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アメリカ版オカルト話から思ったこと

昨日、アメリカで起きたオカルトっぽい話を小耳に挟んだので、それを紹介します。


アメリカのある田舎の話、農場経営をしていた男の話です。

とくに思い当たる理由はないのに、その男はだんだん不眠症になり顔色も悪く、健康状態も悪くなっていったという。

ある夜更けのこと、いきなり牛の叫び声を聞いて男は飛び起きた。
その声というのは、牛が断末魔にあげるような声。

そのときは、家族中がその声を聞いていた。
すぐに庭に飛び出して周囲を調べたところ、もちろん・・どこにも牛なんていない。

不思議なことがあるもんだ~!たしかに今のは牛の声だったはずなんだけど・・。

そう思いながらも、家族はそのままベッドに戻っていった。
だが、その夜を境に、その男はますますおかしくなっていく。

だんだん狂っていくのだ。

そのうち、ひどく怯えながら、おかしなことを口走るようになった。
「ごめんなさい、俺が悪かった。 俺が、俺が、殺したのだ。。。」

何を言ってるのだ? いったい誰を殺したというのだ? 殺人?


そのうち、こんなことがわかった。
彼は多量の牛を殺していたのだ。 人ではなく・・。

しかも残虐に殺しまくっていたそうだ。

牛なんてただの家畜、どうせ食べるために殺してしまうのだから、どんな扱いをしたって構わない、と思ってたらしい。
日常から、虐待し続け、それを楽しんでしていたフシもあったという。

それから彼はだんだん精神を病み、体を病み、そのまま死んでしまったという。



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彼は牛を残虐に殺し続けたという罪悪感が心の底にあって、それで、牛の声の幻聴を聞くようになり、最終的に狂い死にをしてしまったのだろう・・ということになったのだが・・


それでも、家族全員が、夜中に牛の声を聞いてるわけだから、それでは説明がつかないと思う人たちもいる。


これがオカルト話としてアメリカで広まっていったらしい。

無理やりにでも、心理的・科学的な推論に結び付けようとするならば、その男の罪悪感の心理が家族にシンクロしてしまった結果、家族も幻聴を聞いてしまったのではないか?とも言えなくもないのだけれど・・そんなシンクロ現象が存在するならば、 そこには、ほとんど科学とオカルトの境目がないようにも思える。

・・・・・・・・・

この話を聞いたとき、ずいぶん前だけれど、私は「牛の霊」の話を思い出した。

探したら、そのときのブログ記事が残っていた。 10年前のものだったけど・・
 ↓
巨大な牛の霊とガードする方法


ロサンゼルスで食肉販売やら焼肉チェーンを展開してる日系会社で、そこで悪いことばかりが起こるという。
そこに呼ばれていった私の友人(霊能力者)が、そこで見たモノは、巨大化した牛の霊だったという話だった。



そもそも欧米諸国では、家畜は食べるためのものという考え方がある。
いや、欧米諸国だけでなくほとんどのアジアの国々でも同様だろう。


ペットは大切にするけど、家畜は食べるためのものだから愛情なんてかける必要ははい。 どんな扱いしたって構わないという考え方がベースにある。



日本でも「家畜は人間が食べるためのもの」、それは同様でも、ベースにある考え方は大きく違う。


肉や魚を扱うところには、昔は必ずといっていいほど神棚があったという。

とくに、活き魚を扱う魚屋さん、料理屋さん、お寿司屋さんなどは、必ず神棚があった。

人間が食べるためとはいえ、殺生を行うところでは、必ず神棚に祀り感謝の祈りを捧げた民族なのだ。


築地市場には今でも神棚があるといういう話を聞いてたので、検索してみたところ・・ほんとにあるらしい。

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https://blog.goo.ne.jp/kohobunka/e/85b9b53f2e777f84795443fb39d16a1f


昔の日本人のほとんどは、明治時代になるまで、魚しか食べなかった。
それでも魚の霊を祀るために神棚を置いていたのだ。

地域によっては、獣を殺し肉を食べたりしていたのだけれど、そういった人たちもまた必ずといっていいほど、信仰は厚く、祈りはかかさなかった。


アイヌでは有名なイヨマンテという祀りあるし、マタギたちが信仰が信仰が厚かったことは、よく知られている。


こちらはマタギの里、「小玉川熊まつり」
    ↓
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http://www.town.oguni.yamagata.jp/tourist/event/kuma/kuma.html


こちらは絵葉書になったアイヌのイヨマンテの祀りより
    ↓
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https://www.pinterest.com/pin/534239574526181409/

もちろん熊だけに限ったことではない。

鯨だって。

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https://twitter.com/kaku_q/status/999228943394783232

鯨塚や鯨を祀った神社だって、捕鯨が行われていた地域には多くあるのだ。
   ↓
日本人はクジラの供養塚を建ててきた

しかも、殺した鯨の一頭一頭に戒名をつけて、手厚く祀ったそうだ。


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https://blog.goo.ne.jp/peaceorange/e/bd417579bd03d7a4d7197120db2dff75




日本人の血の中には、人も動物もすべてが平等に神様から与えられた尊い命という概念が宿っている。

だからこそ、人間のために犠牲となってくれた命に感謝して無駄なく利用し、その上で鯨(もちろん、他のすべての動物や魚)の霊が成仏するように祈ってきたのだろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が調べた限りでは、こういった文化を持つ民族は世界広しといえど希少だ。

到底、欧米人には理解しがたいものだったことだろう。

だからこそ、グリーンピースあたりがしゃしゃり出てきて、「日本人は賢い哺乳類、鯨を殺して食べるとは、なんと野蛮な!」・・というわけのわからん理論になってしまったのだと思う。

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おいおい! キミたちはブタや牛、鳥は食べないのかい?
日本人のように彼らに感謝して祈りを捧げて食べてるのかい?
・・とツッコミたい(笑)


そういえば、このような話はずいぶん昔の、美味しんぼって漫画の中にも出てきたエピソードだったね。
   ↓

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同じ東洋人であっても、日本人は違うのだ!

中国や韓国では家畜どころか犬や猫でさえ食べるし、しかも「命あるもの」と意識して、感謝を込めて祀る? な~んてことは、古代からも聞いたことさえない。


「森羅万象はすべて気で出来ている」とか、老荘思想だとかっていわれてるけど、それはどこに宿ってるんだよ!と、ここでも、ツッコミを入れたいくらいだ。


それは中国じゃなくって、日本発祥だったんじゃないんかい?
ひょっとして、老子って中国人じゃなくって、日本人の祖だったんじゃないの~?(笑)



いやいや、ちょっと待った!

それは日本人ということではなく、敬虔な仏教徒であれば、肉食はしないだろうが!と逆に突っ込まれたことがある。

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ほらね、こんな記事だってあるんだから、と。
   ↓
カナダの仏教徒:カナダで仏教徒が272kgものロブスターを購入し、ロブスターを解放した

虫であろうと命は絶対殺さない!
動物も魚も食してはいけない!

