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「りあじゅう」から英語の思い出話あれこれ

りあじゅうってどうゆう意味ですか?」と、オフィスでインターンシップで働いている大学生に聞かれた。

彼は日本で生まれて幼い頃にアメリカに来たというバイリンガル青年だ。

「は? それって、何語?」

「日本語だと思います。 日本から来た会社員が話してましたから。
おまえは、りあじゅうだからいいよなって、話してるのを耳にしたんです。」

「え? そんな日本語あるの~? それって最近できたスラング?」

「僕に聞かないでくださいよ! 僕が質問してるんですから!」

あ、そうだった。 


じゃ、インターネットで調べてみよう!と二人でパソコン画面をのぞき込む。

リア充(リアじゅう)
リアルの生活が充実している人物を指す2ちゃんねる発祥のインターネットスラング。
近年では、恋人・配偶者の有無で定義付けられる傾向にある。




「ほおお。 一種のアブレビエーションなんだ!」

「でも、リアルって英語と、充実って日本語をくっつけたアブレビエーションってのが面白いですねえ。」

と、二人でヘンなところに感心する。


「ねえねえ、じゃあ、JKってなんのことか知ってる?」・・と、私

「冗談!って意味ですよ@ Just kiddingだから。」

「ブーーー。 それは英語のJKでしょうーが!
日本語だったら、女子高生って意味でーす! JOSHIKOUSEIからとったJKだよん。」

「へええ。 それは、アルファベット表記の日本語を短縮したんだ~。 日本語って奥深いなあ。」

奥深いつーか、なんでもアリつーか・・よくわからんが。

「じゃ、しゅうかつ、こんかつってなんだかわかる?」

「それは知ってます。
就職活動、結婚活動のアブレビエーションです。 部活っていうのもありましたね。 みんなでクラブ活動することだったと思います。」

「はい。正解!」



「でも、ちょっと不思議なカンジしない?
就職とか結婚というのは、プライベートのことだよね?
なんだって、わざわざ活動って言葉を使って、アクティビティーみたいな・・社会性を持たせるような言葉になってるんだろ?」


「そうですね~。  仕事探しとかお嫁さん探しというニュアンスとは、ちょっと違うのかもしれませんね。
英語の感覚とはどこか違うカンジですね。」


英語の場合、
ジョブ・ハンティング、ワイフ・ハンティング、ガール・ハンティングともいうけど・・それだと、かなり、がっついてるみたいなカンジだから・・
一般的には、He's looking for his future partner. てそのまま言うことが多いかな。




「自分の夢や目的に向かって行動を起こすことは当然なことですよね~。 なんで、わざわざ、活動って言うんだろうか?」

「うーーん、わからん。

そんなことを言えば、リア充ってのも不思議な言葉だよ。
わざわざ、現実が充実してるって、おかしくね? 
現実に生きてるのに・・。
それとも、最近は充実感が無い人の方が多いんで、そんな言葉が出来たんかな?」


「まあ、とにかく・・リア充ってのは、be fulfilled (満足してる、充実してる)って意味だと思っとけばいいんじゃないですかね?」



遠く日本から離れてしまってる私たちにとっては、ちょっと不思議な気がする言葉だ。


そもそも言葉というものは、その時代のその場所で生きている人々の考え方や感じ方から生まれてくるものなのだ。

つまりは・・これはみんな、現代の日本に生きる日本人の考え方、感じ方なのだろう。


就活、婚活、リア充もまた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今度、日本でも英語教育を小学校から始めるようになるそうよ。」と、母から聞いた。

へええ、そうなんだ~。



10immigration.jpg


私が初めて渡米して、NYでESLクラス(English as a Second Languageの略で、英語を第2外国語とする人たちのためのスクール)に入ったときのこと、

ヨーロッパやロシア、中近東から来ている人たちが多かったんだけど、
クラスメイトたちに、「あなたは、何ヵ国語を話すの?」と真っ先に聞かれた。

ここでは、数か国語を話す人たちは珍しくない。

「僕は、母国語のほかにドイツ語とノルウェー語なんだ。」
「私は英語とイタリア語とフランス語、ママがフランス人だから。」
「私はマリ出身でフランス語とスペイン語少々」


とかなんとか、

みんな国際人やな~と感心してしまった。

きっとヨーロッパからの移民が多かったせいかもしれない。


あるとき、ESLクラスで、ルーマニア人とキューバー人の男性が話しているのを聞いていた。

「うちの国は最悪だったよ。 ちょっとでも政治の話をしただけで投獄されたもんだし。」

「いやいや、うちの国も同じだよ。」


ちょっとまった! と、今度はそこに、シンガポール人が加わって・・

「うちの国はね、民主国家と思われてるかもしれないけど、自由の発言なんて出来ない恐怖政治だったんだ。」と。


ほお~ と私は感心するばかり。

世界の事情にも。
みなさんの英会話力にも。



ESLクラスというのは、移民、亡命者の集まりなんだけど、教養も高く優秀な人たちが多かったらしい。


英語だって、みなさん、かなりなお国訛りの英語ではあったけど、こんな会話が出来るくらいのレベルだったんだから。

すごいよなあ~、と私は感心しっぱなしだった。

私に世界に目を向けさせてくれたのは、このESLクラスのおかげだよな~、と今でも感謝してるくらい。



あ、だけど・・これは東海岸のESLクラスの話。

ロサンゼルスのESLスクールは、ぜ~んぜん違うらしい。(私はLAでは行った事がないので人から聞いた話)


「は? ESLなんて行ったところで英語の勉強になんてならないよ。
90パーセント以上がメキシカンだし、無教養で字も書けない人だっているんだから。
義務教育で中学高校と英語を勉強してきた日本人のレベルじゃないんだよ!

僕は19の時、こっちに来てESLに通ったけど、英語は、まず数の数え方だったし、1~10までのね。
僕がESLで得たものといえば、メキシカン仲間から教わったスペイン語日常会話だったよ。」



だ、そうです。。。



日本人の英語レベルは、たしかに優秀なのかもしれない。

事実、私もESLでは、ペーパーテストをするといつも好成績だったし、

「日本人は文法が得意だね。 日本人て頭がいいんだよね~」と、みんなに褒められたんだけど・・

でも、みなさんのように、
日本の政治経済も、国際情勢も話すことも出来なかったし、彼らの会話にも加われなった。

これで優秀?


ネイティブ並みの美しい発音にしなきゃいけないとか、文法からしっかり学んで、ボキャブラリーを増やしてって
日本では言われてきたけど、

結局、会話に加われなきゃ、な~んにもならんよなあ。

別に、ズーズー弁だろうが、河内弁だろうが、博多弁だろうが・・多少のお国訛りがあっても通じればいいんじゃね?
と、思うようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時の私は国際結婚をしていて、アメリカ人の夫がいたのだが、

「なんで、そんな難しい言葉をいっぱい知ってんだ?
アメリカ人だって、知らないヤツが多いぞ! 」
 と驚かれたことがある。

難しい言葉ってのは、こうゆうヤツね。
   ↓
sophisticated(洗練された)、deteriorate(悪くなる)、apprehensive(懸念した)、comprehensive(包括的な)
(TOEICやTOEFLではお馴染みの単語だったんだけどなあ。)


「で、なんで、アホでも知ってる日常語を知らないんだ?」 とも言われた。。。

shingle(屋根を葺くのに使われてるもの)を、
roofing-shingles.png
私は独身者のシングルと思ったし・・


pilot(ガスの種火)を、
pilot light
飛行機のパイロットか、海賊のことかと思ったし・・(←パイレーツにも聞こえたもんで・・) 

magazine(銃の弾倉部分)を、
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雑誌かと思ったし・・

centipede(ムカデ)
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ん? さっぱり意味がわからなくて・・何がセンチになってるんだ?と思った。


こんな調子だった。。。


私って、いったい?


日常生活の単語だって知らないものばっかだったし、

かといって、ELSの生徒たちのような国際情勢や文化の話すら出来ない私って。


sophisticated、 deteriorate、apprehensive、comprehensive・・なーんて、TOEIC単語なんて糞だ!と思ったね(笑)

いやいや、それは言い過ぎだ! もちろん知ってるに越したことはないんだけど・・



こうゆう難しい言葉は、日常的な会話の中に、ちょっとだけ含めて使うのが、さりげな~い教養になって見えるらしい。


実際、教養あるアメリカ人の会話を聞いてると

日常会話とスラングも使いながら(あまりお下品なスラングはダメだけど)、その中にちょっとだけ、たまに、難しい言葉も入れて使っっている、ということに気がついた。

基本、会話はフレンドリーなものなのだ。
誰にでもわかりやすい会話をしなければならない。


難しい言葉ばかりを使うのは、逆に、会話が出来ないアホとみられるらしい。

私は、はじめて、そういったことに気がついた。


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これは、以前知人から聞いた話だけど・・

彼はアメリカで国際会議があるというので、アシスタントに若い女性を同伴して渡米したそうだ。

彼女は大学出たてで、しかも、TOEICテストでは満点に近い成績を収めているというので、こりゃ、彼女に助けてもらえる~♪
と思ってたらしい。


が、会議が始まると彼女は下を向いたままで・・なーんの手助けもしてくれなかったそうだ。

「まったく~、僕の方がぜーんぜんマシだったよ。
結局、一人で全部しゃべっちゃったもん。

あとで、緊張してしゃべれなかったの?って聞いたら、みんなが話してる意味がよくわからなかったし、
どうやってしゃべったらいいのかわからなかった・・んだって~。
TOEICの点数なんて関係ないんだね~。 やれやれ。」



これは、よーくわかる気がする。

別にTOEICテストが悪いわけじゃないし、彼女が悪いわけでもないと思う。

たぶん、日本はそうゆう英語教育で、そうゆうお勉強をしてきちゃったからだと思う。

私もそうだったし~。



だって、TOEICやTOEFLは、まず点数を上げることだけが目的なんだもん。

それ以外のことは、まったくといっていいほどやらない。 教えない。 時間の無駄だと思ってるらしい。

英語の感覚を学ぶことや、英語の創造力アップもないし、会話や文章の組み立て方も無視。

ただただ暗記するのみ。 少しでも早く無駄なく解答するコツだけを学んでたもん。


問題集や参考書も、昔からいーーぱいあるんだよね~。
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でもね~、
私は、NYのESLクラスで、TOEIC&TOFLEクラスも取っていたんだけど

まーーたく教え方が違うのだよ~。
日本でムダ!と思ってるようなことを、せっせと教えたりするわけ。



たとえば・・


Nobody had nothing to eat.
「食べるものが無いという人はいないのだ!」
・・という文があって、


先生: 「この文は二重否定してるよね。 二重否定することでどんな効果があると思う?」

生徒A: 「あえて婉曲的な雰囲気を出すためかな?」

生徒B: 「いや、二重否定によって、より印象つけられてインパクトを持たせることが出来るんじゃない?」

生徒C: 「それはどうかな~、場合によっては歯切れの悪い、どっちつかずにも取られるよ。」

生徒D: 「そりゃ、作り方が悪いんだよ。 僕だったら、こんなふうな二重否定文にするけど・・」

と・・延々とディスカッションが続く、続く・・

で、その日の授業は「二重否定」というテーマだけで終わっちまうのだ。




こ、こんなんが、TOEICクラスかよ!
・・・唖然・・・

それでいて日本で受けたTOEICクラスよりも、はるかに楽しい授業だった~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の英語の授業って、なんだったんだろう?

コスパが良いとか悪いとかって・・最近はよく言われてるみたいだけど、


まさに、コスパのみを追求した授業って気がしてしまうのだ。

それも、日本という中だけで限定された、小さな世界のコスパでしかない。


それじゃあ、いくらテストの点がよくても、効果的な会話や文章が出来るようになるとも思えないし、

世界にも通用しないはずだよね~。




ひょっとして・・日本人ってバカ?

いーえ、違うようですよ!


2019年度版、主要国のIQと世界順位というのが、あるのだけど・・

まあ、これをちょっと見てください。

1位 日本 (107)
2位 台湾 (106)
3位 シンガポール (106)
4位 香港 (105)
5位 中国 (104)
6位 韓国 (102)
7位 ベラルーシ (102)
8位 フィンランド (101)
9位 リヒテンシュタイン (101)
10位 ドイツ (101)
...........
18位 オーストラリア (99)
..........
20位 イギリス (99)
..........
27位 アメリカ合衆国 (97)
.........
44位 イスラエル (92)
..........
56位 タイ (89)
............
80位 ブラジル (83)



日本はIQ平均107点で堂々の1位なんですよ!! 


もちろん、IQテストだけで頭がいいか悪いかなんて判断が出来るとは思ってはいないけど、
それでも、世界で1位ということは、それなりの重みはあるわけで・・

優秀な民族といっても過言ではないと思う。


全部の国をご覧になりたい方はこちらを(In Deepさんのところから拝借しました)
    ↓
https://indeep.jp/wp-content/uploads/2019/04/2019-04-10_10-02-25.jpg




賢いはずの日本人!

なのに、なのに・・

なんで~?


ずーーと、昔の日本人を思い出してみる。
昔って、明治~大正時代の話だけど・・

当時の官僚の方々や軍人さんは、元武士だった人たちがほとんどだろうし、

幼少の頃から四書五経だとか孫子だとか・・漢字だらけの書物を読んで学んでて、しかも達筆で難し~漢字がいっぱい書けて


その上、海外留学のために、フランス語、ドイツ語、スペイン語、英語、ロシア語なんて学んだんだもんね~。
しかも、列強に負けずに交渉することが目的の語学だったわけで、

その上、海外視察で、化学、金融、鉄鋼、ありとあらゆる知識を学んできたという。

なーんてことを、私は「坂の上の雲」から知ったんだけどね(笑)
sakanoue.jpg

このときも、日本人てなーんて頭がいいんだろう!

抜群の吸収力だ~!

と思ったものだ。


私たちは、こういった人たちの血を脈々と受け継いでるはず。

なのに・・・いったい、どうしちゃったんだろう?


英語を学ぶということ1つをとっても、

テストにパスすることのみが目的。
テストの要領をつかんで丸暗記。



これ、SEIYUのスローガンなんですって。
    ↓
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http://cotori-sha.com/works/graphic/576

このポスターをみたとき、これが今の日本なんだよな~って思ったものだ(笑)
ポスターにも、忙しいからコスパが大事みたいなことが書かれてるし~。



小さい頃から語学を学ばせる・・これは良いことかもしれない。
小さい頃からネイティブに学べば、そりゃ発音も良くなるだろう。

けど、方向性が間違えば、

結局、私の時代が学んだものと似たものになってしまう。

今度こそ「良い英語教育」であって欲しいなあと思うのみだ。

しっかりと自分の考えや意見を、世界に向けて伝えられる子供になって欲しいと思う。

そもそも、日本では英語だけにこだわり過ぎてるような・・
世界の言語なんていーーぱいあるのにね~、とも思ってしまう。。


心の病を患う人とムンク

昨今は精神を病む人が年々増えていくようだ。


こちらは、うつ病の薬の売れ行きを表したグラフだが、

1999年くらいまではほとんど横這い状態だったのに、2000年あたりから、ぐーーんと伸びていくのがよくわかる。
   ↓
ssri.png
https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1409/29/news027_3.html

さて、2000年あたりを境にして何が変化したのか? 何が精神疾患の原因となって増えていったのか?

といった問題は置いておいて・・

とにかく精神疾患は増え続けている。


一人暮らしで不安や孤独を感じる老人ばかりでなく、
若い人々も孤独や不安を抱えて、それがストレスになっていく人だって多い。


孤独というと、一人ぼっちで恋人も友達もいない人たち、とイメージする人もいるけど、それは違うはず。
二人でいても家族でいても孤独な人は孤独。

不安というのも、明確な対象がなくても「漠然とした不安」というのもある。

そういったものがずっと消えないままでいると、ストレスとなり、心も体も蝕ばんでいくことになる。



少し前に面白い記事を読んだ。
     ↓
The dark side of creativity: Depression + anxiety x madness = genius?

これはCNNの英文記事なんだけど、タイトルのとおり、

クリエイティブなダークサイド: うつ病+不安 X 狂気 = 天才?

昔から高名な芸術家ほど、精神疾患に悩んでいる人が多いと言われてきたけど、

こういった芸術家だけでなく、創造性が豊かな人ほど、双極性障害や統合失調症などの精神疾患を患いやすい傾向にあるということが、スウェーデンの研究で判明したそうだ。(カロリンスカ研究所による)

統合失調症、双極性障害、うつ病やADHD、不安症候群に至るまで様々な精神疾患の患者を対象に調べた結果、
その親族にも統合失調症、双極性障害、食欲不振および自閉症などを抱えている可能性が高いこともわかった。



このサイトの中で、有名な絵画「叫び」を載せているのだけど、

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この絵はご存じのとおり、エドヴァルド・ムンク( Edvard Munch)さんの 1893.年の作品


お若い頃の写真がこちら
    ↓
800px-Portrett_av_Edvard_Munch_(cropped).jpg


自身でも「病と狂気と死が、私の揺りかごを見守る暗黒の天使だった」と語っていたそうだけど、
たしかに、ずーーとそんな人生を生きてきた人だ。

ムンクの「叫び」は、評論家によれば、「絵画の苦しめられた顔は、現代人の不安を象徴するもの」なんだそうだけど・・

「叫び」というよりは悲鳴に近い気がする。


実際のところ、

ムンクによって指定されたタイトルは、Der Schrei(ドイツ語)

または、 Skrik(ノルウェー語)

英語では、The Scream

どれも、「悲鳴」という意味だ。



私には、「現代人の不安を象徴するもの」なーんて、そんな生易しいものどころか・・

絶対逃げられない恐怖からくる「悲鳴」に聞こえる。 
それも、狂気と紙一重になりそうな悲鳴に。



1978年、アメリカの美術史家で学芸員だった、ロバート・ローゼンブルム(Robert Rosenblum(1927 - 2006)が、
これは、ペルーの ミイラに触発されて描いたんじゃね? と言い出したことも有名なお話し。

それが、こちらのミイラ
    ↓
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動物学の博物館、自然史最高のとして知られている、La Specola博物館所蔵


そこで専門家さんたちが調べたところ、ムンクさんは一度も、この博物館に行った事実はなく、まったく関係なかったというのが結論。

でも、確かによーく似ている!


人の想念は潜在意識下で繋がってるというユングさん(だったかな?)の説を考えると・・
現実に行ったかどうか?なんてことではなく、共通意識、イメージだったのかもしれない・・と思えてくる。

多くの人の根源的な恐怖の叫び・悲鳴が、このイメージなのかもしれない。


いやいや・・狂気に捕らわれた芸術家なんてごめんだわ~(笑)
と、健康な私は思ってしまうのだが・・

それでも、若い頃の私は、どこか、こういったダークな作品にも惹きつけられたり感動したりしたこともあった。

それが今では、「哀しみ」や「痛み」の方を強く感じてしまう。



なんだって、

創造性豊かで才能に恵まれた人(天才)は・・波乱万丈の人生だったり、精神障害に悩まされてたり、狂気や鬱病と近いところにいるんだろう?


この答えは、私の中では出ている!


豊かな才能というのは、感受性が強いということでもあり、多くをキャッチできる能力を持ってるから。

早い話が、スピリチュアル系でいうところの、憑依体質と一緒!
(私はものすごーく能力の高い、霊能者さんたちも同じだと思っている)

才能のある俳優さんたちには、こういったタイプが多いそうだ。
深く感じることが出来る能力(霊媒体質または憑依体質)は、フィクションかリアルかの区別ができないような演技になるという。


ところが良い事ばかりではない!

感度のいいアンテナを持ってるから、他人のことも別世界のことも・・・ピピピピ~と多くのものをキャッチできちゃう。

外部から得るものが大きければ、それが創造力ともなり、才能にもなる。(←ここは良いとこ)

その反面、ネガティブなものだって受けやすい!

恐怖、漠然とした不安なんてものは、まさに、それ!

外部のものまで、無意識のうちに自分のもののように受け取っちゃったりする。

utuomoi.jpg


自分にとって良いとこだけとか、美味しいとこだけを受け取るってわけにはいかないのだ。

そのすべてを、まずはパッケージとして受け取るっきゃないようだ。

package.jpg


だからこそ、並外れて才能豊かな人ほど、並外れた不幸(心の葛藤)も多いってことなんだね~。


世間の人たちから「天才と狂気は紙一重」だとか、「芸術家は繊細過ぎて俗世に生き難い」
な~んて言われてしまうのにも納得。


それでもなんでも、どんな重荷を背負っても、前を向いて、俗世で生きなきゃならないわけだし、

恐れや不安を克服する術(すべ)を、悩みぬいた末に自分で見つけ出すってのが、天才に課せられた道なのかもしれない。



日本にも多くの天才芸術家や巨匠と呼ばれた文壇人たちもいたけど、
心を病んでしまったり、自殺してしまった人も多かったように思う。

たぶん、恐れや不安をシールドアウトしてしまうほどの強いパワーを持てなかった人たちだと思うのだ。

maketaraakan.png



ムンクさんも天才の試練として、ずーーと絶望、狂気、死と隣り合わせに生きてきたようだけど・・・

晩年には、こんな作品を残している。

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The Sun 1916

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Horse Team, 1919

まるで、生きることを謳歌しているかのような。

太陽も、そして、ホースチームという作品にも、力強く現実を生きる美しさが眩い。


よかったなあ~。

この人は、ちゃーんと克服できたんだな~!
そこへ、行きついたんだね~!!


この絵を見ただけで思えてくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひと昔前だったら、 心を病む病気には、ノイローゼとか神経症とか言われたくらいで、あまり病名はなかったようだけど・・
最近では、実に多くの病名が付けられた。

単なる漠然とした不安にしても、「全般性不安障害」とか、「社会不安障害」などという名前があるそうです。
**この不安は、「対象がはっきりしない漠然とした恐れや緊張感などの不快な感情で、動悸や発汗などの自律神経症状を伴っているもの」



こういった病になる人たちの中にも、ひょっとしたら、天才予備軍が多くいるのかもしれませんね~。

感受性が豊かで溢れるばかりの創造力を持った、憑依体質の人たちが。

世に出るか出ないかなーんて、それこそ紙一重の問題で、実はムンクのような天才予備軍かもしれない人たち。

世に出る前に、病んでしまってる人たちだって、多いのかもしれない。



恐怖や不安を取り除く方法はないんだろうか?

ずっと前のブログ記事ですが、脳が幸せを感じるしくみ
というのをアップしてます。

ここで、アミット・ソッド博士(Amit Sood 統合医療の著名な研究者であり開業医)が提唱していることは、

深い感謝(GRATITUDE)
思いやり(COMPASSION)


を培っていくこと。

これに尽きるそうだ。

人が恐れや不安を感じるとき、深い感謝や思いやりは感じられないように出来てるそうで、
逆に、深い感謝や思いやりは感じるときは、まったく恐れや不安はなくなってしまうらしい。

脳とは、そのように作られている!




自分がどうしても生き難いと思うのならば、

自分を捨てて、人々の幸せのために生きるというのも1つの方法かもしれませんね。
常に、あらゆるものへの感謝を持って。



ムンクさんが、どうやってダークサイドを変えていったのかは知らないけど、

長~い苦難の果てに、自力で「何か」に行きついたんだろうなあ~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それにしても・・

ムンクも、晩年のあんなに美しい作品よりも、狂気に満ちた「叫び」の方が有名になっちゃたんだよね(笑)

今じゃ、パロディーも世界中に、いーーぱいあるのにはビックリ。

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これはWindows

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こっちはMac

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米国エネルギー省のスクリームだそうで・・・知らなかったけど。


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こっちは、映画のポスターにもなっちゃたヤツ。

マリブかインパラちゃんか?

すっごいマヌケな話。

車の修理のために、カーディーラーからレンタカーを借りたんだけど、貸してもらった車種はマリブという車。

私の車がインパラという車種なので、なるべく同じような車種をという配慮だったんだと思う。


マリブという車、インパラよりも小さめで小回りはきくしで、街中では運転しやすい。
しかも、アウトドアのスポーツカーではないので、さまざまな機能がついている。

スマートキーだから、キーをポケットに入れとくだけでドアは開くし、ボタンを押すだけでエンジンも始動する。

●バックするときは、ディスプレイにバックモニターで画像が映し出されるんで、後ろを見ながら目視確認をする必要もない。


うわあ!なんて・・ラクチンなんだ~!(←こんなことで感激する)


いつも、パワフル重視の車ばっかり乗ってた私は、こういった車を運転したことがない。
(注:アメリカの、スポーツカーやパワフルタイプ、アウトドアー目的の車には、あんまりこういった機能はついてないことが多い。
中にはあえて、マニュアル車を買う人もいるくらい)



すっごい便利! しかもラクちん!
 
最近は街中ばかり運転するようになってしまったんだし、今度買うときは、この車もいいかもな~なんて思ったくらい。(←いつ、買えるんだよ!)



なーんて♪♪思ってたら・・ガソリンスタンドで困ったことが発生。


レンタカーは使った分だけのガソリンは入れて返却しなきゃならない。


ところが・・・ガス給油口の開け方がわからない!

どうやっても開かない!

gascap2.gif


パッセンジャー側に、こうゆうのがあるんで、これが給油口だってことはわかるんだけど・・

色々な部分を押しても開かないし、むろん、引っ張るところはないし~。

そこで、運転席から開けられる装置でもあるんだろ?と探したのだが、それらしきものはない。

ダッシュボードを開けてマニュアル本を探したけど、そんなものは入ってない!
そりゃそうだ@ いまどき、紙のマニュアル本なんかあるはずない。 インターネットでダウンロードするっきゃない。


さっそく、スマホでマニュアルをダウンロードしてチェックすると、

給油口はパッセンジャー側にあります。(←そんなもん、見りゃわかるだろーが!)
端の部分を押すとオープンします。(おい!端の部分たって、上下左右あるだろーが!)



上下左右の端の部分を色々とプッシュしても、びくともせん!

困った~。



こりゃ、誰かに聞く方が早いか!


隣にメキシカンのおっちゃんが、ガソリンを入れてたけど、車を見ると旧式のでっかいバンだし・・
それよか、英語も通じ無さそう。。。

キョロキョロ見回しても、早朝のせいか人があまりいない。(こういったタイプの車に乗ってる人がいないのだ。)


人を当てには出来んよな~。
あんまり、人を当てにしたくもないし・・


そこで、またもスマホを使って検索。

今度は、
Malibu 2019 How to open fuel door と、そのまんまを入力すると、

まさに、この動画がヒットした!
    ↓

こんな動画を貼ったところで、日本にいる皆さんにはマリブなんて車、関係ないだろーけど(笑)

そっか~。 左下を二本指を使ってプッシュするんか!
(たぶん、力加減もあったのだろう。 私はえいや~!っと、馬鹿力でプッシュしまくってたから。)

やった~! 今度は開いた!!

この間、ざっと30分。。。

ひどく疲れた。

ひどく情けない。

マヌケな話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらに住む日本人の方は、ほとんどがトヨタ、ニッサン、ホンダといった日本車で、しかも、タウン用の車に乗っている人が多い。

おそらく、スマートキーも、バックモニターも、「私が悩みに悩みぬいたプッシュ式給油口」だって当たり前なんだろう。

彼らに話せば・・常識でしょーが!と笑われちゃいそうな出来事だろう。(あ~恥ずかしい!)


でも、なーんか、納得できん!

マリブのマニュアル本はいかんよな~!
と思う。

あんな説明で、初めての人が出来るんかい?(いやいや、出来る人の方が多いのかもしれないが・・。)


と、またも検索すると、やっぱ・・私のように苦労した人もいる(笑)
    ↓
Bad Designs - How do you open the gas cap door?

この人、車の中のすみずみまで探し回ったりして、給油口を開けるのに1時間半もかかったという。

タイトルで、バッド・デザインだ!とまで、言い切ってる(笑 ←同類がいたことで喜んでる


私だって~、スマホであの動画がヒットしてくれなかったら、もっと時間がかかってたかもしれないのだ。



車って機能がいっぱいついて、ほーんと便利になった。

ぎりぎりの状態で縦列駐車なんかするとき、バックモニターがあれば、初めての車だってラクラク駐車できちゃうだろうし、
どこか故障個所があれば、モニター画面で故障個所を教えてくれたり、アイコンみたいなランプが点滅したりする。


でもひと昔だったら、車の幅と長さを体で覚えて、このくらいだったらまだ大丈夫だな~といった勘こそがすべてだった。



昔々、教習所の教官からも、

「車種によって大きさも違うんだから、それは自分の体の感覚で覚えるしかないんだ。
あとは、五感を使え!音や匂い、乗り心地から、異常を察知しなきゃいけない。 
さらに、最低限度のメカも学んでおかないと、どこに異常があるか予測も出来ないよ!」


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http://blog-imgs-34.fc2.com/y/u/z/yuzunekoninja/2011081021315250d.jpg

私が18歳のとき、教習所ではMT車だったしね~。

坂道発進のために、半クラッチの感覚を覚えろ!とも言われたわけよ~(笑)


車の運転って、ただハンドルさばきの技術だけじゃなくって、感覚も使わなければならないし、車の構造やらメカの基礎も勉強しとかなきゃいけないんか~。大変やなあ~!と思ったものだ。


でも、もはやそんな時代ではなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのって、車だけに限った話じゃないよね~!

お風呂だって掃除機だって炊飯器だって・・なんでもかんでも、いーーぱい機能がついてラクチンになってるもん。


前に日本に住む母と電話してるとき、突然、女性の声で何やら言うのが聞こえてきた。(内容までは聞き取れなかったけど)

「え? 誰かお客さんでもいるの?」と聞くと、

「ううん、あれ、お風呂よ! お湯が沸きました!って。」

ええええ? 風呂が、風呂が喋るんかい??

「は? あんたんとこのお風呂、喋らないの?」と、母が怪訝そうに言う。

喋る方が異常だろ・・。 

「やあねえ、いまどき、当たり前よ~。
お湯の温度設定だってできるし、メッセージで教えてくれるのよ・・。
アメリカって時代遅れなの? それとも、アンタんとこが、よっぽどのビンボーアパートなのかしら?」



風呂なんて、熱湯の蛇口と水の蛇口しかついてないし~。

豪華版の風呂でも、こんなもんだし、

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長年のアメリカ暮らしで、「風呂を沸かす」という感覚さえ忘れてた。


炊飯器だって、私がアメリカで使ってるのはこんなもんだし~。 
(ターゲットで20ドルくらいで売ってた。)
     ↓
rice cooker

母に話したら、異常に驚かれた!

「いまどき、2000円程度で買える炊飯器があるの?    
それじゃあ、お粥モードとか炊き込みご飯モードだってついてないだろうし・・可哀そうに・・食べられないのね~。」


はああ?


「私は、炊飯器が無かったころは、鍋でお米を炊いて食べてました!
お粥も、炊き込みご飯も、ぜーんぶ、水加減ひとつで美味しく作れます!」




昭和初期生まれの母親の方が・・完全に文明化しちゃってるらしい。。。

いやはや、日本恐るべし!


噂によると・・日本人はとくに便利が大好きだとか。

さまざまな機能がいっぱいついたものが好きなのだとか。

高くてもそっちの方が売れるらしいのだ。


いやいや、中国人観光客も、超高い家電の爆買いをするというから・・たぶん、中国人もお好き?



でも、便利であることと引き換えに、失ったものも大きいのかもしれない。

車を運転するにもゴハンを炊くのにも、勘や五感は使わなくなった今・・

便利な生活の中では、強く意識していない限り・・感性に磨きをかけるなんて無理なことなのかもしれない。

松果体が退化してしまうのも当然のことかもしれないなあ。




私だって・・給油口が開けられずに困ったとき、まっさきにスマホを使って解決法をみつけたわけだし。

スマホが無い時代だったら・・
一人で悪戦苦闘してどうにもならないとしたら・・

いったいどうしただろう?


やっぱり、近くにいる人たちに助けを求めただろうか?


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昔ケニアに旅行したとき、目的地に行かれずに困ったことがあって、通行人に道を聞いたところ、その人は知らないという。
(言葉がよくわからなかったんだけど、たぶん、そう言ったんだと思う。)

ケニアの英語なんて、スワヒリ語と英語のミックスでほとんど通じない。

ところが、その人が別の通行人を捕まえて聞いてくれた。
だんだん人が集まってきて、みんなが身振り手振りでも、親切にあれこれとアドバイスしてくれたことを思い出す。

まだまだ、こんな時代だったんだろうな~って思う。



今の私は、困ったときは知らない人に聞くより、スマホを信じてスマホに頼る。

そしてまた、人の心も・・たった一人の見知らぬ通行人を助けようとするだろうか?
それも大勢の人が集まってまで・・。


便利になった分、私たちが失なったものは勘だけじゃないのかもしれない。



私の母だって、そうなのだろう。

私の母に対するイメージはこういったものだったんだけど・・(完全に昭和時代の母)
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現在の日本にいる母は、喋る風呂に、IHクッキングヒーターなるものを使ってるらしいから。


それもいいだろう。
クリーンで便利な生活、それは決して悪くない。


ただ・・便利ゆえに、これ以上失うものがないように・・

時代や世間に流されない強い意識と意思は持ち続けなければならない。


どんなに便利な生活をしていても、勘を働かせ、五感も鋭く、感性にも磨きをかけていくように意識していないと、

私たちは、あっという間に退化していってしまう気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、私のインパラちゃんが戻ってきて、

あ、こっちじゃなくって・・
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こっちね・・。
  ↓
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やっぱり、私には、便利機能がいっぱいついてなくても、インパラちゃんがいいな~!って思った。

つくづく思った。

トライバリズムが蔓延してる?

この間、アメリカの教会についてのブログ記事をアップしたんだけど・・
   ↓
ユル~く考える「許しと贖罪」

これを読んで頂いた方から、「うわあ~!楽しそう! 私もアメリカ旅行したら行ってみよっと!」というメールを頂いた。



そこで、ひと言だけ参考までに。

たぶん・・日本人旅行者が、「見学させてください。」とお願いしたところで、許可されないことが多いかもしれない。

もちろん、そこの教会や神父さん(牧師さん)によっては、

にこにこして、WELCOMEだよ~ってところもあると思うので、絶対無理とは言わないけど、それでも可能性は低いかな~って思う。


私がいろんな宗派の教会に行けたのは、親しい友人がそこの教会のメンバーだったから!に過ぎない。



なーんだ~!
まるで、アメリカの教会って・・「一見さんお断り」とかいう、格式高い料亭みたいじゃないか~!(←まさに、そのとおりかも)

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https://www.daiwahouse.co.jp/mansion/sumau/kyoto/kurashinojiten_02.html

お店ならば、こういった経営方針も理解できるんだけど・・教会で、これってどーなんよ??


でもねえ・・現実としては、

めっちゃラップとかゴスペル好きの白人が、黒人教会のメンバーになりたーい!と思ったところで、断られるし、

逆にグレゴリア聖歌にハマってる黒人が、聖歌隊のメンバーになりたいからといって、白人の集まるカトリック教会には入れてもらえない・・らしい。




もちろん、今のアメリカは絶対人種差別をしてはいけない国!(←訴えられちゃう!)


だから、決して人種の違いを理由には断らないだろうけど・・やんわりと上手に他の理由でお断りされるらしい。


で、

白人は白人の教会に行き、黒人は黒人の教会に行き、ジューイッシュはジューイッシュの教会に行き、
コーリアンはコーリアン系の教会に行き、日系人は日系人の教会に行くことになる。

望むと望まざるとにかかわらず。


これが現実。

アメリカは人種のるつぼだとか、人種差別は無いと言われてるけど・・

結局のところは、人種ごとにグループ化されていて、

それぞれのグループの集まりがぼんぼーんと、いくつもあって、

それが、アメリカという1つの国になってるだけに過ぎないんだよな~って、思い知らされる。


生まれ落ちた瞬間に、カテゴライズされちゃうってどーなんよ?
そんでもって、押し付けられたアイデンティティーを持たされちゃう?

自分の意思で自由に選べないってどーなんよ!


怒ったところで、現実がそーであって、入れてもらえないんだったら・・仕方ないんだろうけど。


それでも地域によっては、面白い試みをしてるところがある。

私がバッファロー、ニューヨークに住んでた頃、
そこでは黒人系教会と白人系教会のコラボがときどき行われていた。

交代で両方の教会に赴いて、

両方の教会の牧師さんがスピーチをして、それぞれのミュージックを見せ合うというもの。
黒い人たちも白い人たちも一緒になって集まって楽しむ。 結構和気あいあいだった。

だけど・・なぜか、ロサンゼルスでは、こういったコラボをやってる話は聞いたことがない。
ロサンゼルスの方が、カテゴライズ化されちゃってるんだろうか?

