物語から見る「歳を経て霊力を持った動物たち」

知人の家のネコは、22歳だという。
写真を見せてもらったところ、とても22歳とは思えないほど若々しかった。

こちらは、ニュースに載っていた長寿ネコで24歳のお誕生日の写真だ。
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Daily Newsの24歳のネコの記事から

知人のネコは、これよりもはるかに若々しくて12-3歳程度にしかみえなかったけど・・
まあ、人間同様それぞれだ。

それに・・・22歳くらいで驚いちゃいけない。
たしか、クリーム・パフというネコは38歳まで生きたそうだから。
Creme Puff (cat)

たぶん、こんな時代も
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こんな時代も
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経てきたことだろう。
飼い主さんと共に。

ちなみにネコの寿命は、少し前までは10年くらい、と云われてきたけど、今では15歳くらいまでに延びてるそうだ。


ネコに限らず、稀に、はるかに平均寿命を超えて長生きするものがある。


それが自然界の動物の話となると、
〇〇池に住む大蛇だとか、山の中に何百年も生きている大鹿だとか、妖魔と呼ばれる大狐だとか・・

そんな話は古今東西いっぱいあって、そのうちオカルトチックに扱われたりして、なんだかもう、胡散臭い話に思われたりもする。
でも実際のところ、平均寿命を超えて超長生きした個体もいたはず。

ネコだって、平均寿命が10年だとか15年と言われてたって、その倍以上も生きたネコがいるくらいだから。
もちろん寝たきりで延命治療を施した長生きとは別のことだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、いくつかの話を思い出した。
これは小説や物語の話なんだけど・・まんざら、フィクションとも言えないような気がしたのだ。

◆巨大な鯉の話

これは池波正太郎さんの、いわずと知れた鬼平犯科帳の「大川の隠居」という話から。

鬼平といえば、極悪の盗賊どもをバッタバッタと退治するような派手なアクションのイメージだけど・・この話には、まったくそんな派手な捕り物シーンも登場しない、地味~な話だ。

元盗賊だった老船頭の舟にたまたま長谷川平蔵さんが乗せてもらう。

おそらく、こうゆう舟のことだろう。
    ↓
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日本橋の南詰から江戸橋へ出て渡り、思案橋のたもとの船宿加賀屋に入る・・と書かれていたので、そこは、かなりの、昔の繁華街だったはずだ。

現在の日本橋あたりか?・・まだ埋め立てられず、江戸の下町、大川(現在の隅田川)が流れていた頃、
タクシー代わりに船宿に頼んで舟を使ってた時代の話だ。

思案橋あたりから、遊郭のある吉原に行くか、それとも芝居小屋の多い堺町に行くか思案したんで、思案橋と名づけられたと古い住人から聞いたことがある。
どっちにも行ける要所だったってことだろう。


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http://satueitai.exblog.jp/20777125/


舟宿というのは、舟の手配をしてくれる他、釣り舟の手配、料亭&居酒屋のような社交場も兼ねていて、さらに男女のあいびきにも使わてたとか。

江戸は縦横に河川や運河がめぐらされていて、べネツィアにも匹敵する水運都市だったため多くの舟宿が存在してたそうだ。

池波正太郎さんの時代物を読んでいると江戸の情景がリアルによみがえってくる。・・ただの想像なんだけどね~(笑)
江戸の料理だけでなく、四季の風物詩も満載されていて・・タイムスリップした情景が浮かんでくるのだ。
行ったこともないくせに~(笑)

夜、長谷川平蔵は友人と舟宿で料理と酒を楽しんだあと、また大川に舟を出してもらい途中で一服していると・・・老船頭のところに、巨大な鯉が姿を見せる。

老船頭は言う。
「あれは大川の隠居なんです。 大川の隠居が現れた次の日は必ず雨になりますよ。いくら今、月が出てたって雨なんです。
隠居は、わしたちの声もちゃんと聴き分けてるし、こうやって呼びかけにも応えて、たまに姿を見せてくれるんですよ。

隠居、もう行くのか~。じゃあ、またな~。」


と、古い昔馴染みにでもあったような声をかける船頭。

長谷川平蔵は、巨大な鯉にびっくり仰天。
ちらっと見せた鯉の目は、まるで・・鯉の目とも人の目ともつかないような・・・と感じる。

「いやあ、しかし・・実にいいものを見せてもらった。」と彼は思う。


私はなぜか、このシーンがとても印象的で、鯉の寿命ってどんなものなんか?と調べたのだ。

●コイの寿命は平均20年~70年、それ以上の個体も存在する。
●鯉は雑食で、貝類、水中昆虫、水草、土中の有機物質を食べ、大きいものは153センチで45キロという記録もある。
●長寿のものは210歳になった記録がある
(もっとも、これは天然の鯉の話で養殖の鯉は別、特別な餌で太らせたり手をかけるので短命だそうだ。)

実際、こーんなのもいるくらいだし・・
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雑食でたくましく汚れた水の中でさえ生きられる鯉は、鯉の滝登りの伝承から鯉のぼりにもなったそうだ。
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ちなみに、登竜門とは、鯉が滝を登って龍になるという故事から作られた言葉だそうだ。

そうすると、この大川の隠居の描写も、充分に実際にありえるかも!

●もしも、興味のある方は、ぜひ‥小説でお読みください。
TVドラマシリーズの中にも、「大川の隠居」があるんだけど・・ストーリーもエンターテイメントに作り替えちゃってあるんで・・。

または本を朗読したものを、YOutubeで見つけたのでこちらを
      ↓
鬼平犯科帳・大川の隠居




さて、もうひとつ池波作品で思い出したのは・・


◆狐の話

これは、剣客商売というシリーズのひとつなんだけど・・・やはり、悪者退治の派手な話ではなくって、やっぱり地味系。

剣術大好きな男がいるのだが、この人、めっちゃ弱い!
ところが、ある武家の娘と恋仲になって・・二人で添い遂げようとするものの悪者連中に狙われて二人で逃げ回る日々。

もう、二人で死ぬしかないのか・・とまで思い詰めてると、
そこに、昔々、その男の恋人によって命を助けられたことがある、という白い狐の化身があらわれる。

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その狐の恩返しの話なんだけど・・それほど甘い話ではない。

狐の化身が言うには・・

「私の大恩あるお嬢さんを助けるために、あなたに乗り移ってあなたを強くしてあげます。
ただし・・私が乗り移れるのは3年だけ。 その3年の間に、あなたは死に物狂いで剣術の稽古をして本物の、天下無双の剣客になってください。」

その狐はもう、すでに死んでいる。 しかし死んでから霊狐となって、今では伏見稲荷の狐になっているのだが、二人のことを心配して姿を変えて江戸にやってきたんだという。

それから彼は、人が変わったように稽古に励む。

ふと・・道場で彼のすさまじい稽古ぶりを見ていた秋山小平(剣客商売の主役で、剣の達人の老人)が、道場の片隅にたたずむ何かの気配を感じとる。

はて? 何も見えないのだが・・何かがじっと彼の稽古を見守ってる様子。
しかも、なんだか人の気配とも違うような・・しかし、何かが、たしかにそこにいる気配だが・・。


修行を積んだ剣客ともなると、以前にもアップした記事、武士道と刀のスピリチュアルにも書いたけど、
見えない気配(気)を感じる能力もずば抜けてくるようだから。

それは、剣の達人となった老人、秋山小平だけが感じ取れた気配かもしれない。

狐という動物は昔から霊力を持つとも言われてる。

妖狐


●この剣客商売もTVドラマ化されて「狐雨」というシリーズも入っているんだけど・・また、これも原作とは違う内容になってしまっている。
最後のオチで、狐の恩返しやら狐の霊の話は、恋人の娘が彼を強い男にするための作り話だった・・と変えられてしまっている。
地味な話をエンターテイメントのドラマにするには、それも仕方ないんだけど・・やっぱり、原作の小説をお勧めする(笑)




