韓国人から聞いた朝鮮の歴史

きのう、コーリアンの人と話をしたせいか・・ヘンな夢をみてしまった。

白い服を着た難民みたいな人たちがいっぱいいる映像だった。

まさにこんな人々(Pintarestから画像を探したもの)
      ↓
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あたり一面が、あまりにも汚くて臭くて、特に人が密集している家々のある通りは、ひどいものだった。

臭さと汚さのため、すぐに、この夢はリセットじゃ~!

と思ったのに、なぜかリセットできない(←私の夢はいつも明晰夢なんでいつでもにリセット可能)

ちょっと待った!がかかってしまったようだ(笑)

仕方がないから、そのまま、嫌な夢を見続けることにした。



まぎれもなく、こりゃ、朝鮮半島の庶民の姿だってことはわかる。。。


こちらのWEBにこんな画像をみつけた。

同時代の日本の朝鮮の比較画像で、左は朝鮮、右が日本だそうだ。
          ↓
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https://blogs.yahoo.co.jp/wood72046/34323241.html

文化の違いは、あきらかだ!


おそらく江戸末期から明治にかけての時代だろうけど、

江戸時代の庶民は貧しくても色や柄のついた着物を着ているし帯もしている。 どんなに貧しい農民でさえもだった。

一方、彼らの服は白しかない。 裸の人さえいた。

つまり、庶民のための服は、染色技術も普及せず、そんな技術も職人もいなかったということだろう。

これは、彼らの生活が「いかにして日々の糧を得るか」だけだったということを物語るものだ。


この3番目の写真を見ると、右側の人力車に乗っているのは日本の庶民だろう。

しかし、左側はあきらかに、それなりの権力者。
色付きの立派な着物や飾りもつけてるから。

それだけ貧富の差は激しかったということもいえるだろう。



当時の写真を見ると、王宮のあるソウル市内ですら、庶民は同様のありさまだ。

以前の記事でも引用したことがあったと思うが、また、イザベラ・バード朝鮮紀行によれば・・


イザベラ・バード朝鮮紀行とは
イザベラ・バードが1894年(明治27年)から1897年(明治30年)にかけて、4度にわたり最末期の李氏朝鮮(朝鮮王朝)を訪れた旅行の記録。
当時の朝鮮の風俗、社会、政治情勢などを知ることのできる歴史的資料。



ソウルの町並みと悪臭について
1894年の訪問時のソウルに関して、道は牛がすれ違えないほど細く迷路のようであり、家から出た汚物によって悪臭が酷い。

人工の道や橋も少なく、「あっても夏には土埃が厚くて、冬にはぬかるみ、ならしてない場合はでこぼこの地面と、突き出た岩の上をわだちが通っている。

ソウルには芸術品や公園や劇場、旧跡や図書館も文献もなく寺院すらない。

貨幣・通貨の流通については銀行が町になく、日本の円がソウルと条約港で通用した。
Wikiより引用




しかし、なんでも・・・イザベラ・バードの朝鮮紀行にはイギリス版と韓国版があって・・まったく違う内容なんだとか・・?
  ↓
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20080827/copipe



まあ、いろいろと言われてるわけだけど・・少なくとも、汚かった!ことだけは確かだろうと思う。

オンライン上でアップされていた当時の写真を見れば、それは想像できる。
私の場合、夢で臭い匂いを嗅いじゃったけど・・


昔の日本は貧しく民は虐げられていた!と言っても、彼らに比べれば、実に幸せだったことだろう。
まず、世界中の先進国でも類を見ない、キレイさだったというから。

その理由は、他国と比べて外に捨てたり川に捨てることもなかったそうだ。
見事な人糞利用で、すべてが回収されて畑の肥料とされていた。
江戸時代では大家が店子のブツを売って得たお金で、家賃も安く抑えられていたという記述さえある。



それに比べて、

当時の朝鮮半島の人たちが、どれほど悲惨な暮らしをしていたか?

おそらく、野良犬同等に扱われていたのだろう。

野良犬にさえ人権(犬権?)を与えたいと思ってる私としては・・

もう、それは・・悲しい光景としか言いようがない。

どうして、人と生まれてこんな暮らしを強いられるんだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は朝鮮史についてはあまり知らない。


学校教育では、高句麗・新羅・百済の頃を最後にして、すぽっと教科書から抜けてしまっていた。
お隣の国なのに・・・なぜか7世紀頃を最後に、ずっと登場しなくなってしまう。

私の知らないうちに、いつの間にか李王朝なんてものが出来ていて、それを明治時代になると日本帝国軍が李王朝を滅ぼし、朝鮮を植民地化し、非道の限りを行った・・。

だから、今でも朝鮮半島の人々は日本を憎んでいる・・・みたいな事を教わった気がする。

だからこそ、日本は償わなければならない。(教科書にはそこまで詳しく書かれたなかったけど、たしか日教組の先生だったかがそんなことを言ってた記憶がある)

それは、朝鮮(北朝鮮&韓国)にひたすら恭順の姿勢、謝罪、そしてお金を払え!ということに繋がるそうだ。

そんなことは昔から聞いている。


ん? そうなんかな? という、違和感にも似たカンジが漠然とあったものの、特別に北朝鮮にも韓国にも関心がなかった私は、あえて自ら調べてみたこともなかった。


きのう、たまたま韓国系アメリカ人の女性と話をしていて、世界情勢やら政治の話に発展したのだ。

なぜか夢の中でも、その光景がまた、ありありと登場してしまったのだ。

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彼女の両親は韓国人でソウルからの移民だという。
しかし、彼女はアメリカで生まれたアメリカ国籍だ。(顔は韓国人だけど・・)

英語は当然堪能だし、日本語も話す人だ。


「あら? 韓国が現代のような先進国になれたのは日本のおかげに決まってるじゃない!」・・と、彼女は言った。

え? 彼女からそんな言葉を聞くのはちょっと意外な気がした。

「私はアメリカで生まれたけどルーツは韓国でしょ? 
だから、昔から自分のルーツの国のことを知りたくて、ずいぶん勉強したのよ。」

「そーなの?
私は、日本にいた頃、日本帝国陸軍が朝鮮半島を植民地化して李王朝も文化も破壊して悪行の限りを尽くしたって聞いたことがあるよ。」

「なーに言ってんのよ!
李王朝なんて、李成桂(りせいけい)が高麗国でクーデターを起こして、ちゃっかり乗っ取っちゃった国よ。
乗っ取るためには同僚も殺し、王族を騙してしかも裏で殺害して・・まさに下剋上、日本の斎藤道三も真っ青になるくらいの人よ。」



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え? 彼女、斎藤道三も知ってる? 日本の歴史も知ってるんだ~。


「でも斎藤道三は国取りをしたあと、領民には善政を敷いたわ。 産業を発達させて城下はにぎわうようになった。
だけど、李成桂は、国民のための政治よりも、大国の中国のご機嫌取りをしたわけよ~。
国中から美女を引っさらってきて貢物として差し出したり・・そーんなことばっかしてたわけよ。
そのおかげで、朝鮮って名前も賜ることができたわけだし・・・代々、李王朝ってのは、そうやって成り立ってきたってわけ。」


「え? そうだったの?
だけどさあ、朝鮮半島は肥沃な土地じゃないし、小国として生き残るには仕方なかったのかもしれないよね~。」



なんだか・・日本人の私の方が李王朝を弁護してるみたいな言い方だ(笑)

「そりゃそうだけどね・・だからといって、一国の統治者が強いものに巻かれて、植民地になることで良しとしてしまったら、そりゃもう、国とは呼べないと思うわ。

つまり、国家を考えるより自分の一族だけが生き残ることを考えた結果としか思えないのよね。
ようするに、外交が全くできないバカだったんだと思うわ。」

「なるほど・・そのとおりだろうなあ。」


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「見てごらんなさいよ。
聖徳太子の時代だって、大国の隋に植民地化されそうになったけど、見事に乗り切って対等に持って行ったじゃない!

それどころか、幕末の日本だって、いくつもの先進国を相手に見事に乗り切ったじゃない!
結局ね、李王朝ではブレーンとなるような家臣を持たず、(たぶん、そうゆう人は殺しちゃったんだと思うけど・・)
トップは保身しか考えないアホだったってことよ。

だからこそ、すべてのしわ寄せは一般市民に行ったわけよ。
市民とは名ばかりで彼らにとっては奴隷か、それ以下の扱いだったけどね。

それが大きく変わったのは、当時の日本政府が韓国併合をしたときから。
街を整備し、トイレは家の中でする法令まで作り、学校を作り、一般人をようやく人間らしい生活に導いたんだから。」

「でも、植民地化したのは事実でしょ?」

「ええ、事実でしょうね。

でも、植民地化=悪政とはいえないと思うよ。 実際、色々なケースがあるんだから。
それに当時の世界は、どこの先進国も植民地化政策を敷いてたわけだから、日本だって生き残りをかけていたことを考えれば当然の流れでしょうね。

むしろ、それが多くの韓国人を救ったことになったと思うけどね。」


「なろほどね~、しかし・・現在でも帝国陸軍は極悪非道の限りを尽くしたことになってる?」

そーんなの、プロパガンダに決まってるじゃない!
新しいことをするときには反感を買うのは当然だし、そりゃあ、行き過ぎもあっただろうけど、
ちょっとしたミスを、重箱の隅をつつくように攻撃して、プロバガンダに結びつけようとしてるだけよ。

なんだか、こうゆうのは、アホな李王朝に近いのかも(笑)」



韓国人で、ここまで李王朝を悪しざまに言う人に初めて会った気がする。

彼女は韓国の血をひきながらアメリカに住むアメリカ人だ。

第三者として冷静な目で見ることができるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・

韓流ブームとやらで、日本では韓国の時代劇もかなり放映されているらしい。

しかし、本当の韓国の歴史を知っている人はどれだけいるんだろう?

こんな雑誌もあるらしいけど・・
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ドラマの韓国の時代劇は、「ファンタジー時代劇」に過ぎないと思う。

かつての日本の大河ドラマのように、綿密な時代考証がされているとも思えない。(最近の大河もファンタジーに近いけど・・(笑)

ある時代劇ドラマでは、大量の唐辛子を使ってキムチを作るシーンがあったとか・・・。
そもそも唐辛子なんて南米原産だ。 ポルトガルから日本に入ってきた唐辛子が、朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)によって朝鮮に持ち帰ったものだという。



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なかなか、真実の朝鮮史を学ぼうとしても、朝鮮の歴史を記した古い文献はほとんど焼き捨てられてしまっていて現存するものは少ないといわれている。


さらに、現存するものも大幅に改竄されたものかもしれないし、また、現在の韓国の教科書の歴史に至っては、もっと信用できないようだ。(日本の歴史教科書もだけどなあ・・・)


歴史というものは、どこでも・・当時の統治者の都合のいいように書き換えられていくものだ。


「朝鮮半島からやってきた弥生人が日本に多くの文化をもたらした」
「それまでいた縄文人には、文化のかけらもなかった」

・・というのが、授業で教わったことだった。


しかし、現在DNAを調べると、日本人と韓国人のDNAは全く違っているという結果が出ているそうだ。

また、古代の高句麗国の人々と現代の韓国人とのDNAも違うという。

今では、韓国人はエヴェンキ族と穢(わい)族の混血ではないか?とも言われているようだ。

しかも彼らの遺伝子には、度重なる近親交配により作られたものがみられるという。


かつて朝鮮半島では美女という美女はすべてお召し上げになったというし・・

試し腹(ためしばら)も、わりと最近まで行われていたという話もある。
父親か兄などが、娘を嫁がせる前にちゃんと妊娠できる娘であるかどうかを調べるために、あえて孕ませて嫁がせる制度。
それで生まれてきた子供は捨てられるか生涯奴隷として扱われると聞く


そうであれば、近親交配で作られてきたDNAというのも・・なんだか納得できてしまうのが怖い。


そんなことを、彼女に尋ねるのは・・・すごく気が引けたのだが、彼女がどう思っているのか知りたくて、つい聞いてみた。

すると彼女は平然と言う。

「当然あったでしょうね。
そんな話、私、実際におばあちゃんに聞いたことがあるもん。

それにね、ルーツが穢(わい)族というのも本当だと思うわ。
中国の史書である『三国志』や『後漢書』にも記されてるんだから・・。
そりゃもう、衛生観念なんてゼロで臭くて汚い人たちだったそうよ~(笑)」


彼女を前にして言葉を失ってしまう私。

私の表情を読んだのか・・彼女は続けていう。


「でもね、そーんなこと・・・私は気にしないわ。
たとえ私の祖先が、好戦的なエヴェンキ族だっとしても、糞まみれの穢族だったとしても、または腑抜けの李一族だったとしても・・(笑)」

おいおい! そこまで言ってないよ~。。。

「そもそも民族のDNAによって、優秀だとか下等なんてあるはずないでしょ。
なぜ、そんな民族になったのか!という、必ずそれなりの状況があったはず。

まず、それを知ることによって、私たちが今後学ぶことはいっぱいあると思うけどね。」


「たしかに真実の過去を知って、それを未来に活かすことだろうね。
それが歴史を知ることなんだろうなあ~。」


「ええ!
もしも、現在の韓国政府や国民がそれを知っているくせに、ひた隠しにしてるんだとしたら、それほどみっともないことはないわ。
国民に反日感情を植え付けてるとしたら、それこそ、やってることは李王朝時代と変わらないってことになるだろうね~。」

「でも、日本人にも昔から朝鮮嫌いってのも多かったようだよ。」



「そりゃそうよ~!
日本人は昔から清潔好きだし、いくら権力を持つ武士だって、庶民を無礼打ちなんてしてしまったら、切腹ものかお家取り潰しだったんだから。 日本はもともと民主国家の思想を持ってた国よ。」

「え? そーなの?
時代劇では、よくあるシーンだったけどな~。」


「もう! ちゃんと勉強しなさい!あなたの国のことなんだから。
無礼打ちにしたときはすぐに役所に届け出が必要だったし、厳しい取り調べを受けて、もちろん、相応の理由が認められなければ武士の方が罪に問われたのよ。
だから、武士はめったなことでは刀を抜かったかったそうよ。・・とくに農民や町人には。

ところが、朝鮮は違った・・。
権力を持つ役人だったら、庶民の鶏を奪ってもそれは正当な行為とされたし、それを邪魔して庶民が殺されても当然だったのよ。」

「そんな~!」

朝鮮通信使の鶏泥棒の話、知らないの?」



え? 知らないけど・・・


彼女が教えてくれたのは、これだった。
    ↓
鶏を盗んで町人と喧嘩する朝鮮通信使


朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)とは・・室町時代から江戸時代にかけて李氏朝鮮より日本へ派遣された使節団である。
天皇や徳川将軍が交代のときには、必ずやってきたという外交政策のひとつ



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この絵が京都で展示されたそうだ。

問題はこの下の部分の絵。

鶏泥棒した使節団に町人が怒って取り返そうとしている。
切り殺されたのか倒れている人、なおも棒を持って立ち向かう人の絵が描かれている。


もうちょっとわかりやすくすると、こーんなカンジになる。
      ↓
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https://ameblo.jp/9023410651/entry-12324294299.html


「でもね、これは当時の朝鮮ではあたり前のことだったのよ。
だって、役人は庶民の持ってる鶏が欲しくなったら、当然取り上げる権限を持ってたんだもん。

それだけじゃなくてね(笑)、日本人にとって、朝鮮使節団は大変だったらしい。
宿泊する旅館の中に置いてある調度品は根こそぎ持って行ってしまうし、トイレがあるにもかかわらず、平気で外で用を足したし・・・・そりゃあ、日本人には嫌われて当たり前よ!」

「そんなに文化が違ったんだ~!」


「そう、価値観がまるっきり違う!
新井白石だったか、当時の偉い学者は、朝鮮と交流しても得ることはないから、やめちゃった方がいいんじゃないか!とまで言ったそうよ。」



彼女に言われて私も調べてわかったことだけど、この絵は朝鮮嫌いの人たちの間では話題になり、さっそく韓国バッシングがはじまったという。

すると、すぐに、それに反論する教授も現れ、反論記事までもが掲載されたようだ。
      ↓
朝鮮通信使の「鶏泥棒」はぬれぎぬ? ~「鶏が逃げ、それを捕まえようとした可能性も」ー京都新聞


なんだかなあ~。

こうやって反日感情を煽り、韓国嫌いを煽り・・をお互いに繰り返してるだけって気がする。。。


「価値観の違いってのは、大きいね。
それをどっちが正しいとか間違ってるとかってことだけで押し通そうとしても、お互いに未来はないだろうね~。」
と、私が言う。

「そのとおりだと思う。
私はアメリカ生まれの韓国人だから、韓国のことは知らないことが多かったんだ~。

大学時代に韓国から留学してきた女の子と一緒にルームシェアしたことがあったんだけど・・
最初は、超ムカつくことばっかりだった!

私の服や本を断りも無しに持ち出すし、ありがとう!も言わないし・・・アメリカでも日本でもそんなの許されないことでしょう?

でも、韓国では仲良くなった人同士ならば、それが当然なんだって聞いたわ。 
むしろ、いちいちお礼を言ったりする方が水臭くて嫌われるそうよ。
つまり、それだけ、歴史も常識も違うってことよ。」



そうかもしれない。

「結局のところ、プロパガンダを駆使して押し通そうとする韓国もバカだし、そんなことで右往左往する今の日本もバカなのよ。
今の日本の政治家も、李王朝時代の側近みたくなっちゃってるのかもね~。

日本は幕末の頃までは、坂本龍馬だとか西郷隆盛とか優秀な人が多かったのにね~。」



いやあ、彼女の知識には驚くばかりだ。


「でもさ、坂本龍馬さんとか、西郷さんは政治家だったっけ?」

注: 坂本さんは暗殺されちゃったし、西郷さんは鹿児島に帰っちゃったんだった。。。


「ううん、明治政府に入ってないから、議員ですらないでしょうね。
でもね、議員バッチをつけてるのが政治家じゃないと思うよ。

真剣に民のことを考えられるの人を政治家と呼ぶんじゃないのかな。」


「あの・・ひょっとして、あなたは相当な親日家?」

「いやね~(笑) 私は反日家でも親日家でもないわよ。
そんなレベルの話はしてないし・・・」


おお!(笑)

恐れ入りました。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、思い出した。

これは日本の場合だけど・・・

政治というのは、政(まつりごと)とも呼ばれる。

まつりごとというのは・・祭政一致(さいせいいっち)のことで、
祭祀と政治とが一元化、一体化していること
だそうだが・・

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それは、天から授かるお役目のようなものではないだろうか?

天とは、神様なのかグレイトスピリッツなのか・・そこらへんのことはわからない。


しかし、まつりごととは、

精神性と行政が一致してるものでなくてはならないもの。

そして、政とは民意の反映


そんなことを思った。

決して一部の権力者を守ることでもなく、

王族の存続でもなく、

多くの民の意思を反映するために行うことのが政治ではなかったか。


少なくとも、それが日本における政治(まつりごと)だった気がする。


彼女の言うように、議員バッチにをつけているものが政治家ではないのだ。

オオカミと人と自然の関係

「ルーマニア、カルパチア山脈の森で生きる羊飼いと狼の物語」という動画をまた見てしまった。




これには、いくつもの考えさせられるポイントがあったのだ。


◆狼は群れで生きる動物・・・なのに群れを離れることを選択して一匹オオカミとなるヤツもいるということ。

「群れる」ということは協力し合うことができる・・つまり、それだけ食料にありつけることにもなり、危険から身を守ることもできる。

それに比べて一匹で生きるということは過酷だ。

待ち受けるものは死しかない・・・ほとんどのケースが餓死か病死

じわじわと死を待つという死に方は、一番つらいものだという。
まさに孤独死。

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なぜなら・・・一匹では大きな獲物は狩れないからだ。
運よく狩れてもウサギやリス程度の小動物、それでは体重50キロもあるようなオオカミのお腹の足しにはならないだろう。




◆カラスという鳥・・その生態については、いまだわかっていないことが多いという。

カラスといっても、このカラスはRaven(ワタリガラス)だろう。
Crow(カラス)ではない。

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一匹オオカミとカラスは森で出会い相棒となる。
つまり協力関係、同盟を結んだってことになる(笑)

カラスの能力、「高いところから遠くを見渡せる視覚」を使って、オオカミに獲物の場所を教え、
オオカミは獲物を倒し、その一部を食料をカラスにも与える。

なぜ、異種間でありながら、こんな協調関係がささっと結ばれるのか?

しかも、狩ったものが小動物の獲物であってさえも、オオカミは必ず獲物の一部をカラスのために残すのだ。



◆カルパチアの森で暮らす羊飼いは銃を持たないという。
また、罠を仕掛けることもしないそうだ。

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唯一、羊飼いと羊たちを守る役目は犬たちに委ねられる。


ん? これはまだ子供だけど・・
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Carpatian Shepherd Dog(カルパチアン・シープドッグ)と言われる種類で、祖先はカルパチアオオカミだという。

こちらは、同種でありながら、襲う側と守る側に分かれているわけだ。


カルパチアンドッグは、他のシープドッグのように羊たちを移動させたり柵に追い込んだりする仕事はしない。
ひたすら目を光らせ、守ることだけに24時間専念する。


しかし、どうしても守り切れない事態も十分に起こりえる。

銃を使わず犬たちに頼れば、年に数匹の羊が奪われれるのは覚悟の上、しかも、大切な犬もまた、オオカミによって殺されてしまうこともある。


つまり、みんなが命をかけているのだ。
ヒトも犬もオオカミも羊も・・。



◆犬のトレーニング方法

この動画の中で見る限り、「子犬を羊たちに慣れさせるために一定期間同じ小屋の中に入れて置く」

それだけだった。。。

羊と犬との協調関係は築けるだろうけど・・それだけで、犬は羊を守るという使命を自覚するんだろうか?

うーーむ。 どうも、そうらしい。

信頼関係さえ築ければ、そのあと子犬は大人の犬たちの行動を見ながら、自ら学んでいくようだ。


さらに、
羊飼いは、めったに犬に触れることはしないそうだ。

犬に触れて撫ぜてしまうと・・犬は使命を全うできなくなってしまうという。

それでも子犬が怯えて鳴くときは、羊飼いは優しく声をかける。

べたべたしたスキンシップでなくても、深い愛情はテレパシーとなって犬の心に染みわたるのかもしれない。

そんなことを、つくづく考えさせられた。

でも・・私には、ちと無理かもしれない。
大きな犬にモフモフと顔をうずめて寝るのが好きな私には・・(笑)


こういった信頼感は、誰もが命がけで生きているからこそ生まれるものなのだろうか?

オオカミとカラスも、羊飼いと犬、そして羊たちも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、世界全体をみれば、武器を持ちオオカミを殺戮しまくった人たちの方がはるかに多い。

オオカミは「憎むべき敵」、「悪い奴」の代名詞だったからだ。

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アメリカのイエローストーン国立公園の話は有名だけど、この話、日本の方々はご存じだろうか?

1926年を最後にオオカミは絶滅した。(←もちろん人間の手によってだ)

その結果、捕獲される恐れがないため、鹿が増え続けた。
多量の鹿によって、ほとんどの草が食べつくされて大地は丸裸になってしまった。

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それだけではない。

草木が無ければ、ツグミやヒバリなどの鳥たちはいなくなる。

水辺に住むビーバーがいなくなる。
ビーバーがいなくなれば、あの、ビーバーが作るダムがなくなるのだ。

ビーバーダムは、カワウソやマスクラット、カモ、魚など、多くの爬虫類、両生動物などの住処でもあるのだ。

彼らはみーんな消えていく。

それはいつしか、川の流れさえも変えてしまうことになった。

川は濁流へと変化したのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

慌てた人々は、生態系回復のため、1995年にカナダから連れてきたオオカミの群れを再導入した。

そして約20年後、また、生態系は回復したのだ。

鹿はオオカミたちから狙われやすい場所や逃げづらい谷間を避けるようになったため、そこから植物が息を吹き返したのだ。

すると、鳥たちが戻り、

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多くの小動物も復活する

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大きな動物たちも復活していく。

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そしてまた、川さえも変えたのだ。

それまで曲がりくねっていた川は緩やかな蛇行流となり、浸食が減り水路は狭まり、より多くの浅瀬ができるようになった。
ますます野生の生物たちにとって、好ましい環境になっていく。


まさに、バタフライ効果と呼べそうだ。

バタフライ効果とは・・
初期値のわずかな変化が次第に大きな影響を及ぼす現象のこと。
蝶が羽を動かすだけで遠くの気象が変化するといった比喩的、寓話的な表現ともされている




オオカミの群れが加わったというだけで・・自然は復活したのだ。
それもたったの20年で・・。

狼の社会は、ウルフパックと呼ばれる群れ社会だ。

だいたいの場合、平均8~15頭ほどの群れを形成し縄張りを持ち、それをボスが統率している。

イェローストーンには、美しい白い雌狼が率いる群れがあった。

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雌がボスであり、しかも美しい白オオカミ、これは稀なことだ。

彼女は、White lady(白い貴婦人)と呼ばれ、多くの観光客にとってアイドル的な存在となった。


しかし、ある日、彼女は心無いハンターによって射殺されてしまったのだ。


すると、さまざまな団体が犯人捜しをはじめ、犯人をみつけたもの、またはチクった者には賞金を出すということになった。

私が聞いたときは、5000ドルだったけど・・今では1万ドルまで跳ね上がったようだ。

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もちろん、心無いハンターによって殺されてしまったのは悲しい。


だけど、人は愚かだ。
愚かすぎる。。。

オオカミを憎み絶滅させておいて、今度は復活させ、そして一頭をアイドル扱いして、それが殺されると今度は賞金を出して犯人捜しか~。

・・・・・・・・・・・・・・

オオカミが絶滅した当初、鹿にとっては天国だったことだろう。

ところが、人口増加で土地は荒廃し食料不足になり、いずれは鹿も絶滅してしまうのだ。
まるで、今の人間社会のようだ(笑)

そうならないように、モンサント社が貢献してるって?
おいおい!(笑)



すべての人及び動植物が生きるのは、そこに必ず意味があると思っている。

どれかひとつが欠けても成り立たないのではないだろうか?


動植物だけの関係性だけではない。

それは・・自然にも大きな影響を与えている。

川の流れを変え、気象までも変えてしまうものなのだから。



自然あっての命でもあり、
人と動植物あっての自然なのだ。




それでも、個々には誰もが思うのだ。

飢えたくない、死にたくない!

それは、どの動植物だって同じ思いだろう。


だからといって、ある対象を敵とみなして抹殺してしまえば、結局自分たちの種族は全滅する。

それでも、自分の命だけが少しでも長く無事ならば、それで構わないんだろうか?

たぶん、そうやって作られてきたのが現在の人間社会なのだろう。


ところが、真逆な生き方をしている人たちもいる。
この動画にあった、羊飼いのように。


その大きな違いは、
自分は自然の中の一部だという認識かもしれない。


だからこそ、命ある限りせいいっぱい生き、そして、天命が下れば、いつでも死ぬ覚悟もある。

まさに、野生動物たちと同じなのだ。

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彼らは必死に生き、子を守り教育し次の世代へ繋げていく。
いつか死を迎えれば、それさえも誰かの糧になる。


銃を持たない羊飼いは、文明社会の人と比べれば短命かもしれない。

それでも、強い信頼関係で結ばれた犬たちがいる。

羊と犬もまた、強い信頼関係で結ばれている。

オオカミの群れは、仲間との強い信頼関係で成り立っている。(←だからこそ連携プレーの狩りができるってわけだ。)

カラスと一匹オオカミもまた信頼関係で結ばれている。

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なんだか、私には、こっちの方が羨ましい生き方に思えてしまう。

自分という個の存在ですら、何か(誰か)の役にたち、それが未来へ繋ぐことになるのだから。

私の夢は、いつか世界中すべての動植物と自然が共存できる世界になること(笑)

決して不可能ではないのだ・・・人の意識さえ変われば。

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注: オオカミはかつて世界中に広範囲に生息している動物だった。

もちろん、日本にも生息していた。
ニホンオオカミは1905年に奈良県東吉野村鷲家口(わしかぐち)にて捕獲された若いオスの個体を最後に目撃例がない。
すでに絶滅したと見られている。

のだめカンタービレで知った「宇宙」と学問

掃除をしていたら古いコミックをみつけて、ついつい読みふけってしまった。


のだめカンタービレだ。

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大ヒットして、ドラマ化映画化もされたから、もちろん知ってる人も多いだろう。

これを読んでると、昔の音大時代やさまざまな楽曲を思い出すのはもちろんだけど、やっぱりキャラやストーリーが面白い。


こんなシーンを思い出してしまい、そこを探してまた読んだ。
     ↓

コンマスがパート練習で団員に言うセリフ


「アンサンブルの真髄はハーモニー。 ようするに調和だ。

この調和は古代ギリシャの時代ハルモニーと呼ばれ、キリスト教社会になった時

神の作りたもうた世界は素晴らしい調和によって創造されている

その調和の根本原理は数の関係によって成り立つ

それを探究することによって調和の謎が解明でき、

神の世界をより詳しく知る手がかりを得られると考えた。


音楽の本質は調和にあるのだ。

それを表現するのが真の音楽家なんだ。

おまえらももっとちゃんと探究しろ!

ま、コンマスが団員の練習にハッパをかけてるシーンなんだけどね~。


このパート練習を見ていたのだめちゃんが、

このコンマスの話を千秋に伝えるのだ。



のだめ 「なんか、宇宙な話ですよねぇ・・・」


千秋 「宇宙か・・・それってたしか・・・ボエティウスグイード・ダレッツォが言ってたことだと思うけど。


1500年くらいまえは、神の作った世界の調和を知るための学問が天文学、幾何学、数論、音楽だったんだ。

本来音楽(ムジカ)とは調和の根本原理そのものを指していて、理論的に調和の心理を研究することが音楽だった。


中世ではその音楽理論を熟知していて、理性の力によって作品全体に対し入念に音楽を判断できる人を『音楽家(ムジクス)』といって、ただ音を歌ったり演奏したりする人を『歌い手(カントル)』といった。」


のだめ 「カントル・・・?」


千秋 「カンタービレの語源だよ。」





作者の見事な手法だ~。

大金持ちで優秀と言われる千秋君も実は不完全な人間、そして、のだめは、天才だけどかなり不完全な人間。

なーんとなく、この二人がそれぞれ人として音楽を通して成長し調和していくメタファーともなる部分だ。

タイトルの語源となる、カンタービレも、お!こーゆーことだったんだ~と読者に納得させてくれる部分でもある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう、何年前だろうか?

最初にこれを読んだとき、

<<調和の根本原理は数の関係によって成り立つ>>というのを聞いて、え? そうだったのか~と、私は目からウロコだった。

私が最初に音楽と数の関係を調べたのもこのときからだった。


言われてみれば、当たり前のことだ。

音は周波数のわけだし・・・。


音楽と数学の関係を最初に研究したのはピタゴラスだったという。

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今日の音階の基礎ともなるべきピタゴラス音階を築いたのもピタゴラスさんだ。

彼は鍛冶屋が鉄を打つときに、重さの異なるハンマーでたたくと異なる高さの音が聞こえることを不思議に思い、そこから数理の研究をはじめたという。


ピタゴラスさんと言えば、我々にとっては「3平方の定理」でおなじみの人だ。

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http://information-station.xyz/2367.html


和音というのは、基本3つの音からなる。

メジャーのC(超三和音) つまり、ドミソ和音は、これだが・・



この時に、鍵盤を上から見ると、ドとミとソが直角三角形の関係位置にある。


マイナーのD(短三和音)、つまりレ・ファ・ラを同時に叩くと、長三和音の時の直角三角形を裏返した直角三角形になる。

つまり図で示せば、こういったことになる。
     ↓
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ピタゴラスはこれを知ってた!!(←当たり前だ。だから音階を作ったんだ。)


それだけではない。

ピタゴラスさんは、天体のそれぞれの惑星は回転しながら固有の音を発していて太陽系全体が音楽を奏でているという概念をもっていた科学者でもあった。

「天球の音楽」
まさに、「なんか、宇宙な話ですよねぇ・・・」(←ここは、のだめちゃん風に。)



しかし、2015年にはニューヨーク大学のサイトには、こんな記事が載っていた。
    ↓
星は音を発しているのかもしれない
Have researchers discovered the sound of the stars?


その後、NASAが、NASA Spooky Soundsというものを発表し、その音も聞くことができるようになった。

もちろん、空気が無い宇宙空間で、人間の耳では直に聞くことができないのだが、磁気震動やプラズマ波といった惑星が発する信号を、特殊な処理によって人の耳で聞こえるようにしたものなのだという。

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Halloween Playlist! This time NASA records spooky sounds in our solar system


太陽系惑星の音はこちらのサイトからも聞くことができる
       ↓
「太陽系」驚く事に惑星には発している音があった!NASA





ピタゴラスさんは、このように考えていたようだ。

天体も原子もその運動とリズムと振動によって特定の音を発している。
   ↓
それら全ての音と振動が宇宙の調和をつくりだしている

それぞれは独自のはたらきと性質をもち、

それぞれの要素が全体に貢献している




しかし、彼が言う音楽(音)は天体だけではない。

天体も原子も・・・と言っているのだ。

原子ということは森羅万象すべてになる。

そう、我々の体も同様なのだ。
     ↓

人間の器官や細胞が発している音楽(音)があり、特に心とからだの関係が調和して共鳴しあって発する


このように言っている。


さらにピタゴラスは音楽を大きく3つに分けて考えたという。

◆楽器を使って演奏する「器楽の音楽」

◆人間の器官や細胞が発している音楽

◆宇宙そのもの、星々が発する「宇宙の音楽」


この3つとも本質はまったく同一のものである。





ひょっとしたら・・我々が病気になるときは、各器官の調和がとれない状態で、ひどい音を発するのかもしれない。
東洋風に言えば・・・「気の流れが滞っている」状態なのかもしれない、なーんてことを考えた(笑)


また、我が家の「先天性の耳が聴こえないネコ」は、なぜ隣の部屋で呼んでも返事をするんだ?
人間の耳に聞こえない音の振動を体で感じるんだろうか?・・・そんなことも考えた(笑)


世界はまだまだ謎に満ちている。。。

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時の流れとともに、ピタゴラスさんの考えは、さらに次の時代へと受け継がれていく。

ピタゴラスさんから、ケプラーさんへ、惑星音楽はさらに受け継がれていくことになる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

音大時代の音楽史の授業で、ピタゴラスやら音楽と数学の関係なんか、やったっけ?(←私が寝てただけかもしれない。)

もっとも小中学校の音楽の授業では、ハーモニカか縦笛、あとは、だるーい歌を歌うだけの授業だった記憶しかない。



現代と古い時代では、学問における視点がまったく違ってしまった気がする。


紀元前500年頃の古代ギリシア、
神の作った世界の調和を知るための学問が天文学、幾何学、数論、音楽

なんとまあ、ホリスティックな視点だろう。



おそらく、千秋君言うところの・・1500年前ころまでは、そういった考えが受け継がれてきたのだろう。

過去の研究者は、天体物理学者であり、数学者、自然哲学者、占星術師などのいくつもの顔を持つ人が多い。


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それにしても・・・私にこんなことを教えてくれたのは、のだめカンタービレからだった。

残念ながら、学校の授業ではない(笑)

それにしても・・おい! さっさと掃除をしろよ!、ともう一人の私が言ってる。

五行大義そして弧虚理論の完全自己流解釈

こちらの記事に対して質問メールをもらいました。
     ↓
占い、そして天中殺の定義を考えてみる

弧虚理論についてもっと詳しく説明してください!とのこと。


実は、この時の記事では、このような事をアップしました。
    ↓

「弧虚理論」(こきょりろん)・・弧虚とは東洋史観の時系列思想

弧というスポットがあり、その間を繋げる空間が虚

「天中殺=空亡=弧」

「虚=空間がない」

そのとき、思考は弧に向かう。

しかし天中殺では従来あったはずの弧がない。
そのため、「向かい合っていて互いに衝突し合う関係」の方の弧へ向かう方が運勢アップとなる。




これについて、もっと詳しい説明を!ってことなんですが・・・

えっと、まずは前置きをさせてください。

◆この記事の趣旨は、弧虚理論についての説明がメインではなく、
「古書を紐解いて体系作られた占い学にはさまざまな解釈があるよ~。」
たとえば、空亡や天中殺にしても、こんな解釈もありますよ~!という一例として載せたまでです(笑)


◆また、私自身が「五行大義」を紐解いて読んだわけでもありません(←漢字苦手だし・・古代の漢字ばっかりのものなんだから!)

◆この話は「五行大義」の研究者から聞いた話を私なりに理解してアップしてみただけに過ぎません。



なので、私の解釈のみならず、その研究者や、また、それを記した古代の人の解釈だって正解かどうかなんてわからないわけです。

<前置き終わり>
・・・・・・・・・・・・・・・・・

五行大義とは、隋の蕭吉(しょう きつ)によって撰述されたとされてます。

五行大義とは_Wikiより


隋の時代は、5世紀頃のわけで、しかも、本家本元の中国には、とっくの昔にそんな書物は残ってないそうです。
なんでも、宋の時代には失われていたとか・・。


ところが、中国ではとっくに滅んでしまった書物が、なぜか日本に伝わり、陰陽寮で読まれていたそうです。

陰陽寮というのは、7~8世紀ごろにあった政府機関で、天文、暦数、占いなどに関することを司ったお役所で、安倍晴明さんがいたことでも有名ですね~。




中国では消滅してしまっても、なぜか、日本の風土や気質に合っていたのかもしれません。

ひょっとしたら、本家本元の中国よりも、さらに日本で花開いた思想なのかもしれませんね~。


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ここに、五行大義の現代文の訳文があります。(電子書籍のお試しサイトですが・・)


こちらの著者の方は、専門の学者さんでもなく、占い学の研究者でもないようですが、私には一番しっくりくる文章だったので、
参考のため、冒頭部分を張り付けておきます。
    ↓

五行とは万物を生成するもとであり、人の道の始めです。

五行の変化の影響を受けることであらゆるものが生じ、

五行を感じ取って理解することですべての霊(精霊)が生じるのです。

これらの精(精霊)や像(形:形態)が生じるには陰の要素(暗い・冷たい・柔らかい・消極的など)と

陽の要素(明るい・暖かい・硬い・積極的など)が根拠とされます。

まさに、こうゆうことか~!(なぜか猫の目で作った太極図)
    ↓
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こうして五行は精霊と形態に散らばり、天と地に隅々まで行き渡るのです。

それは鬼神の世界と人間の世界とに及びます。

<中略>

天には五行による星の配置(五度)があり、それによって天文、気象といった「現象」を表します。

地には、木木土金水といった五つの要素(五材)があり、物理的な作用をたすけます


五行大義_巻第一




さて、ここから、この中の弧虚理論における空亡(または天中殺)の説明に入ります。

(これは、私が東洋占星術の研究者から聞いて理解できた範疇の話です。)

まずは、またもこの図をみてください。

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実は先生の話は、わかりにくくて・・
子丑と午未は対衝(たいこう)し、対衝する対象を虚といい・・・なーんて説明されたんですが、

タイコウって何なん?
そんな単語知らんし~。(←ちなみに調べてみたけど、どこにも載ってない! 古代中国語か?)


そこで、わかりやすく私の言葉で説明させて頂きます。(←実はこうしないと、私がわからないのだ。)


というのは、目的や夢だったり意志の反映のようなもので、いわゆる目的地と仮定するとわかりやすいかもしれません。

その目的地をつなぐための道だったり、交通手段をとします。

当然ながら、時間的空間とは、弧と虚が織りなして進んでいくことになります。



ところがここで、人にはエネルギーの違いがあるようです。

生まれ持って、エネルギー量が多い人と少ない人がいる。

エネルギー量が満杯の人の方ならば、迷わず目的地にドーンと行けることになります。

ところが、エネルギーが少ないと弱さが出てしまうことも起こりうるようです。


そうゆう人を虚弱と呼ぶらしい。

ほう! 虚のエネルギーが弱いってことから出た言葉だったのか~。


虚弱の人は、俗に「飽きっぽいとか継続ができない人」とされるようです。


しかし、それは同時にプラスにもなることがあります。

目的の弧を、瞬時に把握できるひらめき感覚を持っている。

弱いからこそ、効率的に移動しようする思考回路も生まれる。




常に欠点は長所でもあり、プラスはマイナスにも働くって、ことですね~。

やっぱ、これだよね~。 (←また、出すな!!)
    ↓
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なぜか、この太極図が気に入ってる私。

逆に、虚のエネルギーが多い人は、着実に点と点を結びつけることが出来る為、着実で目的意識が強い人間と言われるけど・・

その反面、目的地が急に変更されちゃったり、予測不能な事故に遭遇すると対処ができなく迷走してしまうこともあるようです。



さて、天中殺(空亡)になると・・・・(めんどくさいから、ここから全部天中殺で統一することにする。)


弧という空間の目的が見えにくい状態になってしまい、

本来、北の子牛天中殺の人だったら、北の子牛に弧を描くはずなのに、その逆の南、午未の方へ描いてしまうことが起こってしまう。

つまり、目的地が東京なのに、なんだか・・仙台に向かっちゃった~みたいなことかもしれない。

エネルギーが強い人だったら、仙台を通り越して札幌まで行っちゃうかもしれない。


だからこそ、天中殺には新しいことをするな!と言われるようになったんでしょうね。



そしてもう一つ、

中には生まれながら天中殺を持って生まれてる人がいるようです。

宿命中殺所有者(3種類あって、生年中殺・生月中殺・日座中殺)と呼ばれる人たちで、弧(目的地)はあるのに、虚(移動手段となる交通手段や道など)が、いっつも霧の中でとっても見えにくいという人だち。


ふーん、じゃあ、霧の中の人たちは、どーなるの?・・と、私は先生に聞いてみた。

その解釈には諸説あって、ひとつには「虚虚の実」という理論があって、逆に彼らは天中殺期間は霧か晴れて見えるのではないかという説。

また、いやいや、見えないものはいつも見えないわけで、更に見えなくなるのではないかという説。



この両論があるそうです。


ド近眼の人が年を取って遠視になったら、相殺されてよく見えるようになるとか、
いやいや、ダブルパンチでさらにひどくなる・・みたいなことかも(笑)


正直なとこ、私はこの両方の説とも、なんだか納得できない。


いつも霧の中だからこそ、何かを見える(感じる)のかもしれないし、

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また「目的地に向かうためには道や交通手段が必須」と考えるのも既成概念に過ぎない気がするんですよね~。



霧の中にいる人もまた、それをプラスに作用させる人とマイナスに作用させる人と大きく別れるのではないだろうか?
以外と霧の中の人の方が、その差が大きく表れたりして・・(なーんて思ったりもします。)

(また、ここでネコ目太極図を出したくなったけど、やめとこう。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここからは、まったくの私の解釈です。
思いつきと言った方がいいかもしれません。


私たちは生まれながらに持っている要素があります。

「生まれ持った特質」とでもいいましょうか。。。

それを、ざっくり言うと「占い、そして天中殺の定義を考えてみる」にも述べた通りなので、長くなるのでここでは割愛します。


ある特質を持って生まれるということは、受け入れられないものを生まれながらに持ってることになります。


火は水と合わないように、また、木が金と合わないように。

そして、火の人は火の目的に突っ走ろうとします。
邪魔になる水は排除しようとします。


これがフツウの状態です。


それに待った~!をかけるのが、天中殺って気がするんですよね~。

なんのために?


火の人だったら、自分の持ってない「水」を内部に取り込むために。

そうやって、人はすべての要素を取り込むように設計されているような気がします。



最終的には、人の中にすべての要素を取り入れて1つに調和させるため。

そして、これは一個の人間だけでなく世界観にも通ずるものかもしれません。

なんだか私は、そんな気がして仕方ないんですよね~。




ある本によると、「上手にバランスをとる」と表現されてましたが、私は個人的に、バランスではなく「調和させること」という言葉の方がぴったりきます。


バランスじゃなくって、ハーモニーね!

美しい音を奏でるハーモニーに。

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それが、人が生きる意味でもあり、ひいては世界全体の進む方向なんじゃないかな~。


その具体的方法は、「占い、そして天中殺の定義を考えてみる」にも書いたとおりなので、またも割愛しますが・・


だからこそ天中殺の存在があり、私には、天中殺はありがたいものって思えるんですね。


さて、みなさんは、どのように解釈しますか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いずれにしても、五行大義は万物の生成と人の道を説いたものかもしれません。

しかも、ただの精神論ではなく、これだけ論理的に体系立てたものは他にないのかもしれません。


理論物理学者のニールス・ボーアさんや、中国科学史の研究科のジョゼフ・ニーダムさん、深層心理学のカール・ユングさんなど、
多くの欧米人さえ、没頭させたと聞いています。

世界の出来事からアトランティスを思う日

今年に入って、1月31日に、スーパーブルーブラッドムーン(Super Blue Blood Moon)が観測された。

なんとも、長ったらしい名前だけど・・

「スーパームーン」は、月が地球に近づいて、普段よりも大きく明るく見える満月。
「ブルームーン」とは、ひと月で2回目の満月。
さらに、皆既月食の月は、赤黒く輝くことから、血の色の月。



この3つが重なるのは非常に稀とのことで、日本では150年前、1867年頃に観測されたそうだ。

1867年といえば、大政奉還が行われた年で、300年続いた江戸幕府が滅びゆく激動の時代だった。

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行き場のなくなった武士たちは大パニックだったことだろう。

ショックで自死した者、破れかぶれで敵を殺しまくった者。

戦火にまみれ、血なまぐさい事件ばかりだった時代だった。


ふーむ。。。

なんとなく、オカルトチックな事を想像してみた(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2月3日のNEWS WEEKの記事をみると、核兵器についての記事が並んでいた。
(日本のNEWS WEEKは2月5日の記事)

核戦略見直し(NPR)をして、中国、ロシア、北朝鮮への対抗姿勢として、新たな小型核兵器の開発し、核を使用する可能性を明記。


    ↓
TRUMP SEEKS NEW, SMALLER, NUKES TO MAKE ENEMIES THINK HE'D ACTUALLY USE THEM


ロシアがアメリカの沿岸都市を消し去る設計の終末的核兵器を開発


      ↓
RUSSIA DEVELOPS 'DOOMSDAY' NUCLEAR TORPEDO DESIGNED TO WIPE OUT U.S. COASTAL CITIES



オバマさんのときは、いちおう、「核なき世界」を掲げて核の役割縮小を目指したけど、トランプさんになってから、やはり・・大きく変わった。

マ逆な方向へ一直線だ。


この記事によると・・・核兵器を小型にすれば、アメリカが核兵器を本当に使うぞ!ってことを敵国に思わせらるとか、それで抑止力を強化するとか・・まあ、いろいろな言い訳があるらしい。


でも、核兵器は核兵器なわけだし、小型を何発か使えば大型に匹敵するだろうし・・
つまり、合法的に使いたいってことか~?


私にはさっぱり意味わからん!



おまけに、日本政府はアメリカの意向(これから小型核兵器を使っていくぞ!ってこと)に大賛成なんだとか・・。

おいおい! 日本は唯一原爆を経験した国だったはずじゃないの?

やっぱり意味わからん!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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アメリカファースト(天下布武)じゃ~!


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おやかたさま~! サルめは、おやかた様についていきます!

なんだか、この時代とあんまし変わりばえしないような気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実際のところ、今後は核を使った戦争に発展していくのか、または、熾烈なサイバー戦争になるのか?
そこらへんはまだ見えてこないらしいが・・


サイバー攻撃なら安心なんて言ってられないのだ。

国が壊滅されるのには変わらない。

それは、キミはどっちの死に方がいいですか?って問題に過ぎないだろう(笑)

サイバー攻撃でインフラがストップすれば、日本には54基だったか?の原発があるわけだし、その冷却システムが使えないとなってしまえば、これまでにないほどの放射能災害に見舞われるという。



ああ、こうやって、アトランティスも滅亡したんだろうか?(←なんで、いきなり!!)


なーんて、またもオカルトチックなことを考えてしまった(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

アトランティス大陸というのは、古代ギリシャの哲学者プラトンが著書『ティマイオス』『クリティアス』の中で記述した、巨大な大陸で、「強大な文明」を築き上げていたという幻の大陸だ。

約1万2000年前までこの地球上に存在していたと言われる大陸のことだ。


ここら辺にあったといわれている。
   ↓
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強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうとしたため、ゼウスの怒りにあって海に沈められたという伝説の大陸だ。


1万2000年前と言えば地球上から大型肉食獣(マンモスなど)が絶滅したといわれている時期と重なる。


まあ、伝説なんだし、オカルトっぽい話だし~、なーんて思っていたら、どうも、そうではないらしいのだ!


どうやら、昨今では実在していたらしい!という方向へ向いてきている。


1960年代あたりからだっただろうか?

数人の科学者たちによって、「こりゃ、アトランティスじゃないか!」というものが続々と海底で発見され続けている。

Atlantis FOUND? Scientists discover ancient city on extremely remote island


それによると、現代の我々の文明とも劣らないか、または、モノによってはそれ以上かもしれない、そりゃもう、高度な文明があったとという。



私たちは昔、古代文明は、「4大文明から」なーんて教わってきたものだったのに、

今では、それより以前にシュメール文明などの高度な文明の存在も明らかにされている。


それを思うと、人類が誕生したのは6500年前ってことさえ、怪しいものだ。


もしも、全面核戦争が起こったか、または巨大隕石の衝突が起こったかすれば、地球のすべてが跡形もなく消滅してしまっていることになる。

だとしたら、それ以前については誰にもわからないということだ。



地球の生命は、ひょっとしたら何度も何度も、跡形もなく消え失せまた新たに生命誕生ということを繰り返してきたのかもしれない。


そりゃまさにホピの言い伝えだ。


ホピによれば、現在の世界は4回目にあたるそうだ。
     ↓
ネイティブアメリカン・ホピ族の神話世界


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人類は気が遠くなるような年月をかけて、せっかく文明を築いても、またいつか衰退し消滅してしまうものなんだろうか?


アトランティスについても、

現代と変わらぬような文明を築いていた。 

強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうとした。



どうも、その部分が気になる。


それならば、彼らの意識の上では、現代とほとんど変わらないんじゃないだろうか?


今我々の住む第4世界の意識(ホピによると第4番目)はここにある。
     ↓

●競争社会、階級社会

●結果と効率を追求する世界

●優れた少数によって支配される世界



これこそが、我々の理想の社会とされてきた。


これが一概に悪いとは思わない。

競争社会で、多くの人が一生懸命上を目指さそうとすればするほど、人々の意欲は掻き立てられることになるし、文明はどんどん発展するだろう。

実際、そうなってきたのだから。


しかし、問題はこれからの我々の社会が「行きつく先」にある。

我々は、いったい、どこに行きつく?

競争すれば敵を作る。
敵を排除すればするほど、憎しみの想念は膨れ上がる。

また、どんなに努力を重ねて能力があったとしても、上には上がれない人も出てくる。
彼らは、ますます、ネガティブ想念に陥ることになる。
それは、精神疾患や犯罪をも引き起こす。

それを力で取り締まれば取り締まるほど、さらにネガティブ想念の渦が広がる。

結果と効率を追求すればするほど自然破壊を招く。




まさに、そんな世界が出来上がっていく。


じゃあ、どうすりゃよかったんだ?


たぶん、競争で人の意欲を煽ることからして間違いだったのだ。


本来、多くの人は知的好奇心や探究心を生まれながらに持っていると思う。

また、本来、人は「世の為に、人の為に、役立ちたい!」という欲求も持っているという。
我々の脳は、本来ならば、そこに幸せを感じるメカニズムがあるという。


そういった・・純粋な、人の持つ欲求にフォーカスして社会を作り上げるべきだったんじゃないだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、残念ながら社会の上層部たちは、今も敵を排除しようと躍起になっている。

だからこそ、抑止力がどうとか、小型核兵器だったらどうとか・・って話になるのだろう(笑)


ところで敵ってなんだ?

考え方、思想の違いは敵か?

自分の利益達成を阻害する相手は敵か?

中国、イラン、ロシア、北朝鮮は敵か?
そこに住む国民すべても敵なんだろうか?


残念ながら、現在のトップに立つ人々は、敵の存在を信じて疑わないようだ。

敵を排除すること、敵から守ること・・・彼らが言うのはそればかり。
それが世界平和か?


