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老子道徳経の英語訳み~つけた!

前回のブログ、フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)にもまた、ちょっと続いて



結局のとこ、私たちが気がつかなきゃならないことって、ここに尽きるんじゃないかな~!って。

また引用するけど、ここんとこ
   ↓

肉体精神性、そして霊性・・・この3つ

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性利他的に生きる能力が生まれてくる




本来それを知るために、子供の頃から「自然のしくみ」を勉強してきたはずなんだし、そもそも「学ぶということ」教育もまた、それを知るためのものだった、はず!

でも・・多くの人は学べば学ぶほど、優秀と言われる人ほど、そこから遠い世界へ行っちゃう人が多いような気もする。


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なぜなら、頭だけで学んでるから。

当然、教育もまた、そのように教育してしまうから。



ええっと、ロックフェラー家だったか、ロスチャイルド家だったか忘れちゃったけど、

財閥一族の跡取りの教育は、

現代の社会に即してトップに君臨するにふさわしく、社会を動かす人物に育て上げる



と、聞いたことがある。


事実上、こういった世界を手中にする財閥によって、庶民教育の場である各大学(特に有名大学)が出来上がってるわけだし~、

またその下の小中高だって、それに準じたスタンスになるのは当然ちゃあ当然のわけで(笑)



ここで一番の問題は、「現代の社会に即して」ってとこかもしれない。

教育の場に限らず、ほとんどすべてが「現代のあり様に合わせて」ってなっちゃってることかもしれませんね。

この現実の中で出世して上に上り詰める

この現実の中でビジネスを成功させる

この現実の中でお金を貯める方法


そうなりゃ当然、学校教育だって、

大学や高校受験に合格するための教育
(この現実社会の中で成功者にするため)



ってことにもなっちゃうわけです。


とーーっても、限定的な世界観だよなあ~。


その結果

既成概念なんてのが出来上がっちゃって、先入観やら個人の思い込みなーんてのに縛られちゃう。

この時点でもう、人間本来が持ってるはずの「霊性」だって、ぷしゅうぅぅ~と縮んじゃう。




本来だったら、「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」のためというのが究極の目的だと思うのだけど、

限定された世界では、それすらも「現代社会に認められれる」ってことに上限設定されちゃってる。
(もちろん言葉上では「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」と唱えられていたとしても・・です。)


あらら~。

それじゃあ、理想の世界に変えていく人なんて、なかなか現れるわけないだろうなあ。

世界を牛耳る人は現れても。



そういった現代だからこそ、

牛耳る人と牛耳られる人、善悪、美醜、白か黒かの、なんでもかんでも二言論発想になっちゃって、

悪い方、醜い方を徹底弾圧するようになっちゃう世の中になっちゃうんでしょうなあ。



それはまた、自分自身の心の中にまで向けられてしまって、

マジメな人ほど、

自分の悪い部分を弾圧しようとする。
必死で悪いところを消し去ろうとする




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そりゃあ、心身を病むことになっちゃいますよ~。
なーんの解決にもならないし~。



前回、タオイズムについて書いたんで、ちょっとだけここで引用させてもらうと、

老子道徳経より第二章

原文
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。



なんだこりゃ? 模様にしかみえない。。。


そこで、

書き下し文

天下、皆美の美爲を知るも、斯悪のみ。皆善の爲たるを知るも、これ不善のみ。

故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、

音声相和わし、前後相したがう。

是を以って聖人は、為す事無きに処り、不言の教を行なう。

万物焉に作るも辞せず、生ずるも有せず、為すも恃まず、功成なるも居らず。

夫唯だ居らず、是を以って去らず。



うーーん、わかったようなわからんような(←結局わかっとらんのだ!)



それでみつけた、英語訳
    ↓

People through finding something beautiful
Think something else unbeautiful,
Through finding one man fit
Judge another unfit.
Life and death, though stemming from each other, seem to conflict as stages of change,
Difficult and easy as phases of achievement,
Long and short as measures of contrast,
High and low as degrees of relation;
But, since the varying of tones gives music to a voice
And what is the was of what shall be,
The sanest man
Sets up no deed,
Lays down no law,
Takes everything that happens as it comes,
As something to animate, not to appropriate,
To earn, not to own,
To accept naturally without self-importance:
If you never assume importance
You never lose it.

https://terebess.hu/english/tao/bynner.html#Kap02



こちらの英語訳は、Lin Yutang(1895 – 1976)さん(中国語作家、翻訳者、言語学者、哲学者および発明家でもあった)による1948年の訳

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https://en.wikipedia.org/wiki/Lin_Yutang

上海のセントジョン大学で博士号を受けたあと、アメリカのハーバード大学に奨学金を受けて学んだ人。
もともとはキリスト教から出発し、道教と仏教へ、そしてその後、再びキリスト教へと進んでいった人。




すごくきれいな言葉で、しかもわかりやすい。

こちらに訳してみた。(←拙い訳で申し訳ないっす。間違いもあるかもしれないけど・・)
    ↓

人々が美しいものを美しいと認識するとき、そこには醜さ(を認識すること)が生じてくる

人々が善なるものを全だと認識するとき、そこには悪(を認識すること)が生じてくる

生と死、これもまた互いから生じたもの、相反するステージの違いから生じただけに過ぎない

難しい易いは、達成したときの側面であり

長短は対比として測ったものに過ぎず
高低は相対する位置だけのものである。

しかしながら、トーンの違いは、声となり音楽となる。
生じたものから、また新たに生じるものへとなる

そこで聖人は
あるがままに扱い、起こるがままにまかせる
活気づかせたり、積極的に働きかけたり、何かを得ようともしない
なにもかも自然に受け止める(受け入れる) 決して自身の自意識を入れることはない。

自意識を持たなければ何も失うものもない



The sanest manをどう訳せばいいんかい?と思ったんだけど、原文では「聖人」だ。 なので、私も”聖人”って訳したんだけど・・
でも、聖人だったら英訳だったら、フツーは"Saint"だろうし。
でも、Lin Yutangさんが、あえてThe sanest manにしたってことは、「賢者、物事を道理を真に知る者」という意味で使ったのかもしれませんね。



拙い訳で申し訳ないんですけど、

物事の価値は相対的なものから生じるに過ぎないってことを言ってるってことはおわかり頂けたかと。

はじめ、日本語の読み下し文を読んだとき、私は、ちーっともピンとこなかったのだ。(←ただのおバカちゃんなのだが。)

美醜も善悪も同じこと?え? 同じのわけないだろーが!って思った。



これ読んであと、ふと、思ったのだが、般若心経(これもハートスートラの英語バージョンから理解した私だったが)も、非常に似てませんか?

