野生動物の異種間交流と聖書の言葉から

「最近はとくに、凶悪事件やら、戦争とかテロのニュースばかりだよなあ。
なんか、こう、ぐぐっとくるような心温まるニュースってのは、ないもんかなあ?」

と、友人が言った。

あるわけないじゃん!


いや、私が見たヤツで、ひとつあったな~。


ノルウェーに住む、写真家のTorgeir Bergeさん愛犬、Tinni(ティ二)と野生のキツネのSniffer(スニファー)がベストフレンドになっているという記事。

あるとき、バージさんがティ二を連れて森に散歩に行ったとき、一匹のキツネとばったり出くわした。

なぜか、愛犬とその狐は意気投合。

それからずーーと、2匹はこの森で会うたびに、いつも一緒になって冬も夏も広い森の中を元気いっぱいに遊び回る。

こちらがその写真

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バージさんは、このキツネにSniffer(スニファー)と名づけた。

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寒い雪の日も夏の日も。

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二匹はいつも一緒。

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なんなんだ? この仲良しぶりは?(笑)

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バージさんは、彼らの交流を見るたびに、いつも写真を撮っている。

そして、こんなコメントを載せていた。
    ↓
「犬とキツネは行動や性格が似ているところがあって・・・、スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」

https://www.thedodo.com/fox-and-hound-are-real-life-best-friends-1169549384.html




キツネと犬というのは、そもそも天敵のような関係だったはず?
キツネ狩りには犬を使うわけだから。。。


それに、

野生動物は食べることと繁殖すること・・のみで生きている・・それが野生動物なのだ

だから、人間のように遊びのための遊びはあり得ない・・とされてきた。
(つまり、子供同士の遊びに見えても、獲物を獲得するための狩りの練習に過ぎない・・という説)


もしも、この説が正しければ、絶対に野生動物には異種間の交流なんてありえないだろう。


ところが、どう見ても・・この二匹は一緒にいるというだけで幸せそう。


そういったことに気がついて、もう、ずいぶん昔に、この説に対して反論を唱えていたのが、羽仁進監督だったのだが・・・

今では、なーるほどなあ・・と、思っている。


異種間の交流と言えば・・

もちろん、キツネと犬だけでない。


野生のホッキョクグマと仲良く遊ぶ犬だとか、フクロウと仲良しのネコだとか、びっくりするような組み合わせが多く報告されている。


なぜなのだ?

エサをもらえるわけでもないし子作りに貢献できるわけでもないのに・・つまり、お互いに利害関係は無いのだ。
そもそも、利害関係から彼らの心理を探ろうとすること自体が、人間の大きな間違いではないだろうか?


すでそこに、重点を置いて考えてしまいがちな、悲しい人間の性。


理由は何もないよ。
ただ、お互いに幸せだから・・・



それだけの理由すら理解できない人間の方が愚かなのかもしれない。

そして、我々は・・野生動物のことすら、いまだにわかってないのかもしれない。



私は友人とそんなことを話し合った。

「それにしても、ほのぼのするような良いニュースってのは、みんな動物がらみのばっかだよなあ。
人間のニュースは、最悪なのばっかだもんなあ。 これじゃあ、人間嫌いになっちゃいそうだ~。」

と、友人が言う。


「ほんとだよねえ・・サリン空爆に報復して米軍がシリア攻撃をしたとか・・そんなのが一面のトップニュースだったりすると、うーーんざりだよ。」

「そもそも、報復ってのはおかしいよ! しかもアメリカ国家が堂々と報復するってのはさ。
アメリカは、昔っから、国家の中枢に登れる人は、WASP(ワスプ)のみって言われてきた国なんだよ。」

注: WASP(ワスプ)とは、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(英語: White Anglo-Saxon Protestant)」の頭文字をとった略語のこと


「たしかにそうだよね~、 オバマさん以来、ホワイトというのだけは完全に変わったけど・・いまだに、ムスリムは国家中枢機関にいられないだろうしね。」

「だろ? そのプロテスタントの国家中枢が、堂々と報復のための戦争なんて言葉を使うこと自体が大きな矛盾なのさ。」


「でも、歯には歯を! 目には目を!って言葉があるからOKってことなんじゃないの!」

「それは、聖書を読んだことが無い人の誤解だよ。」



おっと、そうだった・・。。。


目には目、歯には歯
出典はハムラビ法典とされているし、また、旧約聖書にも同じ言葉が記されている。

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目には目。歯には歯。手には手。足には足。やけどのはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。
(旧約聖書 出エジプ記21章24-25)



これは、復讐することを奨励する言葉ではなくて、まったく逆の意味なのだ。


紀元前の、この時代の律法では加害者に罰を与えることが出来たわけで・・
ただし、そのやりすぎを案じての但し書のようなものだったらしいのだ。

たとえば、加害者が被害者の片目を潰したとする。
被害者側は超怒りまくって・・今度は加害者の両目を潰した上瀕死の重傷を負わせてしまったとする。

こりゃあ、明らかにやりすぎ。
こんなるともう、被害者の方がもっと凶悪な犯罪者だ。




だから、もしも片目を潰されたなら、片目だけにしなさいよ・・という意味だったそうだ。


そして、こちらは

マタイ伝
   ↓
「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 
しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」
新約聖書 マタイによる福音書 5章38~39節

http://www.christ-hour.com/archive/detail.php?id=93より




こちらは、

パウロによるローマの信徒への手紙からの抜粋
       ↓
愛する人たち。自分で復讐をしてはいけません。神の怒りに任せなさい。
それはこう書いてあるからです。「復讐はわたし(神)のすることである。
わたしが報いをする、と主は言われる。」
(新約聖書 ローマの信徒への手紙 12章19節)



古代の律法でも行き過ぎた報復は禁じられていたし、キリスト教が誕生後は、完全に報復はするな!と言い切っている。


うっ! 
そうなると・・・少し前に流行った、倍返しって言葉があったけど・・・これって、完全に現代の報復を象徴するような言葉なのかもなあ。。。



それにしても・・・

昔からキリスト教国だったアメリカって、なんなんだよ?
ちっとも聖書、読んでないじゃんか!@@


ひょっとしたら、復讐するは我にあり=我=神=アメリカ

と・・超・おバカな勘違いでもしてるのだろうか~?


そうでなければ、国家が堂々と、「報復のため」なんて言葉を公言できるはずもないだろうから。
それで、納得しちゃう国民もまた、真のキリスト教徒ではないってことになる。


「だけどさ、そこはほら・・・大人の事情ってヤツでさ・・聖書で正しいことはわかっていても、世の中、そうはいかない事情ってのが大人にあるって言われるだろ? そうやって、みんなが納得しちゃってるんじゃないかな。」

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「それこそ・・詭弁でしかないね~。
大人の事情ってのは、ほとんどが利害にまつわることだもんね~。
それじゃあ、子供に正しい道なんて示せるわけないし・・いずれは、みんな大人になっちゃうことを考えると、お先真っ暗だよ。」



「仲良しワンコとキツネの方が、ずっと神に近い存在だよね~。」


「そうだね、逆に、自称・敬虔なキリスト教徒と言ってる人のほうが、ずーーと神の世界からは遠い場合も多いのかもね~。」
愛よりも利害関係を先に考えるのが大人だとしたら・・・悲しいよね~。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先ほどのワンコとキツネのニュースで、ワンコの飼い主で写真家のバージさんが、

「スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」とコメントしてたけど、


下記のビデオは、「子ぎつねが捕まって毛皮工場のゲージに入れられていたところを助けた」人がアップしたビデオだ。

こーんな小さなキツネまで毛皮にするために殺すのか・・と、私は初めて知った。。。
そりゃあ、たしかに子ぎつねの毛の方が柔らかいだろうし、上物だろうけど・・。



この子キツネは、助けてもらった人の家で、犬たちと一緒に飼われているらしい。
今では犬とも子供とも仲良くなって、とってもステキな表情をしている。 (1分程度のビデオなんで、どうぞご覧ください。)
     ↓




こんな子ぎつねを殺してまで毛皮にする人もいれば、それを買う人もいるってことだね~。

(そうゆう私も、子供の頃にはキツネの襟巻を持ってたし、若い頃はフォックスコートを持っていたことがあるのだが・・。)


しかし、今は思う。

唯一、動物を殺して食べたり毛皮にすることが許される人々は、厳しい自然環境で生きる原住民だけだと。

彼らは、命がけで狩りをして獲物を捕獲して食べ、また、極寒の冬を乗り切るために毛皮を得る。
そして、それを感謝と共に頂く人々のみが神から許されるのだろう、と。



そう思うと、子ぎつねを捕獲する毛皮工場も、それを身にまとう人々も・・・なんと、あさましい。
神の世界からは遠い人々だ。


だけど・・一方ではそれを救う人がいることも事実だ。

私は、まだまだ・・人間嫌いにはならないだろう。(笑)

WW3(第3次大戦)というワードが検索サーチで最もヒットしたとき

現在、Google検索で最もヒット数が多いのが、WW3(第3次大戦)だそうだ。

こちらのデイリーメール(イギリスでもっとも古いタブロイド紙)の記事から
   ↓
http://www.dailymail.co.uk/news/article-4405550/Google-searches-World-War-3-hits-highest-level-ever.html

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他にもこんなサイトや、

http://michaelbaisden.com/google-searches-world-war-3-hits-highest-level-ever-recorded/

こんなサイトもあって、

http://www.spiritualresearchfoundation.org/spiritual-research/global-issues/world-war-3-predictions/?gclid=CjwKEAjwrMzHBRDW3saA88aT80MSJACbvo1TcZsWAqBKxIswu33atWe9rd938rIAnZ9CBQzdM3CmOBoCb3Tw_wcB

まあ、無理もない。

4月4日にシリアでサリンガスが使われ、多くの子供を含む一般市民が殺害され、

4月6日、トランプ大統領がシリア、59発の巡航ミサイルをシリアの空軍基地に向けて発射

4月12日、AFP通信との単独インタビューで、化学攻撃など「100%でっちあげだ」と反発した。
     ↓
アサド大統領、シリアによる「化学攻撃」は「でっちあげ」 

ロシアとイラン側は、さらなる攻撃があった場合は「武力で応える」と表明

さらに、トランプ大統領は、空母打撃群(CSG)を朝鮮半島に向かわせた。

当然、金正恩はトランプを厳しく非難する。

それに対し、トランプは、北朝鮮が問題を起こそうとしているからだ!反論し中国にも介入を求める




それぞれの国々が緊張状態に入ってるわけだから。

しかも、第二次世界大戦のときとは、武器も戦力も格段にアップしている。

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4月13日、トランプ政権は史上最大の爆弾とされる大規模爆風爆弾、通称MOAB(モアブ)を、アフガニスタンに投下した。
これは、テロ集団のISILを叩くため。



MOAB(モアブ)というのは、全長9m、総重量10トンの最強、爆弾だそうだ。
もちろん、こんな巨大なモノ、戦闘機ではムリ。
   ↓
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たぶん、多くの人が疑問に思ってることだろうけど、

●誰がサリンガスを使って攻撃をしたのか?

今のところ・・明確な証拠は何もないのだ。(最終的に誰もが納得できる証拠なんて出てこないだろうけど。)

しかも・・化学兵器を使い、しかも一般人を殺害すれば、世界を敵に回すことになることは明白なのに・・・。

なのに・・なぜ?

とにかく、トランプは、いたいけな子供たちが殺された映像を見て。すぐにシリア攻撃を決意したそうだ。。。
(なんだか・・いかにも!と思わせる嫌なカンジが漂う。)
完全にシリアだと断定した行動・・ということになる!


そういえば・・911の後、イラク戦争に発展した時、ブッシュ政権による理由は、「大量破壊兵器を保持しているから」という理由だった。

で、結局は・・それらしきものは何も出なかった!

私の母、ただの直感だけで生きてる母は、当時も、「そんなものあるわけ無いわよ!」とあっさりと言ってたっけ(笑)


なんだか、今の時代とも、ちっとも変ってないような・・。


唯一、プーチン政権とトランプ政権が一致してることは、ISIL(イスラム国)の撲滅のわけだけど・・

そもそも、
●ISIL(イスラム国)はなんのためのもの? 誰がバックアップしてる?

ただのテロリスト集団ならば、それほどの資金源もないはずで、すぐに大国に撲滅されちゃいそうなはずなのに・・なぜか、いまだにそれが実行されない。

豊富な資金源、武器はどこから流れているのか?・・というのが疑問。

このような記事もある。
    ↓
「イスラム国」とは何か?


そして・・・

●誰がなんのために世界大戦を招こうとしているのか?


戦争が起こる背景には、経済的な問題(大不況)というのがよくあげられるわけで、これは確かに事実だと思う。
第一次大戦の原因も世界的に同時不況の時代に入っていったという背景もあったわけだし・・また、第二次大戦は、最初の第一次大戦で経済破綻に追い込まれた国々(特に悲惨だったドイツ)に起因してることも多いわけだから。



でも、

もっと深いところで、なんらかの別の意思が働いているような気がする(もちろん、これは私の個人的なもの。)


そんなことを言いだすと、

じゃあ、誰が?
何の意図で?
世界をどうしたいわけ?


なんてことになってくるわけで・・だんだん、陰謀論めいた方向へ進んでしまいそうになる。

たとえば、イルミナティーだとか、フリーメイスンだとか・・・結局、こういった存在は、あまりにも一般人には計り知れない、大きな権力なので、結局のところは、陰謀論ということ一括りにされて終わってしまう。


今回のことにしても、誰がサリンガスを使って攻撃したのか?も、わからないわけだし、ISILを誰が支援しているのかも?
わからないわけで・・。

そんなことを言えば・・911は誰が起こしたのかも?いまだに、正式発表はされてない。
(また50年後には発表されるのかもしれないけど。)

ひとつだけ、誰にでもわかっていることは、

世の中には大きな力が働いて解明できないことがいっぱいあるということだ。


そうったものは、すべて・・陰謀論というカテゴリーに押し込められるのだろう。


現在のところ、トランプが大統領になったからシリアを攻撃した・・という見方が大多数のようだけど・・
「たとえ、ヒラリーが大統領になっていたとしても同じ結果になっただろう。」という見方もまたかなりの数あるようだ。

なぜか私も、そう感じる。(もちろん根拠は何もない。ただ・・そう思うだけ(笑)


一人の大統領の影響だけでなく、もっと大きな何かに突き動かされている、という気がするから。
大統領ですら動かされている。


安倍総理は、米軍によるシリア攻撃について、いち早く「トランプさん!シリア攻撃、僕、大賛成!!アンタは偉い!!」と言ったとか・・

あ、違った!「トランプ米大統領の強い関与を高く評価している」だったかな(笑)

むしろ、この人の方が、ちっとも何にも動かされてない気がしてしまう。
自分自身のとっさの思いでモノを言える人、言っちゃう人?かな?
(いや失礼。言い過ぎか?)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今この状況で世界第三次大戦が起こったしても、不思議はないだろう。

私たち世代が知らないだけで、日本だって第一次大戦や第二次大戦を経験してきたわけで、第二次大戦では悲惨な戦争体験をした人々だっていたのだから。

平和な世界なんて、ある日簡単に崩れる。

たとえ、周囲を頑丈な壁で囲って平和を維持したところで、それが100年続いたところで、ある日突然崩壊することだってありえる。

カルカソンヌの城壁都市(人気漫画「進撃の巨人」の舞台では?とも言われてるらしい)
      ↓
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ただ、多くの人が思うのは、天変地異で死ぬのは諦めがつくけど人為的な戦争で殺されるのには耐えられない、ということらしい。
しかし、大災害でさえ、人為的な自然破壊の結果生まれたもの、と考えられなくもない。

どこまでが人為的か天変地異か偶然の出来事なのか・・そんな境界線すらわからないのだから。


私たちが出来ることは、感じることだけだ。

世界第3次大戦というキーワードを検索した人が多いということは、それだけ、多くの人が「戦争による不安」を感じているからだろう。


ネガティブな何かがどんどん大きくなると、海のうねりとなって、いつかは巨大な波となって押し寄せる。
海にいつも波があるのはなぜ?

世界は、そんなふうに出来ているのかもしれない。

そして、わたしたちはその波を構成する、一粒の泡のような存在かもしれない。


今でも、どこかで戦争が起こっているということは・・・異常な精神状態になっている人々がいっぱいいるということだ。

恐怖で逃げ惑う人々、肉親を殺されて怒り狂う人々・・これは被害者側だけど、
逆の、攻撃を仕掛けた人たちも、また狂気なのだ。


ちょっと気分が悪くなるような写真だけど・・。
      ↓
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https://www.quora.com/What-do-Americans-think-about-the-atomic-bombing-of-Hiroshima-and-Nagasaki#!n=66

第二次世界大戦時のアメリカ兵たち・・・たぶん日本兵の髑髏らしい。

3人とも満面の笑顔で・・もちろん後悔の念なんかない! 
お国のために正しいことをしたと思っているから。

そう思わなきゃ、戦えない!
人は殺せない!


もちろん、こんなことは・・どこの国でも同じことだろう。
参加させられる当事者は、あえてでも、自分を保つために狂気に変身しなければならない、ということだ。

ネガティブな波は、大きくなって地球のどこにでも届く。

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世界を巻き込むことになる。


一抹の不安でも、多くの人が思えば思うほど大きくなって、不安色の波が押し寄せることになる。


・・・・・・・・・

ま、いざとなったら・・私はネコを抱えて、逃げられるだけ逃げるだけだ。
新たな「試練の旅、冒険」と思うことにしよう。

そう思う他、ないだろう。



そう言ったら、

キミは、本当に戦争の地獄絵図のような悲惨さを見てないからだよ!と怒られた。

確かに・・私はナマでは見ていない。

でも、経験の無い者を怒ってどーすんだ?

「じゃ、どうすればいいと思う?」と、私が聞くと、

「誰にもどうにもならないんだ!地獄を見るだけなんだから!」



そんなネガティブな回答は聞かなかったことにする(笑)

そして、

地獄の中でも希望のかけらを探してやる~!
絶対、ある!!
と、思っているから。

スターウォーズとジョーゼフ・キャンベルの世界観

「今年また、スターウォーズが公開されるらしいな。やっぱり見なきゃな。」
と、ある中年男が、にんまりしながら言っていた(笑)

スターウォーズかあ。

スター・ウォーズ(Star Wars)といえば、ジョージ・ルーカスが作った映画シリーズだ。 正確にいうと、スペースオペラと呼ぶらしい。

タイトル通り、宇宙戦争(Star Wars)を描いた、今までで最高の部類に入るSF宇宙モノといえるだろう。

大ヒットを飛ばし、グッズやゲーム、本までもが売れたんだから。 
あるときはグッズの売り上げだけでも、映画の興行収入の2.5倍、約1兆円も売れたとか。

こんなに儲かった映画なんだから、まさに、笑いが止まらない!!


日本でも大ヒットを飛ばしたわけだし・・もちろん私もスターウォーズは全シリーズを何回も見た。

そりゃあ面白かったから(笑)

今までにないCGを駆使した映像の壮大さ、華やかなアクションとストーリー性に釘付けになったものだった。

また細部に渡って考え抜かれた衣装や髪型、宇宙船のデザインや小道具、音楽、カメラワーク、CG技術など、どこに注目しても優れていたと思う。

まさに、派手でエンターテイメント満載のハリウッド映画
ビッグな商売人、ジョージ・ルーカスに脱帽!


と思ったものだ(笑)

ストーリーといえば、正義の味方と悪者が登場して、最後は完全懲悪のいかにもアメリカらしいパターンだろう!

お決まりのパターン!
いかにもハリウッド映画だろうなあ・・と思って見始めたのだが・・・



ところが、見ていくうちに、
びっくり!

ストーリーを通して東洋的な哲学思想が流れていることに気がついたからだ。


そもそも、ジェダイの力の源とされるフォース

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生まれつきフォースに敏感な者は、目には見えないこのフォースの「流れ」を感じ取り、更にそれを制御して自由に操作することが可能である・・・と、Wikiにまで説明されてる(笑)


ようするに、これは東洋で言うところのエネルギーのことじゃないか!・・と、たぶん日本人ならすぐに気がつく(笑)


そういえば、こんなシーンを覚えているだろうか?

Planet Dagobah(惑星ダゴバ)でルークが、沼に沈んでしまったX翼戦闘機を引き揚げようとするんだけど、出来ないのだ。
ルークはまだ若くて未熟者だからね~。

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そのとき、ヨーダがルークに言う言葉がこれ
  ↓
Life creates it, makes it grow. Its energy surrounds us and binds us.
(生命がフォースを作り育む。フォースのエネルギーは、ワシらを囲んで結びつけるのだ。)

You must feel the Force around you.
( お前の周りにあるフォースを感じなさい。)


Here, between you, me, the tree, the rock-everywhere.
(ほらここに、お前とワシとの間にもある。その木との間にもその岩との間にも、あらゆるところにあるのじゃ。)

Yes, even between the land and the ship.  
(そうじゃ。あの戦闘機と岸の間にもあるのだ。)


ルークは、そんなあ・・。無理に決まってんじゃん!とふてくされ顔。
立ち去ろうとするルークをしり目に、

ヨーダはフォースを使って戦闘機を岸まで運んで見せる。

えええ!!
I don't believe it.(し、信じられない!!)

と、ルークが言う。

そして、ヨーダが言う。
That is why you fail.
(信じられないからこそ失敗したのじゃよ。)



フォースは人にも木にも岩にも・・どこにでもある、という考え方って・・・
「神羅万象は気から作られている」という東洋思想と同じじゃないか!

と、そのとき、私は思ったものだ(笑)


これが、アメリカのハリウッドの娯楽映画なのか~?



ついでだから、スピリチュアル的なセリフをいくつか抜粋してみよう。


Our meeting was not a coincidence. Nothing happens by accident.
●出会いは偶然ではない。 偶然に起こることなんて何もないのだ。(さだめなのだ。。)


最愛の人を失う恐れに悩まされているアナキンがヨーダに尋ねるセリフ
    ↓
But you can't stop the change, any more than you can stop the suns from setting.
●運命は変えられないの。夕日が沈むのを止められないように。


うう・・なぜか切なくなるような・・おしゃれな表現。


以下はヨーダの言葉
   ↓
Death is a natural part of life.
●死は生きることの一部でもあるのだ。


まさに、死生観?


Fear is the path to the dark side. Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering.
●恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じるものだ。


●Careful you must be when sensing the future, Anakin. The fear of loss is a path to the dark side.
未来を感じる時は用心が必要なんだよ、 アナキン、喪失への恐れは暗黒面につながるのだ。


●But beware of the dark side. Anger, fear, aggression. The dark side of the Force are they.
フォースには暗黒面もある。怒り、恐怖、敵意 。それが暗黒面だ。



●Is the dark side stronger?
暗黒面の方が強いの?


●No, no. Quicker, easier, more seductive.
いや、そうではない。 入りやすいのだ。
(素早く、たやすく、そしてひきつけてしまうものだ。・・・という意味で。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、目隠ししたままだと戦えないというルークに対して、オビ=ワン・ケノービが言うセリフ
   ↓
●Your eyes can deceive you. Don't trust them.
目が見えるとかえって惑わされる。
(目はおまえを欺くものだ。 見えるものを信じるな。)


まるで武士道のような。。。
目に頼って見るな。感じろ!ということか~。



ルークがヘルメットで目を覆ったまま光線をはね返した際、ハンが「まぐれさ」と言うのに対して、

●In my experience, there's no such thing as luck.
経験上、成功にまぐれなどない



これもまた、剣道の極意のような・・
   ↓
●Judge me by my size, do you?
わしは小さいから弱いか?


yoda fighting

●No different. Only different in your mind.
サイズは何も違わん。そう思い込んどるだけだ。


たしかに、剣道を究めめたものは、体の大きさや若さでもなかったよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ライトサイドとダークサイドをどうやって見分けるの?」という問いに対して

●You will know, when you are calm, at peace, passive.
自然に分かる。心を平静に、無の境地にひらけば。


・・・・・・・・・・・・・・

ハンとレイアが苦しむ未来を見てしまい、彼らの安否を尋ねるルークに対して

●何とも言えん。未来は絶えず揺れ動くものだ。
Difficult to see. Always in motion is the future.


未来は決まってなんかいない?


こちらは、ルークにフォースの解説をするときのセリフ
    ↓
●It’s an energy field created by all living things. It surrounds us and penetrates us. It binds the galaxy together.
生命体が作り出すエネルギーの場で、銀河全体を覆い貫き、銀河系すべてを結びつけているのだ。


●Luminous beings are we, not this crude matter.
生命は光り輝く存在だ。肉の塊ではない。


・・・・・・・・・・・・・

こうやってみていくと、まるで、スピリチュアルのオンパレードのようなセリフばっかりだ。
まさしく、そこには東洋哲学思想が流れているかのようだ。


スターウォーズには、原作本というのは存在していない。
あくまでも、ジョージ・ルーカス自身の感性から生まれてきたものだ。



アメリカ西海岸生まれの彼が、どうやって、そんな感覚を習得したのだろう?

子供の頃からジョージは、大のSFファンで、車大好き、コミック大好き少年だったという。

そして、彼が大きく影響を受けた人は、Joseph Campbell(ジョーゼフ・キャンベル)だった、と本人自身も語っている。



ジョーゼフ・キャンベル : アメリカの神話学者、文学者、講師、比較宗教学者で、アメリカ人にとって、従来の宗教を離れて精神世界を模索しようとする人々たちにとっては、バイブル的存在とも言われている人。



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右側の言葉は、こんな内容→あらゆる宗教はどれも真実だ。それを暗喩的に理解するならば真実なのだ。
しかし、それを事実として自分自身の暗喩や解釈としてとらえてしまえば問題になるのだ。



キャンベルさんは、子供の頃、ネイティブ・アメリカンの工芸品を見たのがきっかけで、すっかりネイティブ・アメリカンの文化に魅了されてしまい、ネイティブ・アメリカンの研究をするようになったそうだ。


それから神話研究の世界に入っていったという。

こちらに彼の名言集がある。(なんとなく、これを見ただけでも彼という人がわかることだろう。)
    ↓
ジョーゼフ・キャンベル名言集


ジョージ・ルーカスは、ジョーゼフ・キャンベルの影響を受けた。
そして、ジョーゼフ・キャンベルは、ネイティブ・アメリカンに影響を受けた
ということは・・・

こりゃあ、東洋哲学思想と言い切れないようなあ~、と気がついたのだ。


東洋哲学思想=ネイティブアメリカン哲学

そもそも、この2つは、ひどく類似点が多い。

神羅万象に気が宿る

この底辺にあるものからして同じなんだから!
場所も人種も違うのに?



そう考えると、別にこれって、東洋独自のものではなかったのかもしれない、と思えてくる。
本来、世界中の人間の根源に流れていたものかもしれない。



ただ・・
西洋文明の方が先に進んでしまったために、多くの西洋人が忘れてしまった感覚だった・・というだけのことかもしれない。


ふと、そう、思ったのだ。



キャンベルさんは、最初にスターウォーズをみたときに、「私はスターウォーズが大好きだ」と公言したそうだ。
これは、神話の「英雄伝説」を完全に体現している、と言ったそうだ。

そりゃ、そうだろう。

そもそも、キャンベルに心酔したジョージ・ルーカスが作ったわけだし。




キャンベルさんによると、神話の「英雄伝説」には、同じ行動パターンがあるという。

彼自身の名著「千の顔をもつ英雄」にも述べられている。
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「英雄とは困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」


スターウォーズの中で言うと・・

ルークは地味に農作業の手伝いをしている青年だった。
ある日、ジェダイの騎士と出会う。

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ルークはジェダイの騎士と共に新たな世界へと飛び出す。
さまざまな困難を乗り越えながら、多くを学び、強大な帝国軍、悪の化身ダースベーダーと壮絶な戦い。

ルークは多くの試練や苦難を乗り越え、ついに悪の帝国をうち倒す。
そして、ルークは彼を待つ仲間のもとに帰還する。




ハン・ソロもまた、別のタイプの英雄だろう。
     ↓
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う、若かったよなあ・・ハリソン・フォード(笑)

まるで海賊のようなならず者。
自分でも、「正義のため、なんぞ・・クソくらえ!俺は金のためにしか働かないぞ!」って言い切る男。


ところが結局、相棒のチューバッカと共に命がけで人助けをしちゃう男。





人間というのは、面白いものだ。

いざとなったとき、普段はとっても良い人だったのに、人を押しのけてまで自分だけ助かろうとしたりしたり、また逆に、普段はワルのくせに、いざとなると、人を助けちゃう人いるのだから。
(飛行機事故で絶対絶命のピンチに陥ったとき、乗客がシートベルトで動けない子供を踏みつけて我先に脱走した話もあった。可哀そうな子供は踏みつけられて死んだのだった・・。)


まさに、スターウォーズからのセリフを借りれば、
恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じる」だ。


恐怖心は、品行方正の善人ですら、あっと言うまにダークサイドに落としてしまう。。。


ところが、ふだんは悪人と言われている人でも、英雄的行為をしてしまうこともある。


むしろ・・そういった人の方が魅力的なのかもしれない、とくに・・女性にとっては。(笑)
ふだんは悪ぶってるくせに、いざとなると・・勇気・正義の塊になる男ってヤツに。


ならず者のハン・ソロと気の強いレイア姫、生まれも育ちも違う二人。
当然のごとく、いがみ合う2人。

レイア姫が、「これからは私の命令に従って」 と言うと、

I take orders from just one person…me! 「俺に命令できるのはこの俺しかいねえ!」 と、ハン・ソロ。



ところが、この二人が恋に落ちるのに時間はかからない。

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それにしても、ハリソン・フォード、めっちゃ若い!



たしか最初の大ピンチのときに、レイア姫が、I love you! と告白すると・・
ハン・ソロは、I know..知ってるさ。・・・と応える。

また別のシリーズの中で、ピンチに陥ったとき、
今度は、ハン・ソロがI love you! というのだ。
すると、レイア姫がI know..わかってるわ。と応える。

こういった見せ方も、ちゃんと心得ている(笑)

なかなか盛沢山の映画だ。




もちろん、スピリチュアルなセリフだけでなく、こんなのもある。

●Twice the pride, double the fall.  
自信が増せばその分挫折も大きくなる。

●All who gain power are afraid to lose it. Even the Jedi.
力を得た者はそれを失うことを恐れる。ジェダイさえもだ。

●I should think you Jedi would have more respect for the difference between knowledge and wisdom.
ジェダイには「知識」と「本物の知恵」の違いに敬意を払ってもらいたい。

●The more you tighten your grip, Tarkin, the more star systems will slip through your fingers.
力で締めつけるほど反乱は広がるわ。(手で強く握りしめればしめるほど、手からすべり落ちていく)

●The day we stop believing democracy can work is the day we lose it.
民主主義を捨てる日は、民主が滅びる日。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、スターウォーズ・・・英雄伝説、大叙事詩。

2015年の公開からは、ルーカス・フィルム(ジョージ・ルーカスが設立した会社)から、ウォルト・ディズニー・ピクチャーに権利が移っている。

このお馴染みのロゴの映画会社だ。
    ↓
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とにかく、ウォルト・ディズニー会社が権利を買い取ってしまったのだ。


そのため、ジョージ・ルーカスの意見はほとんど無視されて製作されたとか。

2015年に、完成したスター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)を見たとき、ルーカスさんは、ひどくがっかりして、こき下ろしたそうだ(笑)

もちろん・・すぐに謝罪を入れたそうだけど。


そりゃそうだ!
さらに、バージョンアップして、大成功を収めたんだから。
世の中、金がモノを言うのだ(笑)

評判も賛否両論でまっぷたつに分かれるとか・・。



実はこの作品に限っては、私はまだ見ていない。

その後の、ルーク、ハン・ソロ、レイア姫も、登場してくるんだとか。(まるで往年のファンを楽しませるための企画か?)

でも・・こんなに変わった3人を、あまり見たいとは思わない私だ(笑)
   ↓
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(左から、レイア姫、ルーク、ハン・ソロ)

おそらく・・ディズニー映画になってから、東洋哲学=ネイティブアメリカン哲学や、登場人物の深い心理的葛藤など・・そういったメンタル面が希薄になってしまったのかもしれない。
その分、もっとエンターテイメント性を増したのかもしれない。

もっとも、私は見ていないんだから・・これは、ただの私の想像に過ぎない。


1977年 スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
1980年 スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲
1983年 スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還

1999年 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
2002年 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
2005年 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

ここから、ディズニー映画になる。
       ↓
2015年 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)
2017年 スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)
2019年 未発表(エピソード9) コリン・トレヴォロウ



まあ、それは・・それでいのかもしれない。

別に、旧作のルーカス作品にしたって・・
精神性や人間心理の機微に感動を覚えた人もいれば、そんな部分はまーーたく気がつかず、大活劇のエンターテイメント性に感動した人もいたことだろう。


それでも・・ジョーズ・ルーカス & ジョーゼフ・キャンベルの感性は、彼らの無意識の、心の深層部分に刻まれているはずだから。

哲学思想なんて、なーんも知らない子供の心にも、何かが残っているのかもしれない。


なんだか知らないけど・・ヨーダってカッコいいんよな~って言う子供もいるくらいだから(笑)


心に残る映画というのは、そうしたものかもしれない。


ジョーゼフ・キャンベルの英雄伝説のように、
「困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」

みんな、そうなるべきなのかもしれない。


あ、そういえば・・もうひとつ、ジョーゼフ・キャンベルの言葉があった。
   ↓

僕たちは「世を救うという華々しい英雄」ではないにしても、
英雄たちと同じように、自分の内部における精神的、心理的な旅をしなければならない。

世界を救う旅路ではなく自分を救う旅に出かける。そうすることであなたは世界を救うことになります。
いきいきとした人間が世界に生気を与える(神話の力 より)




そして、スターウォーズで、何度も出てくるフレーズ。

May the force with you.
フォースと共にあらんことを!


まずは・・自分の気も、周囲の気も・・「感じること」から始めなければならない。(笑)

物語から見る「歳を経て霊力を持った動物たち」

知人の家のネコは、22歳だという。
写真を見せてもらったところ、とても22歳とは思えないほど若々しかった。

こちらは、ニュースに載っていた長寿ネコで24歳のお誕生日の写真だ。
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Daily Newsの24歳のネコの記事から

知人のネコは、これよりもはるかに若々しくて12-3歳程度にしかみえなかったけど・・
まあ、人間同様それぞれだ。

それに・・・22歳くらいで驚いちゃいけない。
たしか、クリーム・パフというネコは38歳まで生きたそうだから。
Creme Puff (cat)

たぶん、こんな時代も
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こんな時代も
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経てきたことだろう。
飼い主さんと共に。

ちなみにネコの寿命は、少し前までは10年くらい、と云われてきたけど、今では15歳くらいまでに延びてるそうだ。


ネコに限らず、稀に、はるかに平均寿命を超えて長生きするものがある。


それが自然界の動物の話となると、
〇〇池に住む大蛇だとか、山の中に何百年も生きている大鹿だとか、妖魔と呼ばれる大狐だとか・・

そんな話は古今東西いっぱいあって、そのうちオカルトチックに扱われたりして、なんだかもう、胡散臭い話に思われたりもする。
でも実際のところ、平均寿命を超えて超長生きした個体もいたはず。

ネコだって、平均寿命が10年だとか15年と言われてたって、その倍以上も生きたネコがいるくらいだから。
もちろん寝たきりで延命治療を施した長生きとは別のことだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、いくつかの話を思い出した。
これは小説や物語の話なんだけど・・まんざら、フィクションとも言えないような気がしたのだ。

◆巨大な鯉の話

これは池波正太郎さんの、いわずと知れた鬼平犯科帳の「大川の隠居」という話から。

鬼平といえば、極悪の盗賊どもをバッタバッタと退治するような派手なアクションのイメージだけど・・この話には、まったくそんな派手な捕り物シーンも登場しない、地味~な話だ。

元盗賊だった老船頭の舟にたまたま長谷川平蔵さんが乗せてもらう。

おそらく、こうゆう舟のことだろう。
    ↓
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日本橋の南詰から江戸橋へ出て渡り、思案橋のたもとの船宿加賀屋に入る・・と書かれていたので、そこは、かなりの、昔の繁華街だったはずだ。

現在の日本橋あたりか?・・まだ埋め立てられず、江戸の下町、大川(現在の隅田川)が流れていた頃、
タクシー代わりに船宿に頼んで舟を使ってた時代の話だ。

思案橋あたりから、遊郭のある吉原に行くか、それとも芝居小屋の多い堺町に行くか思案したんで、思案橋と名づけられたと古い住人から聞いたことがある。
どっちにも行ける要所だったってことだろう。


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http://satueitai.exblog.jp/20777125/


舟宿というのは、舟の手配をしてくれる他、釣り舟の手配、料亭&居酒屋のような社交場も兼ねていて、さらに男女のあいびきにも使わてたとか。

江戸は縦横に河川や運河がめぐらされていて、べネツィアにも匹敵する水運都市だったため多くの舟宿が存在してたそうだ。

池波正太郎さんの時代物を読んでいると江戸の情景がリアルによみがえってくる。・・ただの想像なんだけどね~(笑)
江戸の料理だけでなく、四季の風物詩も満載されていて・・タイムスリップした情景が浮かんでくるのだ。
行ったこともないくせに~(笑)

夜、長谷川平蔵は友人と舟宿で料理と酒を楽しんだあと、また大川に舟を出してもらい途中で一服していると・・・老船頭のところに、巨大な鯉が姿を見せる。

老船頭は言う。
「あれは大川の隠居なんです。 大川の隠居が現れた次の日は必ず雨になりますよ。いくら今、月が出てたって雨なんです。
隠居は、わしたちの声もちゃんと聴き分けてるし、こうやって呼びかけにも応えて、たまに姿を見せてくれるんですよ。

隠居、もう行くのか~。じゃあ、またな~。」


と、古い昔馴染みにでもあったような声をかける船頭。

長谷川平蔵は、巨大な鯉にびっくり仰天。
ちらっと見せた鯉の目は、まるで・・鯉の目とも人の目ともつかないような・・・と感じる。

「いやあ、しかし・・実にいいものを見せてもらった。」と彼は思う。


私はなぜか、このシーンがとても印象的で、鯉の寿命ってどんなものなんか?と調べたのだ。

●コイの寿命は平均20年~70年、それ以上の個体も存在する。
●鯉は雑食で、貝類、水中昆虫、水草、土中の有機物質を食べ、大きいものは153センチで45キロという記録もある。
●長寿のものは210歳になった記録がある
(もっとも、これは天然の鯉の話で養殖の鯉は別、特別な餌で太らせたり手をかけるので短命だそうだ。)

実際、こーんなのもいるくらいだし・・
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雑食でたくましく汚れた水の中でさえ生きられる鯉は、鯉の滝登りの伝承から鯉のぼりにもなったそうだ。
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ちなみに、登竜門とは、鯉が滝を登って龍になるという故事から作られた言葉だそうだ。

そうすると、この大川の隠居の描写も、充分に実際にありえるかも!

●もしも、興味のある方は、ぜひ‥小説でお読みください。
TVドラマシリーズの中にも、「大川の隠居」があるんだけど・・ストーリーもエンターテイメントに作り替えちゃってあるんで・・。

または本を朗読したものを、YOutubeで見つけたのでこちらを
      ↓
鬼平犯科帳・大川の隠居




さて、もうひとつ池波作品で思い出したのは・・


◆狐の話

これは、剣客商売というシリーズのひとつなんだけど・・・やはり、悪者退治の派手な話ではなくって、やっぱり地味系。

剣術大好きな男がいるのだが、この人、めっちゃ弱い!
ところが、ある武家の娘と恋仲になって・・二人で添い遂げようとするものの悪者連中に狙われて二人で逃げ回る日々。

もう、二人で死ぬしかないのか・・とまで思い詰めてると、
そこに、昔々、その男の恋人によって命を助けられたことがある、という白い狐の化身があらわれる。

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その狐の恩返しの話なんだけど・・それほど甘い話ではない。

狐の化身が言うには・・

「私の大恩あるお嬢さんを助けるために、あなたに乗り移ってあなたを強くしてあげます。
ただし・・私が乗り移れるのは3年だけ。 その3年の間に、あなたは死に物狂いで剣術の稽古をして本物の、天下無双の剣客になってください。」

その狐はもう、すでに死んでいる。 しかし死んでから霊狐となって、今では伏見稲荷の狐になっているのだが、二人のことを心配して姿を変えて江戸にやってきたんだという。

それから彼は、人が変わったように稽古に励む。

ふと・・道場で彼のすさまじい稽古ぶりを見ていた秋山小平(剣客商売の主役で、剣の達人の老人)が、道場の片隅にたたずむ何かの気配を感じとる。

はて? 何も見えないのだが・・何かがじっと彼の稽古を見守ってる様子。
しかも、なんだか人の気配とも違うような・・しかし、何かが、たしかにそこにいる気配だが・・。


修行を積んだ剣客ともなると、以前にもアップした記事、武士道と刀のスピリチュアルにも書いたけど、
見えない気配(気)を感じる能力もずば抜けてくるようだから。

それは、剣の達人となった老人、秋山小平だけが感じ取れた気配かもしれない。

狐という動物は昔から霊力を持つとも言われてる。

妖狐


●この剣客商売もTVドラマ化されて「狐雨」というシリーズも入っているんだけど・・また、これも原作とは違う内容になってしまっている。
最後のオチで、狐の恩返しやら狐の霊の話は、恋人の娘が彼を強い男にするための作り話だった・・と変えられてしまっている。
地味な話をエンターテイメントのドラマにするには、それも仕方ないんだけど・・やっぱり、原作の小説をお勧めする(笑)




◆ヒキガエルの話

アマガエルなら、ちっちゃくてグリーンでかわいいんだけど、ヒキガエルとなると、ちょっとなあ~。
いぼいぼがあって毒を持つというし・・なにより色が汚い。

だけど、されど・・ヒキガエル、これがまた不思議な力を持つと言われてたようだ。

ヒキガエルが式神となって登場してくるのは、夢枕獏さん、または、岡野玲子さんの漫画の中の 陰陽師シリーズ「蟇」(ひさ)という作品。

蟇という漢字は、がま、とか ひき(ヒキガエルのひき)と読むらしいけど・・ここでは、ひさと読ませてる。


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さて、本題の蟇(ひさ)の話だが・・。

応天門に妖(あやかし)が出て怪異があったというので、安倍晴明と友人の源博雅が調べに行くことになった。
866年に応天門の変が起こった。応天門が放火された事件だ。

その裏には藤原一族と名門・伴氏の足の引っ張り合いが潜んでいたらしいが、いわゆる政権争いだろう。
最終的には伴氏が真犯人とされて、一族は死罪にされたり流刑されたりして、ことごとく処罰された事件だった。

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そのとき、伴氏が宿敵に呪いをかけるために使ったのが、流刑の地の佐渡から持ち帰ったヒキガエル(蟇)だった。
怨念を吸いこんで相手に災いをもたらすようにして、甕に入れて土に埋める。

ところが、うっかり・・呪詛を見られてしまったために失敗し、逆に伴氏が失脚することになる。


この物語では、安倍晴明が伴氏に起こった事件の真相を探り、最後に蟇が埋められていた甕を発見する。

すると・・・ぴょーんと甕から飛び出したのだ。
干からびて死んだはずの蟇が雨水を吸って、自ら生き返った。

博雅が言う。
「人の目をしてるぞ!
気味が悪いから、捨ててしまえ!」

「いやいや、これは人の気と歳経た蟇の気が練り合わされたとっても強いものだ。
めったなことで手に入るものじゃないぞ。」


と、安倍晴明さんは嬉しそう。

持ち帰って、その後、式神として使うようになるのだが、今度は美しい昔の装束の女性となった姿で現れるようになる。

こんなふうな、唐風の奈良時代を思わせるような式神だった。

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http://komurovski.blog.fc2.com/blog-entry-27.html



そもそも天安門事件が起こったのは、866年
安倍晴明が生まれたのは、921年とされてるから、そのとき、晴明が30歳だと計算しても・・85年も生きてることになる。

この蟇は少なくとも・・・百年以上は生きてる!ってことだ。


ヒキガエルというのを調べ見ると、日本神話で神様とされている。
    ↓
多邇具久(たにぐく)

たにぐくと呼ばれていたそうだ。

万葉集その三百六十八(谷ぐく=ヒキガエル)によると、

「谷ぐく」とはヒキガエル、いわゆるガマの古名で、「谷間を潜(くく)り渡る」
あるいは「谷間の陰湿地に住んでククと鳴く」ことに由来するとも言われている。



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そのほか、こんな記述もみつかった。
    ↓
●万葉集にも登場しているし、夏の季語として、「蟇/蟾蜍(ひきがへる)」「蟾(ひき)」「蝦蟇(がま)」が使われるそうだ。

●大槻文彦の「言海」には、蟇(ヒキ)は「気によって小虫を引き寄せて食べる蛙という伝承」の記述がある。

●漢籍においては、「蟾蜍(せんじょ)」は兎(ウサギ)とともに文字色月の象徴。月中蟾蜍。
夫の羿を裏切って一人で不老不死になろうとした嫦娥と言う仙女の伝説が由来である。

●日烏と呼ばれる3本脚のカラスが太陽を象徴したのに対して、月には陰気の動物であるヒキガエル(蟾蜍)またはウサギ(月兎)が棲むとされた。


●東アジアの美術にしばしば登場するモチーフである。「蟾蜍」の名はまた、文具の「水滴」の別称にも流用されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ、物語に登場する、信じられないほどの長寿な動物の話はいっぱいある。
(おっと・・狐の話は、すでにこの世のものではなかったけど・・。)

これは、私がたまたま気に入ってる、3つの話をあげたまでだ(笑)

そのほか、大鹿、大蛇など・・数えきれないくらいある。

ただの物語とはいえ・・いづれの作者も古い伝承や文献からヒントを得て書いていることを考えると・・まったくあり得ない、フィクションとは言い切れないように思う。

いずれにも共通することは、

超長生きしてる
霊的な力を持っている


ということなんだけど、

長生きした結果霊的な力を持ったのか、霊的な力を持っているから長生きができるのかは不明。
両方とも同時でどっちも!言えることかもしれないし~。

自然の中に生きて人間と関わらない動物でさえ・・・晴明さんが言うように・・人の気を吸って生きたことで霊的なパワーを持つようになるのかもしれない。

スピリチュアル的表現をすると、自然霊が宿った生きもの、または、人の霊が宿った生きもの・・・になっているのかもしれない。


だから、
「人の目をしている」・・のだろうか。。。
いやいや、たしかに動物の目には違いないんだけど・・なぜか、まるで人のような表情を持つ目に見える、ということだろう。

そうやって年を経た自然の生きものは、人々の守り神になるのか、それとも邪神となるのか?

