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老子道徳経の英語訳み~つけた!

前回のブログ、フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)にもまた、ちょっと続いて



結局のとこ、私たちが気がつかなきゃならないことって、ここに尽きるんじゃないかな~!って。

また引用するけど、ここんとこ
   ↓

肉体精神性、そして霊性・・・この3つ

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性利他的に生きる能力が生まれてくる




本来それを知るために、子供の頃から「自然のしくみ」を勉強してきたはずなんだし、そもそも「学ぶということ」教育もまた、それを知るためのものだった、はず!

でも・・多くの人は学べば学ぶほど、優秀と言われる人ほど、そこから遠い世界へ行っちゃう人が多いような気もする。


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なぜなら、頭だけで学んでるから。

当然、教育もまた、そのように教育してしまうから。



ええっと、ロックフェラー家だったか、ロスチャイルド家だったか忘れちゃったけど、

財閥一族の跡取りの教育は、

現代の社会に即してトップに君臨するにふさわしく、社会を動かす人物に育て上げる



と、聞いたことがある。


事実上、こういった世界を手中にする財閥によって、庶民教育の場である各大学(特に有名大学)が出来上がってるわけだし~、

またその下の小中高だって、それに準じたスタンスになるのは当然ちゃあ当然のわけで(笑)



ここで一番の問題は、「現代の社会に即して」ってとこかもしれない。

教育の場に限らず、ほとんどすべてが「現代のあり様に合わせて」ってなっちゃってることかもしれませんね。

この現実の中で出世して上に上り詰める

この現実の中でビジネスを成功させる

この現実の中でお金を貯める方法


そうなりゃ当然、学校教育だって、

大学や高校受験に合格するための教育
(この現実社会の中で成功者にするため)



ってことにもなっちゃうわけです。


とーーっても、限定的な世界観だよなあ~。


その結果

既成概念なんてのが出来上がっちゃって、先入観やら個人の思い込みなーんてのに縛られちゃう。

この時点でもう、人間本来が持ってるはずの「霊性」だって、ぷしゅうぅぅ~と縮んじゃう。




本来だったら、「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」のためというのが究極の目的だと思うのだけど、

限定された世界では、それすらも「現代社会に認められれる」ってことに上限設定されちゃってる。
(もちろん言葉上では「より良い未来をつくる」とか「理想とする未来」と唱えられていたとしても・・です。)


あらら~。

それじゃあ、理想の世界に変えていく人なんて、なかなか現れるわけないだろうなあ。

世界を牛耳る人は現れても。



そういった現代だからこそ、

牛耳る人と牛耳られる人、善悪、美醜、白か黒かの、なんでもかんでも二言論発想になっちゃって、

悪い方、醜い方を徹底弾圧するようになっちゃう世の中になっちゃうんでしょうなあ。



それはまた、自分自身の心の中にまで向けられてしまって、

マジメな人ほど、

自分の悪い部分を弾圧しようとする。
必死で悪いところを消し去ろうとする




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そりゃあ、心身を病むことになっちゃいますよ~。
なーんの解決にもならないし~。



前回、タオイズムについて書いたんで、ちょっとだけここで引用させてもらうと、

老子道徳経より第二章

原文
天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。萬物作焉而不辭、生而不有、爲而不恃、功成而弗居。夫唯弗居、是以不去。



なんだこりゃ? 模様にしかみえない。。。


そこで、

書き下し文

天下、皆美の美爲を知るも、斯悪のみ。皆善の爲たるを知るも、これ不善のみ。

故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、

音声相和わし、前後相したがう。

是を以って聖人は、為す事無きに処り、不言の教を行なう。

万物焉に作るも辞せず、生ずるも有せず、為すも恃まず、功成なるも居らず。

夫唯だ居らず、是を以って去らず。



うーーん、わかったようなわからんような(←結局わかっとらんのだ!)



それでみつけた、英語訳
    ↓

People through finding something beautiful
Think something else unbeautiful,
Through finding one man fit
Judge another unfit.
Life and death, though stemming from each other, seem to conflict as stages of change,
Difficult and easy as phases of achievement,
Long and short as measures of contrast,
High and low as degrees of relation;
But, since the varying of tones gives music to a voice
And what is the was of what shall be,
The sanest man
Sets up no deed,
Lays down no law,
Takes everything that happens as it comes,
As something to animate, not to appropriate,
To earn, not to own,
To accept naturally without self-importance:
If you never assume importance
You never lose it.

https://terebess.hu/english/tao/bynner.html#Kap02



こちらの英語訳は、Lin Yutang(1895 – 1976)さん(中国語作家、翻訳者、言語学者、哲学者および発明家でもあった)による1948年の訳

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https://en.wikipedia.org/wiki/Lin_Yutang

上海のセントジョン大学で博士号を受けたあと、アメリカのハーバード大学に奨学金を受けて学んだ人。
もともとはキリスト教から出発し、道教と仏教へ、そしてその後、再びキリスト教へと進んでいった人。




すごくきれいな言葉で、しかもわかりやすい。

こちらに訳してみた。(←拙い訳で申し訳ないっす。間違いもあるかもしれないけど・・)
    ↓

人々が美しいものを美しいと認識するとき、そこには醜さ(を認識すること)が生じてくる

人々が善なるものを全だと認識するとき、そこには悪(を認識すること)が生じてくる

生と死、これもまた互いから生じたもの、相反するステージの違いから生じただけに過ぎない

難しい易いは、達成したときの側面であり

長短は対比として測ったものに過ぎず
高低は相対する位置だけのものである。

しかしながら、トーンの違いは、声となり音楽となる。
生じたものから、また新たに生じるものへとなる

そこで聖人は
あるがままに扱い、起こるがままにまかせる
活気づかせたり、積極的に働きかけたり、何かを得ようともしない
なにもかも自然に受け止める(受け入れる) 決して自身の自意識を入れることはない。

自意識を持たなければ何も失うものもない



The sanest manをどう訳せばいいんかい?と思ったんだけど、原文では「聖人」だ。 なので、私も”聖人”って訳したんだけど・・
でも、聖人だったら英訳だったら、フツーは"Saint"だろうし。
でも、Lin Yutangさんが、あえてThe sanest manにしたってことは、「賢者、物事を道理を真に知る者」という意味で使ったのかもしれませんね。



拙い訳で申し訳ないんですけど、

物事の価値は相対的なものから生じるに過ぎないってことを言ってるってことはおわかり頂けたかと。

はじめ、日本語の読み下し文を読んだとき、私は、ちーっともピンとこなかったのだ。(←ただのおバカちゃんなのだが。)

美醜も善悪も同じこと?え? 同じのわけないだろーが!って思った。



これ読んであと、ふと、思ったのだが、般若心経(これもハートスートラの英語バージョンから理解した私だったが)も、非常に似てませんか?

ハート・スートラと般若心経と空(くう)

すべてが無、空と言い切ってるし。



さらに、岡野玲子さんの陰陽師を思い出しちゃって・・

その中で晴明さんが、友人の源博雅に、名と呪の関係を語るシーンが出てくるんだけど
(博雅には、またその話かい!と引かれてるのだが)

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呪とは名ではないかと
ふと思ってな・・・


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山とか 海とか 樹とか 草とか
そういう名も呪のひとつだ
呪とはようするに
ものを縛ることよ
ものの根本的な
在様(ありよう)を縛るというのは
名だぞ



これは、名と呪 KAZZ BLOGさんより、引用させて頂きました。


こちらの文中にも

つまり、親が子供に「名前」を授けるように「モノ」に対して「名」をつけるというのは、「存在」を内的に概念規定する力を持つことである。無数にある世界の「実体」に対して、いかに「名」をつけるか。「名」によってそこに世界の一部が認識されることになれば、それは言葉という抽象化された記号によって「実体」を手中にすることになる。森羅万象に「名」をつけることによって人はそれを認識し、そして世界の構造を掌握して行こうという努力をするのである。
(山口 謠司「日本語の奇跡 <アイウエオ>と<いろは>の発明」より)
----------------

つまりこれが、陰陽師で言う「呪(しゅ)」であって、対象やあるいは自己(自己の思考)さえも固定する(固定してしまう)という「名」の力なのだと思う。




このように書かれていましたが、これもまた、根源は同じことを言ってるのではないだろうか?



私たちは、実に限定された世界に住んでるってことだよね~。

そりゃ、我々の脳だって限定された考え方になっちゃうわけだ~。


しかも霊性が使えなくなっちゃった脳は、

「世の中の善悪判断」しか出来なくなっちゃって、悪とジャッジしたものはバッサリってなるわけだね~。




でもまたここで、Lin Yutangさんの老子道徳経より第二章や、般若心経を思い出して頂くと、

すべては相関関係で中で生ずるだけのものであり、実体の無い空、



ならば、一方を排除することじゃなくって、

在るものは在るものとしてそのまま認識して、自分で次のステップに進めばいいだけなんじゃないかなあ?
(それはつまり1つに統合することになる。 決して無理やり葬り去るとか切り捨てることではなく・・)



それがまた、フルフォード博士のいう、

自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

なんじゃないかな~って思ったのだ。



もちろん、自分のパーソナリティーの問題に限らず、なにげ~に言う言葉・・

「あの子、美人だよね!」って言ったりする。

つーことは、美人と不美人の差をそこでつけたことになる(美人じゃない人もそこで生じるってことだもん)
あ、別にこれが良いとか悪いってことじゃないし、言ったらいけない!なーんてことじゃあないから。


でも美醜なんて、自分の頭の中で作られた幻影かもしれないし、

たとえ多くの人が美人と認めたとしても、その見た目はいずれは崩れるのかもしれないし、
また不美人の中に、ものすごい美人になる要素だって含まれているのかもしれない。

そういった理解&認識を持つことが必要なんじゃないだろうか?


またもこの図をアップしちゃうけど・・まあ、こうゆうことだよね。
     ↓
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こういったことは、

学校教育の中で学び過ぎてお利巧さんになっちゃった人には、なかなか理解&認識が出来なくなっちゃうのかもなあ・・
と、思ったのだ。



しかし、中には、学校教育やら時代の枠(限定されること)を超えて、自力で学んでいった人たちだっている。

これはみんな私の好きな人たちで、過去ブログにも登場してる人たちだったと思う。
     ↓

●空海・・平安時代初期の僧。 弘法大師で知られる真言宗の開祖

●ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)バルカン半島のクラリェヴェク生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者

●アッシジのフランチェスコ(Francesco d'Assisi)フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士

●ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell)アメリカの神話学者

●二ールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)デンマークの理論物理学者、量子論の育ての親として有名

●ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose,)イギリスの数学者、宇宙物理学・理論物理学者

●二コラ・ステラ(Nikola Tesla)セルビアの発明家である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなど多数の発明や、「世界システム」なる全地球的送電システム

●アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)イギリスの博物学者、生物学者、探検家、人類学者、地理学者。




少なくとも彼らは、既成概念や時代の限定に縛られることなく追及していった結果が業績となったのだろう。



それにしても・・なぜか見事に男ばっかりだよなあ~



ずっと前に、岡野玲子さんが「イナンナ」を出版したときだったかに言ってた事だが・・

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彼女はベリーダンスを習い始めたとき、こんなことがわかったという。

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「女性ベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。

陰陽師とか神祇官といった男性たちは、潔斎してお供えして星の名前を1つ1つ読み上げたりするような面倒な儀式を通して、
やっと同じことができるのに」



そうなのだ。

なんの教養も無く文字すら書けないようなド田舎のおばあちゃんが、強い霊性を持ち、

生まれながらにして、宇宙の真理を感じ取っちゃってるってことだってある。


どんなに教養を積んで社会に適合し言葉を巧みに操れる人だって、ぜーんぜん、その足元にも及ばない。


うーーむ。

ひょっとして昔は女性の方が生まれ持った「霊性」が、男よりも強かった?

琉球王国でシャーマンの地位にあったのは、ノロと呼ばれる女ばっかりだったことを考えても。

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沖縄大辞典より


なんでだ?

昔は、

男は学問を叩き込まれることが多かったため、無理やり頭を使わされて霊性が退化しちゃうことが多かった?

女は学問を叩き込まれない分、自由に自然の空気を感じ取っていたから?



まあ、どうであれ・・・現代は男も女も大差なくなってしまった時代、

あまり頭だけを使い過ぎないように。


そ~だ!

みんなでバカになればいいんだ!
(←そういうことじゃないと思うが)

フルフォード博士の本にみつけた老子(タオイズム)

これは私がずーっと前に聞いた話だったけど、

ある出版社へお勤めの編集者さんが外を歩いているとき、ふと、すれ違った女性に、ぎょっとした顔をされたんだそうな。

目が合うと、その女性(すごく平凡な中年女性だった)が、

「あの~、あなたのバッグの中から、気味の悪い黒い霧のようなものがモヤモヤと立ち上るのが見えたもんで・・
いったい、その中に何を入れているんですか?」
と。


その編集者は、すぐに思い当たった!
今、頂いてきたばかりの原稿だ。

それは、ドロドロの怨念たっぷりが盛り込まれた原稿だった。 
むろん秀作で、ちかぢか出版する大事な原稿ではある。


しかし、その原稿は当然パソコンでタイピングされてた原稿だし、

直筆で書いたり、怨念こめた血文字だったり・・なーんてシロモノではない。(当たり前だろ!崇徳天皇じゃあるまいし~。
崇徳天皇の詳細は過去ブログで ⇒天皇国家を呪った崇徳天皇



それでも書いた人の念(エネルギーや波動)が籠ってしまうということなのだろう。
(見える人には見えるのだね~。)


「あなたも、あまり長くそれを持っていない方がいいですよ~。」

といって、その女性は去っていった。



本(印刷された本でさえ)には、それ独自の波動が込められている

それは今の私にも、よーくわかるようになった。

「とても心地良いもの」 「げーー!触りたくもない本」 「なんだこりゃ!と放っておくもの」


私には、この3種類のタイプの本があるような気がする。

もちろん、家に置くのは「心地良いもの」だけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人から、「これ、すごーーくいい本だよ!」と紹介された本がある。

もちろん、先に述べた意味での「良い本」


それが、これ。
   ↓
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amazonより

簡単に紹介すると、この本はロバート C フルフォード医師 (Robert C. Fulford, D.O. (1905–1997)によって後年に書かれたものだ。

Robert C. Fulford, D.O.・・まずは、このD.Oというところに注目してください。


一般的なドクターには、M.Dという肩書がついていることが多い。

アメリカの医者には、名前の後につく肩書きがMDの人とDOの人がいる。(両方とも医学の博士号)


●MDとは、Doctor of Medicineのこと・・・これは、私たちもよく知ってる現代の西洋医学の方

●DOとは Doctor of Osteopathic Medicineのこと




オステオパシーというのは聞きなれない言葉かもしれないが、

オステオパシーとは、アンドルー・テイラー・スティル医師(1828-1917)によって考案されたもの

19世紀に流行っていた薬剤信仰を嫌い、本来備わっているはずの、自然治癒力を最優先する治療法を研究していた人。

その結果、どんな病気の人にも必ず筋骨格系の異常があり、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしていることをつきとめた。

それを解決するために、マニビュレーション(手技)を施してほどよい循環を取り戻すという方法を考案した人。



つまり、M.DとDOでは、カリキュラムと根本哲学がまったく違うのだ。



この本は、スティル医師のポリシーを受け継いだフルフォード博士によって書かれたもので、もちろん、医学的見地から書かれている。


簡単に言ってしまえば、

こころとからだは密接な関係で成り立っている

精神と体内を通して、順調に気が流れているときは健康なのだが、滞りができれば症状が出て病気になる。



ということだ。


さらに彼は、

気を生命エネルギー
滞りをエネルギーブロック

と呼んでいる。


エネルギー・ブロックがあると、いずれは病気の症状が表れてくる。

それは、遠い昔の古傷が原因になってることもあれば、精神的なトラウマだったり、欲望とのジレンマからくるストレスだったり・・
人によってさまざま。


その根源を突き止め、ブロックを解除する手技を行って、気の流れをスムーズに戻す、それが彼の治療なのだ。



日本では気(き)と呼ばれるけど、

中国では氣(ち)

インドではプラーナ



このように、何千年も前から、ヒポクラテスの時代から、ちゃーんと生命エネルギーの概念があったのだ。


そう、彼は、これを生命エネルギーと呼んでいる。


うーーむ。

今になってようやく、エネルギー療法、エネルギー医学という分野にも注目されるようになってきたけれど、

まだまだ、日本ではそういったものは「代替医療」扱い。

そんなものは似非科学と呼ぶ人がいるのもたしかなことだ。



自分の思い込み、先入観、既成概念、が捨てられない人には受け入れがたいのかもしれない。

しかし、今や世界レベルでみると、日本より他国の方が「生命エネルギーの概念」をどんどん取り入れてきている気がしてならない。

つい最近のブログ記事でもアップしたとおり
     ↓
「森羅万象は気で出来ている」という波動医療



まず、私がこれを読んですっごく驚いたのは、・・

南北戦争当時のアメリカに、気の流れに注目し研究した医者がいたということだ!

なんとゆう柔軟な思考なのだろう! この時代に!(←時代も国籍も関係ないってことだよね~。)



さらに、この本は、人の持つオーラにも触れている。

オーラとは生命場のことであり、肉体に生命力を導き入れ、その人に霊魂と気力を供給するもの
また、オーラは、固有の電磁場ともいえる。

動物にも植物にもすべてのものが、固有のオーラを持っている。




おそらく、オーラなんて言葉を聞くと、多くの人々は心霊現象とかオカルト分野の扱いにしてしまうかもしれない。

しかし、オーラの研究は、なんと1935年、エール大医学部のハロルド・サクストン・バー教授が、実験を重ねた結果、

「生命があるところには必ず電気的な特性がある。 周波数の高い電磁場がある」

という内容を論文として発表していたそうだ。

ある人々は、それを色で感知するというだけのことだ。



1935年だよ!!

こういった研究は、実のところ、多くの人によってされてきたのだろう。
しかし、そのほとんどが握りつぶされてきたのかもしれないなあ。



ここらで、なんとなく、おわかり頂けたと思うけど・・

この本は医学的見地から出発しているけど、宇宙や生命にまで繋がる本だといえる。



神の概念にさえ触れてるだから。(以下抜粋)

「普遍的な生命力こそ、創造主といわれる神の別名。

神はエネルギーという形をとって、われわれひとりひとりの内部にいる。

現代ではほとんどの人が、神は内部でなく外部にいると教えられている。
それが間違いのもとだと私は思っている」



これがプロテスタント王国のアメリカ人の言葉かい?とびっくりする方もいるかも(笑)



さて、内容紹介はここらへんにして、あとは目次だけを紹介~♪


一章 オステオパシーとはなにか
二章 宇宙の仕組みと人体
三章 健康が問い直される時代
四章 オステオパシーによる健康
五章 自己管理の秘訣
六章 穏やかな生 穏やかな死
七章 霊性を高める
八章 エクササイズ
九章 もっと知りたい人のために




最後にもう1つだけ、引用したい箇所がある。


人間の3つのからだ

人間は3つの存在が一体となってはじめて完成する


第一は肉体、第二は霊的な存在、第三は精神的な存在


・・・中略・・・

このように、我々が望ましい結果を得るには、その三つをほどよく兼ねそなえ、自然の真理と調和していきなければならない。
アンドルー・テイラー・スティルの言葉より




これを、フルフォード博士は文中で引用しながら、このように述べている。
       ↓

肉体、精神性、そして霊性・・・この3つ

オステオパシーの思想とタオイズムとの結合がわたしの思想の基礎になっている

★霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見出す能力

★それはまた、自己のパーソナリティーの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。

★理解し受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他的に生きる能力が生まれてくる





ああ、これはもう、完全に老子の無為自然の思想なんだな~と。

それが、なんとアメリカ人の中に、ちゃーんと宿ってたんだ~と。

私は驚くばかり・・・

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    ↑
この図が表しているように、
すべてをそのまま受容すること(決して二元論ではなく調和して一体となること)だと、私は思っているのだけど



しかしながら・・

老子のタオイズム(道)というものを、

むしろ日本人の方が、違った解釈をしている人が多い気がする。



ちらっとググってみても、老子の無為自然とは「素晴らしい処世術の1つ」、という解釈してる学者さんもいるし・・

自分を大きく見せようと見栄をはる必要もなく自然体でいなさいよ~という意味ですよ~、と自己啓発本の中で言ってる人もいる。


人によって解釈は違うわけだし、それが生きることの支えや癒しになるならば、それはそれでいいのだろうけど・・



でも、老子さん(←本当にこの方が実在かどうかはわからないそうだけど)が、本当に言いたかったことは、


私には、フルフォード博士の心の中に宿っているように思えてならない。


気(生命エネルギー)という概念がベースにあって、はじめて行きつくことが出来る解釈ではないだろうか?




そして、ここに行きついた人が、どこまでもどこまでも深い、利他的な生き方になるのは、
こりゃもう、自然の成り行きだろう。

自分や身内だけに向けられる愛だけではない、人々すべての向けられる愛


タオイズムの神髄、宇宙(自然)の摂理や調和も、そこにあるのではないかなあ~。

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そこに行きついた人の書く本は、暖かい波動に満ちている。

この本をそばに置いておくだけで、私には柔らかな波動が伝わってきて、ほのぼのとした笑みが浮かんできてしまう。


多くの人がこの波動を感じるようになれば、それこそ、世界は変わると思うんだけどな~(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オフィスの同僚に、ミッシェルという香港人がいるのだけど、彼女は「気(エネルギー)の流れ」というのをよく口にする人だ。
食べ物にだって良い気と悪い気の入ってるものがある、といってる。
また、かなりの読書家なのだ。


私が日本から入手した本は、こちらの本なのだが、
      ↓
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ミッシェルにお勧めすることにした。 (もちろん英語版を)

「ミッシェル! この本は、すっごくいいよ~。

私はこの本を何回読み返したかしら? 何人にすすめただろう?」



ミッシェルは目を輝かして、本のタイトルをメモった。



吉本ばななさん、ごめんなさい!

私は、ちゃっかりあなたの言葉を拝借しちゃいました。

まだ2回しか読み返してないのに・・・
今はじめて、ミッシェルにすすめたのに・・・


でも・・

私もまた、多くの人に読んで欲しい本だと思ったのだよ~。

土曜日の買い出しで地球を思う?(笑)

ずっと雨続きだったけど、今朝は晴れたのでさっそく食料品の買い出しに出かけた。


前に日本から来た人に、
「一人暮らしだったら、コンビニ行っちゃった方がいいんじゃない?」と聞かれたことがあるのだが、

見た目は一緒でも・・
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中はまったく違うのだよ。

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ここはエアポートに近いので職員さんがよく立ち寄る


日本だとコンビニがどこにいってもあるし、今ではスーパーよりも利用客が多いとか。
コンビニ独自の名物商品があったり、お弁当やら美味しいスイーツまであるらしい。

ところが、アメリカのコンビニ事情は違う!


旅行先で忘れたものを買い足したり、ちょっとした飲み物やスナックを買ったりするといった位置づけでしかない場所なのだ。

コンビニなんか行きたくないけど、しょーがない! 間に合わせに買うか~!というところ。

わざわざコンビニに行って、そこに売られてる商品をお目当てに出かけるなんてことはまずない。




そこで、私もスーパーマーケットに出かける。

たまには、日系のスーパーマーケットに行ってみよう!と思って、出かけたのだけど・・


あまりにも野菜がパック詰めになっていて、

これって帰ってから、いちいちラッピングとパックをはずして捨てなきゃならないんかい!と思ったら、なんだか急に嫌になってしまい、 いつものアメリカのスーパーに行くことにした。

こちらがアメリカのスーパーマーケットの野菜売り場
     ↓
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ほとんどの野菜は量り売りでパックされてないことが多い。


しかし、日系のスーパーに行くと、かなりパック詰め野菜が多いのに気がついた。

またゴミが多く出るし面倒くさいなあ。

それに、よっぽど日系スーパーでしか売ってない野菜を買うとき以外は
(たとえば、日本特有の野菜、小松菜とかレンコン、ゴボウなんかは日系スーパーに行かないと買えない)

同じものなら、アメリカのスーパーの方が安いのだ。

包装する手間と梱包材がないため、安いんだろうか?


ちなみに、現在の日本のスーパーマーケットの野菜売り場って、どーなんだろ?と、覗いて見ると、

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https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2017/05/16/4411/

ひえええ~、 ほとんどの商品がパック詰め、ラッピングされてる!


こ、これじゃあ、いくらプラスチックバック(レジ袋)の無料配布を廃止にしたところで、ほとんど意味ないんじゃね?

「プラスチックごみによる海洋汚染への対策」、「石油消費量の削減」のため、日本でも廃止が義務付けられてきたらしいのだが、



レジ袋がなくなったところで、

1回の買い物で持ち帰った食品包装材をはずししてみると、 その体積は、薄いプラスチック袋1枚の何百倍?に値することになるんだろう?



海に流れ出て魚が食べれば、それは陸上の動物も人間も摂取することになるわけだし、

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海洋動物から絶滅していくのも時間の問題。

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この現状を、わかってるんだろうか? 本当に?


たぶん・・レジ袋廃止法案を通した人たちは、実際にスーパーマーケットでお買い物したこともないような人たちなんじゃないだろうか?

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そうでなければ、各先進国でマイクロプラスチック問題が大きくなりつつある今、足並みをそろえるためだけに法案を通した?
(それじゃあ、目的はただの政治だ!)

なんだか、そんな気さえしてきてしまう。。。


もちろん、これは日本だけのことではない。
アメリカだって同様だ。(たしかに、日本よりは包装は少ないんだけど)


私の周囲の人たち・・とくにアパート住まいの人たちは、レジ袋がもらえなくなったため、ゴミ出しのためのビニール袋をわざわざ購入するようになったくらいだ。

これじゃあ、各家庭の経済を悪化させるだけ?

ちーっとも海洋汚染防止に役立ってるとは思えないのだが・・。



まあ、昔から日本の過剰包装は世界でも有名らしく、叩かれてはいる。
    ↓
How Much Wrapping Is Too Much Wrapping

この画像だけをみても、お寿司1つ1つにプラスチックパックしてあったり、バナナ1本にまで(笑)

外国人から見れば、グレージーとして思えないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は先日、日本から本を送ってもらった。

日本の本屋さんから直送してもらったのだけど、開けてびっくり。

ダンボールを使った梱包で、中を開けると、本はプラスチックフォルムで美しくラッピングされていて(ぴたっと吸い付くように、しかも乱れがまったくないラッピング)

そのうえ、動かないように真ん中に止めてあった。

な、なんて美しいんだ!

まさに真綿に包んだような美しさ、
これぞ、まさに、新品という香りが立ち込めているかのよう・・。

すごく感動してしまったのだ(笑)

いやいや、こんなこと、日本にいれば当たり前のことなのかもしれない。



しかし、こちらでは、本屋さんに本を注文すると、

どこにでもあるような茶封筒に、ぽーんと本と領収書1枚を入れて送ってくるだけなのだ。

なので、こうなることだって大いにありえる。
    ↓
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でも送る方も、受け取る方もお構いなし!


これが、かなり立派な有名ところの本屋さんであっても同様なのだよ。

こちらはBarnes and Nobleという有名な本屋さん、なかにはおしゃれなカフェまであるんだけど。

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どっちが良いのだろうか?

たしかに日本から受け取った方が、新品の香りがするし美しいし、そりゃもう感動もので、個人的には嬉しい!

でも、多量のゴミが出るのは確かだ。


昔のおじいちゃんなら、何もかも捨てずに置いてあとで利用すればいいのだ!と言うだろうけど(笑)
いまどき、モノを捨てなければ家の中が飛んでもないことになってしまう。


そうなのだ!
 「使い捨て」というコンセプトでビジネスが回り、我々の生活もすべてが回ってしまっている時代なのだから。




環境汚染を止めて自然を取り戻す? そのための世直しをする?


そりゃあ、出来ることなら私だって「正しい進化」の世界に戻したいとは思う。


こちらでも紹介した映画、「美しき緑の星」のような進化した世界へ。 進化した世界のモデルの1つとして。
    ↓
日本の常識・地球の常識・銀河系の常識



でも、そんなことが無理なのは知っている。

いくら、お買い物のプラスチックバック(レジ袋)を廃止したところで、なんにもならないように。




もしも現状で、熱い政治家さんが出現したとして、彼が強硬手段を取ったとして・・
全梱包用品の業者が丸つぶれになるし、あちこちに波紋としわ寄せが行き、経済上の問題も大きくなるだけだろう。

それよりなにより「便利」「清潔」「低価格」を重んじる、多くの国民感情が許さないだろう。


時代はそのように作られてしまっていて、今では、誰もがその路線を走っていくしかないというのが現状。


それを、

もしも、もしも変えられるとしたら、一人ひとりの意識を変えていくことしかないだろう。



そして、

意識が変わった人たちが、人々のためになるものを提供することからはじめる。


ほとんど儲けにはならないようなことでも信念を持って、実際に行動している人たちもいる。


完全無農薬の果物を育ててる人たち。

いまだに、昔ながらのおせんべい(全くの無添加)を焼いてる職人さん。

皮をなめすところから初めて、ハンドメイドのバックを作る職人さん。

現代医学と逆行したスタンスで治療するドクターたち。

親身になって接するカウンセラーたち。



まだまだ、いろいろな分野にいることだろう。


それが、どんだけ労力を使ってコストパフォーマンスが悪かろうが、彼らはお構いなしなのだ。


人は「本物」に触れれば、必ず、心を動かされる。
「商品」ではない「本物」には、1つ1つに愛が込められているから。



そういった人たちの作りだす物(または無形のサービスやアートであっても)、受け取った人の心に必ず染みわたる。

ひょっとしたら、そんな小さなことから始めた方が、多くの人々の心に浸透していくのではないだろうか?


少しずつ、少しずつではあるけど、浸透していき、多くの人の意識が変わっていく。

何が本当に必要なものなのか。

何が本当に大事なものなのか。

なぜ自然を守らなければならないのか。



いつか、みんなが心から理解するようになるだろう。


いくら声高に、自然を守ろう! 戦争をなくそう! なんて言ったところで、なかなか人の心や魂までは届かない。

愛あるものに触れたことのない人たちには無理!(笑)



それでも、

こんな世の中ではあっても、こういったこと教えてくれる人たち、素晴らしいものを生み出してくれる人たちがいる限り、

まだまだ、可能性に満ちていると思うのだ。


そして、

やっぱり私は、この世に生まれて幸せだなあと思う。

それでも猫は出かけていく

日本から送って頂いた本
       ↓
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この作者、ハルノ宵子さんは漫画家でエッセイスト
お父様は思想家で詩人の吉本隆明さん

吉本家で両親の看病をしながら、ご自身も癌の手術という状況になりながら

病気の猫&野良猫たちを抱えた奮闘記

それがさらりと書かれていて、

主役は猫たちでありながら、


読み進めるうちに、

ネコもイヌも人間も何もかも含めた「生物すべてへのリスペクトに溢れた」本なんだ~と気がついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読んでいくうちに、

私は自分の過去に関わった猫たちのことを思い出してしまい、どうにも先に進まなくなってしまった。


そこで、まずは、私の個人的なネコ話を書かせて頂こうと思う。
少しばかりお付き合いを。



私は20年近く、中野・高円寺付近に住んでいた。

中でも高円寺南のマンションには一番長く住んだ。

当時の私は猫2匹を飼っていて、同じマンションの住民たちも犬やらネコやらを飼ってる人ばかり。


そう、ペットだらけのマンション!


とはいうものの「ペット可」マンションではなかったはず。



マンションと呼ばれてたけど、通りから1本入った2階建で、
Villa Belbedere (ベルベデーレ宮殿かい?)というアルファベット表記の、御大層な名前がついた建物だ。


どこの家の入口も緑多い中庭に面していて裏には、これまた緑あふれる遊歩道があった。

アパートの管理人が常駐してるわけでもないし、ペット飼いにはおあつらえ向きのマンションだったかもしれない。

こっそり飼っちゃえ!  そんな奴らばかりが偶然集まってしまったのだろう。



うちの隣には、一人暮らしの若い男が住んでいて、彼は、般若顔の若いハスキー犬を飼っていた。

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動物のお医者さんのコミック本より


顔が合えば挨拶しよく世間話もした。



「せっかく買った爪とぎを使ってくれずに、柱でばっかり爪とぎしてしちゃうだよね~。

柱ボロボロだし~、オタクは犬だからいいですね~。」



「いやいや、とんでもない! ウチは壁にぼこっと穴をあけられまして・・先日壁塗りの修復したばっかりなんですよ~。

なんせ、ウチの、腕っぷしが強いもんで~。」



「は? 壁にぼこっですか~! 
お互いに苦労はあるもんですね~。」


「はいはい、なんだったら、柱の修復材も持ってるんで、お貸ししましょうか。」


「それはありがたい!」



住民たちは、こういった近所付き合いをしていた。




ある日、そこのマンションに若夫婦が引っ越してきた。

「妻は妊娠中なんです。 こんな動物だらけのマンションには住めません!」と夫が苦情を申し立てたという。

動物キライな人からみれば、もっともなことだ。 

ましてやそこは「ペット不可」のマンションなのだから!


しかし管理会社は、違法住人たちに退去命令を出すことも勧告することさえもしなかった。

気の毒なことに、その若夫婦は2か月ほどで出ていくことになってしまった。


みんなで法を破れば怖くないどころか・・そっちが通っちまう?

世の中そんなものなんか。 そうらしい。。。


外を歩けば、

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https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E7%8C%AB+%E3%81%88%E3%81%95+%E7%9C%8B%E6%9D%BF/

こんなポスターを多くみかけたものだけど、


このマンションでは、

野良猫たちがいくら中庭を闊歩しようが住人が餌をやろうが、誰もクレームしない。

私のうちにも野良猫たちが通ってきていた。


ネコたちは、実にさまざまだった。


すごくフレンドリーで平気で家の中に侵入してくるヤツ、家猫たちを威嚇してまで家の中でボスに君臨しようとするヤツとか、絶対家には入らないヤツ、猫も人間も大嫌いで犬だけが好きなヤツ、世の中のすべてを怖がるヤツ、一匹の猫しか愛さないヤツ、いつもぼーっとしてるだけでさっぱりわからないヤツとか・・



野良猫たちもさまざまだったけど、マンションの住民もまたさまざまだった。

みんな、ペット好きだったのだろうけど・・


マルチーズに服をしょっちゅう着せ替えてるおばさん、(リカちゃん人形の代わり?)

いつもバンダナを巻いた柴犬と同居してる老年男。

シベリアンハスキーと同居してる若いサラリーマン(前述の人)

血統書付きのネコばかり5匹飼っている水商売の女



人もまた、それぞれだ。


ある日、

「血統書付きのネコばかり飼っている水商売の女」が、先住ネコのヒマラヤン♀を家から追い出してしまった。


「ぜんぜん懐かないしいつもビクビクしてるし、後から来たネコたちが嫌ってるから」というのが理由だった。

「あの子は外飼いにした方が幸せなのよ。 でも可哀そうだと思って家の前にゴハンはあげてるのよ。」
と、この女は言っていた。



気の毒に・・追い出されてしまったヒマラヤン♀は、ボロボロ状態で2階の女の子に発見された。

このネコは元チャンピオンキャットだったという話で、今まで家の外に一度も出たことがなかったことだろう。
サバイバル方法なんて知ってるわけもないのだ。

そりゃあ、外に追い出されれば、すぐにボロボロになるはずだ~!



このネコは、追い出されたからずっと敷地内の物陰に潜んでいたとみえる。


この2階に住む女の子、名前はワクイちゃん。

彼女は学生で、ネコは飼っていないが、超・ネコ好き。

いつも野良猫たちのためにネコ缶を用意してるような子だった。


ワクイちゃんが持ち出したネコ缶をみるなり、ヒマラヤン♀は、涎がダーダーと止まらなくなったという。

「何日も食べてなかったんだ! 絶対!餌なんてあげてないよ!」と彼女は言っていた。



それから、ヒマラヤン♀が来るたびに、彼女は毎日ドアの外でネコ缶をあげていた。

しかし、ネコはいつも怯えていたという。

「でもねえ、ぶっちゃんは、いつも怯えてるんだよ。
そっと触れようとしただけでも、声も上げずにブルブル震えだすんだもん。 触ることもできないんだよ。
いったい、何があったんだろうね?」
と、彼女は言っていた。

ぶっちゃん?・・・どうやら、ワクイちゃんは、ヒマラヤン♀に、ぶっちゃんという名前をつけちゃったらしい。



それから、数日たって

学校から帰ってきたワクイちゃんは、自分の家のドアの外に1匹の生まれたての子猫を発見する。


「ひええ! なんだこりゃ! 
誰かがうちの前に子猫を捨てたのかな?」



犯人はすぐにわかった!


あの、ヒマラヤン♀、いや、ぶっちゃんだった。

別の一匹の子猫を加えて、えっちらおっちらと、階段を登っている。


そして、またも彼女の家のドアの外に子猫を置くと・・


またも、もう一匹を咥えて運んだ。


合計3匹・・まだ目も開いてないない子猫が3匹


「これ、どーゆうこと? ぶっちゃんは、私に育てて欲しいってこと?」



「おそらくね~。

お嬢様育ちのぶっちゃんは、いきなり外に追い出されてしまって、どっかの野良♂にレイプされてしまった。

で、出来ちゃったものの、子育てなんてしたことないし、おまけに、ちょっと精神的ストレスで母性本能も壊れちゃってる。

どうしたらいいのかわからない!! そんでも、なんとか子猫を助けなきゃ~!と思って、

あ、そうだ~!2階のおねえさん! 私にご飯くれるいい人、こうなったら彼女にお願いするっきゃない!と

そんで3匹の子猫をせっせと運んだ。

なんとか、この子たちを助けてください!・・・そうゆうことなんじゃない?」




「一方的に思いを込められても・・私だって、目も明いてない子猫を育てたことはないんだけどな~。

学校もあるし~。」



と、彼女はぶつぶつ言いながらも、結局3匹の子育てをはじめた。



1か月半が経過しただろうか・・子猫たちはかわいい盛りになり、

その頃になると、ようやくぶっちゃんも、彼女と私に、すこーしずつ心を開くようになってきた。

優しく子猫たちを見守り、穏やかな表情を見せるようになった。

落ち着きを取り戻してきた頃のぶっちゃん
    ↓
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その矢先だった。
突然ぶっちゃんが消えた。

3日たっても姿を見せない。

こんなことはありえないのだ!


臆病なぶっちゃんは、マンションの中庭から外へは絶対出ないネコだ。

交通事故ということも考えにくい。



情報通の「リカちゃん・マルチーズおばさん」に聞いたところ、

「なんでも、保健所かなんかが来て、あのヒマラヤンを捕まえて連れてったみたいよ。」

そんな馬鹿な~。

他にも野良猫はいるのに、あの子だけを連れてくってヘンじゃないか!


