ラスベガス襲撃事件からカミュの異邦人を思い出した日

ラスベガスの銃乱射事件から1週間が経った。

最初ニュースで、60人近くの人が死亡、500人余りが負傷、しかも犯人は初老の男の単独犯
というのを聞いて、


ええ? そんなばかな~。
自動小銃で、たった一人で、そんな短時間で? そんな多くの人たちを??


これは、単に私が感じたことに過ぎない。
当然、私は銃においても犯罪捜査においても、まったくのド素人だ。

それでも、ぬぐえない違和感があった。


こうゆう武器を使ったわけじゃなさそうだし・・
    ↓
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しかも、犯人の男は軍隊経験無し。
フツウの初老のおじさん。

小金持ちで酒とギャンブル好き、アジア系女性の恋人を持ってる人。

あ~あ、いかにも、典型的なアメリカのおっさんタイプだよなあ(笑)・・・と、つい、苦笑がこぼれてしまうようなタイプ。
そんなふうに、思ってしまうのは私だけかもしれないけど・・

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http://httpjournalsaolcomjenjer6steph.blogspot.com/2017/10/blame-game-steven-paddock.html

もしも、こうゆう人だったら、いかにも出来そうだけどね(笑)
     ↓
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もちろん、これはシュワちゃんの映画のシーンからだ(笑)

派手なアクション映画ならば、一人のヒーローが、バッタバッタと短時間で悪党どもをやっつけるのが常~


ところが、現実にこんな乱射事件を起こせるものなんだろうか?

なんとも言えない違和感が残る。


たぶん、私同様に違和感を覚えた人たちも多かったのだろう。
10月1日の当日にも、これは偽旗事件ではないか?という内容の記事がブログやYoutubeにもアップされていたから。

偽旗作戦(にせはたさくせん、false flag)とは、あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦である。 平たく言えば、敵になりすまして行動し、結果の責任を相手側になすりつける行為である。



●なぜ、32階のマンダレイ ベイホテルのスイートルームに多数のマジンガンを持ち込めたのか?
相当重いし、かさばるだろうし・・マンダレイ ベイのセキュリティーがそんなにいい加減とは思えないし・・。

●しかも、銃撃目的には不自然にデカい窓の穴

●10階や4階からの旋光があったという目撃証言もあり

●特殊訓練を受けている者でさえ、これは前代未聞の殺傷率


このような理由から、偽旗事件、陰謀論に発展したんだと思う。

さらに、日を追って、さまざまな目撃証言があり、さらに、ベラージオホテルでも、弾丸が撃ち込まれホテルのロビーはパニック状態だったという目撃証言まで出てきている。


ところが、不思議なことに大手ニュースではほとんど記事として取り上げられていないようだし、私の素朴な疑問に対する答えさえもみつからない。

なんだか、謎のままにされて、事件はそのうちフェイドアウトで打ち切りにされてしまうんだろうか?

どう考えたって、おかしい!



そういった事件は、過去にもいっぱいあって・・
古くは、ケネディー暗殺事件、ジョン・レノン殺人事件、有名な9-11のテロ、ボストンマラソンのテロなどなど。


特別、陰謀論なんかに興味を持たない一般アメリカ人たちでさえ、これって、おかしいよね!と思ってる人は多いのだ。


しかし・・・なんだか変だ!真相はきっと別にある!と多くの人が感じていたとしても、誰にも真相を探り出すための調査なんか出来るわけがない。

もしも、それが真にフォルスフラッグ(偽旗)であれば、どこかの権力によって妨害されてしまうだろうから。

あ、だからこそ、陰謀論と呼ぶしかないんだろうけどね~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

私がこのラスベガス銃撃事件が気になってしまう理由のひとつとして、

ラスベガスは私の住まいからも比較的近いため頻繁に行ってる場所でもあり、マンダレイ ベイホテルでかつて知人が働いていたこともあるし、ベラージオにも何度か訪れている。

このホテルは、ウチから行くときにフリーウェイを降りて真っ先に目に飛び込んでくるホテルだ。

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その光景が、どうしても身近に感じてしまうので、よけい気になってしまうのだろう。

さらに、

このホテルの34階からコンサート会場までの距離は最短距離にしても304メートルもあるというのを聞いて・・
さらに違和感が況してしまったのだ。


昔、ニューヨークにいた頃、一度だけ射撃場でレッスンを受けたことがあった。

その教官が言っていたことを思い出す。

その教官は元軍隊か警察上がりだという初老の男だった。

「射撃というものは、かなり訓練をつまないと、命中するものじゃありませんよ。
よっぽどの至近距離から撃つなら当たるでしょうが・・
高性能の銃であっても、飛距離を出せるということは、射撃手の腕によるところが大きいんですよ。」

「それじゃあ、改造銃にして、より命中しやすくするってことはできるんですか?」

と、私はバカな質問をした。

「あはは・・お嬢ちゃんは、アクション映画が好きなのかい?(←初老の男から、お嬢ちゃん呼ばわりされた)
まあ、不可能じゃないだろうけど、それには、銃器の扱い方や知識を相当熟知していないとね。
最近の銃はね、プロでも改造するのは難しいよ。」


白髪混じりの教官は、おそらく、この事件の容疑者と同じような年恰好だったと思う。

が、明らかに、この教官と容疑者のおっさんとでは、発散されるオーラというものが明らかに違って感じられる。



あるニュース記事によると、容疑者のスティーブン・パドックさんの父親には凶悪犯としての犯罪歴があったと・・と書かれていた。


だから、息子の彼にも凶悪犯の血が流れている →シロウトであっても銃撃事件を起こすことが可能なのだ!


と・・読者の心理を誘導するための記事なんだろうか?

それとも、単にこの記事を書いた記者が、こういった思考回路を持っている人だったんだろうか?



いずれにしても、こういった思考は、偏見というだけでなく真実を遠ざけてしまう足枷となる。

よく、日本のニュースでも言われているフレーズだけど・・

犯人が逮捕されたあと、

反省の色が見えなかった
謝罪がなかった
誠意を示さなかった


というのを耳にすることがある。

そもそも逮捕されたからといって、いきなり、自分の行動を悔いて反省するなんてことの方が稀なんじゃないかな?

ちっ、捕まっちまったぜ!
しくじったなあ・・
って、反省なら、ありえるだろうけど。


むしろ、逮捕直後に被害者や世間に対する反省の色を示したとしたら、そりゃ、少しでも陪審員の印象をよくするための演技と疑う方が私には犯人の心理として自然だろうなあ、と思ってしまう。


それでも、メディアも視聴者も、そんな反省の色でも示してさえくれれば、いちおう満足なんだろうか?


俺はやったことに後悔なんかしてねーぜ!と言い放って悪党として死刑になってしまう犯人の方が、ある意味、潔いのかもしれないよなあ。

ふと、そんなことを思ったりもする。

・・・・・・・・・・・・・・・

なんだか、ラスベガス銃乱射事件から、そんなことを考えていたら、はるか昔に読んだ小説をいきなり思い出してしまった。

カミュの異邦人
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私が高校生の頃に読んだ小説で、ティーンエイジャーだった私の心を鷲づかみにした小説のひとつだった。

それから、アルベール・カミュという作家に興味を持って読みふけった記憶がある(←遠い昔の記憶だけど)
もちろん、原語のフランス語では読めないんで、翻訳で読んでたんだけどね。


それ以降は、とくに愛読書ってわけでもなかったんだけど、なんだって今、こんなものを思い出してしまったんだろう?



あらすじをざっと述べるとこんな話(ウィキから)
     ↓

アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソーの元に、母の死を知らせる電報が、養老院から届く。
母の葬式のために養老院を訪れたムルソーは、涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。
葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど普段と変わらない生活を送るが、ある日、友人レエモンのトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺してしまう。
ムルソーは逮捕され、裁判にかけられることになった。裁判では、母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。裁判の最後では、殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べた。
死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする。



こうやってあらすじだけを並べると、なんだこりゃ!ってストーリーだよねえ~(笑)


当時は、カミュを不条理文学だとか、サルトルやマルローなんかの実存主義がどうしたこうしたとか・・
哲学的思想がどうとか・・まあ、いろいろと言われていた時代で、多くの評論も出回っていたくらいの有名小説だったように思う。


ただ、当時の私が感じたことは、

もしも、主人公ムルソーが、母の死に大いに打ちひしがれて涙を見せていて、
しかも、自分は友人を助けようとしていたこと、アラブ人が先に凶器を持って襲ってきたこと・・などを裁判で申し立てていたら、ひょっとしたら、罪は軽減されたか・・または、無罪放免になってたかもしれない。

なのに、ムルソーは、自分が有利になることを主張せず、殺害理由を聞かれたときに、 
ただ、「太陽が眩しかったせい!」と言っただけで、死んでいく。



その部分だったのだ。


裁判というのは、常識の世界だ。
でっち上げだろうが、無理やりだろうが、陪審員&裁判官を納得させるだけの因果関係を示すことが要求される世界。

しかし、彼はあえて、それをしない。

また、一番彼の印象を悪くしてしまったことは、母が死んだ日に淡々とした様子で、涙さえ流さなかったこと。
その日に、女と情事にふけるなんて、とんでもないことなのだ。

常識では、「母の死に打ちひしがれて涙を流し、消沈して家に籠っていること」が要求されるのだろう(笑)


