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不思議な幼児失踪事件

アメリカ、ケンタッキー州で行方不明だった、3歳の子供がみつかったというニュースをみていて、


Toddler missing for 3 days found alive on 50-foot cliffside near strip mine

まずは、無事にみつかってよかった!と思いながら・・

摩訶不思議?   またもか?という気分が拭い去れない。


いくつかのニュース・サイトから、この事件の全容を簡単にまとめると、こうゆうことだ。

●母の日の日曜日の夕暮れ時、ほんの数分目を離したすきに、3歳の子供が消えてしまった。

●3日後、自宅から2,000フィートの50フィートの急勾配の崖(600メートル離れたところの、高さ15メートルの崖)で発見

●捜索現場は岩が多く、徒歩での捜索が難しいため、犬、バギー車、ヘリコプター、ドローンによるカメラ捜索を行った。

●多少の脱水症状はあったものの無傷で、元気で発見される。
2日間、クマさんと一緒だったと子供は語っている。



発見直後の写真・・どうみても赤ちゃんに近いような幼児だ。
Kenneth_Howard_found_2.jpg
https://www.wymt.com/content/news/A-true-Kentucky-mountain-boy-Toddler-found-alive-days-after-disappearance-509973001.html


アメリカにおける幼児失踪事件で、まず一番に疑われるのは「誘拐」(実際、子供誘拐の組織的誘拐団が存在するらしい)

しかし、このケースでは、それもあり得ない。
プロのレスキュー隊が行くにも困難を極めるような崖に登って、幼児を置きにすることなんて、まず不可能だろうし、その目的がさっぱりわからないことになる。


で、結局のところ・・事件性はない!と判断されたものの、「なんで、そんなところに居たのか?」という原因は不明のまま。



ところが、過去にも実際に似たようなニュースはいくつもあるのだ。


共通点は、

いずれも幼児が多い、突然消えるようにいなくなって、一人では絶対行けないような場所で無事に発見される、事件の全貌は不明のまま


都会の真ん中よりも、比較的、ド田舎で、田舎の子供が多かったような気もする。



こちらは、今年の1月のニュースで、

”ノースカリフォルニアに住む3歳の男の子が2日間行方不明になり、森の中で発見される”
   ↓
3-year-old who was missing for days says a bear watched over him in North Carolina woods

このときもまた、「レスキュー隊がこの子にたどり着くためには、腰の深さほどもある水の中を通り抜けなければならなかった」そうだ。

そして、この子もまた、
「2日間クマさんと一緒だった」と語っている。


そうか~! やっぱクマさんか~!


もちろん、3歳児が言うところの「クマさん」がどんな存在かはわからない。


しかし、幼児が・・
いきなり両親から離れてひとりぼっち。 ド田舎の夜は真の闇、食べ物飲み物も何もない。

こういった状況ならば、ものすごい恐怖と不安のマックスのはずで、
発見されたときも、まずは精神的にひどい状態になっているはずかと思うのだが・・

それが・・「大きな精神的ダメージも受けてなく元気で」発見されたということは、

やはり、誰かが一緒にいてくれたのではないだろうか?
それも、とってもフレンドリーな存在が!


そう考える方が自然に思える。



それは、こうゆうクマさんだったのか?

teddy-bear-kid-881x636.jpg
https://redmondmom.com/family/15-rainy-day-pretend-play-activities-for-kids/


それとも、こんなクマさんだったのか?

bear-2480066_960_720.jpg
https://pixabay.com/illustrations/bear-boy-child-kid-cute-little-2480066/

それは、本人しかわからないことだろう。

だけど、その子にとっては確実に一緒にいてくれた存在。
だからこそ、無事に発見された。

そんなふうに思えてならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本にも昔から、「神隠し」という言葉が存在している。

ある日突然の失踪、まったくの原因不明で、絶対ありえないだろ!というのを神隠しと呼ぶ。

つまり、この世のものではない、妖怪、天狗、物の怪、または神のような存在によって連れ去らわれた、とされるものを日本では神隠しと呼ぶそうだ。


たしか、柳田國男さんの遠野物語の中にも、神隠しの話が出てきた覚えがある。

また、ある捕り物帳の中で、こんな場面があったことを思い出す。(なんの捕り物帳だったは思えてない)

或る日突然若い女が失踪して、有能な岡っ引きが調査にあたることになるのだが、
「まずこれが、なんらかの事件なのか、それとも神隠しの仕業なのかを見極めることからはじめなければならない。
もしも、神隠しであれば人為の及ぶところではないのだから。」


という一節があるのだけど・

それだけ、「神隠し」というものが事実あったし、一般的に信じられていたし、
また、日本人にとっては、とてもメジャーな言葉だった
ということがわかる。


映画のタイトルにも出てくるくらいだし・・(個人的に好きな映画だったのだ。)
20160306094627.jpg


神隠しに合うのは、若い女か子供が多かったという。


そこで、田舎では、「日暮れどき以降は山や森に近づいてはいけない、神隠しに合うぞ!」と強く子供たちを戒めたという話も聞く。


日暮れ時というのは、夕方の薄暗くなる昼と夜の移り変わる時刻。
一般的には、黄昏どきとも呼ばれる。

別名、逢魔時(おうまがとき)
大禍時(おおまがとき)ともいわれるそうで、


おそらく、昔の時刻でいえば・・「暮れ六つ」や「酉の刻」あたり(←時代小説ファンなので知ってる(笑)

こんなふうに見える頃合いだ。(はっきりと顔が見えないような時間で、「誰そ彼」から「黄昏」という説もあり)
     ↓
cz2b5xi16fjt0ne1_20190226230340_0740_0500.jpg
https://piapro.jp/t/muMt


この時間帯は境目にあたり、あの世とこの世が交じり合う頃なので最も怪異に遭遇しやすいと言われている。

そのため、魔に魅入られてしまいそうな霊感体質の人(とくに女性が多かったらしい)とか、子供は危ないと言われたのだろう。


とくに子供・・「6歳まではまだ人ではない存在、神の子」というような言い伝えもあったくらい、子供は「魔に魅入られやすい」とも考えられていたようだ。

七五三の儀式もまた、そういったこと(厄を落とすなど)にも由来しているようで、

hakamagi.png
https://www.ginza-waki.jp/content/kimono_school13

7歳になってようやく、神の領域から脱出して人の世界に入るという認識もあったらしい。
(昔は数え歳なので現在の年とはずれがある)


ところが一方では、
大人の、それも・・現実主義者の見解では、

「7歳以下の子供に神性があるということではない。」

「昔は7歳までを無事生きられず、死んでしまった子供も多かったことなので、そのように言われた」

「7歳までは責任能力は問われないため」



などとも言われるのだけど・・


私は、やはり、小さな子供には神性のようなものが宿っているのではないかと思っている。

つまり・・
この世とあの世の半々に身を置いている存在ではないかと。

それを、いかにもスピリチュアル国であった古代日本人が、言い表した言葉だったような気がするのだ。


★実際に7歳くらいまでの子供の方が、前世記憶が残っていることが多い

過去ブログでも何度かアップしたことがあったが・・。
輪廻転生、勝五郎の話から現代へ

前世を知る意味



★架空のお友達がいることが多い。 いわゆる、イマジナリー・フレンドのこと

大人には見えない存在のお友達がいて会話していたりすることがよくある。
現在、学者の見解においては、「これは子供の成長に欠かせないことなので無理やり禁止せずに見守ってあげるように」
ってことにはなっているものの・・

見えない大人にとっては、かなり薄気味悪いことでもあるし心配でもある。

しかし、これも本当に子供の想像上の産物なのか、実際に存在するもの(大人には見えないだけ)なのか、わからない部分は多いのだ。


うーーん。。。
こんなんだったら、やっぱ怖いよなあ。(子供が描いたお友達の絵が右側)
   ↓
imaginary-750x394.jpg
http://hauntedattractiononline.com/5-signs-childs-imaginary-friend-may-actually-ghost/


そして、こちらは私の体験談

以前、あるファミリーパーティーに友人と一緒に参加したことがあった。
そのとき、2歳くらいの女の子が天井を指さして、おじちゃんがこっち見て笑ってるよ!と、しきりに言ってたことがあった。

両親は、え? どこ・・誰もいないわよ~!と言ってたし、もちろん、私にも何も見えなかった。
しかし、パーティー終了後、私のサイキックの友人から、「あそこから男が笑顔でこっちを見てたよ」と教えられた。
つまり、その正体は幽霊さんだったということだ。



この時の幽霊さんは、楽しそうなパーティーを覗いていただけだったので、なんの問題もなかったのだが・・・



子供の見ている正体は、幽霊なのか、妖怪の類か、自然霊なのか、守護霊なのか・・
それはわからない。

しかし、なんらかの存在があることだけは確かなのだろう。

そして、それを・・ある子供だけには見えているということも。


だからこそ、
クマさんだって、本当にいて見守ってくれていたのだろう、と私は思うのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神隠し事件の真相なんて誰にもわからない。

無事に子供さえ戻ってくれば・・警察も両親もそれを解明しようとまでは思わない。


そもそも「解明できない」ってことを、みんな心の底でわかってるわけだし、現実的にも、そんなことに関わってるヒマはないのだ。
(そんな世界は知りたくなんかない!という心理もあるかもしれない。)

なので、結局のところ「不思議」のひとことで終わってしまう事件なのだけど、

そこに、何かが起こったことだけは確かだろう。

なんらかの存在が連れ去ったのか?

