FC2ブログ

宿命と中庸

前回の東洋系占星術の続き

この2つは算命学理論の基本ともいうべきものだそうです。
     ↓
宿命
中庸


もちろん算命学だけでなく、古代中国思想の根本にあるものなのかもしれません。

34b7f8991d1ed875a86d6e1612c65aa1.jpg


★宿命

人は宿命のもとに生まれてくる。
「宿命を知って宿命どうりの生き方をするように」


と言われるようですが・・

これはスピリチュアリズムで言うところの、

「人は今世に生まれてきた学びのテーマとお役目がある。」

というのと、ちょっと似てる気がする。


ただ「宿命」と言われると・・じゃあ、宿命を決めたのは誰なん?という疑問が湧いてくる・・。

それは天? 「神」というべきものなのか?

そこらへんが明確にはされていないし、自然とそうなっているものだ!と言われてもピンとはこない(笑)



スピリチュアリズムでは、「本人が生まれる前にすべてを自分で決めて生まれてくる」と言われていますね。
生まれ落ちる境遇も、性別も、父母でさえも。


インディペンデントをモットーとする私としては・・こちらの方がずっと心地良く・・
たとえ神様だろうとなんだろうと、勝手に決められるのはごめんだ!と思ってしまいます。。。

「宿命」という言葉がすでにもう、縛りつけられてる気がして気に食わない!というのが本音でしょうか(笑)



ある算命学の先生のサイトで、たまたま朝青龍(大相撲力士)の人生鑑定をアップしていたのをみつけました。
参考までに、そちらを要約すると
     ↓

朝青龍は、もともと力士になるような宿命ではなかった(そういった星を持っていなかった)

まさに宿命を軽視してやり過ぎるとどうなるか?という実例です。


力士に必要な戦いの星(車騎星、牽牛星)が皆無なので、スポーツに向いてない人

その代わりあるのが、知恵の星・・頭を使った仕事、学者にでもなった方がいいような宿命


これは本人の宿命でなく回ってくる運気が格闘技世界に押し上げてしまっただけ。

宿命に無理を強いた結果、彼はどーんと人生をこけちゃった!


大切な人生なので宿命通り、無理なく普通に生きるのが一番なのです。




なるほどねえ~。
おっしゃる通りなのかもしれませんし、この鑑定は大当たりなのかもしれません・・が、

鑑定よりも、この先生と「生き方」に対する考え方の違いのようなものを感じてしまい、私には違和感がありました。


まず、●学者の星だとか戦いの星だとかという、そういったベタな分類の仕方に疑問を感じてしまうんですよね。

スポーツは肉体派、学者は頭脳派・・みたいな。

実際、肉体能力や闘争心が他者より劣っている選手でも、緻密な瞬時の計算能力、霊感力のようなものでカバーしていて、優れた選手になっている方もいますからね~。

*マイケル・ジョーダンはボールの落ちる位置を常に冷静に計算できたんだといわれているし、若乃花(お兄ちゃんと呼ばれてた人)は、体は小さかったけど対戦相手の次の動きが手に取るように見えていたとか。

格闘技といえども、必ずしも「闘争心」のみが必須条件とは思えないんですよね~。


進路を決めるにしても、そのとき自分の心を一番熱くする方向へ行く方が、私にはナチュラルな生き方の気がします。
たとえ、宿命とか持って生まれた星がどうであれ・・ね。

むしろ、「あなたの宿命は違います! そうゆう星のもとに生まれていないんですから。」と言われて、
「ああ、そうすか!」と、やりたい事を捨てて、サクッと方向転換してしまう方が、

あれれ~、それって自分の魂への冒涜じゃないのかい?と思えてしまう。



朝青龍さんは、たしか引退に追い込まれちゃったんでしたね?
でも・・それは「こけちゃった!」ということなんだろうか?

その時点をピンポイントでみれば、本人にとっては失敗だっただろうし、不幸のどん底。

ところが、失敗や不幸な出来事こそが、大きな学びになって、次のステップで大輪の花開く、なーんてことも多々ありますからね~。

「人生には一切の無駄はない」
「次のステップに続くための布石」

私はこうゆう考え方の方が好き!
まあ、好き嫌いというよりも、実際に、失敗や逆境を乗り越えた人の方が「本物」を掴んでいるようにみえます。



なので、これは私が思っていることに過ぎないのですが、

●失敗しようがなんだろうが、今自分が一番好きなことをするべし。
魂が高揚することに比べたら星だとか宿命論だとか・・なんぼのもんじゃい!と思ってます。



そうは言っても・・誰でも不幸のどん底にいるときは辛いもの。

そのときこそ、占い師さんや霊能者さんのアドバイスを受けて、次のステップの手がかりを見出せることができたならば、それは最高ですね~♪
どんなときにでも、希望、光明を見出だせることって、ほーんと有難いものです。

あなたにはもともと持ってない星だったんだから・・とか、だからコケちゃったんですよ~なんて言われたら、実も蓋もないよなあ。 私だったらもっと落ち込むか・・怒り出す


c096f472e68009a67ae7d49cc1b93133.jpg


★中庸について

「宿命通り無理なく普通に生きるのが一番」という考え方が「中庸」だとすると・・
私の解釈とは違うんだなあ~って思ったわけです。


常に100あるうちの真ん中の50をとるようにして、決して無理はせず、人より頭を出さない生き方・・

これこそが「中庸の美徳」と言われることもあるんですが・・

これだと、「中途半端」や「日和見主義」になっちゃうような気がするんですよね~(笑)


こちらの記事をみつけたんですが、
「中庸」の意味とは?「中庸の徳」や孔子の教えも例文で解説!

私の思う「中庸」は、むしろ、こちらの考え方に近い気がします。


論語の中からも引用されていて、

「中庸の徳たる其れ到れるかな。 民鮮きこと久し」

「不足もなく余分のところもなくバランスよく行動することは、人徳としては最高のもの」という意味。

「中」というのは、偏らないということで、決して大小や上下の中間を取りさえすればよいという意味ではない。
「中庸」は、かたよるな!という意味。
「極端に多すぎることは少なすぎることと同じくらいによくない」という考え方。




中庸って、行動を言っているのではなくて、精神や考え方を言ってるんじゃないかなって思う。

たとえ、大志を抱いて思い切った行動を起こそうとも、精神は一方だけに偏るな!
冷静によく見て、よく聞き、そのバランスを持て!

と言われているような気がします。

さらに言えば、常にニュートラルな部分を持つこと、「無の境地」にも近いかな?
喜怒哀楽があっても、常にニュートラルに戻せるような部分、それがバランス感覚を持つことになんだと思っています。


「怒ってはいけない!」と言う方もいるのですが・・それも違う!と思っています。

怒るときは怒る!


心の底は怒り心頭なのに、表面だけ、いい人(人徳のある人)であろうとがんばって、
ニコニコしていたとすれば、それはもっとバランスを欠いてることだと思うんですよね。

そーんなの、なーんにもならない! 自分にも周囲には悪い気をまき散らすだけって気がします。

なので、怒るときは大いに怒るべし!

ただし・・・

ここで、「ただし」がつくのだけど・・自分の感情の捨て場にしちゃダメ~。

怒るときこそ、心の底に冷静さと計算が必要じゃないかなって思うんです。

●たとえば、嫌な人、嫌な会社・団体などから、決別する手段として怒る。

●はっきり怒った態度を示すことで、自分の意思を相手に明確にわからせるため。

●自分の怒った態度で相手に反省を促すため



などなど。 まあ、状況によって色々あるでしょうが・・

つまるところは、ストラテジー(Strategy)として怒るのだ(笑)


strategy.png


自分の感情の「怒り」だけで爆発しちゃえば、そりゃあ、中庸を欠くことになっちゃう。
また、優柔不断や事なかれ主義になっちゃうのも、中庸を欠くことになっちゃう。

私には、そのように思えてなりません。

いったん中庸を欠きだすと、そうゆうのって癖みたいになっちゃって、どんどん狭くしちゃうものです。

どんどん、どんどん中庸を欠くことになっていって、そのうち、小さな壁の中の景色しか見えなくなってしまうんじゃないかなかあ。

・・・・・・・・・・・・

私たち社会の中には「支配する側」と「支配される側」というのがあって、

支配される側ってのは、
   ↓
教育機関の中で、生徒の立場だったり
企業の中で従業員だったり
国家における、一般大衆だったり、

そういった「支配される側」の人たちは、「意見も批判もしないこと」と教育されることが多いように思う。


いまだに生徒が師匠に、鋭い質問や、痛い質問でもするものならば・・生意気と言われたり、

師を敬う気持ちがない!と言われちゃったり、することも多いみたいです。

本来支配する側もされる側もないわけで、単なる立場の違いだけで、み~んなが同じライン上にいるはずなのにね~。
それを民主主義っていうんじゃないっけ?

歴史の中で、儒教もまた、都合よく「支配する方法」として使われちゃってたのかもしれませんね~。

Kj5mp7ic_400x400.jpg


それでも、儒教精神バリバリの武士社会でさえ、「諫言する」ことも行われてきたわけです。

アホ殿を注意勧告したり、意見したりと。

そりゃあ、儒教の教えが、上の者を敬うことであったとしても、何事も「お家存続のため」なんですもん。

アホ殿がアホなことばかりやってたら、お家なんて、真っ先に潰れちゃいますもん。

で、ちっとはマシな城主様は、はっと気がついて部下の諫言を聞き入れて心を入れ替えたんだろうし、
最後までアホ殿は、無礼打ちしちゃう。 アホなYesマンばかりが残り、賢い部下たちはトンズラで・・お家は傾くってのはよくある話。

まあ、今も昔もあまり変わってないのかもしれませんね。


ちなみに、日本語では、

(上司にたいしては)諫言する
(同僚、部下にたいしては)忠告する

違う言葉があるってのが、いかにも日本文化なんだな~って(笑)
はやい話、どっちもアドバイスするってことなのにね~。




yoga moderation


さて、ここで、算命学に話を戻します。

私たちは、エレメントともいうべき、いくつかの星(気)を持って生まれついているようです。

ところが、誰でも、何らかの不足があったり、なにかが多すぎたり少なすぎたりと、偏よりがあるようなんです。


ようするに、なんらかのアンバランスの部分を生まれながらに持っている、ということかもしれません。


それを自分で人生の中で気がつき、少しづつ改良し変化していこうとすることで、バランスを身につけていくんじゃないのかなあ。


その変化の度合いは、もちろん人によって違うはずです。

早くに気がつき、せっせと自分を変えていこうとした人と、なーんもしなかった人とでは、どんどん違ってくるはず(笑)



以前、私の友人が幼なじみと結婚することになって、彼との相性を観てもらうというので同行させてもらったことがあります。

占い師さんは、まず、このように言ってました。

「正直に申し上げますが、あなたの結婚相手は、穏やかでマイホームパパのような方が向いていると思いますよ。
こちらの方は、親分気質の方だし、出世して社長を目指すような方ですからね~、結婚生活はご苦労されるかもしれません。」


友人は、きょとーんとして

「へ? 彼は平凡なマイホームパパを目指してる人ですよ。
脱サラして手に職つけて、家でチマチマと食ってくだけの仕事したいって言うような人ですけど・・!
あと、ボランティアをしたいんですって。 性格も、いつものーんびりしててアクセクしない人ですよ!」


占い師さん、とってもマジメな良い人だったようで、

「あれえ? ボランティア? それはおかしいなあ。」と、誕生日を確認したり、本に目を通したりして考え込んでしまいました。


私は、彼女から聞いて知っていたのですが、彼女の婚約者は、ある経験をしてから考え方を180度変えたんだそうです。 

もともとは、占い師さんの言うとおり、子供の頃から野望ギラギラの人で、性格も短気で頑固で怒りっぽかったそうですが、
自分で自分の性格も変えていったんだとか。

そしたら、やりたい事も将来の夢もまったく違ってきたし、幸せ感ですら、すっかり変わってしまったんだそうです。


fire element

このように、人って何かに大きく気づき、変えなきゃ!と真剣に思えば、いくらでも変われるんだなあ~って思ったもんです。


持って生まれた星はそのままでしょうが、いくらでも、自分で思ったとおりに変われる。

それが、足りないものを補い、バランス良く気の流れも良くなるってことなんだろうな~って思うんですよね~。



同時に、占い師さんも、相手の「魂の気づきの成長過程」が感知できなければ、ダメなんだよな~って思ったもんです。

それは、どんな占術の本を紐解いても書かれいないし、書きようがないことでしょうし。

やはり、霊感(直観や経験からくる何かでもいいんですが・・)、そういったものが無いと人を見ることはできないと思います。
(そんなわけで、占い師さんも霊感が必要と、前回のブログで述べたわけです)


spi water

持って生まれたものは誰にでもあるのだけど、それをどのように変えていくかは本人の「気づき」次第。


そうやって変わっていけるからこそ、人生って面白いなあって思う。

私たちは、そのようにして、どんどん魂のステップアップさせて「自分を変えていくため」に生まれてきているのかもしれないですね。



まあ、結局のところ、どのように生きるかなんて人それぞれ。

そのように生まれついたんだから、なーんも変えなくなっていいじゃん!という考え方も、アリだと思います。

もちろん、どっちが良いか悪いかなーんてこともありません。

「限定されたこの社会の枠に沿って難なく無事に生きていく」を目指すも・・・それもまた、あなた次第。

むしろ波風はたたず、大怪我することもないかもしれません。


でも、その反面、日々の喜びも感動も少なくなるのもたしか、だとは思います。

どちらを選ぶかは、その人しだい。



ただ、私としては・・特に若い方々には、

星なんかくそくらえ! 宿命なんかクソくらえ!

今、この瞬間一番やりたいこと、ワクワクすることをやる!

失敗してボロボロになっても、いいじゃん! それこそ大きな学び! 次へのステッ~プ。


といった意気込みで進んでいって頂きたいなあ、と願ってる次第です。



なぜって・・

そうやって、生きてきた人たちの方が、、

中庸(ニュートラル感覚・バランス)を身に着けてるような気がするんですよね~。

中庸っていうのは、挫折も苦難も乗り越えて「優しいほど強くなれた」人だけが行きつけるところなのかもしれませんね。


そしてなにより、そんな生き方をした方が、

心の底から「人生って素敵!♪」って思えることだけは確かだと思います。

占い、とくに東洋系占星術について考える

海外に住んでると「日本人てXXXXなんだってね?」と聞かれることが多い。

そんで、今回聞かれたのは・・

「日本人って占い好きなんだってね?」


ああ、たしかに~。
そう言われれればそうかもしれない!!

日本人は占い好きかもしれない。

gypsy-storefront-2.jpg


もちろん、こちらの現地アメリカ人たちも、たまにはアストロジー話題もすることだってあるし好きな人は好きだ。

それでも、日本ほど多種多様な占いに溢れてることはない!

ひと昔前は血液型占いにはじまって・・動物占いやら東洋占星術(四柱推命、易、手相やら)もアストロジーも、インド占星術、マヤ占星術もあるし・・占いどころか、今ではさまざまな霊能者たちもひっぱりだこらしい!!

なんだってこんなに占いだらけなんだ!って今更ながらびっくりする(笑)


こちらでは、ひとことで占い師・霊能者といっても・・ざっくり、大きく2つに分かれているみたいで・・

ミーディアム・・・亡くなった人からのメッセージを聞く人

フォーチュンテラー・・・未来を見てくれる人

ざっくりと分けると、一般的には、この2種類くらいしかない。



もうひとつ思ったんだけど・・日本人は怪談話(幽霊話)も好きらしい。

動画でもいっぱいアップされてるし・・

kyoufu.jpg

inagawasan.jpg


こんなにも怪談や幽霊の出てくるお話が好きなのか~。


ちなみに、こちらの人に「なんか怖い話な~い?」と聞いたところで、日本のような怪談話が出てくる方が稀。(笑)

怖い話といえば、スティーブン・キング系か、凶悪殺人鬼の実話だったりすることの方が多いのだ。

「怖い話」という概念が、そもそも違っているらしい(笑)

私にはこのオジサンの顔の方がずっと怖いけど・・
stevenk.jpg



アメリカにだって、「金縛りに合って体が動かず、そこで霊と遭遇」という話は何度も聞いたことがあるから、たぶん、こういった現象はどこでも起こるんだと思うのだ。

だけど、ここで・・日本人とアメリカ人のここが違う!という発見をさせてもらったことがある。

★日本人の場合: 恐怖でいっぱいになって言葉も出ない! せいぜい、知ってるお経を唱える!というパターンが多かった。

★アメリカ人の場合: 怒り出す!! 
なんで体が動かないんだよ~! オマエは誰じゃい! なんだってこんなことするんじゃい!と、怒鳴りまくるそうだ。。。

「え? 怖くないの~?」と聞くと、

「もちろん怖いよ! だけど、同時に、理不尽な!という怒りも爆発するだろ!」・・・と、言われた。
うん、確かにそうだ!!


国民性によるリアクションの違いもあるし、怪談好き、占い好きというのもまた国民性によるものなのかもしれない。

怪談好きは、心の底で、非日常に触れたがっているのだろうか?

占いや霊能者に頼るのは、カウンセリングを必要としている人が多いからなのか?


あ、そういえば・・日本では病院にはすぐ行くけど、カウンセラーオフィスに行くのは、まだまだ少ないような気がする。

だから、占いか霊能者に頼るのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

占いの話題になると、「どの占いが当たると思う?」とか、「本物の霊能者って誰?」とか、聞かれることがよくあるんだけど・・

まず、ジャンルなんて、どれでもいいんじゃね?と思ってしまう。


ただね~、正直なとこ、私は東洋系の占いには、ちと引っかかるものを感じてしまうことがある。
(もちろん、東洋占星術がダメで西洋占星術がいいってレベルの話じゃない)


なぜなら、東洋系の占星術には、必ず、「先祖」「家系」というものがベースにあることが多いような気がするからだ。


そこらへんは、まさに「日本仏教」とも同じコンセプトなのかもしれない。

少し前に、お墓の話をブログ記事にしたけど・・
   ↓
メモリアルデーに思うこと(まだメモリアルデーではないのだが・・)死体になるとしたら?


お墓詣りも、お盆も、日本独特なもので、もちろん、アメリカにはないし、また、もともとの仏教思想から来たものではないということだった。 それは日本独自の仏教に過ぎない。

こうゆう感覚がまさに日本的
    ↓
senzodaidai.jpg


*仏教といっても、時代や地域によっても、ものすごーく色々な宗派の違いがあるので・・ここでは、原始インドの仏教、つまりオシャカ様の仏教から言うと・・


お墓はどーでもいいし、死者のためにお経を読んで弔ってあげることもどーでもいい・・ってことになる。



どーでもいいは言い過ぎだろ? と思われるかもしれないけど(笑)

実際に、古代インドでは、死者は焼いてガンジス川に流しちゃったくらいだから。(焼かない場合もあるけどね)

4072032aa1fba9b5b116fc2d50836661.jpg


遺骨を残すという習慣はなかったのだ。 


なぜなら、肉体は地上かぎりの入れ物であり、魂は輪廻転生するという考え方から来ているから。
(仏教の場合49日が生まれ変わりスパンになるらしい。)



ここらへんの考え方は、スピリチュアリズムとよーく似てるとこだね
 ↓

スピリチュアリズムでは、死後の肉体は朽ち果て土に帰っていくのが自然の摂理であり、1つの魂は類魂の一部となり、輪廻転生して生まれ変わるという。





そして、さらに、お坊さん(僧侶)は、「道を説き生きている人を救う」ことがメインの役割だったそうだ。
(お寺を持ち檀家を持って、死者を弔うためのお仕事ではなかったということだね。)

77345529-インドの僧


それが中国と朝鮮を経て日本に入ってくると、お釈迦様の仏教も「日本仏教」に変わって定着してしまう。



中国や台湾・朝鮮・華僑社会には、祖霊信仰が根強く残っている地域だ。

祖霊信仰というのは、既に死んだ祖先が、生きている者の生活に影響を与える、または与えることができる、という先祖崇拝の信仰




これは、もともと中国地域に残るシャーマニズム的祖霊信仰をベースにして、儒教に統合されていったという。

儒教は、家族理論と政治理論をドッキングさせて儒教体系が出来あがり、さらに朱子学(宋学)に発展していった。
先祖、家を大切に守り、血縁が続き子孫が繁栄することが絶対的に必要とする考え方。

magw170612-china-thumb-720xauto-114723.jpg
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/06/post-7781.php


その儒教精神が日本にも輸入されて、日本仏教にもなっていったようだ。

日本仏教はまた、一般的日本人の精神世界にも大きな影響を及ぼしたのだろう。


それは、同時に東洋系の占いもかなり大きな影響を及ぼしたようだ。

つまり、東洋占星術は儒教的精神をベースに作られた占い書ということになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私も若い頃に、東洋占星術の先生に鑑定をお願いしたことがあった。

そのとき、「家系のはみ出し運」だとか、
「誅殺(あれ? 中殺だったか・・)されてるから普通の結婚に向かない」とかって言われたことを思い出した。

家系のはみ出し? 家系なんて考えたことも無い私には意味がわからなかった。
中殺を誅殺って思ってたくらいだし・・


結婚にしても、フツウとかフツウじゃない結婚て何なんだ? 意味わからん!と思ったものだ。



でも、今思えば東洋占星術というのは儒教精神をベースをもとに作られていたんだよな~ということに至ったおかげで、ようやく納得できる気がした。



でも・・これじゃあ、占い師自身がすでに作られた既成概念を基に鑑定してるってことになってしまう。。。

おそらく、占い書(教科書)自体が儒教的ニュアンスをベースに作られたものであり、それをもとに、忠実に鑑定した結果だったのだろう。


儒教的精神、家や家系をベースにしているからこそ・・

結婚における女性の役割は、「子をなして家を守る」という定義づけになっちゃうわけだし、それこそが正当なあり方になってしまうわけなのだろう。

そこから、フツウの結婚、フツウじゃない結婚という認識さえ出てきてしまう。

また、家や家族から離れて違った道を歩んでしまえば、「家系からのはみ出し運」ってことになってしまうんのだろう。




でも、すべての人が儒教精神を持ってるわけではないのだよね~。
多種多様、人によって個々に違うのだ。

そこらへんが、どうにも・・古代東洋系占星術に苦手意識を持ってしまう私なのだ。



もちろん、そこは占い師さんの力量にもよるところは大きいんだけど・・

私の場合
 ↓
●結婚が家のためなんて思ってもみなかったし、子供を作るということも考えたことがない。

●家系なんて考えたこともない。

●血の繋がりが大切とも思ったことがない。
(父母を大切に思う気持ちと血の繋がりは私にとっては無関係)

●先祖を大切にするという意識がない。
(←日本人感覚からすると、これってすごい罰当たりなのかもしれないけど・・)

そもそも、先祖って言っても・・知っているのは両親とせいぜい、祖父母くらいまでで、それ以前はまーーたく知らない人なのだ。
その人が歴史に名を刻む人であっても犯罪者だったとしても、私にとってはどーでもいいことであって、
私にとっては、知らない祖先よりも、現生の人とのつながりの方が大切に思えてしまうのだ。


これじゃあ、儒教精神をベースに占ってるだけ(つまり、教科書どおりってことだね~)の占い師さんとは、話が通じるわけもない。(笑)

既成概念で話を進めてくる人と、まったく既成概念を持ってない人だったとしたら、話が噛み合うはずもないからね~。


しかし、占い師さんによってはジャンルに関係ないところで、鋭い霊感を使って即座に私の意識を見抜く方もいて、そういった方からは的確なアドバイスを頂ける。
(あ、霊感といっても幽霊や前世が見えるってことじゃなくって、優れた直観、インスピレーションといったものも多分に含む)


つまり、どのジャンルであろうとも、占い師さんが霊感ゼロで書物のみに頼ってる人であれば、私には観て頂く価値はないと思うのだ。


テキストはしょせんテキストで、人を相手に万人に当てはまるわけがない!
当然だけど、データ入力をしたコンピュータで占い結果がでるはずもない!


と思っている。


あ、もちろん、祖霊信仰や儒教を否定してるわけじゃないよ!

日本にいた頃は、両親と連れ立ってお墓参りにも行ったし語り継がれる先祖の話も興味深く耳を傾けたものだ。

それはそれで楽しかったし興味深かったなあ~♪

ただし、私の場合はご先祖様を敬う気持ちではなくて、歴史上の人物のお墓詣りをするような気持ちだった気がする。
(信長さんとか秀吉さんとかの人生に思いを馳せる気持ちと同じだったような・・)




たぶん、私のように思っている人だって、日本にも存在してるんじゃないのかなあ?

ひょっとしたら、それって少数派なのかもしれないけど・・たとえ少数派であってもそれに対応できなければ占い師さんではない!
日本人限定(とくに儒教精神にもとずく日本人気質の人限定)の、占いしか出来ないことになっちゃうもん(笑)


本来、占い師さんや霊能者さんであるならば、露ほどの既成概念であってさえ、それに囚われてはいけないのだと思う。

ほんの少しでも既成概念や先入観があれば、相手の事は決して見えてこない。

それが大家とか先生言われるような人になればなるほど、「傲慢」という既成概念に囚われてしまうことが多いのかもしれない。



私が儒教精神と言われるものに反発を感じるとしたら、

年長者を敬えってことかな(笑)

長く生きてきたんだから当然だし、それこそが礼節だと言われている点。


fc2blog_20190609135341910.jpg


冗談じゃないよ~。

実年齢なんて関係なく、年上でも年下でも有名無名でも、尊敬する人は尊敬するし、しない人はしない!

私にとってはこれしかないのだ・・子供の頃から、なぜか、そう思っていた。



いきなり紀元前に話が飛ぶけど・・
ソクラテスは大先生と言われるようになってからも、若い人たちから大変人気があったという。

socrates-painting.jpg


いつも、誰に対してもフレンドリーだったし、若者たちからも気安く声をかけられ対等に話し合ったという。

なぜ、若者に人気があったかといえば、それは彼らの話にも、よく耳を傾けるからだったという。
「聞く」じゃなくって、「訊く」という姿勢だったのかもしれない。

若者の何気なく言った言葉を面白がり、一緒に考えたりするうちに、自分でも斬新なアイデアや深い思考が引き出されたというし、また若者たちにとっても、どんどん思考を重ねて大きな学びになっていったという。



私は、人と人の関係は、これに尽きるような気がする。

師と弟子の立場であっても、
もちろん、占い師さん・霊能者さんと相談者の立場であってさえも、

同じレベル上に立って、「訊くこと」を忘れてしまった人は「本物」じゃないし、「本物にはなれない」と思うのだ。

さらに、一所懸命勉強したり、がむしゃらに働いて立身出世をしたとしても、それが「本物」とは限らない。

そうゆう人に限って霊感ゼロ(感性ゼロ)だったりすることも多い気がする(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シャカ仏教では輪廻転生を説きながら霊魂の存在は否定しているとか、占いを禁じたという説もあるんだけど・・

私は、お釈迦様が一般人に対する配慮として、否定したのではなく「あえて言及しなかっった」のだろうし、
占いや呪術を用いて他力本願になることを避けたかったんじゃないかな~と思っている。


仏教の考えかたとは
「自分の生きる世界はすべて自分の心が生みだしたもの」

我々が行う心と口と体の行いは、目には見えない業力(ごうりき)という力になって、
心の奥底の阿頼耶識(あらやしき)という蔵のようなところに収まる

その業力をおさめた阿頼耶識が世界を作っている。



つまりは、個々の精神修行に反するものとならないように・・という配慮から出たものなんじゃないかな~と思っている。


なので、他力本願に依存したりすることのない、意識レベルの上がっている現代人だったら、大いに占いを利用することも決して悪いことじゃないと思う。



それでも・・私が絶対信じないのは、先祖の因縁だとか、お墓の作り方が悪いとかって話だなあ(笑)

「先祖霊は浄化の果てに氏神となって子孫を守る」というような死生観とか、

先祖の罪が子孫に及ぶという「因果観」

そこから先祖の罪を子孫が償うことによって先祖の悪因縁が切れ、先祖は救われ子孫の不幸も消滅するという考え方もキライだ。

200px-Jisuke_Chimi-Moryo.jpg



遺伝子が子孫に受け継いでも、それは肉体という入れ物のためだけであって霊魂は受け継いでないぞ!・・と私は声を大にして言いたい(笑)

だから、先祖の因縁だとか祟りなんてことは絶対にあり得ない!と言いたいところだけど・・・

ところが、そうとも言えないのだ!

とくに日本の場合は!



ご先祖様も、私のような考え方をする人だったら、子孫だけを見守ることもないだろうし祟ることもないだろう。
(そもそも、子孫だけってあまりにも狭すぎないかい!もっと人類すべてに目を向けろよ!)


ところが、もしも儒教精神ベースをバリバリに持ってる人で、そう信じ込んだままの人が亡くなった場合、

死んだときの強い意識が霊魂となってさ迷う・・とうのは私の実感なので、

さ迷ってる人次第によっては、「あり得る」ことにもなる。

a0ad0945883dbaf469ad110ee0e94766.jpg

たとえば、とあるXX家の人から不当な扱いを受けて惨殺された場合、「XX家を今後7代までも祟ってやる」と強く念じて死んだ人のケースでは、実際に起こりえるかもしれないのだ。


あーあ、たとえ父親であっても息子とは霊魂はまったくの別物なのに・・やってられんよな~と思う。

それでも信じる力というものは、良くも悪くも大きなパワーに変換されちゃうものでもある。



あれ?・・ってことは、私も「信じない」とは言えないことになっちゃう(笑)

あり得る話だとは思う。

でも、じょーだんじゃないよ!

もしも、私の先祖の悪行が原因で、私を呪い殺そうとやってくる幽霊がいたとしたら、
理不尽なこと、この上もない!怒り爆発 

そりゃ、もう戦うのみ!

AS20180529000753_commL.jpg

もしも殺されたとしても、今度は私も霊になって、そいつとは最後まで戦いぬいてやる!

私も、恐怖よりも怒りが先になっちゃうタイプかもしれない。。。


血の繋がった人でも血の繋がらない人であっても、そこに差異があるはずもない。

大切な両親を思う気持ちと大切な友人を思う気持ちも同様に「大切であること」に変わりはない。


私は、そこに優先順位をつけてしまうような宗教も、人も、幽霊も・・・好きになれない。

どうか、理不尽な幽霊さんにも霊感ゼロの占い師さんにも、そこんとこは、わかって頂きたいなあと思う。

もしも自分が大統領だったら?(フランス人拉致事件から)

少し前に、テロリストによってフランス人観光客が拘束され人質になるという事件があった。

5/1に、アフリカ、ベナンの国立公園でサファリパークの観光をしていた2人のフランス人(46歳と51歳)がテロリストに誘拐され監禁されるという事件が起きた。

ベナンのパンジャリ国立公園は、西アフリカ最大規模で手付かずの生態系が残っているといわれる場所。
   ↓
img_6eafb76cf3834976a687fb8d36c70914125820.jpg
https://www.afpbb.com/articles/-/3159408?cx_part=search

そこで、現地ガイドは真っ先にその場で殺されてしまったらしい。
テロリストは、現地人から身代金は取れないとふんだのだろう。

そこで、ブキナファソに移された彼らを奪還するため、フランス軍の特殊部隊が派遣され、銃撃戦ののち、見事人質を奪還した。
5/10のことだ。
フランス人二人のほか、アメリカ人一人と韓国人一人の計4人を救出した。

ところが、そのときの銃撃戦で、特殊部隊の若きエリート2人が殉職してしまった。

ベナンの北は、危険地域と言われ政府から旅行を控えるように勧告されている地域だった。



さて、このニュースが日本で代々的に報道されたかどうかは知らない。

たぶん、日本では他国のこんなニュースはあまり関心がないのだろうし、たいして報道されなかったのかもしれない。


仏軍、ブルキナファソで人質4人救出 兵士2人死亡


でも、もしも・・これが日本人が人質になったとしたら、どうなったんだろう?と、ふと思った。


そういえば・・もう4年くらい前?だったかなあ?
日本人がISILに人質になった事件があったことを思い出す。

ブログやネット上が炎上状態になって、

「危険地域に自分で行ったんだから身代金なんか払う必要はない!」
「そんなの自己責任だ。身代金は自分で出せばいいだろ!」

という声ばかりで、家族に対するバッシングまで起こったことを思い出した。


えーー?
それより人質の救出方法を模索する方が先だろーが!
と、私は思っていたのだが。



おそらく、これが今日本で起こったとしても

「危険な場所に自分が勝手にいったんだからほっとけ!金なんか払う必要はない。」ってことになっちゃうんだろうなあ。

その上、彼らの家族まで、お前の息子が迷惑をかけたんだ! 謝罪しろ!とかって迫られるんだろうなあ。


さらに一般人だけでなく、日本の政府陣も・・同じ方向で!と喜んでいっちゃいそうな気がする。

なんてたって世論がそうなんだから、まことに遺憾ながら仕方ないんですよ~て(笑)


嫌だなあ。

日本てみんな一色になっちゃうんだ!

それがまるで「正論のように思い込んで」しまうという心理が・・不気味だ。



さて、フランスではどうなんだろう?

たまたまフランス在住の方のブログをみつけた。
竹内節子さんという方のブログで、やはりこの記事をアップしていた。
   ↓
日本とフランス -- 血を流す覚悟とは何か?

そこから抜粋すると・・

外務大臣のコメントはこういうものだったそうだ。
    ↓

「今回の事件では何よりもまず、国の義務というものがある。それはフランス人の安全を守ることで、それがたとえ外国で極限条件にある場所にいる場合でも、危機にあるフランス人を守り救うことである。それが今回なされたことだ」



そして、フランスの報道は、
   ↓

実際は、その救出作戦で助けられたのは韓国人女性とアメリカ人女性も入れた4人だったので、「数」的には、2対2ではなかったのだけれど、フランスでの報道は一貫して「2人のフランス人を救った2人の英雄」という括り方だった。




この方のブログの中でも、

もしもこれが日本だったら、無事に救出されたとしても、
「旅行者の2人はいたたまれないというか、激しく非難されるのではないか、ということだ。旅行者の家族も喜ぶより先に肩身が狭いのではないかと思った。」



と書かれていたけど・・やっぱりそう思うよなあ~。



フランスにだって、個人的にはさまざまな意見を持つ人がいるだろう。

「こんなお気楽観光客の命なんかどーなってもよかったんだ! それより優秀な若い兵士2人の損失の方が悔やまれる」と思う人だって多いかもしれない。



それでも政府の一貫したポリシーとして、

「なにがあっても、たとえ最高のエリートを犠牲にしても”危機にあるフランス人を救う”のだ!

という国家の価値観を堂々と表明しちゃうところが、すごい!


この決断が果たして正しいかどうかはわからない。
人それぞれの考えかた、国それぞれの考え方もあるだろう。


それでも、国家に「何があってもフランス人を守る、見捨てない」と堂々と宣言され、そして事実、犠牲を払ってまでも救助したとなれば、

市民の国家における信頼度も増すし、そんな国家のためだったら命を捨ててもよい!と思う志願兵だって現れることだろう。

000_on38h_0.jpg
http://en.rfi.fr/france/20170827-young-soldier-operation-sentinelle-commits-suicide


一方、いざとなったら「自己責任の名のもとに」 救助しようともせず、

こーんなことを言ったって・・
   ↓
>>>「明治維新のとき、日本人は、今のような生ぬるい議論をしていたのではなかったはずです。
多くの人が殺されて、切り合って、議論をして、血を流して、自分の命を犠牲にして、日本国が列強諸国に飲み込まれないために戦ったのです。
そして、日本国を守り通した。
その発想が、今こそ必要なのです」
<<<(櫻井さんが理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」2018年1月の例会での櫻井よしこさんの発言)


はああ?としか思えない。
**そもそも、アンタ、ちゃんと歴史を理解してるの? それって維新の志士たちにも失礼じゃんか?(←失礼ながら、私はそのように思ってしまいました。。。)


日本にいると、当然のように1つの色に染められていってしまうのだろうか?

それこそが正論と思ってしまうんだろうか?

私には、それが・・どうにも不気味な不快感になる。

french revolution

「欧米ってのは好戦的なんだよなあ。 とくにフランスはフランス革命を起こしたような国だし、アイツらは日本人のような和の心を持ってないんだよ。」という声を聴くことも多いし、実際に、そういった認識の人も多いのかもしれない。


でも・・・私には、今の日本の方が和の心なんて微塵も無くて好戦的な人種のように思えてしまうのだ。


「同じ色に染まって目立たずカモフラージュしながら、誰かを集団バッシングするのを喜びとする」
やだなああ@@@ そんな国民性に成り下がってしまってるとしたら。



さて、

もしもこのような人質事件が起こったとき、そして、もしも、あなたがすべての権限を持つ大統領だったとしたら、
いったいどんな決断を下す?


●命を助けるために犯人の言いなりに身代金を払う

●今回のフランス政府のように、人質奪回のために特殊部隊を送り込む

●「何があってもテロには屈しない」をスローガンに人質を見殺しにするもやむなし



この中で一番ラクで、なーんも傷まない方法は3番目だ。お金も優秀な特殊部隊の戦力も失わないからね(笑)

ちなみに、「テロリストとは交渉しない」という考え方はアメリカから来てるのだけど・・安倍晋三首相が2015年に日本で起きた人質事件のときに、おそらく彼はアメリカをまねて身代金を拒否するために「テロには屈しない」という言葉を使ったのだろうといわれている。


なーるほど、日本政府っていつもアメリカのまねっこなんだね~(笑)


ただし、「身代金を支払えばテロリストへの資金提供にもなり、味をしめて次の人質事件を誘発することにもなりかねない。」
これも事実だと思うし、これも考慮に入れなきゃならないことだ。



さて、みなさんが一国の大統領だったとしたら、どうしますか?

アメリカのマネでもなく誰かさんのの右に倣えでもなく・・みなさん自身の考えを聞きたいなあって思う。


ついでに、

「テロに屈しない」という意味、「自己責任とは?」
それも併せて考えて答えを出して欲しいなあって思う。



もう、小さな日本の国の中だけで善悪論を振り回し、人のことをバッシングしてるようなときではないと思うのだ。

一人ひとりが「自分が国を動かす気持ち」で、「さまざまな問題を考えなきゃならないとき」なんじゃないかな。

日本人は騙されやすい?(老人の場合)

日本人は騙されやすい民族なんだって?と、聞かれた。

嫌なこと言うなあ・・とも思ったんだけど、「そうなのかも」とも思う。

こちらは新聞・雑誌などメディアにおける信頼度だそうだ。
     ↓
2047ef_f1d048a154c645debf55d620eee9a3e1_mv2.jpg
https://www.investors-one.com/single-post/2018/09/13/%E9%A8%99%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%84%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC1%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%80%82


「日本には、オレオレ詐欺というのがあるんですってね。
なんで、そんなものに騙されるのか理解できないなあ。」


私にだって理解できない!

アメリカ人には、もっと理解できないだろう(笑)

そもそも、アメリカでは、即座に現金を引き出すとしたら、1日の引き出し額で200ドルが上限。(それしか引き出せないのだ。)

相手銀行に振り込むんだって新規の場合は簡単にはできない。

また、一般人の支払い方法は、現金や銀行振り込みよりも、カードかチェックを使う人がほとんどだ。

bankofamerica.jpg


さらにお金そのものを持ってない人が多い(笑)
ある程度のまとまったお金がある人は、銀行にそのまま置かず、株式などに入れてしまうことがほとんど。


こういった状況の違いの上に、考え方の違いもある。

我が子に対してもお金の問題はドライ。
一般家庭では、大学の学費ですら、自分で稼いで行くのが当たり前!というのが根本にある。

howtomakemoney.jpg

すでに社会人となった息子が、「仕事でトラブってしまった! すぐにお金送って?」と電話してきても、
「そりゃあ、えらいこっちゃ!」と、即対応してくれる親の方が少ないだろう。

まあ、こんな理由から、日本と比べれば被害件数はずっと少ないだろう。



ところが、アメリカでも・・日本の「オレオレ詐欺」をヒントに、似たような詐欺事件が増えたそうだ。

孫を装っておじいちゃん、おばあちゃんに電話する詐欺。
(息子や娘には厳しくても、孫には、ついつい甘くなっちゃうというのは、アメリカ人も同じらしい。)

まず、孫の行動をSNSなどで事前に調べておいて、

「今、メキシコ旅行の最中なんだけど、スリ被害にあって持ち金全部盗まれてしまった、
ビザの発行にXXXドルかかるの! すぐに助けて!」と電話で話すという手口。

それも、巧妙に、あえて聞き取りにくいような小さな声で話たりするそうだ。

いつもと声が違うと言われたときには、口の周りに怪我をしてるとか、電話が聞き取りにくいとか・・言い訳もするし、
最後には、「この件、パパとママには黙ってて!」ともお願いするとか。


Grandparent Scam

開口一番に、“It's me, grandpa!” (僕だよ! おじいちゃん!)と呼びかけるところなんて、

まさに、オレオレ詐欺だね~!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

老人を対象にしたものだけではなく、詐欺らしきものは日常の中にも、いっぱいある。

怪しいメールや電話が来たり(主にはメインバンクから来たり、ソーシャルセキュリティーオフィスの名前だったり)・・すぐにXXドル振り込まないと大変なことになるぞ!という手口が多い気がする。


数年前、私はLINEにヘンなメッセージをもらったことがある。

「お願いがあるんだけど、すぐにコンビニに行ってビットコインを買ってきてくれない?」
LINEに登録してる知人から届いたメッセージだった。

まさに、こんなカンジだった。
20140630-192214-69734865.jpg
友人のLINEアカウントが乗っ取られたので、乗っ取り犯と遊んでみました。


なにより、コンビニってのが、いかにも日本的発想で、アメリカではありえんだろ!(笑)
しかも、時刻は夜の8時半を過ぎてる!