しかし、

人によって悲しみの対処の仕方は違うものだ。


哀しみのあまり葬式にも参列せずに、一人旅に出てしまうような人も知ってるし、また、葬儀の場で、「父親の位牌をめがけて焼香の灰を思いっきりブチ撒いた」人もいたっけ。(←おっと、これは織田信長が18歳だったときの話だった。。)
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http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/nobunaga/nobunaga1.html

または、悲しみを忘れようとするのか、大酒を飲んで破天荒に大暴れするか、遊びまくる人だっている。


私の遠い記憶が正しければ・・だけど、

ムルソーは、母親に深い愛情を感じていたと思う。
なんせ、いまだに、ママンと呼んでたくらいなんだから。。。

ま、そこは小説の見事な手法なんだろうけど、いっさいのムルソーの心情の説明は何もない。
ただ彼の行動だけを記してるだけ。

そこから読み手がいかに感じるか!・・・それだけなんだけどね~。


客観的にみれば、何があっても、ムルソーは表面上はいつも平常のまま、決して感情の迸りなんて見せるタイプではない。

なのに、唯一最後のシーンで、彼のブチ切れシーンが登場する。


死刑囚となったムルソーは、司祭は呼ばないでくれ!って言ってたのにもかかわらず・・「いやいや私はなんとしも彼を神の愛で救いたい」といって勝手に来ちゃった司祭がいたのだ。

信仰心の熱い熱血司祭さんだったんだろうけどね~

ムルソーは、「オマエのくそ説教なんかやめろ!」と叩き出したのだった。



当時の私、高校生の私の心の中には、

この世を生きるためには形だけでも世間の常識に従ってフリをし続けなければならない・・ということに対する苛立ちにも似た反発心


が、当時、大いにあった気がする。

1942年に刊行された小説なのに、なぜか現代に通じるものを身近に感じてしまったことは確かだった。


お葬式では涙を流すこと、
反省の色を示すこと、謝罪すること、
司祭のありがたいお説教を聞くこと、




これらは、「生き抜くためにしなければならないこと」なのだから。
それが常識ってものなのだから。


よっぽどの風雲児、信長さんにでもならない限り、常識破りは通用しないのだ。

ところが、ムルソーは、人々の嘲りや避難を受け止めて現実の死をもって完結させる。

高校生の私には、それが眩しく感じられたのだろう。

しかも、太陽が眩しかったから!なーんてセリフだけを残して死んでいくなんて・・カッコいい!

と・・・当時の私が感じたことを思い出す。(←一歩間違えば危険思想だったのかな?)



この作品、「異邦人」は、実際のところ賛否両論のようで、

思ってることを意思表示できないようなただのダメ男の物語じゃないか!って受け止める人もいたり、
こんな常識破れはいけない!という常識人もいたり、

または、当時は、これこそ不条理を表現した哲学的思想を含んだ最高傑作という人もいたりしたものだ。


結局のところ、カミュは、ノーベル文学賞を受賞している。

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それだけで、「理解できない、または認めない」常識人でさえも、認めざるを得ない小説になってるのかもしれない。


ビッグタイトルをゲットするか、天下統一を果たす権力者になれば、世間というものは理解できないながらも認めてしまう
・・・そんなものなのかもしれない。

それだけのものなのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、なんでまた、はるか昔に読んだ、異邦人を思いだしたんだろう?

今回のラスベガス襲撃事件と、なにかが繋がっているような感覚で思い出してしまってる。

うーーん。

どうみたって、主人公のムルソーと、容疑者のアメリカのおっさんとは結び付かないのは確かなんだけどなあ(笑)
当然、フランス人のインテリ、アルベール・カミュとも、絶~対に結びつかない!!



余談だけど・・・

カミュは、ノーベル文学賞を受賞して2年後だったかに自動車事故で死亡している。
事故死とされているけど、これまた、実は暗殺されたという陰謀論もある。


いずれにしても、事実を知るのは本人のみ。
何事も、容疑者死亡では調査のしようもないだろう。


カミュの、どの小説の中だったか忘れてしまったけど、さらに思い出した言葉がある。

人間の奥底には生きる意味を「死に物狂い」で知りたがる願望が激しく鳴り響いている。

最後の審判なんて待たなくていい。
それは毎日やって来ているのだから。


もういちど、異邦人を、今度はフランス語の原文でちゃんと読んでみることができれば、何か発見があるのかもしれない。
たぶん、無理だろうけど・・

ただ、なんだかわからん、もどかしさだけが残っている。

天皇家と三種の神器の謎

前回の記事、不思議な国日本_朝廷の歴史

「なんで日本の王家(皇室)は世界一長く続いてるんだ?」(125代だもんなあ・・・)
の続きの話だけど・・

こんなことを言う人がいた。

「それはね、きっと三種の神器の番人としての役割があるんじゃないかな?」

それを聞いて、あ!と思った!

なるほどなあ、皇室のお役目はそこらへんにあるのかもしれないなあ・・と。
ただし・・お役目といっても内閣総理大臣の任命だとか式典の授与だとか、そういった現実面はここではまったく別にしての話。

・・・・・・・・・・・・・・

そういえば・・
天皇が即位するときには、必ず代々伝わる三種の神器が必要だった。


もっとも、過去に例外が無いわけじゃあない!
三種の神器を引き継がずに、即位しちゃった(または、させられちゃった)天皇もいる。


平安末期、後鳥羽天皇は三種の神器を持たずに即位しちゃった。
つーか、この方は、させられちゃったのだ。


なぜなら、平家が追われて都を逃れるときに、ちゃっかり三種の神器を持ち出してしまったから。


しかも、ばあちゃん(平清盛の正妻)が幼い安徳天皇(平清盛の孫)を抱えて、そのうえ三種の神器も抱えたまま、ざぶーんと、水に飛び込んでしまったのだ。

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https://blogs.yahoo.co.jp/halchibi/35360376.html


へへ!ざまーみろ! 三種の神器がそろわなきゃ、誰も次の天皇になれないもんね~。
平家を滅ぼした恨みを知れ!!


・・・って心境だったんだろうか?

怖っ!
いやはや。。。


そんなわけで、三種の神器を持っていかれちゃったんで、ない!

ところが、
後白河法皇(平家をぶっ潰そうと思ってた人)が、
                       ↓
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「この際だから、無くてもいいんじゃね?過去に、そういった例もないわけじゃないんだからね!」(←ほんとかよ?)

と、言ったとか。。。

まあ、偉~い人がそう言うんだから、それでいいんじゃね?
と、みんなも納得。(つーか、なんでもいいから、もう、みんなが平家をぶっ潰したかったんだと思うけど。)


そんなわけで、そのとき、三種の神器を持たないままに即位したのが後鳥羽天皇だったというわけ。

なんか・・ちょっとお気の毒。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・

さらに時代は流れて、鎌倉時代後期、

足利尊氏さんの時代がやってくる。

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足利尊氏さんは、バリバリ男、後醍醐天皇の味方についてた人。
後醍醐天皇というのは鎌倉幕府を倒して天皇中心の政治を行なった人だ。

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お飾り天皇なんてごめんだ!
自分が実権を握って、自分で世の中を動かすんだい!


って、やる気マンマンの天皇。


ところが、だんだんと武士たちの間で、朝廷に対する不平不満がぶすぶすとくすぶり始める。

北条政権を倒すために、俺たちは命をかけて戦ってきたんだぞ! 
働かせるだけ働かしといてちーーとも恩賞だって与えないじゃないか!
最近じゃ露骨に働いて当たり前!って態度だし~、俺たちは朝廷に奉仕する犬じゃないんだぞ!



いつの世でも人を使うのは難しい・・


そしてついに、足利尊氏さんが不満分子の武士たちを従えてクーデター決行。

じゃーん。


足利尊氏さんは、天皇から三種の神器を奪い取り、天皇の位をはく奪された後醍醐さんは、南の方へ、すたこら逃げていった。
それが、吉野。


ところが、

逃げ切ったところで・・

「へへへ。。僕が渡した三種の神器だけどね、それって偽物だよーーん。
本物はこっちにあるのさ。 だもんで、本物を持ってる僕がいまだに、天皇なんだよーーん!」


後醍醐天皇って人は、実に、したたかで豪胆(笑)

それが南北朝時代の始まりってわけだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうやって見ていくと・・・常にキーワードは、三種の神器

そもそも、三種の神器とは、天孫降臨の時に、天照大神から授けられたとする鏡、剣、玉を指し、日本の歴代天皇が継承している三種の宝物のこと。

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そして神器とは神の依代(よりしろ)を意味するそうだ。


今でも、本当に存在してるんだろうか?