うーん、東海岸の方が人種差別意識は少ないのかなあ~。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、トライバリズムって言葉があるらしい。

去年あたり?から、海外記事の中にはよく登場してくる言葉で、
とくに、各国の政治情勢、国家情勢の中で使われることが多いようだけど・・

トライバリズム(tribalism)というのは、トライブ(部族)から派生した言葉なんだって。

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それぞれ、同じ主張をする人たちばかりが集まっちゃって、他のものを力でねじ伏せようとする。
そうなると、民主性から離れた方向に行くし、社会の共生も難しくなるし・・
世界の秩序も脅かされることになる。



どうも世界中がそういった風潮になっているんじゃないか?・・という危惧を込めた言葉らしい。


この人なんか、まさに、その典型タイプかもしれないね。

トライバリズムを先駆けた人
    ↓
amefirst.png


でもね・・・

私は生まれ落ちたところなんて、なーんも関係なく、

社会がどうとかも関係なく、

規制されることもなーんもなく、

本当に好きなことを自分で選んでいって欲しいもんだよな~って思う。

そうゆう世の中であって欲しいと。


こうゆうオジサンたちにも・・
   ↓
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そうゆう世の中を作って欲しいんだけど、

でも、作るのは・・まず、自分からなんだよね~。
社会やオジサンたちをあてにするんじゃなくってね(笑)



こういった異種間の写真なんかを見てると・・

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animal_love.jpg

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グレゴリア聖歌にハマった黒人が、なーんも気兼ね無しで、白人教会で一緒に歌うのもアリだよな~って、自然に思えちゃう(笑)

だって、好きなんだもん!


それだけの理由で生きられないのは・・・人間だけなんかな~?


いやいや、ちょっと待った! こうゆう人もいたなあ!
    ↓

ばけたん!

先月ばけたんを買った!

baketan.jpg

そう!

おばけ探知機だよ~!

【おばけ探知機 ばけたん】BAKETAN 霊石 - REISEKI -

アメリカ在住の私は、日本のサイトから買うと色々と面倒くさかったり、送料がかなり高額になったりで・・どうしたもんか?
と思ってたところ、販売元が運営する英語版サイトをみつけて、そこから購入した。


この販売元、ソリッドアライアンスという会社、東京にあって、なかなか面白い商品ばかりを開発・販売をしているらしい。


ばけたんはその商品の1つ。


ずいぶん前に(たぶん6-7年前?)、日本土産にばけたんをもらったことがあった。
そのときのは、勾玉型をしたやつ。

こんなんだった。
  ↓
ばけたん2

当時のと比べると、小型かしてLEDの色もキレイに変わるし、ずいぶんバージョンアップしたもんだな~と思う。


モードは5段階あって、10分おきに24時間サーチしてくれてるらしい。
で、お化けを探知すると赤に点滅する。


問題無しの場合は色が出ないのでわからないのだが・・

自分でチェックしたいときは、下の◇部分を押せば色の点滅で教えてくれる。

baketanmode.jpg


いったい何に反応して色が変わるようになってるんだろう?


ソリッドアライアンスの説明には、このように書かれてあった。
   ↓

ばけたんはピエゾ素子と、基板上に組み込まれた特別な回路をアンテナとして使用し、空間の温度、時間、振動、音圧、電磁波、その他未知のエネルギーの影響を受けることで真性乱数の発生を可能にした超小型の真性乱数の発生装置(特許出願中)と、空間へのフィードバックディスプレー、及び評価プログラムにより出来上がっています。




なんと中身を分解した人がいるらしく・・・

こうなってるらしい。
   ↓
bketan_kiban.jpg
https://www.solid-a.com/baketanbattery/


そんなん、おもちゃだろーが!と、笑う人もいるのだが・・

私としては、「なかなか侮れないモノ」と感じている。

つーか、結構興味津々で楽しんでいるのだ~♪




ただ、このばけたん、幽霊だけに反応するだけじゃない気がする。


場の異常なところに反応するみたいなのだ。

異常というのは・・通常の状態じゃないような波動(電磁波、重力波なども含めて)


たとえば、こんなところも。
    ↓
ReportsIMG_I1161852163671.jpg
http://www.mynewsjapan.com/reports/469


高圧電線だらけのところとか鉄塔のそばに行けば、たぶん反応するんじゃないあ?


また事実、ばけたんが、地震が発生する前に赤く点滅したという報告も上がっていたけど・・これもアリえる気がする。


地震・火山噴火の予兆


だとすれば・・これは、太陽や地球レベルによる異常にも関係するのかもしれない。

たとえば、宇宙線が多く注いでいるような日、または地域



ずっと前に、太陽の黒点と宇宙線の話をアップしたことがあったので参考までに。
    ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?





宇宙線(高エネルギーを持った粒子陽子やヘリウムの原子核など)は常に地球上にも降り注いでいるわけだけど、

ふだんは地球の磁場や大気で遮られるため、人体に害を及ぼすほどのものは到達しないことになっている。


ところが、最近では、太陽の黒点がなくなってしまっている。

sun-dimmest-2019.jpg
https://indeep.jp/the-dimmest-sun-since-1978/

つまり、太陽活動が「弱く」なっているということだ。

 参考までに
   ↓
太陽の黒点消失「2月はほぼゼロ」10年ぶりに最少「極小期へ突入」



太陽活動が「弱い」ということは・・「地球にやってくる宇宙線の量は増えている」ということになる。


宇宙線に詳しい友達が(←いったいどんな友達だよ!)、以前にこんなことを言っていた。

「あ~、どんより曇ってるよなあ。 きょうは朝から頭痛がする。
こりゃ、きょうは宇宙線の量が多いんだな!」


注: 「宇宙線が増えると、雲が増える」ということは、サイエンス上での常識。 宇宙線は天候にも深くかかわっている。


こんなときも、ばけたんは反応するかも。



最近は、太陽だけじゃなくって地球だって変わってしまっている。

これも、以前のブログにアップしたので、そこからまた抜粋すると
    ↓

地軸のずれ(北極点が移動してしまってる。)

現在の磁場は南極(N極)から北極(S極)に向かっている。この磁場がだんだん弱くなり、ゼロになると、その後に今までの逆の磁場が発生してしまう。
2000年前は、地球の磁力は4ガウス。
しかし、現在は0.4ガウス。(ガウス(G)は、磁束密度の単位)
ドイツ、ロシアの研究チームによると、もはや磁力復活の見込みはなく、どんどんゼロに近づいている。




地軸も狂ってきているなら、磁場もかなり狂っている場所も増えている可能性は高い。

ばけたん、チェッ~ク!



空間の温度、時間、振動、音圧、電磁波、その他未知のエネルギーを感知して反応するならば、
こういったことは、すべてありそうな気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は子供の頃から、幽霊なんてフツーにいるし、宇宙人だっていて当たり前!と思っていた。

そのせいか、最近はとくに、オカルトや霊現象とサイエンスを切り離して考えられなくなってしまった。

幽霊もオカルトも科学分野も私にとっては、全部いっしょくたであって、

区別するとすれば、

波動が悪い場所で人間の心と体に悪影響を及ぼすもの

または、

逆に、リフレッシュさせてくれて良い影響を及ぼすもの



この2つしかない。


実際に波動の悪い場所にいくと、
(悪い場所というのは・・磁場の狂った場所、高圧電線のそば、強い地縛霊がいる場所などのこと。)


頭痛、耳鳴り、悪寒、吐き気、倦怠感や不快感、眠気・・といった体への影響があらわれる。
だいたい同じ症状が現れるのも興味深い。


これを病名でいえば、自律神経失調症といったものになるのかもしれない。

病名なんてどーでもいいんだけど・・問題は何が起因して症状が出たか!だよね。



高圧電線のそばでは影響はかなり強いらしく、こういった初期症状を我慢して生活していると癌になるケースも多いという。
実際に、癌の発生率が高いというデータがある。

うーーむ。

こりゃ、強い地縛霊がうようよいる、心霊トンネルの中で暮らしてるようなものかもしれないなあ。

いや、それ以上か!



また、地縛霊は、そういった波動の悪い場所に集まりやすいという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう1つ、ばけたんで発見したことがある。

ばけたんは、自分の出す波動にも反応する。


ある日、私はすごーく嫌な(悪意を感じるような)電話を受けて、ムカついて、ネガティブ感情がダダ漏れになってたんだと思う。

そのとたん、近くに置いてあったばけたんが反応。

赤に点滅して、しかも警戒音まで鳴り出す始末。


私の家の中はすでにチェック済みで、どこもグリーンかライトブルー。
ということは・・もともと場が悪かったわけではない。

そこで、これは私自身に反応したんだ~!と気がついた。


ばけたんの説明によると、

赤が点滅したら、ボタンを長押し(約5秒程度)すること。
そうするとバリアモードが発動して守ってくれる

とあった。

でも・・・これって自分が原因なんだし~、自分で自分をバリアするわけにはいかんだろ!



そこで、深呼吸を繰り返し悪いものを吐き出す。(←イメージだけど・・)

次にネコをひっつかまえて無理やり抱っこ。

ネコから良い気を頂こうとしたんだけど、蹴られて逃げられた(抱っこキライなのだ!)

おい! 待たんかい!とネコと鬼ごっこしてるうちに、気分もすっかり晴れてしまった。

そこでまた、ばけたんチェッ~ク!

今度はライトブルーになった。

やれやれ😥 



自分がオバケ並みの悪い気を出してはいかんよな~!(反省)


ばけたん、なかなかの優れものかもしれない、とあらためて思った。



ただし、バリアモードについては、正直なとこ、あんまり信ぴょう性があるとは思ってない。

きっと、高圧電線に囲まれてる場所とか、ヤバイと言われる心霊スポットのトンネルの中とか、富士の樹海の中とかに行けば、赤く点滅しそうな気がするけど(←自分で試そうとは思わないけど)


そこでバリアモードを使うよりも、さっさと逃げ出す方が先じゃないか?



バリアモードにはクラック水晶が使われていて、それで身を守ってくれるというのだが・・。

クラック水晶はマイナスエネルギーから身を守ってくれるし、魔除けになるといわれている天然石のこと。
   ↓
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ところが、天然物のクラック水晶なんて滅多に入手できるものではないのだ。

おそらく、水晶に人為的に温度変化や圧力を与えてクラックを入れたものだろう。

そう思うと、果たして強力なバリアになってくれるかどうか?

ま、そこはご愛敬ってことで(笑)


私は、場の悪い場所とか、それこそ地縛霊がいそうな場所にどうしても行かなきゃならないときは、フツーの本水晶の数珠をぐるぐる巻きにして出かけることにしてる。

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こっちの方が、ばけたんのガード機能よりもはるかに効果アリと思っている♪




ちなみに、ウチの猫をチェックすると、いつも、ブルーかライトブルーになる。

つくづく、ペットというものは人間よりも邪気が無いんだろうな~と思う。



しかし困ったことに、今のところ、ばけたんに興味深々。

勝手に持ち出して、転がしたり放り投げて遊んでいる。

とくに光るのが面白いらしい(光モノ好き・・カラスじゃあるまいし~)

これ! さっさと光らんかい!と、ネコ手でバシバシといたぶっている。


運よくボタンが押せたらしい。 匂いを嗅いでチェック
   ↓
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満足して眠くなってしまったらしい。 もう半分寝に入ってるところを、私がそっとボタンを押してみた。
   ↓
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いつものブルーに変わる。


ブルーはエンジェルさんが来た!という説もあるけど、私はそこまでロマンチストにはなれない(笑)

そんなもん、いたとしても滅多に来るもんか! ましてや私のところなんて来ないだろ~と。(←やさぐれ気味?)


でもいつもブルーのネコの中には、エンジェルが住み着いてるのかもなあ~と思ったりもする。

ユル~く考える「許しと贖罪」

毎週、日曜礼拝に行ってるという人がいて・・かなり熱心なクリスチャンなのだろう。
ひと昔前ならば、アメリカ人は「日曜日といえば着飾って教会」というのが定番だったらしいが、最近はあまり聞かない。

えっと‥その人が行くのは、メソジスト派の教会って言ってたかな? 
(注:アメリカのほとんどがプロテスタント、ただしメキシカンはカトリックも多い)



ニューヨーク州にいた頃は、私は、黒人教会が好きでよく通っていたことがある。

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なんてたって・・生ゴスペルがタダで聴けて、特にレディーたちのファッションは華やかだし、あとで出される軽食が超美味しかったから!(ガンボなんて、もう、最高だったもん)

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なぜか、黒い人たちのチャーチファッションって、とくに豪華だよねえ。
ふだんは、タレッタレのチープファッションなのにね(笑)

昼の正装として、ちゃーんと帽子をかぶる人が多いってのも特徴

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上の二つは雑誌のチャーチファッションからひろったものなので・・・


現実は、こっちに近いかも(教会に行くのはご年配の方々の方が多いので・・)
   ↓
old ladies charch

それでも・・気分はマイ・フェア・レディーなのかも。

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ファッション的にも変わらんじゃないか!


それとも、パリの凱旋門賞か(競馬の有名なレース)?
   ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれれ、話が完全にずれてしまった・・・。

別に、チャーチファッションの話をするつもりではなかったのだ!

話を戻そう。。。



「教会で、どんなお説法を聞くの?」と聞いたら、

先週は、「許しと贖罪」がテーマだったんだとか。

ここの牧師さんのトークは、流れるように熱く静かな語り口で、美しいバリトンが人気なんだとか。



許しと贖罪ね~。

まさに、ジーザスの根本的テーマだね。


加害者を許せるか?



たぶん、多くの人の答えはNO



そうゆうとき、多くの人の心には憎しみが生まれるわけで、それを形にして処理しなけりゃならなくなるのが常。

それが、報復感情というもの。


報復感情を持つのは当たり前! 当然の権利!って思ってる人は多いだろう。

だからこそ、復讐があったり、法律で死刑もあるわけだし。
法律ならば、復讐も堂々と正当化できるわけだしね。


人というのはそうゆう生き物なんだから、当然のことだよ!とさらっと言われたことがある。

それも、敬虔なクリスチャンの人に言われたのだ。
矛盾してないか?



さすがにこのときは、ちょっとびっくりした。

だってだって・・・じゃあ、ジーザスはなんで十字架刑になったんだあ?


総督のピラト、ジーザスを憎むユダヤ人たちの陰謀といった外郭からの理由は、この際置いとくとして、

ジーザス自らが十字架刑を選んだから。

この世のすべての人々の代わりに、彼らのすべての罪を自分の体で引き受けるために。




「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。」(ヨハネ伝10:18)

だから一切、自分を弁護せずに沈黙を守ったまま、最も残酷な十字架刑になったのだった。


ところで、十字架刑ってすっごく残酷な刑って知ってた?
    ↓

十字架に架けられる犯罪人は、裸にされ、両手両足首に約15センチの長さの大釘を打ち込まれ、十字架に固定される。
この時、手足首の神経は切断され、すさまじい激痛が襲う。
さらに十字架に吊り上げられると、両肩は脱臼し、釘を打ち込まれた傷口に全体重がかかり、さらなる激痛が襲う。
犯罪人が呼吸をするためには、何度も足を突っ張って体を持ち上げなければならない。
このような苦しみが数日続くこともあり、最終的には激しい痛みと疲労のために呼吸困難となり、心拍異常を起こして心停止で死に至る。



おえ~!

こんなんと比べたら、ギロチンとか切腹(介錯付き)の方が、はるかに温情的だねえ。。。


そりゃあ、メル・ギブソンのThe Passion of the Christって映画みたとき、想像ついてたけどね・・・。

撮影風景・・・血だらけだもんね~。 撮影でよかったよ!
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まさに、パッションだよなあ。

パッション(passion)とは、2つの意味があって、あつーい「情熱」。  
もう一つは「キリストの受難」




そう!

彼は、自分がすべての人の罪を引き受けて、すべての罪ある人を許したわけ。

許し = 愛


だから決して、自分を卑しめた人にも、策略に落とした人にも、鞭うった人、釘打った人さえも、怨むこともなく、
むしろ、彼らのために祈ったのだ。

そうゆう人だったのだ。


彼のことを「人」なんていうと、そこんとこ、突っ込まれそうだけど・・

私は人だと思っている。 そうゆう人だったと!


少なくとも生きてるときは、私たち同様、肉体を持つ人だったことは確かなはず。


だからこそ、感動的なわけだし、

こんな生き様をした人は、他の宗教人をみても、まず・・いないと思う。

まさに、パッションなのだ!


許しとは、加害者を許すことで、加害者のためのもの、って思ってる人が多いようだけど・・

それは違う! ほんとうは、自分のためのもの。

・・・というのを、私も、どこかの教会のお説法で聴いたことがある。


加害者がいて被害者がいて・・

被害者は憎しみから報復感情を持つ。

報復感情を爆発させるのは簡単だけど、その状態を持ち続ければ消耗しかなくなってしまう。

そこから生まれるものは何もない。


同時に、被害感情もエンドレスで持ち続けることになってしまう。

それはそれで辛いことだろう。

いつまでも同じ穴にはまってるようなもので・・それこそ、生きたまま地縛霊になっちゃうようなものだ・・と私は思う。



そういえば、日本には「罪を憎んで人を憎まず」なんて言葉もあったね。

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https://deskgram.net/explore/tags/%E9%81%A0%E5%B1%B1%E9%87%91%E5%9B%9B%E9%83%8E

なんだか古い時代劇の、名奉行あたりが言いそうな言葉だけどね。


この語源がどこから出たのかは知らない。

孔子だとか、古代中国の賢人の言葉だって説もあるらしいけど、

でも、これを実践的に説いてくれたのは、やっぱり、この人だったと思うのだ。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Passion_of_Jesus


ついでにもう1つ、聖書からの引用で有名な言葉があったけど、

これはご存じだろうか?


ヨハネ伝の中に出てきた言葉だったと思うが・・

罪の無い者が最初の石を投げよ

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人々が姦淫の罪で捉えられた女が引き出してきて、律法通り、石打ちの刑(死ぬまで石を投げつけて殺す刑)にするという。
どうよ?法にのっとってんだから、文句はないだろーが!と。

そこで、ジーザスの言った言葉がこれだったわけですね~。


参考までに、詳しい話はこちらに載ってます。
    ↓
(49) 罪の無い者が最初の石を投げよ


なんだか、今も昔も、あんまし変わってないんかも~。

自分の罪を棚にあげて、集団でよってたかって・・人を断罪しようとするってとこ!
まーーたく罪を犯さない人間なんていないのにね~(もちろん、警察のお世話になったかどうかってことじゃないよ~。)

・・・・・・・・・・・・・・・

私はどちらかというと、もともと、ユルーく生きてるような人間で、頑張るよりも、疲れる前に休息をとっちゃうようなタイプだ。
(私の辞書に、頑張るという言葉はないらしい)


そんなもんだから・・

相手になんらかの被害を受けたとしても、報復こそが最終的なカタルシスだ~!とは、ちっとも思えないのだ。


悪意による被害を受けたときは、むろん立ち向かわなきゃならないし、決して我慢も泣き寝入りもするつもりはないんだけど、

その実害が修復できた時点になると、相手を許すとまではいかないまでも、な~んとなく相手にもユルーくなっていって、いつのまにか風化しちゃうというのが私の常だ。

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http://mh2sketchbook.blog90.fc2.com/page-24.html

ああ、そういえば、そんなこともあったよね~と、いつのまにか、1つの思い出みたいに・・遠い目で思い出す程度になってる(笑)



こうゆうのって、ただの忘れっぽいつーか、ユル~い人間に過ぎないのかもしれないけど、

それでも、「許せない」というニュースばかりの世の中で、少しは、こんなユルーい人がいてもいいのかもしれない。
と、自分で自分を慰めている(笑)



人を許すなんてことよりも・・・自分のしている事や考えてることなどを、

ふと、別の視点で眺めたとき、

私の方こそ、「お許しください」という気持ちになることの方が多い。


生きてきた年数分だけ、「お許しください」が増えてくものなのかなあ。

いやあ、まいったなあ。

人生は贖罪の連続なのかもしれない。。。



贖罪(しょくざい)、これは難しい言葉だねえ。

私がこの言葉を知ったのは、英語の方が先だった。
それも映画から(笑)

shawshank redemption

日本語タイトルだと、ショーシャンクの空に
そういえばこれも、スティーブン・キングが原作だったんだよね~。

ずいぶん昔だけど、かなりヒットしたし映画だったから、覚えてる人も多いと思う。


この原題が、Shawshank Redemptionだったのだ。

この映画のおかげで、Redemptionを調べて、それが贖罪って意味だったと知ったわけ。


Redemptionとは、

キリスト教からくる、罪の贖いという意味なんだけど、実はもう1つ意味があって・・

会計用語(金融用語?)で使われる、償還(しょうかん)・・債務を返済すること。




そういえば、この映画の主人公(無実の罪で終身刑になっちゃた人)は、すごく有能な銀行員だったね。

ああ、だから、両方の意味を掛けて使ってたのか~と(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジーザスって、私の中ではいつも、映画や小説からだったり、宗教だとか神として捉えるよりも、人として捉えてしまったり・・と、

まさに異端なのだろうけど、それでも、魂に触れるものは、ちゃーんとある。

それは、もちろん、宗教として確立されて政治利用された部分は抜きにしての話だけど。



たまには、教会に行くのもいいかもしれない。


これでもか!って正装姿を見て、ミュージックを堪能して、最後の軽食を堪能して・・
で、流れるように、熱く静かに語るお説教を聞くのもいいかもしれない。


日本の教会は幼稚園のときに通ってたけど・・

プロフェショナルな歌を聞いた覚えがない。
お説法はどこも似たようなものだった気がする。


アメリカでは、プリーチャーには、スピーチの大会まであるらしい。
*プリーチャーというのは、プロテスタントの牧師さん(お説教をする人)のこと。


今さらながら、実にアメリカ的だよなあって思う。

陳腐な悪と陳腐な善

「日本には修学旅行ってのがあってね~・・」

と、アメリカ人の同僚たちに、修学旅行について説明していた。


(ちなみに、学年全員で旅行に行くという、修学旅行の習慣は日本だけらしい。

こうゆうとき、つくづく当たり前のように思っていた日本の習慣が、世界レベルでみれば、ぜーんぜん、当たり前じゃなかったことに気づかされる。)


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https://matome.naver.jp/odai/2151962642428511001


「大勢で行く、遠出のフィールドワークみたいなものなんだね。 そりゃあ、さぞかしいい思い出になるだろうね~。」

と、彼らは言う。


日本の修学旅行の習慣が、いつ出来たのかは調べてないけど、私の父や祖父も行ったといういから、
かなり、古くからあった習慣なのだろう。


みんなで、そんな話で盛り上がっているとき、

一人の日本人の同僚が、「僕は修学旅行でいい思い出がないから、話したくないんだ。」と、ぽつりと言った。



あとで、彼に聞いてみると・・(←話したくないって人から無理やり聞き出しちゃう、悪い好奇心)

彼の修学旅行先は、沖縄だったという。

首里城とか、ひめゆりの塔とか、お決まりの修学旅行コースだったらしいのだが、

どこに行っても、ひどい頭痛、吐き気、悪寒、耳鳴りで、夜もほとんど眠れなかったという。


原因は霊障で

彼はもともと霊感が強くて、かなりの憑依体質なんだそうだ。


「ひめゆりの塔は、かなり酷かったなあ。 もう倒れる寸前で我慢し通しだったよ。」


それじゃあ、楽しいわけがない。。。


「沖縄っていうのはね、太平洋戦争末期に沖縄戦があったところでさ、もう、本土なんかとは比べ物にならないほどの
悲惨な地獄絵図だったんだよ。」
・・と、彼は言う。


まるで見てきたみたいに。

見えてしまう人は、アリアリとリアルタイムで見えているに違いない。


「修学旅行は、僕にとってはあまりにも辛い経験だったけど、
おかげで帰ってきてから、沖縄戦とか、太平洋戦争について、ずいぶん調べたりしたんだ。」


「帰ってきたら、大丈夫だったの?」

「うん、あそこは、ほとんどが地縛霊だったみたいなんで、本土まで憑いてくる霊はいなかったからね。」

「そりゃあ、まあ・・よかったね~。」




私も、沖縄が一番悲惨な戦場だったとか、ひめゆりの塔の話は聞いている。

15~6歳の女生徒たちが、看護婦代わりをさせられて、戦火がひどくなると共に、患者たちや先生たちと鍾乳洞のようなところに逃げたんだけど、そのほとんど銃火で殺されるか自殺して死んだという。

悲惨だったという話を知識として知ってただけで、私は、生々しさまで感じたことはなかった。

それが、見える人と見えない人の違いなのかもしれない。


沖縄戦(太平洋戦争末期)の写真。ひめゆり学徒隊の悲劇


250人以上いたそうだけど、生き残ったのは半数にも満たなかったというし、

ひめゆりの塔が有名になったのは、沖縄第一高等女学校の生徒たちが多く、入学するには狭き門の一流校の女生徒たちばかりだったそうだ。

だからこそ、悲劇性がよりクローズアップされて後に報道されたのかもしれないけど、実際は似たような悲劇は至るところで起こっていたことだろう。


「沖縄では、もう至るところで集団の霊を見たよ。」と、彼も言っていたくらいだから。


終戦まじかの ゴザの子供たちの写真
       ↓
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https://www.facebook.com/kikuta.kunihiro/posts/698249470286658?pnref=story

完全に栄養失調だし、裸で・・



この写真をみると、現在のアフリカやシリアなどの戦火の中で生きている子供たちの写真とダブって見えてしまう。

今も昔も、戦争の引き起こす結果は、ちっとも変ってないんだ!と思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば・・ずいぶん昔、広島出身の友人が言ってたことを思い出した。

「原爆ドームの近くに行っただけで、ものすごく気分が悪くなったんで、二度と原爆ドームだとか慰霊碑には近づきたくない。」


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この人もまた、かなりの憑依体質の人だった。

彼女は、原爆で祖父や祖母や多くの親戚も失ったそうだ。



彼女はこんなことも言っていた。

「絶対、おかしいわよ! 
あれだけの市民を、子供たちまでも原爆で殺しておいて、アメリカが一切の戦争責任に問われないなんて。
ナチスドイツが悪の権化みたいに言われているけど、アメリカ軍のやったことだって似たようなものだと思うわ。

私はね、アイヒマンを戦後何十年も追いかけて死刑にするなんてことだって、敗戦国やその1個人に責任を擦り付けてるみたいな気がして胸糞が悪くなったものよ。」



たしかに・・

戦争は勝った方が正義になる。
力を持つ方に正義がある。


日本でも「勝てば官軍」って言葉があったけどね。



アドルフ・アイヒマン(Adolf Otto Eichmann)というのは、当時のドイツの親衛隊将校で、ゲシュタポのユダヤ人移送局長官だった人。

アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送をしてた人だ。

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そりゃあ、ユダヤ人側は血眼になって探しただろうし、見つかれば完全に死罪にしなきゃ収まらなかっただろう。


結局、アルゼンチンに逃げていたのを、1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)に捕らえられ、イスラエルに連行されて絞首刑になった。


ところが、

アイヒマンという人、誰もが、ユダヤ人大量虐殺をした極悪人、尊大な悪魔のような人物と想像していたのに、

実際に逮捕してみれば・・ただの凡人で、小役人的人物にしかみえないことに、多くの人が驚いたという。


逮捕後のアイヒマン(Wiki画像より)
  ↓

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裁判では、自身の行為について「命令に従っただけ」だと主張したそうだ。

別に反ユダヤ主義者でもなんでもなく、若い頃はユダヤ人の友人までもいたという。



そういった彼の一連の裁判記録を、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt 1906 - 1975年)が、

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https://www.biography.com/people/hannah-arendt-9187898

イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil)

というタイトルで、1963年に雑誌、ザ・ニューヨーカー上で発表している。

参考までに
エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】amazon



彼女は、ドイツ系のユダヤ人で、アメリカに亡命した哲学者だ。


彼女は、この出版物の中で、さまざまな問題を投げかけている。

アイヒマンを極悪人として描くのではなくごく普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったと描いている。(やはり、彼女の目にもそのように映ったらしい。)

イスラエルは裁判権を持っているんだろうか?

アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、裁判そのものに正当性はあったのか?

むしろユダヤ人でさえもユダヤ人ゲットーの評議会指導者のようにホロコーストへの責任を負うものさえいたとまで指摘した。

こうした指摘の上で、悪の陳腐性について論じている。


イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告 wikiより




もちろん、この本を出版した彼女は、ユダヤ人やイスラエルのシオニストたちに激しく非難されたという。

ユダヤ人のくせに、「アイヒマン寄りの本を出した」とか「ナチズムを擁護してる」とか。


実際にホロコーストによって、肉親を殺されたユダヤ人にとっては、アイヒマンを何がなんでも処刑しなきゃ、心情的にも収まらなかったことだろう。


その心情的なものはわかるのだけど・・報復という感情だけで、処刑してホロコーストの問題が終われるんだろうか?



アイヒマンの罪状は、

「人道に対する罪」、「ユダヤ人に対する犯罪」および「違法組織に所属していた犯罪」など15の犯罪で起訴されたそうだ。



そんなことを言ったら・・

当時のドイツでは、一般市民が、ユダヤ人の子供に石を投げたり半殺しにしたという事実も多くある。

いくら軍によって洗脳されていたとしても・・・彼らは一市民だったことで、なんの責任も罪にも問われないんだろうか?



アイヒマンは、たまたまゲシュタポ勤務してただけであって、そういった人たちともほとんど変わらないタイプだったのかもしれない。

家族思いの父親で、軍に勤務していて出世だけを楽しみにしてた男、
嫌だなあと思いながらも、上からの命令に従うだけの男。

事実、軍の命令に従わなければ抹殺されることは明白。
命令に背けば愛する妻子の生死にもかかわるかもしれない。



ちっとも軍人らしくない、それだけの男だったのかもしれない。

戦後、すぐに逃げ出したようなところをみても、根っからの軍人タイプというより、むしろ小市民タイプだったような気がしてしまう(笑)



それよりも、一般市民がユダヤ人の子供を見かけただけで半殺しにする方が、もっと非道な残酷行為のように思えてならない。

実際に、こういった事は日常茶飯事に行われていたそうだ。


今だったら、罪もない子供に危害を加えるなんてことは人道上許されないことで、「悪」とみなされるんだけど・・

当時のナチス政権下なら、ユダヤ人の子供を虐待しても、当然のこととされて、ちっとも悪にはならなかったのだろう。

政治とはまったく無縁で、主義主張なんか、ま~るで持ってないフツーの人たちが、そんなことをしてたって方がずっと怖い!



善悪が時代やら社会の在り方で変わるようなものならば、正義なんて言葉は存在しないことになる。

まさに、悪の陳腐さだ。



アイヒマンの罪状は、「人道に対する罪」だったそうだけど・・・何を持って人道なんだろう?

それならば・・と、やっぱり、私も思ってしまう。

多くの市民を原爆で殺しても、人道に対する罪に問われないのはなぜ?




ハンナ・アーレントは国際法上における「平和に対する罪」に明確な定義がないことを指摘して、

ソ連によるカティンの森事件や、アメリカによる広島・長崎への原爆投下が裁かれないことも批判していた。


もちろん、カティンの森や広島・長崎の原爆だけじゃなくって、こんなことは世界中に数えきれないほど起こっている。
今でも同様に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、こんな話も残っている。


ナチスドイツの統治下なのに、あるドイツ人たちは・・


こっそりとユダヤ人をフランスに亡命させてあげたり、家にかくまってあげたりしていたそうだ。

生まれたユダヤ人の子供の命を助けるために、こっそりとアーリア人てことにして洗礼を受けさせた聖職者も多くいたとか。



これも、ごくフツーの人たちだ。 彼らの名前すら残っていない。



アメリカで黒人が合法的に奴隷とされていた時代にだって、白人の聖職者が中心となって、こっそりと彼らを逃がす地下組織があったことは、以前、こちらのブログで書いたことがあった。
     ↓
バッファローの地下鉄道組織



自分たちだって命がけなのに、それでも弱者を救うために行動に移さずにはいられない人たち、
そういった人たちもまた、必ずいたことだろう。

きっと、どの時代にもどの地域にもいたことだろう。


ハンナ・アーレントさん流に言えば、

悪の陳腐があるならば、善の陳腐だってあるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

アイヒマンさん、

もしも、現代に生きてたら・・

サラリーマンで、出世する事だけを生きがいに上役の命令を忠実に実行し、
サービス残業を山ほどやってのける、おっちゃんになってたかもしれない。

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https://ten-navi.com/hacks/article-10-9592

会社を訴えることさえも出来ない(しない?)人だったかもしれない。


もちろん、私は個人的に、こんなアホ男キライだ!

極悪人であっても信じた道を行き、最後は逃げ隠れもせず、自分で落とし前をつける男の方がずーっとマシだって思う。
(←ヤクザ映画じゃないんだからね!)


なので、まーーたく、アイヒマンさんを擁護する気持ちはないんだけど・・


果たして、正当な裁判と言えたんだろうか?
(そんなことを言えば、何を持って「正当な裁判」なんだ?という疑問は常に残るんだけど。)



少なくとも、

こうゆう人に責任を押しつけて絞首刑にしたところで、根本の問題解決になるんだろうか?

私は、広島出身の彼女が言った言葉や、ハンナ・アーレントさんの主張の方が、的を得てる!って気がしてならない。

だからこそ、今でさえ、似たようなことが世界中で起こっている。
ちっとも、ホロコーストの時代とさほど変わってない気がする。。。



沖縄や広島だけでなく、世界中のどこにでも、こういった霊たちは、いまだに彷徨っているのだろう。

硫黄島の心霊現象の話もよく聞かされたし・・。



それどころか、どんどんどんどん、こういった霊が増えていかないように祈るばかりだ。



霊が見えない人々にとっては、単なる歴史上の悲劇としか思えないし知識として知ってるだけでしかないんだけど・・

「見える人たち」には、自分が体験したことのように、犠牲者の痛みや悲しみ、怒りを生々しく感じてしまうらしい。



修学旅行の沖縄で悲惨なものを見てしまった彼は、それまで歴史上の事実はほとんど知らなかったそうだ。

沖縄であまりにも酷い経験をして帰ってきてから、そこで何があったのかを自分で調べて、はじめて事実を知ったそうだ。


そして、

「あんな戦争、絶対起こしてはいけないことなんだよ!」と、強く言っていた。


「ふつうだったら、幽霊を見て、ひえ!怖っ!で終わっちゃう人だって多いだろうに、そんなふうに思えるって立派なことだね!」

と私は言ったのだが・・


「あの光景や大勢の彼らの声を聞いてしまったら、誰だって・・真剣に考えざるを得なくなるもんだよ!
みんなが見えるようになったなら、絶対、戦争なんて起こらないと思うのに。」
 と彼は言っていた。


たしかに、そうだろうなあ。



せめて、どんな時代になろうが、どんな社会になろうが・・

私だけの普遍的な、「陳腐な善」だけは、持ち続けたい!
時代なんかに流されたくない!

とつくづく思った。

あーあ、たわいもない修学旅行の話だったのに、なんだか、とんでもない話になってしまった。。。

黄色いベスト運動からみる現社会

黄色ベスト運動のニュースは、去年の12月だったか・・こちらのブログ記事、「奇跡」は人の意識が起こすの中で、
ちょっとだけ触れたことがあったけど・・


またも、3月16日のデモでは、テロさながらの凄まじい様相だったらしい。



シャンデリゼの高級店で略奪、ぶち壊し、放火、暴力、そこにポリスと・・・

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https://www.nytimes.com/2019/03/16/world/europe/france-yellow-vests-protest.html

黄色いベスト運動は、前にも触れたけど・・

発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。


フランスはエコロジー政策をとっているため、空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせるためと増税目的だったと思われる。
これに庶民が大反発をした。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかり。

ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだから。

これでは暮らしが成り立たない!

