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進化論と社会ダーウィニズム

先日のブログに、ドクラ・マグラの世界から「胎児の夢」と生と死との中で、「ヘッケルの反復論は反論された」ということを書いたのだけど・・

なーんで反論されたのか? という当時の社会的側面についてもちょっとだけ述べておこうと思う。

ちょっと面白いなあ~と思ったもんで・・(面白いのは私だけ?こんな話、ほとんどの人が興味ないのかもしれないけどね。)


一番大きな理由は、
20世紀にナチスによる人種差別の正当化に利用されることになっちゃったから!というのが一番の原因だったらしいのだ。 


1859年、ダーウィンが『種の起源』を出版すると、それに関連するかのような「反復説」も流行してきて、
「反復説」はナチスにとっては都合良かったので、利用されちゃった!らしいのだ。


利用した!というより、本当に、そうだと信じていたのかもしれないし・・そこんとこはわからない。


えっと~、そうゆうの、確証バイアスっていったっけ?

個人の先入観に基づいて、自分に都合のいい情報だけをピックしちゃって、そんでもって、自分の先入観を、ほらね~!やっぱ私は正しいんだよな~と納得させてしまうような心理的傾向のこと。

ヒトラー&ナチスが「確証バイアス」で信じちゃってたのか、それとも・・これは利用できる!と冷静客観的なイデオロギーで「利用」したのかは不明。

でも、ニーチェをしっかり利用しちゃったくらいだから、やっぱ冷静客観的イデオロギーの方かなあ?エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その2)より


反論され埋没させられてしまった原因は、そういったナチズムとの関係、またさらに、その後ヘッケルによる証拠偽造スキャンダルがあったりして(これも事実だったかどうかはわからんのだが・・)

結局、反復説は研究者たちの間でタブーになってしまったといういきさつがあったらしい。

1977年、スティーヴン・ジェイ・グールドが反復説を批判するために『個体発生と系統発生』を出版している。

ところが彼は出版物の中で、このようにも言ってる。

個体発生と系統発生との間の並行関係について一冊の本を書いているとある研究仲間に話したところ、彼は私を脇に呼んで、誰も見ていないことを確かめ、盗聴器の有無をもチェックしかねないようすで、ことさらに声を低めて、「ここだけの話だが、私は、実際、それには最終的に何かがあると思う」と告白した。



よーするに・・ひょっとすると反対説を唱えながらも、「反復説」もアリかも?と感じてたということになる(笑)・・正直な人だ。
でも、科学者としての名声に傷がつくのはイヤだし~、ヘタすりゃ学会から追放されちゃうかもしれないから、反復説支持を公然と表明するなんて出来ないよ~!ということらしい。

やれやれ~😥


今では、すでに受胎から誕生までの写真撮影にも成功してるし
   ↓



こうゆうのを見る限り、やっぱり、魚類⇒爬虫類⇒哺乳類の姿を辿ってるようにしか見えないんだよね~。
 


さらに現代科学について言えば、ついにダーウィンの進化論は崩壊しちゃったのだ。 みなさん、ご存じでしたか?

(Pixabay) ダーウィンが主張した進化論は成立せず?猿人を否定する新たな説

特報]ダーウィンの進化論が崩壊 : かつてない大規模な生物種の遺伝子検査により「ヒトを含む地球の生物種の90%以上は、地上に現れたのがこの20万年以内」だと結論される。つまり、ほぼすべての生物は「進化してきていない」

これは2018年に発表されたもので、10万種の生物種の DNA から抽出された500万の遺伝子断片である「DNA バーコード」を徹底的に調査した結果から導かれたという。


その結果、類人猿🐵 ⇒ ヒト に進化してきたってのは大ウソってことが証明された。
猿人なんか存在しなーーい!


つまり、こうゆうの、なかったことになった。
   ↓
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以前はネアンデルタール人は、左のような姿をしていると言われてたんだけど・・現在のネアンデルタール人は右側になった。

neander.jpg

なんだかな~(笑)


そもそも私はダーウインが嫌いなのだ!(←私の個人的感情)


あの進化論は、ダーウィンとウォレスと最新の進化論のブログにも書いたとおり、ウォレスのものだと思っている。

それをダーウィンがパクっちゃって、それに自説を付け加えて発表しただけだと思っている。

そのダーウィンの自説付け加え部分が見事に崩壊!!したことになったんで・・これはメチャメチャ嬉しい(←だから個人的感情論はやめろって!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんで以前から、ダーウィンの進化論は間違いだって言われてきたのか

以前は、ダーウィンの進化論をバックアップするものの1つに「地層を見れば分かる」というのがあったんだけど・・
 

こちらは、地層見学でも有名なグランド・キャニオン
    ↓
Grand_Canyon_Beauty-.jpg

そして地層
cambrian.jpg

地層は古いものほど下になっていて、三葉虫が含まれている地層は古生代、アンモナイトが含まれていれば中生代って考えられていて、進化してない生物の化石ほど古い地層から出てくるという、なんともまあ単純なもの! 
アンタね、そんな単純なもんじゃないっしょ!

ところが、実際にはカンブリア紀の地層からは多くの種がごっちゃに出てくるって話を、詳しくはこちらの過去ブログでも書いたいたっけ(笑)
先史時代からノアの箱舟とシュタイナーの説へ

少なくとも、地層からでは判断は出来ない!という結果になった。


次にこの部分
  ↓
ダーウィンは突然変異による変種の積み重ねで、新しい種が出来ると思ってたわけだけど・・🐵⇒

そもそも突然変異で新しい種になる・・たって、突然変異の起こりうる確率は天文学的に少ないのだ。


そうして、こういった疑問点は、ずっ~と以前から言われ続けている
それもあらゆる分野から・・。
   ↓

宇宙物理学者で天文学者のフレッド・ホイルさんによれば、
「宇宙の年齢を100億年としたとして、進化した哺乳類の細胞核に含まれる2000個もの遺伝子ができるチャンスを考えるとそれでも十分じゃないよ~。
それが突然変異だとすると今ある遺伝子情報のように複雑で整然としたシステムが出来る確率は、竜巻がごみ屑を巻き上げたらジェット機ができたというようなものだろーが。」(←すっごい例えだよな~(笑)


多くの数学者によると、突然変異により生命組織の形成される確率を計算をしたところ・結果は事実上0
たとえば、最も単純なアメーバでさえ、単なる偶然でこれが発生するチャンスは10の78436乗分の1だとか。


はあ~。

★さらに情報理論の立場においては、「突然変異によって情報が新たに加えられたという例はひとつもない」と言い切っている。
分子レベルで研究すれば、突然変異によっては遺伝子情報は増加するどころが、逆に減少することが、あらゆる事例によって示されているという。

★また品種改良家がいくら改良してみても、結局同じ種にとどまり、まったく新しい種にならないことはすでに知られてることなんだそうだ。
**種は平均的な姿から大きくはずれることのないような「見えない規制」が働いていて、変種が誕生してもまた平均的な姿に戻ろうとする(平均回帰の法則)




ここまで言われてきても、まだまだダーウィンの進化論は正統派扱いされてきた。

それが今回のDNAの研究結果で、よーやく、ありえね!ということが証明されてしまったことになる。

それでも・・とっても不思議なことに、
こんな大々的なニュースが報道されてなかったように思う。。。。

大スクープ
~ダーウインの進化論の間違い発見。

人間はサルから進化していなかった!



TV、新聞、雑誌などで、こんなスクープ記事をみただろうか?

NO!

本来だったら、号外が出たり、それこそTVで特集番組になったり・・するくらいのモノだと思うのだが・・。

うーーむ。

やっぱ、マスコミの使命は売れるネタを報道すること・・になのかなあ?

国民が関心無さそうなことは報道しないってことなんかな?

いやいや、マスコミが報道することで「関心が向く」ことにもなり、大きな影響力だって作りだしてしまうのも確か。

すると・・あえて関心を向けさせないために報道しなかった?

ついつい、そんな憶測をしてしまうほど、ダーウィンの進化論の扱い方には、とても不可解なものを感じてしまう。


初めから教科書にも堂々と「ダーウィン進化論」が、まるで正しい説であるかのように載せられてしまっていたし・・
どんどん疑問点が出てきても、無視されたまま載せられていたし、
今回、DNAの研究結果から間違いだったわかっても報道されなかった。


これでは、「そのままにしときましょう!」・・という意図が働いてるとしか思えなくなってしまう(笑)


まったく興味の無い人からみれば・・
そんなサイエンス分野なんて~、どっちだっていいじゃん!・・と、思われるかもしれない。


しかし、ダーウィンの進化論は、ただのサイエンスに留まらないセンシティブな問題も含まれているのだ。

魚類⇒爬虫類⇒哺乳類⇒類人猿⇒ヒト

ということになると、ヒトが一番上というヒエラルキーを作り出すことになるから。

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しかも、進化していくためには生き残りをかけた「生存競争による最適者生存」がある。
自然界がそうなんだから、人間界もそれが当然!と、それを肯定することにもなる。
    ↓
それが「社会ダーウィニズム」という考え方。

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そりゃあ、ナチズムの優生政策にも繋げられちゃうわな~(笑)


今は、ナチズムは悪とされ人種差別こそはなくなったけど(表向きには・・)
現在の資本主義世界も、そのようになってるんじゃないかなあ?

原始時代の生物、または現存の下等動物 Vs. 人類
下等動物 Vs. 高等動物
劣等民族 Vs. 優秀民族
子供 Vs, 大人


常に支配される側と支配する側


仮に人間がより進化してきた結果の種だったとして・・進化の回数が多ければ、より優れた種なのだろうか?


まるで、一度も転職をしなかった人と何度も転職した人とどっちが優れてるか? 過去性が何度もある人の方が、少ない人よりも優れてるか?(←スピ系の人がよく言う話題)ってくらいナンセンスな話。

これって、どこに価値観を置くかってだけの問題とちゃうの?
そして、その価値観は、どっからきたん? 誰が作り出したもの?・・ということになる(笑)


それに・・もしも、この社会ダーウィニズムを肯定してしまえば、他者への愛や思いやりは不要ってことになっちゃう。
自分の個の存在、または自分の子孫を残すことだけが生きる第一目的なんだもんね~。


そこで、ヒエラルキー世界にどっぷり使ってる人に、愛や思いやりを持ってますか~と聞くと、


優れた人間が下等な人間を率いてあげなければならない。
正常者はかわいそうな障害者をいたわらなければならない。
年上の子は、弟妹の面倒をみなければならない。


なのだそーだ。

彼らの「愛や思いやり」は、やっぱりヒエラルキーをベースにした上になりたっている。

・・・・・・・・・・・・

前回のドグラ・マグラの世界からいえば、全~部、脳髄が作り上げた幻想だ!ってことになる。

鳥より人の方が優れてるっていうけど、おまえたち人間は道がわからなくなって交番で聞くだろ!と言ってたな(笑)
あ、今はナビやスマホがあるから交番は必要ないけどね~。

ん? まさかね~。
 ↓

homing instinct


渡り鳥は磁石もスマホも持ってないけど、ちゃんと目的地に向かえるぞ!

すると、こんな反論に合う。
「いやいや、そりゃあ、帰巣本能ってもんさ。 動物は人のような高い頭脳が無い代わりに本能があるからね~。」

じゃあ、本能とは? 
そのメカニズムを正確に答えられる人は誰もいない・・つーか、いまだに解明されてもいないのだ。

わからないからこそ、なーんとなく、わからないままに、曖昧に都合よく本能だ!と使ってるだけ(笑)



なぜ、胎児はたった1つの細胞から、進化の過程をたどるかのようにヒト型になっていくのか?
なぜ、私たちの体は精巧なしくみで出来上がっているのか? 

私たちの臓器は、何1つムダなものはないのだ。

たとえば盲腸1つとっても、以前は「進化の過程で機能が失われたムダなもの」と思われてきたようだけど、近代の研究では、
虫垂にはたくさんの免疫細胞が住んで いることがわかっている。

この世界の生物すべてが、何ひとつムダの無い完成形になっていて、
そして前述したとおり・・偶然によって生物が誕生する確率は0なのだ。

そういった多くの生物たちが関係し合いながら生息し、しかも、この世界には明らかに物理的、化学的諸法則が存在している。
すべての生物・物質はその諸法則に従って存在している。

それはなぜ?

世の中、わからんことばっかし!


少~しずつ、どうゆう法則があるのか?はわかってきたけど・・
それが、なぜ?ということになると、ほとんどわかってない。

残念ながら、社会ダーウィニズムに支配されていたら、それは永久に解明できない。

少しでも人はヒエラルキーの上を目指そうとするだろうし、生活をラクで便利にすることだけに価値観を置いてしまうだろうから(笑)


また価値観は人によって違うし自由といいながら・・すべてを確証バイアスでみるようになるし、それを無知な者や子供たちに押し付けることにもなる。

ポリティックが科学の世界だけでなく、芸術やスポーツの世界にも介入できちゃったり、たとえば、「ダーウィンの進化論」という1つの説しか教えなかったり・・・

ダーウインの進化論が正しいか間違っているかでさえ、「確証バイアス」から判断してしまうことにもなりかねない(笑)

中西部のキリスト教原理主義者がやみくもにダーウィンの進化論に異議を唱えたことも、逆に、今でも進化論を正論としておきたいことも、ナチズムを彷彿させる反復論に反対するのも・・脳から出たバイアスのなせる業。


脳ってやっかいなものだよね~。

自分の先入観をなんとか正当化しようとして働いちゃうんだから!


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しかもそれを、無知な人たちや子供たちにまで押し付けちゃったりもする。

無理やり法律や規則で「禁止」するより、「教育」という形をとるのは、もっとタチが悪いことにもなる。

歴史教育をみても、皇国史観、唯物史観社会史史観 なんて、その都度新しい政策によって書き換えられるんだもん。


戦前生まれの人は、平将門明智光秀は極悪人と思ってたようだし、逆に楠木正成は立派な人と思ってたらしい。
楠木正成の歌まであったんだとか・・(笑)


これも教育のたまもの(笑)

こーゆうのを別名、「洗脳」というのかもしれないけど・・洗脳されてたら自分で何も考えられなくなっちゃうよね~。
おまけに・・洗脳されてることさえも、わからなくなっちゃう。

やっぱ脳は厄介なものでもある。

ドグラ・マグラの世界からじゃないけど、脳だけで考えるな!ってことだよな~と、つくづく思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここで疑問点。
     ↓
ヘッケルの反復論は間違いとされたけど、本当にそうだったのか?

ダーウィンの進化論「人は下等動物から進化してきた」、🐵⇒ヒト・・・は完全にあり得ない!ということになったけど・・

だとすると、胎児が見ている夢はなんだったのだろう?

進化の過程を再現していたのではないとすると?


それについて、学者さんたちによる新たな学説がある。

●ホメオティック遺伝子の塩基配列の領域にホメオボックスというのがある。
ホメオティック遺伝子群

これ、手っ取り早く言ってしまうと・・

人間にはシッポもヒレもないけど、それはシッポやヒレを作る遺伝子がないんじゃなくって、その遺伝子がオフになっているだけのこと。 オンにすれば人間にもシッポやヒレが発生するって考え方。


●フラクタルという考え方
フラクタルは、自己相似性が再帰的に現れるという性質があり、個体発生が系統発生を自己相似的に繰り返すこともまた時間的フラクタルの一つとみなされる。

これも手っ取り早く言っちゃうと・・全体と個の部分、大自然と個が同じってこと、同じことの繰り返し(←すっごくいい加減な言い方だけど・・)

図をみた方がわかりやすいかも。

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胎児は(ひょっとしたらすべての動物の胎児も?)オン・オフを切り替えるだけで、いかようにもなれるのかもしれない。
(稀に尻尾を持ったまま生まれくる赤ちゃんもいるようだし・・)

そして、生物すべてが宇宙の進化の再現なのかもしれない。

CosmicEmbrion.jpg


今、学者さんたちは、このような仮説を立てて研究中。

こういった人たちがいるということは、すべての人が社会ダーウィニズムに陥ってない!ってことだね


私たちもまた、バイアスに陥ることなく洗脳されることなく(笑)、世界の成り立ちを考えてみたいもんです。
ただし・・頭だけで考えるんじゃなくってね!


誕生して死を迎えることって、もうそれだけで素晴らしい奇跡なんじゃないかな。

幽霊話ふたたび

今さら幽霊なんて、どーでもいいや~と思っていたのですが、久々に幽霊話をしたいと思います。


「今さら幽霊」ですが(笑)、それでも子供の頃は、闇が怖かったり幽霊が怖かったりしたもんです。

皆さまはいかがでしょうか?


就寝時間がくると、子供部屋に一人追いやられて電気を消され、一人で寝なきゃならない。
それが、怖くてね~(←怖がりの子だった)

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「幽霊っているの?」と、いつも寝る前に聞いてた覚えがあります。


ママの答え 「そんなもん、いるわけないでしょ。 早く寝なさい。」

パパの答え 「さあ、どうかなあ~。 いるとこにはいるのかもな~。 でも、ウチには出ないよ。」


ママの答えには反発を感じ、パパの答えにも納得できないまま、びくびくしながら眠りについたものです。

まったくもう!



一方、私の知人の話ですが、そこの家は家族全員が霊能バリバリ一家だったそうです。

「父ちゃん、あそこの通りの角のところにいつも怖い女の幽霊いるよね?」

父:「お!いるいる。 あの髪がサンバラで腰まで長ーく垂らしてるヤツだろ?」

母:「ああ、あの人ね、なぜか午後になると立ってるわよね。」

子:「ウチに入ってきたりしない? 僕、あの人怖いんだ。」

父:「大丈夫、ウチには入ってこれんよ。ウチは結界張ってあるから。」

母:「それに、ウチには強~いオババがいるから、何があっても大丈夫。」

祖母:「わはは。。幽霊だとて家宅侵入はワシが許さん。 安心して寝ろ。」



この話を聞いたとき、いいなあ~、私もこんな家に生まれてたら、きっと安心して眠りについただろ~に
・・と思ったもんですわ(笑)


霊感も血筋に関係する、とくに女系血筋に関係する・・と聞いたことがあります。

この家のように、親代々が霊感が強いと子供も受け継ぐ傾向があるんだろうな~と思ったもんですが・・


その理由は? 

血統というと遺伝子と考えがちで、遺伝子が霊感能力を受け継ぐと考えがちだけど、それよりも記憶じゃないかな~という気もします。

先日の胎児の夢に関連するけど、
胎児の頃から両親の経験したことを記憶して生まれてくるかどうか、という違いではないだろうか?


妊娠中の胎児はとくに母親の影響を受けやすいようです。


たとえば、妊娠中に母親が大好きでよーく食べていたものは、生まれてきた赤ちゃんも好きになる傾向が強い。

また、母親が妊娠中によーく聞いていた音楽を聞かせると、喜んだり安心したりする・・そうです。
なかでも、「音」は一番敏感なようです。


私の学生時代の友人に、シューベルトの歌曲が大好きな人がいて、妊娠中にもよく聴いていたし、また自分でもピアノを弾きながら歌っていたそうです。

そこのウチの赤ちゃんの大のお気に入りはこちらの曲、糸をつむぐグレートヒエン
   ↓


保健師さんには、「そんな難しい曲は子供には向かないから子供向けの童謡にした方がいいですよ。」と言われて、きらきら星や桃太郎さんを聞かせたところ、赤ちゃん、激おこ だったとか(笑)


赤ちゃんにとっては、音楽に易しいも難しいもないんでしょうね~。
どう感じるか?だけなのかも。

それよりなにより、胎内にいるときから聞いていた曲が一番なのかもしれません。


さて、話がちょっとズレましたが、幽霊話も同様で・・

母親の胎内にいるときから、お茶の間の、こーんな幽霊話を聞いてるような環境だったとしたら、霊能力を持ったまま生まれてきちゃうこともアリだよな~と思ったわけです。

本来持っている能力を失わなかっただけかもしれません。

見えたり聞こえる程度なら、本来誰もが持っている能力なのかもしれません。




その後、霊能一家の小さな男の子は成長し、彼の霊能力も目覚ましい成長を遂げました。



以下はその彼との会話です。
  
「幽霊なんて、ずーーとみていたし、フツウの幽霊だったら怖いとは感じないよ。」

「でも、血だらけの幽霊とか、首が長~いとか口裂けだったり、顔が表裏逆についてたりしてるのを見ても平気?」

「血だらけの場合は、どこに傷があって出血してるんだろ?ってまず考える。 ああ、これは、ここんとこを刺された傷だよな~とか観察したり・・・
(←これって、まるで外科医の観察眼)

首が長~いのは、キョロキョロ見張ってるヤツは首が長~くなってたり、喋りたくてたまらないヤツは口が裂けてたり、
顔が表裏逆ってのは、心も裏腹なのかもしれないし・・ただ人に異形であることを誇示したいヤツなのかもしれない。

そう思ってみてると、別に怖いとは思わないよ~。 まあ、見え方が違っても外を歩いてる通行人と変わらないよ。
むしろ、そう見えるだけ、幽霊の方がわかりやすいヤツかもしれない。」

「ほお・・。 それじゃ、フツウじゃないような、怖い幽霊もいる?」

「たまにはいるよ!
誰でもいいから、無差別に危害を加えたがってる幽霊は怖いよ。 怨念が強いと力も強かったりするから。

だけど、それは幽霊じゃない人であっても、無差別殺人をする人もいるわけだから、やっぱり人と変わらないと思うよ。

こうゆう事件だっていっぱいあったし。

   ↓
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人も幽霊も、大きなカテゴリーに入れれば、みんな
中には、怖い人、狂ってる人もいるってことだよ。」


この人は、通常生活の中では頭の中のスイッチをオフにして、幽霊は見ないようにしてるそうです。

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そうしないと、生きてる人か幽霊かの見分けがつかなくなることもあって面倒なんだとか(笑)


「スイッチオンにして、どんだけ幽霊がいるか見たことある?」


「日本に行ったときはびっくりしたよ。 日本は人も多いけど幽霊も多いねえ。」

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とくに、日本で幽霊の多い場所は、駅やショッピングモールなど。


人が集まる場所には幽霊も多いそうです。


「古~い時代の幽霊もいる?」

「いや、現代人の幽霊が90%以上というカンジだったな~。」


ただ駅前付近には、こういった古い子供たちの霊が多かったとか。
      ↓
sensoukogi.jpg
https://blogs.yahoo.co.jp/kazusanosukekazusa/56255625.html

たぶん、太平洋戦争後の戦争孤児と呼ばれる子たち・・なのでしょうね~。

大人よりも子供が圧倒的に多くて、食べ物が欲しい!という思いが強いんだとか・・

戦争はこんなふうに幽霊まで作り出してしまうのか~とつくづく思ったもんです。



武士の幽霊はどうなんだろう?


よく戦国武士の霊の話もきくし・・戦国じゃないにしても、幕末の頃だったら、
上野あたりでは彰義隊(しょうぎたい)が新政府軍に壊滅させられてるわけだし・・

そこんとこをさっそく聞いてみたところ、

意外にも武士の幽霊は稀なんだそうだ。


幕末の頃は江戸でも京都でも、開国派と攘夷派で血で血を洗うような状態だったんだから、無念の思いで死んだ武士も多いだろうから、きっと幽霊だっていっぱいいる・・と、私は思っていたのですが・・。


「たぶん、武士たちは、幕末だろうが戦国時代だろうが・・いつも死を覚悟してるところがあったから幽霊になりにくいんじゃないかな。

逆に武士の霊で残ってるのは、ものすごく念が強い人だったりする。 
たとえば信頼してた人に裏切られて一家虐殺されてしまったとか・・・・そうゆう特別な恨みがあった場合のような気がする。

そのせいか、たま~に見る武士の幽霊はメチャメチャ念が強かったりする。」



死を覚悟して死んでるから、むしろ武士の幽霊は少ない。

現代人の幽霊の方が圧倒的に多い。




「または、古いと自然消滅しちゃうこともあるのかもしれない。
知り合いの霊能者に聞いても、せいぜい日本で見えるのは、平安時代あたり頃までだって言ってるよ。」


どんなに強い怨念を持っていたとしても・・いずれは時とともに消滅していくということなんだろうか?


「そうそう、中には、姿が薄ーくなってきている幽霊がいて、ほとんど自然消滅しかかってるのもいるよ。」

自然消滅しかかってるというのと、浄化することとは別だよね?」


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「浄化する」というのは、なんらかの念に縛られて現生に留まってしまってた幽霊さんが、
あるとき、は!っと気づいて、気持ちに区切りをつけて納得して、自分から別世界へ旅立っていくこと。


「自然消滅というのは、ずーーと気持ちの切り替えが出来ないまま、ただ古くなりすぎて、風化して消えていくってことなんだろうか?」

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「でっかい岩も石もいつかは風化して砂になり、風に飛ばされて消えてしまうかのように・・?」

「知らん!」

「それじゃあ、自分で別の世に旅立った人と自然消滅した人とでは、行くところが違うの?
自然消滅した人は生まれ変わってこられるの? それとも今まで生きてきた記憶もリセットされちゃうの?
それとも土地に悪い念が吸収されてしまうだけなんだろうか?
その土地は忌地みたいになっちゃうわけ?」

と、私は質問攻めにしたのだが・・


「知らんがな~!
自然消滅しかかってる幽霊をみつけて、これからどこに行くん?と聞けんし~、聞いたところで、たぶん自分でもわからんだろうし~。」



今までの魂の記憶も完全リセットされちゃうのか?

そうなると・・どうなる?

そこまでは、霊能者さんでもさっぱりわからないそうです。


ただね・・死んでからも自分の意識(意思)がモノを言うんだな~と、つくづく思いましたね(笑)


それと、
せっかくこの世で生きてきた自分があるのに、それを風化させてリセットさせてなるもんか~!と私は思いました。

たとえそれが良い事であっても悪いことであっても、良い人生であっても悪い人生であっても・・です。

ドグラ・マグラの世界から「脳髄論」

昨日からの続きで、夢野久作さんドグラ・マグラから。
今日は、本文中の脳髄論について。

手っ取り早く言ってしまうと・・

人間は霊長類の中で最も賢いのだ~ってのは大嘘!

脳は物事を考えるところってのは大嘘!



ってことです(笑)


脳が占める割合はヒトが一番大きい

know_evolution.gif
http://bsi.riken.jp/jp/youth/know/evolution.html

だからヒトは一番頭がいい。
昔はそのように教わった覚えがあります。

だって脳は考えるとこだもん。
一番脳が大きいのは人間。
だから、人間は一番賢いんだ!

人間こそが霊長類の王なのだ~と。



そういった考え方の上にたつと、

ダチョウさんは「残念ないきもの」なんだそーです(笑) 
   ↓
28121834_1.png
https://curazy.com/archives/152207



さて、ドグラ・マグラの本文中は、このように書かれてます。
    ↓

エッ……脳髄は物を考える処だ……と云うのかい。

 そうだよ。みんなそう思っているんだよ。現代一流の科学者は勿論のこと、全世界のありとあらゆる種類、階級の人々は、プロとブルとを押しなべて皆、脳髄で物を考えているつもりで生きているんだ。
ラジオも、飛行機も、相対性原理も、ジャズも、安全剃刀かみそりも、赤い理論も、毒瓦斯ガスも何もかも、この一二〇〇瓦グラム以上、一九〇〇瓦グラム以下の蛋白質のカタマリから生み出されたものと確信し切っているのだ。

 成る程、人間の屍体を解剖して、脳髄なるものを覗いてみると、そうした考え方は万々間違いないように見える。大脳、小脳、延髄、松果腺なんどと、無量無辺に重なり合っている、
奇妙キテレツな恰好をした細胞が、やはり、奇想天外式に変形した神経細胞の突起によって、全身三十兆の細胞の隅から隅までつながり合っている。
その連絡系統を研究して行くと結局、人体各部を綜合する細胞の全体が、脳髄を中心にして周到、緻密、且つ整然たる糸を引合った形になっているのだ。
だから人間一切の行動を支配する精神もしくは、生命意識なるものは、脳髄の中に立て籠こもっているのじゃないかしらんと考えられる。少くとも「脳髄は物を考える処」と考えて差支えないように考えられるのだ。



xxx

当時の基督教の迷信と僧侶の堕落腐敗に飽き果てていた尖端人種は、これを聞くや否や大喝采裡に共鳴した。
吾れも吾れもとヘポメニアス氏の迷説を丸呑みにした。『脳髄は物を考えるところ』という錯覚を、プレミヤム付きで迷信してしまった。

「そうだそうだ。この世界には神様なんか存在しないんだ。すべては物質の作用に外ならないんだ。吾々は吾々の頭蓋骨の中に在る蛋白質の化学作用でもって、新しい唯物文化を創造して行ゆくんだぞッ……」
 ……と……。



ここで、ふと時代背景を考えてみた。

そういえば、とくにヨーロッパは長年キリスト教にがんじがらめにされてきたわけだし、しかも有難いはずのキリスト教がすっかり堕落腐敗してしまってることに、多くの人たちが気づいてきていたのだろう。

で、うーんざりしていたところ、じゃじゃーんと登場してきたのが科学の世界。

その反動もあって、科学的なものへ傾倒していったのかもしれないですね~。

堕落した唯心論から、唯物論へと。


続けて本文を
  ↓

「脳髄は物を考える処」
 こうした考え方は現在ではもう人類全般の動かすべからざる信念……もしくは常識となってしまっているのだ。


……ナニイ。まだ解らない……?……。

 アハアハアハ。それは脳髄で考える癖がまだ抜け切れないからだよ。

「精神は物質也」式の唯物科学的迷信が、まだ頭の隅のドコかにコビリ付いているせいだよ。





ここからは人間史を挙げてます。

人間は最も進化を遂げた高等な生き物と言われてるけどね~、実際に我々の歴史をみてごらんよ~と。

こりゃ、むしろ、『脳髄の罪悪史』だよ。
    ↓

曰く……脳髄の罪悪史は左の五項に尽きている……と……。

 『人間を神様以上のものと自惚れさせた』
 これが脳髄の罪悪史の第一ページであった。

 『人間を大自然界に反抗させた』
 これが、その第二ページであった。

 『人類を禽獣の世界に逐い返した』
 というのがその第三ページであった。

 『人類を物質と本能ばかりの虚無世界に狂い廻らせた』
 というのがその第四ページであった。

 『人類を自滅の斜面スロープへ逐い落した』
 それでおしまいであった。


 
その詳しい説明は、ここの部分です。
   ↓

かくして物の美事に人間世界から神様を抹消ノックアウトした『物を考える脳髄』は、引続いて人間を大自然界に反逆させた。そうして人間のための唯物文化を創造し初めた。

 脳髄はまず人間のためにアラユル武器を考え出して殺し合いを容易にしてやった。

 あらゆる医術を開拓して自然の健康法に反逆させ、病人を殖ふやし、産児制限を自由自在にしてやった。

 あらゆる器械を走らせて世界を狭くしてやった。


 あらゆる光りを工夫し出して、太陽と、月と、星を駆逐してやった。

 そうして自然の児である人間を片かたっ端ぱしから、鉄と石の理詰めの家に潜り込ませた。瓦斯ガスと電気の中に呼吸させて動脈を硬化させた。鉛と土で化粧させて器械人形ロボットと遊戯させた。

 そうしてアルコールと、ニコチンと、阿片アヘンと、消化剤と、強心剤と、催眠薬と、媚薬と、貞操消毒剤と、毒薬の使い方を教えて、そんなもののゴチャゴチャが生み出す不自然の倒錯美をホントウの人類文化と思い込ませた。……不自然なしには一日も生存出来ないように、人類を習慣づけてしまった。





まだ続きます。
   ↓

……そればかりでない……。

 人間世界から『神様』をタタキ出し、次いで『自然』を駆逐し去った『物を考える脳髄』は、同時に人類の増殖と、進化向上と、慰安幸福とを約束する一切の自然な心理のあらわれを、人間世界から奪い去った。

すなわち父母の愛、同胞の愛、恋愛、貞操、信義、羞恥、義理、人情、誠意、良心なぞの一切合財を『唯物科学的に見て不合理である。だから不自然である』という錯覚の下に否定させて、物質と野獣的本能ばかりの個人主義の世界を現出させた。

そうして人類文化を日に日に無中心化させ、自涜化させ、神経衰弱化させ、精神異状化させて、遂に全人類を精神的に自滅、自殺化させた虚無世界の十字街頭に、赤い灯、青い灯を慕うノンセンスの幽霊ばかりを彷迷さまよわせるようになってしまった。

『物を考える脳髄』は、かくして知らず識しらずの裡うちに、人類を滅亡させようとしているのだ。




え? これが・・1935年に出版されてたん?
85年も前だって?


今でこそ、物質主義の世を反省する人たちも増えたけど、この時代では、ほとんど、誰も考えてもみなかったんじゃないかな。

だって、文明バンザイ~! これからは科学の時代ってワクワクしてたようなときだもん。

あ、そうか~。 だから、小説として、「変人博士の説」というフィクションの形で、こういった考え方を世に出したのかもしれない・・なーんて、ちらっと思ったりしました。


日本だって、こうゆう時代に突入していく。

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https://www.shaveoffmind.com/sanshu-no-jingi/


IMG3_7_2.gif
http://www.denden-town.or.jp/history/part3_7.htm


たくさんモノを持てるようにならなきゃダメ~。
それには頭が良くなきゃダメ。
勉強して良い大学に入って~。

と言われた時代に突入。

アンタは頭が大きいから、もともと賢いのよ、やれば出来る子なんよ!・・・なーんて親におだてられたもんです(笑)

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ホントかよ~! 頭がでかけりゃ顔もデカいだろーが・・・。
それって美点かな!




そ~んな物質主義の真っただ中でさえ、一方では「心霊」現象もあり、また興味を持つ人々もいた・・と書いてあります。
    ↓

それかあらぬか一方には、この唯物文化のまっただ中に、精神や霊魂関係の、怪奇劇や神秘劇が大昔のまんまに現われて来る。
しかも、モウ沢山というくらいに、後から後から現われて来て、一々人間のアタマを冷笑して行くから愉快ではないか。

 唯物資本主義の黄金時代、科学文化で打ち固めた大都会のマッタダ中で、死んだ人間が電話をかけたり、知らない人間が一緒に写真に映ったりする。又は宝石が美人の寿命を吸い減らしたり、魔の踏切が汽車を脅したりするはまだしも、大奈翁(だいなおう)の幽霊がアメロンゲン城の壁を撫でて、老カイゼルに嘆息して聞かせたり、ツタンカーメン王の木乃伊がエジプト探検家に祟ったりする。



はいはい。 おっしゃる通り、昔から幽霊話やミステリーはいっぱいありましたね。

現に科学的推理の天才的巨人、指紋、足跡、煙草の灰式、唯物的探偵法の創始者シャーロック・ホルムズさえも、晩年に到ってはトウトウこの種の怪現象に引きずり込まれて、心霊学の研究に夢中になったまま息を引取った……



はいはい、コナン・ドイルさんは確かに晩年は心霊研究家になっちゃいました。

それにしても、なんでもよくご存じで・・。

不思議だというが、そんな事実が在り得るとか、在り得ないとか断言し得る者は一人も居ない。
あっても終しまいには水掛論になってしまうので、結局、お互いの脳髄を怪しみ合いつつ物別れになる事が、
最初から解り切っている。



はいはい。 日本でもひと昔前のTVで心霊現象は、いっぱい取り上げられてたみたいだけど・・あれは幽霊のオーブだ! いやプラズマだ!って、さんざん議論してた時代があったような・・。



では、そろそろ核心にいきます。
   ↓

……ナニナニ……?????……。

 ……『脳髄で考えなくてドコで考える』と云うのか……。
 ……『脳髄で感じなくてどこで感ずるのだ』と云うのか……。
 ……『吾々の精神意識はどこに在る』……
    『吾々はドウして生きている』というのか……。

 ……ナアンダ……。
 チットモ可笑しい問題ではないではないか。不思議でもなければ奇抜でもない。極めて平々凡々の問題ではないか。


   
    xxxx

吾々の精神……もしくは生命意識はドコにも無い。吾々の全身の到る処に満ち満ちているのだ。
脳髄を持たない下等動物とオンナジ事なんだ。

 お尻を抓つねればお尻が痛いのだ。お腹が空すくとお腹が空くのだ。
 頗る簡単明瞭なんだ。

 しかしこれだけでは、あんまり簡単明瞭過ぎて、わかり難にくいかも知れないから、今すこし砕いて説明すると、

吾々が常住不断に意識しているところのアラユル慾望、感情、意志、記憶、判断、信念なぞいうものの一切合財は、吾々の全身三十兆の細胞の一粒一粒毎ごとに、絶対の平等さで、おんなじように籠もっているのだ。

そうして脳髄は、その全身の細胞の一粒一粒の意識の内容を、全身の細胞の一粒一粒毎に洩れなく反射交感する仲介の機能だけを受持っている細胞の一団に過ぎないのだ。

 赤い主義者は、その党員の一人一人を細胞と呼んでいる。それと同様に細胞の一粒一粒を人間の一人一人と見て、人間の全身を一つの大都会になぞらえると、

脳髄はその中心に在る電話交換局に相当する事になる。そうしてソレ以外の何物でもあり得ない事がわかるのだ。




脳髄は考えるところにあらず。

脳髄は感じるところにあらず。



眼の球ばかりで物を見る事は出来ない。耳ばかりで音は聞えない。その背後には必ずや、全身の細胞の判断感覚がなければならぬ。

 同様に脳髄が、脳髄ばかりで物を考えたり、感じたりする事は不可能である。その背後には必ずや全身の細胞相互の主観、客観がなければならぬ。





吾々の全身三十兆の細胞は、かようにして、流れまわっている赤血球、白血球から、固い骨や、毛髪の尖端に到るまでも、吾々が感じている意識の内容をソックリそのままの意識内容を、その一粒一粒毎ごとに、同時に感じ合って、意識し合っているのだ。




……繰返して云う。
 人類は物を考える脳髄によって神を否定した。大自然に反逆して唯物文化を創造した。自然の心理から生れた人情、道徳を排斥して個人主義の唯物宗を迷信した。そうしてその唯物文化を日に日に虚無化し、無中心化し、動物化し、自涜化し、神経衰弱化し、発狂化し、自殺化した。




以上です。

人間社会が物質主義を中心に回ってしまうようになったのは、デカい脳が偉いんだ~!という思い混みによって始まったのかも・・・ですね。

脳ばかりで考えようとして、それぞれの細胞で考えたり感じたりできなくなってしまったことに起因してるのかも・・ですね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずっと前に、プルーフオブヘブン~脳と記憶の関係というのをアップしたことがありますが、

この中で、スピリチュアル体験をしてしまった脳外科医が、脳じゃない! これは細胞、DNAによるものかもしれない!とあらためて気がついた・・という話がありました。

彼は、もともとはバリバリの西洋医学界の脳外科医で、心霊現象などというものは脳が見せる幻影にすぎないと長年思い混んでいたそうですが、自らの体験によってその間違いを認識し、目からウロコだったみたいですね。


近年になって、多くの科学者やドクターといった人たちの中には、新たな「気づき」を経験しだした人が多いみたいです。


が、それにしても・・夢野久作さんが、あの時代に、こんなことに気づいていたってことには驚きです。



いやいや・・よく考えてみれば、どんな古い時代であっても、「気づいている人」「知ってる人」はいたんでしょうね~。

たとえば、ルドルフ・シュタイナーをみても、もっと古くは、聖徳太子やゴータマ・シッダールダなどにおいても。
みーんな知っていたことでしょう。
で、みーんな霊能者(笑)


仏教はなんのためのもの?・・と聞かれれば、人々をアセンションに導くためのもの。
アセンションというのは、スピ系用語らしいので・・仏教用語でいえば、解脱ということになりますね。

そのために、仏典は個人の心の持ち方を書いているものが多いそうですが、同時に「宇宙のしくみ」「自然の法則」について書かれているものもあるそうです。

宇宙のしくみや自然の法則を「知ること」によって、同時に己を知ることになり、それが解脱の道へ導く・・という考え方がベースにあるようです。

ところが、そういった仏典があっても、それをどのように解釈するかは、それぞれの僧侶によってまったく違うそうです。

なかには、ぜーんぜん読み違いをしちゃってる大僧正だっているかもしれませんし~(笑)



そういえば、以心伝心という仏教用語がありましたね~。

以心伝心のもとになる逸話として、拈華微笑(ねんげみしょう)というのがあるそうです。

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あるとき、お釈迦様のお弟子さんたちがお説法を聞こうと集まってきた。

ところが、お釈迦様は、なーんもしゃべってくれない。
何も言わず、一輪の蓮の花を手折ったのだ。

え? 師匠!なにやってんの? それ、どーゆう意味?と、みんなが怪訝な顔をしてしまった。

ところが一人だけ、摩訶迦葉(まかかしょう)さんだけが、お釈迦様の真意を感じ取って微笑んだ。



という逸話。

言葉や文字で伝えず、「心で伝え心でキャッチする」という、まさに以心伝心の逸話です。


つまり、この時代から、ほとんどの人は頭で理解しようとしていたってことかもしれませんね。

肉体の目だけで、1輪の蓮の花だけをみて・・、え? なんで蓮の花なん? 意味わからん!ってことだったのかも(笑)


ドグラ・マグラの一節、
    ↓

眼の球ばかりで物を見る事は出来ない。耳ばかりで音は聞えない。その背後には必ずや、全身の細胞の判断感覚がなければならぬ。



まさに、これかと(笑)


こうゆうのが本来の「霊能」なんだろうなあ、と思います。


どんなに必死に考えても・・・結局、本当のところは、わからないってことも多いと思います。

また逆に、いくら伝えようとしても、頭だけを使って理解しようとしてる方には、伝えることは不可能なんだと思います。

世のなかには、「言葉だけでは伝えられないこと」も多々あります。

とくに、真理は以心伝心でしか伝わらないように思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私の子供の頃は、ヘンな大人が結構いました。
文学青年って呼ばれた人たちで(笑)・・・今、こんな言葉って死語かと思うけど・・。


青白い顔して、「人は何のために生きるんだ?」 「私とはいったいなんなのだ?」とか、始終ブツブツ言ってて・・
しかも、超重たい本を抱えて歩いてる人が多かったような・・。 (トレンディーだったのかな?)


チラっと背表紙を見ると、ニーチェだとか、ドフトエフスキーだとかで、本も重いし中身も重い。
(あ、ニーチェやらドフトエフスキーさんやらを、否定する気はありませんが。)

で、とにかく、暗いんだわ~。 (見てるだけでイライラしてきて、200メートル全力疾走してみんかい!と言いたくなるくらい。)
    ↓
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https://twitter.com/yokotanji/status/860358394279903232?lang=ro

飲んで歌って騒いでの・・アホ女子連をみて(←私も含まれてた)

ため息つきながら、「キミたちはいつも幸せそうでいいね~」と、超バカにしくさった口調で言われたもんでした・・・。

まあ、たしかに、私たちはおバカな女子学生やってたんで反論は出来ませんが・・


それでも、彼らよりは百倍生きることを満喫してたと思うし、
彼らより千倍、生命力にあふれてたよーに思います。


ここで、またドグラ・マグラの一節を借りれば、
   ↓
吾々の精神……もしくは生命意識は脳髄のドコにも無い。 吾々の全身の細胞の到る処に満ち満ちている。
脳髄を持たない下等動物とオンナジように。



ティーンの頃の私たちは、脳髄を持たない下等動物並みに、体全身でハッピーを感じてたんだと思います。

でも、それだけじゃダメなんだよな~、ってことに後に気づきました。


どんなに生命力があっても、やっぱ、せっかく胎内で5億年は進化してきたわけだし、ヒトとして誕生した以上は、
ヒトとして多くを知り、ヒトとして生命力に溢れなきゃ!