ハート・スートラと般若心経と空(くう)

すべてが無、空と言い切ってるし。



さらに、岡野玲子さんの陰陽師を思い出しちゃって・・

その中で晴明さんが、友人の源博雅に、名と呪の関係を語るシーンが出てくるんだけど
(博雅には、またその話かい!と引かれてるのだが)

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呪とは名ではないかと
ふと思ってな・・・


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山とか 海とか 樹とか 草とか
そういう名も呪のひとつだ
呪とはようするに
ものを縛ることよ
ものの根本的な
在様(ありよう)を縛るというのは
名だぞ



これは、名と呪 KAZZ BLOGさんより、引用させて頂きました。


こちらの文中にも

つまり、親が子供に「名前」を授けるように「モノ」に対して「名」をつけるというのは、「存在」を内的に概念規定する力を持つことである。無数にある世界の「実体」に対して、いかに「名」をつけるか。「名」によってそこに世界の一部が認識されることになれば、それは言葉という抽象化された記号によって「実体」を手中にすることになる。森羅万象に「名」をつけることによって人はそれを認識し、そして世界の構造を掌握して行こうという努力をするのである。
(山口 謠司「日本語の奇跡 <アイウエオ>と<いろは>の発明」より)
----------------

つまりこれが、陰陽師で言う「呪(しゅ)」であって、対象やあるいは自己(自己の思考)さえも固定する(固定してしまう)という「名」の力なのだと思う。




このように書かれていましたが、これもまた、根源は同じことを言ってるのではないだろうか?



私たちは、実に限定された世界に住んでるってことだよね~。

そりゃ、我々の脳だって限定された考え方になっちゃうわけだ~。


しかも霊性が使えなくなっちゃった脳は、

「世の中の善悪判断」しか出来なくなっちゃって、悪とジャッジしたものはバッサリってなるわけだね~。




でもまたここで、Lin Yutangさんの老子道徳経より第二章や、般若心経を思い出して頂くと、

すべては相関関係で中で生ずるだけのものであり、実体の無い空、



ならば、一方を排除することじゃなくって、

在るものは在るものとしてそのまま認識して、自分で次のステップに進めばいいだけなんじゃないかなあ?
(それはつまり1つに統合することになる。 決して無理やり葬り去るとか切り捨てることではなく・・)



それがまた、フルフォード博士のいう、

自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

なんじゃないかな~って思ったのだ。



もちろん、自分のパーソナリティーの問題に限らず、なにげ~に言う言葉・・

「あの子、美人だよね!」って言ったりする。

つーことは、美人と不美人の差をそこでつけたことになる(美人じゃない人もそこで生じるってことだもん)
あ、別にこれが良いとか悪いってことじゃないし、言ったらいけない!なーんてことじゃあないから。


でも美醜なんて、自分の頭の中で作られた幻影かもしれないし、

たとえ多くの人が美人と認めたとしても、その見た目はいずれは崩れるのかもしれないし、
また不美人の中に、ものすごい美人になる要素だって含まれているのかもしれない。

そういった理解&認識を持つことが必要なんじゃないだろうか?


またもこの図をアップしちゃうけど・・まあ、こうゆうことだよね。
     ↓
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こういったことは、

学校教育の中で学び過ぎてお利巧さんになっちゃった人には、なかなか理解&認識が出来なくなっちゃうのかもなあ・・
と、思ったのだ。



しかし、中には、学校教育やら時代の枠(限定されること)を超えて、自力で学んでいった人たちだっている。

これはみんな私の好きな人たちで、過去ブログにも登場してる人たちだったと思う。
     ↓

●空海・・平安時代初期の僧。 弘法大師で知られる真言宗の開祖

●ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)バルカン半島のクラリェヴェク生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者

●アッシジのフランチェスコ(Francesco d'Assisi)フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士

●ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)アメリカの神話学者

●二ールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)デンマークの理論物理学者、量子論の育ての親として有名

●ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose,)イギリスの数学者、宇宙物理学・理論物理学者

●二コラ・ステラ(Nikola Tesla)セルビアの発明家である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなど多数の発明や、「世界システム」なる全地球的送電システム

●アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)イギリスの博物学者、生物学者、探検家、人類学者、地理学者。




少なくとも彼らは、既成概念や時代の限定に縛られることなく追及していった結果が業績となったのだろう。



それにしても・・なぜか見事に男ばっかりだよなあ~



ずっと前に、岡野玲子さんが「イナンナ」を出版したときだったかに言ってた事だが・・

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彼女はベリーダンスを習い始めたとき、こんなことがわかったという。

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「女性ベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。

陰陽師とか神祇官といった男性たちは、潔斎してお供えして星の名前を1つ1つ読み上げたりするような面倒な儀式を通して、
やっと同じことができるのに」



そうなのだ。

なんの教養も無く文字すら書けないようなド田舎のおばあちゃんが、強い霊性を持ち、

生まれながらにして、宇宙の真理を感じ取っちゃってるってことだってある。


どんなに教養を積んで社会に適合し言葉を巧みに操れる人だって、ぜーんぜん、その足元にも及ばない。


うーーむ。

ひょっとして昔は女性の方が生まれ持った「霊性」が、男よりも強かった?

琉球王国でシャーマンの地位にあったのは、ノロと呼ばれる女ばっかりだったことを考えても。

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沖縄大辞典より


なんでだ?

昔は、

男は学問を叩き込まれることが多かったため、無理やり頭を使わされて霊性が退化しちゃうことが多かった?

女は学問を叩き込まれない分、自由に自然の空気を感じ取っていたから?



まあ、どうであれ・・・現代は男も女も大差なくなってしまった時代、

あまり頭だけを使い過ぎないように。


そ~だ!

みんなでバカになればいいんだ!
(←そういうことじゃないと思うが)

土曜日の買い出しで地球を思う?(笑)

ずっと雨続きだったけど、今朝は晴れたのでさっそく食料品の買い出しに出かけた。


前に日本から来た人に、
「一人暮らしだったら、コンビニ行っちゃった方がいいんじゃない?」と聞かれたことがあるのだが、

見た目は一緒でも・・
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中はまったく違うのだよ。

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ここはエアポートに近いので職員さんがよく立ち寄る


日本だとコンビニがどこにいってもあるし、今ではスーパーよりも利用客が多いとか。
コンビニ独自の名物商品があったり、お弁当やら美味しいスイーツまであるらしい。

ところが、アメリカのコンビニ事情は違う!