競争社会を勝ち抜いて上に行った人ほど、現状の意識に固執するものかもしれない。
いや、すでに、それしか見えないのだろう。

うーーむ。
可哀そうに・・ブリンカーを着けられた馬状態じゃないか!
    ↓
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そして、我々はそんな人たちに社会を預けてしまっている。


多くのアメリカ人たちは言う。

「なんで、トランプが大統領になれたんだ?
俺は投票なんかしてないぞ?」

「不正選挙に決まってるだろ?
どうせ、俺たちの知らないところで、なんでもアリなんだぜ。」



そうなのだ・・
一般市民の知らないところで、今やこうやって、社会の上層部は勝手に回ってしまっている。


さらに、そんな人が核爆弾のブリーフケースを持ち歩いて状況でもある。

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大統領権限でボタンを押せば、核兵器は5分ほどで発射できるという。


やっぱり、この社会は、一度リセットしないない限り新しくならないんだろうか?



いつか、こんなことになって、

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こんなんなって、

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また、こんなふうに始まる。

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プラトンによれば、アトランティスは神の怒りによって滅ぼされたそうだけど・・・

破滅や死は、新生となり、

闇は光となるように、

神の怒りは神の愛に通ずるのかもしれない。

占い、そして天中殺の定義を考えてみる

知人の息子さんが、日本の旅行から帰ってきた。

ところが、

日本で有名な占い師さんに運勢鑑定をしてもらったところ、

「できれば一生独身を通した方がいいですよ。」と言われたそうだ。


彼は今、ガールフレンドと結婚しようか~♪って状況になってるらしい。

まさにそんなとき、そりゃあ、さぞ、がっかりだろう。



私は直接本人から聞いたわけではないのだが、お母さんに聞くと、

「日座中殺で家族運なし」の宿命だから、結婚は向かないと言われたそうだ。


ああ! そりゃあ~、算命学だな。

しかも、本に書いてある「星の意味」を丸暗記して説明しているだけか、または・・それをちょっとばかし、デフォルメして仰々しく言っったのかもしれないけど・・・いずれにしても、ろくなもんじゃないな!と思った。(←失礼ながら・・)


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その有名占い師さんの占いが当たるか当たらないか?という以前に、倫理観欠如かもしれない。

一言で言っちゃえば・・・クライアントに対する、思いやりがない、ハートがない、愛が無い。

そんな気がしたのだ。



「それで、息子さんは結婚を取りやめにするの?」

「二人ともラブラブだし・・それは無いと思う。
でも、ひょっとしたら二人は将来的にうまくいかないのかな~って気もしてきてね、なんとなく、私も嫌なカンジになってるのよ。」


と、お母さんは言った。


二人は将来的にうまくいかない?

だから何だ?・・
と、私は思う。

少なくとも、今は幸せの絶頂にいる二人だし、
両親だって喜んでる。


まだ起こってもいない、これから「起こるかもしれない」という不安を煽ってどーする?


たしかに・・

将来、二人に何かが起こって大げんかするかもしれない。
別居や離婚するかもしれない。
逆に、雨降って地固まるかもしれない。


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でも、私にはそれが単純に悪いことだとは思えないのだ。

それによって、お互いに何か大切なことを学ぶチャンスになるかもしれないし、結果的に良き未来につながるかもしれない。

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もしも二人が離婚した場合、この占い師さんは、

ほら、だから私が言ったとおりでしょ?
本にもそう書いてあったんだから。
宿命に出てるんだから。


って言うんだろうか?

だから何だ?・・・と、私は思う。


別居、離婚、失業、破産、病気などは、たしかに人生の荒波だ。
誰だって、好き好んでそんな経験はしたくない!

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だからといって、


「あらかじめ荒波を避けて順風満帆の航海をするためのものが占い」だとしたら、

つまらない人生を構築することへのアドバイスでしかありえない。

そんな人生に、幸せの実感や感動があるんだろうか?



寒風に吹きさらされた経験がなければ春風の心地よさが実感できないのと同じことだ。

こんな景色は見えてこない。。。
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寒風にどう対処して、どうやって自力で春風にするか?

寒風も春風も受け止められるようになること。




そのアドバイスこそが、占い師さんのお仕事だと思っている。

たぶん・・根本的なコンセプトが、この占い師さんと私は違うのだろう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西洋占星術、算命学、四柱推命、インド占星術、タロット、数秘術・・・

占いとひと口に言っても実に色々あるわけで、それぞれ奥が深く、それなりに勉強しないとわからないものだ。

ひょっとしたら、一生の勉強にもなるといわれている。



そういった占いというものを、大きく4つにわけると、

命(めい)、卜(ぼく)、相(そう), スピリチュアル(霊)になるそうだ。

◆命(めい)・・誕生日から導き出されるデータを読み解くもので、生まれた時の星の配置をもとに作成されるホロスコープが基本。
東洋・西洋占星術、数秘術、動物占いなど

◆相(そう)・・目に見える対象をサインとして読み解くもの。
姓名判断-字画や音、人相-顔の輪郭、目鼻立ち、ほくろなど、手相、印相とか。
*相はその時々で変わっていく、運命は変わることを前提としている

◆卜(ぼく)・・タロットカード・コイン・おみくじなどで、その時に出たサインを読み解くもの
筮竹(ゼイチク)とか、花びら、亀の甲羅だとか・・そんなのもあったはず。
*選択や決断に関するときにで好まれる。


◆スピリチュアル(霊)・・鑑定人のサイキック能力(霊感)を使う
霊感占い、ヒーラー、スピリチュアルカウンセリングと、言葉は色々ある。




この息子さんが鑑定してもらった占いは、命(めい)の算命学だと思う。


算命学というのは、高尾義政さんという方が戦後の日本で、明末期に三命通会(さんめいつうかい)を著わした萬民英(ばんみんえい)、清代末の徐楽吾(じょ・らくご)の著作を原典として編纂された学問とされている。

五行と通変の調和
https://books.google.com/books?id=bP_bDQAAQBAJ

中国古書には、子平法・三命法・命学・命理と記されており干支暦を基に分析された統計学としても伝えられているそうだ。


高尾義政さんの死後25年以上経っているわけで、今では様々な解釈があり、解釈の違いで流派が生まれたり、なかなか混沌としてしまった部分もあるとか。


故高尾氏が、どのような経路で理論を学び確立したのか? 何を私達に伝えたかったのか?
どういうものにしたかったのか?
という点で、この道の専門家たちでさえ悩むところが多いとも聞く。

そこで、算命学にアルゴリズムを導入して、ITが計算したデータを活用して理論展開を試みようとしているところさえ、あるらしい。




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算命学というのは、四柱推命に通づるところはあるし、また、占星術という点では、西洋占星術にも通ずる部分も多い。


これは、かなり前に私がアップした記事だったけど、天中殺について書いたことがあった。
    ↓
天中殺の意味とドラゴンの考察

星を見ることから始まった占星術と天文学






ずっと前のブログ記事では、天中殺と西洋占星術について書いたことがあったけど、四柱推命と算命学でも違うものがある。、

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四柱推命では空亡(くうぼう)・・・空に帰するって意味らしい

算命学では天中殺(てんちゅうさつ)・・天に誅殺される?(←おいおい、違うだろ!)

と、とにかく言い方から違うからめんどくさい。。。


いずれにしても、十干と十二支を組み合わせである六十干支において、1:1にはならない。
十二支の方が2つ余る。

その時期は、「天が味方してくれない時期」なんだそうだ。
だからこそトラブルが起きやすい時期となり、人生の中でなにか新しいことを起こすと良い結果が生まれない・・というのが通説。

逆に、天界の蓋がないので、「無形(精神的世界)の世界と縁を作ると良い運気になるんだとか。


え? いつもは天が味方してくれてるわけ?
天界の蓋って何?

・・・と、ここでツッコミを入れられても私には、わからん。
通説で言われてることを書いたまでなんで、詳しいことは専門家に聞いてくれ(笑)




ところが、この空亡理論、または天中殺というものは、なかなか専門家でも判断には頭を悩ますところらしく、
「弧虚理論」(こきょりろん)というものがあるそうだ。


弧虚とは東洋史観の時系列思想らしく・・(←なんのこっちゃ?)

弧というスポットがあり、その間を繋げる空間が虚なんだそーだ。




手っ取り早く言えば・・こんなことらしい。
     ↓

「天中殺=空亡=弧」

「虚=空間がない」
だから思考は弧に向かう。

それも、「向かい合っていて互いに衝突し合う関係」の方の弧へ向かうことが運勢アップの秘訣となる。



ないものはないんだから、無いものねだりしてるよりも、いっその事、マ逆の弧へ行っちゃった方が運勢がアップするぞ?
みたいな・・(笑)



えっと・・これは、算命学の考え方だったか四柱推命だったか、ちょっと私も記憶があいまいだ。。。
算命学と四柱推命では弧と虚の意味の捉え方に若干の違いがあるそうなのだ。

とにかく、このように天中殺1つとっても解釈の違いがあるわけだし、この理論を考え執筆した人が故人となってる以上、聞きようがない。
そもそも、その理論が正しかったかどうかもわからないのだ。


学問としてみると、実に奥深いものだ。


そもそも東洋占星術は、

万物を陰と陽で分類 + 世界は5つの要素でできている(木火土金水) ⇒ 陰陽五行思想


これらがお互いにどのように関係し、どのように流れるかで判断する


関係とは、

●対等な関係:比和
木と木
火と火
土と土
金と金
水と水

*対等ってことは、複数になるとその性質は強まることになりそう。。

●サポート関係: 相生

木は火の勢いを強くし、
火が燃えれば炭はとなり土に返り、
土は鉱物(金)を生じて、
金は凝固熱により水を生じ、
水は木を育てる。


●コントロ-ル関係: 相克(そうこく)

木は土の養分で成長し土は痩せる。
火は金属を溶かし変形させる。
土は水に形を与えたり流れをコントロールする。
金は道具となって木を切り倒す。
水は火の勢いを削ぐ。


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基本は、対等・サポート・コントロールの3つ関係の組み合わせで物事をみていくことにある。




流れとは(循環)

春に種子が芽をだし

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夏に育ち、

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秋に実り

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冬は大地が休み養分を蓄える

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まさに暦道に通づる。

間違った時期に種を巻いても収穫はできないものだ。

東洋占星術の基本は、「関係」と「流れ」


実に、シンプルだ!

しかし、シンプルだからこそ、奥が深いのかもしれない。


そういえば、オセロや将棋だってルールはシンプルだ。
すぐに覚えられる。

猫でもできる! (←違う!!)
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しかし、プロになってみると、プロ同士の差は、はかり知れないほど大きいと言われる世界だ。

シンプルなものこそ、複雑な事象を説明できるのかもしれない。


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さて、そんなことよりも、

我々が占いをどのように活用するか?


それには、まず、自分を知るべし

「自分を見つめ、資質や強みを知りそれを人生に活かすこと」にあると思う。

己を知らなきゃなんにも始まらないから・・。


自分自身のベースになるコアな本質
    ↓

樹木:マイペース、自立心が強い、頑固

草花:しなやか、協調性、社交的

太陽:自然体、陽気、楽天的

灯火:鋭い感性、豊かな感受性、繊細

山岳:現実的、抱擁力、博愛

大地:庶民的、堅実、優しい癒し

金属:行動力、正義感、芯の強さ

宝石:品格、プライド、責任感

海洋:自由、探究心、流動性

雨露:知性、分析力、慈愛




これは、だいたいどこのサイトを見ても似たようなキーワードが書かれている。

ときには長所とも欠点ともなるものだ。


さて、自分はどんな特質があるのか?
まずは、冷静に自分をみつめて謙虚に真実の自己を受け入れることだろう。



しかし、ここからが問題かもしれない。

ここまでわかったところで・・・それをどのように使い、どのように人生に活かしていくか?

もちろん、そんなことは自分で考え自分で決めるべきことだ。


だけど、いくら考えてもどうしたらいいいのかわからない!
動けない! でも、決断を迫られれてる。。。

ああ!もう!!


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だからこそ、占い師さんに鑑定をお願いするんだと思う。

それは、よーくわかる。



ここで、当たる占い師さんと当たらない占い師さんの違いが出てくることになる。

それは、占い師さんの「解釈力」の違い・・・だと私は思っている。

それこそが占い師さんの力量だと思う。

先ほどの東洋占星術でいえば、「他との関係と流れをどう解釈するか」によって違ってくる。

解釈するということは、

分析力、
イマジネーション
インスピレーション



が要求されることだと思う。


当然、本(テキスト)どうりの事を述べるだけであっては、解釈なんてできるわけがない。

もちろん知識は必要だけど・・鑑定するときの決め手は文献の中ではみつからないのだ。

人は一人ひとり違う。
データをもとにした統計学で鑑定ができるわけない。


分析し想像力と直観力を駆使できなければ、おそらく鑑定なんてできない。

もうひとつ、必要なことは、クライアントに対する愛だ。

なんとか助けてあげたいと真摯に願える気持ちがなけりゃムリ。



中には、クライアントさんの方が、占い師さんよりも、ずーーと分析力、イマジネーション、インスピレーションに長けてる人がいて、

ちょっとしたお手伝い・・つまり、パニック状態を解消して考えすぎて疲れた頭をクリアーにするお手伝いをしただけで・・

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あ!っと、自分で気がついて見えてしまう人もいる(笑)


たぶん、これが本来の姿なんだろうなあ、と思うのだ。

人生は自分で考え、切り開くものでしかない。

そして、誰でも、自分でみつけられる力を持っているはずだ。


むしろ、自分のことは自分が一番よく知っているはずなんだから。

それには、占い師さん側同様に、分析力、イマジネーション&インスピレーションを使うことだ。



ん?使えないって?


そうゆうときこそ、リラックスして一度ニュートラルにすることなんじゃないかな。


最近の記事にもアップしてるんで、この内容ともダブルことだけど、
     ↓
ストレスの正体

腹式呼吸して瞑想するもよし・・とにかく無にすること。


こうすると、占い師さんの力量も見えてくるし・・いや、それよりも自分で解決できちゃうかも(笑)


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ここで、またも頭をよぎる、天中殺について

もしも、天中殺というのもがあるとすれば、

ニュートラルになる時期を示唆してるんじゃないかな?

と、私は勝手に解釈してる。


多くの人は、いつも「二元論の間の横跳び状態」をしてるだけなのかもしれない。

これは、ストレスの正体にも書いたとおりなんだけど、もう一度ここで言うと・・

1.快・・・正しい、 喜び、楽しさなど

2.不快・・・悪、偽り、怒り、不満、憂鬱など

3.快でも不快でもないニュートラル状態



いつも現実的なプラス方向を求めて、3を自ら作らない状態のこと。


だからこそ、2か月でまとめてニュートラルを強いられる時期がやってきてしまうのかもしれない。

でも・・なんでそんな現象が起きるんだ?

そこはわからない。。。


ただ・・・

私自身に関していえば、天中殺なんてない!
過去にもなかった!

いや、言い方を買えれば・・いつも天中殺かもしれない(笑)

毎日天中殺!(笑)



ただ・・・私の中では毎日現実社会を突っ走りつつも、精神をニュートラルにする時間も作っている。

肉体も現実も精神も心や魂も・・・すべて毎日一緒にするように心がけている。


若い頃の自分を振り返ると、

いつも新しいことばかりに挑戦してたし、毎日がイレギュラーだったし・・それが私の日常だったわけだから・・

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うーん、やっぱり、毎日が天中殺だったのかもしれないなあ(笑)


しかし、今は現実性と精神性は、いつも、毎日あるし・・そうなると、どうなるんだろ?

ま、詳しい研究は、専門家に任せることにしよう。



・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここらでまとめてみよう。

占いというものは、世界各国に紀元前から存在してるもので、実に奥が深い。

立派な学問でもある。

でも学問と鑑定とは違う。



知識、分析力、イマジネーション&インスピレーションを駆使しなければ見えてこない。


それは、占い師であってもクライアントも同じ。

占い師さんは、多くの専門知識を持っていることが大きく違う点。

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あ、もう一つ、

スピリチュアル占いをする、サイキックならば見えることだけを伝えればいい!
それって、ラクじゃん!・・・と言う人がいたので、これについてもひとこと。

そりゃ、大きな間違いだ!

結構、こうゆうヒーラーも多いのは事実(笑)
見る能力はあるんだけど、分析、理解ができてないため、解釈を間違ってるってタイプ



知識が無ければ見えた映像が、どこの何かもわからないだろうし、分析力が無ければ、暗示するところもわからない。

それは解釈を間違えることに繋がる。

何事も勉強は不可欠なのだ。
同時に感性も!


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人生は自分で感じて判断して作っていくもの。

チャンスも、運気の流れも、相性も自分で感じるもの!


何も感じなければないのと同じだ。


結局のところ、それを肝に念じてない限り、良い占い師さんにも出会えないものかもしれない。

なんだか、そんなふうに思っている(笑)

はるかに自由だったかもしれない戦国の世

「もしもタイムマシンで過去に行けるとしたら、どの時代に行ってみたいか?」という記事があった。

アメリカの高校生に向けての質問で、その答えはさまざまだ。

If you could go in a time machine, what era in history would you like to visit?

●南北戦争時代・・当時の人々を知りたい

●9-11の起こる前・・・誰が何のために起こしたかを調査するため

●50年代・・・カラフルなドレスや水玉の時代で、おしゃれの原点を感じる

●イエスが地上を歩いていた時代・・彼がどのような人物だったかを知りたい

●コロンブスがやってきた時代・・彼がインディアンをどのように扱ったか真実がみたい

●1776年に13植民地がイギリスから独立したとき・・・最初の大統領に投票することができ、素晴らしい経験になるだろうから。

その他、ビクトリア朝時代、ジュラ紀、バッハの音楽の時代、などなど。




なかには、こんな事を言ってる高校生もいる。
      ↓

今日の世界は多くの点で悲劇しかない。貧困、人種主義、そして人々の飽くなき貪欲。
現在の人々は貪欲に溺れてしまっている。
そういったものとは無縁の世界へ訪れてみたい。 もしも、今まで存在していたなら。




そりゃ、無理だね!

ユートピアの世界は行った先で人が作るしかないんだから。


と、大人の私はつい思ってしまう。



これは高校の授業の一環だったらしいが、なかなか面白い試みだと思う。

私が高校生の頃、日本にいた頃、こんな授業はなかったなあ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

じゃあ、もしもタイムマシンで過去に行き、

戻って来られないとしたら?
どの時代に住みたい?


さて、あなただったら、どう答える?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、私もそんなことを、ぼんやりと考えていたときがあった。


私があこがれたのは、日本の戦国時代だ。

戦国時代で一介の庶民に生まれて、そこで活き活きと生きたい!と。

当時の私はうつ病だったせいもあって、よけい、そんな時代に憧れたのかもしれない(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦国時代なんて、寿命は今よりもはるかに短命だ。

信長さんの敦盛じゃないけど・・人生50年~♪ だし・・

なぜか・・信長協奏曲より
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それよりも先に、殺されるか病気で死ぬ危険度も高いだろう。


だけど、いい事もある。

何よりも、自由に生きられる時代だった・・・と思う。


どんな貧しい生まれだったとしても、自分の才覚ひとつでチャレンジが可能だった時代だと思う。


一国一城を目指した人なら・・・

油売りから美濃の国主になった斎藤道三さん

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目薬売りから、播磨の国人となった黒田重隆さん (黒田官兵衛のおじいさんだね。)

一番の有名どころでは、農民出身で天下人になっちゃった秀吉さん

こういった人は数限りない。


しかも国主は戦だけ強ければいいってものじゃあない。

農業・商業ともに、自分の領地を豊かにできなきゃ、戦の資金だって稼げない!
家臣からも見放される・・・。

マルチな才能が要求されるわけだけど、その分、やる気満々の人なら、やりがいもありそうだ。

斎藤道三さんの作った美濃の城下は、そりゃもう栄えた町だったそうだよ。

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または、学問の道を志すってのもいいかもしれない。

もっとも・・当時の学者は、仏門に入ってた人がほとんどだったらしいけど・・

戦国時代まで寺では宗派に囚われることもなく、僧侶は自由に複数の宗派の教学を学べたそうだ。

むろん、あらゆる面で幅広い知識を持ち科学者もいたし、軍事技術や兵法を極めたものもいたという。

彼らは教師にもなり、また戦国武将のブレーンとして参謀役を務めることもあったため、武将の子は幼い頃から寺で学ばされる事が多かったそうだ。

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有名な人といえば、こんな人たちだ。

快川(かいせん)和尚・・・武田信玄が幼い頃に学んだ師匠だ。

心頭滅却すれば火も亦た涼しだったっけ~?


安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)・・・毛利元就さんとこのブレーンとしても有名で外交を一手に引き受けていた。

太原 雪斎(たいげん せっさい)・・・今川義元さんのとこのブレーンだ。

虎哉(こさい)和尚・・・幼少の頃から伊達政宗さんの師となった。


彼らの中には国主とともに戦場で戦う人もいれば、学者として研究に専念した人もいたし、また、諸国をめぐってさらに見分を広めた人たちもいたようだ。



商人になるのも悪くない。

堺の商人などは、明との貿易船で豪商になり、のちに茶の湯を広めた文化人になった人もいる。

今井 宗久(いまい そうきゅう)さんは有名だけど、この人だって最初は、皮製品を売り歩いて財を成したという。



芸能に進むならば・・猿楽一座などに入って芸を磨く道もあっただろう。

舞は寺社とも結びつき、奉納祈願では行われていたようだから需要も多かったことだろう。

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白拍子は鎌倉時代頃からだったと思うけど、たしか出雲阿国は戦国の末期だったんじゃないかな?

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当時に女として生まれたなら、独り立ちするのは芸の道くらいしかないと思うのは間違いだ。

馬術、剣術、戦略に長けていた人も珍しくなかったようだ。

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伊達政宗のお母さんだった義姫、また、映画「のぼうの城」にも登場する甲斐姫、信長に歯向かった死んだおつやの方なんて人もいたし・・

今川義元の母、寿桂尼(じゅけいに)さんは、今川家を牛耳っていたことでも有名な人。


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・・・・・・・・・・・・・・

こうやってみていくと、戦国時代は規制も少なく自由だったことは確かだろう。

群雄割拠の時代で全国統一がされていないのだから。


生まれた環境から抜け出して、新たな新天地を求めることも可能だったってわけだ。

なんといっても、下剋上は当たり前の時代・・・出自、身分、育ちも関係ない。


下剋上というと、戦後生まれの人の中には悪いイメージを持つ人も多いと聞くが、これは良い悪いの問題ではない。

時代における考え方の一つに過ぎない。


アホな主君に見切りをつけて、さっさと有能な主君につくのもアリ。

または、見つかるまで、フリーターとなって捜し歩くのもアリ。

もちろん、人によっては、アホ城主にも忠誠を誓い生涯見放さず、共に果てた人もいる。

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どれもアリなのだ。


しかし、江戸時代以降では、相手がどうであれ生涯忠誠を誓うことを、「忠義」と言って褒めたたえる傾向になっった。 
為政者は、あえてそうでもしなければ、我が家を危うくしただろうからね~。


戦国時代の常識とは違っていたのだ。

「選択する」ことは、むしろ才覚のひとつ・・・というのが当時の常識。
「策略」「裏切り」も、戦術のひとつ。




さらに、「どこの馬の骨ともつかないアウトロー」で」あっても、ちゃーんと召し抱えてくれるところもあったのだ。

だから、世の中捨てたもんじゃない!


その有名どころは、織田信長さん

能力があれば、出自なんてどーでもいいという考え方の人。

彼自身もまた名門の血筋でもなかったし、若いころは「うつけ」と呼ばれるほどの人だったわけだから、当然だろうけど。




昔の言葉に、婆娑羅(バサラ)、うつけ、かぶき・・なーんてのがある。


婆娑羅(バサラ)とは、

身分秩序を無視して実力主義的であり、公家や天皇といった名ばかりの時の権威を軽んじて嘲笑・反撥し、奢侈で派手な振る舞いや、粋で華美な服装を好む美意識。

室町時代初期(南北朝時代)に流行し、後の戦国時代における下克上の風潮の萌芽ともなった。

*ただし戦国時代の頃になると、史料には「うつけ」や「カブキ」は出てくるが、「婆娑羅」およびそれに類する表現は全くと言っていいほどなくなった




これは、陣内孝則さん演じる佐々木道誉だったけど・・着物も右のフツーの人のものより、斬新でおしゃれなのを演出してる(笑)
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動乱前夜の室町末期には、婆娑羅(バサラ)が現れ、

それが、信長に受け継ぎ、また、秀吉さんにも受け継がれていく。


秀吉さんもまた、「かぶきもの」だった伊達政宗さんやら、前田慶次さんが大のお気に入りだったという。


ただし、ただの「目立ちたがり屋のアホ」だったら、そりゃ無理ってもんだろう。

それこそ、ただの「うざい存在」になる。
そりゃあ、おそらく真っ先に抹殺されちゃったと思う。。。


彼らは、秀でた人物であり、しかも、「既成概念にとらわれず自分を押し通す」という姿勢があったからこそ、

「うつけ思考」の信長さんや秀吉さんには、好まれたんだろう。




いつのまにか豊臣政権になると・・

それまで清和源氏の血筋と言われた、今川、武田、北条、朝倉などの名門武将たちはことごとく滅亡。

大名となったのは、豊臣恩顧の武将たち。 
それぞれ秀吉が子供の頃に気に入って、あちらこちらで拾ってきたような子だったから、名門のはずがない。



徳川さんになってもその傾向が続く。

そりゃそうだ!

徳川家康さんだって、もともとは、三河の土豪だった松平さん家の出に過ぎない。

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はいはい! そうでしたね・・自分で薬草調合してまいたっけね?


しかし、徳川政権が長く続くうちに、
そこから・・また新たな高貴な血筋が作られ、出自や身分を重んじる世となっていく。


だけど、また・・

徳川の世が終わるときには、外様大名の、しかも下級武士たちによって、新政府が作られた。
西郷さん大久保さんも、桂小五郎さん高杉晋作さん(早く亡くなっちゃったけど・・)、それと、坂本龍馬さんも上げとこうか~。

みーんな下級武士だった。

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畑仕事もする自給自足の武士たちが多かったという。


ある一定時期を過ぎると、いつの時代も、こうやってまた変わっていく。



天下統一されてる間は、出自が重んじられるし、権力とカネのみがモノを言う時代となる。

この2つか、2つに1つでも持っていない限りは、自由はなかなか手に入らないものとなる(笑)



今の時代は、ある意味において・・戦国時代よりも生きにくい時代だ。

とくに、枠をはみ出して生きることはずーーと難しい。


「何を言う? 今の先進国は文明もあり、民主主義で自由の世じゃないか!」

なーんて本気で思ってる人がいるとしたら・・こっちの高校生の方が現実を見ている。

「悲劇しかない現代、貧困、人種主義、そして人々の飽くなき貪欲」と言った高校生。




実際地球上に戦火は絶えないわけだし・・

殺人は罪といいながら、大義名分を掲げれば堂々と殺人もOKだし、

めんどくさければ、秘密裡に抹殺してしまえば罪にも問われない。

もちろん、秘密裡が成功するのは権力を持つ「限られた人」だろうけど。




アメリカの砂漠には、そういった死体がいくつも転がっているという。

「監察医が明かす、自殺の90パーセントは他殺」なーんて話も聞く(笑)

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現代を生き抜くとしたら、権力とカネに逆らわないこと

逆に、従順になって認められれば出世の道が開けるかも。





なーんてことを思ったら、バサラ、うつけ、かぶきの道は閉ざされたも同然。

ごり押しして抹殺されるか、抑え込んでうつ病にでもなるしかないのかも・・・。

・・・うつ病時代の私は、そんな事を思ったりもしたものだ。



ところが、元気になった私は、「だからこそ、現代もまた面白い!」と思えるようになった。


結局、私のうつ病は、現代の既成概念をベースにどうやって生きようか?なーんて、

うだうだと悩んでいたに過ぎなかったようだ。


本物の「バサラ、うつけ、かぶき」は、そんなことは考えてもみない。

自分の信念で生きる。
危険が迫れば野生のカンで回避するだけ
それでもし、抹殺されれば潔く受け止める覚悟はいつもある。


なーんだ!

それだけのことだったんだ~!

世の中が合わなきゃ、それを変えればいいんだ!って思うようにもなった(←おいおい)

一匹狼でもちっとも構わない。



そんなことを気づかせてくれたきっかけは、やっぱり、戦国時代というものを知ったせいかもしれない。



歴史は面白い。


今までの既成概念が壊され常に新しくなっていく、その繰り返しだ。

しかもぶっ潰すのは、いつも既成概念を持たない一般庶民から。



「既成概念崩壊現象」・・そんなのは、もちろん日本に限ったことではない。


アメリカでは、白人のプロテスタントしか大統領になれないってのが、かつての常識だったのに、


アイリッシュのカトリックが大統領になってしまった・・・ケネディーが初。
(アイリッシュというだけで差別を受けてた時代もあったのに・・)

さらに、黒人大統領も産出した・・・・オバマが初。



マイノリティーや異分子に風当りが強いのは、どこの国でもどこの時代でも、それは同じことのようだ。

世の常なのだ。


自由だった戦国の世でさえ、そりゃあ風当りが強かっただろう。

ただ、「バサラ、うつけ、かぶき者たち」は、そんなことに気にも留めなかっただけだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここ数年で、世界はまた新たに変わろうとしている。

室町時代末期、幕末の様相とも似てきているかもしれない。



さて、今度はどうなっていくんだろう?

戌年だし~、 うちの愛犬とともに見届けようと思う。

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ん? 愛犬なんていないし、この画像は違うだろ!

いいんだ! これは昨日の夢で見たビジョンなのだから(私)

チベットの諺_健康の秘訣

チベット人は話をするとき、諺から引用することが多いそうだ。

ダライラマさんのスピーチも、そういった引用が実に多いとか。



たまたま、こんなチベットの諺を見つけた!
     ↓
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健康の秘訣

食は半分、2倍歩き、3倍笑うこと、愛は限りなく!



なーるほど・・たしかに!


健康法とかストレスをどうするとか・・・そんなことをクダクダ言ってるようりも、ずーーとシンプルに的を得た言葉かもしれない。




チベットには行った事がない。

昔モンゴルへ旅行したとき、草原の中に佇むチベット寺院を見て・・チベットへ思いを馳せたことがあった。
よーし! 次は、チベットへ行ってみようと!

ところが、行くチャンスにはついに訪れなかった。。。


結局、私は映画や小説の中のチベットしか知らない。

チベットといえば・・ブラッド・ピッドの古い映画だ。
    ↓
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これは、オーストラリアの登山家、ハインリヒ・ハラー(Heinrich Harrer)の実話をもとにして製作されたという。

彼は子供の頃のダライ・ラマ14世と交流を持った経験のある、数少ない人物と言われている。


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チベット寺院の画像をいくつか覗いてみた。

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寺院には、野良猫も自由に出入りできるらしい(笑)

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そういえば、ネコはまさに、「天上天下唯我独尊」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

健康の秘訣
食は半分、2倍歩き、3倍笑うこと、愛は限りなく!


私もこれを実践してみようと思ったけど・・・

問題は、食は半分!?

こりゃ、厳しい。。。

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ストレスの正体

前回のブログでアップしたとおり、

ネガティブパワー・マックス男と電話で話すことになった日から、ストレスってなんだ?とずっと考えたり調べたりしてました。


まずは、最近ストレスを感じてる人がいったいどのくらいいるんだろう?と思い、厚生労働省にあったグラフをチェックしたところ・・

悩みやストレスの有無別構成割合 (12歳以上)
    ↓
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厚生労働省_悩みやストレスの状況


これによると半数以上の人がストレスを感じてるようですね。

これは自己診断アンケート結果なので、中にはまったく自覚症状がなくても、かなりストレスフルな人がいるかもしれないことを考慮すると、実際はもっと増えるのかもしれません。



そこで、まず、ストレスの定義を調べてみました。

ストレスとは?


定義: 「外部からの原因によって生体にひずみが生じた状態」

言い換えれば、外部からの刺激、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態のこと



ストレスの原因はストレッサー(stresser)と呼ばれていて、ストレスを与える何らかの刺激のこと、つまり、ストレスの原因となっているもののことですね。


ストレッサーの範囲は実に広いんですね~。

暑さ、寒さ、痛み、生理的物質への反応、怒り、苦しみなど、心理的なものもあれば、
大気汚染や食品の添加物、気温の変化、食生活の変化、持病や感染症、バクテリアなど、体内で炎症を起こす恐れのあるもの全てが含まれるようです。

ストレスを感じるとどうなるか?


ストレスを受けると、ホルモン分泌が促進されて、心拍数の増加、血圧の上昇、食欲の低下などがみられるようです。

これは人間だけに限らず、多くの動物にみられる「脳に生じる原始的な反応」なんですね。


脳内で働く神経伝達物質といえば・・代表的なのは、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン

ここでちょっと、代表的なこの3つをおさらいしてみます。

●アドレナリンは、外部からの危険やストレスに対して最善の行動を選択しようとするときに働くホルモン。
ストレスに対応するため、血液の供給を増やし筋肉を緊張させたり、心拍数や血圧、血糖値を高める
また、怒りや不安、恐怖などの感情を引き起こす


●ドーパミンは、喜びや快楽を司るホルモン。
夢中になったり感動しているときなどに、快楽物質であるドーパミンが分泌される
学習や運動機能、性機能、向上心などに関係し、達成感による快楽を得ることで、さらなる意欲をもたらす。

 
●セロトニンは、精神を安定させ幸福感を生み出すホルモン。
アドレナリンとドーパミンがバランスよく働くようコントロールする働きを担う。
セロトニンが不足すると、疲れやすく意欲がなくなり、うつ病や不眠症などになりやすいといわれている。



ストレスを感じると、まず・・アドレナリンがどばーと分泌されるってことだと思います。


そして、もうひとつ。

●コルチゾールという、副腎皮質ホルモンが分泌されることも、わかってきたようです。

アドレナリンとコルチゾールが分泌されることで、交感神経、つまり・・闘争・逃避反応が活発になり、逆に副交感神経(安静と消化)が抑制する。



で、どうなるか?っていうと、

一言で言ってしまえば・・心身に「活」を入れてくれる。


よーし! やるぞ~!
イケイケ状態にしてくれるってわけですね~。


覚醒レベルと集中力を高めてくれて、行く手を阻む障害にガンガン対処してくれるようとする。
そのための、肉体的・心理的な準備をしてくれるわけです。


なーんだ・・・ストレスっていいことじゃないか!

そうなんです!
ストレスは決して悪いものじゃない!んですね~。

昨今では「ストレス」という言葉を聞いただけで「悪いもの」とイメージしてしまう人が多いみたいだけど・・

適度なストレッサーがあるからこそ、意欲向上、闘争心、耐久力などがパワーアップするわけだし、私たちはさらに新しいことを学び、人として向上していけるようになるわけです。


ただし・・ここからなんですが・・・。


分泌される量によっては、血圧や血糖レベルを高め、免疫機能の低下や不妊をもたらす。

コルチゾールは、過剰なストレスにより多量に分泌された場合、脳の海馬を萎縮させることが、近年PTSD患者の脳のMRIなどを例として観察されている。

海馬は記憶形態に深く関わり、これらの患者の生化学的後遺症のひとつとされている。



ここからが、悪く作用してしまう問題点が出てくるわけです。

たしかに、免疫力が低下してしまったら、さまざまな病気を引き起こす、引き金にもなってしまうでしょうね~。

心臓疾患、血圧異常、脳梗塞、脳自律神経の乱れ、アレルギーの病気、適応障害、うつ病、蕁麻疹、メニエール病などなど。
もう、あげればキリがない(笑)


さらに、これも最近よく言われてることですが、脳の萎縮
前部帯状回・海馬・扁桃体などを萎縮させちゃうんですね~。

認知症(アルツハイマー)も、どんどん増えてきているわけだし、昨今では若年性アルツハイマすら増えてるようですから。

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In Deepのブログより


ストレスというのは、諸刃の剣なんだと思います。(←自然のモノは、すべてだと思いますが・・)

良くも悪くも作用するもの。

それをいかにうまくプラスに転じるか!ってことだと思います。

うまく働くということは、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、そして、コルチゾールのバランスがよく分泌される状態ということです。



ストレスは、どのように脳に影響を及ぼすのか?

影響を及ぼす部位は、前頭前野だそーです。
    ↓
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そう、これ・・恐怖心とサイキック(霊能力)と脳の関係のところでも、出てきた前頭前野。

脳の前方に広がる領域で、理性や論理的思考を行う場所。
ここが、感情にかかわる部位の扁桃体(へんとうたい)にも影響を与える。



まず、影響されるのは思考力でしょうね~。
そしてそれは記憶力にも影響し、扁桃体(感情部分)にも影響してくる。

こうやって、私たちの体すべてが繋がり影響し合い、一体となってるわけなんですね。



強いストレスがマイナスに働くとどうなるか?

大きく分けて、3つのタイプがあるみたいです。


1.快楽に走ろうとする


強いストレスを受けると、それを解消しようとドーパミンを分泌させようとする行動にでる。
ドーパミンは快楽物質ですからね~。

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このグラフをみると、ストレス解消だ~!と言って、男性は「飲酒」、女性は「食べる」「買い物」に走る傾向があるみたいですね。


しかし・・ドーパミンを使った快楽の効果は、一時的なもののようです。
たぶん、皆さんもお気づきだと思いますが・・(笑)


度をすぎるれば逆に健康を害してしまったり、時間やお金をムダに使ったことに対して後悔しちゃったり、さらに新たなストレスが増す結果になったり・・
もっと怖いのは、依存症になってしまう人もいるようですよ。


2. 論理的に考えて解決しようとする(前頭前野を駆使する)

そもそも、ストレスで影響をまっさきに受けるのが前頭前野なんだから、そこをさらに酷使しちゃえば、そりゃ~いかんでしょ!

こういったタイプは、セロトニン不足に陥って、うつ病、適応障害に向かう傾向が強くなるそうです。
(昔の私は、このタイプでしたね~。 なんせ、根がネガティブ思考なもんで・・)

がーんと落ち込んでるときに、必死になって頭で考え当たって、なーんも良い解決法なんて浮かんでこないもんです!

理路整然と考えれば考えるほど、ますます「ネガティブ方向へ落ちていく」、そんなものじゃないでしょうか?(←私の経験から)


3.ストレスを感じられないタイプ

最近、このタイプが増えてるようです。
「強いストレスを溜めこんでいても、それすら感じない人」


これは、ひょっとして・・一番タチが悪いかもしれませんね。

気がついたときは、倒れて救急車で運ばれちゃうパターンかもしれませんから。


このタイプの人たちは、ひどくなると、暑さ、寒さ・・さえも感じないそうですよ。



でもね、こういった経験は割と誰にもあるんじゃないでしょうか?
    ↓
「何かに集中し過ぎて、一時的に感じなくなる」

たぶん、1点集中するため、他のことがどーでもよくなって感じなくなってしまう現象。
私も、こういった傾向強いです(笑)


作業に集中し過ぎて、周囲の雑音が聞こえなくなったり寒さを感じなかったり・・・作業が終わって始めて、う!寒っ!と気がついたりします。

また、面白い映画を夢中で見てるときとか遊びに夢中のときもそうですね~。

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楽しいことで興奮状態になってると気がつかないって・・・まるで子供ですね~(笑)


でも、こうゆうのは集中している間だけの一時的なものでもあり・・
逆に、ストレスに対する耐性を作る、プラスの方向に働いてくれるのかもしれません。


ところが、問題なのはこっち
    ↓
それほど夢中になったり集中してたわけでもないのに、また、楽しくて興奮状態ってわけでもないのに、感じない。

なぜか、最近は、こうゆうタイプがどんどん増えてるらしいです。


人は本来、どんな人でも例外なく「感じる力」を持って生まれついているはず・・なのに!


感じない=脳が正常に機能しなくなってきている

これは、かなりな状態かもしれません。

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実は最近、まさに、そうゆう人に会いました。
     ↓

7年ぶりだったでしょうか、古い友人3人とご一緒する機会があったんです。

うわあ! 久しぶりだよなあ!と楽しみに出かけたのに・・そのうちの一人が、すっかり変貌を遂げていて、超がっかりという経験をしました。

ルックスが変わったってことじゃないですよ~。 楽しい会話ができない人になっちゃってたんです。

以前は、とっても感度のいい人で、むしろ相手の言わんとすることを即座に理解してしまうし、いつも、はっとさせるようなステキな答えを返してくれるような人でした。

ところが今は、この人、ちゃんと話を聞いてたんかよ?と思うほど・・ちぐはぐで・・
返す言葉は凡庸、しかも、思い込みと偏見の塊みたいなことばっかり。(←さんざんな言い方しちゃいますが、さんざんな思いでした)


ゆとりが全くないカンジで、一緒にいるだけで疲れちゃうんですよね~。

もう一人の友人と、「あの人、昔はあんな人じゃなかったよね~。」
「年をとったら頑固ジジイになるタイプだったんかね~」なんて囁き合ったくらい。

以前は常にユニークな意見を持つ人でもあり、尊敬する人だったんですけどね~。


もうひとつ気がついた事は、かなりの味覚音痴になっていたって事ですね。

グラスの水を一口飲んだだけで、「まずっ! ここのカフェ、水道水を使ってるんじゃない?」と、別の友人が言うほどまずかったのに・・その人だけは、何も感じず、がぶがぶ飲んでたんです。
(*ストレスから味覚障害を起こすことも知られてます)

聞いてみると・・最近は暑さ寒さにも鈍くなってきたとか・・。

「そりゃ、まずいでしょ?」と言うと、

「そんな余計な事は感じなくなったんだから、むしろ良くなったと思ってる。」という答え。



いやはや。

まさに、ストレスを溜め込んでしまってる人を目の当たりにした体験でした。


感性がまったく使えなくなってしまうと、人の真意すら理解できなくなってしまうみたいです。

だから、月並みな事しか言えなくなってしまう。
または、妙に曲解した解釈を導き出してしまう。

理屈に理屈を重ねて本来の目的からどんどん遠ざかっちゃうみたいな(笑)


しばらく会わないうちに、かなりストレスを溜め込んじゃったようです。



これは頭脳派のタイプには多く見られる傾向だそうです。
     ↓

自分で正常な判断ができないため、一般論や多数の意見が正しいように思えてしまう。
ますます思考の迷宮にはまりこみ、出口の無い深みに落ちていく。

自分では何も考えられなくなると人任せになる。
しかも自分では依存してることにも気ずかず、自分の考えが正しいと固執する。



うーーん、まさにこれは変貌してしまった友人の姿、そのものでした。



判断するということは頭だけを使うことじゃないです。 「感じること」でもあるはずです。

頭と心と魂を同時に使えなければ、真実なんて見えないと思います。


でも見えなくなってしまった人が、自分で気がつくことは、それこそ至難の業かもしれません。
他人のアドバイスなんかは、聞く耳さえ持ってくれないことが多いかもしれません。


そうなると、必ず肉体にも影響が表れているはずです。

単純なうっかりミスが増える、物忘れから始まる・・・これは、脳の萎縮の兆候だそうです。
(←でも本人は気がつかないんだろうなあ。)


そこで、

上手にストレスを活かす方法とは?

注: あえて「ストレスを無くすとか」、「ストレスを回避する」なんてことは言いません。
本来、ストレスを無くすとか回避するという考え方自体が違うように思いますので。



まず、感性を使うようにすること(感じること)でしょうが、実はこれすらも出来なくなってしまってる人が多いってことに気がつきました。


なんでだろう?・・・その答えがようやくわかった気がします!


おそらく、ニュートラルな精神状態が作れないから
だと思います。


良いか悪いか?
正しいか間違っているか?
快か不快か?




いつでも、こういった二元論の間を横跳びしてるだけなんじゃないでしょうか?


2つの間を脳も感情も行ったり来たり~。(←ちなみに感性と感情とは違いますからね~)
    ↓
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これじゃあ休まらないわけだし、ストレスがマイナス面にしか作用しなくなっちゃうのも無理ないよなあ~。



心の状態って2つだけじゃないと思うんですよ。


1.快・・・正しい、 喜び、楽しさなど

2.不快・・・悪、偽り、怒り、不満、憂鬱など

3.快でも不快でもないニュートラル状態




ところが最近の人々は、3番目のニュートラル状態をすっかり忘れてしまってる人が多いようにも思います。


ちょっと考えてみると・・ストレスの原因となる、ストレッサーなんてものは、実は昔からあったはずなんですよね。

たとえば、昔のサラリーマンといえば武士です。

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失業中(就活中)はこっち
   ↓
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どっちも、それなりにストレスはあったと思うんですよ~。

しかし、彼らは現代の人よりもずっと、ニュートラルな状況を作り出すことに長けていたんじゃないでしょうか?

そもそも武士ならば・・剣術の稽古は必須。

剣術を極めるためには四戒でしたね~。(←以前のブログ記事でもこれについてアップしてます。)
武士道と刀のスピリチュアル


四戒というのは、驚、懼、疑、惑、の四つのことで、剣道修錬中に、この中の一つでも心中に起こしてはならないという戒めのこと。
剣術は精神修行が一番で、それができない限り上達もしない。



別の言い方をすれば、四戒は「心を無にすること」
さらに言い換えれば・・「ニュートラルな状態を作り出すこと」


おそらく、この時代の人たちの方が、はるかにニュートラル(無)の境地を 日常的に学んでたように思うんです。

また、一般庶民であっても・・・ケイタイも車も、都会の騒音や電気すら通ってない時代ですからね~。

静かに内観する時間はたっぷりあったように思うわけです。

あくまでも私の想像ですが、たぶん、この時代の方が、現代と比較して、ストレスで壊れることは少なかったような気がします。



現代に生きる我々ならば・・少なくとも1日1回程度は、必ずニュートラルな精神状態を作ることが必要な気がします。


さて、それにはどうすればいいのか?

その一番の方法は、「瞑想すること(メディテーション)」って言われてますね(笑)

*最新記事でも、ハーバード大学とマサチューセッツ総合病院の研究結果で「8週間の瞑想によって脳の灰白質が再構築される」と発表されたようです。
詳しくは、こちらの記事で
   ↓
https://indeep.jp/meditation-rebuilds-brain-grey-matter-and-dna/



ところが、私は、瞑想(メディテーション)が実は大の苦手。

何度もトライしたんだけど続かないんですよね(笑)

最近では「正しい瞑想の方法」なんてのは、いーーぱいあるし、そのための呼吸法だとかリラックス方法だとかまで載ってるんですが・・

どうも私は、そういったマニュアルどうりに出来ないんですよね~。(←私の欠点らしい)


そこで、まーーったく「正しい瞑想法」(←何が正しいんだかわかってないんですが・・)というのを完全に無視することにしちゃいました。


こうゆうの、私にはムリ!
   ↓
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まず、私がやったことですが・・

単にイライラしたり不安になったときは、深~く息をして吐き出す(お腹を意識して複式呼吸)だけに集中しました。
お腹に手を置いて、息で膨らんだりへこむのを感じながら・・ですかね。

ほおお・・こんなに膨らむんだ~とか思いながら(笑)

体に溜まった毒素をぜーんぶ吐き出しちゃうイメージで。


これを始めたところ、なかなか気持ち良かったし効果もありましたよ。

ネガティブな気分になりそうになると、これをするだけで、すーーと引いてくカンジでしたから。



次に、色々なことをやってみましたね。

手の平とぐっと握ってみる、次に開いてみる・・そこに意識を向けて感触を感じる。
外に出て、風向きを感じてみる。 場所による温度差を感じてみる。
数種類の水を飲み比べて味の違いを感じてみる。
薄暗いところで自分の手から出ているオーラを見ようと意識を向ける



ただし、こういったことを一生懸命努力してやろう!なんて思ったらダメです。

それこそ、二元論思考の迷宮に入っちゃいますからね~。

ゆーったりと、出来ても出来なくても面白いもんだな~とお気楽感で、しかも「それだけに意識を向けようとする」気持ち。


たしかに面白かったです。


外を歩いていても、一か所だけ温度が違う場所を感じたりするすることもあるし、
風向きが違ってたり渦を巻いてる場所があったり、また、完全に無風になってるところもあったり。

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最近毎日やってるのは、528ヘルツのチューナー(音叉)をチーンとやって、ゆっくり息を吐き出す。
(528チューナーは、数年前アマゾンでたしか2000円程度で買ったものです。)

私にとっては、このチューナーの波動が心地いいんですよね~。

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やはり、お腹に手を置いて、息で膨らんだりへこむのを感じながら・・ですかね。



そのほか、なんとなく思いついたことを、その時々でやってます。

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たぶん、それが私の瞑想法であり、ニュートラルな境地に飛んでる時間のようです。

それで何か良くなったことがあるか?と聞かれれば、それが結構あるんですよね~♪


●ネガティブ感情が起こったときは、意識的に自分でニュートラル境地に行けるようになったこと。
戻ってきたときには、頭すっきり、ちゃーんと解決法が見えてるんですよね~。

●やっかいな幽霊さんと遭遇したときにも使えている


それでいて、やっぱり・・夢中になると、一点集中の子供みたいになっちゃうところはそのまま残ってますけど。


そうですね~。

あと、

●毎日にメリハリを感じられるようになったような気がする。


おそらく人から見れば、私ほど平凡でつまんない人生を送ってる人っていないだろうなあ、って思うんだけど・・日々新しいことを発見したり感動したりすることが多くなって、今のとこ、なかなか、スパイシーな日々が送れてるんです。


むしろ、若い頃の方がアクティブなシティーライフを満喫してたはずなのに、なーんか面白い事ないかな~、退屈だな~って常々感じてたような気がします。



これはあくまでも、私の方法に過ぎません。

とにかく大事なことは、どんな方法であれ、1日1度はニュートラルな時間を作ることを心掛けるってことだと思います。


それが出来てはじめて、「頭と心と魂が正常に機能する = ストレスをプラスに活用できる」ことに近づけるんじゃないでしょうか。


こうゆう状態に持っていけさえすれば、自分のストレッサーの正体がだんだん見えてくるでしょうし、自分の体が今何を訴えているのかもわかるようになると思います。


あとは、次のステップがおのずからわかってくる!


その先の方法は、まさに、「人それぞれ」です。

たとえば、こんなことを実践してる人がいます。

こちらは特に肉体面にフォーカスした方法ですが・・

例1:「グルテンフリー」「カゼインフリー」といった食事法を実践することで、体の炎症を減らし副腎への負担を軽くするように改善
した人

グルテンは小麦や大麦、ライ麦などに含まれ、カゼインは乳製品に含まれる。
副腎疲労の患者にはグルテンやカゼインに過敏な人が多く、そうした人がこれらの成分をとると小腸の粘膜が炎症を起こすことがある。




例2:農薬使用や遺伝子組み換え、添加物、化学合成物質などを含む食べ物は、副腎に負担をかける恐れがあるため避けている人

例3: きれいな水を1日1.5~2リットル飲むことを心掛けている人


例4: 睡眠を1日8時間とる人



ただし、すべての人に当てはまる正解なんてものは無いです。

すべての人に当てはまる「正解の食べ物」だってないんです。

(充分な睡眠と水を多く飲むことだけは、ほとんどの人に効果的なようです。
アルツハイマーでも、多くの水を飲むことで治癒した症例が多くあがってます。)



だからこそ、ニュートラルを心掛けて感性を高めて、自分で「感じる」(知る)しかないんだと思うんです。


一般論だとかTVや雑誌で仕入れた知識だとか、お医者様に聞いただけでは・・・やっぱり正解は出ないと思います。

人は個々に違うんですから。

それに・・最近は医療もデータで判断を下す傾向があるようですしね~。

また仮にどんなに優れたドクターであっても、彼らにも彼らなりのしがらみがあるわけで、当たり障りのない事しかアドバイスできないってのが現状です。

「塩分や脂質を控えて、緑黄色野菜や豆腐、納豆などを食べるといいですよ~。」くらいしか言えないんですよね。

「XXX社の納豆はこんだけXXという添加物が混入してますから、XX社のものを食べた方がいいですよ~。」

なーんて言えるわけないですからね~(笑)

政府が許可しちゃってることに異を唱えることは出来ないだろうし、それは完全な営業妨害になちゃいますからもんね~。



今は、こうゆう時代だってことをお忘れなく。

だからこそ、丸投げで他に依存してしまうようになると、ますます、ストレスが加速度的に悪い方向へ行っちゃうのかもしれません。


何度も言うけど、頭と魂と心で判断したことが、一番「あなた自身にとっての正解」なはずです。


逆に、まだ正解が判断できない状態で、「多くの人がやってるから」というだけで、なーんとなく安心して右に倣えをしてしまう心理の方に、私は違和感を覚えてしまいます。

それこそ壊れつつある兆候かもしれません。
残念なことに、こうゆう人たちが実に多いみたいです。


結局のところ、心も体も調和することなんじゃないかって思うんですよね。

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最近では、マインドフルネスなんて言葉も使われるようになってきたようですが・・

マインドフルネスは、今この瞬間の自分に注意を向けること
すべてのものをあるがままに受け入れることである。




調和するということは、排除することじゃないんですよね~。

ドロドロしたネガティブ感情も、病気の症状も、悪影響を及ぼすストレスも!
何もかも自分にあるものは、まず認めて受け入れる。


さっきも言ったとおり、二元論に陥った人たちは、良いか悪いかで判断しちゃいがちです。
白か黒か、ALL or NOTHINGって具合に。

そして悪いとジャッジすると、それを排除しようとする!