どう考えてもおかしいだろ!

「コンビニって何? それに今夜の9時だけど?」
とメッセージを返した。

その後、まったく返信はなかった。
おそらく、私もその知人も日本在住だと思っていたのだろう(笑)

その数日後、また別の友人から、
「どうやらLINEのアカウントが乗っ取られてるみたいだから、すぐに変えた方がいいよ!」というメッセージをもらった。

ひええ! やっぱりそうか~と納得。

LINEもSNSもアカウントを乗っ取ることなんて超簡単というのは聞いていたが・・(←自称ハッカーからの情報)

おそらく私の名前も使われていたことだろう。

この程度の詐欺未遂は、どこでも山ほどあるはず。(←嫌な世の中だねえ。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも、なんだって日本ではいまだにオレオレ詐欺が後を絶たたないんだろう?

私の記憶が正しければ、オレオレ詐欺被害の話って、ざっと10年前から聞いてる気がする。

こんなポスターだっていっぱいあるらしいし・・

oreoresagi.jpg

街角にはこんな旗もたってるんだとか。
41FrCHiVsCL.jpg


なのに、なんだっていまだに騙される人がいるんだ?

・・・・・・・・・・・・・・

私の母(86歳)に聞いてみた。

「ねえ、オレオレ詐欺の電話ってかかってきたことある?」

「あるある♪ 私のところへは、たったの一度しかないけどね~。」
(なんだか面白がってるんかい!この人は!)

「それがね~、面白かったのよ!
私、ヒマだったし・・面白いから何を話すんだろうと思って、ずっと聞いてたんだけどね・・」
と、母は楽しそうに続ける。

「まず、俺だけど!って電話してきて、オフクロ、大変なことになっちゃったんだ!って言うわけよ~。
実は、会社の大事な小切手だったかを電車の中に置き忘れちゃってXXXXとかって話だったわね~。」

「それで、すぐにオレオレ詐欺って気がついたの?」


「最初は一瞬、ほんとに▲▽(息子の名前)かとも思ったんだけど・・電話の声が聞きづらかったしね~。
でも、よく聞いてみると、ヘンな訛りが少しだけあるのに気がついたの(笑)

で、最後に・・アンタ誰なの? アンタの言葉には少し訛りがあるわね。
ウチの息子は訛ってないわよ! 

といったとたん、電話が切れちゃったの。」
(笑)


「それにしても、手口はよくあるパターンだったんだね~。
必ず、俺だけど・・って言うんだね。 僕とも私とも言わず「俺」のわけね~。、で、母親のことはをオフクロって呼ぶわけね~。」

「まったくよね~。
実際、▲▽も今じゃ、自分のこと俺って言うし・・私のことはオフクロって呼ぶもんね~。」


「昔のように、僕って言って、ママって呼べばいいのにね~。」


「それじゃあ、恥ずかしいし世間体が悪いんじゃないの! だから世間一般に合わせて、俺で、オフクロって呼ぶようにしちゃったんじゃないのかねえ。」


「やだねえ~、なんでも世間一般ってのは。。 だから、そんな詐欺に付け込まれやすくなるんだよ。
僕が嫌なら、ワシとか吾輩にして、母上様とかオフクロ様と呼べばいいんじゃね?」


「あら、それいいわね~♪ 私ね、お母さまって響きも好きよ~。」
(←おいおい!)

話が完全にずれてる。。。



「でも、なんだって今だに騙される年寄りが多いんだろう?
いくら聞きづらいといっても、家族の声や喋り方を忘れるわけないと思うんだけど~。」

「まったくよね~!そんなものに騙されるなんてバカよ!!
だけどね・・・ちょっとだけ、私にもわかった気がするの。」


「ん?」

「騙される人は、きっと寂しい年寄りなのよ。どこからも電話さえかかってこない、誰も訪ねてきてくれない。
自分が忘れ去られたような不安があるんじゃないかしら。

そんなとき、俺だけど・・って電話がかかってきて、助けて!とお願いされただけで、なんとかしなきゃって思っちゃうんじゃないの。
ちょっと落ち着いて考えれば、ヘンなことはいっぱいあるはずなのに・・それすらも見えなくなっちゃうんじゃないのかねえ。」



この母の言葉、なんとなく納得力を感じる。



心理学分野にも、「正常性バイアス」という言葉があったと思う。

人は、自分がそうであって欲しいと思う方へ偏った考え方をもってしまうという心理だ。
また、一度思い込んでしまうと(思い込みたいって気持ちで思い込んじゃう)、ますます、それが正しいものだと示す情報を、無意識に集めてしまうという心理も働く。

それを、「確証バイアス」と呼ぶそうだ。

確証バイアス・・仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。





こんなことは老人だけに起きることではない。

若い人だって同様に起きるのだ。

●だ~い好きな恋人や子供が犯罪に手を染めてるとき、どこかでヘン?だと思っても、正常性バイアスと確証バイアスが働いて、決して犯罪者だとは認識しない。


●列車事故で明らかに異臭の漂うガスが充満してきているというのに、
「みなさん!大丈夫です!」という社内アナウンスが流れる、そして多くの人が動かないとなると、
ここにいて大丈夫という心理が働いてしまう。

その結果、多くの犠牲者を出してしまったという症例も聞いたことがある。



つまり、正常な判断が出来なくなってしまうということだ。

その理由は、おそらく母が言ったように、「寂しいから」といったような精神状態に起因している気がする。


決して幸せを感じていない状態、むしろ不幸を感じている精神状態のときは、人は正常な判断が出来にくくなるんじゃなかろうか?


大好きな恋人や子供が一緒にいても、どこかで不安を感じているような状態。
嫌われたくないとか、自分から去っていってしまうんじゃないかとかの不安だったり悲しみだったり。

また、事故などの状況では恐怖心が先にたってしまうと、正常な判断が出来なくなる。

22071039.jpg

きっと私は大丈夫と思い込もうとするだろうし、それを正当化してくれるようなアナウンスが流れたり、他の人も動かないとなれば、
ほらね!大丈夫なのよ!と、ますます正当化する事柄ばかりを集めてしまうのだ。

「ガスが充満してきている」という事柄は、どうなっちゃうんじゃい?
たぶん・・無視!


そこで、世間では「私は大丈夫と思ってる人ほど危ない!」な~んて言われたりすることも多いんだけど・・それはちょっと違う気がする。

「どんなどきでも冷静に正常な判断が出来ないときは危ない」ということだと思うのだ。

もっと言い換えれば、日頃から「ネガティブな気持ちで生活している人は危ない」ということになる。



オレオレ詐欺もまた、「それだけ幸せではない老人が増えてきている」いう現れではないだろうか?

なによりも楽しく生活することなのだ。

こんなふうにでも・・
BZIPgfOCYAAHqKg.jpg

または、こんなふうにでも。
D1089_85_164_1200.jpg

楽しんだもの勝ちなのだ~(笑)


本来、老人というのは、たしかに体力は若い者には負けるだけど・・
亀の巧より年の巧なんて言われたり、

さらに、老馬の智なんて言葉もある。

老馬の智とは、経験の豊富な者は判断を誤らないこと。
年老いた馬はとても利口で、道もよく知っているから迷うことがないことから。
斉の管仲が道に迷ったときに「老馬の智は役に立つ」と言い、老馬の後についていくと、行くべき道が見つかったという『韓非子』にある話に基づく。
故事ことわざ辞典より



yodar.jpg

多くの経験を積んできた老人の方が、過去の記憶データがいっぱいに詰まっているので、とっさの判断に間違うことがないと言われていたようだ。

d283ff70.jpg


つまり、多くの事柄を客観的に見て、多くの経験に基づいて的確な判断がくだせるようになるということらしい。

若いモンはそうはいかない(笑) ついつい感情が迸ってしまったり、1つの事だけにフォーカスし過ぎて判断が鈍ってしまうことの方が多い。


なのに、最近の日本では、老人の悪いニュースばかりを聞かされる気がする。

相変わらずオレオレ詐欺に騙される老人たち
ブレーキとアクセルを間違えて事故を起こしてしまう老人ドライバーなどなど。



どんなに年をとっても、体にしみついた事柄は、むしろ間違えない。
武道においては、年をとっても熟練者はメッチャ強いそうだ。(経験と勘で相手の先の動きを読めてしまうそうなのだ。)

20160502111208.png
https://matome.naver.jp/odai/2146446788481063201/2146452676024759603
*永倉新八さんは実在の人物ですよ~。


それすら出来なくなったんだとしたら、本来なら一番自分で自覚しているはず。
 「己を知ること」こそ、老人が若者より優れている点かもしれない。



なぜ、日本ではこんなにも困った老人が増えてしまっているのか?

その答えはおのずから見えてくる。

原因は「心が病んでる」から。

心の病が蓄積したままどんどん年寄りになっていっただけなのに、それを「年のせい」にしてしまう人が多いように思う。


まずは、原因は年齢だけにあるのではない!ということを、若い人も老人たちも気づくべきだと思うのだ。

そうでない限り、今の若い人たちもまた、近い将来には、「厄介者の老人」になっていくような気がしてならないのだ。


物語の中の老人たちは、いつもカッコいい。

これは、ドーラばあさんの言葉、「40秒でしたくしな。 夜が明けちまうよ!」(天空の城ラピュタから)

dora.jpg

まさに、亀の甲より年の功だからこそ、さらっと言える言葉。

そんなん、アニメや物語の中だけでの話だよ~!と思ってはいけない(笑)

これは決して物語の中の話ではなく・・かつては、こういった老人たちが多くいたのも事実だと思っている。


だからこそ、亀の甲より年の功老馬の智なんて言葉もあったんだろうし・・

老人が騙される?なんて、とんでもない!

年の巧で老獪さを身に着けた老人が野望に走ったときほど、恐ろしいものはないのだ!
  ↓
462c853b3465ba61c1dbaef99d25d1eb.jpg
http://www.trophy-seikatsu.com/wp/blog/hyousyoukougaku/tokugawa-ieyasu.html

とかなんとか言いながら、しっかり天下を取っちゃったジジイもいたことだし・・・(笑)


それもすべて、若い頃からの「経験の蓄積」と「どんな状況下でも冷静さを失わない」という精神力

それのみだと思っている。

どうか天下人の野望は持たずに、日々人生をエンジョイして欲しいと思っている。

そうなれば、オレオレ詐欺なんぞに、騙される老人なんていなくなると思うのだ。

魂の宿るLuk Thep(ルク・テープ)人形の話

4年前にタイから来たという人に聞いた話。

タイではLuk Thep(ルク・テープ)と呼ばれる人形がブームなんだとか。
Luk Thep とは、「Child Angels」天使の子というような意味らしい。


子供のままごと遊びのためのお人形とか、飾っておくための人形ではなくて・・

どちらかというと、大人のための人形。

それも人形というより、生身の赤ちゃんや幼児として扱い、一緒に食事をしたり、高級ブランドの子供服を着せたり、
レストランやホテルに連れて行ったり、飛行機にも乗せるという。

lookthep4-700x933.jpg


そう、そう・・・その「飛行機に乗せる」ということが、大きな問題に発展して、
「この人形は、手荷物扱いなのか一人の子供として扱うのか」という物議が醸したとか?

事実、タイ国際航空の子会社の、タイ・スマイルという子会社では、「ルク・テープ」人形を子供として扱い、
座先を一人分確保し、機内サービスもちゃーんと提供してくれるという。

タイスマイルという航空会社は、格安航空会社の1つでもあるし、だからこそ上手にビジネスに結び付けたのだろうけど・・。


同じ飛行機に、もしもこの人形がシートに座ってたら・・・超怖っ!
私は絶対逃げ出すね!!(そんなふうに感じるのは私だけだろうか?)


実は、私は昔から「人形と石には気をつけろ!」と、サイキック系の友人に言われ続けたことがあって、
人形(ひとがた)のものには、霊魂が入りこみやすいし、落ちてる石にも入り込んでいることが多いそうだ。
「だからむやみやたらに石は拾うな! とくにヤバイ場所に落ちてるような石は危険だ!」と。

そのせいか、人形も苦手の1つなのだ。 子供の頃から人形って好きじゃなかったし・・。




このLuk Thep(ルク・テープ)には、実に色々な表情の人形があり、性別も男の子人形、女の子人形もあって、大きさも小さいものから子供の等身大のものまで実にさまざま。

さほど怖く感じないのもあるけど、なかには超怖っ!ってのもある。



ざっと、こういったURLで、さまざまな人形の写真が見られるので、よかったら写真だけでも勝手にご覧ください。
(こんな画像を私のサイトに貼るのも嫌なので、URLにした。)
       ↓
https://www.scoopnest.com/user/EliottCNN/691980794047381504-why-are-supernatural-luk-thep-dolls-taking-up-seats-on-thai-smile-flights

http://koratfart.com/half-as-serious-and-less/a-new-superstition-%27haunted-dolls%27-has-emerged-in-the-kingdom/


http://www.nationmultimedia.com/national/I-am-afraid-to-sit-beside-an-angel-doll-Thai-Smile-30277937.html


https://globalcocktails.com/thai-supernatural-dolls-are-the-new-therapy-animals-on-thai-smile-airways/

どっからこんなブームになったんだろ?と、ざっと調べてみたところ・・

数年前に、なんとかさんというオバサンが、我が子が不良息子?だったかなんとかで、(←ほとんどいい加減な覚え方)
その息子の代わりに人形をメチャかわいがったのが始まりだとか。

そのうち、タイのセレブたち(有名俳優さんとかタレントさんたち)の間にも広まって、

彼らが言うには、

この人形のおかげで、宝くじが当たった。
干されてた仕事が急に入りだした。
あっと言う間に大金持ちになった。



それを聞いて、一般庶民も、あっと言う間に欲しくなっちゃったということらしい。

で、大ブーム




そこで、その入手方法を調べてみたところ・・

ただ店に行って、「ルク・テープ人形くださーい!」と買ってくるわけではないらしい。

もちろん、最初は店に行って、大量にある人形の中から、自分が好きな人形を選ぶ。

ここまでは、フツーの人形
    ↓
Luk Thep


次にその人形を持って、霊能者だか僧侶だかのところにいって、魂入れをしてもらう。

これが実に不気味で・・

人形の中に骨、オイル、お札(おふだ)などを入れて拝んでくれるそうだ。
(もちろん、その霊能者、僧侶によって個々に違うのかもしれないが。)


これで魂が入った人形になる!

そうすると、あきらかに、つやつやして表情が豊かになるという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

それって、なんの骨? 誰の骨? それとも動物の骨?
どうゆうふうに亡くなった人? 動物?

何から獲ったオイル?

お札(おふだ)って何? 何が書いてあるわけ? 何のため?


・・と、私はツッコミどころが満載になるのだが・・購入者はそうゆうツッコミはしないらしい。
ただ、有難く魂入れをして頂くのだそうだ。。。



そんなわけわからんもの絶対持ちたくない!と思うのは、私だけ?


そもそも・・骨、オイル、お札といった3点セットは、通常、呪術で使われる定番じゃないか!

骨の代わりに髪の毛だったり、唾液を使うこともあるし、日本でお馴染みのこれだって、体の一部を詰めるのだ。
       ↓
waraningyo.jpg


人形をゲットする目的は、最初のオバサンのように、不良息子の代わりであったり・・
または、

●亡くなった子供の代わり

●現生利益を求めて

 
というのがほとんどとか。

ある人は、「今度は宝くじを当てて頂戴! 当たったら新しいブランド服と指輪を買ってあげるからね!」と祈るとか。



それで、もしも人形になんらかの魂が宿っていて、持ち主の願いをかなえてあげたとしても、かえって不気味~。

現生利益を叶えてあげるかわりに、大切に祀るのを怠ったとたん、逆に祟りをなすという、悪徳キツネの話を思い出してしまう。
(稲荷信仰のすべてを否定してるわけではないからね!)

そんな、おキツネ様よりも、人の形をしてる人形の方が、私はもっと怖いものを感じる。


魂を入れたあとの人形を見ると、

体はベビーだったり幼児なのに、顔の表情はまるで「人」なのだ(大人の顔)

そこが、実に不気味!

とくに人の顔で笑っているのをみると・・凍りつく!




こんな動画もあったので貼っておくことにする。




最初の方で、「宝くじ当ててちょうだい!わかったの? 私がママよ!」とポカっと頭をたたく女、本性見たぞ!ってカンジで怖っ。

次に、タクシードライバーが、「夜タクシーに乗せた客がルク・テーク人形を抱えていて、うちの子が怖がるから運転はゆっくりやって頂戴ね~!って言われたんだけど・・それが、ものすごい不気味で怖かったんだぞ~!」って語ってる。

中盤あたりで、2匹のワンコが怖がって遠巻きに吠えている様子も不気味。(犬や猫は感がいいからね~!)

最後に、お坊さんが、「仏教は、ルク・テーク人形とは関係ないものです! 安易に信じてしまってはいけません!」と、言ってましたね。




タイ仏教もまた、古くから伝わる土着信仰やアニミズムとも結びついているのも確かなんだけど・・
それは、日本仏教だって同じこと。



でも、このお坊さんが言うように、本来の仏教と呪術的なものは、むしろマ逆
    ↓
「呪術や占夢や占相、占星を行うべからず」スッタ・ニパータより)

むしろ、ブッダは呪術も、占いすらも禁じてたくらいなのだ。


仏教も色々な宗派はあるけど・・それをひっくるめて、ひとことで言ってしまえば、
     ↓
仏教の考えかたとは

「自分の生きる世界はすべて自分の心が生みだしたもの」

我々が行う心と口と体の行いは、目には見えない業力(ごうりき)という力になって、
心の奥底の阿頼耶識(あらやしき)という蔵のようなところに収まる

その業力をおさめた阿頼耶識が世界を作っている。





なので、私としては、ルク・テール人形に魂入れをするお坊さんなんて輩は、信じられないのだ!
胡散臭いこと、この上もない!


魂入れどころか、オマエが魂を売っちまったんだろ!!
と、言いたくなる。。。

わけからん骨を人形に詰めてるなんて、マトモなお坊さんのするこっちゃない!と思うのだ。



もっとも、

日本だって、大昔から・・大金さえ貰えば「怨敵調伏」をやってくれるお坊さんもいたわけだもんね~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、この話は知り合いのタイ人から聞いた話だけど、渡米してくる前の話。
3-4年は前になるだろうか?


今でも、Luk Thep(ルク・テープ)ブームは続いているのか、それとも下火になっちゃったのかはわからないという。

(何かがあっと言う間にブームになって、またあっと言う間に下火になるというのは、タイも日本も似たようなものかもしれない。)

でも、もしもブームが去って飽きちゃって、このお人形、捨てちゃおうっかな!ってわけにはいかないだろう。

そのとき、どうするんだ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ところで、あなたもルク・テープ人形を信じて買ったりしたの?」と聞いてみたところ・・

「冗談じゃないよ! あんなの都会に住む金持ち階級がすることだよ。
人形を買って魂入れをしてもらうだけで、かなり高額になるし、ビンボー人には関係ない話だよ。
それに、地方の人たちは、そんなこと、信じてなかったよ。」


という答えが返ってきた。

不思議な幼児失踪事件

アメリカ、ケンタッキー州で行方不明だった、3歳の子供がみつかったというニュースをみていて、


Toddler missing for 3 days found alive on 50-foot cliffside near strip mine

まずは、無事にみつかってよかった!と思いながら・・

摩訶不思議?   またもか?という気分が拭い去れない。


いくつかのニュース・サイトから、この事件の全容を簡単にまとめると、こうゆうことだ。

●母の日の日曜日の夕暮れ時、ほんの数分目を離したすきに、3歳の子供が消えてしまった。

●3日後、自宅から2,000フィートの50フィートの急勾配の崖(600メートル離れたところの、高さ15メートルの崖)で発見

●捜索現場は岩が多く、徒歩での捜索が難しいため、犬、バギー車、ヘリコプター、ドローンによるカメラ捜索を行った。

●多少の脱水症状はあったものの無傷で、元気で発見される。
2日間、クマさんと一緒だったと子供は語っている。



発見直後の写真・・どうみても赤ちゃんに近いような幼児だ。
Kenneth_Howard_found_2.jpg
https://www.wymt.com/content/news/A-true-Kentucky-mountain-boy-Toddler-found-alive-days-after-disappearance-509973001.html


アメリカにおける幼児失踪事件で、まず一番に疑われるのは「誘拐」(実際、子供誘拐の組織的誘拐団が存在するらしい)

しかし、このケースでは、それもあり得ない。
プロのレスキュー隊が行くにも困難を極めるような崖に登って、幼児を置きにすることなんて、まず不可能だろうし、その目的がさっぱりわからないことになる。


で、結局のところ・・事件性はない!と判断されたものの、「なんで、そんなところに居たのか?」という原因は不明のまま。



ところが、過去にも実際に似たようなニュースはいくつもあるのだ。


共通点は、

いずれも幼児が多い、突然消えるようにいなくなって、一人では絶対行けないような場所で無事に発見される、事件の全貌は不明のまま


都会の真ん中よりも、比較的、ド田舎で、田舎の子供が多かったような気もする。



こちらは、今年の1月のニュースで、

”ノースカリフォルニアに住む3歳の男の子が2日間行方不明になり、森の中で発見される”
   ↓
3-year-old who was missing for days says a bear watched over him in North Carolina woods

このときもまた、「レスキュー隊がこの子にたどり着くためには、腰の深さほどもある水の中を通り抜けなければならなかった」そうだ。

そして、この子もまた、
「2日間クマさんと一緒だった」と語っている。


そうか~! やっぱクマさんか~!


もちろん、3歳児が言うところの「クマさん」がどんな存在かはわからない。


しかし、幼児が・・
いきなり両親から離れてひとりぼっち。 ド田舎の夜は真の闇、食べ物飲み物も何もない。

こういった状況ならば、ものすごい恐怖と不安のマックスのはずで、
発見されたときも、まずは精神的にひどい状態になっているはずかと思うのだが・・

それが・・「大きな精神的ダメージも受けてなく元気で」発見されたということは、

やはり、誰かが一緒にいてくれたのではないだろうか?
それも、とってもフレンドリーな存在が!


そう考える方が自然に思える。



それは、こうゆうクマさんだったのか?

teddy-bear-kid-881x636.jpg
https://redmondmom.com/family/15-rainy-day-pretend-play-activities-for-kids/


それとも、こんなクマさんだったのか?

bear-2480066_960_720.jpg
https://pixabay.com/illustrations/bear-boy-child-kid-cute-little-2480066/

それは、本人しかわからないことだろう。

だけど、その子にとっては確実に一緒にいてくれた存在。
だからこそ、無事に発見された。

そんなふうに思えてならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本にも昔から、「神隠し」という言葉が存在している。

ある日突然の失踪、まったくの原因不明で、絶対ありえないだろ!というのを神隠しと呼ぶ。

つまり、この世のものではない、妖怪、天狗、物の怪、または神のような存在によって連れ去らわれた、とされるものを日本では神隠しと呼ぶそうだ。


たしか、柳田國男さんの遠野物語の中にも、神隠しの話が出てきた覚えがある。

また、ある捕り物帳の中で、こんな場面があったことを思い出す。(なんの捕り物帳だったは思えてない)

或る日突然若い女が失踪して、有能な岡っ引きが調査にあたることになるのだが、
「まずこれが、なんらかの事件なのか、それとも神隠しの仕業なのかを見極めることからはじめなければならない。
もしも、神隠しであれば人為の及ぶところではないのだから。」


という一節があるのだけど・

それだけ、「神隠し」というものが事実あったし、一般的に信じられていたし、
また、日本人にとっては、とてもメジャーな言葉だった
ということがわかる。


映画のタイトルにも出てくるくらいだし・・(個人的に好きな映画だったのだ。)
20160306094627.jpg


神隠しに合うのは、若い女か子供が多かったという。


そこで、田舎では、「日暮れどき以降は山や森に近づいてはいけない、神隠しに合うぞ!」と強く子供たちを戒めたという話も聞く。


日暮れ時というのは、夕方の薄暗くなる昼と夜の移り変わる時刻。
一般的には、黄昏どきとも呼ばれる。

別名、逢魔時(おうまがとき)
大禍時(おおまがとき)ともいわれるそうで、


おそらく、昔の時刻でいえば・・「暮れ六つ」や「酉の刻」あたり(←時代小説ファンなので知ってる(笑)

こんなふうに見える頃合いだ。(はっきりと顔が見えないような時間で、「誰そ彼」から「黄昏」という説もあり)
     ↓
cz2b5xi16fjt0ne1_20190226230340_0740_0500.jpg
https://piapro.jp/t/muMt


この時間帯は境目にあたり、あの世とこの世が交じり合う頃なので最も怪異に遭遇しやすいと言われている。

そのため、魔に魅入られてしまいそうな霊感体質の人(とくに女性が多かったらしい)とか、子供は危ないと言われたのだろう。


とくに子供・・「6歳まではまだ人ではない存在、神の子」というような言い伝えもあったくらい、子供は「魔に魅入られやすい」とも考えられていたようだ。

七五三の儀式もまた、そういったこと(厄を落とすなど)にも由来しているようで、

hakamagi.png
https://www.ginza-waki.jp/content/kimono_school13

7歳になってようやく、神の領域から脱出して人の世界に入るという認識もあったらしい。
(昔は数え歳なので現在の年とはずれがある)


ところが一方では、
大人の、それも・・現実主義者の見解では、

「7歳以下の子供に神性があるということではない。」

「昔は7歳までを無事生きられず、死んでしまった子供も多かったことなので、そのように言われた」

「7歳までは責任能力は問われないため」



などとも言われるのだけど・・


私は、やはり、小さな子供には神性のようなものが宿っているのではないかと思っている。

つまり・・
この世とあの世の半々に身を置いている存在ではないかと。

それを、いかにもスピリチュアル国であった古代日本人が、言い表した言葉だったような気がするのだ。


★実際に7歳くらいまでの子供の方が、前世記憶が残っていることが多い

過去ブログでも何度かアップしたことがあったが・・。
輪廻転生、勝五郎の話から現代へ

前世を知る意味



★架空のお友達がいることが多い。 いわゆる、イマジナリー・フレンドのこと

大人には見えない存在のお友達がいて会話していたりすることがよくある。
現在、学者の見解においては、「これは子供の成長に欠かせないことなので無理やり禁止せずに見守ってあげるように」
ってことにはなっているものの・・

見えない大人にとっては、かなり薄気味悪いことでもあるし心配でもある。

しかし、これも本当に子供の想像上の産物なのか、実際に存在するもの(大人には見えないだけ)なのか、わからない部分は多いのだ。


うーーん。。。
こんなんだったら、やっぱ怖いよなあ。(子供が描いたお友達の絵が右側)
   ↓
imaginary-750x394.jpg
http://hauntedattractiononline.com/5-signs-childs-imaginary-friend-may-actually-ghost/


そして、こちらは私の体験談

以前、あるファミリーパーティーに友人と一緒に参加したことがあった。
そのとき、2歳くらいの女の子が天井を指さして、おじちゃんがこっち見て笑ってるよ!と、しきりに言ってたことがあった。

両親は、え? どこ・・誰もいないわよ~!と言ってたし、もちろん、私にも何も見えなかった。
しかし、パーティー終了後、私のサイキックの友人から、「あそこから男が笑顔でこっちを見てたよ」と教えられた。
つまり、その正体は幽霊さんだったということだ。



この時の幽霊さんは、楽しそうなパーティーを覗いていただけだったので、なんの問題もなかったのだが・・・



子供の見ている正体は、幽霊なのか、妖怪の類か、自然霊なのか、守護霊なのか・・
それはわからない。

しかし、なんらかの存在があることだけは確かなのだろう。

そして、それを・・ある子供だけには見えているということも。


だからこそ、
クマさんだって、本当にいて見守ってくれていたのだろう、と私は思うのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神隠し事件の真相なんて誰にもわからない。

無事に子供さえ戻ってくれば・・警察も両親もそれを解明しようとまでは思わない。


そもそも「解明できない」ってことを、みんな心の底でわかってるわけだし、現実的にも、そんなことに関わってるヒマはないのだ。
(そんな世界は知りたくなんかない!という心理もあるかもしれない。)

なので、結局のところ「不思議」のひとことで終わってしまう事件なのだけど、

そこに、何かが起こったことだけは確かだろう。

なんらかの存在が連れ去ったのか?

異次元にワープしたということなのか?



しかし、どんなときにでも、助けてくれる存在がいるということも、また確かなことらしい。

とくに、小さな子供には!

これだってイマジナリーフレンドだ!
my-neighbor-totoro-satsuki-mei1.jpg
https://cellcode.us/quotes/enchanted-forest-night-anime.html


それはまた、信じるものには存在し、信じないもの(存在を否定するもの)には存在しなくなるのだろうか?



事実、こういった摩訶不思議な失踪事件では、多くの大人は消息不明のままになるか、または死体で発見されることが多いのだが、

なぜか、幼児の場合に限って「無事戻ってこられる」というケースが多々起きる。

さて、これは何を意味しているんだろう?

体外離脱してますか~?

昨夜不思議な夢をみた。

体が軽くなっていて空を飛んでいる夢だ。
下に地上の風景が広がっていて、まさにこんなカンジ。

astral-projection-249x300.png

体外離脱

いやいや、体外離脱ではないと思うよ(笑)

体を抜け出たときや体に入ったときの記憶もなかったし、おそらく、私のは、ただの夢。

でも気分爽快だった~♪


だって、こんな目線で好きなように飛べるってめったにないもん。
flying eagle

ところが、ただの夢ではなくて、実際に体外離脱を体験してる人もいるし、それを自分自身で意識的にやれるって人もいる。

以前の私は、そんなああ! まさか~!と思っていたものだけど、以外にも、そういった人たちは多いのかもしれない、と最近の私は思う。


「昨夜またも体外離脱してねえ、今回はグランドキャニオンの西側まで飛んでいってみたよ~。」

「ほおお、どうだった? あそこらへんもずいぶん変わっただろうねえ。」



なーんて会話が、世間一般で通用するとは思えないし(笑)・・だから、経験者も口をつぐんでるだけ、ってのいうのが現状かもしれない。


体外離脱、幽体離脱、臨死体験
呼び方は違うけど、まあ、体から抜け出すって点では、どれも同じようなものだろう。

中には、こんなふうに言う人もいるのだけど・・

体外離脱と幽体離脱は別物。
体外離脱はエーテル体、幽体離脱はアストラル体へと意識が拡大していった結果引き起こす現象なので、別物なのだ。



でもまあ、難しいことは置いといて・・・ここでは、「体から出ていく」という点だけでいえば、どれも同じようなもの。


もっとも臨死体験だけは、死を目前にしているときに起こることなので、ちょっと違うかもしれない。

それでも、体を「抜け出る」って意味においては同じ。

main-qimg-7a2104c06979c2adbc04f3f016fe0f5b.jpg



もう、ずーーと前のことだけど、あるサイキックの人から興味深い話を聞いたことがあった。

そのサイキックの友人には、別の友人がいて、その人はごくフツーの人(サイキック能力は持ってない人)なんだけど・・体外離脱だけは出来るというのだ。
(おいおい! そこでもうフツーじゃないだろ~が!(笑)


「じゃあ、今夜試しに僕のウチに体外離脱して来てみてよ!」と、サイキック男がいうと、

「うん、いいよ~!」と。

ここで、仮にそのサイキック男をA君、フツー男をB君としよう。


その翌日、B君は、A君(サイキック男)がその晩、家の中で何をしていたか、すべてを言い当てたそうだ。
当然のことながら、A君の部屋は密室になっていたわけで、本人しか知らないことばかり。

まあねえ、A君はサイキックのわけだから、
「あ! 本当にアイツ、ここに来てるな!とは感じてたというが・・・

それでも翌日、本人の口からすべての行動を言い当てられた!ということには、超びっくりだったという。


「体外離脱して肉体に戻ってからも、その間のことをすべてを記憶している」ということに驚いてしまったようなのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

体外離脱経験者というのは、昔からいたようだし、実際にそれを解明しようと、ずいぶん昔から研究されてきている。

ざっとWikipediaで調べても、かなり昔から研究されてきたことがわかる。

体外離脱_Wiki

Out-of-body experience_Wiki英語版

*なぜか英語版の方がかなり詳しい。 それだけ海外の方が研究がさかんに行われているということなのだろう。


英語ではOBEと一般的に呼ばれていて、これは、Out of Body Experienceの省略形らしい。

現在の一般的見解ではこうゆうことになっているらしい。
     ↓

認知科学および心理学の分野では、OBEはさまざまな心理的要因および神経学的要因から生じる解離的な経験と考えられている。
科学者は、 超常現象に頼ることなく、夢や意識の変化した状態などの精神状態からの経験であるとOBEを考えている。
または、ドッペルゲンガーの一種(autoscopy=自分自身を見る)に過ぎないともいわれることも多い。



はやい話が、さまざまな原因によって、脳が見せる幻覚に過ぎないってことになるようなんだけど・・

でも、それだけじゃ説明がつかないこともたくさんあるのだ~!


そういえば、ずいぶん前にこんな記事をアップしたことがあったけど、
   ↓
プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係

ほとんど脳死状態で、死が目前だったドクターが、臨死体験をして復活したとき、その間の出来事を覚えていたという体験談があった。

つまり、脳だけで解明できることではない・・ということになる。


アメリカでは、Robert Allan Monroe (ロバート・モンロー、通称、ボブ・モンロー(Bob Monroe)という人が、対外離脱の研究者として知られた人だ。 (もう、亡くなっているけどね~(1915 – 1995)


journeyof_robert_monroe.jpg

超心理学者で、自分でも 体外離脱の体験者であり、科学的側面と体験による裏付けをべースにして体外離脱の研究に取り組んだ人だったという。

ここ、The Monroe Institute(モンロー研究所)の創設者でもある。


ここのモンロー研究所では、意識レベルをこのように分類してるようだ。
       ↓
phasing.png

それをフォーカスレベルと呼んで、
意識のさまざまな「状態」や「段階」を示すために体系化したそうだ。

フォーカスレベル1 : 通常の起きている意識。物理的物質の現実が完全に一致した状態。

フォーカス10 :  体は寝ている(すごくリラックスしている)状態で、マインドはちゃんと意識を残している状態

フォーカス11 : 究極のコミュニケーションチャネル - 覚醒、メンタル、フィジカル、エモショナルのあらゆるレベルの意識

フォーカス12 - 身体が深くリラックスしながら眠っている状態でありながら、意識を拡大できる状態。

フォーカス15 : もはや「時間」を超えた状態。 意識は現在、今や意識は身体的シグナルから離れている。
今や「経験」は直線状の時間とは無関係な存在。

フォーカス21 :  まさに時空間連続体の認識の極み。マインドは完全に意識で満たされアクティブな状態

フォーカス22 :  時空間と存在の非物理的状態との境界。 昏睡状態に入る

フォーカス23 :  身体的な死の直後 それぞれが個が自分自身を見つける可能性がある状態。

フォーカス24 :  シンプル且つ原始的宗教、または文化的信念によって生み出された、非身体のアクティビティー。

フォーカス25 : 近世界の人間史における、メインとなる組織的宗教的信念を表現。

フォーカス26 : ここは、自分自身のダイレクトな経験をもとに、数多くの様々な宗教やその他の信念の構造と知識を含んだ、特定の領域が識別する。(フォーカスレベル24から26は信念体系の領域)

フォーカス27 : 人間の思考のキャパシティーの境界。 心の平和と身体的な死のトラウマからの回復のためのウェイステーション(中間駅・・終点ではない)

フォーカス34/35 :  集いのエリア。 フィジカルな宇宙の多くの場所からの存在が、来るべき地球の変化を目撃するためにここに集められる。 (Bob Monroeの2冊目の本、Far Journeysで触れている)。

フォーカス42 :  I クラスター(塊)意識  

原文ではこうなってる ⇒ I-There cluster consciousness.



フォーカス49 :  I クラスター(塊)の海  

原文ではこうなってる ⇒Sea of I-There clusters.



FOCUS LEVELS OVERVIEW


ん? 訳していても・・わからない箇所がいくつかあるだが・・・とくに、フォーカス42と49はようわからん!

ワンネスになる・・みたいなことなんだろうか?(違ってたらゴメン!)



この中の、フォーカス27というのを、別のところで聞いたことがあって・・どこで聞いたんだったか忘れちゃったけど・・

人は死後、もしも望むなら別の人生をやり直してみることができるという。 それが、このフォーカス27

多くの人は、「もしあのとき、ああしていれば」・・とか、「もし、あのとき、あっちの方向に行ってさえいれば」・・という 後悔にも似た思いを持つことがある。

それならば気持ちを浄化させるためにも、もう一回戻って、そっちを試してみたら、いいやんけ~。

ってことで、ぷしゅうぅぅと、もう一度そこに戻ってやり直せるんだそうだ。

なぜなら、時間の流れは一直線に流れてないから。 

やっぱレイヤーになっていて、多次元世界ってことらしいね~♪


だからいくらでも好きな分岐点に戻ってやり直せる。

やり直した結果、

あれ~、こんなんだったら、やっぱり最初の方がよかった~!と思うのか・・
それとも、結局、どっちでも一緒だったじゃんか~!と思うのか・・
やり直せてよかった~!と思うのか・・

とにかく、トラウマを残さず、さらなる学びのためにも、心残りがあるならば、やってちょーだい!ってエリアが
ここ、フォーカス27なんだとか。


へえ~、死んだ後もいろいろ楽しみごとがあるんだね~♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここでもう一度、A君とB君の「体外離脱」の話に戻そう。

体外離脱を上のエリアに当てはめると、どこになるのかわからんのだが・・フォーカス12か15あたりなんかなあ。


それからというものA君は、B君から体外離脱の方法を学んで自分でも出来るようになったという。

方法を学ぶといっても、たいしたことではないらしい。
うーんと体をリラックスさせて意識を飛ばす練習をするくらいで、ワリと簡単にできるようになるんだとか。

A君に言わせると、もともと体とマインドが分離してる状態のときは、自分でも意識しないうちに体外離脱を起こしやすいという。

たとえば・・すっごくやりたい事があるくせに、何かが障害になってるとかで出来ない!あ~出来ない!というようなジレンマがある場合・・魂は肉体を離れて浮遊しやすい状態になってしまう。
(はっきり言って、こういった体外離脱は、あんまりいい状態ではないという。)

体外離脱はすべて「意識」の力

あそこに行きたいと念じたり、高く飛ぼうと念じたりするだけで、そのようにできる!

また、そろそろ疲れてきたから体に帰りたいと思えば、即座に体に戻ることもできる!


疲れてくる?って・・体が無いんだったら疲れないじゃないか?って思うんだけど・・
体験者に聞けば、やっぱり疲れてくるんだとか。

体外離脱でいっぱい飛び回ったあとは、目が覚めてもフラフラになるほど疲れているんだとか。
強く念じたり集中したりすることで疲れるのかもしれないね。


ところで、

飛び出したはいいけど、自分の体に戻れなくなっちゃうってことはないんだろうか?

体と幽体はシルバーコードで繋がっているので、ちゃんと戻れるんだという。

state-of-consciousness-1-300x250.png


でも、他にも体外離脱して飛んでる人だっているはずだし・・

中には、こうゆう人もいて、
19085017-an-illustration-of-a-grim-reaper-death-character-holding-a-scythe.jpg

シルバーコードを切られてしまうかもしれない。

そしたら、肉体には戻れなくなっちゃうんじゃなかろうか?



いやいや、それよりも、別の問題だって生じるだろう。

幽体で出かてしまったら、肉体は留守状態になってるわけだし・・
世の中には、すでに肉体を亡くしてしまってさ迷ってる人たちだって大勢いるはず。

そんな人に、「お!留守状態になってる肉体があるぞ! ラッキー!」って入られちゃったりしないんだろうか?


なーんて質問をいっぱいA君にしてみたのだが、「いい加減にしてくれ!そんなことまで知らん!」と言われてしまった。

「ただね、これは僕が体験して感じたことに過ぎないんだけど・・
体外離脱を意図的に、それも頻繁にすることが、いいこととは思えないんだ。

生きているうちは、肉体と魂(アストラル体、エーテル体など)が1つになっているのが一番自然な状態だと思うんだ。
何か特別な意味があるときだけ、体外離脱が起きるんだと思う。

いずれ死ねば、誰だって体外離脱を経験するわけだし、それをあえて今、意図的にする必要なんてないんだよ。

人は寝れば夢をみるし、夢の世界だって、プチ・体外離脱してる場合も多いんじゃないかな。」



私はほとんど毎日のように夢をみる。
そのほとんどは覚えていないことが多いんだけど・・

たまには、よーく覚えている夢があって、
まるで、ファイナルファンタジーの世界みたいなところで、戦士となって戦ってる夢を見たことがある。

目覚めたあとも、ひどく疲れていた。
「あ~、疲れたなあ~。 多勢に無勢だったもんな~!」と思って目覚めたものだ。

実際に朝起き上がっても、体はボロボロに疲れていた。


こうゆうのもまた、プチ・体外離脱で、パラレルワールドの別世界で、私は実際に戦っていたんだろうか?


