強調したりする。(笑)



ところが、これがアメリカ版だと、そうはならないのだ。

Jerry Springer Show
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私は、一生懸命私なりにやってきたつもりなんて曖昧な言い方はしない。


私は死ぬ物狂いで働いていたんだぞ! と・・見事に言い切る。

毎朝、6時に起きてコーヒーショップで働き、午後からはXXXし、夜間はXXXで働き11時まで働くのを3年も続けてるんだ・・・と具体的に言ってのけて、相手を徹底的に罵るのが常だ。


少なくとも日本人の方が、表向きは非常に上品だ。

しかし、その上品さが私には陰湿に感じてしまうことがある。

また、

私も至らないところがあったのかもしれませんが・・
私にも悪いところがあったのかもしれませんが・・・



という言い方は、謙虚さともとれるけど・・心の底では「私はちーーとも悪くないもんね!だから、みんなも私に同意してよ!」という、甘ったれた声として聞こえることもある(笑)


そんな姿を見るくらいなら、むしろ正面切って相手を罵り合うような、下品なアメリカ人たちの方がずっとマシに思えてくる。

少なくとも、自分の心にも相手にも正直だから。


自分の心に正直な人は間違いを気づけば屈託なく改善できるだろうけど、曖昧な心のままでは、いつまでも心の底のくすぶりはとれないものだ。


もちろん、曖昧な言葉で慰めてあげよう!というのも、
相手を思っての優しさから出たことなんだろうけど・・それでは、表面上のイガイガを一時的に滑らかにするだけじゃないかな?


ただし・・私の場合は、よけいにイガイガを大きくすることになるんで、私には、やめてくれ~!(笑)


そもそも、


一時的に表面を滑らかにして、それで The End にしちゃったら、そんなものは思いやりにも何にもなりゃせんぞ!



なーんとなく、そこらへんにも、日本的風潮があるような気がする。
これは、もちろん悪い意味で、だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういったことは、おそらく日本語の持つ、曖昧さ、優しいニュアンスに起因していることが多いんじゃないかな?


日本語の曖昧さは、相手を思いやるためにもなり、無駄な議論を避けるためにもなる反面、自己欺瞞や問題の核心を隠ぺいすることにもなりかねない、ということを、よーく肝に銘じておく必要があるかも。


そのためには、常に言葉の裏にあるものを感じることだ。
昔の日本人が得意だった能力、まさに、本音と建て前を感じ取ること。


日本語は曖昧さを持つだけに、感性を鈍らせたら終わりなのだ。
感性欠乏症にならないように(笑)



そんな感性を失った人たちに限って、当たり障りの無い言葉、無難な言葉のみを用いようとする。
また、同様に、当たり障りの無い言葉、無難な言葉を用いる人たちの方に共感を覚えるようになる。


そうやって、言葉によって、心まで曇らせてしまうことになる。


たぶん、それは日本語の特質なのかもしれない。
もちろん、悪く作用した場合の特質だね。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆しかし、曖昧な日本語だからこそ、美しい世界を作り出すことだってできる。

こっちは、日本語の素晴らしいところ(笑)

diapo001.jpg


国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった

これは、おなじみの川端康成の雪国の冒頭だけど、これを英訳するときは大変だったらしい。

そりゃそうだ!

だって主語がないんだもん。
誰がトンネルを抜けたかわからない!

日本語は抽象的な表現を好み動詞が主役。
これに対して、英語は具体的・説明的で能動的な表現を好み、名詞が主役、特に「ものとものとの関係」は実に明瞭である。
http://home.att.ne.jp/yellow/townsman/SnowCountry_1.htm



そりゃあ、まあ、汽車に乗ってる男には決まってるんだけどね~。

ここで、主語を私か男にして・・・たとえば、

「男の乗った汽車がトンネルを抜けたとき、男はそこが一面の雪景色になってることを発見した。」

と英訳したら?

こんな作品、誰も読まないぞ(笑)


ここはどんなイメージが浮かぶだろうか?


私には、

まるで、映画のプロローグで車窓の景色だけ淡々と映しだしていくような、そんなイメージなのだ。



それを見事なまでに、川端康成さんは日本語という文字で演出している。

まさに、主語を必要としない日本語だからこそ出来ることだ。


うーーん、

この美しい感性を英語で表現するのは、とっても大変なことだっただろう。

yukiguni.jpg

そこで、

サイデンステッカーの英訳 ”Snow Country” によると、

The train came out of the long tunnel into the snow country.

サイデンステッカーさんは、主語を汽車にして、とってもシンプルな文章にしている。
しかも、国境ということばを省略して、The train という単語を主語として、あえてTheをつけている。

これなら、目をつぶると、その光景がいきいきと目に浮かんでくる。



原文の次の文章は、

夜の底が白くなった


これを、翻訳では・・

The earth lay white under the night sky.
大地は夜空の下、白く横たわっていた。


お見事!
実に美しい!



この翻訳者は、エドワード・ジョージ・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker)
コロラド州生まれアメリカ人。
川端康成自身、「私のノーベル賞の半分は、サイデンステッカー教授のものだ」と言わしめたほどの名文家・知日家だったそうだ。
Edward Seidensticker_Wiki



seidensticker190.jpg


当然のことながら、

翻訳は単に言葉の意味を伝えることじゃない。
感性を伝えることなのだ。



川端康成の雪国を、感性で正確に捉えられない人には、翻訳はできないってことになる。


特に文学作品の翻訳は、いかに作者の感性を正確にとらえて、それを別の言語でその感性を伝えることにあるのだ。


映画シーンから 
  ↓
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日常の言葉もまた、本質は同様じゃないだろうか?


言葉は、その人の思いや感性を伝えるもの。

それを読み取るのも、また、感性なのだ。

得に日本語は、感性欠乏症には使いこなせない言語のようだ。

科学者の唱えるパラダイムシフト

「意識は高次元空間と繋がっている」・・・これは、スピリチュアル分野では常識的に言われ続けてきたことだ。

ところが、現代ではすでに、サイエンス分野では、これも常識的になってきているようだ。



こちらは、今年2017年の2月の記事で、ハーバード・カー教授(Bernard J. Carr)が言ってることだ。

 ↓
Paranormal phenomena exists in ANOTHER dimension that 'our consciousness connects with'

この人
 ↓
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バーバード・カー教授(Bernard J. Carr)というのは、ロンドンの大学、Queen Mary University of London (QMUL)に籍をおく方で、
数学と天文学分野の教授。
Bernard J. Carr is a Professor BIOGRAPHY

こちらのWikiでも紹介されてる。
     ↓
Wikiより Bernard Carr


宇宙の起源や初期宇宙、ダークマター、一般相対性理論、ブラックホール、人間原理学などを主に研究されてきた方らしい。

ちなみに人間原理というのは、ちょっと聞きなれない言葉だけど、さっくり」言うと、こういったことを研究する分野らしい。
   ↓

人間原理(Anthropic principle)とは、物理学、特に宇宙論において、宇宙の構造の理由を人間の存在に求める考え方。
「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という論理を用いる。・・Wikiより引用



ざっくりとだが・・彼の言葉を要約すると、こんなことだ。

●次元の存在はヒエラルキー構造になって存在している。

1次元、2次元、3次元、そう私たちの存在する世界は、3次元だね~。
アインシュタインさんは、それに時間を加えて4次元。

ところが、現在の物理学では11次元までもが提唱された。

そう、超ひも理論、とか M理論という・・あれのことだね。

名前くらいは私も知っている(笑)

いちおう、簡単な説明を下記にコピペしておくことにする。

★超ひも理論・・・物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。 超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
381711267-string-theory7.gif

★M理論(Mりろん)・・・現在知られている5つの超弦理論を統合するとされる、11次元(空間次元が10個、時間次元が1個)の仮説理論である。 尚、この理論には弦は存在せず、2次元の膜(メンブレーン)や5次元の膜が構成要素であると考えられている。
mtheory1.png




ん? なにが簡単な説明だよ!!(←ほとんどわかってない私)



ま、ここでは物理理論を説明するつもりはないんで、さらっと読み飛ばしちゃってください。
つーか、私自身がわかってないのに説明もなにもないのだが・・・。



そもそも、こういった研究は素粒子研究の第一人者、シカゴ大学の南部陽一郎教授などによって研究されてきたことだったなあ。


たしか、南部教授のことは以前のブログ記事でも紹介していたはず。
  ↓
フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める

人の意識とボーアから始まった量子論




そうそう、・・すべては、理論物理学の量子論からはじまっていたんだった・・。


それまで物質と心(意識)はまったくの別物として対照的に扱われてきたものが、ここで同じ土俵にあがったようなもの(笑)

実に画期的だった。


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ところが、このカー教授によると、

「それぞれの次元はヒエラルキー構造をしていて、私たちが認識できる次元はいまだに最下層に過ぎない。
これまで物理学が提唱してきた11次元なども、精神とかかわるより高い次元から見ればまだまだ下層次元に過ぎない。」


今や、物理学分野では、従来の超ひも理論を包含する“M理論”が登場して11次元になったんだったね。(←唯一、私が理解してること)


ところが・・・もっともっと高次元があるという。
11次元なんて、まだまだ下の方で、私たちが住んでる世界は最下層。。。


そこで、カー教授はさらに、こんなことを言っている。

●超能力などを研究する、超心理学(parapsychology)は、ますます成果をあげてきているけど、いまだに、主流派と言われる科学から真剣に受け止められていない。

「そして、主流派物理学のパラダイムでは意識の問題を未来永劫解決することは不可能だろう。
これらの問題を解決するためには、2つの特徴を持つ新パラダイムに移行する必要がある。」


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これをもっと簡単に言ってしまえば・・

今までの時代のような、ものの味方や考え方を変えていかなければ、永久に超心理学は解明できないってことだ。

科学者たちの世界もまた、我々一般社会と同様で、従来の考え方にしがみつく人も多いってことだね(笑)


それじゃあ、どうすりゃいいのか?