風邪ひいて鼻水が出たから、鼻水は悪者扱い!薬で鼻水を止めてしまえ~ってのと同じ発想って気がします。


受け入れたずべてに折り合いをつけて調和させていく(気の流れをよくするということかもしれません)




それが調和だと思います。

さらに、調和のベースにあるものは、愛だと思ってます。


自分自身の中で調和できてはじめて、外界や自然と調和もできるようになっていく・・・そんな気がします。

たぶん、そこらへんに私たちが生きていく意味があるのかもしれませんね。


自分自身を調和させつつ、自分の目的に向かってスロットル全開で行きたいものです。

ネガティブパワー・マックス男と電話で話すことになった日

仕事に関することで、ある男性から電話をもらった。


その人は50代の日本人男性だった。
何度かメールの問い合わせだけのやりとりだけで、もちろん会ったことはない人だ。


仕事の話が終わると、ちょっとした世間話があって・・

「日本での出身はどちらですか? え? 東京、中野ですか~、奇遇ですね~。私もです!」
なーんて話から・・・

彼は、なんと自分のプライベートな話をしはじめた。


それも、彼の夫婦間の問題についてだ!

やれやれ。 なんでそんな話を他人の私にする?



それは、こんな内容だった。
   ↓

彼の妻は、ある日突然、「私は自分の仕事に専念することにしたから、家事一切やりません!今後は自分でやってください!」
と宣言したという。

それ以来、お互いが別の部屋に籠り、もちろん、食事も掃除も、すべて別々に各自がすることになった。


それでも、キッチンやトイレなどの共有スペースはあるわけだし、妻はずぼらでいい加減で、掃除をしない。
家の中が汚れてもまったく意に介さない。

結局、キレイ好きの彼ばかりが掃除する羽目になった。

それを妻に注意すると、何倍にもなって帰ってくる始末。

それだけじゃない。

どうしても話さなければならないような用事、そのすべてに関して・・話しをすれば、いつも喧嘩になり、妻はきまって夫をバカにした態度をとり、ひどい暴言を吐く。

それにブチ切れて、彼は必ず、ヤケ酒を飲む生活をしているという。

そーんな話だった。

いやはや、相当なストレス・マックス男だ!


ストレス男: 「もう、こんな生活を10年も続けてるんだぜ!
若い頃の妻は、おとなしくて従順だったし、ちゃんと夫を立ててくれるような女だったのに・・。
アイツは、自分でビジネスを始めて、自分の方が稼ぎがよくなったんで、完全に俺をバカにするようになったんだ!
時々、あいつの顔を見るたびに、絞め殺してやりたい!って思うね!」

こういったことを、このストレス男は、がむしゃらにしゃべり続けた。

まるで機銃掃射みたいな話っぷりだ。

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いやあ、疲れる。。。


そのうち、だんだん電話にノイズが入るようになり、聞こえずらくなってきた。

と思ったとたん、ついに回線がブチっと切れたのだ。


あ~やっぱりなあ(笑)

霊現象のときは、電話にノイズが入って切れてしまうってことがよく起こる (←これは私の過去の経験から)

霊でなくても、こういったネガティブ(悪意)意識が炸裂すると、同じような現象が起きるんだなあ~!
・・と、ここで学んだ私(笑)



それから、1分もたたないうちに、また、彼から電話がかかってきた。

わざわざ、また電話してくれなくても、いいのになあ~!

ストレス男: 「すいません。 私の電話、よく切れるんですよね~。
仕事中、外ではあまり切れないんですけど。」


そりゃ、そうだろ! 
その原因は、アンタだよ!


と、心で思いながら・・・さて、

そりゃあ、大変ですけど、ま、がんばってくださいね、と、もう、会話を終わらせてしまうのが妥当だろう・・と思った矢先、

そのときだった。

正直にキミからズバリ、彼に言ってあげてくれよ!と誰かに頼まれた気がしたのだ。


あー、めんどくさい!と、思いながら・・なぜか、お人良しにも、話につきあってあげる私。


私: 「家にいるとき、電話が切れるのは、あなたのせいだと思うよ。
イライラしたり、怒ってるときに切れると思うよ。 あなたの悪い気が入るから。」


ずばっと言ってのけた。。。


さらに、人の持つ「気」についても説明をしたのだが・・


彼は納得してくれたのかしないのか・・

半信半疑で、「ふーーん、そうですか~!」と、まるで興味のない様子。

こいつ、ちっとも私の話を聞いてないな。

そんなことは、彼にとってはどーでもいい事なんだろう。



そこで、今度は核心に触れた質問をする。

私: 「じゃあ、あなたが今一番の望むことは何ですか? 率直にどうしたいんですか?」


このストレス男は答える。


ストレス男: 「友達が欲しいんだ。 別に男でも女でもいいんだけどね。 俺は仕事熱心なタチなんで、つい仕事ばっかりの生活になっちゃうんで、一緒に出掛けたり会話を楽しんだり、そういった楽しいことを共有できるような友達が欲しいって思ってるんだ。」

おいおい! そりゃ、逃げだろ!


私:「今のままでは無理だと思う。
それよりも、冷静に夫婦で話し合って二人の関係を改善するか、もしも、それが不可能な場合は、お互いの幸せを願って別居か離婚する方が先だと思う。
そうでなきゃ、良い友人も恋人もできないと思うよ。」
(←またも、ズバズバ言ってる。。。)

友達と言ってたけど・・たぶん、彼は女性の友達、つまり・・恋人か新しい妻を望んでいる気がしたのだ。


それも、家事をせっせとやってくれて従順でかわいいタイプの奥さんとやらを!

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ストレス男: 「妻と話し合う? そんなことは何度もやったけど、結局は大喧嘩になるだけで今さらムダさ。
もう、アイツの顔を見るのも嫌だね。
それと、離婚は何度も考えたけど・・子供が小さかったから子供のために思いとどまったんだ。」


あーあ、子供のためを思うなら、毎日夫婦喧嘩するよりさっさと離婚する方がいいのに~。


私:「今は、子供は成長して学生寮に入ってるんでしょ?」

ストレス男:「そうなんだけど・・。
実は、子供に手が離れたら妻は離婚して出て行く約束だったんだけど、私は仕事があるから、この家から出ないって言いだして出ていかなくなったんだ。 嫌ならアンタが出たら?って・・まったく、どこまで自己中なんだか・・」


私: 「だったら、あなたが出ていく選択肢だってあるんじゃないかな?」


ス男: 「冗談じゃない! 俺が家を出てアパートでも借りるなんてまっぴらだ。」


私: 「それじゃあ、法的手段をとって弁護士に相談すれば?」


ス男:「そうは言ってもねえ、アメリカの手続きはすごく煩雑だし、めんどくさいってことは知ってるだろ!」


おいおい!

ここで話を終わらせるんかい!


私: 「選択肢は3つしかないと思うよ。
1、夫婦で、冷静に話し合うこと・・お互いの要望をよく聞いてお互いに妥協するところも必要。
2.どうしても折り合わないことがわかれば、お互いのためを思って気持ちよく別れる決心をすること。
3.顔もみたくないっていうなら、弁護士に頼んで法的手段をとること。」


ス男: 「いやあ・・そうは言ってもねえ。。。」


そーですか! 


つまり、キミはどれもできない!
どれもしたくない!ってことらしい。。。(←ちょっとイラついてくる私、いかん、いかん!)


私:「そんな生活続けてると、そのうちとんでもない大病するだろうから良くないよ~。」と、今度はちょっと穏やかなトーンで言う。


ス男: 「実は昨年、家で倒れて、しばらく入院するハメになったんだ。」


やっぱり~!

やれやれだ~。

もう、私の話すことは完全になくなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから、もう二度と彼からは電話はかかってこない。
もちろん、私から連絡する気はサラサラないけど・・。


たぶん、彼は私にこんなことをずけずけと言われたのが嫌だったんだろう(笑)


彼としてみれば、「うん! その気持ちよーくわかるよ! まったく、ひどい奥さんだね~!」と、相槌を打ちながら聞いてくれる人が欲しかったのだろう。


そうやって、彼はまた誰かに電話するんだろうなあ。

黙って愚痴を聞いてくれそうな優しい人に。
大酒を飲みながら・・・。


あ゛~!マジ、うざい!!(←なぜか若者言葉を使いたくなる。)


同時に、ああ、これは、完全に病なんだろうなあ、と気の毒にも思う。


長年溜めてしまったストレスで、彼は正常な判断が何もできなくなってしまっているのだ。


ストレスが溜まった頭は、知らず知らずのうちに、その人を先入観と偏見の塊に変えてしまう。

そうなると、異を唱える人の言葉に耳を傾けることは、できなくなってしまうのだ。


もしも、彼が素直な心で、相手に耳を傾けられるとしたら・・

それは、彼の世界にだけ存在する・・「かわいくて優しくて女らしい人」が出現したときのみ(笑)

しかし、現状の彼に、そんな相手はまず現れない!


自称、俺は若いころから「男の中の男ってタイプ」だって言ってたくらいだから(笑)

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なんか・・違うだろ!


まったく、男らしい男ほど実に弱々しいもの、これ定番。


なんとか、そんな自分に気づき、彼も自ら変わって欲しいものだが・・



ところが、ある人に言わせると・・

「50にもなっちゃえばもう無理だよ! 年をとると考え方にも柔軟性がなくなるから、もう、年寄りは変わりようがないね!」

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なーんだそうだ。



しかし、私にはそうは思わない。

多くの人は何事も「年のせい」で片づけたがるけど・・たぶん、それは違うと思っている。


肉体年齢の年は関係ない。

人は何歳であっても、いつでも変われるし、死ぬまで進歩できるものだと思っている。


それができないのは・・・ストレスを溜めこんできた年月のせいじゃないかな?

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こうやって、我慢が美徳だと思ってる人に限ってストレスを巨大化させてしまう。

苦しいことを頑張ったりムダな闘争心を燃やす人に限って、ストレスを知らず知らずのうちに巨大化させてしまうのだ。


ところが、もし私がそんなことを言えば、そんなの余計なお世話だ!・・と不快に思う人もいることだろう。


たしかに・・おしゃる通り・・人それぞれだ。


中には、自分をとことん痛めつけたい! 限界まで行きたい!って人がいるらしい。
ま、それも結構!


はいはい! 

そういえば・・こーゆー人いましたね。
    ↓
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山中鹿助さん・・・三日月にこう言って、祈ったそーです。


ただし、それには、誰かの為、何かのために・・「自分の命を削ってまでも成し遂げたい何か」を持っている人に限ってのことだと思うのだ。
鹿ちゃんのよーに。

ここまで行くとお見事!
これは、命をかけた信念になるから。


しかし、そこまでのモノが何も無いにも関わらず、必死で頑張ろうとするだけの行為は・・・こりゃ、すでに壊れてしまってるとしか思えないのだ。




彼が10年間で蓄積してしまった毒素を吐き出すには、それなりの時間はかかることだろう。

それにはまず、自分で気づかなければ何も始まらないんだけどね~。


さて、耳を傾けなくなってしまった人に気づかせてあげる方法・・そんな方法を私は知らない。

あとは自然に任せるだけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回のことは、私にとっても、なかなか興味深い経験だったかもしれない。


◆まず、霊現象と同じように、電話にノイズが入りついに電話が切れてしまった現象。

しかし・・もう一度思い返してみると・・やっぱり、彼自身がすでに憑依されていたのかもしれない。

私には彼のネガティブパワーだったのか、後ろに憑いてる人のパワーだったのか判断がつかない。
すでに一体化してるような状態だったのかもしれない。


◆通常だったら、さっさと電話を切りあげるはずの私が、つき合ってあげたこと。
どうみたって、彼のようなタイプは私が苦手とするタイプ・・たとえ、ストレスマックス男になってなかったとしても・・。

これには私自身が驚いている。

なのに、あえて、嫌がられることを承知の上でおせっかいをしてしまった事。



本当に不思議なんだけど、なぜか、それを頼まれた気がしたのだ。

いったい誰に? なんで?


彼の守護霊(ガーディアンエンジェル)だろうか?

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まさか・・守護霊に耳を傾けない人が、私の言葉なんかに耳を傾けるはずはないのに。



でも、こんなおせっかいができるようになったってだけ、私も強くなったってことなんだなあ、と、つくづく思う。

以前の私だったら、ネガティブパワーの持ち主とは必ず距離をおくようにしていたのに。



今の私は、この程度のネガティブパワーには影響されない、という自信がみなぎっている(笑)

どっから来る自信だかわからないけど・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


最近はストレスを抱えている人が多いらしい。

ところで、ストレスの正体って何だろう?

次回は、これを考えてみることにしようと思う。

恐怖心とサイキック(霊能力)と脳の関係

「霊感をアップさせて、しかも自分でコントロールできるようになりたいんですけど・・?」

という質問をされた。

おおー!

「自分でコントロールできるようになりたい」ってとこが、気に入った!!



もしも、ただの・・「霊感が強くなりたいんですけど、どうすればいいですか?」って質問のときは、


ごめんなさい!私は、まったく霊感が無いんでわかりましぇん!・・と、常々お断りすることにしてる。。(←冷た過ぎ?)

(**肝試しツアーに行く目的だとか・・人に自慢したいとか・・そんな興味本位目的は嫌なのだ~)


実際、何度も、霊感、直感、第六感などについての記事もアップしてきたと思うし・・今また、最初からすべてを話すパワーもないんで・・お断りしちゃうことにしてる。



しかし、今回は、それとは違う。

なので、私にできることなら、ちゃんとお答えしたい!と思ったのだ。


ところが・・

「さて・・えーとですね~??・・・・」(←自分でもわかってない! こたえられるわけもない(笑)


そうなのだ! 私にもそんな方法はよくわからない!

ただ、それならば一緒に考えてみたいと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・

まず、質問者の話を具体的に聞いてみると・・

夢の中で、自分への強いメッセージらしきものを、頻繁に、しかし断片的に聞く(見る?)

それが何なのか、もっと明確に知りたい!という強い欲求がある。

しかし・・・もし、それに関わってしまうと、得体のしれない怖さ、危険のようなものがおそらく自分についてくる気がしてならない。



だから、自分の身を守り、恐怖心をなくすようにコントロールしたい。・・・ってことだそうだ。


おお! すでに、かなりの霊能力を持ってる人じゃないか!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下は、私とこの相談者で一緒に考えて答えを出したものだ。

この相談者を仮にA君としておこう。


◆何度も同じ夢をみる・・というのは、明らかに、なにかからのメッセージだろう。

たぶん、それは・・知る必要がある。(私もA君も、これは納得)


◆ところが、自分が霊能力不足のため、それをキャッチできない(A君)

いや、違う気がする・・恐怖心からキャッチしたくない!という気持ちが働いて、自分でキャッチしないようにしちゃうんじゃないかな?(私の感想)


ここから二人で、まずは恐怖心について考えだす。

私: 「ねえ、その恐怖心って脳で感じる恐怖? それとも肌で感じる恐怖かな?」

A君:「肌で感じた恐怖だったと思う。」


脳で感じる恐怖と肌か感じる恐怖か、なーんて、・・・たぶん、いきなり、こんな質問をしても、わかってもらえないだろう。


しかし、A君はすごい!

私の言語能力欠落、説明不十分の言葉を、ちゃーんと捉えて答えてくれてる・・。

なんと、直観力(霊感)の優れた人なんだろう・・。



A君: 「もういちど、恐怖心を感じるしくみをおさらいしてみようよ。
 脳の中で、感情にかかわる部位は、扁桃体(へんとうたい)だったよね。」

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http://www.seibutsushi.net/blog/2013/01/1363.html

扁桃体は、何かを見聞きしたとき、それを一瞬のうちに評価する働きがあるんだったよね。

扁桃体は、恐怖感だけでなく・・すべての感情をつかさどる。
感情には、ものごとを「評価する」機能がある。好ましい対象には好意的に、好ましくない対象には不快な感情を発生させる。



ここでちょっと、私自身のためにも、例をあげておさらいをしてみよう。
         ↓

たとえば、幼い頃からのトラウマで、超ゴキブリ嫌いの人がいたとする。(←私のことだけど・・・。)

目の前に、ゴキブリのおもちゃを投げられると・・・

扁桃体がゴキブリ!という判断を下して、危険だ!と判断する。


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すると・・一瞬のうちに、私はぎえええ!と雄たけびをあげて、遠くに逃げる。


つまり、「感情とは扁桃体が下した評価を体に伝えるメッセージのようなもの」と言えるだろう。



私: 「えーっと、今度は・・たしか脳には、その扁桃体の興奮を抑えてくれる働きもあったよね?」

A君:「うん、それは・・前頭前野(ぜんとうぜんや)だね。」


ここにあるそうだ。
   ↓
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脳の前方に広がる領域で、理性や論理的思考を行う場所。

ここが扁桃体にブレーキをかけてくれる。



私: 「なーんだ・・こりゃ、おもちゃだ!と状況判断して、自動的に扁桃体を抑えてくれるってわけだね。
なんとまあ、脳は賢いもんだなあ
(←今さらながらのアホ発言!)
    
 でもさあ、理性や論理的思考をつかさどる前頭前野だって、いつも正しいとは限らない気がするんだよね。 だから脳ばっかりに頼るのは違うって思うんだけど。」


A君: 「そのとおりだよ。 前頭前野には、自動的に抑えるしくみと意図的に抑えるしくみの両方があるそうだよ。

だけど・・人間というのは、ネガティブ感情を意図的に抑えようとしても、抑えようとすればするほどうまくいかないって時があるよね?」



私: 「あるある。。 理性的な人ほど、そうしようとするだろうね~。だけど、うまく働いてくれないって場合だよね。」


A君: 「そうゆうときは、自動的に抑えるしくみに頼るしかないんだよね。・・たぶん、”時が解決する”なんてのも、その働きかもしれないね。
ところが、最近の人は、その機能が正常に働くなってることが多いらしいんだよ。」


私:「え? 脳の自動制御装置が働かなくなっちゃう? なんで~?」


A君:「多くの原因は現代人のストレスって言われている。
自動制御能を下げてしまう要因の一番はストレス。 

頭が疲労困憊すると、感情も暴走しがちになるってことさ。
だからキレやすい人間も増えるし・・・そこで、キレることを抑えれば、今度はもっと別の弊害が生じることになるってわけだよ。」


私: 「あ!なるほどね~。
じゃあ、どうすれば、前頭前野を正常な状態にすることができるわけ? 
つまり・・ストレスをなくすことなんだろうけど・・うーーん、具体的には・・・?」


A君: 「何をいまさら(笑)、あなたは自分のブログにも、さんざん書いてるじゃないか!
ニュートラルな状態にすることって!」


私: 「あ!!」


A君: 「つまり、別の言い方をすると・・メディテーション(瞑想)することだね。
いちど、頭を空っぽにしてリフレッシュする時間を作るってことだよ。
それが、自動制御能のトレーニングであり、前頭前野を正常に働かせる方法ってわけだよ。」


私: 「ああ!そうだったのか~!!」 (←おいおい!)


A君:「・・・・・・。 ふうぅ。」 



ため息をつかれてしまった。。。



私:「あのう、それで・・A君が感じた恐怖は、扁桃体で感じる恐怖じゃなくって肌で感じた恐怖なんだよね?」(←ようやく話を戻せてほっとする私)


A君: 「そうなんだ。 最初に肌にぴりぴりと悪寒が走るような現象が起こったんだ。」



実はこれは、私自身もたまに経験することだ。


夜寝ていると、急に肌に鳥肌が立ってくるような・・悪寒がしてくることがある。

そうゆうとき、

あ! 来たな!と思う。。。


通り過ぎの幽霊さんなのか、私に寄ってきたのかはわからないが・・とにかく、ネガティブマインドを持った幽霊さんが近くにいるときの現象だ

と、私は思っている。。。


もういちど、そのときの様子をよく思い出してみると、


心地良く半分寝ている状態なので、頭で恐怖なんて感じてる状態じゃなかった。

まず、最初に、肌でピリピリと感じてくるものがあった。



寒い!感覚に近いけど、もっと、ずーーとおぞましいような嫌な寒さなのだ。


それが、脳に到達して、今度は怖いよ~!と感じそうになる。

これこそが脳で感じる恐怖 (その区別はつけられる)


が、・・・最近、すっかり・・「肝っ玉ババア」に近くなってる私は、脳の感情を即座にニュートラルにしちゃうことができるようになってる。


そこで念じることにしている。

立ち去れ~。
ここは、キミのくるところじゃないよ!
私に頼ってもムダ! 自分のことは自分でするっきゃないのだ!


なーんてことを念じることにしている。

ただし、相手の方にも失礼が無いように・・そこは、決して上から目線な物言いはしないように心掛けてるけどね~。



たぶん、その時、目を開けて相手を見ようとすれば見えるような気がする。

だけど・・私はあえて見ないようにしている。。。

たぶん・・こんな姿っぽいんだもん。。。
     ↓
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絶対見たくないもん!


すると、たまに・・強引なヤツがいて、


おい! 目を開けろ! ・・と言われてるような気がするのだ。

「嫌だね! キミは血だらけでのおぞましい姿になってるか、超醜い姿を感じるから見たくない!」 と、私は念じる。


「怖いんだろう? この姿を見ろ!」と、相手は聞いてくる。

けっこう・・しつこい!!


「キモイのは見たくないだけだ! 誰だってそうだろ?
人は美しいものを見たいんだ。 見て欲しかったら美しく変身してくれ!」・・・と念じる。

そして、こんな姿になってくれ!とイメージする。
    ↓
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そうすると、だんだん相手の気配は薄くなって消えていく。

そこに、なんか哀しみの余韻が残ってたけど。


そういった経験がある。




この話をA君にした。


A君: 「まさにそうなんだ! 肌から直接入ってくる悪寒、恐怖だ。 だから僕は、メッセージを聞きたいと思いながらも拒絶しちゃってるのかもしれないなあ。」


私: 「メッセージを送ってくる相手と恐怖の相手とは同一なのかな? それとも違うのかな?」


A君: 「そこがよくわからない! 僕は、自分の霊能力の低さでわからないと思ってたけど・・たぶん、僕が拒絶しちゃうんで、それすらもわからないんだろうね。」


私: 「だったら、メッセージを受け入れるようにオープンにしつつ、ネガティブなものをシャットアウトするようにしたら?」


A君: 「簡単に言うけど・・どうやって?」


私: 「私だったら、目をつぶったままでメッセージに集中して耳を傾ける。 もしも、嫌なものを感じたら、そこだけシャットアウトする。
たとえば、嫌な音は聞かないし、不快な匂いは嗅がないようにするし、キモイものは見ないってことかな。」


A君:「できるかな?」


私:「できるよ。 恐怖心さえシャットアウトできれば・・・ニュートラルを保てればね。」


A君: 「さすが・・肝っ玉ババアだ! ありがとう!!」



おい! そこじゃないだろ!!


なんだか・・ちーっともお役にたつどころか、私の方が彼から色々と教えてもらった気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、私が再認識したことをまとめてみる。


◆感覚は肌で感じるもの(頭で感じるものとは別)・・・肌で感じる=細胞で感じる(やっぱ、DNAが関係してる?)

過去記事でも、脳神経外科医、エレン・アレクサンダー医師の体験談をアップしたことがあったが・・・
      ↓
プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係



サイキック(霊能者)の感じ方は、これに近いように思う。

ただし、この場合は、頭をニュートラル状態にしてないと、脳から間違った感覚として伝わってしまうのでご注意。
思い込みだったり偏見だったりするのは、このせい。


◆人の意思がすべてを可能にする

たぶん、怖いものやキモイものを見たくない!という意思が強ければ見ないですむ。
逆に、見たい!耳を傾けたい、感じたい!と思えば、それも可能になる。

ただし・・これも、まず、ニュートラルな状態が必要なはず。

脳をニュートラルな状態にした中で、思うこと(念じること)でなければたぶん、無理(笑)

それが、コントロールすることだと思うのだ。




そういえば、だいぶ前だったけど・・ロシアの科学者によるDNAの研究で、面白い記事を読んだことがあった。

えーーと、以前にこの記事もどっかにアップした記憶もあるんだけど・・(←探すのめんどくさいんで、URLは省略)


「DNAでワームホール状態が作られたとき、それがハイパーコミュニケーションの状態を可能にする」・・というような内容だった。


ワームホールとは、超簡単に説明すると、こうゆうことだ。

このリンゴでA地点からB地点まで行こうとすると、図のようにこの距離がある
    ↓
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ところが、虫食いになると、
    ↓
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すぐに到達できる。

これは、オカルト系の人もよく使う言葉らしいけど・・



DNAでこのワームホールが作られる状態、これを、ハイパーコミュニケーションが作られる状態、

つまり、ハイパーコミュニケーション=サイキック能力と考えるとわかりやすいと思う(笑)



ただし、このプロセスでは、

●最もリラックスした状態で強く効果が出る

ことがわかり・・

●ストレスと心配
●「過剰な知性」


は、ハイパーコミュニケーションを妨げることになり、その場合、情報は歪められ、まったく役に立たなくなった。

というような内容だった。


そう、理性と論理的思考をつかさどる、前頭前野もまた、過剰に使い過ぎれば邪魔をするものとなる。
誤作動を起こすことになるのだ。



偏った理論型の人に限って、霊能力、感性、第六感、などが働かなくなってしまう傾向があるかもしれない。



そうでなくても・・現代人はとくに、不安、悲しい感情、恐れなどに支配されてるものだ。

ネガティブ感情は、脳が作り出すもの。(過去のデータがインプットされた結果かもしれない。)
     ↓
それを、理性派タイプは、頭で論理的に考えて解決法を導きだそうとする。(感情派タイプは、感情のみで突っ走るだけとなる)
     ↓
しかし答えが出ない!、ますます、混乱。
     ↓
ますます、感情がネガティブに落ち込む
これを、考え癖、思い癖と呼ぶそうだ。
     ↓
自分で正しい判断ができなくなる 
     ↓
偏見が生まれる、または、外部の情報や人に頼ろうとする、依存心が生まれる




たぶん・・この連鎖に陥ってしまう人も多いことだろう。



解決法は簡単なことだ。

たまには、脳を使わない(ニュートラル=無の状態にする)時間を作ること

脳を使わず、細胞だけで直接感じてみるって練習もいいかも(笑)



それこそが、私たちが心身共に正常に生きる道かもしれない。

これには、サイキック(霊能力者)も、一般人も関係ない。
すべての人は、必ず、なんらかの能力を持っているのだから・・・。


さて、A君の結果報告を楽しみにしていよう!っと。

一流贋作と呼ばれるマイアットとベルトラッチ

さて、先日の絵の贋作の話の続きに入りたいと思います。

こちらの記事からの続きです。
    ↓
メーヘレンの絵をめぐって


その2: ジョン・マイアット(John Myatt)

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ジョン・マイアットさんは1945年生まれのイギリス人。

こちらは、現代に生きている人ですね。

もともとは絵が好きな美術教師だったそうだが、ある日、妻が幼い子供二人を残して家を出てしまい、育児のために退職を余儀なくされたそうだ。

なんとか生計を立てていかなきゃならないけど・・働きには出られない!

そのため、「19世紀~20世紀の絵画、本物の贋作(Genuine Fakes)を描きます」という広告を出しそうだ。

これなら家で仕事ができるからね~。

せいぜい日本円にして2万円~5万円程度の料金だったそうだし、もちろん、これなら犯罪にはならなかったのだが・・・。


しかし、そこに、ジョン・ドリュー(John Drewe)という人物が顧客としてあらわれる。
彼は、ジョンの才能を見抜き、やがて、彼に本物と偽って売る詐欺を持ち掛けたのだ。

この男、なかなかの山師だったようで・・(笑)
原子核物理学者のドリュー,イスラエルの秘密サービスの代理人、防衛省のコンサルタントなどという肩書を持ち、(もちろん、フェイクだけど・・)

武器販売業やら何やら、さまざまな詐欺を手掛けていたらしい。


http://www.dailymail.co.uk/news/article-1247154/John-Myatt-career-forging-famous-works-art-finally-caught.html

John Drewe

この男
 ↓
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ふむふむ。

いかにも詐欺師らしく、「身なりがよくて知的で上品」を身にまとってる風(笑)



絵画には必ず、来歴を記した資料を、その絵画の所持者となる人(収集家や美術館の館長)へ渡されることになっている。

ジョン・ドリューという男、自分は教授と身分を偽って、偽造書類を作成して売り込んでいたらしい。


はじめは、マイアットさんは、ドリューを顧客と思っていたようだし、ドリューの方は、それを勝手に、本物と称して売りさばいていたようなのだ。 マイアットさんには知らせずに・・。


ところが、時間が経てばマイアットだって気がつく。
気がついたときは、もう遅い!

しっかり共謀になってた・・・というのが本当のところだろう。



結局、ジョン・マイアットの方は、シャガール、モネ、シャガール、ピカソなど、7年間で200以上の贋作作品を描いてドリューに渡し、

ドリューは、有名オークションの、Christie's、Phillips、Sotheby's や、また、ロンドン、パリ、ニューヨークのディーラーに販売し続けたという。

もちろん、本物作品と認められたことは言うまでもない。


ちなみに、Wikiによると・・
    ↓

最初に、アルベール・グレーズ Albert Gleizes)(の贋作をオークション会社クリスティーズに持ち込んだところ本物と鑑定され2万5000ポンド(500万円)で売れ、マイアットは分け前として150万円を受け取った。



ふーーん、マイアットの分け前が少ないような・・(笑)

これは、マイアットが描いたモネ
     ↓
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最終的には、ドリュー関係の方から暴かれ、詐欺行為の証拠となる書類を発見され通報したことで二人はスコットランドヤードに逮捕されたのだ。

マイアットは懲役1年、ドルーは6年の判決を受けた。

しかし、マイアットは実際に刑務所に入っていたのは約4ヶ月だったそうだ。



出所して絵筆を持つことを辞めたマイアットだったが・・

なんと、スコットランドヤードの刑事が、マイアット氏自身の作品として絵の依頼をしたのだ。
それも、5000ポンド(当時の価値で140万円相当)で。

その後、その刑事は、さらに画家としてのマイアット氏を後押しし続けたという。


そのかいあってか・・現在では、有名な画家になってしまったジョン・マイアットさん



200あまりの贋作作品のうち、そのうちのおよそ120は美術市場に流通してしまっているわけだけど・・それはどうなってるんだろう?


おそらく、本物として美術館に飾られているか収集家の屋敷にかけられているのだろう。


彼らは贋作と判明したのちも、あえてその事実を隠す傾向にあるという。
たしかに、名画ともなれば鑑定家やブローカーなどを流通し大金が動くわけだし・・・もしもそれが贋作と判明してしまえば、お金だけの問題でなくなるからだろう。



摩訶不思議な世の中だ。
だけど、それが現実社会というものらしい。


The Art of Genuin Fakes

The true story of the downfall of an amateur artist who pulled off the world's most audacious art fraud Read more: http://www.dailymail.co.uk/news/article-1247154/John-Myatt-career-forging-famous-works-art-finally-caught.html#ixzz54kTqypPm Follow us: @MailOnline on Twitter | DailyMail on Facebook

マイアット氏は、一番大切なのは子供たちだったという。
その生活費のために、贋作に手を染めたと裁判でも証言したそうだ。

そういえば、逮捕時に思春期だった子供たちは、犯罪者の父親をどう受け止めたのだろう?

fabulously cool!・・・だそうだ(笑)

ダディーって、超カッコいい!

世界的美術館やオークションハウスをも翻弄した父の腕前を、むしろ誇っていたのかもしれない(笑)


Who Says Crime Doesn’t Pay


今や、ジョン・マイオットは画家としても成功し、しかも座談会まで開く有名人となったのだ。

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彼は、非常に興味深い言葉を述べている。

「贋作を製作するときは、完全にそのアーティストになりきること。
たとえば、ゴッホは人とのつながりを持てず、とても寂しい人生を送ったはずです。

ゴッホの精神状態、自分らしく生きられないことからくる不安定な状態を表現する、こういったことこそがゴッホの心の状態を現しているのです。」


つまり、絵はテクニックだけではないのだ・・・。

そして、彼は、時を超えて・・ゴッホの一番の理解者だったのかもしれない。
もちろん、ゴッホだけでなく、彼がなりきったすべてのアーティストたちの。。。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その3: ヴォルフガング・ベルトラッチ(Wolfgang Beltracchi)

1951年生まれのドイツ人。 もともとの名前は、Wolfgang Fischer
フィッシャーさんという姓だったんだね~。

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彼の父親はアート作品の修復と壁画家をしていたようで、彼はそんな環境で生まれたそうだ。

14歳のときに、はじめてコピーしてみたのがピカソの作品、その後、ドイツの美術学校に通うも、そこは放校させられたという。

素行が悪かった? または、子供の頃から型にはめられるのが苦手だったのか・・(笑)

そのため、彼の絵はほとんど独学だそうだ。


ドイツ人でありながら、アムステルダムとモロッコに住み、また、マヨルカ、スペイン、フランスにも住んでいた彼。

1992年にヘレーネ・ベルトラッッチ(英語名だとヘレン)という女性と出会い、1993年に結婚した後、ここで彼女の姓を使うことになったそうだ。


それから妻と二人三脚で贋作を始めたという。


彼の場合は、単に贋作作品を作り上げる才能だけではない。

美術史、絵画の理論、美術業界、鑑定方法、技術のすべてに造詣が深く、作家ひとりひとりの人生についても調べ上げているのだ。

既存の作品の精巧なコピーではなく「本人が描いたオリジナル作品」を生み出していく。


まあ、ここらへんのとこは、メーヘレンとも共通する。



ところが、2006年に些細なことから発覚することになった。
絵の裏の美術商のラベルが贋作だとわかったことから、発覚となったという。

さらに、どんどん波紋を呼び、
現代アートの殿堂とまで言われた、ポンビドゥー・センター(Pompidou Centre)の元館長、シュピース氏を騙したことで大きく取り上げられることになる。

*フランス・パリ4区(セーヌ川右岸)にある総合文化施設。フランス語での正式名称は Centre national d'art et de culture Georges-Pompidou[† 2](日本語訳の例:ジョルジュ・ポンピドゥー国立美術文化センター)


 これが元館長さんのシュピース氏
         ↓
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Werner Spies rehabilitated with Max Ernst show in Vienna

1997年から2000年にかけてパリのポンピドーセンターのディレクターを務めた人であり、エルンストとピカソの親友で、1971年にピカソの彫刻のカタログシリーズを編集し、1975年にパリのグランド・パレで初めてのマックス・エルンストの回顧展を開催した経歴がある。

ベルトラッチは、そんな人に、なんと、マックス・エルンストの7枚の絵を売ったのだ。

もちろん、世紀の大発見、真作だと偽って!

なんとまあ、大胆不敵な(笑)


さらに、シュピース氏が、この鑑定の際に受け取った巨額の鑑定料を、タックスヘイブン(租税回避地)の口座に入れていたことにより問題はさらに複雑化。

しかも捜査時に、この事をシュピース氏が話さなかったため、真相の解明が遅れて、贋作のいくつかが再び市場に出回るという事態にも陥った。

なかなか美術界というのも黒い世界と見える。。。



こちらが、マックス・エルンストの贋作を作るベルトラッチ
       ↓
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2008年、マックス・エルンストの『森』の贋作から、オリジナルが製作された1927年当時使用されていなかったとされる顔料(白チタン)が発見されたため、贋作の証拠をつかまれたそうだ。


結局わかってるだけでも、マックス・エルンスト(Max Ernst)、ハインリヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)、フェルナン・レジェ(FernandLéger)、Kees van Dongen(キース・ヴァン・ドンゲン)などの有名アーティストのオリジナル作品の偽造品を販売し、

合計4500万ドル(2860万ポンド)で売却された14作品の芸術作品を偽造したとして有罪判決を受けたのだった。



2011年10月27日、ベルトラッチは懲役6年の判決。彼の妻ヘレーネは4年。

ところが、刑務所に送られたにもかかわらず、ヴォルフガングは一定期間家に帰ることが許されいて、彼らは友人のフォトスタジオに雇われて、午前中に刑務所を出て、仕事後に戻る生活をしていたようだ。


なんとまあ、ジョン・マイオットも同様だったけど、刑罰とはいっても、ベルトラッチさんもまた、非常に優遇された軽い刑だったようだ。


とにかく、関係者は贋作だと気がついても、訴えない場合も多い。

また、ヴォルフガングさんの言葉を借りれば、「彼らは、いつも有名アーティストの真作発見を心待ちにしている」そうだ。

たしかに、そんなシロモノが見つかれば、みんなが飛びつく!センセーショナルな出来事なのだ。
そして、関係者はみな大儲けできるんだから。


悪く勘ぐれば、本物かどうか、怪しい気がする・・と思いながらも徹底的に調べずに本物だ!と認めてしまったのかもしれない。

少なくとも、悪気はなかったとしても、心理的に「そういった気持ち」が働いたのかもしれない(笑)




で、当人の、ベルトラッチ夫妻は、犯してしまった罪を深~く反省してるんだろうか?

いやいや、NO!・・・だと思うなあ(笑)


仲良し夫妻
  ↓
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世間もまた、犯罪者呼ばわりするどころか、彼を天才贋作アーティストとして一躍有名人にしてしまった。

今でも、ある美術館では、真作の本物作品とあえて、並べて彼らの贋作を展示しているところがあるという。


いくつかのドキュメンタリー映画も作られ、写真集やら座談会やらインタビューやらで、彼らはみな有名人だ(笑)



妻のヘレーネは、「彼の天職だし、私はその才能に魅了されてます!」とまで言い切っている。

彼らにとっては・・

贋作は犯罪、そんなことは承知の上、
しかし、人として罪を犯したとは思っていない。
むしろ、これが天職だと思ってる(笑)

だから、楽しみながら完全犯罪を企む。
そして・・もしも捕まったときは、潔く刑に服する。
ただ、それだけ。




なぜか、欧米諸国においては・・メーヘレンもマイアットも、ベルトラッチに対しても、一級の贋作アーティストとの名声を得たわけだし・・・

そのせいか、びっくりするほど、刑は軽く、出所すると一躍有名人だ。

欧米人は、そもそも、一流、天才、努力家には、寛大になるのかもしれない(笑)


それがいいのか悪いのかは別として・・

しょせん、刑法なんて、そんなものかもしれない。
人が作ったものなんだから、最終的には、大多数の意思で決められてしまうものかもしれない。

.......................

しかし、面白いものだ。

本物ならば、ン百万円もするようなものが、偽物と断定されれば、せいぜい1万円まで値が下がる。

蚤の市でみつけて600円で購入した皿が、有名陶芸家のものとわかり、数百万円になってしまうこともある。

街中で購入した二束三文の茶碗を千利休が購入して、大名に法外な値段で買い取ったなんて話だってあった。



ネームバリューというヤツだ(笑)

バブルの80年代には、若い女性たちは、有名ブランドに飛びついたものだ。
当時、私が働いていたオフィスでは、5人の女性がいたが・・彼らはみな、バッグはエルメスのケリーだったし、靴はフェラガモだった(笑)

たしか・・ケリーバッグが50万円位だった時代。
ただし、ちょっと専門分野を学んでさえいれば、派遣社員の女性たちも時給2000円近くもらえた時代だった。


こうなるともう、みんなが似たような服装で・・まるで、制服だ!

制服嫌いの私だけが、浅草の職人に頼んで、オーダーメイドのバッグを作ってもらった。
そして、KYと呼ばれることになった(笑)・・・もちろん、その当時はKYという言葉は存在してなかったけど。



こういった当時の女性心というものは・・クリスティーズで名画を競り落とす人々と似かよった心理なのかもしれない。

だからこそ、贋作も真作とされるチャンスが多いとも言えそうだ。



ある鑑定家が、こんなことを言っていた。

「結局、我々が鑑定できるのは、2流の贋作作品までなのだ。
一流の贋作作品ともなれば、作者側が何らかのミスを犯すまではみつけられるものではないのだ。」



となると、たしかに・・・

「美術館で鑑賞してる絵が贋作」ってことも、大いにありえそうだ。


1917年のHeinrich CampendonkによるTiereと、科学的分析を経てCampendonk様式で描いたのWolfgang Beltracchiの絵
   ↓
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ベルトラッチは語っていた。

「エルンストを天才とは思わないね。
エルンストのオリジナルより、私の贋作のほうが美しい。なぜなら、私は彼の作品に加えているからさ。


これは、決して負け惜しみではないのだろう。

そして、彼の妻も娘も、こういった彼を今もなお、誇りに思っているようだ。




参考
Could Wolfgang Beltracchi be the Original Fake?

https://www.youtube.com/watch?v=h2P3VwqnjWY&list=RDh2P3VwqnjWY&t=41

Here’s How to Make Millions as an Art Forger

天才詐欺師はニールだけではない

去年の時代劇ドラマの話_アシガール~

今回はちょっと話題を変えて、昨年の日本のドラマについて。

昨日たまたま、日本人の親子に、「日本のドラマや映画で何かお勧めない?」と、聞かれたので、

さっそく、「アシガール」が面白かったよ!」・・・と、お勧めしてしまった。

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この親子は大のアニメファンで、お嬢さんは11歳。

お母さんが言うには、

「前に、進撃の巨人が人気だったんでさっそく娘と一緒に見たんだけど、最初のシーンで娘が、もう、ダメ~!って言いだしちゃったんんだよね~。
だから、もっと娘が見ても楽しくなるようなのがいいんだけど・・」
ってことだった。


そりゃあ、進撃の巨人は子供が見ちゃだめだよなあ~。

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いきなり、不気味な巨人に、人間が頭からバリバリ食べられちゃうようなシーンで始まるんだから・・・



そこで、やっぱり、アシガールだ(笑)



これは、大人が見ても子供が見てもじいちゃんばあちゃんが見ても・・面白いだろう。

実は、私、このドラマには、かなりはまってしまったのだ。


これは、NHKの土曜時代ドラマで放映されていたらしいんだけど、むろん、こっちに住んでる私は、パソコンかスマホで見たのだ。
   ↓
アシガール、無料動画
この、Pandraのサイトで、お得意のイッキ見をしたんだけど・・・実に面白かった。


いやあ、久々のヒットだね~♪

原作は少女漫画で、たぶん、10代20代の女子用がターゲットなんだろうけど・・いい年した私が見ても、充分楽しめたのだ。

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陸上部で走ることしか能がない(興味がない)っていうような女子高生が、たまたま弟の作ったタイムマシンで戦国時代に行っちゃう話。

なんと、そこで城主のご子息、つまり、若君に一目ぼれしてしまうのだが、歴史上の事実として、その若君一族が永禄二年(1559年)に滅亡するという事実を知ってしまい、自分は足軽となって必死に若君を助けようとするストーリー。


彼女は、走ることだけは誰にも負けない・・・そこで、足軽=足Girlというタイトルになってるらしい(笑)


現代からタイムマシーンで戦国に行っちゃうストーリーは過去にも、いくつもあったけど・・このドラマが他と違う点は、現代の平成と何度も往復できるって設定になってるとこ。


しかも、発明オタクの弟に、さまざまなツールを作ってもらって、それを持ってまた、戦国にぴゅーと戻ったり、(←おいおい、ドラえもんかい!)、重症を負った若君を平成に戻して、治療させちゃったりと・・・いやあ、これでもか!ってくらい、なんでもアリ!




こんなに非現実的でハチャメチャストーリーのくせに、不思議なことに、ちーーとも違和感を感じさせずに、ストーリーに自然に入っていってしまう・・・そこに、すごい!と感心させられてしまったのだ。



そもそも、私は遠い昔の少女時代から、恋愛系は、どっちかというと苦手なはずなのに~!


はい! これは・・戦国を舞台にしてるけど、れっきとした恋愛モノ、で、ラブコメ


平成の走ることしか能がない女子高生と戦国の若君との・・・。

女子高生が好きそうな、胸キュンモノとでもいいましょうか・・・(笑)

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しかし、なんでこれが面白かったんだろう?

見終わったとき、自分でも、それが、すっごく不思議だった。


そこで、自分なりに、それぞれのシーンを思い出しながら分析してみたのだ。



まず、私が最初に思ったことは、若君役の若い俳優さんはじめ、その他の人たちが美しくみえるということ。

しかも、とっても自然なのだ。・・・そもそも、自然に感じるからこそ、「美しい」とか、「カッコいい」とか思えるんだろうけどね。


もともと・・私jは、日本人や韓国人の、イケメン俳優には、まっ~たく興味ないのだ。

線が細過ぎて・・・どうも東洋系は苦手なはずなのだが・・・。


ちなみに、若君役の俳優さんは、この人
   ↓
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げ! 

そこらにいる、ただのガキやん。。。(←すいません。。。)

ところが、このガキが(←何度も失礼なこと言うな!)、ドラマの中では、超カッコいい若君、しかも、大人に見える。




凛々しくて颯爽としてる若君そのものなのだ(笑)(←日本人の若手イケメン嫌いの私でさえも・・)

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こりゃあ、胸キュンものだわな!・・と、私のようなものでも感じたくらいだ(笑)


それはなぜなのか?


単純に、着物が似合うとか髪型が似合うとかじゃない!
そーんな若手俳優は、いくらでも見てたはず。


歩き方、乗馬の仕方、立ち居振る舞いから殺陣に至るまでが自然で美しいのだ。


つまり・・・時代劇の演技が巧い!ってことに尽きると思う。



最近ではすっかり、若手俳優・女優さんたちの、「学芸会みたいな時代劇」を見るたびに、うーんざりさせられてた私としては、これは衝撃的だった。


写真だけ見たんでは、ただのガキ・・でも、動きひとつで、こんなに変わるんだなあ~と、

これが、動き、演技なんだ・・・と、つくづく思い知らされたのだ。


たぶん・・こうゆうのは、現実においても言えることかもしれない。


写真だけ見れば、不美人だったり不細工男子だったとしても・・・動き、表情ひとつで、人はいくらでも美しくなれるものなんだなあ、と。


もちろん、この俳優さんだけでなく、他の方々も違和感を感じるような人はいない。

どの人も、見事に、ぴたっと役にはまっていた。

だからこそ、最後まで面白く見られたんだと思う。



あまり面白かったから、原作の漫画まで読んでしまった。(←ハマると徹底的に、おタッキーになってしまう私の癖)


そこで、さらに気づいたことがある。

原作とドラマの違いは、もちろん、いくつもあったのだが・・

通常、原作がすごく面白い場合、ドラマや映画にするとコケるってパターンが多いんだけど、これに関しては、どっちも面白い!ってことに気がついた。


たとえば・・原作では、若殿のお城は天守閣まである立派なお城なんだけど、ドラマの中では、天守閣の無い平城になってる。


こっちじゃなくって・・
   ↓
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こっちの方 (イメージ写真)
  ↓
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うーーむ、見事なアレンジ!と、まず、ここで納得。


信長さんがまだ駆け出しの時代だったことを考えれば・・ましてや小国の領主ならば、立派な天守閣なんてあるはずもない。


しかし、「見る・読む」漫画であれば、そんなことは、たいして違和感は感じないんだけど、それが映像となった場合、天守閣のお城がどーんと出てくれば・・そこで、もう、リアル感が消えてしまうことになる。

(もっとも・・・そんなことは、その史実を知ってる人に限ってだけ、気になったり違和感になったりするんだろうけどね・・・
私は、恋愛モノが苦手だったせいか、10代の頃から、時代劇や推理モノばっかり見てたんで・・なぜか知ってる。
だから、きっと違和感になったことだろう。)


つまり、私のようなモノが見ても、それよりもっと詳しい時代劇ファンが見ても、違和感を感じない設定に作り替えたということだ。


お見事、さすが・・大河ドラマをやってるNHK。
ちゃーんと時代考証がされてるってことになる。




おっと!

大河ドラマ・・で、つい、思い出してしまった。。。


2017年の「おんな城主 直虎」は、残念ながら、途中から見る気が失せてしまったドラマだったなあ。

半分くらいまでは、それでも見続けたんだけど、もう、アカン~!!

となって・・あとは、本能寺の変のとこだけ、ちらっと見てやめてしまった。。。


正直言って大変申し訳ないんだけど、

韓流時代劇っぽい恋愛モノかい?ってカンジで・・・

それも、とってもベタなヤツ・・・。





もちろん韓流時代劇風であろうが、恋愛モノにしようが構わないんだけど、ただ、それを、わざわざ「大河ドラマ」として放映するのはな。。。と思ってしまうのだ。


せっかく、1年もかけて大河をやるなら、もっと歴史の重み、ドラマとしての重み、大スペクタクルシーンが無いとなあ・・というのが私の感想。(それこそ、黒澤映画並みの・・)


日本史上、重要イベント本能寺も、関ケ原も・・超高速でぶっ飛ばし、主役の当事者以外は、どんな重要イベントもすっ飛ばしてしまうというのが、現代の風潮なんだろうか?

どうも、そうらしい・・・。



これを、百歩譲ってただの恋愛モノとして見ても・・中年女の直虎が、なんだか、ティーンエイジャー並みの恋愛ゲームみたいなことをするし~セリフもお粗末だし・・・こりゃあ、いかんよなあ~!と。

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それも、まるで、「ひと昔前の少女漫画並みの臭さ」が漂うのだ。(←現代の少女漫画恋愛モノは、こんなベタなものじゃあ、通用しない・・笑)



もともと恋愛モノが苦手なとこに持ってきて、さらに違和感を通り越して、それがもう嫌悪感に近くなってしまい、すっかり見る気が失せてしまったのだ。(←ごめんなささい)



一方で、NHKさんは、アシガールみたいな面白いものが作れるのになあ~。

おそらく、大河ドラマの何分の一かの低予算だろうに~。

大河ドラマについては、さんざん文句を言ってしまったけど、まあ、これは・・私の単なる個人的な感想ということで聞き流してください。


それにしても、アシガールは、エンターテイメントとして、実に面白かったなあ~。(←まだ、言ってる・・・)


ハッピーエンディングの終わり方だったし、しかも続編もあるような終わり方。

平成の家族のもとにまた戻らざるを得ないような伏線をひいてるからなあ。


平成の家族は、バカで(ここはユニークというべきか・(笑)、だけど、いい人ばっかり・・・


ドラマの中で、平成のお母さんが言う言葉がある。

弟が、「お姉ちゃんて、なんであんなバカなの?」という問いに対して、

「あんたは、何にもわかってないね。
お父さんは家事が好き過ぎて会社を辞めたバカ。 お母さんは医者の仕事しかできないバカ。
あなたは、不登校で発明ばかりしてるバカ。 お姉ちゃんは走ることしかできないバカ。
バカは我が家の伝統芸能です!」


こうゆうの家族もアリだよなあ~、と、つい思わせてしまうシーンだ。


こういったセリフも面白かったし、やっぱり、脚本(原作の漫画)が優れているからなんだろうなあ。


見終わった後、とても爽やかな明るさだけが残るドラマだったと思う。



ドラマなんて、しょせんフィクションの世界でしかない、と言われることが多いけど、私にはそう、思えないのだ。

確実に「これを作り出した人」の心の中には、この世界が存在してるわけだし、

また、「それを見て面白い!と思った人」の心の中にも、この世界が存在するのだから。


現実化するには最初に感覚ありき!だと思ってる。


だから、私は、嬉しくなれるんだと思う。

たかが、こんなことにでも。(笑)

http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/ashigirl/html_ashigirl_cast.html

メーヘレンの絵をめぐって

ある人に、「ゲッティーに行くんだけど、一緒にいかない?」と誘われた。

ゲッティーというのは、J・ポール・ゲティ美術館(J. Paul Getty Museum)のことで、ロサンゼルスでは唯一有名な美術館だ。
ロサンゼルス観光のガイドブックにも、必ずといっていいほど載ってる。



お誘いを受けた人によく聞いてみると、どうやら、私の車で私の運転で行きたいらしい!

冗談じゃない!