異次元にワープしたということなのか?



しかし、どんなときにでも、助けてくれる存在がいるということも、また確かなことらしい。

とくに、小さな子供には!

これだってイマジナリーフレンドだ!
my-neighbor-totoro-satsuki-mei1.jpg
https://cellcode.us/quotes/enchanted-forest-night-anime.html


それはまた、信じるものには存在し、信じないもの(存在を否定するもの)には存在しなくなるのだろうか?



事実、こういった摩訶不思議な失踪事件では、多くの大人は消息不明のままになるか、または死体で発見されることが多いのだが、

なぜか、幼児の場合に限って「無事戻ってこられる」というケースが多々起きる。

さて、これは何を意味しているんだろう?

体外離脱してますか~?

昨夜不思議な夢をみた。

体が軽くなっていて空を飛んでいる夢だ。
下に地上の風景が広がっていて、まさにこんなカンジ。

astral-projection-249x300.png

体外離脱

いやいや、体外離脱ではないと思うよ(笑)

体を抜け出たときや体に入ったときの記憶もなかったし、おそらく、私のは、ただの夢。

でも気分爽快だった~♪


だって、こんな目線で好きなように飛べるってめったにないもん。
flying eagle

ところが、ただの夢ではなくて、実際に体外離脱を体験してる人もいるし、それを自分自身で意識的にやれるって人もいる。

以前の私は、そんなああ! まさか~!と思っていたものだけど、以外にも、そういった人たちは多いのかもしれない、と最近の私は思う。


「昨夜またも体外離脱してねえ、今回はグランドキャニオンの西側まで飛んでいってみたよ~。」

「ほおお、どうだった? あそこらへんもずいぶん変わっただろうねえ。」



なーんて会話が、世間一般で通用するとは思えないし(笑)・・だから、経験者も口をつぐんでるだけ、ってのいうのが現状かもしれない。


体外離脱、幽体離脱、臨死体験
呼び方は違うけど、まあ、体から抜け出すって点では、どれも同じようなものだろう。

中には、こんなふうに言う人もいるのだけど・・

体外離脱と幽体離脱は別物。
体外離脱はエーテル体、幽体離脱はアストラル体へと意識が拡大していった結果引き起こす現象なので、別物なのだ。



でもまあ、難しいことは置いといて・・・ここでは、「体から出ていく」という点だけでいえば、どれも同じようなもの。


もっとも臨死体験だけは、死を目前にしているときに起こることなので、ちょっと違うかもしれない。

それでも、体を「抜け出る」って意味においては同じ。

main-qimg-7a2104c06979c2adbc04f3f016fe0f5b.jpg



もう、ずーーと前のことだけど、あるサイキックの人から興味深い話を聞いたことがあった。

そのサイキックの友人には、別の友人がいて、その人はごくフツーの人(サイキック能力は持ってない人)なんだけど・・体外離脱だけは出来るというのだ。
(おいおい! そこでもうフツーじゃないだろ~が!(笑)


「じゃあ、今夜試しに僕のウチに体外離脱して来てみてよ!」と、サイキック男がいうと、

「うん、いいよ~!」と。

ここで、仮にそのサイキック男をA君、フツー男をB君としよう。


その翌日、B君は、A君(サイキック男)がその晩、家の中で何をしていたか、すべてを言い当てたそうだ。
当然のことながら、A君の部屋は密室になっていたわけで、本人しか知らないことばかり。

まあねえ、A君はサイキックのわけだから、
「あ! 本当にアイツ、ここに来てるな!とは感じてたというが・・・

それでも翌日、本人の口からすべての行動を言い当てられた!ということには、超びっくりだったという。


「体外離脱して肉体に戻ってからも、その間のことをすべてを記憶している」ということに驚いてしまったようなのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

体外離脱経験者というのは、昔からいたようだし、実際にそれを解明しようと、ずいぶん昔から研究されてきている。

ざっとWikipediaで調べても、かなり昔から研究されてきたことがわかる。

体外離脱_Wiki

Out-of-body experience_Wiki英語版

*なぜか英語版の方がかなり詳しい。 それだけ海外の方が研究がさかんに行われているということなのだろう。


英語ではOBEと一般的に呼ばれていて、これは、Out of Body Experienceの省略形らしい。

現在の一般的見解ではこうゆうことになっているらしい。
     ↓

認知科学および心理学の分野では、OBEはさまざまな心理的要因および神経学的要因から生じる解離的な経験と考えられている。
科学者は、 超常現象に頼ることなく、夢や意識の変化した状態などの精神状態からの経験であるとOBEを考えている。
または、ドッペルゲンガーの一種(autoscopy=自分自身を見る)に過ぎないともいわれることも多い。



はやい話が、さまざまな原因によって、脳が見せる幻覚に過ぎないってことになるようなんだけど・・

でも、それだけじゃ説明がつかないこともたくさんあるのだ~!


そういえば、ずいぶん前にこんな記事をアップしたことがあったけど、
   ↓
プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係

ほとんど脳死状態で、死が目前だったドクターが、臨死体験をして復活したとき、その間の出来事を覚えていたという体験談があった。

つまり、脳だけで解明できることではない・・ということになる。


アメリカでは、Robert Allan Monroe (ロバート・モンロー、通称、ボブ・モンロー(Bob Monroe)という人が、対外離脱の研究者として知られた人だ。 (もう、亡くなっているけどね~(1915 – 1995)


journeyof_robert_monroe.jpg

超心理学者で、自分でも 体外離脱の体験者であり、科学的側面と体験による裏付けをべースにして体外離脱の研究に取り組んだ人だったという。

ここ、The Monroe Institute(モンロー研究所)の創設者でもある。


ここのモンロー研究所では、意識レベルをこのように分類してるようだ。
       ↓
phasing.png

それをフォーカスレベルと呼んで、
意識のさまざまな「状態」や「段階」を示すために体系化したそうだ。

フォーカスレベル1 : 通常の起きている意識。物理的物質の現実が完全に一致した状態。

フォーカス10 :  体は寝ている(すごくリラックスしている)状態で、マインドはちゃんと意識を残している状態

フォーカス11 : 究極のコミュニケーションチャネル - 覚醒、メンタル、フィジカル、エモショナルのあらゆるレベルの意識

フォーカス12 - 身体が深くリラックスしながら眠っている状態でありながら、意識を拡大できる状態。

フォーカス15 : もはや「時間」を超えた状態。 意識は現在、今や意識は身体的シグナルから離れている。
今や「経験」は直線状の時間とは無関係な存在。

フォーカス21 :  まさに時空間連続体の認識の極み。マインドは完全に意識で満たされアクティブな状態

フォーカス22 :  時空間と存在の非物理的状態との境界。 昏睡状態に入る

フォーカス23 :  身体的な死の直後 それぞれが個が自分自身を見つける可能性がある状態。

フォーカス24 :  シンプル且つ原始的宗教、または文化的信念によって生み出された、非身体のアクティビティー。

フォーカス25 : 近世界の人間史における、メインとなる組織的宗教的信念を表現。

フォーカス26 : ここは、自分自身のダイレクトな経験をもとに、数多くの様々な宗教やその他の信念の構造と知識を含んだ、特定の領域が識別する。(フォーカスレベル24から26は信念体系の領域)

フォーカス27 : 人間の思考のキャパシティーの境界。 心の平和と身体的な死のトラウマからの回復のためのウェイステーション(中間駅・・終点ではない)

フォーカス34/35 :  集いのエリア。 フィジカルな宇宙の多くの場所からの存在が、来るべき地球の変化を目撃するためにここに集められる。 (Bob Monroeの2冊目の本、Far Journeysで触れている)。

フォーカス42 :  I クラスター(塊)意識  

原文ではこうなってる ⇒ I-There cluster consciousness.