◆ヒキガエルの話

アマガエルなら、ちっちゃくてグリーンでかわいいんだけど、ヒキガエルとなると、ちょっとなあ~。
いぼいぼがあって毒を持つというし・・なにより色が汚い。

だけど、されど・・ヒキガエル、これがまた不思議な力を持つと言われてたようだ。

ヒキガエルが式神となって登場してくるのは、夢枕獏さん、または、岡野玲子さんの漫画の中の 陰陽師シリーズ「蟇」(ひさ)という作品。

蟇という漢字は、がま、とか ひき(ヒキガエルのひき)と読むらしいけど・・ここでは、ひさと読ませてる。


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さて、本題の蟇(ひさ)の話だが・・。

応天門に妖(あやかし)が出て怪異があったというので、安倍晴明と友人の源博雅が調べに行くことになった。
866年に応天門の変が起こった。応天門が放火された事件だ。

その裏には藤原一族と名門・伴氏の足の引っ張り合いが潜んでいたらしいが、いわゆる政権争いだろう。
最終的には伴氏が真犯人とされて、一族は死罪にされたり流刑されたりして、ことごとく処罰された事件だった。

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そのとき、伴氏が宿敵に呪いをかけるために使ったのが、流刑の地の佐渡から持ち帰ったヒキガエル(蟇)だった。
怨念を吸いこんで相手に災いをもたらすようにして、甕に入れて土に埋める。

ところが、うっかり・・呪詛を見られてしまったために失敗し、逆に伴氏が失脚することになる。


この物語では、安倍晴明が伴氏に起こった事件の真相を探り、最後に蟇が埋められていた甕を発見する。

すると・・・ぴょーんと甕から飛び出したのだ。
干からびて死んだはずの蟇が雨水を吸って、自ら生き返った。

博雅が言う。
「人の目をしてるぞ!
気味が悪いから、捨ててしまえ!」

「いやいや、これは人の気と歳経た蟇の気が練り合わされたとっても強いものだ。
めったなことで手に入るものじゃないぞ。」


と、安倍晴明さんは嬉しそう。

持ち帰って、その後、式神として使うようになるのだが、今度は美しい昔の装束の女性となった姿で現れるようになる。

こんなふうな、唐風の奈良時代を思わせるような式神だった。

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http://komurovski.blog.fc2.com/blog-entry-27.html



そもそも天安門事件が起こったのは、866年
安倍晴明が生まれたのは、921年とされてるから、そのとき、晴明が30歳だと計算しても・・85年も生きてることになる。

この蟇は少なくとも・・・百年以上は生きてる!ってことだ。


ヒキガエルというのを調べ見ると、日本神話で神様とされている。
    ↓
多邇具久(たにぐく)

たにぐくと呼ばれていたそうだ。

万葉集その三百六十八(谷ぐく=ヒキガエル)によると、

「谷ぐく」とはヒキガエル、いわゆるガマの古名で、「谷間を潜(くく)り渡る」
あるいは「谷間の陰湿地に住んでククと鳴く」ことに由来するとも言われている。



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そのほか、こんな記述もみつかった。
    ↓
●万葉集にも登場しているし、夏の季語として、「蟇/蟾蜍(ひきがへる)」「蟾(ひき)」「蝦蟇(がま)」が使われるそうだ。

●大槻文彦の「言海」には、蟇(ヒキ)は「気によって小虫を引き寄せて食べる蛙という伝承」の記述がある。

●漢籍においては、「蟾蜍(せんじょ)」は兎(ウサギ)とともに文字色月の象徴。月中蟾蜍。
夫の羿を裏切って一人で不老不死になろうとした嫦娥と言う仙女の伝説が由来である。

●日烏と呼ばれる3本脚のカラスが太陽を象徴したのに対して、月には陰気の動物であるヒキガエル(蟾蜍)またはウサギ(月兎)が棲むとされた。


●東アジアの美術にしばしば登場するモチーフである。「蟾蜍」の名はまた、文具の「水滴」の別称にも流用されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ、物語に登場する、信じられないほどの長寿な動物の話はいっぱいある。
(おっと・・狐の話は、すでにこの世のものではなかったけど・・。)

これは、私がたまたま気に入ってる、3つの話をあげたまでだ(笑)

そのほか、大鹿、大蛇など・・数えきれないくらいある。

ただの物語とはいえ・・いづれの作者も古い伝承や文献からヒントを得て書いていることを考えると・・まったくあり得ない、フィクションとは言い切れないように思う。

いずれにも共通することは、

超長生きしてる
霊的な力を持っている


ということなんだけど、

長生きした結果霊的な力を持ったのか、霊的な力を持っているから長生きができるのかは不明。
両方とも同時でどっちも!言えることかもしれないし~。

自然の中に生きて人間と関わらない動物でさえ・・・晴明さんが言うように・・人の気を吸って生きたことで霊的なパワーを持つようになるのかもしれない。

スピリチュアル的表現をすると、自然霊が宿った生きもの、または、人の霊が宿った生きもの・・・になっているのかもしれない。


だから、
「人の目をしている」・・のだろうか。。。
いやいや、たしかに動物の目には違いないんだけど・・なぜか、まるで人のような表情を持つ目に見える、ということだろう。

そうやって年を経た自然の生きものは、人々の守り神になるのか、それとも邪神となるのか?

時と場合によって・・また、関わる人によって・・彼らはどちらにでもなれる存在という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、家庭で飼われたペットたちは、また別だ。
家族の中で特定の人の中だけで、年月を過ごしてきたわけだから。


それでも・・かなりの高齢になって白内障を患っているようなペットですら、

見えない目で、じっと見つめられるとき、
まるで人間のような目をしてるな~って、感じるときがある。

以前私も、年老いたネコに、「大丈夫だよ。わかってるから。。。」
と・・・言われた気がしたことがあった。(←そう、思い込んだだけとも言えるけど、私としては、今でもそう思っている。)


別に寿命が短くても長くても、それが幸か不幸かなんてわかりようもないし、また、どっちがいいとも悪いともいえないわけだけど・・

それでも、異常に長生きしているものには、まるでヨーダに対するような・・・ゆるやかな畏敬の念を覚えてしまう私だ。

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星を見ることから始まった占星術と天文学

これは、Mono Lakeという場所の夜空、ミルキーウェイの写真
       ↓
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カリフォルニア州の北、ヨセミテの方角でほとんどネバダにも近いあたりだとか。

こっちもカリフォルニア州、California Coastal National Monument
      ↓
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先日休暇を取ってナショナルパークへ出かけた人から、夜空の星が大きく美しいのに驚いたって話を聞いたばかり。

そうなんだろうなあ・・・。
しかし、都会で星は見えない。

都会で星が見えない理由は、

●都市部の夜間照明
●空気の透明度の低下

だそうだ。

スモッグがあって、夜でも明るい街中では星なんか見えないだろう。


スモッグといえば・・これは、上海の大気汚染された街並みだそうだ。
   ↓
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まるで、濃霧に覆われた朝みたいじゃないか~。

私の住んでいるところは、比較的朝晩、霧が発生する地域なんで・・・たまに、早朝、こんなカンジになることもあるのだが・・
しかし、霧ならば晴れるけど、大気汚染となると、こりゃ、たまったもんじゃない!