遠いし、平日でもメチャメチャ混むし、駐車場も混雑して探すのが大変だとか・・そんな思いまでして行く気にはなれない。
おまけに、私が好きな絵はあまり置いてない。


そういえば・・昔日本に住んでいた頃は、美術展だとか写真展だとかによく出かけていた時期もあったけど・・いずれも混雑はすさまじかったなあ。

そんなことを思い出した。

ゴッホ展だとか、ナショナルジオグラフィック写真展だとか、そういった知名度があるものは行列を作って並び、列を作って歩きながら鑑賞するだけだったし、作品はガラスケースに入れられてるし、写真撮影は出来ないし・・。

そんなんじゃ、アート鑑賞をする意味がない。
疲れに行くようなものだ(笑)


やっぱり、こうゆう環境で見ないと・・

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中には、絵をみながらスケッチしてる学生たちもいる。

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これは、私がニューヨークのバッファローに住んでいた頃、頻繁に行った、Albright Art Museumの風景だ。

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どこのミュージアムも、閑静な場所に作られているしし、建物も環境も、ゆったりとアートを味わうような演出がされている。
それに、どこのミュージアムでも、街中と比べて館内のレストランは食事が美味しい。


アート鑑賞をするためには、すべてが非日常の空間でなければならない。

もっともだと思う。

そこで、お断りすることにした。

渋滞を抜けて駐車場を探し回ってドタバタ絵を見て帰ってくる気にはなれない、と。


そもそも、美術、音楽なんてものは、どうやったって、東海岸にはかなわないのだ。
街を歩く人々の服装にしたって、ニューヨーカーの方がはるかにおしゃれだ。

ロサンゼルスは、ビール片手に、ドジャース観戦の方が似合う街だ。


すると、断った相手からこんなことを言われた。

「えーー! ゲッティーは入館料タダなのに。
じゃあ、あなたは、お金を払ってでも小さい美術館に行く方がいいんだね?
でも、小さいとこなんか、贋作が置かれてる可能性があるよ~。」


はあ?

ゲッティーさんの遺言で入館料がタダなのは知ってるけど、その代わりゲッティー財団は駐車場を15ドルにしてるぞ(笑)

そもそも、大きい小さいとかじゃないし・・・贋作?って、いったいどこから来る発想なんだ??

よくわからん人だ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「贋作」という言葉を耳にして、ふと、思い出したことがある。


3人の贋作画家のことだ。

この話、ご存じだろうか?

その1:ハン・ファン・メーヘレン(Han van Meegeren)

メーヘレンは、1889年オランダ生まれ。

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彼は、オランダの美術アカデミーを首席で卒業したようで、将来をおおいに期待されていた新人だった。



とくに彼は、17世紀の絵が大好きで、フェルメールに心酔していたという。


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フェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』

しかし、あるとき開いた個展で・・「君の絵はもう古い!」と言われてしまう。

1920年に入ると、17世紀の絵が大好きというメーヘレンの作風は、古臭いとしか映らなかったのだろう。


時代の目は、少しずつ新しい芸術表現キュビスムに移行してきた時代だ。
その代表的なのが、ピカソだった。


写実とかロマン主義的リアリズムとかは、もう、時代遅れになっていたのだ。

当然、彼の絵は売れない。
絵葉書やポスターを書いて食いつないでいたという。


そこで彼は、大好きなフェルメールの贋作を作ることを思いついたのだ。

フェルメールはオランダでは超有名で、17世紀に活躍したバロック時代を代表する画家

ただし、作品はわずか三十数点しか確認されていない。


まだ、作品はどこかに埋もれているのかもしれない。

フェルメールが絵筆を取らなかったという、空白期間があるが、それは、作品が発見されてないだけじゃないだろうか?




メーヘレンは、ここに目をつけたのだ!

そして、こんな作品を描き上げた。

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タイトルは、エマオの晩餐


これを、没落した貴族から極秘に仕入れた絵画を売却しているというふれこみで・・(笑)
もちろん、メーヘレンの見事なまでの贋作だ。


美術界はむろん、待ってましたとばかりに食いついた!


おお! これは、フェルメールが空白時代に書いた宗教画に違いない!
なんと、構図はカラヴァッジョ風・・・いかにもフェルメールがやりそうなことじゃないか!
と、美術界では話題になったそうだ。

むろん、厳しい鑑定も行われる・・が、ちゃーんと鑑定結果でも、真作(本物)とされたのだ。

当時の高名な美術評論家が真作と褒め称えたとなれば、ジャーナリズムは、それをセンセーショナルに煽り立てる。

あっという間に、「エマオの晩餐」はオランダの国宝級の作品に祭り上げられた。


瞬く間に入手バトルが始まり、最終的にはロッテルダムのボイマンス美術館が54万ギルダーで買い上げたという。(4500万円だとか・・・)


おかしなもんだなあ。

古臭いものは売れない時代なのに、フェルメールが描いたものならば、それほどの大金になってしまうんだから。


それからというもの、メーヘレンは、ときどき、「貴族の所有する古い絵画を売る画商」として、仕事を続けていったという。


時は、ナチスドイツの占領下だったオランダ。


そこに、ナチス傘下のヘルマン・ゲーリングがメーヘレンに絵の依頼をする。

この人だ。
  ↓
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絵画コレクションに、どうしても、フェルメールの絵を加えたいというのだ。


フェルメールの絵といったって、そりゃ、メーヘレンの作品なんだけど・・(笑)


ヘルマンは、絵に高額な値段をつけた上、オランダから没収した何点かの絵画を返却する条件を提示したという。
メーヘレンは、それに同意した。

金目当てだったか、それとも、失われたオランダの絵画を取り戻したい愛国心だったか、ナチスに一泡吹かせたかったのか・・そのすべてだったのか?

そこはわからない。

しかし、とにかく、彼は同意したのだ。



ナチスが、欧州各地で美術品を略奪しまくったことは有名な話だ。
なんでも60万点にも上るというし、未だに、未発見のナチスの財宝は10万点もあるんだとか・・。

ヒットラーは、若いころは画家志望だったというくらいで、自分でも絵を描くし、こよなく美術品を愛したという。
ウィーン美術アカデミー」への入学を希望していたのに、試験に落ちてしまったんだとか。

ちなみに、これは、ヒットラーが描いた絵の一つ
     ↓
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アドルフ・ヒトラーの描いた絵画

確かに、素人とは思えないほど見事だ!

だけど・・なんだか、絵葉書の絵みたい。。。


案の定、ヒトラーには、「独創性」が無いということで、落とされてしまったらしい。

技術的な問題よりも、彼の精神性に起因するものが多かったのかもしれない・・。
「絶対に自分の心を見せない」というような・・・


この絵をみてもわかるとおり、ヒットラーは、写実派なのだ。
前衛的作品を嫌って、破壊しまくったことでも知られている。


好きな絵は奪い、嫌いな絵は破壊する。

実にシンプルな人だ。


おそらく、ヒトラーにとっても、フェルマールは好きな絵だったはず。

それが、ヒットラーの意向だったのか、それともヘルマンさん個人の意向だったのかは、はっきりしないのだが・・



1945年ナチス・ドイツの国家元帥ヘルマン・ゲーリングの妻の居城からフェルメールの『キリストと悔恨の女』が押収された。

 
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キリストと悔恨の女

何度も言うけど・・これはメーヘレンの贋作(笑)


それが大問題に発展する。


ナチスなんかに、オランダの宝を売ったのは誰だ!

当然のごとく売却経路の追及され、メーヘレンが逮捕される。

オランダの宝を敵国に売り渡した売国奴としての罪だ。
それは、国家反逆罪


当時のオランダ人が、どれほどナチスを憎んでいたか?と思えば、その罪がどれほど重~いものだったかは想像できるというもの。

とんでもない!
ナチスに売った、売国奴にされたらたまらない!

ここで、はじめて・・メーヘレンは、この作品は自らが描いた贋作であると告白することになった。

メーヘレンの裁判時の写真
     ↓
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これは私が描いたものだ。
これだけじゃない! 
エマオの晩餐も私が描いた! あれも、あれも・みーんな私が描いた!



ところが・・誰も信じない。

そりゃそうだ・・。
国宝級とまでなってしまった絵を、僕が描いた!なんて言ったところで、誰が信じるもんか!

そこで、メーヘレン自身が法廷で贋作を描いてみせることになった。


まず、古い17世紀頃の絵を探し出してきて、絵の具を丁寧に削り取る。
絵の具は、17世紀の手法で自ら作り出したものを使う。
完全にフェルメールに成り切って描き上げる。
さらに、自然に古くみせる工夫もこらす。



そぞ、見事な作品だったことだろう。

実際に、法廷で描いた作品はこれだったそうだ。
     ↓
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寺院で教えを受ける幼いキリスト

なんと、この贋作の絵にも、3000ギルダーの値がついたという。

こうやって、メーヘレンの国家反逆罪の疑いは晴れたのだ。


それどころか、彼は一躍、売国奴から「ナチスを手玉にとった英雄」扱いされるようになった。


贋作の罪も異例の軽い罪となり、1年の禁固刑とされたそうだが、メーへレンは刑務所に入ることなく、亡くなるまで自宅で悠々と暮らしたという。
残念ながら、刑期が明ける前に病死したそうだが。

これは、今だに語り継がれる有名な話として残っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

メーヘレンが贋作に手を染めた理由は、自分を認めなかった美術界への反抗とか憎しみとか言われているようだけど・・・

そんなことは、本人に聞いてみなけりゃわからない。
いや、本人だって、わからないのかもしれない。

到底皆さんの納得できるような理由を述べることなんてできないだろう。

そこには、さまざまな思いが織りなす糸のようになっているはずで・・

強いていえば、「ただ、好きな絵を描き続けたかったから」としか、言えないのかもしれない。



これをスピリチュアルっぽい見方から眺めると・・

フェルメールが乗り移っていたのかもしれない(笑)

メーヘレンが愛してやまなかったフェルメール。

フェルメールという人、バロック絵画を代表する画家の1人になっているものの、謎の部分が多いのだ。
生涯で30作品程度しかなく、しかも、生年月日も死んだ日さえも、実はよくわかってない。
ただ、不遇の人であったことは確かなようで、彼の死後も長い間、忘れられた画家だったそうだから。

フェルメールとメーヘレンが引き合い、
さらに、その絵を強く望んだ、ヘルマン・ゲーリングもまた、何かに引き寄せられたのかもしれない。

ヘルマンもまた、最後は自殺を遂げた不遇な人ともいえる。


3人とも不遇な人、しかしまた、「不遇」というのも、一般人の見方でしかない。

本人たちは、思い残すことなく、十分生を全うしたのかもしれないのだ。



こういった贋作事件をみると、いろいろなことを考えさせられる。

美術業界というもの
美術鑑定というもの
芸術作品というもの
法というもの
物の価値というもの



「メーヘレンは、どんなに美術界に認められなかったとしても、諦めず自分の思った絵を描き続け、もっと精進し続けるべきだった」
というのは、実に良識的意見だ。

しかし、それは・・

アートというものが、純粋に作品に感動した人のみが代価を支払って入手できる、というシンプルな世界でのみ言える正論じゃないだろうか。

こんなふうに。
   ↓
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そして、その純粋さだけで、アーティストが食べていかれる世界。


私は、メーヘレンが贋作を犯した犯罪者か英雄かなんてことには、興味はない。


見方が違うだけで、誰でも英雄にもなれば犯罪者にもなる。
革命家がいい例だ(笑)


ただ、一人の人間の生き方としてみた場合、私は興味をそそられたのだ。

しかも、かなりの優れた才能を持っていた彼が歩んだ道に。


実は、私には、フェルメールもフェルメールの贋作も、それほど良さがわからないのだが・・
このデッサンをみたとき、なんとも美しい!と心を捉えたものがあった。


もちろん、メーヘルンの作品
   ↓
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http://www.meegeren.net/



美術界に認められることなく、ポスター画家として食いつなぎ、それでも精進し続けながら一生を終えるのも人生。

途中で諦めて他の職業につくのも人生。

メーヘレンの生き方もひとつの人生。

画家志望だったヒトラーの生き方もひとつの人生。


自分で選択する人生だ。

そして、最後に自分が納得した人生だったかどうか?


たぶん、それだけだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*長くなったので、他の二人の贋作作家の話は次回にします。

地球の自転が遅くなることで起きる地震、そして予知について

2018年 巨大地震が増加する可能性 という記事が1月1日のNews Weekにあった。

2018 COULD BRING INCREASE IN SEVERE WORLDWIDE EARTHQUAKES

簡単に要約すると・・

昨年10月にシアトルで開催された米国地質学会(Geological Society of America)の年次総会で発表したチームの調査によれば、

地球の回転が遅くなってきているため、それによる地球規模の地震が発生する傾向がある。


過去100年間をみると、地球の回転の減速に伴う大規模地震の数が25〜30%増加している。

地球の回転は5年前に減速し始めた。
この理論が正しければ、2018年は通常よりも2倍から5倍のマグニチュード7の地震をもたらす可能性がある。





どういうことだろうか? 

地震活動の活発化は自転の減速との関係は?



ご存知のように地球は完全な球体ではない。 楕円形なのだ。

自転によりそれまで回転方向に引っ張られてるため楕円形をしている。

と、いうことは・・つまり自転が遅くなればなるほど回転方向に引っ張る力が弱まって、赤道半径が短くなっていく。
ところが、地球そのものの形が変化しても、地下に埋まっている構造プレートのサイズは変わらない。

ここが問題! 

このミスマッチが地震を誘発するというわけだ。

コロラド・ボールダー大学の地質学者、ロジャー・ビルハム(Roger Bilham)さんの発表
   ↓
「地球の自転と地震活動の相関関係は強いため、2018年は強い地震が多数発生することでしょう」



しかし、こうなってくると、地震だけではすまないはず。

ここに興味深い動画をみつけた。
     ↓
もしも地球の自転が止まったら



45億年前、回転するガスと塵の雲から生まれた地球、

地球は、その回転を受けついで、今でも自転している。

赤道では時速1700㎞ものスピード。

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こんなカンジか? コマ回し~

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回されたコマは永遠ではない。 だーんだん遅くなる。

地球は10万年で約2秒ずつ遅くなってきている。

「地球の自転が遅くなる理由は潮の満ち引きによる潮汐摩擦といわれていて、10万年で約2秒ならば、100年で0.002秒ってことだろうし・・どーってことない!

単純計算すると1時間自転が遅くなるのに・・えーーと、何億年かかるんだ?(←計算してみてくれ?)



ところが、ここで問題は、今、急激なスローダウンが始まってる。


これは、去年11月だったかのフォーブスの記事にも掲載されたことだった。

詳しくはこちらに解説されているんで、どーぞ。
    ↓
https://indeep.jp/earth-rotation-mysteriously-slowing-down-and-earthquakes-must-increase/
In Deepの記事より


現在、その回転速度が 1日に数ミリ秒それが遅くなり続けているという。

そして、
「地球の回転は周期的に遅くなっていて、1度遅くなると、5年間その状態が続く」

ということらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここ数年の間に、地震や自然災害はもとより、動物の大量死、シンクホール、謎の怪音現象・・「いずれも原因不明」のものばかり、が増えてきていた。

おっと!

地軸のずれもあった・・・

これは、カナダに住むイヌイットが気づき、イヌイットの長老たちがNASAに本気で警告するというニュースもあったのだ。

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太陽があるべき場所にない。 空が変わった。
ポールシフトが起きているんではないか?
 と。


こういったこと、すべてが・・・「地球の自転が遅くなった影響」と考えると、なんとなく、自分なりには納得させられる気がする。

もちろん、それだけではなく、もっと複合的な要因が絡み合っている気もするが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、我々にとっての差し当たっての問題は、やっぱり地震ということになるだろう。

どうやって回避するか?
どうやって予知するか?


回避するためには、日頃から避難方法や避難場所を決めておくとか、避難グッズを用意しておく・・という心の準備しかない。


また、地震予知においては・・・こりゃもう、自分でするっきゃない!と、私は思っている。(←おいおい!)



以前から、多くの科学者たちによって地震予知研究はされてきた。

今では、かなりの精度で予知できるようになっているらしいのだ。

有名なところでは、FM電波で地震予知をしたり、VAN法(VAN method)・・地球電磁気学的手法などのよる予知方法があるらしい。

しかし、どの方法にも一長一短はあり、さらに研究を続けるには資金不足などの問題もあり、なかなかこれ以上は進まないというのが現状らしい。

なぜなら、

地震予知とは100パーセント予知しなければならないのだ。

それもピンポイントで!

xx月xx日(せめて当日指定、できれば時間も)
もちろん、命の危険性のある大きな地震に限る。


それが当たれば、英雄扱いだろう。

だけど、はずれれば・・とんでもないことになる。

人々をたった1日でも避難させることによって、いったい経済的損失がどれほどになるか?ということが問題になってなるのだ。
とくに都心部では、それは膨大な金額になるだろう。

もしも、はずれた場合、その責任を誰が、どこがとってくれるのか?

そりゃあ誰も取りたがらない。。。(笑)


いちおう、日本においては、政府機関である気象庁と学会機関である地震防災対策強化地域判定会が、予知に関して直接の決定を下す仕組みとなっているらしいけど・・・


地震予知なんて、本当にできるもんか?
100パーセントでなければならないわけだし・・
そんなあやふやなことにカネを渡せない。



まあ、これじゃあ、堂々巡りで、無理だろう。



しかも最近は、自然地震か人工地震かもわからない状況だ。

東日本大震災をはじめ、いくつかの大地震が人工地震だったという説もあるくらいだ。

以前にも、この記事をアップしたことがあったけど
   ↓
人工地震のビデオに思うこと


この説は、NSA(アメリカ国家安全保障局)の人の内部告発があったとかで・・ますます増えてきているらしい。


もちろん、そんな事を言うと強い反論にも合う。

そんなことって、あるわけないじゃない!
どうして、そんなデマを飛ばす人がいるんだ!

と、怒り心頭な人もいるだろう。

とくに、被災者の方々は、これが人工地震だったと思っただけでも、いたたまれない気持ちになるだろう。

その心情はわかる。


しかし、一方で、HAARPによる人工地震説、というのは、最近ではよく目にするし耳にもする。

あくまでも陰謀論だけど・・。


しかし、陰謀論であるならば、それが真実であればあるほど、絶対に明るみには出ない。
陰謀論のままで終わるものなのだ。


万が一、明るみでることがあったとしても国家機密解除の50年後か・・・または、やっぱり、重大なことであればあるほど、永久に蓋をしたままになる。

それは、9-11事件同様で、あれほど数々の不審点や証拠があがっていたところで、それは解明されることがないのだ。



なので、ここでは・・裏で何が起こってるか? なーんて陰謀論は、この際無視。



ただ、私としては・・「あり得ることだろうな~。」とは思っている。

何があっても、おかしくない時代なのだ。



そうなると・・・ますます、地震予知も難しくなるだろう。


自然地震の予知だけだって、前述したような、さまざまな障害があるわけだし、そこに人工地震がプラスされるとなると・・

どうなることやら。



結局のところ、地震が起こる直前、緊急アラートを流すだけ、というのが現状だ。

それも、かなり直前だから、困ったものなんだけど・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これはだいぶ昔の話なんだけど、地震予知の成功例が、中国にあるのをご存じだろうか?


1975年に中国で発生した「海城地震」(かいじょうじしん)

PsychicAnimals_2.jpg
http://tocana.jp/2015/07/post_6899_entry.html


これは、かなり有名な話で、地震の前に行政が警報を出して多くの住民を避難させたため、死傷者が少なかったそうだ。

見事な成功例。

もっとも、この時代で、こんな田舎だったから・・予想がはずれたところで経済的被害は少ない!と踏んで、警報を出せたのかも・・という邪推もできないこともないが・・まあ、それは置いといて~。(笑)



この地震予知は、面白い事に下記のようなことも加味して結論を出したそうだ。

●ペットの犬や猫が以上に落ち着きなく騒いだり、普段と違った行動を起こす。
●地震の前にはイワシが豊漁
●ネズミが逃げ出す。
●イルカやクジラの集団座礁
●冬眠中の蛇が穴から出てくる。
●深海魚が浅い海で発見される。
●カラスが異常に鳴く
●鶏が夜に鳴く




民間から、こういったデータ集めをし、それに科学者による科学的調査も重ねて、それを総合した結果、避難命令を出したという。



そのため、大当たりをしてるにもかかわらず、否定的意見も多いのだ。

地震予知とは、学術的には科学的方法により地震の時期・場所・規模の3要素を論理立てて「予測」することを指すのであり、

この事例は、一般的には珍しい顕著な前震を根拠に警報を出した特殊な事例で、全ての地震に適用できるものではないと分析されている。



こんなのは、理論としては成り立たないと(笑)


もちろん、その後の中国の地震予知が全部あたってるわけじゃない。

はずれも多いのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、阪神淡路大震災のときも、当時の中国と似たような兆候をみていた人たちもいる。


1995年阪神大震災前の雲(明石大橋付近で観測された雲)
      ↓
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こちらも発光現象を帯びた雲だったそうだ。
hakougensyou.jpg
http://tsyamato.at.webry.info/200805/article_1.html

のちに調べると、これらはまさしく、震源地の方角に出た雲だったという。


揺れが発生する前に、地殻の内部で摩擦や圧縮が起きて地殻に含まれる石英(水晶)などに、圧力が加わると電気が生じる。

これが圧電効果

電気エネルギーは電磁波となって地上へ伝わり、電磁波は雲を形成する。

それが、通常とは違った様々な形の地震雲となって上空に現れたり、発光現象を起こすそうだ。




また、赤い月を見たという証言も多かったらしい。


本来だったら、白く輝く月。

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だけど、青い光が散乱されちゃうと赤くなる。

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青色の光は波長の短いので大気中の小さなチリによって反射されやすく、大気に散乱し吸収されてしまう。
逆に波長が長い赤は散乱されにくいので、大気の中を通過する割合が高くなる。
なので、赤色の光だけが残るそうだ。




赤い月は、カリフォルニアに住んでる私は、わりと頻繁に見る。

山火事が多いから。

ああ、また、どこかが山火事で燃えてるんだなあ・・と気づくのだ。。。



山火事で塵が舞い上がるときも、電磁波が多いときも・・青は拡散されて赤い色が残るってことらしい。




さて、阪神大震災のときの、その他の現象は、

●動物の異常行動

*犬や猫がふだんと違った行動
*カラスが騒ぐ
*メダカが一定方向を向いてしまう。

などなど。



これもまた、電磁波を感じた行動なんだろうなあ、と予想がつく。


人間でも、動物並みに感覚の鋭い友人などは、

「あ、太陽フレアの影響かなあ? 電磁波の影響か、きょうはヘンな頭痛がする。」なーんて、言ってるときもあるくらいだ。


野生動物になればなるほど、敏感に感じることだろう。

そうなると、イルカやクジラが大量に打ち上げられるのも、電磁波と無関係ではなさそうに思えてくる。


ずーーと小型なメダカにしても、こんな証言があったのだ。

メダカを飼っていた人の証言 → いつも水槽に近寄ると餌が欲しくて、どっと全員が寄ってくるのに、
その日は、なぜか水槽の底の方で、みんな同じ方向を向き全く動かなかった。




実は、その後、メダカの実験をした人がいて、

一方方向から弱い電流をメダカの水槽に流すと、メダカはすべて同じ方向を向いて動かなくなったという。

つまり、
下の赤い矢印の方向から電流を流すと、こうなったらしいのだ。
   ↓
illust3354.png


たぶん、メダカさんたち、まっすぐに電流が突き抜けると気持ち悪いんで、みんながこんな向きになるんじゃないか?と言われている。。。(←メダカにインタビューは出来ないので、これは人間の想像)



もちろん、イルカが座礁したから、赤い月が出たから、飼ってる犬が騒いだから・・・といって、それが必ずしも地震に結びつくとは言えない。



しかし、こういったことを総合してみたとき、たしかに、「見えてくるもの」がある気がする。

それは科学的だろうがなかろうが、人が確信に近く、あ!これだ~!と突然思えるものかもしれない。



そういう意味では、1975年の中国で発生した「海城地震」の予知は見事だったと思う。


なんだか、こっちの方が不自然でナンセンスに聞こえてしまう。
   ↓
「地震予知は学術的には科学的方法により地震の時期・場所・規模の3要素を論理立てて「予測」することを指す」

おそらく、人命を救うことよりも目的は別の方かと(笑)

これでは、避難勧告が政府の正式発表として出されることはまず、ないだろう。


ただし、地震予測というものは、数多くある。
予知でも予測でも、言葉はどーでもいいんだけどね~。

当然、行政の正式発表ではないわけだから、サイキック・ヒーラーの予知と同じような扱いになっているものは多い。


もちろん、中にはサイエンティストであろうが、サイキック・ヒーラーであろうが、疑わしいものも多くあることだろう。


そこで、地震予知でも、何事においてもだけど・・まずは、

どの情報を信じるか?の前に、まず自分の直感(理論でもOK)を信じるしかない。と思うのだ。


他からの情報は、あくまでも自感(または持論)の補足でしかないように思う。


1975年の中国で発生した「海城地震」のときだって、一人ひとりが実感して、行政の避難勧告に従ったと思うのだ。
ましてや、自分たちが多くの情報を提供しているくらいだ。

現に、「信じない、納得できない」人たちは、勧告命令に従わずに、そこで命を失った人もいたという。


結局、自分自身なのだ!


ところが、鈍感になってしまっていたら、何も感じるものはない(笑)

長時間、電子レンジやパソコンの前にいても、なーんも感じなくなってしまってたり、暑さ寒さまで鈍感になってたり・・

ここまでくると、ある意味、立派だけど・・
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空の雲を見ることもなく、月の色さえ気づかない。

家のペットの様子さえ、気がつかないような人だとしたら・・・そりゃあ、無理だ~!


ところがこういった都会人が増えているという。


ただし、彼らが生まれついての鈍感ということではないらしい。
(人は生まれついて感性、本能を持ち合わせている)


こういった人は、他の事に感性を使い過ぎて過敏になるあまり、基本的なことが鈍感になってしまうらしいのだ。

たとえば・・

仕事のことばかりで頭がいっぱいとか・・
周囲の人々の顔色をみることとか・・
周囲の空気を読むとか・・


そんな空気は読まなくていいから、本来の空気の流れを感じろ~!
異変を感じろ~!

と、叫びたくなる(笑)


たぶん、そういった人は、アラートを受け取って、はじめて気がつくことになる。


また、自分で感じることもない人、納得することも無い人 = すべてを他に依存してしまった人に限って、

情報が間違っていた場合や地震予知が当たらなかった場合は、その責任を追及したり相手を攻撃することが多いそうだ。


それが現状になっているのかもしれない。



さて、私はどうしようか?

飼いネコが教えてくれたものに従おうと思う(笑)
または、空の雲、月、肌に感じる空気の流れを感じてみるか~。

なんか嫌~なカンジを受けたら、さっさとネコを連れて車で逃げ出すことにしよう@@@
もちろん、仕事も休んで~♪


意地悪な人に、

「それが、はずれてたらどーすんの?
ヒロシマの原爆から逃げ出して、わざわざナガサキに逃げたために被爆しちゃった人だっていたそうだよ!
それで、死んだら・・ただのアホだろーが!

と言われたけど・・

ま、それもあるだろうなあ(笑)

それでも、「何かを感じられる自分でいたい!」と思っている。

パラレルワールドの別次元に存在する日本という名の国

たまに、「外国人から見た日本のここがヘン!」という記事を目にすることがある。

そりゃ、国と文化が違えば常識が違うんだから、ヘンって感じるのは当たり前だろうよ(笑)


今度はたまたま・・江戸末期から明治時代のころの外国人たちから見た日本に焦点を当てて調べていくうちに、

あれ? こりゃあ、ヘンどころじゃないな~!って思ったのだ。



カルチャーショック!!

今まで自分が思っていた文明って、いったい何だったんだろう?


と、目からウロコ状態になって、それまでの西洋的価値観が崩れてしまった人も続出したという。


さて、どうゆうことなんだろう?


その前にまず、当時の日本に来た外国人というのは、宣教師、軍人、外交官、医者などといった知識階級がほとんどだっただろうし・・

きっと、当時の事情を考えると・・日本を開国させ、「我が国の植民地にするため」といった政治的思惑が絡んで、日本に送られた人も多かっただろう・・・

そのことも考慮しなければならない。



どうやって植民地化するか? まずは、よーーく日本人の気質と文化を探ってこい!ってことになったのかも。(←たぶん、これが一番の目的だったかな?)



ところが・・・やってきた彼らの多くは、


こんな国、今まで見たことがない!
と、びーーくりしてしまったのだ。


とくに、びーーくりだったのは・・江戸・明治の庶民たちの姿だったそうだ。


農民、職人、商人といった庶民たち
それも、ビンボーな庶民たち


●タウンゼント・ハリス(Townsend Harris)・・・初代駐日アメリカ公使
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彼は、日本についてこのように記している。
    ↓
これまで見たどの国よりも、簡素さと正直さがある。

柿崎は小さくて、貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりとして、態度も丁寧である。

世界のあらゆる国で、貧乏にいつも付き物になっている”不潔さ”と言うものが見られない。




●ウオルター・ウエストン(Walter Weston)〈イギリス人宣教師、登山家。日本各地の山に登り『日本アルプスの登山と探検』な日本のアルプスを世界に知らしめた英国登山家〉
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彼の言葉
  ↓
教育の無い、日本の田舎人ほどの"真の意味の紳士”を日本の内外で私は見たことがない。



●ペリー提督(Matthew Calbraith Perry)  ・・・米海軍の軍人
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国民の勤勉さ、器用さは尋常ではない
武士はもとより、町人も農民も手紙で知らせる、識字率がある


と、彼は驚いたそうだ。



●ヘンリー・ヒュースケン(Hendrick Heusken)・・・オランダ人だけど、幕府に雇われてハリスの通訳をした人
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実際の画像が無いから、ドラマの中から拝借・・27歳だったかで殺害されちゃったし・・写真も絵もないみたい。。。


当時は鎖国中で英語の通訳が日本にはいなかったので、唯一国交のあったオランダ人の彼にお願いしたそうだ。
ヘンリーさんは、数か国語を話せる超優秀な人だったそうだ。


彼の日記から抜粋
   ↓
質朴な習慣、飾り気のなさ 子供たちの楽し気な笑い声
悲惨なものがない

この国の人々の質僕な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。
この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの楽しい笑い声を聞き、どこにもひさんなものを見出すことができなかった。

おお、神よ、私には、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋人の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない




●ハインリヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann),・・ドイツの考古学者、実業家
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彼が記した日本見聞録の中で、このようなエピソードがある
    ↓

中国で最も不快に感じたのは、平気でうそをつき、お金をごまかす一般庶民の姿だった。

乗り物に乗っても、最初に提示した料金とは全然違う、高額の料金を後で吹っ掛けられたりして、閉口することがしばしばだった。

日本で渡し船に乗ったときのことである。

後で料金を支払う段になって、中国で味わった不快な先入観が頭をよぎった。

どうせ法外な料金を吹っ掛けられるに決まっているだろうから 、それならば、最初から高い金を渡しておこうと思い、規定の数倍の料金を渡した。

すると船頭が不思議な顔をして『これは規定の料金と違いますよ』と言って、余分の金を突き返してきたのである。




●エドワード・S・モース(Edward Sylvester Morse)・・動物学者、東京大学のお雇い教授を2年務め、大学の社会的・国際的姿勢の確立に尽力した人
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彼には、こんなエピソードがあったそうだ。
    ↓

瀬戸内海地方を旅していたとき、広島の旅館に、遠出するために、財布と懐中時計を預けたのだが、女中は、モースの泊った部屋の畳の上に置いただけだ。

もちろん部屋は襖で仕切られているに過ぎず、鍵や閂などはついていない。

しかし、モースはここで思い切って『日本社会の実験』をしてみようとのつもりになったようで、そのまま遠出した。

一週間後、旅館に戻ったモースは、部屋の襖を開けて心から驚き、感じ入った。

『帰ってみると、時計は言うに及ばず、小銭の一セントに至るまで、私がそれらを残していった時と全く同様に、蓋のない盆の上に載っていた』と語っている。

当時の欧米のホテルでは、盗難防止のため、水飲み場のひしゃくには鎖が付き、寒暖計は壁にネジで止められているのが常だったそうである。

モースはこの日記の文章に続けて『日本人は生得正直である』と書き留ている。

さらに、横浜の大火にも遭遇したモースは、このときのことも、このように記している。
    ↓
「老いも若きもまるで『祭礼でもあるかのように』微笑すら湛えて復興に歩みだしていた」と、すべてを受け入れる日本人の姿を著わしている。

モースは、日本には、『貧乏人はいるが、貧困なるものは存在しない』と断言したそうだ。







●カール・ペーテル・ツンベルク (Carl Peter Thunberg)
・・スウェーデンの植物学者、博物学者、医学者)
carl thunberg
   ↓
彼らは第一級民族。
勤勉で賢明で礼儀正しく勇敢」と評価し、「志那朝鮮では女は奴隷なのに、この国では女は男と同席し表も自由に歩く」ことや、「清潔好きで、週に一度どころか毎日お風呂に入る」



そういえば・・お風呂については、シュリーマンも述べてた箇所がある。
   ↓
どんなに貧しい人でも、日には一度は公衆浴場に通っている、と。
 
さらに、

男女混浴を見て、

「禁断の林檎をかじる前の我々の先祖と同じ姿になった老若男女が一緒に湯をつかっている。
そこでは淫らな意識が生まれようがない。すべてのものが男女混浴を容認しており、男女混浴が恥ずかしいことでも、いけないことでもないのである。
ある民族の道徳性を他の民族のそれに比べてうんぬんすることはきわめて難しい。』
と記した。

西洋人の常識から見れば、混浴なんて信じられん!ってことになるんだけど・・(あ、今の日本もそうだけどね~)

彼はアダムとイブの時代に思いを馳せたようだ(笑)

ひょっとしたら・・我々欧米人の方が淫らなんじゃないだろうか? だからこそ、混浴しないのかもしれない・・と(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、多くの欧米人がいろいろ観察して、さまざまな手記を残してるのだが、

ここで、ほぼすべてに共通しているのは、

貧しいけど、正直で礼儀正しく、親切、そして綺麗好き。識字率も高い。
そのうえ、笑顔で楽しそうに生活している



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「日本人はヨーロッパの先進国の人々ですら足元にも及ばぬほどの高い文化とモラルを持っている」

まずは、ここに驚いたようだ。


彼らの、それまでの常識から言えば、

また、日本以外のアジアの国々を見てきた経験から言っても
実際、日本にやってきた人たちは、日本以外の多くのアジアの国々だって実際に滞在したり見てきた人たちがほとんどで、初めての海外で、日本に来たという人は逆に少なかったという。


貧しいとは、惨めな生活と道徳的堕落を意味することであり、『絶望的な境遇』を意味する。= それが・・彼らの今までの常識

学問や芸術は恵まれた者だからこそ持つことがでくきるもの = それも・・彼らの今までの常識

貧しいものとは、

当然、見た目も汚い、不潔、
字なんか書けない、新しいものへ知的好奇心は無し、美的センスもゼロ

それどころか、カネをだまし取ることばかり、人のことなんか構っちゃレれない、嘘つき、怠け者が多い

貧しい人々は不幸、だから、そうなって当たり前、




ところが・・日本に来ると、見事にその常識が覆されてしまったそうだ!!

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さらに、
『人々は貧しい、しかし幸せそうだ』ってことにも、驚いたという。



貧乏人の美的センスについても、こんな記述がある。

旅をしていると、峠には茶店がある。
いずこも貧しい建物だけど、掃除が行き届き、旅人の目を楽しませるように、シンプルさの中にも上品な皿が飾られていたりする。

さらに、もっと貧しい茶店にいくと、今度は飾るものは何もない・・・しかし、峠の茶店はどこも絶景なのだ。

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もっとも美しい景色も見せるような位置に茶店は建てられ、旅人がそれを堪能するように、ちゃんと席も配慮されているのだ。
日本人とは、なんと素晴らしい美的センスを持つ人々だろう。
何も無くても、こうやって自然の中の美を取り入れてしまうのだから。





日本家屋は、実に簡素なもので、木と紙の文化だ。

しかし、木と紙、そこに取り込む、自然の光までを計算して作られているのだ。

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こういった美的センスに気がついた異国人たちは、これまたびっくり!

今までの、欧米の美学にはなかった感覚なのだ。



ドイツからやっていきた外交官、ルドルフ・リンダウ(Rudolph Lindau)は、紙と木の文明においては、日本人に優るものはないと言っている。

自然を取り入れ、日本人の生活はオープンでナチュラル、そして「大らか」なのだと述べている。



エンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)(ドイツ)は長崎・出島オランダ東インド会社の主商館付き医師として1690年(元禄3)に来日した人だったけど、彼は、

日本庭園は、その綿密構築された小宇宙そのものだ。

と彼の「日本誌」の中で述べたとか。



メールデルフォート・ポンぺJohannes Lijdius Catharinus Pompe van Meerdervoort,(オランダ)・・彼は、医者として来日し、松本良順をはじめとする医者や医学生を教育した人だったけど、

日本人は貧乏人ですら、原始的な道具、原則的な手段で不便を切り抜ける独創的な手段に富んでいる。

西洋人は理論からはじまり道具を作りだした後は、すべて道具に頼るだけになる。
しかし、日本人は現実的な物づくりの道具を作った後も、職人芸を用いて作業するこだわりがある。
彼らは手仕事だけで、先進国の技術を上回る。



とまあ、当時の「貧しい」日本人の美的センスや芸術面もまた、高い評価がされ、驚きの対象とされた。



庶民のビンボー人がこれなら、

武士階級やトップの将軍についてはどう思ったんだろう?


ヒュースケンは、江戸城における将軍との謁見式の感想をこのように記している。
     ↓

「日本の宮廷は、たしかに人目を惹くほどの豪奢はない。廷臣は大勢いたが、ダイアモンドが光って見えるようなことは一度もなかった。…しかし江戸の宮廷の簡素なこと、気品と威厳をそなえた廷臣たちの態度、名だたる宮廷に栄光をそえる洗練された作法、そういったものはインド諸国のすべてのダイアモンドよりもはるかに眩(まばゆ)い光を放っていた。」




日本人は最高権力者といえども、諸外国に比べると質素だったようだ。


唯一、日本人の権力者が唯一お金をかけるところと言えば・・

女たちの着物・・日本の女は着物好き、それと、せいぜい、それに合う簪(かんざし)くらい。

男ならば、武士ならば刀、その他、せいぜい、茶道具や書画骨董ってとこだろうか?
(国がひとつ買えるほどの茶道具もあったようだけど・・そんなものに美的センスを感じるのだって日本くらいだろう。)


食事だって粗末だったようだ。

将軍ともなれば、毎日が山海珍味でグルメ三昧・・なーんてことは決してなく、いつも鱚(きす)の焼き物ばかりだったなんて話もある。 しかも、出来立てが食べられるわけでもなく、いつも冷めてた。

目黒のサンマって話もあるくらいだから・・殿様の食事も想像がつく
目黒のさんま


将軍家だってそんなもんだったなら、万年ビンボーを強いられていた天皇家の食事なんて・・想像つくだろう。


つまり、日本の生活全体像は、こうゆうことになる。

トップクラスの最高権力者も、さほどの豪華な暮らしはしていない。

一般庶民はビンボーだけど、男も女も生活を楽しんでいる。
娯楽、芸術、教養もある。

作物は見事に実り、管理されている

街も完備されている





実際、とくに・・イギリスから来た人たちは、清潔な江戸の街にも驚いたそうだ。

当時の文明国イギリス、首都のロンドンも、テムズ川は排泄物などで汚染されていて不潔なことで有名。

ペストなど伝染病などの原因となってしまったわけだし、もちろん、下層民はひどい有様だった。


一部の貴族たちはこんなだったけど・・
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テムズ川は、臭くて臭くて・・もう最悪だったそうだ。

こんな風刺画があったくらい
  ↓
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これに対し、江戸時代の日本の川は綺麗。

なぜなら、まず排泄物の処理がきちんと管理されていたからだ。

排泄物が優れた有機肥料ってことで、ちゃんと高い値段で取り引きされていたのだ。
しかも、その価格も、江戸幕府が管理していたという。

まさに、エコロジーといえるかもしれない(笑)
もちろん下水道も完備、街中には水を引き込んで(大川のこと)、交通にも使う工夫がなされていた。


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たしかに、日本は類を見ない国だったことだろう。





それは、徳川政権が200年も続いて平和だったことも多分にあるかもしれない。

でも、それだけではないだろう。

戦国時代に訪れた、ルイス・フロイトや、他の宣教師たちでさえ、日本に対して似たような感想を述べているから。



異国から来た知識人たちは、日本だけでなく多くの国を見てきた人たちばかりだ。

中には、多くの世界を見分し、数か国語も話せるような人たちもいた。

こういった人々の公正で冷静な観察と判断からみても、

やっぱり・・
日本はどの国とも違って、類を抜いていた。


それは間違いなさそうだ。


世界中を旅して歩いた、イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird)さんという、英国人、女性旅行家、探検家、紀行作家、写真家、ナチュラリストという肩書を持つ人だが・・

Isabella Lucy Bird

彼女は日本奥地紀行で、このように述べている。


●私はそれから奥地や蝦夷を1200マイルに渡って旅をしたが、まったく安全でしかも心配もなかった。
世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと信じている。



●栃木県壬生町から鹿沼市の日光杉並木に至る例幣使街道では、よく手入れされた大麻畑や街道沿いの景色に日本の美しさを実感することができた。

湯元温泉にて、湯治客として滞在した際には、

●その宿屋(やしま屋)のたいへん清潔である様を、埃まみれの人間ではなく妖精が似合う宿であるとまで形容している。




一方で、彼女は、韓国併合以前の当時のソウルに関しては、こんな記述を残している。
   ↓

道は牛がすれ違えないほど細く迷路のようであり、家から出た汚物によって悪臭が酷く、北京を見るまで「ソウルこそこの世で一番不潔な町」だとし、「紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだ」「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい」と記している。

ソウルには芸術品や公園や劇場、旧跡や図書館も文献もなく、寺院すらない。

1897年(明治30年)、李采淵が、ジョン・マクレヴィ・ブラウンの提案のもとに、市内環境改善を行なってから、ようやく綺麗になった。




1897年(明治30年)まで、ソウルは、臭くて汚くて、ひどかった??

それは知らなかった・・・。


たぶん、「日本の文化はすべて韓国人が教えてあげた」と思い込んでる韓国人には大変申し訳ない話だけど・・

ようやく、ソウルは明治30年になって、外国人の力を借りて、やっと街を整備しクリーンにできたという事実を考えると、どうみたって、江戸時代の古~い日本の方が文化的にも目覚ましいものがあったのことだろう。


ついでに、もうひとつ、韓国における、イザベラの記事を紹介すると・


釜山に上陸したときの記録に、

「高台にある外国人居留地の周りの杉林が1592年からの文禄・慶長の役の際に豊臣秀吉日本軍による植林によるもの」と記されているそうだ。

また釜山の旧市街もまた、同じく文禄・慶長の役の占領の際に、

「砦はとても古いものの、中の市街は三世紀前の構想に沿って日本人の手によって近代化されている」という記述もあるようだ。


ということは・・あの、豊臣秀吉が朝鮮半島に攻め入ったときの話じゃないか~!@@

まーったく知らなかった~!


彼らは、海外の戦地に来てまで、そーんなことまでしてたのか~!とびっくりさせられる。


そりゃ、敵である朝鮮人のためにしたわけじゃないだろう。
おそらく、自分たちのために砦を整備し、植林しただけ
なんだろうけど・・・

どんな苦境の中でも、「創意工夫をして暮らしやすくする」というのが日本人の特質・・

それは、こーんな昔からあったのかもしれない。




実は、似たような話を、私はアメリカに住むようになってからLAの日系人の老人会の人たちから聞いたことがある。


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太平洋戦争時、カリフォルニアの日本人は財産没収の上捕えられ、みんな捕虜収容所に送られた。

そこは、砂漠の中の不毛な土地で何もない、しかも、明日はどうなるかもわからないような絶望の状況の中で、

わずかしかない食料を増やすために、彼らは工夫を重ね土地を開墾し、ついに広大な畑を作り上げた。

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また、粗末な小屋を立派に改築し快適な暮らしに変え、子供たちのために学校も作ったという。

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日本人全員が働き、不可能と思われたことがどんどん可能になっていく。

はじめは、バカにして笑ってみていたアメリカ兵たちも、これには感嘆したという。

この絶望の捕虜生活で、日本人は、どうしてこんなことができたのだ? と・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういったことを思い出すと、彼ら外国人が見た、当時の日本は、やっぱり、そのとおりだったのだろう。

そう、思わざるを得ないのだ。


私は、子供の頃から、アメリカをはじめとする欧米諸国こそが進歩した国だと教わってきた世代だ。

考え方も技術も文化も、欧米諸国は先進国と呼ばれ、日本より勝っている国なんだと。


時代劇を見れば・・必ず、身分制度があって、男尊女卑で、常に農民は悪代官に虐げられ、武士だけが威張り腐って・・豪商とつるんだ悪大名がいて、女は子を産むための道具扱い・・・なーんてものばっかりだったし・・(笑)


文化も技術も遅れていて知識レベルも低いし、庶民はバカばっかり・・・と思い込まされてきたのかもしれない(笑)


それに比べて、
イギリス貴族は、騎士道精神があってレディーファーストだし、アメリカは人民による人民の国の平等な国だ!と、思っていたのだ。

あーあ~


ところが、大人になってだんだん知るようになると・・そういったものが、ボロボロと剥がれていく。

どーこが、レディーファーストだよ!人前でのカッコだけじゃんかよ!と。

どーこが、平等だよ!同じ白人だけが平等なだけだろーが!と。


そういった各国の真実が見えてくればくるほど・・・むしろ日本の方が、はるかに精神的に平等だった気さえしてくる。


階級制度があり、身分としてのトップの武士階級には、様々な制約に縛られ、場合によっては切腹しなきゃならないような命がけなことも多かったわけだし・・

逆に、最も階級が下だった商人はかなり・・自由だった。

百姓も職人も・・貧しくても、お天道様と米の飯がついてくるんだったら、それでいいんじゃね?

侍はオイラたちと比べれば、色々と大変だもんなあ
・・と、思ってたフシもある。


「分を知る」という言葉があったけど・・それは、そうゆう意味だったのかもしれない。

彼らは、身分の上の者や裕福な者を羨んだり妬んだりしない。

運命さえも、呪ったりしない。

自分の与えられた分の中で、せいいっぱい仕事し、せいいっぱい生き、せいいっぱい楽しもうとしたんじゃないだろうか?





そうでなければ、ビンボーなのに幸せってことに説明がつかない!

私にもわからないのだ。

現代に生きる私もまた、当時の外国人同様に、日本という国にカルチャーショックを感じるだけだ(笑)



サー・エドウィン・アーノルド(Sir Edwin Arnold)、この人は、イギリス出身の新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、東洋学者、日本研究家、仏教学者、詩人という肩書を持つ人だ。

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明治22年に東京で開かれた、ある講演でこう語っている。
     ↓

日本は、地上で天国あるいは極楽に最も近づいている国だ。

その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、

その神のように優しい性質はさらに美しく、

その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙譲ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。




こkれは、決してお世辞ではないだろう。

彼は、本当に、そう思っていたことだろう。


彼のように、当時の日本にやってきて、親日家になってしまった人は多い。


前述したエドウィン・アーノルドも、アーネスト・サトウ(Ernest Mason Satow)も、親日家だ。

ちなみにアーネスト・サトウはイギリスの外交官で、イギリス公使館の通訳、薩長の大物たちとも会ってる人物。
   
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ほう、今見ても・・なかなかのイケメンかも。

「サトウ」といっても、日本人じゃないからね~。
当時スウェーデン領生まれドイツ系人だった父の姓だった」とか。


もう一人、ラフカディオ・ハーンという文学者もいた。

彼らは、親日家のあまりか(笑)、日本人を妻にし、もちろん・・帰国時にも連れ帰ったり、また日本に残した妻子にも生涯面倒を見ていたという。

ラフカディオ・ハーンさんは、日本に骨をうずめたそうだけど・・。



こういった日本の姿は、本当に私の祖国の日本のことなんだろうか?

なんだか今の私には、時空の違うところ、別次元に存在する日本という名の別の国に思えてならない。
(まさに、このタイトルのとおり)


最後に、ヒュースケンさんが言った言葉をもう一度引用しておこう。

おお、神よ!
この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋人の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない


これはまた、

フィリップ・シーボルト(ドイツ)Philipp Franz Balthasar von Sieboldの残した言葉とも共通する。

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ご存じ医学者であり博物学者として、日本人青年に医学と自然科学の目を開かせた有名なシーボルト先生。

彼には、20冊もの『日本』という膨大な著書があり、

日本人はことに生国をこよなく愛し、祖先についても尊敬を払っている。

従って歴史と伝統に限りない崇敬をもっているし、日本人の生活法、風俗、習慣、宗教というのはヨーロッパのものと異なっているので、ヨーロッパのような様式を強制することは全く無意味であり不可能である。

日本に対して武力や威圧によって近づいてはならないし、開国を求めてはならない。



とまで、言い切っている。


彼らが予言したように、日本という国は西洋諸国に飲み込まれていってしまったのだろうか?


だから・・・私には、そんな日本がみつからないのか。

タイムスリップして、パラレルワールドに迷い込まない限り、そんな日本はどこにも存在しないのだ。


そういうと、日系アメリカ人の友人が言った。

「そんなことないよ!
今の日本人にだって、ちゃんと、そういったDNAが受け継がれているんだよ。

だって、地震や津波で大災害に見舞われても、暴動を起こすどころか規則正しく順番を待ったり、人助けをする人だって多かったでしょう?
それに、みんなが力を合わせて、あっという間に復興しちゃったでしょ?

これがアメリカだったら、すぐに暴動・略奪になっただろうね。
それでいて、ショックから立ち直れない人も多いから、復興なんて10年たってもできないだろうしね・・それがアメリカなんだよ。

それに比べると日本人のDNAはすごいなあ!

ただね・・きっと、いざっていうときにならないと、今の日本人には、出てこないのかもしれないけどね~(笑)


それでも、それでもだよ・・
私にもあなたにも、そのDNAは受け継がれているんだよ。 確実に!」


彼は笑顔でいっきに言い切った。

2018年の花火

明けましておめでとうございます。

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新年といえば、カウントダウンに花火

私のNew Yearは、ずっと家に籠ってましたが・・せめて動画で各国の花火でも見ようかと・・。

オーストラリア
   ↓


ドバイ
 ↓

なんだか・・ラスベガスのアトラクション花火みたいだけど・・

ついでに、日本の花火
  ↓

ただし・・これはNew Yearの花火じゃないです。
もう・・アートを意識して作ってますね~。



花火というのは・・火薬と金属の粉末を混ぜて包んで、火を付けて、燃焼・破裂時の音や火花の色、形状などを意図的に演出するもの。




最初に考えた人はエライ!と、つくづく感心してしまいます。。。


花火の歴史は、古代中国の狼煙にだったとかで、かなり古いようですね。


それが、ヨーロッパや日本にも伝わったそうで・・


1532年、ヘンリー8世は王室軍隊の花火師を徴用するための規則を定め、戴冠式や王室の結婚式、誕生日などでテムズ川で水上花火を楽しんだという記録がある。




日本では戦国時代に、新しもの好きの大名によって、花火デモンストレーションもあったようです。



ただし、現在のような花火大会の元祖となったのは・・

「徳川吉宗」さんの、享保18年(1733)「両国花火」だったとか。
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両国というえば、「水神祭」

川開き、灯篭流しなどでも有名ですね。


享保18年(1733)、この前年は全国的な凶作で百万人近い餓死者が出た上に、江戸の町でも打ち壊しが発生。
さらに、コロリ病と呼ばれる伝染病が流行り。

もう、さんざんな年だったそうです。

そこで、

多くの死者の霊を慰めるため、

「慰霊と悪病退散を祈願」し、花火が打ち上げられたということです。


花火の音とともに、悪霊退散!!

ど、どーーん!


そうゆうことだったんですね~(笑)

日本の花火には、

鎮魂の祈りがこめられている

悪を退散させて、生命力と希望を与えてくれるエネルギーをゲット



という目的があったようです。


たしかに・・花火って、ただ、見てるだけじゃあ、感動があんまりないんですよね~。

これは、私が身をもって体験してる(笑)


私は子供の頃から花火大会には何度も行ってるんだけど・・ああ、キレイ!と思っただけでした。

なんせ・・日本は人が多くって・・。 
人込みがすごかったんで、遠くから見てる方が多かったんですよね。



アメリカに来てからですが、

花火をあげている、ほぼ真下で見学する機会がありました。

どーーんという大地を揺らすような大迫力。


真上を見上げると、空一面の花と星、
それが、星屑となって散っていく・・

世界がそれだけになるんです。


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すっごく感動しました!

