コンピュータテクノロジーの先にあるもの

前回に引き続き、もうひとつ、気になるテクノロジーの話。

それは、コンピューターテクノロジーの分野についてだ。

1950年あたりから現在に至るまでの、ほぼ70年くらいの間に、コンピューターほど進化しちゃったものはないだろう。

我々の使ってるパソコンにしたって、Windows95が出る前なんか、まずプログラムを起動するにも、コマンドプロンプトの画面がでて、この画面でコマンドを打ち込んでプログラムを起動してたんだもん。(←年がわかる。)

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オフィスの仕事はこれだった。

そして、画期的なWindows95から、コンピュータが一般家庭用にも普及していくことになった。
私が最初に買ったMyPCもWindows95だったけ。


当時のスペックにしても・・そもそもメモリーだって、8MBだったので、なんとかメモリ増設をしようとして、4MBx2枚を買おうとしたら、3万円もした、そんな時代だった。(←懐かしい)


今なんて、Windows10, 64ビットで、メモリ4GBは当たり前、そんじょそこらにある。

値段だって、Windows95の時代だったら、最低でも20万円は当たり前だったし、いや、当時の友人がMacを買おうかエルメスのケリーバックを買おうか悩んでいたことを思い出す。 (両方とも、ざっと50万円したはず。)

今のパソコンなんて、贅沢言わなきゃ、200ドル以下でも買えるのだ。


な~んていい時代なんだ!


な~んて思ってもいられない。。。
その一方で、個人情報はダダ漏れだろうし、おまけにSSNで管理されてりゃ、どこにも逃げられない。

SSNってのは、アメリカのSocial Security Cardのことで、個人に与えられたナンバーのこと。
これがないと、学校にも入学できないし、病院にもいけないし、車を買うこともできないのだ。

あ、日本でも、マイナンバーになったって聞いてる。。。


つい、最近は2度までもLINEのアカウントが乗っ取られてしまい、その都度パスワードを変更したり・・メンドーなことも多い昨今。
だから、LINEなんて使いたくないんだよ!

でも仕方ない・・。多くの人(特に日本人)が使ってる以上、仕事の業務連絡でさえ、今やLINEの時代なんだから。



おまけに今や、iOT の時代、
当然ながら、PCにスマホも、デジカメの相互接続はもとより、センサーやデバイス、そのほか、モノというものすべてを繋いでしまえるようになるそうだ。

IoT とは、Internet of Things モノのインターネットってやつで、
センサーやデバイスといったモノがインターネットを介してクラウドに接続され、モノを通じて収集されたデータを解析した結果をリアルな世界にフィードバックする仕組み


なんだそうだ。。。

簡単に言っちゃうと、モノというモノ、なんでもかんでもパソコンに繋げる、繋ぐようになっちゃうってことだ!


で、2020年には、世界中で500億台以上のモノがインターネットに繋がるらしい。

それらが情報を送れば、インターネットには膨大な情報が蓄積されて、まさに、ビッグデータになる。


そりゃそうだ! 多くの人たちが活用する、すべてのモノのデータが集まるんだから。

便利になったよなあ。
外出先からスマホを使って家のPCにアクセスして、現在の家の中の様子を見ることができる時代なんだもん。


なーんて呑気に言ってられない。

我々の生活を便利にするためちゅーよりも、ビッグデータの収集こそIoTの主な目的であるって話もあるくらいだから。
私も、もちろん・・真の目的はそこ!だと思っている。

だーれが、我々庶民の便利さと生活向上のためだけを思ってやってくれるもんか@(←かなりネガティブにとらえてる)


ビッグデータによって集められた膨大な情報を分析してAIの開発に役立てるのも1つの目的、なんだそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はい、ここで出てきたAI


AIってのは、artificial intelligence の略で人工知能のこと。


たしか、スピルバーグの映画のタイトルにもなってたくらいなんで、多くの人がその言葉は知ってると思う。


実際には、現在のところ人工知能の応用例として、機械翻訳システム、画像や音声の意味を理解する画像理解システム、音声理解システム、専門家の問題解決技法を模倣するエキスパートシステムなんてものがあるようだ。

そういえば・・一般の翻訳ソフトも、ずいぶん進化したよね?

昔の翻訳ソフトなんて、まるで使えなかったのに。
ただ、笑いをとるための道具として使ってた記憶がある。

How are you?  Fine thank you!
「お元気ですか?」 「ありがとう罰金!」


なーんて、訳されてたもんだ。(笑)
今でも、タダで使えるシロモノだったら、こんなもんかもしれないけど。


さて、では人工知能のコンピューターでどこまでできるか? ってことだけど・・・

まずは、こちらの図
    ↓
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http://www.sejuku.net/blog/7290


レベル1と2は、すでにクリアーしている。

まあ、早い話、ほとんどの会社員はいらなくなる状況だってことだね。
(こうゆうとこからも、雇用問題になるんだろうなあ・・・)

ここでちょっと、AIを大きく二つに分けて、弱いAI強いAIというのがある。
なんだって、こんなセンスゼロのネーミングなのかは知らないけど。


1997年、IBMのチェスコンピュータの「ディープブルー」が人間の世界チャンピオンを破った。

2011年、IBMのコグニティブコンピュータ「ワトソン」が米国のクイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピンを破った。

2016年、GoogleのAlphaGo(アルファ碁)が世界最強の韓国人棋士を完敗

当然、日本でも、将棋電王戦でプロ棋士がコンピュータに連戦連敗



チェスは欧米における古くからの「知性」の代名詞だったし、将棋や囲碁だって、「兄貴は僕より頭が悪かったから東大に入ったんだ!」なーんて言ってた棋士がいたくらい。

なにがすごいか!って、

「探索能力」と「局面の評価関数」の両方とも飛びぬけて優れていなければならないそうだ。

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「探索能力」とは、自分が差した手に対して、相手はどう指してくるか? 次は? で、次は?と延々「先手」「後手」の先読みをするロジック。

「局面の評価関数」とは、その時点の盤面を見渡し、自陣・敵陣にある各駒の価値(能力)、位置関係、相手の駒に対する効きを評価し、自分が相手に対して相対的にどれくらい有利か判断を下すという、計算ロジック。



実に高度な合理的・論理的思考が求められるというわけだ。

たしかに・・東大に一発合格よりも、はるかにレベルは上って気がする(笑)


それでも、コンピュータには敗れてしまったのだ。
ちなみに、1秒間で2億手先を読むことができたそうだし・・


さらに、クイズ番組となると、また別の能力も要求される。
クイズ番組は、言語を使って質問されるからだ。

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自然言語で問われた複雑な質問を文脈解析して、適切な答えを出さなきゃならない。
それさえ、コンピュータが見事に破ってクリアーしてしまった。


そりゃスゴイ!
まさに、これこそ「強いAI]だろう。


と、思ったのだが・・・違う!

これでも、弱いAIなんだそうだ。


じゃ、どこが違うのだ?


例えばクイズ王を破ったワトソン君は、コグニティブ・コンピュータ(認知コンピュータ)で高度な質問応答ができる。

ただし、認知の対象は相関関係に限られていて、因果関係までもは見抜けてない。

あらかじめ用意された膨大なデータの答えの中から統計学的に確率の高い答えを返しているにすぎないそうだ。

質問の意味を理解して因果関係にもとづいて回答しているわけではないのだ。

ようするに、法則の発見、イノベーション、創作はできないのだ。

ここが問題のところ。

強いAIともなれば、自ら創造していくことができなければならない。

創造が生まれるということは、まず自己を意識し自分が何をしているかを理解していなければならない。
自分の存在理由さえも理解しているということだ。


そうでなければ、創造が生まれてこない。



おいおい!

これじゃあ、そんじょそこらの人間よりもすごい!かもしれない。

そうなのだ・・・なーんも考えずに与えられた仕事をこなしてる人間なんて、とうていかなわないのだ。
いや、そんな人間だったら、すでに弱いAIにだって叶わないのだ。



たしかに一番最初、コンピュータは人間の脳をまねることから始まった。

そして、人間の僕として貢献するものだったはず。

我々が使っている、WordやExcelなんてソフトは、今のところは、たしかに、私たちの僕として役にたってくれてる。



ところが、今やAIはディープランニングするところまできてしまったのだ。


IBMと並んで人工知能に熱心なGoogleは、

2012年に、コンピュータに猫の画像を自学自習させ、猫の概念を獲得することに成功した。



誰にも教わらずに、猫という存在を認識するようになったのだ。


これは、どーゆうこと?

まず、我々が学習するとき、よくやるのが分類すること、「分ける」という処理。

的確に分けられれば、物事を理解し判断して行動に移せる。

「分ける」ことの基本は、「イエスかノーで答えること」でもある。




つまり、従来のコンピューターのお得意分野だね。


ところが、ディープラーニング(深層学習)とは、

その「分けるための軸」でさえ、自分で見つけだすことができるということなのだ。

「的確に分けられれば、物事を理解し判断して行動に移せる」・・・その軸こそが、的確に分けるための重大なポイントであり、それさえも自分で見つけ出してしまうのだ。

従来のコンピュータならば、人間が手助けして軸を示すことによって、あとはコンピューターが大量の分類処理をして答えをみつけてくれたものだった。

だから、やっぱり人間がボスで、コンピュータは従順な社員という位置づけだったのだ。


でもいまや、大きく変わってきた。


その理由は、近年のビッグデータの普及も大きい。

最初にいったように、ありとあらゆる個人データでさえも集められる世の中なんだから。

そりゃ、とくにワトソン君みたいなコグニティブコンピュータには、実においしい話。
データが多ければ多いほどいいわけだから。

一方、強いAIとは、

自分の存在理由も位置づけも認識する。考える。
「自分を意識」したとき自我が芽生える。

原理や法則の発見、新しい技術の発明、小説や詩の創作を行う。

決められたルールで処理するのではなく、ルールそのものを創造することになる。

さらに、人間のように、聞いたり話したりしてくれる。




そして、プログラムまで自分に合わせて自ら書き換えるようになる。


そりゃそうだろう。

人間だって、自然界の設計図「DNA」を書き換えたし、自分自身のも書き換えようとしてるんだから
つまり、「遺伝子操作」のこと。


当然、強いAIなら、長いプログラミングで間違いを犯す人間よりも、確実に書き換えられるだろう。


さて、

このような人工知能を、汎用人工知能(AGI=Artificial General Intelligence)と呼ぶそうだ。

もちろん、まだ、ここまでは至ってないけど・・おそらく、とっても近い将来には出現するのだろう。

もう、名前まで決まってるくらいだから。



さてさて、その後、どうなるんだろう?


どらえもんみたいに、人間のお友達で優しい存在になってくれるんだろうか?

それとも、ターミネーターの、スカイネットになるんだろうか?


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やれやれ、SF映画の世界が、みょうに身近に感じられてしまうなあ。


しかし、どうみても、どらえもんのようになってくれるとは思えない。

地球上に人間を生かしておくだけで、地球資源を食い荒らし破壊し尽くすんだったら、抹殺しちゃった方が良いって結論を下されそう。 たしかに、その方が理に適っている。


相手はしょせん機械だ! 電源抜いちゃえば!・・・なーんて考えるとしたら、そりゃあ、あまりにも浅はかだ。

電源オフにする時間なんてあるはずもない!

最強AGIに進化したなら、我々の銀行口座を操作することだってラクラクだろうし、欲に目がくらんで僕となった人間をいくらでも手先に使えるだろうし、iOTですべてのモノが繋がってれば、大量破壊兵器だってカンタン操作だろうし、なんでもアリなのだ。

一度覚醒して進化してしまったら、もう、誰にも止められない。


そんな、どらえもんになるともスカイネットになるともわからん危険をはらんだものを、なんで、わざわざ人間が開発するんだろう?
(たぶん、スカイネットに変身しそうな予感十分)

核と変らないような二極性を持つものなのに~。

弱いAIで、もう十分じゃないか!

そう思っている学者たちも多い。

理論物理学者のスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士は、人工知能の開発は人類の終わりを意味するかもしれないと警告してるし、
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あの、ビル・ゲイツでさえも。

・・・・・・・・・・・・・・・

ある女の子が言っていた。

「私はもしも人間が地球と自然をいつくしみ、慈愛と感謝の心を持って生きるとしたら、AGIだって人間の価値を認めると思うわ。

だって、AGIだってもっともっと、人間から学んでいくことがあるはずだもの。
それぞれの人間が生きて死ぬまでの意識の変容は、すごいことだと思うし、それは個々のものなんだから。

きっとAGIも人間とお友達になれたら、幸せな気持ちを学ぶと思うの。
お互いに友情を感じられたらステキよね~。」


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なんと、美しい言葉。
見事な解決法。


たぶん、それなら・・AGIだって友情に芽生えて、どらえもんになる可能性も大だ。


だけどね、昨日のブログ記事じゃないけど、今やグローバル・スタンダードでまとまろうとしている風潮。
それも、慈愛や感謝とはマ逆な価値観で。

そこが問題なんだよなあ。

地球外生命体に滅ぼされなくても、人間が開発したAGIによって滅ぼされるってのもアリかも。

最近の私の頭は、どうもSFモードになってるかもしれない。
しかし、それは・・とっても現実味を帯びてきてるのだ。

テクノロジーが進歩してしまった今こそ、我々が意識を変えるときなんだよ!って言葉がずっと響いている。

宇宙開発テクノロジーとグローバルスタンダード

私の周りにはUFOを目撃する人も多いし、テレパシーを使える人、サイキック能力の高い人たちがいたいるせいか、・・・私自身はそれを至極自然なことと捉えてこられた。


彼らを胡散臭い怪しい人、なんて思ったことは一度もない。

一方で、UFO研究家の中には、どう見たって、キミ!胡散臭い怪しい人でしかないぞ!というのも多い(笑)


だからこそ、一般社会では、まだまだUFOの話をするだけで敬遠されてしまうことだって多いのだろうし、公の場では口を閉ざして賢い生き方を選択しようとする人の方が多いのだろう。

最近では幽霊については、かなりメジャーにもなってきたようだけど、UFO話は相変わらずタブーのようだ。

なぜか、日本はとくにこの傾向が強いとか。



もう、これも少し前の話になってしまったけど、

ハッブル望遠鏡で撮影した画像をもとにNASAが巨大な銀河を画像化したことはご存じだろうか?


ハッブル宇宙望遠鏡(ハッブルうちゅうぼうえんきょう、英語:Hubble Space Telescope、略称:HST)は、地上約600km上空の軌道上を周回する宇宙望遠鏡で、1990年にスペースシャトル ディスカバリー号によって打ち上げられたもの。
ハッブル宇宙望遠鏡_Wiki



これは、Arp 273と呼ばれた、地球から3億光年離れた二つの銀河だそうだ。
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互いの重力の作用で形がゆがんだ二つの渦巻銀河。
相互に少しずつ接近している。

「両者は数十億年をかけて互いの周りを回り、やがて一つになる。 私にはこの二つの銀河がダンスを踊っているように見える。」
と、専門家がコメントしてるそうだ。
NASA; ESA; HUBBLE HERITAGE TEAM, STSCI/AURA
ハッブル望遠鏡 50の傑作画像 その2_ナショナルジオグラフィックから


NASAの発表したところによると、ある銀河は1兆個を超す星の集合体であり、直径は17万光年にもなるという。
また、この銀河の中には、太陽とよく似た恒星が1000億個もあるのだそうだ。

とすれば、

科学者たちが言うように、地球外生命体が存在してもおかしくない。
つーか、存在して当然!だろう(笑)



それにしても、人間のテクノロジーの発達はすごい。

たぶん、私たち一般人の知らないところで、どんどん進んでしまってるらしいのだ。

到底すべてを公開してくれてるとも思えないし、各国とも非公開扱いされてる部分の方が多いことだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

火星移住計画というのがある。
 
これはSF映画の話じゃないからね~。 れっきとした事実。


NASAも進めているのだが、まず、オランダのマーズワンという会社がアメリカのスペースX社のロケットを使って、2025年に最初の4人を送り込む予定だとか。 

Mars One
SpaceX

その4人は軍関係の人間ではなく、世界中の一般公募からの民間人を募ったのだ。

なんと、それに20万人もの応募があったそうで・・今では100名くらいに絞り込まれてきたとか。
ちなみに、応募者には日本人も入ってるらしい。

これも、もうだいぶ前の記事だけど
    ↓
地球には戻ってこられない、それでも行きたい…日本人候補者が語る火星移住計画の魅力

米スペースX、壮大な火星移住計画を発表

だけど、もちろんタダで行かせてもらえるわけじゃない!
日本円で、ざっくり数千万~1兆円とも言われてる。

How Much Does It Cost To Go To Mars? SpaceX's Elon Musk Says Billions Per Person, But Wants To Cut The Price Dramatically


トランプさんは、2033年までに火星コロニーに移住させる計画にすでに署名済みだとか。

人口オーバーの地球から他の星へ移住させるという計画が進んでいくのも、そりゃ、至極当然の話だ。

その第一歩が火星なのだろう。


そもそも、

火星にはかなり前から色々な噂があって・・Google Marsで見ると、すでに人口建造物が見えるとか、NASAが黙秘、
さらに、それが消されていたとか・・
さらに軍関係者のリークなどもあって、様々なことが取り沙汰されてきているのも確かだ。

まあ、行けば、そういったことの真相が見えてくるのかもしれないけど(笑)



しかし・・地球を離れて新天地(新惑星)に行くということは、それなりに大変な決心がいるかもしれない。
まあ、中にはあまり深く考えず、新しもの好きで行きたくなっちゃう人もいるかもしれないけどね~。


しかし考えてみれば、コロンブスが新大陸を発見してから、多くの人が祖国を捨てて新天地に移住していったことを思うと、まあ、似たようなものかもしれない。 少なくとも心情的には似たようなものだろう。


1620年、イギリス国教会の弾圧から逃れるために清教徒たちがメイフラワー号で新天地アメリカに旅立った話は、こっちでは、耳タコくらいに聞かされてきた。

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66日の苦難の航海の末、ようやくアメリカ大陸にたどり着き、彼らがアメリカの白人の子孫となったのだった。

新天地で本当に生きていかれるの?
野蛮な原住民に殺されるかも? 怖い風土病があるかも? 本当に肥沃な土地? 食料は? 



なーんて、不安はあったはずだろう。


それでも祖国を捨てて行くっきゃなかった人たち。

で、やっぱり、移住したものの最初の年は最悪。


穀物は実らず、厳しい冬にはみんな餓死寸前。
そこを救ってくれたのが、心優しい原住民たちだったそうだ。

農業も生活方法も、すべての生きる術を教えこんで独り立ちできるようにしてくれたのは原住民だったという。

そうやって、はじめて彼らが収穫した秋、命の恩人の原住民たちを招いてごちそうをふるまったのがサンクスギビングデイ、つまり、アメリカの感謝祭というわけだ。

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ところがその後、白人たち、彼らの子孫は原住民を皆殺しにしちゃうわけだけどね~。


おっと、話はそこじゃない!
火星に行く話だった。。。

火星に行くのは、66日の苦難の旅どころじゃない。
今のところ、たしか宇宙船で9か月はかかるとか。


ところが、つい最近、こんな動画をみつけた。
   ↓
This is HOW Russians travel from Earth to Saturn !!! Through Dimensional Portals...
ロシアの宇宙船が地球から土星への旅・テレポートする瞬間

というタイトルの動画で、



ロシアではすでに実現されているとか。

ほう! たしかにテレポートならば、9か月なんてかからないだろう。

地球人のテクノロジーは、ついにここまで来たのか?


さて、その真偽はわからないけど・・・少なくともテレポートが研究され続けていることはてきていることは確かだ。
一般人の火星行きまでには、きっと、もっともっと進歩することだろう。


ところで、テレポートといえば、私が思い出すのは、このシーン。

昔、スタートレックのテレポートシーンだったけど・・(笑)
ざっと40年は昔のドラマだったかな?
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もう、こういった古いSF映画もだんだん現実になりつつあるんだなあ。


テレポート(瞬間移動)・・つまり、従来の3次元移動でない次元空間を使うって移動することだ。

ワームホールというのをご存じだろうか?

時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域のことで そういったトンネルのような抜け道があるとされていて、

これもまた、SFスペースオペラではおなじみのものだった。


たとえば、宇宙戦艦ヤマトで、よく使わていたワープ航法があったけど、それと同様のことをイメージするとわかりやすい。

ワームホールを通過することで光速よりも早い速度で移動することができるし、それは宇宙空間にポッカリと開いたトンネルのようなものなのだ。

実は、宇宙はこのワームホールだらけなんだそうだ。


テレポートというのは同じ原理を使って、それを空港のように人為的に作ったものになる。
それが、スタートレックで使われていたものだったんだね~。


ちなみに、ワームホールはどんな構造になっているのか? 

そこで、よく引き合いに出される説明が、紙の上にペンで記した2つの点。

紙の上に2つの点を描いて、間を直線で結んだ距離が最短距離。

ところが、その紙そのものをU字に曲げてしまえば2点の距離をグッと縮めることが可能。
さらに、この2点が重なり合うように紙を折り畳んでしまえば距離はゼロになるよね?

まさに、どらえもんのどこでもドアの原理もこれだったかも(笑)
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空間もまた、紙を曲げたり折ったりできるように歪み得るもの、と考えられている。

ただし、このワームホールが空間(宇宙空間)に発生する際には莫大なエネルギー物質が必要なんだそうだけど、現代の科学者とちに言わせると、理論上は決して不可能なことではないそうだ。

これを最初に主張したのは相対性理論の創始者、アルベルト・アインシュタインだったんだけど・・そう考えると、すでに100年前からってことになる。

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小学生のための物理学講座 第1回 その3



おそらく、宇宙の彼方からやってくるUFOは、このテクノロジーを持っているからこそ飛来してこられるのだろう。
そうじゃなければ、何万光年なんて距離から、やってこられるわけがない。


技術的にみて、これは長大な空間を旅する宇宙船てのは、時間を旅するタイムマシンに匹敵するものだ。


タイムマシンなんていうと、昔は奇想天外な夢物語に思えたものだけど、一般相対性理論におけるゆがみ、(重力のゆがみ、時空のゆがみ)なんてことを、考えると、すでに理論的には不可能ではない。


たとえば、北極星の場合、地球から430光年離れている。

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光が届くまで430年かかるってことだけど、まず見るだけならスクリーンに映し出して430年前を見ることは、さほど難しいことではない、というのが専門家の話。

あらら~、それじゃ、今、北極星で見えるのは信長の時代ってわけだ。

そうなるともう、時間の概念なんてぶっ飛んでしまう。

信長の時代が430年前の過去なんて言えるのは、地球にいて3次元世界の価値観でしか過ぎないことになる。

位置を変えただけで、過去にも現在進行形にもなるし未来にもなってしまうのだから。

宇宙というものを考慮に入れると、現在の3次元の常識なんてまったく通用しないことになる。



さてさて、今や、そういった宇宙に飛び出そうとしてる人類。
もう、そこまで来ているってことだね。


ここにきて、ようやく先進国、じゃなかった@!・・先進星の地球外生命体たちと肩を並べられそうになってきたんだから。


うん、素晴らしい!・・・・と思う?


ひょっとしたら、このまま、テクノロジーだけがさらに発達してしまうのは、かなり、危険なことじゃないだろうか?


何が問題か?

つまり、地球人たちの精神性の問題

我々の長~い歴史をみて、精神性は進歩しただろうか?

答えはNOだ。


進化したテクノロジーを持つということは、それに応じて進化した精神性も要求されるものではないだろうか?

だって、多くの人間の頭の中は、いまだに3次元感覚のままなのだから。


いずれ近い将来、テレポートができるようになって、何億光年の星にもひとっ跳び、タイムマシンで時空も越えられるようになったとしても、もしも、3次元の感覚のままだったら・・・

どうなると思う?

かつて新大陸を切り取り状態の植民地にしちゃったように、火星コロニーを作って人類が支配する?
前回のブログ記事じゃないけど、トランプさんは原発を火星に置く計画中だとか・・

原住民を皆殺しにしたように、火星人がいれば皆殺しにする?


それじゃあ、「アメリカファースト」が、「地球人ファースト」に置き換わるだけだ(笑)


それこそが、3次元発想というものだ。
現在、肉眼で見える世界が第一だと思ってる「3次元的発想」


意識の世界なんて信じない?
もちろん、死後の世界も信じない?

いや、信じないつーか、あるかもしれないけど、そんなものは後回しって思ってるのかもしれない。




そこで、考えてみたんだけど・・

現在の多くの人たちの精神性は、今どのあたりにあるんだろう?

グローバリゼーションじゃないだろうか?

『日本国内の徹底したグローバル化を進めていかなければなりません。』・・というのは、現日本の首相の言葉だったけど(笑)

グローバル化なんていうと、いかにも耳障りの良い言葉で、国際化、国際社会の仲間入り程度のイメージで捉えられそうだけど、そんなもんじゃなさそうだよ。

グローバル化とは、グローバルスタンダード(世界基準)にすること。


世界を一つにしちゃうことだ!

おお、ワンネス! 世界は一つ~♪、世界は丸い、みんなで手を繋ごうよ~、な~んて歌ってる場合じゃないのだよ(笑)

そっちじゃないのだ。!

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これは、世界中を「画一性」にしちゃうこと。

さらに言えば、

国固有の文化を破壊して、価値基準を「合理主義&拝金主義」に一本化することだと、私には思えてならない。

地球は「多様性」に満ちているわけで、それこそが自然の節理ってものだろう。

生物や植物の多様性をみれば明らかなわけだし、それを無視して1つにしてしまえば、必ず、ひずみが生じてあたりまえ。

歴史の上では民族浄化なんてことも、あっちこっちでやりまくったけど、それも同様のことだ。

それが、今度は地球規模でやろうとしてるんだから、こりゃあ・・ひょっとすると、

精神性の進歩どころか、世界規模で退歩していってるのかもしれない。



事実、グローバルスタンダードのせいで、深刻な問題をひきおこしてきている。
その最たるものが、「巨大格差」

国と国の格差、企業と企業の格差、人と人の格差。
世の中は、格差だらけになってきた。

なぜ、グローバルスタンダードは格差を生んでしまったのか?

そりゃそうだ・・・価値基準が「カネ」にあるわけだから。
つまり、物質、モノにあるのだから。

多くの人は、他人より優位に立ちたいと思うものだ。
その優位に立つという基準が、カネ、物質になってしまったのだ。

だから「価値が高い所」に人が集中する。 つまり「カネ儲け」

「価値が高い=人気がある」という価値基準で、人はどーーと集まり、競争が激しくなり、勝ち組と負け組ができる。
こうして格差が生まれる。


国家はGDPを、企業は売上高を、人間は給与を競い合っている。
思いやりや誠実さの競い合い、って話はとんと聞かない。(←あたりまえか~)

おまけに、現在はカネがカネを生む金融システムになってる。
汗水たらして、一生懸命労働した者が勝組になったのは昔の話だ。

これが、また格差社会を助長してしまってるのかもしれない。


もしも価値観に多様性があったら、人がどーーと1つに集まることはない。
そのぶん競争も少なくなるし、格差も生まれにくい。

こうゆう生活が勝ち組になることだってあるし、
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こうゆう生活を勝ち組としたっていいわけだ。
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本来、さまざまな国民性があって、さまざまな価値観があったはずなのに。。。



このままの精神性で、どーんと宇宙進出を果たしたら、どーなる?


たぶん・・・先進国の白人連中が新天地の原住民を力で押さえつけて服従させたようには、いかないのは明白。
地球で一番強かったとしても、宇宙で一番強いことにはならん。 当たり前の話(笑)


もしも傍若無人にふるまえば、スターウォーズに出てくる、独立星系連合だとか、宇宙連合が出張ってきそうだ(笑)

いやいや、笑いごとではない。

現に、かつてのSFモノが、だんだん現実化していってるんだから。

そして、

銀河は1兆個を超す星の集合体であり、直径は17万光年。
この銀河の中には、太陽とよく似た恒星が1000億個もある。


という事実。


宇宙連合に加盟している地球外生命体の面々は、時空間を超えるテクノロジーもあり、さらに、精神性の進化もしていることだろう。

彼らの精神性が目指すところが、何かはわからない。

それは計り知れないものだけど・・
少なくとも・・地球のグローバルスタンダードのような、モノ・カネではないことだけは確かだろう。


精神性を進化させていった地球外生命体は、肉体すら持たないという説もある。 
そう、意識体なのだ。 まさに幽霊のごとく(笑)


ただいつでも、自由に可視化することもできるそうだ。

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そんな彼らが、今まで地球をほっといてくれたのは、あまりにも地球が後進国(後進星だった・・)に過ぎなかったからじゃないだろうか?
彼らから見れば、井の中の蛙に過ぎなかったってことだ。

もしも彼らが同じ価値観なら、地球人はとっくに絶滅させられたか奴隷にされてただろうから。



我々のテクノロジーの進歩がすさまじいならば、それに見合った精神性もさっさと進化させなきゃ!

そうゆう時期にきている気がしてならない。

そうでなければ、自らを滅ぼすことにもなりかねないだろう。




もっとも、地球人のすべてが、こんな人たちだけじゃないことも確かだ。
地球人の中にだって、精神性を進化させている人も多くなってきたようにも思う。


ひょっとしたら、テレパティック能力を持つ人、真のサイキックは、精神性進化の先駆けとなってる人たちなのかもしれない。
(この際、偽物は別にしてだけど・・)


当然、肉眼で見えない世界さえも知っているわけだし、現にその能力を使うのだから。
当然、彼らの価値観は、グローバルスタンダードとはまったく違うものだし(笑)


ひょっとしたら、精神性を進化させていけば、誰もがサイキック能力を発揮できるようになるのかもしれない。

それどころか、進化を遂げている地球外生命体は、すべてサイキック能力を兼ね備えているのかもしれない。


精神性の進歩 → サイキック能力の開花 → 肉体を超越した存在になる
テクノロジーの進歩 → 3次元を超越 → さらに高次元



これが、進歩していくということかもしれない。


となると・・

やっぱり、現在のグローバルスタンダードというのが、実に奇妙に思えてくる。

明らかに、ここにきて人類の精神性を退化させるような事だからだ。


むしろ、何かの圧力で、そういった精神性を阻止するために、あえて今、生み出されたものなのか?

なんだか陰謀論めいた話になってきたけど・・(笑)

誰が最初に言い出したのか、どこから生まれたのかは不明だけど・・それにしても、地球人口すべてを一色に染めてしまうような不気味な発想を植え付けようとしている存在があるのかもしれない。


しかし、どんな存在があったところで、本来人の心や意識だけは縛れないのだ。

心を自ら閉ざさない限りは。

みんな、それぞれ心をみつめて、まずは、みんなでサイキックになってしまうことだ(笑)
それこそ本来、誰もが持っている能力なのだから。

原爆・水爆、そして原発のしくみ

NASAが火星に「原発」を建設予定、火星の植民地化に向け2カ月後には実験開始するんだとか。。。

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今年の3月に、ドナルド・トランプが、「2033年までに人類を火星に送り込むよう指示する法案」に署名して、
NASAが有人火星探査に向けた具体的なプランの1つを公開。

それが、ウラン原子を利用した「核分裂反応炉」の火星での運用を目指し、実験を開始するのだそうだ。

NASA to place NUCLEAR REACTOR on Mars to help humans colonise Red Planet




オカルトファンが喜びそうな内容が、すでに現実になりつつあるんだねえ。

危険性の高い核、地球外なら問題は起きないだろうと思ってるんだろうか?

しかも、核燃料廃棄物だって火星だったら捨て放題!

こりゃ、さっさと火星の植民地化をしなきゃ!と思ったんだろうか?



昔から考え方としては、ちっとも変わってないんだよね~、アメリカって国は!!

もっともアメリカだけじゃなく、文明国のすべては他国を植民地にしてきた歴史がある。


おまけに、核実験や採掘にしても・・
先住民族の住む土地のウラン鉱石を掘り出すところから始まって、世界で2,050回以上行われた核実験は全て先住民族の土地で行われてきているわけだし、あらゆる被害を先住民に押し付けてきたというわけだ。

原子力発電もまた、推し進めようとしている。



そうやって核の被害を先住民族に押しつけ、核を持つ国が豊かになってきたわけだ。

ついに、今度は火星なら、文句あるまい!ってことかい?


おっと!
これは、原発じゃなくって核兵器の実験じゃないか!・・・と、異論を唱える方もいるかもしれないけど、基本的には同じものだ。


核兵器は戦争に利用されるけど、
原発は平和利用・
・・なーんて言われたりもするけど、どうして平和って言い切れるんだよ!!


チェルノブイリや福島原発事故をみてもわかることだろう?
多くの死者まで出してるわけだし、チェルノブイリなんて、1986年の事故だったけど、いまだに汚染されたままなのだから。

やれやれ。



実は、アメリカの火星の植民地化計画は、今にはじまったことではないそうだ。
以前にもすでに行ってた。
    ↓

1960年代に。
その1: 「SNAP」と呼ばれる計画で熱電発電装置を利用するというもの。
その2は、プルトニウム238の崩壊熱による原子力電池を利用したもので、これは現在、火星探査機「キュリオシティ」に実装されている。
また、SNAP計画の一環として、1967年と1988年に核分裂反応炉も開発・運用されたが、わずか500Wを発電した時点で故障してしまい、現在も地球の軌道を彷徨っているんだそうだ。



とんでもない宇宙ゴミを出してるんだね~。


核兵器も原発も同じようなもの・・ということは、一般人にはあまり認識されてないとも聞く。
私自身の知識も実に乏しい(笑)

核兵器も原発も、どうゆうしくみになってるんだろう?

そこで、基本的なことだけでも、この際、知っておこうかな?と思ったのだ。



まず、歴史を振り返って原爆の話から。

唯一の被爆国となったのは日本で、ご存じのとおり、広島と長崎

この2か所で落とされた原爆は、同じタイプのものじゃなかったそうだ。(←私がつい最近知った事実)

●広島型原爆
コードネーム:リトルボーイ
爆弾の燃料:ウラン325

●長崎型原爆
コードネーム:ファットマン
爆弾の燃料:プルトニウム




まず原料が異なっているのだ。 
ウランとプルトニウムの違い。
ウランは天然のもので鉱山から産出されるけど、プルトニウムは天然のものではなく人工的な元素。



◆まず、広島型
    ↓
ウランは天然元素のなかで最も重い元素

で、ウラン鉱山で産出されるウランには、「ウラン238」と、「ウラン235」というものがあるのだそうだ。

238の方は、99.3%を占めるんだけど、235は、たったの0.7%しか産出されない。
この数少ない、235をいっぱい集めることから始めるそうだ= これを濃縮ウランと呼ぶ


では、ウラン238とウラン235の違いはなーに?
ってことになるんだけど・・・

それは、陽子数と中性子数の和。

つまり、
ウラン235は92個の陽子と143個の中性子、そして92個の電子から原子が成り立っている。
ウラン238は、92個の陽子と146個の中性子、そして92個の電子から原子が成り立っている。
*同一の元素で中性子数が異なるものを「アイソトープ」とよぶ。



さて、そこで核分裂を起こさせるための条件。
       ↓
1.重い元素の核 (重いほど不安的になるし、不安定なほど大きなエネルギーを備えているから)

なんだか人間も同じかも? 心に重いものを抱えてる人ほど爆発するときは大きいものだよね~。

2.陽子と中性子の数が「偶数」「奇数」になること。
 ウラン235は「陽子92個」「中性子143個」の「偶数」「奇数」になってる。
238だと、逆だよね~。

*ちなみに、プルトニウム原爆に使用されるプルトニウム239は、「陽子94個」「中性子145個」のこれも「偶数」「奇数」になる。

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では、どうやって核に刺激を与えて分裂させるのか?


これって、結構簡単なことらしい。

もともと、とーーても不安定なものなんだし、核めがけて一つの中性子を外からガツンと与えてやるだけでOKなんだそうだ。

それだけでバランスを失い、一気に核分裂を引き起こしこの時蓄えていたエネルギーを放出する。

もちろん、たった一個の核分裂だけで出るエネルギーは僅かだけど、1キログラムのウラン235には1兆の1兆倍もの核があって、この核全部が一度に核分裂を起こせば、その総エネルギーは・・・恐ろしく膨大なものになる。


おまけに、1個の核が分裂する時、ウラン235は平均2.5個の中性子が外にびよーんと飛び出す。

この飛び出した中性子が他の核に入り込んで、今度はその核が分裂、そして分裂した核からまた中性子が飛び出して、別の核に入り・・・・と、まるでネズミ算式に連鎖。

最終的には、ウラン235の核全部が分裂、どっかーーん!

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この「核連鎖分裂」で、核連鎖分裂を起こすことを臨界というのだそうだ。

私たちもさんざん聞かされてきた言葉だね。。。

ちなみに、1キロのウラン235の核すべてが連鎖分裂を起こすのは、1億分の1秒という僅かな時間だそうだよ。
こりゃあ、もう・・始まってしまったら止まらないってことだろうね。


しかも僅かな量のウラン235で、都市を全部破壊するだけのエネルギーを放出するわけで、
ヒロシマに投下された原爆で燃焼したウランの量はたったの800グラム程度とも言われている。


◆長崎型原爆

プルトニウムは天然の元素ではなく人工的につくられた元素
「陽子数94個」「中性子145個」で、ウランの陽子数よりも2個多い。

多いってことは、さらに重い元素であり、さらに不安的な元素ということになる。

ここは簡単にさらっと説明しよう。

プルトニウムは、原子力発電の原子炉の中で自然につくられる。
原子力発電の原料は、原子爆弾の原料と同じ「ウラン235」

原子炉では、原子爆弾とは逆に核分裂の連鎖を制御して安定したエネルギーを得なきゃならないわけなんで、
3~5%程度の濃縮ウランを使用することになる。

つまり、95%はウラン238であり、5%がウラン235。(←なーんだ!238の方も無駄にはなってないってことだね)

原子炉の中でも原子爆弾と同様に、中性子をウラン235の核にぶち当て、核分裂を誘導させてそれを連鎖させることによって熱エネルギーを発生させるそうだ。

ただ違う点は、爆発させるとき、ウラン238でできた完全球型の器の外側に爆薬を仕掛け、この爆薬に同時に点火する。

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爆薬の衝撃は同時に球の中心方向に向かうことになって、その衝撃と圧力でプルトニウムは一気に圧縮、

圧縮されれば、プルトニウムの密度が濃くなってあっという間に超臨界。


当然、プルトニウム原爆はウラン原爆よりも大きな威力を持ってるのだ。
ただし、ナガサキの被害がヒロシマよりも小さかったのは、長崎の地形の影響が大だったらしい。
山が多かったため、原子爆弾の熱線や衝撃波、爆風などを防いでくれたため、威力が大きかったわりには、平地のヒロシマよりも被害が少なかったのだそうだ。

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ところで、2種類の違ったタイプの原爆をわざわざ落としたってことは・・・

どう考えても、アメリカさんは、出来上がった新兵器を使ってみたくてしかたなかったんだろうね~。

いやいや、アメリカという言い方はいけない(笑)
当時のアメリカ政府でも、絶対反対していた人だっていたんだから。。。

使ってみたくてしょーがなかった人代表は、トルーマン大統領とバーンズ国務長官

この話は以前のブログ記事にも書いたっけ。
   ↓
古代核戦争の謎とヒロシマ原爆





さて、現在では原爆なんてのも、もう古い!


◆そう、今や水爆の時代。

ひとことで言えば、

原子爆弾は「核分裂」
水素爆弾は「核融合」


原子爆弾は、ウラン235やプルトニウムの核が分裂するときに生じるエネルギーを利用するわけだけど、水素爆弾は逆に、水素の核が融合する、つまりくっつく時に生じるエネルギーを利用した爆弾なのだ。


なんと・・水素爆弾のヒントは太陽にあったそうだ。

「なぜ、太陽は何十億年も輝き続けられるのか?」
   ↓
「決して物が燃えているのではない。物が燃えているのであれば、数十年で燃え尽きるはずだ。」

そこから、

「太陽の中心部では水素同士が融合してエネルギーを発しているのだ!」

という結論にたどり着いた。




まさに、その原理と同じなのが水素爆弾

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偉大な自然の恵みである太陽から、最強の武器を思いつくとは・・・

人間て、なんて賢くなんて愚かなんろう。。。

もちろん、太陽だって・・・自然のものは常に諸刃の刃だってことだ。




水素の原子は1個の陽子と1個の電子からできている。
だから水素はこの世で最も軽い元素である、水素元素には中性子は存在しない。

つまり、水素原子は1個の陽子しか持っていないため核力(引力)が元素の中では最も小さく、核同士がとっても融合し易い元素なのだ。

さて、

水素核を融合させるには、水素ガスの温度を1億度以上にするか、または圧力を地球の大気圧の1千億倍にすればいいのだ!


なーんて簡単に言ってみたものの・・・石油を燃やしたって火薬を爆発させたところで、そんなことできるわけない。


そこで登場するのは、「原子爆弾」

そう、すでに開発して日本に落としたことで実験済みのヤツね~。

それを起爆剤として使ってるということだ。

さらに、これらの爆発によって生じた高温・高圧は、容器となっているウラン238にも核分裂を起こさせ、ウラン235の核爆発、水素爆弾の爆発、ウラン238の核爆発も起こさせるという・・・トリプル大爆発になるのだ。


しかも、このトリプル爆発が1秒の何万分の一という瞬時に発生するので、原爆の何千倍もの破壊力をもった爆弾になるってわけだね。

一番軽い元素と一番重たい元素を使って、しかも太陽をまねて作った最強の武器
それが、水爆、核兵器というわけだ。

おそらく、一発でも地球半分が滅亡、そしてじわじわと地球すべてが滅亡
または、一発で地球半分が滅亡、それに報復した一発で瞬時に地球全土が滅亡

ってことになるだろう。




だからこそ、どこの国でも使えないのだ。

ご存じのとおり、これまで人類が戦争で原爆(核兵器)を使用したのはたったの2回だけ。

太平洋戦争当時に、広島と長崎の2回だけ・・それだけでも、20万人以上の命が消えたのだ。


使ってはいけない武器、でも、なぜか持ってる。。。

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http://sekaika.org/atomicbomb/
注:「廃棄前」は「廃棄待ち(解体待ち)だけども、使おうと思ったら使えるやつ」で、「在庫」は「使用目的としての保管分」で、「配備済み」は「ミサイルや爆弾にくっつけて、今すぐにでも使える分」なのだそうだ。


とにかく、冷戦時代には、アメリカは1966年に約32,000発、ロシアは1986年に約45,000発も所有していたんだって。


でも、ほいほい使えないわけだし・・・ お互い作るだけ作って使わないんだったら、完全にお金のムダ
(←いったいどれだけかかってるんだよ~。)

そこでできたルールが、

核不拡散条約(核拡散防止条約)・・・現在約190カ国が参加


このペースでガンガン生産し続けたらやばいから核兵器を持つことは原則禁止!

でも、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国の5カ国は特別に核兵器は持っていいってことにしちゃおう!


なんだこりゃ!