いちおう、こうゆうことになってるらしい。 
   ↓

●八咫の鏡(やたかのかがみ)・・・伊勢の神宮内宮にご神体として祀られている。
また、レプリカ(複製品)が皇居賢所(かしこどころ)に奉安されている。

天照大御神が天の岩屋戸(あまのいわやと)に隠れちゃったとき、石疑姥命(いしこりどめ)が作ったとされる鏡のこと。
天照大御神が岩戸を少し開けたとき、この鏡で天照大御神を映し、興味を持たせて外に引き出したとか。


●八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・・・皇居吹上新御所の剣璽の間(けんじのま)に奉安されている。

天照大御神が天の岩屋戸に隠れちゃったとき、玉祖命(たまのおやのみこと)が作った勾玉(まがたま)を、八咫の鏡とともに榊の木にかけたんだとか。


●天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)・・・熱田神宮にご神体として祀られている。

また、レプリカが皇居吹上新御所の剣璽の間に奉安されている。

須佐之男命(すさのおのみこと)が倒したヤマタノオロチの尾から出てきた剣
http://jpnculture.net/sansyunogingi/



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http://mamechishiki.aquaorbis.net/mamechishiki/0814-sansyu-no-jingi/


でも・・たしか、三種の神器は安徳天皇とともに壇ノ浦の海に沈んじゃったんじゃなかったっけ?

いやいや、勾玉と鏡は木箱に入ってたため浮かんできたので、源氏軍に回収されて無事に戻ったって話だ。

唯一みつからなかったのは、剣だけなんだって。


でも・・そもそも、この剣は、すでに平家によって持ち出される前から、すでに本物じゃなかったって説もある。


どれが本物でどれがレプリカなのか?
または、全部がレプリカ?



実は、本当のところは誰もわからないのだ。


そもそも天皇でさえ、直接見てはいけないものとされているとかで・・・それじゃあ、わかりようがもない(笑)

実に多くの謎だらけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それでも、三種の神器は秘蔵のものとして代々守られてきたのだから・・
本物がレプリカか?なんてことは、この際、どーでもいいのかもしれない。


しかも、日本神話と見事に合体したシロモノ


神話の世界のシロモノが実在するってことは、神話じゃなくって、yっぱり実話?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本神話の世界といえば、日本の神様たち。

やっぱり、神道のイメージになる。


ところが、

天皇家=神道 となってしまったのは、明治政府以降の話。

それまではむしろ、ずーーと仏教だったのだ。


たぶん・・厩殿王子(聖徳太子)あたりから、仏教に変わっていったはず。

それまでは、たしかに古い時代はずーーと神道だった。

神道=物部氏 だったよね?

ところが、物部氏蘇我氏+厩殿王子に滅ぼされちゃって・・・その後は、すっかりの神道はすたれていってしまったのだ。。。

そこんとこを忘れちゃいけない!(笑)

天皇家、朝廷は仏教だったのだ!


実際、天皇の位を次世代に譲ったオヤジたちは、みーんな出家してこんな姿になったくらいだもん。
     ↓
伊東四朗さんの白河上皇(法王)   
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そして、天皇家の菩提寺は京都の泉涌寺


ところが、明治政府になって状況は一変する。

それまでは、宮中の黒戸の間には、仏壇があって歴代天皇の位牌があったし仏像だっていっぱいあった。
法事はもちろん仏式だったのに・・


明治六年、宮中にいっぱいあった仏像やら位牌は、すべて泉涌寺に移されてしまい、

天皇家(朝廷)は仏教と縁切りさせられてしまったのだ。


なぜなら、

明治維新政府は近代化へ向けて国家、国民を統治するために、
天皇=天照大神の子孫=生き神様 ってことにしちゃう必要があったというわけ。

たしかに・・・天皇が仏壇の前で頭を下げてチーンなんてやってたら、『現人神』のイメージじゃなくなっちゃうし、皇国史観は成り立たなくなっちゃうだろうからね~。


尊皇思想を国民に植え付けるためには、神道がとっても都合がよかったってわけだね。


おっと、神道といっても・・・これは「国家神道」と呼んだ方がいいね。
従来の神道とは、目的が完全に違うんだから。


しかし・・よくもまあ、天皇家(朝廷)の人々が納得したもんだね~。
だって、長年の彼らの仏教信仰を根こそぎ奪ったってことになるわけだし・・・・。


そこで、陰謀説があるのだ(笑)


<<陰謀説その1>>

明治天皇のお父さんは孝明天皇なんだけど・・孝明天皇は明治政府を擁立するために実は、暗殺されたって説がある。

(孝明天皇の葬儀は仏教式だった。彼が仏教式で行った最後の人だ)

ちなみに孝明天皇は、和宮さんのお兄さんで、バリバリの攘夷論者、開国反~対~!って人だった。

明治政府を担ってく人にとっては、実に都合の良い時期に亡くなってくれたってことになる。


<<陰謀説その2>>


さて、孝明天皇が亡くなって、(失礼‥崩御されて)、次の天皇となるのは、当然、孝明天皇のご子息。
彼が即位して明治天皇となった。

ところが、明治天皇のすり替え説ってのがある(笑)

すり替わって明治天皇となったのは孝明天皇の本当の息子じゃなくって、大室寅之祐(おおむろとらのすけ)って人じゃないかって言われてる。
大室寅之祐ってのは、あの後醍醐天皇のつくった南朝の子孫だって話だけどね~。


即位前と即位後では、姿形も変わったし性格も変わってしまったって話がある。

ちなみに、この写真は即位前
    ↓
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即位前の特徴

・内向的なインドア派
・利き手が右利き
・乗馬は下品と思っていて全然しなかった(出来なかった)
・字が下手



こっちが即位後(よく見かける写真だよね)
    ↓
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即位後の特徴

・体格の良いアウトドア派
・利き手が左利き
・乗馬と相撲が大好きで得意
・達筆


https://matome.naver.jp/odai/2140936478223317401

まーったく正反対!


古い写真なので顔立ちなんかがよくわからないけど・・たしかに、オーラの強さが全然違うような・・・(笑)



いずれにしても、王政復古の大号令によって天皇を中心とした新政府を作ったのは、岩倉具視(いわくらともみ)と大久保利通(おおくぼとしみち)、そして伊藤博文だったから、真相はこの人たちなら知ってるだろうけどね(笑)


替え玉だろうが何だろうが・・・明治天皇は聡明で行動力もあり、また前向きに新国家を運営していこうと努力を惜しまない人だったらしいから、よかったんじゃないかな?

それが・・・いくら正しい血筋だったとしても、ボンクラでボーーとしてるインドア派が天皇だったとしたら、明治の過渡期を渡っていけなかっただろうからね~。



・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても、明治政府から、がらっと大きく変わってしまったってことだね。

とくに天皇家!

明治政府によって無理やり仏教を取り上げられて、しかも生き神様にさせられてしまったかと思うと・・・
第二次世界大戦後はGHQによって、「やっぱ人間です!」宣言をさせられたり・・・


都合よく政治利用されられてばっかり!
つくづく・・気の毒な話だ。

しかし、人間に戻れた現代なんだから、いまさら「国家神道」にこだわる必要もないと思うので、
天皇家の人々だって、今では自由に宗教を選ぶことだってできるんじゃないだろうか?


そのわりには、仏教に戻ったって話も聞かないし、いまだに明治時代に押し付けられた国家神道のままみたいな気がするけど・・。

いまだに自由にできない理由があるのかもしれない。


そういったこともすべて、天皇家に生まれてしまった宿命なんだろうか?

三種の神器の守り人として・・・。


そして、究極の謎は・・・

三種の神器の意味するものは、いったい何なのだろう?

誰も知らない謎。

それでも・・数千年の時を経た今でも守り続けてる。

不思議な国日本_朝廷の歴史

「日本の王室はすごいねえ。2000年以上の歴史を持つし、現在で125代目って聞いたよ。」

え? そうだったの?
古いってことは知ってたけど、そんなことまでは知らなかったなあ。
つーか、あまり興味なかったし~。

Wikiで調べてみると・・たしかに、現在は125代目の天皇になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E5%AE%A4%E3%81%AE%E7%B3%BB%E5%9B%B3%E4%B8%80%E8%A6%A7


じゃあ、世界の王室ってのは、どのくらい続いてるんだろう?

と思ってちょこっと調べ見ると

https://latte.la/column/89206006


第二位がデンマークで、王家としての始まりは8世紀とも10世紀とも言われてるらしい。
かなりあいまい・・だけどホントかよ?


たしかに日本の王室、いや・・皇室のことなんだけど・・たしかに群を抜いて長~い。

初代の神武天皇らしい
    ↓
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もっとも長いといっても、ただ王朝が交代してないってだけの形だけのものであって、ずっと権力を握り続けていたわけでもないし、むろん、純血直系の血筋が続いてきたわけでもない。


そもそも純血直系なんてのは、生物学的にタブーなわけだからね~。
無理に純血にこだわると、かつてのスペイン・ハプスブルグ家のように、とんでもないことになっちゃう。

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スペイン・ハプスブルグ家ってのは、異常なまでに血統主義を貫き、悲劇的な終末をし歴史にその存在を残したことで有名。
高貴な証が、しゃくれた尖った顎と静脈が透けて見えるような白い肌、つまり高貴な青い血の一族

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正直なところ、どの肖像画を見ても・・・

まるで生気がないカンジで、白い肌が不気味に見えてしまう。
(肖像画ってものは実物よりも良く描くのがフツウなんだけど・・)

血族結婚を繰り返したため、病弱で心身共に欠陥を持った子供が生まれるようになってしまった。
高貴な王族の血で領土と国を守ろうとした結果だったんだろうけど・・・生まれる子供が気の毒としか言いようがない。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これに比べて、日本はここまで血族結婚にこだわっていない。
が、1つの血筋だけは守り続けている(たぶん、記録上だけ、形だけのものだったかもしれないけど・・・)


それでも・・
ただの形だけのものであったとしても、1つのものを守り続けて現在に至るってのは、ほかの国では類をみない。

たしかに、すごい!