「私もよく知らないけどね~、誰かがわざわざ通報してあのヒマラヤンを連れて行ってくれ!って言ったらしいわよ。」


ワクイちゃんが、すぐに保健所に問い合わせたところ、
該当するネコはいないという。。。

そのままぶっちゃんは消えてしまった。


私たちは、ものすごく悔んだ。



このマンションの中庭に、いつもいるぶっちゃんが目障りだった人がいたということだ。

私たちが、ぶっちゃんや子供たちの面倒を見ていることも目障りだったのかもしれない。


しかし、ぶっちゃんの3匹の子猫たちは、それぞれ里親がみつかり無事引き取られていった。

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白と黒の子猫は、兄弟共に引き取られ、残りの白黒ネコは私が引き取った。

メグとなずけたこの猫は、その後、私と共に都内で何度か引っ越しをした後、ニューヨークに渡り、さらにロサンゼルスに渡り、18歳まで生きた。

ぶっちゃんが生きられなかった分まで生きたんだろうか?
ぶっちゃんの分まで幸せだったんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、同時期・・「ぴよぴよ」という野良猫がいた。


白と黒のブチの♀で、絶対に家の中には入ってこない臆病ものだった。
表情に乏しく、まったく声を聞いたこともない。


それでも腹がへれば、ベランダ側からやってきて、無言で何時間でも待ち続けている。

ピヨピヨ
  ↓
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しかも、前足をきちっとそろえて、じーーと不動の姿でいつまでも待っている・・そんなネコだった。


ある日、仕事から帰ってくると、ベランダに、また、そのネコが待っていた。

「いったいいつから待ってたん? 
お腹すいちゃったんだね~。 でも、家の中には入りたくないんだね・・はいはい! わかってますよ~。」


と、私が勝手にベラベラと話しかけてると・・

このネコが、私を見上げて、はじめて反応したのだ。 


微かに・・何か言ってる。

耳を澄ませると、すごく微かな声で、ぴよぴよぴよ・・と聞こえた。

命名: ピヨピヨ

それから、このネコをピヨピヨと呼ぶようになった。



さらに何か月か過ぎて・・

朝、出勤しようとドアを開けると、なんと・・そこにピヨピヨが座っていた。


な、なんで・・きょうはべレンダじゃなくって、玄関?
玄関で待ってるなんて、初めてのことだ!



しばらく見かけなかったピヨピヨは、ものすごく汚れて痩せこけていた。

さらに、何匹かハエがたかっている。。。



「ピヨピヨ! な、なんだって、こんなになっちまったんだ?
困ったなあ~。 すぐに出勤しなきゃならないんだよ~。 
きょうは大事なミーティングがあって構ってられないんだ!」



そう言いながら家に飛び込んで、水とエサを用意して、また飛び出すと、

そこにはもう、ピヨピヨの姿はなかった。


ん? なんで?

なんとなく後ろ髪を引かれる思いだった。 だけど、私は、そのまま出勤した。
当時の私は、ワークホーリックで何よりも仕事が大事というヤツだったのだ。


道々考えた。

ガリガリに痩せこけて汚くなって、おまけにハエがたかってた。

ひょっとして、あれは、死期を悟って最後に挨拶のつもりだったんじゃないだろうか?

それに・・いつものようにベランダのところにいなかったのは、ジャンプしてベランダに上がる体力さえ残ってなかったからだ!


そんなことを、私は後で気がついたのだ。


私は、大バカ者だ!
私は、なんで、あんな冷たいこと言っちゃったんだろう?

少しの間一緒にいてあげて、今までありがとう! 楽しかったよ!と、優しく撫ぜてあげればよかったんだ。

ゴハンが欲しかったんじゃない! ピヨピヨには食べる気力も体力も残ってなかったはずなのに。

私は、私は・・大バカだ~!

このとき、ひどく自分を責めた。 でも、すべては後の祭りなのだ。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、昔話をしてしたせいか、胸のつかえがちょっとばかし取れた気分。

本題に移ろう。



この本は前述したとおり、
吉本家で、「ハルノ宵子さんの病気ネコばかりを抱えた奮闘記」というべきもの。

それも、ほとんどが野良ネコの話なのだ。 家ネコですら元野良猫だったものばかりなんだから。



どんだけ、ハルノ宵子さんがネコへかける愛情が深いのか!

しかし、彼女の愛情は「ネコが大好き@、野良猫たちが可哀そう」という感情だけではないということに気づく。


世にネコ好きも多いことだろう。

「ネコが好き!」「野良猫が可哀そう!」という感情だけで、行動してしまう人の多いことか。(←私もその一人だった)


まず驚いたのは、ネコの病気に対する知識だった。

FeLVのキャリアの猫は発病してくると首のリンパのあたりを触るとわかるとか、ネコ砂の粘着具合で尿の状態がわかるとか・・
さらに獣医師の力量まで見極めている。


野良猫が姿を見せなくなったときは探し出し、死んでいる場合、どのようになくなったのか実地検分したり、推理・検証までしてしまう。 

好きという感情だけのネコ好きだったら、惨たらしい死体なぞ見たくもないだろうし、おそらく目を背けてしまうことだろう。


しかし、どのような状況でどのようにして亡くなっていったか、それを知ることで、その猫の人生を共有してあげたことのように思えるのだ。

それが哀悼ということではないのだろうか。


辛い、惨たらしい、可哀そうすぎると、目を背けてしまうのは私たち人間側の感情に過ぎない。
好き、かわいい!というのと、同じ感情でしかないように思える。


「好き」と「愛情」の違いは、そこにあるのだろう。


愛情があるからこそ、よく観察し病気への知識も豊富になり、鋭い直観も働くようになり、咄嗟の判断力もできるようになる。

それはまた、★それぞれのネコの生き方を重んじるということになる。

個々の猫の生き方を重んじているのだ。

アメリカでも迷いネコや弱った猫をみつけた場合、

「レスキューセンターに連絡して保護、病院で治療して、里親探しをして家の中で飼う」というのがセオリー通りなのだけど・・

それがすべての猫に当てはまるわけではないということだ。


外生まれ外育ちの野良猫の中には、どうしても家猫にはなれないネコもいる。

家に閉じ込められただけでストレスになったり・・

病院に連れていかれるということは、「宇宙人に誘拐されて体中をいじくりまわされる」ような恐怖とショックになる子もいるだろう。
(と、文中にも書かれていたが)

ビビりネコのくせに芯が強いというネコもいるし、

病院に連れていかれただけで、かえって命を縮めてしまうこともあるだろう。

まさに、個々の猫によって違う。


生きるということは、ただ命を長らえればいいということではないはず。


彼女は、それぞれの猫たちの生き方を感じ取り、個々に尊重している、ということだ。


私は、渡米してからアメリカ人たちに、よく聞かされた言葉がある。

「愛とはリスペクトすること」 「愛とリスペクト」


多くのアメリカ人がそう言う。

リスペクト : respect

日本語にすれば、「尊敬する」とか「尊重する」ということになるんだけど、なかなか、それを愛とセットにしている人は少ないのかもしれない。


好きだからこそ、相手の生き方を尊重する

それは自己中の感情から離れ、相手の生き方を感じ取り、時にはサポートし、時には黙って見守る

そういった、客観性、理性的なことさえも含まれている気がする。


だから、辛い結末になったとして、それがどんなに悲しかったとしても、後悔することはないし、また立ち上がれる。

つくづく、そんなことを感じた。



そして猫たちのサイドから見れば・・

彼らは、どんなときでも、今一番したいことに全力を傾ける。

病に侵されていても、今、一番行きたい場所に這ってでも行こうとする。

今、一番会いたい人に会おうとする。


なんて、清々しい生き方なんだろう。


そんなことを感じさせてくれる本だった。

「森羅万象は気で出来ている」という波動医療

つい最近、ミニレヨネックスなるものを購入して、なかなかご機嫌な私です。

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小さな手のひらサイズのもので、電磁波防止のために入手しました。

毎日仕事でもプライベートでも、パソコンとスマホと共に生活してるようなものだし、生活空間すべてが電磁波に囲まれてるわけですからね~。


私の場合は目の疲れがひどくて、目からくる肩こり、頭痛になることが多いです。



おそらく現代の私たちの生活の中では、スマホを常に持ち歩いていて、スマホを見てる時間も一番長いことを考えると、
スマホが一番の原因かもしれません。


こちらでは、今、スマホを買い替えるときには、SAR値をチェックしてから購入するという人も増えてるくらい。

SAR値(specific Absorption Rate)= 比吸収率のことで、

こちらをご参考に
   ↓
「SAR値」って何?!



また、電磁波が脳腫瘍や癌、自閉症などの病気を引き起こすともいわれていて、現にカリフォルニア州では、こんな指針も発表されてます。

アメリカで話題"スマホと脳腫瘍"の関係性 カリフォルニア州は指針を発表


しかし、日本の総務省のページなどを覗いてみると、

電波の人体に対する影響 総務省

熱作用については、前述“5.安全のための基準”で説明しましたように、電波防護指針により守られていますので、熱作用により健康に悪影響が生じることはありませんし、がんやその他の健康に対して悪影響を及ぼすとの根拠は見つかっていません。



と、書かれていたりするので、

電波防護指針により守られているんだし、病気になるような根拠がみつかってないんだから大丈夫!と思う人たちも多いのかもしれません。


でも、私は・・

絶対やばいだろ! なんとかしろよ!と、前々から体に言われていて・・こりゃあ、なんとかしなきゃ!と思った次第です。


おまけに私のスマホ、充電口がダメになってきたらしくって、充電がスムーズにいかなくなってしまったため、ワイアレス充電器に変えたのだ!

こんなヤツ
 ↓
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たしかに、充電はラクだし、便利なんだけど・・

これって、電磁波ダダ漏れ状態だろ!と(笑)


そんなわけで、ミニレヨネックスなるものを購入したわけです。



ドイツでは、波動医学という分野も多く研究されているようで、レヨネックス社はそのひとつ。

パウル・シュミットさんという方が、量子論、ダウジング、東洋医学の三つからヒントを得て、バイオレゾナンス理論を確立したそうです。



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ミニレヨネックスは、そこの商品です。
レヨネックス社のサイト




ここの記事にもあったんですが、

西洋医療と東洋医療 341243 ドイツ人パウル・シュミットによるバイオレゾナンス・メソッド

驚異の治癒率85%~ドイツ波動医学の挑戦 るいネットより


すべては振動でありその影響である。現実にはなんの物質も存在しない。すべてのものは、振動で構成されている。

というのは、私にとってはすごくしっくりくる言葉です。



少し前にも、こちらの中で、
見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

天体ですら、それぞれの音(周波数)を出しているし、私たちの体、それぞれの臓器も固有の周波数を持っているなんてことに気づき、


ずーーと前から、周波数(音)とDNAは深く関係してるのかもなあ~ということが気になってました。
  ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽


そんなことを考えていくと、

「あらゆる病気は、波動エネルギーの滞りや乱れが原因です。私は医者ですが、私にできるのは、その滞りを解消することだけです。実際、それだけで患者さんの85%は治っています。」
ドイツの波動療法家のエルマー・ウルリッヒ氏より


ああ、そうだろうなあ!と自分なりに納得できたわけです。



もうひとつ、最近、イメディスというものがあることも、教えてもらいました。

こちらは、ロシアで研究されたものだそうですが、今、日本にもイメディス・ジャパンというものが、あったんですね~。


これも考え方の原点は同じです。


イメディスというのは、ロシアのイメディス社(IMEDIS) が開発した医療システムの総称で
量子物理学に基づいた共鳴療法、ホメオパシー療法、漢方治療、西洋医学等を総合的に組み合わせた医療システム




波動共鳴機器を使って、その症状を作っている原因は何か?がかなり細かいところまで、特定できるようです。


フツウの病院にいくと、いまだに「抑えたり」「治すため」に治療が多く、薬を処方されるものの、
原因を追求してくれることはほとんどなかったり・・

私は30代初めに子宮筋腫になって手術したことがあったんだけど、先生に原因は何でしょうか?と聞いたら、

「さあ、原因なんてないことが多いですよ、まあ、子宮筋腫なんて最近よくあることですよ~」と言われ・・

え? 原因がなくて病気になるんかいな!と(笑)

高齢者ならば、年のせいで仕方ないですよ~と言われちゃったりするんでしょうね~。



でも病気になるのは、必ず日常生活の中で原因はあると思うんですよね。

原因もわからないくせに、症状だけ抑えるとか、悪いとこは切っちゃえ!とか・・どうも、すっきり出来ない部分がありました。
実際、私の子宮筋腫は大きいし数も多いんで子宮ごと取っちゃいましょうと言われて・・なんか違うんじゃね?って気がして、3件も病院を変えた結果、筋腫部分だけを切り取ってもらいましたが。


原因のすべてが解明できるようになったのは、すごいことだと思います。 マジで!


しかも、物理的原因だけではなく、精神的要因となるもの、

自分で持っているネガティブ要因やら、おそらく人から受ける怨念(生霊?)なんてことまで、究明できるようです。



病院にいっても解明できない霊障で悩んでるときは、ぜんぜん知らない霊媒師さんや神主さんに半信半疑でお願いするよりも、イメディスの方がいいかもと、思ったりする私(笑)

残念ながらアメリカにはなさそうだなあ。



そして、ミニレヨネックスにしても、イメディスにしても・・・

ロシアの科学者たちは、今までオカルト分野とされてきたようなことまで、今では総合的に研究する体制が作られていること。(レヨネックスはドイツだけどね~)


ジャンルは違うけど、ロシアの科学者によって、こんなことまでプレリリースされたようですよ。
   ↓
【歴史的偉業】ロシアの科学者が「錬金術」の実在を証明! 核廃棄物も黄金に変える“元素変換”のメソッドとは!?

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錬金術はありえない! 不可能!と言われ続け、そんなものを研究する人たちはバカ扱いされて、学会では相手にもされなかったと聞いてたのに~。

たぶん、日本で研究する人jはいなかったと思いますよ~。
やる気満々でも、研究資金を出してもらえないとか、研究をつぶされるとかして~。



そういえば、DNAの研究家で周波数でDNAの修復を発表した、レオナルド・ホロビッツ博士もロシアの科学者でしたもんね。



老子のタオイズムだとか、「森羅万象は気でできている」 病気は「気の流れが滞ったとき」というのが、東洋の伝統的考え方だったはずなのに、

今では、こういった考え方は、むしろ、ロシア・ドイツの方が進んで研究されてるような気がします。


日本では、東洋占星術の占い師さんでさえ、「病気になったら医者に行って薬うのが一番」って思ってる人もいて~、
ホリスティック医療の話をしただけで、鼻で笑われちゃったこともあるくらいだから。


当然、日本のお医者さんでさえ、波動医療なんてものはトンデモないニセ医学だ!と断言されてる方もいるようです。

アメリカにもイメディスは入ってないようだし、ミニ・レヨネックスは、
Integrated Veterinary technology LLC.というところが、代理店になってました。

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http://www.rayonex.us/#modal_close

いやあ、Veterinaryって獣医さんじゃないですか~?

ペットの病気治療に波動治療を用いるということが最初だったようです。
いきなり人間用にするには、アメリカでは政治的?圧力がかかったのかビジネスには出来なかったのか・・そこらへんは不明です。


さて、ミニレヨネックス、効果のほどは、まだはっきりわかりません。

持った瞬間に効果が表れるものでもないのだろうし、
ミニだけあって、ちとばかしヘナチョコなのかもしれません。

ただ一度、眠りに落ちる習慣に、心地よい音を聞いた気がします。

ああ、この音が私の体内に吸収されてるんだなあ~と。

のろまなカメさんで、ウサギさんのシュワワワ~という足にはかなわないけど、

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それでも、静かに地道に働き続けてくれてる気がします。



結局のところ、波動や周波数というものも・・

目に見えるものだけを信じるか見えない存在も信じるか・・ということに尽きると思います。


また、目に見えない存在を上手に利用して騙して売るというビジネスだって存在することも確かです。


私が信じるものは、最終的には、自分の直感だけ。

こっちだよ~と、いつも、もう一人の私に教えてもらってる気がします。



熱が出たとき 熱を下げる?上げる?

前回の本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日から、ちょっと続きを。


風邪を引いたとき、どうする?


それが、各国によってそれぞれ違うのが面白い~。
    ↓
熱が出たら水風呂に入れ!?海外の驚き「風邪の対処法」 Never まとめより


昔の日本では、


●安静にして暖かくして寝てること

●熱が出たら水枕などで頭を冷やす

●首にネギを巻く(←臭くって・・寝てられないだろうが。。)

●お粥 

●お風呂はダメ

●玉子酒を飲む

   ↓
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http://chabuu.sblo.jp/article/26049490.html


これ、ブランデーかラム酒で作れば、エッグ・ノックだね~♪ (←私は結構好き!)

【風邪の妙薬】玉子酒の効用・いろいろレシピまとめ【卵酒】より参照




現在では


風邪がちょっと酷くなるとお医者さんに行く

●数種類の薬が処方される



これが日本の習慣&常識のようになっている。



ところが、一方で風邪を引いたくらいでいちいち医者に行かない!という国も多い。

行ったところで、風邪ならばドクターも処方箋を出さない国もある。 肺炎になればまた別だけど・・。

そういったこともあって、

彼らは、それぞれのホームレメディーに頼ることも多いようだ。



アメリカでは、風邪を引くとホットコーラを飲む人もいる。(そこに、レモンを絞ったりハチミツを加えたりする場合もある)
私も医者にコーラを進められたこともあるし(笑)

ロシアはウォッカだったり、メキシコじゃテキーラだったり(笑)

酒好きにはたまらないだろう。  結構・・風邪引くのが楽しみになったりして~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回、はじめて本格的な風邪をひいて「野口 晴哉さん流」を試したのだけど・・

その1つに、

熱が出てきたら、無理やり頭を冷やしたりしない。
(もちろん解熱剤もダメ~!)

逆に後頭部&首の周りを温めて、熱をあげるようにする。




というのがあるんだけど・・これは私にとっては、とてもよかったように思う。

そのおかげで、早く治ったと思う。


ただ・・・

多くの日本人の常識は、

いまだに「熱が出たらすぐに冷やす」のではないだろうか?

または、解熱剤を使う。



「無理やり熱に対抗して冷やす」方法をとる。



こちらの小児科医の先生も、「熱が出たら冷やす」方法を進めている
      ↓
https://select.mamastar.jp/214683

1510011652-d9b6f4554ead74cebd62effb6a671a52.png



私は自分自身の体感から、また、今までで一番早く治癒してしまったという経験からも・・

「熱が上がっていくに任せる、それを妨げない、むしろ応援する」ことがベスト、と確信できたのだけど・・


それを医学的に証明したような論文?などはあるんだろうか?

ふと、そんなことを思い、さんざん探したのだけど・・なかなかみつからない。

やっと・・みつけたのは、In Deepさんのサイトだった。
(しかも、すでに翻訳してくれてるサイトだし・・
     ↓  
熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明

この文中にも、あったけど、

「感染症を治癒するための体内のメカニズムは体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」



こちらも文中からの引用
   ↓
シュタイナーさんもまた、こんなことを言ってたんですね~・

生体はその損傷に反抗し、防御力を用います。この反抗が通常、熱なのです。

熱は、人間のなかの治癒力の呼び声なのです。熱は病気ではありません。

損傷を直すために、人間が自分の生体全体から力を呼び集めているのです。

病気において、熱は最も慈善的で、最も治療的です。

損傷を受けた個々の部分は、みずから治癒できず、他の側から力を得なくてはなりません。それが熱として表現されるのです。





さらに、ヒポクラテスさんまで。
    ↓
「患者に発熱するチャンスを与えよ。そうすればどんな病気でも治してみせる」


こーんな紀元前のヒポクラテスさんから、シュタイナーさん、我が国では野口先生も、同じことを言ってたのに・・・

そして、すでに、「体温が 38.5 ℃以上でないと発動しない」ということが証明されているのに。


なぜ、いまだにお医者さんでさえ、マ逆の方法をとることを進めるんだろう?

不思議だ~!


●一説には、高熱が出ればそれだけ体力を消耗するから。

(これは事実だけど・・みなさん、そんなにも体力が無いわけ?
生来からの虚弱体質とか、長患いでボロボロ状態になってるとかなら、わかるんだが・・)


こうやって赤ちゃんのときから、発熱すればすぐに冷やし、薬で無理やり熱を下げてもらってきた人たちが、虚弱体質に育ち・・
ますます病気をしやすくなり、ますます薬漬けになっていくという悪循環を作り出しているのかもしれないなあ。

なーんて思ったりする。



結局のところ、

小さな世界だけの「常識」に囚われず、

どの方法が正解か? それは自分で選ぶことだと思う。



おそらく・・何事においても!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<参考>
子供の風邪!ご家庭でできる予防法と対処法。薬を使わない、正しい知識で病気を治そう!


https://www.tbsradio.jp/215580



こちらは武田コンシューマーヘルスケアさんのWebpage
     ↓
かぜの熱 下げる? 下げない?

本格的な風邪で野口流を試しつつネコと過ごす日

去年のブログにもアップしたんだけど、
    ↓ここ
野口 晴哉さんの「風邪」の必要性

野口晴哉さんの本を読んでから、本格的な風邪をひいてみたくて待ちに待ってた!


皮肉なもので、ここ3-4年、いつも軽いひきはじめで、すぐに治ってしまうような風邪ばかりだった。

もちろん、本を読む前は、私だって、ちゃんと本格的な風邪をひいてた、治るのにも数日はかかっていたものだ。


たぶん、その原因は、風邪薬を飲まなくなったことしか考えられない・・

か、超・ブラシーボ効果を受けやすいのか?


どっちかだろう。


まあ、そんなことは、どっちでもいい!


今回は、完全な風邪になったのだから♪

いつものように出勤してたところ、昼頃から頭痛がしてきて鼻がムズムズしてきたところで早退。

夜になると鼻水はさらさらと流れ、頭はぼーっとして涙目、
どんどん熱が上がっていくカンジがする。

きたきたきた~!


この本をつかんでベッドにもぐりこむ。(すでに読んでるのに~!またかい!)

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ふむふむ、

人間の体で大事なのは、弾力性なんだよな。

筋肉の弾力性だけでなく、体中すべて、血管だって弾力性か・・さすが、整体師の先生らしい表現だし、ぴったりな表現だよな~。

血圧が高いから高血圧というよりも、血管の弾力性かあ。


癌になったり、脳溢血、糖尿・・そういった病気のほとんどは突然ってわけじゃなく、風邪をひかない(風邪をひけない)体になってしまってる

または、風邪をひいても薬などを使って無理やり治したりしてしまうから。




ふんふん、そーだったよな~。

と、読み返しながら、またも納得する。

風邪は体のこわばりを直して、弾力性のある体に戻そうと調整してくれる、ありがたいものなのに、
   
  ↓(本文からの引用部分)

風邪を治したり、予防したり、風邪に鈍くなるようなことを講じているからです。

例えば、冷水摩擦やいろいろな鍛錬をして風邪を引かなくなったとしても、

れ、冷水摩擦って? 昔 聴いたような・・?
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https://twitter.com/adgjm98867224

それは体中顔にしてしまったようなもので、まあ川越人足と同じようなものです。

脳溢血などをやる人をみると、そうゆう冷水摩擦組というのが非常に多い。



か、川越人足って・・今の人、絶対知らんやろ~(笑) 
若い頃からオヤジ趣味の、時代小説ファンの私は知ってるのだが・・


橋の無い川で旅人を渡すおっちゃんたちのお仕事で、

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https://kotobank.jp/word/%E5%B7%9D%E4%BC%9A%E6%89%80-48180


こんな、おっちゃんたちだったらしい。

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https://4travel.jp/travelogue/10779969

そりゃ、そーだよね~。 いつも真っ裸で、体中顔だわ!


つい、笑ってしまう~!

さすがに、2度目に本を読み返すと、そこじゃないだろ!というところまで目に入ってしまって面白い!

野口先生という人、なかなか辛辣なユーモアがある人だったのかも~♪と楽しくなる。



それにしても、本を書く人って大変だなあって思う。

風邪を上手になるべく早く経過させる方法の1つに、お風呂の入り方を書いているんだけど・・

お湯の温度は健康人の平均で42度と書いたところ・・

ある奥様は、旦那様がぬるいよ~!といってるのに、42度って書いてありましたから!と言って沸かしてくれなかったとか・・

子供が熱い!と泣いても、これに入らなければ正常じゃないっていって無理やり入れちゃったとか・・。

自分で胸椎5番を触ろうとしても触れないんですけど?と電話でクレームしてくる人がいたとか。


いやいや、これじゃあ、物書きはうっかりしたことは書けないだろうなって思う。


同時に、昔の人は(初版されたのは昭和37年)、なんとまあ融通がきかないつーか、本質を捉えられないコチコチ頭が多かったんかな?と思ったものだけど・・・



よー考えてみると、今の人の方も似たようなもの? いや、もっと、ひどい?かもしれないと気がつく。

現代の書評を読んでみたところ、

もちろん絶賛してる人も多いんだけど、なかには、

●胸椎5番なんて、専門用語を並べられても図解も説明もなければわかるわけないし、実際には役にたたないと思う。

●蚊帳の中に子供を入れろと言われても、いまどき蚊帳がないんだから、実践的な本とはいえない。

なんてのもあった。

たしかに、今の人たち、蚊帳を知らない人だっているだろうけど・・

こうゆうヤツね~
 ↓
270px-Kaya-s121-10.jpg
wikiより 蚊帳


だけどね、今だってあるんだよーん。 こうゆうの、私、持ってたもーん。

mosquito net

アメリカにだって売ってるし、日本だって渋谷の東急ハンズで売ってたもん(←おい!ざっと10年前の話じゃないか!)

こんなのもあるし~。

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探そうと思えばあるもんだよ。


そもそも、蚊帳に入れろ!っていってるわけじゃないだよね~。

何のために? ということを考えてみればわかることだと思うのだが。


昔日本では一般的に使われてた蚊帳って、ただの虫よけだけじゃなかったことがよーくわかります!


いやあ、大変ですね~。

まだまだあります! 野口先生の苦労話が!(笑)

赤ちゃんに石鹸を使わない流儀を色々な人に進めたら、石鹸会社からクレームもらっちゃったとか。

そりゃまあ、そうでしょうね~。

この時代は、まだ、石鹸はセッケンしかないという時代だったでしょうし、純石鹸とかアトピー用とかって言葉もなかったかもだし・・。

むろん、野口先生だって、そんなものができるとは知らなかったでしょうし~。



ベッドの中で読み返しながら、今回はそんなことばかりに目がいってしまう私だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

突然、ニャンコセンセーが耳元で大騒ぎをしだした。

「ん? ゴハン? さっき食べただろ!」

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「あれは昼前だ! 今何時だと思ってるんだ!」 (←怒っとるわい)

仕方なく起き上がる。

ベットを出ると寒気、きゅうに熱がまた上がった気がしてフラフラしてきた。


今、私の体温って?

ところが、アメリカに来てから体温計なるものを持ったことがないことに気がついた。
(アメリカ人は小さな子供さんがいる家庭以外、常備してないことも多い・・そうゆうとこアメリカナイズされてしまってるのか?)


そうだ! こうゆうときこそ、野口流風呂の入り方だ!

風呂に入って、いちおう温度を図ってみようと思ったものの・・

ありゃ、温度計がない!

ターキー用の温度計じゃだめだよな~。

これのこと。
  ↓
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やっぱ、アメリカナイズされてるのか?

ま、いいか~、

適当に。 心地よい体感温度で入ってればいいか!


と、思っても・・・

アメリカの風呂は、ごろーんと寝て入る湯舟だし、沸かせるお風呂ではない!

すぐに冷めるし、熱湯を長く出し続けてると・・出てくるお湯までもが温度が下がってくる。(←古いアパートの特徴)


ま、いいか~。

適当に湯舟から上がってベッドでごろん。

今度は後頭部と首筋を温めるために、ホットタオルを巻いて寝る



そして、さらに本の続きを読みだすと・・


またも、激怒ネコ登場

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「かんべんしてよ~! 今度はなに?」

「きょう1日、なーんも遊んでくれないやんか!! (←ネコ語でしゃべってる)

「熱があって、病気で起きられないのよ~」

「嘘だ! 本読んでるやんけ!」
と、本の上に、どさっとケツを乗せられる。


ひええ~、ま、いいか~!

と、起き上がり、猫じゃらしを振り回し遊ばせる。


「さ、もういい?」と私。

「まだまだじゃい! 今度はネコトンネルごっこだ!」

そんな~過激な~。


ネコを飼っている方なら、ひょっとしてご存じかもしれないが、こうゆうネコのおもちゃがある。
    ↓
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今のとこ、ニャンコセンセーのお気に入り。

この周りを、私も、ぐるぐる走り回りながら、ねこじゃらしを使って遊ばせなければならないのだ。


ま、いいか~。


やってるうちに、目が回ってくる。 息切れ、汗びっしょり。


どうやら、今度こそ、気がすんだらしい。



ふうう。 

喉がカラカラになったんで、ごくごく水を飲んで、また風呂に入る。

また、あの、いい加減な風呂の入り方だけど。


そしてふと思う。

私はいったい何をやってるんだ? と。

同時に、

病気のときの一人暮らしってさみし~よな~と。

ベッドに寝てて、うんうん唸ってる私を、やさしく介護してくれて

「ダーリン! 大丈夫かい! チキンスープを作ったよ! オレンジジュースもあるよ!」と言ってくれる人はいないのだ・・・。
(これ、完全に・・アメリカのホームドラマ(笑)

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そのまま、ネコに煩わされることなく、ちょっともモヤモヤした気分のまま翌日昼近くまで寝る。

起きたら、ぴたっと鼻水が止まって頭痛も止まっていた。 たぶん、熱もない・・と思う。


そして、猛烈にお腹が空いてることに気がついた。(あ、きのうの昼から何も食べてない!)


かぱっと冷蔵庫を開けたのだが・・何もない!

げ! ちょうど何も買い置きがなくなってたんだった。。。

ま、いいか~! (やたら、このフレーズ多くないか?)



さすがに病み上がりで、車を飛ばして外に買い出しに行く元気がない。
(それとも、お腹が空き過ぎてた動けないのか?)


めんどくさいんで、デリバリーピザをオーダーする。

パパジョーンズにオーダーしようと思ったのに、間違ってピザ・ハットにオーダーしてしまった。

うーーむ。 

こんな間違いを犯すとは、きっと熱のせいだ!(←もう下がってたはずでは?)



15分くらいでピザ屋はやってくきた。(ピザ・ハット・・不味いから誰も注文しないせいか?)

どどどど~とネコがドアに突進する。


ピザ屋のおじさん、

「げ! でかネコ!」と叫ぶ、⇒正確にいえば、「わおおう! びーーーぐ、きゃあっと!」だったかな?

「ううーにっ!」(←ネコのヘンな声)

怒ったらしい。


ピザ屋のおじさんの身を守るために、私はネコの前に立ちふさがり、さっと受け取ってさっとドアを素早く閉める。

こうゆうステッカー、英語バージョン、売ってないものか~。

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https://katsumi-art.jp/SHOP/SE-MOU.html


そうなのだ。

やつは、1歳半頃までは、いつも外に行けば、

「わおお! びゅーてぃふる きゃあっと!」と言われ続けていたのだ。


みんなが、見た瞬間に微笑み、みんなが撫ぜたがるネコだった。

「触らしてもらっていいですか?」と聞かれると、ネコの方から首を差し出して、

「ほれ、撫でろ!」ジェスチャーだった。
決してゴロゴロは言わない癖に。

生意気な女優がサインでもしてあげる優越感みたいなものを感じてたんだろうか。


それが、今では誰もビューティフルとは言われなくなっただけでなく、思いっきり

でかっ!と笑われ、ひかれてしまうのだ。

まあ、無理もないのだが・・


人生なんて、そんなもの~♪
そろそろ悟れよ@


私は、ごくごくと冷たいペプシを飲み干し、ピザに、かぶりつく。
美味しいピザじゃないけど、腹ペコの私はお構いなし!


ニャンコセンセーが、かぶっと私の足にかみつく。

な、なんで~?

あ、そうか!


ピザ屋に言われたこと悔しかったのに、ジャンピング攻撃でおじさんを脅せなかったことが悔しいのだ。
私が阻止したために。

今度は私に八つ当たりだ!

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巨ネコが猛烈ダッシュして、目の前にいるおじさんの前でバーン音を立てて、ドアにムササビのようにへばりつく。

これをやられると、外にいる人は、必ず・・ひええ!となる。


その顔をみるのが満足だし、それが喜びになってるらしい。(←ヤツは心が病んでるんかい?)

野口先生は、ペットの整体の本は出してくれなかったよなあ。



それでも、私の風邪は、かなり本格的な風邪だったのに・・
(頭痛、喉の痛み、発熱、フラフラで鼻水がひどかった)

1日半でほぼ通常どおりになった気がする。
(あと1日2日は用心するつもりではいるけど)

ということは、たぶん、基本は間違ってなかったのだろう。



ん? 本当にそうだろか?

ピザ食べてコーク飲んだし・・しかも、油っぽいピザ・ハットのピザだ。(日本のピザハットは知らないが・・)


そこはちょっと疑問だが・・

体を温め、汗をかき、ごくごく水を飲んで何度も風呂に入ったことは確かだ。

熱があっても、もっと熱を上げるようにしたことも確かだ。 決して冷やしてはいない。

これは、すべて、ニャンコセンセーのおかげかもしれない。
(ちっとも風邪ライフを楽しめなかったし・・最後は足がぶりだったが・・)


みなさんも、野口流を試された方がいらっしゃれば、ぜひぜひ、情報交換をお願いします。

私の情報って・・これじゃちっとも参考にならないどころか酷すぎ?かもしれないけど。

LAのメキシコ移民の生き方

タマーレース! タマーレース!


と、きょうもタマレス売りの声がする。


メキシカンがタマレスを売り歩く声だ。


タマレス(tamale)とは

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とうもろこしの粉からつくった柔らかい食感のもので、中にいろいろなものを思い思いに詰める。

スライス牛肉だったり、ミンチ肉だったり、ビーンズだったり、ポテト、チーズだったり・・中身はなんでもいいのだ。

それをトウモロコシの皮で包んだものがタマレス。

メキシコ人たちには日常的な食べ物だ。



それをこういったカートを押しながら売り歩く。

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タマレスだけじゃなくて、彼らは、いろいろなものを売り歩く。


暑い日はカットフルーツ売りもよく見かける。

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たまに、ホットドッグ売りもいる。

メキシカン・ホットドッグ
    ↓
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アメリカの典型的なホットドッグは、ソーセージをはさんだだけで、そこにお好みでレリッシュやオニオンを加えてもらうだけなんだけど、

こんなふうに。
   ↓
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メキシカンのホットドッグは、焼いたソーセージの上に炒めたオニオンやパプリカがたっぷり乗っていて、そのままでも美味しい。


ところが私は、多くの日本人同様に、いまだに彼らからは買ったことがない。

だって、

素手で触って作ってるし~、おっちゃん! 手、洗ってんかい?とか考えると・・つい、買えなくなってしまうのだ。

そこらへんに、どうやら私も日本人らしい潔癖感が潜んでるのかも。


こちらの条例では、食品を扱うときは必ず、頭も、手も・・キャップに手袋をしなければならない。

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ところが、

いかにも清潔そうな顔をして食品を扱ってる日本人でも、

裏に回れば、下に落ちたモノまで混ぜて売ってしまうような人たちも多く見ている。

なので、結局はその人次第ってことだ。

それでも・・なーんか見た目の問題だけで、いまだに買えない私なのだ(笑)



それと、もうひとつ。

路上で売り歩いてる彼らは、おそらくほとんどが無許可営業だろう。
 
カリフォルニアでレストランを開いたり、食品販売の許可をとるのは煩雑な上、かなりお金もかかるのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私がアメリカに住むようになって、最初に驚いたことは、

お金くれ~!と寄ってくる人たちが多いこと。

これはカリフォルニア州だけではない。

ニューヨーク州にいたときも、外を歩いてれば、

「お金ちょーだい!」
「小銭ちょーだい!」

だったし、

ポーチに出て一服しようものなら、

「タバコ1本ちょーだい!」と声をかけられる。

これが日常茶飯事だった。

しかも、声をかけてくる人がホームレスというわけではない。

そこがびっくりだった。



カリフォルニアに引っ越してから、友人と車で食事に出かけたときのこと

友人が車を止めて降りた瞬間に、隣の車からおばちゃんが降りてきて声をかけられた。


その人は、アメリカ人の白人の中年女性だった。(ごくフツーのおばちゃん)


いったいなんだったの?と友人に聞くと、

「なんだか知らんけど・・なんとかがあって、私お金がいるの。 
だから、アンタ少しでもいいから私にお金ちょーだい!って言われた。」


という。

え~!  
絶句。。。

だってだって・・そのおばちゃんの乗ってた車、メルセデスだよ~!

私たちの乗ってる中古車よりも、はるかに高い車だ。

「まず、その車売ってお金を作ることは考えないんかな?」と友人も呆れ顔だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカに住むようになって、いつのまにか10年以上経ってしまったけど、

そうやって声をかけてくるのは、いつも、アメリカの白人&黒人ばかりだ。

一度も、難民・移民の人々からは声をかけられたことがない、ことに気がついた。



カリフォルニアという土地柄は、実にメキシカンが多い。

しかし彼らから、お金ちょーだい!を一度も聞いたことがない。


その代わり、彼らは実によく働く。

1日10時間以上も皿洗いで働いたり、カーウォッシュで働いてたりする。


または、物売りをする。

もちろん、違法だけど、彼らは法なんてモノともしない(笑)

さらに、彼らのコミュニティーの結束は固いという。

何かあれば、法の眼をかいくぐってでも同胞を助けるそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本人コミュニティーもあるんだけど、

日本人は、彼らと比べれば、法は忠実に守る。


以前、気の毒な日本人の若夫婦の話を聞いた。

レストランで働く夫と妻、3歳の子供がいたという。

妻が癌になり、治療費がないため病院では診てもらえず、夫はようやく無料で診察してくれるところを探し当てたものの、
すでに手遅れとなり、その後1か月後に妻が亡くなったという話だ。


それを聞いた、メキシカン男が、

「信じられない! ウチらにはタダで見てくれるドクターがいるよ。 
アメリカの医師免許はとれてないんだけど、メキシコじゃ許可は持ってたし腕は確かなんだ。
それに、カネだってみんながカンパすりゃ、どうにかなるのに。」



そっか~!

彼らには、食品販売どころか医師免許だって、どーでもよかったんだ~。

常に「生きること」が優先なんだ。



彼らは、がむしゃらに働く。

働いて働いて、どうにもならないときは、あっさりと同胞に助けを求める。

同胞もまたあっさりと助ける。

実にシンプルだ(笑)



日本人の中にはメキシコ移民をバカにする人は多いんだけど・・

彼らは文字も読めないバカだとか、

ラードで固めた豆ばかり食べて不健康な食事をしてるとか、

トイレットペーパーを水を流すこともしない汚い奴らだとか、

(メキシコでは排水管が老朽化してるため、使用済みトイレットペーパーは備え付けのゴミ箱に入れることになってるそうだ)



でも、アメリカ人よりも日本人よりも、生きることの意味を一番知ってる人たちかもしれない。
それも本能的に(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

来月バレンタインディが近くなってくると、

また、フリーウェイの出口あたりで、メキシカンの花売りが出るんだろうなあ。

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交通量の激しい車道で、前が見えないほど花束を抱えて売ってるんで、見てる方がびくびくものなんだけど。

とにかく、たくましい!