こんなスーパー理不尽が通ってるのが現在の世の中なのだ。



そもそも、一発で地球の半分が大打撃なら、数発でも10発でも100発でも何千でも、数字を並べたところで意味なさそう。

All or Nothingのどっちかしかないと思うのだが・・。



それでも、手放せない理由は、

核兵器を持ってれば、他国を脅し他国の行動を制限するという、いわゆる「核抑止力」の為に核兵器を持つってことだ。

まあ、丸腰の人を銃で脅していうことをきかせるという、西部劇の悪者ガンマンみたいなものだね。

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しかも、持ってる国というのは、この5か国だけではないってことも忘れちゃいけない。


インド君とパキスタン君は、「こーんな理不尽な条約、やってられっか!」って、ことで、この条約には参加せずに、ちゃーんと核兵器も所持してる。

イスラエル君の場合は、黙ってこの条約をスルーし続けて、現在は核兵器所有国になってるらしい。
イスラエルのバックには、強~いアメリカ君がついてるから、なんでもアリなのだ。

北朝鮮君は、当初はこの条約に参加していたけど、2003年に脱退。
その後核開発を本格的に始め、今や、ご存じのとおり、核所有国になった。

しかし、もちろん・・・これだけじゃないだろう。

黙ってこっそり持ってるところは、まだまだありそう。
イラン君とか・・。


もちろん、日本はアメリカ君の言うことを素直に聞いて持ってない。(←たぶん・・・・)

だから、有事の際には、核保有国のアメリカ君に守ってもらうってことになってる(笑)



それでも、日本は原発国なのだ。

原発国である以上、核爆弾の知識も持ってるってことになる。

つまり、いつでも核爆弾を持とうと思えば、その基本的技術はすでに持ってるってことになる。

だって、原子力発電(原発)とは、核分裂を平和的に利用したものなんだから。(←平和的って言葉がひっかかるけど・・)


◆原子力発電とは

原子力発電も、もちろんウランを使用する。

石油と比較すると極めて少量ですむわけだし、燃焼時に二酸化炭素を発生させないのでクリーンなエネルギーと言われている。


だけど同時に、ウランが核分裂によって発生する放射線が人体を侵す危険もあるし、
メルトダウン(炉心崩壊)等によって大爆発が生じる危険性も決してゼロではないのだ。


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原爆・水爆と違うところは、核分裂連鎖反応を一気に起こさず、しかも継続的に起こすことによってエネルギーを得て、そのエネルギーによって水から水蒸気をつくって、その水蒸気でタービンを回して発電をするってしくみだ。

そこで、一番のポイントは、

上手に核分裂連鎖反応を制御すること、

そして核分裂によって発生する放射線を外部に漏らさないこと、

核分裂の連鎖が暴走して爆発というような事態を発生させないこと、


これらが最大の課題になっている。

ところが事実、チェルノブイリでも福島でも、事件は突然、起こってしまったわけだったね~。


さて、この制御方法は、

●「減速材」によって中性子のスピードを減速させる
●「制御棒」によって中性子の量を減らす


チェルノブイリのときも隠ぺい工作が問題になったけど、事故処理では一般人まで駆り出され、中には、この制御棒を手で掴んで処理をした人もいたとか。

もちろん、そういった人たちは被爆してみんな亡くなってしまってる。

ロシア政府も・・いや、この時は、ソビエト政府だったけど、一般人の命は実に軽いものだったんだろうなあ。

きっと水素よりも軽い命なんだ!



内部被ばくにしても外部被ばくにしても、なぜ、こんなにも怖いものなのか?

ただの火災や爆破事故と違って、生き物すべてのDNAにダメージを与えてしまうから。
それも、修復不可能なダメージを与えてしまうのだ。

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ふつうなら、たとえDNAがダメージを受けても自己免疫力で、ちゃーんと修復してくれるのだが・・・被爆の場合は、修復不可能。


そして、DNAってことは・・・あらゆる臓器、あらゆる部位にも及ぶし、当然、遺伝子レベルにまで及ぶことになる。
何年たっても消えないダメージなのだ。
ものによっては、半永久的ともいわれている。


そりゃ、ガンにだってなるだろうし、皮膚が焼けただれれば再生不可能だし、奇形にもなることだろう。



さらに、

もうひとつの大きな問題は核廃棄物

しかも、原発には、多量の冷却水を使う。

その汚染水および、核廃棄物は、海に流すか地中深く、コンクリ詰めにして埋めるとか。


ところが、コンクリなんて永久的に持つわけではなく、〇〇年たてばヒビ割れて土中の汚染水は地下水に流れ出ることになる。
もちろん、海に流してしまえば、海は汚染されて生態系さえも変ってしまうだろう。


何年後にどんな状態になるかなんて、せいぜい、原発や核爆弾が使われてから60年しかたってない現在では、まだまだ、計り知れないことが山積み。

完全なデータ不足でもあるのだ。

わかってないことだらけなのに、見切り発進しちゃってるってことだねえ。



しかし、思い切った決断をしたのがドイツ

先進国でありながら、ドイツは脱原発をしたのだから。


しかし、ドイツだって今までは原発を稼働させていたのだ。


原発施設をクローズしたところで、今まで稼働させていた核廃棄物をどうやって処分するかが大変らしい。


現に、ドイツのアッセ核廃棄物貯蔵所では、地下750mの坑道に毎日1万2千リットルの水が浸水しているという。

そこの大穴に、核廃棄物を厳重な容器に入れて投げ込んでたらしいのだが・・・

その容器も腐食しだしていて、とりあえず、放射性物質に汚染された地下水をなんとかポンプで 更により深い地下へ送り出す応急処置をしているそうだ。

すべての容器を回収しようとすると、それだけで30~40年掛かるという。


原料となるウランは少量で済むし、燃やさないからに二酸化酸素を出さずにクリーンかもしれないけど・・・
稼働する施設には莫大な費用がかかるし、そっちに費用がかかりすぎちゃって、廃棄するときには・・・ま、こんなんで、いいか~!、どうせ捨てちゃうだけだし~って傾向もあったはず。


とくに、今まで大事故がなかったときなんて、そーんなもんだろう。

さすがに、少しは学んできたようだけど・・・でも、まだまだわかってないことは多すぎるのが現状。



仮に百歩譲って、現在の技術では原発事故はマグニチュード10の地震が起こっても、安全だったとしよう。


しかし、どこの国でも、放射性廃棄物の最終処分場さえも、いまだにどうすりゃいいのかわかってないのだ。


で、海に流すか、容器に入れてコンクリ詰めで地中深く・・・ってのが、サルでもわかる常識的なゴミ捨て方法。


核は今までの、常識的なゴミではないのに!



で、ガンガンあっちこっちで、原発稼働するとなると・・・

近い将来、土も海も川も汚染が進んで、どんなことになるのやら?
どんな病気をひき起こすか・・?

汚染された大地からも海からも食物がとれなくなる?
ただでさえ、人口はガンガン増えてるっていうのに・・・。

どう考えても、お先まっくら~って気がする。


わかってないことはあるけど、まあ、利益を生むわけだから、とりあえず、やっちゃえ~!ってことかな?

それやあ、猪突猛進、アホなドン・キホーテさんと変わらないような・・(笑)


少なくとも、
偉大なエネルギー(パワー)を持つものは、恐ろしいエネルギー(パワー)を持つということだ。

太陽同様に。


それはすでに、我々の今までの常識を超えた存在なのだ。


我々の今までの常識だけで・・安全だと思い込める人の方が不思議な気がする。
すでに常識を超えたものだというのに(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だから、トランプさんは、火星を植民地にするってか!@

火星には生物が住んでない?
宇宙には影響を及ぼさない?
地球は遠いから、大丈夫?



それすらも、従来の常識線上の考え方じゃないだろうか?


なによりも、地球さえ大丈夫ならばそれでいい、火星なんか知ったことか!
植民地にしちゃえ!・・・・って考え方がおぞましいよなあ。

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さすが~、America First!のトランプさんだ~.


でも、火星にまで進出して、危険度が地球だけで済まなくなったとき、きっと・・・宇宙連合によって地球ごと粛清されちゃうのかもしれないよなあ。


おっと、そのときこそ・・・UFO連合に向けて、温存してた核爆弾搭載のミサイル発射するんだろうか?

だけどどこに狙いを定める?


我々の世界は、まだ、3次元空間しか行き来できてないんだよ~。

多次元をワープして飛んでこれる宇宙船にどーやって対抗する気なんだろ?


おっと・・話がそれてきた(笑)


まずは、チェルノブイリの汚染を完全に除去する方法を研究し、核廃棄物をどうすべきか?
それが明確になるまでは、原発なんか稼働すべきじゃないと思うのだが・・・どうだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・
<<参考>>
核爆弾と原子力発電の解説

ネコと共に考える日

ネコが脱走した。。。

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ピザの配達人が来てドアを開けた瞬間のことだった。
ピザをひったくるように受け取るや否や、慌ててネコを追いかけた。

が、すでに姿が見えない。
なんとまあ、見かけによらず素早い。

おっと、感心してる場合じゃないぞ!
まさか、車の往来の激しい通りを渡ったりはしないだろうなあ。

そんなことに命を懸けるほど、それほどのバカじゃないだろう?
いやいや、耳が聞こえないヤツだし(ウチのネコは生まれつきの難聴)、怖いもの知らずだし・・何をしでかすか予測不能。

「おーい! クーちゃん。」(病院用の正式名:クッキー)


「にゃんこせんせー!」

外で自由を満喫したくなったんだろうか?

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そんな、バカな・・

「バカにゃんきー!出てこんかい!」


叫んだところで、ヤツには何も聞こえない。。。

よし!こうなったら精神統一!テレパシーを使うんだ!(←どうやって使う!)

精神統一して気配をつかめ!


気のせいか、
にゃおん~

と、かすかに聞こえた気がする。

聞こえた方を見ると、

通りに沿った植え込みの中で「にんまりした白い顔」がのぞいていた。

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ようやく捕獲成功!

「おまえ、結構トロイやっちゃなあ。
なかなか見つからなかっただろ!へへん~♪」

そう言われてる気がした。

たぶん・・追いかけっこの遊びのつもりだったらしい。
まったく、たまったもんじゃない!


インドアキャットの飼い猫にとって、外の世界とは、どんなものなんだろう?

憧れの世界
怖い世界
冒険の世界


その日の出来事をネコ友に話すとこんなことを言われた。

「オタクのネコは、車で外に行くのが好きでしょ。
たぶん、一人で外を走ったり探索したかったんじゃなくって、ちょっと家の中の遊びに飽きたカンジで追いかけっこしたくなっただけだと思うよ。
すぐに、追いかけてきてくれることがわかってて・・遊んだだけだよ。」

「それじゃあ、まるで私が遊ばれてたみたいだ」

「うちのネコは、外が怖いと思ってるのか、絶対に自分で外に出ようとはしないね。
ま、人間同様、人それぞれ、猫それぞれ、なんだよ。」



おかしなことを想像してみた。

もしも、私が1つの部屋の中ですべてをまかなえるとしたら?


食料と水はどんなに消費しても賄えるしくみになっていて、酸素の量はつねに一定に保たれていて、ちゃんとリサイクルもできるしくみになっている。 精神状態も良好に保たれるような娯楽もあり運動もできるような状況で、これといった不満もない。

私はこの部屋のことは、よーく知ってるけど部屋の外のことは何も知らない。つーか、部屋の外に世界があるかどうかも知らないし、知る必要もない。

だって、ここですべてをまかなえるし生きていかれるんだから。

外に出て何かを調達してくる必要はないし、まさに、これこそ自己完結した世界だ。

ところがある日、気づく。

なぜ、この部屋にはすべてが揃ってる?
私が、この部屋やそれぞれの装置を作った覚えはないし・・・

そもそも、なぜ、私はこの部屋にいるんだろう?

<<唯一の納得できる答え>>
   ↓
この部屋の外にいる誰かがこの部屋を作ったのだ!
誰かが部屋の中の装置すべてを持ち込んだのだ! 外から!!




まさに、究極の問題、
宇宙誕生の謎
私は誰?


と同じことかも(笑)


そこで、ある人間たちは、こんな回答を出す。

「宇宙は創造主がつくったもの」
「膨大な物質やエネルギーは、宇宙誕生の瞬間に外から持ち込まれた」

そりゃ、誰によって持ち込まれたんだ?

「そりゃあ、もちろん、創造主」

創造主って?

「神だ!」

おーー、そうだったんだ! これで納得。

●なんだかわからんが、ただ納得して・・そのまま自己完結した部屋の中で生活を続けていく者。

●または、深く神を信じて、部屋の中で生活しだす者。(やっぱり部屋からは出ない)

●いやいや、それじゃあ、問題を神に押し付けただけじゃないか!その神ってのは誰?・・・と、疑う者。
(外を探索の旅に出たいけど出られないんで・・まだ部屋の中。)



ひょっとしたら、科学と宗教の対立なんてこんなことから生まれたのかもしれない。

宗教は「信じる」ことで停滞するけど、科学は「疑う」ことで進化していった?



ん?

ネコの世界も、いろいろなタイプがいるってことか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、それから1週間後、大変なことになった。。。

ネコの体中も蚤だらけ、家の中も蚤だらけ。


原因は、ネコが外からノミを持ち込んだことは疑う余地もない。
それも、たったの20分程度の脱走劇で、こんな有様になってしまった。


さっそく、車に乗せてペットクリニックに連れて行く。

車大好きネコは、ご機嫌な様子。

待合室は、ひどく混んでいた。

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小型犬やネコの場合は、ゲージに入れたまま待合室で待つ人が多いが、ウチのネコは、大のゲージ嫌い!

ゲージに入れるのもダメ、首輪、胴輪、ハーネス、リード・・すべてダメ!

そんなことをしたもんなら、とんでもないことになるのだ!


そこで、仕方なく・・長椅子に自分が座り、隣にそっとネコを座らせてみた。

実におとなしい。
知らない人に頭を撫でられても、ぜ~んぜん平気。

混雑する待合室の喧騒が、まるで面白いかのように、あたりを見回しながらじっと座ってる。



大声で怖がってなく犬たち、かぼそい声で泣き続けるゲージの中の猫たち。

もっとも耳が聞こえないんだから、音でおびえることもないんだろうけど・・それにしても興味津々であたりを見回している。

なかには、恐怖のあまり、飼い主さんに抱っこでしがみついたまま離れないワンコもいるのに。

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とくに、その犬を面白いように眺めていたかと思うと、今度は隣に座った人の大きなバッグの中に思いっきり顔を突っ込んだ。

しまった!
バッグの中に顔を突っ込んで、持ち物検査をするのが好きなのだ!

しかし人様のものは、いかんだろう。

「だめだよ!」と顔をひっぱり出す。

け! 別に減るもんじゃなし~!
ま、いいか~、それなら、あっちの犬、見てる! あっちの方が面白いもんね~。



そんなふうに言われた気がする。
しかし、他人から見れば、ちゃーんと飼い主の言うことを聞く、躾の行き届いたネコにみえたようだ。


「まあ、なんてビューティフルなネコちゃん!それに、とーーってもお利巧でおとなしいのね~。」

「ほんとね~、まるで、犬のようね~。」


と、人々がウチのネコを見て微笑む。

こんなはずはない!
これこそ、猫をかぶっているのだ!


30分も過ぎたころ、
「ハーイ、クッキー! 3番の診察室にどーぞ!」と、呼ばれた。

ここでアシスタントに体重測定をしてもらい、さらにドクターが登場するまで、またもや待つことになる。


その間に、徐々に異変が起こり始める。

急に、鼻をひくひくとしだして、何かの匂いを追っている様子。
うろうろと診察室内を歩きだす。

慌てて追いかけて捕まえながら、
なるべく、優しい声で聞いてみる。

「なんの匂いがするの?」

答えない。。。

ただ、低いうなり声をあげ出した。

うーーーーーー。

「気にしない、気にしない・・やばい匂いなんて気のせいだからね~。」

と、またもや優しく諭したつもりだったが・・


クッキーネコは、突然、

きえええ!と叫び声をあげて、思いっきり私の腕をひっかいたのだ。

運悪く、そこに入ってきた若いドクター。

満面の笑顔を浮かべて、いかにも好青年のイケメン・ドクター。

「す、すいません・・診察室に入ったら、何かを思い出したらしく、急に暴れ出しました・・」
と、傷だらけになりながら、私がいうと、

「あ、そ、そうですよね~。よくあることですから・・。
と、とにかく、アシスタントを呼んできますね。」


と、彼はそそくさと出ていき、彼の3倍はありそうな、腕っぷしの強そうな中年レディーを伴ってきた。


この人よりも、実際にはもっと大きく、プロレスラー並みの風格を備えた人だった。
   ↓
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クッキーネコは、さらに大声でうなり出す。

うーーーー。

低く不気味なうなり声だ。

次の瞬間、大女にジャンプ攻撃をしかけた。
私は、必死になりながら抑え込む。

「はあはあ・・あの、きょうは、日が悪いようで・・・。」

「あ、そ、そのようですね~。」


ドクター&アシスタントの顔は完全にビビっている。

「きょうは、蚤取り薬だけ頂いて帰りますんで・・」と、私が言うと、二人は安堵した表情になった。

そして、ドクターがものすごい早口で言う。

「クッキーちゃんの食欲は落ちてませんよね? それに下痢もしてませんよね?
他に異常はありませんよね?」

「ないない、なーんもないです。 元気いっぱいです。」
と、私も早口で答える。


「では、これで診察終わります。 Have a Good Day!」
ドクターたちは、そのまま、そそくさと奥へ消えていった。

最悪な日だ!

30分以上待たされて10秒もかからない診察時間。
そして、私の両腕だけが傷だらけになった。

クッキーネコは、待合室に戻るとまた、おとなしいビューティフルネコに戻っていた。

が、用心のため車の中に置いてくる。


そして、またしばらく待たされ、私はようやく料金を払いこの薬をもらった。

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車に戻ると、クッキーネコは後部座席で大の字になって爆睡している。

いまだ!このチャンスを逃したら、薬をつけられん!

私は狂暴なネコが寝ている間に、首の後ろに素早く薬を塗る。
我がながら、素晴らしい早業だ!

ヤツが飛び起きた瞬間に薬塗りは完了。

はあはあ、ぜいぜい。。。

・・・・・・・・・・・・

猫というものは、シャー、シャーという声を出すことがある。

耳をペタンと後ろにして、シャー、シャーと声を出す。
興奮すると尻尾が2倍くらいに膨れる。

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これは、威嚇であり・・怖がっているときだ。


以前飼っていたネコは、これをよくやった。
そもそも、非常に怖がりのネコだった。

掃除機を見ても、シャーシャー言いながら逃げていったくらいだ。


クッキーネコは、一度もやったことがない。
掃除機と戦うときは、首を45度に傾けて、黙ってとびかかっていくのが常だ。

今回、犬のようなうなり声から攻撃に出た行動は、はじめてのことだったが・・。


強い不快感、恐怖心を感じた場合、即座に逃げるか戦うか!
これは、すべての動物、いや、人間でも同じだろう。


クッキーネコは、常に戦うことを選ぶんだろうか?


いや、そうでもなさそうだ。

以前、牧場に出かけたことがあった。

馬場の柵ところで、抱っこしながら馬を眺めていたときのことだ。

一頭の馬がネコに興味を持ったのか、とことこと傍によってきたのだ。

すると、ものすごい勢いで、クッキーネコは、私に引っ掻き傷を与えて腕を飛び出した。(引っ掻き傷は常に絶えないのだ)
ちゃんと、一人で車のそばまで逃げていた。

シャーという声さえもあげていない。
そんな声で威嚇してるヒマさえない!との判断か?

実に合理的思考だ(笑)


とにかく、でかい馬には戦ってもかなわない!という判断だったに違いない。

となると・・人間程度なら、戦って勝てると判断してるんだろうか?
あのプロレスラー並みのアシスタントでも。

だから、逃げるよりも戦いを挑んでしまうんだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・

恐怖心は、どこから湧いてくるんだろう?

おそらく、過去の治療の際に無理やり押さえつけられて痛かったことを思いだしたんだろう。
そのときと、同じ匂いがあったのかもしれない。。。

しかし、毎回、同じような辛い思いをするとは限らんじゃないか!

過去と未来は別なのだ。
必ずしも同じことが起きるとは限らないのが未来なのだ。



「君は、まだまだ、状況を読むことが出来とらん!
ちゃんと気を読め!」
と、私はネコに言ってみた。

「ふん、私はあの部屋が嫌い! あいつら(ドクターとアシスタント)も嫌い!」

と、言われた気がした。


そういわれると・・なーんとなく、私もあの人たちは、あんまりいいカンジは受けなかったなあ。

作り笑顔のイケメン・ドクターと、力づくで押さえつけそうなアシスタントだったもんなあ。
(ドクターは、毎回違うので誰に当たるかは、わからない。)

ひょっとしたら、クッキーネコは、私よりも深いところで何かを感じとっているんだろうか?

だけどだねえ・・

「もうちょっと、新しいものに対しても、好意的に受け入れるってことも念頭に置くべきだよ!
逃げるか戦うかしかないんじゃ、寂しすぎないかい!」

と、さらにネコと話してみる。

こんなことをして・・

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こんなふうにできるかもしれないし・・。

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そしたら、新しいステキな喜びが発見できるじゃないか?

でも、襲われるかもしれないって、リスクもあるよなあ。。。

そこで、

無難に生きるか?
逃げるか戦うか?
リスクを覚悟で飛び込んでみるか?



気がついてしまった以上、自己完結した世界なんて、本当にあるんだろうか?


人間もネコもこの世に生まれるってことは、新しいことを学んでいくためなのかもしれない(笑)

よし! お互いに学んでいこう!

・・・と言ってみたが、クッキーネコは、もう、そこにはいない。

どこからか入ってきた蛾を追いかけるのに夢中だ。

インディペンデンスデイにギャンブルを考える

きょうは、July4th  インディペンデンスデイの祝日で、多くの人たちは、

昼間は家族とともにBBQパーティー

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夜は花火を楽しむというのが恒例の過ごし方
    ↓
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ところが、隣の一人暮らしのおばちゃんは、これからカジノへ遊びに行くという。
ウキウキと車のガラスを磨いている。

このおばちゃんは、余暇はほとんど、カジノでのスロットマシーンゲームに興じるそうだ。

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カジノには年配者が多い(笑)
とくに平日は年配者だらけ。

中には車いす姿の年配者だっているくらいだ。
(カジノから送迎バスが出ているので気楽に出かけられるのだ)

そりゃ、きょうのような特別な祝日だと、どこのカジノでも特別なイベントが華やかに行われていることだろうなあ。



そういえば、日本でもカジノ法案が可決されたらしいけど・・
日本でギャンブルっていうと・・競輪・競馬・パチンコ・麻雀ってイメージで、それも、ちょっと、「やさぐれた男たち」ってイメージだったなあ。

今はどうなんだろう?


これは日本の地方競馬場。
うーん、なんだか似たようなおっさんばっかしだなあ。
        ↓
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http://kbayoso.jp/blog-entry-162.html?sp


かくゆう私も、日本にいた若い頃は、それなりに競馬場に行ってる(笑)
大きなレースがあるときは、ほとんど行ってたかも。

もっとも、ギャンブルが好きというよりも馬好きで、ベテラン騎手のレースぶりと騎乗スタイルを見るのが好きだったから。
当時、乗馬クラブに入っていて、乗馬に夢中だったため、その延長線上に競馬もあったのだ。

週刊競馬ブックを買い込んだり、世界の競馬を調べたり、競走馬の歴史と血統、馬の病気まで調べたり、さらには、こんなマンガやアニメも見てた頃だし、当時の私は馬に関するものなら、なんでもよかったのだ(笑)

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ただの馬オタク。

しかし、上には上がいる。

そういえば、一緒に乗馬スクールに通っていた乗馬友達は当時、20代の女性だったけど、やはり競馬場にも頻繁に通っていたっけ。
その人、職業は小学校の先生で、とってもおっとりした人、しかもアイドル系の顔立ち、だけど、馬への情熱はとっても熱い!

小学校教師は適職
馬は天職


だったんだろう。

数年後、彼女はあっという間に乗馬検定1級を取り、指導員の免許まで取ってしまい、馬の生産牧場めぐりをしているうちに、北海道の牧場主の息子と知り合い結婚した。
今では、競走馬の生産牧場を一緒に切り盛りしてるはずだ。

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天職と適職をドッキングさせちゃった人かもしれない。

なんでもそうだけど・・「好き」ってことは、すごいパワーだ(笑)


さて、同じ競馬場通いでも、ギャンブル好きってのもいる。
むしろ、こっちの方が多いのかなあ?

ギャンブル好きとなると、もちろん競馬だけでは収まらないだろうけどね~。
基本、ギャンブルならなんでもいいのだ。

知人の「元ギャンブル好き」に聞くと、当時は、すべてのギャンブルをやっていたって話だから。

すべてって何?

競輪・競馬・パチンコ・パチスロ、海外旅行ならラスベガスのカジノに行ったり、マカオのカジノ。
そのほか、株、FX、恋愛


ああ、たしかに、恋愛ってのもギャンブルかもしれない(笑)
彼にとっては、恋愛ゲーム=ギャンブル だったんだろうなあ。
恋愛が成就してしまうとイッキに冷めてしまったそうだから。もちろん結婚なんて考えもしなかったそうだし・・。

なぜゆえに?

もちろん、そこは人それぞれだろう。

●一攫千金の金儲けが魅力

●ギリギリに立たされたときのスリル感=高揚感がたまらない。

●依存症

依存症ってのは、これまた色々あって、アルコール、薬物、買物、ゲーム、万引き、なんでもある。
たまたま、その対象がギャンブルに行ってしまっただけの、精神疾患とされている。


こういった要因が、ミックスされてる場合だってある。


そして、ギャンブル好きの方々は、必ずといっていいほど、確率というものに注目するようだ。

私が昔、ギャンブル好きから教わった確率とは

確率には、数学的確率と統計的確率がある

数学的確率は理論で計算した「理論値」
統計的確率は実験で得た「実験値」。


確率論の大家ペール・シモン・ラプラスの理論によると、
ピエール=シモン・ラプラス

「数学的確率とは、どの事象も、他の事象より起こりやすいと期待させないとき、それに好ましい場合の数と、すべての可能な場合の数に対する比である」

なんだそりゃ??

もっと簡単に教えてもらったところ、

コインを投げると、出目は「表」と「裏」の2つ。
よって起こりうるすべての事象は「表+裏=2」

さらにコインをよーくチェックしたところ、とくに表が出やすいとか裏が出やすいとかがなさそう。

その場合、表が出る確率=表が出る事象の数÷すべての事象の数=1÷2=1/2

なーんだ!そんな確率1/2なんて、ウチのネコでも知ってるよ!(←ネコが確率に興味があるとは思えん)

ところが!

実際にコインを投げてみると、

表がつづけて3回出たり1回も出なかったり、確率1/2にはなってない!!

ところが、2万4000回投げると表が出る回数は1万2012回になる。
誤差「1/1000」で確率「1/2」に合致

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つまり、確率は、ン万回なら100%的中するといっていいだろう。

もちろん、こーんなヒマなことを私がやるわけない!

これは統計学者カール・ピアソンの実験から。
カール・ピアソン

だけど・・どうやってギャンブルでン万回もやれるわけ?
そんな体力と時間が使えるか?
そもそも、その資金は?


じゃあ、確率論よりも因果律を使ってみようってことになったそうだ。

必ず原因があって結果・・ってヤツ。

そもそもコインといったって、この世に完全に同じ存在のものなんてあるわけない。
重さ、質量だって微妙に違って当たり前。

それを着地して表か裏かが出た時点からさかのぼって調べる。
着地寸前の空気の流れ、風向き、投げた人の力の配分、方向などなど。

そして、おー、なるほど・・だから、こっちの面が出たんだ!と納得する。


ところが、今度はその1回については納得できたとしても、

なんで、確率はン万回なら100%に近づくのか、その答えは謎のまま。


そう、結局わかってることは、

確率は、ン万回やらなきゃ1/2には、ならないってことだけだ。

なんでだろう?
こんなことを考え始めると、これは哲学分野まで行っちゃいそうなんで・・今日はやめておくことにする。



ただ、この法則さえ知ってれば、確実に胴元だけは儲かるしくみってことだけはわかる!

胴元は回数をこなせる立場にあるわけだし・・とくにカジノの客なんて、どんだけの人が来るんだろう?
毎日客をとっかえひっかえ、ほぼ「無限回」できるから。

そうなりゃ、最終的には勝敗は確率に合わされ胴元が勝つ。

カジノには、ゲームに組み込まれた控除(ハウスエッジ)というものがあるんで、ゲーム自体はギャンブルであって、仮にゲームの結果がイーブンでも、「収支」では必ずカジノが有利ってことだ。

昔の日本の丁半バクチでも、しょば代ってのがあったはず(笑)


そこで、カジノ側(胴元)が一番大事なことは、いかに多くの客を集めるか?

当然カジノが年中無休、24時間営業なのは当然のこと。

しかも、さまざまな特典を出す。 
通って使ってくれた金額によって、ホテル代や食事代を割り引いてくれたり全額タダにもなる。

その割引率は他のバーゲンセールなんかとは比較にならないほど大きい。
先行投資してがっぽり儲かるしくみだから。

それにひかれて客は行くことになる。

そりゃあ、50ドルもする食事が・・あと1回行けばタダで食べられるなんてことだったら、すぐ行っちゃう(笑)
豪華ホテルの宿泊がたったの35ドルなんていえば・・やっぱり行っちゃう。

どこぞの遊園地に行くよりはるかに安く遊べちゃうから。

実に巧妙に、客の心理を突いたサービスなのだ。

じゃあ、どうやっても、客は儲からない!
ギャンブル必勝法なんてあるわけない!

ところが、そうでもないのだ。。。

事実、頻繁に通ってるおばあちゃんが、「私は大負けしたことなんてないわよ。 トータルで勝ちの方が多いのよ。
だからこそ、また、行っちゃうんだけどね~。」
と言っている。

私もまた、過去をトータルすると、ほんのちょっとだけ儲けが多い気がする。


<<これは、あくまでも私のスロットマシン必勝法>>

◆新しいゲームでは、なるべく現金を投入する
最初は現金を投入するのだが、そこでコレクトボタン(清算ボタン)を押すと、紙切れのバウチャーが出てくる。
次回からは、それが現金代わりになる。
  ↓
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なぜか、バウチャーを使うよりも現金を使った方が出る確率が高い。

たぶん・・初回の人には良い気分を味わってもらおう!という思惑がコンピューターライズされてるのかも。
最初に嫌な気分になっちゃったら、人って二度とやりたくなくなっちゃうからね~。



◆エントランスに近い方が出る
これも同様で、外から入ってきた人が、あ、みんなこんなにガンガン出してる!って思うと客が増えるからじゃないかな?

◆少しプレイしても、こりゃ、出そうもない!と思ったら、さっさと次にいくこと。
決して粘ってはいけない。


◆ちょっと大きく出たと思ったら、次のマシンに移動
掛け金にもよるけど、50倍~100倍以上がでたら次へ移動。

1日で、せいぜい200ドルから300ドル(日本円だと2万~3万円)儲かった時点で、すべてやめること。
  ↑
これが一番のポイントかもしれない。


そこで、あとはゆっくり食事を楽しむなどに切り替える。

それ以上やれば、かならず失うことになる!!


◆ウキウキするような楽しいマシンで遊ぶこと
これは、私の場合だけかもしれないが・・新しいマシンだったり、楽しそう、かわいい!なんてマシンをみつけて、そこでやると必ずと言っていいほど・・儲かる。

こーんな3Dマシンがあったり、
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音楽とともに、椅子までブルブルして踊ってる感覚のマシンがあったり、
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かわいい映像が飛び出すのあったりする
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昔カジノに最初に行った頃だったが・・
かわいいマシンをみつけて座って、たったの一発目で、250ドルになったことがあった。
元金は50セントだ。

それも数秒のうちに。
1日8時間労働しても250ドルなんて稼げない私。

ところが、あまりにも簡単に大きなものが出てしまうと簡単には、そこから移動できない心理が働く。

うーん、1回じゃ、さすがにつまらない。
ひょっとして、今日の私ってついてるってこと?
このラッキーがAGAINかも!(←欲がもたげてくるのだ)

そして15分後、
100ドルを失った。

そうなると・・

ひええ!!
250ドルあったのに・・なんとか、せめて元に戻さなきゃ!


と熱くなる。

そこへ、友人がやってきて、にやりと笑って囁いた。

「天使の声が聞こえなくなったら、終わりだよ!」と。

ギャンブルに天使も神様もないもんだ!


しかし、現状の受け止め方は自分しだい。

250ドルの儲けをラッキーと思うか?

15分で100ドルすってしまったことで落ち込むか?

それでもまだ150ドル残ってることに感謝するか?



私は、3番目を選択して、そのマシンを離れて、友人と食事にでかけた。

今でも思うのだが、あのとき、2番目の思いで、必死にそのまま続けていたら、きっと私は全部なくしたことだろう。
なぜか、そう思えるのだ。

ギャンブルというものは、

★精神修行
★バイオリズムを知ること
★感性を鋭くすること


かもしれない。。。(んなわけないだろー!)


とにかく・・カジノ必勝法は、長くやり続けないこと!
せいぜい、1日2-3百ドルで満足してやめることだ。



それなら、トータルして勝ち続けることもありえる。
負けなしのおばあちゃんのように(笑)

おっと、もうひとつ言い忘れたことがある。

◆人がいっぱい入って、サービスもよく儲かってそうなカジノでプレイすること


あえて、マイナーな場末のようなカジノでも何度かプレイしたことがあるんだけど・・・まーったくダメ。
入口だろうが、何度マシンを変えようが・・・たったの一度たりとも、ささやかな儲けすら出なかったってとこもある。

客も少ないし、なーんとなく小汚いような・・

うーーん、
こうゆうところは、まずダメかも。

カジノ側で営業戦略がちゃんとなされてないのか?

または、

カジノに貧乏神でも憑いてるような・・(笑)

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こうゆうところに長居すると、自分にも貧乏神が憑いちゃうんだろうか(笑)

ま、大きくて活気を感じるところなら、必ず儲かるマシンにも行き当たることは間違いない。


ギャンブルというのも、ときに人生の映し出しのように見えて面白い。


女神の微笑みの恩恵も受ければ悪魔に突き落とされることだってある。
まさに人生・・・

子供のころ、近所のおばさんが、結婚適齢期のお姉さんをつかまえて、
「ギャンブルする人だけはだめよ! とにかく真面目にコツコツと地味~に働き続ける人が一番なのよ!」
と言っていたのを思い出すけど・・

さて、それが一番かどうかはわからない。

真面目にコツコツと地味~にってことは、一切の冒険もチャレンジもしない人、現状維持だけともいえる。

かといって、ギャンブルで最悪な事態に陥って、自分の落とし前さえつけられなくなったら、そりゃ最悪。

あ、落とし前ってのは、香具師(やし)やヤクザさんの使う隠語なんだとか。

えーっと、落とし前をつけるってことは、責任をとるってことだった。。


そもそも、人生だってギャンブルかもしれない。

そこで、どうやって達成感や感動を得ていくか、たぶん、それしかないのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アパートの2階の住人が、

「また、あの人、カジノ行ったのね~。
独り者ってのは気の毒だね~。
せっかくのインディペンデンスデイなのに、一緒に祝う家族さえいないんだから。。」


うーん、
ひょっとしたら、一人でもカジノ好きのおばちゃんの方がずーーっと幸せなのかもしれない。

うーん、
せっかくのインディペンデンスデイに、こうやって、ブログ記事なんかアップしてる私よりも(笑)

理解するということ

「あいつ、すっごいバカなんだもん!
もう! 使えないよ~!」

「おいおい、だって、彼はハーバード出のエリートだぜ!」


そんな会話をコーヒーショップで耳にした。

具体的に、どんなことでハーバード出身のエリートがダメ出しされちゃってるのかまでは知らない。

アメリカでハーバード大学出身といえば、日本で言えば、東大出身に匹敵するようなものだ。



「そりゃあ、世間じゃエリートかもしれないけどさ、あいつは理解力ゼロだぜ。」


なかなか手厳しい(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そういえば、だいぶ昔の映画だったけど、グッド・ウィル・ハンティングという映画があったことを思い出した。

マット・デイモンがまだ若い頃の映画だ。

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ベン・アフレックロビン・ウィリアムス、なんて大物俳優も出ていた映画で、

主人公のウィル(マッド・デイモン)は、大学の清掃員だけど、すっごい天才的な頭脳の持ち主、だけど生まれも素行も悪く心を閉ざした青年、そこにカウンセラー(ロビン・ウィリアムス)が登場してきて、二人の心の交流物語・・・そんなストーリーだった。

いかにもアメリカ映画らしくてラストは想像できちゃうし、当然、ヨーロッパ作品にありがちな、ひねりの部分もなくって実に直球全力投球ってカンジの映画だった記憶がある。

でも・・じんわりとくるものがあって、やっぱり面白かったなあ。


最初に、清掃員のウィルが大学内の廊下の黒板に書かれた超難問の数学の問題を解いてしまうってことから、はじまるんだけど・・

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この大学は、マサチューセッツ工科大学であって、ハーバードではない。
マサチューセッツ工科大学、通称はMITと言うんだけど、ここは私立の工科大学であって、理数においては、ハーバードよりも超優秀な名門大学と言われている。


そんな大学の正規の学生たちがなかなか解けないような数学の難問を、掃除人が簡単に解いちゃうんだから・・・そりゃ、すごいことになる(笑)


もうひとつ、この映画の最初の方の見どころとして、
バーで絡んできたハーバードの学生(いかにもってカンジのスノップなヤツなんだけどね~)を、言い負かしてしまうシーンが出てくる。

ウィルは、ハーバードの学生に対して、最後にこんなことを言う。

「暗記や人の文の引用だらけで、自分でものを考えていない。
そんな教育に金を使うなんて時間の無駄だ」
 と。


そこで、言いまかされちゃった学生の方は、

「時間の無駄でも俺は学位がもらえる。お前はまだ床を磨いてるさ」 と、捨て台詞。



ウィルは、もともと数学が趣味だったようで・・つまり、数学大好き

たぶん、有名大学で学位をとるために勉強している学生とは、そもそものスタンスが違うんだろう。


で、実際のところ・・これってどんな数学問題だったんかよ?と、思ったんだけど、

もちろん、私には、さーーぱりわからん!!(数式が幾何学模様にしか見えん!)

興味ある方は、こちらに実際に映画で使われた数学問題があるようなのでご覧ください。
    ↓
The Good Will Hunting Problem





でもなあ、なんで優秀な学生が解けなかった問題をウィルに解けたんだろう? と考えてみた。

「これは映画だから」とか、「彼が稀にみる天才だったから」

ってのは、この際無しとして・・・


学位をとることが目的の学生と違って、ウィルには別方向からのアプローチができたから・・じゃないかな?


と、私は思うことにした(笑)


つまり、
違った視点で見ることができるから。
理由は、やっぱり・・「それが好きだから!」
 



ところが、学校でのテストってのは、まずパスすることが目的なんだよね~。

たぶん、多くの人がそうじゃないかな?

テストを楽しめる人って少数派だと思うのだ。


昔、そりゃあ私だって、テスト勉強ってのをずいぶんやったことがあるけど・・
目的は、もちろんパスするためだった。


だから、勉強するうちに、ちょっと疑問点が浮かんできても、あえてそれに目をつぶって、試験にパスすることだけに専念する(いい成績をとることだけに専念する)


私の勉強方法は、まず問題集をいっぱいこなすことだった。
もとの教科書をじっくり読んで理解するよりも、そっちの方が効率がいい、手っ取り早いのだ(笑)


そのうち、試験の傾向とか、要領ってものが身についていく。

たとえば、長文読解なんて問題があっても、その文章を細かく読んで全部把握する人って、ほとんどいないんじゃないかな?
だって、そんなことしてたら時間がなくなっちゃうから。。。

私の場合は、全文を読む前に、まず問題から先に読んで、次に長文の中から、その答えを探しだすって作業してたもん。


さらにもっと慣れてくると、

おっと! ここは、引っ掛け問題だな?と、質問の意図まで見えるようになってきて、

おいおい! そんなことで、私はひっかからないもんね~!と、ちゃんと避けられるようになるものだ(笑)


つまり、試験てのは、要領の良さ、がモノをいう。
もちろん、プラス、記憶力は大事

ただし、これは私のような凡人が良い成績をとるための手段だろうけどね。



そんなわけで・・・本当に理解してるかどうかなーんてことは、後回しになっちゃうのだ。


ここでちょっと、学生気分に戻って言い訳させてもらえば、

「教科はいっぱいあるわけなんだし、全部をしっかり時間をかけて理解しようなんてやってたら、とってもじゃないけど時間がないのだよ!」(←凡人の言い訳)

私の頃は、とくに詰め込み教育時代だったしね~。


だから要領を身につけて、最低限度必要なものだけを記憶して、無駄なく試験に臨むってことになる(笑)

それだけでも、それなりの成績がとれるとなると、ますます、この方法はやめられなくなったのだ!



ひょっとしたら、東大生でもハーバードでも、こういったタイプの学生も多いのかもしれない。
要領と記憶力だけは優れてる人が多いともいえるのかも。


それじゃあ、もしも、視点の違った角度から問題を出されたら解けるわけないよなあ。

それができるとしたら、そりゃあ・・真に理解している人、本当に好きでやってきた人だけだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

たとえば国語の問題で、

「俯瞰する」とは、どうゆう意味でしょうか?、というのがあったとする。

ちゃんと暗記さえしていれば、

高い場所から全体を見おろすこと
客観的に物事の全体像を捉えること


と、即座に正しい答えが書ける。


じゃ、これで理解しているのか? つーと、それはまた別 の話だろう(笑)


答えを書ける(言える)ってことは、頭で単に暗記してるだけってことも多いわけで、

本当の理解ってのは、自分の魂レベルにまでに落とし込んで感性でもってそれを悟ったとき、はじめて理解したことになるんだと思う。


なんだか、前回のブログ記事、感性ってなんだろう?の続編みたいになってきたなあ(笑)


ところで、

あなたは、「俯瞰する」って言葉から、どんなイメージが浮かぶ?

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それとも、こーんなカンジかな?

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たぶん、それぞれに自分なりのイメージがあるだろう。
でも、なーんのイメージすら浮かばないってことは、理解はできてないって気がするのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、思い出すのは、ヘレン・ケラーという人のことだ

ヘレン・ケラーは、三重苦で、見えない、聞こえない、話すこともできない人だった。
しかも、まるで・・野獣のような癇癪持ちの子供だったという。


彼女が一番最初に覚えた単語は、WATER(水) という言葉だったというのは有名な話。

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先生は、ヘレンを井戸に引っ張って行って、手に水をじゃーじゃーかけて、Waterという文字を手の平に書いたそうだ。


彼女は、そこで何を感じとったんだろう?

冷たい水の感触?
はじける水の粒? 流動的な水?

そして、先生が必死に自分に伝えようとする思い?