そこで、カー教授は、2つの新しいパラダイムに移行することを提唱している。

●その1: 物質世界に意識(心・精神)を組み込むこと。

「意識抜きに“統一理論”の構築を夢見る主流派科学者たちもいるわけだし、おそらく彼らは猛反対するだろうけど、物質世界だけで解明しようとしたところで、意識や超能力の問題を解決することは不可能だ」と彼は言っている。

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●その2: 高次元の現実構造を含むこと

「幽体離脱、臨死体験、超能力、幽霊現象は、物理的空間とは違う「共有スペース」を持っていると予想される。
共有された宇宙の一部として認識していく必要がある。」


彼はこれを、普遍的=宇宙的構造(universal structure)と呼んでるようだ。

「これは我々の異なる経験を結び付ける高次元の情報空間であり、一面において物質的でありながら、精神だけがアクセスできる非物質的な領域も含んでいる。」

ふーーむ。
なるほどなあ・・・



でも・・・こういったことは今にはじまったことではない!

すでに19世紀の時点で、心理学者のユングが、超心理学、深層心理、シンクロニシティーなんてことを唱えてたわけだし・・。

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当然、サイキックたちもまた、その能力を高次元の何かから得ているわけだったよね。
    ↓
つい最近、英国版スピリチュアルから、ふと思うことの記事の中で、気功とレイキなどの、気の正体ってなんだろう? ってことになって、

あるヒーラーの言葉を引用したんだけど、大いに関係ありそうなんで、もう一度、ここで引用してみる(笑)


それは宇宙の気? それとも守護霊や神のような存在から得ている気?

「私にもその正体ははっきりとはわからないんだ。これからの研究課題だろうね~。

ある霊能者さんは自分の高次の守護霊様から得ている気を使ってるって人もいるし、自分の信じる仏や神から得てるって人もいるし、植物、花のパワーから得てるって人もいるし・・実にさまざまなんだよ。

私の場合はね、どうやら・・地球外生命体のパワーを得てるような・・・」




結局、サイキックと呼ばれる人たちだって、自分自身の力で何かが見えたり聞こえたりするわけでもないし、また、超能力が発揮できるわけでもないらしいのだ。

彼らもまた、それを何かから得ている(おそらく高次元の何か?)ということだった。(もっとも、それとアクセスできるってことは彼らの能力ではあるけどね・・)


さて、そうなると、

カー教授のいうように、これからは、人の意識と高次元の意識を考慮していかない限り、何も先には進めないだろう。


「このパラダイムを用いれば、物理学分野だけでなく、心と体の関係においてよく知られた哲学的問題も、心身問題も、さらに、時間の本質を解明することも可能です。
もちろん、幽霊のような超常現象を解釈するための存在論的枠組みさえ提供できる。」

と、彼は言っている。


ところで、物理学者たちが、いったいどうやって、11次元にまでたどり着いたかというと、

強弱それぞれの核力、電磁気力、弦、2次元の膜、ブラックホール、さらに、もっと摩訶不思議な重力を統一的に記述されたものだとか・・・まあ、そういったものも考慮して、ようやく、今、11次元ということらしい。

うーーーん・・・さっぱりわからん(笑)

と、とにかく・・

M理論が登場したときは、物理学者たちは、そりゃ、もう興奮状態だったそうだ。



いやあ・・一般社会の、働いてTVを見て寝るだけの一般人とはずいぶんかけ離れた世界だなあ。

また、サイキック連中ともかけ離れた世界だろう。

どちらかというと、サイキック連中は、科学的アプローチで証明してみようという人は少ないようだし、なんだか自分でもわかんないけど、感じてしまうんだよね~、って人が多いようだから(笑)


ところが、

物理学者の野望は、たった1つの理論で森羅万象を説明することだそうだ。
そして、それは・・・もちろん、見事な数式で。


おー、これはこれで、素晴らしい!!


そういえば・・・

宗教においても、キリストさん、釈迦さん、日蓮さん、空海さん・・などなど、偉大な人は多かったけど、それを継承する人たちは、みーんな3次元の頭で理解しようとして、それぞれの宗教(宗派)やらドグマを作ってしまったわけだったよね~。

これもまた、カー博士の提唱する、2つのパラダイムに移行しなければ、真実は見えてこない・・ということじゃなかったのかなあ。

うーーん、なんか自分なりに繋がった気がする。。。

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さらに、カー教授だけではないのだ。

米「タイム」誌でおなじみの、再生医療の専門家ロバート・ランザ博士、米ヴァージニア大学医学部精神科のジム・タッカー博士なども、

意識こそ現実を構成する最も基本的な要素であると主張しているようだ。

世界はもう、ここまで来たんだよなあ~
そう思うと、なんだか嬉しくなる!!


だって、少し前までは、

物質  ←→ 心(精神)
現実 ←→ 精神世界(夢)
肉体 ←→ 心
科学 ←→ スピリチュアル


と考えられていたわけだから。


それが、科学(理論物理学)分野から二極化がなくなってきている。。。

まさしく画期的なこと!

それも、科学者たちが提唱しだしたということは、とっても大きいだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人レベルのポジティブな意識、ネガティブな意識が、個人の人生を作る。
さらに、多くの人々の意識が世界を、そして宇宙も作る。



それならば、私たちの現状は、私たち自身の意識が作りだしたものに過ぎないわけで、

また、いくらでも作り替えられるということだ♪



ところが、唯一それを邪魔するものは・・・古いパラダイム、ということだね。(笑)

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古いパラダイムにしがみつく学者たちというのは、結局、我々の身近にもいる人たち・・何も変えたくない人々、現状維持をしたがる一般人とも同じだろう。

何かが変ってしまうのが、怖いからだ。



それでも、かつて古いパラダイムだった天動説が新しい地動説に変わっていったように、

いつか必ず、すべての人々が、物質と共に人の意識と高次元の意識の存在を理解するときが近いと思う。


見えないものは存在しない・・なーんて思い込んでいる時代ではないってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛、信頼、真心といったポジティブな心、感謝する心、笑顔、言葉に宿る言霊・・・こんなことはスピリチュアルでは言われ続けてきたことだ。


しかし、そんな見えないものの必要性よりも、目に見えるものを優先しようとしてきたのが現状の世界。


でも、私は思うのだが・・

本当は、誰もが心の奥底では、目に見えない世界の存在だって知っているのではないだろうか?

知ってるけど、古いパラダイムにしがみついて見ようとしない。
なんらかの理由をつけては後回しにしちゃてるだけ、なんじゃないかな?