それには、全細胞で学び考え、感じることなんだな~と。

頭だけで考えようとするな。 感じようとするな。

細胞のすべてが生きて考え感じて、しかも記憶しているのだ。


この博士の言葉が響いてきます(笑)

私たちがこの世で吸収したことのすべてが、私たちのDNAの中に記憶され、
それがまた、「未来性」へと引き継いでいくんだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回ドグラ・マグラの本筋のミステリー小説の部分や謎解き部分などは、まったく無視して、ただ、論文箇所の、それも「胎児の夢」と「脳髄論」だけにフォーカスして抜粋してます。

論文中にも、まだまだ、大人が見る夢についてだとか、人間心理についての部分だとかの興味深いところもあるんだけど、とりあえず、そういったことはカットしてますので、興味があれば読んでみてください。

私はまた読もうとは思わないけど・・。


ドクラ・マグラの世界から「胎児の夢」と生と死と

少し前のブログに、新生児の動きは人よりも魚っぽいとか、胎児は別世界の生物・・みたいなことを書いた気がするんだけど・・

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それから、えーーっと、この感覚なんだっけな~?とずっと引っかかってたものがあって、それを突然思い出した。

胎児の夢だ。

これは、夢野久作さんの小説、ドグラ・マグラだったんだ~と思い出した。

ずいぶん昔に読んだものだったし、そもそも夢野久作さんという人は明治生まれの人だ。
ドグラ・マグラという作品は、相当長い間かけて構想を練って1935年に出版し、翌年1936年に亡くなっている。

まるで、これを書き上げるために生まれてきたんかい?とも思えるような人でもある。

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まず、ドグラ・マグラという作品をちょっとだけ説明すると・・

日本探偵小説三大奇書の一つとか言われてるらしい。 奇書といわれるだけあって、アルアル小説のような・・頭脳明晰で魅力的な探偵さんが出てきて事件解決、めでたしめでたしって探偵小説ではないし、緻密な推理を楽しむ推理小説でもなければ、むろん、サスペンスでもない。

今の時代だったら、ミステリーとかオカルト小説みたいな分野に入るんだろうか?


私が読んだのは17-8歳の頃だったので、「精神病質と正常人の違い」みたいなことに興味をひかれて読んだ覚えがある。

さらに、死んだ人が出てきちゃったり、自分と同じ人が存在していて、それを離魂病と呼んだり・・と、まるでオカルト世界のような楽しみもあった(笑)


でも、この本の魅力ってどんなとこ? とか、特徴は?と聞かれたところで・・それは答えようがない本なのだ。

強いて言えば、この本は人によって何通りもの読み方がありそう、ってとこかもしれない。

謎解明に注目して読むことも可能だし、プロット構造の分析な~んて視点から見ることもできるだろうし、精神病患者に対する社会の差別意識に注目することもできるだろうし、心理学的に社会や国家の成り立ちを考えることもできるし、単純にオカルティック世界を楽しむこともできるだろうし・・と。

まあ、お好きなように・・・ということになるかな(笑)



さて、前置きが長くなってしまったけど・・

この作品中には、ある教授の書いた論文が挿入されている。

それが、
「脳髄論」と「胎児の夢」

論文といっても、小説上の架空の理論という形をとっているので、むろん本物の学術論文ではないのだけれど・・

ところが、今これを読み返すと、論文としてもなぜか妙に納得できてしまうようなところがある。


私が思い出した「胎児の夢」というのは、こんな内容だ。

ひとことで要約すると、

「胎児の成長は人間の進化の過程をたどっている」ということ。
受精卵 → 胚 → 胎児となって成長していく過程は、何億年かけて人類が進化してきたことを胎児が経験しているという。

受精卵が胚となって、

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それが胎児となって、
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ようやく生まれる前の人型になる様子は、生命の誕生をかたどっているかのようだ。

初めて生命が誕生したのが30億年前だとか。

約30億年前の先カンブリア紀、原始の海に、単細胞の微生物が誕生し、これが多細胞の生物へと変身し、
魚類から両生類、爬虫類、そして哺乳類が誕生してくる。

カンブリア紀以降、生命は5億年という長い長~いときをかけて進化を続けてきたわけだ。

トータルして30億年以上かかったプロセスが、母親の胎内で10か月位の妊娠期間中で再現されている・・という説なのだ。


そして、もうひとつ注目すべき点は、人間も他の生物たちも、初期の頃はほとんど差異がない、ということ。


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ヒトの胎児にも、ちゃーんと尻尾がある。 この状態では、魚類なのか爬虫類なのか哺乳類なのかもわからない。
      ↓
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https://www.mag2.com/p/news/404060



見た目に違いなし、みーんな同じに見える。


ここで現代の知識をちょっとだけ持ち出すと、

そのうち違いが出るのは、持ってるDNA情報によってそれぞれの形になってくだけってことに過ぎない~といえるけど・・

それは今だからみんなが知っていること。

この時代はDNAなんて、まだわかってなかった時代だ。



この理論のベースになったのは、エルンスト・ヘッケルの「反復説」という説。


●反復論とは「個体発生は系統発生を反復する」、つまり胎児は自然界の生物の進化してきた姿を反復してるということ。


こちらが、ヘッケルさんが1874年に描いた図
    ↓
800px-Haeckel_drawings.jpg

この当時、ヘッケル説はメチャメチャ反論されたそうだ。

当時の人々の、社会観、宗教観といった意識からは受け入れがたいものだったのだろう。


では、今ではすんなり受け入れられたのか?というと・・

今でも、学会において反復説は堂々と認められてるわけではない。

「そんなんは、たまたま胎児の進化過程がそうなってるだけで、別に自然界とリンクしてるってわけと、ちゃうがな~。」
という、XXXX説(←名前は忘れた)というのがあって、こっちが主流とされてるそうだ。


え? たまたまですか~? (笑)
と、思う私。。。


というよりも、「だから、なんなん?」、「そんなことは、どっちでもええがな~」という風潮の方が強いらしい。


従って、ここんとこの謎について研究されることはほとんどないんだとか。
(もっとも、これをどうやって研究するん?という問題もあるだろうけどね)


科学でわかることは、どのようにして出来上がるかということだけってことが多い。

なぜ、そーなるの?という答えは、科学ではわからないことの方が多いのだ。

たぶん・・そうゆう答えを探すのは、宗教学とか哲学ってものかもしれない。



とにかく、現代においてもそんなわけなのに・・

夢野久作さんは、あんな古い時代に、そこに注目したということ。
      ↓
胎児は夢を見続けている。


それぞれの時期 ― 魚類、爬虫類、ほ乳類のときに、それぞれのときの細胞で夢をみている。

夢をみるのは、胎児のではない。(←ここは、もう1つの脳髄論に通ずるところ)
それぞれの細胞の1つ1つが夢をみている、または、記憶を呼び起こしているといってもいいだろうか?



細胞の1つがようやく微生物となったときの胎児の夢(←正確には胎肺時代)は、何億年前の無生代に、同じ仲間の無数の微生物と一緒に、生暖かい水の中を浮游している夢を見初める。 


ここからは、本文の抜粋
  ↓

その無数とも、無限とも数え切れない微生物の大群の一粒一粒には、その透明な身体に、大空の激しい光りを吸収したり反射したりして、或は七色の虹を放ち、又は金銀色の光芒を散らしつつ、地上最初の生命の自由を享楽しつつ、どこを当ともなく浮游し、旋回し、揺曳しつつ、その瞬間瞬間に分裂し、生滅して行く、その果敢なさ。その楽しさ。
その美しさ……と思う間もなく自分達の住む水に起った僅かな変化が、形容に絶した大苦痛になって襲いかかって来る。

仲間の大群が見る見る中うちに死滅して行く。



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自分もどこかへ逃げて行こうとするが、全身を包む苦痛に縛られて動く事が出来ない。その苦しさ、堪まらなさ……こうした苛責が、やっと通り過ぎたと思うと、忽ち元始の太陽が烈火の如く追い迫り、蒼白い月の光が氷の如く透過する。或は風のために無辺際の虚空に吹き散らされ、又は雨のために無間の奈落に打落される。

こうして想像も及ばぬ恐怖と苦悩の世界に生死も知らず飜弄されながら……ああどうかしてモット頑丈な姿になりたい。寒さにも熱さにも堪えられる身体からだになりたい……と身も世もあられず悶戦いているうちに、その細胞は次第に分裂増大して、やがてその次の人間の先祖である魚の形になる。

即ち暑さ寒さを凌しのぎ得る皮肌、鱗うろこ、泳ぎ廻る鰭ひれや尻尾しっぽ、口や眼の玉、物を判断する神経なぞが残らず備わった、驚くべき進歩した姿になる。……ああ有難い、これなら申分はない。



ansient fish


ここからは想像つくと思うけど(笑)、魚となってからもサバイバルは続くのだ。

水が干上がってくれば、ああ、苦しいよ~! 陸にあがって生き延びたいよ~となり、
そこから、両生類に進化していく。(もちろん、進化できずに死んじゃう個体もいる)


これは、夢野久作さんの本文には出てこないんだけど・・

ちょうど2~3か月頃が流産が起こりやすい時期というのは、
自然界では魚類から爬虫類へ変化の時期、水中の鰓呼吸から肺呼吸に代わらなければならない、もっともリスキーな時期だからではないか?という説を読んだことがある。



こうやって胎児は夢(過去性における細胞の記憶といった方が正しいかも)を見続けて、ようやくヒトに進化するんだけど、
そこで終わらない。


ヒトになってからもまた、古代からのヒトの夢を見続けるという。

残虐非道な世界、独裁政権や、先祖が行ったことのすべて、DNAに刻まれたすべてを夢にみて、驚いたり怖がったり喜んだりしながら成長を続けていく。


ようやく見る夢がなくなったとき・・

やがて静かな眠りに落ちる。そのうちに母体に陣痛が初まって子宮の外へ押し出される。
胎児の肺臓の中にサッと空気が這入る。その拍子に今迄の夢は、胎児の潜在意識のドン底に逃げ込んで、今までと丸で違った表面的な、強烈、痛切な現実の意識が全身に滲しみ渡る。 ビックリして、魘えて、メチャクチャに泣き出す。


と書かれている。


さらに、このようなことも書かれている。
    ↓

生れながらの片輪であったり、精神の欠陥が在ったりするのに対しても、それぞれに相当の原因を説明する夢が、その胎生の時代に在った筈である。
又は胎児の骨ばかりが母胎内に残っていたり、或は固まり合った毛髪と、歯だけしか残っていないような所謂る、鬼胎なるものが、時々発見されるのは、その胎児の夢が、何かの原因で停頓するか、又は急劇に発展したために、やり切なくなって断絶した残骸でなければならぬ。




つまり、先天性精神欠陥や先天奇形について言ってるらしいんだけど・・

それは現在の見解ではこうなっている。
    ↓

原因は不明。 ある種の遺伝的要因と環境要因によって先天異常が発生する可能性が高くなるとされている。
環境要因には、放射線への曝露、特定の薬剤( 妊娠中に問題を引き起こす可能性がある主な薬剤 (アルコール、イソトレチノインなど)や栄養不良、母体の特定の感染症のほか、外傷、遺伝性疾患など。




ところが、小説の中の某博士の説によると、

胎児があまりにも、強烈な夢(記憶)に耐えられなくなってしまったことも原因の1つ。

それって一体、その過去性において、どれほど強烈な経験があったんだろうか?



あまりにも耐えきれないほどの強烈な夢だったのか、それとも、たまたま1個体の核となって成長してきた胎児が耐えられないほどの弱いDNAを持っていたのか? 
卵子と精子の持ち寄ったDNAが耐えられないほど弱いものだったのか?

そこはわからない。


それでも、もしも強烈な夢をクリアーして生まれることができた個体だったら、現生においても、かなりたくましい資質を持ってるってことになりそう。


ふと、こんな言葉を思い出す。
     ↓
生まれてきたということは、「人生に耐えられない試練は与えられてない」
そんな言葉、あったよね~。

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胎児の目標は1つ!


胎児の全身の細胞は盛んに分裂し、繁殖し、進化して、一斉に「人間へ人間へ」と志す。

ただ一心に「人間へ人間へ」進化を遂げること、そして生まれることにあるのだ。




胎児のうちは、ずーーと夢を見ているわけだけど、それでも・・妊娠20週くらいから眼球が動くようになるという。
眠っているだけでなく起きている時間もできる・・ただし、起きているといっても、我々のノンレム睡眠タイムに近くなるということなのだ。

胎児の夢だけでなく、母親の胎内から外界をそっと感じることも出来るようになってくるのだろう。

そうやって夢をみながら、あっちの世界とこっちの世界の狭間に近づいていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなふうに見ていくと・・

たまに胎児のときの記憶を持つ子供がいたり、生前の記憶を持って生まれてくる子がいるのにも納得できる。

それでも、だいたいは3歳頃までには忘れてしまうとは聞く。

忘れることで現生にフォーカスして生きていけるようにと、そのようにプログラミングされているのかもしれない。


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胎児は過去性の夢をみながら、胎内でおそるべき進化を遂げている。

5億年だかの進化を10か月程度でやっちゃうわけだし・・
いやいや、胎胚時代を入れれば、35億年分の進化かもしれない(笑)

こりゃ恐るべきスピードだ。



ここでまた、ドグラ・マグラを引用してみよう。
「時間の概念」についての箇所を。


同じ時計で計った一時間でも、面白い小説を読んでいる一時間と、停車場でボンヤリ汽車を待っている一時間との間には驚くべき長さの相違がある。



これ、まさにアインシュタインが相対性理論について一般人に説明したときの言葉と一緒!(笑)


現代医学に依ると普通人の平静な呼吸の約十八、もしくは脈搏の七十幾つを経過する時間を標準として一分間と定めている。その六十倍が一時間、その二十四倍が一日、その又三百六十幾倍が一年と規定してある。
同時にその一年は又、地球が太陽を一周する時間に相当する事になっているので、信用ある会社で出来る時計が示す時間は、万人一様に同じ一時間という事になっているのであるが、しかしこれは要するに人工の時間で、真実の時間の正体というものは、そんなものではない。



地上に存在している生命の長さを比較してみると、何百年の間、茂り栄える植物や、百年以上生きる大動物から、何分、何秒の間に生れかわり死にかわる微生物まであるが、大体に於て、形の小さい者ほど寿命が短かいようである。

細胞も亦同様で、人体各別の細胞の中で寿命の長いものと短かいものとの平均を取って、人間全体の生命の長さに比較してみると、国家の生命と個人の生命ほどの相違があるものと考え得る。

しかし、それ等の長い、又は短かい色々の細胞の生命が、主観的に感ずる一生涯の長さは同じ事で、その生れて死ぬまでの間が、人工の時間で計って一分間であろうが百年であろうが、そんな事には関係しない。
生まれて、成長して、生殖し老衰して、死滅して行きつつ感ずる実際の時間の長さは、どれも、これも同じ一生涯の長さに相違ないのである。




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そういえば、私たちだって、たまーに、すごく時間の感覚が怪しくなっちゃうことがあるよね?(←私だけか?)

とくに寝てしまった場合、すごく曖昧になったりすることってない?

私、一度だけ、とんでもない大失敗をしてしまったことがある。
頭痛がするので夕方6時過ぎ頃にペッドに入ったところ、すぐに寝落ちして、ものすごく長い夢を見た。 大長編ドラマの夢だった。

ようやく起きるとすっかり頭痛もとれて気分すっきり・・だったんだけど、ベッドサイドの時計を見たら、7時過ぎ。

ひええ~、朝になってる!!! やばっ! 会社遅刻しちゃう~と、大急ぎで支度して飛び出したのだ。

会社に行くと、なぜか駐車場のゲートが閉まっている!

あれ~!・・と、そこで気がついたのだ。
今が、夜の8時だってことに。


日本の8時ってもう暗くなってるのかもしれないけど、こちらの7時8時は夏時間の場合は明るいのだ。
朝の7時8時とほとんど変わらないのだ。(←言い訳)

ちゃんと、スマホかパソコン時計でAMかPMを確認すべきだった。。。
やっちまったよ~(苦笑)


でも一番の原因は、大長編の夢にあったと思う。 
あんなに長い夢をみていて、しかも気分すっきりで目覚めたんだから、どう考えたって7-8時間は経過しているはず・・と思いこんだことにある。


今でも実際には30分しか経ってないとは、到底思えない。

すごく不思議な気分だ。

でも・・
時間なんて、そんなものでしかないのかもしれない・・・と、つくづく身を持って実感した気がする。


そりゃあ、胎児の1日の眠りが1億年分の記憶を辿る旅の夢をみることだって、ありえるよな~。


そのときの私の夢は、記録を取らなかったんで、すっかり忘れてしまった。
なんか、すっごい夢をみたよな~!という記憶しかない。

そもそも私は、どんなにすっごい夢をみたとしても、起きて歯を磨いたりしてるうちに、だんだん薄れて忘れてしまうのだ。
(胎児の夢もそんなものなのか・・?)

私は・・呆れちゃうほど忘れっぽい。

そこで、あまりにも大長編な不思議な夢をみたときは、最近は忘れないように夢記録をつけているんだけど・・なんせ、あの日は会社に遅刻しちゃう~!と思って飛び出したんで、そんな時間はなかったのだ。


一方、胎児のときの夢をちゃーんと覚えている子もいる。

子供どころか大人になっても、覚えている人もいる。


過去性の記憶や、生まれる前にお腹の中で両親が喧嘩していたことを聞いていてそれを覚えていたり、母親が歌っていた曲を覚えていたりする人もいる。


こっちのは、すごい話だと思ったんだけど・・
   ↓
自分が小魚のような感覚で、必死で生きようとして泳ぎまくった記憶があるという人もいた。

あかるい光の宝玉が遠くに見えて、あそこにたどり着きさえすれば助かる。
あそこから呼ばれているような気がして、必死にじたばたしながら泳ぎまくったという。

あとで思えば、あれが卵子だったんだ~と(笑)
これは自分が精子だったときの記憶だったんだ~と(笑)


そのときは、ちょっと話半分に聞いてたんだけど・・

なんと、同じような話が日本でもあったのだ。
たまたま、こんな動画をみつけてしまって、同様な内容だったことで、びっくりしてしまった。
   ↓



これが、今の私には、ただの作り話だろ!とは思えない。


まだ着床前の精子の段階で胎胚にもなってない状態で、記憶がある・・ということは、細胞の記憶ということになる。
その細胞はしっかりと、DNAを抱えているのだ。

夢をみるのは、人の脳ではない!ということになる。
私たちの、それぞれの細胞の1つ1つが生きていて記憶を持っているということだ。

夢とは細胞の記憶なのかもしれない。
そして、前世もまた、細胞の記憶


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このようにして胎児から現生に生まれてきて、また、この世を去るとき、

私たちは、今までこの世で行ってきたことの、すべての記憶を走馬灯のように辿るといわれている。
アカシックレコードにすべてが記憶されるともいわれている。

記憶を魂に刻みつけて(それをサイエンス用語でいえばDNAに刻み付けて)あの世に旅立つという。


生まれる前は「進化すること」だけにフォーカスして、凄まじい勢いで成長しながら生まれてくるのだが・・

死ぬときは、穏やかに幸せを感じながら逝くという。


もっとも穏やかに幸せに逝かれない人のケースもあるけどね~(笑)
それどころか逝かれない人もいたりするけどね~。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドクラ・マグラの小説から、私には「生と死のしくみ」を垣間見たような気がした。



それにしても、こんな古い時代に生きた夢野久作さんという人、

まだアインシュタインの相対性理論だって世間ではチンプンカンプンだったような時代だったし、
DNAの存在だって知られてなかった時代、

パラレルワールド? なんだそりゃ?
時間は時間だろーが?

と思われてた時代だ。


なのに・・
こんなことまで知っていたということに驚かされる。


もちろん、ヘッケルの反復論を読んだり、相対性理論を読んだのかもしれないけど・・
それでも「理解する」「理解できる」ということは、また別モノだ。

詩経、能楽師、僧侶、陸軍中尉、造園経営、新聞記者と、あらゆることをやっていたような人だったらしいけど、

この人も、霊能力者だったに違いない!と思う。

頭で理解するのではなく、それこそ細胞の記憶から理解できる能力を持ってた人、
神がかり的天啓を感じ取ってた人だったのかもしれない。


⇒次回は続きで、脳髄論の方をアップする予定。


<参考>
青空文庫より ドグラ・マグラ(古い本は青空文庫に上がってるのでオンライン上で読めちゃう)

MAG2ニュースから
1週間で進化の系統を再現する「胎児の世界」が示す人間の可能性

るいネットから
赤ちゃんの進化学 ①胎児、進化の旅は5億年、1日は160万年以上のスパンに相当する

たまひよより
胎児にはしっぽがある!?人間の進化と胎児の神秘

浜島書店ホームページより
ヒトと魚は似ている?(前編)

いきもののはなしより
第4回  「遺伝子の記憶」    ……発生反復と誘導;人魚姫とペガサス

ニューロンは遺伝子の発現によって「経験を記憶」している:研究結果
「小さな命が生まれる」体験レポ(2)~18億年を8週間で駆け抜ける!

ヒトの胎児画像

グレタ・トゥーンベリのスピーチから: 白と黒とグレー

9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットでスピーチした、グレタ・トゥーンベリさんの激しいスピーチぶりが話題になっていた。

まだ16歳のスウェーデンから来た女の子の

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「若者たちはあなたたちの裏切りに気づき始めています。私たちを見捨てる道を選ぶなら、絶対に許しません」
と、各国首脳陣をにらみつける激しさ。

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昨年15歳のときに、スウェーデンの議会前で、たった一人で始めた学校ストライキを皮切りに、彼女の行動は若者を中心に大きなうねりを生み、演説の3日前には、160ヵ国以上で約400万人がデモに加わったという。

skolstrejk1.jpg

詳しい内容はこちらから
    ↓
成果なく終わった国連の「気候行動サミット」より

グレタ・トゥーンベリさん、国連で怒りのスピーチ。「あなたたちの裏切りに気づき始めています」(スピーチ全文)



果たして本当に地球温暖化なのか?環境破壊はCO2の排出量の問題だけなのか? そこらへんのところは別として・・

あんたら、政治家の頭にあるのは、出世と保身だけなんかい!
真剣に問題に取り組んで改善する気が無いヤツは、ただじゃおかんぜ!(怒)


というを入れたことが一番の功績だと思う。



これだけ激しいスピーチをすると反感を持つ人も多いらしい(笑)

左翼が女の子を利用してスピーチさせてるとか・・・
彼女はアスペルガーだとか・・

とくに中庸を重んじる?日本人たちには、

「ああゆう激しいのは問題だよな~」とか、
「そうは言っても世の中はそんな簡単にはいかないんだよ」とか、
「まだ子供なんだから、そんなことより学校で勉強してるべきだろ」とか・・のコメントには笑える。

いかにも大人っぽいコメント。

いかにも大人っぽさである「組織人としての協調性」は、裏を返せば「事なかれ主義」にもなりうる。
それは、本来の中庸の意味とはまったく違うものなんだけどな~(笑)


なーんか高圧的で
言葉が強く、攻撃的に「怒る」のは、とかく敬遠されがち。 まず嫌われる(笑)

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でも「怒る」ということには2通りあると思う。

ベースにあるものが「感情だけなのか義憤なのか」

義憤というのは道を正そうとして怒ること。


自分の欠点を指摘されたとか、プライドが傷つけられたかで、自分の感情だけで怒ってる人をみると、
あ~あ~、成長してないヤツだよな~と呆れたり嫌~な気分になるけど、

義のために怒る人をみると、むしろ、すっきりした気分になる。

その言葉がストレートで強ければ強いほど、爽快だったりする。


これは・・

「叱る」のと「怒る」のは違う。 子供を叱るのは良いが決して怒ってはいけない

と、言われることと同じような種類のものかな、と思ったりする。

toyo_suzuki02.png
https://linkuptoyo.com/angryandscold


何事においても白黒つけるとか、YESとNOをはっきりさせることだけが決して良いとは思わない。

ときにはグレーゾーンというのも必要だと思う。
ただし、グレーゾーンが保身から出たものではなく、愛や理解から出たものであれば・・だけど。


ところが、昨今ではグレーゾーンだらけにみえる。

なんでも誤ってくれるカスタマーサービスには大声で怒鳴りつけるクレーマーがいるくせに、そうゆう人に限って、正すべきところでは黙っていたりする。

上には何も言えないストレスを、下だと思ったところにはぶつけまくっているかのようだ(笑)
そうでなければ、全部自分でNOを飲み込んじゃう人、そりゃ、病気になるわな~。

grey zone

こういった人たち、みーんなグレーゾーンの住民たちだ。

グレーゾーンに浸ってる人たちには、いい加減、白黒はっきりさせろよ!と言いたい(笑)


肝心なところは、しっかりとNOと言い、怒るべきところで怒ることは、基本として必要なのだから!

それがなければ、改善されることはない。

自分も変えられないし周囲も変えられない。


それに、グレーに浸ってしまってる人は、相手が感情で怒ってるのか義のある怒りなのかさえも見分けがつかなくなってしまうようだ。
「怒るのは悪いこと」という、狭い視野でしか、物事を見られなくなってしまうらしい。


こいゆうのは、悪い意味で「大人になってしまった人」

一方、良い意味で「大人になった人」は、冷静に「怒る」ことが出来る人だ。

「演技で怒る」ことが出来る人でもある。

もちろん、正しい方向に導くために「怒る」のだ。


もしも良い大人ならば、彼女のスピーチにも真摯に耳を傾けるべきなのだ。


こういったスピーチは、ずいぶん昔から行われている。
ムヒカ大統領のスピーチとか、ある女の子の行った「伝説のスピーチ」と呼ばれるものもあった。
    ↓ 
ムヒカ大統領のスピーチ

大人と子供の違いは?

今回は、ガーンと一発、インパクトのあるスピーチが必要だったのかもしれない(笑)
「今はそんな時代になってる」 現れるべきして出現した女の子なのかもしれない・・・と、そんな気がした。


人生なんて戦いの連続だ。


私もまた、子供の頃は両親の思惑と戦い、学校と戦い、世間体と戦い、

大人になれば、オフィスの既得権益制度と戦い、
セクハラ男と戦い
似非評論家の中傷と戦い、
常識と戦い、

やれやれだ。

でも戦わなければ自分の居場所は作れない。

NOというべきところははっきり言うべきだし、それで若い時は、妨害や軋轢にあって撃沈させられても、
そこから新たに学び成長し新たに進んでいける。

学んでくると、NOということにも、ちゃーんとツボを押さえられるようにもなるし、そうなると、若い頃のように撃沈させられることもなくなる。

これもまた学び。

少なくとも、その方が清々しい人生だ



グレタ・トゥーンベリさんのスピーチに対する、否定的なコメントの中に、

「この子アスペルガーで病気!」というのがあったんだけど、

実際に数年前、彼女は落ち込んで無気力になり、会話も食事も取れなくなってしまったそうだ。
最終的にアスペルガー症候群 、強迫性障害 (OCD) および選択的無言症と診断されたという。

それを、彼女は、「病気ではなくスーパーパワー」と言っている。

「アスペルガーであることは私の誇り」とも。


アスペルガーだからこそ、人とは違った視点で世界が見れるのです。
もし私がアスペルガーでなかったら、そんな風に世界を『外側から』見れなかったでしょう       
スウェーデンのTVトークショー「Skavlan」より



私のようなアスペルガーの人間にとっては、ほとんど全てのことが白黒どちらかなのです。
私たちは嘘をつくのがあまり上手ではありません

(中略)

私にとってこれ(地球温暖化)は白か黒かの問題です。生き残りの問題となればグレーな部分はありません      
Greta Thunberg TEDより


「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味


こういった病気なんて・・人とちょっと違ってるだけの個性のような気がする。

あそらく彼女の両親もまた、病気として扱わず娘の個性を伸ばそうとしたからこそ、環境活動家のグレタが生まれてきたのだろう。


彼女らしい「正しい道」をまっしぐらに進んで欲しいな~と思う。

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あ、正しいというのは、ここで言うまでもないけど・・

「法律的な」とか「世間の常識」として正しいって意味じゃないから(笑)

そんな子だったら、そもそも、学校の授業をボイコットしてストライキなんてしないし。
学校休んで、スピーチのためにニューヨークなんていかない。(←こうゆうのは、世間では悪い子とされる)


昨今、法律的・常識的の「正しい子、良い子」はいっぱいいるけど、彼女のような「正しい子」はなかなかいない。

だからこそ、今の世に大きな一石を投じて改革してくれる人なのかもしれないなあ、と思う。

やはり、アスペルガーも1つの才能かもしれない、と思えてくる。

男尊女卑というジェンダー史

大学1回生の頃、友人たちと居酒屋にいたときのこと、
サラリーマン風のオヤジグループが「奢ってあげる」と割り込んできて、一緒に会話に参加するなんてことになった。

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なんの話をしてたのか忘れちゃったけど、あるオヤジが偉そうに、こんなことを言った。

「女ってのはね、男と違って感情的直観的に出来てるものなんだよ。
男は頭で考えるけど、女は子宮で考えるっていわれてるくらいだからね。」


ムっとした私は、「へえ~、おっさんは、そうゆう女としか付き合ってこなかったってことだね。」と言ったのを思い出した。

オジサンは、じゃなくって・・たしかに、オッサンと言った記憶がある(笑)
それも、かなり・・偉そうどころか、かなりの「上から目線で」いった覚えがある(笑)

当然、気まずい空気が流れる中、今度は隣にいた友人が、

「あ、そうだ! 女は子宮で考えて男は睾丸で考えるんだ!」と大声で言ったものだ。

こ、こうがん? 

そりゃ名言だわ~と、なぜか全員納得(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「男は頭で考え女は子宮で考える」という言葉が本当にあるのかどうか、どこから出た言葉なのかは知らない。

若かった私は、その言葉を女性蔑視と捉えてムカついたのだ。


あれから少しは成長した今の私からみれば、ああ、それもアリかな?って思えないこともない(笑)

頭で考えるだけでは答えは出ないし、直感や本能に従うだけでも道を誤る。
つまり、両方が必要なのだ、という教訓


本当のところはどうゆう意味かは知らないけど。


さて、このときの、オッサンがどういう意図でいったのかは今となってはわからない。

女は所詮そういった生き物なんだがら、良き妻となり良き母になるべきなんだよ・・と言いたかったのかもしれない。


これは昭和時代の話だ。
いまどき、そんなことを公衆の面前で言ってしまう男はいないと思う(笑)


ところが、国会議員のオッサンが、

「新郎新婦には、必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい」とか
「子供を一人も産まず青春を謳歌してきた女性の老後を、税金を使って面倒をみるってのはどうかね~。」とか

発言しちゃったんだそうだ(笑)

いくら少子化問題が頭にあったとはいえ、政治家が「ジェンダー差別発言」はまずいし、そもそも、問題はそこじゃないだろうに~。

おそらく、このオッサンたちは、遠い昔の昭和時代から、ちーーとも成長していない人たちなのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカの大学のマスターコースにいる友人で、ジェンダー問題を専門に研究をしている人がいた。

私もその人の話に興味を持ち、自分でもいろいろと調べてみたことがあった。


★女性参政権

過去において、女性には参政権すらなかった。。。

そんな中、一部の欧米諸国の女性たちは、女性の地位改善を目指し参政権獲得に命がけで戦ってきた人たちもいた。
   ↓
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-42971614

これはイギリスの100年くらい前のポスターだそうだが、このように書かれている。
    ↓

法廷用のガウンを着た女性 「ここから出ていい時期なのに、鍵はどこでしょう?」

「犯罪者、狂人、そして女性たちは! 国会選挙に投票できない」



先進国と言われている欧米諸国は、いずれもこーんなものだったんだなあ、と思う。


欧米諸国では長きに渡って「女は結婚し妻となり家庭に入り育児をするもの」という考え方が主流だったようで、
もしも結婚できなかったら? 夫と死別したら? 娼婦になるしかない・・ような時代だったともいわれている。

それでは、男尊女卑と言われても仕方がないだろう。


★日本の昔

では、日本はどうだったのだろう?

日本は明治政府になってから、大きく変わった。
何事にも欧米風を取り入れたため、法の上から、男尊女卑を明確に形づけてしまったように思える。

それまでの藩制を廃止し完全な中央集権にして、列強諸国に負けないよう国作りをしなきゃならなかったんだから、法でがんじがらめにしようとしたのも、頷けないことはない。



それまでの日本をみてみると、男尊女卑という概念は無い。
「専業主婦」という考えもない!


食べていくことがあたり前だった庶民は夫婦揃って働いていた。

小さな子供はおんぶして働いていた。
    ↓
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広重の東海道五十三次より

少なくとも江戸時代の女性たちはバリバリ働いた。

江戸で働く女性たちには、実にさまざまな職業があったという。

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若い女の子たちの憧れの職業といえば、
   ↓
水茶屋・・喫茶店兼休憩所
麦湯売り・・麦湯とは麦茶のことで、夏ドリンクの定番
房楊枝屋・・優雅に房楊枝を売るのが人気だったとか。



パワフル系なら、
   ↓
料理屋・・かなり皿が重かったんで、主に力自慢の女性の仕事
留女・・旅籠の呼び込み専門

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行商人(ありとあらゆるものを売って歩ける)
海苔売り、針売り・・・これは婆さんたちの仕事、海苔や針ならば軽いので持ち歩けるので。


季節商売ならば、
   ↓
枝豆売り・・なぜか子供を背負った貧乏女が多かったそうだ。
鮎売り・・多摩川で鮎を獲って売り歩く



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子供を背負た貧しい枝豆売りの話は講談で聞いたことがある。

スキルがあれば・・
  ↓
三味線や小唄の師匠
手習いの先生
仕立物
養蚕・機織り
見世物小屋の奇術師、軽業師
旅芸人
綿摘み
・・黒い塗り桶に綿を乗せてほぐして小袖に入れる防寒用の綿にする(主に内職仕事だったらしい)
産婆(さんば)
髪結い
・・カリスマ美容師ともなれば超人気でかなりの儲けがあったとか。


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セックス産業がお好みならば、
  ↓
矢場の女
宿屋の私娼
飯盛女(めしもりおんな)
遊郭
(←これもお仕事で月々の賃金も決まっていたし専門の斡旋所もあったらしい。今でいう派遣社員か?)


https://edo-g.com/blog/2017/08/womens_work.html

ざっとあげただけでも、女性の職業は実にいーーぱい。
(ただし・・これは江戸の街やその近郊に限った話なので、貧しい地方にいけば話は別)


農家でも女も同様に畑仕事をしたし、街中に野菜を売りにいったりと、
むしろ、江戸の女は自活力があるので強かったといわれている。

男女の人口比も、男の方が圧倒的に多かったそうなので、女は引く手あまただったとか。
どんな鬼嫁でも、なかなか離縁も出来ない(笑)・・な~んて、可哀そうな男のボヤキも残っている。



これらは庶民の生活だが、武家社会ともなると、これまた話は別になる。

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武家社会では、「完全なる家長制度があって、女は家にいるもの」とされていた。

自由に出歩きも出来ないし、恋愛も結婚も個人の自由はない。

これでは女は男の所有物かい? 男尊女卑?と現代では勘違いすることも多いけど(笑)

これは単なる女性の「役割」 お役目なのだ。

武家は、とにもかくにも「お家の存続」重視。

男も女もそれに向かって一丸となっているだけなのだ。


男だって、自由恋愛⇒結婚、ができないのは一緒。 結婚もお仕事でありお役目。
男性は側室を持つこともできたけど、それだって、好きな女ならだれでも簡単に側室に出来たってわけじゃない。

まず、養えるほどのカネ持ってる殿様じゃなきゃならないし、側室を選ぶにしても周囲に認められた人でないとアウト。
悪い風評がたてば、お家おとり潰しにも繋がる。 おとり潰しが流行ってた時代でもあったから(笑)


殿には殿の仕事(お役目)があり、妻には妻の仕事(お役目)があり、側室には側室の仕事(お役目)があるという完全分業制。
家を守り繁栄させるために一致団結した協同組織みたいなものだったのだろう。


では武家の妻の仕事とは?

奥の総取締。
お金の管理、使用人たちの管理、側室がいれば彼女たちのケアー役、客人の接待、夫のサポート、情報集めをしたり、夫の相談役だったりと、ありとあらゆる奥向きの仕事が山積み。

ただし家事は下男・下女がやってくれるし、子育ては乳母がいるし、長男ならば、傅役(もりやく・教育係)という人物が、ちゃーんと付いていたはずなので・・それらの管理役。

これが、江戸時代の奥方の主なお仕事だ。


https://jjtaro-maru.hatenadiary.org/entry/20110123/1295765493


一番気の毒だったのは、30俵二人扶持あたりの下級武士。
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http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im4146593

格式を重んじる武士はバイトも出来なけりゃ、奥方を働かせるわけにもいかない。
それでも武士と名がつく以上、しきたりにがんじがらめになるし、冠婚葬祭のしきたりだけでもカネはどんどん出ていくだけ。

庶民のような自由は少ない。
個人の自由を愛する人なら、この時代、武士には絶対生まれたくないだろう(笑)
たとえ高級武士であってさえも、


さて、武家社会がこのように確立されたのは、おもに徳川政権が確立から。


★明治時代以前に活躍した女性たち

それ以前、まだ戦国の気配が残っていた頃の徳川家康さんの時代だと・・
女性の表舞台での活躍も大きかったのだ。

家康さんはたくさんの側室を持っていたけど、中でもお気に入りだったのが、阿茶局(あちゃのつぼね)、彼女は大坂の陣では豊臣方の交渉役も務めたことでも有名な人だ。

出自も甲斐武田の遺臣の娘というだけで特別良い家柄では無いし、家康との間に子供をもうけたわけでもないのだが、彼女の才気を買って奥向き一切を任せ、しかも家康の相談役でもあり、敵方の交渉役にも抜擢されたという人だ。


もう少し時代を遡れは、のぼうの城に登場した、忍城の城主・成田氏長の娘、甲斐姫

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「東国無双の美人」と賞賛された一方、軍事に明るく武芸に秀でていた人でもあり、

1590年7月、豊臣方の小田原征伐の際に石田三成が率いた23000人の豊臣軍を相手に、兵300領民2700人のたった3000人で抗戦。

クレージ~。
なんなんだ? この、不屈な戦闘魂は!

石田三成は10万人もの人夫をかき集めて水攻めなどを行ってもなかなか落ちず、 逆に主家の小田原城・北条氏の方が先に降伏しちゃったというお話。


もう、こうなると、男も女もないのかもしれない(笑)


戦国の世であれば、女であっても家を守るためには、甲冑に身を包み戦略に長け、第一線で活躍した女たちもいたのも事実。

実際、乗馬や弓矢が得意な姫君も多かったらしいし、また家によっては、幼少の頃から兵法・武術も教育されていた姫君もいたという。


も~っと時代を遡れば、巴御前
木曽義仲(源義仲)の側室であり、この人は武者としても源義仲に仕えていた人でもある。

314px-巴御前


「平家物語」によれば、「巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。」と美しさを賛美される一方で、「強弓精兵、一人当千の兵者(つわもの)なり」

めっちゃ美人でありながら、めっちゃ強かった女武士と書かれている。(もちろん、脚色かもしれないけどね・・)

最後は、義仲軍はたったの7騎になり、敵襲の際に巴御前が一人奮闘して義仲を逃がしたという。

まさに主に使える武士の鏡(笑)


『吾妻鏡』によれば、
当時の甲信越地方の武士の家庭では女性も第一線級として通用する戦闘訓練を受けている例は存在する。
鎌倉時代にあっては、女性も男性と平等に財産分与がなされていた。





中世~明治期あたりまでをみると、庶民であれ武士であれ、日本の方がずーーと女性が活躍できる場があったようだ。
同様に、決して女性の地位が低いというわけでもない。


それ以前の古代をみると、古代日本は母系・父系双方の親族集団に属する社会だったので、豊富な経験と統治能力があれば、女性でもさまざまなポジションも可能、事実多くの女帝の存在がある。


ただし、8世紀に律令官僚制が導入されると、表舞台は父系・男性優位の原理が埋め込まれるようになったのも事実。

なぜか海外に見習うと、明治以降も同様だけど、男性を表舞台に立たせようつとする意識が導入されてしまうようだ。

それでも、また乱世に入ってくると、女武士やら女政治家も台頭してくるんだから、日本という国は根本的な意識の底には、
ジェンダー差別という意識は持ち合わせていないのかもしれない。

むしろ役割の違いこそあれ、日本人の中には基本的に同等という感覚を持っていたような気がする。




★フランスの話

それにくらべて、中世~近代の欧米諸国では女性は大変だったようだ。

フランスはパリでさえ、ひとりの女性が働く場所はほとんどなかったという。

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せいぜい、若いうちなら帽子屋さんやドレス屋さんのお針子に雇ってもらえるかもしれない。
でも、それで独り立ちするのは皆無。 ショーウインドーのそばでお金持ちでステキな男性が自分を見初めてくれるのを待っている子が多かったという話が残っている。

結局のところ、一人で女が働ける場所が無い以上、男性に養ってもらうしかないのだ。
行きつくところは、妻か娼婦か? 二者択一?


なぜ江戸の女たちのように、さまざまな行商でもして、自活しようとしなかったのだろう?

おそらく、世間がそれを許さなかった! そんな気がする。 

仮に女性が売り歩いたとしても誰も買ってくれなかった・・ということかもしれない。 
男の仕事をする女は世間から敬遠された?

つまり、何をやってみても商売にならない。


唯一女性が売り歩けたのは「花」だけだったそうだ。

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江戸の男たちは、商品がよければ女だって男だって構やしない。
むしろ、キレイな女の行商から買いたい!て思ったのか?(笑)

女がひとり立ちするには、あまりにも過酷だった欧米社会。



それでも、フランス中世期を登り詰めた女性もいる。

マダム・ポンパドール(Madame de Pompadour)だ。 

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ルイ15世の公妾だった人。・・公妾ってなんや?と思ったんだけど、公の認める国王の妾ってことで、公妾ともなれば、かなりのお手当も支払われるようになり身分も保証される、れっきとした役職でもあるらしい。

このマダム・ポンパドールは、銀行家だった平民出身の家柄。
ところが、両親はブルジョワ階級並みの教育を施し、18歳?だったころに「ハクをつけさせるため」に結婚させられる。
(注:当時フランスでは、未婚者の場合は不倫とされるけど既婚者が浮気をしても恋愛とされたとか?
いずれにしても、当時のフランスでは一度結婚経験がある女性の方が価値は上がったのだそうだ。)


その後超一流サロンに出入りするようになると、国王ルイ15世に見初められて公妾となって王宮入り。

美しかったことはもちろんだけど、この時代のフランスでは、美しいだけの女は相手にされない。

誰にも引けを取らない教養、会話術、ファッションセンス、審美眼がものをいう時代。


それでいて、やっぱり、この時代は、貴族階級だけがモノをいう時代。
平民階級の彼女は、どれほど素晴らしい人物であっても、王宮では白い目でみられたという。

もちろん、人々の妬みだってあったことだろう。

ところが、彼女はしだいに周囲の人々を味方につけてしまう。
王妃も貴族階級のおば様方も、宰相も大臣たちも、誰もかもが彼女のファンになっていったという。


夫であった、ルイ15世は政治には無関心ですべて人任せ。
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当時のフランスは決して安泰だったわけではない。

なんといっても七年戦争の時代だったのだから。

そこでマダム・ポンパドールは、政治に乗り出すことになる。

昼間は執務をとる。

彼女の一番大きな功績は、1756年、オーストリアのマリア・テレジア、ロシアのエリザヴェータと通じイギリスに対抗し、プロイセン包囲網を結成したことかもしれない。
(あ、ぜんぶ、女性政治家だよね~)

とくに宿敵オーストリアと和解にこぎつけたことは、彼女の画期的な快挙だったのだ。
のちに、その和解の証としてマリー・アントワネットがフランス王室に嫁ぐこととなるんだけどね~。


でも、マダム・ポンパドールのお仕事は公妾なんだから、本来はルイ15世との夜の寝室が舞台なのだ(笑)

もともと体が弱かった彼女は、昼は政治で、しかも夜の相手なんかしてたら体力が持たない。
そこで30歳を超えた頃から、きっぱり断って、国王をささえる「親友」に徹したという。

その代わり、国王のために鹿の園(ベルサイユの森に開設したとされる娼館を建ててルイ15世好みの若い女性たちにお相手をさせたそうだ。
それも市井の女の子たちに賃金を払って雇い入れたのだという。


彼女の功績は政治手腕だけでなく、啓蒙思想の庇護者でもあり芸術の熱心な愛好家でもあり、多くの芸術家のパトロンとなり庇護し、芸術の発展にも努めてた。 

これがフランスを中心に、優雅なロココ様式の発達した時代へと繋がることになる。

結果的に、マダム・ポンパドールは42歳でベルサイユで亡くなるまで、王が最も信頼する人として寵愛を受け続けたという。
(当時、死病に侵された人間は僧院に移され、ベルサイユから出される慣例だったそうなのだが、彼女だけは特別扱いだった)


Wikiで

ポンパドール夫人というのを調べたところ、
このように記述されていた。
   ↓

フランス国王の公式の愛妾となったポンパドゥール夫人は、湯水のように金を使って、あちこちに邸宅を建てさせ(現大統領官邸エリゼ宮は彼女の邸宅のひとつ)、やがて政治に関心の薄いルイ15世に代わって権勢を振るうようになる。



なーんとなく、このニュアンスって・・女が有能な政治家であることなんて許せない!というタイプの男が書いた記事のような気がして苦笑してしまった。

日本においても、男に代わって政治手腕を発揮した北条政子や日野富子を悪女にしておかなきゃ気が済まないという人もいるけど、まあ、似たようなものか~。




そういえば・・
ずいぶん前だったけど、ポンパドールスタイルという髪型が流行ったことがあったなあ。。。

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前髪をふわっと丸くしてアップにするスタイル。 もともとは彼女が考案して流行させたとか。

また、私が東京に住んでいた頃、ポンパドールってパン屋さんがあったなあ。
赤っぽいロゴでたしか、ロココ調の貴婦人のマークだった記憶がある。

何百年も経遠い日本でも彼女の名前は伝えられているってことなんだなあ。



★イギリスの女王の例


一方、高貴な生まれの女王であっても国を傾けてしまうという悪い例もある。

イギリスのメアリー1世は、ブラッディ・マリーの異名を持つくらいの人だし(笑)

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結婚制度って?のブログでも書いたけど、
ヘンリー8世と最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの娘、エリザベス1世の異母姉妹のお姉ちゃんだ。

メアリー1 世は熱心なカトリック信者であったため、イギリス国教会もプロテスタントも、メチャメチャ殺しまくった。 
貴族であろうが一般市民であろうが、あまりにも殺戮の限りをしたために、ブラディー「血まみれ」と呼ばれるようになったとか。

11歳年下のスペインのフェリペ2世と結婚し男に溺れ、イングランドを危機に陥れた人としても有名。
フェリペ2世の方は国益のための結婚と割り切ってたようで、都合をつけてスペインに帰ってしまう。
どーやら私捨てられたらしい?と知ると・・メアリーはますます危ない人になっていったという。

自分に反対する一派を粛清し、反対する庶民も殺害、まるで独裁ぶり。 こりゃもう、恐怖政治だ!