旅行先で忘れたものを買い足したり、ちょっとした飲み物やスナックを買ったりするといった位置づけでしかない場所なのだ。

コンビニなんか行きたくないけど、しょーがない! 間に合わせに買うか~!というところ。

わざわざコンビニに行って、そこに売られてる商品をお目当てに出かけるなんてことはまずない。




そこで、私もスーパーマーケットに出かける。

たまには、日系のスーパーマーケットに行ってみよう!と思って、出かけたのだけど・・


あまりにも野菜がパック詰めになっていて、

これって帰ってから、いちいちラッピングとパックをはずして捨てなきゃならないんかい!と思ったら、なんだか急に嫌になってしまい、 いつものアメリカのスーパーに行くことにした。

こちらがアメリカのスーパーマーケットの野菜売り場
     ↓
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ほとんどの野菜は量り売りでパックされてないことが多い。


しかし、日系のスーパーに行くと、かなりパック詰め野菜が多いのに気がついた。

またゴミが多く出るし面倒くさいなあ。

それに、よっぽど日系スーパーでしか売ってない野菜を買うとき以外は
(たとえば、日本特有の野菜、小松菜とかレンコン、ゴボウなんかは日系スーパーに行かないと買えない)

同じものなら、アメリカのスーパーの方が安いのだ。

包装する手間と梱包材がないため、安いんだろうか?


ちなみに、現在の日本のスーパーマーケットの野菜売り場って、どーなんだろ?と、覗いて見ると、

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https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2017/05/16/4411/

ひえええ~、 ほとんどの商品がパック詰め、ラッピングされてる!


こ、これじゃあ、いくらプラスチックバック(レジ袋)の無料配布を廃止にしたところで、ほとんど意味ないんじゃね?

「プラスチックごみによる海洋汚染への対策」、「石油消費量の削減」のため、日本でも廃止が義務付けられてきたらしいのだが、



レジ袋がなくなったところで、

1回の買い物で持ち帰った食品包装材をはずししてみると、 その体積は、薄いプラスチック袋1枚の何百倍?に値することになるんだろう?



海に流れ出て魚が食べれば、それは陸上の動物も人間も摂取することになるわけだし、

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海洋動物から絶滅していくのも時間の問題。

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この現状を、わかってるんだろうか? 本当に?


たぶん・・レジ袋廃止法案を通した人たちは、実際にスーパーマーケットでお買い物したこともないような人たちなんじゃないだろうか?

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そうでなければ、各先進国でマイクロプラスチック問題が大きくなりつつある今、足並みをそろえるためだけに法案を通した?
(それじゃあ、目的はただの政治だ!)

なんだか、そんな気さえしてきてしまう。。。


もちろん、これは日本だけのことではない。
アメリカだって同様だ。(たしかに、日本よりは包装は少ないんだけど)


私の周囲の人たち・・とくにアパート住まいの人たちは、レジ袋がもらえなくなったため、ゴミ出しのためのビニール袋をわざわざ購入するようになったくらいだ。

これじゃあ、各家庭の経済を悪化させるだけ?

ちーっとも海洋汚染防止に役立ってるとは思えないのだが・・。



まあ、昔から日本の過剰包装は世界でも有名らしく、叩かれてはいる。
    ↓
How Much Wrapping Is Too Much Wrapping

この画像だけをみても、お寿司1つ1つにプラスチックパックしてあったり、バナナ1本にまで(笑)

外国人から見れば、グレージーとして思えないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は先日、日本から本を送ってもらった。

日本の本屋さんから直送してもらったのだけど、開けてびっくり。

ダンボールを使った梱包で、中を開けると、本はプラスチックフォルムで美しくラッピングされていて(ぴたっと吸い付くように、しかも乱れがまったくないラッピング)

そのうえ、動かないように真ん中に止めてあった。

な、なんて美しいんだ!

まさに真綿に包んだような美しさ、
これぞ、まさに、新品という香りが立ち込めているかのよう・・。

すごく感動してしまったのだ(笑)

いやいや、こんなこと、日本にいれば当たり前のことなのかもしれない。



しかし、こちらでは、本屋さんに本を注文すると、

どこにでもあるような茶封筒に、ぽーんと本と領収書1枚を入れて送ってくるだけなのだ。

なので、こうなることだって大いにありえる。
    ↓
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でも送る方も、受け取る方もお構いなし!


これが、かなり立派な有名ところの本屋さんであっても同様なのだよ。

こちらはBarnes and Nobleという有名な本屋さん、なかにはおしゃれなカフェまであるんだけど。

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どっちが良いのだろうか?

たしかに日本から受け取った方が、新品の香りがするし美しいし、そりゃもう感動もので、個人的には嬉しい!

でも、多量のゴミが出るのは確かだ。


昔のおじいちゃんなら、何もかも捨てずに置いてあとで利用すればいいのだ!と言うだろうけど(笑)
いまどき、モノを捨てなければ家の中が飛んでもないことになってしまう。


そうなのだ!
 「使い捨て」というコンセプトでビジネスが回り、我々の生活もすべてが回ってしまっている時代なのだから。




環境汚染を止めて自然を取り戻す? そのための世直しをする?