生きているうちは、肉体と魂(アストラル体、エーテル体など)が1つになっているのが一番自然な状態だと思うんだ。

A君のこの言葉は、今でも胸の奥に残っている。

カワウソ・ペットブームだったんか~?

日本はアターをペットにするのがブームなんだってね?と聞かれて

ん? アターって何だ?

どんな動物かわからない!


あ、ラッコは、sea otterだったよな、と突然思い出し、

1080x720-cute-sea-otter-mom-newborn-pup-02.jpg

「え? 日本ではsea otterを飼うのがブームなの?」 と、聞き返すと

「sea otterと otterは違うよ!
日本人なのにアターブームを知らないの!」
 と言われてしまった。

日本を離れて何年も経つんだから・・日本のブームなんて知るか~!



ちゃーんと調べてみたところ、otterとは、カワウソのことだった。

カワウソブーム~?

そういやあ、何度かYoutube動画で、カワウソをペットにしてるのをみたことがあった。


だけど・・ものすごく稀なケースだから動画になってるんだろうな~って、私は勝手に、そう解釈していたのだ。。。

ところが、そうではなかったようだ!

s-l1000.jpg


ちゃーんとペットになってるらしいのだ。 しかも、ブームに!
   ↓
カワウソはペットとして飼える?カワウソの値段から飼い方まで徹底解説

日本恐るべし!


アメリカでも、傷ついた鷹やコヨーテ、キツネなどを保護したところ、野生に戻らなくなっちゃってペットにしてる人の話はよく聞くし、そういった動画もアップされている。

つい最近では、子牛がペットになっちゃった~って動画もみたばかり。



これは、病気持ちの子牛が親から育児拒否され仲間からもイジメられていたので、保護して家の中で育てたところ・・
犬たちと一緒に育ったせいか、イヌ化した牛になっちゃった!というかわいい動画だった。


いずれも、みんな・・保護する必要があった野生動物(または家畜)というわけだ。

はじめから求めてペットにしたわけではない!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、そもそも、ペットブームというのはキライ。
ペットという言葉もキライだ。

人間に都合の良いだけの「おもちゃ」とか、付属品というニュアンスを強く感じてしまうせいだろうか。

なんで、ペットじゃなく、家族と呼ばないんだろう?


ペットブームとなれば・・必ず、そこにはビジネスが生じる。


いや、ビジネスが悪いとは思わない。
ビジネス大いに結構!
大いに儲けるべき!



ただし・・ビジネスの理念は、「儲けること」が究極の目的だとは思っていない。


ビジネスとは、「モノと人(または人と人)を繋ぐもの」、言い換えれば、「ニーズを提供すること」だと思っている。

Aさんが必要とするものをBさんが提供する。

Aさんは必要なものをゲットして幸せになる。
Bさんは代価を受け取って幸せになる。
商品も必要な人に活かされて幸せになる。



でもって、3方揃って、 Win-Win-Win ってわけだ。

なーんて言うと・・そりゃ理想論に過ぎないよ~!と人にはバカにされることが多いのだが、

理想論のどこが悪いんじゃい!
私は、理想で生きているのだ!
 えへん。(←威張る)



さて、カワウソのペットブームともなれば・・

カワウソを欲しがる人が増える。(ニーズが増える)

そこで、バイヤーさんは東南アジアに飛んで、カワウソの赤ちゃんを仕入れてくることになる。

実際、ペットとしてのカワウソは、コツメカワウソという種類のカワウソが一番の売れ筋らしい。
なぜならば、大きさも手ごろ(体長41 - 64センチメートル、体重2.7 - 5.4キロ)
爪が小型なので、人を傷つけることも少ない。(←ここらへんからして、人間に都合の良いことばかりじゃないかい?)
主に東南アジアに生息している。



野生動物の輸出入ともなれば、ワシントン条約っての立ちふさがるわけで、それなりに煩雑な許可も必要だし、それなりにお金もかかることになる。

最終的には、日本で小売価格は、ざっくり100万円近くなるという。

そこで、利幅がどのくらいになるのかは知らない。
ひょっとしたら、さまざまな経費を引いてしまうと、苦労は多い割には、大した利幅は出ないのかもしれない。。。


そこでだ!
じゃあ、密売しちゃえばいいんだ!
ってことになる。(まさに、これこそ最大の経費削減だ(笑)


実際、Yahooニュースでこんなのがあった。
   ↓

タイの空港で日本人の女子大学生がカワウソ10匹を日本に密輸しようとしてタイ当局に逮捕される。
この女子大学生の密輸未遂は組織的な背景も疑われるが、1万バーツ(約3万4000円)でカワウソ10匹を購入した。


「カワウソ」をペットには絶対できない Yahooニュース


10匹で3万4千円? 相場が1匹100万円近くするとなれば、こりゃ、ぼろ儲けだね~。

日本でカワウソブームともなれば、この女子大生だけでなく、現地の密売組織も目をつけて、闇で流そうとするのは当然の成り行き。

こういった輩は、母親から無理やり赤ちゃんカワウソを奪ってくるのだろう。
または、母親を殺してしまうのかもしれない。。。

もう、ここで私のビジネス理念からは大きくはずれることになる。
商品であるカワウソの不幸の上に成り立つビジネスは、ここですでにビジネスとは呼べないのだ。



ところが、どうゆう経過で仕入れたものであろうと、買い手はしったことじゃない!

日本で100万円が相場であるなら、ちょっと安くすれば、そりゃあ、どんどん売れることだろう!

ほとんどの買い手は、安いが一番!だと思っている(笑)



ホントかウソかは知らないけど、ある記事によれば、

カワウソ・カフェにいるカワウソのほとんどは、正規のルートで入ったものではない(つまり、密売)とか。

カワウソ・カフェって、いったい何匹くらいカワウソを置くものなのか知らないけど・・
ざっと10匹として、100万円x10で、1千万円は必要になる計算だ~! ん~?



ところで・・
ブームだから、欲しがる人が増えるのか?

欲しがる=ニーズってことなんだろうけど・・

なんで、それほどカワウソが欲しいのだ?

ottercafe.jpg
https://www.his-j.com/japan-tourist/tyo/AnimalCafe/

おそらく・・
きゃあ~! か・わ・ゆい~! (←そりゃ、わかる!たしかにカワユイ)
   ↓
だーーい好き!
   ↓
欲しい!

ってことになるのだろう。


だけど、えてして、だーーい好きと愛情は別物であることも世の常(まあ、男女間も同じだけど・・)

だーい好きは欲望に過ぎない場合も多い。


で、私のビジネス理念によれば、

欲望を満たしてあげるだけのビジネスは、本物のニーズを満たすことにはならない。

欲望なんてものは、すぐ飽きがきて、また次の欲望に走るものなのだ。(ちっとも幸せを運んでこない)

そういった人のニーズを満たすことが、まっとうなビジネスだとはどうしても思えないのだ!



実際に、カワウソを飼ったものの、こーんなことになってしまう人もいるらしい。
    ↓
kawauso.png

こちらの記事によると、Wild otters are the latest exotic pet trend

ゲージ飼いが多くなってしまい、エサはお手軽なドッグフードばかり与えるようなってしまったそうだ。

その結果、肥満体で運動不足で・・いずれはストレスで病んでいくだけ。 これはアビューズ(虐待)だと言っている。



欧米人の目からみれば、たしかにそうだろう。

彼らはペットをゲージに入れるなんてことは、病気のとき以外はめったにしない。

野生動物を飼っている人たちというのは・・野生に戻せずにやむを得ずに、ペットにしてしまったという人たちが多い。
中には、はじめから望んで飼う人もいるにはいるが・・

いずれにしても、自然の中の広~い一軒家のような状況で飼っている。


しかし、日本の、しかも都会で飼うとなれば、当然状況は違ってくる。

★カワウソは非常に知能が高い動物・・ということは、超・悪戯好きということになる。 家の中はうっかりするとメチャメチャ~。

★しかも、アゴの力が強いので、間違ってちょっと噛まれたとしても、傷が腫れあがって大変なことにもなりかねない危険性もある。


結局のところ、ゲージに入れておくことが多くなってしまうということなのだろう。


しかし、これでカワウソは幸せ?

生まれたときの環境よりも、もっと幸せにしてあげられなければ飼うべきではないように思うのだが・・。



でもね~、中には、カワウソに魅せられてしまって、どうしても一緒にいたいと望む人もいるかもしれない。

それならば、自分がカワウソの生息地に引っ越すべきではないだろうか?

毎日、野生のカワウソを眺めて暮らしているうちに、ひょっとしたら仲良くなって一緒に遊んでもらえるチャンスがあるかもしれない。

大好き=愛情(大好き=欲望じゃなくって)であるならば、そのくらい謙虚でなければいけない気がする。


野生動物の生態は、まだまだ解明されてないことの方が多い。

もちろん、カワウソだって例外ではない。

それを、無理やり連れてきて、自分の生活パターンを保ったままで飼おうとするのは、人間の傲慢に思えてならないのだ。


あ~、だからペットブームというのは、嫌なのだよ@@@

こうゆう人たちって、覚せい剤を売りさばく輩と同類に思えてならないのだ。

カネになればいい! 相手が不幸になっても知るもんか~! 買うヤツがバカなだけ!という理念の上に成り立っているという点では同じだ。


でもね~、

そうやって儲けたお金には、どす黒いオーラがこびりついているのだよ。

増えれば増えるほどどす黒くなっていって、いずれは、持ち主すらも不幸に突き落とす。

汚い金-クリップアート切り張りイラスト絵画集__k9124790


逆に人を幸せにして得たお金には、福の神もセットでついてくる。
31331365-L-imagenavi.jpg

と、私は思っている。

メモリアルデーに思うこと(まだメモリアルデーではないのだが・・)死体になるとしたら?

「あれ? 日本の会社からぜんぜんメールの返事が来てない!」と同僚が言い出し・・

「そりゃそうだよ。日本は今ゴールデンウィークといって10日間会社が休みだもん。」

「日本は休みが多くていいよなあ。 
俺たちはようやくやってくるメモリアルデーの連休を楽しみにしてるってのに~。」


そうなのだ!
10連休も公的に休めるなんてことは、アメリカではありえない!


ようやく、5月の4週目の(月)がメモリアルデーで3連休がやってくる~♪
たったの3連休なのだよ~ん。


「メモリアルデーってのは、戦争で亡くなった軍人さんたちを悼む日なんでしょう?
お墓参りに行くの?」
・・・と、日本から来た人に聞かれた。

さあ? 家族に亡くなった軍人さんがいれば行くかも。

Memorial_Day.jpg


または、家の外に星条旗を飾ったりする。

gettyimages-667215850-1523482910.jpg



軍人さんたちはパレードやら式典やらで忙しいだろうけど。

KRT-US-NEWS-MEMORIALDAY-3-A.jpg


そうじゃなきゃ、一般の人は何もしない。


一般の人は、メモリアルデーのバーゲンセールに出かけるくらいだ(笑)

Home-Depot-Memorial-Day-Sale-Deals-660x440-1.jpg


「ふーーん、それじゃ、一般の人がお墓参りをする日というのは、特にないの?」

ない! 


そもそも、「お墓参り」という感覚がこちらでは皆無。

葬儀を済ませてお墓に埋めたあと、一度もお墓に行ったことが無いって人がほとんど。

つーか、「あれ? そういえば、ウチのじいちゃんのお墓ってどこにあるの?」って人も多いくらいだ。


アメリカ人と結婚した日本人は皆、はじめはこの事実に愕然となるらしい。

なんと薄情な人たちなんだろう!と。


そもそも「死んだ人はお墓にいる」と思っていない人たちなんだから、そりゃ、仕方ないよ。

死んだ人は神様に召されて神のもとに行く。

「いつでも神と共に見守ってくれてるのよ。 私たちの心の中にいるのよ!」・・・というのが彼らの一般的な考え方。



それに対して、
「日本は仏教国だから先祖を大切にする」という人もいるけど、それも、違うだろうなあ。

他の仏教国をみても、「お盆やお彼岸にお墓参りをする」のは日本独自の文化らしいのだ。


もともと日本は、仏教が伝来する前から先祖供養と自然に感謝する習慣が強かったようだ。

春分の日には、自然をたたえ、生物をいつくしむ
秋分の日には、祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ


1年の豊作や豊穣を祈り、春分、秋分の太陽とご先祖様に収穫を感謝するという意味合いが込められているのだろう。



あ、そうだ!

そういえば、中国には、清明節(せいめいせつ)ってのがあったね~。
たしか春分の日のあたりだったと思うけど・・。

紙のお金を燃やして、先祖供養をするという・・

紙のお金を焼く
http://chugokugo-script.net/chugoku-bunka/seimeisetsu.html

これまた日本とは全く違う文化だし、仏教文化というのとも、ちと違う。。。


とにかく、地域によってまったく違うのだ。



日本のお墓参りにしても・・たぶん、地域や宗派、家によっても違いはあると思う。

子供の頃、「お墓参りとは、まずはお墓をきれいにお掃除する」というのを聞いたことがあって、不思議に思ったことがあった。

なぜなら、我が家は一度もお墓詣りでお掃除をしたことがなかったからだ。

たぶん、これが正しいお墓参り?
    ↓

hakamairi003.jpg
https://oki-memorial.org/column/ohigantrivia1208


それを母に尋ねると、

「お墓のお掃除? ああ、それはお寺さんでやってくれるから、お参りする人はしなくていいのよ。」

「え? でも~・・学校で聞いたんだけど、お掃除しなきゃいけないって。」

「なに言ってんのよ! お寺さんのお仕事に手を出したら、かえって失礼にあたるじゃないの!」
と母に一喝されてしまった。

うーーむ。

実際、ウチの先祖の墓はいつ行っても、掃除するところがないくらいキレイだった。


このように・・

同じ日本であっても、個々に違うのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、
私は、とっても不思議に思ったことがあるのだが、

先祖のお墓詣りに行かないと、祟られるとか悪いことが起こるって話。


たぶん、こうなっちゃったお墓はヤバイってことなんだろうか?

mighaka.jpg
https://matome.naver.jp/odai/2144305603674514201

長年掃除もされてないようだし、誰も墓参りをしてくれる人もいない。

そんなことを言いだせば、無縁仏のお墓なんて・・どうなるんじゃい?

_1484273219_1484273200_0112_6.jpg
https://news.yahoo.co.jp/feature/482


よく霊能者さんたちが、

お墓をきれいにしていないから。
ちゃんと供養してあげてください!

と言ったりするのを聞くと・・

そんなことで祟るんかい!
死んでまで甘ったれるな!


と言いたくなる気持ちがフツフツと湧いてしまうことがある(笑)


そもそも・・お墓なんかにちっとも重きを置かないアメリカ人はどうなるんじゃい!

たぶん、アメリカ人の幽霊さんたちは、そんなことは気にしない。
もともとお墓参りの習慣がない人たちだから。


ところが、日本人の幽霊さんたちは、やっぱ気にする人も多いのかもしれない。
   ↓

死んだらお墓を建ててもらう ⇒供養してもらう⇒毎年数回やってきてお参りして供養してもらう



これが当然と思ってるんだったら、もしも、そのようにしてくれないとなると・・・

え? 私は忘れられちゃってるの? 
先祖を敬う気持ちはないの?

となって・・・とっても寂しい。
または、寂しさからムカつくのかもしれない。(←幽霊の心理を分析)

磯野家のご先祖だって、お墓参りの時期にはちゃんと墓で待ってたくらいだから。
isonomokuzu.jpg


中には寂しさがつのって、なんとか気がついてもらおうと、色々とちょっかいを出す幽霊さんもいるかもしれない。
で、ちとばかしやり過ぎちまって、それが、祟りってことになるのかも。


これって、
欧米の幽霊さんたちは足があるのに日本人の幽霊さんは足が無い!というのと、同じコンセプトだろう。

「幽霊は足が無いもの」という認識のまま死んだ人、つまり、そのまま幽霊さんになってしまった人には足が無いんだとか。

死者の生前の意識が幽霊になってもそのまま表れる。



ん~、お墓詣りをしないと寂しがる日本の幽霊さんは、ちと面倒かもしれん。


しかもカネもかかる。

お墓を建てたあとでも、毎回のお供養代、年間維持費代、

そのうえ、母によれば、お参りに行くたびに「心づけ」(←たぶん、チップのこと)を置いてくるという。
(金額は聞いてないけど・・たぶん、1万円とか2万円とかなんじゃないかな?)

日本の場合、先祖を大切にするということはおカネもかかるということにもなる(笑)


しかし・・日本だろうがアメリカだろうが、

私を忘れないで!という気持ちは、どこも同じだろう。

心の隅でいつまでも覚えていてくれる!ということだけが、死者への一番のはなむけなのかもしれない。

彼らはその思いだけで、新たに旅立てる。



私が死んだら?ってことを、ここで考えてみた。

おそらく、アメリカで身寄りもない私の場合は、

孤独死⇒無縁仏の墓(アメリカバージョン)に入れられるはず。



いやいや、だからといって、決して寂しいとか惨めだとかは、ちーーとも思っていない。

若い頃は、そういった人の話を聞いただけで、ひどく惨めだとか可哀そうだ!って思ったものだけど、
今では、そんなことすらも、ただの既成概念に過ぎないような気がしてしまう。

たとえ誰にも看取られずに死んでお葬式も墓もなかったとしても・・・むしろ、それでいい!ような気がする。

私には大好きなモノや人がいて、それだけで幸せな人生だったなあと思える。
死んだら死んだとき、その後の生き方を想像するだけでワクワクしてくる~♪


あ、ただねえ・・

死体が腐って周囲の人に臭っ! キモっ!とは言われたくないよなあ。。。

そんな迷惑だけはかけず、一瞬にして霧散してくれればいいのだが・・・そうはいくまい!



ちょっと興味深い記事があったのだけど・・

ワシントンでは、「死体を肥料にする」埋葬方法を許可する最初の州となるだろう
Washington Will Likely Be First State to Allow ‘Human Composting’ as a Burial Method


ワシントン州、死体を肥料とする法案通過(アメリカで最初の州法)
Washington passes bill to become first state to compost human bodies


うわあ、さすがワシントン州だ!
(エコロジーに関心が高い知識層が多い州で、水道水の窒素混入反対運動とか、農薬問題にも意識が高い)


うん、これはいいぞ!と思った。


実は、子供の頃に読んだ小説の影響かと思うんだけど・・

櫻の樹の下には(梶井基次郎)

桜の森の満開の下(坂口安吾)

というのがあって、


Beautiful-sakura-tree_art.jpg


桜の花があんなにも美しいのは樹の下に屍体が埋まっていて養分として吸ってるから

美しい桜と死体・・・これって、オカルトって見方もできるけど・・
いまだに、私の桜のイメージはこれに尽きるのだ。

それでも、いいやんけ~!


ただ腐って利用価値ゼロになる死体を、植物に活かして頂いた方がずーーと有難い!と思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカは、もともとは土葬が一般的だ。

なのでセメタリーに行くと死人の匂いがする、臭い!という人もいて、行きたがらないってのもあるらしい。


ところが近年では、火葬にする人が増えたという。
先ほどの記事によれば、50パーセントが火葬になってるとか。(もちろん、これも州にもよるだろうけど・・)

なぜなら、火葬の方がおカネがかからないからだそうだ。

え? 
土葬だったら、そのまま埋めるんだから、安いんとちゃう?

と思ってはいけない(笑)


土葬の方が、ずーーとお金がかかる。

まずは、遺体を保管するための特殊技術「エンバーミング」が行われる。
   ↓
直前までドライアイスで冷やしておいて血抜きをして動脈から防腐剤を注入
腐りやすい臓物は切開してすべて取り除いて、それから縫合。
さらに、さまざまな薬品処理してから、きれいに洋服を着せる。




なんだかミイラ作りでもしてるよーな手間?


いや、ミイラ作りは天然ハーブを使うけど、エンバーミングでは化学薬品まみれになる!



それから、土葬用の棺桶(金属製)を用意しなければならない。

coffin.jpg


一方、火葬だったら、ガンガン焼くだけ。

アメリカの火葬は、骨を拾うという感覚が無いので、強火でウェルダン「良く焼き」
まさに、灰になるまで焼いてしまう。

そんで、火葬の場合はとくに棺桶を用意しなくてもいいんだとか。

灰になったのは、骨壺に入れて家に持ち帰って飾る。

なので、インテリアにもなるように、形もデザインもさまざま

wings-of-an-angel-cremation-urn-8bb.jpg

おっと、これは・・・ワンちゃんのだ。
   ↓
81YrVVRX2OL.jpg


どんだけ、土葬の方がお金かかることやら。


さらに、お金の問題だけじゃなく土地の問題もある。(いくら国土が広いたって、昔とは違う。)


さらに、エコロジー問題ものしかかってくる。

死体はどんどん増えてくってのに、どんだけ化学薬品使って土に埋めてるんだ?
いったいこの先、どうなるんじゃい!



そこで、先ほどのワシントン州の記事によると、

人体の分解には微生物を使い、藁やアルファルファ、木の破片などと一緒に容器に入れて、

30日のうちに容器内の温度が 65℃に上昇してくると、微生物による分解作用で、人体のほとんどの病原体や残留している医薬品とともに身体が分解されるという。

もちろん、心臓のペースメーカーだとか人工関節や他のインプラントは、ちゃんと取り除かれる。
その結果、一人の人体から 1メートル四方の土が作れるのだという。

まさに堆肥だ。



死して土に還って、またほかの生物を助けるんだとしたら、これこそ、食物連鎖の正しい姿じゃないだろうか。
    ↓
foodchain2.png


地域や国によって考え方も違うので、一概にはどれがいいとか悪いとかは言えないし、また言うべきことではないのだが・・


ただね~、幽霊になってまで、

立派な墓を建てて欲しい! マメに供養して欲しい! マメに墓参りして欲しい!・・・って欲しい、欲しい!ってばっかり言ってる幽霊さんたちには、

甘ったれるな! その依存心をどうにかせんかい!

XXしてくれないから祟ってやる!って、そんなチンケな根性でこれからどーすんじゃい!


と、怒鳴りたくなることもある(笑)


ここらで、幽霊さんたちも、

もっと広~い視野で、色々なものをみつめて考えなきゃならん時、じゃないのかね~。

・・・・・・・・・・・・・

そうだ! 私は、ワシントン州に引っ越すことにしよう。
そして、死んだら堆肥にしてもらうように遺言書いておこうかな~。

おっと、その前に・・

ワシントン州で仕事も無けりゃ、引っ越し費用だって無いやんけ~!@@@


なんだって、メモリアルデーに、こんな妄想をしとるんじゃい@

あっ! そもそも、まだメモリアルデーじゃなかったような?(今月の4週目だ!)


悪魔の存在

キリスト教における悪魔ってなんだろう?って考えてたとき、日本に住む友人がこんな動画を送ってきた。
(最近頻繁に起こるシンクロだ(笑)
     ↓


これは、2016年6月1日、青函トンネルを超える世界最長・最深のゴッダルド・トンネルが開通したときの、開通式の祝典セレモニーのダンス動画

なんだこりゃ!・・・


動画を見て思った。

どっからみても「悪魔」

それも陳腐なほど、ステレオタイプの悪魔、そのまんま~。

ヤギ=悪魔のシンボルはいっぱい出てくるし~。

800px-Baphomet.png
Baphomet Wiki

SamaelLilithGoatPentagram.png


悪魔のシンボルは山羊なのだ!


ずっと前に、古代の竪琴とダビデ王という記事の中で、

竪琴にも、天使と悪魔の持つ竪琴がある。
    ↓
天使型は、白または金、ひつじの角や爪、ハトの羽
悪魔型は、黒または赤、ヤギ角や爪、コウモリの羽



というのを載せたことがあっけど、まさに悪魔のイメージっていえば、山羊! 

なんで、天使が羊で悪魔が山羊なのかは知らんが!



これは、ヨーロッパの中世キリスト教時代から脈々と受け継がれてきたイメージらしい。

たぶん大昔から、羊も山羊も身近にいる家畜だったし、分かりやすく「動物に例えると」ってのをやりたかっただけなのかも。

そんで、善と悪、白と黒・・っていう典型的二元論をイメージにも持ちだして、こじつけちゃっただけかな。



それにしても~ なんでここで悪魔なん?

動画の中でもニュース・キャスターが、
「開通式と、この・・”独特の”・・ダンスはどうゆう関係があるんですかね?」って、苦笑しながら言ってたけどね。


アンチ・キリスト集団の黒ミサ風景ですか~?

それを今回は、特別サービスってことで見せてくれたんだろうか?

それも・・各国の首脳陣をずら~と呼んでる席で?
(あ!ひょっとしら、彼らのお好みか?)

さっぱり、わっかりませ~ん!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゴッダルトトンネルというのは、正式には、「ゴッタルドベーストンネル」という鉄道トンネルのこと。

57kmもある、今では世界最長トンネルで、オランダのロッテルダムからスイスのジュネーブまで結んでいるとか。
(それまでは、日本の青函連絡トンネルが世界一だったんですって~。)


スイスといえば・・日本人の一般的知識では、永世中立国、マッターホルンってくらいなものかもしれないけど、

スイス人にとって、ゴッダルトは最も聖なる山だという。

日本人にとっての霊峰・富士山、モーセのシナイ山・・・それ以上かも、と言われる。


スイスインフォ(SWI)によれば、
「ゴッタルドはスイス連邦の起源、アルプスの中心、人々の交通の要、ヨーロッパを流れる大河の生まれた場所、南北文化の交差点、そしてスイスという国の独立と統一、アイデンティティーの象徴」という。

「スイスのシナイ山」と呼んだ作家もいた。ナチス・ドイツ軍の侵略から守られたのもゴッタルド山があったからだといわれている。

スイス国民にとってゴッタルドは神話の山だ。




山と言ってるけど・・正確にいえば山というより山塊で、そこは有名な峠になっているらしい。

5sz_t1_a1860-28255720.jpg
カスパー・ウーリッヒ・フーバーの作品(1860年ごろ)に描かれたもの

何が有名かといえば、相当な難所だからだ。

407cv0ri.jpg
Carl Blechen devil's bridge(カール・ブレナンによって描かれたデビルズ・ブリッジ)

そうそう、ここ、デビルズ・ブリッジ(悪魔の橋)というそうですよ。


完成したものは、こっち
   ↓
512px-Train_trip,_Switzerland

またも出てきた、悪魔という名。

なんで「悪魔の橋」なんだろうと思ってたら、こんな記述をみつけた。
     ↓

ロイス川を渡るのがあまりに困難だったため、あるスイスの牧夫が悪魔に橋を架けるように願った。
(なんで悪魔に願う? ここはフツウ、神様に願うんと違うか?)

すると悪魔が現れて、願いを引き受ける代わりに橋を最初に渡るものを生け贄に差し出すようにと条件をつけた。
(そりゃあ、悪魔だもん。 タダで慈善事業しないし・・交換条件ってのは当然!)

彼はそれを受け容れたが、橋が完成すると彼はヤギを先に渡らせて生け贄を回避した。
(ここでもヤギかい! ヤギを犠牲にするわ取引きした悪魔を騙すわ・・人間の方が性悪じゃね?)

この詐欺行為に怒った悪魔は岩をつかんで橋に投げつけようとしたが、ある老婆が十字架を岩に描いて悪魔が岩をつかむことができないようにした。(悪魔が怒るのは当然ちゃうの?)

この伝説の岩は今も存在しており、1977年にゴッタルド道路トンネルの建設のためにこの220トンの岩は30万スイスフランを投じて127メートル移動させられている。
ゴッタルド峠 Wiki




スイス人にとっては聖なる場所。 神話の山。
悪魔の伝説もある場所。

だから、その開通式には宗教的奉献式が絶対に欠かせられない!

そこまではわかるのだけど・・

で、黒ミサダンスを奉納したってわけ??



このパフォーマンスを見た多くの欧米人は、どう思ったんだろうか?

古代から「典型的な悪魔のイメージ」が刷り込まれてしまってる彼らは、

怖っ! と感じるか・・不気味、おぞましい!と思うか・・・言いようのないような不安感が掻き立てられるって人も多いかもしれない。



でも、私ら日本人だし!

悪い動物良い動物なんて差別ないし~、動物どころか人も一緒~♪


ヤギといえば・・ヤギさん郵便しか浮かばんわい!

yagisan.jpg



少なくても欧米人のようには、悪魔と結びつけた恐怖感情は湧いてこない。

だからといって、これは、アートと呼べるほど昇華させたシロモノじゃなし・・
ただの3流映画あたりの黒ミサの儀式シーンとしか見えないシロモノだ。

何度もいうようだけど・・

さっぱりわからん!というのが、私の感想。



ただ・・人というものは、恐怖、不気味さ、不安を感じたとき、悪いモノに容易く操られやすくなるものだ。

悪いモノというのは・・幽霊(悪霊)もだし、生きてる人間による洗脳なんてものもあるだろう。



私のような、ヤギさん郵便しか知らないような日本人が、こんなダンスショーを見たところで、なんだこりゃ!で終わってしまうくらいで、さして害があるとは思えないのだが、

それでも、この真意はどこにあるんだ?って考えると、何か嫌~な後味の悪さを感じてしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私にとって、キリスト教の悪魔といえば、

「エクソシスト」のイメージが一番強いかな。

816xh9OHFdL.jpg


エクソシストは1973年公開のアメリカ映画で、アカデミー賞まで受賞したオカルト映画の草分け的存在だったように思う。

ホラー、サスペンス、怪奇映画などと、昨今では色々と呼び名があるけど、この映画あたりが原点になったんじゃないかなあ。

もちろん、この映画、怖い、残酷、血みどろなだけ・・といったC級のホラー映画とは全く違って、ヒューマンドラマという人もいるくらいだ。


どんなストーリーかと言えば・・たぶん、ほとんどの人がご存じだろうけど・・

少女のリーガンに悪霊が取り憑いて、汚物を吐き、罵り、医師を殴り倒し、ウソと真実を混ぜて相手を当惑させる。

超怖い、キモ~いシーンもてんこ盛りだったけどね~。

医師はさじを投げ、誰も助けてくれない!


ついに、カラス神父とメリン神父が悪魔祓いに挑む。


ところが、

「キリストの名の元に於いて!」と祈りを唱え、必死に悪魔を退散させようとするのに・・そこにはキリストは現れない。

そう、どんなに信じてもそこにいるのは悪魔だけで、その悪魔と闘うのは二人の人間だけなのだ。


神父の一人は高齢で心臓が悪く、またもう一人は信仰心疑問を持っている精神病理学者。


少女が苦しみ、母が苦しみ、神父たちが苦しむ。

ひたすらに試され苦しみ続ける。

敵はこんなにも強く、我々はこんなに非力なのか?



当時、こんなシーンをみて、ぎええ~!ってなったなあ。
(懐かしい有名なシーンだったよね。)

tasukete.png



ものすご~いインパクトのある映画だったんで、映画を観た後本も読んだ。(これもずいぶん昔のことだけど・・)



映画だとオカルト・ホラーにフォーカスされた作りになっているんだけど(←そりゃ、当たり前だよね。)

小説だと、これってオカルト?と思った記憶がある。


精神医学的な面を重視していて、小説の大半は外科医師や精神科医の話がメインになっている。

悪魔祓いの部分はラスト近くなって、数ページほどしかなかったのが印象的だった。



それでも、メリン神父の存在感は、小説でも映画でも、すごかった!!
まさに、揺るぎない「理性と尊厳」を備えた人物だったのだ。



ただ当時の私には、小説を読んでいて・・どうしてもわからない部分があった。

「ずっと気になっていた箇所」と言ってもいいかもしれない。


それはこの3か所(その2つはメリン神父の言葉)
   ↓

●人間にとり憑く目的はどこにあるのでしょう? という疑問に対し、
「それは誰にも判らないことだ。……しかし、私はこうみている。
つまり、悪霊の目的は、とり憑く犠牲者にあるのではなく、われわれ……われわれ観察者が狙いなんだと。

そしてまた、こうも考えられる。
やつの狙いは、われわれを絶望させ、われわれのヒューマニティを打破することにある。

やつはわれわれをして、われわれ自身が究極的には堕落した者、下劣で獣的で、尊厳のかけらもなく、醜悪で無価値な存在であると自覚させようとしている。」


●「このような悪からでさえ善が生じてくる。なんらかの方法でだ。われわれには理解できず、見ることもできない何らかの方法でだ。……おそらく、悪こそ、善を生み出す『るつぼ』であるからだろうな」


こちらは最後の方で、リーガンの母親が言う(彼女は信仰を持たない無神論者という設定)
 ↓
●「あなたがた神父さんたちは、祭壇の前にぬかずいて、神さまの実在を考えなければならない立場ですわね。
だからこそ、神さまは毎夜、百万年の眠りを眠ってらっしゃるんですわ。

そうでなかったら、神さま自身がいらいらなさって、ついには怒りださずにはいられなくなるはずです。わたしのいっていること、判っていただけるかしら?

神さまは何もおっしゃらない。その代わり、悪魔が宣伝の役をつとめます。
悪魔は昔から、神さまのコマーシャルなんですわ」



若い頃の私には意味がわからないながら、なぜか、すご~く気になってた箇所だった。
今は? そのままの意味でストレートに捉えてます(笑)


懐かしいエクソシストの思い出話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

悪魔も悪霊もよくいる幽霊も、体を持たないって意味では一緒。

これは、私の想像に過ぎないんだけど・・
    ↓

ものすごい怨念、怒り、絶望の強い念を持つ幽霊たちが合体して巨大なものになったあげく、
そこへ、生きている人間のドロドロ念まで付着して、超・巨大化しちゃったもの。
それが、悪魔だったり悪霊と呼ばれるものではないかなあ~と思っている。




それに比べりゃ、自分が死んだことがわからなくてさ迷ってる幽霊さんや、助けて~!私の話を聞いてよ~!と単体でさ迷ってる幽霊さんたちの方が、なんとカワイイものか!(カワイくはないけど・・)


巨大化して悪魔・悪霊と呼ばれるようになったものを、ビジョン化して見た姿が、悪魔像なのかもしれない。



悪魔が存在するのか?・・と、聞かれれば存在するのだろう。 (←私は見たことないけど・・)

だからといって、そこらにいる浮遊霊だとか地縛霊のようにはいるわけではない!

我々庶民がフツウに生活してる中で、悪魔に憑かれるってのは、超・超レアケースだと思うのだ。(まず、あり得ない!)


むしろ、それを、自分で呼び込んでしまう方が怖いかな~って思う。


あんな陳腐なダンスを見て、ヤギの角から悪魔だ~! 黒ミサ(悪魔崇拝)だ~!とショックを受けちゃう欧米人は特にお気をつけくださいませ。

特に、古い迷信が染みついてるような人たちには入り込みやすいともいう。



実際のヤギはちょっとひょうきんで面白いやつら、だと思うのだ。(←君はヤギさん郵便がルーツのわけだしなあ・・)

そして、かなり好奇心旺盛だったりする。


ヨガをやってたら、何してるん?と背中の上に乗ってくるし、

goatyoga.jpg


ネコたちが切株の上でまったりしてると・・

Goats-Kittens-on-Stumps.png

すぐに皆でマネっ子。



私も、ずいぶん昔の話だけど・・モンゴルでヤギたちにワラワラと囲まれちゃって、服の裾をカミカミされたり引っ張るやつもいたりして・・涎でベトベトにされたことがあった(笑)

特に子ヤギは、恐るべし好奇心の塊だ。



もしも、

悪魔の狙いが、「我々観察者が狙いであり、我々を絶望させヒューマニティを打破することが狙い」だとすれば・・

常に楽しく過ごし、ヤギにも偏見を持たないことじゃないだろうか。


<参考>
ゴッタルド山は“スイスのシナイ山”

青函と違う「スイス世界最長トンネル」の実力 東洋経済ラインより

ゴッタルドについて知っておくべき八つのこと

https://www.swissinfo.ch/jpn/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E9%80%A3%E9%82%A6%E3%81%AE%E8%B1%A1%E5%BE%B4-%E3%82%B4%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%89%E5%B3%A0/28349036

ゴッタルドの神話 世界最長 ゴッタルドベーストンネルの上を歩く Swissinfo.ch

ノートルダム修復のための寄付

ノートルダム大聖堂が火事のニュースは、先週みていたのだけど・・
こちらのニュースは、先ほど目にしたばかり。
    ↓
Several of the world's richest French billionaires donate more than $500 million to rebuild Notre Dame

何人もの世界有数のビリオネラーたちが、ノートルダム大聖堂を再建するために$500ミリオン以上も寄付。

a50395c7a47b9a6de2e187ce91d047ccef17c424bd566fb95fcd6da6ae85183f.jpg


500ミリオンダラーっていくらだと思います?

本日4/22日現在のレートで、559億965万6円ですよ!

しかも、このニュース記事の日づけを見ると先週だし~、つまり火事にあってすぐ!ってことだ。
それなのに、もう、即決でこんな寄付をする人たちがいるとは・・・。


ざっと本文を訳すとこんな内容です。
    ↓

フランスで最も裕福なファミリーたちは、月曜日の壊滅的な火事の後、ノートルダム大聖堂を再建するために100万ドル単位のものを確約した。

これまでのところ、4人のメジャーなファミリーからの合計は、すでに$500ミリオンを超えている。


世界のリッチマンの一人、Bernard Arnaultは、ノートルダム大聖堂の再建のために2億ユーロ(笑い約251億6,356万円)を寄付した。
Arnaultと彼のファミリーは、彼らの会社のTwitterアカウントを通して寄付を発表している。

Arnault は、70の世界的ブランドを傘下に持つ大企業、LVMHのトップであり、ルイヴィトン、セフォラ、マークジェイコブスなどのブランドも含むところだ。
Arnaultと彼の家族は、9000億ドル(本日のレートで、約10兆659億8,814万4,503円)以上の純資産を誇り、フォーブスの長者番付によれば世界で4番目のリッチマンでもある。

このフランス人ファミリー及び、彼のパリに拠点を置くカンパニーは、火曜日に起こったノートルダム大聖堂のイコニック・カセドラル部分が焼け落ちたのに対して、修復のための寄付を発表した。
「Arnault一家及びLVMHカンパニーは、国家的悲劇に対し一致団結し、この素晴らしきフランスの象徴であり世界遺産を 再建するためには助力を惜しみません」

<途中省略>

また、こちらも有名なフランスの億万長者、François-Henri Pinaultも募金プロセスに参加した。
彼の会社のTwitterアカウントで、彼と彼の父親は、
「パリの街の宝玉ともいうべき世界遺産、ノートルダム大聖堂を一刻も早く再建するための資金を提供致します。」と発表した。

Pinaultは、グッチとサンローランで知られた高級ブランドのグループであるKeringのトップだ。
彼はメキシコ系アメリカ人女優、サルマ・ハエックと結婚している。
彼は妻のインスタ上に、燃える大聖堂の写真を掲載し、次のように記している。
「多くの人々同様に、美しきノートルダムが炎に包まれたことに、私は深いショックと悲しみに打ちひしがれています。 私はパリを愛しています。」

フォーブスの長者番付けによれば、ピノー家の純資産は351億ドルにのぼる。(約3兆9,261億7,449万6,644円だよ~)
フランス人ジャーナリストによれば、彼のファミリーは、1億ユーロを寄付するそうだ。(約126億円)


もう一つの大きな寄付で、化粧品会社のロレアル、Bettencourt Meyers家とロレアルグループが1億ユーロを寄付するとツイートした。

世界で最も裕福な女性であるFrancoise Bettencourt Meyersは、L'Orealの創設者の孫娘だ。
彼女のファミリーは依然として会社の大部分を所有しており、フランスで科学と芸術の進歩を目的とした慈善団体も運営している。

燃料、天然ガス、低炭素電力など、それぞれの分野のフランスの会社でも寄付が集まり、こちらはトータルで100ミリオンユーロの寄付が集まっている。(本日のレートで、約125億8,653万2,410円だよ。)
「宝玉のごとき建築物を再建するために」フランスの遺産財団La Fondation du patrimoineに寄付をしている。

今や大聖堂の尖塔の改修されつつある。 680万ドルの改装工事が行われている。



どう思います?

さすがフランスの大金持ちってすごいなあ。
心からノートルダム大聖堂を愛しる信者なんだろうなあ。 
即座に寄付をするなんて、立派だよなあ!


・・・って思いましたか?


私は、なんだか、そんなふうに思えないんですよね~。

似たようなニュース記事はいくつかあったんだけど、いずれも読んでいるうちに、体をぞわぞわと虫が這うような気分になってくる。


そもそも、これって、真相究明に至っていないヘンな事件だし・・


実は、その前からも、いくつもマリア像が壊されたり、教会が火災にあったりする事件が、あちらこちらで起こっていたんですよね。
そうそう、少し前に、サンシュルピス(ダ・ヴィンチコードで有名になったとこ)が放火?とかって事件もあったはず。

もちろん、フランスに限ったことではなく、あちこちでカトリック教会が被害にあってるらしい・・。

db257a70e1c5d6c1b7d9aa4eee053c02.jpg


いったいなんなんでしょう?


しかもいずれも原因がわからなかったり、犯人が捕まってないみたいだし、組織ぐるみじゃなきゃ出来ないような大掛かりな破壊がされてるのに、そもそも、詳しい報道がされてない気がする。


とーーーても、胡散臭い匂いがプンプン!