フォーカス49 :  I クラスター(塊)の海  

原文ではこうなってる ⇒Sea of I-There clusters.



FOCUS LEVELS OVERVIEW


ん? 訳していても・・わからない箇所がいくつかあるだが・・・とくに、フォーカス42と49はようわからん!

ワンネスになる・・みたいなことなんだろうか?(違ってたらゴメン!)



この中の、フォーカス27というのを、別のところで聞いたことがあって・・どこで聞いたんだったか忘れちゃったけど・・

人は死後、もしも望むなら別の人生をやり直してみることができるという。 それが、このフォーカス27

多くの人は、「もしあのとき、ああしていれば」・・とか、「もし、あのとき、あっちの方向に行ってさえいれば」・・という 後悔にも似た思いを持つことがある。

それならば気持ちを浄化させるためにも、もう一回戻って、そっちを試してみたら、いいやんけ~。

ってことで、ぷしゅうぅぅと、もう一度そこに戻ってやり直せるんだそうだ。

なぜなら、時間の流れは一直線に流れてないから。 

やっぱレイヤーになっていて、多次元世界ってことらしいね~♪


だからいくらでも好きな分岐点に戻ってやり直せる。

やり直した結果、

あれ~、こんなんだったら、やっぱり最初の方がよかった~!と思うのか・・
それとも、結局、どっちでも一緒だったじゃんか~!と思うのか・・
やり直せてよかった~!と思うのか・・

とにかく、トラウマを残さず、さらなる学びのためにも、心残りがあるならば、やってちょーだい!ってエリアが
ここ、フォーカス27なんだとか。


へえ~、死んだ後もいろいろ楽しみごとがあるんだね~♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここでもう一度、A君とB君の「体外離脱」の話に戻そう。

体外離脱を上のエリアに当てはめると、どこになるのかわからんのだが・・フォーカス12か15あたりなんかなあ。


それからというものA君は、B君から体外離脱の方法を学んで自分でも出来るようになったという。

方法を学ぶといっても、たいしたことではないらしい。
うーんと体をリラックスさせて意識を飛ばす練習をするくらいで、ワリと簡単にできるようになるんだとか。

A君に言わせると、もともと体とマインドが分離してる状態のときは、自分でも意識しないうちに体外離脱を起こしやすいという。

たとえば・・すっごくやりたい事があるくせに、何かが障害になってるとかで出来ない!あ~出来ない!というようなジレンマがある場合・・魂は肉体を離れて浮遊しやすい状態になってしまう。
(はっきり言って、こういった体外離脱は、あんまりいい状態ではないという。)

体外離脱はすべて「意識」の力

あそこに行きたいと念じたり、高く飛ぼうと念じたりするだけで、そのようにできる!

また、そろそろ疲れてきたから体に帰りたいと思えば、即座に体に戻ることもできる!


疲れてくる?って・・体が無いんだったら疲れないじゃないか?って思うんだけど・・
体験者に聞けば、やっぱり疲れてくるんだとか。

体外離脱でいっぱい飛び回ったあとは、目が覚めてもフラフラになるほど疲れているんだとか。
強く念じたり集中したりすることで疲れるのかもしれないね。


ところで、

飛び出したはいいけど、自分の体に戻れなくなっちゃうってことはないんだろうか?

体と幽体はシルバーコードで繋がっているので、ちゃんと戻れるんだという。

state-of-consciousness-1-300x250.png


でも、他にも体外離脱して飛んでる人だっているはずだし・・

中には、こうゆう人もいて、
19085017-an-illustration-of-a-grim-reaper-death-character-holding-a-scythe.jpg

シルバーコードを切られてしまうかもしれない。

そしたら、肉体には戻れなくなっちゃうんじゃなかろうか?



いやいや、それよりも、別の問題だって生じるだろう。

幽体で出かてしまったら、肉体は留守状態になってるわけだし・・
世の中には、すでに肉体を亡くしてしまってさ迷ってる人たちだって大勢いるはず。

そんな人に、「お!留守状態になってる肉体があるぞ! ラッキー!」って入られちゃったりしないんだろうか?


なーんて質問をいっぱいA君にしてみたのだが、「いい加減にしてくれ!そんなことまで知らん!」と言われてしまった。

「ただね、これは僕が体験して感じたことに過ぎないんだけど・・
体外離脱を意図的に、それも頻繁にすることが、いいこととは思えないんだ。

生きているうちは、肉体と魂(アストラル体、エーテル体など)が1つになっているのが一番自然な状態だと思うんだ。
何か特別な意味があるときだけ、体外離脱が起きるんだと思う。

いずれ死ねば、誰だって体外離脱を経験するわけだし、それをあえて今、意図的にする必要なんてないんだよ。

人は寝れば夢をみるし、夢の世界だって、プチ・体外離脱してる場合も多いんじゃないかな。」



私はほとんど毎日のように夢をみる。
そのほとんどは覚えていないことが多いんだけど・・

たまには、よーく覚えている夢があって、
まるで、ファイナルファンタジーの世界みたいなところで、戦士となって戦ってる夢を見たことがある。

目覚めたあとも、ひどく疲れていた。
「あ~、疲れたなあ~。 多勢に無勢だったもんな~!」と思って目覚めたものだ。

実際に朝起き上がっても、体はボロボロに疲れていた。


こうゆうのもまた、プチ・体外離脱で、パラレルワールドの別世界で、私は実際に戦っていたんだろうか?


生きているうちは、肉体と魂(アストラル体、エーテル体など)が1つになっているのが一番自然な状態だと思うんだ。

A君のこの言葉は、今でも胸の奥に残っている。

悪魔の存在

キリスト教における悪魔ってなんだろう?って考えてたとき、日本に住む友人がこんな動画を送ってきた。
(最近頻繁に起こるシンクロだ(笑)
     ↓


これは、2016年6月1日、青函トンネルを超える世界最長・最深のゴッダルド・トンネルが開通したときの、開通式の祝典セレモニーのダンス動画

なんだこりゃ!・・・


動画を見て思った。

どっからみても「悪魔」

それも陳腐なほど、ステレオタイプの悪魔、そのまんま~。

ヤギ=悪魔のシンボルはいっぱい出てくるし~。

800px-Baphomet.png
Baphomet Wiki

SamaelLilithGoatPentagram.png


悪魔のシンボルは山羊なのだ!


ずっと前に、古代の竪琴とダビデ王という記事の中で、

竪琴にも、天使と悪魔の持つ竪琴がある。
    ↓
天使型は、白または金、ひつじの角や爪、ハトの羽
悪魔型は、黒または赤、ヤギ角や爪、コウモリの羽



というのを載せたことがあっけど、まさに悪魔のイメージっていえば、山羊! 

なんで、天使が羊で悪魔が山羊なのかは知らんが!



これは、ヨーロッパの中世キリスト教時代から脈々と受け継がれてきたイメージらしい。

たぶん大昔から、羊も山羊も身近にいる家畜だったし、分かりやすく「動物に例えると」ってのをやりたかっただけなのかも。

そんで、善と悪、白と黒・・っていう典型的二元論をイメージにも持ちだして、こじつけちゃっただけかな。



それにしても~ なんでここで悪魔なん?

動画の中でもニュース・キャスターが、
「開通式と、この・・”独特の”・・ダンスはどうゆう関係があるんですかね?」って、苦笑しながら言ってたけどね。


アンチ・キリスト集団の黒ミサ風景ですか~?

それを今回は、特別サービスってことで見せてくれたんだろうか?

それも・・各国の首脳陣をずら~と呼んでる席で?
(あ!ひょっとしら、彼らのお好みか?)