もちろん、酒もダメ~、女もダメ~なんだろうけど。

ある仏教宗派によっては、こうゆう禁止条項がある。


こうゆう人々がいても、これはこれで良いとは思うのだが・・

しかし、もしも、これを一般人にも説いて回って禁止しだしてしまえば・・やってることは、まるでグリーンピースの捕鯨反対運動と変わらない気がする。



それよりも・・・私はやっぱり日本人の文化の方が素晴らしく思う。

命を繋いでいくためには、魚も動物も食べる。
しかし、頂いた命に感謝して食べ、余すところなくすべてを利用する。
御霊に感謝の祈りを捧げる。




そこには、
厳しし食物連鎖という自然の摂理の中においてさえ、それでも同じ命持つものに対する慈しみ、愛情を感じる。

それが日本なのだなあ・・・と。


<<後記>>

最近人気になっている、チキンチャンネルという動画があります。
鶏をペットとして飼っている方の動画です。

鶏は3歩歩くと忘れるとか・・って言われてバカの代名詞みたいに言われてたりするけど、とんでもない。
鶏の生態もよくわかる上、彼らにもそれぞれのキャラがあることもわかります。 
それぞれの食べ物の好みもあり、彼らは人の言葉を理解し、人に甘えたり、訴えたり、怒ったりと・感情豊かな動物であることもわかる動画です。
   ↓
チキンチャンネル


アメリカの怖い山の話

山には怪異と呼ばれるような不思議な話がいくつもある。

本来、人は里に住み、山は別世界(神とか魔物の住む場所)なのかもしれない。

神体山(しんたいさん)といって、山に神が宿るとされ、その山自体がご神体とされているところもある。 
たとえば、奈良県にある大神神社(おおみわじんじゃ)などもそういった場所だと言われている。

神の住まう山を祀った、それで神社が作られたということだ。


以前、山に纏わる怪談話というのをYoutubeで聴いたことがあり、それは安曇潤平さんというホラー作家でもあり、また実際に自分でも山に登るという、登山家の方が語ったものだった。

登山家ならではの山に関する専門知識も散りばめれていて面白かった記憶がある。


でも、このような話は日本の山だけのことではないようだ。

実際に、絶対に登ってはいけない山、足を踏み入れてはいけない山というのが世界各地にある。


有名どころでは、ガンケルプンスム(Gangkhar Puensum)7,570m

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ブータン最高峰といわれる山で、こうゆうのを見たり、また前人未到なんて聞くと、多くのアルピニストが挑戦したがるらしいけど、地域の宗教信仰に反するという理由から、ブータンでは登山が禁止されていて、また、ワンチェック国王はこの地を永久未踏峰とすることを宣言してしまっているという。

他にも、カイラス山(Kailash / Kailas)6,656mなども、チベット仏教だけでなく、ヒンズー教、ボン教(チベットの伝統宗教)、ジャイナ教の聖地でもあるし、

ネパールのマチャプチャレ(Machapuchare)6,993mは、シヴァ神に関する神聖な山として、一切の登山許可を出さないそうだ。


どちらかというと・・ネパール、チベット、ブータンといった地域に、霊峰とされ、登山禁止の山というのが多いような気がする。

ん? 富士山も霊峰富士じゃなかったっけ? 登山禁止どころか、世界遺産にまでしちゃって各国から人がどんどん押し寄せるようになったと聞くけど・・大丈夫なんかな~?



欧米圏では、山に対してスピリチュアルな考え方をするということはあまりないようで、神聖な山だから登っちゃだめ~っというのは今のところ、聞いたことがない。

だから、どこでもみんな登りたきゃ登っちゃうんだけど・・それでも、山に纏わる不思議な話というのは、いくつも存在している。


きょうはその1つ、アメリカで実際に起きた話を紹介しようと思う。

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ベニントン・トライアングル(Bennington Triangle)の話だ。


ここは、まさにバミューダ・トライアングルみたいに、その三角形内で人が消えてしまうという事件で、原因不明、未解決事件の多発地帯になったところだ。

場所はここ、左にニューヨーク州、右にはマサチューセッツ州で、ここはバーモント州南西部の地域だ。
 ↓
Bennington Triangle


1.ミディ・リバーズ( Middie Rivers) 1945年11月12日

これが最初の事件となる。

この方は74歳のミディ・リバーズさんという方で、4人のハンターを道案内していたときに、忽然と姿を消してしまったというもの。

ミディはガイド(案内人)をしていて、常に危険を確かめながら、自分が少し先を歩いていたのだが、ちょっと姿が見えなくなったな、と思ったら、そのまま消えてしまった・・という。

74歳のおじいちゃんじゃあ?・・なーんて言ってはいけない(笑)

この方は長年のベテランガイドで足腰も若者に負けないくらい丈夫だし、ここらへんの山も森も熟知しつくしてるような人。
何度も人の救助をしたこともある人だった。


事件後、大勢の人数を借り出して広範囲に渡る調査が行われたが、さっぱりわからない。

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最初は、みんなあんまり心配してなかったそうだ。

「ミディのことだから、今は崖から落ちて怪我でもして動けないかもしれないけど、ちゃんと、そのうち自力で戻ってくるよ。」と、それくらい、信頼の厚いベテランガイドだったということだろう。

ところが、それ以来、彼は忽然と消えてしまい姿を見た者は誰もいない。



2.ポーラ・ウェルデン(Paula Welden ) 1946年12月1日

それから約1年後。

ポーラは、18歳のベニントン大学の2年生だった。
彼女はなぜか、学校帰りに、それも4時頃から山へ、ロングトレイルに出かけたという。

そのとき、赤いパーカーを着ていたそうだが、「それ1枚でトレイルするんじゃ寒いんじゃない?」と人に言われたのにも構わず、そのまま出かけてしまったそうだ。

もともと、特に山歩きが大好きだったというわけでもなく、しかもそんな時期にそんな薄着で、しかもそんな時間から?


彼女の赤いパーカー姿は何人もの人に目撃されていた。
実際にトレイル中には、後ろを歩いていた老夫婦がいたそうで、彼女の後ろ100ヤード(91 m)くらいをついて歩いていたという。

そのうちカーブに差し掛かり彼女の姿が見えなくなり、老夫婦もまたカーブを曲がり切ったときに、すでに彼女の姿は消えてしまったという。 その後は真っすぐな道がずっと続いているので、見えないわけはないのに~と老夫婦は語っている。

この事件は、FBIまで呼び、父親は5,000ドルの報奨金まで出したそうだが、それでも彼女をみつけることは出来なかった。
(当時の5000ドルだと、今だったら日本円にしても800万円くらいの大金だったかだろうと思います)

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3. ジェームズ・テッドフォート(James Tedford)  1949年12月1日

それからちょうど3年後の同じく12月1日

ジェームズは退役軍人だった。 彼はこの日、セントオールバンズ(St. Albans)にある親戚の家を訪ねた帰りに、バスに乗ってベニントンまで帰ろうとしていた。

この事件は一番奇妙かもしれない。 そのバスの中で消えてしまったのだから。

こちらは当時の実際の町の様子
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https://coolinterestingstuff.com/the-strange-mystery-of-james-edward-tedford

停留所で並んで待っているときも、また、彼が座先に座っているときも何人もの人に目撃されている。

それなのに・・バスの中で煙のように消えてしまった?としか思えないのだ。

彼の座っていたところの網棚には彼の荷物が残されており、また座席には開いたままのバスの時刻表が置いてあったという。



4. ポール・ジェフソン(Paul Jephson ) 1950年10月12日

ポールは8歳の子供で、母親とトラックで出かけるところだった。

ところが、お母さんは家畜のえさをやることを思い出し、いったん家に戻ることになる。 
「トラックの中で待っててね、餌をやってくるからね。」と言い残して家に戻ったお母さん。

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ところが手間取ってしまい、トラックに戻ってくるまでに1時間くらいかかってしまったという。

そして戻ってきたときには、ポールの姿はどこにもない。


すぐにポールを探すために捜索隊を出すことになった。 ポールは真っ赤のジャケットを着ていて目立つので、誰もがすぐに見つかると思っていたそうだが、・・みつからない。

犬を使って追跡させても、フリーウェイのところで匂いも消えてしまっていたという。


この事件ではお母さんを責める人もいたという。
今でこそ、8歳の子供を1時間も放置しておけば立派な法律違反だが、この当時はおそらく州法でもそんなのはなかっただろうし・・また、農場経営してるとなればお母さんも育児だけに専念するわけにもいかないだろう。

お母さんだけを責めるのは気の毒だなあと思った。 8歳ともなれば、物事がわかっている年頃のはずだし。


ただ、ちょっと気になる点は・・・ポールは消える前日に、山のことばかりを話していたという。

しかも、ポーラと同じような真っ赤なジャケットを着ていたということも・・偶然だろうか?