あとで・・首が痛くなったけど・・・。

みんなビニールシートを敷いて、まるでお花見みたいに、花火見学するんですよ。
地面に寝かされたまま、空を見てる赤ちゃんが羨ましかったもんです。。
あ、あの方法があったかと!(笑)



そのときはじめて、

「音」と「振動」が無ければ、花火の醍醐味は味わえないってことがわかったんですね~。

つまり、花火はライブに限ると!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


鎮魂の祈り、悪霊退散、そして、生命力と希望を与えてくれるエネルギー

水神の水、そして、花火は火


そう考えると、日本の花火って、実に、スピリチュアルなものかもしれません。



年末年始の花火は、海外のお祭り騒ぎの習慣に過ぎないけど・・・それもまた、良い事かもしれませんね~。

どうか、良い年となりますように~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここからは、全くの余談なんだけど・・

花火と言えば、私は、いつも・・・あたごおる物語の中に出てきた、「紅まぐろの骨の花火」を思い出す。

人間と言葉を話すネコ族が共存する、あたごおるの森が舞台になってる、ファンタジー漫画、「あたごおる物語」

物語の主役は、デブで細目、黄色い毛並みのお騒がせ猫、ヒデヨシ

ヒデヨシは、「カタツムリ程度の脳みそしかない」と言われるほど、、超おバカで記憶力もゼロに近いくせに、ワルなのだ。

同時に、常識を超えた最強の非常識ネコでもある。
    ↓
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その物語の中に出てきた、超特大級の花火。

骨になった、紅まぐろの花火が夜空に上がるシーン。

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なぜか、これが印象的で・・花火と聞くたびに、懐かしく思い出してしまうのだ。

明晰夢をみますか?

ここ2回続けて、私がみた夢の話をアップしました。
     ↓

クリスマスの朝、アルフレッドの夢をみる

またも夢から「坊ちゃん」の感想文と父の思い出にとぶ


最近、なぜか・・夢というものが気になってきて、ここらで徹底的に調べてみようかな~と思い立ちました。
単なる私の好奇心からでたマイ・ブームみたいなもんですが、まあ、ちょっとお付き合いください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

色々調べていくうちに、

まず、

私が見ている夢は明晰夢だったんだ~、ってことを発見しました!!


「明晰夢」という言葉は知ってたんだけど・・私は、それを勝手に勘違いしていて、

明晰夢とは、はっきり=クリアーに見える夢のことだと、思ってたわけです。


そうじゃなかったんですね~。(←勝手な思い込みってヤツ)


明晰夢(めいせきむ)とは、夢の中でそれを夢と自覚してみている夢のこと
だったんですね~。

じゃあ、いままで私が見ていた夢のほとんどが明晰夢だったんだ~と、

いまさらながら、知ることができました。 ☆(''▽`)☆


でも、こんなことは誰にでもあることじゃないのかなあ?

別に特別なことでもあるまいに~、って気もするんですが・・・。

どうなんでしょう?

一般的には、あんまりないのかなあ?

ネットで調べると、「明晰夢を見る方法」なんてのも載ってるくらいだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、
いつから私は、夢を夢だと気づいて見るようになったんだろう?

記憶の糸をたどっていくと、かなり幼い頃にたどり着きました。


私は寝るのが怖かった!時期が続いたことがあって・・

えーと、幼稚園~小学校の低学年頃だったかなあ。


寝ると必ずといっていいほど悪夢をみて 怖いよ~!と目を覚ましてしまうんですよ。

そりゃあ、寝るのが怖くなる。

寝る前には

「怖い夢、見ないよね~。 大丈夫かなあ?」と毎晩のように親に聞いてた記憶があります。

「大丈夫!足を曲げて寝ると怖い夢を見るから、まっすぐにして寝なさい。」って言われたもんです。

そこで、絶対曲げるものか!と、力んでまーっすぐにして寝た記憶もあります。


それでも、やっぱり怖い夢を見てしまって、

は!と目覚めると・・・やっぱり足が曲がってたり、足を立ててたり・・

あ~、だから、また、怖い夢見ちゃったのか~!

そして、必ず、親を起こしにかかる私。
「怖い夢見ちゃった! もう、寝るのは嫌だ~!」と、泣きついたもんです。
(親って大変なもんですね~)


「ただの夢よ。夢なんだから怖くない、怖くない。 さあ、また寝ましょう。」
と、優しく言ってくれたもんです。(←自分が眠い! ガキに起こされたくないだけだったんだろうけど・・・。)


仕方ないんで、またもや足を踏ん張って、ぜーーたいに今度こそ曲げるもんか!という気合を入れて寝たもんです。

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そんな時期があってから、ある時のこと、

またもや、怖い夢をみました。

ところが、今度は怖い夢を見ている途中で・・

「あ!これは夢だ! 私、夢を見てるだけだ!」と、気がついたとたん、目が覚めました。

そう、それからというもの、怖い夢を見ても、「あ!これは夢だ!」と夢の中で気がつくようになって、いつでも怖い夢から抜け出せるようになったわけです。

これは、実にラッキー!

自由自在に怖い夢をストップできるようになったんですから。


それからというものは、寝るのがち~っとも怖くなくなったし、また不思議なことに、怖い夢を見ることさえもなくなっちゃいました。



その後は、「怖くない夢ばかり」になったわけです。

それどころか、夢を見ている最中で、
「あ!これは夢だなあ、でも、この先を、もっと先が見たいから、このままにしておこう。」と、思うようになりました(笑)

今でもそうですが・・・。


私がアップした前回の夢の話、アルの夢と坊ちゃんの夢もまた、明晰夢です。

夢の中で、夢だと気づいているし、この先どうなるのかが気になるから、そのまま夢の世界に身をゆだねていたってカンジです。
(「夢の中に身をゆだねた」ところで、残念ながら、途中で終わっちゃうことも多々あります。)


アルの夢のときなんか、「ここどこだろう? もうちょっと上から見てみよう」と、上空に浮遊したわけで、
「夢って便利だよな~、こーんなこともできるんか~!」と、ちょっと嬉しい気分も味わいました。
もちろん、それも夢の中で。



明晰夢とは

●夢の中でそれが夢と気づいていること

●夢を意図的にコントロールできるようになる

●明晰夢になった途端に夢が現実と全く同じレベルのリアルさになり、視覚、感覚、聴覚、味覚、臭覚を体感できる




それを、自分自身に当てはめてみると、

●夢の中でそれが夢と気づいていること・・・これはOK

●夢を意図的にコントロールできるようになる・・これは、まあ、上空から見てみたい!と思って、それができたんだからOKなんでしょうね。

ただし、私自身はあまり、夢を自分の望みどおりにコントロールしようと思ったことがないです。

悪夢の場合は怖くて見たくないからリセットして目覚めてしまうんだけど・・・これは実際に子供の頃にやっていたことだけど、

悪夢を見なくなってからは・・

夢が、この先どうなるのか見てみようという好奇心の方が強くなってしまって、そのままにしておく、ようになりました。


●明晰夢は現実と全く同じレベルのリアルさ、視覚、感覚、聴覚、味覚、臭覚を体感できる・・・これに関しては、あまり気に止めたことがないし、現実と比較して考えたことがないんでわからないんです。 

しかし、夢の中で感動することがあります。

ああ、なーんてキレイな色なんだろう!とか、なーんていい匂いなんだ!などと。

よく、色つきの夢を見るかどうか!て聞かれたこともあるけど、私の場合は、
うーーん・・よくわからないんですよね~。

すべての色を自覚してるわけじゃないけど、気になる部分だけは色が見えます。


これはなんだ? と思うと、桃の花で、ピンク色がきれいだなあ・・と色を感じるわけです。


日常においても・・日常には色がついてるのが当たり前だから、それを普段は意識してないですよね。(←そんなの私だけだったりして・・)

でも、特別目に飛び込んできた色だけは、しっかり脳に焼き付いてる・・そんなカンジです。


たとえば、

女の子を意識してると、こんなふうに見えたり、

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映画 シンドラーのリストより


また、ピンクの煙だけが見えたり

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黒澤明の天国と地獄のシーンより

むしろ、この方が煩くなくっていいような気がする・・・ので、自分が望んでこうゆう光景の夢をみてる!ってことなんでしょうかね?



もちろん、全体が色付きシーンのときもあります。

あら~、田舎の景色だなあ~と思ったときは、こんなふうに見えました。(全体がカラーになってみえる)

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私は、無意識に映画監督にでもなったつもりで夢をみてるんですかね?(笑)

みなさんは、どうなんでしょうか?




さて、明晰夢をみるメカニズムは、Wikiによれば、

「脳内において思考・意識・長期記憶などに関わる前頭葉などが、海馬などと連携して、覚醒時に入力された情報を整理する前段階(夢)において、前頭葉が半覚醒状態のために起こる」


だそうで・・・


寝る前に考えていたこと(思っていたこと)が、夢に現れたり、日頃無意識で心配してることが夢に現れるってことは、よーくあります。


私の場合、ネコがいなくなって探し回るって夢、けっこう多いんですよ~。

それも、現在のネコじゃなくって・・10年以上も昔に飼っていた猫たちが登場することが多いんですね。

このネコたちは病気と事故で死なせてしまっていて、心の奥に後悔と自責の念があるのかもしれません(←自己分析してみたところ)

それが夢となってときどき現れる、

つまり、心的トラウマ、「思い癖の夢」なんでしょうかね。



そして探し回る夢とか、ウロウロ歩き回ってる夢をみるときは、ほとんどいつも、

不思議な世界に入り込んでしまうんですよね~。


ちょっと暗くて、地下のような・・しかも迷路のようになってるところ。

この画像が一番近いような気がします。
     ↓
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進撃の巨人、悔いなき選択より


ここは何度も何度も、夢に現れてるような気がします。

どこだかさーーぱりわかりません。




夢には3つのパターンがあるそうです。

1.肉体的な夢・・・大岩の下になってしまって、重~い!と必死に岩から這い出そうとしてる夢、目覚めてみると、デブネコが胸の上に乗ってた。

まあ、こんなケースです。

2.思い癖の夢・・・日頃の心配ごとを夢で見たり、または、過去のトラウマも夢となって現れるようです。

3.霊的な夢・・・予知夢だったり、霊的メッセージだったりする夢



1と2の夢は、よくありがちなんだけど・・3の夢は、私にはよくわかりません。
見ているような気もするし、見てないような気もするし~。


サイキックの友人の中には、3の夢を見る人も多く・・

ある女性は、妊娠中に男の子が出てきて、僕はこれから生まれるよ!僕の名前はXXXだから、よろしく!と言われたそうな。
なんで、自分で名前を言ってくるんだ! 名前は親がつけるもんだ!と思いながらも・・指定された名前をつけたんだとか(笑)
 
また、金星からやってきた人がメッセージとして予知夢を見せてくれたとか・・
この方は、日頃から、UFO目撃も多い人でしたけど。

そんな話はいっぱい聞かされてます(笑)




実は、もうひとつ、興味深い夢があります。


友人のホセ君に、ある日、こんなことを言われたことがありました。

「オマエのせいで、ひどい目にあったんだ!」

なんのこっちゃ!と聞いてみると、珍しく昨夜は夢を見たんだとか。

注: 彼は平均睡眠時間が3時間ほどなので、めったに夢を見ることがないそうです。



なのに、たまたま見た夢が、私とともに剣を持って戦ってる夢だったそうです。


剣といっても、日本の刀ではなく、こんなカンジに近かったようで・・

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スターウォーズより


大勢押し寄せてくる敵を私と二人で迎え撃ってる。

つまり、我々二人は味方同士で、大勢の敵と戦ってる。


そのうち、かなりハイテンションになった私が、くるりと回ったり超派手なアクションで剣をふるいだす。

そのまま、ホセの片腕を、すぱーと切り落としちゃった・・・だそーです。


「ひどいじゃないか!」
と、彼が怒ると、

私が、「ごめんごめん! 間違っちゃった~! ま、腕の一本くらい平気、平気!」と平然といって、また敵と戦いだしたとか。



「まったく~、乱暴にもほどがあるぞ!」と、彼は怒ってました。

現実の中でも、怒られました。。。


いやあ、そりゃ、夢だよ。 夢なんだからさ~、と言いながらも、いちおう、その場は誤ったのですが・・・



そう言われて・・・ふと、気がつくと、

そうゆうシチュエーションの夢、私も見た気がする。
本当に、私・・夢の中でやっちまったかも・・


と、思ったわけです。



最近はあまり見なくなったけど・・一時は何度も戦う夢ばかり見てました。


目が覚めた瞬間、

「あ~、疲れたなあ。 昨日はずいぶん敵が多かったからな~。」と、思ったころもありました。


どの夢の中で、ホセの腕を切り落としたかどうか、はっきりした記憶はないんですけどね~。


ただ、ホセからその夢の話を聞いたときに、あれ? たしかに・・そんなことがあった気がする!と思ったのは事実です。



これは、二人で同じ夢を見てたってことなんでしょうかね?

シンクロニシティー?



シンクロニシティーといっても、必ずしも、同じ日の同じ時刻に同じ夢を見るってことではなさそうです。

日にちと時間は違っても、同じ夢を共有することもあるのかもしれませんね。



残念ながら、今まで私は夢を記憶しようと思ったこともないので、詳しいことはさっぱりわかりません。
(なんせ忘れっぽいくせに、メモを取るのもめんどくさがる性格なもんで・・)


なので、このバトルの夢にしても・・

なぜ、そこで戦ってるのか?
そこはどこなのか?
敵の正体は?


さーーぱりわからないつーか、覚えてません。



ホセにも状況を聞いてみたんですが、彼にもわからないようでした。

ただ、私に腕を切り落とされて、大したことじゃない!って言われたことに超ムカついて、そこしか覚えてないんだとか。

やれやれ。



私は、前々から、スターウォーズという映画に、なんだか、ただの映画とは思えないようなリアルさを感じてしまうんだけど、

これって、なにか私の夢と関係があるんでしょうかね~。




もう一つ、

「夢の中で1つの夢が覚めても寝ていて、今見た夢を思い返す夢」って経験があるんですが・・皆さんはいかがですか? (←説明が下手すぎ?)

えーっと、具体例を挙げると・・

それは、母が迷子になってしまった夢だったんですが、もちろん、それも明晰夢なんですが・・

その夢は、母が見つからないまま終わるんです。


その夢が終わったのに、私はまだ眠った状態なんです。

そして、眠ったまま、

「今の夢でしたことは私が悪い!」と、今度は夢の中で反省してるんです。


あのとき、私は真剣に母を探してあげなかったなあ。

めんどくさいなあ、自分で帰ってくるだろ! と、いい加減な気持ちが働いてしまったのだ。

あ~、私って最低! なんて冷たいヤツなんだ~!
と、夢の中で、私はメチャメチャ後悔しながら反省してる。


それから、しばらくたって、今度は本当に夢から覚めたってわけです。



夢から覚めて、

これから二度と、あんないい加減なことはしないようにしよう!と、またも、心に誓いました。

こうゆうのも何度かあります。


日本語のインターネット上では、

明晰夢を見続けると、そのうち、夢だか現実だかわからなくなっちゃうんじゃないの~!って心配したり、明晰夢は危ないもの!というような声もいくつかありました。

でも、私なりには、

そこんとこは、大丈夫!

ちゃーんと夢と現実の区別はついてます。


そもそも、この現実だって、夢のようなものかもしれませんしね。(←おいおい!すでに危ない。)




チベット仏教においては、ドリームヨガと呼ばれるものがあるそうです。

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ひとことで言うと、

明晰夢を見ることで精神の修行をするということのようで、

私たちは目が覚めている時、肉体・感覚によって「心」を波たたせながら生活していることが多く、もともと私たちの持つ自己の本質(アートマー)は、揺るがないものにもかかわらず、道具であるはずの肉体や感覚、潜在意識によって心は日々揺れ動き、波立たされている状態になっている。

それを明晰夢を見ることによって、瞑想的体験をして、自己の本質を知ることに近づけていく



という試みのようです。(←具体的なことまではわかりません。)




さらに、科学的アプローチとしては、心理学上の「夢の研究」は昔から、ずいぶんありますよね~。

ただし「明晰夢」という名称は、20世紀になってからオランダの精神科医 Frederik van Eeden氏によって名づけられただそうで、

スタンフォード大学のDr. Stephen LaBergeは、1987年にLucidity Insitute(明晰夢研究所)を設立したそうなんで、わりと近年になってからのようです。


なんのために研究するかというと、

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を持つ人は、悪夢を見ることが多いので、それを取り除くための研究だったり、
精神疾患者の治療に用いるため、というのが一番多いようです。

前頭葉に2~100ヘルツの微弱電流を流すと、高確率で明晰夢がみられることが証明されているとか。

ただし薬物やウイルスなどによっても、明晰夢を引き起こすこともあるそうですが・・。(そりゃ、ちと違うだろうけど・・)

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チベット仏教は、己を知る修行として、1000年も昔から利用していたことを考えると歴史の重みが違うもんですね~。


実際に、tibetan dream yogaとか、lucid dreaming なんてワードで検索すると、いっぱいヒットしてきます。
なぜか、英語でヒットする方がメチャメチャ多いです。。。



さて、私のような明晰夢をみることで、それが精神修行になってるのやら??

たぶん、ただ見てるだけじゃダメなんでしょうね~(笑)


そもそも、明晰夢の研究というのは、心理学的にも、生物学的にも、また、心霊学的にも、確かなことが解明されてるわけじゃありません。

いまだに謎の1つになってます。(謎なんて・・山ほどあるうちの1つでしょうが・・)

世の中、まだまだわからないことだらけ~。



ただ、これだけは、私にとってプラスになってる気がします。

★子供の頃のような悪夢から解放されたこと(恐怖は自分で作りだすもの、自分でリセットできる)

★夢の中で反省したことは、しっかりと心に刻まれる(←現実の中で反省したことの方がすぐ忘れて同じことを繰り返しちゃう)

★新しい何かを知るきっかけになる(←先日のアルの夢とか、坊ちゃんの夢のように)




今後は、私もなるべく夢日記なるものをつけていこうと思います。

ひょっといたら、何か発見するかもしれませんからね。

またも夢から「坊ちゃん」の感想文と父の思い出にとぶ

なんだか、前回の、アル君が登場した夢をみてからというもの、夢というものが気になりだした。

そこで、またもや、見た夢を忘れないようにメモしようと思ったんだけど・・今朝は時間がない!

すぐに飛び出さなきゃ遅刻だ~!

それでも、2つ3つ、走り書きのメモをとって大慌てで飛び出していった。

・・・・・・・・・・・・

仕事から戻って、なにげにテーブルの上を見ると、こんな走り書きのメモがある。

「蜜柑の木があるところ」
「・・・ぞなもし。」という方言
「田舎はきらいじゃ~」


なんだこりゃ! (←自分で書いたんだろーが!)

ああ、夢の断片を書き留めたんだったな?

きのうは、なんだか、長い夢を見てた気がするんだけど、さっぱりストーリーは思い出せない。

ストーリーは思い出せないくせに、言葉に出来ないような、リアルな感覚だけは覚えてる。


リアルな感覚・・

これを、いったい・・どうゆうふうに説明したらいいんだ?
(別に、こんな訳わからんものを、みなさんに説明するつもりはないんだけど・・自分に説明したがってる。。)


いきなり、

ああ! そうだ@@
これって、「坊ちゃん」だ!

夏目漱石の「坊ちゃん」
これだ~。


なんで、そこに飛ぶかな~?

なにがなんだかわからないけど・・
とにかく、そーなのだ!

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明治39年、坊ちゃんの初版本↑ タイトルの漢字は、「うずらかご」と読むそうで、この中に、ぼっちゃん、二百十日、草枕が入ってるそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔々、私は夏目漱石さんにはまった頃があって、もちろん、「坊ちゃん」も読んでる。

こっちの方は、ストーリーはよーく覚えてるくせに、そのリアルな感覚が思い出せない。

どっちにしても、中途半端だ。 とにかく私は記憶力欠乏症なのだ。


それじゃあ、夢の正体を探るためも兼ねて、もう一度「坊ちゃん」を読み返してみよう!と思った。
   ↓
青空文庫 坊ちゃん

便利のもので、今は、オンライン上でタダで読める。
アメリカだと日本の本屋って・・・ブックオフくらいしかないし~、遠いし~。


・・・・・★★・・・・・・・

いやあ、イッキ読みしてしまった~。

もう一度、余韻に浸りたくなって、今度は、「朗読で聞く・坊ちゃん」というのが、youtubeに上がってたので、聞きながら寝ることにした。


風間杜夫さんの声で、なかなか上手な朗読だった。
ただし、これ・・上と下の間の数ページ分が抜け落ちてて、不完全。時間の都合かなんかで、あえてカットしたのかな? 



本を読んで朗読を聞いてるうちに、亡き父のことを思い出したりもした。

父は、下町育ちの江戸っ子。
外の顔は上品な紳士を気取ってたけど、酔っぱらうと、早口のべらんめえ口調になる人だった。


昔の東京人は、早口なのだ。

江戸っ子(下町育ち)気質
    ↓
●べらんめえ口調
●竹を割ったような性格(ストレート)で、単純
●意地っ張り
●金離れがいい(金に執着しない)
●議論が苦手
●喧嘩っ早い(議論が苦手のせいか、先に手が出るのかも・・)
●駄洒落が多い
●人情家で涙もろくて、正義漢
●東京が一番だと思ってる人が多い、ほとんど旅行しない
●粋であることが大事(独自の美意識やこだわり、を持ってる)



これの、ほとんどが、私の父に当てはまるし、この、すべてが主人公の坊ちゃんに当てはまるのだ。

しかも、夏目漱石の文章って、軽妙なリズムがある。
そうそう・・そこが、昔から好きだったとこでもある。(←ようやく、思い出してきた。)


とくに、この「坊ちゃん」は、口語体で、江戸っ子の坊ちゃん本人がしゃべってるように書かれているので、
実に明快な文体になっている。

それでいて、なんともいえない、おかしみがあるし、歯切れがよくって、サクサクしてる。

こんなのは、三島由紀夫さんには、絶対書けないだろうなあ、と思う(笑)


同じ文豪と呼ばれる人であっても、まったく持ち味が違うのだ。

漱石さんが、キリっとした蕎麦とカラッと上がった天ぷら和食なら、三島さんは、芳醇で濃厚なベシャメルソースを使ったフランス料理だ。


だけどなあ、これ、今の若い人たちが読んでもわかるかなあ?
坊ちゃんは、口語体だし、わかりやすい方だとは思うけど・・・。

なんせ、明治時代の言葉だし、文化も違うからなあ。

ジェネレーションギャップは、大きいのだ。


じゃ、私は なんでわかるんだ?
しかも高校生の頃から?

たぶん、江戸っ子の父親を持っていたせい。

それに、子供のころから近所のじいさんたちの話を聞いて育ったせいかもしれない。(←なんて育ち方をしちまったんだろ!)


「昔はね、旅に出るというと・・必ず、箱根より手前か先かと、考えたものだよ。
江戸っ子にとっては、箱根が基準になっててね、箱根より遠い場合は、もう二度と会えないかもしれないと覚悟したもんだよ。」


ある、じいさんに、子供の頃、こんな話を聞いたことがある。


それが、ちゃーんと、「坊ちゃん」の作中にも出てきてたのだ。
   ↓
坊ちゃんをひどくかわいがってる、キヨという家政婦に、松山に中学教師として赴任する話をすると、
キヨは、「坊ちゃん、そこは、箱根より先なんですか?」と聞くシーンがある。

飛行機も新幹線もあって、ケイタイですぐ連絡がとれる時代の人には、意味不明、「だから、何?」かもしれないけど・・

そこには、「箱根より遠くに行くんじゃ、ひょっとしたらもう、二度と会えないかもしれない」という悲しい思いがあるのだ。


それに、単語だって、現代とはちょっと違うニュアンスで使われてるものも多いし、
また、さっぱり、知らない単語だって出てくる。(←そりゃあ、私だって、いちおう昭和生まれですからね~。)


たとえば、こんなシーン

下宿屋のおばさん : 「そりゃあなた、大違いの勘五郎ぞなもし」
坊ちゃん :「勘五郎かね。だって今赤シャツがそう云いましたぜ。それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門」



大違いの勘五郎(かんごろう)?
嘘つきの法螺右衛門(ほらえもん)?


何しゃべっとるんじゃ~!!

たぶん、想像するところによると・・

「おそれ入谷(いりや)の鬼子母神」
「その手は桑名の焼き蛤」


とかってのと似たような感覚なんじゃないかな?

江戸っ子特有のダジャレ、または、掛け言葉?とでもいうのかなあ。



つまり

「そりゃあなた、大違いですよ。」

「じゃあ、赤シャツは嘘つきだ。」


で、すんじゃうところを、あえて、そんな言い方をしてるだけなのだ。


それを、寅さんふうに、言えば・・

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「結構です」というのを・・結構毛だらけ猫灰だらけって言ったり、

「ありがとう」というのを・・「ありがた山のほととぎす」

こうゆうのは、講談とか落語からの言い回しも多いんだとか。


たしかに、こんなのは、若い世代には、ちーっともわからないだろうし、説明されたところで、これのどこが面白いの?って言われちゃいそう。

たぶん、寅さん映画だって理解できないかもしれない。。。



じゃあ、ここで思い切って、明治時代の人がタイムスリップして現代に来たとしよう。(←おいおい!ありえないだろ@)

彼らが、現代人のお笑い番組をみても、これのどこが面白いの?ってことになるんじゃないかな?

明治時代からのタイムスリッパーたちには、夏目漱石は理解できても、現代の文豪作品は、きっと理解できないはずだ。


『僕は髪も染めていないし、ピアスもつけていない。清潔なラルフ・ローレンの白いポロシャツを着て、
やはりラルフ・ローレンのクリーム色のチノパンツをはいて、新しいトップサイダーのスニーカーをはいている。』
海辺のカフカより


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とか、


私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。
世界の終わりとハードボイルドワンダーランドより


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ああ、絶対無理だろーな~。

ピアス、ラルフローレン、チノパン?ボブ・ディラン???
髪を染めるって・・若いのに白髪になっちゃったの?




我々が、太宰権帥(だざいごんのそつ)や河合又五郎(かあいまたごろう)を知らないように、そんな単語はさっぱりわからんのだ。


うらなり先生が学校命令で左遷させられるのを聞いて、坊ちゃんがこんなことを言うシーンがある。
    ↓

当人がもとの通りでいいと云うのに延岡くんだりまで落ちさせるとは一体どう云う了見だろう。
太宰権帥(だざいごんのそつ)でさえ博多近辺で落ちついたものだ。河合又五郎(かあいまたごろう)だって相良でとまってるじゃないか。




知らないなりにも、たぶん・・昔の左遷された人か流刑された人なんかな~という想像はできる。

大宰権帥_Wikiより

河合又五郎_Wikiより


お互いにジェネレーションギャップがあれば、わからないのも仕方ない。

でも、仕方ない・・と言ってしまえば、

同じ時代、同じ国、同じ地域、同じ学年といったように、自分と同じものしか受け付けられなくなってしまう。

世界がどんどん、縮こまることになりはしないか?

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ここはひとつ、現代の世代の方々も、過去からタイムスリップされてきた方も・・まずは、想像力を働かせてお互いを理解しようと務めるべきじゃないだろうか?
(だから、タイムスリップの話はよせって!)

想像力を使ってもどうにもお手上げのときは、今なら、簡単にインターネットで調べられる時代なんだしね。



昔の言葉や感覚を知るのも醍醐味だね~。

いや、知らないことを知ることこそが、醍醐味なのかも。

そのうえ、

いくらジェネレーションギャップがあろうとも、人間性ってやつは、どの時代においても、変わらない。

って、ことにも気がつくと、なおも、ぐーーと距離が近づく。

古今東西、世界は一緒。

世界征服した気分になる。(←そんな気になるのは、キミだけだろ!と、私の内なる声がまたも囁く)




坊ちゃんは、意地っ張りで曲がったことが大嫌い、単純だけど潔い性格だ。

悪ガキの寄宿制たちに、布団の中に大量のイナゴを入れられた上、深夜大騒ぎをされて寝かせないという、いたずらをされたときも、

シラを切り続けるガキどもに、坊ちゃんは、こう言っている。


「けちな奴等(やつら)だ。自分で自分のした事が云えないくらいなら、てんでしないがいい。
証拠さえ挙がらなければ、しらを切るつもりで図太く構えていやがる。

おれだって中学に居た時分は少しはいたずらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、尻込みをするような卑怯な事はただの一度もなかった。
したものはしたので、しないものはしないに極きまってる。

おれなんぞは、いくら、いたずらをしたって潔白なものだ。嘘を吐いて罰を逃にげるくらいなら、始めからいたずらなんかやるものか。
いたずらと罰はつきもんだ。罰があるからいたずらも心持ちよく出来る。

いたずらだけで罰はご免蒙めんこうむるなんて下劣な根性がどこの国に流行と思ってるんだ。
金は借りるが、返す事はご免だと云う連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違ない。

全体中学校へ何しにはいってるんだ。
学校へはいって、嘘を吐いて、胡魔化して、陰でこせこせ生意気な悪いたずらをして、そうして大きな面で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違いをしていやがる。話せない雑兵だ。




いやあ、見事なくらいの江戸っ子だ~。

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生徒がこれなら、先生も似たようなもの

生徒のやった悪質ないたずら事件に対して職員全員の会議を開くことになった。

そこで坊ちゃんの言葉

会議というものは生れて始めてだからとんと容子(ようす)が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纏(まと)めるのだろう。 纏めるというのは黒白(こくびゃく)の決しかねる事柄ことがらについて云うべき言葉だ。
この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰(ひまつぶし)だ。




あるよなあ~、
こうゆう、わけのわからん会議ばっかりやってる会社も(笑)



その会議の席では、校長の狸が口火を切る
    ↓
狸は例の通りもったいぶって、教育の生霊という見えでこんな意味の事を述べた。
教育の生霊ってのは、面白い表現だねえ。

「学校の職員や生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳(かとく)の致すところで、何か事件がある度に、自分はよくこれで校長が勤まるとひそかに慚愧の念に堪えんが、不幸にして今回もまたかかる騒動を引き起したのは、深く諸君に向って謝罪しなければならん。しかしひとたび起った以上は仕方がない・・・以下続く



それに対する坊ちゃんの胸のうち
   ↓


おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのと云うものは、えらい事を云うもんだと感心した。
こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎だとか、不徳だとか云うくらいなら、生徒を処分するのは、やめにして、自分から先へ免職になったら、よさそうなもんだ。
そうすればこんな面倒めんどうな会議なんぞを開く必要もなくなる訳だ。




坊ちゃんの言うことはもっともだ~、でも実に子供っぽいとも言われそうだ。

校長の狸ってのは・・実に大人っぽい、そして日本人にありがちなタイプだろうなあ。



全面的に生徒が悪いってことは誰の目にも明白なのに、さも、自分の不徳の致すところとか言いながら、まずは丁重なお詫びするポーズ。 
それでいて、心の中では、ちーーとも、悪いなんて思ってないから、なーんもしない。


とにかく形だけは下手に出ておいて、

そして、誰もが穏便に済ませようとするタイプ。




次に教頭の赤シャツがスピーチをすると・・

生徒のやったことは悪いけど、先生に対する不満だってあったのだろうし、若いんだし、血気にはやることもあるもんだし・・と、だんだん問題点をすり替えられていく。

校長の狸と教頭の赤シャツがそんなことを言いだすと、みんなが、「ごもっとも!」と静かにうなずくだけ。
誰も反対意見を述べようともしない。

あるある! たぶん・・今の世も似たようなものかも(笑)
あんまり言いたくないけど・・日本社会ではありがちかも。



校長の狸は、ただ校長の肩書でふんぞり返ってるだけの無能な男

教頭の赤シャツは上品なエリートだけど、心の底はどす黒い策士。

それに、へこへこと腰ぎんちゃくのようにくっついて歩き回る、ノダイコは小者のくせに、これまた、どす黒い男。

あとは、みーんなこいつら、黙って従うだけの情けない奴らばっかり。



ようやく坊ちゃんが立ち上がって意見を述べるんだけど・・
単細胞の坊ちゃんは、会議の席で理路整然と意見を述べることは苦手。

ストレート過ぎる性格が災いしてしまって、みんなに失笑されて終わっちまう。

こりゃあ、もうダメか~。
事なかれ主義の穏便派にやりこめられちゃうのか~。


と思いきや、そこで、山嵐先生が立ち上がって意見を述べる。

山嵐は、坊ちゃんの胸の内を、ちゃーんと大人の言葉に翻訳して、理路整然と反対意見を述べてくれたのだ。

だから、説得力があるのだ。



こんなことから、坊ちゃんと山嵐は仲良くなるんだけど・・

教頭と腰ぎんちゃくのノダイコチームにとっては、山嵐はますます目の上のたんこぶとなる。


そこで、やつらは策略を巡らせる。

陰で学校を牛耳ってるのは、教頭なのだ。


教頭の赤シャツは、おとなしいウラナリ先生の婚約者、マドンナに横恋慕してる。
なぜって? 超美人だから。。。

マドンナもまた、絶世の美人かもしれないけど・・落ち目のウラナリ先生から権力者の赤シャツにのりかえるとは、なかなか抜け目のない腹黒い女だってことだ。

ま、類友、似た者同士なのだ。



そこで、赤シャツは、まず、ウラナリ先生をド田舎に転勤させる策略を巡らせる。

もちろん、マドンナのゲットのため。

次に、目の上のタンコブ、山嵐先生は、口実を作って首にする画策をする。

坊ちゃん先生は、若くて単細胞な男だから、うまく丸め込んでしまえば、利用価値はあると思ったらしい。


いやあ、まあ、こんなの今でもよくありがちな話だねえ(笑)



しかし、坊ちゃんは、単細胞だけど・・なかなか鋭い感性を持っている。

優しい言葉や理路整然とした説得で丸め込まれそうになっても、ちゃーんと、直感的に真理を見抜くのだ。


この部分、私の好きな箇所
  ↓


おれの頭はあまりえらくないのだから、いつもなら、相手がこういう巧妙な弁舌を揮(ふる)えば、おやそうかな、それじゃ、おれが間違ってたと恐れ入って引きさがるのだけれども、今夜はそうは行かない。

ここへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。
途中で親切な女みたような男だと思い返した事はあるが、それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果今じゃよっぽど厭になっている。

だから先がどれほどうまく論理的に弁論を逞(たくましく)しようとも、堂々たる教頭流におれを遣り込めようとも、そんな事は構わない。

議論のいい人が善人とはきまらない。遣り込められる方が悪人とは限らない。
表向きは赤シャツの方が重々もっともだが、表向きがいくら立派だって、腹の中まで惚れさせる訳には行かない。

金や威力や理屈で人間の心が買える者なら、高利貸でも巡査でも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。

中学の教頭ぐらいな論法でおれの心がどう動くものか。人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。



人を動かすモチベーションとは、好き嫌いなのだ。
論法ではない。
惚れるかどうかなのだ!


これって、私には、すとーんと胸に落ちる言葉だ。



しか~し!
策略を巡らせる大人社会に、直球勝負をしたところで子供がかなわないのは世の常。


ウラナリ先生は左遷させられ、山嵐は首にされる。
ま、ウラナリさんは、人はいいだけで超おとなしすぎる人だからなあ~。

すべてが、赤シャツのはかりごと通りに運んでしまうのだ。


そこで、山嵐と坊ちゃんは、こうなったら最後の手段! 
現場を抑えて、鉄拳制裁だ!天誅だ!


そう、そっちに行ってしまうのだ!



おいおい、暴力に訴えるのかよ!と、現代人は、ここで、つい違和感を持ってしまうかもしれない。

ところが、

こういったことは、ひと昔前の感覚としては至極当然のことでもあったらしいのだ。

むしろ、よくやった~!と評価されることもあったようだ。

ここらへんの常識と感覚の違いは大きいかもしれない。


だって、ほら!
最高権力者の江戸幕府に歯向かって、討ち入りを果たした、忠臣蔵の物語が庶民にもてはやされたんだからね~。

義を通すことや潔さが一番かっこいい!というのが、一般庶民の社会通念だった時代。

そういった人物は、まさに、英雄だったのだ!



山嵐と坊ちゃんは、赤シャツとノダイコを待ち伏せて、生卵をぶつけて、ぼこぼこに殴りつける。

とくに、坊ちゃんはノダイコが大っ嫌いなのだ。

同じ江戸っ子、東京出身でありながら・・こんなヤツは江戸っ子の名折れだ!と思ってる。

野だは大嫌いだ。こんな奴は沢庵石をつけて海の底へ沈しずめちまう方が日本のためだ、とまで言ってるくらいだ(笑)


だから、めちゃくちゃに卵をぶつける。
あーあ、本当は、自分が食べようと大事に持っていた卵だったのに~。

そのうえ黄身だらけの顔を、ぼこぼこに殴りつけたのだ。


だけど、ナイフを使うとか汚いマネはしない。
素手で殴って、しかも、現代人と違って、ちゃんと殴る度合いも心得ている。

さんざん殴りつけた後、
俺たちは、明日までここに泊まってるから、さあ、巡査でも呼んで来い。お前らの好きにしろ!と、言って去っていく二人。

カッコよくて、実に、すがすがしい、正々堂々とした暴力なのだ。

暴力というより、決闘の感覚かもしれない。

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たぶん、そうゆう時代だったのだ。



実は、これに似た話を、子供の頃に父から聞いたことがある。

会社の忘年会が近づくと、課長や部長の役職についてる者たちはビビりだして・・血気盛んな平社員にお世辞を使って急に褒めだす者も多かったそうだ。

なぜなら、忘年会では、日頃から汚いマネをしてる役職者は、平社員にぼこぼこに殴られる場でもあったそうだ。

当時は・・忘年会、酒の席ならこのくらいは年中行事とみなされていたらしい。

今だったら、暴力沙汰とされて、殴った平社員は即、首だろうし、警察のお世話になったことだろう。


だけど・・この時代、もちろん、昭和の時代だったんだけど、実は、それが通ってしまう時代だったというのが、私にも驚きだ。

しかも、暴力を振るわれた上司も会社側も、そんな暴力社員を首にしたり警察沙汰にはしなかったという。


なんで?

「たしかに殴られるだけの汚いマネはしてるって本人だって自覚してるし、会社側もわかってるんだろうよ。
だけど、会社組織はどうにもできないってこともあるし・・それなら、せめて若いもんには殴らせて、留飲を下げさせてやれ!ってとこだったんだろうよ。
ま、年中行事みたいなもんだったね~」

年中行事~!


で、殴った平社員は留飲を下げて、また元気に働いたそうだ。


ほう!
こりゃまた、江戸っ子気質か!


そんな風潮だったんだね~。


ただし・・これは、父の会社だけだったのかもしれないし、または、東京という江戸っ子気質が生きてる地域だけのことだったのかもしれない。

ちなみに、父は兜町で働く証券マンだった。


「たぶん、昭和40年代中ごろあたりまでかなあ? それからだね、日本がガラと変わったのは。
誰もそんなことをするヤツはいなくなった。
誰もがそんなヤツはバカだと思うようになってしまったし、上司が黒を白と言っても、ハイハイごもっとも!と素直にうなずく方が正しい道だと思うようになってしまったんだ。
社員の個性も、何もかもなくなってしまったんだ。」




そうだったのか~。


こうやって、ひと昔前までは、バランスが取れていたんだろう。

これなら、今のようにうつ病になる人も少なかったことだろう。



私は古い人種たちから、そういった話をさんざん聞いてたおかげで、「坊ちゃん」のラストシーンが、すんなりと納得できたのだ。


それにしても、坊ちゃんも山嵐も、損するタイプだろうなあ。

それだけは言える(笑)

おそらく、明治の、この時代においてさえもだ。

今だったら、きっと狂人扱いだ。


言いたいことは言う。
金にも権力にもなびかない。
潔ぎ良すぎ。



事実、坊ちゃんが不当な仕打ちを受けたのは、学校からだけじゃない。

不当な言いがかりをつけて下宿を追い出そうとする大家もそうだし、最初に泊まった旅館の女中も充分チップをあげる前は、ひどいものだった。

ところが、坊ちゃんは、そういったやつらに、談判するどころか、

「いきなり、出てけ!って理不尽なことを言うところには、いてやるもんか!
こんなとこ、こっちから出て行ってやる!」
だもん。


何も言わずに、さっさと出て行っちゃう。

キミキミ、だから、キミは損ばかりするんだよ~、と、つい私までが説教したくなる。。。


でも、坊ちゃんにしてみれば・

相手の姑息なやり方にあきれ果ててしまって、マトモに談判する気さえなくなっちゃうと見える。

喧嘩する気も起きなくなっちゃうとみえる。

江戸っ子は気が短いのだ。

話してもわからんヤツと話しをするのは、えーい!めんどうだ!となる。

それでいて、ちっとも自分が損してる!なんて思ってもいない。
単細胞でもある。

結局、
お天道様と米の飯くらいは、どこにいたってついて回るんだ! 構うもんか!となる。


ま、こういったタイプは絶対に、立身出世はできないタイプ。

今も昔も(笑)

だけど、本人はそんなことは眼中にもないのだ。

お天道様と米の飯くらいは、どこにいたってついて回るから。

残念ながら、現代では、お天道様と米の飯はついて回らない時代になってしまった。。。


長いものにはひたすら我慢して、巻かれるしかない時代なんだろうか?

我慢に我慢を重ねて、そりゃあ、うつ病など、精神疾患を患ってしまうことにもなるだろう。




坊ちゃんの松山生活は、山嵐以外は、みーんな、利に敏くて汚い大人ばっかりだったなあ。

旅館の女中、下宿先の大家、美人のマドンナ、生徒たち、先生たち・・・みーんな薄汚い大人ばかり(笑)

坊ちゃんの言葉を借りれば、みんな下品な奴らなのだ。


敵を思う存分殴りつけた後、坊ちゃんは東京に引き上げて、教師を辞めて、街鉄(がいてつ)の技手になった。

*「街鉄」というのは街中を走る路面電車のことで、「技手」というのは運転手兼整備要員だそうだ。


無学な婆さんだけど、とっても上品なキヨを引き取って、一緒に暮らした。

そこで、この物語は終わる。


これは、実際に漱石さんが、松山中学で教鞭をとっていた頃の写真、明治29年3月29歳の頃とか
     ↓
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なかなか良し!だね~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また父の言葉を思い出した。

「僕もね、ずいぶん、地方に転勤したり、田舎に出張したりしたもんだけど・・
田舎の人は、東京のすれっからしと違って純朴でいい人が多いってのは、あれは、ウソだね。
田舎特有の嫌なものだって、いっぱい見たもんだよ。
愚図でまどろっこしくて何を言ってるんだかさっぱりわからない、それでいて、カネに汚い、心根の曲がったやつらも多かったよ。」


江戸っ子気質の父の言葉だ。

・・・・・・・・・・・

なんだか、すっかり、「坊ちゃん」の感想文と父の思い出話になってしまったなあ。。。

おかげで、すっかり忘れていた漱石文学の感覚も取り戻すことは出来たけど。


どっか庶民的で、リズム感のある文体を。
夏目ワールドを!


庶民的といっても、赤シャツの言葉を借りて、

ターナーの絵
ラファエロのマドンナ
ゴーリキ


なーんて言葉も、作品中にはポンポン飛び出す。



ここらへんのことは、こちらのブログで解説されていて面白い。
     ↓
漱石の作品と食べもの2/ゴルキは、ギゾかキュウセンか?



坊ちゃんは、横文字の外国名を並べて悦に入ってる嫌なヤツ二人を皮肉ったり、冷ややかな目で見てるけど、

これらすべては・・夏目漱石さん自身が日ごろから親しんだものでもあり、仲間うちで話していたことなんだろう。

明治時代のアーティスとや文壇人は、今とはくらべものにならないほど教養も高かったという。



そういえば、文中で、坊ちゃんはこんなことを言ってたなあ。
    ↓
赤シャツは時々『帝国文学』とかいう真赤な雜誌を学校へ持って来てありがたそうに銃んでいる。
山嵐に聞いて見たら、赤シャッの片仮名はみんなあの雜誌から出るんだそうだ。『帝国文学』も罪な雜誌だ。


帝国文学とは、実際に、東京帝大文科の機関誌で、漱石も執筆している雑誌だ!
その『帝国文学』を、あえて登場させてに皮肉ってみせるところが、漱石さんらしいのかもなあ。


そのほか、

伊万里焼
海屋(かいおく)の書画
・・貫名菘翁

な~んて、さりげなく日本のアートも盛り込まれてる。



さらに、食べ物についてまで(笑)

坊ちゃんは、・蕎麦好き、団子好き
ま、それで・・学校で問題になるんだけどね~。

酒飲みではないくせに、マグロの刺身とかまぼこのつけ焼きが好き



送別会のとき、街一番の料亭で出された料理に文句をつけるシーンがあった。

口取に蒲鉾はついてるが、どす黒くて竹輪の出来損できそこないである。刺身も並んでるが、厚くって鮪の切り身を生で食うと同じ事だ。それでも隣となり近所の連中はむしゃむしゃ旨うまそうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう。




ここでまた、父を思い出した。

「いやあ、田舎の刺身はまずくって食えないよ。
いくら新鮮だからといっても・・あんなに分厚く切られたんじゃ、魚は生臭くって叶わない。
寿司だって、シャリとネタのバランスで食わせるものなんだ。
デカければ得した気分で旨い!と思い込むのは、下品な田舎者だ!」



「まあ、いいじゃありませんか。
田舎者だろうが何だろうが、人の好みに文句をつけるなんてあなたの偏見だって嫌われますよ。」
・・と、母がとりなしたもんだ。


実際、田舎者の母は、そう言って父を諫めたものだ(笑)

父は、そんな奴らに嫌われたってかまわん! 望むところだ!・・と、いつも言ってたけど(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ~、いったい、私の夢と夏目漱石の坊ちゃんとは、どう結びつくんだ~!!

さっぱりわからなくなった。。。


あの夢、たしかに、タイムスリップした松山で、坊ちゃんの世界だったような気はするけど・・

それが意味するものは?

もういちど、夏目漱石でも読め!という私の守護霊様のメッセージだったのか?

それとも、父親の事を思い出せ!なのか?

それとも、坊ちゃんのようにまっすぐに生き抜け!というメッセージなのか?

それとも、坊ちゃんのような男でもみつけろ!というメッセージなのか?(←今さら、そりゃない!)


そもそも、意味なんか何~もなくって、ただ、そんな夢を見ただけってことかもしれない。


ただ・・今、無性に、マグロの刺身かカツオのタタキが食べたくなった。

あ~、かまぼこも食べたいよ~。(←実はかまぼこが大好きなのだ。)


残念ながら、こういったものは、ロサンゼルス界隈では食べられない。

あるにはあるんだけど・・・あの松山の料亭よりひどい味のものばかりだから。

かまぼこに至っては、日系スーパーに
行けばいくらでも買えるんだけど、添加物だらけのものしかない。


ああああああああ!

食べられない思うと無性に食べたくなる。

やっぱ、ダメ元でもいいから、日系スーパーでも覗きにいってみよう。。。


結局、私の夢は・・これだけだったのかな~。

クリスマスの朝、アルフレッドの夢をみる

クリスマスの日の早朝、不思議な夢で目が覚めた。


どこぞの島にいる。

その島は、自然に満ちていて・・さまざまな鳥がいる。

とっても印象的だった鳥は、胸が白くて、グレーの翼、濃いブルーグレーのくちばし、特徴的な脚は、きれいなブルーをしてる・・見たこともない鳥だ。

まるで、青いスリッパをはいてるみたいな鳥!

あれれ? イグアナらしきものもいる。

ここは、どこじゃ??

もうちょっと上から、全体を見てみよう。
ふわりと上空に飛んでみる。

ふわりと上空に・・って・・・私は幽体離脱でもしとるんかいな?
あ、これって、夢の世界なんだよな。・・・と、夢の中でも納得してる。。。


海岸の方に行ってみよう。
上から、でっかいカメたちが見えてきた。

すーーと、海岸に降りる。

あれれ?
これって、ゾウガメじゃないか?

本物を見るのは初めてだ。


でっかい石の上に、深刻な顔をした一人の男が座って、うつむき加減で海の方を向いている。

白いドレスシャツに細身のズボンをはいた男。

これって、ビクトリア朝時代の恰好だろうか?
まるで、シャーロック・ホームズの映画を思い出させるような恰好だ。

もっとも、ベストやジャケットは身に着けてない。

「あんた、誰?」

と、思ったとたん、すぐに頭の中に、答えが返ってきた。


「アルフレッド」

アルフレッドって、誰やねん?

うーーん、誰だろう? 

知ってるような気もするし・・こんな男、知らんような気もするし・・

うーーん・・・。

考えてるうちに、どんどん私が薄くなってきたようなカンジがしてきて・・

もう、体が維持できなくなってきたようなカンジがしてきて・・

そのとたん、ベッドに戻って目が覚めた。

こりゃ、幽体離脱した夢だったのかな。。。

注: 幽体離脱をしたんじゃなくて、幽体離脱をしてる設定の夢ってこと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆう不思議な夢は、何度か見るんだけど、私は、すぐに内容を忘れてしまう。

起きた瞬間は、いつも覚えているんだけど、起き上がってバスルームに行って顔を洗って歯を磨いて・・なーんてしてるうちに、ほとんどすべてを忘れてしまう。


なんか、不思議、ヘンな夢をみたなあ!って記憶しか残らないのだ。(←ものすごーく記憶力が悪いのだ。)


そこで、きょうは、起きたとたん、猛ダッシュでパソコンに向かった。

アルフレッド、島、青い脚の鳥、ゾウガメとメモを取り、それぞれの検索をはじめた。

髪はぐしゃぐしゃ、顔も洗ってないから目やにがついてるだろうし、歯磨きもしてないし・・トイレにも行かずにだ!

ああ、もう・・そんなことには構ってられない!



猛検索したところ、すぐに判明した。

たぶん、島は、ガラパゴス諸島

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http://justfunfacts.com/interesting-facts-about-galapagos-islands/


印象的だった、足の青い鳥は・・この鳥さんだ。
     ↓
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Blue-footed boobyという鳥らしい。

そのまま、やんけ?

日本語ではないのかなあ?と調べたところ、

アオアシカツオドリというそうだ。

求愛ダンスが、メチャメチャ面白いらしい。

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Youtubeでもみつけたぞ。
    ↓



あれれ? なんだか、青スリッパ鳥のことばかりになってしまったなあ(笑)


ここらで、問題の人物、アル君について、検索結果の報告をしなければ・・。

アル君は、アルフレッド・・だけど苗字は聞いてない。

でも、おそらく、アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallaceでは、ないかと思うのだ。

何をしてた人かというと・・Wikiを見てもらえばわかると思うけど、

進化論の研究をしていたのだが、有名なダーウィンの影に隠れてしまって、ほとんど忘れ去られてしまった人物なのだ。


2008年の古い記事だが、こちらのナショナル・ジオグラフィックに、
ダーウィンになれなかった男

という、アルについての記事がある。(←なんだか親しげにアルと呼んでみたくなった。)

彼は、いまでは・・
ダーウィンの栄光の影に隠れて、等しく功績を分かち合うことができなかった不遇の研究者
と言われている。
ただし、その道の研究者の間ではの話であって、もちろん、今だに一般人には、彼の名前すら知らない人は多いだろう。


ダーウィンは、ウォレスの手紙をもとに、あの有名な進化論を自分のものとして発表してしまったんじゃないか?

本当は、ウォレスの功績だったんじゃないか?



と、後世になって言われるようになったのだ。



でもまあ、こんなことは、どこにでもよくある話で、学会発表なんてものは、純粋に学問の探究者が世に出ることができる世界ではない。 
地位や名誉やポリティックな影響を多大に受ける世界であることは、いずこも同じ。

私は、ノーベル賞だって、あまり信じてない。
純粋に研究者として貢献した人が選出されるとは思っていない・・・とくに現在に至っては。。。


おっと! 話が脱線する前に、アル君についての話に戻そう。


なぜ、ダーウィンが有名になって、ウォレスが日の目を見なかったか?

●ダーウィンの父親は医師で、母親はあの王立御用達のウェジウッド家の家柄、一方ウォレスはただの平民階級だったかな?
とにかく、家柄が違うのだ。
ご存じのとおり、イギリスは階級社会。

●ダーウィンよりも、年が若い、ひよっこ


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こーんなヤツが、ダーウィンを出し抜いてはいかんのだ!

なんてたって、ダーウィンさんは、家柄の良いエリートとして通ってきたんだから、社会通念が許さない。

たぶん・・こんなことで、日の目を見なかったんじゃないかな?



その後、すっかり有名になってしまった、ダーウィンの進化論

「On the Origin of Species (種の起源)」をもとに、

人間は猿から進化した

自然淘汰



なーんてのが、すっかり常識になってしまった。


しかしながら・・・今では、こーんなことはありえない!と言われるようになってしまった(笑)


常識なんてのは、時代とともに簡単にひっくり変えるものだ。

ビッグバン説だってそうだし、私たちの習った日本史にだって山ほど出てきてるからね~。




人間の祖先が類人猿ってのはウソ!と言われるようになったのは、こーんな理由からだ。

◆原人と新人との差が大きすぎるため、自然淘汰による進化の範囲を超えている。

◆突然変異では退化する。ハイスペックの能力を持つようなことはない。

◆猿と新人の中間である「猿人」の化石は見つかっていない。

◆ネアンデルタール人のウソ。



詳しくは、こちらのブログ記事に、わかりやすい説明が載ってる
      ↓
http://asita-wadai.com/darwin-911


じゃあ、チャールズとアルが間違ってたの?(←また、ファーストネームで呼ぶ?)