時と場合によって・・また、関わる人によって・・彼らはどちらにでもなれる存在という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、家庭で飼われたペットたちは、また別だ。
家族の中で特定の人の中だけで、年月を過ごしてきたわけだから。


それでも・・かなりの高齢になって白内障を患っているようなペットですら、

見えない目で、じっと見つめられるとき、
まるで人間のような目をしてるな~って、感じるときがある。

以前私も、年老いたネコに、「大丈夫だよ。わかってるから。。。」
と・・・言われた気がしたことがあった。(←そう、思い込んだだけとも言えるけど、私としては、今でもそう思っている。)


別に寿命が短くても長くても、それが幸か不幸かなんてわかりようもないし、また、どっちがいいとも悪いともいえないわけだけど・・

それでも、異常に長生きしているものには、まるでヨーダに対するような・・・ゆるやかな畏敬の念を覚えてしまう私だ。

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星を見ることから始まった占星術と天文学

これは、Mono Lakeという場所の夜空、ミルキーウェイの写真
       ↓
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カリフォルニア州の北、ヨセミテの方角でほとんどネバダにも近いあたりだとか。

こっちもカリフォルニア州、California Coastal National Monument
      ↓
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先日休暇を取ってナショナルパークへ出かけた人から、夜空の星が大きく美しいのに驚いたって話を聞いたばかり。

そうなんだろうなあ・・・。
しかし、都会で星は見えない。

都会で星が見えない理由は、

●都市部の夜間照明
●空気の透明度の低下

だそうだ。

スモッグがあって、夜でも明るい街中では星なんか見えないだろう。


スモッグといえば・・これは、上海の大気汚染された街並みだそうだ。
   ↓
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まるで、濃霧に覆われた朝みたいじゃないか~。

私の住んでいるところは、比較的朝晩、霧が発生する地域なんで・・・たまに、早朝、こんなカンジになることもあるのだが・・
しかし、霧ならば晴れるけど、大気汚染となると、こりゃ、たまったもんじゃない!

中国都市部では大気汚染のために視界がゼロに近くなり、飛行機が着陸できないことさえあるという。


これじゃあ、星どころじゃない。


さて、満点の星空の話に戻そう(笑)


「実に美しい星空だったよ~。
古代の人もこうやって星空を眺めたのかと思うと、悠久のロマンを感じるよなあ。」


と、その人は言ったけど・・・
古代人、星空、悠久のロマンなんて言葉を聞いて、ふと、古代の天文学と占星術のことに思いを馳せた。


昔々、天文学と占星術が一緒だった時代。

古代の人々は、天体を眺めて観察しているうちに、地上で起こる天変地異や人々にも影響を及ぼしていることを知ったのだろう。
そこで、さらに観測し、天体の動きを予測することで、地上で起こることも予測しようとした。。

それが、天文学であり占星術であったそうだ。

英語でいうところの、
天文学を astronomy (アストロノミー)
占星術を、Astrology (アストロロジー)
 

と今では区別されてしまったが、

両方に共通する接頭辞のアストロ(astro)というのは、古典ギリシア語の astron という意味だそうだ。





紀元前の昔、高度な文明を持っていたといわれてるとこがある。


その有名どころは、

シュメール、メソポタミア、マヤ、など。


その文明が、インド、エジプト、東アジア、ギリシャなどに渡っていくことになる。


しかし・・・すべての文明の発端は、「星をみること」から始まったのだ。


夜は真っ暗だった時代、寝ないで夜空を見続けた人がいたんだろう。
(きっと、どの時代にも人と違うことをするタイプはいただろうから。)

じーーと観測を続けていると、ある星が周期的な動きをしてることに気がついた。


あれ~? いつも、あの花が咲くころにあの星はあそこにくるし~、あの鳥が飛んでくる時には、あの星はあそこにいるなあ~なーんてことに気がついて、

まず、星が周期的な動きをしてるらしい?、というところに気がついて、
どうゆう周期で動くんだろう? あっちの星はどうだろう?
じゃあ、次には、どこに動くんだろう?

星の周期に焦点をあてて観測、さらに次の動きを予測しようとしたようだ。


同時に、そこではじめて、時間という概念が生まれた。

そう、我々が当たり前のように思っている、時間だって、古代人の星の観測から生まれたものだ。


そうでなければ、愚かな人間たちは、明るくなって朝がきて起きて食べ物を探す。だんだん暗くなって夜になったから寝る・・・なんだか知らないけど、そうゆうものなんだよなあ~、と生活してただろうから。(←まるで現代人とほぼ一緒(笑)


ところが、星を眺めて色々と考えた人たちがいてくれたおかげで、
天体の周期を知り、季節、時間、というものを知るようになり、暦を作り出すまでになったのだ。

暦というのは、現代人にとっては、ただのカレンダーで、「きょうは何日?」を知るくらいのものだろうが、古代人にとっては画期的なものだった。
雨期や乾季の時期を知り、農耕がはじまれば種まきの時期を知り・・・どれだけ、人々の生活に役だったことだろう。

そして、どれだけ文明を発達させていったことだろう。


その証拠に、数々の建造物が残されてる。
正確な天体の動きを理解していなければ、こんなものは作れないだろうから。


◆ストーンヘンジ(イギリス)
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紀元前3050年頃から紀元前1600年頃にかけて築かれた巨石遺跡。祭壇石を中心に、30個の石が直径30mの円形に配され、そこから100mの場所にヒール・ストーンと呼ばれるもうひとつの立石があり、夏至の日、ヒール・ストーンと祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る。

◆アブ・シンベル神殿(エジプト)
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「ヌビアの遺跡群」の一つであるアブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラメセス2世が築いたもの。
正面入り口に建つ4体の巨大なラメセス2世像が配置され、この入り口から60mほど奥に進んだ至聖所に、さらに4体の神々の像がある。 春分と秋分の朝、入り口から差し込む朝日は、まず入り口のラメセス2世像、続いて神々の像を照らす。


◆チチェン・イツァ(メキシコ)
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ユカタン半島のチチェン・イツァは、5世紀半ばから7世紀末、また、11世紀から13世紀にかけて2度栄えた古代のマヤ遺跡。
後期に建てられた9層のピラミッドでは、春分と秋分の日没時、巨大な蛇が表れる。
その正体は太陽の影。北面中央に設けられた階段の横に、天から大蛇が降りるごとく、上から下へ光と影のジグザグ模様が浮かび上がる。



どの建築物も、秋分・春分の太陽の位置を計算した上で意図的に建築されたものだ。


つまり、時間の概念が生まれ、数学が生まれ、建築学も生まれ、同時に神秘を知り、宗教も哲学も生まれ・・あらゆる学問のもとになっていったのだろう。

すべては星をみることから始まっている。


●紀元前3000年頃のシュメール文明では、季節が冬と夏の2つで、1か月29日か30日の12か月の比較的簡単な暦を作り上げたといわれている

古代エジプトでは、定期的にナイル川の氾濫に悩まされていたようだが、それが恒星シリウスの観測から、次の年の増水開始までの日数を数え上げ、1年が約365日であることを知ったそうだ。

マヤ文明では、かなり正確な暦が作られていて、火星や金星の軌道も計算していたそうだ。
高度な数学も発達させて、20進法を用いて、ゼロの概念を発明されていたそうだ。




そういえば・・

マヤとはメキシコ先住民の言葉で「周期」、マヤ文明とは「時間の文明」という意味なのだそうだ。 (メキシコ・グアテマラ先住民のマヤ族)
古代マヤ文明とは
マヤ文明_Wiki 


マヤ人は、自ら「マヤ=時の民」と称したくらいだから、彼らは時間の神秘の謎を解き未来を知ることを研究することに専念していたのかもしれない。

もっとも、これはマヤ人だけではなく、おそらく・・すべての古代文明の人たちに共通することだろうけど・・特にマヤ人たちは、その謎の解明に心血を注いだのかもしれない。


マヤ暦というのは、現在でも頻繁に耳にするくらいだし(笑)



未来を予測すること、もちろん、それは現代で言うところの、占星術
天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測する。


世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。



そのために、人類はあらゆる学問を発達させてきた・・・といえるかもしれない。


天文学と占星術からはじまり、数学、物理、天文学、哲学なども発展させてきたけど・・すべてはひとつに融合するものだった。
それが現在のように別物として扱われ、分業していくのは、主に19世紀に入ってからだそうだ。

古い時代の学者に限って、多くの肩書を持つ人が多いのはそのせいだ。

たとえば、
レオナルド・ダビンチ・・・画家であり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など


ダビンチほどじゃなくても、一人でいくつもの分野を手掛けてる人の方が当たり前、という時代だった。

「真理の追究」をしていけば、多くの分野にまで及んでしまうのは自然の流れだろうし、そもそも、現代のように、カテゴリー化する感覚すらなかっただろうから。


古代マヤ人たちが遺した重要な考古学資料の中に、チラム・バラムの聖なる予言書というのがある。

マヤの神話から始まり、古代からの研究成果である大宇宙の循環を記したものや宇宙の真理にまで及んでいたのではないか?といわれているが・・。

マヤ滅亡後もずっと、代々の王族に受け継がれてきた20巻にも及ぶ貴重なものだったそうだ。
しかし、その多くはスペイン人が占領したときに焼き捨てられてしまったそうだ。


そういえば・・マヤ人たちは二十進法を用いていたそうだ。
一方、バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法を用いたそうだ。



60進法の基本は、
10 というのは両手の指の数で、12は太陰暦の1年=12ヵ月というのをすでに知っていたので、
そ の最小公倍数であり、かつ、 2, 3, 4, 5 の最小公倍数にもなるんで、60というのが生まれた




たぶん、そうだろう。。。


そういえば、東洋占星術で用いられる干支というのも、六十進法が基本になってるんじゃないだろうか?
「甲子」「乙丑」というように十位と十二位の組み合わせで表現されているわけだから。


ということは、東洋占星術はバビロニア・メソポタミアの流れを汲んでいるのかもしれない。


さて、ここから、占星術の話をしよう。

今では、大きく・・ざっくり分けて、東洋占星術と西洋占星術に分けることができる。
(なぜか人って分類するのが好きだよなあ~)


もともとは、ひとつの西洋占星術がインドに渡り、それがインド占星術となり東アジアや中国へと伝わり、東洋占星術の基礎になったとのではないか?って話だ。


東洋占星術には四柱推命や九星気学、算命学など様々な占術があって、それらをまとめて東洋占星術と呼んでいる。

東洋占星術と西洋占星術も、地球上全ての存在は宇宙の中の一つという概念がもとになっている。

ただ、大きく違う点は、

西洋占星術では、万物を生成する要素は「火」「地」「風」「水」の4つと考えられている。

東洋占星術では、陰陽五行説を元にして「陰」と「陽」という二つの概念と、「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素が万物を生成していると考えられている。


じゃあ、東洋占星学の方がより細かい分類をしてるから西洋よりも優れてるかって?

いやいや、簡単にそんなことは言い切れないのだ。

西洋占星術では生年月日と生まれた時間、生まれた場所から、10個の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星)が、生まれたときにどこに位置していたかを示す「ホロスコープ」と呼ばれるチャートを作成することからはじめる。

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占星術師たちは、この星の配置図(ホロスコープ)を分析することで、まずは、その人の性格、才能、運命などの基本パターンを知ることができるのそうだ。

一方、東洋占星術では、まず人体星図というのを製作するそうだ。
     ↓
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東洋占星術は、一定のサイクルが繰り返し循環していくという考え方がベースになっているのに対して、西洋占星術では、「今このときの惑星の配置」に重点をおいて分析していく。

なので、東洋では時間を循環するものとして捉えるが、西洋では一本の直線として捉える・・・なーんて話も聞くけど・・・

そんな単純なことではないだろう(笑)

両者とも、循環を繰り返す中にも個の特異性があることも知らないはずはないから。


ドイツの天文学者で、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、1571年12月27日 - 1630年11月15日)という人がいる。

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そうそう、あのケプラーの法則で有名な人。

どっかで聞いたけど忘れちゃったぜ!という人のために・・
ひとことで言っちゃうと・・・ケプラーは、太陽の周りを楕円をえがく軌道で地球が回ってるという地動説を確定的なものにした人だ。

詳しくはここ
   ↓
http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=5369


ケプラーさんは、天文学者でもあったけど、同時に、数学者、自然哲学者、占星術師でもあった。

まず彼は、ピタゴラスの神秘哲学に深い影響を受けていたそうで、宇宙秩序の根底にある「数の法則」というものを研究している。

そもそも、ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説いていたそうだから。

なんだそりゃ?

オクターブ(8度音程)は、1:2
5度音程は、2:3
4度音程は、3:4

音楽の経験がある人なら、すぐピンとくるだろうけど・・これは、ド・ミ・ソ~♪の響きだ。

ド・ミ・ソ
シ・レ・ソ
ド・ファ・ラ~

たしかに、これは調和的な響きだ。


さらに、天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測した。

それを「天球の音楽」と呼んだそうだ。(←なんとも、ロマンチックな・・)

たとえば、

月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)・・ほぼ、1:2
水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)・・・3:2

など。

惑星の運動法則を見出した天文学者、ケプラーさんは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じている。

それぞれの惑星の音律まで記している。

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ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律


天空で奏でる惑星たちの音楽

音楽をまた数学で表すこともできるし・・そして、それは天文学でもあり、宇宙の調和を数字や音で表したものといえるだろう。


現在でも、西洋占星術ではアスペクト(天体間の角度)の法則が使われているが、それもまた、ケプラーに由来するものだろう。


ピタゴラスからはじまりケプラーへ。

それもまた、星を見ることから始まっている。



さて、それでは・・現代の占星術はどーなんだろう?
東洋占星術であれ、西洋占星術であれ・・

古くは、天文学と密接に結びつき、自然の理を知り世界を知り己を知るために研究されてきたものが、現在ではすっかり、似非科学に追いやられてしまったわけで「星占い」と呼ばれるエンターテイメント要素の強いものになってしまってる気さえする。


もちろん、りっぱな占い師さん、鑑定士さんと呼ばれる人たちもいるけど、

ふと、思うのだ。

彼らはどうやって学んでいる? どうやってその知識を得たんだろう? と。


おそらく、それぞれの流派があったり、また個人の先生に弟子入りしたり、学校で学んだり、さまざまだろう。

しかし、元となるものは古代の文献のはず。

しかし、占星術は中世期にキリスト教の弾圧を受けて焼き捨てられてしまった書物の方が多いのだ。
まさに、マヤのチラム・バラムの聖なる予言書が、野蛮なスペイン人たちによって燃やされてしまったように。


そんな中で、わずかに残った文献から、後世の人たちがそれを読み解き伝えてきたものがもとになってるのではないだろうか?


でも・・それだけでいいのか?
文献を読み解き、それを伝えることだけで・・

未来の予測が可能になる??


もっとも古代の書を読み説くだけでもそれは大変な苦労だろう。
しかし、それだけで終わってしまい、それだけで論じてしまってるとしたら?

占星術のベースは天文学にある
星の動きにある。


それが前提にある以上、
現代を予測するのに現代の夜空を見上げることがなければ、現代はわからないのではないだろうか?



たとえば・・最近起こってること。


私はたまに、宇宙天気ニュースというサイトを見るのだが、それによると・・

去年の暮れには太陽の黒点がほとんどなくなり、ゼロを更新していた。
これは、氷河期到来か?と思っていたところ・・

今年に入って、今度は逆に異常に黒点が増えだし、4月に入ってその数、50にもなり、Mクラスの太陽フレアーを起こしたそうだ。
あっちこっちでオーロラも観測されている。

なんだこりゃ!
黒点が増えたり減ったりの周期は11年といわれてたのに、もう、めちゃくちゃじゃないか!@


黒点については、以前のブログで書いたことがある。
   ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?




さらに、数々の天体衝突、拡大する自然災害、相変わらず続く野生動物の大量死などなど。


現在の占星術の占い師さんは、こういったことも考慮して占い結果を出してくれているんだろうか?
いやいや、どうも・・そうとは思えない(笑)
(ただし、ここでは占い師さんといっても霊感を使うような人々は除いて・・の話だ。
あくまでも研究した学者としての占い師さんについてだ。)


せめて、こういった変化に着目して研究されるんだろうか?

いや・・これも、どうも・・そうとは思えない(笑)


天体と地上のできごと、そして個々の人間もまた天体から影響を受けているというのが大前提である以上、

占星術の占い師さんならば、毎日のように星を眺めて天空の変化にも気がつかなければならない。
そもそも天文の知識がベースに必須なんじゃないかな?

と、思ってしまう私だ(笑)

これは別に・・現在の占星術師にクレームをつけてるわけじゃない。
そうゆうものなんじゃないかなあ?という、私の疑問に過ぎない。


どの占星術を使っても、個人が持って生まれた性格、性癖、志向性などというものは、たしかに当たってることが多いなあ、とは思うけど・・・残念ながら、それどまりって気がしてしまう。


それ以上のことは、やはり・・天体を観測しないと、これ以上は行き止まりなんじゃないだろうか?
古代エジプトで、シリウスの動きとナイル川の氾濫の関連性を発見したように。


おいおい、それじゃあ、NASAは何やってんだ? (←もう、占い師さんの話どころの話じゃないなあ。)
肉眼で見るしかなかった時代とは違って、高性能な天体望遠鏡で見てるんだろうに~。

彼らは何を研究してるんだよ!


古代の人は、星を観察することで、

天体と地上のできごと、そして人間は天体から影響を受けている。

まず、これに気づいたのだったな。

そして、さらに研究をはじめた。

なんのために?

天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測するために。
世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。


そうだったはず。。。


その結果、さまざまな学問が生まれて分化していくうちに・・
たぶん、すべての分野の人々が、本来の目的からかけ離れてしまったのではないだろうか?

天文学者も、数学者も、哲学者も、音楽家も・・・もちろん、占星学の占い師さんたちも。



科学技術が高度に進んだ現代では予言などというものは迷信の一種としか扱われなくなった。

それでいて、現代人はコンピュータとカオス理論を操って未来を予知しようと企てている。

カオス理論の超簡単でわかりやすい説明はここ
    ↓
カオス理論とは




NASAでは、新しい天体の発見や地球に衝突しそうな惑星をチェックしているんだろうか?
(いや、国家の兵器開発のため・・って噂もあるけど(笑)

地震学者は地震の予知をしようと試みる。

だけど・・・

現代科学の粋を集めたスーパーコンピュータでさえ、明日の天気ですら確実には予知できないという。

そりゃそうだろう。

コンピューターにだって、初期値を入力しなきゃならないんだから。

一枚の紙切れを高層ビルから落としてそれがどこに落下するかなんて、スーパーコンピューターだって、ピンポイントで予測は無理無理。

しかし、
占星術は似非科学で予言は迷信と言いながら、コンピュータを使った地震予測や天体の動きを予測することは予言とは違うんだろうか?

なんだか矛盾を感じてしまうような・・(笑)
どの分野も違った方向へ行ってしまってるような・・

なんのために勉強するんだよ~(←落ちこぼれ小学生の気分で言ってみる。)

もう一度、古代人のように星を見ることから始めてみるか~

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サイコパス的価値観が蔓延する時代の生き方って?

たしか、どこかの東洋占星術のサイトだったと思う。

古代から占術は帝王学のひとつであり主に王侯貴族に用いられてきたものだったが、
現在は各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本となる。



そんなことが書かれていて、あー、なーるほどなあ、と思ったことがあった。


時代によって価値観が変わるのは当然だし、また個人によっても一般的ではない価値観を持っている場合だってある。
そうなれば、一般論の占いには当てはまらないことだってあるだろう。


実は私も、若い頃に、相性と結婚運を観てみらったことがあった。

「うーーん、このお相手との相性はあまり良くないようですし結婚運もよくないかもしれません。
運気が波乱万丈になりそうだし安定した結婚生活が送れない可能性が高いでしょう。それにお子さんにも恵まれないかもしれませんね。」


と、占い師さんに言われたことがあった。


「え? 私、子供はいてもいなくてもいいです。それに・・波乱万丈は、むしろ望むところだし、夫と頻繁に派手な喧嘩をしても構わないし~、ただ何があっても二人で苦難を乗り越えていける関係というのが私の理想なんですけど。」

と言うと、
「あ、それなら、むしろ相性がいい関係かもしれませんね。」と言われた。

え? 占いってそんなものなの?(笑)


また、相手が外国人だったり、年齢差10歳以上離れていたり、お互いが晩年の結婚だったりする場合は、通常の相性鑑定には当てはまらないのだそうだ。

じゃ、そういうケースの占いってどーなるんだろう?とは思ったけど、いまだに答えは得られてない。


たぶん・・・この「通常の相性鑑定」というのが、現代の一般的価値観をもとにしてたんだなあ、と、このとき気がついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたまに、日本の時代劇映画やドラマを見ることもあるのだが・・

近年、なんだか見ていると違和感を感じてしまうことが多い。


なぜなら、現在の人々の感覚のまま作られちゃってるから!

現代の価値観で善悪までもジャッジしてしまうような作り方になってるような点が・・どうにも違和感が残る。
これじゃあ、ちっとも時代劇じゃないよな~、と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)


たとえば・・戦国の姫君たちが、「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか、「私というものがありながら側室を持った」、「他の女に子供を産ませた「とか、
「戦は嫌だ!」とか(笑)


おいおい、これはまさしく現代の価値観そのもの


戦国時代ならば「領地を拡大し家名をゆるぎないものとして存続させる」ことが男女ともに第一の目標であり、それが価値観にもなっていたんじゃないのかなあ?

だからこそ、少しでも勝ち戦をして領地を広げる。

ただし戦ばっかりしてれば、莫大な資金を費やし大事な兵士も失う可能性もある。

そこで上手な外交政策も必須。

それが姫君たちの役目だったように思うのだ。
また嫁ぎ先の事情をスパイする役目も担っていたかもしれない。

そんな大事な役目を託されて嫁ぐということは、むしろ姫君たちにとっては名誉なことで喜んで敵地に嫁いでいった人たちも多かったかもしれない。
機転が利いて賢い姫君だったら、見事にやり遂げたことだろう。


となると・・

「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか「戦は嫌だ!」

というのは・・・まさに現代人の個人主義的な思いだ。

たしかに男尊女卑の時代ではあっただろうけど・・すべてに身分制度がものをいう時代。
しかも戦国時代ならば、いくらでものし上がるチャンスがあった時代。

女性であっても、城主の奥方ともなれば旦那を別にすれば自分がトップの立場になれるし、いくらでも政に采配をふるえる。(もちろん能力があれば・・だけど)

まして戦国時代、コロっと旦那の城主様が討ち死にでもしてしまえば自分が頂点に立って采配をふるうこともできただろうから(笑)

今川義元のお母さんの寿桂尼(じゅけいに)さんなんて有名だよね。

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一方、男性側は、家の繁栄と存続を守るために領主が側室を持つことが必須だったし・・また、男色も当時は認められていた時代だ。
むしろ、「男同士の恋愛は美学」・・なんてことさえ聞いたことがある。


同性愛が良いか悪いか、美学かキモイだけのものか・・なーんてことさえ、時代によって変わるのだ。


当時、恋愛結婚ができたのは身分の低い人たちだ。(藤吉郎とおねさんみたいに。)
気ままに個人主義を貫けたのは、身分の低い人たちの特権だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

もしも、私が戦国の世の大家の跡継ぎに生まれて、15-6で出会った百姓娘に惚れてしまい、
家も跡継ぎの立場も家来たちも全部どーでもよくなってしまって、みーんな捨てて家を飛び出したとしたら・・・・

そりゃ、ひょっとしたら抹殺されたかもしれない。
それとも・・ほかに兄弟姉妹でもいれば、死んだことにされて諦めてくれたんだろうか?

いずれにしても、時代の価値観に逆行して生きようとすることは、決してラクではなかったことだろう(笑)


だからこそ、占いサイトにも書かれていたように・・時代の価値観に即して生きることこそが、生きやすい生き方なんだろう。



では、今の価値観とは?

たまたま、In Deepというサイトで、あるブログ記事をみつけたんだけど・・
ここに、まさに私が漠然と思っていたことが書かれていたので、ちょっとびっくりした。
    ↓
サイコパスとその理念が世界を動かしている「悪意の時代」の中で

抜粋すると、このように書かれている。
    

「アメリカから始まり西洋(および多くの西洋の影響を受けている国)全体に広がっている現在の社会は、全体が《サイコパス的》価値観に支配されている」



そう、現在の価値観は《サイコパス的》価値観なのだ。
しかも・・身分制度がなくなった現代は、階級には関係なく、すべての人々に《サイコパス的》価値観が蔓延してしまっている

そんな気がしてならない。


そして、サイコパスの定義はこのように書かれている。
     ↓

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの定義

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的



こういったサイコパス気質を持ちながら優れた能力を発揮して、なおかつ、巧みに「道徳的な行動」にカモフラージュさせて、「世のため人のために貢献している」ことををアピールできたならば、多くの人々の心を掴むことができる。

そうなれば、頂点に立つことがでできる時代なのだ。

サイコパスをベースに、プラス、才能とカリスマ性で、時代の寵児、ヒーローだ!
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これが、特権階級のみならず、一般庶民の間にも蔓延してしまっていることが怖い時代かもしれない。


たとえば・・身近なところで私たちの職場をみても、多くの会社が、第一目標は「いかにして儲けを出すか」
会社の上層部も社員たちもその理念のもとに、出世&給料アップを目指して突っ走っている。

もちろん経営理念に、「がんがん、ひたすら儲けること」と謳ってる企業は見たことがないけど・・(笑)
    ↓参考までに
Googleで経営理念を検索する

目標は売上アップのみ。 
会社側も社員も、相手を蹴落としてでも勝ち組となることを目指す。
そして負けたヤツは本人の力量不足なんだから当然!とばっさりと切り捨てる。



どんな立派な経営理念を掲げても・・・これがまさに、ホンネに思えてならない時代。

これじゃあ、多くの企業がブラック企業と紙一重なのかもしれない。


その結果、(これもIn Deepからの抜粋だけど・・)

見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、宗教は精神性を破壊しているばかりだ」 – マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)



まあ、そりゃ当然の結果だよなあ。


もちろん昔から、ガンガン金儲けしてビッグになることを目標にした人は多かったことだろう。

貧しければ貧しいほど、そう願うのは当然だろうから。


しかし・・それでも、

人々の間にはやっていいことといけないことの境界線がひかれていたように思う。


どんなに手っ取り早く売り上げを伸ばせる方法がわかっていても、これだけはやってはいけない!という境界線を持っていたように思える。

法に触れるからというよりも、それは人道的・精神性から来るものが大きかったように思うのだ。

それでも、もしも非人道的なことをやっちゃった人は、法で裁かれる前に社会的制裁が加えられることになったことだろう。


現代と大きく違う点は、
「人道的、モラルの境界線」から「法律に触れて告訴されないギリギリの境界線」へ変わっってしまったように思える。

それも社会全体、人々の価値観全体が。


・・・・・・・・・・・・・

ウチのじいちゃんは、江戸商人の出だったそうだ。
そのじいちゃんから、子供の頃に聞いた話がある。

「昔は、いちいち証文やら売買契約書なんてものが無くても、口約束だけで取引することも多かったんだ。」
と、じいちゃんは言った。

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江戸の商魂 (講談社文庫) 文庫 より




「え? そんな危ないことしてたの? 商品持ち逃げされちゃったりお金を返してくれなくなったり、大変だったんじゃない?」

「そんなことは一度もない! 商売仲間は信用で貸し借りも売買もしてたからね。
もしも、相手を裏切るようなことをすれば、あっと言うまに同業者に広まり、そいつは二度と商売ができなくなっただろうからね。
だから、そんなことをするヤツはいなかったよ。」

「へええ、今じゃ考えられないなあ。」

「それどころか、関東大震災で店が潰れたときは、大阪の知り合いの商人が無期限無担保で資金を貸してくれたもんだよ。
どうぞ使ってくれなはれ! あんさんの器量を見込んでお貸ししますよってに、って。
それで、ワシは店を再興することができたんだよ。」


それは・・当時の人たちが持っていた、義理とか人情ってものだろうか?

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倫理観、モラル、人としてのプライド

仁・義・礼・智・信というのは、かつての日本人の精神性に刻まれていたものだったと聞く。


たぶん、武士であっても、商人であっても、当時の人たちには、そういった精神性が心の奥に刻まれていたのだろう。

だからこそ一線を越えない。
心情的に超えられない。


どんなに儲けるためでも家を守るためでも・・超えてはいけない境界線を意識していた人が多かったように思う。



古い時代というものは、野蛮で残酷な殺戮の時代というイメージがある。
私も、そう思っていた。

首を切って処刑するとか自分で腹を切る切腹だとか・・

こりゃ、たしかに、スプラッターだ。


では、現代は、もっと人道的で優しい時代になったんだろうか?

答えはNO!!

むしろ、視覚的スプラッターをきれいなオブラートに包んだだけで、残酷、冷酷、非常さはもっと増したのかもしれない。

過労死、薬害、自殺も増えているわけだし、
戦争で多くの人々を殺戮しているのも事実だし。


倫理観、人情といった精神性を失いつつある現代だからこそ、罪悪感もなければ後悔することもない人も増えている。
そのうえ、むしろ、そういった人こそ、トップにたったり称賛の的になったりする。

そんな時代なのだから。

それをサイコパスと呼ぶわけだ。


サイコパスに動かされている時代。
それが一般的価値観になってしまった時代。




しかし・・

それでも多くの人は、もう心の奥で気づいているんじゃないかなあ。


今の時代って、なんかヘン。 なんか狂ってる。


世間に順応できない若者が増えたり、「引きこもり」になったり、
うつ病を患ったり。
スピリチュアル系にはまる人が増えたり。


なーんとなくでも、現代の価値観で生きられない人は、そうやって病んでしまうか、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。


醜いものに蓋をして逃げ出したい気持ちはよーくわかるなあ。

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見なかったこと、聞かなかったことにしちゃう!
そして、ほんわかした世界で生きようとする。

私も、つい・・そうしがちだったから(笑)


だけど・・逃げ場を求めて自分の世界に籠っていていいんだろうか?


スピリチュアル系で使われる言葉で、グラウンディングというのがある。

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グラウンディングとは「地に足つけてしっかりと現実を生きる」ことをいいます。
また、目的達成や集中力、「今、ここに居る」という意味もあります。
グラウンディングが出来ていない時は意識が身体の外側に向き、現実から心が離れて心身のバランスが取りにくくなります。



この世に生まれてきて現実を生きている以上、現実と関わりながら生きなければいけないんじゃないか?
たとえ、それがどんな現実であろうとも。


私も最近は、そう思うようになった。


それには、精神性レベルにおいて強くなること。
サイコパスに動じない強さを持つこと。
現在の価値観に合わせることではなく、自分の価値観に現実を変えていくこと。




おっと、その前に・・まずは自分の価値観を確立させることかもしれない。

青少年の頃から、少しづつ自分の価値観を作っていかなきゃならないわけだけど・・・そういうと、ご年配の方々は
「昔のように、学校で道徳を教えるべきよ。」

なーんて言う方々も多いが、これも、ちと問題かもしれない(笑)


私の子供時代にはたしかに道徳の時間というのがあったはずなんだけど・・一番つまらない授業で眠かった記憶しかない。

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それでも、よーく思い出してみると、答えが全部、はじめから決まっていた気がするのだ。
お年よりに席を譲ること、何事も最後までやり遂げること、人に親切にすること・・・それが正しいことで正解。

子供でも、そのくらいの正しい答えは知ってた。
みーんな正解だった。

ただ、それがなぜ? ということは知らなかった。

すでに知ってる常識や善悪だけを叩きこまれるだけの、だるーい授業だったのだ。


そう思うと、その当時から・・少しずつ世の中は狂いだしていたのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・

ここでまた、戦国武将の話に戻すけど、

彼らは幼少の頃の教育は、主に知識人である僧侶が行っていたことが多かったようだ。

禅宗の寺に預けられて、必読書となるのが「四書五経」
和歌や風流を学ぶためには、『源氏物語』『伊勢物語』も使われたそうだ。

参考に
 ↓
戦国大名が『源氏物語』を読んだのはなぜ? 戦国武将と意外な読書の遍歴

禅問答といわれるとおり、はじめから正解を教えて叩き込む教育ではない。

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あくまでも自分の頭で考えさせる教育だったという点は現代の教育とは大きく違っている。



さて、子供たちへの道徳教育ってどうなんだろう?
まず先生から教育が必要だったりして(笑)

道徳教育は一歩間違えば善悪の押し付けや洗脳になってしまう危険性もある。

学校で道徳教育を受けたはずの私だけど、その記憶すらほとんどないんだから、まったく受けてなかったことと同じわけだ~。

たぶん・・寝てた(笑)
絶対・・寝てた(笑)

道徳の時間=寝る時間という記憶がほとんどだから。

そんな不真面目な子は洗脳されることだってなかっただろうけど(笑)


教育の基本というのは、自分の意思で考え何かを選択していく力をつけるってことかもしれない。
そう考えると・・たぶん今の学校教育では、とくに精神性の教育は無理かもなあ。


せめて大人が出来ることは、ニュートラルな立場でまっさらな状態から、多くのことを見聞きできる状況を与えてあげることだけかもしれない。

どれが良いことで悪いことなのか・・お互いに話し合い自分で模索しながら、自分の価値観を作っていけるように。



そして、価値観が構築できたなら、

やはり大事なことは・・・

どんなに最悪で生きにくい世の中であっても、やっぱり現実から逃げてはいけない気がする。

あるスピ系の人々は、地球外知的生命体とのチャネリングやら、死後の世界や前世を模索し、同じものを共有できる仲間ウチの世界だけで生きるそうだ。 
むしろ、その方が魂の向上になりアセンションができるそうだが・・・。


でも、それも一歩間違えば・・現実逃避か、偏った選民思想を作り出すことにもならないだろうか?



そもそも現実を無視して蓋をしてしまえばスピリチュアルの意味すらないように思う。

肉体があるってことは現実に生きろ!ってことだと思うし、スピリチュアルとは、現実を生きるための知恵とパワーだと思っている。


むしろサイコパスな価値観が蔓延する現代だからこそ、私たち一人ひとりが自分の価値観を構築して生きる時代がきたのかもしれない。


そう考えると、現代も決して悪いことばかりじゃない。


最初の占いサイトにあった言葉、
「各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本」


それに、私なりの訂正を加えると・・


世の中の一般的価値観に合わせて生きることではなく、自分の魂が命ずる価値観を現実と融合させていくこと。
ほんの少しずつでも。


それが最終的に、自分で「生きやすい」場所を作っていくことじゃないだろうか?

そうゆうところに価値観を見出した占いがあるかどうかは知らないけど・・


戦国時代じゃないけど・・・我々の現代も日々戦いなのだ(笑)
自分の良心がNOと言ってるときは、声に出してNOと言わなければならない。

それも現実に足をつけて生きることの第一歩かもしれない。

強い精神力を鍛えて。
地に足をつけて。

負債(借金)ってなんだろう?

「3月15日かあ・・・。また、負債上限問題でぎりぎりまでもめるんだろうけど、どうせ最終的にはデフォルトを回避するように決まるんだろうよ。」

巷でちらっとそんな会話を耳にして・・

あ、そうか~。アメリカは2017年の3月15日で、債務上限の引き延ばし期日が来るんだったよなあ・・と気がついた。


日本は負債の上限額というのは定められてないけど、アメリカは借金の上限を決めている国だった。


たとえば・・ある家庭で、どうしても今50万円が必要になのに、そのお金がない、
こりゃ、やばいぞ!!

って状況だとする。

で、どうするか?

そりゃあ、どこぞで借金して50万円ゲットしてくるしかない。


でも・・そんなことばかりしてたら、いつかは借金が返せなくなってしまって破滅するだろうなあ。
そこで、夫婦で話し合い、今回の借金はやむを得ないけど、ウチの借金の上限は100万円までにしよう・・と決めた。

これなら、次のボーナスを当て込んで、なんとか返済できる金額だろうから。



ところが、国家というのは一般家庭とは違う。

返済期限を引き延ばす。
せっかく決めた借金限度額を上げる。


そんなことが出来てしまうんだから(笑)

お金が無ければ、その分のお金を作ることができるのだ(笑)



そりゃあ、もちろん、議会で可決しなけりゃダメだけど・・デフォルトを回避し、世界経済を安定させるためならば、それも致し方ない。・・・ということで、最終的には議会で可決される。

ずーーと、そうゆうことが続いているんだと思う。



でも、それじゃあ、日本のように上限額を決めていなくても同じことじゃないかなあ~。
それでも、せいぜい、行政の予算案に一定の歯止めをかけるくらいの効果はあるんだろうか。

もしも、歯止めがなければ、某国のように、各省庁がそれぞれ予算を少しでも多くゲットすることだけに躍起になってしまうだろうから。


で、日本国の借金は、1062兆円 過去最大で、それを国民1人当たりに換算すると、837万円なんだそうだ。

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【図解・行政】「国の借金」の推移


私は経済の知識は無い、まったくのシロウト。

だけど、なんだかヘンじゃないかな~?って思うことはいっぱいある。


そもそも、なんだって国民一人当たりに換算するんだ?

だって国民が作った借金じゃないし・・・そもそも、足りなくなったらお金を作れるような国家と個人を一緒にしても仕方ないんじゃないか?

もっとも・・「国家を作っているのは国民一人一人なのだ。 国民が選挙によって政治家を選んでいるんだから。」なーんていう人もいるけど、どうも、最近ではそうは思えない。
学校で学級委員を選ぶように、総理大臣を選べるわけではないし、そのシステムですら、グレーの部分が多いんだから。


国民一人当たりに換算して、「みなさんは、一人当たり837万円の借金を抱えてることになりますよ~。」
なーんて言うところの意味はなんだろう?

だから、税金アップするしかないでしょ?
そこんとこ、わかってね!


・・・国民に税金アップさせるための政府の思惑だ!って言っている人もいるけど。(笑)



そもそも国の借金といっても、それを、どっから借りたことになってるんだ?

たぶん、国が発行する国債、それを誰かに買ってもらう事で国は資金をゲットしているのがほとんど。
つまり、国債というのは、「日本国政府」が発行する「国の借金証書」。

で、買ってる誰かとは・・・そのほとんどが国内の金融機関、 つまり銀行とか郵便局とか保険会社ってことだ。

もちろん、個人だって、国債を取り扱っている金融機関や郵便局などに口座を持って国債は買える。


私は国債なんて買ってないから、国にお金を貸してないぞ!
なーんて言ってる人だって、おそらく、お金を預金してるはず。

国民がそこにお金を預けてるってことは、日本国民が国にお金を貸してるってことになる(笑)

つまり、お金の流れは・・ 国民→金融機関→国

だったら、なんで・・国民一人の借金が837万円なーんて、数字を産出されなきゃならないんだ??



へんな話だよなあ。。。

へんだなあ?と思うことはまだまだある。


国の大借金の原因を政府の正式答弁では、こう言ってるらしい。

歳出面において
①急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加
②バブル崩壊以降の景気対策に伴う公共事業関係費の増加

歳入面において
①バブル崩壊
②リーマンショック等による景気後退
③減税による税収の落ち込み



へえ? そうなんか~。


でも、実際のところ・・私は国のバランスシートもPL表も見たことがないんでわからない。
(バランスシートとは、日本語でいうところの貸借対照表であり、PL表は損益計算書)


それで色々と探してみたんだけど・・財務省のホームページでは、我が国の予算・決算という、おおまかなものはあったけど、ちゃんとしたバランスシートもPL表もないのだ。
    ↓
財務省のホームページ


え? ない?

でもなあ・・・まさか、国民には公表してないけど・・ちゃんとしたものは、いちおう政府にあるんだよな??

だからこそ、急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加、リーマンショック等による景気後退なんて原因を追究できたんだよね?

でも、それを公開してない。。。


マトモな企業だったら必ず存在してなきゃいけないものだ。
それこそ・・いい加減なものだったりすれば、脱税を疑われるだろうし、東京国税局査察部(通称マルサ)がのり込んでくることになる(笑)

無い!なんてことは、ありえない。 あってはいけないことだし~。



個人の家計にしたって、ちゃーんと月々、立派な家計簿をつけてる人だっている。

ある日本人夫婦で、奥様は専業主婦なのだが、彼女は会計ソフトのQuickBooks(クイックブックス)を使い、すべてを入力し、月末には、バランスシートとPL表を作成している。

QuickBooks(クイックブックス)とは、アメリカで多く使わててる会計ソフトで、たしかに使い勝手のいい優れものだ。

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それを見れば現状分析も出来るし今後の展望も見えてくるわけだし、ちゃーんと、ご主人に毎月提出してサインをもらってるとか(笑)

ご主人は、「わかったから・・やめてくれよ!」と言ってるらしいけど・・。

ユキちゃん(奥様の名前)は、「私は家計を預る以上、正確に記録する必要があるし、あなたはちゃんとそれを見て納得して承認する義務があるの!」と、ご主人に言ってる。


とにかく、数字を見れば、どんな人でも概要はつかめるだろうし、また、プロともなれば、怪しい部分も数字から判断できることもあるだろう。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる。



だけど、それが無ければ、また、それを見ていない私たちには、なーんも判断が出来ない。

言われるがまま、だ。


例えば・・以前に、某都知事が出張費5000万円も使ったとか、公金の横領してるとか、なーんて話もあったけど、都庁ではそういった会計上の記録はどーなってんだろう?と思ったものだ。

収入と支出をすべて記録しないんだろうか?

今月の収入額 xxxxxxx円
 XXXの税金 xxxxx円
 XXXからの賄賂 XXXX円

今月の支出額 xxxxxxx円
 その中に、都知事の出張費5000万円
 内訳は、ホテル代 一泊15万円x10人x10日で、1500万円

 

なーんて具合に(笑)


しかも、それを月々、都民にちゃんと公表しちゃえばいいのに。

都民はそれを回覧して、何が必要か不必要経費かを分析する。
で、都民からの質疑応答にちゃんと対応する。

たぶん、ユキちゃんだったら、そうするだろうけどなあ(笑)


国も県も、そこまでやっていれば・・・なかなか公金横領なんて出来なくなってくるものだ。
おまけに、国民はどうやって自分たちの税金が運用されるのかがよーくわかるってもんだ。


日本は民主主義国家じゃなかったっけ?
民主主義というのは、自由や平等といった人権を基にして国民を主とする考え方じゃなかったっけ?


秘密裡にして当然というのは、おかしくないか??
なぜ、開示を求めないんだろう?



おかしいことはまだまだある。

そういえば、国債の発行は景気回復のため。・・・というのはよく聞いた話だ。

国民がお金を使わないんで不景気になってる。
そこで、まずは国がお金を使おう。 

で、国も使うお金がないんで、借金(国債を発行)しよう。

ってことまでは、よくわかる。


たしかに・・景気回復のためには、みんながいっぱいお金を使うことだろう。
でも、使えるお金がなけりゃ、庶民は使えない。

なーんで、お金がばらまかれてたのに、使えるお金がないわけ??
そのお金は、いったいどこへ行ったの?


こりゃあ、疑問だ(笑)

潤うのは、なぜか・・官僚やら政治家、それらと癒着している民間企業・・・なーんて噂もあるけどね(笑)


レジナルド・マッケンナ(Reginald McKenna)という人がいて、この人は(1863年7月6日 - 1943年9月6日)の人で、イギリスの銀行家で政治家だった人。
200px-Reginald_McKenna_photo.jpg
Reginald McKenna_Wiki

私が残念なのは一般市民は銀行がお金を創ることができるのを知らされていないことである。
そして国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っていることを。


という言葉を残してるそうだ。

それも19世紀の話だ。


日本の場合は、お金を作るのは日銀で、日本銀行は日本銀行券というお金を発行して造幣局に印刷してもらってるわけだよね。
それを、普通の銀行に売る。
フツウの銀行はお金を貸すことで儲けるわけだから。


でも、当然ながら・・お金を作るといっても、作られるお金というのは元金だけだ。

そして、

もしもお金を借りた場合、その支払いは元金+利息がいることになる。
(無期限利息なし・・なーんてことは、よっぽど信頼し合った仲良しのお友達以外ありえないから)


お金を借りた以上、それをもとでにガンガン儲けて利息を支払う以外、選択肢はない。


じゃあ、その利息はどっからくるんだろう?

つまり、市場経済の中しかない!


その上、貸し手と借り手がいて利息が発生するのに、利息分のお金が作られていないとなれば、

明らかに誰もが元金と利息を返済するのは不可能ってことになる。

だって、利息というお金は存在しない、単なるヴァーチャルな数字にしか過ぎないんだから。


そうなると当然のように、勝ち組と負け組というのが出来上がる構造になっちゃう。

利息をゲットするには、勝ち組になって負け組から分捕るしかなくなる



当然のごとく、貧富の差が生まれるわけだけど・・・

それよりも、

そもそも・・お金は商業生産を加速させるものじゃないだろうか?


お金を作れば作るほど貨幣供給が増加するなら、生産と取引量が同じように成長しなけりゃ、インフレになる。


よく、経済成長率が2%だとか3%だとかって話も聞いたりしたし・・・成長率がアップしてれば、そりゃよかった!なんて思う人も多いんだろうけど・・(←私も昔は漠然とそう思っていたこともあった)

だけど、それって本当に、経済が成長していってる=これで安泰! ってことなんだろうか?