まさに15世紀に、地動説には目を塞ぎ力づくでも天動説を主張し続けた旧体制派がいたように。(笑)

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おそらく、最後にそれをぶち破ってくれるのは、こういった科学者たちの力かもしれない。

頑なに拒絶し耳を塞いでしまう人たちには、宗教家やサイキックでは太刀打ちできないだろうから。


だからこそ、たった一つの理論で森羅万象を解明しようとする科学者たちに、ぜひ先駆者になって欲しいものだ(笑)

一人の意識から、多くの人を動かすこともできるし、

現状維持の頑な怖がり屋たちというものは、常に大多数の方へと傾くものだからね(笑)

とっても楽しみ~

人々の意識(認識)が変ったとき、どんな世界が来るのか・・♪

陰陽五行説をもとに作られた古代中国料理と現代

「この店、どうかな? 近所にオープンしたチャイニーズなんだだけど、行ってみない?」

と、友人がチラシを持ってきた。

わ!見た目は美味しそう。

こんなのやら
   ↓
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こんなのも
   ↓
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典型的なアメリカのチャイニーズフード店だ。

「このチラシに、NO MSGって書いてあるし・・行ってみようよ。」

と、友人は言う。

MSGとは、グルタミン酸ナトリウム(Monosodium Glutamate=MSG)のこと、= 味の素

アメリカに住む人たちは、MSGと聞いただけで嫌がる人が多いので、多くの安いチャイニーズレストランでは、NO MSG(うちの店はMSGは使っていません!)の表示をしているところが多い。

「行くのはいいけどさあ、NO MSGでも化学調味料は入ってるよ。
だって、チャイニーズだよ!」


「え? うっそ~!」

「MSGは、入ってないかもしれないけど、それに代わる何かは絶対入れてるって!
だって、全部天然素材で作ったら、こんな値段で食べられるわけないよ。」


お手軽チャイニーズフードは、せいぜい一人10ドル~20ドルで食べられる。


料理の決め手は、出汁(だし)にあり・・・言うまでもないけど(笑)
これは世界各国、どこの料理でも、ダシで決まるのだ。

で、ちなみにチャイニーズフードでは、どんなダシを使っているかというと・・


●清湯(チンタン)
清湯とは読んで字の如く、濁らせない清らかに澄んだ味を特徴とするダシ。
原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。
この時に「蝦眼水(エビの眼のような細かい泡ができる程度に静かに煮る)」の状態jを保てるよう火加減に注意し、スープを濁らせずに旨みを引き出すことが重要。
脂感よりも肉感の旨みが感じられる風味となる。

●白湯(パイタン)/乳湯(ナイタン)
白湯、もしくは乳湯と言われるのは、白く濁ったコクのあるダシ。
原料は清湯とほぼ同じだが、材料が焦げ付かない程度の強火で、比較的短時間で煮出すことによって、原料中の油脂が乳化状態となり、白く、濃く、深いコクのあるスープとなる。
このスープは素材由来の脂の旨みが厚く感じられる風味が特徴。

●上湯(シャンタン)
これは清湯の一種、中華料理のダシの最上級品と言われる。
原料となるのは、世界3大ハムのひとつ、といわれている・・金華火腿(キンカハム)
ちなみに、世界3大ハムのほかの2つは、イタリアの「プロシュート」、スペインの「ハモン・セラーノ」

金華火腿の原料となるのは両烏豚と呼ばれる小型の豚で、中国・浙江省の金華市で、脂肪となる穀物は与えずに、干した茶殻や白菜等を乳酸発酵させた飼料のみを与えて育てらたもの。

この金華火腿は旨みの主成分である遊離アミノ酸量が非常に高く凝縮された高級品で、ダシとするには最適。
この高価な原料を惜しげもなく使い、鶏がらや豚肉と共に弱火で6時間ほどかけて旨みを取り出した最上級のもの。



そのほかに、干し貝柱、干しエビ、干しアワビ、干しナマコ、なども、ダシとして使われたりする。
もちろん、フカヒレも燕の巣も・・・干したもの。(もっとも、こういったものは高級店じゃないと使われないけどね~。)

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http://www.tsujicho.com/column/cat658/post-260.html

生の食材よりも、干すことによって、旨味も断然増すし、栄養素も増す、さらに食感も変わるのだ。

こんな知識や技術があるなんて・・さすが、中国4000年・食通の国だよなあ(笑)

中国人、偉い!!


さて、話をもとに戻そう!

で、一般的なダシであっても、

原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。



だよね?

こんなことやってたら、いったいどれだけ手間ヒマかけて、どれだけ人件費も光熱費もかかると思う?

現代の、ビジネスに聡い中国人たちが、こんなことするわけない!
(もちろん、ちゃんとやってる店もあるかもしれないけど・・。)

で、大量にMSGを使うことになったってわけだ。

もっとも、1960年あたりからだろう。

これは、アメリカでは有名な話
    ↓
1968年に中華料理を食べた少数のアメリカ人が食後に炎症を覚え、眠気、顔面の紅潮、掻痒感、頭痛、体の痺れそして軽度の背中の無感覚などの症状が見られたことから、チャイニーズレストランシンドローム(CRS)と名付けられた。



添加物、化学調味料、防腐剤といったものに免疫がなかったアメリカ人は、一発でやられてしまったんだろうなあ。

アメリカ料理ってのは、昔は、ダシを使って旨味を引き出すなんてことは、あんまりしなかった国民性だからね。


それ以前の、昔の中国料理は、すべて・・ちゃーんと手間暇かけてダシをとっていたそうだ。

でも、それに代わる画期的なものが、MSGだったわけだ。
中国料理が、ダシにこだわる料理だったからこそ・・とも言えるんだけどね。

今では、チャイニーズレストランは大きなオタマでバシャッと化学調味料をすくってフライパンに放り込んでいるとか。

中国人、サイテー!

なーんて思っては、いけない。。。(笑)



そんなことを言えば、日本食だって、ほとんどの店で使ってる。
超高級日本食レストラン以外は、たぶん・・ほとんどの店が使ってるだろう。

だって、厳選した昆布や鰹節をひいてダシをとっていたら、とてもじゃないけど、10ドル程度の定食屋はやっていけないだろうからね。


それに、今じゃ、技術者がいない。
おそらく、日本食レストランにしても、チャイニーズレストランにしても・・ダシをとるということだって、それなりの技術がいるのだ。

厨房を除くと、ほとんどがパートタイムの人たちばかりだ。



今や、日本国内だって・・あれれ??って思うことが多い昨今。

そういえば、化学調味料って言い方をしないそうだね。

化学調味料のことを「うま味調味料」って呼ぶそうだ。

なぜなら、多くの人たちが嫌がるからだそうだ。

でも、ありとあらゆるものに含まれているわけだし・・
   
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化学調味料>>うまみ調味料=アミノ酸等

おっと、アミノ酸等も嫌う人がいるんで、今では酵素エキスが主流なんだとか?

*そもそも、アミノ酸等・・の、ってどうゆう意味だよ!

ちゃんとはっきり書けよ!・・・と思ってしまう私。

言葉のマジック・・心地良い言葉で、なーんかヘンかも!って、わかっていても騙されちゃう人々。 いや、騙す目的のための言葉か?

なんだか、売春を援助交際と呼ぶようなものかな~。(笑)


やれやれ。

さて、また話がそれそうになってきたので、もとに戻そう。


チャイニーズフードの話だった・・。

中国料理には、4000年の歴史があるという。

世界3大料理のひとつ

中国料理、フランス料理、トルコ料理

iいずれも文明の栄えた地であり、食べることを追求した人たちがいた地域だ。

食べること大好き、食への関心度が、すぐれた技術と洗練された舌を磨くことになったのだろう。


しかし、中国の場合は、それだけではない。
古代中国では、食事治療専門医がいたという。

まさに、医食同源・・・いや、この言葉は近年になって日本人が作りだした言葉だそうだ。
本来は、薬食同源といったそうだ。

(薬という言葉を使うと、食べ物が薬のイメージで不味く感じられるから、医に変えたんだとか・・まさに、言葉のマジック好きの日本的発想か(笑)

周礼(しゅらい)という書物があるのだが・・これは、周公旦(しゅうこう たん)さんという、、中国周王朝の政治家が書き残したものとされているそうだが、

その中の食についての部分には、こんな記述があるそうだ。
    ↓

◆天官に定める医師四種の筆頭の食医
王の食事を調理するのに「春に酸を多く、夏に苦を多く、秋に辛を多く、冬に鹹を多く、調えるに甘滑」

ようするに、五味を重視しているわけだね。

◆食医に次ぐ疾医(内科医)には、
「五味・五穀・五薬を以てその病を養う」とある。

◆瘍医(外科医)には、
「五毒を以てこれを攻め、五気を以てこれを養い、五薬を以てこれを療し、五味を以てこれを節す」



で、やはり五味をいう。

さすが中国、陰陽五行説に基づいている。

近年の五行説によると、五臓を、肝-木、心-火、脾-土、肺-金、腎-水と当てはめている書物がある。

ただし、これは・・近年になって、実に大まかに当てはめただけに過ぎない。

季節や状況、、王侯貴族の一人一人の体質や状態までも考慮して、食事の献立を作っていたようだ。

まさに、料理=薬であり、料理人=医者でもあったというわけだ。


とにかく、古代中国には、多くの料理&薬学などの文献があったそうで、

出土した漢代の医書によると、湯液(スープ剤)が多いそうだ。

その湯液剤のベースは、桂皮・生姜・大棗(ナツメ)などが使われていて、これは古代から多用されていた調味料らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、ここで思い出したのだが・・・

私がなんとしても食べてみたい!と思っている料理が2つだけある。

●ピルピル・・・バスク地方の郷土料理で、オリーブオイルににんにくを入れて香りづけをして取り出したところに、タラの切り身を入れて、鍋を揺すり続けると・・・タラの身と皮の間にあるゼラチン質が溶け出して、オリーブオイルがマヨネーズみたいなクリーム状になるという料理。 単純だけど奥が深く、超美味しいそうだ!!