国民からは嫌われ恐れられ、早くエリザベスの時代にならないかと皆が待ちわびていたという。
メアリー一世の訃報を聞いたとき、国民がみな歓声を上げたという。(死んで大喜びされるってのも、すごいもんだにゃ!)


だからといって、女だから恋愛に溺れやすいということではないようだ。
男性君主でも恋に走るあまり国を傾けてしまった例は実に多い。
(えっと・・誰だったか忘れちゃったけど、君主(男)が男の恋人に心を奪われて国をメチャメチャにした話もあった)


要するに・・領土を収める者は個人的感情は後回しにしなければならないのだ。

そこに男女差は無く、国家を収める資質があったか? 国家を収める責任を持っていたか?ということに尽きる。


★中国・朝鮮、そしてイスラム圏では?

まず、中国と朝鮮史を調べてみたのだが・・

国を動かすような女性というのが、見事なまでにいないのだ!
これには、びっくり。

あ、唯一いた女帝は、中国の則天武后
ただし、ポンパドールのように自分の才覚で味方をつけて、のし上がったというよりも、「君主の母や妻が代行する政治」という状況をちゃっかり利用しただけのようなのだ。

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この人、憎らしい側室を抹殺するために、自分の娘を殺してその女に罪を擦り付けるとか‥結構あざといことをいっぱいしてる。
まさにドロドロした女の世界の、コワーい人でもある。


なぜか、古代中国や朝鮮では、女は美人に限る!という風潮が強かったようで、
側室にするには、出自よりも美人であればオッケ~。
フランス人のように教養にもこだわらない。 そんなん、無くってオッケ~。 

礼儀作法くらいはちゃっちゃと教育して王宮に差し出すということをしていたようだ。

うーーむ、ひょっとすると・・こちらの国々の方が徹底した「ヒエラルキー社会」で「男尊女卑」の国だったのかもしれない。

欧米諸国でも同じ傾向はあるけど、それでも女性たちが政治を行っている例がいくつもあるのに・・
むしろ、「皆無」という事実の方に驚いてしまう。


男の世界には口出すな!の世界なのか?


同様にイスラム圏の歴史上でも重要な役割を果たした女性というのが、あんまり出現していない。


ただ、古代にはスキタイの女戦士や、女族長なんかもいたので、第一線で戦う女性もいたようだ。
「いたようだ」というよりも、むしろ、女戦士が多い(笑)
  
イランササニッド時代の女性(西暦226〜651年)
     ↓
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スキタイの女戦士
   ↓
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https://freethoughtblogs.com/taslima/2012/07/07/women-had-more-rights-in-pre-islamic-period/


ところが、イスラム教が起こると、

イスラムの社会秩序の中では女性は男性に守られるべき存在であり、公的なポジションに女性が就くことは稀になった。

その代わり家庭内では女性が完全に仕切っていて男は口出しできなかったという。

家庭内の教育も母親の役割であり、女性の地位が低いというわけでもなく、やはり、完全な分業化だったといえそうだ。


しかし、朝鮮では家の中でさえ男(家長)の権力は絶対!

儒教のせい? で、女性は男性に服従しなければならない、ということだったのかもしれない。

ただ・・そういった儒教精神が支配するということは、
彼らの意識ベースに「それをすんなり受け入れる国民性があった」と言えるのかもしれない。


チャングムの誓いという、女性の立身出世ドラマが流行ったらしいけど・・
あの時代「人の体に触れる職業は卑しい」とされていたため、結局のところ、医女として宮廷の女官になろうが、「偉大なるチャングム」の称号をもらおうが、奴婢であることには変わりはなかったようだ。

実際は身分が上がることさえなく、上位のものには一生服従を強いられるという。
すべては生まれで決まり、男女差の壁も破れない。

そこには曖昧さはなく、実に徹底されていたようだ。

そんなに蔑まれてきた歴史があれば、そりゃ、女性は火病にでもなっちゃうかもしれない(笑)
と、なんだか同情的な気持ちにさせられてしまった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうやって、ざっとだけど、さまざまな国のジェンダー史をみていくと、

基本的に日本はジェンダーによる差別は無かった国といえそうだ。

もちろん、それぞれの時代・地域によっては、男女差別が強い地域もあっただろうし、今でも残っている地域はあるのかもしれない。

それでも、やっぱり同時代の各国と比較してみれば、差別という感覚は少ないように思う。



大きく変わったのは、やはり・・明治政府になってから。

西洋諸国の価値観を導入したことによって明確な男女差別を形作ってしまったように思える。

たとえば不倫。 この時代の言葉でいえば「不義密通」のことだが・・

●江戸幕府の定めた「御定書百箇条」によれば、「密通いたし候妻、死罪」
不倫した女もその相手の男も死刑・・・実にシンプル(笑)

●ところが、明治の法律では、
妻が行った場合は夫の告訴によってその妻と相手の男とが処罰(禁固6か月~2年)されたが、夫が行った場合、その相手が人妻でない限り処罰されない・・というもの。



どうみたって明治時代の法律は不平等過ぎないかい!


江戸時代の法は、「どっちも死刑」と、実にシンプルで厳しかったものの・・実際にはそこんとこは曖昧にされていた部分も多い。

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「すんませんでした~! 深く反省してますよってに今度だけは勘弁してください。大事になると家名にも傷がつくし奉公人も路頭に迷わせることになりますし~。」

「しゃーねーなあ。 んじゃあ、今回限りは、お目こぼしにしてやろう。」

なーんて具合に。

さらに、あれだけ厳しい武家社会においても、
「こんなことでお家取り潰しじゃ気の毒だ。もともとは良い領主なのだから、今回はお目こぼしにしてあげよう。」とか

身分違いの恋愛で、泣く泣く恋を諦めようとする長男のことだって、
「まあ、アイツは良い跡取りの素質十分だし、相手の女も身分が低いというだけで立派な嫁になる素質は十分なんだから、武家のしかるべき家の養女ってことにして、一緒にさせてやろーかの。」
なーんてことも、そこそこあったらしい。

ま、何事にも「お目こぼし」ってヤツがあり、日本人特有の「本音と建て前ってヤツ」があった。

それを「汚い不正」と捉えるか、それとも「情状酌量の温情」と捉えるか?

それは時と場合にもより、人によって受け止め方も違うことだろう。


欧米諸国が、常に善か悪かの徹底した二元論になってしまうのに対して、

日本は、ゆる~~いところだ。


欧米的二元論は、長年に渡ってキリスト教会によって支配されてきたということが大きな原因だろう。

一方、日本人は厳しい法を施行されよるが仏法やら儒教を説かれよるが、結局のところ、心は自然体なのかもしれない。

だからこそ、一神教に支配されることもなく八百万神(やおよろずのかみ)がいる国なのかもしれない。


ジェンダー問題もまた同様。

男のくせに! 女のくせに!なんて言葉を発しながらも、
ま!いいか~! アイツはアイツで頑張ってろんだし、どっちでもいいや!というところに落ち着いてしまう。

どこか、そのような生き方が見えてくる。


つまり・・

現代の女性たちが思うような・・
「昔から女は子供を産む道具にされてきた。 男尊女卑の世界だった」という意識は、
当時の女性たちは持ち合わせていなかった。

それぞれの役割にプライドを持って生きていたように思える。


そうは言っても、
いつの時代だって、自己中人物はいるし、レイシストだっている。


それでも、こうやって歴史を眺めてみると、総じて日本人はゆるーく生きてたのかな、という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現代でも、ある種のオッサンたちは、いまだに「女は結婚して子供を産むもの」と信じて疑わない人もいるのかもしれない。

それは、明治政府が植え付けた先入観から抜けられなくなっちゃってる人たちなのだろう(笑)
かわいそうに~。


言うまでもなく、男も女もそれぞれの生き方がある。


「結婚して子供を持ち専業主婦になること」もその1つ。


ただし、自らがそう望んでしたことと、「女だから、そうしなきゃならない」と思ってしたことでは、そこには大きな意識の違いが生まれる。

また男性側も同様だ。

心の底でジェンダー蔑視を持ち「女は男の仕事に口出すな! 育児と家事だけしてろ!」
なーんて本気で思ってるとしたら、そこに未来はない(笑)


夫がどんどん出世し家も安泰・繁栄した家というのをみると、妻が夫の相談役にもなっているケースが実に多い。

徳川家康さんの「阿茶局」さんも、秀吉さんの「おね」さんも、山内一豊の「千代」さんも、夫の仕事に口出ししまくってる(笑)
夫も、ちゃんと耳を傾けている。

アメリカのメイシーズという有名デパートの共同責任者、イジドー・ストラウスは、なんでも妻のアイダに相談したという話も残っている。(19世紀~20世紀初頭にかけてのアメリカでは妻は専業主婦、一般的に男は仕事上のことは妻に話さないのが常識)


戦国時代の領主であれば、「お家思い」の、先祖代々の家臣も多かっただろうし、相談役もいたことだろう。

ところが、今、唯一のブレーンになりうるのは、外で働く夫にとって妻だけなのだ。

結局のところ、どんな時代に生き、建て前はどうであれ・・やはり、信頼できる最強の見方を持っているかどうかで、今後の運命は大きく変わることだろう。

「夫婦」は最小限の最強チームといえそうだ。

そこに、ジェンダー蔑視なんて入り込む隙はないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

私はそんなことを学んだ気がする。

どんなに血筋がモノをいった時代だったり、女性の進出が難しいとされる時代であってさえも、

マダム・ポンパドールのように、いつのまにか周囲を賛同者に変えてしまい、自分の望む道を進んだ人もいたわけだし、それも可能だったという事実。

明治の時代にだって、与謝野晶子さんのような、超スーパーウーマンだっていた。

早い話、
その気になりゃ、どんな時代だってなんでも出来る!

それを時代や世の中のせいにして、男社会が悪い!なーんて愚痴ってるよりも成し遂げようぜ~!


と思う私でもある。


ああ・・ただね~、昔の中国や韓国に女として生まれたらどうだったんだろう?・・と、ちと、それだけは自信がない。

いやいや、実のところ中国や韓国にだって、歴史上のスーパーウーマンはいたのかもしれない。
ところが、後の政府がその事実を知られることを恐れて、記録を焼き捨ててしまっただけかもしれない。

真相は闇の中だ。

サイコパス

以前サイキックの友人が、こんなことを言ったのを思い出した。

「人は誰でも固有の波動を持ってるし、私はそれを感じることができるんだ。
だからね、後ろから誰かが近寄ってきても、もし自分が知ってる人だったら、それが誰なのか、すぐにわかるんだ。」

「それに、中にはクレーやら黒っぽいものが、体の部分を覆ってる人もいるんだよ。」

どうやら、その人には、こんなふうに見えているらしい。
     ↓
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これは何かというと・・

その人の持つ病巣だという。

お腹のあたりに黒っぽいものが見えるときは、胃の病気だったり、胃癌が進行していることもあるそうだし、
頭にあれば、頭部になんらかの異常がある場合。

ただ、肉体的な病気というだけでなく、人の邪心もまた、同様に見えるという。

邪心というのは、良からぬことを企んでいる場合など。


「腹黒い人って言葉があるけど・・実際、誰かを陥れようと考えてる人は、お腹のあたりが真っ黒くみえることが多いよ。
また、いつも落ち込んだり悩んでる人は、頭の部分がグレーや黒に見えることもあるよ。」


これは、熟練した気功師、整体師といった職業の人にも見えたり感じたりすることができるらしいので、
特別な能力というよりも、訓練さえすれば、誰にでもわかるようになるのかもしれない。


体を蝕む病巣も、不安・妬み・恨み・悲しみといったネガティブマインドも同じなんだなあ~。
少なくとも、同じように見えてしまうんだ~!

・・と、私は納得してしまった。


ところが、そのサイキックの友人に言わせると、

「ほとんどの人の気の波動もわかるし、病巣があれば黒っぽくみえるんだけど・・
ごく稀に、どーしても、よくわからない人がいるんだよ。」


ということを言っていた。

「それって、どーゆうことなの?
本人が見せないようにバリアを張ってるとか?」

こんなふうに。
   ↓
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「さあ、それもよくわからないんだ。
まるで感情を何も持ち合わせてないかのように・・しかも波動まで感じないんだから、さっぱりわからない。」

「それって宇宙人だから?」

「いや、宇宙人だってちゃんと波動はあるよ!」
(←宇宙人と出会ったことがある?)

「それじゃあ、どうしてなのか知るためにも、付き合ってみればいいのに。」

好奇心の塊の私は、そう言ったのだが・・

「いや、なぜか自分の直感が、すごくヤバイ! 絶対近づくな!って言うのがわかったから、目も合わせないようにして遠ざかった。
本当に、ただ感じないっていうだけじゃなくって、不気味で嫌~なカンジだけはわかるんだ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、そんな会話を思い出していた私だったが・・

それって、サイコパスの人だったんじゃないだろうか?

サイコパスの記事を読んでいた時、いきなり、そんなことが頭に浮かんだ。

こちらにその英文記事から動画に編集されたものをみつけました。
    ↓


サイコパスだったのは、6歳の女の子。
おそらく、もっと幼少のときからサイコパスだったのだろうが。

サイコパスになってしまう原因はわかっていない。
先天性のもの、遺伝によるもの、または、幼い頃の家庭環境によるもの・・などと、色々あげられるものの、決め手はまったくないらしいし、当然、治療法もないという。


こちらは、Wikiからの引用だけど、サイコパスの定義は以下のとおり。

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによる定義。
   ↓

良心が異常に欠如
他者に冷淡で共感しない
慢性的に平然と嘘をつく
行動に対する責任が全くない
罪悪感が皆無
自尊心が過大で自己中心的
口が達者で表面は魅力的



サイコパスの主な特徴は、極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義

サイコパスの人間の大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。

サイコパスは次のような職業に多いとされている。
   ↓

金融商品関係者(金融商品仲介業者) (stock promoter)
政治家
警察関係者
中古車営業
傭兵 (mercenary)
弁護士



また、他にも次のような者にも多いらしい。
   ↓

連続殺人犯
レイプ犯
泥棒
詐欺師


精神病質(せいしんびょうしつ、英: psychopathy、サイコパシー)

簡単にいうと、

冷静沈着、頭脳明晰な人が多いようで、
それでいて、良心の呵責はまるでなく、他者に共感する感情がないため、どこまでも残酷になれる。
自分の欲求を満たすためならば、他人はただのモノとしか見ない。

これならば、いくらでも完全犯罪も可能になることだろう。
また、出世を望めば、いくらでもトップに躍り出ることも可能だろう。

政治家、弁護士、警察関係者などに多いうのにも頷ける(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はいまだに、完全なサイコパスには出会ったことがない。

まあ、それに近いような人たちは、かなり見たことはあるけど(笑)

血も涙もないような冷血漢だとしても、ほとんどの人には、「好きな人」だったり、好きとまでは思わなくても、「好感が持てる人」という存在がある。

コロンバスの銃乱射事件だったか? その犯人でさえ、自分に親切だった学生だけは素通りして殺さなかったという。
サイコパスだったら、どんなに自分に親切にしてくれた人であっても、平気で殺すだろう。


どんなに残虐な殺人を犯しても、彼らは、心拍数すら上がらずに殺してのけるという。
ウソ発見器? そんなものは役に立たない(笑) 平静のまま平気で嘘をつけるんだから。

楽しくて興奮のあまり、心拍数が上がることはあるようだけど。



私は、そんなサイコパスには、いまだに出会ったことはない。(←ひょっとしたら、気がつかなかっただけかもしれないけど。)


ただ、小説や映画の中では、ずいぶんたくさん出会っている(笑)

オーデュポンの祈りという小説をご存じだろうか?
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伊坂幸太郎さんの処女作だったんだけど・・この小説の中に、城山という男が出てくる。

中学生の頃から頭脳明晰で、しかも残忍な性格。 自分を決して裁かれない立ち位置において、人を破滅させることが何よりの楽しみという男なのだ。
現在は警察官になっている。
警察官ならば、権力を利用できるし、自分の楽しみを遂行しやすいから警察官になったというくらいの男。

ああ、これこそ、典型的サイコパスだよな~って思う。

この男はまだ警察の上層部にいたわけじゃないけど、もしも、こんな男が世界を動かすような位置にいたとしたら・・と想像しただけで、嫌な寒気がしてきた。



また、きのう、In Deepさんとこのサイトで、こんな記事を読んだ。
   ↓
地獄に住む私たち : アメリカで次々と明らかになる悪魔的事案が語る2019年

バイオテクノロジー企業ステムエクスプレス (StemExpress)の CEO は、胎児の心臓と無傷の胎児の頭を医学研究者に供給していたことを本質的に認めた。

CEO はまた、その場合、身体についている頭部が「身体から引きちぎらてきた可能性がある」ことも公聴会で認めた。



とんでもないことだ!

しかも・・

胎児の組織を実験動物に移植するグロテスクな実験。これは、国民の税金でおこなわれている



やっぱり、事実、こんなことも行われていたんだな~と。

これまた、トップにいるCEOは、サイコパスかまたは、サイコパスに近い人々なのだろう。


こんなニュースを耳にすると、アメリカってのは、なんて恐ろしい国だ!と思われるかもしれないが・・
これって、アメリカだけでなく、多くの先進国で行われていることかもしれないのだ。


むしろ、アメリカで明るみに出たということは、「それを真剣に調査してすっぱ抜いた人たちがいた」ということでもある。

もしも、政治がらみで圧力をかけてしまえば、ひょっとしたら表面化することなく、国民は知らないうちに、ずーーと続けられているかもしれない。 当然、CEOたちは罪に問われることさえ無いのだから。

こんなダークな犯罪をもみ消すことなく、ニュースに上がったことだけでも良しとすべきなのかなあ?(←こんなレベルで良しとしなきゃならない世界って?)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サイコパスは、私たちが気が付かないだけで、かなりの数が存在しているのかもしれない。

ルックスもいいし優しそうで笑顔がステキな人だとか、
高学歴で育ちがよさそうとか、
高い役職についていてお金持ちだとか、



いまどき、そんなことだけで人を信用してしまうような未熟者は少ないとは思うけど・・・

ひと昔前には、

「まさか、あの人が!
挨拶もちゃんとする良い人だったのよ~」

なーんて、近所の人たちインタビューに答えてる映像を何度もみたことがある。

凶悪犯罪の犯人だってのに!(笑)

「いい人」を演出することくらい、サイコパスだったらチョロいもんだぜ!

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さらに怖いのは、サイコパスは大人だけじゃないってこと。

サイキックの友人はこんなことも言っていた。

「ある6か月の赤ちゃんをみたとき、なぜか、ぞっとしたことがある。」と。

その友人は、子供大好き、とくに赤ちゃんはどんな子でもすべてかわいい!と言ってのけるくらいの大の子供好きなのだ。


なのに、その、ニコニコ笑ってる赤ちゃんの顔をみた瞬間に固まったそうだ。


赤ちゃんにはまだ固有のオーラや気(波動)のようなものは出来上がってないことが多いらしいのだが、
なぜかわからないけど・・その赤ちゃんには、ぞっとする感覚があったそうだ。

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生まれながらに、サイコパスとして生まれてしまったということなのか?


最近の研究では、空気汚染、水質汚染、また、食事によっても、胎児に大きく影響を及ぼしすことがわかっているという。
自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群なども、そこらへんに原因があるのかもしれない、などという説もある。

サイコパスもまた、そういった原因があるのだろうか?

結局のところは、まだ、なにもわかっていないのだ。
そして、治療法もない!


私たちに出来ることは、くれぐれもサイコパスを引き寄せないことだ。

身を守る方法は、自分の感性を磨き、人格に磨きをかけることだけかもしれない。

引き合うものさえなければ出会うことも稀だろう。

科学と老子もすでにドッキングしている世界

日常の仕事中に思ったこと。

小さな会社だと、社長も従業員も一緒になって全部の仕事をすることが多いけど、
大きな会社になれば、オフィスの仕事は、それぞれ完全分業されている。

つまり、それぞれの部署があり、しかも自分の部署の、自分の分担の仕事だけをすればいいのだ。


私の仕事を例にすれば、 私はフォワーダーの会社の輸入通関部署なので、
「輸入通関してトラックの手配をして貨物が指定の場所に納入されるための指示書を発行する。」 
それも、私に与えられた、いくつかのクライアント分だけをやればいいのだ。

自社倉庫に納入された後は倉庫部署が引き継ぐ。
客先からクレームが入れば、営業部のクレーム担当が引き継ぐことになる。

このように分業されている。 
それはどこの業界のどこの会社でも同じだろう。

なぜなら、その方が合理的に流れるから。

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ところが、それは良い部分もありながら、悪い部分にもつながることもある。


新入社員が入ってくると、とりあえず業務に必要なことだけを教える。
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「この書類が回ってきたら、ここんとこをみて、Aの場合はシステムにこれを入力してBだったらこうやって入力して、終わったらこの書類はあっちの部署に渡してください。」と。

本来ならば、なぜ、この書類が回ってくるのか? なぜ、Aの場合とBの場合があるのか?・・・そこから教えるべきなのだろうけど、

昔と違って新人教育に時間を割けないため、そこらへんのところは当然理解しているはずの経験者を採用することが圧倒的だ。 (新卒は採用しない、中途採用を雇用という会社が多いのもそのせいだろう。)


しかし実際には、以前は同様の業界経験者であっても、以前と部署が変わったり仕事内容が少しでも変わると、大いにとまどってしまう人も多い(笑)

とくにそれは、大手会社からやってきた人に多い兆候だ。

そう、大きい会社というのは完全分業であり、自分の部署の自分の仕事だけをやっていたからだ。


逆に小さい会社からの転職者は、どの部署に配属されても、それなりに出来てしまう傾向がある。

すべての業務の流れを把握しているし、また、すべて経験させられてきたからだろう。



業務に関係する仕事どころか、パソコン接続したり、不調になったプリンターやコーヒーメーカーまで修理できちゃう人さえいる(笑)

つい最近、会社のリフォームがあって、朝一番でパソコンを繋ぎ直さなければならなかったのだが、

さっさと自分で繋いで、さくさくと自分の業務をはじめてしまう人と、システム部の人が来て繋いでくれるのを順番待ちしてる人と大きく2つに分かれた。

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「わ@ すごい! なんで自分で配線できちゃうの? 私、家のWindows10だったら出来るんだけどな~。」

まあ、そりゃあ・・個人で使うWindows10とは違うからね~。


そんなことを言う人は、だいたいにおいて、大きい会社でしか働いた経験しかない人たち(笑)


ある程度の大会社で長年働いていれば、会社全体の流れを把握していなくても、
なぜ、この書類が回ってくるのか? なぜ、Aの場合とBの場合があるのか?さえ、理解していなくても、

業務は周り、毎月安定した収入を得て生活も安泰となる。

だから就職は大手に限るって人もいれば、そうゆうところがイヤだ! という人もいる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こういった分業化傾向は、いまでは至るところにみられる。

いちばん、分かりやすいのは医学界の分業化だろう。

以前こちらのブログでもアップしたように
    ↓
血圧のガイドラインというもの

●専門分化主義
●標準化によるマニュアル治療法を行う


といった問題点をあげたことがあった。

もっとも最近の医療界は、そういった考え方も反省されてきて、全体の流れを把握する「ホリスティック医療」にも関心が高まってきたのは、嬉しい限りだ。



分業化するということは、カテゴリー化することでもあり

自然(ネーチャー) Vs. 人間

科学 Vs. 精神世界(宗教など)

精神 Vs. 肉体

理系 Vs. 文系

先進国 Vs.後進国

など・・ありとあらゆるものを対極に置いてしまうことにもなる。

こうなると派閥だとか、宗派の違いにこだわりだして、自分とこだけしか見えなくなっちゃうケースも増えるのだ。


あ、だからといって・・・カテゴリー化したり、対極化させるのが一概に悪いこととは言えない。

なぜ? そうなってるの?と疑問を持って考えるときは必要なプロセスだと思う。


「なぜ、この書類が回ってくるのか? なぜ、Aの場合とBの場合があるのか?」を、
なーんも考えない人よりは、ずーーと喜ばしいことかもしれない。



だけど、ここで新たな問題!

思考がカテゴリー化したまま、分業化したまま、分離したまま・・になっちゃうということ。

統合することを忘れちゃってる。

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自然(ネイチャー)・地球・宇宙と自分の肉体も精神も感情も1つになる。
自分の中に自然(ネイチャー)があるともいえる。


そういったことは、私たちの摩訶不思議な体のしくみをチラっと学んだだけでも、感じることだ。(長くなるから、ここでは例はあげないけど・・)

私たちの体内でさえ、実に摩訶不思議としかいえないものが多々あって、それを研究者ほどよく知っている。
彼らは、「まさに、サムシング・グレートの世界だ!」と驚嘆したりする。

そう、まさに(笑) 


ここにくると理論ではなく、まさに「感じること」になる。


ロジカルに、カテゴリー化したり分離しながら調べて考えぬいて、いきつく先には「感じること」で統合されるのかもしれない。


論理性と感性はセットになっている。

どっちか一方だけを使っても本当に知ることは出来ない。

そんな気がする。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・


二元論で有名なのは、デカルトで数学者であり哲学者でもあった人で、自然科学の哲学的な基礎を作ったともいわれてる。
「心と物質は互いに独立して存在している」とした人とも言われている。

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「我思う故に我あり」というのは、誰でも知ってるような有名な言葉。

この言葉だけが独り歩きしちゃってるけど・・どうゆう状況で彼がこれを言ったのだろうか?


数学&哲学の視点から、彼はこの世の「疑いようのない真実」を見つけようとしていた。 絶対的真理ってヤツ。

そのため、彼はありとあらゆる周囲のものや、自らの心や肉体さえも疑って考えた。
目の前にある世界は、本物だろうか? 「我々が認識するものはすべてが幻想、無に等しいものかもしれない」と。

まるで仏教思想の原点にも通ずるかのような・・(笑)


それでも、「今こうやって全てを疑っている自分の意識」の存在だけは、確実にここにある。
それを「疑い続けているものがいるということだけは真」であり、それこそが絶対的な真実なのだ、と気がついた。

それは意識なのだ!ということに。・・・なんだか禅問答みたいな。

それが「我思う、ゆえに我あり」という言葉になった。




彼、実体二元論という「モノとココロという本質的に異なる独立した二つの実体がある」という説を唱えたようだけど・・
この図をみると・・分類しながらも1つの流れを作り統合されているように思える。

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実体二元論_wikiより

実際にデカルトはこんな言葉も残している。

松果腺において独立した実体である精神と身体が相互作用するとしている。
1641年の著作『省察』より。



この人って、17世紀後半の人だよ~(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal)「人間は考える葦である」の言葉で有名・・・この言葉も一人歩きしちゃってるほど有名。

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パスカルといえば、パスカルの定理だよなあ。 算数?だったか数学でやったもんね~。

数学者なのかと思いきや、この人は、哲学者、自然哲学者、物理学者、思想家、数学者、キリスト教神学者、発明家、実業家でもあった人だ。


「人間は考える小さな葦である」、これも色々と引用されることもあって、

人間は大自然の中では葦のように弱い存在だけど考える力がある。 だから偉大なのだ、と解釈されてることが多い。

人間だけが考えられる頭を持ってるんだから、他のどの生き物よりも人間が一番偉いのだ!

と、これだと、まるで危ないキリスト教原理主義者みたいな思考回路になっちゃう。

「偉大」だけにフォーカスしてしまうと、そうなっちゃうのだろうけど・・、


実は、このように文章が繋がっているそうなのだ。
   ↓
人間はかよわいものであるけれど偉大なものである。
なぜならば、一瞬のうちに全宇宙におもいをみたすことができるから


「一瞬のうちに全宇宙におもいをみたす」にフォーカスすると、また意味がまったく違ってくる(笑)

私も自分でパンセ(パスカルの有名な書)を読んだことがないけれど、ここでは佐治晴夫さん説を引用してみた(笑)

果たしてパスカルさんは、

他の生物と比較して人間が一番!といいたかったのか・・
それとも、一番弱い人間でさえ、ちゃんと一瞬のうちに全世界におもいをみたすことができる、といいたかったのか。

大きく違ってきてしまうところでもある(笑)


「全世界におもいをみたすことができる」ということであれば、

自然(ネイチャー)・地球・宇宙と自分が繋がる。
自分の中にあるもの、ともいえないだろうか?



この方もまた、17世紀の人だ。

・・・・・・・・・・・・・

最後に、ニールス・ボーアの言葉を紹介しよう。
私は個人的にボーアさんが好きなので、私のブログ記事の中では何回も登場したと思う。

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彼は元祖量子力学、量子力学の育ての親とも言われる人。
後半生には量子物理学と東洋哲学に類似性があるとして東洋哲学、特に易経を研究していたことでも有名。

「原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダや老子といった思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、
大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。」


彼がどれほど、老子やブツダに傾倒していたかは、これをみてもうかがえる。

デンマーク最高の勲章であるエレファント勲章(Order of the Elephant)を受けた時、「紋章」に選んだのが、陰と陽、光と闇の互いが互いを生み出す、東洋の図面、太極図であったことからみても。

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その紋章は、デンマークのフレデリック城に、世界の王室・元首の紋章とともに飾られているそうだ。


このボーアの言葉の最後の部分、
   ↓
大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。

私は最初にこれを読んだとき、大きな感銘を受けた。


科学も古代東洋思想(老子の哲学など)も、見事にドッキングしてしたのだから。


この人が活躍していたのは、ざっと100年以上も前だ。


もちろん、こういった人は他にも多く存在する。

フリッチョフ・カプラ(Fritjof Capra)

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オーストリア出身のアメリカの物理学者、システム理論家。
現代物理学と東洋思想との類似性を指摘した1975年に書いた「タオ自然学」("The Tao of Physics")
これは世界的なベストセラーだったようだ。

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むしろ、世界の科学者たちの方が、ここに行きつく人が多い。

一般人の方がいまだに、科学と古代中国の思想は、別物としちゃってる人が多いのかもしれない(笑)

なかには、じゃ、証明してみろよ~!と反論する人もいる。

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証明こそが、すべてだと思ってる人たちだ。
数式で証明されたところで、チンプンカンプンな人たちに限ってそんなことを言っちゃたりもする(笑)

そもそも、従来の証明の仕方であれば、それはすでに古典物理の世界でしか通用しないと思うのだが。

きっと、愛も証明されなきゃわからないのかも?
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証明されたなきゃわからない人は、証明されてもわからないと思う。



本当にわかるということは、論理プラス感性の結果なのだ。 少なくとも私はそう思っている。

頭だけ使っていても感性が鈍ってしまった人には、到底行きつけなくない境地かもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・

オフィスで、経理課のトップにいる女性が、こんなことを言っていた。

「経理課ってね、営業より下って思われてることが多いのよ。
営業は仕事を取ってくるから、会社を儲けさせてくれるけど、経理はカネ勘定だけだから、下だってね。」

「えええ~! それは大きな間違いだね。
むしろ、経理こそが会社の中枢を担っていると思うけど。 
カネの流れを知ることで全体を把握し、分析することができるのが経理だもん。」

「そう言ってくれると有難い~! 
でもね、ウチの会社のトップにいるヤツラ、分析結果をいくらデータや数字で示しても、理解できないんだよね。 
ほーんと、バカばっかし!」

「そーなの? それほど、ウチの会社の上はバカなん?」

「そ! バカだよ~! 裕福なおうちに生まれて一流大学だけは出てる人ばっかだけどね、分析力も無けりゃ、全体を把握する能力がないヤツラが多いんだよ。 従来どおりにやってるだけ。」



うーーむ、会社もまた同様なのだ。

末端の社員ならば、なぜ、この書類が回ってくるのか? なぜ、Aの場合とBの場合があるのか?の意味を知らなくっても、
仕事は回るだろうけど・・

会社の中枢にいる人たちが、彼女のいうようなバカだったら、いずれは傾くだろう(笑)


そう、会社もまた、他社や国、世界といった流れの中で、それぞれが関係しあって成り立っているものなのだから。

世界はそのように成り立っている(笑)

「そんな社会で出世するなんて・・アホくさ~と、私は30代でやっと気づいたわ。」と、彼女は言っていた。

日本の育児事情から日本の社会事情へ

育児ノイローゼになった経験があるという女性の方から、

「アメリカの育児法って日本と違うんですか?どうゆうところが違うんですか?」というメールを頂いた。

おいおい! 私は育児の経験は日本でもアメリカでもないんだってば~。
それに、これは育児専門ブログじゃないんだけどな~
 

と苦笑。


でも、よく考えてみたら・・これって育児だけの問題じゃないかも!

今の日本の社会に蔓延る、根本的な問題が潜んでいるような気がしてきて、

こういった質問を頂いたことは、むしろ、ありがたいことのように思えてきた。



そこで、育児に関する私の知る限りの回答をしたいと思う。


●母親が入院中、父親はベビーベッドを設置したり子供部屋をかわいく飾りつけて待っているそうだ。

新生児を家に連れて帰ってきた日から子供部屋は別室。

夜寝る前に、たーーっぷり飲めるだけのミルクを与えて、子供部屋のベビーベッドで寝かしつける。
寝かしつけた後は、いくら泣こうがわめこうが、放置プレー(笑)

*放置とはいっても・・急病で泣いているときは、もちろんすぐに対応
寂しいよ~!とか、もっとミルクくれ~と甘えて泣いてる場合は完全放置

おいおい!どうやって、その違いがわかるんだ?・・と私は思ったのだが、
お母さんたちに言わせれば「そんなのは、泣き方ですぐわかる」そーだ。

放置はしとくものの、カメラを取り付けて赤ちゃんの様子は24時間体制で監視できるようにしてある家も多いらしい。
カメラの無い家は何回か、そーーと様子を伺いに行くらしい。

注意事項: ベビーベッドの中には、ぬいぐるみやおもちゃなどは置かない。 
倒れて赤ちゃんの口をふさいでしまう原因になりかねないので。

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これは私の同僚から聞いた話。

夜中に何時間もギャン泣きしてたので、これは絶対病気だ!と思って、あわてて熱を測ったけど平熱。
翌日念のため、病院で診てもらっても問題なし。

やるなあ! さすがウチの息子♪ 長時間泣き叫ぶとは・・ガッツがあるなあ! 

でも、大人だって負けないぞ!と、それからは大泣きしても完全無視に徹したそうだ。
超うるさいときは、夫婦そろって耳栓して読書したり、ヘッドフォンで音楽聴いたり映画みたりしていたとか。
すると、2-3日後には一切夜泣きはしなくなった。(もちろん、モニター画面で常に子供部屋の監視はしている)

「赤ちゃんというのは大人が思ってる以上に賢い。(たとえ新生児であってさえも)
特に賢い子は泣けばすぐ来てくれることをあっという間に学習してしまうため、自分で解決できることさえしなくなり、親にやらせようとする。
その結果、発育が遅れることにも繋がり、赤ちゃんの心身の健康のためにはマイナスになる。

泣いてるから可哀そう!と思うのは大人の感情に過ぎない、感情だけでは子供を幸せに出来ないよ。」

・・と、ドクターからアドバイスされたそうだ。

泣いていても放置したら、2-3日後には夜泣きせず、すやすやと眠るようになった・・ということは、

こんなことで泣いても来てくれない・・ということを学んだということだ。

たしかに赤ちゃんには高い学習能力があることの証明だろう。


ここで、私は1つ疑問に思った。

「新生児みたいな赤ちゃんが、何か自分で解決するなんてことできるんかい?」と。

すると、できることはいっぱいあるそーなのだ。
たとえば、眠りたいのに眠れないというストレスがある場合、なんとか解消しようと、手をグーパーしたりすることを覚える。
    ↓
赤ちゃんがグーパーすることは、それなりの体力も消耗することになり、精神的に落ち着く効果もある。
泣くことで体力を消耗し、グーパーで精神的に落ち着き、熟睡することを学ぶ。
    ↓
さらに、グーパーで手の力、筋力がつくことにもつながる。
     ↓
その結果、ハイハイをするのも早くできるようになる。 
ハイハイできるようになると赤ちゃんの世界が広がって、楽しくなるそうだ。(親は目が離せないだろーけど)
(そういわれてみれば・・グーしか出来なかったらハイハイはきついだろ~な~。)

この子、ハイハイがめっちゃ速くね? しかもパワフル~。
     ↓



逆に眠りたいのに眠れないとき、親がいつもダッコしてしまうと、ダッコしないと眠らなくなってしまう。
自分で何も学べず、依存心だけが増長していくことになる。
  ↓
親から安心をもらっただけの眠りは、浅い眠りとなり、またすぐ目を覚ます。
  ↓
するとまた、すぐ起きて泣いてダッコを要求する・・親も眠れず、赤ちゃんも熟睡できていない・・という悪循環になることが多い。



赤ちゃんの泣く原因は、メシくれ! オムツ替えろ!や病気のときだけじゃなかったんだね~。
たまには、思いっきりしばらく泣かせてあげることも必要らしい。


また、アメリカの場合、赤ちゃん&幼児は、遅くても夜7時か8時ころには寝かしつける。
そして朝6時までは放置

ところが日本では、
けっこう遅い時間まで赤ちゃん&幼児が親と一緒に起きてたりすることも多いみたいだ。

また、赤ちゃんがちょっとでも泣くと、ダッコしたりあやしたりして、泣き止ませようとする方が一般的と聞く。

おそらく・・
そういった日本人から見れば、「泣いているのに放置する」ことは、非人情で虐待と思われることもあるかもしれない。

さらに、その裏に潜む、日本の社会的状況の問題もあるらしいのだ。

赤ちゃんをずーーと泣かせていると近所から苦情になる・・と聞いたことがある。
だから親は、近所に迷惑をかけないように、クレームされないように!と、なんとか泣き止まらせようとするという。

これにはびっくり! ・・と同時に、ちょっと嫌~な気分になる。


日本てそんな国なん?

少なくとも赤ちゃんの泣き声で苦情というのは、こちらでは聞いたことがない。
(あ、そういえば・・最近では幼稚園のそばは園児の声が煩いとか、祭囃子の音楽が煩いとかの苦情もあるとか・・信じられんわい!)


赤ちゃんは泣くのが仕事、という認識があって、みんな結構おおらかなのだ。
ワンコが吠えていても・おおらかだし~。


それどころか、赤ちゃんや小さな子供には、みんな優しい。
道行く人も、家にやってくるプランバー(配管修理工)たちでさえ、必ず笑顔で声をかける。

なんだか・・昔の日本の風景みたいなものが、アメリカにはいまだに残ってる気がする。

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私の同僚、日本人のシングルマザーがアパートで一人で赤ちゃんの子育てをしていたとき、

アパート中の人たちが率先して子供の面倒をみてくれたそうだ。
「独身なんだから、たまにはデートしたり、ショッピングでも楽しんでおいで!」と。

こうやって何人もの見知らぬ人が、手を差し伸べてくれたので一人の子育でも辛いことは何もなかったという。

夫婦二人の家でも、ベビーシッターに頼んで、きょうは二人で外食というのもよくある話。


日本の常識からすると、
大人が自分たちの楽しむ時間を持ち、夜は子供を放置かい?と思われるかもしれないが、
その分、昼間は子供をたっぷりと可愛がる。

スキンシップはいっぱいするし始終話しかけてる。
アイ・ラブ・ユーも始終言ってる。

親が子供を遊ばせるというより、親の方が子供に戻っちゃって、思いっきり一緒に遊んでるようにも見える。
とにかく大声でよく話し、よく笑う。
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子供にちっとも興味がなかった私でさえ、アメリカにきて初めて、赤ちゃんのいる生活って楽しいんだな~って思うようになったくらいだ。


実際に彼らはいつも言う。
「ベビーがいるってすごく楽しいよ~。 あっという間に大きくなっちゃうから、それまでうんと楽しまなきゃ!」という人たちが多い。

「初めての育児で不安になることはないの?」と聞くと、

「ないよ! だってわからないことは誰かに聞けばいいでしょ。 ドクターでも近所のベテランおばちゃんでもいいし~。
なんで不安になったりするの?」


と逆に聞かれてしまった。。。

日本では「初めての育児は不安」という人が多いような気がする。
そこで、様々な声を集めてみると・・

「うちの子、xxか月なのに、まだハイハイができない。」

「まだオムツがとれない。 幼稚園にいくようになってオムツがとれなかったどうしよう?」

「平均ではもう立ったり歩いたりもできる頃なのに、まだ出来ない。」

「離乳食の作り方は、これで間違ってないんだろうか?」
などなど。

 

あまりにも心配事がありすぎて・びーーくり。


こちらのパパやママたち、
そんなことは、ぜーんぜん気にしない。

オムツがとれなかろうが幼稚園に行ってまでしてオムツしてようが・・そのうち、取れるっしょ!

離乳食を手作りしなくたって、最近はいいものいっぱいあるわよ~!


と言って勧めてもらったのがコレ
    ↓
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私に勧められてもなあ。。。


どうも日本には、料理・手作り神話があるらしくって・・(笑)
「赤ちゃんや子供には、なるべく手作りを食べさせなきゃいけない」と言われるとか。

たしかに、手作りはオリジナリティー溢れるものだし・・そりゃあいいよ~!

でも、遺伝子組み換え野菜やら市販の出汁を加えて作ってるとしたら、手作りの良さはない気がするのは・・私だけ?

それよりなにより・・疲れてるのに無理して作ってもらって美味しい?
料理は楽しんで真心込めて作らないと、味に大きく影響する(←これ、ほんとの話)

あ、そうそう・・1つだけ、こんなアメリカ人たちでも、かなり気にしてることがあった!
赤ちゃんの頭の形を、やたら気にするのだ。

ひと昔前までは新生児のうちに頭の形をよくするように、うつぶせで寝かせる方が多かったとか。 
ところが、これはSIDS(乳幼児突然死症候群)の原因に繋がるとして、今ではやめるように指導されてるとか。

そこで今では、しょっちゅう向きを変えたりドーナツ枕みたいなのを使ったり、ヘッドギアなるものを使って形を矯正したりしている人が多い。
帽子もよくかぶせてる。 被り物好きなん?
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61tUYnWjHaL.jpgなんで、こんなに気にするのかは不明。





日本の専業主婦ともなれば、
赤ちゃんと四六時中一緒にいて、ちょっとでも泣けばダッコしてあやして、その上、すべての家事を一人でやって、
家族のための食事までぜーんぶ手作りして、赤ちゃんのものも別に手作りして、夜中も授乳と夜泣きで眠れない日が続くとしたら・・・そりゃあ、ノイローゼになるのも当然じゃないかなあ。

しかし、日本ではみんなやってるんだから、当たり前なのだそーだ。

そうゆうのが辛いというのは、甘えとみなされる。

それが出来ない人は、親失格なんだって・・・。


やれやれ。


メールを頂いた「育児ノイローゼ」になってしまったという女性は、
どんなに辛くても、良い母になろうと、すべてを完璧にやろうと頑張っていたという。

ご主人は残業で忙しく、そんな夫に家事や子育てを頼むのは申し訳ないし・・私は家にいるんだから、すべてやるべきだ!と思って
いたそうだ。

疲れて弱音をはきそうになったり、泣き出しそうになったときは、あまりに自分が情けなくて自分で自分を責めていたという。



つらいのを我慢しながら育児をすることは・・果たして子供のためなんだろうか?