そこで黄色いベスト運動となったわけなのだが・・

そこに、強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たちやら、またはテロ行為目的の人々までもが混じってしまう。

その結果、黄色いベスト運動そのものまでが、暴徒の集まりのように思われて弾圧されてしまうことになる。


結局のところ・・
貧しき者と富める者の格差が引き起こしているもの、といえるだろう。


暴徒といえども、多くの人が、暮らしていける程度の生活が保障されていて、心豊かに暮らしていければ、リスキーな暴動なんて起こさない。

生活苦、蔑み、怒りといったものから、人の心は壊れていくものだ。
そうやって、暴徒の群れに入ってしまったり、テロリスト化してしまう人々も多いだろう。

そこには移民問題をはじめ、さまざまな社会問題が含まれていることは言うまでもないのだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

格差問題は、今や世界中の問題になっている。

つい最近も、オフィスにいる日本人の同僚からこんな話を聞いたばかりだった。

「日本にいる妹が離婚してねえ、今子供二人を抱えながら昼と夜の2つの仕事を掛け持ちして働いてるのに食べてくのがやっとなんだって。 だからといって私も援助なんて出来ないし・・困ったもんだわ。」

「え? なんで? 元夫から慰謝料は貰えるでしょうに。」
・・・と、すっかりアメリカナイズされてる私は、まっさきに言った。


こちらでは、離婚した妻子に養育費を支払うのは当然のことで、ちゃーんと夫の給料から天引きされるようになっている。
支払わなければ、法的罰則やら禁固刑にだってなりかねないし、社会的信用も失うことにもなる。


しかも、シングルマザーとなって働いた場合、税金は引かれることもなく、保育所等の問題に悩む必要もない・・といったさまざまな特典がつく。

ところが、日本の事情は違うらしい。


私は無知にも、今までこういった日本の事情をほとんど知らなかった。

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私が日本に住んでいた頃にも、同僚やら友人の中に、子持ちの離婚経験者は何人かいたのだけど、
みんな、裕福な暮らしをしている人が多かったせいかもしれない。

ある友人は、夫と離婚し小学生の子供二人を引き取ったのだけど・・・・元夫から月々20万円の仕送りを受け、子供たちが大学進学の際には別途に全授業料を支払って貰えることになっていたらしい。

しかも彼女自身の収入が手取りで25万あり、持ち家だったし・・・私よりもはるかに裕福な暮らしをしていた。
(これはもう、20年も前の話なのだが・・。)


または、同僚の女性は、父母が離婚していたのだが・・やはり父親からの多額な慰謝料を貰って、大学進学、留学と・・
実に裕福な暮らしをしていた。


ところが、こんな人たちは、だったのだ。


あるデータによれば、慰謝料を貰えている人は10%にも満たないという。


私の身近にいた人たちは、かなり恵まれた人たちであって、多くは・・前述したような、朝晩働きづめでやっと子供と食べていくような母子家庭が多いのかもしれない。


そこに、親類縁者などがいて、少しでも援助してあげらる人がいればいいのだけど・・
いない場合は、いったいどうなるんだろう?

何より子供が気の毒だ。

日本の法律、なんとかならんのかい!



そこでちょっと、ネット上で、日本の離婚と慰謝料について調べてみたのだが・・

ケース別でみる離婚慰謝料の相場とできるだけ多くもらう方法

元妻になるべく慰謝料を払わないですませる方法



なーんてのがヒットしてきて、・・・これが、なんと弁護士さんのサイトだったりするのだ。


なるべく多くをふんだくってやる! 少しでも払いたくない!

別れた夫、妻の顔なんぞは見たくもない!


それって、ぜーんぶ、自分のことばっか!



おいおい、子供のことは考えないかよ!
別れた子供なんか、どーでもいいんかよ!

(たぶん、考えてないから、そういった発想になるのだろう。)


そして、弁護士さんのサイトも、

そういった離婚者を支援する(お客にする)サイトが出来上がる・・・って構造だ。


あーあ~、すべて荒んでる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今のところ、日本では・・パリのような「黄色いベスト運動」のような過激なものは起こってはいない。


しかし・・人々の心は確実に荒んでいる。 テロリストさながらに。

それも、根っからの極悪人だとかサイコパスなんて人たちじゃなくって・・ごくフツーの人々の心をむしばんでいる気がしてならない。



「貧しき者と富める者の格差社会」が大きくなればなるほど、

貧しき者は富める者を羨み、妬み、絶望、怒りとなって爆発していく。


ますます、貧しき者は心貧しき者へと変貌し、富める者は貧しき者からの防御&排除に徹するようになる。


どちらの心の中にも、

どうせこんな社会なんだ! 
人の事なんて構ってられっか!
仕方ないだろう!

といった正当化する気持ちだけが芽生えていく。

その結果、今の社会が出来上がってしまうのだろう。



でもね・・どんな社会に生きていても、

社会のせいにする生き方って、違うんじゃないのかなあ。

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      ↑
シングルマザーの子供の描いた、明るい絵


社会に合わせて自分の生き方を変えるんじゃなくて・・

自分の生き方に合わせて社会を変えていくことじゃないかなあ。

ふと、そんなことを思った。

また守り人シリーズを読んで思ったこと

しばらく体調を崩してしまい、その後、なぜかパソコン画面をみると目が痛くなってしまい、ブログも書けない状態でした。

きょうは、ぜーんぜん平気なので、ようやくブログの更新が出来ます!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそもは・・またも風邪をひいて寝込んでいたのだけど
(何年も風邪を引かなかったのに、今年に入って2回目だ!いったい、どーゆうこと?)

しかも、さきほど言ったように・・液晶画面をみると目が痛くてしかたないんで、寝ながら、Youtubeのラジオを聞くか、読書三昧していた。 (紙の本だと目が痛くならなかったので・・)



こうゆうときの読書は、さらさらと読めるファンタジー小説に限る!

そこで、またも古~い、何回も読み返した「守り人」シリーズを持ち出してきて、ベッドの上で読み返してた。


上橋菜穂子さんの「守り人シリーズ」全12巻
    ↓
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https://aucfree.com/items/c667474058


これは、もうずいぶん前に、日本に住んでいる友人から数冊送ってもらったことがきっかけで読み始めた本だ。

送ってくれた友人は一冊も読んだことがないという。

ところが、
小学6年生の息子がはまってるのよね~と言われて、なぜか、私も読んでみたくなって送ってもらったのだが・・・

私も、「見事にはまった」。



その後アニメ化されたし、綾瀬はるかさん主演で映画化もされたからご存じの方も多いとは思うけど・・

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綾瀬さん、上手な演技なんだけど・・やはり若くてキレイな人なので、凄腕の女用心棒のバルサのイメージとはちょっと違ってしまう。

北方に住むカンバル人特有の、ごつごつした顔立ちで、しかも30代のオバサンというのがヒロインなのだから(笑)



そもそも、児童文学のファンタジー小説で、30代のオバサンをヒロインにしちゃう物語ってのは、かなり異例なことじゃないだろうか?


もともと、上橋菜穂子さんのバルサのイメージは、30代後半だったそうなんだけど・・編集者の方からクレームされたとか。

「児童文学でそんな年上の人を主役にしちゃったら、子供が感情移入できないだろうし、そもそも、凄腕の用心棒として、体がそんなに動かないでしょう。」と。

おっしゃるとおり、で、そこで、30代前半に設定しなおしたそうだ。

それにしても、30歳の主人公だって、児童文学では、かなり・・画期的なことだと思う。



ところで、なんだって私、このシリーズにはまったんだろう?

今さらながら考えてみた。


ストーリー展開の面白さ、アクション活劇としての面白さは言うまでもないんだけど・・

登場するキャラクターたちが魅力的なのだ。


大きく分けてしまえば、主人公に対して、敵か味方かでしかないんだけど・・

敵でありながらも実に魅力的な人物だったり、なぜか生き方に納得させられてしまうところがあったり・・
主役のバルサや、チャグム皇子であっても、心の弱さや闇を抱えていたり、

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さらに、いくつかの近隣の国が出てくるんだけど、それぞれの国の風土と歴史の違い、民族国家の抱える問題や政策において、
帝国主義にするのか民主主義をとるべきなのか・・とか、かなり現実問題として考えさせられてしまうところもある。


また必ず出てくるテーマとして、現実社会であるこの世とナユグと呼ばれる、この世ではない精霊の住む世界の2重構造で書かれていて、呪術師や霊能力者などがフツーに登場してしてくる。



なんだか、そういったところに、私は肌で感じるようなリアリティーを感じてしまう。

だから、つい、ハマってしまうのかも(笑)



ところが、せっかくの小説や物語をアニメ化したり映像化してしまうと、わかりやすくてインパクトが強くなるという良いところもあるんだけど・・

私たちが想像を広げる余地が少なくなってしまう気がする。


一方的にこれだ~!と見せられるだけになってしまって、1つの筋だけになってしまう。

たとえ、そのとき、すごく面白かったとしても、心のどこかで、相手に押し付けられたもの、作られたものという意識があるせいなのか、リアリティーが感じられなくなってしまう。


リアリティーというのは「これって、現実に起こってるんだ」と肌で感じること


ファンタジーなんだから、リアリティーなんかあるわけない、という人もいるけど・・

いやいや、違う!


自分の住む現実とは違う別世界では現実に起こっている・・と生々しく感じてしまう感覚がある。

私にとっては、それがリアリティーだし、心の中に深く残って自分の血肉になっていくようなものだ。


残念ながら、そこが映像化したときには消えてしまうことが多い。



小説の場合、たとえば作者が10の伝えたいポイントがあったとしても、

あえてすべてを事細かく書かないことによって、読者の想像力を刺激して伝えることができる。
(ここらへんは、作者の優れた手腕によるものなんだと思う)

あとは読み手の想像力にゆだねることで、10のポイントが11にも、それ以上のものを引き出すことも可能になる。

作者のものから、読み手のものになる瞬間だ。

ところが、作者から一方的に与えられたものは、いつまでたっても作者のものでしかない(笑)

そこらへんが大きな違いなんだろうなあ。


それにしても・・こういった作品を生み出す作家さんて・・

何かが天から降りてきてるとしか思えない(笑)

天のメッセージを聞いて、人々にメッセージとして伝えてるような気がしてならないのだ。

それも・・とても客観的に、人々に委ねることによって。


守り人シリーズを読んでいても、さらっとシンプルで客観的に書かれているんだけど・・

それぞれの登場人物の心の変化や成長度合いがはっきりと見えてくる。

そういった作品だからこそ、数年経って読み返しても新たな発見があったり、別のメッセージを貰えるのかもしれない。

作者を通して別次元からのメッセージを、そのときどきに頂いてるような感覚がある。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子供の頃、「人生とは何か?」とか、「どう生きるべきか?」なーんて、直截な人生論が大嫌いだった。

そうゆうことを言う大人も、また、そういった本も大嫌いだった(笑)


そんなものは、自分とまったく違った考えかや生き方をしている人々に触れながら、自分で感じて自分で構築するものでしかないのに。


「人生を前向きに生きなさい」ってストレートに言っても、相手の心には届かないのに、

淡々と書かれた物語の中から、さまざまな登場人物の生き方をみているうちに、

「ああ、人生ってなんて素晴らしい! 何があってもシンプルに前を向いて生きてきゃいいだけじゃないか~!」


と、思ったりする。



私にとって良い作品は、そういった作品。

大文豪作品が必ずしもいいとは限らないし、語学の教科書に載ってる作品が良いとも限らない(笑)


そういえば、若い頃は、ロシア文学で有名なトルストイだとか、ドフトエフスキーなぞといったものも読んだし面白いなあって思ったこともあったんだけど、どうしても違和感が残った。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A4

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この人たち、顔からして暗くて厳めしいしなあ~・・・・


おそらく、今思えばだけど・・過剰に言葉が多すぎるし説明が多すぎると思う!
(当時のロシア文学の特徴?なのかもしれないけど)



今では、むしろ、上橋菜穂子さんのファンタジー小説を読んでる方が、生き生きとした風を感じたり、
まったく違った世界がありありと想像できる。


読み終わった後、今いる自分の場所がそれまでとは少し違う風景にみえてくる。

どんづまりと感じていた現実でさえ、もう一度チャンレンジしてみるか~と、 新しい気持ちで思えるようになる。



そうゆうのが、小説を読む醍醐味なんじゃないかな~。

もちろん、ファンタジーだろうが、児童文学だろうが、ジャンル分けは関係ない。

22を超えていかなきゃ!

2月22日は高校時代の仲良かった友達の誕生日だったよなあと思い出した。

そのせいか、ふと22という数字がやたらに目に飛び込んできてしまう。


本棚でほこりをかぶっていた「22を超えていけ」 辻 麻里子という本が目に飛び込んできた。

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22を超えていけ

おそらく10年以上前に読んだ本だったと思う。


当時の私はあまり調子がすぐれなかった時期だったのだけど、この本からキラキラと光輝くイメージが立ち昇ってるような気がして、気分爽快になったことを思いだした。

また読んでみようかなあ。



これは辻 麻里子さんご自身の体験で、幽体離脱してアカシックレコードにアクセスした体験を綴った本だ。


本文中ではアカシックレコードという言い方はしてない。 宇宙図書館と表現してある。


この本は、私のお気に入りの1つではあるんだけど・・あまり、人にはお薦めしたことがない。

なぜって・・幽体離脱とかアカシックレコードという言葉だけで引いちゃう人も多いから(笑)

自称スピリチュアル大好きという人たちでも、アカシックレコードにまで興味を持つ人は少ないような気がする。



とはいうものの、この本は単にふわふわしたスピリチュアル本でもなければ、教訓臭い人生哲学を述べてるわけでもない。

だから私は好きなんだけど。

また数字や幾何学模様が頻繁に出てくるのが面白い。(主人公のマヤの前生が航海士、建築家、だったらしいので)



それら図形を見ているだけで、キラキラした光を感じるのだ(私だけなのかもしれないけど・・)



・・・・・・・・・・・・・・・・



日本にも多くの霊能者さん(ヒーラー、チャネラーなど、すべてのサイキック能力を持つ人を含む)は多いだろうけど・・

それでも「アカシックレコードにアクセスしてます!」と断言してる方は少ないような気がする。


マヤ(主人公の女の子)のように、直接体験して、しかも詳細に記録しているのを他には見たことがなかったので、私はひどく興味を持ったのだ。


アカシックレコード? 
もちろん、私は存在するものだと思ってます。

インディー・ジョーンズのクリスタルスカルにだって出てきたしね~(←そうゆうことじゃないだろ!)

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アカシックレコードの語源は、阿迦奢(Akasha)だそうです。

そう、サンスクリット語がもとになってる仏教で使われてる言葉です。

「虚空」「空間」というような意味だとか。


ところで・・ここで、虚空蔵菩薩っての、思い出しませんか?
   ↓
空海とシュタイナーの関連性

虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)、梵名アーカーシャガルバ(梵: आकाशगर्भ [Ākāśagarbha])
「虚空蔵」はアーカーシャガルバ(「虚空の母胎」の意)の漢訳で、虚空蔵菩薩とは広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩、という意味である(Wikiより)



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重要文化財 木造虚空蔵菩薩坐像より


空海さんは虚空蔵菩薩の恩恵を受けたんでしたよね・・。

虚空蔵求聞持法(こくうぞうくもんじほう)を百日の間に百万回唱えることによって。

つまり、空海さんは、これによってアカシックレコードへのアクセス権を得たんじゃないかな~。

それから長安に留学して戻ってきてから、多くの人々に教えを広めていこうとして仏教の新派を開いた。

仏教の教えというよりも、「大日如来と名づけた宇宙の真理」を当時の人々に伝えるために仏教を使ったといった方がいいのかも。

そう、従来の仏教とは違った、「生きるための教え」だったのだから。


・・・・・・・・・・・・・・

さて、久々のこの本を読み返してみて、あらたなことにも気がついた。


あれ? これってフィボナッチ数列じゃないか~?

0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377

*フィボナッチ数列とは「前の2つの数を加えると次の数になる」という数列のこと



これは、黄金比のことだし~。

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デザインを美しくする「黄金比」について理解しよう!(身の回りにある黄金比)

*黄金比とは、近似値1:1.618、約5:8の安定的で美しい比率とされている。



この本文中にはフィボナッチ数列だとか黄金比なんて言葉は出てこないんだけど・・。

(たぶんマヤは9歳の精神年齢設定だからか? それとも著者の辻 麻里子さんご自身が、ただ夢の話を忠実に書き取ったのみで・・このとき知らなかったのか? だとしたらすごい!ことだが・・)



もちろん、昔は私も知らなかった。

前にダ・ヴィンチコードを読んで以来、よ~くわかるようになった。

おまけに、神聖幾何学という分野についても。

そう、どうしても・・私の頭の中では、ダ・ヴィンチコードを思い出しちゃうんですよね~。



神聖幾何学といえば、この本を読んでいくうちに、フラワーオブライフというのが思い浮かんでくる。

これ、古代から世界各地に残ってるんですよ。 この文様が!
ご存知でしたか?

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エジプトの神殿にも、トルコ、キプロスにも、ダ・ヴィンチのスケッチにも残ってたし・・
      ↓
古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』


もちろん、日本にも。(狛犬が足で転がしてることが多い。)


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古代人が残した神聖図形『フラワー・オブ・ライフ』

子供の頃、どこかの神社で見た記憶があります!
なーんで毬を転がしてるんかな~!って思っただけだったけど。

もともとは中国から来たのかもしれませんね~。

こっちは、紫禁城の狛犬さん
    ↓
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まさに、神聖幾何学の模様も、神話の世界も・・私たちのために残された多くのメッセージなのかもしれませんね。

私たちに「気づき」を与えるために。



そのほか、ちょっとばかり本文中から気になるワードを拾ってみると、

●心をゼロポイントに置く

これは何度も出てくる言葉だ。

私も過去ブログで何度か、「ニュートラルな状態におくこと」なんて表現してたけど、 まあ同じことかと。


心をゼロポイントに置かない限り、データは正確には読めない。

(波立つ感情をゼロに保てなければ他者の本を読んではいけない・・というのが本文中にも出てくる)



この本によるゼロの定義は

ゼロ次元とは、仏教でいうところの「空」・・・ただし、空というのはからっぽという意味ではない。

多くの物質に満ち溢れていて、すべてを内包する多様性に満ち溢れた次元

つまり、ゼロとはすべてを含む。 プラスとマイナスのバランスがとれた状態

自然というのは、宇宙的な鼓動(リズム)➡ ゼロポイント





私は以前、メディテーションをしようと何度もやったんだけど・・すぐ挫折しちゃってました。


「心の中を無にする」ってのが、どうやっても出来なくって!

そうか~、プラスとマイナスのバランスがとれた状態なんだ!
心穏やかな、波立っていない美しい海を想像したとたん、すっとメディテーションに入れたことがあります。

無というのを、なーんもない空っぽにすることって思ってたからなんだなあ~って(笑)



●直感とは磁気(周波数・波動)を感じる能力のこと



●振動数(周波数)をかえるだけで物質化できる

たとえば水は、個体、液体、気体に変化するように・・

そういえば、何かを物質化させちゃうことができる幽霊さんがいるのも、そーゆうことなのか~と、妙に納得。

ある知人宅に女の幽霊が頻繁に出たそうで、必ずその後に床が濡れていたそうだ。
何度掃除しても、夜になると水がこぼれてる(幽霊のあとらしい)

そこで、この人、その水をスポンジに含ませて研究所に持ち込んで、成分分析をしてもらったそうだ。(やるなあ!)

詳しい分析結果は覚えてないけど・・(アルコール分がXX%に、なんとかかんとか・・で、ってヤツね)
結果は、こんな液体は地球上には存在しないだろ! なんだかさっぱりわからん!という解答だったそうな。



たぶん、意識(念)の力で目に見える物質化だって可能ってことなんだろうなあ。



●過去も未来も変えられる。

人の意識や心の持ち方で未来を変えることもできるのはわかるんだけど・・過去も?

そうらしいです。

過去のある出来事が起こったとき、強い怒りや恨みを感じてたことであっても、今現在、暖かい気持ちで思えるようになっただけで・・過去のデータも書き換えられるんだそうだ。

(アカシックレコードというのは、出来事を書き記しているというよりも、そのときの感情(意識)の記録だという。



●今この瞬間を生きること

過去生を知ること、未来を知ることは興味本位のものであるならば、なんの意味もないもの。

それは、過去と未来の記憶を1本に束ねて今というこの瞬間をよりよく生きるためのもの



●感情を持っているものは、たいていのものを創造できる

意識が宇宙を形成している(事象も天候もあらゆるものを)
つまり、ネガティブな言葉を使ったり、ネガティブ感情を持てば・・世界も自分も、そのようになるということ



●22を超えていけとは(22は現在の地球人の限界)

「汝自身を知れ」「汝自身で在れ」

簡単に言っちゃうと・・

22を超えるということは、既成概念や思い込みを超えること。
(それには、やっぱり・・ゼロポイントにすることが基本)

それを超えない限り、至れない道。


最後に、ちらっと面白いことが書かれてたんだけど・・
   ↓
●地球人は戦闘用と労働用の奴隷としてDNA操作によって作り出された


これ、まさに、ゼカリア・シッチン説だよね~。
ゼカリア・シッチン


これは多くの人には感情的に受け入れがたい説だろうし、まず日の目を見ることはないとは思うけど、

私的には、アリかな~と思っている。



そもそも、地球人がどうやって作られたかなんて、どーでもいいことだと思ってる。

限られた寿命しか持たない不完全なものではあるけど、

とにかく今存在してるわけだし、感情豊かに美やまごころに感動することだってできるし、
進化していくことだってできるんだから。


そう思うと、たとえ奴隷としてでも、最初に作ってくれた地球外生命体には感謝したい気持ちになる。


我々地球人を作った地球外生命体だって、また同じように何者かによって作られたのかもしれないし・・

魂があるということにおいては、み~んな同じことなんだし。



ただ、最後に、もうひとつ、こんなことが述べられていた。

こういったことを気づいてしまった一部の人たち(邪な心を持つ、自我の強い人たち)は、

民衆はあえてそのことに気づかず眠っていてもらった方が、操りやすいと考えたわけです。

そして民衆もまた、あえて自分の足で立つより眠っていた方がラクだと思っているわけです。

これが惑星地球を覆う支配構造です。




なーんとなく思い当たることもあるような・・(笑)


でも、私たちは自分の足で立とうと思えば立てるわけなんだし・・当時と変わらない奴隷になってるのはやめようよ~。



それは・・既成概念や世間の正直、思い込みから、離れて「自分自身で在ること」なんだと思う。

自分自身の生き方をすることは人の為に生きること


せっかく魂の望む「やりたい事」がみつかったのに、
現状では受け入れられそうもないし、生活だって成り立たないかもしれない!

なーんて思って断念してしまうことも、既成概念だったり、

ちょっとでも世間体を考えラクな道を歩もうとするのも、奴隷精神かもしれませんね。

奴隷のままでは、不安と恐れがいつも纏りついているのかもしれませんね。


誰もがお役目を持って地球上に生まれてきている
人のために役立つ何かを。



世間に合わせてラクに生きようと思うのを捨てて、本当にお役目(自分の生きがい)に気がついたとき、
そして、勇気をもって踏み出したとき、


必ずすべてが実現するものなんだなあ、と私は思っている。

だって、自分の意識が人々の意識が、世界を作っているんだったら、そうならないはずがないもの。

踏み出したとたん、必ず後押ししてくれる。


そんなことをあらためて感じさせてくれた本だった。

老子道徳経の英語訳み~つけた!

前回のブログ、フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)にもまた、ちょっと続いて



結局のとこ、私たちが気がつかなきゃならないことって、ここに尽きるんじゃないかな~!って。

また引用するけど、ここんとこ
   ↓

肉体精神性、そして霊性・・・この3つ

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性利他的に生きる能力が生まれてくる




本来それを知るために、子供の頃から「自然のしくみ」を勉強してきたはずなんだし、そもそも「学ぶということ」教育もまた、それを知るためのものだった、はず!

でも・・多くの人は学べば学ぶほど、優秀と言われる人ほど、そこから遠い世界へ行っちゃう人が多いような気もする。


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なぜなら、頭だけで学んでるから。

当然、教育もまた、そのように教育してしまうから。



ええっと、ロックフェラー家だったか、ロスチャイルド家だったか忘れちゃったけど、

財閥一族の跡取りの教育は、

現代の社会に即してトップに君臨するにふさわしく、社会を動かす人物に育て上げる



と、聞いたことがある。


事実上、こういった世界を手中にする財閥によって、庶民教育の場である各大学(特に有名大学)が出来上がってるわけだし~、

またその下の小中高だって、それに準じたスタンスになるのは当然ちゃあ当然のわけで(笑)



ここで一番の問題は、「現代の社会に即して」ってとこかもしれない。

教育の場に限らず、ほとんどすべてが「現代のあり様に合わせて」ってなっちゃってることかもしれませんね。

この現実の中で出世して上に上り詰める

この現実の中でビジネスを成功させる

この現実の中でお金を貯める方法


そうなりゃ当然、学校教育だって、

大学や高校受験に合格するための教育
(この現実社会の中で成功者にするため)



ってことにもなっちゃうわけです。


とーーっても、限定的な世界観だよなあ~。


その結果

既成概念なんてのが出来上がっちゃって、先入観やら個人の思い込みなーんてのに縛られちゃう。

この時点でもう、人間本来が持ってるはずの「霊性」だって、ぷしゅうぅぅ~と縮んじゃう。




本来だったら、「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」のためというのが究極の目的だと思うのだけど、

限定された世界では、それすらも「現代社会に認められれる」ってことに上限設定されちゃってる。
(もちろん言葉上では「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」と唱えられていたとしても・・です。)


あらら~。

それじゃあ、理想の世界に変えていく人なんて、なかなか現れるわけないだろうなあ。

世界を牛耳る人は現れても。



そういった現代だからこそ、

牛耳る人と牛耳られる人、善悪、美醜、白か黒かの、なんでもかんでも二言論発想になっちゃって、

悪い方、醜い方を徹底弾圧するようになっちゃう世の中になっちゃうんでしょうなあ。



それはまた、自分自身の心の中にまで向けられてしまって、

マジメな人ほど、

自分の悪い部分を弾圧しようとする。
必死で悪いところを消し去ろうとする




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そりゃあ、心身を病むことになっちゃいますよ~。
なーんの解決にもならないし~。



前回、タオイズムについて書いたんで、ちょっとだけここで引用させてもらうと、

老子道徳経より第二章

原文
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。



なんだこりゃ? 模様にしかみえない。。。


そこで、

書き下し文

天下、皆美の美爲を知るも、斯悪のみ。皆善の爲たるを知るも、これ不善のみ。

故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、

音声相和わし、前後相したがう。

是を以って聖人は、為す事無きに処り、不言の教を行なう。

万物焉に作るも辞せず、生ずるも有せず、為すも恃まず、功成なるも居らず。

夫唯だ居らず、是を以って去らず。



うーーん、わかったようなわからんような(←結局わかっとらんのだ!)



それでみつけた、英語訳
    ↓

People through finding something beautiful
Think something else unbeautiful,
Through finding one man fit
Judge another unfit.
Life and death, though stemming from each other, seem to conflict as stages of change,
Difficult and easy as phases of achievement,
Long and short as measures of contrast,
High and low as degrees of relation;
But, since the varying of tones gives music to a voice
And what is the was of what shall be,
The sanest man
Sets up no deed,
Lays down no law,
Takes everything that happens as it comes,
As something to animate, not to appropriate,
To earn, not to own,
To accept naturally without self-importance:
If you never assume importance
You never lose it.

https://terebess.hu/english/tao/bynner.html#Kap02



こちらの英語訳は、Lin Yutang(1895 – 1976)さん(中国語作家、翻訳者、言語学者、哲学者および発明家でもあった)による1948年の訳

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https://en.wikipedia.org/wiki/Lin_Yutang

上海のセントジョン大学で博士号を受けたあと、アメリカのハーバード大学に奨学金を受けて学んだ人。
もともとはキリスト教から出発し、道教と仏教へ、そしてその後、再びキリスト教へと進んでいった人。




すごくきれいな言葉で、しかもわかりやすい。

こちらに訳してみた。(←拙い訳で申し訳ないっす。間違いもあるかもしれないけど・・)
    ↓

人々が美しいものを美しいと認識するとき、そこには醜さ(を認識すること)が生じてくる

人々が善なるものを全だと認識するとき、そこには悪(を認識すること)が生じてくる

生と死、これもまた互いから生じたもの、相反するステージの違いから生じただけに過ぎない

難しい易いは、達成したときの側面であり

長短は対比として測ったものに過ぎず
高低は相対する位置だけのものである。

しかしながら、トーンの違いは、声となり音楽となる。
生じたものから、また新たに生じるものへとなる

そこで聖人は
あるがままに扱い、起こるがままにまかせる
活気づかせたり、積極的に働きかけたり、何かを得ようともしない
なにもかも自然に受け止める(受け入れる) 決して自身の自意識を入れることはない。

自意識を持たなければ何も失うものもない



The sanest manをどう訳せばいいんかい?と思ったんだけど、原文では「聖人」だ。 なので、私も”聖人”って訳したんだけど・・
でも、聖人だったら英訳だったら、フツーは"Saint"だろうし。
でも、Lin Yutangさんが、あえてThe sanest manにしたってことは、「賢者、物事を道理を真に知る者」という意味で使ったのかもしれませんね。



拙い訳で申し訳ないんですけど、

物事の価値は相対的なものから生じるに過ぎないってことを言ってるってことはおわかり頂けたかと。

はじめ、日本語の読み下し文を読んだとき、私は、ちーっともピンとこなかったのだ。(←ただのおバカちゃんなのだが。)

美醜も善悪も同じこと?え? 同じのわけないだろーが!って思った。



これ読んであと、ふと、思ったのだが、般若心経(これもハートスートラの英語バージョンから理解した私だったが)も、非常に似てませんか?

ハート・スートラと般若心経と空(くう)

すべてが無、空と言い切ってるし。



さらに、岡野玲子さんの陰陽師を思い出しちゃって・・

その中で晴明さんが、友人の源博雅に、名と呪の関係を語るシーンが出てくるんだけど
(博雅には、またその話かい!と引かれてるのだが)

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呪とは名ではないかと
ふと思ってな・・・


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山とか 海とか 樹とか 草とか
そういう名も呪のひとつだ
呪とはようするに
ものを縛ることよ
ものの根本的な
在様(ありよう)を縛るというのは
名だぞ



これは、名と呪 KAZZ BLOGさんより、引用させて頂きました。


こちらの文中にも

つまり、親が子供に「名前」を授けるように「モノ」に対して「名」をつけるというのは、「存在」を内的に概念規定する力を持つことである。無数にある世界の「実体」に対して、いかに「名」をつけるか。「名」によってそこに世界の一部が認識されることになれば、それは言葉という抽象化された記号によって「実体」を手中にすることになる。森羅万象に「名」をつけることによって人はそれを認識し、そして世界の構造を掌握して行こうという努力をするのである。
(山口 謠司「日本語の奇跡 <アイウエオ>と<いろは>の発明」より)
----------------

つまりこれが、陰陽師で言う「呪(しゅ)」であって、対象やあるいは自己(自己の思考)さえも固定する(固定してしまう)という「名」の力なのだと思う。




このように書かれていましたが、これもまた、根源は同じことを言ってるのではないだろうか?



私たちは、実に限定された世界に住んでるってことだよね~。

そりゃ、我々の脳だって限定された考え方になっちゃうわけだ~。


しかも霊性が使えなくなっちゃった脳は、

「世の中の善悪判断」しか出来なくなっちゃって、悪とジャッジしたものはバッサリってなるわけだね~。




でもまたここで、Lin Yutangさんの老子道徳経より第二章や、般若心経を思い出して頂くと、

すべては相関関係で中で生ずるだけのものであり、実体の無い空、



ならば、一方を排除することじゃなくって、

在るものは在るものとしてそのまま認識して、自分で次のステップに進めばいいだけなんじゃないかなあ?
(それはつまり1つに統合することになる。 決して無理やり葬り去るとか切り捨てることではなく・・)



それがまた、フルフォード博士のいう、

自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

なんじゃないかな~って思ったのだ。



もちろん、自分のパーソナリティーの問題に限らず、なにげ~に言う言葉・・

「あの子、美人だよね!」って言ったりする。

つーことは、美人と不美人の差をそこでつけたことになる(美人じゃない人もそこで生じるってことだもん)
あ、別にこれが良いとか悪いってことじゃないし、言ったらいけない!なーんてことじゃあないから。


でも美醜なんて、自分の頭の中で作られた幻影かもしれないし、

たとえ多くの人が美人と認めたとしても、その見た目はいずれは崩れるのかもしれないし、
また不美人の中に、ものすごい美人になる要素だって含まれているのかもしれない。

そういった理解&認識を持つことが必要なんじゃないだろうか?


またもこの図をアップしちゃうけど・・まあ、こうゆうことだよね。
     ↓
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こういったことは、

学校教育の中で学び過ぎてお利巧さんになっちゃった人には、なかなか理解&認識が出来なくなっちゃうのかもなあ・・
と、思ったのだ。



しかし、中には、学校教育やら時代の枠(限定されること)を超えて、自力で学んでいった人たちだっている。

これはみんな私の好きな人たちで、過去ブログにも登場してる人たちだったと思う。
     ↓

●空海・・平安時代初期の僧。 弘法大師で知られる真言宗の開祖

●ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)バルカン半島のクラリェヴェク生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者

●アッシジのフランチェスコ(Francesco d'Assisi)フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士

●ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)アメリカの神話学者

●二ールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)デンマークの理論物理学者、量子論の育ての親として有名

●ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose,)イギリスの数学者、宇宙物理学・理論物理学者

●二コラ・ステラ(Nikola Tesla)セルビアの発明家である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなど多数の発明や、「世界システム」なる全地球的送電システム

●アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)イギリスの博物学者、生物学者、探検家、人類学者、地理学者。




少なくとも彼らは、既成概念や時代の限定に縛られることなく追及していった結果が業績となったのだろう。



それにしても・・なぜか見事に男ばっかりだよなあ~



ずっと前に、岡野玲子さんが「イナンナ」を出版したときだったかに言ってた事だが・・

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彼女はベリーダンスを習い始めたとき、こんなことがわかったという。

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「女性ベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。

陰陽師とか神祇官といった男性たちは、潔斎してお供えして星の名前を1つ1つ読み上げたりするような面倒な儀式を通して、
やっと同じことができるのに」



そうなのだ。

なんの教養も無く文字すら書けないようなド田舎のおばあちゃんが、強い霊性を持ち、

生まれながらにして、宇宙の真理を感じ取っちゃってるってことだってある。


どんなに教養を積んで社会に適合し言葉を巧みに操れる人だって、ぜーんぜん、その足元にも及ばない。


うーーむ。

ひょっとして昔は女性の方が生まれ持った「霊性」が、男よりも強かった?

琉球王国でシャーマンの地位にあったのは、ノロと呼ばれる女ばっかりだったことを考えても。

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沖縄大辞典より


なんでだ?

昔は、

男は学問を叩き込まれることが多かったため、無理やり頭を使わされて霊性が退化しちゃうことが多かった?

女は学問を叩き込まれない分、自由に自然の空気を感じ取っていたから?



まあ、どうであれ・・・現代は男も女も大差なくなってしまった時代、

あまり頭だけを使い過ぎないように。


そ~だ!

