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日本人の不思議な感覚(その2)

前回、私の子供の頃は、日本より欧米のものが好きだったって書いたのだけど・・

子供時代からずーーと30代も半ばになる頃まで・・・日本て住みにくい嫌な国だよなあ~って思ってました。


●日本人特有の「和」の精神ていうけどさあ、 それって空気読んで、みんなと同じことしろってことじゃん。

●伝統を守れ!とか「しきたり」っていうけどさあ・・それってアホの一つ覚えみたいに昔と同じことを続けろ!ってことじゃん。

●はっきりした感情表現をしないって・・どーゆう人たちよ!
まず、YESかNOをはっきり言ってみろよ!

まずまず・・こんな不平不満がいっぱいありました。


「あらあ、あなたってやっぱAB型性格そのまんまなのね~。 Bよりましだけど・・浮かないように注意しなよ~!」(笑)

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https://news.livedoor.com/article/detail/13615857/
おいおい! 話はそこかよ!
まあ、若い頃の友人たちからは、そんなふうに理解されてたフシはあります。。。


前回のガッツポーズの話じゃないけど・・

インタビューで、「本当にありがとうございます! 皆様のおかげです!」なんて謙虚に頭を下げてる人みると、
なんだか、嫌~な気がすることさえありました。

そのときは、偽善者って言葉さえ浮かんだものです。


でも、これって・・あながち間違ってなかったような気もします。

もちろん、心から謙虚な人だっているんだけど・・謙虚を装ってる人がいたのも確か。

謙虚な態度をしなければいけないって言われてるから意味もわからず、ただそうしてるだけの人とか、もっとズルく世間に受けをよくするためにそうしてるとか・・私には、そう感じられることもあり・・そこが嫌だったんですね~。


私も日本人の端くれとして・・子供の頃から、「仲良くすること」「みんなと和が大切」「謙虚であること」が美徳みたいなことは教えられてきています。
「品行方正」な、「いい人」になりましょう・・みたいなね(笑)


でも、美徳、良いとされることがあると、
それが架空のロールモデルになってしまって、それに当てはまってる限りは、安全で人からも叩かれないってことにも繋がる。


つまりは、人目ばかりを気にする人になっちゃったり、それを逆手にとって、上手に人々を騙すことに利用しちゃったりと・・。
そうゆう悪い面も出てしまうものかもしれませんね~。


謙虚で人に優しく見える人の方が、実は・・私が勝てばいいんだ! 負けたヤツが悪い! 他人のことなんか構うもんか!
と思ってる人だっているわけですからね~。
それでいて、物腰の穏やかさと謙虚さで人望を集めて利用するなーんてことも出来るわけだし~。

きっとロールモデルに囚われてしまった人には、そこの区別さえつかなくなってしまうのかもしれません。


そんな人になるくらいなら、たとえ悪者と言われようが、
私は人に勝つことが好き!と豪語して、勝ったときは思いっきりガッツポーズを決める人の方が、ずーーと気持ちいいと思ってました。


少なくとも私にとって、自分に正直な生き方&シンプルの方が、心地よかったので。


たしかに日本人は「仲良くすること」「みんなと和が大切」「謙虚であること」は教わってきたけど、それは型だけを教わってきただけって気もするんですよね~。

なんで?


なんで、嬉しいって感情を押し殺してまで無理にでも「謙虚」な態度をしなきゃならんの?と、聞くと、

「それは日本人だから。 日本人の美徳はそこにあるのよ。」
なーんて言われちゃえば、ますます意味わからん!

日本人てニガテ~となったもんです。


いやいや、感情を押し殺すことじゃないんだよ~。謙虚ってのはね・・と、今でこそ自分なりに、ようやく答えをみつけた気がしますが・・ぞれも、ずいぶん後になってからのこと。


型だけに囚われてしまえば根本を見失ってしまうというのもアリだよな~と思うわけです。


ましてや、競争社会が激化していく高度成長期、それ以降に育ってきた人々には、なかなか理解できないものだと思います。

子供には、そう教えてるけどね、大人になれば現実はね、本音と建て前は違うねん!・・ってことになってしまうのかもしれません。

ぞれじゃあ、教えたことにはならない。
やっぱ、型だけってことですね~(笑)

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https://www.jiji.com/jc/d4?p=swf024-jlp02030692&d=d4_oth

これは、昭和40年代、私の父の話です。


私が子供の頃、父親が母親に話していた「大人の話」を盗み聞きしたのだ。

それはこんな話だった。

私の父は、ある証券会社の支店長をしていた。

ある日のこと、全国支店長会議に出席した父。

その年はひどい不況で、どこの支店も軒並み赤字だったという。

ところが唯一父の支店と、ほんの数店だけは黒字を出した。

父は思い切って人員整理をしたのだという。
年功序列をよいことに高い給料を取り、ほとんど会社に貢献していないと思える社員から首切りした結果、それが黒字に繋がった。


会議のあと、父は重役に呼ばれた。

どこの支店も赤字の中、キミんとこはよく頑張ったな!と褒められると思いきや・・

「ま、黒字を出した努力は、よくやったと認めよう。
ただし、1つだけよく覚えておいて欲しい。
人を切るということは、その重みを背負うということ。
そして切ってしまった人は、もう二度と戻ってこないということも肝に銘じておいて欲しい」


この話は後々まで、母に語ってたくらいだから、よほど父の心の中にずしんと残ったのだろう。

母は、いつもお茶に煎餅かじりながら聞き流してたけど(笑)


私の父は昭和40年代、高度成長期とよばれる時代に現役だった人で、しかも、証券会社というところ、何が何でも数字を出さなきゃならんとこだったとか。 
その中で平社員から出世していった父も、競争社会の申し子だったのだろう。


その後、父はまた母に、こんなことを言っていた。

父: 「あのときは、会社のためにはそれが最良策だと思って解雇しただけどね~。」

母: 「あら、だって年ばかりとって会社にしがみついて成績も上がらないヤツばかり首切ったんだから、いいことじゃない!」

父: 「でもな、解雇するってのは目先だけの一番単純な方法なんだよ。
他にいくつも方法があったのかもしれないって気がついたんだ。
たとえば、やる気をなくしてる社員にだって、適材適所に配置することでやる気を起こさせることだってできたかもしれない。
そうすればすごい働きをしてくれて、売り上げが上がるってことだってあったかもしれないんだよ。

たとえ、その年は赤字を出したかもしれないけど・・来年は、2年後は、その数倍も売り上げに繋がったかもしれないだろう?
そうゆうことを重役は言いたかったのかもしれない。

おまえは、そこまで深く考えた結果として解雇を決めたのか?って言われたような気がする。」


母: 「ふーーん、だったら、今度はそーすれば~」 相変わらず、母はバリバリ🍘 煎餅を食べながら言っていた。

父: 「冗談じゃないよ。 そうそう、今度があってたまるもんか!」


こうやって、まだ父の若い頃には、真意を教えてくれる人がいたんでしょうね~。

たぶん、それが日本人の心だったような気がします。

私は、そのような・・ナスカの地上絵を地上にいながら上空から見れるような人が好きなんです・・・という話です(笑)

日本人の不思議な感覚(その1)

子供の頃の私は、海外のものばかりに夢中になってたなあ、と思い出す。
*海外のものといっても、当時日本に入ってきたのは、ほとんどが欧米のものだったけど。


映画も物語も、アクセサリーや小物に至るまで、どれもワクワクさせるものばかりだった。
逆に、日本のものって、なんで・・こんなにつまらんものばっかり、なんだろう?と、日本人に生まれたことを呪ってたくらいだ(笑)


母親から茶道や華道を教え込まれそうになって(母は茶道・華道の師範免状持ってた)逃げ回った記憶もある(笑)

じゃあ、あなたはどんな習い事だったらするの?と母に聞かれて・・
「乗馬、ライフル射撃、フェンシング!」(←西部劇ばっかり見てたから)と即座に答えて母を絶句させた記憶もある(笑)


中高生になってさえ、着物もキライだし、形ばかりに囚われた古臭い風習だとか、国民性だとか、年功序列だとかまで・・み~んなキライで、日本てなんてつまらない国なんだろう、とさえ思っていた。


それが、今では日本は凄い国だなあ!!と思うようになり、日本という国が好きになった。


日本の技巧技術、テクノロジーだったら、そんなに驚かないのだけど、考え方や精神性が・・とにかく異質だと思う。


その1: 日本は男尊女卑がない。

欧米はレディーファーストでおしゃれな国だな~と、子供の頃は思ってたもんだけど・・(笑)

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調べれば調べるほど、むしろ欧米の方がバリバリの男尊女卑だったんだなあ~ということがわかったのだ。
*日本が男尊女卑なんて言われるようになったのは・・・明治政府になって欧米のマネをするようになってからの風潮。


詳しくは、以前にこちらのブログにアップしてる。
    ↓
男尊女卑というジェンダー史




これは欧米に限らず、中国や韓国も同様。

中国の後宮では美女数千人を抱えていたというけど、これがまた男尊女卑というよりも、まるで「男の所有物扱い」というカンジだなのだ。

女の人格なんて認められてないんとちゃう?