赤ちゃんや幼児は、まだ半分はあちらの世界の人。
大人以上に、ものすごく鋭い感性を持っている人たち。

母親が辛い気持ちを隠そうとしても、それは荒々しい波動となって子供に伝わり、子供はわけのわからない不安を抱えることになり、さらに泣くことが多くなる・・・という説もある。(←私はこの説は正しいと思っている)

そうなると、ますます母親は眠れない、イライラを隠そうとする、また子供にそれが伝わり・・・
の悪循環になっている場合もあるかもしれない。


どんな時期であろうとも・・私は、やっぱり、いつでも楽しい!が先行してなきゃダメなんじゃね?と思ってしまう。

それには、

他人に何を言われようと、ぜーんぜん気にしない!
子供の発育が世間一般より遅れようが気にしない。(人と比較するなってこと!)
日本だから日本の常識に従うんじゃなくって、あくまでも主役は自分、自分中心に世界を回す!!つもりで・・(笑)

赤ちゃんの夜泣きでクレームしてくるような心無い人間は、訴えてやるわい!(笑)
そんなヤツに負けてどーする?
母は強しだもんね~。



と私は思うのだが、いかがだろうか?


アメリカでは、親による子供の虐待事件は、日本よりずっと少ないように思う。
また、育児ノイローゼなんて言葉は聞いたことがない。

しかし、幼児誘拐がなぜか、ひどく多い。

なので、カリフォルニア州の法律では、子供(たぶん12歳までだったか?)は、絶対一人にしてはいけないことになっている。
たった5分でも子供を一人にすると、すぐに通報されてポリスが飛んでくる ⇒ 手が後ろに回ることになる。


ついでに、新生児期を脱した赤ちゃん&幼児について、もう少し知ってることを話すと・・、

●日本と大きな違いは、幼児の反抗期が無い・・ということかもしれない。
日本では、2-3歳になると、反抗期(イヤイヤ期)というものがあると聞いている。

なぜ、アメリカではないのか?
小さいときから、すべて子供に決めさせるスタンスをとっているからではないか?とも言われてる。

まだ1歳の赤ちゃんに、きょうは、どっちの服が着たい? どっちが好き?
きょうは、どっちのおもちゃで遊ぶ?・・・となんでもかんでも聞いて選ばせるんだとか。

1歳って? たぶん意味わかってないだろーが、それでもかまわず聞くそーだ。

日本では、もちろん子供の為に良かれと思ってすることなのだろうけど、すべて親が決めてしまう傾向が強いようだ。
そこに、原因があるのではないか?と言われている。


●幼児のしつけ方
このおもちゃ買ってくれなきゃ嫌だ~!と店先で大暴れして泣き叫んでいる子ってみたことありませんか?

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https://hokenb.net/manga/jidanda

日本の両親は、こうゆうとき、どのように対処しているのだろう?
なだめたり、怒ったりするんだろうか? それとも、人目を気にして恥ずかしいから・・買ってあげちゃう?

こうゆうとき、アメリカの親は、「タイムアウト」という方法を取る。
その場で決してなだめたり、怒ったりしない(もちろん、手をあげることは絶対ない・・・手をあげることはアメリカでは躾けとはみなされない、それは虐待になる。)

しばらく子供部屋に閉じ込め、ひとりっきりにさせて、落ち着いて考えさせる時間を与える。
子供が落ち着いたら、ゆっくり話し合うという方法をとる。


けっこう、ゆる~く、自分たちも楽しみながら子育てしてるくせに、こういったところは結構徹底してやってる気がする。


そんな子供たちも成長して中学生になって・・

お父さんが帰宅すると、
「ダディー、おかえりなさい!」と平気で抱きついたりする。

それが男の子であってもだ(笑)
日本では、信じられない・・キモイ話に聞こえるかもしれないが、別にこちらでは、それほど特別のことではない。
ああ、仲がいいんだな~とみられるだけ。

日本では、中学生ともなれば親とは満足に口もきかない子が多いと聞くのだが・・どうなんだろう?
とくに男の子は父親とは話さなくなることが多いとか?

・・・・・・・・・・・・・・・

さて、いかがだろうか?

日本式子育てがいいのか、アメリカ式がいいのか私にはわからない。
それぞれ一長一短あるのかもしれない。

アメリカどころか、世界の子育てを参考にすれば、もっともっと色々出てくることだろう。

つまり、常識なんて・・本当はどこにもないのだ。

最近のアメリカ人たちは・・

「日本では、赤ちゃんと添い寝するんですってね? それ、いいかも~♪
新生児のうちくらい、親がもっとベタベタに一緒にいても、いいかもしれないわね~。
うちでも試してみようかしら~♪」


なーんて実に軽いノリでなんでも試す。

ここはアメリカなんだからアメリカ式。 
よその国のことなんかしったことか!なーんて、狭い了見は持ち合わせてないとみえる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回、私はもっとも不得意分野「育児の話」をアップしてしまったけど・・

これは育児に限らず、最近の日本人の思考回路に、広く当てはまってしまうものなのかもしれない。


もうちょっとゆとりをもって、ゆるーーーく。

マジメすぎちゃう人は、「世間の目なんて完全無視で我が道を行く」くらいの気持ちでもいいのかもしれない。

すべての人はみな個々に違うわけで、平均値に合わせようとすることくらい、ナンセンスなことはないのだ!

とにかく、両極端すぎちゃう気がする。 最近の日本の方々は。


育児は、大人が最も大きく成長できるチャンスのようにも思えてくる。
ひょっとしたら、大人のために天が与えてくれた学びの時期・・なのかもしれない(笑)

2019年激動の時代の中で

2019年という年は、天災もますます荒れ狂い、世界情勢もヒットアップしてきたように思います。
9のつく年は、激動の時代になりやすいという話を聞いたことがあるけれど、まさに、そうなのかもしれません。

色々なことが起こりました。(まだ今年終わってないけど・・もう9月だもんね~)

なかでも、香港のデモは、私にはインパクトがありました。

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これだけの人々が!
決して数ではないんだけど、それでも数が集まるということは、それだけ大きな意識の渦を作り出します。

ここでは、香港のデモの核心に触れるようなポリティックな話は控えたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、最近の日本は、すっかり嫌韓ブームになっているんだとか?

ここでもポリティックな話題は控えますが・・・なんとも情けない話ですね~。

だって・・少し前までは、日本ではKポップや韓流ドラマがメチャメチャもてはやされてたじゃないですか?

それが今では、韓流ドラマしか見なかったおばちゃんが、
「もう、韓国のものは見ません。非国民になっちゃうから」と、言ったそうだ。

あれ~、映画や音楽の世界まで、ポリティックに染めちゃうわけ~?
やれやれ、しょせん、それだけのもんだったんか~と、思ってしまいます。


ああ、そうそう・・前回のブログ、政治家の資質ですが、これについて、さっそく詳しい情報を教えてくれた方がいました。

ありがとうございます!

さらに、この政治家さんは、「都民ファースト」という言葉を使ってるんですってね(笑)
「都民ファーストの会」ってものまで、あるそうで・・

あちゃ~!(←感嘆詞しか出ません)


この人、トランプ政権の熱烈な支持者なんですか~?
で、アメリカ・ファーストにあやかって、都民ファーストって使ってるわけ?

でも政治家の立場にある人が、いくらトランプの熱烈歓迎支持者だったとしても、公平な立場にあるべき人が、1つの政治カラーを持ち出しちゃって大丈夫なんでしょうか?

それとも、この言葉、カッコいいぜい! Yay!いっただき~!と、単純に思って使っちゃっただけなんでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・

トランプさんが、アメリカ・ファーストという言葉を使ったとき、

もっと正確にいうと、実はこうゆうふうに使ってます。(なぜかTシャツ)
     ↓
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主に中西部の白人連中には、熱狂的な拍手喝采だったんですが、
逆に都市部の、知識階級って呼ばれる人たちには嫌な顔をされました。

ナショナリズムを彷彿とさせるとか、まあ、こういった政治的なニュアンスは別にして・・

言葉に不快感があるから・・のようです。

アメリカを第一にするってことは・・他の国はどうでもいいぜい!というニュアンスが含まれるから

ウチさえ、よければいいんじゃい!みたいな~。(←もちろん、トランプさんは、ここまで言ってませんよ!)



あれ? そういえば、確か某国の政治家が、他国の政治家に向かって、

「我が国がウチの国益を第一に考えることは、あたりまえだろーが! おまえらだって、みなそーだろ!」みたいな事を言ったとか言わないとか・・(笑)

ここで、「お~! そうじゃそうじゃ! 誰だって自分とこが一番って考えて何が悪い!」と、あなたなら拍手を送りますか?(笑)

少なくとも他国の人にとっては不快な言葉ですね。
どんな人に対しても不快感を与えないっていうのが「上品である」ということ。

また、上品でさらに良識ある人ならば、自国民であってさえも、そんな言葉は使いたがりません(たとえ、心の中がどうであろうとも!)

ところがこの時代、トランプさんが台頭してきたときは、アメリカ国民の多くが、きれいごとの政治にうんざりしてた時期でもあったんです。

エリート階級出で、いかにも上品な言葉しか使わない政治家たちに。
賢い彼らは、決して「失言」しません。
そりゃあ、スピーチの天才たちばかり・・そうじゃなきゃアメリカで政治家にはなれませんから。


ところが、トランプさんは逆路線を行ったわけです。

実にシンプルでストレートで力強く、男らしくて・・

まるで、古き良きアメリカ時代の、この人の映画を思い起こさせるような・・
   ↓
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俺は武骨な西部のならず者だぜ!
だけど、曲がったことは大っ嫌いだ!
俺の血はいつでも熱いんだあ!

バン・バン・バン

みたいな(笑)
*断っておきますが、私は決してジョン・ウェインの映画はキライじゃありませんよ。


これが、とくに中西部の苦しい生活を強いられてるような白人たちには、大うけしちゃったわけです。

イメージ作りの勝利とでもいいましょうか?
私は、これがトランプさんの地(じ)だったのか、それとも計算されたものだったのか・・までは知りません。


ストレートでシンプルな言葉というのは、大きなパワーになることもあります。
だけど下品になっちゃうことも多い(笑)


ちょこっと政治に置き換えていえば・・

「ウチだけが大事なんだ。オマエの国なんかどーでもいいんや!」
これが当然!と言い切って世界中の国々がそう思って実行してしまったとしたら、戦争になるのは明白。

「世界平和」を完全に白々しい絵空事に塗り替えちゃうようなものです。

だから、上品な方々は眉をひそめてしまうわけです。


都民ファーストは、どういったポリシーなのか、また、どういったイメージ作りを狙ったのかはわかりませんが・・
都民ファーストのイメージが、「わたくしファースト」のイメージで受け取られてしまったら逆効果ですね。


それにしても、激動の時代になると、今までとは違ったカラーの政治家さんたちが出現してくるのかもしれません。
アメリカも、ロシアも、中国、韓国、そして日本も。

そういった時代を生きている私たちは、せめて、自分だけのポリシーだけは持っていたいなあって思います。
個人の確固たるポリシーは、決して絵空事にはなりませんから。

・・・・・・・・・・・・・・

今日の夕食は、コリアンBBQにしよっと!

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私はKポップも韓流ドラマも昔から興味ないんですが、焼肉はコーリアンに限る!
(本場韓国のものは知りません。アメリカの韓国レストランしか知りませんが・・)

肉だけでなく、サイドメニューは美味しいし豊富についてくるしお代わりだって自由。 しかも安い!
高いだけで量の少ないジャパニーズ焼肉店なんて目じゃありません。

とくにこのフワフワの卵料理は、焼肉にはかかせません。
    ↓
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Gyeranjjimというそうで、家でもラップするだけで、レンジで簡単に作れます。
ギェラムジンとかって発音だったと思う・・・。違ったらゴメン。

たとえ韓国と日本が戦争になったとしても・・私は美味しい韓国料理は食べますよ~。(←私のポリシーって結局そこかよ!)

政治家の資質

アメリカに20年以上住んでいるという日本人夫婦、その奥様から、こんな話を聞いた。

知らないうちに、小学生の息子の写真が、あるブログ上に載せられてしまっていた、という話。

「風景写真の一部だったのはわかるんだけど、はっきり顔が映ってるし、なんか・・カンファタブルじゃないのよね。」

「そりゃ当然だよ。 すぐに抗議した方がいいよ。」




そこで突然、彼女は話題を変えて、

「あっ! 私たち、来週から日本へ里帰りするんだけどね、日本に言ったら英語の単語を入れてしゃべっちゃうこと、気をつけなきゃいけないわね!」と、苦笑しながら言った。

え? 英語の単語なんか入れてたっけ? 

あ、そうか~。 

『なんか・・カンファタブルじゃない』って彼女は言ったな。 カンファタブルは英語だったよな~と、ようやく思い当たった。



これは、長くアメリカに住んでる人には、よくあること(笑)

日本人であっても英語環境に長くいた人の場合、たとえ日本語で会話していても自然と英語の単語を入れてしまってることが多い。

たぶん、私も無意識でそれをやってしまっているのだろう。

それがお互いに会話が通じちゃう環境だと、そっちの方が手っ取り早いのだ。


うーーん。
comfortableを日本語に置き換えるとなんだっけ? 
『心地よい』? 

あれれ~、でも・・この場合、『心地よくないのよね~。』と日本語にしたところで・・なんかヘンな日本語じゃね?

もっと他にピタっとくる日本語ってなんだっけ?

「私もわかんないなあ、めんどくさいから、”なーんか嫌~なカンジなのよね~!”とでも言っとけば、いいんじゃない?」と、その人は言って笑った。

やばっ!お互いにこんな日本語レベルになってしまった。。。

こうゆうときの、適切な日本語を教えてください。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

逆立場で、似たような話を聞いたことがある。

こちらは、日本に長年住んでいた外国人たち。 
日本語はペラペラの人たちだけど、二人とも英語圏の人なので、二人で話すときは英語で話す。

「She is so nice. She has a ”Yasashii” aura about her.」 なんて会話しちゃうそうだ(笑)

そう、Yasashii 「優しい」というのは日本語だ。

彼らに言わせると、

「英語で、こうゆうときに、ぴたっとくる単語がないんだよ。
それを無理に英語で説明すると長くなっちゃうし、Yasashiiって言えば、ツーカーで伝わるなら、そっちの方が手っ取り早いからね。」


そう言われて思い浮かべてみると・・優しいって、warm、friendly、kind gentleが近いかなあ?
でも1つで、ピタっとくる言葉はない。

ああ、やっぱ優しいはYasashii なんだよな~と、私もそのとき気がついた。

これは「地球に優しい」っていうときだ。 
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つい先日、日本の情報通の人から、ある政治家の話を聞かされた。

その政治家さんは、スピーチの中にカタカナ言葉を多く使う人らしいのだ。

その人が教えてくれたのが、こちら
   ↓
「そいつ、こんなふうにカタカナ言葉使うんだよ。
「セーフ シティ」「ダイバーシティ」そして「スマート シティ」の街作りの実現を目指します”って。」


ん?と、しばらく考えてしまった私。

それって・・・”みなさんが安全で、それぞれがいきいきと活躍できる場所があり、将来的には世界的にも先進的な都市になることを目指したい。” ってことかな?

おいおい! クイズじゃあるまいし・・考えなきゃ出てこないってなんなんよ~。



「まだあるよ~。 ”ワイズ・スペンディング”」なんて言葉も使ってたなあ~。」


これは、すぐわかったけど・・
wise spending? つまり、効果的な方法で支出せよってこと? 

うーん。 これって、今は、すでに日本語化してる言葉なんだろうか?
いや、違うだろう・・違うからこそ、こうしてここで取り上げられてるんだろうから。



「極めつけがね、アウフヘーベンだよ。」

アウフヘーベン? それって英語じゃないよ。 ドイツ語でしょ!

それってどーゆう意味?

「アウフヘーベンってのは、弁証法の哲学用語で、矛盾・対立する2つの概念を、より高い次元段階で統合させてさらに発展させることを指すそうだよ。」

ああ~、そういえば・・遠~い昔、倫社の授業だったかで、そんな言葉を聞いた覚えがあったかも。

そりゃ、ダメっしょ!!


そんなの一般的な言葉じゃないし~。


それが、どうゆう状況のスピーチだったのかは知らないけど・・

「さまざまな意見を統一させて、よりよい方向に向かうことをお約束します!」で、いいんじゃね?

なんでここで、哲学的意味合いが必要なんか・・意味わからん。



それ? 本当?
そんな政治家さん、現代にいるの~?


「それがね、本当にいるらしいよ。」

「誰も指摘してあげる人、いないの~?」
と、私は聞く。

「たしか、ある記者が、カタカナ言葉を多用されると有権者に意味が伝わらないと思いますよ、って言ったそうだよ。
すると、これは、こういった言葉でしか表現できない言葉だとか・・・それに、知らない人たちは、この意味を調べることで、言葉を覚えられるようになる、って言ったそうだよ。」


。。。。。絶句。。。。

それ、本当?
日本に、本当に・・そんな政治家さん、いるの?

と、私は・・また同じ質問をしてしまった。


だとしたら・・

この人は政治家の肩書を持っていたとしても政治家ではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひと昔前のアメリカでは、古典の言葉を引用したり(とくにシェークスピアの引用はよく使われた。)、外国語の難しい言葉を引用したり・・ってことはよく行われていた。

なぜって? 

そりゃ、おしゃれ~だから。

さらに、

同じような、知識階級同士で話すとき、自分の方が上だぜい!という知識をひけらかして優位に立つという効果があったからかもしれない。

日本でも、昔の知識階級の人(または知識階級を気取ってた人)は、
やたら、ニーチェだとか、サルトルの言葉を引用したって話も聞いたことがある。

なんだか知らないけど、当時の日本人にはニーチェとか、サルトルがカッコいいって思われてたみたいなのだ。
今じゃ、逆にクサっ!ダサっ!てなるかも(笑)


ただし、これは一般人の、同じ階級内とかサークル内とかでの話で、

自分がちょっとでも抜きんでたい!というような・・こうゆうこと(笑)
    ↓
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まあ、オシャレ狙いだったり、かわゆい自己顕示欲を示したかったのかも。


ところが、スピーチやプレゼンはまったくの別物となる。 

それは相手に理解して頂くこと、賛同して頂くことが、第一の目的だからだ。


私がアメリカに来たばかりの頃、英語が苦手で・・とくに話すことが苦手だったので、ある大学でプレゼンのクラスを取ったことがあった。

そこで、まず最初に教わったことは、

「どこで、どのような人々を対象にスピーチするのか?」

それによって、言葉をかえて原稿を作らなければならない
・・ということだった。

大学教授ばかりの学会でのスピーチ、養老院でのスピーチ、または、刑務所内でのスピーチ・・
同じテーマで同じことを伝えるにも、原稿はそれぞれ書き換えなければならない!と言われたのが印象的だった。

なーるほどなあ!

そういえば、政治家さんたちは、さすがに上手だよな~。
ニューヨークのマンハッタンでするスピーチや、南部の田舎町でのスピーチだって見事に使い分けてる。
南部では、ちらっと南部訛りの言葉まで使っちゃう人までいたくらいだ(笑)



さらに、有名な政治家さんたちは、こんなこと言葉も残している。

マーガレット・サッチャー元英首相
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「平易な言葉で語ることは、政府にとって不可欠な道具」


さらに、ヒットラーは、
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「大衆の多くは無知で愚かだ。 簡単な言葉を熱狂的に何度も効果的に使って大衆を熱狂させてしまうことだ。
熱狂する大衆のみが操縦可能なのだから。」


おい! バカにすんない!
一般国民を政治の道具にするない!

とは思うものの、まあ、それは横に置いといて・・

これが良いも悪いも・・政治家というものなんだな~と思う。


国の窮乏を救いたいとか、改革を目指すなど・・高邁な思想を持つ政治家もいるだろうし、
または、政治家ブランドが大好きなだけで、そこに自己顕示欲の満足だけを感じるだけの人もいるかもしれない。

それでも、たとえポーズであっても、「国民の皆様のために」って言ってのけるのが政治家。


「私の使う言葉が理解できないなら調べなさい、それで言葉を覚えられるようになる」
というのは、教師が生徒に言う言葉であって政治家の言葉ではない。

もっとも、そんな上から目線の教師だったら今では嫌われれちゃうだろうけど・・。


もうこれを言っただけで、政治家失格、
政治家のレベルにも到達していない人

と自ら証明してしまったことになる。


この政治家って・・どっかの過疎村の村長さんかなんか?
村民1なんか知らんけど・・今度の村長さんはわけわからん言葉使ってるみたいやな~、
村民2まあ、ウチの村では誰が村長になっても変わりないから、どーでもいいっけ。

で、通っちゃうような・・・ぜーんぜん村民に期待されてないような状況の人なんだろうか?
指摘してくれるブレーンの一人も持ってないような人?

それにしたって、村民に期待されてなくたって、やっぱ・・失格だろ!




これって・・本当に本当の話?


だとしたら、こんな悲しいことはない。
日本は、なんでこんなレベルの人を政治家にしておくのだろう?

と、私は思ってしまう。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本に行ったら、Comfortableを、どうゆう日本語で話せばいいんだろ?と考えてしまう人の方が、

ずーーと日本思いで「Yasashii」人だと思えてくる。

愛のレッスン?

「最近の若い人たちって、頭悪い人が多いのかしら~」・・という、またまた母の問題発言。

はいはい。 何があったの?と聞く。

新米お母さんの、新生児の育て方の話らしい。

母の言
 ↓
「授乳は3時間おきに1日7回とか8回しなきゃならないのに、赤ちゃんがミルクを飲んだあとも何時間も泣き続けていて、ようやく寝たと思ったら、もう次の授乳時間がきてしまうんだって。
そうゆうときは起こしてミルクあげるべきなのか、そのときの量は同じでいいのか悩んでるんだって。

おまけに、泣いている間は何時間も赤ちゃんを抱いたままだし、夜は眠れず毎日頭痛がしてたまらないって愚痴ってた~。

ばかばかしくて話にならないわ。」
・・と、相変わらずのバッサリ発言。

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へええ~。

「でも最近はちゃんとミルクの量も決まっているらしくて、1回○○ミリリットルをxx回って決まってるらしいし、
保健師さんとか助産師さんにも、そう指導されているようだし、ネット情報でも、そんなふうに書いてあるみたいだよ。」
・・と私。

「あんたね~、それは標準のことを言ってるだけであってね、赤ちゃんは生まれた瞬間から、個々に違うの!」


まあ、おっしゃる通り。

うーーむ。

こうやって赤ちゃんも生まれた瞬間から、標準を生きることを強要されてしまうんだろうか?


「医者や保健婦さんの言うことやネット情報に頼るまえに、
まず、自分の子をよく観察して何を要求しているのか、勘を働かせない!って言ってあげたのよ。」


そっか~!

私も、この母の勘だけで育てられたのか~。



前回のブログじゃないけど、子育てすら、他力本願で行っちゃう人が多いのかもしれないなあ。

「昔はねえ、ネット情報もなけりゃ、細かく指導する医者も保健婦さんもいなかったわよ。
ミルクの量だって厳密に決められてなかったし、赤ちゃんが泣いても、すぐに抱いたりもしなかったものよ。
もちろん、その状況によってだけどね。」
と母が言ったところ・・

「今と昔では違うんですよ。 昔は良かったことが今も良いとは限らないんです。
昔は科学的にわかっていなかったことも今はちゃんとわかってることがあるんです。」


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今度は、その新生児ママに、母がバッサリやられたようだ。


「だったら、今の科学的に正しい方法を、専門のお医者様や保健師さんに聞けばいいのに・・
なんで私に話すのかね?」
・・・と母。


科学的に正しい子育て方法が証明されてる?・・と言っても、

さてさて、どこまで、そのお母さんが自分で調べたのか?
そして、どこまで理解して納得したのか?


そもそも、子育てに正解なんてない!・・と私は思っている。

現に日本とアメリカの子育て法には、ずいぶん相違点があるわけだし・・それを世界レベルで比較してみたら、
もっともっと違いがあることだろう。

つまり、明確な絶対的正解というものがないということになる。

母が言ったように・・個々にも違うわけだし。



さて、私は子育をした経験はない。

子猫育てや子犬育ての経験はあるけどね~。

なーんて言うと・・
おい! 人間の赤ちゃんと犬ネコを一緒にするな!って怒られることもあるんだけど・・私は、基本一緒だと思ってる。

相手は言葉で要求を伝えられないものたち。

それを、察してあげなければならない!

という点では、まるで一緒。

違いは、それぞれ種族による体の機能が違っているだけだ。

動物は肉食が草食かでも違うし・・むしろ動物たちを育てる方がもっとむずかしいかもしれない。

知識はもとより、自分が肉食獣や草食獣になった気持ちで相手を察知しなきゃならないのだ。
しかも、動物たちは、同じ種族であってもまた個々によってまるで違うのだ。

となると、最終的には、やっぱり勘を働かせることにある。


それを、さらに考えてみれば・・

「相手の気持ちになって勘を働かせる」・・というのは、つまるところは、愛情なんだろうと思う。

深い愛情があるからこそ、相手を常に観察し理解しようとする。

深い愛情があるからこそ、ほんのちょっとの違いやサインにも気づける。



あ、だからと言って・・あの新米ママが愛情が足りないってわけではないのだ。

我が子への愛情があるからこそ、どうしたらいいのかと悩んでしまうのだろう。・・・それは、よくわかる。

が・・・、問題はマニュアル人間になってしまってること。


マニュアル人間というのは、自分でさっぱり勘が働かない人間(考えられない人間)

他力本願で「正しい情報」だけに頼ろうとしてしまう人間




あげくの果てに、情報に振り回されてしまって、わけがわからなくなってしまう状態かもしれない。



まさに、これって現代病の1つかもしれない(笑)

こういったことは、別に子育てに限ったことでもないと思うのだ。




私の子供の頃、インターネットのなかった頃、家に百科事典がずら~と並んでいたことを思い出す。

そうそう、これこれ。
  ↓
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わからないことはこれですべて調べてたけど、とにかく重くてかさばるシロモノだった。
インターネットでほとんどすべてが調べられる時代では、すでに不要になってしまった過去の遺物。

もちろん、今では私だって調べ物は、まずはインターネットだし、もっと調べようと、専門の本を購入しようっと思ったって、やっぱりインターネットで検索してオーダー、すべてがインターネットなのだ。

実に便利でらくちん!

ところがその反面、
昔の百科事典に頼っていた時代とは違って・・・あまりにも情報が溢れているため自分自身でスクリーニングする必要がある。


ネット社会に要求されるのは、スクリーニング能力


たとえば、何かの記事やら論文を読んだとしても・・

どうゆう人が書いているのか? 
元となったオリジナル文献や情報を確認したり、情報の発信者がどのように思考回路を持っているのか、どのような視点で書いているのか?

そういったことにも、想像をめぐらしたり、考慮に入れる必要もある。

学会や論文情報であっても、学会といっても、さまざまな団体があるわけで・・情報の発信やその内容に関わる資金を出した団体も確認してみる必要も出てくる。(どっちよりの人なのか・・だいたいのことはカネの流れを調べればわかるけど(笑)


つまり、ブランドや権威の肩書ではないってこと(笑)
素人だから間違いとは言えないし、立派な肩書オンパレードの専門家の方が・・あれれ~?ってこともいっぱいある。


そういえば、化粧品や健康食品のCMなどで、こんなキャッチフレーズをよく見かけた。
   ↓
7割の人に効果がありました!

・・なーんて書かれていると、

そっか~!そんなにたくさんの人が! それじゃあ良いものなんだ~!とに思い混んでしまう人も多いらしい。

必ずしも数が多い方に自分が属する、そっちが正しいと思ってしまうとしたら、それこそトリッキーな罠にはまったことになる(笑)


3割の人には効果なし、ということにもなるわけで・・自分はどっちなんだろう?

7割というデータは、いったいどこから、どのように出たのだろう?



とまでは、考えない?  そんなこと考えることさえ、めんどくさい? (笑)
だからこそ、そんなキャッチフレーズがいまだにあるんだろうしし~。


しかも、最近の世の中に出回る情報の多くは、利益か危険の一方ばかりが強調されがちな気がする。


それでも、人には・・

どうしてもネット情報を検索して、何かを自分で決断して行動しなければならないときってのもある。

そんなときは、まず、どれを信用するか?
そして、利益とリスクの両方をはかりにかけて、ニュートラルな視点で決定することだ・・・と私は思っている。

最後に大切なことは、自分でくだした決断に責任をもつこと。


そういったスクリーニングには、

視点をかえた客観性・論理性はもちろんのことだけど、勘(つまり、感性)も同様に必須なのだ。

感性の伴わない理論は、ただの屁理屈に過ぎない

つまり、母が言う、「子育てには勘が大事!」には一理あると思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで・・生まれたての赤ちゃんって、どう見える?


生まれたての赤ちゃんて、人であって人でないようなもの、と私にはそんなふうに思えてしまう。

別世界から人になるためにやってきた不思議な生物のように思える。



体内の海の中から出現し
   ↓
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だんだん人形(ひとがた)に育ち
   ↓
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突然、この世に出現する。

胎児がいったいどのように生活しているのかを調べたことがあったけど・・これがまた、びっくりすることが多いのだ。
まさに、生命の神秘としか思えない事柄ばかり。



生まれたては、人であってまだまだ人ではない、半分はまだ、あっちの世界の生物なのだ。

ワナワナとした手の動きや、口をパクパクさせたりする動きをみると、

そう、私には・・まるでお魚のようにもみえる。


そんな半魚人としっかり向き合い、意思の疎通を図り理解をしようとするのが子育てなんだな~と思ったとき、

出産・育児をしてきた人はすごい!と、心の底から思った。


赤ちゃんより、ひょっとしたら母親の方が、ものすごいレッスンかもしれない。

言葉も通じない、あっちの世界の命を思いやり、理解するようになり、お互いに絆を深めていくのが育児なのだから。

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これって、実はすごいことだ!!


愛を学ぶためのもの。
育児は、もっとも基本的な愛を学ぶためのレッスンなのかもしれない。


となると・・

こりゃ、当然、男たちも育児に参加しなきゃいけないなあ。
この世を愛で満たすためにも(笑)


なーんて母に言ったら・・

「昔からお父さんたちは、育児してたわよ!」という言葉が返ってきた。

は? 
最近は日本でもようやく男が育児参加のために休暇が申請できるようになったとは聞くけど・・まだまだ、男ってしてないんとちゃう? とくに昔の男は!」


典型的、日本の亭主関白の父親
育児も家事も女の仕事

といった父親像が浮かんでくる。

「ウチのパパだってね、子供が生まれる前は子供キライって言ってたくせに・・生まれたら育児はなんでも積極的にしてたわよ。
ミルクをあげるのも風呂に入れるのも、もともと繊細な人だから、私以上に上手だったわ。

泣いている原因だって即座にわかったしね~。
あそこから漏れている光がキライなんだって・・カーテン閉めたら泣き止んだりしたこともあったわね~。
あんた、覚えてないの?」


覚えてるわけ、ないだろ~が!!


それにしても・・意外な言葉だった。

「ええ? パパは家事も育児も女の仕事と思ってる人で、いっさいしないのかと思ってたんだけど。」

「そんなわけないでしょ! 
核家族で子育てしてる母親が、そんな状況なら、そりゃあ育児ノイローゼだってなっちゃうわよ。
私は、パパのおかげで休みの日はぐーーすり寝てられたもん。」


ぐっすり寝てたんかよ!!

「あの時代の古い男たちってのはね、自分から積極的に子育てしてるなんて人様には言わないけど・・そうやって陰で協力してた人は多いんじゃないかなあ。 だって赤ちゃんが可愛くてたまらないのは、いつも一緒にいられない男の方なんだから(笑)


その証拠に昔は、子供の虐待事件も育児ノイローゼなんてことも、ずーーと少なかったわよ。
今は男たちが育児に参加してるなんて言ってるけどね・・怪しいもんだわ!」


これもまた、私の母の、ただの勘・発言だ。


それでも・・古い昔々の日本の記述などをみると・・このように書かれている。

子供の楽園だった江戸時代



これは幕末に訪れた諸外国の人々の手記にも書かれていた内容と一致する。

こちらの記事に、幕末にやってきた外国人からみた日本の姿を書いたことがあったのだけど
    ↓
パラレルワールドの別次元に存在する日本という名の国

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当時の外国人の目からみて、大人たちは子供を大事にし日本の子供が自由で楽しそうで生き生きとしていることに驚いたようだ。
(ただし、庶民の子供たちの話・・格式のある家の武士の子だったりするとまた別)


こちらは、たぶん・・ちょっと大きな商家の赤ちゃんなんだろう。
大店の忙しい女房に変わって、昔は子守女を雇って面倒を見させていたそうだから。
(商家ではベビーシッターは当たり前で、それだけ子守女を信頼をしていたということにもなる。)
     ↓
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たしかに・・

子供は母親任せで、育児に無関心の男ばかりだったら、子供は、こんなふうに育つはずもないだろう。

しかも・・どこの子供であっても、子供は大切にされていたようだ。
ウチの子、よその子という区別が、現代よりも少なかったように思える。

広い愛を自然に向けていた時代、だからこそ、父親だけでなく、近所の人ですら子育てに手を差し伸べていた可能性は大きい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私は生まれつき、母性愛ってのが欠乏してたみたいで、一度も子供が欲しいとか思ったことがなかったなあ。
だから、基本的な愛を学んでこなかったのかなあ~。(笑)」


と、言うと・・

「あんたはその代わり、イヌ・ネコ・動物ならなんでも好きだったじゃない?
ヘンな子だとは思ったけど。

きっと、そっちでいっぱい学んだろうから、それでいいんじゃない。」
・・・と母が言う。

ほお!

母もいつのまにか、そんなことを言う人になっていた。

これもまた、母の勘・発言ではあるが。

ラジウムガール事件から~自立と納得

先月8月に原爆の記事をアップしたのですが、今日はラジウムの話をしたいと思います。

アメリカでこんな事件があったことをご存じですか?

ラジウムガールズの被爆事件

こちらの動画を見て頂くとおわかり頂けると思いますが・・(12分30秒程度の動画)
    ↓


1920年代、時計の文字盤にラジウムを塗る作業をするために多くの若い女性が雇われ、筆を舌先で舐めて筆先を整えながらラジウムを塗るように、と指導された。(水に溶いたり、布で拭きながらだとラジウムを多く無駄にする、また時間の無駄にもなるというのが理由)

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https://www.buzzfeed.com/jp/bfjapannews/the-light-that-does-not-lie-1

それが原因で彼女たちは知らぬ間に体内被爆していき、どんどん壮絶な死を遂げていくのだが、会社側は非を認めないどころか、さまざまな隠ぺい工作を行い、証言者が死んでいくのを待つかのように、裁判までも引き延ばしていたという・・・実におぞましい事件だった。

大企業を相手に被害者が裁判を起こすのは、実に大変なこと。

被害者はごく普通の庶民たち、しかもすでに病に侵されているので医療費を支払うだけだってやっと生活をしているわけで・・
当然、弁護士を雇う費用も無いし、また、費用が払えたところで、大企業相手に弁護を引き受けてくれる弁護士なんて、なかなかみつからないのが現状。

それでも、たった一人、ようやく無料で弁護を引き受けてくれる弁護士さんが現れて、そこから、だんだん企業側の真っ黒な部分が暴かれていく・・という実話。

これは、たしか記録映画として映画化もされたはずです。

アメリカでは、この事件がきっかけとなって、労働法もどんどん改善されていったという話です。

たしかに、アメリカではサービス残業なんてものはないし、残業や休日出勤をすれば、会社側は時給の1.5倍から2倍の時給を支払うことになります。(だから、残業はしちゃダメ~!と言われることが多い(笑)



授賞式のキュリー夫人
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キュリー夫人だって、結局被曝して亡くなったわけだし、彼女の使ってたノートでさえ、100年経った今でさえ光を放っているとか。
キュリー夫人の研究用ノートは100年が経過した今も放射線を出している

また亡くなったラジウムガールの墓を暴いたところ、いまだに死体は光り輝いているそうです。
ラジウムの半減期は1600年だとか・・

現在の人々なら、それがどんな症状を誘発し、どれだけ恐ろしいものかは誰でも知っているはずですが・・
当時の人たちは知られてなく、ラジウムは少量なら体にも良い!みたいな噂が出回ってたそうです。

そこで、ラジウム水だとか、ラジウム入り化粧水なんてものまでが、販売されてたってんだから、驚きです。
しかも、なかなかお高いお値段だったとか。

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こっちがラジウム入りの水だそうで・・・。
    ↓
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ところが、ラジウム会社の研究員たちは、ラジウムを扱うときは必ず防護服を着て慎重に扱っていたとか・・
つまり、危険なものであることは、会社側では承知の上!ってことですもん。

なのに、こんな商品まで堂々と売ってたわけだよね

で、従業員にはラジウムがもったいないから、筆は舐めて使えって!


映画のコメントに、

若い女の子はバカだよ!ちょっとくらい給料がいいからって、そんな工場で働くからだよ!なーんのがあったけど・・それは、今の時代だから言えることだと思いますよ~。

だって、この時代の若い女性の職場なんて、限られたところしかなかったし、1920年代といえば大不況の年でもあり、貧しい家庭の女の子たちは、自分のためだけでなく、家族のためにも少しでも多く稼ぎたいと思ってたかもしれない。

あんな大きな立派な会社が、危険はありません!って言ってるんだから、大丈夫と思ってしまったとしても・・仕方ないかも。

・・・・・・・・・

さて、現代人はこの当時の人たちよりも賢くなったんだろうか?

多くの医薬品、
多くの食品添加物
多くの殺虫剤などなど。


国も企業も、安全です! 少量なら問題ありません!と、たくさん販売されてるわけだけど・・

みなさんは、ちゃーんと自分で調べた上で使ってるのかな~?



今はインターネットのおかげで、その気になれば、ありとあらゆるものを自分で調べることが出来ちゃいます。

あらゆる薬が調べられるサイトだってあるくらいだし、もちろん副作用についても詳しく書かれています。

実は、副作用って言い方もなんだかな~って、私は思っています。 
漢方薬でさえ、つまり・・植物全般において、良く効くものほど、害になるものも併せ持っているのが当然。
何事もプラス面とマイナス面の両面があるものなので、それをどのように利用するかってことですよね~。


私は、自分の体内の取り入れるものに関してはとくに、ぜーんぶ調べて納得した上で使ってます。

薬の場合ならば、どのような副作用があり、私の体ではどのように働くのだろうか?と、シュミレーションしたりもします。

もちろん、キャッチーなセールストークには騙されません。

以前は、XX学会の○○先生のお勧めと書いてあれば・・その先生の所属する学会についてや、その学会へのカネの流れまで調べたりすることもありました。(笑)


まあ、最近は勘が働くようになったので、そこまで調べなくても、こりゃ、いかんだろ!と、即座に感じられるようになりましたが。


そこまでするか~!と苦笑されちゃいそうだけど・・


でもね、ラジウムガールの事件だって実際起こってたわけだし、
現代だって、さほど変わってないように思うんですよ。

人や世間やオーソリティーにまかせっきりで自分が病んだりしたら、絶対嫌ですもん。


自分を大切にするというのは、そうゆうことじゃないかな~って思うんですよ。


もちろん、どれが正しいかなんて私にもわかりません。

それでも、人任せでなく、自分で納得したかどうかが、私にとってはとても大切な気がします。

また、世のなか悪いものばかりじゃなくって、素晴らしいものに出会えることだってあります。


自分の足で立ち、自分で歩き、自分で納得できる人生・・・といったら、ちょっと大袈裟過ぎるかな~(笑)


ラジウムガールの事件は悲しい悲惨な事件だったけど、それでも後世の人たちに、こういった大切さを教えてくれてるんじゃないかな~って思ってます。

8/15に歴史を考えてみた(その3)

8/15に歴史を考えてみた(その2)からの続きとして

今回は私が原爆に思うことを書こうと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

原爆について、私たちが学生時代に教わった認識では、

「原爆は悪だけど、アメリカが戦争を終わらせるためには仕方のない事だった。」


ということになっていた。

これは、日本のみならず、アメリカの学生もまた、そのように歴史の事業で学ぶという。

アメリカの場合、アメリカ史のすべてを網羅しないといけないらしく、歴史の教科書はすごく分厚い。
A4判ほどの大きさで1000ページ前後はあると思う。 (アメリカでB5判はめったに使わない)

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一方、日本の歴史の教科書って、B5サイズで440ページくらい。

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なんで、アメリカの歴史の方が浅いはずなのに、こんなに分量が違うのかというと・・

●アメリカには日本のような全国共通の指導要領や教科書検定制度がないので、出版社側が自由に編集できること。

●アメリカの教科書では論争的なテーマについて幅広い意見を提示している。
これは、歴史の授業が生徒に批判・評価能力をつけるため、討論を中心に組み立てられているため。


なので、アメリカの教科書は学校によって、どの教科書を採用するかによって違ってくるし、また時代によっても違いは出てくるだろう。


ちなみに私と同世代の人に、歴史の教科書では、原爆のことはどのように書かれてた?と聞いたところ・・

ほんの1-2ページだけだったし・・

内容は、例のきのこ雲の写真、犠牲者の数、原爆が投下された理由(原爆が戦争を終結させた)

そして、アメリカと日本はトモダチになり、今ではすべてがうまくいっている。めでたし。めでたし。



だったそうだ。


それに、とくに授業でも、それについてのディスカッションはなかったそうだ。(ディスカッション好きのアメリカなのに?)

だから彼もまた、原爆は戦争を終わらせるためだったんだ~、今はアメリカと日本は仲良し~と、漠然と思っていたという。


私と認識とほとんど変わらない(笑)


ところが真実はわからない! 

その後、調べたところによると・・


すでに敗戦は濃厚だったので、日本政府は全面降伏の準備があることをすでに敵側にも伝えていた。
ただ1つの懸念は、天皇制だけを残してもらうことだった・・。


だとすると、「戦争を終わらせるため」にという理由が成り立たなくなる。

アメリカ内部の1部の人たちが、その情報を握りつぶしてしまったのか?

なんのために?

  

原爆を落としたいから。
他国にも原爆の威力を見せつけたかったから(とくにソ連に対して)



というのが、歴史修正主義者の主張だ。(オリバー・ストーンは有名、また一部の歴史学者など)


一方、伝統的な歴史学者は、今なお原爆は戦争を終結させたと主張する。

彼らの主張はこうだ。


●そもそも・・真珠湾攻撃を仕掛けたのは日本だ。

これに対する歴史修正主義者によれば・・
アメリカ軍部では、日本の無線を傍受していて・・すでに真珠湾が攻撃されることを知っていた。
知っていてあえて無視した(彼らを見殺しにした)、戦争突入の大義名分が堂々と得られるから。

うーん、これについては・・過去のアメリカの「リメンバーXXX!」のスローガンを考えると、実にありえそう!と思ってしまう私

●日本本土上陸を実行すれば、多くのアメリカ兵を失うことになる。
彼らの命を守るために必要だったのだ。


アメリカ側では、残虐性を帯びた鬼畜日本兵! 死をも恐れないクレージー日本人!と思われていたらしい。

こんな奴らと戦えば、負けがわかっていても降伏しないだろうし、いたずらにアメリカ兵を失うことになってしまう・・というのが理由。


●捕虜となっているアメリカ兵を救うため。

欧米では正々堂々と戦い、負けを認めたら捕虜となる、敵方であっても、共に戦って捕虜となったものには敬意を示すこと・・というのが正しいとされる考え方。

ところが当時の日本では、捕虜となるよりは死を!とされていたそうで、生きて捕虜になることはもっとも恥ずべき行為だったとか。そこで、戦争捕虜に対しては対等な人としては扱われなかったそうだ。 虐待は日常、殺してもいいような存在だったらしい。

捕虜たちが死に至るのは時間の問題だっただろう。


実際、捕虜収容所に入れられていた元米兵が、勝利パレードのときに、トルーマンの家族に、

「日本に原爆を落としてくれてありがとうございます。 おかげで私たちは命が助かったんです。
あれが、もう少しでも遅かったら私たちは殺されてました!」
・・・と涙ながらに感謝したそうだ。

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実際、私自身もアメリカに来て、退役軍人のじいさんたちから・・似たような話を聞かされたことがある。

ある米海兵隊のキャプテンだった彼は、当時長崎への上陸計画が計画されていたが、もし実行されれば日本軍の反撃に遭って、部下の多くを失うと悩んでいたそうだ。
だから長崎に原爆が投下されて戦争が終結したと聞いたとき、心から安堵したという。



そして一方、広島や長崎の話を聞けば・・

あまりにも無残、残酷、悲惨過ぎて、絶句するばかりだ。


あ、そういえば・・
「はだしのゲン」は、2-3年前に図書館の閲覧を禁止するとかしないとかって問題にもなったっけ。

子供にはグロテスク過ぎるとか、歴史修正主義者の悪影響だとか、天皇制を反対する思想が込められてるとか・・ってことだったような・・(笑)

そこじゃないよな~!と思うのは私だけ?