経済成長率 = (当年のGDP - 前年のGDP) ÷ 前年のGDP × 100


経済成長率を上げるには、毎年数パーセントが積み重なっていかなきゃならないことになるし・・
昨年の3%に今年の3%の商品(またはサービス)が増加させてかなきゃってことになっちゃう。

そのためには、実際の経済を永久的に成長させていかなきゃならないってことになっちゃう。

世界の資源とエネルギーを永久に拡大しつづける。
それを永久的に消費し続ける。



何がなんでも、そうしなきゃならないことになる。


あ、たぶん・・・そのためなんだろう。

どんどん使い捨てをして新しいものを購入する風潮が生まれたのも。
国家の政策としてそれを煽られてたともいえるけど。


そのためには、自然資源から採取した原料を毎年毎年ゴミにしてでも生産し続けて消費し続けなきゃならない。


無駄使いをどんどんしろ!!
みんながお金をどんどん借りて、どんどんお金を使って、そして、ガンガン働いて利息を返し続けること


もし、それを辞めてしまったら、

この貨幣システムが崩壊しちゃうことにもなる。


だけど・・そんなことをし続ければ・・
結局は崩壊することになる。

どっちにしても崩壊が待ってる。。。


自然は人々に多くの恵みを与えてくれるけど、実りもまたずにガンガン乱獲してしまえば・・どうなることか?

たぶん、多くの人がそれを知ってる。


経済成長を目指すステージなんて、とうの昔に終わってるってことも。



経済成長率なんて、ただの数字に過ぎない。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる、だけど、数字は一時しのぎのまやかしになることもある(笑)

経済成長率、失業率、GNP(国民総生産)、GNI(国民総所得)・・・みーんな数字


これじゃあ、どこの国だって、先進国と言われる国ならば、どんどん負債は増えるわけだね。

現在の貨幣制度と現在の価値観がある以上。

なんだか、自分なりに納得してしまった(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の知人で、超・超・大金持ちのおじいさんがいるのだが、
その人は、田舎の農場を買い取って今では百姓仕事をしているという。

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もちろん、いくつもの豪邸、自家用機なども持っている人だったそうだが、今では自給自足の田舎暮らしが自分のライフスタイルになったそうだ。 もちろん、どっから見ても億万長者には見えない暮らしぶり。

「お金なんていくら持っていたって、ただの数字に過ぎないさ。 投資して増やすなんてことよりも、今は自給自足で作物を育てるライフスタイルが好きなんだ。」



また、ある一人暮らしの男性で、クレジットカードの借金が一万ドル近くあるという人がいる。
現在の職業ならば、ちょっと無理して返済すれば無理なく全額返済できてしまうのに、最低返済額だけを毎月返済しているという。

それじゃあ、すべて返済するのに数十年はかかるだろう。

「長く利子を払っていかなきゃならないわけだし、それじゃあ大損するだけでしょ?」 と聞くと、

「別に・・。今、無理なく日々の生活を送ることの方が大切だからね。
損得を計算するよりも、無理なく日々の生活を送る方が僕には大切なんだ。」


彼らにとっては、お金とはただの数字でしかないようだ。
それよりも、今現在の生活をすることの方が大切らしい。


たしかに~、

損をする得をするなんて言っていても・・
常にお金は貨幣価値を表すもので一定ではない。

だからこそ、ハイパーインフレともなれば、一晩でパン一個の値段が100倍なんてことにもなるわけだ。

どんな資産を持っていようが、一晩で紙切れになることだってある。

世界大恐慌だって起こったのに、それを・・すっかり忘れてる?
いやいや、生まれてなかったし、学んでないんだろうか?


そもそも、借金のために勝手にお金を作っちゃう立場の人がいる一方で、借金で首が回らなくなって自殺する人もいるなんてヘンな話だと思う(笑)



生きていくために必要なものは、

水と空気と食料。

お金は紙。
いざとなれば、燃やす材料にしかならない。

おまけに手元に札束がなければ・・燃やす材料にもならない、何もないに等しい。

ところが、
無神論者や物質主義の人々でさえ、お金には、ころっと騙されてるような気がしてくる(笑)
一番目に見えない、不安定なものなのに。

なぜか・・信じていて必死で守ろうとしたり増やそうとする。



繰り返すけど・・

生きてくために必要なものは、

水・空気・食料

おっと・・もっと根本的なものを言うなら、太陽も必要だろう。

それと、どんな状況下でも生きていける精神力



レジナルド・マッケンナさんは、「国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っている」と言ったけど・・、

それは、すべての人が同じ価値観の中にいるからに他ならない。
人々の価値観が違えば、誰も奴隷にはならないしなりようもないと思うのだけど・・・。

母からホームズの観察眼と演繹法を重ねてしまったこと

日本に住む母から電話があった。

「私ね、病院を変えたのよ! この間さっそく行ってきたんだけどね・・」

年寄りというものは病院の話題が多いものだ(笑)

私はいつも聞き役に回る。

「でね、すっごくいい先生でね、今までの薬を全部やめなさいって言われたの。
この薬をずっと飲み続けてると、脳梗塞になっちゃうって言われたのよ。」

私の母はずーーーと高血圧の薬を飲み続けている。
その他、ひどい足のむくみやら、たまに腰痛やら・・。

「へええ、それはよかったね~!
その病院は誰かの紹介で行ったの?」

「違うのよ!誰も紹介してくないから、自分で電話帳で探したの。
自分で行ける距離で、しかも・・なんとなく良さそうなところを探したの。」

「大きな病院なら、紹介状とか必要だったんじゃないの?」

「もちろん、そうなのよ! でね、近所のお医者さんに頼み込んで、私はここに行きたいんですけどって言ってね、紹介状を書いてもらったの。」


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ほおお!

自分で行動を起こしたってことか。
それも、かなり積極的に。


私は前々から、大量の数種類もの降圧剤を何年にも渡って飲み続けていることを心配して、何度も忠告していたのだが、
彼女はほとんど聞く耳を持たなかったのだ。
   
以前にもこちらのブログにも書いたことがある
      ↓
高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ


それが、ついに、自分で何か思うところがあったらしい。


「その年で自分自身で行動を起こすってことは、立派だよ!」

私の母は80過ぎだ。

「そうよ!自分のことはすべて自分でやらなきゃね。 あなたもしっかりしなさいよ!」


やれやれ。
ちょっと褒めると・・すぐこれだ~。


だけど・・

今まで、ずーーと・・このままでいい!って思ってたくせに、
なぜ、新たな行動を起こしたのか?

それを母に聞いてみると、

まず、なーんとなく、今までの病院が嫌になったというのだ。


掃除が行き届いてなくてヤナカンジ。
看護婦、受付などの職員の対応がヤナカンジ。
知識がなさそうで、ヤナカンジ。


全部が、なんとなく・・母のヤナカンジってことでしかないんだが・・

「それにね、ちーーとも自分で良くなってるって気がしなかったのよ。
むしろ、悪くなってくような・・。
だから、病院を変えてみようかなあって思って、何度かジュン(息子の名前)にも相談したんだけど、あの病院はいい病院だから、変える必要はないよ! 年なんだからすぐには良くならないよ!って言って、他を探してくれなかったのよ。」


一人暮らしの老人にっとって、新しいことにチャレンジすることは、なかなか難しいことだろう。

ましては、周囲の人の同意が得られなければ・・このままでいいんだ!と思ってしまいがちだ。



こういったことは、母のような老人に限らず、きっと多くの人が陥りやすいことかもしれない。

●周囲の人々がみな同じことをしている
●情報源が少ない
●自分で新たなことを起こすのは億劫(または勇気がない)


そんな状況で、自分の感に従って、えい!っと新しい道を模索するってことは、かなりエネルギーもいることだ。


自分の感に従って

そう、これは、母の勘(感?)が発端だったようだ。


「なーんか、この病院、良くないって気がしてきたのよ。 きっと、このままじゃますます悪くなって死ぬ気がしてきたのよね~。」


だからさあ、私は何度も忠告してたんだけどなあ・・・。
しかし、彼女は、どんなに私が理路整然と説明しても聞く耳を持たなかったのだ。

どうやら、彼女にとって理論なんてものは、どーでもいいこと。
馬耳東風


彼女を説得するということは、実に大変なのだ。
だって、どんなに理論的に説明してもムダなのだから。

自分の心にずずーんと直接、響いてこないものは全部無視してしまうのだから。



「そりゃあ、私の年ではいずれは死ぬだろうけどさあ、自分で気に入らない死に方はしたくないじゃない!」


自分で気に入らない死に方はしたくない! かあ(笑)

おそれいりました。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の母は子供の頃から勉強嫌いだったようで、もちろん、学歴もない、一般教養にも欠ける人だ。
それも大きく欠けてる。


ところが、昔から勘だけは、すさまじいものがある人だ。

野生の勘か?


亡き父は、かなりの高学歴の人だったが、いつも母の勘には舌を巻いていた。
父の一番の相談相手は、母だったんだろう、と思う。


母の頭では到底理解できるはずもない専門分野のことまで愚痴ってたみたいだから。

「今、仕事は大変なんだよ~。 xxxxxがあってxxxxが起こって、現状はxxxxなんだけど、どうにも道が見出せなくてね~。」

manyways.jpeg

なーんて愚痴る父に、

「こっちの道よ!」

と、的確に、それも即座に道を示すのはいつも母だったようだ。


父が母の助言(いや、ただの野生の勘)に従ったときは、

「ほーらね、私の言ったとおり、でしょ!」

とご満悦になり、

父が母の助言に従わずに失敗すれば、

「ほーらね、だから、私が言ったとおりにすればよかったのよ。」

と、やはりご満悦になった。

この母の自信はいったいどこからくるんだか?


そのうち、父は母のご神託のすべてに耳を傾けるようになったそうだ。

esp card


私が今でも覚えている話は、くじびきのときのことだ。
私が小学生の頃だったと思うのだが・・。

箱に入った白い封筒を選ぶのだが、私がどれを選ぼうかと悩んでいると、横から母が割り込み、ごそごそと白い封筒をいくつか触った後、

「これが、たぶん当たりだね。」

と、私に渡したことがあった。

もちろん、それが当たっていたんで、私はびっくりして母に聞く。

「どーしてわかったの?」

「うーーん、どーしてかなあ?
うーーん、なんか色のカンジと重たいカンジがしたのかしら?」


色は全部白い封筒だし~、中身は1枚の紙しか入ってないし~。

当たりくじは、カラーインクで花の模様が描かれてるけど、ハズレは黒いインクでハズレとしか書かれてない。

それが透けて見えた?
それとも、当たりはいっぱいインクを使ってるから、そのインクの重さか?


ESPかよ!!


そんなはずはない!

そもそも母はまーーーたく、スピリチュアルとは縁がない人だ。
むしろ、超のつくほどのリアリストなのだ。

目に見えないものは信じない人だから。

「幽霊? さあ・・私は見たことないわね。
でも、見たことがある人がいるなら、きっと、いるんじゃないの~?」


自分が見えないからといって決して全否定はしないのだが、見えないものは、母にとっては、どーでもいいものらしい。


●自分が見えないものは信じない(どーでもいいものとしか思わない。)
●自分の興味以外の世界は無視
●理路整然と説明しても無視する。
●気に入った人(モノ)には思い入れが深いが、その他は無視



それでいて、恐るべし勘が働く。


私は・・どうも、こうゆう母が、私の理解を超えた存在でもあり苦手だった。

とにかく、母の興味の範疇でしか会話ができないわけだし、彼女がNOと言ったらNOなのだ。
ところが、突然YESと思ったら、きのうまでNOだったことまで忘れてYESを主張する人なのだ。


おまけに自分は絶対だと思ってるフシがあって・・そこに高慢さも感じる。


どうやっても、私には会話が楽しめない人の典型だったのだ。
幼いときから、母は苦手な存在だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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ある日のこと、大人になってから、私はシャーロック・ホームズの緋色の研究を読み返したことがあった。

それは、ワトソン博士がシャーロック・ホームズと知り合った当初の頃の話だ。


そもそも、ワトソン博士は初対面で、ホームズに「アフガニスタン帰りの軍医」と言い当てられて驚いたのものの、
どうせ、事前に誰かに聞いていたのだろう、と思っている。

ところが、二人がアパートのシェアをはじめた、ある日のこと、
一人の男が手紙を届けにくる。

その男が手紙を持ってウロウロと探している様子が窓から見えた。

それは、こんなふうに書かれているシーンだ。
    ↓

「あの男、何を捜してるのだろう。」と私が指差した先には、素朴な服装をした体格の良い男がいた。
通りの向かい側をうろつき、せわしなく番地を確かめている。
大きな青色の封筒を手にし、見たところ手紙の配達人らしかった。

あの海兵隊の退役軍曹のことか?」
とシャーロック・ホームズは言う。http://www.alz.jp/221b/holmes/stud.htmlより抜粋




もちろん、ワトソン君は、嘘つけ! でまかせを言いやがって!と思う。(笑)

運よく、その男がホームズ宛の手紙を持ってきたので、ワトソン君は、確かめるためにその男に質問する。
ワトソン君は、ちょっと高慢な自信過剰なホームズをやり込めてやりたい気持ちだったのだろう。

ところが、その男は、
「私は今は便利屋だけど、もともとは海兵隊の軍曹でした。」と言ったのだ。


ひええ!

ワトソン君はびっくりして、ホームズに尋ねる。

どーして、海兵隊の元軍曹って、わかったの?

だって・・ワトソン君には、素朴な服装をした体格の良い男、としか見えてなかったんだから。


ところが、ホームズは、そんなことは当然のこととばかり思ってる。

じゃ、キミは「海兵隊の軍曹とはわからなかった」ってことかい?と、逆に聞かれてしまう。


わかるわけないだろーが!!

そこでホームズが、今度は親切に説明してくれるんだけど・・・
そのホームズの説明を引用
   ↓

「知るは易く、解くは難し。二足す二は四であることを証明せよ、と言われれば、君でも難しいと思うだろう。
だが事実と飲み込める。


すなわち道を横切る男、手の甲に青く大きな錨の刺青を視認。海の男だ。
それでいて立ち居振る舞いは軍人、人並みのほおひげもある。我が国には海兵隊があったな。
どこか偉そうで、なるほどきびきびした男だ。

君も見ているはずだ、あの男が頭をもたげ、短い杖を振り上げたのを。

それに顔を見ると生真面目で立派な中年の男――すべての事実から、僕は彼が軍曹であったと信じるに至った。」



聞いてみればちっとも不思議なことではない。
あー、なーんだ、な~るほど・・と思う。

見事な演繹法だ!

多くの観察
そこから組み立てて1つの結論に導く

ただし、その結論に至るまでの時間がものすごーく短い。
ほんの一瞬で出来てしまうのだ。

これじゃあ、

どーしてそんなことがわかるの?
キミはサイキックか?


と思われるのも無理はない(笑)

ホームズはこうも言っている。
     ↓
「そう、僕は観察と演繹の才を兼ね備えている。僕がそこに書いた理論は、君には鵺みたいな話に思えるかもしれないが、実用も実用――実用的すぎて僕はこれでパンとチーズを得ているくらいだ。」


恐るべき観察眼と演繹の才能
そして、リアリスト



そこで、ふと・・また母のことを思い出してしまったのだ。
そんなとこで、思い出したくはなかったんだけど・・・。


あの人も、おそるべき観察眼と演繹法を持っていたのかも・・・

ただし、教養の無い母は演繹法という言葉は知らないだろうし、
おまけに、ホームズ君のように、どうやって、結論に導いたのかを言葉にして説明すらできないだろう。

そこが大きな違いなんだけどね~(笑)


ところが・・・自分でもわかってないくせに、鋭い観察から演繹法の論理思考で結論を導いているフシがあるのだ。

それをホームズ君のように説明してくれない限り、一般人のワトソン君たちには、

「なんだかわかんないけど、ものすごく勘のいい人」としか思えないのかもしれない。
現に、私も父も、そう、思っていたのだから。。。


そいういえば・・・
母はフィギアスケートが好きで、よくTVで見ていたものだが・・

ちらっと見ただけで、選手の演技が始まる前に、

「この選手、きっと転んじゃって今回の成績は良くないわね。」

などと、また・・突然、サイキックみたいなことを言い出すのだ。


事前にこういったシーンが見えるんだろうか?
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そんなはずはない!


ところが・・案の定、母の言ったとおりになる。

なんで、そう思ったの?

と・・しつこく聞くと、

しばらく何かを思い出してる様子で、

そういえばね~、

演技の前の笑顔が無理してひきつってるように見えた。
動さがぎこちなかった。
なんか無理してるみたいだった。
怖がってるみたいな目だった。


なーんてことを、思い出したようにぽつぽつと言い出す。

たぶん、ワトソン君が見ていないところまでを一瞬の観察眼で見抜いていたということには違いなさそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、また、別の話を思い出した。
私が子供の頃、何度も母に悪事がバレたことがあった・・・。

あるとき、こっそりと色紙を隠し持ってるのをみつけられて、

「あんたこれ、きのうの午後、私のお財布から10円ネコババして、きょう学校の帰りに買ったわね!」

その時は、びっくりしてしまった。


ところが今思えば、それはちっとも不思議ではないことが見えてくる。

私の表情、日ごろの私の嗜好、状況を考えれば、容易く導き出せる結論だったのだ。

やれやれ。

いっそのこと、母はもっと勉強して教養を身に着けて、私立探偵にでもなればよかったのだ!

まったくもう!


ところが母は興味ないことに関しては、まったく関心を示さない。

彼女の好きな世界は、母として妻として家族を守ること
それだけに限定された世界だったんだから。

そこに、全能力を投入してしまっていたのだろう。


いやあ、家族はたまったものじゃなかったけどなあ・・(笑)
家族全員、誰も母には隠し事ができなかったもんなあ。。。



その能力は認めるものの、やっぱり母という人は、扱いにくいつーか、実にやりにくい人なのだ。


・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、シャーロック・ホームズの世界も実に狭い。
限定された世界に住んでる人だ。


ワトソン君は、こう言っている。
   ↓

文芸、哲学、天文はゼロ。
政治の知識は・・不十分。
シングル・スティック、ボクシング、フェンシングの達人。
バイオリンの名手。
英国法の極めて実用的な知識あり。

怪奇事件の知識は計り知れないものがあり、毒学、化学、解剖学、地質学の知識は体系的ではないけど、部分的に優れたものがある。
ズボンに付いた泥のはね跡を見て、色や質感からロンドンのどこで付けたものか言い当てるほど・・だったと、ワトソン君は言っている。



つまり、ぜーんぶ、大好きな犯罪捜査に関したものは恐るべき知識を吸収するけど、それ以外は、どーでもいいって人だったようだ。

さらに、ワトソン君が教えるまで、地球が太陽の周りを回ってることを知らない人だったようだ。

え? それって・・バカじゃん!
児童文庫ではそんなシーンは書かれてなかったぞ!

当然、ワトソン君もびっくり仰天するのだが・・


ところが、ホームズ君は、

「驚きのようだね。だが知ってしまったからには、全力で忘れるとしよう。」・・・と言ってのける。

ホームズにとって余計な知識は邪魔なのだそうだ(笑)
天体がどうであろうとも、自分には関係ないそうだ。


スコットランドヤードの無能ぶりをバカにしてせせら笑ってみたり、自信過剰、自負心の強さ、
頑固なまでに自分の世界に浸り込む。 興味に無いことは無視。

結構、ホームズって嫌なヤツだったんだなあ。



私が子供の頃に読んだシャーロック・ホームズ像だと・・・

細身でハンサム、武道の達人、頭脳明晰でクール、正義の味方でヒーロー、
バイオリンの名手

だったんだけどなあ~。


たしかにバイオリンの名手ではあるんだけど・・それですら、ほとんど自分の気分で自作自演の曲を演奏する方が多いと、ワトソン君は言ってる。
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うーーむ、やっぱ、児童文庫ってのは真実を伝えないものなんだなあ(笑)
もっとも、子供じゃ、そういった屈折した人間像は理解できないから、アレンジしたんだろうけど・・


ホームズ君っていうのは、やっぱ、やなヤツ。

だけど、シャーロック・ホームズは、その、やなヤツなところに魅力があるのも確かだ。



そして、

優れた観察眼と演繹法は、一般人にはサイキックのように見える、ということもわかった気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなことを言い出すと・・・今度はサイキックの定義だって怪しくなってくるかもしれない。


観察眼から一瞬にして導き出した結論。
頭の中に一瞬にして閃いた光景💡
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が見せてくれた光景


スピリチュアな表現をしてしまえば、
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が鋭い観察眼を授けてくれたとも言えなくもない(笑)


そこに違いがあるとすれば、

ホームズ君のように、自分の思考回路を、他人が納得するように理路整然と説明が出来るか出来ないかの違いだけかもしれない。

占い師というのは、サイキックのように思われがちだけど・・優れた観察眼を頼りに人相を見て状況を判断して、占い結果を出す人だってありえるだろう。

まあ、とにかく、
真実を見せてくれさえすれば、どっちでもいいことだろう。


ただし・・

ただし・・なのだ!

多くのワトソン君たちを納得させるためには、論理的な思考回路を使って彼らにもわかるように説明しなければならないことは確かだ。
2+2が4になるということを。


ところがまた、そんな説明をしなくても、受け手しだいとも言えるだろう。

信じるか信じないかは受け手が決めることなのだから。

同様に鋭い観察眼を持ってる受け手ならば、説明を聞かないまでも、アイツの言ってることは真実だ!とか、ウソだ!・・ということを、その鋭い観察眼から一瞬にしてわかってしまうだろうから。

または、それも受け手のサイキック能力で感じとることかもしれないけど。


結局のところ、どんなアプローチ方法であっても、どんだけ早く真実が見えるかどうか?なんだろうなあ。


多くの人からの同意を得ようとしない限りは、説明が出来なくっても大した問題じゃないのかもしれないのだ。
むしろ、理論に振り回されて見失うことの方が問題かもしれない。


私の母のように、「なーんか、そう思ったのよね~」

と言ってのけて、それに絶対的な自信を持っている人もいるわけだし(笑)


実に強い!


うーーむ、それゆえ、私は母がニガテなのだろうけど(笑)

ネコと引き寄せの法則にまつわるローカルニュース

カリフォルニアのローカルニュースから、ネコにまつわる面白いニュースがあった
     ↓
Cats, separated at Petaluma shelter, reunited when owners start dating

2014年のこと、シングルマザーのキャサリンが6歳の娘とともにシェルターで、2匹の兄弟ネコをみつけた。
白とオレンジ色の子猫

名前はオジーとバター

ozzie and buter
https://www.petalumaanimalshelter.org/

あまりにも愛らしい子猫たち、しかも、瓜二つのそっくりネコたち

寄り添っている小さな兄弟を引き離すのはかわいそう・・・ぜひ、二匹とも引き取りたい!と思ったものの・・
彼女のアパートは、1匹しか許可されない。

そこで泣く泣くオジーだけを引き取ることにした。

それから2年後、キャサリンはシングルファザーのブライアンとネット上で知り合い、初デートをした。

意気投合しブライアンの家で食事をし、バックヤードで語り合っていたところ・・・

キャサリンの目は釘付けになった。

あ!オジーがいる!

「あれは、ウチのネコだわ。」

そこには、オジーそっくりなネコがいたのだ。


「違うよ。 あれば僕のネコのバターだ。」

と、ブライアンが言う。

翌日、キャサリンはブライアンを家に招待した。
今度はブライアンがびっくり仰天。

瓜二つのネコなのだから。。

そこで二人はシェルターからの里親契約書を見せ合った。

すると、
それは紛れもない、あの、兄弟ネコたちだったのだ。

しかも、キャサリンがオジーを連れ帰った4日後に、ブライアンがバターを連れ帰っていたことが判明。

もちろん、結末はハッピーエンディング(笑)
2家族と2匹は一緒に暮らすことになったのだ。

happyending.png
左からブライアンの娘のルビー、バターを抱いたブライアン、オジーを抱いたキャスリーン、娘のカリ

特にキャサリンの娘のカリは、彼女はバターに会ってひどく感動したそうだ。
当時子猫の兄弟を引き離してしまったことを、彼女はずっと気に病んでいたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強い絆で結ばれた兄弟ネコが2家族を結びつけたのか?

それとも、

運命の糸で結ばれた二人の出会いが、ネコたちを再開させたのか?


たぶん・・両方かも。(笑)

えーっと、確率としてはどのくらいあるんだろう。


まず・・この街のシングルの男女の人口と、捨て猫の数と・・・それをエクセルのCOMBIN関数を使えば、どうかな?と、ちょっとした遊び心で思ったけど・・
それぞれの確実なデータ自体が存在するわけでもないし・・こんなことを考えること自体が無理だ(笑)

勘だけで、とんでもなく稀な確率だろうってことだけはわかる。


こういったことを、多くの人は「偶然」という言葉で処理してなんとなく納得してしまいがち・・


でも、偶然を引き起こすのも人々の意識なのかなあ~、なんて思ったりする。。。(笑)


母親のキャサリンは兄弟ネコの片割れ、バターのことを気がかりに思っていた。

娘のカリはもっと強烈に思っていた。

同時にキャサリンは新しい出会い、再婚を願った。

ブライアンも新しい出会い、再婚を願った。

引き離されたネコたち、オジーとバターもお互いを想っていた(決してお互いを忘れていなかった)



多くの人(ネコも?)の意識の方向性が1つに集まれば集まるほど、引き寄せパワーが大きく働くのかもしれない。
ただし・・決して強烈で表面的な思いではなく、もっと潜在的な意識だったのかもしれないが。


この家族すべての思いと2匹のネコの思いが、偶然と見えるような現象を引き起こしたのかもしれないなあ。

なんだか、多くのデータ集めをして確率計算するよりも、こっちの方が的を得てる気がしてくる。



日本では、近年「引き寄せの法則」だとか、「偶然はない。すべては必然だ!」なんてことをよく耳にするようになったけど、

そういえば、アメリカでも昔から言われてる言葉があった。

Everything happens for a reason 「全ての出来事には意味がある」

世界中、同じなのかもしれない。

「千の風になって」とパブロ・ネルーダの詩の世界から

千の風になってという曲を前回の記事、先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)の中でアップしたのだけど、

この曲の歌詞に対することで論争があったということを耳にした。

donot.jpg



私はお墓の中にいません。 お墓の前で泣かないでください・・・って箇所が問題らしい(笑)

◆だから・・お墓なんて建てる必要がないんだ

◆じょーだんじゃない! 我々文化に置いてお墓は必要だ

    ↓

「この歌詞は石塔(墓)を立てて、盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえるもの」
「東日本大震災後の遺体捜索を見れば、遺体によって親族の死を確認し火葬骨を墓に納めたいという遺族の強烈な願いと行政がそれを無視できないことが露わにされている。 (ウィキより引用)



あーあ、なんで・・こーなっちゃうんだろうね~。

やれやれ。

お墓を建ててお墓詣りをするもよし、またはお墓を作らない方法で個人を偲ぶもよし・・それで、いーんじゃないのかなあ、なんで論争になる?


ましては、こういった曲の歌詞を論争の引き合いに出すってところが・・どうもなあ。

私はお墓の中にいません。
私は死んでいません。


それを・・
嘘やんけ!
死んでるやんけ!


と言い出したら、

お月様が笑ってる。
風がすすり泣いている。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝(←こちらヨハネの福音書から)


こいったメタファーを全部、否定することになってしまう。(笑)

最近は、なんだか、ただ言葉尻をとらえただけで、あらさがしをして、そこを攻撃することが目的、みたいな論争も増えてる気がする。

双方が建設的な結論を導くための論争ではない気がする。

本筋から逸れてしまって、ちょっとした人の言い間違いだけをクローズアップして叩くとか・・(笑)



あ、そういえば・・


云々(うんぬん)を、でんでん・・・と読んだ人がいたとか(笑)

こちらに住んでると、そういった日本人は多くいるんで、私はあまり驚かない。
日系2世、3世の子供たち、または、長年アメリカに住んで日本語を忘れてきちゃったおじいちゃん、おばあちゃんなど。

そうゆう間違いを聞くと、なんだか私は・・かわゆい!って思えて、つい笑ってしまう。

ただし、彼らはとうぜん英語は堪能だし、それなりの教養はある人たちだ。
だからこそ、ちょっと子供っぽい日本語の間違いが、逆にかわいく思えてしまうのかもしれない。

しかし・・・

もしも、でんでんの間違いをしたのが、日本在住の人で大学出で、しかも、もしも(笑)、国家の首脳クラスの人で、しかも国会討論会の席であったとしたら・・・そりゃあ、当然、話は別。

そもそも、

自分の言葉で原稿を書いてない。
その場で読んだだけで内容を理解してない。

そんな人に国を任せていいんかい?


ってことになっちゃうから~。

・・・・・・・

そういえば、もう数年前のことだけど、私がアメリカに来てから体験した「言葉の間違い」事件もあったなあ・・・。


ある日系人のおじいさんから日本語の手紙のタイピングを頼まれたことがあったのだ。
原稿はすでに別の日本人女性にお願いして手書きで作ってもらっているという。
それを、タイピングして、ワードで添付して欲しいと頼まれたのだ。

それでその手書きの原稿に目を通したのだが・・・
どうしても、ある箇所が理解できない。

XXXXXXXXXX、XXXXXXXXXX
xxxxx、よめ、XXXを持ってきてください。

この、よめがわからん?のだ。

よめって、どうゆう意味だろう?
ただの書き間違い?


いくらそこに書いてあるからっていっても、自分で理解できないことをタイピングするわけにはいかない。

そこで、手書きの原稿を書いた日本人の方に聞いたのだ。

「あの、よめって何かの間違いですか? これ、削っちゃっていいの?」・・・と、私。

「何言ってるの! 削っちゃだめよ。」・・・と、その人。

その方は、中年の日本人女性で、日本語学校で国語の教師をしているという。

「あの、私・・よめって聞いたことがないんだけど、どうゆう意味ですか?」・・・と私。

「あら、あなたは、あまり本を読んだことがないのね。。。」と、彼女は軽蔑したような視線を私に向けながら続ける。

「本をいっぱい読んでる人ならわかると思うけどね、これは、よく使われる言葉なのよ。」


長年生きてきて、そんな日本語に出会ったことがなかった。
だけど・・日本語も英語も間違いだらけの私には自信がない(笑)

「そうなんですか~。 
ところで、どうゆう意味ですか? 次の文を強調するようなときに使う言葉ですか?」

「え?強調?、そうね・・・そういった意味も含まれると思うけど・・とにかく、頻繁に使われる言いまわしだと思ってちょうだい。
あなたも、もっと本を読んだ方がいいわよ。
うちに帰って調べてみるといいわ。 これはあなたの宿題ね。」


なんだか、上から目線で、完全に私を生徒扱いかよ。

まあ、とにかく解明しないとタイピングができない。
そこで色々と調べたのだ。

これは、どこぞの方言か?
彼女は、どこの出身だったっけ?
それとも、古語なのか?


ところが、
最終的に行き着いたのはこれだった。
   ↓

最近のゆとり世代と言われる人々は、漢字が読み間違いが多い。
予め(あらかじめ)を、よめ・・と読んだりする人も多い。



ええ??
予め(あらかじめ)のつもりだったの??


そもそも、強めの意味じゃないし~・・意味も知らずに使ってたんかよ!!

おまけに、よめとひらがなで書かれたんじゃ、わかるはずもない!

いやあ、まいった! まいった!(笑)


とにかく、
ある社会的立場にいる人は、自分の知らない言葉を思い込みで使ってはいけないのだ。

よめ、にしろ・・でんでんにしろ・・。


そうはいっても、私も人のことは言えない。
白状するけど・・私は、「引導を渡す」という言葉を、ずーーと「インロウを渡す」だと思い込んでいたのだ。

たぶん、最初に耳で聞いて、引導(インドウ)をインロウと聞き間違えて、勝手に印篭を渡すだと思っていたのだ。

ある日、何かの文章の中で、「引導を渡す」と書かれていて、はじめて、自分の長年の間違いに気がついたというわけだ。

もっとも高校生の頃だったけどね~(←十分、恥ずかしいだろ!)
そのせいか、いまだに引導を渡すという言葉をみつけると、つい、印篭が頭に浮かんでしまう。

inrou.jpg

それを友人に話したら、

「僕なんか、もっとすごいぞ! 常夏(とこなつ)の島って言うだろ? それをココナツの島だと、ずーーと思ってたんだ。
常夏って字を、ココナツと読むもんだとも思ってたぞ! しかも、二十歳過ぎまでだぞ!」

「そりゃ、すごい! キミには負けた。。。」(←そうゆうことかよ@!)


こういったおバカ自慢ができるのも、ただの庶民の庶民的な会話の場だから許されるんだけど・・・

それが、国語の先生って立場の公の場だったり、国会討論会じゃあ・・やはり、失格の烙印を押されてしまうだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・

話が逸れてしまった!

千の風になって、の話に戻すことにしよう。

これは、もともとは曲ではなく、詩だったそうだ。

Do not stand at my grave and weepという、アメリカで生まれた詩だったという。

それもかなり古い。
1930年代に、ある主婦が友人のために書いた詩だったそうだ。

遠い異国のドイツに住む母が亡くなった知らせを聞いたものの、当時の反ユダヤ主義のドイツへ帰国することも出来ずに、嘆き悲しんでいた友人のために、メアリー・フライ(Mary Elizabeth Frye 1905 - 2004)という人が、茶色の紙袋に書き綴ったものを送ったのがはじめだった・・と言われている。

その詩が口コミで、どんどん広がり、公の葬儀のセレモニーでも朗読されるようになったとか。

実際に墓石に掘っちゃう人だって何人もいるくらい、多くの人に愛されている詩なのだ。
    ↓
6201.jpg


Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.
I am in a thousand winds that blow,
I am the softly falling snow.
I am the gentle showers of rain,
I am the fields of ripening grain.
I am in the morning hush,
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight,
I am the starshine of the night.
I am in the flowers that bloom,
I am in a quiet room.
I am in the birds that sing,
I am in each lovely thing.
Do not stand at my grave and cry,
I am not there. I do not die.



これがオリジナルの詩だとされているんだけど、日本語の訳詩もほとんど同じ。
      ↓

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって あの大きな空を
吹きわたっています




メアリー・フライさんは友人を癒すため、追悼のためにこの詩を書いたので、著作権にこだわることもなかった。

そのため、多くの人々は自分の文体や言葉で好きなようにアレンジも出来たし、出版することもできた。
それが広く流通して知れ渡ることになったんだとか。

そして、ついに・・それが日本でも紹介されて曲もつけられて公の前で歌われることになった。

ということだ。

・・・・・・・・・・・

詩としての本来の在りようで広まっていった・・・つくづくそんな気がした。


以前のブログ記事、本を読むことから自分の中でリアルな映像化するの中で、

イル・ポスティーノという古い映画について書いたことがあった。
実在の詩人パブロ・ネルーダがナポリのカプリ島に滞在したという史実をもとにして作られた映画だ。

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以前のブログの中でも触れたのだが、

マリオという地元の郵便配達人が、パブロ・ネルーダ(有名なチリの詩人)と仲良くなって、彼の作品を勝手に使って最愛の恋人へ詩をプレゼントすると、

パブロがマリオにいう。

盗作はダメだよ!と諫めるパブロに、

今度はマリオが言う言葉。

「どうして? だって、たしかに詩は、最初にあなたが書いたものだ。 だけど、それに感動して、それを使ったものがいたら、それはもう、あなただけのものじゃなくなる。 それを一番必要としている人のものになるんじゃないのかな? 」

イタリア語だったんだけど、英語の字幕ではこう書かれていた。今でもよーく覚えているシーン。
Poetry doesn't belong to those who write it, but those who need it.



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いやあ、私たち凡人は、つい著作権で保護するとか、盗作だとか・・という視点で見てしまいがちだけど・・

本来のアートは、感動してそれを必要とする人すべてもものになることが本来の在りようかもしれない。

それこそ、まさにアーティスト冥利につきるってもんだろう。

とにかく・・この映画は私にとっては、インパクトの強い映画だった。



この「千の風になって」・・も、マリオの言葉どおり、感動した人々すべてのものになってるってことじゃないのかなあ。

自分のものにした人々は、それぞれに、ほんの少しずつ自分流にアレンジを加えて朗読し、ますます広まっていく。


日本に入ってきたとき、タイトルは「千の風になって」と変わった。

詩の3行目の、I am in a thousand winds that blow,から、「千の風になって」というタイトルにしたそうだ。

うん、たしかに・・原題よりも、洗練されたカンジになった。


そもそも、オリジナルは、メアリー・フライによって作られたらしい・・とは言われているものの、今となっては、それすら確実かどうかはわからないそうだ。
そこで、この詩は作者不明と表記されることが多いと聞く。

最初に誰が作ったか?

いや、そんなことは、どうでもいいのかも。


作者は自分の名前を残すことよりも、作品だけを残し多くの人を癒すことを望んだのだから。

実際に、アメリカで広まり、葬儀のときには、すべての宗派も超えてこの詩が朗読されることも多い。


なのに~

「この歌詞は石塔(墓)を立てて盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえる」・・・なんて、捉え方をする人がいるとしたら・・それは、あまりにも気の毒な人。

感じる心は教養とはまったく関係がないように思える。



マリオが居酒屋の娘、ベアトリーチェの心を射止めて結婚式を挙げたとき、その席で立会人になった、パブロ・ネルーダがスピーチの代わりに自作の詩を暗唱してみせるシーンがある。

これが実に良い響き、実にいい詩。
イタリアの片田舎の寡黙で文字の読めない人々が、みんな下を向いてじっと聞き入っている。

感じることというのは、そういったことなんだと思う。


映画の中にも、いくつか実際のネルーダの詩が使われていた。

引用された有名なネルーダの詩 Walking around というのがあったが・・

人間であることにぼくはうんざりしている、
フエルト製の白鳥のように疲れていながら意地になっているだけ。
ぼくは散髪屋の臭い声をあげて泣く
ぼくの望みはただ一つ 石か羊毛のやすらぎ


一部だけを引用すると、こんな内容の詩だったはず・・

マリオが最初にこの詩をひどく気に入ってしまい、それを暗唱してみせてから、こう尋ねるシーンがあった。

「理髪店の臭いに声をあげて泣くというのは、どうゆう意味ですか」

ネルーダは答える。

「いいかね、マリオ。 君の読んだ詩を違う言葉で表現することはできないんだよ。
詩は説明しては意味がない。詩から直接、何かを感じ取ることが大切なんだ。
理解しようと思えば感じるはずだ」


pablo_neruda.jpg
こちらが本物のパブロ・ネルーダ↑

チリの国民的詩人、ノーベル文学賞を受賞した詩人でもあり、メタファーの達人と言われた人
バスク系チリ人
(←なぜかバスク系は、私の憧れ)
そして外交官で政治家


最後は暗殺されたという噂もあり不幸な死を遂げた人だったけど・・・

世界はメタファーで満ちていることを知っていた詩人の一生は、やっぱり不幸だったとは思えないのだ。

詩は感じること

たぶん・・・詩だけではなく、すべては「感じること」が基本かも。

考える前に感じること

理路整然と説明できる人は賢い人と言われるけど・・

説明なんかできなくても、より深く感じられる人の方が豊かかもしれない。



暗い部分ばかりがクローズアップされる世の中だけど、
多くを感じることができれば、もっと、この世はステキなもので満ちているのかもしれない。

なんだか温かい気持ちでそんなことを思った。


あ、そうそう・・
もしも、イル・ポスティーノを見るとしたら、この映画に限っては、日本語吹き替え版はお勧めできない。
音の感覚が大事な役割を果たしているんで・・

先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)

「先祖と前世というのは別物ですか?」という質問をされた。

たぶん前回のブログ、ファミリーヒストリーとアイデンティティをからの質問じゃないかな? 


さて、私自身の頭の中を整理するためにも、もう一度、考えてみようと思う。


まずは先祖、前世という別の言葉があるとおり、いちおう定義としては、

先祖(せんぞ)または祖先(そせん)とは、現代人の、既に亡くなった数世代以前の血縁者全般のこと。とくに直系についていう場合が多い。

前世とは、前世(ぜんせ)とは、人の転生を認めるという大前提のもとで、現世以前の、それより前の人生のことを指す。
皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになる。



となると・・自分の先祖の中に前世があることも、前世の中に先祖があることだってありえるだろうねえ。


ただ、先祖というのは、かなり曖昧な部分があって、一人の人のその親の親の親と辿っていくのが先祖なんだけど・・・

兄弟姉妹がいれば傍系というのができるわけだし、1947年に日本国憲法が施行される前は、長男相続制だったわけだから、本家というのは代々の長男が継いでいたわけだ。

なぜか、男子で生まれて長男という立場なだけで、家屋、財産のすべてとその家の責任をぜーんぶ押しつけられてきた時代があったのだ。
お気の毒な・・(笑)

ところが長男が死亡したり、はたまた、男子全員が死亡したりすれば、お家存続のために養子を迎えたりしたこともあったわけだから・・完全に1つの血脈によって代々続いた家なんて、ありえない・・と考えた方がよさそう(笑)

しょせん、家の概念、家系というものは、生きている人間が作り上げた形でしかないような気がする。


もちろん、それは日本に限ったことじゃない。

たとえば、有名なロマノフ王朝だって、ロマノフ朝第8代ロシア女帝、エカチェリーナ2世だって、ロマノフ家の血なんて一滴も流れてない。

eka.jpg
映画エカテリーナから

つーか、ロシア人でさえないんだから(笑)

彼女は北ドイツで生まれた、ルター派の洗礼を受けた、ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケさんって名前だったわけだし、それがロシアの皇太子のピョートルと結婚するために、ロシア正教に改宗してエカチェリーナ・アレクセーエヴナと改名して、いかにも、名家のロシア人ぽく、しちゃっただけなのだ。



ま、どこの国だってそんなものだろう。。。


ただ、日本の特殊な部分をあげるとすれば、日本人の心に祖霊信仰(それいしんこう)が根付いている点かもしれない。


きのうのブログでも、ちょっと触れたけど・・

既に死んだ祖先が生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも一部見られる。
(ただし現代のアフリカのズールー人たちはほとんどがキリスト教らしいけど。)



となると・・現代でも熱心な祖霊信仰は、中国、韓国、日本、東南アジアってことかな?


未だに日本人は、お墓参りを大切に行う民族だ。
宗教を持たない日本人と言われているのに・・(笑)

ちなみに欧米では、XX家の墓という概念はない。
お墓は、すべて亡くなった個人のために作られている。


ちなみにこちらは、沖縄のお墓だそうだ↓
que-1436916389.jpeg
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1436916389

日本では、祖先の霊を祀り崇拝し、先祖を「ご先祖様」「ホトケ様」と言い、一般家庭で位牌を仏壇の中央にまつるわけだし、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事だってある。
まさに、見事なまでの祖霊信仰に属するものだ。

そして、それこそが仏教だ!
と、思ってる人も多いようだけど・・(笑)

ところが、本来、祖霊信仰と仏教本来の「シャカの教え」とは、まったく関係がない。
まあ、言ってみれば・・これこそ、まさに日本仏教。

じゃあ、本来の釈迦の教えって何だったの?

ってことになる。

それをひとことでまとめちゃえば・・おそらくこんなこと
      ↓(かなり要約しちゃってるけど 笑)

生・老・病・死という“四苦(しく)”は生きている人間の宿命であり、輪廻のサイクルの中にある。
輪廻思想が大前提。

仏教が目指す最終目的として、悟りを得て輪廻のサイクルから抜け出すことで本当の幸せになれる。
悟りを得て解脱(げだつ)




「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」というのが釈迦の言葉。

で、釈迦は輪廻転生を認めながら霊魂の存在を認めていないのだそうだ。

ええ? それってどーゆうこと? 矛盾してるよー、と釈迦の弟子たちですら頭を抱えてしまったそうだ(笑)

また現代でも、霊魂の存在を否定した釈迦の教えは間違いだった!なーんて言い出す、スピリチュアル信奉者もいるらしい。


さて、それをどう解釈するかは、みなさん、それぞれ(笑)


私の独断的解釈としては(笑)
    ↓
「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」という意味は、
「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんて、ないよ~!と言ってるだけだと思う。


つまり、AさんやBさんの死後、Aさんの霊魂やBさんの個々の霊魂が生き続けるということではないってことだ。

死後、AさんBさんに宿っていた魂は49日を経て霧散してしまい、その意識の一部だけが残って転生していく。
だからこそ、AさんBさんの自我、実在としての霊魂はない!ってことじゃないだろうか?

ただし、彼らが現世で学んできた意識の一部は転生し受け継がれている・・・というのが私の勝手な解釈(笑)

私としては、ちーとも矛盾してない気がする。

スピリチュアリズムで言われる類魂とも共通してる概念じゃないかな?