こんな時代、こんな国に女に生まれたら最悪やん。。。

たとえば、纏足という悪しき風習があったことをご存じでだろうか?(小さいときから無理やり足を折り曲げて奇形にしちゃう・・怖ーい習慣)


纏足靴のサイズは9センチ~11センチくらいだとか。
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女は小さな足で、ヨチヨチと歩くのがいかにも弱々しくて、それが女らしいんだとか。(どうゆう美的センスしてんだよ?)
纏足してない女は嫁の貰い手がなかったとさえ言われてる。

ある説によれば、とくに貴族階級では女性を外に出られない状況を作るためだったとか。

そんなんで大災害が起こったら、どーなんよ。 走って逃げられないだろーが!(←女はまっさきに死ぬのが当然のごとく)

夫が病で死んじゃったらどーすんよ? 子供抱えて自力で働けないだろーが!(←まっさき自死することが女の鑑だったんだって。)


中国後宮には、そんな纏足美人が数千人もいたのか~。
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https://www.pinterest.co.uk/pin/478718635383792519/

こ~んな盛髪に重たい衣装で足が9センチ?って・・まったく、どうゆう美的センスしてるんだか?

女は美しく男を慰めるもの、または・・これはちょっと怖い話だけど・・いざとなったら殺して食べちゃうことさえあったらしいのだ。
「主君のために妻を殺して肉を提供した」な~んて話が、いくつも美談として残ってるくらいだもんなあ。

やっぱ、男以外「人」とは認められてなかったとしか思えない(笑)
笑うとこじゃないけど・・・笑っうしかないにゃ。



以前、「日本だって後宮があって、将軍所有物の女たちがいっぱいいたでしょうが!」
と、言われたことがある。

そう、大奥のことだ。

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https://ameblo.jp/nagabow/entry-10317026973.html


ところが、同じ後宮とはいえ、日本の場合はかなり違う。

中国の後宮では、女たちの世話役&管理は男がする。(男といっても宦官だけどね。)

日本の大奥では、唯一大奥に入れる男は将軍だけ・・でも、決して将軍の思い通りになる世界ではない(笑)
せいぜい将軍様が思い通りになるとしたら、「あの子が欲しいんだけど~」くらいなものだったとか。

女は子供を作る道具扱いされてた・・な~んて憤慨してた女性がいたけど、とーんでもない!
将軍様の方が種馬扱いなのだ。
もっとも、それがお好きな将軍だったらなら願ったりかなったり!(←家斉さん)
でも綱吉さんなぞは、子作りのプレッシャーかけられまくってノイローゼ気味になったとか。



で、大奥の話に戻すと・・

男は一切口出しできない世界。(←どんだけ将軍や老中たちが大奥勢力を潰そうと画策してきたことか・・その苦労がわかる)

そこの総取締はやはり女。
   ↓ こうゆう人、大奥総取締役ともなれば、かなりの権力者。
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たとえば、徳川吉宗さんが将軍になれたのは、大奥の強力なバックアップがあったからだし、
大奥に睨まれないように、将軍も老中も上手に立ち回らなきゃならなかったわけで、かなりの裏の政治力を持っていたのが大奥というところ。

もっとも、表向きは政治にはかかわらないことにはなっているのは確か。

女がに追いやられるようになったのは、武士社会に悪しき儒教が入ってきてからのことだ。

で、表向きは男に従いつつも(←儒教のたてまえ上)、裏の「お役目」は女性が握っていて、時には政治の動向さえ動かすことさえあった・・・ということを考えると、どうみたって男尊女卑とは言い難い。


ちなみに、私は孔子の論語は好きだけど儒教はキライ! その2つはまったくの別物だと思っている。

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『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか』

つまり・・いくら儒教が入ってきたとはいえ、日本には本来、男尊女卑という思想が根付かない土壌があったのではないだろうか。

一神教のキリスト教が根づかなかったように。
儒教原理主義が根づかなかったように。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その2: 日本人の価値観


どこの国や地域でも昔は戦の連続。 負けたら終わり勝ち続けなきゃならなかったのは、いずこも同じ。

それは現代でも、「競争社会」として受け継いできているのは、みなさんご存じのとおり。


スポーツはまさにそんな「競争社会」の縮小版かもしれない。

多くの戦に勝ち続け、ようやくトップに君臨できたとき、

うわあ!やったぜ! 
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ガッツポーズ!!
*ちなみにガッツポーズというのは日本語、英語には無い言葉なのでご注意を。

といきたいところだけど・・日本古来の習慣では、ガッツポーズをしない国。
ガッツポーズしちゃうのは、みっともないこと・・とされていたのだ。


たとえば相撲

相撲でガッツポーズをすると、せっかく勝ってもその時点で負けになったとか。(←今はどうなってるのか知らないけど)

そもそも相撲は神事、礼で始まり礼で終わるという。

ただ勝てばいいってもんじゃない。

相撲は、体や技の強さだけで勝つものではなく、心の強さ、つまり心技体が揃って勝つという考え方がベースにある。

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そういえば、朝青龍さんというモンゴル出身の横綱がいて、その人がガッツポーズしちゃったとかで、ずいぶん問題になったと聞いたことがある。


朝青龍さん、日本人じゃないし~、しかも、そこんとこ、よーく教えてあげてなかったのかもしれないし・・そりゃまあ、仕方ない!

こちらのブログにも書かれてたんだけど・・なんでガッツポーズしちゃ悪いんだよ!!という意見も多かったと思う。
  ↓
朝青龍のガッツポーズのこと


私も当時は同じように思ったものだ。

うっさいとこだよな~、相撲協会ってとこは!!
嬉しいんだからガッツポーズしたっていいだろーが!
て。 (←相撲協会の人、ごめんなさい)


たしかに・・・勝った人は、そりゃあ、人より猛烈な努力をしてきた結果だろうし勝てばめっちゃ嬉しい!

ガッツポーズは達成感の喜びを表す素直な感情表現だ。

それでも・・・ここが日本人の感覚が他国と違うところなんだけど・・ 
自分一人の力だけで勝ったわけじゃない、というのが底辺にある。


簡単に言っちゃうと・・多くの人たちの協力や応援があって結果として勝てたとか、天の神、自然の力が働いたとか、おそらく、そういった感覚。

勝利に酔いしれる最高の瞬間でさえ、無言の中で、そういったものを感じ取ってしまうのが日本人だったのかもしれない。

つまり、欧米風の「個人主義」とはまったく違う考え方が底辺にあったといえる。


自分とは『自』然の『分』身」・・個ではなく、あらゆるものから出来あがっている
自分はその1部であり、また全体でもある。


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そんな話、以前にこちらの記事にもアップしたっけ。⇒リベラルアーツ続きで・・佐治先生の本を紹介


となると・・「勝つということ」は、必ず負けた相手がいるということにも思いを馳せ、負けた相手を敬う精神
あらゆるものへの感謝が沸き起こってくるもの。


ガッツポーズは、実に素直な感情表現ではあるけど・・

ひょっとしてアンタの頭の中、ただの勝ち負けだけ? アンタって、そうゆう深いとこが、わかってないんと違う!・・・とみなされてしまうというわけだ。

で、ガッツポーズをすることは「品性」に反する(つまり、アホ?)とみなされたってのが日本人の感覚だったというわけ。


実際に昔の相撲観戦では、勝ち方負け方までにもこだわったという。

今の勝ち方はダメだよな~とか、あの負け方は見事だったよな~とか。


つまり、結果主義の勝ち負けだけではないのだ。



これは剣道も同様。 
礼で始まり礼で終わり心技体が一体となって強くならない限り、真の剣客にはなれないのだ。

以前にも剣道の話をアップしている。
剣豪・山田次郎吉という人

武士道と刀のスピリチュアル




こういった考え方は、武術の世界に限らずビジネスや一般社会にも浸透していたようだ。

たとえば商人たち。
大富豪になっても、俺様ってエライ!努力した結果だもんね~・・とはならない!