さっぱり、わっかりませ~ん!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゴッダルトトンネルというのは、正式には、「ゴッタルドベーストンネル」という鉄道トンネルのこと。

57kmもある、今では世界最長トンネルで、オランダのロッテルダムからスイスのジュネーブまで結んでいるとか。
(それまでは、日本の青函連絡トンネルが世界一だったんですって~。)


スイスといえば・・日本人の一般的知識では、永世中立国、マッターホルンってくらいなものかもしれないけど、

スイス人にとって、ゴッダルトは最も聖なる山だという。

日本人にとっての霊峰・富士山、モーセのシナイ山・・・それ以上かも、と言われる。


スイスインフォ(SWI)によれば、
「ゴッタルドはスイス連邦の起源、アルプスの中心、人々の交通の要、ヨーロッパを流れる大河の生まれた場所、南北文化の交差点、そしてスイスという国の独立と統一、アイデンティティーの象徴」という。

「スイスのシナイ山」と呼んだ作家もいた。ナチス・ドイツ軍の侵略から守られたのもゴッタルド山があったからだといわれている。

スイス国民にとってゴッタルドは神話の山だ。




山と言ってるけど・・正確にいえば山というより山塊で、そこは有名な峠になっているらしい。

5sz_t1_a1860-28255720.jpg
カスパー・ウーリッヒ・フーバーの作品(1860年ごろ)に描かれたもの

何が有名かといえば、相当な難所だからだ。

407cv0ri.jpg
Carl Blechen devil's bridge(カール・ブレナンによって描かれたデビルズ・ブリッジ)

そうそう、ここ、デビルズ・ブリッジ(悪魔の橋)というそうですよ。


完成したものは、こっち
   ↓
512px-Train_trip,_Switzerland

またも出てきた、悪魔という名。

なんで「悪魔の橋」なんだろうと思ってたら、こんな記述をみつけた。
     ↓

ロイス川を渡るのがあまりに困難だったため、あるスイスの牧夫が悪魔に橋を架けるように願った。
(なんで悪魔に願う? ここはフツウ、神様に願うんと違うか?)

すると悪魔が現れて、願いを引き受ける代わりに橋を最初に渡るものを生け贄に差し出すようにと条件をつけた。
(そりゃあ、悪魔だもん。 タダで慈善事業しないし・・交換条件ってのは当然!)

彼はそれを受け容れたが、橋が完成すると彼はヤギを先に渡らせて生け贄を回避した。
(ここでもヤギかい! ヤギを犠牲にするわ取引きした悪魔を騙すわ・・人間の方が性悪じゃね?)

この詐欺行為に怒った悪魔は岩をつかんで橋に投げつけようとしたが、ある老婆が十字架を岩に描いて悪魔が岩をつかむことができないようにした。(悪魔が怒るのは当然ちゃうの?)

この伝説の岩は今も存在しており、1977年にゴッタルド道路トンネルの建設のためにこの220トンの岩は30万スイスフランを投じて127メートル移動させられている。
ゴッタルド峠 Wiki




スイス人にとっては聖なる場所。 神話の山。
悪魔の伝説もある場所。

だから、その開通式には宗教的奉献式が絶対に欠かせられない!

そこまではわかるのだけど・・

で、黒ミサダンスを奉納したってわけ??



このパフォーマンスを見た多くの欧米人は、どう思ったんだろうか?

古代から「典型的な悪魔のイメージ」が刷り込まれてしまってる彼らは、

怖っ! と感じるか・・不気味、おぞましい!と思うか・・・言いようのないような不安感が掻き立てられるって人も多いかもしれない。



でも、私ら日本人だし!

悪い動物良い動物なんて差別ないし~、動物どころか人も一緒~♪


ヤギといえば・・ヤギさん郵便しか浮かばんわい!

yagisan.jpg



少なくても欧米人のようには、悪魔と結びつけた恐怖感情は湧いてこない。

だからといって、これは、アートと呼べるほど昇華させたシロモノじゃなし・・
ただの3流映画あたりの黒ミサの儀式シーンとしか見えないシロモノだ。

何度もいうようだけど・・

さっぱりわからん!というのが、私の感想。



ただ・・人というものは、恐怖、不気味さ、不安を感じたとき、悪いモノに容易く操られやすくなるものだ。

悪いモノというのは・・幽霊(悪霊)もだし、生きてる人間による洗脳なんてものもあるだろう。



私のような、ヤギさん郵便しか知らないような日本人が、こんなダンスショーを見たところで、なんだこりゃ!で終わってしまうくらいで、さして害があるとは思えないのだが、

それでも、この真意はどこにあるんだ?って考えると、何か嫌~な後味の悪さを感じてしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私にとって、キリスト教の悪魔といえば、

「エクソシスト」のイメージが一番強いかな。

816xh9OHFdL.jpg


エクソシストは1973年公開のアメリカ映画で、アカデミー賞まで受賞したオカルト映画の草分け的存在だったように思う。

ホラー、サスペンス、怪奇映画などと、昨今では色々と呼び名があるけど、この映画あたりが原点になったんじゃないかなあ。

もちろん、この映画、怖い、残酷、血みどろなだけ・・といったC級のホラー映画とは全く違って、ヒューマンドラマという人もいるくらいだ。


どんなストーリーかと言えば・・たぶん、ほとんどの人がご存じだろうけど・・

少女のリーガンに悪霊が取り憑いて、汚物を吐き、罵り、医師を殴り倒し、ウソと真実を混ぜて相手を当惑させる。

超怖い、キモ~いシーンもてんこ盛りだったけどね~。

医師はさじを投げ、誰も助けてくれない!


ついに、カラス神父とメリン神父が悪魔祓いに挑む。


ところが、

「キリストの名の元に於いて!」と祈りを唱え、必死に悪魔を退散させようとするのに・・そこにはキリストは現れない。

そう、どんなに信じてもそこにいるのは悪魔だけで、その悪魔と闘うのは二人の人間だけなのだ。


神父の一人は高齢で心臓が悪く、またもう一人は信仰心疑問を持っている精神病理学者。


少女が苦しみ、母が苦しみ、神父たちが苦しむ。

ひたすらに試され苦しみ続ける。

敵はこんなにも強く、我々はこんなに非力なのか?



当時、こんなシーンをみて、ぎええ~!ってなったなあ。
(懐かしい有名なシーンだったよね。)

tasukete.png



ものすご~いインパクトのある映画だったんで、映画を観た後本も読んだ。(これもずいぶん昔のことだけど・・)



映画だとオカルト・ホラーにフォーカスされた作りになっているんだけど(←そりゃ、当たり前だよね。)

小説だと、これってオカルト?と思った記憶がある。


精神医学的な面を重視していて、小説の大半は外科医師や精神科医の話がメインになっている。

悪魔祓いの部分はラスト近くなって、数ページほどしかなかったのが印象的だった。



それでも、メリン神父の存在感は、小説でも映画でも、すごかった!!
まさに、揺るぎない「理性と尊厳」を備えた人物だったのだ。



ただ当時の私には、小説を読んでいて・・どうしてもわからない部分があった。

「ずっと気になっていた箇所」と言ってもいいかもしれない。


それはこの3か所(その2つはメリン神父の言葉)
   ↓

●人間にとり憑く目的はどこにあるのでしょう? という疑問に対し、
「それは誰にも判らないことだ。……しかし、私はこうみている。
つまり、悪霊の目的は、とり憑く犠牲者にあるのではなく、われわれ……われわれ観察者が狙いなんだと。

そしてまた、こうも考えられる。
やつの狙いは、われわれを絶望させ、われわれのヒューマニティを打破することにある。

やつはわれわれをして、われわれ自身が究極的には堕落した者、下劣で獣的で、尊厳のかけらもなく、醜悪で無価値な存在であると自覚させようとしている。」


●「このような悪からでさえ善が生じてくる。なんらかの方法でだ。われわれには理解できず、見ることもできない何らかの方法でだ。……おそらく、悪こそ、善を生み出す『るつぼ』であるからだろうな」


こちらは最後の方で、リーガンの母親が言う(彼女は信仰を持たない無神論者という設定)
 ↓
●「あなたがた神父さんたちは、祭壇の前にぬかずいて、神さまの実在を考えなければならない立場ですわね。
だからこそ、神さまは毎夜、百万年の眠りを眠ってらっしゃるんですわ。

そうでなかったら、神さま自身がいらいらなさって、ついには怒りださずにはいられなくなるはずです。わたしのいっていること、判っていただけるかしら?