いや、そういうわけではなさそうだ。

彼らは、ひとことも、そーんなことを断言したわけではない。


そもそも、あくまでも・・これはひとつの説に過ぎなかったものが、なぜか、一人歩きをして常識になってしまっただけだそうだ。


人類の進化についてはダーウィン本人も

あらゆる生物の中で進化論に当てはまらないのは人間だけだ

と述べており、アルフレッド・ウォーレスも

人間だけは淘汰の原理が働いていない



として、二人とも人間に関しては、??のままだったそうだ。
(私は、ちゃんと種の起源を読んだわけではないけどね・・)


これは、私の2010年ブログのものだったけど、木星と爬虫類脳の謎

このときにも、ウォレスについて調べたことがあって・・

もう一度、ここから、ウォレスの言葉を引用させてもらうと、

ダーウィンの時代に、まだ新米だった、ウォレスさんって学者が、マレーシア諸島で、生物の進化を研究してたんだそうです。

彼によれば、
    ↓
「人間の肉体的な変化は、自然淘汰説で説明がつくが、人間の持つ感情、たとえば真実をみつめようとしたり、美に感動し、正義を愛し、リスクを厭わない正義や勇気といった感情は、サルや猿人が生きてく上で、必要不可欠なものではなかったはず。
進化のメカニズムが「自然淘汰」ならば、必要となる前に、進化するのは、ありえない。」


それで、彼もまた、宇宙から進化を遂げた霊的生命体がサルや類人猿に宿ったか、または、「卓越した知性」の何者かによって、そういった感情や、数学、音楽、美術的能力などの特別な力が授けられたか・・どちらかだろう・・と述べてます。




そう、彼、アル君は、オカルトチックなことを言いだしてる。。。

だんだん、おかしな方向へ行っちまったらしい。


先ほどの、ナショナルジオグラフィックの記事から引用すると
    ↓

心霊術を信じ、霊との交流を試み、頭蓋骨(ずがいこつ)の形で性格を占う骨相学に熱中し、催眠術にも首を突っ込んだ。

後年には、進化論は人間の脳の発達にはあてはまらないと主張したほか、天然痘予防のための種痘に反対したり、土地の国有化を訴えて論陣を張ったりもした。

こうした奇行の数々を見て、ウォレスをただの変人呼ばわりする人々もいた。



そして、この筆者は、このように締めくくっている。
     ↓

徹底した実証主義者として、自然相手の研究調査で輝かしい業績をあげながら、過激な思想に走り、狂信的な情熱にかられたウォレス。

一人の人間がこんなにも多くの矛盾をかかえていたという事実に、科学史の研究者も伝記作家もいまだにうまく説明がつけられないでいる。

小説家でさえ、物語のなかにこれほど変わった男を登場させたりしないだろう。




オカルトだとか、心霊に走っちゃった学者は、もう、それだけで・・ダメらしい。

賢いダーウインは、決してそんなことをしなかった。


どちらの生き方が、良いか悪いか賢いか愚かか・・なんて言えるものではないんだけど・・


少なくとも、アル君は真の科学者であり、研究者だったと言えるんじゃないかな。


だからこそ、どんどん突き詰めていった結果、オカルトやら心霊と呼ばれるような分野も研究しちゃった、たぶん、それだけのことじゃないかな?

探究心の命ずるままに。
彼の魂が希求するままに。



そういった学者は他にも多くいたことだろう。

それゆえに、世に名を残せなかったのかもしれないけど・・(笑)

唯一、それでも名が残ってるのは、カール・グスタフ・ユングくらいか。



現生に偉大な功績と名を遺すことが目的ならば、オカルトと心霊研究は絶対やっちゃいけないことなのだ。


今でも、たぶん・・この傾向は残っているらしい。
とくに、現状の日本では。


さて、19世紀イギリスに思いを巡らせてみよう。

new exhibit


19世紀に入って、イギリスの知識階級は、古い因習や迷信を嫌い、新しいサイエンスに注目した時代だった。


それまでは・・キリスト教の教えが浸透していて、

「神がすべての生物を作り、その姿は不変である。」というのが真実とされていた。

サイエンスの視点よりも、宗教的妄信の目の方が強かった時代だった。


そこに、がーんと、種の起源 (1859年).が発表された。

first edition


さぞや、センセーショナルなことになっただろう。

きっと、古い妄信者は受け付けられなかっただろうけど・・新しい時代に乗ろうとする人には、画期的なものとして大いに支持されたのだろう。


その結果、時とともに、

人も類人猿から進化した・・なーんてことが、常識として伝わってしまったのかもしれない。

またも、ここで、新たな妄信誕生だったか・・(笑)

なのに、教科書にまでなってしまったんだから、なんとまあ、人というものは、なんでも妄信してしまう生き物なのか・・。



それが、昨今においては、

人類、類人猿説は否定され・・(別に、チャールズとアルは、そんなことをひとことも言ってなかったのに・・)

今度は、

人類は地球外生命体によるDNA操作で誕生した・・という説もある。

これは、オカルト分野ではなく、れっきとしたサイエンス分野での発表として存在するものだ。


エイリアン=神と考えれば・・聖書の記述も正しいことになるかもしれないね(笑)




アル君は、こういったことを、生涯研究し続けてたんだろう。

私が夢でみたアル君は、暗い顔をしてたようにも見えたけど、じーーと考えてただけかもしれない。

答えをみつけようと。


彼が、チャールズ君に栄光の座を奪われて悶々してたとは思えない。

そーんな世間的なことは、どーでもよかったんじゃないかなあ。

なんてたって、オカルトや心霊分野まで平気でいっちゃうような人だったんだから。


彼の関心は、真理の追究しかなかったのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、私の見た夢が発端となった話だ。

実際のところ、アル君が、ガラパゴスに行ったのどうかも知らない。


私の夢の中のアル君に一番違い画像はこれ。
    ↓
Alfred-Wallace.jpg

もっと若かったし、髭もなかったけど・・

綺麗な目の色をしていた。

ブルーグレーにブラウンも混じったような・・なんとも形容しがたい色だったけど、澄んだ色合いだった。


彼が、どんな人だったかは知らない。

夢から膨らませた、私の想像に過ぎない。



きょうアップしたのは、まさに、クリスマスの朝、私が見た夢に過ぎないんだけど、

でも、良い夢を見せてもらったなあ・・・と感謝している。


夢はどこでも行けるし誰にでも会えるんだから、実に便利なものだ。

格差社会を作る意識

数年ぶりに日本の友人と連絡がとれたので、状況を聞いたところ・・

「今、派遣社員として働いてるんだけど、もうすぐ契約が切れるような状態だし、それに両親が病気で介護も必要だしで・・色々と生活が大変なんだよね~。」

と・・・なんだか、暗い答えが返ってきた。

この人は、都内に住む、40代後半、一人暮らしの女性だ。

日本の状況を考えると、40代後半という年齢、女性であること、独り身・・などの条件では、正規雇用として就職することは難しいのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

安倍政権の「女性の活躍推進」たとか、「すべての女性が輝く社会」な~んてキャッチフレーズを聞いたことはあるけど・・

実際のところ、どうやって輝けるんだい?と、突っ込みを入れたくなる(笑)

もちろん、女性だけでなく男性だって同様で・・・正規雇用として働けず、結婚しても子供を持つこともできないような状況にいる若い世代も多いし、また、年金だけで生活苦にあえぐ老人層も多いと聞く。


格差社会というのは、もう、ずいぶん前から言われていたことだったけど、改善されるどころか、ますます広がっていってる気がする。


それは、もちろんアメリカでも、同様だ。

アメリカの方が、もっと加速化してるのかもしれない。



ご存じのとおり、アメリカは移民の国。

各国から多くの移民たちが押し寄せて、アメリカンドリームを実現させて大きくなった国だ。

そう、やる気さえあって、がんばって働き、それに、運を味方につけてしまえば、無一文からミリオネラーにもなることが可能だった国だ。

少し前にアップしたブログ記事、
マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるもの

の中でも、ギリシャ移民だったお祖父さんから、父に引き継ぎ、その孫の世代でアメリカでスーパーマーケットチェーンとして大成功させた話をアップした。

もちろん同様に、日本人移民だって、大成功した人だって多かったのだ。

アメリカは、イギリスのような階級制度もないし、自由そのもの

出自に関係なく、自分次第で誰もがビッグになれる国

なんて、自由でステキな国。



しかし・・それは、すでに昔の物語だ(笑)


1940年代をみると、アメリカのほとんどの人が、両親より財政的に裕福となった時代だった。

より多くの富を、大きな屋敷、ロングバケーション、高級車を持つことが可能になった時代。


ところが、過去半世紀にわたってみると、

「両親より多くの収入を得ること、つまり、アメリカンドリームの実現」は、90%から50%に落ちてしまった」
いう研究報告があがっている。

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もちろん、これは・・時代の流れからくる、国家情勢や政治方針などといった状況も大きいことだろう。


1970年代、かなり景気も良く繁栄していた10年で、アメリカ人の上位1%は米国の収入の10%をわずかに上回っていた。

ところが今日では、トップ1%がアメリカの収入全体の20%以上を占めている。

つまり、トップ1%は、ますます裕福になった。ってことだ。


そして、今日をみると
トップ1% の富裕層は、年間平均130万ドルの収入を得ている。

トップ1% の富裕層の儲けは、1980年の3倍以上となった。(80年代では、平均して42万8000 ドルだったそうだ)

**これは、経済学者の Thomas Piketty(トーマス・ピケッティ), Emmanuel Saez(エマニュエル・セーズ) 、Gabriel Zucman.(ガブリエル・ズクマン)などの調べによるもの。


どこの国でも貧富の差は、このようなヒエラルキーになってる。

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アメリカの人口の下部の50%は、1980年に税引前所得では、平均16,000ドルの収入だったそうだが、これは、ほぼ30年間動いていないという。


米国の税制では、貧困層を支援することになっているんだけどね~。


こちらの比較図を見ると、よーくわかると思うけど・・

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「1980年には上位1%は、下部50%よりも平均27倍の収入を得たが、今日では81倍の収入を得ている」

と、経済学者のPiketty、Saez、Zucmanたちは、述べている。
CNN Money USの記事より


手っ取り早くまとめると・・

トップの富裕層の収入はうなぎのぼり。

一方、庶民の給料は、30年前ともほとんど変わらないのに、ガソリンも食品も、どんどん値上がりして生活は苦しくなる一方。

ここから逃げ出す方法はあるのか?
なーい!!





何が原因で格差が広がていくのか?・・もちろん、それは様々な要因があるのだが、ここではポリティックな話は別にして、人々の意識について考えてみたい。


NHKの「クローズアップ現代」だったかの番組でも取り上げられたこともあったようだし、すでにご存じの方も多いかもしれないが・・

アメリカ、ジョージア州、サンディー・スプリングス(Sandy Springs)市の話だ。

富裕層が多く住んでいる地域だった。

アメリカはどこの州の中にも、多くの富裕層が住む地域とビンボー人が多い地域に分かれている。

ちらっと見ただけで一目瞭然なのだ。


これは、私が住むロサンゼルスだけど・・

こんな街並みもあれば・・
    ↓
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こんな街並みもある。

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ワンブロック違っただけでも、まったく世界が違うように見える。


誰だって、クリーンで安全できれいな街に住みたいと思うのは当然だろう。

サンディスプリングの裕福層だって、その例外ではなかった(笑)


せっかく私たちが税金を払ってるのに、その税金は私たちのために使われてない!

ならば、私たちだけのコミュニティーを作り、シティーを作ってしまおう!



ということから、実際に、彼らのシティーが合法的に作られてしまったのだ。


日本にいる方々には、ちょっと理解しにくいかもしれないけど・・

アメリカの州というのは、それぞれの国に近い感覚かもしれない。
州は、日本の県の感覚と違って、別の国としてイメージしてもらった方がわかりやすいかも。

「州」の下の行政区分が、郡(カウンティー)であり、CITY(市)は、多数決が占めれば、新しいシティを作って独立することも可能なのだ。

そこで彼らは、自分たちで「市」の境界線を決め、州議会を動かし住民投票を実施して、ちゃーんと法にのっとって独立を成し遂げたのだ。


事実上、新しいシティー、Sandy Springsは、裕福な市民によるシティーになった。
平均年収は1千万円、会社経営者、弁護士、医者たちが多いという。

詳しくはこちらの動画で
    ↓


この動画を文書化した記事は、こちら
    ↓
“独立”する富裕層 ~アメリカ 深まる社会の分断~


新しい市を作った動機は、「所得の再分配」に対する不満と「効率の悪い政府」への反発からだったそうだが、

それを具体的に言うと・・

税金をとってる以上、私たちのニーズに合ったことだけをやってほしい!
私たちの税金を貧困層に多く分配するなんて許せない!

ということだ。

その結果、彼らの新しい市では、

公立学校がなくなり、公立病院もなくなった・・・こういったムダなものに税金を使う必要が無いのだ。

リッチピープルは、公立学校なんかには通う必要はない。
ちゃーんとお金をかけて、子供はブライベートスクールに通わせるから。

病院だって同様。

さらに、警察と消防を除くその他の業務は、民間企業に委託してしまい、運営コストを半分以下に抑え、減税に向けたそうだ。

こうやって、彼らが望むとおりの税金の使われ方をする、シティーが誕生した。



しかし、その一方、サンディー・スプリングズに独立されてしまったフルトン郡の住民はどうなったか?

税収がなくなったために、ゴミ収集車はなかなか来なくなった。

公立の病院や学校でも、医師や職員が不足、教育も医療も満足に受けられなくなった。



税金が充分に集まらなければ・・・その市は機能しなくなってしまうのだ。


火災が起きても、消防車さえ出動できなくなるだろうし、犯罪を取り締まる警官だっていなくなる。
それどころか、犯罪者を収容していた刑務所が運営できなくなって、囚人を野放しにするとか・・。

おいおい!
そりゃ、ないだろう。。。


いや、とんでもない!

アメリカでは現実にあるのだ。

何事も、お金の切れ目が縁の切れ目なのだ!


私の住んでいるカリフォルニア州の我が街でも、公立学校の質は数年でひどく低下したらしい。

とくに、日系企業のToyota, Nissan, Hondaという会社が多かったのだが、それらがみーんな移転してしまったために、大幅に財源が減ったんだとか。

もちろん、裕福な家では、子供たちをそんな質の悪くなった公立学校には行かせようとはしない。
しかし、そこまで余裕がない家庭では、文句を言いながらも、選びようがないのだ。


そういった事情を考え合わせてみると、サンディースプリングズに独立されてしまった近隣地域がどうなったかは、私にもよーく想像がつく。


ふと、このビデオの中で言っていた、リッチ・ピープルの言葉を思い出す。


「私たちの税金はほかの場所で使われ、私たちのためには使われていませんでした。
1ドルの税金につき半分の50セントしか、サンディ・スプリングスに使われていなかったのです。」


え? 半分の50セントも使われてたんだったら、そりゃ充分だろ?
・・と思ってしまうのは、私だけ?(笑)

税金とは、公共サービスとは・・・そもそも、自分のニーズのためだけに使われるべきもの?

おまけに・・彼らの言う「自分たち」という意味には、貧困層などの、弱者は含まれてない。



しかし、どんな人であっても、明日は何が起こるかわからないもので・・いきなり弱者になることだってあるはず。

急に病気で働けなくなることもあるだろうし、天変地異や不慮の事故で財産を失うこともあるだろう。

そういったときのためにも、税金や公共サービスが役立てられれば、ありがたいものなのだが・・。

そもそも、富裕層にとっては、すべてを失うことなんて、天地がひっくり返っても起こりえないって思ってるんだろうか?

思ってるんだろうなあ・・・。

だからこそ、自分のニーズだけを主張するのだろう。



もちろん、これには反対意見だってあった。

「これは有色人種や貧困層を隔離するための意図的な行為だ。」と言って、反対した人々もあったのだ。

しかし、彼らは、こう答えている。
    ↓
「社会を分断したいわけではないんです。
あくまでも、自分たちにあった市を作りたいだけです。」


うん、これは、事実だろう。

彼らは、ただ、自分たちにあった市を作りたいだけで、分断したいなんて考えてもみない。

考えも及ばない。

結果的に分断することになるのは明白なんだけど・・・たぶん、そんなことすら念頭にも置いてないんだろう。
そんなことは、彼らにとっては、どーでもいいこと!

なーんで、あたしたちが払った税金が、私たちのためだけに使われないわけ?
それって、ヘンでしょ?
それって、搾取でしょ



彼らは、そう考えるのだ。

地域住民とか、公共というのは、自分たち富裕層だけのことだと思っているらしい。

そう、彼らが見ているのは、「自分たちのことだけ」


だからといって、

金持ちってやつは、これだから嫌なんだよな!なーんて、怒ってはいけない(笑)

それは富裕層であっても貧困層であっても関係ないのだ。
自分のことしか見えない人は、多く存在するものだ。


しかし、富裕層に多くみられる特徴として、

生まれながらの恵まれた環境ですら、それすらも自分の力だと思い込んでしまう。

勘違い野郎になってしまうこと。


これは、ありがちかもしれない。


さらに、

貧困層を、「生まれつきバカ、努力しない怠け者軍団」と烙印を押してしまうこと


無知は偏見を生む


充分過ぎるお金や名声というものは、「見えない人」=「愚かな人」にしてしまうものかもしれない。

そう、なりがちかもしれない。


うーーん、それは否めないなあ。


「金と権力がある人なんて、みーんなそんなもんだよ。
みーんな、そうなっちゃうんだよ。
そうじゃない人なんているかい?」



はいはい! ちゃーんといますよ!

私は、少なくとも一人は、知ってるぞ。

それは・・ゴータマ・シッダールダだ。 (←おい@ いつの話だ!)

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手塚治虫のブッダより

紀元前4-5世紀頃、ヒマラヤ山脈の麓、ルンビニーというところで生まれたシャカ国の王子。

生まれながらの王族、何不自由の無い身分だったのに、子供の頃から疑問を持つ。

「なぜ、あの人々は貧しいんだろう?」
「なぜ、病気なんだろう?」
「なぜ、死ぬのだろう?」
「みんなが幸せに生きるには、どうしたらいいんだろう?」


こんなことを考えるようになったら、富と権力なんて虚しいものにしか映らない。

王子の身分も何もかも捨てて、諸国遍歴の旅に出たのだった。


ほらね~、

見えている人と見えない人の違いは、ここにある。


自分のことしか見えない人は、自分のことしか考えられない。

でも人のことが見える人は・・・・彼は・・人のことも考えたのだ。

それは、さらに、世界のありようというものを考えることになる。





サンデイ・スプリングズ・シティーを作った人々と、シッダールダの違いは、たぶん、これだけのことだ。(←ほんとかよ!)

少なくとも、出発点は、ここにある(笑)

自分のことだけを考えたか、もっと大きな視点で考えたか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シティー、サンディー・スプリングズが誕生してざっと10年になる。

こういった、考え方は、ますます多く蔓延してきたように思うのだ。


つまり、格差社会をくつり出す要因は、人々の意識によるところも大きい。

そう思えてならない。



わざわざ、他州からサンディー・スプリングズに移り住んだ富裕層もいるらしいけど・・
本当に幸せだろうか?

住民のニーズがすべて共通しているうちは、幸せに過ごせるんだろう。

しかし、もしも・・何かが起こり、財産すべてを失ってしまったとき、

安い料金で受け入れてくれる病院もなければ、学校もない。

そこで、手を差し伸べてくれる地域住人はいるんだろうか?

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私たちのニーズとあなたのニーズが合わなくなったんじゃ、仕方無いですね~。
あなたは、この街から引っ越して隣街へ移ったら?


と・・・冷ややかに言われそうだなあ。

いやいや、そんなことを言われる前に、誰かに助けを求めることもしないだろう。

そんなことはムダな行為だ。

カネの切れ目が縁の切れ目を、実践して生きてる人々にとっては。


これが、サンデイ・スプリングズのダウンタウン風景だそうだ。
   ↓
1-Sandy-Springs-Perimeter-Center-Rendering (1)

1-Sandy-Springs-Roswell-Road-Rendering.jpg
http://rhodeside-harwell.com/news-item/sandy-springs-receives-georgia-planning-association-award/

アーティスの条件:心にゆとりがあること?

アーティストになる条件って何だと思う?

そんな質問をされた。


さて、どう答えたらいいんだろう?


人によって「アーティスト」の定義が違うわけだし・・

その前に、アート(芸術)にたいする定義だって違うだろうし・・


質問者の目的はどこにあるんだろう?

大きく2つに分けると、

1.アーティストと呼ばれる職業について成功すること

2.自分の内的世界を表現して創り出し、それを人々に伝えること




ところが、両方を望む人が多い(笑)
    ↓
自分の内的世界を表現して創り出し、それを人々に伝えることで、アーティストとして成功を収めて金持ちになれること

まあ、当然といえば当然だよなあ、誰だって、そうありたいと思う。



もしも、1だけであれば、答えはいたって簡単。

アーティストは社会の動静に敏感であること。

社会の時流を知ることだ。 

今何が求められていて、今後どういった傾向が受け入れられるか?
何が「新しいもの」として受け入れられるか?

一番大事なことは、現代社会に受け入れられるか?ってことに尽きる。
さらに、多くの人が「斬新なもの」として飛びつくものであること。


たとえば、LINEのステッカー・クリエイターをやってた人が大儲けしたって話を聞いたことがある。

こうゆうやつね
    ↓
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見事に時流を知り、ニーズを知り、それを提供したんだから・・・そりゃ、大儲けできる。
立派な着眼点だ。

これだって、立派なクリエイター、これだってアーティストだ。


あ、だからといって・・今からLINEのステッカー・クリエイターを専門にやろうとしても、もう、商売にはならないそうだよ。
趣味ならいいけど・・。

流行というものは、目まぐるしく変わりゆくものなのだ。



じゃあ、2 :自分の内的世界を表現して創り出し、それを人々に伝えることを目指す場合は?

うーーん、これは、なかなか難しい。。。


そうだなあ・・・心にゆとりを持つことが第一条件かもしれないなあ。


日々バリバリ働いて月々の請求書を支払い、家事をして、あー今日もつかれた!と、TVを見て寝ちゃうだけの生活だったら、おそらく無理。

いや、これは決して、平凡な日常生活が悪い!ということを言ってるわけではない。


リッチで非凡な生活であろうが、毎日同じことを繰り返すしかない庶民生活であろうが・・

問題は、そこに感動があるかどうか?だろう。



若いころの私は、花を貰うと、ああ、きれいだね~ありがとう!と、一瞬思うものの、それ以上でもそれ以下でもなかった。

でも今は、毎日眺めて、ほおっとため息をつくほどだ(笑)

最近貰った花
   ↓
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新しく開いていく花、しぼんでいく花の1つ1つを観察して楽しむこともできるし・・

朝日に当たったときの色、夜の薄闇に浮かぶ花・・・それぞれ違う。

そんな発見をしたことさえも、感動なのだ。



また、ある友人はこんなことを言った。

「昔は、食べものなんて、ただ空腹を満たせばいいだけのものだと思ってたし、そりゃあ、美味しい!とかマズイ!って感覚はあったけど、ただ、それだけだったんだ。

ところが、この間、田舎に行ったとき、そこで、ばあちゃんが作ってくれた焼きおにぎりを食べたときにね・・・あまりの美味しさに衝撃を受けたんだ。食べ物で感動するなんてヘンな話だよな~。」


いやいや、ヘンじゃないよ~!!

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どんなことにおいても、感動できるかどうか?それがカギかもしれない。

貰った花にも食事にも。
 
真夏の朝日、雨の匂い、風が運ぶ金木犀の香り、虫を凝視するネコの目、赤ちゃんのほっぺた・・・こんなことは、いくらでも日常の中に転がってるものだ。

それこそ、古人が花鳥風月にも感動できたように。



わざわざ感動を求めて、パリのルーブル美術館を訪れても、システィーナ礼拝堂を見に行ったとしても・・・感動する人はするし、しない人はしないものだ。


「あー、でっかい建物だよな~、絵がいっぱいあるんだなあ~。
名画ってのは、さぞ高いんだろうなあ。」
・・・で終わってしまう人だっている。(笑)

これじゃあ、本人だって・・充実感は感じないだろうし、楽しくもないだろう。

その違いが、心のゆとりでは、ないかな?



心にゆとりがなくなると、感動することもなくなってくる。
仕事中心の生活になってしまい・・それ以外のことはどーでも良くなってしまってる、いわゆる、仕事人間には多いらしい。


そう、アーティストの基本は、カネもうけ以外のことでも、感動できることだ。


次に、それを表現できること。

画家なら絵筆を使い、音楽家なら音を使い、演奏家ならば楽器を使い、作家ならば言葉を使って・・って具合に。

もちろん、ここからは技術の習得、スキルを磨くことが要求されることになる。

表現することの基本は、できるだけリアルに忠実に。・・・つまり、写実能力を高めること。

画家であれば、まずは、デッサン
これが基本中の基本と言われている。



たとえば、ピカソ

シュールレアリスムとかって言ったってさあ、ただの子供の落書きにしか見えないじゃんか!・・なーんていう人もいるけど・・


これは、ピカソが8歳のときに書いたデッサンだそうだ。
   ↓
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http://ega.egashibu.net/?eid=968951

ちゃーんと写実的に描けば、すでに8歳でこの域にまで達してたのだ。



一般人というものは、写実的なもの、つまり、リアルに、まるで本物がそこにあるかのように描かれたり、作られるとき、感動する。
感動のメカニズムの基本も、たぶん「写実」にあるのかもしれない



そして、アーティストを育てるためには、写実こそが基本スキルとして第一に要求されるものらしいのだ。

画家はデッサンだし、演奏家ならば、まず楽譜に忠実に演奏できることが要求される。

作家は?  

うーーん、作家の練習ってなんだろう?

当然言葉を知ってなきゃならないわけだし、多くの本を読むことは必須だろうけど・・写実のスキルアップとなると、何だろう?


その一つとして、ある人によればだけど・・多くの絵画を見て、それを言葉で伝える練習が良いとのこと。


たとえば、この絵を見て、あなただったら、どのように言葉で伝える?
   ↓
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ラファエロ・サンツィオ作『大公の聖母』


キリストを抱きかかえる聖母の姿が、昏冥の闇を背景に、やわらかな光を受けて浮かび上がっている。
緋色の肌衣に藍鼠色のローブを羽織った聖母マリア。
その左腕にあずけられた幼きキリストの聖体は、わずかばかりの薄絹が胴に巻かれているばかりで、それ以外は何も身に着けておらず、右手は聖母の左肩に置かれ、左手はゆるやかに彼女の御胸(みむね)に添えられている。
キリストの玉顔は、聖母にひたと抱(いだ)かれる聖体とは逆に正面を向き、視線はやや下方に向けられ、すでに迷える子羊を導く者としての、優しく、それでいて力強い意志をその瞳に漲らせている。

しかし、何よりも目を奪われるのは、聖母マリアの、その慈悲に満ちたる顔(かんばせ)だった。
薄いヴェールが垂れるまろやかな額は蛾眉を越えて窪み、その伏した眶(まかぶら)の仄見える眼差しは、ただ静かに慈愛を湛え、どこまでも深く沈んでいる。
滑らかにつづく鼻梁の先、幽かに引き上げられた唇の端は、微笑にいたる寸前でまどろみ、ややしもぶくれた頬と顎の縁に薄い翳が刷かれて、たおやかな輪郭をなしている。
聖母の御(おん)右手は幼子の脇腹を、その胴に巻かれた薄絹よりもやわらかに覆(おおう)ていた。

神の恩寵の証(あかし)として、金糸の如く精緻な光輪がこの聖母子の頭上を彩り、とりわけ幼子の光輪の円の中にほどこされた十字の文様が、完全なる人、神の子のみに許された贖罪の誉れにきらめいている。
『文章デッサン』 描写力と審美眼の鍛え方、より




これを、私の知人に表現してもらうと、こーんなふうになった。
    ↓


黒いバッグが背景になってて、女の人が赤ちゃんを抱いてる絵。
女の人は、まだ20代前半かそれよりも若いかもしれない。細面で整った顔をしてる。

薄いエンジ色のスクエアネックの服にブルーグレーのローブを羽織ってる。
両方とも黒い縁取りのついた服で、レトロのフォークロア系のロングワンピ。 素材は薄手のウール素材のようにも見える。
伏し目がちにしてる。

赤ちゃんは、なんだか、かなりデカくて、ぶーーとしたほっぺたしてる。
お腹のところに、淡いベージュのシフォンのスカーフを巻き付けてるだけで裸。
あんまり、子供っぽくない顔で、どっちかというと大人顔。 目つきが悪くて、かわいくない。

色のコントラストは、なかなかステキ。
インパクトの強い黒の中に、ちらっとみえるシックで落ち着いた赤を中心に、ブルーグレー、いずれもブラックの縁取り
そして、おおっきめの赤ちゃんの肌の色で、全体が暗くならないカンジに仕上がってる。

二人の頭の上には、丸い輪っかがうっすら見えるから、これって、聖母マリアかなんかの絵なのだろうか?



まず、着眼点がまったく違うのがよくわかる。

この知人は、自称認める、おバカキャラだそうで・・絵の知識も文章力もゼロ!と自慢してる人なのだ。

ところが、デザイナー志望で、色や形については、強い関心を示す人でもある。


お互いにどこに感動したか?ってポイントがまず違ってる。

もういちど、その部分だけを抜き出すと・・

何よりも目を奪われるのは、聖母マリアの、その慈悲に満ちたる顔(かんばせ)だった。
薄いヴェールが垂れるまろやかな額は蛾眉を越えて窪み、その伏した眶(まかぶら)の仄見える眼差しは、ただ静かに慈愛を湛え、どこまでも深く沈んでいる。



色のコントラストは、なかなかステキ。
インパクトの強い黒の中に、ちらっとみえるシックで落ち着いた赤を中心に、ブルーグレー、いずれもブラックの縁取り
そして、おおっきめの赤ちゃんの肌の色で、全体が暗くならないカンジに仕上がってる。



ま、どっちでもいい(笑)

まずは、それぞれに感動をみつけることなのだ。

そして、もしも作家としてのスキルを磨くならば、それを写実的に言葉にできるような繰り返し練習が必須になってくるってことだろう。

言い換えれば・・作家もまた多くのジャンルの違ったアートに触れなければならないってことになる。



基本は写実のスキルありき。

見事なデッサン力があって、ピカソもこんな絵を描くようになった。
    ↓
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このポーズは、キリストの磔の姿。
さらに、右上の横顔の影は、ピカソの友人Ramon Pichotといわれている。
そもそも、その友人の死を追悼するために描かれたらしく、死のイメージが色濃く出ている作品といわれているそうだ。


写実でない作品は、素人にはうまい絵かどうかさえ、わからないことが多い。


「こういったものはね、素人には理解できないものなんだよ。」と、偉そうに言う自称プロもいるけど・・

素人かどうかの違いは・・・知識があるかの違いではなく、やっぱり、心のゆとりではないだろうか?

心にゆとりがあれば、観察眼だって生まれてくる。

何かにはっと気がつけば、感動が生まれる。



この絵、Three dancers、3人のダンサーは、右に黒い影、左にぽっかり黒い穴のあいた原型さえとどめないパーツになってる人。
その二人ががっしりと手をつなぎ、真ん中に磔ポーズの人。
それぞれが、手を結びあってる。
影のような黒を基調に、ぽっかり空いた窓の空色、中央の紫に色褪せたような赤

やれやれ。

私も、絵を文章で表現することは苦手だなあ。
実に文章力がないと思う(笑)


それに、別段ピカソが好きってわけじゃないんだけど・・
なぜか、この絵には惹かれるものがある。

色使いにしても、一つ一つのパーツにしても、引き込まれていくものがある。

縦型の目のモチーフみたいなものがいくつもあったり、斜めストライプのモチーフ・・・実に興味深い。

根本に流れるものは、リアルな死や悲哀なのかもしれないけど・・・そういったものさえも薄絹で包んで、それを第三者的に眺めてるよーな・・なんか、そんなイメージになるところが好きなのだ。

直接的ではないからこそ、じーんと伝わってくるような死と悲哀のイメージが印象的なのかなあ?


この私の好きな感覚は、シュルレアリスムでしか表現されないものなのかもしれない。
だからこそ、写実手法を使わなかったんだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アーティストになる条件って聞かれたけど・・別にアーティストにならないにしても、アーティストになる条件は必要なのかもしれない。

なぜなら、その条件を持ってない人にはアートは伝わらのかもしれないから。

「なーんだ。子供の落書きみたいだ!」で終わってしまうってのは、つまり、そうゆうことか~?(笑)



わかるってことは、感動できるかどうか!

知識や技法を学んでいるかどうかよりも先に、まず、そこだろう!と思う。
(ただし、これは鑑賞者の場合ね。アーティストはスキル必要なんだから・・)


それには、何度も言うけど・・心にゆとりがあるかどうかで決まるように思えてならない。


どうせ、生きてるなら、ちょっとでも感動できた方が幸せだし、なによりも、平凡な人生でさえ、メリハリがあって楽しいのだ~♪

それを提供してくれるのがアーティストなんだと思う。


ただし、

私のアートの定義は、「長い年月を超えても色褪せない感動」を提供してくれるものに限られている。

この際、時代とともに消えてしまうものは、アートに加えないことにしてる(笑)



ゴッホ
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ゴーギャンも、
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モジリアーニも、
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ほとんど生きてる間には売れなかったという。

石川啄木なんて、
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ビンボーの中で若死にしちゃった人だ。


自分の感性が、その時代に受け入れられなければ、それで食ってくことは出来ないのだ。

世の中は残酷なものだ。


じゃあ、やっぱり・・社会の時流に受け入れられるものを作る?

たとえ、それがすぐに消えてしまう作品だったとしても、どんどん作り続けて現生をたくましく生き抜くか?


それもアリだ。

それで満足ならば、それが、その人にとっては正しい選択になる。



さて、ビンボーのまま死んじゃったアーティストたち、ゴッホ、ゴーギャン、、モジリアーニ、石川啄木は、浮かばれない人たちなんだろうか?

不幸だったのか、それでも幸せだったのか?

ビンボー=不幸=浮かばれない という図式は、こりゃまた、いかにも、杓子定規な考え方だ。


それこそ、心にゆとりが無い人の思考回路になってしまうかもしれない(笑)

日本独自のもの

同僚のRoy君が、日本から来たお客さんをランチに連れていくことになった。

彼は、戻ってくると苦笑しながら言った。

「いやあ、まいったよ! 何が食べたいですかって聞いたら、本場のアメリカのデニーズでハンバーグを食べたい!って言うんだもん。」

「え? デニーズ?? あの最悪な店で、しかも・・ハンバーグだってえ?」



なぜかデニーズは、LAにも多くあるが、評判はあまり良いとはいえない(笑)
    ↓

味はまあまあだけど、まるでインスタントのような味。
これといって特徴のない料理ばかり
出てくるのが遅い。
スタッフが不愛想、感じ悪い。



そんなところで、わざわざ食事するハメになったRoy君もお気の毒な・・・。

「しかも、ハンバーグを食べたいって言ったって、あれは日本にしかない料理だもんね~。
唯一、それに近いのが、Salisbury Steakだから、それにしてもらったけどね。」



Salisbury Steak・・ソールズベリー・ステーキというものがある。

牛挽肉を固めたものを焼いたもので、確かに日本のハンバーグには似てる。

だけど、これはアメリカでは、あまり注文する人は少ないだろう。(笑)

なぜなら、

なんで、旨いステーキを食べずに、わざわざ挽肉の塊なんか食べなきゃならないの?

というのが、アメリカ人の言い分。


これが、アメリカのハンバーグこと、Salisbury Steak・・ソールズベリー・ステーキ
  ↓
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そして、


こっちが、日本の方にはおなじみのハンバーグステーキ
     ↓
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はっきり言って、日本のハンバーグの方がはるかに旨い!

そりゃそうだ!

日本のハンバーグは、作り方からして違う!

よーく、空気が入らないように挽肉をネリネリと練りこむ、それも空気が入らないようにと練りこむのだ。

まるで・・陶芸の時の手びねりを作るときみたいだ。

基本はこれと一緒(笑)
   ↓
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空気を入らないようにするのは、熱を加えたときに割れないようにするためだ。
(それは、ハンバーグ作りも陶芸も同じ。)



しかも、下味をつけて、卵を入れて焼き上がりをふっくらとさせるのが、日本のハンバーグ。


さて、アメリカは?というのと・・ほとんど何もしない。

ただ牛挽肉の塊を焼くだけ。

上の写真を比べるとわかると思うけど・・当然、ふっくらもしない。

ソースの味で食べるだけ。

そりゃ、美味しいわけがない!


逆にアメリカから日本に行った人が、はじめて、日本のハンバーグを食べたとき、そのあまりの美味しさにびっくりしたって話を何度か聞かされたことがある。


「あーあ、ランチがデニーズとはなあ。 お金もらっても、プライベートだったら絶対に行かないのになあ。」
と、Roy君は、その日、ずーーとぶーたれたままだった(笑)


日本人の中には、ハンバーグが元祖アメリカのものだと思っている人も多いだろう。

デニーズがアメリカの人気チェーンと思っている人も多いのだろう。

そりゃ、大きな間違いだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな話は、ハンバーグに限ったことではない。

つい昨日、母にこんなことを聞かれた。

「もうじきクリスマスね、アメリカでもクリスマスケーキは予約したりするの?」


はああ?

こっちではクリスマスケーキを食べるって習慣ないし~。



日本と言えば、クリスマスといえばクリスマスケーキ

イチゴのケーキが定番とか。
   ↓
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これは、不二家の創始者、藤井林右衛門が考案し、大正11年(西暦1922年)頃から広めたものだったそうだ。
クリスマスケーキの起源・由来・歴史とは?


アメリカのストロベリーショートケーキにヒントを得て、作ったのがはじめだったとか。
      ↓
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たしかに、アメリカにはストロベリーショートケーキは、どこにでもある。

ところが、これもまた、日本のストロベリーショートケーキとは違うものなのだ。

イチゴが酸っぱいので、甘いクリームで食べるだけのことで、付け合わせは、パンのようなものだったり、シュー皮だったり・・必ずしもふわふわのスポンジケーキが土台になってるってわけではない。



アメリカのクリスマスだって、家族が集まって、みんなでクリスマスディナーを食べるというのがメインなのだ。

そりゃ、デザートの一つとして、なんらかのスイーツはあるだろう。

それだって、各家庭によって違う。
まあ、そのほとんどは、各家庭で作られる手作りデザートということになるのだ。



どうやら、私の母は、

クリスマスといえばケーキ、

ケーキといえば、丸いフワフワのスポンジにデコレーションしてるもの

それこそが、アメリカだと思っていたらしい。(笑)


ついでに、もうひとつ訂正させて頂くと、ケーキ=甘いお菓子
と思ってたのは、母だけ。(←いやいや、ひょっとしたら、他の日本人もそう思い込んでる人がいるかも。)

Cake(ケーキ)とは、丸く固めたもののことであって、必ずしも、スイーツのことではないのだ。

たとえば、こちらで有名な、クラブケーキ(Crub cake) 
    ↓
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カニ肉を使った料理・・これもケーキと呼ぶ。


このように、誤解されてることは多いのかもしれない。


日本独自の文化なのに、元祖は他国にあると思い込んでしまってるものも多いのだろう。

発想の着眼点は、たしかに海外にあったのかもしれないけど、そこからヒントを得て、独自のものを創り出してしまう。

それはもう、元祖とは言えない、独自なものなのに(笑)


以前のブログにもアップしたけど、
アンパンを最初に考案した人

アンパン、カレーパン、牛鍋やすき焼き、餃子・・すべて、日本の誇るべき料理になっているのだから。


ところが、こういったものを、海外のものを真似ただけじゃないか!と言う人もいて、

「日本人はなんでも猿真似が巧い人種だ。」

なーんて、悪口めいたことを言う人もいる。


でも・・ここまで極めてしまうと、

どうみたって、真似っこの域は完全に出てしまってる
クリエイティブで独自の作品になっている


と私は思う。

日本の風土に合わせ、しかも日本人の精神や味覚に合わせたものを作りだすクリエイター。

それが日本人の特徴。



たまたま、海外のものからヒントを得ただけに過ぎない。

ということは、他国に対しても偏見のない自由な発想が基本にある、ってことにもなる。




そういえば、先ほどちょっと陶芸にも触れたけど・・

日本の陶芸には、手びねりという手法がある。

電動ろくろというものがあるのに、あえて手で作ったり、

または、電動ろくろを使って見事な成型したものを、あえて、手で歪みを作ったりする。

これは、もともと日本で生まれた手法のようだ。



本来、ディナーセットとなるものは、歪みがあってはいけないわけで、8客すべてが全く同じものでなくてはならない。

このように。
   ↓
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欧米人にとっては、これが、食器に対する基本感覚。


ところが、日本の美的感覚となると、

わざと歪みを作って、
    ↓
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セットにしたって、こうなる。
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ちなみに、両方の写真とも魯山人の作品。

セットにしたって、1つ1つが違っていて、
「この世に二つとはないものであり、同時に全体としてみた場合もまた調和するもの」になっているのだ。



日本に伝来する以前の陶磁器は、歪みは「悪」とされ、完全な円を目指すための技術にこそ心血を注いできたものだった。

そりゃ、手仕事ともなれば、ほんの僅かでも自然に歪みは出来てしまうものだけど、それは仕方ないとしても・・
「わざと歪ませる」ことなんか、絶対なかったのだ。

ところが、

「あえて、歪みを創り出すこと」
これこそが、日本の美的感覚が生み出したものらしい。


こちらのブログ記事によると、
http://bigakukenkyujo.jp/blog-category-14.html

この「恣意的な歪み」こそ、日本独自の文化。
日本独特の「自然崇拝」が浮き彫りになっている。


器の歪みは日本人の「自然崇拝」を物語っている・・のだそうだ。


その対極にあるのが、「人工」ということになる。

こちらの記事によれば、また、ゴシック建築ほど、最高傑作の「人工物」だという。

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キリスト教のシンボルであるゴシック建築、

垂直に伸びあがり、天を希求する三角錐の屋根は、「神への信仰」を表すもの。

アダムとイヴの血を受け継ぐ(原罪を受け継ぐ)人間は「不完全」なものであるがゆえに?

それは・・少しでも人が神に近づきたい希求なのか?

完全なシンメトリーこそが「神の完全性」に通じるのだろうか?



うーむ。

ここでまた、陶器に話すことにしよう・・・・

当然ながら、海外では完璧な円を目指すのに対し、日本では昔から、あえて歪みを加えたものこそが名品とされる。

同じ東洋である中国であっても、やっぱり完璧な円を目指していたそうなので、これはあくまでも、日本だけが持つ美的感覚だったようだ。

これは、清時代の名品とされる茶碗
   ↓
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こっちは、「卯花墻(うのはながき)」という銘のある、桃山の名陶による志野茶碗
   ↓
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うーーむ、一目瞭然。

私も、ずーーと前に陶芸を習ってたことがあるんだけど・・手びねりの歪みというのは難しい(笑)

下手すれば、ただのぶきっちょが作っただけの駄作になっちゃう。 紙一重の差でアートになるか駄作になるか・・美的センスが世要求されるところなのだよ。




日本が目指した美とは何だったのだろう?

そう、自然崇拝が根本にある。


万物に魂は宿るというアニミズムを想起させるような・・・自然崇拝

西洋では、

自然の対極である人工とは、神に近づくこと。
死を否定し、乗り越えようとする思想

それに対し、日本では

自然を肯定すること 人間を肯定すること
「歪み」とは・・「不完全さ」、「死」



器を歪ませること・・・・それは自然に近づくこと、さらに、そこには、自然の摂理である「死」への受諾までもが含まれているのではないだろうか。

・・・と、まあ、この記事では述べてましたっけ。

生も死も、自然の一部として受諾できる民族、それが日本人なんだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・

海外から渡ってきたものは、昔から多くあった。

料理も、陶器も、建築も、さまざまなものに至るまで。


そのすべてに至るまで、独自なものに作り替えて魂を吹き込んでしまったのが、日本文化だったのかもしれない。



やっぱり・・太古の昔から、「和をもって尊しとなす」の精神性が潜在的に宿っているんだろうか?


しかし、和という言葉を一歩間違えてしまうと・・

主体性がない
周囲の目ばかりを気にする
没個性



なーんて、近年では言われてしまう日本人像だけど・・


「和をもって尊しとなす」のとは、


人類だけでなく森羅万象すべてという意味だったのかもしれない。

異種への偏見なくすべてを受諾するという意味だったのかもしれない。


だからこそ、かつての日本人は他国へも目を向け、独自のものを創り出すことができたのではないだろうか?


アンパンを作った木村さんも、クリスマスケーキを作った藤井さんも、 最初にハンバーグや餃子を考案した人も。(これについては誰だか知らないけど・・)


ところが、残念ながら・・・
近年では、海外から入ってくるほとんどのものが、ただのマネに過ぎないものばかりが目につく気がする(笑)


なんだか、とっても残念。


本来、日本人の細胞の中心には、二重らせんの巻物が鎮座しているはずなのに。


そこに書かれているものを、読めなくなってしまったのかなあ?

三島由紀夫とゆう人

きのうのブログ記事で、ちょっとだけ、三島由紀夫さんに触れたんで、今日は、三島さんの話をアップしようと思う。


誰でも知ってる文豪で、戦後の日本文学界を代表する作家の一人だったし、

川端康成さんと並んでノーベル文学賞候補にも上がった人。(年齢順ってことで川端さんにノーベル賞が渡ったんだとか)


また、日本で一番文章が巧い作家ともいわれる人。

一番文章が巧いかどうかは、好みの分かれるところだけど、とにかく、「日本語の造詣が誰よりも深い人」とはいえるかもしれません。


で、私は個人的に、三島由紀夫作品が好きかどうかと言われると・・前半のものはよーーく読んでたんだけど、後半のはいまだに読んでない。

読む気になれないってのが正直なところ。
その理由は、あとで述べることにして・・(^-^)/


まず、私が三島由紀夫さんの小説を読むきっかけとなったのは、たしか、高校のときの現国の教科書。

そこに金閣寺の一説が載ってたのがきっかけ。


金閣寺を描写してるんだけど、たしか、この部分だったと思う。
         ↓


私はまた、その屋根の頂きに、永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰を思った。

この神秘的な金いろの鳥は、時もつくらず、羽ばたきもせず、自分が鳥であることを忘れてしまっているにちがいなかった。

しかしそれが飛ばないようにみえるのはまちがいだ。

ほかの鳥が空間を飛ぶのに、この金の鳳凰はかがやく翼をあげて、永遠に時間のなかを飛んでいるのだ。
時間がその翼を打つ。
翼を打って、後方に流れてゆく。飛んでいるためには、鳳凰はただ不動の姿で、眼を怒らせ、翼を高くかかげ、尾羽根をひるがえし、いかめしい金いろの双の脚を、しっかと踏んばっていればよかったのだ。

そうして考えると、私には金閣そのものも、時間の海をわたってきた美しい船のように思われた。
美術書が語っているその「壁の少ない、吹きぬきの建築」は、船の構造を空想させ、この複雑な三層の尾形船が臨んでいる池は、海の象徴を思わせた。

金閣はおびただしい夜を渡ってきた。
いつ果てるともしれぬ航海。そして、昼の間というもの、このふしぎな船はそしらぬ顔で碇を下ろし、大ぜいの人が見物するのに委せ、夜が来ると周囲の闇に勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである。





これだけを読んで、がーんとなりました。


この金閣寺を、

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金銅の鳳凰、神秘的な金いろの鳥

永遠に時間のなかを飛ぶ。 

時間の海をわたってきた美しい船

おびただしい夜の中


こんなカンジにイメージさせちゃう。

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ファイナルファンタジーからの画像


さらに、鳳凰は金色の船に姿を変えて

夜に出帆していく

永遠の時間を、

後ろに




美しい映像だけでなく、そこに時空まで加えて・・まさに4次元的な世界を体感させてもらったカンジだった。。。


いやあ、金閣寺を、言葉だけで、こんな描写しちゃう人っていったいどんな人だろう?って思ったもんです。

しかも、ちゃあんと、その美しいイメージがストレートに私の中に入ってきて、
わぉう!と感動させてくれちゃったわけだから。


それから、三島作品を読むようになったわけです。

それは、私が高校生のときのはなし。


もっとも、今の私のように・・残業して疲れて帰宅して、ネコのトイレ掃除して、ゴハン、片付け、風呂に入って寝ちゃうような生活をしていれば、こんな文章を目にしたところで・・・鳳凰だとか金色の船のイメージはわいてこなかったかもしれない。

さらっと読みとばしてしまったような箇所だったかもしれない。


受け手の心にゆとりがなければ、どんなステキなプレゼントを与えられても、気がつかないものなんだろうなあ~。

高校生のときで、つくづく、よかったなあ~と思う(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、三島由紀夫さんといえば、こんなことでも有名な人ですね。


●ボディービルで、ムキムキの体を作り上げた人

●政治的な傾向により、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成

●自衛隊市ヶ谷駐屯地に押し入って演説の後、割腹自殺



たしかに、子供の頃から貧弱な体で、それにコンプレックスを持ってたらしい。
そこで、自ら肉体改造をするため、ボディビルをはじめたそうだ。

若いころはこんなだったけど・・

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こうなったんだよね~。

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見事な肉体美なんだけど・・

私は、それ以前の三島由紀夫さんの雰囲気の方が好き。

この最初の写真、ネコと戯れてるような方が自然で好きなのだ。

ボディビル後の三島さんの写真は、どれを見ても違和感を感じてしまって・・私は好きになれないのだ。




ボディビルで見事な体になった三島さんは、ヌード写真集までも出版されることになる。

薔薇刑(ばらけい)
写真家・細江英公撮影

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幻想的・耽美的な側面と、オブジェとしての肉体に焦点を当てるという側面とを兼ね備えた作品で、頁をめくるうちに、「ある漠然としたストーリー」が見る者に想起されるように構成されている。
1963年(昭和38年)3月25日に集英社より刊行
薔薇刑_Wikiより




もちろん、このヌード写真集は、そんじょそこらのヌード写真集とは違う(笑)

完全にアート作品なのだから。

写真1つ1つにも、また、薔薇というワードでさえ、シンボルとして使われてるようだ。

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薔薇の花弁は何重にも渦を巻いていて、どこまでが内か、どこまでが外なのかという判断を惑わせる形態をしている。
血と内蔵にまみれた表面は、内部による外部への氾濫だ。その比喩としての薔薇の花。
薔薇は、内部と外部の混沌・合一から生まれる「表層の美」とは何かを、最も明白に表してくれる。




現に、薔薇刑という写真集、今では海外の方で人気があるようで、日本以上に売られてるみたい。

そういえば、「仮面の告白」の中にも出てきたんだけど・・

ジェノバのパラッツォ・ロッソに所蔵されている、グイド・レーニの「聖セバスチャン殉教図」

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これは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの近衛兵であった聖セバスチャンが、密かにキリスト教を信仰していたために、処刑される様子を描いたもの、なんだそうだけど・・・

日本の矢から生々しい血が流れるわけでもないし、むしろ表情は安らぎに満ちていて、若々しい美しい肉体がある・・・
いやあ、こりゃ、そちらの方々が見たら、垂涎ものかも。(←そちらの方々って??)


まさに、エロティシズムの美の極地


そういえば、三島さんは、フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユのエロティシズム理論に感銘を受けたというのを、インタビュービデオで見た記憶がある。


ジョルジュ・バタイユのエロティシズムとは、

エロティシズムは、いわば存在と存在の間の“深淵”を超えて、失われた連続性を回復しようとするノスタルジーから生じる。

それは初め肉体的エロティシズムとして、次に心情的(精神的)エロティシズムとして現れる。

つまり、肉体のエロティシズムが安定化することから、精神のエロティシズムが生じてくる。

この連続性へのノスタルジーがエロティシズムを形作っている



この解説がこちら
    ↓

孤独を超えてつながろうとする欲望、これがエロティシズムの根本にある。
私たちにとって恋が苦悩をもたらす理由はここにある。つまりそれは結局のところ不可能なものを追求しているからだ。

恋の感情は「彼女の心を手に入れられたなら、孤独なお前の心は彼女の心と一体になれるだろう」と何度となくささやきかけてくる。
それは叶えられない約束ではある。しかし、恋人たちの間では、それは狂気としての激しさをもって結実することがある。

https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-bataille-erotisme/



なんとなく、イメージとしておわかり頂けただろうか?