心の底には皆さまのおかげという気持ちがあるからこそ、負けた者や弱者にも温情を示す。


面白いことに、庶民のバクチ場でさえ、大勝ちした人は胴元にも参加者全員へも、かなりの「心付け」を置いてきたり、みんなにお酒を振る舞ったりしてたらしい。

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http://assetsjin.com/tousikirai-bakutisuki/


それが「粋」なことであり、相撲世界でいうところの「品性」とも同義語かもしれない。


こちらに面白い画像をみつけた。

職業がデザイナーさんで、心技体で技術を磨いて、将来行き着くところを図にしたものらしい。

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心・技・体をフレームワークにしてデザイナーのスキルを整理してみた


武道であってもビジネスであっても・・まずは心技体からはじまり、それを自ら発展させていき、最後には自己超越する。
ざっと・・3段階だね。

最終的には「自己超越する=すべてが一体化したところに到達する。(個人も他人も世界も神も自然も)」

なので・・

最終的な勝者となる者には、それが備わっていなければならない。
個人を超越したところに立っていなければならない。



なるほどね~。

ガッツポーズしちゃう人は、精神的にちーっとも成長してなくて、自分の単純バカさを曝け出してるようなもの・・・と受け取られたんだろうね。 だから、品性が無いと。


さてさて、まあ・・そんな分析してみたところであんまり意味はないのかも(笑)

昔の日本人はこういった感覚を、理屈で考えるよりも先に、生まれながらインプットされてたかのようで、理屈より先に感じとっていたような気がする。
それが以心伝心で伝わって、多くの人々の共通意識にさえなっていたように思えるのだ。


それが本来持っている日本人特有の意識、感性、考え方。


ところが、最近は日本人だけでなく、むしろ海外の人たちが多く持つようになってきたような気がする。

むしろ・・本家本元だった日本人の方が失いつつあるようにも思う。


しかも、古い日本人たちが上手に説明できなかった感覚を、彼らは実にうまく説明してくれるのだ。

それはフラクタル理論であったり、ワンネスという言葉であったり、自然科学や数学の分野からも説明してくれる。

こうやって海外の人たちは、日本人とは違う方向で、彼らの学びの中から悟っていったのかもしれない。


私はこの図をみて理解したのだが・・

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最終目標は、真ん中のアウェアネスに行きつくこと。

*アウェアネス(awareness)にぴったりする日本語が見つからないんだけど・・簡単に言えば「気づき」。 ただし、それは「道」の行きつく先にある「気づき」ということで、「悟り」という言葉に近いのかも。


相撲や剣道、華道、茶道、香道に至るものすべては、アウェアネスに行きつくための「道を究める」ものという考えだったのだ。


それがいまだに、日本では、このような「道を究める」ものが文化や習慣として残っているというのは凄いことだと思う。
たとえ、それが形骸化しちゃったものだったとしてもだ。

それだけ日本には、こういった感覚を持つ人が多くいたという証なのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

残念ながら、昨今の日本はこういった文化も習慣もどんどん薄れつつある。


今の日本では、自己責任なんて言葉があるんだって(笑)
こんな言葉、外国語にはない・・と思う。 少なくとも英語にはない。


川で溺れそうになってる人をみつけたら、まず、なんとか助けようとしないかい?

ところが、遊泳禁止の立て札のあるところで泳いでたんだから自己責任や!
と見捨てて行ってしまいそうなのが今の日本だとか。

面白い3コマ漫画があった。
   ↓
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https://togetter.com/li/1373118


うーーむ、なんだか、日本人の方が、こんな考え方になってきてるんかな?



私が初めてアメリカに来た頃、びっくりしたことがある。

アメリカの銀行に預金していたら、お金が減っていたのだ。

maintenance fee (日本語では口座維持手数料というらしい)という名目で10ドルだったか20ドルだったかを毎月引かれていたのだ。(預金したままで全然チェックしてなかった私がマヌケなんだけどね~)


銀行にもよるんだけど・・最低預金額が3000ドルとか4000ドルとか決まっていて、それより下回ってしまうと、毎月口座維持手数料をいうのが引かれていくのだ。

そんなん日本になかったからびーーくりだった。
ちゃんと説明書細かく読めばいいのに読んでなかったからね~。


ま、銀行経営から考えれば、よーくわかる。
高額預金者なら益になるけど低額預金者だったらむしろマイナスだ。
だったら、高額所得者には恩恵を与え、定額預金者からは逆に徴収する。

実に合理的に利潤を生みだす方法だ。


でも、これって・・なんかおかしくない?
講座維持手数料というのなら、高額預金者からだって引けばいじゃない?・・って思うのは私だけ?

合理的に銀行の利益は生み出すことは出来るだろうけど・・
これでは、ますます、お金持ちと貧乏人の格差は開いていくことになる。

社会全体のことは考えないんかな?

みーんな、表面的な目先のものしか見ないんだな~。
将来的に、そして国全体、世界全体から・・・もっと高い位置からは見ようとしないんだなあ~。



アメリカというのは、もともとは、そうゆう国だ。
たった1日でも支払いが遅れると、ペナルティーとしての支払いが請求される。
電気でもガスでも家賃でも・・なんでもかんでも。

私も、家賃の支払いが銀行事情で1日遅れただけで70ドル取られたことがある。
理由のいかんにかかわらず問答無用、1日遅れただけでも(たった1分でも翌日にカウントされた場合でも)引かれてしまうのだ。

 
ま、それがアメリカの在り様なんだし文化の違いでもあるので文句言う気はない。
こりゃ、私が悪いわけだし・・まさに自己責任だわ~!と思ったもんだ(笑)



ところが最近の日本のニュースをみたところ、日本でも銀行が「口座維持手数料」を徴収するようになるとかならないとか


うーーむ
日本もどんどんアメリカのようになっていくんだなあ、と思ったのだ。


そして、つくづく常識も風習も社会も、このようにして、その時々の人々の考え方や感性によって作られているんだなあ、と思った次第。


・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、どの考え方が良くてどれが悪いとか・・という話ではない。
人によって、それぞれなのだから。

自然の緑か山の紅葉か、真っ青な海・・どれに癒しを感じるかを議論するようなものだ。


それに、誰だって現実的な目先の問題に、まずは立ち向かわなけりゃならない。
これこそ、古今東西一緒!

競争社会に生きてきた以上、勝たなきゃ明日はない

こんなこと、当たり前過ぎるほどの当たり前のはなし。


だから多くの人たちは、今見える道をみつめてせっせと前進する。 それが、どんなに目先のことだけであろうが平面的であろうが・・。

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ところが、視点を変えれば・・この道はこんな道でもあるということをご存じだろうか?
   ↓
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これはナスカの地上絵を地上から人間目線で見たところと、はるか上空から見たところ。


ふと思うのだ。

昔の日本人て・・平面で見ると同時に、はるか上空からも見ることができたんじゃないだろうか?
見るというより、なーんとなく「感じ取ってしまっていた」ということかもしれない。

それは勝ち負けを決する勝負の中でさえ。


そしてまた、どんなに自分だけが恵まれた頂点に立てたとしても、

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それが決して幸せにはならないということを・・・感じ取っていたのかもしれない。
多くの不幸の上に成り立つ幸せなんて・・あり得ないということを。


・・・・・・・・・・・・・・・・

<<後記>>
以上、日本人の美点を中心に書いてしまったけど・・日本人て嫌だな~って思うこともあります。
それは明日にでも続編で。

緊急事態の中の心理

子供の頃から映画好きで(とくに洋画)、パニック映画もずいぶん観たと思う。

有名なものからB級ものまで・・・だいたいストーリーはお定まりのものが多い。

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なんらかの異常事態となる予兆があって、いち早く気がついたヒーロー(またはヒロイン)が、「これはやばいだろ! 早く人々を避難させろ!」というんだけど、お偉いさんは、なかなかすぐには動かない。

「だって、まだ何にも起こってないよ。 もしも、何も起こらないのに多くの人々を避難させたりしたら、そっちの方が大損害だよ。
私の責任問題にもなりかねない。 やーだよ!!」
と言って動いてくれない。

で、お決まりのように、大災害になる。

すると、パニックになって我先に逃げようとする連中と、人々を助けようとする人たちとで、はっきり分かれる。

映画だと、いけ好かないやつらは、だいたい災害に巻き込まれて死ぬ運命にあるし、生き残るのは、必ず「心正しき」ヒーローやヒロインたち。

いかにも古いアメリカ映画っぽく勧善懲悪で終わることが多い。

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私は子供の頃から政府関連の発表をあまり信用してない(笑) ←映画の影響