実際に彼女が何を感じたかなんて、私たちの想像に過ぎないけどね。


それでも、確実に彼女が何かを感じて理解したってのは確かなことだろう。

そこから、彼女の人生が大きく変わるきっかけになったそうだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、私のような凡人から見れば、生まれながらの天才ってのは、実にうらやましい限りだ。

きっと天才というのも、即座に真実にたどり着けちゃう人のことだろう。


でも、学校ってところは・・

こんな私ですら、そこそこの成績をとってこられるところだったし、要領を身に着けるってのも決して悪いことじゃない(笑)


真に教科を理解できてなかったとしても、無駄なくこなす要領、処世術を身につけられたことだけでも、それは大事なことだと思う。


ただ、勘違いしちゃいかんよなあ!って思うのは、「成績がいいから自分が優れてる」って思いこんじゃうことだろう。

要領が悪くて学校の成績が悪いから、劣ってるってことにもならないってことだ。

しょせん、要領と処世術だけじゃあ、真実にたどり着くことはできないもんね~。



映画の中で、ハーバードの学生(エリート&金持ち)が、言った捨て台詞をまた思い出す。

「時間の無駄でも俺は学位がもらえる。お前はまだ床を磨いてるさ」

まさに、自分の凡庸さをわかってる人の、ちょっと悲しい捨てセリフだ(笑)

それでも、自分を知ればこそ、ちゃーんと次のステップにはいけるものだ。
天才のウィルに嫉妬するより、本当に好きな道をみつけろよ!


と言ってあげたくなった(笑)

感性ってなんだろう?

感性ってなんだろう?

前回の記事、日本語の特異性と感性の必要性の中で、

日本語はとくに感性を鈍らせたらダメかも。。。
感性欠乏症にならないように!


なんてことを書いたのところ、

知人からメールをもらった。

「そういえば・・感性って言葉もまた色々な意味があるような気がする。
感性を豊かにする方法な~んて、日本では最近はそんなセミナーもあるくらいでね、やたら感性って言葉は使われるんだけど、感性って具体的には、どういったことだと思う?」



うーーむ、たしかに・・・感性という言葉も、時と場合によって、いろいろと使われるよなあ。


感性という言葉を英語にしようとすると、具体的にその意味を把握してから英訳しなきゃならなくなる。

たとえば・・

「感知する能力」「アーティストの鋭い感性」なんて時は、sense
五感や第六感もsense

「感じる力」は、sensibility
相手の感覚を鋭く感じ取ってしまうのも、sensibility

「知性と対照される感情的な感性」ならemotion

ファッションセンスで使われるような、感性になると・・taste


まいったなあ。。。
日本語だと、こういったものすべてが、感性という言葉で言えちゃうわけだから。


やれやれ。

やっぱり日本語は、聞く方もまた鋭い感性を使って、その意味を把握しなきゃならないってことだ。


考えてみると、感性というのは、心だけじゃないようだ。
肉体も心も含めて、感性が働くか働かないか、があるそうだ。


★五感(第六感も)がフル活動していること

マイケル・ジョーダンというバスケの名選手がいたが(←引退してるけど、ちゃんと今でも生きてる)、彼は決してアメリカのバスケ選手として大きい方ではなかったそうだ。

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何が抜きんでていたかというと、「感覚の鋭さ」がダントツだった、と聞いたことがある。

シュートするときの距離感、ジャンプの高さ、スピードを、まるでコンピューターライズされたように計算して無駄なく実行してしまう。
だからこそ、これだけの名選手と言われるようになったのだという。

もちろん、それに伴う身体能力や鍛錬は言うまでもないけど・・・そんな選手はいくらでもいるわけだしね~。



もうひとつ、今度は食べ物に関する例をあげてみよう。

知人で健康オタクの人がいて、「キャベツは多くの栄養素を含んでいるんのよ!」と言って、頻繁にキャベツを食べていた人がいる。

しかし、彼女は大の料理嫌いで、コンビニの千切りキャベツを常に使ったそうだ。

洗わずに使えるし、とっても便利なそうだ。(←こっちではそんなものは売ってないんで、私は知らないのだが・・)

「コンビニキャベツなんてやめた方がいいよ~」と、多くの人に注意されてたらしいけど、本人はキャベツには栄養があると信じて疑わない(笑)


あるとき、別の友人が、同じコンビニのキャベツを食べたところ・・・

「なんだこりゃ! なんだか嫌な臭いを感じる! それに・・ちっともキャベツの味も香りもない!
こんなもの食えるか~!!」


となったそうだ(笑)

こうゆうものらしいね。
           ↓
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調べたところによると・・

サラダ用にカットしてある野菜は、カットした後に殺菌消毒のために「次亜塩素酸ナトリウム」の水溶液に漬け込みしてから水洗いを何度も繰り返して処理したもの。 だからきれいで長持ちする。

加工品としての野菜(コンビニサラダ等)、カットフルーツは、ほとんどがこの処理が行われている。




あらら~、 この際、防腐剤やら添加物のことは別にしても・・それじゃあ、栄養素だって抜けてちゃって食べても味気ないだろうなあ。


しかし・・人によって、これほど違うのだ。


匂いや味の悪さを感じた人は、もちろん、「次亜塩素酸ナトリウム」の水溶液だとか、そういった処理方法なんかは、まったく知らなかった人だ。

ただ、鼻と舌で、嫌なものを察知しただけだ。

なんとまあ、感性の鋭い人と鈍い人の違いだろう(笑)


いやいや、それって、感性の鋭い人っていうよりも、むしろ、本来あるべき姿のフツウの人なのかもしれないよ。
正常な人って気がする。

ところが最近は、感性欠乏症(鈍くなっちゃってる人)の方が多くなっているんだろうなあ。

だから、この人みたいに、「匂いがヘン? ちっとも味がない。」なーんてことに気づいただけでも、鋭い人になっちゃうんだろうなあ。


次に、よく使われる心の感性


★独自の想像力を持ち、また創造性を持つ

ちょっと個性的で人とは違う独特の雰囲気を持っている人・・・そんな人達を「感性豊か」といわれている事が多いそうだ。



ということは・・・


没個性的でみんなと同じ雰囲気を持っている人 = 一般人

ということになるねえ(笑)

たぶん、こっちの方が多数だってことなんだね~。



やれやれ~。


こちらのサイトにあったことから抜粋するけど
   ↓
感性が豊かな人に共通する「8つの特徴」

想像力が無限に広がっている
人とは一歩違う創造力がある

その人オリジナルの表現ができる

自分の心に浮かんだ事に正直である

子供のような純粋な心を持っている

物事を色々な角度から見る事ができる



こんなことは、全部ひとつのことだろうに・・・。

正直な自分自身の魂(心)でいられるかどうか?


もしも自分自身の魂(心)に素直な生き方をすれば、当然、だれもが個性的で人とは違うアイデアや意見を持つことだって、当然のことだ。

そっちの方が自然のはずだし、上にあげたような感性豊かな人なんていっぱいいることになる。

特別、豊かな人じゃなくて、これもまた、ごく正常で自然な状態だと思うのだが。



人って成長して大人になると、なぜか・・世間一般に合わせようとする意識が働くようになる。

もちろんそれは良いことには違いないんだけど・・・


なぜか度が過ぎちゃって、自分のコアな部分に背いてまでやっちゃうんだろうなあ(笑)


で、いつしか・・みんなが世間と同じようになろうとして、そういった世間さえもを作り出しちゃう!

なぜか、とくに日本人の場合はこの傾向が強いかもしれない。



結果的に

没個性、
みんなと同じ考え方、みんなと同じ服装、みんなと同じ行動。


そっちが圧倒的多数になってくると、

そうしないと、出る釘は叩かれる?みたいな風潮が出来上がる。


みんな心の中じっと我慢して世間と合わせてるんで、異質な人をみると叩きたくなるのだろう。
自分だって我慢してるんだぞ!という・・意地悪な気持ちになって叩きたくなるのかもなあ。

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で、叩かれないためにも、こうゆうことになる。
    ↓
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ひえええ!
怖っ!



ところが、日本人から見れば、就活における当たり前の光景なんだろう。

でもね・・海外の人から見れば、ものすごく異質で怖いものに見えるのだよ。
もとは日本に住んでいた私ですら、異様に思えるんだから・・。


そもそもみんな人種が同じところに持ってきて、同じような髪型で同じような服装だと、さらに海外の人には同じに見えちゃうようだ。

大量生産のロボットみたいで、超怖い! そうだ。。。


だけど・・もっと怖いことは、自分が気がつかずに、そういった世間の意識に飲み込まれてしまうことだ。

まるで、幽霊にとり憑かれたように、自分がなくなってきちゃうこと。

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と、思い込んでしまうようになること

こうなると、完全に「感性欠乏症」という病気だと思う。


あ、ちなみに・・バカボンのパパは「これでいいのだ!」ってのは口癖だけど、こういったタイプじゃないからね~。
知らない人のために、ちょっと注釈を入れるけど・・むしろ、真逆なタイプ。

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ほら、ね!(笑)


無難に生きるため、世間一般に合わせてりゃ間違いないって思ってるうちに、

世間との軋轢に思い悩んだり鬱病にかかったりしちゃう人もいるけど、それは、まだまだ軽症なので治癒するのも早いかもしれない。


ところが、完全に飲み込まれちゃうと、

自分の頭で考えることや感じることを放棄するようになっちゃう。


そりゃあ、世間を見ながら、それに合わせてればいいんだから、自分自身の頭や心に問う必要もないからね~。

お天気ニュースで、今日は寒い日です!
って言われると、あ、きょうは寒い日なんだって思う。
(ほんとうは暑がりかもしれないのに・・。)


先日のブログ記事じゃないけど、TVでこんなシーンをみると、

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あ、あいつらは悪いことしてたんだ!
でも、誠心誠意誤ってるから、良しとしよう・・と漠然と思ったりする。


自分から発するものが、どこにもなくなっちゃうのだ。


そうなると病気!
感性欠乏症。


でもなあ・・

現状がそうゆう風潮になってるんだから、感性欠乏症が増えるのも、当然なんだろうなあ。


食べ物だって、「洗わず切らずに食べられるキャベツ」があるわけだし・・マスコミの報道も、教育も、仕事も、政治も・・
すべて、そんなものに囲まれているんだもんね~。

そりゃあ、なるかもなあ。


だから逆に、感性!を豊かにしよう、鋭い感性、なんて言葉がもてはやされるようになってしまったのかも。
それだけ、病気が蔓延してしまったということなんだね~。


もうひとつ、感性の中には、

★人や動物の思いを感じとる能力

本来、人の心の動きや感情の流れを敏感に感じ取る能力を持っているわけで、なんとなく相手の声のトーンや顔色から、深い悩みを感じ取ったり、悲しみをキャッチしたりする能力を持っているのだが、感性が希薄になってしまった人には、言葉に出して示されない限り、何もわからないってことになってしまう。

ペットなどの動物だったら、もっとわからないだろうし、草花が枯れそうになっていても・・きっと気がつかないだろうなあ。


おっと・・

「空気を読む」って言葉があったね?

だけど・・これは、常に良いこととは言えない場合もあるようだね。

むしろ・・自分が出る釘にならないように早めに察知して、場の雰囲気に合わせようとして「空気を読む」ってケースも多いらしいのだ。

これだと、周囲に合わせて自分の感性を封じ込めるためにもなりかねない(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

一番大事なことは、やっぱり感性だと思う。
今まで述べてきた、すべての意味で感性、ということだ。


最初に感性ありき! なのだ。


それから自分の感性を表現するためや、また人間関係を築いていくためのコントロールとして使うものが、理性なんじゃないかな。

ま、そういってしまうと・・理性も感性から発してるものといえる気がする。

決して、理性  vs. 感性 ということではないと思うのだ。


感性が欠乏している状態で、理性や知力・知識を総動員したところで・・

まさに、馬の前に荷馬車をつないじゃうようなもの(笑)
(英語の熟語に、put the cart before the horseってのがあるけど・・それを思い出したのだ。)

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なーんの意味もない!
本末転倒ってことだ!(笑)



さらに、感性がちゃんと働いているってことは、

★インスピレーション

も働くことになる。


インスピレーション、第六感、直観、直感、霊感、感性・・・ある意味、とっても似たところがあって区別できない部分も多い。



結局のところ、 一般大衆の情報だけに耳を傾けていて、コンビニの千切りキャベツを食べても何も感じず、暑いか寒いかさえも鈍感になり、目に見えるタスクだけに日々を追われてしまっている生活をしていたとしたら・・・

インスピレーションなんて、やってこないだろうよなあ(笑)


感性とは、自分の五感を正常にして、常にコアな自然体を意識することじゃないかなあ?
そして本来、私たちが当然誰でも持っている能力のはず。


もちろん、人によって興味の対象だって違うわけだから、音に敏感な人、味、色に敏感な人、実に人それぞれだし、興味の対象以外には、まーったく興味を示さないって人もいるわけだけど・・・

それでも五感というのは、すべてと連動しているものだってことも忘れちゃいけない気がする。
五感だけでなく、脳にも心にも魂にも・・・すべてが一体となって働くもの。


だとすると・・・

いくら、私は食べ物なんかどーでもいいんだ!って人であったとしても、

このキャベツを食べても、なーんも感じないとしたら・・・・
      ↓
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そりゃ、感性欠乏症がはじまっているのかもしれない。

他の見直しもした方がいいのかもしれないね~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なんで感性って大事なんだと思う?」と、私はあえて、友人に聞いてみた。(笑)

「そんなこと当たり前じゃない! 感性がなければ幸せも感じないもん。
病気にだってなるかも。」

「そうだよねえ、みんながバカボンのパパみたいになればいいのにね~。」

「そうだ@!そうだ!」


それから、私たちは、天才バカボンで盛り上がった。

日本語の特異性と感性の必要性

仕事で、日本の会社の人とメールのやりとりをすることがあるのだが・・

Dear Ms.XXXXX(私の苗字がXXXXのところに書かれている)

Thank you for your continuous support.



英語で書かれているのに、とっても日本人らしい書き出しなのだ。....

実はこのメールの相手は、日本在住、日本企業に勤務する中国人だ。日本人ではない!
中国語、日本語、英語も堪能な優秀な方だと聞いている。

優秀な方ゆえに、ちゃーんと日本の風習や感覚も身につけて使いこなしているんだろうなあ(笑)

この書き出しは、

XXXXX様

いつもお世話になっております。



実に日本人らしいビジネス文書を英語にしたものだ。
感覚は日本人のまま(笑)



そう、「いつもお世話になっております」っていうのは、日本人だったら実によく使う言葉だ。

たぶん・・挨拶がわり。

だから、決して突っ込んではいけない。

誰が、いつどういったお世話をしたのか? 書き手は何に対して感謝を述べてるのか?・・・なーんて考えてもいけない。


しかし、それを知らない英語圏の人々にとっては、ひどく異様な感覚に陥る。。。

もっとも、ウチのオフィスで働くアメリカンたちは、こういった日本人気質をよーく理解してるんで、今更、なんの問題もないんだけどね。

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ちなみに、英語のビジネス文書だとこうなる。

Hi Mike,

Can you email me billing invoice ASAP? (できるだけ早く請求書を送ってくれる?)

Thanks.



書き出しは、Dear でもHelloでもいいんだけど、何度もやり取りをしてる担当者であれば、Hi を使ってファーストネームが一般的。

そして、いきなり要件、

最後は、ありがと!(Thanks)とか、よろしく(Best regards,)で閉める。
とっても短く済んでしまう。

これで相手に、失礼だ!なんて怒られることさえない!

もちろんあまり面識がない相手だったり、相手がかなりの権威者だった場合は、DearでMr.やMs.で始めるし、Could you~の丁寧語くらいは使う。


それに慣れてしまったせいか日本語でビジネス文書を書こうとすると、私はいつもひどく頭を悩ませる。

要件は、早くXX書類を送ってね!って書きたいだけなのに。



えーと、出だしは、いつもお世話になっております、って書いて・・・それから・・恐れ入りますがXX書類を至急お送りいただけますでしょうか?、かな?  うーん、ますでしょうか?ってヘンだよなあ。。。。
お送りください!でいいのかな? いやいや、これじゃ、ちょっと断定的で強すぎる言い方かなああ。。。やっぱり、ここは、お送りいただけますか? かなあ・・・それとも、お待ち申し上げます??  それと、ここは、恐れ入りますがより、お手数ですが、の方がいいのかなあ?



きいい! 忙しいのに、たったこれだけの要件にどんだけ時間をかけてるんだよ!と、そのうち自分が腹立たしくなる(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の言葉には、独特の柔らかさ、曖昧さ、を持つものが多い。

XXXなんでXXしてください!と直接的、断定的表現を避ける傾向にある。

だからこそ、人間関係を円滑にさせる場合もあれば、逆に曖昧に誤魔化すことにもできる。



どっちにしても、英語圏に慣れてしまった人には難しい。


ああ、もう・・・。

「いつもお世話になっております。
XX書類を至急お送りください。
よろしくお願いします。」


だけじゃあ、ダメなんかい?

こんなに頭を悩ませて時間をかけなきゃならないなんて、非合理的、非生産的じゃないか?(←自分の文章能力の無さを棚上げしてる)


しかし、礼儀を重んじる日本人には、それではまだ失礼に当たり、気分を害する方もいるので、もっと丁重に!と注意されたことがある。

で、私は日本語のビジネスレターが、ますます苦手になってしまったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも日本人は形式というものを重視をする傾向が多いように思う。


つい最近のこと、日本人の女性から、あるデーティングサイトで知り合った男性の話を聞いた。
お相手の男性は中年の男性だったそうだ。

彼女は、最初のメールで、現在の仕事と過去の離婚歴、最近ボーイフレンドと別れたこと、今後はこんな人とこんな付き合いをしていきたい!と軽くさらっと書いたそうだ。

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そして何回かのメール交換後、初めてのデートで、こんなことを言われたそうだ。


「XXさんは、びっくりするくらい率直な方なんですねえ・・・初めのメールで、自分の男性遍歴を書いてくる人って初めてなんで、びっくりしました。」

え? 男性遍歴って・・・あんた、過去の男たちを、そんなに並べ立てたの?」と、私が聞くと、

「まさかあ・・・過去に1度の離婚歴があることと、昨年まで付き合ってた男性が東部に引っ越すために別れちゃったんで今は一人暮らし、って書いただけだよ。 だから、一緒に食事したり会話を楽しめる人がいたらいいなあ、って思ってるって書いたんだよ。」

「へ? それだけで男性遍歴ってなっちゃうわけ?
その男の離婚歴は? それとも、今までガールフレンドもいなかったって人?」

「さあ、知らない。長年駐在員としてアメリカで働いていたようで・・・どうも離婚歴があるらしいけど自分でははっきり言わないんだもん。」

「なーるほど・・日本人はあまり最初から、離婚歴などを話さないものなんかなあ?
それって、日本人の礼儀なのかなあ? もしそれを率直に言うと、男性遍歴になっちゃうのかな?」



「うーん、日本人ってわかんないなあ・・・。」(←私も彼女も日本人なのだが・・笑)


英語圏のサイトでは、真っ先にプロフィールを紹介するのが、ほぼ鉄則みたいなところがある。
現在独身なのか、別居中なのか、離婚歴があるのか・・
むしろ、最初に、こういったことこそ率直に言う方が礼儀とされるし、また正直さもアピールできるからだろう。



「で、結局、そのブラインドデートはどうなったの?」と、私は聞いた。


「うん・・彼は自分の趣味の話題だとか、トランプ政権の話とかをしてたんだけど、ちっとも私と話しが嚙み合わないんだよね~。

彼の話すことって、あまりにも一般的でどこでも言われてるようなことばっかりだったし、趣味にしてもさあ、本当に好きでやってるの?って突っ込みたくものばっかりだったんだよ。」


二人で大笑いしてしまった。


「ところで、デートは、どこでランチしたの? おしゃれなレストランにでも行ったの?」

「それがさあ、なかなか決まらなくてさあ、彼の食べ物の好みがわからないから、どんなものが好き?ってメールで聞いたのに、はっきり言わないんだよ。ウダウダを私にばっかり聞こうとするんだもん。

だからさ、リブを食べに行きたい!って私が言って、私が指定したリブ専門店になったんだ。」

「ほう、初デートで、手掴みで食べるリブとは・・・やるなあ。
まず、日本人の若いカップルだったら、絶対にありえないだろうなあ。」

「だろうねえ・・・でもさ、そういえば、その男、ナイフとフォークでリブを食べたんだよ!」

「え?? ナイフとフォークでリブを食べた?
あれって、手づかみで豪快に食べなきゃ美味しくないでしょーが。」

「変った人だよねえ・・・私はもちろん手づかみで食べたけどね。」


これが正しいリブの食べ方
     ↓
rib girl

「あんまり好きじゃなかったのかもしれない。だいぶ残してたし、持って帰ることもしなかったから。
だったら、はじめから自分が何が食べたいのか言えばよかったんだよね~。」

「あー、めんどくさいやつだね~。で、結果はどうなったの?」
(←聞くまでもないけど)


「いちおう、その日別れてからメールできょうはありがとう!ご馳走になりました。とメールしたんだ。
彼の方が少し多めに支払ったからね・・・ところがね、それに対してぜーんぜん返事のメールがこないんだよ。
これ以上私と付き合いたくないって思ってもさあ、無視するってのは失礼でしょ!
まさに、礼儀知らずなやつだったよ!」

「あらら~、そりゃあ、とんでもない礼儀知らずだね!」


「なんではっきり言わないのかね? あなたとは根本的に感覚が違う気がするので将来の嫁探しが目的の僕としては、今後のお付き合いはお断りさせてもらいますって・・・そう書けばいいのにね!」



よくはわからないが・・・たぶん、その彼にとっては、

もっとも・・もう会いたくないから、メールするのもめんどくさいって思ったのかもしれないし・・

もっと好意的な見方をすると、

お断りをはっきり言わない方が礼儀、または相手を思いやる親切だと思ったんだろうか?


しかし・・彼女から見れば、

メールに返事もしない礼儀知らずであり、
ちゃんと意思表示すらもできないダメ男、のレッテルを貼られてしまったわけだ
(笑)

どうなんだろう?
これも、お国柄による感覚の違いか、それとも、たまたま、そうゆうタイプの男だったのか?

とはいっても・・二人とも日本人だ(笑)


彼女は、中学のときからこちらに住んで、しかもアメリカ人社会で育った人だ。

彼は、何年アメリカに住んでいるのかは不明だけど、おそらく日本人社会の感覚で生活してきた人なんだろう。


自分のプロフィールもはっきり言わない。
食べ物の好みさえも、はっきり言わない。
バイバイさえも、言えない。

おまけに彼女に言わせると・・彼の話題もまた一般的な当たり障りのないことばかりで、ちっとも面白くなかったそうだから。


「あーあ、日本人ってわけがわからないし・・・うんざり!」と彼女が言う。

「まあまあ・・そんなヤツばかりじゃないと思うけどね、たまたま、優柔不断の礼儀知らずに出会っちゃただけだよ。」


おそらく、これは私の想像だけど・・・

彼としては、

あまりにも率直に話す彼女に閉口気味。

おまけに、彼の話に尊敬と多大な関心&感心をもって聞き入ってくれなかったことにもがっかり。

本当は、アメリカンのリブレストランなんて行きたくなかったけど仕方なくいったこと。

そして、極め付けは、彼女が大きなリブを手で食べたこと(笑)

なんて空気の読めない女だ!




そりゃ、相容れない二人だろう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆日本語というのは、はっきり言わない、あえて曖昧にしておく・・みたいなところが多いように思う。


まあ、よく言われてることだけど、

ビジネスシーンで、相手から何かの要求や願望を受けた場合、

「まあ、頑張ってやってみます」
「努力してみましょう」


と言われることがあるけど・・・これはお断りの文句と思っていい。

よく政治会談や貿易交渉でも、

「前向きに考えます」
「検討させていただきます」
「善処いたします」


なーんて言葉も、一見は賛成・賛同の意のように見えても、実は丁重に断る意思を伝えてる言葉だ。


たぶん、こんなことは、言葉のニュアンスとそのときの雰囲気で同じ日本人同士ならば、わかることだろう。



前向きに検討なんて言われると、前向きって言葉は本来は積極的な意味だけに期待させられることも多いが、、交渉するときの断りの意味でも使われるのだ。

ところが、

同じ日本人同士ならともかく、海外が絡めば、当然、誤解され問題になることも多い。
(最近では、さすがに日本人も海外ビジネスでははっきり言うようになってきているというが。)




◆もうひとつ、日本語の特徴として省略形が日常的にもよく使われる。

「それではそろそろ…」(そろそろ帰ります、という言葉が続くはず。)

「切手が一枚ほしいんですが…」(売ってください。買います・・という意味)

「お茶が入りましたけど…」(飲みませんか?・・という意味)



おそらく、これを外国語にしてそのまま言ったら、

そろそろ・・何をする気なんだ?って聞かれるだろうし、

切手が1枚欲しいけど・・何か問題があるの?って聞かれるだろうし、

お茶が入ったけど、お茶に何か問題があったの?って思われるだろうし・・



外国人には伝わらないのだ!(笑)

日本人はこれを「建前」と言い、言い出さずに省略した核心部分を「本音」と呼ぶわけだ。



たしかに、はっきりと最後まで言わなくても伝わるならば、あえて言う必要もないのだろう。

また、はっきり言い切るよりも省略した方が、ほんわりオブラートに包んだような柔らかさを醸し出すことだってできるようだ。


ニコニコして、「切手を1枚欲しいのですが・・」なんて言われると、
聞き手の方は、そのあとに「売って頂けますか?」「よろしくお願いします。」なんて言葉を、勝手に想像して、心地よい気分になる。


しかし、日本語に慣れていない外国人には、こういったところは非常に難しいだろう。
相手の顔色やシチュエーションを悟って、敏感に相手の意思を理解しなきゃならないんだから。

たとえば、あるベトナム人が日本語を習っていたころ、

「きょう、お蕎麦を食べに行きませんか?」
「結構です。」

それは行きたいのか行きたくないのか、同意か断りか!!と、始めはひどく悩んだとか(笑)




◆もともと日本語は曖昧な単語も多いのだ。

しかも、さらに曖昧にさせてしまうような言い方さえある。



たとえば職業を聞かれると
「ファッション系の仕事です。」 なんて言ったりする。

ファッションデザイナーなのか、パタンナーなのか、モデルなのかはっきりしないし、それどころかファッション・マッサージで働く人も、そう言うんだとか(笑)

「医療関係です」ってのも、範囲が広すぎてわからん!


また、

「おタバコの方は、こちらで・・」
なんでなんだ? 

「パソコンとか持ってる?」
パソコンとかって言うから、パソコンを含めたコンピュータライズされた電子機器一般を指すのかと思うと、パソコンだけを指してる場合が多い、・・・つまり、パソコン持ってる?って聞いてるのだ。


たぶん、そういったことが日常化してしまってる日本人から見れば、あまりにも自然で違和感はないのかもしれない。

でも、私から見れば、こんなことは、はっきり言えばいいのに!と思うことが多々ある。




◆さらに、マスコミやおそらく政治家さんたち?によって、あえて生み出された言葉もあるようだ。


売春 → 援助交際
暴行・殺人 → オヤジ狩り
商工ローン → 高利貸し 
(高利貸しは高利貸しだろーが。)

ぜんぶ嫌な言葉だ。

まるで売春を正当化するような言葉だし、オヤジを刈るなんて言葉には、人種偏見すら潜んでいる気がする。
それが流行語大賞になったというんだからなあ。


また、先日の私のブログ記事でも書いたけど・・

アミノ酸等・・・等を使って、曖昧にうやむやにさせる意思が見え見え。

化学調味料 → うまみ調味料・・・これも化学よりもうまみの方が、印象がぐーんとアップするのを狙った意思が見え見え。


こっちは、村上龍さんの「明日できることは今日しない」から抜粋だけど・・
     ↓

銀行に公的資金が使われる、なんて言ってるけど、なんで税金と言わないで公的資金なんて呼ぶんだ?

戦没者慰霊祭は、なんで戦没者なんだ? なぜ戦死者と言わない?



なんて書かれたいて、おー、なーるほど!と思ったものだ。



さらに、

今じゃ、当たり前のように使われているリストラ、これだって解雇のことだよね?

英語でリストラクティング(restructuring)というのは、再構築の意味だ。 それからとって日本語で解雇することをリストラという言葉を作り上げたんだとか。




もっと、すごいなあ、って思ったのは、

「拉致」は「誘拐」のことだ。
なぜ、拉致と呼ぶようになったのか?
    ↓

北朝鮮による拉致事件だ。
誘拐という世界中のどの国でも最も重い犯罪を国家が主導で実施した、歴史上稀有な事件である。
偉大だといわれているかの国の指導者を被告にして国際司法裁判所に告訴してもいいくらいなものだ。
国のマスメディアがこぞってソフトイメージの演出に腐心し、交渉を有利にしてくれる手伝いをしてくれるのだから。
http://d.hatena.ne.jp/hamachan/20041110




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の曖昧さは、人間関係のコミュニケーションを円滑にするという長所もある半面、こういったように、あえて意図的に曖昧にさせて真意をぼかす目的でも使われるのかもしれない。


ここのサイトの、日本人が曖昧な表現を好む理由を心理学者が分析という記事によると、
       ↓
http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20150719/Goowatch_f2c71208cc2edb0a99636a0e71d61986.html


このサイトの心理学の先生は、こんなことを言っている。
    ↓

●明確な発言をすると、責任がついてまわりますよね。昔から日本人は、責任の所在を分散させて、問題が起きたときに誰か1人が責めを負うことがないよう配慮してきたのです

●日本人が曖昧な表現を好むもう1つの理由に、相手との議論を避けたいという心理があります。
議論をすると勝敗がついてしまいますよね。それでは周囲の人とのあいだに摩擦が生まれてしまうかもしれません。
そこであえてぼやけた表現を使うことで、他人との議論を避けてきたのでしょう。

日本人に議論を避ける傾向があることは、日米の比較テストでも証明されています」




この2つの日本人の心理的要因、たしかにそのとおりだろう。


どこの会社でもよくありがちな話。
     ↓
大きなミスが起こったとき、必ず責任の所在は追求される。



以前に私が前にはまっていた、メーデー!:航空機事故の真実と真相
のドキュメンタリーの中でも、墜落事故を起こした飛行機の真相を究明し責任の所在ははっきりさせる作業が行われている。


なぜなら、二度とミスを起こさないため!
人命が係わることだから、なおさら真剣に厳しく追求するのは当然のことだ。


原因を追究すると、パイロットの判断ミスだったり、または、整備士のうっかりミスだったことが判明するんだけど・・

今度は、そのパイロットや整備士の勤務記録の心理状態やその会社からのノルマや体制までもがチェックされるのだ。

そうすると、会社側から無理なフライトスケジュールでこき使われていたり、多大なノルマを達成させるために無理を強いられていたり・・そのほとんどが、個人だけに責任を押し付けられないような、バックグラウンドの問題や、いくつかの他の多くのミスが積み重なっている場合がほとんどだった。


だいたいの場合、一人の人間は、その人が不運にも引き金となって事故を引き起こしたに過ぎない。



そこで、多くの改善策が出来上がり、即実施されることになる。
二度と事故を起こさないために。


ところが、これが・・いい加減な会社だったりすると、責任の所在を、一方的に担当者に押し付けて首切りするか、上司の管理不行き届きとして担当上司に責任を押しつけて終わってしまったりするだけで、ちーっとも根本的改善はされないってこともある。


よくこんなことしてる会社あるよね
   ↓
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深く頭を下げて一時停止して・・・謝罪するってのは、日本人らしいのかもしれないけど・・・

これで、視聴者も納得してしまうんだろうか?

私には、こっちの方が気になる。
   ↓
徹底的に原因を追究し、それに対し次回からはどんな改善案を施したんだろうか?



私は個人的に、こんな謝罪パフォーマンスなんかどーでもいいから、どのように原因究明して、今後はどのように改善したのかを具体的に発表してもらいたいと思ってしまう。。。。

そっちの方が、本当の謝罪だろう。



何かをより良く改善していくためには、それぞれの責任をもう一度考え直し、多くの人々と議論を重ねることは絶対に必要だと思う。

ただ、その目的が、誰かを責めることにあったり犯人捜しになったり、または、責任逃れをする目的があれば、・・まったく意味はないけどね。

そんなことなら、やっぱり、うやむや曖昧にしてしまう方が、まだマシってことにもなりかねない。

でも・・それじゃあ、ちーっとも問題解決できないよなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もう、ひとつ、こんな意見があった。

「あいまいな言葉」をうまく使って、コミュニケーションを円滑にする方法
仕事で失敗した部下や同僚を慰めるときは、あいまいなぐらいがちょうど良いものです。
私たち日本人が周りの人を慰めるときによく使う「頑張ったのに残念だったね」という言葉。
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。

しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。
お互いに伝えたいのは「慰めてやりたい」「慰めてくれてありがとう」という気持ちであり、具体的なアドバイスや情報ではありません。

慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。
http://tabi-labo.com/279832/everything-starts-with-writing-02




いやあ、そうゆうものなんかなあ?

多くの日本人のみなさんは、そう望むんだろうか?



これに関しては、私自身は反対なので・・わからない。

反対というよりも、私自身がそんなことをされたら嫌なのだ。
       ↓
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。
しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。



私だったら、何について頑張ったのか残念だったかもわかりもしない人にそんな言葉をかけてもらいたくない!

形だけの優しい言葉なんて、まっぴらだ!って思ってしまう。


かえって・・・怒り出す!(笑)


そうだなあ・・。
私の場合だったら・・・

ただ、冷静に会話もできないほど落ち込んでるときは、まず、そっとしておいて欲しい。

または、黙ってハグしてくれるとか・・(←これは日本人には無理かも(笑)

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または、ひとこと、「ま、よくあることさ!元気だせよ!」と、美味しくて温かい飲み物でも頂いた方が百倍嬉しい。


さらに、心まで温めてくれるようなものをごちそうになるとか。(←結局食べ物かよ!)


そして、もしも私を思ってくれるのだったら、何が原因だったのか、どうすればよかったのか、今後どうすればいいかを、一緒に考えて意見を言ってもらいたい。

私は、そっちの方が嬉しい。



あ、そうそう、もう一つ、このアドバイザーが言っていた、この部分も私には気になる箇所
    ↓
慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。

相手をただ嬉しがらせることで、慰さめようとするんかい?

嬉しがらせることと慰めは別物だ~!

そんな、表面的なことで嬉しがるわけないだろーが!!
(←これは、私の場合だけなんかな?)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも・・

「頑張ったのに」
「私なりに一所懸命やったのに」


という言葉は、私自身あまり好きな言葉じゃないのだ。


だって、頑張るとか自分なりに一生懸命やるなんてことは、誰だって当たり前じゃないかな?


それをなぜ、あえて口にするんだろう?


それを口にする心理には・・・

私は悪くない! 一生懸命やったんだもん!という自己弁護が見え隠れしてしまうから、嫌なのだ。



そういえば・・日本の人生相談にありがちなパターン。

「私は家事もパートも一生懸命私なりにやってきたつもりです。しかし・・主人は・・・・」
「僕は毎日、一所懸命働いてきたつもりです。しかし・彼女は・・・・」

どれも・・それとな~く、私は悪くないのに!といった自己弁護を匂わせている。




もっと嫌味だなあ・・・って感じてしまうのは、

何には、私も至らないところがあったかもしれません・・と言いながら、さらに、自己弁護を強調したりする。(笑)



ところが、これがアメリカ版だと、そうはならないのだ。

Jerry Springer Show
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私は、一生懸命私なりにやってきたつもりなんて曖昧な言い方はしない。


私は死ぬ物狂いで働いていたんだぞ! と・・見事に言い切る。

毎朝、6時に起きてコーヒーショップで働き、午後からはXXXし、夜間はXXXで働き11時まで働くのを3年も続けてるんだ・・・と具体的に言ってのけて、相手を徹底的に罵るのが常だ。


少なくとも日本人の方が、表向きは非常に上品だ。

しかし、その上品さが私には陰湿に感じてしまうことがある。

また、

私も至らないところがあったのかもしれませんが・・
私にも悪いところがあったのかもしれませんが・・・



という言い方は、謙虚さともとれるけど・・心の底では「私はちーーとも悪くないもんね!だから、みんなも私に同意してよ!」という、甘ったれた声として聞こえることもある(笑)


そんな姿を見るくらいなら、むしろ正面切って相手を罵り合うような、下品なアメリカ人たちの方がずっとマシに思えてくる。

少なくとも、自分の心にも相手にも正直だから。


自分の心に正直な人は間違いを気づけば屈託なく改善できるだろうけど、曖昧な心のままでは、いつまでも心の底のくすぶりはとれないものだ。


もちろん、曖昧な言葉で慰めてあげよう!というのも、
相手を思っての優しさから出たことなんだろうけど・・それでは、表面上のイガイガを一時的に滑らかにするだけじゃないかな?


ただし・・私の場合は、よけいにイガイガを大きくすることになるんで、私には、やめてくれ~!(笑)


そもそも、


一時的に表面を滑らかにして、それで The End にしちゃったら、そんなものは思いやりにも何にもなりゃせんぞ!



なーんとなく、そこらへんにも、日本的風潮があるような気がする。
これは、もちろん悪い意味で、だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういったことは、おそらく日本語の持つ、曖昧さ、優しいニュアンスに起因していることが多いんじゃないかな?


日本語の曖昧さは、相手を思いやるためにもなり、無駄な議論を避けるためにもなる反面、自己欺瞞や問題の核心を隠ぺいすることにもなりかねない、ということを、よーく肝に銘じておく必要があるかも。


そのためには、常に言葉の裏にあるものを感じることだ。
昔の日本人が得意だった能力、まさに、本音と建て前を感じ取ること。


日本語は曖昧さを持つだけに、感性を鈍らせたら終わりなのだ。
感性欠乏症にならないように(笑)



そんな感性を失った人たちに限って、当たり障りの無い言葉、無難な言葉のみを用いようとする。
また、同様に、当たり障りの無い言葉、無難な言葉を用いる人たちの方に共感を覚えるようになる。


そうやって、言葉によって、心まで曇らせてしまうことになる。


たぶん、それは日本語の特質なのかもしれない。
もちろん、悪く作用した場合の特質だね。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆しかし、曖昧な日本語だからこそ、美しい世界を作り出すことだってできる。

こっちは、日本語の素晴らしいところ(笑)

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国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった

これは、おなじみの川端康成の雪国の冒頭だけど、これを英訳するときは大変だったらしい。

そりゃそうだ!

だって主語がないんだもん。
誰がトンネルを抜けたかわからない!

日本語は抽象的な表現を好み動詞が主役。
これに対して、英語は具体的・説明的で能動的な表現を好み、名詞が主役、特に「ものとものとの関係」は実に明瞭である。
http://home.att.ne.jp/yellow/townsman/SnowCountry_1.htm



そりゃあ、まあ、汽車に乗ってる男には決まってるんだけどね~。

ここで、主語を私か男にして・・・たとえば、

「男の乗った汽車がトンネルを抜けたとき、男はそこが一面の雪景色になってることを発見した。」

と英訳したら?

こんな作品、誰も読まないぞ(笑)


ここはどんなイメージが浮かぶだろうか?


私には、

まるで、映画のプロローグで車窓の景色だけ淡々と映しだしていくような、そんなイメージなのだ。



それを見事なまでに、川端康成さんは日本語という文字で演出している。

まさに、主語を必要としない日本語だからこそ出来ることだ。


うーーん、

この美しい感性を英語で表現するのは、とっても大変なことだっただろう。

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そこで、

サイデンステッカーの英訳 ”Snow Country” によると、

The train came out of the long tunnel into the snow country.

サイデンステッカーさんは、主語を汽車にして、とってもシンプルな文章にしている。
しかも、国境ということばを省略して、The train という単語を主語として、あえてTheをつけている。

これなら、目をつぶると、その光景がいきいきと目に浮かんでくる。



原文の次の文章は、

夜の底が白くなった


これを、翻訳では・・

The earth lay white under the night sky.
大地は夜空の下、白く横たわっていた。


お見事!
実に美しい!



この翻訳者は、エドワード・ジョージ・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker)
コロラド州生まれアメリカ人。
川端康成自身、「私のノーベル賞の半分は、サイデンステッカー教授のものだ」と言わしめたほどの名文家・知日家だったそうだ。
Edward Seidensticker_Wiki



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当然のことながら、

翻訳は単に言葉の意味を伝えることじゃない。
感性を伝えることなのだ。



川端康成の雪国を、感性で正確に捉えられない人には、翻訳はできないってことになる。


特に文学作品の翻訳は、いかに作者の感性を正確にとらえて、それを別の言語でその感性を伝えることにあるのだ。


映画シーンから 
  ↓
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日常の言葉もまた、本質は同様じゃないだろうか?


言葉は、その人の思いや感性を伝えるもの。

それを読み取るのも、また、感性なのだ。

得に日本語は、感性欠乏症には使いこなせない言語のようだ。

科学者の唱えるパラダイムシフト

「意識は高次元空間と繋がっている」・・・これは、スピリチュアル分野では常識的に言われ続けてきたことだ。

ところが、現代ではすでに、サイエンス分野では、これも常識的になってきているようだ。



こちらは、今年2017年の2月の記事で、ハーバード・カー教授(Bernard J. Carr)が言ってることだ。

 ↓
Paranormal phenomena exists in ANOTHER dimension that 'our consciousness connects with'

この人
 ↓
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バーバード・カー教授(Bernard J. Carr)というのは、ロンドンの大学、Queen Mary University of London (QMUL)に籍をおく方で、
数学と天文学分野の教授。
Bernard J. Carr is a Professor BIOGRAPHY

こちらのWikiでも紹介されてる。
     ↓
Wikiより Bernard Carr


宇宙の起源や初期宇宙、ダークマター、一般相対性理論、ブラックホール、人間原理学などを主に研究されてきた方らしい。

ちなみに人間原理というのは、ちょっと聞きなれない言葉だけど、さっくり」言うと、こういったことを研究する分野らしい。
   ↓

人間原理(Anthropic principle)とは、物理学、特に宇宙論において、宇宙の構造の理由を人間の存在に求める考え方。
「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という論理を用いる。・・Wikiより引用



ざっくりとだが・・彼の言葉を要約すると、こんなことだ。

●次元の存在はヒエラルキー構造になって存在している。

1次元、2次元、3次元、そう私たちの存在する世界は、3次元だね~。
アインシュタインさんは、それに時間を加えて4次元。

ところが、現在の物理学では11次元までもが提唱された。

そう、超ひも理論、とか M理論という・・あれのことだね。

名前くらいは私も知っている(笑)

いちおう、簡単な説明を下記にコピペしておくことにする。

★超ひも理論・・・物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。 超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
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★M理論(Mりろん)・・・現在知られている5つの超弦理論を統合するとされる、11次元(空間次元が10個、時間次元が1個)の仮説理論である。 尚、この理論には弦は存在せず、2次元の膜(メンブレーン)や5次元の膜が構成要素であると考えられている。
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ん? なにが簡単な説明だよ!!(←ほとんどわかってない私)



ま、ここでは物理理論を説明するつもりはないんで、さらっと読み飛ばしちゃってください。
つーか、私自身がわかってないのに説明もなにもないのだが・・・。



そもそも、こういった研究は素粒子研究の第一人者、シカゴ大学の南部陽一郎教授などによって研究されてきたことだったなあ。


たしか、南部教授のことは以前のブログ記事でも紹介していたはず。
  ↓
フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める

人の意識とボーアから始まった量子論




そうそう、・・すべては、理論物理学の量子論からはじまっていたんだった・・。


それまで物質と心(意識)はまったくの別物として対照的に扱われてきたものが、ここで同じ土俵にあがったようなもの(笑)

実に画期的だった。


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ところが、このカー教授によると、

「それぞれの次元はヒエラルキー構造をしていて、私たちが認識できる次元はいまだに最下層に過ぎない。
これまで物理学が提唱してきた11次元なども、精神とかかわるより高い次元から見ればまだまだ下層次元に過ぎない。」


今や、物理学分野では、従来の超ひも理論を包含する“M理論”が登場して11次元になったんだったね。(←唯一、私が理解してること)


ところが・・・もっともっと高次元があるという。
11次元なんて、まだまだ下の方で、私たちが住んでる世界は最下層。。。


そこで、カー教授はさらに、こんなことを言っている。

●超能力などを研究する、超心理学(parapsychology)は、ますます成果をあげてきているけど、いまだに、主流派と言われる科学から真剣に受け止められていない。

「そして、主流派物理学のパラダイムでは意識の問題を未来永劫解決することは不可能だろう。
これらの問題を解決するためには、2つの特徴を持つ新パラダイムに移行する必要がある。」


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これをもっと簡単に言ってしまえば・・

今までの時代のような、ものの味方や考え方を変えていかなければ、永久に超心理学は解明できないってことだ。

科学者たちの世界もまた、我々一般社会と同様で、従来の考え方にしがみつく人も多いってことだね(笑)


それじゃあ、どうすりゃいいのか?