私には、彼のいうエロティシズムってのは、

永遠に結実しないもどかしさと切なさがあるからこそ、美しさを生むもの。
そして・・ちょぴり、死の予感を含むもの


そんなイメージがしてしまう。


さて、三島由紀夫さんも、ちゃーんと、この写真集の中に、同じようなポーズのものを入れてる。

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そのほか、

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また、こんな写真も

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新版 薔薇刑 細江英公 写真集 三島由紀夫


時計のモチーフを使った写真もいくつかあるらしい。


三島さんの「薔薇と海賊」からの抜粋
    ↓
帝一 (わが胸を押へて)ここでテクタク、時計みたいに動いてゐるものがハートだね。

楓 でもそれは冷たい鐡と硝子の時計ぢやなくて、熱い肉と血でできた時計なの

帝一 それぢやその時計、生きてゐるんだね。





おそらく三島さんて人は、文筆家としての才能だけでなく、絵画、音楽、戯曲といった幅広いセンスと才能を持ってたんじゃないのかなあ?

現に、戯曲もいくつも残してるし、それを演じる俳優さんに言わせると・・

「三島さんの戯曲は、セリフの言葉が緻密に計算されて書かれていて、とにかく美しく、印象的に作られている」のだそうだ。



さて、これほどまでに、多くの才能を秘めたアーティストが、なんでまた、政治活動?


こーんな軍服らしきものまで作っちゃって・・自前で団員たちに支給してあげたりして、

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当時は、「あーあ、三島も終わりだね~。 わけわからん、兵隊ごっこまで始めちゃって。」

「今さら、天皇制だとか、右翼に走るなんて頭がおかしいよなあ。」


と・・・評判ガタ落ち。

多くの人に失笑されたそうです。


アーティストは、右翼でも左翼でも・・政治と結びつくなんて、ありえないよなあ。。。

ましては、なんで今さら、天皇を神様にするんだ?


と、私も、さーーぱりわからん!状態だった。


ところが、時を経て今になってみると・・・彼は、右翼とか左翼とか、また、この天皇一家を神として神として崇めよう、なーんてことを目指してたんじゃなかった・・・ってことに気がついた(笑)

決して、この方々を神様として明日から奉ろう!なーんてことじゃないので・・誤解無きように。
       ↓
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三島さんの、こんな言葉が残っているらしい。

天皇は「日本の歴史・文化・伝統の中心」であり、生きている現人神で、絶対的存在であった。
しかし、米国が作った平和憲法の中の天皇は「国政に関する権能を持たない国民統合の象徴」であるだけだった。

日米同盟という安保の枠組みの中で経済的豊饒(ほうじょう)に安住し、国を守れる軍隊も持たず、情けない「米国に従属した国」となった。



「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」からの引用部分
     
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。

日本はなくなつて、その代はりに、、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。

それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。



ああ!

たしかに~。


今、、まさに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない或る経済的大国になっちゃってるなあ。

それすらも、翳りが見えてきてるけど・・



私のつい最近のブログで、サンクスギビングデイに日本史を考える

でも、触れたんだけど・・

日本は太古の昔から、他国のウシハク国とはまったく違った文化や思想を持つ国。

シラス国なのだ。

それは、アマテラス神の血筋を継承する、天皇を中心に、民による君民共治をする国。

それは、他国の金権主義や合理主義をベースにしない、独自の文化を持つ国。




たぶん、三島さんは、かつての日本、そういった独自の文化を持つ国に戻したい!
そのための、スピリチュアルな天皇制を目指したんじゃないだろうか?

ってことに・・今さら気がついた。

となると・・もちろん、今の天皇家のあり方・・ほとんど一般人と変わらないようになっちゃった? しちゃった?あり方にも、異議を唱えたことだろうね~。

なんかのエッセイだったか、コラムだったか・・忘れちゃったんだけど、

だからこそ、天皇は一般人のような自由は許されない存在なのだということを言ってたはず。


戦後、口当たりの良い言葉、民主主義、平等の世といった言葉にくるまれちゃって、すっかり、欧米諸国龍の金権主義に魂を譲り渡しちゃった文化になっちゃったってことかな。。。


それを、1960年代後半~1970年代に、警鐘を鳴らしていたんだから、これって、すごい!かもしれない。

日本は裕福になり、まさに、バブル景気に向かうような時代だったときに。

三島さんて、世の中の流れについても、おそろしく先見の目を持っていた人だったんだろうね~。

だけど、こんな時代では、ほとんど理解されなかったのだろう。

それが世の常だから。。。。



おっと!

三島さんよりも、もっと昔に、先見の目を持ってる人がいたのを忘れちゃいけない!

それは・・幕末の頃にいた、佐久間象山(さくましょうざん)という思想家の先生

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これも、以前のブログ記事、中国人と日本人と論語にも、アップしたんだけど、そこからまた、引用すると・・

幕末の頃といえば・・

開国して優れた西洋のものをバンバン入れようぜ!って人と、日本国に西洋人なんてとんでもねーぞ、ぶっ殺せ!って人もいた動乱期。

ところが、象山先生は、東洋道徳・西洋藝術を唱えたのだった。

あくまでも、東洋的な思想を基盤にした上で、西洋の技術、テクノロジーを取り入れるこそがすぐれた国を作ることだと。

この時代に、彼はちゃーんと見通してた。

東洋と西洋の優れた部分と弱点すらも!



誰もが黒船来航から、新しい文化・テクノロジーに有頂天になってる人か・・または、外国すべて排除してやる!という反対派と、真2つに割れてた時代に、冷静に未来をみつめてた人もいたんだね~。


三島由紀夫さんもまた、日本の未来を考えたとき、佐久間象山と同様な危惧を持ったんじゃないかな?


そんでもって、楯の会活動に入る?

うーーん、なんだか・・そこらへんには、ちと、無理があるような・・(笑)

私の、まったくの個人的直感に従って言ってしまえば・・

ただ、彼は、死にたかったんじゃないかと!

それも、冷静に計画的に。

死ぬ準備の流れの1つとして、楯の会があったのではないかと・・・。


これは、まーーたくの根拠もない、想像です(笑)


なんで死にたかったのか?

そりゃ、よくわかりません。

色々な方がさまざまな推測をしてるけど・・・。

醜い姿をさらして老いて死ぬより、美しい肉体のうちに死にたかった。

美を完結させたかった。

自分の一生を自分で演出し、現実を舞台にして死をもって完結させた。


もっと、現実的な推測をみると、

小説がもう書けなくなって自死した。
右翼を貫くパフォーマンスとして自死した


なーんてのもある。


ドナルド・キーンさんという、彼は有名な日本文学の翻訳家。
永井荷風や谷崎潤一郎などの翻訳も手掛け、個人的にも親しかったそうだ。

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とくに、いちばん親しかったのは三島由紀夫さんだったらしい。


彼が言うには、

「自死を選んだ原因はいくつもあると思います。

三島が命を絶ったのは憂国のためだけではないと思います。

彼には独自の美学があった。彼は歳をとりたくなかった。
美しく咲いたままその命を閉じたかった。

それも1つの大きな理由でしょう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、死にたい!と思ったとしたら・・

それも、冷静な意思として思ったとしたら・・

それはもう、ますます、死は身近になってきて、死は美しい憧れのようになっていくのかもしれない。

アーティストであれば、それを、自ら演出しようとしてしまうかもしれない。


もう一つ、美輪明宏さんが興味深いことを言ってましたっけ。

美輪さんは、三島さんと長年に渡って懇意にした人だ。

ある日のパーティーでのこと、

美輪さんは突然、三島さんの背中のところに変な人影が見えたそうだ。
緑色ぽい人影で、青年将校のような姿をしていたという。

ところが、美輪さんは、その人物を知らない。

「どうやら、二・二六事件の関係者じゃないかしら。」

そこで、三島さんに、その関係者の名前をあげさせたそうだ。

いくつか名をあげても、みんな違う。

そのうち、「磯部浅一」の名をあげたとたん、それは、ぱっと消えた。

「それよ!その人よ!」と、美輪さんは叫んだ。

霊は名をあげられると消えるそうだ。

三島さんが、どうやら、磯部浅一の霊に憑依されていたというのは、知る人ぞ知る有名な話。


美輪さんは、こんなことも語っている。
    ↓
「『憂国』を書いてる時に、自分であって自分でないようなおかしなことはありません?」って聞いたら、「ある」っておっしゃって…。

眠くなっても筆だけ闊達に動いてるんですって。で、どうしてもやめられない。

終わった後読み返して、文に不満があるんだけど、書き直そうとしても何かが書き直させない力が働いて、あれは不思議だったっておっしゃった。

あの「憂国」というのは、純粋に三島さんではないと思っています、半分ね。」



磯部浅一という人物は、二・二六事件の実質指導者で首謀者として銃殺刑を受けている人物。

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処刑が決まったあと、獄中での磯部は、軍の幹部から、世の中すべてに至るまでを呪う文書を多く残してる。

死にたくない、仇がうちたい、全幕僚を虐殺して復讐したい・・・とか。

「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」などと書き記して、
現天皇はおろか明治天皇、皇祖神、天照大神にいたるまで叱り、呪っている恨みっぷりだったそうだ。

「成仏するつもりなど、さらさならない、悪鬼となりて所信を貫徹してやる!


二・二六事件の青年将校の霊に憑依されていた三島由紀夫


怨んで怨んで、悪鬼のようになって死んでいった人のようだ。

なんと往生際の悪い・・。


そうか~!

そのせいだったのか~!

と、実は、私は自分なりになんか、納得してしまったものだ。。。

私が後期の三島作品が好きになれなかった理由。

なんとも違和感があって、本を手にとっただけでも読む気にすらなれなかった理由は、そこらへんにあったのかもしれない。

違和感と重さ


憂国なんて作品、舞台を見る気さえなれなかった。。。


写真を見たって、たしかに後半の三島さんは、イケメンに変身し、

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素晴らしいボディかもしれないけど・・

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どうも好きにはなれない。

目が、どうにも好きになれない。

異質に、なんだか作り上げたような表情だし・・・。

最初にアップした若かりし頃、たしかに・・ちょっとなよっとしてるけど・・私は、こっの方が100倍好き。

または、せいぜい、このくらいまでの頃の写真

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ネコ好きだったのかな?

彼の作品についても同様に・・・ある頃を境にしてから、つまり、ボディビルあたりを境に・・読む気がなくなってしまった。



それは、彼が彼であると同時に憑依されて、半分は別の人にもなっていたからなんだろうか?


後半の三島さんは、憂国の舞台で真に迫る切腹シーンを撮影したり、関の孫六の名刀を手に入れたり・・どんどん、そっちの方向へ傾いていく。

鬼気迫るように。

憑依の力も借りて(利用して)、クーデターにおよび、割腹自殺に至ったのかもしれない。


しかし、それもまた自分。
自分が呼び寄せた霊、たとえ無意識だったとしても・・・。



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これは、美輪さんが最後に三島さんと会ったときのエピソードから。
   

自決される1週間前、三島さんは私がコンサートをやっている日劇の楽屋を訪ねてこられました。

「出演おめでとう!」と言いながら、抱えきれないほどのバラを持って。

ピカピカの靴でタキシードで正装されてました。
普段ならご家族のことなどはあまり話さない方なのに、その日に限って弟さんの話をしたりして、いつもの様子とはちょっと違っていました。

 三島さんが劇場の控室からお帰りになる際、突然楽屋を振り返り、「もうこれっきり、君の楽屋には来ないからね」と。

「どうして?」と聞いたら、

「今日も奇麗だったよ!なんて嘘をつくのがつらいから、もう来ないよ」
そんな皮肉交じりの冗談を笑いながらおっしゃって出ていかれました。

298521-赤い背景に彼の背中の後ろに赤いバラの大きい花束を持って男



なんとまあ、古い外国映画のセリフみたいに、おしゃれなセリフ(笑)

それもまた、彼の別の一面だったんだろうなあ。



三島由紀夫が亡くなったのは、1970年

今から、もう47年前だ。


彼の魂は今、どうしてるんだろう(笑)

とっくに、統合されてしまい、個としても三島由紀夫はなくなってるんだろうか?


それでも、生きてる我々には、決して消えない人のようだ。

彼の作品とともに、いまだに語り継がれているわけだから。




参考
http://d.hatena.ne.jp/SemiuNatsuhito/20141130/1417345296

http://www.tv-asahi.co.jp/ss/182/special/top.html
http://news.livedoor.com/article/detail/9916106/

人が持つ多面性、一面しか持たない人は?

先日、人というものは、おそらく誰にでも、優しい部分もあればダークな部分もあるものなんだね、という話を友人としていた。


悪いことをしながらも、その陰で良いことをする人がいたり、その逆に、良いことをしながらも、陰で悪い事もする・・というのが人というものかもしれない。

実は、これ、池波正太郎さんの時代小説にも、よく登場してくる人物像なのだ。

こういうのは、今に始まったことではなく、昔っからある、人の持つ性(さが)ってヤツかもしれない。


たとえば、鬼平犯科帳の中では、盗賊でありながらも、ふだんはとってもお人よしで人助けばかりしてるような人がいたり、また、盗賊の頭が、ふだんは、貧しい人や病人相手の慈善事業をやってる人もいたりする。

もちろん、こういうのは、計算ずくで悪事の隠れ蓑にしてるってわけでもなくって、本人はいたって大マジメ。

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鬼平さんの言葉を借りれば・・
    ↓
「人間(ひと)とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく。こころをゆるし合うた友をだまして、そのこころを傷つけまいとする。」

どっちの自分も自分自身なのだ。


また、仕掛人・藤枝梅安の中では、剣の達人の殺し屋の話があった。
この若い殺し屋は、メチャメチャ腕が立つんだけど、どーしようもない極悪非道なヤツで、むしゃくしゃしたってだけで、平気で辻斬りをしちゃうような超危ない男でもある。

たしか、この本だったと思う。
   ↓
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http://mag.japaaan.com/archives/44601


現代でもいるような、まさに、無差別殺人をしちゃうタイプなんだろうね~。


ところが、たまたま、旅先で急病のところを、梅安先生に救われたことがあった。
そのときの、梅安先生の行き届いた治療と人柄にひどく感動してしまい、それから、すっかり梅安先生の信奉者に変わってしまう。

最後は、梅安先生の命を助けんとして、襲ってきた殺し屋を斬って捨てるんだけど、自分も相打ちで殺されちゃうのだ。
梅安先生はあくまでも医者なので、剣客と向かい合ったら、とてもじゃないけど勝てるわけがないのだ。

実は、この男、皮肉なことに・・・本当は梅安先生を殺すために差し向けられた殺し屋の一人だったのだ。
ところが、任務もなにもそっちのけで、最後には助ける側に回っちゃう。

「あれれ? 俺って何やってるんだろ? こんなはずじゃなかったんだけどな~。 」と、思いながら、死んでしまう男。

しかも、当人の梅安先生は、
「あのとき、誰かが助けてくれたような気がするんだけど・・なんだかよくわからないんだよな~!」と言う。

結局のところ、助けた相手に感謝されることすらなく、むなしく死んでいく男の話。


私としては、この話、けっこう好きだったのだ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、このように、どんな人だって、いくつもの顔を持っているものかもしれない。


織田信長だって・・行動力があって、豪胆で残忍、非道なところがあった反面、繊細、緻密、小心、思いやりの深さを持ってたような人だったらしい。
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また、そーんな昔の人でなくて・・三島由紀夫さん。
昭和最後の大文豪、日本一文章が巧い人ともいわれている人。

たしかに、インタビュー映像をみても、ちょっとしたコラム記事であっても、知性の塊を感じさせる人だったし、
たしかに天才!

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でも、その反面、自分のヌード写真集を持ち歩いてたんだとか。
もちろん、自分のヌードを見せびらかすため。
もちろん、みんなに、すごい!すごい!と褒めてもらいたいがために!

おいおい、まるで子供じゃないか!(笑)


もうひとり、文豪で思い出したけど・・・
森鴎外さん

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夏目漱石と双璧をなす明治の巨匠として有名な人だけど・・・一方では、陸軍軍医総監という肩書を持つ人。

日本陸軍の軍医としての軍医として最高の階級とポストに上りつめた人で、たしかに功績も大きいんだけど・・負の功績も併せ持ってる。

当時の日本軍の中では、兵士たちの脚気が深刻問題となっていて、戦争で命を落とす前に脚気で死んでしまう兵士も多かったそうだ。

当時はまだ脚気の原因は不明とされてたんだけど・・どうやら、脚気予防には麦飯が有効!という説が出ていたのにもかかわらず、森鴎外さん(本名: 森林太郎)は、 権力を使ってこの説を握りつぶしちゃったんだとか。

日露戦争のとき、早々と麦飯を取り入れた海軍さんの方では、脚気で死ぬ人はほとんどいなかったのに対して、森さんの陸軍では、脚気犠牲者は万単位の数に及んでしまったんだとか。

権力主義? 頑固? 固執するタイプ? 

とにかく、判断ミスで多くの犠牲者を出してしまったことは確からしい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、まさに、立派な功績として知られる人物であってさえ、必ずといっていいほど別の顔を持っているものなのだ。


人は天使にもなれば、悪魔にもなる

いくつもの顔を持つものなのだね~。



これで、話を締めくくろうとしたのだが・・・。


ちょっと待った!

そうとはばかりは言えないかもしれない。」


いきなり、友人から待った!をかけられてしまった。


以下は、その友人の話
   ↓

僕が中学に上がったばかりの頃、

クラスメートに、T君という、他の小学校からやってきた子と一緒になったんだ。

やせ型で整った顔をしていて、勉強もすごくできたんだ。
いつも、トップの成績をとっていたけど、無口で人とは付き合わないってタイプだったな。

何を考えてるのかわからないようなタイプでさあ・・なんだか、僕は苦手だった。
いや、ただ苦手っていうよりも、正直言って、不気味でぞっとするようなカンジがあったんだ。

たぶん、そんなふうに感じてたのは、僕だけじゃなかったと思う。
他のクラスメートも、口には出さなかったけど・・おそらく、同じように感じてたんじゃないかなあ。

なーんとなく、みんな遠巻きにしてたしね。

でも、そいつは、友達がいなくて寂ししとか・・たぶん、そんなふうに感じるようなヤツじゃなかったんだと思う。
とにかく、なんというか・・そいつは、異質なんだよ。

そいつを取り巻く空気が・・異質としかいいようがないんだけどね~。

あるとき、悪ガキ仲間のS君が、僕のところによってきて、ヘンなことを囁いたんだ。

「俺、見たんだよ!
あいつが! Tのヤツが、ネコを袋に入れて、その上から釘でグサグサ刺してるところを!見ちまったんだ!
それも、いっきに殺すわけでもなく、苦しがって鳴き叫ぶのを面白がってるんだ。
そのうち、血だらけのネコを袋から出して、まだ生きてたと思うんだけど、それを、今度は踏みつけたたんだ。
何度も、何度も・・」

「おい! うそだろ!
だったら、なぜ、そのとき、すぐに止めなかったんだ!」

「そんなこと・・言えるかよ! 俺、俺・・こ、怖かったんだ。。。
あいつの顔、す、すごく楽しそうなんだ!にやにや笑ってたんだぜ!」



今や僕にも、はっきり、その光景が浮かんできた。

Tは、ネコが嫌いなわけでも恨みがわるわけでもないんだ。
ただ、痛みや苦痛を与えてもがき苦しむさまを楽しんでいたんだ。


おそらく、Sの言ったことは本当なんだ!

Sってやつはね、悪ガキで頭は悪いくせに、腕っぷしも強いし正義漢もあるヤツだったんだ。
そのSが、あれだけ怖がったくらいなんだから・・・どんだけ、すごい光景だったか、想像つくさ。

それからしばらくたって、クラス中で、それが噂になった。

そのうち、ネコだけでなく、犬を痛めつけて半殺しにしたなんて話も聞こえてきた。

「とくに、盲導犬を痛めつけるのが楽しい。」と、Sが言ってた・・なーんて話を耳にもした。

「盲導犬は、盲人が連れてるから、そっと近寄って、犬をアイスピックで刺すんだ。
だけど、一撃では殺さないように、刺すんだ。
その、ぶすっと刺す感触がたまらないんだぜ。

盲人には見えないし、充分訓練された盲導犬は、どんなに痛くても決して吠えないし我慢するように躾けられてるから、こっちが気がつかれる心配はないしね。

それで、後をつけながら、少しずつ刺していくんだ。
ついに犬が倒れてピクピクする。
盲人は何がなんだかわからず、そこに残されたままオロオロしてるんだ・・・ああ、想像しただけでも快感だぜ!」


と、言ったとか・・・。

それはただ、噂に尾ひれがついただけの話だったのか、それとも、Tが本当に誰かに語ったことだったのか・・。
でも、僕は、なんだか、本当にTだったら、やりそうなことに思えたんだ。

Tだって、そんな噂がささやかれてるのを知ってたはずなんだけど、まったく、いつもの通りでちっとも変わらなかった。
いつも、能面のように無表情な顔のヤツなんだ。

僕は、ますます、T'が空恐ろしくなった。

・・・・・・・・・・・

僕はね、子供の頃から、おばあちゃん子でさ、共働きの両親よりも、実際、ばあちゃんに育てられたようなものなんだ。
ばあちゃんはね、ちょっと・・人と変わってる人でね、昔は田舎で霊媒師みたいなことをやってたらしいんだ。

そういった話もよく色々してくれたもんだよ。

でさ、 僕は、学校で噂になってるTの話をばあちゃんに話したんだ。

そしたら、黙って聞いてくれてたんだけど、最後にひとことだけ言われた。
「ふーーん。 お前は、いっさい、そんな噂話にかかわるんじゃないよ!」とね。

それから、しばらくたって、夕方、ばあちゃんの荷物持ちで買い物につきあったことがあった。

すると、本屋の前で、Tが雑誌の立ち読みをしていたんだ。

僕は、知らないフリをして、そのまま、ばあちゃんと一緒に行き過ぎた。

その日、家に戻ってから、ばあちゃんが、突然言い出した。

「お前が話してた、Tって子は、さっき本屋にいた子じゃないのかい!」

「ばあちゃん、なんでわかったんだ! 僕は一言も話してないし、僕が異常な態度でもしてた?」

「いや、お前はいつも通りにしてたよ。
お前は、ポーカーフェイスってやつが、うまいからね~。」
と、ばあちゃんは、にんまり笑った。

「だけど、私はね、すぐに、あいつのことだ!てわかったよ。
人は、それぞれ気を発しているんだけどね、あの子の持つ気は、異常だったから。
いいかい! 絶対、あの子に近寄ってはいけないよ!

たいがいのことは、ばあちゃんには出来るし、悪い気を良くすることだってできるんだけどね・・
あれだけはいけない! あれだけは、ばあちゃんにも手に負えない!
あれは、もう人ではないよ。

いいかい! 絶対近寄ってはいけないよ!」


と、ばあちゃんは、何度も何度も、僕に念を押した。

「わかったよ。
だけど・・人ではないってどうゆうこと? それじゃあ、魔物かなんかじゃないか。。。」

「そうかもしれないね~。 
ごくまれにね、ああいったものが人として生まれてしまうこともあるのさ。
先祖の因縁というやつか、積もり積もった怨嗟から生まれてしまったのか・・それはわからない。」



それから、たぶん、1か月もたたないうちに、Sが死んだ。

朝の駅のホームで、線路に落ちて轢死したのだ。

もちろん、事故死ということになった。

だけど・・

最初に、Tの噂をしたのはSだった。
TはSを怨んでいたかもしれない。

だから・・・

ふと、僕はそんな想像をしてしまった。

証拠は何もない。

もちろん、噂話は先生たちだって知ってただろうけど・・誰も真実を探ろうともせずに、すべては噂として処理されてしまったようだ。

きっと・・誰だって、言いようのない、不気味な恐怖を感じてたんじゃないだろうか?


僕は、それから半年もたたないうちに、父親の転勤で東京に引っ越すことになった。

それ以来、Tとは会っていないし、消息も聞かない。

それどころか、あの中学校時代の友達は、もう、一人もいない。
みんな消息不明になっちゃったんだ。

ああ、ばあちゃんはね、僕が高校に上がった頃に亡くなったよ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上が、友人の話だ。

これを聞いてるうちに、私は、ふと・・・伊坂幸太郎さんの、
オーデュボンの祈りという小説を思い出していた。
この中に出てくる、たしか・・城山という男が、まさに、T君のイメージとダブルのだ。

人間は良いこともすれば悪いこともする。
多面性があるものだ。



だからこそ、

霊媒師のおばあちゃんのような人がいれば、良い面の方へ導くことだってできるのだろう。
それが、本人の幸せにも通ずるのだから。

ところが、残虐性が最上の喜び、という・・たった1つの顔しか持たない人もいるのだろうか?

本当に、小説の中の・・城山みたいな人間は実在するんだろうか?


人や動物が苦しむのを見るのが最上の喜びであり、最上の幸せであり、その1つの顔しか持たないんだったら・・

そりゃ、どうにもならない!ことになる。。。


私は、幸いにして、まだ、そんな人には会ったことが無い。



もう一度、私は友人に聞いてみた。

「ねえ、そのT君ていうのは、強力な地縛霊かなんかに憑依されて、そうなっちゃったんじゃないのかな?」 と。

「僕も、最初はそう思って、東京に来てしばらくたった頃、聞いたことがあったんだけどね・・
ばあちゃんが言うには、まったく違うそうだ。 あれは、憑依なんてものとはまったく別で、憑依されようもないシロモノだって言ってたよ。

まだ、地縛霊の方が説得しだいで、浄化して成仏してくれるけど・・あれは、真っ黒な闇だけを持って生まれてきたものなんだってさ。」

IH調理器具のある文明とEMP攻撃、そして最期の日は

「あら、あなたのとこ、いまだにガスコンロなんか、使ってるの?
うちのマンションでは、もうずーーと前から、IHコンロよ。 」

と、日本に住む母に言われた。

IHコンロ~?


どうやら、母はこういったものを使ってるらしい。
    ↓
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うちのアパートは、こっち
    ↓
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アメリカでは、まさにこのスタイルが一般的。

一番上が4つのガスコンロ
真ん中で、ターキーやチキンの丸焼きができるし、
一番下で、魚などのグリルができる。

うちのような、一人暮らし用の1ベッドルームのアパートであっても、このタイプが備えられている。

ちなみに、ウチのアパートは築何十年たってるのかもわからないような、古いボロアパート。
(*1ベッドルームとは、独立した寝室が一部屋とリビングとキッチンなどのタイプをいう)


一方、母の住むマンション(←日本ではマンションと呼ぶんだったよね~)は、新築の2LDKだったと思うのだが・・

これじゃあ、どうみたって、チキンの丸焼きは作れないだろーが!(笑)

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もっとも・・日本では、鶏の丸焼きを家庭で作ることなんて、めったに無いので不要なんだろう。


ここらへんに、お国事情の違いが出るのかもしれない。



最近の日本事情は、よくわからないのだが・・・

IHコンロが主流になりつつあるんだろうか?

古いアパートを除いて、すでにIHコンロを入れてるところが多いんだろうか?



たしかに、炎が出ないわけだから、母のような年寄りやら子供にとっては安全かもしれない。

でも、果たして、

◆電磁波の影響はどうなんだろう?

◆食物内の物質構成を変えることなく、調理ができるんだろうか?



電子レンジで調理された食物は、本質的に食物内の物質構成を変える・・・というのは、すでに判明している事実。


実際に、以前私は、電子レンジでボイルしたジャガイモとお湯でボイルしたジャガイモの食べ比べ実験をしたことがあったんだけど、
その結果、びっくりするほど、味が違ったのだ(笑)


それ以来、私は極力、電子レンジは使わなくなった。


しかし、IH調理器については、私は使ったことが無いのでわからない。

そもそも電子レンジとIH調理器は、まったく別物らしいのだ。

こちらは、TOSHIBAのサイトから
     ↓
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http://www.livingdoors.jp/chc/?pid=5&fid=259

どうやらこれによると、

食物内の物質構成を変えることはなさそうだし、つまり、味には影響しない・・ということになりそうだ。


ただし、自分の舌で確かめたわけじゃないんで・・私には実感として、ピンとこないんだけどね~。
(←なんでも、体感してみないとわからない私)



それじゃあ、電磁波はどーなんよ?

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http://www.env.go.jp/chemi/report/h17-08/index.html

こちらの報告書によると、

電磁波の強さが最も強いもの順は、

IH調理器(290μT)
電子レンジ(160μT)
携帯電話(34μT)


その他、ドライヤー、電気毛布、パソコン、蛍光灯からもこの3つよりは弱いながらも電磁波は出ている。

ただし、電磁波の強さは機器から距離が離れると減衰していくってことだね~。
(となると、一番危険度が高いのは、スマホってことになる)


まあ、それならば、離れて使う限りは、電子レンジでもIH調理器でも大丈夫ってことらしい。(←いちおうは・・・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、今更ながら思うんだけど、

私たちは、なんとおびただしい電子機器だらけの中で生活していることか


とくに電磁波の危険性は、だいぶ前から言われ続けている。

日本ではいつからか、よくわからないんだけど・・少なくともアメリカでは、1970年代に遡る。

1979年、American Journal of Epidemiologyによって、電力線の放射によって、白血病や他の癌のリスクを高めると発表されて以来、州によっては送電線付近に学校などの施設などの建設が許可されなくなった。

さらに、ロシアでは、

1976年に電子レンジ使用禁止されてたようで、残念ながら・・90年代始めのペレストロイカ後に解かれたとのこと(←なんで、残念ながらなんだか?)


禁止された理由は、今更言うまでもないけど・・・
   

(1)電子レンジで調理された食物を食べた人は統計学的に胃がんや腸がんなりやすいし、末梢細胞組織の変質や消化機能および排泄機能がだんだん悪化する。

(2)食物の中身の物質の化学変化やリンパ組織内に起こった機能不全により、腫瘍やがんの成長から身体を守る免疫能力を退化させるため。

(3)マイクロ波を浴びると食物の栄養価が著しく減ることが研究結果として出ているし、さらに重要なことはビタミンB群・ビタミンC・ビタミンE・必須ミネラル・抗脂肪性栄養物(病的蓄積脂肪を防ぐ物質)の生物学的利用能を減じてしまう。

(4)加熱した肉は人間が活動する上で有効に作用するが、マイクロ波調理した肉はがん促進因子「d-ニトロソジサノラミン」を増加させる。

(5)がん誘発の血管基(tree radicals)は特定の微量ミネラルや植物成分の分子構造内で形成された。とくに生の根菜類でより形成された。

(6)電子レンジで調理された食物を食べると血清内のがん細胞が増殖した。

(7)電子レンジで調理された食物は本質的に食物内の物質構成を変える。そのため消化器系統に障害をもたらす。

*マイクロ波研究はベラル-シのクリンスク(klinsk)にある無線技術研究所で行なわれてきた。
これは、ロシア法医学チ-ムによる電子レンジの人体への影響(米国の研究者ウィリアム・コップ(William Kopp)によるもの)



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ライナス・ポーリング博士Linus Carl Paulingという、量子化学者、生化学者で、1954年にノーベル化学賞を受賞した人がいたんですが・・
    ↓
Linus Carl Pauling

彼は、もう、何十年も前に・・こんなことを言ったそうだ。

「電子レンジで調理された食品のタンパク質は、L型アミノ酸が自然界にはないD型アミノ酸に変化しており、代謝不可能となっている。
それが原因となって、きわめて有害な活性酸素の発生が促進される。」



ところが、一方では、
様々な症状の存在は真実とした上でさえ、「医学的診断基準はなく、その症状が電磁界曝露と関連するような科学的根拠はない」

という声もいまだにあるそうだ。

さらに、いまだに手の込んだ料理が苦手なアメリカ人にとっては、電子レンジはかかせないシロモノなのだ。

いかに危険と言われようが、「科学的根拠はない」を信じて利便性にすがりたいのかもしれない。



さてさて、電磁波がどれだけ危険なのか?

結局のところは、みなさんそれぞれの直感で判断して頂く以外はないだろう


・・・・・・・・・・・・・・・

「そんな日常の電磁波の問題よりも、EMP攻撃をされたら、一瞬で世界は終わるよ~。」

と、同僚が言ってたことを思い出した。

これは、北朝鮮のミサイル発射のとき、近い将来には、EMP攻撃(電磁バルス)が目的だろうか?と、数人で話していたときのことだった。


EMP攻撃とは、最近よく耳にすることも多いので、今更あらためて説明することもないでしょうが・・

ElectroMagnetic Pulse エレクトリックマグネティック・パルス

ひとことで言ってしまえば、

高高度核爆発(こうこうどかくばくはつ)を利用して電磁パルスを発生させて、通信ネットワークや電子機器に影響を与えることによって、市民生活をマヒさせてしまう攻撃



さらに、

米国EMP攻撃対策委員会委員長によると、

「EMP 攻撃は、それほど高い技術を持たなくとも可能で、たとえば、長距離弾道ミサイルを持たなくても、 高高度に核弾頭を高く打ち上げるだけで、EMP 攻撃は可能になる。
たとえば、アメリカの海岸沖で貨物船を使って、短距離か中距離のミサイルを使えばできてしまう」


そこで、北朝鮮の狙いはこれではないか!との噂が多々あるのだ。


たしかに、これは一番恐ろしい武器かもしれない。



「通信ネットワークや電子機器に影響を与えることによって市民生活をマヒさせてしまう」ということは・・・

病院に入院中や手術中の人、または、飛行機で飛んでる最中の人を除いたとしても・・(←この場合は、あっという間にアウトとなる)


もしも、あなたが、フツウに生活していたとして・・

通信機器は使えない、TVもラジオもスマホもないので・・どこにも連絡できないし、情報も得られない。

銀行の機能もマヒするので、カードも使えないし、現金もおろせない。

交通機関がなくなる。 電車も車もストップ(車はすべて電子機器だからね~)

その結果、食料品が手に入らなくなる。 飲料水もなくなる。

で、じわじわと飢えて死ぬ。
または、パニックになった人たちによる暴動で殺される。

自滅する

ってことになる。

もしもこれが、アメリカに使われたなら、1年以内に米人口の最大90パーセントが死亡するという指摘まである。


ところが、

「影響を与えるのは電子機器類であって、人体への直接的な影響はほとんど無く、人体への直接的な攻撃ではないため、それほど非人道的なものとは言えない」という意見もあるらしい。

へ?

そりゃあ、直接、ヒロシマやナガサキの原爆投下のように、一瞬にして死んでしまうことはないにしろ、
二次的にでも大量に死ねば、同じことじゃないんか?

むしろ、じわじわと死を待つ方が恐ろしいもので、より残酷かもしれない。


私には、そのように思えてならない。。。


そういえば、戦国時代には、兵糧攻めという戦い方があったのをご存じだろうか?

豊臣秀吉さんが、得意だったと聞くが・・。

籠城し兵糧を絶たれた側は、もう、地獄絵図さながらだったという。

信長公記(しんちょうこうき)によると、「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」とあるという。

牛馬、雑草までも食べつくし、ついには・・という記述もある。

たしかに血を見ることはないし、何よりも自分の兵の損失が無くて済む、時間はかかるけど合理的・経済的な方法だ。
相手が餓死するのを待てばいいだけなんだから。


しかし、これは一番残酷な方法じゃないだろうか? と私には思えてならない。

たぶん、EMS攻撃もまた、これと同じような死を迎えることになりそうだ。



電子機器はすぐに復旧できるんだろうか?

残念ながら、多くのアメリカ人は、政府にも軍隊にもそんな期待を置いていない
(笑)

おそらく都市生活者は全滅。



生き残る確率があるとすれば、ド田舎で、近くに小川が流れているかして、水の供給もできて、自給自足している人たちだろう。

こーんな人たち
       ↓ 
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移動手段は、馬か、前時代的なピックアップトラックのみ(電子機器が搭載されてないヤツ)

これなら、たぶん・・大丈夫そう(笑) ・・ただし、当然ながらガソリンは必要だけどね~。
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いや、それよりも・・・もっと根本的な問題があった。

「電子機器には影響するけど、人体には影響しない」と言われている。



これは、「言われている」ってだけの話で、確実な実験結果が出てるわけでないのだ。


たしか、1962年あたりに、ハワイ諸島とカザフスタンだったかで2度ほど実験されたらしいが、いずれも人の少ない地域だったわけだし・・・その当時とは電子機器だってはるかに違っている。

人体や動植物に、どんな影響を及ぼすかは、まったく未知の世界なのだ。


うーーむ。

電子レンジで茹でたジャガイモの味だって変わるんだし・・私としては信じがたい(←話はそこかよ!)


じゃあ、完璧な地下シェルターを持ってれば、大丈夫なんだろうか?

超リッチな連中の中には、核爆弾にもEMPにも影響しないような地下シェルターを持っている人もいるらしい。

果たしてその中で、どれほど多くの水と食料の備蓄してるかはわからないが・・いったい、どれだけの期間が生活できるんだろうか?

いずれにしても、無制限に食料と水が作られるわけではないのだ。
あくまでも備蓄に過ぎない。


カリフォルニア州に本拠を置くAtlas Survival社は、マルチルームの豪華なラインで1万ドルから10万ドル以上の消費者シェルターを販売しているが、その在庫はすでに売り切れてしまったそうだ。
     ↓
us-nuclear-shelter-atlas-trump-north-korea.jpg
http://www.ibtimes.co.uk/bomb-shelter-website-sells-out-us-citizens-prepare-nuclear-war-north-korea-1634660


生き延びて待ってる間になんとかなる?
誰かがなんとかしてくれる?


そりゃ、NO~ だと思うなあ。(笑)


どんな豪華シェルターで、当分の間には水や食料に困らなかったとしても・・いつまで待てばいいのかわからない状況下では、
精神力がモノを言う(笑)


つまり、そんなわけで、

今のところ、完璧な安全策は無い。
ましてや、一般市民にあるはずが無い。


かつてのヒロシマ・ナガサキの原爆よりも、恐ろしいシロモノになりそうなEMP

たぶん、それ以上の武器であり、地球上のすべての文明を消し去れるパワーを持つ武器

それを熟知してる人が、それほどまでに、非人道的なものを実際に使えるものだろうか?


そりゃ、普通の人だったら、そんな非道なことはしないでしょうが・・人は追いつめられるとわからないものだ。

ましては、サイコパスだったら、普通の人ではないわけだし・・。

nothkorea.jpg

Hmmmm

・・・・・・・・・・・・・・

私たちは、いつどうなるかわからない世界に住んでるということだ。

どんなに平和ボケしてよるがいまいが、出来事はある日突然起きるわけだし、ある時を境に、ガラっと変わってしまう。

そんなことは、今までの地球の歴史をみたってわかりきってることだよね~。


EMPじゃなくても、突然、大きな太陽フレアの可能性だってあるはずだし・・
危険なんか山ほどある(笑)


さて、いざとなったら?

そうなったときは、もう、覚悟するっきゃない!(笑)

なぜか、ふと、私はこんな言葉が浮かんでくる。

『どうせ死ぬるならみなで楽しく死ぬのじゃ^^』


えーーと、これ、なんだっけ?

さんざん考えて思い出した!


これは、NHKの大河ドラマ、毛利元就の中に出てきたセリフだった(笑)

この大河ドラマは、1997年のもので、今から20年前だったんだね~。

もっとも、私がこのドラマを見たのは、数年前のことでYoutubeで見たものだったけどね~。


さて、それがどんなシーンだったかというと・・

敵の尼子軍に包囲されて、もはや絶体絶命状態の中。

979003003.jpg


なぜか、杉の方(元就のお父さんで毛利弘元の側室)、彼女だけは明るいのだ。(いつも明るいキャラで、泣いたり笑ったり怒ったりが派手なタイプ)

そこで、「どうせ死ぬるならみなで楽しく死ぬのじゃ^^」と彼女が言い出し、
ねえねえ、今度生まれ変わったら、どんな人になりたい?なーんて、話をはじめる。

悲壮感&絶望感の渦中にいた周囲の人たちも、つられて・・「えーと私はね~、」なんて話出すうちに・・

次第にみんなが明るい雰囲気になっていく。

そーんなシーンだったのだ。

超美人だけど、ちと頭が悪い、お茶目な天然キャラ。
それでいて、要所要所に鋭い名言を残す、頼もしい存在でみんなを引っ張ていく・・・そんな役どころを演じたのが、松坂慶子さんという女優さんだった。


今思うと、昔の大河ドラマは、今と違って・・ずーーと面白かった気がするなあ。


とにかく、それ以来、


楽しく死ぬのじゃ~、が私の座右の銘となった。(笑)


たとえ、EMP攻撃によって、自分を含めた多くの人が死んだとしても、

それによって、間違った方向へ突っ走ってしまった、文明生活の幕引きができる。
時代が生まれ変わる
生き残った人に新たな時代を託すことができる
人口増加問題が解決できる

悪いことばっかじゃないよなあ!
と思う。


そもそも、杉の方(すぎのかた)のように、多くの人が「楽しく死にましょう!」をモットーにしていれば、悲惨な結果にはならなかったりして・・(笑)

まさに、集合意識のパワーが奇跡を起こす?(笑)

事実、このドラマ(史実でも)、絶体絶命の危機を乗り越えちゃったわけだしね~。



惨事は突然起こる、同時に、奇跡も突然起こる。

だから、世の中は面白い。

だったら、やっぱり・・最期の瞬間まで楽しいに限る!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

きょうは、IHコンロの話から、EMP攻撃へ、そして地球最後の日の心構え? まで・・・なんだか、ヘンな方向に話が発展してしまったなあ。

まあ、私の、いつものことだ。

サンクスギビングデイに日本史を考える

今ちょうど、こちらはThanksgiving Day(感謝祭)の朝で、よく晴れた静かな朝だ。

そう、まさに・・日本でいうところの元旦の朝のようなものだろう。

人々は家族と過ごすために帰省し、感謝祭の特別メニューをみんなで食べて祝うのだから。

典型的なサンクスギビングメニュー(スタッフィングしたターキーローストにクランベリーソース、マッシュドポテトにグレービーソース、パンプキン・パイ・・・この3つはかかせないもの)
1510791692812.jpg

サンクスギビング(感謝祭)の歴史は、ご存じのように、1620年メイフラワー号に乗り込んだ入植者の一団の歴史がベースとなっている。

入植者一行は、マサチューセッツ植民地で、イギリスから持ってきた種子を使って農耕を始めたところ、現地の土壌に合わず収穫がまったくできなかった。 

その結果、冬には寒さと飢えで多くの餓死者を出してしまった。

それを見かねた現地のインディアンが彼らを援助し、ようやく収穫ができるようになったとき、その感謝を表す目的で1621年に先住民を招いて収穫を祝う宴会を開いたのがはじまり、ってことになっている。



おー! いい話じゃないか!と思うものの・・・どうやら、この話はあやしい(笑)

アメリカ先住民との間には、戦争、虐殺、略奪という暗い歴史しか無いので、1つくらいは「明るい話」があってもいいんじゃないかい? と、いう意図で広められた話ではないか?ともいわれてる。

へ? そんなもんかい?

また、サンクスギビングデイを国民の休日として制定したのは、16代大統領のリンカーンだったのだけど・・
彼は、インディアンは黒人以下の害虫とみなして大量虐殺をしまくったのは有名な話だし・・こりゃ、どうもなんらかの政治的意図も隠れているような気もしてくる。

うーーむ。。。

まあまあ・・・

今となっては、サンクスギビングはアメリカ全土で一番のホリデーになってるわけなんだし・・それはそれで良しとしよう(笑)
そんなことを考えるよりも、今はご馳走を食べるぞ~♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、思いつつも・・やっぱ、ふと考えてしまった(笑)

どこの国の歴史であっても、「時の権力者に都合がいいように改竄されてる」というのは、当然のことだよなあ。


そのほとんどは、残された書物から探ることになる。

その書物自体がいつ、誰によって、どのような意図で書かれたのか?ということから探らない限り、それがどこまで信ぴょう性があるものかは見えてこないってことになる。

そのために、歴史学者がいるわけだし、それ以前の古いものは考古学者が担当することになっているんだった。


ところが、世界中の歴史において、
「日本の歴史は、一番といっていいほど歪められてしまってるのかもしれない。」と、思うようになったのだ。


実は、少し前に、日本の古代史を調べていて、いくつか、あれ~?と、目からウロコ状態になったことがいくつもあった。

それ以来、 うーーむ。 私が教わってきた日本の歴史って・・ホントかよ?と思うようになったのだ。

ついでだから、きょうは、少しその話をアップしようと思う。(←なんでサンクスギビングデイで、日本の歴史を考えたんだかわからないんだけど(笑)


◆縄文人と弥生人

縄文人は毛皮を巻いて狩猟採取をしていた。
文明レベルが低い。


まさにこーんなイメージね
    ↓
a187068.jpg


そこに2500年ほど前、朝鮮半島から稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
鉄器を使う、進んだ文明を持った「弥生人」

日本民族はすっかり弥生人へと入れ替わり、農耕生活をはじめた。 それを弥生時代とよぶ。

こっちが、弥生人イメージ
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https://blogs.yahoo.co.jp/randokku2000/40573087.html

         
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これは、2005年に国立科学博物館で開催された特別展の、「 縄文 VS 弥生」のポスターから。

左、縄文人は、目鼻立ちがくっきりぱっちりで、アクセサリーを身にまとい服にも刺繍が施されている(ちなみに、これは一般女性の姿だそうだ)

一方、右の弥生人は、のっぺり顔。 一般女性はアクセサリーはしないし、とってもシンプル実用的な服


そして、土器

そういえば・・昔、教科者に載っていた土器をみて、びっくりした記憶がある。

これは、火焔型土器 と呼ばれてる縄文時代のもの
      ↓
125143019191216122466.jpg
http://www.globe.sh/guzzi/joumon04/joumon-6.htm

ちなみに、これはちゃんと日常的に使われてたものだという。(煮炊きの焦げた跡などもあるらしい)
決してお飾りではないとのこと。



一方、弥生式土器
   ↓
yayoi_doki.jpg

いたってフツーの日用品ってカンジ・・・


これを見て、中学生だった私は、ものすごーーく不思議に感じたことを覚えてる。
だって、どうみたって、縄文土器の方が優れていて、まるでアート! 縄文人は本当に野蛮人だったのかなあ?


で、それを先生に質問したところ・・・

「たしかに縄文土器の方が、まるでアートだけどね、それはおそらく、宗教的な意味合いだとか呪術的な意味も込めて作られていたからじゃないのかな。 
ところが、弥生人は実用と機能のみを追究した。
それこそが、文明の進歩なんじゃないかな。」


と答えが返ってきたのを、よーく覚えてる。

うーーん、なんか、わかったようなわからんような・・でも、どっか「腑に落ちない」、ってのが、私のそのときの感想(笑)


しかし、とにもかくにも・・

縄文人と弥生人では、ルックスも違うし生活様式も違うわけで・・
そもそも、まったく人種が違うものなのだ、と教わった記憶がある。

このように
  ↓
20140505215340a96.png
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2250.html

ちょっと見にくい画像だけど、右が弥生人で面長の顔で一重瞼の骨格なんだそうだ。
左の縄文人は、まったく違う。

この写真は、縄文人と弥生人では顔立ちが違い、民族的特徴がまるで違うということを証明する写真として
NHKが「日本人はるかな旅」という番組で放送したそうだし、その後も、数々の本でも紹介されて広く世に出回ってる写真だそうな。

ところがこの写真、真っ赤な偽写真だったということが判明


なんと1枚の写真を何度もコピーを繰り返すことで作り上げた写真だそうな。
(当時はコピーマシンの性能が低かったため、全体的に写真が黒ずんだものが出来上がった)
写真をよくみると、顔を線対称にして、張り合わせて作られている。

ええ!!
そんなことってアリ??


はい。 事実だそーですよ~。

でも、不思議なことに・・こんなことが判明されてるのに、なぜか、ちっ~とも、これが大ニュースにもならなかったような。。。そっちの方が不思議だ。。。



なぜ、こんな偽写真まで作って騙したのか!って話は後にして、とりあえず、次の時代を見てみよう。


◆古墳時代
その後、弥生人たちは、さして文明の進歩がないままに、古墳をせっせと作り、豪族たちが勢力を誇示したいた時代。
それを古墳時代と呼ぶ

注:私の時代の教科書では、縄文時代→弥生時代→大和時代→飛鳥時代、で、古墳時代というのは設けられてなかった


さて、一般的には(つまり、教科書で習ったこと)、古墳は有力豪族の富と権力を示す墓とされてきたけど・・さてさて、これも

今では、さまざまな説がある。

こちらの話はまた別の機会にするとして・・。(←詳しく説明すると超長くなりそうなんでね。。)


◆大和~飛鳥時代

7世紀になって、またまた進んだ文明を持つ渡来人たちが朝鮮半島からやってきて、さまざまな文化を日本人にもたらした。

手づかみで食べていた日本人に箸の使い方を教え、文字を教え、仏教などを教え、そのためようやく日本には、文明が花咲いた。


Three_Kingdoms_of_Korea_Map.png

と、韓国の教科書にも書かれているようだし、また、私たちも、そのように学校で教わっている。



ちなみに、こちらが、韓国の教科書の内容だそーです。
    ↓

【韓国 国定中学用国史教科書(1985)】

三国(百済、高句麗、新羅)は、互いに対立し競争する中で活発に文化を交流させた。

中国とも交流しつつ独自の美術を発展させる一方で、海を渡って日本に文化を伝え、彼らの文化の基礎を固めた。

百済では阿直岐(あじつき)と王仁(わんいん)が日本に渡って儒学を教え、段楊爾(たんやんい)、高安茂(こうあんむ)らも学問を教えた。

聖王の時代には仏教を伝えてやり、百済と高句麗の僧侶も多数、日本の仏教界を指導した。

儒学や仏教以外にも、美術、音楽、歴史、医学や農業などさまざまな技術を教えた。

ことに雲徴(たむじん)は紙、筆、墨、硯(すずり)の作り方を初めて日本人に伝え、法隆寺の壁画も残した。

日本が飛鳥文化を興し、古代王朝へと発展することができたのは、三国の文化が伝えられたからである。
(別技篤彦著『理解されない国ニッポン』祥伝社)




あれれ?

なんだか、やたらに「韓国が日本に教えてあげた」ことばっかりが強調されてるような?


これを見た途端、ますます、こんな疑問がわいてきてしまった。

ホントかいな~???
本当に、当時の日本て、そーんなに遅れた文化だったんだろうか?
文明は、すべて、朝鮮半島を伝わってきたものなの?


強調されればされるほど、なんだか疑いの目になってしまう。。。(←素直じゃない、私だけかもしれないけど・・)


さて、ここで、色々と調べてみたところ、

後漢書東夷傳(ごかんじょとういでん)という、中国に残る史書で、日本についての記述があるらしいのだ。

それは、これ
  ↓
======
建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬
======

ん? さっぱりわからん

つまり、日本は、「漢委奴国王」と記された金印を、漢の皇帝から受領している。
と書かれているんだそーです。

別の言葉で言うと・・

西暦57年に、倭奴国の王が後漢の光武帝からもらった

実際に、この金印は、江戸時代に福岡県の志賀島で発見されたそうですよ。

画像はWikiより
King_of_Na_gold_seal.jpg


ちなみに、卑弥呼が魏の皇帝からもらったとされる金印は『親魏倭王』の金印とされ、こっちはまだ見つかってないらしい。


でも、どっちも金印!!

そう、ここが問題らしい(笑)

そもそも古代中国には、、玉印、金印、銀印、銅印の区分があったそうで・・
玉印は、象牙でできた印であり、これは中国の皇帝だけが用いたものだそうだ。

金印、銀印、銅印は、中国皇帝が下賜する印だったそうで・・金印をもらえる国は、中国皇帝と対等もしくはそれに近い国力を持った国のみだったらしい。
そう、まるでオリンピックメタルみたいな格付けがあったようだね~。

で、すでに・・日本は金印をもらってる!!


おそらく当時の日本は一枚岩だったわけではなく、あちこちに小国家があったらしいのだが・・いずれも金印。

ちなみに、朝鮮半島の国は、銅印だったそーだよ。


あれれ~?
私たちが習ってきた歴史とは、まーったく違う!



つまり、中国皇帝が認めるほど文化が進んでいる国だったことになる。



韓国の教科書によると、文字すらないオクレタ国のように、書かれてたけど・・文字が無い国に印鑑をくれると思えないし・・
しかも、金印なんだからね~。


事実、いくつかの神代文字というのが残ってる。

だけど、なぜか偽作とされることも多くて・・公には認められてないらしいけどね~。(←これも不思議な話だよね~)

こちらは荒神山の御札。左側にあるのが神代文字
800px-Koujin_yama.png

どうみたって、

おそらく当時の朝鮮半島より、日本の文化の方が、ずーーと発達してたように思えてくる。


そこで、新たな疑問

なぜ・・日本の文化はそれほど発達していたのだろう?
いったいどこから?