中国都市部では大気汚染のために視界がゼロに近くなり、飛行機が着陸できないことさえあるという。


これじゃあ、星どころじゃない。


さて、満点の星空の話に戻そう(笑)


「実に美しい星空だったよ~。
古代の人もこうやって星空を眺めたのかと思うと、悠久のロマンを感じるよなあ。」


と、その人は言ったけど・・・
古代人、星空、悠久のロマンなんて言葉を聞いて、ふと、古代の天文学と占星術のことに思いを馳せた。


昔々、天文学と占星術が一緒だった時代。

古代の人々は、天体を眺めて観察しているうちに、地上で起こる天変地異や人々にも影響を及ぼしていることを知ったのだろう。
そこで、さらに観測し、天体の動きを予測することで、地上で起こることも予測しようとした。。

それが、天文学であり占星術であったそうだ。

英語でいうところの、
天文学を astronomy (アストロノミー)
占星術を、Astrology (アストロロジー)
 

と今では区別されてしまったが、

両方に共通する接頭辞のアストロ(astro)というのは、古典ギリシア語の astron という意味だそうだ。





紀元前の昔、高度な文明を持っていたといわれてるとこがある。


その有名どころは、

シュメール、メソポタミア、マヤ、など。


その文明が、インド、エジプト、東アジア、ギリシャなどに渡っていくことになる。


しかし・・・すべての文明の発端は、「星をみること」から始まったのだ。


夜は真っ暗だった時代、寝ないで夜空を見続けた人がいたんだろう。
(きっと、どの時代にも人と違うことをするタイプはいただろうから。)

じーーと観測を続けていると、ある星が周期的な動きをしてることに気がついた。


あれ~? いつも、あの花が咲くころにあの星はあそこにくるし~、あの鳥が飛んでくる時には、あの星はあそこにいるなあ~なーんてことに気がついて、

まず、星が周期的な動きをしてるらしい?、というところに気がついて、
どうゆう周期で動くんだろう? あっちの星はどうだろう?
じゃあ、次には、どこに動くんだろう?

星の周期に焦点をあてて観測、さらに次の動きを予測しようとしたようだ。


同時に、そこではじめて、時間という概念が生まれた。

そう、我々が当たり前のように思っている、時間だって、古代人の星の観測から生まれたものだ。


そうでなければ、愚かな人間たちは、明るくなって朝がきて起きて食べ物を探す。だんだん暗くなって夜になったから寝る・・・なんだか知らないけど、そうゆうものなんだよなあ~、と生活してただろうから。(←まるで現代人とほぼ一緒(笑)


ところが、星を眺めて色々と考えた人たちがいてくれたおかげで、
天体の周期を知り、季節、時間、というものを知るようになり、暦を作り出すまでになったのだ。

暦というのは、現代人にとっては、ただのカレンダーで、「きょうは何日?」を知るくらいのものだろうが、古代人にとっては画期的なものだった。
雨期や乾季の時期を知り、農耕がはじまれば種まきの時期を知り・・・どれだけ、人々の生活に役だったことだろう。

そして、どれだけ文明を発達させていったことだろう。


その証拠に、数々の建造物が残されてる。
正確な天体の動きを理解していなければ、こんなものは作れないだろうから。


◆ストーンヘンジ(イギリス)
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紀元前3050年頃から紀元前1600年頃にかけて築かれた巨石遺跡。祭壇石を中心に、30個の石が直径30mの円形に配され、そこから100mの場所にヒール・ストーンと呼ばれるもうひとつの立石があり、夏至の日、ヒール・ストーンと祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る。

◆アブ・シンベル神殿(エジプト)
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「ヌビアの遺跡群」の一つであるアブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラメセス2世が築いたもの。
正面入り口に建つ4体の巨大なラメセス2世像が配置され、この入り口から60mほど奥に進んだ至聖所に、さらに4体の神々の像がある。 春分と秋分の朝、入り口から差し込む朝日は、まず入り口のラメセス2世像、続いて神々の像を照らす。


◆チチェン・イツァ(メキシコ)
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ユカタン半島のチチェン・イツァは、5世紀半ばから7世紀末、また、11世紀から13世紀にかけて2度栄えた古代のマヤ遺跡。
後期に建てられた9層のピラミッドでは、春分と秋分の日没時、巨大な蛇が表れる。
その正体は太陽の影。北面中央に設けられた階段の横に、天から大蛇が降りるごとく、上から下へ光と影のジグザグ模様が浮かび上がる。



どの建築物も、秋分・春分の太陽の位置を計算した上で意図的に建築されたものだ。


つまり、時間の概念が生まれ、数学が生まれ、建築学も生まれ、同時に神秘を知り、宗教も哲学も生まれ・・あらゆる学問のもとになっていったのだろう。

すべては星をみることから始まっている。


●紀元前3000年頃のシュメール文明では、季節が冬と夏の2つで、1か月29日か30日の12か月の比較的簡単な暦を作り上げたといわれている

古代エジプトでは、定期的にナイル川の氾濫に悩まされていたようだが、それが恒星シリウスの観測から、次の年の増水開始までの日数を数え上げ、1年が約365日であることを知ったそうだ。

マヤ文明では、かなり正確な暦が作られていて、火星や金星の軌道も計算していたそうだ。
高度な数学も発達させて、20進法を用いて、ゼロの概念を発明されていたそうだ。




そういえば・・

マヤとはメキシコ先住民の言葉で「周期」、マヤ文明とは「時間の文明」という意味なのだそうだ。 (メキシコ・グアテマラ先住民のマヤ族)
古代マヤ文明とは
マヤ文明_Wiki 


マヤ人は、自ら「マヤ=時の民」と称したくらいだから、彼らは時間の神秘の謎を解き未来を知ることを研究することに専念していたのかもしれない。

もっとも、これはマヤ人だけではなく、おそらく・・すべての古代文明の人たちに共通することだろうけど・・特にマヤ人たちは、その謎の解明に心血を注いだのかもしれない。


マヤ暦というのは、現在でも頻繁に耳にするくらいだし(笑)



未来を予測すること、もちろん、それは現代で言うところの、占星術
天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測する。


世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。



そのために、人類はあらゆる学問を発達させてきた・・・といえるかもしれない。


天文学と占星術からはじまり、数学、物理、天文学、哲学なども発展させてきたけど・・すべてはひとつに融合するものだった。
それが現在のように別物として扱われ、分業していくのは、主に19世紀に入ってからだそうだ。

古い時代の学者に限って、多くの肩書を持つ人が多いのはそのせいだ。

たとえば、
レオナルド・ダビンチ・・・画家であり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など


ダビンチほどじゃなくても、一人でいくつもの分野を手掛けてる人の方が当たり前、という時代だった。

「真理の追究」をしていけば、多くの分野にまで及んでしまうのは自然の流れだろうし、そもそも、現代のように、カテゴリー化する感覚すらなかっただろうから。


古代マヤ人たちが遺した重要な考古学資料の中に、チラム・バラムの聖なる予言書というのがある。

マヤの神話から始まり、古代からの研究成果である大宇宙の循環を記したものや宇宙の真理にまで及んでいたのではないか?といわれているが・・。

マヤ滅亡後もずっと、代々の王族に受け継がれてきた20巻にも及ぶ貴重なものだったそうだ。
しかし、その多くはスペイン人が占領したときに焼き捨てられてしまったそうだ。


そういえば・・マヤ人たちは二十進法を用いていたそうだ。
一方、バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法を用いたそうだ。



60進法の基本は、
10 というのは両手の指の数で、12は太陰暦の1年=12ヵ月というのをすでに知っていたので、
そ の最小公倍数であり、かつ、 2, 3, 4, 5 の最小公倍数にもなるんで、60というのが生まれた




たぶん、そうだろう。。。


そういえば、東洋占星術で用いられる干支というのも、六十進法が基本になってるんじゃないだろうか?
「甲子」「乙丑」というように十位と十二位の組み合わせで表現されているわけだから。


ということは、東洋占星術はバビロニア・メソポタミアの流れを汲んでいるのかもしれない。


さて、ここから、占星術の話をしよう。

今では、大きく・・ざっくり分けて、東洋占星術と西洋占星術に分けることができる。
(なぜか人って分類するのが好きだよなあ~)


もともとは、ひとつの西洋占星術がインドに渡り、それがインド占星術となり東アジアや中国へと伝わり、東洋占星術の基礎になったとのではないか?って話だ。


東洋占星術には四柱推命や九星気学、算命学など様々な占術があって、それらをまとめて東洋占星術と呼んでいる。

東洋占星術と西洋占星術も、地球上全ての存在は宇宙の中の一つという概念がもとになっている。

ただ、大きく違う点は、

西洋占星術では、万物を生成する要素は「火」「地」「風」「水」の4つと考えられている。

東洋占星術では、陰陽五行説を元にして「陰」と「陽」という二つの概念と、「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素が万物を生成していると考えられている。


じゃあ、東洋占星学の方がより細かい分類をしてるから西洋よりも優れてるかって?