だって、通常なら1つの王朝が滅んで別の王朝が生まれるわけだし・・
まさに、中国史なんて、その歴史の繰り返しだったよなあ~。

なんで日本だけ?

それは・・日本の王(天皇家)は神の血筋をひくから・・ってことらしい。


先ほどアップした、Wikiの家系図を見ると、
皇室の系図一覧

初代天皇の神武天皇は、アマテラス(天照大神)の子ってことになってる。

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つまり・・人ではない。神様なのだ・・・。
おまけに崩御が137歳になってるし~。(日本書紀では127歳/古事記では137歳)


じゃ、何代目から天皇が人になったんだろう?

そこがどうも・・はっきりしないのだ!

結局のところ、文献といえば、日本書紀か古事記にしかないんで、それをもとにするっきゃないんだから仕方ないんだけどね。


この二つの文献によると、

神代(かみよ)と呼ばれる神々が活躍した時代があって、
それから、紀元前660年に初代天皇として神武天皇が即位してる。
それが、まあ、人代(ひとよ)ってことになるんだろうけど・・

なんだか、境界線が曖昧でよくわからない。


そもそも境界線なんかなくって、

世界は天上の神の国と地上の国で構成されていて、『天皇の血統』は神々の世界の後胤であるってことを強調したかっただけなのかもしれない。

日本書紀と古事記の伝承は、この点は共通してるようだから。


ところで、日本書紀と古事記ってのは、ほぼ同じ時代に作られた日本の歴史書なのに、かなり相違点がある。

●日本書紀・・対外国用に編集されたもの
漢文で書かれたもので記録書としての記述

*王権にとって都合の悪いことを隠蔽して意図的に取捨・改竄を行っている。

●古事記・・・日本国用に編集されたもの
神話・伝説・歌謡などを含む
語り部によって伝えられた「日嗣ぎ」の伝承を忠実にほぼそのまま記述。

*大王家が歴代統治してゆくことの正当性を述べている。


https://matome.naver.jp/odai/2142753495878366101


まず、世界観から違ってる。

古事記では、
天にある高天原に神々の世界があり、その意志によって地上の国(葦原中国=あしのはらなかのくに)は作られて、統括支配されているってことになってる。
注:あしはらのなかつくにとは、日本神話において、高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界、すなわち日本の国土のこと

その高天原を収めるものは、天照大神(アマテラス)。


葦原中国は先験的に天照大神の子孫が治らす国ってことになってる。
(ああ、たしかに・・・天皇の家系図もそうなってたね。)




日本書紀では、
総ては陰陽の理によって自動的に進行する。
(なんだか、中国の陰陽道を取り入れてるみたいな?)

天の世界があり、その主張を伝える者としてタカミムスビ=高皇産霊尊の存在がある。
だけど、天界の支持に従うということではなく・・天と地(葦原中国)とは基本的に対等という認識になっている。

そして葦原中国の主たちは、武力で国を治めてきた。
天に従うってことじゃなくってね・・・。


なんだか、この時代から2枚舌?(笑)
いやいや、対外用には、神の国を信じてる甘っちょろい国と侮られないように、当時の先進国、中国を真似て作ったのかもしれないね~。


いずれにしても、日本国の歴史はアマテラスから始まってるようだ。

でも、アマテラスって神様のわけだし、アマテラスって・・・たしか、イザナギ・イザナミって神様から生まれたんじゃなかったっけ?

はい!ご名答!

詳しくはこちら
(ラノベ風に書かれた、手っ取り早くてわかりやすい古事記)
  ↓
http://kojiki.co/nihonshinwa/episode01.html


なーるほどね~。


世界各国の王族と日本の皇族の違いは、やっぱり皇族の血が神だったってことにあるらしい。

どんなに高貴な血であろうとも、海外の王族は、しょせんヒトなんだから。。。



そこへいくと、日本は神の国、だから、神国日本って言われたんだね(←今更ながら気がつく私だ!・笑・)

アマテラス=天照大神の末裔である天皇が現人神として君臨しし続けた国だったんだね。
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そりゃ、すごい!(笑)


たしかに、すごいとは思うんだけど・・

でも、神話の中に出てくる神様って、そんなにすごいものかなあ?
そんなに立派なのかなあ?

なんだか私には、とっても人間臭いつーか、ヒトと変わらない気がしてしまうのだ。
なので、別にこの人たちの血筋をついでようがなかろうが・・どっちでもって気がしてしまうのは私だけ?


イザナギが愛妻のイザナミに死に悲嘆して黄泉の国にまで探しにいっちゃうとか、人を呪ってやる話も出てくるし、愛憎劇たっぷりだし・・・神様たって、天上界に生きてたってだけで、ヒトの世界とちっとも変わらないって気がしてしまう。

あまりにも人間臭くて、だからこそ、カワ(・∀・)イイ!!って気もしてくるんだけどね。


なので、こういった血筋をひいてったとしても、いったい、どこが・・すごい!ってことになるのか、神々しいってことになるのか・・はっきり言って私にはわからない。(←世が世なら、まっさきに不敬罪に問われて投獄されちゃっただろう。)



そういえば・・とっても人間臭い神話の話といえば、ギリシャ神話も同様だった。

最初に、世界は混沌(カオス)に満ちていた。
そこから、大地(ガイア)、深淵(タルタロス)、光輝(エロス)の3神が誕生する。

ガイアより夜(ニュクス)、海(ポントス)などが生まれ、だんだん世界を形作っていく。

人間もまた、神々と同じく大地(ガイア)より生まれたとされていて、神々と人間は血の繋がった兄弟的な存在と考えられている。
もちろん、神とヒトでは力の差には雲泥の差があったけど。



多くの神話だと人間は唯一絶対なる神が作ったもの、「神の被造物」として扱われてることが多い。
その点、古事記もギリシャ神話も人間臭い神様だし、ひどく似てるところがある。


それでもギリシャでは、神の末裔の王室が脈々とは続いていくことはなかった。。。

やっぱり、日本だけなのだ。

やっぱり、そう考えるとすごい!ものがある。

何か神話の歴史を守り通そうとするような・・そういった人々の意思がすごいって気がする。


・・・・・・・・・・・・・

日本の歴史は、ご存じのように、血筋を重んじる歴史だ。

とくに天皇家(神)の血筋は絶対、絶やしてはいけないものだった。

しかし、ご存じのように天皇家がいつもトップに立ってたってわけじゃあない。

ご存じのように、日本では応仁の乱以後、天皇の存在が薄くなっちゃったし、徳川の武家政治が300年近く続いてた間は、天皇家&公家たちはビンボーで、事あるごとに、幕府や有力な大名から費用を出してもらってた。

最悪だったのは、第103代後土御門(ごつちみかど)天皇は葬儀にあたってその費用さえなかった。
幕府から1万疋(ひき)の献上金が用意されるまで、遺骸は43日間も清涼殿北側の黒戸御所に安置されていた。

泥棒が宮内に入ってくることさえあったって話だ。

ひええ~。
そこまで、ビンボーだった時代もあったんだ・・・。


それでも、公家はあくまでも権威の象徴として、公家の姫君を細君に迎える大名も多かったわけだし・・徳川政権が傾いてくるやいなや、今度は尊王攘夷なんて唱えだすものが増えてきて、日本は、テロ集団による怖~い殺戮の世になっていったんだった。。。

そんで結局大政奉還をしちゃった。

官軍が錦の御旗を掲げて行進しただけで・・
ひえええ! うちらは逆賊になっちゃったー!! もう、終わりだーー!(←会津藩)

と・・なってしまったくらいなんだから。

nisikinomihata.jpg
http://photozou.jp/photo/show/106911/29540935


天下統一を果たした・・秀吉さんでも家康さんでも、やっぱり、天皇家を潰すことはできなかった。

おっと!