ここからはあくまでも私の想像なんだけど・・

日本は東の果ての国だったから・・・じゃないだろうか?

ずっと前の記事に、ユダヤの謎と日本の起源というのをアップしたことがあった。
ここで、古代ユダヤ民族が、お告げに従って・・東の果てにある「日出処の国」を目指したという内容を書いた。

ユダヤの謎と日本の起源(その1)
続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)
続々:ユダヤの謎と日本の起源(その3)


おそらく、古代ユダヤ民族のみならず、なんらかの理由で新天地を求めた古代人たちは、東へ東へと旅をしてきたはず。

ユートピアを思い描き・・
永住の地を求めて。

となると・・行きつくところは日本

これより先は太平洋になっちゃうわけなんだからね~。


最後にたどり着いた地は、「緑が多い四季のある土地、しかも海・山の幸がある」

だとすれば・・彼らは、そこを最後の地として喜んで移住したのではないだろうか?

水と緑が豊富で、魚、獣が豊富で作物が実る国
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となれば、さまざまな人種に溢れていて、さまざまな文化をもたらした人々がいて、おのずから日本は文化が進んだ国になるのは必然だったんじゃないかな~。

従って、当然・・縄文人も弥生人なんて人種もなく、さまざまな顔立ちの人たちがいた・・・と考えられるんだよね~。


だからこそ、中国皇帝が認めるほどの文明の進んだ国だったんじゃないだろうか?


もちろん、中国はじめ、さらにヨーロッパやアフリカ沿岸には、文明国はあったけど・・・たった、1つ、日本がそれらの国とも大きく違ってる点がある。

しかも、縄文時代には武器がない!

約1万7千年続いたとされている縄文時代、まったく、武器らしきものが出土されてないんだそうですよ~。
(もっとも、食料とする動物を射止めるための武器はあったらしいけど、対人間用の武器はまったく出土していない)


これは世界でも類をみないんだそーです。

他国と比べて・・

縄文時代は、

すべての人々が共存できた国
争いがほとんどなかった国





だからこそ、縄文文化では、あんな芸術作品ともいえるような土器を使って生活できたんだろうし、刺繍を施した衣服やアクセサリーを身に着けることもできたんではないだろうか?

いつ襲われるかわからないような状況じゃ、実用第一にならざるを得ないわけだしね~。


そうそう、もうひとつ。

当時は、●ヒスイの勾玉を朝鮮半島や中国に輸出してたらしい。

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ふーん、そうなんだ~・・と、ここで、サラッと終わってはいけない!(笑)

この事実は、実は・・とってもすごいことなのだ。

ちなみにヒスイは硬度が6.5、ちなみに鉄は5

鉄器をまだ用いることがなかった日本で、鉄より硬いヒスイの加工技術があったってことは恐るべきことなのだよ~。



さらに、それだけじゃない!

さらに、●すでにが利用されていたそうだ。

Wikiによると・・

土器の接着・装飾に使われているほか、木製品に漆を塗ったものや、クシなど装身具に塗ったものも出土している。漆製品は縄文早期から出土し、縄文時代を通じて出土事例が見られる。



漆の起源は、ヤマトタケルにあるらしい。

こちらもWikiによると・・

倭武皇子(やまとたけるのみこ)は、宇陀の阿貴山で猟をしていたとき大猪を射たが、仕留めることができなかった。
漆の木を折ってその汁を矢先に塗って再び射ると、とどめを刺すことができた。
そのとき汁で皇子の手が黒く染まった。

部下に木の汁を集めさせ、持っていた物に塗ると美しく染まった。そこでこの地を漆河原(現在の奈良県宇陀市大宇陀嬉河原(うれしがわら))と名附け、漆の木が自生している曽爾郷に漆部造(ぬりべのみやつこ)を置いた。




いやあ、びっくり!

縄文時代に、鉄よりも固いヒスイの加工技術を持ち、しかも漆まで使われてたなーんて、私はまったく知らなかった。。。


そうなると・・・ますます、高度な文明を築いていたのは、朝鮮半島じゃなくって古代日本の方だったんじゃないかな?という思いが強くなってくる。


ただし、文明国といっても・・他の文明国と比べて、その精神性がまったく違ってたんだよね~。

権力者が武力を持って国を統治するというのが一般常識。


ところが、古代日本(縄文時代)は「和を持って貴しとする」の精神で、すべての人々が共存できる国だった

それこそが、他国に類を見ないものだったらしい。

こちらは神話の中に出てくる話だけど・・その精神性が実によく書かれている。
       ↓
古事記における国譲りの神話

スサノオノミコトの子孫の大国主神(おおくにぬしのみこと)は、出雲地方、葦原中国(あしはらのなかつくに)を支配していた。

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https://yaoyoro.net/%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E4%B8%BB%E5%91%BD.html


以下が古事記の原文と読み下し文。
   ↓
「天照大御神、高木神之命以、問使之。汝之宇志波祁流葦原中國者、我御子之所知國言依賜。故汝心奈何。」


で、こうゆう意味なんだそうだ。
    ↓

天照大御神の命もちての使せり。汝(な)が領(うしは)ける葦原の中つ国に、我(あ)が御子の知らさむ国と言よさしたまへり。
かれ汝が心いかに。(古事記)



ん??(←まだ、イマイチわからん私)

で、もっと簡単に説明していただくと・・ポイントは、この2つにあるそーです。

ウシハク国
シラス国



「主人(うし)」が「履く(はく=所有する)」、主人が自分のものにする、という統治手法

「シラス」は、古い日本の言葉で、「シラス、シロシメス」などと活用されて、「統(し)めらふ」、つまり「統(す)めらみこと。
これは「知らしめる」という意味で、つまり「知らせ」を聞いたみんなが情報を共有化し、互いに必要な役割を定め、みんなで一致団結、協力して国造りをする。



そう、つまり・・

国というのは、権力者個人のものじゃなくって、知らせを聞いた人達が共有し協力し合うことで国を治めていくものなんだよ~。

天皇と民による君民共治にしなきゃダメなんよ~。
だから、アンタ(大国主神のこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)に国を返してちょ!

と、アマテラスさんのお使いの者が、オオクニヌシさんに迫ったそーです。

そこで、オオクニヌシ(大国主神)さん、

「うーーん、僕が今まで苦労して、これだけ国を立派にしたんだけどな~。 ちと残念だけど・・
でもなあ、やっぱ、言われてみればそのとおりだよな~。」


と納得して、国譲りをしたって話。


それが、他国のウシハク国々と大きく違う日本の特徴=シラス国



おそらく、これこそが日本における国作りの基本的精神だったんでしょうね~。


その後、時代は変わり~

弥生時代当たりから・・精神性は変わり他国同様のウシハク国精神になってきてしまったところで・・

聖徳太子が出現。

そして、17条憲法を作った。

その冒頭は、みなさん、ご存じのとおり、
「和をもって尊しとなす」


おそらく、聖徳太子さんは、まさにこの、太古の昔にあった思想、精神性をもって、新しい国作りを志したんじゃないだろうか?


・・・と、思ったわけです。

・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここで・・なんだって、日本の歴史がこんなにも怪しいものになってしまったのか?を探ってみることにする。


縄文人と弥生人写真の偽写真までもが堂々と報道されてしまうとか(笑)

私が学んだ時代の教科書でも、いくつかの説をありますよ~と、紹介するスタンスではなく、
「XXとなっている」、「XXと決まっている」みたいな、決めつけられたスタンスだったように思う。

そもそも古い時代になればなるほど・・確実なものを探るのは難しいわけで、さまざまな説があるのは当たり前なのに~。


たぶん、その原因のひとつは、戦後日本がGHQの支配下に置かれたこと。らしいのだ。

GHQによって、公職追放令というのが出されたと聞く。

つまり、GHQの意向に反する教授たちは、「追い出される→仕事なくなって路頭に迷う!」ってことになってしまった時代だったらしいのだ。

一方、アメリカさんとしては、「神の国、皇国日本」という思想を危険視していたわけで、少しでもウシハク国として日本を隷属させたかったんでしょうね~。

そのためには、日本人に、日本は古代から文明の進んだ国と思わせてはいけない!・・・という意向があった。。。(笑)


さらに、現代では、近隣諸国条項ってのが、ちゃーんとあるそうです。

近隣諸国条項(きんりんしょこくじょうこう)とは、日本国の教科用図書検定基準に定められている「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」という規定のこと。Wikiによる

なんだここりゃ?

私にはさーっぱり意味不明なんだけど・・・ようするに、近隣諸国と仲良く足並み揃えましょう!ってことで、某国との摩擦を招かないためにも、現代の歴史教科書が作られるってことのよーです(笑)


だからこそ、韓国の教科書と足並み揃えるような教科書をつくるってことになるんだろうか?

どうも・・私には理解できない世界なんですが・・(笑)

ようするに、歴史の教科書ってのは、アカデミックなものではなく、政治色の影響で作られるものなのかもしれませんね~。




そうそう、例えば・・最近の教科書では、聖徳太子を載せてないのも多いんだとか。

一時は一万円札にもなってた人なのに~(笑)


教科書に載せてあっても、厩戸皇子(うまやどのおうじ)という記述で、ほーんと1行くらいでさらっと終わってしまうか、または、聖徳太子というのは現実には存在していなかったという説を支持するため、まったく載せないんだとか。

そうなんですね~。

なぜか、聖徳太子は存在してなかった・・って説が近年になって浮上してきたよーです。

なんだかふと・・

ここでも、近隣諸国条項を使って、「日本を古代から文明の遅れた野蛮な国」とイメージづけしたい。
それには、業績が立派だった、聖徳太子は邪魔!

なーんて、意思が働いてるようないないような・・そんな想像までしてしまう私(笑)


とにかく、歴史とは、真の教育や学問というアカデミックとは違ったところに存在してるようです。

さらに、文科省と国立大学閥、そこに生まれる階層社会、予算の分捕り合戦といったような、大人の都合ってヤツがあるようです(笑)


やれやれ😥

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別に~、古代日本が文明の遅れた国であったとしても、進んだ国であったとしても、
また、その逆に、当時の朝鮮半島が進んだ国だろうが遅れた国であったとしても・・・

私的には・・そーんなことは、どっちでもいいことだと思うんだけどね~。

古代文明が進んでいたんだから、今現在だって、こっちの国民が優れてる!なーんて理論は成り立たないのに(笑)

なのに、そのレベル思考に固執する人がいるってことなんだろうか。

そしてまた、そういった思考レベルの人々によって国が動かされてしまう・・・ってことなのかなあ?



私は個人的にも、歴史は一番大切な学問って気がする。

だってそこには、政治学、経済学、文化、哲学、思想、神話学などを含むあらゆるものが含まれているんだから。

もしも、それを・・政治色やら大人の事情を抜きにして学ぶことができたら・・・
次世代の人たちによって、素晴らしい国を作っていくことだって可能になると思う。
とくに思想や精神面においては、目覚ましい発展があるだろう。


でも、現実は、ただ・・年号と出来事を暗記するだけの、超だる~い科目で終わってしまう分野。
とくに、私の時代はそうだった。。。


でも、今は、インターネットがある時代
学ぼうと思えば、自分でも学べる時代なんだよね~。


私が、日本の歴史に興味を持ったきっかけは、こんな言葉からだった。
    ↓
「日本は世界の要といわれる国」
「日本は世界のひな型」



『日月神示』や、ルドルフ・シュタイナー、そして・・アレックス・コリアーさんたちも(^-^)/
こんな言葉を残している。。。


日本なんて、ちっぽけな国だし、世界からもずーーと文明が遅れてる国だったのに~、なんでだ~?
という疑問がずーーーとあった。

今、私は、それが、だんだん見えてきた気がするんだよね~。


真実の扉が少しずつ開いていく
ワクワクした気分と一緒に


まさに、そんなカンジ


多くの日本人の方々も、もう一度、日本の歴史を勉強し直してくれればいいなあ~。
もちろん、政治色やら大人の事情を抜きにしたテキストを使って(笑)


参考:
http://nezu621.blog7.fc2.com/

 

サイキック(霊能者)の心得と一般人の心得

サイキック能力を封印してしまいたい!がために、イギリスのサイキック専門学校に留学した、という人から話を聞いた。

封印してしまいたい!って、どーして?と思ったんだけど・・

聞くところによれば、彼は昔から「霊感が強い」人だったようで・・それはもう、大変な苦労をしてきたらしいのだ。


たとえば、道を歩いているだけでも、ふと交通事故で亡くなった人の霊と遭遇してしまい、その人の最後の瞬間の恐怖、痛みが突然に自分の中に入ってきてしまったり、

映画シックスセンスの映像から
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殺人事件で殺された被害者の霊がやってきた場合は、その殺されるときの恐怖、哀しみ、憎悪さえも、自分のことのように感じてしまうし、病院に行けば、そこで亡くなった人の孤独、悲しみも入ってきてしまったそうだ。

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こんな怖いものばっかり見てたんじゃたまらんだろーな~。


また、人込みの中に行けば、必ず頭痛、ひどいときには熱が出て数日寝込んでしまうことも頻繁だったとか。


うーん、ますます、たまらん~。
人生、明るく楽しくなーんて、出来ようはずがない。。。

それどころか、もう、まともに生活ができない!

そんなとき、たまたま、インターネットでイギリスのサイキックスクールを知り、すぐに留学を決めたそうだ。

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まさに、彼にとっては、「藁にもすがる思い」だったという。


それにしても、世の中には、こーんなにもネガティブなものばかりが漂っているんだろうか?

恐怖、痛み、憎悪、悲しみ

なんで、こんなネガティブなものばっかりなんだろう?

ポジティブで美しいものや嬉々とさせてくれるような幽霊さんてのはいないんだろうか?
(←いるわけないだろ! そうゆう人はとっくに成仏していて現生に留まってないんだそうだから。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、
彼は学校に行くことで、状況は良くなったんだろうか?

はい! とっても良くなったそうです。


なによりもよかったことは、

自分と同じようなサイキック能力を持つ人も多かったんで、お互いの気持ちを分かち合える人たちがいたこと。

強烈に感応してしまう自分のサイキック能力のコントロール方法を学べたこと。



これによって救われし、また、自分自身の精神性も大きく成長できたそうだ。


そりゃ、すごいなあ!


そこで私も・・彼が学んだことを教えてもらった。

といっても・・・「心構え」だけだけどね~(笑)


しかし、この「心構え」こそが、すべての基本であり、また、プロとして独り立ちしたサイキックであってさえ、一生を通じて肝に銘じて心掛けていかなければならないことなのだそうだ。


それだけ大切なことらしい。

●リラックスすること

●恐怖を克服すること

●否定的な考え方、否定的なエネルギーを無視できるようになること
(心を常にニュートラルなポジションに置くこと)

●自分自身の潜在能力を信じること

●個人的な利益のために自分の能力を使わないこと



この心構えは、「サイキック能力を開花させるためのもの」であると当時に、
「コントロールする方法」でもあり、ときには、自分で意識して「封印できる方法」ともなるそうだ。

つまり、すべてにおける基本ってわけだね~


そこで、彼がまず試みたことは、

「恐怖心」を持たないようにすること、
常に冷静(ニュートラル)でいられるようにすること
、だったそうだ。


でも、もしも、もしもだよ! 散歩してるときに、突然、こーんなのが見えてしまったら?
   ↓ 
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映画シックス・センスのワンシーンからの画像

「これでも、平常心でいられるようになるの?」と聞いてみたところ、


「はい!ちゃーんと平常心を保てるようになれたよ!」・・・という答え。

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そして、平常心で、こんなことを考える(読み取る?)そうだ。

●彼らの服装から判断して・・これは18世紀~19世紀
●どうゆう時代だったのか
●ここで何が起こったか
●殺された彼らは、何を訴えているのか



うーーむ、まさに・・これはすでに、プロフェッショナルな霊能力者の境地ではないか!(笑)


ところが、我々シロウトの場合は、そんなことを考えるとか読み取るよりもさきに、

ひええ!!
ぎゃああ!  


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まさに、こっちの状況になってしまうよね?

すると彼は、涼しげに言う。。。

「だから、取り憑かれてしまう、んだよ。
僕も昔はそうだったんだけどね~。 あははは。」


おいおい!
さすがに、イギリス留学で学んできた彼はレベルアップしてるらしい。。。


「取り憑かれるってことは、自分自身よりも相手に支配されてしまうってことなんだよ。

それは恐怖心や不安とかを持っているから?

「そのとおり!
僕はまず、恐怖の心理学的メカニズムを学校で教わったんだ。」


恐怖心はすべて自分の脳が作り上げたことだと認識すること!
あらゆるネガティブ感情は外部から作られるのではなく、自分の脳の中で作られている




ん? でも、人は嬉しい時に喜ぶし、恐ろしいものを見たり聞いたりすれば怖がるのは当たり前じゃない?

「たしかに、一般的には、そう思われているよね。

ところが、それはね、外部からの影響で感じることに過ぎないってことなんだよ。

それは外界からの影響に対する「反応」であって、自分自身の心の発露ではないってことなんだよ。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼はさらに面白いことを言った。

「そのうち僕はね、こういったことは、別に心霊世界に限ったことじゃないってことに気がついたんだ。

たとえば、世間では嫌なニュースが多いよね、たとえば、政治家の汚職やバッシング、凶悪犯罪なんかばっかりのわけで、それによって、僕らは怒りを覚えたり、気分が悪くなったり怖くなったりもする。

たとえば、こんなニュースを見ただけで、怖くなったり怒りを覚える人だっている。

     ↓
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そうなるとね、

こういった恐怖感や怒りといったネガティブ感情は簡単に操られてしまう。

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これはまさに、幽霊に憑依されてるのとも同じような状態だよ。」


うーむ。


私たちは、気がつかないうちに、外部からの影響によって心も支配されてしまってることが多いってことか?

自分自身から発している思いなのか憑依された霊からのものだったのかもわからなくなっちゃうことにもなる?

それは、

自分の人生を自分で支配しているのではなく、外部に支配されてしまってる状態 = 憑依体質の人が憑依されてしまった状態


ということなんだね?

「そのとおり!

わざわざ刺激を求めて心霊スポットに行って、霊と遭遇して怖っ!となって、憑依されちゃうってことと、
凶悪犯罪や暗いニュースの情報を見て、ネガティブ感情に支配されて操られてしまうことは同じってことだよ。」

と、彼は言ってのける。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「たとえば、つい最近のニュースなんだけど・・

アメリカでも今年の11月に、「高血圧の基準が140から130に引き下げられた」って知ってた?」



いや、知らなかったけど・・・つーか、話が全然別の方向に行きそうな・・


「これに対してどう思うかだよ。」と、彼は続ける。
      ↓
★ある人は、こう考える。

140から130に数値が変わったことで、新たに300万人が高血圧患者が増えるってことになるなあ、そうなると、堂々と降圧剤を処方できる。
今、製薬会社の株は下降気味だったよなあ。。。こりゃ株価がどーんとアップすることになるぞ!
さて、これは我々の体にとって必要なことなんだろうか? それとも製薬会社にとって必要なことなんだろうか? と。

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★ところが、別の人は、こう考える。

自分の血圧は今140をちょっと下回ってるけど、、我が国の心臓病学会が決めたことなんだから、すぐにでも降圧剤を処方してもらおう!

僕の家系は脳卒中や心筋梗塞が多いからなあ。
僕もまた、以前に動脈硬化を起こしたことがあるから、と。


こちらの人のベースにあるのは、恐怖心と不安だよね。

高血圧になって動脈硬化を起こして大病をするのは怖い! 
僕は前にも経験してるから!と不安が襲ってくる。

それが安易に薬に頼る方向へと走らせる。

他の方法を考えるよりも薬に頼るのが手っ取り早いから。

自分の頭で考えるよりも、ドクターや製薬会社や心臓病学会を信じてしまう方がラクだから。




もう、すでにこうなってる状態
    ↓
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僕から言わせるとね、こっちの人は、すでに憑依されちゃってる状態なんだよ。

もしも、冷静になって自分自身で考えれば色々な方法がみつかるかもしれないのにね。
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ところが、恐怖や不安といったネガティブ感情は、「冷静に考えること」ことさえも、奪い取っていってしまうんだよ。

もちろん、霊だって、その隙間から入り込むんだよ。


だからこそ、これはもう、一般人すべての基本的「心構え」なんだと思うよ。
サイキックだとか占い者を志すものに限らずにね。
     ↓

●リラックスすること

●恐怖を克服すること

●否定的な考え方、否定的なエネルギーを無視できるようになること
(心を常にニュートラルなポジションに置くこと)

●自分自身の潜在能力を信じること
(安易に外部に頼ったり惑わされないようにすること)

●個人的な利益のためだけを考えないこと




これが、僕が学んできたことなんだよ。

と、彼は、にっこり笑って締めくくった。

ビジネスの目的そしてスピリチュアルとの関係

前回のブログ記事、マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるものについて、関心を持たれた方が多かったのか、いくつかのメールを頂きました。

大変ありがたいことなのですが・・・
ちょっと気になったことがあります。

アーサーTの経営哲学
お客様第一、第2に従業員、第3に株主

アーサーSの経営哲学
無駄を省き合理的にして利潤をアップ、より多くを株主に配当する



そこで、単純にアーサーTは善人、アーサーSは強欲な悪いヤツ・・・みたいなイメージで受け止めてしまった人が多いような気がします。

もちろん、動画をみても、そーんなイメージで作り上げているので、視聴者がそういったイメージを持つのは致し方ないんでしょうが・・


ただ・・私は個人的に、アーサーSが強欲な悪人で、アーサーTが素晴らしいj人・・というような単純な認識は、ちと、違うんじゃないかな?と思ったまでです。


問題は、そこじゃない!って思うし、そこで終わりにしてはいけない!って思ったんですよね。


むしろ、アーサーSの方が、現代社会においては主流であり、ビジネスにおける正当な考え方だったんじゃないかな、とも思えるし・・

さらに、私たちを含めた多くの人たちが、無意識のうちにも「アーサーSの思考回路」になってるのが現状じゃないかな?

そこに気がつくべきなんじゃないかな?・・・と思ったわけです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

経済学者のミルトン・フリードマン(1976年にノーベル経済学賞を受賞)が支持されるようになってから、

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経営理論の1つとして、「事業の目的とは株主にとっての利益を最大化すること」と一般的に認識されるようになったし、経営学でも、そのように教わるようになっていったようです。

そのためには、

「プロフィットを出すこと(儲けること)にフォーカスしなければならない、社員、顧客、社会に対する懸念より何よりも、まずはプロフィットを出すこと。それこそが価値のあるもの」というのが、一般通念となっていったようです。

これは、経営陣だけでなく国家レベルでも同様に考えられたようで、

1980年代の政治家、ロナルド・レーガンマーガレット・サッチャーもまた、「いかにして利益を出すか」に焦点を当てて、フリードマンの考え方を支持していたとのことです。


なんでこんな考え方が主流になっていったんだろう?

それはどうやら・・

オイルショック(第1次オイルショック:1973年と第2次オイルショック:1979年で、ピークは1980年だった)あたりから変わっていったようですね。

オイルショックとは、スタブレーション(stagflation)に陥った状態のこと。

スタブレーションとは景気後退局面にありながらもモノ不足によりインフレの状態となってしまうこと。



日本でもこんなことがありました。

石油価格が高騰し、モノがなくなると大騒ぎになり、皆が慌てて買いだめしました。(なぜかトイレットペーパーの買いだめは有名)

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https://matome.naver.jp/odai/2140955138667846601

スタグフレーションが起こると、主に石油や食料など生活必需品の供給不足になるわけです。

ところで、それがなぜ起こるか?というと、

その背景には、戦争や内乱・紛争などがあり、供給側の思惑で引き起こされることがほとんど。

事実、第一次・第二次オイルショックの際にも、ことの発端は中東戦争やイラン革命といった政治的な対立が原因となっていたわけです。


それは当時の経営学にも影響を与えることにもなったんでしょね~。


モノが売れなくなった → 会社は経営の危機


となると、会社側は、なんとか生き残るために、人員整理する。

そんなのは、今では当たり前ですよね~。


現在では生き残りをかけたような状態にならない前にも、、早めにどんどん、リストラしちゃう時代ですから。
むしろ、それこそが、合理的なビジネスとされるみたいです(笑)


ところが過去の時代は違ってたようです。

危機的状況下でさえも、リストラしなかった企業もありました。

こんな記事を発見
   ↓

従業員も設備や建物と同様に金儲けの手段だと考える、いかにもドライな現代アメリカ流の経営思想であるが、最近の日本の経営者の中にも派手な人員削減策を打ち出して、株価を上げようという手合いも見受けられるから他人事ではない

ここで思い起こされるのが松下幸之助である。

「松下電器は何を作っている会社ですか、と聞かれたら、人を作っている会社です。あわせて電気製品も作っていますと答えなさい」と幸之助は社員に教えた。

人を事業の手段だと考えるアメリカ的経営とはまったく異質な発想がここにある。
そこには現代の日本人が忘れてしまった大切な教えがあるのではないか。(中略)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この年の10月24日のニューヨーク株式市場の大暴落に端を発した世界大恐慌は、日本経済も痛撃し、巷には首切り、人員整理の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれた。次々と新工場を設立していた松下の売り上げもぴたりととまった。

12月の半ばには出荷がほとんどなくなり、連日生産される製品で倉庫は充満し、工場の土間一杯に積み上げられた。

井植は療養中の幸之助に情況を説明し、ひとまず従業員を半減して窮状を打開するしかない、と訴えた。

幸之助も思案に暮れたが、腹をくくってみると打開策が閃いた。

明日から工場は半日勤務にして生産は半減、しかし、従業員には日給の全額を支給する。
そのかわり店員は休日を返上し、ストックの販売に全力を傾注すること。・・・半日分の工賃の損失ぐらい、長い目ぇでみれば一時的の損失で大した問題やない。
それよりも採用して仕事に馴染んだ従業員を解雇して、松下工場への信頼にヒビが入る方が辛いのや。

翌日、井植が工員や店員を集めて幸之助の決断を伝えた。

いよいよ首切りかと覚悟していた所に、思いも寄らぬ話で皆「うわっ」と躍り上がった。

店員たちは鞄に商品見本を詰め込んで、「さあ、売りまくりじゃあ!」と市中に飛びだしていった。

販売は心意気である。

2ヶ月後には在庫の山がきれいに消え、半日待機をしていた工員たちもふたたびフル操業を開始した。(中略)

松下が発展した大正から昭和前期の日本は不況、震災、恐慌、台風、敗戦と、危機また危機の連続であった。

それらの危機を乗り越え、そのたびに松下は大きく発展していった。

結局、製品や設備を開発したり、問題を解決するという創造性は、人間のみが持ちうる能力である。

幸之助の「人を作り、人を大切にする」という経営は従業員や得意先との「和親一致の協力」を引き出し、そこから生まれた想像力と心意気で度重なる危機を乗り越えてきたのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在のわが国もバブル以降、10年に及ぶ不況の底に沈んでいるが、危機の大きさからすれば幸之助の時代とは比べものにならない。

それなのに一向に危機を乗り越えられないのは、多くの企業で「人を作り、人を大切にする」という理念を忘れ、「和親一致」の精神を見失ってしまったからではないだろうか。

それでは企業が繁栄できないだけでなく、従業員を仕合わせにすることもできない。

幸之助が生涯をかけて示した繁栄と幸せへの道筋をもう一度、思い起こすべき時だろう。
http://waveofsound.air-nifty.com/blog/2009/01/post-438f.html



これは2002年に書かれた記事のようです。

ここの記事にもかかれていたように、日本においても、バブル崩壊ののち、つまり2000年頃までは、経営者たちも、松下幸之助さんが示した経営哲学に沿った方向で懸命に努力してきた会社もあったようです。


変わっていったのはその後のことですよね?

まさに一気に雪崩を打ったように従業員の解雇や非正規雇用の拡大、給与の抑制へと突き進んでいったのですから。

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もちろん、そういった事態を招いたのは、「カイカク」を絶叫した政治と行政あってのことでしょう。(笑)


2000年以降の変化の一番の特徴は、
株主への配当が増えたことと、従業員給与の割合が減少したこと


「従業員をどんどんリストラする一方で高額のボーナスを自ら受け取る」それがアメリカの合理主義ビジネスなーんてことも言われました。

ちゃっかり日本もそれに乗っちゃったわけですけど・・


でも、もっと正確にいうと、「従業員給与が増えないのに役員報酬は増えている」んじゃなくって、「従業員への給与を削った分、株主への配当を増やした」ってことなんですね。

もっとも、役員=株主であれば、結果的に同じことになるでしょうが・・(笑)


なぜ、これほどまでに株主への配当が重要視されるようになってしまったか?
それは、株主が強欲だったから・・という理由じゃないようです(もちろん、それもあるかも・・だけど。)


その理由は、カジノ資本主義の時代に突入していったから。

従来ならば、モノやサービスを売買して儲けを出すのがビジネスだったはず。
ところが、現在は、株価だけで世の中が動いてしまう時代。
企業そのものも売買の対象になってしまう時代。

モノやサービスを提供しないで儲けちゃう人たち、こうゆう人たちが増えていった?
    ↓
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そうなると、常に株価を高く保っておかないといけないわけで、そのためには、なにがなんでも高配当を続ける必要があるってことなんですよね~。


まさに、資本主義経済の成れの果てでしょうが。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当然のことながら、経営者側や株主側は、従業員を人とはみないようになっちゃいます。

従業員=コスト

いかにコストを抑えるか?
ってことで、当然のように首切り(リストラ)になるわけです。

そして、従業員側も、

会社なんてどーでもいいから、ちゃんと給料さえもらえればいい!って風潮になっていくし、
少しでも安いものを買おう! 安いが一番!という風潮にもなってくわけです。

誰もが人のことなんか考えてるゆとりさえない。
儲けること、損をしないこと!にフォーカスされてしまった世の中。

誰もが目先のことしか見なくなっちゃうわけです。

会社側は目先の数字しか見えなくなり、従業員側もまた、結局は同じ視点になってしまう。


誰もこんなことに考慮する人はいなくなってしまうんですよね~。

製品を選ぶとき、利益を最大化する会社とそれが生み出す廃棄物は? 
それが使用する水、CO2排出量、GMOまたは使用されている未試験の化学物質 は?

消費者は、ただ価格を見て買い物するだけで、製品のコストはいくらなのか?
どのように作られたのか?
どのように労働力をかけたのか?

貴重な熱帯雨林に代わるプランテーションからどうやってパームオイルを販売できるようになったのか?
肉や魚が販売される場合、抗生物質がどのように利用されているんだろうか?




こんなこと、考えてられっか!ってことでしょうね~(笑)

先日の動画の中で、アーサーS陣営が言ってた言葉を思い出します。


「顧客は経営者が誰だって関係ないんだ。
パンやハムの値段が5セント安いかどうかってことだけさ。」

これは、

誰もが自分と家族だけのことしか考えない。
目先のことだけが大事。
世の中なんて、他人のことなんてどーでもいい。


ということと同義語に聞こえるんですよね~。


こういった人々(株主・経営者サイド・従業員・顧客のすべて)が作り上げてしまった世界が、

失業、社会危機、環境問題、健康問題が山積みとなってしまった現代なんだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、話をもとに戻しますが、

別にアーサーSが間違ってるわけではなく、むしろ、彼の方が現在の時代にふさわしい方法を取ろうとしたように思います。

ましてや、70年代80年代の経営学の教育を受けてきた人なんですから、当然といったら当然。


しかし、ここで忘れていうけないことは・・

どれが正しい方法でどれが間違いなのか?
または、善悪なんて認識すら、時代によって、大きく変わってしまうもの
ってことです。

なかには、「いやいや、「殺人が悪」という認識だけは、どの時代も不変だ!」・・・なーんていう人もいますが、

それだって、かつては「天誅」なんて言葉で正当化されちゃった時代だってあるわけだし・・

じゃあ、現在起こってる「戦争」だって・・
戦争は大義名分のもとで行う大量殺人という見方だってできるわけです。


多くの人というものは、その時代によって作られた「正しいという認識」だけで動いてしまうものなのかもしれません。
たぶん、それが風潮になってしまうんでしょうね。

たしかに、時代に沿った生き方をすることは・・・「無難な生き方ができる」ことであり、「世間からの風当りがなくて済む」ことでしょう。

でも、たぶん、それだけ(笑)

それは、「大きな喜びも感動もない世界」であり、ましては、「何も生み出すことが無い世界」って気がするんですよね~。



かつての松下幸之助さんや、現代のアーサーTが示した道は、自分の信念に従って行動すること

彼らの信念とは・・・ビジネスにおいては「人のパワーを信じること」

だったと思います。

言い換えれば、それは・・

「自分や自分の家族だけの利益だけ」でなく、同様に「他人のことや社会に目を向ける」こと
だったんじゃないでしょうか?


逆に、 自分自身の信念を持たない人 = 社会通念に従って生きる人 なのかもしれませんね。

たぶん、そっちの人たちの方が多い(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・

ところが、昨今では、アメリカの経営論も、だんだん変わってきているようです。

ジャック・ウェルチ(John Francis "Jack" Welch)という有名な実業家

アメリカの実業家で、1981年から2001年にかけて、ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者を務め、そこでの経営手腕から「伝説の経営者」と呼ばれた人。



まさに彼は、「GNPを引き上げるには、機関車であるべきであって、最後尾になってはならない」と言ってた人で、徹底的なリストラをガンガン推進して、ジェネラル・エレクトリックスの株式時価総額を一時世界第一位にまでのしあげちゃった人。
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ところが、のちに彼はこんな発言をするようになったそうです。

「経営陣が四半期決算や株価上昇にあまりにも焦点を当てすぎるのは、最も愚かなアイデアだ。
短期的な利益は長期的な企業価値の増加を伴ってこそ意味がある」 
のだ。

おいおい!自分のやってきたこととマ逆じゃないかい!
いったい、彼に何が起こったのかは知らないけど・・彼なりに思うところがあったんでしょうね~。


さらに、1990年半ばには、ジョン・エルキントン(John Elkington)

この方です ↓
John Elkington

彼は、ビジネスの目的として、トリプルボトムラインというものを提唱したそうです。
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簡単に言ってしまえば・・・従来の利益のみを目的とするのではなく、地球を考え、人々を考慮したものを加えて考えることこそがビジネスである!ということになります。


ところが、なぜか・・いまだにこういったことは一般的に知られてないような気がするんですよね~。


相変わらず、ビジネスの基本は「儲けることにあり=株主に少しでも多く還元すること」という認識を持ってる人が多いのでは?(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、私自身も以前は、「ビジネス社会とスピリチュアルは、真っ向から違うもの」と思ってた時期があります。

しかし、今、「ビジネスもまた、スピリチュアルな感性なくしては成り立たないもの」って気がします。

「他人のため社会のため = 自分のため」、それが、ビジネスの基本であり、また、スピリチュアルの基本なのかな~と、思えるようになりました。

ひょっとしたら、それこそが、すべての人に共通する「生きる」目的なのかもしれませんね~。


参考資料
What Is the Purpose of Business?

従業員給与を減らして株主への配当を増やす経営者が悪いのか

マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるもの

きのう、アンビリバボーでアメリカで起こった「マーケット・バスケット」の件が放映されたよ!
と、教えてくれた人がいて、さっそく動画(Youtube)を見た。


ところが、今朝、そのYoutubeを見ると・・なんと、もう消去されてしまってる。

代わりに、9tsu.comの、こちらで動画をみつけたので、まずはどうぞ!
これもいつ消去されてしまうか・・わからないんで、お早めにご覧ください。


この動画は、最初は関係ないものが入ってるけど・・13分15秒あたりから始まります。
    ↓
奇跡体験アンビリバボー【全米騒然奇跡のスーパーマーケット全記録】11月9日



もしも、動画が消されてしまってたら、こちらのアンビリバボーの番組のサイトで読むことはできます。

アンビリバボーで11月9日にオンエアーされたもの。
    ↓
市民たちの闘い アメリカのスーパーで起こった奇跡




さて、せっかくなんでこの話を、アメリカのサイトでも色々と調べてみた。



これが起こったのは2014年、3年前の話だ。

この背景の裏には、長年続いていた、いとこ同士の会社の利権をめぐる争いがあった。
フォミリービジネスが大きくなり、有名になっていけば、こんなことはよくある話だけどね~。


では、まず
簡単なファミリー・ヒストリーから

そもそも、マーケット・バスケットの歴史は、初代のアサナシオス(Athanasios)からはじまる。

アサナシオス(アメリカ名:アーサー)は1883年に生まれ。
ところが、1897年のギリシャ・トルコ戦争で孤児になってしまい、その後1906年3月17日、彼はエリス島に到着した。

(14歳で戦争孤児、23歳で移民としてアメリカに渡たってことは・・それなりの苦労の人生だっただろうな~ってことは、想像できるね。)

工場で働きながらカネを溜めて、

11年後、1917年に、妻のEfrasine(エフラジーン?発音がよくわからん?)とともに、デモーラス・マーケット(DeMoulas Market)という食料品店をオープンした。


これは、1936年当時の写真のようだけど・・こんな店だったらしい。
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新鮮なラム肉を専門とする食料品店DeMoulas Market、場所はマサチューセッツ州ローウェルのAcre地区

多くの移民の住む多い貧しい地域だったそうだ。
価格もかなり安くしていたらしい。

大恐慌のときは、地元の貧しい人々に無料でハム付きのパンを配ったり、現金後払いで商品を売ってあげたりもしたという。


大恐慌を生き残り、店はだんだん上向きになっていく。

初代のアーサー(アサナシオスをやめて、ここからアメリカ名で、アーサーと呼ぶことにする)には、6人の子供がいたが、一番下のテレマコス(通称:マイク)は学校をやめて店で働いていた。

第二次世界大戦、彼の兄のジョージもまた、ファミリービジネスに参加することになった。

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右側がテレマコス(通称:マイク)のちに、アーサーTのお父さんになる人
左側がジョージ、のちにアーサーSのお父さんになる人


1954年、初代アーサーは、この息子二人に店を譲ったのだった。

1956年までに、兄弟二人は売上高を2000ドルから90万ドルにまでアップさせ、さらに15年で家族経営の小さな店から、15店舗を持つ、近代的なスーパーマーケットチェーンに変えていった。

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実にお見事な兄弟。

しかも順風満帆、ここまでは。



ところが、1971年6月27日に、ジョージが休暇で訪れたギリシャで、突然死亡してしまう。

当然、彼亡き後は、テレマコス(マイク)が一人で仕切ることになる。

ここらへんから、だんだん雲行きが怪しくなる。
そして、だんだん・・3代目の人々へビジネスは移っていく。

1990年に、ジョージの息子、アーサー・デムラースが、テレマコス・デムルス(叔父さん)が、家族が所有する事業に、勝手に資産を流用しているとの苦情を申し立てた。

この人(通称:アーサー・S)
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このときは、テレマコスが裁判に負けて、結局ジョージの親族に206百万ドルを支払わなければならなくなった。
そのうえ、裁判官はジョージに株の50.5%を授与した。

ところが、

2008年、テレマコスの息子、アーサー・T.が取締役会の選挙で社長に就任。

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なんと、ジョージの義理の息子?ラファエラが、アーサーTを支持したため、彼が就任しちゃったんだとか?
なんか、ジョージ一家、ぐちゃぐちゃ。。。


ま、いろいろと家族で思惑&陰謀が渦巻いていたことだろう。

今回の事件も、おそらく・・・ここらへんに発端があるらしい。


なんといっても、ニューハンプシャー州、マサチューセッツ州、そしてメイン州に本社を置く79もの店舗を持つ、巨大なスーパーマーケット・チェーンだからね~。

そりゃあ、利権争いだって起こるだろうよ。
事実、これから後にも、いろいろと裁判沙汰になるような訴えが何度も起きている。


さらに、孫の時代、つまり3代目たちになると、この二人は、父ちゃんたちの時代と違って、真っ向から経営方針が違うのだ。

おまけに育ち方も違う。

アーサーSは、Maine大学に通い、Maine Black Bearsのホッケーチームのディフェンス。
彼は後にバブソン大学にも学び・・・とにかく経営学を学んだ、大学出のエリート。

一方、アーサーTは、高卒で店に入った、バリバリのたたき上げ。

あーもう! じいさんのアーサーからとった名前だろうけど両方ともアーサーなんで、めんどくさいなあ。

アーサーT の経営哲学は、

とにかく、
「お客様第1、第2に従業員、第3に株主」

これは、祖父さんの時代からの経営方針だ。




一方、アーサーSの経営哲学は、

無駄を省き合理的にして利潤をアップ、より多くを株主に配当する



どっちが、良い悪いということでなく真っ向から違うのだ。

アーサーSは、アーサーTに言う。

あなたは何もわかってない。
今は時代が違うんだ!
利益を上げて株主に多く還元することこそがビジネスなんだ!


そして、ついに、昔かたぎのアーサーTが社長の椅子を追われるときがきた。

まあ、これは当然といったら当然な流れ。

そんな時代遅れのビジネスが成り立つわけがないんだから・・と誰もが思うこと。

(一番の理由は、株主たちの不満だったと思うけどね~。なんせ、お客に安く提供して従業員には好待遇だったらしいから。
その分、儲かってるわりには株主たちの取り分は少なかったはず。)



ところが、誰もが当然!だと思ってたことが、そうならなかったのだ。
これこそが、アメリカの業界でセンセーションを巻き起こすことになっていく。


アーサーTを解雇してしまったことに、まず、従業員が納得しない!
なんと71人の店長のうち68人が、アーサーT復帰のためにストライキをはじめたのだ。

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当然、従業員や、トラック運転手、物流センターや倉庫労働者までがストライキを決行する!

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賃上げ要求とか、労働条件改善のために組合がストライキするのは、よくある話だけど、社長を復帰させるため!ってのは前代未聞。

彼らにとっては、一文の得にならないんだから。
そもそも、ここの会社は組合すらない。


いや、一文の得にならないどころか・・・おそらく参加者全員は解雇されることになるだろう。


当然、店はオープンしていても、商品が無くガラガラ。
お客も仕方なく、他店で買い物するしかなくなる。

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しかし、アーサーS陣営も、なかなか負けてはいない。


ストライキをやめなければ解雇する!と脅したり、すぐに戻れば罪は問わないし、空いた店長ポジションにも推薦できる!なーんて飴と鞭を使って上手になだめて、内部からの切り崩しを企んだりする。

おそらく、自分たちの方が正当なんだし、こんなストライキなんてすぐに終結すると思っていたことだろう。


「ムダな従業員の整理で浮いた人件費で価格を安くできるだろうし、
そもそも、客には経営者が誰だろうと関係ないさ。 
パンやハムの値段が10セント安いかどうか、だけなんだから。




ところが、ここで大きな誤算があった。

最終的には、買い物客を巻き込んでの大ボイコット運動に突入していってしまったのだ。

今や従業員だけの問題ではなくなり、地元買い物客が、不買運動、ボイコットを始めたのだ。
アーサーTをCEOに戻さない限り、バスケットでは買い物しない!と。

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この数はハンパじゃないね~。

すでに、こうなると、地域住民との戦いになっていく。


これだけ多くの人を集めたのは、地元新聞に掲載されたこちらの広告だったという。
    ↓
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マーケットバスケットの現CEO,取締役会、および株主のみなさんへ

●不買運動はマーケットバスケットの従業員ではなく客によるものです

●不買運動をしているのはあなたの客なのです

●売り上げをもたらすのはあなたの客なのです

●企業の命運を握るのはあなたの客なのです

●アーサーTが復帰するまでマーケットバスケットで買い物をしないと決めたのはあなたの客なのです

●この広告料を支払ったのはあなたの客なのです

●あなたがたは客を首にできない




これが、人々の心を動かしたというのは・・とっても納得できる。

なんだか、とってもシンプルなのに・・・

「誰もが忘れていた大事なことを思い出させる」メッセージだ。

アーサーS側は、こう言ってたけど・・
客には経営者が誰だろうと関係ないさ。 
パンやハムの値段が10セント安いかどうか、だけなんだ。


蓋を開ければ、ぜーんぜん違ってたということだ。


さらに、一従業員の言った言葉
    ↓

僕らはスーパーで働きたいんじゃない。
ここのバスケットやアーサーTのいる店で働きたいんです。



私は、下っ端の一従業員に過ぎないし、私なんかが社長のために運動するなんてバカバカしいのはわかってる。 でも・・たとえ職を失ったとしても・・・人生には立ち上がらなければならないときがあるんだ!


(いや~、古きアメリカのヒーローのような言葉だ。)

こういった言葉も、多くの住民の心を動かすことになったことだろう。


結果は、州知事をも巻き込んで、ついに、アーサーSに株の売却を命じることになり、一件落着。

アーサーTは、無事復帰となった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさに、これは、前代未聞の出来事。 


合理主義、金権主義ベースのアメリカで、とくに、MBA取得してるエリートにとっては、今まで学んできた経営学っていったい何だったの?
ってことにもなりかねないような事件だろう(笑)


この後、さまざまなTV番組でも取り上げられ、経営学専門家たちによっての座談会まで、開かれたようだ。

ここにそのサイトがあったので、簡単に紹介しておこう。
Boston Reviewより


これによると、さまざまな専門家たちがそれぞれ意見を言い合ってるのだが、まあ、ざっと、そのうちのいくつかあげてみる。


●Deborah Ancona、MIT Sloan Seley著名な経営学教授

マーケットバスケットで起こったことから、私は数々のリーダーシップ教訓を見ました。

まず、従業員に生活賃金を支払うこと、利益を分配すること、尊厳と尊敬を持って人を扱うこと、そして顧客に低価格を与えて利益を上げることが可能であることを学びました。
もちろん、それはどれだけの利益を生むかというその金額にもよりますが・・お金を稼ぐことと公正に人を扱うことの間にトレードオフなんてないんです。

●Christopher Mackin(オーナーシップ・アソシエイツのCEO及びラトガーズ大学マネジメント・ラーニング・スクールの講師)

企業の顧問として、私に衝撃を与えたのはマーケット・バスケの抗議行動で言われた、従業員の言葉でした。
彼は、所有権に関することを言ってたんです。

「これらは私たちの店舗であり、アーサーTはCEOです」
「彼らは株を所有しているかもしれませんが、私たちは会社を所有しています」
と。

従業員と顧客が「所有」とゆう言葉を使うということは、株主の権利を重視し、株主価値を最大限に高めることのできるということなんだ。


●RenéeGosline、MIT Sloan Zenon Zannetosキャリア開発教授

大事なのは、ブランドを作り上げてしまうことなんです。
そして、ブランドのストーリーがあれば、それはまるでウイルスのように、顧客の数千の人々の中にも広がることができるんです。

消費者というものは、企業だけで構築されたものよりも、仲間の消費者、または企業と消費者が一緒に構築した物語と結びつく可能性が非常に高いということなんです。


●MITスローン準教授Zeynep Ton、オペレーションマネジメント準教授

倉庫やトラック運転手、倉庫や物流センターで働く人々などの末端の従業員は、低コストでありながら、しかも高効率な作業をしてるんです。 これが、どれほど重要なことであったか・・それは驚くべきことです。

多くの人がマーケットバスケットを見て驚いています。
いかにして、この会社が顧客に対して最低価格を提供し、従業員に充分な賃金を与えて、質の良いものを扱うことができるのか?

ビジネスにおける一般的な見方では、労働をコストと見なすことなんです。
ところが、マーケット・バスケットは、まさに、これにチャンレンジする企業です。
だからこそ、人々はマーケット・バスケットをユニークだと言う。



私も、これは不思議に思っていた。。。

なんで、どこの店よりも安く、しかも質を落とさず、従業員にはボーナスまで支給するような会社を運営できるんだろうか?と。

しかも、バスケットは大型量産店の形態はとっていない。

アメリカの安いスーパーでは、袋詰めサービスまでやってくれるようなとこは、どこにもない。

お客に安くする分、まず商品の質を落とす、余計なサービスはしない、従業員の人件費をなるべく安くする→低賃金


だから、従業員はいつも入れ替わりが激しいし、仕事もスローで超感じ悪い人が多いし、何を聞いても答えられない人ばっか。

でも、ウチはこれだけ安く売ってるんだから、仕方ないだろ@!
お前らだって、1セントでも安い方がいいから、ウチにきてんだろ!
嫌なら他の店にいけ!

とでも言われてるような・・(笑)

私も、そうゆうもんだと思ってた。

あれれ? これ、どっかで聞いたなあ。
あ、まさに、ウォルマートだあ~(笑)

   ↓
こちらは、私の過去記事
ウォルマートに学ぶ、悪徳企業に就職しちゃったら・・




ところが、バスケットは、この常識を全く打ち破った店だった。

なんでだ?


おそらく、経営上の手腕もあるのだろう?

地元の農場からの仕入れ、また、ベンダーとの契約などに、隠された優れた点があるのかもしれない。

しかし、何よりも大事なことは、やはり従業員のモチベーションにあったのではないかな?


おそらく、この座談会でも言っていたように、末端に至るまでの従業員たちが、「自分も経営者のような感覚で誇りをもって働いている」ということは大きい。


おそらくこういった会社ならば、従業員のすべてが、さまざまなアイデアや意見を出し合うことだろう。
また、上層部も常に彼らに耳を傾け、チームとして働いていることだろう。
(決して、従業員をコストとは見ていない会社だったということだ)


それが、座談会である教授が言っていたブランドという意味にも通じるような気がする。

それは・・

お客にも伝染し、スーパーで買い物をしたい!のではなく、バスケットで買い物がしたい!

という気にさせてしまう。

それこそが、本来のビジネスだったのかもしれない。

古臭い、祖父ちゃんの時代のビジネス哲学が、このアメリカでまだ生きていたということだ。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、あれから3年たったバスケットはどうなったんだろう?

1か月以上にも及ぶ、長期のストライキにボイコット運動で、多大な損失を出したことだろうし、また、多くのベンダーやローカル・ファームも逃げてしまったことだろう。


その立て直しは、さぞや大変だったんじゃないだろうか?

そう思って、コンシューマー・リポートを覗いてみることにした。

コンシューマー・レポート( Consumer Reports)とは、非営利の消費者組織であるコンシューマーズ・ユニオン(Consumers Union)が、発行しているアメリカ合衆国の月刊誌
厳格な調査でそれぞれの分野での優良店をランク付けしたもの。



ちゃんーと、アメリカ全土の62のチェーンストアーから選ばれた8店の中にバスケットはランクインしていた。
  ↓
Where to Find the Best Grocery Store Prices in America Our survey results show eight standouts among 62 national and regional chains


ついでに、「最も不満の少ない店、最も不満の多い店」の記事を覗いてみると、もちろん、バスケットは「最も不満の少ない店」に入っている。
そして、あの、ウォルマートは、最も不満の多い店、ナンバーワンらしい。(いや、ワーストワンだね)(笑)
    ↓
Grocery Gripes: Supermarkets With the Most and Least Complaints The happiest customers look for fast checkout, clean stores, and local produce

・・・・・・・・・・・・・・・・

悪いニュースが多い昨今だけど、世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。

「どうせ、会社なんてさあ、上の連中の儲けしか考えてないのさ。
社員なんて、どうせ使い捨てとしか思ってないんだから。」


そんなことを愚痴ってる人にも、希望を与えてくれたニュースだろう。


そういえば、以前にも、サンフランシスコのグラビティー・ペイメントという会社の記事もアップしたことがあったね。
    ↓
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


この会社もまた、若き社長が自分の給料を削ることで、従業員の給料を大幅アップさせた会社だったなあ
・・・その結果、あっという間に売り上げ倍増になったんだったよなあ。。。


「企業を成功に導くのは、従業員と客、すべての人の気持ち」

なんだか、こんな甘っちょろい言葉にも、真実味を与えてくれる出来事だった気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アメリカのスーパーマーケット事情
アメリカのスーパーや、レストランは、たぶん・・日本と違って、「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございました」という丁重な挨拶はないけど・・実にフレンドリー。

こっちは、日本のイメージ
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アメリカだと・・こーんなカンジで、

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ときには、レジで世間話までする。

人の買った商品を指さして、「あ、これ!僕も大好きなんだ!美味しいよね~。」と、まるで友達かい!ってカンジなのだ。
日本から行った人は、最初は戸惑うけど、それこそがアメリカの接客なんだと思う。

さらに、良い店は、さまざまな質問や要望にも応えてくれるし、もちろんプロ知識もある。
重い荷物の場合は、わざわざ車まで運んでくれてトランクに載せてくれる。

アメリカ人にとっては、お客様扱いしてもらうよりも、良き隣人、良き友人のような対応こそが、一番気持ち良いサービスと感じるようだ。




参考

A year later, things are going pretty well for Market Basket

DeMoulas Market Basket

A Market Basket history




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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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