そこに今度のノートルダムの火災

とはいっても、それほど壊滅的なものでもなかったようだ。 塔の尖塔部分の像のようなところが焼け落ちたとか。


しかも、その日は、マクロン大統領の演説が予定されてたそうです。(黄色いベスト運動の改革案提示だったとか)

ところが、急遽延期されたので、

マクロンの演説をわざと延期するために政府が仕組んだんじゃないか?とか、
極右連中は難民テロリストの仕業だとか、色々とささやかれたそうです。



まあ、それはいいんだけど・・

あまりにも急に、リッチピープルたちから、目の玉が飛び出そうな寄付が続々と集まってるのにはびっくり。


そりゃあ資産が10兆600億とかって人だったら、ぽーんと10億くらいの寄付したところで、

えーーと、10億 ÷ 10兆 = 0.0001 だから~、

年収5百万のサラリーマンが、500円寄付するようなもんか~。


チャリンと募金箱へ
   ↓
500enndama.jpg


彼ら(世界の大富豪)にとっては、せいぜい500円なんだよなあ! (笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

黄色いベスト運動をみても、ガソリン代にも困る人たちが大勢いるというのに・・

世界のお金持ちたちよ!
もっと他のことにお金を使えないもんかね!
・・と私は思ってしまう。


それだけのお金を権力をお持ちなら、

経済を復興させて、国民すべてが安心して暮らせるようなキャンペーンの方が先じゃね?と思ってしまう。


Cathédrale-Notre-Dame-de-Paris-Vue-panoramique-_-630x405-_-©-Fotolia-rdnzl

そりゃあ、ノートルダムは素晴らしいよ。

歴史的建造物であり、世界遺産、美しいゴシック芸術そのものだと思う。


でも・・・別の見方をすれば、

11世紀から12世紀にかけての、教会勢力が強かった時代に作られた、超ゴージャスな建築物なのだ。
教会権力・権威の象徴、教会に支配されていた時代の産物ともいえる。

ノートルダム (Notre-Dame ) は、Our Ladyという意味、つまりは、聖母マリアのこと。


聖母マリアは、ゴージャスな建築物に鎮座することをお望みなのだろうか?

黄色いベスト運動を解決するよりも貧困層の問題よりも、まっさきにノートルダムを修理してね~と言うんだろうか?

953898b143e28e815f63556889e09365.jpg


多額な寄付をしたところで、それは税金控除だし~

しかも、数千万人というキリスト教信者から尊敬と支持を集めることが出来る。

しかも、たかだが500円程度の寄付金で!(笑)


何事もビジネスに結びつけることが悪いとは思わないけど・・

これでは、ますます貧困層からの怒りを買い暴動は激しくなるばかり。
格差が開くばかり。


私はなんだか、そんなことを考えてしまった。


同時に・・

庶民とか貧乏人の方が、多少の無理してでも、せいいっぱいの寄付をしちゃうものなんだよな~と、つくづく思ったりもした。

雨乞いの続き:レインメーカー? レインマン?

きのうのの話から、ちょっとだけ「雨乞い」に関する続編を書こうと思う。

これはアメリカで実際にあった「雨乞い」のお話。


雨乞いは英語では、Rain Maker(レインメーカー)と呼ばれてる。

ん? 雨を乞うのと雨を作り出すって違くね?

と疑問をお持ちの方もいるかも。

はい! おっしゃるとおり、違いますね。


そこは・・雨を司る精霊の存在を信じてた人と、目に見えないものを信じて無かった人の違いかと(笑)

つまりアメリカに移住してきた欧米人(主に白人連中)は、精霊なんぞ信じてなかったからこそ、レインメーカーって言葉ができたんでしょうね~。(目に見えないものに、何を乞うんじゃい!と言われちゃいそうですもん。)


しかし、白人が移住してくるよりも、ずーーと昔から、

ネイティブアメリカンには、「雨乞い師」がいたそうです。

ネイティブアメリカンの部族語で、そういう人たちをなんと呼んでたかはわかりませが、おそらく、日本語の「雨乞い師」に近いニュアンスの言葉だったのでは?って思います。



そういえば、ネイティブアメリカンって古代日本人と似てますよね。

efd574ef09f6d7c2766ae616c52a715b--native-indian-native-art.jpg


●自然霊を信じて八百万神(やおよろずのかみ)を敬った日本人 カチーナと呼ぶ多くの自然に宿る精霊たちを敬ったネイティブアメリカンたち

●目に見えぬ存在と交流し、大地といのち、宇宙との均衡、調和を祈り続けようとした・・というのは、どちらも一緒。


himiko___shaman_queen_of_yamataikoku_in_wa_by_orkideh84-dcmori0.jpg

●また、政略者だった白人社会と違って、男尊女卑なんてあり得なかった日本人&ネイティブアメリカン
(注:日本が男尊女卑社会っぽくなったのは、主に江戸幕府が確立し安泰な世になってから。
それも武家社会のみ。)
(注:ネイティブアメリカン部族は、母系制で、土地、家、財産は女性に属するのがほとんど。)



しかし今回の話は、ネイティブアメリカンの雨乞い師ではなく、れっきとした白人のレインメーカーの話です。


チャールズ・ハットフィールド : Charles Mallory Hatfield (July 15, 1875 – January 12, 1958)

Charles_Hatfield_1919_t658-1-3.jpg

生まれは、カンザス州のフォートスコット(Fort Scott)

実家はミシン業を営んでいたのだけれど、後に農業へ転向した。

ところが、チャールズが11歳のとき、干ばつに襲われる。
せっかく耕した田畑は、あっと言う間に干上がり廃業を余儀なくされてしまう。

drought.jpg



アメリカは日本以上に厳しい土地だ。
不毛の砂漠地帯は多いし、大地が広大なだけに水路を確保できないことの方が多い。

頼みの綱は雨のみ!ということが多かったのだ。


最も天侯に左右されがちなのは農業。

ハットフィールド家も例外ではなかった。

彼らは土地を捨てて南カリフォルニアに引っ越した。


チャールズはニューホーム・ソーイングマシーンという会社のセールスマンになり、

1904年カリフォルニア州グレンデール(Glendale)に引っ越した。
 
(*グレンデールは、ウチから車で北へ1時間くらいの距離だ。
たしか白人が多く住む、小ぎれいな地域で、アルメニア系アメリカ人のコミュニティーがあるはず。
チャールズの時代のことは知らないが・・)



ミシンのセールスマンとして働いていたチャールズだったけど、(お父さんもミシン・セールスマンだったんだよね)


彼の頭の中には、いつもこのことばかり。
    ↓
「何としても農家を干ばつから救いたい!
 天侯に左右されない、人工的に雨を降らせる技術と装置が絶対にあるはずだ。」



暇さえみつけては、レインメーキングに関する多数の本や定期刊行物資料を読みふけった。
特にハーバード大学教授、ウィリアム・モリス・デイビス( William Morris Davis)によって書かれた「初等気象学」(Elementary Meteorology)の影響を最も受けたという。



時代は19世紀末、アメリカの深刻な干ばつは、農民から銀行家までの、すべての人に大きな影響を及ぼした。

自分の少年時代、干ばつで家族ともども土地を捨てて逃げてきたの経験もフラッシュバックされてたかもしれない。


何がなんでも雨を降らせなければ!という思いは、強迫観念に近いものであったのかもしれない。



豊富な知識を吸収し、チャールズは雨を作り出すための独自の方法を考案し開発し始めた。

チャールズの弟、ポールや末の弟ジョエルも手伝っていたという記述がある。


牧場の風車の塔の上から雨製造実験をしたり、何度も失敗挫折を繰り返したのち、


1902年、彼は大きな亜鉛メッキの蒸発タンクの中に23の化学物質の混合物を作り入れる、大がかりな装置を作り出す。
これこそが雨を引き寄せる装置になったようだ。


約6メートル程のやぐらを組みたてて、その上から薬品を調合してできる煙を空中散布することによって、雨雲を発生させ雨を降らせるというもの。

last-look-september.jpg
ロサンゼルス・パブリック図書館からの写真


1904年フレッド・バイナリー(Fred Binney)が、チャールズのプロモーターとしてキャンペーンをするようになった。フレッドもまた果樹園の3分の2を干ばつによって全滅させられた経験をしていたのだ。

そのうち、ロサンゼルスの牧場主は新聞で彼の広告を目にすると、

干ばつに頭を痛めていた牧場主たちから次々依頼が入るようになる。
最初は50ドルだったり、100ドルだったり・・
(当時の100ドルは現在の$2800くらい。日本円だと・・310万円くらいかな)


契約はすべて成功報酬だったという。

しかし見事に成功し続けて彼の名前は、どんどん知られていくようになる。

●ロサンゼルスに18インチ(46 cm)の雨を降らせる依頼、
この仕事では、チャールズはルビオ渓谷近くのアルタデナにあるエスペランサ衛生院の敷地内に塔を建設。
見事に成功し約束金、$ 1000の料金を徴収した。




26年間の長きに渡ってこの商売を続け、その生涯で500件を超える雨乞いの依頼を受けた。
その中で失敗に終わったのは2件だったという記録が残っている。



1915年、チャールズが40歳のとき、
サンディエゴ市議会から、モトレナダム貯水池を満たすために雨を降らせて欲しい!と依頼を受ける。


当時のカリフォルニア州は、1200年ぶりの最悪の干ばつに見舞われていたという。(1200年ぶりってすごい!)

農家などでは、地下水源を守るために怪しげな雨乞い祈祷師を呼んでみたり、

ある専門会社では、大気をイオン化することによって降雨を引き起こすことができるんだから、そのための電気塔を建設さえすれば、干ばつは終わるのだ!とか・・・(ん? だからその費用負担をウチにくれってことか?)


drought2.jpg


議会は日々、喧喧諤諤、紛糾しまくったことだろう。


結局、サンディエゴ評議会は、レインメーカー: チャールズ・ハットフィールドを雇うことにしたのだった。
10,000ドルの成功報酬で。




1916年1月1日、チャールズと彼の兄弟、ジョエルは,
街の東60マイルの森の奥深くに入り、モレナ貯水池のそばに20フィートの塔を設置し作業を開始。

チャールズは独自の公式を使って、彼は様々な化学物質を混ぜて大気中に放出した。


4日後、モレナで雨が降ったと報告されている。


雨はどんどん降り続く。


1月14日 サンディエゴ川が溢れ、オールドタウンとミッションバレーが洪水に見舞われる。
道路、鉄道、橋が一掃される。(ある時点では、4フィート(120センチ以上)もの水がブロードウェイを駆け下りていったという記録がある。

1月27日、サウスベイ地域では、スウィートウォーター貯水池の水位はダムを溢れるまで上昇し、50フィート(15メートル以上)の壁を崩壊させ、ボニータ渓谷は、農場、住宅、道路、鉄道、すべてが渦巻き状の泥水に飲まれてた。

*スウィートウォーターダムは観光名所で、1888年に建てられ、それは1915年まで、アメリカで最も高いダムだったそうだ。

こちらがスウィートウォーターダムの1907年頃のポストカード
      ↓
PostcardSanDiegoCASweetwaterDam1907.jpg


もう少し南の方の、ローワーオタイダムにも危険が迫っていた。
水位は徐々にダムの頂上に近づいていき、設計建設者が、激しい嵐に耐えられないかもしれないと警告を出している。


同じく1月27日の午後4時45分、水はダムの頂部に到達し、午後5時5分に決壊



放出された水は峡谷を駆け抜けてダムの頂部から約20フィート下の地点までいっぱいになった。
貯水池が空になるのに24時間もかかったという。

6〜20フィート(6メートルにもなる!)の高さと巨大な壁のようになった水は、パームシティまでの距離を48分で駆け抜けたという。

26dc5517ce798a4da44b24b10bdfa5c5.jpg


1915-otay-dam-otay-valley-flood-san-diego_1_c102306be4500af2e319cb81b3628198.jpg


これによって、サンディエゴ全域が隔離されてしまった。

高速道路と鉄道が流され、電話回線も破壊されてしまったからだ。

唯一の方法は、ヨットクラブドックからボートで行くしかなかったという。

rainmaker1.jpg


1916年の洪水で、いったい何人の命が失われたのかは誰にもわかってない。

20人だったという人もいれば、60人だったという人もいて、もっと数えきれない数だという人までいる。


しかし犠牲者の多くは谷に住んでいた日本人農民たちだったといわれている。

被災後、何人かの日本人が小さなボートに乗り、必死で家族の名を呼びながら探し回っていたのが目撃されている。

現在、マウント・ホープ墓地には日本人の洪水被害者の記念碑があるそうだ。
     ↓
JapaneseMemorial1-300x200.jpg


flood3b.jpg



当然のように・・・これだけの大被害を出してしまえば責任問題が問われることになる。

責任は誰に?


これまた当然のように・・市議会はチャールズに責任を押し付けることになる。

まず、350万ドル相当の請求を突き付けたそうだ。

おいおい! ちょっと待ってよ!


雨を降らせって依頼したけど、今度は雨が降り過ぎちゃって大被害が出たから、全部オマエのせいだ!ってこと?


そもそもチャールズは、雨を降らせるための研究をしてきたけれど、
雨を止ませる方法は研究していない。

もっと正確にチャールズの言葉を借りるならば
”I do not make rain. That would be an absurd claim. I simply attract clouds, and they do the rest.”
Charles Hatfield



私が雨を降らせるんじゃなく、雨雲を呼ぶだけだ。 雨を降らせるのは雨雲なのだ。


2月4日、チャールズは記者団に「被害が出たのは市が十分な予防策を講じてなかった責任があるはずだ。」と述べている。


ところが、市議会はチャールズが全損害賠償責任を引き受けない限り、契約金を支払うことを拒否。

ん? 350万ドルを払えば、最初の雨を降らすって契約の1万ドルは支払ってやるぞ!ってことらしい。



新聞雑誌で「素晴らしきレインメーカー」ともてはやされた男は、「サンディエゴを大洪水にした張本人」と言われるようになる。


彼を貶めようとする者、また擁護しようとする者との会話。

「この男はコンアーティスト(ペテン師野郎)だ。」

「いいえ、違います。彼は実際に過去に何度も成功していますよ。」

「私も彼は人柄も大変良い人だと思います。 巷によくいるような口先だけのセールスマンのようにはまったく見えません。
また、そんなふうな噂だって聞いたこともありませんよ。」


実際、彼はミシンのセールスマンではあったが、典型的なセールスマンタイプ(つまり、口先が滑らかで上手に買わせるように仕向けてしまうような)ではなかったという。
敬虔なクエーカー家に生まれ、いつも礼儀正しく、自尊心を持つ態度だったという。
淡く澄んだブルーアイを持ち、白い肌を持つ細身の男だった。

    ↓
CharlesHatfield_1050x700.jpg


「そうゆう洗練された男こそ、本当に気をつけなきゃいけないんですよ。」

「いいえ、彼のバックには、れっきとしたサイエンスがあるのかもしれませんよ。」




市職員側は、雨だけでなく、その結果生じた損害の補償までも求めるような訴訟をどんどん起こしていく。
それがあまりにも殺到していったため、

本来の約束だった、成功報酬の1万ドルでさえ、支払わない方向に持っていったという。


チャールズ・ハットフィールドが雨を降らしたのは自分がやったことであり、決して神の行為ではないという証明をせよ!
その証明が提出できなければ、支払いを拒否する。



なんだそりゃ!


裁判は1938年まで続き、

当時の陪審員によって、「彼は科学的に雨を降らせたのではなく偶発的におきた自然災害」として判断し無罪の判決を下した。


つまり、科学的考証によりもたらされた産物ではない、
ただのペテン師野郎だった!
という判決が下されたことになる。


公の見解では、
チャールズ・ハットフィールドは気象学の知識を使って、前線がどこにあるかを予測し、あらかじめその場所に行って自分が雨を降らせたかのようにしただけに過ぎない


ということにされた。



ん? でも・・果たしてそんなことが出来るものだろうか?

いくら気象学に通じていたとしても100年前の気象学のわけだし~。(昔の天気予報なんてハズレも多かったと思うのだが)

それに、クライアントの依頼を受けて始めてその場所に行くわけだし・・
生涯で500百件を超える雨乞いの依頼を受けたうち2件を除いては成功したという事実から考えても・・

もし、本当にそんなことができたとしたら、

高い雨の確率にピンポイントで選択できる、恐るべきスキルとタイミングの感覚を持っていたってことになるんだろうか?
それとも、サイキックかい?(笑)



謎の部分はいくつもある。


裁判のとき、彼の研究結果を表す、化学式の提示は求められなかったんだろうか?
それとも、彼が拒否したのだろうか?

sdut-charles-hatfield-1916-rainfall-el-nino-san-diego-2015nov21-copy.jpg


チャールズとジョエルは、自分たちが行ったレインメーキングのあと、サンディエゴまでの60マイル(97キロくらいあるんだけど・・)を歩いたという。

濁流となった川、渓谷は完全に浸水し、橋は消え、鉄道は破壊され、家は流されていた。
死んだ動物達は泥水の中で放り投げられていたという。

それを目の当たりにした胸中を想像すると、真っ暗な思いがする。。。


その後も、チャールズの名声は消えたわけではなく、多くのレインメーキングの依頼も受けたそうだが、

すぐにやってきた大恐慌で、彼はミシンのセールスマンに戻っていったという。

Charles-Hatfield-Rainmaker-History-i519079666.jpg

彼は静かに余生を送り、
1958年1月12日、83歳で生涯を終えた。

カリフォルニア州グレンデールのフォレストローン記念公園墓地に埋葬され、彼の化学式も一緒に埋められたという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼の死後いまだに、

●チャールズ・ハットフィールドは本物レインメーカーだったか、ペテン師だったのか?

●彼の調合したものはなんだったのだろう? 化学式はなんだったのだろう?



と謎が謎を呼び、ずっと囁かれ続けている。


有力な説のひとつとして言われているのは、

「雨粒の形に近いヨウ化銀を気化させた煙を大気中に散布したのではないか」という説。
これは20世紀後半から人工降雨の技術の一つとして実際に稼動させているものであり、実用化されているレベルとなっているらしい。

しかし、いずれも航空機などを使用して高所で行なわなければならないものなので、チャールズがやったように地上からできるものとは思えない・・というのが一般的見解。



結局、なにもかも不明・謎のまま。


もっとも、現在の軍上層部だったら、地震・気象兵器「HAARP」だって持ってるくらいだし~解明されちゃってるのかもしれないけど(笑)


ただ・・・現実に存在した事実は、

干ばつを回避するために、人生のほとんどを人工雨を降らすことに命をかけてきた男と、

それを信じて庇護する人とペテン師扱いした人がいて、

大災害が起きれば、誰かに責任を取らせよう必死な人たちがいたこと



それだけは確かなことだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レインメーカーの話は、のちに映画にもなった(笑)

私の父親あたりが見てそうな映画だけど・・
     ↓
220px-The_rainmaker_film_poster.jpg


これは、私の時代の映画だ。
    ↓
41WDNDEAREL.jpg

これは「雨乞い」じゃなくって、「弁護士」の映画だったけどね~。

このレインメーカーとは、「雨のごとく金を降らせてくれる一流の弁護士」って意味の現代におけるスラング。

一流といっても、必ずしもいい意味だけで使われるわけじゃないけどね~(笑)


1384989191-1-11.jpeg



まったくの余談なんだけど・・

チャールズ・ハットフィールドは、「大砲を撃ったあと雨が降る」言葉から、多くのヒントを得たという話が伝わっている。

「大砲を撃ったあと雨が降る」というのは、どうやら南北戦争の頃から、言い伝えられるようになったらしいのだ。


実体験してきた軍人さんたちから言い伝えられてきたらしい。

こちらの、南北戦争体験者からのサイトに載っていたのだ。
     ↓
Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk


チャールズよりも以前にも、それを証明しようとした気象学者たちもいたようで・・

1841年ジェームズ・ポラード・エスピイ(James Pollard Espy)という当時の一流の気象学者の著書『The Philosophy of Storms』の中で、
「湿った気流をより冷たい大気の層の中に移動させることによって、結露が起こり、人工的に雨が降る可能性がある」と主張している。

それが大砲やら機関銃やらの一斉攻撃が引き金になるってことらしいのだ。


その後、1890年にも大規模な実験まで行われたという。



だとしたら~その後も何度も大きな戦争が起こってるわけで、

ヒロシマ・ナガサキの原爆だって(あ? そういえば、原爆が落とされた後も黒い雨が降ったんだったっけ?)

近年では、中東に向けてのピンポイントミサイル攻撃だって数えきれないだろう。

石油コンビナートだとか、タンカーの大爆発だって起こってるわけだし・・


気象状況を変えてしまったのは、人間かもしれない!



参考
It's Raining Man! - San Diego History Center | San Diego, CA |

When Rain Comes: Charles Hatfield’s Secret Formulas

Cannon fire and rain? | American Civil War Forums - Civil War Talk

Charles Hatfield: Rainmaker or Con Man?

The Great Flood of 1916

Firing a cannon to make it rain: madness or meterology?

The Rainmaker, Charles Hatfield, and the Flood of 1916

龍と人間力

まっ昼間のはずなのに、外は夜?
窓際に行ってみたら、何本もの稲妻が光っていた。

こちらはヨハネスブルグの雷の写真、実際の写真は撮れなかったのでイメージ写真
Bs-75o7IgAAjlzZ.png


美しい! でも、ぞっとする光景。

そのうち、叩きつけるような雨の音。

JT_Hail1-1140x641.jpg

あれ~!雨だと思ったら・・なんと、雹が降っている。


ありきたりの「日常」が、あっと言う間に非日常な世界に変わってしまったカンジ。



雷の落雷時の電圧は、100万ボルトから、最高で10億ボルトにもなるそうだ。

ん? 家庭の電気が100ボルト程度ってことを考えると、こりゃ途方もないパワーだ。

illustrain10-jiko03.png

こ、怖っ!
あっと言う間に真っ黒けの炭になっちゃう!!



でも、その一方で雷は恵みの雨も運んできてくれる。



すっごく当ったり前のことだけど・・・・

すべての生物は水無しでは生きられないんだよね~。


190490-131-B38BAB22.jpg


太古の昔、人々は日照りの中で、どんなにか雨を願ったことだろう。

「雨乞い」 は、世界各地に存在していた。

そりゃそうだ! 
死活問題だったのだから。


天に祈り、雨を司る精霊に祈り・・と、さぞや皆で祈りまくったことだろう。

たぶん、大昔だったら「祈る」しかなかっただろうから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本では水(雨)や雷を司る精霊は、とされていた。

古事記によれば、その神様は淤加美神(おかみのかみ)

日本書紀によれば、龗神(おかみのかみ)


とされていたらしい。


これは、神様系図にも載っていて、
なんでも、イザナギ迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を斬り殺した際にしたたり落ちた血から生まれたんだとか)
迦具土神(ひのかぐつちのかみ)というのは、火の神様。
火から水の神様が生まれたってことらしい。




でも・・

古事記や日本書紀というのは、奈良時代頃になって、各地の民間信仰や自然信仰を集めて編集し朝廷に献上したものだから、
ひょっとしたら・・無理やり系統立てて、神様の出自まで作り上げちゃったりしてるかも・・とも考えられるね。


なので、神様の出自がどうとかより、

太古の人々は雨を司る自然霊に必死で雨乞いしたってことが、すべてのはじまりなのだと思う。


それが


Reggio_calabria_museo_nazionale_mosaico_da_kaulon.jpg
古代ギリシャのモザイク画より

面白いことに、竜(龍)は世界中にいるんだけど・・

290px-Dragon_Harley_MS_3244.png
https://en.wikipedia.org/wiki/Dragon


もちろん、実在していない。

神話や伝説に登場するだけの架空の生きもの。


それでも、世界中にいる・・ってのは面白い。

800px-Ninedragonwallpic1.jpg
北京の壁画になっている竜


こちらは、北斎画の日本の龍
    ↓
800px-Hokusai_Dragon.jpg


いずれも共通点は・・

気性が激しくて、地にも潜り空も飛び、でっかい爬虫類っぽい生き物。
強くて、どっちかというと荒々しいイメージ。


100万ボルトの雷、雨・風の天候まで司るとしたら、そりゃあ~最強の生物だわ~!

古代中国では皇帝の象徴にもしてたとか
(古代中国の皇帝は強いが一番!って思ってたんだろうね。中国王朝っていずれも短命だったし~。 ただし日本では皇室のシンボルとしては一度も使われたことがない・・ってのが、これまた興味深いとこ)




ここで、もうひとつ興味深い点、

古代の人々は、龍を、ちゃーんと感じていた。(体感認識してイメージ化したのかもしれない)

自然に宿るエネルギー体を、自然霊(精霊)として感じていた。



日本のレイラインをご存じだろうか?

パワースポットとパワースポットを繋ぐ神秘の直線ともいわれているヤツのこと。
      ↓
o0800038013622536799.png
http://blog.livedoor.jp/tamakina/archives/47362660.html


茨城の鹿島神宮から、明治神宮、富士山、伊勢神宮、ソロモン王の財宝伝説がある徳島の剣山(つるぎさん)に、宮崎の高千穂神社へと直線で並んでいるのがレイライン。


ところが、このレイラインは、中央構造線ともかなりの部分が重なっている。
中央構造線とは、火山活動と地震と深い関係があるといわれてる最長の断層帯のこと。

20140917vik2.jpg

中央構造線は、富士山のあたりを避けるような形になっているけど、それ以外は、レイラインとかなり重なっているのがわかる。


この中央構造線の南側は、1億年くらい前にイザナギプレートに乗って南からやってきた土地だったという。

それが北側、中国大陸側の土地とぶつかってくっついて、そのつなぎ目が中央構造線になったともいわれている。

そして、その断層帯こそが、いまなお地震や火山活動を生む動脈でもある。


地下に莫大なエネルギーを蓄えた動脈。
これを、別名、龍脈とも呼ぶ。


こちらの記事によると、中央構造線付近にある神社は、実に龍(竜)のつく神社が多い。 まさに龍の道なんだね~。
    ↓
縄文族ネットワーク [太陽の道]コミュの龍の道 ~中央構造線とフォッサマグナ、


そのライン上に、パワースポットと呼ばれるような神社があるということは・・
おそらく古代人は龍脈がどこにあるのか知っていたということだろう。


現代人と違って、松果体も発達していて第六感も優れていてスピリチュアル能力がバリバリだったのか・・

または、なんらかの経験則から知ったのかはわからないけど・・。(ん~、両方だったのかもしれないね。)


今でこそ、プレートテクニクスなんて研究もされているけど、彼らはと~っくの昔~に、それを知ってたということだ!



なぜ、龍脈の上に多くの神社が建てられたのか?

それはもちろん、荒っぽい龍のパワーを調整するためだったと思うのだ。


暴れまわって噴火したり地震を起こさないように、そして水の恩恵を与えて頂けるようにと(←美味しいとこ取り、いいとこ取り)

そのために、祭祀の場をライン上に作る必要があったのだろう。


そう考えると、古代日本は、卑弥呼に代表されるようなシャーマンの国だったに違いない。


img_20_m.jpg


彼らは龍というエネルギー体を感知していたのだから@@


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、日本書紀によれば、龍は龗神(おかみのかみ)

この神様=龍の化身なのか、

この神様の眷属(お使い)が龍なのか・・

そこのところは諸説あるみたいだけど・・

この、おかみといういう漢字は、雨編に口3つに龍

okaminokami.png


まさに、そのまんま(笑)
ここまで龍かよ~!



さらに、2種類の龗(おかみ)があるという。

高龗神(たかおかみのかみ)・・山の上の方、尾根 
祀ってある神社・・・貴船神社(京都)など

闇龗神(くらおかみのかみ)・・渓谷、深谷など日の光が届かないような山の谷間
祀ってある神社・・・丹生川上神社下社(奈良)など

**だからといって、別々の二柱の神様がいるということではなく、一柱の龗神の陰陽の姿だという説もあり。


いかにも山に囲まれた日本らしい!

山と湧き水
Spring waterの国だ。

spring-water.jpg


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このようにして、古代人はせっせと祭祀の場を作り、龗神、龍神を祀ったわけだけど・・

でも、歴史を見ていくと、どうやら、ただ祈ってただけでもないらしい!


自然(龍)を相手に、しっかりと人間力も発揮してるのだ!



まず、821年、空海さんが土木工事を行っている。
洪水ばっかり起こしていた満濃池(まんのういけ)に強固な堤防を築いた。

*空海さんを、ただのお坊さんと思ったら大間違い!この人、治水、土木、建築学もしっかりモノにしてるのだ。


その後、戦国時代に入る頃には、さまざまな武将たちがせっせと治水工事を行っている。

有名どころでは、

●伊達政宗さんは、北上川の水害防止の工事、水路整備、運河も手掛けたし

●武田信玄さんも、暴れ川を収め新田開発の偉業があるし、

●加藤清正さんもまた、築城、治水工事の手腕を発揮し、火山灰の土地の農地に変えたりして、土木の神様と呼ばれたとか。

もちろん天下統一した●徳川家康さんも、忘れちゃいけない!

利根川を渡良瀬川へと合流させる大規模な河川工事をして、湿地帯でどーしょーもなかった江戸を立派な街に作り替えた人だ。



さすがに有名になった武将さんたちをみると、ただ戦に強いだけじゃないっつーのが、よーーーくわかる。

「水を収めるものは天下を収める」という言葉もあったけど・・中国の春秋時代に誰かが言った言葉だったと思う。
まずは百姓町人が豊かでなきゃ年貢も入ってことないし、戦も出来ん!
何事もカネがかかる(笑)



これ、国造りの常識だもんね~。
  ↓

水害・干ばつなどの自然災害は、経済発展と社会秩序の安定にとっては致命的。
これを克服して始めて、国民生活の安定、天下泰平・国家繁栄をもたらす事が出来る。





スピ系・シャーマン国日本でありながら、

古代人たちは、結構、現実的な行動も起こしているのだ。


自然の驚異に畏怖して祈りを捧げるだけじゃなくって、

知恵を絞って技術の粋を集めて行動を起こす。

この2本立てがいいのかもね!



「おいおい!自然の驚異には、しょせん人なんて叶うわけがないでしょうが! 人は龍神には勝てるわけがない。
いくら小賢しい知恵を絞って10メートルの防波堤を築いたって、20メートルの波が来ちゃったら終わりでしょうーが。」


ごもっとも!たしかに その通りですね!

でも、

だからといって、何もしないで祈っていればいいということじゃないと思う。


ん? じゃあ、そもそも「祈り」って何のため?

51r-zj9bFHL.jpg
人は何のために「祈る」のか 単行本 – Amazon

この本の帯には、このように書かれてましたが(別に本の宣伝じゃありませんよ~)
   ↓

祈りはとてつもない力を秘めている
それは我々の潜在的可能性を目覚めさせる行為なのだ
祈りと遺伝子という壮大なテーマに世界的科学者と第一線の宗教学者が挑んだ




内容をポイントだけ要約すると、

★人間にとって祈りとは、潜在的可能性を目覚めさせる行為。

★人間が生きていくのに必要な生命の根源すなわち生命エネルギーの源とつながるために人は祈る。

★祈りはブレない生き方を実現させる。

★そのような祈りをするためには直感知が関係する。




どうせ人なんて龍神様の前では無力、災難が降りかかりませんように~と、祈るだけ!

つーのと比べて、ものすごくポジティブじゃあ、ありませんか(笑)

「潜在的可能性を目覚めさせる行為」なんですから。


ということは・・

「祈ること」 と 「行動すること」は、一連の流れなんだと思います。

日照りで水が欲しいよ~、 または、洪水を起こさないでよ~と祈ること

と同時に、

貯水池を作ったり、川の流れを変えたり防波堤を築いたりと、行動を起こす。

行動を起こすこともまた、祈りの一環なのかもしれませんね。

やっぱ、2本立てだあ!



この2本立てで行く限り、絶対、20メートルの波は来ない気がする!!


人々の2本立て波動(念)が、20メートルの波であっても、ちっこい波に変えちゃうことができるんじゃないだろうか?

荒ぶる龍でさえ、

Big-dragon-little-knight.jpg


こーんな小さなかわいい龍に変えちゃう。
     ↓
cutedragon.jpg

龍と人はお友達になっちゃう~♪


人々の一途な念が集まれば、こーんなことだって可能なんじゃないだろうか?

一人よりも大勢の方がパワーアップするのは何事も同じ!


ただし、これには・・
「皆で真摯」にに祈ること、「皆で真摯」に知恵と技術を出し合うこと・・という条件付き。


「俺はね、正直言って・・他人はどーでもいいんよ。自分と自分の持ち物さえ守れれば。」

「堤防を築く?そんなん、専門家に任せとけばいいんじゃね? ただし、俺関係ないから、迷惑かからんようにやっとくれ。」

「俺、カネを出すのは嫌だよ! 儲け話には乗るけど!」



こうゆう思いが混じれば、「皆で真摯に」とは言えなくなってしまう。



だからといって、別にここで精神論とか道徳観の話をしてるわけではなくって、あくまでも人のエネルギー(波動)の話。

皆の団結力で、巨大な潜在的能力開花して「人間エネルギー」炸裂で、

10万ボルドの龍をなだめられたかもしれないのに~。



なーんとなく、最近は、こうゆう世の中になっちゃってる傾向、強いのかも。

ゲリラ豪雨に異常気象、自然災害だらけが現代ならば、

それは、人の持つバラバラで荒々しい波動が、自然にも影響してしまってるのかもしれない。

龍よりも、人の方が荒々しい波動を持ってるんとちゃう?


龍は、自然災害をもたらす反面、ミネラルたっぷりの湧き水、薬効効果のある温泉、肥沃な大地ももたらしてくれていた。

上手に付き合うことなのだ。

祈りと行動力を持って!

それが本来の人間力だと思うのだが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この間、日本人のIQが世界一って話をしたけど・・・日本人って、やっぱり賢い民族だったんだな~と思う。(←過去形かよ。)


龍脈を感知するスピリチュアルパワーも持ってたし、

優れた土木・治水工事の知識と技術もあったんだから。

(戦国時代に、計算通りに川の流れを変えられたなんてことは、すごい事だと思う。)



たぶん、論理的知性直感的知性に優れていたんだと思う。(←過去形にするなって!)

論理的知性しかなけりゃ、頭でひっかかる。
直感的知性を伴って、心の奥にストンと落ちる。 ⇒ ブレなくなる!

これもやっぱ、2本立てだね~(笑)



参考
高龗神(たかおかみのかみ)

水を司る神「おかみのかみ」と龍


淤加美神

「りあじゅう」から英語の思い出話あれこれ

りあじゅうってどうゆう意味ですか?」と、オフィスでインターンシップで働いている大学生に聞かれた。

彼は日本で生まれて幼い頃にアメリカに来たというバイリンガル青年だ。

「は? それって、何語?」

「日本語だと思います。 日本から来た会社員が話してましたから。
おまえは、りあじゅうだからいいよなって、話してるのを耳にしたんです。」

「え? そんな日本語あるの~? それって最近できたスラング?」

「僕に聞かないでくださいよ! 僕が質問してるんですから!」

あ、そうだった。 


じゃ、インターネットで調べてみよう!と二人でパソコン画面をのぞき込む。

リア充(リアじゅう)
リアルの生活が充実している人物を指す2ちゃんねる発祥のインターネットスラング。
近年では、恋人・配偶者の有無で定義付けられる傾向にある。




「ほおお。 一種のアブレビエーションなんだ!」

「でも、リアルって英語と、充実って日本語をくっつけたアブレビエーションってのが面白いですねえ。」

と、二人でヘンなところに感心する。


「ねえねえ、じゃあ、JKってなんのことか知ってる?」・・と、私

「冗談!って意味ですよ@ Just kiddingだから。」

「ブーーー。 それは英語のJKでしょうーが!
日本語だったら、女子高生って意味でーす! JOSHIKOUSEIからとったJKだよん。」

「へええ。 それは、アルファベット表記の日本語を短縮したんだ~。 日本語って奥深いなあ。」

奥深いつーか、なんでもアリつーか・・よくわからんが。

「じゃ、しゅうかつ、こんかつってなんだかわかる?」

「それは知ってます。
就職活動、結婚活動のアブレビエーションです。 部活っていうのもありましたね。 みんなでクラブ活動することだったと思います。」

「はい。正解!」



「でも、ちょっと不思議なカンジしない?
就職とか結婚というのは、プライベートのことだよね?
なんだって、わざわざ活動って言葉を使って、アクティビティーみたいな・・社会性を持たせるような言葉になってるんだろ?」


「そうですね~。  仕事探しとかお嫁さん探しというニュアンスとは、ちょっと違うのかもしれませんね。
英語の感覚とはどこか違うカンジですね。」


英語の場合、
ジョブ・ハンティング、ワイフ・ハンティング、ガール・ハンティングともいうけど・・それだと、かなり、がっついてるみたいなカンジだから・・
一般的には、He's looking for his future partner. てそのまま言うことが多いかな。




「自分の夢や目的に向かって行動を起こすことは当然なことですよね~。 なんで、わざわざ、活動って言うんだろうか?」

「うーーん、わからん。

そんなことを言えば、リア充ってのも不思議な言葉だよ。
わざわざ、現実が充実してるって、おかしくね? 
現実に生きてるのに・・。
それとも、最近は充実感が無い人の方が多いんで、そんな言葉が出来たんかな?」


「まあ、とにかく・・リア充ってのは、be fulfilled (満足してる、充実してる)って意味だと思っとけばいいんじゃないですかね?」



遠く日本から離れてしまってる私たちにとっては、ちょっと不思議な気がする言葉だ。


そもそも言葉というものは、その時代のその場所で生きている人々の考え方や感じ方から生まれてくるものなのだ。

つまりは・・これはみんな、現代の日本に生きる日本人の考え方、感じ方なのだろう。


就活、婚活、リア充もまた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今度、日本でも英語教育を小学校から始めるようになるそうよ。」と、母から聞いた。

へええ、そうなんだ~。



10immigration.jpg


私が初めて渡米して、NYでESLクラス(English as a Second Languageの略で、英語を第2外国語とする人たちのためのスクール)に入ったときのこと、

ヨーロッパやロシア、中近東から来ている人たちが多かったんだけど、
クラスメイトたちに、「あなたは、何ヵ国語を話すの?」と真っ先に聞かれた。

ここでは、数か国語を話す人たちは珍しくない。

「僕は、母国語のほかにドイツ語とノルウェー語なんだ。」
「私は英語とイタリア語とフランス語、ママがフランス人だから。」
「私はマリ出身でフランス語とスペイン語少々」


とかなんとか、

みんな国際人やな~と感心してしまった。

きっとヨーロッパからの移民が多かったせいかもしれない。


あるとき、ESLクラスで、ルーマニア人とキューバー人の男性が話しているのを聞いていた。

「うちの国は最悪だったよ。 ちょっとでも政治の話をしただけで投獄されたもんだし。」

「いやいや、うちの国も同じだよ。」


ちょっとまった! と、今度はそこに、シンガポール人が加わって・・

「うちの国はね、民主国家と思われてるかもしれないけど、自由の発言なんて出来ない恐怖政治だったんだ。」と。


ほお~ と私は感心するばかり。

世界の事情にも。
みなさんの英会話力にも。



ESLクラスというのは、移民、亡命者の集まりなんだけど、教養も高く優秀な人たちが多かったらしい。


英語だって、みなさん、かなりなお国訛りの英語ではあったけど、こんな会話が出来るくらいのレベルだったんだから。

すごいよなあ~、と私は感心しっぱなしだった。

私に世界に目を向けさせてくれたのは、このESLクラスのおかげだよな~、と今でも感謝してるくらい。



あ、だけど・・これは東海岸のESLクラスの話。

ロサンゼルスのESLスクールは、ぜ~んぜん違うらしい。(私はLAでは行った事がないので人から聞いた話)


「は? ESLなんて行ったところで英語の勉強になんてならないよ。
90パーセント以上がメキシカンだし、無教養で字も書けない人だっているんだから。
義務教育で中学高校と英語を勉強してきた日本人のレベルじゃないんだよ!

僕は19の時、こっちに来てESLに通ったけど、英語は、まず数の数え方だったし、1~10までのね。
僕がESLで得たものといえば、メキシカン仲間から教わったスペイン語日常会話だったよ。」



だ、そうです。。。



日本人の英語レベルは、たしかに優秀なのかもしれない。

事実、私もESLでは、ペーパーテストをするといつも好成績だったし、

「日本人は文法が得意だね。 日本人て頭がいいんだよね~」と、みんなに褒められたんだけど・・

でも、みなさんのように、
日本の政治経済も、国際情勢も話すことも出来なかったし、彼らの会話にも加われなった。

これで優秀?


ネイティブ並みの美しい発音にしなきゃいけないとか、文法からしっかり学んで、ボキャブラリーを増やしてって
日本では言われてきたけど、

結局、会話に加われなきゃ、な~んにもならんよなあ。

別に、ズーズー弁だろうが、河内弁だろうが、博多弁だろうが・・多少のお国訛りがあっても通じればいいんじゃね?
と、思うようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時の私は国際結婚をしていて、アメリカ人の夫がいたのだが、

「なんで、そんな難しい言葉をいっぱい知ってんだ?
アメリカ人だって、知らないヤツが多いぞ! 」
 と驚かれたことがある。

難しい言葉ってのは、こうゆうヤツね。
   ↓
sophisticated(洗練された)、deteriorate(悪くなる)、apprehensive(懸念した)、comprehensive(包括的な)
(TOEICやTOEFLではお馴染みの単語だったんだけどなあ。)


「で、なんで、アホでも知ってる日常語を知らないんだ?」 とも言われた。。。

shingle(屋根を葺くのに使われてるもの)を、
roofing-shingles.png
私は独身者のシングルと思ったし・・


pilot(ガスの種火)を、
pilot light
飛行機のパイロットか、海賊のことかと思ったし・・(←パイレーツにも聞こえたもんで・・) 

magazine(銃の弾倉部分)を、
235202_ts.jpg
雑誌かと思ったし・・

centipede(ムカデ)
house-centipede-shutterstock_273463868-1.jpg
ん? さっぱり意味がわからなくて・・何がセンチになってるんだ?と思った。


こんな調子だった。。。


私って、いったい?