そりゃあ、出来ることなら私だって「正しい進化」の世界に戻したいとは思う。


こちらでも紹介した映画、「美しき緑の星」のような進化した世界へ。 進化した世界のモデルの1つとして。
    ↓
日本の常識・地球の常識・銀河系の常識



でも、そんなことが無理なのは知っている。

いくら、お買い物のプラスチックバック(レジ袋)を廃止したところで、なんにもならないように。




もしも現状で、熱い政治家さんが出現したとして、彼が強硬手段を取ったとして・・
全梱包用品の業者が丸つぶれになるし、あちこちに波紋としわ寄せが行き、経済上の問題も大きくなるだけだろう。

それよりなにより「便利」「清潔」「低価格」を重んじる、多くの国民感情が許さないだろう。


時代はそのように作られてしまっていて、今では、誰もがその路線を走っていくしかないというのが現状。


それを、

もしも、もしも変えられるとしたら、一人ひとりの意識を変えていくことしかないだろう。



そして、

意識が変わった人たちが、人々のためになるものを提供することからはじめる。


ほとんど儲けにはならないようなことでも信念を持って、実際に行動している人たちもいる。


完全無農薬の果物を育ててる人たち。

いまだに、昔ながらのおせんべい(全くの無添加)を焼いてる職人さん。

皮をなめすところから初めて、ハンドメイドのバックを作る職人さん。

現代医学と逆行したスタンスで治療するドクターたち。

親身になって接するカウンセラーたち。



まだまだ、いろいろな分野にいることだろう。


それが、どんだけ労力を使ってコストパフォーマンスが悪かろうが、彼らはお構いなしなのだ。


人は「本物」に触れれば、必ず、心を動かされる。
「商品」ではない「本物」には、1つ1つに愛が込められているから。



そういった人たちの作りだす物(または無形のサービスやアートであっても)、受け取った人の心に必ず染みわたる。

ひょっとしたら、そんな小さなことから始めた方が、多くの人々の心に浸透していくのではないだろうか?


少しずつ、少しずつではあるけど、浸透していき、多くの人の意識が変わっていく。

何が本当に必要なものなのか。

何が本当に大事なものなのか。

なぜ自然を守らなければならないのか。



いつか、みんなが心から理解するようになるだろう。


いくら声高に、自然を守ろう! 戦争をなくそう! なんて言ったところで、なかなか人の心や魂までは届かない。

愛あるものに触れたことのない人たちには無理!(笑)



それでも、

こんな世の中ではあっても、こういったこと教えてくれる人たち、素晴らしいものを生み出してくれる人たちがいる限り、

まだまだ、可能性に満ちていると思うのだ。


そして、

やっぱり私は、この世に生まれて幸せだなあと思う。

それでも猫は出かけていく

日本から送って頂いた本
       ↓
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この作者、ハルノ宵子さんは漫画家でエッセイスト
お父様は思想家で詩人の吉本隆明さん

吉本家で両親の看病をしながら、ご自身も癌の手術という状況になりながら

病気の猫&野良猫たちを抱えた奮闘記

それがさらりと書かれていて、

主役は猫たちでありながら、


読み進めるうちに、

ネコもイヌも人間も何もかも含めた「生物すべてへのリスペクトに溢れた」本なんだ~と気がついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読んでいくうちに、

私は自分の過去に関わった猫たちのことを思い出してしまい、どうにも先に進まなくなってしまった。


そこで、まずは、私の個人的なネコ話を書かせて頂こうと思う。
少しばかりお付き合いを。



私は20年近く、中野・高円寺付近に住んでいた。

中でも高円寺南のマンションには一番長く住んだ。

当時の私は猫2匹を飼っていて、同じマンションの住民たちも犬やらネコやらを飼ってる人ばかり。


そう、ペットだらけのマンション!


とはいうものの「ペット可」マンションではなかったはず。



マンションと呼ばれてたけど、通りから1本入った2階建で、
Villa Belbedere (ベルベデーレ宮殿かい?)というアルファベット表記の、御大層な名前がついた建物だ。


どこの家の入口も緑多い中庭に面していて裏には、これまた緑あふれる遊歩道があった。

アパートの管理人が常駐してるわけでもないし、ペット飼いにはおあつらえ向きのマンションだったかもしれない。

こっそり飼っちゃえ!  そんな奴らばかりが偶然集まってしまったのだろう。



うちの隣には、一人暮らしの若い男が住んでいて、彼は、般若顔の若いハスキー犬を飼っていた。

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動物のお医者さんのコミック本より


顔が合えば挨拶しよく世間話もした。



「せっかく買った爪とぎを使ってくれずに、柱でばっかり爪とぎしてしちゃうだよね~。

柱ボロボロだし~、オタクは犬だからいいですね~。」



「いやいや、とんでもない! ウチは壁にぼこっと穴をあけられまして・・先日壁塗りの修復したばっかりなんですよ~。

なんせ、ウチの、腕っぷしが強いもんで~。」



「は? 壁にぼこっですか~! 
お互いに苦労はあるもんですね~。」


「はいはい、なんだったら、柱の修復材も持ってるんで、お貸ししましょうか。」


「それはありがたい!」



住民たちは、こういった近所付き合いをしていた。




ある日、そこのマンションに若夫婦が引っ越してきた。

「妻は妊娠中なんです。 こんな動物だらけのマンションには住めません!」と夫が苦情を申し立てたという。

動物キライな人からみれば、もっともなことだ。 

ましてやそこは「ペット不可」のマンションなのだから!


しかし管理会社は、違法住人たちに退去命令を出すことも勧告することさえもしなかった。

気の毒なことに、その若夫婦は2か月ほどで出ていくことになってしまった。


みんなで法を破れば怖くないどころか・・そっちが通っちまう?

世の中そんなものなんか。 そうらしい。。。


外を歩けば、

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https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E7%8C%AB+%E3%81%88%E3%81%95+%E7%9C%8B%E6%9D%BF/

こんなポスターを多くみかけたものだけど、


このマンションでは、

野良猫たちがいくら中庭を闊歩しようが住人が餌をやろうが、誰もクレームしない。

私のうちにも野良猫たちが通ってきていた。


ネコたちは、実にさまざまだった。


すごくフレンドリーで平気で家の中に侵入してくるヤツ、家猫たちを威嚇してまで家の中でボスに君臨しようとするヤツとか、絶対家には入らないヤツ、猫も人間も大嫌いで犬だけが好きなヤツ、世の中のすべてを怖がるヤツ、一匹の猫しか愛さないヤツ、いつもぼーっとしてるだけでさっぱりわからないヤツとか・・



野良猫たちもさまざまだったけど、マンションの住民もまたさまざまだった。

みんな、ペット好きだったのだろうけど・・


マルチーズに服をしょっちゅう着せ替えてるおばさん、(リカちゃん人形の代わり?)