彼らのボロ車からは、いつでも大音量でマリアッチが聴こえてくる。

そして、いつも、陽気なのだ~♪

子供のおカネの話

子供の教育上の話で、ちょっと思ったこと。


私の会社の同僚で、ご夫婦とも日本出身で、お子さんは9歳?だったかのアメリカ育ちの女の子。


子供さんが学校でお友達から10ドルを貰ったという。

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そのお友達はアメリカ人夫妻の娘さんで、

お母さんから、何かのご褒美だったか報酬だったかは不明なんだけど、
80ドルももらったそうだ。


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それで、仲良しのお友達二人に10ドルづつのお裾分けをしてあげたそうな。

もう一人のお友達というのは、韓国系アメリカ人の女の子だったそうな。


「うちの子は、まだいいのよ!
ちゃんと外で貰ったものもすべて親に報告してくれるから。
だけど、お友達の韓国人の子は、親にも言ってなかったんだって!」



そんでどうしたの?と聞くと


「そちらの韓国系のお母さんにも電話して相談した結果、貰ったお金を返させることにしたの。
事情をアメリカ人のお母さんにもメールして、お返ししますって伝えたんだけど、その返事がちょっとびっくり。」



その返事がこれだったという。


「どうしても返したいというなら、受け取るしかないでしょうね~。
でも、なぜ、返してもらわなければならないんでしょう?

私が娘にあげたお金なので、それはすでに娘のおカネです。 権利は娘にあり、使い道は彼女の自由です。
彼女は仲良しのお友達にお裾分けをしたかっただけかと思いますが、なぜ、それが問題なのか私には理解できません。」




「これじゃあ、まるでお金を返した私たちの方が、娘さんの善意を踏みにじったかのように聞こえない?
だいたい、小学生の娘に80ドルも与えるってそこからして常識はずれだわ~。」



「でもねえ、ここで日本の常識を持ち出しても始まらないとちゃう?」と私


「そうなのよね~、わかってはいるんだけど納得できないの。

そのお母さんはファイナンシャルプランナーだそうで、娘さんもお金の計算は完璧なんよ~。
ウチの娘は、まだお釣りの計算も怪しいってのに~。
それだけしっかりした子だから、小さくても一人前に扱ってるってことなんだろうとは思うんだけど・・

でも、そんなことをしてしまったら、子供ながらにお金目当てで付き合うようになっちゃうことだってあるだろうし、
ああ、やっぱり私には納得できないの!」




私には、どうすべきか?なんて言えない。

それだけの事情しか知らないし、相手がどんな人たちかも知らないのだから。



ただわかってることは、

ここで各国の常識を持ち出したところで始まらない。

また、それぞれの子供の精神的成長度によっても、対処の仕方は違うだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぜーんぜん別の話なんだけど、もうひとつ思い出したことがある。

やはり小学高高学年だったか中学生だったか?の子供を持つ、日本人のお母さんの話。


「聞いてよ~!
うちの息子、私の作ったおにぎりを学校で売りさばいてたのよ~!
呆れてモノが言えんわ!!」


はああ?


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「最近スポーツのあとでお腹がすくから、お弁当にいっぱいおにぎりを作ってって言われて、たくさん作ってたんだけど・・
それを、
日本のトラディショナルおにぎりいらんかえ~! ヘルシーでしかも美味しいよ~って売り歩いたそうよ。
呆れるやら情けないやらで、息子を叱り飛ばしてやったわ。」



「で、息子さんはなんと?」


「そりゃあ、お母さんを騙してたのは悪かったけどさ~、でも、いつも飛ぶように売れたよ。
売るにしてもさ、それなりにテクニックはあるんだよ。決して僕だってラクして売ったわけじゃないよ。

でもね、お母さんの作るおにぎり、すごく美味しい@って好評でさ、だから売れたんだと思う。
料理上手のお母さんを持って僕も嬉しい。」


と言ったそうだ。

息子の方が一枚上手かい(笑)


そのお母さんは、おにぎりの売り上げを息子から取り上げて相手に返却したりはしなかったそうだ。
(たぶん息子の懐があったかくなっただけかと。)

ただし、それ以来二度と余分に作らなくなったという。

つでに、息子には食中毒等の問題点やら、FDAの食品規制などを教え込んだという。



家庭によっていろいろですな~と思う私。

・・・・・・・・・

そういえば、私も子供の頃、

お友達どうしで、お金の貸し借りはいけないとか、売買はいけないとか、親にも先生にも言われてたような気はする。

もちろん、陰ではそれなりに行われてたけどね。
ただし、せいぜい多くて百円程度だったような気がするなあ~。

だからといって80ドルがいけないか?って言われると、そこに金額の線引きなんてできないだろう。


稀な例では、小学校から株をはじめて中学のとき大儲けをして、ビンボー家庭を助けてたツワモノもいたっけ。

こーんなこと、学校側に知れたら大問題だっただろうに(笑)



一方、アメリカの子供たちは労働してお金を稼ぐことには当然だと持ってるし積極的だ。

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カーウォッシュしたり、柴をかったり、食器洗いしたりして小銭を稼ぐ子もいる。
もちろん親からや近所の人からも稼いだりする。



そういえば、一番最初の、娘さんが10ドル貰ったという日本人のお母さん、

あるとき、娘さんに「きょうは私が食器洗うから2ドルちょうだい!」と言われたそうだ。

そのお母さん、即座に「お手伝いでお金をねだるなんて、とんでもないことよ!」と叱ったという。

そう、まさに日本育ちの親の感覚とアメリカ育ちの娘さんの感覚との間に、ギャップがあるのだ。


ここらへんの問題も、なかなか難しいところがある。

アメリカ人は、子供であっても、ボランティアとビジネスとをはっきり分けることが多い。

裕福な親であっても、決して子供にタダでお小遣いをあげることをしないという厳しさもある。(もちろん家庭にもよるけどね。)

クリスマスとバースディ以外、欲しいものは自分で稼げ!という傾向が強いのもたしかだ。


逆に、日本の子供はお年玉というのがあって、あっちこっちでお金が貰えるというと、びっくりされる。

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いったいどんだけ労働したの?と聞かれるはず(笑)



ただ、なーんとなく思うんだけど・・

日本の場合、子供のうちからカネ儲けを考えてはいけない!みたいな風潮が強いような気がする。

だけど実際のとこ

大人になれば、カネが無けりゃ生きられないのだ!
食事だって出来んし電気もガスも使えんのだよ!




私自身は、すっごいバカ娘で、お金ってものを全く考えたことが無かった。

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たまたま音大に入学してすぐの頃、

どこぞの大人に、「音大って授業料どのくらいするの?」って聞かれたことがあって・・

ん? さーぱりわからず、つーか、そんな質問されたことすら、意味わかんね?状態だった。

きょとんとした顔をしてたんだと思う。

「この子、ホントは音大生じゃないんとちゃう?」って不審げな顔をされた。



両親がどんだけの授業料を払ったのかさえ知らなかったのだ。

お金というものに興味さえなくて、そんなこと考えたことすらなかった。

たぶん、学校から授業料の請求書みたいな手紙も来てたんだろうけど中身をみたことすらない。

家の中で一度もお金の話すら聞いたことがなかった。
あ~、これで18歳だったのだよ・・



こんなバカに育ててはいけない!

いやいや、こんなバカになってはいけなかったのだ!


そこで思うのだ。

やはり子供のうちからも、お金の教育だって必要じゃないかと。


それも、一方的に「禁止する」ということではなく、

たとえ、お金の貸し借りからトラブルになったり、友達を失うことがあったとしても

それによって学ぶことだって大きいかもしれない。


そのようなとき、大人がどのようなフォロウアップをするか?ではないだろうか。


将来、賢く、気持ちの良いお金の使い方ができるような子供に育っていって欲しいなあって思う。

フィジカルにフォーカスする占い師さん

2019年が明けて間もないというのに、

「私、今年から天中殺なんだ~。 
だから転職も引っ越しも出来ない。 現状維持のままおとなしく過ごさなきゃならないんだ。」


と言ってる人がいる。


天誅殺?  あ、違った・・・天中殺か 😥
いまだに、そんなこと言ってる人っているんだ~!



そばにいたアメリカ人が、ん?って顔したんで・・

「TENCHU SATSU 日本のアストロジーなんだけど、天の加護が無い時期なんで新しいことに着手しない方がいいって言われてる時期のことだよ。」

と彼にまで説明していた。


「ほんとうはね、今の仕事は私の宿命には合ってないってのに~。」


転職したいのに、占いが気になって転職できないってことらしい。 天中殺だから?
(いっそのこと、天誅殺の方がいいかも!)


天中殺
宿命


両方とも嫌な言葉だ!
つい、ケリを入れたくなる(笑)

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ひと昔前だったけど、天中殺や大殺界などという言葉が流行ったことがあった。
(天中殺も大殺界も同じ意味だろう。)

不運な事が起こる=凶とされている。


そのため、一般的な占いの世界では、

天中殺中は、

結婚しても別れる、新しい事業を始めても失敗する・・
旅行もダメ、転居もダメ・・

なるべくじっとしてやり過ごす時期、と言われるそうだ。



そもそも、天中殺や大殺界は、

四柱推命で言われていた「空亡」という時期を、

日本で生まれた高尾算命術や六星占術などが、「天中殺」や「大殺界」などといった悪い運勢周期として、
世に広めてしまったことから始まってる。

注: 四柱推命では、空亡を凶と意味づけしてるわけではない。
ただ単に「空に戻る」ということ。





私にはまるで、

「人々の恐怖を煽ってXXXする」・・怪しげな宗教のような気さえして、いつ聞いても嫌な言葉に聞こえてしまう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰にだって一生の間には「不運な時期」が訪れることだろう。

人生すべてが順風満帆の人など、滅多にいないだろう。



ずいぶん昔だったけど、占い師さんから、

「この世は十干十二支でできている。 12干12支ではないため天空が2つ欠けることになる。
だから誰でも12年のうちの2年間は天中殺が訪れることになっている。

それは干支において天が味方しない時。
だからこそ、新しいことをしないで、現状維持でじっとしてすごす方が良い。」


という説明を聞いたことがあった。


ふーん、そうゆうもんなんかな~と、当時の私は思ったものだ。
(←わりと素直に受け止めたんだけど・・やっぱり疑問は残ったままだった)


しかし、今では、
これは根本的なことがまったく違う!と思っている。



そう! 私には私なりに見えてきたものがある。



まず、我々が忘れていけないことは、

人はフィジカルとソウルで成り立っているということだろう。



肉体と魂、 現実主義とスピリチュアル、 顕在意識と潜在意識、または肉体とエーテル体やアストラル体など・・

言葉もいろいろ使われてるし分類の仕方もさまざまだけど

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手っ取り早く、シンプルに言えば、肉体(フィジカル)と魂(ソウル)の2重構造が人間だ。

3次元部分と多次元部分って言ってもいいかも。



ところが、多くの人々は、この世に生を受けて現実を生きるうちに、自分のソウルの存在を忘れ去ってしまう。

人は現実を知覚するのに、ただ、目と、耳と、鼻と、口といった感覚&脳だけで知覚し判断するようになってしまうのだ。
(3次元部分でしか知覚しなくなっちゃうってこと)


そして、あたかも現実こそが、実存だし、「正しい」と思いこんでいくことになる。


現実?

そんなものは・・人の意識が作り上げたものに過ぎないのに。


これはもう、2015年6月の記事だったけど・・
    ↓
「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認
Quantum Experiment Confirms Reality Doesn't Exist Until Measured



すでにここまで研究は進んでいるというのに、なぜか、人々の意識は変わらない。 変われない。

長年の固定観点は、なかなか捨てられないのかもしれない。



現実というのは、別の言い方をすれば・・ただのイリュージョンだ(笑)

しかし、魂の存在を忘れて、フィジカルな自分だけで生きてる人々は、

イリュージョンの現実に一喜一憂してしまう。


なんとかこの現実に即して生きよう! 
この世でラクに幸せにと!


そうやって悪戦苦闘するのだ。


フィジカルな存在は、少しでも悪いことを避けようと占い師にお伺いをたてたりする。

で、占い師も、悪いことを避けるためのアドバイスをすることになる。

それって・・ただの「現生利益にフォーカスしてる」だけじゃないかな?


こりゃあ、どっちもどっち。

フィジカルなものしか見てないってことになる。



十干十二支があって気の流れがどうとか言ってるのに・・

なんで根本的なことが欠落しちゃうんだろ!って思ってしまう私(笑)



ソウルの存在を忘れている!



人に悪い出来事が起こるのは「ソウルからのメッセージ」である場合が多い・・と私は思っている。
(悪い出来事だけでなく、病気もまた有難いメッセージだと思っている。 何かに気がつけよ~と。)


それは、

フィジカルな思念にばかりフォーカスして生きている人々へ

自分の生まれてきた意味すら忘れてしまってる人々へ


魂の存在を思い出してくださいね~!
魂とコンタクトとれるようにしてください~。
生まれてきたお役目を思い出してくださいね~!




というメッセージではないだろうか?




実際のところ、ふだんからソウルの声に耳を傾け、フィジカルな自分と折り合いがついて生きてる人には、

天中殺時期だろうがなんだろうが、あまり大きなハプニングは起こらない。


もしも、ハプニングが起きるとすれば・・

それは、ソウルの部分が「思い出させようとしてくれてる」有難いメッセージと受け取るべきだろう。


あなたのソウルからあなたのフィジカルへ。

どっちもあなた自身なのにね~(笑)




なのに、悪いことを避けるために、なるべくじっとしてろ!なーんてアドバイスするってことは、

アドバイスしてる人もまた、フィジカル部分でしか生きていない人ということになる。




人は何のために生まれてきたのか?
とか
人は何のために生きるのか?
とか



そういった問いを投げかけて、普遍的な答えを求めようとする人たちもいるみたいだけど・・

なーんでそんなことするんかな~? と思う(笑)



どうして普遍性を求める?

それは自分自身が一番よく知ってるはずなのだ。



そう、自分のソウルがプログラミングして、肉体を纏って生まれてきたんだから。(←と思ってる)


つまり、宿命なんてない!ということだ。



あるのは、 

生まれてきた目的=お役目


それも自分自身で決めたものだ。

偉い神様がいて、「あんたの次のミッションはこれ!」と与えられたものではない!(←と私は思ってる)




なのに~、人はすぐに天だとか神だとかを引き合いに出しちゃって、

天命や宿命には「従わなければならない!」と思い込んじゃったりする。



命令を下す神も、宿命を定めた神も・・そんなものはどこにも存在していない。

いや、神がいるとしたら、それは自分のソウルの中に個々に宿っているはずだ。(おそらくソウルと一体化して)



なので、私は「宿命」という言葉が好きになれない。


「本当はXXXを望んでたのに宿命だから仕方ない!」という大きな誤解を作り出すことにもなるし、

ネガティブな思いを引き起こす言葉でもあるからだ。


フィジカルな自分は

美しい容姿で生まれたかった

裕福な両親のもとに生まれたかった

日本じゃなくて英国貴族に生まれたかった


なーんて望みを抱いたりするものだけど、

これは宿命なのだから変えられない、諦めるしかない!
と断念させられるような・・

そんな、ネガティブなニュアンスを含んでしまうからだ。



私たちは欲望や夢ですら、イリュージョンの現実に影響されてしまってることが多い。

「フィジカルな自分で見てる夢」に過ぎないこともある。


ソウルの自分はぜーんぜん別のところにあったりするのに。




早い話・・・

両方とも自分自身なのに、ソウルの自分とフィジカルの自分がコンタクトとれなくなってしまってることに問題がある。


しかも、フィジカルさんだけが全面に出ちゃって、ソウルさんの存在すら忘れちゃってるってことが多いのだ。



そこで、

本来の占い師さんのお仕事は、

ソウルのメッセージがわからない人に、意味を伝えてあげること

ソウルとの日頃からのコンタクト方法を教えてあげること


に尽きると思う。



私たちのほとんどは、成長していくとともにソウルの記憶が薄れてしまうことが多いのも事実。

(そりゃそうだ! 現実というイリュージョンを嫌ってほど見せられるわけだから)


それでも、

そこにも、ちゃーんと意味があるように思う。

現生でフィジカルな中にソウルを統合して調和して生きること

そこにこそ意味があるのだろう。




そんなわけで、

私には、天中殺よりも、「空亡」という言葉の方がしっくりくる。

空(くう)に戻るという意味の方が。

空(くう)は、般若心経でもいっぱい使われてる「空」(くう)という意味だと思ってる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あなたたちにも紹介するわよ。 
私の占いの先生、すごく当たるんだから!」


と言われたけど・・


私も、そのアメリカ人も・・返す言葉が思いつかない。


そこで、二人で顔を見合わせてこのポーズをした。

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アメリカは便利だ。

言葉で返すより、ジェスチャーで返すことだってできるんだから。

料理にスピリチュアルを感じるとき

日本のお正月は3日までお休みなんだよね?
いいなあ・・・。


アメリカは元旦の1日しかお休みないです。
2日から仕事、それも山のように仕事が溜まっていて今週はメチャメチャ疲れました。


そういえば・・元日にお雑煮を食べてなかったっけ?と思い出した。
(年末に掃除が終わらず元日も続きの掃除してたため・・なんてこった!)

さっそく買い出しに行き、5日にようやく元日を迎えた気分。



私が子供の頃から家で食べていたお雑煮は、鰹節と昆布でだしをとったすまし汁に鶏肉を入れ、小松菜(またはほうれん草)、なると、焼いた四角いお餅、香りづけと彩りに柚子を少々。(典型的な江戸風雑煮なんだとか?)

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朝からせっせと昆布でだしをとって鰹節を削って・・澄まし汁は絶対に濁らせちゃだめ!と言われた言葉を思い出しつつ
久々にそんな作業を楽しんだ。

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残念ながら、ナルトと柚子が売り切れだったためカマボコを使い、柚子は使えなかったんだけど・・・


お雑煮ほど地域によって、また各家庭によって違うものはないんじゃないかな。


地域によって?


地域を、うーーんと世界レベルまで広げてみる。


そういえば、

アメリカ料理なんてハンバーガーくらいなもんでしょ?とか

イギリス料理はマズイとか、

モンゴルなんて馬乳酒と羊肉しかないとか、


色々聞いてたものだけど・・

それはたぶん、「観光客が一般的なレストランに入った場合」の話だったんだな~って思うようになった。


家庭料理ともなれば、それぞれの地域に必ず美味しいものはある。


アメリカにいることなんで、まずは、こちらの美味しいものでも紹介してみよう!!
それも家庭料理レベルのものを(笑)


アメリカにも様々な家庭料理があって、

私はとくに、

クリーム・スピナッチ
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グリーンビーンズ・キャセロール
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な~んて付け合わせ料理が好き

黒人家庭では必ずといっていいほど・・

カラードグリーンという、付け合わせ料理があるんだけど、
   ↓
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これがまた、私のお気に入り(もちろん作り方にもよるけどね~)
実にコーンブレッドによく合う。


グリーンビーンズやホウレン草など、素材が良ければ、日本のお浸しや胡麻和えにすると美味しいんだけど・・

育ちすぎてアクが強いときはアメリカ家庭料理にしちゃった方が断然美味しい😋

ところ変わればの知恵だと思う。


昔の日本人は、すごく素材の良い野菜を食べてたからこそ、お浸し胡麻和えなんて料理が考案できたのかもしれないね~。



それと、アメリカではパンの種類が豊富で、パンは日本と比べれば断然安いのが特徴かな。

サンドイッチもハンバーガーもパンが命だもんね~。


これは、私の地域では有名なGバーガーというものだけど、お皿の上にこのハンバーガーを載せてナイフを突き立てた状態で出てくる(笑)

お皿にばらすとお皿がいっぱいになる(このままかぶりつくのはさすがに無理!)

野菜も生野菜だけでなく、炒めた種類の種類も実に多い。

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なにより特注のバンズを使ってるんでメチャメチャパンが美味しい。


こちらはベーグル専門店
   ↓
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焼きたてベーグル、それもすごい種類

これで、お好みのサンドイッチを作ってくれる。
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ブラックベリーで菓子パン感覚も
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以前は、アメリカのファーストフード系といえば、サブウェイくらいしか知らなった私だけど・・

「サブウェイなんて、アメリカだってパンがマズイんで有名なんだよ!」と、こちらに来て教わった。


もうひとつ、南ロサンゼルス地域で美味しいものは豆腐だ!


豆腐なんていまどき、どこでも買えるし、大手日系企業の作った豆腐だっていっぱいあるのだけど・・


これは、昔っからLAにある元祖豆腐屋さんの豆腐。 
豆腐がまだ出回ってなかった時代に日系人が始めたという豆腐屋さんのトーフだ。

これはフツーの四角い豆腐で、2ドル50だったかな?
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私のお気に入りは、こっちのsupreme tofu・・ちょっと高めで、4ドル50する。
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日本にいた頃、一つ千円という高給豆腐(桐箱入りだった)を買って食べたことがあったけど・・こんなもんかい!ってカンジだった。
桐箱が高かったんかな?

ところが、アメリカに来てこれを最初に食べたとき、ぶっ飛ぶくらいのおいしさだった。

なんとクリーミーで優しい味・・しかも、大豆ってこんな甘味と香りがあったんだ~!と(笑)

アメリカ人は、これをデザート感覚で食べたりする。



日本のスーパーで買うお豆腐ってすごく安いんですって?

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母によれば、イオンとかいうスーパーの特売では、
「お豆腐一つが10円だったんで買ってみたけど、ちっとも豆腐の味はしなかったよ。」

ということらしい。


ずいぶん昔に「美味しんぼ」というアニメで、LAのお豆腐は美味しい!ってのを思い出して、

あ!これだったのかも!と思った。


ほとんど毎週のように早起きして、このお豆腐屋さんに買いに行くのを楽しみにしている私だ。


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話は変わって

まだ90年代に、はじめてモンゴルに旅行したときのこと。

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遊牧民に交じってキャンプで食べた羊料理は絶品だった。

ただし、丸々太った羊を殺すところから始まる料理だけど・・。

ほとんどの観光客はこのシーンを見ようとはしなかったんだけど、私は一部始終を見届けて全部カメラに収めた。
それが義務のような気がして、見なきゃいけないと思った。


遊牧民の解体は見事だったよ!


ナイフ1本と手だけで、一瞬にして頸動脈のあたりをついて絶命させてしまう。(これも地域によって若干の違いはあるらしい)
まるで、仕掛け人・梅安の腕前かと(笑)

我々社会の屠殺方法の方が、なんと残酷なことか!とも思った。。。


解体中、血は一滴も大地に流さないことがルールなんだそうだ。

解体後は、壺のような鍋の中に玉ねぎと一緒に肉を入れて、焼いた石を入れるだけ。
待つこと数時間。

大人の羊には特有の臭みがあるはずなんだけど、まるで無くって、むしろ香ばしい香りに満ちている。

あれほど料理に感謝し感動して食べたことはないと思う。


食べ終わった後、モンゴル人ガイドさんが石を握りながら教えてくれた。

「この石を握ってるとお守りになるんだ。 体を守ってくれるよ。」

料理に使った焼いた石だ。

まだほんのり暖かい石を握ると、命をもらった気がした。


これはもちろん、モンゴルの遊牧民の特別料理なのだ。

特別のお祝いの日か、または特別な訪問者のためのおもてなし料理なんだそうだ。

日頃はめったに家畜を食べることはないし、すごく大切に扱っている。


・・・・・・・・・・・・・・・

その夜、私たちのテントに遊牧民の女の子がやってきた。 
ほっぺの赤い女の子、それでも・・たぶん、15-6歳ってとこだろう。


こんな子だった。
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紙に包んだチーズをくれて、食べるようにジェスチャーで示す。



昼間、友人と二人でこの子の家(家といってもゲルだけど)を訪れて、

日本から持ってきたお菓子をあげたり、ポラロイドカメラで写真を撮ってあげた。

たぶん、そのお礼のつもりだったのだろう。


遊牧民の人たちにカメラを向けると、「ちょっと待って!」ってジェスチャーをして

全員が正装して出てきてしまう。 しかもカメラ目線になるのだ。
(日常をカメラに収めたかった私たちは・・これには閉口したけどね~)


せっかくのお礼。

チーズ嫌いの友人が、申し訳程度にかじった途端、

「なんて美味しいいの! これが、チーズなの!」と叫んだことを思い出す。

たぶん、山羊のチーズだったと思う。
そこんち、山羊がいっぱいだったから。

このチーズ、臭みはまったくなく、むしろ淡泊な味。 なのに後味にクリーミーさが広がっていく。
ヨーロッパのチーズとはまったく違った味だった。

その後、この友人は「チーズはモンゴル遊牧民に限る!」が口癖になった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が行った国は、わずかなんだけど、

どこにでも必ず絶品料理はあって、

それは、必ず彼らの命と繋がってる気がする。


それ以来、料理にも、スピリチュアルなものが宿っていると感じるようになった。
命や心といったもの。

それならば、
マズイはずがないし体に悪いはずもない。



北極圏ではアザラシの肉を犬と分け合って食べるそうだけど、

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極寒の地では、脂身だらけの肉が最高のご馳走なんだという。

たぶん、そこに行ってみなければわからない味だろう。
お取り寄せしても・・味わえない味だろう(笑)



日本にも、料理に込められた思いがある。

特にお正月料理には、スピリチュアルなものが含まれていることだろう。


HAPPY NEW YEAR 2019

 謹賀新年 2019 



いったい今年の干支はなんだっけ?(←すっかりわからなくなってる)

そしたら、香港人の同僚が、PIGだよ!と教えてくれた。

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あ、そうか~! ブタ年かあ!

ん? ちょっと待てよ! ブタ年ってあったっけ?・・・いやいや、イノシシだろ!

と、ここではじめて気がつく。

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http://www.ikeboku.jp/


まあ、ブタもイノシシも一緒だからね、チャイニーズ系の人々はブタ年と呼ぶのが一般的なんだそうだ。

🐷ブタはイノシシを家畜化したもので,分類学上も両者は同じ種(学名Sus scrofa)です。


https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3994

野生なのか、飼いならされた家畜かの違いだけ PIG か WILD PIG かの違いだけだ。



そうか~!!

じゃ、イボイノシシだっていいんだ~!(←新年早々わけわからん。)

ずーーと昔、ケニアのサファリツアーに参加したことがある。

それからってもの、イボイノシシ・ファンになってしまった私だ。

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すっごくヘン顔したイノシシなんだけど・・いっつもファミリー一緒で・・

じーーと見てると、イボイノシシファミリーは笑っちゃうような動作をいっぱいしてくれるのだ。



スワヒリ語で、ジリって言ったよなあ~と思い出す。


ケニア人ガイドさんにスワヒリ語をいくつか教わったけど、今でも覚えてるのは、動物の名前ばっかり(笑)


そんなに嬉しいんかい?
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ベビーはやっぱウリ坊なんだ~。
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がんばって生き抜けよ! ジリ! 負けるなよ!!


ブタさん、イノシシさん、イボイノシシさん・・良いお年でありますように。

もちろん皆さまも!


そしてみ~んながハッピーに暮らせますように祈りを込めて

HAPPY NEW  YEAR

「奇跡」は人の意識が起こす

プロ野球ファンの方に聞いたんだけど・・

もう2012年に引退してしまったのだが、北川博敏選手は、「奇跡を呼び込む男」だったという。

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代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン!

それはすごい!

もう何年も前の話なんだけど、野球ファンにはいまだに語り継がれているという。



アニメやドラマ、映画なんかでは、いつでも奇跡が起こる(笑)


野球ドラマといえば、私が数年前にハマッのはこれだった。
    ↓
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多くの人は「奇跡」はアニメ・ドラマ・映画で起こるけど、現実にはめったに無いと思っているのかもしれない。

だからこそ、そういったものを見ることで感動する。



でも、実際に奇跡は現実でもいっぱい起こってるような気がする。

北川選手だけじゃなくって、誰にでも奇跡を起こすことは出来るんじゃないかな?とも思っている。


奇跡とは絶対起こりえないようなラッキーが起こることだよね?

常識では起こりえない確率ゼロに近いことが現実に起こること、ともいえる。


私は一時、メーデー!:航空機事故の真実と真相というナショナル・ジオグラフィックチャンネルで放送されたものにハマってしまったことがあった。

それをこちらのブログでもアップしたことがあったのだけど、

絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

すべてのエンジンが停止してしまったり、油圧を失なってしまってコントロールも効かないような状況下で、
全員無事(または軽症者のみ)で、死者が一人も出なかったというケースがいくつもあることを知った。

まさに「奇跡」だ。


こちらはハドソン川の奇跡の実際映像から
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そのとき、すべての奇跡ケースに共通しているものがあることに気がついた。


コックピットのクルーは絶体絶命であることを知っている、にもかかわらず・・

●機長をはじめ、コックピットのクルーが冷静。

●コックピットのクルーたちが、それぞれの持ち場を担当しムダがなく働いている

●しかも・・ツーカーのチームワーク

チームワークというのは上下関係がない。
超ベテランの機長に対しても、目下の者たちが即座に注意を促したりするし、機長も不安材料があれば即座にクルーに確認する。

●諦めない。
ダメかも・・なんて言葉は一切使ってない。
ひょっとしたら、心の中では死を覚悟してるのかもしれないけど、最後の瞬間までベストを尽くそうとしてる


これらはボイスレコーダーで確認できたことなので、もちろんドラマ仕立ての作り物ではない(笑)


私はこれを見終わってから、

こういったクルーの意識が奇跡を起こしたに違いないと思ったのだ。


何人もの人々が意識を1つにすれば、何百人の命さえ救う奇跡を呼び込むことが出来るんだ~。



他にも「奇跡」と呼べるニュースをアップしたことがある。


★社員たちの生活が苦しいことを知って、自分の給料を大幅に削って社員たちの給料を大幅にアップした社長の話
その結果、社員たちは感激して「仕事のモチベーション」がぐんと上がり売り上げが倍。

また、社員全員でお金を出し合って社長の欲しがっていた高級車をプレゼント。
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


★スーパーマーケットチェーンの社長を救うため、社員一同、住民一同が一致団結して住民運動にまでしてしまった話。
マーケット・バスケットの奇跡がアメリカに与えるもの



まだまだ、こういったニュースは頻繁にある。

●難病を抱えた上貧しい生活をしているクラスメイトに、なんとか手術を受けさせようと、クラスメイトが寄付を集めた話。
あっという間に、学校中や地域住民から、手術費以上の寄付金が集まってしまった。

●SNSを使って、虐待された子供やペットの話を載せると、これまたびっくりするような寄付が集まってしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

比較的最近の話だったけど、

奇跡体験!!アンビリバボーというTV番組をみて知った話がある。

これってバラエティー番組なんだけど・・日本ではこういったニュースはバラエティー番組でしか紹介しないんだろうか?


その動画サイトがみつからなくなっちゃったんだけど、こちらがあらすじ
      ↓

貧しい黒人青年の車が突然故障してしまって、明日の引っ越し手伝いのバイトに行かれなくなってしまったそうだ。

急なことなので車で送ってくれる友人もみつからない。

そこで彼は歩いていくことを決心するんだけど・・歩くたって、朝到着するためには危険な夜道を6-7時間は歩きとおさなければならない。(アメリカは危険な獣もいるし強盗も多い)

しかし、この男はそれを実行するのだ。

とぼとぼ歩いていると、そこに遭遇したポリスカー。 事情を聞いたポリスたちは彼の話に感動してしまい、食事をご馳走した上、車で送ってあげる。

バイト先では雇い主が、危険を顧みず歩いてまで来ようとした彼に感動して、それをWEB上にアップする。

それを見た、引っ越し業界の社長が感動して彼に車をプレゼント、さらに大学の奨学金まで集まってしまうという話。




見方によっては・・・

危険な夜道を何時間も歩いて引っ越しバイトにいくなんて・・バッカじゃないの~!

たどり着けたってフラフラで仕事出来んだろ?

フツウだったら、事情を話してキャンセルするだろ!


と思うはず。 

私もそう思ったし、実際、私だったらそうする!


しかし、この男は違った!

それが多くの人を感動させてしまう。

アメリカ人って、単純バカなのかもしれないけど・・こういった話にすぐに感動しちゃう傾向がある(笑)

助けてあげたり寄付をしたくなっちゃうのだ。


その結果、この青年に奇跡が起きる。

オンボロ車に乗っていて、お金が無くて大学にも行けなかった青年に起こった奇跡だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは心温まるような奇跡の話とは違うんだけど・・


パリを中心に起こった黄色いベスト運動のことはご存じだろうか?

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あまり日本では大々的には報道されてないとも聞くが・・クリスマス前のパリの街ではほとんどの店がシャッターをおろしてしまい、
ものすごい有様だったらしい。


この事件の発端は「燃料費への課税」への反発から始まっている。

フランスはエコロジー政策をとっているので空気を汚染する車をエコカーに買い替えさせることが目的と、
また増税目的もあったのかもしれない。


これに庶民が大反発をしたのだ。

車でしか働きに行けないような地方に住んでいる人々、しかも電気自動車に買い替えの予算もないような人々は、燃料費が上がれば生活が苦しくなるばかりだ。


ただでさえ、物価や税金はうなぎ上り。
SMIC(最低賃金)が1200ユーロ弱(15万円程度)だそうだ。

結果的に、マクロン大統領は、最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案を提示することになったという。


パリ在住の人に聞いたけど、そりゃもうひどい状態だったという。

テロさながらの光景が展開されてたそうだ。


もちろん純粋にデモや運動を起こそうとする人たちだけでなく、そこには強奪目的の人や自暴自棄になって暴れたいだけの人たち、テロリストだって混じっていたことだろう。


それでも多くの庶民が大反対をしたことは確かなことだし、そもそも最低賃金が15万円程度じゃ食べていくのもギリギリのはずだ。


ここで・・ふと思ったのだ。

もしも安倍総理が、日本で同じことをしたとして・・率先して運動を起こす人はいるのだろうか?

多くの人から賛同を得て運動が広まっていくのだろうか?



現在の日本の最低賃金を知らないので、ちょっと調べてみた。

最低賃金を値上げすべき「本当の理由」

これによると・・

現在の最低賃金は、もっとも高い東京都で958円。全国平均は848円となっている。


私はこの事実に愕然としてしまった。。。

LAだって2018年は11ドルだよ。 来年はもっと上がるはずだし・・


東京って、ロサンゼルスやパリと比べて家賃も安く物価も安かったっけ?

昔住んでいた頃を思い出してみても、決してそんなはずはない気がするのだが・・。



それで、どうして日本では大規模な運動が起きないのか?不思議な気がしてならないのだ。



もちろん暴動、破壊、流血騒ぎを弁護する気はさらさらないけど・・

結局のところ、今の日本では、マクロン大統領のような妥協案にこぎつけるどころか、

不平不満を言いながらも国民は政府のなすがままに黙認してしまうような気がしてならない。


おそらく日本では

「最低賃金の人たちに毎月100ユーロの支援、残業代を課税対象から外すなど幾つかの妥協案」なんてことは、

天から降って湧いた奇跡にしか思えないのかもしれない。

「奇跡なんて起こるわけない」と思ってる人が多いのかもしれない。



小さなことにも感動して運動を起こす、寄付をするとか

または一致団結して成就させるとか・・


それはアメリカにも多くある出来事だ。


「奇跡」はそのようにして、人々の意識が起こすことだと思っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

奇跡体験は私にもいくつかある。

絶体絶命のとき思いがけずに救われたことが何度かあるし、数年前には車をプレゼントされるという経験もあった。


そう、新車をぽーんと!


ちょっとばかしお金持ちのボーイフレンドでもいれば、それほど驚くことでもないんだろうし・・

下心満載の男が女にプレゼントするなんてのも、まあよく聞く話。

それに、歌舞伎町あたりのナンバーワン・ホストだったら、そんなことは日常茶飯事だろう。


でも、まったく赤の他人から、ぽーんと!数百万もするプレゼントなんて、私にとっては奇跡としかいいようがない(笑)


当時の私の悩みの種は車だった。

かなりマイル数がいってる古い車でもなかったのに、頻繁に故障するので修理し続けて乗り続けていた。

働らけど働けど・・修理代で飛んでいく~。

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新車に買い替える余裕はないし、かといって似たような中古車を買ったところで、それがまた故障続きともなれば、もっと後悔することにもなる。

10万マイル以上の古い車でさえ、故障ひとつしない車だってあるのに・・なんで私の車に限って?

でもねえ・・
悩んだところで仕方ない!

ま、起こることは仕方ない!(←諦めて笑うっきゃない!の境地だった)



その頃、アルバイトで90歳になる老人にピアノを教えに行ってた。
彼は日系アメリカ人だ。


その老人が、

「そんな故障だらけの車はやめて新車を買いなさいよ。 
いちいち車の故障でレッスンを延期されるのは僕もたまったもんじゃないし・・キミの顔を見られないのは残念だからなあ。」
と笑って言う。


私にはお金が無いんだよ~!と言うと、

「なーんだ、そんなことなら僕が払うから好きなの買ってらっしゃい!」と言う。


「おいおい! ハンバーガーをおごってくれるのとはわけが違うんだよ! もうろくしてもらっては困るよ。」と私。


「なに、ハンバーガーも車も似たようなもんじゃ。 それ、善は急げだ!さっさと行って好きなのを決めてきなさい。
決まったら、すぐに小切手を書くから。」


年寄りは気が短くっていけない。


私は断固として断った。

私とその老人の関係は、ピアノ教師と生徒というビジネス関係しかない。

それも数か月前からの知人でしかない。

どんなに私が瀕していようとも、数百万もするような車をぽーんと買ってもらう謂れはないのだから、どうにも気分的にすっきりしない。


さらに彼の家には、何人も日本人のお手伝いさんやら、デイ・ケアの人たちが出入りしている。

彼の小切手帳を管理しているお手伝いさんがいるわけだから絶対気づかれないわけがない。
彼女たちの目を恐れたのも理由のひとつ。

そんなことで後ろ指をさされたくないからね~。


しかし、老人は言い出したらきかない。

「なんで、見も知らない私のために、そこまでしてくれようとするの?」と私。

「それはキミが車を買えないで困ってるからだし、僕には車を買うだけの余裕があるからだよ。」


「ああ、もう! そうゆうことじゃなくって~。」
と私。

「そうだなあ・・・僕は若い頃、エルビス・プレスリーが好きでね。
エルビスは後年似たような事を多くしてるんだよ。 僕もそれにあやかりたくなったのかな。 えへへ。」


えへへ・・じゃないだろーが!


「億万長者でもないくせに~。 それはムダ使いだよ。」

「いや、好きな新車に乗れば、キミは安心だし嬉しいって思うだろ?
それを見た僕だって嬉しいもんだよ。
ささやかな老人の幸せを、キミは踏みにじるのかい?」



え? なんで、そうなる? 


その晩、じっくり考えた。

プレゼントされるなんて、こんな嬉しいことは無いのに・・私が嫌がる理由はなんだろう?と自問自答してみた。

そのうち見えてきた。


私の心の底にあるものは・・

おかしな常識とやらに縛られていること。

人目を気にしてること。

思いがけないラッキーに飛びついたら、あとで悪いことが起こるんじゃないかという不安。

なんでも自力でやらなきゃ、ダメだ!というプライド。




どうして素直に喜んで、感謝いっぱいの気持ちになれないんだろう?


そう思ったとき、

人の好意を喜んで受けられない自分、はねつけようとしている自分が醜いように思えてきた。



同時に、昔見た映画を思い出していた。

Pay It Forwardという映画だった。

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ペイ・フォワード 可能の王国


翌日、私は老人に電話して「喜んで車買ってもらうね!」と明るい声でいった。


そして小切手をもらい車を買いに行った。

まるで、ハンバーガーでも買うようにお持ち帰りした。



その後日談だけど、やはり厄介ごとも起こった(笑)

私が新車を買ってもらったことを知ったらしく、日本人のお手伝いさんやデイ・ケアの人たちが露骨に豹変したのだ。

日本人グループは怖いっす!