以前、どこかでこんな例えを聞いたことがあるけど・・
     
deop.jpeg

類魂 とは、コップの水のたとえで言うと、大きなコップから一滴また一滴と現世にこぼれ落ちる水滴(たましい)が、それぞれ、実にさまざまな時代、国、性の人間として生まれ、まったく違う経験を積んで、また死んでコップの水の中に混じって溶けあう現象。
それを何度も繰り返す。

類魂の「個性」は同一なのに、それぞれの「経験」は別々。
それが全体として溶け合うことで、類魂の中(コップの中)へ再び溶け合ったとたんに、それらすべての経験が、コップの中で共有される。
1つである個は全体の一部であり、それはまた1つとなり全体の一部となる。



それが、一つの生命の誕生、輪廻転生、類魂だそうだ。


そうなると、死んでからもなお個人としての魂がお墓に宿っている、と考えるのは、ちと違う気がする。

もっとも、成仏しきれない魂、つまり、死んでも何らかの強い念のため、自我を頑なに持ち続けてしまってる魂だったら、お墓に宿ってるってこともありそうだけど・・。

ちゃんと成仏(浄化?)できた魂だったら、お墓にしがみついてるわけはないと思う。

たぶん、こっちの方が正しいと思う(笑)
  ↓

これは、日系人の90歳になるおじいちゃんが好きだった曲。もう、故人だけど・・

彼は日本語がイマイチだったんで、もっぱらこっちのビデオをみてた。



まあ、そんなわけで、私は先祖供養が最も大事なことだとか、それこそが仏教の神髄だとは思ってはいない。

だからといって、もちろん否定する気はないし、むしろお彼岸やお盆といった日本独自の文化も好きだ。
お墓にお参りをするというのも、喜ばしいことだと思っている。
おそらく・・それは死者のためというより、「生きている人々のため」だろうけど。

ただし、先祖供養をしてなかったら罰が当たったとか、子孫に不幸が起こるなんてことはありえない、と思っている。
そんなことをいったら、遠い異国に住んでしまって日本へお墓参りに行けない人は全員、不幸な憂き目にあうことになっちゃう。


なぜ、日本が祖霊信仰の国になったのか?
おそらく、中国大陸、朝鮮半島を経て入ってきた、儒教思想や道教思想の影響じゃないかと思う。

儒教は家庭を中心とした人間関係というものを強調したわけで、父子、夫婦、兄弟姉妹、友人間、統治者と民衆間の五つの関係を基本にして、最も強調されるのが父子関係、それを拡大して年齢の上下の関係を重んじるようになっていったそうだから。

道教もまた、自然と祖先の魂とへの崇拝という概念が基本にあるわけだし、神仙思想と結びついて、中国式の煉丹術や中国占星術、中国伝統医学、風水なんかも、生まれてきた。

なので、未だに四柱推命や算命学では、祖先という概念で捉えることも多いんだとか。


うーん、たしかにスピリチュアルリズムの観点から見ると、先祖が守護霊になっていることもそれなりに多いらしいし、また前世=先祖だったこともあるらしいから、まんざら的外れではないのだろう。


じゃあ、DNAを辿ったらどうなんだろう?

ところが、ミトコンドリアDNAだと、必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。
したがってミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の…と女系をたどることができるけど、ずっと男性社会が支配していた家系図と照らし合わせるのは難しいだろう。

そもそも家系図が怪しいとなれば・・・もう、お手上げだ。

じゃあ、DNAと前世の関係を調べるとすると、遺伝子学者と霊能者(スピリチュアルリスト)のコラボレーションが要求されることになるし・・・・うーん、これもまた、なかなか実現しそうにないのかも(笑)


そういえば、霊能者の方から、こんなことも聞いたことがある。

「絶対先祖は子孫に大きく影響する! 現にXX家では先祖の祟りで代々長男が呪われてる!」

さらに、

「XX家に強い恨みを抱いて死んだ人が、そこの家の長男に代々祟っている」

なーんてことも。

確かにそれもあり得るだろう。
でも、これは、先祖や家系とは関係無いように思う。

強い恨みを抱いて死んだ人が、たまたま、勝手にXX家のせいだ! だからXX家を呪ってやる!という念を残して死んだからだと思うのだ。

成仏できない誰かさんの思い違い、思い込みからきたものだろう。
その結果として、XX家の長男が呪われる、ってことになっただけだと思うのだ。

もし、強い恨みを抱いて死んでいった人が、「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんてない、と知っていたら・・

もし、類魂や前世というものを知っていたら・・

XX家を代々呪ったところで、そりゃあ、お門違いってことに気づくだろう。


キミね、もっと、的を得た、他の呪い方があるだろ!・・・と言ってやりたくなる(笑)

ところが、生きた人間とか、肉体を無くしてさ迷ってる霊というものは、得てして・・こんなふうに思い込みがちなのかもしれない。

物事を多角的に大きな視点から見ることができる霊だったら、いつまでも怨念を抱いて現世をさ迷ってることもないだろうから。

Grave-Of-The-Fireflies-post.jpg

さて、

結局、どれが正しいか間違ってるか? なーんてことを議論をしたって、なーんの結論も出てこない。

インドで釈迦が説いた仏教こそが本物で日本仏教が偽物だなんて言ったところで、また祖霊信仰がいいとか悪いとか言うような問題でもないと思う。

また、個人の何パーセントくらいが意識として残り統合されるのか?・・なーんてパーセンテージで示すことさえも愚問だと思う。
そんなことに平均値やパーセンテージで示せるとも思えないし、また、どうやってその数字が導き出せたのかもいうのも疑問だから(笑)

もちろん、お墓にいないなら墓参りなんて必要ない!なんてことも思わない。
それじゃあ、目に見えないものすべてを否定する現世主義者の思考回路だ(笑)

わざわざお墓に出向くことによって、そこに死者の魂を感じるならば、やはり、そこには意味があるはずだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところは、

さまざまな文化を知った上でたくさんの選択肢の中から、自分がどう感じるか、どうしたいか?

それだけだと思う。


前述したエカテリーナ2世のように、生まれ持ったプロイセン人のアイデンティティを捨て名前まで捨てて、新たにロシア・ロマノフ家の大帝としてのアイデンティティを自ら選ぶなら、それはそれでアリなのだから。


ただ1つの世界だけにしか目を向けなければ・・選択肢は狭まってしまうだろうし・・それじゃあ、生きながらにして成仏(浄化)できずにいる霊たちと同じになっちゃう(笑)

ファミリーヒストリーとアイデンティティ

「Tsubasaって名前は、日本人にはよくある名前?」・・と聞かれたんだけど。。。

翼(つばさ)って名前、最近ではよくある名前なんだろうか?

「わかんないよ~、私はアメリカに住んで10年以上経つしなあ。」と、答えるしかない。

「意味をこのサイトで調べたんだけどね、こんなふうに出てたよ。」


日本名で男女共に使える名前、漢字では翼、発音はtsoo-bah-sah
意味はWingのこと。


こちらのサイトからチェックしたとのこと
     ↓
http://www.behindthename.com/name/tsubasa

「翼って、友達の名前かなんか?」

「日本のコミック本に出てくる主人公の名前だったんで、ちょっと興味を持ったんだ。
日本の名前ってさ、みんな意味があるんだろ? それに苗字で先祖もわかるって聞いたけど?」

「いやいや、苗字だけで・・なかなか先祖やルーツを知るのは難しいと思うけどね。
むしろアメリカ人の苗字の方が、わかりやすい場合が多いんじゃない?」

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マクドナルド(McDonald)、オニール(O’Neil)、オブライエン(O'Brien)など、 アイリッシュ, スコティッシュ系
ホフマン(Hoffman), ミュラー(Muller), シュナイダー(Snyde)など、ドイツ系
ジュリアーニ(Giuliani)、ペロシ( Pelosi)、コッポラ(Coppola)など、イタリア系


その他、南米系、ロシア系、北欧系、韓国系、中国系、ベトナム系などなど・・だいたいにおいて苗字で判断できることが多い。

「でも僕のファミリーネームは、フリーマン(Freeman)だろ? 調べてみるとアングロサクソン系にあるらしいんだけどさ、僕の先祖はアフリカ系の血が入ってることは確かだし・・もともとはアフリカから連れてこられた黒人奴隷だった可能性は高いと思うよ。
奴隷解放後に、勝手に自分で苗字をつけちゃっただけかもしれないし~。」

そういう彼は、見た目ではまったくの白人で、まったく黒人の血が入っているようには見えない。


苗字から意味とルーツを探るサイト(英語サイト)アルファベットで日本名を入れても検索できる
        ↓
https://www.familyeducation.com/baby-names/surname

ここのサイトでは、アメリカのどの地域に多いかもわかるようになっている
       ↓
http://www.ancestry.com/learn/facts/

・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、アメリカの何かの番組だったかで・・こんなのを見たことがあった。

アメリカ人のある遺伝子学者が自分の家の家系図と遺伝子学を使って10数代前まで遡ったところ、なんと自分は黒人奴隷でしかも、奴隷の主人にレイプされて生まれた祖先を持っていたことが判明したそうだ。

しかし、その方も見た目はまったくの白人。

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今では自分のDNAから祖先を辿ることも可能となった。
それによって、彼のように見た目が白人であっても、黒人のDNAを色濃く持つ場合もあるだろうし、また逆に黒人であっても白人のDNAを持つ場合があるということもわかるようになったのだ。

見た目の肌の色や髪の色なんて、ただの見た目でしかないってことだ。


いやいや、アメリカの歴史から考えれば、ほとんどの現在のアメリカ人がそうかもしれない。
そのほとんどが、強姦魔の奴隷所有者と黒人奴隷被害者の両方の血を受け継ぐものってことになってしまうかも(笑)

さらに、アメリカインディアンの部族の血が流れていることだって多いだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

日本のTV番組では、ファミリーヒストリーというのがあって、なかなかの人気番組だと聞いたことがあった。
たしか、NHKの番組で、芸能人たちの先祖を辿る、というような内容だった。

私もYoutubeにアップされていたものをいくつか見た覚えがあるが、それぞれが皆、ドラマチックなストーリー仕立てで製作されていた。

もっともこの番組では、家系図と聞き込み調査をメインに調査しているだけらしいのでDNAを使った遺伝子学のアプローチではされてないようだ。

だけど、もしも祖先に凶悪犯人や犯罪者がいることがわかったら、番組として、どうなんだろう?と、ふと思った。
そりゃあ、芸能人たちのイメージダウンになちゃうだろうし、本人たちだってショックだろう。

だけど・・そこはまあ、番組だし~、決して本人のイメージダウンにはならないように製作されるのかもしれない。(笑)
まあ、視聴者が番組として、楽しんで見ればよいことなんだろうから。

・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、日本は歴史から見ても、名門の血を引くかどうかというのが、大きなウエイトを占める。

武田家は八幡太郎義家の血をひく源氏の血筋だったし、北条家は桓武平氏の血筋だったそうだ。


源氏か平家か。

源平


それは天皇家の血筋に繋がるってことになるわけだから。
だからこそ家の格式を重んじる時代では重要なポイントになるのだ。

天皇というのは思いのまま子供をどーーさり作ることができたわけだけど・・ところが、平安時代頃になってくると、天皇の子供の量がどっと増えてしまって・・そりゃ、天皇家といえども困ったことになる。
そこで源か平の姓を名乗らせて臣籍降下させたのがはじまりだそうだ。

で、清和源氏とか桓武平氏とか、頭にくっついているのは天皇の名前で、どの天皇の氏族から出た一族なのかをあらわしているそうだ。



でも、実際には、源とか平を名乗ってなくても、有名どころの戦国武将、足利、新田、山名、武田、今川、村上なんかは、出自は清和源氏なのだそうだ。(壇ノ浦で滅びた平氏よりも源氏の方が圧倒的に多いけどね。)

そもそも、苗字なんていくらでも変えられた時代だし、上司から、「明日から〇〇と名乗れ!」と言われれば、そうしなきゃならなかった時代でもある。

または、自分が出世して武家の頭領にでもなってしまえば、権威付けのために自分で家系図を作っちゃうことだって可能だっただろう。

どの時代でも、金と権力さえ手に入れれば、好きなように家系図だって作れるわけだから(笑)


実際に出自は天皇家の血を引く人であってさえも、本人は知らずに超貧乏な農民として一生を終えた人もいるだろうし、その逆もあったことだろう。

そう考えると・・現存されている家系図の信憑性ってのは、あまりなさそうな気がする。


そんなことを言えば、ヨーロッパの名門家だって同じだろうけど・・。

ハプルブルグ家は、現在のスイス領内に発祥したドイツ系の貴族の家系古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称してたそうだから。

こちらはハプスブルグ家の紋章、双頭の鷲↓
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ところで・・

自分の家系を知ろうとすることは、自分の前世を知ろうとする感覚とも近いのかもしれない。

ふと、そんなことを思う。

多くの人は、ご先祖様が大御殿に住むような人物で人格者であったと聞けば、なぜか嬉しくなるものだろうし、代々貧しい小作人だったと聞けば、がっかりするのかもしれない。

凶悪犯罪者だったなんて聞けば、さぞショックだろう。


今の自分と関係ないのになあ!(笑)


ふと、

くだんの母という、小松左京の小説を思い出した。
ずいぶん昔、私が10代の頃に読んだ小説だった。

漢字で書くと、くだんとは、
「件」(=人+牛)のこと

九段の母じゃないからね・・!
    ↓ なぜか検索すると、こんなのがヒットしてしまったけど・・これはなんだ? 関係ないのは確か。
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第二次世界大戦末期、家を焼け出されてしまった少年が兵庫県芦屋市の名家の離れでお世話になっていたときに不思議な体験をする話。

そこは大きなお屋敷で美しい奥様と、病気にかかっているという姿の見えない女の子だけが住んでいる。
戦時中なのに、贅沢な食べ物には困らない家で、しかも決して焼けることはない家だと、奥様は言う。

ついに、最後に・・隠されていた女の子を見てしまうのだが、それは、人間の体と牛の頭部を持つ化け物のような女の子だった。

そこの家系は、代々続いた名家で、しかも多くの人々を斬殺し多くの恨みの上に築かれた、呪われた家系だという。
そこの家では、女の子は生まれない、生まれても育たないそうだ。そして稀に生まれるとすれば、それは・・件(くだん)

「件」(=人+牛)の文字通り、半人半牛の姿をした怪物
件は歴史に残る大凶事の前兆として生まれ、数々の予言をし凶事が終われば死ぬそうだ。

実際にそうった言い伝えがあったそうで、それをもとに小説化したらしい。
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その子も太平洋戦争終結とともに死んでしまう。

ただし、部外者は決して件の姿を見てはいけない・・と言われている。



そんな内容だった・・・もっとも私の記憶が正しければ、だが。


たしかに、代々続く名家というものは、おそらく、多くの人の血と涙と恨みの上に存続したきたというケースが多いのかもしれない。
なんだか、つくづく、そんなことを思ったものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずいぶん以前のブログ記事にこんなものをアップしたことがあった。
      ↓   
自分の先祖を知ることって

これは多くの人々の家系を遡ってデータ集めをして、そのデータから導き出したものだったが、なかなか面白かったのだ。

もういちど、このポイントを記すとこんなことだった。
     ↓

ある家に長男、次男、三男がいる場合、
●三男は父親に似ることが多く、次男はおじいさん、長男はひいお爺さんと似る。

●夫婦仲良く過ごしたカップルは、後々まで安定し一族は子孫代々まで繁栄する傾向あり。
ところが、夫婦仲が悪かったり愛人を持ったり隠し子を作ったりした場合、その3代あとに悲惨な影響が出ることが多い。
長男が病死、事故、また、何人か子供のうち、一人が未婚の母だったり、自殺、同じように不幸な結婚をして、愛人を持ったり....と繰り返される傾向あり

●一番一家が繁栄し後々まで繁栄し続けるケース
夫が初婚で連れ子を持った女性と結婚し、その子供も新たに生まれる自分の子供もわけ隔てなく育てて、幸せな家庭だった場合は、何代にも渡って、その一家は繁栄を極めることが多い。




たしか武田信玄についても触れていて、知略・武力に長けた最高の武将だったのに、家庭内にはいつもゴタゴタが絶えなかったのが敗因か?・・というようなことも語られていたことを思い出す(笑)

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確かに武田信玄(晴信)さん、正室の三条夫人の他に3人の側室がいたわけで子供は12人。他にも記録に残らないような身分の女性もいた可能性もあるだろう。


この時代は権力者ともなれば妾を持って当然の時代だったからね~。



これはもちろん、ただのデータの分析結果だ。
夫婦仲良くしていれば子孫繁栄だし、浮家族気して家庭不和になると子孫に不幸が起きますよ!だからやめましょう!
なーんて、レベルの話ではない(笑)


それをどう読み説くか、という推理でしかないのだが・・

ようするにすべての人たちを幸せにできたかどうかってところがポイントのような気がする。
妾や浮気相手が何人いようがいまいが、みーんなが納得して幸せだったら・・そんなことは関係なさそうだ。

事実、戦国武将はみんなそんなものだったわけだし~。

しかし・・現代は、一夫一婦制になってるわけだし、法的にも社会通念からも妾を持つことはタブーの時代になっている。

なので、隠れてこっそりの「浮気」って言葉が出来上がったのだろう。

その結果、妻も浮気相手も隠し子も・・周囲みんなを不幸にしてドロドロにしちゃう可能性の方が高いんじゃないかな(笑)

そうなると、周囲のネガティブ意識は子孫にまで影響するようになる。


ならば現代だって・・
もしも光源氏のような人がいて、豪邸を建ててすべての妾やその子供たちを堂々と住まわせて、みんなが幸せに暮らしていければ、一家は安泰、子孫も安泰ってことだろう。(←どこにいるんだ? そんな現代人!)


どうも、そうゆうことらしい(笑)


とくに子供は生まれた環境に非常に影響される。
まだ生まれてこない胎児もまた、母親のストレスに大きく影響されるというのは、いまでは周知の事実。

ストレスホルモンは身体に防衛反応を呼び起こす種類のホルモンだそうで、もしも妊婦がそれを抱えていた場合、当然胎児の血流にも入り、母親の胎内と同じように、標的組織や標的器官に影響を及ぼすそうだ。


今はほとんどの病気の原因がストレスと言われるくらいだし、生まれてくる子供の健康に大きくかかわるのが、妊娠中の母親のストレス、そのストレスを与えるのが生活環境であり、やはり夫ということになりそうだ。

生まれてからも、ストレスいっぱいの母に育てられ、鬱々とした思い、悲しみ、恨みの渦の中で子供が育ったとしたら・・そりゃあ、家を出ない限りは良い人生になるとも思えないし、一家の繁栄にもならないだろう。


逆に、●一番一家が繁栄し後々まで繁栄し続けるケースであったように、
夫が初婚で連れ子を持った女性と結婚し、その子供も新たに生まれる自分の子供もわけ隔てなく育てて幸せな家庭だった場合・・・というのは・・・

おそらく愛情あふれる夫婦だったということが言える。

昔の常識としては、初婚の夫に連れ子ありの妻というケースは敬遠されたことだろうに。
それをものともしない愛情があったとするならば・・・そりゃあ、そんなきな愛の波動の中で育った子供たちの将来にも大きく影響していくことだろう。

スピリチュアル的な見方をすれば、愛の意識は周囲の人を幸せに導き、憎悪や不安は運を下降させるものだ。
幸せな波動は次の世代へと影響を与えていく

そう考えると、このデータ結果も、なんとなく納得できてくる。


家系を辿ってファミリー・ヒストリーを調べてみたり、または、前世を知るのは、たしかに面白い。

DNAから判明する先祖によって、「自分が生物学上でどこの人だったのか?」ってことがわかるだろうし、
自分のヘリテージ(身元や自分を構成するもの)で、「自分がもともとはどんな人間だったのか?」ってことがわかるだろうから。

でも・・・それだけのことだ。
過去の先祖は自分ではない、別の人だ。


黒人でも白人の血が入ってるわけだしその逆もあるわけだし・・日本人だったら韓国系、中国系、南洋系だって多いだろう。


そもそも日本は、祖霊信仰が生きている国だ。

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祖霊信仰(それいしんこう)もしくは祖先崇拝(そせんすうはい)とは、既に死んだ祖先が、生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系である。
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)中国では祖先崇拝と呼ばれ、清明節などの習慣がある。(Wiki より)



だからこそ、日本人は欧米人以上に、先祖への関心や血筋というものにこだわる傾向があるのかもしれない。


だけど、辿ったところで・・・辿れば辿るほど、どんどん世界に広がりミックスしていくだけだ(笑)

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たとえば、日本人の佐藤さん(仮名)がいたとしよう。  バリバリの日本人の顔をした日本人だったとしても・・
朝鮮半島から渡ってきた帰化人の血を引く人で、それ以前は中国大陸、コーカサス地方、ウズベキスタンかトルクメニスタンの馬賊、その前はイスラエル王朝かアラブ系の血をひくこともありえるし・・ゲルマン系ともミックスなんてこともありえる話だ。

どこまで遡ればいいんだ?

そりゃあ、世界の千差万別な人がいたことだろうなあ(笑)



たしかに、途中で名家の血筋が入っていることがわかって、

「私は世が世なら薩摩藩のお姫様と呼ばれたんだ!」と言ってみたところで・・・
「わが先祖はロマノフ王朝の血筋を引いてる」と言ってみたところで・・・

それがどーした?(笑)・・・でしかない。

たった一つの良い部分、自慢できる部分だけをクローズアップしてみたところで、あんまり意味はないように思う。
遡れば遡るほど、あまりにも多くの血脈の上に出来上がったいるのだから。


それは先祖に限らず、前世という概念だって同じことだろう。


結局、

すべての人は今生に生まれて、幾つもの選択肢の中から自分自身で何かを選ぶかしかないのだろう。


価値観、文化、哲学、信仰・・・それらすべてをひとつひとつ自分で選んでいったものが、自分のアイデンティティーになるわけだから。

そして、そのヘリテージを次の世代にたくしていく。
ただし・・それは血縁とは限らない。

ある種の技術だったり思想だったり・・そういったものを次の世代の人が自ら選択し、師匠となる先代から受け継いでいく。


先祖から脈々と受け継ぐ血や前世というよりも・・・やはり、それは現在の自分の意思で、自分のアイデンティティーを作っていくことなんだと思う。


先祖を気にするなら・・せいぜい、記憶に残っている祖父母か曾祖父母までだろうし、つまり、意識的な影響を受けているだろう・・という人までで充分な気がする。
もっとも、私はそれすら、よく知らないのが・・。(笑)

梅と桜のタマフリの季節

週末にパークに出かけて梅の花を見てきた、という人がいた。

梅の花をアメリカで見られるとは知らなかった。。。

UME_TREES_2012_002_(2).jpeg
http://parks.lacounty.gov/wps/portal/dpr/Parks/Peter_F_Schabarum_Regional_Park

Peter F. Schabarum Regional Parkという公園で週末は入園料を取られるらしいが、梅の花は今が見ごろ。

なんでもここは日系企業の寄付もあり、また水戸の偕楽園から取り寄せた梅の木なんだとか・・。

最近では、桜はアメリカ国内でもずいぶん見られるようになったものの、梅は知らなかった。

桜だろうが梅だろうが、花見は良いことだろう。
なんといっても、タマフリなんだから。

かなり以前に、こんな記事をアップしたことがあったけど・・
      ↓
桜とタマフリと

花見をする意味は、タマフリにあるという。

神道で使われる言葉に、タマシズメ(魂鎮め)とタマフリ(魂振り)というのがあり、タマフリというのは、神を呼び起こし魂を奮い立たせる儀式のことだそうだ。



花を咲かせる元気な樹木の生命力の波動を目で見て感じることで、「タマフリ」になるそうだ。

心身共に疲れ気味で、あ˝~うつ病になりそう!なんて感じている(またはすでに発症しかかっている?)現代人こそ必要なことかもしれない。

それにしても・・

やはり日本人とは世界に類を見ない人々かもしれない。

魂が抜けそうでウツ気味だったり、災難続きのとき、お祓い方法やフレッシュなエネルギー注入法を古代人は知っていたということだ。

アメリカでは花見の文化なんて聞いたことがない。
タマフリなんて、当然知らないだろう。

こっちでは、心身共に疲れてストレスが抜けなければ、サイコロジストを進められるだけだ。
ただし日本で精神科だとか精神分析医というと特別な事のように思われがちだけど、こちらではいたってフツーなこと。

うーむ。

日本では花見文化があるから、アメリカほどサイコロジストのもとへ通う必要がなかったのかもしれない。



以前のブログ記事にも書いたことだが・・花見とは
     ↓
「悪い日=厄日」に出かけて、真っ盛りの花の美しさをその目で見る事によって樹木からその生命力を分けてもらう。
悪い波動を追い出してきれいな波動を注入する。


これが花見の、もともとの意味だったそうだ。  つまり、タマフリ。

お花見は、まさしく、タマフリのひとつの方法。
●自然の美しいものをみること

しかしタマフリとは、見ることだだけとは限らない。

●音によるもの
神道では古来より鈴には「邪なるものを祓う力」があると考えられてきたそうだ。
ただし鈴そのものにではなく、「鈴の音」

浦安ノ舞(後ろ姿)


もちろん、鐘の音だって同様だろう。
魔を払う力があるとされているからこそ、寺でも鐘を鳴らすわけだから(時刻を知らせるだけじゃないわけで・・)

家にいてなーんなく嫌な気分になったり、空気が澱んできたと感じるときに、パンパンと拍手するのもいいそうだ。

これもまた過去記事に、音、周波数について書いたものがあったけど・・
    ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽

音(周波数)が人体に及ぼす影響も大きいということを書いたのだが、実は私自身もこれを体感することがある。

●自然な良い香りを嗅ぐこと
梅の香り、桜の香り(桜は梅ほど香らないけど・・桜餅は自然な香りかも(笑)

現代では医学的にも証明されているアロマセラピーもこれに含まれるだろう。

ようするに、五感のすべてを使って魂の修復(医学的に言えばDNAの修復だろうか?)をする、それこそがタマフリ。

それを古代日本人が知っていたことに、今さらながら驚かされる。


ただし、今まですべての日本人が、花見=タマフリと知っていたわけではないのも確か。

平安朝くらいまでは、花見は貴族階級のものだった。
江戸時代に入ると裕福な町人をへて庶民にも行き渡っていった。

その頃には、お花見は文化人にとっては花を愛でる風流、庶民にとっては食べて飲んで踊る娯楽になった。
現代人のように(笑)

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それにしても・・花見と言えば桜。
なぜ桜なんだ?

梅ではいけないのか?
他の花では?


事実、万葉集の時代では花といえば、梅の方だったようだ。
万葉集では桜が42首に対し、梅は118首も詠まれているというから。


梅はもともと7世紀後半に中国から輸入されたものらしい。
寒さに耐え、桃や桜に先駆けて美しい花を開き、馥郁たる香りを漂わせる。
plum blossoms


いやいや、もっと現実的な理由で輸入されたらしい。

梅は実を食用・薬用にする為だった。
この時代において、こんなに重宝なものはないだろう。


食中毒防止、胃がん、動脈硬化、血液浄化などの万能薬
ウメ(梅/うめ)に含まれる栄養価と効能

ただし、青い梅の種は毒。
青梅や生梅の核には アミグダリンとプルナシンという成分があり、 砕けると酵素分解によって青酸ガスを生じる。
食べると腹痛や中毒を起こすとか。
(アミグダリンとプルナシンは、梅が完熟すると解消してしまうけど)

まさに植物は使い方によって毒にも薬にもなる。

昔の人たちは、「種子の中には天神さまがおられるので、食べてはいけない。罰が当たる」と言ったそうだ。

天神様=菅原道真さん、のこと。

菅原道真さんは、こよなく梅を愛した人だったから。


梅は落ちても、またしっかりと芽を出す事から、 生命のしるしとされたという。
奈良時代から祝儀や縁起物にもされたし、また、絵画や和歌の題材にもされたというわけだ。

中国から渡ってきた梅が、だんだん桜に変わっていった理由はわからない。

だんだん中国風から国風文化へと移行していったから?
漢詩よりも和歌の時代に入っていったように。。。
(そういえば、菅原道真さんはバリバリの漢学者でもあり、漢詩で有名だったなあ)

鑑賞する花としては、桜の方に美的センスを感じたから?かもしれない。
たくましい生命の息吹を感じる梅よりも、わずか10日足らずで散ってしまう桜に。

散りゆく美学のルーツ?

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿

こんな言葉があるけど・・・梅は枝を切ると切り口から小枝が密生し枝振りがよくなるけど、桜は枝を切ると木の勢いがなくなり枯れやすくなるそうだ。

梅は逆境になればなるほど強く、桜は自然体でいればいるほど強いということだろうか。


いずれにしても、花は日本文化と密接なものだった。

春といえば、梅・桜だけど、秋といえば、萩の花
万葉集には、これもどっさり詠まれている。

四季折々のタマフリがあったのかもしれない。

なかでも初春
これから生命が息吹く季節
ピンクという色


とくにタマフリには最適だったのかも。

古代をまねてタマフリをしてみるか~。

そうはいっても・・

現代の花見なんて・・雑踏の中で場所取りでもみくちゃにされるそうだし・・
添加物まみれの梅干しを食べてもなあ(笑)

これじゃ、なんだか・・かえって魂がぐらつき、抜けちゃいそうだ。

自分なりのタマフリを見つけることしかなさそうだ。

そのヒントは、やっぱり・・自然にあるのかもしれない。

音、色、香りを使って。

すべての宗教の根本は愛にあった?

イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転するって!!

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実は私は、このような記事をいくつか読んでいたのだ。
     ↓
米大使館のエルサレム移転、5月にも発表か 国際社会は警告

在イスラエル米大使館 エルサレム移転を5月に判断か

イスラエルは、もう、強引にエルサレムを自分のものにしちゃえ!ってことらしい。

イスラエル横暴過ぎ!
 
いやいや、イスラエルって言い方はよくないかもなあ。
(安倍政権のやることすべてを、すべての日本人の意思と思われたくないのと一緒かも。)

現にイスラエル人だって、それに反対している人は多いと聞くから、やっぱり問題は、正確にいえば、ネタニヤフ政権だ。

ネタニヤフ政権、どーなってんの?


エルサレムというのは、周知のとおり、イスラエル東部・パレスチナ自治政府にある都市で、
ユダヤ教・イスラム教・キリスト教がみーんなが聖地としてる場所で、旧市街は城壁に囲まれ、東西南北に宗派ごとで四分割されている。 (ちなみに、北東はムスリム地区、北西はキリスト教徒地区、南西はアルメニア正教徒地区、南東はユダヤ人地区)

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もちろん紀元前からの古~い歴史のある場所で、歴史的にも有名な、嘆きの壁、聖墳墓教会、ダビデの塔、岩のドームといった各宗教の建造物がいっぱいあるとこだ。

だからこそ、どこの国もみんな、それなりの配慮をして、エルサレムを避けてテルアビブに大使館を置くようにしていたようだ。 



なぜかこういったニュースをまたも聞くたび・・私はつい、こんなことを想像してしまう。

ある学校のあるクラスに、I君とP君がいました。

I君はお金持ちのくせに、貧しいP君の持ち物が欲しくって無理やり分捕ろうとしました。
そこでI君は、学級会に訴えて裁いてもらおうとしました。
とうぜん、学級会では、「P君の持ち物を奪ってはいけません。I君は以後気をつけるように!」とI君に注意しました。

すると、I君は逆キレ、
「俺が今まで学校やクラスにどれだけ寄付してたと思ってんだ?それならその金、全部返せよ。
それに、俺には、強力な父ちゃんの後ろだてがあるんだぜ。
こーんなバカバカしい学級会なんて、やってられっか!」



I君をイスラエル、P君をパレスチナ、学級会を国連、パパはもちろん・・アメリカ、
と置き換えるとまさに!ってカンジでしょ?


私には、こんなレベルの話にしか思えないのだ(笑)

子供でも、よーーくわかる話だと思う。



ある人たちは、パレスチナとイスラエルの長年の戦争&確執を「宗教の違いによるもの」という人もいるけど、問題の本質はそんなことではないように思う。


以前のこちらのブログでも、オスマントルコの平和な時代から、現在のように中東が戦争だらけになってしまったことを書いたけど、結局原因を作ったのは西洋諸国の利権争いが発端だと思ってる。
      ↓
クリスマスに2016年を振り返ってみて


たしかに宗教は権力に利用されやすい・・それは事実だろう。
そんなの太古の昔からのことだからね~。
(ローマ帝国を盤石なものにするために利用されたのがキリスト教だと思ってる。ニケーア公会議なんてやっちゃって・・1つに決めちゃったわけだからね。)

でも、実際のところは、クラスにいる金持ちで強欲なI君の話の方が近いんじゃないかな、と私は思っている。

・・・・・・・・・・

宗教の話といえば、昨日、アメリカ人の友達がくれたメールでこんなことが書かれてあった。


>なんだか、今朝憂鬱な気分で目が覚めたので、ふとベッドサイドにあった聖書を手にしたんだ。
そして、僕の一番好きな箇所を読んだ。
僕の好きな一節はこれなんだ。
シェアしてくれると嬉しいんだけど・・。



と言って最後に書かれてたのがこれ。
  ↓

1 Corinthians 13:13 says that “There are three things that remain - faith, hope, and love - and the greatest of these is love”



ん? コリンティアンズって、たしか・・・コリントってのが聖書にあったよなあ。。

で、
結局、最後に残るものは、強い信頼と希望と愛の3つ。 そして中でも一番偉大なるものは愛なのだ。

と、私は頭の中で理解したのだけど・・、ここにちゃーんと訳された正規のものがあった!
      ↓
コリント人への第一の手紙 - 1 CORINTHIANS 13

この一番最後に出てくる訳文がこれ
      ↓

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛とこの三つである。
このうちで最も大いなるものは愛である




そうか~、聖書だからね~、faithは信仰と訳す方が正解なんだね~。
だけど、私的には深い信頼の方が、ぴったりくるんだけどね~。

詳しい背景を知りたい方はこちらを
      ↓
コリントの信徒への手紙一 Wikiより


愛? どの宗教もすべて愛を説いているんじゃないだろうか?

あらためて、そんなことを思った。

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仏教は慈愛であり、キリスト教は愛を説いている・・という人も多いけど、慈愛だろうが愛だろうが、言葉の違い、ニュアンスの違いだけであって、根本は同じものではないだろうか?

もちろん、仏教だってキリスト教だって、ものすごーーく宗派があるわけで、そもそも弟子の解釈の違いによって伝えられるものは、それぞれ違ってくるのは当然だろう。

どっちが正当なんてことなんて、この際どーっでもいいことで、根本は愛(または慈愛、言葉はどっちでもいいけど・・ここでは短い方をとって愛としておこう)


そしてこれは、おそらく仏教、キリスト教だけじゃないと思うのだ。

世界3大宗教と言われている、最後のひとつ、イスラム教も同様、という気がする。
もちろん、私は専門知識があるわけではないし、イスラム教に至っては、もっと知らないことの方が多いのだが・・。

それでも、ふと、思い出したことがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が、まだNY州のバッファローに住んでいた頃のことだ。

ある日、2週間という約束で外国人のホームステイを受け入れたことがあった。

その人はサウジアラビア人の30歳の男性で、家族でアメリカに住むことになっているんだけど、先に来て家族と一緒に住む家探しをするのでその間、ホームステイをしたいとのことだった。

職業は、サウジアラビアで英語の先生をしていたそうだ。

そのせいか、めっちゃ英語が上手かった。 当然、私などは足元にも及ばない(笑)
唯一、私が彼に教えてあげた英単語は、「ネコのひげ」 ちなみに、動物のひげは、ネコだろうとライオンだろうと、すべてwhiskersという。

ウチのネコが顔を洗っているのを見て、彼がひげを手でこすってるね・・と言おうとしたときの話だ。

ただ度忘れしてただけで、すぐに出てこなかったというだけらしい。

「いやあ、キミは英語を僕より知ってるじゃないか。 僕、すっかり単語忘れちゃってたよ。」

彼はとっても人へのさりがない気配りが上手な人だった。

「そんなこと褒められたって別にうれしくないよ。 だって、whiskasってブランドのキャットフードがあるんだもん。」(ちょっとスペルは違うけど明らかにそのまんまを意識したブランド名、ちなみに日本では、ねこまっしぐら、カルカンというブランドになってるらしい。)
   
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彼は、バリバリのイスラム教徒だ。
ちゃんと1日に5回はメッカに向かって祈りを捧げるくらいの人だった。

ところが、3日だけウチにいただけで、あとは友達のうちに泊ってくるといって、ずっと帰ってこなくなったのだ。

え? アメリカに来たばっかりで、誰も知人がいないんでホームステイをしたいって話だったような??

と、私は不思議に思った。

しばらくして戻ってきた彼に聞いたのだ。

「友達が、こっちにいたの?」

「いや、正確にいうとね、たまたま出会って友達になったんだよ。その人もイスラム教の人だったんだけどね、
そしていつまででも構わないからウチに泊っていいし、家探しも手伝うし、家族を先に呼んでもウチで面倒みるよ!って言ってくれたんだ。」

「え? だって会ったばかりの人でしょ?」

と、私が怪訝そうな顔をすると、彼は言った。

「うん、そうだね。会ったその日にそんなことを言われたってフツウだったら信じられないだろうし、なんか魂胆があるんじゃないか?って思うのがフツウだろうね。
でもね、これは僕たちのイスラムの教えのひとつにあるんだよ。

たとえ、通りすがりの人であっても、出来るだけの食事で持てなし、困ったことがあれば、どんな助力も惜しまないこと・・という教えというか、いや、これは僕らの中では常識に近いのかもしれないなあ。」


「え、それはイスラムの教えなの?」
私はあえて、スンニ派だとかシークだとか・・めんどくさいことは聞かなかった。

「そうなんだよ。 イスラムの教えの根本はね、愛にあるんだよ。
相手がまったく知らない人であっても、困っている人はすべて助けるし、決して金銭は要求しないんだよ。
つまり、愛の手を差し伸べるってことなんだよ。」

私は、そのとき、正直びっくりだった。

「それは、すごいね~。
でも、私たちの感覚でいうと、やっぱり知らない人は、たとえどんなに信用しているとしても、やっぱり遠慮しちゃうところがあるからなあ。」

遠慮をしちゃいけないって教えもあるんだよ。 食事を出されたらお腹いっぱいになるまで食べるし、お金をくれたらすべてありがたく頂くことなんだよ。
そして困ったときはお互いに助け合えばいいことだし、また、僕が別の人をそうやって助ければいいことなんだよ。」


「それは、素晴らしい教えだね~。」

私は心底、そう思った。

現に彼は、出会ったばかりの人に泊めてもらい、家を借りるための手持ちがすぐに無ければ僕が出すとまで言われたそうだ。


私はアメリカに来て、数人の日本人に出会ったが、どんなに困ったことがあっても何も言い出せなかったし、また、そんなことまで言ってくれる人に出会ったことがない。
ましてや、出会ったばかりで、あるわけがない!

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イスラム教の根本は愛にある?


彼は愛という言葉を英語でLOVEと言ってたけど、彼らの言葉でそれをなんと呼んでいるのかは知らない。

愛、慈愛、アガペー、人類愛、思いやり・・・言葉はさまざまだけど、その神髄はひとつのはずだし、どう訳すかなんて問題じゃないはずだ。

ギリシア語では人の愛を3つの言葉で区別しているそうだ。

 エロス……男女の愛。自分の好みに合った対象のみに向けられる愛。
 ピリア……友情。 共に生活したり行動したりすることが条件。
 ストルゲー……親子の愛。血のつながりが条件。
 
この3つは条件つきの愛なのだが、それに対して神の愛は、無条件の愛で、それを ギリシア語で、アガペーと呼ぶ。




まさに見返りを求めない無条件の愛ならば、それはギリシャで言うところのアガペーだ。

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もしも、彼らのようなイスラム教徒ばっかりだったら、町中からホームレスはいなくなるだろうし、格差社会だってなくなることだろう。


そういえば愛については、私はこちらのブログ記事で、
   ↓
絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

愛とはネガティブを消すための唯一の武器(パワー)の名前って気がする・・なんてことを書いたっけ。

愛で常に充電されていれば、たとえ飛行機事故のような絶体絶命の状況でさえ、恐怖心やエゴにも打ち勝つことが出来る。

絶体絶命のピンチのとき、パニックになって人を押し倒して逃げる人を責めることはできない。

おそらく、そんな人だって日常生活では優しい良い人だったりするわけだし、ただ、そんな状況のときに、わが身を顧みずに人を助けるか、人を踏み倒して逃げる人になるかの違いは、愛が充電されてる人か電池切れの人かの違いだけだろう。



そんな内容を書いた。

今また、つくづく、そう思う。


そして、すべての宗教はそれぞれ違いはあっても、すべては、さりげなく・・愛をおしえているような気がしてならない。(もちろん、この際、いかがわしい宗教やら曲解した宗派などは除く、他の宗派は認めないとか唯一神しか認めないとかの教えは別物だと思ってる)



いや、宗教だけでない。

これも、私の過去記事からだけど、
     ↓
脳が幸せを感じるしくみ

この中で、

●ダッカー・ケトルナー教授は、人間の脳はもともと、他者に対して同情するようにデザインされていると説明している。

●アミット・ソッド博士が提唱する、脳で幸せを感じるための方法は、深い感謝(GRATITUDE)思いやり(COMPASSION)を培っていくのみ。



こんなことを書いた。

これは、宗教ではなく医学的見地からのアプローチだったけど、やはり、神髄は同じじゃないだろうか?

人種や文化や時代が違っても、またそれぞれのアプローチ方法が違ったとしても行きつくところは一つ。
そんな気がしてきた。


そうであれば、世界の首脳陣たちが何をやらかそうとも、私たち個人が決して惑わされず、一つのことさえ肝に銘じていれば、世界は決して悪くはならない、どんどん変わっていくだろうなあ。

もちろん、それは素晴らしい方向へと。

トランプ政権を支持する人しない人

政治の話というのはどうも好きになれない。

理由は・・イライラがつのる、だからと言って現状の解決法が思い浮かばない・・などなどの理由から、
こりゃ、どうみたって、自分の精神衛生上良くないだろう!

だけど、アメリカで生活していれば当然かもしれないけど・・周り中、トランプさんの話題が聞こえてくる。

ちなみに私の周りでは、トランプ支持という人は一人もいない。
それは、アメリカ人(白人、その他有色人種に至るまで)、日系人、在留日本人、すべてに至るまで。

いったい、どこにトランプ支持者がいるんだ?
いったい、どこの地域の票を集めたんだ?


・・・と不思議な気がする。

つい、先日、アメリカ中西部から引っ越してきた白人男性(デンマーク系アメリカ人で、もともとはロサンゼルス生まれの人)と、たまたまトランプさんの話になってしまい・・(本当はそんな話したくなかったんだけど?)

「まさか、あなたはトランプ支持者じゃないよね?」
と、私に直球を投げてきた。

「うーーーん、そうだなあ・・。」と口ごもっていると、

「え?? トランプ支持者なの?

と、またも2球目の直球。

別にトランプなんか支持してないけど、こういった話題の返答を避けたいんでちょっと考えてただけなのに・・。

「いや、好きか嫌いか、支持するかしないか?って聞かれれば、NOだよ!」、とストレートに返した。

彼はほっとした様子。

もしも私がトランプ支持者なんてひとことでも言ったら、もうそれ以上の会話すらしたくない!というのがありありと見える。


「たださあ、どうみたって、この選挙はクリントンで決まり!って言われたたわけじゃない・・あ、クリントンだって大嫌いだけどさ~。
なのに、なんで・・トランプで決まっちゃったんだろ? どこにそんな支持者がいたんだろう?って不思議に思ったんだよ。
だって、現に私の周りではトランプを支持してる人なんて一人もいないよ。」

「僕はね、中西部に3年ほど住んでたけど、あっちではカリフォルニアとはまったく異質な土地柄でね、トランプ支持者が多いんだよ。 とくに中西部、南部の白人層には人気なんだ・・。」


あ˝~ やっぱり・・そうなのかなあ?

中間層以下と呼ばれる白人が多い地域。


もともとは、彼らのようなブルーカラーの白人労働者たちが、アメリカの製造業や労働力の基盤としてアメリカを支えてきたわけだし、また、そういった自負を持ってるだろう。

なのに、時代の変化とともにグローバル化の波が押し寄せるし、生産拠点はどんどん海外に移転。
おまけに様々な人種が入り込むんで自分たちの職業も取られるし、長年のキリスト教を中心とする自分たちの価値観だって脅かされてくる。

白人ブルーカラーと黒人ホワイトカラー
    ↓
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そもそも、アメリカ中西部の白人社会は閉鎖的だし、新しいもの、異質なものへの反発、違和感は強い。
毎週教会に通うようなキリスト原理主義の土地柄でもあるわけだから。。。


で、彼らは言う。

「なんで私たちの税金で難民や移民の面倒を見なきゃいけないの?
私たちこそがアメリカ人じゃないの!
なんで、アメリカの軍事力で日本を守ってあげる必要があるの?」


そりゃそうだ!


でもこれって、日本の街頭インタビューで聞いた、これと似てない?

「別に安倍政権なんてどーでもいいんだよ。
俺たちの景気回復してくれて消費税を増税しない党なら、それが一番!」


おいおい! 

でも・・・もしも今の状況で消費税増税しなきゃ、我々の赤ちゃん世代にはすっごいしわ寄せがくるんじゃないの!
そんなこと、知ったことか! どうせ、俺たちは生きてないもんね~。って、ことか(笑)


そこで、トランプさんに話を戻すと、彼のかかげるキャッチフレーズは、Make America Grate Again

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ちゃんと帽子にまで書いてある(笑)

なんでもいいから、アメリカ第一主義!
他のことなんかかまっちゃいないぜ! まず、アメリカさえよければ、それでオッケーさ~!



いやあ、実にストレートでわかりやすい。

今までのパクス・アメリカーナとは大違い(笑)

Pax Americana 

超大国である米国の存在により世界平和が維持されていることをさす語で、古代ローマ帝国の「パクス・ロマーナ」をもじった言葉だそうだ。
「 パクス」は、ローマ神話に登場する平和と秩序の女神のこと




世界に平和と秩序がもたららす国となる・・・実に美しい言葉し、実際、第二次世界大戦では連合国側に幸福をもたらしてアメリカは世界一の大国になって平和と秩序をもたらした。


だけど、負けたドイツや日本はどん底、とくに日本は原爆まで落とされたわけだし・・。
でも、当時の日本は、まさにアメリカにとっての「悪の枢軸国」だったんだから、なーんにも言えないのだ。

それが今でも尾をひいていて、未だに日本はどんな理不尽なことをされても黙って我慢する国になってる(笑)



いやあ、パクスアメリカーナ・・美しい響きだけど、その実、「征服者が世界を思ったとおりに牛耳る」ってこととちーっとも変わらない気がするのは、私だけ?


そしてアメリカの政治家さんたちは、パクス アメリカーナ・・こういった言葉が好きだ。
世界平和、秩序なーんて、美しい言葉でキラキラ飾り熱いスピーチをすることは、政治家としてのマナー、教養、たしなみ、品性?


そう、政治家さんたちは品性がなければいけない。
そして、本音で話してはいけないのだ。
悪事も美しく隠蔽しなければいけない。


そう、まさにクリントンさんのように。


ところが・・

じょーだんじゃないぜ!
もう、そんなのまっぴらだ!
奴らは、自分たちアメリカのエリート層だけを守るだけじゃんか!
俺たちは、型破りなトランプにかけるぜ。

(おいおい、賭けかよ!)