5. フリーダ・ランガー(Frieda Langer) 1950年10月28日


53歳のフリーダと、いとこのハーバート・エルスナーは、サマーセット貯水池近くのキャンプ場を出て、ハイキングに出かけた。

ハイキング中に、フリーダは滑って小川に落ちてしまい濡れてしまったため、彼女はハーバートに、「キャンプ場に戻って着替えてくるからちょっとここで待っててくれる?」と言って、キャンプ場に戻ったという。

この方です。
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ところがいくら待っても、フリーダは戻ってこない。

心配したハーバートはキャンプ場に戻り、フリーダを探したのだがどこにもいない。
誰に聞いても、フリーダは戻ってきてないと言われたという。


それから2週間かけて、ヘリコプターや飛行機、一番多いときには300人もの捜索隊が出て、5回も捜索が行われたにも関わらず、何も発見することができなかった。


ところが1951年5月12日、彼女の遺体がサマセット貯水池でみつかった。 ここは7か月前に、大勢で隈なく探し回ったところだったのだ。

残念ながら、彼女の死因は不明。 そのときの遺体の状態からでは死因を特定することは出来なかったという。


唯一、彼女だけが遺体でみつかった事件になったのだが、その他の人たちは遺体すらもみつかっていない。
いったい生きているのか死んでいるのかさえもわからないのだ。

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以上が事件として大きく報道されたものだったが、まだ他にもいくつもの出来事が起こっていたようだし、さらにもともと、このあたりには幽霊目撃情報だとか、怪異に纏わる話も多いのだ。


少なくとも、この5つの失踪事件について共通するのは、グラステンベリー山(Glastenbury)に関わっているということ。

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山のガイドをしていたミディー、トレイルをしたポーラ、前日山の話をしていたポール、ハイキングしようとしていたフリーダ。
バスの中で消えたジェームスについては、山と関わっていたのかいないのかは定かではないのだが。



この山には不思議なことが多い。

たとえば、Cairn(ケアン)と呼ばれるものがある。

これは石を積み上げて作られたモニュメントのようなものなのだが、何のために作られたのかはよくわかっていない。
埋葬する墓場だとか、道標だとか、さまざまに言われているものだ。

それが、このグラステンベリー山の頂上付近にいくつか存在している。

ところが・・この山の上に行くと石など全くないのだ。 つまり、わざわざ下から上に多量の大きな石を運び上げて作ったとうことになる。

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これを調べた学者さんに言わせると・・「この苔などから調べても、これが作られたのは先史時代まで遡るかもしれない。 ものすごく珍しい貴重な発見だ。」と興奮して喜んだという。


また、このグラステンベリー山を中心としたベニントンという地域、 それについてもちょっと説明しておこう。

ベニントンという1つの町だけではないのだ。 ベニントンはベニントン群という地域全体を表してるのに過ぎない。


そこには、ベニントン、ウッドフォード、シャフツベリー、サマセットなどという町(集落?)を中心に、まだまだいくつもの名前で呼ばれてる集落やら地域やらがある。

かつては、それなりに繁栄していた伐採と工業の町だったのだが、19世紀後半から衰退し始め、現在はゴーストタウンと呼ばれるような地域になっている。(もちろん、まったく人が住んでいないというわけではなく、数人の人々が住んでたりするのだが・・)


たとえば、グラステンベリー(山と同じ名前の集落)は、ベニントン郡にある山岳地帯の町で、居住者はわずか8人だとか。

南北戦争後の短い間は、小さな木炭製造業と伐採鉄道事業がグラステンベリーに恩恵をもたらして、 町には郵便局、家々や学校があり、人口は1880年に241人は住んでいたという。


そもそも衰退していった事の起こりは、グラステンベリーでの2件の殺人事件(1件は1892年のフェイビルの集落、もう1件は1897年のグラステンベリーのビックフォードホロー)から始まっているそうで、それ以後、衰退していったという。

さらに、人里離れた幽霊の出る場所としても知られるようになっていったという。

それでも住民は復興させようとさまざまな努力をしていたようだ。

今では廃ホテル&カジノになってしまっているが・・。
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たとえば、サマーリゾートにしようという試みがあり、古い下宿屋をトロリーを備えたホテルに改装し、アパートもカジノに改装して、集客をしたという。

ちなみにトロリーというのは、こうゆう乗り物のこと
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ところが不幸なことに、1シーズンだけ開業した後、大洪水が起こり、それによって線路が修復不可能となり、リゾートも永久に放棄されることになったという。


何をやってもうまくいかない地域
殺人事件まで起こっている地域
幽霊目撃、多発地域
さらに・・謎の失踪事件


これはもう、忌み地(いみち)と呼ばれるような土地なのだろうか?

グラステンベリー山の頂上に近いところ
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さらに、不思議と言われていることがある。 これは人為的な意味においての「不思議」なのだが・・。

これら放棄されてしまったゴーストタウンは、かなり広大な地域に広がっている。
グラステンベリーは約27,000エーカー(36平方マイル以上)もあって、現在は主に米国森林局が所有になっているという。

ところが周辺は非常に発展していった地域なのに、ちょうどその間にポツンと、その広大な地域が挟まれたような形となって残されてしまっているという。

さらに、なぜ当局は、このゴーストタウンのような小さな町がいっぱいあるというのに、町を統合してしまわないのか?という疑問。
せめて2つくらいは統合してしまってもいいはず・・というか、フツウだったらすぐに統合して1つにしてしまう方が自然なのだ。

あえて何もしない、手つかずのまま放棄しているとしか思えない・・というのだ。

広大な土地であるにも関わらず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなで、さまざまな憶測が憶測を呼ぶことにもなり、ここには時空の割れ目があるとか、UFOのアダプションとか、ビッグフットがいるんじゃないかとか? 