みんなでバカになればいいんだ!
(←そういうことじゃないと思うが)

フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)

これは私がずーっと前に聞いた話だったけど、

ある出版社へお勤めの編集者さんが外を歩いているとき、ふと、すれ違った女性に、ぎょっとした顔をされたんだそうな。

目が合うと、その女性(すごく平凡な中年女性だった)が、

「あの~、あなたのバッグの中から、気味の悪い黒い霧のようなものがモヤモヤと立ち上るのが見えたもんで・・
いったい、その中に何を入れているんですか?」
と。


その編集者は、すぐに思い当たった!
今、頂いてきたばかりの原稿だ。

それは、ドロドロの怨念たっぷりが盛り込まれた原稿だった。 
むろん秀作で、ちかぢか出版する大事な原稿ではある。


しかし、その原稿は当然パソコンでタイピングされてた原稿だし、

直筆で書いたり、怨念こめた血文字だったり・・なーんてシロモノではない。(当たり前だろ!崇徳天皇じゃあるまいし~。
崇徳天皇の詳細は過去ブログで ⇒天皇国家を呪った崇徳天皇



それでも書いた人の念(エネルギーや波動)が籠ってしまうということなのだろう。
(見える人には見えるのだね~。)


「あなたも、あまり長くそれを持っていない方がいいですよ~。」

といって、その女性は去っていった。



本(印刷された本でさえ)には、それ独自の波動が込められている

それは今の私にも、よーくわかるようになった。

「とても心地良いもの」 「げーー!触りたくもない本」 「なんだこりゃ!と放っておくもの」


私には、この3種類のタイプの本があるような気がする。

もちろん、家に置くのは「心地良いもの」だけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人から、「これ、すごーーくいい本だよ!」と紹介された本がある。

もちろん、先に述べた意味での「良い本」


それが、これ。
   ↓
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amazonより

簡単に紹介すると、この本はロバート C フルフォード医師 (Robert C. Fulford, D.O. (1905–1997)によって後年に書かれたものだ。

Robert C. Fulford, D.O.・・まずは、このD.Oというところに注目してください。


一般的なドクターには、M.Dという肩書がついていることが多い。

アメリカの医者には、名前の後につく肩書きがMDの人とDOの人がいる。(両方とも医学の博士号)


●MDとは、Doctor of Medicineのこと・・・これは、私たちもよく知ってる現代の西洋医学の方

●DOとは Doctor of Osteopathic Medicineのこと




オステオパシーというのは聞きなれない言葉かもしれないが、

オステオパシーとは、アンドルー・テイラー・スティル医師(1828-1917)によって考案されたもの

19世紀に流行っていた薬剤信仰を嫌い、本来備わっているはずの、自然治癒力を最優先する治療法を研究していた人。

その結果、どんな病気の人にも必ず筋骨格系の異常があり、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしていることをつきとめた。

それを解決するために、マニビュレーション(手技)を施してほどよい循環を取り戻すという方法を考案した人。



つまり、M.DとDOでは、カリキュラムと根本哲学がまったく違うのだ。



この本は、スティル医師のポリシーを受け継いだフルフォード博士によって書かれたもので、もちろん、医学的見地から書かれている。


簡単に言ってしまえば、

こころとからだは密接な関係で成り立っている

精神と体内を通して、順調に気が流れているときは健康なのだが、滞りができれば症状が出て病気になる。



ということだ。


さらに彼は、

気を生命エネルギー
滞りをエネルギーブロック

と呼んでいる。


エネルギー・ブロックがあると、いずれは病気の症状が表れてくる。

それは、遠い昔の古傷が原因になってることもあれば、精神的なトラウマだったり、欲望とのジレンマからくるストレスだったり・・
人によってさまざま。


その根源を突き止め、ブロックを解除する手技を行って、気の流れをスムーズに戻す、それが彼の治療なのだ。



日本では気(き)と呼ばれるけど、

中国では氣(ち)

インドではプラーナ



このように、何千年も前から、ヒポクラテスの時代から、ちゃーんと生命エネルギーの概念があったのだ。


そう、彼は、これを生命エネルギーと呼んでいる。


うーーむ。

今になってようやく、エネルギー療法、エネルギー医学という分野にも注目されるようになってきたけれど、

まだまだ、日本ではそういったものは「代替医療」扱い。

そんなものは似非科学と呼ぶ人がいるのもたしかなことだ。



自分の思い込み、先入観、既成概念、が捨てられない人には受け入れがたいのかもしれない。

しかし、今や世界レベルでみると、日本より他国の方が「生命エネルギーの概念」をどんどん取り入れてきている気がしてならない。

つい最近のブログ記事でもアップしたとおり
     ↓
「森羅万象は気で出来ている」という波動医療



まず、私がこれを読んですっごく驚いたのは、・・

南北戦争当時のアメリカに、気の流れに注目し研究した医者がいたということだ!

なんとゆう柔軟な思考なのだろう! この時代に!(←時代も国籍も関係ないってことだよね~。)



さらに、この本は、人の持つオーラにも触れている。

オーラとは生命場のことであり、肉体に生命力を導き入れ、その人に霊魂と気力を供給するもの
また、オーラは、固有の電磁場ともいえる。

動物にも植物にもすべてのものが、固有のオーラを持っている。




おそらく、オーラなんて言葉を聞くと、多くの人々は心霊現象とかオカルト分野の扱いにしてしまうかもしれない。

しかし、オーラの研究は、なんと1935年、エール大医学部のハロルド・サクストン・バー教授が、実験を重ねた結果、

「生命があるところには必ず電気的な特性がある。 周波数の高い電磁場がある」

という内容を論文として発表していたそうだ。

ある人々は、それを色で感知するというだけのことだ。



1935年だよ!!

こういった研究は、実のところ、多くの人によってされてきたのだろう。
しかし、そのほとんどが握りつぶされてきたのかもしれないなあ。



ここらで、なんとなく、おわかり頂けたと思うけど・・

この本は医学的見地から出発しているけど、宇宙や生命にまで繋がる本だといえる。



神の概念にさえ触れてるだから。(以下抜粋)

「普遍的な生命力こそ、創造主といわれる神の別名。

神はエネルギーという形をとって、われわれひとりひとりの内部にいる。

現代ではほとんどの人が、神は内部でなく外部にいると教えられている。
それが間違いのもとだと私は思っている」



これがプロテスタント王国のアメリカ人の言葉かい?とびっくりする方もいるかも(笑)



さて、内容紹介はここらへんにして、あとは目次だけを紹介~♪


一章 オステオパシーとはなにか
二章 宇宙の仕組みと人体
三章 健康が問い直される時代
四章 オステオパシーによる健康
五章 自己管理の秘訣
六章 穏やかな生 穏やかな死
七章 霊性を高める
八章 エクササイズ
九章 もっと知りたい人のために




最後にもう1つだけ、引用したい箇所がある。


人間の3つのからだ

人間は3つの存在が一体となってはじめて完成する


第一は肉体、第二は霊的な存在、第三は精神的な存在


・・・中略・・・

このように、我々が望ましい結果を得るには、その三つをほどよく兼ねそなえ、自然の真理と調和していきなければならない。
アンドルー・テイラー・スティルの言葉より




これを、フルフォード博士は文中で引用しながら、このように述べている。
       ↓

肉体、精神性、そして霊性・・・この3つ

オステオパシーの思想とタオイズムとの結合がわたしの思想の基礎になっている

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他的に生きる能力が生まれてくる





ああ、これはもう、完全に老子の無為自然の思想なんだな~と。

それが、なんとアメリカ人の中に、ちゃーんと宿ってたんだ~と。

私は驚くばかり・・・

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    ↑
この図が表しているように、
すべてをそのまま受容すること(決して二元論ではなく調和して一体となること)だと、私は思っているのだけど



しかしながら・・

老子のタオイズム(道)というものを、

むしろ日本人の方が、違った解釈をしている人が多い気がする。



ちらっとググってみても、老子の無為自然とは「素晴らしい処世術の1つ」、という解釈してる学者さんもいるし・・

自分を大きく見せようと見栄をはる必要もなく自然体でいなさいよ~という意味ですよ~、と自己啓発本の中で言ってる人もいる。


人によって解釈は違うわけだし、それが生きることの支えや癒しになるならば、それはそれでいいのだろうけど・・



でも、老子さん(←本当にこの方が実在かどうかはわからないそうだけど)が、本当に言いたかったことは、


私には、フルフォード博士の心の中に宿っているように思えてならない。


気(生命エネルギー)という概念がベースにあって、はじめて行きつくことが出来る解釈ではないだろうか?




そして、ここに行きついた人が、どこまでもどこまでも深い、利他的な生き方になるのは、
こりゃもう、自然の成り行きだろう。

自分や身内だけに向けられる愛だけではない、人々すべての向けられる愛


タオイズムの神髄、宇宙(自然)の摂理や調和も、そこにあるのではないかなあ~。

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そこに行きついた人の書く本は、暖かい波動に満ちている。

この本をそばに置いておくだけで、私には柔らかな波動が伝わってきて、ほのぼのとした笑みが浮かんできてしまう。


多くの人がこの波動を感じるようになれば、それこそ、世界は変わると思うんだけどな~(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オフィスの同僚に、ミッシェルという香港人がいるのだけど、彼女は「気(エネルギー)の流れ」というのをよく口にする人だ。
食べ物にだって良い気と悪い気の入ってるものがある、といってる。
また、かなりの読書家なのだ。


私が日本から入手した本は、こちらの本なのだが、
      ↓
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ミッシェルにお勧めすることにした。 (もちろん英語版を)

「ミッシェル! この本は、すっごくいいよ~。

私はこの本を何回読み返したかしら? 何人にすすめただろう?」



ミッシェルは目を輝かして、本のタイトルをメモった。



吉本ばななさん、ごめんなさい!

私は、ちゃっかりあなたの言葉を拝借しちゃいました。

まだ2回しか読み返してないのに・・・
今はじめて、ミッシェルにすすめたのに・・・


でも・・

私もまた、多くの人に読んで欲しい本だと思ったのだよ~。

土曜日の買い出しで地球を思う?(笑)

ずっと雨続きだったけど、今朝は晴れたのでさっそく食料品の買い出しに出かけた。


前に日本から来た人に、
「一人暮らしだったら、コンビニ行っちゃった方がいいんじゃない?」と聞かれたことがあるのだが、

見た目は一緒でも・・
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中はまったく違うのだよ。

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ここはエアポートに近いので職員さんがよく立ち寄る


日本だとコンビニがどこにいってもあるし、今ではスーパーよりも利用客が多いとか。
コンビニ独自の名物商品があったり、お弁当やら美味しいスイーツまであるらしい。

ところが、アメリカのコンビニ事情は違う!


旅行先で忘れたものを買い足したり、ちょっとした飲み物やスナックを買ったりするといった位置づけでしかない場所なのだ。

コンビニなんか行きたくないけど、しょーがない! 間に合わせに買うか~!というところ。

わざわざコンビニに行って、そこに売られてる商品をお目当てに出かけるなんてことはまずない。




そこで、私もスーパーマーケットに出かける。

たまには、日系のスーパーマーケットに行ってみよう!と思って、出かけたのだけど・・


あまりにも野菜がパック詰めになっていて、

これって帰ってから、いちいちラッピングとパックをはずして捨てなきゃならないんかい!と思ったら、なんだか急に嫌になってしまい、 いつものアメリカのスーパーに行くことにした。

こちらがアメリカのスーパーマーケットの野菜売り場
     ↓
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ほとんどの野菜は量り売りでパックされてないことが多い。


しかし、日系のスーパーに行くと、かなりパック詰め野菜が多いのに気がついた。

またゴミが多く出るし面倒くさいなあ。

それに、よっぽど日系スーパーでしか売ってない野菜を買うとき以外は
(たとえば、日本特有の野菜、小松菜とかレンコン、ゴボウなんかは日系スーパーに行かないと買えない)

同じものなら、アメリカのスーパーの方が安いのだ。

包装する手間と梱包材がないため、安いんだろうか?


ちなみに、現在の日本のスーパーマーケットの野菜売り場って、どーなんだろ?と、覗いて見ると、

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https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2017/05/16/4411/

ひえええ~、 ほとんどの商品がパック詰め、ラッピングされてる!


こ、これじゃあ、いくらプラスチックバック(レジ袋)の無料配布を廃止にしたところで、ほとんど意味ないんじゃね?

「プラスチックごみによる海洋汚染への対策」、「石油消費量の削減」のため、日本でも廃止が義務付けられてきたらしいのだが、



レジ袋がなくなったところで、

1回の買い物で持ち帰った食品包装材をはずししてみると、 その体積は、薄いプラスチック袋1枚の何百倍?に値することになるんだろう?



海に流れ出て魚が食べれば、それは陸上の動物も人間も摂取することになるわけだし、

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海洋動物から絶滅していくのも時間の問題。

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この現状を、わかってるんだろうか? 本当に?


たぶん・・レジ袋廃止法案を通した人たちは、実際にスーパーマーケットでお買い物したこともないような人たちなんじゃないだろうか?

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そうでなければ、各先進国でマイクロプラスチック問題が大きくなりつつある今、足並みをそろえるためだけに法案を通した?
(それじゃあ、目的はただの政治だ!)

なんだか、そんな気さえしてきてしまう。。。


もちろん、これは日本だけのことではない。
アメリカだって同様だ。(たしかに、日本よりは包装は少ないんだけど)


私の周囲の人たち・・とくにアパート住まいの人たちは、レジ袋がもらえなくなったため、ゴミ出しのためのビニール袋をわざわざ購入するようになったくらいだ。

これじゃあ、各家庭の経済を悪化させるだけ?

ちーっとも海洋汚染防止に役立ってるとは思えないのだが・・。



まあ、昔から日本の過剰包装は世界でも有名らしく、叩かれてはいる。
    ↓
How Much Wrapping Is Too Much Wrapping

この画像だけをみても、お寿司1つ1つにプラスチックパックしてあったり、バナナ1本にまで(笑)

外国人から見れば、グレージーとして思えないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は先日、日本から本を送ってもらった。

日本の本屋さんから直送してもらったのだけど、開けてびっくり。

ダンボールを使った梱包で、中を開けると、本はプラスチックフォルムで美しくラッピングされていて(ぴたっと吸い付くように、しかも乱れがまったくないラッピング)

そのうえ、動かないように真ん中に止めてあった。

な、なんて美しいんだ!

まさに真綿に包んだような美しさ、
これぞ、まさに、新品という香りが立ち込めているかのよう・・。

すごく感動してしまったのだ(笑)

いやいや、こんなこと、日本にいれば当たり前のことなのかもしれない。



しかし、こちらでは、本屋さんに本を注文すると、

どこにでもあるような茶封筒に、ぽーんと本と領収書1枚を入れて送ってくるだけなのだ。

なので、こうなることだって大いにありえる。
    ↓
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でも送る方も、受け取る方もお構いなし!


これが、かなり立派な有名ところの本屋さんであっても同様なのだよ。

こちらはBarnes and Nobleという有名な本屋さん、なかにはおしゃれなカフェまであるんだけど。

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どっちが良いのだろうか?

たしかに日本から受け取った方が、新品の香りがするし美しいし、そりゃもう感動もので、個人的には嬉しい!

でも、多量のゴミが出るのは確かだ。


昔のおじいちゃんなら、何もかも捨てずに置いてあとで利用すればいいのだ!と言うだろうけど(笑)
いまどき、モノを捨てなければ家の中が飛んでもないことになってしまう。


そうなのだ!
 「使い捨て」というコンセプトでビジネスが回り、我々の生活もすべてが回ってしまっている時代なのだから。




環境汚染を止めて自然を取り戻す? そのための世直しをする?


そりゃあ、出来ることなら私だって「正しい進化」の世界に戻したいとは思う。


こちらでも紹介した映画、「美しき緑の星」のような進化した世界へ。 進化した世界のモデルの1つとして。
    ↓
日本の常識・地球の常識・銀河系の常識



でも、そんなことが無理なのは知っている。

いくら、お買い物のプラスチックバック(レジ袋)を廃止したところで、なんにもならないように。




もしも現状で、熱い政治家さんが出現したとして、彼が強硬手段を取ったとして・・
全梱包用品の業者が丸つぶれになるし、あちこちに波紋としわ寄せが行き、経済上の問題も大きくなるだけだろう。

それよりなにより「便利」「清潔」「低価格」を重んじる、多くの国民感情が許さないだろう。


時代はそのように作られてしまっていて、今では、誰もがその路線を走っていくしかないというのが現状。


それを、

もしも、もしも変えられるとしたら、一人ひとりの意識を変えていくことしかないだろう。



そして、

意識が変わった人たちが、人々のためになるものを提供することからはじめる。


ほとんど儲けにはならないようなことでも信念を持って、実際に行動している人たちもいる。


完全無農薬の果物を育ててる人たち。

いまだに、昔ながらのおせんべい(全くの無添加)を焼いてる職人さん。

皮をなめすところから初めて、ハンドメイドのバックを作る職人さん。

現代医学と逆行したスタンスで治療するドクターたち。

親身になって接するカウンセラーたち。



まだまだ、いろいろな分野にいることだろう。


それが、どんだけ労力を使ってコストパフォーマンスが悪かろうが、彼らはお構いなしなのだ。


人は「本物」に触れれば、必ず、心を動かされる。
「商品」ではない「本物」には、1つ1つに愛が込められているから。



そういった人たちの作りだす物(または無形のサービスやアートであっても)、受け取った人の心に必ず染みわたる。

ひょっとしたら、そんな小さなことから始めた方が、多くの人々の心に浸透していくのではないだろうか?


少しずつ、少しずつではあるけど、浸透していき、多くの人の意識が変わっていく。

何が本当に必要なものなのか。

何が本当に大事なものなのか。

なぜ自然を守らなければならないのか。



いつか、みんなが心から理解するようになるだろう。


いくら声高に、自然を守ろう! 戦争をなくそう! なんて言ったところで、なかなか人の心や魂までは届かない。

愛あるものに触れたことのない人たちには無理!(笑)



それでも、

こんな世の中ではあっても、こういったこと教えてくれる人たち、素晴らしいものを生み出してくれる人たちがいる限り、

まだまだ、可能性に満ちていると思うのだ。


そして、

やっぱり私は、この世に生まれて幸せだなあと思う。

それでも猫は出かけていく

日本から送って頂いた本
       ↓
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この作者、ハルノ宵子さんは漫画家でエッセイスト
お父様は思想家で詩人の吉本隆明さん

吉本家で両親の看病をしながら、ご自身も癌の手術という状況になりながら

病気の猫&野良猫たちを抱えた奮闘記

それがさらりと書かれていて、

主役は猫たちでありながら、


読み進めるうちに、

ネコもイヌも人間も何もかも含めた「生物すべてへのリスペクトに溢れた」本なんだ~と気がついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読んでいくうちに、

私は自分の過去に関わった猫たちのことを思い出してしまい、どうにも先に進まなくなってしまった。


そこで、まずは、私の個人的なネコ話を書かせて頂こうと思う。
少しばかりお付き合いを。



私は20年近く、中野・高円寺付近に住んでいた。

中でも高円寺南のマンションには一番長く住んだ。

当時の私は猫2匹を飼っていて、同じマンションの住民たちも犬やらネコやらを飼ってる人ばかり。


そう、ペットだらけのマンション!


とはいうものの「ペット可」マンションではなかったはず。



マンションと呼ばれてたけど、通りから1本入った2階建で、
Villa Belbedere (ベルベデーレ宮殿かい?)というアルファベット表記の、御大層な名前がついた建物だ。


どこの家の入口も緑多い中庭に面していて裏には、これまた緑あふれる遊歩道があった。

アパートの管理人が常駐してるわけでもないし、ペット飼いにはおあつらえ向きのマンションだったかもしれない。

こっそり飼っちゃえ!  そんな奴らばかりが偶然集まってしまったのだろう。



うちの隣には、一人暮らしの若い男が住んでいて、彼は、般若顔の若いハスキー犬を飼っていた。

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動物のお医者さんのコミック本より


顔が合えば挨拶しよく世間話もした。



「せっかく買った爪とぎを使ってくれずに、柱でばっかり爪とぎしてしちゃうだよね~。

柱ボロボロだし~、オタクは犬だからいいですね~。」



「いやいや、とんでもない! ウチは壁にぼこっと穴をあけられまして・・先日壁塗りの修復したばっかりなんですよ~。

なんせ、ウチの、腕っぷしが強いもんで~。」



「は? 壁にぼこっですか~! 
お互いに苦労はあるもんですね~。」


「はいはい、なんだったら、柱の修復材も持ってるんで、お貸ししましょうか。」


「それはありがたい!」



住民たちは、こういった近所付き合いをしていた。




ある日、そこのマンションに若夫婦が引っ越してきた。

「妻は妊娠中なんです。 こんな動物だらけのマンションには住めません!」と夫が苦情を申し立てたという。

動物キライな人からみれば、もっともなことだ。 

ましてやそこは「ペット不可」のマンションなのだから!


しかし管理会社は、違法住人たちに退去命令を出すことも勧告することさえもしなかった。

気の毒なことに、その若夫婦は2か月ほどで出ていくことになってしまった。


みんなで法を破れば怖くないどころか・・そっちが通っちまう?

世の中そんなものなんか。 そうらしい。。。


外を歩けば、

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https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E7%8C%AB+%E3%81%88%E3%81%95+%E7%9C%8B%E6%9D%BF/

こんなポスターを多くみかけたものだけど、


このマンションでは、

野良猫たちがいくら中庭を闊歩しようが住人が餌をやろうが、誰もクレームしない。

私のうちにも野良猫たちが通ってきていた。


ネコたちは、実にさまざまだった。


すごくフレンドリーで平気で家の中に侵入してくるヤツ、家猫たちを威嚇してまで家の中でボスに君臨しようとするヤツとか、絶対家には入らないヤツ、猫も人間も大嫌いで犬だけが好きなヤツ、世の中のすべてを怖がるヤツ、一匹の猫しか愛さないヤツ、いつもぼーっとしてるだけでさっぱりわからないヤツとか・・



野良猫たちもさまざまだったけど、マンションの住民もまたさまざまだった。

みんな、ペット好きだったのだろうけど・・


マルチーズに服をしょっちゅう着せ替えてるおばさん、(リカちゃん人形の代わり?)

いつもバンダナを巻いた柴犬と同居してる老年男。

シベリアンハスキーと同居してる若いサラリーマン(前述の人)

血統書付きのネコばかり5匹飼っている水商売の女



人もまた、それぞれだ。


ある日、

「血統書付きのネコばかり飼っている水商売の女」が、先住ネコのヒマラヤン♀を家から追い出してしまった。


「ぜんぜん懐かないしいつもビクビクしてるし、後から来たネコたちが嫌ってるから」というのが理由だった。

「あの子は外飼いにした方が幸せなのよ。 でも可哀そうだと思って家の前にゴハンはあげてるのよ。」
と、この女は言っていた。



気の毒に・・追い出されてしまったヒマラヤン♀は、ボロボロ状態で2階の女の子に発見された。

このネコは元チャンピオンキャットだったという話で、今まで家の外に一度も出たことがなかったことだろう。
サバイバル方法なんて知ってるわけもないのだ。

そりゃあ、外に追い出されれば、すぐにボロボロになるはずだ~!



このネコは、追い出されたからずっと敷地内の物陰に潜んでいたとみえる。


この2階に住む女の子、名前はワクイちゃん。

彼女は学生で、ネコは飼っていないが、超・ネコ好き。

いつも野良猫たちのためにネコ缶を用意してるような子だった。


ワクイちゃんが持ち出したネコ缶をみるなり、ヒマラヤン♀は、涎がダーダーと止まらなくなったという。

「何日も食べてなかったんだ! 絶対!餌なんてあげてないよ!」と彼女は言っていた。



それから、ヒマラヤン♀が来るたびに、彼女は毎日ドアの外でネコ缶をあげていた。

しかし、ネコはいつも怯えていたという。

「でもねえ、ぶっちゃんは、いつも怯えてるんだよ。
そっと触れようとしただけでも、声も上げずにブルブル震えだすんだもん。 触ることもできないんだよ。
いったい、何があったんだろうね?」
と、彼女は言っていた。

ぶっちゃん?・・・どうやら、ワクイちゃんは、ヒマラヤン♀に、ぶっちゃんという名前をつけちゃったらしい。



それから、数日たって

学校から帰ってきたワクイちゃんは、自分の家のドアの外に1匹の生まれたての子猫を発見する。


「ひええ! なんだこりゃ! 
誰かがうちの前に子猫を捨てたのかな?」



犯人はすぐにわかった!


あの、ヒマラヤン♀、いや、ぶっちゃんだった。

別の一匹の子猫を加えて、えっちらおっちらと、階段を登っている。


そして、またも彼女の家のドアの外に子猫を置くと・・


またも、もう一匹を咥えて運んだ。


合計3匹・・まだ目も開いてないない子猫が3匹


「これ、どーゆうこと? ぶっちゃんは、私に育てて欲しいってこと?」



「おそらくね~。

お嬢様育ちのぶっちゃんは、いきなり外に追い出されてしまって、どっかの野良♂にレイプされてしまった。

で、出来ちゃったものの、子育てなんてしたことないし、おまけに、ちょっと精神的ストレスで母性本能も壊れちゃってる。

どうしたらいいのかわからない!! そんでも、なんとか子猫を助けなきゃ~!と思って、

あ、そうだ~!2階のおねえさん! 私にご飯くれるいい人、こうなったら彼女にお願いするっきゃない!と

そんで3匹の子猫をせっせと運んだ。

なんとか、この子たちを助けてください!・・・そうゆうことなんじゃない?」




「一方的に思いを込められても・・私だって、目も明いてない子猫を育てたことはないんだけどな~。

学校もあるし~。」



と、彼女はぶつぶつ言いながらも、結局3匹の子育てをはじめた。



1か月半が経過しただろうか・・子猫たちはかわいい盛りになり、

その頃になると、ようやくぶっちゃんも、彼女と私に、すこーしずつ心を開くようになってきた。

優しく子猫たちを見守り、穏やかな表情を見せるようになった。

落ち着きを取り戻してきた頃のぶっちゃん
    ↓
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その矢先だった。
突然ぶっちゃんが消えた。

3日たっても姿を見せない。

こんなことはありえないのだ!


臆病なぶっちゃんは、マンションの中庭から外へは絶対出ないネコだ。

交通事故ということも考えにくい。



情報通の「リカちゃん・マルチーズおばさん」に聞いたところ、

「なんでも、保健所かなんかが来て、あのヒマラヤンを捕まえて連れてったみたいよ。」

そんな馬鹿な~。

他にも野良猫はいるのに、あの子だけを連れてくってヘンじゃないか!


「私もよく知らないけどね~、誰かがわざわざ通報してあのヒマラヤンを連れて行ってくれ!って言ったらしいわよ。」


ワクイちゃんが、すぐに保健所に問い合わせたところ、
該当するネコはいないという。。。

そのままぶっちゃんは消えてしまった。


私たちは、ものすごく悔んだ。



このマンションの中庭に、いつもいるぶっちゃんが目障りだった人がいたということだ。

私たちが、ぶっちゃんや子供たちの面倒を見ていることも目障りだったのかもしれない。


しかし、ぶっちゃんの3匹の子猫たちは、それぞれ里親がみつかり無事引き取られていった。

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白と黒の子猫は、兄弟共に引き取られ、残りの白黒ネコは私が引き取った。

メグとなずけたこの猫は、その後、私と共に都内で何度か引っ越しをした後、ニューヨークに渡り、さらにロサンゼルスに渡り、18歳まで生きた。

ぶっちゃんが生きられなかった分まで生きたんだろうか?
ぶっちゃんの分まで幸せだったんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、同時期・・「ぴよぴよ」という野良猫がいた。


白と黒のブチの♀で、絶対に家の中には入ってこない臆病ものだった。
表情に乏しく、まったく声を聞いたこともない。


それでも腹がへれば、ベランダ側からやってきて、無言で何時間でも待ち続けている。

ピヨピヨ
  ↓
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しかも、前足をきちっとそろえて、じーーと不動の姿でいつまでも待っている・・そんなネコだった。


ある日、仕事から帰ってくると、ベランダに、また、そのネコが待っていた。

「いったいいつから待ってたん? 
お腹すいちゃったんだね~。 でも、家の中には入りたくないんだね・・はいはい! わかってますよ~。」


と、私が勝手にベラベラと話しかけてると・・

このネコが、私を見上げて、はじめて反応したのだ。 


微かに・・何か言ってる。

耳を澄ませると、すごく微かな声で、ぴよぴよぴよ・・と聞こえた。

命名: ピヨピヨ

それから、このネコをピヨピヨと呼ぶようになった。



さらに何か月か過ぎて・・

朝、出勤しようとドアを開けると、なんと・・そこにピヨピヨが座っていた。


な、なんで・・きょうはべレンダじゃなくって、玄関?
玄関で待ってるなんて、初めてのことだ!



しばらく見かけなかったピヨピヨは、ものすごく汚れて痩せこけていた。

さらに、何匹かハエがたかっている。。。



「ピヨピヨ! な、なんだって、こんなになっちまったんだ?
困ったなあ~。 すぐに出勤しなきゃならないんだよ~。 
きょうは大事なミーティングがあって構ってられないんだ!」



そう言いながら家に飛び込んで、水とエサを用意して、また飛び出すと、

そこにはもう、ピヨピヨの姿はなかった。


ん? なんで?

なんとなく後ろ髪を引かれる思いだった。 だけど、私は、そのまま出勤した。
当時の私は、ワークホーリックで何よりも仕事が大事というヤツだったのだ。


道々考えた。

ガリガリに痩せこけて汚くなって、おまけにハエがたかってた。

ひょっとして、あれは、死期を悟って最後に挨拶のつもりだったんじゃないだろうか?

それに・・いつものようにベランダのところにいなかったのは、ジャンプしてベランダに上がる体力さえ残ってなかったからだ!


そんなことを、私は後で気がついたのだ。


私は、大バカ者だ!
私は、なんで、あんな冷たいこと言っちゃったんだろう?

少しの間一緒にいてあげて、今までありがとう! 楽しかったよ!と、優しく撫ぜてあげればよかったんだ。

ゴハンが欲しかったんじゃない! ピヨピヨには食べる気力も体力も残ってなかったはずなのに。

私は、私は・・大バカだ~!

このとき、ひどく自分を責めた。 でも、すべては後の祭りなのだ。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、昔話をしてしたせいか、胸のつかえがちょっとばかし取れた気分。

本題に移ろう。



この本は前述したとおり、
吉本家で、「ハルノ宵子さんの病気ネコばかりを抱えた奮闘記」というべきもの。

それも、ほとんどが野良ネコの話なのだ。 家ネコですら元野良猫だったものばかりなんだから。



どんだけ、ハルノ宵子さんがネコへかける愛情が深いのか!

しかし、彼女の愛情は「ネコが大好き@、野良猫たちが可哀そう」という感情だけではないということに気づく。


世にネコ好きも多いことだろう。

「ネコが好き!」「野良猫が可哀そう!」という感情だけで、行動してしまう人の多いことか。(←私もその一人だった)


まず驚いたのは、ネコの病気に対する知識だった。

FeLVのキャリアの猫は発病してくると首のリンパのあたりを触るとわかるとか、ネコ砂の粘着具合で尿の状態がわかるとか・・
さらに獣医師の力量まで見極めている。


野良猫が姿を見せなくなったときは探し出し、死んでいる場合、どのようになくなったのか実地検分したり、推理・検証までしてしまう。 

好きという感情だけのネコ好きだったら、惨たらしい死体なぞ見たくもないだろうし、おそらく目を背けてしまうことだろう。


しかし、どのような状況でどのようにして亡くなっていったか、それを知ることで、その猫の人生を共有してあげたことのように思えるのだ。

それが哀悼ということではないのだろうか。


辛い、惨たらしい、可哀そうすぎると、目を背けてしまうのは私たち人間側の感情に過ぎない。
好き、かわいい!というのと、同じ感情でしかないように思える。


「好き」と「愛情」の違いは、そこにあるのだろう。


愛情があるからこそ、よく観察し病気への知識も豊富になり、鋭い直観も働くようになり、咄嗟の判断力もできるようになる。

それはまた、★それぞれのネコの生き方を重んじるということになる。

個々の猫の生き方を重んじているのだ。

アメリカでも迷いネコや弱った猫をみつけた場合、

「レスキューセンターに連絡して保護、病院で治療して、里親探しをして家の中で飼う」というのがセオリー通りなのだけど・・

それがすべての猫に当てはまるわけではないということだ。


外生まれ外育ちの野良猫の中には、どうしても家猫にはなれないネコもいる。

家に閉じ込められただけでストレスになったり・・

病院に連れていかれるということは、「宇宙人に誘拐されて体中をいじくりまわされる」ような恐怖とショックになる子もいるだろう。
(と、文中にも書かれていたが)

ビビりネコのくせに芯が強いというネコもいるし、

病院に連れていかれただけで、かえって命を縮めてしまうこともあるだろう。

まさに、個々の猫によって違う。


生きるということは、ただ命を長らえればいいということではないはず。


彼女は、それぞれの猫たちの生き方を感じ取り、個々に尊重している、ということだ。


私は、渡米してからアメリカ人たちに、よく聞かされた言葉がある。

「愛とはリスペクトすること」 「愛とリスペクト」


多くのアメリカ人がそう言う。

リスペクト : respect

日本語にすれば、「尊敬する」とか「尊重する」ということになるんだけど、なかなか、それを愛とセットにしている人は少ないのかもしれない。


好きだからこそ、相手の生き方を尊重する

それは自己中の感情から離れ、相手の生き方を感じ取り、時にはサポートし、時には黙って見守る

そういった、客観性、理性的なことさえも含まれている気がする。


だから、辛い結末になったとして、それがどんなに悲しかったとしても、後悔することはないし、また立ち上がれる。

つくづく、そんなことを感じた。



そして猫たちのサイドから見れば・・

彼らは、どんなときでも、今一番したいことに全力を傾ける。

病に侵されていても、今、一番行きたい場所に這ってでも行こうとする。

今、一番会いたい人に会おうとする。


なんて、清々しい生き方なんだろう。


そんなことを感じさせてくれる本だった。

「森羅万象は気で出来ている」という波動医療

つい最近、ミニレヨネックスなるものを購入して、なかなかご機嫌な私です。

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小さな手のひらサイズのもので、電磁波防止のために入手しました。

毎日仕事でもプライベートでも、パソコンとスマホと共に生活してるようなものだし、生活空間すべてが電磁波に囲まれてるわけですからね~。


私の場合は目の疲れがひどくて、目からくる肩こり、頭痛になることが多いです。



おそらく現代の私たちの生活の中では、スマホを常に持ち歩いていて、スマホを見てる時間も一番長いことを考えると、
スマホが一番の原因かもしれません。


こちらでは、今、スマホを買い替えるときには、SAR値をチェックしてから購入するという人も増えてるくらい。

SAR値(specific Absorption Rate)= 比吸収率のことで、

こちらをご参考に
   ↓
「SAR値」って何?!



また、電磁波が脳腫瘍や癌、自閉症などの病気を引き起こすともいわれていて、現にカリフォルニア州では、こんな指針も発表されてます。

アメリカで話題"スマホと脳腫瘍"の関係性 カリフォルニア州は指針を発表


しかし、日本の総務省のページなどを覗いてみると、

電波の人体に対する影響 総務省

熱作用については、前述“5.安全のための基準”で説明しましたように、電波防護指針により守られていますので、熱作用により健康に悪影響が生じることはありませんし、がんやその他の健康に対して悪影響を及ぼすとの根拠は見つかっていません。



と、書かれていたりするので、

電波防護指針により守られているんだし、病気になるような根拠がみつかってないんだから大丈夫!と思う人たちも多いのかもしれません。


でも、私は・・

絶対やばいだろ! なんとかしろよ!と、前々から体に言われていて・・こりゃあ、なんとかしなきゃ!と思った次第です。


おまけに私のスマホ、充電口がダメになってきたらしくって、充電がスムーズにいかなくなってしまったため、ワイアレス充電器に変えたのだ!

こんなヤツ
 ↓
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たしかに、充電はラクだし、便利なんだけど・・

これって、電磁波ダダ漏れ状態だろ!と(笑)


そんなわけで、ミニレヨネックスなるものを購入したわけです。



ドイツでは、波動医学という分野も多く研究されているようで、レヨネックス社はそのひとつ。

パウル・シュミットさんという方が、量子論、ダウジング、東洋医学の三つからヒントを得て、バイオレゾナンス理論を確立したそうです。



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ミニレヨネックスは、そこの商品です。
レヨネックス社のサイト




ここの記事にもあったんですが、

西洋医療と東洋医療 341243 ドイツ人パウル・シュミットによるバイオレゾナンス・メソッド

驚異の治癒率85%~ドイツ波動医学の挑戦 るいネットより


すべては振動でありその影響である。現実にはなんの物質も存在しない。すべてのものは、振動で構成されている。

というのは、私にとってはすごくしっくりくる言葉です。



少し前にも、こちらの中で、
見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

天体ですら、それぞれの音(周波数)を出しているし、私たちの体、それぞれの臓器も固有の周波数を持っているなんてことに気づき、


ずーーと前から、周波数(音)とDNAは深く関係してるのかもなあ~ということが気になってました。
  ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽


そんなことを考えていくと、

「あらゆる病気は、波動エネルギーの滞りや乱れが原因です。私は医者ですが、私にできるのは、その滞りを解消することだけです。実際、それだけで患者さんの85%は治っています。」
ドイツの波動療法家のエルマー・ウルリッヒ氏より


ああ、そうだろうなあ!と自分なりに納得できたわけです。



もうひとつ、最近、イメディスというものがあることも、教えてもらいました。

こちらは、ロシアで研究されたものだそうですが、今、日本にもイメディス・ジャパンというものが、あったんですね~。


これも考え方の原点は同じです。


イメディスというのは、ロシアのイメディス社(IMEDIS) が開発した医療システムの総称で
量子物理学に基づいた共鳴療法、ホメオパシー療法、漢方治療、西洋医学等を総合的に組み合わせた医療システム




波動共鳴機器を使って、その症状を作っている原因は何か?がかなり細かいところまで、特定できるようです。


フツウの病院にいくと、いまだに「抑えたり」「治すため」に治療が多く、薬を処方されるものの、
原因を追求してくれることはほとんどなかったり・・

私は30代初めに子宮筋腫になって手術したことがあったんだけど、先生に原因は何でしょうか?と聞いたら、

「さあ、原因なんてないことが多いですよ、まあ、子宮筋腫なんて最近よくあることですよ~」と言われ・・

え? 原因がなくて病気になるんかいな!と(笑)

高齢者ならば、年のせいで仕方ないですよ~と言われちゃったりするんでしょうね~。



でも病気になるのは、必ず日常生活の中で原因はあると思うんですよね。

原因もわからないくせに、症状だけ抑えるとか、悪いとこは切っちゃえ!とか・・どうも、すっきり出来ない部分がありました。
実際、私の子宮筋腫は大きいし数も多いんで子宮ごと取っちゃいましょうと言われて・・なんか違うんじゃね?って気がして、3件も病院を変えた結果、筋腫部分だけを切り取ってもらいましたが。


原因のすべてが解明できるようになったのは、すごいことだと思います。 マジで!