いやいや、簡単にそんなことは言い切れないのだ。

西洋占星術では生年月日と生まれた時間、生まれた場所から、10個の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星)が、生まれたときにどこに位置していたかを示す「ホロスコープ」と呼ばれるチャートを作成することからはじめる。

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占星術師たちは、この星の配置図(ホロスコープ)を分析することで、まずは、その人の性格、才能、運命などの基本パターンを知ることができるのそうだ。

一方、東洋占星術では、まず人体星図というのを製作するそうだ。
     ↓
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東洋占星術は、一定のサイクルが繰り返し循環していくという考え方がベースになっているのに対して、西洋占星術では、「今このときの惑星の配置」に重点をおいて分析していく。

なので、東洋では時間を循環するものとして捉えるが、西洋では一本の直線として捉える・・・なーんて話も聞くけど・・・

そんな単純なことではないだろう(笑)

両者とも、循環を繰り返す中にも個の特異性があることも知らないはずはないから。


ドイツの天文学者で、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、1571年12月27日 - 1630年11月15日)という人がいる。

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そうそう、あのケプラーの法則で有名な人。

どっかで聞いたけど忘れちゃったぜ!という人のために・・
ひとことで言っちゃうと・・・ケプラーは、太陽の周りを楕円をえがく軌道で地球が回ってるという地動説を確定的なものにした人だ。

詳しくはここ
   ↓
http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=5369


ケプラーさんは、天文学者でもあったけど、同時に、数学者、自然哲学者、占星術師でもあった。

まず彼は、ピタゴラスの神秘哲学に深い影響を受けていたそうで、宇宙秩序の根底にある「数の法則」というものを研究している。

そもそも、ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説いていたそうだから。

なんだそりゃ?

オクターブ(8度音程)は、1:2
5度音程は、2:3
4度音程は、3:4

音楽の経験がある人なら、すぐピンとくるだろうけど・・これは、ド・ミ・ソ~♪の響きだ。

ド・ミ・ソ
シ・レ・ソ
ド・ファ・ラ~

たしかに、これは調和的な響きだ。


さらに、天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測した。

それを「天球の音楽」と呼んだそうだ。(←なんとも、ロマンチックな・・)

たとえば、

月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)・・ほぼ、1:2
水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)・・・3:2

など。

惑星の運動法則を見出した天文学者、ケプラーさんは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じている。

それぞれの惑星の音律まで記している。

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ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律


天空で奏でる惑星たちの音楽

音楽をまた数学で表すこともできるし・・そして、それは天文学でもあり、宇宙の調和を数字や音で表したものといえるだろう。


現在でも、西洋占星術ではアスペクト(天体間の角度)の法則が使われているが、それもまた、ケプラーに由来するものだろう。


ピタゴラスからはじまりケプラーへ。

それもまた、星を見ることから始まっている。



さて、それでは・・現代の占星術はどーなんだろう?
東洋占星術であれ、西洋占星術であれ・・

古くは、天文学と密接に結びつき、自然の理を知り世界を知り己を知るために研究されてきたものが、現在ではすっかり、似非科学に追いやられてしまったわけで「星占い」と呼ばれるエンターテイメント要素の強いものになってしまってる気さえする。


もちろん、りっぱな占い師さん、鑑定士さんと呼ばれる人たちもいるけど、

ふと、思うのだ。

彼らはどうやって学んでいる? どうやってその知識を得たんだろう? と。


おそらく、それぞれの流派があったり、また個人の先生に弟子入りしたり、学校で学んだり、さまざまだろう。

しかし、元となるものは古代の文献のはず。

しかし、占星術は中世期にキリスト教の弾圧を受けて焼き捨てられてしまった書物の方が多いのだ。
まさに、マヤのチラム・バラムの聖なる予言書が、野蛮なスペイン人たちによって燃やされてしまったように。


そんな中で、わずかに残った文献から、後世の人たちがそれを読み解き伝えてきたものがもとになってるのではないだろうか?


でも・・それだけでいいのか?
文献を読み解き、それを伝えることだけで・・

未来の予測が可能になる??


もっとも古代の書を読み説くだけでもそれは大変な苦労だろう。
しかし、それだけで終わってしまい、それだけで論じてしまってるとしたら?

占星術のベースは天文学にある
星の動きにある。


それが前提にある以上、
現代を予測するのに現代の夜空を見上げることがなければ、現代はわからないのではないだろうか?



たとえば・・最近起こってること。


私はたまに、宇宙天気ニュースというサイトを見るのだが、それによると・・

去年の暮れには太陽の黒点がほとんどなくなり、ゼロを更新していた。
これは、氷河期到来か?と思っていたところ・・

今年に入って、今度は逆に異常に黒点が増えだし、4月に入ってその数、50にもなり、Mクラスの太陽フレアーを起こしたそうだ。
あっちこっちでオーロラも観測されている。

なんだこりゃ!
黒点が増えたり減ったりの周期は11年といわれてたのに、もう、めちゃくちゃじゃないか!@


黒点については、以前のブログで書いたことがある。
   ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?




さらに、数々の天体衝突、拡大する自然災害、相変わらず続く野生動物の大量死などなど。


現在の占星術の占い師さんは、こういったことも考慮して占い結果を出してくれているんだろうか?
いやいや、どうも・・そうとは思えない(笑)
(ただし、ここでは占い師さんといっても霊感を使うような人々は除いて・・の話だ。
あくまでも研究した学者としての占い師さんについてだ。)


せめて、こういった変化に着目して研究されるんだろうか?

いや・・これも、どうも・・そうとは思えない(笑)


天体と地上のできごと、そして個々の人間もまた天体から影響を受けているというのが大前提である以上、

占星術の占い師さんならば、毎日のように星を眺めて天空の変化にも気がつかなければならない。
そもそも天文の知識がベースに必須なんじゃないかな?

と、思ってしまう私だ(笑)

これは別に・・現在の占星術師にクレームをつけてるわけじゃない。
そうゆうものなんじゃないかなあ?という、私の疑問に過ぎない。


どの占星術を使っても、個人が持って生まれた性格、性癖、志向性などというものは、たしかに当たってることが多いなあ、とは思うけど・・・残念ながら、それどまりって気がしてしまう。


それ以上のことは、やはり・・天体を観測しないと、これ以上は行き止まりなんじゃないだろうか?
古代エジプトで、シリウスの動きとナイル川の氾濫の関連性を発見したように。


おいおい、それじゃあ、NASAは何やってんだ? (←もう、占い師さんの話どころの話じゃないなあ。)
肉眼で見るしかなかった時代とは違って、高性能な天体望遠鏡で見てるんだろうに~。

彼らは何を研究してるんだよ!


古代の人は、星を観察することで、

天体と地上のできごと、そして人間は天体から影響を受けている。

まず、これに気づいたのだったな。

そして、さらに研究をはじめた。

なんのために?

天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測するために。
世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。


そうだったはず。。。


その結果、さまざまな学問が生まれて分化していくうちに・・
たぶん、すべての分野の人々が、本来の目的からかけ離れてしまったのではないだろうか?

天文学者も、数学者も、哲学者も、音楽家も・・・もちろん、占星学の占い師さんたちも。



科学技術が高度に進んだ現代では予言などというものは迷信の一種としか扱われなくなった。

それでいて、現代人はコンピュータとカオス理論を操って未来を予知しようと企てている。

カオス理論の超簡単でわかりやすい説明はここ
    ↓
カオス理論とは




NASAでは、新しい天体の発見や地球に衝突しそうな惑星をチェックしているんだろうか?
(いや、国家の兵器開発のため・・って噂もあるけど(笑)

地震学者は地震の予知をしようと試みる。

だけど・・・

現代科学の粋を集めたスーパーコンピュータでさえ、明日の天気ですら確実には予知できないという。

そりゃそうだろう。

コンピューターにだって、初期値を入力しなきゃならないんだから。

一枚の紙切れを高層ビルから落としてそれがどこに落下するかなんて、スーパーコンピューターだって、ピンポイントで予測は無理無理。

しかし、
占星術は似非科学で予言は迷信と言いながら、コンピュータを使った地震予測や天体の動きを予測することは予言とは違うんだろうか?