その前に、一人忘れてた・・・

信長さんのことを。
彼だけは、別だったかも。


京に上るためには足利将軍を傀儡将軍として利用して、利用できるものはすべて合理的に利用したってだけで、当然ながら敬意を払ってたってわけじゃないのは明白。

もちろん、天皇にしても同様だっただろう。

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彼が建築した安土城には、「御幸の御間」というのが作られていたそうだ。
もちろん、ここは天皇を迎えるために作られた。

だけど、御幸の御間ってのは本丸御殿内に築かれていて、信長さんの移住場所の天守から見下ろす場所に位置する。

これは、どうみたって・・・信長が天皇の上に位置することを暗に知らしめる目的があったとしか思えない。



おまけに、元号だって天正って自分で変えちゃった人だ。
元号を変えられるのは、従来では公家や朝廷のみなのに。

さらに、朝廷から、「征夷大将軍とか副将軍、太政大臣などの位を授けるので、どれがいい?」って聞かれたときも・・・
そんなもん、いらない!って蹴っちゃった人だし(笑)


そりゃあ、そうだ・・自分こそが天下に君臨する王だと思ってるんだもん。


歴史上において、おそらく、この人だけは別格だったようだ。

あ゛~

だからこそ、本能寺で殺されちゃったんだろうけど・・・
(諸説はあるけど、おそらく朝廷を下に置いたことが一番の原因だったんだろうと・・)


ひょっとしたら、信長さんの時代が続いていたら、そのうち天皇家もとり潰しの憂き目にあってたかもしれない(笑)

ところが、そうはならなかったのだ。

多くの人々が、やっぱり朝廷を上に置いておきたいと望んでいた以上、いつかは、信長政権が失脚するのは当然の成り行きだったのかもしれない。

民意を変えることをせずに無視してゴリ押ししちゃうえば、どんな権力者も失墜しちゃうものだ。


その後を継いだ秀吉さんは、朝廷を大事にしたし(少なくとも形だけは・・)、現に関白の地位も頂いて大喜びだったなあ(笑)


その後、現在に至るまで、信長さんのような人は出現してこない。

のちの権力者たちは、堂々と朝廷より上にたったらまずいぜ!ってことを信長さんを手本に学んだのかもしれない。


そう考えると・・やっぱり日本は不思議な国だ。
それほどまでに、人民の心をとらえる神の国、神の血筋


ただ・・神の国といっても、それは別に神道を意味するわけでもない。

現に、聖徳太子(厩殿王子)は、蘇我氏とともに大陸から渡ってきた仏教を奨励した人だった。

神道の神官たちによる権威主義を排斥して、仏教を導入した人だった。

たしかに、この人も信長さんに劣らず、立派な革命児かも(笑)
しかも、れっきとした天皇家の血筋の人だったけど。

彼がやったことといえば・・

実力主義的でまとめた官位十二階
タテマエのない十七条憲法 



徹底した合理主義・実力主義を貫こうとした。

とうぜん、新しいことを始めればついていけない反対者は出る(笑)
しかも、正しいことをはじめれば・・なおさらついていけない者は多い(笑)



神道一筋の神官なんて、そりゃあ困ったことだろう。

結局、大クーデターが起こって、
大化の改新


神官勢力の大ボスの中臣鎌足(藤原鎌足)のその後をみると・・
彼は都合よく歴史を書き直して、再び神官の権威を取り戻そうとしたし、のちの藤原家は天皇家と親戚関係になることで勢力拡大していったんだったね~。

そう考えると、神の国=皇室=神道ってことではなさそうだ。


現に、その後の日本は神仏習合になっていったんだったよね。
現在の天皇家=神道という概念は、近代になって作られたものらしい

・・・・・・・・・・・・・・・・

ただひとつ、確かなことは・・・アマテラス以来の天皇家の血筋のみを守ろうとしてきたってこと

たぶん、多くの日本人が!


だからこそ、偉大な権力者ですらもそれを覆すことは出来なかったし、逆に歴史の上ではその心理が利用されてきたってのが事実だろうけど、それでも守り続けてきたのだ。

たとえ形だけであろうとも、

天皇家の血筋、
それに繋がる三種の神器やら・・



なぜ、それが日本人に限ってなのか?

それこそ謎だ


しかし、神の世界の高天原がどこにあるのかは不明
天に通ずるとなれば、日本なんて小さなものではないだろう。

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http://www.pmiyazaki.com/takachiho/

日本の皇室は、古代ユダヤに通ずるという説もある。
たしかに、日本とユダヤには不思議な共通点が多すぎる。
   ↓
ユダヤの謎と日本の起源(その1)

続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)

続々:ユダヤの謎と日本の起源(その3)



宮内庁の宝物を全部オープンにしてもらってちゃんと調べるとか、天皇家の人々にでも聞けば、何かルーツに関することがわかるのかもしれないけど・・

そりゃあ、無理だろうなあ。
秘密のベールに隠された世界のようだし・・・。


それとも、あえて秘密裡にしておかなければならない理由があるのか?

とにかく、

日本という国、日本という民族は、そういった意味においては、稀有な不思議な何かがあるのかもしれない。

多くのDNAの中にでも、ひたすら守ろうとする何かがあり、それはきっと世界に通ずる何かなのかもしれない。

もっとも私のDNAの中には、それが世界滅亡に繋がろうとも見たい!って欲求があるような気がするけど・・

物語から見る「歳を経て霊力を持った動物たち」

知人の家のネコは、22歳だという。
写真を見せてもらったところ、とても22歳とは思えないほど若々しかった。

こちらは、ニュースに載っていた長寿ネコで24歳のお誕生日の写真だ。
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Daily Newsの24歳のネコの記事から

知人のネコは、これよりもはるかに若々しくて12-3歳程度にしかみえなかったけど・・
まあ、人間同様それぞれだ。

それに・・・22歳くらいで驚いちゃいけない。
たしか、クリーム・パフというネコは38歳まで生きたそうだから。
Creme Puff (cat)

たぶん、こんな時代も
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こんな時代も
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経てきたことだろう。
飼い主さんと共に。

ちなみにネコの寿命は、少し前までは10年くらい、と云われてきたけど、今では15歳くらいまでに延びてるそうだ。


ネコに限らず、稀に、はるかに平均寿命を超えて長生きするものがある。


それが自然界の動物の話となると、
〇〇池に住む大蛇だとか、山の中に何百年も生きている大鹿だとか、妖魔と呼ばれる大狐だとか・・

そんな話は古今東西いっぱいあって、そのうちオカルトチックに扱われたりして、なんだかもう、胡散臭い話に思われたりもする。
でも実際のところ、平均寿命を超えて超長生きした個体もいたはず。

ネコだって、平均寿命が10年だとか15年と言われてたって、その倍以上も生きたネコがいるくらいだから。
もちろん寝たきりで延命治療を施した長生きとは別のことだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、いくつかの話を思い出した。
これは小説や物語の話なんだけど・・まんざら、フィクションとも言えないような気がしたのだ。

◆巨大な鯉の話

これは池波正太郎さんの、いわずと知れた鬼平犯科帳の「大川の隠居」という話から。

鬼平といえば、極悪の盗賊どもをバッタバッタと退治するような派手なアクションのイメージだけど・・この話には、まったくそんな派手な捕り物シーンも登場しない、地味~な話だ。

元盗賊だった老船頭の舟にたまたま長谷川平蔵さんが乗せてもらう。

おそらく、こうゆう舟のことだろう。
    ↓
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日本橋の南詰から江戸橋へ出て渡り、思案橋のたもとの船宿加賀屋に入る・・と書かれていたので、そこは、かなりの、昔の繁華街だったはずだ。

現在の日本橋あたりか?・・まだ埋め立てられず、江戸の下町、大川(現在の隅田川)が流れていた頃、
タクシー代わりに船宿に頼んで舟を使ってた時代の話だ。

思案橋あたりから、遊郭のある吉原に行くか、それとも芝居小屋の多い堺町に行くか思案したんで、思案橋と名づけられたと古い住人から聞いたことがある。
どっちにも行ける要所だったってことだろう。


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http://satueitai.exblog.jp/20777125/


舟宿というのは、舟の手配をしてくれる他、釣り舟の手配、料亭&居酒屋のような社交場も兼ねていて、さらに男女のあいびきにも使わてたとか。

江戸は縦横に河川や運河がめぐらされていて、べネツィアにも匹敵する水運都市だったため多くの舟宿が存在してたそうだ。

池波正太郎さんの時代物を読んでいると江戸の情景がリアルによみがえってくる。・・ただの想像なんだけどね~(笑)
江戸の料理だけでなく、四季の風物詩も満載されていて・・タイムスリップした情景が浮かんでくるのだ。
行ったこともないくせに~(笑)

夜、長谷川平蔵は友人と舟宿で料理と酒を楽しんだあと、また大川に舟を出してもらい途中で一服していると・・・老船頭のところに、巨大な鯉が姿を見せる。

老船頭は言う。
「あれは大川の隠居なんです。 大川の隠居が現れた次の日は必ず雨になりますよ。いくら今、月が出てたって雨なんです。
隠居は、わしたちの声もちゃんと聴き分けてるし、こうやって呼びかけにも応えて、たまに姿を見せてくれるんですよ。

隠居、もう行くのか~。じゃあ、またな~。」


と、古い昔馴染みにでもあったような声をかける船頭。

長谷川平蔵は、巨大な鯉にびっくり仰天。
ちらっと見せた鯉の目は、まるで・・鯉の目とも人の目ともつかないような・・・と感じる。

「いやあ、しかし・・実にいいものを見せてもらった。」と彼は思う。


私はなぜか、このシーンがとても印象的で、鯉の寿命ってどんなものなんか?と調べたのだ。

●コイの寿命は平均20年~70年、それ以上の個体も存在する。
●鯉は雑食で、貝類、水中昆虫、水草、土中の有機物質を食べ、大きいものは153センチで45キロという記録もある。
●長寿のものは210歳になった記録がある
(もっとも、これは天然の鯉の話で養殖の鯉は別、特別な餌で太らせたり手をかけるので短命だそうだ。)

実際、こーんなのもいるくらいだし・・
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雑食でたくましく汚れた水の中でさえ生きられる鯉は、鯉の滝登りの伝承から鯉のぼりにもなったそうだ。
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ちなみに、登竜門とは、鯉が滝を登って龍になるという故事から作られた言葉だそうだ。

そうすると、この大川の隠居の描写も、充分に実際にありえるかも!