いつもバンダナを巻いた柴犬と同居してる老年男。

シベリアンハスキーと同居してる若いサラリーマン(前述の人)

血統書付きのネコばかり5匹飼っている水商売の女



人もまた、それぞれだ。


ある日、

「血統書付きのネコばかり飼っている水商売の女」が、先住ネコのヒマラヤン♀を家から追い出してしまった。


「ぜんぜん懐かないしいつもビクビクしてるし、後から来たネコたちが嫌ってるから」というのが理由だった。

「あの子は外飼いにした方が幸せなのよ。 でも可哀そうだと思って家の前にゴハンはあげてるのよ。」
と、この女は言っていた。



気の毒に・・追い出されてしまったヒマラヤン♀は、ボロボロ状態で2階の女の子に発見された。

このネコは元チャンピオンキャットだったという話で、今まで家の外に一度も出たことがなかったことだろう。
サバイバル方法なんて知ってるわけもないのだ。

そりゃあ、外に追い出されれば、すぐにボロボロになるはずだ~!



このネコは、追い出されたからずっと敷地内の物陰に潜んでいたとみえる。


この2階に住む女の子、名前はワクイちゃん。

彼女は学生で、ネコは飼っていないが、超・ネコ好き。

いつも野良猫たちのためにネコ缶を用意してるような子だった。


ワクイちゃんが持ち出したネコ缶をみるなり、ヒマラヤン♀は、涎がダーダーと止まらなくなったという。

「何日も食べてなかったんだ! 絶対!餌なんてあげてないよ!」と彼女は言っていた。



それから、ヒマラヤン♀が来るたびに、彼女は毎日ドアの外でネコ缶をあげていた。

しかし、ネコはいつも怯えていたという。

「でもねえ、ぶっちゃんは、いつも怯えてるんだよ。
そっと触れようとしただけでも、声も上げずにブルブル震えだすんだもん。 触ることもできないんだよ。
いったい、何があったんだろうね?」
と、彼女は言っていた。

ぶっちゃん?・・・どうやら、ワクイちゃんは、ヒマラヤン♀に、ぶっちゃんという名前をつけちゃったらしい。



それから、数日たって

学校から帰ってきたワクイちゃんは、自分の家のドアの外に1匹の生まれたての子猫を発見する。


「ひええ! なんだこりゃ! 
誰かがうちの前に子猫を捨てたのかな?」



犯人はすぐにわかった!


あの、ヒマラヤン♀、いや、ぶっちゃんだった。

別の一匹の子猫を加えて、えっちらおっちらと、階段を登っている。


そして、またも彼女の家のドアの外に子猫を置くと・・


またも、もう一匹を咥えて運んだ。


合計3匹・・まだ目も開いてないない子猫が3匹


「これ、どーゆうこと? ぶっちゃんは、私に育てて欲しいってこと?」



「おそらくね~。

お嬢様育ちのぶっちゃんは、いきなり外に追い出されてしまって、どっかの野良♂にレイプされてしまった。

で、出来ちゃったものの、子育てなんてしたことないし、おまけに、ちょっと精神的ストレスで母性本能も壊れちゃってる。

どうしたらいいのかわからない!! そんでも、なんとか子猫を助けなきゃ~!と思って、

あ、そうだ~!2階のおねえさん! 私にご飯くれるいい人、こうなったら彼女にお願いするっきゃない!と

そんで3匹の子猫をせっせと運んだ。

なんとか、この子たちを助けてください!・・・そうゆうことなんじゃない?」




「一方的に思いを込められても・・私だって、目も明いてない子猫を育てたことはないんだけどな~。

学校もあるし~。」



と、彼女はぶつぶつ言いながらも、結局3匹の子育てをはじめた。



1か月半が経過しただろうか・・子猫たちはかわいい盛りになり、

その頃になると、ようやくぶっちゃんも、彼女と私に、すこーしずつ心を開くようになってきた。

優しく子猫たちを見守り、穏やかな表情を見せるようになった。

落ち着きを取り戻してきた頃のぶっちゃん
    ↓
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その矢先だった。
突然ぶっちゃんが消えた。

3日たっても姿を見せない。

こんなことはありえないのだ!


臆病なぶっちゃんは、マンションの中庭から外へは絶対出ないネコだ。

交通事故ということも考えにくい。



情報通の「リカちゃん・マルチーズおばさん」に聞いたところ、

「なんでも、保健所かなんかが来て、あのヒマラヤンを捕まえて連れてったみたいよ。」

そんな馬鹿な~。

他にも野良猫はいるのに、あの子だけを連れてくってヘンじゃないか!


「私もよく知らないけどね~、誰かがわざわざ通報してあのヒマラヤンを連れて行ってくれ!って言ったらしいわよ。」


ワクイちゃんが、すぐに保健所に問い合わせたところ、
該当するネコはいないという。。。

そのままぶっちゃんは消えてしまった。


私たちは、ものすごく悔んだ。



このマンションの中庭に、いつもいるぶっちゃんが目障りだった人がいたということだ。

私たちが、ぶっちゃんや子供たちの面倒を見ていることも目障りだったのかもしれない。


しかし、ぶっちゃんの3匹の子猫たちは、それぞれ里親がみつかり無事引き取られていった。

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白と黒の子猫は、兄弟共に引き取られ、残りの白黒ネコは私が引き取った。

メグとなずけたこの猫は、その後、私と共に都内で何度か引っ越しをした後、ニューヨークに渡り、さらにロサンゼルスに渡り、18歳まで生きた。

ぶっちゃんが生きられなかった分まで生きたんだろうか?
ぶっちゃんの分まで幸せだったんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、同時期・・「ぴよぴよ」という野良猫がいた。


白と黒のブチの♀で、絶対に家の中には入ってこない臆病ものだった。
表情に乏しく、まったく声を聞いたこともない。


それでも腹がへれば、ベランダ側からやってきて、無言で何時間でも待ち続けている。

ピヨピヨ
  ↓
piyopiyo.jpg


しかも、前足をきちっとそろえて、じーーと不動の姿でいつまでも待っている・・そんなネコだった。


ある日、仕事から帰ってくると、ベランダに、また、そのネコが待っていた。

「いったいいつから待ってたん? 
お腹すいちゃったんだね~。 でも、家の中には入りたくないんだね・・はいはい! わかってますよ~。」


と、私が勝手にベラベラと話しかけてると・・

このネコが、私を見上げて、はじめて反応したのだ。 


微かに・・何か言ってる。

耳を澄ませると、すごく微かな声で、ぴよぴよぴよ・・と聞こえた。

命名: ピヨピヨ

それから、このネコをピヨピヨと呼ぶようになった。



さらに何か月か過ぎて・・

朝、出勤しようとドアを開けると、なんと・・そこにピヨピヨが座っていた。


な、なんで・・きょうはべレンダじゃなくって、玄関?
玄関で待ってるなんて、初めてのことだ!