アメリカ人もいたんだけど、彼らはいつもと変わらない対応をしてくれる。 

これもアメリカ人は個人主義だから? 人のことはどーでもいいじゃん!と思ってるからかも?




まあ、そのくらいのことは予期してたことだけど、


なんと・・

日本人グループの何人かが集まってポリスレポートまで提出したそうだ。(つまり、警察へ訴えを起こしたってこと)


容疑は「私が老人を騙して新車を無理やり買わせた」ということになってたらしい(笑)


その後、老人から電話があり、

「心配いらないよ! 僕の意思でしたことなんだから、警察に事情を話して取り下げて置いたからね。
まあ、彼女たちのことはほっときなさい。 ジェラシーが起こしたことなんだから。」
と、笑っていた。

彼女たちを解雇しなかったという。


大物だなあ。


むろん、私もちーーとも気にしてない。

私は車以上の、Pay it forwardという、大きなプレゼントを彼からもらったのだから。


その数か月後老人は亡くなった。


私はちょうど本を読んでいたのだが(またも、池波正太郎さんの時代小説

その小説の一節に、

ある男が人から親切を受けて、感謝のあまりワンワン泣き出すシーンがある。

周囲の人は驚くやら可笑しいやら・・・
「あれまあ、大のオトナがあんなに大泣きするなんて。」

たとえ嬉し涙であったとしても、人前を憚らることなく感情を放出してしまうのは、大人としてあるまじきこと、恥ずべきことだったのだろう。・・・まして武士ならば。

しかし、別の男が言う。

「それ、よく見よ! これこそが本物なんだよ。 こうゆうとき、大泣きできる男かどうかで人柄が出るものだ。」と。


このとき、この小説のこのシーンが、まるで私のために語られたような気がした。



私は今でも、すっごく大きなプレゼントをもらったと思っている。

まさに「奇跡とよべるプレゼント」を!



そして、奇跡は誰にでもどこにでもあるものだと思うようになった。

人の意識は「奇跡」も作り出してしまう。

そこには確率計算なんて及びもしないものだ。

個人主義か集団主義か_レストラン事情でみる

皆さんは、飲食店で働くウェイターやウェイトレスさんに注目したことはありますか?
(注釈:ルックスじゃなくって職業として)


私は日本に住んでいた頃はあまり気にしたことがなかった。


これは、こちら(南カリフォルニア)で働くウェイトレスさんから聞いた話。

このウェイトレスさんは40代半ばくらいの日本人女性なのだ。


「私、渡米してきたばっかりの頃は英語が得意じゃなかったから、日系のレストランで日本人ばかりの中で働いてたのよ。
当時は、毎日10時間から12時間も働いてたわね~。それでも生活が苦しかったし疲れがとれない日々だった。

そのうち、英会話力をアップさせて、アメリカのレストランに変わったら、断然生活が向上していったの。

日本社会はウエイトレスのチップさえ全員で分けなけりゃいけなかったけど、アメリカは完全に個人のものでしょ。
私は、そういったアメリカの個人主義の方があってるのよね~。」



この彼女、現在はどんな生活をしているか?というと

もちろん、ウェイトレスをやってます。

収入は月平均5000ドルくらい。
しかも、勤務時間は1日せいぜい5時間程度で、半月くらいしか働かないのだ。


うわお! ウエイトレスさんてそんなに高給取りになれるんだ~!とびっくりしたものだ。



アメリカではウエイター・ウエイトレスさんは最低時給しかもらえない。
(最低時給: 2018年カリフォルニア州では、従業員25人までの店では$10.50で、それ以上は$11.00)

つまり、全部お客さんからいただくチップで大半を稼いでしまう。



ここで、アメリカのレストラン事情をご存じない方のために、簡単にお伝えしておこう。

レストランで飲食した場合、お客はチップとして通常15%~20%を払う。

ただし、これはあくまでも一般的目安なので、チップはお客の気持ち次第でいくらでも変わる。


レストランで働く職種は

★マネージャー・・お店全体を管理する人
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★レセプショニスト・・お客様の予約・受付、席へのご案内など(ただし小さなお店では置いてないこともある)
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★キッチン・シェフ、または、そのアシスタント(厨房で働く人)
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★ウエイター・ウエイトレス(給仕係)・・担当テーブルが決まっている。
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★バスボーイ(お客さんの飲食後の食器をさげてくる人)
[TGI Fridays] Busboys


★食器洗い&お掃除専門の人(南カリフォルニアでは英語の通じないメキシカンが担当してることが多い)
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この中でお客さんからチップを貰えるのは、基本的にウエイター・ウエイトレスのみ



一方、日系飲食業界では、ちと違うことが多い。

残念ながら、悪い評判を耳にすることも実に多いのだ。


それは、


●とにかく薄給(ウエイター・ウエイトレスはチップで稼ぐために最低賃金だけど、シェフも最低賃金で働かせる店もあるとか?)

●オーナーが公私混同(解雇も胸三寸で決められるし、独断的・横暴なんだとか)

●自分の仕事以外のことまでやらされる(ウェイター・ウエイトレスが食器を下げたり洗ったりなーんて・・)

●せっかく稼いだチップも全員で分けられてしまう。(もちろん、これはウエイター・ウエイトレスからのクレーム)




こうゆうことを聞いたとき、

え? オーナーが横暴なマネをするなら訴えればすむことだろ~が!と、私は思ったのだが・・

日本から来たばかりの人たちは、英語が得意でない場合も多いので、なかなか訴訟を起こすことも出来ない。

すぐにでも生活資金が必要なため首にされたら困る!という事情がある。

さらに、違法ビザで働いてる人の場合、最低賃金を下回る時給で働かされることになる。
(そもそも雇用するのが間違いなんだけど、店側は安い賃金で働かせられるから平気で雇ってしまうんだとか。 やれやれ。)


その結果、従業員はオーナーの顔色を伺いつつ横暴にも耐え抜き、オーナーはますます専制君主のようになっていくらしいのだ。


そうゆう店は、とにかく、人の移り変わりが激しい!

料理もイマイチな味のとこばかり。(そりゃあ、プロフェショナルなシェフだったら働かないだろうし~)


それでいて日本食は料金が安いわけでもないので、私はめったに日系レストランには行かない(笑)

同じ日系レストランでも、ハリウッドあたりの高級店ともなればまた別のはなしだけどね~。



以前、こういったオーナーから、こんな事を聞いた。

「アメリカの店ってのは、自分でもらったチップは全部自分のものにしてしまう。
うちの店ではそういったアメリカ人の個人主義ってのは嫌いなんだよ。 日本人なら、みんなで分け合うべきだ!」



ん? それじゃあ、儲けはみんなで分け合ってるんかい? ほとんどがオーナーさんの懐では?

で、最低賃金で働くウエイター・ウエイトレスのチップだけ分け合うってのは、ちと違うだろ!・・・と私はツッコミを入れたくなる。。。




おっしゃる通り、これはレストラン業界に限らずアメリカは個人主義の国。 日本は集団主義の国ともいえる。

こんな図があるくらいだ。
  ↓
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http://ibunkakukan.blog.jp/individualism.html


そこで、先ほどの高給取りのウエイトレスになった女性の話を聞くと、なかなか大変な努力をしているのだ。
(そんなの当たり前のことよ!と言われてしまったけど。)

●すべての料理や飲み物を覚えるだけでなく、料理やその材料の知識も、さらに自分の舌でも学んでいる。
ワインのテイスティングも出来るそうだ。
すべて自腹を切って勉強したという。

●お客さんの要望、状況を判断して、シェフに様々な個別指示を出すこともある。

●お客さんの空気を読んで話術でハッピーにするように心がける




ウェイター・ウェイトレスというのは、料理を運ぶだけの仕事ではないらしい。

さらに、一番お客さんと身近に接するだけ、さまざまなことをマネージャーやオーナーに提案することができる立場でもある。

料理のメニュー、インテリア、料金などに至るまで・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、私もアメリカのレストランで特別サービス?を受けた経験がある。


レストランがかなり混んでいたせいか、なかなか次の料理がこないことがあった。

私、超不機嫌(←お腹がペコペコだったもんで・・)、たぶん、怒った顔をしてたんだと思う。

ようやく料理が終わると・・ウェイトレスがやってきて、
「さあ、デザートは何にする?」と聞かれる。

「いえ、もうお腹いっぱいだから結構!」

「これは私のおごりよ!きょうは混んでて待たせちゃったおわび!
レディーはね、デザートは別腹って言うでしょ?」
と、ウインクされた。


それだけで、私はにっこにこ。 

もちろん、デザートを平らげてしまい、帰りには過分なほどのチップを置いてしまった(笑)

やれやれ~、ちゃーんと私の不機嫌な顔をみられてたってことだ。
しかも心の中を読まれてたらしい。(超恥ずかしい~)

さすがプロだよな~と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ウェイターが良くなかったという例もある。


友人と二人でステーキを頼んだのだが、私たちは、ミディアムレアを指定した。

これがミディアムレアだと思うのだが・・
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にもかかわらず、ナイフを入れると、だーーと血が流れ出る。

おいおい!これって、限りなく生に近いレアだよ!と、もう一度焼いてもらうようにウェイターを呼ぶ。


しばし待って・・・
今度やってきたのは、ナイフを入れると、ピンクの部分がまるで無いステーキ。

こうゆうヤツ
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おいおい! これじゃ限りなくウェルダンだよ。

友人が、ウェルダン(Well done)じゃなくてbadly(悪く)doneだ!とジョークを飛ばす。


またもウェイターを呼んで、お皿を変えてもらう。


三度目にやってきたのは、ミディアムだった。

正確にいうと、これはミディアムレアではない。


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シェフの技量不足なのか、ウェイターがいい加減なのか?


「きっと、ここの店の常識ではミディアムレアも、ミディアムなんじゃね?」

「いや、ミディアムレアって言葉を知らないのかも。 もう面倒だから妥協すっか!」

「これならまあ、食べられなくはないし・・これ以上待つのはうんざりだもんね。」



こうやって「妥協ステーキ」を二人で黙々と食べているところに、フロアマネージャーの女性がやってきた。


ブロンドの髪を束ねて黒っぽいスーツを着た女性だ。(すぐにマネージャーとわかる!)


「ステーキーのお皿を3度も取り換えさせたそうですが、何か不都合がありましたか?」と聞かれた。

私たちは、はいはい。実は・・これこれしかじかで・・と全部話した。


「それは、とんでもないことです。大変申し訳ありません。
少々お待ちいただければ、今度はミディアムレアをお持ちします。」


「いえいえ、このミディアムなら、まあ食べられるからいいですよ! それにもう、半分以上食べちゃってるし・・これ以上待ちたくないし~」


「それでは、せめてものお詫びに、お二人が本日食べたステーキは無料にさせて頂きます。」



さ、さすがはマネージャーだ!


ここのレストランのウェイター&シェフはダメダメらしいが、マネージャーさんは全テーブルにしっかり目を光らせてる人だったらしい。


でもチップは10%程度しか置かなかった、「それでも多いくらいだぜ!」と友人に言われた!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのほか、ウエイター・ウェイトレスには様々なことをお願いできるのがアメリカのいいとこだ。


「私、付け合わせのグリーンビーンズもニンジンも嫌いなの。 他のものと変えてくれる?」


「あらあら、まるでウチの息子そっくり(笑) それじゃあ、ブロッコリーかズッキーニは好き?」



などと、軽口をたたきながらも、出来る限りのことを彼らの一存でサービスしてくれるものだ。



私がいつもお願いすることは、ソースやドレッシングは横に添えて持ってきてね!ということだろう。


ほとんどのファミリークラスのレストランでは、ソースやドレッシングをかけ過ぎていることが多いのだ。


これなんか、ブラックベリーソースだけど・・完全にソースのかけすぎ。
     ↓
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だけど、一流店にいけば絶妙のソース・バランス(野暮な注文をする必要はないのだ。)
     ↓
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まあ、こんなところがアメリカのレストランの面白いところともいえる。


とにかく店によって違う。 実にピンキリ!

たとえB級グルメの店であっても良い店は限りなく良いし、悪い店は限りなく悪いという傾向は強い。



ところが、日系レストランにいくと、ほとんどが、どこも同じ。

ウエイター・ウエイトレスは敬語で話すけど(もちろん日本語)、特別なことはしてくれず料理を運ぶだけって傾向が強い。


アメリカの場合、気軽なレストランだと完全にタメ口のとこだって多い。

(それを失礼と感じるかフレンドリーと感じるか?)




こういったところが、先ほどの集団主義か個人主義かの違いとなって現れるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・


アメリカに来たばかりの頃、ベテランウエイター・ウエイトレスに、こんな質問をしたことがあった。

かなり突っ込んだ質問だったと思う(笑)


私:「日本人の接客業はほとんど敬語で話す傾向があるんだけど、アメリカではほとんどの場合フレンドリーに話すことが多いの?」


ウェイター:「それは相手によるね。 カップルで来て二人きりで話したい人、また仕事関係で深刻な話をしにくる人もいるし、常に敬語で話されることに慣れてる人もいれば、また逆のタイプの人もいる。
一人で退屈してる人、寂しげな人もいるしね。

だから相手をみて、空気を読んで対応するだけだよ。
結局、お客様に気持ち良く、しかもハッピーになって帰ってもらうことが我々の仕事なんだよ。」




チップについても質問した。

私:「多額なチップをもらって、全部自分の懐に入れても構わないの?」

ウェイター:「そりゃ、当然!  だけど実際には、それは人による。
僕は、バスボーイにも、いつも僕の席を素早く片付けてくれてありがとう!って一部を渡したりもするし、シェフに無理なお願いをしたときなんかは、ありがとう!お客がすごく喜んでいっぱいくれたから、お裾分け!って渡すよ。

だってさあ、その方がみんな嬉しいし、モチベーションだって上がるじゃない?
それに、それぞれの持ち場の協力があって働けるんだよ。

お客が満足して、ありがとう!ってたくさんのチップを貰い、僕もありがとう!ってチームのみんなに渡したくなっちゃうもんさ。
みんな、持ちつ持たれつ! だから、僕はこの仕事が好きなんだ。」



あらら・・

個人主義のアメリカ人から、「みんなの協力」とか、「チーム」とか、「持ちつ持たれつ」なんて言葉を聞けるとは・・

当時の私は思ってもみなかったことだった。



ここで、ふと、先ほどの日本人オーナーの言葉を思い出す。


「自分でもらったチップだから全部自分のものというアメリカ人、アメリカの個人主義は嫌いだ

と言ってた、日本人オーナー。


これって・・・

個人主義とエゴイズムを一緒くたにしちゃってるんじゃないかな?



さらに言えば

「誰だって儲かったものは独り占めしちゃうに決まってる。それが人間ってヤツだ!」という認識しか出来ない人ともいえる。


おいおい!自分がそうだからってすべての人がそうじゃないんだぜ・・と私はまたもツッコミたくなる。



ここで一番の問題は、

強制的に「チップは皆で分け合うこと」という法を作ってしまうことにある。

「分け合う精神」を法にしたり、システム化してしまうことは、根本的に違うんじゃないかな?



そんなことをしたところで、形だけみんな仲良しが出来上がっても、心の中は不満だらけってことになりかねない。


形だけ整えば、それでいいんかい!




本当にプロフェッショナルな人は、上の図にあったような、集団主義も個人主義も関係ないようにみえる。

たとえ、最終目的が自己実現にあったとしても、それが調和と総意なくてしては実現しないことを彼らは知ってるし・・

エゴイストでいては、自分のスキルさえ磨けないことだって知っているのだ。



むしろ、初めから「集団主義を敷いてしまう体制」の方が、エゴイスティックな人間を作り上げてしまうのではないだろうか?


形だけはみんな一緒、みんなで仲良く。

出る釘は打たれるから、あまり意見は言わないようにして。

でも心の底では、人のことなんか構うもんか!というどす黒さを隠し持ってたりする。



それじゃあ、お店も良くならないし本当のチームワークなんかあるわけもない。

人を幸せにする以前に、働く人すべてが不幸ってもんだろう。



だからか~。

こういった日系レストランは人の入れ替わりが激しくそして店もすぐ潰れる。

で、また、すぐに新しい店が出来て潰れるの繰り返し。 エンドレスなのだ。



まあ、どんな事情があろうとも、そんなレストランで働くのは止めた方がいいんじゃね?と、私は思う。


オーナーの顔色を窺って、安~い時給で10時間も12時間も働かされて毎日疲れきってるとしたら・・

それは、自分をすり減らしていくだけだろう。

ますます自らの運を下降させてくようなものだ。



仕事とは?

それは大好きなものであり、プライドを持って働けるもの
こそが仕事だと思っている。


昔々、好きなことをするのは仕事じゃない。それは遊びか趣味だ・・と豪語する人がいたけど、今ではそんな言葉はクソだと思ってしまう私だ。



まさに、あの転職したウェイトレスさんのように、

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「私はこの仕事が大好きなの。 
ときには、英国の古きバトラーのように振る舞い、時にはお母さんやお姉ちゃんのように振る舞い、ときには友達のように振る舞える仕事って他にないでしょ。
 
学ぶことは多いし毎日が新鮮そのもの!
人を幸せにする仕事って最高よ!」


彼女から、いつもキラキラする「大好きオーラ」がこぼれてくる。


彼らはこのように、好きな仕事にプライドを持って働いているのだ。


このようにして、

プロフェッショナルなウエイター・ウエイトレスがいる店はますます繁盛し、そして彼らには、ますますチップがいっぱい入ってくることになる。

持ちつ持たれつの相乗効果



ところが、

残念ながら、日系のレストランのウェイター・ウエイトレス、シェフまでも、自分の職業をあまり人には言いたくないんだそーです。
(人から低くみられる職種なんだとか・・)


・・・・・・・・・

こういったことから、同じ職業を持っていたとしても、人の人生は大きく変わっていってしまうのかもしれませんね。


さて、ブラック企業で働く方々、そんなとこ、さっさと蹴とばして辞めて、より良いステップを踏み出していただければと思います。

そうゆう人には、必ず追い風が吹いてくるもんです。



個人主義、大いに結構!

私はむしろ、人は個人主義から出発して集団主義の良いところを取り入れていくような気がしています。

先ほども言ったように、最初っから「頭ごなしの集団主義」なんてウソだと思ってます。




あ!そうそう・・

だからといって待遇のいい高級レストランにいきなり変わるってのは、なかなか難しいらしい。

いくら高スキルを持っていたとしても・・なかなか空きが出ませんから。

半月で5千ドルも稼げて楽しく働ける店、そんなところでは、人はほとんど辞めたりしないそうです。


そりゃそうだ~!(笑)

年をとって丸くなる(メロウになる)

「マーロウさんは、昔と違ってずいぶん丸くなったなあ。」と、会社の同僚が言った。

私はその会社に昔からいるわけではないので、昔のマーロウさんは知らないのだけど、

「怒った顔を見ることも愚痴を聞くこともなく仕事は有能で親切な人」というのが、マーロンさんの印象だ。



学生アルバイトが仕事で大失敗をやらかしてしまったときも・・

「やっちゃったことは嘆いても仕方ないんだから、今はまず、どのようにそれをフォローアップするかだよ。」

と言って、彼が実際にやりながら解決方法を教えてあげていた。


「なかなか大変なもんだろ? だから、とくにこの部分は注意深くやらなきゃならないんだよ。
二度手間になるのは非効率的だしね~。 めんどくさいもんね。」
と、にこやかに教えてあげている姿を見たことがある。


学生アルバイトは、それからすっかりマーロウさんファンになってしまい、

「彼のおかげですごく勉強になったよ。 こういった問題解決の方法も学べたし、どこを気をつけるべきかもわかったんだから!
彼は素晴らしい人だね。」


と私に言ったものだ。


しかし古くから知ってる同僚によると・・

「とーんでもない! 
マーロウは完璧主義で自分の仕事はきっちりやるけど、部下がミスすると手厳しかったんだぜ。
露骨に不愉快な顔をしてビシビシ文句を言ってたもんだ!

オマエがミスしたんだから自分でなんとかしろ!それはオマエの責任なんだからな! 俺はノータッチだ。
って怒りまくってたのを何度も聞いたぜ。

それがどうだい! 年と共に、ずいぶん丸くなったなあ。 人って変わるもんだね~。」



ひええ。 そりゃ、知らなんだ~!



ちなみに、これは英語で話してるので、「丸くなった」というのは、私がここで日本語にして書いただけだ。


英語だと、実際にはこう言っていた。

He got mellow in his old age.


そう、メロウという言葉を使う。


メロウというのは、日本語にもなっているので知ってる人も多いだろう。

メロウな旋律とか、音とか、雰囲気とか。

また、英語では、熟成された美味しいワインに使われる表現でもある。

こんなふうに。

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「年を経て熟成されることで、まろやかな口当たり、芳醇な香り、そして深みのある味わい」に変わっていくワイン

人もまた年を取ることで深みを増して、そんな味わいに変わっていくのだろう。



私はアメリカに来て年を取るうちに、

こういった日本語と英語の言葉の感覚にだんだん敏感になった気がする。


日本の美しい表現に今さらながら気がついたり、逆に英語の美しい表現もあって・・

どっちも素晴らしいなあ!と、しみじみ思ってしまうのだ。




日本語の「丸くなる」という感覚。

ネコはこたつで丸くなり

人の性格も丸くなる

日本的な感覚が「丸くなる」
それは視覚的なイメージなんだね~。
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英語の感覚「メロウ」は、ワインのように熟成されて柔らかで深みのある口当たりかあ。
ということは、味覚からくるイメージなんだね~。

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面白いなあ~!


今さらながら、こんな面白い違いをしみじみと感じてしまったんだけど・・・

そもそもMellowなんて単語や言い回しは昔から知ってたはずだ。


日本で英語を学んだ頃から知ってたのに、こんなイメージの違いに気づきもしなかった。

またその当時、誰かにこのイメージの違いを教えてもらったところで、

だからなに?だっただろうし、若い頃の私は気にも留めなかったことだろう。



それが、この年になると、日本語や英語の言葉の違いに妙に敏感になり、

それぞれの言葉のイメージが鮮烈に広がっていって、そんな些細なことに気がついたり、

わおお!と、感動すら覚えるようになる。

言葉ってすごいなあ!と思う。


いやはや、まさに私も、メロウだか、丸くなったんだか(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「年をとると丸くなる」というのは、日本だけで言われることかと思ったら、なんと英語でもある。

英語で、「なぜ人は年をとると丸くなるのか?」と、ググってみると、いくつも出てくる。(もちろん、become mellow with ageでググってね。)


たぶん、万国一緒!


また、日本の昔の時代小説を読んでいても・・
「年を取ってまるくなったようじゃの!」とか、「年よりは涙もろくなっていかん!」とか。

そういった表現が多く出てくるところをみれば、

たぶん、時代も関係なく一緒!

ということらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どこの国の人も昔の時代でも・・

きっと、人は年をとると丸くなっていくものなのだろう。



ところが、どうも最近は違う話も聞く。

「とんでもない! ウチの両親は年を取ったらひどくキレやすくなって、毎日のように文句を言うし、頻繁に役所にだってクレームの電話をしてます」

とか、

「ウチの父は、年を取ったら、すごく我儘で頑固な人間になりました。 しょっちゅうイライラしてます。」

こういった事を言ってる人たちも多い。


うーーむ。

そういえば昔だって・・

「年を取って頑固になる」ってことも聞いたことがあったなあ、と思い出す。


それにしてもだ!

最近は「年をとって頑固で意地悪くなる」ような人たちが、ものすごく増えてきてるような気がする。。。



さらに・・こんなことをいうご年配の方もいた。

「ワシは、年をとって丸くなったりなんか絶対するもんか! 年をとったからって、言いたい事がはっきり言えなくなってどーする!
そんな年寄りは、年をとって事なかれ主義になっちまった腰抜け野郎だ!」



うん、そりゃそうだ!(笑)

でも、 こ、これは、ちと「丸くなる」の意味が違うんじゃないかと。


たぶん、角が取れて「丸くなる」という意味を、「事なかれ主義とか」「見て見ぬフリをしちゃう」とか、
そっちの方に捉えてしまってるんじゃないかなあ。
(だから日本語は言葉は難しいともいえるんだけどね~)


ここは、また英語のメロウを持ち出すことにして、

「年齢とともに熟成されて、深みを増して柔らかくなる」ということが、「丸くなる」ということではないだろうか?


マーロウさんのように、若い頃は人のミスをみつけて怒り、叱り飛ばしてたのに、

今では、怒りよりも冷静になれるようになって、しかも相手にちゃんと理解させることが出来るようになった・・ということではないだろうか?
 
もちろん、若いときのマーロウさんだって「善悪」からすれば、何一つ悪いところはない。 まさに正論なのだ。

しかし、それでは・・相手を責めて落ち込ませるだけで終わってしまう。

それが今では、言葉の一つ一つが相手の心にちゃーんと浸透していくようになり、
「相手にも理解させられるようになった」ということではないだろうか?

それこそが「丸くなった」=「メロウになった」ことだと思うのだ。


これはオフィスで働く人だったらよーくわかると思うけど・・なかなか大変なことなのだよ。

自分の仕事だけで手一杯な状況で、少しでも自分の仕事を減らしたい!人から押し付けられたくない!と思ってる人が多い状況で、
それを、業務命令でもないのに、自分の時間を割いてまで教えてあげることがいかに大変か!

仕事なんて、無知な人に教えるよりも、さっさと自分が処理してしまった方がずーーと早く片付くのだから。




本来の意味、「丸くなる」とは、そういう意味なんじゃないかな?


なので、本当は心の中で怒っていても笑顔でカモフラージュできるようになるとか・・、

どうせそんなもんさ~と、なんでも諦めてしまうようになるとか・・

そういった事とは「根本的に」違うと思う。




面白いことに、年をとった人々を見ると大きく2つに分かれてる。

丸くなる人 Vs. 頑固で怒りっぽくなる人



ここでちょっと考えてみる。
「頑固で怒りっぽい性格になる」のは、年のせいなんだろうか?

NO だ。

私にはそうは思えない。

頑固で怒りっぽい性格の人は若い頃から(多分、子供の頃から?)ずっとそのままだったんじゃないだろうか?


それが年を取ることで、体が思うように動かないとか、先行きの心配だとか・・そういった諸々のストレスが蓄積してきて、

頑固で怒りっぽい内面を外に出すようになってしまっただけかと。



つまり、言い方が悪くて申し訳ないけど・・

ちっとも成長していない人ではないかと、私には思えてしまう。



逆に、「丸くなった人」というのは、さまざまな過去の経験から学び認識し、自分で変えていった人たちではないだろうか。



とかく若いうち、とくに子供のうちは感情に支配されやすい。

ほとんどの子供は自分の感情主体で生きてるだけの「エゴイスト」だ。




私の知人から、こんな話を聞いたことがある。

彼女は子供の頃はひどい医者嫌いだったという。

シングルファザーの父親と二人暮らしだった彼女は、甘えっ子だったのかもしれない。

医者に連れていかれる時は、泣いて怒ってそりゃもう大変だったとか。

しかし、あることをきっかけに、或る日突然気がついたという。


「私の父は、すごく忙しい人なのに、わざわざ仕事を休んでまで私を医者に連れて行ってくれてる。
それだけ私の事を心配してくれているんだし、私をすごく大事に思っていてくれてるんだ!」と。

それまでは、父親のしてくれる事すべてが、父親なんだから、そんなこと当たり前!としか思ってなかったのに、

そのときから、彼女は自分のことだけでなく、初めて父の思いを知り、また他人の気持ちを理解するようになっていったという。



エゴイストのおチビちゃんたちも、こうやって少しづつ、世の中の理を知り人々の心を知ることで成長していく(丸くなっていく)ということなんだね~。


大人になってからもまた、私たちははじめに感情ありき!で・・・怒ったり、泣いたり、嘆いたりしながら・・ひとつひとつ内観しながら、成長していくのだろう。


@そうなのだ@

成長できるかどうかのポイントは、内観できるかどうかにある気がする。


「内観すること」、これを「自己分析」とも置き換えていいかもしれない。


なぜ、私はイライラしてるんだろ?
なぜ、私は怒ってるんだろ?


自分を深くみつめてみれば、必ずそこに答えはみつかる。


ところが、成長しないタイプは深くみつめない(笑)

浅いところで、自分の都合の良い答えばかりを見つけ出そうとするか、または、開き直ってしまって、考えることを放棄してしまう(笑)

だって、私が悪いんじゃないもん。 XXがXXだしXXが悪いんだから私は怒ってる。 
だから私は怒っても悪くないんだよ~と(笑)




こうやってみると、

内観できない人の特徴として、必ず「善悪」を隠れ蓑にしてしまう傾向がある気がする。



かくゆう私も、子供の頃&若い頃は実にひどいものだった。 白状するけど(笑)


まず、ものすごい気分屋だったし、

その上悪いことに・・周囲の大人たちから、「弁が立つ子」 「口先ではかなわない」と言われていた。

「この子には口先では大人だってかなわないよ」なんて言われることで、本人も得意にもなってたようだ。

まったくもう、恥ずかしい限りだ。


思春期から青年期になると、そりゃ私にも恋人が出来るようになるんだけど、優しい女の子でいられるのは始めだけ。


親しい人になればなるほど、相手の悪いところや弱点に我慢できなくなってしまい、すぐにビシビシとキツイ言葉を投げかけるようになってしまう。


むしろ、「だって~、私、あなたのそうゆうとこイヤ! 嫌なものはイヤ~!」な~んて言いながら泣いちゃうくらいの女の子ならば、それはそれで可愛げがあったのかもしれないけど・・


私の場合は違った。 

水も漏らさぬような論理展開で相手をやり込める。
それも、クールに顔色ひとつ変えずに。


これじゃあ、まるで、血も涙もない悪徳弁護士だ! 

(あ~、思い出すだけで赤面ものだ~!)


そんなわけだから、どんどん恋人をつくり、どんどん去っていった。(回転が早いレストランかい!)



それでも愚かな私は思っていた。

「ふん、あんな男こっちから願い下げだ! 自分が正しいなら、ちゃんと私に反論すべきだろーが。
それも出来ないようなのは私の相手じゃないわい。 私を言い負かすくらいの男じゃなきゃね~!」
と。

あああ・・穴があったら入りたい~!!



私は、丸いどころか、体全体がギザギザの刃物のようだった。 丸いのは顔だけだった。(なぜか性格に反して丸顔だった)


動物に例えるとこんなもんかに?
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そんな私でも、さまざまな経験をするうちに徐々に変わっていくことになる。

ひょっとして、私の言葉で多くの人たちを傷つけていたのではないだろうか?と遅ればせながら気づいていくことにもなる。



それから何年も経って、その頃には、かなり「悪徳弁護士癖」が抜けてきたのだが・・・

当時のボーイフレンドに、なぜか私の悪い癖がまたも炸裂してしまった。


またもやっちまったのだ。 悪徳弁護士スピーチを!


さあ、反論できるものならしてみろ!と言わんばかりのドヤ顔の私に、彼が、ひとこと言った。

「反論する気は何もないんだけど・・ただ、僕は、今のようなキミの心がキライだ!」


がーん! 効いたぜ! そのひとこと!


で、やっぱり・・それから間もなくして別れた。



そこでまたも、私は内観してみた。

なぜ、彼のことを責めるようなことを言ってしまったんだろう?


そこに見えたものは、


「私は彼によく思われたい。 バカな女とは思われたくない。 彼と別れるのが怖い。」

そこに見たものは・・いかにも、恋する乙女心だ(笑)

しかも、恋する乙女は、なんと身勝手なものだろう。 

「自分が愛されたいだけ!愛の名のもとにエゴを押し通したいだけだろ!」ということにも気がついた。

恋人に対していつも、偉そうで賢そうに振る舞う裏側にあったのは、「心の弱さ」・・・ということにも気がついた。

こんな私、まっぴらごめんだ~!と、つくづく思った。


ヒトってものは、本当に気づいてしまったことは二度と繰り返さなくなるものなんだね~。

それ以来、私の悪徳弁護士癖は完全廃業となった。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなふうにして、人は学びながら丸くなると思うのだ。 (←自分の経験から)

私が学んだこと

怒ることや泣いたり・・感情的になることでは物事が解決しないことを学ぶ。

すべてを善悪で押し切ろうとするのは、実に幼稚なことだと学ぶ。

多くの場合、ネガティブ感情の発露は、自分自身の中に、なんらかの原因があることを学ぶ。
その多くは、エゴか弱さが潜んでいる。

内観することで、エゴも、漠然とした不安も恐怖も、だんだん少なくなってくる。
人事を尽くして天命を受け入れる境地になっていく。

さらに、相手に伝えるための効果的な方法も熟練していくようになる。
たぶん、それは、相手の心理状態も理解することから始まるような気がする。




私も少しずつ少しずつ、マーロウさんに近づいていってる気がしてる。

まだまだ熟練度は低いんだけど。



それと同時に、年とともに、すごく感動することが多くなったとも思う。


「年よりは涙もろくなる」ってのは、感受性が豊かになりつつあるのかもしれない。

体がきかなくなってくる分、豊かな想像力を与えられるのかもしれない。


あ、一つだけ水を差すようだけど・・高齢になったための病気で涙っぽくなる人もいるらしいんでご注意を。
たぶん、それは自分でもわかると思うけど・・。 感動してもいないのに気がつかないうちに、だーーと涙が出たりするらしい。




「年とともに丸くなり、涙ももろくなる」 

なんてステキなことなんだろう。



頑固でキレやすい老人が増えてしまうという現状は、世知辛い世の中にも原因はあるのだろうけど・・

それでも、自分で内観できるかどうかにかかっている気がしてならない。


NO MORE 「インナーチャイルド老人」  NO MORE 「インナーチャイルドアダルト」だ!!



逆に、年をとったら子供のいいとこ取りをしよう!

子供のように感情を素直に表現する・・・よく喜び、よく笑う、好奇心旺盛で感動もいっぱい。


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そう、ネガティブ感情はなくなって、ポジティブな感情をぱあ~と周囲にまき散らすことだ。


それが「年をとって子供に還る」ってことかもしれない(笑)


そんな人の周りにいるだけで、誰もが楽しくなってくる~♪



人は気がつくことができれば、いくつでも変われる。

それは、私の母を見ていて学んだ(笑)


私の母は、ハリネズミにも負けないような、トゲトゲ強力パワーの人だったけど、

80過ぎから、びっくりするくらい丸くなった。


「私ね、一人で孤独だとか、息子夫婦が電話すらしてくれないって文句ばかり言ってたけどね・・
今は、一人でもすごく楽しく過ごせるのよ。 好きな編み物したり、贅沢な食べ物を食べちゃったり・・

なんで、今まで、こんな幸せに気づかなかったのかしら。
考え方ひとつで、いくらでも変われるものなのよね~。」
だそうだ。



それでも、ワシは我が道を行くぞ! エゴの塊だろうが構わん!とまで、頑固ジジイやババたちに言われてしまえば、

こりゃもう、どうぞ、Go your own way!としか言いようがない。



でも、せっかく生まれてきて、満ち足りた幸せを知らずに死んでいくとしたら、なんともったいないことか~。


それとも・・・密の味が香しく甘いことを知らない人に、それをいくら説明したところで理解してもらうことは難しいか?



そんな人々に1つだけ言えることがあるとすれば、

「丸くなった人」は、今までとは全く違った、ステキな世界を感じることができる、ってことだろうか。




どうか、少しでも多くの人たちが、「丸くなって」いきますように。



いやいや、ここは「メロウ」と注釈つきの方がいいのかな。

「丸くなる」は、誤解されやすい言葉かもしれないから。


丸くなる(メロウになること)としておこう。

クリスマスに思うこと、あれこれ。

きょうはクリスマス~♪


昔住んでいたNY州では、こんな家をよく見かけたけど・・

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南カリフォルニアだと、こんなカンジのライトアップが多いかな。
    ↓
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12月に入ると、このような飾りつけやライトアップをする家を多く見かけるようになり、お正月が無いアメリカでは来年の1月いっぱい頃まで、このまま飾りつけをしておく。



家の中には、もちろんクリスマスツリーが飾られていることだろう。

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家族へのクリスマスプレゼントは、ツリーの根元に用意される。



街の中で、こうゆう家の飾りをみるたびに、

「きっと子供たちがいて、家族で迎えるんだなあ」と、なんとなく微笑ましい気持ちになる。



私の頭の中では、クリスマス=家族というイメージが強いのだけど・・

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日本では違うらしい。

家族持ちで小さな子供たちがいる家庭では、クリスマスケーキとケンタッキーフライドチキンを買い求めるようだし・・
(ちなみに、アメリカではクリスマスケーキやケンタッキーフライドチキンも買い漁ることはない。)


子供たちが成長すると、

クリスマス=恋人たちというイメージが出来上がってるらしくて・・

恋人がいない人は、実に寂しい思いをするんだとか(笑)



そういえば・・、私の遠い昔、まだ日本に住んでいた頃を思い起こしてみる。

やっぱり、クリスマスには、

恋人とスペシャル・ディナーに出かけたり、プレゼント交換したり、二人でスキー場で過ごしたりと・・

私も「ありきたりな日本のクリスマス」を過ごしたものだ。


きっと、そうゆうカップルを見ると、

独りぼっちで、しかも、一人が寂しい!って思ってる人には、羨ましくってたまらん! 超ムカつく!ってなったり、
妙に落ち込んでしまったりするのかもしれない。



いきなり、面白いものをみつけた。
    ↓
2492_2_1.jpg
https://www.bengo4.com/other/1146/1288/n_2432/


へええ~、そうなんだ~!(笑)


これに対する人々の反応はさまざまらしく

「ここの店主! すごいぞ! よくやった!」と褒める人もいれば・・

「入店拒否するなんて差別じゃないか!」と反論する人もいるんだとか。


どっちでもいいことだけど、
なんだか、せちがないよな~と、私には思えてしまう。。。

恋人がいないクリスマスが寂しいとか、カップルを妬ましいとか、怒ったり、羨んだり、落ち込んだり・・
私には、そういったフィーリングを持つ人の方が、心が病だろ!と思うんだけど、


一方、そういった人々を傷つけまいとする配慮の仕方が、「なんか違うんじゃね?」と思えてしまう。


「カップルたちには楽しいひと時を、ひとり者には、より楽しいひと時を」提供する企画を考えた方が、よりステキだろうに~。

しかも店の売り上げアップになって、オーナーや従業員だってよりハッピーになる(笑)

♪すべての人がハッピー♪

なのに・・世知が無いよなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は変わるけど・・

今年の秋に、樹木希林さん死去のニュースを聞いて、彼女はどんな演技をしていたんだっけ?と気になりだして、

彼女の出演する映画やドラマをいっぱい見たことがあった。

私は子供の頃はとくに、映画やドラマは外国モノばかりだったので・・ほとんどといっていいほど日本のものを知らない。

オフィスにいる韓国人に、「東京ラブストーリーって面白かったよね?」と聞かれても、それさえ見たこともない私だった。



そこで初めて、昔の日本のホームドラマというものを見たんだけど・・

え? これが日本だったの!と、私はびっくりするさせられるばかり。


「ムー一族」(ムーいちぞく)という、1970年後半のドラマを見ると、

それは、東京新富町の老舗・足袋屋を舞台にしたホームドラマなのだけど、樹木希林さんはそこの家政婦さんの役。

彼女の目線の演技、表情、体の動き(ダンスに至るまで・・)、どこかコミカルの中に心情を表現する演技で、ああ、見事だよなあ~とあらためて思わされた。


このストーリーは、
老舗足袋屋の長男は家を継がずに家出して、そのうち、地主の若い後妻を駆け落ちをしてしまうんだけど、二人は純愛を貫いていく話になってる。
それを、家族は心の中で長男を応援し続け、最後は大地主である夫さえも、快く二人の仲を認めてしまう・・というような話だった。


こんなストーリー仕立て、今だったら絶対アウトだろ!