●もしも、興味のある方は、ぜひ‥小説でお読みください。
TVドラマシリーズの中にも、「大川の隠居」があるんだけど・・ストーリーもエンターテイメントに作り替えちゃってあるんで・・。

または本を朗読したものを、YOutubeで見つけたのでこちらを
      ↓
鬼平犯科帳・大川の隠居




さて、もうひとつ池波作品で思い出したのは・・


◆狐の話

これは、剣客商売というシリーズのひとつなんだけど・・・やはり、悪者退治の派手な話ではなくって、やっぱり地味系。

剣術大好きな男がいるのだが、この人、めっちゃ弱い!
ところが、ある武家の娘と恋仲になって・・二人で添い遂げようとするものの悪者連中に狙われて二人で逃げ回る日々。

もう、二人で死ぬしかないのか・・とまで思い詰めてると、
そこに、昔々、その男の恋人によって命を助けられたことがある、という白い狐の化身があらわれる。

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その狐の恩返しの話なんだけど・・それほど甘い話ではない。

狐の化身が言うには・・

「私の大恩あるお嬢さんを助けるために、あなたに乗り移ってあなたを強くしてあげます。
ただし・・私が乗り移れるのは3年だけ。 その3年の間に、あなたは死に物狂いで剣術の稽古をして本物の、天下無双の剣客になってください。」

その狐はもう、すでに死んでいる。 しかし死んでから霊狐となって、今では伏見稲荷の狐になっているのだが、二人のことを心配して姿を変えて江戸にやってきたんだという。

それから彼は、人が変わったように稽古に励む。

ふと・・道場で彼のすさまじい稽古ぶりを見ていた秋山小平(剣客商売の主役で、剣の達人の老人)が、道場の片隅にたたずむ何かの気配を感じとる。

はて? 何も見えないのだが・・何かがじっと彼の稽古を見守ってる様子。
しかも、なんだか人の気配とも違うような・・しかし、何かが、たしかにそこにいる気配だが・・。


修行を積んだ剣客ともなると、以前にもアップした記事、武士道と刀のスピリチュアルにも書いたけど、
見えない気配(気)を感じる能力もずば抜けてくるようだから。

それは、剣の達人となった老人、秋山小平だけが感じ取れた気配かもしれない。

狐という動物は昔から霊力を持つとも言われてる。

妖狐


●この剣客商売もTVドラマ化されて「狐雨」というシリーズも入っているんだけど・・また、これも原作とは違う内容になってしまっている。
最後のオチで、狐の恩返しやら狐の霊の話は、恋人の娘が彼を強い男にするための作り話だった・・と変えられてしまっている。
地味な話をエンターテイメントのドラマにするには、それも仕方ないんだけど・・やっぱり、原作の小説をお勧めする(笑)




◆ヒキガエルの話

アマガエルなら、ちっちゃくてグリーンでかわいいんだけど、ヒキガエルとなると、ちょっとなあ~。
いぼいぼがあって毒を持つというし・・なにより色が汚い。

だけど、されど・・ヒキガエル、これがまた不思議な力を持つと言われてたようだ。

ヒキガエルが式神となって登場してくるのは、夢枕獏さん、または、岡野玲子さんの漫画の中の 陰陽師シリーズ「蟇」(ひさ)という作品。

蟇という漢字は、がま、とか ひき(ヒキガエルのひき)と読むらしいけど・・ここでは、ひさと読ませてる。


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さて、本題の蟇(ひさ)の話だが・・。

応天門に妖(あやかし)が出て怪異があったというので、安倍晴明と友人の源博雅が調べに行くことになった。
866年に応天門の変が起こった。応天門が放火された事件だ。

その裏には藤原一族と名門・伴氏の足の引っ張り合いが潜んでいたらしいが、いわゆる政権争いだろう。
最終的には伴氏が真犯人とされて、一族は死罪にされたり流刑されたりして、ことごとく処罰された事件だった。

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そのとき、伴氏が宿敵に呪いをかけるために使ったのが、流刑の地の佐渡から持ち帰ったヒキガエル(蟇)だった。
怨念を吸いこんで相手に災いをもたらすようにして、甕に入れて土に埋める。

ところが、うっかり・・呪詛を見られてしまったために失敗し、逆に伴氏が失脚することになる。


この物語では、安倍晴明が伴氏に起こった事件の真相を探り、最後に蟇が埋められていた甕を発見する。

すると・・・ぴょーんと甕から飛び出したのだ。
干からびて死んだはずの蟇が雨水を吸って、自ら生き返った。

博雅が言う。
「人の目をしてるぞ!
気味が悪いから、捨ててしまえ!」

「いやいや、これは人の気と歳経た蟇の気が練り合わされたとっても強いものだ。
めったなことで手に入るものじゃないぞ。」


と、安倍晴明さんは嬉しそう。

持ち帰って、その後、式神として使うようになるのだが、今度は美しい昔の装束の女性となった姿で現れるようになる。

こんなふうな、唐風の奈良時代を思わせるような式神だった。

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http://komurovski.blog.fc2.com/blog-entry-27.html



そもそも天安門事件が起こったのは、866年
安倍晴明が生まれたのは、921年とされてるから、そのとき、晴明が30歳だと計算しても・・85年も生きてることになる。

この蟇は少なくとも・・・百年以上は生きてる!ってことだ。


ヒキガエルというのを調べ見ると、日本神話で神様とされている。
    ↓
多邇具久(たにぐく)

たにぐくと呼ばれていたそうだ。

万葉集その三百六十八(谷ぐく=ヒキガエル)によると、

「谷ぐく」とはヒキガエル、いわゆるガマの古名で、「谷間を潜(くく)り渡る」
あるいは「谷間の陰湿地に住んでククと鳴く」ことに由来するとも言われている。



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そのほか、こんな記述もみつかった。
    ↓
●万葉集にも登場しているし、夏の季語として、「蟇/蟾蜍(ひきがへる)」「蟾(ひき)」「蝦蟇(がま)」が使われるそうだ。

●大槻文彦の「言海」には、蟇(ヒキ)は「気によって小虫を引き寄せて食べる蛙という伝承」の記述がある。

●漢籍においては、「蟾蜍(せんじょ)」は兎(ウサギ)とともに文字色月の象徴。月中蟾蜍。
夫の羿を裏切って一人で不老不死になろうとした嫦娥と言う仙女の伝説が由来である。

●日烏と呼ばれる3本脚のカラスが太陽を象徴したのに対して、月には陰気の動物であるヒキガエル(蟾蜍)またはウサギ(月兎)が棲むとされた。


●東アジアの美術にしばしば登場するモチーフである。「蟾蜍」の名はまた、文具の「水滴」の別称にも流用されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ、物語に登場する、信じられないほどの長寿な動物の話はいっぱいある。
(おっと・・狐の話は、すでにこの世のものではなかったけど・・。)

これは、私がたまたま気に入ってる、3つの話をあげたまでだ(笑)

そのほか、大鹿、大蛇など・・数えきれないくらいある。

ただの物語とはいえ・・いづれの作者も古い伝承や文献からヒントを得て書いていることを考えると・・まったくあり得ない、フィクションとは言い切れないように思う。

いずれにも共通することは、

超長生きしてる
霊的な力を持っている


ということなんだけど、

長生きした結果霊的な力を持ったのか、霊的な力を持っているから長生きができるのかは不明。
両方とも同時でどっちも!言えることかもしれないし~。

自然の中に生きて人間と関わらない動物でさえ・・・晴明さんが言うように・・人の気を吸って生きたことで霊的なパワーを持つようになるのかもしれない。

スピリチュアル的表現をすると、自然霊が宿った生きもの、または、人の霊が宿った生きもの・・・になっているのかもしれない。


だから、
「人の目をしている」・・のだろうか。。。
いやいや、たしかに動物の目には違いないんだけど・・なぜか、まるで人のような表情を持つ目に見える、ということだろう。

そうやって年を経た自然の生きものは、人々の守り神になるのか、それとも邪神となるのか?

時と場合によって・・また、関わる人によって・・彼らはどちらにでもなれる存在という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、家庭で飼われたペットたちは、また別だ。
家族の中で特定の人の中だけで、年月を過ごしてきたわけだから。


それでも・・かなりの高齢になって白内障を患っているようなペットですら、

見えない目で、じっと見つめられるとき、
まるで人間のような目をしてるな~って、感じるときがある。

以前私も、年老いたネコに、「大丈夫だよ。わかってるから。。。」
と・・・言われた気がしたことがあった。(←そう、思い込んだだけとも言えるけど、私としては、今でもそう思っている。)


別に寿命が短くても長くても、それが幸か不幸かなんてわかりようもないし、また、どっちがいいとも悪いともいえないわけだけど・・

それでも、異常に長生きしているものには、まるでヨーダに対するような・・・ゆるやかな畏敬の念を覚えてしまう私だ。

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星を見ることから始まった占星術と天文学

これは、Mono Lakeという場所の夜空、ミルキーウェイの写真
       ↓
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カリフォルニア州の北、ヨセミテの方角でほとんどネバダにも近いあたりだとか。

こっちもカリフォルニア州、California Coastal National Monument
      ↓
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先日休暇を取ってナショナルパークへ出かけた人から、夜空の星が大きく美しいのに驚いたって話を聞いたばかり。

そうなんだろうなあ・・・。
しかし、都会で星は見えない。

都会で星が見えない理由は、

●都市部の夜間照明
●空気の透明度の低下

だそうだ。

スモッグがあって、夜でも明るい街中では星なんか見えないだろう。


スモッグといえば・・これは、上海の大気汚染された街並みだそうだ。
   ↓
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まるで、濃霧に覆われた朝みたいじゃないか~。

私の住んでいるところは、比較的朝晩、霧が発生する地域なんで・・・たまに、早朝、こんなカンジになることもあるのだが・・
しかし、霧ならば晴れるけど、大気汚染となると、こりゃ、たまったもんじゃない!