さまざまな噂がたって、ミステリアスな地域として有名になってしまったのだ。


なんでも、ネイティブアメリカン(アメリカインディアン)の伝承によれば、ここは呪われた土地であり、踏み入ることは禁止されてきた山だったという。

この地域のインディアン、アルゴキンという部族だったそうだが、長い間この地は悪意に満ちた気が充満している地域として警戒し、長年避け続けてきたという。

しかし、絶滅してしまった部族でもあり、今や誰にもその真相を聞くことは出来ない。


おそらくこのような山、土地というのは世界各地に存在することだろう。

また必ずといっていいほど、神聖な山、または、呪われた山ゆえに入ってはいけないなどといった言い伝えが残っているものだ。


それを、ただの迷信とかフォークロア伝承として捉えてしまう場合も多いのだろうけれど・・。


<参考>

Of Misdeeds and Mysteries

Glastenbury Mountain Cairn Site *

The Vermont Ghost Town of Glastenbury

Bennington Triangle, Vermont

The Vanished Town of Glastenbury and The Bennington Triangle

新宿駅の自殺者の霊

たまたま新宿駅の様子を見て妙に懐かしい気分になった。

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私は生まれは中野で長年高円寺に住んでいたことがあって、新宿駅は乗り換えの最寄り駅でもあったからだ。


それにしても凄い!

こんな時期でも、やっぱり人は多そうだし、それに、マスク率100パーセント!
自粛と呼びかけただけで日本は凄いなあ。。。



でも、今回はそういった話じゃなくて・・・私が「新宿駅」と聞いて思い出すことがもうひとつある。
   ↓
「見える人」によれば「新宿駅は霊がうじゃうじゃいるところ」

怪談といえば、お墓、病院、学校などと言われるけど、実際にはとは比べ物にならないそうだ。
*もちろん新宿駅に限らず、大きな駅はどこも霊は多いという。



これは、ずいぶん前に職場の後輩、ゆかりちゃんから聞いた話だ。

彼女は、いわゆる「見える人」ではあるんだけど、霊と対話したり祓える人ではない。
そのため、いつも自分でも災難?に見舞われて困ってるって人だったのだ。


ある夜、飲み会の帰りに、彼女が新宿駅のホームで電車を待っていたときのことだ。

電車が近づいてきて、ファーンという音が聴こえてきた。

その瞬間、彼女は衝動的に電車に飛び込みたくなってしまったという。

思わず飛び出そうとしたとき、前後にいる人に押されて動きが阻まれたことで、かろうじて衝動を抑えることが出来たそうだ。


「もしも一番前に並んでたら、私、飛び込んでたかもしれない。」

言うまでもないことだけど、彼女は一切自殺願望はない。 
フツウに仕事してフツウに飲み会して帰宅するつもりだったのだ。


なぜ、こんなことが起こってしまったか?

それは彼女自身が説明してくれた。

「どうやら、私は、人の強い想念を即座にキャッチしやすい体質らしい。
調べたところ、こうゆうのって、エンパシー(共感)能力っていうらしいよ。」


Wikiによれば・・
共感、エンパシーは、他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。
例えば友人がつらい表情をしている時、相手が「つらい思いをしているのだ」ということが分かるだけでなく、自分もつらい感情を持つのがこれである。通常は、人間に本能的に備わっているものである。




「深い悲しみを持ってる霊がそばにいると、私までその悲しみで、勝手に涙がどーと出てきてしまったりするんだよね~。 それくらいならいいんだけど・・・

今回は、死にたい!死にたい! 電車に飛び込まなきゃ!って、まるで強迫観念にとりつかれちゃってるような、すごい執念を持った霊体がそばにいたんだよね~。」


ひょええ~! 


ひょっとしたら他にも、それで電車に飛び込んじゃった人だっていたのかもしれない。

特別強いエンパシー能力を持っていない人であっても、最近少し鬱状態で落ち込んでたりするときに、突如として衝動的に「事を起こしてしまう」ことだってありえるのかもしれない。 別に自殺までは考えてなかったとしても・・だ。



「私が知ってる限りではね・・と、ゆかりちゃんが話始めた。

「一番厄介なのは自殺しちゃった人の霊なんだよ。 自殺したのに死ねてないんだから。
 
いや、体は死んでるんだけど、死んでラクにはなれると思ってた死んだのに、どこにも行けずにそのまんま駅のホームにいる。 
気持ちは自殺前の辛い気分のままなんで、早く死ななきゃと思って、何度でも飛び込んで今度こそ死のうとするんだよ。
ひょっとしたら、生きてるときよりも、その念がすごく強くなってるのかもしれない。」





「新宿駅はそんな霊が多いの?」


「いや、だいたいが無害な方が多いよ。 病院で病気で亡くなった人なのに、電車に乗って会社に行かなきゃ!という思いが強かったせいか、ただ黙々とホームで電車を待ってるだけの人とかもいるから。」



それはそれで哀れだけど・・でも自殺者の霊は悲惨過ぎる。

死んでラクになりたいと思ったからこそ自死を選んだんだろうに~。

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せっかく死を選んだのに、きれいな花園が見えたり光が見えるわけでもない、三途の渡しにもたどり着けない! 
懐かしい人がお迎えに来てくれるわけでもない。

まだ、そこにいるだけ。
しかも孤独のまま誰にも気づかれず、重い気持ちを背負ったままで、どこにも行けないとしたら・・・

そりゃあ、地獄だ。


「カトリック神学の倫理感では「自殺は罪」だったよね?」

ゆかりちゃんはカトリック信者だ。 


「うん、人の尊厳を踏みにじる「不正な殺人」は絶対に 断罪されるべきものだと教わっているよ。
ただし、これには”自分で自分を殺すことも含まれる”んだよ。」


殺人を犯すことも自分を殺すことも同じ罪なんだね~。 神から与えられた人の尊厳を踏みにじる行為という罪なのだそうだ。


「でも、自殺する人は自分の命なんだから自分でどうしようが勝手でしょ!と思ってるんだと思うなあ。」


生まれた瞬間から、ひとり一人の人間の命が私たちの手に渡されている。


その命を神の愛の贈りものと見るか、あるいは私が自由に処分できる自分だけのものとするか? その見方によっては、生きる姿勢も人間関係のあり方さえも大きく異ってしまうということだろう。

少なくとも、神の愛を感じることがが出来る人なら、そこに神から与えられた命の尊厳だって見出しているだろう。

そんな人は、どんなことがあっても、自分を殺したりはしない。



「ねえねえ、日本では昔は切腹があったよね? あれも自殺なんだろうけど・・そうやって死んだ人たちも地縛霊になっちゃうことが多いのかな?」と、ゆかりちゃんが尋ねる。


「さて? 仏教の言葉だったかで”小我””大我”というのがあるよね?

”小我”は自分の中の利己的な狭い世界観の中で、自我に囚われた生き方をしてることでしょ?
小我ゆえの切腹だったら、やっぱり死に切れてないかもしれないね~。」



「昔の人は死ぬことをわりと軽く考えてたのかもしれないね。 武士は切腹してたわけだし~。
だから現代の人も、日本人はそういった文化を受けついじゃって自殺を軽く考えちゃうのかなあ?」



「いやいや、私はそうは思わないよ。
武士の切腹は刑の執行でもあったし、やっぱり死は重たいものだったと思うよ。

それに、自分が死ぬことで人を助けたりお家を守ったりした武士だって多くいたと思うよ。
そうなると「大我」 による切腹だから・・きっと西洋の神様だって喜んで天国に迎え入れたんじゃないかな?」


「え? そんな切腹なんてあるの?」


あるよ! 清水宗治さんを知らんのかね?!」


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https://myougenji.or.jp/about/mizuzeme/


「ん? 誰それ・・?」

ええええ、知らんのかい?! 秀吉の毛利攻めで備中高松城が落とされようってときに、最後まで主家を裏切らず、しかも家来5千名の命を救うことを条件に切腹した城主だよ。
 
でね、最後に舟の上で能を舞い、辞世の句を読んで切腹したんだけど、その立ち居振る舞いの美しいこと
(←見てきたように言う私)
その見事さに敵味方の全員を感動させてしまったって有名な人だよ~!!」