しかも、物理的原因だけではなく、精神的要因となるもの、

自分で持っているネガティブ要因やら、おそらく人から受ける怨念(生霊?)なんてことまで、究明できるようです。



病院にいっても解明できない霊障で悩んでるときは、ぜんぜん知らない霊媒師さんや神主さんに半信半疑でお願いするよりも、イメディスの方がいいかもと、思ったりする私(笑)

残念ながらアメリカにはなさそうだなあ。



そして、ミニレヨネックスにしても、イメディスにしても・・・

ロシアの科学者たちは、今までオカルト分野とされてきたようなことまで、今では総合的に研究する体制が作られていること。(レヨネックスはドイツだけどね~)


ジャンルは違うけど、ロシアの科学者によって、こんなことまでプレリリースされたようですよ。
   ↓
【歴史的偉業】ロシアの科学者が「錬金術」の実在を証明! 核廃棄物も黄金に変える“元素変換”のメソッドとは!?

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錬金術はありえない! 不可能!と言われ続け、そんなものを研究する人たちはバカ扱いされて、学会では相手にもされなかったと聞いてたのに~。

たぶん、日本で研究する人jはいなかったと思いますよ~。
やる気満々でも、研究資金を出してもらえないとか、研究をつぶされるとかして~。



そういえば、DNAの研究家で周波数でDNAの修復を発表した、レオナルド・ホロビッツ博士もロシアの科学者でしたもんね。



老子のタオイズムだとか、「森羅万象は気でできている」 病気は「気の流れが滞ったとき」というのが、東洋の伝統的考え方だったはずなのに、

今では、こういった考え方は、むしろ、ロシア・ドイツの方が進んで研究されてるような気がします。


日本では、東洋占星術の占い師さんでさえ、「病気になったら医者に行って薬うのが一番」って思ってる人もいて~、
ホリスティック医療の話をしただけで、鼻で笑われちゃったこともあるくらいだから。


当然、日本のお医者さんでさえ、波動医療なんてものはトンデモないニセ医学だ!と断言されてる方もいるようです。

アメリカにもイメディスは入ってないようだし、ミニ・レヨネックスは、
Integrated Veterinary technology LLC.というところが、代理店になってました。

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http://www.rayonex.us/#modal_close

いやあ、Veterinaryって獣医さんじゃないですか~?

ペットの病気治療に波動治療を用いるということが最初だったようです。
いきなり人間用にするには、アメリカでは政治的?圧力がかかったのかビジネスには出来なかったのか・・そこらへんは不明です。


さて、ミニレヨネックス、効果のほどは、まだはっきりわかりません。

持った瞬間に効果が表れるものでもないのだろうし、
ミニだけあって、ちとばかしヘナチョコなのかもしれません。

ただ一度、眠りに落ちる習慣に、心地よい音を聞いた気がします。

ああ、この音が私の体内に吸収されてるんだなあ~と。

のろまなカメさんで、ウサギさんのシュワワワ~という足にはかなわないけど、

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それでも、静かに地道に働き続けてくれてる気がします。



結局のところ、波動や周波数というものも・・

目に見えるものだけを信じるか見えない存在も信じるか・・ということに尽きると思います。


また、目に見えない存在を上手に利用して騙して売るというビジネスだって存在することも確かです。


私が信じるものは、最終的には、自分の直感だけ。

こっちだよ~と、いつも、もう一人の私に教えてもらってる気がします。



熱が出たとき 熱を下げる?上げる?

前回の本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日から、ちょっと続きを。


風邪を引いたとき、どうする?


それが、各国によってそれぞれ違うのが面白い~。
    ↓
熱が出たら水風呂に入れ!?海外の驚き「風邪の対処法」 Never まとめより


昔の日本では、


●安静にして暖かくして寝てること

●熱が出たら水枕などで頭を冷やす

●首にネギを巻く(←臭くって・・寝てられないだろうが。。)

●お粥 

●お風呂はダメ

●玉子酒を飲む

   ↓
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http://chabuu.sblo.jp/article/26049490.html


これ、ブランデーかラム酒で作れば、エッグ・ノックだね~♪ (←私は結構好き!)

【風邪の妙薬】玉子酒の効用・いろいろレシピまとめ【卵酒】より参照




現在では


風邪がちょっと酷くなるとお医者さんに行く

●数種類の薬が処方される



これが日本の習慣&常識のようになっている。



ところが、一方で風邪を引いたくらいでいちいち医者に行かない!という国も多い。

行ったところで、風邪ならばドクターも処方箋を出さない国もある。 肺炎になればまた別だけど・・。

そういったこともあって、

彼らは、それぞれのホームレメディーに頼ることも多いようだ。



アメリカでは、風邪を引くとホットコーラを飲む人もいる。(そこに、レモンを絞ったりハチミツを加えたりする場合もある)
私も医者にコーラを進められたこともあるし(笑)

ロシアはウォッカだったり、メキシコじゃテキーラだったり(笑)

酒好きにはたまらないだろう。  結構・・風邪引くのが楽しみになったりして~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回、はじめて本格的な風邪をひいて「野口 晴哉さん流」を試したのだけど・・

その1つに、

熱が出てきたら、無理やり頭を冷やしたりしない。
(もちろん解熱剤もダメ~!)

逆に後頭部&首の周りを温めて、熱をあげるようにする。




というのがあるんだけど・・これは私にとっては、とてもよかったように思う。

そのおかげで、早く治ったと思う。


ただ・・・

多くの日本人の常識は、

いまだに「熱が出たらすぐに冷やす」のではないだろうか?

または、解熱剤を使う。



「無理やり熱に対抗して冷やす」方法をとる。



こちらの小児科医の先生も、「熱が出たら冷やす」方法を進めている
      ↓
https://select.mamastar.jp/214683

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私は自分自身の体感から、また、今までで一番早く治癒してしまったという経験からも・・

「熱が上がっていくに任せる、それを妨げない、むしろ応援する」ことがベスト、と確信できたのだけど・・


それを医学的に証明したような論文?などはあるんだろうか?

ふと、そんなことを思い、さんざん探したのだけど・・なかなかみつからない。

やっと・・みつけたのは、In Deepさんのサイトだった。
(しかも、すでに翻訳してくれてるサイトだし・・
     ↓  
熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明

この文中にも、あったけど、

「感染症を治癒するための体内のメカニズムは体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」



こちらも文中からの引用
   ↓
シュタイナーさんもまた、こんなことを言ってたんですね~・

生体はその損傷に反抗し、防御力を用います。この反抗が通常、熱なのです。

熱は、人間のなかの治癒力の呼び声なのです。熱は病気ではありません。

損傷を直すために、人間が自分の生体全体から力を呼び集めているのです。

病気において、熱は最も慈善的で、最も治療的です。

損傷を受けた個々の部分は、みずから治癒できず、他の側から力を得なくてはなりません。それが熱として表現されるのです。





さらに、ヒポクラテスさんまで。
    ↓
「患者に発熱するチャンスを与えよ。そうすればどんな病気でも治してみせる」


こーんな紀元前のヒポクラテスさんから、シュタイナーさん、我が国では野口先生も、同じことを言ってたのに・・・

そして、すでに、「体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」ということが証明されているのに。


なぜ、いまだにお医者さんでさえ、マ逆の方法をとることを進めるんだろう?

不思議だ~!


●一説には、高熱が出ればそれだけ体力を消耗するから。

(これは事実だけど・・みなさん、そんなにも体力が無いわけ?
生来からの虚弱体質とか、長患いでボロボロ状態になってるとかなら、わかるんだが・・)


こうやって赤ちゃんのときから、発熱すればすぐに冷やし、薬で無理やり熱を下げてもらってきた人たちが、虚弱体質に育ち・・
ますます病気をしやすくなり、ますます薬漬けになっていくという悪循環を作り出しているのかもしれないなあ。

なーんて思ったりする。



結局のところ、

小さな世界だけの「常識」に囚われず、

どの方法が正解か? それは自分で選ぶことだと思う。



おそらく・・何事においても!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<参考>
子供の風邪!ご家庭でできる予防法と対処法。薬を使わない、正しい知識で病気を治そう!


https://www.tbsradio.jp/215580



こちらは武田コンシューマーヘルスケアさんのWebpage
     ↓
かぜの熱 下げる? 下げない?

本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日

去年のブログにもアップしたんだけど、
    ↓ここ
野口 晴哉さんの「風邪」の必要性

野口晴哉さんの本を読んでから、本格的な風邪をひいてみたくて待ちに待ってた!


皮肉なもので、ここ3-4年、いつも軽いひきはじめで、すぐに治ってしまうような風邪ばかりだった。

もちろん、本を読む前は、私だって、ちゃんと本格的な風邪をひいてた、治るのにも数日はかかっていたものだ。


たぶん、その原因は、風邪薬を飲まなくなったことしか考えられない・・

か、超・ブラシーボ効果を受けやすいのか?


どっちかだろう。


まあ、そんなことは、どっちでもいい!


今回は、完全な風邪になったのだから♪

いつものように出勤してたところ、昼頃から頭痛がしてきて鼻がムズムズしてきたところで早退。

夜になると鼻水はさらさらと流れ、頭はぼーっとして涙目、
どんどん熱が上がっていくカンジがする。

きたきたきた~!


この本をつかんでベッドにもぐりこむ。(すでに読んでるのに~!またかい!)

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ふむふむ、

人間の体で大事なのは、弾力性なんだよな。

筋肉の弾力性だけでなく、体中すべて、血管だって弾力性か・・さすが、整体師の先生らしい表現だし、ぴったりな表現だよな~。

血圧が高いから高血圧というよりも、血管の弾力性かあ。


癌になったり、脳溢血、糖尿・・そういった病気のほとんどは突然ってわけじゃなく、風邪をひかない(風邪をひけない)体になってしまってる

または、風邪をひいても薬などを使って無理やり治したりしてしまうから。




ふんふん、そーだったよな~。

と、読み返しながら、またも納得する。

風邪は体のこわばりを直して、弾力性のある体に戻そうと調整してくれる、ありがたいものなのに、
   
  ↓(本文からの引用部分)

風邪を治したり、予防したり、風邪に鈍くなるようなことを講じているからです。

例えば、冷水摩擦やいろいろな鍛錬をして風邪を引かなくなったとしても、

れ、冷水摩擦って? 昔 聴いたような・・?
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https://twitter.com/adgjm98867224

それは体中顔にしてしまったようなもので、まあ川越人足と同じようなものです。

脳溢血などをやる人をみると、そうゆう冷水摩擦組というのが非常に多い。



か、川越人足って・・今の人、絶対知らんやろ~(笑) 
若い頃からオヤジ趣味の、時代小説ファンの私は知ってるのだが・・


橋の無い川で旅人を渡すおっちゃんたちのお仕事で、

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https://kotobank.jp/word/%E5%B7%9D%E4%BC%9A%E6%89%80-48180


こんな、おっちゃんたちだったらしい。

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https://4travel.jp/travelogue/10779969

そりゃ、そーだよね~。 いつも真っ裸で、体中顔だわ!


つい、笑ってしまう~!

さすがに、2度目に本を読み返すと、そこじゃないだろ!というところまで目に入ってしまって面白い!

野口先生という人、なかなか辛辣なユーモアがある人だったのかも~♪と楽しくなる。



それにしても、本を書く人って大変だなあって思う。

風邪を上手になるべく早く経過させる方法の1つに、お風呂の入り方を書いているんだけど・・

お湯の温度は健康人の平均で42度と書いたところ・・

ある奥様は、旦那様がぬるいよ~!といってるのに、42度って書いてありましたから!と言って沸かしてくれなかったとか・・

子供が熱い!と泣いても、これに入らなければ正常じゃないっていって無理やり入れちゃったとか・・。

自分で胸椎5番を触ろうとしても触れないんですけど?と電話でクレームしてくる人がいたとか。


いやいや、これじゃあ、物書きはうっかりしたことは書けないだろうなって思う。


同時に、昔の人は(初版されたのは昭和37年)、なんとまあ融通がきかないつーか、本質を捉えられないコチコチ頭が多かったんかな?と思ったものだけど・・・



よー考えてみると、今の人の方も似たようなもの? いや、もっと、ひどい?かもしれないと気がつく。

現代の書評を読んでみたところ、

もちろん絶賛してる人も多いんだけど、なかには、

●胸椎5番なんて、専門用語を並べられても図解も説明もなければわかるわけないし、実際には役にたたないと思う。

●蚊帳の中に子供を入れろと言われても、いまどき蚊帳がないんだから、実践的な本とはいえない。

なんてのもあった。

たしかに、今の人たち、蚊帳を知らない人だっているだろうけど・・

こうゆうヤツね~
 ↓
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wikiより 蚊帳


だけどね、今だってあるんだよーん。 こうゆうの、私、持ってたもーん。

mosquito net

アメリカにだって売ってるし、日本だって渋谷の東急ハンズで売ってたもん(←おい!ざっと10年前の話じゃないか!)

こんなのもあるし~。

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探そうと思えばあるもんだよ。


そもそも、蚊帳に入れろ!っていってるわけじゃないだよね~。

何のために? ということを考えてみればわかることだと思うのだが。


昔日本では一般的に使われてた蚊帳って、ただの虫よけだけじゃなかったことがよーくわかります!


いやあ、大変ですね~。

まだまだあります! 野口先生の苦労話が!(笑)

赤ちゃんに石鹸を使わない流儀を色々な人に進めたら、石鹸会社からクレームもらっちゃったとか。

そりゃまあ、そうでしょうね~。

この時代は、まだ、石鹸はセッケンしかないという時代だったでしょうし、純石鹸とかアトピー用とかって言葉もなかったかもだし・・。

むろん、野口先生だって、そんなものができるとは知らなかったでしょうし~。



ベッドの中で読み返しながら、今回はそんなことばかりに目がいってしまう私だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

突然、ニャンコセンセーが耳元で大騒ぎをしだした。

「ん? ゴハン? さっき食べただろ!」

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「あれは昼前だ! 今何時だと思ってるんだ!」 (←怒っとるわい)

仕方なく起き上がる。

ベットを出ると寒気、きゅうに熱がまた上がった気がしてフラフラしてきた。


今、私の体温って?

ところが、アメリカに来てから体温計なるものを持ったことがないことに気がついた。
(アメリカ人は小さな子供さんがいる家庭以外、常備してないことも多い・・そうゆうとこアメリカナイズされてしまってるのか?)


そうだ! こうゆうときこそ、野口流風呂の入り方だ!

風呂に入って、いちおう温度を図ってみようと思ったものの・・

ありゃ、温度計がない!

ターキー用の温度計じゃだめだよな~。

これのこと。
  ↓
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やっぱ、アメリカナイズされてるのか?

ま、いいか~、

適当に。 心地よい体感温度で入ってればいいか!


と、思っても・・・

アメリカの風呂は、ごろーんと寝て入る湯舟だし、沸かせるお風呂ではない!

すぐに冷めるし、熱湯を長く出し続けてると・・出てくるお湯までもが温度が下がってくる。(←古いアパートの特徴)


ま、いいか~。

適当に湯舟から上がってベッドでごろん。

今度は後頭部と首筋を温めるために、ホットタオルを巻いて寝る



そして、さらに本の続きを読みだすと・・


またも、激怒ネコ登場

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「かんべんしてよ~! 今度はなに?」

「きょう1日、なーんも遊んでくれないやんか!! (←ネコ語でしゃべってる)

「熱があって、病気で起きられないのよ~」

「嘘だ! 本読んでるやんけ!」
と、本の上に、どさっとケツを乗せられる。


ひええ~、ま、いいか~!

と、起き上がり、猫じゃらしを振り回し遊ばせる。


「さ、もういい?」と私。

「まだまだじゃい! 今度はネコトンネルごっこだ!」

そんな~過激な~。


ネコを飼っている方なら、ひょっとしてご存じかもしれないが、こうゆうネコのおもちゃがある。
    ↓
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今のとこ、ニャンコセンセーのお気に入り。

この周りを、私も、ぐるぐる走り回りながら、ねこじゃらしを使って遊ばせなければならないのだ。


ま、いいか~。


やってるうちに、目が回ってくる。 息切れ、汗びっしょり。


どうやら、今度こそ、気がすんだらしい。



ふうう。 

喉がカラカラになったんで、ごくごく水を飲んで、また風呂に入る。

また、あの、いい加減な風呂の入り方だけど。


そしてふと思う。

私はいったい何をやってるんだ? と。

同時に、

病気のときの一人暮らしってさみし~よな~と。

ベッドに寝てて、うんうん唸ってる私を、やさしく介護してくれて

「ダーリン! 大丈夫かい! チキンスープを作ったよ! オレンジジュースもあるよ!」と言ってくれる人はいないのだ・・・。
(これ、完全に・・アメリカのホームドラマ(笑)

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そのまま、ネコに煩わされることなく、ちょっともモヤモヤした気分のまま翌日昼近くまで寝る。

起きたら、ぴたっと鼻水が止まって頭痛も止まっていた。 たぶん、熱もない・・と思う。


そして、猛烈にお腹が空いてることに気がついた。(あ、きのうの昼から何も食べてない!)


かぱっと冷蔵庫を開けたのだが・・何もない!

げ! ちょうど何も買い置きがなくなってたんだった。。。

ま、いいか~! (やたら、このフレーズ多くないか?)



さすがに病み上がりで、車を飛ばして外に買い出しに行く元気がない。
(それとも、お腹が空き過ぎてた動けないのか?)


めんどくさいんで、デリバリーピザをオーダーする。

パパジョーンズにオーダーしようと思ったのに、間違ってピザ・ハットにオーダーしてしまった。

うーーむ。 

こんな間違いを犯すとは、きっと熱のせいだ!(←もう下がってたはずでは?)



15分くらいでピザ屋はやってくきた。(ピザ・ハット・・不味いから誰も注文しないせいか?)

どどどど~とネコがドアに突進する。


ピザ屋のおじさん、

「げ! でかネコ!」と叫ぶ、⇒正確にいえば、「わおおう! びーーーぐ、きゃあっと!」だったかな?

「ううーにっ!」(←ネコのヘンな声)

怒ったらしい。


ピザ屋のおじさんの身を守るために、私はネコの前に立ちふさがり、さっと受け取ってさっとドアを素早く閉める。

こうゆうステッカー、英語バージョン、売ってないものか~。

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https://katsumi-art.jp/SHOP/SE-MOU.html


そうなのだ。

やつは、1歳半頃までは、いつも外に行けば、

「わおお! びゅーてぃふる きゃあっと!」と言われ続けていたのだ。


みんなが、見た瞬間に微笑み、みんなが撫ぜたがるネコだった。

「触らしてもらっていいですか?」と聞かれると、ネコの方から首を差し出して、

「ほれ、撫でろ!」ジェスチャーだった。
決してゴロゴロは言わない癖に。

生意気な女優がサインでもしてあげる優越感みたいなものを感じてたんだろうか。


それが、今では誰もビューティフルとは言われなくなっただけでなく、思いっきり

でかっ!と笑われ、ひかれてしまうのだ。

まあ、無理もないのだが・・


人生なんて、そんなもの~♪
そろそろ悟れよ@


私は、ごくごくと冷たいペプシを飲み干し、ピザに、かぶりつく。
美味しいピザじゃないけど、腹ペコの私はお構いなし!


ニャンコセンセーが、かぶっと私の足にかみつく。

な、なんで~?

あ、そうか!


ピザ屋に言われたこと悔しかったのに、ジャンピング攻撃でおじさんを脅せなかったことが悔しいのだ。
私が阻止したために。

今度は私に八つ当たりだ!

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巨ネコが猛烈ダッシュして、目の前にいるおじさんの前でバーン音を立てて、ドアにムササビのようにへばりつく。

これをやられると、外にいる人は、必ず・・ひええ!となる。


その顔をみるのが満足だし、それが喜びになってるらしい。(←ヤツは心が病んでるんかい?)

野口先生は、ペットの整体の本は出してくれなかったよなあ。



それでも、私の風邪は、かなり本格的な風邪だったのに・・
(頭痛、喉の痛み、発熱、フラフラで鼻水がひどかった)

1日半でほぼ通常どおりになった気がする。
(あと1日2日は用心するつもりではいるけど)

ということは、たぶん、基本は間違ってなかったのだろう。



ん? 本当にそうだろか?

ピザ食べてコーク飲んだし・・しかも、油っぽいピザ・ハットのピザだ。(日本のピザハットは知らないが・・)


そこはちょっと疑問だが・・

体を温め、汗をかき、ごくごく水を飲んで何度も風呂に入ったことは確かだ。

熱があっても、もっと熱を上げるようにしたことも確かだ。 決して冷やしてはいない。

これは、すべて、ニャンコセンセーのおかげかもしれない。
(ちっとも風邪ライフを楽しめなかったし・・最後は足がぶりだったが・・)


みなさんも、野口流を試された方がいらっしゃれば、ぜひぜひ、情報交換をお願いします。

私の情報って・・これじゃちっとも参考にならないどころか酷すぎ?かもしれないけど。

LAのメキシコ移民の生き方

タマーレース! タマーレース!


と、きょうもタマレス売りの声がする。


メキシカンがタマレスを売り歩く声だ。


タマレス(tamale)とは

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とうもろこしの粉からつくった柔らかい食感のもので、中にいろいろなものを思い思いに詰める。

スライス牛肉だったり、ミンチ肉だったり、ビーンズだったり、ポテト、チーズだったり・・中身はなんでもいいのだ。

それをトウモロコシの皮で包んだものがタマレス。

メキシコ人たちには日常的な食べ物だ。



それをこういったカートを押しながら売り歩く。

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タマレスだけじゃなくて、彼らは、いろいろなものを売り歩く。


暑い日はカットフルーツ売りもよく見かける。

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たまに、ホットドッグ売りもいる。

メキシカン・ホットドッグ
    ↓
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アメリカの典型的なホットドッグは、ソーセージをはさんだだけで、そこにお好みでレリッシュやオニオンを加えてもらうだけなんだけど、

こんなふうに。
   ↓
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メキシカンのホットドッグは、焼いたソーセージの上に炒めたオニオンやパプリカがたっぷり乗っていて、そのままでも美味しい。


ところが私は、多くの日本人同様に、いまだに彼らからは買ったことがない。

だって、

素手で触って作ってるし~、おっちゃん! 手、洗ってんかい?とか考えると・・つい、買えなくなってしまうのだ。

そこらへんに、どうやら私も日本人らしい潔癖感が潜んでるのかも。


こちらの条例では、食品を扱うときは必ず、頭も、手も・・キャップに手袋をしなければならない。

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ところが、

いかにも清潔そうな顔をして食品を扱ってる日本人でも、

裏に回れば、下に落ちたモノまで混ぜて売ってしまうような人たちも多く見ている。

なので、結局はその人次第ってことだ。

それでも・・なーんか見た目の問題だけで、いまだに買えない私なのだ(笑)



それと、もうひとつ。

路上で売り歩いてる彼らは、おそらくほとんどが無許可営業だろう。
 
カリフォルニアでレストランを開いたり、食品販売の許可をとるのは煩雑な上、かなりお金もかかるのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私がアメリカに住むようになって、最初に驚いたことは、

お金くれ~!と寄ってくる人たちが多いこと。

これはカリフォルニア州だけではない。

ニューヨーク州にいたときも、外を歩いてれば、

「お金ちょーだい!」
「小銭ちょーだい!」

だったし、

ポーチに出て一服しようものなら、

「タバコ1本ちょーだい!」と声をかけられる。

これが日常茶飯事だった。

しかも、声をかけてくる人がホームレスというわけではない。

そこがびっくりだった。



カリフォルニアに引っ越してから、友人と車で食事に出かけたときのこと

友人が車を止めて降りた瞬間に、隣の車からおばちゃんが降りてきて声をかけられた。


その人は、アメリカ人の白人の中年女性だった。(ごくフツーのおばちゃん)


いったいなんだったの?と友人に聞くと、

「なんだか知らんけど・・なんとかがあって、私お金がいるの。 
だから、アンタ少しでもいいから私にお金ちょーだい!って言われた。」


という。

え~!  
絶句。。。

だってだって・・そのおばちゃんの乗ってた車、メルセデスだよ~!

私たちの乗ってる中古車よりも、はるかに高い車だ。

「まず、その車売ってお金を作ることは考えないんかな?」と友人も呆れ顔だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカに住むようになって、いつのまにか10年以上経ってしまったけど、

そうやって声をかけてくるのは、いつも、アメリカの白人&黒人ばかりだ。

一度も、難民・移民の人々からは声をかけられたことがない、ことに気がついた。



カリフォルニアという土地柄は、実にメキシカンが多い。

しかし彼らから、お金ちょーだい!を一度も聞いたことがない。


その代わり、彼らは実によく働く。

1日10時間以上も皿洗いで働いたり、カーウォッシュで働いてたりする。


または、物売りをする。

もちろん、違法だけど、彼らは法なんてモノともしない(笑)

さらに、彼らのコミュニティーの結束は固いという。

何かあれば、法の眼をかいくぐってでも同胞を助けるそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本人コミュニティーもあるんだけど、

日本人は、彼らと比べれば、法は忠実に守る。


以前、気の毒な日本人の若夫婦の話を聞いた。

レストランで働く夫と妻、3歳の子供がいたという。

妻が癌になり、治療費がないため病院では診てもらえず、夫はようやく無料で診察してくれるところを探し当てたものの、
すでに手遅れとなり、その後1か月後に妻が亡くなったという話だ。


それを聞いた、メキシカン男が、

「信じられない! ウチらにはタダで見てくれるドクターがいるよ。 
アメリカの医師免許はとれてないんだけど、メキシコじゃ許可は持ってたし腕は確かなんだ。
それに、カネだってみんながカンパすりゃ、どうにかなるのに。」



そっか~!

彼らには、食品販売どころか医師免許だって、どーでもよかったんだ~。

常に「生きること」が優先なんだ。



彼らは、がむしゃらに働く。

働いて働いて、どうにもならないときは、あっさりと同胞に助けを求める。

同胞もまたあっさりと助ける。

実にシンプルだ(笑)



日本人の中にはメキシコ移民をバカにする人は多いんだけど・・

彼らは文字も読めないバカだとか、

ラードで固めた豆ばかり食べて不健康な食事をしてるとか、

トイレットペーパーを水を流すこともしない汚い奴らだとか、

(メキシコでは排水管が老朽化してるため、使用済みトイレットペーパーは備え付けのゴミ箱に入れることになってるそうだ)



でも、アメリカ人よりも日本人よりも、生きることの意味を一番知ってる人たちかもしれない。
それも本能的に(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

来月バレンタインディが近くなってくると、

また、フリーウェイの出口あたりで、メキシカンの花売りが出るんだろうなあ。

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交通量の激しい車道で、前が見えないほど花束を抱えて売ってるんで、見てる方がびくびくものなんだけど。

とにかく、たくましい!


彼らのボロ車からは、いつでも大音量でマリアッチが聴こえてくる。

そして、いつも、陽気なのだ~♪

子供のおカネの話

子供の教育上の話で、ちょっと思ったこと。


私の会社の同僚で、ご夫婦とも日本出身で、お子さんは9歳?だったかのアメリカ育ちの女の子。


子供さんが学校でお友達から10ドルを貰ったという。

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そのお友達はアメリカ人夫妻の娘さんで、

お母さんから、何かのご褒美だったか報酬だったかは不明なんだけど、
80ドルももらったそうだ。


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それで、仲良しのお友達二人に10ドルづつのお裾分けをしてあげたそうな。

もう一人のお友達というのは、韓国系アメリカ人の女の子だったそうな。


「うちの子は、まだいいのよ!
ちゃんと外で貰ったものもすべて親に報告してくれるから。
だけど、お友達の韓国人の子は、親にも言ってなかったんだって!」



そんでどうしたの?と聞くと


「そちらの韓国系のお母さんにも電話して相談した結果、貰ったお金を返させることにしたの。
事情をアメリカ人のお母さんにもメールして、お返ししますって伝えたんだけど、その返事がちょっとびっくり。」



その返事がこれだったという。


「どうしても返したいというなら、受け取るしかないでしょうね~。
でも、なぜ、返してもらわなければならないんでしょう?

私が娘にあげたお金なので、それはすでに娘のおカネです。 権利は娘にあり、使い道は彼女の自由です。
彼女は仲良しのお友達にお裾分けをしたかっただけかと思いますが、なぜ、それが問題なのか私には理解できません。」




「これじゃあ、まるでお金を返した私たちの方が、娘さんの善意を踏みにじったかのように聞こえない?
だいたい、小学生の娘に80ドルも与えるってそこからして常識はずれだわ~。」



「でもねえ、ここで日本の常識を持ち出しても始まらないとちゃう?」と私


「そうなのよね~、わかってはいるんだけど納得できないの。

そのお母さんはファイナンシャルプランナーだそうで、娘さんもお金の計算は完璧なんよ~。
ウチの娘は、まだお釣りの計算も怪しいってのに~。
それだけしっかりした子だから、小さくても一人前に扱ってるってことなんだろうとは思うんだけど・・

でも、そんなことをしてしまったら、子供ながらにお金目当てで付き合うようになっちゃうことだってあるだろうし、
ああ、やっぱり私には納得できないの!」




私には、どうすべきか?なんて言えない。

それだけの事情しか知らないし、相手がどんな人たちかも知らないのだから。



ただわかってることは、

ここで各国の常識を持ち出したところで始まらない。

また、それぞれの子供の精神的成長度によっても、対処の仕方は違うだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぜーんぜん別の話なんだけど、もうひとつ思い出したことがある。

やはり小学高高学年だったか中学生だったか?の子供を持つ、日本人のお母さんの話。


「聞いてよ~!
うちの息子、私の作ったおにぎりを学校で売りさばいてたのよ~!
呆れてモノが言えんわ!!」


はああ?


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「最近スポーツのあとでお腹がすくから、お弁当にいっぱいおにぎりを作ってって言われて、たくさん作ってたんだけど・・
それを、
日本のトラディショナルおにぎりいらんかえ~! ヘルシーでしかも美味しいよ~って売り歩いたそうよ。
呆れるやら情けないやらで、息子を叱り飛ばしてやったわ。」



「で、息子さんはなんと?」


「そりゃあ、お母さんを騙してたのは悪かったけどさ~、でも、いつも飛ぶように売れたよ。
売るにしてもさ、それなりにテクニックはあるんだよ。決して僕だってラクして売ったわけじゃないよ。

でもね、お母さんの作るおにぎり、すごく美味しい@って好評でさ、だから売れたんだと思う。
料理上手のお母さんを持って僕も嬉しい。」


と言ったそうだ。

息子の方が一枚上手かい(笑)


そのお母さんは、おにぎりの売り上げを息子から取り上げて相手に返却したりはしなかったそうだ。
(たぶん息子の懐があったかくなっただけかと。)

ただし、それ以来二度と余分に作らなくなったという。

つでに、息子には食中毒等の問題点やら、FDAの食品規制などを教え込んだという。



家庭によっていろいろですな~と思う私。

・・・・・・・・・

そういえば、私も子供の頃、

お友達どうしで、お金の貸し借りはいけないとか、売買はいけないとか、親にも先生にも言われてたような気はする。

もちろん、陰ではそれなりに行われてたけどね。
ただし、せいぜい多くて百円程度だったような気がするなあ~。

だからといって80ドルがいけないか?って言われると、そこに金額の線引きなんてできないだろう。


稀な例では、小学校から株をはじめて中学のとき大儲けをして、ビンボー家庭を助けてたツワモノもいたっけ。

こーんなこと、学校側に知れたら大問題だっただろうに(笑)



一方、アメリカの子供たちは労働してお金を稼ぐことには当然だと持ってるし積極的だ。

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カーウォッシュしたり、柴をかったり、食器洗いしたりして小銭を稼ぐ子もいる。
もちろん親からや近所の人からも稼いだりする。



そういえば、一番最初の、娘さんが10ドル貰ったという日本人のお母さん、

あるとき、娘さんに「きょうは私が食器洗うから2ドルちょうだい!」と言われたそうだ。

そのお母さん、即座に「お手伝いでお金をねだるなんて、とんでもないことよ!」と叱ったという。

そう、まさに日本育ちの親の感覚とアメリカ育ちの娘さんの感覚との間に、ギャップがあるのだ。


ここらへんの問題も、なかなか難しいところがある。

アメリカ人は、子供であっても、ボランティアとビジネスとをはっきり分けることが多い。

裕福な親であっても、決して子供にタダでお小遣いをあげることをしないという厳しさもある。(もちろん家庭にもよるけどね。)

クリスマスとバースディ以外、欲しいものは自分で稼げ!という傾向が強いのもたしかだ。


逆に、日本の子供はお年玉というのがあって、あっちこっちでお金が貰えるというと、びっくりされる。

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いったいどんだけ労働したの?と聞かれるはず(笑)



ただ、なーんとなく思うんだけど・・

日本の場合、子供のうちからカネ儲けを考えてはいけない!みたいな風潮が強いような気がする。

だけど実際のとこ

大人になれば、カネが無けりゃ生きられないのだ!
食事だって出来んし電気もガスも使えんのだよ!




私自身は、すっごいバカ娘で、お金ってものを全く考えたことが無かった。

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たまたま音大に入学してすぐの頃、

どこぞの大人に、「音大って授業料どのくらいするの?」って聞かれたことがあって・・

ん? さーぱりわからず、つーか、そんな質問されたことすら、意味わかんね?状態だった。

きょとんとした顔をしてたんだと思う。

「この子、ホントは音大生じゃないんとちゃう?」って不審げな顔をされた。



両親がどんだけの授業料を払ったのかさえ知らなかったのだ。

お金というものに興味さえなくて、そんなこと考えたことすらなかった。

たぶん、学校から授業料の請求書みたいな手紙も来てたんだろうけど中身をみたことすらない。

家の中で一度もお金の話すら聞いたことがなかった。
あ~、これで18歳だったのだよ・・



こんなバカに育ててはいけない!

いやいや、こんなバカになってはいけなかったのだ!


そこで思うのだ。

やはり子供のうちからも、お金の教育だって必要じゃないかと。


それも、一方的に「禁止する」ということではなく、

たとえ、お金の貸し借りからトラブルになったり、友達を失うことがあったとしても

それによって学ぶことだって大きいかもしれない。


そのようなとき、大人がどのようなフォロウアップをするか?ではないだろうか。


将来、賢く、気持ちの良いお金の使い方ができるような子供に育っていって欲しいなあって思う。

フィジカルにフォーカスする占い師さん

2019年が明けて間もないというのに、

「私、今年から天中殺なんだ~。 
だから転職も引っ越しも出来ない。 現状維持のままおとなしく過ごさなきゃならないんだ。」


と言ってる人がいる。


天誅殺?  あ、違った・・・天中殺か 😥
いまだに、そんなこと言ってる人っているんだ~!



そばにいたアメリカ人が、ん?って顔したんで・・

「TENCHU SATSU 日本のアストロジーなんだけど、天の加護が無い時期なんで新しいことに着手しない方がいいって言われてる時期のことだよ。」

と彼にまで説明していた。


「ほんとうはね、今の仕事は私の宿命には合ってないってのに~。」


転職したいのに、占いが気になって転職できないってことらしい。 天中殺だから?
(いっそのこと、天誅殺の方がいいかも!)