ってことで、今回は異色のトランプさんが選ばれちゃったのかもしれない。
とくに中西部のブルーカラー層たちによって。。。(実際はどーなのかは知らないけど、そーゆう話)


トランプさん、
ちーっとも政治家っぽくない、お下品さ、考えなしに発言しちゃうような正直さ、またコロコロと変える早さ、そして行動力・・・

いやあ、どうみたって政治家っぽくない。

そりゃあそうだろう。
彼は、不動産会社トランプ・オーガナイゼーションの会長兼社長、カジノ・ホテル運営会社トランプ・エンターテイメント・リゾーツの設立者。

もともと、やり手の実業家なんだから。

彼にとって、政治はビジネス。
行動力のある優秀なビジネスマン。



●まず第一に、利益が大事(もちろん、目先の利益優先・・百年後なんて考えてられっか!)
●合理主義者(常識だとかルールには縛られない自由さ)
●熟考するよりもまず、やっちゃう行動力



トランプのシリア政策は、オバマと違う点は「アサド政権を容認してISを殲滅する」ことにあるそうだ。

とりあえず、直接害がないならアサド政権なんてどーでもいいから、ISをぶっ潰す方が先でしょ?
いやあ、目的のためなら、その他の敵とも手を結んでおく・・というのは、実に合理的、リアリスト。

●メキシコ国境に3200メートルの壁を作って、不法移民・麻薬・犯罪者を締め出しちゃおう。
だけど・・その壁を作る費用は出さないよ! メキシコ側で持ってね。。。

●その他の国にたいしても、特定の国から入国禁止。
人種差別なんて言われても、しったこっちゃない!

●去年の話だけど・・「他の国が核を持っている時代だし、日本も核を持ってもいいのではないか。」という発言をしたとかしないとか・・。

動画を見ると・・ちゃんと言ってる(笑)

ここらへんの流れは、こういったことだったらしいのだ。
    ↓

「現在アメリカは世界の警察として同盟各国に自国の軍を配備して各国を守ってあげてるのにも関わらずアメリカはその軍の駐在費を負担してるじゃないか!
それを払え!
それが払えないなら、米軍は撤退するから自分たちで守れば!核を持てばいいじゃんか!」



という流れで言ったらしい。

たしかに・・無駄な経費削減=ビジネスマンの鉄則


しかし、とうぜん、日本は唯一の被爆国の面目にかけて反論したそうだ。

我々は唯一の被爆国なんです。
そんな我々日本が核をもつなんてトンデモない!



でも・・よく考えてみるとこれもヘンな論理って気がする。

被爆国と核保持反対には、どう関係するんだろう?

被爆国の経験があるからこそ、今度は自国を守るためには核を備えておこう!と考える方が自然なんじゃないだろうか?


それとも、被爆国の国民すべてが神のような犠牲的精神に目覚め、武器を持たずに殺されても世界平和を祈りながら、喜んで死んでいこう!という境地に達したんだろうか?

いやいや・・ぜーーたい、そうは思えない。


もっと現実的だ。


そして、現実的に安全性・平和を考えるならば、現状では二つに1つしかない気がする。

●すべての国が核を持つこと(どんな小国であろうとも、すべての国が核兵器を持ってしまえば、うかつには攻撃できないことになる。(「核の抑止」)

●または、すべての国に対して核兵器を地球上から一掃する運動を起こす



このどっちもしないで、日本は被爆国だから平和を訴えると言いつつ、核保自国のアメリカに守ってもらおうって、どーなんよ!
って気もする。。。

なんだか、ずるくない?

いざとなったら、オタクの兵器と戦力で守ってよ。多少のお金を出すからさあ・・・じゃ、アメリカ国民は納得するはずはないよなあ。

若いアメリカ兵士の命と税金で集めた金をそんなことに使ってなるもんか!


これじゃあ、ストレートに物申す、トランプとブルーカラー層の反発を買うのも当たり前かも。

もっとも核なんて言ったところで、今さら・・大量破壊兵器とは呼べないだろうけど。
核に変わるような、ハイテク兵器はいくらでもできてることだろうから。

つまり、核というのは、新しい今後の行く末を決めるキーワードという意味でしかないとは思っているけどね。



そもそも、アメリカが日本を守ってくれるなんてファンタジーはありえない。

なんでアメリカの兵器と若い命を投入してまで、よその国を守らなきゃならないんだ?
そこに、アメリカが得をするような大きな何かがあれば別だろうけど・・。

残念ながらなーんにもないと思う。


優秀なビジネスマンだったら、ぜーーたいにそんなバカなビジネスはしない。


リアリスティックなビジネスマン、トランプ!
下品なほどホンネしか言わないトランプ、自国の利益しか考えないトランプ。

はっきり言って、私は嫌い!
そもそも、あの下品極まりない顔からして嫌い!


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だけど、キレイごとを掲げてこそこそと隠蔽して、わが身の安泰と目前の利益しか考えない奴らは、もっと気持ち悪い!

そして、そんな言葉に騙されて・・世界平和のためにとか、兵器を持つのは悪いことです!なーんて言ってるだけの人にも、うんざりする。
また、ただ攻撃的に批判するだけの人にもうーんざりする。


だから・・私は政治の話は好きじゃない。


じゃあ、アンタはいったいどんな政治家ならいいわけ?

うーん。。。

そりゃあ、もちろん・・・品性があって冷静で裏表がなくストレート、百年先の世界全体のビジョンを持ち、現状の問題をバシバシ解決していける人。



そんな政治家、いったいどこにいるんだ?

さて?
たしかに思いつかない・・・




最近は、アメリカの大統領でなくても、政治家さんたちは、みな、ビジネスマンになりつつあるような気がする。
政治家じゃなくって、政治屋と呼ぶそうだ。

政治はビジネス!


ビジネスとはシビアなー世界、いかに儲けるか? 
それのみ。
情にほだされては成功できない。



ところが、こんな会社もあったよなあ。
   ↓
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


社長が社員全員を解雇することなく、自分の給料を下げてまで全員に破格の給料を支払うことによって、社員全体のモチベーションが上がり、収益が1年で倍増したという、異色の会社の話だった。

さて、この社長は単に優しい人で、情にほだされた?だけだったのか・・それとも、社員全体のモチベーションを上げることによって大幅収益までも計算した結果だったのかはわからない。

・・・もし、後者だとしたら、恐るべき先見の目を持つリアリストということになる。

少なくとも、「了見の狭い、保身に走るだけのケチ野郎ではなかった」、それだけは確か。

そうじゃなけりゃ、自分でそんなリスクを背負ってまで思い切ったことはできないだろうから。

この社長さん
  ↓
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さて、同じビジネスマンのトランプさん、

リアリストで思ったことを口にして実行しちゃう、ガンガン・イケイケのイメージだけど・・・


果たして、グラビティー・ペイメントの社長みたいに、そこまで思いきって常識はずれなことができるだろうか?
それとも、常識レベルでの優秀なビジネスマンに過ぎない人?(笑)


いっそのこと、まずはグラビティー・ペイメントの社長を見習って・・自分の大統領としての給料も何もかも、ぜーんぶ、国民のために使うとこからはじめちゃうとか?

大統領の給料は約5000ドルで、1万2,000ドルの娯楽費と10万ドルの旅費がそれぞれ非課税で与えられるとか。
在任中は専用リムジン、ヘリコプター、飛行機などは無料だし、ホワイトハウスに専用シェフ付で無料で住めて、別荘や専用のSPだって、ぜーんぶ無料。その他、講演料だとか入れるとかなりなものだろう。。。



そもそも自分は仕事しなくたって、すでに超がつくほどのお金持ちなんだし。
ついでに、政府首脳陣の給料も半額にしちゃうとか。。。



何事もだけど・・トップに立つ人が人々の心を本当に動かすことができるかどうか? 
社員が(国民)が、愛と信頼を置いているか・・それに尽きる気がする。

たとえそれが冷徹なビジネスで儲けることが目的であってさえ。
そこの差は大きい。

だって、量子論的に言えば、この世は人々の意識で作られるんだから。



型破りと言われるトランプさんは・・・本当に、常識社会をぶち破る人なのか?
それとも、従来の政治家としては型破りってだけなのか?


いやいや・・・彼は、この世界を破滅させる役割を持った人だっていう話もあるけど・・・(笑)

破滅のあとは新生ってことになるし、それならそれで彼の役割があるのかもしれない。

病気になる(これは私の個人的な日記)

ちょっと困ったことになった。
右目瞼の内側がずーーと赤く腫れていて、ちっとも腫れがひかないのだ。痛みはないんだけど・・。
これって、いつからだったかなあ? 


さすがにこりゃあ、眼医者さんにいった方がいいんかなあ? 
・・・目医者さんに行くのは初体験(日本にいた子供の頃でさえ行ったことがないのだ。)・・・怖いなあ!

怖い理由は2つ。
    ↓
●どんなこと、されるんだろう? 痛いかなあ? 目だよ、目!
●いったいお支払いはいくらかかるんだろう?

私の医療保険は目や鼻、歯医者はカバーされてない。


ドキドキしながら電話予約をする。
検査費用は25ドルだという。

それなら、問題ない。
だけど、もしも切開するとか手術なーんて云われてしまったら、5000ドル? 1日入院で1万ドルなんて云われたら・・、そのときは自分で治すことにして帰ってくれば、いいんだ!そーだ、そーだ!(←どうやって自分で治すんだ? でも・・本気)

と、決心を固めていくことにした(笑)
ちなみに、アメリカで一番多い破産の原因は「医療費による負債を抱えたためだそうだ。

そこそこの蓄えがある人であっても、もしも入院、手術ともなれば、xx万ドルの請求がくるんだから、時には車や不動産を購入するよりも大変なことになる。

さて、覚悟を決めていったのだが・・・。

診察時間は10分ほど。

実にあっけない!

「大丈夫、大したことではないよ!目薬と抗生物質を7日間続けてみてください。
処方箋を書くからこれで薬屋さんに行って購入してください。」


ほ、ほんとかよ~。

どうも何かのバクテリアによって炎症を起こしているらしく、涙腺が詰まり、流れがスムーズにいかなくなっているとかなんとか・・
(実際、詳しいところは英語の説明なんで完全には理解できなかった。 もっとも、日本語で病名を言われても知識ゼロの私にはわからなかっただろうけど。)


「それって、日本語でいうところの、ものもらい みたいなもんですか?」と質問しようと思ったけど・・アメリカ人の目医者さんが、「ものもらい」って言葉を知ってるとは思えないんで・・やめとくことにした。


もうひとつ、面白いことを教えてもらった。

ドクターが、笑いながら言う。

「あなた日本人なら、お米を食べるでしょう? 家にある?」

「はい、いちおう、買い置きのお米はありますが。」

「それならね、靴下の片方にナマのお米を詰めてよく縛ってね、それを電子レンジで温めるんだよ。
それを目に当てて温めると血行が良くなって、自然治癒力を向上させるし疲れ目も取れるよ。 やってごらん。」


片方の靴下ってこうやって使うだけじゃないんだ!!
    ↓
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「なーるほど・・なずけて、ライス・トリートメントですね~。 やってみます!」
(笑)と、私。

そして帰り道、近所の薬屋に寄って処方箋を出したところ、
そこで、びっくり・・・

「えーーと、保険カードがなければ、両方で198ドルになりますが?」
・・と、薬屋さんが涼しい顔で言う。

ひええ? 19ドル80セントの間違いじゃないんの??(←間違いであるわけないだろ!)

まさか~、じゃ、やめます!とは言えない。。。
しかたなく、カードで支払った。。。。

そうだった。。。。
アメリカでは、薬代ほど不透明なものはない。

そもそも、もともとの薬の値段が不透明な上薬局によっても違うし、持っている保険の薬カードによるし・・
実に、複雑怪奇な仕組みになっていて、さっぱりわからん。

アメリカの医薬品、保険事情は、いったいどーなっとるんだ?
と、今さらながらチラッと思ったものの・・そんなこと今、考えるのもめんどくさい。


そして、家に帰りついた。

今度は・・・完全に風邪の症状になった。

あ~、さんざんな日だ。。。


実は、きのうから風邪の兆候はあったのだが、本日の午前中の外出(目医者、そしてスーパーマーケットの中にある薬屋で待たされてこと)で悪化したようだ。

くしゃみ、鼻水が止まらず、おまけに熱が出てきた。

今まで、風邪のときは風邪薬を飲まずに1日で治してきた私だが・・・どうも、今回は、そう、うまくはいかない気がする。。。

最近は疲れが溜まっていて、おそらく免疫力が落ちていたのが原因。
だからこそ、目が腫れるなんてことも起こったのかもしれない。

私たちが自覚しないだけで、日常、我々は多くの菌にさらされているのだ。
ところが・・・日ごろは、体のメカニズムがせっせと働いて、害になるものと戦い、せっせと排除してくれてしまうため、まったく気が付かない。

私の知らないところで、今までいくつもの戦いがあったことだろう。

私の体 Vs. バクテリア

ところが今回は、自分の不摂生のため、戦いは第二ラウンドまで持ち越され、ついに自分の自覚するところとなったということか。



うーーむ。

さてと~、
目のための抗生物質を飲んでいる以上、風邪薬は飲めない。(つーか飲む気もないのだが・・。)

そこで、特性ホットドリンク(レモン、ショウガ、ハチミツ)を作った。
こうゆうときは、すべてオーガニックの材料にこだわる(笑)

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特性ドリンクを飲んで寝ていると、体がかあっと熱くなってくる。
汗が出てくる。

あ、熱がどんどん上がっていく~。

そうか!
今、私の体は戦いの真っ最中なんだ!(なんだか、ちょっと快感!)


突然、日本にいる母から電話があった。

今、風邪をひいて寝込んでいるというと、

「あら、アンタ、看病してくれる友達も恋人もいないの?
病気のときは、つらいし寂しいものよ!
それにね、万が一、一人暮らしだと病気で死んでも誰にも発見されないなんてことにもなるわよ~。」


まったく~、なんて話題をするんだ?!
だから、どうしろ!って言うんだ!


「あのねえ、ママだって一人暮らしでしょ! 誰か親身になって助けてくれる人は傍にいるわけ?」

「いないわよ! 元気なときだって・・たまに話し相手が欲しくなって孤独を感じることだってあるわよ。
だからといってね、形ばっかりの友人に電話してみたところで決して楽しいとは思わないわ。
だったら、やっぱり一人の方がいいわね。 たとえ病気でも私は一人で治せるし、死ぬときは死ぬものよ~。(笑)」

「もう!その言葉、そっくりそのまま返すよ!
とにかく、私は寝るから、電話切るからね!」


相変わらず・・我が母親の言うことはよくわからん。。。



ふと、寝ながら考えてみる。

人は孤独を恐れる。
病を恐れる。
死を恐れる。



心身共に弱っているときは、とくに何かを恐れるものかもしれない。
また、何かにすがりたくなるものかもしれない。

でも、そういったときに他力本願ですがるものは、だいたいにおいてロクなことはない。

ふと、中村天風さんの言葉を思い出した。

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病める人は、その病から心を放してしまいなさい。病のとき、病を一生懸命に大事に考えていないと、病が癒(なお)らぬように思っているとしたら大間違いである。
病になったならば、病をむしろ忘れるくらいな気持ちになりなさい。病は忘れることによって治る。



なーるほどねえ。。。

そのとき、ベッドの上にネコがジャンプしてきた。

彼女の声が聞こえてくる。
「おい! 私のゴハンは!! ないんだけど・・!」


し、しまった~!
すっかり買い忘れてた!!


たしかに何もない!

こりゃ、買い物に行かなきゃなるまい!

またネコが言う。
「私も連れていけ!」

幸い起き上がってみると、ちょっとフラフラするものの十分運転はできそう。
車にネコを乗せて一緒に買い物に出る。



無事買い物を終えて帰宅すると・・またとたんに熱が上がってきた。

熱を出すことは健康に必要なことで、体内の毒素を出したり癌細胞を死滅させたりすることにもなり、
体を浄化してくれる。


なんかの本で読んだことがあったなあ。

そうかあ、
じゃあ、浄化された自分を想像して発熱は有難いものとして、これを楽しむことにしよう~♪



そこで、ふと思いついて、ベッドに行く前に午前中に買ってきた薬をインターネットで調べてみる気になった。

DOXYVYCLINE・・・抗生物質
FLUOROMETHOLONE・・・目薬


え??
両方ともオンラインで購入すれば、保険カードがなくても・・20ドル程度じゃんか!!
合計で40ドル?

まーーたく、いったい・・アメリカの医薬品、保険システムってどーなってんだよ!

そう思ったとたん、また、熱がかーーっと上がっていくのがわかった(笑)

いかんいかん。
これじゃあ、私の体は浄化にますます時間がかかりそうだ。。。

どうも私の場合、病気になると・・病の恐怖やら孤独感よりも、現実的なお金の問題から怒りに走る傾向がありそうだ(笑)
なんという、現実主義的志向の持ち主なんだろう。。。


発熱のだるさを楽しみ、浄化された自分を想像しながら、ベッドでゴロゴロすることにしよう~♪

霊感と霊能者についてもう一度考えてみる

最近、霊感が強い人=霊能者 と勘違いしてる人も多いのかもしれないなあ、と思うことが多々ある。

いや、これって別に・・最近に始まったことじゃないんだろうけどね~。

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◆霊感が強い人・・・第六感が働く人第六感は英語ではシックスセンス、まさに、そのまんま!

予知能力、透視能力、念動力、超能力・・・と、まあ色々あるけど、
大辞泉によれば、「基本的に五感を超えるもので、物事の本質を掴む心の働きのこと」と、短くまとめてある(笑)

そう、それが強いか弱いかは別として、誰でも持っているもの。

もちろん、それを強く感じる人ならば、
幽霊が見える人もいるし幽霊と話が出来る人もいる。

または、幽霊は見えないけど近い未来が見えてしまう人、初対面で出会った人なのに、相手が何をしている人なのかが突然わかってしまう人など・・・実にそれぞれ。


いやいや、私はまったく霊感なんてありません・・なんて言ってる人でさえ、

親しい人が亡くなるときには「虫の知らせ」を感じて予知したりする。
また、大惨事の前に「なんか嫌なカンジがする」と感じる人もいる。

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http://photozou.jp/photo/show/141801/65558367

また、初対面で、笑顔をたやさないいかにも優しそうな人と出会っても、「なーんか、あの人嫌な感じがするんだよね~」、と感じる場合もあるだろう。

これは・・すべて、第六感であり、別の言葉で言えば、霊感と呼べるものかもしれない。



それがいったい、いつ、どういったメカニズムで発動するのかはわからない。

動物が人と比べて、そういった能力が強いのをみると、本能に近いものかもしれない。

西洋では、昔からこんな言葉がある。

Rats desert a sinking ship.
ネズミは沈没する船から逃げる



実際、帆船の時代は、ネズミの行動を見て危険を察知する、というのは船乗りにとっては常識だったそうだ。

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だけど・・本能というのは、生まれながらに持っていた能力のことを言うなら、第六感はまた別のものという気がする。
なぜなら、修練することでもパワーアップするそうだから。

そうなると、直感?に近いものか?
直感もまた、鍛えることが出来るものだから。。。


直観とは、意識的・分析的な理由づけをせずに直ちに何かを理解し決断を下すことができる脳のプロセスのことをいう
のだそうだ。


第六感(霊感)は、直感の一種かもしれない。

もともと備わっているものであり、
それを目覚めさせることも可能であり、
訓練によってパワーアップも可能なもの





さて、ここで、霊感がある人と霊能者との違い。

霊能者というのは、英語でいうところのヒーラー、ミーディアム、チャネラー、スピリチュアル・カウンセラーなどのことを指す。(最近ではこういった言葉もカタカナで日本語化しているようだ。)

まず・・霊の存在が見えたり感じることは基本だろうけど・・それだけじゃ、タダの霊感がある人に過ぎない。

霊能者というからには、霊の存在が見えるたり会話ができるだけじゃなく、そこにある問題を解決させる能力までもが要求されるもの。
つまりは、良きカウンセラーでなくてはならない。


そこが大きな違いだろう。

依頼主の人間には、「ああ、これですっきりして、無事生活が送れるようにまりました。ありがとう!」としてあげなきゃいけないし、
霊には、「ああ、これですっきりして別世界に旅だてます。ありがとう!」としてあげなきゃならない。

原因究明能力、洞察力、理解力、問題解決能力などが要求されるもの。

ただ霊感が強いというだけでは、こりゃ、どーにもならない。


たとえば、よくある話だけど・・

ただ霊感が強いだけの人だったら、血みどろで怨念の塊のような幽霊さんを見えば、ひええ~!と怖がるだけだし、寒気、めまい、吐き気に襲われたり、気分が悪くなってダウンしてしまったりする。

これじゃあ、まったく使いモノにならん!
むしろ、霊感なんかない方がマシ!


なので、霊感の強い人は、ヤバい場所には近づかないようにして身を守っていることがほとんどのようだ。

ところが、
中には困った人もいて・・稀に霊感の強い人の中には、「あんたの後ろに霊が憑いてるよーー!」と、すぐに人に教えたがる人もいるようだけど・・・これこそ、迷惑な話だ~。

そんなことを言われれば・・言われた人は、気味悪くなったり怖くなったりするだけだ。



もともと人というものは、自分に関係無いところの厄介ごとには関わりたくはないものだ。

霊感が強い人だって、あえて霊能者なんかになりたくないと思う。。。
その危険度や怖さを身に染みて知ってる人ならば、なおさらのことだろう。

ただ霊が見えたり会話ができるだけじゃあ、とてもじゃないけど、問題解決なんて出来るわけがないんだから。

そもそも・・人間も霊も、聞き分けが無いヤツ、凶暴なヤツもいるわけだし、そんなヤツを相手にすると考えただけでもゾっとする(笑)



ところが、それでも霊能者になろう!とする人は、
まず、心底から「人(霊も)を救ってあげたい!」という思いが強くなければできないことだろう。


そういえば、

私の知っている霊能者たちを思い出してみると、彼らはみな過去にとっても苦労した人ばかりだった。

若い頃に大病を患い生死の境をさ迷った人、非遇の人生を歩んできた人ばかり。
また子供の頃から第六感(霊感)が強かったために、一般社会への同調が出来ずに苦労した人など。


そして、彼らに言わせると・・なんで、自分ばっかり・・こんな目に合うんだ?と考えたのがはじめだったという。

そこで、自分なりに、霊に煩わされない方法・・まずは、質の悪い霊と遭遇しても身を守れる方法を試行錯誤で学んだりしながら、しだいに身に着けていったそうだ。

さらに、こんな疑問を持つようになったそうだ。
 ↓
なんで自分には霊が見えるんだろう?
なんで、こんな能力を持ってしまったんだろう?
なんで、霊は存在するんだろう?
死後の世界は? 
この世界、宇宙はどうやって、なぜ成り立っている?

そんなことを考え始めたという。


そりゃそうだろう。

何も見えず何も感じず、すんなりと現実社会に溶け込める人だったら、若い頃からこんなことまで考えたりはしない。

どうやって恋人を射止めるか
どうやって成績を上げるか
どうやって良い仕事をゲットするか
どうやって金持ちになるか


の方が先だろうから(笑)


ところが、彼らは、そんな人並な望みを持つことさえも許されないような状況だった・・ってことだ。
やむにやまれず・・・自分を救うために自分で解明していかなきゃならなかった・・状況があったのだろう。


そこで、

自分なりに・・学校では教わらない勉強をしていった人。

時には、同じ経験を持つ霊能者の大先輩から学んだりもした。

ここらへんは、日本の霊能者もアメリカの霊能者も同じようだ。
知人で、FBI超能力捜査官に弟子入りしたという人もいたなあ。(ちなみに、FBI超能力捜査官なんて役職名はない。超能力を使って事件解決に貢献しても、ただのFBI捜査官と呼ばれている。)


そんな過程の中で・・

こうなったらもう、自分の知識と能力を使って・・・
人々を救ってあげたい ⇒ 霊能者になろう!

と決心を固めたのかもしれない。


とにかく大変なことは確かだ。

霊能者に必要なこと
   ↓
●自分の身を守る方法
●常に無心の境地になること(恐怖や先入観を捨てることなどを意味する)
●見えてきた断片的な事柄から、論理的に読み取る方法
●古今東西における豊富な知識
●相手に伝えて納得してもらうための話術



などなど。

私の以前のブログ記事にも似たような記事をアップしたことがあった。
   ↓
二人の霊能力者と相談者

相談者に憑依したものが見えれば、すぐにお祓いして引きはがせばいいってものじゃない。
それがどういったものかを理解してなきゃ、どんでもない間違いを起こすことだってあるそうだ。

まだまだ半人前の霊能者には、実際、そうった失敗談もあるんだとか(笑)

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さて、ここで・・もうひとつ、

そういった霊能者たちには興味深い共通点がある。

彼らは心の中に常に信じている存在がある。

たぶん、神と呼ぶに近い存在。。。

だけど、決して「何かの宗教に属してること」という意味ではない。
むしろ、依存心から出る強い信仰心は逆効果になるらしい

それは、自分だけの信じる神であっても構わない。

うーん、神というよりも、人によっては「宇宙の摂理」とか「真理」とか「グレイトスピリッツ」というものかもしれないし~。

ここらへんの言葉は色々あって何て呼んだらいいのか難しいところだけど、とにかく、心の中に「信じる何か」を強く持っていること。

カトリックのエクソシストと呼ばれる人たちは、それは・・もちろん、ジーザス精霊とかと呼ぶだろうし・・
日本の霊能者では、神道でいうところの、国之常立神(くにのとこたちのかみ)だったり、または仏教でいうところの、大日如来だったり、自分の守護霊の〇〇の神という人もいるし、自然の中や太陽の光の中にあるという人もいれば・・人によっては、地球外生命体の〇〇と呼ぶ人もいる。

つまり、便宜上、それぞれがそれぞれに名前をつけてるだけで、信じる存在というのは、ひょっとしたら・・全部同じ1つのものに通じる何かかもしれない。

心の中にある信じるもの=真理 (私から見れば・・真理という言葉でしか表現できないんだけど・・)


霊能者たちは、ニュートラルな状態(または無の境地)に入って、その信じる何かとコンタクトをとって新たなことを教えてもらう。
信じる存在からパワーを得ている。

それもコンタクトできるようにするためには、日々自分にも磨きをかけて学んでいかなければならないそうだ。


たぶん・・日本的な言い方をすると、「お告げを受ける」とか「上から降りてくる」というようなことに近いみたいだ。

そうやって人助けに貢献しているのが霊能者なのだ。



ところが、霊能者というのは、おそらく、ほとんどの霊能者が自分のことは見えないという。

人のために役立つことが霊能者だから。
自分のためには使えないってことか・・・。

そのため、同じ霊能者仲間から、自分のことをアドバイスしてもらうことも多いんだとか(笑)


巷で、こんな事を言ってる人がいた。

「〇〇って霊能者って、本物の霊能者かな?」

「あの人、離婚歴があるらしいよ。 自分が結婚に失敗してるような人に結婚運を見てもらったって当たるわけないよ。」

「そーだよね・・・。きっとインチキ霊能者だね~。」



もし、この二人の会話でいくならば、すべての本物霊能者は決して失敗せずに自分の運勢も良い人ってことになってしまう。

「離婚歴もなく経済的にも豊かな成功者が本物」ってことになってしまう(笑)

そんなバカな・・(笑)だ。



霊能者だって我々と同じ、人なのだ・・・。



また、よく耳にする会話だけど・・

「あの、TVに出てるXXさんて霊能者、あれって本物?」

とか・・

「あの人、当たるの?」

とか・・

「あの人、本当に霊能力あるの?」

とか。。。

今さら、そうゆうことを聞くと、正直、ウンザリ&ガッカリする。


あまりに、霊能力について知らなすぎる人たちの会話。
霊能者だったら、一方的に助けてもらえるのが当然だと思ってるのがミエミエな会話。

これは、単なる依存心だと思う。。。



そりゃあ、口コミだって大事だろう。
だけど、最終的に何事も選ぶのは、自分の直感でしかない。

自分の直感を使えない(使わない)人に限って

立派なプロフィールで華々しく飾ってる人を選ぼうとする。
世間の噂で選ぼうとしたり、TVや雑誌で取り上げられた人を選ぼうとする。

ネームバリューに頼ろうとする。

それは・・自分の直感を使えない(または使おうとしない)人たちの依存心
残念ながら、いまだにそういった人たちも多いのかもしれない。


医者や歯医者、大工さんを選ぶときだって同じことだろう。
それじゃあ、決して本物には巡り合えない気がする。

少しでも良いものを作りたい。
少しでも人々に貢献したい。


どんな職業であれ、そう思っている人を直感で選ぶしかないのだ。
それこそが、本物と呼ばれる人だと思うから。

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霊能者も同じ人間に変わりない。


ただし、どれだけ・・他人のことを思えるか?
どれだけ・・自分で学んできたか?

その差は大きいだろうけど・・



そしてまた、霊能者ではない一般人も同じだろう。

第六感は誰にでも眠っている能力、磨けば磨くほど身についていくもの・・と考えれば、

誰だって霊能者になれる可能性はあることになる。


また、霊能者にならなくったって、第六感(直感)に磨きをかけて、それぞれの職業に活かせることはできると思う。

例えば、スポーツ選手だって、数々の経験と訓練によって、相手の次のプレイを予測をしながら瞬時に体を動かすことができるようになるのだという。

まさに、訓練によって直感を研ぎ澄ますことができるということだ。


前回の私のブログ記事、これも同様のことを書いていたと思う。
    ↓
武士道と刀のスピリチュアル

心身ともに鍛錬した武士は、モノの気配や殺気を感じたし、相手の動きが先に読めるようになったという。


おそらく、武道やスポーツだけではない。

もっと日常的に、ビジネスにおいても人間関係においても、第六感(直感・霊感)を使って・・相手や時流を知り、それを役立てることはできると思う。

武士道と刀のスピリチュアル

実は・・きょう、剣道について質問されたのだ。 
ところが、私は経験がないんで、よくわからん。

しかし、アメリカに住んでいると、日本人なら誰れも、剣道や柔道、華道やお茶、仏教・・なーんて日本古来のものに通じていると勘違いされることが多々ある。

おまけに、クロサワ映画は最高! サムライってかっこいい!・・・と思ってる人も以外に多い。

そんなことからか、私もじっくりとクロサワ映画を見るようになったのも、アメリカに住んでからだ。
また、そのほかの時代劇、サムライ・ムービーもなぜか、興味を持ってたくさん見ることになった。

とくに、池波正太郎さんの作品、剣客商売、鬼平犯科帳、雲霧仁左衛門、などは、面白かったので、さらに本まで読み漁ってしまった。

そして、その結果、思ったこと。

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剣の達人であるサムライは、(剣客と呼ばれる人たち)

●人や動物の気配を感じたり、とくに殺気(悪意)を感じたりできる。

●刀を持って構えた人をみただけで、どれだけ強いかわかる。

●刀は武士の魂とされ、魂が宿るものとされていた。

●剣道とは精神修行でもある。(心身共に鍛えないと強くなれない)



これはまさに、スピリチュアルなサイキック能力に近いものがありそうだ(笑)


ほんとかよ~! そんなことって・・単なる脚色に過ぎないんじゃないの~!と、以前の私だったら思ったことだろう。

しかし今は、これは、おそらく本当の事だろう・・・と思えるようになった。


その理由のひとつとして・・日本刀が作られるまでの過程を知ったことも大きい。

そもそも、日本刀というもの自体が世界に類を見ないようなシロモノだったのだ!



そういえば、ずっと以前にも、モノにも気が宿るという話を何度かアップしたことがあったと思う。
   ↓
お買い物の注意:「物にも入る気」
浄化する方法


とくに気が宿りやすいものは、人形、天然石、手作りのもの、手作り料理など。

その中でも、群を抜いて「人の気がいっぱい入ってるもの」が日本刀じゃないかと思う。


それは、その製造過程をみると納得させられてしまう。

製造過程は大きく分けて3つ。 
つまり、3か所のスペシャリストの手を経て、はじめて日本刀が作られるそうだ。

まずは、原料となる砂鉄を探すことからはじめる

1.たたら師・・・原料となる良質の砂鉄を探して、たたら炉で、「たたら製鉄」という方法で砂鉄と炭から玉鋼(たまはがね)というものを作る人。
炉に火を入れたら、三日三晩火を燃やし続け、まったく目が離せないのだそうだ。

しかも出来上がってみないと、どれだけ良質のものが採れるかはわからない・・という。
日本刀にするのは、その中でも一級品でそれ以外のものは、包丁にしか使えないんとか。

一級品というのは、不純物が少なくより硬くより曲がりにくいモノのこと。
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さて、その一級品の部分だけを、今度は刀匠にバトンタッチする。


2.刀匠(とうしょう)
これは、よく映像でも見るシーンで、火にくべては、熱いうちにとんてんかんとんてんかん、水にじゅーーとつけたり・・って、作業をしてるシーンにはときどきお目にかかる。

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鉄は熱いうちに打て!って言葉があるけど、まさに、それ! 手作業だけでまったくの狂いもなく均一に伸ばす。
そして、造り込みをする。

作り込みというのは、柔らかい鉄を中にして、堅い鉄で包み込むと言う手法のこと。 
まさにアンコを包み込むモナカのように。(←こんな例えでいいんか!)

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日本刀の特徴は、「折れず、曲がらず、良く切れる」

「折れない」ってことは、柔らかさがなければならない、わけだよね~。
だけど、「曲がらない」ってことは、鉄が硬くなければならない。


この矛盾を解決すべく生み出されたのがこの技法なのだろうけど、これはまさに、日本刀だけだそうだ。

そして最後に、研ぎ師のところへ送られる。

3.研ぎ師

「研ぐ」といっても包丁を研ぐみたいに、より切れるように研ぐというだけではなく、「刀身の地鉄、刃文の見所を引き出すために砥ぐ」のだそうだ。
つまり、ここで芸術的価値が付加されることにもなる。

これが大きくわけて3つ、なんだけど・・実はもっと細かくそれぞれのプロフェッショナルな手を経て出来上がっている。

1.鉱山師 - 鉱物を掘り出す
2.鉄穴師(かんなじ) - 砂鉄を採集し砂と分ける
3.タタラ師 - たたら吹きの一種たたら製鉄し砂鉄を溶かす
4.山子 - 炉の火のための炭を焼く
5.刀鍛冶 - 鉄を製品に加工する(ここでは、鉄の塊を鍛造し日本刀にする)
6.彫師 - 刀に梵字や装飾図を彫る[5]
7.鞘師 - 刀にあわせて、鞘を作る
8.研師 - できあがった刀を研ぐ
Wiki より



刀工
日本刀研磨
http://www7b.biglobe.ne.jp/~osaru/dekirumade.htm

いやはや・・すごいものだね~。

それぞれのプロフェッショナルたちが、昼夜魂を込めた仕事をするわけで・・。
刀匠なぞは、まず、身を清めて装束に身を包んで一心不乱に仕事をするそうだし・・・
それぞれの流派を受け継いだ人たちの技の結晶でもある。

そりゃあ、刀が一番「気がこもる」(魂がこもる)というのも頷ける。


自然界にある砂鉄から、それぞれの人々の魂を込めて作り出されたのが一振りの名刀となるわけなんだね~。

ところが、

どんな名刀であっても、それを使う剣士の技が未熟であれば、ぜーーんぜん使いこなせないそうだ。



そこで、今度は剣術の話になるんだけど・・

ずーーと前のブログ記事としても簡単に紹介したことがあった。
    ↓
殺陣と剣道と四戒
サムライスピリット

もういちど、それを抜粋すると・・

ある剣道の達人と言われる、高齢の人が筋骨隆々の若い男を相手にするんだけど、まーーたく、そのおじいちゃんに歯が立たない、という映像を見たことがあった。

また、そのおじいちゃんの言葉を紹介すると・・

「剣道というものは、身長も体重も関係ないんですよ。」

「気、剣、体が一体とならなければ、切ることはできません。たとえ竹刀であっても、真剣と思えれば、それは真剣になるんです。」

四戒という剣道における言葉があります。それは、四つの迷いの事で、驚き・恐れ・疑い・戸惑い・・・・それを、克服することが強くなるということなんです。」



そう、四戒! これがベースにあって、さらに体を鍛えて技を鍛えなければ達人にはなれないのが剣道。

あくまでも精神性がベースになっている。

そういえば、前回のブログ記事にも、ネガティブフィーリングとして、恐れや自己不信について書いたけど、まさに、こういったものを克服しない限りは強くなれないってことらしい。

相手を前にして恐れたり、逆に俺の方が強いもんね~と慢心したり、大丈夫かなあ、って不安や自己不信がよぎったり・・、それじゃ、まだまだ未熟者ってことなんだね~。


だからこそ、まずは、無心になることが要求される。
自然の中に溶け込み心の目でみる。

以前、剣道部に所属していたという友人が言っていた言葉を、ふと思い出した。

「剣道ってさ、根本は相手の動きを読むことなんだよ。 いかに早く相手の次の動きを読んで素早く動ければ勝てるものなんだよ。
将棋じゃないけどさ、優れた人は何手先までもを見通すそうだよ。」


なーるほど。

だからこそ、小柄な老人だって若い大男にも勝てるってわけなんだ!
全部動きを読まれてるわけなんだから。

相手の動きを読んで、しかも機敏に無駄なく動ければ・・相手の太刀なんて絶対にかすりもしないだろう(笑)
おまけに、隙(弱点)を見つけられるし、即座に打ち込めるってわけだね~。


さらに、その友人は言ったものだ。

「相手の隙をみつけて打ち込めば勝てるんだけどさ、相手だって、わざと隙を作って見せて、そこに相手が打ち込んでくるのを待ってるって場合だってあるんだよ。
だから、本当にそれが隙なのか、わざと誘ってる隙なのかを見極めなきゃいけないんだよ。そこが難しいんだよー。」

「へえ、それじゃあ、剣道ってお互いの読みあいだし・・悪く言えば、騙し合いだねえ~。
だけど、真意を見極めた者が有利になるってことなんだね。」

「そーゆうことだよ。」


ああ~、それじゃあ・・・やっぱり、長年精神性を鍛えぬいてきた、おじいちゃん剣士に若造ごときが、勝てるわけないよなあ。


多くのプロフェショナルな人たちによって、魂を込めて製作した刀が、今度は剣豪と呼ばれる人が手にしたとき、それって、どれだけすごいパワーを発揮するのだろうか。


名刀を剣豪が手にしたとき、

日本刀は、人間の体ですら一刀両断にできるという。(しかも名刀は刃こぼれも起こさないそうだ。)
そして、舞い散る木の葉ですらスパっと切ることもできるという。

それどころか、金属ですら切ったという話もある。
斬鉄剣ってホントだったのかも!(笑)

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強靭な強さと繊細さを併せ持ったもの。
まさに気(魂)が宿ったもの。


西洋の剣は、分厚い刀身で両方に刃がついているし、それ自体が重いので、どっちかというと「ぶった切る」という感覚。
同じ技術を持ってる剣士だったら、おそらく若くて力の強い者の方が有利だろう。

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そう比べると、同じく剣で戦うにしても、つくづく日本では、いかに精神性が重要だったか!ということがよーくわかる。

日本というのは、つくづく精神性に基づく文化なんだなあ。


四戒

●無心になることができる

だからこそ、

●気配を感じることができる

●人の動きを読める

いやあ、これって、まさにサイキック能力だと思う。

おまけに、いにしえの武将と言われた剣の達人たちは、歌を詠み、能や茶の湯で花を識っていた。
そういったことも、すべてが精神性を研ぎ澄ますことだったのかもしれない。

西洋の戦いの基本がアドレナリン出まくりのファイティングスピリットならば、
日本の剣道の基本は「無心になること」からはじまる。


日本古来の剣道、弓道、華道、茶道・・みーんながついてることを見ても、
少なくとも、フラワーアレンジメントやティーセレモニー・レッスンとは、別種なものだろう。

これだけ精神性を極めることを「道」とした日本人の文化って、つくづくすごい!と思う。

どうして・・こんな素晴らしいことを現代人は忘れちゃってるんだろう。

世界に類をみない技術、職人芸の国なのに~。

そして、

世界に類をみない精神性を持っているのに~。


こちらのビデオは面白かったですよ~。
ぜひ参考に。
   ↓


絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

以前にも、航空機事故の番組についての記事をアップしたと思うけど・・相変わらず私はそれに、はまっていて、今ではかなりの番組をみている。

過去記事
  ↓
航空機事故のドキュメンタリー番組をいっぱいみて思うこと


アメリカのDiscovery Channelで放映されたもので、Air Crash Investigation というのが、もともとのタイトル。

航空機事故と、それをどのように調査して原因を探ったか?・・・という内容の番組で、これがなかなか、面白い。
実によくできた番組だと思う。

ヘタなパニック映画や推理モノを見るよりも、人々の心理状態がリアルにわかるし、どのようにして原因を突き止めたか?という点が・・とっても面白い!!


とくに私が好きなのは、生還劇

すべてのエンジンが停止してしまったり、油圧を失なったりするような最悪な状況で・・・、

こんな状況じゃあ、絶対助かるはずもない。

でも、なぜか奇跡的に全員無事(または軽症者のみ)で、死者が出なかったというケース。(←もともと、私はハッピーエンディングが好きなのだ)



そんなハピーエンディングを多く見ているうちに、ふと、気がついたことがある。


どの生還劇(ほんとは劇じゃなくって、実話なんだけどね)にも、いくつかの共通点があるのだ。


死ぬか生きるかの瀬戸際なのに・・・

●機長をはじめ、コックピットのクルーが冷静。

●コックピットのクルーたちが、それぞれの持ち場を担当しムダがなく働いている

●しかも・・ツーカーのチームワーク

チームワークというのは上下関係がないことのようだ。
超ベテランの機長に対しても、目下の者たちが即座に注意を促したりするし、機長も不安材料があれば即座にクルーに確認する。

●諦めない。
ダメかも・・なんて言葉は一切使ってない。
ひょっとしたら、心の中では死を覚悟してるのかもしれないけど、最後の瞬間までベストを尽くそうとしてる




これって、別に飛行機事故に限らず、すべてのシーンにも起こり得ることかもしれないなあ。

と、私は思ったのだ。


私の独断と偏見で選んだ4つの生還劇ビデオはこちら
    ↓
航空機事故の真実と真相 メーデー9 # 12 タカ航空110便

この機長さんは、すごい! 以前にもテロリストに顔面を撃たれて片目を失いつつも無事に着陸させたり、またも・・堤防に着陸させちゃう。それもサイドスリップさせながら・・。


サイドスリップとは・・方向舵を左右どちらかに踏み込みつつ操縦桿を反対側に倒し、機体を直進させながら横滑りさせる。

着陸するときは、高度を落としながら減速しないと滑走路をオーバーランしてしまってとっても危険、火災を起こす可能性も大だからね。。。ところが、機器に問題があったり動力を失った飛行機を着陸させるときなどに使う苦肉の策。
フツウ、グライダーなどの飛行機で行うけど、旅客機で行うのはとーーっても大変な技術。




もう1つ、サイドスリップを使って奇跡の生還劇を果たした飛行機があった。
     
航空機事故の真実と真相 メーデー5 # 2 不運の先に待つ奇跡

まるで、映画でも見てるようなカッコよさなんだけど・・(笑)


こちらは成田行き、機長はかなりのお年のようなのに・・やっぱり、すごい!
航空機事故の真実と真相 メーデー9 # 7 ノースウエスト航空85便




こちらはテロリストに追撃されて油圧を失ったDHL機がエンジンの操作だけで着陸した話
   
航空機事故の真実と真相 メーデー3 # 2バグタッド上空



まだ他にも、感動的な話はいくつもあるんだけど、いずれの場合でも、
冷静だったこと、良いチームワーク、諦めてないという共通点があるのだ。

こういった状況下ではマニュアルを見ても役にたたないし、もちろん、誰もそんな非常事態の訓練すらも受けてはいないのは確かだろう。
むしろ、いくら優秀なクルーであっても、マニュアル人間だったら・・・おそらく助からないだろうしね。


ほんの数秒の間に、風向き、風速やら降下率を計算したり、また瞬時に決断を下すわけだしなあ。


うーん

ここで、ふと自分のことを想像してみると・・・

私の場合、冷静になることはできたとして・・計算して、計算間違いで墜落しちゃいそう。(笑)
こういったおバカタイプは絶対にパイロットには向かないだろうなあ。

なので、計算が早くて間違えのない優秀な副操縦士を信頼して任せるってのも手だろうなあ。
ううむ。私の場合はとくにそうすべきだよなあ。。。(←完全にパイロットになったつもりか?)


とにかく、私の場合はどうでもいいことなんだけど・・

まず第一に、どんな状況下でも、冷静であるべき・・だろう。

しかし・・
生きるか死ぬかの瀬戸際で冷静でいられるのは、どうしてなんだ?

それって・・・
冷静であること=恐怖心を感じないこと

かもしれない。

番組の中では、恐怖を感じてるヒマがなかった・・といってるクルーもいたけどね。
とにかく、感じてなかったのだ。

冷静だからこそ、日ごろからの技術と経験をもとに、せいいっぱいの感を働かせることもできたのだろう。

ひょっとすると、それこそが、自ら運を呼び込み奇跡を起こす原動力となったのかもしれない。

奇跡というのも、人のパワーが呼び込むものなのかもしれないなあ・・・などと思うことがある。(笑)


いくつも見たビデオの中で、ある関係者がこんなことを言っていた。

「狭い機内のような空間では、恐怖心はあっと言うまに伝染してしまいます。 
また、逆に勇気もあっと言うまに伝染するものです。」



私はずいぶん多くの飛行機事故のビデオを見てきたけ・・・

たしかに、
不時着して炎に包まれた機内で、まだ子供がシートから動けずにいるのに、そのうえを踏みつけて我先に逃げ出す乗客もいたし、

また、自分もひどい怪我をしながら、いつ爆発が起こるともわからない機内で、動けない負傷者を必死に助け出そうとする乗客もいた。

だからといって、子供を踏みつけて我さきに逃げ出した乗客を、非人間的・利己的人間などと、一方的に責めることはできない。
こんな非常事態でさえなければ、その人だって、日ごろはとっても、親切で子供思いの人だったかもしれないのだ。
(まあ、それは自他ともに・・・偽っていただけとも言えなくもないけど・・)


じゃあ、何がそうさせてしまうんだろう?