大人の都合ってやつで、あえて発表を遅らせたり、今まで起きなかったんだから平気じゃね!という希望的観測で思い混んじゃったりするのが大人のしがちなこと(←全部、映画の影響)

でも、ヒーローだけはいつも冷静に物事を見て多くの人々を助けようとする。
そして、どんなときでも必ずヒーローはいる、と信じてる。(←これまた映画の影響)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少し前に中国のこの10都市が封鎖されてるという。(それも1週間前の話だ。)
    ↓
Wuhan(武漢市), Huanggang(黄岡市), Ezhou(鄂州市), Chibi(赤壁市), Qianjiang(杭州市), Zhijiang(浙江省); Jingmen(荊門市), Xiantao(仙桃市,) Xiaogan(孝感市) and Huangshi(黄石市)
At Least 10 Chinese Cities on Lockdown; 830 Confirmed Coronavirus Cases Across Country
この数、ざっと3300万人。

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http://www.y-asakawa.com/Message2020-1/20-message07.htm

武漢市だけだって1100万人もいる大都市なんだね~。 中国って本当に人口が多いんだなあ~と今さらながら驚いてしまう。


街ごと封鎖するって・・これは本当にすごい異常事態だと思う。

そういえば、これは古~い映画、アウトブレイクだったけど・・

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たしかこの映画では、町を封鎖して爆弾投下●~*して焼き払おうとするんだったかな。
「多くの人々を救うためには多少の犠牲はやむを得ない」って考え方。

しかも、この決断から実行までがメチャ早いのが、アメリカだよな~、と思ったことを思い出す。


たしか、この映画の中でも、
野生動物の密売人がいて、軍は秘密裡に細菌兵器を研究していて・・たしかそんなストーリーだった。


そんなのありえないよ。映画なんだからさあ!・・と言う人もいるんだけど、

映画なんだから現実だってありえるよな~といつも思ってた私。


また、パニック映画の見どころの1つでもあるんだけど、必ず異常事態の中では、それぞれの人間性が浮き彫りにされる。

人は異常事態の中では、つい地が出てしまうものらしい・・ということを、映画を通して子供の頃に学んだ気がする。


これは実世界の中でも多く起こりえることだ。


★たとえば、これは飛行機事故の実話から。
飛行機が墜落後かろうじて助かった人々が機内に残されている。
今にも火災が起こりそうな中、早く脱出しようとして倒れている子供を踏みつけてまで脱出した人もいれば、わが身の危険を顧みず、人々を助けることに専念した人もいる。

後に人助けをしながら生き残った人に聞くと、「なぜ知らない人たちを助けちゃったのかわからない。
なんだかわからないけど、体が動いて助けてた」
・・・という。

人を踏みつけてまで逃げ出した人に聞けば(←実際のコメントはない)、「恐怖でパニックになってしまっていて、自分が何をしたかも覚えてない」と言うかもしれない。


こうゆうの、無意識のうちに出ちゃう「人間性」というヤツなんだろうか?


★これもアメリカで実際にあった、こちらは犬の話。
夜中、田舎の一軒家で火事が起きた。 足の不自由な飼い主が逃げ遅れたとき、飼い犬が主人を助けて外に連れ出したという。

この犬は、なおも燃え盛る家の中に飛び込んでいき、今度は残されていた老猫を助けようとしたらしい。
が・・・そのとき家は焼け落ち、猫もろとも焼死してしまったという悲しい話だ。




犬は獣の本性で火を怖がる・・と言われている。
また、動物は「生きるため&子孫を残すため」以外のリスクのある行動をとらないのが基本だそうだ。

なのに、なぜ助けた?

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https://www.nbcnews.com/news/world/australia-s-most-populous-state-declares-wildfire-state-emergency-n1104831

こうゆうのを見ると、つくづく、人間も動物も同じだな~と思わされる。

「人間性」なんて言葉は適切な表現ではないのかもしれない。


異常事態で恐怖の真っただ中でありながら、ある種の人や動物たちは、こんな行動をとってしまうのだ。

それは、本能的な恐怖よりも「助けたい」という一念が勝ってしまう瞬間なのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

去年あたりから、さまざまな惨事が各地で起こっている。(日本では報道されてないものもあるかもしれない)

新型コロナウイルスばかりではない。


つい最近のをあげれば・・

●オーストラリアの森林火災(←これは放火だったとか?)、これまでに10億以上の動物だちが犠牲になっているというし、
さらに、大洪水、砂嵐、大量の雹が降ったという(真夏なのに?)

●フィリピンのタール火山噴火
噴煙の高さは最大1万7000mだったとか。桜島で昨年11月に発生した観測史上最大の噴煙では5500mだったという。

●パラバゴス諸島のフェルナンディナ島のラクンブレ火山も噴火
多種多様な動物たちが大量に死亡

●南スペイン、イタリアから北のドイツ、フランスに至る 国々でも 次々と自然災害に見舞われ続けている
スペインでは街全体が30センチの雹(雪じゃなくて雹なのだ)で覆われてしまい、その後に大洪水となった。

●トルコでマグニチュード6.7の地震が起きた。
気温マイナス10℃の中、家を失った住民が避難所に入りきれずに屋外で夜を過ごす人々も多かったようだ。



まだまだあり過ぎて、とてもすべてを書ききれない。
それほど、異常事態が起こっているのだ。

サウジアラビアのタブークで「砂漠が雪に覆われる」
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いずれも
「こんな事はかつてなかったことだ!」
「原因はわからない」

ということばかり。

今まで地震の起きなった地域で地震は起こり、季節外れの気候に見舞われ、いずれも、かつてない規模の惨事を巻き起こしている。

今世界中の人たちに、大きな変わり目が迫ってきている気がしてならないのだ。


新型コロナウイルスにしても、日に日に感染者は、それこそ・・急速に指数関数的に患者が拡大していく。

でも、予防策はありません!


中国の皆さんは、みなマスク着用(←当局からも義務付けられてるとか)で、日本に来てマスクの爆買いをしたり、売ってくれない店と喧嘩になったりもしてるらしい。
日本政府からも大量に送った・・なんてニュースも見たのだが・・・

マスクや手の消毒で完全に予防できるわけがない。 そんな程度の病原菌じゃないのだ。 


細菌の大きさは約1μm、ウイルスは0.02~0.1μm程度
μmとはミクロン(大きさ)を表す単位で μm=1/1000mmの長さ


サージカルマスク(通常の手術用)は直径5μmまでの粒子を除去することができるそうだ。

さらに最も優れてるといわれるのは、N95マスク
N95マスクとは、0.3μm以上の微粒子を95%以上遮断し、かつ着用している部分からの空気の漏れ率を10%以内に抑える機能のあるマスク。

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新型コロナウイルスの正確な大きさはわからないけれど、「ウイルスが0.02~0.1μm」だとすれば、やっぱりマスクしたところで気休めにしかならない。

マスクを通しても、人は空気を吸ってるわけで、しかも目からも耳からも侵入可能なのだから。

それでも現地の人々は、藁にもすがりたい思いなのだ。
マスクをすれば安心、日本に行けば安心、日本が「指定伝染病」と認定したならタダで診察してもらえるぞ!
よーし、それなら日本に行こう!!
と、急激に中国からの人々が入国しようとしているらしい。


けど・・・どこに行っても大差はない。
発病するときは、どこでも発病するだろうし、時間の問題かもしれない。

そもそも診察してもらったところで・・薬は無いのだから!



唯一の希望は・・
今回のパンデミックは「細菌兵器」を作る研究所から流出したもの、という説がある。・・・もしも、そうであれば、必ずワクチンも開発されているはずだ。


もしも細菌兵器としてコロナウイルス作り出したならば、同時にワクチンも作られたはず。(←アウトブレイクの映画じゃないけどね・・あれ、何年前よ?)

敵も味方も感染しちゃったら、兵器にはならないもんね。
なので、必ずワクチンは作られる。


ただ・・・ワクチンを作ってる途中で、うっかりウイルスが流出しちゃったんで、まだワクチンが出来てなかったのか? 
それとも、ワクチンはちゃんとあるんだけど・・今世に出しちゃったら、細菌兵器作ってたことがバレちゃうんで出せないのか?