前にドラマ化されたヤツをみたけど、

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中井貴一さんのお父さんが、かっこよかったなあ(←そこでもないだろ~が!)


こういった日本の広島・長崎サイドらの視点でみれば・・

軍人でもない一般市民の命を奪ったんだから、原爆を落としたアメリカこそが悪人!

という感情で掻き立てられてしまうのだけど・・



しかし、当時の常識としては・・

あれは戦争なのだ。
人々(連合国でも枢軸国であっても)は市民を攻撃する行為を正当化できると思っていたわけだし・・

事実、当時行われたことのすべてについて、多くの「正当化」がなされてきたことだって事実だ。


また、原爆ほど残虐なものはないと言う人もいるけど、残虐な行為なんてほかにもたくさんあったのだ。

東京大空襲では死者数は広島に匹敵するらしい(放射能の被害はないというだけだ。)

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累々と並ぶ黒焦げ死体の山の写真をみたけれど、絶句してしまうばかりだった。

親戚のおばあちゃんから、焼け爛れた人の群れが隅田川に入って絶叫しながら、みな死んだ・・という地獄絵図の話を聞かされたことがあった。

まず・・なんで民間人がこんな目に合わなきゃならないんだ!って、思った。


では、民間人を殺してはいけないけど、兵士ならばどんな殺し方をしてもいいのか?
生物兵器を使ってもOKか?

また、捕虜となった兵士ならどんなふうに虐待しようが殺しても構わないのか? 
捕虜となれば民間人と同様でないのか?


色々な疑問が湧いてくる。

そもそも、殺された人の数が問題でもない。

問われているのは、人としての倫理観だ。


戦争における倫理観?
めったにお目にかかれないような気がする(笑)

どれも最悪の出来事であり、どれも正当化することはできない。


アメリカにおいても、伝統歴史学者と歴史修正主義者が集まると、最後はただ怒鳴り合うだけになるという。

どちらか一方の極端な主張だけを採用しようとすれば、なにも前に進めない。 いがみ合うだけになるだろう。

こんな人たちには不快感しかない。

また、原爆投下をしたアメリカに対して、謝罪しろ!と叫ぶ日本人も不快だ!


原爆投下に謝罪しろ!と要求するならば、真珠湾先制攻撃に対しても謝罪を要求されても当然ということになる。

そのほか、捕虜への虐待、惨殺にも、南京事件やら、731部隊のことにしても・・・日本側だって、叩けばいくらでも出てくる。

当時の日本国民(兵士ではない人たち)ですら、米兵を竹槍で突き刺して殺せ!と教えられていたらしいから。
そうなれば、決して無抵抗な民間人ではなくなってしまう。


謝罪!
単なる謝罪?

そもそも、そんなことから・いったい何が生まれる?


オバマ大統領が2016年だったか・・広島を訪れて原爆死没者慰霊碑前に献花して、スピーチしたときも、
ぜんぜん謝罪をしなかった!という点が大きく取り上げられたとか。

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太平洋戦争で生き残ったアメリカの退役軍人に対して、彼らの心情を思えば、原爆投下が間違っていたと言うことはできない。
だからといって、原爆投下は素晴らしい考えだった、という正当化はできない。

それは、大統領の立場として当然のことだと思う。
むしろ、政治的な面よりも、人としての面においても・・。


日本人が言う、謝罪の目的はなんだろう?

そもそも、オバマはあの時代を生きた世代ではないし戦争に直接関わっていないじゃないか?
なぜ、そんな彼に謝罪を求めるのかが・・、私にはわからない。

トルーマンに謝罪を求めるなら、わかるんだけど・・。


謝罪によって、罪の意識を植え付け上書きさせたいんだろうか?

それじゃあ、まるで・・慰安婦問題がどうとか叫んであちこちに銅像まで作っちゃう・・ようなレベルになってしまう(笑)

謝罪させて罪を認めさせて、相手国を貶めておいて、しっかり賠償金をゲット!が目的?
だとしたら、それこそ、まさにポリティックだ(笑)・・・それもいやらしいやり口だと思えてしまう。


だからといって、

戦争だったんだから仕方ないよ! もう、なかったことにしよーぜ!ってことではない。

しっかりと、すべての人々に、

広島・長崎で起こったことのすべてとアメリカ側に起こったことのすべても・・両サイドのすべてを!

何も隠さず事実のすべてを知らせること、知ることだと思う。


私たち世代のすべきことは・・・それらを罪の意識として捉えるのではなく、

託された責任として受け止めるべきではないだろうか?


未来において、物事を少しでも良くするための責任だ。


戦争において、

原爆によって家族を失った日本人もいれば、日本人によって家族を失ったアメリカ人だっている。

どちらが辛いか、悲惨かなんて・・はかりにかけるようなことではないし、また、出来ようもない。

そこから抜け出すのは並大抵のことではないだろうけど・・、

それでも、あの、ヴィクトール・フランクルのように、

「それでも人生にYESと言う」


それは希望であり、

同時に、私たち未来へ課せられた責任でもあると思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは今の私が思うことだ。

若い頃の私は、そんなことまで考えてもみなかったし、教科書に書かれていた数行の事実しか知らなかった。


子供の頃なんて・・戦争映画大好きだったし~!(←信じられん)
戦場にかける男の熱い友情とか、戦闘シーンに、ぐっとなってる子だった。

とくにこの映画は小学校のときに、大ファンになってしまったくらい。
    ↓
眼下の敵poster

そしてずいぶん前に、こんな戦争の話もアップしてたくらい(笑)
   ↓
武士道・騎士道:惻隠(そくいん)の情

これは実話であって、実にヒューマニズム溢れる話なんだけど・・

こんな男ばかりじゃないし~、戦争なんて大半は醜いものだ!と知るのは、それから後の事。

ソルジャー・ブルーだとか、プラトーンをみたりしたあたりから・・だんだんと私も学んでいったわけです。。。

まずは、さまざまな角度から事実を知ることだと思う。


・・ということも、映画から学んだような気がする。
でも、本当は、ちゃんと教科書から学べる世の中になって欲しいと思うのだ。

8/15に歴史を考えてみた(その2)

8/15に戦争の歴史を考えてみたからの続き


原爆にまつわる話なんだけど・・

アメリカの原爆開発にユダヤ人科学者たちが多くかかわっていたことはご存じだろうか?

実は以前にも原爆の話はちょこっとアップしたことがあったけど⇒古代核戦争の謎とヒロシマ原爆
今回は、別視点で書いてみることにする。



当時ヨーロッパにいた、ユダヤ系科学者たちの多くは、ナチスドイツから逃れるために、多くがアメリカに亡命した。

たとえば・・ごく一部の後世に名を残した人だけを挙げるならば・・

ユージン・ポール・ウィグナー (Eugene Paul Wigner)・・・ハンガリー出身の物理学者。ユダヤ系。
「 原子核と素粒子の理論における対称性の発見」により1963年ノーベル物理学賞受賞。
Eugene Paul Wigner


レオ・シラード(Leo Szilard)・・ハンガリー出身の物理学者。物理学者・分子生物学者。

Leo Szilard
右側がシラード、左側がアインシュタイン

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)・・ドイツ生まれの理論物理学者。
この人の説明は、いまさら不要だろう(笑)


エドワード・テラー(Edward Teller)・・ハンガリー出身の物理学者。 理論物理学者。
アメリカ合衆国の「水爆の父」として知られる。ローレンス・リバモア国立研究所は彼の提案によって設立された。
Edward Teller


ニールス・ヘンリク・ダヴィド・ボーア(Niels Henrik David Bohr)・・デンマークの理論物理学者。
量子論の育ての親として、前期量子論の展開を指導、量子力学の確立に大いに貢献した。
Niels Henrik David Bohr


これらは、みなナチスの手を逃れてアメリカに亡命したユダヤ人たちだ。


そして、こちらは、当時の亡命者ではないけれど・・同じくユダヤ系アメリカ人(お父さんの時代に亡命していたのかも?)
   ↓
ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer)・・ユダヤ系アメリカ人の物理学者。
当時ロスアラモス国立研究所の初代所長としてマンハッタン計画を主導。
卓抜なリーダーシップで原子爆弾開発プロジェクトの指導者的役割を果たしたため「原爆の父」として知られた。
Julius Robert Oppenheimer


そもそものきっかけは、
1938年に、アインシュタインとレオ・シラードが共同で書いた手紙が、ルーズベルトに送られたことからはじまる。
アインシュタイン=シラードの手紙


ナチスドイツは、原子力の兵器開発を進めてますよ~!
どうか、アメリカの方が早く開発を進めてください。

原子力兵器の開発計画を進言する手紙だった。


なぜなら、

彼らはナチスドイツから逃げてきた人たちだ!

ヨーロッパはナチスドイツに占領され、多くの彼らの同胞たちが大量殺戮に合っていたのだから。
なんとか、彼らを救いたいとして、アメリカに進言したのもうなずける。


ルーズベルト大統領はアインシュタインの進言をすぐに受け入れ、原子爆弾開発を目指すマンハッタン計画が開始されることになる。

Franklin Delano Roosevelt
     ↓
Franklin Delano Roosevelt

アメリカ側にとっては、実においしい話だから(笑)

マンハッタン計画には多くのユダヤ人科学者が加わることになった。

上記にあげた科学者たちも当然加わっている。


実際ドイツでは、数年前から開発を進めて、あと少しで原子爆弾は出来上がる手はずになっていたそうだ。

ハイゼンベルクたちも、ナチスドイツに命令されて開発させられてたそうだけど・・・わざと、チンタラやってたらしい。
Heisenberg_10.jpg
ナチス・ドイツなんかに、こんな研究を渡してなるもんか!と、心の底ではアンチ・ヒトラーの科学者たちも多かったという。
純粋なドイツ人にもかかわらず!

それにしても、量子力学の話をアップしたときも、ボーアやハイゼンベルクは登場してるし・・すごいメンバーです。
神の領域に挑戦する人々(その1)


原爆開発がもたついている間に、ナチスドイツ軍にも陰りが見えてくる。


1943年1月31日、スターリングラードでソ連軍に降伏。

で、ソ連が東部戦線の主導権を握ることになった。


同年9月3日、イタリアが無条件降伏。

翌1944年6月6日。連合軍は200万人、艦船4400隻、航空機25000機を投入してノルマンディ海岸に上陸。

東からはソ連軍が、西からは連合軍がベルリンを目指して進行を開始した。


1944年9月18日。 
ルーズベルトとイギリスのチャーチル首相の秘密会談が開かれ、秘密協定が結ばれたらしい。

ドイツの原爆開発はもう無いだろうし、ヨーロッパ戦線のメドもたったから、原爆投下の対象は日本にしようぜい!と。
(実際のところは正式発表がないのでわからないのだが・・おそらく、このような話になっていたのではないかと・・)




おいおい! ちょっと待ってよ!・・・と、ここで慌てたのはユダヤ人科学者たちだ。

俺たちはベルリンに原爆を落とすためには協力してきたんであって、日本には落としたくない!
日本にはなんの恨みもないんだから!


それどころか、日本はユダヤ人のことを差別しないどころか、むしろヒトラーから逃げてきたユダヤ人を匿ってさえいたのだから。
(実際、神戸には多くのユダヤ人がいたという。)



1945年3月25日、ドイツの降伏が目前に迫ると、アインシュタインはルーズベルトに手紙を書いて、日本に対して原爆を使わないよう要請している。

残念ながら、ルーズベルトはその手紙を読まないまま、4月12日に急死してしまう(過労死だったという話)
そりゃまあ、大恐慌にニューデール政策だとか、第二次大戦とか・・大変なことばっかだったしなあ。。。


急遽その後をついだのは、副大統領だったトルーマン
貧しい育ちで、唯一大学出ではない大統領だったので、ルーズベルトからはバカにされてたとか・・


Harry S Truman
      ↓
Harry S Truman


同4月28日、イタリアの独裁者・ムッソリーニは民衆義勇軍によって逮捕され処刑。
ミラノで、愛人と共に死体がさらしものにされた。


同4月29日、ナチス総統ヒトラーはピストルで撃ち抜き自殺。
5月7日、ナチスドイツは連合軍に無条件降伏。


今度は、レオ・シラードはトルーマンに請願書を書いた。

「日本に対する原爆使用は正当性がない、日本への原爆投下は国際犯罪となるだろう。
さらに、全世界が大量破破壊兵器の脅威にさらされる時代をまねいてしまうことになるだろう。」
、といった内容だった。


実に科学者らしい・・・原爆がどういったシロモノであるかを熟知していたわけだし・・
だが、アメリカは原爆投下を行っても国際犯罪で訴えられることはなかったけどね~。
(まあ、イギリスも、チャーチル・ルーズベルト会談で知ってたからなのか・・? だからアメリカを責められない、正当性を認めちゃったのかも・・)




さらに、シラードは、
原爆を投下する前には、せめて日本に充分な警告を与えるよう求める内容の手紙も書いている。

この2番目の請願書 は67人の科学者が署名し、大統領宛に送付されている。

それでも、ダメだったんだよなあ。




ここで、その頃の戦況を述べておこう。

アメリカ海兵隊が連戦に次ぐ連戦で、バラワン、ルバン、ミンダナオ、パナイ、セブ、ネグロス各島に上陸。日本守備隊全滅


3月26日、最後の砦だった沖縄に、18万3千名のアメリカ軍が上陸
各地で悲壮なまでの死闘が繰り広げられ、日本兵10万9千名と沖縄市民10万人が死亡。


日本軍はこの時点で、戦艦・航空母艦・戦闘機もほとんど底を尽き、都市は焦土と化してしまった。

降伏は時間の問題になっていた。

あとは、本土決戦で一億玉砕か、無条件降伏か。
日本の選ぶべき道は、2つに1つだった。


1945年7月17日、ベルリン南西部のポツダム市。 旧プロイセン王家の屋敷「ツェツィーリン・ホーフ」

ここに、イギリスのチャーチル、ソ連のスターリン、アメリカのトルーマン三首脳が集まっていた。
ポツダム会談だ。

Potsdam Conference

これより終戦後の世界をお互いにどーするか? って会談が開かれたわけだ。


この会談の初日、アメリカ大統領、トルーマンのもとに、一通の電報が届けられたという。

★人類史上初めて、核分裂による原子爆弾実験成功!!のしらせだったという。


この時すでにトルーマンは、原子力政策諮問機関「中間委員会」の答申を受けて、「実行」を決断していたのだ。


そう、つまり・・ユダヤ人科学者たちの嘆願書も、なーんも意味を持たなかったというわけだね。


ニールス・ボーアなどは、日本への原爆投下を阻止するためにも、涙ぐましいほどに奔走している。

でも、それすら徒労に終わった。


なぜ、トルーマンは実行させてしまったのか?

●前任者のルーズベルトは、原爆の研究・製造予算に、延べ20億ドルを政府予算からひねり出していたという。
それを、議会も国民にも内緒にして。


●いくらアメリカ軍が連勝しているとはいえ、払っている犠牲も大きかった。
沖縄本土決戦においても、硫黄島の戦いにおいても、信じられないくらいの米兵を失っている。
死を直前にした日本兵は、すさまじかったのだ・・・それは恐怖にも近いほど。
まして勝ち戦に、多くの犠牲を払いたくなんかない!


●第二次世界大戦においてソ連を偉大な貢献者にはできないし、
ソ連に対する「威嚇」という政治的効果を重要視しなければならなかった。




まだ、他にも理由はあるかもしれないけど・・主なところ、政治家としての理由をあげるならば、こんな理由からだろう。



なんとまあ、汚い! 非人道的的! 

しかし、戦争というものは、そもそも非人道的であり汚いのだ。

こういった考え方は戦争においては、むしろ「常識」であり、「立派」なのかもしれない。


昔からそうだ。

たとえば、日本における豊臣秀吉の戦略をみても・・・

彼はサル🐵と呼ばれ、ひょうきんなお調子者でムードメーカーだったけど、戦略の天才でもあったんだから。
戦略の天才=汚い!ということでもある。

我が軍勢を損なわないために行った三木の干殺し(みきのひごろし)などは有名な話だし・・彼のお得意戦法の1つだった。

民百姓まで城内に入れるようにさせといて、食料輸送を絶ち、徹底して敵方が飢えて死ぬのを待つという戦法。
これなら、味方は高見の見物をしてるだけで済む。

さらに、1つの戦に勝ったあとのことまでも計算に入れて、いかに有利に進められるかを考えて行動している。



時代がどんなに変わろうとも、戦争というものは、古今東西、同じなのだ・・・と思い知らされる。


ルーズベルトやトルーマンが、どんな人だったのかは知らない。 
日本人が大嫌いの差別主義者だったとか、ただ原爆の威力を確かめたかっただけだったとか・・そういった見方もあるけど・・
同時に、良き父であり家庭思いであり人格者で、有能な政治家という評価もある。

人間なんて、さまざまな面を併せ持っているわけだし、周囲によっても影響を受けてしまうものだ。


当時は、アメリカ人たちは、日本をジャップと呼んでバカにしてたし、日本では、鬼畜米英 アメリカ兵をぶち殺せ!というスローガンまであったそうだ。 (←いやはや)


偏見といえば・・

日本では、「お国のため」のプロパガンダが強力に推進されていたし、欲しがりません勝つまでは!を合言葉に、大和魂総動員。
一人一人が御国の柱だとかいわれて、当時の小中生までもが、竹槍を持ってアメリカ人を殺す練習までさせられていたそうだから。

いざとなれば、玉砕!全員死ね!とまで言われたきた日本人。

こりゃもう、軍部による、りっぱな自殺幇助罪じゃね!


でも、似たようなことは、スピーチの天才といわれたヒトラーも言っている。
   ↓

青少年も同様に愚かだ。彼らには車とオートバイと美しいスターと、音楽と流行と競争だけを与えてやればいいのだ。
それでシャンペンの空気を抜くように、かれらの頭から”考える力”を抜き取る。あとは車とスターと流行と音楽の力を借りて、ワッとけしかければ、彼らは武器を抱いて地獄の底へでも突っ込んで行くよ。

そのためにも、大衆や青少年には、真に必要なことを何も教えるな。必要がないバカのようなことだけを毎日毎日教えろ。それで競争させろ。笑わせろ。ものを考えられなくさせろ。真に必要なことは、大衆と青少年を操るものだけが知っていればいい。

そしてあとは、”国家のため!”と何千回も呼びかけて、戦わせ殺し合わせるのだ。1人の人間を殺せば殺人犯だが、戦争で100万人を1度に殺せば、その男は必ず国家から最高の勲章をもらえるぞ。



なんだか、今でも通用する、3S政策みたいだ。

どの時代にも、権力を握るものと握られている側の図式がある。


ということは、戦争下においては、日本人もドイツ人もアメリカ人も・・みんな洗脳されてしまうのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただし、亡命してきたユダヤ人科学者たちだけは、違う視点でみていたことだろう。

ユダヤ人同胞を救いたい! それにはナチスを滅ぼさなければならない。 ナチスより先に原爆を作らなければならない。

そして結果的にはアメリカ政府に利用されたような形になってしまう。。。




紀元前から迫害され続けたユダヤ人、 その結果ユダヤ人は世界各国に広がり、同胞意識は強いものがある。
同胞を救おうとするユダヤ人。

そのユダヤ人が原爆を作り、まっさきに、その話に飛びついたルーズベルトもまたユダヤ系移民だったのだ。

そして、結果的に日本に落とされた・・ということは、なんらかの目には見えない関連性があるようにも思えてしまう。


古代ユダヤの民たちの血は、おそらく日本人の血の中にも混ざり合っていることだろう。
いわば、日本もまた血の上の同胞かもしれないのに。
    ↓
続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)


不思議な因果だ。

さらに、アメリカはマンハッタン計画のとき、ウラン鉱脈が無いために海外から手にいれなければならなかったはずが・・
ホピ族の土地から発見されて・・邪魔になったホピ族を他の土地に強制移住させようとまでしている。

(彼らは断固反対して土地を手放さなかったし、また、他国からの人道的な面でクレーム入れられるのを恐れてアメリカ政府は断念した)

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もうひとつ、忘れてならないことは、

ホピ族も、トルーマン大統領に手紙を出していることだ。

ホピの長老に、口述で伝えられてきた予言によれば、

「ここは、アメリカ大陸の背骨であり、ヒマラヤなどと同様、地球の自然エネルギーの震源で、もしここが破壊されたら全地球的な規模で変動が起きる。 それゆえ、この地に留まり守らなければならない。」

「またこの地には、使い方によっては人類を滅亡してしまうものが埋まっている。人類がこれを争いではなく平和に利用することが出来るようになる日まで、この場所に留まりこれらのものを守っていくように。」

それゆえ、ホピは、この地にとうもろこしを植えて細々と生活をし、この土地を守ってきたという。



彼らの手紙を要約すると、

今日、私たちとあなたがた白人もまた、それぞれの人生の岐路に直面しています。
どうか道を間違わないでください!


<参考>
ネイティブアメリカン・ホピ族の神話世界より

ホピ族から大統領にあてた手紙(英文のまま)


このタイミングで、トルーマン大統領あてに手紙を書いたということは・・よほどのことだっただろう。

彼らもまた、ユダヤ人科学者たちとは別の視点から、未来における危機を予知していたことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦争の原因に宗教の違いをあげる人も多いけど、
私は、戦争の原因になる宗教は宗教ではないと思っている・・ただのポリティックの一環に過ぎないと思う。

多くは偏見と差別だ。

それと・・利権争い!

あっちの土地が裕福だし、もらっちゃおう!というヤツ。。



そして・・残念ながら、それは紀元前の昔から続いている。

この世はもう、ダメじゃ~! 終わりか?


いやいや、そうは思わない!

それでも、どんな状況下でも、勇気をもって人を助けようとする人がいるのも事実なのだ。
どんな巧みな、戦争下の洗脳にも、ひっかからずに!

たとえ少数であっても、こんな人たちがいる以上、必ず光はある。




同時に・・これはまったくの私の勘のようなものだけど・・

なぜか、ユダヤ系が人類のカギを握っているような気がしてならない。
そして、日本という地やホピ族もまた、「何か」あるのかもしれない。

8/15に戦争の歴史を考えてみた

8月半ばになると、終戦記念日のためか、やたら第二次大戦関連のものを目にすることになる。

広島の平和祈念式典の様子がニュース映像だとか、戦時中を舞台にした映画、ドラマだとか、もちろん、原爆の話なんかも。


こんなことは、ずーーと昔からあったことだったけど・・

学生時代の私は、
ああ、日本は広島・長崎に原爆を落とされて敗戦となったんだよな~。 
戦争で多くの市民も亡くなって気の毒だったよなあ~。


くらいの感想しか持たなかったのだけど、そのうち、だんだん歴史を知るうちに、思うことや考えることも変わってきた。


歴史の勉強といっても、もちろん学校の授業で学んだわけではない!
学校は良い成績を取るための勉強しかしてこなかったから。(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦争の歴史にかかせないのは、やっぱりユダヤ人迫害の歴史が多く絡んでいるように思える。

そこで、あらためて、ユダヤ人の歴史をみていこうと思う。


★出エジプト

ユダヤ人の迫害の歴史は、紀元前13世紀の旧約聖書による「出エジプト」から始まっている。

私が知ったのは、チャールトン ヘストン主演の映画の「十戒」から。

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ここらへんのことは以前のブログ、ユダヤの謎と日本の起源(その1)にもアップした話だった。


この当時、一部のユダヤ人はエジプトの地で暮らしていたが、エジプト新王国による差別と迫害を受けていた。

やがて、予言者モーセが現れ、ユダヤの民を率いてエジプトを脱出。

その後、聖なるシナイ山の頂上で神ヤハウェとの契約をさずけられる。 
⇒ これがのちのユダヤ教へ ⇒ さらに、キリスト教とイスラム教へと繋がっていくことになる。



モーゼの死後、紀元前11世紀頃になると、建国を成し遂げ、後継者ダビデ王およびソロモン王の治世で、最盛期をむかえる。

それもつかの間、ソロモン王の死後、王国は北方の北イスラエル王国と、南方のユダ王国に分裂してしまう。

その後、

北イスラエル王国はアッシリア帝国に(紀元前8世紀)

ユダ王国は新バビロニア王国に(紀元前6世紀)



に征服された。


このとき、ユダ王国の人々はバビロンに強制移住させられたが、これがたしか教科書にも載っていた「バビロンの捕囚」

800px-Tissot_The_Flight_of_the_Prisoners.jpg
*ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され、強制移住させられた事件のこと。


もちろん、全員が捕虜になったわけではなくって多数のユダヤ人が虐殺されている。

ここらへん、まるでアメリカ合衆国が先住民に行ったことと同じだよなあ~!


ところが、その新バビロニアもアケメネス朝ペルシャに滅ぼされてしまう。

新しい支配者のペルシャは、なかなか寛大な国だったらしく、納税を怠らず、謀反や反乱をおこさなければ、生活はもちろん、習慣や文化も保護された。


一方、アッシリアに征服されちゃった方は、死ぬまで過酷な奴隷としてこき使われて、そりゃ大変な目にあった。
なんといっても、アッシリアは歴史上でも、最も残忍な国といわれるくらいだから。

逃亡や反乱でも企てれば、見せしめに生きたまま皮を剥がされて貼り付けられたとか。

ペルシャの寛大さと比べると大違い!

ペルシャのユダヤ人たちは平和に暮らし、しかも、紀元前538年には、ユダヤ人はエルサレムに帰還することが許されたという。


彼らは帰還後、神殿を再建し、唯一神ヤハウェを信じるユダヤ教が成立した。

これ以降から、彼らはユダヤ人と呼ばれるようになったそうだ。
*それにしても、ヘブライ人、イスラエル人とも呼ばれたりして、ユダヤ人の定義は難しい。
宗教的要素と人種的要素の二つの面をもつわけだし~。



★イエス・キリスト受難

さらに、その100年後イエスが登場、そして、イエス・キリストの受難という流れ。

映画「パッション」を見てもわかるとおり、とにかく残虐極まりない殺し方。
あれほど苦痛を与え続けてじわじわと殺す方法がこの世にあろうか!ってくらいに。。。


しかも、イエスをローマ帝国に告訴したのはユダヤ教徒。 銀貨30枚でイエスを売ったユダもユダヤ人。
イエスを迫害し抹殺したのは、ローマ帝国でもヘロデ王でもなくって、ユダヤ人だった。

と、歴史上ではされている!

ここがまたのちの、ユダヤ人迫害にも繋がるらしい。


イエスの死後、キリスト教はヨーロッパで急速に広まっていったわけだけど・・313年、ミラノ勅令が公布される。

「正統派キリスト教」というものを決めて、正統派と認められれば、教会はしっかりと保証されるようになったわけだ。(何をもって正統? そこはまた政治が絡んでる)

キリスト教は完全勝利をおさめ、それに反動するように、ユダヤ人への差別と迫害がはじまった。


★ユダヤ人迫害&惨殺
中世に入っても、ユダヤ人への迫害はつづく。

1096年、聖地エルサレムはイスラム教徒の支配下にあったが、それを奪回すべく「十字軍」の遠征が始まる。

ところが、エルサレムを奪回した十字軍は、イスラム教徒だけじゃなくユダヤ人も虐殺しまくった。


ユダヤ教とキリスト教はともに旧約聖書を聖典とする同根の宗教のはずなのに~。

この後、ユダヤ人への差別や迫害は地球規模となり全時代におよんでいることがわかる。

1819年には、ドイツで「ポグロム」とよばれる大規模なユダヤ人迫害が起こっている。 その後、東ヨーロッパでも、ロシアでも。
ポグロム」はロシア語で、ユダヤ人にたいする略奪、虐殺を意味する。

Hep-hep_riots.jpg
ヘプヘプ・ポグロムでドイツ農婦たちに農具で虐殺されるユダヤ人たち(ドイツ・フランクフルト、1819年)
ポグロム_wiki


その他、虐殺事件とまではいかないまでも、人種差別から出た事件は山ほどある。

1894年にフランスで起きたドレフュス事件は、歴史的にも有名なもの。
当時フランス陸軍参謀本部勤務の大尉であったユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件。


★ナチスドイツ
近年になって、歴史上もっとも有名なのは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害。

もともとは宗教上の問題ではなく人種差別に過ぎなかったのだけど、

1850年代だったか・・フランスの外交官ゴビノーによって、人種的優劣を論じた「人種不平等論」が発表されて
その中で、アーリヤ人種の優越性を唱え、同時にユダヤ人はもっとも下劣だとか・・。

何を根拠に論じたのかはわからないんだけど・・科学的根拠があるはずもない。
そもそも、DNAの構造が解明されるは、それから100年後くらいだし~。

本といえば、もっと昔、

1543年に、マルティン・ルター(プロテスタント運動の創始者の一人)が『ユダヤ人と彼らの嘘について』というのを出している。

もちろん、どこに根拠があるんかい?と思うけど・・。


とにかく、ユダヤ人迫害どころか堂々と大虐殺の時代だった。

「夜と霧」はヴィクトール・フランクルがアウシュビッツ収容所での体験をもとに、1946年に出版され、既に歴史的な名声を得ている。

mans search for meaning


この本、昔ちらっと読んだことあったけど・・トラウマになりそうだった!
ある収容所長の奥さんだったかが、自分が殺したユダヤ人の皮を剥いでランプの傘を作ったとか。

これじゃあ、残虐極まりない古代アッシリア帝国にも決して負けてないよなあ。

この当時、ユダヤ人は人ではないのだから。 害虫といっしょ!

だから、子供だろうがなんだろうが惨殺してOK。  
それが社会通念にもなっていたような時代だったのだから。



それでも、そんな時代の中でさえ、ユダヤ人を救った人もいる。

有名なのは、スピルバーグの映画「シンドラーのリスト」にも登場した、オスカー・シンドラー。
ドイツの実業家で、単に安い賃金でユダヤ人を雇えるし経営アップ!を狙っただけだったともいうけど・・
その結果、リストのユダヤ人1200名の命が救われたという。

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また、杉原千畝(すぎはら ちうね)は、日本経由の通過ピザを数千枚も発行した人で有名になった人で、これも映画化されていた。



その他にも、名も知らないドイツの一般人であってさえ、ユダヤ人を匿ったり命を救った人だって多くいたことだろう。


戦場のピアニストという映画の中では、ドイツ人の将校が、ユダヤ系ポーランド人のピアニストをこっそり匿まう話だったけど・・

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これもまた実話をもとに作られていたという。

この当時、ユダヤ人に救いの手を差し伸べることが、どんなに危険なことだったか。
それでも、自分の命の危険も賭けて救おうとした人々がいたことも確かなことだったのだ。


★パレスチナから中東問題へ
まさに、ユダヤ民族とアラブ民族の仁義なき戦い。

なんだってこんなことになったのか?

事の発端はイギリスの2枚舌外交。

イギリスはオスマントルコが目障りで仕方がない!
なんとか、滅亡させて、ちゃっかり広大な領土を頂きたい!

そこで、1916年、イギリスのエジプト高等弁務官マクマホンとアラブの指導者フサインとの間に協定がかわされた。
アラブがオスマン帝国に反乱をおこす見返りに、第一次世界大戦後、イギリスがアラブ国家の独立を約束するよ~というもの。

そこで、アラブのベドウィンたちがロレンスと共に戦うことになる。
    ↓
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ここらへんのことは、アカデミー賞7部門を獲得した映画「アラビアのローレンス」を観ると、よーくわかる。
気の毒に・・ロレンスは何のために、戦っかったんだ~?


今度は1917年、イギリスはユダヤ人にも同じような約束をした。
バルフォア宣言だった。
パレスチナにユダヤ人国家の建設をしてもいいよ~というもの。

イギリスは、このユダヤ人国家をとおしてパレスチナに支配力を保持しようとしたのだろう。

それにしても、見事なまでのダブルブッキング!



こりゃ、どうみたって平和にすむはずがない。 

だって、ユダヤ人とアラブ人の根幹をなすものは、当然、ユダヤ教とイスラム教。
バリバリの一神教だ。 他の神は許さない!

神が悪魔か、善か悪か、勝利か敗北か、完全な二元論が支配する世界に突入しちゃったというわけ。


このようにして、イギリス(フランスも絡んでたのだが・・)の二枚舌計略で、オスマン帝国も滅亡させられちゃったわけだけど・・

オスマン帝国下ではイスラム教という大きな枠があるとはいえども多種の宗教が許容されていたそうだ。

各種民族が生活していて、また、言語も多種にわたり、アラブ語、ベルベル語、コプト語、シリア語も使われてたし、
宗教も、ムスリムが大部分だったけど、スンナ派、シーク派もOKだったし、エジプトのコプト教徒、レバノン周辺のマロン派、シリア北部からイラク北部にはネストリウス派、東方キリスト教諸宗派、正教徒、アルメニア教会派、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教徒など。



ぜーんぶ、この1つのアラブ圏で生活を営んでいたのだった。

少なくとも、オスマン・トルコの時代だったときの方が、ずーーと平和だったはず。

キミらを独立させてあげるし国もあげるよ~!なーんて、甘い言葉にさえ乗せられなければなあ。


この対立の原因は、人種的、宗教的なものではなく、政治的なものが原因だったといえるだろう。

そんなわけで、今では、イスラエルとアラブ諸国の生存をかけた戦いに発展し、

これに、アメリカがイスラエルを支援してアラブ諸国と対立する構図があるのが現代。
ハイテク兵器をせっせとイスラエルに流し、ユダヤ人は最新兵器でパレスチナ人に対抗する。
ハイテク兵器を持たないアラブの組織がテロ的行動に出ることとなる。


★イスラエルという国

強力な後ろ盾、アメリカがついててイスラエルは安泰か?
というと・・そうでもなさそう。

イスラエルという国、ユダヤ人国家という1枚岩ではないから。

ご存じのように、アシュケナジー系ユダヤ人と、スファラディ系ユダヤ人という2種類のユダヤ人のいる国。


ロシア、ポーランドを中心とする東欧系ユダヤ人(アシュケナジーム)とその子孫で、白人系

中東と北アフリカのアラブ諸国から難民として流入してきたユダヤ人(スファラディム)で、有色人種系


ただし、同じスファラディムであっても、その出身国は、北西アフリカ、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビア、イラク、イラン、イエメン、シリア、インドなど広範囲にまたがっており、決して一つの共同体というわけではない。

これまた、厄介なとこ。

同じユダヤ教徒のはずだけど、シナゴークも違えば、その教えも違う。


政府のトップ機関はアシュケナジー系に占められていて支配層が多く、スファラディ系は一段低くみなされている。

ところが、スファラディー系の方が、圧倒的に数が多いので・・いつまで抑え込めるかはわからない。
実際に、大統領の暗殺事件やら、物騒なことは山のように起きている国なのだ。

スファラディムの保守党は祖国愛の強いナショナリストであることが多いため、彼らはアメリカの言うことを聞かないのに対し、

リベラル派であるイスラエル労働党の方は、アメリカ(とくにアメリカのユダヤ人=政治家が多い)の言うことをよく聞く(笑)


つまり、内部分裂があるわけで・・物騒なこと、この上もない!


そこで、アシュケナジー系ユダヤ人の間では、イスラエル社会へ幻滅して、またも欧米に移住してしまう者も増えているそうだ。
欧米から移住してきたにもかかわらず・・だ。(貧乏人の多いスファラディ系はなかなか移住できない)


★グローバリスト・ユダヤ人

今のアメリカに住むユダヤ人たちのうち、金融財界人や学者、官僚になった人々は、そういった一部の人たち。

彼rはアシュケナージでもなければ、スファラディでもない。
なずけて、グローバリスト・ユダヤ人

彼らは、『わが愛する祖国と大地』を持たない人たち。 
そんなものは、どーでもいいと思える人たちだ(笑)

だって、グローバリストなんだから!

祖国に対する愛国主義も持たないし、必要とあれば、その土地に合わせて宗教だって自在に改宗できちゃう。

世界中のすべてが彼らの移住地であり、

彼らの目的はただ1つ、世界を自分たちの能力で管理してゆきたいと考えている人たちだ。

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オーストラリアではトップ7人の大富豪のうち5人がユダヤ人だとか

まあ、グローバルユダヤ人、グローバル戦略の先駆けだったロスチャイルド兄弟だろうなあ~。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずーーと迫害され続けたユダヤ人、

そして影で糸を弾いて、戦争を仕掛けるのもユダヤ人だったりする(グローバルユダヤ人だけど)

キリストもユダヤ人、キリストを迫害したのも処刑したのも、キリストを売ったのもユダヤ人だったかのように。

これが、どのように日本にも関わってくるのかは、次回のブログにアップすることにする。
(長くなるんで・・)



最後に1つ、

夜と霧のヴィクトール・フランクル、彼は第二次世界大戦下でナチスの強制収容所に送られ、家族を無残に殺され、自身も生死の淵から奇跡的に生還した実存主義の心理学者だった人だ。

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その彼がその過酷な人生を振り返ってなお語った言葉が印象的だった。


「それでも人生にYESと言う」


どんなに悲惨で逆境に満ちた人生が与えられていても、恨みや怒りや悲しみさえもを乗り越えた人の言葉だ。

人生を肯定する言葉だ。

Say yes to life in spite of everything.

<<続く>>

ネコから教わった感情変換法

ウチのネコを見ていて思ったことなんだけど・・

感情というものはいかようにも処理できるものかもしれない!ということ。


ネコと関わった経験がある方なら、「ネコがシャーするのは恐怖や敵意を感じているとき」というのはご存じのことだろう。

こちらが典型的なシャー!
   ↓
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https://togetter.com/li/1307112

始めて犬を見てびっくり! 怖っ!のときだそうだ。

以前ウチにいたネコは、シャー!シャー!だらけの子で・・
病院に連れて行こうとキャリーバックを出しただけでシャー!
バスルームに連れて行っただけでシャー!(←風呂キライ)

もうなんでもかんでもシャーシャーで、
毎日シャーシャー、今日も元気でシャーシャーだった(笑)

超怖がりで新しいことには何も挑戦できないおバカちゃんだったけど、
それでも愛と安らぎだけはたっぷり与えて頂いたと思っている。(←ネコはそれだけでも十分なのだ)


ところが現在のネコは、子供の頃から1度もシャーを見たことがない! 今では7歳になる。

やはり、風呂キライではあるのだが、察知するとすぐに逃げる。
無理やり抱きかかえれば、腕を引っ掻くか噛みついてまで逃げようとする。

病院にいけば低いうなり声を上げはじめ、猛犬のごとくドクターめがけて飛び掛かかろうとする。

恐怖、威嚇の感情表現なんかしてるより、さっさと行動に移すタイプなのか~?



本来動物における威嚇行動というのは、出来る限り戦いを避けるためにあるそうだ。

なるべく体を大きく見せたりしながら、「俺様の方が強いんだぞ~!戦う前に逃げてくれ!」のアピールだそうだ。

こちらはコアリクイの威嚇ポーズ
    ↓
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https://matome.naver.jp/odai/2141252359043481301/2141252541444234103
なんだか、めっちゃカワイくてハグしたくなっちゃいそうだけど・・。

戦えばどちらにもリスクはつきもの、だからなるべくなら戦いを避けたい!という心理が働く。

戦う前に相手が逃げてくれれば儲けものだ。


ところが家ネコの場合は、そうはいかない!

シャーしようが、風呂には入れられちまうし病院にも連れていかれちまう。
実際、前のネコはそうだった。。。

それでも懲りずに毎回、シャーシャーする。(少しは学べよ!と思ったのだが・・・

脳に「シャー行動」がインプットされてしまっていて、そこから抜け出せないタイプだったのか?



現在のネコ、シャーしない子は、
「シャーは時間の無駄! 逃げるが先、または、先制攻撃にゃ!」と判断するのか・・

おかげで私はいつも傷だらけになるのだけど(笑)

それが嫌なら、おまえこそ学べよな! 俺様のキライなことはするにゃ!、と言われてる気がする。
*いちおう女の子なのだが、こういったときはいつも俺様って言ってる気がする。


いやいや、私だって負けられない!

こうやって、愛猫とのバトルはいまだに続いている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人もネコも、感情の処理の仕方はそれぞれだ。

なんらかのネガティブ外因に反応して ⇒ 怖い! キモイ! 悲しい!激怒っ!って感情がわくのだけど、

そういった感情ですら、まったくすべてが同じというわけではない。

さほど気にしないって人もいれば、激怒しちゃう人もいるし、ちょっとムッとしただけ!って人もいる。


それはおそらく、持って生まれた気質によるところも大きいかもしれない。


ところが持って生まれた気質をストレートに感情として放出してしまうということは・・

人として、まだまだ素のままということになる。


突然のハプニング(とくに悪いこと)が起きれば、衝動的に「素のまま」の感情が湧いてしまうものだけど・・
それでも、数秒のうちに「素のままの感情」を変換することができる・・・というのが練れた人ではないだろうか。


ところが、「これが私だもん! 素のままの私でいいやんか!」という方もいる(笑)
自ら成長すること拒否、変化拒否って人かいな?


ずーーと前に、美輪明宏さんが、
「アナと雪の女王って嫌い!
Let It Go〜ありのままで〜と言うのって、まるで泥付き大根のまま、さあ食え!って言ってるようなものでしょ!
私のありのままを愛して~なんて、図々しいにもほどがあるわ。」


といった発言をされてたことがあって、泥付き大根とはうまいこと言うなあ~って大笑いしちゃった。

ただし、このアニメの曲、Let It Goの本来の意味は、ありのままの私でいいの~!という意味じゃないです。 日本語の歌詞として、そう訳しちゃっただけ。
レりっビー、ケ・セラ・セラ、なんくるないさー、レりっゴー
のブログにもアップしたけど、ネガティブな感情を手放せって意味。




泥付き大根・・
どんなに新鮮でも、そりゃあマズイわ~!


料理は、素材にいかに手をかけたかで美味になる。

*料理はなるべく手をかけないのが一番、だから和食が一番なんていう人もいるけど・・それは大きな勘違いでっせ!(笑)
和食ほど、出汁作りや切り方1つにも手間暇かけてるものはないのだから。



おそらく人も同じ。


人は持って生まれた気質を持ち、さらに、生まれ落ちたところの既成概念を植え付けられていく。

人の脳もまたそのままに成長してしまうことになる。
顕在意識のままで。

となると・・いくら知識を詰め込んだところで、それは論理的知性が養われるだけであって、
やっぱり、泥付き大根のまんま。


たぶん、そういった人はいちど、ぜーんぶ、現在の脳をクリアーにした方がいいのかもしれない。


心理学的にいえば、潜在意識レベルにアクセスするとか、スピリチュアリズムでいえば、メディテーションを行うとか、
医学的には、手術中に一時心臓を止めてもらって脳へ血液供給を止めてもらうとか(←おいおい!)


または、生死の境を経験した人などは、体験的にそれを行えるようになるようだ。


それが、感性を養うことの第一歩だと思う。


いちど、クリーンにすることで、(つまり、既成概念を持たない状態、今までの思考癖や脳内回路を切り替えた状態で)

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持って生まれた素材の特徴を知り、

知ることで創造的な感性が働きだす。

すると、このようにも、

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またはこのようにも、

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素材の持つ欠点ですら、見事な旨味にかえることができる。



感性=直感的知性と、私は思っているのだけど、


美味しい料理には、論理的知性と直感的知性は必須で、それに伴い、実践技術も磨かれてくる。



人もまた同じかな~と。


なーんとなく最近は、まず脳内をクリーンにすることすら忘れてしまって、論理的知識だけを詰め込んでしまう人も多いような(笑)

どんなに知能指数が高かろうが、一流大学出エリートであっても・・

やっぱ泥付き大根のまんま(←この表現、気に入ってる)

つまり、本質を見抜けない人になる。
(本人は見抜いたつもりなんだろうけど・・)


本質が見抜けなければ、精神的な成長には至れない。
何も見えないままになってしまう。

そりゃ、マズイだろ!(笑)


人もまた「素のまま」じゃなくって、練れた人を目指すべきではないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、我が家のネコは、「練れたネコ」になってるんだろうか?