そこで、カー教授は、2つの新しいパラダイムに移行することを提唱している。

●その1: 物質世界に意識(心・精神)を組み込むこと。

「意識抜きに“統一理論”の構築を夢見る主流派科学者たちもいるわけだし、おそらく彼らは猛反対するだろうけど、物質世界だけで解明しようとしたところで、意識や超能力の問題を解決することは不可能だ」と彼は言っている。

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●その2: 高次元の現実構造を含むこと

「幽体離脱、臨死体験、超能力、幽霊現象は、物理的空間とは違う「共有スペース」を持っていると予想される。
共有された宇宙の一部として認識していく必要がある。」


彼はこれを、普遍的=宇宙的構造(universal structure)と呼んでるようだ。

「これは我々の異なる経験を結び付ける高次元の情報空間であり、一面において物質的でありながら、精神だけがアクセスできる非物質的な領域も含んでいる。」

ふーーむ。
なるほどなあ・・・



でも・・・こういったことは今にはじまったことではない!

すでに19世紀の時点で、心理学者のユングが、超心理学、深層心理、シンクロニシティーなんてことを唱えてたわけだし・・。

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当然、サイキックたちもまた、その能力を高次元の何かから得ているわけだったよね。
    ↓
つい最近、英国版スピリチュアルから、ふと思うことの記事の中で、気功とレイキなどの、気の正体ってなんだろう? ってことになって、

あるヒーラーの言葉を引用したんだけど、大いに関係ありそうなんで、もう一度、ここで引用してみる(笑)


それは宇宙の気? それとも守護霊や神のような存在から得ている気?

「私にもその正体ははっきりとはわからないんだ。これからの研究課題だろうね~。

ある霊能者さんは自分の高次の守護霊様から得ている気を使ってるって人もいるし、自分の信じる仏や神から得てるって人もいるし、植物、花のパワーから得てるって人もいるし・・実にさまざまなんだよ。

私の場合はね、どうやら・・地球外生命体のパワーを得てるような・・・」




結局、サイキックと呼ばれる人たちだって、自分自身の力で何かが見えたり聞こえたりするわけでもないし、また、超能力が発揮できるわけでもないらしいのだ。

彼らもまた、それを何かから得ている(おそらく高次元の何か?)ということだった。(もっとも、それとアクセスできるってことは彼らの能力ではあるけどね・・)


さて、そうなると、

カー教授のいうように、これからは、人の意識と高次元の意識を考慮していかない限り、何も先には進めないだろう。


「このパラダイムを用いれば、物理学分野だけでなく、心と体の関係においてよく知られた哲学的問題も、心身問題も、さらに、時間の本質を解明することも可能です。
もちろん、幽霊のような超常現象を解釈するための存在論的枠組みさえ提供できる。」

と、彼は言っている。


ところで、物理学者たちが、いったいどうやって、11次元にまでたどり着いたかというと、

強弱それぞれの核力、電磁気力、弦、2次元の膜、ブラックホール、さらに、もっと摩訶不思議な重力を統一的に記述されたものだとか・・・まあ、そういったものも考慮して、ようやく、今、11次元ということらしい。

うーーーん・・・さっぱりわからん(笑)

と、とにかく・・

M理論が登場したときは、物理学者たちは、そりゃ、もう興奮状態だったそうだ。



いやあ・・一般社会の、働いてTVを見て寝るだけの一般人とはずいぶんかけ離れた世界だなあ。

また、サイキック連中ともかけ離れた世界だろう。

どちらかというと、サイキック連中は、科学的アプローチで証明してみようという人は少ないようだし、なんだか自分でもわかんないけど、感じてしまうんだよね~、って人が多いようだから(笑)


ところが、

物理学者の野望は、たった1つの理論で森羅万象を説明することだそうだ。
そして、それは・・・もちろん、見事な数式で。


おー、これはこれで、素晴らしい!!


そういえば・・・

宗教においても、キリストさん、釈迦さん、日蓮さん、空海さん・・などなど、偉大な人は多かったけど、それを継承する人たちは、みーんな3次元の頭で理解しようとして、それぞれの宗教(宗派)やらドグマを作ってしまったわけだったよね~。

これもまた、カー博士の提唱する、2つのパラダイムに移行しなければ、真実は見えてこない・・ということじゃなかったのかなあ。

うーーん、なんか自分なりに繋がった気がする。。。

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さらに、カー教授だけではないのだ。

米「タイム」誌でおなじみの、再生医療の専門家ロバート・ランザ博士、米ヴァージニア大学医学部精神科のジム・タッカー博士なども、

意識こそ現実を構成する最も基本的な要素であると主張しているようだ。

世界はもう、ここまで来たんだよなあ~
そう思うと、なんだか嬉しくなる!!


だって、少し前までは、

物質  ←→ 心(精神)
現実 ←→ 精神世界(夢)
肉体 ←→ 心
科学 ←→ スピリチュアル


と考えられていたわけだから。


それが、科学(理論物理学)分野から二極化がなくなってきている。。。

まさしく画期的なこと!

それも、科学者たちが提唱しだしたということは、とっても大きいだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人レベルのポジティブな意識、ネガティブな意識が、個人の人生を作る。
さらに、多くの人々の意識が世界を、そして宇宙も作る。



それならば、私たちの現状は、私たち自身の意識が作りだしたものに過ぎないわけで、

また、いくらでも作り替えられるということだ♪



ところが、唯一それを邪魔するものは・・・古いパラダイム、ということだね。(笑)

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古いパラダイムにしがみつく学者たちというのは、結局、我々の身近にもいる人たち・・何も変えたくない人々、現状維持をしたがる一般人とも同じだろう。

何かが変ってしまうのが、怖いからだ。



それでも、かつて古いパラダイムだった天動説が新しい地動説に変わっていったように、

いつか必ず、すべての人々が、物質と共に人の意識と高次元の意識の存在を理解するときが近いと思う。


見えないものは存在しない・・なーんて思い込んでいる時代ではないってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛、信頼、真心といったポジティブな心、感謝する心、笑顔、言葉に宿る言霊・・・こんなことはスピリチュアルでは言われ続けてきたことだ。


しかし、そんな見えないものの必要性よりも、目に見えるものを優先しようとしてきたのが現状の世界。


でも、私は思うのだが・・

本当は、誰もが心の奥底では、目に見えない世界の存在だって知っているのではないだろうか?

知ってるけど、古いパラダイムにしがみついて見ようとしない。
なんらかの理由をつけては後回しにしちゃてるだけ、なんじゃないかな?


まさに15世紀に、地動説には目を塞ぎ力づくでも天動説を主張し続けた旧体制派がいたように。(笑)

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おそらく、最後にそれをぶち破ってくれるのは、こういった科学者たちの力かもしれない。

頑なに拒絶し耳を塞いでしまう人たちには、宗教家やサイキックでは太刀打ちできないだろうから。


だからこそ、たった一つの理論で森羅万象を解明しようとする科学者たちに、ぜひ先駆者になって欲しいものだ(笑)

一人の意識から、多くの人を動かすこともできるし、

現状維持の頑な怖がり屋たちというものは、常に大多数の方へと傾くものだからね(笑)

とっても楽しみ~

人々の意識(認識)が変ったとき、どんな世界が来るのか・・♪

死んだ息子からのメッセージ

ちょっと悲しいけど、心温まる話を聞いた。


16歳の息子が山で遭難、当然息子を亡くなってしまった母親からの話だ。

「息子は学校の寮に入っていて一緒には住んでなったんだけど・・週末はいつも家に帰ってきてたの。
家族で一緒に食事したり、会話も多かったし・・楽しかっただけに、ひどくショックで打ちのめされたわ。
夫も、それ以来、ひどくふさぎ込んでしまい、食事もほとんど出来なくなってしまったの。
何を食べても、味がしないんですもの・・。


そんなある日、友達から・・突然メールをもらったの。

それには、こんなことが書かれてたの。


昨夜の夢に、あなたの息子のJoeが出てきた。

山の風景、そこで足を滑らしてJoeが転落する風景が見えた。
それから、場面が変って、Joeがやってきて私に言うの。
僕はちっとも死んだことが無念だなんて思ってないよ、これはね、宿命としてすでに決められていたことだったし、僕は十分僕の人生を全うしたんだよ。

”今僕は幸せだと思ってるんだ。 大好きなパパとママの子として生まれて、僕は二人からいっぱいの愛をもらったよ。
ものすごく感謝してるし、すごく充実した素晴らしい人生だったと思ってる。

だから、パパとママも僕を思って悲しんでばかりいて欲しくないんだ。
前を向いて、ちゃんと歩いていってよ! 
僕がいなくなっても、僕たちの家族の絆は深いだろ?
妹だって、パパとママのことを深く愛しているよ。

家族で支えあって、素敵な人生を歩んで欲しいんだ。
そして、僕を幸せにしてくれたみたいに、これからは多くの人たちを幸せにしてあげてね。”

そういって、Joeはすごくステキな笑顔のまま消えていったの。

なんだか、これは、すぐあなたたちに伝えなきゃと思って、メールしたの。」



あらら・・これじゃあ、50年代の家族だよなあ。
     ↓

fifties-family.jpg

このメールを読んで、彼女と夫は泣き崩れたという。

「でも私たちのそのときの涙はね、今までの涙とは違うの。
私たちはね、ひどく温かいものに包まれているような・・そんな感動の涙だったの。

その次の日、娘がね、Joeが描いた絵を偶然にも、屋根裏部屋でみつけたの。
彼女は、自分が幼い頃に、兄からもらったクリスマスプレゼントを思い出し、それを屋根裏部屋で探していたんですって。

ところが、そこで見つけたものは、Joeがその当時に描いた絵。
日付をみると、Joeが10歳のころの絵だったの。

その絵はね、夜明けの山の風景・・朝日が差し込んで、ひどくきれいな風景なの。
夫と私は、この絵は、きっとJoeが死んだ山に違いないと思ったわ。

この写真はイメージ
   ↓

beautiful-sunrise-mountains-wallpaper-2.jpg


また、これは、Joeから私たちへのメッセージだと。

光に向かって、美しく生きろ!という・・そして、僕はいつまでも見守ってるよ!という。。。

私たちは、その絵をリビングに飾ることにしたの。
それからね、私たちは、少しづつだけど・・ちゃんと前を向いて歩けるようになったわ。

それでも、今でもまだ、Joeを思い出すとふと悲しいような切ない気持ちになることもあるけど、同時に温かいものや勇気に満ちた感覚も感じるようになったの。

だから、もう大丈夫。
Joeにありがとう、という感謝でいっぱいなんですもの。
それだけで、私たちの心は温かくなれるのよ。
ちゃんと前を向いて歩いていけるわ。」

なんだか、この話を聞いたとき、私の心にもまた、ちょっぴりの寂しさと同時に深い温かさが伝わってきた。

いい話だよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女は、またこんなことも言っていた。

「私は、霊の世界について、今まで考えたことがなかったんだけど・・・本当にあるものだったのね。
今は、それがすごく嬉しいことに思えるわ。

それにしても不思議に思うのは、なんで・・Joeは直接、私たちの夢に現れずに、友人の夢に現れたのかしらね?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これについて、知り合いの霊能力者、ヒーラーに聞いてみた。

「そりゃそうだよ。 
だって、ご夫婦ともに息子さんの死にひどくショックを受けて悲しみのどん底だったわけでしょ?
だったら、夢に現れることなんて出来ないよ。

感情的になっているときは、メッセージとしての夢はみることはできないんだよ。
だからこそ、第三者の、しかもご両親に関係ある友人に、夢で伝えてもらったんだよ。」


「なーるほどね~。
じゃあ、Joeの妹が偶然、屋根裏部屋でみつけたJoeが昔に描いた絵ってのも・・決して偶然じゃないんだよね?」

「当然!
Joeは10歳の頃に、おそらく無意識で・・それこそ夢でみた山の風景か何かを描いたのかもしれないね。
それは自分自身の深層部分ですでに知っている予知夢だった可能性もあるけど・・決して死を捉えたネガティブなものではなさそうだね。
むしろ、彼の人生の完成図だったのかもしれないよ。

それを、残した家族を癒すため、また、勇気を与えるために、妹にみつけ出させたんだろうね。」


「そうか・・なんか、いい話だよね。 私まで、なんだか気持ちが温かくなるんだよ。」


「それだけ、Joeの家族は絆が強い家族だったんだと思うよ。
相手を思う絆がなければ、メッセージってのは伝わらないんだよ。
妹だって、屋根裏部屋で何かを探そうなんて・・思わなかったはずだよ。
みんなが、家族思いの愛でいっぱいな、ステキな家族なんだよ。」


「でもさあ、こんな話、霊の世界を信じない人から見れば、そんなの、ただの偶然だよ!で片づけられちゃうのかなあ。」


「そりゃそうだよ。 神霊(心霊)というのは、受け手も同じ波長で感じない限りは、ないも同然の世界だからね。
たとえ、どんなに明確な証拠を挙げたとしても、心が否定してしまってる人には何も伝わらないのと同じことさ。
つまり、心が否定している人には霊の世界も無いってことだよ。」


少なくとも死んだ息子の意思を受け取り悲しみから癒された家族のほうが、心で拒否してしまってる人よりは、ずーーと幸せだろう。

さて、これから、
この家族たちは、それぞれ、どんな人生を歩んで行くんだろう?

それが、なんだか、とっても楽しみ~♪

陰陽五行説をもとに作られた古代中国料理と現代

「この店、どうかな? 近所にオープンしたチャイニーズなんだだけど、行ってみない?」

と、友人がチラシを持ってきた。

わ!見た目は美味しそう。

こんなのやら
   ↓
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こんなのも
   ↓
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典型的なアメリカのチャイニーズフード店だ。

「このチラシに、NO MSGって書いてあるし・・行ってみようよ。」

と、友人は言う。

MSGとは、グルタミン酸ナトリウム(Monosodium Glutamate=MSG)のこと、= 味の素

アメリカに住む人たちは、MSGと聞いただけで嫌がる人が多いので、多くの安いチャイニーズレストランでは、NO MSG(うちの店はMSGは使っていません!)の表示をしているところが多い。

「行くのはいいけどさあ、NO MSGでも化学調味料は入ってるよ。
だって、チャイニーズだよ!」


「え? うっそ~!」

「MSGは、入ってないかもしれないけど、それに代わる何かは絶対入れてるって!
だって、全部天然素材で作ったら、こんな値段で食べられるわけないよ。」


お手軽チャイニーズフードは、せいぜい一人10ドル~20ドルで食べられる。


料理の決め手は、出汁(だし)にあり・・・言うまでもないけど(笑)
これは世界各国、どこの料理でも、ダシで決まるのだ。

で、ちなみにチャイニーズフードでは、どんなダシを使っているかというと・・


●清湯(チンタン)
清湯とは読んで字の如く、濁らせない清らかに澄んだ味を特徴とするダシ。
原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。
この時に「蝦眼水(エビの眼のような細かい泡ができる程度に静かに煮る)」の状態jを保てるよう火加減に注意し、スープを濁らせずに旨みを引き出すことが重要。
脂感よりも肉感の旨みが感じられる風味となる。

●白湯(パイタン)/乳湯(ナイタン)
白湯、もしくは乳湯と言われるのは、白く濁ったコクのあるダシ。
原料は清湯とほぼ同じだが、材料が焦げ付かない程度の強火で、比較的短時間で煮出すことによって、原料中の油脂が乳化状態となり、白く、濃く、深いコクのあるスープとなる。
このスープは素材由来の脂の旨みが厚く感じられる風味が特徴。

●上湯(シャンタン)
これは清湯の一種、中華料理のダシの最上級品と言われる。
原料となるのは、世界3大ハムのひとつ、といわれている・・金華火腿(キンカハム)
ちなみに、世界3大ハムのほかの2つは、イタリアの「プロシュート」、スペインの「ハモン・セラーノ」

金華火腿の原料となるのは両烏豚と呼ばれる小型の豚で、中国・浙江省の金華市で、脂肪となる穀物は与えずに、干した茶殻や白菜等を乳酸発酵させた飼料のみを与えて育てらたもの。

この金華火腿は旨みの主成分である遊離アミノ酸量が非常に高く凝縮された高級品で、ダシとするには最適。
この高価な原料を惜しげもなく使い、鶏がらや豚肉と共に弱火で6時間ほどかけて旨みを取り出した最上級のもの。



そのほかに、干し貝柱、干しエビ、干しアワビ、干しナマコ、なども、ダシとして使われたりする。
もちろん、フカヒレも燕の巣も・・・干したもの。(もっとも、こういったものは高級店じゃないと使われないけどね~。)

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http://www.tsujicho.com/column/cat658/post-260.html

生の食材よりも、干すことによって、旨味も断然増すし、栄養素も増す、さらに食感も変わるのだ。

こんな知識や技術があるなんて・・さすが、中国4000年・食通の国だよなあ(笑)

中国人、偉い!!


さて、話をもとに戻そう!

で、一般的なダシであっても、

原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。



だよね?

こんなことやってたら、いったいどれだけ手間ヒマかけて、どれだけ人件費も光熱費もかかると思う?

現代の、ビジネスに聡い中国人たちが、こんなことするわけない!
(もちろん、ちゃんとやってる店もあるかもしれないけど・・。)

で、大量にMSGを使うことになったってわけだ。

もっとも、1960年あたりからだろう。

これは、アメリカでは有名な話
    ↓
1968年に中華料理を食べた少数のアメリカ人が食後に炎症を覚え、眠気、顔面の紅潮、掻痒感、頭痛、体の痺れそして軽度の背中の無感覚などの症状が見られたことから、チャイニーズレストランシンドローム(CRS)と名付けられた。



添加物、化学調味料、防腐剤といったものに免疫がなかったアメリカ人は、一発でやられてしまったんだろうなあ。

アメリカ料理ってのは、昔は、ダシを使って旨味を引き出すなんてことは、あんまりしなかった国民性だからね。


それ以前の、昔の中国料理は、すべて・・ちゃーんと手間暇かけてダシをとっていたそうだ。

でも、それに代わる画期的なものが、MSGだったわけだ。
中国料理が、ダシにこだわる料理だったからこそ・・とも言えるんだけどね。

今では、チャイニーズレストランは大きなオタマでバシャッと化学調味料をすくってフライパンに放り込んでいるとか。

中国人、サイテー!

なーんて思っては、いけない。。。(笑)



そんなことを言えば、日本食だって、ほとんどの店で使ってる。
超高級日本食レストラン以外は、たぶん・・ほとんどの店が使ってるだろう。

だって、厳選した昆布や鰹節をひいてダシをとっていたら、とてもじゃないけど、10ドル程度の定食屋はやっていけないだろうからね。


それに、今じゃ、技術者がいない。
おそらく、日本食レストランにしても、チャイニーズレストランにしても・・ダシをとるということだって、それなりの技術がいるのだ。

厨房を除くと、ほとんどがパートタイムの人たちばかりだ。



今や、日本国内だって・・あれれ??って思うことが多い昨今。

そういえば、化学調味料って言い方をしないそうだね。

化学調味料のことを「うま味調味料」って呼ぶそうだ。

なぜなら、多くの人たちが嫌がるからだそうだ。

でも、ありとあらゆるものに含まれているわけだし・・
   
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化学調味料>>うまみ調味料=アミノ酸等

おっと、アミノ酸等も嫌う人がいるんで、今では酵素エキスが主流なんだとか?

*そもそも、アミノ酸等・・の、ってどうゆう意味だよ!

ちゃんとはっきり書けよ!・・・と思ってしまう私。

言葉のマジック・・心地良い言葉で、なーんかヘンかも!って、わかっていても騙されちゃう人々。 いや、騙す目的のための言葉か?

なんだか、売春を援助交際と呼ぶようなものかな~。(笑)


やれやれ。

さて、また話がそれそうになってきたので、もとに戻そう。


チャイニーズフードの話だった・・。

中国料理には、4000年の歴史があるという。

世界3大料理のひとつ

中国料理、フランス料理、トルコ料理

iいずれも文明の栄えた地であり、食べることを追求した人たちがいた地域だ。

食べること大好き、食への関心度が、すぐれた技術と洗練された舌を磨くことになったのだろう。


しかし、中国の場合は、それだけではない。
古代中国では、食事治療専門医がいたという。

まさに、医食同源・・・いや、この言葉は近年になって日本人が作りだした言葉だそうだ。
本来は、薬食同源といったそうだ。

(薬という言葉を使うと、食べ物が薬のイメージで不味く感じられるから、医に変えたんだとか・・まさに、言葉のマジック好きの日本的発想か(笑)

周礼(しゅらい)という書物があるのだが・・これは、周公旦(しゅうこう たん)さんという、、中国周王朝の政治家が書き残したものとされているそうだが、

その中の食についての部分には、こんな記述があるそうだ。
    ↓

◆天官に定める医師四種の筆頭の食医
王の食事を調理するのに「春に酸を多く、夏に苦を多く、秋に辛を多く、冬に鹹を多く、調えるに甘滑」

ようするに、五味を重視しているわけだね。

◆食医に次ぐ疾医(内科医)には、
「五味・五穀・五薬を以てその病を養う」とある。

◆瘍医(外科医)には、
「五毒を以てこれを攻め、五気を以てこれを養い、五薬を以てこれを療し、五味を以てこれを節す」



で、やはり五味をいう。

さすが中国、陰陽五行説に基づいている。

近年の五行説によると、五臓を、肝-木、心-火、脾-土、肺-金、腎-水と当てはめている書物がある。

ただし、これは・・近年になって、実に大まかに当てはめただけに過ぎない。

季節や状況、、王侯貴族の一人一人の体質や状態までも考慮して、食事の献立を作っていたようだ。

まさに、料理=薬であり、料理人=医者でもあったというわけだ。


とにかく、古代中国には、多くの料理&薬学などの文献があったそうで、

出土した漢代の医書によると、湯液(スープ剤)が多いそうだ。

その湯液剤のベースは、桂皮・生姜・大棗(ナツメ)などが使われていて、これは古代から多用されていた調味料らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、ここで思い出したのだが・・・

私がなんとしても食べてみたい!と思っている料理が2つだけある。

●ピルピル・・・バスク地方の郷土料理で、オリーブオイルににんにくを入れて香りづけをして取り出したところに、タラの切り身を入れて、鍋を揺すり続けると・・・タラの身と皮の間にあるゼラチン質が溶け出して、オリーブオイルがマヨネーズみたいなクリーム状になるという料理。 単純だけど奥が深く、超美味しいそうだ!!

(バスクの、サン・セバスチャンという町には美食倶楽部もあり、ミシュランの星獲得数が多い食通の町だとか)

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●ファッチューチョン(佛跳牆)・・・中国料理のスープで、色は琥珀色のシンプルなスープ。
あまりにも香しい美味しそうな匂いで、修行僧でさえ我慢できず寺の壁を跳び越えて来てしまう・・ということから名づけられたとか。

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福健料理のひとつで、主な材料煮たり、寝かしたり、1日かかりとか・・さらに、また甕に入れて封をして寝かしておく。

ファッチューチョンは店によって材料が違うが、共通点は乾物が使われているのでアミノ酸などによる旨味が豊富。
また多くの素材から、複雑で深い味わいと香りが特徴だそうだ。

実は、だいぶ前に、美味しんぼの動画をみてから、食べてみたくなったのだ(笑)
説明は、詳しくこの動画の中でも紹介されてるんで、興味あれば・・どうぞ。
     ↓


ファッチューチョン(佛跳牆)・・・まさに、古代中国の医食同源を彷彿させるような料理。

しかし、たぶん、この2つとも食べられる機会はないだろうなあ。。。
「もどき」・・ならありそうだけど。

シンプルなんだけど、ものすごく複雑でもあり、技術と手間をかけた料理だもんね。

そんなもの、今時、無理無理!



たとえば、日本の豆腐

私は子供のころから豆腐好き!
ところが、子供のころ、おばあちゃんに言われたことがある。

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「今の豆腐はだめよ。だって白いんだもん。
本当の豆腐じゃないわよ。」

「え? 豆腐って白いものでしょ?」

「何言ってんのよ!大豆でちゃんと作った豆腐が真っ白なわけないでしょ。うっすらクリーム色してるのよ。
今のはね、薬使っちゃうし、機械で作っちゃうから美味しくないのよ。まず、香りが全然ないし大豆の甘味すらないよ。」


これは、私が子供のころにおばあちゃんから聞かされた話だ。

そして今、私は・・最近のスーパーに並ぶような豆腐はまずくて食べる気もしない、なーんて思っている。

子供のころ、お豆腐屋さんが売りに来る豆腐は美味しかったなあ・・なーんて思ったりするのだが、おばあちゃんは、きっとそれよりも美味しい豆腐を食べていたということだ。


昔の豆腐職人は大変だったそうだ。
朝暗いうちに起きて、冷たい水を使い、細かい技術を要求され、技術習得には何年もかかる、しかも重労働で・・しかも天秤棒をかついで売り歩いた時代もあった。

こちらは昭和初期の豆腐屋さん
   ↓
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http://blog.gekko-u.shop-pro.jp/?eid=1240

しかし、現代の労働は実にラクになった。
機械化され、薬品を使うことで、豆腐は同じ大豆の量から、10倍近い量の豆腐が作れるようになったとか。
もちろん、熟練の技術なんて必要なくなった。

実に効率の良いビジネスに変わった。


その一方で、私は、おばあちゃんのいうような「本当の豆腐の味」は知らないし、また次世代は、もっと知らない。

豆腐とは白くて味も香りもないもの、と誰もが思うようになってしまった。

もしも、現代において、本当に無添加・手作りの美味しいものを食べようとするならば数少ないそういった店を探しだし、当然、一般よりも高い料金を払わなければならないことになる。

それこそが、早くて便利の効率のみを追求し続けてしまった、我々の代償だ。



そういえば、豆腐も中国伝来だったよなあ。

本当に、中国という国は素晴らしい国だったと思う。(←過去形だけど)
料理ひとつとっても、どれだけ素晴らしい文化を持ち、知識も技術も秀でた国だっただろうことは想像できる。


でも、すっかり変わってしまったようだ。

こんな記事もあるくらいだから。
   ↓

「新華網」によると、アヘンの原料で中毒性のあるケシから取れる果皮の粉末(ケシがら)を、料理に使う飲食店が全国で増えている。
昨年9月末以降、上海市、四川省、青海省などでケシがらを食品に混入していた飲食店が次々と摘発されているのだ。
火鍋のスープに混ぜたり、麺に練り込んだりする手口で、いずれも顧客を中毒にし、リピーターとして獲得することが目的だった。

「調味料メーカーの営業マンがよく食品添加物を売りに来るんですが、『ひと匙で客が病みつき』というのが決まり文句。噂では、覚せい剤と同様の成分が入っているものもあるらしい(笑)。かつて『肉宝王中王』という依存性の強い食品添加物が中国で問題となったが、それにはベンゼンの元となる成分が含まれていました」
https://nikkan-spa.jp/820364



自然の旨味がなくなり、まずいものばかりってだけじゃないんだね~。

中毒性を狙ってリピーターを増やすのかよ。

とんでもない話だ!


しかし、これもまた・・中国だけに限ったものではない。

日本でも、ある食品工場の人が、「ウチの工場で作ったものは自分は絶対に食べない!」っていうような話も何度も耳にしている。

あーあ・・
ビジネスの効率性のみを追求した先にあるのは、

人に害を及ぼすものでも売ってしまえ!
ばれなきゃ、かもうもんか!


そんなどす黒い思いが込められた食品が増えたってことかよ!


働きづめで苦労してるけど、少しでもお客に喜んでもらえる美味しいものを作ろう!というのと、マ逆(笑)

栄養素の問題を別にして、スピリチュアル的にみても、

どっちの商品が、消費者の心を幸せにするかは一目瞭然だろう。



そういえば、MSG(うまみ調味料)も、似たようなものかもしれない。

MSGが体に害があるかどうかは別として、たしかに味覚障害を起こすことは確かなようだ。
なぜかMSG慣れしてしまうと、MSGが入ってないと旨味として舌が認識しないようになってしまう。


それは、私自身が体験してる!

日本にいたころ、私は、知らず知らずのうちにMSGまみれ・防腐剤まみれの食生活をしていた。
コンビニ食が多かったからね~。

ところが、渡米してから食生活ががらっと変わり・・最初のうちは何を食べても、アメリカの食事って旨味がない、と思っていたのものだ。

しかし・・長年アメリカに住むうちに、しかも貧乏生活のせいか(笑)添加物食品をほとんど買うことができなくなった。


そのおかげで、私の味覚障害は治ったらしい(笑)


今では、MSGなどの添加物食品は、ひとくち食べただけでわかるようになったし、それがあまりにも多すぎる食品は、さすがに気持ち悪く感じるようになり食べられなくなってしまった。

昔は、それが美味しいと思ってたのに。


ところが、こちらに日本の駐在員に大人気という飲茶レストランがある。

私も一度行ってみたが・・そこの料理は、ほとんどすべてが、一口食べただけで、気持ちの悪い甘さが舌に残るのだ。

どんだけ、MSGを使ってるんだよ!

もう二度と行くもんか!と思ったものだが、あいかわらず日本人駐在員たちで、いつも混んでいる(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


古代中国の医食同源じゃないにしても、現代人だって、
「食生活と日々の健康は深くかかわりあっている」ってことくらい周知の事実だ。


それどころか、私は精神にも、また霊性にも、深く影響すると思っている。


以前、「最近の切れやすい若者と食生活」を調べたデータによれば、添加物まみれの加工食品を食べている若者に限って、切れやすい、鬱、無気力になりやすいという記事があったが、そこにも、なんらかの因果関係はありそうな気がする。



ついでに、スピリチュアル的に言えば、五感を鈍らせる生活はタブーなのだ。

感性を磨く基本は、常に、まず五感をクリアーにしておくことだ。

季節を感じ、風の流れを感じ、香りを感じることもできなければ自然と一体になれるわけもない。
心をニュートラル位置におくことさえ難しいだろう。


そうであれば・・味覚もまた、重要な部分だ。


だからといって、決してベジタリアンやらビーガンになれ!ってことではない。
むしろ、ストリクトなベジタリアンやらビーガンのほうが、スピリチュアルと縁遠くなってる人も多いような・・。

なぜなら、

XXしてはいけない。
XXすべきだ!


といったようなドグマで心を縛ってしまう人が多いからだ。
おまけに、肉食やジャンクフードを食べる人たちに対して、ひどく批判的な目を向ける人さえいる。


そうなってしまえば・・自然体とは程遠く、スピリチュアルともますます遠くに行ってしまう。

同時に、これは・・味覚障害者と同じことかもしれない(笑)



自然体でいること、自然であること

うーーん、それこそが今は一番といっていいほど、難しい時代かもしれない。


食事ひとつとってもわかるように・・・自然な美味しいものを探すことが、どんなに難しいことか。

はっきり言って、日常的に無理!

これは、すべて人々が、

少しでも時間をかけず、安くてラクに効率良く美味しく・・と望んだ結果なのだ。

その結果、美味しいという感性すら不自然に歪められてしまい、それさえも気がつかない。


そういうと、多くの人たちが、

あーあ、この世はもうダメだ~、行くとこまで行くっきゃない!と嘆くのだが・・。



それでも、私は・・それほど悲観的には思っていない(笑)


人間は強いと思っているから。

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まさに、泥の中でも咲く蓮の花のように。


体は、多少の毒を口にしても免疫はつくし浄化作用を持っている。

もちろん・・ある程度までなら。

しかし、気がつかず続けてしまえば・・いくら丈夫な肉体でも蓄積されれば害は出るだろうし、その前に精神にも問題が出るかもしれない。


そのためには、少なくとも、まず味覚障害だけは起こしてはいけない。

味覚さえ、正常であれば、なんとかなる(笑)


味覚が正常であれば、食品に込められた思いを舌で感じることができるはず。
作った人の、どす黒い思いが込められているのか、それとも、真心が込められているのか・・・

それは、舌で判断できる。




そして、万が一、悪いものを食べてしまったとしても、

デトックスができる。

現代に生きる以上、上手にデトックスし続けることだ。


添加物の多い食事の次の食事は、オーガニックの大根をかじるとか(笑)

太陽を浴びたり新鮮な空気を吸ったり、心穏やかに過ごすだけでも、デトックスになる。

またそういったことでも、味覚障害を防ぐことにもなるはずだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

「ねえ、どうすんの? チャイニーズ行く?」

「うん、新しい店だから、一度は行ってみようよ。」

結構乗り気な私(笑)(←新しもの好きの私)


ただし、一口食べて、おえーーと言うほどMSGまみれだったら、二度目はないだろう。

だけど、多少だったらMSGもOKだ。

この現代において、その値段のチャイニーズで、まったく無添加なんてありえないからね。

私の舌で、そこの店のオーナーの心意気も味わってこようと思う。

万が一、最悪でも、ちゃーんとデトックスするから、私は平気(笑)
たまにはチャイニーズもいいもんだ~♪

だけど・・・なぜかチャイニーズを食べると、非常に喉が乾くんだよなあ。
美味しいウーロン茶かジャスミン茶をいっぱい飲んで、デトックスするかな(笑)

シャーマニズムと宗教話ついでに恋愛話も。

ハンク・ウエスルマンのワークショップに行きたい!と前々から思っているんだけど・・なかなか都合がつかなくって行かれない。

あ、カリフォルニアに来る!と思っても・・・サンフランシスコに近い地域ばかりなのだ。
とても日帰りできるような距離じゃないよなあ!

「そりゃあそうだろうよ!カリフォルニアといったって、能天気なアホばかり住んでるようなLAなんかには来ないさ。
サンフランシスコ、サンノゼ付近だろうね。」
・・・と友人は言う(笑)

そうだろうなあ。

こちらがハンクと奥さんのジル
   ↓
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さて、ハンク・ウエルスマンって誰?という人のために。
       ↓
スピリチュアルウォーカー ハンク・ウェスルマン
こちらは、私にHPの中の本の紹介ページから(かなり昔のものだけど。)


8年くらい前だったと思うけど、この本を最初に読んでからハンク・ウエスルマンさんにはとても興味を持つようになった。


彼についてもっと詳しい内容は、こちらのヤスさんのブログで、どうぞ。
      ↓
ヤスの忘備録 番外編




私がなぜ、彼のワークショップに参加してみたいか、というと・・シャーマニズムについての話が聞きたいから。

彼自身がすでにシャーマンの能力を持ってる人だし、それを学者らしく分析し様々な部分を解明してきた人だからだ。

また、すべての人に宿るシャーマン能力を開発して、それぞれの生き方にもヒーリングにも活用して欲しいという趣旨を持つ人でもある。



一般人からみると、シャーマンとは、古代文明やら未開の地で・・火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になったりする怪しげな人ってイメージが強いかもしれない。

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しかし、火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になるにも、それなりの意味があるのだ。

そして、シャーマンとは、その部族においての

メディスンマン
霊能者
ミディアム
ヒーラー
チャネラー
医者
超能力者
カウンセラー



などと考えていいだろう。

別の言い方をすれば、3次元世界にいながら精霊(別次元)世界とコンタクトがとれる人。

ハンクに言わせると、それ・誰でも本来持っている能力だそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、話はちょっと変わるのだが・・

つい先日、日本人女性から、ある相談事を持ちかけられた。

この女性は、ある新興宗教に6年間入信していて、つい先日脱会したそうだ。
その新興宗教の教祖は、かなりの霊能者だとか。



そこで相談事というのは・・

「私は6年間もその教祖に、私の依存心を教祖に向けるようにと仕向けられてきました。
そこで、その教祖を訴えたい!または、彼のしたことや私のひどい経験をネット上で拡散したい!
一番いい方法は、どうすればいいと思いますか?」


そんなこと、知るか!!

彼女の話を聞いてるうちに、きいいいい・・とイライラが募ってきてしまった(笑)


その教団というのは、それほど有名でもなく、どっちらかというと割と小さい組織らしい。
で、彼女の被害というのは・・・別に、家を奪われたり老後資金すべてを奪われたってわけではなく・・

たしか入会金が5000円で月会費が3000円だとか。(←私の子供の頃のピアノの月謝よりも安いような・・・)

ただし、任意でセミナーに参加費を払って参加するとか寄付するとか・・お金を使いたければもちろんもっと使えるらしい。
だからといって、別にあやしげば壺や絵画を売ってるわけでもなさそう。

彼女は、月に3万~4万は教団のために使ってきたいう。(←でも、それって自分の意思で使ったわけで恐喝されてたわけじゃないんだよね?)


「とにかく、月4万円として6年間でざっと300万弱のお金を使ってしまったことに対して、憤りを感じてるわけ?
騙されて支払ってしまったって思うの?」
・・と聞くと、

「いや、お金のことは、それほど大した額ではないのでいいです。」と彼女は言う。


じゃあ、なんで怒ってるわけ?


「私の依存心を煽って、私を教団から離さないようなことをしたからです。 
たぶん、霊能力を使って、私を操っていたんだと思う。
私は、教祖様のことを私の神様だと思ってましたからね・・・。
だから私、絶対、許せないんです!」


はあ?

月々3万円か4万円を使う会員に対して、霊能力を使ってまで教団に縛り付けておくなんてこと、するかな?(笑)
そんなことをしたら、たぶん会員全員に怪しい術でもかけなきゃならないだろうし・・会員数何人いるんだか知らんけど・・。
そもそも・・・そんな怪しい術って?(笑)

というようなことに・・この元信者は気づかないもんかね!!

気づかないんだろうなあ・・・だから、こんな相談事をしてくるわけだから。


何が私をイライラさせたかというと・・・(←こんなことでイラつく私もかなりの未熟者だ)

ぜーんぶ、ネガティブな被害者意識ばっかりだから。
それを長々と聞かされてるだけで、イライラしてくるのだ。。。


そもそも・・依存心を持たされるように仕向けられた!って、なんだそりゃ?

依存心を強く持つ人に限って・・・「私はXXされた」というネガティブな被害者意識を持つことが多い。

彼女の依存心は、いまだに健在だってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのは、ある種の恋愛問題にも似ているかもしれない。


ものすごーく思い入れの強い女性(または男性)が、相手のために必死で尽くす。

それこそ、痒い所にも手が届くほどの尽くしようで、なんでも相手の望むことをしてあげちゃう!

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http://pinky-media.jp/I0014863


ところが、その相手の方は・・だんだん、それが重荷で嫌になってくるものだ。(←まあ、よくある話だよね~)

なぜ、そんなにも尽くされてるのに嫌になってしまうのか?

だって、それって・・本当に相手のことを思い、愛しているわけじゃないから!

最初のうちは、なーんてよく尽くしてくれるんだろう!と嬉しいものかもしれないけど・・そのうち、これってなんか違う!ってことに、人は無意識のうちにも心で気がついてしまうものなのだ。

なぜなら、

彼女(彼)が尽くすのは、相手の愛を自分に繋ぎとめておくため。
自分は捨てられたくない! 一人になりたくない!


・・・・その一心でしてたことに、相手だって気がつくときが必ずくる。


そして、ある日、

「ごめん、もう別れたいんだ。」

とか、

「ごめん、他に好きな人ができた。」

なーんて別れを切り出されると、尽くした相手はぶち切れる。


私はこんなにも尽くしてきたのに捨てられた!
訴えてやる!


なーんて具合に、被害者意識から、憎しみや恨みに豹変する


これって、ぜーんぶ依存心の強いタイプにありがち。


一人になりたくない!という寂しがり屋なのか?
捨てられたくない!というプライドなのか?

それとも

何かにすがらなければやっていけない現状があるのか?



とにかく、相手に執着して離れたくないだけなのだ。


さらに、こうゆう執着タイプは困ったもので・・、

たとえば、相手が悪いヤツで自分が利用されているだけ騙されているだけだったとする。

それを薄々感づいていたとしても、あえて見ないようにして目をつぶってつきあっていく!なーんてことを、やってしまいがちなのだ。

真実を知りたくない!
このまま変わらずに、ずっとこのまま!


という意識が働いてしまうのだろう。


執着=依存心=失うことへの恐怖


そして、ついに、それが明るみに出てしまうと、やっぱり、被害者意識から恨みや怒りとなって爆発する。

「私は騙されていた!」
「そんなこと、ちっとも知らなかった!」
・・・と。

あーあ、厄介なことだ。


対処法は、なぜ?を自問自答して、自分を内観して自分で答えをみつけるしかないのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

さて、こういった恋愛ケースも新興宗教への依存心も、なんだか、ひどく似ている気がする。


新興宗教であれ恋愛であれ、そんな形でハマるってことは・・心の底になんらかの弱さがあるからなんだろうけど・・、

だからこそ、「新興宗教にすがりたくなる」ともいえるのだろう。

また、

だからこそ、新興宗教も信者を増やせるってものかも(笑)

悩みをかかえてる人、弱い人、かもーん、かもーん!・・・もっとも、そんな宗教団体ばっかりではないだろうが。


新興宗教と言う言葉を聞くと、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人も多いようだ。


ところが、新興宗教というのは、伝統宗教と比べて比較的成立時期が新しい宗教のことを差すだけのことで、日本では明治以降の宗教を新興宗教と呼ぶらしい。

それだけのことなのだ。


ところが、新興宗教と聞くと聞いただけで、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人の方が多いのはなぜだろう?