Is This The Man Behind The Global Coronavirus Pandemic?
Coronavirus Bioweapon – How China Stole Coronavirus From Canada And Weaponized It

うっかりウイルスが漏れちゃった~、なんてアリかよ!!とも思うけど、シロウトに毛が生えたような研究助手とかだったら、あり得るかもなあ。


まあ、そういった事情もあるのかもしれません。(←大人の事情ってヤツ)

数日前のYoutubeで、ある学者さん(専門にウイルスを研究している)が実名を出して、これは100パーセント兵器として作られたものだ!と断言している動画がありました。
画像に自然のウイルスやSARSなどの顕微鏡写真をあげて細かく説明していて、とてもわかりやすかったんですが・・どうやら、消されちゃったみたいです。




私たちが自然災害と思っている中にも、実は細菌兵器、気象兵器、地震兵器などが引き起こしている災害だってあるかもしれない。
映画を観て育った私は、そうゆうこともアリだろうなあ!と実に自然に受け止めてしまう(笑)


それでもなんでも・・今ここで、陰謀を暴こうとか、悪徳企業や悪徳行政機関などをみつけて糾弾したりとか、政府の対応が遅いぞ!とか・・そんなことを声を大にして叫ぶつもりはない。

まず、私たちのすべきことは、自分でちゃんと生きることだと思う。



災害のあとは必ず二次災害もやってくる。

ウイルスは人の命を奪うだけでなく、都市機能の喪失や紛争の勃発、さらには経済の崩壊、株式の大暴落などによって、社会を混乱に陥れれることにもなりかねない。 
長く続けば続くほど、中国だって、現在の共産党体制を根底から覆す事態になるかもしれない。

無政府状態になろうがなるまいが、それでも人は生きてかなきゃならないのだ。

それならば・・どんな状況に陥っても、少しでも楽しく充実して生きたもん勝ちだと思う。

負けるもんか! 笑ってやれ! こんなときでも楽しんじゃうぞ~!・・・と覚悟を決めてる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人助けで火の中に飛び込むワンコは私の人生における鑑でもある。(←そこは映画と違って、死んじゃうのが悲しすぎる)

ところが、全く逆のパターンもある。

これ、うちの近所サン・ディエゴで起こったこと
    ↓

犬を救うため。火事で燃え盛る家の中に飛び込み助け出した飼い主男性(アメリカ)


動画はこちら(こんなに燃えてる家の中に飛び込んでいったのか~と・・)
    ↓



「エキスパートである消防隊員に従わず、自らの命を危険にさらす行動は決して推奨されることではない」と記事には書かれていたが・・

推奨されること? とか品行方正?・・
いざとなったら、そんなこと知ったことか~!と思ってしまう私。

だって、彼らはヒーローなんだもん。
映画の中の主人公であり、ヒーローなのだから。(←また映画と現実がいっしょくた)

そして思うのだ・・・。

恐怖に打ち勝つことができるほどの「何よりも大切なものがある」ということは、
それだけで何よりも幸せなことだと思う。

犬も人も。

日本人が持つ特異なDNA

こちらのデータを見て、うーーーむ、と考えさせられてしまった。

まずは見てくださいな。

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社会実情データ図録より


日本だけがダントツ1位
「権威や権力」は「悪いこと」と考えている。

他の国をみると、世情不安で戦火が絶えないような地域ほど、逆に権威や権力の「必要性」を感じているようです。

先進国と言われる国でも、まあ半分半分てとこ。
2位のスウェーデンを見ても「悪いこと派」は50,2%で、まあ半々てとこですね。

日本だけが飛びぬけてる!!
これには、びっくり!!


みなさんは、いかがでしょう?


私個人は、もちろん大嫌いです!!

私のキライなもののは、
●権威や権力
●宗教


そういえば昨日のブログ記事では、幼少期から私のキライだったものを好きになった話をアップしましたが、

権威や権力は、物心ついたときからキライで、今でもキライです。
たとえば、大人の威光や学校の威光で禁止されたりすれば・・それだけでフツフツと反抗心の塊になった私です。
(表には出さないようにしてましたけどね~)

その後、どんなに冷静に考えようとも、どんだけ俯瞰して見ようとも、やっぱり今でもキライです。


ついでに「宗教」もキライになりました。(←これは大人になってから。子供のときは、ようわからんかったんで・・)


宗教といっても、原始キリストが説いたもの、ブッダが説いたものなどとは、私の中では宗教とは思っていません。
宗教とは「組織化」されて、それがビジネスの一環であり、政(まつりごと)にも結びついているもの。(過去の歴史上でもわかるように)



このデータ結果をみて、
なんで日本人の多くはこれほどまでに権威や権力を嫌う国民なんだろう?と不思議に思ったのですが、

その前に、権威や権力はなぜ必要と思われるのだろう?ってことが引っかかりました。


そこで、ふと気がついたのは、こちらの方のブログ記事にあった、統制理論という考え方
   ↓
アメリカはすでに「反キリスト」に支配されている

こちらから抜粋すると、

統制理論とは

社会的または心理的な統制力が弱まることで、犯罪や非行が発生すると考える理論。 コントロール理論ともいう。

本来はすべての人間に犯罪や非行の動機があるにもかかわらず、社会的または心理的な統制力によって犯罪や非行が抑止されていると考える。

統制理論は性悪説を前提としているため、性善説を前提とする学習理論と対立する見解がある。

(日本大百科全書)




ああ~! そうか~。

もともとの考え方が違ったんですね~。
本来はすべての人間に犯罪や非行の動機がある・・という考え方がベースになってる。・・・性悪説

だからこそ、権威や権力でもって統制し人々をコントロールしなきゃいけない!という考え方になるんですね~。

さらに、私がなぜ宗教キライなのかも、これでわかった気がしました。

「アメリカはすでに「反キリスト」に支配されている」の記事から引用させて頂きます。
    ↓

性悪説に基づいて作られた社会制度のひとつが宗教だ。それは非常に強力だ。
宗教の場合、それに反対する人たちは、特定の信仰を生み出した個人や概念から敵対的であると非難されることが多いからだ。

しかし、現実的に言えば、宗教の持つ防衛力の多くは、時間の経過とともに、宗教が「大きな企業となった」という事実から生じることが明らかになった。

そして、多くの宗教機関は、宗教が有益な利益を上げるだけでなく、他人の心を揺さぶり、コントロールするのに便利な方法であることに気づいていった。





私個人の考え方は、そもそも性善説なんです。

ただし、愛を知らずに育ってしまった人間は犯罪や非行に走りやすいってことは知ってます。
そうゆう人たちは粗野な欲望に支配されやすくなっちゃうもんです。

それを昇華させるには、私は教育しかないって思っています。
ただし教育といっても、現在のように知識を詰め混んで世の中の勝ち組になるための教育のことじゃないです。
自然の摂理や理を知るため、の教育です。 その最終目的は究極の愛を知るためのもの。

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たぶん、それがイエス・キリストさんがやってたことなんじゃないかな~って思います。
宗教じゃなくって教育! それも愛を教える教育だったのではないかと。

言うまでもないですけど・・頭ごなしに「悪いこと、良いこと」を教え込む道徳教育も間違いだし、ただ「すべての人を愛しなさい」って言葉だけで言われたところで、そんなもんはピンと来ないもんです。(それこそ、権威や権力をベースにした教育になっちゃう)


私はどの分野からでも・・自然の摂理や理を学んでいけば、自分もまた森羅万象、宇宙の一部ということにいきつくように思います。

それが、別名「愛」だと思うんですよね~。 
人を愛すること、森羅万象を愛すること、そして愛されていることを感じること・・に繋がるんじゃないかなって思ってます。


でも、つくづく思ったんですけど、現状の世界はまったく真逆な方向になっちゃってますよね~。

キリスト教圏の国家をみても、どこにキリストの教えがあるんじゃい!って思いますもん。



そこで、いよいよですが・・
なんで日本人は、他の民族と違った人々なんだろう?って点です。

日本人の特異性として、最近はDNA解析から、
日本人の遺伝子は違う!ってことがわかってきました、


少し前までは、祖先を探るにはミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析しかできなかったわけで、ミトコンドリアDNAは母から受け継ぐ遺伝子のこと。

この発端は1987年、アメリカの研究グループによって、「世界の人々の母方の祖先をさかのぼると、20万年前のアフリカにいた、たった一人の女性に辿り着く」というものでした。 この女性は「ミトコンドリア・イブ」と名付けられ、本も発売されてセンセーショナルを巻き起こしたものです。

ちなみに、日本人の母親のルーツは16人の母親で、トルコ、バイカル湖西部周辺、チベット、中国、台湾、東南アジアなどがいる・・

まあ、日本人についてわかってたことは、当時はせいぜいこの程度。


ところが、昨今、
2種類のDNAテストが可能になり、先史時代の祖先をさかのぼることができるようにもなりました。

1つ目は前述したミトコンドリアDNA(mtDNA)で、細胞の核の外側にあり母系を通じて遺伝するDNA。
もう1つはY染色体(Y-DNA)で、父からのみ継承されるDNAのこと。