少なくとも、ネコ特有のシャーからは脱却してる。

さまざまなネガティブ感情も、彼女流に上手に処理してるようにみえる。

恐怖を怒りに変換し、怒りのパワーを行動に変換するかのようだ。


また、よく観察してみると、

怒ったようにみえる行動ですら、一種のアピールなことがわかる。 
本気で怒りの感情にまかせただけの行動はしていないのだ。

事が収まればストンと落ち着く冷静さを持っている。

実際に前のネコは、怯えたり怒ったりすると、その興奮が収まるまでいつまでも動悸が激しかった。
それは、完全に感情に支配されてしまっていたということだろう。



私を引っかくか噛みつくときでも、大怪我には至らないように、ちゃんと加減をしているくらいだから。

ネガティブ感情をなんらかの行動に移すことによって、常に昇華させているようにみえる。
独自の方法で。



ところが・・病院のドクターだったりすると、

本気で攻撃して大怪我させるとも限らないからなあ~。


やられる前にやっちまえ!
こんなヤツ、大怪我したって構うもんか!
と、感情じゃなくって、それを冷静に判断して行動に移してるとしたら・・

ひえ~@ そっちの方が怖いわ!

そこは人間世界じゃくって、彼女の倫理観で成り立ってる世界なのだからなあ。



とにかく、日々ネコから教わることは多い。

赤ちゃんとは?

乳幼児だった頃の記憶ってありますか?

私はないのだけど、稀に持っている人たちはいる。

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私の父はその一人で、以前父からこんな話を聞いた。

「まだ僕が赤ん坊の頃の記憶なんだけど、抱かれたときに、すごく嫌なカンジがして泣き出した記憶が今だにあるんだけど、あれは、なんだったんだろう?」

父は当時の母(つまり私からみればお祖母ちゃん)に、そういって尋ねたところ、祖母はこんなふうに答えたらしい。

「そういえば、思い当たることがあるわ。
うちは商売やってたんで女中さんがいたのよ。 それで、女中たちがあなたの面倒をみたりしてたんだけど・・
ある女中が坊ちゃんが泣き止みませんと言って困ってたんで、私が抱き上げたとたん、すぐに泣き止んでしまったってことが何回かあったわ。
それだったんじゃないかしら。」


何が嫌で泣いたのかは父にもわからないという。
そりゃまあ、赤ちゃんだったわけだし~。

おそらく、抱かれたときに、何かの不快感、不安感、嫌だ~! があって、それで暴れて泣いた記憶。

それが大人になっても残っていたのではないかってことだった。

「赤ちゃんというのは大人が思っている以上に鋭い感覚を持ってるんだと思うよ。
だから、赤ちゃんの前で夫婦喧嘩したり、人を罵るような事を言うのも良くないと思うな。」
と、父はよく言っていた。

自分の実体験からだったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

赤ちゃんといっても・・いったいいつから、そういった感覚を持つものなんだろう?

と思って、新生児の動画をチェックしてみた。

生まれてすぐの新生児は、お風呂に入れてキレイにし、服を着せて、チエックアップして身長体重を図ったり、目薬さして、足形をとって・・場合によってはワクチン注射をする。
(←これらはアメリカの場合・・日本の場合は良く知らない)


ところが、その処置をされている間、ほとんど泣かない赤ちゃんも入れば、ずっと泣き叫んでいる子もいる。

この子は始終カンファタブルで笑顔さえ浮かべてるような。・・さすがに注射されたときだけは泣いたけど。
  ↓
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https://www.youtube.com/watch?v=AYm2DMIr4t4&t=97s


ところが、こっちの新生児は、ものすごい勢いで泣き続けてる。 泣くというよりスクリーミング(絶叫)に近い!
大暴れしながら悲鳴をあげてるかのようだった。。。
   ↓
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体中が真っ赤なトマトだ!
https://www.youtube.com/watch?v=hwhVzlCGQIM

この看護婦さんのお風呂の入れ方など処置の仕方に問題があるのか?(そうは見えないんだけど)
それともこの看護婦さんの持つ波動に不快なものでもあったのか? それとも・・ほかに原因があるのか?



お風呂の入れ方というのも・・そりゃあ、生まれてすぐに、いきなり、じゃぼん!されれば、びっくりするだろう。


こちらのビデオは実に理想的なお風呂の入れ方だった。
まず、くるくるとラッピングした状態から足先からつけてお湯にならしていきながら、ラッピングを外していく方法をとってる。
    ↓
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https://www.youtube.com/watch?v=DJ3xFgNAeN0

赤ちゃんも、たぶん・・こんな気分~♪
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一方、こちらの病院では、いきなり蛇口からジャージャーして、頭をごしごしシャンプーし始める。

病院によって、新生児の初風呂の入れ方だって違うんだね~。
   ↓
firstbath.jpg

でも、この子はそれほど嫌がってもいない・・。 えーい! なんかうっとおしわい!って顔はしてたけどね(笑)


じゃあ、最初の、絶叫赤ちゃんは、いったい・・何が原因だったんだろう?

あれほど絶叫してたんだから・・大人になってからも記憶してるかもしれない。。。 私の父のように。


「泣く」ということは、必ず何らかの原因があるはずだ。

赤ちゃんが泣くのは、空腹、汚れたオムツの不快感から・・というのは誰でも知ってることだけど、おそらくそれだけではない。

大人がまったく気がつかないようなことさえも敏感に察する能力を持っている、ということを忘れてはいけない。

つまり、シックスセンスにも似たような。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なかなか興味深い記事があって、
   ↓
Babies Show Empathy for Victims of Bullying as Early as Six Months, Beersheba Researchers Say

これをIn Deepさんのブログが見事に翻訳してくれてたので、その部分を抜粋させて頂きます。
       ↓

生後6ヶ月という早い時期に、すでに赤ちゃんは、いじめの被害者に感情移入を示していることがイスラエルの大学の研究者によって見出された。

赤ちゃんという存在は、非常に幼い段階でも、信じられないほど賢い。イスラエルのベエルシェバにあるネゲヴ・ベン=グリオン大学の研究者たちは、わずか 6ヶ月の赤ちゃんたちでさえ、いじめられた被害者たちに共感を示していることを発見した。

ベン=グリオン大学心理学科の上級講師であるフロリナ・ウゼフォフスキー博士(Dr. Florina Uzefovsky)は、同大学にある神経科学センターの同僚と共に、2つの実験を行った。その調査結果は、赤ちゃんたちは、生まれて 1年以内に、共感の感情に関する能力を発達させているという理論の発見に貢献した。

研究は、心理学の専門誌「ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・サイコロジー (British Journal of Psychology)」に発表された。

ウゼフォフスキー博士は、以下のように述べる。

「調査結果は、赤ちゃんが生後 1年以内の間でさえ、すでに他人の感情に敏感であり、人の特定の感情の表出について、複雑な結論を導き出すことができることを示しています」

「生後 1年以内の乳児でも、相手が “自分たちが共感するにふさわしい人物か“、あるいは、 “ふさわしくない人物か“を識別することができたのです。相手の苦痛に正当性がないように思われる場合、共感は示されませんでした」

最初の実験では、研究者たちは、生後 5ヶ月から 9ヶ月の乳児たちが、いじめの被害者たちに対して明らかな共感を示していることを見出した。

研究者たちは 27人の乳児に、2本のビデオクリップを見せた。

最初のビデオでは、目が描かれた正方形の人形が丘を登っているもので、人形は、丘を登る途中で、目が描かれた丸い形の人形と出会う。この丸い人形は友好的に振る舞い、それから、この2つの人形は一緒に丘を下りていく。

それを見ている間、乳児たちは、ずっと明確な肯定的な感情を示すか、ニュートラルな感情を示した。

ところが、2番目のビデオでは、先ほどと同じ丸い形の人形は、出会った正方形の人形を殴り、そしていじめる。それが丘を下りるまでずっと続くのだ。

このビデオを見た時、乳児たちは、泣き出し、そして、激しく泣くことで苦痛を示した。

この研究では、さらに、苦しんでいる他の人に対して、乳児が感情的に敏感であるか、そして、それはどのようなタイミングで敏感なのかも調べた。

ウゼフォフスキー博士は、強制選択パラダイムによる 2つの実験を使用して、以下のように説明した。

「最初の実験では、生後 5〜 9ヶ月の乳児たちが、明らかに、いじめの被害者たちに共感を示していることがあらわされました。乳児たちは、中立のパーソナリティを選ぶのではなく、身体的に傷つけられ苦しんでいるほうのパーソナリティに共感を示したのです」

「 2番目の実験では、苦しんでいる他者に対する幼児の共感は不変ではないことを示しました。それどころか、状況によることがわかったのです。つまり、同じように苦痛を現している対象であっても、苦しむ理由が明確ではない場合、その対象には共感を示さなかったのです」( ※ 訳者注 / これは、たとえば「苦しくなった理由がないのに、ただ苦しいふりをしている」というような対象には共感を感じないということだと思います)

これらの発見は、人間の同情と道徳観念の初期の発達の研究に影響を与えるものだ。

しかし、乳児たちが傷つけられた他者に対しての、この共感と前向きな態度を、どのように発達させているのかはわかっていない。

いずれにしても、今回の研究で示されていることは、他人の苦痛に関して、幼児でさえ、「なぜ苦痛に至ったか」ということや「苦痛の意味」を、その考慮に入れていることを示している。




私は、これを読んで、以前に自分でアップしたブログ記事、
脳が幸せを感じるしくみを、思い出した。

この部分を!
   ↓

★人間の脳は同情するようにデザインされている。

これはミラー(鏡)ニューロンと呼ばれる神経細胞の働きで、他者の行為を観察することで、自分の脳内であたかも同じ行為が行われているような働きを示す。

・脳は他人の痛みも自分の痛みとして感じる
人間の脳は、本来人が痛みを感じているのを見ると、自分の脳内でも実際に痛みを感じる時に発せられるニューロンが発生してしまう。
・脳にとっては、空想も現実も同じもの
・脳は、心の痛みと身体の痛みの区別がつかない



ああ、これこそが人間本来なんだ!・・と。


これは、生後 5ヶ月から 9ヶ月の乳児を使っての実験だったので、新生児だと、まだニューロン細胞は完全に働きだしてないのかもしれないし・・そこは微妙なところかもしれない。

ある研究結果によると、新生児の場合は共感よりも、まず「恐れ」に対するリアクションが先になる、ということだ。


こちらは生まれたばかりの双子の赤ちゃん動画なのだが、二人を引き離そうとすると二人とも泣き出す。
またくっつけるとぴたっと泣き止む。
    ↓
newborn twins
https://www.youtube.com/watch?v=JqhMMzQQXHk

実に興味深い。

引き離されることの不安、恐れ・・があるのだろう。
そして、共に一緒であることの、安心感、リラ~ックス

なので双子の新生児はお風呂も二人一緒にいれることが多いとか。
   ↓
newborn twins bath
https://www.youtube.com/watch?v=2NYFE8cjAT4


双子というのも、また別の意味で実に興味深い。
双子どころか、最近では4人、5人・・8人・・最高15人なんてのもあったはず。


それよりも、conjoined twinsとして生まれてくる子も稀にいる。
conjoined twinsというのは、体の1部がくっついている、または、臓器や器官などが共有している場合もある双子。

こちらは、Abbyと Brittanyという、アメリカでは有名なツインで、二人はこのまま成長して学校の先生になったはず。

この二人は、このまま一緒にいることを自身で望んだとか。

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Living a conjoined life
こんなに多くの体の部分を共有してるのに、人格は別人格なのだ。 


そうかと思えば、同じconjoined twinsでありながら、二人の人格があまりにも違い過ぎて彼らから分離手術を望んだ例もあったし、実にそれぞれだよな~って思う。



または、一方に寄生した形で生まれてくる双子(パラサイトツインと呼ぶらしい)

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https://www.youtube.com/watch?v=CO6So1q3lNk

これは、エジプトで生まれたマナーちゃんという子に寄生した形で、もう一人の子がくっついて生まれてきたものだった。

これも、さまざまな物議を醸すことにもなった有名な話だ。


双子として生まれてくるはずが、なんらかの理由で双子の一方が育つことができないとき、もう一方の健康に育っている方に寄生することで生き延びる手段をとった結果・・だそうなのだ。

片方の寄生した子は独自の体も器官も持たないために、完全にマナーちゃんに寄生することで生き延びている状態だった。

ところが、この動画のドクターも言ってるとおり、二人は完全に別人格で、片方が寝ているとき片方は起きていたり、まったく違った様子をしていたという。


当然ながら、近い将来マナーちゃんの負担も多くなり二人とも生存は不可能となるため、分離手術を行うことになるのだけど・・(当然パラサイト側は死なせることになる)それが、道徳上の問題などの物議を醸すことにもなったのだった。

結果的に、10数時間にも及ぶ手術は大成功でマナーちゃんは退院したものの、残念なことにその後感染症だったかで、その数か月後には死亡してしまったという。



マナーちゃんのツインは、パラサイトであっても、かわいいベイビーたちだったが、パラサイトツインは、見た目も不気味~と思えるようなケースも多い。

手足だけが何本もあってお尻から足が生えていたり、赤ちゃんのお腹から別の顔だけが生えていたりと・・。

誕生した瞬間、これは呪われた子だ!とされて、処分されてしまうことも多いという。(もっとも最近では胎児のエコー写真で状態がわかるので、両親が出産しないことを望むケースが多いといわれている。)

逆に、インドのある地域では、神の生まれ変わりとされて大切にされることもあるとか。

ヒンズーの神は、顔をいくつも持ってたり手も多かったりするからだろう・・。
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見た目をどう感じるかとか、こういった道徳上の問題は別にして・・
さらに、放射能汚染による奇形児の問題といった社会的背景なども、この際別にすることにして・・

私は、生命(自然)ってすごい!と単純に思ってしまう。

寄生してまで生き延びようとする命。

1つの核から生まれても、まったく別人格になっていくパワー。

胎児や新生児は最も弱い存在でありながら、生き延びることへのエネルギーは凄まじいものを感じる。

さらに、生まれ落ちた瞬間から、凄まじい勢いで自ら成長しようとするパワーにも。



赤ちゃんは、すべての五感を駆使して自ら成長するそうだ。

だからこそ、生まれたときの環境は大切といわれている。

とくに、成長期の3歳までは一番重要な時期になるそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、たしか・フィジーの田舎の話だっただろうか?・・実に悲劇的な話だった。

生まれてからすぐ育児放棄されて、鶏小屋に投げ込まれて育った赤ちゃんの話だった。

たぶん食事(ミルク)は与えていたから、肉体的には育つことは出来たのだろうけど・・ずーーと鶏小屋に置かれたままだったせいで、言葉が喋れない。

また、鶏だけを見て育ったせいで、土をひっきりなしにかくため手は曲がり、鶏のような声で鳴き、座ったまま蹲って寝る。
食事は鶏のように口でついばむ。


バックグラウンドも悲惨で・・母親は自殺、父親は殺害され、ようやく3歳の頃に祖父に鳥小屋から助けられたものの、祖父もどうしようもなく、また鶏小屋に入れたままにしてしまったそうだ。


成長して第三者に発見され保護されてからも、人間には慣れることなく攻撃的だったため、ずっと30歳近くなるまで一室に繋がれたままだったのを、最終的にはあるイギリス人女性がひきとって世話をするようになったという。

愛情を注がれて少しずつ穏やかな生活ができるようになり人のような笑顔を見せるようになったけど・・それでも、いまだに言葉だけは話せないという。


つまり、3歳くらいの成長期までに、子供は周囲からすべてを学んで成長するということだ。

おそらくベーシックとなるもののすべてを、そこで学ぶのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカに住むようになってから気がついたことがある!

日本人の赤ちゃんとアメリカ人の赤ちゃんでは表情がぜーんぜん違うよなあ~ということだ。

これは実に興味深い発見だった。

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アメリカ人の赤ちゃんは、ものすごく 喜怒哀楽の表情が豊かなのだ。

たとえば、美味しいものを食べると満面の笑顔で体をゆすってまで踊りだしたり、まずいと、おえ~!とものすごい表情をする。

ところが日本の赤ちゃんは、それほどオーバーアクションの表情をしてくれないんで、私にはどう感じてるのか・・わからないことが多い。
もちろん、日頃からお世話してる人たちには一目瞭然なんだろうけど・・。


つまりは、赤ちゃんは確実に両親を見て育っているということだ(笑)

アメリカ人は、とにかく親からして喜怒哀楽の表情は豊かだからなあ!

Baby & Kids Reaction to Foods - Funny Awesome video

https://www.youtube.com/watch?v=VGwCJWDT3yA


明らかに、赤ちゃんはまず最初に、置かれた環境と文化の中で大きく影響を受けて育つということがいえると思う。


世界中、環境も文化もそれぞれに違う。

それでも持って生まれたニューロン細胞は、すべての赤ちゃんに共通している。

他人に共感する能力、それはどこに生まれようとも、人として本来備わっているはずのものだ。

さらに、

「苦しくなった理由がないのに、ただ苦しいふりをしている」というような対象には共感を感じない」・・という、

つまり、本物か偽物かも見抜いてしまう能力を持っているということだ。


にこやかで優しい笑顔で大人は騙せても赤ちゃんは騙せない!ということになりそうだ。

まるで、ばけたん!か?(笑)



彼らが持って生まれた本来の能力が損われずに育っていくこと。



いずれにしても、こういった赤ちゃんたちが今後の世界を作っていくことになるのだ。

この地球すべての責任も彼らに託されることになるのだから。

結婚制度って?

たまーに、恋愛問題とか結婚の相談を受けることがあるんだけど・・いつも、やれやれ!と思ってしまう。

それが中高生とか、ティーンエージャーくらいの恋愛ならば、突き進め~!のスタンスで後押しできちゃうんだけど・・・


大人になってからの恋愛問題ほど厄介なものはない!

①片思いのうちは、なんとか両想いのラブラブになりたい!と悩み、

②いちおう両想いラブラブになれば、相手の思いを知りたい!とか
いつも一緒にいたい⇒結婚 を考えて悩み、

③結婚すれば、浮気されない? 
どうすれば、良い結婚生活が送れる?と悩む



なんで悩んでばっかなんだ~?


①と②の場合は、恋してる状態
恋は一種の病気・・・これは私自身の若い頃の体験からも症状はよくわかるし、さらに、脳のメカニズムを知れば、もっと客観的に理解できることだ。

もう・・・こんなことを言ってる私ほど、恋愛相談に向かない人はいないと思ってしまう・・・。

③は、ブレイクダウンすることへの恐れ=現状維持を望むからなのか?


恋してしまえばいつも一緒にいたい! じゃあ、結婚だ~!というのは、ま、お決まりのコース。
ついでに、結婚という法を使って相手を縛ることも出来るし~(ついでに、自分も縛られちゃうんだけどね~)


ところで、私には一夫一婦制の結婚というのは、良いのか悪いのかはわからない。
個人的には、どっちでもいいことのように思える。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キリスト教が作り上げた「社会通念上の模範」というものがある。

一度だけの恋愛と結婚。(セックスは誓った一人の人とだけってニュアンスが含まれてる)
一度愛したら最後まで、愛は一人の人への永遠の約束であり責任・義務
とうぜん、お互いを所有することになる。
それも、永遠を、誓わされる。




日本もまた明治になって西欧諸国に準じ、これを法として導入した。

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ところが・・いくら誓わされようがなんだろうが、人なんて日々変化していくものだ。

一晩寝て起きれば多くの細胞は死に新しい細胞が生まれてくるように、心も精神も変化し続けるのだ。

ということは、
二人が結婚式で誓ったときの心境と、まったく同じでありえるわけがない!!

いくら教義や法で縛ろうが、出来ないことだってある!ってのは・・おそらく誰でも心の底で知っている。


だから、昔から浮気だとか売春ってものがあるわけだしね~。

昔は、浮気や売春は違法じゃなかったんで(とくに男の場合)、堂々と出来たけど、今では、これも・・コソコソとしなきゃならない社会になってるね~。

まあ、昔の人の方が、結婚後も「結婚」に縛られる感覚は少なかったように思う。
好きな人は堂々と愛人に出来たわけだし、日本だって合法の売春宿だってあったんだもんね~。



ところが、昔の人の中にも、・・やたら「結婚」にこだわった人もいる。

ヘンリー8世(Henry VIII, 1491年6月28日 - 1547年1月28日)イングランド王だ!

かなり若い頃(なんだかひ弱で陰険そうな顔?)
  ↓
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イングランド王ヘンリー7世の次男で、本来は王位を継げない立場だった人だ。 そう、お兄ちゃんがいたからね~。

実際お兄ちゃんのアーサーは、将来を期待されていた存在、なんてたって、アーサー王伝説のアーサーから名前をもらった人。(アーサー王を現実にしよう!という強い思いが込められてたらしい)

お兄ちゃんのアーサーはこっち。
    ↓
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その奥さんが、スペインから迎えられたキャサリン・オブ・アラゴン

ところが、若い二人が結婚して(たしか二人とも14-5歳?だったはず)、アーサーは数週間で亡くなってしまう。
(陰謀の匂いがプンプン)


ところが、イギリス側は莫大な持参金付きで嫁にもらった、キャサリン・オブ・アラゴンをスペインに返すわけにはいかないし~と
困ったあげく、次男に再度嫁がせちゃったそうだ。

それがヘンリー8世(次男)というわけ。

ところが、この人、かなりの女好き!
とまあ、表向きには「世継ぎとなる男子を強く望んでいたから」という理由があるのだろうけど・・


まずは、王妃のキャサリン・オブ・アラゴンの侍女に手をつける。 それがメアリー・ブーリン

次に手をつけようとしたのが、その妹だか姉の、アン・ブーリン(エリザベス1世の母として有名な人)

ところが、アン・ブーリン、「私、愛人はイヤ!結婚してくれなきゃ!」と言ったそうだ。

そこから歴史が大きく変わっていく・・・


まず、ヘンリー8世、王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの結婚は、もともと無効のものだったのだ!とローマ教会に言い出した。

この時代、ローマカトリックの支配下だったから、王族といえども離婚は認められないからね~!


え? でも、ちょっと待てよ!
たしかヘンリーが結婚するときは、兄貴の嫁だった人を・・あれこれと理屈をつけて(たぶん、カネも積んで)ローマ教会を説得した上で、正式な妻、正式な結婚と認めてもらったはず。

それを今さら覆すとですか~!!

それも、侍女との結婚を認めさせたいがために~!


さすがにローマ教会も・・今度ばかりは、おたくの都合ばかりを認めるわけにはいかない!と突っぱねた。

ぬわんだと~!
それじゃあ、宗教改革だ~!
とヘンリー8世は言い出す始末。

おいおい!

宗教改革ってのは、もともとはドイツで、ルターが宗教改革をはじめてたんだよ。

ところが、ヘンリー8世は、ルターの教説は認められない!と言って弾圧側に回っていたのだ。
そう、ローマ教会側。 そんで、ローマ教会からは「信仰の擁護者」の称号まで与えられてたはず。 

それが今度は、いきなり・・宗教改革側かい?

高邁な思想もポリシーもあったもんじゃないなあ。。。

まあ、そんなふうにして生まれてきたのが、ローマ・カトリックに反旗を翻しちゃったイギリス国教会やら、プロテスタントになっていくわけだ。

それだけローマカトリック教会も翳りがみえてきた時代だったともいえるけどね~。



さて、そこまでしてヘンリー8世はアン・ブーリンと結婚したんだけど、今度は、またも侍女のジェーン・シーモアに心移りしちゃう。

すると、アン王妃は姦通罪と反逆罪だったかの罪で、ロンドン塔で処刑される。 そう、首チョーンってわけ。

もっともこれは、ヘンリー8世が独裁者だったというわけでなく、取り巻きの貴族たちの思惑がメチャメチャ働いていたわけで・・
王なんて周囲に踊らされるものでもある。



侍女のジェーン・シーモアは、王妃となって1年後、待望の男の子を出産。
すると、最初の王妃のキャサリン・オブ・アラゴンの娘、メアリーと、2番目の王妃、アン・ブーリンの娘、エリザベスを庶子に落として追放しちゃう。(王位継承権をはく奪するため)

この後、メアリーとエリザベスの王位をかけた熾烈な争いに発展していくことになるのだが・・。


ところが、ジェーン・シーモアは産後の肥立ちが悪かったとかで、あっけなく死亡。

ヘンリー8世は、その後次々に王妃を迎えることになる。

アン・オブ・クレーヴズ、キャサリン・ハワード、キャサリン・パーといった具合に。

邪魔になった王妃は、またも反逆罪か姦通罪で首チョンになるという筋書きで。


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結局ヘンリー8世には、6人の王妃(本妻)がいたわけだけど、愛人や認知してない子供に関しては数は不明だとか。


さて、その後、ヘンリー8世はどうなったかというと・・

晩年は落馬の傷が痛んで、おまけにデブだったこともあって、あっちこっちの体のパーツが悪くなってたらしく・・・痛みだらけだったという。

死後は遺言どおり、3番目の妻の子、待望の男の子だったエドワードが9歳で即位する。
ところが、生まれながらに虚弱体質、先天性梅毒だったとか?

で、あっけなく病死。

当然エドワードには子供もいないし・・王位継承権をはく奪されてたはずの、メアリーかエリザベスっきゃいない!ってことになる。

その後も、カトリックかプロテスタントかとか、有力貴族たちやら諸外国の思惑を巻き込んで、ドロドロと王位継承権をめぐる争いになってくわけなんだけど、負ければすぐに、首チョンになっちゃう世の中。

罪なんて、あとからいくらでもこしらえることができる!

結局、エリザベスが勝って、メアリーが首チョンになった。(確かお決まりの反逆罪だったかで・・)

エリザベス一世・・このファッションセンス、いつ見ても凄過ぎ!
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これが英国史のひとつの時代。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

王族といえど、結婚離婚もままならなかったり、逆にローマカトリックに手を回せば簡単に出来ちゃったり・・

王妃の座についたところで、反対派の中を上手に泳ぎ切らなきゃ、すぐに首チョンだし・・

あーあ~。

そもそも結婚ってなんだ? 


今も昔も、それだけのものでしかない気がする。


初めからたった一人の生涯の伴侶を求めよう!と思い混むことじたいが、どっか違うんじゃね?・・・と私は思ってしまう。

さらに、それこそが正しい人の道!と思うことは、もっと違うような気がしてしまう。



恋愛感情だけでは結婚生活はなりたたない!・・・多くの人がいうとおり、たしかにその通り。

恋愛は病と一緒で、いずれは冷めてしまう(治癒してしまう)から。


じゃあ、愛ならば?

愛は病じゃないから・・冷めるとか治癒するとかってことじゃない。 たしかに・・これもそのとおり。


ところが、お互いに愛するゆえに別々の道を歩むことだってある。(まあ、別離とか離婚とかってことになるわけだけどね)


そして・・形として一緒にいれば愛し合ってるってことにならないのは世の道理。
(外に向かってだけは夫婦円満、おしどり夫婦をアピールしてる夫婦もいるわけだし・・)

そんなことは誰でも知ってる。


では、どうすれば・・本当に愛し合っていてずーっと添い遂げられるんだろ?

Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.
(愛というのはお互いに見つめ合うことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだ。)


と言ったのは、サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry)

Antoine de Saint-Exupéry


飛行機乗りで、作家、あの「夜間飛行」だとか「星の王子様」で有名な人の言葉だ。
最後は、どこだったかで飛行機が墜落して消息不明になっちゃった人。


私は「星の王子様」を読んでも、子供の時も大人になって読んでも、ちーっとも感動しなかったし、別に好きな作家ではないのだけど・・

それでも、この言葉だけは、的をついてる気がする。


結婚を決意するときは、お互いが同じ方向を向いてるかどうかで決まると思う。
はじめから、どっか方向が違うな~! と感じたのであれば、まずムリだろう。


だけど、同じ方向を向いている限り、
一時的に仲違いしようが口論しようが何事だって解決できる。

そうやって二人でお互いに影響し合い成長しながら、気がついたら、いつのまにか、ずーーと二人で生活しちゃってる。

そんなものじゃないかと(笑)


なーんて言うと・・

今度はこんなことを聞かれたりする。
「今、同じ方向を向いてると感じるんだけど、この相手と結婚してうまくいきますよね?」

そんなこと知るか~!(笑)


どう作っていくかは、これからの二人の日々にかかってるんだもん。
自分次第、相手次第。


そんなの、神様だってわからないよ!
だって、自分で作ることなのに~なんで人に聞く?
レールに引かれた運命があると思ってるのかなあ?


結局のところ、先のことなんてわからない! 
誰にもなーんの保証もない!



だから、不安になるなら、そんな結婚は、初めからやめた方がいいのかもしれない(笑)

だから、先が楽しみ!と思えた人と結婚すればいいんんじゃないかな。


私たちは、中世の英国王室に生まれたわけじゃあるまいし~、殺されることはないし、いつでも次のステップに進める!


また事実、

お互いの先のことが楽しみ~♪と思える二人ほど、気がつけば、いつのまにか長ーい結婚生活を続けてるような気がする。

それが「同じ方向を向いてる」ってことかもしれない・・と思う。

リベラルアーツ続きで・・佐治先生の本を紹介

きょうは、佐治晴夫さんの本をご紹介しようと思う。
何冊も出版されているので、一番新しい本を紹介することにする。

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佐治晴夫_本


1935年東京生まれ。 数学者、理論物理学者、宇宙物理学者・・でありながら、文学、音楽、宗教、映画・・あらゆる分野への造詣が深い人だ。

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どんな人なのかは、こちらの授業を見て頂ければおわかりいただけると思う。
   ↓
宇宙物理学の佐治晴夫博士がついに面影座にやって来る!!宇宙一受けたい講義をもーやぁこ連載します。

宇宙物理学の佐治晴夫博士がついに面影座にやって来る!!第二弾

宇宙物理学者、佐治晴夫博士の宇宙一受けたい講義!最終回


理論物理学(今では量子論というべきか?)は、ある面で哲学的、宗教的な側面も持っているってことが、よ~くわかる~。


私もまた、こんな授業を受けたかったな~と(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人的に私が好きでメモったものを抜粋してみる。

★フラクタル構造・・私の好きな金子みすゞさんの詩を引用されてましたね~
ハチと神様の訳から世界観へ

* fractalとは、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念のこと。


つまりは、こうゆうこと↓
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それをもっと言えば・・

「自分をコントロールできているという錯覚。 自分とは『自』然の『分』身」
個ではなく、あらゆるものから出来あがっている・・彼の言葉を借りれれば、星のかけらでできている。


この感覚を宗教から見てみると、チベット仏教は類似してるんだけど・・

カトリックは、あくまでも神と人は別、神は天の上の存在になっちゃう・・という考え方が今さらながら面白い。

そりゃ、パウロ2世も困ったことだろう(笑)
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もっとも私は、バチカン総本尊のキリスト教(カトリック)と、イエス・キリストとは別物で無関係、と思ってるので、まあ、そうだろうな~って思う(笑)


★アウグスティヌスの「告白」という本
アウグスティヌスは、「未来はまだ来ていないからない。 過去も過ぎ去っているのだからやはりない。現在というものは過ぎ去ることがないものであるから、これをエテルナ(al ternam)である」といった。

つまり、永遠


そして、佐治先生は、永遠の説明をしてくれるのだけど・・

「そこに無限とは何かというからくりが出てきます。
たとえば、1割る3、これは0・33333どこまでいっても333…です。これを3倍しますと0・9999です。
ところが1割る3を3倍すると1なんです。では、1=0・999なのか?ということなのです。
これを美しく証明するのが数学なのです。」


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過去はわれわれの頭の中にあるだけで実在しない。 ないものの集積で現在がある。
あなたが考える過去が何であろうと、これからあなたがどういうふうにして生きるかによって、すべての過去は書き換えられる。

こうゆうのって、パラレルワールド、多元宇宙論といったものにも通じるものかもしれないなあ~。



★「やぎさんゆうびん」の話から

しろやぎさんもくろやぎさんも、読まずにお手紙を食べちゃう。
それで、お互いに心配になって、さっきの手紙のご用事なあにと手紙を書くというおはなし。

要するに手紙の内容を知らないけど、くろやぎさんとしろやぎさんの絆が結びついているという心温まるおはなし。

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このことを発見したのが、湯川秀樹さん。
何者かわからない中間子のボールをやりとりして、原子核の構造を発見しちゃったから。

「つまり、ものの本質というのは、わたしがわたしであるということでなく、わたし以外のものからわたしができているということ。
つまり、周囲との関係性で存在しているということなんです。これが物理学の原理なんですね。」




★フラクチュエーション(ゆらぎ)
水の変化量が水の実体を生み出しているということと同じ

「ゆらぎ(誤差)がある世界、半分予測できて、半分予測できないから心地いい」

『ある』と『ない』はワンセットだと意識することの先に真実が見えてくる」

『ある』と『ない』を超えたところに真理はある。あるとないの否定を繰り返す先に、自分と他者との区分がぼやけてきて、絶対的肯定の世界が立ち現れてくる」




そのほか、彼の著書の中では、こんなことを言ってる。

★学ぶこと、そして・・教育すること

「わかるということはかわること」


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わかった!ということは、まさに、その後の自分を変えていくってことだよね!

そんなこと、当然ちゃー当然なんだけど・・以外に頭に知識として詰め込んだだけでちっとも人生には反映してないって人も多いのかも。 とくに最近は。

でも・・それって、 頭にデータを詰め込んだだけで、ちーっともわかってない!ってことだよね~(笑)


教育者のスタンスとは・・
「教育で大切なことは、教えることではなく、感じさせることである」と言っている



さらに、

★今さらじゃなくって、今から!

昔は年寄りが「いまさら」という言い方をしていましたけれど、最近はその年代が下がってきていますよね。何を言っても「いまさら」と答えるんですよ。だから僕は、「さ」を「か」に変えろって言っている。「いまさら」じゃなくて「いまから」にしなさいと。



たしかに、昔のお年寄りは、「私は若くないんですよ~。 今さら・・」って答える人が多かった。

だけど今では、お年寄りどころか、まだ40代でも30代でも・・ひょっとすると20代でも、今さら~ね~!と言われることが多い。
ヘタすると、「あなたこそ、なんでそんな夢みたいな青臭いこと言ってるのよ!もっと現実を見なさい!」と説教されたりしちゃう! おいおい!



なんで、自分の世界を箱の中だけに限定しちゃうんだろ?

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きっと、サイエンスをまーったく知らない人・・見えないものは無いもの!と思ってる人なのだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼の講義(これは上記URLのサイトを読んだだけだけど・・)でも本でも、

とても、分かりやすくて読みやすい。

易しく(やさしく)て優しい(やさしい)波動に溢れてるんだよね~。



学者さんの文章は難解なものが多いとされることが多いんだけど、私のような、まったく数学・物理学の知識が皆無のような人にまで、さらっと頭に入ってしまう。

そっか~!

専門用語だらけで難解な文章を書くような学者さんて、ひょっとしたら、本人もわかってないんかも!

自分ではわかったつもりでも・・ただ、知識をデータとして頭に詰めてるだけの人。

ふと、そんなことを思った(笑)



そんなわけで、佐治晴夫さんの本を皆さんにお勧めします!

とくに、スピ系好きとか、引き寄せの法則云々とかって、自己啓発本がお好きという方には!

なぜって、最近のスピ系本とか自己啓発本って、エリザベート・ニーチェさんタイプの本が多いから。


エリザベート・ニーチェさんというのは、気がふれた兄貴を世に出してブランドにしちゃった人で、

とにかく・・ビジネスの天才、
目先の利益追究主義者
日和見主義でコロコロ変わる、変わり身の早さ
上手に言葉を拾って寄せ集めて作っちゃう才能
でもって、ぜーーたいにブレない強さ、怪物



日本人に愛好されるニーチェの本は、大半がエリザベートの発案ってわけ(笑)
ずっと前にも、こちらのブログにも書いたけど・・
エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その1)

エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その2)



この手の本は、別の意味で、すごい!けど、真理の追究をしたい人や、スピリチュアル的幸せを求める人には向かないと思う。

幸せになるのは、筆者とその出版業界のみ、ってことにもなりかねない(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、つくづく、佐治晴夫さんという方を知ってから、

前回のブログのテーマじゃないけど、

学者(または、何かを研究する一般人であっても)

リベラルアーツは必要不可欠!
専門バカはただのバカ・・どんどん真理から遠ざかる!


と思ったもんです(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回、私が新たに学んだこと。

波動関数・・・シュレディンガーの方程式

△Ψ=0

このマーク、Ψ・・・プサイって言うんですよね~。
波動関数を表すのにはギリシア文字のプサイ(Ψ、ψ)とファイ(Φ、φ)


実は、ずーーと前に、量子力学を学んでるという学生さんに教わったシュレディンガー音頭から、私はプサイって知ったんだけどね~。

シュレディンガーさんというのは、シュレディンガーの猫でも有名なエルヴィン・シュレーディンガーさんのこと
   ↓
Erwin_Schrödinger_(1933)

で、シュレディンガー音頭というのは・・

とある大学教授だったかが、宴会の席で、「プサイにファイ」「プサイにファイ」と合いの手を誘いながら踊っちゃったんだとか。

Youtubeで見つけた!



ついでに、佐治晴夫さんの説明を引用すると・・

プサイは波動関数で目に見えない数学的な波。虚数を含んでいる波。

波動関数というのは、じつは一番最初にお話したように、実在しないが頭の中にある直線が三本重なると三角形ができて、その内角の和は全世界どこにいっても180度であるというようなプサイ。

宇宙は何もないところから生まれた、ということをあらわすのは簡単ですよ。
△Ψ=0
これでいいんです。きれいだとおもいません?(笑)。なんかドキドキしませんか?





はい! きれいです@ ドキドキしちゃう!
結構、記号好きの私としては・・△Ψ=0 だけで、ドキドキ、ワクワク




最後に、もうひとつだけ、今回私が学んだこと。

佐治先生の言葉から。

「教えるということは、希望を語ることだということを私は非常に感じたんです。
教えるということは、それしかないんです。」


私は「希望」って言葉も、それを軽々しく使う人も好きになれなかった。

「希望ってどうゆうことよ! 説明してみーよ!」というと、
「どんな辛いときにでも、未来に何かを獲得したいと欲求し続けることとか、明るく前向きに考えること」とか言われ続けて・・

け! さむ~っ!って、思いっきりバカにしてた。。。


佐治先生の言葉は、

ユダヤのラビの口伝書の中の私の好きな文句です。
たとえ明日世界が滅びるとわかっていても私は今日林檎の苗を植えるだろう。



なんて優しい言葉なんだろう、と思ったとき、それは、すとんと胸に落ちた。

専門バカ、リベラルアーツ

これはアメリカ在住の日本人のおばさんの会話。

「うちの大学生の息子、専攻を経済学にするみたい。」

「あら、文系なのね~。 うちは理系に進んだわ。」


聞いていて、あ?と思った。

アメリカでは経済学は理系に入る!
でも、たしか日本では経済学は文系だったよなあ、と。

おそらく、日本で生まれ育った人たちは知らなかったのだろう。

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そういえば・・・と、

遠い昔のことを思い出した。

高2の秋、あるクラスメートが、
「俺、数学ニガテだから、私大の文系じゃなきゃダメだな! しかも男で文学部ってのは、なんかカッコ悪いし~、
経済学部を受験するよ! その方が就職にも有利だしな~!」


と言って、経済学部受験を決定したことなど。

こんなふうにして、進路なんて簡単に決まっちゃう~。


でも、数学ニガテだとすると大学に入ったあとで苦労したんじゃないかなあ?

今は経済学といっても、マクロ経済やミクロ経済、ファイナンス分野や計量経済などなど、数式を扱う科目はメチャメチャ多いらしいから。

近年ではとくに、理論物理学や電気工学、情報工学などの分野を応用した数量経済学とかってのもあるらしいし、数学色が濃~い学問のはず。


なのに、なんで経済学部の受験に数学がないんだ?
へんなの~?



たぶん・・
日本の大学の制度が出来上がったのは1900年代の初頭あたりと聞く。
ケインズさんもいなけりゃ、金融工学なんてものもなかっただろうし・・だから、文系に入れられちゃったんだろうなあ。



アメリカでも大学を卒業すると学士号がもらえる
(Bachelor)というヤツ。

専攻した科目によって、大きく2つに分かれる。

BA(Bachelor of art)・・・アート

BS(Bachelor of science)
・・・サイエンス



Art(アート)というと、日本語では「芸術」という言葉になるし~、それを科目で言えば、美術や音楽になってしまうんだけど・・

こちらの人から見れば、文学や歴史、哲学、美術、建築、音楽、全てアート。 これは、日本でいうところの文系になるカンジ。


逆に、Artの対義語は Nature、つまり、自然というわけ。

サイエンスもまた、これに属し、日本でいうところの理系ってことになる。


欧米人にとって、

Artは、人が作りだすもの・・・文系
Natureは、神が作り出したもの・・・・理系



人が作り出すのか、神が作ったものを解明するのか・・ということで分類したらしい。


まあ、分類なんてどうでもいいことだ!

経済学が理系か文系かなんてこともね(笑)



分類する、カテゴライズするというのは、便宜上、必要なこともあるんだけど・・ただ、それだけに過ぎない・・と思うのだけど、

なのに、人はすべてをカテゴライズされたものの中で見てしまうことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何年か前に、1Q84って本が売り出されて、ちょっとしたブームになったことがあったよね。

そうそう、村上春樹さんの本!

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「この本って、SF・ファンタジー? それとも社会派に入るのかなあ?」

「いや、ミステリー、恋愛小説って見方もできるし、こうゆうの、困るよね~。」


って、会話を耳にしたときは・・・思わず笑ってしまった!

そこかよ!と。

どうして・・本までカテゴライズすることから、はじめちゃうんだろ!って。

えてして、良い作品というのは、むしろ1つのカテゴリーだけに留まらないものって気がするのだけど。



私も1Q84は読んだのだけど・・どうでもいいような小さな部分が今でも印象に残っている。

ある小型の銃を初心者に渡すときに、
「マガジン(弾倉部分)に素早く玉を込める練習をしなければいけない。
たとえ暗闇の中でも手先だけで素早く玉を込められるようにしておかなきゃいけない。」
というような事を言ってるシーンがあった。

27734680-マガジンと弾薬銃

これが、すごく真に迫ってた。

実は一度だけ、私もインストラクターについて射撃を習ったことがあったんだけど、
まさに、口を酸っぱくして言われたのが、これだったから!


こうゆうのって実際に経験してる人か、または、ちゃんとリサーチして完全にその感覚を自分のモノにしてる人じゃなきゃ、言えない言葉だよな~って。

こうゆう些細なところにも手を抜かないんだ! 作家さんてすごい!って思ったものだ。

そりゃあ、彼らにとってはプロとして当たり前のことかもしれないんだけどね~。


こうゆうのこそ、まさに、リベラルアーツなんじゃね?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカの大学だと、1-2年生のうちは、リベラルアーツを学ばされる。
専攻を決めるのは3年になってから。
日本だと、すでに専攻を決めてから受験するんだけどね~。

リベラルアーツは高校までで十分やってるはずだから、という認識なのかもしれない。
充分やってきたのは受験勉強だと思うんだけど・・まあ、それをここで言っても始まらない(笑)



リベラルアーツを日本語にすると、教養課程みたいなことになるんだろうか?

「専門教育」の前に学習する一段低い、一般教育みたいなイメージがついて回るせいか、あまり真剣に考えない人も多いらしい。


ところが、そのリベラルアーツを、ちゃーんと学んでいないと、

自分の専門のことは詳しいけれど、それ以外のことは、ほとんど知らないという人たちが生みだされてしまうことになる。

それどころが、すでに教育として体系づけられてるものは学んでいけても、それ以上の発展性は見込めない!ってことになってしまう。

そっちが問題!