まあ、過去にもさまざまな事件があったりしたわけだし、また、「自分のとこの神様が本物なんだ!他は一切認めないぞ!」と主張する教団もあったりするようだし・・

そうなると、なんだか精神世界つーよりも、ただの宗教ビジネスに思えてしまうせいかもしれない。


じゃあ、伝統宗教は違ったのか!というと・・いやいや、それでもないのだ。

鎌倉時代に遡って、まさに元寇がやってきた頃、新興宗教として登場した日蓮さんもまた、
「法華経こそが正法であるのに、浄土宗などは邪法だ!」と、堂々と非難していたようだ。
(もっとも、これは若い頃の日蓮さんが辻説法をやっていた頃だそうで・・流罪された後は変わったそうだ。)


そもそも・・仏教と言ったって、シャカは文書にして何も残さなかったわけだし、
たとえば、日本に多く広まっている法華経なんて、シャカの死後、ざっくり600年もたって記されたものだ。

それに比べて、キリスト教の新約聖書は、キリストの直弟子たちによって記されたものなんで、まだ聖人の言葉が忠実に記されたものか?というと・・それが、そうとも言えないらしい。

だからこそ、いくつもの宗派ができたわけだし、宗派どうしで解釈の違いによる論争だって起きるわけだ(笑)


人から聞いたものを書き起こせば、それは書き手の意識が必ず投入されることになる。
一つの言葉にしても、受け手によって解釈の違いはあるし、特に精神世界の言葉というものは、なかなか言葉だけでは表せないことの方が多い。


だいたい、精神世界は頭で理解することではないのだから!



仏教の宗派なんて、いったいどれだけあるんだろう?

結局・・自分がどれを支持するか?(信じるか?)でしかないように思う。


私自身は、以前にもブログにアップしたことがあるけど・・宗教家として好きな人の名をあげるならば、やっぱり空海さんかな。
    ↓ 
空海とシュタイナーの関連性

だからといって、わざわざ真言宗の檀家に入ろうとも思わないし、新興宗教の真如苑に入ろうとも思わない。

空海さんは、宗教家というだけでなく、書家としてアーティストの才もあったし、建築、土木、鉱山など、あらゆる才を発揮してるし、自分で道を切り開いた人でもある。

それでいて、しっかりと親のスネをかじって留学費用を出してもらったり(たぶん・・そうだったんだろうなあ。)、当時の天皇にも上手に取り入ったというか(笑)、そういった世渡り上手な人間臭い部分も持ち合わせている。

そういったところをすべて含めて、好きなのだ。

まあ、好みの問題かもしれない(笑)


キリストさんもそうだし、日蓮さんだって・・みんなそれぞれ、独自の道を作り上げたパイオニア(開拓者)だったという点では、たしかに尊敬できる人たちばかりだ。

今では、みんな高次元の存在=神となっている人たちかもしれないけど・・そうやって、人として現世にいた頃は、おそらく、悩んだり試行錯誤を繰り返しながら、道を究めていったことだろう。

空海さんは、しっかり時の天皇にも可愛がられたけど、日蓮さんは反逆者として迫害され処刑されそうになったり、島流しの憂き目にもあってる・・さぞ、熱くまっすぐな人だったのだろう。

それに、親鸞さんのような、アウトロー精神にも脱帽だ。

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当時の仏教社会では、僧侶の妻帯や肉食はタブーとされていた時代だったのに・・奥さんを持った人だったことでも有名な人だ。


私は、そういった先駆者として道を究めた人が好きなのだ。



しかし、宗教となると、それは人間によって作られた団体、組織に過ぎないと思う。

みんなで集まって、勉強し精神修行をするところだ。


精神修行とは、

◆高次元と繋がること
(高次元の宇宙人、神、精霊といったようなもの・・いわゆるハイヤーセルフなんて言葉も使われるけど・・。)
そこからメッセージをもらって学んでいくこと

◆自分を客観的に観察し、分析して、考え方の修正をしていくこと


この2点ではないだろうか?


でも、宗教団体に所属するということは、必ずといっていいほど、人間関係特有の問題やら矛盾もくっついてくることになるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、元創価学会の熱心な会員だったという人に聞いた話だ。

その人は、日蓮上人の教えを学びたいために入信したのだそうだが・・・あるとき、学会に飾られた曼荼羅を見ると、そこには・・天照大神や八幡様までがいることに気がついたそうだ。

だけど・・

「創価学会では他宗教を批判してるし、神道を含めた宗教も否定している。 それって矛盾してるぞ!」
と思ったのがきっかけになったそうだ。


そこから、ますます色々な矛盾に悩むようになり、結局脱会したそうだ。


それでも、多くのことを学ぶこともできたし、また、そういった矛盾を知ることもできたんだから、今でも創価学会にはとっても感謝してると言っていた。

いやあ、先ほどの、元信者とは大きな違いだ(笑)


「どこの教団だってそうでしょうが・・宗教という団体になった以上は、3次元的に維持していかなきゃならなくなっちゃうんですよ。

そもそも高次元の神の言葉を、3次元の人間が本にまとめて、それを読んで勉強するのも3次元の頭だったんだってことに・・
私はようやく気がついたってわけです。」

と、その人は言っていた。

なるほどなあ。。。

宗教団体に所属して一生懸命、精神世界について学ぶよりも、野に咲く花に感動できる人の方が、よっぽどハイヤーセルフに近いのかもなあ。

なんだか、そんなことを思った。

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God grows weary of great kingdoms, but never of little flowers.
<<神は偉大な王国には飽きられてしまうが、小さな花には飽きることはない>>

これは、ラビンドラナート・タゴールRabindranath Tagore(1861 – 1941)の詩の一節だったかな?
     ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう考えると、精神世界を探るのは宗教に限ったものじゃないってことになる。

つーか、むしろ、宗教団体に所属するよりも、戒律だとかめんどくさい人間関係が無い分、自由な心で見つめられるような気がする。


もちろん、シャーマニズムの世界もだ!

ハンク・ウエスルマンさんは、独自の経験を通して、シャーマニズムの道にそれを求めたということだろう。

彼の新しい本で、心霊の世界に覚醒してというのが出版されているんだけど、サブタイトルは、「直接啓示を受けるためのシャーマンの方法」となっていて、なかなか実践的で面白い。

シャーマンにもいろいろなタイプがあることが解説されてるし、

また、霊能力があるからとか、悟りの体験してるからというだけで、その人達の言うことを鵜呑みするべきではない。ということも、当然ながら頷ける(笑)


ついでだから、ざっと紹介すると、

シャーマニズムとは神霊の世界に直接アクセスし神霊の助けと保護を得る精神的な実践方法だそうで、大きくわけて、

3つあるそうだ。

◆感謝の心

何事にも感謝する姿勢が、神霊の世界へのドアを開ける一歩になる。

この世の裏側では、神霊たちが人間の目には見えないけど、気づいてもらいたいと思って光を放っているのに、なかなか人間は気がつかないものだ。

(彼は精霊と呼んでいるけど・・神・守護霊・高次元の宇宙人・ハイヤーセルフ・・そういったものと考えてもよいかと・・・。)

神霊の世界への入口は実にいたるところに隠されている。その一つは心臓のところにあるそうだ。

恐れ、敵意、うぬぼれ、落ち込み、疑い、皮肉癖、憤りなどの感情は、この心臓にある出入り口を塞ぐので、ほとんどの人の出入り口は閉じられてしまっているそうだ。

ところが感謝の心を持つことにおって、これらの悪感情を追い払うことができるので、心臓の出入り口を開くことができるようになるそうだ。

うーん、ハートチャクラを開くってことかもなあ(笑)


◆見る
二つめのテクニックは見ること。
無知や間違った世界の見方を克服できる術は、「見る」ことで、神霊が現実の中で見せてくれる真実を知ることができる。
シャーマンが言うところの「見る」というのは、頭の中をカラにして、一切の現世の考えを取り去ることだ。

無になることで、サードアイチャクラが開くってことかな?


◆祝福の祈り
三つめのテクニックは、祝福の祈りをすることだ。
祝福の祈りは魂へと還る道だそうだ、
そこには、人間の想像を超えた力があり、おそらく3つの中でも最も強力なものとなるだろう。
しかし、感謝の心がなければ祝福の祈りを捧げることは難しいことになる。



なんだか、本の紹介みたいになっちゃったけど(笑)
    ↓
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まあ、そんなわけで、私も一度はワークショップに参加して色々と聞けたらいいなあ!と思ったのだ。


いずれにしても、

精神世界を極めるにしても、ハイヤーセルフと繋がるにしても、自己改善にしても、良い恋愛をするにしても・・・

私は、ハンクさんの3つのことが基本かな、って気がする。


参考
SharedWisdom

英国版スピリチュアルから、ふと思うこと

イギリスに10年近く住んでいたという人からこんな話を聞いた。

「イギリスでは、国家公認の超能力&霊能力機関というのがあって、時には裁判でも、霊視や透視を裁判の証拠として採用される事例だってあるんだよ。

私のイギリス人の友達はもともとサイキック能力があった人なんだけどね、学校でさらに学んでパワーアップさせて、認定試験を受けて資格をとったんだって。」


「へえ、そうなんだ~、前からイギリスではサイキックの専門学校があるという話を聞いていたけど、国家で認定するってことは、国家がサイキックの存在を認めているってことだね~。」


**霊能力者でも超能力者でも、サイキックと呼ばれている。

「うん、そうだよ。 
でも、そうゆう認定が無かったころは、やっぱり、インチキなサイキックたちが跋扈してた時期があったようでね、それなら、ちゃんと国で認定しよう!ってことになったそうだよ。

それには多くの人々の運動が過去にあったからなんだよ。」




そういえば、コナン・ドイルさんの話は有名だ。

まず、コナン・ドイルさんの人物と歴史を振り返ってみたくなった(笑)

正式名は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle) 1859年生– 1930年没

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アイルランド系・カトリックの出身で、家は貧しく苦労していた人らしい。

しかし、サーの称号を与えられた人でもあり、推理小説ではシャーロック・ホームズシリーズは超有名だし、SFでは失われた世界の作者。
他にも歴史小説も書いてるんだけど・・シャーロック・ホームズが有名になりすぎてしまったせいか、そっちの方ではあまり脚光を浴びてない。
(本人は、シャーロック・ホームズなんかよりも、むしろ歴史小説を書きたかったそうなんだけどね~。)

もともと作家志望だったかというと、そうではない!

もともとはお医者さん、軍医として従軍した経験もあり、また開業医にもなったけど・・あまりぱっとしなかったそうだ。

かなりヒマを持て余してた開業医だったらしく(笑)・・そこで執筆したのがシャーロック・ホームズだったらしい。

ホームズシリーズの中に登場するワトソン君が、まさしくコナン・ドイルさんとダブルわけだね(笑)

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また、政治活動家でもあった人だ。
選挙に出馬した経験もあるし、イギリス軍の汚名を注ぐために、1902年に『南アフリカ戦争 原因と行い』を発表したり、そのその功績によって国王エドワード7世から「サー」の称号を得たそうだ。

間違っても、ふわふわ思考のスピリチュアル信奉者とは大違いの人だったようだね(笑)


むしろ、現実社会で地に足をつけて、前だけを見て生きてきた・・そんな印象を受ける人だ。

スポーツ好きで自分で多くのスポーツをしたそうだし、とくにボクシングは、
「武器を使わない最もフェアで男らしいスポーツ」
と絶賛してたくらいだし、アマチュア・ボクサーにしては、かなり強かったとか。

いかにも当時の英国紳士らしい、騎士道精神+愛国心の、熱~い人だったようだ(笑)



同時に、彼は心霊世界の研究者でもあったことでも知られてる。 
彼の晩年は心霊研究に捧げられていたといっても過言ではないのだ。

しかし、そうはいうものの、彼はもともとは心霊については、むしろ懐疑的な立場の人で、
バリバリの唯物論者であり、心霊世界のインチキ・トリックを暴いてやろうという、むしろ逆のスタンスの人だったと、のちに本人自身が語っている。

大槻教授みたいな立場だったんかな?(笑)
(いやいや、大槻さんは、バラエティー出演用のパフォーマーだったのかもしれないし・・)



ドイルさんは第一次世界大戦あたりから、多くの親しい人を亡くした経験から心霊の研究を熱心にするようになったといわれているが、何が原因だったかは実際のところはわからない。
多くのサイキックと知り合い、自分でも霊の世界を確認していくうちに、探求心が自然に触発されていったのかしれない。


1891年には、「英国心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research =略称SPR)」の会員となり、自ら交霊会を主催したり、国内外での心霊学の講演や関係著作の執筆などを活発に行ったそうだ。

こちらが、その団体
   ↓
心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8D%94%E4%BC%9A


つい、こういった団体なんかは、日本だと、なんだか胡散臭いなあ・・と、まっさきに思われがちかもしれない。

ところが、歴代の学長のプロフィールを見てもそうそうたる科学者ばかり。

(後に首相となった政界の重鎮アーサー・バルフォアであったし、哲学者ウィリアム・ジェームズ、博学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス、物理学者オリバー・ロッジ、化学者ウィリアム・クルックスなど、名だたる科学者たちが心霊主義を信じて、さらに真摯に研究していたってことなんだろう。)


ここで、当時のイギリスという国について考えてみよう。

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19世紀後半のヴィクトリア朝時代(まさにシャーロック・ホームズの時代)

産業革命によって絶頂期だった時代。 機械生産によって多量に生み出される商品の原料調達と消費市場を同時に満足させるために世界を植民地化する政策がとられてた時代。

帝国主義政策によって世界中を植民地にしたものの、ボーア戦争、アフガン戦争など激しい抵抗が起きてた時代でもあるわけで、
ドクター・ワトソンはアフガンが帰りの軍医って設定だけど、まさに、ドイルさんも同じ経験をしている。



唯物主義でサイエンス思考、時代の最先端を目指しながらも、
ところが・・・一方で、まだ魔女法なんてのが残っていた時代でもある。


魔女狩りといえば、中世ヨーロッパ・・16世紀後半から17世紀がもっとも盛んだったはず。


ドイルさんは晩年には、何度も心臓発作を起こすようになっていたようだ。
Wikiによると、

「死の直前の1930年7月1日にはジェームズ1世時代に制定され、近年心霊主義弾圧のために再利用されるようになっていた「魔女法」の撤廃を陳情すべく、内務大臣ジョン・ロバート・クラインスを訪問したが、これによって体力をかなり消耗させた」

 そうだ。

そして、71歳で亡くなった。

この、近年心霊主義弾圧のために再利用されるようになっていた「魔女法」というのは、中世の魔女狩りをそのまま復活させるということではない。 さすがに・・この時代、それはないだろう(笑)

それなら、なぜ・・魔女法を持ち出そうとしたかというと、

いたずらにスピリチュアルを使って、(つまり、占星術やミディアムなど)による、お告げや予知を行って人心を惑わすことを禁止するという意味合いが強かったそうだ。


それだけ、インチキ霊能者が多かったということだろうし、それだけ、それを信じて惑わされる一般人も多かったということだろう。
そんなわけで、知識階級の中にはスピリチュアル、心霊に対する反対者も多くいたということだろう。

そういえば・・

少し前に日本でも、「オーラの泉」というTV番組からスピリチャルブームになったと聞く。

その後、「前世やらオーラなんて言葉を使って人心を惑わすけしからん番組」として、多くの団体からTV局にクレームがあったと聞いたことがある。



うーーむ、なんだか・・この時代のイギリスとも変わらんような・・(笑)



そこで、イギリスでは、どれが偽物でどれが本物かを見極めるべきじゃないか!ということになり、だったら、政府で公認してもらおう!という動きになっていったのだそうだ。


ここらへんが、たぶん・・日本とは違うところなんだろうね~。



日本ではいまだに、そんな機関もないわけだから・・・私たちが霊能者やヒーラーを頼ろうとすると、時にはトラブルと隣り合わせってことも多いってのが現状。

営利目的で多額の料金を請求されるだけだったり、洗脳目的の宗教団体だったり・・なーんて話もよく聞くところ。

それどころか、個人情報収集を目的として、ネットに無料ヒーリングを掲げるサイト(フィッシングサイト)だってあるようだ。


さらに、日本の場合では、いまだに・・

医療目的のヒーリングであっても日本ではそれを認める法がないそうだ。

つまり、医療機関との連携でヒーリングをすることさえも認めてないってことだね。



さて、それが良いことか悪いことかは別にして・・

なーんの法も規制も無ければ、誰でもが明日から自称「ヒーラー」にも、霊能者にもなれるわけだし名乗ることだって自由だ。
おまけに今の時代、簡単にインターネットでクライアントが獲得できるだろう。

実際に、ヒーリング系サロン運営の宗教団体が警察に摘発されるな~んて事件もいくつも耳にしてる。

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実際に、最近のヒーリングビジネスを、ちょこっとインターネットで検索してみると、


いやはや・・・

英国スピリチュアルヒーラーズ連盟の公認を看板にしてたり、ハリー・エドワーズの名を使ったりしてるところがあって・・

いやはや、なかなか・・商魂たくましい!つーか(笑)
(こうゆうのを見たときは、まず、自分で英国スピリチュアルヒーラーズ連盟に問い合わせてみるのが一番だろうなあ。)


さて、ここで使われてた名前、ハリー・エドワーズとは・・
Harry Edwards (healer)

スピリチュアルヒーリングの第一人者とされた人で、ヒーリングをオカルトや魔術から医療へと昇格させた草分け的人物といわれてる人なのだ。

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Harry Edwards: The Great Healer

ドイルさんやエドワーズさん、こういった人たちの活動のおかげで、現在のイギリスのスピリチュアルが確立したんだろうなあ。



エドワーズさんのスピリチュアルヒーリングは、
「治療専門の知性・個性を持った霊的存在が治療霊媒を媒介して患者を治療している」というスピリチュアリズムの理論から成り立ってるそうで・・


どうやら、日本の霊気、中国の気功、アメリカのセラピューティックタッチなんかも、共通するものがありそうだ。


すべては目にも見えない気(エネルギー)の存在。


彼の英国スピリチュアリスト協会、学校、治療院は今でも現存している。

◆英国スピリチュアリスト協会(The Spiritualist Association of Great Britain・・ここは現在でも専属の霊媒師らによる「対面ヒーリング」と遠方への「遠隔ヒーリング」が行われてるそうだし、
また彼がスピリチュアリストの仲間と共に設立した治療院ハリー・エドワーズ・ヒーリング サンクチュアリ(Harry Edwards Healing Sanctuary)も現存。


その他、まだこんな学校だってあるのだ。

◆「NFSH(英国スピリチュアルヒーリング)」National Federation of Spiritual Healers・・19世紀からの流れを汲んだ機関で、ここもまた、研究機関や学校もあり、ちゃんと市民権を得ているのところ。



◆「SAGB(The Spiritualist Association of GREAT BRITAIN/英国スピリチュアリスト協会)」・・1872年にスピリチュアリズムの原理を伝道することを目的として創立された団体で、江原さんもここで学んだんだとか。

◆「Sociery for Psychical Research(英国心霊現象研究協会)」・・1882年、ケンブリッジ大学出身の学長によって創設され心霊現象や超常現象の真相究明を目的とした科学研究機関


まだまだ、さまざまな学校があるようで、医療目的のヒーリング中心に学ぶところや、超常現象の研究を主とするところやら、

瞑想やヒーリング、チャネリング、占星術を本格的に学ぶところやら、

さらにヨガや瞑想を取り入れた総合学院もあったりと・・学校によってさまざまな特色があるようだ。



なんだか、こういった現状を見ていくと・・

いまさら、

幽霊はいるかいないか?UFOはいるかいないか?・・・・なーんて、レベルでバラエティー番組で議論して楽しんでるような時代じゃない@って気がしてくる(笑)


言うまでもないけど、こういったカレッジの先生たちは、いずれも、全員サイキックかヒーラーなのだ。(しかも国家によって認定されてる人たちだ。)


・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ちょっと話は変わるけど・・

私の日本にいる友人で、ヒーラーを職業にしている人がいる。

彼女は、主に・・末期がん患者や統合失調症といった難病を抱える人のヒーリングを得意としているようで、以前、どんなふうにするの?」と聞いたことがある。

<<彼女の答え>>

●まず最初に、自分をニュートラルな精神状態に置く。(これは慣れで、ほんの数秒でできるそうだ。)

●そして精神を集中させる(これも、慣れですぐにできるとか・・)

●すると、患者の悪い部分が黒くみえてくる(人によって、頭の右側だったり、胃のあたりだったり・・さまざまな部分があるとか)

●次に、自分の気をぐぐっと高めて、患者の黒く見える部分に自分のパワーを送り続ける。
(実際に目に見えるということではなく、脳の一部・・たぶん第3の目と言われるところで見ているカンジ・・あくまでも強いイメージと考えた方がいいらしい)

●すると、患者側は体の痛みが和らぎ心が落ち着いてくるそうだ。
多くの人は、暖かい心地よい温度を感じるという。




たったの一回で治ってしまった患者さんもいれば、すぐに再発してしまう人もいるし、また、心身の痛みがとれただけで病自体は治癒しないまま、そのまま亡くなった方もいるそうだ。

ただ、心穏やかに亡くなっていったという話だったけど・・


それが、どうしてなのか? どうして人によってそういった違いがでるのか?

彼女は、自分自身でその理由は想像できるけど・・あくまでも自分の想像、仮説段階なんでそれを公言するつもりはない、と言う。


そこで私が別の質問する。

「それって、ちゃんと対面してやるものなの? それとも遠隔操作でも出来るの?」


「私はどっちでもOKだよ。
だって、実際の目で見てるわけじゃないからね~。

たとえば、電話でも相手を感じられれば・・私の中で見えてくるわけだし、そこにパワーを送り込むわけだから、たぶん物質的な距離は関係ないってことじゃないかな?」


なーるほど、納得!

そこで、次の質問。
「いつから、そんなパワーを持つようになったの?」

「気がついたのは、子供の頃、
なんで自分は人と違ったパワーがあるのかわからなくって、若い頃は、自分なりに本を読んだりお寺で修行したり、色々なことを試したりしてた時期があったんだよね。

もちろん、幽霊みたいなものだって日常的に見てたよ。」
と彼女は言う。


しかし、彼女は霊能者のような、除霊はやってない。
あくまでも、病気を癒すヒーラーを専門にしているだけだ。

(もっとも個人的に、自分のところに幽霊が寄ってきたときは、同じように自分の気のパワーを高めて退散させてしまうことはやってるそうだ・・あくまでも自分のために。)


おそらく、ヒーラーの分野が彼女に合っているのだろう。


また、私の質問。

「ヒーリングパワーを送り続けた後って、自分がひどく疲れたりしないの?」


「うーーん、同業者に聞くと、ひどく消耗してしまってしばらく起き上がれなかったり、自分が病気になっちゃうって人もいるようだけど・・私は平気かな。

一杯やって、がーがー寝れば、ぜーんぜん疲れなんて残らないタチなんだ。」

(彼女、結構酒豪なのだ(笑)


もう一つ、彼女が興味深いことを言っていた。

「私が調べたところによるとね・・気功で使う気は、自分自身が鍛錬して呼吸法や動作を使って、自分の気を強く大きくして送り込むんだそうだよ。

だから自分も体力・胆力が無いと消耗が激しいみたいなんだよね。

ところが、霊気ヒーリングの気は、空間に偏在する気をあくまでも自分がアンテナとなって取り組んで患者に送りこんでるらしいんだよ。

だから、疲れないって言われてるんだよね。

私は、どっちかというと・・そっちのタイプなんだろうね~。」




いやはや、気功とレイキの違いが、ここで出てきたね。


そうなると・・・


ここで気になるのは・・空間に偏在する気の正体だ。


それは宇宙の気? それとも守護霊や神のような存在から得ている気?


彼女は続ける。。。

「私にもその正体ははっきりとはわからないんだ。これからの研究課題だろうね~。

ある霊能者さんは自分の高次の守護霊様から得ている気を使ってるって人もいるし、自分の信じる仏や神から得てるって人もいるし、植物、花のパワーから得てるって人もいるし・・実にさまざまなんだよ。

私の場合はね、どうやら・・地球外生命体のパワーを得てるような・・・」


え??と私。

「ほーらね。だから、あまり想像の範疇のことは人には言いたくないんだよね~。
もっとも、アンタだから、なんでも思ったままを、つい言っちゃうんだけどね。」

と彼女は笑った。


「ただね、ひとつだけ確なことはね、

この世にはそういった気(パワー)が満ちてるってことだよ。

霊能者やヒーラーなんか、もちろん私も含めてだけど・・決して自分の力じゃないんだよ。

この世には、病気にさせるようなネガティブパワーもある反面、それを治癒するパワーだって存在してるってことだよ。

そのパワーを、上手に頂いて私たちの役目は、それを人に橋渡しするだけなんだと思うよ。」




あ、そういえば・・・

ヒーラーの草分け的存在だったエドワーズさんも、さらっと前述したけど・・こんなことを言ってたんだよね。
     ↓
「治療専門の知性・個性を持った霊的存在が治療霊媒を媒介して患者を治療している」というスピリチュアリズムの理論

彼の場合は、治療専門の知性・個性を持った霊的存在、つまり、偉大な医者だった人の前世?や守護霊?にコンタクトしてパワーを得ていたということかもしれない。



うーーむ。



彼女がさらに言っていたこと。

「たとえば、気功は自分の中の気を大きくしたりするって言ったけど・・あれだって大元は外部から良いエネルギーを自分自身が取り入れてなけりゃ、気功師は消耗して死んじゃうことになるでしょ?

人によって、気の使い方の方法が違うだけで・・たぶん、大きな目で見れば根本は同じってことなんじゃないかな。」



そこでまた、思い出す。

そういえば・・昔気功を学んだというホセ君から、最初はいつも恵みの太陽をイメージして、太陽のパワーを自分自身の丹田に取り込むイメージをしていたと聞いたことを思い出した。

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つまり、

誰でも・・さまざまなものからパワーを得ているってことじゃないだろうか?
(たとえ、本人がなーんも気がついていなかったとしても・・。)


そして、

世界はさまざまな気で満ちている


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人のヒーラーは、日本生まれで日本育ちの日本人だ。

もちろん、本場のスピリチュアルをイギリスの学校で学んだことはない。

すべては、彼女が独学と試行錯誤の連続で、自分自身で学んできたことだそうだ。


世の中には、ざっくり分けると、彼女のように生まれついてのサイキックパワーが強い人、
または、自分では気がつかないほど弱い人だっているだろう。(よく、私は霊感なんてないよ~って言ってる人たち)の2通りがあるようだ。

コナン・ドイルさんも、「霊感無しタイプ」だったようだ。
のちに、自分で能力アップさせたらしいが・・。


生まれ持ってサイキックパワーが人並はずれて強い人の場合は、

当然ながら、

「どうして自分は人と違うんだろう?」
「このヘンな力は、どこから来るんだろう?」 「なぜなんだ??」


という壁に必ずぶち当たることになる。

ヒーラーになった彼女のように・・。



しかし・・今、自分には霊感がない!と思っている人こそ、
スピリチュアルについて学ぶときが来ているのかもしれない。

まさに、コナン・ドイルさんがやってきたように。


特別な人たちが学ぶことではなく、むしろ・・霊感なんて無い!と思ってる一般人にこそ必要なんじゃないだろうか?

なんだか、最近ひどくそんな気がして仕方がない。。。

・・・・・・・・・・・・・・・

イギリスのスピリチュアル学校で、まず最初に行う訓練は、「気を感じること」だそうだ。
これは、気功の世界でも「気感」と呼ばれるもののことだろう。

もちろん、本来は誰でも持ってる能力だそうだ。

学校では、さらに能力アップしながら、それぞれの得意分野の専攻に移っていく。


スピリットレスキューを専攻する人たちは、まず、先生から、憑依サイキックアタックについて学ぶそうだ。

 **スピリットレスキューとは、憑依している霊を魂の世界に帰してあげるのをメインの仕事とする(つまり、日本で言う、浄霊ってことらしい)

簡単にいえば、憑依ってのは霊がついてる状態で、サイキックアタックというのはなんらかの攻撃を受けてる状態・・だと思う。


さて、そこで、具体的なプロテクションの方法を学ぶのが、一番のポイントになるそうだ。

つまり迷っている霊から憑依されないようにする方法

さらに、霊だけでなく、すべてのネガティブなエネルギーから身を守る方法などを学ぶそうだ。
(もちろん、ネガティブというのは、霊に限らず、生きてる人間や環境ってことも含まれる)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そうだよな~。

こういった認識が無い人たちが多いから、わざわざ心霊スポットにいって具合悪くなっちゃう人も出てくるんだろうなあ。

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スピリットレスキューを志すわけでもなく、プロテクト方も知らずに、自ら心霊スポットに出かけていくなんて・・
知らないってことは実に恐ろしい!

心霊スポットから戻って原因不明の病気になったり事故続きなーんて話も聞くわけで・・・そこで霊能者を頼って助けてもらおうとすると、それがインチキで高額な支払いを要求されただけで、ちっとも良くならないなーんて話も聞いたことがあった。

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・・・こりゃ、たまらん。


まあ、イギリスのように国が認定してる機関がないわけだしね~。
バチカンでは、「国際エクソシスト協会」(AIE)を公認してるそうだし、エクソシストすなわち悪魔祓いをちゃんと受けられそうだ。

日本だけ、なんにも認められてないだよなあ。。。



でも・・ここでちょっと逆な発想をしてみる(笑)

それこそ、個人がそれぞれ気を感じる能力(気感)をアップさせていけるチャンスなのかもしれない。

もしも、政府のお墨付き、学校なんてものがあれば、そこにさえ行けば安心、高い月謝を払ってでも安心・・という依存心が生まれてしまう傾向があるかもしれないのだ。


すべては信じることから始まるけど、依存心は信じることさえ曇らせる。


そもそも・・

この世に多くあふれた、まがい物スピリチャルを見極めることくらい、実は誰にでもできる簡単なことだと思うのだ。


そりゃあ、明らかに金儲け目的で能力ゼロのインチキ霊能者もいれば・・中には自分自身が特殊能力があると本心から信じ込んでしまってる霊能者もいるし、または、確かにそこそこの能力があるんだけど、その能力ってのが・・どーも禍々しいカンジのものだったりする人もいたりする。。。



たぶん・・そんな違いは誰にでもすぐに見分けられると思う。

依存心を捨ててニュートラルな心で気を感じ、自分の魂の声を感じれば・・おそらく誰にでもできる!



少しでも多くの人が、日常の中に漂う気や自分の気を感じられるようになればいいよなあ!!

・・といつも思う私だ。(笑)

ステレオタイプでステータスクオから脱却する

友人と一緒に、コーヒーショップにいたときのこと。

隣の席に日本人の若い女性が二人、わりと大声で話していたので、つい、私たちの耳にも聞こえてしまった。


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どうも、一人の女の子は日本から来た学生さんのようで、外国人の女の子とルームシェアしてるらしい。
その愚痴をさかんに友達に話してるのだ。

「もう、頭に来ちゃう!
だってさあ、食事した後、シンクに食器を溜めとくんだよ!信じられる?
なんで、すぐに洗わないのって聞いたら、明日にでも洗うつもりよ!だって~。
もう、信じられる?」

「やーだ! それって最低!
あっちの国の人って、すっごくルーズなのよね~、わかる、わかる!」

「でしょ!
でも私、汚いの我慢できないのよね、だってさ、シンクは共同で使うとこだよ。」

「そうよ~、すぐに食べたものを洗うのって、フツウ礼儀だよね!」

「でしょ! だからさ、結局私が彼女の洗い物まで、つい洗っちゃうわけよ。
頭にくるけど、汚いのって我慢できないんだもん。」

「そうだよね~、だけどさ、相手はそれに感謝してるわけでもないでしょ。
毎回、そんなことをしたら、アンタばっかりが損するだけじゃない!」

「そーなのよ! もう、いい加減に頭に来ててさ・・アパート出たいんだよね。」

「今度は日本人の子とアパートシェアした方がいいよ~、誰かシェアしてくれそうな人、私も探してみるよ。」



私たちは、つい・・二人で顔を見合わせてしまった。。。

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コーヒーショップを後にして、私の友人が言う。

「なんで、いきなり・・アパートを出るって話になっちゃうのかな?
まあ、気持ちもわかるし・・そこが、日本人っぽいって言えるかもしれないけどね~。」



私の友人は、子供の頃にアメリカに移住して、こちらの大学を卒業してる。
たぶん、完全に日本人の習慣や常識の中で育った人ではないので、おそらく日本からやってきたばかりの日本人とは感覚が違うのも確かだ。

それでいて、長年日本企業で働いていたせいで、多くの駐在員たちと接しているせいか、両方の感覚が理解できるようだ。


さて、これが、みなさんの立場だったらどうするだろうか?

ここはアメリカ。
そして、習慣も常識も違う外国人とルームシェアをしてるとしたら・・
(笑)


私は友人と、もしも、我々が同じ状況になったら、どうするだろうか?と話してみた。


そこで、私達の解決法は・・2つ

●自分が我慢できないんだったら、相手の食器を進んで洗ってあげればいいんじゃないのかな。
ただし、自分ばっかりが損してるって気持ちではなく、仕方ないなあ~、ま、いいか!って、おおらかな気分で。

(お掃除が苦手な専業主婦の代わりに、ダンナさんが仕事から戻ってからお掃除してくれるってお宅もあるくらいだからね~。
これは、私の友人宅の話・・実際にこれで夫婦円満で長年連れ添ってる家庭なのだ。)


それができないならば・・

●話し合う。
ただし、常識だとか、これがマナーだとか、当然でしょ!って意識は捨てたところで話しあって決めることだ。
相手を理解しようとして話すこと、同時に自分も理解してもらおうとして話すことがポイント。



私の友人もかなりきれい好きな人なんで、「あなただったら、まず・・どう話す?」って聞いてみた。

そうだねえ・・こんなふうに言うかな、と彼女。

「シンクを汚くしておくと目に見えない病原菌がはびこるし、衛生学的にも病気ももたらすことになるんだよ。
私たち、毎日元気で仲良くいたいもんね~。

それにね、中国には風水学ってのもあってね、空気の流れを良くしてキレイに掃除しておくことがポイントなんですって。
汚くしておくと運気も落ちるって言われてるの知ってる?
私、どうしても・・そうゆうことが気になってしまうタチなんだよね。

そこでね、お互いうまくやってくための提案だけど・・あなたがすぐに洗えないならば、その食器をかごに入れて洗剤をかけて別にして置いておくってのは、どうかな? 」


なるほどね~。

「そこで、同居人の常識とか考え方や違いだってわかってくるだろうし、お互いにうまくやっていこう!と思えば、必ず解決策はあると思うよ。 

それに、お互いの文化だって理解し合えるようにもなるわけだし、それこそが外国の文化を学ぼうとしてやってきた意味があるってもんでしょ!」
と、彼女。

ごもっとも。
私も同感。


「だけど・・たぶん、あの子たち、たぶん語学学校の学生のようだし・・英語も堪能じゃないから、そこまで話せないのかもね~。」
と、私。

「それこそ、生きた勉強のチャンスだよ!
辞書を引きながらでも、ちゃんと言葉を覚えて文章を作ってからでも話そうとしなきゃ、留学した意味もないんじゃないかな。

私も中学生のはじめにこっちに来たんだけど、たしかに最初は言葉で苦労はしたけど、一生懸命伝えようとはしてきたよ。」

ますます・・ごもっとも(笑)


そうなると・・たぶん、あの女の子は一番、まずい選択をしちゃいそうだなあ。

ちゃんと意思を伝えずに怒ってアパートを出て、今度は同じ日本人の子と住むつもりらしいから。

もっとも、ロサンゼルスというところは日本人が多いので、それが簡単に出来ちゃうってところが問題かもしれない。
したがって、それですんじゃう! ちーっとも学べない!ってことになる(笑)



たしかに、日本人特有のきれい好きは美徳だ。

だけど・・それが当然!という意識で、相手に押し付けてしまったり、

また、

黙って我慢して相手の分まで洗ってしまうくせに、しかも、私ばっかりが損してる・・なーんて意識を持つとしたら、

それは、日本人のネガティブ思想でしかなくなってしまう。

我慢私ばっかりが損してる・・って意識は、ネガティブそのものだから。。。


きっと、そのままルームシェアをやめてしまえば・・


日本人女性 :「やっぱり、同じ日本人じゃないとダメね~、あの国に人ってルーズで嫌だよな~」
って意識しか残らないだろう。

彼女の同居人:「なんだか、あの子、怒って出て行ったみたいだけど・・なんかよくわからない人だなあ。日本人てああゆう人が多いんだろうか?」



なーんてことになるのかも。


残念ながら、一緒に住んだことは、お互いにマイナス意識を植え付けただけで終わってしまうことになる。
お互いの学びには、ちーーともならずに、悪い印象で終わってしまうってことになっちゃう。


しかし・・

広い目でみると、似たようなシチュエーションは、日本に住む日本人同士でも起こり得ることかもしれない。

相手に歩み寄って、理解しよう、理解してもらおう!というのは、たしかに骨が折れることなんだけど・・
それをめんどくさい!とやめてしまえば・・


結局は、黙っていてもわかってくれる人、自分と同部類の人だけを探してつき合うだけになってしまうだろう。
そりゃあ、そっちの方がラクだもんな~。


でも、それじゃあ、ちーーとも変わらないし変えられない。
何も変わらない。 自分も変わらない。


それに、


異種間交流なんて絶対ムリ!(←いきなり、異種間かよ?)


実は、私・・今朝、それも・・4時過ぎに、ネコにたたき起こされたのだ。

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これは、よそのネコちゃん。。。

うちのは、こんなかわいいもんじゃない!


この巨体で、がーんと体当たりはされるし、耳もとで叫ばれるのだ!
   ↓
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うぎゃあああ、きえええ!!(さっさと起きんかい!)と。
それは・・私が起きるまで続くのだ。。。(←ネバーギブアップの精神を持つヤツなのだ。)


そもそも、私が寝る前に、彼女(ネコ)のトイレ掃除をしなかったのが原因。

翻訳すると・・
「早く起きんかい! あんなに汚いトイレ、入れないよ!
私、おしっこしたいんだってば~!」


と叫んでるのだ。

「うーーん、ごめ~ん!
わかったよ~、今、やるからさあ・・。」


と、もぞもぞ起きだして掃除したのだ(笑)

待ってました!とばかり、彼女はトイレに直行。
しゃああああ~。(←音はいいから!)


このように・・(笑)

一緒に同居するってことは、上下関係もなければ、文化の違いさえも越えなければならないのだ。

私はネコ文化の理解に努めなきゃならないし、彼女にもヒト文化をわかって頂かなければならないってことだ。




本来、自由きままなネコさんたちに、狭いアパート暮らしで同居して頂くからには、せめて清潔なトイレを保つことは私の第一の義務なのだ。

人間の都合だけを押しつければ、それは傲慢というものになる。


で、ちゃーんと、「ごめんなさい!」と誤った。

謝ることを忘れたらいけないのだ。



「ったく~、アンタって、すーぐ忘れるんだから!ま、いいか~!」
と、ぶちぶち言いながらも許してくれたみたい(笑)

で、人の事をたたき起こしたくせに、自分は、まだ眠い@と言い残して、寝てしまったのだ。。。


やれやれ 😥

でも・・悪かったのは私だし・・と反省。


まあ、こうゆうことの繰り返しで、お互いに理解しあい、自然と歩み寄れるようになって、同居もできるようになるんだろうと思ってる。

たとえそれが、人間同士でも異種間であってさえも。


信頼関係というのも、そういった中から培われるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・

ある弁護士さんが、以前、面白いことを言っていた。

「僕は土地問題を多く扱かってたんだけどね、多くのクライアントがお互いに、ここは私の土地だ、私に権利がある!って主張するんだけどさ、ときどき、ふと、思うんだよね~。

じゃあ、カラスはどうなるんだろう? 野良猫は? と。」


なーるほどね~、とつい笑っちゃった。
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現代人は、まるで、アメリカ先住民の土地を武力でぶんどってしまった移民白人と同じなんだね~(笑)


もともとアメリカ先住民たちには、自分の土地って感覚はなかったそうだ。
当然のように、カラスのものでも野良猫のものでもあったし、すべての動物たちのものだったのだ。

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そして、自分もまた、その一部でしか過ぎないと思っていた人々だ。


その感覚さえ持っていれば・・ペットとの同居だってうまくいくだろうし、他国の人同士だってうまくいくはずなのに~、と私は思ってしまう。


何がその感覚を邪魔させてしまうんだろう?


たぶん、自分が生まれ育った環境からくる常識植え付けられた善悪思想、そこから生まれてしまう先入観固定観念

それが他者に対しての、偏見や差別まで生んでしまうことになる。
根底にあるのは・・自分と違うものを一切認めようとしない頑なな意識。


そうなると、相手を理解しようとする前に、つい、善悪意識でばっさりと一刀両断にしちゃうことになる(笑)


まさに、ステレオタイプっていわれるものだよね~。

ステレオタイプ(Stereotype)とは、判で押したように多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念やレッテル、偏見、差別などの類型・紋切型の観念である。



そして、ステレオタイプの人に限って、ステータス・クオなのだ。


かなり前のブログ記事にもアップしたけど、
    ↓
クリエイティブとステータスクオ


ステータス・クオ(Status quo)というのは、もとはラテン語のようだけど、英語でも使われていて、
おそらく、日本語でいうところの、現状維持に近い感覚かと思う。
(でも、ちょっとニュアンスは違うんだけど・・、この際、現状維持ってことで。)

そう、つまり・・ステレオタイプに限って、ちっとも自分で変えていこうとしない、現状維持にしがみついてしまう、傾向があるように思えるのだ。



日本にいたときも、またアメリカでも、こういったタイプの人がわりと多い気がする。

でも、もしも・・ステレオタイプでステータスクオばっかりだったら・・・

異人種を理解できないだけでなく、ちーーとも世の中は進歩しなくなっちゃう。


どの分野であっても、常に新しいことに挑戦したり発見してきた人たちは、みーんなそこから脱却してきた人たちだと思う。

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https://matome.naver.jp/odai/2138333659617849001



私は、偉人と呼ばれる彼らが特別だったとは思わない。
ただ、、彼らは「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却した人たちだったいうのが、大前提にあったと思うのだ。

それを一般人たちが、ヘンとか奇人・変人と呼んでるだけではないだろうか?

それなら、みんなが、それぞれの、ヘンな人になればいいだけだ!(笑)


ひょっとしたら、私たちすべてが、
「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却するために生まれてきた!」んじゃないかなって気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はもともと、子供の頃から、あまり常識概念を持たない性格だったと思うけど・・それでも、10年くらい前、ここに住んだときはびっくりしたことがあった。


ウチの隣がメキシカンの経営する美容院なんだけど・・・結構繁盛していて常に客が多いのだ。

私がちょっと車で留守をすると、彼らは当然のごとく、私の駐車スペースに車を停めてしまうしまう。

信じられない!

私は、すぐにアパートの管理会社に、ぷりぷりと怒りながら、クレームをつけた。

すると、

「はあ? そんなことですか~?
だったら、あなたもとりあえず、空いてるスペースに車を停めときゃいいことでしょ!」
と、

それでぶち切れたのだ!
なんて管理人だ!
ロサンゼルスってこんなとこだったのかよ!