神さまは何もおっしゃらない。その代わり、悪魔が宣伝の役をつとめます。
悪魔は昔から、神さまのコマーシャルなんですわ」



若い頃の私には意味がわからないながら、なぜか、すご~く気になってた箇所だった。
今は? そのままの意味でストレートに捉えてます(笑)


懐かしいエクソシストの思い出話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

悪魔も悪霊もよくいる幽霊も、体を持たないって意味では一緒。

これは、私の想像に過ぎないんだけど・・
    ↓

ものすごい怨念、怒り、絶望の強い念を持つ幽霊たちが合体して巨大なものになったあげく、
そこへ、生きている人間のドロドロ念まで付着して、超・巨大化しちゃったもの。
それが、悪魔だったり悪霊と呼ばれるものではないかなあ~と思っている。




それに比べりゃ、自分が死んだことがわからなくてさ迷ってる幽霊さんや、助けて~!私の話を聞いてよ~!と単体でさ迷ってる幽霊さんたちの方が、なんとカワイイものか!(カワイくはないけど・・)


巨大化して悪魔・悪霊と呼ばれるようになったものを、ビジョン化して見た姿が、悪魔像なのかもしれない。



悪魔が存在するのか?・・と、聞かれれば存在するのだろう。 (←私は見たことないけど・・)

だからといって、そこらにいる浮遊霊だとか地縛霊のようにはいるわけではない!

我々庶民がフツウに生活してる中で、悪魔に憑かれるってのは、超・超レアケースだと思うのだ。(まず、あり得ない!)


むしろ、それを、自分で呼び込んでしまう方が怖いかな~って思う。


あんな陳腐なダンスを見て、ヤギの角から悪魔だ~! 黒ミサ(悪魔崇拝)だ~!とショックを受けちゃう欧米人は特にお気をつけくださいませ。

特に、古い迷信が染みついてるような人たちには入り込みやすいともいう。



実際のヤギはちょっとひょうきんで面白いやつら、だと思うのだ。(←君はヤギさん郵便がルーツのわけだしなあ・・)

そして、かなり好奇心旺盛だったりする。


ヨガをやってたら、何してるん?と背中の上に乗ってくるし、

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ネコたちが切株の上でまったりしてると・・

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すぐに皆でマネっ子。



私も、ずいぶん昔の話だけど・・モンゴルでヤギたちにワラワラと囲まれちゃって、服の裾をカミカミされたり引っ張るやつもいたりして・・涎でベトベトにされたことがあった(笑)

特に子ヤギは、恐るべし好奇心の塊だ。



もしも、

悪魔の狙いが、「我々観察者が狙いであり、我々を絶望させヒューマニティを打破することが狙い」だとすれば・・

常に楽しく過ごし、ヤギにも偏見を持たないことじゃないだろうか。


<参考>
ゴッタルド山は“スイスのシナイ山”

青函と違う「スイス世界最長トンネル」の実力 東洋経済ラインより

ゴッタルドについて知っておくべき八つのこと

https://www.swissinfo.ch/jpn/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E9%80%A3%E9%82%A6%E3%81%AE%E8%B1%A1%E5%BE%B4-%E3%82%B4%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%89%E5%B3%A0/28349036

ゴッタルドの神話 世界最長 ゴッタルドベーストンネルの上を歩く Swissinfo.ch

雨乞いの続き:レインメーカー? レインマン?

きのうのの話から、ちょっとだけ「雨乞い」に関する続編を書こうと思う。

これはアメリカで実際にあった「雨乞い」のお話。


雨乞いは英語では、Rain Maker(レインメーカー)と呼ばれてる。

ん? 雨を乞うのと雨を作り出すって違くね?

と疑問をお持ちの方もいるかも。

はい! おっしゃるとおり、違いますね。


そこは・・雨を司る精霊の存在を信じてた人と、目に見えないものを信じて無かった人の違いかと(笑)

つまりアメリカに移住してきた欧米人(主に白人連中)は、精霊なんぞ信じてなかったからこそ、レインメーカーって言葉ができたんでしょうね~。(目に見えないものに、何を乞うんじゃい!と言われちゃいそうですもん。)


しかし、白人が移住してくるよりも、ずーーと昔から、

ネイティブアメリカンには、「雨乞い師」がいたそうです。

ネイティブアメリカンの部族語で、そういう人たちをなんと呼んでたかはわかりませが、おそらく、日本語の「雨乞い師」に近いニュアンスの言葉だったのでは?って思います。



そういえば、ネイティブアメリカンって古代日本人と似てますよね。

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●自然霊を信じて八百万神(やおよろずのかみ)を敬った日本人 カチーナと呼ぶ多くの自然に宿る精霊たちを敬ったネイティブアメリカンたち

●目に見えぬ存在と交流し、大地といのち、宇宙との均衡、調和を祈り続けようとした・・というのは、どちらも一緒。


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●また、政略者だった白人社会と違って、男尊女卑なんてあり得なかった日本人&ネイティブアメリカン
(注:日本が男尊女卑社会っぽくなったのは、主に江戸幕府が確立し安泰な世になってから。
それも武家社会のみ。)
(注:ネイティブアメリカン部族は、母系制で、土地、家、財産は女性に属するのがほとんど。)



しかし今回の話は、ネイティブアメリカンの雨乞い師ではなく、れっきとした白人のレインメーカーの話です。


チャールズ・ハットフィールド : Charles Mallory Hatfield (July 15, 1875 – January 12, 1958)

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生まれは、カンザス州のフォートスコット(Fort Scott)

実家はミシン業を営んでいたのだけれど、後に農業へ転向した。

ところが、チャールズが11歳のとき、干ばつに襲われる。
せっかく耕した田畑は、あっと言う間に干上がり廃業を余儀なくされてしまう。

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アメリカは日本以上に厳しい土地だ。
不毛の砂漠地帯は多いし、大地が広大なだけに水路を確保できないことの方が多い。

頼みの綱は雨のみ!ということが多かったのだ。


最も天侯に左右されがちなのは農業。

ハットフィールド家も例外ではなかった。

彼らは土地を捨てて南カリフォルニアに引っ越した。


チャールズはニューホーム・ソーイングマシーンという会社のセールスマンになり、

1904年カリフォルニア州グレンデール(Glendale)に引っ越した。
 
(*グレンデールは、ウチから車で北へ1時間くらいの距離だ。
たしか白人が多く住む、小ぎれいな地域で、アルメニア系アメリカ人のコミュニティーがあるはず。
チャールズの時代のことは知らないが・・)



ミシンのセールスマンとして働いていたチャールズだったけど、(お父さんもミシン・セールスマンだったんだよね)


彼の頭の中には、いつもこのことばかり。
    ↓
「何としても農家を干ばつから救いたい!
 天侯に左右されない、人工的に雨を降らせる技術と装置が絶対にあるはずだ。」



暇さえみつけては、レインメーキングに関する多数の本や定期刊行物資料を読みふけった。
特にハーバード大学教授、ウィリアム・モリス・デイビス( William Morris Davis)によって書かれた「初等気象学」(Elementary Meteorology)の影響を最も受けたという。



時代は19世紀末、アメリカの深刻な干ばつは、農民から銀行家までの、すべての人に大きな影響を及ぼした。

自分の少年時代、干ばつで家族ともども土地を捨てて逃げてきたの経験もフラッシュバックされてたかもしれない。


何がなんでも雨を降らせなければ!という思いは、強迫観念に近いものであったのかもしれない。



豊富な知識を吸収し、チャールズは雨を作り出すための独自の方法を考案し開発し始めた。

チャールズの弟、ポールや末の弟ジョエルも手伝っていたという記述がある。


牧場の風車の塔の上から雨製造実験をしたり、何度も失敗挫折を繰り返したのち、


1902年、彼は大きな亜鉛メッキの蒸発タンクの中に23の化学物質の混合物を作り入れる、大がかりな装置を作り出す。
これこそが雨を引き寄せる装置になったようだ。


約6メートル程のやぐらを組みたてて、その上から薬品を調合してできる煙を空中散布することによって、雨雲を発生させ雨を降らせるというもの。

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ロサンゼルス・パブリック図書館からの写真


1904年フレッド・バイナリー(Fred Binney)が、チャールズのプロモーターとしてキャンペーンをするようになった。フレッドもまた果樹園の3分の2を干ばつによって全滅させられた経験をしていたのだ。

そのうち、ロサンゼルスの牧場主は新聞で彼の広告を目にすると、

干ばつに頭を痛めていた牧場主たちから次々依頼が入るようになる。
最初は50ドルだったり、100ドルだったり・・
(当時の100ドルは現在の$2800くらい。日本円だと・・310万円くらいかな)


契約はすべて成功報酬だったという。

しかし見事に成功し続けて彼の名前は、どんどん知られていくようになる。

●ロサンゼルスに18インチ(46 cm)の雨を降らせる依頼、
この仕事では、チャールズはルビオ渓谷近くのアルタデナにあるエスペランサ衛生院の敷地内に塔を建設。
見事に成功し約束金、$ 1000の料金を徴収した。




26年間の長きに渡ってこの商売を続け、その生涯で500件を超える雨乞いの依頼を受けた。
その中で失敗に終わったのは2件だったという記録が残っている。



1915年、チャールズが40歳のとき、
サンディエゴ市議会から、モトレナダム貯水池を満たすために雨を降らせて欲しい!と依頼を受ける。


当時のカリフォルニア州は、1200年ぶりの最悪の干ばつに見舞われていたという。(1200年ぶりってすごい!)