「不倫」というだけで一刀両断に断罪される時代なんだし(笑)


同じ日本なのに、これほどまで当時の庶民感覚とは違っていたということか~。


ひと昔前の日本人の庶民感覚、そして家庭というものを、今さらながら、しみじみ思う私だった。



それにしても、1つだけわからないのは・・

なんで、みんな屋根の上や物干し台でギターを弾いて歌うのかがわからない。

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うーーん。
なにゆえ、屋根の上? 物干し台?



こういったことも、今だったら、騒音とか言われて、すぐにクレームになっちゃうんだろうなあ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカでは、都会で働く人々も、サンクスギビングデイ(感謝祭)とクリスマスは、必ず帰省して家族で迎えるという風習がある。

遠くにいてなかなか帰省が難しい人たちも、それでもどちらか一方だけでも帰省しようとする。

家族の日なのだから。



カップルで迎える日?というのがあれば・・それは、バレンタインデーくらいかもしれない。

男から女へ「カードをつけて花束とチョコレートなどを贈る」のが定番だ。
   ↓
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こちらが定番のプレゼント


そういえば、私も何度か大きな花束を貰ったことがあったなあ(←ムフフ・・と思い出し笑いをしてしまう。)



で、今年の私?

はい! もちろん、去年も今年も一人ですよ~。

でも、私はこの華やいだ時期が大好きだ。

家族で過ごす人たちの幸せそうな顔をみたり、幸せそうなカップルをみているだけで・・私まで幸せな気分にさせられる。



しかし、一方では・・・

アメリカでも、クリスマス時期は自殺が増えるというデータもあるらしい。

ある人々にとっては、一層孤独を募らせてしまう時期なのかもしれない。



数年前のこと、ショッピングモールに飾られていた豪華クリスマスツリーを見て、

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「うわあ! ステキ~!」と歓声を上げた私に、サイキックの友人がこんなことを言った。


「うわあ! 嫌だ~。 僕、こうゆうとこのクリスマスツリーは苦手なんだ。
だって・・ツリーにいっぱい人の顔が見えるんだもん。」



さ迷える寂しい霊たちには、クリスマスツリーに胸をかきむしられるような思いがあるのだろう。

家族への思い、成し遂げられなかった愛や無念


そういった霊たちは惹きつけられるように、クリスマスツリーにくっついてしまうらしい。
(見えない私は幸いだ!)


それを聞いてから、私にとってクリスマスは、

幸せな家族のために微笑ましい気分にさせられる日でもあり、同時に、不幸な中で死んでいった人たちへの追悼の日になった。


それでも、やっぱり・・クリスマスツリーは美しいと思う。

幸せな人にはより一層の幸せを。

さ迷える霊たちには、美しいやすらぎを与えてくれればいいなあ、と思う。


そして、皆さんにも、HAPPY HOLIDAYS

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ダーウィンの進化論そして緑の周波数

最近、ダーウインの進化論についての記事を、オンライン上でよく見かけるようになった。

すでに「イスラエル、トルコ、インドでは学校教育からは削除」というニュースを踏まえたものかもしれない。

ただし、これは日本のメジャーな報道では扱われてないらしい。

「いつもながら」のことだけど、不思議な国、日本。



「ダーウィンの進化論」といえば、サイエンス世界においては、3大カリスマみたいになってる。

他の2つはこれ↓
「ニュートンの万有引力の法則」
「アインシュタインの相対性理論」



ダーウィンの進化論は、1859年、チャールズ・ダーウィンの「種の起源」によって世に出た。


生物の特質は個体によって異なる→特質は親から子へと個体を介して継承→環境に適応した個体が優先的に生き残る
→結果、環境に適応した特質が優先的に生き残る。

このメカニズムを自然淘汰、または、自然選択とよんだ。




まるで、ダーウィンの「自然淘汰説」を要約した「啓蒙書」のようなものだ。


これがキリスト教圏では天地創造論 vr. 進化論の大騒動となり、

ダーウィンの進化論は科学界と精神世界を大混乱に陥れてしまった。

アメリカ中西部のキリスト教原理主義者たちによって猛反対され、ある中西部の州は断固として学校教育にも取り入れず、裁判沙汰まで起こしたことは有名な話だ。



しかし一方で、(宗教とは無関係の)学術分野においては、

かなり以前から、ダーウィンの進化論は、多くの研究者たちから疑問視されていたことも事実だ。
(さらに言えば・・そもそも、これはウォリスの研究のパクリじゃないか!という疑問視もされ続けている)


近年になって、DNAや遺伝の仕組みがわかるようになってくると、ますます首を傾げる研究者たちが増えていった。

それでもなお、依然として教科書に載ったままだ。

実に不思議な話だ。


そもそも、これはダーウインの「仮説」であって、「決定論」でもなかったことなのに。

なぜ、決定論扱いをされてしまったんだろう?


ダーウィンさんは、人間の祖先が猿だったなんて言っていない。

むしろ、「ヒトだけは疑問の余地が残る」と言っていたはずなのに、なぜ、こうゆうことになってしまったのだろう?
      ↓
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それでも、150年前のダーウィンさんを責めるわけにはいかないだろう。

ダーウィンさんは「突然変異はランダムなもの」、と考えていたらしいが・・
当時の人々は変異についての知識は何も持っていなかったんだから仕方ない。(←ん? 仕方ないで済ませていいのかどうか?)

(現代は、突然変異の起こる確率計算も出来る時代になっている。 
たった1個の酵素が偶然に出来る確率は1000兆年 × 20回くらいだとか。
それが高等動物ともなれば、いったい、どんだけかかるんだよ?)


さらに、

変異がランダムなんてものならば、変異それ自体に進化の方向性を決めるものがあるのだろうか?

という疑問は残る。

別にそれが「進化」とか「退化」といった言葉の問題に限らず・・それを種全体としての方向性と考えると、私には大いなる疑問となってしまう。




実のところ、今の学者たちの間では、「ダーウィンの進化論は完全崩壊している」とまで言われているらしいのだが・・

それを声を大にして言えない事情というものが、あるのかもしれない。
フレッド・ホイル博士のようになりたくないからか?



「仮説」を「決定論」として教科書に載せてしまい、

今では、それが「間違い」と教える国と「正しい」と教える国がある。

こんなこと、ありえんだろ!!

これは学問を教える教育に、なんらかの大人の事情が入り込んでるとしか思えないのだ。


フェアじゃないぞ!って思ってしまう。

もしも、ダーウィン説を「仮説」として載せるならば、他の説だって載せるべきではないだろうか?
フレッド・ホイル(Sir Fred Hoyle)説、ゼカリア・シッチン(Zecharia Sitchin)説なども、あらゆる説を載せるべきなのだ。

それがフェアってもんだし・・その方がよっぽど子供たちの想像力・学習意欲だって掻き立てるはずだ。

と、私は思っている。



しかしながら、現状では、イギリス(ダーウィンの祖国)やアメリカの「権威ある立場の方々」には、いまだに「ダーウィンこそが正しい」とされてるのが現状。

で、小学校の教科書にも載せられたままだ。

もちろん、日本もまた、ダーウイン説を擁護する方向らしい。(しかも、反対説はなるべく報道しない方向で。)



やれやれ~。

なにがなんでも、神が人間を作ったと豪語する「原理主義者」も、いまだに存在する「ダーウィン信奉者」も、似た者同士!

「盲目的信仰と罪深き狂乱は紙一重」という言葉を思い出してしまったが・・

結局のところ、すべてが大人の事情ってヤツで、これじゃあ、真の教育も学問の余地もないってことになる。


そういえば、私もダーウィンの進化論を少しづつだったけど、アップしていたので、また自分で読み返してみた。
これは、私の進化の足跡か?(笑)

2018年6月
ダーウィンとウォレスと最新の進化論

2017年12月
クリスマスの朝、アルフレッドの夢をみる

2010年7月・・宇宙人説から進化論を見る
木星と爬虫類脳の謎





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が「ダーウィンの自然淘汰は違う」と確信するようになったのは、植物がきっかけだった。


そもそも、「なぜ植物って緑なんだろう?」と疑問に思ったことからはじまる。


green nature

皆さんはご存じだろうか?

「はい! それは葉緑素(クロロフィル)があるからでーす。」

これは、私も小学校のときに習った。
だけど、これじゃあ答えにならない。学校のテストはパス出来ても、ちっとも理解してないことと一緒だもんね(笑)



でも、なんで葉緑素(クロロフィル)があると緑色になるねん?

それがいまだに私にはわかってなかったのだ。。。



なぜ葉は緑色なのですか?
植物は光合成をするために光を吸収しますが、そのために葉緑素(クロロフィル)という色素を持っています。 このクロロフィルが赤色(680 nm前後の光)と青色(430 nm前後の光)の光を吸収することにより、 残りの緑色の光が反射されたり、散乱されたりして私たちの目に入り、葉が緑色に見えます。
http://www.photosynthesis.jp/faq/faq2-1.html




なるほど。

これで、「緑に見えるわけ」はわかった。

つまり、植物が吸収しない周波数を反射させてるから。

反射光が緑となって、私たちの目に見えるから。




前回のブログとダブルのだが、

色は本当は存在してないけど、私たち人間の目がある周波数をある特定の色として認識してるに過ぎない。



周波数と波長を数値で表したグラフ(すごく見やすいんでyuukitanomaの日記から引用させて頂きました)

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これで見ると緑に見える周波数の領域もよくわかる。

植物は緑を反射(または透過)している ⇒ 太陽光線の緑色部分を使っていない


どうして、植物は緑の光(スペクトル)を吸収せずに反射してしまうのだろう?


「地球に届く太陽光の強さと波長との関係を見た場合に、緑色の光に強さのピークがある」ということを聞いたことがある。

ならば、植物は一番美味しくて栄養たっぷりのものを吐き出してしまってるようなものじゃないか?


その理由については、こちらの記事に、ある学生さんの質問に先生が答える形になっている
    ↓
どうして植物は緑色光を使わないのか


一番おいしいところは、植物には強過ぎちゃって体に悪い!ってことらしい(笑)


ふーーむ。。。

だけどね~、とまた疑問がフツフツと湧いてくる。


地球の歴史が46億年と言われている中で、植物の歴史は35億年以上前から・・と言われている。
(人間なんてたったの10億年程度とか)


最古に光合成をおこなった元祖・植物は、シアノバクテリア(藍藻 らんそう)
     ↓
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https://www.youtube.com/watch?v=7W3Nq-xjBO4


で、私の疑問

35億年もかけながら、その間に、なぜ最適なエネルギー効率ができるように進化してこなかったんだよ!



光合成で生きる植物の体が緑色であるってことは、非常にエネルギー効率が悪いことを証明してるようなものじゃないか!

緑色の光は強いならば、これを吸収するほうがずーーといはずじゃないか!

たぶん、こうならなきゃならなかったはず
      ↓

或る日、突然変異が起こって、バンバン緑色光を吸収できるヤツが誕生し、
その後、その遺伝子が受け継がれて、多くの「緑色光を吸収できるヤツ」で埋め尽くされていく




この答えを探してみたのだが・・どこにもない!

つまり・・

緑に見えるわけだって、530 - 580 THz (電磁波)緑の光(波長565 - 520 nm)なのだ!

ってことがわかったところで、では、なぜ、その周波数(電磁波・波長)が人の目に緑に見えるのか?


というのと同様に・・これは永遠の疑問なのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それをあえて、ちょっとばかし帰納法的アプローチで考えてみよう。


●植物は今でも緑色のまま生き続けている。

●動物に荒らされ、食べられながらも生きている。

animals feed plants

動物に接触されたり食べられることによって、種子を運び、動物の糞が土壌を豊かにし、種蒔きしてもらう方法で、生き続けているのではないだろうか?


動物と共生することによって生き続けているのではないだろうか?

独自で環境に適応し、自然淘汰・自然選択の道ではない方法、共生の方法を選択しているのではないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実際に、

緑の植物が多くのエネルギーを使わずに排出してくれるおかげで、私たちは多くのエネルギーを受け取ることができる。

それは、人や動物の食料になるだけではないのだ。

★さまざまな薬草になるものもある


★麻は車のボディーにも燃料にもなったし、衣類にもなりえた。(衣食住にもなりえる)
過去ブログにも何度もヘンプカーについてはアップしてる⇒http://silvermoon2010.blog27.fc2.com/blog-entry-734.html


★生活に必要なエネルギーにさえなりえる。


dutch plants

こちらは3年前の記事だったけど、オランダで植物と微生物と水を使った発電法、なずけてPlant-MFCの発見という記事があった。
実際に夜間のLED照明に使っているそうだ。

Plant-e Develops Electricity-Generating Plants to Bring Clean Energy to Off-Grid Locations

植物発電

しかも、植物も微生物も殺して使うわけではない・・むしろ、殺してしまったら使えなくなってしまうそうだ。


これらは、見事なまでの、ヒトと植物(そして微生物までも・・)共生ではないだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを植物側にたって言えば、

彼らは、目先の『効率』や『合理性』を捨ててまでも、大いに得られるメリットを選択したことになる。

まるで、自分自身だけが生き残ろうとすることが将来の破滅に繋がることを知っていたかのようだ。


彼ら(植物たち)は、はるかに俯瞰した目線で未来を捉えていたということか?(笑)


だとすれば・・なんとも賢い!(ヒトなぞ足元へも及ばない賢さじゃないか?)



もしも、植物が自分の種だけが生き残るべく進化してきたとしたら・・・

緑色なんて反射しない。

すべてを吸収しつくした色は黒だ。

いきなり、ローリングストーンの Paint it Black が浮かんできてしまった(笑) ちがうだろ!
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そんな黒い世界はまっぴらだ! 


なぜ、その周波数が、ヒトに緑に見えるのかはわからない。(前述したとおり、永遠の謎だろう)


だけど、多くのヒトは新緑の緑をみると、美しいと感じる。

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新緑の緑に癒されもする。

なんだか・・

私には、それこそが緑に見える理由でありメッセージなのかもしれないと思えてしまうのだ。

植物=インテリジェント・デザインからの。

ほらね? 美しいでしょ? 癒されるでしょ?
ね? だから・・気づいてくださいね~。


と、耳元で囁かれている気がするのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなわけで・・・

とにかく私としては、「ダーウィンの進化論のみが正しい」説を、さっさと教科書から消して欲しいと思っている。

さらに、植物にもっともっと・・目を向けるべきなのでは?と思っている。



<参考>
種の起原〈上・下〉 チャールズ ダーウィン (著), 八杉 龍一 (翻訳)

シュメールの宇宙から飛来した神々  THE LOST BOOK OF ENKI アヌンナキ種族の地球展開の壮大な歴史 (シュメールの宇宙から飛来した神々)ゼカリア・シッチン (著), エハン・デラヴィ (その他), 竹内 慧 (翻訳)

生命・DNAは宇宙からやって来た  フレッド・ホイル (著), チャンドラ・ウィクラマシンゲ (著), 茂木健一郎 (翻訳)

彼らはなぜ「緑色」を選んだのだろうか・・・???

筑波大ら,植物が緑である理由を解明

どうして植物は緑色光を使わないのか?

見えなくても聞こえなくても周波数で認識するネコ

これは、ウチのネコの話なのだが、

私が仕事先から帰ると、いつも内側のドアを開けて待ってるのだ。
(たま~に爆睡していて無視されることもあるが・・ほとんどの場合はドアを開けて待ってる。
ネコは勝手気ままだからね~、それをお仕事でやってるわけではないらしい。 そうゆう気分なんだろう~♪)



車で駐車場に入るときに、家のドアを確認できるのだが・・・そのときは、しっかりドアは閉じられている。


駐車場に車を止めているときは、後ろ向きになるのでドアを確認できないのだけど、


その隙に、

お!帰ってきたな!とわかると、
内側のドアを開けて待っている。


えっと、日本ではあまりセキュリティードアがついてるタイプは少ないのかもしれないので・・
いちおう画像説明を貼っておきます。
   ↓
security-door.jpg
   ↑
こうゆうタイプのものです。(ウチの実際のドアは、こんなに立派じゃないですけどね)


で、 この内側のドアを開けて、外を見ながらネコ座りで待ってるわけです。(ネコだからネコ座りは当たり前か?)

ちなみに外側のメッシュのドアはロックしてるけど、内側はロックしてないのでネコでも開けられる。
(隙間に爪を引っ掛けてあけるのか、ジャンプしてノブを回すのかは今のところ不明。)


ううむ。

なぜ、私が帰ってきたことがわかるんだ?


私の知人の犬は、車のエンジン音でご主人の車を聞き分けるそうだ。

しかし、ウチのネコは生まれついての難聴!  それも・・両耳ともまったく聴こえていない。



では、帰る頃を見計らって、外を見ていて、目視によって私の車を確認するのか?

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ううむ。。。

しかし、よく考えると、これも違う。

なぜなら、左から来るときは見えるけど、右から来れば木が邪魔して見えないのだ。

ところが、ヤツには、私がどっちから来る時でもわかっている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サイキックな友人が、こんなことを言ってたのを思い出した。

私には人が後ろから近づいてきても、必ず「それが誰か」わかると。

もちろん、すでに面識のある、知ってる人に限っての話だ。


半信半疑だった私は、すぐに実験をしたものの、いつも見破られた。

おまけに、「アンタの気は、すごくわかりやすいんだよ!」と笑われた。


「どうしてわかるの? 気でわかるの?」

「気というのか、なんというのか、それをどうゆう言葉で言い表すのかは、わからないんだけど・・
人でも動物でも、すべての生き物は、固有の波動みたいなものがあるんだよ。
たぶん、サイエンスの言葉で言えば、固有の周波数かもしれない。」

周波数?



突然、ある時代小説を思い出した。

ある剣豪浪人を密偵が尾行するんだけど、熟練した密偵でも、ものすごく尾行が難しいときがあるそうだ。

相手がなかりの使い手の剣豪ともなると、気配を察知して簡単に尾行に気づかれてしまうそうだ。

こんなことって小説のフィクションだけの話かな~と思って、色々調べたことがあったのだが、どうやらこれは事実らしい。

以前にも、こちらのブログにも書いたことがあった。→剣豪・山田次郎吉という人




「その人の出す周波数っていつも同じなの?」と、私はさらに聞いてみた。

「どうなのかな? 同じ人であっても、時によってそれがすごく荒々しくて気持ち悪いものだったり、逆にすごく清々しいものだったりして違うこともあるからね。」


ここんとこは、私にもわかる。

いまだに、私には個別の周波数を感じて、人認識は出来ないのだけど、
すごく荒々しい波動みたいなものを発してる人と、清々しい波動を発してる人がいることだけは、わかるようになった。


それが同じ人であっても、日によって違うことがあるってことも。

それで、この人、なんかあったな? となーんとなく察知することがある。


すごく温和でいい人よ~と紹介された人であっても、荒々しい波動(気?)を発してる人とは、絶対にお近づきにはなりたくない!
と思う。

今では、姿形や優しい言動よりも、感じる波動(気?)を重視するようになってしまったようだ。

私は年とともに、動物化したということかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

周波数というのは、私にとっては、なかなか興味深く、ずいぶん前にも、色々な記事を読み漁ってたことがある。

何に一番興味を惹かれたのかというと、

なにもかもが周波数を発しているという事実。


地球上のものだけでなく、天体もまた周波数(音)を発しているという事実。


これなんか、もう3年前の記事だけど、
   ↓
Have researchers discovered the sound of the stars?

研究者たちは星の音を発見した?というタイトルどおり、

ヨーク大学の科学者たちを含む研究チームは、かなり確信的に「星たちが音を作り出している」ということを、実験的証拠を提供しようとしている・・ってことらしい。

もちろん、「太陽が歌っている」(音を発している)ことに関しても、かなり以前から周知の事実となっていたらしいのだ。


こちらは、スタンフォード大学のソーラーセンターのURLですが、開くとそれぞれの天体の出す音を聞くことができる。
     ↓
Solar Sounds

もちろん、宇宙空間は「真空」なので、太陽が出している音を直接聴いたり記録することも出来ないので、
NASA の太陽観測衛星 SOHO に取り付けられた MDI という装置を使って、太陽の表面の音の圧力​​波を記録し、それを天文学者たちが追跡し振動を現したものを音にしているってわけです。




そこで思ったこと
    ↓

太陽を含む天体も、それぞれの星たちも固有の周波数がある(音を出している)

植物も動物も人間もまた周波数を持っているということは・・

すべてが影響し合っている(共鳴し合ったり反発しあったり)ということではないだろうか?と。




ちょっと考えてみると・・

人間の体はほとんどが水分で出来上がってる。
(胎児で体重の約90%、新生児で約75%、子ども約70%、成人約60〜65%、老人50〜55%で満たされてるそうな。)

そして血液はヘモグロビン(鉄分)
(鉄は酸素に触れれば赤く錆びるように・・あ、だから、血液は赤かったんだと今さらのように思う私だった。)

だから電気だって通しやすいわけで・・電磁波だって影響を受けやすいってことだ。
ましては、人間の脳なんか、沢山の血液が流れてるわけで、当然電磁波が吸収されまくりとなる。

人間の脳は、コンピュータ同様に、電気が流れるのと同じ仕組みで思考回路がつながり流れているわけなので、
電磁波の影響でも、誤作動する危険があり得るってわけだ。


話が電磁波に行っちゃったけど・・周波数、波長、電磁波・・すべて波


ついでに言えば・・「光」だって「電磁波」の内の一種

「人間の目」の感覚である「光」という概念はこれ。
    ↓
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ベーシック・サイエンスのおさらいをすると、こういったことになる。


★波が1回振動したときの距離が「波長」
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https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol02.html


★「周波数」とは、1秒間に繰り返す波の数のこと
c1_02.png
https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol02.html


★電磁波とは、「電界」+「磁界」=電磁界からの波、地球自体が大きな磁石だもんね~。


さて、

あらゆるものが影響し合ってるのではないか?ということは、今では、決して感覚的なことだけではなく、

物理的な研究結果として、

太陽、惑星、人間及び動植物すべては、相互に影響を与え合っている可能性があることがわかってきているようだ。


少し前のIn Deepさんのブログには、サイエンスサイドからの説明が載っていた。
        ↓
太陽と人間と地球の間に存在する永遠のシンクロ : 最近の研究でわかった「すべての人類の心臓のリズムが地球規模で同期している」ことと共に、「太陽と地球と全人類は常に磁場を介して同期している」こと




「太陽と地球と人類は常に同期している」


私たちは昼間は太陽の光を浴び、仕事に行けば多くの人間と接し、ペットの動物に触れ、草花を触わり、夜は月の光を浴び・・
そういったすべてが相互に影響し合ってる毎日。

私などは、外で嫌~な気をキャッチしてに体調や精神が悪くなりかけても、家に帰ってペットの気や植物の気をもらって、気づかないうちに修復して頂いてるのかもしれない・・なんて思ったりしてる。(感謝!)  



以前にも、DNAの修復に周波数が関わっているというようなことを調べたりしていて、
こんな記事をアップしたこともあった。
     ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽



このブログの中にも書いたことだけど、

人間の心身にとって「良く作用する周波数」と「悪く働く周波数」というのは、存在すると思っている。



私も、ずいぶん興味を持って、国際基準値A=440Hzと、シュタイナーさんが推奨の432hz(シュタイナーのライヤーはすべて432hz)
        ↓
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そしてDNA修復(太陽の周波数と同じらしい)528hzとを、ずいぶん聞き比べてたことがある。(←かなりハマってた)

最近では、フリーのソフトがいっぱい出ていて、簡単に440hzの通常の音楽を432に変換して聞かせてくれるものまで出回っているんで、スマホに入れて変換して聞いてたものだ。



だからといって、私の心身が健康になった?のかどうかまではわからない。
どこも悪いところがないからなのか、それとも・・長年蓄積の悪いとこだらけで、ちょっと聞いてたくらいでは改善しないのか?


ただ、ヘルツが変わるだけで音楽がまったく違って聞こえること・・・たしかに、528hzは心地よい美しさと煌めき、広がりみたいなものを感じる(うまく表現が出来ないんだけどね~)



参考までに、みんなが知ってるイエスタディワンスモアのピアノソロを聞いてみてください。

こちらは、440hzの通常のもの
     ↓
https://www.youtube.com/watch?v=pWQDQschuZM


こちらは、528hzのスティーヴ・レイマンのもの
     ↓
https://www.youtube.com/watch?v=lDg1CAaU8q0

人によって違うのかもしれないけど、さて、どのように聞こえるだろうか?



ただ音楽的観点から言うと、私は440hzが悪いものだからダメ~、一切使うな!とは思ってない。

たとえば、耳障りな不協和音であっても、使い方によっては、それがシャープな感覚を醸し出したり、単調さの中に色合いを添えてくれるのものにもなりえると思っている。

なので、440hzも使い方次第ではないだろうか?


問題は、戦後に国際基準値なんてものを定めて、A=440Hzとしてしまったことだと思う。

そしてそれを、日本では、ちゃんと守られてるってことで・・440hzばかりになってしまってることだ。





話が少しずれてきそうな気がするので戻します。

すべてには周波数があり、周波数には、人の心身に良い働きをするものと悪い働きをするものがある・・ということだ。



さらに言えば、周波数とは音だけじゃない


色も同様


もう一度こちらの図を見て頂ければわかるように・・

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私たちが見えるのは可視光線の部分だけ。

それも、私たちは物質の色を見ているのではなく、反射した太陽光が目に入ったものを脳で感じてるだけなのだ。


「反射した」太陽光なので、反射せずに吸収されちゃったものは真っ黒になってしまうことになる。

たとえば、植物の葉っぱが緑に見えるのは、植物が緑の光を「吸収しない」で、反射させてるから、私たちの目には緑に見えるということらしい。


それを、もっと言うと・・「物体や色を見ているというよりも、反射した光(電磁波)を脳が感じているだけ」
ということになる。



当たり前のように、私たちは物体も色も存在している、と思っているのだけど・・少なくとも、色に関しては存在していないと、断言されている。

「波長に色を感じて」目で見るだけであって、波長に色なんかないのに、私たちはそれを「色」と認識してしまう。


どうしてそれを、その色だと人は感じるんだろう?

目下のところ、これは解明できてない。



そして、音もまた、脳が周波数を感じ取って変換し聞かせてくれてるだけなのだ。

色同様、人間が聞き取れる範囲は狭い。


超音波は、人間の耳には聞こえない高い振動数を持ってるわけだし、人間が聴こえないイヌ笛を犬なら聞き取ることができるし、イルカや鳥、虫なども、超音波を聞き取り(感じ取る)能力があることを考えると・・人間って大きな脳はもらってるけど、その分、劣ってる部分も大きいのかもしれないなあ、などと思ってしまう。



私は、「この世には、色も音も形も存在しない」ような気がしている。

なんだか、般若心経みたいだけどね(笑)



精神論アプローチを別にして、物理アプローチとしても私にはそう思えてしまう。


存在するものがあるとしたら・・周波数だけなのかもしれない。



人の持つ感情や意識は周波数に変換され、自然界のものは音や色、匂いとして人に認識されやすいように変換されて、お互いに影響し合っているのかもしれない。


たとえ、人が目や耳で認識できないとしても、それはそこに確実にある、ということになる。



見えないものは存在しないとシャットアウトしてしまえば、きっとそれ以上感じることも出来ないのだろうけど、

それでも、現代科学が教えてくれたように、

「色は見えなくても、存在している周波数だってある」(もともと色は存在しない)

と知っただけで、私は、見えない何かも身近に感じることができそうな気がしてくるのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なぜ、ウチのネコには私がわかるのか?


そんな疑問が、なんだか、当たり前のことのように思えてきた。


彼女(♀ネコ)は、私の帰りを待ちたいから待ってるんだろうし、そう思う意思が、私の発する周波数をキャッチしてしまうのだろう。

なーんだ~、当たり前のことじゃないか~(笑)


こんな非科学的・突拍子も無い答え(おそらく一般的には・・)が、今の私には物理的回答にさえ思えてくるから不思議なものだ。


<参考に>
528Hz - Whole Body Regeneration - Full Body Healing | Emotional & Physical Healing

結局サイとトラが解禁になってたというニュース

New York Timesの記事に、
China Reverses Ban on Rhino and Tiger Parts in Medicine, Worrying Activists

「中国はサイとトラの一部を薬で用いる法案を一時保留していたが、ついに許可、今後が憂慮される」という内容の記事をみつけた。

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こちらはスプートニクの10月の記事だが

中国、サイとトラ、それらの体の部位の取引解禁を延期

この時点では、解禁する方向にあったものの10月25日には一時保留状態(つまり、まだ禁止)というニュースになってたのに、
ほんの数日の間に、やっぱり解禁になったらしい。・・・し、知らなかった~!

たぶん中国政府は各国の動物愛護団体やら、IUCN(国際自然保護連合)などからもバッシング等を受けたこともあって・・一時保留にしたものの、

やっぱり強硬に解禁! 
その理由は、薬にするんだから構わないだろ~といったところか?


なんてこった~!


これじゃ、また乱獲されて・・そのうちサイもトラも絶滅する日も近いだろう。


事実、この40年の間に、野生動物の60%が減少したという。


原因は今さら言うまでもないけど・・

●土地開発、海や陸地における汚染(マイクロプラスチックも脅威だし・・)

●直接的な原因は、密猟者(ビジネス目的の乱獲)、楽しみのためのハンティング。

違法であれば、密猟者と呼ばれるけど・・
合法にすれば・・密猟者とは呼ばれなくなる

それだけの違いでしかない。


そして、いつでもどこでも、こういった事が起きている。
   ↓
ゾウ90頭が殺害される。アフリカ最大の生息地ボツワナで史上最悪の大虐殺が繰り広げられた理由とは?



サイの角やトラの骨は薬になるから?

ため息が出ちゃうほどの陳腐な理由を掲げたものだ。

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中国はケミカル成分の薬を使いたがらない民族性なので、多くの人々を病から救うためには致し方無く?
なーんて聞いたことないよなあ(笑)



動物が薬になるといえば・・・
その昔、熊の胆(くまのい)という薬が、珍重されていた時代があった。 これはクマの胆嚢(たんのう)のこと。

古来中国から日本には飛鳥時代に入ってきたという、素晴らしい妙薬だったという。

しかし・・それをゲットするには、マタギと呼ばれる人々が山に入り、命がけでクマを仕留めたのだ。
マタギと山の神信仰

これとは全く別の話だろうが・・中国政府さん。



人はいつも大儲けできるビジネスに突っ走り
政府は大きな経済効果の方向へ突っ走る


なんで、それしか見えなくなってしまうのか~。



多くの種を絶滅させていけばいくほど、じわじわと人間の首を絞めていくことになるのに。

この世に存在する、すべての動植物は「存在の意味があって存在してる」のに。

すべてが自然の摂理の中なのに。


なんで、それがわからないんだろう?

そんなことを、もう、ずーーと前にある人に質問したことがある。

「今では、そんなことは多くの人がわかってると思うよ。」

「わかってる? だったらなぜ、どんどん破壊する方向へ行っちゃうわけ?」

「見なかったことにしちゃうから!
自分の生きてる間には、まず大々的な危機にはならないだろうと。

だったら今儲かる方を選択した方がより有利。
コスパを考えて、あとは見なかったことにしちゃうから。」

「どーして見えてるものを見なかったことにできるんだよ?」

「そりゃ、頭でわかってるだけだから。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな会話を思い出した。

みんな、頭でわかってるだけだから


またも、頭かよ!と・・ここで、苦々しい気分になる。

どうして全身全霊でわからないんだよ!


たしかに、そうなのだ。

頭でわかっていても、すぐに行動には移せないものだ。 移せたとしてもすぐに挫折する。

だけど、全身全霊でわかったことはすぐに行動に移せる。 挫折はあり得ない。


え? 
それじゃあ、頭でわかってもぜーんぜん意味ない?

わかってないことと同じ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある種の動植物は、どんどん絶滅を迎えていく。

ミツバチが減少すれば・・受粉が行えず作物が育たない。
過去記事より⇒アインシュタインによれば、ミツバチがいなくなると人類は4年で滅亡だとか。

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生態系のバランスが崩れれば、ゴキブリのようなものが大量発生することにもなる。

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そうでしたね~。
ラウンドアップを使えば畑の害虫処理だってラクにできるとか・・。

あ~、こうやってますます加速度的に崩していくことになる。



つい最近、こんな超キモ・ビデオを見たんだけど。
   ↓
ゴキブリ50匹のケージに腹ペコのトカゲを投入

ゴキブリの天敵はアシダカグモやヤモリなどと言われてたけど・・トカゲもすごい!




こういった天敵が減ってしまえば、間違いなく、ゴキブリは天国だ。

ゴキブリさんたち、いずれは死滅する運命だけど、いまひとときは謳歌できるね。
人間たちと同じように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お願いだから、ちゃんとわかってよ~!と声を大にして叫びたいんだけだけど、

大声だしたところで、頭でしかわからんものには、伝わらないのだ。(←虚しいなあ)


100年前、あんなにものすごい数がいた、リョコウバトを絶滅させちゃったときに、人は理解しなきゃいけなかったというのに。

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私が環境破壊について真剣に考えるようになったのは、ずいぶん前に読んだリョコウバトの話がきっかけだった。

こちらのブログにもアップしたことがあったけど、
リョコウバトとオーデュポンに思いを馳せる

伊坂幸太郎さんの、オーデュポンの祈りという本。
たしか、もう20年前になるかもしれないけど・・彼のデビュー作だったと思う。


読書後、リョコウバトのことばかり話す私に、伊坂幸太郎ファンの友人に怒られたことを思い出す(笑)

「そこじゃないんですけど!!」と。


はい! もちろんわかってます。
すっごく面白いステキな作品だったことも。


<参考>
China to control trade in rhino and tiger products
INCA日本委員会
サイの角や象牙の密猟が止まらない 日本・中国の「象牙の合法的取引」も引き金に
Demand China Reinstate the Ban on Rhino Horn and Tiger Bone!

恋愛とペット好き

オフィスにいる若い女性が、どうやら失恋で悩んでる様子。

「あ~、私って人を見る目がないのかな?
なんで、あんな人を好きになっちゃったんだろ?」



こうゆうのはよく聞くアリガチなセリフだ。

若かりし頃の私にも、経験はあるなあ(←遠い目)

「ねえねえ、アナタはもう、恋人を作るとか、結婚とかって考えないの?」と、私に振ってきた。

「そんなものは縁じゃない?
一緒にいたい!と思える人が現れれば、そうするかもしれないし、現れなければ一人で楽しく暮らせばいいだけじゃない?」


と、私は、いかにも年長者!の答えを返した。


「ねえ、どうゆう人が、あなたにとっての理想?
どうゆうところで見極めたりする?」


彼女からこんな質問をされて・・ちょっと考えてみることにした。


理想の人なんてのは、明確にわかっていたとしても言葉にするのは難しい。


見極めなんて、いつもほとんど直観だ。
だけど、その直観の裏には、相手のちょっとした言動や行動で見極めてることも多々あるよなあ・・と思い出してみる。



私は動物好きなせいか・・そこらへんから相手を観察してしまうことも多いらしい。
(ペットに限らず、すべての野生動物に心を奪われてしまう傾向がある)


日本でもアメリカでも最近では中国や韓国でもペットブームがあるらしく、ペット大好きという人は多い!


見るからにかわいいペットで、しかもまだ小さくて愛くるしかったら、おそらく多くの人が好きだろう。

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きゃあ~、か、カワ(・∀・)イイ!!

まさに、胸キュンものだ~。


それで、ペットを飼いだしたのはいいんだけど・・

手放してしまう人だって山ほどいる。

酷いのは

●病気になっちゃった! 病院に連れてくお金が無いから!

●大人になったら可愛くなくなっちゃった!

●ちっとも言うことを聞いてくれない
噛みつかれた! 家を汚されてばかりいる!




こっちのは、仕方なく・・って理由
   ↓

●引っ越しすることになって連れていかれなくなった

●子供が生まれたので赤ちゃんにペットを近づけたくないから

●結婚したんだけど、配偶者がペット嫌いなので仕方なくとか




こうった「仕方なく」って理由は、一見、世間では許されるべき理由とされるようだけど・・・

私から見れば、すべて似たり寄ったりだと思えてしまう。


なぜかって?

全部自分の、人間側の都合ばっかりだからだ。


そうゆうのを聞くと、

そこまでエゴ丸出しですか~って気がして嫌な気分になる。




これは、まさに若い頃の恋愛と同じようなものじゃないだろうか?


彼女、すっごく可愛いんだ!で、夢中になって、
「愛してるよ~!」なんて言ったところで・・


自分の作り上げた世界で夢見心地になってしまったりする。

愛してるの裏返しは、自分が愛されたいだけ!だったりする。

そばにいて欲しいとか、優しくして欲しいとか、XXして欲しい!ばっかり。



たぶん、かわいいペットを見て胸キュンになっちゃう人もこういった人が多いのかもしれない。


うーーむ。

恋愛とペット大好きも・・なんだか根っこが一緒って気がしてきたなあ~
(笑)



恋愛の相手に対してもペットに対しても、まず本当に好きならば相手を理解しようとしなければならない。

しかも、ペットの場合だと異種間になるんで、人間よりも大変なことは確かだ。


最初は、相手の種について学んで理解しなければならないことにもなる。

たとえば・・ある種の野菜は人間の体には栄養価もあっていいけど、イヌ・ネコさんたちには害になるものだってある。


それを、知らなかった!ではすまされないことだし、

無知であることは、愛情の無さの表れでしかない。



街角で、こんな犬を見かけたらどうするだろう?

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明らかに虐待された犬。
汚い、醜い犬。

見てみなかったことにする?

それとも・・

すぐに助ける?



たぶんね・・

見てみなかったことにする人は、決してペット好きではないと思うのだ。(それとも、自分のエゴの中だけで好きってことなのかな?)

しかもそうゆう人は、自分よがりの恋愛しか出来ない人だ。

どっちにしても・・・そこには愛は無いと思っている。


というのが、私の判断基準の1つでもある(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女がまた言った。

「別れちゃった彼はね、最初、私のどこが好き?って聞いたらね。
キミのすべてが好きなんだ!って言ってくれたのに~。」




私が言った。

「私が、今までにすごく好きだった人は二人いるかな。 結果的には別れたんだけど、いまだに最高!と思える人だなあ。

私のどこが好き?って聞いたとき、

一人は、子供のとこ!って即答したっけ。

ちなみに、嫌いなとこは? って聞いたら・・
うーーん、と少し考えてから、やっぱり、子供なとこ!って答えた。」



「へえ~。 じゃ、もう一人の人は?」と彼女が聞く。


「もう一人の人はね・・私の好きなとこは?って聞いたら、動物のとこ!って。」


「え~、嫌だ~! なにそれ!」

と、彼女に露骨に嫌な顔をされてしまった(笑)



どうやら、彼女には通じなかったようだけど、私には、どちらも最高の答えだった。

それだけで、わあ! なんてステキな人!と心底思えた(笑)

こんな思い出があるだけで、私は今も幸せなのかもしれない、と思ったりする。



この二人は、僕は別に動物好きではないよ!って言ってたんだけど、

ボロボロになってる動物をみたら、まっさきに保護してしまう人だったことだけは知っている。

悪い事:塞翁が馬とお知らせ現象

3匹の子猫たちが、ランドリールームでじゃれあって遊んでいるうちに、洗濯洗剤を床一面にぶちまけてしまったんだって~。

立派な一軒家で、ランドリールームだってこんなに立派みたいです。

Laundry Room_2

そりゃあ、子猫じゃなくたって追いかけっこして遊びたくなるわい!