なんだか矛盾を感じてしまうような・・(笑)
どの分野も違った方向へ行ってしまってるような・・

なんのために勉強するんだよ~(←落ちこぼれ小学生の気分で言ってみる。)

もう一度、古代人のように星を見ることから始めてみるか~

starry-night-alex-ruiz.jpg

ネコと引き寄せの法則にまつわるローカルニュース

カリフォルニアのローカルニュースから、ネコにまつわる面白いニュースがあった
     ↓
Cats, separated at Petaluma shelter, reunited when owners start dating

2014年のこと、シングルマザーのキャサリンが6歳の娘とともにシェルターで、2匹の兄弟ネコをみつけた。
白とオレンジ色の子猫

名前はオジーとバター

ozzie and buter
https://www.petalumaanimalshelter.org/

あまりにも愛らしい子猫たち、しかも、瓜二つのそっくりネコたち

寄り添っている小さな兄弟を引き離すのはかわいそう・・・ぜひ、二匹とも引き取りたい!と思ったものの・・
彼女のアパートは、1匹しか許可されない。

そこで泣く泣くオジーだけを引き取ることにした。

それから2年後、キャサリンはシングルファザーのブライアンとネット上で知り合い、初デートをした。

意気投合しブライアンの家で食事をし、バックヤードで語り合っていたところ・・・

キャサリンの目は釘付けになった。

あ!オジーがいる!

「あれは、ウチのネコだわ。」

そこには、オジーそっくりなネコがいたのだ。


「違うよ。 あれば僕のネコのバターだ。」

と、ブライアンが言う。

翌日、キャサリンはブライアンを家に招待した。
今度はブライアンがびっくり仰天。

瓜二つのネコなのだから。。

そこで二人はシェルターからの里親契約書を見せ合った。

すると、
それは紛れもない、あの、兄弟ネコたちだったのだ。

しかも、キャサリンがオジーを連れ帰った4日後に、ブライアンがバターを連れ帰っていたことが判明。

もちろん、結末はハッピーエンディング(笑)
2家族と2匹は一緒に暮らすことになったのだ。

happyending.png
左からブライアンの娘のルビー、バターを抱いたブライアン、オジーを抱いたキャスリーン、娘のカリ

特にキャサリンの娘のカリは、彼女はバターに会ってひどく感動したそうだ。
当時子猫の兄弟を引き離してしまったことを、彼女はずっと気に病んでいたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強い絆で結ばれた兄弟ネコが2家族を結びつけたのか?

それとも、

運命の糸で結ばれた二人の出会いが、ネコたちを再開させたのか?


たぶん・・両方かも。(笑)

えーっと、確率としてはどのくらいあるんだろう。


まず・・この街のシングルの男女の人口と、捨て猫の数と・・・それをエクセルのCOMBIN関数を使えば、どうかな?と、ちょっとした遊び心で思ったけど・・
それぞれの確実なデータ自体が存在するわけでもないし・・こんなことを考えること自体が無理だ(笑)

勘だけで、とんでもなく稀な確率だろうってことだけはわかる。


こういったことを、多くの人は「偶然」という言葉で処理してなんとなく納得してしまいがち・・


でも、偶然を引き起こすのも人々の意識なのかなあ~、なんて思ったりする。。。(笑)


母親のキャサリンは兄弟ネコの片割れ、バターのことを気がかりに思っていた。

娘のカリはもっと強烈に思っていた。

同時にキャサリンは新しい出会い、再婚を願った。

ブライアンも新しい出会い、再婚を願った。

引き離されたネコたち、オジーとバターもお互いを想っていた(決してお互いを忘れていなかった)



多くの人(ネコも?)の意識の方向性が1つに集まれば集まるほど、引き寄せパワーが大きく働くのかもしれない。
ただし・・決して強烈で表面的な思いではなく、もっと潜在的な意識だったのかもしれないが。


この家族すべての思いと2匹のネコの思いが、偶然と見えるような現象を引き起こしたのかもしれないなあ。

なんだか、多くのデータ集めをして確率計算するよりも、こっちの方が的を得てる気がしてくる。



日本では、近年「引き寄せの法則」だとか、「偶然はない。すべては必然だ!」なんてことをよく耳にするようになったけど、

そういえば、アメリカでも昔から言われてる言葉があった。

Everything happens for a reason 「全ての出来事には意味がある」

世界中、同じなのかもしれない。

犬のジュリーとネコのリロイの話

きのう友人から、12年飼っていたネコが亡くなった話を聞いた。

以下は彼女の話
   ↓

それは12年前のこと、娘が突然、拾ってきたネコだった。

毛並みはバサバサで茶色に黒が混じったような雑巾色。
人相(猫相?)も悪いし毛並みもきたないし愛嬌もない。
どっから見ても可愛くない。

それに、ひどく瘦せこけていて汚いし病原菌を家の中に持ち込まれては大変だ!


「うちには犬のジュリーがいるんだから・・ネコなんて無理よ! そのネコ、もといた場所に置いてきなさい!」

と娘に言った。


ところが娘は頑として首を縦にふらない。

「マミーが、そんは薄情な人だとは思わなかったわ!
どうしても、追い出したいなら、私も家出するからね!
そんで・・動物愛護精神がゼロだって、学校中で言いふらしてやるわ!」


うーーむ、アメリカ育ちの娘には手を焼く。

結局、しぶしぶ家に置くことを許したのだ。

これはイメージ写真、こんなネコだったらしい。
     ↓
siberian-cats-kittens-10.jpg

娘はそのネコにリロイという名前をつけた。


娘が毎日学校から帰ってくる時間になると、リロイは玄関でじっと待っている。

娘の姿をみつけると、甘えた声を出し彼女の足元に何度も何度も体をこすりつける。

そうして娘は、ただいま!と言いながらリロイの体を撫ぜてやり、いつも一緒に部屋に入ってきた。



ところが、リロイは私にも夫にも・・ぜんぜん懐かない。
いつまでたっても懐かないのだ。

甘えた声を出すこともなければ一度も膝に乗ってくるなんてこともなかった。
抱っこされるのも嫌がる。

ネコってのは冷たいものだ!
ネコは犬と違って誰にでも懐くってわけではないらしい。


一方、犬のジュリーは人一倍食い意地が張ってるけど愛嬌がいい。
誰にでもフレンドリーだ。

どうも・・ネコというものは、犬とは違って、気難しい生き物なのかもしれない。

私はそう思った。


しかし、

気難しいリロイは、犬のジュリーとはとっても仲が良かった。
娘以外で仲良くしていたのは、唯一犬のジュリーだけだ。

こちらもイメージ写真
   ↓
dogcat.jpeg


犬とネコなんて一緒に飼うのは無理、仲が悪いに決まってる!と思っていた私には、びっくり!だった。


娘がいないとき、リロイはいつもジュリーと一緒だ。

二人で追いかけっこをして遊んだり、ご飯も一緒に食べるし寝るときもいつも一緒だ。

ただ夜になると、リロイは娘のベッドに潜り込み、ジュリーは私たちのベッドの足元で寝た。

・・・・・・・・・・・・・・・

それから12年が過ぎ、

リロイが病気になった。
食欲も元気もなくなり、ジュリーとも遊べなくなってしまった。

病院に連れて行くと、尿路結石、その他内臓疾患がある・・と言われた。

治療の甲斐もなく、リロイはどんどん痩せていき何も口にしなくなった。



その日の朝、娘はいつものように出勤していった。

午後になってしばらくすると、犬のジュリーが、クンクン泣きながら、ひどくオロオロとしている。
リロイのことが心配なのだろう。

その日の朝からジュリーは何も食べなかった。
何があっても、食い気だけは無くしたことがない犬のくせに。


私は急に不安になり、リロイを抱えて病院に行った。
娘以外の人間に抱かれることが大嫌いなネコだったくせに・・。

もう、抵抗する気力さえないのだろう。
ただ妙に悲しかった。

「もう手の施しようはありません。 安楽死させますか?」

病院で言われのはそれだけだ。

「いえ、これは娘のネコなので娘に聞かないと・・・。
このまま連れて帰ります。」


私はそれだけ言うのがやっとだった。


家に戻ると、ジュリーはまだ何も食べずにウロウロと不安げに歩き回っている。



そして、夕方

娘の帰りを待たずリロイは息を引き取った。
最後に何か小さな声で何か叫んだような気がした。

私は段ボール箱に柔らかいタオルを敷き、そこにリロイを寝かせた。


ジュリーはそばを離れない。
じっと段ボールの中のリロイを見つめたままだ。

私は、ふと・・気がついた。

ジュリーは段ボールの中のリロイを見てはいない!