「し、知らんがな~。 でも私、細川ガラシャは知ってるよ。
敬虔なカソリック信者で、西軍の石田三成に人質に取られそうになったとき、それを拒んで、家に火をつけて家来に介錯させたんだよね。
キリシタンの教えを守って自害はしなかったけど、あれだって実質的には自害したってことだもんね~。」



「そうだったね~。 昔の武士たちは、常に死を覚悟した生き方をしてたけど、決して軽く考えてたんじゃないと思う。

死ぬのは自分のためじゃなくて、誰かのためだったことが多かったんだと思う。」



なるほど、現代人の自殺とは違うわけだよなあ、とそこで二人で頷き合ったものだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新宿駅でゆかりちゃんにまで、飛び込みさせようとしちゃった人(霊)は自分が救われかったのだろう。 何があったのかは知らないが・・。


誰かに憑依して殺そうとか、悪気があったわけではないかもしれない。

ただ単に自分の苦しさから逃れようとするため。


でも、そういったときの心はものすごーく狭くなってしまっている。

現実的なことを言えば・・電車遅延だとか、死体のパーツを集める駅員さんなど、他人に及ぼす迷惑についてさえ考えるゆとりもないのだろう。

おそらく、そんなことすべて・・何も見えなくなってしまっているのだ。


一方で、昔の切腹作法を読む限りででは、「極力人に迷惑をかけないように」の配慮がなされていたことが思い当たる。



「人間の命は生まれた時から確実に死に伺っている限りあるものでしょ、生を受けた瞬間から人は生きながら死につつある (dying)ってわけで・・・ 私はカトリック教会で、人間生命の尊厳や価値というのを教わったんだよ。

それは人は孤立した個人として生きるのではなくて社会だったり家庭、共同体などと連帯して生きるべき存在となるように生を受けたんだって。


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「そこから、挫折と苦悩を 乗り越えて生きる意味と価値を 実際に感得することが生を受けた使命でもあるって。

それにはね、自分の関わる人間関係の中で理解され愛し愛されるとき、それをひとことで言っちゃうと、誰かのために生きるとき、生きる意味を見出して自分の生を充実したものにすることができるそうだよ。」



それが人の尊厳であり、だからこそ人の尊厳をぶち壊すこと、死を与えることが罪とされるってわけなんだね~。

私はそのときはじめて「自殺が罪」の深い意味を知った気がした。



「うーーん! それより、私は人の想念に引きづられそうになっちゃうとこ、なんとかしなきゃ!
今一番の課題だなあ、もっと自分を強く持つなる方法を学ばないとなんだよな~」
と、ゆかりちゃん。


「とにかくね、駅のファ~ンて音、あれ、ヤバイよ~! たぶん私だけじゃなくって、疲れてぼーっとしてるときなんか引きこまれやすい音だと思うから、気をつけてよ~!

それに、ピーン、ポーンという音が一定の間隔で流れてたりするけど・・あれも、おかしな催眠効果を誘発するのかもしれないから気を付けた方がいいよ!」


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目を覚まさせてくれるような車のクラクションの音はいいそうだけど、大きな駅で聴こえてくるファーン断続的なピーン、ポーンは・・あまり良くないそうだ。

不安・恐怖 Vs. 直感の考察

以前、友人から 「子供の頃に友だち3人で肝試しに行って、そのうちの一人が幽霊にとり憑かれて死んでしまった」って話を聞かされたことがあった。

なんだか、どこぞで聞いたようなアリガチな怪談話なのだが(笑)

この友人というのが、大男でいつもよく食べよく飲み、食べることが大好きのいつも元気いっぱいってタイプなのだ。

そうだなあ。。。動物に例えると牛さん、みたいなイメージの人。

41900096-好奇心旺盛愚かな牛のぽかんとした顔つきで草を食べるします。楽しいカラフルな赤ちゃんと言って武牛の動物イラスト。

どうみても幽霊なんて信じてないし~、怪談話とも縁がなさそうってカンジの人だったので、ちょっと意外な気がして、ついつい、その話を聞いてしまったのだ。

その時の私たちの会話を思い出しながら、ここに書いてみることにする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その「牛男」が言うには、

「実際にとり憑かれて死んだかどうかはわかならいんだけどね、ただ、その日を境にしてそいつは急に体調が悪くなって入院してさ、その1週間後には亡くなっちゃったんだよ。
で、内輪ではきっと幽霊に殺されたんだ!って話になっただけなんだよ。」
 ということだった。


「いったい、肝試しでどんなとこに行ったんよ?」


「廃屋探検! そこで殺人があったとかって噂の廃屋でね、生活してたときのまんまの形で家具や荷物が残ってる家だったんだ。 そこに夜遅くこっそり家を抜け出して、子供だけで行こうってことになってね・・。」


「そこへ、アンタを含めた3人の悪ガキで行ったんだね?」


「いや、実は俺は行かなかったんだ・・。 家の近くまで一緒に行ったんだけど、急になんだか嫌~な気持ちがしてきて、
俺、やっぱ行かない!と言ったんだ。

するとさ、友達二人がさ、ビビり~! 弱虫!ってバカにするんだよ。 
くそ!と思って・・・それなら行ってやるぜ!と思って行こうとすると、頭痛がしてくるし耳もおかしくなるんだ。 きーーーんとするようなカンジで・・結局、もう、何を言われたって構うもんか! 絶対行かないぞ!って決めて、一人で帰っちゃったんだよ。」


「そりゃ、よかったね~。 行く途中でそんな症状が出るってことは、たぶん、本当にヤバイ場所だったんだと思うよ。」


「あとで思えばだけど・・たしかにそうだったんだろうなって思うよ。」


ここで、

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https://subestamp.com/review/%E9%9F%B3%E4%BB%98%E3%81%8D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%97/18213/

まる子のお母さんだっら、絶対、怒鳴りつけただろう。


「翌日、もう一人の友達に聞いたら、とくに怪奇現象みたいなのはなかったけど、色々なものが散らばってて、それを放り投げて遊んだり、そこにあった雑誌やノートを破いたり、メチャクチャそんなことして遊んで帰ってきただけだったって。

その話をしてくれた友だちは、そいつも、たぶん1か月後くらいで、お父さんの会社の転勤だとかで引っ越して行ってそれっきりになっちゃった。 だから、その後のことはわからないんだ。」


「ふーーん。 その人は無事でいるといいね~。」


「その友だちとも、あれ以来なんとなく疎遠になっちゃって、そいつが引っ越していくときも連絡先すら聞かなかったからなあ。 

ひょっとしたら、あの時のこと、アイツら、まだ何か隠してることがあったかもしれない。 何か怪異みたいなのもあったのかもしれない・・・なーんて後で思ったんだけど、それも今となっては何もわからないけどね。」


「ところで、アンタ、霊感がある方なの?」

「いや、ぜんぜん。」

「じゃ、怖がり?」

「うーーん、まあ、フツウかなあ。」

「なのに急に嫌なカンジがして、さらに頭痛までしてきたってのは、やっぱり、行くな!ってことだったんじゃない?」

「今考えれば、そう思う。
でも、子供の頃ってそうゆうのわからないんだよ。 きっと他の二人だって、なんかヤバイってカンジてたんだと思うんだ。
だけど、もし、ここで、やめる!なんて言ったら、弱虫扱いされるとか、カッコ悪いとかで、やめられなかったんじゃないかなあ。
子供の世界にだって、子供同士の見栄の張り合いってのがあるんだよ!」