与えられるれたことがしか出来ない! 自分で先を学べない! 大発見はありえない!・・ということになる。


よーするに、1つのことしか出来ない(しない)専門バカに未来はない!ってことらしい(笑)


たとえば医学界・・脳神経外科は脳神経外科だけ、泌尿器科は泌尿器科だけ。

もしも別の部位に問題があり、それらが複雑に絡み合って症状が出ているとしたら・・・あっちこっちのXX科をたらいまわしにされることになる。

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永久にその原因と関連性はわからないだろうし、適切な治療もできなくなっちゃう・・というのはよく聞く話。
医学は完全に専門分野で分かれてしまってるから。

こういったことかもしれない。


数学者であっても、数学書ばかりを紐解いていても、新しい発見は出来ない。
堂々めぐりのこじつけ理論しか浮かんでこなくなる。

ほんとうは、音楽や文学の中にこそ、大きなヒントが隠れているのかもしれないのに。

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1Q84の中にも、
「バッハの平均律、あれこそ数学だ!」といったことが書かれていたっけ。

たしかにそうだ!

のだめカンタービレのフレーズにも、こんなのがあったっけ。

「神の作りたもうた世界は素晴らしい調和によって創造されている。
その調和の根本原理は数の関係によって成り立つ。」



作家さんて、本当にさまざまな分野に目を向けているんだなあ~と感心させられてしまう。

彼らの感覚は、決してカテゴライズすることなく、いつも自由に飛び回るから。


大学の専門分野で難しいことをいっぱい学んで、専門語ばかりを羅列して難解な論文を書いてる学者さんよりも、

自由な感覚で飛び回ってる一般人の方が、はるかに、その神髄を捉えちゃってる!

そんな気がすることが多い。


そう、だからリベラルアーツは大事ってことになる。

それを別な言い方をすれば・・

「なんでも幅広い分野を知ろうとすること」

もっと言えば・・・

「なにごとにも、自然に興味を持って味わえるゆとり」なのかもしれない。

子供の頃好きだったことは原点になる?

子供の頃、自分がどんな子だったかって覚えてる?と人に聞かれて、遠い昔の記憶を遡ってみた。

11271883-タイムマシンを使用して人間のイメージ。

タイムマシンに乗って、ちょっくら昔の私を見てくる気分で。


すると、乳幼児までは「毎日楽しい~♪」と思ってたようなんだけど、だんだん大きくなるにつれて・・

あれれ~?となっていく。

65739253-白人少年は異年齢でイラストで段階を成長しています。赤ちゃん、子供、ティーンエイ-ジャー、大人と同じ人物を示す単純なかわいい図面。白い背


誰にでも、乳幼児の頃から大好きなもの(興味を示すもの)というのが、必ずあるという。


そういえば、お気に入りのおもちゃと遊びの中からも、その子の過去性や今世での方向が見えている・・と言ってた霊能者がいたけど、そうかもしれないなあ、と思う。

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私が好きだったのは、ぬいぐるみと本 (それも動物のぬいぐるみ、お人形とかままごと遊びには興味なし)



小学生になってからの、私のお気に入りは椋鳩十全集

椋鳩十さんの本はすべて動物の物語なのだ。

そりゃあ「動物+本」が好きなら、当然好きにもなるだろうなあ。


ところで、椋鳩十さんて、どんな人だったんだろう? 

と、Wikiでググってみると、

椋 鳩十(むく はとじゅう、1905年1月22日 - 1987年12月27日)は、日本の小説家、
児童文学作家、鹿児島県立図書館長、教員。本名は久保田 彦穂(くぼた ひこほ)。
日本における動物文学の代表的人物。
椋鳩十 -Wikipedia



こ、こんな昔の人だったんかい!

今では記念館もあるらしい。
   ↓
mukugaikann.jpg
http://www.city.aira.lg.jp/muku/gyosei/shisetsu/bunka/muku.html


私が読んでた本は、こんな本だったのだろう。
    ↓
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https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/5110.03.html

残念ながら、内容はだいぶ忘れてしまった。

ただ子供向けだったわりには、子供の為の教訓臭さなんてものは微塵も無くて、ノンフィクションぽかった気がする。

猟師と野生動物の実話などなど。


教訓本とか偉人伝が苦手だった私には、すんなり心地良く心に沁みとおっていく物語だった。


ただし、ハーピーエンディングが少なくって、悲しい話が多かった・・・そんな記憶がある。
哀しいのはきらいだ~。


今も覚えているのは、「ネコ物語」「白いオウム」かなあ。

これも悲しい話だったよなあ・・。


まあ、子供というのは、このようにして自分の好きなことから、だんだん学んでいくのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私はよく野良犬や野良猫を拾ってきては、母親に怒られていた。

そりゃあねえ、椋鳩十ファンの子供としては、野良犬・ネコを放っておくわけにはいかない!


「ダメ~!もとあったところに捨ててきなさい!」と母。

「なんで~!」

「仕方ないでしょ! 野良犬なんだから。
汚いし病気持ってるのを飼うわけにはいかないわよ! 」
と母。

え? それっておかしいだろ! 

「だって~! 可愛い子だし・・可哀そうだし・・」となおも、ブチブチ言う私に、

「そんなに犬が欲しければ、パパに言って血統書付きの犬を飼ってあげるわよ。
とにかく、その汚いのは捨ててらっしゃい! 絶対、家に入れてはいけません!」


血統書付きの犬? それって・・・どっか違くね?


でも、

母は権威者なのだ。
家という社会における権力者。

どーん 威風堂々そのもの
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権力に逆らっては生きていけない。

子供はこうやって、一つ一つ現実社会を知っていくことになる(笑)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TVニュースをみながら、

「なんで戦争してるの? 戦争って悪い事じゃないの?」と父に聞く。

「うーん、難しい問題だね~、たしかに良くないことだけど仕方ないこともあるんだよ。」

「でも、喧嘩しちゃいけないし暴力はいけないんでしょ?」

「お友達同士の喧嘩とか暴力はいけないよ~。 でも戦争はそれとは違うからね~。
もっと大きくなれば、わかることだよ。」
と父は言った。


いまだに、わからん!

つーか、大人になって事情を知れば知るほど、喧嘩も暴力も戦争も同じやんか~と知ることになった(笑)


こうやって私は、どんどんどんどん、大人の望む「良い子」になっていく。

でも、自分が望む良い子ではない。


ようするに、学校の成績も良く大人の言いつけを守る、素直な良い子ってわけ。
ところが、心の中はちーっとも納得できないモヤモヤだらけ。


なんだって学校なんかに通わにゃならんのだ?
なんだって、こんなアホくさい言いつけを守らにゃならんのだ?


それを全部押し殺して素直でニコニコ。

こりゃ、ヤバイわ!現実社会を生きる処世術じゃん!


でも、心の中は、

あんたらの望む通りの良い子になってやる! 
大人になって家を出るまで上手に騙し通してやる! みたいに思ってる。

大人への軽蔑・不信感、メラメラ燃える反骨精神


こりゃあ、一歩も違えれば犯罪者か性格異常者だ。


完全に、まっぷたつ

自分の世界 Vs. 現実の世界

大好きな時間 Vs. やらなきゃならないからやってる時間

私自身 Vs. 演技してる私




それでも、
私には、ちゃーんと自分の世界を持つ時間もあった。

なので、性格異常者か犯罪者にならずに済んだのかもしれない。


大好きな犬を抱えて寝ているとき・・それは至福のとき

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大好きな本に夢中になっているとき・・・これも至福のとき

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そのうち、本だけじゃなく、漫画、アニメ、映画、音楽の世界にも広がっていく。

幸いなことに、両親からは、私の望むものはほとんど与えてもらえた。

欲しい本も漫画もレコードも買ってもらえたし、映画やコンサートにも連れて行ってもらえたんだから。
その点は感謝感謝なのだ!

父:「お誕生日には何が欲しい?」

私:「馬!」


父:「う、馬? そりゃ、デカすぎだよ。 小さな家には入らないから、もっと小さいものじゃないと・・」


アンダルシアの馬物語を読んでから、愛馬が欲しくてたまらなくなったのだった。
   ↓
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父:「なにか、習い事するかい? ピアノとかバレーとか。」

私:「フェンシング!」

父:「ふぇ、フェンシング!?」


西洋の騎士道物語のナイトに憧れていたのだ。
    ↓
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結局、コリー犬を飼ってもらい、ピアノとバレーを習わされることになった。

決してすべてが与えられたわけではない。
現実は思ったとおりにはならない。

それでも、コリーの子犬は大好きで、遊ぶのも寝るのも一緒だった。

必ず私の至福のときを邪魔するのは、母だったけど・・
「犬と一緒に寝ちゃだめ!とか、「いつまで本ばかり読んでるのとか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の中で、まっぷたつになった世界が統合されていくのは、ずっ~と後のこと。 

大人になってからだ。


自分の世界 Vs. 現実の世界 と、まっぷたつに分けちゃうんじゃなくって~~

自分の世界を、自力で現実にしていかなきゃだよな~って。


そんな簡単なことに気がつくのに、ずいぶん時間がかかっちまったかもしれない(笑)


でもね・・

私の原点は、きっと椋鳩十さんにあったのかもしれない、と思う。

あーんな昔の人なのに、

彼は異種間の動物の間にも友情があったことや

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敵対するはずの、猟師と野生動物ですら心が通い合う瞬間があることを知っていたんだから。


目の前に見える現実だけが現実・・・と思いこんでた子供だったんだよな~。

現生利益とスピリチュアルの関係について

あるスピ系女子という方から、
「現生利益を一番に求めるのは悪いことでしょうか?」という・・なんともまあ、かわいらしい質問を頂いた。

もちろん悪くないです!・・・と私は思っている。


仏教のある宗派では「いけないこと」とされてるようだけど・・えーと、たしか・・浄土真宗だったかな?

こちらでは精神性を高めることによって現世利益はおのずから付いてくる、という考え方だったと思います。

またキリスト教全般においても、病気が治りますように! 商売繁盛!なんてお祈りはしないですね~。



でも、望んでしまうものは仕方ないじゃないですか~!

病気が治りますように。
商売繁盛、お金が儲かりますように


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ただし~、
現生利益を望むのであれば、まず自分自身でやるべきことをすべてやらなきゃ!って思うんですよ。

たとえばビジネスを徹底的に学ぶ、体を使って働く。 金の流れや世間全体の流れを見極める・・なーんてことを。


それを、スピ系パワーで引き寄せよう!なんてのは無駄かと思うんですよ。(ああ、引き寄せの法則のとこにも、似たようなことをつらつら書きましたっけ。)


愛と感謝、祈り、ワンネスなんてものを考えたり、念じたり、祈ったり、セミナーに出席したりなーんてヒマがあったら、実践でがつがつ学び働くことかと(笑)


病気だって同様!
なぜ、この病気になったか?の原因を探り、体のしくみを学び考え、どんな治療法が正しいのか?
自分なりに学ぼうとしたり治そうともしないで、すべてお医者様にお任せで神頼みでは・・ダメなんじゃね?
・・って思います。


時代劇ではお馴染みの「お百度詣り」
   ↓
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お百度詣りだって、現実に出来ることはすべてやった上で神頼みをするわけですもんね~。
あ、そうそう・・ただし、お百度するのは自分の為じゃなくって、大切な誰かの為に祈るんだそうです。
それも、わが身はどうなっても構いません!という切なる祈りだから叶えられるんだとか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、スピリチュアルな生き方と現生利益では、ゴールも考え方も、ぜ~んぜん違うって思うんですよね。



最近のスピリチュアル系では、「私はこのようにして成功しました」といった成功談を実に美しく「デコ&ラッピング」されて語ってるのも多いようだし(笑)

さらに、「スピリチュアル系ビジネスで集客できる秘訣」なんてハウツーモノまで出回ってるそうですよね~。
たった3ヶ月で500万円達成ってのが、謳い文句だったなあ(笑)


こうゆうのはすべて「世間において成功した」という結果重視の考え方


私にはそれがスピリチュアルだとは思えないんですよね~。

ちょっと言葉は悪いかもしれませんが・・そうゆうのって、スピリチュアルを利用しているだけで、コンセプトは真逆のところにある気がしてしまうんですよ~。


当然、まっとうな代価は受け取るべきだし儲けるのも当然と思いますが・・「大儲けする」「成功」ということが最終目的であるならば、それはスピリチュアルとは別物と思います。


少なくとも、スピリチュアルは結果重視ではないはずです。


大切なのは、そこまでに行きつくまでの過程、日々の心の在り方なのであって、

もしも、最終的に成功したかどうかを判断基準にしているとしたら、それは・・むしろスピリチュアルとマ逆なj方向のように思えます。


大切なのは、毎日を充実して送っているか? 日々楽しくキラキラと生きているか?・・・それがスピリチュアルの基本じゃないかなあ。

・・・・・・・・・・・・・・

だからといって、現生利益を求めることが悪だなんて思ってません。

今、現生利益を一番に求める状況であるならば、素直に心のままに、そっちの方向を突っ走るべきかと思います。


お金は汚いものなんじゃないか?とか、日々愛と感謝がなければいけないんじゃないか?とか・・
そ~んな「なんちゃってスピリチュアル」に煩わされてる方が、むしろ道は遠くなるような気がします。


なので、先ほども述べたように、目的に向かって実践あるのみ。 がつがつ学び働くのみ!


まずは1年くらい、まっしぐらに、やるべきことは全~部やって、最後だけは神頼みもよろしいのではないかと(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・

現生利益にご利益があるのは、えべっ様お稲荷様だそうです。


1年を死に物狂いで働きまくって

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https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=02768000012


商売繁盛笹もってこ~い♪♪ と、祈りを込めてどーんとお飾りを買う!



または、お稲荷さまにどーんと願掛けする。

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https://yamagata-jinjyacho.or.jp/wp/blog/archives/2400

江戸時代には、お稲荷様は、今のスタバ以上に、あちらこちらにあったそうです。

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江戸で有名な稲荷神社といえば、「王子」「袖擦」「三廻り」「九郎助」など。
三廻神社は、たしか三菱? 三井?だったかの願掛け神社としても有名だったはず。


なんでまた、江戸時代にお稲荷様が大人気だったかといえば・・

それには諸説あるものの・・結局のところは「手っ取り早くご利益があるから」(笑)

まあ、江戸庶民だって、そりゃあ一番に現生利益を祈ってたわけですよ~。



もちろん願いが叶ったならば、お礼を忘れちゃいけません。

江戸時代の人は神に対する、畏敬の念というものもあったし信心深かったですからね~。
現代人と比べれば、ちゃんとお礼も忘れず信心し続けたはずです。


ところが現代人って、困ったときだけの神頼みが多いみたいですね~(笑)

とくに、お稲荷様は祀らなくなったとたん、しっぺ返しに合うって話・・たしかによく耳にします。

私の知人に代々商売をやってる家の方がいて、家の敷地にもお稲荷様を祀ってたそうですが、
お父様の時代になって、引っ越しをすることになり、それを機にお稲荷様の祠を壊してしまい、すっかり祈ることも忘れちゃったそうです。

その後ご両親も弟も相次いで病気でなくなり家運も傾き、一人生き残った長男もまた難病に苦しんでるとか。



まあ、それが祟りかどうかはわかりませんが・・似たような話はいくつも聞いてます。


また個人の話に限らず、地域の守り神としてあったお稲荷様の祠を壊してしまったり、
誰も祀る人がいなくなって寂れてしまったとき、

その地域では怪異やら不幸な出来事が多く起こるようになるとか。

そんな話も聞いてます。

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人間なんて勝手なものだよね~。

昔の住民たちは、土地の発展や加護を願ってお稲荷様に毎日のように拝んでいたでしょうに・・

現代になって土地開発が進み、時代が変わったとたん、誰も見向きもしなくなっちゃうんだから(笑)


仕方ないよ~! 土地開発するんだから! とか。
時代の波には逆らえないし~とか。


ぜーんぶ、自分の都合ばっかし!なんだもんね~(笑)


その上、「お稲荷様は祟るから良くない」な~んて言い出す始末。


これじゃあ、お稲荷様が怒ったとしても当然だよな~。

それより、お稲荷様、おキツネ様が気の毒だよな~。

・・・と思ってしまう私。


現生利益をすぐに叶えてくれる神様は、わりと人に近い波動を持ってるとか。

そりゃあ・・利用された!見捨てられた!と思えば悲しいだろうし、哀しみが怒りになることもあるだろーに。


せめてでも、人として同等に接するならば、叶えて頂いたなら、ずっと感謝するのが当たり前。


そんなの、やなこった!と思うなら、神頼みなんかしないこと。

自分の力を信じて自分で切り開くこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうそう、1つだけ確かだな~って思うことがあります!

ほんとうにスピリチュアルに目覚めてしまった人たちは、自分のための現生利益なんて願ったりしない。

彼らの視点は、もっともっと壮大なところにある。



当然、「私はこのように成功を引き寄せた」とか「たったの3か月でxx百万稼いだ!」なんて話題にも上らない(笑)


それでいて、彼らには不思議と、現生利益はささやかながらでも、ちゃ~んと付いて回ってる。
まさに浄土真宗の教えじゃないけどね(笑)



だからといって、先にも言ったように・・現生利益を求める事が悪いとは決して思ってはいない!

ただし・・まだまだオヌシ、ちっちゃえよな~とは思う(笑)

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かくゆう私も、まだまだ「ちっちゃえ」ヤツですが、デカくなりたいと思ってます!

日常のある日の中で思ったこと

私はある日系のフォワーダーで働いているのだけれど、会社の得意先はやはり日本が多い。

フォワーダーの会社のお仕事というのは、大きく分けると、輸入部署と輸出部署があって、

たとえば、輸入部署であれば
日本から商品を船か飛行機で輸入して、アメリカで輸入通関、その後、保税倉庫からピックアップした貨物をお客の指定する場所まで陸路で運んで搬入、というのが一連の流れ。


そんな中で、カスタマーサービス部署には、日々質問が寄せられる。

「今、商品はどこにあるんですか? いつ到着しますか?」

「XX月XX日までには、必ず到着しますか?」


まあ、こんな質問が多いようだ。

そういった質問を減らすためにも、船会社も飛行機会社も、また、我々のようなフォワーダーでもこういった、ウエブサイトがアップロードされていて、「今あなたの貨物はどこにあるか」がわかるようになっている。
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ところが日本の会社は、アップデートが少し遅れただけで、それもまたクレームになる。

「我々の貨物はXX時にはXX港に到着してたのに、ちゃんとアップデートされてませんでした!どーゆうことですか!!」と。

貨物なんて日曜祭日だったり夜中にも到着するわけだし、それを完璧にアップデートするためには、
24時間体制で何人かの人に管理してもらわない限り、そりゃ無理だ。

客側の言い分としては、だったら、ちゃんと人を雇って24時間体制にしろ!ってことなのかもしれないけど・・ま、無理だろ!
採算が合わないから。

そうなわけで、海外の人からみると「日本人は細か過ぎるし煩さ過ぎる」と言われて日本とのビジネスを敬遠したがる会社もあるらしい。

逆に言えば、だからこそ日本は品質のクオリティーもアップするし、時間にも正確という美点にも繋がる。


日本という国、
電車も時刻表通りだし、宅急便だって日本全国を時間指定で配達してくれるような国だ。


そういえば、電車が20秒早く発車してしまって会社側が謝罪したといったニュースさえあったなあ。
   ↓
「電車が20秒早く出て謝罪??」海外が驚く日本の正確性と謝罪文化

日本人のお決まりの謝罪風景
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正確性と謝罪

うーーん。
それと同様なサービスをアメリカに求めても、そりゃ、無理ってもんだ(笑)

そういうと、アメリカ人はルーズな国民性だから、といtった性格の問題を問われることが多いんだけど・・
それ以前に国土の問題は大きい。

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トラックが行き交う主要幹線道路であっても、砂漠地帯を突っ切り、2時間近く走らないと町さえないような場所もあり、
もちろん、サービスエリアなんてものもない。

ロサンゼルスで貨物を積んだトラックが、テキサスまで輸送にかかる時間は、場所によっては4日位で到着予定なのだけど、

途中で道が崩れているかもしれないし野生動物が飛び出してくるかもしれない。 天候によっても大きく左右される。


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つい先日も日本の会社からカスタマーサービスにクレームが入ったらしい。

通常4日で到着するはずのトラックが1日遅れてしまったという。 原因はトラックのパンクのため。

すると、
「なぜパンクしたんですか? そのパンクした状況、日付と時間を詳しく教えてください。」と言われたらしい。

げええ!@

なんなんだ? この質問は?と、私たちは唖然としてしまうのだが・・
20秒早くても遅くても謝罪する日本にとっては、こんなことは当然のことなのかもしれない。


しかしアメリカ人にとっては、これは異常ともいえる発言だ。

詳しい説明をするときは、保険会社に保険請求をするときくらいなもんだ。
1日遅れたくらいで誰も気にしない。 原因追及さえしない。


電車もバスも車も遅れるのはよくあること。
それが嫌なら、もっと早く出発するか、遅れた場合も考えて事前に対処しておくべき。
・・というのが一般的な考え方なのだ。


カスタマーサービスは頭を抱えてしまった・・気の毒に。。。

だって、この言葉のままをトラック会社に質問してしまったら、ものすごーく気分を害されることは明白。

「それって、ウチのドライバーに職務怠慢を疑った上での質問ですか?」
ということになりかねない。

その結果、もうおたくのようなフォワーダーとは一切取引する気はありません!とも言われかねない。


お客様は神様なんてのは、アメリカ企業には通用しない。

彼らは、むしろ心意気で動くことが多いのだ!


そもそも、日本の会社側だって・・
必ずXX月XX日に到着させたいならば、もっと余裕を持って出荷すればすむことなのに・・・

ところが、それは出来ない。

なぜなら、ギリギリまで経費を削る必要があるから。(1日倉庫に保管するだけで保管料がかかるから)

期日ギリギリに出荷してギリギリに到着する・・これが経費節減、一番コスパを良くすることになる。

また、当然彼らは一番安い船会社や航空会社を使う。

ところが、この「一番安い船会社や航空会社」というのは・・それなりに色々と問題も多い。

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ここは私の仕事なんだけど・・
    ↓
航空便で到着した貨物の場合、輸入通関を完了させた後、トラック会社に依頼してピックアップ、
これをほぼ48時間以内で行わないと、さらに航空会社に保管料を支払うことになる。
(ほとんどの航空会社がタダで貨物を置いといてくれるのは基本的に2日間だけ)


そのためには、貨物到着を見計らって航空会社に何度も電話して確認しなければならない。

最終確認は、
「ウチの貨物通関は通ってる? 支払い額はいくら? もう、荷下ろしは終わってる?ピックアップのトラックを向かわせても大丈夫?」

とにかく時間との闘いのときは電話なのだ!

ところが、その電話がなかなか繋がらない。(とくに格安航空会社に限って)


航空会社によっては、または時間帯によっては・・1時間待っても電話がつながらないことさえある。
それどころが、待ってる電話をブチっと切られることさえ、しばしば。
(おそらく、あちこちのフォワーダーも同様に電話をかけまくっているのだろうけど。)


ようやく繋がったときには、私だって文句の一つも言いたくもなる。

「ねえ、あんたんとこ、いつ電話してもぜーんぜん繋がらないんだけど・・どーして~?
今日中にトラックの手配してピックアップしなけきゃならないのに、すっごい困るんだわ~!」
と。

すると、航空会社の人、

「私だって困ってるんよ! 私んとこ、たった二人きりでひっきりなしに鳴る電話に出てんのよ。
無理に決まってんでしょ!」
と、逆切れされた(笑)

あれ~! たった二人しかいないんかよ!


そりゃあ無理だろ!と納得&同情(笑)
(ある中国系のエアラインは運送費がとっても安いらしく、安いが一番と思ってる日本の企業は頻繁に利用するのだけどね)



しかし安いところにはそれなりの「安い事情」ってものがある。

人員不足でやってるとことは、情報提供にミスも多い。
そのため、こちらも慎重を期すために、2回、3回電話して確認しなければならないことにもなる。

何倍もの手間がかかるのだよ~(実にリスキーだ。)

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以前、私の大先輩から聞いた話だが、

「昔はねえ・・こんなことはなかったなあ。
とくにJALカーゴはサービスがよくってね、貨物が到着すると先方から電話してきてくれて、
通関も切れてるし貨物のピックアップすぐできますよ! 引き取り料はXXです!って全部、先方から連絡してくれたものなんだけどね~。」


へええ。 そんな時代もあったんか~!
私の時代には「優秀JALカーゴ」は、すっかり伝説になってしまっている。

JALだって、こちらからバンバン電話しなきゃならないし、なかなか繋がらない。
おまけに、不慣れな担当者に間違った情報を伝えられることも多いので安心できないのだ。
(この業界、口頭で情報をもらって動かにゃならないのだから!)

そういったことからも、ああ、JALの内情も昔とは全然違うんやなあ~と、思い知らされる。
たぶん、一般客を乗せて飛ぶ方だって、同様なのかもしれないなあ。
(ちなみに、今のとこ良いのはシンガポールエアラインかな。 電話も比較的繋がるし情報ミスも少ない。)



そんなこんなで、ようやくピックアップ可能になった貨物は、トラック会社に依頼してピックアップしてもらうのだけど、
とにかく、いつもギリギリなので、トラック会社だって大変だと思う。

トラックの台数だって限りはあるだろうし、トラックドライバーの手配もしなきゃならないのに、
「お願い~! きょう中にピックアップしないとダメなんよ!なんとかして~!」なんだから。

電話してる間にも、トラッカーに持たせる書類を作ったり小切手を切ったりと手は動く動く・・。
ところが、そうゆうときに限って、プリンターやパソコンが動かなくなったりするものなのだ。(←そこで焦るとよけい間違えるしな~)

書類にたった1つの不備があっても、保税倉庫から貨物は引き取れない。
で、1日延びればまた支払いが増えるし、客からのクレームは必定ってわけだ。


無理を押して慌てて飛んできてくれたトラックドライバーにも、

「げっ! もう来たん?
ちょっとだけ待ってて! 今プリンターが動かないんよ~!」
と、
そこで、トラックドライバーを待たせたりもする。


そんなにまでしてくれてるトラック会社に、
「なんで遅れたの? 何時何分にどこでパンクしたんですか?」な~んて、アホな質問は出来ないのだ。

実際、どのように回答したのかは知らない。
それはカスタマーサービス部門の方々のお仕事だから(笑)


ま、このようにして、何もかも、すべてがギリギリに回っているのだ。

発注する会社も受注する会社も、航空会社・船会社も、トラック会社もどこもかしこも。
みんなギリギリ。

ゆとりなんてなーい!


ゆとりがなけりゃ、イライラしたり焦ったり・・そうすりゃ、ミスも増える。
ミスがあれば、客側からクレームの嵐、そしてまた、イライラする・・その悪循環なのだ。


こうゆうのは、私が働いてる業界だけに限ったことじゃないんだろうなあ?

それどころか、個人の生活だって同様になってしまってることも多いのかもしれない。
コスパって言葉も一般化しちゃったし、ちょっとでも安いところを探して節約しまくる!って人も多いって聞くくらいだし。

いやはや、大変な世の中だよなあ~(←他人事のように言ってる私)


・・・・・・・・・・・・・・・・

その日の帰り、Macy's(アメリカのデパート)に、注文品のピックアップに寄った。

もちろん、これは私の個人的なお買い物。

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10人くらいが商品のピックアップのカウンターに並んで待ってる。

ようやく私の番がきて、カスタマーサービスのおばちゃんが中身を確認してくれたところ・・

ありゃりゃ、1個商品が足りない!

カスタマーサービスは、黒人の体格のいいおばちゃんだった。

さっそく、どこぞに電話してくれたんだけど、これがまた、なかなか繋がらない!

「うーーん、この時間帯だから、めちゃめちゃ忙しくて誰も出ないのね~」

おー! メイシーズもか!


15分は待っただろう!
ようやく電話が繋がったと思ったら、

「それは倉庫のセクションに電話して!」と言われた様子。

おばちゃん、今度は倉庫に掛けなおす。

でも、電話はまたも、なかなか繋がらない。

「やれやれ~、こっちも忙しいのね~!」
と、おばちゃん、私の方をみて苦笑しながらこんなポーズをする。

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さらに、10分~15分待って、やっと繋がった。
おばちゃん、また最初から全部説明しなおす。

やれやれ~。😥

ところが今度は倉庫のスタッフが私に電話を代わってくれ!と言い出したらしい。

私が電話に出ると、私もまた同じことを最初から話す。

いい加減めんどくさくなってきて、
「だからね、この商品はキャンセルするから払い戻してくれればいいんだけど!」と私。

すると今度は、私のファーストネーム、ラーストネーム、電話番号、住所などの確認が延々と始まる気配。

そんなもん、オンラインオーダーなんだから、全部パソコンにデータ入ってるだろーが!(←さすがに私のイライラしてきた)


「あのねえ、カスタマーサービスの人がぜーーんぶ説明したでしょ! 彼女の言ったこと全部正しいわよ!
なんだって、また同じことを何度も説明しなきゃならないのよ!」
と。(←やっぱ、私も気が短い?)

そういって、話の途中で受話器を彼女に戻してしまった。

カスタマーサービスのおばちゃんは、倉庫係と少し話したあと、
「クレジットで返金するそうよ。」と私に言って、電話を切った。

やれやれ~
やっと終わった~!


カウンターを後にするとき、おばちゃんがひと言、
「Sorry!」と笑顔で私に言った。

「別にあなたのせいじゃないもん。
それよりも色々と、ありがとう!」
と、私。

おばちゃんの笑顔につられて私も笑顔になった。

・・・・・・・・・・・・・・・

もし、これが日本のデパートだったら、どうだったんだろ?と思った。

たぶん、カスタマーサービスの人が商品が足りない!って気づいた時点で、

「大変申し訳ございません」と神妙な顔をして謝るんだろうなあ。

電話で待ってる間も、「申し訳ありません。ただいま込み合ってるようで・・」といっぱいいっぱい恐縮して誤ってくれるんだろうなあ。


ところが、こっちの場合、
先ほど倉庫の人と電話を代わったときも、
「商品が足りなかったそうで、すみませんでした。」と、まず、ひとこと誤られたけど、その後のお詫びは一切ない。


アメリカでは、個人という意識が強いせいか、自分のミスではないものは謝らないのがフツウ。
客もまた、その人の責任で無いものに関しては決して突っ込まない。


ところが、日本では連帯責任という意識が強いので謝るのがフツウ。

しかも、そんなときに笑顔なんて見せたりしない。 
それは、誠意に欠ける、礼儀に欠けるということになるからなのだろう。


さて・・・

どちらが心地よく感じるか?
それは、まさに人それぞれ。


ただ、私は、
おばちゃんが電話で長く待たされようが、あらら~混んでるのね~と、あっけらか~んとしてる様子

そして彼女の自然な笑顔やジョークに、むしろ、ほっとした気分になった。

明るい気分は伝染するものなんだよな~。


むしろ、神妙な顔をされてぺこぺこ謝られていたら、

私もまた、イライラ気分を引きずって家に帰り着いたかもしれない。

あのおばちゃん、超ベテラン、カスタマーサービスだったのかもしれない(笑)

こうゆうの、ゆとりって言うんだろうなあ。

しかも、相手にゆとりを伝染させちゃうカスタマーサービス。

うーむ。
ひょっとしたら只者じゃないかも!

引き寄せの法則の回答と思ったこと

3回に分けて引き寄せの法則をテーマにアップしたところ、いくつものメールを頂いた。

それだけ、引き寄せの法則に関心がある人が多いってことなんかな~。

この場を借りて、質問に回答させて頂きます。


★引き寄せの法則を信じてる?

はい。 信じてます。
信じる?というニュアンスに微妙な響きがあるけど・・当然「起こりえる」ということは信じています。

つーか、自然界にはいくつもの法則が存在してると思う。 
私的には、波動の法則があるから、当然引き寄せられることもアリと思ってる。

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のたとえどおりに。

★引き寄せするためには、一番何が大切でしょうか?

ただ、ひたすら好きなことに突っ走ればいいんじゃね?
前回のブログ記事の淀川さんみたく。


★私は漠然とお金は無いよりあった方が絶対いいと思ってますが、そういった気持ちでは引き寄せはでき無いんでしょうか?


無いよりあった方がいい!
何が何でもXXしたい!
これは、まったく別物かと。

で、類は類を呼ぶ。
つまり、あなたの内在するものを引き寄せるわけで、無いものとは引き合わないと思います。
ついでに言うと、「漠然と」というのは、無いに等しいことかと。


★若いときは私もセレブのような生活に憧れてましたが、年を取った今は悠々自適な老後を送ること、それだけを望んでいます。
そういった私が、引き寄せをするには?


は? セレブのような生活? 悠々自適な老後?って・・・具体的に何をしたいのかがわかりません。
なーんとなく外部から作られたイメージを、なーんとなく追ってるような気がしてしまう。
それもまた、「漠然と」なのかもしれませんね。


★引き寄せの法則を含めて、今たくさんのスピ系セミナーがありますがどう思いますか?

スピ系セミナーはキライです。
なぜなら第一目的が金儲けになってるのが多いから。

何事も対価を得るのは当然のことだし、むしろ良いことだと思います。
だけど、主催者の目的が自分の名声やカネをゲットすることが第一目的のスピ系講座に、精神性の上で得るものはないように思います。
私なら、むしろビジネス実践講座を受講しますね。

これもまた類は類を呼ぶで、似たような波動の人たちが集まるように思いますね。

★ご自身でも、引き寄せの経験はありますか?

あると思ってます。
車がヤバい状態になってしまって、お金がぜーんぜんなくて買うこともできなかったときに、新車をプレゼントされたことがあったので。 あとで考えると、引き寄せ?とも思いました。
車が無ければ仕事にも行けない国では命にかかわるので、これは・・今でも感謝感謝です

他にも細かいことはいっぱいあります。

★引き寄せの法則で願いが叶ったあとも感謝し続けることは必要ですか?
以前、キツネの神様(稲荷様)は感謝し続けないと、しっぺ返しに合うと聞きましたが。


は? キツネの神様~・・たしかにそうですね~(笑)

誰からでも、有難く受けた恩には感謝するってのは人の道、道理かと思います。
高価なプレゼントをもらっちまったら、それでええわ~! アンタのことなんか知らんわ~!じゃ、おキツネ様が怒るのも当たり前。


★引き寄せの法則の有名人たちが、子宮系で、子宮委員長はるちゃんを交えた対談がありましたが、その子宮メソッドについてはどう思われますか?

なんじゃいそれ? バラエティー番組の企画?
ごめん~。 質問の意味不明だし、それをちゃんと調べる気にも回答する気にもなれんわ~!

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ざっと、こんなとこです。

メールを頂いて思ったんだけど・・引き寄せって今ではまるで、怪しげな宗教みたくなってるのかもしれないですね~。

本を出版、セミナーを開くってのは、昔からスピ系ビジネスの常套手段ですもんね~(笑)

個人カウンセリングするよりも、なんてたって手っ取り早く、しかも莫大に儲かりますからね~。

スピ系ビジネス、すごいもんです。

もっとも似たようなもので、健康食品だとか、超能力開発、UFO関連だとか、実にいっぱいありますよね~。
食べ物だって、ロウフード派 vs. マクロビ派とかで反目しあってる人もいるくらいで(笑)

どれもこれも信奉者を集めちまうところからスタートするもんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、質問メールを寄せて頂いた方々に共通して思ったことは、

いかに、みなさんが既成概念の中で生きているか!ってことでした。

とくに、置かれた環境、年齢といったものに縛られてるような気がしてなりません。


まず、そこから解放されない限り真のスピリチュアルの道はあり得ないつーか、理解できないようにも思えます。
(それって理解するものかどうかもわからんのですけど・・)

そうなると、似非スピリチュアルの言葉に幻惑されちゃうだけかなあ。

感謝すること、希望を持つこと、信じること、好きなことをすること・・こういったキラキラワードに惑わされることにもなりかねないかな~って思いましたね。

海外セレブが報じられてるのを見ればステキ~って思い、超モテ男を見ればカッコいいって思い、東大受験を目指してるっていえば、頭いいんだね~と思い・・まあ、そうゆうのと同じことかと。


感謝なんて自ずから湧いてくるものだし、希望なんて行動力が無い人だけが使う言葉だし、
何かを信じることや好きなことをするのも、魂レベルから自然に湧いてくることなんじゃないかなあ。

つまり、
ぜーんぶ周りに作られた既成概念の中で感じたり、考えたりしながら、生きてるんじゃないでしょうか?


私は、既成概念というよりも、最近では・・それはもう、全体主義的強迫観念に近いものになってるような気さえしちゃいます(笑)


そこから解放されない限り、引き寄せなんて出来るわけないって思いますよ。

そもそも、引き寄せなんて意識してするもんじゃないと思うし。


あれれ~、あとで気がついたら、これって「引き寄せか~」って思いあたるようなものなんだと思います。
シンクロにシティーも同様ですけどね~(笑)


中には淀川さんのように、小さい頃から「好きで好きでたまらないもの」を持ってる人もいます。
また、特に無いって人もいます。(←私はもともとこのタイプ)


「好きで好きでたまらないもの」を持ってれば、そっちに向かえばいいだけだし、
また、特に無いならば、日常の小さなことでも好きなことをして日々楽しく過ごせばいいだけのこと。


そして、もっと充実感や幸せ度を求めたいならば、他人のために何かをすることではないでしょうか?

家族や恋人のためは当然だけど、まったく関係ない人でも少しでも幸せにしてあげること、
笑顔にしてあげること。


私はこれに尽きると思います。
ここから大きく未来が開けていくと思ってます。


質問メールを寄せて頂いた皆様、

まずは、すべて自分を取り巻く既成概念をぜーんぶ外してから、考えたり感じてみてくださいね~。

英語で、think outside the box(箱の外で考える)という表現があります。

つまりは、既成概念をはずすということ(自由にあなた自身の発想で考える)という意味にもなります。

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http://blog.english.vc/?eid=34

引き寄せの法則なんて知らないけど実践しちゃってる人:その3

それ、誰やねん?

はい! 今は亡き、淀川長治さんです。

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私は個人的にまったく知りません。
別にファンでもありません。

だけど、映画関係のお仕事をしていた友人が、彼のメッチャ、ファンだったのだ。

私がよーく知ってる彼は、日曜映画劇場の解説に登場してくるオジサン、というだけ。

小学生の頃、映画にハマった私は毎週日曜日の夜を楽しみにしていたのだ。
当時はパソコンもないし、映画配信もないし、レンタル映画もなかった時代(←年がわかりますね~。)
毎週映画館に連れて行ってもらえなかったし~。

なので毎週日曜日の夜を楽しみにしていたのだ。

子供は9時には寝なさいと言われてたんだけど、寝たふりして、こっそりとドアから日曜洋画劇場を覗き見していた私に根負けした父は、日曜の夜だけは11時まで起きていることを許してくれるようになった、というエピソード付き(笑)

スクリーンという映画雑誌まで、お小遣いで買ってたものだ。

私の買ってた時代のスクリーン
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そんなわけで、まあ、TV画面を通してだけど、毎週必ずお会いしてたオジサンなのだ。

「さあ、みなさん、そろそろお時間来ましたね~。 ではまた来週。 さよなら、さよなら、さよなら。」と、必ず言ってたオジサン。

毎週のようにみていると、子供ながらにも、だんだんと、「この映画は名作だ~!」と思ったり、「こりゃダメ!駄作だ~!」と思ったりするようになっていくのだけど、

淀川さんは、どうみても駄作の映画でさえ、ちゃーんと良いところをみつけて解説をしてしまうのには、びっくりさせられたものだ。
決して「こんな映画、ダメ~!」なんて言わない。 それでいてウソも言わない。

ほんとに、数少ない良いところを見つけ出してしまう人だったと思う。
ま、それが解説者としてのプロ意識だったのだろうけど。

それが私の知ってる淀川さんのすべてみたいなものだった。



で、私の友人が、なぜ、淀川さんファンなのかというと、

「あれだけ幼いころから、映画に魅了されて、そのまままっしぐらに映画だけに生きた人ってだけですごいよ!」という。

たしかにそうだ!

淀川家は、芸者の置屋さんをしていて近所の映画館の株主にもなっていたらしいので、たぶん、映画は子供の頃から見放題だったのだろう。

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学校の勉強もそっちのけで、映画映画の毎日。
映画こそが淀川少年の先生であり、人生すべてだったというのは、私もよく聞いた話だ。

しかも見ていた映画が、洋画だったのだから、自然に世界情勢や文化にだって詳しくなってしまったのだろう。

太平洋戦争が始まったときいたとき、
「ふーん、そりゃ、日本は負けるな!」と思ったそうだ。

この時代、世界を知らない日本人がほとんどで、誰もが神国日本が勝つと思いこんでいたような時代に
この若さでこんな大きな視点で世の中が見えてたのも、映画のおかげなんだろうね~。



20歳になった頃に、淀川屋は傾き、数年後には潰れてしまったという。
両親の面倒をみなきゃならないし、自分ひとりでも食べていくための苦労は大変なものだったはずだ。

それでも、
映画を好きなだけ見れてなんとか食っていければなんでもいい!と、それだけで、大阪のユナイテッド映画配給会社に就職したという。


その頃の彼のビッグイベントは昭和10年、
チャップリンがお忍びの新婚旅行で神戸港へやってきたのだ。

当然、ダッシュで押し掛けていったそうだ。

彼にとっては、チャップリンは神。
10歳のときから、チャップリンの映画はずっと見続けている。

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チャップリンも相当嬉しかったんだろうなあ。

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たぶんだけど・・淀川さんの映画の好みは、崇高な芸術作品と呼ばれる作品よりも、むしろ、チャップリン映画のように、
庶民的でニューマニズム溢れる映画がお好きだったようだ。


淀川さんという人、

本人も言ってたようだけど、映画以外はすべて人より劣っていると本人も言ってたくらい・・酒は飲めないし、映画抜きでは人とのつきあいもできないような人。

結婚はせず、淀川家が自分を最後に潰れることも厭わなかったくらい。 

世間からみれば、完全に変人だし、ドロップアウトしてるような人だと思う。


それでもいつもニコニコ笑顔を絶やさず、誰にでも声をかけるような優しい人。
これも映画の中から人生哲学を学んでいくうちに、そうするようになったという。


まあ、私も子供の頃は、いつもニコニコ優しいオジサンって思ってたけど・・・

実はものすごーく熱血漢で、実に「暑苦しい人」だったと思うのだ。
純粋、ストイックともいえるけど(笑)

そうじゃなきゃ、映画まっしぐらの人生なんて歩めるわけないもん。


そして、死ぬまで感動し続けた人だったと思う。

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ここに、80歳のとき、ニューシネマパラダイスという映画を見たときの淀川さんのコメントがある。

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有名な映画だし誰でも知ってるだろうとは思うけど、遠い昔過ぎて忘れちゃった人のために紹介ビデオを貼っておく。
    ↓


大人になれば、そうそう感動することなんてありませんよ~。そんな青臭い青春時代じゃあるまいし~。
と、したり顔で言ってる、おっちゃんに聞かせてあげたい言葉だ(笑)


もう一つ、淀川さんには、いつも「死」というものが付き纏っていた。

付き纏っているというよりも、いつも「死」を意識しながら生きていたといった方がいいかな。


まだ若い頃、徴兵されるだろうと思ったとき、これはチャンス!だと思ったという、本人コメントがある。
自分が「生か死かの瀬戸際を経験するチャンスなのだ!」と。
(実際には体が弱かったか?で徴兵されなかったらしいが)

これは・・この時代の人だったから!というのも、あるのかもしれない。

昔は、武士道のような精神を持っていた人が、まだまだ多かったらしい。


武士道といっても、書物をみると色々あって、
「主君のためにひたすら尽くすべし」といった儒教精神でコチコチになってるものもあるし、剣の極意やその精神性を綴ったものもあるので、ひと言では言えないのだけど・・

●柳生新陰流の柳生宗矩さんは、殺人刀から活人剣へと昇華しようとしたし、その奥義が「無刀取り」
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●宮本武蔵の「五輪書」では、さらに、武の神髄は真の「空」に到達することにあり。



こんなん話出すと長くなるからやめとくけど(私、時代モノファンだから)


手っ取り早く言えば、いつも死は隣りあわせにあるという死生観かな。

だからこそ、生き生きと輝いて生きられる。

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私自身、死をテーマにした小説とか好きなのだ。(あ、だから、サムライモノが好きなのかもしれないけど・・と今気づいた。)

ただし、死を暗~いものとか、重たく、おどろおどろして捉えたものはキライ。 そりゃ違うだろ!って思う。

活人剣じゃないけど、死を意識することは生き生きと明るく生きるためのものなのだ

死を意識するからこそパワーをもらえると思っている。



淀川さんご自身も、死について口にすることが多く、とくに晩年はますます多くなっていったみたいだ。

インタビューでも、こんなふうに語っている。

「死ぬことが怖いとかつらいとか考える人は、明日死ぬかくらいに思いなさいよ。
明日死ぬと思うから、生きることが輝いてくるんだから。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人は晩年に近ずくと、ああ、もう残された時間はあんまり無いよな~って悟る。

若い時は、ちっとも気づかないものなんだけどね~。

そこで死を恐れるか、それとも、残された時間をせいいっぱい燃焼させたいと思えるか?