ずーーと段ボールより上の、何もない空中の一点を見ているのだ。


なんだか不安になって、私はジュリーを呼んだ。

しかし、振り返るものの、私が何度呼んでもそこから離れようとしない。

ずーーと一点を見つめたままだ。



しばらくして娘が帰宅した。

帰宅するやいなや、娘は何も言わずに段ボールの中のリロイを抱き上げた。

「リロイ、今帰ったよ!」
娘はそう言い、いつものようにリロイの体を撫ぜていた。
ずーーと撫ぜていた。

12年間、ずっとそうしてきたように。


それから・・・

ようやく犬のジュリーは、その場を離れたのだ。

あーあ、腹減ったぜい!とでもいうように、夢中でバクバク食べ始めた。。。

な、なんなんだ! こいつは!

・・・・・・・・・・・・・・・・

それが友人から聞いた話だった。


その犬好きの友達は、霊魂なんてものは信じてない。

そのくせ、こんなことを言った。

「あのとき、ジュリーは何を見ていたんだろう?
なんで、そこを離れなかったんだろう?
・・・って、思ったの。

きっと、肉体を離れたリロイがそこにいたんじゃないかなあ?
私には何も見えなかったけど、ジュリーは、それを見ていて・・きっと見守っていた気がするの。

娘が帰ってきて、いつものように、ただいま!って言ってリロイを撫ぜてあげて・・そんでリロイは満足してどこかに行けたんじゃないのかな、そんでジュリーも安心して、そこを離れたんじゃないかって思ったんだ。」


「うん、そうだね。。。私もそう思うよ。
・・・・・ということは、やっぱり、霊魂ってあるってことにならない?」

と、私が聞いた。

そんなもん、ないわよ! 私には見えないもん。

だけどね、ジュリーやリロイには、あるのよ。
ジュリーは、リロイが安心するまでその場で見守ってあげてたのよ。
あの食い気だけで生きてるヤツが、食べることすら忘れて(笑)

そんで、自分も安心したら、めっちゃお腹が空いてたことを思い出したんだろうね!(笑)」



私は・・霊魂なんて信じないという、この友達が好きだ!(笑)

フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める

心霊スポットに行きたいんだけど行っても大丈夫なんでしょうか?

日本から届いたメールで、こんな質問があった。

また別の人から、

心霊スポットに行くんだけど、私って霊感ゼロなんで少しは見えるようになりたいんだけど、どーしたら霊能力をつけられますか?


おいおい!
日本じゃ心霊スポットブームなのかね?


どうやら・・・心霊スポット巡りというのがちょっとしたブームらしい。
もっとも今にはじまったことじゃなさそそうだけど。

日本の心霊スポットというのは、廃墟となったホテルとか旧廃トンネルだとかがほとんどのようで、しかも、そこで過去に殺人事件が起こった場所、自殺の名所になっているところがほとんどで、出る!とい噂が噂を呼んで、心霊スポットと認定されるようになって多くの雑誌、TVなどでも紹介されるようになるらしい。


ネットで検索すると、心霊スポットに行くための注意点だとか、持っていくものだとか・・そんなサイトがいくつもあるのにはびっくり


ところで・・今、こっちはクリスマス休暇中だよん。
一般的に今年のクリスマス休暇は23日から26日のところが多いようだ。


幽霊話だとか肝試しというのは、夏が定番じゃなかったっけ?
なんでまたクリスマス時期なんだ? たまたまか?


ところで、今、心霊スポットに行こうという人たちは、幽霊の存在を信じているのだろうか?

半分は信じている(いや、半分以上は信じている?)、だからこそ「大丈夫でしょうか?」なーんて質問をしてくるのかもしれない。


やれやれ。
なんと答えたもんか・・。

「そんなもん、ほっとけばいいよ! 
行きたいヤツは勝手にいけばいいし・・それで憑りつかれたり病気になったとしても、知ったこっちゃない!」

・・・と、サイキックのホセの答えは冷たい(笑)

「じゃ、どうすれば霊能力がつくようになるか?って質問は?」

「ばかばかしい。 そんなもん・・もともと鈍感な生き方をしてる人には無理だよ。
むしろ、フツーの人がなまじっか霊能力なんて持ってしまったら身の破滅だよ。
ほっとけ、ほっとけ!」


もっと冷たい(笑)


「そもそも、霊を信じてない人には見えないんじゃないのかな?
超能力を否定する人にはまったく超能力が存在しないのと同じように。」

「否定する人たちに信じさせようとしたり証明しようとしたりするのは無意味だよ。」



そーだよなあ。。。

と、昨今では、つくづく思う(笑)

昨今では・・というのは、現代物理学の驚異的な発展の中で、という意味だ。


一昔前のアメリカの番組、ディスカバリーチャンネルの番組だったかで、18世紀か19世紀初頭に出来た刑務所で今は廃墟となってる不気味な場所があるのだが・・・そこで数々の幽霊の目撃証言があったとかで、そこを検証するという番組をみたことがあった。

ずいぶん昔だったけどね~。
これは、サンフランシスコの廃刑務所、アルカトラス
     ↓(番組はアルカトラスじゃなかったけどね。)
622-22.jpg


たくさんの幽霊の目撃証言があり、そこに物理学者、脳神経外科医、心理学者、音響分析のスペシャリストなどの専門家をはじめとして、多くの機材を投入して実験、検証しようという、かなりマジメな番組だった。

そのとき、付近の住人が、
「幽霊がここの壁からすーーと出てきて、あっちへ歩いていったのを何度も見た!」という証言を聞いて、

ある物理学者が言った。

「壁を突き抜けるということは、まず、人間ではありえない。
人間は原子でできている物質だし壁も同様だ。原子は陽子の周りを電子が回転しているわけだし人間と壁は電子が反発しあって、それを突き抜けるなんてことはありえないよ。」


すると・・今度はもう一人の物理学者が言った。

「じゃあ、その幽霊とは何で構成されているのか? ってことになる。原子じゃないのは確かだし・・・
あ、ちょっと待てよ! もしも、それがニュートリノのような素粒子で構成されていたら、電気を帯びていないわけだし、壁を突き抜けることだって可能だぞ!」



うーん、アメリカの心霊スポット番組つーのは・・・日本のものとはずいぶん違うなあ(笑)

最終的に、この番組の中では、さまざまな可能性を考察しただけで結論には至ってない。


しかし、この番組はおそらく10年以上も前だったと思うんだけど・・すでにニュートリノなーんて素粒子を持ち出していたんだよね~。


ニュートリノというのは、まさしく、幽霊素粒子とも呼ばれた素粒子のひとつ。
ニュートリノは殆どの物質を通り抜けられるんで限りなく幽霊に近いってことで、幽霊粒子とも呼ばれるようになったとか。(←そのままやんか!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私のブログ記事でも何度か、量子論やら量子物理学なんてものをアップしたことがあった。

三島由紀夫の小説から必然論を考えてみる
人の意識とボーアから始まった量子論
文系と理系と量子力学

そのときにも、ずいぶん本を読み漁ってみたものの、もちろん私の頭ではちゃんと理解できない(笑)
なんてたって、数式を使って証明していく理論物理学なんだもん。。。
数式がわからない私には無理~!


それでも、超基本的ないくつかのことがわかってくると・・

これは確かに今までの常識を覆すような、すごい発見!