日常生活の単語だって知らないものばっかだったし、

かといって、ELSの生徒たちのような国際情勢や文化の話すら出来ない私って。


sophisticated、 deteriorate、apprehensive、comprehensive・・なーんて、TOEIC単語なんて糞だ!と思ったね(笑)

いやいや、それは言い過ぎだ! もちろん知ってるに越したことはないんだけど・・



こうゆう難しい言葉は、日常的な会話の中に、ちょっとだけ含めて使うのが、さりげな~い教養になって見えるらしい。


実際、教養あるアメリカ人の会話を聞いてると

日常会話とスラングも使いながら(あまりお下品なスラングはダメだけど)、その中にちょっとだけ、たまに、難しい言葉も入れて使っっている、ということに気がついた。

基本、会話はフレンドリーなものなのだ。
誰にでもわかりやすい会話をしなければならない。


難しい言葉ばかりを使うのは、逆に、会話が出来ないアホとみられるらしい。

私は、はじめて、そういったことに気がついた。


fc2blog_20190413122459e63.jpg


これは、以前知人から聞いた話だけど・・

彼はアメリカで国際会議があるというので、アシスタントに若い女性を同伴して渡米したそうだ。

彼女は大学出たてで、しかも、TOEICテストでは満点に近い成績を収めているというので、こりゃ、彼女に助けてもらえる~♪
と思ってたらしい。


が、会議が始まると彼女は下を向いたままで・・なーんの手助けもしてくれなかったそうだ。

「まったく~、僕の方がぜーんぜんマシだったよ。
結局、一人で全部しゃべっちゃったもん。

あとで、緊張してしゃべれなかったの?って聞いたら、みんなが話してる意味がよくわからなかったし、
どうやってしゃべったらいいのかわからなかった・・んだって~。
TOEICの点数なんて関係ないんだね~。 やれやれ。」



これは、よーくわかる気がする。

別にTOEICテストが悪いわけじゃないし、彼女が悪いわけでもないと思う。

たぶん、日本はそうゆう英語教育で、そうゆうお勉強をしてきちゃったからだと思う。

私もそうだったし~。



だって、TOEICやTOEFLは、まず点数を上げることだけが目的なんだもん。

それ以外のことは、まったくといっていいほどやらない。 教えない。 時間の無駄だと思ってるらしい。

英語の感覚を学ぶことや、英語の創造力アップもないし、会話や文章の組み立て方も無視。

ただただ暗記するのみ。 少しでも早く無駄なく解答するコツだけを学んでたもん。


問題集や参考書も、昔からいーーぱいあるんだよね~。
toeic_mock_exam-e1412942471956.jpg



でもね~、
私は、NYのESLクラスで、TOEIC&TOFLEクラスも取っていたんだけど

まーーたく教え方が違うのだよ~。
日本でムダ!と思ってるようなことを、せっせと教えたりするわけ。



たとえば・・


Nobody had nothing to eat.
「食べるものが無いという人はいないのだ!」
・・という文があって、


先生: 「この文は二重否定してるよね。 二重否定することでどんな効果があると思う?」

生徒A: 「あえて婉曲的な雰囲気を出すためかな?」

生徒B: 「いや、二重否定によって、より印象つけられてインパクトを持たせることが出来るんじゃない?」

生徒C: 「それはどうかな~、場合によっては歯切れの悪い、どっちつかずにも取られるよ。」

生徒D: 「そりゃ、作り方が悪いんだよ。 僕だったら、こんなふうな二重否定文にするけど・・」

と・・延々とディスカッションが続く、続く・・

で、その日の授業は「二重否定」というテーマだけで終わっちまうのだ。




こ、こんなんが、TOEICクラスかよ!
・・・唖然・・・

それでいて日本で受けたTOEICクラスよりも、はるかに楽しい授業だった~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の英語の授業って、なんだったんだろう?

コスパが良いとか悪いとかって・・最近はよく言われてるみたいだけど、


まさに、コスパのみを追求した授業って気がしてしまうのだ。

それも、日本という中だけで限定された、小さな世界のコスパでしかない。


それじゃあ、いくらテストの点がよくても、効果的な会話や文章が出来るようになるとも思えないし、

世界にも通用しないはずだよね~。




ひょっとして・・日本人ってバカ?

いーえ、違うようですよ!


2019年度版、主要国のIQと世界順位というのが、あるのだけど・・

まあ、これをちょっと見てください。

1位 日本 (107)
2位 台湾 (106)
3位 シンガポール (106)
4位 香港 (105)
5位 中国 (104)
6位 韓国 (102)
7位 ベラルーシ (102)
8位 フィンランド (101)
9位 リヒテンシュタイン (101)
10位 ドイツ (101)
...........
18位 オーストラリア (99)
..........
20位 イギリス (99)
..........
27位 アメリカ合衆国 (97)
.........
44位 イスラエル (92)
..........
56位 タイ (89)
............
80位 ブラジル (83)



日本はIQ平均107点で堂々の1位なんですよ!! 


もちろん、IQテストだけで頭がいいか悪いかなんて判断が出来るとは思ってはいないけど、
それでも、世界で1位ということは、それなりの重みはあるわけで・・

優秀な民族といっても過言ではないと思う。


全部の国をご覧になりたい方はこちらを(In Deepさんのところから拝借しました)
    ↓
https://indeep.jp/wp-content/uploads/2019/04/2019-04-10_10-02-25.jpg




賢いはずの日本人!

なのに、なのに・・

なんで~?


ずーーと、昔の日本人を思い出してみる。
昔って、明治~大正時代の話だけど・・

当時の官僚の方々や軍人さんは、元武士だった人たちがほとんどだろうし、

幼少の頃から四書五経だとか孫子だとか・・漢字だらけの書物を読んで学んでて、しかも達筆で難し~漢字がいっぱい書けて


その上、海外留学のために、フランス語、ドイツ語、スペイン語、英語、ロシア語なんて学んだんだもんね~。
しかも、列強に負けずに交渉することが目的の語学だったわけで、

その上、海外視察で、化学、金融、鉄鋼、ありとあらゆる知識を学んできたという。

なーんてことを、私は「坂の上の雲」から知ったんだけどね(笑)
sakanoue.jpg

このときも、日本人てなーんて頭がいいんだろう!

抜群の吸収力だ~!

と思ったものだ。


私たちは、こういった人たちの血を脈々と受け継いでるはず。

なのに・・・いったい、どうしちゃったんだろう?


英語を学ぶということ1つをとっても、

テストにパスすることのみが目的。
テストの要領をつかんで丸暗記。



これ、SEIYUのスローガンなんですって。
    ↓
4d8ed07105069f7990470c9309bb03be.jpg
http://cotori-sha.com/works/graphic/576

このポスターをみたとき、これが今の日本なんだよな~って思ったものだ(笑)
ポスターにも、忙しいからコスパが大事みたいなことが書かれてるし~。



小さい頃から語学を学ばせる・・これは良いことかもしれない。
小さい頃からネイティブに学べば、そりゃ発音も良くなるだろう。

けど、方向性が間違えば、

結局、私の時代が学んだものと似たものになってしまう。

今度こそ「良い英語教育」であって欲しいなあと思うのみだ。

しっかりと自分の考えや意見を、世界に向けて伝えられる子供になって欲しいと思う。

そもそも、日本では英語だけにこだわり過ぎてるような・・
世界の言語なんていーーぱいあるのにね~、とも思ってしまう。。


心の病を患う人とムンク

昨今は精神を病む人が年々増えていくようだ。


こちらは、うつ病の薬の売れ行きを表したグラフだが、

1999年くらいまではほとんど横這い状態だったのに、2000年あたりから、ぐーーんと伸びていくのがよくわかる。
   ↓
ssri.png
https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1409/29/news027_3.html

さて、2000年あたりを境にして何が変化したのか? 何が精神疾患の原因となって増えていったのか?

といった問題は置いておいて・・

とにかく精神疾患は増え続けている。


一人暮らしで不安や孤独を感じる老人ばかりでなく、
若い人々も孤独や不安を抱えて、それがストレスになっていく人だって多い。


孤独というと、一人ぼっちで恋人も友達もいない人たち、とイメージする人もいるけど、それは違うはず。
二人でいても家族でいても孤独な人は孤独。

不安というのも、明確な対象がなくても「漠然とした不安」というのもある。

そういったものがずっと消えないままでいると、ストレスとなり、心も体も蝕ばんでいくことになる。



少し前に面白い記事を読んだ。
     ↓
The dark side of creativity: Depression + anxiety x madness = genius?

これはCNNの英文記事なんだけど、タイトルのとおり、

クリエイティブなダークサイド: うつ病+不安 X 狂気 = 天才?

昔から高名な芸術家ほど、精神疾患に悩んでいる人が多いと言われてきたけど、

こういった芸術家だけでなく、創造性が豊かな人ほど、双極性障害や統合失調症などの精神疾患を患いやすい傾向にあるということが、スウェーデンの研究で判明したそうだ。(カロリンスカ研究所による)

統合失調症、双極性障害、うつ病やADHD、不安症候群に至るまで様々な精神疾患の患者を対象に調べた結果、
その親族にも統合失調症、双極性障害、食欲不振および自閉症などを抱えている可能性が高いこともわかった。



このサイトの中で、有名な絵画「叫び」を載せているのだけど、

1544603937.jpg

この絵はご存じのとおり、エドヴァルド・ムンク( Edvard Munch)さんの 1893.年の作品


お若い頃の写真がこちら
    ↓
800px-Portrett_av_Edvard_Munch_(cropped).jpg


自身でも「病と狂気と死が、私の揺りかごを見守る暗黒の天使だった」と語っていたそうだけど、
たしかに、ずーーとそんな人生を生きてきた人だ。

ムンクの「叫び」は、評論家によれば、「絵画の苦しめられた顔は、現代人の不安を象徴するもの」なんだそうだけど・・

「叫び」というよりは悲鳴に近い気がする。


実際のところ、

ムンクによって指定されたタイトルは、Der Schrei(ドイツ語)

または、 Skrik(ノルウェー語)

英語では、The Scream

どれも、「悲鳴」という意味だ。



私には、「現代人の不安を象徴するもの」なーんて、そんな生易しいものどころか・・

絶対逃げられない恐怖からくる「悲鳴」に聞こえる。 
それも、狂気と紙一重になりそうな悲鳴に。



1978年、アメリカの美術史家で学芸員だった、ロバート・ローゼンブルム(Robert Rosenblum(1927 - 2006)が、
これは、ペルーの ミイラに触発されて描いたんじゃね? と言い出したことも有名なお話し。

それが、こちらのミイラ
    ↓
800px-Mummie_di_cuzco_04.jpg
動物学の博物館、自然史最高のとして知られている、La Specola博物館所蔵


そこで専門家さんたちが調べたところ、ムンクさんは一度も、この博物館に行った事実はなく、まったく関係なかったというのが結論。

でも、確かによーく似ている!


人の想念は潜在意識下で繋がってるというユングさん(だったかな?)の説を考えると・・
現実に行ったかどうか?なんてことではなく、共通意識、イメージだったのかもしれない・・と思えてくる。

多くの人の根源的な恐怖の叫び・悲鳴が、このイメージなのかもしれない。


いやいや・・狂気に捕らわれた芸術家なんてごめんだわ~(笑)
と、健康な私は思ってしまうのだが・・

それでも、若い頃の私は、どこか、こういったダークな作品にも惹きつけられたり感動したりしたこともあった。

それが今では、「哀しみ」や「痛み」の方を強く感じてしまう。



なんだって、

創造性豊かで才能に恵まれた人(天才)は・・波乱万丈の人生だったり、精神障害に悩まされてたり、狂気や鬱病と近いところにいるんだろう?


この答えは、私の中では出ている!


豊かな才能というのは、感受性が強いということでもあり、多くをキャッチできる能力を持ってるから。

早い話が、スピリチュアル系でいうところの、憑依体質と一緒!
(私はものすごーく能力の高い、霊能者さんたちも同じだと思っている)

才能のある俳優さんたちには、こういったタイプが多いそうだ。
深く感じることが出来る能力(霊媒体質または憑依体質)は、フィクションかリアルかの区別ができないような演技になるという。


ところが良い事ばかりではない!

感度のいいアンテナを持ってるから、他人のことも別世界のことも・・・ピピピピ~と多くのものをキャッチできちゃう。

外部から得るものが大きければ、それが創造力ともなり、才能にもなる。(←ここは良いとこ)

その反面、ネガティブなものだって受けやすい!

恐怖、漠然とした不安なんてものは、まさに、それ!

外部のものまで、無意識のうちに自分のもののように受け取っちゃったりする。

utuomoi.jpg


自分にとって良いとこだけとか、美味しいとこだけを受け取るってわけにはいかないのだ。

そのすべてを、まずはパッケージとして受け取るっきゃないようだ。

package.jpg


だからこそ、並外れて才能豊かな人ほど、並外れた不幸(心の葛藤)も多いってことなんだね~。


世間の人たちから「天才と狂気は紙一重」だとか、「芸術家は繊細過ぎて俗世に生き難い」
な~んて言われてしまうのにも納得。


それでもなんでも、どんな重荷を背負っても、前を向いて、俗世で生きなきゃならないわけだし、

恐れや不安を克服する術(すべ)を、悩みぬいた末に自分で見つけ出すってのが、天才に課せられた道なのかもしれない。



日本にも多くの天才芸術家や巨匠と呼ばれた文壇人たちもいたけど、
心を病んでしまったり、自殺してしまった人も多かったように思う。

たぶん、恐れや不安をシールドアウトしてしまうほどの強いパワーを持てなかった人たちだと思うのだ。

maketaraakan.png



ムンクさんも天才の試練として、ずーーと絶望、狂気、死と隣り合わせに生きてきたようだけど・・・

晩年には、こんな作品を残している。

sun.jpg
The Sun 1916

horse-team.jpg
Horse Team, 1919

まるで、生きることを謳歌しているかのような。

太陽も、そして、ホースチームという作品にも、力強く現実を生きる美しさが眩い。


よかったなあ~。

この人は、ちゃーんと克服できたんだな~!
そこへ、行きついたんだね~!!


この絵を見ただけで思えてくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひと昔前だったら、 心を病む病気には、ノイローゼとか神経症とか言われたくらいで、あまり病名はなかったようだけど・・
最近では、実に多くの病名が付けられた。

単なる漠然とした不安にしても、「全般性不安障害」とか、「社会不安障害」などという名前があるそうです。
**この不安は、「対象がはっきりしない漠然とした恐れや緊張感などの不快な感情で、動悸や発汗などの自律神経症状を伴っているもの」



こういった病になる人たちの中にも、ひょっとしたら、天才予備軍が多くいるのかもしれませんね~。

感受性が豊かで溢れるばかりの創造力を持った、憑依体質の人たちが。

世に出るか出ないかなーんて、それこそ紙一重の問題で、実はムンクのような天才予備軍かもしれない人たち。

世に出る前に、病んでしまってる人たちだって、多いのかもしれない。



恐怖や不安を取り除く方法はないんだろうか?

ずっと前のブログ記事ですが、脳が幸せを感じるしくみ
というのをアップしてます。

ここで、アミット・ソッド博士(Amit Sood 統合医療の著名な研究者であり開業医)が提唱していることは、

深い感謝(GRATITUDE)
思いやり(COMPASSION)


を培っていくこと。

これに尽きるそうだ。

人が恐れや不安を感じるとき、深い感謝や思いやりは感じられないように出来てるそうで、
逆に、深い感謝や思いやりは感じるときは、まったく恐れや不安はなくなってしまうらしい。

脳とは、そのように作られている!




自分がどうしても生き難いと思うのならば、

自分を捨てて、人々の幸せのために生きるというのも1つの方法かもしれませんね。
常に、あらゆるものへの感謝を持って。



ムンクさんが、どうやってダークサイドを変えていったのかは知らないけど、

長~い苦難の果てに、自力で「何か」に行きついたんだろうなあ~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それにしても・・

ムンクも、晩年のあんなに美しい作品よりも、狂気に満ちた「叫び」の方が有名になっちゃたんだよね(笑)

今じゃ、パロディーも世界中に、いーーぱいあるのにはビックリ。

face-screaming-in-fear_1f631.png
これはWindows

face-screaming-in-fear_1f631 (1)
こっちはMac

Scream_face_from_US_DOE_Waste_Isolation_Pilot_Plant_plan.png
米国エネルギー省のスクリームだそうで・・・知らなかったけど。


9136rW.jpg
こっちは、映画のポスターにもなっちゃたヤツ。

マリブかインパラちゃんか?

すっごいマヌケな話。

車の修理のために、カーディーラーからレンタカーを借りたんだけど、貸してもらった車種はマリブという車。

私の車がインパラという車種なので、なるべく同じような車種をという配慮だったんだと思う。


マリブという車、インパラよりも小さめで小回りはきくしで、街中では運転しやすい。
しかも、アウトドアのスポーツカーではないので、さまざまな機能がついている。

スマートキーだから、キーをポケットに入れとくだけでドアは開くし、ボタンを押すだけでエンジンも始動する。

●バックするときは、ディスプレイにバックモニターで画像が映し出されるんで、後ろを見ながら目視確認をする必要もない。


うわあ!なんて・・ラクチンなんだ~!(←こんなことで感激する)


いつも、パワフル重視の車ばっかり乗ってた私は、こういった車を運転したことがない。
(注:アメリカの、スポーツカーやパワフルタイプ、アウトドアー目的の車には、あんまりこういった機能はついてないことが多い。
中にはあえて、マニュアル車を買う人もいるくらい)



すっごい便利! しかもラクちん!
 
最近は街中ばかり運転するようになってしまったんだし、今度買うときは、この車もいいかもな~なんて思ったくらい。(←いつ、買えるんだよ!)



なーんて♪♪思ってたら・・ガソリンスタンドで困ったことが発生。


レンタカーは使った分だけのガソリンは入れて返却しなきゃならない。


ところが・・・ガス給油口の開け方がわからない!

どうやっても開かない!

gascap2.gif


パッセンジャー側に、こうゆうのがあるんで、これが給油口だってことはわかるんだけど・・

色々な部分を押しても開かないし、むろん、引っ張るところはないし~。

そこで、運転席から開けられる装置でもあるんだろ?と探したのだが、それらしきものはない。

ダッシュボードを開けてマニュアル本を探したけど、そんなものは入ってない!
そりゃそうだ@ いまどき、紙のマニュアル本なんかあるはずない。 インターネットでダウンロードするっきゃない。


さっそく、スマホでマニュアルをダウンロードしてチェックすると、

給油口はパッセンジャー側にあります。(←そんなもん、見りゃわかるだろーが!)
端の部分を押すとオープンします。(おい!端の部分たって、上下左右あるだろーが!)



上下左右の端の部分を色々とプッシュしても、びくともせん!

困った~。



こりゃ、誰かに聞く方が早いか!


隣にメキシカンのおっちゃんが、ガソリンを入れてたけど、車を見ると旧式のでっかいバンだし・・
それよか、英語も通じ無さそう。。。

キョロキョロ見回しても、早朝のせいか人があまりいない。(こういったタイプの車に乗ってる人がいないのだ。)


人を当てには出来んよな~。
あんまり、人を当てにしたくもないし・・


そこで、またもスマホを使って検索。

今度は、
Malibu 2019 How to open fuel door と、そのまんまを入力すると、

まさに、この動画がヒットした!
    ↓

こんな動画を貼ったところで、日本にいる皆さんにはマリブなんて車、関係ないだろーけど(笑)

そっか~。 左下を二本指を使ってプッシュするんか!
(たぶん、力加減もあったのだろう。 私はえいや~!っと、馬鹿力でプッシュしまくってたから。)

やった~! 今度は開いた!!

この間、ざっと30分。。。

ひどく疲れた。

ひどく情けない。

マヌケな話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらに住む日本人の方は、ほとんどがトヨタ、ニッサン、ホンダといった日本車で、しかも、タウン用の車に乗っている人が多い。

おそらく、スマートキーも、バックモニターも、「私が悩みに悩みぬいたプッシュ式給油口」だって当たり前なんだろう。

彼らに話せば・・常識でしょーが!と笑われちゃいそうな出来事だろう。(あ~恥ずかしい!)


でも、なーんか、納得できん!

マリブのマニュアル本はいかんよな~!
と思う。

あんな説明で、初めての人が出来るんかい?(いやいや、出来る人の方が多いのかもしれないが・・。)


と、またも検索すると、やっぱ・・私のように苦労した人もいる(笑)
    ↓
Bad Designs - How do you open the gas cap door?

この人、車の中のすみずみまで探し回ったりして、給油口を開けるのに1時間半もかかったという。

タイトルで、バッド・デザインだ!とまで、言い切ってる(笑 ←同類がいたことで喜んでる


私だって~、スマホであの動画がヒットしてくれなかったら、もっと時間がかかってたかもしれないのだ。



車って機能がいっぱいついて、ほーんと便利になった。

ぎりぎりの状態で縦列駐車なんかするとき、バックモニターがあれば、初めての車だってラクラク駐車できちゃうだろうし、
どこか故障個所があれば、モニター画面で故障個所を教えてくれたり、アイコンみたいなランプが点滅したりする。


でもひと昔だったら、車の幅と長さを体で覚えて、このくらいだったらまだ大丈夫だな~といった勘こそがすべてだった。



昔々、教習所の教官からも、

「車種によって大きさも違うんだから、それは自分の体の感覚で覚えるしかないんだ。
あとは、五感を使え!音や匂い、乗り心地から、異常を察知しなきゃいけない。 
さらに、最低限度のメカも学んでおかないと、どこに異常があるか予測も出来ないよ!」


2011081021315250d.jpg
http://blog-imgs-34.fc2.com/y/u/z/yuzunekoninja/2011081021315250d.jpg

私が18歳のとき、教習所ではMT車だったしね~。

坂道発進のために、半クラッチの感覚を覚えろ!とも言われたわけよ~(笑)


車の運転って、ただハンドルさばきの技術だけじゃなくって、感覚も使わなければならないし、車の構造やらメカの基礎も勉強しとかなきゃいけないんか~。大変やなあ~!と思ったものだ。


でも、もはやそんな時代ではなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのって、車だけに限った話じゃないよね~!

お風呂だって掃除機だって炊飯器だって・・なんでもかんでも、いーーぱい機能がついてラクチンになってるもん。


前に日本に住む母と電話してるとき、突然、女性の声で何やら言うのが聞こえてきた。(内容までは聞き取れなかったけど)

「え? 誰かお客さんでもいるの?」と聞くと、

「ううん、あれ、お風呂よ! お湯が沸きました!って。」

ええええ? 風呂が、風呂が喋るんかい??

「は? あんたんとこのお風呂、喋らないの?」と、母が怪訝そうに言う。

喋る方が異常だろ・・。 

「やあねえ、いまどき、当たり前よ~。
お湯の温度設定だってできるし、メッセージで教えてくれるのよ・・。
アメリカって時代遅れなの? それとも、アンタんとこが、よっぽどのビンボーアパートなのかしら?」



風呂なんて、熱湯の蛇口と水の蛇口しかついてないし~。

豪華版の風呂でも、こんなもんだし、

best-luxury-soaking-tubs-20-best-luxury-bathtubs-elegant-modern-bath-tubs.jpg

長年のアメリカ暮らしで、「風呂を沸かす」という感覚さえ忘れてた。


炊飯器だって、私がアメリカで使ってるのはこんなもんだし~。 
(ターゲットで20ドルくらいで売ってた。)
     ↓
rice cooker

母に話したら、異常に驚かれた!

「いまどき、2000円程度で買える炊飯器があるの?    
それじゃあ、お粥モードとか炊き込みご飯モードだってついてないだろうし・・可哀そうに・・食べられないのね~。」


はああ?


「私は、炊飯器が無かったころは、鍋でお米を炊いて食べてました!
お粥も、炊き込みご飯も、ぜーんぶ、水加減ひとつで美味しく作れます!」




昭和初期生まれの母親の方が・・完全に文明化しちゃってるらしい。。。

いやはや、日本恐るべし!


噂によると・・日本人はとくに便利が大好きだとか。

さまざまな機能がいっぱいついたものが好きなのだとか。

高くてもそっちの方が売れるらしいのだ。


いやいや、中国人観光客も、超高い家電の爆買いをするというから・・たぶん、中国人もお好き?



でも、便利であることと引き換えに、失ったものも大きいのかもしれない。

車を運転するにもゴハンを炊くのにも、勘や五感は使わなくなった今・・

便利な生活の中では、強く意識していない限り・・感性に磨きをかけるなんて無理なことなのかもしれない。

松果体が退化してしまうのも当然のことかもしれないなあ。




私だって・・給油口が開けられずに困ったとき、まっさきにスマホを使って解決法をみつけたわけだし。

スマホが無い時代だったら・・
一人で悪戦苦闘してどうにもならないとしたら・・

いったいどうしただろう?


やっぱり、近くにいる人たちに助けを求めただろうか?


banner_kenya.gif

昔ケニアに旅行したとき、目的地に行かれずに困ったことがあって、通行人に道を聞いたところ、その人は知らないという。
(言葉がよくわからなかったんだけど、たぶん、そう言ったんだと思う。)

ケニアの英語なんて、スワヒリ語と英語のミックスでほとんど通じない。

ところが、その人が別の通行人を捕まえて聞いてくれた。
だんだん人が集まってきて、みんなが身振り手振りでも、親切にあれこれとアドバイスしてくれたことを思い出す。

まだまだ、こんな時代だったんだろうな~って思う。



今の私は、困ったときは知らない人に聞くより、スマホを信じてスマホに頼る。

そしてまた、人の心も・・たった一人の見知らぬ通行人を助けようとするだろうか?
それも大勢の人が集まってまで・・。


便利になった分、私たちが失なったものは勘だけじゃないのかもしれない。



私の母だって、そうなのだろう。

私の母に対するイメージはこういったものだったんだけど・・(完全に昭和時代の母)
13722777_PW36.jpg

現在の日本にいる母は、喋る風呂に、IHクッキングヒーターなるものを使ってるらしいから。


それもいいだろう。
クリーンで便利な生活、それは決して悪くない。


ただ・・便利ゆえに、これ以上失うものがないように・・

時代や世間に流されない強い意識と意思は持ち続けなければならない。


どんなに便利な生活をしていても、勘を働かせ、五感も鋭く、感性にも磨きをかけていくように意識していないと、

私たちは、あっという間に退化していってしまう気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、私のインパラちゃんが戻ってきて、

あ、こっちじゃなくって・・
7302253528f7d6b39a7ea69a24065675.jpg

こっちね・・。
  ↓
impala2014.jpg


やっぱり、私には、便利機能がいっぱいついてなくても、インパラちゃんがいいな~!って思った。

つくづく思った。

トライバリズムが蔓延してる?

この間、アメリカの教会についてのブログ記事をアップしたんだけど・・
   ↓
ユル~く考える「許しと贖罪」

これを読んで頂いた方から、「うわあ~!楽しそう! 私もアメリカ旅行したら行ってみよっと!」というメールを頂いた。



そこで、ひと言だけ参考までに。

たぶん・・日本人旅行者が、「見学させてください。」とお願いしたところで、許可されないことが多いかもしれない。

もちろん、そこの教会や神父さん(牧師さん)によっては、

にこにこして、WELCOMEだよ~ってところもあると思うので、絶対無理とは言わないけど、それでも可能性は低いかな~って思う。


私がいろんな宗派の教会に行けたのは、親しい友人がそこの教会のメンバーだったから!に過ぎない。



なーんだ~!
まるで、アメリカの教会って・・「一見さんお断り」とかいう、格式高い料亭みたいじゃないか~!(←まさに、そのとおりかも)

itigensan.jpg
https://www.daiwahouse.co.jp/mansion/sumau/kyoto/kurashinojiten_02.html

お店ならば、こういった経営方針も理解できるんだけど・・教会で、これってどーなんよ??


でもねえ・・現実としては、

めっちゃラップとかゴスペル好きの白人が、黒人教会のメンバーになりたーい!と思ったところで、断られるし、

逆にグレゴリア聖歌にハマってる黒人が、聖歌隊のメンバーになりたいからといって、白人の集まるカトリック教会には入れてもらえない・・らしい。




もちろん、今のアメリカは絶対人種差別をしてはいけない国!(←訴えられちゃう!)


だから、決して人種の違いを理由には断らないだろうけど・・やんわりと上手に他の理由でお断りされるらしい。


で、

白人は白人の教会に行き、黒人は黒人の教会に行き、ジューイッシュはジューイッシュの教会に行き、
コーリアンはコーリアン系の教会に行き、日系人は日系人の教会に行くことになる。

望むと望まざるとにかかわらず。


これが現実。

アメリカは人種のるつぼだとか、人種差別は無いと言われてるけど・・

結局のところは、人種ごとにグループ化されていて、

それぞれのグループの集まりがぼんぼーんと、いくつもあって、

それが、アメリカという1つの国になってるだけに過ぎないんだよな~って、思い知らされる。


生まれ落ちた瞬間に、カテゴライズされちゃうってどーなんよ?
そんでもって、押し付けられたアイデンティティーを持たされちゃう?

自分の意思で自由に選べないってどーなんよ!


怒ったところで、現実がそーであって、入れてもらえないんだったら・・仕方ないんだろうけど。


それでも地域によっては、面白い試みをしてるところがある。

私がバッファロー、ニューヨークに住んでた頃、
そこでは黒人系教会と白人系教会のコラボがときどき行われていた。

交代で両方の教会に赴いて、

両方の教会の牧師さんがスピーチをして、それぞれのミュージックを見せ合うというもの。
黒い人たちも白い人たちも一緒になって集まって楽しむ。 結構和気あいあいだった。

だけど・・なぜか、ロサンゼルスでは、こういったコラボをやってる話は聞いたことがない。
ロサンゼルスの方が、カテゴライズ化されちゃってるんだろうか?

うーん、東海岸の方が人種差別意識は少ないのかなあ~。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、トライバリズムって言葉があるらしい。

去年あたり?から、海外記事の中にはよく登場してくる言葉で、
とくに、各国の政治情勢、国家情勢の中で使われることが多いようだけど・・

トライバリズム(tribalism)というのは、トライブ(部族)から派生した言葉なんだって。

fc2blog_20190405062515e87.jpg


それぞれ、同じ主張をする人たちばかりが集まっちゃって、他のものを力でねじ伏せようとする。
そうなると、民主性から離れた方向に行くし、社会の共生も難しくなるし・・
世界の秩序も脅かされることになる。



どうも世界中がそういった風潮になっているんじゃないか?・・という危惧を込めた言葉らしい。


この人なんか、まさに、その典型タイプかもしれないね。

トライバリズムを先駆けた人
    ↓
amefirst.png


でもね・・・

私は生まれ落ちたところなんて、なーんも関係なく、

社会がどうとかも関係なく、

規制されることもなーんもなく、

本当に好きなことを自分で選んでいって欲しいもんだよな~って思う。

そうゆう世の中であって欲しいと。


こうゆうオジサンたちにも・・
   ↓
70328509.jpg

そうゆう世の中を作って欲しいんだけど、

でも、作るのは・・まず、自分からなんだよね~。
社会やオジサンたちをあてにするんじゃなくってね(笑)



こういった異種間の写真なんかを見てると・・

polar-bear-dogs-9.jpg

extremely-cute-image-dog-and-kitten-061.jpg


animal_love.jpg

animal-love-3058.jpg


グレゴリア聖歌にハマった黒人が、なーんも気兼ね無しで、白人教会で一緒に歌うのもアリだよな~って、自然に思えちゃう(笑)

だって、好きなんだもん!


それだけの理由で生きられないのは・・・人間だけなんかな~?


いやいや、ちょっと待った! こうゆう人もいたなあ!
    ↓

ばけたん!

先月ばけたんを買った!

baketan.jpg

そう!

おばけ探知機だよ~!

【おばけ探知機 ばけたん】BAKETAN 霊石 - REISEKI -

アメリカ在住の私は、日本のサイトから買うと色々と面倒くさかったり、送料がかなり高額になったりで・・どうしたもんか?
と思ってたところ、販売元が運営する英語版サイトをみつけて、そこから購入した。


この販売元、ソリッドアライアンスという会社、東京にあって、なかなか面白い商品ばかりを開発・販売をしているらしい。


ばけたんはその商品の1つ。


ずいぶん前に(たぶん6-7年前?)、日本土産にばけたんをもらったことがあった。
そのときのは、勾玉型をしたやつ。

こんなんだった。
  ↓
ばけたん2

当時のと比べると、小型かしてLEDの色もキレイに変わるし、ずいぶんバージョンアップしたもんだな~と思う。


モードは5段階あって、10分おきに24時間サーチしてくれてるらしい。
で、お化けを探知すると赤に点滅する。


問題無しの場合は色が出ないのでわからないのだが・・

自分でチェックしたいときは、下の◇部分を押せば色の点滅で教えてくれる。

baketanmode.jpg


いったい何に反応して色が変わるようになってるんだろう?


ソリッドアライアンスの説明には、このように書かれてあった。
   ↓

ばけたんはピエゾ素子と、基板上に組み込まれた特別な回路をアンテナとして使用し、空間の温度、時間、振動、音圧、電磁波、その他未知のエネルギーの影響を受けることで真性乱数の発生を可能にした超小型の真性乱数の発生装置(特許出願中)と、空間へのフィードバックディスプレー、及び評価プログラムにより出来上がっています。




なんと中身を分解した人がいるらしく・・・

こうなってるらしい。
   ↓
bketan_kiban.jpg
https://www.solid-a.com/baketanbattery/


そんなん、おもちゃだろーが!と、笑う人もいるのだが・・

私としては、「なかなか侮れないモノ」と感じている。

つーか、結構興味津々で楽しんでいるのだ~♪




ただ、このばけたん、幽霊だけに反応するだけじゃない気がする。


場の異常なところに反応するみたいなのだ。

異常というのは・・通常の状態じゃないような波動(電磁波、重力波なども含めて)


たとえば、こんなところも。
    ↓
ReportsIMG_I1161852163671.jpg
http://www.mynewsjapan.com/reports/469


高圧電線だらけのところとか鉄塔のそばに行けば、たぶん反応するんじゃないあ?


また事実、ばけたんが、地震が発生する前に赤く点滅したという報告も上がっていたけど・・これもアリえる気がする。


地震・火山噴火の予兆


だとすれば・・これは、太陽や地球レベルによる異常にも関係するのかもしれない。

たとえば、宇宙線が多く注いでいるような日、または地域



ずっと前に、太陽の黒点と宇宙線の話をアップしたことがあったので参考までに。
    ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?





宇宙線(高エネルギーを持った粒子陽子やヘリウムの原子核など)は常に地球上にも降り注いでいるわけだけど、

ふだんは地球の磁場や大気で遮られるため、人体に害を及ぼすほどのものは到達しないことになっている。


ところが、最近では、太陽の黒点がなくなってしまっている。

sun-dimmest-2019.jpg
https://indeep.jp/the-dimmest-sun-since-1978/

つまり、太陽活動が「弱く」なっているということだ。

 参考までに
   ↓
太陽の黒点消失「2月はほぼゼロ」10年ぶりに最少「極小期へ突入」



太陽活動が「弱い」ということは・・「地球にやってくる宇宙線の量は増えている」ということになる。


宇宙線に詳しい友達が(←いったいどんな友達だよ!)、以前にこんなことを言っていた。

「あ~、どんより曇ってるよなあ。 きょうは朝から頭痛がする。
こりゃ、きょうは宇宙線の量が多いんだな!」


注: 「宇宙線が増えると、雲が増える」ということは、サイエンス上での常識。 宇宙線は天候にも深くかかわっている。


こんなときも、ばけたんは反応するかも。



最近は、太陽だけじゃなくって地球だって変わってしまっている。

これも、以前のブログにアップしたので、そこからまた抜粋すると
    ↓

地軸のずれ(北極点が移動してしまってる。)

現在の磁場は南極(N極)から北極(S極)に向かっている。この磁場がだんだん弱くなり、ゼロになると、その後に今までの逆の磁場が発生してしまう。
2000年前は、地球の磁力は4ガウス。
しかし、現在は0.4ガウス。(ガウス(G)は、磁束密度の単位)
ドイツ、ロシアの研究チームによると、もはや磁力復活の見込みはなく、どんどんゼロに近づいている。




地軸も狂ってきているなら、磁場もかなり狂っている場所も増えている可能性は高い。

ばけたん、チェッ~ク!



空間の温度、時間、振動、音圧、電磁波、その他未知のエネルギーを感知して反応するならば、
こういったことは、すべてありそうな気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は子供の頃から、幽霊なんてフツーにいるし、宇宙人だっていて当たり前!と思っていた。

そのせいか、最近はとくに、オカルトや霊現象とサイエンスを切り離して考えられなくなってしまった。

幽霊もオカルトも科学分野も私にとっては、全部いっしょくたであって、

区別するとすれば、

波動が悪い場所で人間の心と体に悪影響を及ぼすもの

または、

逆に、リフレッシュさせてくれて良い影響を及ぼすもの



この2つしかない。


実際に波動の悪い場所にいくと、
(悪い場所というのは・・磁場の狂った場所、高圧電線のそば、強い地縛霊がいる場所などのこと。)


頭痛、耳鳴り、悪寒、吐き気、倦怠感や不快感、眠気・・といった体への影響があらわれる。
だいたい同じ症状が現れるのも興味深い。


これを病名でいえば、自律神経失調症といったものになるのかもしれない。

病名なんてどーでもいいんだけど・・問題は何が起因して症状が出たか!だよね。



高圧電線のそばでは影響はかなり強いらしく、こういった初期症状を我慢して生活していると癌になるケースも多いという。
実際に、癌の発生率が高いというデータがある。

うーーむ。

こりゃ、強い地縛霊がうようよいる、心霊トンネルの中で暮らしてるようなものかもしれないなあ。

いや、それ以上か!



また、地縛霊は、そういった波動の悪い場所に集まりやすいという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう1つ、ばけたんで発見したことがある。

ばけたんは、自分の出す波動にも反応する。


ある日、私はすごーく嫌な(悪意を感じるような)電話を受けて、ムカついて、ネガティブ感情がダダ漏れになってたんだと思う。

そのとたん、近くに置いてあったばけたんが反応。

赤に点滅して、しかも警戒音まで鳴り出す始末。


私の家の中はすでにチェック済みで、どこもグリーンかライトブルー。
ということは・・もともと場が悪かったわけではない。

そこで、これは私自身に反応したんだ~!と気がついた。


ばけたんの説明によると、

赤が点滅したら、ボタンを長押し(約5秒程度)すること。
そうするとバリアモードが発動して守ってくれる

とあった。

でも・・・これって自分が原因なんだし~、自分で自分をバリアするわけにはいかんだろ!



そこで、深呼吸を繰り返し悪いものを吐き出す。(←イメージだけど・・)

次にネコをひっつかまえて無理やり抱っこ。

ネコから良い気を頂こうとしたんだけど、蹴られて逃げられた(抱っこキライなのだ!)

おい! 待たんかい!とネコと鬼ごっこしてるうちに、気分もすっかり晴れてしまった。

そこでまた、ばけたんチェッ~ク!

今度はライトブルーになった。

やれやれ😥 



自分がオバケ並みの悪い気を出してはいかんよな~!(反省)


ばけたん、なかなかの優れものかもしれない、とあらためて思った。



ただし、バリアモードについては、正直なとこ、あんまり信ぴょう性があるとは思ってない。

きっと、高圧電線に囲まれてる場所とか、ヤバイと言われる心霊スポットのトンネルの中とか、富士の樹海の中とかに行けば、赤く点滅しそうな気がするけど(←自分で試そうとは思わないけど)


そこでバリアモードを使うよりも、さっさと逃げ出す方が先じゃないか?



バリアモードにはクラック水晶が使われていて、それで身を守ってくれるというのだが・・。

クラック水晶はマイナスエネルギーから身を守ってくれるし、魔除けになるといわれている天然石のこと。
   ↓
crackcrystal002-3.jpg

ところが、天然物のクラック水晶なんて滅多に入手できるものではないのだ。

おそらく、水晶に人為的に温度変化や圧力を与えてクラックを入れたものだろう。

そう思うと、果たして強力なバリアになってくれるかどうか?

ま、そこはご愛敬ってことで(笑)


私は、場の悪い場所とか、それこそ地縛霊がいそうな場所にどうしても行かなきゃならないときは、フツーの本水晶の数珠をぐるぐる巻きにして出かけることにしてる。

cry gurd

こっちの方が、ばけたんのガード機能よりもはるかに効果アリと思っている♪




ちなみに、ウチの猫をチェックすると、いつも、ブルーかライトブルーになる。

つくづく、ペットというものは人間よりも邪気が無いんだろうな~と思う。



しかし困ったことに、今のところ、ばけたんに興味深々。

勝手に持ち出して、転がしたり放り投げて遊んでいる。

とくに光るのが面白いらしい(光モノ好き・・カラスじゃあるまいし~)

これ! さっさと光らんかい!と、ネコ手でバシバシといたぶっている。


運よくボタンが押せたらしい。 匂いを嗅いでチェック
   ↓
20190330_105413.jpg


満足して眠くなってしまったらしい。 もう半分寝に入ってるところを、私がそっとボタンを押してみた。
   ↓
nekobake.jpg

いつものブルーに変わる。


ブルーはエンジェルさんが来た!という説もあるけど、私はそこまでロマンチストにはなれない(笑)

そんなもん、いたとしても滅多に来るもんか! ましてや私のところなんて来ないだろ~と。(←やさぐれ気味?)