どう違うのかというと・・
   ↓

ミトコンドリアDNAの持つ情報は限られていて、文字数に例えると2万文字以下の情報程度
これに対し、核DNAは32億文字にも上り、私たちの姿形や体質など膨大な情報をまでも含む。
技術の進歩で核DNAの一部が解読されようになった。



この図をみるとわかりやすいかも。
    ↓
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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59644


では、ここでY染色体(Y-DNA)の分析結果から日本の近所の国々と比較してみましょう。

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The Origins of the Japanese people

ざっくりと色で見て頂くだけでOKです・・グリーン系のところに注目してください。

たしか日本人のルーツは朝鮮半島から渡ってきた民族・・なーんて歴史だったかで習ったような記憶があるけど・・ぜーんぜん、朝鮮半島の人々とは色が違いますね~。 台湾とも違うし~。

とくに、グリーンの部分が多いのは、アイヌ、 そして琉球

このグリーンの部分を俗にYAP遺伝子と呼ばれています。
*詳しくはYAP+とか、YAP-もあるし、もっと詳細な分類があるんだけどここでは、わかりやすく省略します。


YAP遺伝子は縄文人とも共通する遺伝子。
(昨今の遺跡調査から人骨のDNA解析の結果、判明していることです)

弥生人によって取って代わられちゃった縄文人・・でしたね~。


縄文人については、ずっと前にこちらのブログ記事にもアップしたのですが、
    ↓
サンクスギビングデイに日本史を考える

私が受けた歴史教育では、縄文人は未開人で弥生人は大陸から渡ってきた文明人(稲作もも弥生時代から始まった)と習ったのですが、実は違ってた!ことが、すでに判明してます。

縄文時代の特徴として、
   ↓

●芸術的ともいえる土器の数々
●すでに稲作も行われていた
●翡翠を加工する技術
●すでに漆を利用していた
●文字があった(神代文字)
●武器がない



顔立ちもこんなに違います。 (弥生人=文明人 縄文人=野蛮人みたいに言われてました)
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うーーん、たしかに典型的なアイヌの顔だちに似てますね~。
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縄文文化といえば

すべての人々が共存できた国
争いがほとんどなかった国



だからこそ、芸術的な土器製作に専念できる時間もあったんだと思います。
ところが・・縄文後期の土器になると、だんだん質素で弥生土器っぽくなっていくので・・ああ、時代の移り変わりやな~ってのが、がなーんとなくわかります。


私たちが習った縄文時代の歴史と、どこがどのように違ったのかを説明するとすっごく長くなっちゃいそうなんで・・簡単に文字についてだけ言えば、

日本には神代文字やヒエログリフがもともとあったわけだし・・
何より中国の歴史書「随書倭国伝」の中の倭人の風俗の中で、縄文字についての記述があるそうです。
 
なんでも古墳時代よりもずっと前から存在していたとか。

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https://kotobank.jp/word/%E7%B5%90%E7%B8%84-59610

ほお! これなら紙がなくても羊皮紙がなくても竹簡じゃなくても、記録できたってことだねえ。。

ちなみに、沖縄においては戦前まで使われていたそうですよ。

これだけみても、今まで習ってきたことってウソやねん!て言えそう(笑)
     ↓

日本に文字が伝わったのは5世紀あたりから・・中国から朝鮮半島を経由して伝わった。(中国の漢字が伝わった)
それまでは文字が無い国だった。




さらに驚いたことに、インカ帝国でも縄文字(桔縄文字)を使ってたんですよね。
それは、こちらの古いブログにアップしてます。
   ↓
二匹の狼の話と縄文人とインカ人繋がり

このときのブログ記事でも、インカ人と南北アメリカ先住民と日本人のDNAについて少し触れてますが、非常に似通ったDNAを持っているということ。

そうです! YAP遺伝子!!

同じくYAP遺伝子を持つ人たちは、チベットやウィグル民族、太平洋の孤島バヌアツや南米エクアドル、インド洋のアンダマン諸島などの一部にも多くみられるようです。
さらに、イスラエル十支族の末裔とされる人たちも同様のようです。


これまた、古いブログに自分でアップしてたんだけど・・
   ↓
ユダヤの謎と日本の起源(その1)
続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)


実際に、イスラエルのアミシャーブという機関(失われたイスラエル十支族を探索し帰還を促す目的とか)は、かなり以前から日本に注目していて、このYAP遺伝子を持つ人々が分布しているところが、なんと、シルクロードに位置していること。
そして、失われたイスラエル十支族の末裔がDNAや文化・習慣ともに一致が多くあるから、なんだそうです。



さらに、もっと話を拡大すると、ネアンデルタール人にまで遡ります。

2010年、ドイツのグループがおよそ4万年前にヨーロッパにいたネアンデルタール人の核DNAを解読。
「我々はネアンデルタール人からDNAの数%を受け継いでいる」と発表したそうです。

実はこのネアンデルタール人由来のTLR1とTLR6、TLR10という・・遺伝子だそうですが・・なんと、これを最も多く持つのが日本人。
どの集団よりも高く、アイヌに至っては約51%が持っていたんだとか。(上の図グリーンのとこね)

数パーセントどころじゃないっすね~!


従来の考え方だと・・・ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスによって取って変わられた!って言われてました。
ネアンデルタール人=野蛮人、ホモサピエンス=現代人みたいな(笑)

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それが、この研究結果によって、
ホモ・サピエンスはネアンデルタールと共存し交わりを持って子孫を残したのではないか?
それが我々の祖先ではないか?

つまり・・

私たちは他者を滅ぼすばかりの攻撃的な種では無く、異なる人々を受け入れ、それによって豊かな多様性を持つようになったのではないか?
   ↑
どうやら、そこんとこが言いたかったみたいですが(笑)


そんなことを言えば、数パーセントであるならば、ヨーロッパ圏でも世界中でも・・持ってる人は意外といるのかもしれませんね。


ところで、なんで日本人の多くがこの遺伝子を多く受け継いできた人が多いんでしょう?


まず言えることは、ネアンデルタール人にしろ縄文人にしろ・・彼らの特性として、

●創意工夫うできる優秀な頭脳を持っていること
●異なる人々を受け入れ、それによって豊かな多様性を持つ特性(争いよりも融和を望む)


でしたよね。。。

でも・・こんな「いい人」DNAだったら・・好戦的なDNAを持つ人が攻めてきたとしたら、すぐにやられちゃうのは明白。

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とくに大陸の場合、四方を敵に囲まれているわけだし、とことん残忍な手段を使って負けた側の民族絶滅のために、
男子から徹底的に殺すとしたら、その民族のY染色体DNAは無くなってしまうってことになります。

まっさきに男から殺されるだろーし。

実際に今でも中国によるチベットやウィグル民族の浄化(チベットやウィグルの男子を片っ端から殺し漢民族の男性を送り込み強制結婚させる)が行われているって聞いてます。

つまり、現在YAP遺伝子がなくなっちゃってる地域というのは、
もともとは、そこにもYAP遺伝子を持ってる人がいたかもしれないけど、徹底した虐殺が行われたせいでいなくなっちゃった地域といえるのかもしれません。

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日本の場合は小さな島国だったため、他国からの脅威も少なかったこと。
それでいて温暖で海の幸、山の幸に恵まれていて、自給自足ができたこと。

そういった点で、日本は世界でも稀にみる恵まれた地域だったんだと思います。


それでも、他国に侵略されそうになった危ない時期は何度かありましたけどね~。

●まずは、厩戸皇子(聖徳太子)の時代・・・聖徳太子の見事なまでの外交政策で乗り切ってます。
これだよね~。
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●鎌倉時代中期の元寇・・北条時政さんの作戦勝ちっていうより、台風が味方したみたいだけど・・

●そして江戸末期の開国そして明治時代・・なんとか属国にはならずにすみました。




海外の脅威にさらされるだけじゃなく、日本国内にだって戦火は山ほどありました。

それでも、どんだけ最悪なときでさえ、八百万神(やおよろずのかみ)がいて、至るところに神社仏閣、道祖神、お地蔵さんまでいて・・こんだけ日本古来のアニミズム(精霊信仰)が残ってきた地域はないです。