という実感がじーんと伝わってきたものだ。
こんなこと、すでに1920年代に始まっているわけでもうすぐ100年たとうとしてる今では、どんどん研究が進んでいる。


その昔、アインシュタインさんが量子論にブチ切れそうになって、「神はサイコロを振らない!」なんて言ったのに、
今では「神はサイコロを振る」ってのが定説になってしまった(笑)


そういえば・・ニュートリノには質量があるのかないのか? なーんて言われ続けてきたことも、先ごろ、質量がある!と証明されたそうだ。(←これも数式なんだよなあ・・・)


昔、私が学校で物理学を習ったときには、

「この世界の物質は原子でできている」

「原子は原子核と電子から構成されている」


原子核のまわりを電子がクルクル回ってるんだよね~。
あ、ここらへんは・・あの番組の最初の物理学者の話と同じだよね~。

そして、

原子核は陽子と中性子からできている。

そう、習ったのはここまで・・だったと思う。

しかし・・100年近くも前から、陽子と中性子はもっと細かい、ちっ~ちゃい粒子からできているってことがわかっていたのだ。
そのちーーちゃいもの、これ以上分割できないほど小さい粒子を素粒子と呼んでいる。


ニュートリノもこの素粒子の仲間。

他にも素粒子はいっぱい存在している。
     ↓
標準モデル
http://d.hatena.ne.jp/studiogooda/20160410/1460253791

この一覧からさらに発見された素粒子もあるのかもしれないけど・・とりあえずはこの一覧ってことで。

こういった素粒子はその性質上から分類されてるようだ。


そこで基本となる素粒子の共通する性質とは?(前にも何度か書いてるとは思うけど・・)

●粒子と波動から成り立っている(粒子にも波動にも変幻自在で、ただの粒(物質)と考えてはいけない)

●光の速度を超えるもの、または超えるケースもある
(注:光の速度は秒速30万㎞、ただしこれは真空の場合)

●人間が認識するまでは存在しない(波動か粒子か? 人が観測するまでは存在しない)



これらは、すでに仮説ではなくて証明された事実となっているのだ。
   ↓
(こちらはNature誌より。 読んでも理解できなかったんだけど・・証明されたってことだけはわかったけどね。)
Wheeler's delayed-choice gedanken experiment with a single atom

つまり、物理学分野では今や常識。


たとえば、

携帯の電波を信じるか?
重力を信じるか?

と同じで、信じる信じないは別に、それは、すでにそこにあるものなのだ。


そうはいっても・・

壁だろうが、生きている人間だろうが通り抜けてしまうとか、
粒子(物質)にもなるし波でもあるとか、

それも、人がそれを観測した瞬間に決まるような不確定なもので出来ている。


なーんてことは、証明済みの物理学者であってさえも・・なかなか信じられず初めは拒否反応があったらしい。

人間の頭は、どうも・・そういったことを、もともと拒否するようにできているのかもしれない。


そもそも私たちは、五感、つまり・・目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手でふれるもの、そういうものがすべてなんだと長い間、ずーーと確信してきたわけだしなあ。

しかし、それを量子力学観点から言ってしまうと、それすらが「不確かなもの」
(間違いだとか正解ということすらない、ただ・・不確かなもの)

さらに言えば、「すべて自分が作りだした結果に過ぎない」と言うことにもなる。
(それすら、間違いだとか正解ということすらない・・・だからこそ、説明も難しい~)


私たちが自分で通常感じている、手や足・・体全体にしても、確固たる物質としてそこに存在しているものではない。

素粒子で出来ている私たちは、物質としてずーーとあるものではない、消えたり生まれてきたリ生滅の連続として、そこに観測できる存在となっている。
   

それは、つまり・・・

生物を構成している素粒子、フォトン(電磁系エネルギーの素粒子・光子)と呼ばれるものだそうだ。


もともとは1930年代からあった、細胞が光を発するという仮説をもとにスタートしして、フォトンが確認されて、さらに、1974年にフリッツ・アルバート・ポップ博士(Dr. Fritz-Albert Popp)が研究を進めてDNAにおけるバイオフォトンの存在が立証されたのだ。

全ての細胞は1秒に少なくとも10万回光を放っている・・ことがわかったそうだ。
これは、今ではバイオフォトンという分野で呼ばれている。


健康な細胞は持続的に光を放つが、不具合のある細胞は断続的に光を発する。
すべての生体が個々に特徴的な発光をしている。 
遺伝子操作をしているかどうかも化学物質に汚染されているかどうかなどもわかるという。




なんだか、この・・全ての細胞(生物)は1秒に少なくとも10万回光を放っていて個々に特徴的に発光している・・・というのは、まるで、スピリチュアル世界で言われている、オーラのことと似ている気がする。。。

・・・・・・・・・・

私たちはフォトンで出来ていて身の回りはフォトンだらけとも言えるわけだ(笑)

フォトンとは光子、電磁波


たとえば、テレビやラジオのある番組を見ようとするならば、お目当てのチャンネル(周波数)に合わせて自分で選択してその番組を選ぶ。
まあ、それは、自分のTVのアンテナを鉄塔から出ている電波と合わせるわけだけど・・・

それと同じで、自分で発したフォトンが同じ波長のものを引き寄せるそうだ。

これもちょっとスピリチュアルで言われる、引き寄せの法則
または、波長の法則か(笑)

特に自分の発する言葉はフォトンで出来ているようで、外部にも影響する波動を出し同種のものを引き寄せる。

うーん、

こりゃあ、昔の人が言っていた言霊



そして、今や理論物理学の世界では、

私たちの世界をどう認識するのか?という究極の問題の解明に近づきつつある。

物理学者の南部陽一郎さんが最初に言い出した、

20160329_yoichiro_nambu_article_main_image.jpg

紐理論(Superstrings theory)・・・「粒」ではなくてさらに小さな「振動しているひも状のもの」として考える。

k8456.gif



さらに、M理論(M-theory)になると、11次元を考慮に入れて宇宙の外も考慮しないと解き明かせないと言われてる。

紐理論にしてもM理論にしても・・・唯一私が理解できることは・・


世界は認識するから存在し認識するまでは存在しない。
つまり、存在するともしないともいえる。
ただし・・・そこには・・私という1つのものだけではなく、神羅万象のすべてが振動し影響しあって世界、宇宙を作り上げているわけであって、分離・境界線はなく全部がつなかって絡み合ってるエネルギーがある。



これだけだ(笑)

なんだか、まるで禅問答のような・・・


もう、すでに古典物理学の世界を脱して理論物理学になってしまった今、実験や観測じゃないからなあ。
実験物理の分野は消えてしまって、あくまでも数式の証明に移行してしまった今、私には、ますますお手上げ状態。


しかし、

世界は認識するから存在し認識するまでは存在しないという考え方は、東洋思想の空(くう)の概念に通じている。

量子物理学者たちの中には、そういった古代の東洋思想に非常に興味を魅かれる人たちも多いそうだ。
現に量子物理学の父と言われたボーアさんはかなり傾倒したらしい。


老子、釈迦、空海などの宇宙観


有名な般若心境の言葉
色即是空、 空即是色

「色」は、宇宙に存在するすべての形ある物質や現象を意味し
「空」は、固定した実体がなく空虚であるという意味とされている



ここでの空虚という意味を私はずっと東洋思想の典型的な概念と勘違いしてきたような気がする。


また老子の言葉

和光同塵
無為自然


「実力を隠して周りと調和しなさいよー。偉そうにしちゃだめだよ!
自然と調和して生きることだよ。」

なーんて事だと、これも勘違いしてきた気がする。

いや勘違いでないかもしれないが・・これはもっと深いことを言っていたに違いない・・・という事を今さら思うようになった。


老子思想の根源は、道(タオ)にあるそうだが・・・

それは、天地が始まる以前からの宇宙の根源を表す言葉だそうだ。

「道可道、非常道。名可名、非常名」
(道の道とすべきは常の道に非ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。)




老子によると
「これが道だと説明できるようなものはないし、もしそんなものがあるのだとしたら、「それは道ではない」
そして、これが「名」だと呼べるようなものもなく、もしそんなものがあれば、それは本当の「名」を表してはいない


なんだ、そりゃ!道を説いてないだろう!
答えにもなっとらん!