おそらく・・それはやっぱり・・恐怖心!じゃないだろうか?

恐怖のあまり冷静さを失って我を失えば・・誰でもそうなる可能性はあるはず。


恐怖心というのは、ご存じのとおり、ネガティブフィーリングの1つに数えられている。
ネガティブフィーリングとは、妬み、嫉み、憎悪、自己不信、恐怖などと、まあ、いくつも挙げられるだろう。

以前私は、怒り、妬み、嫉み、憎悪は他者に対して害をなすことなので、それは最も最悪だと思っていた。

しかし、同じネガティブと言っても・・自己不信や恐怖なんてものは、自分自身の中のもので人に直接害を及ぼさないわけだし、それは自分自身だけの問題だから・・そこまでは最悪なものじゃないだろう、と考えていたことがあった。


しかし、最近ではつくづく思う。

恐怖心や自己不信も、妬み、嫉み、憎悪などと、ちっとも変わらない同種のものだと、思うようになった。

恐怖や自己不信だって、非常時にスイッチを押されれれば、簡単に他人へ影響し害を及ぼすものへと豹変してしまうもののような気がするのだ。

飛行機事故のビデオをみていると、ますます、そう思えてくる。



それにしても、ネガティブフィーリングというものは、なかなか消えないものだ。
消えたところで、また生まれてくるし~。

とんでもない事態が起きれば、誰だってネガティブに落ちるし、これでもか!って言うほど、人生や運命は残酷なものだったりするわけだからねえ(笑)


それじゃあ、そういったネガティブから脱出する方法というのは何だろう?と考えてみた。


うーん

それは、やっぱし・・・じゃないかなあ?(すっごく月並みな言い方で申し訳ないのだが・・)

自分を愛し他人を愛しすべてを愛する・・・・(ああ、実に月並みな言い方だよなあ~笑)


愛とは、辞書によると、「いつくしみ合う気持ち、生あるものをかわいがり大事にする気持ち」と書いてあるけど・・・

どうも私には、愛とはネガティブを消すための唯一の武器(パワー)の名前って気がするのだ。

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これって、ハリーポッターの最後の決闘シーンだけど・・私としては、こんなイメージなのだ。


ネガティブと愛のパワーの戦い。
それも、どっちも自分自身で自分自身の中での戦い。


で、その、愛のパワーはどこか発せられるのか?っていうと、

もちろん、それは外部から一方的に与えられるものじゃないのだろう。


おそらく、基本的には自分の中にあるものって気がする。
人が生まれ持ってネガティブが内在してるならば、生まれ持って愛のパワーも内在してるはず。

自分で気づき自分で感じなければ、愛のパワーを受け取ることもできないわけだし外に発散することもできない。



非常時に冷静でいられたり、相棒を信頼して任せられたり、自分の命の危機も忘れて人を助けてしまう勇気も・・・・
逆に恐怖心にかられてパニックを起こしてしまうのも・・

人は紙一重。

その違いは、愛のパワーが充電されてるかどうかの違いだけのような気がするのだ。


常に充電させておけば、強いパワーは人にも影響を与えて、奇跡さえも起こすことができるのかもしれない。

「狭い機内のような空間では、恐怖心はあっと言うまに伝染してしまいます。 
また、逆に勇気もあっと言うまに伝染するものです。」


この言葉が印象的だった。


人の一生って、ひょっとしたら、不幸や災難のたびに、愛のパワーで戦って勝ち抜いてネガティブを封じ込めていく、その連続なのかもしれない。

そうやって、だんだん強くなったパワーが周囲に影響を与えて、ますます大きく強くしていくことが人類の究極の目的?なのかもしれない・・とも思えてくる。

そのためには、せめて自分がどんなに弱っているときでさえも、愛のパワーを敏感にキャッチできるだけの状態だけは維持していなければいけない気がする。

朝の光の中で鳥のさえずる声、太陽の恵みを浴びて真っ赤に熟したトマト・・そこに愛を感じるという人がいたけど・・


どんな小さな日常の中にも、そこにある愛を愛と感じられるかどうかこそがポイントかもしれない。

それが、ネガティブフィーリングを打ち砕く強い武器になるのかも。

縁(えん、えにし)という言葉

今年に入ってすぐ、二人の人からこんな話を聞いた。

ある男性: 「10年以上もつき合ってきた彼女と暮れに別れたんだ。。。結局僕たちは縁がなかったってことだねえ。」 しみじみ。。。

ある女性:「私たち、9年もつき合ってきて今さらって思ったんだけど・・今年の春に結婚することにしたの。  もう、腐れ縁だからねえ。」(笑)



別れるも結婚するも、縁(えん)ということか・・・。



そういえば、人との出会いや別れだけでなく、縁という言葉は就職の際にも使われることがある。

断られるときは、「今回はご縁がなかったようで・・・・・」←なんか偉そうでムカつくのは・・私だけ?)

逆にオファーをもらうと、「ご縁があって入社が決まりました」(←スキルや経験じゃなくって縁なのかよ!)

なーんて具合に。


よく考えると・・就職で使うってのはヘンだと思うんだけど、なぜか日本では、それが違和感がなくフツウに聞こえるから不思議だ。




そういえば・・・
ずーーと以前、ある日本人に手紙文の英訳を頼まれたことがあって、その冒頭がこれだったことを思い出した。
    ↓
「あなたとステキな御縁があったことをうれしく思っています。」


で、私は、

"I'm happy to have met you."としたら・・

それじゃあ、ただ出会えてうれしい!ってだけじゃん!
ちゃんとご縁を英語にしてくれなきゃ!
あなた、英語ちゃんとわかってるの!


・・・とクレーム!(←まったくもう!なまじっか英語がわかる人ってのは・・)

しかし・・こんなん、英語に出来ないのだ~!!


だって、ご縁という感覚が一般の欧米人にはないんだから!
該当する単語も言い回しだって、あろうはずもない。


それでも、いちおう和英辞典などで調べ見ると・・

fate  運命、宿命

relationship  関係、関係性、結びつき

tie 結ぶ、結びつき



なーんて単語を使っていて、ご縁があるというのを be linked by fate なーんて例文が載っていた。

おい! それ・・絶対違うだろ! と、私は思う(笑)


そこまでして無理やり、英訳したところで真意は伝わらない。。。

生まれながらに、「縁」という感覚を持っている日本人同士でなければ・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

縁(えん)というのは、他にも、えにし・ゆかりなどとも言われる言葉だ。

もともとは仏教用語だったはず。


仏教で縁のつく言葉を調べてみると、「因縁」「縁起」「良縁・悪縁」「因縁果」「善因善果」などというように、実にたくさんある。

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これは、中国・宋の時代の禅匠、大慧宗杲(だいえそうこう)が弟子にあてた一説だそうだ。
     ↓

「好語(こうご)説き尽くすべからず」  

何が故ぞ、好語説き尽くせば人必ずこれを易しとする。  

規矩(きく)行じ尽くせば、人必ず繁とす。

福もし受け尽くせば、 縁必ず孤なり。

勢いもし使い尽くせば、禍い必ず至る。



いくら立派な教えや教義(好語<こうご>のこと)であっても、あまりに細かく説いてしまうと、美辞麗句を使い過ぎるように、その言葉の価値が薄く、深みがなく軽いものになって心に響かなくなってしまう。

浅い川は音を立てるが、深い流れは音もなく悠然として流れるようなものである。

心貧しい人は語り過ぎ、豊かな人は言葉少に、たった一言に重みを持たせる。

人生の生き方として何事においても余白、余裕を大事にしたいものである。


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福もし受け尽くせば縁かならず孤なりというのは、福を受け尽くせば人はみな離れて行くという意味で、

言葉ですべて教えてしまうと大事なことであっても軽く受け取られてしまうし、また頭で納得すると自分で修行したり学ばなくなってしまう・・と言うような意味だそうだ。

そう、ここでも「縁」という言葉を使ってるんだね~。

語源辞典によると、

この「縁」という言葉の語源は、

糸がもとになっていて、元々は衣服の縁飾りが語源であるという説
そこから、(めぐらす)という意味になったんだとか。

「縁(ゆかり)」の語源は、
ゆ(よってくるところ、由来) +  かり(許・ばかり)
で、人と人との繋がりや縁のこと




私たちのさまざまな出会いも運命も、縦糸と横糸が織りなすようなものなのかもしれない。

かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし・・・あれ、これって・・なんだっけ?

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。



なんか、遠い昔にこのフレーズを暗唱させられた記憶が・・(笑)


こういったものがベースにあるのが、日本人気質なのかもしれない。

だから、縁がなかったとかあった・・という言葉でサラリと流せてしまうのが日本人なのかも(笑)


今の私としては、これは、とってもポジティブな考え方に思える。

さらりと運命を受け入れて、ジタバタとあがいているよりも、先に進める気がするから。


・・・・・・・・・・・・

そうそう、どうしても英語で言いたいならば・・
また、もしも、私自身が使うとしたらだけど・・・

We were meant to be together.
私たちは縁があったんだよ。(一緒になる運命だったんだよ。)

と、ラブラブの恋人同士なら、これが一番。(←ちなみに、まだ一度も使ったことはないけど・・)
ただし・・片思いで使うと逆効果かも! キモイと思われそう・・。

または、出会いであれば、

"What a coincidence!" "This must be a fate."
なんとまあ、偶然な! まさに、これって運命かもね。


あとは、せいぜい・・
I am thankful to have you in my life.
私の人生であなたと出会えたことに感謝してます。(←なんだかプロポーズに使えそうなフレーズだけど)

または、Thanks God と
神様、ありがとう!と神様を持ち出すか・・

そんなところだろう(笑)



縁(えん、えにし)という言葉も感覚は、とっても東洋的な感覚なのだろう。
今の中国にあるのかどうかは知らないけど・・。


そういった感覚をベースに持っている日本人て・・ステキかも。

織りなす糸、新たに紡ぐのも自分。

参考
http://www7b.biglobe.ne.jp/~zuiun/101fuku.htm

犬のジュリーとネコのリロイの話

きのう友人から、12年飼っていたネコが亡くなった話を聞いた。

以下は彼女の話
   ↓

それは12年前のこと、娘が突然、拾ってきたネコだった。

毛並みはバサバサで茶色に黒が混じったような雑巾色。
人相(猫相?)も悪いし毛並みもきたないし愛嬌もない。
どっから見ても可愛くない。

それに、ひどく瘦せこけていて汚いし病原菌を家の中に持ち込まれては大変だ!


「うちには犬のジュリーがいるんだから・・ネコなんて無理よ! そのネコ、もといた場所に置いてきなさい!」

と娘に言った。


ところが娘は頑として首を縦にふらない。

「マミーが、そんは薄情な人だとは思わなかったわ!
どうしても、追い出したいなら、私も家出するからね!
そんで・・動物愛護精神がゼロだって、学校中で言いふらしてやるわ!」


うーーむ、アメリカ育ちの娘には手を焼く。

結局、しぶしぶ家に置くことを許したのだ。

これはイメージ写真、こんなネコだったらしい。
     ↓
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娘はそのネコにリロイという名前をつけた。


娘が毎日学校から帰ってくる時間になると、リロイは玄関でじっと待っている。

娘の姿をみつけると、甘えた声を出し彼女の足元に何度も何度も体をこすりつける。

そうして娘は、ただいま!と言いながらリロイの体を撫ぜてやり、いつも一緒に部屋に入ってきた。



ところが、リロイは私にも夫にも・・ぜんぜん懐かない。
いつまでたっても懐かないのだ。

甘えた声を出すこともなければ一度も膝に乗ってくるなんてこともなかった。
抱っこされるのも嫌がる。

ネコってのは冷たいものだ!
ネコは犬と違って誰にでも懐くってわけではないらしい。


一方、犬のジュリーは人一倍食い意地が張ってるけど愛嬌がいい。
誰にでもフレンドリーだ。

どうも・・ネコというものは、犬とは違って、気難しい生き物なのかもしれない。

私はそう思った。


しかし、

気難しいリロイは、犬のジュリーとはとっても仲が良かった。
娘以外で仲良くしていたのは、唯一犬のジュリーだけだ。

こちらもイメージ写真
   ↓
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犬とネコなんて一緒に飼うのは無理、仲が悪いに決まってる!と思っていた私には、びっくり!だった。


娘がいないとき、リロイはいつもジュリーと一緒だ。

二人で追いかけっこをして遊んだり、ご飯も一緒に食べるし寝るときもいつも一緒だ。

ただ夜になると、リロイは娘のベッドに潜り込み、ジュリーは私たちのベッドの足元で寝た。

・・・・・・・・・・・・・・・

それから12年が過ぎ、

リロイが病気になった。
食欲も元気もなくなり、ジュリーとも遊べなくなってしまった。

病院に連れて行くと、尿路結石、その他内臓疾患がある・・と言われた。

治療の甲斐もなく、リロイはどんどん痩せていき何も口にしなくなった。



その日の朝、娘はいつものように出勤していった。

午後になってしばらくすると、犬のジュリーが、クンクン泣きながら、ひどくオロオロとしている。
リロイのことが心配なのだろう。

その日の朝からジュリーは何も食べなかった。
何があっても、食い気だけは無くしたことがない犬のくせに。


私は急に不安になり、リロイを抱えて病院に行った。
娘以外の人間に抱かれることが大嫌いなネコだったくせに・・。

もう、抵抗する気力さえないのだろう。
ただ妙に悲しかった。

「もう手の施しようはありません。 安楽死させますか?」

病院で言われのはそれだけだ。

「いえ、これは娘のネコなので娘に聞かないと・・・。
このまま連れて帰ります。」


私はそれだけ言うのがやっとだった。


家に戻ると、ジュリーはまだ何も食べずにウロウロと不安げに歩き回っている。



そして、夕方

娘の帰りを待たずリロイは息を引き取った。
最後に何か小さな声で何か叫んだような気がした。

私は段ボール箱に柔らかいタオルを敷き、そこにリロイを寝かせた。


ジュリーはそばを離れない。
じっと段ボールの中のリロイを見つめたままだ。

私は、ふと・・気がついた。

ジュリーは段ボールの中のリロイを見てはいない!

ずーーと段ボールより上の、何もない空中の一点を見ているのだ。


なんだか不安になって、私はジュリーを呼んだ。

しかし、振り返るものの、私が何度呼んでもそこから離れようとしない。

ずーーと一点を見つめたままだ。



しばらくして娘が帰宅した。

帰宅するやいなや、娘は何も言わずに段ボールの中のリロイを抱き上げた。

「リロイ、今帰ったよ!」
娘はそう言い、いつものようにリロイの体を撫ぜていた。
ずーーと撫ぜていた。

12年間、ずっとそうしてきたように。


それから・・・

ようやく犬のジュリーは、その場を離れたのだ。

あーあ、腹減ったぜい!とでもいうように、夢中でバクバク食べ始めた。。。

な、なんなんだ! こいつは!

・・・・・・・・・・・・・・・・

それが友人から聞いた話だった。


その犬好きの友達は、霊魂なんてものは信じてない。

そのくせ、こんなことを言った。

「あのとき、ジュリーは何を見ていたんだろう?
なんで、そこを離れなかったんだろう?
・・・って、思ったの。

きっと、肉体を離れたリロイがそこにいたんじゃないかなあ?
私には何も見えなかったけど、ジュリーは、それを見ていて・・きっと見守っていた気がするの。

娘が帰ってきて、いつものように、ただいま!って言ってリロイを撫ぜてあげて・・そんでリロイは満足してどこかに行けたんじゃないのかな、そんでジュリーも安心して、そこを離れたんじゃないかって思ったんだ。」


「うん、そうだね。。。私もそう思うよ。
・・・・・ということは、やっぱり、霊魂ってあるってことにならない?」

と、私が聞いた。

そんなもん、ないわよ! 私には見えないもん。

だけどね、ジュリーやリロイには、あるのよ。
ジュリーは、リロイが安心するまでその場で見守ってあげてたのよ。
あの食い気だけで生きてるヤツが、食べることすら忘れて(笑)

そんで、自分も安心したら、めっちゃお腹が空いてたことを思い出したんだろうね!(笑)」



私は・・霊魂なんて信じないという、この友達が好きだ!(笑)

クリスマスに2016年を振り返ってみて

今年ももう終わろうとして・・なんだか、ゆく年くる年の気分だ。(←今こちらでは12月25日、クリスマスなのだが・・)

ふと2016年のニュースを振り返ってみて・・なんとまあ、世界のテロや天変地異がどっさりあったことだろう!とつくづく思った。

最近では人々もそんなことには慣れっこになってるせいか、よっぽどの悲惨さ、凄絶さが無い限り大したニュースにもならないようだし、また、すぐに忘れていく。
動物の大量死に至ってはもう一般のニュースにもなりゃしない。(←動物なんて構ってられっか!ってことなんかな?)

こちらは2016年に起きたテロの記録(Wikiより)
     ↓
List of terrorist incidents, 2016

ちなみに12月分(今日までだから25日まで)をざっと見ただけで100件以上もある。


また天変地異(地震・台風・ハリケーン・洪水など)による災害もびっくりするほど多い。

こちらは12月を中心に天変地異によるニュース(英語版)
     ↓
Natural disasters and extreme weather
中国の大気汚染のニュースもあったけど、これは人災だと思うけどね~。


テロや犯罪が増えると異常気象も増えるんだろうか?

なんだか、そんな因果関係まで疑いたくなるような気分になる。

台風の季節でもないのに台風が来たり、従来ではありえないような気温になったり、地震が起こるはずもない地域で起こったり。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


キリスト教圏においてテロが起こりやすい時期というのは、たしかに12月だろう。

12月23日、24日のクリスマス前には帰省する人がどっと増えるし、またクリスマスの買い物で多くのショッピングセンターなどはひどい混雑ぶりだ。

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私も22日にちょっとした用事のため、めったに行かないショッピングモールに出掛けたところ、すごい混雑ぶりに圧倒されてしまった!

どこも駐車場がいっぱいで、30分以上探し回っても車は駐車できずに、やってられっか!とぶち切れて用事も済まさずに帰ってしまった。
(←駐車場を見つけるのも30分~1時間、お店に入るのも30分以上待たされるのは当たり前じゃない、あなたは忍耐ってことを知らないの?と、アメリカ人に窘められた。)

こちらの人々は、クリスマスの買い物といったって・・日本のように恋人や家族だけじゃないからなあ。

同僚やら近所の人やらにプレゼントを配ったりすることも多いわけで・・日本でいうお中元、お歳暮も兼ねてるようなところもあるから、ハンパじゃない買い物になるのだ。

もちろんクリスマスディナーのために、食料品店もすごいことになる。
フライドチキンとクリスマスケーキという日本のクリスマスとは全く違うのだ(笑)

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当然、それを標的にしたテロだって起こりやすくなる。

クリスマス狙ったテロを阻止、オーストラリア警察発表

ドイツベルリンで起こった大型トラックがクリスマスの買い物客に賑わうショッピングモールに突っ込んだ事件
独テロ容疑者のおい含む3人を逮捕 チュニジア

いくつか日本語サイトにも、この事件を扱ったものがあるんだけど、タイトルが、ドイツ、クリスマス・マーケットを襲ったイスラム教テロと堂々とされているものさえある。



たしかに、テロといえば中東や北アフリカのイスラム圏内でのテロ事件は多いし、また欧米で起こる事件にしても犯人はイスラム系と発表されるのは確かに多いとは思う。

だけど・・・

なんだか、こういったイメージが植え付けられてる気がして・・嫌な気分になる。

イスラム教徒=テロリスト



IS、アルカイダ、タリバン、ハマス、ボコ・ハラム、アル・シャバブなんて名前が登場するたびに、イスラム教徒すべてが、こういったメンバーであるかのように錯覚してそうな人たちも多い。


もちろん、テロリストや殺人者に同情する気なんかさらさらない。


だけど・・少なくとも、

極悪非道なテロ組織を作り上げてしまった原因として、

欧米諸国による身勝手な政策がテロ組織を作る引き金になった・・のは紛れもない事実だと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中東の歴史から振り返るってみよう。。。


15世紀には東ローマ帝国を滅ぼして、オスマン帝国(オスマン・トルコ)が勢力を持つようになって中東や北アフリカのイスラム世界を支配するようになるんだけど、

君主(パーディシャー、スルタン)の出自がトルコ系で宮廷の言語もオスマン語と呼ばれる言語を使っていたというだけであって、
その他支配階層でさえ、民族・宗教の枠を越えて様々な出自の人々が登用されており、国内では多宗教・多民族が共存していたようだ。

人々は民族や宗派が違っても同じイスラム教徒として比較的自由に平和に共存していて、税金さえ納めてもらえばあとは好きにしていいよ!というスタンスだったようだ。

こちらは以前のブログ記事だが、もっと古い十字軍の時代には中東の文化の方がはるかに進んでいた様子がわかる
   ↓
現代とフリードリヒ2世の時代考察



もちろん、専制君主による民族浄化だとか大虐殺なんてやってないのだ。

そもそも、オスマントルコと呼ばれたけど、統治者側もトルコ民族の国家なんて意識はなく多民族国家だったのだろう。
イスラム圏にとっては良い時代だったのだ。

こちらはトルコのTVシリーズの時代物から↓
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王族の中にも様々な人種の血が入っていて、かなりコスモポリタンだったことが伺える。

Wikiにもこんなふうに記述されてる。
   ↓

事実、オスマン帝国の内部の人々は滅亡の時まで決して自国を「トルコ帝国」とは称さず「オスマン家の崇高なる国家」「オスマン国家」などと称しており、オスマン帝国はトルコ民族の国家であると認識する者は帝国の最末期までついに現れなかった。

つまり、帝国の実態からも正式な国号という観点からもオスマントルコという呼称は不適切であり、オスマン帝国をトルコと呼んだのは実は外部からの通称に過ぎない




しかし・・

◆第1次世界大戦から大きく変わってしまう。

欧米諸国が弱体化したオスマン帝国を分割してしまって、自分たちの都合で勝手に国境線を引いていったのだ。

ここがウチが分捕った地域だから入ってくるなよ、じゃあ、こっちはウチが貰うからね~!、ウチらはここの土地が欲しいから貰うよ! ってな具合に。


◆さらに第2次世界大戦後

アラブ人が住んでいたパレスチナの地にユダヤ人国家イスラエルが建国されて、アラブ人は追い出されることになる。
まあ、これはイギリスが嘘つき外交を行った結果ってのは周知のとおりだけどね。


その結果イスラム世界は大混乱になっていき、民族や宗派の対立が起こってしまう。

スンニ派とシーア派の勢力争い


さらにその後、冷戦時代にも欧米諸国は中東諸国を都合よく利用してきたし、冷戦が終わった後も、さまざまなかたちで介入を続けたのも周知のとおり。

イスラム世界は欧米諸国に翻弄され続けてきたということだ。



もちろん、そんなことはイスラム世界だけじゃない。
前にもブログ記事にしたけど、キューバをはじめ多くの南米諸国だって大国アメリカの奴隷国家にさせられていたようなものだから。
   ↓
コウゾーさんとキューバ
ヘミングウェイの「老人と海」とキューバ

こうやって、欧米諸国に翻弄され続けた結果、イスラム世界で反欧米の思想が生まれてくるのは自然な流れ。
そういった中から、イスラム過激派が台頭してきたってことだ。

南米のカストロ政権が生まれたことだってある意味で似たようなものだろうけど・・。


しかも・・そうなってくると、今度は一部のイスラム原理主義者&過激派たちも生まれてきて、

イスラム教の教えを勝手にねじ曲げて人々を洗脳する。
自爆テロをすれば天国に行けるだとか、天国とは酒池肉林だぞ!といった洗脳教育をして戦闘員に仕立て上げていく。


または、愛する人々を殺された人を利用して復讐心を掻き立てて戦闘員にする、また彼らの中には自主的に戦闘員になったりもする人だっていただろう。


そういったことで世界はどんどん泥沼化になっていく・・・ってわけだね。



おまけに2002年にジョージ・ブッシュさんは、イラン・イラクを堂々と悪の枢軸国呼ばわりをしちゃうし、さらに、追加して、シリア、リビア、キューバまで加えちゃったわけで・・・(笑)

そうなると、国粋主義の一部のおバカなアメリカ国民はそれに洗脳されて、中東やキューバを目の敵にする始末だし、当然、イスラム系過激派だって怒り心頭。

ああ、もう・・ぐっちゃぐっちゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大昔から世界は戦争の歴史であり勝者によって作られてきている。

それにしても、

勝者となった国のトップがあまりにも貪欲で愚かだと・・世界はとんでもないことになる。


まして、それが大国で世界に対する影響力が大きければ大きいほど悪影響を及ぼすことになってしまう。



だからといって、今ここで、アメリカや欧米諸国のせいだ!なーんて非難したところでどーにもならない。


戦争なんて、どこの国にしたってそんなものだと思う。

戦争ともなれば当然非道な行いはついて回るだろうし、狂気に走って殺人狂と化する兵士も生まれるだろうし、また、それが不可抗力の不慮の事故だったとしても・・・たとえば間違いで一般市民を巻き添えにしてしまったり病院を空爆してしまったり・・なんてことだって当然のように起こり得るだろう。


そうなると、今度は国際問題にならないように隠蔽したり敵国のせいにしたり・・なーんて小細工だってする場合もあるだろうし。

とにかくネガティブなものはどんどん雪だるま式のネガティブなものを生んでいく・・ということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そういえば・・民間機を間違えてミサイル攻撃しちゃった事件なんてのもずいぶんあったはずだ。
そのうちのいくつかは隠蔽されていて表には出ていないって噂だけど・・


はっきりと表に出た事件としては、1988年に起こったイラン航空655便撃墜事件というのがあった。

バンダレ・アッバース発ドバイ行きのイラン航空のエアバスA300B2が誤って撃墜されてしまい、子供66人を含む6カ国あわせて290人の乗員乗客全員が死亡した事件だった



ナショナルジオグラフィックチャンネル(日本語吹き替え)
     ↓


これなんか、敵機か民間機かよくわからないけど、戦闘現場に接近してくる限りなくグレーな飛行機だったけで・・。

不幸なのは民間機側だ、そんなとこで戦闘体制に入ってることさえ知らなかったわけだから。



ところが、アメリカ軍側からすれば、

判断を間違えば自分たちがやられるという危機感、
指揮官としては自分の軍を守らなければならないという責任感

という状況の中でミサイル発射を決断、


ところが、それが民間機だった・・という悲劇的事件だった。


その後、色々な問題点が指摘されたけど・・

●民間機か敵機かをもっと的確にできる機材が必要だったこと
●民間飛行機と軍機の周波数が違うため連絡がとれなかったこと
●戦闘地域がある近くに飛行ルートが設定されていること
●部下の報告に間違いがあった



戦争下という異常事態であれば、それだって難しいことだろう。


自分の命の危険にさらされている状況であれば、恐怖心はヒューマンエラーだって引き起こすだろうし、

たとえ相手が、民間飛行機だよ!と応答したところで、民間飛行機のフリをして攻撃してくる気かもしれない、という猜疑心だって生まれるかもしれない。


しかも、数分の間に決断しなければならないという状況下では恐怖心はますます煽られる


そう、根源的なものは、恐怖心なのだ。

やられる前にやっちまえ!と思うのは恐怖心から生まれた、とっても原始的な自然な感情かもしれない。



そう思うと、これは起こるべきして起こった事件とも言えそうだ。

そして、その結果・・・すべての人を不幸にした。

被害者となり、亡くなった人々、その家族はいまだにその事故を忘れられないだろう。
加害者側のニューマンエラーを起こしてしまった部下、
ミサイル発射を決断した大佐



これらの渦中の人たちにまったくネガティブ意識がなかったとしても、被害者、加害者ともに戦争という異常事態はネガティブな状況を作り出してしまうものだ。

そして、人間社会のならいとして、そのあとは必ず原因を探り責任の所在を突き止めるようとするものだ。


ところが、最終的にこの事件では誰も責任を取らされることにはならなかったのだ。

そうなると、間違って殺されてしまった人たちの家族の心情はどーなんだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「限りなくグレーで、自分がやられるかもしれないって状況であってさえも・・もし、ほんの数ーパーセントでも民間人たちを殺すかもしれない確率がある場合は、やめるべきだったんだよ。
だって、自分たちは軍人なんだもん。

その結果、自分たちの判断が間違えていて、相手が民間機を装った戦闘機でそれによって殺されちゃったとしても・・民間機を間違って攻撃してしまうくらいなら自分たちが死んだ方がマシって思わないのかね? 軍人ならばそっちを選ぶべきなんだよ!」



「そんなふうに思えたらね、そもそも軍人になんてならないよ。
それにね、そもそも・・そうゆう考え方をする人たちは戦争なんて起こさないよ。」


ホセはそう言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2016年も終わる今、今年の事件の数々が去来する。(←まだ終わってないんだけど。)


たしかに・・悲惨なニュースばっかりではあったけど、ただの嫌悪感や恐怖心だけで捉えたくはないなあ・・と思う。



別に戦争だとかテロに限ったことじゃないんだけど・・

人って悪いことが起きると・・・恐怖や後悔、罪悪感、嫌悪感なんてものばかりを持ってしまいがち。
または、誰かを恨んだり責めたりしがちになる。



でも、そんなものは・・なーんにもならない!


大事なことは・・今後自分がどうすべきか! どう生きるか!

それしかないような気がする。

そうなれば・・ネガティブな連鎖はストップして必ず明るい未来が築ける気がする。
自分も世界も。

フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める

心霊スポットに行きたいんだけど行っても大丈夫なんでしょうか?

日本から届いたメールで、こんな質問があった。

また別の人から、

心霊スポットに行くんだけど、私って霊感ゼロなんで少しは見えるようになりたいんだけど、どーしたら霊能力をつけられますか?


おいおい!
日本じゃ心霊スポットブームなのかね?


どうやら・・・心霊スポット巡りというのがちょっとしたブームらしい。
もっとも今にはじまったことじゃなさそそうだけど。

日本の心霊スポットというのは、廃墟となったホテルとか旧廃トンネルだとかがほとんどのようで、しかも、そこで過去に殺人事件が起こった場所、自殺の名所になっているところがほとんどで、出る!とい噂が噂を呼んで、心霊スポットと認定されるようになって多くの雑誌、TVなどでも紹介されるようになるらしい。


ネットで検索すると、心霊スポットに行くための注意点だとか、持っていくものだとか・・そんなサイトがいくつもあるのにはびっくり


ところで・・今、こっちはクリスマス休暇中だよん。
一般的に今年のクリスマス休暇は23日から26日のところが多いようだ。


幽霊話だとか肝試しというのは、夏が定番じゃなかったっけ?
なんでまたクリスマス時期なんだ? たまたまか?


ところで、今、心霊スポットに行こうという人たちは、幽霊の存在を信じているのだろうか?

半分は信じている(いや、半分以上は信じている?)、だからこそ「大丈夫でしょうか?」なーんて質問をしてくるのかもしれない。


やれやれ。
なんと答えたもんか・・。

「そんなもん、ほっとけばいいよ! 
行きたいヤツは勝手にいけばいいし・・それで憑りつかれたり病気になったとしても、知ったこっちゃない!」

・・・と、サイキックのホセの答えは冷たい(笑)

「じゃ、どうすれば霊能力がつくようになるか?って質問は?」

「ばかばかしい。 そんなもん・・もともと鈍感な生き方をしてる人には無理だよ。
むしろ、フツーの人がなまじっか霊能力なんて持ってしまったら身の破滅だよ。
ほっとけ、ほっとけ!」


もっと冷たい(笑)


「そもそも、霊を信じてない人には見えないんじゃないのかな?
超能力を否定する人にはまったく超能力が存在しないのと同じように。」

「否定する人たちに信じさせようとしたり証明しようとしたりするのは無意味だよ。」



そーだよなあ。。。

と、昨今では、つくづく思う(笑)

昨今では・・というのは、現代物理学の驚異的な発展の中で、という意味だ。


一昔前のアメリカの番組、ディスカバリーチャンネルの番組だったかで、18世紀か19世紀初頭に出来た刑務所で今は廃墟となってる不気味な場所があるのだが・・・そこで数々の幽霊の目撃証言があったとかで、そこを検証するという番組をみたことがあった。

ずいぶん昔だったけどね~。
これは、サンフランシスコの廃刑務所、アルカトラス
     ↓(番組はアルカトラスじゃなかったけどね。)
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たくさんの幽霊の目撃証言があり、そこに物理学者、脳神経外科医、心理学者、音響分析のスペシャリストなどの専門家をはじめとして、多くの機材を投入して実験、検証しようという、かなりマジメな番組だった。

そのとき、付近の住人が、
「幽霊がここの壁からすーーと出てきて、あっちへ歩いていったのを何度も見た!」という証言を聞いて、

ある物理学者が言った。

「壁を突き抜けるということは、まず、人間ではありえない。
人間は原子でできている物質だし壁も同様だ。原子は陽子の周りを電子が回転しているわけだし人間と壁は電子が反発しあって、それを突き抜けるなんてことはありえないよ。」


すると・・今度はもう一人の物理学者が言った。

「じゃあ、その幽霊とは何で構成されているのか? ってことになる。原子じゃないのは確かだし・・・
あ、ちょっと待てよ! もしも、それがニュートリノのような素粒子で構成されていたら、電気を帯びていないわけだし、壁を突き抜けることだって可能だぞ!」



うーん、アメリカの心霊スポット番組つーのは・・・日本のものとはずいぶん違うなあ(笑)

最終的に、この番組の中では、さまざまな可能性を考察しただけで結論には至ってない。


しかし、この番組はおそらく10年以上も前だったと思うんだけど・・すでにニュートリノなーんて素粒子を持ち出していたんだよね~。


ニュートリノというのは、まさしく、幽霊素粒子とも呼ばれた素粒子のひとつ。
ニュートリノは殆どの物質を通り抜けられるんで限りなく幽霊に近いってことで、幽霊粒子とも呼ばれるようになったとか。(←そのままやんか!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私のブログ記事でも何度か、量子論やら量子物理学なんてものをアップしたことがあった。

三島由紀夫の小説から必然論を考えてみる
人の意識とボーアから始まった量子論
文系と理系と量子力学

そのときにも、ずいぶん本を読み漁ってみたものの、もちろん私の頭ではちゃんと理解できない(笑)
なんてたって、数式を使って証明していく理論物理学なんだもん。。。
数式がわからない私には無理~!


それでも、超基本的ないくつかのことがわかってくると・・

これは確かに今までの常識を覆すような、すごい発見!

という実感がじーんと伝わってきたものだ。
こんなこと、すでに1920年代に始まっているわけでもうすぐ100年たとうとしてる今では、どんどん研究が進んでいる。


その昔、アインシュタインさんが量子論にブチ切れそうになって、「神はサイコロを振らない!」なんて言ったのに、
今では「神はサイコロを振る」ってのが定説になってしまった(笑)


そういえば・・ニュートリノには質量があるのかないのか? なーんて言われ続けてきたことも、先ごろ、質量がある!と証明されたそうだ。(←これも数式なんだよなあ・・・)


昔、私が学校で物理学を習ったときには、

「この世界の物質は原子でできている」

「原子は原子核と電子から構成されている」


原子核のまわりを電子がクルクル回ってるんだよね~。
あ、ここらへんは・・あの番組の最初の物理学者の話と同じだよね~。

そして、

原子核は陽子と中性子からできている。

そう、習ったのはここまで・・だったと思う。

しかし・・100年近くも前から、陽子と中性子はもっと細かい、ちっ~ちゃい粒子からできているってことがわかっていたのだ。
そのちーーちゃいもの、これ以上分割できないほど小さい粒子を素粒子と呼んでいる。


ニュートリノもこの素粒子の仲間。

他にも素粒子はいっぱい存在している。
     ↓
標準モデル
http://d.hatena.ne.jp/studiogooda/20160410/1460253791

この一覧からさらに発見された素粒子もあるのかもしれないけど・・とりあえずはこの一覧ってことで。

こういった素粒子はその性質上から分類されてるようだ。


そこで基本となる素粒子の共通する性質とは?(前にも何度か書いてるとは思うけど・・)

●粒子と波動から成り立っている(粒子にも波動にも変幻自在で、ただの粒(物質)と考えてはいけない)

●光の速度を超えるもの、または超えるケースもある
(注:光の速度は秒速30万㎞、ただしこれは真空の場合)

●人間が認識するまでは存在しない(波動か粒子か? 人が観測するまでは存在しない)



これらは、すでに仮説ではなくて証明された事実となっているのだ。
   ↓
(こちらはNature誌より。 読んでも理解できなかったんだけど・・証明されたってことだけはわかったけどね。)
Wheeler's delayed-choice gedanken experiment with a single atom

つまり、物理学分野では今や常識。


たとえば、

携帯の電波を信じるか?
重力を信じるか?

と同じで、信じる信じないは別に、それは、すでにそこにあるものなのだ。


そうはいっても・・

壁だろうが、生きている人間だろうが通り抜けてしまうとか、
粒子(物質)にもなるし波でもあるとか、

それも、人がそれを観測した瞬間に決まるような不確定なもので出来ている。


なーんてことは、証明済みの物理学者であってさえも・・なかなか信じられず初めは拒否反応があったらしい。

人間の頭は、どうも・・そういったことを、もともと拒否するようにできているのかもしれない。


そもそも私たちは、五感、つまり・・目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手でふれるもの、そういうものがすべてなんだと長い間、ずーーと確信してきたわけだしなあ。

しかし、それを量子力学観点から言ってしまうと、それすらが「不確かなもの」
(間違いだとか正解ということすらない、ただ・・不確かなもの)

さらに言えば、「すべて自分が作りだした結果に過ぎない」と言うことにもなる。
(それすら、間違いだとか正解ということすらない・・・だからこそ、説明も難しい~)


私たちが自分で通常感じている、手や足・・体全体にしても、確固たる物質としてそこに存在しているものではない。

素粒子で出来ている私たちは、物質としてずーーとあるものではない、消えたり生まれてきたリ生滅の連続として、そこに観測できる存在となっている。
   

それは、つまり・・・

生物を構成している素粒子、フォトン(電磁系エネルギーの素粒子・光子)と呼ばれるものだそうだ。


もともとは1930年代からあった、細胞が光を発するという仮説をもとにスタートしして、フォトンが確認されて、さらに、1974年にフリッツ・アルバート・ポップ博士(Dr. Fritz-Albert Popp)が研究を進めてDNAにおけるバイオフォトンの存在が立証されたのだ。

全ての細胞は1秒に少なくとも10万回光を放っている・・ことがわかったそうだ。
これは、今ではバイオフォトンという分野で呼ばれている。


健康な細胞は持続的に光を放つが、不具合のある細胞は断続的に光を発する。
すべての生体が個々に特徴的な発光をしている。 
遺伝子操作をしているかどうかも化学物質に汚染されているかどうかなどもわかるという。




なんだか、この・・全ての細胞(生物)は1秒に少なくとも10万回光を放っていて個々に特徴的に発光している・・・というのは、まるで、スピリチュアル世界で言われている、オーラのことと似ている気がする。。。

・・・・・・・・・・

私たちはフォトンで出来ていて身の回りはフォトンだらけとも言えるわけだ(笑)

フォトンとは光子、電磁波


たとえば、テレビやラジオのある番組を見ようとするならば、お目当てのチャンネル(周波数)に合わせて自分で選択してその番組を選ぶ。
まあ、それは、自分のTVのアンテナを鉄塔から出ている電波と合わせるわけだけど・・・

それと同じで、自分で発したフォトンが同じ波長のものを引き寄せるそうだ。

これもちょっとスピリチュアルで言われる、引き寄せの法則
または、波長の法則か(笑)

特に自分の発する言葉はフォトンで出来ているようで、外部にも影響する波動を出し同種のものを引き寄せる。

うーん、

こりゃあ、昔の人が言っていた言霊



そして、今や理論物理学の世界では、

私たちの世界をどう認識するのか?という究極の問題の解明に近づきつつある。

物理学者の南部陽一郎さんが最初に言い出した、

20160329_yoichiro_nambu_article_main_image.jpg

紐理論(Superstrings theory)・・・「粒」ではなくてさらに小さな「振動しているひも状のもの」として考える。

k8456.gif



さらに、M理論(M-theory)になると、11次元を考慮に入れて宇宙の外も考慮しないと解き明かせないと言われてる。

紐理論にしてもM理論にしても・・・唯一私が理解できることは・・


世界は認識するから存在し認識するまでは存在しない。
つまり、存在するともしないともいえる。
ただし・・・そこには・・私という1つのものだけではなく、神羅万象のすべてが振動し影響しあって世界、宇宙を作り上げているわけであって、分離・境界線はなく全部がつなかって絡み合ってるエネルギーがある。



これだけだ(笑)

なんだか、まるで禅問答のような・・・


もう、すでに古典物理学の世界を脱して理論物理学になってしまった今、実験や観測じゃないからなあ。
実験物理の分野は消えてしまって、あくまでも数式の証明に移行してしまった今、私には、ますますお手上げ状態。


しかし、

世界は認識するから存在し認識するまでは存在しないという考え方は、東洋思想の空(くう)の概念に通じている。

量子物理学者たちの中には、そういった古代の東洋思想に非常に興味を魅かれる人たちも多いそうだ。
現に量子物理学の父と言われたボーアさんはかなり傾倒したらしい。


老子、釈迦、空海などの宇宙観


有名な般若心境の言葉
色即是空、 空即是色

「色」は、宇宙に存在するすべての形ある物質や現象を意味し
「空」は、固定した実体がなく空虚であるという意味とされている



ここでの空虚という意味を私はずっと東洋思想の典型的な概念と勘違いしてきたような気がする。


また老子の言葉

和光同塵
無為自然


「実力を隠して周りと調和しなさいよー。偉そうにしちゃだめだよ!
自然と調和して生きることだよ。」

なーんて事だと、これも勘違いしてきた気がする。

いや勘違いでないかもしれないが・・これはもっと深いことを言っていたに違いない・・・という事を今さら思うようになった。


老子思想の根源は、道(タオ)にあるそうだが・・・

それは、天地が始まる以前からの宇宙の根源を表す言葉だそうだ。

「道可道、非常道。名可名、非常名」
(道の道とすべきは常の道に非ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。)




老子によると
「これが道だと説明できるようなものはないし、もしそんなものがあるのだとしたら、「それは道ではない」
そして、これが「名」だと呼べるようなものもなく、もしそんなものがあれば、それは本当の「名」を表してはいない


なんだ、そりゃ!道を説いてないだろう!
答えにもなっとらん!


と、以前の私は思ったものだ(笑)


空(くう)という概念は、到底言葉では説明できない。

直感的に悟るものであって、それは決して言語化できないものなのだ。

量子物理学が数式でしか説明できないように(笑)


当然ながら、宗教だとか哲学だとか倫理学とか・・そういったジャンル分けするべきものでもないし、
全知全能の神様が存在する・・なんてことを持ち出すようなことでもない。

それもしても彼らはすごい!

どうやってそれに気がついたんだろう?

紀元前の彼らは、苦行や瞑想などを通じてそれを肌を通して直感で悟れるようになったのかもしれない。
決して脳で学んだわけではないのだろう。

また、後年の空海さんやルドルフ・シュタイナーさんも、それを認識していたように思う。

彼らもまた、どうたって悟ったのだろう?
数々の遍歴を通じて広く学び、持ち前のサイキック能力を掘り下げてDNAレベルで直感的に感じ取っていったんだろうか?
やっぱり、脳で理解して悟ったわけではないだろう。

空海とシュタイナーの関連性



ところが、物理学者たちは何世紀もかけて下から積み上げてきて、まさに今もう一息で到達しつつある。

科学と心の統合
・・・それこそが長年のテーマだった気がする。

そして、それがもうじき統合されつつあるのだ。

しかし、

一般人には、今でもなかなか理解しがたいことだろう。

五感に頼り頭でっかちになった脳を使うだけの一般人にはなあ・・・・。


めちゃめちゃ精神性を研ぎ澄ませ精神世界から到達するか、または、数式を理解し物理学からアプローチするかしかないのかもしれない。


しかし、私はどっちにしても・・自ら到達する道はめんどくさいんで(今さら無理だし・・・)

それぞれの先人の到達したものを、美味しいとこ取りして直感で受け止めることにしようと思っている(笑)



そういえば、

コンピュータサイエンス分野にいる友人は、こんなことを言っていた。

「それは、まさにマトリックスの世界だよ!1999年の古い映画だったけどね・・まさに、あの世界と同じことじゃないか?

コンピュータの世界はバーチャルリアリティーと同じなんだよ。
それも、電気信号はオンとオフしかない単純なもので電気が流れてるか流れてないか・・その組み合わせでしかないんだよ。
脳の電気信号だって同じなんじゃないかな?」

と言う。

それでいてね、覚えてる? 映画の中のモーフィアスの言ったこと。

『現実』とは何だ?『現実』をどう定義するんだ?
もし君が感じることができるものや、嗅ぐことができ、味わい見ることのできるもののことを言っているのなら、そのときの『現実』は君の脳が解釈した、単なる電気信号に過ぎないんだ。
って言ってただろう?

それこそ、色即是空、空即是色の空(くう)ってことだと僕は思ってるんだ。」




たしかに、モーフィアスのセリフで、そんなのがあったよなあ。


ならば、私たちは、フォトンを発散させて自分の望む意識をキャッチして引き寄せ、思うように人生を作ることだって出来るってことになる。

ネガティブなものはネガティブを呼び寄せ、ポジティブなものはポジティブを引き寄せる電波になる。


心霊スポットでネガティブな霊に憑りつかれるのも、そもそも、そんな場所に行こうと思うことも、フォトンの波長がぴたっと合ってしまうからだろうし、
幽霊をまったく信じない人には見えるわけがないし、そもそもそういった人には幽霊なんて存在しないのだ。

ただし・・本当に信じてなければ・・だけど。

人間て不思議だ。
幽霊や死後の世界を信じていないといいながら・・お葬式もするし、日本には49日やらお盆まであるんだから。

obon.jpg

まったく信じてないんだったら、なんでそんなムダなことをするんだろう?