(バスクの、サン・セバスチャンという町には美食倶楽部もあり、ミシュランの星獲得数が多い食通の町だとか)

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●ファッチューチョン(佛跳牆)・・・中国料理のスープで、色は琥珀色のシンプルなスープ。
あまりにも香しい美味しそうな匂いで、修行僧でさえ我慢できず寺の壁を跳び越えて来てしまう・・ということから名づけられたとか。

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福健料理のひとつで、主な材料煮たり、寝かしたり、1日かかりとか・・さらに、また甕に入れて封をして寝かしておく。

ファッチューチョンは店によって材料が違うが、共通点は乾物が使われているのでアミノ酸などによる旨味が豊富。
また多くの素材から、複雑で深い味わいと香りが特徴だそうだ。

実は、だいぶ前に、美味しんぼの動画をみてから、食べてみたくなったのだ(笑)
説明は、詳しくこの動画の中でも紹介されてるんで、興味あれば・・どうぞ。
     ↓


ファッチューチョン(佛跳牆)・・・まさに、古代中国の医食同源を彷彿させるような料理。

しかし、たぶん、この2つとも食べられる機会はないだろうなあ。。。
「もどき」・・ならありそうだけど。

シンプルなんだけど、ものすごく複雑でもあり、技術と手間をかけた料理だもんね。

そんなもの、今時、無理無理!



たとえば、日本の豆腐

私は子供のころから豆腐好き!
ところが、子供のころ、おばあちゃんに言われたことがある。

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「今の豆腐はだめよ。だって白いんだもん。
本当の豆腐じゃないわよ。」

「え? 豆腐って白いものでしょ?」

「何言ってんのよ!大豆でちゃんと作った豆腐が真っ白なわけないでしょ。うっすらクリーム色してるのよ。
今のはね、薬使っちゃうし、機械で作っちゃうから美味しくないのよ。まず、香りが全然ないし大豆の甘味すらないよ。」


これは、私が子供のころにおばあちゃんから聞かされた話だ。

そして今、私は・・最近のスーパーに並ぶような豆腐はまずくて食べる気もしない、なーんて思っている。

子供のころ、お豆腐屋さんが売りに来る豆腐は美味しかったなあ・・なーんて思ったりするのだが、おばあちゃんは、きっとそれよりも美味しい豆腐を食べていたということだ。


昔の豆腐職人は大変だったそうだ。
朝暗いうちに起きて、冷たい水を使い、細かい技術を要求され、技術習得には何年もかかる、しかも重労働で・・しかも天秤棒をかついで売り歩いた時代もあった。

こちらは昭和初期の豆腐屋さん
   ↓
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http://blog.gekko-u.shop-pro.jp/?eid=1240

しかし、現代の労働は実にラクになった。
機械化され、薬品を使うことで、豆腐は同じ大豆の量から、10倍近い量の豆腐が作れるようになったとか。
もちろん、熟練の技術なんて必要なくなった。

実に効率の良いビジネスに変わった。


その一方で、私は、おばあちゃんのいうような「本当の豆腐の味」は知らないし、また次世代は、もっと知らない。

豆腐とは白くて味も香りもないもの、と誰もが思うようになってしまった。

もしも、現代において、本当に無添加・手作りの美味しいものを食べようとするならば数少ないそういった店を探しだし、当然、一般よりも高い料金を払わなければならないことになる。

それこそが、早くて便利の効率のみを追求し続けてしまった、我々の代償だ。



そういえば、豆腐も中国伝来だったよなあ。

本当に、中国という国は素晴らしい国だったと思う。(←過去形だけど)
料理ひとつとっても、どれだけ素晴らしい文化を持ち、知識も技術も秀でた国だっただろうことは想像できる。


でも、すっかり変わってしまったようだ。

こんな記事もあるくらいだから。
   ↓

「新華網」によると、アヘンの原料で中毒性のあるケシから取れる果皮の粉末(ケシがら)を、料理に使う飲食店が全国で増えている。
昨年9月末以降、上海市、四川省、青海省などでケシがらを食品に混入していた飲食店が次々と摘発されているのだ。
火鍋のスープに混ぜたり、麺に練り込んだりする手口で、いずれも顧客を中毒にし、リピーターとして獲得することが目的だった。

「調味料メーカーの営業マンがよく食品添加物を売りに来るんですが、『ひと匙で客が病みつき』というのが決まり文句。噂では、覚せい剤と同様の成分が入っているものもあるらしい(笑)。かつて『肉宝王中王』という依存性の強い食品添加物が中国で問題となったが、それにはベンゼンの元となる成分が含まれていました」
https://nikkan-spa.jp/820364



自然の旨味がなくなり、まずいものばかりってだけじゃないんだね~。

中毒性を狙ってリピーターを増やすのかよ。

とんでもない話だ!


しかし、これもまた・・中国だけに限ったものではない。

日本でも、ある食品工場の人が、「ウチの工場で作ったものは自分は絶対に食べない!」っていうような話も何度も耳にしている。

あーあ・・
ビジネスの効率性のみを追求した先にあるのは、

人に害を及ぼすものでも売ってしまえ!
ばれなきゃ、かもうもんか!


そんなどす黒い思いが込められた食品が増えたってことかよ!


働きづめで苦労してるけど、少しでもお客に喜んでもらえる美味しいものを作ろう!というのと、マ逆(笑)

栄養素の問題を別にして、スピリチュアル的にみても、

どっちの商品が、消費者の心を幸せにするかは一目瞭然だろう。



そういえば、MSG(うまみ調味料)も、似たようなものかもしれない。

MSGが体に害があるかどうかは別として、たしかに味覚障害を起こすことは確かなようだ。
なぜかMSG慣れしてしまうと、MSGが入ってないと旨味として舌が認識しないようになってしまう。


それは、私自身が体験してる!

日本にいたころ、私は、知らず知らずのうちにMSGまみれ・防腐剤まみれの食生活をしていた。
コンビニ食が多かったからね~。

ところが、渡米してから食生活ががらっと変わり・・最初のうちは何を食べても、アメリカの食事って旨味がない、と思っていたのものだ。

しかし・・長年アメリカに住むうちに、しかも貧乏生活のせいか(笑)添加物食品をほとんど買うことができなくなった。


そのおかげで、私の味覚障害は治ったらしい(笑)


今では、MSGなどの添加物食品は、ひとくち食べただけでわかるようになったし、それがあまりにも多すぎる食品は、さすがに気持ち悪く感じるようになり食べられなくなってしまった。

昔は、それが美味しいと思ってたのに。


ところが、こちらに日本の駐在員に大人気という飲茶レストランがある。

私も一度行ってみたが・・そこの料理は、ほとんどすべてが、一口食べただけで、気持ちの悪い甘さが舌に残るのだ。

どんだけ、MSGを使ってるんだよ!

もう二度と行くもんか!と思ったものだが、あいかわらず日本人駐在員たちで、いつも混んでいる(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


古代中国の医食同源じゃないにしても、現代人だって、
「食生活と日々の健康は深くかかわりあっている」ってことくらい周知の事実だ。


それどころか、私は精神にも、また霊性にも、深く影響すると思っている。


以前、「最近の切れやすい若者と食生活」を調べたデータによれば、添加物まみれの加工食品を食べている若者に限って、切れやすい、鬱、無気力になりやすいという記事があったが、そこにも、なんらかの因果関係はありそうな気がする。



ついでに、スピリチュアル的に言えば、五感を鈍らせる生活はタブーなのだ。

感性を磨く基本は、常に、まず五感をクリアーにしておくことだ。

季節を感じ、風の流れを感じ、香りを感じることもできなければ自然と一体になれるわけもない。
心をニュートラル位置におくことさえ難しいだろう。


そうであれば・・味覚もまた、重要な部分だ。


だからといって、決してベジタリアンやらビーガンになれ!ってことではない。
むしろ、ストリクトなベジタリアンやらビーガンのほうが、スピリチュアルと縁遠くなってる人も多いような・・。

なぜなら、

XXしてはいけない。
XXすべきだ!


といったようなドグマで心を縛ってしまう人が多いからだ。
おまけに、肉食やジャンクフードを食べる人たちに対して、ひどく批判的な目を向ける人さえいる。


そうなってしまえば・・自然体とは程遠く、スピリチュアルともますます遠くに行ってしまう。

同時に、これは・・味覚障害者と同じことかもしれない(笑)



自然体でいること、自然であること

うーーん、それこそが今は一番といっていいほど、難しい時代かもしれない。


食事ひとつとってもわかるように・・・自然な美味しいものを探すことが、どんなに難しいことか。

はっきり言って、日常的に無理!