「ったくもう! またフロアを掃除する羽目になってさ・・
ネコたちを叱りつけてやった! 悪戯ばっかりするんだから!」

「だからペットを飼うなんてやめろ!って言ったんだよ! 結局よけいな仕事ばっかり増えるだけだから。」


やれやれ。

こうゆう会話を聞いてるだけで、「人となり」が見えてしまいますね~。


叱りつけなきゃいけないのは、自分の方だと思うのだが・・

子猫が遊ぶ場所に洗剤を置きっぱなしにしてしまったこと。
しかも、フタをしっかりとしめて置かなかったこと。


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むしろ、これは・・・ああ~よかった~!と感謝すべきことだと思うのだが・・。

子猫たちの体に洗剤がつかなかったこと。 それをうっかり舐めてしまわなかったことに。
(人間の幼児が洗剤を口に入れてしまうのと同様に、子猫にとっても大変なことなのだ。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうゆう私にも・・まったく同じ経験があります。

疲れていて・・そろそろベッドに行こうかなあ~と思ってるとき、
子猫が、液体洗剤をぶちまけてしまい、フロアーがすごいことに!

ひえええ!

まっさきに思ったのは、子猫が無事だったことに安堵し・・感謝し・・

やれやれ!と思いながら、フロアーのお掃除。

ベトベト洗剤なので、2度拭き、3度拭きまでするハメになった。

こちらの液体洗剤です。
    ↓
tidedeter.jpg


くうぅ~、疲れてるのにもう!と、

悪態をつきたくなる気持ちを、切り替える。


まあ、いいさ~。

これで、フロアもピッカピカになるわけだから!



さらに、今後は何があっても絶対、洗剤のフタはきっちり閉めるのを忘れないぞ!と自分に誓いました!

そんなこと、すっごく当たり前のことなのに・・私は実に大雑把でいい加減なところが多いのですよ~。まったく・・。
(いやいや、いまだに・・いっぱいあるのだけどね。)


「フタをきっちりと閉めること」は、それ以来、ちゃ~んと守られています。(←だから・・当たり前のことなんだってばさ!)


当たり前のことができなかった私は、

このことがあったおかげで改善されたということですね(笑)



こんなことは日常の些細なアクシデントに過ぎないのだけど、

我々は、もっと真剣にならざるを得ないような・・予期せぬハプニング、悪いことに遭遇しちゃうことだって多々あるもんです。


そんなことが起こってしまうと・・

くそ!

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OMGは、Oh My Godのことね。


なんで私が、こんな目に合う? 私のせいじゃないのに!

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ご存じかと思うけど・・英語圏で「中指立てる」のは・・


それが、内面に向かう人だと、

俺って最低! ダメなヤツ!

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自分を責めたり、落ち込んだりして・・

どよ~ん。

人によってさまざまだけど、こんなふうになりがちです。



最近つくづく思うんだけど・・

物事はすべてに良い面と悪い面が含まれてるんじゃないかな~と。


こんなこと昔から言われてるし知ってるんだけどね~、それを最近、つくづく思うようになったというわけです。



一見、どうみても悪いことが起こったのに・・それが後々良いことへ繋がってたり・・

たとえば、

大学受験に失敗したことで、逆の道が開けたり・・
失恋したことで、素晴らしい人に巡り合ったり・・
軽い病気になったかげで、大病をまぬがれたり・・
車が故障したおかげで、別の欠陥に気がついたり、大事故をまぬがれたり・・


こうゆうことは、いっぱいあるもんです。


昔から、塞翁が馬とか、災い転じて福となすだとか・・そうゆう言葉もありますね~。
東洋の格言だけじゃなくって、世界レベルで似たような言葉だって、いっぱいあります。



ところで、塞翁が馬の話って覚えてますか?

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こちらの物語がすごくわかりやすい&絵がかわいい!
      ↓
#塞翁が馬(さいおうがうま)




上のサイトを読んでもらえばわかるんだけど、ざっくり言うと・・こんなこと。


昔々、中国の北の方に住んでいた塞翁老人の馬が胡(こ)の地に逃げちまった。
ところが、しばらくたって、その馬が胡の国の駿馬(しゅんめ)を連れて帰ってきたってお話。


当時は、そりゃもう馬1頭は、すっごい財産だったわけです。

それが逃げちまった~!
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胡の国といえば・・シルクロードで名馬の産地なわけで・・

結果的に、そこの馬たちを連れて戻ってきたとなれば、何十倍の財産になったってことでしょう。


やった~!これで大金持ち!
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と有頂天になって、

息子が馬に乗りまくってたら・・落馬して大怪我。

でそのおかげで、

ヤバイ戦争に駆り出されることもなく、助かったという話。

めでたしめでたし!


ところが、この話のポイントは塞翁さんの対応の仕方にあるんだそうな。

馬が逃げちまったとき、塞翁さんは、

ひええ! た、大切な馬が!と、パニックにもならず、悠然と構えていたことに注目。

良い出来事も悪い出来事も。
成すがままの受け入れ体制。



だからこそ、悪い事の後に良い事を呼び込むことができるんだよ!・・と、昔、サイキック師匠がこんなことを言ってたことを思い出しました。

それがもしも・・パニック起こしたり、いつまでも落ち込んでたり、俺って不幸に生まれついちまったんだ~!とやさぐれちまったりしてたら?

次のラッキーには決して結びつかないんだそうな。



そのとき、私はこんな質問をした覚えがあります。

「では、もしも、ものすごーくラッキーなことが起こってしまったら、次は悪いことが起こるってことなのかな?
回避することは出来ないってことなのかな?」
と。


「あるよ! 
必要以上のラッキーは、全部人に分け与えてしまうことだよ。」


裕福になったのなら、困ってる村人を助けてあげればよかったのかも・・ですね~。

それをしないで有頂天になってると・・次の不幸がやってくるってことか~。



プラスマイナスの法則だったか? いや、正負の法則って言ったかな?
たしか、美輪明宏さん?が言ってたと思うんですが・・これも同様なことかもしれませんね~。

え~、ようするに・・

●悪いことが起こったときは、いつまでもネガティブになってるなよ~。
気持ちを切り替えて平然となるべし。

●良いことが起こったときは、いつまでも有頂天になってるなよ~。
次にどうすればよいか!を考えて進むべし。

さすれば、良い事悪い事は+-でゼロとなる。
しかし、経験だけは積み重なって栄養となる。

 と、まとめ上手なサイキック師匠がまとめてくれました。



「もうひとつ、大切なことがあるよ!
悪い事が起こるときは、何かのお知らせ現象のことがあるから、よーくそれに耳を傾けることだ。」




お知らせ現象

お知らせ現象とは・・まず、「小さな悪い事」が起こることが多いようです。


たとえば出がけに車が故障してしまい動かない!

大事な日に風邪をひいて熱が出た!

これが、自分にとって何を意味するのか?


必ず大事なことをお知らせして頂いてる場合が多いので、よ~く落ち着いて考えてみること。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

またも私の話ですが・・

私がNY州のバッファローに住んでいた頃、2年間の間に、飛行機を使うたびに、その飛行機が大幅に遅れたり、とんでもないところに着陸しちゃったり・・ってことが起こり続けてたことがありました。

たぶん・・6-7回は起こってる(あ、つまり・・全部の飛行機だ)

出発が6時間遅れて飛行場で夜明かし!とか、濃霧のため着陸できず他の飛行場に連れてかれちゃうとか?
ひどい時は、バッファロー・ニューヨークに帰るのに、なぜか、ノースカロライナに連れてかれたり・・おい!


超おバカな私は・・
「アメリカってのは飛行機がいつも遅れるとこなんね~。 超ムカつくぜ!」と、思ったもんです。

ある人にそれを話したところ、
「そんなわけないよ! そりゃなんかのサインじゃないの? アンタの方に何かあるんじゃない?」と言われて・・

あ!と、ようやく気がついたことがありました。。。

ムカついてたり、嘆いてるだけでは・・有難いサインに気がつけない!ってことですね。

鈍感過ぎた私は、気づくのに遅れたせいで、ずいぶん大変なことになっちまったわけです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

過去そんなことが多々あったおかげで・・

私は、悪いことが起こったときは、「まずは落ち込むよりも良い面を探すこと」と肝に念じるようになりました。

たぶん、これは・・自分のエクササイズと思っています。

肝に念じて思い続けているだけでも、そのうちだんだん意識転換が、素早くできるようになるものです。



液体洗剤をフロアーにぶちまけちゃったとき、

これでフロアーをキレイに掃除ができる!と意識転換が出来たことは、自分にとって良かったってことなんだろうなあ、と思います。


実に小さなことだけど・・

ネコに洗剤がかかってしまったり、舐めてしまわなかったことに感謝だし・・

私のキャップをちゃんと閉めない癖が改善され、
家がキレイになり、私とネコの健康にも良くなり、
クリーンな家で健康であれば・・福を呼び込む可能性も大となるわけで(笑)(←まだそこまでの道は遠そうだけど・・)

ほーんの小さなことでさえ、積もり積もってプラス方向へと向いていくのかもしれません。

教えてくれた誰かさんへ
ありがとう!



・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、きょうの出来事!

日曜日なので、きょうは手作りドレッシングを作った。
ぺろっと味見すると、これがまた・・実にクリーミーで最高の味で・・私ってすごい!と自画自賛。

そのときだった。
近くに置いてあったクレンザーの箱に腕が当たって倒れて・・

手作りドレッシングの中に、さわさわと入ってしまった!


こうゆうヤツです。パウダー状になってます。蓋はついてません!
   ↓
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みるみるうちに、美しいクリーミーな色がキモイ緑に変わっていく。

ぎえええ!

なんだこりゃ~!
せっかく作ったのに~! もう、あの絶妙な味は作れないってのに~!



そもそも・・なんだって、キッチンの作業台にクレンザーが出しっぱなしになってるんだ?
そこからしておかしいだろ!


バカバカバカ!と叫び、めっちゃ落ち込みました。。。


まだまだ、私のエクササイズは続くようですね~。
今度は・・パウダータイプのフタ無しで学ばなければならんのかい!

私の父のこと

私が、「薬について」深く考えるようになったのは、父のことがきっかけだった。

きょうはちょっと暗い話になってしまいそうだが、これは私自身が忘れないためにも、父の話をアップしておこうと思う。



父は50過ぎてから、毎日薬を飲み続けていた。
降圧剤数種類を含めて、全部で10種類くらいはあったらしい。

それを何十年も飲み続けていたことになる。


その頃すでに私は両親と同居していなかったし、2002年には渡米してしまっていたので詳しいことはなにもわからない。

全部母から聞いた話だし、ドクターがどのような診断をくだし、何の薬を処方していたのかはわからない。
もちろん、薬の名前すら知らない。



そのうち、軽い「物忘れ」が多くなってきた・・と母が言っていた。

大切な物をどこに置いたか忘れてしまったり、些細なミスが増えたり、同じことを繰り返し話したり・・と。

母が、「きのう、その話しましたよ。」と言うと、

「あれ? そうだったかな? いかんな~。 すぐに忘れてしまう。 年のせいかなあ。」と苦笑いする父。


もともと記憶力が良い人で大切なことは決して忘れたことがなかったし、記憶力に不安を覚えてくると、必ずメモをとるくらいの几帳面な父だったのだが。


そんな父でも「年には勝てない!」ということか~、と私も母も思ったものだ。



日が経つうちに、眼がかすむようになって眼医者に行く。

耳が遠くなってきて、耳鼻科へ行く。

何度も眼鏡を作り替えたり、補聴器を変えたりしながら・・

医者も言う。
「まあ、ご高齢となっていけば、仕方ないですよ~。」と。


さらに時が経つうちに、ほとんど動けない、耳が聞こえない、目がよく見えない、会話が出来ない・・という状態に陥って、
またも入院となったのだ。

ところが父は、最後まで入院するのを嫌がったという。
「あの病院だけは嫌だ。」と。

「あの病院」というのは、自宅からバスで20分ほどの距離にある病院で、以前にもそこで一度だけ入院経験があったという。
たぶん、そのとき、何か嫌な思いをしていたのだろう。



しかし、他の病院への紹介状は書いてもらえず・・

母が毎日通える距離の病院というのも、また、受け入れ可能な病院というのも・・そこしかなかったそうだ。


清潔で明るい光が差し込んでいて、いつも笑顔で美人ナースがいる・・そんな病院だったら父も喜んで入院したかもしれないのだが・・。

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結局、その病院へ入院したのち、父の容体はますます悪くなったという。


完全に、聞こえない、見えない、話せない・・の3重苦になった。
もう完全に寝たきりとなった。


それでも不思議なことに、毎日通っていく母とは意思の疎通は出来ていたらしい。
最低限度ではあっただろうけど・・。

さすが長年連れ添った夫婦としか言いようがない。


あるとき、いつもよりも少し早めに病院に着いた母はびっくりしたという。

父の手足が縛りつけられていたそうだ。

慌てて看護婦を呼んで事情を聞くと、

体力が弱ってしまい自力で痰を吐き出すことが出来ないため、何かの器具を使って定期的に痰を出すのだそうだ。
しかし、そのときに父が暴れるため、やむを得ず手足を拘束するのだという。


「どうゆう器具をどのように使うのかは、私は一度も見たことがないし知らないけど・・
きっとね、ものすごく痛かったんだと思う。口に血の跡があったくらいだもの。

本当に、あんなに弱って身動きもままならない患者にしなければいけないことなのか、それとも器具を使う看護婦が下手くそ過ぎるのか、それとも、なんかの実験材料にでもされてたのかしら!」

と、母は、ひどく腹立たしげに語った。


そのときから、母はなんとしても病院を変えるか、退院させて自分で看護することを考え始めたという。

しかし、誰に相談しても却下されたそうだ。



それから間もなくして、父は亡くなった。

亡くなる日も、母は父の病院を訪れていた。

その日の父は、微笑みながら、こんなことを母に語ったという。

「もう、病院には来なくていいからね。 今まで毎日ありがとう。」と。

もちろん、父が話せるわけではないのだが・・

母にはそう聞こえたそうだ。

「なに言ってるのよ、パパ! 明日も来るわよ。 毎日来るに決まってるわよ!」

父の手を握りながら、母は大声でそう言ったそうだ。


父が亡くなったという連絡が入ったのは、その日の夜だった。



さらに、私が父の死を知ったのは、それからさらに2週間後のことになる。

母は一人で葬儀をすませ、茫然自失となっていた、ちょうどその頃、私が電話をして、その時初めて聞かされたのだ。


咄嗟に、なんで、もっと早く!と言いそうになった言葉を飲み込んだ。
そんなことを言ったところで虚しいだけだ。


そのときの母は後悔ばかりを口にした。

「なんで、あんなに嫌がっていた病院に入院させちゃったんだろう?
私は、パパの看病に疲れてしまってたんだろうか?
それでも、入院さえすれば良くなるかもしれないって思ってしまったのよ。 ああ、バカだった。
私はパパに酷いことをしてしまった!

あんな病院・・いつも不潔で掃除すらちゃんとされてない病院だったのよ。
治療だなんて・・ただ死にそうな病人を収容してただけみたいだし、看護婦も横柄な人たちばかりだった。
今思えば、実験材料か練習台にされてたようなものだわ。
どんなに遠くたって、何時間かかったって、もっといい病院に入れるべきだった。

ううん、そうじゃない! やっぱり、あんなことになるなら、死ぬまで家にいて私が看取るべきだった。」


そりゃもう、機関銃のように激しく延々と病院を責め、深く自分を責めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は母を責めることなんてできない。

私は父の看病もすべて母にまかせっきりだったのだから。

それほどひどい状態になっていたことさえ知らなかったのだから・・ 私こそ、実に親不孝な娘だ。



母は一人で世話をし看病し、さまざまな状況下でよくやったと思う。

心を許して相談できる相手さえいない状況で、 自分一人で考え、決断してきたのだから。

それに自分でも足腰の痛みを抱えながら・・毎日欠かさず病院へ通い続けたことことだけでも、
それだけでも、大変なことだっただろう、と思うのだ。


老人が老人の介護をしなければならないという現状
介護認定を取得する煩雑さ
入院先の病院まで自由に選べない不自由さ



こういった問題は山ほどある。

さまざまな事を考えさせられた。


私はまず、なぜ、父が、見えない、聞こえない、話せないの三重苦になったのだろう?

原因は何だったのだろうか?という疑問を持った。

死因さえ、病院側はちゃんと母に話さなかったそうだ。
ただ、葬儀社のお勧め&紹介だけしてくれたそうだが・・



最初は軽い記憶障害や、些細なミスにはじまって、言語、視覚、聴覚が侵されたとなると・・

脳が原因としか思えない。


一方、父の血圧は常に正常に保たれていたそうだ。
そりゃあ、降圧剤を何十年も飲み続けていたんだから、正常のはずだろう。


結局、その処方されていた薬はわからないのだけど、
私はその後色々調べた結果、今では・・なんとなくわかった気がしている。

それでもすべては、後の祭りなのだけど。



その後、アメリカに住んでいる私は、身近な老人たちを関心を持って眺めるようになった。

周囲の老人たちを見ていると、それほど薬漬けになっていないという事実にも気がついたのだ。


90歳でも毎日車を運転してる老人たち。

足腰は弱ったとはいえ、認知症、痴呆症なんて、ほとんど見たことがないじゃないか!
そんな話も聞かない。

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「うちのおばあちゃんは、ギャンブル好きで困っちゃうのよ~。
また、Palaのカジノへ一人で行っちゃったのよ!」


そういえば、昼間のカジノはジジババだらけなのだ~。

こうゆう光景を、私も嫌というほど知っている(笑)

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日本では会社に就職している人たちは、会社が社員の健康診断を行うらしい。

しかし、アメリカではすべて自己責任なのだ。


従って、ほとんどのアメリカ人は、自分で病気を自覚して辛い、苦しい!という状況になり、しかも、こりゃ自力では治せないと思わない限り、めったに病院にはいかない。

理由は前にも言ったとおり、

アメリカの健康保険は種類も多く複雑な上、よっぽどの高額な保険料を払ってない限り、病院への支払いがとんでもないことになりかねないからだ。(あっという間に、何百万、何千万の借金になることもザラにあるのだ)


ただし、歯医者は別。
歯医者だけは、ほとんどの人が、どこも悪くなくても、半年に1回は定期診断を受けて歯石をとってもらうのだ。
たとえ保険を持ってない人たちでさえ、せっせと行く(笑)
家を亡くすほど高額にはならないし・・これはまあ、お国柄による、長年の習慣なのかもしれないが・・。




そんなわけで、一般庶民と言われる人々は、何かの異常数値を知ることもないし、むろん、高血圧症なんて診断されることもなければ、自分の血圧すら知らない人ばかりだ。


当然、処方箋の薬なんかめったに飲むことはない。
処方箋の薬もまた、かなり高額なのだ。(ただし、保険の種類にもよるんだが・・)

私は眼医者に行き、帰りに処方箋を持って薬局に行って目薬を買ったら・・
小さな1週間分の目薬1つで、190ドルを請求されたことがあって、あやうく熱が出そうになった経験がある。。。




そんなわけで、庶民はよっぽどでない限り、病院へは行かない!
むろん、処方箋で薬を買うこともない。


どこか具合が悪ければ、薬局にいって市販の薬を買って飲む程度で済ませてしまうのだ。


こんなところや、

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こんなところで・・

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それで、死ぬときはぽっくり死ぬ人が多いようだ。



ただ、アメリカでもリッチな人々は別だ。

以前の私がニューヨーク州のバッファローに住んでいた頃は、リッチな人々との交友関係もあったのだが、

彼らは毎年、健康管理のため健康診断を受けている。


そして老人ともなれば、ほとんどの人が薬漬けになっている(笑)
寝たきりになる老人も多い。

まさに、多くの日本の老人たちのように。

ああ、日本でもアメリカでも、年よりはどこも同じかあ。
みんなしょちゅう薬を飲んだり、ボケてきちゃったりするんだな~と。


金持ちアメリカ人しか知らない頃の私は、そう思ったものだ。



しかし、ロサンゼルスに引っ越して、多くの庶民をみるようになると・・明らかに違う。



これは、いったい何を物語っているのだろうか?

金持ち老人は頻繁に病院に通い、ほとんど薬漬け(何種類もの薬を飲んでいる)

ビンボー人、または庶民階級の老人は、めったに病院に行かないけど元気


ただし、アルコールやドラッグ中毒の人は別だけどね~。
そもそも、こうゆう人たちは、老人になるまえに・・消えてしまうのかもしれないけど。



ただ、ひとつ私に言えることは・・

「年を取れば、ボケても仕方がない。
薬漬けになるのも当然」


これは違う!ということだけは確信している。


年齢ではなく、まず先に、そこには必ずなんらかの原因があったはずだ。

決して、年齢そのものが原因ではない。

年齢というならば、長年し続けてきた何かが原因なのだ。



私の父の場合は、長年に渡る降圧剤が最も怪しいと思っているのだが・・

それだけではないかもしれない。


足腰が弱ってしまった父は、それでも、よく外に出たがったという。

「少し散歩に行ってもいいかな~。」というたび、

母は父を心配して、
「ダメですよ~! 足腰が弱っているのに、もしも倒れたら私も支えきれないし、交通事故にでもあったら大変ですから。 我慢して家で過ごしてくださいね。」と、決して外出を許さなかったという。

外に出るときは必ずタクシーを利用したそうだ。

これでは、精神的にかなりのストレスを溜めていたことだろう。


うっかりミスや軽い物忘れが始まったとき、それは、何かを知らせる危険信号だったように思えてならない。

残念なことに、母も私も、父本人も・・誰も、それに気がつかなかったのだ。

こうゆうのは、歳をとれば当たり前として、済ませてしまったからだ。

それだけが、今も私に、硬いシコリのように残っている。


前回のブログに書いたような、大木先生のような人がいてくれたら、適切なアドバイスをしてくれたことだろう。

だけど、大木先生はいないのだ!


自分自身が、家族がしっかりと正面からみつめていかなければならない。
決して、小さな兆候を見逃さないように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなわけで、父の死は後悔することは多いのだけど・・

それでも多くの事を学ばせてもらったことも確かだ。

母も私も。


母はよく言うのだが・・

「いい? 間違っても掃除の行き届いてないような病院に行っちゃダメよ!
そんなところは、ろくでもない医者と看護婦しかいないんだから。
まず、病室とトイレを、真っ先に、よーく見なさい!」


これは、母が学んだことの1つらしい。

血圧のガイドラインというもの

この間、すごく気持ちの悪い話を聞いた。
といっても・・オカルト話ではないのだが、私にとっては、なんとも気持ちの悪い話だった。


それは、
40代の一人暮らしの女性の話なのだけど・・彼女の収入源は「治験」なのだという。

治験とは、新薬を開発、商品化する最終段階で、実際に人に投与してチェックする・・言葉は悪いけど、人体実験のようなものともいえる。

たしかに、わざわざ日本語で書かれた、このような広告をLAでも目にすることがあった。
    ↓
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彼女は、しょっちゅう応募して、治験で生活費を稼ぎ出してるのだという。

もちろん、一定期間は病院に入院しなければならないが、彼女曰く、

「病院にはいなきゃならないけど、アクセク働くこともないし好きなことやってのんびり過ごせるから、病院生活もちっとも退屈しないし、かなり快適よ。
そのうえ、具合悪いところもタダで治療してもらえるし、さらに、たっぷりおカネが貰えるのよ。」


このお嬢さんは・・(40代でお嬢さんでもないけど、まるでお嬢さんのようなルックスをしてたので・・。)、ブランドの服を着て、真新しい小ベンツに乗ってる。


月の半分くらいは入院生活を楽しんで、後の半分は好きな買い物をして遊んで暮らせるんだという。

収入は?と聞くと、入院期間などにもよるらしいが月に3000ドル~5000ドルにもなるのだという。


ほんとかよ~と見てみると・・日本語で書かれた募集サイトまであった。
    ↓
現在募集中の治験


「ちなみに、つい最近やったのは、どうゆう新薬なの?」と聞いてみた。

「よく知らないけど・・たしか、血圧だか血液に関する薬だとか言ってたかな?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、アメリカでは血圧のガイドラインがまた下げられたらしい。

今まで 140/90 だったのが、「 130/ 80」になったそうだ。
この新しいガイドラインによって、「要治療」とされる人々が急増するんだろうなあ。

ざっと「アメリカの高血圧症は 3000万人増える」計算になるとか。


その結果、 降圧剤の投薬による治療を始めなければならない人たちも急増で、

Win-Winかあ(笑)


以前に、ゼロヘッジというアメリカの記事を読んでいて、

「これによって高血圧も治療されるかもしれないが、製薬会社の株価も治療されると思われる」って書いてあって・・大笑いしてしまったことを思い出す。
https://www.zerohedge.com/news/2017-11-14/30-million-americans-were-just-diagnosed-high-blood-pressure-heres-why


実は、私はアメリカのことは、さほど心配していない。

私の周囲でも、それほど降圧剤に頼りっきりの人はいないし、老人でも全く服用していない人も多いように思う。
それには、アメリカ事情は日本と違って、誰でも簡単に病院にいける状況でもなく、健康保険の無い人たちも益々増えている・・そんな状況もあるからだ。


それよりも日本!

なんだか・・ほとんどの老人が薬漬けになってる気がする昨今。

もちろん、降圧剤だけじゃないけど・・。


それでも日本における降圧剤の売れ行きは、世界に誇れる!ダントツなんだとか。
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とくに、2000年あたりからウナギ登り(笑)
   ↓
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http://yoshiokajimusho.net/ketuatuseiron1/ketuatuseiron2/


日本高血圧学会というのがあって、そこが高血圧の基準値を定めてるらしい。

基準値が2000年に、それまでの160から140に引き下げられたのが、このウナギ登りの結果になったのだろうとみられている。



そして、今度は130かあ~。
日本では・・すでに130にしてたんだっけ?

メディアなどでは「血圧を下げる健康食品」がさかんに宣伝されることだろう。


ちょっとみただけでも、

こんなんとか・・
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こんなんとか・・
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こうやって、血圧のガイドラインが変わるだけで、さまざまな株価にも影響することになるのだろう。



私は以前ずいぶん降圧剤についても調べたことがあったのだが、

降圧剤は色々あるのだけど、今でも主流のひとつは「カルシウム拮抗剤」というタイプ。

体のすべての細胞の「カルシウムが通る穴」を閉じることで、血圧を抑えてしまうのだ。
その結果、免疫細胞の機能が弱まるという研究結果もある。


最近では、降圧剤として ACE (アンジオテンシン変換酵素)阻害剤」というものも使われるらしい。

長くなるので、この説明は省くけど、
「 ACEを服用している患者は、肺ガン発症率が最大 31パーセント増加した」というデータもある。



まあ、「なにかを無理やり抑えれば、そこが抑えられたところで、別の部分にひずみは生まれる」というわけだろう。


健康診断なので、高血圧と判断されてしまえば、
ああ、高血圧だから病気なのだ! 高血圧は悪いのだ!・・・と、多くの人たちは思い込んでしまう。

しかし、自立神経が「今このくらいの血の流れがなければいけない」と判断して働いてくれた結果なのだ。

なぜ?の原因を詳細に探らずして、たとえ、どの薬を使ったとしても物理的作用で押さえ込むことかいいわけはない!
と、私は思っている。

たしかに、降圧剤を飲み続けてくれれば血圧は下がるだろうし、心筋梗塞や高血圧性心臓病などは減るだろう。

しかし,

逆に、必要な血圧をむやみに下げたら何が起こるか。

そしてそれが長期になればなるほど・・

脳に血が行かなくなり、脳梗塞と認知症が増えることになる・・なんてことは素人でも想像できる。

そして日本の社会は実際にそうなっているのではないだろうか?



もっとも、医療従事者でもない者があまり厳密なことは言えないわけだし・・
また、人によって、高血圧の原因も症状もさまざまなので・・

どうすべきか?なんてことを私に言えるわけがない。

もちろん、決して薬を飲んではいけない!とも思ってはいない。


ただ、

薬を何年にもわたって飲み続けなければいけない!ということ、

またそうすることに不安さえ感じないような人々に、この状況に、ひどく・・私が違和感を感じてしまうだけだ。


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1980年代の話だが・・私はまだ日本にいて、東京の高円寺というところに長年住んでいたことがある。

その街に、「大木医院」という、ものすごくレトロな町医者があって、先生は大木先生ひとり。

建物は古い日本の家、かなり老朽化してる家、使い古した木の机、先生も高齢、器具も、何もかもがレトロな医院だった。


私が風邪をひいたといえば、聴診器を当てたり、喉をのぞいたりされて、(←診察もレトロそのもの)

「よし! これなら2日ばかり、お粥と梅干を食べなさい! それで治ります。」

で、終わり・・。

「え? 先生、お、お薬は? 注射は?」と聞けば・・

「注射も薬も、これなら必要なし! お粥と梅干を薬と思いなさい!」

ええええ!! そんな~。
私、お粥も梅干しも大嫌いだったもんで・・(笑)

料金は初診料だけ!(まあ、これじゃあ、診察料なんて取れないんでしょうが・・)


あるとき、高血圧の年配の男性が診察室に入っていき、私は隣の待合室で聴いてたことがあった。
(先生、声がデカいから全部聞こえてしまう・・)

「うん、たしかに・・ちょっと血圧が高めだね~。これは、少しは下げた方がいいね。」

で、はじまり・・

「朝何時に起きる? 朝起きてまず何をする?
朝食は何を食べた? 昼は? 夜は?」


ものすごーーく細かく患者さんの生活すべてを聞き出そうとするのだ。

これには、びっくりした。

挙句の果てに、

「よし! それでは1週間、ノートに朝起きてから寝るまでやったことをすべて書き出してきて。
食事内容も全部だよ。 それと・・飲んだお酒の量も、もしお菓子を1つでもつまみ食いしたら、それも全部書き出すんだよ。」


こんなこと言う医者は始めてだった。

こんな医者は今では、さぞ嫌われることだろう。

患者はプライバシーの侵害と思うかもしれない。

そんなことを聞きただすよりも、症状を見てデータを見て、さっさと薬を出せばいいだろ!・・と思うかもしれない。

まして、昔ながらの古臭い診察に、古臭い先生のわけだし・・・



間違っても若い女の子は、ぜったい行かないようなところ(笑)

しかし、なぜか・・80年代トレンディードラマのような恰好をしながら・・当時の若い私はよく通った。


そして、よく他人の診察を盗み聞ぎする機会に恵まれたものだ。(嫌でも聴こえちゃうんだから!)


大木先生は、高血圧症の患者には薬を出していたが・・

はじめの2週間程度しか出さず、その後は徹底した食事療法と生活改善を施していた。

おそらく、現在の多くの医者たちだったら、(おそらく当時であっても・・)

「塩分控えてね。」 とか、「少しは運動するようにね。 散歩とか体操してください。」

くらいしか言わないだろう。


が、大木先生は違った。

患者の好みを聞いた上で、さまざまな食品、料理法まで指示したし、運動にしても、その患者に必要な運動まで考えだしたりしていたのだ。

「お米の1キロの袋を二つ、こうゆうふうに足につけてね、それで屈伸させてごらん。
これを1日、2回、 10回づつ、お風呂に8時に入るんだったら、7時半頃にやるといいよ。」


実際に、患者の前で運動方法をやってみせたりもしていた。


大木先生が、よく患者に言っていたことは・・

「まず第一は食事だ。 食事によって体は作られている、だから、いくらでも体は変わる。」


私が一番感心してしまったのは、常に患者一人ひとりに合った方法を考えている・・ということだった。
決して、データでもマニュアルでもなく・・。


そんな先生を、実際、時代遅れの老いぼれ医者なーんて悪口を言う人もいたし、若かった私も・・そうかもなあ?と思うこともあったのだけど・・

●なんせ、薬をあまり出さない。

●とにかく、一人一人にかける時間が長い(生活すべてを聞き出してりゃ、そりゃあ長くなるだろーが)


いったい、どうやって医者として生計をたてていたのかも不思議なくらいだった。


頭は真っ白だったし、60代後半か70代?だったかもしれないけど・・

しかし、彼にはいつも鋭い目の光があった。

老いぼれどころか・・誰よりも、若さみなぎる光があったのだ。

私は、なぜかそんな先生が好きだったんだと思う。

だから、病院といえば・・いつも大木先生のところへ通ったものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分はシロウトなんだから、病気はすべて医者にまかせておけばいい!と、いまだに思っている人たちも多いだろう。

しかし・・今は時代が違うのだ(笑)


病気についても、自分で考えて選択しなければ、いけない時代だと思っている。


なぜなら、現代の医者たちは、こういった傾向にあるから。

これは・・以前、こちらのブログにも書いたことなんだけど・・
マドモワゼル・パラディーと医療の話がシンクロしたような日


もういちど抜粋すると・・

●正常値主義

とにかく、検診、検査、そしてデータがすべてという傾向が強い昨今。
その結果、「平均をはずれていること=病気」とされて、すぐに、早期発見となって、治療が開始されてしまう。


●専門分化主義

昔は内科、外科程度にしか分けられていなかったはずだけど・・
今では、呼吸器科、内分泌科、消化器内科、循環器内科などと、臓器別の診療科が進んでしまってる。

自分の専門には詳しいけど、専門外のことにはノータッチという傾向が強い。
「では、そちらで診察してください」と、回されることになる。

本来、体はすべてが関連しているのだが・・それを総合的視野で見てくれる人がいないということになる。

その結果、

●標準化によるマニュアル治療法を行う。




こうゆう時代が、こういった教育をして、こういった医者たちを送り出したといえるだろう。

もちろん、私は・・だから医者が悪いなんて思わない。
もちろん、製薬会社が悪いとも思わない。

だれだって、サバイバルするのに必死な時代なのだから!

だからこそ、自分の体は自分で考えなきゃいけないと思うのだ。

総合的に考えられるのは、自分だけなのだ。

大木先生は、もういない!





日頃の生活すべてを考えて・・すべて口にしている食品を考えて・・

いったい、どんな成分が入っていて、それが、どう自分の体に働くのか?

この薬は、どんな成分で、どう働くものなのか?




私は、治療においても・・「言われるがまま」より、自分で考えたことを中心に選択していった方が、

仮にそれで自分の人生を縮める結果になったとしても、納得できる人生かなと思っている。

絶対的な信頼と依存は違う・・とも思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

血圧のことだけでも、色々な記事を読んだり、データなどを見ていると・・さまざまだ。

アメリカでは130にし・・おそらく、日本も右にならえの状態だろう。



しかし、アメリカの新しいガイドラインについて、ヨーロッパの医学界からは、かなり批判を受けている。

さまざまな研究結果をあげて大反対してるし、むしろ、これで患者を多く作り出すことになるだろう・・とまで言っている教授もいる。

もちろん、世界中のガイドラインを調べると個々に違う。


あるドイツの教授は、今回のガイドラインの変更により、さらに、うつ病患者まで作り出すことになるとも言っていた。
  ↓
ラベリング効果というものらしい。
人は、「あなたは病気だ」と公式に分類されると、精神的健康に影響を受けるてしまうことが多いそうだ。


それを考えると・・やはり、日本の方が心配だ。

ほとんどの人が健康保険を持ち、気軽に病院にいける日本なのだから。

1961年(昭和36年)には、日本国民全てが「公的医療保険」に加入する国民皆保険体制が整えられた。



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なつかしいJIN -仁・・本当にこの頃に健康保険制度の草案ができたのかどうかは知らないけど・・


アメリカなんか問題にならないほど・・素晴らしい制度だったのに、なぜか、これがあだとなってしまった昨今。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は個人的に、まあ・・血圧なんて昔のままでいいんじゃね?と思っている。

つまり、「年齢+90」あたりで・・
それすらも、厳密には考えていない。

血圧はちょっとしたことでも変化するものだから。

それよりも・・

「口に入れるもので、体はそのように作られていく」といった大木先生の言葉は、いまだに耳に残っている。



<<参考までに>>

本当は恐ろしい降圧剤がもたらす副作用よりPRESIDENT Online

血圧正論

こちらは、私の血圧に関する過去ブログ
   ↓
高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ

「病と体と心」そしてガーディアンエンジェル

悪魔祓いと老化防止にシェークスピアかお経か

ずいぶん前に、強い霊能力を持つという、白人男性から聞いた話を思い出した。

悪意ある霊と遭遇しちゃったら、どうすりゃいいのか?

という話をしていたときだ。



「僕はまず、好きな聖書の一節を唱えるんだ!」

「へえ、どうゆうやつ?」

「1 Corinthians 13:13 says that “There are three things that remain - faith, hope,
and love - and the greatest of these is love”
He said and I quote: If I speak in the tongues of men or of angels, but do not have love,
I am only a resounding gong or a clanging cymbal.
If I have the gift of prophecy and can fathom all mysteries and all knowledge,
and if I have a faith that can move mountains, but do not have love, I am nothing.
If I give all I possess to the poor and give over my body to hardship that I may boast,
but do not have love, I gain nothing.」


な、長っ!


「なんだそりゃあ?」
彼がコリンシアンズって発音してたんで・・こりゃ、コリント人への手紙ってヤツかな~とは想像がついたんだけど、内容は・・さっぱり知らん!

興味ある方はこちらを!
   ↓
コリントの信徒への手紙 一 13章




「ああ、キミは日本人だから、バイブルは知らないのかもなあ。
それなら、仏教の、大好きなお経の一節だっていいと思うよ。

日本人が誰でも知ってるような・・大好きなお経って、どうゆうのがあるの?」



そんなこと言われたってなあ。。。

お経ってのは、お坊さんが唱えるものであって、一般日本人は、ほとんど知らないんだよ~!


「ん~、誰でも知ってるヤツだったら、なんみょうほうれんげきょう、または、なむあみだぶつ
くらいじゃないかな?」

こんなイメージで・・・。
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http://blog.torineko.com/?eid=1305803


「ほお? その言葉が一番日本人に好まれるの?」


「いや、好まれるつーか、ただ短かくて有名になってるから・・みんな知ってるってだけじゃないかな?
そんで、困ったときの神頼みだけで、それを唱えたりするみたいだね。」


「ん~。 それじゃあ、効き目はないかもなあ。。。
言葉にはね、ある種のエネルギーがあるんだよ!(←どうやら、言霊のことを言ってるらしい)

だからね、日頃から唱えてるような・・好きな言葉だったり、自分にとって大切な言葉でないと効果は無いと思うよ。」



「それは、特定の宗教の信者であって、バイブルとかお経とかじゃなきゃいけないってこと?」


「そんなことはないよ~。 
僕だって別に・・敬虔なキリスト教徒ってわけじゃないからね。

たまたま、バイブルのその部分の言葉が好きなだけだよ。 自分の生きる上の信条みたいに思ってるから。
なんだっていいんだよ。  言葉のエネルギーを使うってことなんだから。」



なるほどね~。

しかし、私には特に暗唱してるような言葉はないし・・


うう~む。

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なんか、なかったかなあ?

好きな言葉で暗唱してるヤツ?



さんざん考えたあげく・・

「あ、1つだけ知ってる?