と。

そもそも、私の駐車スペースだし、私が家賃払ってるわけだし、私に権利があるわけじゃないか!
いくら、私が留守だからって、勝手に停めるなんて許せん!


というのが私の主張するところだ。


しかし、落ち着いてよーく考えてみると、

たしかに法的権利から見れば、私の言ってることは間違ってないんだけど・・・
でも、それって、それほど主張すべきものなのかな?

そもそも、そんなことくらいで、なんで怒るんだ? 私って。。。

って気がしてきた。


私が帰ってきたときに、美容院に行って、「私、今戻ったんで車移動してくれませんか?」って言えば、すむだけなんじゃないのかなあ?

と。

それもせずに、いきなり管理会社にクレームする必要があったんだろうか?

と。


それで、実際にそうしてみたところ、メキシカンの人たちは、

「あ、ごめんね! 今どかすからね~」と、すぐ移動してくれたのだ。

すると今度はもっとおおらかな気持ちで見られるようになる。
彼らも気さくに声をかけてくれるようになる。


たしかにな~、ウチの周りはいつも車がいっぱいで、駐車するところがないのだ。
小さな子供を連れて車で来る人は、とっても大変だよな~。


なんだか、私も、そんな気持ちにもなってきたのだ。


それから後、

私がいないときは、いつでも車停めていいよ~、ただし戻ったときは移動してね~ってことで・・なんとなく、美容院の人とも仲良く近所付き合いができるようになった。


ただし、それによって多少なりとも家に入るまでに時間がかかってしまうのは仕方がない。


まず美容院に入って、今帰ったから!って言って、
それから、のーんびりしたメキシカンのおっちゃん・おばちゃんが、どっこらしょ!って出てきて・・車にエンジンをかけて、バックしたり切り替えしたりしながら移動するのを待つんだから。

でも、そんな時間すら、今の私は気にならなくなった。

そんな時間くらい、どーってことないじゃん!と思えるようになっている(笑)
むしろ、それが当然だろ!って気にもなってくる。


日本にいた頃の私の生活は、常にこういったものだったから・・
    ↓
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これが日常だったし、とくにビジネスが絡めば一分一秒を争うのも当たり前というのが常識だったから。

今思えば、こんなふうに当たり前に思ってきたことや、むしろ若い頃はビジネスパーソンが自慢だったことさえも、実にばかばかしいことに思えてくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実に小さなことだけど、そういったことも、私を少しづつ変えていったのだろうと思う。
それに気がつかせてくれたメキシカンの人たちには感謝だ!(笑)


人にはそれぞれの考え方もあるけど・・

今では、法律上だけで善悪を主張しようとしてた、あの当時の私の方が間違ってたように思う。
私のモノなんだから、アンタたち、メキシカン連中なんか知ったこちゃない!って意識が底辺にあったような気がするのだ。


しかも、自分の正当な権利とばかりを、がんがん主張すれば・・管理人さんだって、むしろ違法駐車の人の肩を持ちたくなるってのが人情ってもんだよなあ。


こうやって、私も少しづつだけど・・変わっていってる(進歩していってる)んだろうなあ。


いつかきっと、異人種とも、異種とも、いや、異星人とも・・理解し合えるようになればいいよな~と思ってる。


近所の野良猫たちのこんな姿をみると、なんだか・・ほっとするんだよね~。
   ↓
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そうなれば・・・きっと、みんなが新しいことをどんどん知ることが出来るようになるだろうから。
どんどん、世界も、すべてが変わると思うから。

世の中には危険がいっぱい

ウチの隣には、メキシカンのおばちゃんが経営する小さな美容院がある。
彼女は最近、車を買い替えたらしい。

「これ、私の姉からもらったのよ。 いいでしょ!」

と、彼女が同僚の女性に嬉しそうに見せびらかしていたのが車用のロザリオ。

メキシカンの人たちは、車にロザリオをぶら下げてることが多い。

こんなふうに
   ↓
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たぶん、日本だったらこうなるところだろう。
    ↓
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https://kurera.jp/happy/898


これが、カトリック信者=メキシカンだと、ロザリオに変わるだけだ(笑)

「あら、これステキじゃない?
一歩外にできれば、世の中危険だらけだからね~。」

「私は車だけじゃなく、バッグにもいつも入れてるわよ。」


そんな会話が聞こえてきた。


たしかになあ。
世の中危険だらけだよなあ。


日本人だと、やっぱりお守りを身につけてる人もいるのだろう。
いや、最近ではパワーストーンのブレスレットを身に着けてる人も多そうだ。


人間の考えることは場所が変わっても人種が変わっても同じなんだなあ、とつくづく思う。


危険といえば、どんなものがあったっけ?

いつ巻き込まれるかわからない交通事故、銃撃戦(アメリカならではかな?)、その他、火事、地震・ハリケーン・津波などの天災。

さらに個人的な出来事・・・病気、失業、家族の問題などなど。

心配しだしたら、そりゃ、もうキリがない。


さらに、危険はもっと日常的なものにさえ潜んでいる。

昨今の社会問題としても言われているもの
   ↓

●食品添加物まみれの食事や医薬品
●飲料水に含まれるフッ素
●農薬&遺伝子組み換え(モンサント)
●ワクチン問題



ところが政府が危険!と認定しない限り、多くの人々は、それが本当に危険かどうかの認識さえできないのが現状だ。


だけど・・政府といっても国によって違うんだよなあ~。

たとえば食品の例で言えば、マーガリンの中に含まれるトランス脂肪酸。
全米では危険視されて販売中止になったけど日本ではいまだにOKだそうだ。


なんで同じ物質がA国では危険とされてB国では大丈夫なんだか?

日本で禁止にならなかった理由は、日本人の摂取量が1日平均1グラム以下だったとかで、WHOのガイドラインを下回っているので、「日本の通常の食生活では健康への影響は小さい」と判断された経緯があるとか。

今のところ、日本では病気になってる人が少ないからOKってのもヘンな話だし・・アメリカだって今まではOKとされてたくせに、病気になった人が増えてクレームが増えたから禁止になったってのもヘンな話。

WHOのガイドラインでデータを取ることが判断基準というのもヘンな話。

さらに、マスコミで「トランス脂肪酸は万病のもと」なんて記事が出ると、禁止されてない日本でも、あっと言うまに売り上げが落ちるってのもヘンな話。




つまり、我々の日常には危険なものがいっぱいあるわけで、それを知らず知らず摂取させられてるってことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少し前のニュース、5月9日の記事にこんなのがあった。

米ワシントン州の核施設群「ハンフォード・サイト」で、5月9日に、トンネル天井の陥没が確認された。
汚染物質保管場所で大規模な崩落が発生して、一時避難の非常事態とされたが詳細はよくわからないまま。



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CBS Newsの記事
http://www.cbsnews.com/news/emergency-reported-hanford-nuclear-site-washington/


ところが、同時に日本のニュースで見ると、「放射性漏れなし」と断言されていて・・
       ↓

核施設でトンネル崩落=放射能漏れなし-米西部

米西部の核施設でトンネル崩壊、放射性物質漏えい確認されず



え? 詳細はまだよくわからないんじゃないの?
と思ったものだ。

そもそも、アメリカよりも日本で先に安全宣言?されてるってのも、なんだか妙なものだ。(いや、別に安全宣言ってわけでもないのか?)


その後、アメリカ時間5月10日の記事(日本時間だと11日になる)で、ようやく放射漏れはないとリポートされたという記事があがっていた。
    ↓
http://www.cnn.com/2017/05/09/us/hanford-nuclear-site-tunnels-contamination/


ニュース報道というのは報道され方によって、ずいぶんニュアンスが違うものなんだなあ・・とつくづく思う。

ある日本語記事の中身を読むと、「けが人や放射能漏れの報告はないという。」と書かれている。
それはつまり・・放射漏れが無かったと断言したわけではなく、ただ報告はない・・という意味だけど、タイトルには「放射能漏れなし」と入れた、ということか~。


だけど、「詳細は解明中」とするのと、日本のタイトルのように、「放射漏れなし(報告はあがっていないって意味で・・)」という書き方では、読者の受け取り方のニュアンスは違ってくることだろう。


ハンフォード・サイトとは、

日本に投下された原爆でも知られてる、マンハッタン計画において、プルトニウムの精製が行われた場所でもあり、その後の冷戦期間にも精製作業は続けられていた場所なのだ。
現在は稼働していないが、米国で最大級の核廃棄物問題を抱えており除染作業が続けられている。

とWikiにもある。




ところが、トンネルは冷戦時代に作られたもので、放射性物質で汚染された機器を保管するために作られたものだそうだが、当局によると1990年代半ば以降封印されているという。

さらに、90年代から除染が進められているけど遅々として処分計画が進まない。

順調に進んだとしても2018年までに10%しか処理されいだろうという話だ。

え? じゃあ、その間・・核汚染物質はどーなってるわけ??


おまけに・・
核廃棄物の保管施設はここに限ったものじゃないのだが、とにかく、ここは最大規模の量なので、もしも、爆発でも起こしてしまえば、アメリカはもとより、死の灰は他国へも大きく影響するだろうといわれてるような場所でもある。



実は・・こんな話、今に始まったことだけじゃないようで、以前から何度も色々と噂がある。

こちらは今年の1月6日の記事だが、ハンフォードで汚染が拡大し労働者が病気になっているというような記事
    ↓
Radioactive contamination spreading in shuttered Hanford Site nuclear plant

そこで政府はイメージアップを図ったのか、去年から、ハンフォードサイトでの見学ツアーなんてのがあるのにはびっくりだ。
なんと、日本語サイトまであった(笑)

世界が注目!新旧の最先端技術が学べる、ハンフォードの無料ツアー

しかも・・無料ツアー!!
何が目的なんだよ? 無料ってのは・・(←つい深読みしてしまう私)


ここの近くにはコロンビア川があるしインディアン居留地もある。
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コロンビアリバーというのは、カナディアンロッキーを源に北から南の砂漠地帯まで流れる大きな川。


ハンフォードサイトが及ぼすコロンビア川の魚類への影響と先住民たちへの健康被害の問題など以前から問題視されているのだ。


核汚染物質は地中深く埋めるか海に流れるかしかないのか?(笑)笑ってる場合じゃないんだけど・・もう笑うしかないような心境になってしまう。

地下に埋めるといっても、地下数百メートルから1000メートルの深さにして特殊容器に入れてということになるだろうし・・資金も労力も追いつかないだろう。

いまだ、多量の廃棄物がまだそのまま残ってるってことは・・当然汚染物質が地下水へ到達するのも明らかだろうし、コロンビア川にだって流出してしまってることだろう。


気の毒なのは、インディアンリザベーションの人々だ。
過去にも・・彼らは核の危険性を知らされず労働に駆り出され多くの被害をこうむった事実だってあったわけだし。。。

もちろん核廃棄物の問題だけではなく、核実験にまつわる悲惨な話も山ほどある。
ビキニ環礁の水爆実験なんて実に有名な話で、あれから60年以上たっても、いまだに汚染されたままだし、もちろん、30年前のチェルノブイリだって、いまだに立ち入り禁止状態だ。

常にマイノリティーの命は無視され、いや、むしろ実験材料にされてるような気もしてしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと待てよ~。

マイノリティーだけともいいきれない。

そういえば・・「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本を思い出した。

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この本によると・・

アメリカは、1951年~1953年の間にネバダ砂漠で80回以上の核実験をしていたそうだ。
その結果、ユタ州やアリゾナ州、ネバダ州など、ラスベガスの近くで大量の死の灰を降らせることになったという。


ジョン・ウェイン主演の映画「征服者」の撮影はネバダ核実験場の100マイル風下で行われたようで・・

1954年の「征服者」のロケでは、その死の灰がある砂漠に行っていた俳優やエキストラ、スタッフらは総勢1200人、
主演はジョン・ウェイン、スーザン・ヘイワード。
3か月も砂漠の中で粉塵を浴びつつ撮影することになってしまったそうだ。


ジョン・ウェインはロケ現場にガイガー・カウンターを持ち込んでいたそうだが、ガイガー・カウンターが激しく作動したのを見て、
「ここには鉱脈があるみたいだな。」と言った話が残っている。

あ~、1950年代当時の放射線の一般認識なんてそんなものだったのだろう。


その結果、有名な俳優たちは、その後10年~20年の間にガンや白血病を患ってずいぶん亡くなってしまった。
もちろん、エキストラの死亡も多く、それまではガンの死亡を見たことのないような葬儀社が、ほとんどの死亡者がガンで亡くなっていることに驚くほどだったという。

ゲイリー・クーパー、ジョン・ウェイン、スティーブ・マックイーン、ロック・ハドソン、ロバート・テイラー、
ジョン・フォード、スーザン・ヘイワード、ユル・ブリンナー


みーんな私が子供の頃にみた映画の有名俳優さんたちばかりだ・・・。

当時は西部劇が流行していた時代だったからね~。


当局は、風向きを配慮して核実験の死の灰を、ハリウッドやラスベガスには向けないようにしていたらしいが・・

まさか、映画の撮影クルーたちが来るとは思ってもいなかったんだろうが、そうなっちゃえばもう構ってられなかったってことか・・。

この本の内容が事実かどうかの証明はできるはずもないんだけど・・それでも可能性としては非常に高いような気がする。
そもそも、すぐに発病するわけでもないわけだし、因果関係を証明するのは大変なことには違いない。

しかし・・・当局は大都市の人々にはいちおう気を使ったけど、砂漠地域に住むマイノリティーはどーでもよかった!って無視されてたのは事実なんだろうなあ。


まったく、アメリカって国は!と、つい思ってしまうけど、

しかし、こんなことは・・核保有国すべてにいえる話だろう。

被爆というのはセンシティブな問題だけに、事が起こったところで国家が人命第一に対応なんてしてくれないのが常。

チェルノブイリだってそうだったわけだしね~。

もちろん、福島の問題だって。



さらに問題なのは・・・当事者の人命問題だけでなく、どんどん地球が汚染されていくってことかもしれない。


放射能物質の汚染が消えるまではとんでもない時間がかかるわけだし・・種類にもよるけどウランやトリウムなどは数十億年や数百億年かけて放射能が半分になるのだとか。

なのに、

あっちこっちで核兵器も原発も扱っているわけで、しかも、いまだにどこの国でも完全に廃棄物を処理することもできないって、どーんなんよ?

なのに、それを使ってる人間ってどーなんよ?


・・・・・・・・・・・・・・・

放射能汚染は一番の脅威だろうが・・汚染物質なんてまだまだある。


一番身近なところではプラスティックかもしれない。
私たちの生活にはプラスチック製品ばかりだから。

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たしかに軽くて便利、おまけに安価。
化粧品にだって、プラスチックマイクロビーズを使う時代なんだから・・プラスチックでないものを探す方が大変だろう。


それがぜーんぶゴミとなって海に流れていく。

いつしか海の中でところどころで集まり、こんなになってたり・・

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または、こーんなところだってある。(捨てられたタイヤの山か!)
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そうなると・・
プラスチックを間違えて食べてしまう海鳥やウミガメ、魚たち。
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いや、彼らが食べなかったとしても彼らのエサであるプランクトンが食べてしまうらしいのだ。

プラスチックはどんなに粉々になって、マイクロ・プラスチックになってさえも有毒な存在となって残るわけで、
   ↓
海に漂う“見えないゴミ” ~マイクロプラスチックの脅威~


それをプランクトンが食べ、魚が食べ、そして人が食べるという食物連鎖。
そして、もともとは人が作りだし捨てたもの。



そんなことを考えると安全に食べられる魚なんていないかもしれないし、安全な肉だってない。(成長促進剤とワクチンで育ったのがほとんどだから。)


安全な大地もなければ海も川も危険だらけだ(笑)


私の住んでいる州では、去年からお買い物で使うプラスチックバック(ビニール袋のこと)が廃止になったけど・・だからと言って、ここまできちゃった地球規模の汚染が改善されるとは到底思えない。

だって、

プラスチック製品を使い続けることも、核使用も、成長ワクチン使用も・・たぶん害があるんだろうなあ? いいことじゃないんだろうな?と、うすうす感じてる人たちも今ではいっぱいいるだろうが・・

それでも、やめられないのが現状なんだから(笑)


無理に禁じてしまえば、経済破綻を引き起こす・・それが一番の理由
絶対、曲げられない理由。


経済破綻を引き起こす方が怖い!と思ってる人たちの方が、たぶん圧倒的に多いってことだ。


今、すぐに死ぬわけじゃないから、ま、とりあえず、いいか~
そんな心境で突っ走るしかないんだろうか?


そのくせ、危機管理と称して軍事費だけは、すごいことになっている。
    ↓
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もっともこれは、国民の数やGDPを考慮に入れたグラフではないけど金額にしてこれだけのものが使われているということだけでも、どれほどすごいものか想像がつく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

我々は今こういった現状で生きてるわけで、

そうなると身を守るものは、やっぱり・・ロザリオだったりお札やパワーストーンになるのも無理もないのかもなあ(笑)


近所のメキシカンのおばちゃんたちの世間話ですら、

「そりゃあ、偽旗ニュースぽいわよねえ。」なんて会話が飛び出す。


偽旗作戦 偽旗作戦(にせはたさくせん、false flag)とは、あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦である。
平たく言えば、敵になりすまして行動し、結果の責任を相手側になすりつける行為である。 ... 偽旗工作・偽旗軍事行動とも呼ばれる。




さてさて、
何を信じて生きるかは自分次第ということか?

さすがに、移民としてアメリカで生きてるメキシカンたち。
彼らは、政府や自治体といったものには、ほとんど依存心を持たないようにみえる。

「高い保険に入るよりロザリオの方がよっぽどいいわよ。保険なんてどうせ、金をふんだくられるように仕組まれてるんだからね。」

そして、ロザリオは、ガーディアンエンジェルの声を聴くツールのようなものだという。

なーるほどねえ~♪

「病と体と心」そしてガーディアンエンジェル

友人が風邪&帯状疱疹になってしまい、数日会社を休んでたそうだ。
「ゆっくり休んだせいか、今はすっかり元気になったよ!」と明るい声で言っていた。

うん、そりゃあ・・よかった~。


残業続きの生活をしている人は体を壊しやすくなる。
また、こういった人たちは、ほとんどはマネージャークラス以上で多くを任され責任の重い立場の人たちが多いのだろう。

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ある日、私の会社で働いていた上司に言ったことがある。
彼女もまた、毎日どんでもない時間まで残業し、原因不明の病気で医者通いを続けてる人だった。



「基本的に1日24時間を3つに分け8時間づつ使うことが一番、心身が健康でいられる方法なんだってよ!
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合にね。」



と、言ったところ・・・

「あははは・・・。そんなこと実際に出来るわけないじゃない!」

と、一笑に付されてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ずーーと昔、私が若かったころ、
体を壊すほどガンガン働く!ってことが、ちょっぴりカッコいい!と思ってたことがある。

私の頭の中では、こうゆう図式があった。
              ↓
体を無理させてまで仕事をしようとする=頑張り屋=カッコいい!

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しかし・・今ははっきり思う。

それってただのバカじゃん!
言葉が悪くてすみません。。。


もちろん、「1日24時間を3つに分けて、睡眠に8時間、仕事に8時間、自分の好きなことや趣味に8時間」というのは、一般的な目安でしかない。


人は個々によって違うわけだし、睡眠時間ひとつとっても、短めの方が体調がいい人もいるし10時間寝ないとダメって人もいる。 労働内容も個々に違うわけだし、とうぜん一概には言えないのだ。


中には毎日10時間以上働いたとしても、健康で元気もりもり!って人だっているだろう。
それならば、なーんの間違いない。 その人は正しい選択をしてるってことだ。

だからといって、自分が10時間働いて健康だったとしても・・それを他人に押し付けてしまったとしたら、そりゃまた大バカ野郎だ!(←言葉悪すぎだ~!)


そんなわけで何事も一概にはいえないものだ。

ところが、体調を壊す=病気になる・・・・ということは、必ず何かが間違っているからだと思う。


そして一番悪いことは・・それに気づかないこと!


と、私は思うようになった。


体調不良=病気、というものは、車の警告灯が点灯したような状態だと思うのだ。

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最近の車は、どこかに問題があると・・チェックランプが点灯するようになっていてとってもわかりやすくなってる。
体調不良=病気も、まさにそれと同じで、とっても便利でありがたいものだと思うのだ。


きょうは朝から頭痛がする。

あ、きのうの寝不足のせいだ! きょうは早く寝よう。

または、

あ、こりゃあ風邪気味だな。。。温かくして消化に良いものを食べて早く寝よう。



ま、これで、ほとんどは改善できるものだ。


自分を知ること
まずは、自分の体を知ること、自分の感覚を知ること


それだけで、ほとんどの場合は治ってしまうものだ。



ところが、最近・・自分を知ることが出来なくなっちゃってる人が多いように思うのだ。

警告ランプが点滅してるのに、それさえ気がつかないような人たち。
寒いか暑いかさえも、わからなくなっちゃってる人たち。


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その根底には、昔の私のように・・

「自分の体のことなんかに構ってられっか! 無理して仕事する方がカッコいい生き方だ!」 みたいな思い込みがあるからだろうか?

それとも辛さを我慢することが美徳と思ってるのか?




そして、こういったタイプの方々に限って、辛い症状や病が、有難い警告ランプだとは思わないらしい。

ただ、症状を消すことのみに専念してしまう。


辛い症状=病気=悪いヤツ
少しでも早く治してやるぞ!
やっつけてやるぞ!





少し前に聞いた話だけど・・

風邪にはシロップタイプの小児用ジキニンの一気飲みが早く効く」という話があるらしく、昨今では大の大人が、小児用ジキニンの買い占めをする人が多いんだとか。


アメリカの子供の風邪のために使われる、ホーム・レメディ
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ほんとかよ?と思って、成分を調べてみたけど・・1本分の成分量が大人用風邪薬の1回分相当になっているだけだった。

形状がドリンクタイプだし、水薬の方が即効性があるような気がした人たちが言い出してたのが流行ってしまったんだろうか?


まあ、それだけ・・人というのは噂に弱いってことだし、風評だけでそんな気になっちゃう人が多いってことかもしれない。


もっともプラシーボ効果というのもあるくらいだから、
本人が早く治るというなら、それはそれでいいのかも~(笑)


だけどなあ・・・大人用の風邪薬よりも高額なわけだし・・そんな風評を喜んでくれるのは製薬会社だけだと思うけどなあ~。



多くの人たちは、辛い症状が消えさえすればそれで解決なんだろうか?

症状がなくなる=病気が治る


と思い込む傾向があるのかもしれない。


しかし結局のところ、

自分の体の声に耳を傾けない。
なぜ・・自分が風邪をひいたのか?
どんな生活が悪かったのか?


を無視してしまえば、きっと何度でも同じことを繰り返すことだろう。
結果的には、どんどん下降線をたどることにもなる。


以前、風邪や高血圧といった症状についてのブログをいくつかアップしたことがあった。
    ↓
病気になる(これは私の個人的な日記)

高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ

幽霊にも病気にも強くある方法


いずれも「薬は症状を軽くしたり無くすだけであって根本的な治癒をするのは自己免疫力。薬は無理やり症状を抑えるため、必ずそれによる弊害(副作用)を伴う」ということを書いたはずだ。


すると勘違いする方もいて・・すぐに、こっちの方向に行っちゃう人がいる。。。
    ↓

薬は悪い!
薬を飲んではいけない!
医者にかかってはいけない!
西洋医学は悪い、やっぱり漢方の方がいい!
オーガニックを食べよう!



さっきも言ったように・・


人はそれぞれ違う。
身長体重年齢だって違うように、生活習慣も性癖も体質も好みも仕事内容も、そのときの状況も何もかも。

だからこそ、自分自身で自分を知ることから始めなきゃならない、と思うのだ。


相手のことも知らずに・・どうすべきか!なんてことは言えるはずもない。


また一人の人間でさえ、
時には西洋医学の手術や抗生物質が必要なことだってあるし、また時にはまったく不要なことだってあるはずだろう。


一般的データや数値、ガイドラインに従うことだけで、本当の治療は出来ないと思うのだ。



たとえば、これは降圧剤の話だけど・・

かつては降圧剤は「年齡+90」ないし、160が最高血圧の上限だった。
ところが、140未満までとガイドラインが下がった
そしてさらにアメリカの最新研究が、最高血圧120以下を提唱しだしたそうだ。
      ↓
高血圧治療ガイドライン 120未満に引き下げで「患者」増加

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以前は血圧160以上の人だけが降圧剤を飲んでいたのに、最近では140以上の人も飲み続けることになったわけで、さらに今度は120以上の人に処方することになるんだろう。


そこで多くの患者さんが質問するそうだ。


「先生、今まで血圧140まではいいといっていたのに、新聞では120未満って書いてありました。 どっちなんでしょう?」と。

もう、悲しくなっちゃうほどの・・実に愚問!(笑)


どうして自分で感じようとしないの?
どうして、すべて医者まかせなの?



ショックを受けたりドキドキすれば血圧が上がるのは当然だし、年齢、身長・体重が異なれば血圧だって違って当然。
血圧は体質や精神状態によっても違うのだ。

そもそも・・すべての人を対象に一様にガイドラインの基準値140と決めること自体がヘン?って気がする。。。


これじゃあ、本当は病気じゃないのに、ますます病人を大量生産することに繋がらないかい?
しかも意図的に!
それを・・120にすれば、もっと病人は増え、もっと製薬会社が潤うことになるだろうけどなあ。

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不景気な時代と言われる中で、製薬会社の伸び率がどんなものだかご存じだろうか?

こちらは2015年決算のものだけど、毎年伸び率があるのだ。
売上高トップは武田薬品工業で1兆8074億円。

すでに一兆円の大台に乗っている。

【最新版】国内製薬会社2015年度決算ランキング―塩野義や小野が躍進、海外売上高比率はアステラスがトップ


こちらは世界を対象にしたものだが・・。
   ↓
【2016年 製薬会社 世界ランキング】ファイザーが首位奪還、ロシュが2位に ノバルティスは3位に後退


とくに日本の市場では降圧剤は実によく売れるらしい。
しかも10年以上、死ぬまで飲み続けてくれる人が多いわけだから・・・

血圧が高い → 降圧剤を何年も続ける
→ 認知症の疑い → 認知症の薬を処方される
→ 認知症の薬の副作用が出る → 認知症の副作用を抑える薬を始める

これは、血圧降下剤で病気になる!のブログ記事からの引用だが、まさに、この路線を歩んで最後には脳梗塞を引き起こし亡くなった方を私も個人的に知っているのだ。



同時に、これじゃあ・・製薬会社だけはどんどん大きくなるしくみが出来上がってるよなあ!!と感心?してしてしまったものだ。

もちろん、ここで製薬会社を悪く言うつもりはない。


だって、それを選択するのはやっぱり個人なのだから。
医者の提案に従うのも個人なのだから。



ただ・・自分で考えて決めてほしい!と思うだけだ。

言い換えれば・・自分を知ること、まずは、知ろうとすることだ。

決して一般論やガイドラインに惑わされないこと(自分自身のガイドラインを作ることだ。)




たとえば・・最初に私が言ったように、

「基本的に1日24時間を3つに分けて8時間づつ使うことが一番心身が健康でいられるそうだよ。
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合に。」


これを言うと、中にはすっごく感心してくれる人がいて・・きっちり8時間づつを実行し続けようとする人がいる。


おいおい!


それこそ、私はただの一般的ガイドラインを言っただけだ!
割り振りは自分で考えて決めるべきなのだ・・・。


あ~、もう・・・だからうっかりしたことは言えないな~、と思うときがある。



それを試しにやってみるだけならばいんだけど、最初から「きっちり8時間にしなけりゃいけない!」って思い込みで続けたとしたら・・

それはただの依存心だ。
自分で考えることを放棄してしまってるということだ。



あ˝~なるほど~、だからこそ、

医者まかせ。 薬まかせ。 子供用風邪薬信奉者までもが、増えるわけかも・・・。



もちろん、こういったことは風邪や高血圧だけじゃない。
がん治療にしても、たとえどんな厄介な病気にしても・・

まずは自分で知ること、そして、どうゆう治療法をするかを自分で決めることだ。




「知ること」と言うと、また誤解があるといけないんで・・ちょっと補足することにしよう。

「知ること」とは・・病気の原因や仕組み、薬の成分などを調べて勉強するってことじゃないのだ。
あ、もちろん、それも良いことには違いないんだけど・・


それより先に、自分の体はどうすれば喜こぶのか感じることだ。

たとえば・・

1日15分のウォーキングがいいカンジ。
7時間睡眠がいいカンジ。
私は6時間だ、
ショウガを食べたら、体があったまって気分が良くなった。
1日、このくらいの水を飲むといいカンジがする。
日光浴すると気分が良くなった。
毎日少しづつカラードグリーンを食べると調子がいい。

などなど。

こういったことを・・全部、自分で探すことだ。

もちろん、最初は他人の話を参考にして試してみることも良いだろう。


ところが、もしも・・それが苦痛だったり、ちっとも楽しくなかったりしたらやめた方がいい気がする。
たぶん、それは自分にとっては違うのだ。


毎日ちっとも楽しくない体操を15分続ける。
体のためだから、自分に鞭打ってまで続けなきゃならない・・
と思ったとしたら、すでにここでアウトだ!と、私は思う(笑)


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たぶん・・体操をしながらつまらない、つらい!なんて感じるとしたら、体操をする前に食生活を変えるとか睡眠時間や睡眠の状況を改善するとか・・おそらく優先してやるべきことが他にあるような気がする。


心が楽しいと思わないことを無理やり続けたところで体のためになるとは思えないし、それは逆効果な気がしてしまう。


まず、そこから知ることだろう。


本当に自分にとって良いことは、

体が心が、気持ちよく感じることじゃないだろうか?

それこそが正解であり、自分自身の健康法だではないだろうか?




それには、

自分の感覚を研ぎ澄ませて自分で探すことだ。
そしてもしも、病になったら、今まで何が悪かったのかも探し出すことだ。



体を大事に出来ない人は心も大事にできない。
そして自分を痛めつける人は、結局他人を痛めつける結果を招く。


それは、自分をちゃんと愛することができない人は人を愛することもできない・・って理屈と同じじゃないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・

話をちょっと戻して・・

病院通いをしながら、毎日残業し続けていた上司の話。


彼女はもともとすごく頑張り屋で好奇心も強く成績優秀で、何事にも偏見というものを持たないってタイプで私は個人的に好きな人だった。


なので、なんとか生活改善してほしいと思っていたし、かなり心配もしていたのだ。(←だけど聞く耳すら持たないんだよね~)

ところが、彼女は仕事の虫、ワークホーリックの典型@

家に帰ってまで、仕事の事が頭から離れず、ベッドに入ってさえも、急に仕事を思い出して眠れなくなってしまうことが多かったそうだ。


このまま行くと彼女は完全に大きな病気になるだろう・・。

しかし聞く耳を持たない者には何も通じない。



そのうち、

ご主人が急病で倒れた(運よく2-3日の入院で復帰したそうだ)、
次に、家の隣が火事になって自分の家も燃えそうになった。(大事には至らなかったが・・)、
さらに、飼い猫が急病で死にそうになったり(これも運よく1週間ほどで治癒)、
最後に、通勤途中で車が事故(これも大事には至らなかった。)



これが立て続けに起こりだしたのだ。

ああ、こりゃもう! 完全にお知らせ現象だよな・・・と私は思った。



そもそも、原因不明の体調不良で病院通いをしだしたあたりで気づかなきゃならなかったのだ。
それこそまさに、車の警告ランプみたいなものだったんだから・・・。


さすがに、彼女もわかったことだろう・・と思ったのだが、


ところが、彼女は、大バカもの!!(ものすごく優秀な人でNASAで働いていたような人なのに・・)

まだ気がつかないのだ。


大事に至らなくてよかった~、で終わってしまい・・・
仕事人間を、ちーーとも改めようとしない!



ある日のことだ。


急にご主人の家の問題が起こって、ボストンに引っ越さなければならなくなってしまったのだ。

さすがにワークホーリックの彼女も、愛するご主人と離れ離れに暮らそうとは思わなかったらしく、会社を辞めて二人で引っ越すことを決めた。



そのとき、私は思ったのだ。

彼女は何かに強く守られてる人なんじゃないかな?  と。


だって、

原因不明の病気で長く通院することから始まって、ご主人が倒れたり、飼い猫の病気、火事、車の事故と続いてるくせに、どれも大事にはなってないのだ!


しかも、ついに・・・引っ越さなきゃならないことになって、ようやく会社を退社できたんだから。


こーんな大バカ女を、何かの大きな力が守ってるとしか思えないだろう。。。



そういえば・・ずっと前に彼女が話していたことを思い出した。

「私ね、スピリチュアルなこととか信じる方じゃないし興味もないのよ。
だけど、私の母が大きなトルコ石の原石をどっからか手に入れてね、お守り代わりにベッドサイドにおいておきなさい!って。
なんだか、それだけは・・言いつけどおりにサイドテーブルに置いて毎日眺めてるのよ。」



ひょっとしたら、それかな?(笑)


娘を思う強い母心。
お母様は何かの信心があるのか? それとも徳を積んでるような人なのか・・。

そんなことまでは私にはわからないが、おそらく、彼女は何かの力で非常に強く守られた人なのだろう。


しかしなあ・・・

彼女、超・バカ過ぎ~(笑)

どんなに成績優秀で仕事もできる人で現実社会ではエリートだけど・・
現実社会と精神社会では、つくづく違うってことを思い知らされる(笑)



きっと彼女のガーディアン・エンジェルさんは、かなり呆れ果てたことだろうなあ。

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うーーん、こんな幼子だったら・・気が付かないのもかわいいんだけどな~。



「おい!ここまでやってるのに・・まだ気がつかないんかい!」
「なんでそんなに鈍感!なんだ~!  いい加減、きがつけよ!!」 
と。(笑)


でも、結果的に本当によかったな~、と私は思っている。

ルドルフ・ヴァレンチノと天然石の話

呪われた宝石、ホープダイヤモンドは有名だけど、アメリカに、呪われた指輪があることをご存じだろうか?


きょうはそれを紹介してみようと思う。

それは、ルドルフ・ヴァレンチノの指輪

誰、それ?

という方も多いかもしれない(笑)

 この人
  ↓
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Rudolph Valentino、本名:Rodolfo Alfonso Raffaello Piero Filiberto Guglielmi di Valentina d'Antoguolla)フルネームはやたら長い。
(1895年5月6日 - 1926年8月23日)
サイレント映画時代のハリウッドで一世を風靡した俳優

ホモセクシュアルだったという噂もある人だ。


イタリア出身で父はイタリア人で母はフランス人だったそうだ。
若くして父を失い希望する軍隊にも入れなかったことから、フランスに渡りダンサーをしていた時期がある。
1913年、18歳のときにアメリカ、ニューヨークに渡り、主にタクシーダンサーをしながら生計を立てていた。

移民はみんな苦労した時代だったのだ。

タクシーダンサーというのは、まあ、日本風にいえば水商売(笑)
ダンスホールで、ダンスのお相手をするお仕事だが、チケット制で時間が決められていて、客はそのチケットを買わなければならないというシステムになっていたそうだ。

チケットさえ買えば、誰でも何度でもダンスのお相手をしてもらえるので、まるでタクシーみたい!ということで、タクシーダンサーを呼ばれたとか。



当然ながら、男も女も美形でダンス上手であることが条件だったことだろう。
彼もまた、アルゼンチンタンゴの名手とまで呼ばれてたそうだ。


ところが、ある事件をきっかけに彼は、1917年、西海岸のハリウッドに移ることになる。

ルドルフのダンス・パートナーと不倫関係にあった男性がその妻に撃たれるというような事件だったみたいで・・・まあ、夜の世界にはありがちな事件かも。


当時のハリウッドといえば新しい街、そしてサイレント映画まっさかり。

彼もまた、ダンスの腕を買われてサイレント映画に出演することになり・・

そのうち、脚本家や有名女優に引き立てられて出世街道を歩むことになる。
そして、あっと言うまに多くの女性ファンを掴んでしまう。

超・ビッグなスターになってしまった。


当時のアメリカ女性は、エキゾチックな雰囲気がある美形男性にメロメロ傾向だったみたいだ。
(今でもその傾向はあるみたい・・ただし東洋人は問題外、早川雪舟さんだけは例外だったけど。)

イタリア人とフランス人のラテンの血を受け継ぎ、黒い髪に切れ長の目、ミステリアスな雰囲気、しかもアルゼンチンタンゴの名手とくれば・・

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そりゃ~、ご婦人方はたまりませんね~。

役どころも、アラブの族長(シーク)、スペインの闘牛士、ロシア貴族などといった、エキゾチシズム満載のものが多かったようだ。


もっともこの時代の主流の映画は、前回のブログにも書いたようにメロドラマ系が多い。


こんなアラブ人いるわけないだろうに~と思ってしまうのだが・・・ストーリ設定によると、
実は砂漠で拾われたスコットランドの伯爵の血を引く人物だったのだ!ってことになってる(笑)


当時の白人優位主義が見え見え。

まあ、そうゆう時代だったわけだからね~。


1920年、ビッグなスターになった彼が、ある日、サンフランシスコのジュエリー・ショップに立ち寄る。
(正確には・・ジュエリーショップ、質屋、骨董屋だったか、さまざまに書かれているのでよくわからないのだが・・。)

そこで、彼は、ある指輪に目が釘ぎづけになってしまった。

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(実際にこの指輪だったかどうかも不明なのだが・・)

どうしても欲しい!

ところが、店主が言う。

「あの・・実は、これは呪われた指輪というジンクスがあるのですが、よろしいでしょうか?」

なかなか親切な店主だ(笑)


でも、気に入っちゃったし、もう手放せない!!

当然ながら、彼は即購入。

1922年、The Young Rajah(ヤングラジャー)という映画は大コケ。
その後彼は2年間、映画から遠ざかることになる。


今までこんなことはなかったのに~。
ひょっとしたら・・あの指輪のジンクスのせいか?


そう思った彼は、しばらく指輪をはずしていたという。


ところが、

The Son of the Sheik(日本名:熱砂の舞)という映画の中で、彼はこの指輪を小道具として使いたいと提案したそうだ。
(画像を検索してみたけど・・どのシーンで使われたのか? どの指輪だったか不明)


1926年に、その映画のプレミアのとき、彼はその指輪をつけて出席。

そして・・ニューヨークのホテル・アンバサダーにて、彼は突然倒れてしまったのだ。

最初は虫垂炎と診断され大事に至るものではなかったらしいが、潰瘍? がん性腹膜炎? 
(よくはわからない・・。)
とにかく感染症を引き起こし、結果的に他界してしまった。


1926年、8月23日 31歳だった。


彼の死を知ったファンは、ものすごいことになった。

彼の葬儀会場の外には10万人が集まり、二人の女性ファンは病院前で自殺を図るし、ロンドンやパリでも後追い自殺者があったという。

ニューヨークで死去した彼はハリウッドに移送され、今なお、ハリウッド・フォーエバー墓地で眠っている。

彼の死後、毎年命日になると、黒いドレスに身を包んだ美女が1本の赤いバラを持ってセメタリーに現れたという。
実は、これは話題性を狙ったパフォーマンスだったと言われてるけど、その後も、それをマネた女性が毎年現れたそうだ。

いやはや、これほどの人気人物だったってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、呪いの指輪の話はここからだ。


まず、その指輪の行方を追ってみると、

最初に彼の遺品の指輪を受け継いだのは、彼の当時の恋人だったポーラ・ネグリ(Pola Nergi)

この人も有名な女優さんだ。
    ↓
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指輪を受け継いだあと、急に重病に陥ったという。
しかし、彼女は運よく生還し、それを後の恋人、ラス・コロンボ(Russ Colombo)に譲ったのだ。

シンガーで俳優、しかもバレンチノによく似ているといわれた人
   ↓
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ところが、その数日後、彼は友人の一人の撃ち殺されてしまう。
なんともミステリアスな事件で、故意に起こした殺人ではなく不幸な事故だっとか?
(真相は不明)

次に指輪は、コロンボのベストフレンドだった、ジョー・カシーノ(Joe Casino)に譲られた。

彼はジンクスを気にしたせいか指輪を絶対に触ろうとせずに、ガラスケースに入れて保管していたそうだが・・
最終的には、バレンチノ博物館に譲ろうとして触れたところ、その1週間以内にトラックにはねられて死亡。


やれやれ、なんとまあ不幸な人だ!

次は、

Casinoの兄弟、デル(Del)
彼は、ジンクスなんて全~然気にしないタイプで、実際リングをつけていたし、またバレンチノのコレクターに貸したりもしていたそうだ。

「やっぱりなあ・・呪いはただの気味の悪い偶然が重なっただけだったのだろう」・・・と人々が思うようになった頃のことだった。

デルの家に泥棒が入った。
ジェームズ・ウィリス(James Willis)という男が、まさに、その指輪を盗んでいるとき、警官が飛び込んできて威嚇射撃をした。

しかし、なんとも運悪くその弾丸が彼に命中、射殺されてしまった。


指輪はその後、さまざまな人の手に渡った。


そして、その後のこと
ルドルフ・ヴァレンチノの伝記映画が作られることになった。

彼とよく似た、元スケート選手だったという、ジャック・ダン(Jack Dunn)が主演を獲得するためにスクリーンテストに向かった。
そのとき、彼はヴァレンチノの服を着こんで、例の指輪もつけて臨んだのだが・・その10日後、急に病死。

実に珍しい病気で、ツラレミア(tularemia)という血液疾患だそうだ。
日本語で調べたところ、野兎病(やとびょう)と言うらしい。
   ↓
野兎病

ジャックは、ハンティングが趣味だったようで何度も、野兎を素手で触っていたので感染したのではないか、といわれている。
まだ、21歳の若さだった。


その後、指輪は ロサンゼルス銀行の貸金庫(Los Angeles bank vault)に保管された。
(これは、現在のBank of Americaのことだろうか?)


その1年後、銀行に強盗が入り約20万ドルを盗んで逃走したのだが、強盗団は警察の捜査網にかかってあっけなく逮捕。
終身刑を宣告された強盗が、「もしも、あの金庫に金以外に何が入っていたか知っていたら、他の銀行を襲っただろう。」
と言い残したという話がある。


さて、そこの貸金庫は、2回襲われ、火事が1回、キャッシャーのストライキが1回あったそうだが、今でも、あの指輪は保管されているのだろうか?

それとも、別のどこかに?