天中殺
宿命


両方とも嫌な言葉だ!
つい、ケリを入れたくなる(笑)

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ひと昔前だったけど、天中殺や大殺界などという言葉が流行ったことがあった。
(天中殺も大殺界も同じ意味だろう。)

不運な事が起こる=凶とされている。


そのため、一般的な占いの世界では、

天中殺中は、

結婚しても別れる、新しい事業を始めても失敗する・・
旅行もダメ、転居もダメ・・

なるべくじっとしてやり過ごす時期、と言われるそうだ。



そもそも、天中殺や大殺界は、

四柱推命で言われていた「空亡」という時期を、

日本で生まれた高尾算命術や六星占術などが、「天中殺」や「大殺界」などといった悪い運勢周期として、
世に広めてしまったことから始まってる。

注: 四柱推命では、空亡を凶と意味づけしてるわけではない。
ただ単に「空に戻る」ということ。





私にはまるで、

「人々の恐怖を煽ってXXXする」・・怪しげな宗教のような気さえして、いつ聞いても嫌な言葉に聞こえてしまう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰にだって一生の間には「不運な時期」が訪れることだろう。

人生すべてが順風満帆の人など、滅多にいないだろう。



ずいぶん昔だったけど、占い師さんから、

「この世は十干十二支でできている。 12干12支ではないため天空が2つ欠けることになる。
だから誰でも12年のうちの2年間は天中殺が訪れることになっている。

それは干支において天が味方しない時。
だからこそ、新しいことをしないで、現状維持でじっとしてすごす方が良い。」


という説明を聞いたことがあった。


ふーん、そうゆうもんなんかな~と、当時の私は思ったものだ。
(←わりと素直に受け止めたんだけど・・やっぱり疑問は残ったままだった)


しかし、今では、
これは根本的なことがまったく違う!と思っている。



そう! 私には私なりに見えてきたものがある。



まず、我々が忘れていけないことは、

人はフィジカルとソウルで成り立っているということだろう。



肉体と魂、 現実主義とスピリチュアル、 顕在意識と潜在意識、または肉体とエーテル体やアストラル体など・・

言葉もいろいろ使われてるし分類の仕方もさまざまだけど

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手っ取り早く、シンプルに言えば、肉体(フィジカル)と魂(ソウル)の2重構造が人間だ。

3次元部分と多次元部分って言ってもいいかも。



ところが、多くの人々は、この世に生を受けて現実を生きるうちに、自分のソウルの存在を忘れ去ってしまう。

人は現実を知覚するのに、ただ、目と、耳と、鼻と、口といった感覚&脳だけで知覚し判断するようになってしまうのだ。
(3次元部分でしか知覚しなくなっちゃうってこと)


そして、あたかも現実こそが、実存だし、「正しい」と思いこんでいくことになる。


現実?

そんなものは・・人の意識が作り上げたものに過ぎないのに。


これはもう、2015年6月の記事だったけど・・
    ↓
「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認
Quantum Experiment Confirms Reality Doesn't Exist Until Measured



すでにここまで研究は進んでいるというのに、なぜか、人々の意識は変わらない。 変われない。

長年の固定観点は、なかなか捨てられないのかもしれない。



現実というのは、別の言い方をすれば・・ただのイリュージョンだ(笑)

しかし、魂の存在を忘れて、フィジカルな自分だけで生きてる人々は、

イリュージョンの現実に一喜一憂してしまう。


なんとかこの現実に即して生きよう! 
この世でラクに幸せにと!


そうやって悪戦苦闘するのだ。


フィジカルな存在は、少しでも悪いことを避けようと占い師にお伺いをたてたりする。

で、占い師も、悪いことを避けるためのアドバイスをすることになる。

それって・・ただの「現生利益にフォーカスしてる」だけじゃないかな?


こりゃあ、どっちもどっち。

フィジカルなものしか見てないってことになる。



十干十二支があって気の流れがどうとか言ってるのに・・

なんで根本的なことが欠落しちゃうんだろ!って思ってしまう私(笑)



ソウルの存在を忘れている!



人に悪い出来事が起こるのは「ソウルからのメッセージ」である場合が多い・・と私は思っている。
(悪い出来事だけでなく、病気もまた有難いメッセージだと思っている。 何かに気がつけよ~と。)


それは、

フィジカルな思念にばかりフォーカスして生きている人々へ

自分の生まれてきた意味すら忘れてしまってる人々へ


魂の存在を思い出してくださいね~!
魂とコンタクトとれるようにしてください~。
生まれてきたお役目を思い出してくださいね~!




というメッセージではないだろうか?




実際のところ、ふだんからソウルの声に耳を傾け、フィジカルな自分と折り合いがついて生きてる人には、

天中殺時期だろうがなんだろうが、あまり大きなハプニングは起こらない。


もしも、ハプニングが起きるとすれば・・

それは、ソウルの部分が「思い出させようとしてくれてる」有難いメッセージと受け取るべきだろう。


あなたのソウルからあなたのフィジカルへ。

どっちもあなた自身なのにね~(笑)




なのに、悪いことを避けるために、なるべくじっとしてろ!なーんてアドバイスするってことは、

アドバイスしてる人もまた、フィジカル部分でしか生きていない人ということになる。




人は何のために生まれてきたのか?
とか
人は何のために生きるのか?
とか



そういった問いを投げかけて、普遍的な答えを求めようとする人たちもいるみたいだけど・・

なーんでそんなことするんかな~? と思う(笑)



どうして普遍性を求める?

それは自分自身が一番よく知ってるはずなのだ。



そう、自分のソウルがプログラミングして、肉体を纏って生まれてきたんだから。(←と思ってる)


つまり、宿命なんてない!ということだ。



あるのは、 

生まれてきた目的=お役目


それも自分自身で決めたものだ。

偉い神様がいて、「あんたの次のミッションはこれ!」と与えられたものではない!(←と私は思ってる)




なのに~、人はすぐに天だとか神だとかを引き合いに出しちゃって、

天命や宿命には「従わなければならない!」と思い込んじゃったりする。



命令を下す神も、宿命を定めた神も・・そんなものはどこにも存在していない。

いや、神がいるとしたら、それは自分のソウルの中に個々に宿っているはずだ。(おそらくソウルと一体化して)



なので、私は「宿命」という言葉が好きになれない。


「本当はXXXを望んでたのに宿命だから仕方ない!」という大きな誤解を作り出すことにもなるし、

ネガティブな思いを引き起こす言葉でもあるからだ。


フィジカルな自分は

美しい容姿で生まれたかった

裕福な両親のもとに生まれたかった

日本じゃなくて英国貴族に生まれたかった


なーんて望みを抱いたりするものだけど、

これは宿命なのだから変えられない、諦めるしかない!
と断念させられるような・・

そんな、ネガティブなニュアンスを含んでしまうからだ。



私たちは欲望や夢ですら、イリュージョンの現実に影響されてしまってることが多い。

「フィジカルな自分で見てる夢」に過ぎないこともある。


ソウルの自分はぜーんぜん別のところにあったりするのに。




早い話・・・

両方とも自分自身なのに、ソウルの自分とフィジカルの自分がコンタクトとれなくなってしまってることに問題がある。


しかも、フィジカルさんだけが全面に出ちゃって、ソウルさんの存在すら忘れちゃってるってことが多いのだ。



そこで、

本来の占い師さんのお仕事は、

ソウルのメッセージがわからない人に、意味を伝えてあげること

ソウルとの日頃からのコンタクト方法を教えてあげること


に尽きると思う。



私たちのほとんどは、成長していくとともにソウルの記憶が薄れてしまうことが多いのも事実。

(そりゃそうだ! 現実というイリュージョンを嫌ってほど見せられるわけだから)


それでも、

そこにも、ちゃーんと意味があるように思う。

現生でフィジカルな中にソウルを統合して調和して生きること

そこにこそ意味があるのだろう。




そんなわけで、

私には、天中殺よりも、「空亡」という言葉の方がしっくりくる。

空(くう)に戻るという意味の方が。

空(くう)は、般若心経でもいっぱい使われてる「空」(くう)という意味だと思ってる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あなたたちにも紹介するわよ。 
私の占いの先生、すごく当たるんだから!」


と言われたけど・・


私も、そのアメリカ人も・・返す言葉が思いつかない。


そこで、二人で顔を見合わせてこのポーズをした。

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アメリカは便利だ。

言葉で返すより、ジェスチャーで返すことだってできるんだから。

料理にスピリチュアルを感じるとき

日本のお正月は3日までお休みなんだよね?
いいなあ・・・。


アメリカは元旦の1日しかお休みないです。
2日から仕事、それも山のように仕事が溜まっていて今週はメチャメチャ疲れました。


そういえば・・元日にお雑煮を食べてなかったっけ?と思い出した。
(年末に掃除が終わらず元日も続きの掃除してたため・・なんてこった!)

さっそく買い出しに行き、5日にようやく元日を迎えた気分。



私が子供の頃から家で食べていたお雑煮は、鰹節と昆布でだしをとったすまし汁に鶏肉を入れ、小松菜(またはほうれん草)、なると、焼いた四角いお餅、香りづけと彩りに柚子を少々。(典型的な江戸風雑煮なんだとか?)

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朝からせっせと昆布でだしをとって鰹節を削って・・澄まし汁は絶対に濁らせちゃだめ!と言われた言葉を思い出しつつ
久々にそんな作業を楽しんだ。

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残念ながら、ナルトと柚子が売り切れだったためカマボコを使い、柚子は使えなかったんだけど・・・


お雑煮ほど地域によって、また各家庭によって違うものはないんじゃないかな。


地域によって?


地域を、うーーんと世界レベルまで広げてみる。


そういえば、

アメリカ料理なんてハンバーガーくらいなもんでしょ?とか

イギリス料理はマズイとか、

モンゴルなんて馬乳酒と羊肉しかないとか、


色々聞いてたものだけど・・

それはたぶん、「観光客が一般的なレストランに入った場合」の話だったんだな~って思うようになった。


家庭料理ともなれば、それぞれの地域に必ず美味しいものはある。


アメリカにいることなんで、まずは、こちらの美味しいものでも紹介してみよう!!
それも家庭料理レベルのものを(笑)


アメリカにも様々な家庭料理があって、

私はとくに、

クリーム・スピナッチ
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グリーンビーンズ・キャセロール
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な~んて付け合わせ料理が好き

黒人家庭では必ずといっていいほど・・

カラードグリーンという、付け合わせ料理があるんだけど、
   ↓
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これがまた、私のお気に入り(もちろん作り方にもよるけどね~)
実にコーンブレッドによく合う。


グリーンビーンズやホウレン草など、素材が良ければ、日本のお浸しや胡麻和えにすると美味しいんだけど・・

育ちすぎてアクが強いときはアメリカ家庭料理にしちゃった方が断然美味しい😋

ところ変わればの知恵だと思う。


昔の日本人は、すごく素材の良い野菜を食べてたからこそ、お浸し胡麻和えなんて料理が考案できたのかもしれないね~。



それと、アメリカではパンの種類が豊富で、パンは日本と比べれば断然安いのが特徴かな。

サンドイッチもハンバーガーもパンが命だもんね~。


これは、私の地域では有名なGバーガーというものだけど、お皿の上にこのハンバーガーを載せてナイフを突き立てた状態で出てくる(笑)

お皿にばらすとお皿がいっぱいになる(このままかぶりつくのはさすがに無理!)

野菜も生野菜だけでなく、炒めた種類の種類も実に多い。

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なにより特注のバンズを使ってるんでメチャメチャパンが美味しい。


こちらはベーグル専門店
   ↓
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焼きたてベーグル、それもすごい種類

これで、お好みのサンドイッチを作ってくれる。
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ブラックベリーで菓子パン感覚も
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以前は、アメリカのファーストフード系といえば、サブウェイくらいしか知らなった私だけど・・

「サブウェイなんて、アメリカだってパンがマズイんで有名なんだよ!」と、こちらに来て教わった。


もうひとつ、南ロサンゼルス地域で美味しいものは豆腐だ!


豆腐なんていまどき、どこでも買えるし、大手日系企業の作った豆腐だっていっぱいあるのだけど・・


これは、昔っからLAにある元祖豆腐屋さんの豆腐。 
豆腐がまだ出回ってなかった時代に日系人が始めたという豆腐屋さんのトーフだ。

これはフツーの四角い豆腐で、2ドル50だったかな?
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私のお気に入りは、こっちのsupreme tofu・・ちょっと高めで、4ドル50する。
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日本にいた頃、一つ千円という高給豆腐(桐箱入りだった)を買って食べたことがあったけど・・こんなもんかい!ってカンジだった。
桐箱が高かったんかな?

ところが、アメリカに来てこれを最初に食べたとき、ぶっ飛ぶくらいのおいしさだった。

なんとクリーミーで優しい味・・しかも、大豆ってこんな甘味と香りがあったんだ~!と(笑)

アメリカ人は、これをデザート感覚で食べたりする。



日本のスーパーで買うお豆腐ってすごく安いんですって?

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母によれば、イオンとかいうスーパーの特売では、
「お豆腐一つが10円だったんで買ってみたけど、ちっとも豆腐の味はしなかったよ。」

ということらしい。


ずいぶん昔に「美味しんぼ」というアニメで、LAのお豆腐は美味しい!ってのを思い出して、

あ!これだったのかも!と思った。


ほとんど毎週のように早起きして、このお豆腐屋さんに買いに行くのを楽しみにしている私だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は変わって

まだ90年代に、はじめてモンゴルに旅行したときのこと。

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遊牧民に交じってキャンプで食べた羊料理は絶品だった。

ただし、丸々太った羊を殺すところから始まる料理だけど・・。

ほとんどの観光客はこのシーンを見ようとはしなかったんだけど、私は一部始終を見届けて全部カメラに収めた。
それが義務のような気がして、見なきゃいけないと思った。


遊牧民の解体は見事だったよ!


ナイフ1本と手だけで、一瞬にして頸動脈のあたりをついて絶命させてしまう。(これも地域によって若干の違いはあるらしい)
まるで、仕掛け人・梅安の腕前かと(笑)

我々社会の屠殺方法の方が、なんと残酷なことか!とも思った。。。


解体中、血は一滴も大地に流さないことがルールなんだそうだ。

解体後は、壺のような鍋の中に玉ねぎと一緒に肉を入れて、焼いた石を入れるだけ。
待つこと数時間。

大人の羊には特有の臭みがあるはずなんだけど、まるで無くって、むしろ香ばしい香りに満ちている。

あれほど料理に感謝し感動して食べたことはないと思う。


食べ終わった後、モンゴル人ガイドさんが石を握りながら教えてくれた。

「この石を握ってるとお守りになるんだ。 体を守ってくれるよ。」

料理に使った焼いた石だ。

まだほんのり暖かい石を握ると、命をもらった気がした。


これはもちろん、モンゴルの遊牧民の特別料理なのだ。

特別のお祝いの日か、または特別な訪問者のためのおもてなし料理なんだそうだ。

日頃はめったに家畜を食べることはないし、すごく大切に扱っている。


・・・・・・・・・・・・・・・

その夜、私たちのテントに遊牧民の女の子がやってきた。 
ほっぺの赤い女の子、それでも・・たぶん、15-6歳ってとこだろう。


こんな子だった。
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紙に包んだチーズをくれて、食べるようにジェスチャーで示す。



昼間、友人と二人でこの子の家(家といってもゲルだけど)を訪れて、

日本から持ってきたお菓子をあげたり、ポラロイドカメラで写真を撮ってあげた。

たぶん、そのお礼のつもりだったのだろう。


遊牧民の人たちにカメラを向けると、「ちょっと待って!」ってジェスチャーをして

全員が正装して出てきてしまう。 しかもカメラ目線になるのだ。
(日常をカメラに収めたかった私たちは・・これには閉口したけどね~)


せっかくのお礼。

チーズ嫌いの友人が、申し訳程度にかじった途端、

「なんて美味しいいの! これが、チーズなの!」と叫んだことを思い出す。

たぶん、山羊のチーズだったと思う。
そこんち、山羊がいっぱいだったから。

このチーズ、臭みはまったくなく、むしろ淡泊な味。 なのに後味にクリーミーさが広がっていく。
ヨーロッパのチーズとはまったく違った味だった。

その後、この友人は「チーズはモンゴル遊牧民に限る!」が口癖になった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が行った国は、わずかなんだけど、

どこにでも必ず絶品料理はあって、

それは、必ず彼らの命と繋がってる気がする。


それ以来、料理にも、スピリチュアルなものが宿っていると感じるようになった。
命や心といったもの。

それならば、
マズイはずがないし体に悪いはずもない。



北極圏ではアザラシの肉を犬と分け合って食べるそうだけど、

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極寒の地では、脂身だらけの肉が最高のご馳走なんだという。

たぶん、そこに行ってみなければわからない味だろう。
お取り寄せしても・・味わえない味だろう(笑)



日本にも、料理に込められた思いがある。

特にお正月料理には、スピリチュアルなものが含まれていることだろう。


HAPPY NEW YEAR 2019

 謹賀新年 2019 



いったい今年の干支はなんだっけ?(←すっかりわからなくなってる)

そしたら、香港人の同僚が、PIGだよ!と教えてくれた。

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あ、そうか~! ブタ年かあ!

ん? ちょっと待てよ! ブタ年ってあったっけ?・・・いやいや、イノシシだろ!

と、ここではじめて気がつく。

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http://www.ikeboku.jp/


まあ、ブタもイノシシも一緒だからね、チャイニーズ系の人々はブタ年と呼ぶのが一般的なんだそうだ。

🐷ブタはイノシシを家畜化したもので,分類学上も両者は同じ種(学名Sus scrofa)です。


https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3994

野生なのか、飼いならされた家畜かの違いだけ PIG か WILD PIG かの違いだけだ。



そうか~!!

じゃ、イボイノシシだっていいんだ~!(←新年早々わけわからん。)

ずーーと昔、ケニアのサファリツアーに参加したことがある。

それからってもの、イボイノシシ・ファンになってしまった私だ。

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すっごくヘン顔したイノシシなんだけど・・いっつもファミリー一緒で・・

じーーと見てると、イボイノシシファミリーは笑っちゃうような動作をいっぱいしてくれるのだ。



スワヒリ語で、ジリって言ったよなあ~と思い出す。


ケニア人ガイドさんにスワヒリ語をいくつか教わったけど、今でも覚えてるのは、動物の名前ばっかり(笑)


そんなに嬉しいんかい?
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ベビーはやっぱウリ坊なんだ~。
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がんばって生き抜けよ! ジリ! 負けるなよ!!


ブタさん、イノシシさん、イボイノシシさん・・良いお年でありますように。

もちろん皆さまも!


そしてみ~んながハッピーに暮らせますように祈りを込めて

HAPPY NEW  YEAR

「奇跡」は人の意識が起こす

プロ野球ファンの方に聞いたんだけど・・

もう2012年に引退してしまったのだが、北川博敏選手は、「奇跡を呼び込む男」だったという。

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代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン!

それはすごい!

もう何年も前の話なんだけど、野球ファンにはいまだに語り継がれているという。



アニメやドラマ、映画なんかでは、いつでも奇跡が起こる(笑)


野球ドラマといえば、私が数年前にハマッのはこれだった。
    ↓
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多くの人は「奇跡」はアニメ・ドラマ・映画で起こるけど、現実にはめったに無いと思っているのかもしれない。

だからこそ、そういったものを見ることで感動する。



でも、実際に奇跡は現実でもいっぱい起こってるような気がする。

北川選手だけじゃなくって、誰にでも奇跡を起こすことは出来るんじゃないかな?とも思っている。


奇跡とは絶対起こりえないようなラッキーが起こることだよね?

常識では起こりえない確率ゼロに近いことが現実に起こること、ともいえる。


私は一時、メーデー!:航空機事故の真実と真相というナショナル・ジオグラフィックチャンネルで放送されたものにハマってしまったことがあった。

それをこちらのブログでもアップしたことがあったのだけど、

絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

すべてのエンジンが停止してしまったり、油圧を失なってしまってコントロールも効かないような状況下で、
全員無事(または軽症者のみ)で、死者が一人も出なかったというケースがいくつもあることを知った。

まさに「奇跡」だ。


こちらはハドソン川の奇跡の実際映像から
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そのとき、すべての奇跡ケースに共通しているものがあることに気がついた。


コックピットのクルーは絶体絶命であることを知っている、にもかかわらず・・

●機長をはじめ、コックピットのクルーが冷静。

●コックピットのクルーたちが、それぞれの持ち場を担当しムダがなく働いている

●しかも・・ツーカーのチームワーク

チームワークというのは上下関係がない。
超ベテランの機長に対しても、目下の者たちが即座に注意を促したりするし、機長も不安材料があれば即座にクルーに確認する。

●諦めない。
ダメかも・・なんて言葉は一切使ってない。
ひょっとしたら、心の中では死を覚悟してるのかもしれないけど、最後の瞬間までベストを尽くそうとしてる


これらはボイスレコーダーで確認できたことなので、もちろんドラマ仕立ての作り物ではない(笑)


私はこれを見終わってから、

こういったクルーの意識が奇跡を起こしたに違いないと思ったのだ。


何人もの人々が意識を1つにすれば、何百人の命さえ救う奇跡を呼び込むことが出来るんだ~。



他にも「奇跡」と呼べるニュースをアップしたことがある。


★社員たちの生活が苦しいことを知って、自分の給料を大幅に削って社員たちの給料を大幅にアップした社長の話
その結果、社員たちは感激して「仕事のモチベーション」がぐんと上がり売り上げが倍。

また、社員全員でお金を出し合って社長の欲しがっていた高級車をプレゼント。
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


★スーパーマーケットチェーンの社長を救うため、社員一同、住民一同が一致団結して住民運動にまでしてしまった話。
マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるもの



まだまだ、こういったニュースは頻繁にある。

●難病を抱えた上貧しい生活をしているクラスメイトに、なんとか手術を受けさせようと、クラスメイトが寄付を集めた話。
あっという間に、学校中や地域住民から、手術費以上の寄付金が集まってしまった。

●SNSを使って、虐待された子供やペットの話を載せると、これまたびっくりするような寄付が集まってしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

比較的最近の話だったけど、

奇跡体験!!アンビリバボーというTV番組をみて知った話がある。

これってバラエティー番組なんだけど・・日本ではこういったニュースはバラエティー番組でしか紹介しないんだろうか?


その動画サイトがみつからなくなっちゃったんだけど、こちらがあらすじ
      ↓

貧しい黒人青年の車が突然故障してしまって、明日の引っ越し手伝いのバイトに行かれなくなってしまったそうだ。

急なことなので車で送ってくれる友人もみつからない。

そこで彼は歩いていくことを決心するんだけど・・歩くたって、朝到着するためには危険な夜道を6-7時間は歩きとおさなければならない。(アメリカは危険な獣もいるし強盗も多い)

しかし、この男はそれを実行するのだ。

とぼとぼ歩いていると、そこに遭遇したポリスカー。 事情を聞いたポリスたちは彼の話に感動してしまい、食事をご馳走した上、車で送ってあげる。

バイト先では雇い主が、危険を顧みず歩いてまで来ようとした彼に感動して、それをWEB上にアップする。

それを見た、引っ越し業界の社長が感動して彼に車をプレゼント、さらに大学の奨学金まで集まってしまうという話。




見方によっては・・・

危険な夜道を何時間も歩いて引っ越しバイトにいくなんて・・バッカじゃないの~!

たどり着けたってフラフラで仕事出来んだろ?

フツウだったら、事情を話してキャンセルするだろ!


と思うはず。 

私もそう思ったし、実際、私だったらそうする!


しかし、この男は違った!

それが多くの人を感動させてしまう。

アメリカ人って、単純バカなのかもしれないけど・・こういった話にすぐに感動しちゃう傾向がある(笑)

助けてあげたり寄付をしたくなっちゃうのだ。


その結果、この青年に奇跡が起きる。

オンボロ車に乗っていて、お金が無くて大学にも行けなかった青年に起こった奇跡だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは心温まるような奇跡の話とは違うんだけど・・


パリを中心に起こった黄色いベスト運動のことはご存じだろうか?

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あまり日本では大々的には報道されてないとも聞くが・・クリスマス前のパリの街ではほとんどの店がシャッターをおろしてしまい、
ものすごい有様だったらしい。


この事件の発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。

フランスはエコロジー政策をとっているので空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせることが目的と、
また増税目的もあったのかもしれない。


これに庶民が大反発をしたのだ。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかりだ。


ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだ。

結果的に、マクロン大統領は、最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案を提示することになったという。


パリ在住の人に聞いたけど、そりゃもうひどい状態だったという。

テロさながらの光景が展開されてたそうだ。


もちろん純粋にデモや運動を起こそうとする人たちだけでなく、そこには強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たち、テロリストだって混じっていたことだろう。


それでも多くの庶民が大反対をしたことは確かなことだし、そもそも最低賃金が15万円程度じゃ食べていくのもギリギリのはずだ。


ここで・・ふと思ったのだ。

もしも安倍総理が、日本で同じことをしたとして・・率先して運動を起こす人はいるのだろうか?

多くの人から賛同を得て運動が広まっていくのだろうか?



現在の日本の最低賃金を知らないので、ちょっと調べてみた。

最低賃金を値上げすべき「本当の理由」

これによると・・

現在の最低賃金は、もっとも高い東京都で958円。全国平均は848円となっている。


私はこの事実に愕然としてしまった。。。

LAだって2018年は11ドルだよ。 来年はもっと上がるはずだし・・


東京って、ロサンゼルスやパリと比べて家賃も安く物価も安かったっけ?

昔住んでいた頃を思い出してみても、決してそんなはずはない気がするのだが・・。



それで、どうして日本では大規模な運動が起きないのか?不思議な気がしてならないのだ。



もちろん暴動、破壊、流血騒ぎを弁護する気はさらさらないけど・・

結局のところ、今の日本では、マクロン大統領のような妥協案にこぎつけるどころか、

不平不満を言いながらも国民は政府のなすがままに黙認してしまうような気がしてならない。


おそらく日本では

「最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案」なんてことは、

天から降って湧いた奇跡にしか思えないのかもしれない。

「奇跡なんて起こるわけない」と思ってる人が多いのかもしれない。



小さなことにも感動して運動を起こす、寄付をするとか

または一致団結して成就させるとか・・


それはアメリカにも多くある出来事だ。


「奇跡」はそのようにして、人々の意識が起こすことだと思っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

奇跡体験は私にもいくつかある。

絶体絶命のとき思いがけずに救われたことが何度かあるし、数年前には車をプレゼントされるという経験もあった。


そう、新車をぽーんと!


ちょっとばかしお金持ちのボーイフレンドでもいれば、それほど驚くことでもないんだろうし・・

下心満載の男が女にプレゼントするなんてのも、まあよく聞く話。

それに、歌舞伎町あたりのナンバーワン・ホストだったら、そんなことは日常茶飯事だろう。


でも、まったく赤の他人から、ぽーんと!数百万もするプレゼントなんて、私にとっては奇跡としかいいようがない(笑)


当時の私の悩みの種は車だった。

かなりマイル数がいってる古い車でもなかったのに、頻繁に故障するので修理し続けて乗り続けていた。

働らけど働けど・・修理代で飛んでいく~。

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新車に買い替える余裕はないし、かといって似たような中古車を買ったところで、それがまた故障続きともなれば、もっと後悔することにもなる。

10万マイル以上の古い車でさえ、故障ひとつしない車だってあるのに・・なんで私の車に限って?

でもねえ・・
悩んだところで仕方ない!

ま、起こることは仕方ない!(←諦めて笑うっきゃない!の境地だった)



その頃、アルバイトで90歳になる老人にピアノを教えに行ってた。
彼は日系アメリカ人だ。


その老人が、

「そんな故障だらけの車はやめて新車を買いなさいよ。 
いちいち車の故障でレッスンを延期されるのは僕もたまったもんじゃないし・・キミの顔を見られないのは残念だからなあ。」
と笑って言う。


私にはお金が無いんだよ~!と言うと、

「なーんだ、そんなことなら僕が払うから好きなの買ってらっしゃい!」と言う。


「おいおい! ハンバーガーをおごってくれるのとはわけが違うんだよ! もうろくしてもらっては困るよ。」と私。


「なに、ハンバーガーも車も似たようなもんじゃ。 それ、善は急げだ!さっさと行って好きなのを決めてきなさい。
決まったら、すぐに小切手を書くから。」


年寄りは気が短くっていけない。


私は断固として断った。

私とその老人の関係は、ピアノ教師と生徒というビジネス関係しかない。

それも数か月前からの知人でしかない。

どんなに私が瀕していようとも、数百万もするような車をぽーんと買ってもらう謂れはないのだから、どうにも気分的にすっきりしない。


さらに彼の家には、何人も日本人のお手伝いさんやら、デイ・ケアの人たちが出入りしている。

彼の小切手帳を管理しているお手伝いさんがいるわけだから絶対気づかれないわけがない。
彼女たちの目を恐れたのも理由のひとつ。

そんなことで後ろ指をさされたくないからね~。


しかし、老人は言い出したらきかない。

「なんで、見も知らない私のために、そこまでしてくれようとするの?」と私。

「それはキミが車を買えないで困ってるからだし、僕には車を買うだけの余裕があるからだよ。」


「ああ、もう! そうゆうことじゃなくって~。」
と私。

「そうだなあ・・・僕は若い頃、エルビス・プレスリーが好きでね。
エルビスは後年似たような事を多くしてるんだよ。 僕もそれにあやかりたくなったのかな。 えへへ。」


えへへ・・じゃないだろーが!


「億万長者でもないくせに~。 それはムダ使いだよ。」

「いや、好きな新車に乗れば、キミは安心だし嬉しいって思うだろ?
それを見た僕だって嬉しいもんだよ。
ささやかな老人の幸せを、キミは踏みにじるのかい?」



え? なんで、そうなる? 


その晩、じっくり考えた。

プレゼントされるなんて、こんな嬉しいことは無いのに・・私が嫌がる理由はなんだろう?と自問自答してみた。

そのうち見えてきた。


私の心の底にあるものは・・

おかしな常識とやらに縛られていること。

人目を気にしてること。

思いがけないラッキーに飛びついたら、あとで悪いことが起こるんじゃないかという不安。

なんでも自力でやらなきゃ、ダメだ!というプライド。




どうして素直に喜んで、感謝いっぱいの気持ちになれないんだろう?


そう思ったとき、

人の好意を喜んで受けられない自分、はねつけようとしている自分が醜いように思えてきた。



同時に、昔見た映画を思い出していた。

Pay It Forwardという映画だった。

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ペイ・フォワード 可能の王国


翌日、私は老人に電話して「喜んで車買ってもらうね!」と明るい声でいった。


そして小切手をもらい車を買いに行った。

まるで、ハンバーガーでも買うようにお持ち帰りした。



その後日談だけど、やはり厄介ごとも起こった(笑)

私が新車を買ってもらったことを知ったらしく、日本人のお手伝いさんやデイ・ケアの人たちが露骨に豹変したのだ。

日本人グループは怖いっす!

アメリカ人もいたんだけど、彼らはいつもと変わらない対応をしてくれる。 

これもアメリカ人は個人主義だから? 人のことはどーでもいいじゃん!と思ってるからかも?




まあ、そのくらいのことは予期してたことだけど、


なんと・・

日本人グループの何人かが集まってポリスレポートまで提出したそうだ。(つまり、警察へ訴えを起こしたってこと)


容疑は「私が老人を騙して新車を無理やり買わせた」ということになってたらしい(笑)


その後、老人から電話があり、

「心配いらないよ! 僕の意思でしたことなんだから、警察に事情を話して取り下げて置いたからね。
まあ、彼女たちのことはほっときなさい。 ジェラシーが起こしたことなんだから。」
と、笑っていた。

彼女たちを解雇しなかったという。


大物だなあ。


むろん、私もちーーとも気にしてない。

私は車以上の、Pay it forwardという、大きなプレゼントを彼からもらったのだから。


その数か月後老人は亡くなった。


私はちょうど本を読んでいたのだが(またも、池波正太郎さんの時代小説

その小説の一節に、

ある男が人から親切を受けて、感謝のあまりワンワン泣き出すシーンがある。

周囲の人は驚くやら可笑しいやら・・・
「あれまあ、大のオトナがあんなに大泣きするなんて。」

たとえ嬉し涙であったとしても、人前を憚らることなく感情を放出してしまうのは、大人としてあるまじきこと、恥ずべきことだったのだろう。・・・まして武士ならば。

しかし、別の男が言う。

「それ、よく見よ! これこそが本物なんだよ。 こうゆうとき、大泣きできる男かどうかで人柄が出るものだ。」と。


このとき、この小説のこのシーンが、まるで私のために語られたような気がした。



私は今でも、すっごく大きなプレゼントをもらったと思っている。

まさに「奇跡とよべるプレゼント」を!



そして、奇跡は誰にでもどこにでもあるものだと思うようになった。

人の意識は「奇跡」も作り出してしまう。

そこには確率計算なんて及びもしないものだ。

個人主義か集団主義か_レストラン事情でみる

皆さんは、飲食店で働くウェイターやウェイトレスさんに注目したことはありますか?
(注釈:ルックスじゃなくって職業として)


私は日本に住んでいた頃はあまり気にしたことがなかった。


これは、こちら(南カリフォルニア)で働くウェイトレスさんから聞いた話。

このウェイトレスさんは40代半ばくらいの日本人女性なのだ。


「私、渡米してきたばっかりの頃は英語が得意じゃなかったから、日系のレストランで日本人ばかりの中で働いてたのよ。
当時は、毎日10時間から12時間も働いてたわね~。それでも生活が苦しかったし疲れがとれない日々だった。

そのうち、英会話力をアップさせて、アメリカのレストランに変わったら、断然生活が向上していったの。

日本社会はウエイトレスのチップさえ全員で分けなけりゃいけなかったけど、アメリカは完全に個人のものでしょ。
私は、そういったアメリカの個人主義の方があってるのよね~。」



この彼女、現在はどんな生活をしているか?というと

もちろん、ウェイトレスをやってます。

収入は月平均5000ドルくらい。
しかも、勤務時間は1日せいぜい5時間程度で、半月くらいしか働かないのだ。


うわお! ウエイトレスさんてそんなに高給取りになれるんだ~!とびっくりしたものだ。



アメリカではウエイター・ウエイトレスさんは最低時給しかもらえない。
(最低時給: 2018年カリフォルニア州では、従業員25人までの店では$10.50で、それ以上は$11.00)

つまり、全部お客さんからいただくチップで大半を稼いでしまう。



ここで、アメリカのレストラン事情をご存じない方のために、簡単にお伝えしておこう。

レストランで飲食した場合、お客はチップとして通常15%~20%を払う。

ただし、これはあくまでも一般的目安なので、チップはお客の気持ち次第でいくらでも変わる。


レストランで働く職種は

★マネージャー・・お店全体を管理する人
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★レセプショニスト・・お客様の予約・受付、席へのご案内など(ただし小さなお店では置いてないこともある)
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★キッチン・シェフ、または、そのアシスタント(厨房で働く人)
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★ウエイター・ウエイトレス(給仕係)・・担当テーブルが決まっている。
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★バスボーイ(お客さんの飲食後の食器をさげてくる人)
[TGI Fridays] Busboys


★食器洗い&お掃除専門の人(南カリフォルニアでは英語の通じないメキシカンが担当してることが多い)
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この中でお客さんからチップを貰えるのは、基本的にウエイター・ウエイトレスのみ



一方、日系飲食業界では、ちと違うことが多い。

残念ながら、悪い評判を耳にすることも実に多いのだ。


それは、


●とにかく薄給(ウエイター・ウエイトレスはチップで稼ぐために最低賃金だけど、シェフも最低賃金で働かせる店もあるとか?)

●オーナーが公私混同(解雇も胸三寸で決められるし、独断的・横暴なんだとか)

●自分の仕事以外のことまでやらされる(ウェイター・ウエイトレスが食器を下げたり洗ったりなーんて・・)

●せっかく稼いだチップも全員で分けられてしまう。(もちろん、これはウエイター・ウエイトレスからのクレーム)




こうゆうことを聞いたとき、

え? オーナーが横暴なマネをするなら訴えればすむことだろ~が!と、私は思ったのだが・・

日本から来たばかりの人たちは、英語が得意でない場合も多いので、なかなか訴訟を起こすことも出来ない。

すぐにでも生活資金が必要なため首にされたら困る!という事情がある。

さらに、違法ビザで働いてる人の場合、最低賃金を下回る時給で働かされることになる。
(そもそも雇用するのが間違いなんだけど、店側は安い賃金で働かせられるから平気で雇ってしまうんだとか。 やれやれ。)


その結果、従業員はオーナーの顔色を伺いつつ横暴にも耐え抜き、オーナーはますます専制君主のようになっていくらしいのだ。


そうゆう店は、とにかく、人の移り変わりが激しい!