ぎおんしょうじゃのかねのこえ しょぎょうむじょうのひびきあり しゃらそうじゅのはなのいろ じょうしゃひっすいのことわりをあらわす おごれるひともひさしからず ただはるのよのゆめのごとし たけきものもついにはほろびぬ ひとえにかぜのまえのちりにおなじ ..」(←なぜか、琵琶法師の気分で朗々と読む)

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「なに? それ!」


「んと、高校時代に覚えさせられたヤツでね、古典の平家物語ってヤツの冒頭なんだ!」

「さっきも言ったけどね~、試験のために覚えさせられたようなのは効果がないんだってば!」



ああ、そうだった・・・。


「なにか、ひとつだけでも暗唱しておくといいよ。 
霊だけでなく、生きた人間からの悪いエネルギーだって防御できるよ。

でもね・・僕は思うんだけど・・
その言葉を唱えるだけで、相手をやっつける、ってことじゃない気がする。 

唱えることで、自分に恐怖に打ち勝つような勇気を与えてくれて、自分のパワーを大きくしてくれるんだと思うんだ。
その結果、相手のネガティブ念よりも自分の方が大きくなって強いバリアーを張って寄せ付けなくするんじゃないかな?」



ああ、そうなのか~。
そうかもな~!


となぜか納得。



「それにねえ、大人になると、何かを覚えようとしなくなるだろ? 仕事だったら、メモっときゃいいわけだし。
学生のようにテストもないからね~。

使わないと記憶力はどんどん退化しちゃうんだってよ。
意識して、何かを暗記するってのも老化防止にいいかもしれない
(笑)」



記憶力低下?
老化防止~?

うげっ!


大人になってからというもの、学生時代のように「何かを意識して記憶しようとすること」をしなくなってる。

私、すでに、かなり記憶力が落ちてるかもしれない!

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そこで、さっそく、好きな言葉を暗唱することにしたのだ。 (←善は急げ! 思い立ったら吉日じゃ~)
(幽霊除けよりも、老化防止の方が深刻だったかも!)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、私が覚えたもの

★光明真言・・・空海さんファンだし、比較的短くて好きなお経だから!

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大日如来の真言で最強マントラともいわれてる。



★シェークスピアのロミオとジュリエットからの一節

なんで、いきなりシェークスピアなのかというと・・

日本でまだ英語学校に通ってた頃、尊敬するアメリカ人の先生(英文学専攻だった)が、大のシェークスピアファンだった。
その影響で、私もシェークスピアが好きになったのだ。


シェークスピアといえばいくつもあるんだけど、ロミオとジュリエットの有名なのは、このシーン。
    ↓
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「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜあなたは、ロミオ様でいらっしゃいますの?」と、ジュリエット語り出す、あの有名なシーン。


あとには、ジュリエットのこんなセリフが続きます。

「わたくしにとって敵なのは、あなたの名前だけ。
たとえモンタギュー家の人でいらっしゃらなくても、あなたはあなたのままよ。

モンタギュー ――それが、どうしたというの? 手でもなければ、足でもない、腕でもなければ、顔でもない、他のどんな部分でもないわ。 ああ、何か他の名前をお付けになって。

名前にどんな意味があるというの? バラという花にどんな名前をつけようとも、その香りに変わりはないはずよ。
ロミオ様だって同じこと。ロミオ様という名前でなくなっても、あの神のごときお姿はそのままでいらっしゃるに決まっているわ。

ロミオ様、そのお名前をお捨てになって、そして、あなたの血肉でもなんでもない、その名前の代わりに、このわたくしのすべてをお受け取りになって頂きたいの」


参考:新潮文庫『ロミオとジュリエット』 中野好夫訳<第2幕第2場>より


ちなみに、英語ではこうなります。(古語英語も入ってるけど。)
    ↓

'Tis but thy name that is my enemy;Thou art thyself, though not a Montague.
What's Montague? It is nor hand, nor foot, Nor arm, nor face, nor any other part
Belonging to a man. O, be some other name! 
What's in a name? That which we call a rose By any other word would smell as sweet;
So Romeo would, were he not Romeo call'd, Retain that dear perfection which he owes
Without that title. Romeo, doff thy name, And for that name which is no part of thee
Take all myself.




ロミオとジュリエットなんて・・単純なラブストーリー悲劇版で、

このシーンは、とくに、「若い恋心が迸ってるぞ!」としか思ってなかったんだけど・・

ジュリエットは、実はなかなか深淵なことを言ってたんですね~。


ロミオ・モンタギュー? 名前が何? どーだってのさ?
名前が無くたってアンタはアンタでしょーが!
・・・みたいな!(←なんだか品の悪いジュリエットみたいだけど・・)


この薔薇に例えた美しい表現は、欧米諸国ではいまだに比喩として多く使われています。
   ↓   
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薔薇はどんな名前で呼ばれようとも、その甘いかぐわしい香りに違いはないわ。

 この部分ですね~。


いやあ、綺麗ですね~。

恩師が「シェークスピアは言葉の魔術師だ!」としきりに言ってたことを思い出してしまうなあ。

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説明が長くなりましたが・・

そうです!
私が暗唱したのも、この有名な一節!

光明真言と一緒に、こちらは英語で暗唱しました。

好きな言葉なら、なんだっていいわけだしね~♪


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある夜のこと、

こんなことは私には滅多に無いんだけど・・ものすごく嫌なモノが近づいてくる気配。


目が覚めたのに動けない!

それだけで、もうパニック!
パニックは恐怖を煽る!


そこで、
あ、今こそ、真言を唱えるんだ!!

光明真言というのは、大日如来様の最強の真言。

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まず、眩いばかりの光をイメージしました。

美しい楽の音。

そして香しい花の香り

薔薇・・

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いきなり、口をついて出たのは・・

What's in a name?の方。。。


ち、違うだろ!と・・心の中で思いながら・・

もう、必死で唱えました。。。

ジュリエットのセリフの方を!

こうなりゃ仕方ない! なんだって唱えてやる!

3、4回続けて唱えているうちに、
だんだん、恐怖が消えていくのがわかり、自分にパワーが蘇っていくカンジがしてきて・・

ネコが「みゃあお!」とないて、

今度は完全に体が動かせるようになると同時に、気配も消えていく感じがしました。

ふうう・・・

起き上がってバスルームで顔を洗ってると、
今度は急に、光明真言が口をついて出た!

おん、あぼきゃ べいろしゃのう・・・・と。


やれやれ 😥

最初のおん!さえ、出てこなかったんだから・・。



光明真言とジュリエットのセリフを一緒に覚えたのがいけなかったんだろうか?

咄嗟なときって、何が出るやらわからん!

それでもなんでも・・消えてくれたんだから、良しとすべきだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おそらく、霊能力者の知人が言っていたように・・

好きな言葉を唱えることによって、自分の恐怖心を無くし自分のパワーをバージョンアップさせる働きがあるように思いました。

パワーア~ップ!

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もう一つ言ってましたが、

好きな言葉、そして・・できれば自分の生き方の指針ともなるような言葉の方が効果があるようです。

それを暗唱しておくというのは良いことかもしれません。

もちろん・・記憶力のためにも! 老化防止のためにも!


私はその後、般若心経も覚えましたよ~。
まだ完全じゃないので、もっと時間をかけて完全にするつもりです。


母には、「あんた、ずいぶん年寄りじみたことやってんじゃないの~!」
と、鼻で笑わました。(←85歳の母)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなことを思い出したのは、こんな写真を見つけたから。

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アメリカでは、夏の夜は、野外でよくシェークスピア劇などが上演されます。

私はロサンゼルスに引っ越してからは近くにないので行った事がないのだけど・・

バッファロー・ニューヨークに住んでいた頃は、よく見に行ったもんです。


シェークスピアにも感謝!ですね~。

胃腸は第2の脳_アーユルヴェーダのトリファラ

知人から聞いて、トリファラという粉末を飲み始めた。

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私はサプリメントが好きじゃないのでパウダーを注文したのだが、もちろんカプセル状のものだってある。
   ↓
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こんなこと、私には実に珍しい!

ふだんの私は、「健康」「美容」を謳った広告をみてもほとんど関心を持つことはない。


ところが、トリファラはアーユルヴェーダであり、まず「胃腸を整える」働きがあると聞いて興味を持った。



おそらく、「胃腸は第2の脳」という記事をいくつか読んでいたことも影響したのだろう。
The Pit In Your Stomach is Actually Your Second Brain

これによると、

腸神経系は、消化管全体を網羅するメッシュ状のニューロンネットワーク

関与する細胞の90%までが脳からのメッセージを受け取るのではなく、逆に脳に情報を伝えている。

精神状態も体も・・まず、胃腸から。



胃腸は独立していて、逆に脳にも多大な影響を与えてるらしいのだ!!

「脳が司令塔であって体すべてに指示を出す」というのは、どうやら違ったらしい。


おそるべし胃腸!
   

つまり、心身の健康を考えるなら、

まずは胃腸から・・ということになる。


英語版だけでなく、もちろん日本語版でもこういった記事はいくつもあったので・・
参考までに(←こちらの記事はわかりやすい)
      ↓
腸は第2の脳。腸に関する10の豆知識

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、トリファラなのだが・・

これは、前述したとおり、アーユルヴェーダであり、アムラ、ベハダ、ハルダという3つの植物を粉末状にしたものらしい。

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この3つは、アーユルヴェーダでも基本となる植物(薬草)だそうだ。


詳しい説明は、こちらのサイトでみつけた。
    ↓
トリファラとはアムラ、ベハダ、ハルダの木の実の配合し、アーユルヴェーダで最も重要な薬の一つ


その効用は・・・
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●炎症を鎮める

●癌予防

●歯肉炎、虫歯

●下剤として
https://www.healthline.com/nutrition/triphala#section2

その他、まだまだある。

便秘や下痢などの整腸、赤血球を増やす、不要な体脂肪を除去しダイエット、うっ血や頭痛、血糖値を正常レベル、肌のつやをよくし、デトックス効果もあり、目にも効果があるとか・・

こうなると、ほとんど万能薬だ!(笑)

それもそのはず、

胃腸が「第二の脳」ならば、胃腸が健全な動きをするということは、すべてが順調になるということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の場合、ふだんから胃腸は敏感らしく、劣化した油で作られた料理を食べたりすると・・必ずといっていいほど胸やけする。

(ファーストフードのチャイニーズ、インスタントのカップ焼きそば類、劣化した油で作られた天ぷら、とんかつ、フライなど)


その後すぐに下痢か吐き気になる。
(ただし・・排出さえしてしまえば、すこぶる元気になるんで・・敏感?なわりには、私の胃腸はたくましいのかもしれない・・もちろん薬を飲んだりすることもほとんどないし、病院に行ったことは一度もない)

胃腸の弱い山根君とは違うのだろう。

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ここでちょっと実験してみた。

トリファラを飲み続けて4日目に、油ぎっとりのチャイニーズフードを食べてみた。

アメリカではお馴染みの、「安~いチャイニーズのファーストフード」

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こういったチャイニーズフードは必ずといっていいほど劣化した油で作られ、しかもMSGたっぷり。
だからこそ、安く提供できるのだろうけどね~。


いつもの私だったら、ひどい胸やけになるのだが・・ほんの軽い胸やけがしただけで何事もなかった。


というか・・

なぜか、完食できなかったのだ。

いつもの私だったら軽~く完食(かなり大食いなのだ!)してしまうのだが、2/3程度で食べる気が失せた。

なるほど・・自然に食欲をコントロールして、ダイエット効果があるのかもしれない。


私の胃腸が脳に向かって・・

適量を食べるようにね、そこらでやめとけ!

油が悪いんだから、それ以上摂取するな!


と指示を送ってくれたのかもしれない(笑)

とにかく食べる気が失せたのだ!

なかなか面白い現象だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてなによりの大きな変化は、これだった!
    ↓
https://note.mu/unsugo/n/n9a5cf9e2dbf8

この記事による、正しいフォームのNo.4に変わったことだ。


今3週間目くらいだけど、3か月後にはどうなるのか、経過をみてみようと思っている。(←人体実験かよ?)


・・・・・・・・・・・・・・・・

味について言えば・・はっきり言って美味しくはない。

苦い!


そして・・ちょっと癖のある不思議な味と風味


味の説明書きにはこのように書かれていた。

Triphala churna contains five of the six tastes recognized in Ayurveda (sweet, sour, bitter, pungent, and astringent), only missing the salty taste.
アーユルヴェーダの6つのうちの5つ(甘味、酸味、苦み、辛み、渋み)が含まれているが 塩味だけが含まれていない。




実に・・説明が難しい不思議としかいえない味。

ただし、私はその苦さは気にならないし味もそれほどキライじゃない・・つ~か、結構気に入ったりして(笑)

なので、マグカップに適当に入れて冷たい水を注いて、ガシャガシャ振ってよく溶けたところを、ごくごく飲んでる。(←すっごいアバウト)

最近の、私の愛用マグ。
        ↓
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私の購入したトリファラ(粉末)の説明書きによれば、

●食事前に(おなかを空かせてる方が吸収力が良いからだろう)

●適量は、ティースプーン半分くらいをお湯で溶いて少し冷ましたところ(冷やしてもOK)を飲む。1日2-3回くらい。

とある。

うーーむ。 私は・・かなり適当だが・・。


副作用は一切無いが・・

胃腸に問題を抱えてた人は、飲み始めに下痢になったり、下腹の違和感を感じたりすることもあるらしい。

また、妊婦や授乳中の方はいちおうドクターに相談した方がよいかもしれない。





私は、こちらのサイトから購入したのだが・・
BANYAN BOTANICALS

現在は、海外発送はしてくれなくなってしまったらしい。
ハーフパウンド(227グラム)8ドル程度なので、おそらく送料の方がかなり高額になってしまうからだろう。
(アメリカから日本への送料はめちゃ高くなってるから)



日本でも購入できるサイトはあるんだろうか?

・・と探したところ、

サプリメントだったら、Amazonなどでも購入できるようだし、

パウダー状のも・・なんと、In Deepさんの最近の記事にも紹介されていた。
   ↓
アーユルヴェーダの重要ハーブ「トリファラ」を3ヵ月飲んで良かったですので、医学論文を検索してみると、腸内環境改善、ダイエット、ガンの予防といろいろと


トリファラについての学術論文の説明してあるし、購入できるサイトも貼られている。

また、この記事の最後には、このように書かれていた。

アーユルヴェーダ医学では、「腸内の状態が最も重要」とされていたそうで、 2500年前頃には完成していたとされる医学が、現代の西洋医学の最先端の知見と同じだということは興味深いです。

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https://www.nuayurveda.com/ayurvedic-treatments/


アーユルヴェーダというと、日本ではまだまだ知名度は低いらしく、インド式オイルマッサージのことかと思ってる人も多いんだとか(笑)


しかし、5000年もの歴史があり、2500年前にまとめられたといわれている。
今でいう、ホリスティックの元祖かもしれない。


トリファラ・・私はぜひ、胃腸の弱い山根くんにはお勧めしたくなった。

大食漢の・・小杉くんにも、いいかもしれない(笑)

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またも「美しき緑の星」を観てテクノロジーを思う

ここしばらく、ずっと様々なニュースをみていたのだが、

相変わらず、異常気象に、シンクホールなどの異常現象、動物の大量死に、経済破綻に、「新たな冷戦時代」という政治界など

やっぱりなあ・・・「黙示録的世界」が加速度的になってきているのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ニュース写真をざっと下に張りつけてみる。

<異常気象ニュース>

サウジアラビアに雪、砂漠に雪か・・
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https://diariodeavisos.elespanol.com/2018/01/tormenta-desierto-arabia-saudi-deja-imagenes-tan-ineditas-esta/


中東一帯が、前代未聞の大洪水

オマーンの様子
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https://twitter.com/yas_zak/status/1000152890630131712


中東レバノンで黙示録的な大洪水。首都ベイルートでは洪水が「ゴミの川」を作り出すという異様な光景も

サウジアラビアも、レバノンも、イエメンも、エジプトも・・。
参考記事:洪水伝説の再来 : アラビア半島を中心とした中東地域の過去1ヶ月の雨量と洪水発生数が観測史上最大に。そこからふたたび思う「黙示録の時代」



季節はずれのカリフォルニアの山火事
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今までにはない大被害。
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https://www.thecut.com/2018/11/california-wildfires-malibu-2018.html



<新たな冷戦、世界をまっぷたつにするかのような・・>

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The unfolding of a new Cold War
アジアを分断する冷戦の恐れ強まる-ペンス米副大統領の対中批判で


<世界が抱えた膨大な借金>

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あーあ、相変わらず、こんなことばっかり。
もう、何年も前からのことだけど。

こういったすべては、人々の意識が作り出した結果だと思えてならない。


自然災害や異常気象などでさえ・・私にはそう思えてしまう。

それも、今では「確信的」に感じている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たち地球人って、

ものすごーく、野蛮な未開人なんじゃないだろうか?
おまけに、ものすごーーくアホ野郎。



ひどく、そんな嫌~な気持ちになってしまい、またも美しき緑の星(La Belle Verte)を見た。

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もう何度も見ているんんだけどね~。


そういえば、私は2015年の5月にも、ブログ記事としてアップしていた。
     ↓
美しき緑の星(La Belle Verte)




このときにも簡単に紹介したのだが・・

「映画見たけど・・よくわからなかった!」という人もいたので、もう少し説明を加えてみようと思う。
なんでだ? 字幕映画を観ることに慣れてない人だったのかな?


わからないというのは、たぶん、冒頭に出てくる「切断」の説明を聞き逃しているから、かもしれない。

そこの部分を聞き逃してしまうと・・たぶん、あとあとまでわからない(笑)


この映画のキーポイントは「切断プログラム」にある。

ある惑星の人々(地球人から見えば宇宙人たち)が、地球に、ミラという女性を派遣員として送ることになる。

しかし、地球という星は、野蛮で危険な場所。

そこで、派遣員ミラの安全性確保のために、「切断ブログラム」を持たせることにするのだ。

切断プログラムは、弱と強があって

は、ミラと接触した人々すべてに、ゆっくりと作用する。

にするときは、こうする。
    ↓
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ヘン顔!(笑) そう、この映画はコメディ仕立てなのだ。

一瞬にして発動して効果覿面

だから、危険が迫ったとき以外はあまり使わないように!というわけだ。




ミラが降り立ったところは、フランスのパリ
(この映画、1996年作のフランス映画だから・・そりゃ、設定はフランスになる)


車だらけでイヌ糞だらけのパリの街

たしかに、この当時のパリは、イヌ糞がいっぱい落ちてて結構汚い街だった。

今はどうなんだろう? 

こんなサインも出来てるようだし・・大分改善されたんだろうか?

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さて、パリに降り立ったミラは、まず、こんな問題に直面する。

お金が無いと食べ物さえ得ることもできない。

ようやく食べ物を手に入れて口にしたものの、ミラはおえ~!と吐き出してしまう。
「毒が入っている」(食品添加物のこと)と。


彼女には食べられない!

そこで、まず、赤ちゃんと接触しようとする。
(赤ちゃんからは、生命エネルギーを貰うことができるらしい。
ただし、せいぜい1日程度らしいが・・)


そこから、物語が展開していく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミラの星の人々は、地球をこのように表現している。


「過当競争と不要品の大量生産
戦争 原子力 自然破壊
奇病 原始時代だね」




そこで、「切断ブログラム」の意味するところなんだけど・・・

切断された場合・・

「本来の自分の心のままに、忠実な正直な発言・行動をするようになる」

「すべてのいのちを慈しむようになる」


ということらしい。


私は、このシーンが好きなのだが・・

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彼女はミラと接触して影響を受けて、徐々に「切断」していった人だ。

彼女は高給取りの医者の妻。
「裕福な暮らしを望んで、美貌を武器におカネ目当てで結婚したという女」という、よくあるタイプだったらしい(笑)


ランチをしているとき、お皿に添えられたレタスの美しさに気がつくシーンがこれだ。

光に充ててレタスをしみじみ見ると、見事な葉脈が張り巡らされている。

いのちの神秘と美しさに、はじめて気がつき感動するシーンだ。



こんなこと、今さら言葉にするまでもないんだけど・・

自分の中の洗脳、常識、偏見、思い込み、依存など、

あらゆる物質文明の垢を自分の意思で「切断」することことで、いのちを慈しむことができるようになるということらしい。

それを仏教的な言い方をすれば・・「解脱」

それを、スピリチュアル的な言い方をすれば・・「目覚め」「覚醒」


ということになるんだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこで、

<文明社会をどう捉えるか>
なんだけど・・

ずっと以前、私は「未来のテクノロジー世界」をこんなイメージで捉えていた。

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テクノロジーを極めれば極めるほど自然は破壊されていくものであって・・

ある程度は仕方ないんだろうなあ?・・・と。



しかし、もう一度、ミラの住む惑星を見てみよう。

地球よりも何千年も進化しているという星を。

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大自然のままで、人々はまるで未開人のように質素に見えるのだが・・

●他の惑星に自由に行くことのできるテクノロジーを持っている(しかも我々のような動力を使わず・・)

●どこでも通じる通信能力を持っている。(ただし水を媒介とする)

●あらゆる言語能力も持っている(どの星のどの言語でもOKらしい)

●寿命が平均200年以上、しかも驚異的な身体能力を持っている。

●すべての人々が、我々のいうところの・・超能力を持っている
(たとえば・・・ミラも、通行人を見ただけで体のどこが悪いかを即座に見抜く能力を持っている)


今では、私の中では、こんな不文律が出来上がった。

私たちは、「自然もすべての動植物とも共存していかなければならない。

もしも何かを破壊すれば、いずれは自らも破壊することになり、地球は絶滅に向かう





輝かしい未来、テクノロジーの進歩~♪な~んて思ってた以前の自分が、つくづく、ものすごいアホ野郎に思えた。



本来のテクノロジー、本来の「進化するということ」とは、

「決して自然を破壊することなく、すべてと共存して調和させた上に成り立つ」
ものでしかないということに。

もしも・・

そんなこと出来るわけない!

と思っている人がいるとしたら、それこそが洗脳、常識という呪縛に囚われているのかもしれない。
(かつての私も、そう思ってたんだけどね~)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事実、かなり昔にも、こんな試みがなされていたのだ。

★ヘンリー・フォードは、モデルT(Model-T)という自動車の研究・建設に10年以上を費やし、こんな車を作り上げた。

彼の夢は、世界に向けて安全で強固、そして環境も汚さない乗り物を提供することだった。




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車体が麻(hemp)から作られたプラスティックのパネルであり、しかも、麻から作られたバイオ燃料で走行するようにデザインされたもの。
この麻で作られたプラスティックのパネルのボディーの衝撃強度は、製鉄の10倍の強さを誇ったという。



しかし、
1937年にアメリカで麻が違法になり、それが主な原因となって、この技術は抑圧される結果となった。

その結果は、みなさんもご存じのとおり・・

ガソリンや製鉄、その他の地球と調和しない素材を使った自動車産業に一直線に向かっていくこととなった。



★フリーエネルギーの研究

フリーエネルギーとは、どんなものかご存じだろうか?
   ↓
これがあれば、原発も石油も要らない!

誰も電気代を支払う必要さえなくなる。


超簡単に説明すると、そういったシロモノ


この研究の先駆者ともいうべき、有名な人は二コラ・テスラだった。

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地球上のどこからでも自由に電気を取り出すことのできる「二コラ・コイル」を使って、それを「世界システム」で、すべての人に、送電線も使わずに供給することができるものを研究開発していた人だった。

その一方で、

エジソンの発案した電極供給網は、「電力会社」という電気を生み出す大元に毎月電気代を支払い、送電線を使って世界中の人に電気を売るという仕組みだった。


もちろん、現在どちらの案が採用され、現在に至っているかは誰にでもわかりいただけるはず(笑)

二コラ・テスラは、資金援助を打ち切られ、失意のうちに亡くなったという。
彼の死後、彼の発明品や設計図は「アメリカ軍とFBIが没収した」ようで・・それがのちの陰謀論などを生むことにもなったそうだけど。



★その他、医学、薬学分野においても、

エイズに効く薬草だとか、癌治療に用いる薬草などなど、さまざまな研究開発を行っていた人々がいる。
(その説明は長くなるので割愛することにする。)


残念ながら、こういったすべてが実現をみない結果となった。(法による抑圧などで・・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、19世紀のうちから、何度も「地球環境と共存できる発明」は試みられてきていたのだ。


もしも、こういった研究が進んでいれば、今頃は、すさまじい進化を遂げられたことだろう。

少しは、ミラの星に近づいたのかもしれないなあ(笑)



しかし、現実は残念ながらちっとも実現しなかった。

実現しなかった理由は実に単純明快。
     ↓

ほとんどの人々が支援しなかったからだ。

また、ほとんどの人々が知らなかった、信じなかった・・とも言える。






つまり・・多くの人の意識が変わらないかぎり、現状のまま突っ走ることになる。

なぜなら、我々の地球人の意識とは、ここにあるのだから。
    ↓
貨幣制度に基ずく、私有、統治、競争意識、

それによる、環境破壊、貧富の差、不調和・・・

そして、我々の文明の毒となるものばかりを生み出す



それを多くの人が認めてしまっているところにある。



完全に、ミラの惑星の人々とは意識が大きく異なっている。

ところが・・
進化を遂げた彼女の惑星でさえ・・何千年も前には、やはり地球と同じような時代が存在していたのだという。



映画の中で、ミラの息子たちが母親を追って地球にやってくるのだけど・・

考古学に詳しい息子がこんなことを言っていた。

「(現在の地球の)工業時代のあとは大裁判になる。

有害物(食品、化学物質、武器、タバコ、酒、医薬品、原子力、自動車、建築など)を製造した人(業者)全員、それで蓄財した政治家に有罪の判決が下される。

不買運動が起こる。有害なものを買わないようにしたんだ。
それには軍隊も警察も手が出せなかった。」


これは、ミラの惑星の過去なのか・・地球の未来なのか・・
それとも、地球の未来がミラの惑星ということなのか。 そう考えると・・なかなか面白い。




いずれにしても、
人々の意識が変わり、そこから始めない限り文明の進歩はあり得ない。
ってことだ。



何よりも、興味深かったのは、

文明が進化すると人々は超能力者になるという点だ。


我々現代人の多くが失ってしまった能力。

基本はテレパティック能力らしいが・・

もしも、もしも、そうなれば・・
そりゃあ~犯罪なんてなくなるだろうし、上下関係なんて生まれるはずもないね(笑)


息子たちが最初に到着した場所は、どうやら、アボリジニの住む土地だったようだ。

こんなシーンがあったから。
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みんな感度が良くって通信可能だし親切な人たちばかりだよ!って言っていた。



アボリジニの第六感が我々の文明科学よりはるかに進化している?

私たち文明人は、実は・・アボリジニよりも進化が遅れてしまってる?

かつてのアボリジニやアメリカ先住民、縄文時代の人々。

そういった人たちよりも、実は・・どんどん退化していってしまったのかもしれないなあ。(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、二コラ・テスラが、こんな言葉を残している。

「直観は知識を超越する。
我々は疑いなく真理を把握する素晴らしい組織を脳の中に持っていて、
その時は演繹的な論理・計画的な努力さえも実に取るに足らないものになってしまうのだ」


こういったことさえも、現代人はどんどん退化させてしまっているのかもしれない。
それは、食品、医薬品、水、電磁波・・すべての環境汚染も原因なのかもしれないね~。



結論として、私には、やはり、こう思えてならないのだ。
    ↓

森羅万象のすべてと共存・調和して生きること

テクノロジーも進化も・・そこから生まれるべきもの




いつか、我々はそれに気づき、

ミラの息子が言ったような不買運動が起こり、世界は大きく変わるのだろうか?


それとも、

このまま突き進み、世界は滅亡するのだろうか?

そして、新たに生まれ変わるのだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・・

現在、「美しき緑の星(La Belle Verte (1996)日本語字幕」は、こちらのサイトで見られます。
   ↓
美しき緑の星(La Belle Verte (1996)日本語字幕


この映画は、1996年に興行としては大失敗した映画なのに・・こうやって消されても消されても、オンライン上では今もなおアップされ続けている。


それだけ、20年以上たった今でも、共感する人々が多いということかもしれない~♪

それだけ、この世界もまだまだ捨てたもんじゃない!ってことかもしれない~♪


<<参考までに>>
今回私は、この映画を観るたびに探すのもめんどくさくなったんで、ダウンロードしてメモリースティックに保存することにしました。
Vimeoのサイトは、なかなか映像もキレイだったんでね~。


下記のサイトを参照に、無料で簡単にダウンロードできる方法もありますので、よろしかったら、どうぞ。
(こんなこと、すでに皆さんはご存じかもしれませんが・・。)
     ↓
【超簡単】Vimeoの動画を録画して保存する方法

日本の常識・地球の常識・銀河系の常識

もう70歳近くになろうとする男性から、こんなことを聞いた。
彼は、昔フランスに住んでいたという人だ。

「アメリカは年を取ると女にもてなくなる国だね。」

「フランスじゃ、違ったの?」

「ぜーんぜん違うよ。 老人だってステキな女とみればナンパする。
男も女も年齢を気にしない国なんだ。」


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そういえば・・フランスでは、かなりのジジイでルックスだって冴えないような男がメチャメチャもてたりする(笑)
そういった人が人気俳優だったりもする。


男は死ぬまで男だし、女は死ぬまで女なのだそうだ。

ところが、アメリカではある年齢になってくると、みんなまとめて”老人”という見方をするようになる。



あ、これは・・アメリカだけじゃなく日本の方がもっと顕著かな?

いい年してみっともない!って発想があるくらいだから(笑)

うーーん さすがフランス人だ!


「フランス人は10着しか服を持たない、サスティナブルで大好きなものだけを選ぶ国民性」なーんてことを、以前にも聞いてる。
   ↓
The True Costから考えること




今さら言うまでもないことだけど、

ほーんと、国によって、常識、考え方というのは実にさまざまだ。


日本にいた頃・・「オマエの中身はかなりの常識外れ!」と言われていたような私でさえ、
どっぷりちゃーんと、日本の常識の中に浸っていたんだと思う。 今思えばだけど・・。


アメリカに来たばかりの頃は、さまざまな違いに驚かされたものだ。

<車の駐車の仕方>

アメリカでは車を駐車するとき、頭から突っ込むのが常識

日本ではバックで入れて駐車するのが常識


こっちは日本
   ↓
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これはアメリカ
   ↓
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おそらく、アメリカの駐車スペースは日本より広くとってあることが多いから、帰りにバックで出たところで面倒がほとんどないからだろう。

まあ、これ程度のことは、どっちでもいいんだけど・・困るのは、

<銀行やスーパー>

アメリカでは・・
銀行だってお金を間違えるし、運転ルールはひどいし、スーパーで買い物しても・・レジで割れ物もそのまま袋に突っ込まれる。

もちろん、丁重に頭を下げてもらえることもない(笑)

さすがに、日系スーパーだけは、ちゃんと割れ物は別に包んでくれたり、冷たいものと暖かいものとを分けてくれたり、そんなサービスをしてくれている。(←日本人をターゲットにしてるからなのだろう)

たぶん、アメリカでは、そんなことは自分で管理すべきだろーが!というのが常識なのだ。


しかし、か弱い女性だったり、足腰のおぼつかないような老人が来ると、荷物を車まで運んでくれて、トランクの中にまで入れてくれるサービスをしてくれることも多い。


<レストラン事情>

またレストランで食事をするときなど、たとえセットメニューを頼んだとしても・・

「私、これ嫌い!ほかのと変えて?」

「パイは温めて、アイスクリームは上に乗せないで持ってきて。」


なーんて言えば、ちゃんとお客の好みに合わせてくれる。(チップの国だからかもしれないが・・)

あ、そうそう、

アメリカのレストランは、ものすごく量が多くて食べきれない、という日本人が多いのだが・・
別に、アメリカ人すべてが大食漢ってわけではない(笑)

GERD diet large portion size is bad
一般レストランでは、盛り付けも皿も美しくないけどね~。

残した料理は詰めてもらってお持ち帰りができるのだ。

そこであえて残して、

「これ、すぐく美味しかったから、持ち帰ってダーリンに食べさせてあげたい!」

「私は、夫と娘の夕食にしちゃおうっと~♪」(←手抜き主婦のよく使う手)

って人もいるくらい。

たぶん、今でも日本では、食べ残しのお持ち帰りが出来ない方が多いんじゃないかな?


<法律、社会面>

これまた、さまざまな違いがある。

以前、私とまったく同じ額の給料をもらっていた女性がいたのだが・・
私の生活は、そのお給料ではかなりキツイ生活を強いられていた。

ところが、彼女はシングルで5歳の子持ち。 

シングルマザーなんだから、さぞかし・・私の暮らしよりも大変だろう!と思ってたのだが・・

シングルマザーの場合は、税金がほとんど引かれない。
おまけに、子供をほとんど無料で預かってもらえるんで安心して働ける。


ぜーんぜん生活には困らないどころか、貯金だってできるそうだ。

彼女に言われたものだ・・。

「あなたは大変だと思うわ。 シングルだと税金は3割近く引かれちゃうんでしょ?」

私も、ネコ1匹を息子として申請できないもんか!と思ったくらいだ。


<選挙の投票>

つい最近のことだけど、アメリカでは選挙の投票日だった。

その日は、アメリカの選挙権を持ってる人々は、ほとんどが早退する。
(もちろん、選挙で早退しても、裁判の陪審委のために休んでも、有給扱いとなる)


その日、数人のスタッフと話をしていたのだが・・

「いっそのこと、選挙日は休みにしちゃえばいいのにね~。」

「あのね、日本ではね、選挙の日は日曜日なんだよ!」と私がいう。

ええええ!! と、一同が驚く。

「なんで日曜日なの?」

「土日ってのはお休みの日じゃない! それはプライベートに使うためのお休みの日でしょう~が。」

「それじゃあ、日本人はプライベートを削ってまで投票に行かなきゃならないってこと?
それで、投票率下がらないの?」


みんなが一様に言う。


そこで、日本通の韓国系アメリカ人が・・思い出したように言った。

「そういえば、日本の投票率って、ひどく悪いって聞いたことがあるなあ!」

「あ~、なるほど! 日曜日にやってるんじゃ、当然だな~。」



私は・・それまで考えたこともなかった。
選挙ってば、日曜日って・・漠然と思ってた。

これほどまでに、国によって常識は違う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、時代によっても違うのだ。

<江戸から明治の常識>

日本だって、大きく常識が変わった(変えられた)のは、明治時代からだろう。

たとえば、散髪脱刀令(さんぱつだっとうれい)

新たな明治政府によって、明治4年に出されたもの。

みなさん、ちょんまげを切ってくださーい!
武士のみなさんも、刀を持って歩かないよーに!


じょーだんじゃないよ!

いくら法律で定められようが罰せられようが・・ほとんどの人が従おうとしなかったのだそうだ。

なかには、夫がちょんまげを切ったというだけで、見るに堪えない!と妻に離婚される事件まで多発したんだとか。

明治政府とて、一枚岩ってわけじゃあない。

岩倉具視さんなんか、ヨーロッパに視察団として行ったときでさえ、ちょんまげ・羽織はかまで押し通したくらいだ。

何がなんでも・・それだけは許せん!(嫌だ~!)ってことだったらしい。

ほらね~。
 ↓
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http://yayoigaoka-seminar.com/juniorschool/syakai/rekisi/72meijiisin2/iwakura.html


それでも岩倉さん、

ついに・・近代国家を作る上では、こりゃまずい!と悟って、泣く泣く切ることにしたという。


で、こうなった。
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ところが・・まだまだ、国民は納得しないのだ!

新政府に、こーんなことを言われるくらいなら、まだ、江戸幕府の方が良かったよな~! 
なーんて囁かれる始末。


そこで、首脳陣は明治天皇にお願いをする。

まず、陛下から髪を切ってください!と。

明治天皇がどう思ったのかは知らない。。。


そこで怒り心頭になったのは、宮内庁勤めの方々だった。

とくに、古株の女官の方々(←まさに、お局様たち・・すごーく煩いし怖い存在だったそうだ。)


思い切った新政府は、すべて反対する宮内庁職員を首にしちゃったとか。


で、明治天皇も、ついにこうなった。
   
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これを日本国中に配布して、

天皇陛下だって髪を切った!ってことで・・ようやく一般人たちも、ちょんまげを切るようになっていったそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

たかが、「ちょんまげを切る」ってだけの事でも、これほどまでの大騒ぎだったのだ。

明治という時代・・それまでの常識を、がらりと変えざるを得なかった時代。

馴染んだ常識を変えるということは、人々にとって、それほどまでに大変なことなのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、「1つの国の中での常識」というのが存在し、

「世界共通の常識」が存在する。

世界共通の常識というのは・・・政府が存在して貨幣経済になってること。
それはどこの国でも同様だろう(マイノリティーの少数民族世界では違うこともあるだろうが・・)

じゃあ、もっと広げて・・

「銀河系世界の常識」は、どうなんだろう?

ずいぶん前に、こんなフランス映画の紹介&アップをしたことがあった。
      ↓
美しき緑の星(La Belle Verte)
残念ながら、あのときアップした動画は見られなくなってるようだ。


そのかわり、ここで見ることができる!(お好きな方はどうぞ・・お早めに)
      ↓
La Belle Verte :美しき緑の星(日本語字幕付)



ひょっとしたら・・このように、

政府も存在せず、貨幣制度すらも存在していない

誰もがみんな、シックスセンスを持ち合わせている


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http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51919283.html


そんな星が存在するのかもしれないし、銀河系星連合組合みたいなものもあるのかもしれない。
(我々の国連のように)


ただ・・あまりにも小さなところで生きている私たちが、知らないだけ。

想像することもしないだけなのかもしれない。


こんなふうに。
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現在、目に見えることだけが現実なんやし・・

これでいいんや~! 極楽極楽・・と、カエルさんは言う。

感性は年齢とともに豊かになるものらしい!

感性ってなんやねん?

・・と、ある女の子が怒鳴っていた(笑)
もちろん、こちらに住む日本人の女の子だ。たぶん・・関西人?

「感性を豊かにしなさい!ってどーゆうことやねん?」



そういえば、最近はたしかに、
豊かな感性を持て・・とか、鋭い感性を磨け、とか・・

そういう言葉を目にするようになった。


だけど、「感性」って言葉は、ひどく曖昧に使われてる気がする。

いつから、使われだしたのか?
昔から、あった言葉だとは思えないのだが・・。


・・・・・・・・・・・・・・・

英語では「感性」に該当するような言葉は存在していない。

強いてあげるならば、

sense

sensibility


しかし、これは・・感覚感受性に近い。


または、

affective

empathy


こうなると・・感性つーより、感情だ。

たぶん、
感性から生まれて心を揺らすものが感情になる。
だから感性があって、感情になるはず。

やっぱり、英語には該当するものがないんだなあ!!

・・と言ったら、ある日系人の方が、


heartstringsって表現があるよ。」って教えてくれた。

おお!
そうだった!


heartstrings 心の琴線に触れる
となる。

なんて・・きれいな言葉なんだろう。


心の琴線 でも・・

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heartstrings(ハート♥ストリングス) 心の弦 でも、

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感性とは心の琴線に触れることなのかもしれない。

そんなふうに思えてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「感動」することについては、この2つのブログ記事で触れたばかりだったけど・・

今さらバシャール、されどバシャール!

バシャールのワクワクの続き(豊かさ)

「感動」もまた、「心の琴線に触れること」と言えるのではないだろうか?



素晴らしいものに出会ったとき(心の琴線に触れるような体験のとき)、

みなさんは、どのように感じるのだろうか?