と、以前の私は思ったものだ(笑)


空(くう)という概念は、到底言葉では説明できない。

直感的に悟るものであって、それは決して言語化できないものなのだ。

量子物理学が数式でしか説明できないように(笑)


当然ながら、宗教だとか哲学だとか倫理学とか・・そういったジャンル分けするべきものでもないし、
全知全能の神様が存在する・・なんてことを持ち出すようなことでもない。

それもしても彼らはすごい!

どうやってそれに気がついたんだろう?

紀元前の彼らは、苦行や瞑想などを通じてそれを肌を通して直感で悟れるようになったのかもしれない。
決して脳で学んだわけではないのだろう。

また、後年の空海さんやルドルフ・シュタイナーさんも、それを認識していたように思う。

彼らもまた、どうたって悟ったのだろう?
数々の遍歴を通じて広く学び、持ち前のサイキック能力を掘り下げてDNAレベルで直感的に感じ取っていったんだろうか?
やっぱり、脳で理解して悟ったわけではないだろう。

空海とシュタイナーの関連性



ところが、物理学者たちは何世紀もかけて下から積み上げてきて、まさに今もう一息で到達しつつある。

科学と心の統合
・・・それこそが長年のテーマだった気がする。

そして、それがもうじき統合されつつあるのだ。

しかし、

一般人には、今でもなかなか理解しがたいことだろう。

五感に頼り頭でっかちになった脳を使うだけの一般人にはなあ・・・・。


めちゃめちゃ精神性を研ぎ澄ませ精神世界から到達するか、または、数式を理解し物理学からアプローチするかしかないのかもしれない。


しかし、私はどっちにしても・・自ら到達する道はめんどくさいんで(今さら無理だし・・・)

それぞれの先人の到達したものを、美味しいとこ取りして直感で受け止めることにしようと思っている(笑)



そういえば、

コンピュータサイエンス分野にいる友人は、こんなことを言っていた。

「それは、まさにマトリックスの世界だよ!1999年の古い映画だったけどね・・まさに、あの世界と同じことじゃないか?

コンピュータの世界はバーチャルリアリティーと同じなんだよ。
それも、電気信号はオンとオフしかない単純なもので電気が流れてるか流れてないか・・その組み合わせでしかないんだよ。
脳の電気信号だって同じなんじゃないかな?」

と言う。

それでいてね、覚えてる? 映画の中のモーフィアスの言ったこと。

『現実』とは何だ?『現実』をどう定義するんだ?
もし君が感じることができるものや、嗅ぐことができ、味わい見ることのできるもののことを言っているのなら、そのときの『現実』は君の脳が解釈した、単なる電気信号に過ぎないんだ。
って言ってただろう?

それこそ、色即是空、空即是色の空(くう)ってことだと僕は思ってるんだ。」




たしかに、モーフィアスのセリフで、そんなのがあったよなあ。


ならば、私たちは、フォトンを発散させて自分の望む意識をキャッチして引き寄せ、思うように人生を作ることだって出来るってことになる。

ネガティブなものはネガティブを呼び寄せ、ポジティブなものはポジティブを引き寄せる電波になる。


心霊スポットでネガティブな霊に憑りつかれるのも、そもそも、そんな場所に行こうと思うことも、フォトンの波長がぴたっと合ってしまうからだろうし、
幽霊をまったく信じない人には見えるわけがないし、そもそもそういった人には幽霊なんて存在しないのだ。

ただし・・本当に信じてなければ・・だけど。

人間て不思議だ。
幽霊や死後の世界を信じていないといいながら・・お葬式もするし、日本には49日やらお盆まであるんだから。

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まったく信じてないんだったら、なんでそんなムダなことをするんだろう?

どこか・・潜在意識で少しは信じているんじゃないかな?と思ってしまう。



中にはまーーーたく信じていないくせに、スピリチュアルカウンセリングをしてもらいたがる人がいる。

そんな人に対しては、どんなにサイキック能力の強い人であっても、ほとんど見えてこないらしい。

「あの人、まったく信じてないんだ。
むしろ、こっちをインチキだと頭から疑ってかかっていて、なんとか暴いてやろうという気持ちだけが伝わってくるんだ。
そうゆう人に対しては、なぜか、まったくと言っていいほど見えないんだ。」

以前、サイキックの人からそんなことを聞いたことがあった。

そこで、見えないと言えば、ほら! やっぱりウソだろう!って言って、その人はますます否定派になる(笑)。

そういったことも、今では、なーるほどなあ・・・と説明がつくようになった。


ネガティブな心で望めばネガティブな霊能者を呼び寄せるだろうし、ポジティブな霊能者には見えるものも見えなくて当然なんだ。
そもそも冷やかしでスピリチュアルカウンセリングなんてする必要もないわけだからね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フォトン、電波で意識を飛ばすのであれば、インターネットなんて、まさしくそのものだ。

インターネットは海底ケーブルを使っていて毎秒地球の7.5周の光だ。
インターネットのおかげで世界中が繋がったことは、実に画期的なことだと思う。

今ではインターネット上で、世界中のかわいいネコのリアル画像を見て癒されれることも多いし(笑)
その代わり、ネガティブな書き込みを読めば気分が悪くなることだってあるし、嫌なニュースで胸糞が悪くなることだってある。

実に影響力大だ。

電磁波データがフォトンなら、フォトンは人の意識そのもの

それは、素晴らしいものも最悪なものも簡単に世界中へ拡散できるようになったということを意味する。


それを発信するのも選ぶのは自分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらにフォトンが研究されれば、宇宙の成り立ちだけではなく、生命体の科学の進歩にもなることだろう。
従来の病理学や栄養学、統計学ではない観点から人体の神秘を研究し、目に見えない物質レベルではない粒子を考慮していけば、癌細胞だって簡単に生滅させられることだろうなあ。


ここまで物理学分野で素粒子が解明された今後の課題は、

宇宙を変化させ運動させ移動させ、また、私たちを常に変化させ運動させ移動させている、その動きの秘密を知るのがカギなのだそうだ。。

その研究が日進月歩で進んでいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そりゃ、誰もが超能力者になれる日が来るかもしれない(笑)

そういえば、以前に見たサイトで、こんなのがあった。
   ↓
STUDY SHOWS PSYCHIC POWERS ARE REAL: CAN A PSYCHIC READ THE FUTURE?

コーネル大学の名誉教授・心理学博士であるダリル・ベム(Dr. Bem)の研究について書かれたもの。

サイキック能力を強くするためのいくつかの重要な手段

1. 自分自身を信じて、リラックスすること

2. 否定的な考え方と否定的なエネルギーを無視する

3. 個人的な利益のために自分の能力を使わない

4. あなたが持っている恐怖を克服すること

5. 肯定的なままでいること、ストレスを持たないこと

6. なじみのない物体に触れる訓練をして、その時に心に浮かんだ感情や考えを記録する

7. 場所と出来事を考えることにより遠隔透視の訓練をする。
その場所や出来事は近いうちにあなたが訪れる予定のある場所か、行う予定のあること。
先に考えていたことと現実を比較して類似点を記録する

8. 他の人々の心の中を読み取ることによりテレパシーの訓練をする




まずは信じること、
リラックスする(ストレスを持たない)
恐怖をなくす
ネガティブさをなくす
個人的な利益に使わない


たしかに技術的な訓練以前に、これは基本的なサイキックとしての心構えだろう。
自らの作り出した仮想現実の世界に溺れてしまえば、能力は発揮できないから。


この世がフォトンをベースにした仮想現実とするならば…私たちは好きなようにポジティブに自分の人生を作れるということだ。
そしてどんなステキな世界すらも、意識だけで作っていけるということだ。

ステキなことは、数式がわからなくても頭から信じることにしている私。

・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、これで・・・なんとか、2つのメールの質問に答えられそうだなあ(笑)

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gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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