料理もイマイチな味のとこばかり。(そりゃあ、プロフェショナルなシェフだったら働かないだろうし~)


それでいて日本食は料金が安いわけでもないので、私はめったに日系レストランには行かない(笑)

同じ日系レストランでも、ハリウッドあたりの高級店ともなればまた別のはなしだけどね~。



以前、こういったオーナーから、こんな事を聞いた。

「アメリカの店ってのは、自分でもらったチップは全部自分のものにしてしまう。
うちの店ではそういったアメリカ人の個人主義ってのは嫌いなんだよ。 日本人なら、みんなで分け合うべきだ!」



ん? それじゃあ、儲けはみんなで分け合ってるんかい? ほとんどがオーナーさんの懐では?

で、最低賃金で働くウエイター・ウエイトレスのチップだけ分け合うってのは、ちと違うだろ!・・・と私はツッコミを入れたくなる。。。




おっしゃる通り、これはレストラン業界に限らずアメリカは個人主義の国。 日本は集団主義の国ともいえる。

こんな図があるくらいだ。
  ↓
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http://ibunkakukan.blog.jp/individualism.html


そこで、先ほどの高給取りのウエイトレスになった女性の話を聞くと、なかなか大変な努力をしているのだ。
(そんなの当たり前のことよ!と言われてしまったけど。)

●すべての料理や飲み物を覚えるだけでなく、料理やその材料の知識も、さらに自分の舌でも学んでいる。
ワインのテイスティングも出来るそうだ。
すべて自腹を切って勉強したという。

●お客さんの要望、状況を判断して、シェフに様々な個別指示を出すこともある。

●お客さんの空気を読んで話術でハッピーにするように心がける




ウェイター・ウェイトレスというのは、料理を運ぶだけの仕事ではないらしい。

さらに、一番お客さんと身近に接するだけ、さまざまなことをマネージャーやオーナーに提案することができる立場でもある。

料理のメニュー、インテリア、料金などに至るまで・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、私もアメリカのレストランで特別サービス?を受けた経験がある。


レストランがかなり混んでいたせいか、なかなか次の料理がこないことがあった。

私、超不機嫌(←お腹がペコペコだったもんで・・)、たぶん、怒った顔をしてたんだと思う。

ようやく料理が終わると・・ウェイトレスがやってきて、
「さあ、デザートは何にする?」と聞かれる。

「いえ、もうお腹いっぱいだから結構!」

「これは私のおごりよ!きょうは混んでて待たせちゃったおわび!
レディーはね、デザートは別腹って言うでしょ?」
と、ウインクされた。


それだけで、私はにっこにこ。 

もちろん、デザートを平らげてしまい、帰りには過分なほどのチップを置いてしまった(笑)

やれやれ~、ちゃーんと私の不機嫌な顔をみられてたってことだ。
しかも心の中を読まれてたらしい。(超恥ずかしい~)

さすがプロだよな~と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ウェイターが良くなかったという例もある。


友人と二人でステーキを頼んだのだが、私たちは、ミディアムレアを指定した。

これがミディアムレアだと思うのだが・・
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にもかかわらず、ナイフを入れると、だーーと血が流れ出る。

おいおい!これって、限りなく生に近いレアだよ!と、もう一度焼いてもらうようにウェイターを呼ぶ。


しばし待って・・・
今度やってきたのは、ナイフを入れると、ピンクの部分がまるで無いステーキ。

こうゆうヤツ
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おいおい! これじゃ限りなくウェルダンだよ。

友人が、ウェルダン(Well done)じゃなくてbadly(悪く)doneだ!とジョークを飛ばす。


またもウェイターを呼んで、お皿を変えてもらう。


三度目にやってきたのは、ミディアムだった。

正確にいうと、これはミディアムレアではない。


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シェフの技量不足なのか、ウェイターがいい加減なのか?


「きっと、ここの店の常識ではミディアムレアも、ミディアムなんじゃね?」

「いや、ミディアムレアって言葉を知らないのかも。 もう面倒だから妥協すっか!」

「これならまあ、食べられなくはないし・・これ以上待つのはうんざりだもんね。」



こうやって「妥協ステーキ」を二人で黙々と食べているところに、フロアマネージャーの女性がやってきた。


ブロンドの髪を束ねて黒っぽいスーツを着た女性だ。(すぐにマネージャーとわかる!)


「ステーキーのお皿を3度も取り換えさせたそうですが、何か不都合がありましたか?」と聞かれた。

私たちは、はいはい。実は・・これこれしかじかで・・と全部話した。


「それは、とんでもないことです。大変申し訳ありません。
少々お待ちいただければ、今度はミディアムレアをお持ちします。」


「いえいえ、このミディアムなら、まあ食べられるからいいですよ! それにもう、半分以上食べちゃってるし・・これ以上待ちたくないし~」


「それでは、せめてものお詫びに、お二人が本日食べたステーキは無料にさせて頂きます。」



さ、さすがはマネージャーだ!


ここのレストランのウェイター&シェフはダメダメらしいが、マネージャーさんは全テーブルにしっかり目を光らせてる人だったらしい。


でもチップは10%程度しか置かなかった、「それでも多いくらいだぜ!」と友人に言われた!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのほか、ウエイター・ウェイトレスには様々なことをお願いできるのがアメリカのいいとこだ。


「私、付け合わせのグリーンビーンズもニンジンも嫌いなの。 他のものと変えてくれる?」


「あらあら、まるでウチの息子そっくり(笑) それじゃあ、ブロッコリーかズッキーニは好き?」



などと、軽口をたたきながらも、出来る限りのことを彼らの一存でサービスしてくれるものだ。



私がいつもお願いすることは、ソースやドレッシングは横に添えて持ってきてね!ということだろう。


ほとんどのファミリークラスのレストランでは、ソースやドレッシングをかけ過ぎていることが多いのだ。


これなんか、ブラックベリーソースだけど・・完全にソースのかけすぎ。
     ↓
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だけど、一流店にいけば絶妙のソース・バランス(野暮な注文をする必要はないのだ。)
     ↓
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まあ、こんなところがアメリカのレストランの面白いところともいえる。


とにかく店によって違う。 実にピンキリ!

たとえB級グルメの店であっても良い店は限りなく良いし、悪い店は限りなく悪いという傾向は強い。



ところが、日系レストランにいくと、ほとんどが、どこも同じ。

ウエイター・ウエイトレスは敬語で話すけど(もちろん日本語)、特別なことはしてくれず料理を運ぶだけって傾向が強い。


アメリカの場合、気軽なレストランだと完全にタメ口のとこだって多い。

(それを失礼と感じるかフレンドリーと感じるか?)




こういったところが、先ほどの集団主義か個人主義かの違いとなって現れるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・


アメリカに来たばかりの頃、ベテランウエイター・ウエイトレスに、こんな質問をしたことがあった。

かなり突っ込んだ質問だったと思う(笑)


私:「日本人の接客業はほとんど敬語で話す傾向があるんだけど、アメリカではほとんどの場合フレンドリーに話すことが多いの?」


ウェイター:「それは相手によるね。 カップルで来て二人きりで話したい人、また仕事関係で深刻な話をしにくる人もいるし、常に敬語で話されることに慣れてる人もいれば、また逆のタイプの人もいる。
一人で退屈してる人、寂しげな人もいるしね。

だから相手をみて、空気を読んで対応するだけだよ。
結局、お客様に気持ち良く、しかもハッピーになって帰ってもらうことが我々の仕事なんだよ。」




チップについても質問した。

私:「多額なチップをもらって、全部自分の懐に入れても構わないの?」

ウェイター:「そりゃ、当然!  だけど実際には、それは人による。
僕は、バスボーイにも、いつも僕の席を素早く片付けてくれてありがとう!って一部を渡したりもするし、シェフに無理なお願いをしたときなんかは、ありがとう!お客がすごく喜んでいっぱいくれたから、お裾分け!って渡すよ。

だってさあ、その方がみんな嬉しいし、モチベーションだって上がるじゃない?
それに、それぞれの持ち場の協力があって働けるんだよ。

お客が満足して、ありがとう!ってたくさんのチップを貰い、僕もありがとう!ってチームのみんなに渡したくなっちゃうもんさ。
みんな、持ちつ持たれつ! だから、僕はこの仕事が好きなんだ。」



あらら・・

個人主義のアメリカ人から、「みんなの協力」とか、「チーム」とか、「持ちつ持たれつ」なんて言葉を聞けるとは・・

当時の私は思ってもみなかったことだった。



ここで、ふと、先ほどの日本人オーナーの言葉を思い出す。


「自分でもらったチップだから全部自分のものというアメリカ人、アメリカの個人主義は嫌いだ

と言ってた、日本人オーナー。


これって・・・

個人主義とエゴイズムを一緒くたにしちゃってるんじゃないかな?



さらに言えば

「誰だって儲かったものは独り占めしちゃうに決まってる。それが人間ってヤツだ!」という認識しか出来ない人ともいえる。


おいおい!自分がそうだからってすべての人がそうじゃないんだぜ・・と私はまたもツッコミたくなる。



ここで一番の問題は、

強制的に「チップは皆で分け合うこと」という法を作ってしまうことにある。

「分け合う精神」を法にしたり、システム化してしまうことは、根本的に違うんじゃないかな?



そんなことをしたところで、形だけみんな仲良しが出来上がっても、心の中は不満だらけってことになりかねない。


形だけ整えば、それでいいんかい!




本当にプロフェッショナルな人は、上の図にあったような、集団主義も個人主義も関係ないようにみえる。

たとえ、最終目的が自己実現にあったとしても、それが調和と総意なくてしては実現しないことを彼らは知ってるし・・

エゴイストでいては、自分のスキルさえ磨けないことだって知っているのだ。



むしろ、初めから「集団主義を敷いてしまう体制」の方が、エゴイスティックな人間を作り上げてしまうのではないだろうか?


形だけはみんな一緒、みんなで仲良く。

出る釘は打たれるから、あまり意見は言わないようにして。

でも心の底では、人のことなんか構うもんか!というどす黒さを隠し持ってたりする。



それじゃあ、お店も良くならないし本当のチームワークなんかあるわけもない。

人を幸せにする以前に、働く人すべてが不幸ってもんだろう。



だからか~。

こういった日系レストランは人の入れ替わりが激しくそして店もすぐ潰れる。

で、また、すぐに新しい店が出来て潰れるの繰り返し。 エンドレスなのだ。



まあ、どんな事情があろうとも、そんなレストランで働くのは止めた方がいいんじゃね?と、私は思う。


オーナーの顔色を窺って、安~い時給で10時間も12時間も働かされて毎日疲れきってるとしたら・・

それは、自分をすり減らしていくだけだろう。

ますます自らの運を下降させてくようなものだ。



仕事とは?

それは大好きなものであり、プライドを持って働けるもの
こそが仕事だと思っている。


昔々、好きなことをするのは仕事じゃない。それは遊びか趣味だ・・と豪語する人がいたけど、今ではそんな言葉はクソだと思ってしまう私だ。



まさに、あの転職したウェイトレスさんのように、

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「私はこの仕事が大好きなの。 
ときには、英国の古きバトラーのように振る舞い、時にはお母さんやお姉ちゃんのように振る舞い、ときには友達のように振る舞える仕事って他にないでしょ。
 
学ぶことは多いし毎日が新鮮そのもの!
人を幸せにする仕事って最高よ!」


彼女から、いつもキラキラする「大好きオーラ」がこぼれてくる。


彼らはこのように、好きな仕事にプライドを持って働いているのだ。


このようにして、

プロフェッショナルなウエイター・ウエイトレスがいる店はますます繁盛し、そして彼らには、ますますチップがいっぱい入ってくることになる。

持ちつ持たれつの相乗効果



ところが、

残念ながら、日系のレストランのウェイター・ウエイトレス、シェフまでも、自分の職業をあまり人には言いたくないんだそーです。
(人から低くみられる職種なんだとか・・)


・・・・・・・・・

こういったことから、同じ職業を持っていたとしても、人の人生は大きく変わっていってしまうのかもしれませんね。


さて、ブラック企業で働く方々、そんなとこ、さっさと蹴とばして辞めて、より良いステップを踏み出していただければと思います。

そうゆう人には、必ず追い風が吹いてくるもんです。



個人主義、大いに結構!

私はむしろ、人は個人主義から出発して集団主義の良いところを取り入れていくような気がしています。

先ほども言ったように、最初っから「頭ごなしの集団主義」なんてウソだと思ってます。




あ!そうそう・・

だからといって待遇のいい高級レストランにいきなり変わるってのは、なかなか難しいらしい。

いくら高スキルを持っていたとしても・・なかなか空きが出ませんから。

半月で5千ドルも稼げて楽しく働ける店、そんなところでは、人はほとんど辞めたりしないそうです。


そりゃそうだ~!(笑)

年をとって丸くなる(メロウになる)

「マーロウさんは、昔と違ってずいぶん丸くなったなあ。」と、会社の同僚が言った。

私はその会社に昔からいるわけではないので、昔のマーロウさんは知らないのだけど、

「怒った顔を見ることも愚痴を聞くこともなく仕事は有能で親切な人」というのが、マーロンさんの印象だ。



学生アルバイトが仕事で大失敗をやらかしてしまったときも・・

「やっちゃったことは嘆いても仕方ないんだから、今はまず、どのようにそれをフォローアップするかだよ。」

と言って、彼が実際にやりながら解決方法を教えてあげていた。


「なかなか大変なもんだろ? だから、とくにこの部分は注意深くやらなきゃならないんだよ。
二度手間になるのは非効率的だしね~。 めんどくさいもんね。」
と、にこやかに教えてあげている姿を見たことがある。


学生アルバイトは、それからすっかりマーロウさんファンになってしまい、

「彼のおかげですごく勉強になったよ。 こういった問題解決の方法も学べたし、どこを気をつけるべきかもわかったんだから!
彼は素晴らしい人だね。」


と私に言ったものだ。


しかし古くから知ってる同僚によると・・

「とーんでもない! 
マーロウは完璧主義で自分の仕事はきっちりやるけど、部下がミスすると手厳しかったんだぜ。
露骨に不愉快な顔をしてビシビシ文句を言ってたもんだ!

オマエがミスしたんだから自分でなんとかしろ!それはオマエの責任なんだからな! 俺はノータッチだ。
って怒りまくってたのを何度も聞いたぜ。

それがどうだい! 年と共に、ずいぶん丸くなったなあ。 人って変わるもんだね~。」



ひええ。 そりゃ、知らなんだ~!



ちなみに、これは英語で話してるので、「丸くなった」というのは、私がここで日本語にして書いただけだ。


英語だと、実際にはこう言っていた。

He got mellow in his old age.


そう、メロウという言葉を使う。


メロウというのは、日本語にもなっているので知ってる人も多いだろう。

メロウな旋律とか、音とか、雰囲気とか。

また、英語では、熟成された美味しいワインに使われる表現でもある。

こんなふうに。

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「年を経て熟成されることで、まろやかな口当たり、芳醇な香り、そして深みのある味わい」に変わっていくワイン

人もまた年を取ることで深みを増して、そんな味わいに変わっていくのだろう。



私はアメリカに来て年を取るうちに、

こういった日本語と英語の言葉の感覚にだんだん敏感になった気がする。


日本の美しい表現に今さらながら気がついたり、逆に英語の美しい表現もあって・・

どっちも素晴らしいなあ!と、しみじみ思ってしまうのだ。




日本語の「丸くなる」という感覚。

ネコはこたつで丸くなり

人の性格も丸くなる

日本的な感覚が「丸くなる」
それは視覚的なイメージなんだね~。
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英語の感覚「メロウ」は、ワインのように熟成されて柔らかで深みのある口当たりかあ。
ということは、味覚からくるイメージなんだね~。

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面白いなあ~!


今さらながら、こんな面白い違いをしみじみと感じてしまったんだけど・・・

そもそもMellowなんて単語や言い回しは昔から知ってたはずだ。


日本で英語を学んだ頃から知ってたのに、こんなイメージの違いに気づきもしなかった。

またその当時、誰かにこのイメージの違いを教えてもらったところで、

だからなに?だっただろうし、若い頃の私は気にも留めなかったことだろう。



それが、この年になると、日本語や英語の言葉の違いに妙に敏感になり、

それぞれの言葉のイメージが鮮烈に広がっていって、そんな些細なことに気がついたり、

わおお!と、感動すら覚えるようになる。

言葉ってすごいなあ!と思う。


いやはや、まさに私も、メロウだか、丸くなったんだか(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「年をとると丸くなる」というのは、日本だけで言われることかと思ったら、なんと英語でもある。

英語で、「なぜ人は年をとると丸くなるのか?」と、ググってみると、いくつも出てくる。(もちろん、become mellow with ageでググってね。)


たぶん、万国一緒!


また、日本の昔の時代小説を読んでいても・・
「年を取ってまるくなったようじゃの!」とか、「年よりは涙もろくなっていかん!」とか。

そういった表現が多く出てくるところをみれば、

たぶん、時代も関係なく一緒!

ということらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どこの国の人も昔の時代でも・・

きっと、人は年をとると丸くなっていくものなのだろう。



ところが、どうも最近は違う話も聞く。

「とんでもない! ウチの両親は年を取ったらひどくキレやすくなって、毎日のように文句を言うし、頻繁に役所にだってクレームの電話をしてます」

とか、

「ウチの父は、年を取ったら、すごく我儘で頑固な人間になりました。 しょっちゅうイライラしてます。」

こういった事を言ってる人たちも多い。


うーーむ。

そういえば昔だって・・

「年を取って頑固になる」ってことも聞いたことがあったなあ、と思い出す。


それにしてもだ!

最近は「年をとって頑固で意地悪くなる」ような人たちが、ものすごく増えてきてるような気がする。。。



さらに・・こんなことをいうご年配の方もいた。

「ワシは、年をとって丸くなったりなんか絶対するもんか! 年をとったからって、言いたい事がはっきり言えなくなってどーする!
そんな年寄りは、年をとって事なかれ主義になっちまった腰抜け野郎だ!」



うん、そりゃそうだ!(笑)

でも、 こ、これは、ちと「丸くなる」の意味が違うんじゃないかと。


たぶん、角が取れて「丸くなる」という意味を、「事なかれ主義とか」「見て見ぬフリをしちゃう」とか、
そっちの方に捉えてしまってるんじゃないかなあ。
(だから日本語は言葉は難しいともいえるんだけどね~)


ここは、また英語のメロウを持ち出すことにして、

「年齢とともに熟成されて、深みを増して柔らかくなる」ということが、「丸くなる」ということではないだろうか?


マーロウさんのように、若い頃は人のミスをみつけて怒り、叱り飛ばしてたのに、

今では、怒りよりも冷静になれるようになって、しかも相手にちゃんと理解させることが出来るようになった・・ということではないだろうか?
 
もちろん、若いときのマーロウさんだって「善悪」からすれば、何一つ悪いところはない。 まさに正論なのだ。

しかし、それでは・・相手を責めて落ち込ませるだけで終わってしまう。

それが今では、言葉の一つ一つが相手の心にちゃーんと浸透していくようになり、
「相手にも理解させられるようになった」ということではないだろうか?

それこそが「丸くなった」=「メロウになった」ことだと思うのだ。


これはオフィスで働く人だったらよーくわかると思うけど・・なかなか大変なことなのだよ。

自分の仕事だけで手一杯な状況で、少しでも自分の仕事を減らしたい!人から押し付けられたくない!と思ってる人が多い状況で、
それを、業務命令でもないのに、自分の時間を割いてまで教えてあげることがいかに大変か!

仕事なんて、無知な人に教えるよりも、さっさと自分が処理してしまった方がずーーと早く片付くのだから。




本来の意味、「丸くなる」とは、そういう意味なんじゃないかな?


なので、本当は心の中で怒っていても笑顔でカモフラージュできるようになるとか・・、

どうせそんなもんさ~と、なんでも諦めてしまうようになるとか・・

そういった事とは「根本的に」違うと思う。




面白いことに、年をとった人々を見ると大きく2つに分かれてる。

丸くなる人 Vs. 頑固で怒りっぽくなる人



ここでちょっと考えてみる。
「頑固で怒りっぽい性格になる」のは、年のせいなんだろうか?

NO だ。

私にはそうは思えない。

頑固で怒りっぽい性格の人は若い頃から(多分、子供の頃から?)ずっとそのままだったんじゃないだろうか?


それが年を取ることで、体が思うように動かないとか、先行きの心配だとか・・そういった諸々のストレスが蓄積してきて、

頑固で怒りっぽい内面を外に出すようになってしまっただけかと。



つまり、言い方が悪くて申し訳ないけど・・

ちっとも成長していない人ではないかと、私には思えてしまう。



逆に、「丸くなった人」というのは、さまざまな過去の経験から学び認識し、自分で変えていった人たちではないだろうか。



とかく若いうち、とくに子供のうちは感情に支配されやすい。

ほとんどの子供は自分の感情主体で生きてるだけの「エゴイスト」だ。




私の知人から、こんな話を聞いたことがある。

彼女は子供の頃はひどい医者嫌いだったという。

シングルファザーの父親と二人暮らしだった彼女は、甘えっ子だったのかもしれない。

医者に連れていかれる時は、泣いて怒ってそりゃもう大変だったとか。

しかし、あることをきっかけに、或る日突然気がついたという。


「私の父は、すごく忙しい人なのに、わざわざ仕事を休んでまで私を医者に連れて行ってくれてる。
それだけ私の事を心配してくれているんだし、私をすごく大事に思っていてくれてるんだ!」と。

それまでは、父親のしてくれる事すべてが、父親なんだから、そんなこと当たり前!としか思ってなかったのに、

そのときから、彼女は自分のことだけでなく、初めて父の思いを知り、また他人の気持ちを理解するようになっていったという。



エゴイストのおチビちゃんたちも、こうやって少しづつ、世の中の理を知り人々の心を知ることで成長していく(丸くなっていく)ということなんだね~。


大人になってからもまた、私たちははじめに感情ありき!で・・・怒ったり、泣いたり、嘆いたりしながら・・ひとつひとつ内観しながら、成長していくのだろう。


@そうなのだ@

成長できるかどうかのポイントは、内観できるかどうかにある気がする。


「内観すること」、これを「自己分析」とも置き換えていいかもしれない。


なぜ、私はイライラしてるんだろ?
なぜ、私は怒ってるんだろ?


自分を深くみつめてみれば、必ずそこに答えはみつかる。


ところが、成長しないタイプは深くみつめない(笑)

浅いところで、自分の都合の良い答えばかりを見つけ出そうとするか、または、開き直ってしまって、考えることを放棄してしまう(笑)

だって、私が悪いんじゃないもん。 XXがXXだしXXが悪いんだから私は怒ってる。 
だから私は怒っても悪くないんだよ~と(笑)




こうやってみると、

内観できない人の特徴として、必ず「善悪」を隠れ蓑にしてしまう傾向がある気がする。



かくゆう私も、子供の頃&若い頃は実にひどいものだった。 白状するけど(笑)


まず、ものすごい気分屋だったし、

その上悪いことに・・周囲の大人たちから、「弁が立つ子」 「口先ではかなわない」と言われていた。

「この子には口先では大人だってかなわないよ」なんて言われることで、本人も得意にもなってたようだ。

まったくもう、恥ずかしい限りだ。


思春期から青年期になると、そりゃ私にも恋人が出来るようになるんだけど、優しい女の子でいられるのは始めだけ。


親しい人になればなるほど、相手の悪いところや弱点に我慢できなくなってしまい、すぐにビシビシとキツイ言葉を投げかけるようになってしまう。


むしろ、「だって~、私、あなたのそうゆうとこイヤ! 嫌なものはイヤ~!」な~んて言いながら泣いちゃうくらいの女の子ならば、それはそれで可愛げがあったのかもしれないけど・・


私の場合は違った。 

水も漏らさぬような論理展開で相手をやり込める。
それも、クールに顔色ひとつ変えずに。


これじゃあ、まるで、血も涙もない悪徳弁護士だ! 

(あ~、思い出すだけで赤面ものだ~!)


そんなわけだから、どんどん恋人をつくり、どんどん去っていった。(回転が早いレストランかい!)



それでも愚かな私は思っていた。

「ふん、あんな男こっちから願い下げだ! 自分が正しいなら、ちゃんと私に反論すべきだろーが。
それも出来ないようなのは私の相手じゃないわい。 私を言い負かすくらいの男じゃなきゃね~!」
と。

あああ・・穴があったら入りたい~!!



私は、丸いどころか、体全体がギザギザの刃物のようだった。 丸いのは顔だけだった。(なぜか性格に反して丸顔だった)


動物に例えるとこんなもんかに?
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そんな私でも、さまざまな経験をするうちに徐々に変わっていくことになる。

ひょっとして、私の言葉で多くの人たちを傷つけていたのではないだろうか?と遅ればせながら気づいていくことにもなる。



それから何年も経って、その頃には、かなり「悪徳弁護士癖」が抜けてきたのだが・・・

当時のボーイフレンドに、なぜか私の悪い癖がまたも炸裂してしまった。


またもやっちまったのだ。 悪徳弁護士スピーチを!


さあ、反論できるものならしてみろ!と言わんばかりのドヤ顔の私に、彼が、ひとこと言った。

「反論する気は何もないんだけど・・ただ、僕は、今のようなキミの心がキライだ!」


がーん! 効いたぜ! そのひとこと!


で、やっぱり・・それから間もなくして別れた。



そこでまたも、私は内観してみた。

なぜ、彼のことを責めるようなことを言ってしまったんだろう?


そこに見えたものは、


「私は彼によく思われたい。 バカな女とは思われたくない。 彼と別れるのが怖い。」

そこに見たものは・・いかにも、恋する乙女心だ(笑)

しかも、恋する乙女は、なんと身勝手なものだろう。 

「自分が愛されたいだけ!愛の名のもとにエゴを押し通したいだけだろ!」ということにも気がついた。

恋人に対していつも、偉そうで賢そうに振る舞う裏側にあったのは、「心の弱さ」・・・ということにも気がついた。

こんな私、まっぴらごめんだ~!と、つくづく思った。


ヒトってものは、本当に気づいてしまったことは二度と繰り返さなくなるものなんだね~。

それ以来、私の悪徳弁護士癖は完全廃業となった。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなふうにして、人は学びながら丸くなると思うのだ。 (←自分の経験から)

私が学んだこと

怒ることや泣いたり・・感情的になることでは物事が解決しないことを学ぶ。

すべてを善悪で押し切ろうとするのは、実に幼稚なことだと学ぶ。

多くの場合、ネガティブ感情の発露は、自分自身の中に、なんらかの原因があることを学ぶ。
その多くは、エゴか弱さが潜んでいる。

内観することで、エゴも、漠然とした不安も恐怖も、だんだん少なくなってくる。
人事を尽くして天命を受け入れる境地になっていく。

さらに、相手に伝えるための効果的な方法も熟練していくようになる。
たぶん、それは、相手の心理状態も理解することから始まるような気がする。




私も少しずつ少しずつ、マーロウさんに近づいていってる気がしてる。

まだまだ熟練度は低いんだけど。



それと同時に、年とともに、すごく感動することが多くなったとも思う。


「年よりは涙もろくなる」ってのは、感受性が豊かになりつつあるのかもしれない。

体がきかなくなってくる分、豊かな想像力を与えられるのかもしれない。


あ、一つだけ水を差すようだけど・・高齢になったための病気で涙っぽくなる人もいるらしいんでご注意を。
たぶん、それは自分でもわかると思うけど・・。 感動してもいないのに気がつかないうちに、だーーと涙が出たりするらしい。




「年とともに丸くなり、涙ももろくなる」 

なんてステキなことなんだろう。



頑固でキレやすい老人が増えてしまうという現状は、世知辛い世の中にも原因はあるのだろうけど・・

それでも、自分で内観できるかどうかにかかっている気がしてならない。


NO MORE 「インナーチャイルド老人」  NO MORE 「インナーチャイルドアダルト」だ!!



逆に、年をとったら子供のいいとこ取りをしよう!

子供のように感情を素直に表現する・・・よく喜び、よく笑う、好奇心旺盛で感動もいっぱい。


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そう、ネガティブ感情はなくなって、ポジティブな感情をぱあ~と周囲にまき散らすことだ。


それが「年をとって子供に還る」ってことかもしれない(笑)


そんな人の周りにいるだけで、誰もが楽しくなってくる~♪



人は気がつくことができれば、いくつでも変われる。

それは、私の母を見ていて学んだ(笑)


私の母は、ハリネズミにも負けないような、トゲトゲ強力パワーの人だったけど、

80過ぎから、びっくりするくらい丸くなった。


「私ね、一人で孤独だとか、息子夫婦が電話すらしてくれないって文句ばかり言ってたけどね・・
今は、一人でもすごく楽しく過ごせるのよ。 好きな編み物したり、贅沢な食べ物を食べちゃったり・・

なんで、今まで、こんな幸せに気づかなかったのかしら。
考え方ひとつで、いくらでも変われるものなのよね~。」
だそうだ。



それでも、ワシは我が道を行くぞ! エゴの塊だろうが構わん!とまで、頑固ジジイやババたちに言われてしまえば、

こりゃもう、どうぞ、Go your own way!としか言いようがない。



でも、せっかく生まれてきて、満ち足りた幸せを知らずに死んでいくとしたら、なんともったいないことか~。


それとも・・・密の味が香しく甘いことを知らない人に、それをいくら説明したところで理解してもらうことは難しいか?



そんな人々に1つだけ言えることがあるとすれば、

「丸くなった人」は、今までとは全く違った、ステキな世界を感じることができる、ってことだろうか。




どうか、少しでも多くの人たちが、「丸くなって」いきますように。



いやいや、ここは「メロウ」と注釈つきの方がいいのかな。

「丸くなる」は、誤解されやすい言葉かもしれないから。


丸くなる(メロウになること)としておこう。

クリスマスに思うこと、あれこれ。

きょうはクリスマス~♪


昔住んでいたNY州では、こんな家をよく見かけたけど・・

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南カリフォルニアだと、こんなカンジのライトアップが多いかな。
    ↓
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12月に入ると、このような飾りつけやライトアップをする家を多く見かけるようになり、お正月が無いアメリカでは来年の1月いっぱい頃まで、このまま飾りつけをしておく。



家の中には、もちろんクリスマスツリーが飾られていることだろう。

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家族へのクリスマスプレゼントは、ツリーの根元に用意される。



街の中で、こうゆう家の飾りをみるたびに、

「きっと子供たちがいて、家族で迎えるんだなあ」と、なんとなく微笑ましい気持ちになる。



私の頭の中では、クリスマス=家族というイメージが強いのだけど・・

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日本では違うらしい。

家族持ちで小さな子供たちがいる家庭では、クリスマスケーキとケンタッキーフライドチキンを買い求めるようだし・・
(ちなみに、アメリカではクリスマスケーキやケンタッキーフライドチキンも買い漁ることはない。)


子供たちが成長すると、

クリスマス=恋人たちというイメージが出来上がってるらしくて・・

恋人がいない人は、実に寂しい思いをするんだとか(笑)



そういえば・・、私の遠い昔、まだ日本に住んでいた頃を思い起こしてみる。

やっぱり、クリスマスには、

恋人とスペシャル・ディナーに出かけたり、プレゼント交換したり、二人でスキー場で過ごしたりと・・

私も「ありきたりな日本のクリスマス」を過ごしたものだ。


きっと、そうゆうカップルを見ると、

独りぼっちで、しかも、一人が寂しい!って思ってる人には、羨ましくってたまらん! 超ムカつく!ってなったり、
妙に落ち込んでしまったりするのかもしれない。



いきなり、面白いものをみつけた。
    ↓
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https://www.bengo4.com/other/1146/1288/n_2432/


へええ~、そうなんだ~!(笑)


これに対する人々の反応はさまざまらしく

「ここの店主! すごいぞ! よくやった!」と褒める人もいれば・・

「入店拒否するなんて差別じゃないか!」と反論する人もいるんだとか。


どっちでもいいことだけど、
なんだか、せちがないよな~と、私には思えてしまう。。。

恋人がいないクリスマスが寂しいとか、カップルを妬ましいとか、怒ったり、羨んだり、落ち込んだり・・
私には、そういったフィーリングを持つ人の方が、心が病だろ!と思うんだけど、


一方、そういった人々を傷つけまいとする配慮の仕方が、「なんか違うんじゃね?」と思えてしまう。


「カップルたちには楽しいひと時を、ひとり者には、より楽しいひと時を」提供する企画を考えた方が、よりステキだろうに~。

しかも店の売り上げアップになって、オーナーや従業員だってよりハッピーになる(笑)

♪すべての人がハッピー♪

なのに・・世知が無いよなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は変わるけど・・

今年の秋に、樹木希林さん死去のニュースを聞いて、彼女はどんな演技をしていたんだっけ?と気になりだして、

彼女の出演する映画やドラマをいっぱい見たことがあった。

私は子供の頃はとくに、映画やドラマは外国モノばかりだったので・・ほとんどといっていいほど日本のものを知らない。

オフィスにいる韓国人に、「東京ラブストーリーって面白かったよね?」と聞かれても、それさえ見たこともない私だった。



そこで初めて、昔の日本のホームドラマというものを見たんだけど・・

え? これが日本だったの!と、私はびっくりするさせられるばかり。


「ムー一族」(ムーいちぞく)という、1970年後半のドラマを見ると、

それは、東京新富町の老舗・足袋屋を舞台にしたホームドラマなのだけど、樹木希林さんはそこの家政婦さんの役。

彼女の目線の演技、表情、体の動き(ダンスに至るまで・・)、どこかコミカルの中に心情を表現する演技で、ああ、見事だよなあ~とあらためて思わされた。


このストーリーは、
老舗足袋屋の長男は家を継がずに家出して、そのうち、地主の若い後妻を駆け落ちをしてしまうんだけど、二人は純愛を貫いていく話になってる。
それを、家族は心の中で長男を応援し続け、最後は大地主である夫さえも、快く二人の仲を認めてしまう・・というような話だった。


こんなストーリー仕立て、今だったら絶対アウトだろ!

「不倫」というだけで一刀両断に断罪される時代なんだし(笑)


同じ日本なのに、これほどまで当時の庶民感覚とは違っていたということか~。


ひと昔前の日本人の庶民感覚、そして家庭というものを、今さらながら、しみじみ思う私だった。



それにしても、1つだけわからないのは・・

なんで、みんな屋根の上や物干し台でギターを弾いて歌うのかがわからない。

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うーーん。
なにゆえ、屋根の上? 物干し台?



こういったことも、今だったら、騒音とか言われて、すぐにクレームになっちゃうんだろうなあ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカでは、都会で働く人々も、サンクスギビングデイ(感謝祭)とクリスマスは、必ず帰省して家族で迎えるという風習がある。

遠くにいてなかなか帰省が難しい人たちも、それでもどちらか一方だけでも帰省しようとする。

家族の日なのだから。



カップルで迎える日?というのがあれば・・それは、バレンタインデーくらいかもしれない。

男から女へ「カードをつけて花束とチョコレートなどを贈る」のが定番だ。
   ↓
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こちらが定番のプレゼント


そういえば、私も何度か大きな花束を貰ったことがあったなあ(←ムフフ・・と思い出し笑いをしてしまう。)



で、今年の私?

はい! もちろん、去年も今年も一人ですよ~。

でも、私はこの華やいだ時期が大好きだ。

家族で過ごす人たちの幸せそうな顔をみたり、幸せそうなカップルをみているだけで・・私まで幸せな気分にさせられる。



しかし、一方では・・・

アメリカでも、クリスマス時期は自殺が増えるというデータもあるらしい。

ある人々にとっては、一層孤独を募らせてしまう時期なのかもしれない。



数年前のこと、ショッピングモールに飾られていた豪華クリスマスツリーを見て、

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「うわあ! ステキ~!」と歓声を上げた私に、サイキックの友人がこんなことを言った。


「うわあ! 嫌だ~。 僕、こうゆうとこのクリスマスツリーは苦手なんだ。
だって・・ツリーにいっぱい人の顔が見えるんだもん。」



さ迷える寂しい霊たちには、クリスマスツリーに胸をかきむしられるような思いがあるのだろう。

家族への思い、成し遂げられなかった愛や無念


そういった霊たちは惹きつけられるように、クリスマスツリーにくっついてしまうらしい。
(見えない私は幸いだ!)