これは、すべて人々が、

少しでも時間をかけず、安くてラクに効率良く美味しく・・と望んだ結果なのだ。

その結果、美味しいという感性すら不自然に歪められてしまい、それさえも気がつかない。


そういうと、多くの人たちが、

あーあ、この世はもうダメだ~、行くとこまで行くっきゃない!と嘆くのだが・・。



それでも、私は・・それほど悲観的には思っていない(笑)


人間は強いと思っているから。

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まさに、泥の中でも咲く蓮の花のように。


体は、多少の毒を口にしても免疫はつくし浄化作用を持っている。

もちろん・・ある程度までなら。

しかし、気がつかず続けてしまえば・・いくら丈夫な肉体でも蓄積されれば害は出るだろうし、その前に精神にも問題が出るかもしれない。


そのためには、少なくとも、まず味覚障害だけは起こしてはいけない。

味覚さえ、正常であれば、なんとかなる(笑)


味覚が正常であれば、食品に込められた思いを舌で感じることができるはず。
作った人の、どす黒い思いが込められているのか、それとも、真心が込められているのか・・・

それは、舌で判断できる。




そして、万が一、悪いものを食べてしまったとしても、

デトックスができる。

現代に生きる以上、上手にデトックスし続けることだ。


添加物の多い食事の次の食事は、オーガニックの大根をかじるとか(笑)

太陽を浴びたり新鮮な空気を吸ったり、心穏やかに過ごすだけでも、デトックスになる。

またそういったことでも、味覚障害を防ぐことにもなるはずだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

「ねえ、どうすんの? チャイニーズ行く?」

「うん、新しい店だから、一度は行ってみようよ。」

結構乗り気な私(笑)(←新しもの好きの私)


ただし、一口食べて、おえーーと言うほどMSGまみれだったら、二度目はないだろう。

だけど、多少だったらMSGもOKだ。

この現代において、その値段のチャイニーズで、まったく無添加なんてありえないからね。

私の舌で、そこの店のオーナーの心意気も味わってこようと思う。

万が一、最悪でも、ちゃーんとデトックスするから、私は平気(笑)
たまにはチャイニーズもいいもんだ~♪

だけど・・・なぜかチャイニーズを食べると、非常に喉が乾くんだよなあ。
美味しいウーロン茶かジャスミン茶をいっぱい飲んで、デトックスするかな(笑)

ステレオタイプでステータスクオから脱却する

友人と一緒に、コーヒーショップにいたときのこと。

隣の席に日本人の若い女性が二人、わりと大声で話していたので、つい、私たちの耳にも聞こえてしまった。


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どうも、一人の女の子は日本から来た学生さんのようで、外国人の女の子とルームシェアしてるらしい。
その愚痴をさかんに友達に話してるのだ。

「もう、頭に来ちゃう!
だってさあ、食事した後、シンクに食器を溜めとくんだよ!信じられる?
なんで、すぐに洗わないのって聞いたら、明日にでも洗うつもりよ!だって~。
もう、信じられる?」

「やーだ! それって最低!
あっちの国の人って、すっごくルーズなのよね~、わかる、わかる!」

「でしょ!
でも私、汚いの我慢できないのよね、だってさ、シンクは共同で使うとこだよ。」

「そうよ~、すぐに食べたものを洗うのって、フツウ礼儀だよね!」

「でしょ! だからさ、結局私が彼女の洗い物まで、つい洗っちゃうわけよ。
頭にくるけど、汚いのって我慢できないんだもん。」

「そうだよね~、だけどさ、相手はそれに感謝してるわけでもないでしょ。
毎回、そんなことをしたら、アンタばっかりが損するだけじゃない!」

「そーなのよ! もう、いい加減に頭に来ててさ・・アパート出たいんだよね。」

「今度は日本人の子とアパートシェアした方がいいよ~、誰かシェアしてくれそうな人、私も探してみるよ。」



私たちは、つい・・二人で顔を見合わせてしまった。。。

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コーヒーショップを後にして、私の友人が言う。

「なんで、いきなり・・アパートを出るって話になっちゃうのかな?
まあ、気持ちもわかるし・・そこが、日本人っぽいって言えるかもしれないけどね~。」



私の友人は、子供の頃にアメリカに移住して、こちらの大学を卒業してる。
たぶん、完全に日本人の習慣や常識の中で育った人ではないので、おそらく日本からやってきたばかりの日本人とは感覚が違うのも確かだ。

それでいて、長年日本企業で働いていたせいで、多くの駐在員たちと接しているせいか、両方の感覚が理解できるようだ。


さて、これが、みなさんの立場だったらどうするだろうか?

ここはアメリカ。
そして、習慣も常識も違う外国人とルームシェアをしてるとしたら・・
(笑)


私は友人と、もしも、我々が同じ状況になったら、どうするだろうか?と話してみた。


そこで、私達の解決法は・・2つ

●自分が我慢できないんだったら、相手の食器を進んで洗ってあげればいいんじゃないのかな。
ただし、自分ばっかりが損してるって気持ちではなく、仕方ないなあ~、ま、いいか!って、おおらかな気分で。

(お掃除が苦手な専業主婦の代わりに、ダンナさんが仕事から戻ってからお掃除してくれるってお宅もあるくらいだからね~。
これは、私の友人宅の話・・実際にこれで夫婦円満で長年連れ添ってる家庭なのだ。)


それができないならば・・

●話し合う。
ただし、常識だとか、これがマナーだとか、当然でしょ!って意識は捨てたところで話しあって決めることだ。
相手を理解しようとして話すこと、同時に自分も理解してもらおうとして話すことがポイント。



私の友人もかなりきれい好きな人なんで、「あなただったら、まず・・どう話す?」って聞いてみた。

そうだねえ・・こんなふうに言うかな、と彼女。

「シンクを汚くしておくと目に見えない病原菌がはびこるし、衛生学的にも病気ももたらすことになるんだよ。
私たち、毎日元気で仲良くいたいもんね~。

それにね、中国には風水学ってのもあってね、空気の流れを良くしてキレイに掃除しておくことがポイントなんですって。
汚くしておくと運気も落ちるって言われてるの知ってる?
私、どうしても・・そうゆうことが気になってしまうタチなんだよね。

そこでね、お互いうまくやってくための提案だけど・・あなたがすぐに洗えないならば、その食器をかごに入れて洗剤をかけて別にして置いておくってのは、どうかな? 」


なるほどね~。

「そこで、同居人の常識とか考え方や違いだってわかってくるだろうし、お互いにうまくやっていこう!と思えば、必ず解決策はあると思うよ。 

それに、お互いの文化だって理解し合えるようにもなるわけだし、それこそが外国の文化を学ぼうとしてやってきた意味があるってもんでしょ!」
と、彼女。

ごもっとも。
私も同感。


「だけど・・たぶん、あの子たち、たぶん語学学校の学生のようだし・・英語も堪能じゃないから、そこまで話せないのかもね~。」
と、私。

「それこそ、生きた勉強のチャンスだよ!
辞書を引きながらでも、ちゃんと言葉を覚えて文章を作ってからでも話そうとしなきゃ、留学した意味もないんじゃないかな。

私も中学生のはじめにこっちに来たんだけど、たしかに最初は言葉で苦労はしたけど、一生懸命伝えようとはしてきたよ。」

ますます・・ごもっとも(笑)


そうなると・・たぶん、あの女の子は一番、まずい選択をしちゃいそうだなあ。

ちゃんと意思を伝えずに怒ってアパートを出て、今度は同じ日本人の子と住むつもりらしいから。

もっとも、ロサンゼルスというところは日本人が多いので、それが簡単に出来ちゃうってところが問題かもしれない。
したがって、それですんじゃう! ちーっとも学べない!ってことになる(笑)



たしかに、日本人特有のきれい好きは美徳だ。

だけど・・それが当然!という意識で、相手に押し付けてしまったり、

また、

黙って我慢して相手の分まで洗ってしまうくせに、しかも、私ばっかりが損してる・・なーんて意識を持つとしたら、

それは、日本人のネガティブ思想でしかなくなってしまう。

我慢私ばっかりが損してる・・って意識は、ネガティブそのものだから。。。


きっと、そのままルームシェアをやめてしまえば・・


日本人女性 :「やっぱり、同じ日本人じゃないとダメね~、あの国に人ってルーズで嫌だよな~」
って意識しか残らないだろう。

彼女の同居人:「なんだか、あの子、怒って出て行ったみたいだけど・・なんかよくわからない人だなあ。日本人てああゆう人が多いんだろうか?」



なーんてことになるのかも。


残念ながら、一緒に住んだことは、お互いにマイナス意識を植え付けただけで終わってしまうことになる。
お互いの学びには、ちーーともならずに、悪い印象で終わってしまうってことになっちゃう。


しかし・・

広い目でみると、似たようなシチュエーションは、日本に住む日本人同士でも起こり得ることかもしれない。

相手に歩み寄って、理解しよう、理解してもらおう!というのは、たしかに骨が折れることなんだけど・・
それをめんどくさい!とやめてしまえば・・


結局は、黙っていてもわかってくれる人、自分と同部類の人だけを探してつき合うだけになってしまうだろう。
そりゃあ、そっちの方がラクだもんな~。


でも、それじゃあ、ちーーとも変わらないし変えられない。
何も変わらない。 自分も変わらない。


それに、


異種間交流なんて絶対ムリ!(←いきなり、異種間かよ?)