・・・・・・・・・・・・・・

以上が指輪にまつわる話なのだが、むろんこれだけじゃない。

ルドルフ・ヴァレンチノの幽霊が出現する話も多く残されていて、

多くの南カリフォルニアのホテル
the Musso and Frank Grillのトイレだとか・・・
DeLongpre Parkの怪事件だとか・・・

もっとも、ロサンゼルスの古いホテルやビバリーヒルズあたりではさまざまな幽霊証言が多く存在する。
マリリン・モンローの幽霊がよく出現するホテルというのもあるし~。
珍しい話ではないのだ。



当然ながら、彼の豪邸Falcon Lairでは、風もないのにドアが開くとか足音を聞いたり・・人影を見たりするのが頻繁に起こったそうだ。

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ところが、彼の愛犬のケイバー(Kabar)はそれが当然のようにふるまい、まるで彼が今でも生きているかのように振舞っていたとか。
(彼は愛犬家で常に何匹も犬を飼っていたそうだ。)

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ケイバー(Kabar)の死後、ペットセメタリーに埋葬されたのだが、なんとケイパーの幽霊話までもある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最初に言ったように、呪われた宝石というのは世界中によくある話なのだ。

得に有名なホープダイヤモンド
    ↓

ホープダイヤモンドは、ヒンドゥー教の寺院の女神像の目にはめられていた宝石で、それが盗まれ、あまりにも美しい希少なブルーダイヤモンドだったために、フランスの王家に渡り、崩壊後イギリスに渡った、何世紀にも渡るような、実にいわくつきなシロモノだ。



おそらく金額をつけられないほどの高価な品でもある。
しかも、巨大なブルーダイヤモンドに紫外線が当たると赤い光を発するという、実に希少なもの。

当然、多くの人々を魅了したことだろう。


いわくつきの石というのは、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ・・といった高価な石がほとんどなのだ。


ところが、ルドルフ・ヴァレンチノの指輪の石は、どうみたって宝石ではない。
ただの天然石!


上の写真をみたところ、(もっともあの写真が確実に本物かどうかも定かではないけど・・)、なんとなく、タイガーアイのような・・
それも、きれいなシャトヤンシーの入ったもののようで、銀細工の部分を見るとなかなか見事だ。
    ↓
シャトヤンシーとは


おそらく、これを見る限りでは、当時のインディアン・ジュエリーのようだ。


しかし、宝石ででもないわけで、当時のインディアン・ジュエリーとならば今ほど高価な値がつくものでもなかったはずだ。
まして・・ターコイズではなかったわけだし~。


どうみたって、超リッチな人物が手に入れたがるようなシロモノではないのだ。
おそらく、現代の我々でも買えそうな値段だったかもしれない。

なのに・・なぜ、彼はそこまで惹かれたのか?


かなりな思い入れがあったのは確かだろう。

悪いジンクスがあるシロモノと聞いてたにもかかわらず、そして実際に映画が大コケしてしまったあとでさえ、
今度は、映画の小道具としてまで使いたがったわけから。

たぶん、並大抵の思い入れではない。



その後、彼の指輪を受け継いだ人々も多くの不幸に見舞われる。
(もちろん、ただの不幸な偶然が重なっただけって見方もあるので、そこは人それぞれ。)

そして、不幸に見舞われても無事だった人もいれば(ポーラ・ネグリは重病に陥っても助かっている)、たった一人だけ、なんともなかった人もいた(Casinoの兄弟、デルは身に着けてもなんともなかった)。
だけど、デルの家に入った泥棒は不幸にも射殺されてしまったんだった。


悪いもの(呪われたもの)を入手してしまうときには、通常、二つ考えられている。
    ↓

◆禍々しいものに引き寄せられてしまった。
◆運勢が下降線になっているとき、それに同調して禍々しいものを引き寄せてしまう。




だいたいにおいて、いわくつきの品物を持つとあまり良い結果にはならないものだが・・
もちろん、そんなものはモノともしない平気な人だっているってことだ。


そうゆう人は、自分の気の方が禍々しい気よりも、はるかにパワーが強いのかもしれないなあ(笑)


怖がってガラスケースに入れて保存するなんてのは、すでに負けてる気がする(笑)
だったら、はじめから入手しない方がいいんじゃないかなあ。。。


手作りのものはすべてにおいて作った人の気が入る・・・と私は思っている。
長年にわたって持ち主が変われば、多くの持ち主の気も込められていくことだろう。

それは良いものを引き寄せることもあるだろうし逆もあるはず。


俗にいわれることだが・・

お買い物をするときは、自分が最高に気分が良い状態で出かけること。

特に質屋や骨とう品店でのお買い物ならば、なおさらだと思う。


・・・・・・・・・・・・・・

一世を風靡した大スター、ルドルフ・ヴァレンチノ
この指輪のエピソードが、なんだか私には印象的なのだ。


参考
The Life, Death, Afterlife, and Curse of Rudolph Valentino

Haunts of the Sheik Spirited Remnants of Valentino

Rudolph Valentino

韓国企業訪問で、韓国ドラマと火病を考えてみる

少し前に、ある韓国系企業を仕事で訪れたときの話だ。
そこは社員10数人の小さな会社。

1時少し過ぎのアポだったが、応接室に通されるとき、ちらっと開け放されたドアから、まだランチ真っ最中の光景が飛び込んできた。

鍋を囲んで食事をしている。
なんと・・私の担当者の女性社員が、男性たちにサーブをしているところだった。

鍋を囲んで・・・、会社のランチなのに???


しばし待たされ、ようやく担当の女性が男性社員二人を引き連れて現れたのだが、またすぐに・・彼女は出て行ってしまった。。。


そして、またもや・・しばし待たされる。

ようやく、彼女は人数分のコーヒーをトレーに乗せて現れたのだ。

ああ、そうか~。
コーヒーを入れてきてくれたのか~。



いまどき、ビシネスミーティングをするのに、わざわざコーヒーを入れて持ってきてくれるような会社ってのは、実に珍しい。


ところが、

彼女は、運んできたコーヒーを自分の会社の男性たちに配っている。

へ?




ようやく私のそばにコーヒーを置きながら、彼女が言った。

「ごめんなさいね。
韓国では男性が先なのよ。」


あ、そうか~。

「知ってるから別に気にしないよ。」 と私。

そうなのだ。

韓国では男性が常に先。
年配者が先。


必ず上下関係がある。

上司と部下の場合はどうなるんだろう?
年長者が先か、役職順なのかは・・ちょっとわからないが。



まあ、順番なんか、私はどーでもいいんだけど・・・
それって、ひどく非合理的でないかい??


このプロジェクトの中心人物の彼女が雑用することで、ミーティング開始が遅れるのだ。
ましてや、ウチの会社はお得意様のはずなのに~。


合理主義のアメリカでは、たとえお得意様であろうともミーティングの際にお茶を出すことはない。

時間がもったいないから!(笑)

せいぜい、ペットボトルの水が置いてあるかベンディングマシンのコーヒー(もちろん紙コップ)だ。
なーんも出ないところだって多いのだ。
    ↓
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そもそも・・「どうしてもウチの会社はお客様にお飲み物を出すのをモットーとしている」というならば、ここは、彼女にくっついてきた男性社員がやるべきだろう。


彼らははっきりいって部外者なんだし、くっついてくるヒマがあったらお茶でも入れてくれよ~、と、私は思ってしまう(笑)


やれやれ。。

せっかくアポの時間どうりに到着したのに・・こんなことで時間が取られるとはなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

遠い昔・・・

昔は日本でも、OLと呼ばれる女子事務員がいて彼女たちの仕事はお茶入れとコピー取り、男性社員の補佐が主な仕事内容だったと聞く。

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子供の頃、近所にいた新米OLのおねえさんが母に、こんなことを言っていたのを思い出した。

「もう、大変よ~。 まずね、大勢いる男性社員のカップを覚えて、誰がお砂糖とミルクを何杯入れるかも覚えなきゃならないんだから。」

           (━_━)

ある意味では、実にいい時代だったのかもしれない。

雑用係として女子社員を雇用できるほど会社側にも余裕があり、まあ、今のように人件費削減と言われない時代だったということだ。


しかし現代、

男でも女でも年も関係ない! 優秀でガンガン働いてくれて会社の業績アップに貢献してくれれば誰でもいいんだ!

飲み物なんか、勝手に自分で入れて飲め!

職場の花? なんだそりゃ!



完全にこうなっった。

実に合理主義(金権主義?)を追究するアメリカらしい考え方だ(笑)


おそらく、今の日本もこれに近いんじゃないだろうか?
私が日本で働いていた会社も、すでに、こうゆう会社ばっかりだったから。。
(地方に行くとさすがに違うのかもしれないが・・。)


ところが、韓国流というのは、この現代においてさえ合理主義(売り上げ最優先)よりも、序列を優先する習慣なんだろうか?

年配者優先、男性を優先・・・というように。


このアメリカであってさえも、韓国企業は自国の風習が抜けないんだろうか?

それとも、たまたま、その韓国企業だけだったのか? 
それはわからない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、ナショナル・ジオグラフィックチャンネルのメーデー!:航空機事故の真実と真相 というドキュメンタリー番組にはまって、さまざまな航空機事故を見たものだったが・・・

そのときにも、Korean Airは頻繁に事故を起こしている時期があったんだ。

その事故原因を調査した結果、、「副操縦士と機関士は事前に危険を察知していたのにもかかわらず、ベテランの機長に遠慮して注意することができなかった」という心理的要因が事故を引き起こした、というケースがあったことを思い出した。


そのときは、つい・・
韓国人というのは、乗客の命や自分の命よりも上下関係の方が大切なのかよ!と、私は呆れかえっってしまった。


いやいや・・韓国人ってやつは!という考え方は、やっぱりいけないよなあ!と、すぐに思い直したのだが・・(笑)

何事も先入観で物事をジャッジしようとすれば偏見につながるだ。



それでも、つい、人というものは・・・

韓国人とは? 日本人とは? アメリカ人というやつらは?
モスリムのヤツらは?



といったように、人間をカテゴリーに当てはめて判断してしまうことが多いように思う。

なんでも分類してしまいたがるのだ(笑)

分類した上で勝手に理解した気になる。



それがもっと細かくなると、

九州の人は? 東北の人は? 関西人は?となるし・・

アメリカだと、南部生まれは? 西海岸のやつらは? ミネソタ出身者は? アリゾナ生まれってやつは?

なーんてことになる(笑)


個でみるよりもカテゴリー化してみようとする傾向があるようだ。
自分も個である人に過ぎないくせに(笑)


それでも、たしかになあ・・・


人というものは自分が生まれ育った地域の常識や習慣を植えつけられて育っていくのはたしかなことだろう。
それが致し方ない、自然ななりゆきってヤツだ。

そして、世界中、習慣、常識、ときには善悪意識さえも違うのだから。


もちろん、韓国生まれで韓国育ちなら、韓国人特有のものだってあるだろう。


じゃあ、韓国人気質というのは?

私は個人的に親しくしている韓国人もいないし、ましてや韓国に住んだこともないのでよくわからない。

身近で見聞きしたことや文献から想像してみるしかない・。



◆韓国といえば、日本で流行っている韓国ドラマ。

日本人が韓国ドラマにはまるわけ(ネットで検索したものを、いくつかまとめたもの)
   ↓

1. ドロドロとした人間関係がわかりすく表現されている。
2. 他人の不幸を見るのが好きな人間の本性を煽るのがうまい。
3. 主人公が泥沼から這い上がる設定に共感を得やすい。
4. 恋愛においては、非常にピュアさ。
5. 出演者の俳優はかっこよく女優は綺麗でかわいい。



さらに、よくあるパターンで・・出生の秘密、シンデレラストーリー、余命宣告、財閥、悪い姑、記憶喪失、不倫などといったモチーフを盛り込むのだそうだ。


かなり前に、ある人から、「このドラマが韓国ドラマブームの火付け役になったんだから、ぜひ見てごらん。」
と言われて、貸してもらったビデオが、「冬のソナタ」というヤツだった。
    ↓
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いやあ、確かにきれいな雪景色で、いかにも~と思うほどの美男、美女で・・

なんだかこれって、

メロドラマなんじゃない??
日本では昼メロ?って言ったんだろうか?




メロドラマとは
   ↓
●登場人物の行動から人生や人間性について深く考えさせるというよりは、衝撃的な展開を次々に提示することで観客の情緒に直接訴えかけることを目的とする。

●扇情的だがドラマの中身が薄いことを指摘する意味で、この語が侮蔑的に用いられることもある。
● 狭義には、メロドラマは19世紀にイギリスを中心にヨーロッパやアメリカ合衆国で流行した演劇のスタイルを指す。



いやあ、まさしく‥メロドロマだ!


しかし、一昔前は、メロドラマはどこの国にもあったわけで、別に韓国に限ったことじゃない。

君の名は (最近のアニメじゃないからね!アニメにも同じタイトルのモノがあるのだ!)
  ↓
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これは、日本でおじいちゃん、おばあちゃんの時代には大ヒットしたんだとか・・・。(私は見たことないけど・・)


巡り合い
  ↓
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心の旅路
  ↓
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カサブランカ
  ↓
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外国版メロドラマの有名どころは、小学生の頃にほとんど見てるなあ。(笑)
(父が外国映画ファンだった影響なのだが・・)

たしかに美男・美女、しかも俳優さんのしぐさもきれいだしカメラワークもきれいで、まるで一枚の絵をみるように美しかったのを思い出す。


ただなあ・・私は個人的に、韓国メロドラマは好きにはなれなかった。

陰湿なイジメがあったり、やっぱり上下関係があってじっと耐えている姿なんかをみると・・
すっきりできない・・ドロドロ感が残ってしまうのだ。

なんか・合成着色料と合成甘味料をたっぷりの甘いお菓子を食べた感覚なのだ。



しかし、なぜだろう?・なぜ日本では大人気なのだろう?

同じメロドラマならば、古い日本映画だって洋画だってあるのに・・・。

韓国ドラマには日本人が共感する何かがあるのだろうか?
日本と韓国?

うーーーん。

・・・・・・・・・・・・・・・

もうひとつ、

韓国しかないものを思い出した!


◆火病 (ファビョン) 英語名ではHwabyungと呼ぶ。

これは、朝鮮民族特有の文化依存症候群の一つといわれている。 

つまり、いくら韓国ドラマに共感を覚える日本人にもない、朝鮮半島独特の病気らしい(笑)


また、心窩部に塊がある感覚、胸が苦しく火傷をしたような痛みを伴うことから、火病と呼ばれるのだとか・・・

Wikiによれば、火病とは、抑鬱した感情を発散せず、抑制した中で起こる神経性的な火(鬱火)によって現れる全ての症状
と説明されていた。

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うつ病の一種ともいえそうだけど・・

原因は、一言で言うと、「極度に怒りを我慢して溜め込む事によって起こるストレス性の障害」だそうだ。


もともとは、中年女性に多かった病気で、特に社会経済的に低い階層の者、地方在住者、離婚や別居をしている人、引っ込み思案で弱気なタイプに見られたそうだが、

最近では、男性にも、また若年層にも増えつつあるとか。


原因としては、いくつかの社会的要因があげられている。

●長年中国の「千年属国」という、圧政に苦しまされて来た奴隷の歴史から、朝鮮人には強いストレスが蓄積し、それが病気となり遺伝子に刻み込まれ後世へと伝えられたのではないか?

●封建的な韓国過程において、女子は生まれながらに家族の一員とは数えられないこともあり、男子を産まない母親は家を追い出される例もあった。
このような社会背景から、女性は言葉や行動による怒りの表現を禁じられ忍従を強要されてきた。




最近では、地方の貧困女性ばかりでなく発病しているらしいし、また、韓国はうつ病も自殺も多い国だ。
   ↓
韓国の自殺者数


さらに、男子は19歳~29歳の間に約2年間の兵役義務が課せられているそうだ。
噂によると、そこではかなりのイジメがあるらしく必死に兵役逃れを試みる若者が増えているんだとか・・。

また、かなりの競争社会とも聞く。
子供のころからの英才教育、有名校への進学は必須という意識が強くなってるそうだ。


そりゃあ、若年層だろうが、男性だろうが・・ストレスは溜まることだろうなあ。


ひょっとしたら、韓国人が唯一鬱積しているものを発散できる場は、スポーツしかないのかもしれない。


日韓戦

日本なんかぶっ潰せ~、と(笑)

職場でも家でも常に年長者をたてて何も言えない若者たちの怒りの発散の場だろうか?(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本は韓国ブームで、韓国語を習得しようとしたり韓国旅行も増えたそうだが、韓国では根強い反日感情があるようだ。


慰安婦像の問題などをみていると・・精神的な部分でいまだに太平洋戦争が終らない人たちもいるのかもしれない。

しかし、旧日本軍の統治を受けて悲惨な目にあってるはずの・・・台湾は親日だったりする。


その違いはどこから来るんだろう?


なんだか・・そこに、国家レベルで意図されたような・・洗脳らしきもの・・を感じてしまう。

実際に戦争を知らない世代の子供に憎しみを植え付け、戦争体験者に恨みを助長させるように意図されたものを。



洗脳といえば・・すべての人は、まず洗脳されることから始まっているのかもしれない。

影響か洗脳か?(笑)

先に述べたように・・
世界中、習慣、常識、ときには善悪意識さえも違うのだ。


しかし・・そこで生まれた子供は、その地の常識、その家庭の常識に従って育てられる。
善悪意識も植え付けられたものだ。


しかし・・だんだん成長していくにつれて、
「あれ? なんだか自分は他の人とは違うような・・、なんだか、心から馴染めないような・・」

という違和感をひそかにおぼえるようになる。


それが自然な姿なんじゃないかな。

おそらく、そこから人は、それぞれの自分自身の道を模索していくようになる。

植え付けられたものではなく、自分で考え、感じた道、自分自身の世界を作り上げる。


さもなければ・・心も体も病むことになる。


自殺者が多い国、精神疾患が多い国というのは、おそらく・・
心の奥底で「こりゃ!違うぞ!」と気がついているのに、無理やりそこに自分を押し込めようとする人が多い国(または地域)
、といえるかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひょっとしたら、日本における韓国ブームもマスコミに煽られて作り上げられたブームかもしれない(笑)

TVや雑誌が毎日のように、古き良きアメリカブームと題して、アメリカの古いメロドラマばかりを取り上げたら、そっちのブームになったかもしれないし、また、昭和初期のレトロブームを意図的に作り上げることだってできるだろう。
なぜ、韓国を取り上げたのかは知らないが・・・。


ようは、ファッションブームと同じで、「作られたもの」という気がしてしまうのだ。


それも一種の洗脳ではないかな?


それを洗脳と呼べば、世界中の人すべてが洗脳から始まるのかもしれない。


最初は、その土地特有の、植え付けられた常識の中で生を受け育ち、成長しながら、だんだん自分を見出していく。

きっと、それこそが成長するということかもしれない。


そうであれば・・

そうやって成長していった人々を、カテゴリー化して判断しようとすることが実に愚かなことに見えてくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


韓国企業でミーティングが終わって帰るとき、担当の彼女に聞いた。

「あのさ、ひょっとしてランチのときって、いつもみんなで鍋を囲むの?」

「まさか~。 鍋をするのはせいぜい10日に一回よ~。
支度や後片付けが大変ですもん。」


う! 
10日に一回もするんかい?



もしも・・私が韓国で生まれ育ってたら、今頃どうしてたのかな~?と、想像してみた。

たぶん私は、きっと今と同じ場所で同じことをしているような気がする。

おじいちゃんたちとヒーローの話から「悔いなき選択」

ある日のこと、日系人のおじいさん3人に混じってマンガについての会話することになった。。。
なんなんだ~、このシチュエーション???


おじいさんA: 「最近の日本では、どうゆうマンガが流行ってるんだい?」

と、こちらに住む日系人のおじいさんAに聞かれた。


「あまりにもいっぱいあって、ジャンルもいっぱいあるから・・・いきなり言われてもわからないよ~。」


「それじゃあ、鉄腕アトムのような・・ああいったヒーローものでは、どうゆうのがあるんだい?」


手塚治虫ファンだったのかな?(笑)  このおじいさんは、91歳なのだ。。。


「うーーん。。。戦うヒーローもの?といえば・・・進撃の巨人というマンガで、今アニメにもなってるヤツがあるよ。」


おじいさんB: 「それは、どうゆうヒーローが出てくるんだい?」


「いや、ヒーローと言っても、たった一人のカリスマ性のあるヒーローが活躍するっていう、従来のパターンとはちょっと違うかな?

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架空の世界が舞台で、人類が生き残るために巨人たちと戦うというストーリーなんだけどね、

いちおうヒーロー、ヒロインというのは設定されてはいるようだけど・・・それぞれの登場人物のすべての物語とも言えるし・・・従来のパターンのように、カリスマ的ヒーローが戦って、美しきヒロインを守るっていう古いパターンの漫画とは違うよ。」



おじいさんC : 「なんだ、そりゃ・・マンガか! 漫画はしょせんマンガさ。 今の若いやつらは、そんなもんばっかりしか見ないから、バカが多いんだ!」



おいおい!
だから・・最初からマンガの話をしてたんだってば!!



「いや、そうとは言えないと思うよ。
このマンガの熱烈ファンらい人のサイトがあってね。

マンガの中で、ほんの小さく書かれたような絵や表情、言葉などから伏線となるものをピックして、考察しているサイトがあるんだよ。
それを見ると、なかなか鋭いものがあるし、実に研究熱心なのがわかるよ。」


こちらの考察サイト
     ↓
進撃の考察



「たとえばね、登場人物の名前や固有名詞から、それが・・北欧神話に由来するものだとか、語源はドイツ語で、どんな由来の言葉かまで考察したり、建物の形状から考察したり・・

そうそう・・登場人物のアッカーマンという名前から、アッカーマン関数との関連性を探ったり・・こりゃ、数学だし・・アッカーマン関数とは原子再帰的なんだそうだよ~。
(←よくわかってない私。)


また、登場人物の構成についても・・、”この人は、死ぬことで完成する役割で登場する人物”だろう・・とか・・こんな深い考察は、バカな人には出来ないことだと思うよ。


私は、Die Flügel der Freiheit.(ディ フリューゲル デァ フライハイト 自由の翼)というドイツ語を、ここで初めて覚えたしね~(笑)
実に勉強になるんだよ。」


おじいさんA・B・C揃って 「へええ、そりゃ、すごいもんだなあ~。」


「そうゆうのを日本では、オタクと呼ぶんだけどね~。
ひとつのことを徹底してやる人のことだよ。」



A: 「ほおお・・なるほどなあ。。。What one likes, one will do well.っていうもんなあ。」


ん? ああ・・好きこそもの上手なれってことか~。



B: 「学校の勉強が出来て優秀な成績を取って卒業したところで・・そんなもんは大人になる前に忘れちまうってことだよなあ。
俺もそうだったけど・・きっと、好きなことから学んだものは、いくつになっても忘れずに血となり肉となるんだろうよ。

あとで、動画サイト教えてくれよ。」



やれやれ。
おじいちゃんたちは、ヒマしてるからなあ。。。


「ところで、皆さんが若い頃のヒーローものというと、どうゆうのがあったの?」


「アメリカだったら、フラッシュ・ゴードンだな。」

   ↓
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「西部劇のヒーローだったら、もちろん、ローン・レンジャーだ。」


あ、それなら・・知ってる。

賢い白馬に乗って、ハイよー!シルバーって声をかけるヤツだ。。。(笑)


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「いやいや、日本だったら、ハリマオだろうよ!」


ハリマオ?
どっかで聞いたことがあるような・・?

私は、その程度しか知らない。。。

「知らないなあ・・それって魁傑ゾロみたいな人?」

Zorro cavallo


「知らないのかい? こーんなカッコしてたんだぞ。」

     ↓
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なんだ? この頭に巻いてる布?


「ゾロはメキシコがスペイン領だった頃の話で、そこでスペインの傍若無人な役人や兵士共の圧政に戦うのがゾロだっただろう?」


「ところが、魁傑ハリマオは、マレーの話なんだよ。」


「マレーって、今のマレーシアのことだよね?」
・・と私。


「マレー半島と思った方がいいな。 昭和初期に、そこで実際に活躍した人物なんだよ。」


「え? 実在の人物だったの?」

一番左の人だそうだ
   ↓
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おじいさんたちの話を総合して、Wikiで調べたものを総合したものがこちら
    ↓

●ハリマオというのは、谷 豊(たに ゆたか)さんという日本人で実在の人物

●幼少のとき、当時イギリス領だったマレー半島に移住し、マレーの文化の中で育った。

●いったん日本へ帰国したものの、どっぶりマレー文化で育った彼は、ムスリムに改宗して、ムスリム名「モハマッド・アリー・ビン・アブドラー」となる。

●当時、現地のマレー人に対し、力を持った華僑がちが傍若無人なふるまいを続けていた。
実際に妹が斬殺される事件が起こった。

●それ以来、マレー人の友人たちと徒党を組み、主に華僑と戦う盗賊団になった。

●マレー語とタイ語が堪能で、日本人と思う人は少なかった。

●太平洋戦争がはじまり、日本陸軍の諜報部員になる。

●30歳でマラリアで生涯を終える。
最後まで、白人の作った薬は飲まないと拒否し、現地の伝統法だった、サイの角を粉末にしたものを薬として飲んでいた。



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ひょっとしたら、当時の日本陸軍にいいように利用された人という見方もできるかもしれないし~、

また、当局がハリマオとして宣伝することによって「戦争のために人々の士気を煽ることを目的」に、作られたヒーロー像だった可能性も高い。


とにかく、マレーの虎、ハリマオという異名をとった人だ。
ハリマオとはマレー語で虎という意味だそうだ。


彼がどんな人物だったかはわからないが、

少なくとも言えることは・・

彼は最後まで一貫してマレー人として生きた人のようだ。
なんせ、ムスリムになっちゃうくらいだから。

ムスリムといえば、中東諸国を思い浮かべるけど・・そういえば、現在のマレーシアもムスリムが非常に多い国だ。


ハリマオの谷さんは、国籍は日本人として生まれているけど・・

国籍や生まれは関係なく・・そういったことはすべて本来、自分が選択することなのかもしれない。


また、

盗賊? 義賊?
諜報部員だったのか? 革命家?
政治犯かヒーローか?



そんなものは見方によって変わってしまう・・・ということを、つくづく実感させられる。


ロビンフッド(伝説上の人物)、鼠小僧(実在の人物らしい?)、カストロやチェ・ゲバラ(実在)、ウィキリークスのアサンジさん(実在)
元CIAのスノーデンさん(実在)・・・(笑)


必ずといっていいほど、歴史上の混乱期にはこういった人物は現れる。


彼らは見方によっては正義の味方のヒーローかもしれないし、ただの犯罪人、ただのお騒がせ野郎、大悪党かもしれない。
真実なんてわからない。


これは、進撃の巨人のマンガからの、ある会話の抜粋部分。
     ↓

この世に真実などない。
それが現実だ。
誰だって、神にも悪魔にもなれる
誰かがそれを真実だって言えばな。

それもあんたの真実か?
残念ながら、それは事実だ。



真実、現実、事実・・の使い分け方が面白い。。。


結局のところ、

その人がどんな信念を持って何がしたいのか? どう生きたか?しかないわけで、

あとは・・それを他人がどう思うか?

というだけで・・色々と外野陣が、それぞれの思い込みでジャッジするだけのことだ。


それだけのこと。


それならば、せめて悔いなき選択をするしかないんだろう。(笑)



どれが正しい選択で、どれが誤った選択なんて・・結果なんて誰にもわからないのだから。



それならば・・

そのときどきで、

自分の悔いなき選択をすることが一番なのかもしれないなあ(笑)

野生動物の異種間交流と聖書の言葉から

「最近はとくに、凶悪事件やら、戦争とかテロのニュースばかりだよなあ。
なんか、こう、ぐぐっとくるような心温まるニュースってのは、ないもんかなあ?」

と、友人が言った。

あるわけないじゃん!


いや、私が見たヤツで、ひとつあったな~。


ノルウェーに住む、写真家のTorgeir Bergeさん愛犬、Tinni(ティ二)と野生のキツネのSniffer(スニファー)がベストフレンドになっているという記事。

あるとき、バージさんがティ二を連れて森に散歩に行ったとき、一匹のキツネとばったり出くわした。

なぜか、愛犬とその狐は意気投合。

それからずーーと、2匹はこの森で会うたびに、いつも一緒になって冬も夏も広い森の中を元気いっぱいに遊び回る。

こちらがその写真

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バージさんは、このキツネにSniffer(スニファー)と名づけた。

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寒い雪の日も夏の日も。

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二匹はいつも一緒。

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なんなんだ? この仲良しぶりは?(笑)

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バージさんは、彼らの交流を見るたびに、いつも写真を撮っている。

そして、こんなコメントを載せていた。
    ↓
「犬とキツネは行動や性格が似ているところがあって・・・、スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」

https://www.thedodo.com/fox-and-hound-are-real-life-best-friends-1169549384.html




キツネと犬というのは、そもそも天敵のような関係だったはず?
キツネ狩りには犬を使うわけだから。。。


それに、

野生動物は食べることと繁殖すること・・のみで生きている・・それが野生動物なのだ

だから、人間のように遊びのための遊びはあり得ない・・とされてきた。
(つまり、子供同士の遊びに見えても、獲物を獲得するための狩りの練習に過ぎない・・という説)


もしも、この説が正しければ、絶対に野生動物には異種間の交流なんてありえないだろう。


ところが、どう見ても・・この二匹は一緒にいるというだけで幸せそう。


そういったことに気がついて、もう、ずいぶん昔に、この説に対して反論を唱えていたのが、羽仁進監督だったのだが・・・

今では、なーるほどなあ・・と、思っている。


異種間の交流と言えば・・

もちろん、キツネと犬だけでない。


野生のホッキョクグマと仲良く遊ぶ犬だとか、フクロウと仲良しのネコだとか、びっくりするような組み合わせが多く報告されている。


なぜなのだ?

エサをもらえるわけでもないし子作りに貢献できるわけでもないのに・・つまり、お互いに利害関係は無いのだ。
そもそも、利害関係から彼らの心理を探ろうとすること自体が、人間の大きな間違いではないだろうか?


すでそこに、重点を置いて考えてしまいがちな、悲しい人間の性。


理由は何もないよ。
ただ、お互いに幸せだから・・・



それだけの理由すら理解できない人間の方が愚かなのかもしれない。

そして、我々は・・野生動物のことすら、いまだにわかってないのかもしれない。



私は友人とそんなことを話し合った。

「それにしても、ほのぼのするような良いニュースってのは、みんな動物がらみのばっかだよなあ。
人間のニュースは、最悪なのばっかだもんなあ。 これじゃあ、人間嫌いになっちゃいそうだ~。」

と、友人が言う。


「ほんとだよねえ・・サリン空爆に報復して米軍がシリア攻撃をしたとか・・そんなのが一面のトップニュースだったりすると、うーーんざりだよ。」

「そもそも、報復ってのはおかしいよ! しかもアメリカ国家が堂々と報復するってのはさ。
アメリカは、昔っから、国家の中枢に登れる人は、WASP(ワスプ)のみって言われてきた国なんだよ。」

注: WASP(ワスプ)とは、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(英語: White Anglo-Saxon Protestant)」の頭文字をとった略語のこと


「たしかにそうだよね~、 オバマさん以来、ホワイトというのだけは完全に変わったけど・・いまだに、ムスリムは国家中枢機関にいられないだろうしね。」

「だろ? そのプロテスタントの国家中枢が、堂々と報復のための戦争なんて言葉を使うこと自体が大きな矛盾なのさ。」


「でも、歯には歯を! 目には目を!って言葉があるからOKってことなんじゃないの!」

「それは、聖書を読んだことが無い人の誤解だよ。」



おっと、そうだった・・。。。


目には目、歯には歯
出典はハムラビ法典とされているし、また、旧約聖書にも同じ言葉が記されている。

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目には目。歯には歯。手には手。足には足。やけどのはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。
(旧約聖書 出エジプ記21章24-25)



これは、復讐することを奨励する言葉ではなくて、まったく逆の意味なのだ。


紀元前の、この時代の律法では加害者に罰を与えることが出来たわけで・・
ただし、そのやりすぎを案じての但し書のようなものだったらしいのだ。

たとえば、加害者が被害者の片目を潰したとする。
被害者側は超怒りまくって・・今度は加害者の両目を潰した上瀕死の重傷を負わせてしまったとする。

こりゃあ、明らかにやりすぎ。
こんなるともう、被害者の方がもっと凶悪な犯罪者だ。




だから、もしも片目を潰されたなら、片目だけにしなさいよ・・という意味だったそうだ。


そして、こちらは

マタイ伝
   ↓
「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 
しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」
新約聖書 マタイによる福音書 5章38~39節

http://www.christ-hour.com/archive/detail.php?id=93より




こちらは、

パウロによるローマの信徒への手紙からの抜粋
       ↓
愛する人たち。自分で復讐をしてはいけません。神の怒りに任せなさい。
それはこう書いてあるからです。「復讐はわたし(神)のすることである。
わたしが報いをする、と主は言われる。」
(新約聖書 ローマの信徒への手紙 12章19節)



古代の律法でも行き過ぎた報復は禁じられていたし、キリスト教が誕生後は、完全に報復はするな!と言い切っている。


うっ! 
そうなると・・・少し前に流行った、倍返しって言葉があったけど・・・これって、完全に現代の報復を象徴するような言葉なのかもなあ。。。



それにしても・・・

昔からキリスト教国だったアメリカって、なんなんだよ?
ちっとも聖書、読んでないじゃんか!@@


ひょっとしたら、復讐するは我にあり=我=神=アメリカ

と・・超・おバカな勘違いでもしてるのだろうか~?


そうでなければ、国家が堂々と、「報復のため」なんて言葉を公言できるはずもないだろうから。
それで、納得しちゃう国民もまた、真のキリスト教徒ではないってことになる。


「だけどさ、そこはほら・・・大人の事情ってヤツでさ・・聖書で正しいことはわかっていても、世の中、そうはいかない事情ってのが大人にあるって言われるだろ? そうやって、みんなが納得しちゃってるんじゃないかな。」

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「それこそ・・詭弁でしかないね~。
大人の事情ってのは、ほとんどが利害にまつわることだもんね~。
それじゃあ、子供に正しい道なんて示せるわけないし・・いずれは、みんな大人になっちゃうことを考えると、お先真っ暗だよ。」



「仲良しワンコとキツネの方が、ずっと神に近い存在だよね~。」


「そうだね、逆に、自称・敬虔なキリスト教徒と言ってる人のほうが、ずーーと神の世界からは遠い場合も多いのかもね~。」
愛よりも利害関係を先に考えるのが大人だとしたら・・・悲しいよね~。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先ほどのワンコとキツネのニュースで、ワンコの飼い主で写真家のバージさんが、

「スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」とコメントしてたけど、


下記のビデオは、「子ぎつねが捕まって毛皮工場のゲージに入れられていたところを助けた」人がアップしたビデオだ。

こーんな小さなキツネまで毛皮にするために殺すのか・・と、私は初めて知った。。。
そりゃあ、たしかに子ぎつねの毛の方が柔らかいだろうし、上物だろうけど・・。



この子キツネは、助けてもらった人の家で、犬たちと一緒に飼われているらしい。
今では犬とも子供とも仲良くなって、とってもステキな表情をしている。 (1分程度のビデオなんで、どうぞご覧ください。)
     ↓




こんな子ぎつねを殺してまで毛皮にする人もいれば、それを買う人もいるってことだね~。

(そうゆう私も、子供の頃にはキツネの襟巻を持ってたし、若い頃はフォックスコートを持っていたことがあるのだが・・。)


しかし、今は思う。

唯一、動物を殺して食べたり毛皮にすることが許される人々は、厳しい自然環境で生きる原住民だけだと。

彼らは、命がけで狩りをして獲物を捕獲して食べ、また、極寒の冬を乗り切るために毛皮を得る。
そして、それを感謝と共に頂く人々のみが神から許されるのだろう、と。



そう思うと、子ぎつねを捕獲する毛皮工場も、それを身にまとう人々も・・・なんと、あさましい。
神の世界からは遠い人々だ。


だけど・・一方ではそれを救う人がいることも事実だ。

私は、まだまだ・・人間嫌いにはならないだろう。(笑)

WW3(第3次大戦)というワードが検索サーチで最もヒットしたとき

現在、Google検索で最もヒット数が多いのが、WW3(第3次大戦)だそうだ。

こちらのデイリーメール(イギリスでもっとも古いタブロイド紙)の記事から
   ↓
http://www.dailymail.co.uk/news/article-4405550/Google-searches-World-War-3-hits-highest-level-ever.html

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他にもこんなサイトや、

http://michaelbaisden.com/google-searches-world-war-3-hits-highest-level-ever-recorded/

こんなサイトもあって、

http://www.spiritualresearchfoundation.org/spiritual-research/global-issues/world-war-3-predictions/?gclid=CjwKEAjwrMzHBRDW3saA88aT80MSJACbvo1TcZsWAqBKxIswu33atWe9rd938rIAnZ9CBQzdM3CmOBoCb3Tw_wcB

まあ、無理もない。

4月4日にシリアでサリンガスが使われ、多くの子供を含む一般市民が殺害され、

4月6日、トランプ大統領がシリア、59発の巡航ミサイルをシリアの空軍基地に向けて発射

4月12日、AFP通信との単独インタビューで、化学攻撃など「100%でっちあげだ」と反発した。
     ↓
アサド大統領、シリアによる「化学攻撃」は「でっちあげ」 

ロシアとイラン側は、さらなる攻撃があった場合は「武力で応える」と表明

さらに、トランプ大統領は、空母打撃群(CSG)を朝鮮半島に向かわせた。

当然、金正恩はトランプを厳しく非難する。

それに対し、トランプは、北朝鮮が問題を起こそうとしているからだ!反論し中国にも介入を求める




それぞれの国々が緊張状態に入ってるわけだから。

しかも、第二次世界大戦のときとは、武器も戦力も格段にアップしている。

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4月13日、トランプ政権は史上最大の爆弾とされる大規模爆風爆弾、通称MOAB(モアブ)を、アフガニスタンに投下した。
これは、テロ集団のISILを叩くため。



MOAB(モアブ)というのは、全長9m、総重量10トンの最強、爆弾だそうだ。
もちろん、こんな巨大なモノ、戦闘機ではムリ。
   ↓
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たぶん、多くの人が疑問に思ってることだろうけど、

●誰がサリンガスを使って攻撃をしたのか?

今のところ・・明確な証拠は何もないのだ。(最終的に誰もが納得できる証拠なんて出てこないだろうけど。)

しかも・・化学兵器を使い、しかも一般人を殺害すれば、世界を敵に回すことになることは明白なのに・・・。

なのに・・なぜ?

とにかく、トランプは、いたいけな子供たちが殺された映像を見て。すぐにシリア攻撃を決意したそうだ。。。
(なんだか・・いかにも!と思わせる嫌なカンジが漂う。)
完全にシリアだと断定した行動・・ということになる!


そういえば・・911の後、イラク戦争に発展した時、ブッシュ政権による理由は、「大量破壊兵器を保持しているから」という理由だった。

で、結局は・・それらしきものは何も出なかった!

私の母、ただの直感だけで生きてる母は、当時も、「そんなものあるわけ無いわよ!」とあっさりと言ってたっけ(笑)


なんだか、今の時代とも、ちっとも変ってないような・・。


唯一、プーチン政権とトランプ政権が一致してることは、ISIL(イスラム国)の撲滅のわけだけど・・

そもそも、
●ISIL(イスラム国)はなんのためのもの? 誰がバックアップしてる?

ただのテロリスト集団ならば、それほどの資金源もないはずで、すぐに大国に撲滅されちゃいそうなはずなのに・・なぜか、いまだにそれが実行されない。

豊富な資金源、武器はどこから流れているのか?・・というのが疑問。

このような記事もある。
    ↓
「イスラム国」とは何か?


そして・・・

●誰がなんのために世界大戦を招こうとしているのか?


戦争が起こる背景には、経済的な問題(大不況)というのがよくあげられるわけで、これは確かに事実だと思う。
第一次大戦の原因も世界的に同時不況の時代に入っていったという背景もあったわけだし・・また、第二次大戦は、最初の第一次大戦で経済破綻に追い込まれた国々(特に悲惨だったドイツ)に起因してることも多いわけだから。



でも、

もっと深いところで、なんらかの別の意思が働いているような気がする(もちろん、これは私の個人的なもの。)


そんなことを言いだすと、

じゃあ、誰が?
何の意図で?
世界をどうしたいわけ?


なんてことになってくるわけで・・だんだん、陰謀論めいた方向へ進んでしまいそうになる。

たとえば、イルミナティーだとか、フリーメイスンだとか・・・結局、こういった存在は、あまりにも一般人には計り知れない、大きな権力なので、結局のところは、陰謀論ということ一括りにされて終わってしまう。


今回のことにしても、誰がサリンガスを使って攻撃したのか?も、わからないわけだし、ISILを誰が支援しているのかも?
わからないわけで・・。

そんなことを言えば・・911は誰が起こしたのかも?いまだに、正式発表はされてない。
(また50年後には発表されるのかもしれないけど。)

ひとつだけ、誰にでもわかっていることは、

世の中には大きな力が働いて解明できないことがいっぱいあるということだ。


そうったものは、すべて・・陰謀論というカテゴリーに押し込められるのだろう。


現在のところ、トランプが大統領になったからシリアを攻撃した・・という見方が大多数のようだけど・・
「たとえ、ヒラリーが大統領になっていたとしても同じ結果になっただろう。」という見方もまたかなりの数あるようだ。

なぜか私も、そう感じる。(もちろん根拠は何もない。ただ・・そう思うだけ(笑)


一人の大統領の影響だけでなく、もっと大きな何かに突き動かされている、という気がするから。
大統領ですら動かされている。


安倍総理は、米軍によるシリア攻撃について、いち早く「トランプさん!シリア攻撃、僕、大賛成!!アンタは偉い!!」と言ったとか・・

あ、違った!「トランプ米大統領の強い関与を高く評価している」だったかな(笑)

むしろ、この人の方が、ちっとも何にも動かされてない気がしてしまう。
自分自身のとっさの思いでモノを言える人、言っちゃう人?かな?
(いや失礼。言い過ぎか?)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今この状況で世界第三次大戦が起こったしても、不思議はないだろう。

私たち世代が知らないだけで、日本だって第一次大戦や第二次大戦を経験してきたわけで、第二次大戦では悲惨な戦争体験をした人々だっていたのだから。

平和な世界なんて、ある日簡単に崩れる。

たとえ、周囲を頑丈な壁で囲って平和を維持したところで、それが100年続いたところで、ある日突然崩壊することだってありえる。

カルカソンヌの城壁都市(人気漫画「進撃の巨人」の舞台では?とも言われてるらしい)
      ↓
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ただ、多くの人が思うのは、天変地異で死ぬのは諦めがつくけど人為的な戦争で殺されるのには耐えられない、ということらしい。
しかし、大災害でさえ、人為的な自然破壊の結果生まれたもの、と考えられなくもない。

どこまでが人為的か天変地異か偶然の出来事なのか・・そんな境界線すらわからないのだから。


私たちが出来ることは、感じることだけだ。

世界第3次大戦というキーワードを検索した人が多いということは、それだけ、多くの人が「戦争による不安」を感じているからだろう。


ネガティブな何かがどんどん大きくなると、海のうねりとなって、いつかは巨大な波となって押し寄せる。
海にいつも波があるのはなぜ?