しばらく見かけなかったピヨピヨは、ものすごく汚れて痩せこけていた。

さらに、何匹かハエがたかっている。。。



「ピヨピヨ! な、なんだって、こんなになっちまったんだ?
困ったなあ~。 すぐに出勤しなきゃならないんだよ~。 
きょうは大事なミーティングがあって構ってられないんだ!」



そう言いながら家に飛び込んで、水とエサを用意して、また飛び出すと、

そこにはもう、ピヨピヨの姿はなかった。


ん? なんで?

なんとなく後ろ髪を引かれる思いだった。 だけど、私は、そのまま出勤した。
当時の私は、ワークホーリックで何よりも仕事が大事というヤツだったのだ。


道々考えた。

ガリガリに痩せこけて汚くなって、おまけにハエがたかってた。

ひょっとして、あれは、死期を悟って最後に挨拶のつもりだったんじゃないだろうか?

それに・・いつものようにベランダのところにいなかったのは、ジャンプしてベランダに上がる体力さえ残ってなかったからだ!


そんなことを、私は後で気がついたのだ。


私は、大バカ者だ!
私は、なんで、あんな冷たいこと言っちゃったんだろう?

少しの間一緒にいてあげて、今までありがとう! 楽しかったよ!と、優しく撫ぜてあげればよかったんだ。

ゴハンが欲しかったんじゃない! ピヨピヨには食べる気力も体力も残ってなかったはずなのに。

私は、私は・・大バカだ~!

このとき、ひどく自分を責めた。 でも、すべては後の祭りなのだ。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、昔話をしてしたせいか、胸のつかえがちょっとばかし取れた気分。

本題に移ろう。



この本は前述したとおり、
吉本家で、「ハルノ宵子さんの病気ネコばかりを抱えた奮闘記」というべきもの。

それも、ほとんどが野良ネコの話なのだ。 家ネコですら元野良猫だったものばかりなんだから。



どんだけ、ハルノ宵子さんがネコへかける愛情が深いのか!

しかし、彼女の愛情は「ネコが大好き@、野良猫たちが可哀そう」という感情だけではないということに気づく。


世にネコ好きも多いことだろう。

「ネコが好き!」「野良猫が可哀そう!」という感情だけで、行動してしまう人の多いことか。(←私もその一人だった)


まず驚いたのは、ネコの病気に対する知識だった。

FeLVのキャリアの猫は発病してくると首のリンパのあたりを触るとわかるとか、ネコ砂の粘着具合で尿の状態がわかるとか・・
さらに獣医師の力量まで見極めている。


野良猫が姿を見せなくなったときは探し出し、死んでいる場合、どのようになくなったのか実地検分したり、推理・検証までしてしまう。 

好きという感情だけのネコ好きだったら、惨たらしい死体なぞ見たくもないだろうし、おそらく目を背けてしまうことだろう。


しかし、どのような状況でどのようにして亡くなっていったか、それを知ることで、その猫の人生を共有してあげたことのように思えるのだ。

それが哀悼ということではないのだろうか。


辛い、惨たらしい、可哀そうすぎると、目を背けてしまうのは私たち人間側の感情に過ぎない。
好き、かわいい!というのと、同じ感情でしかないように思える。


「好き」と「愛情」の違いは、そこにあるのだろう。


愛情があるからこそ、よく観察し病気への知識も豊富になり、鋭い直観も働くようになり、咄嗟の判断力もできるようになる。

それはまた、★それぞれのネコの生き方を重んじるということになる。

個々の猫の生き方を重んじているのだ。

アメリカでも迷いネコや弱った猫をみつけた場合、

「レスキューセンターに連絡して保護、病院で治療して、里親探しをして家の中で飼う」というのがセオリー通りなのだけど・・

それがすべての猫に当てはまるわけではないということだ。


外生まれ外育ちの野良猫の中には、どうしても家猫にはなれないネコもいる。

家に閉じ込められただけでストレスになったり・・

病院に連れていかれるということは、「宇宙人に誘拐されて体中をいじくりまわされる」ような恐怖とショックになる子もいるだろう。
(と、文中にも書かれていたが)

ビビりネコのくせに芯が強いというネコもいるし、

病院に連れていかれただけで、かえって命を縮めてしまうこともあるだろう。

まさに、個々の猫によって違う。


生きるということは、ただ命を長らえればいいということではないはず。


彼女は、それぞれの猫たちの生き方を感じ取り、個々に尊重している、ということだ。


私は、渡米してからアメリカ人たちに、よく聞かされた言葉がある。

「愛とはリスペクトすること」 「愛とリスペクト」


多くのアメリカ人がそう言う。

リスペクト : respect

日本語にすれば、「尊敬する」とか「尊重する」ということになるんだけど、なかなか、それを愛とセットにしている人は少ないのかもしれない。


好きだからこそ、相手の生き方を尊重する

それは自己中の感情から離れ、相手の生き方を感じ取り、時にはサポートし、時には黙って見守る

そういった、客観性、理性的なことさえも含まれている気がする。


だから、辛い結末になったとして、それがどんなに悲しかったとしても、後悔することはないし、また立ち上がれる。

つくづく、そんなことを感じた。



そして猫たちのサイドから見れば・・

彼らは、どんなときでも、今一番したいことに全力を傾ける。

病に侵されていても、今、一番行きたい場所に這ってでも行こうとする。

今、一番会いたい人に会おうとする。


なんて、清々しい生き方なんだろう。


そんなことを感じさせてくれる本だった。

「森羅万象は気で出来ている」という波動医療

つい最近、ミニレヨネックスなるものを購入して、なかなかご機嫌な私です。

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小さな手のひらサイズのもので、電磁波防止のために入手しました。

毎日仕事でもプライベートでも、パソコンとスマホと共に生活してるようなものだし、生活空間すべてが電磁波に囲まれてるわけですからね~。


私の場合は目の疲れがひどくて、目からくる肩こり、頭痛になることが多いです。



おそらく現代の私たちの生活の中では、スマホを常に持ち歩いていて、スマホを見てる時間も一番長いことを考えると、
スマホが一番の原因かもしれません。


こちらでは、今、スマホを買い替えるときには、SAR値をチェックしてから購入するという人も増えてるくらい。

SAR値(specific Absorption Rate)= 比吸収率のことで、

こちらをご参考に
   ↓
「SAR値」って何?!