実は、私・・今朝、それも・・4時過ぎに、ネコにたたき起こされたのだ。

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これは、よそのネコちゃん。。。

うちのは、こんなかわいいもんじゃない!


この巨体で、がーんと体当たりはされるし、耳もとで叫ばれるのだ!
   ↓
IMG_20150221_050533.jpg

うぎゃあああ、きえええ!!(さっさと起きんかい!)と。
それは・・私が起きるまで続くのだ。。。(←ネバーギブアップの精神を持つヤツなのだ。)


そもそも、私が寝る前に、彼女(ネコ)のトイレ掃除をしなかったのが原因。

翻訳すると・・
「早く起きんかい! あんなに汚いトイレ、入れないよ!
私、おしっこしたいんだってば~!」


と叫んでるのだ。

「うーーん、ごめ~ん!
わかったよ~、今、やるからさあ・・。」


と、もぞもぞ起きだして掃除したのだ(笑)

待ってました!とばかり、彼女はトイレに直行。
しゃああああ~。(←音はいいから!)


このように・・(笑)

一緒に同居するってことは、上下関係もなければ、文化の違いさえも越えなければならないのだ。

私はネコ文化の理解に努めなきゃならないし、彼女にもヒト文化をわかって頂かなければならないってことだ。




本来、自由きままなネコさんたちに、狭いアパート暮らしで同居して頂くからには、せめて清潔なトイレを保つことは私の第一の義務なのだ。

人間の都合だけを押しつければ、それは傲慢というものになる。


で、ちゃーんと、「ごめんなさい!」と誤った。

謝ることを忘れたらいけないのだ。



「ったく~、アンタって、すーぐ忘れるんだから!ま、いいか~!」
と、ぶちぶち言いながらも許してくれたみたい(笑)

で、人の事をたたき起こしたくせに、自分は、まだ眠い@と言い残して、寝てしまったのだ。。。


やれやれ 😥

でも・・悪かったのは私だし・・と反省。


まあ、こうゆうことの繰り返しで、お互いに理解しあい、自然と歩み寄れるようになって、同居もできるようになるんだろうと思ってる。

たとえそれが、人間同士でも異種間であってさえも。


信頼関係というのも、そういった中から培われるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・

ある弁護士さんが、以前、面白いことを言っていた。

「僕は土地問題を多く扱かってたんだけどね、多くのクライアントがお互いに、ここは私の土地だ、私に権利がある!って主張するんだけどさ、ときどき、ふと、思うんだよね~。

じゃあ、カラスはどうなるんだろう? 野良猫は? と。」


なーるほどね~、とつい笑っちゃった。
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現代人は、まるで、アメリカ先住民の土地を武力でぶんどってしまった移民白人と同じなんだね~(笑)


もともとアメリカ先住民たちには、自分の土地って感覚はなかったそうだ。
当然のように、カラスのものでも野良猫のものでもあったし、すべての動物たちのものだったのだ。

most takented

そして、自分もまた、その一部でしか過ぎないと思っていた人々だ。


その感覚さえ持っていれば・・ペットとの同居だってうまくいくだろうし、他国の人同士だってうまくいくはずなのに~、と私は思ってしまう。


何がその感覚を邪魔させてしまうんだろう?


たぶん、自分が生まれ育った環境からくる常識植え付けられた善悪思想、そこから生まれてしまう先入観固定観念

それが他者に対しての、偏見や差別まで生んでしまうことになる。
根底にあるのは・・自分と違うものを一切認めようとしない頑なな意識。


そうなると、相手を理解しようとする前に、つい、善悪意識でばっさりと一刀両断にしちゃうことになる(笑)


まさに、ステレオタイプっていわれるものだよね~。

ステレオタイプ(Stereotype)とは、判で押したように多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念やレッテル、偏見、差別などの類型・紋切型の観念である。



そして、ステレオタイプの人に限って、ステータス・クオなのだ。


かなり前のブログ記事にもアップしたけど、
    ↓
クリエイティブとステータスクオ


ステータス・クオ(Status quo)というのは、もとはラテン語のようだけど、英語でも使われていて、
おそらく、日本語でいうところの、現状維持に近い感覚かと思う。
(でも、ちょっとニュアンスは違うんだけど・・、この際、現状維持ってことで。)

そう、つまり・・ステレオタイプに限って、ちっとも自分で変えていこうとしない、現状維持にしがみついてしまう、傾向があるように思えるのだ。



日本にいたときも、またアメリカでも、こういったタイプの人がわりと多い気がする。

でも、もしも・・ステレオタイプでステータスクオばっかりだったら・・・

異人種を理解できないだけでなく、ちーーとも世の中は進歩しなくなっちゃう。


どの分野であっても、常に新しいことに挑戦したり発見してきた人たちは、みーんなそこから脱却してきた人たちだと思う。

henjin.jpg
https://matome.naver.jp/odai/2138333659617849001



私は、偉人と呼ばれる彼らが特別だったとは思わない。
ただ、、彼らは「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却した人たちだったいうのが、大前提にあったと思うのだ。

それを一般人たちが、ヘンとか奇人・変人と呼んでるだけではないだろうか?

それなら、みんなが、それぞれの、ヘンな人になればいいだけだ!(笑)


ひょっとしたら、私たちすべてが、
「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却するために生まれてきた!」んじゃないかなって気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はもともと、子供の頃から、あまり常識概念を持たない性格だったと思うけど・・それでも、10年くらい前、ここに住んだときはびっくりしたことがあった。


ウチの隣がメキシカンの経営する美容院なんだけど・・・結構繁盛していて常に客が多いのだ。

私がちょっと車で留守をすると、彼らは当然のごとく、私の駐車スペースに車を停めてしまうしまう。

信じられない!

私は、すぐにアパートの管理会社に、ぷりぷりと怒りながら、クレームをつけた。

すると、

「はあ? そんなことですか~?
だったら、あなたもとりあえず、空いてるスペースに車を停めときゃいいことでしょ!」
と、

それでぶち切れたのだ!
なんて管理人だ!
ロサンゼルスってこんなとこだったのかよ!

と。

そもそも、私の駐車スペースだし、私が家賃払ってるわけだし、私に権利があるわけじゃないか!
いくら、私が留守だからって、勝手に停めるなんて許せん!


というのが私の主張するところだ。


しかし、落ち着いてよーく考えてみると、

たしかに法的権利から見れば、私の言ってることは間違ってないんだけど・・・
でも、それって、それほど主張すべきものなのかな?

そもそも、そんなことくらいで、なんで怒るんだ? 私って。。。

って気がしてきた。


私が帰ってきたときに、美容院に行って、「私、今戻ったんで車移動してくれませんか?」って言えば、すむだけなんじゃないのかなあ?

と。

それもせずに、いきなり管理会社にクレームする必要があったんだろうか?

と。


それで、実際にそうしてみたところ、メキシカンの人たちは、

「あ、ごめんね! 今どかすからね~」と、すぐ移動してくれたのだ。

すると今度はもっとおおらかな気持ちで見られるようになる。
彼らも気さくに声をかけてくれるようになる。


たしかにな~、ウチの周りはいつも車がいっぱいで、駐車するところがないのだ。
小さな子供を連れて車で来る人は、とっても大変だよな~。


なんだか、私も、そんな気持ちにもなってきたのだ。


それから後、

私がいないときは、いつでも車停めていいよ~、ただし戻ったときは移動してね~ってことで・・なんとなく、美容院の人とも仲良く近所付き合いができるようになった。


ただし、それによって多少なりとも家に入るまでに時間がかかってしまうのは仕方がない。


まず美容院に入って、今帰ったから!って言って、
それから、のーんびりしたメキシカンのおっちゃん・おばちゃんが、どっこらしょ!って出てきて・・車にエンジンをかけて、バックしたり切り替えしたりしながら移動するのを待つんだから。

でも、そんな時間すら、今の私は気にならなくなった。

そんな時間くらい、どーってことないじゃん!と思えるようになっている(笑)
むしろ、それが当然だろ!って気にもなってくる。


日本にいた頃の私の生活は、常にこういったものだったから・・
    ↓
ca390158.jpg

これが日常だったし、とくにビジネスが絡めば一分一秒を争うのも当たり前というのが常識だったから。

今思えば、こんなふうに当たり前に思ってきたことや、むしろ若い頃はビジネスパーソンが自慢だったことさえも、実にばかばかしいことに思えてくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実に小さなことだけど、そういったことも、私を少しづつ変えていったのだろうと思う。
それに気がつかせてくれたメキシカンの人たちには感謝だ!(笑)