これは、私の場合なのだが、

★それが、音楽ならば、耳を傾けているだけで、鮮やかなさまざまな色がうかんできて、映像までも広がっていく。

★それが、絵画ならば、今度は音が浮かんくる。 音がいっぱい浮かんできて楽曲になったり、映像になったりもする。

★詩や小説など、文字で書かれたものも同様で、
そこに、色や音や匂いまでも感じることができる。

★ものすごく美味しいものを食べたときも同様
味覚や香りは、心地良い音楽や映像までもを作り上げることがある。




つまり、五感のすべてが感応しあい、それが次第に心の奥底に落ちていく感じなのだ。

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それは永久に消えることなく、セーブされ続けるような気がする。




ずいぶん前だったけど、バベットの晩餐という映画を紹介をしたことがあった。

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その中で、ある男が、

素晴らしい料理に感動し、このように表現していたことを思い出す。
     ↓
「ここの料理長は食事を恋愛に変えることのできる女性なのだ。
それはもう、肉体が望んでいるのか精神が望んでいるのか区別がつかなくなってしまう。」


この感覚、私にはよーく理解できる。

深く感動したとき、五感も頭も体もすべてが一体となって、もう、見分けがつかないほどになってしまう。
そして次第に・・心の奥深く落ちていって、いつしか血と肉になっていくかのようだ。





もちろん、こんなことは、年がら年中起こるわけではない。


だいたいの場合は・・

「コンサートに行ってきたんでしょ? どうだった?」

「うん、上手な演奏だったよ。」
(←おいおい、子供の音楽発表会じゃあるまいし・・)

「すっごく上手だし、演奏者の女性がすっごく美人でドキドキしちゃった~。」(←それって?)



「絵画展、どうだった?」

「きれいな絵がいっぱいで目の保養になったよ。 あんな絵を家に飾っておくのにいいだろうなあ。」


この程度で終わってしまうことも多い。


こうゆうのは、たぶん・・その場限りの・・凡庸な作品だったのかもしれないし~(笑)

そのときだけ良かった~!と思っても、時とともに忘れちゃうような・・・。


ずいぶん昔の話だけど、
たしか・・マドンナが自分の舞台を、ある俳優(かなり有名な人)に見せて、

あとで、「どうだった?」と感想を聞いたとき、

その男、「It was neat !( うん! 上手だったよ!」と答えたそうな(笑)

マドンナは、それを聞いて・・・ブチ切れた!

「私の舞台を ”上手”だって言うんか! あの男は!!」と。




なぜ、マドンナがブチ切れたのかはわかるよね(笑)


プロフェッショナルの人々が、うまい! 上手!なのは当たり前のことのわけなんだし、

そんな言葉は誉め言葉にならないどころか・むしろ、ひどく侮辱する言葉に聞こえたりする。

それならむしろ、「うーーん、ちょっと私の好みじゃないんだよね~!」と言われた方がずーーといいらしい。

彼らが知りたいのは、「感動させられたかどうか」なのだ。




さて・・

そのときのマドンナが、アーティストとしてはイマイチだったのか?

それとも

「その男」が、あまりにも感受性が鈍すぎて、何~もキャッチできないようなボンクラ過ぎたのか?(←ケビン・コスナーに言いすぎだろ~が!)


ま、そこはわからないのだが。

たしかに、
受け取る側の好みというものもあるのだ。

目で見るよりも耳で聞く方がキャッチ能力が強い人もいるし、その逆もある。


自分にとって、何がより感じるか?

そこは人それぞれだし、そこから好みもそれぞれに分かれるのだろう。



さらに人は成長とともに好みが変わっていく


ポップアートしか興味が無かった人が、ロマン派画風が好きになったり・・

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子供の頃は、ミョウガが大嫌いだったのに、大人になったら、あの風味と苦みが、たまらなく大好きになったり・・

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年齢とともに成長とともに、好みもどんどん変化していくことが多い。

ただし、変化はしていくけど決して減っていくわけではない!!


インターネットで検索すると、なぜかこんなふうに考えている人も多いらしい。
   ↓
「年をとるにつれて体験が多くなるため感動は減る」




なんで大人になって体験が多くなると感動が減るのか?・・この相関関係がさっぱりわからん!


どんどん多くの体験をすれば、どんどん視野は広がり続け、今までキライだったものが好きになったり嗜好も変わっていく。

それとともに、新たな感動もどんどん増えていく。

どう考えたって、そちらの方が自然な流れじゃないだろうか?


それとも、年齢を重ねれば・・もうほとんどを体験しつくしちゃった~と思ってしまうんだろうか?


だとしたら・・これだ~!と思う(笑)
    ↓
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何世紀も経て生き続けてきた吸血鬼だって、この世のすべての体験なんてし尽せないし、まだまだ知らないことだらけだというのに~。
    ↓

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かなり古いポーの一族より



年をとると体験が増えてくるんでほとんどが経験済みになってマンネリ化する

年をとると、頭が固くなり吸収や行動力が少なくなる




こう言いながら・・人生をマンネリ化させてしまうのも、頭を固くしてしまうのも・・年のせいじゃなくって

すべてご本人のせい(または、思い込み)だと私は思えてならないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな説があるのをご存知だろうか?

成人した肉体は年齢を重ねるごとに衰えていく。

それと反比例するのは精神である。(肉体と精神の関係はエントロピーの法則外にある)

人の精神レベルは年齢と共に上昇し続け、
人は年齢を重ねるにつれ”感受性”は豊かになっていく。



この論述した学者さんの名前を思い出せない・・。 ん~?誰だったかなあ?

とにかく私は、まだ若いころにこれを読んで、早く年をとりたいなあって思ったくらいだ。



人はね、ほんとは・・墓場に近くなるほど、精神は自由に飛び回れるようになるものかもしれないよ~。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところ・・感性を磨けだとか!豊かにしろ!だとか・・

また、バシャールさんの「ワクワクすることをしろ」だとか、

プレアデスさんの「自分を解放しなさい」とか「ハートを全開にしなさいとか」

こうゆうの、みーんな同じことを言ってる気がするのだ。
(もっと言えば・・この間も言ったけど、般若心経も理趣経もなーんもかも・・行きつく先は一緒~♪(笑)



頭(脳)で縛られてしまったものを開放し、

体全体で感じる、ワクワクする大好きなことをすればいいのだ!



こんなことは・・わざわざ言われなくたって・・必ず誰でも持ってるはずなのだ。

もしも、自分はとくに無い!思いつかない! というのであれば・・それは「病気になってる」んだと思う。

正常な状態で機能していないということだ。


また、こうゆう人は必ず、体の持病も持っているか、または、近い将来に持病を持つことになる。
(私の経験上、これは100パーセント言えることだ!)


なんでもいいから、心を開放して感じよう!とすることから始めるべきだろう。

対象はなんでもいいのだ。

芸術作品と呼ばれてるものだけが感動対象ってわけでもないしね~。
エンタメだって、もちろんOKだ。


お笑いが大好きなら、お笑いショーに云って、涙が出るほど笑い転げれば、

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https://matome.naver.jp/odai/2146804449178979801/2146804485679768903

どんなストレスだって吹っ飛んじまうものだ。

(何事も中途半端はダメだけどね~。
まあ面白かった、上手だった、きれいだった・・なんてのは感動とまでは呼べないのは違うよ~。)


そうなりゃ、しめたもの!

ストレスは吹っ飛び、明日への活力源のエネルギーまで貯蔵できてしまう。



そうやって、どんどんワクワクし続けながら、多くを経験していけば・・

年齢とともに、ますます豊かな感性が上り調子になる


心の豊かさ、心の栄養・・・そんな言葉はなんだっていいんだけど・・

なんてたって、それが一番、誰にとってもHappyを感じることなのだよ。

バシャールのワクワクの続き(豊かさ)

前回今さらバシャール、されどバシャール!をアップしたところ、質問メールをいくつかもらった。

ざっとこんな内容
    ↓

魂が望むワクワクすること(好きなこと)と自我が望むワクワクとの違いがよくわかりません!

たとえば、お金持ちになって豪華な家に住んだり高級車を持つことを夢見てワクワクするのは、魂が望むことじゃなくて自我が望むことなんでしょうか?

それは間違ったワクワクなんでしょうか?

自我というのは、なんなのでしょう?


こういったことを言葉で説明するのは、ほーんと難しいと思う。

目に見えない感覚を伝えることは、相手も同じような感覚を持っているか、心へのタッチ能力がない限り、無理なんじゃないかなあ?とも思ったりもする。


シラントロを食べたこともない人に、その香りと味を説明するようなものだ。

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「それ、コリアンダーのことだよ。 パクチーって呼ばれてることもあるよ。
ちょっと甘いような、なんともいえない癖のある味と香りなんだ。」



「あ、そうかあ! うんうん、想像できる!」と、すぐにピンときてくれるならラクなのだが・・

コリアンダーも、パクチーも知らなくて、ぜんぜん想像もできない!としたら、ますます言葉を並べ立てなきゃならないことになる。


私は拙い言葉を並べ立てて、あとは相手の想像力に頼るしかないのだが・・

でも、説明してみよう!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お金持ちになって豪華な家と高級車を夢見てワクワクすること」


それを具体的にイメージすると、例えば、こんなことだろうか? 


私は、 ニューヨークの高層ビルの最上階のコンドミニアムに住みたい・・・大きなガラス窓があって、まるで宝石箱をひっくり返したような街の夜景が見えるところ。

この下には、新しい建築物とアールデコ調の古い建物が混じっていて、そこに多くの人々が生活してる。
金持ちもいればホームレスもいる・・・都会にはさまざまな人がいきかっているでしょ?

上からみると、1つ1つが小さくて、全部キラキラしてるんだよね~♪



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車はね、ポルシェ911が好きなんだ~。 色は黒がいいなあ。

あの美しい流線形のフォルム、道路に吸い付くように走るし、運転すると自分とすごい一体感があるのが最高~。
大自然の中を走り抜けてみたい♪



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こういった話を聞いてるだけで、私までウキウキしてくる~。
(別に私はマンハッタンの高級コンドの最上階に住みたいとも思わないし、ポルシェ911にも興味はないんだけど・・)

それでも、ウキウキとしたイメージを語る人のそばにいるだけで、その波動が伝わってくる~♪


こうゆうとき、

豊かさを感じて暖かくなるのだ。

心の豊かさ



ところが、人によっては「漠然と」豪華な家と豪華な車が欲しい!と思ってるだけの人もいる。

なぜ?と聞くと・・

ビンボーな田舎者とばかにされたくないから、都会的な高層マンションに住みたいんだよ。

友達にも、おお!すっげえ!と羨ましがられる生活がしてみたいんだよ。

でも、職場から遠くなるのは通勤が面倒だから、なるべく近くで便利なところがいいなあ。




これは、ぜんぶ自分のが作りあげてた願望ではないだろうか?


この場合の特徴として、欲しい家や車に対する自分自身のイメージを具体的に持ってないという傾向がある。


そんな彼らのイメージを尋ねると、

まるで雑誌に載っているような月並みな豪邸イメージだったり、車のパンフレットに書いてあるようなイメージだけってことが多い。



ああ、そういえば・・

知人の不動産セールスをしている女性が、しきりに「レクサスが欲しいよ~!買いたいよ~!」と言ってたことがあった。


理由を尋ねたところ、

こちらの日系不動産屋さんたちは、ほとんどがレクサスに乗ってるんだとか。(言われてみれば確かにそーだなあ。)


こうゆう車
   ↓

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お客さんを乗せて物件を案内することが多いため、

ビジネス上の理由からレクサスに乗るのが一番いいんだそうだ(笑)

「へええ、そうゆうものなのか~。」と私は思った。


当然ながら、彼らにとっては、「レクサスというブランド名となるべく新車であること」のみが必要なのだ。

彼らは、うっとりするような目でレクサスを熱く語ったりはしない。


逆に、知人の車好きは、自分の好きな車については目を輝かして延々としゃべる。
ほっとくと止まらないのだ。

「すごいだろう! こんな美しい形を作り上げたデザイナーにも、この素晴らしいメカニックにも脱帽だよ!
こういった何人もの天才的なプロフェッショナルの手によって出来上がったのがこの車なんだよ。
すべてが手作りなんだ! 
こんなのを作ってくれた人たちに感謝感激だ~。」


彼は、その車を作ったデザイナーやメカニックにも敬意を払い深く感謝までしてしまう。


やれやれだ😥

やれやれとは思うものの、それでも、ウキウキ感が私にも伝わってきて、私まで良い気分にさせられてしまう。


おわかり頂けるだろうか?
この違いを!



●脳から派生したもの(自我)
ビジネス上有利になるから、ステイタスになるから、安心だから、(漠然と)ラクな暮らしや贅沢がしてみたいから
特徴:凡庸なイメージのみ


●魂から派生したもの
ものすごく惹かれる、感動すら覚える。 イメージすればするほどワクワクしてしまう。
特徴:独自のイメージを持ち、いくらでも具体的にイメージできる。



とまあ、便宜上この2つに分けてみた。
魂なんて言葉を使ったんだけど・・それが適切な言葉かどうかはわからない。 ひょっとしたら・・DNAと呼ぶべきなのかもしれないし~。



さて、ここで・・

もし、あなたが車だったら、どっちの人のところへ行きたい?(←すごい質問?)

自分に惚れ込んでくれてすごく喜んでくれる人のもとに行きたいんじゃないかな。(笑)

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愛ある人のもとへ。


ひょっとしたら、

人がモノを選ぶんじゃなくって、モノが人を選ぶのかもしれない。・・なーんて私は思ってしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

こういった話をしていると、「じゃあ、脳から派生したものは良くないってこと?」と、勘違いする方もいるらしい。

なので、ここではっきり断言しておきます!

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決して悪くない!!

この現生で生活していく以上は、必要なことも多い。



ただ、ここに大きな問題がある。

「脳から派生しているものだけが生活のすべて」になってしまう人たちのことだ。

さらに、魂から出るワクワクが、どんなものだったかさえ、今ではわからなくなってしまっている人たちのことだ

それは「豊かさを失う」ということではないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・

私は、「願望成就のための天然石のブレスレット」を作っている
のだけど、

人のために作るときは、必ず、なんのために? なんの目的で?と聞いてから、それに合わせて石を考えていく。

ごくたま~に、

「お金が欲しい」
「金運アップのため」


としか言わない人もいる。

金運アップなんだから、ぜんぶ、タイガーアイかタイチンルチルにしちゃえば!ってか?!(笑)

それじゃあ、願望なんて叶わないよ~!・・と、私は思う。


なんのためにお金が必要なんだろう?



お金そのものが目的の人はめったにいない気がする。

ほとんどの人が、その先にある目的のために、お金が必要なんじゃないだろうか?


それとも、

何がやりたいのか何が欲しいのか? 具体的なビジョンがないけど、

とりあえずお金!と思ってるだけなんだろうか?

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https://www.athome.co.jp/vox/town/78086/pages2/

「とりあえずビール」みたいなものか~?(笑) 
なんで日本人はこんな言い方するんだろ?
ビールさんに失礼な気がしてしまうのは私だけ?




私の経験上だけど・・・「漠然と」「とりあえず」お金が欲しいなあ!と望んだところで、めったにやってこない(笑)


稀にこうゆう人もいるけどね~。

お札のにおい、お札の肌触りが大好き・・お札そのものを愛してるの~!もう、スリスリしたくなっちゃう!

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うん、きっとこうゆう人には、ざっくざっくお札が集まってくる可能性は高いかも。


・・・・・・・・・・・・・・・・

私には、「引き寄せの法則」というのは、モノに対しても強く働くような気がしてならない。


本当にワクワクしながら願えば、「モノの方からあなたを選んで、あなたのところにやってきてくれる」

そんな気がしてならないのだ。


もちろん、モノだけでない。

何事も、本当にワクワクしながら望み進んでいけば、なんだって可能になる!

ということだ。


こんなとこで、答えになっただろうか?

今さらバシャール、されどバシャール!

日本から研修に来られた方々がいて、たまたまその中の一人の女性とランチをご一緒した。

そのとき、「最近、読んだ本で何か面白いものありません?」と聞かれたのだが・・

まさかなあ、正直に「ダークタワーシリーズ」を全部読み終わったとこ、って言ってもなあ、
この女性には引かれちゃいそうと思ったものの・・

めんどくさいんで、正直に答えた。

「え? なんですって? それって、スティーブン・キングが書いたものなの?
オカルト作家じゃないですか~! 気持ち悪い映画いっぱい出してる・・そんなものを読むんですか!」



あーあ、やっぱ、思ったとおりのリアクションだ(笑)


「私は、つい最近、すごくためになる本だからって、バシャールを人に勧められて読んだんですよ~。」と彼女が言う。

今ではこんなに出版物があるらしい。
     ↓
bashar.jpg


「え? バシャール、懐かしい! 80年代にはちょっとしたブームになりましたからね~。」(←完全に年がバレる会話だ)

彼女の方は、せいぜい30代と見た。

「でもねえ、なんだかピンとこなかったわ。 いったいどこがいいんだか・・。
やたらに、ワクワクすることをしろ!って言ってるのよ。 いつでもワクワクするように・・だって~。
そんなこと、大人になったら、あるわけないじゃないですか!」
と、彼女。


「ん? そうゆうことじゃないと思うけど・・ワクワクってどうゆうことだと思うの?」、と私が聞く。

「そうねえ、子供だったら、遠足の前の晩にワクワクして眠れないとか、プレゼントをワクワクしながら開けるとか・・
学生の頃だったら、好きな男の人と付き合い始めたときは、ワクワクするとか・・」



ああ~そうゆうふうに解釈しちゃってるのか~。

「そうゆうワクワクとは、意味が違いますよ。
バシャールは、ダリル・アンカってアメリカ人がチャネリングして書いた本だったよね。
だから、原文は当然英語だし、たしか、excitement って表現してるはず。 動詞ならexcite
だから、今言った意味のワクワクとはニュアンスが違うんですよ。」

たしか、ダリル・アンカってここ、ロサンゼルスに住んでたような気がする。

The Official site of Bashar Channeled by Darryl Anka https
Darryl Anka


「え? Excitementだったら、興奮って意味じゃないですか~!」
と彼女。

おいおい! 

この女性は、日本から来てる人の中では・・英語だってそこそこ話せる人だ。

でも、どうやら、英語も辞書通りの意味でしか理解しようとしない人らしい。


「日本語で訳せば、たしかに、興奮することだけどね・・でも、ちょっと違うよ。
ためしに英英辞典をみてごらんよ。ちょっとばかし日本語のニュアンスとは違うはずだから。」


といって、私は、スマホの画面で英英辞典の画面を表示して見せた。

Excitementは下記のように説明されてた。
    ↓
a feeling of great enthusiasm and eagerness.




「ほらね、日本語の興奮とは違って・・心身で感じる幸福感を伴う高揚感みたいなもの」ってカンジでしょ?
すごく、ポジティブな響きがあるし・・。
でも、ごれにぴったりする単語は日本語にはないよね? だから、翻訳者はワクワクと訳したんだと思うよ。」
、と私。


たしか、80年当時、この翻訳者はまだ若かったはず。

日本語に無い言葉を、彼の感性で、ワクワクと訳したんだと思う。


彼女のなんとなく不満そうな顔。

たぶん、プライドが高い人なんだろう。
日本では、エリート社員で英語も堪能と言われてる人なんだろうな~と思う。

なのに、私に英英辞典まで見せられて説明されたのが、ちょっぴり癇に障ったのだろう・・・と推察する。


「あら、それでも、ワクワクって言葉は違いますよ。 
私ね、バシャールを読んでるとき、ワクワクって意味がピンとこなかったから、私、わざわざ広辞苑で調べたんですよ。

広辞苑によれば、”楽しい期待などで心が落ち着かず、胸が躍るさま”って書いてありましたよ。
つまり、あなたがおっしゃるような意味だったら、翻訳者の誤訳ってことになりますよね!」



はあ~。


「誤訳じゃないと思うけど~。 だって、日本語にはぴったりくる言葉がないと思うし~。
だから、彼の感性で、ワクワクという言葉を選んだんだと思うよ。 たぶん、一番しっくりくる言葉だと・・私も思うけどな~。

じゃあ、他にどんな日本語の単語をあてるべきだったと思う?」



おっと、最後のは失言だったかな~。

他に、どんな日本語が適切かなーんて、バシャールの意味をハートで理解できてない人に言葉が探せるわけはないのだ。


「ちゃんと英和辞典にもあるんだから、興奮することをしろ!って言った方が、まだ正確だったんじゃありませんか?
あなたの説が正しいとすれば・・。」



ほらね、やっぱりこうなる!・・・私の失言だ(笑)


みなさん、毎日興奮することをしましょう! Byバシャールってか。。。

おいおい、それってやばくね?



「あの・・辞書ってものは、一般的に使われてる言葉を学者の先生方が調査して編集して作ったものでしょ。
それが常に正しいということでもないし、それ以外の意味を持たせちゃいけない!ってことでもないと思うんだよね。」
と私。


「でも、正しい日本語を判断するときは辞書じゃないですか! 
出版物に特別な意味をもたせる言葉を使うなんて、意味わかりません。」


そんなことを言いだしたら、この世に、本物の詩も小説もなくなっちゃうだろーが!
芸術そのものがなくなっちゃうぞ~!
・・と私。 (←心の中で思ったこと)


頭でっかちのエリート。

なんでも脳で判断する人、それが「知性」だと思いこんでる人ってのは厄介だ~。

おまけに、自分は「頭が良い」と思いこもうとしてるような人は、プライドが高くて、人を平気で傷つけるわりには自分もすぐに傷つきやすい・・ときたもんだ!(笑)

私も若い頃は・・そうゆうとこあったよな~、なので・・気持ちはわかるのだが・・。



だいたい、話の本筋がずれてきてるし~。

「正しい日本語論は置いといて・・バシャールのワクワクは、感動に近いことだと思うんだよね。

しかも、ただの感動だけでなく、それが明日へのエネルギーとなるようなパワーを秘めたもの・・それこそが、バシャールの行ってるExcitementじゃないかなあって。」


「感動? そんなもの、大人になったら、そうそうあるわけがないじゃないですか~!

ましては、私は主婦であり仕事も重要なポジションを任せられているんです。
毎日が忙しいんですよ。

感動?、ワクワク? どっちでもいいですけど・・そんなことしてるヒマなんて、ないんですよ。」
と、彼女は笑った。

苦笑だった。。。

ここで、ランチタイムも終わったので、この話もおひらきとなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、こうゆう人には伝えることは非常に難しいだろう。

何事も、自分の脳だけに判断基準をおいて理解しようとしてしまう人には。


こうゆう人に理解して頂くには・・

私の方から、彼女の頭の中に潜入して、彼女の先入観を打ち砕くような、ほころびや縺れをみつけて上手にそれを解きほどしてあげるしかない。 

それも、傷つきやすい彼女のプライドを傷つけないように細心の注意を払って、彼女の望む言葉を選ばなければならない。

こういったタイプの方は、ちょっとでも傷つけられると完全に相手をシャットアウトしてしまい、ますます、聞く耳は持たなくなるものだ。




そんなめんどくさいこと、やってられっか~!(笑)


でも・・なんだかなあ、

とくに今の日本は、そういった傾向の人たちが、増えてきているのかもしれない。



私は、ずいぶん昔にバシャールを読んだことはあったけど、特別、バシャールファンというわけではない。

同じようなことを述べている書物は他にもあるし、映画でもアニメでも、そういったことを教えてくれてるものは他にも多々あるからだ。


でも・・今の時代、彼女のように頑なに誤解されてしまってるんだとしたら、

それじゃあ、あんまり、バシャールさんも、ダリル・アンカさんも、この翻訳者さんも・・浮かばれないだろう(笑)

なので、この機会に、私がバシャールから感じたことを、ここに書いてみようと思う。 ずいぶん昔だけど・・。
いまさら、バシャールって気もしなくもないけど(笑)

・・・・・・・・・・・・

これは、前にもブログで書いた気がするけど・・

ある人が言った言葉
   ↓
「魂に刻まれるものは、体験と感動のみ。私たちは、そのために肉体を持って生まれてきた。」

私は、この感動に近いものが、バシャールのワクワクに近いかなって思う。

感動することによって、明日への活力となるようなバッテリー充電状態になることができる。

だから、少しでも日々多くの感動して日々を生きろ!ということだと。


つまり、彼女が言っていたような、こういった事とはちょっと違う。

遠足の前の晩にワクワクして眠れないとか、プレゼントをワクワクしながら開けるとか・・
好きな男の人と付き合い始めたときのワクワクするとか



これって、全部何かを期待してワクワクすることだ。

バシャールのワクワクには、期待なんてはいってないのだ。



もうちょっと補足すると・・(ん~。言葉でこうゆうのを説明するのって難しいなあ~)

自我が望むワクワクじゃなくって、自分の魂の望むワクワクすること。

「好きなことだけをして生きろ」とも言えるかな。(←これも誤解されちゃう言葉かなあ?)


ところが、これがうまく伝わったところで、こう言われちゃうことが多い。


「大人になれば、ワクワクすることだとか、感動することだとか、そんなもん滅多にないに決まってるだろ!」
(えっと、つい最近にも、このテーマで書いたばっかりだった。)
    ↓
子供の頃と比べて時の流れと感動そして想像力



「じゃあ、どうしろって言うんだ? 何か趣味でもみつけろってか!」とかっていう人もいる。


うーーむ。

おそらく・・この2つのタイプが多いんじゃないかなあ?

ご年配の方に多いタイプは・・「嫌いなことでもじっと我慢してやりとおせ、努力こそが美徳」みたいな教えで育った方が多いんで、歯を食いしばってがんばりぬくことこそが美徳、XXしなければならない! XXすべきだ!なんて考え方が植え付けられている。

マジメな頑張り屋さんになればなるほど、嫌いだと思ってることさえも自分にムチ打ってまで頑張っちゃう。

こんなふうにか・・
muchiutu.jpg
https://ameblo.jp/yurrygood/entry-12394315049.html

そして、それが立派なことだと思い込んじゃってる人も多いらしい。


逆に若い方々に多いのは、完全に「現実重視」で、社会や常識に上手に即した生き方をしたがる傾向があるみたいなのだ。
コスパがいいか悪いかを判断して行動する人たちが多いんだとか・・。

どちらにしても、頭しかつかわない人ばかり。 

それが当たり前だと思っちゃってる人たち。

脳に頼ってばかりで、魂の声なんて聴こえなくなっちゃうってるんだろうなあ~。
 
そうなると、脳はどんどん誤作動を起こすようになるし、本当に楽しいこと、ワクワクすることさえ、わからなくなっちゃう。




で、そうゆう人たちが無理やり、楽しいこと、ワクワクを探そうとすると、つい、外からの情報ばかりに頼るようになる。

グルメ雑誌で美味しい店を探すとか、今、人気の本だとかお勧めの映画情報とか、旅行もしかり・・。
全部、「受け身」でしかなくなっちゃう。

自分自身のアンテナが働かなくなっちゃってるんだろうなあ。


「なーんだ! 雑誌で紹介してあったし、すっごい人気だって言ってのに・・ちっとも大したことなかったじゃないか!」

で、結局のところ、また「ワクワク」がわからない、どうやって探せばいいのかわからない!
そんなものは、滅多にないだろ!

ってことになっちゃうことが多いらしい。。。



私は霊能力者じゃないんで、オーラの色なんか見えない。

だけど・・人の出す波動のようなものは、よく感じることがある。

ワクワクすることをしない人(感動することを忘れちゃってる人)の出す波動は、すごくイガイガした不快なものを感じることが多い。


たとえ、頑張り屋さんで「嫌いなことを頑張ってやり遂げた人」であっても、そうゆう人の出す波動ってのは、イガイガした嫌なカンジなものなのだ。

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そういったイガイガ波動は、必ずいつしか本人に病気や不幸を招くだろうし、また、社会にとっても、そういったネガティブパワーをまき散らしていく。


人と人どうしも、人と世界とも・・みんな波動で繋がっているのだ。

日本語で「波動」と呼んでるけど、英語ではバイブレーションのことだ。
高い波動を・・high vibrational energyなんて言ったりする。




たとえば・・こんなふうに街の中で行き過ぎた人々の間ですら、影響しあってしまうものなのだよ~。

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イガイガ波動の人が増えれば増えるほど、社会にも、世界にも影響を与えるてしまう。

もしも、そんなもので充満していってしまったら。。。



バシャールの言いたいことも、そこじゃないかなあ?

●だから、キライなことはやるな!

●どうしてもやらなきゃならないないことならば、好きになってからやれ!

(嫌いだと思ってることでも、自分の魂と脳とで十分ディスカッションすると、好きになることも多いのだ。
脳が、「あれ~!嫌いだと勘違いしてた~、ごめ~ん!て言いだすこともある、(笑)


●それでも、嫌いとう答えが出たならば、まったくやる必要のないこと!

だと私は思っている。



人なんてさ~

努力しなさいとか、持続力をつけなさい、集中力を持ちなさいなんて・・言われなくったって、

本当に好きなことをやってれば、自分でもびっくりするくらい、努力もしちゃうし集中力も持続力も出ちゃうもんなのだ。

ものすごーく自然に、できちゃうものなのだ。


しかも、そういった人たちは、いつだってキレイな波動に包まれている。

12-ways-to-raise-your-vibration.jpg



こういったことを・・
また別の言い方をすれば、ポジティブであれ!ともいえるだろう。


おっと~!

おっと、ここでまた、「ポジティブ」って言葉だけど、

近年では何事も「ポジティブになれ」って言葉もひとり歩きしちゃってる気がする。

これまた誤解しちゃってる人がいるのだ。

ネガティブは悪いこと、いけない事と思い込んで、臭いものに蓋しちゃって、無理やりポジティブを装うとしちゃう人だっている。

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ネガティブが悪いなんて誰がいったんだ?

ちーーとも悪くない!


誰だって、嫌なことが起こればネガティブフィーリングに落ち込むし、持ってて当たり前じゃないか。

嫌な目にあっても辛くても、いつも、にこにこポジティブだったら、そりゃ、タダのアホだろ!


おっと! 山田はそうゆうアホじゃないよ~。 もっと、ハイバイブレーションのアホなのだ!念のため、ひとこと!
    ↓
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ただ、問題なのは・・ネガティブフィーリングをずーーと持ち続けて、ますます、どんどん、ひどくなってしまう人だ。
(こうゆう人も増えてきているのかもしれないが・・)


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ほとんどの場合、正常な人(心身共に健康な人って意味ね~)であれば、ちゃーんと乗り越えられるようにできてるらしい。
どんなに辛くても、ちゃんとネガティブなものと向き合って、自分の中で統合して、そのうち乗り越えちゃう。

それが、「ポジティブ」になるという意味だと思う。

ネガティブとちゃんと向きかって自力で乗り越えたのちにあるもの=それがポジティブ


そうやって、人は多くの経験を積むようにできている。

そうやって成長してきた人の波動は、本当に・・すごく心地良いのだ。



なぜだろう?

その一方では、なるべく新しい経験なんてしないで、せめて現状維持すること、平穏無事だとか、安泰であることだけを望む人もいる。

それでいて、人生なんて平凡で退屈なものって感じてる人たち。

ワクワクすることも滅多にない人たちだ。


この世で多くを体験と感動をするために生まれるんだとしたら、安泰なんて望むのは、ちと・・違うんじゃないか?
・・と私は思ってしまうのだが?

むしろ、
「変化し続けていくこと」こそが、本来の姿では?

なのに、神社・仏閣で、

「平穏無事に過ごせますように」・・なーんて祈っちゃう。
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私だったら、

「どんな出来事にも、打ち勝てる勇気をお与えください!」と祈るだろう。

うーーむ。
さすがに、山中の鹿ちゃんには負けるけど・・。
     ↓
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さらに・・

望みがうまくいかないとき、不幸が訪れたとき、

人によっては、「それが宿命」という言葉を使う人もいるけど・・なんだか、逃げ口上の言い訳に聞こえたりすることがある。

私は、まあ「宿命なんて・・あってないようなもの」だと思ってるから。

つまり、自分の意思で何でも可能にできると思ってる(笑)

世の中の人、すべてが・・そうできるもんだと思ってる。




変化し続けること

おっと!(←このフレーズ、今回多し!)

変化というと、これまた、ネガティブに変化しちゃうのも変化だぜい!・・と思われちゃうとマズイのに・・

成長、または、進化し続けること・・と言い換えておくことにしよう!
(この方が適切な言葉のように思える。)

アップダウンのジグザク状態でありながらも、必ず上を目指しているグラフのように・・・

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人々は、このようにして1つ1つ経験してデータを増やし、乗り越えながら成長(進化)していくもの。

ワクワクを媒体として(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バシャールの意味するようなことは、他にも多くみつけることができる。

たとえば・・仏教でいうならば、

空海さんの仏教(仏教とひとことでいっても、かなり違いもあるしいっぱいあるからね~)


たとえば、理趣経・・これについては、何度か私のブログにもアップしたけど・・

沙門空海唐の国にて鬼と宴す_読書感想文

始めに言葉ありき_言葉について考える



しつこく、ここでまた引用するけど、

「妙適淸淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である」

妙適ってのはセックスのこと。

これだけじゃなくって、この経典の中では、美味しいものを食べることも、セックスも音楽も楽しい事すべてが・・「菩薩の境地なり」って言ってるのだ。

僧侶の戒律として・・女犯(にょぼん)、飲酒、肉食(にくじき)はタブーなんだと思ってた私には、ほーんと、眼からウロコだったのだ。


もちろん、これだって誤解して受け取られてしまうと、とんでもない教えになっちゃう!

そんなわけで、昔は、この経典はある程度修行を積んだ人にしか伝授されなかったらしい、もちろん一般人が見るのもタブーだったそうだ。

今では、なんでもオープンにされちゃってるけどね。



これを、バシャールさん流にいえば、魂が望む、ほんとうにワクワクすることじゃないだろうか?

妙適はお互いの気の交換でもある。

さらに、二人の波動が1つになり、さらに大きく輝かせることもできるという。

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それこそが、「菩薩の境地」に至る道といってるのではないだろうか?

最高の妙適、バンザイだ!(笑)



逆に、一生懸命に耐えて堪えて、頑張りって禁欲しながら、ん十年も修行したお坊さんは、それで菩薩の境地にいけるんだろうか?

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東京イラスト写真集より


それよりも、

ひょっとしたら・・本当に魂が望むことをして、愛や幸せを満喫してる一般人の方が、美しい波動を出して、周囲の人々まで幸せな波動で包むことができるんじゃないだろうか?

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修行しなくったって・・
涅槃の境地、悟りまっしぐら~
(笑)



般若心経もしかりだ。
これも、わりと最近ブログ記事にアップしてるけど・・
    ↓
ハート・スートラと般若心経と空(くう)


すべてが無、空、宇宙の中に自分があり、自分の中に宇宙がある・・だからこそ、すべてを受け止めて好きに生きろ!

ものすごくシンプルで、しかもブッダの説いた教えの凝縮したものがそこに息づいている。


実際、ブッダもすっごい苦労したって話は、これも過去のブログにも書いてる(笑)
沙門空海唐の国にて鬼と宴す_読書感想文


ブッダは35歳で自ら悟りを開いたのはいいんだけど・・その内容ってのは、人々の常識では理解してもらえないような内容だったし・・それを言葉でどうやって正しく伝えようか?ってことが重くのしかかったんだとか。

間違った言葉で導いてしまえば、人を導くどころか破滅させちゃうかもしれないし~。
でも、伝えるには言葉にしなきゃならないし、黙ってれば、本人の胸の内で終わっちゃうわけだし~。



で、仏教用語に、こんな言葉がある。

真如(真理)をあらわすのに、

離言真如(りごんしんにょ)」・・言葉で説明し尽くすことのできない、言葉を離れたもの

依言真如(えごんしんにょ)」・・言葉を使った教え

結局のところは、離言真如なんだけど・・それでも後世に残すには依言真如、つまり・・言葉にしなきゃならないってことになる。





あ~あ。

懇切丁寧に長々説明すればわかってもらえるってわけでもないし・・

ブッダだって高弟に教えるのに苦労したつーのに、私の書くようなバシャールなんか、伝わるもんかね?と・・疑心暗鬼にもなるってもんだ(笑)




教える方と聞く方の波長の問題?

教え方(言葉の選び方)の問題もあるけど・・聞く方の問題もあるだろうなあ。

そりゃあ、人生経験が少なければ理解できないってことだって、いっぱいある。



でも、一番大切なことは、脳で理解しようとすることではないんだと思う。

やっぱり・・そこだ(笑)と。


脳だけで理解しようとすれば、必ず先入観といったものに邪魔されるし、「いやいや、私は先入観を取り払って見ているのだ!」・・という別の先入観にも陥ることになる(笑)


すると・・あの彼女のように、頑なな人間になってしまうのだろう。
人ごとなんだけど・・気の毒だと思う。


感じる能力だ!

それが、魂へと通じる。

相手の心を感じる能力、タッチ能力を使えということかもしれない。(←あれ? タッチ能力って、キングの小説、ダークタワーに出てきた言葉だ! 私はまだ感化されてるのかな?)

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ワクワクすることをどうやってみつけたらいいのかもわからない人もまた、同様なのだろう。

どうしたらいい?って聞かれたとき、私はいつも、こんなふうに答えてる。



★まず、脳を使うことをやめてみること。
すでに、誤作動を起こし始めてるんだから・・

それには・・毎日1回づつでも・・

★深呼吸して息を吐き出し・・リラックスして、無の状態、ニュートラルな状態に入れるようにすること。
そうすれば、必ず魂の声が聞こえるようになってくる。

★そうなると、アンテナがバリバリに立つようになって、ワクワクすることなんていっぱいやってくる。

higer vibration



みんながワクワクすれば、美しい波動だらけになって、当然、世界も変わる。 進化していくだろう。

それを・・スピリチュアルな言葉では、アセンションと呼んでるらしいが。


私はアセンションした世界を見てみたいのだ!

だからといって、
アセンションした世界=極楽浄土・・・な~んて思ってやしないけど・・

ある進化した星では、すべての人々が超能力の才を持ち、貨幣も必要がなくなるんだとか。

そこで問題になるのは、地球のような進化してない野蛮な星の波動をどう対処するか?ってのが問題なんだとか。


実に面白い


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、こういったことを彼女のような人に話たところで、なかなか理解してもらえないだろうし、むしろ拒絶されてしまうんだろうなあ。

ま、私には関係ないし、どーでもいいか~!

実に私は冷たい人なのだ。

はっきり言って、人なんかどーでもいい! 人助けなんかする気はないし、人のために何かしてあげよう!なーんて、ちっとも思ったことはない!



だけどね~、イガイガした波動は敏感に感じてしまうのだよ~。

イガイガした波動をまき散らされるのはたまったものじゃないのだ。

ますます汚染されていき、世間も世界もひどくなってくだろうし、アセンションには遠くなるし、私までが不快な気分にさせられてしまうじゃないか!!


だからこそ、どんな人にでも、幸せな気持ちでいて欲しいと心から願ってしまう。
 
幸せな波動はそばにいるだけで私まで心地よくさせてくれるから。


この世のすべての人も動物も、いつでも幸せなワクワク波動を出していてもらいたいのだ。

そのためだったら、私は、微力ながらも、いくらでも人に力を貸したいって思ってしまう。


人のためにじゃない! それは私自身のためなのだから。

アセンションの世界とやらを、見てみたいのだよ。(笑)
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スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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