「それ、よーくわかるなあ。 子供の世界も大人の世界も同じかもね。
大人になると、もっと別のしがらみやらヘンな意識が働いて、直感に従えなくなっちゃうもんなんだろうなあ~。」


「俺はどっちかと言うと、楽観的で鈍いヤツって言われてる方なんだ。
あんまり、日頃から不安や恐怖を感じない方かもしれない。 だから、オマエはダメ~なんだって言われることが多いんだ~。」


「え? そーなの? 不安や恐怖を感じない人はダメなの?」

「だってさ、不安や恐怖があれば、最初から危険な場所には近づかないし、はじめから防御に入れるだろ?」



う~ん、そうだろうか? ・・・・とそこで私はしばし考える。


「それはちょっと違うような気がするなあ。
むしろ、日頃から不安や恐怖を持ってる人の方が、かえって不安や恐怖の種を呼び込んじゃうような気がする

その怖いって気持ちが、実際に幽霊を呼び寄せるって話もあるよ~。(笑)
百物語をしてると、実際にやってくるって言うしね!」


こうゆうヤツ
  ↓
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http://seishikimeishou.blog.fc2.com/blog-entry-628.html?sp


「マジかよ? そりゃ、やだなあ~」😩

マジかどうかは知らんがな~。 私はやったことないし~。


「それにさ、恐怖や不安って、そうゆうのって感情でしょ? しかも外部から影響されて起こった感情ってことが多いんじゃない? 
どーだろ?」

「うーーん?」
と、今度は彼がしばし考えて言う。

「そうかもしれない。 子供の頃なんてさ、怖い話を聞いたり、怖い映画を観たあと、怖い怖いって思っちゃってさ、いつもだったら、一人でトイレに行くのも平気なのに、その日はトイレに行くのが怖くなっちゃったりしてさ~。」

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「だからさ、怖い映画や話を聞いて怖くなってのは、外部から影響された恐怖心で、それは感情なんだよ!
うわ!なんかヤバイ!って咄嗟に思うのは、感情じゃなくって・・自分の直観なんだと思うな。」



「あの肝試しに行こうとしてたときは、まさに、俺、それだった! 直感の方だったな。」


「そう、危険を知らせるものだったら、そうゆう直感の方がずっと役に立つ。
植え付けられた恐怖心なんてのは、いざっていうときには、なーんの役にも立たないか、むしろ、かえってヘンなものを呼び寄せちゃうだけかもしれないよ~。」


「そっか~。 それでか~。 なんかわかってきた気がするぞ
恐怖心とか不安感てのはネガティブマインドといわれる中に入ってたもんな。 それは感情ってことだな。」

なるほどなあ。 そういうことなんだなあ~(笑)

「だと思う。 そういった感情のほとんどは、外から植え付けられたものが多いんだと思う。
だからさ、キミみたいに、ふだんは楽観的で鈍感な牛みたいな方がいいんだよ~。」


「え?俺って、牛かよ!」


「いやいや、牛さんは一番かっこいいんだ!! 普段はのーんびりした優しい楽天家でも、いざってときは鋭い直感が働いて勇敢になるじゃん!

まさにキミみたいに、ちゃーんと鋭いアンテナを隠し持ってて、いざってときはバリバリに直観が働く方がいいに決まってるよ~。
危険を回避するってことを考えても、それが一番だと思うな。」


ふだんの牛
  ↓
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いざってときの牛
  ↓
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「おお! そっか~。 牛はカッコいいんだよな~
俺はこのままで俺でいいんだ~!!」



はいはい!


「たまーーにね、俺、こんなこともあるんだよ。
会社に車通勤してるんだけど・・・なんだか朝、今日は絶対行きたくない!って思う日があるんだ。
そうゆうときは、急にお腹が痛くなった~とか嘘ついてでも会社休むことにしてる!」


「は? アンタさあ、それって本当に直感?
子供のとき、マラソン大会の朝にお腹が急に痛くなる子とかっていたじゃん! その類と違う?」

「いや、それとは絶対に違う感覚なんだよ。
タダのズル休みしたいときも理由つけて休むことあるけどさあ・・それは感情! そんなのはちゃんとわかってるさ(笑)」



け! ただのずる休みもあるんかい!


「直感から来るのはめったに無いけど・・たぶん、あっても1年に一回くらいかな? そうゆうときは直観に従って素直に会社に行かないことにしてるんだ。 

それでもどーしても行かないと会社から左遷されるかレイオフされちゃうような瀬戸際ってときは、誰かに同乗して一緒に行ってもらうようにしてるんだ。 その日の強運を持ってそうなヤツに。」


ふええ~、この牛男、なかなか、ちゃっかりしたヤツだなあ~(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。

これは、ずーーと前の話で、その後、私も少しは勉強したし・・

感情は脳が作り出すもの、幻影のようなものなーんてことを、ドグラマグラの脳髄論から学んだり
    ↓
ドグラ・マグラの世界から「脳髄論」


また、この図は前にも何度かアップしたけど・・
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感情と潜在意識はぜんぜん別のところにあるもの、ってことも知るようになった。

直感はむしろ潜在意識に密接してるものかと思ってる。

それを明確に知るまでは、私も感情も直感も一緒くたにしたようなところはあった気がする。


たぶん、一般的にも勘違いされてることがあって、

「恐怖・不安感を持ってた方がいい! それは生存本能であり危険回避ができるから」・・・なんてのは、まさに感情と感覚(直観)を一緒くたにしちゃってるのかもしれないなあ。


今では、はっきり思う。

何かに感動したり、嬉しい、幸せな~んて感情は心をますます豊かに成長させてくれるものだけど、

ネガティブ感情はロクなもんじゃない!ってことを。
恐怖や不安も、ロクなもんじゃない!


たしかにネガティブ感情は誰でも持ってしまいがちではあるけど・・もし、そこに意味があるとすれば、それを自分自身で克服していくことがテーマなんじゃないかな~って思う。


もしもネガティブ感情で占められてしまうと、有難~い直感が誤作動しちゃうか、または降りてこなくなっちゃう気がする。

せっかく降りてきたとしても、感情が邪魔すると「素直に従うこと」さえ出来なくなっちゃうだろうなあ。



そう考えると、あの「牛男くん」、なかなか凄いヤツかも(笑)

直観を使う大切さを、私は一番最初に彼から学んだ気がする。



今の世の中、外部からの情報1つとっても、不安や恐怖心を煽られるようなことばかりが多いように思う。

どうか皆さまが、

ネガティブ感情に支配されてしまわないように。

いつも、正しい直感が使えますように

と、これは私自身にも言い聞かせていることだ

霊障から学んだ丹田のこと

これは、もうだいぶ前の話だけど・・私はずーーと霊障で悩んでたことがある。
いくら払っても払っても、また憑かれるから、いつもどよーんとした状態で、どうにもならなくなってた時期だった。


そんなとき、
「まず、体鍛えろ!そして常に丹田を意識しろ!」と、気功の先生に言われた。

えええ? こうゆうときって、フツウお祓いじゃないの~! 神社とかお寺さんとか(←アメリカではお祓いしてくれる神社も寺もなかったけど)、優れた霊能者さんとか!