戦後日本人はキリスト教も受け入れたけど・・それでも、他国のようにキリスト教1本になることはありませんでした。


日本人のDNAの中には、1つの権威や権力に縛られれず、すべてを受け入れ融和させていく意識が息づいているような気がします。


あ、だからといって、
YAP遺伝子を持ってるからこそ、日本人はすごい!優秀で平和を愛する民族・・だとは決して言えないと思います。

いくら優秀と言われる遺伝子を持っていたとしても、それが発動されなきゃ持ってないも同じだから。
たった1%しか持ってなかったとしても、発動させられれば、そっちの方がずっといいわけです(笑)

むしろ現在の日本人は、戦後の欧米化政策に染まっていってしまった人の方が多いように思われます。
残念ながら、せっかく潜在的に持っているDNAなのに、ちーっとも発動されてないんじゃないかな~とも思います。


ここでまた話は戻るけど・・性善説派で統制理論反対の私としては、やっぱり教育だよなあ、って、つくづく思うわけです。

YAP遺伝子を持ってるはずなのに、使えなくなっちゃってる人のために。
また、ぜんぜん持ってなかったとしても、人は「知ること」でいかようにも変わっていくことができると思うので。


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街中でただの通りすがりの人なのに、困ってる人をみると即座に手を差し伸べてあげる人がいます。
具合が悪いの? 何か落とし物でもしたの? などと。

困ったときはお互い様、名前も知らない人だけど助けてあげちゃう。
こうゆう人には今さら教育は不要かもですね~、

少数派かもしれないけど・・すでに持って生まれたDNAを発動させてる人は世界中にいますから。

・・・・・・・・・・・・・・

DNAを見ていくのって面白かったです。
とんでもなく離れた地域でも、似通ったDNAがあったりするものなんですね~。

そうそう、余談だけど・・・出雲の人たちと東北の人たちが遺伝的に似ているみたいですよ~。

推理小説だったかで・・東北弁とよく似た出雲方言が事件解明のカギとなる・・みたいなのがあったよなあと思い出し、
あ、それって松本清張の「砂の器」じゃなかったっけ?と、さらに思い出しました。

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https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6769204/

意外な地域の間でDNAが似通ってる?
しかも世界レベルで。

そう考えると、もとはたった1つのDNAで人類誕生のルーツは縄文人、そのもっと前のネアンデルタール人にあったのかもしれません。
もともと人は争いよりも、「異なる人々を受け入れ、さらに豊かな多様性を持ち成長し続ける」要素を持っていた・・・。

人とは、もともと、そのようにプログラミングされて誕生してきたものだったのに・・
それがどこかの時点で少しずつ、誤作動を起こしてきただけなのかもしれません。

まさに、これは私の性善説的な考え方ですね~(笑)

でも、なぜか・・私にはそうとしか思えないのですよ。

幽霊に会って赤ちゃんキライを振り返ってみたり

めったにないことだけど・・たまーに、幽霊さんに遭遇するときがある。
  ↓
ある夜、気持ちよーく寝ているとき、ヘンなヤツ(←幽霊さん)にいきなり首を絞められて、
「オマエなんか苦しんで死ね~!」と言われた。

「はあ? なんでアンタに恨まれなきゃならんの! そもそもアンタ誰? 」


死んだ人なのか? 生霊なのか?
どっちにしたって、まったく知らんヤツ!


知らん人に首を絞められて死ね!と言われるとは・・
理不尽にもほどがある!

超ムカついて目が覚めると、ヤツはもういない。


あれれ? 夢だったのかなあ?
私は日常、幽霊を見ない人だし幽霊さんとコンタクトとることも出来ない人だ。

ところが、寝ていると、たまーーにこうゆうことがある。

以前にも似たようなことがあったとき、それをサイキックの友人に話したことがあった。

「ああ、それはよくあることだよ。
たぶん、通りすがりの幽霊じゃないかな~。そんなの、ほっといて問題ないよ。 アンタの方がよっぽど強いから(笑)」

と言われたのものの・・納得できん!

冗談じゃない!
通りすがりだろうとなんだろうと、他人の家に無断で侵入してきて、人の首を絞めて死ね!とは!
肉体が無いのをいいことに無断侵入するなんて、まず、そこからして許せん!

と妙に腹がたった。


「幽霊になっちゃう人はね、人を恨んだり羨ましがったり、自分だけが報われなくて可哀そうって思ってる人が多いんだよ。

彼らの唯一の楽しみは、他人が不幸になる姿をみること。 他人の恐怖や絶望が彼らにとっては美味しいものなんだよ。
人の不幸は蜜の味って言葉があるだろう?

よーするに、バカは死んでも治らない! だから幽霊になっちゃうんだよ。」

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https://read01.com/KBx2KEM.html#.XhXd8kdKjIU


そういわれてみれば・・生きてる人だって、すでに幽霊になっちゃってるような人、いるかも。


人はこの世に生を受け、現生で生きて、そして死んでいく。

これこそが、すごい奇跡なのに。

・・・・・・・・・・・・・・

算命学の先生から、こんなことを教えてもらったことがある。

算命学における「三位一体」というものがあるそうで、

それは、「気」「心」「体」が一致していること。

まず、何かをやろうという「気」あって、それが自分の中で腑に落ちて「心」となり、それを「体」で実現すること。
それを「内次元」を備えるというそうだ。


人は生まれながら持って生まれたものがあるのだけど、それぞれに秀でたところも欠けてる部分もあるわけで、

その欠けてる部分を自ら補っていくのが、現生を生きるということ。

それがバランスになり、人としての成長でもあり、また次元を上げることになる、という考え方らしい。

また驚くべきことに、欠けてる人には、ちゃーんと欠けてる部分を補うべきチャンスが必ず巡ってくるという。
自然の摂理の中に、ちゃーんと組み込まれているそうだ。

あとは、それに気づいて自分のモノにするだけのこと。

気づけない人は、いくら年をとっても、そのまんまなんだとか(笑)


幽霊さんたちは、それに気づけないうちに死んじゃったってことなんか~。


・・・・・・・・・・・・・・・・

人というもの、生まれ落ちたときはみーんな同じだと思うのだが・・どうだろう?
私はそもそも性善説派で、生まれたときはみーんな一緒でいいヤツって思ってるのだが・・。

生まれたときは、横並び一直線のいいヤツたち?
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スタート地点は一緒でも、その後は次元を上げる(成長する)ことが出来る人と出来ないまま死んじゃう人がいる。


そういえば・・私、子供の頃は、人間の赤ちゃんが嫌いだった(笑)
物心ついた頃から赤ちゃんキライ子供キライで、一度もかわいいと思ったことがなかった。(←自分だって6歳くらいの子供だったくせに~)

生理的に拒否、生態的にも拒否!というありさまだった。

お腹が空いたっていえばピーピー泣くし、寂しいよ~遊んでよ~と泣くし、怖いよ~と泣くし~

なんでも泣いて自分の思い通りにしようとするんかい!と。

そして親はメチャメチャ甘やかすから赤ちゃんはますますつけあがる、幼児になれば、もっとつけあがって、まるでモンスターじゃないか!と。

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それに比べて、イヌやネコの赤ちゃんは小さいながらも必死で耐えることだって知ってるし、自分でなんとかしょうと努力する。
動物の赤ちゃんたちの方が、ずーーと健気でかわいい、と。

ずーーと、そんなふうに思っていた。


ところが、私も大人になるにつれて、一概にそうとも言えないよな~、ということに、ようやく気がついた。

赤ちゃんといえども個人差は大きい。


たとえば、
子育て経験のある友人によれば・・新生児の頃にはモロー反射というものがあるらしい。

小さな音やなんらかの刺激でびくっとなって、こんな状態になるそうだ。 眠り際になる子も多いんだとか。
     ↓
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このときの赤ちゃんのリアクションが、それぞれ違うという。

驚いて泣きだす子、または、眠いのに眠れないよ~!とグズグズ泣き出す子もいれば・・
ぜーんぜん動じない子もいる。


知人の赤ちゃんは、「え? なんやねん、これ!」って、毎回不思議そうな顔をして何度もモロー反射と睡魔と戦ってたそーだ。

「その顔が面白くてね~、あの姿ビデオで撮っとけばよかったよ~」と、その母親は懐かし気に語ってくれた。


モロー反射ねえ・・・と、ちょっとググってみたら、あった!
それも20連発だって(笑)


*最終的になかなかモロー反射が収まらずに眠れないようならば、布でラッピングしてあげるんだそうだ。(←あ、こんなこと子育て経験のある人だったら皆知ってることかも。)


つまり、新生児といえども、実にそれぞれなのだ。

なのに私は・・赤ちゃんというヤツは自分の欲求を通すためにすぐにピーピー泣きわめくものと思い混んでいた。


さらに母親経験のある人に、よーく聞いてみると、

何かをしようとするとき、(たとえば眠りたい!とか、寝返りしたい! あれを手に取ってみたい!などなど)

それを自力でなんとかしようとトライする赤ちゃんも結構多いらしい。

また、私が嫌ってたように・・何もトライせずに、いきなり泣いて親に要求しちゃうような赤ちゃんもいるらしい。(←すべて他力本願タイプ?)