でもいつもブルーのネコの中には、エンジェルが住み着いてるのかもなあ~と思ったりもする。

ユル~く考える「許しと贖罪」

毎週、日曜礼拝に行ってるという人がいて・・かなり熱心なクリスチャンなのだろう。
ひと昔前ならば、アメリカ人は「日曜日といえば着飾って教会」というのが定番だったらしいが、最近はあまり聞かない。

えっと‥その人が行くのは、メソジスト派の教会って言ってたかな? 
(注:アメリカのほとんどがプロテスタント、ただしメキシカンはカトリックも多い)



ニューヨーク州にいた頃は、私は、黒人教会が好きでよく通っていたことがある。

fc2blog_20190330074730c55.jpg


なんてたって・・生ゴスペルがタダで聴けて、特にレディーたちのファッションは華やかだし、あとで出される軽食が超美味しかったから!(ガンボなんて、もう、最高だったもん)

detroit-gospel-choir.jpg

なぜか、黒い人たちのチャーチファッションって、とくに豪華だよねえ。
ふだんは、タレッタレのチープファッションなのにね(笑)

昼の正装として、ちゃーんと帽子をかぶる人が多いってのも特徴

charch hut

7b0a148629d06ce667ac5abb69d4e298.jpg

上の二つは雑誌のチャーチファッションからひろったものなので・・・


現実は、こっちに近いかも(教会に行くのはご年配の方々の方が多いので・・)
   ↓
old ladies charch

それでも・・気分はマイ・フェア・レディーなのかも。

fc2blog_20190330081631396.jpg

ファッション的にも変わらんじゃないか!


それとも、パリの凱旋門賞か(競馬の有名なレース)?
   ↓
120622010959-royal-ascot-races-30-horizontal-large-gallery.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれれ、話が完全にずれてしまった・・・。

別に、チャーチファッションの話をするつもりではなかったのだ!

話を戻そう。。。



「教会で、どんなお説法を聞くの?」と聞いたら、

先週は、「許しと贖罪」がテーマだったんだとか。

ここの牧師さんのトークは、流れるように熱く静かな語り口で、美しいバリトンが人気なんだとか。



許しと贖罪ね~。

まさに、ジーザスの根本的テーマだね。


加害者を許せるか?



たぶん、多くの人の答えはNO



そうゆうとき、多くの人の心には憎しみが生まれるわけで、それを形にして処理しなけりゃならなくなるのが常。

それが、報復感情というもの。


報復感情を持つのは当たり前! 当然の権利!って思ってる人は多いだろう。

だからこそ、復讐があったり、法律で死刑もあるわけだし。
法律ならば、復讐も堂々と正当化できるわけだしね。


人というのはそうゆう生き物なんだから、当然のことだよ!とさらっと言われたことがある。

それも、敬虔なクリスチャンの人に言われたのだ。
矛盾してないか?



さすがにこのときは、ちょっとびっくりした。

だってだって・・・じゃあ、ジーザスはなんで十字架刑になったんだあ?


総督のピラト、ジーザスを憎むユダヤ人たちの陰謀といった外郭からの理由は、この際置いとくとして、

ジーザス自らが十字架刑を選んだから。

この世のすべての人々の代わりに、彼らのすべての罪を自分の体で引き受けるために。




「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。」(ヨハネ伝10:18)

だから一切、自分を弁護せずに沈黙を守ったまま、最も残酷な十字架刑になったのだった。


ところで、十字架刑ってすっごく残酷な刑って知ってた?
    ↓

十字架に架けられる犯罪人は、裸にされ、両手両足首に約15センチの長さの大釘を打ち込まれ、十字架に固定される。
この時、手足首の神経は切断され、すさまじい激痛が襲う。
さらに十字架に吊り上げられると、両肩は脱臼し、釘を打ち込まれた傷口に全体重がかかり、さらなる激痛が襲う。
犯罪人が呼吸をするためには、何度も足を突っ張って体を持ち上げなければならない。
このような苦しみが数日続くこともあり、最終的には激しい痛みと疲労のために呼吸困難となり、心拍異常を起こして心停止で死に至る。



おえ~!

こんなんと比べたら、ギロチンとか切腹(介錯付き)の方が、はるかに温情的だねえ。。。


そりゃあ、メル・ギブソンのThe Passion of the Christって映画みたとき、想像ついてたけどね・・・。

撮影風景・・・血だらけだもんね~。 撮影でよかったよ!
svGIBSON_wideweb__470x353,0


まさに、パッションだよなあ。

パッション(passion)とは、2つの意味があって、あつーい「情熱」。  
もう一つは「キリストの受難」




そう!

彼は、自分がすべての人の罪を引き受けて、すべての罪ある人を許したわけ。

許し = 愛


だから決して、自分を卑しめた人にも、策略に落とした人にも、鞭うった人、釘打った人さえも、怨むこともなく、
むしろ、彼らのために祈ったのだ。

そうゆう人だったのだ。


彼のことを「人」なんていうと、そこんとこ、突っ込まれそうだけど・・

私は人だと思っている。 そうゆう人だったと!


少なくとも生きてるときは、私たち同様、肉体を持つ人だったことは確かなはず。


だからこそ、感動的なわけだし、

こんな生き様をした人は、他の宗教人をみても、まず・・いないと思う。

まさに、パッションなのだ!


許しとは、加害者を許すことで、加害者のためのもの、って思ってる人が多いようだけど・・

それは違う! ほんとうは、自分のためのもの。

・・・というのを、私も、どこかの教会のお説法で聴いたことがある。


加害者がいて被害者がいて・・

被害者は憎しみから報復感情を持つ。

報復感情を爆発させるのは簡単だけど、その状態を持ち続ければ消耗しかなくなってしまう。

そこから生まれるものは何もない。


同時に、被害感情もエンドレスで持ち続けることになってしまう。

それはそれで辛いことだろう。

いつまでも同じ穴にはまってるようなもので・・それこそ、生きたまま地縛霊になっちゃうようなものだ・・と私は思う。



そういえば、日本には「罪を憎んで人を憎まず」なんて言葉もあったね。

51762063_2011098815857930_8162042157435042075_n.jpg
https://deskgram.net/explore/tags/%E9%81%A0%E5%B1%B1%E9%87%91%E5%9B%9B%E9%83%8E

なんだか古い時代劇の、名奉行あたりが言いそうな言葉だけどね。


この語源がどこから出たのかは知らない。

孔子だとか、古代中国の賢人の言葉だって説もあるらしいけど、

でも、これを実践的に説いてくれたのは、やっぱり、この人だったと思うのだ。

Christ_Crowned_with_Thorns.jpg
https://en.wikipedia.org/wiki/Passion_of_Jesus


ついでにもう1つ、聖書からの引用で有名な言葉があったけど、

これはご存じだろうか?


ヨハネ伝の中に出てきた言葉だったと思うが・・

罪の無い者が最初の石を投げよ

jesus-woman-adultery-color-452x319.jpg


人々が姦淫の罪で捉えられた女が引き出してきて、律法通り、石打ちの刑(死ぬまで石を投げつけて殺す刑)にするという。
どうよ?法にのっとってんだから、文句はないだろーが!と。

そこで、ジーザスの言った言葉がこれだったわけですね~。


参考までに、詳しい話はこちらに載ってます。
    ↓
(49) 罪の無い者が最初の石を投げよ


なんだか、今も昔も、あんまし変わってないんかも~。

自分の罪を棚にあげて、集団でよってたかって・・人を断罪しようとするってとこ!
まーーたく罪を犯さない人間なんていないのにね~(もちろん、警察のお世話になったかどうかってことじゃないよ~。)

・・・・・・・・・・・・・・・

私はどちらかというと、もともと、ユルーく生きてるような人間で、頑張るよりも、疲れる前に休息をとっちゃうようなタイプだ。
(私の辞書に、頑張るという言葉はないらしい)


そんなもんだから・・

相手になんらかの被害を受けたとしても、報復こそが最終的なカタルシスだ~!とは、ちっとも思えないのだ。


悪意による被害を受けたときは、むろん立ち向かわなきゃならないし、決して我慢も泣き寝入りもするつもりはないんだけど、

その実害が修復できた時点になると、相手を許すとまではいかないまでも、な~んとなく相手にもユルーくなっていって、いつのまにか風化しちゃうというのが私の常だ。

tooime.jpg
http://mh2sketchbook.blog90.fc2.com/page-24.html

ああ、そういえば、そんなこともあったよね~と、いつのまにか、1つの思い出みたいに・・遠い目で思い出す程度になってる(笑)



こうゆうのって、ただの忘れっぽいつーか、ユル~い人間に過ぎないのかもしれないけど、

それでも、「許せない」というニュースばかりの世の中で、少しは、こんなユルーい人がいてもいいのかもしれない。
と、自分で自分を慰めている(笑)



人を許すなんてことよりも・・・自分のしている事や考えてることなどを、

ふと、別の視点で眺めたとき、

私の方こそ、「お許しください」という気持ちになることの方が多い。


生きてきた年数分だけ、「お許しください」が増えてくものなのかなあ。

いやあ、まいったなあ。

人生は贖罪の連続なのかもしれない。。。



贖罪(しょくざい)、これは難しい言葉だねえ。

私がこの言葉を知ったのは、英語の方が先だった。
それも映画から(笑)

shawshank redemption

日本語タイトルだと、ショーシャンクの空に
そういえばこれも、スティーブン・キングが原作だったんだよね~。

ずいぶん昔だけど、かなりヒットしたし映画だったから、覚えてる人も多いと思う。


この原題が、Shawshank Redemptionだったのだ。

この映画のおかげで、Redemptionを調べて、それが贖罪って意味だったと知ったわけ。


Redemptionとは、

キリスト教からくる、罪の贖いという意味なんだけど、実はもう1つ意味があって・・

会計用語(金融用語?)で使われる、償還(しょうかん)・・債務を返済すること。




そういえば、この映画の主人公(無実の罪で終身刑になっちゃた人)は、すごく有能な銀行員だったね。

ああ、だから、両方の意味を掛けて使ってたのか~と(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジーザスって、私の中ではいつも、映画や小説からだったり、宗教だとか神として捉えるよりも、人として捉えてしまったり・・と、

まさに異端なのだろうけど、それでも、魂に触れるものは、ちゃーんとある。

それは、もちろん、宗教として確立されて政治利用された部分は抜きにしての話だけど。



たまには、教会に行くのもいいかもしれない。


これでもか!って正装姿を見て、ミュージックを堪能して、最後の軽食を堪能して・・
で、流れるように、熱く静かに語るお説教を聞くのもいいかもしれない。


日本の教会は幼稚園のときに通ってたけど・・

プロフェショナルな歌を聞いた覚えがない。
お説法はどこも似たようなものだった気がする。


アメリカでは、プリーチャーには、スピーチの大会まであるらしい。
*プリーチャーというのは、プロテスタントの牧師さん(お説教をする人)のこと。


今さらながら、実にアメリカ的だよなあって思う。

陳腐な悪と陳腐な善

「日本には修学旅行ってのがあってね~・・」

と、アメリカ人の同僚たちに、修学旅行について説明していた。


(ちなみに、学年全員で旅行に行くという、修学旅行の習慣は日本だけらしい。

こうゆうとき、つくづく当たり前のように思っていた日本の習慣が、世界レベルでみれば、ぜーんぜん、当たり前じゃなかったことに気づかされる。)


3a4db396.png
https://matome.naver.jp/odai/2151962642428511001


「大勢で行く、遠出のフィールドワークみたいなものなんだね。 そりゃあ、さぞかしいい思い出になるだろうね~。」

と、彼らは言う。


日本の修学旅行の習慣が、いつ出来たのかは調べてないけど、私の父や祖父も行ったといういから、
かなり、古くからあった習慣なのだろう。


みんなで、そんな話で盛り上がっているとき、

一人の日本人の同僚が、「僕は修学旅行でいい思い出がないから、話したくないんだ。」と、ぽつりと言った。



あとで、彼に聞いてみると・・(←話したくないって人から無理やり聞き出しちゃう、悪い好奇心)

彼の修学旅行先は、沖縄だったという。

首里城とか、ひめゆりの塔とか、お決まりの修学旅行コースだったらしいのだが、

どこに行っても、ひどい頭痛、吐き気、悪寒、耳鳴りで、夜もほとんど眠れなかったという。


原因は霊障で

彼はもともと霊感が強くて、かなりの憑依体質なんだそうだ。


「ひめゆりの塔は、かなり酷かったなあ。 もう倒れる寸前で我慢し通しだったよ。」


それじゃあ、楽しいわけがない。。。


「沖縄っていうのはね、太平洋戦争末期に沖縄戦があったところでさ、もう、本土なんかとは比べ物にならないほどの
悲惨な地獄絵図だったんだよ。」
・・と、彼は言う。


まるで見てきたみたいに。

見えてしまう人は、アリアリとリアルタイムで見えているに違いない。


「修学旅行は、僕にとってはあまりにも辛い経験だったけど、
おかげで帰ってきてから、沖縄戦とか、太平洋戦争について、ずいぶん調べたりしたんだ。」


「帰ってきたら、大丈夫だったの?」

「うん、あそこは、ほとんどが地縛霊だったみたいなんで、本土まで憑いてくる霊はいなかったからね。」

「そりゃあ、まあ・・よかったね~。」




私も、沖縄が一番悲惨な戦場だったとか、ひめゆりの塔の話は聞いている。

15~6歳の女生徒たちが、看護婦代わりをさせられて、戦火がひどくなると共に、患者たちや先生たちと鍾乳洞のようなところに逃げたんだけど、そのほとんど銃火で殺されるか自殺して死んだという。

悲惨だったという話を知識として知ってただけで、私は、生々しさまで感じたことはなかった。

それが、見える人と見えない人の違いなのかもしれない。


沖縄戦(太平洋戦争末期)の写真。ひめゆり学徒隊の悲劇


250人以上いたそうだけど、生き残ったのは半数にも満たなかったというし、

ひめゆりの塔が有名になったのは、沖縄第一高等女学校の生徒たちが多く、入学するには狭き門の一流校の女生徒たちばかりだったそうだ。

だからこそ、悲劇性がよりクローズアップされて後に報道されたのかもしれないけど、実際は似たような悲劇は至るところで起こっていたことだろう。


「沖縄では、もう至るところで集団の霊を見たよ。」と、彼も言っていたくらいだから。


終戦まじかの ゴザの子供たちの写真
       ↓
CH3YeuhUMAA2bH5.jpg
https://www.facebook.com/kikuta.kunihiro/posts/698249470286658?pnref=story

完全に栄養失調だし、裸で・・



この写真をみると、現在のアフリカやシリアなどの戦火の中で生きている子供たちの写真とダブって見えてしまう。

今も昔も、戦争の引き起こす結果は、ちっとも変ってないんだ!と思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば・・ずいぶん昔、広島出身の友人が言ってたことを思い出した。

「原爆ドームの近くに行っただけで、ものすごく気分が悪くなったんで、二度と原爆ドームだとか慰霊碑には近づきたくない。」


1200px-Genbaku_Dome04-r.jpg

この人もまた、かなりの憑依体質の人だった。

彼女は、原爆で祖父や祖母や多くの親戚も失ったそうだ。



彼女はこんなことも言っていた。

「絶対、おかしいわよ! 
あれだけの市民を、子供たちまでも原爆で殺しておいて、アメリカが一切の戦争責任に問われないなんて。
ナチスドイツが悪の権化みたいに言われているけど、アメリカ軍のやったことだって似たようなものだと思うわ。

私はね、アイヒマンを戦後何十年も追いかけて死刑にするなんてことだって、敗戦国やその1個人に責任を擦り付けてるみたいな気がして胸糞が悪くなったものよ。」



たしかに・・

戦争は勝った方が正義になる。
力を持つ方に正義がある。


日本でも「勝てば官軍」って言葉があったけどね。



アドルフ・アイヒマン(Adolf Otto Eichmann)というのは、当時のドイツの親衛隊将校で、ゲシュタポのユダヤ人移送局長官だった人。

アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送をしてた人だ。

Adolf_Eichmann_1942.jpg

そりゃあ、ユダヤ人側は血眼になって探しただろうし、見つかれば完全に死罪にしなきゃ収まらなかっただろう。


結局、アルゼンチンに逃げていたのを、1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)に捕らえられ、イスラエルに連行されて絞首刑になった。


ところが、

アイヒマンという人、誰もが、ユダヤ人大量虐殺をした極悪人、尊大な悪魔のような人物と想像していたのに、

実際に逮捕してみれば・・ただの凡人で、小役人的人物にしかみえないことに、多くの人が驚いたという。


逮捕後のアイヒマン(Wiki画像より)
  ↓

fc2blog_20190325055527f14.jpg


裁判では、自身の行為について「命令に従っただけ」だと主張したそうだ。

別に反ユダヤ主義者でもなんでもなく、若い頃はユダヤ人の友人までもいたという。



そういった彼の一連の裁判記録を、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt 1906 - 1975年)が、

hannah-arendt-9187898-1-402.jpg
https://www.biography.com/people/hannah-arendt-9187898

イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil)

というタイトルで、1963年に雑誌、ザ・ニューヨーカー上で発表している。

参考までに
エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】amazon



彼女は、ドイツ系のユダヤ人で、アメリカに亡命した哲学者だ。


彼女は、この出版物の中で、さまざまな問題を投げかけている。

アイヒマンを極悪人として描くのではなくごく普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったと描いている。(やはり、彼女の目にもそのように映ったらしい。)

イスラエルは裁判権を持っているんだろうか?

アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、裁判そのものに正当性はあったのか?

むしろユダヤ人でさえもユダヤ人ゲットーの評議会指導者のようにホロコーストへの責任を負うものさえいたとまで指摘した。

こうした指摘の上で、悪の陳腐性について論じている。


イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告 wikiより




もちろん、この本を出版した彼女は、ユダヤ人やイスラエルのシオニストたちに激しく非難されたという。

ユダヤ人のくせに、「アイヒマン寄りの本を出した」とか「ナチズムを擁護してる」とか。


実際にホロコーストによって、肉親を殺されたユダヤ人にとっては、アイヒマンを何がなんでも処刑しなきゃ、心情的にも収まらなかったことだろう。


その心情的なものはわかるのだけど・・報復という感情だけで、処刑してホロコーストの問題が終われるんだろうか?



アイヒマンの罪状は、

「人道に対する罪」、「ユダヤ人に対する犯罪」および「違法組織に所属していた犯罪」など15の犯罪で起訴されたそうだ。



そんなことを言ったら・・

当時のドイツでは、一般市民が、ユダヤ人の子供に石を投げたり半殺しにしたという事実も多くある。

いくら軍によって洗脳されていたとしても・・・彼らは一市民だったことで、なんの責任も罪にも問われないんだろうか?



アイヒマンは、たまたまゲシュタポ勤務してただけであって、そういった人たちともほとんど変わらないタイプだったのかもしれない。

家族思いの父親で、軍に勤務していて出世だけを楽しみにしてた男、
嫌だなあと思いながらも、上からの命令に従うだけの男。

事実、軍の命令に従わなければ抹殺されることは明白。
命令に背けば愛する妻子の生死にもかかわるかもしれない。



ちっとも軍人らしくない、それだけの男だったのかもしれない。

戦後、すぐに逃げ出したようなところをみても、根っからの軍人タイプというより、むしろ小市民タイプだったような気がしてしまう(笑)



それよりも、一般市民がユダヤ人の子供を見かけただけで半殺しにする方が、もっと非道な残酷行為のように思えてならない。

実際に、こういった事は日常茶飯事に行われていたそうだ。


今だったら、罪もない子供に危害を加えるなんてことは人道上許されないことで、「悪」とみなされるんだけど・・

当時のナチス政権下なら、ユダヤ人の子供を虐待しても、当然のこととされて、ちっとも悪にはならなかったのだろう。

政治とはまったく無縁で、主義主張なんか、ま~るで持ってないフツーの人たちが、そんなことをしてたって方がずっと怖い!



善悪が時代やら社会の在り方で変わるようなものならば、正義なんて言葉は存在しないことになる。

まさに、悪の陳腐さだ。



アイヒマンの罪状は、「人道に対する罪」だったそうだけど・・・何を持って人道なんだろう?

それならば・・と、やっぱり、私も思ってしまう。

多くの市民を原爆で殺しても、人道に対する罪に問われないのはなぜ?




ハンナ・アーレントは国際法上における「平和に対する罪」に明確な定義がないことを指摘して、

ソ連によるカティンの森事件や、アメリカによる広島・長崎への原爆投下が裁かれないことも批判していた。


もちろん、カティンの森や広島・長崎の原爆だけじゃなくって、こんなことは世界中に数えきれないほど起こっている。
今でも同様に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、こんな話も残っている。


ナチスドイツの統治下なのに、あるドイツ人たちは・・


こっそりとユダヤ人をフランスに亡命させてあげたり、家にかくまってあげたりしていたそうだ。

生まれたユダヤ人の子供の命を助けるために、こっそりとアーリア人てことにして洗礼を受けさせた聖職者も多くいたとか。



これも、ごくフツーの人たちだ。 彼らの名前すら残っていない。



アメリカで黒人が合法的に奴隷とされていた時代にだって、白人の聖職者が中心となって、こっそりと彼らを逃がす地下組織があったことは、以前、こちらのブログで書いたことがあった。
     ↓
バッファローの地下鉄道組織



自分たちだって命がけなのに、それでも弱者を救うために行動に移さずにはいられない人たち、
そういった人たちもまた、必ずいたことだろう。

きっと、どの時代にもどの地域にもいたことだろう。


ハンナ・アーレントさん流に言えば、

悪の陳腐があるならば、善の陳腐だってあるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

アイヒマンさん、

もしも、現代に生きてたら・・

サラリーマンで、出世する事だけを生きがいに上役の命令を忠実に実行し、
サービス残業を山ほどやってのける、おっちゃんになってたかもしれない。

07_service_overtime1.jpg
https://ten-navi.com/hacks/article-10-9592

会社を訴えることさえも出来ない(しない?)人だったかもしれない。


もちろん、私は個人的に、こんなアホ男キライだ!

極悪人であっても信じた道を行き、最後は逃げ隠れもせず、自分で落とし前をつける男の方がずーっとマシだって思う。
(←ヤクザ映画じゃないんだからね!)


なので、まーーたく、アイヒマンさんを擁護する気持ちはないんだけど・・


果たして、正当な裁判と言えたんだろうか?
(そんなことを言えば、何を持って「正当な裁判」なんだ?という疑問は常に残るんだけど。)



少なくとも、

こうゆう人に責任を押しつけて絞首刑にしたところで、根本の問題解決になるんだろうか?

私は、広島出身の彼女が言った言葉や、ハンナ・アーレントさんの主張の方が、的を得てる!って気がしてならない。

だからこそ、今でさえ、似たようなことが世界中で起こっている。
ちっとも、ホロコーストの時代とさほど変わってない気がする。。。



沖縄や広島だけでなく、世界中のどこにでも、こういった霊たちは、いまだに彷徨っているのだろう。

硫黄島の心霊現象の話もよく聞かされたし・・。



それどころか、どんどんどんどん、こういった霊が増えていかないように祈るばかりだ。



霊が見えない人々にとっては、単なる歴史上の悲劇としか思えないし知識として知ってるだけでしかないんだけど・・

「見える人たち」には、自分が体験したことのように、犠牲者の痛みや悲しみ、怒りを生々しく感じてしまうらしい。



修学旅行の沖縄で悲惨なものを見てしまった彼は、それまで歴史上の事実はほとんど知らなかったそうだ。

沖縄であまりにも酷い経験をして帰ってきてから、そこで何があったのかを自分で調べて、はじめて事実を知ったそうだ。


そして、

「あんな戦争、絶対起こしてはいけないことなんだよ!」と、強く言っていた。


「ふつうだったら、幽霊を見て、ひえ!怖っ!で終わっちゃう人だって多いだろうに、そんなふうに思えるって立派なことだね!」

と私は言ったのだが・・


「あの光景や大勢の彼らの声を聞いてしまったら、誰だって・・真剣に考えざるを得なくなるもんだよ!
みんなが見えるようになったなら、絶対、戦争なんて起こらないと思うのに。」
 と彼は言っていた。


たしかに、そうだろうなあ。



せめて、どんな時代になろうが、どんな社会になろうが・・

私だけの普遍的な、「陳腐な善」だけは、持ち続けたい!
時代なんかに流されたくない!

とつくづく思った。

あーあ、たわいもない修学旅行の話だったのに、なんだか、とんでもない話になってしまった。。。

黄色いベスト運動からみる現社会

黄色ベスト運動のニュースは、去年の12月だったか・・こちらのブログ記事、「奇跡」は人の意識が起こすの中で、
ちょっとだけ触れたことがあったけど・・


またも、3月16日のデモでは、テロさながらの凄まじい様相だったらしい。



シャンデリゼの高級店で略奪、ぶち壊し、放火、暴力、そこにポリスと・・・

yellow best3

yellobest2.jpg

yellobestpolice.jpg
https://www.nytimes.com/2019/03/16/world/europe/france-yellow-vests-protest.html

黄色いベスト運動は、前にも触れたけど・・

発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。


フランスはエコロジー政策をとっているため、空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせるためと増税目的だったと思われる。
これに庶民が大反発をした。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかり。

ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだから。

これでは暮らしが成り立たない!

そこで黄色いベスト運動となったわけなのだが・・

そこに、強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たちやら、またはテロ行為目的の人々までもが混じってしまう。

その結果、黄色いベスト運動そのものまでが、暴徒の集まりのように思われて弾圧されてしまうことになる。


結局のところ・・
貧しき者と富める者の格差が引き起こしているもの、といえるだろう。


暴徒といえども、多くの人が、暮らしていける程度の生活が保障されていて、心豊かに暮らしていければ、リスキーな暴動なんて起こさない。

生活苦、蔑み、怒りといったものから、人の心は壊れていくものだ。
そうやって、暴徒の群れに入ってしまったり、テロリスト化してしまう人々も多いだろう。

そこには移民問題をはじめ、さまざまな社会問題が含まれていることは言うまでもないのだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

格差問題は、今や世界中の問題になっている。

つい最近も、オフィスにいる日本人の同僚からこんな話を聞いたばかりだった。

「日本にいる妹が離婚してねえ、今子供二人を抱えながら昼と夜の2つの仕事を掛け持ちして働いてるのに食べてくのがやっとなんだって。 だからといって私も援助なんて出来ないし・・困ったもんだわ。」

「え? なんで? 元夫から慰謝料は貰えるでしょうに。」
・・・と、すっかりアメリカナイズされてる私は、まっさきに言った。


こちらでは、離婚した妻子に養育費を支払うのは当然のことで、ちゃーんと夫の給料から天引きされるようになっている。
支払わなければ、法的罰則やら禁固刑にだってなりかねないし、社会的信用も失うことにもなる。


しかも、シングルマザーとなって働いた場合、税金は引かれることもなく、保育所等の問題に悩む必要もない・・といったさまざまな特典がつく。

ところが、日本の事情は違うらしい。


私は無知にも、今までこういった日本の事情をほとんど知らなかった。

singlemother.jpg


私が日本に住んでいた頃にも、同僚やら友人の中に、子持ちの離婚経験者は何人かいたのだけど、
みんな、裕福な暮らしをしている人が多かったせいかもしれない。

ある友人は、夫と離婚し小学生の子供二人を引き取ったのだけど・・・・元夫から月々20万円の仕送りを受け、子供たちが大学進学の際には別途に全授業料を支払って貰えることになっていたらしい。

しかも彼女自身の収入が手取りで25万あり、持ち家だったし・・・私よりもはるかに裕福な暮らしをしていた。
(これはもう、20年も前の話なのだが・・。)


または、同僚の女性は、父母が離婚していたのだが・・やはり父親からの多額な慰謝料を貰って、大学進学、留学と・・
実に裕福な暮らしをしていた。


ところが、こんな人たちは、だったのだ。


あるデータによれば、慰謝料を貰えている人は10%にも満たないという。


私の身近にいた人たちは、かなり恵まれた人たちであって、多くは・・前述したような、朝晩働きづめでやっと子供と食べていくような母子家庭が多いのかもしれない。


そこに、親類縁者などがいて、少しでも援助してあげらる人がいればいいのだけど・・
いない場合は、いったいどうなるんだろう?

何より子供が気の毒だ。

日本の法律、なんとかならんのかい!



そこでちょっと、ネット上で、日本の離婚と慰謝料について調べてみたのだが・・

ケース別でみる離婚慰謝料の相場とできるだけ多くもらう方法

元妻になるべく慰謝料を払わないですませる方法



なーんてのがヒットしてきて、・・・これが、なんと弁護士さんのサイトだったりするのだ。


なるべく多くをふんだくってやる! 少しでも払いたくない!

別れた夫、妻の顔なんぞは見たくもない!


それって、ぜーんぶ、自分のことばっか!



おいおい、子供のことは考えないかよ!
別れた子供なんか、どーでもいいんかよ!

(たぶん、考えてないから、そういった発想になるのだろう。)


そして、弁護士さんのサイトも、

そういった離婚者を支援する(お客にする)サイトが出来上がる・・・って構造だ。


あーあ~、すべて荒んでる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今のところ、日本では・・パリのような「黄色いベスト運動」のような過激なものは起こってはいない。


しかし・・人々の心は確実に荒んでいる。 テロリストさながらに。

それも、根っからの極悪人だとかサイコパスなんて人たちじゃなくって・・ごくフツーの人々の心をむしばんでいる気がしてならない。



「貧しき者と富める者の格差社会」が大きくなればなるほど、

貧しき者は富める者を羨み、妬み、絶望、怒りとなって爆発していく。


ますます、貧しき者は心貧しき者へと変貌し、富める者は貧しき者からの防御&排除に徹するようになる。


どちらの心の中にも、

どうせこんな社会なんだ! 
人の事なんて構ってられっか!
仕方ないだろう!

といった正当化する気持ちだけが芽生えていく。

その結果、今の社会が出来上がってしまうのだろう。



でもね・・どんな社会に生きていても、

社会のせいにする生き方って、違うんじゃないのかなあ。

drawing-happy-single-mother-her-daughter-photo-colorful-100363476.jpg
      ↑
シングルマザーの子供の描いた、明るい絵


社会に合わせて自分の生き方を変えるんじゃなくて・・

自分の生き方に合わせて社会を変えていくことじゃないかなあ。

ふと、そんなことを思った。

また守り人シリーズを読んで思ったこと

しばらく体調を崩してしまい、その後、なぜかパソコン画面をみると目が痛くなってしまい、ブログも書けない状態でした。

きょうは、ぜーんぜん平気なので、ようやくブログの更新が出来ます!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそもは・・またも風邪をひいて寝込んでいたのだけど
(何年も風邪を引かなかったのに、今年に入って2回目だ!いったい、どーゆうこと?)

しかも、さきほど言ったように・・液晶画面をみると目が痛くてしかたないんで、寝ながら、Youtubeのラジオを聞くか、読書三昧していた。 (紙の本だと目が痛くならなかったので・・)



こうゆうときの読書は、さらさらと読めるファンタジー小説に限る!

そこで、またも古~い、何回も読み返した「守り人」シリーズを持ち出してきて、ベッドの上で読み返してた。


上橋菜穂子さんの「守り人シリーズ」全12巻
    ↓
mamoribito.jpg
https://aucfree.com/items/c667474058


これは、もうずいぶん前に、日本に住んでいる友人から数冊送ってもらったことがきっかけで読み始めた本だ。

送ってくれた友人は一冊も読んだことがないという。

ところが、
小学6年生の息子がはまってるのよね~と言われて、なぜか、私も読んでみたくなって送ってもらったのだが・・・

私も、「見事にはまった」。



その後アニメ化されたし、綾瀬はるかさん主演で映画化もされたからご存じの方も多いとは思うけど・・

ayaseharuka.jpg


綾瀬さん、上手な演技なんだけど・・やはり若くてキレイな人なので、凄腕の女用心棒のバルサのイメージとはちょっと違ってしまう。

北方に住むカンバル人特有の、ごつごつした顔立ちで、しかも30代のオバサンというのがヒロインなのだから(笑)



そもそも、児童文学のファンタジー小説で、30代のオバサンをヒロインにしちゃう物語ってのは、かなり異例なことじゃないだろうか?


もともと、上橋菜穂子さんのバルサのイメージは、30代後半だったそうなんだけど・・編集者の方からクレームされたとか。

「児童文学でそんな年上の人を主役にしちゃったら、子供が感情移入できないだろうし、そもそも、凄腕の用心棒として、体がそんなに動かないでしょう。」と。

おっしゃるとおり、で、そこで、30代前半に設定しなおしたそうだ。

それにしても、30歳の主人公だって、児童文学では、かなり・・画期的なことだと思う。



ところで、なんだって私、このシリーズにはまったんだろう?

今さらながら考えてみた。


ストーリー展開の面白さ、アクション活劇としての面白さは言うまでもないんだけど・・

登場するキャラクターたちが魅力的なのだ。


大きく分けてしまえば、主人公に対して、敵か味方かでしかないんだけど・・

敵でありながらも実に魅力的な人物だったり、なぜか生き方に納得させられてしまうところがあったり・・
主役のバルサや、チャグム皇子であっても、心の弱さや闇を抱えていたり、

71Yw3g6cU8L.jpg


さらに、いくつかの近隣の国が出てくるんだけど、それぞれの国の風土と歴史の違い、民族国家の抱える問題や政策において、
帝国主義にするのか民主主義をとるべきなのか・・とか、かなり現実問題として考えさせられてしまうところもある。


また必ず出てくるテーマとして、現実社会であるこの世とナユグと呼ばれる、この世ではない精霊の住む世界の2重構造で書かれていて、呪術師や霊能力者などがフツーに登場してしてくる。



なんだか、そういったところに、私は肌で感じるようなリアリティーを感じてしまう。

だから、つい、ハマってしまうのかも(笑)



ところが、せっかくの小説や物語をアニメ化したり映像化してしまうと、わかりやすくてインパクトが強くなるという良いところもあるんだけど・・

私たちが想像を広げる余地が少なくなってしまう気がする。


一方的にこれだ~!と見せられるだけになってしまって、1つの筋だけになってしまう。

たとえ、そのとき、すごく面白かったとしても、心のどこかで、相手に押し付けられたもの、作られたものという意識があるせいなのか、リアリティーが感じられなくなってしまう。


リアリティーというのは「これって、現実に起こってるんだ」と肌で感じること


ファンタジーなんだから、リアリティーなんかあるわけない、という人もいるけど・・

いやいや、違う!


自分の住む現実とは違う別世界では現実に起こっている・・と生々しく感じてしまう感覚がある。

私にとっては、それがリアリティーだし、心の中に深く残って自分の血肉になっていくようなものだ。


残念ながら、そこが映像化したときには消えてしまうことが多い。



小説の場合、たとえば作者が10の伝えたいポイントがあったとしても、

あえてすべてを事細かく書かないことによって、読者の想像力を刺激して伝えることができる。
(ここらへんは、作者の優れた手腕によるものなんだと思う)

あとは読み手の想像力にゆだねることで、10のポイントが11にも、それ以上のものを引き出すことも可能になる。

作者のものから、読み手のものになる瞬間だ。

ところが、作者から一方的に与えられたものは、いつまでたっても作者のものでしかない(笑)

そこらへんが大きな違いなんだろうなあ。


それにしても・・こういった作品を生み出す作家さんて・・

何かが天から降りてきてるとしか思えない(笑)

天のメッセージを聞いて、人々にメッセージとして伝えてるような気がしてならないのだ。

それも・・とても客観的に、人々に委ねることによって。


守り人シリーズを読んでいても、さらっとシンプルで客観的に書かれているんだけど・・

それぞれの登場人物の心の変化や成長度合いがはっきりと見えてくる。

そういった作品だからこそ、数年経って読み返しても新たな発見があったり、別のメッセージを貰えるのかもしれない。

作者を通して別次元からのメッセージを、そのときどきに頂いてるような感覚がある。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子供の頃、「人生とは何か?」とか、「どう生きるべきか?」なーんて、直截な人生論が大嫌いだった。

そうゆうことを言う大人も、また、そういった本も大嫌いだった(笑)


そんなものは、自分とまったく違った考えかや生き方をしている人々に触れながら、自分で感じて自分で構築するものでしかないのに。


「人生を前向きに生きなさい」ってストレートに言っても、相手の心には届かないのに、

淡々と書かれた物語の中から、さまざまな登場人物の生き方をみているうちに、

「ああ、人生ってなんて素晴らしい! 何があってもシンプルに前を向いて生きてきゃいいだけじゃないか~!」


と、思ったりする。



私にとって良い作品は、そういった作品。

大文豪作品が必ずしもいいとは限らないし、語学の教科書に載ってる作品が良いとも限らない(笑)


そういえば、若い頃は、ロシア文学で有名なトルストイだとか、ドフトエフスキーなぞといったものも読んだし面白いなあって思ったこともあったんだけど、どうしても違和感が残った。

200px-LNTolstoy.jpg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A4

doft.jpg

この人たち、顔からして暗くて厳めしいしなあ~・・・・


おそらく、今思えばだけど・・過剰に言葉が多すぎるし説明が多すぎると思う!
(当時のロシア文学の特徴?なのかもしれないけど)



今では、むしろ、上橋菜穂子さんのファンタジー小説を読んでる方が、生き生きとした風を感じたり、
まったく違った世界がありありと想像できる。


読み終わった後、今いる自分の場所がそれまでとは少し違う風景にみえてくる。

どんづまりと感じていた現実でさえ、もう一度チャンレンジしてみるか~と、 新しい気持ちで思えるようになる。



そうゆうのが、小説を読む醍醐味なんじゃないかな~。

もちろん、ファンタジーだろうが、児童文学だろうが、ジャンル分けは関係ない。

22を超えていかなきゃ!

2月22日は高校時代の仲良かった友達の誕生日だったよなあと思い出した。

そのせいか、ふと22という数字がやたらに目に飛び込んできてしまう。


本棚でほこりをかぶっていた「22を超えていけ」 辻 麻里子という本が目に飛び込んできた。

51EEclxkhOL.jpg
22を超えていけ

おそらく10年以上前に読んだ本だったと思う。


当時の私はあまり調子がすぐれなかった時期だったのだけど、この本からキラキラと光輝くイメージが立ち昇ってるような気がして、気分爽快になったことを思いだした。

また読んでみようかなあ。



これは辻 麻里子さんご自身の体験で、幽体離脱してアカシックレコードにアクセスした体験を綴った本だ。


本文中ではアカシックレコードという言い方はしてない。 宇宙図書館と表現してある。


この本は、私のお気に入りの1つではあるんだけど・・あまり、人にはお薦めしたことがない。

なぜって・・幽体離脱とかアカシックレコードという言葉だけで引いちゃう人も多いから(笑)

自称スピリチュアル大好きという人たちでも、アカシックレコードにまで興味を持つ人は少ないような気がする。



とはいうものの、この本は単にふわふわしたスピリチュアル本でもなければ、教訓臭い人生哲学を述べてるわけでもない。

だから私は好きなんだけど。

また数字や幾何学模様が頻繁に出てくるのが面白い。(主人公のマヤの前生が航海士、建築家、だったらしいので)



それら図形を見ているだけで、キラキラした光を感じるのだ(私だけなのかもしれないけど・・)



・・・・・・・・・・・・・・・・



日本にも多くの霊能者さん(ヒーラー、チャネラーなど、すべてのサイキック能力を持つ人を含む)は多いだろうけど・・

それでも「アカシックレコードにアクセスしてます!」と断言してる方は少ないような気がする。


マヤ(主人公の女の子)のように、直接体験して、しかも詳細に記録しているのを他には見たことがなかったので、私はひどく興味を持ったのだ。


アカシックレコード? 
もちろん、私は存在するものだと思ってます。

インディー・ジョーンズのクリスタルスカルにだって出てきたしね~(←そうゆうことじゃないだろ!)

indiana_j.jpg



アカシックレコードの語源は、阿迦奢(Akasha)だそうです。

そう、サンスクリット語がもとになってる仏教で使われてる言葉です。

「虚空」「空間」というような意味だとか。


ところで・・ここで、虚空蔵菩薩っての、思い出しませんか?
   ↓
空海とシュタイナーの関連性

虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)、梵名アーカーシャガルバ(梵: आकाशगर्भ [Ākāśagarbha])
「虚空蔵」はアーカーシャガルバ(「虚空の母胎」の意)の漢訳で、虚空蔵菩薩とは広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩、という意味である(Wikiより)



kokuzobosatu.jpg
重要文化財 木造虚空蔵菩薩坐像より


空海さんは虚空蔵菩薩の恩恵を受けたんでしたよね・・。

虚空蔵求聞持法(こくうぞうくもんじほう)を百日の間に百万回唱えることによって。

つまり、空海さんは、これによってアカシックレコードへのアクセス権を得たんじゃないかな~。

それから長安に留学して戻ってきてから、多くの人々に教えを広めていこうとして仏教の新派を開いた。

仏教の教えというよりも、「大日如来と名づけた宇宙の真理」を当時の人々に伝えるために仏教を使ったといった方がいいのかも。

そう、従来の仏教とは違った、「生きるための教え」だったのだから。


・・・・・・・・・・・・・・

さて、久々のこの本を読み返してみて、あらたなことにも気がついた。


あれ? これってフィボナッチ数列じゃないか~?