また、電磁波が脳腫瘍や癌、自閉症などの病気を引き起こすともいわれていて、現にカリフォルニア州では、こんな指針も発表されてます。

アメリカで話題"スマホと脳腫瘍"の関係性 カリフォルニア州は指針を発表


しかし、日本の総務省のページなどを覗いてみると、

電波の人体に対する影響 総務省

熱作用については、前述“5.安全のための基準”で説明しましたように、電波防護指針により守られていますので、熱作用により健康に悪影響が生じることはありませんし、がんやその他の健康に対して悪影響を及ぼすとの根拠は見つかっていません。



と、書かれていたりするので、

電波防護指針により守られているんだし、病気になるような根拠がみつかってないんだから大丈夫!と思う人たちも多いのかもしれません。


でも、私は・・

絶対やばいだろ! なんとかしろよ!と、前々から体に言われていて・・こりゃあ、なんとかしなきゃ!と思った次第です。


おまけに私のスマホ、充電口がダメになってきたらしくって、充電がスムーズにいかなくなってしまったため、ワイアレス充電器に変えたのだ!

こんなヤツ
 ↓
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たしかに、充電はラクだし、便利なんだけど・・

これって、電磁波ダダ漏れ状態だろ!と(笑)


そんなわけで、ミニレヨネックスなるものを購入したわけです。



ドイツでは、波動医学という分野も多く研究されているようで、レヨネックス社はそのひとつ。

パウル・シュミットさんという方が、量子論、ダウジング、東洋医学の三つからヒントを得て、バイオレゾナンス理論を確立したそうです。



syumit.jpg

ミニレヨネックスは、そこの商品です。
レヨネックス社のサイト




ここの記事にもあったんですが、

西洋医療と東洋医療 341243 ドイツ人パウル・シュミットによるバイオレゾナンス・メソッド

驚異の治癒率85%~ドイツ波動医学の挑戦 るいネットより


すべては振動でありその影響である。現実にはなんの物質も存在しない。すべてのものは、振動で構成されている。

というのは、私にとってはすごくしっくりくる言葉です。



少し前にも、こちらの中で、
見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

天体ですら、それぞれの音(周波数)を出しているし、私たちの体、それぞれの臓器も固有の周波数を持っているなんてことに気づき、


ずーーと前から、周波数(音)とDNAは深く関係してるのかもなあ~ということが気になってました。
  ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽


そんなことを考えていくと、

「あらゆる病気は、波動エネルギーの滞りや乱れが原因です。私は医者ですが、私にできるのは、その滞りを解消することだけです。実際、それだけで患者さんの85%は治っています。」
ドイツの波動療法家のエルマー・ウルリッヒ氏より


ああ、そうだろうなあ!と自分なりに納得できたわけです。



もうひとつ、最近、イメディスというものがあることも、教えてもらいました。

こちらは、ロシアで研究されたものだそうですが、今、日本にもイメディス・ジャパンというものが、あったんですね~。


これも考え方の原点は同じです。


イメディスというのは、ロシアのイメディス社(IMEDIS) が開発した医療システムの総称で
量子物理学に基づいた共鳴療法、ホメオパシー療法、漢方治療、西洋医学等を総合的に組み合わせた医療システム




波動共鳴機器を使って、その症状を作っている原因は何か?がかなり細かいところまで、特定できるようです。


フツウの病院にいくと、いまだに「抑えたり」「治すため」に治療が多く、薬を処方されるものの、
原因を追求してくれることはほとんどなかったり・・

私は30代初めに子宮筋腫になって手術したことがあったんだけど、先生に原因は何でしょうか?と聞いたら、

「さあ、原因なんてないことが多いですよ、まあ、子宮筋腫なんて最近よくあることですよ~」と言われ・・

え? 原因がなくて病気になるんかいな!と(笑)

高齢者ならば、年のせいで仕方ないですよ~と言われちゃったりするんでしょうね~。



でも病気になるのは、必ず日常生活の中で原因はあると思うんですよね。

原因もわからないくせに、症状だけ抑えるとか、悪いとこは切っちゃえ!とか・・どうも、すっきり出来ない部分がありました。
実際、私の子宮筋腫は大きいし数も多いんで子宮ごと取っちゃいましょうと言われて・・なんか違うんじゃね?って気がして、3件も病院を変えた結果、筋腫部分だけを切り取ってもらいましたが。


原因のすべてが解明できるようになったのは、すごいことだと思います。 マジで!


しかも、物理的原因だけではなく、精神的要因となるもの、

自分で持っているネガティブ要因やら、おそらく人から受ける怨念(生霊?)なんてことまで、究明できるようです。



病院にいっても解明できない霊障で悩んでるときは、ぜんぜん知らない霊媒師さんや神主さんに半信半疑でお願いするよりも、イメディスの方がいいかもと、思ったりする私(笑)

残念ながらアメリカにはなさそうだなあ。



そして、ミニレヨネックスにしても、イメディスにしても・・・

ロシアの科学者たちは、今までオカルト分野とされてきたようなことまで、今では総合的に研究する体制が作られていること。(レヨネックスはドイツだけどね~)


ジャンルは違うけど、ロシアの科学者によって、こんなことまでプレリリースされたようですよ。
   ↓
【歴史的偉業】ロシアの科学者が「錬金術」の実在を証明! 核廃棄物も黄金に変える“元素変換”のメソッドとは!?

spookey.jpg


錬金術はありえない! 不可能!と言われ続け、そんなものを研究する人たちはバカ扱いされて、学会では相手にもされなかったと聞いてたのに~。

たぶん、日本で研究する人jはいなかったと思いますよ~。
やる気満々でも、研究資金を出してもらえないとか、研究をつぶされるとかして~。



そういえば、DNAの研究家で周波数でDNAの修復を発表した、レオナルド・ホロビッツ博士もロシアの科学者でしたもんね。



老子のタオイズムだとか、「森羅万象は気でできている」 病気は「気の流れが滞ったとき」というのが、東洋の伝統的考え方だったはずなのに、

今では、こういった考え方は、むしろ、ロシア・ドイツの方が進んで研究されてるような気がします。


日本では、東洋占星術の占い師さんでさえ、「病気になったら医者に行って薬うのが一番」って思ってる人もいて~、
ホリスティック医療の話をしただけで、鼻で笑われちゃったこともあるくらいだから。


当然、日本のお医者さんでさえ、波動医療なんてものはトンデモないニセ医学だ!と断言されてる方もいるようです。

アメリカにもイメディスは入ってないようだし、ミニ・レヨネックスは、
Integrated Veterinary technology LLC.というところが、代理店になってました。

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http://www.rayonex.us/#modal_close

いやあ、Veterinaryって獣医さんじゃないですか~?