農家などでは、地下水源を守るために怪しげな雨乞い祈祷師を呼んでみたり、

ある専門会社では、大気をイオン化することによって降雨を引き起こすことができるんだから、そのための電気塔を建設さえすれば、干ばつは終わるのだ!とか・・・(ん? だからその費用負担をウチにくれってことか?)


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議会は日々、喧喧諤諤、紛糾しまくったことだろう。


結局、サンディエゴ評議会は、レインメーカー: チャールズ・ハットフィールドを雇うことにしたのだった。
10,000ドルの成功報酬で。




1916年1月1日、チャールズと彼の兄弟、ジョエルは,
街の東60マイルの森の奥深くに入り、モレナ貯水池のそばに20フィートの塔を設置し作業を開始。

チャールズは独自の公式を使って、彼は様々な化学物質を混ぜて大気中に放出した。


4日後、モレナで雨が降ったと報告されている。


雨はどんどん降り続く。


1月14日 サンディエゴ川が溢れ、オールドタウンとミッションバレーが洪水に見舞われる。
道路、鉄道、橋が一掃される。(ある時点では、4フィート(120センチ以上)もの水がブロードウェイを駆け下りていったという記録がある。

1月27日、サウスベイ地域では、スウィートウォーター貯水池の水位はダムを溢れるまで上昇し、50フィート(15メートル以上)の壁を崩壊させ、ボニータ渓谷は、農場、住宅、道路、鉄道、すべてが渦巻き状の泥水に飲まれてた。

*スウィートウォーターダムは観光名所で、1888年に建てられ、それは1915年まで、アメリカで最も高いダムだったそうだ。

こちらがスウィートウォーターダムの1907年頃のポストカード
      ↓
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もう少し南の方の、ローワーオタイダムにも危険が迫っていた。
水位は徐々にダムの頂上に近づいていき、設計建設者が、激しい嵐に耐えられないかもしれないと警告を出している。


同じく1月27日の午後4時45分、水はダムの頂部に到達し、午後5時5分に決壊



放出された水は峡谷を駆け抜けてダムの頂部から約20フィート下の地点までいっぱいになった。
貯水池が空になるのに24時間もかかったという。

6〜20フィート(6メートルにもなる!)の高さと巨大な壁のようになった水は、パームシティまでの距離を48分で駆け抜けたという。

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これによって、サンディエゴ全域が隔離されてしまった。

高速道路と鉄道が流され、電話回線も破壊されてしまったからだ。

唯一の方法は、ヨットクラブドックからボートで行くしかなかったという。

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1916年の洪水で、いったい何人の命が失われたのかは誰にもわかってない。

20人だったという人もいれば、60人だったという人もいて、もっと数えきれない数だという人までいる。


しかし犠牲者の多くは谷に住んでいた日本人農民たちだったといわれている。

被災後、何人かの日本人が小さなボートに乗り、必死で家族の名を呼びながら探し回っていたのが目撃されている。

現在、マウント・ホープ墓地には日本人の洪水被害者の記念碑があるそうだ。
     ↓
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当然のように・・・これだけの大被害を出してしまえば責任問題が問われることになる。

責任は誰に?


これまた当然のように・・市議会はチャールズに責任を押し付けることになる。

まず、350万ドル相当の請求を突き付けたそうだ。

おいおい! ちょっと待ってよ!


雨を降らせって依頼したけど、今度は雨が降り過ぎちゃって大被害が出たから、全部オマエのせいだ!ってこと?


そもそもチャールズは、雨を降らせるための研究をしてきたけれど、
雨を止ませる方法は研究していない。

もっと正確にチャールズの言葉を借りるならば
”I do not make rain. That would be an absurd claim. I simply attract clouds, and they do the rest.”
Charles Hatfield



私が雨を降らせるんじゃなく、雨雲を呼ぶだけだ。 雨を降らせるのは雨雲なのだ。


2月4日、チャールズは記者団に「被害が出たのは市が十分な予防策を講じてなかった責任があるはずだ。」と述べている。


ところが、市議会はチャールズが全損害賠償責任を引き受けない限り、契約金を支払うことを拒否。

ん? 350万ドルを払えば、最初の雨を降らすって契約の1万ドルは支払ってやるぞ!ってことらしい。



新聞雑誌で「素晴らしきレインメーカー」ともてはやされた男は、「サンディエゴを大洪水にした張本人」と言われるようになる。


彼を貶めようとする者、また擁護しようとする者との会話。

「この男はコンアーティスト(ペテン師野郎)だ。」

「いいえ、違います。彼は実際に過去に何度も成功していますよ。」

「私も彼は人柄も大変良い人だと思います。 巷によくいるような口先だけのセールスマンのようにはまったく見えません。
また、そんなふうな噂だって聞いたこともありませんよ。」


実際、彼はミシンのセールスマンではあったが、典型的なセールスマンタイプ(つまり、口先が滑らかで上手に買わせるように仕向けてしまうような)ではなかったという。
敬虔なクエーカー家に生まれ、いつも礼儀正しく、自尊心を持つ態度だったという。
淡く澄んだブルーアイを持ち、白い肌を持つ細身の男だった。

    ↓
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「そうゆう洗練された男こそ、本当に気をつけなきゃいけないんですよ。」

「いいえ、彼のバックには、れっきとしたサイエンスがあるのかもしれませんよ。」




市職員側は、雨だけでなく、その結果生じた損害の補償までも求めるような訴訟をどんどん起こしていく。
それがあまりにも殺到していったため、

本来の約束だった、成功報酬の1万ドルでさえ、支払わない方向に持っていったという。


チャールズ・ハットフィールドが雨を降らしたのは自分がやったことであり、決して神の行為ではないという証明をせよ!
その証明が提出できなければ、支払いを拒否する。



なんだそりゃ!


裁判は1938年まで続き、

当時の陪審員によって、「彼は科学的に雨を降らせたのではなく偶発的におきた自然災害」として判断し無罪の判決を下した。


つまり、科学的考証によりもたらされた産物ではない、
ただのペテン師野郎だった!
という判決が下されたことになる。


公の見解では、
チャールズ・ハットフィールドは気象学の知識を使って、前線がどこにあるかを予測し、あらかじめその場所に行って自分が雨を降らせたかのようにしただけに過ぎない


ということにされた。



ん? でも・・果たしてそんなことが出来るものだろうか?

いくら気象学に通じていたとしても100年前の気象学のわけだし~。(昔の天気予報なんてハズレも多かったと思うのだが)

それに、クライアントの依頼を受けて始めてその場所に行くわけだし・・
生涯で500百件を超える雨乞いの依頼を受けたうち2件を除いては成功したという事実から考えても・・

もし、本当にそんなことができたとしたら、

高い雨の確率にピンポイントで選択できる、恐るべきスキルとタイミングの感覚を持っていたってことになるんだろうか?
それとも、サイキックかい?(笑)



謎の部分はいくつもある。


裁判のとき、彼の研究結果を表す、化学式の提示は求められなかったんだろうか?
それとも、彼が拒否したのだろうか?

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チャールズとジョエルは、自分たちが行ったレインメーキングのあと、サンディエゴまでの60マイル(97キロくらいあるんだけど・・)を歩いたという。

濁流となった川、渓谷は完全に浸水し、橋は消え、鉄道は破壊され、家は流されていた。
死んだ動物達は泥水の中で放り投げられていたという。

それを目の当たりにした胸中を想像すると、真っ暗な思いがする。。。


その後も、チャールズの名声は消えたわけではなく、多くのレインメーキングの依頼も受けたそうだが、

すぐにやってきた大恐慌で、彼はミシンのセールスマンに戻っていったという。

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彼は静かに余生を送り、
1958年1月12日、83歳で生涯を終えた。

カリフォルニア州グレンデールのフォレストローン記念公園墓地に埋葬され、彼の化学式も一緒に埋められたという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼の死後いまだに、

●チャールズ・ハットフィールドは本物レインメーカーだったか、ペテン師だったのか?