「無駄だね。 どんな優れた霊能者に頼んだところで自分が変わらなきゃ!」

このときはじめて、丹田という言葉を知った。

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https://matome.naver.jp/odai/2138328000082130501


丹田を意識するとか丹田を鍛えるというのは、「呼吸法」と密接に繋がっている。

鼻から息を吸い込んで丹田を意識して溜める。 
それから、ゆーーくりと口から吐く。 悪いものを吐き出してしまうイメージで。



たしかに不思議なもので・・これをやると、
大きなショックを受けたときも、怒りや深い悲しみで落ち込んでるときも、すーーと引いていく気がする。

心にニュートラルな状態が出来てくる。

すべてはここから始まるのだという。
*ただし、注意事項として「鼻から息を吸い込むこと」 
口からだとただの胸式呼吸になりやすいからね。 これだと息が丹田まで行かずに、そのまま吐き出しちゃうことになる。


東洋医学の考え方では・・息を吸い込むこと=気を吸い込むこと


とくに日本人は腹式呼吸が苦手といわれている。

なぜなら、ふだん使ってる日本語は腹式呼吸を使わずに発音できる言語だから・・らしい。
(抑揚が無くて棒読みでも通じるのが日本語。ほとんどが有声音なので腹式を使わずに発音できてしまう)


その代わり・・と言っちゃなんだけど、

かつての日本人の生活や文化の中には、腹式呼吸を使うものが非常に多かったのだ。
つまり「丹田」に気を溜めなきゃ、出来ないものが多かったということ。

武道や武術はもとより、鍛冶、踊りや楽器の演奏、農作業や工芸作業でも。

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「もっと腰入れんかい!」
「腰を落とさんかい!」


まさにそれ!

田舎で若い兄ちゃんたちが、薪割りをするときや餅つきをするときも、じいちゃんたちに、そう怒鳴られていた。
「そんなへっぴり腰じゃ、薪は割れんぞ!」と。

実際に、ヨボヨボに見えるじいちゃんたちの方が、サクサク巻き割りも出来るし餅つきも上手なのだ。
若い兄ちゃんたちの方が、絶対力はあるはずなのにな~、と不思議に思ったものだ。

これは、もっと丹田を意識しろ! 丹田にバランスを置け! ってことだったんだな~と、あとで気づく。


以下Wikipedia より

丹田(たんでん)とは、内丹術で気を集めて煉ることにより霊薬の内丹を作り出すための体内の部位。 
内丹術では、気を材料として、下丹田を鼎炉(ていろ)とみなし意識と呼吸をふいごとして、丹を煉成する


*鼎炉(ていろ)ってのは、こんな形をした古代中国にあった香炉のことらしい。
   ↓
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なのだそーだ。

さらに・・

内丹術(ないたんじゅつ)は、天地万物の構成要素である「気」を養うことで、自己の身中に神秘的な霊薬である「内丹」を作り、身心を変容させて道(タオ)との合一を目指す、性命を内側から鍛練する中国の伝統的修行体系である。



ひええ。

最終目的は道(タオ)との合一? すごい! ここまで行っちゃうんだ~。


日本人の日本語発音は胸式呼吸なくせに、その反面、生活様式は丹田と密接に繋がっていることが多く、
しかも日本人は体質的にも「気」の力を丹田に溜め込むことが、わりと自然に出来やすい人たちだったらしい。


え? 内丹術って中国から来たものなのに、中国人よりも日本人の方が優れてたんかいな?

と、気功の先生に訊いたところ、

そのとおり! たぶん日本人は内丹術なんて言葉を知らなくても、自然体で自然の中から体で学び取っていたんじゃないかな」 ということだ。


ついでに朝鮮人は? と聞いてみたところ、


「朝鮮人は中国人とも日本人とも違った部分があってね、
外から気を取り込んでも、それを丹田に溜めることをあまりしない。

その代わり、内在してる気の力は、日本人や中国人にも及ばないほど大きく強いものを持ってることが多い。
だからこそ、大きなパワーを一度に発散することもできるし、すごい瞬発力も出るんだけど・・

大きいあまり、自分で感情や衝動を抑えられなってしまって、その気が甲状腺から頭に入ってしまうと、一時的な発狂状態に陥ることもあるんだよ。 それが精神的な病にも繋がることにもなる。

もっとも朝鮮系といっても、地域によっては日本人に非常に近い人たちもいるから一概には言えないんだけどね。」



ふと、火病という言葉が浮かぶ。

「だから、丹田に気を溜められる日本人の方がいいとか優れてるかというと、これまた一概にはどっちがいいとは言えないんだよ。

丹田に気を溜められれば、温厚で我慢強い性格になる。」


たしかに・・典型的日本人らしい性格かもしれない。

「ところが、それだけだと、それだけのことで終わっちゃうんだよ。 
それどころか、溜め込むだけだと、これまた病気になる。
肝心なのは、丹田に溜めた気を練って変換させて外に放出させることが出来なきゃ。」


丹田に溜めた気を練って変換させて外に放出?
そりゃ、どうゆうことなんだ???

「日本の武術を見てごらんよ。 剣道、弓道、柔道、空手道
武術どころか、日本舞踊も能学も・・みんな丹田に溜めたものを熟練によって変換してる。」

ふと、自分で書いた剣道についての過去ブログを思い出した。

剣豪・山田次郎吉という人

武士道と刀のスピリチュアル

殺陣と剣道と四戒



剣道では、(何があっても動揺せず怖がらず疑わず迷わず・・の四戒明鏡止水(めいきょうしすい)の境地であること
それが精神面での基本だった。 と、同時に肉体も鍛えぬく。
 
肉体と精神、魂が一体とならなきゃ、強くはなれない。
それはサイキック能力にも影響し、剣豪と呼ばれる人たちはみなサイキックだったのかもしれない。
(実際に見えない殺気を感じる能力、予知能力にも優れていた)



自分で、そんなことを書いていたっけ。


そして、それはすべて丹田から始まる。


「日本の武道も舞踊も小唄端唄長唄にいたるまで・・ぜーんぶ丹田と関係しているんだよ。
西洋の歌曲だって、呼吸法を使って丹田を鍛えてるだよ。 だから常人離れしたものが唄える。」


ああ、たしかにそうだ!

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5オクターブの音域を出しちゃう歌手だとか、細かいピッチカートの連続でどこで息継ぎしてるんよ~!
なんで、そんなに息が続く? 乱れない?