その違いは大きい(笑)


淀川さんという人、

★好きなことだけを追いかけてきた人
★死ぬまで感動の人生を歩んできた人
★ネガティブな言葉は使わす人に優しく、穏やかにを映画から学んだ人
★いつも死と隣り合わせ、死を恐れず活かす人




引き寄せの法則なんて言葉も、波動も量子力学も知らなかったかもしれない。

それでも、大好きな映画の世界に入り、念願のチャップリンと会いゆっくり話すことも出来て・・
自分の望むことを引き寄せ続けた人だったように思うのだ。


こちらは、だいぶ前に淀川さんファンの友達に送ってもらった言葉
    ↓

私にはもうこの年で、死が迫ってきている。
楽しいことばかりが思い出される。
ウソだよ。
悲しいこともいいっぱいだよ。 そうも思う。

けれど、悲しいことを忘れるほど、私は嬉しいことがいっぱいで、私は今日まで生きてきた。
人生とは何か、人間の使命とは何か。
そんな難しいことを考えなくても、互いに嬉しかったなあと言い合える社会が一番幸せ



彼は、亡くなる前日にも映画解説のお仕事、スピーチ収録をしているのだ。
そして翌日、あの世へ旅立っていったという。


なんてステキな人生だったんだろう・・・と思う。
幸せってそうゆうものじゃないかな~。


なーんて褒めちぎると、友人からだから淀川さんはすごいんだ! わかったか!と言われそうだけど・・
別に私はファンでもないし、ファンになる気もない。(笑)

ただ、すごくステキな生き方とステキな死に方が出来た人なんだな~と感慨深く思える。


友人はこの言葉が一番シンプルで好きなんだとか・・
   ↓
「生きることの贅沢さ 1日1回は笑いなさいよ。 笑わないと損だよ。」



うーーん、実に・・らしい!

引き寄せの法則そして波動、:その2

これは、「引き寄せの法則」の続きにもなるんだけど・・

そもそも、この世というか、世界、宇宙も・・・すべて波動で出来ていると思っている。

私たちの体だって小宇宙のようなもんで、それも個々に及ぼす波動で作られている。



たとえば、私たちの日々の食事

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植物(野菜果物)やら動物(肉魚)やらを取り込んで栄養として生命維持をしている(ビタミン剤や常備薬を飲んでる人はそれも考慮に入れなきゃだけどね)


それだって、動植物の波動を取り込むことなのだ。

だから、ネガティブ波動を持ってる植物だとか動物ばかりを取り込んだら、そりゃ、栄養よりも病気になるわい!と素直に思っている。

つまり、「怨念を持ってる野菜」とか、「惨殺された怒りや悲しみを秘めてる牛の肉」だとか・・のことね。

ちなみに、怨念を持ってるニンジンは左(白くてデカいヤツ) 右は幸せなお育ちのニンジン
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https://ameblo.jp/gashimasa/entry-11502584752.html

一代限りで無理やり終わらせられちゃうなんて・・怨念を持ってるニンジンに決まってるだろーが!!


まあ、多少、ネガティブ波動のものを取り入れたからって、私たちの体はそれほどヤワじゃない!

どんどん、悪いものは良いものに変化させようと、それでもどーしょうもないものは排出しようと、日々せっせと働いてくれているのだ。

すべての臓器がそれぞれ固有の波動を持ち、互いに共鳴するかのように流れを作りだしている。

さらに人々は、それぞれ個々の波動を持っている。

1人の人間の1つの臓器、1つの筋肉でさえ、すべてに影響を及ぼし、すべてから影響を受けている、宇宙そのものなのだ。




そういったことは、この本を読んでからというもの、ますます納得し確信するようになった。
    ↓
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この本は、ほーんとに良かったなあ

目から鱗の発見だけじゃなく、著者の心、優しい波動(愛そのもの)が、ずーーとベースに流れているような本だった。



本というのは、著者の波動がモロに伝わってくる。

前回のブログの中に登場する、彼女の選んだ「引き寄せの法則」の本もまた、彼女と似たような波動を持っていたし(笑)

これまた、引き寄せの法則、類は類を呼ぶの法則だよなあ~と、つくづく思う。

だからこそ、本は栄養にも毒にもなりうる。


私の本よ! 売れろ~!売れて売れて、私に大金と名声を~!を第一に願った著者の本と、

どうか世界中の人々が幸せに生きられるますように!と、それを第一に願った著者の本とでは、

波動も違えば、ひきつける読者層も違ってくるというわけだ。

惹きつけられた読者は、相乗効果でますます、そちらの方向へ行くことになる。



人も世界も宇宙もすべて波動で出来ているという認識は、私自身を大きく変えたと思う。


それまで、不思議やな~と思ってたたくさんのことが腑に落ちるようになったし・・

たとえば、死んで地縛霊になっちゃってる人や、ケイタイ電話に幽霊さんが入り込んじゃうこととか(←私の実体験)、マブイの話や、風水や、お釈迦様の話だとか、もちろん、今回の引き寄せの法則の話にしたって・・全部がすんなりと腑に落ちるようになった。

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そのきっかけとなったのは、ずいぶん前に読んだ「二重スリット実験」からだった。
     ↓
人の意識とボーアから始まった量子論
私はスピ系の本などより、こういったサイエンスの方がすんなりと吸収しやすいのかもしれない。



人の想念も波、物質(ソリッドなもの)と思われていたものも波、だから影響し合ってしまうんだなあ~と。


波はまた音でもあり色でもあり、私たちの臓器の1つ1つも、天体の1つ1つも個々の音を出している、ということにも納得できたものだ。


そうなってくると、「自分さえよければ」といった個の意識がどんどん消えてしまうのだ。

ああ、みんなすごいなあ! 太陽の恵みも、なにげ~に食べてたレタスだって・・

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私はそうやって生かされていたんだ! みんな、ありがとう!・・と、すんなり思えるようになってしまう。



そう、「自分さえよければ」といった個の意識がどんどん消えてしまうのだ。

さらに、周囲の多くの波動を感じられるようになっていく。



フルフォード博士は医術の中でそれを知ったのだろうし、そうなるともう、自分を救うことも人を救うことも同じことに思えてきてしまう。

それが、愛に溢れた波動になったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今では、多くのスピ系本や自己啓発本にも「世界は波動でできている」みたいなことは書かれているものも多いし、
引き寄せの法則の原理も、そう書かれている。


「引き寄せを実践していく様子をフツウのOLがリアルタイムで綴った本」というのがベストセラーになったらしく、それがLAのブックオフに置いてあったのでチラ見したことがある(←本のタイトルは忘れた)

昔あった日系の本屋さんは全部撤退しちゃって、今ではブックオフだけが何件もある
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この本をチラ見して感心してしまったところは、

言葉の使い方や言い回しがうまい! 実にキャッチーな言葉を効果的に使っている。
ちょっっぴりインテリジェンスを感じさせるような事柄を上手に料理しなおして引用してるし、
しかも、どこにでもいそうな女の子目線で書かれている。 



今の時代にマッチした「売れる商品」を企画開発する才能に溢れた人だなあ、と感心してしまったのだ。


ただね~、

この著者のベースとなるビジョンは「個人の幸せをゲットする方法」という、実に小っちゃな視点に留まってしまってるような気がしてならない。

「波動」でできているから、自分も良い波動を出し良いモノを自分に引き寄せるみたいな(笑)

それも決して間違いじゃないのだけど、「波動でできている」というビジョンが明らかに違うのだ。


私には、こっちの方が大切に思えたのだけれど。
    ↓
「自分もまた互いに影響し合う宇宙の一部」

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https://koyamachuya.com/column/column_category/kagaya-2/

そう思えるからこそ、人にも優しくなれる、人のためなりたい!と自然に思えてくるものなんじゃないかなあ。


なので、フルフォード博士の本に感じた波動とはまったく違っていた(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、ちょっと考えて欲しい

最近の異常気象、天変地異についても。

つい最近、こちらでも、真昼間に空が真っ暗になりバラバラと雹がふったのだけど・・
昔は、こんなことはなかったそうだ。 少なくとも21世紀に入る前は・・。


アメリカでもヨーロッパでも、細かい雹でさえ、めったに降らなかったという。

とくに、テキサス、カンザス、オクラホマ、ネブラスカ州などは、ゴルフボールサイズよりも大きい雹が頻繁にふるし、そのダメージの大きさもすごいのだ。
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車なんて、こんなんなっちゃうし、
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人や動物だって命にかかわるし(実際動物たちはずいぶん死んでる)、作物だってメチャメチャになってしまうのだ。


それがこんなにも・・広範囲にわたっているのだ。(黒いところを除いてぜーんぶ)

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https://weather.com/storms/severe/news/hail-climatology-united-states

雹の被害だけじゃなくって、山火事の被害も21世紀になってから、ものすごいものになっている。
さらに、洪水、トルネードと・・・自然災害オンパレードになってしまった。


日本はまだ、これほどの被害はないのかもしれないけど・・でも、異常気象は当たり前のようになってるはず。
昔は、「ゲリラ豪雨」なんて言葉だってなかったはずだもん。


なんで?

私はそれだけ、人の出す心の波動が荒れてきているんだと思う。 世界的に。

今の私には、気象や自然災害と人間の波動との関係性なんてゼロ!とは思えないのだ。

人の想念は気象にも影響を与える。

気象にも、経済にも、天体にも、・・・相乗効果でどんどんエスカレートされていく。
その影響でまた、人の想念も荒れていく・・という悪循環を及ぼしている気がしてならない。

こちらは、雹による経済的被害を表したグラフなのだが、

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https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-06-15/hail-storms-are-getting-more-expensive-and-no-one-is-sure-why

2008年から、ぐーんと前年の倍くらいになっているのがわかる。(リーマンショックで世界的な経済危機の年)
そして、2011年は東日本大震災のあった年だった。


そこで、ふと思い出す、

ヨハネの黙示録
「第一の天使がラッパを吹くとき、血の混じった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。
地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった」


こっちは

出エジプト記9章
英語版だけど、the Lord sent thunder and hail, and fire ran down to the earth
雹が降り、稲妻によって火が生じたと書かれている。


雹と火によって終末の序章が始まるのか~。

昔の人は体験的に知っていたのかもしれないなあ、と思ったりする。


今世界中には、ネガティブな波動が溢れてきているんだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

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自分が特に好きなことがみつからない!なんとなく不安もあるしもっと幸せを呼び込みたい!と思っているのならば、

いっそのこと、自分のことなんて置いといて、
まず、他の人のため、世の中のためだけに生きてみてはいかがだろう?

人でなくても、草花でも動物たちでもいい。

一人でも多くの人、草木、動物を笑顔にさせることだけに。
あなた自身、最低1日1回笑顔になってるのかな?

それが、他者を救うことになり、世界を救うことになる、と、私は思っている。
気がついてみれば自分自身をも!


それは、決して大袈裟なことでもなんでもなく、息をするくらい自然に、今の私には思える。
だって、世界は波動で作られているのから。

引き寄せの法則の本がいっぱい : その1

ちょっとびっくりしたこと・・日本では自己啓発本がいっぱい出版されてるらしい、ということ。
また最近では、そういった本の方が売れ筋なんだとか。

しかも、「引き寄せの法則」関連の本が、すごく多いのにはびっくり。
もちろん、インターネットで検索しても、たくさんヒットしてくる。

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すごっ! パラパラめくるだけって凄過ぎ!


へええ~、引き寄せの法則ねえ・・・そんなに「幸せになりたい」って人が多いのか~、
不幸と感じてる人が多いのかなあ?(笑)



「引き寄せの法則」その目的は、

現実世界では、成功すること(お金&名誉、良き恋人・配偶者ゲット)
精神世界では、「よりよい自分を目指す」
・・”より良い自分”てすっごい曖昧な言葉だけどね(笑)

で、その究極の目的は「幸せを掴む」ことにある。


引き寄せの法則というのを簡単に言ってしまうと、

自分に起きる事は自分が思った事からしか起こらないという法則がまずあって、

楽しい事が起きて欲しいのなら常に楽しい事を、
成功したいのなら常に成功する事をイメージしていれば、
すべては実現する
・・という事だ。

だからこそ、

「いつもポジティブな気持ちでいること」
「常に気分良くいること」
「日々感謝すれば、あなたに幸運が訪れます」


ということになる。


引き寄せの法則って、日本独自のものなのかなあ?と思っていたんだけど・・、

どうやらもとになったのは、
エスター・ヒックス(Esther Hicks)と、ジェリー・ヒックス(Jerry Hicks)The law of Attractionという本かららしい。

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ジェリーは、チャネラーで、瞑想によって彼女のスピリチュアルガイドである、エイブラハムと交信したという。
その、エイブラハムの教えが、引き寄せの法則だった。

詳しくはこちらのサイトでも紹介されている。
     ↓
https://cocoblo.net/attraction/post-1406/


その後、さらにさまざまな本が出版され、セミナーなども開催されたりしたようだ。


最初に日本で『引き寄せの法則』が出版されたのは、2006年頃だったとか。
ほお!そんな昔から・・

それから、どんどん、さまざまな人たちが、自らの経験を綴った「引き寄せの法則」本を出版するようになっていったらしい。

今では私はこのようにして成功しました! これはまさしく引き寄せの法則です!といったような・・ 経験談+ハウツー本もいっぱい出版されている。


どの本も実践方法としては、先に述べたとおりで、

「いつもポジティブな気持ちでいること」
「好きなことをやること」
「日々何事にも感謝」

といったことが書かれてあるらしい。


まあ、確かにそうだよなあ!と思う。

脳は、好きなことをしたほうが活性化するし、集中力も記憶力も断然アップするし理解力も深まるし、
おまけに疲れ知らずで爆進できちゃうものだからね~。

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脳には必ず、人それぞれのデフォルト・ネットワークが構築されていて、答えをゲットするときの考え方のパターンというのがほぼ決まっているようだ。

それがさらに、「好きな事」だとポジティブに柔軟に考えられるわけだし、しかも、リラックスした状態を入れると、
クリエイティブな発想がぽーんと浮かんでくるようで、そうなりゃ、もう鬼に金棒。
なんだって、やれちゃう~♪ 引き寄せちゃう~♪

というわけで、脳科学的にいっても引き寄せの法則は大いにありえる話。


もっと言えば、それが、プラシーボだとか、確証バイアスとか、ドーパミン効果とかって言い方もできるのだろうけど・・・・

望むことが実現すれば、XXX効果なんてことは、どうだっていいのだ。(笑)


さらに、脳科学といった表面的・分析的なものでなく、紀元前の昔から、釈迦の阿頼耶識の発想やキリストさんの発想にだって、

「神は自分の中にある」
「精神」や「思考」がすべてを決める、
宇宙と一体化すれば、病気も治るしすべてが順調にいく。


といったものもある。

あ、これは・・異端派キリスト教の教えかな?(ニューソートと呼ばれているキリスト教だったか?)

そんなことを言えば、キリストさん自身が説いた教えだって、すっかり異端になっちゃってるかもしれないのだが(笑)
(ちなみに、正統派というのは、325年のニケーア公会議で三位一体説のアタナシウス派が正統とされて、教皇を頂点としたローマ=カトリック教会の権威が形成されるようになった・・というだけのこと)



えっと・・何が言いたかったのかといえば

今さら引き寄せの法則なんていってるけど、実は大昔から、宇宙レベルのスケールの、どでかい教えがあったということ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、知人にも「引き寄せの法則」の本を何冊も買い込んで、日々実践してるという人がいたなあ。

「私はXXができる」「私はXXする」と日々唱えたりしてる人で、

ひどい風邪で寝込んでるときでさえ、
「治りました」「元気です」といったり・・してたっけ。


「はあ? 相当辛そうやん。 無理して、元気です!なんて言わなくったっていいじゃん!
かえって痛々しいよ!」
と、私は言ったのだけど、

「それじゃダメなのよ! 少しでも早く回復したければ、良い状態をイメージして、辛いとかネガティブなことを言っちゃいけないのよ。」
と彼女に言われましたっけ。

彼女には申し訳ないんだけど・・やば! なんだか怪しい宗教にでもハマってる人みたいだなあ・・と私は思っちまったものだ。


そもそも、「ネガティブなことを言っちゃいけない!」 XXしちゃいけない!」って発想がマズイんとちゃう?


いくら毎日口に出してお経を唱えたところで心が伴わなければ、ぜーんぜん意味がないのと一緒で、唱えてるだけじゃ、なーんも引き寄せてこないと思うのだが。

いくら言葉は言霊たって・・・魂が乗せられない言葉じゃ、言霊にもならんと思うのだよ~。


そもそも、その彼女には、嬉しい!とかウキウキした気持ちがぜーんぜん伝わってこないんだもん。
XXしなけりゃ!という HAVE TO意識ばっかし。


こちらのブログにも、こんな図が載ってたけど、まさに、この通りだよなあって(笑)
    ↓
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記事はこちら
   ↓
引き寄せのウソ。そして勘違い。の図

面白い記事だったっす。(すごい!黄金キンさん)



そういえば、私も前に風邪で寝込んだときのことをブログにアップしたことがあったなあ。
   ↓
本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日


このときは、たしかに熱は上がり頭痛・鼻水の症状で辛かったんだけど、辛い以上に、私はワクワクしていた。

風邪薬を飲まずに野口流を試すのが楽しかったし、期待でいっぱいだった。

熱が上がったり咳・鼻水といった症状すべてが、今、私の体がウイルスと戦って外に排出しようとしている最中なんだと思っただけで、おお!やっとるやっとるやっとる~♪ バトルだ~!

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私の体、すっごーい!と・・・マジ、嬉しくなってた。


でも風邪の症状はたしかに辛い!

ごほごほっ!つらいよ~。 でも楽しくってワクワクするよ~!って心境だったなあ。


結果、昔のように風邪薬を飲んで治していた頃よりも、びっくりするほど早く治ってしまった。

治ったあとは、悪いものを全部出しきったように、すっきりリフレッシュした気分になった。(←自分で思ってるだけかもしれんが・・思えるだけでも幸せだい!)



もちろん、「引き寄せの法則」だとか、「ポジティブ・シンキング」なんて意識してたわけじゃない。

早い話が単純バカ!なのだ。


でもね・・

単純バカでも、いつでも楽しみをみつけられることこそが、

結果的には「引き寄せの法則」になるんかな~と、そのとき思ったのだ。


それからというもの、私的には、ポジティブ・シンキングも、原始の仏教やキリスト教のおしえも、バシャールだとか、プレアデス、エイブラハムも「引き寄せの法則」も、全部まとめてそう解釈している。


めんどくさい理屈や理論を詰め込んだり、実践しようと努力するよりも、そっちの方が手っ取り早いし、スト~ンと腑に落ちるから。


こんなことを教えてくれた野口先生に感謝、私の体ってすごーい!と体に感謝、
運動してよけい熱を上げてくれたネコにも感謝かも・・と嬉しくて感謝しまくり、


あれれ?

いつのまにか、

「何事にも感謝」
「いつもポジティブな気持ちでいること」
「好きなことをやること」

の3原則を無意識のうちにやってたみたいだな~と、あとで気がついた。


引き寄せの法則を日々実践してるという彼女は、ノートに「欲しいもの」、「引き寄せたい」ものをせっせと書き込んでいた。
書き出すように、と教わったそうで、それも実践していたそうだ。

ちなみに、みせてもらったら、
「大金持ちになって、豪邸、ステキなカレシ、夢のような結婚生活、自由にいける海外旅行などなど」・・だった。

おいおい! そんなに・・いっぱいあるんかい!

しかも、絵にかいたような海外セレブのような生活じゃないか。

こうゆうのが夢の生活なんかな?
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自家用ジェットはいいよな~。


でも、申し訳ないけど、キミの引き寄せの法則は働かないと思うよ~。(←口に出したら激怒されそうなんで心の中で言った)

だって、彼女は、「幸せが外にある」と思っているんだもん。

それを、引っ張って呼び込まなきゃって思ってるんだもん。


幸せは自分の中~と、さらっと信じられない人は何も引き寄せられないと思うのだよ。


「自分が思ったことが実現していく」というのは、そうゆうことかと。

ポジティブになるとかネガティブになるとかって意味も、そこらへんにあるんじゃないかな。


まずは、辛いときでも、ほうっと息をついてリラックスできる人

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苦しいときでも、楽しいことをみつけて嬉しくなれるような人

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それって視点をさらっと変えられるってことかもしれないけどね。


逆にこうゆう人はダメかと。
   ↓
kangaeruhito.png

1つのことばかりを、じっくり突き詰めて考えちゃう人は、ネガティブモードの思考回路に入りやすい。

なので、彼女のようにマジメ~に、ハウツー編を努力するのは、むしろ、逆効果な気がしてしまうのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もしも大金持ちを目指すならば・・こんな一例がある。

昔々、子供の頃からド貧民に生まれついて、満足に食事もできず、当然進学さえできなかった男の子がいた。

mangaka_urenai.png
 ↑
いつの時代じゃあ。


彼の夢&大望は、子供の頃から、「超ビッグな金持ちになること」だったそうだ。


そして30前にほぼ、それを実現したのだ。

きっかけは、ある金持ち女性に見初められたこと。
そして、その父親にも超気に入られて、ムコに入ったことがきっかけ。


貧乏だったし学歴は無いんだけど、ビジネスセンスは素晴らしいものを持ってたからね~。
まあ、子供の頃から金持ちを夢見て、相当独学でビジネスの勉強はしていたらしい。

で、婿に入って会社を継いでさらにその会社を大きくした。


ところが、その大金持ちのお嬢さん、彼が結婚した相手だけど・・はっきり言って、不細工ちゃん(というより、顔にすごく嫌~なカンジがにじみ出ているような人)

しかも甘やかされて育って相当ワガママだし、おまけに、自分さえよければ人の事なんてどーでもいい!という典型そのもの。
実に嫌~なタイプ。


いくら逆玉でも、こんな妻で嫌にならんのかい?と、恐れ多くも直球質問した人がいた。


そしたら彼、

「ぜーんぜん! 僕にとって女は顔じゃない! 性格でもない!ただ金あるのみ!
彼女がいなかったらこんなチャンスはつかめなかったんだから、すっごく感謝してるんだ。」
と言ってのけたもんだ。

いやはや。

まさに、目的1本。 引き寄せの法則。 しかもちゃーんと感謝もしてるし・・こりゃ、すごいと思ったね。


事実、この男、金持ちになっても浮気ひとつしなかった・・。

彼の目的はただ1つ、金持ちになること、会社をもっともっと大きくすることなんだから、女なんて眼中にないのだ。

ただし・・奥さんの方は浮気しまくって、冷え切った家庭になってたらしいけど・・そんなことも彼はまったく気にしない。


ここまで、ブレない人は、すごい!
まさに、引き寄せの法則を地でいった人かもしれない。


ところが、まだ話は続く。

後日談によると、彼は40過ぎてから、離婚して会社も手放しちゃったのだ。

お!こりゃ、転落人生のはじまりか?と思ったら、そうじゃないらしい!

今度は年の離れた奥さんをもらって、連れ子の小さい子もいて、零細企業の社長をやりながらマイホーム・パパを楽しんでいるらしいのだ。

こういった生活をちーっとも知らなかったぜ! なんと楽しいものなんだ~♪とマジで言ってたらしい。

どこまでいっても、ブレない人は強い!



この人の話を聞いて思ったのだが、

引き寄せの法則の心構えを実践してるヒマがあったら、金持ちになるための自分なりの実践をしなきゃ!ってことだね。


たとえば、彼のように・・


●独学でもビジネスを学ぶ。

●チャンスを逃さない。(それが、悪妻でも心から有難いと思って結婚できちゃう気構え)

●途中経過の中でさえ、目的に向かって楽しんでる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーーん。
実にシンプルやんけ!


なのに、どうして・・「引き寄せの法則」の本が売れるんだろ?

読みふけって、引き寄せの法則悪循環になっちゃう人がいるのはなぜだろ?


そもそも、買いたくなる人は、

自分は幸せじゃないと思っていて、特に好きなこともない・・という人たちなのかもしれないなあ。

だから「自己啓発本」、「引き寄せの法則本」を買いたくなっちゃうのかもしれない。


私は、「引き寄せの法則」に限らず、自己啓発本というのは読んだことがない。
読もうと思ったこともない。

興味本位で、ちらちらっと立ち読みくらいはしたことはあるけどね。

だって、ちっとも心を捉えないんだもん。


心を鷲づかみにしてくれるような本が好き。

本だけじゃなくって、音楽も、映画も、漫画も、アニメも、お芝居も・・


そういった中にこそ、大きな気づき、そして学びがあるように思う。


なんだか知らんが・・最近ではそういった本が売れなくなっていき、自己啓発本やハウツー本ばかりが売れるってどーなんよ?
って思ってしまうのだ。

学び方の違い: 上からか下からか

会社で別部署の人に、お仕事を教えることになって、

ふと思ったことがある。

なぜ、この人、ちっとも理解してくれないんだ~?

そこで、私の教え方が悪いんじゃい!と言われてしまえばそれまでなんだけど・・

コミュニケーションとか、教え方、学び方というものをつくづく考えさせられた。


で、気がついたこと。

人には、大きくわけて、2つのタイプがあるんだなあってこと。

Ⓐ 基本から忠実に1つ1つを学んでいくタイプ(下から上に)

Ⓑ 全体像を自分なりに掴んでから、掘り下げていくタイプ(上から下に)


日本の教育は、たぶんⒶの方。

英語教育でも、

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と、このように、

簡単な単語を学びながら、主語と動詞の文章 ⇒ 主語と動詞と形容詞の文章 ⇒ 主語+動詞+副詞+接続詞



なーんて具合に、少しずつハードルを上げていく教育だった。



私が子供の頃に学んだピアノ実技にしても、

赤いバイエル⇒ 黄色いバイエルだったもんなあ(笑)

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ご存じない方のために、もうちょっと詳しく言うと

右手の練習 ⇒ 左手の練習 ⇒ 両手の練習

ハ長調(全部白鍵だけ) ⇒ ト長調(黒鍵が1つ含まれる) ⇒ ニ長調(黒鍵が2つ)



このように、少~しづつ少~しづつ、簡単&単純なものから上へいくというメソッドなのだ。
1つ1つをクリアーしない限り上にはいかれない。(←まるでRPGゲームのようでもある・・)

これがまた、超退屈で・・ぜーんぜん面白くない!

面白くないどころか、こりゃ、苦行そのものなのだ。



まあ、そんなわけで、ほとんどの子供は中学に上がる頃にはピアノをやめちゃってた(笑)

バブルの頃、「せっかく子供にピアノを買って習わせてあげたのに、うちの子、結局続かなかったの~!」といった声をずいぶん聞いたけど、

そりゃ、当然だよ~!


バスケの試合を観て、超カッコいいプレーに憧れてバスケ部に入ったのに・・
毎日毎日、球拾いに、ランニングと腕立て伏せだけ、やらせられてるようなもんだ。

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そりゃまあ、何事にも基本が大事ってのは、わかるんだけどね~。

でも退屈で辛いだけの修行は続かない!


だったらいっそのこと、

いきなりバスケの試合をやらせてみたら?

ド素人の集まりだったら、そりゃあ、ひどいものだろうけど(笑)


でも、そこで・・自分が基本的な体力も技術がどれほど大切かを身を持って知ることができるってもんだ。

身を持って気づければ、単調なランニングや腕立て伏せにも、自分で意味を見出せるってものじゃないだろーか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらに、Ⓐ 方式には、1つの大きな問題点があって、

ピアノに関していえば、

★片手、ハ長調(白鍵だけ)が基本、で優しいもの

★黒鍵がいっぱいあればあるほど、難しいもの



という認識を子供に植え付けてしまうことにもなる。

つまり、間違った先入観を作っちゃうことになる。

こりゃ、まずいだろ!
そりゃ、音楽じゃないだろ!


と思った私は、昔先生をしていた頃、生徒たちにバイエル教則本を廃止して別の教則本を使わせたことがあった。

そしたら、親たちからクレームの嵐となった。

school_monster_parent.png

「みんなが、バイエル使ってるじゃないですか?
これじゃあ、子供がどこまで上達したかわからないし、子供だって嫌がってますよ!」
と。

おいおい! そこじゃないだろ!とは思ったものの、説明しても理解されない。。。

そこでまあ、バイエル希望者はご希望どおりにバイエルに戻した。
(若かった私は、それじゃあ、他に行ってくれ!と思わず怒鳴りそうになったんだけどね・・)


結局、そんな子供たちは中学進学などを理由にやめていくことになった。

ピアノを弾く楽しさ、音楽の楽しささえも知らずに、やめちゃったんだろうなあ。


このときにも、気がついたんだけど、

子供にも、つまり生徒側にも、2つのタイプがあるんだなあ~ってこと。

面白くなかろうが退屈だろうが、Ⓐタイプを望む子たちもいるということ。
         ↓

まるで長いマフラーを編んでいくように、どんどん自分が出来るようになっていく経過に満足を見出す子。

諦めず投げ出さず、私はこんなに頑張ってる!という満足感を持つ子もいる、ということだ。





一方、Ⓑタイプの子は、

小学校3-4年生だったかと思うけど、いきなりショパンの革命の楽譜を持ってきて、

「これを弾けるようになりたいんです。これを教えてください!」といったもんだ(笑)

親までもが、「この曲、息子と一緒に聞いて、超感動しちゃったんです! ぜひ息子を弾けるようにさせてやってください!」と。
(たぶん、親もⒷタイプだったようだ。)



おいおい!
キミ、まだ楽譜さえ読めないだろーが! 


でも、いいよ~と、快諾した私(笑)


そこで、最初のフレーズだけを弾いて聞かせ、冒頭のとこ、じゃ、まずはマネしてやってみて!と。

うーん、指がもつれちゃう! 動かない・・というので、(←当たり前だろーが!)

じゃあ、指を動かす練習しなきゃね~と、まさに、体育会系の筋トレ練習を与えた。


同時にショパンの革命の楽譜を使って、楽譜の読み方を教え(←こんなの、私にとっても初めての試みだった)
また、レコードによる、いくつかの演奏家の聞き比べ。


この子は恐ろしいほどに上達した。

まさしく、「好きこそ物上手なれ」の典型だっただろう。

だけど・・バッハあたりの音楽には見向きもしない!ってのが困った点だったなあ。


・・・・・・・・・・・・・・

ここで話を元に戻すと、

教える方にも教わる方にも、そして何事にも2つのタイプがあるように思う。

Ⓐ 基本から忠実に1つ1つを学んでいくタイプ(下から上に)

Ⓑ 全体像を自分なりに掴んでから、掘り下げていくタイプ(上から下に)



どちらにも一長一短はあるわけで、

Ⓐタイプの場合は、とくに、ベテランの良い先生について学ばないとダメだろうなあ。
この場合の良い先生とは、生徒の進捗具合を常にみながら、少しずつ伸ばしていく努力をしてくれる先生のことだ。

Ⓑタイプは、メチャメチャ質問する生徒になるはずなんで、それを同じ目線で答えてあげる先生じゃないとダメだよなあ。


と思うのだ。


getty_533979847_128300.jpg

さらに話を冒頭のオフィスの話に戻そう。

オフィスで私が教えようとしている人は、まさにⒶタイプの人なのだ。

それこそ、日本にあるような新人研修というヤツをみっちりやってから現場に出せば、ちゃーんと出来るタイプなのだろうと思う。


ところが、オフィスというところは・・

中途採用だったり、アメリカの場合はとくに、即戦力が求められる。(新人研修なんてものはない。)

こうゆうのはないのだ!
   ↓

gennentimes_12-1.jpg
https://www.jnfl.co.jp/ja/special/gennen-times/2019/detail/gennentimes_12.html

そこで、すべての業務全体の流れをざっと説明したあとで、まず、実践のみを、プライオリティー順に教えることになる。

どうやら、それが彼女の脳を混乱させてしまうらしい。


オフィスの状況下では、日々の仕事をこなしながら、疑問を感じたところは質問を繰り返しながら自分で学んでいくしかないのだ。


ところが、数か月経過した今でさえ、彼女からはまったく質問は出ない。

一生懸命に説明されたことすべてをノートを取るんだけど・・
そのうち、自分のノートのどこに何を書いたのかさえも、わからなくなってしまうらしい。

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なんとなくでも自分なりにでも、全体を掴むことが出来ないから、流れもつかめない。


子供の頃から、Ⓐタイプ思考になってしまっているのだろう。

これでは、その都度プライオリティーを自分で判断して臨機応変に対応しなければならないようなオフィス勤めは出来ないことになってしまう。


気の毒なことに、同僚や上司からは、

「アイツ、使えないよな~!」 
「覚え悪すぎ~!仕事出来ないヤツ」
というレッテルを貼られていく。


決して能力が無いわけでなく、ただ、Ⓐ思考というだけで!



そこで、なんとか、Ⓑ思考を取り入れて欲しいと思う私なのだが、

それを提案しても・・

は? それって何すか?ってことになり、

この世にⒷ思考が存在するということすらも、理解できないらしい。

いや、理解できないというより、拒絶してしまうのかもしれない。。。


やれやれ~・・なのだよ。


人は、それぞれのタイプの違いはあるだろう。

また、出発点の違いもあるだろう。

でも、いずれは足りない部分を自分で気づいて補い、両方からの思考が出来るようにならないとマズイんじゃないかね?

と、私はつくづく思ったのだ。


学ぶこと&教えることにしても、本来はⒶもⒷも、両方が必要なんじゃないだろうか?

それが、バランスのように思えるのだ。


とくに子供に教えようとするときには、どちらのタイプかを見極めた上で教え方を考えないと、せっかくの才能を殺すことにもなりかねない・・ような気がする。

こちらの画像は、ピアノコンチェルトを弾く赤ちゃんなのだが・・
      ↓


いっけん、メチャクチャにキーを叩いているように見えるけど・・ちゃんとバックの音楽を聴きながら叩いている。
それに、バックの音に合わせた間の取り方、バックとマッチしたキーを、ちゃんと選んで叩いているのには、びっくりした。

たぶん、なーんの先入観もない赤ちゃんだからこそ、本能的に出来ることなのかもしれない。


こんな子に「メチャクチャ弾いちゃダメ!」と、無理やりⒶタイプの親や先生が、
バイエルから教え込もうとしたら、おそらく、才能は消えてしまうだろうなあ(笑)


**ちなみに現在では、私の頃の英語教育でもなくなってきたようだし、ピアノレッスンもほとんどバイエルは使わなくなったと聞いている。

赤ちゃんと納豆

「あははは・・このビデオ、笑える~。 ヵかーわいい!!」と、ケイタイ動画を見せてくれた同僚。

乳幼児の離乳食で納豆を食べさせてるシーンだった。

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納豆を食べさせられら瞬間、カタまる、そして、おえ~!って表情をする!(笑)
その後、実際に吐き出したりむせたりする子もいる。(もちろん、納豆が原因らしい)

こりゃ、拷問だろ!(笑)

でも確かにかわいい! オモシロ動画だ!


同時に、へええ、赤ちゃんてこんなに表情豊かだったんだ~!とびっくりする私。
(そんな小さな赤ちゃんに触れる経験が一度もなかった私は、まったくといっていいほど未知の世界だった)


「他にも、納豆を食べさせる動画いっぱいあったよ。
日本では離乳食に納豆を食べさせることもあるんだね~。 驚いた~!」


「へえ。そーなの?」(私が知るはずもない!)


同僚は日本語がわからないので、オモシロ動画狙いで(赤ちゃんに納豆を食べさせてみる編)をアップしてるんだろうと思ったらしいのだが、

いちおう日本語がわかる私から見ると、

どうやら、これはオモシロ動画を狙ったわけではない。
親はマジで納豆を食べさせているのだ!!



なんでわざわざ、臭くてねばねば・・発酵食品を食べさせるんだ?

くさやエピキュアチーズ(世界一臭いチーズ)シュールストレミング(スウェーデンの発酵ニシン)を食べさせるようなものだろう。
まあ、それぞれの土地柄か。


それとも乳幼児のうちから伝統食品に慣らさせるため? 癖のある食品に慣らさせるため?といった親の意図があるのかもしれない。


さらに、納豆においては、「素晴らしい健康食品」神話がある。

ただし、それは「本物の納豆なれば・・」という注意書きがつくのだけど(笑)

natto03.jpg
https://naturalharmony.co.jp/natto/


私はもともと東京出身のくせに納豆キライだった。

ずーーと以前、日本に住んでいた頃、アメリカ人のボーイフレンドがいて、
その彼に、
「納豆嫌い? オマエ、本物のストロー納豆を食べたことないんだろ?」と言って食べさせられたのが、藁(ストロー)で包まれた納豆だった。

たしかに猛烈に臭い!んだけど、味はぶっくりするほどまろやかで優しい。
臭さも、うまく言えないんだけど、市販されている納豆の臭さとは、何かが全然違うのだ。

これは超びっくり経験だった。


それ以来、彼のお勧めする「ストロー納豆」ならば食べられるようになった。 しかも喜んで、実に美味しく!

だけど・・市販のフツーの納豆はヘンに臭いだけでマズイ!
いまだに大キライだ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

市販納豆について以前調べたことがあった。

まずは原料となる大豆
大豆は国内消費量の約90%を輸入に頼っている。(現在の大豆自給率はたったの6パーセントとか)
日本に輸出している国々では、大豆は市販が許可されている遺伝子組み換え作物である。

日本の最大の大豆輸入先はアメリカで、184万9000トンを輸入しているという。
しかもアメリカ産大豆の94%が遺伝子組み換えだ。
大豆は遺伝子組み換え作物として日本政府によって許可されている。

輸出入時には、
害虫をいぶし出すために何度も臭化メチルで蒸されることになる。

日本で納豆が作られる過程
納豆は自然のワラと大豆によってつくられる。 ワラに付着する天然の納豆菌(ナットウキナーゼ)が大豆で繁殖して発酵することで出来上がるというもの。
ところが、現在では人工の菌(納豆菌培養エキス)を使って発酵させたものを使う。


これで、納豆は超早くてラクに生産できて・・超安価食品となる。
(本来の納豆づくりには時間も手間もかかるのだ。そりゃあ発酵食品だからね~。)


アメリカのラウンドアップの農薬まみれの遺伝子組み換え大豆を、さらに輸入時に臭化メチルで処理して、日本で人工の菌(納豆菌培養エキス)を植え付けて作っちゃったのが納豆というわけだ。

いやはや


ところが、
最近のアメリカ人の傾向として、遺伝子組み換え食品は、ますます敬遠される傾向にある。
つまり、どんどん、売れなくなってきている!


じゃあ、その分、日本に輸出しちゃえ!
日本ならアメリカのいうことには黙って従ってくれるし
・・ってことか?

第7話 TPPでアメリカで売れないGMO(遺伝子組換え食品)の日本市場が作られる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、この傾向は大豆だけに限ったことではない。
医療品においても、とくに降圧剤やらワクチンにおいても同様だ。

乳幼児へのワクチン接種も、アメリカではずいぶん問題視されてきている。


日本ではどーなんだろ?と、ちょっと調べてみると、いまだに、乳幼児のワクチン接種はメジャーに行われているらしいのだ。


この記事なんか読むと
   ↓
新パパ・ママの合言葉:ワクチンデビューは生後2か月の誕生日

しかも、0歳で受けるワクチンは6種類、1歳では新たに3種類もある!
しかも、いっぺんに3、4種類もの混合? それって?


vac121217.jpg
http://senoopc.jp/vaccin/vaccin1.html

いくつかのパンフレットをみると、

●どれも病気の恐ろしさを強調していて、「お子様のためには、ぜひ予防接種を」と結ばれている。

●世界中で死亡例がどのくらいあったか? 反対派の意見は掲載されていない。

●ワクチンの中身については書かれたものがない(いったい、成分は何が入っているのか? それは何か?
それがどういった働きをするのか?も書かれていない。)

●副作用についても、「まれに~の症状が出ることがあります」という程度。

これじゃあ、「まれに~の症状」が出ちゃった子供の方が、よっぽど稀なケースで災難だったけど仕方ないでしょ!ってニュアンスかい??


なんだか、私にはすごく意図的に「ワクチンを受けさせる傾向で!」作られたものという気がしてしまうし・・
そのベースには、「子供の健康のため」という大義名分の裏に、政治・薬品業界等の駆け引きが見え隠れしているような気さえしてしまう。

もちろん日本にだって、ただ一方的にワクチンを推奨している人ばかりでもない。

matigidarakeno.jpg



間違いだらけの予防接種 藤井俊介著



さらに、つい最近またも降圧剤の記事も目にしていて、

   ↓
アメリカでも日本でも数百万人が服用しているかもしれない高血圧の薬バルサルタンから「強い発ガン性物質」が検出されて、アメリカ中が大騒ぎ
   

あーあ、乳幼児のワクチンから自閉症は出るし、降圧剤からは今度は発がん性かあ?と思ったものだ。。。


人というものは、たとえ乳幼児であっても、体格・体重・年齢・運動量・食べるものなど、それぞれ個々に違うものなんだし、
それを一様に「xxか月までにxxワクチンを与えること」、「血圧130以下でなければ高血圧症です⇒降圧剤を」としてしまうことに、私はいつも疑問を感じてしまう。



赤ちゃんに納豆を食べさせる動画を観ていたとき、

あるお母さんが、「ウチは離乳食にすべて出汁を入れて手作りで作ってるんです!」(←ドヤ顔)というのがあったんだけど・・

こうゆう出汁ではないのだ(笑) 
    ↓
dashi.jpg


よくある粉末の出汁(酵母エキスや調味料(アミノ酸)、グルタミン酸ナトリウム、たんぱく加水分解物などが入ってるヤツ)
まあ、無添加とかなんとか書かれてあったとしても・・日本の無添加表示ほど怪しいものはない。


あ~、これじゃあ、日本では赤ちゃんの頃から(たぶん母体にいる頃から)添加物を取らされてるんだなあ、とつくづく思ったものだ。


多くの人々は、病院の指導やパンフの一般論などに従って・・
「きっとみんながそうしてるんだったら、きっとそれが正しいこと」と思い混んでしまうのかもしれない。


「ワクチン接種はWHO(世界保健機関)が先頭に立って世界中で推進されています。」
なーんて言われたりすると、それだけで「素晴らしいもの=正しいもの」って気がしちゃうのかなあ(笑)

ロスチャイルドとロックフェラーによってつくられたWHOなんだけどなあ。



ここで、唯一私が言えることは・・赤ちゃんのワクチン接種も、納豆を離乳食にすることでも・・

何事も自分で調べて納得することが肝要かと存じます。



と、それだけは言いたい!(笑)

「無知は罪なり」とはソクラテスの言葉。

専門家ではない我々がすべてを知ることは難しいだろうけど、それでも知る努力を惜しんではならないと思う。

専門分野を知らなくても、多くの意見に耳を貸し自分で判断できる能力はあると思うのだ。


なかには、マ逆に「完全自然派志向」に行っちゃって、
「いっさいの添加物拒否、病気になっても一切薬を飲まない、病院へは行かない、宣言をしちゃう人も」いるけどね~。

やれやれ~


さらにソクラテスの言葉の続き。

    ↓
「無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり」

・・・・・・・・・・・・・・・・

今回私ははじめて、色々な赤ちゃんビデオを見たんだけど・・

生まれたてであってさえも、彼らは様々なことを本能的に知っているんじゃないかと思うことが多かった。

ひょっとしたら、大人よりも的確に。(味覚も音も映像もすべてにおいて・・)


このビデオは2か月の赤ちゃんなんだけど、マミーが話かけることを完全に理解して会話しているように思えてならないのだ。
まだ話せないだけで・・
    ↓


マミーがクリスマスと言ったあとの笑顔、
そして、最後にはちゃーんと、I love youとマミーに言ってる(笑)


こーんな赤ちゃんを守るのも育てるのも・・親次第なんだよな~。

赤ちゃんの持って生まれた正しい感覚を麻痺させてはいけないよな~。

赤ちゃん恐るべし!

と、つくづく思った。


<<参考>>
スーパーの安い納豆の知られざる「健康リスク」

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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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