●彼の調合したものはなんだったのだろう? 化学式はなんだったのだろう?



と謎が謎を呼び、ずっと囁かれ続けている。


有力な説のひとつとして言われているのは、

「雨粒の形に近いヨウ化銀を気化させた煙を大気中に散布したのではないか」という説。
これは20世紀後半から人工降雨の技術の一つとして実際に稼動させているものであり、実用化されているレベルとなっているらしい。

しかし、いずれも航空機などを使用して高所で行なわなければならないものなので、チャールズがやったように地上からできるものとは思えない・・というのが一般的見解。



結局、なにもかも不明・謎のまま。


もっとも、現在の軍上層部だったら、地震・気象兵器「HAARP」だって持ってるくらいだし~解明されちゃってるのかもしれないけど(笑)


ただ・・・現実に存在した事実は、

干ばつを回避するために、人生のほとんどを人工雨を降らすことに命をかけてきた男と、

それを信じて庇護する人とペテン師扱いした人がいて、

大災害が起きれば、誰かに責任を取らせよう必死な人たちがいたこと



それだけは確かなことだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レインメーカーの話は、のちに映画にもなった(笑)

私の父親あたりが見てそうな映画だけど・・
     ↓
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これは、私の時代の映画だ。
    ↓
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これは「雨乞い」じゃなくって、「弁護士」の映画だったけどね~。

このレインメーカーとは、「雨のごとく金を降らせてくれる一流の弁護士」って意味の現代におけるスラング。

一流といっても、必ずしもいい意味だけで使われるわけじゃないけどね~(笑)


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まったくの余談なんだけど・・

チャールズ・ハットフィールドは、「大砲を撃ったあと雨が降る」言葉から、多くのヒントを得たという話が伝わっている。

「大砲を撃ったあと雨が降る」というのは、どうやら南北戦争の頃から、言い伝えられるようになったらしいのだ。


実体験してきた軍人さんたちから言い伝えられてきたらしい。

こちらの、南北戦争体験者からのサイトに載っていたのだ。
     ↓
Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk


チャールズよりも以前にも、それを証明しようとした気象学者たちもいたようで・・

1841年ジェームズ・ポラード・エスピイ(James Pollard Espy)という当時の一流の気象学者の著書『The Philosophy of Storms』の中で、
「湿った気流をより冷たい大気の層の中に移動させることによって、結露が起こり、人工的に雨が降る可能性がある」と主張している。

それが大砲やら機関銃やらの一斉攻撃が引き金になるってことらしいのだ。


その後、1890年にも大規模な実験まで行われたという。



だとしたら~その後も何度も大きな戦争が起こってるわけで、

ヒロシマ・ナガサキの原爆だって(あ? そういえば、原爆が落とされた後も黒い雨が降ったんだったっけ?)

近年では、中東に向けてのピンポイントミサイル攻撃だって数えきれないだろう。

石油コンビナートだとか、タンカーの大爆発だって起こってるわけだし・・


気象状況を変えてしまったのは、人間かもしれない!



参考
It's Raining Man! - San Diego History Center | San Diego, CA |

When Rain Comes: Charles Hatfield’s Secret Formulas

Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk

Charles Hatfield: Rainmaker or Con Man?

The Great Flood of 1916

Firing a cannon to make it rain: madness or meterology?

The Rainmaker, Charles Hatfield, and the Flood of 1916

龍と人間力

まっ昼間のはずなのに、外は夜?
窓際に行ってみたら、何本もの稲妻が光っていた。

こちらはヨハネスブルグの雷の写真、実際の写真は撮れなかったのでイメージ写真
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美しい! でも、ぞっとする光景。

そのうち、叩きつけるような雨の音。

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あれ~!雨だと思ったら・・なんと、雹が降っている。


ありきたりの「日常」が、あっと言う間に非日常な世界に変わってしまったカンジ。



雷の落雷時の電圧は、100万ボルトから、最高で10億ボルトにもなるそうだ。

ん? 家庭の電気が100ボルト程度ってことを考えると、こりゃ途方もないパワーだ。

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こ、怖っ!
あっと言う間に真っ黒けの炭になっちゃう!!



でも、その一方で雷は恵みの雨も運んできてくれる。



すっごく当ったり前のことだけど・・・・

すべての生物は水無しでは生きられないんだよね~。


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太古の昔、人々は日照りの中で、どんなにか雨を願ったことだろう。

「雨乞い」 は、世界各地に存在していた。

そりゃそうだ! 
死活問題だったのだから。


天に祈り、雨を司る精霊に祈り・・と、さぞや皆で祈りまくったことだろう。

たぶん、大昔だったら「祈る」しかなかっただろうから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本では水(雨)や雷を司る精霊は、とされていた。

古事記によれば、その神様は淤加美神(おかみのかみ)

日本書紀によれば、龗神(おかみのかみ)


とされていたらしい。


これは、神様系図にも載っていて、
なんでも、イザナギ迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を斬り殺した際にしたたり落ちた血から生まれたんだとか)
迦具土神(ひのかぐつちのかみ)というのは、火の神様。
火から水の神様が生まれたってことらしい。




でも・・

古事記や日本書紀というのは、奈良時代頃になって、各地の民間信仰や自然信仰を集めて編集し朝廷に献上したものだから、
ひょっとしたら・・無理やり系統立てて、神様の出自まで作り上げちゃったりしてるかも・・とも考えられるね。


なので、神様の出自がどうとかより、

太古の人々は雨を司る自然霊に必死で雨乞いしたってことが、すべてのはじまりなのだと思う。


それが


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古代ギリシャのモザイク画より

面白いことに、竜(龍)は世界中にいるんだけど・・

290px-Dragon_Harley_MS_3244.png
https://en.wikipedia.org/wiki/Dragon


もちろん、実在していない。

神話や伝説に登場するだけの架空の生きもの。


それでも、世界中にいる・・ってのは面白い。

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北京の壁画になっている竜


こちらは、北斎画の日本の龍
    ↓
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いずれも共通点は・・

気性が激しくて、地にも潜り空も飛び、でっかい爬虫類っぽい生き物。
強くて、どっちかというと荒々しいイメージ。


100万ボルトの雷、雨・風の天候まで司るとしたら、そりゃあ~最強の生物だわ~!

古代中国では皇帝の象徴にもしてたとか
(古代中国の皇帝は強いが一番!って思ってたんだろうね。中国王朝っていずれも短命だったし~。 ただし日本では皇室のシンボルとしては一度も使われたことがない・・ってのが、これまた興味深いとこ)




ここで、もうひとつ興味深い点、

古代の人々は、龍を、ちゃーんと感じていた。(体感認識してイメージ化したのかもしれない)

自然に宿るエネルギー体を、自然霊(精霊)として感じていた。



日本のレイラインをご存じだろうか?

パワースポットとパワースポットを繋ぐ神秘の直線ともいわれているヤツのこと。
      ↓
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http://blog.livedoor.jp/tamakina/archives/47362660.html


茨城の鹿島神宮から、明治神宮、富士山、伊勢神宮、ソロモン王の財宝伝説がある徳島の剣山(つるぎさん)に、宮崎の高千穂神社へと直線で並んでいるのがレイライン。


ところが、このレイラインは、中央構造線ともかなりの部分が重なっている。
中央構造線とは、火山活動と地震と深い関係があるといわれてる最長の断層帯のこと。

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中央構造線は、富士山のあたりを避けるような形になっているけど、それ以外は、レイラインとかなり重なっているのがわかる。


この中央構造線の南側は、1億年くらい前にイザナギプレートに乗って南からやってきた土地だったという。

それが北側、中国大陸側の土地とぶつかってくっついて、そのつなぎ目が中央構造線になったともいわれている。

そして、その断層帯こそが、いまなお地震や火山活動を生む動脈でもある。


地下に莫大なエネルギーを蓄えた動脈。
これを、別名、龍脈とも呼ぶ。


こちらの記事によると、中央構造線付近にある神社は、実に龍(竜)のつく神社が多い。 まさに龍の道なんだね~。
    ↓
縄文族ネットワーク [太陽の道]コミュの龍の道 ~中央構造線とフォッサマグナ、


そのライン上に、パワースポットと呼ばれるような神社があるということは・・
おそらく古代人は龍脈がどこにあるのか知っていたということだろう。


現代人と違って、松果体も発達していて第六感も優れていてスピリチュアル能力がバリバリだったのか・・

または、なんらかの経験則から知ったのかはわからないけど・・。(ん~、両方だったのかもしれないね。)


今でこそ、プレートテクニクスなんて研究もされているけど、彼らはと~っくの昔~に、それを知ってたということだ!