どこか・・潜在意識で少しは信じているんじゃないかな?と思ってしまう。



中にはまーーーたく信じていないくせに、スピリチュアルカウンセリングをしてもらいたがる人がいる。

そんな人に対しては、どんなにサイキック能力の強い人であっても、ほとんど見えてこないらしい。

「あの人、まったく信じてないんだ。
むしろ、こっちをインチキだと頭から疑ってかかっていて、なんとか暴いてやろうという気持ちだけが伝わってくるんだ。
そうゆう人に対しては、なぜか、まったくと言っていいほど見えないんだ。」

以前、サイキックの人からそんなことを聞いたことがあった。

そこで、見えないと言えば、ほら! やっぱりウソだろう!って言って、その人はますます否定派になる(笑)。

そういったことも、今では、なーるほどなあ・・・と説明がつくようになった。


ネガティブな心で望めばネガティブな霊能者を呼び寄せるだろうし、ポジティブな霊能者には見えるものも見えなくて当然なんだ。
そもそも冷やかしでスピリチュアルカウンセリングなんてする必要もないわけだからね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フォトン、電波で意識を飛ばすのであれば、インターネットなんて、まさしくそのものだ。

インターネットは海底ケーブルを使っていて毎秒地球の7.5周の光だ。
インターネットのおかげで世界中が繋がったことは、実に画期的なことだと思う。

今ではインターネット上で、世界中のかわいいネコのリアル画像を見て癒されれることも多いし(笑)
その代わり、ネガティブな書き込みを読めば気分が悪くなることだってあるし、嫌なニュースで胸糞が悪くなることだってある。

実に影響力大だ。

電磁波データがフォトンなら、フォトンは人の意識そのもの

それは、素晴らしいものも最悪なものも簡単に世界中へ拡散できるようになったということを意味する。


それを発信するのも選ぶのは自分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらにフォトンが研究されれば、宇宙の成り立ちだけではなく、生命体の科学の進歩にもなることだろう。
従来の病理学や栄養学、統計学ではない観点から人体の神秘を研究し、目に見えない物質レベルではない粒子を考慮していけば、癌細胞だって簡単に生滅させられることだろうなあ。


ここまで物理学分野で素粒子が解明された今後の課題は、

宇宙を変化させ運動させ移動させ、また、私たちを常に変化させ運動させ移動させている、その動きの秘密を知るのがカギなのだそうだ。。

その研究が日進月歩で進んでいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そりゃ、誰もが超能力者になれる日が来るかもしれない(笑)

そういえば、以前に見たサイトで、こんなのがあった。
   ↓
STUDY SHOWS PSYCHIC POWERS ARE REAL: CAN A PSYCHIC READ THE FUTURE?

コーネル大学の名誉教授・心理学博士であるダリル・ベム(Dr. Bem)の研究について書かれたもの。

サイキック能力を強くするためのいくつかの重要な手段

1. 自分自身を信じて、リラックスすること

2. 否定的な考え方と否定的なエネルギーを無視する

3. 個人的な利益のために自分の能力を使わない

4. あなたが持っている恐怖を克服すること

5. 肯定的なままでいること、ストレスを持たないこと

6. なじみのない物体に触れる訓練をして、その時に心に浮かんだ感情や考えを記録する

7. 場所と出来事を考えることにより遠隔透視の訓練をする。
その場所や出来事は近いうちにあなたが訪れる予定のある場所か、行う予定のあること。
先に考えていたことと現実を比較して類似点を記録する

8. 他の人々の心の中を読み取ることによりテレパシーの訓練をする




まずは信じること、
リラックスする(ストレスを持たない)
恐怖をなくす
ネガティブさをなくす
個人的な利益に使わない


たしかに技術的な訓練以前に、これは基本的なサイキックとしての心構えだろう。
自らの作り出した仮想現実の世界に溺れてしまえば、能力は発揮できないから。


この世がフォトンをベースにした仮想現実とするならば…私たちは好きなようにポジティブに自分の人生を作れるということだ。
そしてどんなステキな世界すらも、意識だけで作っていけるということだ。

ステキなことは、数式がわからなくても頭から信じることにしている私。

・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、これで・・・なんとか、2つのメールの質問に答えられそうだなあ(笑)

レチュギア洞窟で抗生菌を発見したニュースから

レチュギア(lechuguilla)洞窟から百万年も生きながらえてきた”ヒーロー細菌”がみつかる という記事をみつけて、ほほう!!となんだか妙に感心してしまった(笑)

Million-Year-Old 'Hero Bug' Emerges From Cave

レチュギア(lechuguilla)洞窟というのは、ニューメキシコにある、カールスバッド洞窟群のうちの1つ。


カールスバッド洞窟群というのは、アメリカの国立公園にも指定されている有名な場所で、とにかく洞窟がいーーぱいあるところ。
     ↓
カールズバッド洞窟群国立公園

CI_natural-bridge-caverns.jpeg

現在発見されている洞窟は全部で83で、そのうち観光客が入れる洞窟にはそれぞれ名前がついている。
夕方には、ある洞窟の出入り口から蝙蝠がいっせいに飛び立つことでも有名で、そのコウモリたちをみるために観光客は外に陣取り彼らのお出ましを待つのだ。
   ↓
presentation-at-the-bat-cave-n1-carlsbad.jpg
Tadarida_brasiliensis_outflight_Hristov_Carlsbad_Caverns.gif

コウモリのショーの時間は、コウモリさんたちの気分によって違うらしいが・・短いときは20分くらい、長いときは百万匹のコウモリが2時間以上もかけて飛び出していくそうだ。

そういったことで、この国立公園は有名になっている。
(もっとも、私はまだ行ったことがないのだが・・)


そりゃあ、そんだけの洞窟があれば、コウモリにとっては最高に快適な大型マンションだろう。。。


さて、そんな洞窟の中でも、一番長い洞窟がレチュギア洞窟
これによると、通路の長さは122マイル、キロに変換すると、なんと、196.34キロになる!!
   ↓
caveworks_wide-411d173d795a0a23719c1df4e4e3e847c1b94af8-s800-c85.png
Lechuguilla Cave

この1,600フィート(約488m)以上もある最も深い石灰岩の洞窟の中で、バクテリア(細菌)がみつかったそうだ。

なんだよ! 洞窟でバクテリア(細菌)がみつかったところで、それがなんだってんだ?と思う方もいるかもしれないけど(笑)


しかし・・・それは、抗生物質の70%に耐性を持っている!!細菌だそうだ。


耐性菌というのは抗生物質(薬)が効かない細菌のこと
発症してしまったら、もう、運を天に任せるしかない状況になる。 

ここ数年の間に、そういった耐性菌がどんどん生まれてきているよね~。

1999年に、アメリカでMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が院内感染して、手術に成功してあと数日で退院できるという患者さんたちが、すべての抗生物質が効かずに、たったの2-3日の間に亡くなってしまうということがあった。
そんな怖い感染症は今までなかったのに~。

その後、MRSAをやっつけるために、さらにパワーアップさせたバンコマイシンという抗生物質を開発させたんだけど・・・今度はさらに、バンコマイシンさえも効かない、超パワフルなスーパー耐性菌も生まれてしまったそうだ。


日本でも、2014年だったか・・院内でカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)の大規模な集団感染の報告あり。
114人の患者がCREに感染し23人が死亡。
ある患者さんは、癌の手術後、食事も出来るようになり歩けるまでに回復していたのに、突然、高熱を出し容体が急変。
6種類もの抗生物質が投与されたのにどれも効果なしで死亡。




ようするに、バクテリア(細菌)と抗生物質(薬)のいたちごっこが続いているのだ。

せっかく新しい抗生物質を開発しても、約1年ほどで、それに耐性を持つ細菌が生まれてしまうという。


そもそも、
なんで抗生物質が効かなくなってしまうのか?


その原因は、

●日ごろから抗生物質を多く飲みすぎ。
●患者が正しく抗生物質を服用していない。(または医者の抗生物質の見立て違い?もあるかも。)
●家畜に多く使用されていて、その肉を日常的に食べる。


と言われている。

つまり、現代の人間 ver 抗生物質の戦いの結果、細菌はますますパワーアップされたものが出現していき、どんどん耐性菌(従来の薬が効かないもの)になっていく。

・・・と考えられてきた。

もちろん、それも正しいだろう。


ところが、この洞窟で見つかった耐性菌は、

Nature Communications誌の発表によると、この細菌は400万年の間、人々、社会、そして薬物から隔離されてきたと報告されている。

つまり、

それって、病院や農場で人間の薬にさらされていないことを意味するわけで、それでいて、多くの抗生物質(薬)をノックアウトさせちゃうパワーをもともと持ってるTってことになる。

それが、何百万年もの間、ずーーと洞窟の中で存在し続けてきたのだ。

バクテリアの発見を手伝ったアクロン大学の微生物学者、ヘイゼル・バートン氏は、「これは、まさしくスーパーバグだ!」
と言ったらしいが・・この著者は、それは、もう、ヒーローバグだ・・と言っている(笑)


そんな内容の記事だ。

こりゃ、すごいことだ!

バクテリアの世界って、まだなーんにもわかってないんじゃないかな?
もちろん、ウイルスにしても。。


つくづくそう思ったのだ。


ところで、バクテリア(細菌)とウイルスの違いはご存じかな?
(数年前までは、私は二つをごっちゃにしていてちゃんと理解していなかった愚か者なのだが・・)


まず、大きさがぜーんぜん違う。

細菌は1μm(マイクロメートル)以下だし、ウイルスは直径が0.1μm(マイクロメートル)以下で、髪の毛の直系と比べるとこーんなにも違う。 
   ↓
PM2.png
http://xn--l8jir6i4g.net/archives/5087.html

そりゃあ、どっちも人間の目には絶対に見えないミクロの世界。

だけど・・私たちの体内にはもともと細菌もいっぱい住んでるわけだし、それらすべてが悪者じゃない。
腸内細菌には善玉菌と呼ばれる体にプラスになるものもあるわけだからね~。

色や形もさまざまだし、至るところにいるのだ。
    ↓
v4pifabvqs188acydun0.jpg

きっと目に見えたら、ひええ~!と思うかも(笑)

一方ウイルスは、世界で最も最小な生命体、
ただし、微生物とは呼べないかもしれない。

細胞が持ってるもの ⇒ DNA, ミトコンドリア、リボゾーム、レセプターなど
ウイルスが持っているもの⇒ 設計図とたんぱく質の殻だけ



そのため、ウイルスは自分で繁殖していけないのだ。
だから、ウイルスは、いつも他の生き物の細胞にくっつくことで生きていく。

ウイルスは、細胞の中にちゃっかり入りこんで、がんがん自分の設計図をコピーして自分の仲間を増やしてしまう。
細胞に入り込み、細胞内部で自己複製し、ついには細胞を食い破って殺してしまう。

そのスピードは恐るべきスピードで、エボラウイルスは平均10日で人間を殺してしまうくらいだからね~。


そこで、対ウイルス剤や抗生物質は問題の悪ウイルスや悪玉細菌を殺す必要があるんだけど・・これがなかなか難しい。
本来はピンポイントで問題児ウイルスや悪玉細菌だけを殺せればいいんだけど・・・良い部分も殺してしまったりする。

これが、強い副作用と言われるもので、まるで、抗がん剤だね。

そして、一番大切な我々の味方、免疫細胞までも殺してしまったりする。。。


ところが、人はどんどん抗体菌を殺すための薬を作り出し、また抗体菌もどんどん変化し続けてさらに強くなっていく。

どこまで続くこのバトル?



しかも、そんなバトルに関係ない地下に、何億年も前からパワフルな抗体菌があったとすると・・なんとまあ、人間の力の無力さを感じてしまったりもする。


YouTubeでかなり昔の番組だけど、たけしの万物創世記ウイルス編というのをみつけた。
   ↓


私たちの医療は、害となるものを殺す、排除することを考えてきたけど・・本来は共存する方法を模索していくべきかもしれない。
今また、つくづく、そんなことを思う。

それは医療に限ったことだけではないのかも。
きっとすべてに対してかもしれない。


さらに、

ミクロの世界を解明していくことで、私たちは、病気の治療法を知るだけでなく、生命の起源や宇宙の神秘にも近づけるのかもしれない。

そんなことを思った。

バクテリア、ウイルス、DNA、量子生物学

そういったものが今後のキイワードかもしれないのだ。
そういった研究が進めば、高度のテクノロジーを持つ地球外生命体と肩を並べて銀河系宇宙連合のメンバーになれるかもしれないからね~(←なんのこっちゃ!笑)


目に見えている世界の方が、ほんの一部なのだよなあ・・・。



それでも最近は、なかなかよい傾向になってきていて、

私の身近では、風邪を引いたら抗生物質をください!と言う人も減ってきたし、また、こちらのドクターたちも薬を出すことをかなり控えてきている。

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     ↑

男:抗生物質が風邪にきくと思ったんだけど・・・
バッドマン:バシと引っぱたきながら、それはウイルスだ!


日本でも減ってきているといいんだけど・・。

たけしの万物創世紀「カゼ」・・・これもかなり昔のだけど、こんな昔から言われてたんだよね。
   ↓



だけど、食肉のほとんどに抗生物質を使っていれば、いくら薬を控えても肉を食べていれば蓄積されてしまうのかもしれない。
    ↓
危険な抗生物質使用の食肉

家畜にはがんがん抗生物質入りの食事を与えるそうだから。
その方が病気にもかかわず早く成長するので、すぐに出荷できて安上がり!なのだそうだ。


やっぱり、肉もオーガニックだよなあ(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・

抗生物質の世界初の発見は、アレクサンダー・フレミング(Sir Alexander Fleming)だった。

1940年、世界初の抗生物質、ペニシリンの発見。

それまでは 「死の病」といわれていた数々の病気が、抗生物質の登場後は撲滅したと思えたのに・・・。
実際、このときは、すべての感染症は地球上から撲滅するだろう!と世界中で言われたそうだ。


それから、80年近くたった今、さらに新たな感染症の死の病が増えて、抗生物質さえ効かなくなりつつあるんだよなあ。
近年増加している肺結核もその一つだろう。


フレミングさんは、こんな時代が来ることを予測していたんだろうか?

いやいや・・・おそらく彼はちゃんと予測していたみたいだ。
医学の進歩に有頂天になってる人たちに向かって、1945年のアカデミー授賞式でこんなスピーチをしているそうだから。

      
“It is not difficult to make microbes resistant to penicillin in the laboratory by exposing them to concentrations not sufficient to kill them,
and the same thing has occasionally happened in the body,” he said.
“There is the danger that the ignorant man may easily underdose himself and by exposing his microbes to non-lethal quantities of the drug, make them resistant.”

  「無知な人が容易に自分自身を弱める危険があり、微生物を致命的でない量に曝露することによって、それらを耐性にすることができてしまう。」


使い方を間違えれば、耐性菌を作り出してしまうことにもなる・・・。

まさに、今、そうなっちゃたわけだし、ほとんどの人々が無知だったということになる。

だいたい、食肉にも使っちゃうわけだからなあ・・
もちろん、抗生物質で育った鳥・豚・牛を食べたせいで、我々が薬の効かない体になったという因果関係はまだ証明には至っていない。

しかし、とっ~ても胡散臭いと思っていながらも、証明されない以上使い続ける、食べ続けるってのは・・・どーなんだろ?
いや、もう・・こういったことは、結局のところ、すべて自己責任しかないだろうなあ?


フレミングさん、今の時代を見たらどう思うんだろう。。。(ショック?)


それでも、アメリカは今また少しずつだけど、いい方向に変わりつつあるような気もするよ~、フレミングさん!
  ↓
抗菌石鹸「効果に科学的根拠なし」で販売禁止に:米国

すべての菌を殺そうとして、抗菌なんて言葉がはやった時代もあったけど、それも廃止されたからね~。

抗菌し過ぎでアレルギーが増えたのでは?という説もある。(←これも因果関係はまだ証明されてないけど。)

フレミングさん↓
alfred-eisenstaedt-alexander-fleming-posing-at-his-desk-surrounded-by-papers.jpg


今は、だんだん・・免疫力アップ、オーガニック志向、抗生物質は最小限にする・・・そういった傾向になってきてるから、
だから、フレミングさん、安心してくれ!(←どこが安心なんだか・・・)


参考
http://gigazine.net/news/20151030-cancer-killing-virus/
The Battle to End Antibiotic Use in Farm Agriculture


アメリカのカジノ事情と歴史

クリスマスホリデーは何か予定でもあるの?

と聞かれたけど・・特に考えてないなあ。

去年はラスベガスに行って、お目当てのコンサートを見て、それから「24時間食べ歩きフリーパス」を使って、フリーパスが使えるすべてのカジノとバフェ巡りをしてきた。

今年は疲れ気味のせいか・・あんまり騒がしい場所へ出かけきる気分ではない。



ロサンゼルス近郊に住んでる人たちにとって、一番手軽に出かけられるところといえば、ラスベガス!

車でせいぜい4時間くらいの距離だから。

そのせいか、ここらに住んでる人は気軽にラスベガスに行く。
ちょっと遊びに行くならラスベガス!というわけだ。

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●有名ショーを見るならラスベガス

●食べ歩きもラスベガス(多くのバフェで有名)

●アウトドア志向ならば、ちょっと足をのばして「グランドキャニオン」「モニュメントバレー」、「ブライスキャニオン」、「デスバレー」、「ザイオン」なーんて、大自然の中に出掛けるもよし。

●おまけにホテル代も安い。
超高級ホテルでもしょっちゅう割引券を発行したりするくらいで、私も某高級ホテルにたったの30ドルで宿泊したことがある(笑)
もちろん、アメリカは一室の値段だから、お一人様30ドルではない!

●その上、結婚するのも便利で早い。
(アメリカで結婚するのには煩雑な手続きが多くて面倒なんだけど、ラスベガスは簡単。)

●そして・・もちろんギャンブル好きにはたまらないところだろう(笑)

これだけ様々なニーズを満足させられるんだから、やっぱ、ロサンゼルスっ子にとっては気軽にラスベガス!ってことになるのだ。



ラスベガスというのは、もともとはマフィアによって作られた街。

バグジー・シーゲルというのはラスベガスを作った男として有名だけど、もっと正確に言えば、東海岸の大物マフィアたちによってバグジーがプロジェクトの責任者として送り込まれたのだ。

bugsy-siegel-435.jpg


で、結局、彼は多額な資金を使った上経営に失敗して責任を取らされた=殺された、人なんだけどね~。

ラスベガスの歴史を知りたい方はこちらでどうぞ
      ↓
ラスベガスの誕生
ラスベガスといえばマフィア!(マフィアの時代)
ハワード・ヒューズ
スティーブン・ウィン



ラスベガス建設の目的は、当時のハリウッドの富裕層を顧客とした大規模なビジネス展開のため

昔はラスベガスは全米一治安が良く安全な場所と言われていたくらいだ。
(今は知らないけど。)

マフィアが作った街だから、さぞかし危ないところと思ってはいけない。
富裕層が安心して遊べてお金を落として頂くために、マフィアは一切の犯罪を取り締まり、クリーンな街づくりを心掛けたのだそうだよ。



そんなわけで、ネバダ州、ラスベガスというのは、全米でもちょっと異質なところなのだ。

毎年多くのコンベンションが行われることでも有名だし、(あれだけ多くのホテルがあるんだから、そりゃそうなるわな~)

ネバダ州は税金だってすっごく安い!

私も高い税金を払わなきゃならないカリフォルニアを飛び出して、ネバダ州に住もうか?と思ったことだってあるくらいだ(笑)

でも…仕事が限られてしまうのも確か。(ホテル、レストラン、カジノ、旅行関係ってのがメインだからなあ、それしか働き口が無いともいえるわな。)


ある日本人女性だったけど、やはり税金の安いネバダ州に移住したいがために、カジノディーラーになることを決心した人がいた。

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しかし、カジノディーラーになるためには、ちゃんと学校に通い資格を取らなければならないし、それもかなりの狭き門だと聞く。
学校の授業料もかなり高額だし、高いモチベーションが無ければ資格ゲットはできないそうだ。

日本人というハンディだってあっただろうに・・その方は今では、立派にラスベガスでディーラーとして働いているそうだ。



とにかく、カジノで有名なラスベガスは・・・全米でも特殊な街。

そして、そこには、それなりの歴史と背景があるということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば・・つい最近の日本のニュースで、カジノ法案を強行採決とかなんとか、って記事を見たっけ。

その法案の賛成派ったか反対派だったかは忘れたけど、アメリカのカジノを引き合いに出して説明している方がいたんだけど・・・

なーんかピントが合ってないつーか、違う気がしたんだよね。。。


そもそも、アメリカって国は州によって違う。
日本のようにひとつにまとまった国というよりも、それぞれの州が一国という感覚に近いものがある。

国よりも州法が力を持っていることだって多いのだ。

たとえば、同じ罪を犯した犯罪者が日本のXX県では死刑にならないけど、XX県では死刑になる、なーんてこと、おそらく日本では考えられないことだろう。

しかし、それがアメリカ合衆国という国なのだ。


さて、またカジノに話を戻すと、

まず、カジノを合法化している州としていない州がある。

ちなみにグリーンのところが合法化している州
   ↓
usa_map.gif
http://casinolu.com/usacasino/

そして★印のついてるところがカリフォルニア州

したがってカリフォルニアは合法化されてない、だから・・カジノは無い!
・・・と思ってはいけない(笑)

下記は、カリフォルニア州にあるカジノのリストを示したサイト
    ↓
List of casinos in California

めんどくさいから数えてないけど、100近くはあるんじゃないの?

町中を運転してるだけで、カジノの看板だってよく見るくらいだからね~。


つまり、非合法という意味は、これから新しいカジノを作っちゃいけませんよ~!って意味なのだ。

なので、

・禁止される以前からある古いカジノはそのまま営業中。
・インディアンカジノは、州法に適用されない。





アメリカでカジノと言えば、多くの日本人はラスベガスをイメージするだけなのかもしれない。
しかし、実際は、このインディアンカジノの存在はとっても大きい。

まず、カリフォルニア州のほとんど大きなカジノは、すべてインディアンカジノ、と言えるだろう。

インディアンカジノというのは、ネイティブアメリカン(アメリカ先住民)によって、インディアン居留地(Indian reservation)内に作られたカジノのことであり、そこは彼らの自治区になっている。

早い話、治外法権なんでアメリカの州法だって適用外。


なんで、こんなことになってるのか?(笑)


まあ、それにはアメリカの歴史が大きく関係してるんだけど・・

ご存じのように、アメリカの歴史は、まず白人がアメリカ大陸に乗り込んできて、武力行使で多くの先住民を抹殺して作り上げた国。

わずかに生き残った先住部族たちは、僻地に追いやられて、征服者によってインディアン居留区となずけられたところに押し込められて、生活させられたわけ。

Do Not Enter


もちろん、征服者が良い土地なんてくれるわけないからね~、山間部たったり砂漠な中の不毛な荒地ばっかし。
いちおう、政府からはスズメの涙程度の生活保護資金は出されたようなんだけど・・それだって、途中でネコババされたりして、ほとんど彼らの手に入らなかったという話だ。


多くの餓死者を出した結果なんとか自分たちの手で生き延びようと、そこで生まれたのが苦肉の策のカジノ経営だったのだ。

もちろん、今でもすべての先住部族がカジノの権利を獲得してるわけじゃないけどね。

いちはやく、生き残りの手段としてそこに目をつけた部族は、アメリカ政府や州を相手どって今度は武力でなく、彼らが作った法を上手に用いて戦ってきたのだ。 
その長い戦いの結果、カジノ建設を勝ち取ったという歴史がある。

カジノ収益によって、彼らは辺境の居留地の中でさえ、病院や学校を作り街を整備し、人並の暮らしを自らの手でゲットしたという歴史がある。

今ではこんなに立派なインディアン居留地もあるし
   ↓
MysticLakeOverheadShot640.jpg

相変わらず貧しいままの居留地もある
     ↓
poor house


で、今でもインディアン居留地は治外法権。

もちろん、我々もカジノやホテル以外の彼らの居住地には立ち入り禁止だし、犯罪でも犯そうものならば居留地内のポリスに逮捕されることになる。

それに・・時刻だって違ったりすることもある(笑)

そもそもアメリカって1つの国で東と西では時差があるわけで、しかも夏時間と冬時間もある上、インディアン居留地によっては夏・冬時間を儲けていない地域もあったりで・・慣れないとめんどくさいのだ(笑)


アメリカは決して一枚岩ではない国だということだね。



インディアンカジノにしても、全米のスパ・リゾートホテルの5つ星にランクされるような豪華ホテルもあるわわけで、決してラスベガスの有名ホテルにも引けを取らないのだ。


私とホセは、以前すべてのカリフォルニア内のカジノの食べ歩きをしよう!と決心して、さまざまな場所を訪れたことがあった。

もちろん、それはバフェがあるカジノ限定だったけどね。

客層、食材、食事の質、特色、カジノエリアにおけるスロット・マシンの種類、出具合など(笑)

実にそれぞれで面白いことを多く発見できたと思っている。


・・・・・・・・・・・・・・・

ロサンゼルス付近に住む人々、とくに年配層は割とカジノに行く人が多い。

もっともリタイアーしてしまった年配層の楽しみいえば、友達同士でバスツアーでカジノに行って、食べ放題の食事とスロットマシンを楽しむというのは、気軽にできる楽しみごとだろう。

なので、平日の昼間はとくに年配層が多い。

そりゃあ、昼間から遊べるのはリタイアー組の特権だ~。

しかも厳しいドレスコードがあるわけでもないし、アメリカは気軽に普段着で入れるカジノがほとんど。
とくにロサンゼルスは・・ドレスコードのあるところなんか、逆に聞いたことすらない(笑)


「私ね、先週もPala(スパ・リゾートカジノの名前)に友達と言ってきたのよ
水曜日はロブスターバフェがあるんで、お腹いっぱい新鮮なロブスターを食べてきたわ。
そこそこ儲かったから、食事とバス代もただになっちゃった~。」

と、一人のおばあちゃんは可愛い笑顔を見せる。


百ドルも持っていけば、交通費を含めて食事とギャンブルが楽しめる。

スロットマシンは1セントから賭けられるところがほとんどだし、一般庶民はもっぱら、そんなところでも遊べるのだ。
私たちも同様だけど(笑)

ディズニーランドに行くよりもずーーと安上がりで楽しめる場所がカジノというわけだ。


「ウチのおばあちゃんはギャンブル狂いでさあ、毎週言ってるわよ。困ったものよ~。
でも、そこそこ儲けてくるし、私もお小遣い貰うから反対はできないんだよね~。」

と、20代の女の子が言う。

「へえ、すごいね~。
あなたは、一緒に行かないの?」

「私はダメダメ~。 おばあちゃんみたいにギャンブル運は無いみたいだから、やらないんだ。」



聞くのはそんな程度の話で、ギャンブルのためにすべてを失ったという悲惨なストーリーは、身近では一度も聞いたことがない。



日本で言われてるようにギャンブル依存症が増えるかどうかなんてことはわからないが・・・少なくとも、私の周囲においては、そうやって楽しんでいる人が多い。


それは長年の歴史、風土が日本とはまったく違うということだと思う。


海外の多くのカジノを視察してきたという方であっても、ほとんど観光客が集まるだけのカジノをちらっと見ただけでは、おそらく理解できてないことの方が多いことだろう。


アメリカではxxxxだから、マカオでは、香港では・・・なんてことを引き合いに出して、日本のカジノ法案を賛成か反対かなんて結論を導くのには、かなり無理があるような・・(笑)


カジノ収益の数字にしたって、おそらくアメリカにおける収益の中には、インディアン・カジノは含まれてないだろう。
国の管轄ではないんだから。


私が訪れたことのあるカジノはバフェ付きのカリフォルニアのカジノのみ。(←それは5年以上かけて全部行った。(笑)

東海岸ではナイアガラだけだし、海外ではオーストラリアのパースしか行ったことがない。

マカオは有名だけど・・もちろん行ったこともないし東南アジアのカジノ事情についてはまったく知らない。

なので、私にその法案について・・意見を求められてもわからん!!(笑)


だけど、

なんで今さら日本で、カジノ法案なんてことが話題になってるんだろう?
そんなことやってる場合じゃないんじゃないの?


・・・というのが私の最初に感じたことだ(笑)



少なくともカジノ建設で莫大な収益を上げて、国や国民を豊かにすることが目的ならば、

ラスベガス建設時のマフィアがハリウッドの著名人にターゲットを絞ったように、世界の超大金持ち層に客層を絞らなければ意味がないだろう。
(それすら、1940年代の話だった。)

1セントで遊ぶような我々庶民が押し寄せたところで・・たかが知れてるんだから(笑)


そして、その建設資金の提供先は・・どう考えたってかなりの大企業の資本と、おそらく、カジノが頭打ち状態になってるアメリカあたりが新たな市場を探してる・・そういったアメリカ企業あたりが多く参入することだろう。

じゃあ、その収益はどう流れる?


なんだか、私のシロウト目から見たって・・決して国が、庶民が、豊かになるとは思えないんだよなあ。

雇用が増える?と言ったって、アメリカのカジノみたいに老人雇用をしてくれるとは思えないしなあ。


アメリカのカジノのウエイトレスって、若くてキレイなブロンド美人ばっかりって思ってる人も多いようだけど(笑)

こーんなブロンド娘や
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こーんなブルネット娘やら
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でも・・現実は、50歳、60歳だって超えてるんんじゃないかい?って人も多いのだ。
   ↓
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   ↑
この人なんて、かなり、おキレイな方だと思うよ。

まだまだ、かなりのお年で、かなりなお太りようで、かなりの露出度満点の方々が多いってのもアメリカの特徴。

そうゆう雇用をしてくれるなら、働く場所がなくなった老人雇用にも役立つことだろうけど。



さて、どうなるのか日本のカジノ建設?

カジノ法案が通って建設したところ、逆に経済に大打撃なーんてことにならなきゃいいんだけどね。


大きく赤字を出してしまった、バグジー・シーゲルさんは責任を取らされて死刑宣告&即処刑されたんだったなあ。

でも・・・政治家さんたちは失敗しても殺されることはないだろうし、財産没収だってされないんだろうなあ。

アメリカのオーガニックフードと口当たりの良い言葉について

「あなたは、以前、NY州の田舎の方で暮らしてたそうだけど・・食べ物に困らなかった?
だって、ロサンゼルスと違って日系スーパーだってないようなとこでしょう?
ご苦労されたんじゃないかしら?」


これは今年アメリカにやってきたばかり、という駐在員の奥様からの質問だ。



たぶん、こういった質問をする方は日本の食材が買えないようなところには住めない人たちなんだろうなあ(笑)

また、なぜだかロサンゼルス付近に住む日本人には、こういう方々が多い。


あ、そりゃそうだ!@ だからこそ、彼らはロサンゼルスに住むんだろうから~(笑)

ロサンゼルスでは、ほとんど日本と変わらずに日本のモノが手に入る、日本人が多い場所。
したがって、日本と変わらないような日系スーパーもある。




しかし、私自身は日系スーパーが無かったとしても、特別不自由だとは思わない。
逆に食生活に関しては、私はアメリカに住んでよかったと思っている。



アメリカに住んで初めて知ったこと
    ↓
●日本の加工食品は手軽だけど添加物だらけ。
(ほとんどアミノ酸等か、それに代わる添加物を入れている)



それまでの私は、アメリカの食生活といえば、ハンバーガーなどのファーストフード、見事なまでの人工的色彩のお菓子類、などがアメリカだと思っていた。

こんなもん、見ただけで勘弁! 恐ろしくて食えたもんじゃない!と(笑)
   ↓
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毒々しいような赤、青、黄、ピンク、紫など・・の着色してあるような菓子類など、多くの日本人は敬遠するだろう。

それに比べて日本のスイーツは見た目にもナチュラルで美しい!
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だからつい、日本のものの方が美味しいし体にも良い!と思い込んでしまいがち。



しかし・・添加物を調べてみると、あのアメリカ国旗色のケーキですら・・日本のケーキよりも添加物が少なかったりするそうだ。

日本のスイーツ、ケーキ類などは、たとえデパ地下で売ってるような、ちょっと高級スイーツ類であってさえも、添加物たっぷりなことが多いと聞く。

とくに、クリスマスケーキは要注意らしい。

ほとんどが1か月前くらいから作り置きして冷凍保存しておくのに、食べるときはクリームはなめらかだし、ホイップクリームの角はピンと立ったまま。

自分でケーキを作った人ならばわかるだろうけど・・・んなわけないだろ!

時間がたつうちに、クリームはなめらかさはなくなってくるし、形も崩れるし味も落ちる。
そもそも、生ケーキなんてものは日持ちするわけがない。


そのために、乳化剤、リン酸塩、保存料、膨張剤などを使うというわけだ。

たしかに、工場で作ったあと、輸送中に揺られるハンデを軽減するためにも、お手軽な添加物は欠かせないんだろうなあ。

ま、なるべく無添加のスイーツを買いたいと思うならば、日持ちがしませんので今日中に!というお店から買うことが一番かもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・

たまたま、ケーキ、スイーツの話をしたけど、もちろん、これだけではない。

ほとんどの日本のレトルト食品、ハム・ソーセージなどの加工食品、さらに調味料の醤油やみりんでさえ、みりん風調味料なんて書かれていて、本物の醤油やみりんでは無いものがあるんだから・・これには驚きだ!


一方、アメリカのハムやソーセージは塩がキツくてしょっぱくてやだ!と最初は思ったものの、今では添加物を少なくするかわりに塩を多く使うと聞いて、ひどく納得したものだ。



こういったことを、日本に住んでいた頃には気がつきもしなかった。
日本のものは薄味で高品質で美味しいものが多いと思ってたくらいだから。

長年アメリカに住んだ頃、日系スーパーから購入したという冷凍餃子をもらったことがあった。

それは冷凍餃子にしても、なかなか高級な部類のものだったと思うが・・・焼いて一口食べたとたん、妙な甘いような・・ちょっと嫌な味を感じて食べられなくなってしまったことがある。

たぶん、それはアミノ酸系の添加物の味だったんだと思う。

おそらく、日本にいたときの私だったら、まったく気がつきもしなかっただろう。
こりゃあ、冷凍なのに美味しいなあ!とさえ思ったことだろう。


添加物だらけを食べ続けると味覚は麻痺してしまうのかもしれない。

私の場合、長年のアメリカ生活のおかげで、いつのまにか味覚が正常に戻ったのかもしれない、とつくづく思う。




そんなわけで、私は近所にあるくせに、日系のスーパーには滅多に行かない。

唯一、NIJIYAというオーガニック系を多く置いている日系スーパーがあるのだが、そこから生鮮食料品やいくつかお気に入りを購入するくらいだ。



そういえば・・・オーガニックという言葉は、日本でも良く耳にするらしい。

ところが、日本のオーガニックは、かなり価格が高いらしい。


以前、日本に住む友人と電話で話たときのことだ。

「最近、体調を悪くしたんで食生活に気をつけよるようにしているんだけど、何を中心に食べたらいいのかな?」

と、聞かれたんで、

「なるべく加工品はやめて、オーガニックな食品を買うようにしたら?」 と言ったのだが・・・。

「冗談じゃないよ! オーガニック食品なんて高いんだよ!とってもじゃないけど毎日食べられるわけないし、そもそも近所で手に入らないよ!」


「え、日本はそんな事情があったの?」

「そうだよ~。それにねえ・・オーガニックなんてただ高くして儲けるだけの商品って噂もあるよ。
別にオーガニックじゃなくったってさ、食品産業とか厚労省なんかがちゃんと検査して、その検査基準で安全としてるんだからさ、さほど悪いわけじゃないだろうよ。」


これは・・・多くの日本人の考え方なんだろうか?

「オーガニックにこだわるのは自由だけどさ、そんなの金持ちの道楽なんじゃないの?」

そのとき、私はあらためて日本の事情というものを思い知らせれた気がした。


アメリカでは、近所のフツウのスーパーマーケットでさえ、オーガニックコーナーがあって簡単に手に入るのだ。

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しかも、

青ネギ一束が1ドルだったら、その隣のオーガニックの青ネギが、せいぜい1ドル20~30セントくらいの値段だ。
ビンボーな私でさえ、決して買えないような値段じゃない。

以前、初めてオーガニックジャガイモを食べたとき、

なんだこりゃ! うまいぞ!@
今まで食べてたジャガイモっていったいなんだったんだ?
・・・と感激したことがあった。

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ちなみに、真ん中の、このオーガニックのジャガイモは5lbバック(約2.27キロ位)で、3ドル49セントだった。

アメリカはずいぶん物価が上がって何でも高くなったのだが・・それでも日本よりは安いんじゃないだろうか?
非オーガニックじゃがいもは、もっと安いんだから(笑)


だいたいのスーパーで、オーガニックのものはさまざま置いてある。

野菜、肉類、ナッツ類、塩、ビネガー、乳製品、豆腐、缶・瓶詰めなど、ありとあらゆるものだ。

オーガニックとは、化学肥料やケミカルな農薬を使わないもの。
その土壌で2,3年前から化学肥料を使ってないこと、遺伝子組み換えの種は使用しないもの。
畜産物の場合は飼料も有機であること、など様々な基準がある。
オーガニックと表示できるのは、認定機関によって認定されたもの。



ただし・・・オーガニックブームも、すべてアメリカ全土というわけではない。


事実、貧困層が多く住む地域で、メキシカンマーケットに行ったことがあったのだが・・そこではオーガニックなんて売ってなかった(笑)

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ただし、すべての商品の値段はものすご~く安いし量も多い。
ひき肉があまりにも安かったから、つい喜んで買ったところ・・・なんじゃこの味は?

ということは・・・今、アメリカで非オーガニックや添加物たっぷりの入ったケミカル食品を食べている人は、ほぼ貧困層だけかもしれない。 (あまり貧困層なんて言葉は好きじゃないけど・・・)

あまりにも低賃金のため低価格でしか食品を買えない人。
貧しい理由などで、教育があまり受けられない人。(教養が無いために知らない人たち)




彼らが決まって望むものは、

●少しでも値段が安くてカロリーたっぷりの加工食品。(ただし栄養価は低いんだけど・・たぶん気がつかない)。

●見た目がとっても魅力的な、カラフルで日持ちがするスイーツ類(上の写真にあったような・・原色がきれいだと思ってるから)

●広い畑に飛行機で農薬をたっぷり撒いて育った穀物や野菜類(なんといっても、それが一番安いからね~。)




もっとも、一昔前のアメリカは、別に貧困層に限らず、それが一般的だったようだ。

だからこそ、アメリカの食事はひどいとか・・言われ続けてきたんだろうなあ。(笑)



ところが今や・・彼らの意識は大きく変わりつつある。

どこのスーパーでも(貧困層地域は除いて) オーガニック商品が置かれるようになったくらいだし、置いてあるということは、それだけ売れているからだ。

それは、大きく意識が変わったということだ。


逆に、日本人は昔から健康志向だと言われるくせに・・・なぜ、アメリカのように手軽にオーガニックフードが手に入らないのだろう?

それでいて、

・・オーガニック、無添加、ナチュラル、エコロジーという言葉に弱いらしい(笑)
事実、そういったキャッチフレーズのついたものは良く売れるそうだ。


きっと・・そういった言葉が好きなだけなのかもしれない。

そいういった言葉が使ってあるだけで、体に優しくて良いものという気分を味わえるから、それで満足しちゃう?

そういった国民性なんだろうか?



アメリカという国は、高等教育を受けた人と低所得層との意識の差が、ひどく大きいうように思う。

教育を受けている人たちは、自分でオーガニックについての論文を読んだり、添加物について調べたりした結果、オーガニック志向になっていく。 
また、それによって政府や地域団体へ反対運動を起こす人々も多いのだ。

つまり・・とっても現実的な思考を持っていると言える。

そのおかげで、今や、多くのスーパーで低価格のオーガニックフードが並ぶようになったのだろうけど。

決して、オーガニック、無添加、な~んて言葉だけで良い気分になったりしない国民性なんだろう(笑)

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ところが・・・

さきほどの私の日本の友人だって、某有名大学の大学院まで出た人なのだ。

健康にもっと気をつけたいと言いながらも、オーガニックなんてわざわざ高く売りつけるだけのものなんじゃないか?とか、厚労省が安全だって言ってるんだから非オーガニックだって問題ないさ、と思い込んでしまうのは、なんで?

・・・と不思議な気がする。

それだけの学力や知識があるんだったら、まずは、自分で調べてみればいいのに~、と思う。


きっと彼は、

いまだにトランス脂肪酸、アミノ酸等も気にしないだろうし、ひょっとしたら、そんな言葉すら知らないのかもしれない。

世界の状況がどうなっているのかも知らないのかもしれないだろうし、

添加物入りの食品が大量に出回るオーガニック後進国「日本」と呼ばれている現状さえも。


今や、食べるプラスティックとも呼ばれるトランス脂肪酸は、多くの国で使用が禁止されている。
こちらでは、MSG(アミノ酸系調味料)不使用が、レストランやファーストフードでさえ、うたい文句になってるくらいだ。



おせっかいかな?と思いながらも・・日本の食品添加物事情についてや、その成分について、ちらっと話をしたところ、やっぱり、聞く耳すら持ってくれないんだよね~。

そんなことを言ってる学者もいるみたいだけどさ、アンタもそんなものにかぶれない方がいいよ。
そもそも、そんなことを言ったら食べるものだってないさ、

・・・と笑われてしまった。



日本人は、高等教育を受けていようが貧困層だろうが、その意識には、あまり違いがないように思える。


やっぱり、口当たりの良い言葉が好きなだけなのかな?

オーガニック、無添加、ナチュラル、エコロジー、地球に優しい、子供に優しい未来・・なーんて言われると、確かに耳にも心地よい。


そういった言葉がパッケージに書かれてるだけで満足してしまうとすれば・・
そりゃあ、実際にはオーガニックフードなんて一般的には出回らないだろう。

友人が言ったように・・・近所では手に入らないし値段だってかなり高いとなれば、ますます一般には広まらないだろう。


おまけに、日本ではオーガニックという基準さえもかなり甘い規制なのだそうだ。




口当たりが良いものが好き、口どけの良い言葉も好き?

そういえば・・・こちらに住む日本人の方で、自称、健康志向という人が、

私は、毎日健康のために和食を食べ続けている、と言っていた事を思い出した。

それも日系スーパーで購入した梅干しと漬物、カップみそ汁、納豆、ヒジキの煮物などなど。・・・

たしかに、ヘルシーの雰囲気が漂うものばかり~♪

だけど・・・それって、ぜーんぶ、添加物だらけのものばかりじゃないか!!(笑)

それを、毎日食べ続ける!っって?


たぶん、日本食は体に良いヘルシーフードという言葉のマジックに惑わされてしまっているのだ。

(たしかに日本食は健康食だけど・・・それは、日本古来より伝わる本来の材料と献立であれば・・という制限つきなことを失念しちゃってるのだ。)

参考に
自然治癒力が宿るもの


そんな危ないものを毎日食べるくらいならば、私はアメリカのデリで、こういったサンドイッチを毎日買って食べた方がずーーといいと思ってしまう。
    ↓
delisandwich.jpg


一般的に、日本人というのは口当たりの良い言葉だけで満足してしてしまう国民性なんだろうか?
(もちろん違う人たちだっているから、多くの書籍だって出回ってるんだろうけどね~)



若い頃は仕事で残業の日々、つき合いでお酒を飲んで酔っ払って夜更かしして無茶をして働く。
年をとると、健康で長生きしたいと健康志向に走るくせに添加物だらけの食事をする。
オーガニック・無添加という言葉には弱くて表示だけで購入してしまう。
おまけに日本で売られているものに悪いものはないと信じている。
病気になれば病院任せ。



だとしたら・・・

こりゃあ、まずいぞ!

これじゃあ、ますます病んだ人が増えるわけだよなあ。


長寿国日本!
だからこそ、当然、食も安全な国で外国と比べれば健康なはず・・と思い込まされているのかもしれない。


美しい言葉は好きだけど・・私は口当たりの良い言葉は好きにはなれない。
なんだか怪しい新興宗教のドグマにも似ていて、みんなでそれを唱える姿を連想しちゃう(笑)



おじいちゃん、おばあちゃん、長生きしてね!

って言葉ですら、最近は口当たりのいいだけの言葉にしか聞こえなくなってしまった。


なので、私は母にいつも言う。

「長生きなんてしなくていいからさ、死ぬ瞬間まで自分で動けて元気でいること」
「楽しく死ぬことを目指せ」




健康第一
それには、日々の食べ物が一番大事



その言葉ですら、最近では、ただの口当たりの良い言葉にしか聞こえなくなってしまった気がする。


参考に
日本の食品添加物は2015年現在で1500種類を超え、ダントツで世界一

おそろしい食品添加物のはなし10【食品添加物の種類は日本が一番多い】

増え続ける日本の食品添加物、その理由は国際社会からの圧力だった!

日本の食品添加物の認可数は他国と比べて10倍以上!

オーガニック食品って本当に買う価値あるの? いい点と悪い点を比べてみた

科学的根拠の妄信に縛られる日本人と地球外生命について

メキシコ旅行から帰ってきた人が

「僕ね、はじめてUFOを目撃したよ。夜空に丸い円盤型のような物体が円を描いて真上を飛んで、ひゅうと消えていったんだ。」

と話しはじめた。

「あ・・そんな話は日本人が多いオフィスでは、あまり大きな声で言わない方がいいよ。」

と、別の人が窘めた。

「なんで?」

「それはね・・日本人はそういう科学的根拠のない話は好まないから・・」

「科学的根拠がない話? 今更、何言ってんだよ!
すでに、NASAのアポロ計画の公式通信記録が機密指定解除されたってのに、今だに、UFOは科学的根拠のない話だって言うわけ?
そんな話をすると、僕の人格が疑われて仕事のパフォーマンスの評価すら下がりかねないって言うわけ!
いったい日本人て、どこまで愚かなんだよ!!」

・・・・・・・・・・・・・

そんな会話を聞いていて、ふと思った。

機密指定解除がされて公開されたUFOに関するFBIの文書の存在を・・果たしてどれだけの日本人が知っているんだろうか?