中国都市部では大気汚染のために視界がゼロに近くなり、飛行機が着陸できないことさえあるという。


これじゃあ、星どころじゃない。


さて、満点の星空の話に戻そう(笑)


「実に美しい星空だったよ~。
古代の人もこうやって星空を眺めたのかと思うと、悠久のロマンを感じるよなあ。」


と、その人は言ったけど・・・
古代人、星空、悠久のロマンなんて言葉を聞いて、ふと、古代の天文学と占星術のことに思いを馳せた。


昔々、天文学と占星術が一緒だった時代。

古代の人々は、天体を眺めて観察しているうちに、地上で起こる天変地異や人々にも影響を及ぼしていることを知ったのだろう。
そこで、さらに観測し、天体の動きを予測することで、地上で起こることも予測しようとした。。

それが、天文学であり占星術であったそうだ。

英語でいうところの、
天文学を astronomy (アストロノミー)
占星術を、Astrology (アストロロジー)
 

と今では区別されてしまったが、

両方に共通する接頭辞のアストロ(astro)というのは、古典ギリシア語の astron という意味だそうだ。





紀元前の昔、高度な文明を持っていたといわれてるとこがある。


その有名どころは、

シュメール、メソポタミア、マヤ、など。


その文明が、インド、エジプト、東アジア、ギリシャなどに渡っていくことになる。


しかし・・・すべての文明の発端は、「星をみること」から始まったのだ。


夜は真っ暗だった時代、寝ないで夜空を見続けた人がいたんだろう。
(きっと、どの時代にも人と違うことをするタイプはいただろうから。)

じーーと観測を続けていると、ある星が周期的な動きをしてることに気がついた。


あれ~? いつも、あの花が咲くころにあの星はあそこにくるし~、あの鳥が飛んでくる時には、あの星はあそこにいるなあ~なーんてことに気がついて、

まず、星が周期的な動きをしてるらしい?、というところに気がついて、
どうゆう周期で動くんだろう? あっちの星はどうだろう?
じゃあ、次には、どこに動くんだろう?

星の周期に焦点をあてて観測、さらに次の動きを予測しようとしたようだ。


同時に、そこではじめて、時間という概念が生まれた。

そう、我々が当たり前のように思っている、時間だって、古代人の星の観測から生まれたものだ。


そうでなければ、愚かな人間たちは、明るくなって朝がきて起きて食べ物を探す。だんだん暗くなって夜になったから寝る・・・なんだか知らないけど、そうゆうものなんだよなあ~、と生活してただろうから。(←まるで現代人とほぼ一緒(笑)


ところが、星を眺めて色々と考えた人たちがいてくれたおかげで、
天体の周期を知り、季節、時間、というものを知るようになり、暦を作り出すまでになったのだ。

暦というのは、現代人にとっては、ただのカレンダーで、「きょうは何日?」を知るくらいのものだろうが、古代人にとっては画期的なものだった。
雨期や乾季の時期を知り、農耕がはじまれば種まきの時期を知り・・・どれだけ、人々の生活に役だったことだろう。

そして、どれだけ文明を発達させていったことだろう。


その証拠に、数々の建造物が残されてる。
正確な天体の動きを理解していなければ、こんなものは作れないだろうから。


◆ストーンヘンジ(イギリス)
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https://twitter.com/sekakenpr/status/745051281769672704

紀元前3050年頃から紀元前1600年頃にかけて築かれた巨石遺跡。祭壇石を中心に、30個の石が直径30mの円形に配され、そこから100mの場所にヒール・ストーンと呼ばれるもうひとつの立石があり、夏至の日、ヒール・ストーンと祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る。

◆アブ・シンベル神殿(エジプト)
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「ヌビアの遺跡群」の一つであるアブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラメセス2世が築いたもの。
正面入り口に建つ4体の巨大なラメセス2世像が配置され、この入り口から60mほど奥に進んだ至聖所に、さらに4体の神々の像がある。 春分と秋分の朝、入り口から差し込む朝日は、まず入り口のラメセス2世像、続いて神々の像を照らす。


◆チチェン・イツァ(メキシコ)
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ユカタン半島のチチェン・イツァは、5世紀半ばから7世紀末、また、11世紀から13世紀にかけて2度栄えた古代のマヤ遺跡。
後期に建てられた9層のピラミッドでは、春分と秋分の日没時、巨大な蛇が表れる。
その正体は太陽の影。北面中央に設けられた階段の横に、天から大蛇が降りるごとく、上から下へ光と影のジグザグ模様が浮かび上がる。



どの建築物も、秋分・春分の太陽の位置を計算した上で意図的に建築されたものだ。


つまり、時間の概念が生まれ、数学が生まれ、建築学も生まれ、同時に神秘を知り、宗教も哲学も生まれ・・あらゆる学問のもとになっていったのだろう。

すべては星をみることから始まっている。


●紀元前3000年頃のシュメール文明では、季節が冬と夏の2つで、1か月29日か30日の12か月の比較的簡単な暦を作り上げたといわれている

古代エジプトでは、定期的にナイル川の氾濫に悩まされていたようだが、それが恒星シリウスの観測から、次の年の増水開始までの日数を数え上げ、1年が約365日であることを知ったそうだ。

マヤ文明では、かなり正確な暦が作られていて、火星や金星の軌道も計算していたそうだ。
高度な数学も発達させて、20進法を用いて、ゼロの概念を発明されていたそうだ。




そういえば・・

マヤとはメキシコ先住民の言葉で「周期」、マヤ文明とは「時間の文明」という意味なのだそうだ。 (メキシコ・グアテマラ先住民のマヤ族)
古代マヤ文明とは
マヤ文明_Wiki 


マヤ人は、自ら「マヤ=時の民」と称したくらいだから、彼らは時間の神秘の謎を解き未来を知ることを研究することに専念していたのかもしれない。

もっとも、これはマヤ人だけではなく、おそらく・・すべての古代文明の人たちに共通することだろうけど・・特にマヤ人たちは、その謎の解明に心血を注いだのかもしれない。


マヤ暦というのは、現在でも頻繁に耳にするくらいだし(笑)



未来を予測すること、もちろん、それは現代で言うところの、占星術
天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測する。


世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。



そのために、人類はあらゆる学問を発達させてきた・・・といえるかもしれない。


天文学と占星術からはじまり、数学、物理、天文学、哲学なども発展させてきたけど・・すべてはひとつに融合するものだった。
それが現在のように別物として扱われ、分業していくのは、主に19世紀に入ってからだそうだ。

古い時代の学者に限って、多くの肩書を持つ人が多いのはそのせいだ。

たとえば、
レオナルド・ダビンチ・・・画家であり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など


ダビンチほどじゃなくても、一人でいくつもの分野を手掛けてる人の方が当たり前、という時代だった。

「真理の追究」をしていけば、多くの分野にまで及んでしまうのは自然の流れだろうし、そもそも、現代のように、カテゴリー化する感覚すらなかっただろうから。


古代マヤ人たちが遺した重要な考古学資料の中に、チラム・バラムの聖なる予言書というのがある。

マヤの神話から始まり、古代からの研究成果である大宇宙の循環を記したものや宇宙の真理にまで及んでいたのではないか?といわれているが・・。

マヤ滅亡後もずっと、代々の王族に受け継がれてきた20巻にも及ぶ貴重なものだったそうだ。
しかし、その多くはスペイン人が占領したときに焼き捨てられてしまったそうだ。


そういえば・・マヤ人たちは二十進法を用いていたそうだ。
一方、バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法を用いたそうだ。



60進法の基本は、
10 というのは両手の指の数で、12は太陰暦の1年=12ヵ月というのをすでに知っていたので、
そ の最小公倍数であり、かつ、 2, 3, 4, 5 の最小公倍数にもなるんで、60というのが生まれた




たぶん、そうだろう。。。


そういえば、東洋占星術で用いられる干支というのも、六十進法が基本になってるんじゃないだろうか?
「甲子」「乙丑」というように十位と十二位の組み合わせで表現されているわけだから。


ということは、東洋占星術はバビロニア・メソポタミアの流れを汲んでいるのかもしれない。


さて、ここから、占星術の話をしよう。

今では、大きく・・ざっくり分けて、東洋占星術と西洋占星術に分けることができる。
(なぜか人って分類するのが好きだよなあ~)


もともとは、ひとつの西洋占星術がインドに渡り、それがインド占星術となり東アジアや中国へと伝わり、東洋占星術の基礎になったとのではないか?って話だ。


東洋占星術には四柱推命や九星気学、算命学など様々な占術があって、それらをまとめて東洋占星術と呼んでいる。

東洋占星術と西洋占星術も、地球上全ての存在は宇宙の中の一つという概念がもとになっている。

ただ、大きく違う点は、

西洋占星術では、万物を生成する要素は「火」「地」「風」「水」の4つと考えられている。

東洋占星術では、陰陽五行説を元にして「陰」と「陽」という二つの概念と、「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素が万物を生成していると考えられている。


じゃあ、東洋占星学の方がより細かい分類をしてるから西洋よりも優れてるかって?