なぜ、龍脈の上に多くの神社が建てられたのか?

それはもちろん、荒っぽい龍のパワーを調整するためだったと思うのだ。


暴れまわって噴火したり地震を起こさないように、そして水の恩恵を与えて頂けるようにと(←美味しいとこ取り、いいとこ取り)

そのために、祭祀の場をライン上に作る必要があったのだろう。


そう考えると、古代日本は、卑弥呼に代表されるようなシャーマンの国だったに違いない。


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彼らは龍というエネルギー体を感知していたのだから@@


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、日本書紀によれば、龍は龗神(おかみのかみ)

この神様=龍の化身なのか、

この神様の眷属(お使い)が龍なのか・・

そこのところは諸説あるみたいだけど・・

この、おかみといういう漢字は、雨編に口3つに龍

okaminokami.png


まさに、そのまんま(笑)
ここまで龍かよ~!



さらに、2種類の龗(おかみ)があるという。

高龗神(たかおかみのかみ)・・山の上の方、尾根 
祀ってある神社・・・貴船神社(京都)など

闇龗神(くらおかみのかみ)・・渓谷、深谷など日の光が届かないような山の谷間
祀ってある神社・・・丹生川上神社下社(奈良)など

**だからといって、別々の二柱の神様がいるということではなく、一柱の龗神の陰陽の姿だという説もあり。


いかにも山に囲まれた日本らしい!

山と湧き水
Spring waterの国だ。

spring-water.jpg


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このようにして、古代人はせっせと祭祀の場を作り、龗神、龍神を祀ったわけだけど・・

でも、歴史を見ていくと、どうやら、ただ祈ってただけでもないらしい!


自然(龍)を相手に、しっかりと人間力も発揮してるのだ!



まず、821年、空海さんが土木工事を行っている。
洪水ばっかり起こしていた満濃池(まんのういけ)に強固な堤防を築いた。

*空海さんを、ただのお坊さんと思ったら大間違い!この人、治水、土木、建築学もしっかりモノにしてるのだ。


その後、戦国時代に入る頃には、さまざまな武将たちがせっせと治水工事を行っている。

有名どころでは、

●伊達政宗さんは、北上川の水害防止の工事、水路整備、運河も手掛けたし

●武田信玄さんも、暴れ川を収め新田開発の偉業があるし、

●加藤清正さんもまた、築城、治水工事の手腕を発揮し、火山灰の土地の農地に変えたりして、土木の神様と呼ばれたとか。

もちろん天下統一した●徳川家康さんも、忘れちゃいけない!

利根川を渡良瀬川へと合流させる大規模な河川工事をして、湿地帯でどーしょーもなかった江戸を立派な街に作り替えた人だ。



さすがに有名になった武将さんたちをみると、ただ戦に強いだけじゃないっつーのが、よーーーくわかる。

「水を収めるものは天下を収める」という言葉もあったけど・・中国の春秋時代に誰かが言った言葉だったと思う。
まずは百姓町人が豊かでなきゃ年貢も入ってことないし、戦も出来ん!
何事もカネがかかる(笑)



これ、国造りの常識だもんね~。
  ↓

水害・干ばつなどの自然災害は、経済発展と社会秩序の安定にとっては致命的。
これを克服して始めて、国民生活の安定、天下泰平・国家繁栄をもたらす事が出来る。





スピ系・シャーマン国日本でありながら、

古代人たちは、結構、現実的な行動も起こしているのだ。


自然の驚異に畏怖して祈りを捧げるだけじゃなくって、

知恵を絞って技術の粋を集めて行動を起こす。

この2本立てがいいのかもね!



「おいおい!自然の驚異には、しょせん人なんて叶うわけがないでしょうが! 人は龍神には勝てるわけがない。
いくら小賢しい知恵を絞って10メートルの防波堤を築いたって、20メートルの波が来ちゃったら終わりでしょうーが。」


ごもっとも!たしかに その通りですね!

でも、

だからといって、何もしないで祈っていればいいということじゃないと思う。


ん? じゃあ、そもそも「祈り」って何のため?

51r-zj9bFHL.jpg
人は何のために「祈る」のか 単行本 – Amazon

この本の帯には、このように書かれてましたが(別に本の宣伝じゃありませんよ~)
   ↓

祈りはとてつもない力を秘めている
それは我々の潜在的可能性を目覚めさせる行為なのだ
祈りと遺伝子という壮大なテーマに世界的科学者と第一線の宗教学者が挑んだ




内容をポイントだけ要約すると、

★人間にとって祈りとは、潜在的可能性を目覚めさせる行為。

★人間が生きていくのに必要な生命の根源すなわち生命エネルギーの源とつながるために人は祈る。

★祈りはブレない生き方を実現させる。

★そのような祈りをするためには直感知が関係する。




どうせ人なんて龍神様の前では無力、災難が降りかかりませんように~と、祈るだけ!

つーのと比べて、ものすごくポジティブじゃあ、ありませんか(笑)

「潜在的可能性を目覚めさせる行為」なんですから。


ということは・・

「祈ること」 と 「行動すること」は、一連の流れなんだと思います。

日照りで水が欲しいよ~、 または、洪水を起こさないでよ~と祈ること

と同時に、

貯水池を作ったり、川の流れを変えたり防波堤を築いたりと、行動を起こす。

行動を起こすこともまた、祈りの一環なのかもしれませんね。

やっぱ、2本立てだあ!



この2本立てで行く限り、絶対、20メートルの波は来ない気がする!!


人々の2本立て波動(念)が、20メートルの波であっても、ちっこい波に変えちゃうことができるんじゃないだろうか?

荒ぶる龍でさえ、

Big-dragon-little-knight.jpg


こーんな小さなかわいい龍に変えちゃう。
     ↓
cutedragon.jpg

龍と人はお友達になっちゃう~♪


人々の一途な念が集まれば、こーんなことだって可能なんじゃないだろうか?

一人よりも大勢の方がパワーアップするのは何事も同じ!


ただし、これには・・
「皆で真摯」にに祈ること、「皆で真摯」に知恵と技術を出し合うこと・・という条件付き。


「俺はね、正直言って・・他人はどーでもいいんよ。自分と自分の持ち物さえ守れれば。」

「堤防を築く?そんなん、専門家に任せとけばいいんじゃね? ただし、俺関係ないから、迷惑かからんようにやっとくれ。」

「俺、カネを出すのは嫌だよ! 儲け話には乗るけど!」



こうゆう思いが混じれば、「皆で真摯に」とは言えなくなってしまう。



だからといって、別にここで精神論とか道徳観の話をしてるわけではなくって、あくまでも人のエネルギー(波動)の話。

皆の団結力で、巨大な潜在的能力開花して「人間エネルギー」炸裂で、

10万ボルドの龍をなだめられたかもしれないのに~。



なーんとなく、最近は、こうゆう世の中になっちゃってる傾向、強いのかも。

ゲリラ豪雨に異常気象、自然災害だらけが現代ならば、

それは、人の持つバラバラで荒々しい波動が、自然にも影響してしまってるのかもしれない。

龍よりも、人の方が荒々しい波動を持ってるんとちゃう?


龍は、自然災害をもたらす反面、ミネラルたっぷりの湧き水、薬効効果のある温泉、肥沃な大地ももたらしてくれていた。

上手に付き合うことなのだ。

祈りと行動力を持って!

それが本来の人間力だと思うのだが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この間、日本人のIQが世界一って話をしたけど・・・日本人って、やっぱり賢い民族だったんだな~と思う。(←過去形かよ。)


龍脈を感知するスピリチュアルパワーも持ってたし、

優れた土木・治水工事の知識と技術もあったんだから。

(戦国時代に、計算通りに川の流れを変えられたなんてことは、すごい事だと思う。)



たぶん、論理的知性直感的知性に優れていたんだと思う。(←過去形にするなって!)

論理的知性しかなけりゃ、頭でひっかかる。
直感的知性を伴って、心の奥にストンと落ちる。 ⇒ ブレなくなる!

これもやっぱ、2本立てだね~(笑)



参考
高龗神(たかおかみのかみ)

水を司る神「おかみのかみ」と龍


淤加美神
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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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