0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377

*フィボナッチ数列とは「前の2つの数を加えると次の数になる」という数列のこと



これは、黄金比のことだし~。

golden-ratio001.jpg
デザインを美しくする「黄金比」について理解しよう!(身の回りにある黄金比)

*黄金比とは、近似値1:1.618、約5:8の安定的で美しい比率とされている。



この本文中にはフィボナッチ数列だとか黄金比なんて言葉は出てこないんだけど・・。

(たぶんマヤは9歳の精神年齢設定だからか? それとも著者の辻 麻里子さんご自身が、ただ夢の話を忠実に書き取ったのみで・・このとき知らなかったのか? だとしたらすごい!ことだが・・)



もちろん、昔は私も知らなかった。

前にダ・ヴィンチコードを読んで以来、よ~くわかるようになった。

おまけに、神聖幾何学という分野についても。

そう、どうしても・・私の頭の中では、ダ・ヴィンチコードを思い出しちゃうんですよね~。



神聖幾何学といえば、この本を読んでいくうちに、フラワーオブライフというのが思い浮かんでくる。

これ、古代から世界各地に残ってるんですよ。 この文様が!
ご存知でしたか?

1200-477703801-flower-of-life.jpg


エジプトの神殿にも、トルコ、キプロスにも、ダ・ヴィンチのスケッチにも残ってたし・・
      ↓
古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』


もちろん、日本にも。(狛犬が足で転がしてることが多い。)


komainu.jpg
古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』

子供の頃、どこかの神社で見た記憶があります!
なーんで毬を転がしてるんかな~!って思っただけだったけど。

もともとは中国から来たのかもしれませんね~。

こっちは、紫禁城の狛犬さん
    ↓
China-beijing-forbidden-city-P1000157-detail.jpg



まさに、神聖幾何学の模様も、神話の世界も・・私たちのために残された多くのメッセージなのかもしれませんね。

私たちに「気づき」を与えるために。



そのほか、ちょっとばかり本文中から気になるワードを拾ってみると、

●心をゼロポイントに置く

これは何度も出てくる言葉だ。

私も過去ブログで何度か、「ニュートラルな状態におくこと」なんて表現してたけど、 まあ同じことかと。


心をゼロポイントに置かない限り、データは正確には読めない。

(波立つ感情をゼロに保てなければ他者の本を読んではいけない・・というのが本文中にも出てくる)



この本によるゼロの定義は

ゼロ次元とは、仏教でいうところの「空」・・・ただし、空というのはからっぽという意味ではない。

多くの物質に満ち溢れていて、すべてを内包する多様性に満ち溢れた次元

つまり、ゼロとはすべてを含む。 プラスとマイナスのバランスがとれた状態

自然というのは、宇宙的な鼓動(リズム)➡ ゼロポイント





私は以前、メディテーションをしようと何度もやったんだけど・・すぐ挫折しちゃってました。


「心の中を無にする」ってのが、どうやっても出来なくって!

そうか~、プラスとマイナスのバランスがとれた状態なんだ!
心穏やかな、波立っていない美しい海を想像したとたん、すっとメディテーションに入れたことがあります。

無というのを、なーんもない空っぽにすることって思ってたからなんだなあ~って(笑)



●直感とは磁気(周波数・波動)を感じる能力のこと



●振動数(周波数)をかえるだけで物質化できる

たとえば水は、個体、液体、気体に変化するように・・

そういえば、何かを物質化させちゃうことができる幽霊さんがいるのも、そーゆうことなのか~と、妙に納得。

ある知人宅に女の幽霊が頻繁に出たそうで、必ずその後に床が濡れていたそうだ。
何度掃除しても、夜になると水がこぼれてる(幽霊のあとらしい)

そこで、この人、その水をスポンジに含ませて研究所に持ち込んで、成分分析をしてもらったそうだ。(やるなあ!)

詳しい分析結果は覚えてないけど・・(アルコール分がXX%に、なんとかかんとか・・で、ってヤツね)
結果は、こんな液体は地球上には存在しないだろ! なんだかさっぱりわからん!という解答だったそうな。



たぶん、意識(念)の力で目に見える物質化だって可能ってことなんだろうなあ。



●過去も未来も変えられる。

人の意識や心の持ち方で未来を変えることもできるのはわかるんだけど・・過去も?

そうらしいです。

過去のある出来事が起こったとき、強い怒りや恨みを感じてたことであっても、今現在、暖かい気持ちで思えるようになっただけで・・過去のデータも書き換えられるんだそうだ。

(アカシックレコードというのは、出来事を書き記しているというよりも、そのときの感情(意識)の記録だという。



●今この瞬間を生きること

過去生を知ること、未来を知ることは興味本位のものであるならば、なんの意味もないもの。

それは、過去と未来の記憶を1本に束ねて今というこの瞬間をよりよく生きるためのもの



●感情を持っているものは、たいていのものを創造できる

意識が宇宙を形成している(事象も天候もあらゆるものを)
つまり、ネガティブな言葉を使ったり、ネガティブ感情を持てば・・世界も自分も、そのようになるということ



●22を超えていけとは(22は現在の地球人の限界)

「汝自身を知れ」「汝自身で在れ」

簡単に言っちゃうと・・

22を超えるということは、既成概念や思い込みを超えること。
(それには、やっぱり・・ゼロポイントにすることが基本)

それを超えない限り、至れない道。


最後に、ちらっと面白いことが書かれてたんだけど・・
   ↓
●地球人は戦闘用と労働用の奴隷としてDNA操作によって作り出された


これ、まさに、ゼカリア・シッチン説だよね~。
ゼカリア・シッチン


これは多くの人には感情的に受け入れがたい説だろうし、まず日の目を見ることはないとは思うけど、

私的には、アリかな~と思っている。



そもそも、地球人がどうやって作られたかなんて、どーでもいいことだと思ってる。

限られた寿命しか持たない不完全なものではあるけど、

とにかく今存在してるわけだし、感情豊かに美やまごころに感動することだってできるし、
進化していくことだってできるんだから。


そう思うと、たとえ奴隷としてでも、最初に作ってくれた地球外生命体には感謝したい気持ちになる。


我々地球人を作った地球外生命体だって、また同じように何者かによって作られたのかもしれないし・・

魂があるということにおいては、み~んな同じことなんだし。



ただ、最後に、もうひとつ、こんなことが述べられていた。

こういったことを気づいてしまった一部の人たち(邪な心を持つ、自我の強い人たち)は、

民衆はあえてそのことに気づかず眠っていてもらった方が、操りやすいと考えたわけです。

そして民衆もまた、あえて自分の足で立つより眠っていた方がラクだと思っているわけです。

これが惑星地球を覆う支配構造です。




なーんとなく思い当たることもあるような・・(笑)


でも、私たちは自分の足で立とうと思えば立てるわけなんだし・・当時と変わらない奴隷になってるのはやめようよ~。



それは・・既成概念や世間の正直、思い込みから、離れて「自分自身で在ること」なんだと思う。

自分自身の生き方をすることは人の為に生きること


せっかく魂の望む「やりたい事」がみつかったのに、
現状では受け入れられそうもないし、生活だって成り立たないかもしれない!

なーんて思って断念してしまうことも、既成概念だったり、

ちょっとでも世間体を考えラクな道を歩もうとするのも、奴隷精神かもしれませんね。

奴隷のままでは、不安と恐れがいつも纏りついているのかもしれませんね。


誰もがお役目を持って地球上に生まれてきている
人のために役立つ何かを。



世間に合わせてラクに生きようと思うのを捨てて、本当にお役目(自分の生きがい)に気がついたとき、
そして、勇気をもって踏み出したとき、


必ずすべてが実現するものなんだなあ、と私は思っている。

だって、自分の意識が人々の意識が、世界を作っているんだったら、そうならないはずがないもの。

踏み出したとたん、必ず後押ししてくれる。


そんなことをあらためて感じさせてくれた本だった。

老子道徳経の英語訳み~つけた!

前回のブログ、フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)にもまた、ちょっと続いて



結局のとこ、私たちが気がつかなきゃならないことって、ここに尽きるんじゃないかな~!って。

また引用するけど、ここんとこ
   ↓

肉体精神性、そして霊性・・・この3つ

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性利他的に生きる能力が生まれてくる




本来それを知るために、子供の頃から「自然のしくみ」を勉強してきたはずなんだし、そもそも「学ぶということ」教育もまた、それを知るためのものだった、はず!

でも・・多くの人は学べば学ぶほど、優秀と言われる人ほど、そこから遠い世界へ行っちゃう人が多いような気もする。


Diploma.jpg


なぜなら、頭だけで学んでるから。

当然、教育もまた、そのように教育してしまうから。



ええっと、ロックフェラー家だったか、ロスチャイルド家だったか忘れちゃったけど、

財閥一族の跡取りの教育は、

現代の社会に即してトップに君臨するにふさわしく、社会を動かす人物に育て上げる



と、聞いたことがある。


事実上、こういった世界を手中にする財閥によって、庶民教育の場である各大学(特に有名大学)が出来上がってるわけだし~、

またその下の小中高だって、それに準じたスタンスになるのは当然ちゃあ当然のわけで(笑)



ここで一番の問題は、「現代の社会に即して」ってとこかもしれない。

教育の場に限らず、ほとんどすべてが「現代のあり様に合わせて」ってなっちゃってることかもしれませんね。

この現実の中で出世して上に上り詰める

この現実の中でビジネスを成功させる

この現実の中でお金を貯める方法


そうなりゃ当然、学校教育だって、

大学や高校受験に合格するための教育
(この現実社会の中で成功者にするため)



ってことにもなっちゃうわけです。


とーーっても、限定的な世界観だよなあ~。


その結果

既成概念なんてのが出来上がっちゃって、先入観やら個人の思い込みなーんてのに縛られちゃう。

この時点でもう、人間本来が持ってるはずの「霊性」だって、ぷしゅうぅぅ~と縮んじゃう。




本来だったら、「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」のためというのが究極の目的だと思うのだけど、

限定された世界では、それすらも「現代社会に認められれる」ってことに上限設定されちゃってる。
(もちろん言葉上では「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」と唱えられていたとしても・・です。)


あらら~。

それじゃあ、理想の世界に変えていく人なんて、なかなか現れるわけないだろうなあ。

世界を牛耳る人は現れても。



そういった現代だからこそ、

牛耳る人と牛耳られる人、善悪、美醜、白か黒かの、なんでもかんでも二言論発想になっちゃって、

悪い方、醜い方を徹底弾圧するようになっちゃう世の中になっちゃうんでしょうなあ。



それはまた、自分自身の心の中にまで向けられてしまって、

マジメな人ほど、

自分の悪い部分を弾圧しようとする。
必死で悪いところを消し去ろうとする




sick_kokoro_yamu_man.png

そりゃあ、心身を病むことになっちゃいますよ~。
なーんの解決にもならないし~。



前回、タオイズムについて書いたんで、ちょっとだけここで引用させてもらうと、

老子道徳経より第二章

原文
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。



なんだこりゃ? 模様にしかみえない。。。


そこで、

書き下し文

天下、皆美の美爲を知るも、斯悪のみ。皆善の爲たるを知るも、これ不善のみ。

故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、

音声相和わし、前後相したがう。

是を以って聖人は、為す事無きに処り、不言の教を行なう。

万物焉に作るも辞せず、生ずるも有せず、為すも恃まず、功成なるも居らず。

夫唯だ居らず、是を以って去らず。



うーーん、わかったようなわからんような(←結局わかっとらんのだ!)



それでみつけた、英語訳
    ↓

People through finding something beautiful
Think something else unbeautiful,
Through finding one man fit
Judge another unfit.
Life and death, though stemming from each other, seem to conflict as stages of change,
Difficult and easy as phases of achievement,
Long and short as measures of contrast,
High and low as degrees of relation;
But, since the varying of tones gives music to a voice
And what is the was of what shall be,
The sanest man
Sets up no deed,
Lays down no law,
Takes everything that happens as it comes,
As something to animate, not to appropriate,
To earn, not to own,
To accept naturally without self-importance:
If you never assume importance
You never lose it.

https://terebess.hu/english/tao/bynner.html#Kap02



こちらの英語訳は、Lin Yutang(1895 – 1976)さん(中国語作家、翻訳者、言語学者、哲学者および発明家でもあった)による1948年の訳

220px-Linyutang.jpg
https://en.wikipedia.org/wiki/Lin_Yutang

上海のセントジョン大学で博士号を受けたあと、アメリカのハーバード大学に奨学金を受けて学んだ人。
もともとはキリスト教から出発し、道教と仏教へ、そしてその後、再びキリスト教へと進んでいった人。




すごくきれいな言葉で、しかもわかりやすい。

こちらに訳してみた。(←拙い訳で申し訳ないっす。間違いもあるかもしれないけど・・)
    ↓

人々が美しいものを美しいと認識するとき、そこには醜さ(を認識すること)が生じてくる

人々が善なるものを全だと認識するとき、そこには悪(を認識すること)が生じてくる

生と死、これもまた互いから生じたもの、相反するステージの違いから生じただけに過ぎない

難しい易いは、達成したときの側面であり

長短は対比として測ったものに過ぎず
高低は相対する位置だけのものである。

しかしながら、トーンの違いは、声となり音楽となる。
生じたものから、また新たに生じるものへとなる

そこで聖人は
あるがままに扱い、起こるがままにまかせる
活気づかせたり、積極的に働きかけたり、何かを得ようともしない
なにもかも自然に受け止める(受け入れる) 決して自身の自意識を入れることはない。

自意識を持たなければ何も失うものもない



The sanest manをどう訳せばいいんかい?と思ったんだけど、原文では「聖人」だ。 なので、私も”聖人”って訳したんだけど・・
でも、聖人だったら英訳だったら、フツーは"Saint"だろうし。
でも、Lin Yutangさんが、あえてThe sanest manにしたってことは、「賢者、物事を道理を真に知る者」という意味で使ったのかもしれませんね。



拙い訳で申し訳ないんですけど、

物事の価値は相対的なものから生じるに過ぎないってことを言ってるってことはおわかり頂けたかと。

はじめ、日本語の読み下し文を読んだとき、私は、ちーっともピンとこなかったのだ。(←ただのおバカちゃんなのだが。)

美醜も善悪も同じこと?え? 同じのわけないだろーが!って思った。



これ読んであと、ふと、思ったのだが、般若心経(これもハートスートラの英語バージョンから理解した私だったが)も、非常に似てませんか?

ハート・スートラと般若心経と空(くう)

すべてが無、空と言い切ってるし。



さらに、岡野玲子さんの陰陽師を思い出しちゃって・・

その中で晴明さんが、友人の源博雅に、名と呪の関係を語るシーンが出てくるんだけど
(博雅には、またその話かい!と引かれてるのだが)

bb5aa1aa7fd9bfb3c8efee0dfed2ba35.jpg

呪とは名ではないかと
ふと思ってな・・・


12180d65a2c5e82412cc6cdda2116b49.jpg

山とか 海とか 樹とか 草とか
そういう名も呪のひとつだ
呪とはようするに
ものを縛ることよ
ものの根本的な
在様(ありよう)を縛るというのは
名だぞ



これは、名と呪 KAZZ BLOGさんより、引用させて頂きました。


こちらの文中にも

つまり、親が子供に「名前」を授けるように「モノ」に対して「名」をつけるというのは、「存在」を内的に概念規定する力を持つことである。無数にある世界の「実体」に対して、いかに「名」をつけるか。「名」によってそこに世界の一部が認識されることになれば、それは言葉という抽象化された記号によって「実体」を手中にすることになる。森羅万象に「名」をつけることによって人はそれを認識し、そして世界の構造を掌握して行こうという努力をするのである。
(山口 謠司「日本語の奇跡 <アイウエオ>と<いろは>の発明」より)
----------------

つまりこれが、陰陽師で言う「呪(しゅ)」であって、対象やあるいは自己(自己の思考)さえも固定する(固定してしまう)という「名」の力なのだと思う。




このように書かれていましたが、これもまた、根源は同じことを言ってるのではないだろうか?



私たちは、実に限定された世界に住んでるってことだよね~。

そりゃ、我々の脳だって限定された考え方になっちゃうわけだ~。


しかも霊性が使えなくなっちゃった脳は、

「世の中の善悪判断」しか出来なくなっちゃって、悪とジャッジしたものはバッサリってなるわけだね~。




でもまたここで、Lin Yutangさんの老子道徳経より第二章や、般若心経を思い出して頂くと、

すべては相関関係で中で生ずるだけのものであり、実体の無い空、



ならば、一方を排除することじゃなくって、

在るものは在るものとしてそのまま認識して、自分で次のステップに進めばいいだけなんじゃないかなあ?
(それはつまり1つに統合することになる。 決して無理やり葬り去るとか切り捨てることではなく・・)



それがまた、フルフォード博士のいう、

自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

なんじゃないかな~って思ったのだ。



もちろん、自分のパーソナリティーの問題に限らず、なにげ~に言う言葉・・

「あの子、美人だよね!」って言ったりする。

つーことは、美人と不美人の差をそこでつけたことになる(美人じゃない人もそこで生じるってことだもん)
あ、別にこれが良いとか悪いってことじゃないし、言ったらいけない!なーんてことじゃあないから。


でも美醜なんて、自分の頭の中で作られた幻影かもしれないし、

たとえ多くの人が美人と認めたとしても、その見た目はいずれは崩れるのかもしれないし、
また不美人の中に、ものすごい美人になる要素だって含まれているのかもしれない。

そういった理解&認識を持つことが必要なんじゃないだろうか?


またもこの図をアップしちゃうけど・・まあ、こうゆうことだよね。
     ↓
BRWJ2YmdUFozvhwSFQrg1spuJUVee6evEnEwFwfeWQpLsahL.jpg


こういったことは、

学校教育の中で学び過ぎてお利巧さんになっちゃった人には、なかなか理解&認識が出来なくなっちゃうのかもなあ・・
と、思ったのだ。



しかし、中には、学校教育やら時代の枠(限定されること)を超えて、自力で学んでいった人たちだっている。

これはみんな私の好きな人たちで、過去ブログにも登場してる人たちだったと思う。
     ↓

●空海・・平安時代初期の僧。 弘法大師で知られる真言宗の開祖

●ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)バルカン半島のクラリェヴェク生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者

●アッシジのフランチェスコ(Francesco d'Assisi)フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士

●ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)アメリカの神話学者

●二ールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)デンマークの理論物理学者、量子論の育ての親として有名

●ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose,)イギリスの数学者、宇宙物理学・理論物理学者

●二コラ・ステラ(Nikola Tesla)セルビアの発明家である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなど多数の発明や、「世界システム」なる全地球的送電システム

●アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)イギリスの博物学者、生物学者、探検家、人類学者、地理学者。




少なくとも彼らは、既成概念や時代の限定に縛られることなく追及していった結果が業績となったのだろう。



それにしても・・なぜか見事に男ばっかりだよなあ~



ずっと前に、岡野玲子さんが「イナンナ」を出版したときだったかに言ってた事だが・・

inanna01_fixw_234.jpg


彼女はベリーダンスを習い始めたとき、こんなことがわかったという。

5b98c072894dac4b56b2755b114b3ba0.jpg


「女性ベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。

陰陽師とか神祇官といった男性たちは、潔斎してお供えして星の名前を1つ1つ読み上げたりするような面倒な儀式を通して、
やっと同じことができるのに」



そうなのだ。

なんの教養も無く文字すら書けないようなド田舎のおばあちゃんが、強い霊性を持ち、

生まれながらにして、宇宙の真理を感じ取っちゃってるってことだってある。


どんなに教養を積んで社会に適合し言葉を巧みに操れる人だって、ぜーんぜん、その足元にも及ばない。


うーーむ。

ひょっとして昔は女性の方が生まれ持った「霊性」が、男よりも強かった?

琉球王国でシャーマンの地位にあったのは、ノロと呼ばれる女ばっかりだったことを考えても。

82bf8ea7.jpg
沖縄大辞典より


なんでだ?

昔は、

男は学問を叩き込まれることが多かったため、無理やり頭を使わされて霊性が退化しちゃうことが多かった?

女は学問を叩き込まれない分、自由に自然の空気を感じ取っていたから?



まあ、どうであれ・・・現代は男も女も大差なくなってしまった時代、

あまり頭だけを使い過ぎないように。


そ~だ!

みんなでバカになればいいんだ!
(←そういうことじゃないと思うが)

フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)

これは私がずーっと前に聞いた話だったけど、

ある出版社へお勤めの編集者さんが外を歩いているとき、ふと、すれ違った女性に、ぎょっとした顔をされたんだそうな。

目が合うと、その女性(すごく平凡な中年女性だった)が、

「あの~、あなたのバッグの中から、気味の悪い黒い霧のようなものがモヤモヤと立ち上るのが見えたもんで・・
いったい、その中に何を入れているんですか?」
と。


その編集者は、すぐに思い当たった!
今、頂いてきたばかりの原稿だ。

それは、ドロドロの怨念たっぷりが盛り込まれた原稿だった。 
むろん秀作で、ちかぢか出版する大事な原稿ではある。


しかし、その原稿は当然パソコンでタイピングされてた原稿だし、

直筆で書いたり、怨念こめた血文字だったり・・なーんてシロモノではない。(当たり前だろ!崇徳天皇じゃあるまいし~。
崇徳天皇の詳細は過去ブログで ⇒天皇国家を呪った崇徳天皇



それでも書いた人の念(エネルギーや波動)が籠ってしまうということなのだろう。
(見える人には見えるのだね~。)


「あなたも、あまり長くそれを持っていない方がいいですよ~。」

といって、その女性は去っていった。



本(印刷された本でさえ)には、それ独自の波動が込められている

それは今の私にも、よーくわかるようになった。

「とても心地良いもの」 「げーー!触りたくもない本」 「なんだこりゃ!と放っておくもの」


私には、この3種類のタイプの本があるような気がする。

もちろん、家に置くのは「心地良いもの」だけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人から、「これ、すごーーくいい本だよ!」と紹介された本がある。

もちろん、先に述べた意味での「良い本」


それが、これ。
   ↓
inochino.jpg
amazonより

簡単に紹介すると、この本はロバート C フルフォード医師 (Robert C. Fulford, D.O. (1905–1997)によって後年に書かれたものだ。

Robert C. Fulford, D.O.・・まずは、このD.Oというところに注目してください。


一般的なドクターには、M.Dという肩書がついていることが多い。

アメリカの医者には、名前の後につく肩書きがMDの人とDOの人がいる。(両方とも医学の博士号)


●MDとは、Doctor of Medicineのこと・・・これは、私たちもよく知ってる現代の西洋医学の方

●DOとは Doctor of Osteopathic Medicineのこと




オステオパシーというのは聞きなれない言葉かもしれないが、

オステオパシーとは、アンドルー・テイラー・スティル医師(1828-1917)によって考案されたもの

19世紀に流行っていた薬剤信仰を嫌い、本来備わっているはずの、自然治癒力を最優先する治療法を研究していた人。

その結果、どんな病気の人にも必ず筋骨格系の異常があり、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしていることをつきとめた。

それを解決するために、マニビュレーション(手技)を施してほどよい循環を取り戻すという方法を考案した人。



つまり、M.DとDOでは、カリキュラムと根本哲学がまったく違うのだ。



この本は、スティル医師のポリシーを受け継いだフルフォード博士によって書かれたもので、もちろん、医学的見地から書かれている。


簡単に言ってしまえば、

こころとからだは密接な関係で成り立っている

精神と体内を通して、順調に気が流れているときは健康なのだが、滞りができれば症状が出て病気になる。



ということだ。


さらに彼は、

気を生命エネルギー
滞りをエネルギーブロック

と呼んでいる。


エネルギー・ブロックがあると、いずれは病気の症状が表れてくる。

それは、遠い昔の古傷が原因になってることもあれば、精神的なトラウマだったり、欲望とのジレンマからくるストレスだったり・・
人によってさまざま。


その根源を突き止め、ブロックを解除する手技を行って、気の流れをスムーズに戻す、それが彼の治療なのだ。



日本では気(き)と呼ばれるけど、

中国では氣(ち)

インドではプラーナ



このように、何千年も前から、ヒポクラテスの時代から、ちゃーんと生命エネルギーの概念があったのだ。


そう、彼は、これを生命エネルギーと呼んでいる。


うーーむ。

今になってようやく、エネルギー療法、エネルギー医学という分野にも注目されるようになってきたけれど、

まだまだ、日本ではそういったものは「代替医療」扱い。

そんなものは似非科学と呼ぶ人がいるのもたしかなことだ。



自分の思い込み、先入観、既成概念、が捨てられない人には受け入れがたいのかもしれない。

しかし、今や世界レベルでみると、日本より他国の方が「生命エネルギーの概念」をどんどん取り入れてきている気がしてならない。

つい最近のブログ記事でもアップしたとおり
     ↓
「森羅万象は気で出来ている」という波動医療



まず、私がこれを読んですっごく驚いたのは、・・

南北戦争当時のアメリカに、気の流れに注目し研究した医者がいたということだ!

なんとゆう柔軟な思考なのだろう! この時代に!(←時代も国籍も関係ないってことだよね~。)



さらに、この本は、人の持つオーラにも触れている。

オーラとは生命場のことであり、肉体に生命力を導き入れ、その人に霊魂と気力を供給するもの
また、オーラは、固有の電磁場ともいえる。

動物にも植物にもすべてのものが、固有のオーラを持っている。




おそらく、オーラなんて言葉を聞くと、多くの人々は心霊現象とかオカルト分野の扱いにしてしまうかもしれない。

しかし、オーラの研究は、なんと1935年、エール大医学部のハロルド・サクストン・バー教授が、実験を重ねた結果、

「生命があるところには必ず電気的な特性がある。 周波数の高い電磁場がある」

という内容を論文として発表していたそうだ。

ある人々は、それを色で感知するというだけのことだ。



1935年だよ!!

こういった研究は、実のところ、多くの人によってされてきたのだろう。
しかし、そのほとんどが握りつぶされてきたのかもしれないなあ。



ここらで、なんとなく、おわかり頂けたと思うけど・・

この本は医学的見地から出発しているけど、宇宙や生命にまで繋がる本だといえる。



神の概念にさえ触れてるだから。(以下抜粋)

「普遍的な生命力こそ、創造主といわれる神の別名。

神はエネルギーという形をとって、われわれひとりひとりの内部にいる。

現代ではほとんどの人が、神は内部でなく外部にいると教えられている。
それが間違いのもとだと私は思っている」



これがプロテスタント王国のアメリカ人の言葉かい?とびっくりする方もいるかも(笑)



さて、内容紹介はここらへんにして、あとは目次だけを紹介~♪


一章 オステオパシーとはなにか
二章 宇宙の仕組みと人体
三章 健康が問い直される時代
四章 オステオパシーによる健康
五章 自己管理の秘訣
六章 穏やかな生 穏やかな死
七章 霊性を高める
八章 エクササイズ
九章 もっと知りたい人のために




最後にもう1つだけ、引用したい箇所がある。


人間の3つのからだ

人間は3つの存在が一体となってはじめて完成する


第一は肉体、第二は霊的な存在、第三は精神的な存在


・・・中略・・・

このように、我々が望ましい結果を得るには、その三つをほどよく兼ねそなえ、自然の真理と調和していきなければならない。
アンドルー・テイラー・スティルの言葉より




これを、フルフォード博士は文中で引用しながら、このように述べている。
       ↓

肉体、精神性、そして霊性・・・この3つ

オステオパシーの思想とタオイズムとの結合がわたしの思想の基礎になっている

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他的に生きる能力が生まれてくる





ああ、これはもう、完全に老子の無為自然の思想なんだな~と。

それが、なんとアメリカ人の中に、ちゃーんと宿ってたんだ~と。

私は驚くばかり・・・

BRWJ2YmdUFozvhwSFQrg1spuJUVee6evEnEwFwfeWQpLsahL.jpg
    ↑
この図が表しているように、
すべてをそのまま受容すること(決して二元論ではなく調和して一体となること)だと、私は思っているのだけど



しかしながら・・

老子のタオイズム(道)というものを、

むしろ日本人の方が、違った解釈をしている人が多い気がする。



ちらっとググってみても、老子の無為自然とは「素晴らしい処世術の1つ」、という解釈してる学者さんもいるし・・

自分を大きく見せようと見栄をはる必要もなく自然体でいなさいよ~という意味ですよ~、と自己啓発本の中で言ってる人もいる。


人によって解釈は違うわけだし、それが生きることの支えや癒しになるならば、それはそれでいいのだろうけど・・



でも、老子さん(←本当にこの方が実在かどうかはわからないそうだけど)が、本当に言いたかったことは、


私には、フルフォード博士の心の中に宿っているように思えてならない。


気(生命エネルギー)という概念がベースにあって、はじめて行きつくことが出来る解釈ではないだろうか?




そして、ここに行きついた人が、どこまでもどこまでも深い、利他的な生き方になるのは、
こりゃもう、自然の成り行きだろう。

自分や身内だけに向けられる愛だけではない、人々すべての向けられる愛


タオイズムの神髄、宇宙(自然)の摂理や調和も、そこにあるのではないかなあ~。

34073957cc453c70272786805546abf0.jpg


そこに行きついた人の書く本は、暖かい波動に満ちている。

この本をそばに置いておくだけで、私には柔らかな波動が伝わってきて、ほのぼのとした笑みが浮かんできてしまう。


多くの人がこの波動を感じるようになれば、それこそ、世界は変わると思うんだけどな~(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オフィスの同僚に、ミッシェルという香港人がいるのだけど、彼女は「気(エネルギー)の流れ」というのをよく口にする人だ。
食べ物にだって良い気と悪い気の入ってるものがある、といってる。
また、かなりの読書家なのだ。


私が日本から入手した本は、こちらの本なのだが、
      ↓
m75756472590_1.jpg


ミッシェルにお勧めすることにした。 (もちろん英語版を)

「ミッシェル! この本は、すっごくいいよ~。

私はこの本を何回読み返したかしら? 何人にすすめただろう?」



ミッシェルは目を輝かして、本のタイトルをメモった。



吉本ばななさん、ごめんなさい!

私は、ちゃっかりあなたの言葉を拝借しちゃいました。

まだ2回しか読み返してないのに・・・
今はじめて、ミッシェルにすすめたのに・・・


でも・・

私もまた、多くの人に読んで欲しい本だと思ったのだよ~。

土曜日の買い出しで地球を思う?(笑)

ずっと雨続きだったけど、今朝は晴れたのでさっそく食料品の買い出しに出かけた。


前に日本から来た人に、
「一人暮らしだったら、コンビニ行っちゃった方がいいんじゃない?」と聞かれたことがあるのだが、

見た目は一緒でも・・
f991cebd-f0f6-4209-8364-d5264057b11b_d.jpg

中はまったく違うのだよ。

covini.jpg
ここはエアポートに近いので職員さんがよく立ち寄る


日本だとコンビニがどこにいってもあるし、今ではスーパーよりも利用客が多いとか。
コンビニ独自の名物商品があったり、お弁当やら美味しいスイーツまであるらしい。

ところが、アメリカのコンビニ事情は違う!


旅行先で忘れたものを買い足したり、ちょっとした飲み物やスナックを買ったりするといった位置づけでしかない場所なのだ。

コンビニなんか行きたくないけど、しょーがない! 間に合わせに買うか~!というところ。

わざわざコンビニに行って、そこに売られてる商品をお目当てに出かけるなんてことはまずない。




そこで、私もスーパーマーケットに出かける。

たまには、日系のスーパーマーケットに行ってみよう!と思って、出かけたのだけど・・


あまりにも野菜がパック詰めになっていて、

これって帰ってから、いちいちラッピングとパックをはずして捨てなきゃならないんかい!と思ったら、なんだか急に嫌になってしまい、 いつものアメリカのスーパーに行くことにした。

こちらがアメリカのスーパーマーケットの野菜売り場
     ↓
20190209_101217.jpg

ほとんどの野菜は量り売りでパックされてないことが多い。


しかし、日系のスーパーに行くと、かなりパック詰め野菜が多いのに気がついた。

またゴミが多く出るし面倒くさいなあ。

それに、よっぽど日系スーパーでしか売ってない野菜を買うとき以外は
(たとえば、日本特有の野菜、小松菜とかレンコン、ゴボウなんかは日系スーパーに行かないと買えない)

同じものなら、アメリカのスーパーの方が安いのだ。

包装する手間と梱包材がないため、安いんだろうか?


ちなみに、現在の日本のスーパーマーケットの野菜売り場って、どーなんだろ?と、覗いて見ると、

4e6d430e-4e6d430e-135776_241937.jpg
https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2017/05/16/4411/

ひえええ~、 ほとんどの商品がパック詰め、ラッピングされてる!


こ、これじゃあ、いくらプラスチックバック(レジ袋)の無料配布を廃止にしたところで、ほとんど意味ないんじゃね?

「プラスチックごみによる海洋汚染への対策」、「石油消費量の削減」のため、日本でも廃止が義務付けられてきたらしいのだが、



レジ袋がなくなったところで、

1回の買い物で持ち帰った食品包装材をはずししてみると、 その体積は、薄いプラスチック袋1枚の何百倍?に値することになるんだろう?



海に流れ出て魚が食べれば、それは陸上の動物も人間も摂取することになるわけだし、

Archi-official-09.jpg

海洋動物から絶滅していくのも時間の問題。

18-message85-01.jpg


この現状を、わかってるんだろうか? 本当に?


たぶん・・レジ袋廃止法案を通した人たちは、実際にスーパーマーケットでお買い物したこともないような人たちなんじゃないだろうか?

3608a046a875a081731c13a3b36e4fea.png


そうでなければ、各先進国でマイクロプラスチック問題が大きくなりつつある今、足並みをそろえるためだけに法案を通した?
(それじゃあ、目的はただの政治だ!)

なんだか、そんな気さえしてきてしまう。。。


もちろん、これは日本だけのことではない。
アメリカだって同様だ。(たしかに、日本よりは包装は少ないんだけど)


私の周囲の人たち・・とくにアパート住まいの人たちは、レジ袋がもらえなくなったため、ゴミ出しのためのビニール袋をわざわざ購入するようになったくらいだ。

これじゃあ、各家庭の経済を悪化させるだけ?

ちーっとも海洋汚染防止に役立ってるとは思えないのだが・・。



まあ、昔から日本の過剰包装は世界でも有名らしく、叩かれてはいる。
    ↓
How Much Wrapping Is Too Much Wrapping

この画像だけをみても、お寿司1つ1つにプラスチックパックしてあったり、バナナ1本にまで(笑)

外国人から見れば、グレージーとして思えないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は先日、日本から本を送ってもらった。

日本の本屋さんから直送してもらったのだけど、開けてびっくり。

ダンボールを使った梱包で、中を開けると、本はプラスチックフォルムで美しくラッピングされていて(ぴたっと吸い付くように、しかも乱れがまったくないラッピング)

そのうえ、動かないように真ん中に止めてあった。

な、なんて美しいんだ!

まさに真綿に包んだような美しさ、
これぞ、まさに、新品という香りが立ち込めているかのよう・・。

すごく感動してしまったのだ(笑)

いやいや、こんなこと、日本にいれば当たり前のことなのかもしれない。



しかし、こちらでは、本屋さんに本を注文すると、

どこにでもあるような茶封筒に、ぽーんと本と領収書1枚を入れて送ってくるだけなのだ。

なので、こうなることだって大いにありえる。
    ↓
depositphotos_42198765-stock-photo-brown-torn-envelope-isolated-on.jpg

でも送る方も、受け取る方もお構いなし!


これが、かなり立派な有名ところの本屋さんであっても同様なのだよ。

こちらはBarnes and Nobleという有名な本屋さん、なかにはおしゃれなカフェまであるんだけど。

3300.jpg




どっちが良いのだろうか?

たしかに日本から受け取った方が、新品の香りがするし美しいし、そりゃもう感動もので、個人的には嬉しい!

でも、多量のゴミが出るのは確かだ。


昔のおじいちゃんなら、何もかも捨てずに置いてあとで利用すればいいのだ!と言うだろうけど(笑)
いまどき、モノを捨てなければ家の中が飛んでもないことになってしまう。


そうなのだ!
 「使い捨て」というコンセプトでビジネスが回り、我々の生活もすべてが回ってしまっている時代なのだから。




環境汚染を止めて自然を取り戻す? そのための世直しをする?


そりゃあ、出来ることなら私だって「正しい進化」の世界に戻したいとは思う。


こちらでも紹介した映画、「美しき緑の星」のような進化した世界へ。 進化した世界のモデルの1つとして。
    ↓
日本の常識・地球の常識・銀河系の常識



でも、そんなことが無理なのは知っている。

いくら、お買い物のプラスチックバック(レジ袋)を廃止したところで、なんにもならないように。




もしも現状で、熱い政治家さんが出現したとして、彼が強硬手段を取ったとして・・
全梱包用品の業者が丸つぶれになるし、あちこちに波紋としわ寄せが行き、経済上の問題も大きくなるだけだろう。

それよりなにより「便利」「清潔」「低価格」を重んじる、多くの国民感情が許さないだろう。


時代はそのように作られてしまっていて、今では、誰もがその路線を走っていくしかないというのが現状。


それを、

もしも、もしも変えられるとしたら、一人ひとりの意識を変えていくことしかないだろう。



そして、

意識が変わった人たちが、人々のためになるものを提供することからはじめる。


ほとんど儲けにはならないようなことでも信念を持って、実際に行動している人たちもいる。


完全無農薬の果物を育ててる人たち。

いまだに、昔ながらのおせんべい(全くの無添加)を焼いてる職人さん。

皮をなめすところから初めて、ハンドメイドのバックを作る職人さん。

現代医学と逆行したスタンスで治療するドクターたち。

親身になって接するカウンセラーたち。



まだまだ、いろいろな分野にいることだろう。


それが、どんだけ労力を使ってコストパフォーマンスが悪かろうが、彼らはお構いなしなのだ。


人は「本物」に触れれば、必ず、心を動かされる。
「商品」ではない「本物」には、1つ1つに愛が込められているから。



そういった人たちの作りだす物(または無形のサービスやアートであっても)、受け取った人の心に必ず染みわたる。

ひょっとしたら、そんな小さなことから始めた方が、多くの人々の心に浸透していくのではないだろうか?


少しずつ、少しずつではあるけど、浸透していき、多くの人の意識が変わっていく。

何が本当に必要なものなのか。

何が本当に大事なものなのか。

なぜ自然を守らなければならないのか。



いつか、みんなが心から理解するようになるだろう。


いくら声高に、自然を守ろう! 戦争をなくそう! なんて言ったところで、なかなか人の心や魂までは届かない。

愛あるものに触れたことのない人たちには無理!(笑)



それでも、

こんな世の中ではあっても、こういったこと教えてくれる人たち、素晴らしいものを生み出してくれる人たちがいる限り、

まだまだ、可能性に満ちていると思うのだ。


そして、

やっぱり私は、この世に生まれて幸せだなあと思う。

それでも猫は出かけていく

日本から送って頂いた本
       ↓
71AMOF3LFiL.jpg

この作者、ハルノ宵子さんは漫画家でエッセイスト
お父様は思想家で詩人の吉本隆明さん

吉本家で両親の看病をしながら、ご自身も癌の手術という状況になりながら

病気の猫&野良猫たちを抱えた奮闘記

それがさらりと書かれていて、

主役は猫たちでありながら、


読み進めるうちに、

ネコもイヌも人間も何もかも含めた「生物すべてへのリスペクトに溢れた」本なんだ~と気がついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読んでいくうちに、

私は自分の過去に関わった猫たちのことを思い出してしまい、どうにも先に進まなくなってしまった。


そこで、まずは、私の個人的なネコ話を書かせて頂こうと思う。
少しばかりお付き合いを。



私は20年近く、中野・高円寺付近に住んでいた。

中でも高円寺南のマンションには一番長く住んだ。

当時の私は猫2匹を飼っていて、同じマンションの住民たちも犬やらネコやらを飼ってる人ばかり。


そう、ペットだらけのマンション!


とはいうものの「ペット可」マンションではなかったはず。



マンションと呼ばれてたけど、通りから1本入った2階建で、
Villa Belbedere (ベルベデーレ宮殿かい?)というアルファベット表記の、御大層な名前がついた建物だ。


どこの家の入口も緑多い中庭に面していて裏には、これまた緑あふれる遊歩道があった。

アパートの管理人が常駐してるわけでもないし、ペット飼いにはおあつらえ向きのマンションだったかもしれない。

こっそり飼っちゃえ!  そんな奴らばかりが偶然集まってしまったのだろう。



うちの隣には、一人暮らしの若い男が住んでいて、彼は、般若顔の若いハスキー犬を飼っていた。

2492a83e-7e6c-41be-91f1-099bb0260618.jpg
動物のお医者さんのコミック本より


顔が合えば挨拶しよく世間話もした。



「せっかく買った爪とぎを使ってくれずに、柱でばっかり爪とぎしてしちゃうだよね~。

柱ボロボロだし~、オタクは犬だからいいですね~。」



「いやいや、とんでもない! ウチは壁にぼこっと穴をあけられまして・・先日壁塗りの修復したばっかりなんですよ~。

なんせ、ウチの、腕っぷしが強いもんで~。」



「は? 壁にぼこっですか~! 
お互いに苦労はあるもんですね~。」


「はいはい、なんだったら、柱の修復材も持ってるんで、お貸ししましょうか。」


「それはありがたい!」



住民たちは、こういった近所付き合いをしていた。




ある日、そこのマンションに若夫婦が引っ越してきた。

「妻は妊娠中なんです。 こんな動物だらけのマンションには住めません!」と夫が苦情を申し立てたという。

動物キライな人からみれば、もっともなことだ。 

ましてやそこは「ペット不可」のマンションなのだから!