それどころか、2013年には、エリア51(グルーム・レイク空軍基地)の存在を認める文書だって、すでに公開されている。


アメリカには機密指定制度というのがあって、国民に知らされていない秘密情報がいっぱいある。
(ま、どこの国も同じだろうけど・・)

外部に漏れてしまえば国益を損なうと判断されるもの、外交上の問題になるもの、とくに軍事に関することなどはトップシークレットとされて、一般国民には教えてくれない(笑)

ところが、いちおう、建前としては(建前としては・・って、どーゆうことよ?)民主主義国家のわけだから・・ある一定期間が過ぎれば、そういった秘密も解除していこう!ということにはなっている。

ある一定期間といっても、50年、75年!(笑)
ほとんど当時の関係者がいなくなってしまってるような状況になってから・・・ってことなのかな(笑)

さて今回、UFOに関して極秘扱いされてきた機密文書が、なんで公開されたのか?

その背景と意図がいったいどこにあるのか?


な~んてことは、別にしても、たしかに興味深いものだと思う。
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FBI UFO Section 1から

これ、69ページもあるし、タイプライターで作られたものなんでなかなか読みずらいんだけど、ちゃんと一部を翻訳してくれているサイトを発見(感謝!)

興味のある方は、こちらを参照ください。
   ↓
http://indeep.jp/official-apollo-mission-transcripts-reveal-secret-about-the-moon/


そもそも、UFOに関する極秘ファイルのことは、すでに以前から、ヒラリー・クリントンだって口にしてたことだし・・
    ↓
「UFOの極秘ファイルを開示する」ヒラリー・クリントン氏が前代未聞の選挙公約


今さら・・ってカンジでもあるんだけど、それでも内容をみると、

あ、やっぱり想像したとおりだったよなあ、というような、おかしな安堵感にも近いものがあった。


上記のサイトの内容にもあったので、それを引用させてもらうと
         ↓

FBI の資料には、「エイリアンは、いわゆる他の惑星から来たものではない」と明記されていて、
私たちには知覚できないエーテル性の世界(その世界は彼ら自身と融合している)からやってきていることが書かれています。





実は、私が20代だった頃、友人たちとUFO談義をしたことがあって、

「彼らは、地球よりはるかに進んだテクノロジーを持っているんだろうけど、
どうやって、宇宙船は何億光年もの場所から地球に飛来してくるんだろう?」

(当然、UFOも地球外生命も存在するというスタンスのものでの会話)

という問題にぶち当たり、

はじめのうちは、理系の友人たちは、宇宙船を動かす動力やら燃料、そのスピードを必死で考えたり計算したりしてたんだけど・・

「あ、こんな計算をしたところで、これだってすでに、我々の常識の中で踊らされてるだけだよ!無意味だ!
もっと、我々の常識を超越させたものじゃなきゃ不可能だよ。

たとえば、どらえもんのどこでもドアーのテレポート原理とか、物質をエーテル体に変換して再構築するとか・・そういったことから研究すべきなんじゃないかな?」


あ、そうだよね~、と、なぜかみんなで納得したことがあったのだ。(笑)


つまり、従来の物質という概念を捨てない限り、到底地球外生命の進化には及ばないってことで・・

どんなに進んだテクノロジーの宇宙船であっても、こういったもので
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こういった人が乗り込んで
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地球まで飛んでくる・・というのは間違いなんじゃないか?

と、思ったのだった。

250億光年とか・・とてつもない距離を飛んでくるとしたら、そりゃもう、瞬間移動できる幽霊に近いような存在じゃなきゃ。(笑)


それが、仮に、我々が、あんな宇宙船だったり、あんな宇宙人の姿として見ることができたとしても、それこそ、ホログラムの幻影かもしれないってことになる。


うーん。

そうすると・・進化をするということは、エーテル体、意識体としての存在になるんだろうか?



もうひとつ、昔から言われ続けている疑問がある。

地球外生命やUFOが存在するならば、なんで、我々に姿を見せないんだ?

想像できる理由は、

●はるか文明の遅れた地球人にわざわざ会いに行く必要がないから。

●別に地球の資源やら生物に魅力を感じないから。

●本当は頻繁に飛来しているんだけど、なんせエーテル体のようなものなんで地球人にはっきりと認識できないため。

●地球に干渉せず、遠くで進化を観察してるだけにしている。


さっと、こんなことなのかもしれない。



こんなのもある(笑)
    ↓
地球は「宇宙人がつくる動物園」であり、世界はシミュレーションなのかもしれない

これは、天文物理学者ニール・ドグラース・タイソン(Neil deGrasse Tyson)が語ったことだ。

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**この方は、よくTV出演もしてる人、ただし・・日本のTVのようなバラエティー番組ではない。
そもそも、日本のUFO特集みたいなバラエティー番組はこちらでは皆無



これは、Wikiにも載っているんだけどね。 ↓
動物園仮説


なんだか、これを聞いたとき、私は、トゥルーマン・ショー(The Truman Show)という、ちょっと昔の映画を思い出したものだ。

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トゥルーマン・ショー

なんだか・・やな感じ!(笑)


そもそも、ゼカリア・シッチン(1922年- 2010年)の説によれば、

シュメール神話ではアヌンナキ(地球外生物のこと)たちが、45万年前に地球に到達し、何かに必要なための鉱物資源(特に金だったかな?)を採掘するため、その労働力として、地球外生命体の遺伝子をホモ・エレクトスの遺伝子とかけあわせて人類を遺伝学的に設計した。



のだそうだ。。。

さらに、デイビッド・アイク(1952年~)も、宇宙人遺伝子操作説を唱えていて、レプティリアン(爬虫類人)型の異星人(アヌンナキ)は、地球原住民を彼らの奴隷、もしくは彼らの家畜人間として使役した、とか、爬虫類の遺伝子操作で誕生したのが地球人だったとか・・・

たしか、そんな内容だったような気がする。

私の記憶もちょっと怪しいんで詳しくは各自調べてください。

うーん、やっぱり、やな感じ!(笑)



まあ、どうであれ・・地球外生命からはるかに進化が遅れた地球人であれば、それも、ありえないこともないだろう。


そもそも、シュメール文明の出来上がる前ってことは、ざっと4000年以上も前だろうし~。


ひょっとしたら、

地球人が神としてあがめていたものは地球外生命(宇宙人)だったってことは、とっても、ありえる話かも。



結局のところは、いまだに、はるかに文明の遅れをとっている地球人には知る由もなし。

少しでも知りたいと思うならば、やっぱ、進化して彼らに近づくしかないわけで。(笑)



さて、では、我々が進化するには?

いまだに、物体と精神(心)だとか、善と悪だとか、二元論で凝り固まっていてはダメなんじゃないか?って気がしてくるし、

また、科学的根拠があるかないか?なんてことを判断基準にしているようでは、まだまだ到底及ばないような気もするんだよね。


そうはいっても、もちろん、今までの科学の進歩を否定するつもりは、さらさらない。

それは、それで素晴らしいものだ!


アメリカ人がよく引き合いに出す言葉で、アイザック・ニュートンが言った、巨人の肩の上に乗るって言葉がある。

先人の積み重ねた発見があったればこそ、新たにまた、何かを発見することができる・・というような意味で使われているんだけど、まさに、そうだと思う。


しかし・・問題は一般人。

我々一般人は、本当に理解しているんだろうか?

たとえば、

地球は丸い
太陽の周りを地球が回っている
地球の周りを月が回っている


こういったことは、たしかに科学的根拠があることだし、もちろん先人の学者によって証明されていることだ。


だから、私たちも教科書で勉強してきたはずなんだけど、

実は、勉強したというよりも、ただ丸暗記して覚えただけで、学者によって証明されたんだから科学的根拠があってそれは正しいはず=教科書に載ってるから正しいはずと、やみくもに信じ込んできたただけの人も多いんじゃないだろうか
・・・なーんてことを、最近思ったりもする。

(私も、かつてはその一人だったんだけどね・・)


でも、もしも・・それを各自が頭で理解していないのだとしたら、それは科学的根拠ではなく、ただの妄信に過ぎないのではないdろうか?
まるで、権威ある学者さんが言ったことだけを鵜呑みにして信じてしまうとしたら、怪しげな宗教と変わりないような気さえしてくる(笑)


そんな無知な一般人に限って、証明されてないことはすべて科学的根拠がないから、を理由に抹殺してしまう、といった傾向が強いのではないだろうか?


UFOや地球外生命のことも、また、超常現象や超能力、幽霊についても・・同様だし、そんなことを公で口に出す人は失笑を買う、という風潮がいまだにあるのかもしれない。

そして、なぜか日本人には、いまだに、この傾向が強いように思う。

たしかに、一昔前まではアメリカもこういった風潮はあったように思うけど今は違ってきている。


ところが、

日本では、国会でUFOの問題をとりあげて真剣に議論したことさえ、ないんじゃないかな?


あらら?

取り上げた人がいた!



こちらの記事を発見
    ↓
日本の国会でUFO答弁 自衛隊は未確認飛行物体に緊急発進するか

中谷国防相は、「必要に応じて航空機を緊急発進させ、鳥など航空機以外の物体を発見することはある」としながらも、
「地球外から飛来した未確認飛行物体を発見した事例は承知していない」と回答した。

質疑の間、周囲の出席者からは笑い声が漏れた。
エイプリルフールにちなんだ冗談だと思った人もいたかもしれない。




あ~、やっぱり。。。
日本ではいまだに、失笑を買うような扱い方なんだね。


少なくとも、アメリカでは民間・軍を問わず、パイロットが未確認飛行物体に遭遇した場合は報告の義務があるそうだ。
しかも、頻繁に空を飛んでるパイロットならば、かなり目撃することも多いと聞く。


おそらく、日本のパイロットたちだって同じなんじゃないか?と思うのだが・・(まさか日本だけ避けて飛行するとは思えないからね)

こちらは2013年の私のブログ記事↓
日航機のパイロットUFO誤認事件の謎

この機長さんは、見たことを正直に証言しただけなのに、本当に気の毒な話でした・・・。




未だに日本の場合は、見なかったことにするのか、または、目の錯覚だったと思うことにしているんだろうか?
そうしないと、この機長さんのように、抹殺されかねないから?



なんだか・・こんなことをしていると、日本だけが、どんどん世界から取り残されていく気がする。
もう、すでに・・世界は別の方向に動きだしているというのに。



ましてやここ数年、日本では世界の重大事件のニュースですら報道されていないらしい。



ただでさえ、各国の政府は、一般人には知らされない秘密事項を握っている。(その主なものは軍事に関する兵器だろうけど)


8月にオバマ大統領が広島訪問して、「核なき世界」へ決意を新たにしたそうだけど、一説によれば、

アメリカはすでにプラズマ兵器の開発に成功している、だから、核兵器なんて時代遅れのものは、どーでもいいと思ってる

というようなこともささやかれている。


プラズマ兵器というのは、核兵器よりも恐ろしいもので、しかも、それはUFOの技術から学んだ、というようなことも囁かれている。

*プラズマ兵器がどんなものかは、興味があれば各自でお調べください。


さてさて、真相なんか、我々一般人にはわかるはずもないのは当然のこと。

ましてや、軍事上の兵器だったら、絶対、秘密裡にされるだろう。


でも・・・

火の無いところには煙はたたない。という諺もある。

そのいい例が、エリア51だった。。。

昔から、エイリアンの話同様にアメリカではずーーーと言われ続けてきたことだったのに、え! やっぱり!になったわけだから。


とにかく、多くの日本人の方には・・上から与えられた情報や科学的根拠という言葉に縛られることなく、もっと、心のおもむくままの自由な心でいて欲しいなあ、とつくづく思う。

そして、いつか地球外生命と肩を並べて、次にステップに進める時を目指して(笑)


そうしなきゃいけない時が来ている!

そんな気がしてならないのだ。

騒音に悩む病んだ人々と社会

これは、オフィスにいる3人の日本人の会話
    ↓
「今、日本では盆踊りも外に音を出さないようにして、イヤホンで音楽を聴きながら踊るところがあるそうだよ。」
と、私の同僚が言った。

「ええ? なんだそりゃ! 日本では騒音に過敏になる人が多いんだってね?
幼稚園の子供たちの声だって問題になるんだってね?」

「あーあ、そんな盆踊りだったらいっそのこと、やめちゃえばいいのに! ライブの笛や太鼓の音があるからこそ、盆踊りなんじゃないの?」

「私たちは、つくづく、アメリカ暮らしでよかったね~」


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http://www.fukulabo.net/event/event.shtml?id=2760

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは産経ニュースの記事
     ↓
イヤホン耳に無音で盆踊り…「不気味」でも「踊りに没頭できる」

いやはや。



私が日本に住んでいた頃、もっとも長く住んだ場所は東京都杉並区高円寺だ。

そう、ここは・・もう60年くらい前からだろうか? 阿波踊りで有名なところだ。

koenji2012_last1.jpg
http://www.shiraishi-ren.com/?p=167

当時、仕事上で親しくなった、三菱銀行(当時の銀行名)の方と話しをしたところ、その人がこんなことを言っていたのを思い出す。

「僕、今年の春から高円寺支店に転勤になったんですよ~。 あーー、ついに僕も阿波踊りの特訓させられるのか~。
踊りが苦手なんで今から気が重いんですよ~。」



高円寺支店を持つ各銀行も、商店街も、ほとんどすべての団体が阿波踊りに参加して競い合う、それが高円寺阿波踊りなのだ。

そのため、みんな猛烈に練習を重ねる。

たしか・・私が何かの受験勉強をしていたときも、ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか~♪と聞こえてきて、

う、煩いぞ!!

と、思ったものだ(笑)

8月に入れば・・もう、どこでもラストスパートで練習の総仕上げにかかる。


しかし、だからと言って、誰も音のクレームをつけたりしない。
高円寺っ子にとって、高円寺阿波踊りは夏の風物詩、無くてはならないものだから。

・・・・・・・・・・・・・・

今、私はアメリカに住んでいる。
ここに住んで10年が過ぎた。

一番煩いイベントは、7月4日のJuly 4th(ジュライ フォース)、つまり独立記念日の花火。
毎年、飼い犬が花火の音に怯えて逃げ出す、なーんて事件も多発するくらいだ。

july-fourth.jpeg


たしか、私の住んでいる区域は、花火を上げるのは決められた場所で、しかも夜9時まで・・と市の規制で決められているはずなんだけど・・そんなことはほとんど守られてない。(笑)

ポリスが大目に見てるのか、それとも取り締まるのがメンドーなんでほったらかしなのか・・そこはわからないけど。

とにかく、夜中近くまで花火の音が続いていても、たぶん・・誰もクレームしてないのだろう。
だって、毎年、同じだから。


ここで日本とアメリカを比べてみたってはじまらないけど・・なんで、こんなにも違うんだろう?という疑問はいつも残る。

また同じ日本であってさえ、私が住んでいた頃の日本と今の日本では、たった10年の間に大きく違ってきたように思う。

少なくとも私が知る限りでは、

●幼稚園のそばに住む人からの苦情
●夏祭りの騒音の苦情
●中学生の体育会系の部活での声に対する苦情


なんてものは、聞いたことがなかった。


ひとことで言ってしまうと・・日本人は寛容性がなくなってきた、ということかもしれない。

寛容性が無いといってしまえば、それで終わってしまいそうだけど・・問題は、なんでそうなったんだ?



音というものは、直接脳へと伝達される。

騒音とは、音が大きすぎるためにうるさいと感じるもの。
もうひとつ、煩音(はんおん)と呼ばれるものがあるらしい。(←私は初めて聞いた言葉だけど。)


これは、音のボリュームではなく人間関係などの心理的影響でうるさく感じるもののことだそうだ。

たとえば、
ウチの近所に住むミセス・マロイの話によると・・・結婚当時はガサツな夫がたてる音が、まるでやんちゃな子供みたいで微笑ましいと思ってたのに、結婚20年の今ではノイズとしか思えないし、夫の鼾も耳障りで眠れなくなったので別室で寝るようになったという。

まさに、こうゆうのを煩音というのだろう(笑)


子供の声や祭りのお囃子だって、10年前と同じようなボリュームだったのに、現在では個人の生活に支障をきたすものとなって多くのクレームが集まるようになったってことは・・おそらくこれも煩音だろう。


もちろん煩音を感じるのにも個人差はある。
とても創造力の高い人ほど、センシティブになるという傾向はあるようだ。

確かノースウエスタン大学の研究だったかで・・面白い記事を読んだことがあった。

脳は不要な情報を自動的に見分けてフィルタリングするしくみがある。
そのため、一般的な人々はそれほど、さまざまな音に気にならない。

しかし、中には多くの音がフィルタリングされずに数多く意識に入ってくる人もいて、そういった人々は一般平均よりも広い範囲から刺激を受け取ることができることになり、それだけ多くの情報を脳が処理しているということにもなる。

つまり、「感覚の過敏さは人の創造性に影響を及ぼしているかもしれない」という仮説がたてられる。



手っ取り早い話、一般人は様々な音の中で生活していても、脳が自動的にフィルタリングしてくれるおかげで、意識を向けて処理する必要がないし、当然、そういった雑音にも煩わされない。

ところが、多くの雑音を拾ってしまう人の脳は、それだけ、その脳は多くの情報処理をしようと動くわけで、常人とは違う創造性に結び付く・・・俗に言う、天才脳ってことか?(笑)

実際、フランク・カフカ、アントン・チェーホフ、また、作家のマルセル・プルーストは耳栓の愛用者だったそうだ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52186814.html


ただしセンシティブな人すべてが創造性を発揮して成果を残すというわけではないけどね~(笑)



ところが・・多くの人たちが騒音のクレームを起こし、それが社会問題になるほどに増えたということは、このケースとは違うはず。
創造性豊かでセンシティブな人が増えたとは到底思えない(笑)



脳というものは、実にうまく出来てるいるものだ。

たとえば、私の家のそばに救急病院があって、引っ越した当時は、かなり頻繁に夜中にもサイレンの音が鳴るので、最初は、そのたびにイライラしたものだった。

ところが、いつの間にか、だんだんと慣れてしまった。

耳は、もちろん、そのサイレン音を拾ってるのに、脳がサイレンの音に慣れてしまう。
そうなると、気にならなくなる。

優先的に他の音を情報として認識するようになったということだ。

そう、私たちの脳は、ちゃんと情報を認識してくれて慣れることが出来るようになっている。


ところが、

それが出来ない人が増えてきた、ということではないだろうか?


それは、何らかの疾患・・ではないだろうか?



耳は脳と直接繋がっている

聴覚過敏は、耳の異常ではなく脳の音に対する反応性の亢進によって起こることが多いそうだ。

原因としては、ビタミンB群の不足で起こる症状、片頭痛、うつなどの精神疾患、脳の働きに作用する薬を飲んだときなどに起こるため脳が関係している場合もある。

難聴でさえも、それは耳の病気とされているが、もとをたどれば、それも脳のトラブルなのだ。

「疲れやストレスを感じると、自律神経は戦闘モードの交感神経が優位になる。
常にストレスを感じているとリラックスモードの副交感神経への切り替えがうまくいかず、交感神経の緊張が続いてしまう。
それによって脳全体も興奮し、心臓の動悸が激しくなるなど臓器にも負荷をかけることになる」

耳の構造は複雑で機能も繊細なため、突発性難聴、低音部型難聴、メニエール病のいずれも詳しい発生機序は分かっていない。しかし、「背景に寝不足、疲れ、ストレスがあるのは間違いない。これらが脳の自律神経の働きに影響を与え、発症に関わっていることが研究で明らかになってきた」

というのは、JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科 石井正則医師の言葉。

JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科診療部長。東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科医長などを経て現職。
スタジオ・ヨギー公認ヨガインストラクターとしても活動中。
著書 : 『耳鳴りがスッキリする呼吸がわかった』(マキノ出版)
「耳鳴り、難聴の改善にはがんばり過ぎにも注意して」



そういえば、少し前に、病気を自力で治すこととインディペンデントという記事にもアップしたけど、10年間も耳鳴りが消えなかった人の話は、原因はいまだに解明されてないけど、ビタミン12を摂取したところ、だいぶ収まったという話だったね。

・・・・・・・・

さらに、こちらの先生も、似たような事を述べている。
      ↓

聴覚過敏の主な症状は、音が耳につんざくように響く、というのがあります。
原因の1つとして、自律神経でいうところの「交感神経」が過剰に反応してしまい、神経伝達が一種の興奮状態にあると考えられます。

自律神経が過剰な偏りを起こす原因としては、気が抜けない日常や寝不足が続いていたり、あるいは精神的にイライラする出来事が重なったり、体力的にも疲労が蓄積され過ぎることによってによって引き起こされます。

他には習慣的な薬の服用によっても自律神経の偏りは起こります。

ところが、煩いからといって日常的に耳栓をするのはよくないのだそうだよ。
耳栓をすることで、耳と脳の機能を狂わせていってしまうことになるそうなので、あくまでも自然な状態にしておくことだそうだ。


大切なことは、聴覚過敏に至るまでの経緯と背景を見直すことにあります。
耳栓をするなどは・・起こった症状をただ鎮めるだけの対処的なやり方となり、臭い物に蓋をして隠してしまおう、見えなくしてしまおうとしているだけとなります。
http://www.miminari-web.net/shoujou/kabinshou.html



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が日本を離れた10年あまりの間に、

こんなに騒音にクレームを言う人々が増えてきて社会問題にさえなっているという事実。

それは、ストレスで悩む人々やうつ病が急速に増えたということとも関係して、一種の精神疾患という気もしてくる。


つまり、病んでいる人が多くなった!

ところが、病んでいる人は自分の病に気がつかない・・というところが問題だろう。
最近聞く、モンスターペアレンツなんて・・まさにその典型かも?


だから、騒音のクレームが多くなる。

もちろん、その中には、かなり利己主義的な心情から出ているものも多いのかもしれない。

よその子供なんかどーでもいい! ただ今、俺は煩いんだよ!黙れ!
訴えてやる!
と。

これは、キレやすい利己主義者が増えた・・とも言えるかもしれないけど、ひょっとしたら、それすら、精神疾患かもしれない。
事実、キレやすいと言われるのは若者どころが、最近はキレやすい老人層も増えたという話だから。

ドクターに言わせると、
疲れやストレスを感じると、自律神経は戦闘モードの交感神経が優位になるそうだ。

その原因は、ビタミン不足(とくにビタミンB群)の食事、日常のストレス、自律神経失調やらうつ病などの精神疾患が増えたこと、
服用し続けている薬の副作用・・・さまざまな要因があるのかもしれない。



それにしても、

今、アメリカで暮らすようになった私には、日本という国はちょっと不思議な国に思えることがいっぱいある。

たとえば騒音というならば、街を歩くだけでさまざまな大きな音があふれている。

●駅や量販店・デパートの大声アナウンス
●選挙運動の連呼、
●一時ひどかった右翼の宣伝カー(今は無いのだろうか?)
●その他、宣伝スピーカーから流れる音楽


こんなものは、さすがにアメリカではお目にかからないものばかりだ。

なんで、人々はこういったものを騒音としてクレームしないんだろう?

こっちの方こそ、私には不要なものとしか思えないのだが・・。
これこそ社会問題として改善した方がよさそうなのに。


幼稚園の園児の声だとか、公園で遊ぶ子どもたちの声、運動会の音楽や歓声や、祭りの賑わいが煩いとクレームする以前の問題じゃないだろうか!

うーーん。


それとも・・・
日本人は公的な権力の発する「音」には寛容になるけど、それ以外の音には不寛容になってしまうのだろうか?

だとしたら、あまりにも情けない。。。


少子化でただでさえ子どもの数が減ってるっていうのに。

クレームが来るのを恐れて、大人たちが子供が思いっきり叫んだり駆け回ったりさせないようにしたり、外に出さなくなってしまったとしたら?

今度は、子供の精神疾患を多く作り出すことにもなりそうだ。

やれやれ。


まずは、ぶち切れて騒音クレームを出すよりも先に、自分のストレスや精神疾患を懸念してみたらいかがなものか・・?


それには、まず、日常をすべてリセットして静かな大自然の中に出かけてみるのもいいかも。

Inc. という雑誌に、こんな記事があった。
これは、ニューヨークに本社がある、事業主・中小企業向けの月刊誌なのだが、

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ここにJessica Stillman さんという、フリーランス・ライターの記事が掲載されていて、静寂との脳について述べている記事があった。

日常のノイズや日々のやるべきことから自由になると、体の外も中も静かな状態になり、動くべきところが集中して動き、世界とつながりなおし、自分にぴったりの場所を見つけることができる。
静けさは体を落ち着かせ、心の声の音量を上げ、世界と私たちを調和させてくれる。

"Freedom from noise and goal-directed tasks, it appears, unites the quiet without and within, allowing our conscious workspace to do its thing, to weave ourselves into the world, to discover where we fit in," he says, summing up the research into the way silence can "calm our bodies, turn up the volume on our inner thoughts, and attune our connection to the world."

http://www.inc.com/jessica-stillman/science-silence-is-really-good-for-you.html

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つまり・・・身体と心がバラバラで世界とつながれなくって、自分にぴったりの場所を見つけることさえできなくなる・・ってことか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、近所で大型犬が夜中に吠えていて煩くて眠れない!ことがあった。

すぐさま、隣人がその家にいって事情を聴いてきたらしい。

「いやあ、2歳になる大きなシェパード犬なんだけどね、そこのお宅の息子さんと、とっても仲良しだったんだってさ、ところが彼が学校の寮に入ることになってね、出かけてしまった後、犬が寂しくって一晩中泣いていたんだってさ。
そうゆう事情なら仕方ないよ。
お互い様だからね。」


お互い様だから・・なーんて言葉を久々に聞いた気がする。
しかも英語で(笑)

そんな言葉、今の日本語にもあるんだろか?

2017年エコノミスト誌の表紙からタロットカードの話

エコノミストの増刊号2017版が、すでに発行されたんだってね。

エコノミスト(The Economist)というのは、イギリスの政治経済誌で、毎年年末になると翌年の世界情勢について論じた『世界はこうなる』シリーズを30年余りにわたって出版し続けていて、愛読者を世界中に持つ雑誌。

こちらは2016年版
   ↓
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この雑誌の表紙は、これをどう読み説くか・・といったことで毎年のように話題を集めることでも有名
小さな画像の1つ1つまでも取り上げて、その意味を検証する人々も多い。

こちらはカレイドスコープというサイトから↓
エコノミスト増刊号「2016 世界はこうなる」の表紙の解説



そして、これは昨年の2015年版(こちらは日本語版で)
   ↓
economist_magazine_jan2015.jpg


そして、これががらっと変わった表紙の、来年の2017年版
    ↓
The-Economist-The-World-in-2017-456x600-4424551.jpg

ずいぶん、変わったね~。

へええ、タロットカードになったんだ~!
しかも、右上のPLANET TRUMPって文字。


トランプ惑星、つまり・・タロットカードとトランプ大統領を掛けたのか~と、解析能力の低い私にもわかる(笑)


どうも、来年度版は英語版をみても日本語版をみても・・これを見て不吉な予想をする人が多い。
破滅、世界戦争、核戦争なんて言葉がさまざま飛び交っている。

こちらは日本語のサイトから
    ↓
【悲報】英誌『エコノミスト2017』の表紙がタロットで核戦争と世界滅亡を予言! まもなく日本は消滅へ?


この、それぞれのタロットカードの意味を全く知らないという方は、このサイトにカードの説明も掲載されているので、そちらを参考にしてもらうとして・・・

The Tower 搭
Judgment 審判
The World 世界
The Hermit 隠者
Death 死神
The Magician 魔術師
Wheel of Fortune 運命の輪
The Star 星



タロットカードというのは、なーんとなく、私はおどろどろしい世界を感じてしまうせいか、最近はあまり興味を感じない。
昔はちょっとハマったこともあったのだが・・というっても、ちょっとした遊びの領域だったけどね。

タロットカードの起源はいつから? どこから? 
な~んてことも、どうやらはっきりしていないらしい。

タロット ウィキより


紀元前のエジプトだとか中東って説もあるし、いやいやヨーロッパだとか、インドだ、中国だ、ジプシーが伝えたとか・・・本当にさまざま。
記述が残っているのは、どうも15世紀頃からのようだし、占いとしての記述が残っているのは17世紀頃からだとか・・。

もっとも、いちいちタロットカードを使う人たちが文字にして記録を残さなかったと考えることもできるので・・いや、そっちの方が自然かも?

いずれにしても、現在のトランプの原型になったもののようだし、カード遊戯としても使われていたことだろう。
必ずしも、タロットカード=占いではなかったことだろう。

Tarot-CaRDS.jpg


とにかく、今では、古いレア版から新しいものまで、さまざまあるんだけど・・・なぜだかタロットを見ると・・私は良い気分になれなくなる。

なんというか・・・タロットカードを見たり触れたりした途端、逆に気分が落ちるつーか。(笑)

タロットを使うよりも、普通のトランプで七並べでもやっていた方が、ずーーと楽しい。



ただし、例外として、1つだけ気に入っているカードがあって、これは10年近く前から持っているし使ってもいる。
タロットとは呼べないタイプのカードのようだが・・。

ジョン・ホランド(John Holland)のカード
    ↓
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サイキック・タロット・オラクル・デック(The Psychic Tarot Oracle Deck)という名前をつけられたカード。

もちろん、日本でも日本語版が出ている。
日本では、サイキックタロットオラクルカードと言うらしい。

http://www.oracle-tarot.jp/author/12.html

サイキックタロットオラクルカード日本語版(新装版)

これを作ったのは、この人、ジョン・ホランドさん
    ↓
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ジョンは、サイキックとして知られてる人で、霊媒としても活躍してる人。


これは2008年の古い記事だけど、シアトル・タイムズに載ったジョンの対談記事
   ↓
Psychic John Holland talks to the dead

これによると、ロサンゼルスで運転中、事故に合いそれからサイキック能力が開花されたとか。


もちろん私は、個人的のジョン・ホランドさんを知らないし、彼の記事をほとんど読んだことさえないし、どんな活動をしてるのかさえも知らない。

ただ、カードを見たときに、

なぜか・・とっても明るい、清々しいものを感じたのだ。
明るい波動というか、なんというか。

悪いカードですら、明るい希望を感じるカードなのだ。
すべてが希望に満ち溢れてるような気がした。


それで、さっそく買ってしまった(笑)
もちろん、今でもたまに遊んでいる。


オラクルカードのオラクルというのは神託というような意味だ。

私は、なにかを悩んだときや迷ったときに、質問事項を思い浮かべて1枚を引くことにしている。
なぜか、そこに答えをみつけることが多いから。


いちおう、ちゃんとした使い方だとかルールがあるのかもしれないけど、私の場合はほとんど無視して自分の直感だけ(笑)

とくに何もなくても、「私の道は間違ってないですか~。 何かメッセージがあればください!」と念じてカードを1枚ひく。

引いたカードから何かを受け取る。

そんなカンジだろうか。



もちろん解説書にはそのカードの説明もついてるので、それを自分へのメッセージとして読んでもいい。


さて、

エコノミスト誌の表紙を、このオラクルカードを引く視点で見ると、

来年は、シンプルな作られた世界、という気がしてしまう私だが・・・さて?

ラリマーとラブラドライトのブレスレットから

ラリマーという石は、日本では人気のある石だとか。

実は3か月ほど前だったか、ブレスレットの依頼があって、ラリマーを入れたブレスを作ったことがあった。
その方からの事後報告のメールをみて・・ちょっとびっくり!

このブレスがすごく働いてくれたのが実感できた。
結果的に10年付きあってきた彼と別れた!


・・ということだった。

え? 別れたって?

別に、彼と別れさせて欲しい!という願いを込めたブレスレットではなかった。


この依頼人は女性で、相手の方をとっても愛しているし、すでに10年もお付き合いをしているらしい。
もちろん、このまま長く一生つき合っていきたいと思っている。

ただ、たまに・・ふと疑問に思うことがあるという。

私たちは本当にこのままでいいのだろうか?
ひょっとしたら、お互いに別の道へ進む時期がきているのではないだろうか?
それとも二人でいながら、別の道を目指すべきなのか?

自分が生まれてきた本来の使命、役割を教えて欲しい。
それに従って行きたいと思っているから。



というのが、ブレスレット製作にあたっての依頼だった。

そこで、私が考えたのは、ラリマーラブラドライトを中心としたブレス。
それに、クンツァイトを加えたものだった。

ちょっと画像が良くないんだけど・・こんな2連のブレス
      ↓
brace.jpg

なぜ、ラリマーとラブラドライトなのか?

ここで、天然石のスピリチュアル的な働きをみてみると、
注: これらの石の働きはすべて、古代の文献や言い伝えから来ているものが多い

ラリマー
有名なヒーリングストーンでもあり、愛と平和を司る石、そして浄化の石、とされているのは周知の事実。
もちろん、その通りなんだけど・・ここで私が注目したパワーは、それよりも、”変化” を司る石。

●自分で目標をみつけられる
●新しい環境にジャンプできる
●好奇心を刺激し、創造性やインスピレーションを高める

●潜在意識下でのネガティブ意識を排除して愛と理解へ導く。
ここでの愛は、必ずしも個人間というだけではなく、人種、環境などを超えたもっと大きな人類愛も含む。



ラブラドライト
一般的に言われているのは、創造力を必要とするアーティスト向きの石

●霊的能力のアップ
●想像性、直観力、洞察力のアップ
●潜在意識、魂レベルに働きかけて進むべき道を示す

抑圧されたもの、内在するネガティブエネルギーをクリーンにしてくれるという働きもある。



そこで、ラブラドライトを引き金にして本来の魂レベルに働きかけてラリマーによってその方向へ自然に導く、という石の構成を考えたのだった。
しかも、ラリマーもラブラドライトも持ち主を癒し霊的防御という働きもあるので、持ち主にストレスをかけることはないだろうし、

クンツァイトは持ち主とぴったり合う石でもあり、他の石とも相性がいいので、持ち主と石を繋ぐクッションとして使ってみた。

kunzaite.jpeg

クンツァイト・・愛を司る石とされている。
他にも愛の石として有名なのはローズクォーツなどがあるが、クンツァイトの場合は、他者への慈愛という意味合いが強い。
まるで観音様のように、人々に愛を伝える石。



さらに、相手の方にも、ラリマーとラブラドライトを用いた同じコンセプトのブレスレットを作った。

お互いに別れていったということは、天然石のパワーが見事に働いたということだろうか?

それはもう、持ち主が実感すること以外は図りようもない。



この方が言うには、

たしかに別れは寂しいけど、それでも自分の道を歩んでいけるということはとっても良かったと思っています。
彼もまた、同様に感じていると思います。


ということだった。


好きな人と一緒にいれば、なかなか心情的にも、離れて暮らすこと、別の道に行くことなどは難しいだろう。
また長年二人で培ってきた安堵感を超えてステップアップするには、大きな勇気もいることだし不安もつきまとう。

だからこそ、なかなか決心がつかない・・ということもある。

石にはそれをバックアップしてくれるパワーがあるということだろうか?

ふーーむ。

今さらながら思ってしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


石は大昔から、人々に神聖なパワーがあると信じられ、多くの場面で使われてきている。
旅の安全や身を守る石としたり、神に豊作や豊穣を祈る際に使用したり、神との交信や、病気の回復や療養のための石であったり・・さまざまな石が使われてきた。


聖書など古典文献にも登場するし、古代エジプト、古代中国、古代イスラム諸国でもパワーストーンは何らかのかたちで聖なるものとされてきた。

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先日のブログ記事でもアップしたけど・・ツタンカーメン王のスカラベの飾りがリビアングラスだったように。
   ↓
黄金虫らしき虫を発見して古代エジプトの神を調べてもまだ決心がつかない

リビアングラスには、復活・新生、神通力、魂の旅へいざなう、というような意味があるそうだから、聖なるスカラベに使われたのも、ちゃんとした意味があり、思いが込められていたことだろう。

もちろん日本でも神聖なものとして、古代より、翡翠、水晶、瑠璃などは特に使用されていた。

とくに、王族や貴族たち、時の権力者たちは、高品質なものを磨き上げて宝石として用いてきたわけだし、それを権威の象徴としても使ってきた。

しかし、王族・貴族だけではなく、どうやら一般庶民も使っていたようなのだ。
身を守るお守りとしたり、呪いのときに使ったり、またある時は、石を粉にして薬として使ったり。

もちろん、それは自分の地域で入手できる石に限られていたことだろう。
たとえば、ネイティブアメリカンたちが、ターコイズを多く使用したのは、彼らがその産出地に住んでいたからだし、そしてターコイズが大きなパワーを秘めた石だったからに他ならないだろう。

Medicine_Wheel.jpg

...........................................................

面白いことに、いつ頃からか日本では天然石ブームになり、「パワーストーン」なんて言葉まで生まれてしまった(笑)
1990年後半?ごろだったのかなあ?

それまでは、天然石と言えば宝石、それ以外は、宝石になれない価値の低い石で、せいぜい、半貴石なんて呼ばれていたようなものだったのに。


「スピリチュアル世界」なんてのがブームになってくると、
ヒーリング、フラワーエッセンス、霊感アロマ、オーガニック自然食なんて言葉も耳にするようになったたし、

今まで価値がなく見向きもされなかった石でさえ、「天使や神のメッセージを受け取れる石」なんてキャッチフレーズで売れるようになったとか(笑)

んなわけないだろ!
石を持っただけで、天使や神のメッセージが受け取れるくらいなら、そりゃ、みーんな霊能力者だ!
(笑)


そのうち、高品質という言葉を多く目にするようになった。
特に日本人は品質にこだわるといわれているからね~。

グレードをつけて、Aグレード、Bグレードなんて具合に。
日本のパワーストーンサイトでは、Aを5個もつけた、AAAAAグレードとか、SA(スペシャルのAって意味だと思う。)なんてグレードまでつけている商品も多い。

消費者がそこまでグレードにこだわるせいなのか、それとも、販売者がグレードにこだわらせて買わせようとする意図があるのか、そこはわからない。

不純物が混じっていない石、透明度、色合いなどが、グレードの基準になるのはよーくわかるけど・・そもそも天然石ってのは、長い年月をかけて出来上がったものだし、自然の中から掘り出されるものなんだから、不純物が混じってる方が当たり前。

魚の白身部分だけを食べて、皮や頭や尻尾部分を捨てるのと同じって気がしてくる。

それでいいのか?


また、グレードにこだわる余り、今度は多くの偽物も出回るようになる。

とくに、希少価値が高くて値段の張る石には偽物オンパレードだ。
そのうえ人気があるとなれば・・もっともっと、偽モノ石が出回ることになる。

パワーストーンでいえば・・特に、ターコイズ、ラピスラズリ、ラリマーなどかなあ。


ちなみに、ラリマーの原石は、こんなものだ
   ↓
larimar6a.jpg

原産地ドミニカで、海のように淡いブルーでうっすらとした白い波を思わせるようなもので、しかも不純物が無く透明度のある原石が最高なんだけど・そんなのをみつけるのは至難の業。
もともど産出量が少ない上に枯渇してきているし、最高品質のラリマーは全体の3~5パーセント程度しか採れないという。

10㎜玉一粒でさえ、ン万円もすることになるだろう。

もちろん、お金に糸目をつけないコレクターならば、そういった逸品を探し求めるのも悪くない。
だけど、一般庶民ならば・・また、石のパワーを目的とするならば・・なんでそこまで高品質にこだわるんだろう?

と、私は思ってしまう。


私が入手する石は高品質にはこだわらない。(実際、私がこだわれるような立場でもないし、そもそも宝石商ではないからね~)

そのため、私が入手したラリマーは黒や茶の部分も混じっているしブルーよりも白っぽいものさえある。

おそらく、日本のパワーストーンショップでは、BとかCグレードの粗悪品とされるのかも(笑)


しかし、私自身は本物・天然物でさえあれば・・パワーは変わりないと思っているし、また、そういったものの方にこそ、まさに自然な風合いの愛着を感じてしまう。 つまり、そっちの方が好きなのだ(笑)


結局のところ、それぞれの人が何に価値を見出すか!ってことなのだろう。


価格というものは基本的に需要と供給バランスで出来上がっているわけで、

◆有名人が身に着けていたことで価値があがった石(ラリマーも・・そうらしい。)

◆あるヒーラーが素晴らしいといったことで価値が跳ね上がってしまった石(アゼツライトとかシャーマナイトとか)

なーんてものある。

アゼツライトなんて、もともとは濁った水晶の仲間で、ぜーんぜん価値なんてなかったのに~(笑)
そもそもアゼツライトなんて命名すら、なかったはず。。。


そもそも、パワーストーンというのは、その人が一番必要とするときに必然的にやってきてバックアップするものかもしれない。
ふと、最近は、そんなことを思うことも多い。

たとえば、恋人と別れたという私の依頼人のケースにしても、

●もともとは、彼女の心の中にくすぶっていたこと(恐らく、彼の心の中にも・・)
●なぜか私に依頼がきた
●私が考えた石の構成
●たまたま、その石のすべて私が入手できたこと(いつも、すべての石が入手できるとは限らない)
●彼女の潜在意識をくみ取って石が働いたこと


といった一連の偶然は、もともとは彼女の無意識のパワーが呼び寄せたことかもしれない・・なーんて、これはいかにもスピリチュアル的思考かもしれないけどね。

なんとなく、今までの経験上、

依頼人が第六感(霊感?)がより働く人で、真摯に物事を願っている場合(利己的望みが強い場合はあまり働かない)は、より石も働くという傾向があるように思う。


つまりは、依頼人が無意識ですべてを選び取った結果なんじゃないだろうか?

石の選択も、また、私に頼んだことさえも・・、そして私がその石を選んだこともさえも。



パワーストーンに何かを願うならば、また、その働きを最大限に活用したいと思うならば、心をまっさらにして真摯に願うこと。

たぶん、これだけなのかもしれない。
古代の人々のように。


ついでに、もうひとつ、注意事項をあげるとするならば・・

すべてのパワーストーンが味方だと思ってはいけない!

とくに、石とか人形(人型のもの)には、念が籠りやすいという。


たとえば、パワーストーンの場合でいえば、ネックレスやブレスレットなどは、人の手で作られたものだ。
その人の念が籠ってしまうことは多々ある。

それが、心底から持ち主の幸せを考えて製作してくれたとは限らないわけだからね~。

あ~やってられないよ!また、こんなものを作るために残業かよ~!と、ブーたれて作ったかもしれないし、昨夜、親子喧嘩をしてイラついていた時かもしれないし~。



私自身は、絶対に自分がネガティブな気分のときは作らないことにしている。
もちろん、病気のとき、体調がすぐれないときも。

誰かの依頼で作るにしても、申し訳ないけど・・もしも、私の状態が悪ければ良くなるまで待ってもらう。
悪い気を入れた作品なんて、ぜーーったい嫌だからね~。

そして作るときは、気に入った作品を楽しくウキウキと作る。
もちろん、出来上がったものは念入りに浄化して、直接自分の手で触らないようにする。

たとえ、良い気であっても、自分の念が入ったものは嫌なのだ。


なので、よくあるけど・・「こちらのパワーストーンは気入れでお届けします!」なんてのは、私にとってはもってのほか!

いくら、人格者のヒーラーの気であっても、また、いくら幸せを願う気であったとしても・・私は、どうも・・そういったものは苦手だ。

本来、気は持ち主の気でなければならない、と私は思っているから。


とにかく、
パワーストーンに限らず悪い気の入ったモノにはご用心あれ!


とくに最近のように、あっちここっちでパワーストーンが溢れている昨今、見分け方は、最終的には自分の感しかないんけど・・


私の場合は間違っても、「天使や神のメッセージを受け取れる石」なんてキャッチフレーズを使ってる店からは買わないし、有名ヒーラーやら、スピリチュアルワークショップなどのご推薦の店も避ける(笑)
(営業妨害をする気はないし・・これはあくまでも私の所感)

あまり宣伝していない店で、天然石を仕入れて販売してるだけのシンプルな店か、数珠ならば、フツーの仏具屋で買うかな。



パワーストーンというものは、まさに、諸刃の剣みたいなところがあって、良いことだけではない!と思うのだ。
よろしくない念が入ったものを身に着けるくらいなら、なーんにも持たない方が絶対いいはず。


それを見分ける自信がないならば、むしろ持たない方がいいのかも(笑)

自然の中で美味しいものを食べて楽しく暮らしていれば・・そんなものは、日常的には不要な気さえする(←おいおい!)

自分に明るいパワーが充電していれば、願い事も自ずから叶うものだし魔もよせつけない!



そうはいっても・・私は、パワーストーンは大好きだし、ヒーラーも、ヒーリング、フラワーエッセンス、アロマ、オーガニック自然食も好きだ。

天然石はとくに、神秘に満ちていることも確かだからね。

ラブラドライトなんて石は、グレー一色でつまらない石なのに、光に当たるとさまざまな色も見せる。
ブルー、イエロー、オレンジ、ピンクなど、まるで蝶の羽のような色合い見えることもある。

詩人のエマーソンがこんなことを言ったことでも有名だけど、

"A man is like a bit of Labrador Spar, which has no luster as you turn it in your hand until you come to a particular angle, then it shows deep and beautiful colors."
人間は、ラブラドル・スパーのかけらのようだ。手にとってひっくり返しても何の輝きもないのに、ある角度に傾けるや、たちまち深く美しい彩りをみせる


たしかに、石は不思議だ。

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だからこそ、自分でも作るし人の依頼も受けてるわけだからね~。

でも、パワーストーンブームは、どうも好きにはなれない。

それは、人々の悲しいあがきに見えるからだろうか?
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Author:gingetsu2010
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