ペットの病気治療に波動治療を用いるということが最初だったようです。
いきなり人間用にするには、アメリカでは政治的?圧力がかかったのかビジネスには出来なかったのか・・そこらへんは不明です。


さて、ミニレヨネックス、効果のほどは、まだはっきりわかりません。

持った瞬間に効果が表れるものでもないのだろうし、
ミニだけあって、ちとばかしヘナチョコなのかもしれません。

ただ一度、眠りに落ちる習慣に、心地よい音を聞いた気がします。

ああ、この音が私の体内に吸収されてるんだなあ~と。

のろまなカメさんで、ウサギさんのシュワワワ~という足にはかなわないけど、

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それでも、静かに地道に働き続けてくれてる気がします。



結局のところ、波動や周波数というものも・・

目に見えるものだけを信じるか見えない存在も信じるか・・ということに尽きると思います。


また、目に見えない存在を上手に利用して騙して売るというビジネスだって存在することも確かです。


私が信じるものは、最終的には、自分の直感だけ。

こっちだよ~と、いつも、もう一人の私に教えてもらってる気がします。



熱が出たとき 熱を下げる?上げる?

前回の本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日から、ちょっと続きを。


風邪を引いたとき、どうする?


それが、各国によってそれぞれ違うのが面白い~。
    ↓
熱が出たら水風呂に入れ!?海外の驚き「風邪の対処法」 Never まとめより


昔の日本では、


●安静にして暖かくして寝てること

●熱が出たら水枕などで頭を冷やす

●首にネギを巻く(←臭くって・・寝てられないだろうが。。)

●お粥 

●お風呂はダメ

●玉子酒を飲む

   ↓
tamagozake_tamagozake.jpg
http://chabuu.sblo.jp/article/26049490.html


これ、ブランデーかラム酒で作れば、エッグ・ノックだね~♪ (←私は結構好き!)

【風邪の妙薬】玉子酒の効用・いろいろレシピまとめ【卵酒】より参照




現在では


風邪がちょっと酷くなるとお医者さんに行く

●数種類の薬が処方される



これが日本の習慣&常識のようになっている。



ところが、一方で風邪を引いたくらいでいちいち医者に行かない!という国も多い。

行ったところで、風邪ならばドクターも処方箋を出さない国もある。 肺炎になればまた別だけど・・。

そういったこともあって、

彼らは、それぞれのホームレメディーに頼ることも多いようだ。



アメリカでは、風邪を引くとホットコーラを飲む人もいる。(そこに、レモンを絞ったりハチミツを加えたりする場合もある)
私も医者にコーラを進められたこともあるし(笑)

ロシアはウォッカだったり、メキシコじゃテキーラだったり(笑)

酒好きにはたまらないだろう。  結構・・風邪引くのが楽しみになったりして~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回、はじめて本格的な風邪をひいて「野口 晴哉さん流」を試したのだけど・・

その1つに、

熱が出てきたら、無理やり頭を冷やしたりしない。
(もちろん解熱剤もダメ~!)

逆に後頭部&首の周りを温めて、熱をあげるようにする。




というのがあるんだけど・・これは私にとっては、とてもよかったように思う。

そのおかげで、早く治ったと思う。


ただ・・・

多くの日本人の常識は、

いまだに「熱が出たらすぐに冷やす」のではないだろうか?

または、解熱剤を使う。



「無理やり熱に対抗して冷やす」方法をとる。



こちらの小児科医の先生も、「熱が出たら冷やす」方法を進めている
      ↓
https://select.mamastar.jp/214683

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私は自分自身の体感から、また、今までで一番早く治癒してしまったという経験からも・・

「熱が上がっていくに任せる、それを妨げない、むしろ応援する」ことがベスト、と確信できたのだけど・・


それを医学的に証明したような論文?などはあるんだろうか?

ふと、そんなことを思い、さんざん探したのだけど・・なかなかみつからない。

やっと・・みつけたのは、In Deepさんのサイトだった。
(しかも、すでに翻訳してくれてるサイトだし・・
     ↓  
熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明

この文中にも、あったけど、

「感染症を治癒するための体内のメカニズムは体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」



こちらも文中からの引用
   ↓
シュタイナーさんもまた、こんなことを言ってたんですね~・

生体はその損傷に反抗し、防御力を用います。この反抗が通常、熱なのです。

熱は、人間のなかの治癒力の呼び声なのです。熱は病気ではありません。

損傷を直すために、人間が自分の生体全体から力を呼び集めているのです。

病気において、熱は最も慈善的で、最も治療的です。

損傷を受けた個々の部分は、みずから治癒できず、他の側から力を得なくてはなりません。それが熱として表現されるのです。





さらに、ヒポクラテスさんまで。
    ↓
「患者に発熱するチャンスを与えよ。そうすればどんな病気でも治してみせる」


こーんな紀元前のヒポクラテスさんから、シュタイナーさん、我が国では野口先生も、同じことを言ってたのに・・・

そして、すでに、「体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」ということが証明されているのに。


なぜ、いまだにお医者さんでさえ、マ逆の方法をとることを進めるんだろう?

不思議だ~!


●一説には、高熱が出ればそれだけ体力を消耗するから。

(これは事実だけど・・みなさん、そんなにも体力が無いわけ?
生来からの虚弱体質とか、長患いでボロボロ状態になってるとかなら、わかるんだが・・)


こうやって赤ちゃんのときから、発熱すればすぐに冷やし、薬で無理やり熱を下げてもらってきた人たちが、虚弱体質に育ち・・
ますます病気をしやすくなり、ますます薬漬けになっていくという悪循環を作り出しているのかもしれないなあ。

なーんて思ったりする。



結局のところ、

小さな世界だけの「常識」に囚われず、

どの方法が正解か? それは自分で選ぶことだと思う。



おそらく・・何事においても!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<参考>
子供の風邪!ご家庭でできる予防法と対処法。薬を使わない、正しい知識で病気を治そう!


https://www.tbsradio.jp/215580



こちらは武田コンシューマーヘルスケアさんのWebpage
     ↓
かぜの熱 下げる? 下げない?

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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