それを聞いてから、私にとってクリスマスは、

幸せな家族のために微笑ましい気分にさせられる日でもあり、同時に、不幸な中で死んでいった人たちへの追悼の日になった。


それでも、やっぱり・・クリスマスツリーは美しいと思う。

幸せな人にはより一層の幸せを。

さ迷える霊たちには、美しいやすらぎを与えてくれればいいなあ、と思う。


そして、皆さんにも、HAPPY HOLIDAYS

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ダーウィンの進化論そして緑の周波数

最近、ダーウインの進化論についての記事を、オンライン上でよく見かけるようになった。

すでに「イスラエル、トルコ、インドでは学校教育からは削除」というニュースを踏まえたものかもしれない。

ただし、これは日本のメジャーな報道では扱われてないらしい。

「いつもながら」のことだけど、不思議な国、日本。



「ダーウィンの進化論」といえば、サイエンス世界においては、3大カリスマみたいになってる。

他の2つはこれ↓
「ニュートンの万有引力の法則」
「アインシュタインの相対性理論」



ダーウィンの進化論は、1859年、チャールズ・ダーウィンの「種の起源」によって世に出た。


生物の特質は個体によって異なる→特質は親から子へと個体を介して継承→環境に適応した個体が優先的に生き残る
→結果、環境に適応した特質が優先的に生き残る。

このメカニズムを自然淘汰、または、自然選択とよんだ。




まるで、ダーウィンの「自然淘汰説」を要約した「啓蒙書」のようなものだ。


これがキリスト教圏では天地創造論 vr. 進化論の大騒動となり、

ダーウィンの進化論は科学界と精神世界を大混乱に陥れてしまった。

アメリカ中西部のキリスト教原理主義者たちによって猛反対され、ある中西部の州は断固として学校教育にも取り入れず、裁判沙汰まで起こしたことは有名な話だ。



しかし一方で、(宗教とは無関係の)学術分野においては、

かなり以前から、ダーウィンの進化論は、多くの研究者たちから疑問視されていたことも事実だ。
(さらに言えば・・そもそも、これはウォリスの研究のパクリじゃないか!という疑問視もされ続けている)


近年になって、DNAや遺伝の仕組みがわかるようになってくると、ますます首を傾げる研究者たちが増えていった。

それでもなお、依然として教科書に載ったままだ。

実に不思議な話だ。


そもそも、これはダーウインの「仮説」であって、「決定論」でもなかったことなのに。

なぜ、決定論扱いをされてしまったんだろう?


ダーウィンさんは、人間の祖先が猿だったなんて言っていない。

むしろ、「ヒトだけは疑問の余地が残る」と言っていたはずなのに、なぜ、こうゆうことになってしまったのだろう?
      ↓
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それでも、150年前のダーウィンさんを責めるわけにはいかないだろう。

ダーウィンさんは「突然変異はランダムなもの」、と考えていたらしいが・・
当時の人々は変異についての知識は何も持っていなかったんだから仕方ない。(←ん? 仕方ないで済ませていいのかどうか?)

(現代は、突然変異の起こる確率計算も出来る時代になっている。 
たった1個の酵素が偶然に出来る確率は1000兆年 × 20回くらいだとか。
それが高等動物ともなれば、いったい、どんだけかかるんだよ?)


さらに、

変異がランダムなんてものならば、変異それ自体に進化の方向性を決めるものがあるのだろうか?

という疑問は残る。

別にそれが「進化」とか「退化」といった言葉の問題に限らず・・それを種全体としての方向性と考えると、私には大いなる疑問となってしまう。




実のところ、今の学者たちの間では、「ダーウィンの進化論は完全崩壊している」とまで言われているらしいのだが・・

それを声を大にして言えない事情というものが、あるのかもしれない。
フレッド・ホイル博士のようになりたくないからか?



「仮説」を「決定論」として教科書に載せてしまい、

今では、それが「間違い」と教える国と「正しい」と教える国がある。

こんなこと、ありえんだろ!!

これは学問を教える教育に、なんらかの大人の事情が入り込んでるとしか思えないのだ。


フェアじゃないぞ!って思ってしまう。

もしも、ダーウィン説を「仮説」として載せるならば、他の説だって載せるべきではないだろうか?
フレッド・ホイル(Sir Fred Hoyle)説、ゼカリア・シッチン(Zecharia Sitchin)説なども、あらゆる説を載せるべきなのだ。

それがフェアってもんだし・・その方がよっぽど子供たちの想像力・学習意欲だって掻き立てるはずだ。

と、私は思っている。



しかしながら、現状では、イギリス(ダーウィンの祖国)やアメリカの「権威ある立場の方々」には、いまだに「ダーウィンこそが正しい」とされてるのが現状。

で、小学校の教科書にも載せられたままだ。

もちろん、日本もまた、ダーウイン説を擁護する方向らしい。(しかも、反対説はなるべく報道しない方向で。)



やれやれ~。

なにがなんでも、神が人間を作ったと豪語する「原理主義者」も、いまだに存在する「ダーウィン信奉者」も、似た者同士!

「盲目的信仰と罪深き狂乱は紙一重」という言葉を思い出してしまったが・・

結局のところ、すべてが大人の事情ってヤツで、これじゃあ、真の教育も学問の余地もないってことになる。


そういえば、私もダーウィンの進化論を少しづつだったけど、アップしていたので、また自分で読み返してみた。
これは、私の進化の足跡か?(笑)

2018年6月
ダーウィンとウォレスと最新の進化論

2017年12月
クリスマスの朝、アルフレッドの夢をみる

2010年7月・・宇宙人説から進化論を見る
木星と爬虫類脳の謎





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私が「ダーウィンの自然淘汰は違う」と確信するようになったのは、植物がきっかけだった。


そもそも、「なぜ植物って緑なんだろう?」と疑問に思ったことからはじまる。


green nature

皆さんはご存じだろうか?

「はい! それは葉緑素(クロロフィル)があるからでーす。」

これは、私も小学校のときに習った。
だけど、これじゃあ答えにならない。学校のテストはパス出来ても、ちっとも理解してないことと一緒だもんね(笑)



でも、なんで葉緑素(クロロフィル)があると緑色になるねん?

それがいまだに私にはわかってなかったのだ。。。



なぜ葉は緑色なのですか?
植物は光合成をするために光を吸収しますが、そのために葉緑素(クロロフィル)という色素を持っています。 このクロロフィルが赤色(680 nm前後の光)と青色(430 nm前後の光)の光を吸収することにより、 残りの緑色の光が反射されたり、散乱されたりして私たちの目に入り、葉が緑色に見えます。
http://www.photosynthesis.jp/faq/faq2-1.html




なるほど。

これで、「緑に見えるわけ」はわかった。

つまり、植物が吸収しない周波数を反射させてるから。

反射光が緑となって、私たちの目に見えるから。




前回のブログとダブルのだが、

色は本当は存在してないけど、私たち人間の目がある周波数をある特定の色として認識してるに過ぎない。



周波数と波長を数値で表したグラフ(すごく見やすいんでyuukitanomaの日記から引用させて頂きました)

20110402104735.jpg

これで見ると緑に見える周波数の領域もよくわかる。

植物は緑を反射(または透過)している ⇒ 太陽光線の緑色部分を使っていない


どうして、植物は緑の光(スペクトル)を吸収せずに反射してしまうのだろう?


「地球に届く太陽光の強さと波長との関係を見た場合に、緑色の光に強さのピークがある」ということを聞いたことがある。

ならば、植物は一番美味しくて栄養たっぷりのものを吐き出してしまってるようなものじゃないか?


その理由については、こちらの記事に、ある学生さんの質問に先生が答える形になっている
    ↓
どうして植物は緑色光を使わないのか


一番おいしいところは、植物には強過ぎちゃって体に悪い!ってことらしい(笑)


ふーーむ。。。

だけどね~、とまた疑問がフツフツと湧いてくる。


地球の歴史が46億年と言われている中で、植物の歴史は35億年以上前から・・と言われている。
(人間なんてたったの10億年程度とか)


最古に光合成をおこなった元祖・植物は、シアノバクテリア(藍藻 らんそう)
     ↓
cyanobacteria.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=7W3Nq-xjBO4


で、私の疑問

35億年もかけながら、その間に、なぜ最適なエネルギー効率ができるように進化してこなかったんだよ!



光合成で生きる植物の体が緑色であるってことは、非常にエネルギー効率が悪いことを証明してるようなものじゃないか!

緑色の光は強いならば、これを吸収するほうがずーーといはずじゃないか!

たぶん、こうならなきゃならなかったはず
      ↓

或る日、突然変異が起こって、バンバン緑色光を吸収できるヤツが誕生し、
その後、その遺伝子が受け継がれて、多くの「緑色光を吸収できるヤツ」で埋め尽くされていく




この答えを探してみたのだが・・どこにもない!

つまり・・

緑に見えるわけだって、530 - 580 THz (電磁波)緑の光(波長565 - 520 nm)なのだ!

ってことがわかったところで、では、なぜ、その周波数(電磁波・波長)が人の目に緑に見えるのか?


というのと同様に・・これは永遠の疑問なのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それをあえて、ちょっとばかし帰納法的アプローチで考えてみよう。


●植物は今でも緑色のまま生き続けている。

●動物に荒らされ、食べられながらも生きている。

animals feed plants

動物に接触されたり食べられることによって、種子を運び、動物の糞が土壌を豊かにし、種蒔きしてもらう方法で、生き続けているのではないだろうか?


動物と共生することによって生き続けているのではないだろうか?

独自で環境に適応し、自然淘汰・自然選択の道ではない方法、共生の方法を選択しているのではないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実際に、

緑の植物が多くのエネルギーを使わずに排出してくれるおかげで、私たちは多くのエネルギーを受け取ることができる。

それは、人や動物の食料になるだけではないのだ。

★さまざまな薬草になるものもある


★麻は車のボディーにも燃料にもなったし、衣類にもなりえた。(衣食住にもなりえる)
過去ブログにも何度もヘンプカーについてはアップしてる⇒http://silvermoon2010.blog27.fc2.com/blog-entry-734.html


★生活に必要なエネルギーにさえなりえる。


dutch plants

こちらは3年前の記事だったけど、オランダで植物と微生物と水を使った発電法、なずけてPlant-MFCの発見という記事があった。
実際に夜間のLED照明に使っているそうだ。

Plant-e Develops Electricity-Generating Plants to Bring Clean Energy to Off-Grid Locations

植物発電

しかも、植物も微生物も殺して使うわけではない・・むしろ、殺してしまったら使えなくなってしまうそうだ。


これらは、見事なまでの、ヒトと植物(そして微生物までも・・)共生ではないだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを植物側にたって言えば、

彼らは、目先の『効率』や『合理性』を捨ててまでも、大いに得られるメリットを選択したことになる。

まるで、自分自身だけが生き残ろうとすることが将来の破滅に繋がることを知っていたかのようだ。


彼ら(植物たち)は、はるかに俯瞰した目線で未来を捉えていたということか?(笑)


だとすれば・・なんとも賢い!(ヒトなぞ足元へも及ばない賢さじゃないか?)



もしも、植物が自分の種だけが生き残るべく進化してきたとしたら・・・

緑色なんて反射しない。

すべてを吸収しつくした色は黒だ。

いきなり、ローリングストーンの Paint it Black が浮かんできてしまった(笑) ちがうだろ!
220px-RStones-PiB-Decca.jpg

そんな黒い世界はまっぴらだ! 


なぜ、その周波数が、ヒトに緑に見えるのかはわからない。(前述したとおり、永遠の謎だろう)


だけど、多くのヒトは新緑の緑をみると、美しいと感じる。

green-landscapes-switzerland-2560x1920-wallpaper.jpg

新緑の緑に癒されもする。

なんだか・・

私には、それこそが緑に見える理由でありメッセージなのかもしれないと思えてしまうのだ。

植物=インテリジェント・デザインからの。

ほらね? 美しいでしょ? 癒されるでしょ?
ね? だから・・気づいてくださいね~。


と、耳元で囁かれている気がするのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなわけで・・・

とにかく私としては、「ダーウィンの進化論のみが正しい」説を、さっさと教科書から消して欲しいと思っている。

さらに、植物にもっともっと・・目を向けるべきなのでは?と思っている。



<参考>
種の起原〈上・下〉 チャールズ ダーウィン (著), 八杉 龍一 (翻訳)

シュメールの宇宙から飛来した神々  THE LOST BOOK OF ENKI アヌンナキ種族の地球展開の壮大な歴史 (シュメールの宇宙から飛来した神々)ゼカリア・シッチン (著), エハン・デラヴィ (その他), 竹内 慧 (翻訳)

生命・DNAは宇宙からやって来た  フレッド・ホイル (著), チャンドラ・ウィクラマシンゲ (著), 茂木健一郎 (翻訳)

彼らはなぜ「緑色」を選んだのだろうか・・・???

筑波大ら,植物が緑である理由を解明

どうして植物は緑色光を使わないのか?

見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

これは、ウチのネコの話なのだが、

私が仕事先から帰ると、いつも内側のドアを開けて待ってるのだ。
(たま~に爆睡していて無視されることもあるが・・ほとんどの場合はドアを開けて待ってる。
ネコは勝手気ままだからね~、それをお仕事でやってるわけではないらしい。 そうゆう気分なんだろう~♪)



車で駐車場に入るときに、家のドアを確認できるのだが・・・そのときは、しっかりドアは閉じられている。


駐車場に車を止めているときは、後ろ向きになるのでドアを確認できないのだけど、


その隙に、

お!帰ってきたな!とわかると、
内側のドアを開けて待っている。


えっと、日本ではあまりセキュリティードアがついてるタイプは少ないのかもしれないので・・
いちおう画像説明を貼っておきます。
   ↓
security-door.jpg
   ↑
こうゆうタイプのものです。(ウチの実際のドアは、こんなに立派じゃないですけどね)


で、 この内側のドアを開けて、外を見ながらネコ座りで待ってるわけです。(ネコだからネコ座りは当たり前か?)

ちなみに外側のメッシュのドアはロックしてるけど、内側はロックしてないのでネコでも開けられる。
(隙間に爪を引っ掛けてあけるのか、ジャンプしてノブを回すのかは今のところ不明。)


ううむ。

なぜ、私が帰ってきたことがわかるんだ?


私の知人の犬は、車のエンジン音でご主人の車を聞き分けるそうだ。

しかし、ウチのネコは生まれついての難聴!  それも・・両耳ともまったく聴こえていない。



では、帰る頃を見計らって、外を見ていて、目視によって私の車を確認するのか?

20181118_064601.jpg


ううむ。。。

しかし、よく考えると、これも違う。

なぜなら、左から来るときは見えるけど、右から来れば木が邪魔して見えないのだ。

ところが、ヤツには、私がどっちから来る時でもわかっている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サイキックな友人が、こんなことを言ってたのを思い出した。

私には人が後ろから近づいてきても、必ず「それが誰か」わかると。

もちろん、すでに面識のある、知ってる人に限っての話だ。


半信半疑だった私は、すぐに実験をしたものの、いつも見破られた。

おまけに、「アンタの気は、すごくわかりやすいんだよ!」と笑われた。


「どうしてわかるの? 気でわかるの?」

「気というのか、なんというのか、それをどうゆう言葉で言い表すのかは、わからないんだけど・・
人でも動物でも、すべての生き物は、固有の波動みたいなものがあるんだよ。
たぶん、サイエンスの言葉で言えば、固有の周波数かもしれない。」

周波数?



突然、ある時代小説を思い出した。

ある剣豪浪人を密偵が尾行するんだけど、熟練した密偵でも、ものすごく尾行が難しいときがあるそうだ。

相手がなかりの使い手の剣豪ともなると、気配を察知して簡単に尾行に気づかれてしまうそうだ。

こんなことって小説のフィクションだけの話かな~と思って、色々調べたことがあったのだが、どうやらこれは事実らしい。

以前にも、こちらのブログにも書いたことがあった。→剣豪・山田次郎吉という人




「その人の出す周波数っていつも同じなの?」と、私はさらに聞いてみた。

「どうなのかな? 同じ人であっても、時によってそれがすごく荒々しくて気持ち悪いものだったり、逆にすごく清々しいものだったりして違うこともあるからね。」


ここんとこは、私にもわかる。

いまだに、私には個別の周波数を感じて、人認識は出来ないのだけど、
すごく荒々しい波動みたいなものを発してる人と、清々しい波動を発してる人がいることだけは、わかるようになった。


それが同じ人であっても、日によって違うことがあるってことも。

それで、この人、なんかあったな? となーんとなく察知することがある。


すごく温和でいい人よ~と紹介された人であっても、荒々しい波動(気?)を発してる人とは、絶対にお近づきにはなりたくない!
と思う。

今では、姿形や優しい言動よりも、感じる波動(気?)を重視するようになってしまったようだ。

私は年とともに、動物化したということかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

周波数というのは、私にとっては、なかなか興味深く、ずいぶん前にも、色々な記事を読み漁ってたことがある。

何に一番興味を惹かれたのかというと、

なにもかもが周波数を発しているという事実。


地球上のものだけでなく、天体もまた周波数(音)を発しているという事実。


これなんか、もう3年前の記事だけど、
   ↓
Have researchers discovered the sound of the stars?

研究者たちは星の音を発見した?というタイトルどおり、

ヨーク大学の科学者たちを含む研究チームは、かなり確信的に「星たちが音を作り出している」ということを、実験的証拠を提供しようとしている・・ってことらしい。

もちろん、「太陽が歌っている」(音を発している)ことに関しても、かなり以前から周知の事実となっていたらしいのだ。


こちらは、スタンフォード大学のソーラーセンターのURLですが、開くとそれぞれの天体の出す音を聞くことができる。
     ↓
Solar Sounds

もちろん、宇宙空間は「真空」なので、太陽が出している音を直接聴いたり記録することも出来ないので、
NASA の太陽観測衛星 SOHO に取り付けられた MDI という装置を使って、太陽の表面の音の圧力​​波を記録し、それを天文学者たちが追跡し振動を現したものを音にしているってわけです。




そこで思ったこと
    ↓

太陽を含む天体も、それぞれの星たちも固有の周波数がある(音を出している)

植物も動物も人間もまた周波数を持っているということは・・

すべてが影響し合っている(共鳴し合ったり反発しあったり)ということではないだろうか?と。




ちょっと考えてみると・・

人間の体はほとんどが水分で出来上がってる。
(胎児で体重の約90%、新生児で約75%、子ども約70%、成人約60〜65%、老人50〜55%で満たされてるそうな。)

そして血液はヘモグロビン(鉄分)
(鉄は酸素に触れれば赤く錆びるように・・あ、だから、血液は赤かったんだと今さらのように思う私だった。)

だから電気だって通しやすいわけで・・電磁波だって影響を受けやすいってことだ。
ましては、人間の脳なんか、沢山の血液が流れてるわけで、当然電磁波が吸収されまくりとなる。

人間の脳は、コンピュータ同様に、電気が流れるのと同じ仕組みで思考回路がつながり流れているわけなので、
電磁波の影響でも、誤作動する危険があり得るってわけだ。


話が電磁波に行っちゃったけど・・周波数、波長、電磁波・・すべて波


ついでに言えば・・「光」だって「電磁波」の内の一種

「人間の目」の感覚である「光」という概念はこれ。
    ↓
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ベーシック・サイエンスのおさらいをすると、こういったことになる。


★波が1回振動したときの距離が「波長」
c1_01hatyo.png
https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol02.html


★「周波数」とは、1秒間に繰り返す波の数のこと
c1_02.png
https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol02.html


★電磁波とは、「電界」+「磁界」=電磁界からの波、地球自体が大きな磁石だもんね~。


さて、

あらゆるものが影響し合ってるのではないか?ということは、今では、決して感覚的なことだけではなく、

物理的な研究結果として、

太陽、惑星、人間及び動植物すべては、相互に影響を与え合っている可能性があることがわかってきているようだ。


少し前のIn Deepさんのブログには、サイエンスサイドからの説明が載っていた。
        ↓
太陽と人間と地球の間に存在する永遠のシンクロ : 最近の研究でわかった「すべての人類の心臓のリズムが地球規模で同期している」ことと共に、「太陽と地球と全人類は常に磁場を介して同期している」こと




「太陽と地球と人類は常に同期している」


私たちは昼間は太陽の光を浴び、仕事に行けば多くの人間と接し、ペットの動物に触れ、草花を触わり、夜は月の光を浴び・・
そういったすべてが相互に影響し合ってる毎日。

私などは、外で嫌~な気をキャッチしてに体調や精神が悪くなりかけても、家に帰ってペットの気や植物の気をもらって、気づかないうちに修復して頂いてるのかもしれない・・なんて思ったりしてる。(感謝!)  



以前にも、DNAの修復に周波数が関わっているというようなことを調べたりしていて、
こんな記事をアップしたこともあった。
     ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽



このブログの中にも書いたことだけど、

人間の心身にとって「良く作用する周波数」と「悪く働く周波数」というのは、存在すると思っている。



私も、ずいぶん興味を持って、国際基準値A=440Hzと、シュタイナーさんが推奨の432hz(シュタイナーのライヤーはすべて432hz)
        ↓
p_st02_10_2015_2_big.jpg


そしてDNA修復(太陽の周波数と同じらしい)528hzとを、ずいぶん聞き比べてたことがある。(←かなりハマってた)

最近では、フリーのソフトがいっぱい出ていて、簡単に440hzの通常の音楽を432に変換して聞かせてくれるものまで出回っているんで、スマホに入れて変換して聞いてたものだ。



だからといって、私の心身が健康になった?のかどうかまではわからない。
どこも悪いところがないからなのか、それとも・・長年蓄積の悪いとこだらけで、ちょっと聞いてたくらいでは改善しないのか?


ただ、ヘルツが変わるだけで音楽がまったく違って聞こえること・・・たしかに、528hzは心地よい美しさと煌めき、広がりみたいなものを感じる(うまく表現が出来ないんだけどね~)



参考までに、みんなが知ってるイエスタディワンスモアのピアノソロを聞いてみてください。

こちらは、440hzの通常のもの
     ↓
https://www.youtube.com/watch?v=pWQDQschuZM


こちらは、528hzのスティーヴ・レイマンのもの
     ↓
https://www.youtube.com/watch?v=lDg1CAaU8q0

人によって違うのかもしれないけど、さて、どのように聞こえるだろうか?



ただ音楽的観点から言うと、私は440hzが悪いものだからダメ~、一切使うな!とは思ってない。

たとえば、耳障りな不協和音であっても、使い方によっては、それがシャープな感覚を醸し出したり、単調さの中に色合いを添えてくれるのものにもなりえると思っている。

なので、440hzも使い方次第ではないだろうか?


問題は、戦後に国際基準値なんてものを定めて、A=440Hzとしてしまったことだと思う。

そしてそれを、日本では、ちゃんと守られてるってことで・・440hzばかりになってしまってることだ。





話が少しずれてきそうな気がするので戻します。

すべてには周波数があり、周波数には、人の心身に良い働きをするものと悪い働きをするものがある・・ということだ。



さらに言えば、周波数とは音だけじゃない


色も同様


もう一度こちらの図を見て頂ければわかるように・・

spectrum.png


私たちが見えるのは可視光線の部分だけ。

それも、私たちは物質の色を見ているのではなく、反射した太陽光が目に入ったものを脳で感じてるだけなのだ。


「反射した」太陽光なので、反射せずに吸収されちゃったものは真っ黒になってしまうことになる。

たとえば、植物の葉っぱが緑に見えるのは、植物が緑の光を「吸収しない」で、反射させてるから、私たちの目には緑に見えるということらしい。


それを、もっと言うと・・「物体や色を見ているというよりも、反射した光(電磁波)を脳が感じているだけ」
ということになる。



当たり前のように、私たちは物体も色も存在している、と思っているのだけど・・少なくとも、色に関しては存在していないと、断言されている。

「波長に色を感じて」目で見るだけであって、波長に色なんかないのに、私たちはそれを「色」と認識してしまう。


どうしてそれを、その色だと人は感じるんだろう?

目下のところ、これは解明できてない。



そして、音もまた、脳が周波数を感じ取って変換し聞かせてくれてるだけなのだ。

色同様、人間が聞き取れる範囲は狭い。


超音波は、人間の耳には聞こえない高い振動数を持ってるわけだし、人間が聴こえないイヌ笛を犬なら聞き取ることができるし、イルカや鳥、虫なども、超音波を聞き取り(感じ取る)能力があることを考えると・・人間って大きな脳はもらってるけど、その分、劣ってる部分も大きいのかもしれないなあ、などと思ってしまう。



私は、「この世には、色も音も形も存在しない」ような気がしている。

なんだか、般若心経みたいだけどね(笑)



精神論アプローチを別にして、物理アプローチとしても私にはそう思えてしまう。


存在するものがあるとしたら・・周波数だけなのかもしれない。



人の持つ感情や意識は周波数に変換され、自然界のものは音や色、匂いとして人に認識されやすいように変換されて、お互いに影響し合っているのかもしれない。


たとえ、人が目や耳で認識できないとしても、それはそこに確実にある、ということになる。



見えないものは存在しないとシャットアウトしてしまえば、きっとそれ以上感じることも出来ないのだろうけど、

それでも、現代科学が教えてくれたように、

「色は見えなくても、存在している周波数だってある」(もともと色は存在しない)

と知っただけで、私は、見えない何かも身近に感じることができそうな気がしてくるのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なぜ、ウチのネコには私がわかるのか?


そんな疑問が、なんだか、当たり前のことのように思えてきた。


彼女(♀ネコ)は、私の帰りを待ちたいから待ってるんだろうし、そう思う意思が、私の発する周波数をキャッチしてしまうのだろう。

なーんだ~、当たり前のことじゃないか~(笑)


こんな非科学的・突拍子も無い答え(おそらく一般的には・・)が、今の私には物理的回答にさえ思えてくるから不思議なものだ。


<参考に>
528Hz - Whole Body Regeneration - Full Body Healing | Emotional & Physical Healing

結局サイとトラが解禁になってたというニュース

New York Timesの記事に、
China Reverses Ban on Rhino and Tiger Parts in Medicine, Worrying Activists

「中国はサイとトラの一部を薬で用いる法案を一時保留していたが、ついに許可、今後が憂慮される」という内容の記事をみつけた。

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こちらはスプートニクの10月の記事だが

中国、サイとトラ、それらの体の部位の取引解禁を延期

この時点では、解禁する方向にあったものの10月25日には一時保留状態(つまり、まだ禁止)というニュースになってたのに、
ほんの数日の間に、やっぱり解禁になったらしい。・・・し、知らなかった~!

たぶん中国政府は各国の動物愛護団体やら、IUCN(国際自然保護連合)などからもバッシング等を受けたこともあって・・一時保留にしたものの、

やっぱり強硬に解禁! 
その理由は、薬にするんだから構わないだろ~といったところか?


なんてこった~!


これじゃ、また乱獲されて・・そのうちサイもトラも絶滅する日も近いだろう。


事実、この40年の間に、野生動物の60%が減少したという。


原因は今さら言うまでもないけど・・

●土地開発、海や陸地における汚染(マイクロプラスチックも脅威だし・・)

●直接的な原因は、密猟者(ビジネス目的の乱獲)、楽しみのためのハンティング。

違法であれば、密猟者と呼ばれるけど・・
合法にすれば・・密猟者とは呼ばれなくなる

それだけの違いでしかない。


そして、いつでもどこでも、こういった事が起きている。
   ↓
ゾウ90頭が殺害される。アフリカ最大の生息地ボツワナで史上最悪の大虐殺が繰り広げられた理由とは?



サイの角やトラの骨は薬になるから?

ため息が出ちゃうほどの陳腐な理由を掲げたものだ。

IMG_12921.jpg

中国はケミカル成分の薬を使いたがらない民族性なので、多くの人々を病から救うためには致し方無く?
なーんて聞いたことないよなあ(笑)



動物が薬になるといえば・・・
その昔、熊の胆(くまのい)という薬が、珍重されていた時代があった。 これはクマの胆嚢(たんのう)のこと。

古来中国から日本には飛鳥時代に入ってきたという、素晴らしい妙薬だったという。

しかし・・それをゲットするには、マタギと呼ばれる人々が山に入り、命がけでクマを仕留めたのだ。
マタギと山の神信仰

これとは全く別の話だろうが・・中国政府さん。



人はいつも大儲けできるビジネスに突っ走り
政府は大きな経済効果の方向へ突っ走る


なんで、それしか見えなくなってしまうのか~。



多くの種を絶滅させていけばいくほど、じわじわと人間の首を絞めていくことになるのに。

この世に存在する、すべての動植物は「存在の意味があって存在してる」のに。

すべてが自然の摂理の中なのに。


なんで、それがわからないんだろう?

そんなことを、もう、ずーーと前にある人に質問したことがある。

「今では、そんなことは多くの人がわかってると思うよ。」

「わかってる? だったらなぜ、どんどん破壊する方向へ行っちゃうわけ?」

「見なかったことにしちゃうから!
自分の生きてる間には、まず大々的な危機にはならないだろうと。

だったら今儲かる方を選択した方がより有利。
コスパを考えて、あとは見なかったことにしちゃうから。」

「どーして見えてるものを見なかったことにできるんだよ?」

「そりゃ、頭でわかってるだけだから。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな会話を思い出した。

みんな、頭でわかってるだけだから


またも、頭かよ!と・・ここで、苦々しい気分になる。

どうして全身全霊でわからないんだよ!


たしかに、そうなのだ。

頭でわかっていても、すぐに行動には移せないものだ。 移せたとしてもすぐに挫折する。

だけど、全身全霊でわかったことはすぐに行動に移せる。 挫折はあり得ない。


え? 
それじゃあ、頭でわかってもぜーんぜん意味ない?

わかってないことと同じ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある種の動植物は、どんどん絶滅を迎えていく。

ミツバチが減少すれば・・受粉が行えず作物が育たない。
過去記事より⇒アインシュタインによれば、ミツバチがいなくなると人類は4年で滅亡だとか。

gakusya1.jpg



生態系のバランスが崩れれば、ゴキブリのようなものが大量発生することにもなる。

gakusya2.jpg

そうでしたね~。
ラウンドアップを使えば畑の害虫処理だってラクにできるとか・・。

あ~、こうやってますます加速度的に崩していくことになる。



つい最近、こんな超キモ・ビデオを見たんだけど。
   ↓
ゴキブリ50匹のケージに腹ペコのトカゲを投入

ゴキブリの天敵はアシダカグモやヤモリなどと言われてたけど・・トカゲもすごい!




こういった天敵が減ってしまえば、間違いなく、ゴキブリは天国だ。

ゴキブリさんたち、いずれは死滅する運命だけど、いまひとときは謳歌できるね。
人間たちと同じように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お願いだから、ちゃんとわかってよ~!と声を大にして叫びたいんだけだけど、

大声だしたところで、頭でしかわからんものには、伝わらないのだ。(←虚しいなあ)


100年前、あんなにものすごい数がいた、リョコウバトを絶滅させちゃったときに、人は理解しなきゃいけなかったというのに。

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私が環境破壊について真剣に考えるようになったのは、ずいぶん前に読んだリョコウバトの話がきっかけだった。

こちらのブログにもアップしたことがあったけど、
リョコウバトとオーデュポンに思いを馳せる

伊坂幸太郎さんの、オーデュポンの祈りという本。
たしか、もう20年前になるかもしれないけど・・彼のデビュー作だったと思う。


読書後、リョコウバトのことばかり話す私に、伊坂幸太郎ファンの友人に怒られたことを思い出す(笑)

「そこじゃないんですけど!!」と。


はい! もちろんわかってます。
すっごく面白いステキな作品だったことも。


<参考>
China to control trade in rhino and tiger products
INCA日本委員会
サイの角や象牙の密猟が止まらない 日本・中国の「象牙の合法的取引」も引き金に
Demand China Reinstate the Ban on Rhino Horn and Tiger Bone!

恋愛とペット好き

オフィスにいる若い女性が、どうやら失恋で悩んでる様子。

「あ~、私って人を見る目がないのかな?
なんで、あんな人を好きになっちゃったんだろ?」



こうゆうのはよく聞くアリガチなセリフだ。

若かりし頃の私にも、経験はあるなあ(←遠い目)

「ねえねえ、アナタはもう、恋人を作るとか、結婚とかって考えないの?」と、私に振ってきた。

「そんなものは縁じゃない?
一緒にいたい!と思える人が現れれば、そうするかもしれないし、現れなければ一人で楽しく暮らせばいいだけじゃない?」


と、私は、いかにも年長者!の答えを返した。


「ねえ、どうゆう人が、あなたにとっての理想?
どうゆうところで見極めたりする?」


彼女からこんな質問をされて・・ちょっと考えてみることにした。


理想の人なんてのは、明確にわかっていたとしても言葉にするのは難しい。


見極めなんて、いつもほとんど直観だ。
だけど、その直観の裏には、相手のちょっとした言動や行動で見極めてることも多々あるよなあ・・と思い出してみる。



私は動物好きなせいか・・そこらへんから相手を観察してしまうことも多いらしい。
(ペットに限らず、すべての野生動物に心を奪われてしまう傾向がある)


日本でもアメリカでも最近では中国や韓国でもペットブームがあるらしく、ペット大好きという人は多い!


見るからにかわいいペットで、しかもまだ小さくて愛くるしかったら、おそらく多くの人が好きだろう。

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きゃあ~、か、カワ(・∀・)イイ!!

まさに、胸キュンものだ~。


それで、ペットを飼いだしたのはいいんだけど・・

手放してしまう人だって山ほどいる。

酷いのは

●病気になっちゃった! 病院に連れてくお金が無いから!

●大人になったら可愛くなくなっちゃった!

●ちっとも言うことを聞いてくれない
噛みつかれた! 家を汚されてばかりいる!




こっちのは、仕方なく・・って理由
   ↓

●引っ越しすることになって連れていかれなくなった

●子供が生まれたので赤ちゃんにペットを近づけたくないから

●結婚したんだけど、配偶者がペット嫌いなので仕方なくとか




こうった「仕方なく」って理由は、一見、世間では許されるべき理由とされるようだけど・・・

私から見れば、すべて似たり寄ったりだと思えてしまう。


なぜかって?

全部自分の、人間側の都合ばっかりだからだ。


そうゆうのを聞くと、

そこまでエゴ丸出しですか~って気がして嫌な気分になる。




これは、まさに若い頃の恋愛と同じようなものじゃないだろうか?


彼女、すっごく可愛いんだ!で、夢中になって、
「愛してるよ~!」なんて言ったところで・・


自分の作り上げた世界で夢見心地になってしまったりする。

愛してるの裏返しは、自分が愛されたいだけ!だったりする。

そばにいて欲しいとか、優しくして欲しいとか、XXして欲しい!ばっかり。



たぶん、かわいいペットを見て胸キュンになっちゃう人もこういった人が多いのかもしれない。


うーーむ。

恋愛とペット大好きも・・なんだか根っこが一緒って気がしてきたなあ~
(笑)



恋愛の相手に対してもペットに対しても、まず本当に好きならば相手を理解しようとしなければならない。

しかも、ペットの場合だと異種間になるんで、人間よりも大変なことは確かだ。


最初は、相手の種について学んで理解しなければならないことにもなる。

たとえば・・ある種の野菜は人間の体には栄養価もあっていいけど、イヌ・ネコさんたちには害になるものだってある。


それを、知らなかった!ではすまされないことだし、

無知であることは、愛情の無さの表れでしかない。



街角で、こんな犬を見かけたらどうするだろう?

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明らかに虐待された犬。
汚い、醜い犬。

見てみなかったことにする?

それとも・・

すぐに助ける?



たぶんね・・

見てみなかったことにする人は、決してペット好きではないと思うのだ。(それとも、自分のエゴの中だけで好きってことなのかな?)

しかもそうゆう人は、自分よがりの恋愛しか出来ない人だ。

どっちにしても・・・そこには愛は無いと思っている。


というのが、私の判断基準の1つでもある(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女がまた言った。

「別れちゃった彼はね、最初、私のどこが好き?って聞いたらね。
キミのすべてが好きなんだ!って言ってくれたのに~。」




私が言った。

「私が、今までにすごく好きだった人は二人いるかな。 結果的には別れたんだけど、いまだに最高!と思える人だなあ。

私のどこが好き?って聞いたとき、

一人は、子供のとこ!って即答したっけ。

ちなみに、嫌いなとこは? って聞いたら・・
うーーん、と少し考えてから、やっぱり、子供なとこ!って答えた。」



「へえ~。 じゃ、もう一人の人は?」と彼女が聞く。


「もう一人の人はね・・私の好きなとこは?って聞いたら、動物のとこ!って。」


「え~、嫌だ~! なにそれ!」

と、彼女に露骨に嫌な顔をされてしまった(笑)



どうやら、彼女には通じなかったようだけど、私には、どちらも最高の答えだった。

それだけで、わあ! なんてステキな人!と心底思えた(笑)

こんな思い出があるだけで、私は今も幸せなのかもしれない、と思ったりする。



この二人は、僕は別に動物好きではないよ!って言ってたんだけど、

ボロボロになってる動物をみたら、まっさきに保護してしまう人だったことだけは知っている。
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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

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