しかし管理会社は、違法住人たちに退去命令を出すことも勧告することさえもしなかった。

気の毒なことに、その若夫婦は2か月ほどで出ていくことになってしまった。


みんなで法を破れば怖くないどころか・・そっちが通っちまう?

世の中そんなものなんか。 そうらしい。。。


外を歩けば、

vhp-161_main.jpg
https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E7%8C%AB+%E3%81%88%E3%81%95+%E7%9C%8B%E6%9D%BF/

こんなポスターを多くみかけたものだけど、


このマンションでは、

野良猫たちがいくら中庭を闊歩しようが住人が餌をやろうが、誰もクレームしない。

私のうちにも野良猫たちが通ってきていた。


ネコたちは、実にさまざまだった。


すごくフレンドリーで平気で家の中に侵入してくるヤツ、家猫たちを威嚇してまで家の中でボスに君臨しようとするヤツとか、絶対家には入らないヤツ、猫も人間も大嫌いで犬だけが好きなヤツ、世の中のすべてを怖がるヤツ、一匹の猫しか愛さないヤツ、いつもぼーっとしてるだけでさっぱりわからないヤツとか・・



野良猫たちもさまざまだったけど、マンションの住民もまたさまざまだった。

みんな、ペット好きだったのだろうけど・・


マルチーズに服をしょっちゅう着せ替えてるおばさん、(リカちゃん人形の代わり?)

いつもバンダナを巻いた柴犬と同居してる老年男。

シベリアンハスキーと同居してる若いサラリーマン(前述の人)

血統書付きのネコばかり5匹飼っている水商売の女



人もまた、それぞれだ。


ある日、

「血統書付きのネコばかり飼っている水商売の女」が、先住ネコのヒマラヤン♀を家から追い出してしまった。


「ぜんぜん懐かないしいつもビクビクしてるし、後から来たネコたちが嫌ってるから」というのが理由だった。

「あの子は外飼いにした方が幸せなのよ。 でも可哀そうだと思って家の前にゴハンはあげてるのよ。」
と、この女は言っていた。



気の毒に・・追い出されてしまったヒマラヤン♀は、ボロボロ状態で2階の女の子に発見された。

このネコは元チャンピオンキャットだったという話で、今まで家の外に一度も出たことがなかったことだろう。
サバイバル方法なんて知ってるわけもないのだ。

そりゃあ、外に追い出されれば、すぐにボロボロになるはずだ~!



このネコは、追い出されたからずっと敷地内の物陰に潜んでいたとみえる。


この2階に住む女の子、名前はワクイちゃん。

彼女は学生で、ネコは飼っていないが、超・ネコ好き。

いつも野良猫たちのためにネコ缶を用意してるような子だった。


ワクイちゃんが持ち出したネコ缶をみるなり、ヒマラヤン♀は、涎がダーダーと止まらなくなったという。

「何日も食べてなかったんだ! 絶対!餌なんてあげてないよ!」と彼女は言っていた。



それから、ヒマラヤン♀が来るたびに、彼女は毎日ドアの外でネコ缶をあげていた。

しかし、ネコはいつも怯えていたという。

「でもねえ、ぶっちゃんは、いつも怯えてるんだよ。
そっと触れようとしただけでも、声も上げずにブルブル震えだすんだもん。 触ることもできないんだよ。
いったい、何があったんだろうね?」
と、彼女は言っていた。

ぶっちゃん?・・・どうやら、ワクイちゃんは、ヒマラヤン♀に、ぶっちゃんという名前をつけちゃったらしい。



それから、数日たって

学校から帰ってきたワクイちゃんは、自分の家のドアの外に1匹の生まれたての子猫を発見する。


「ひええ! なんだこりゃ! 
誰かがうちの前に子猫を捨てたのかな?」



犯人はすぐにわかった!


あの、ヒマラヤン♀、いや、ぶっちゃんだった。

別の一匹の子猫を加えて、えっちらおっちらと、階段を登っている。


そして、またも彼女の家のドアの外に子猫を置くと・・


またも、もう一匹を咥えて運んだ。


合計3匹・・まだ目も開いてないない子猫が3匹


「これ、どーゆうこと? ぶっちゃんは、私に育てて欲しいってこと?」



「おそらくね~。

お嬢様育ちのぶっちゃんは、いきなり外に追い出されてしまって、どっかの野良♂にレイプされてしまった。

で、出来ちゃったものの、子育てなんてしたことないし、おまけに、ちょっと精神的ストレスで母性本能も壊れちゃってる。

どうしたらいいのかわからない!! そんでも、なんとか子猫を助けなきゃ~!と思って、

あ、そうだ~!2階のおねえさん! 私にご飯くれるいい人、こうなったら彼女にお願いするっきゃない!と

そんで3匹の子猫をせっせと運んだ。

なんとか、この子たちを助けてください!・・・そうゆうことなんじゃない?」




「一方的に思いを込められても・・私だって、目も明いてない子猫を育てたことはないんだけどな~。

学校もあるし~。」



と、彼女はぶつぶつ言いながらも、結局3匹の子育てをはじめた。



1か月半が経過しただろうか・・子猫たちはかわいい盛りになり、

その頃になると、ようやくぶっちゃんも、彼女と私に、すこーしずつ心を開くようになってきた。

優しく子猫たちを見守り、穏やかな表情を見せるようになった。

落ち着きを取り戻してきた頃のぶっちゃん
    ↓
buchan.jpg




その矢先だった。
突然ぶっちゃんが消えた。

3日たっても姿を見せない。

こんなことはありえないのだ!


臆病なぶっちゃんは、マンションの中庭から外へは絶対出ないネコだ。

交通事故ということも考えにくい。



情報通の「リカちゃん・マルチーズおばさん」に聞いたところ、

「なんでも、保健所かなんかが来て、あのヒマラヤンを捕まえて連れてったみたいよ。」

そんな馬鹿な~。

他にも野良猫はいるのに、あの子だけを連れてくってヘンじゃないか!


「私もよく知らないけどね~、誰かがわざわざ通報してあのヒマラヤンを連れて行ってくれ!って言ったらしいわよ。」


ワクイちゃんが、すぐに保健所に問い合わせたところ、
該当するネコはいないという。。。

そのままぶっちゃんは消えてしまった。


私たちは、ものすごく悔んだ。



このマンションの中庭に、いつもいるぶっちゃんが目障りだった人がいたということだ。

私たちが、ぶっちゃんや子供たちの面倒を見ていることも目障りだったのかもしれない。


しかし、ぶっちゃんの3匹の子猫たちは、それぞれ里親がみつかり無事引き取られていった。

shu.jpg

bea.jpg

3asobu.jpg


白と黒の子猫は、兄弟共に引き取られ、残りの白黒ネコは私が引き取った。

メグとなずけたこの猫は、その後、私と共に都内で何度か引っ越しをした後、ニューヨークに渡り、さらにロサンゼルスに渡り、18歳まで生きた。

ぶっちゃんが生きられなかった分まで生きたんだろうか?
ぶっちゃんの分まで幸せだったんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、同時期・・「ぴよぴよ」という野良猫がいた。


白と黒のブチの♀で、絶対に家の中には入ってこない臆病ものだった。
表情に乏しく、まったく声を聞いたこともない。


それでも腹がへれば、ベランダ側からやってきて、無言で何時間でも待ち続けている。

ピヨピヨ
  ↓
piyopiyo.jpg


しかも、前足をきちっとそろえて、じーーと不動の姿でいつまでも待っている・・そんなネコだった。


ある日、仕事から帰ってくると、ベランダに、また、そのネコが待っていた。

「いったいいつから待ってたん? 
お腹すいちゃったんだね~。 でも、家の中には入りたくないんだね・・はいはい! わかってますよ~。」


と、私が勝手にベラベラと話しかけてると・・

このネコが、私を見上げて、はじめて反応したのだ。 


微かに・・何か言ってる。

耳を澄ませると、すごく微かな声で、ぴよぴよぴよ・・と聞こえた。

命名: ピヨピヨ

それから、このネコをピヨピヨと呼ぶようになった。



さらに何か月か過ぎて・・

朝、出勤しようとドアを開けると、なんと・・そこにピヨピヨが座っていた。


な、なんで・・きょうはべレンダじゃなくって、玄関?
玄関で待ってるなんて、初めてのことだ!



しばらく見かけなかったピヨピヨは、ものすごく汚れて痩せこけていた。

さらに、何匹かハエがたかっている。。。



「ピヨピヨ! な、なんだって、こんなになっちまったんだ?
困ったなあ~。 すぐに出勤しなきゃならないんだよ~。 
きょうは大事なミーティングがあって構ってられないんだ!」



そう言いながら家に飛び込んで、水とエサを用意して、また飛び出すと、

そこにはもう、ピヨピヨの姿はなかった。


ん? なんで?

なんとなく後ろ髪を引かれる思いだった。 だけど、私は、そのまま出勤した。
当時の私は、ワークホーリックで何よりも仕事が大事というヤツだったのだ。


道々考えた。

ガリガリに痩せこけて汚くなって、おまけにハエがたかってた。

ひょっとして、あれは、死期を悟って最後に挨拶のつもりだったんじゃないだろうか?

それに・・いつものようにベランダのところにいなかったのは、ジャンプしてベランダに上がる体力さえ残ってなかったからだ!


そんなことを、私は後で気がついたのだ。


私は、大バカ者だ!
私は、なんで、あんな冷たいこと言っちゃったんだろう?

少しの間一緒にいてあげて、今までありがとう! 楽しかったよ!と、優しく撫ぜてあげればよかったんだ。

ゴハンが欲しかったんじゃない! ピヨピヨには食べる気力も体力も残ってなかったはずなのに。

私は、私は・・大バカだ~!

このとき、ひどく自分を責めた。 でも、すべては後の祭りなのだ。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、昔話をしてしたせいか、胸のつかえがちょっとばかし取れた気分。

本題に移ろう。



この本は前述したとおり、
吉本家で、「ハルノ宵子さんの病気ネコばかりを抱えた奮闘記」というべきもの。

それも、ほとんどが野良ネコの話なのだ。 家ネコですら元野良猫だったものばかりなんだから。



どんだけ、ハルノ宵子さんがネコへかける愛情が深いのか!

しかし、彼女の愛情は「ネコが大好き@、野良猫たちが可哀そう」という感情だけではないということに気づく。


世にネコ好きも多いことだろう。

「ネコが好き!」「野良猫が可哀そう!」という感情だけで、行動してしまう人の多いことか。(←私もその一人だった)


まず驚いたのは、ネコの病気に対する知識だった。

FeLVのキャリアの猫は発病してくると首のリンパのあたりを触るとわかるとか、ネコ砂の粘着具合で尿の状態がわかるとか・・
さらに獣医師の力量まで見極めている。


野良猫が姿を見せなくなったときは探し出し、死んでいる場合、どのようになくなったのか実地検分したり、推理・検証までしてしまう。 

好きという感情だけのネコ好きだったら、惨たらしい死体なぞ見たくもないだろうし、おそらく目を背けてしまうことだろう。


しかし、どのような状況でどのようにして亡くなっていったか、それを知ることで、その猫の人生を共有してあげたことのように思えるのだ。

それが哀悼ということではないのだろうか。


辛い、惨たらしい、可哀そうすぎると、目を背けてしまうのは私たち人間側の感情に過ぎない。
好き、かわいい!というのと、同じ感情でしかないように思える。


「好き」と「愛情」の違いは、そこにあるのだろう。


愛情があるからこそ、よく観察し病気への知識も豊富になり、鋭い直観も働くようになり、咄嗟の判断力もできるようになる。

それはまた、★それぞれのネコの生き方を重んじるということになる。

個々の猫の生き方を重んじているのだ。

アメリカでも迷いネコや弱った猫をみつけた場合、

「レスキューセンターに連絡して保護、病院で治療して、里親探しをして家の中で飼う」というのがセオリー通りなのだけど・・

それがすべての猫に当てはまるわけではないということだ。


外生まれ外育ちの野良猫の中には、どうしても家猫にはなれないネコもいる。

家に閉じ込められただけでストレスになったり・・

病院に連れていかれるということは、「宇宙人に誘拐されて体中をいじくりまわされる」ような恐怖とショックになる子もいるだろう。
(と、文中にも書かれていたが)

ビビりネコのくせに芯が強いというネコもいるし、

病院に連れていかれただけで、かえって命を縮めてしまうこともあるだろう。

まさに、個々の猫によって違う。


生きるということは、ただ命を長らえればいいということではないはず。


彼女は、それぞれの猫たちの生き方を感じ取り、個々に尊重している、ということだ。


私は、渡米してからアメリカ人たちに、よく聞かされた言葉がある。

「愛とはリスペクトすること」 「愛とリスペクト」


多くのアメリカ人がそう言う。

リスペクト : respect

日本語にすれば、「尊敬する」とか「尊重する」ということになるんだけど、なかなか、それを愛とセットにしている人は少ないのかもしれない。


好きだからこそ、相手の生き方を尊重する

それは自己中の感情から離れ、相手の生き方を感じ取り、時にはサポートし、時には黙って見守る

そういった、客観性、理性的なことさえも含まれている気がする。


だから、辛い結末になったとして、それがどんなに悲しかったとしても、後悔することはないし、また立ち上がれる。

つくづく、そんなことを感じた。



そして猫たちのサイドから見れば・・

彼らは、どんなときでも、今一番したいことに全力を傾ける。

病に侵されていても、今、一番行きたい場所に這ってでも行こうとする。

今、一番会いたい人に会おうとする。


なんて、清々しい生き方なんだろう。


そんなことを感じさせてくれる本だった。

「森羅万象は気で出来ている」という波動医療

つい最近、ミニレヨネックスなるものを購入して、なかなかご機嫌な私です。

minirayonex.gif

小さな手のひらサイズのもので、電磁波防止のために入手しました。

毎日仕事でもプライベートでも、パソコンとスマホと共に生活してるようなものだし、生活空間すべてが電磁波に囲まれてるわけですからね~。


私の場合は目の疲れがひどくて、目からくる肩こり、頭痛になることが多いです。



おそらく現代の私たちの生活の中では、スマホを常に持ち歩いていて、スマホを見てる時間も一番長いことを考えると、
スマホが一番の原因かもしれません。


こちらでは、今、スマホを買い替えるときには、SAR値をチェックしてから購入するという人も増えてるくらい。

SAR値(specific Absorption Rate)= 比吸収率のことで、

こちらをご参考に
   ↓
「SAR値」って何?!



また、電磁波が脳腫瘍や癌、自閉症などの病気を引き起こすともいわれていて、現にカリフォルニア州では、こんな指針も発表されてます。

アメリカで話題"スマホと脳腫瘍"の関係性 カリフォルニア州は指針を発表


しかし、日本の総務省のページなどを覗いてみると、

電波の人体に対する影響 総務省

熱作用については、前述“5.安全のための基準”で説明しましたように、電波防護指針により守られていますので、熱作用により健康に悪影響が生じることはありませんし、がんやその他の健康に対して悪影響を及ぼすとの根拠は見つかっていません。



と、書かれていたりするので、

電波防護指針により守られているんだし、病気になるような根拠がみつかってないんだから大丈夫!と思う人たちも多いのかもしれません。


でも、私は・・

絶対やばいだろ! なんとかしろよ!と、前々から体に言われていて・・こりゃあ、なんとかしなきゃ!と思った次第です。


おまけに私のスマホ、充電口がダメになってきたらしくって、充電がスムーズにいかなくなってしまったため、ワイアレス充電器に変えたのだ!

こんなヤツ
 ↓
fc2blog_2019012806343011d.jpg


たしかに、充電はラクだし、便利なんだけど・・

これって、電磁波ダダ漏れ状態だろ!と(笑)


そんなわけで、ミニレヨネックスなるものを購入したわけです。



ドイツでは、波動医学という分野も多く研究されているようで、レヨネックス社はそのひとつ。

パウル・シュミットさんという方が、量子論、ダウジング、東洋医学の三つからヒントを得て、バイオレゾナンス理論を確立したそうです。



syumit.jpg

ミニレヨネックスは、そこの商品です。
レヨネックス社のサイト




ここの記事にもあったんですが、

西洋医療と東洋医療 341243 ドイツ人パウル・シュミットによるバイオレゾナンス・メソッド

驚異の治癒率85%~ドイツ波動医学の挑戦 るいネットより


すべては振動でありその影響である。現実にはなんの物質も存在しない。すべてのものは、振動で構成されている。

というのは、私にとってはすごくしっくりくる言葉です。



少し前にも、こちらの中で、
見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

天体ですら、それぞれの音(周波数)を出しているし、私たちの体、それぞれの臓器も固有の周波数を持っているなんてことに気づき、


ずーーと前から、周波数(音)とDNAは深く関係してるのかもなあ~ということが気になってました。
  ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽


そんなことを考えていくと、

「あらゆる病気は、波動エネルギーの滞りや乱れが原因です。私は医者ですが、私にできるのは、その滞りを解消することだけです。実際、それだけで患者さんの85%は治っています。」
ドイツの波動療法家のエルマー・ウルリッヒ氏より


ああ、そうだろうなあ!と自分なりに納得できたわけです。



もうひとつ、最近、イメディスというものがあることも、教えてもらいました。

こちらは、ロシアで研究されたものだそうですが、今、日本にもイメディス・ジャパンというものが、あったんですね~。


これも考え方の原点は同じです。


イメディスというのは、ロシアのイメディス社(IMEDIS) が開発した医療システムの総称で
量子物理学に基づいた共鳴療法、ホメオパシー療法、漢方治療、西洋医学等を総合的に組み合わせた医療システム




波動共鳴機器を使って、その症状を作っている原因は何か?がかなり細かいところまで、特定できるようです。


フツウの病院にいくと、いまだに「抑えたり」「治すため」に治療が多く、薬を処方されるものの、
原因を追求してくれることはほとんどなかったり・・

私は30代初めに子宮筋腫になって手術したことがあったんだけど、先生に原因は何でしょうか?と聞いたら、

「さあ、原因なんてないことが多いですよ、まあ、子宮筋腫なんて最近よくあることですよ~」と言われ・・

え? 原因がなくて病気になるんかいな!と(笑)

高齢者ならば、年のせいで仕方ないですよ~と言われちゃったりするんでしょうね~。



でも病気になるのは、必ず日常生活の中で原因はあると思うんですよね。

原因もわからないくせに、症状だけ抑えるとか、悪いとこは切っちゃえ!とか・・どうも、すっきり出来ない部分がありました。
実際、私の子宮筋腫は大きいし数も多いんで子宮ごと取っちゃいましょうと言われて・・なんか違うんじゃね?って気がして、3件も病院を変えた結果、筋腫部分だけを切り取ってもらいましたが。


原因のすべてが解明できるようになったのは、すごいことだと思います。 マジで!


しかも、物理的原因だけではなく、精神的要因となるもの、

自分で持っているネガティブ要因やら、おそらく人から受ける怨念(生霊?)なんてことまで、究明できるようです。



病院にいっても解明できない霊障で悩んでるときは、ぜんぜん知らない霊媒師さんや神主さんに半信半疑でお願いするよりも、イメディスの方がいいかもと、思ったりする私(笑)

残念ながらアメリカにはなさそうだなあ。



そして、ミニレヨネックスにしても、イメディスにしても・・・

ロシアの科学者たちは、今までオカルト分野とされてきたようなことまで、今では総合的に研究する体制が作られていること。(レヨネックスはドイツだけどね~)


ジャンルは違うけど、ロシアの科学者によって、こんなことまでプレリリースされたようですよ。
   ↓
【歴史的偉業】ロシアの科学者が「錬金術」の実在を証明! 核廃棄物も黄金に変える“元素変換”のメソッドとは!?

spookey.jpg


錬金術はありえない! 不可能!と言われ続け、そんなものを研究する人たちはバカ扱いされて、学会では相手にもされなかったと聞いてたのに~。

たぶん、日本で研究する人jはいなかったと思いますよ~。
やる気満々でも、研究資金を出してもらえないとか、研究をつぶされるとかして~。



そういえば、DNAの研究家で周波数でDNAの修復を発表した、レオナルド・ホロビッツ博士もロシアの科学者でしたもんね。



老子のタオイズムだとか、「森羅万象は気でできている」 病気は「気の流れが滞ったとき」というのが、東洋の伝統的考え方だったはずなのに、

今では、こういった考え方は、むしろ、ロシア・ドイツの方が進んで研究されてるような気がします。


日本では、東洋占星術の占い師さんでさえ、「病気になったら医者に行って薬うのが一番」って思ってる人もいて~、
ホリスティック医療の話をしただけで、鼻で笑われちゃったこともあるくらいだから。


当然、日本のお医者さんでさえ、波動医療なんてものはトンデモないニセ医学だ!と断言されてる方もいるようです。

アメリカにもイメディスは入ってないようだし、ミニ・レヨネックスは、
Integrated Veterinary technology LLC.というところが、代理店になってました。

bannerivettusaennewadress-49768.jpg
http://www.rayonex.us/#modal_close

いやあ、Veterinaryって獣医さんじゃないですか~?

ペットの病気治療に波動治療を用いるということが最初だったようです。
いきなり人間用にするには、アメリカでは政治的?圧力がかかったのかビジネスには出来なかったのか・・そこらへんは不明です。


さて、ミニレヨネックス、効果のほどは、まだはっきりわかりません。

持った瞬間に効果が表れるものでもないのだろうし、
ミニだけあって、ちとばかしヘナチョコなのかもしれません。

ただ一度、眠りに落ちる習慣に、心地よい音を聞いた気がします。

ああ、この音が私の体内に吸収されてるんだなあ~と。

のろまなカメさんで、ウサギさんのシュワワワ~という足にはかなわないけど、

450-20150507155311143407.jpg

それでも、静かに地道に働き続けてくれてる気がします。



結局のところ、波動や周波数というものも・・

目に見えるものだけを信じるか見えない存在も信じるか・・ということに尽きると思います。


また、目に見えない存在を上手に利用して騙して売るというビジネスだって存在することも確かです。


私が信じるものは、最終的には、自分の直感だけ。

こっちだよ~と、いつも、もう一人の私に教えてもらってる気がします。



熱が出たとき 熱を下げる?上げる?

前回の本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日から、ちょっと続きを。


風邪を引いたとき、どうする?


それが、各国によってそれぞれ違うのが面白い~。
    ↓
熱が出たら水風呂に入れ!?海外の驚き「風邪の対処法」 Never まとめより


昔の日本では、


●安静にして暖かくして寝てること

●熱が出たら水枕などで頭を冷やす

●首にネギを巻く(←臭くって・・寝てられないだろうが。。)

●お粥 

●お風呂はダメ

●玉子酒を飲む

   ↓
tamagozake_tamagozake.jpg
http://chabuu.sblo.jp/article/26049490.html


これ、ブランデーかラム酒で作れば、エッグ・ノックだね~♪ (←私は結構好き!)

【風邪の妙薬】玉子酒の効用・いろいろレシピまとめ【卵酒】より参照




現在では


風邪がちょっと酷くなるとお医者さんに行く

●数種類の薬が処方される



これが日本の習慣&常識のようになっている。



ところが、一方で風邪を引いたくらいでいちいち医者に行かない!という国も多い。

行ったところで、風邪ならばドクターも処方箋を出さない国もある。 肺炎になればまた別だけど・・。

そういったこともあって、

彼らは、それぞれのホームレメディーに頼ることも多いようだ。



アメリカでは、風邪を引くとホットコーラを飲む人もいる。(そこに、レモンを絞ったりハチミツを加えたりする場合もある)
私も医者にコーラを進められたこともあるし(笑)

ロシアはウォッカだったり、メキシコじゃテキーラだったり(笑)

酒好きにはたまらないだろう。  結構・・風邪引くのが楽しみになったりして~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回、はじめて本格的な風邪をひいて「野口 晴哉さん流」を試したのだけど・・

その1つに、

熱が出てきたら、無理やり頭を冷やしたりしない。
(もちろん解熱剤もダメ~!)

逆に後頭部&首の周りを温めて、熱をあげるようにする。




というのがあるんだけど・・これは私にとっては、とてもよかったように思う。

そのおかげで、早く治ったと思う。


ただ・・・

多くの日本人の常識は、

いまだに「熱が出たらすぐに冷やす」のではないだろうか?

または、解熱剤を使う。



「無理やり熱に対抗して冷やす」方法をとる。



こちらの小児科医の先生も、「熱が出たら冷やす」方法を進めている
      ↓
https://select.mamastar.jp/214683

1510011652-d9b6f4554ead74cebd62effb6a671a52.png



私は自分自身の体感から、また、今までで一番早く治癒してしまったという経験からも・・

「熱が上がっていくに任せる、それを妨げない、むしろ応援する」ことがベスト、と確信できたのだけど・・


それを医学的に証明したような論文?などはあるんだろうか?

ふと、そんなことを思い、さんざん探したのだけど・・なかなかみつからない。

やっと・・みつけたのは、In Deepさんのサイトだった。
(しかも、すでに翻訳してくれてるサイトだし・・
     ↓  
熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明

この文中にも、あったけど、

「感染症を治癒するための体内のメカニズムは体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」



こちらも文中からの引用
   ↓
シュタイナーさんもまた、こんなことを言ってたんですね~・

生体はその損傷に反抗し、防御力を用います。この反抗が通常、熱なのです。

熱は、人間のなかの治癒力の呼び声なのです。熱は病気ではありません。

損傷を直すために、人間が自分の生体全体から力を呼び集めているのです。

病気において、熱は最も慈善的で、最も治療的です。

損傷を受けた個々の部分は、みずから治癒できず、他の側から力を得なくてはなりません。それが熱として表現されるのです。





さらに、ヒポクラテスさんまで。
    ↓
「患者に発熱するチャンスを与えよ。そうすればどんな病気でも治してみせる」


こーんな紀元前のヒポクラテスさんから、シュタイナーさん、我が国では野口先生も、同じことを言ってたのに・・・

そして、すでに、「体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」ということが証明されているのに。


なぜ、いまだにお医者さんでさえ、マ逆の方法をとることを進めるんだろう?

不思議だ~!


●一説には、高熱が出ればそれだけ体力を消耗するから。

(これは事実だけど・・みなさん、そんなにも体力が無いわけ?
生来からの虚弱体質とか、長患いでボロボロ状態になってるとかなら、わかるんだが・・)


こうやって赤ちゃんのときから、発熱すればすぐに冷やし、薬で無理やり熱を下げてもらってきた人たちが、虚弱体質に育ち・・
ますます病気をしやすくなり、ますます薬漬けになっていくという悪循環を作り出しているのかもしれないなあ。

なーんて思ったりする。



結局のところ、

小さな世界だけの「常識」に囚われず、

どの方法が正解か? それは自分で選ぶことだと思う。



おそらく・・何事においても!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<参考>
子供の風邪!ご家庭でできる予防法と対処法。薬を使わない、正しい知識で病気を治そう!


https://www.tbsradio.jp/215580



こちらは武田コンシューマーヘルスケアさんのWebpage
     ↓
かぜの熱 下げる? 下げない?

本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日

去年のブログにもアップしたんだけど、
    ↓ここ
野口 晴哉さんの「風邪」の必要性

野口晴哉さんの本を読んでから、本格的な風邪をひいてみたくて待ちに待ってた!


皮肉なもので、ここ3-4年、いつも軽いひきはじめで、すぐに治ってしまうような風邪ばかりだった。

もちろん、本を読む前は、私だって、ちゃんと本格的な風邪をひいてた、治るのにも数日はかかっていたものだ。


たぶん、その原因は、風邪薬を飲まなくなったことしか考えられない・・

か、超・ブラシーボ効果を受けやすいのか?


どっちかだろう。


まあ、そんなことは、どっちでもいい!


今回は、完全な風邪になったのだから♪

いつものように出勤してたところ、昼頃から頭痛がしてきて鼻がムズムズしてきたところで早退。

夜になると鼻水はさらさらと流れ、頭はぼーっとして涙目、
どんどん熱が上がっていくカンジがする。

きたきたきた~!


この本をつかんでベッドにもぐりこむ。(すでに読んでるのに~!またかい!)

kazenokouyo.jpg


ふむふむ、

人間の体で大事なのは、弾力性なんだよな。

筋肉の弾力性だけでなく、体中すべて、血管だって弾力性か・・さすが、整体師の先生らしい表現だし、ぴったりな表現だよな~。

血圧が高いから高血圧というよりも、血管の弾力性かあ。


癌になったり、脳溢血、糖尿・・そういった病気のほとんどは突然ってわけじゃなく、風邪をひかない(風邪をひけない)体になってしまってる

または、風邪をひいても薬などを使って無理やり治したりしてしまうから。




ふんふん、そーだったよな~。

と、読み返しながら、またも納得する。

風邪は体のこわばりを直して、弾力性のある体に戻そうと調整してくれる、ありがたいものなのに、
   
  ↓(本文からの引用部分)

風邪を治したり、予防したり、風邪に鈍くなるようなことを講じているからです。

例えば、冷水摩擦やいろいろな鍛錬をして風邪を引かなくなったとしても、

れ、冷水摩擦って? 昔 聴いたような・・?
DWT1TfqUMAE6Vri.jpg
https://twitter.com/adgjm98867224

それは体中顔にしてしまったようなもので、まあ川越人足と同じようなものです。

脳溢血などをやる人をみると、そうゆう冷水摩擦組というのが非常に多い。



か、川越人足って・・今の人、絶対知らんやろ~(笑) 
若い頃からオヤジ趣味の、時代小説ファンの私は知ってるのだが・・


橋の無い川で旅人を渡すおっちゃんたちのお仕事で、

81306024003289.jpg
https://kotobank.jp/word/%E5%B7%9D%E4%BC%9A%E6%89%80-48180


こんな、おっちゃんたちだったらしい。

650x_10779969.jpg
https://4travel.jp/travelogue/10779969

そりゃ、そーだよね~。 いつも真っ裸で、体中顔だわ!


つい、笑ってしまう~!

さすがに、2度目に本を読み返すと、そこじゃないだろ!というところまで目に入ってしまって面白い!

野口先生という人、なかなか辛辣なユーモアがある人だったのかも~♪と楽しくなる。



それにしても、本を書く人って大変だなあって思う。

風邪を上手になるべく早く経過させる方法の1つに、お風呂の入り方を書いているんだけど・・

お湯の温度は健康人の平均で42度と書いたところ・・

ある奥様は、旦那様がぬるいよ~!といってるのに、42度って書いてありましたから!と言って沸かしてくれなかったとか・・

子供が熱い!と泣いても、これに入らなければ正常じゃないっていって無理やり入れちゃったとか・・。

自分で胸椎5番を触ろうとしても触れないんですけど?と電話でクレームしてくる人がいたとか。


いやいや、これじゃあ、物書きはうっかりしたことは書けないだろうなって思う。


同時に、昔の人は(初版されたのは昭和37年)、なんとまあ融通がきかないつーか、本質を捉えられないコチコチ頭が多かったんかな?と思ったものだけど・・・



よー考えてみると、今の人の方も似たようなもの? いや、もっと、ひどい?かもしれないと気がつく。

現代の書評を読んでみたところ、

もちろん絶賛してる人も多いんだけど、なかには、

●胸椎5番なんて、専門用語を並べられても図解も説明もなければわかるわけないし、実際には役にたたないと思う。

●蚊帳の中に子供を入れろと言われても、いまどき蚊帳がないんだから、実践的な本とはいえない。

なんてのもあった。

たしかに、今の人たち、蚊帳を知らない人だっているだろうけど・・

こうゆうヤツね~
 ↓
270px-Kaya-s121-10.jpg
wikiより 蚊帳


だけどね、今だってあるんだよーん。 こうゆうの、私、持ってたもーん。

mosquito net

アメリカにだって売ってるし、日本だって渋谷の東急ハンズで売ってたもん(←おい!ざっと10年前の話じゃないか!)

こんなのもあるし~。

rBVaJFmoF0aAWlA7AAO48zgNAFk686.jpg

探そうと思えばあるもんだよ。


そもそも、蚊帳に入れろ!っていってるわけじゃないだよね~。

何のために? ということを考えてみればわかることだと思うのだが。


昔日本では一般的に使われてた蚊帳って、ただの虫よけだけじゃなかったことがよーくわかります!


いやあ、大変ですね~。

まだまだあります! 野口先生の苦労話が!(笑)

赤ちゃんに石鹸を使わない流儀を色々な人に進めたら、石鹸会社からクレームもらっちゃったとか。

そりゃまあ、そうでしょうね~。

この時代は、まだ、石鹸はセッケンしかないという時代だったでしょうし、純石鹸とかアトピー用とかって言葉もなかったかもだし・・。

むろん、野口先生だって、そんなものができるとは知らなかったでしょうし~。



ベッドの中で読み返しながら、今回はそんなことばかりに目がいってしまう私だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

突然、ニャンコセンセーが耳元で大騒ぎをしだした。

「ん? ゴハン? さっき食べただろ!」

sironekookoru.jpg

「あれは昼前だ! 今何時だと思ってるんだ!」 (←怒っとるわい)

仕方なく起き上がる。

ベットを出ると寒気、きゅうに熱がまた上がった気がしてフラフラしてきた。


今、私の体温って?

ところが、アメリカに来てから体温計なるものを持ったことがないことに気がついた。
(アメリカ人は小さな子供さんがいる家庭以外、常備してないことも多い・・そうゆうとこアメリカナイズされてしまってるのか?)


そうだ! こうゆうときこそ、野口流風呂の入り方だ!

風呂に入って、いちおう温度を図ってみようと思ったものの・・

ありゃ、温度計がない!

ターキー用の温度計じゃだめだよな~。

これのこと。
  ↓
how-to-use-a-meat-thermometer-on-turkey.jpg

やっぱ、アメリカナイズされてるのか?

ま、いいか~、

適当に。 心地よい体感温度で入ってればいいか!


と、思っても・・・

アメリカの風呂は、ごろーんと寝て入る湯舟だし、沸かせるお風呂ではない!

すぐに冷めるし、熱湯を長く出し続けてると・・出てくるお湯までもが温度が下がってくる。(←古いアパートの特徴)


ま、いいか~。

適当に湯舟から上がってベッドでごろん。

今度は後頭部と首筋を温めるために、ホットタオルを巻いて寝る



そして、さらに本の続きを読みだすと・・


またも、激怒ネコ登場

sironekookoru.jpg

「かんべんしてよ~! 今度はなに?」

「きょう1日、なーんも遊んでくれないやんか!! (←ネコ語でしゃべってる)

「熱があって、病気で起きられないのよ~」

「嘘だ! 本読んでるやんけ!」
と、本の上に、どさっとケツを乗せられる。


ひええ~、ま、いいか~!

と、起き上がり、猫じゃらしを振り回し遊ばせる。


「さ、もういい?」と私。

「まだまだじゃい! 今度はネコトンネルごっこだ!」

そんな~過激な~。


ネコを飼っている方なら、ひょっとしてご存じかもしれないが、こうゆうネコのおもちゃがある。
    ↓
3waytunnel.jpg


今のとこ、ニャンコセンセーのお気に入り。

この周りを、私も、ぐるぐる走り回りながら、ねこじゃらしを使って遊ばせなければならないのだ。


ま、いいか~。


やってるうちに、目が回ってくる。 息切れ、汗びっしょり。


どうやら、今度こそ、気がすんだらしい。



ふうう。 

喉がカラカラになったんで、ごくごく水を飲んで、また風呂に入る。

また、あの、いい加減な風呂の入り方だけど。


そしてふと思う。

私はいったい何をやってるんだ? と。

同時に、

病気のときの一人暮らしってさみし~よな~と。

ベッドに寝てて、うんうん唸ってる私を、やさしく介護してくれて

「ダーリン! 大丈夫かい! チキンスープを作ったよ! オレンジジュースもあるよ!」と言ってくれる人はいないのだ・・・。
(これ、完全に・・アメリカのホームドラマ(笑)

calling-in-sick-to-work-526246-v1-5b880e9dc9e77c0050e99232.png


そのまま、ネコに煩わされることなく、ちょっともモヤモヤした気分のまま翌日昼近くまで寝る。

起きたら、ぴたっと鼻水が止まって頭痛も止まっていた。 たぶん、熱もない・・と思う。


そして、猛烈にお腹が空いてることに気がついた。(あ、きのうの昼から何も食べてない!)


かぱっと冷蔵庫を開けたのだが・・何もない!

げ! ちょうど何も買い置きがなくなってたんだった。。。

ま、いいか~! (やたら、このフレーズ多くないか?)



さすがに病み上がりで、車を飛ばして外に買い出しに行く元気がない。
(それとも、お腹が空き過ぎてた動けないのか?)


めんどくさいんで、デリバリーピザをオーダーする。

パパジョーンズにオーダーしようと思ったのに、間違ってピザ・ハットにオーダーしてしまった。

うーーむ。 

こんな間違いを犯すとは、きっと熱のせいだ!(←もう下がってたはずでは?)



15分くらいでピザ屋はやってくきた。(ピザ・ハット・・不味いから誰も注文しないせいか?)

どどどど~とネコがドアに突進する。


ピザ屋のおじさん、

「げ! でかネコ!」と叫ぶ、⇒正確にいえば、「わおおう! びーーーぐ、きゃあっと!」だったかな?

「ううーにっ!」(←ネコのヘンな声)

怒ったらしい。


ピザ屋のおじさんの身を守るために、私はネコの前に立ちふさがり、さっと受け取ってさっとドアを素早く閉める。

こうゆうステッカー、英語バージョン、売ってないものか~。

se-mou.jpg
https://katsumi-art.jp/SHOP/SE-MOU.html


そうなのだ。

やつは、1歳半頃までは、いつも外に行けば、

「わおお! びゅーてぃふる きゃあっと!」と言われ続けていたのだ。


みんなが、見た瞬間に微笑み、みんなが撫ぜたがるネコだった。

「触らしてもらっていいですか?」と聞かれると、ネコの方から首を差し出して、

「ほれ、撫でろ!」ジェスチャーだった。
決してゴロゴロは言わない癖に。

生意気な女優がサインでもしてあげる優越感みたいなものを感じてたんだろうか。


それが、今では誰もビューティフルとは言われなくなっただけでなく、思いっきり

でかっ!と笑われ、ひかれてしまうのだ。

まあ、無理もないのだが・・


人生なんて、そんなもの~♪
そろそろ悟れよ@


私は、ごくごくと冷たいペプシを飲み干し、ピザに、かぶりつく。
美味しいピザじゃないけど、腹ペコの私はお構いなし!


ニャンコセンセーが、かぶっと私の足にかみつく。

な、なんで~?

あ、そうか!


ピザ屋に言われたこと悔しかったのに、ジャンピング攻撃でおじさんを脅せなかったことが悔しいのだ。
私が阻止したために。

今度は私に八つ当たりだ!

wachcat.jpg


巨ネコが猛烈ダッシュして、目の前にいるおじさんの前でバーン音を立てて、ドアにムササビのようにへばりつく。

これをやられると、外にいる人は、必ず・・ひええ!となる。


その顔をみるのが満足だし、それが喜びになってるらしい。(←ヤツは心が病んでるんかい?)

野口先生は、ペットの整体の本は出してくれなかったよなあ。



それでも、私の風邪は、かなり本格的な風邪だったのに・・
(頭痛、喉の痛み、発熱、フラフラで鼻水がひどかった)

1日半でほぼ通常どおりになった気がする。
(あと1日2日は用心するつもりではいるけど)

ということは、たぶん、基本は間違ってなかったのだろう。



ん? 本当にそうだろか?

ピザ食べてコーク飲んだし・・しかも、油っぽいピザ・ハットのピザだ。(日本のピザハットは知らないが・・)


そこはちょっと疑問だが・・

体を温め、汗をかき、ごくごく水を飲んで何度も風呂に入ったことは確かだ。

熱があっても、もっと熱を上げるようにしたことも確かだ。 決して冷やしてはいない。

これは、すべて、ニャンコセンセーのおかげかもしれない。
(ちっとも風邪ライフを楽しめなかったし・・最後は足がぶりだったが・・)


みなさんも、野口流を試された方がいらっしゃれば、ぜひぜひ、情報交換をお願いします。

私の情報って・・これじゃちっとも参考にならないどころか酷すぎ?かもしれないけど。
Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

Calender
05 | 2019/06 | 07
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
Link
☆HPはここをクリック↓☆
検索フォーム
カテゴリ
Diary
Alizona*銀の月*ショッピングサイトのお知らせ
Alizona*銀の月*では、ショッピングサイトをオープンしました。
ネイティブインディアンのホピ族を中心としたオーバーレイの銀製品を中心に、銀月の好みで集めてしまった逸品揃いですよ~(^^)v
☆ホピ族は、まさに、スピリチュアルな生き方を貫いてきた人々。
銀月のWEB、「ホピ族の話」をまずは、じっくり、ご覧ください。


Alizona*銀の月*の↓のURLから、お入りください。
http://sedona10silvermoon.web.fc2.com/index.html"