人にはそれぞれの考え方もあるけど・・

今では、法律上だけで善悪を主張しようとしてた、あの当時の私の方が間違ってたように思う。
私のモノなんだから、アンタたち、メキシカン連中なんか知ったこちゃない!って意識が底辺にあったような気がするのだ。


しかも、自分の正当な権利とばかりを、がんがん主張すれば・・管理人さんだって、むしろ違法駐車の人の肩を持ちたくなるってのが人情ってもんだよなあ。


こうやって、私も少しづつだけど・・変わっていってる(進歩していってる)んだろうなあ。


いつかきっと、異人種とも、異種とも、いや、異星人とも・・理解し合えるようになればいいよな~と思ってる。


近所の野良猫たちのこんな姿をみると、なんだか・・ほっとするんだよね~。
   ↓
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そうなれば・・・きっと、みんなが新しいことをどんどん知ることが出来るようになるだろうから。
どんどん、世界も、すべてが変わると思うから。

「病と体と心」そしてガーディアンエンジェル

友人が風邪&帯状疱疹になってしまい、数日会社を休んでたそうだ。
「ゆっくり休んだせいか、今はすっかり元気になったよ!」と明るい声で言っていた。

うん、そりゃあ・・よかった~。


残業続きの生活をしている人は体を壊しやすくなる。
また、こういった人たちは、ほとんどはマネージャークラス以上で多くを任され責任の重い立場の人たちが多いのだろう。

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ある日、私の会社で働いていた上司に言ったことがある。
彼女もまた、毎日どんでもない時間まで残業し、原因不明の病気で医者通いを続けてる人だった。



「基本的に1日24時間を3つに分け8時間づつ使うことが一番、心身が健康でいられる方法なんだってよ!
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合にね。」



と、言ったところ・・・

「あははは・・・。そんなこと実際に出来るわけないじゃない!」

と、一笑に付されてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ずーーと昔、私が若かったころ、
体を壊すほどガンガン働く!ってことが、ちょっぴりカッコいい!と思ってたことがある。

私の頭の中では、こうゆう図式があった。
              ↓
体を無理させてまで仕事をしようとする=頑張り屋=カッコいい!

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しかし・・今ははっきり思う。

それってただのバカじゃん!
言葉が悪くてすみません。。。


もちろん、「1日24時間を3つに分けて、睡眠に8時間、仕事に8時間、自分の好きなことや趣味に8時間」というのは、一般的な目安でしかない。


人は個々によって違うわけだし、睡眠時間ひとつとっても、短めの方が体調がいい人もいるし10時間寝ないとダメって人もいる。 労働内容も個々に違うわけだし、とうぜん一概には言えないのだ。


中には毎日10時間以上働いたとしても、健康で元気もりもり!って人だっているだろう。
それならば、なーんの間違いない。 その人は正しい選択をしてるってことだ。

だからといって、自分が10時間働いて健康だったとしても・・それを他人に押し付けてしまったとしたら、そりゃまた大バカ野郎だ!(←言葉悪すぎだ~!)


そんなわけで何事も一概にはいえないものだ。

ところが、体調を壊す=病気になる・・・・ということは、必ず何かが間違っているからだと思う。


そして一番悪いことは・・それに気づかないこと!


と、私は思うようになった。


体調不良=病気、というものは、車の警告灯が点灯したような状態だと思うのだ。

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最近の車は、どこかに問題があると・・チェックランプが点灯するようになっていてとってもわかりやすくなってる。
体調不良=病気も、まさにそれと同じで、とっても便利でありがたいものだと思うのだ。


きょうは朝から頭痛がする。

あ、きのうの寝不足のせいだ! きょうは早く寝よう。

または、

あ、こりゃあ風邪気味だな。。。温かくして消化に良いものを食べて早く寝よう。



ま、これで、ほとんどは改善できるものだ。


自分を知ること
まずは、自分の体を知ること、自分の感覚を知ること


それだけで、ほとんどの場合は治ってしまうものだ。



ところが、最近・・自分を知ることが出来なくなっちゃってる人が多いように思うのだ。

警告ランプが点滅してるのに、それさえ気がつかないような人たち。
寒いか暑いかさえも、わからなくなっちゃってる人たち。


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その根底には、昔の私のように・・

「自分の体のことなんかに構ってられっか! 無理して仕事する方がカッコいい生き方だ!」 みたいな思い込みがあるからだろうか?

それとも辛さを我慢することが美徳と思ってるのか?




そして、こういったタイプの方々に限って、辛い症状や病が、有難い警告ランプだとは思わないらしい。

ただ、症状を消すことのみに専念してしまう。


辛い症状=病気=悪いヤツ
少しでも早く治してやるぞ!
やっつけてやるぞ!





少し前に聞いた話だけど・・

風邪にはシロップタイプの小児用ジキニンの一気飲みが早く効く」という話があるらしく、昨今では大の大人が、小児用ジキニンの買い占めをする人が多いんだとか。


アメリカの子供の風邪のために使われる、ホーム・レメディ
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ほんとかよ?と思って、成分を調べてみたけど・・1本分の成分量が大人用風邪薬の1回分相当になっているだけだった。

形状がドリンクタイプだし、水薬の方が即効性があるような気がした人たちが言い出してたのが流行ってしまったんだろうか?


まあ、それだけ・・人というのは噂に弱いってことだし、風評だけでそんな気になっちゃう人が多いってことかもしれない。


もっともプラシーボ効果というのもあるくらいだから、
本人が早く治るというなら、それはそれでいいのかも~(笑)


だけどなあ・・・大人用の風邪薬よりも高額なわけだし・・そんな風評を喜んでくれるのは製薬会社だけだと思うけどなあ~。



多くの人たちは、辛い症状が消えさえすればそれで解決なんだろうか?

症状がなくなる=病気が治る


と思い込む傾向があるのかもしれない。


しかし結局のところ、

自分の体の声に耳を傾けない。
なぜ・・自分が風邪をひいたのか?
どんな生活が悪かったのか?


を無視してしまえば、きっと何度でも同じことを繰り返すことだろう。
結果的には、どんどん下降線をたどることにもなる。


以前、風邪や高血圧といった症状についてのブログをいくつかアップしたことがあった。
    ↓
病気になる(これは私の個人的な日記)

高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ

幽霊にも病気にも強くある方法


いずれも「薬は症状を軽くしたり無くすだけであって根本的な治癒をするのは自己免疫力。薬は無理やり症状を抑えるため、必ずそれによる弊害(副作用)を伴う」ということを書いたはずだ。


すると勘違いする方もいて・・すぐに、こっちの方向に行っちゃう人がいる。。。
    ↓

薬は悪い!
薬を飲んではいけない!
医者にかかってはいけない!
西洋医学は悪い、やっぱり漢方の方がいい!
オーガニックを食べよう!



さっきも言ったように・・


人はそれぞれ違う。
身長体重年齢だって違うように、生活習慣も性癖も体質も好みも仕事内容も、そのときの状況も何もかも。

だからこそ、自分自身で自分を知ることから始めなきゃならない、と思うのだ。


相手のことも知らずに・・どうすべきか!なんてことは言えるはずもない。


また一人の人間でさえ、
時には西洋医学の手術や抗生物質が必要なことだってあるし、また時にはまったく不要なことだってあるはずだろう。


一般的データや数値、ガイドラインに従うことだけで、本当の治療は出来ないと思うのだ。



たとえば、これは降圧剤の話だけど・・

かつては降圧剤は「年齡+90」ないし、160が最高血圧の上限だった。
ところが、140未満までとガイドラインが下がった
そしてさらにアメリカの最新研究が、最高血圧120以下を提唱しだしたそうだ。
      ↓
高血圧治療ガイドライン 120未満に引き下げで「患者」増加

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以前は血圧160以上の人だけが降圧剤を飲んでいたのに、最近では140以上の人も飲み続けることになったわけで、さらに今度は120以上の人に処方することになるんだろう。


そこで多くの患者さんが質問するそうだ。


「先生、今まで血圧140まではいいといっていたのに、新聞では120未満って書いてありました。 どっちなんでしょう?」と。

もう、悲しくなっちゃうほどの・・実に愚問!(笑)


どうして自分で感じようとしないの?
どうして、すべて医者まかせなの?



ショックを受けたりドキドキすれば血圧が上がるのは当然だし、年齢、身長・体重が異なれば血圧だって違って当然。
血圧は体質や精神状態によっても違うのだ。

そもそも・・すべての人を対象に一様にガイドラインの基準値140と決めること自体がヘン?って気がする。。。


これじゃあ、本当は病気じゃないのに、ますます病人を大量生産することに繋がらないかい?
しかも意図的に!
それを・・120にすれば、もっと病人は増え、もっと製薬会社が潤うことになるだろうけどなあ。

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不景気な時代と言われる中で、製薬会社の伸び率がどんなものだかご存じだろうか?