これはペットもまた同じ。

私は物心付かない頃から、大の動物好きだったらしく(←自分では覚えてない)・・どんなに大きな動物をまじかにみても、怖がるどころか触れたがりニコニコしてたらしい。(←これまた不思議? ウチの両親はとくに動物好きではない)

そんな私でも・・1度だけ、好きになれないワンコに会ったことがある。

見た目はすごく可愛いチワワなのに、実に嫌~なカンジのワンコだった。
しいて言えば、どす黒いイガイガしたオーラがいっぱい出まくってるような・・・。

たぶん人間にしたら、自己中で上から目線で命令するタイプ。
人を人とも思わない、すべて自分の下僕としか思ってないような・・超嫌なヤツだと思う(笑)


やたらギャンギャン吠えるし、近寄れば噛みつく。(それも怖がって噛みつくんじゃなくって、自分を誇示したいがために噛みつくし機嫌が悪くても噛みつくというヤツ)

なーんも工夫せず自分で考えようともせず、ぎゃんぎゃん泣いて、すべてを人にやらせようとする。

ったく! 犬の風上にも置けないようなヤツだと思った。


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でも、その飼い主さんを見てすぐ納得。

飼い主さんが、ものすごーーーい異常なほどの可愛がり方をする。(たぶん、飼い主さんの心も病んでたんだと思うが)

躾けをまーったくしないどころか、ベタベタに可愛がって、なんでもかんでもやってあげちゃうのだ!
(犬の躾けはとても大事・・躾けは犬と人間のコミュニケーションの賜物だと思っている)

飼い主さんは深い愛情をかけてるつもりなんだろうけど・・そうゆうの、溺愛っていうんだろうなあ?
溺愛は愛じゃないもんな~。

結果的に、そのチワワは愛を知らない子に育っちゃったというわけだ。

誰も信頼してない。おそらく飼い主さんのことですら。
だからやたら攻撃的でギャンギャン吠えまくる。


ペットも人も同じだ。
愛されることも愛することも知らずに育った子は、未成熟な感情を爆発させて生きるだけになる。

・・なーんてことを、そのとき学んだ気がする。

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さきほど、生まれたときは横一線とは言ったものの・・
実は人の子は胎児の頃から親の影響を大きく受けて生まれてくるという。

お腹の中にいる頃、両親の喧嘩が堪えなかったり、母親がイライラしたり、嘆き悲しんだりした中で育っていくと・・
神経過敏ですごく怖がりになったり、泣き虫の子になって生まれることが多いとも聞く。

もちろん、それだけではなく、胎児の吸収する栄養にも深い関わりがあるようだ。
*胎児のエネルギー源はブドウ糖ではなくケトン体なのだそうで・・胎盤には高濃度のケトン体が含まれているとか。


当然ながら、栄養素は体だけでなく精神にも大きな影響を及ぼす。


そう考えると、生まれたときのスタート地点だって、本当のとこは・・・皆一緒とは言えないのだろう。

生まれる前から、つまり胎児の頃から、ベーシックな性格形成がそれぞれに出来上がっている。

いやいや、そんなことを言い出せば・・胎児の前、前世まで遡ってしまうのかもしれないけどね(笑)


それでもなんでも、この世に生を受ければ、新たな現生でのスタート地点になる。

つまり、この世に肉体を持って生まれることによって、誰の上にも、いかようにも変わっていく、変えていくことができるチャンスがあるということだ。


神経過敏で不安、恐怖心、猜疑心を強く持って生まれてきちゃった子も、

不幸にも溺愛両親に育てられてしまった子も、

算命学の先生に言わせると、「必ず、それを変えていくチャンス到来の年が巡ってくる」ことになるし、

スピリチャル大家に言わせると、感動と経験を多く積むことによって、どんどん学び次元を上げて、死ぬときは、ちゃんと成長してあの世へと戻っていくことができる」・・そうだ。

みなさん口を揃えて、「現生に生まれてくること、それこそが、この世は学びの場」という。


なーるほどね~。

と納得してしまった私だったが、中にはこんなことを言う人もいる。

「感動と経験だとお? ワシは金持ちじゃないし、一人のビンボー庶民だ!
そんなもん、この年になってあるわけねーだろーが!」


やばっ! 生きながらにして、幽霊さんに近づいてきてる人なのかもしれない(笑)


頻繁に海外に行ったり、様々な職業を経験したり(1日署長さんをするとか?1日船乗りさんとか、1日農家さんとか、1日お医者さんとか?)

そりゃあ、あるわけないがな~(笑)


そもそも、感動と経験てのは体だけでするもんじゃないし~。
むしろ精神や心に体が伴って、そこではじめて出来るものなんとちゃう?


平凡のようにみえる日常にだって、いくらでもある・・と思うのだが。
ちとばかり視点を変えさせすればね。

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私自身はどーなんだろ?

動物大好き・・たぶん、これは生まれながらに持つ私のファクター
人間の赤ちゃん嫌い・・これも、私の生まれながらのもの。

でも、人生の途中で気がついて、「人の子も動物の子も同じように愛しいと思えるようになった」

これは、私の大進歩、大成長・・そして大快挙だ(笑)


たぶん・・あのまま行っちゃってたら、私はいまだに赤ちゃんを見るだけでキモッ!と目を背けてただろうなあって思う。

ところが不思議なもので・・今振り返るとって話だけど、ある時期から、私はメチャメチャ赤ちゃんや幼児に好かれるようになった。

もちろん、私はキライだって思ってるから、そばに来ても完全無視してる。

それでも電車に乗れば、赤ちゃんにメチャメチャ笑顔を向けられて、わけわからん言語で話しかけられられるわ、
よその家にいけば、そこんちの幼児に、お菓子あげるから一緒に遊びましょーよ~、と誘われるわ(←完全に同類だと思われてたような・・?)

なんなんだ、これ! 

今想えばだけど・・それこそが、なんらかによって私に仕掛けられた時期だったのかもしれない。
私の学びのための時期だったのかもしれない。


だからといって、キライなものがいきなり好きになるわけじゃないんだけど・・
なんで? どんなっとるん? といった好奇心だけはフツフツと湧いてきたのは確か。

好奇心から興味が湧いて、キライな対象ですら、よく知ろうとする気持ちの方が勝っちゃうみたいな。


図式するとこうなる。
   ↓
好奇心⇒興味 > キライという感情

好奇心は危険
好奇心は猫をも殺す


cathas9lives.jpg

なーんて諺もあるくらいで、本当は危険なものかもしれないんだけど、私の場合はすべてが好奇心から始まってる。


「学び」なんていうと、ちょっとカッコよく聞こえるけど、早い話、私の場合はただの好奇心。
あとから見れば、それが成長に繋がったのかもな~って思うだけのこと。

振り返ってみると、実に不思議だ。
あれほど、大キライだった赤ちゃんがねえ・・。


そんなこんなで、今ではすっかり赤ちゃんも好きになれた私なのだが、

それでも「ウチの子こんなに可愛いんだぜ~!」みたいなビデオは別に見たいとも思わない。
こんなFunny Babyビデオ観るのは好きだけど。
funny baby


ペットビデオだったら、どんな親バカビデオですら、きゃあ!!かわいい~!って見れるくせに(笑)

そこらへんのとこは、やっぱ「生まれ持ったものは消えることなく息づいている」のかもしれないなあって思う。



持って生まれた感情ってのは、たとえ「好き」って感情でも、すごく粗野なものなのかもしれない。

ところが、あとづけで好きになった感情は、もっと冷静で洗練されたものになるのかもしれない。

なんだか、そんなふうに思えてくる。



ところで、私の成長って・・そんなことくらいなんかな?

子供の頃から、
大嫌いだった「人間の赤ちゃん」が好きになったこと
大嫌いだった「玉ねぎ」が好きになったこと


ものすごーく、私って未熟者って気がする。
まだまだ・・だよなあ。。。
だから、まだこの世に生かされてるのかもしれない。


大人になって大好きになった玉ねぎ、オニオングラタンスープが食べたくなってきた・・・。

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幽霊さんよ~、キミたちには食べられないだろ? こんなに温かくて美味しいものがあるのになあ!
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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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