いやいや、簡単にそんなことは言い切れないのだ。

西洋占星術では生年月日と生まれた時間、生まれた場所から、10個の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星)が、生まれたときにどこに位置していたかを示す「ホロスコープ」と呼ばれるチャートを作成することからはじめる。

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占星術師たちは、この星の配置図(ホロスコープ)を分析することで、まずは、その人の性格、才能、運命などの基本パターンを知ることができるのそうだ。

一方、東洋占星術では、まず人体星図というのを製作するそうだ。
     ↓
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東洋占星術は、一定のサイクルが繰り返し循環していくという考え方がベースになっているのに対して、西洋占星術では、「今このときの惑星の配置」に重点をおいて分析していく。

なので、東洋では時間を循環するものとして捉えるが、西洋では一本の直線として捉える・・・なーんて話も聞くけど・・・

そんな単純なことではないだろう(笑)

両者とも、循環を繰り返す中にも個の特異性があることも知らないはずはないから。


ドイツの天文学者で、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、1571年12月27日 - 1630年11月15日)という人がいる。

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そうそう、あのケプラーの法則で有名な人。

どっかで聞いたけど忘れちゃったぜ!という人のために・・
ひとことで言っちゃうと・・・ケプラーは、太陽の周りを楕円をえがく軌道で地球が回ってるという地動説を確定的なものにした人だ。

詳しくはここ
   ↓
http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=5369


ケプラーさんは、天文学者でもあったけど、同時に、数学者、自然哲学者、占星術師でもあった。

まず彼は、ピタゴラスの神秘哲学に深い影響を受けていたそうで、宇宙秩序の根底にある「数の法則」というものを研究している。

そもそも、ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説いていたそうだから。

なんだそりゃ?

オクターブ(8度音程)は、1:2
5度音程は、2:3
4度音程は、3:4

音楽の経験がある人なら、すぐピンとくるだろうけど・・これは、ド・ミ・ソ~♪の響きだ。

ド・ミ・ソ
シ・レ・ソ
ド・ファ・ラ~

たしかに、これは調和的な響きだ。


さらに、天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測した。

それを「天球の音楽」と呼んだそうだ。(←なんとも、ロマンチックな・・)

たとえば、

月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)・・ほぼ、1:2
水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)・・・3:2

など。

惑星の運動法則を見出した天文学者、ケプラーさんは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じている。

それぞれの惑星の音律まで記している。

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ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律


天空で奏でる惑星たちの音楽

音楽をまた数学で表すこともできるし・・そして、それは天文学でもあり、宇宙の調和を数字や音で表したものといえるだろう。


現在でも、西洋占星術ではアスペクト(天体間の角度)の法則が使われているが、それもまた、ケプラーに由来するものだろう。


ピタゴラスからはじまりケプラーへ。

それもまた、星を見ることから始まっている。



さて、それでは・・現代の占星術はどーなんだろう?
東洋占星術であれ、西洋占星術であれ・・

古くは、天文学と密接に結びつき、自然の理を知り世界を知り己を知るために研究されてきたものが、現在ではすっかり、似非科学に追いやられてしまったわけで「星占い」と呼ばれるエンターテイメント要素の強いものになってしまってる気さえする。


もちろん、りっぱな占い師さん、鑑定士さんと呼ばれる人たちもいるけど、

ふと、思うのだ。

彼らはどうやって学んでいる? どうやってその知識を得たんだろう? と。


おそらく、それぞれの流派があったり、また個人の先生に弟子入りしたり、学校で学んだり、さまざまだろう。

しかし、元となるものは古代の文献のはず。

しかし、占星術は中世期にキリスト教の弾圧を受けて焼き捨てられてしまった書物の方が多いのだ。
まさに、マヤのチラム・バラムの聖なる予言書が、野蛮なスペイン人たちによって燃やされてしまったように。


そんな中で、わずかに残った文献から、後世の人たちがそれを読み解き伝えてきたものがもとになってるのではないだろうか?


でも・・それだけでいいのか?
文献を読み解き、それを伝えることだけで・・

未来の予測が可能になる??


もっとも古代の書を読み説くだけでもそれは大変な苦労だろう。
しかし、それだけで終わってしまい、それだけで論じてしまってるとしたら?

占星術のベースは天文学にある
星の動きにある。


それが前提にある以上、
現代を予測するのに現代の夜空を見上げることがなければ、現代はわからないのではないだろうか?



たとえば・・最近起こってること。


私はたまに、宇宙天気ニュースというサイトを見るのだが、それによると・・

去年の暮れには太陽の黒点がほとんどなくなり、ゼロを更新していた。
これは、氷河期到来か?と思っていたところ・・

今年に入って、今度は逆に異常に黒点が増えだし、4月に入ってその数、50にもなり、Mクラスの太陽フレアーを起こしたそうだ。
あっちこっちでオーロラも観測されている。

なんだこりゃ!
黒点が増えたり減ったりの周期は11年といわれてたのに、もう、めちゃくちゃじゃないか!@


黒点については、以前のブログで書いたことがある。
   ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?




さらに、数々の天体衝突、拡大する自然災害、相変わらず続く野生動物の大量死などなど。


現在の占星術の占い師さんは、こういったことも考慮して占い結果を出してくれているんだろうか?
いやいや、どうも・・そうとは思えない(笑)
(ただし、ここでは占い師さんといっても霊感を使うような人々は除いて・・の話だ。
あくまでも研究した学者としての占い師さんについてだ。)


せめて、こういった変化に着目して研究されるんだろうか?

いや・・これも、どうも・・そうとは思えない(笑)


天体と地上のできごと、そして個々の人間もまた天体から影響を受けているというのが大前提である以上、

占星術の占い師さんならば、毎日のように星を眺めて天空の変化にも気がつかなければならない。
そもそも天文の知識がベースに必須なんじゃないかな?

と、思ってしまう私だ(笑)

これは別に・・現在の占星術師にクレームをつけてるわけじゃない。
そうゆうものなんじゃないかなあ?という、私の疑問に過ぎない。


どの占星術を使っても、個人が持って生まれた性格、性癖、志向性などというものは、たしかに当たってることが多いなあ、とは思うけど・・・残念ながら、それどまりって気がしてしまう。


それ以上のことは、やはり・・天体を観測しないと、これ以上は行き止まりなんじゃないだろうか?
古代エジプトで、シリウスの動きとナイル川の氾濫の関連性を発見したように。


おいおい、それじゃあ、NASAは何やってんだ? (←もう、占い師さんの話どころの話じゃないなあ。)
肉眼で見るしかなかった時代とは違って、高性能な天体望遠鏡で見てるんだろうに~。

彼らは何を研究してるんだよ!


古代の人は、星を観察することで、

天体と地上のできごと、そして人間は天体から影響を受けている。

まず、これに気づいたのだったな。

そして、さらに研究をはじめた。

なんのために?

天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測するために。
世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。


そうだったはず。。。


その結果、さまざまな学問が生まれて分化していくうちに・・
たぶん、すべての分野の人々が、本来の目的からかけ離れてしまったのではないだろうか?

天文学者も、数学者も、哲学者も、音楽家も・・・もちろん、占星学の占い師さんたちも。



科学技術が高度に進んだ現代では予言などというものは迷信の一種としか扱われなくなった。

それでいて、現代人はコンピュータとカオス理論を操って未来を予知しようと企てている。

カオス理論の超簡単でわかりやすい説明はここ
    ↓
カオス理論とは




NASAでは、新しい天体の発見や地球に衝突しそうな惑星をチェックしているんだろうか?
(いや、国家の兵器開発のため・・って噂もあるけど(笑)

地震学者は地震の予知をしようと試みる。

だけど・・・

現代科学の粋を集めたスーパーコンピュータでさえ、明日の天気ですら確実には予知できないという。

そりゃそうだろう。

コンピューターにだって、初期値を入力しなきゃならないんだから。

一枚の紙切れを高層ビルから落としてそれがどこに落下するかなんて、スーパーコンピューターだって、ピンポイントで予測は無理無理。

しかし、
占星術は似非科学で予言は迷信と言いながら、コンピュータを使った地震予測や天体の動きを予測することは予言とは違うんだろうか?

なんだか矛盾を感じてしまうような・・(笑)
どの分野も違った方向へ行ってしまってるような・・

なんのために勉強するんだよ~(←落ちこぼれ小学生の気分で言ってみる。)

もう一度、古代人のように星を見ることから始めてみるか~

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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