こちらは2015年決算のものだけど、毎年伸び率があるのだ。
売上高トップは武田薬品工業で1兆8074億円。

すでに一兆円の大台に乗っている。

【最新版】国内製薬会社2015年度決算ランキング―塩野義や小野が躍進、海外売上高比率はアステラスがトップ


こちらは世界を対象にしたものだが・・。
   ↓
【2016年 製薬会社 世界ランキング】ファイザーが首位奪還、ロシュが2位に ノバルティスは3位に後退


とくに日本の市場では降圧剤は実によく売れるらしい。
しかも10年以上、死ぬまで飲み続けてくれる人が多いわけだから・・・

血圧が高い → 降圧剤を何年も続ける
→ 認知症の疑い → 認知症の薬を処方される
→ 認知症の薬の副作用が出る → 認知症の副作用を抑える薬を始める

これは、血圧降下剤で病気になる!のブログ記事からの引用だが、まさに、この路線を歩んで最後には脳梗塞を引き起こし亡くなった方を私も個人的に知っているのだ。



同時に、これじゃあ・・製薬会社だけはどんどん大きくなるしくみが出来上がってるよなあ!!と感心?してしてしまったものだ。

もちろん、ここで製薬会社を悪く言うつもりはない。


だって、それを選択するのはやっぱり個人なのだから。
医者の提案に従うのも個人なのだから。



ただ・・自分で考えて決めてほしい!と思うだけだ。

言い換えれば・・自分を知ること、まずは、知ろうとすることだ。

決して一般論やガイドラインに惑わされないこと(自分自身のガイドラインを作ることだ。)




たとえば・・最初に私が言ったように、

「基本的に1日24時間を3つに分けて8時間づつ使うことが一番心身が健康でいられるそうだよ。
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合に。」


これを言うと、中にはすっごく感心してくれる人がいて・・きっちり8時間づつを実行し続けようとする人がいる。


おいおい!


それこそ、私はただの一般的ガイドラインを言っただけだ!
割り振りは自分で考えて決めるべきなのだ・・・。


あ~、もう・・・だからうっかりしたことは言えないな~、と思うときがある。



それを試しにやってみるだけならばいんだけど、最初から「きっちり8時間にしなけりゃいけない!」って思い込みで続けたとしたら・・

それはただの依存心だ。
自分で考えることを放棄してしまってるということだ。



あ˝~なるほど~、だからこそ、

医者まかせ。 薬まかせ。 子供用風邪薬信奉者までもが、増えるわけかも・・・。



もちろん、こういったことは風邪や高血圧だけじゃない。
がん治療にしても、たとえどんな厄介な病気にしても・・

まずは自分で知ること、そして、どうゆう治療法をするかを自分で決めることだ。




「知ること」と言うと、また誤解があるといけないんで・・ちょっと補足することにしよう。

「知ること」とは・・病気の原因や仕組み、薬の成分などを調べて勉強するってことじゃないのだ。
あ、もちろん、それも良いことには違いないんだけど・・


それより先に、自分の体はどうすれば喜こぶのか感じることだ。

たとえば・・

1日15分のウォーキングがいいカンジ。
7時間睡眠がいいカンジ。
私は6時間だ、
ショウガを食べたら、体があったまって気分が良くなった。
1日、このくらいの水を飲むといいカンジがする。
日光浴すると気分が良くなった。
毎日少しづつカラードグリーンを食べると調子がいい。

などなど。

こういったことを・・全部、自分で探すことだ。

もちろん、最初は他人の話を参考にして試してみることも良いだろう。


ところが、もしも・・それが苦痛だったり、ちっとも楽しくなかったりしたらやめた方がいい気がする。
たぶん、それは自分にとっては違うのだ。


毎日ちっとも楽しくない体操を15分続ける。
体のためだから、自分に鞭打ってまで続けなきゃならない・・
と思ったとしたら、すでにここでアウトだ!と、私は思う(笑)


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たぶん・・体操をしながらつまらない、つらい!なんて感じるとしたら、体操をする前に食生活を変えるとか睡眠時間や睡眠の状況を改善するとか・・おそらく優先してやるべきことが他にあるような気がする。


心が楽しいと思わないことを無理やり続けたところで体のためになるとは思えないし、それは逆効果な気がしてしまう。


まず、そこから知ることだろう。


本当に自分にとって良いことは、

体が心が、気持ちよく感じることじゃないだろうか?

それこそが正解であり、自分自身の健康法だではないだろうか?




それには、

自分の感覚を研ぎ澄ませて自分で探すことだ。
そしてもしも、病になったら、今まで何が悪かったのかも探し出すことだ。



体を大事に出来ない人は心も大事にできない。
そして自分を痛めつける人は、結局他人を痛めつける結果を招く。


それは、自分をちゃんと愛することができない人は人を愛することもできない・・って理屈と同じじゃないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・

話をちょっと戻して・・

病院通いをしながら、毎日残業し続けていた上司の話。


彼女はもともとすごく頑張り屋で好奇心も強く成績優秀で、何事にも偏見というものを持たないってタイプで私は個人的に好きな人だった。


なので、なんとか生活改善してほしいと思っていたし、かなり心配もしていたのだ。(←だけど聞く耳すら持たないんだよね~)

ところが、彼女は仕事の虫、ワークホーリックの典型@

家に帰ってまで、仕事の事が頭から離れず、ベッドに入ってさえも、急に仕事を思い出して眠れなくなってしまうことが多かったそうだ。


このまま行くと彼女は完全に大きな病気になるだろう・・。

しかし聞く耳を持たない者には何も通じない。



そのうち、

ご主人が急病で倒れた(運よく2-3日の入院で復帰したそうだ)、
次に、家の隣が火事になって自分の家も燃えそうになった。(大事には至らなかったが・・)、
さらに、飼い猫が急病で死にそうになったり(これも運よく1週間ほどで治癒)、
最後に、通勤途中で車が事故(これも大事には至らなかった。)



これが立て続けに起こりだしたのだ。

ああ、こりゃもう! 完全にお知らせ現象だよな・・・と私は思った。



そもそも、原因不明の体調不良で病院通いをしだしたあたりで気づかなきゃならなかったのだ。
それこそまさに、車の警告ランプみたいなものだったんだから・・・。


さすがに、彼女もわかったことだろう・・と思ったのだが、


ところが、彼女は、大バカもの!!(ものすごく優秀な人でNASAで働いていたような人なのに・・)

まだ気がつかないのだ。


大事に至らなくてよかった~、で終わってしまい・・・
仕事人間を、ちーーとも改めようとしない!



ある日のことだ。


急にご主人の家の問題が起こって、ボストンに引っ越さなければならなくなってしまったのだ。

さすがにワークホーリックの彼女も、愛するご主人と離れ離れに暮らそうとは思わなかったらしく、会社を辞めて二人で引っ越すことを決めた。



そのとき、私は思ったのだ。

彼女は何かに強く守られてる人なんじゃないかな?  と。


だって、

原因不明の病気で長く通院することから始まって、ご主人が倒れたり、飼い猫の病気、火事、車の事故と続いてるくせに、どれも大事にはなってないのだ!


しかも、ついに・・・引っ越さなきゃならないことになって、ようやく会社を退社できたんだから。


こーんな大バカ女を、何かの大きな力が守ってるとしか思えないだろう。。。



そういえば・・ずっと前に彼女が話していたことを思い出した。

「私ね、スピリチュアルなこととか信じる方じゃないし興味もないのよ。
だけど、私の母が大きなトルコ石の原石をどっからか手に入れてね、お守り代わりにベッドサイドにおいておきなさい!って。
なんだか、それだけは・・言いつけどおりにサイドテーブルに置いて毎日眺めてるのよ。」



ひょっとしたら、それかな?(笑)


娘を思う強い母心。
お母様は何かの信心があるのか? それとも徳を積んでるような人なのか・・。

そんなことまでは私にはわからないが、おそらく、彼女は何かの力で非常に強く守られた人なのだろう。


しかしなあ・・・

彼女、超・バカ過ぎ~(笑)

どんなに成績優秀で仕事もできる人で現実社会ではエリートだけど・・
現実社会と精神社会では、つくづく違うってことを思い知らされる(笑)



きっと彼女のガーディアン・エンジェルさんは、かなり呆れ果てたことだろうなあ。

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うーーん、こんな幼子だったら・・気が付かないのもかわいいんだけどな~。



「おい!ここまでやってるのに・・まだ気がつかないんかい!」
「なんでそんなに鈍感!なんだ~!  いい加減、きがつけよ!!」 
と。(笑)


でも、結果的に本当によかったな~、と私は思っている。
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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"