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みんな丹田を鍛えられてるということか~。
その第一歩は呼吸法の練習にあるのか・・。



「中でも日本の武道は、とくに肉体と同時に精神性が要求されるものなんだよ。」


ん? 空手は日本のものだけど、テコンドーは韓国発祥の武術だよね?
あれは日本同様な武道とは違うのかなあ?・・・すぐ、細かいとこに疑問を持つ私だ・・😥

「違うと思うね。 調べてみれば・・」と、冷たく言われた。。。


で、調べたところによると、

★「空手」とは、琉球王国時代の沖縄で発祥したといわれる武道(三戦:サンチン)で、日本国内に入って空手となった。

★「テコンドー」とは、松濤館流空手を起源とする武道で、拳による突き、足による蹴りなどの打撃技を攻撃の主体とする韓国の国技。 横回し蹴り・飛び横蹴り・飛び後ろ蹴り・飛び後ろ回し蹴りなどがあり、足技が多彩。


テコンドーの方が、空手よりも後から出来たものだ。

私のようなシロウト目には、テコンドーの方が、スピーディーだし華やかでカッコよく見える。

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画像 Wikiより


ところが、もっとよく調べてみると・・

●テコンドーは、パワーよりもスピードが大切で、技をいっぱい使った方がポイントが上がるそうだ。

●一方、空手は(正確にいうと、フルコンタクト空手という)パワー、威力が重要になる。


なぜかといえば、現在はあくまでも競技のためのものだから。(いまどき実践で格闘技って使わないわけだしね。)

そこで競技の上では、

テコンドーはポイント制(どんだけ技を使えたかとかスピードで点数アップ)
空手はノックダウン制(相手を倒してナンボの世界)



という違いがあるらしい。

ということは・・

空手は威力のある技で相手を倒さない限り、すぐに反撃されることになる。
しかも、反撃にも備えたパワーを蓄えて置かなきゃならない・・ってことにもなる。

ところがテコンドーではそれは不要?

実際に不要らしい。 競技では先に技を当てさえすればいいんだとか。(ぜーんぜんダメージを与えられない技でもいいらしい)
技さえ当てれば、審判によって一度試合を止められポイントをコールされてから、また再開となので反撃に備える必要もないとか。


ええ? こんなん格闘技じゃないやん!(←だから今は格闘技じゃないんだってば! ただの競技、スポーツなの!!)
ゲームの世界だって、攻撃と防御はセットになってるつーのに。


せっかく、テコンドーカッコいいと思ってたのに正直がっかり。


それを先生に報告すると、

「攻撃と防御では、気の練り方を変化させなきゃならないんだよ。

鍛えた空手家の体は、ちょっと力を入れるだけで鋼鉄のように強くなるそうだよ。
そこらのチンピラに殴られようがびくともしないし、角材で殴られたって角材の方が折れてしまうって聞いたことがあるよ。」


そういえば・・
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瓦割りが出来るのは、力が強く手の皮が厚くなってるからかと思ってたけど・・そうゆうものではないらしい(笑)


「体を鍛えることはもちろんだけど・・肉体だけ鍛えたって出来るもんじゃないんだよ。 
気を丹田に取り込んで、それを変換させてパワーを出すことが出来るかどうかってとこにあるんだよ。


当然ながら、ただ気を取り込んで溜めればいいってものでもない!


陽の気をいっぱい取り込んでも、自分の体にある気がもともと陽の気だったら、体中は陽だけになってしまう。
瞬間的には強いパワーが出るかもしれないけど、それだと結果的に、必ず自分の体が壊れるか・・精神を病むことになる。」


あ? やっぱり・・火病?

じゃあ、どうすりゃいいんだ?


「陽の気をいっぱい取り込んでも、丹田を使って陰の気に変換させることなんだよ。
それがバランスであり、コントロールすることになる。

さらに熟練してくると、さまざまな呼吸法を学ぶことによって、自分で思ったように練り上げて別のものに変換させることさえできるようになるんだよ。」



そりゃまあ・・
熟練した武道家、剣豪などの場合は、そうしてることもよーくわかるのだが・・・

では、私はどうしたらいい?
それで霊障を防げるものなのか?



「もちろん! 原理はまったく同じことだ。
悪霊や魑魅魍魎から防御し、ヤツラを吹っ飛ばすことだって出来る。」



ん?ちょっと待ってよぉ~。
私は今から・・塚原卜伝とか山田次郎吉翁のような修行を積めるとは思えないし、
付け焼刃のテコンドー程度にだって、足が上がるようにならないよ~。

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こんなになれるわけがない!!


バカか! 巌流島の決闘に備える必要なんてないだろーが!

まず、毎日丹田を意識して腹式呼吸を心掛けること。 吐くときはゆっくり、悪い気を吐き出すイメージで。
そのうち、どんなパニックになったときでも、怒りや悲しみときでも、すぐに平静に戻せるようになる。

そこまでが基本。



それが出来たら、気を練る練習
体中を新鮮な気を自由に巡らせるイメージで、右から左、左から右、頭から足先へと、思いのままに。


もしも、悪霊やら怨霊がやってきたら、丹田に溜めてある気を出して体中に光のバリアを作るとか・・
または、玉状にしてどんどん大きく練ったものを、投げて撃退するか・・

そこらへんは、自分が一番イメージしやすいものでいい。
それが一番、実際に効果があることになる。」



私のイメージしやすいもの・・。


ドラゴンボールのかめはめ波
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ブリーチのネリエルの技、セロ・ドーブル
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うん、これは相手にぶつけられたパワーを吸い込んで、さらに自分のパワーをのっけて吐き出すんだから最強かな。(倍返し~!)
ここにあった。
  ↓
Power & Abilities


先生! アニメからしか浮かばないだけど・・こんなんでよろしいでしょうか?


「よかったなあ。 そうゆうアニメ観てて! もちろん、それでいいよ!

ただし、剣道の四戒じゃないけど・・相手のパワーに怖がったり驚いたり、無理かもしれないと諦めムードになったりしてしまったら、
出来ないよ。
どこまでも、心は明鏡止水(めいきょうしすい)の境地でな。」



それなら、崇徳天皇級の怨霊が寄ってきても、私、撃退できるようになるのかな?


バカか!! 出来るわけないだろーが!! そうゆう思い上がりは、すでに明鏡止水じゃないんだよ!
そもそも、そんなすごい怨霊はよっぽどの事をしでかさない限り、寄って来ることはない。」


え? もしも、もしもよっぽどの事をしちゃったとしたら?

「その場合は、おとなしく取り憑かれて殺させてあげなさい。」



はあ。 おっしゃる通りで・・。 


「相手に多少力があったところで、
自分にまったく非が無いという気持ちを強く持っていて、これまで言ってきた通りにすれば必ず撃退できるものだよ。


霊能者なんかにお祓いを頼む前に、自分で自分の身を守れるようにならなきゃ!

それに比べりゃ生身の凶悪犯の方がよっぽど危険だよ。 (←日ごろから防犯大事! すぐに911に連絡しなきゃ!)


霊的な存在ならば、気の大きさと使い方だけで、いくらでも自分が強くなれるんだよ。
たとえ、非力な子供だって老人だって関係ないんだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上がずっと前に、気功の先生であり、また霊能力者だった方から教えてもらったことだ。

腹式呼吸で、どんな状態のときでも、素早く平静に戻れるようにはなったと思う。
上手に気を練って・・というのは、まだまだだけど。

少なくとも、今では霊障はすっかりなくなったように思う。

ただ・・一番難しいと思ったのは、四戒の方だった。
呼吸法でどんなに早く冷静に戻れるようになったとしても、常にニュートラル状態を維持し続けるのは難しいものだ。
何かあれば、すぐに嫌な気分になったり心配になったり・・すぐ冷静になれてもまたそこに落ちるんだったらキリがない。

普段から何があっても常に冷静でいられるくらいでないと。

そうでなければ、剣士にはなれない(笑)
霊能者にもなれない。
怨霊や魑魅魍魎にもすぐとりつかれることになる。

それでも、私は過去と比べれば、ずいぶんよくなったものだ・・と自分を褒めてあげている。



<参考>
テコンドーと空手の大きな違いは?上段回し蹴りからも見えてくるその特性。

東洋武術によくある丹田を意識した呼吸の利点とは?
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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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