世界は、そんなふうに出来ているのかもしれない。

そして、わたしたちはその波を構成する、一粒の泡のような存在かもしれない。


今でも、どこかで戦争が起こっているということは・・・異常な精神状態になっている人々がいっぱいいるということだ。

恐怖で逃げ惑う人々、肉親を殺されて怒り狂う人々・・これは被害者側だけど、
逆の、攻撃を仕掛けた人たちも、また狂気なのだ。


ちょっと気分が悪くなるような写真だけど・・。
      ↓
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https://www.quora.com/What-do-Americans-think-about-the-atomic-bombing-of-Hiroshima-and-Nagasaki#!n=66

第二次世界大戦時のアメリカ兵たち・・・たぶん日本兵の髑髏らしい。

3人とも満面の笑顔で・・もちろん後悔の念なんかない! 
お国のために正しいことをしたと思っているから。

そう思わなきゃ、戦えない!
人は殺せない!


もちろん、こんなことは・・どこの国でも同じことだろう。
参加させられる当事者は、あえてでも、自分を保つために狂気に変身しなければならない、ということだ。

ネガティブな波は、大きくなって地球のどこにでも届く。

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世界を巻き込むことになる。


一抹の不安でも、多くの人が思えば思うほど大きくなって、不安色の波が押し寄せることになる。


・・・・・・・・・

ま、いざとなったら・・私はネコを抱えて、逃げられるだけ逃げるだけだ。
新たな「試練の旅、冒険」と思うことにしよう。

そう思う他、ないだろう。



そう言ったら、

キミは、本当に戦争の地獄絵図のような悲惨さを見てないからだよ!と怒られた。

確かに・・私はナマでは見ていない。

でも、経験の無い者を怒ってどーすんだ?

「じゃ、どうすればいいと思う?」と、私が聞くと、

「誰にもどうにもならないんだ!地獄を見るだけなんだから!」



そんなネガティブな回答は聞かなかったことにする(笑)

そして、

地獄の中でも希望のかけらを探してやる~!
絶対、ある!!
と、思っているから。

スターウォーズとジョーゼフ・キャンベルの世界観

「今年また、スターウォーズが公開されるらしいな。やっぱり見なきゃな。」
と、ある中年男が、にんまりしながら言っていた(笑)

スターウォーズかあ。

スター・ウォーズ(Star Wars)といえば、ジョージ・ルーカスが作った映画シリーズだ。 正確にいうと、スペースオペラと呼ぶらしい。

タイトル通り、宇宙戦争(Star Wars)を描いた、今までで最高の部類に入るSF宇宙モノといえるだろう。

大ヒットを飛ばし、グッズやゲーム、本までもが売れたんだから。 
あるときはグッズの売り上げだけでも、映画の興行収入の2.5倍、約1兆円も売れたとか。

こんなに儲かった映画なんだから、まさに、笑いが止まらない!!


日本でも大ヒットを飛ばしたわけだし・・もちろん私もスターウォーズは全シリーズを何回も見た。

そりゃあ面白かったから(笑)

今までにないCGを駆使した映像の壮大さ、華やかなアクションとストーリー性に釘付けになったものだった。

また細部に渡って考え抜かれた衣装や髪型、宇宙船のデザインや小道具、音楽、カメラワーク、CG技術など、どこに注目しても優れていたと思う。

まさに、派手でエンターテイメント満載のハリウッド映画
ビッグな商売人、ジョージ・ルーカスに脱帽!


と思ったものだ(笑)

ストーリーといえば、正義の味方と悪者が登場して、最後は完全懲悪のいかにもアメリカらしいパターンだろう!

お決まりのパターン!
いかにもハリウッド映画だろうなあ・・と思って見始めたのだが・・・



ところが、見ていくうちに、
びっくり!

ストーリーを通して東洋的な哲学思想が流れていることに気がついたからだ。


そもそも、ジェダイの力の源とされるフォース

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生まれつきフォースに敏感な者は、目には見えないこのフォースの「流れ」を感じ取り、更にそれを制御して自由に操作することが可能である・・・と、Wikiにまで説明されてる(笑)


ようするに、これは東洋で言うところのエネルギーのことじゃないか!・・と、たぶん日本人ならすぐに気がつく(笑)


そういえば、こんなシーンを覚えているだろうか?

Planet Dagobah(惑星ダゴバ)でルークが、沼に沈んでしまったX翼戦闘機を引き揚げようとするんだけど、出来ないのだ。
ルークはまだ若くて未熟者だからね~。

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そのとき、ヨーダがルークに言う言葉がこれ
  ↓
Life creates it, makes it grow. Its energy surrounds us and binds us.
(生命がフォースを作り育む。フォースのエネルギーは、ワシらを囲んで結びつけるのだ。)

You must feel the Force around you.
( お前の周りにあるフォースを感じなさい。)


Here, between you, me, the tree, the rock-everywhere.
(ほらここに、お前とワシとの間にもある。その木との間にもその岩との間にも、あらゆるところにあるのじゃ。)

Yes, even between the land and the ship.  
(そうじゃ。あの戦闘機と岸の間にもあるのだ。)


ルークは、そんなあ・・。無理に決まってんじゃん!とふてくされ顔。
立ち去ろうとするルークをしり目に、

ヨーダはフォースを使って戦闘機を岸まで運んで見せる。

えええ!!
I don't believe it.(し、信じられない!!)

と、ルークが言う。

そして、ヨーダが言う。
That is why you fail.
(信じられないからこそ失敗したのじゃよ。)



フォースは人にも木にも岩にも・・どこにでもある、という考え方って・・・
「神羅万象は気から作られている」という東洋思想と同じじゃないか!

と、そのとき、私は思ったものだ(笑)


これが、アメリカのハリウッドの娯楽映画なのか~?



ついでだから、スピリチュアル的なセリフをいくつか抜粋してみよう。


Our meeting was not a coincidence. Nothing happens by accident.
●出会いは偶然ではない。 偶然に起こることなんて何もないのだ。(さだめなのだ。。)


最愛の人を失う恐れに悩まされているアナキンがヨーダに尋ねるセリフ
    ↓
But you can't stop the change, any more than you can stop the suns from setting.
●運命は変えられないの。夕日が沈むのを止められないように。


うう・・なぜか切なくなるような・・おしゃれな表現。


以下はヨーダの言葉
   ↓
Death is a natural part of life.
●死は生きることの一部でもあるのだ。


まさに、死生観?


Fear is the path to the dark side. Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering.
●恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じるものだ。


●Careful you must be when sensing the future, Anakin. The fear of loss is a path to the dark side.
未来を感じる時は用心が必要なんだよ、 アナキン、喪失への恐れは暗黒面につながるのだ。


●But beware of the dark side. Anger, fear, aggression. The dark side of the Force are they.
フォースには暗黒面もある。怒り、恐怖、敵意 。それが暗黒面だ。



●Is the dark side stronger?
暗黒面の方が強いの?


●No, no. Quicker, easier, more seductive.
いや、そうではない。 入りやすいのだ。
(素早く、たやすく、そしてひきつけてしまうものだ。・・・という意味で。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、目隠ししたままだと戦えないというルークに対して、オビ=ワン・ケノービが言うセリフ
   ↓
●Your eyes can deceive you. Don't trust them.
目が見えるとかえって惑わされる。
(目はおまえを欺くものだ。 見えるものを信じるな。)


まるで武士道のような。。。
目に頼って見るな。感じろ!ということか~。



ルークがヘルメットで目を覆ったまま光線をはね返した際、ハンが「まぐれさ」と言うのに対して、

●In my experience, there's no such thing as luck.
経験上、成功にまぐれなどない



これもまた、剣道の極意のような・・
   ↓
●Judge me by my size, do you?
わしは小さいから弱いか?


yoda fighting

●No different. Only different in your mind.
サイズは何も違わん。そう思い込んどるだけだ。


たしかに、剣道を究めめたものは、体の大きさや若さでもなかったよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ライトサイドとダークサイドをどうやって見分けるの?」という問いに対して

●You will know, when you are calm, at peace, passive.
自然に分かる。心を平静に、無の境地にひらけば。


・・・・・・・・・・・・・・

ハンとレイアが苦しむ未来を見てしまい、彼らの安否を尋ねるルークに対して

●何とも言えん。未来は絶えず揺れ動くものだ。
Difficult to see. Always in motion is the future.


未来は決まってなんかいない?


こちらは、ルークにフォースの解説をするときのセリフ
    ↓
●It’s an energy field created by all living things. It surrounds us and penetrates us. It binds the galaxy together.
生命体が作り出すエネルギーの場で、銀河全体を覆い貫き、銀河系すべてを結びつけているのだ。


●Luminous beings are we, not this crude matter.
生命は光り輝く存在だ。肉の塊ではない。


・・・・・・・・・・・・・

こうやってみていくと、まるで、スピリチュアルのオンパレードのようなセリフばっかりだ。
まさしく、そこには東洋哲学思想が流れているかのようだ。


スターウォーズには、原作本というのは存在していない。
あくまでも、ジョージ・ルーカス自身の感性から生まれてきたものだ。



アメリカ西海岸生まれの彼が、どうやって、そんな感覚を習得したのだろう?

子供の頃からジョージは、大のSFファンで、車大好き、コミック大好き少年だったという。

そして、彼が大きく影響を受けた人は、Joseph Campbell(ジョーゼフ・キャンベル)だった、と本人自身も語っている。



ジョーゼフ・キャンベル : アメリカの神話学者、文学者、講師、比較宗教学者で、アメリカ人にとって、従来の宗教を離れて精神世界を模索しようとする人々たちにとっては、バイブル的存在とも言われている人。



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右側の言葉は、こんな内容→あらゆる宗教はどれも真実だ。それを暗喩的に理解するならば真実なのだ。
しかし、それを事実として自分自身の暗喩や解釈としてとらえてしまえば問題になるのだ。



キャンベルさんは、子供の頃、ネイティブ・アメリカンの工芸品を見たのがきっかけで、すっかりネイティブ・アメリカンの文化に魅了されてしまい、ネイティブ・アメリカンの研究をするようになったそうだ。


それから神話研究の世界に入っていったという。

こちらに彼の名言集がある。(なんとなく、これを見ただけでも彼という人がわかることだろう。)
    ↓
ジョーゼフ・キャンベル名言集


ジョージ・ルーカスは、ジョーゼフ・キャンベルの影響を受けた。
そして、ジョーゼフ・キャンベルは、ネイティブ・アメリカンに影響を受けた
ということは・・・

こりゃあ、東洋哲学思想と言い切れないようなあ~、と気がついたのだ。


東洋哲学思想=ネイティブアメリカン哲学

そもそも、この2つは、ひどく類似点が多い。

神羅万象に気が宿る

この底辺にあるものからして同じなんだから!
場所も人種も違うのに?



そう考えると、別にこれって、東洋独自のものではなかったのかもしれない、と思えてくる。
本来、世界中の人間の根源に流れていたものかもしれない。



ただ・・
西洋文明の方が先に進んでしまったために、多くの西洋人が忘れてしまった感覚だった・・というだけのことかもしれない。


ふと、そう、思ったのだ。



キャンベルさんは、最初にスターウォーズをみたときに、「私はスターウォーズが大好きだ」と公言したそうだ。
これは、神話の「英雄伝説」を完全に体現している、と言ったそうだ。

そりゃ、そうだろう。

そもそも、キャンベルに心酔したジョージ・ルーカスが作ったわけだし。




キャンベルさんによると、神話の「英雄伝説」には、同じ行動パターンがあるという。

彼自身の名著「千の顔をもつ英雄」にも述べられている。
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「英雄とは困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」


スターウォーズの中で言うと・・

ルークは地味に農作業の手伝いをしている青年だった。
ある日、ジェダイの騎士と出会う。

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ルークはジェダイの騎士と共に新たな世界へと飛び出す。
さまざまな困難を乗り越えながら、多くを学び、強大な帝国軍、悪の化身ダースベーダーと壮絶な戦い。

ルークは多くの試練や苦難を乗り越え、ついに悪の帝国をうち倒す。
そして、ルークは彼を待つ仲間のもとに帰還する。




ハン・ソロもまた、別のタイプの英雄だろう。
     ↓
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う、若かったよなあ・・ハリソン・フォード(笑)

まるで海賊のようなならず者。
自分でも、「正義のため、なんぞ・・クソくらえ!俺は金のためにしか働かないぞ!」って言い切る男。


ところが結局、相棒のチューバッカと共に命がけで人助けをしちゃう男。





人間というのは、面白いものだ。

いざとなったとき、普段はとっても良い人だったのに、人を押しのけてまで自分だけ助かろうとしたりしたり、また逆に、普段はワルのくせに、いざとなると、人を助けちゃう人いるのだから。
(飛行機事故で絶対絶命のピンチに陥ったとき、乗客がシートベルトで動けない子供を踏みつけて我先に脱走した話もあった。可哀そうな子供は踏みつけられて死んだのだった・・。)


まさに、スターウォーズからのセリフを借りれば、
恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じる」だ。


恐怖心は、品行方正の善人ですら、あっと言うまにダークサイドに落としてしまう。。。


ところが、ふだんは悪人と言われている人でも、英雄的行為をしてしまうこともある。


むしろ・・そういった人の方が魅力的なのかもしれない、とくに・・女性にとっては。(笑)
ふだんは悪ぶってるくせに、いざとなると・・勇気・正義の塊になる男ってヤツに。


ならず者のハン・ソロと気の強いレイア姫、生まれも育ちも違う二人。
当然のごとく、いがみ合う2人。

レイア姫が、「これからは私の命令に従って」 と言うと、

I take orders from just one person…me! 「俺に命令できるのはこの俺しかいねえ!」 と、ハン・ソロ。



ところが、この二人が恋に落ちるのに時間はかからない。

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それにしても、ハリソン・フォード、めっちゃ若い!



たしか最初の大ピンチのときに、レイア姫が、I love you! と告白すると・・
ハン・ソロは、I know..知ってるさ。・・・と応える。

また別のシリーズの中で、ピンチに陥ったとき、
今度は、ハン・ソロがI love you! というのだ。
すると、レイア姫がI know..わかってるわ。と応える。

こういった見せ方も、ちゃんと心得ている(笑)

なかなか盛沢山の映画だ。




もちろん、スピリチュアルなセリフだけでなく、こんなのもある。

●Twice the pride, double the fall.  
自信が増せばその分挫折も大きくなる。

●All who gain power are afraid to lose it. Even the Jedi.
力を得た者はそれを失うことを恐れる。ジェダイさえもだ。

●I should think you Jedi would have more respect for the difference between knowledge and wisdom.
ジェダイには「知識」と「本物の知恵」の違いに敬意を払ってもらいたい。

●The more you tighten your grip, Tarkin, the more star systems will slip through your fingers.
力で締めつけるほど反乱は広がるわ。(手で強く握りしめればしめるほど、手からすべり落ちていく)

●The day we stop believing democracy can work is the day we lose it.
民主主義を捨てる日は、民主が滅びる日。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、スターウォーズ・・・英雄伝説、大叙事詩。

2015年の公開からは、ルーカス・フィルム(ジョージ・ルーカスが設立した会社)から、ウォルト・ディズニー・ピクチャーに権利が移っている。

このお馴染みのロゴの映画会社だ。
    ↓
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とにかく、ウォルト・ディズニー会社が権利を買い取ってしまったのだ。


そのため、ジョージ・ルーカスの意見はほとんど無視されて製作されたとか。

2015年に、完成したスター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)を見たとき、ルーカスさんは、ひどくがっかりして、こき下ろしたそうだ(笑)

もちろん・・すぐに謝罪を入れたそうだけど。


そりゃそうだ!
さらに、バージョンアップして、大成功を収めたんだから。
世の中、金がモノを言うのだ(笑)

評判も賛否両論でまっぷたつに分かれるとか・・。



実はこの作品に限っては、私はまだ見ていない。

その後の、ルーク、ハン・ソロ、レイア姫も、登場してくるんだとか。(まるで往年のファンを楽しませるための企画か?)

でも・・こんなに変わった3人を、あまり見たいとは思わない私だ(笑)
   ↓
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(左から、レイア姫、ルーク、ハン・ソロ)

おそらく・・ディズニー映画になってから、東洋哲学=ネイティブアメリカン哲学や、登場人物の深い心理的葛藤など・・そういったメンタル面が希薄になってしまったのかもしれない。
その分、もっとエンターテイメント性を増したのかもしれない。

もっとも、私は見ていないんだから・・これは、ただの私の想像に過ぎない。


1977年 スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
1980年 スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲
1983年 スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還

1999年 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
2002年 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
2005年 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

ここから、ディズニー映画になる。
       ↓
2015年 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)
2017年 スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)
2019年 未発表(エピソード9) コリン・トレヴォロウ



まあ、それは・・それでいのかもしれない。

別に、旧作のルーカス作品にしたって・・
精神性や人間心理の機微に感動を覚えた人もいれば、そんな部分はまーーたく気がつかず、大活劇のエンターテイメント性に感動した人もいたことだろう。


それでも・・ジョーズ・ルーカス & ジョーゼフ・キャンベルの感性は、彼らの無意識の、心の深層部分に刻まれているはずだから。

哲学思想なんて、なーんも知らない子供の心にも、何かが残っているのかもしれない。


なんだか知らないけど・・ヨーダってカッコいいんよな~って言う子供もいるくらいだから(笑)


心に残る映画というのは、そうしたものかもしれない。


ジョーゼフ・キャンベルの英雄伝説のように、
「困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」

みんな、そうなるべきなのかもしれない。


あ、そういえば・・もうひとつ、ジョーゼフ・キャンベルの言葉があった。
   ↓

僕たちは「世を救うという華々しい英雄」ではないにしても、
英雄たちと同じように、自分の内部における精神的、心理的な旅をしなければならない。

世界を救う旅路ではなく自分を救う旅に出かける。そうすることであなたは世界を救うことになります。
いきいきとした人間が世界に生気を与える(神話の力 より)




そして、スターウォーズで、何度も出てくるフレーズ。

May the force with you.
フォースと共にあらんことを!


まずは・・自分の気も、周囲の気も・・「感じること」から始めなければならない。(笑)

物語から見る「歳を経て霊力を持った動物たち」

知人の家のネコは、22歳だという。
写真を見せてもらったところ、とても22歳とは思えないほど若々しかった。

こちらは、ニュースに載っていた長寿ネコで24歳のお誕生日の写真だ。
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Daily Newsの24歳のネコの記事から

知人のネコは、これよりもはるかに若々しくて12-3歳程度にしかみえなかったけど・・
まあ、人間同様それぞれだ。

それに・・・22歳くらいで驚いちゃいけない。
たしか、クリーム・パフというネコは38歳まで生きたそうだから。
Creme Puff (cat)

たぶん、こんな時代も
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こんな時代も
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経てきたことだろう。
飼い主さんと共に。

ちなみにネコの寿命は、少し前までは10年くらい、と云われてきたけど、今では15歳くらいまでに延びてるそうだ。


ネコに限らず、稀に、はるかに平均寿命を超えて長生きするものがある。


それが自然界の動物の話となると、
〇〇池に住む大蛇だとか、山の中に何百年も生きている大鹿だとか、妖魔と呼ばれる大狐だとか・・

そんな話は古今東西いっぱいあって、そのうちオカルトチックに扱われたりして、なんだかもう、胡散臭い話に思われたりもする。
でも実際のところ、平均寿命を超えて超長生きした個体もいたはず。

ネコだって、平均寿命が10年だとか15年と言われてたって、その倍以上も生きたネコがいるくらいだから。
もちろん寝たきりで延命治療を施した長生きとは別のことだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、いくつかの話を思い出した。
これは小説や物語の話なんだけど・・まんざら、フィクションとも言えないような気がしたのだ。

◆巨大な鯉の話

これは池波正太郎さんの、いわずと知れた鬼平犯科帳の「大川の隠居」という話から。

鬼平といえば、極悪の盗賊どもをバッタバッタと退治するような派手なアクションのイメージだけど・・この話には、まったくそんな派手な捕り物シーンも登場しない、地味~な話だ。

元盗賊だった老船頭の舟にたまたま長谷川平蔵さんが乗せてもらう。

おそらく、こうゆう舟のことだろう。
    ↓
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日本橋の南詰から江戸橋へ出て渡り、思案橋のたもとの船宿加賀屋に入る・・と書かれていたので、そこは、かなりの、昔の繁華街だったはずだ。

現在の日本橋あたりか?・・まだ埋め立てられず、江戸の下町、大川(現在の隅田川)が流れていた頃、
タクシー代わりに船宿に頼んで舟を使ってた時代の話だ。

思案橋あたりから、遊郭のある吉原に行くか、それとも芝居小屋の多い堺町に行くか思案したんで、思案橋と名づけられたと古い住人から聞いたことがある。
どっちにも行ける要所だったってことだろう。


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http://satueitai.exblog.jp/20777125/


舟宿というのは、舟の手配をしてくれる他、釣り舟の手配、料亭&居酒屋のような社交場も兼ねていて、さらに男女のあいびきにも使わてたとか。

江戸は縦横に河川や運河がめぐらされていて、べネツィアにも匹敵する水運都市だったため多くの舟宿が存在してたそうだ。

池波正太郎さんの時代物を読んでいると江戸の情景がリアルによみがえってくる。・・ただの想像なんだけどね~(笑)
江戸の料理だけでなく、四季の風物詩も満載されていて・・タイムスリップした情景が浮かんでくるのだ。
行ったこともないくせに~(笑)

夜、長谷川平蔵は友人と舟宿で料理と酒を楽しんだあと、また大川に舟を出してもらい途中で一服していると・・・老船頭のところに、巨大な鯉が姿を見せる。

老船頭は言う。
「あれは大川の隠居なんです。 大川の隠居が現れた次の日は必ず雨になりますよ。いくら今、月が出てたって雨なんです。
隠居は、わしたちの声もちゃんと聴き分けてるし、こうやって呼びかけにも応えて、たまに姿を見せてくれるんですよ。

隠居、もう行くのか~。じゃあ、またな~。」


と、古い昔馴染みにでもあったような声をかける船頭。

長谷川平蔵は、巨大な鯉にびっくり仰天。
ちらっと見せた鯉の目は、まるで・・鯉の目とも人の目ともつかないような・・・と感じる。

「いやあ、しかし・・実にいいものを見せてもらった。」と彼は思う。


私はなぜか、このシーンがとても印象的で、鯉の寿命ってどんなものなんか?と調べたのだ。

●コイの寿命は平均20年~70年、それ以上の個体も存在する。
●鯉は雑食で、貝類、水中昆虫、水草、土中の有機物質を食べ、大きいものは153センチで45キロという記録もある。
●長寿のものは210歳になった記録がある
(もっとも、これは天然の鯉の話で養殖の鯉は別、特別な餌で太らせたり手をかけるので短命だそうだ。)

実際、こーんなのもいるくらいだし・・
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雑食でたくましく汚れた水の中でさえ生きられる鯉は、鯉の滝登りの伝承から鯉のぼりにもなったそうだ。
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ちなみに、登竜門とは、鯉が滝を登って龍になるという故事から作られた言葉だそうだ。

そうすると、この大川の隠居の描写も、充分に実際にありえるかも!

●もしも、興味のある方は、ぜひ‥小説でお読みください。
TVドラマシリーズの中にも、「大川の隠居」があるんだけど・・ストーリーもエンターテイメントに作り替えちゃってあるんで・・。

または本を朗読したものを、YOutubeで見つけたのでこちらを
      ↓
鬼平犯科帳・大川の隠居




さて、もうひとつ池波作品で思い出したのは・・


◆狐の話

これは、剣客商売というシリーズのひとつなんだけど・・・やはり、悪者退治の派手な話ではなくって、やっぱり地味系。

剣術大好きな男がいるのだが、この人、めっちゃ弱い!
ところが、ある武家の娘と恋仲になって・・二人で添い遂げようとするものの悪者連中に狙われて二人で逃げ回る日々。

もう、二人で死ぬしかないのか・・とまで思い詰めてると、
そこに、昔々、その男の恋人によって命を助けられたことがある、という白い狐の化身があらわれる。

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その狐の恩返しの話なんだけど・・それほど甘い話ではない。

狐の化身が言うには・・

「私の大恩あるお嬢さんを助けるために、あなたに乗り移ってあなたを強くしてあげます。
ただし・・私が乗り移れるのは3年だけ。 その3年の間に、あなたは死に物狂いで剣術の稽古をして本物の、天下無双の剣客になってください。」

その狐はもう、すでに死んでいる。 しかし死んでから霊狐となって、今では伏見稲荷の狐になっているのだが、二人のことを心配して姿を変えて江戸にやってきたんだという。

それから彼は、人が変わったように稽古に励む。

ふと・・道場で彼のすさまじい稽古ぶりを見ていた秋山小平(剣客商売の主役で、剣の達人の老人)が、道場の片隅にたたずむ何かの気配を感じとる。

はて? 何も見えないのだが・・何かがじっと彼の稽古を見守ってる様子。
しかも、なんだか人の気配とも違うような・・しかし、何かが、たしかにそこにいる気配だが・・。


修行を積んだ剣客ともなると、以前にもアップした記事、武士道と刀のスピリチュアルにも書いたけど、
見えない気配(気)を感じる能力もずば抜けてくるようだから。

それは、剣の達人となった老人、秋山小平だけが感じ取れた気配かもしれない。

狐という動物は昔から霊力を持つとも言われてる。

妖狐


●この剣客商売もTVドラマ化されて「狐雨」というシリーズも入っているんだけど・・また、これも原作とは違う内容になってしまっている。
最後のオチで、狐の恩返しやら狐の霊の話は、恋人の娘が彼を強い男にするための作り話だった・・と変えられてしまっている。
地味な話をエンターテイメントのドラマにするには、それも仕方ないんだけど・・やっぱり、原作の小説をお勧めする(笑)




◆ヒキガエルの話

アマガエルなら、ちっちゃくてグリーンでかわいいんだけど、ヒキガエルとなると、ちょっとなあ~。
いぼいぼがあって毒を持つというし・・なにより色が汚い。

だけど、されど・・ヒキガエル、これがまた不思議な力を持つと言われてたようだ。

ヒキガエルが式神となって登場してくるのは、夢枕獏さん、または、岡野玲子さんの漫画の中の 陰陽師シリーズ「蟇」(ひさ)という作品。

蟇という漢字は、がま、とか ひき(ヒキガエルのひき)と読むらしいけど・・ここでは、ひさと読ませてる。


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さて、本題の蟇(ひさ)の話だが・・。

応天門に妖(あやかし)が出て怪異があったというので、安倍晴明と友人の源博雅が調べに行くことになった。
866年に応天門の変が起こった。応天門が放火された事件だ。

その裏には藤原一族と名門・伴氏の足の引っ張り合いが潜んでいたらしいが、いわゆる政権争いだろう。
最終的には伴氏が真犯人とされて、一族は死罪にされたり流刑されたりして、ことごとく処罰された事件だった。

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そのとき、伴氏が宿敵に呪いをかけるために使ったのが、流刑の地の佐渡から持ち帰ったヒキガエル(蟇)だった。
怨念を吸いこんで相手に災いをもたらすようにして、甕に入れて土に埋める。

ところが、うっかり・・呪詛を見られてしまったために失敗し、逆に伴氏が失脚することになる。


この物語では、安倍晴明が伴氏に起こった事件の真相を探り、最後に蟇が埋められていた甕を発見する。

すると・・・ぴょーんと甕から飛び出したのだ。
干からびて死んだはずの蟇が雨水を吸って、自ら生き返った。

博雅が言う。
「人の目をしてるぞ!
気味が悪いから、捨ててしまえ!」

「いやいや、これは人の気と歳経た蟇の気が練り合わされたとっても強いものだ。
めったなことで手に入るものじゃないぞ。」


と、安倍晴明さんは嬉しそう。

持ち帰って、その後、式神として使うようになるのだが、今度は美しい昔の装束の女性となった姿で現れるようになる。

こんなふうな、唐風の奈良時代を思わせるような式神だった。

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http://komurovski.blog.fc2.com/blog-entry-27.html



そもそも天安門事件が起こったのは、866年
安倍晴明が生まれたのは、921年とされてるから、そのとき、晴明が30歳だと計算しても・・85年も生きてることになる。

この蟇は少なくとも・・・百年以上は生きてる!ってことだ。


ヒキガエルというのを調べ見ると、日本神話で神様とされている。
    ↓
多邇具久(たにぐく)

たにぐくと呼ばれていたそうだ。

万葉集その三百六十八(谷ぐく=ヒキガエル)によると、

「谷ぐく」とはヒキガエル、いわゆるガマの古名で、「谷間を潜(くく)り渡る」
あるいは「谷間の陰湿地に住んでククと鳴く」ことに由来するとも言われている。



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そのほか、こんな記述もみつかった。
    ↓
●万葉集にも登場しているし、夏の季語として、「蟇/蟾蜍(ひきがへる)」「蟾(ひき)」「蝦蟇(がま)」が使われるそうだ。

●大槻文彦の「言海」には、蟇(ヒキ)は「気によって小虫を引き寄せて食べる蛙という伝承」の記述がある。

●漢籍においては、「蟾蜍(せんじょ)」は兎(ウサギ)とともに文字色月の象徴。月中蟾蜍。
夫の羿を裏切って一人で不老不死になろうとした嫦娥と言う仙女の伝説が由来である。

●日烏と呼ばれる3本脚のカラスが太陽を象徴したのに対して、月には陰気の動物であるヒキガエル(蟾蜍)またはウサギ(月兎)が棲むとされた。


●東アジアの美術にしばしば登場するモチーフである。「蟾蜍」の名はまた、文具の「水滴」の別称にも流用されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ、物語に登場する、信じられないほどの長寿な動物の話はいっぱいある。
(おっと・・狐の話は、すでにこの世のものではなかったけど・・。)

これは、私がたまたま気に入ってる、3つの話をあげたまでだ(笑)

そのほか、大鹿、大蛇など・・数えきれないくらいある。

ただの物語とはいえ・・いづれの作者も古い伝承や文献からヒントを得て書いていることを考えると・・まったくあり得ない、フィクションとは言い切れないように思う。

いずれにも共通することは、

超長生きしてる
霊的な力を持っている


ということなんだけど、

長生きした結果霊的な力を持ったのか、霊的な力を持っているから長生きができるのかは不明。
両方とも同時でどっちも!言えることかもしれないし~。

自然の中に生きて人間と関わらない動物でさえ・・・晴明さんが言うように・・人の気を吸って生きたことで霊的なパワーを持つようになるのかもしれない。

スピリチュアル的表現をすると、自然霊が宿った生きもの、または、人の霊が宿った生きもの・・・になっているのかもしれない。


だから、
「人の目をしている」・・のだろうか。。。
いやいや、たしかに動物の目には違いないんだけど・・なぜか、まるで人のような表情を持つ目に見える、ということだろう。

そうやって年を経た自然の生きものは、人々の守り神になるのか、それとも邪神となるのか?

時と場合によって・・また、関わる人によって・・彼らはどちらにでもなれる存在という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、家庭で飼われたペットたちは、また別だ。
家族の中で特定の人の中だけで、年月を過ごしてきたわけだから。


それでも・・かなりの高齢になって白内障を患っているようなペットですら、

見えない目で、じっと見つめられるとき、
まるで人間のような目をしてるな~って、感じるときがある。

以前私も、年老いたネコに、「大丈夫だよ。わかってるから。。。」
と・・・言われた気がしたことがあった。(←そう、思い込んだだけとも言えるけど、私としては、今でもそう思っている。)


別に寿命が短くても長くても、それが幸か不幸かなんてわかりようもないし、また、どっちがいいとも悪いともいえないわけだけど・・

それでも、異常に長生きしているものには、まるでヨーダに対するような・・・ゆるやかな畏敬の念を覚えてしまう私だ。

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星を見ることから始まった占星術と天文学

これは、Mono Lakeという場所の夜空、ミルキーウェイの写真
       ↓
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カリフォルニア州の北、ヨセミテの方角でほとんどネバダにも近いあたりだとか。

こっちもカリフォルニア州、California Coastal National Monument
      ↓
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先日休暇を取ってナショナルパークへ出かけた人から、夜空の星が大きく美しいのに驚いたって話を聞いたばかり。

そうなんだろうなあ・・・。
しかし、都会で星は見えない。

都会で星が見えない理由は、

●都市部の夜間照明
●空気の透明度の低下

だそうだ。

スモッグがあって、夜でも明るい街中では星なんか見えないだろう。


スモッグといえば・・これは、上海の大気汚染された街並みだそうだ。
   ↓
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まるで、濃霧に覆われた朝みたいじゃないか~。

私の住んでいるところは、比較的朝晩、霧が発生する地域なんで・・・たまに、早朝、こんなカンジになることもあるのだが・・
しかし、霧ならば晴れるけど、大気汚染となると、こりゃ、たまったもんじゃない!

中国都市部では大気汚染のために視界がゼロに近くなり、飛行機が着陸できないことさえあるという。


これじゃあ、星どころじゃない。


さて、満点の星空の話に戻そう(笑)


「実に美しい星空だったよ~。
古代の人もこうやって星空を眺めたのかと思うと、悠久のロマンを感じるよなあ。」


と、その人は言ったけど・・・
古代人、星空、悠久のロマンなんて言葉を聞いて、ふと、古代の天文学と占星術のことに思いを馳せた。


昔々、天文学と占星術が一緒だった時代。

古代の人々は、天体を眺めて観察しているうちに、地上で起こる天変地異や人々にも影響を及ぼしていることを知ったのだろう。
そこで、さらに観測し、天体の動きを予測することで、地上で起こることも予測しようとした。。

それが、天文学であり占星術であったそうだ。

英語でいうところの、
天文学を astronomy (アストロノミー)
占星術を、Astrology (アストロロジー)
 

と今では区別されてしまったが、

両方に共通する接頭辞のアストロ(astro)というのは、古典ギリシア語の astron という意味だそうだ。





紀元前の昔、高度な文明を持っていたといわれてるとこがある。


その有名どころは、

シュメール、メソポタミア、マヤ、など。


その文明が、インド、エジプト、東アジア、ギリシャなどに渡っていくことになる。


しかし・・・すべての文明の発端は、「星をみること」から始まったのだ。


夜は真っ暗だった時代、寝ないで夜空を見続けた人がいたんだろう。
(きっと、どの時代にも人と違うことをするタイプはいただろうから。)

じーーと観測を続けていると、ある星が周期的な動きをしてることに気がついた。


あれ~? いつも、あの花が咲くころにあの星はあそこにくるし~、あの鳥が飛んでくる時には、あの星はあそこにいるなあ~なーんてことに気がついて、

まず、星が周期的な動きをしてるらしい?、というところに気がついて、
どうゆう周期で動くんだろう? あっちの星はどうだろう?
じゃあ、次には、どこに動くんだろう?

星の周期に焦点をあてて観測、さらに次の動きを予測しようとしたようだ。


同時に、そこではじめて、時間という概念が生まれた。

そう、我々が当たり前のように思っている、時間だって、古代人の星の観測から生まれたものだ。


そうでなければ、愚かな人間たちは、明るくなって朝がきて起きて食べ物を探す。だんだん暗くなって夜になったから寝る・・・なんだか知らないけど、そうゆうものなんだよなあ~、と生活してただろうから。(←まるで現代人とほぼ一緒(笑)


ところが、星を眺めて色々と考えた人たちがいてくれたおかげで、
天体の周期を知り、季節、時間、というものを知るようになり、暦を作り出すまでになったのだ。

暦というのは、現代人にとっては、ただのカレンダーで、「きょうは何日?」を知るくらいのものだろうが、古代人にとっては画期的なものだった。
雨期や乾季の時期を知り、農耕がはじまれば種まきの時期を知り・・・どれだけ、人々の生活に役だったことだろう。

そして、どれだけ文明を発達させていったことだろう。


その証拠に、数々の建造物が残されてる。
正確な天体の動きを理解していなければ、こんなものは作れないだろうから。


◆ストーンヘンジ(イギリス)
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https://twitter.com/sekakenpr/status/745051281769672704

紀元前3050年頃から紀元前1600年頃にかけて築かれた巨石遺跡。祭壇石を中心に、30個の石が直径30mの円形に配され、そこから100mの場所にヒール・ストーンと呼ばれるもうひとつの立石があり、夏至の日、ヒール・ストーンと祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る。

◆アブ・シンベル神殿(エジプト)
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「ヌビアの遺跡群」の一つであるアブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラメセス2世が築いたもの。
正面入り口に建つ4体の巨大なラメセス2世像が配置され、この入り口から60mほど奥に進んだ至聖所に、さらに4体の神々の像がある。 春分と秋分の朝、入り口から差し込む朝日は、まず入り口のラメセス2世像、続いて神々の像を照らす。


◆チチェン・イツァ(メキシコ)
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ユカタン半島のチチェン・イツァは、5世紀半ばから7世紀末、また、11世紀から13世紀にかけて2度栄えた古代のマヤ遺跡。
後期に建てられた9層のピラミッドでは、春分と秋分の日没時、巨大な蛇が表れる。
その正体は太陽の影。北面中央に設けられた階段の横に、天から大蛇が降りるごとく、上から下へ光と影のジグザグ模様が浮かび上がる。



どの建築物も、秋分・春分の太陽の位置を計算した上で意図的に建築されたものだ。


つまり、時間の概念が生まれ、数学が生まれ、建築学も生まれ、同時に神秘を知り、宗教も哲学も生まれ・・あらゆる学問のもとになっていったのだろう。

すべては星をみることから始まっている。


●紀元前3000年頃のシュメール文明では、季節が冬と夏の2つで、1か月29日か30日の12か月の比較的簡単な暦を作り上げたといわれている

古代エジプトでは、定期的にナイル川の氾濫に悩まされていたようだが、それが恒星シリウスの観測から、次の年の増水開始までの日数を数え上げ、1年が約365日であることを知ったそうだ。

マヤ文明では、かなり正確な暦が作られていて、火星や金星の軌道も計算していたそうだ。
高度な数学も発達させて、20進法を用いて、ゼロの概念を発明されていたそうだ。




そういえば・・

マヤとはメキシコ先住民の言葉で「周期」、マヤ文明とは「時間の文明」という意味なのだそうだ。 (メキシコ・グアテマラ先住民のマヤ族)
古代マヤ文明とは
マヤ文明_Wiki 


マヤ人は、自ら「マヤ=時の民」と称したくらいだから、彼らは時間の神秘の謎を解き未来を知ることを研究することに専念していたのかもしれない。

もっとも、これはマヤ人だけではなく、おそらく・・すべての古代文明の人たちに共通することだろうけど・・特にマヤ人たちは、その謎の解明に心血を注いだのかもしれない。


マヤ暦というのは、現在でも頻繁に耳にするくらいだし(笑)



未来を予測すること、もちろん、それは現代で言うところの、占星術
天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測する。


世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。



そのために、人類はあらゆる学問を発達させてきた・・・といえるかもしれない。


天文学と占星術からはじまり、数学、物理、天文学、哲学なども発展させてきたけど・・すべてはひとつに融合するものだった。
それが現在のように別物として扱われ、分業していくのは、主に19世紀に入ってからだそうだ。

古い時代の学者に限って、多くの肩書を持つ人が多いのはそのせいだ。

たとえば、
レオナルド・ダビンチ・・・画家であり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など


ダビンチほどじゃなくても、一人でいくつもの分野を手掛けてる人の方が当たり前、という時代だった。

「真理の追究」をしていけば、多くの分野にまで及んでしまうのは自然の流れだろうし、そもそも、現代のように、カテゴリー化する感覚すらなかっただろうから。


古代マヤ人たちが遺した重要な考古学資料の中に、チラム・バラムの聖なる予言書というのがある。

マヤの神話から始まり、古代からの研究成果である大宇宙の循環を記したものや宇宙の真理にまで及んでいたのではないか?といわれているが・・。

マヤ滅亡後もずっと、代々の王族に受け継がれてきた20巻にも及ぶ貴重なものだったそうだ。
しかし、その多くはスペイン人が占領したときに焼き捨てられてしまったそうだ。


そういえば・・マヤ人たちは二十進法を用いていたそうだ。
一方、バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法を用いたそうだ。



60進法の基本は、
10 というのは両手の指の数で、12は太陰暦の1年=12ヵ月というのをすでに知っていたので、
そ の最小公倍数であり、かつ、 2, 3, 4, 5 の最小公倍数にもなるんで、60というのが生まれた




たぶん、そうだろう。。。


そういえば、東洋占星術で用いられる干支というのも、六十進法が基本になってるんじゃないだろうか?
「甲子」「乙丑」というように十位と十二位の組み合わせで表現されているわけだから。


ということは、東洋占星術はバビロニア・メソポタミアの流れを汲んでいるのかもしれない。


さて、ここから、占星術の話をしよう。

今では、大きく・・ざっくり分けて、東洋占星術と西洋占星術に分けることができる。
(なぜか人って分類するのが好きだよなあ~)


もともとは、ひとつの西洋占星術がインドに渡り、それがインド占星術となり東アジアや中国へと伝わり、東洋占星術の基礎になったとのではないか?って話だ。


東洋占星術には四柱推命や九星気学、算命学など様々な占術があって、それらをまとめて東洋占星術と呼んでいる。

東洋占星術と西洋占星術も、地球上全ての存在は宇宙の中の一つという概念がもとになっている。

ただ、大きく違う点は、

西洋占星術では、万物を生成する要素は「火」「地」「風」「水」の4つと考えられている。

東洋占星術では、陰陽五行説を元にして「陰」と「陽」という二つの概念と、「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素が万物を生成していると考えられている。


じゃあ、東洋占星学の方がより細かい分類をしてるから西洋よりも優れてるかって?

いやいや、簡単にそんなことは言い切れないのだ。

西洋占星術では生年月日と生まれた時間、生まれた場所から、10個の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星)が、生まれたときにどこに位置していたかを示す「ホロスコープ」と呼ばれるチャートを作成することからはじめる。

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占星術師たちは、この星の配置図(ホロスコープ)を分析することで、まずは、その人の性格、才能、運命などの基本パターンを知ることができるのそうだ。

一方、東洋占星術では、まず人体星図というのを製作するそうだ。
     ↓
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東洋占星術は、一定のサイクルが繰り返し循環していくという考え方がベースになっているのに対して、西洋占星術では、「今このときの惑星の配置」に重点をおいて分析していく。

なので、東洋では時間を循環するものとして捉えるが、西洋では一本の直線として捉える・・・なーんて話も聞くけど・・・

そんな単純なことではないだろう(笑)

両者とも、循環を繰り返す中にも個の特異性があることも知らないはずはないから。


ドイツの天文学者で、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、1571年12月27日 - 1630年11月15日)という人がいる。

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そうそう、あのケプラーの法則で有名な人。

どっかで聞いたけど忘れちゃったぜ!という人のために・・
ひとことで言っちゃうと・・・ケプラーは、太陽の周りを楕円をえがく軌道で地球が回ってるという地動説を確定的なものにした人だ。

詳しくはここ
   ↓
http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=5369


ケプラーさんは、天文学者でもあったけど、同時に、数学者、自然哲学者、占星術師でもあった。

まず彼は、ピタゴラスの神秘哲学に深い影響を受けていたそうで、宇宙秩序の根底にある「数の法則」というものを研究している。

そもそも、ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説いていたそうだから。

なんだそりゃ?

オクターブ(8度音程)は、1:2
5度音程は、2:3
4度音程は、3:4

音楽の経験がある人なら、すぐピンとくるだろうけど・・これは、ド・ミ・ソ~♪の響きだ。

ド・ミ・ソ
シ・レ・ソ
ド・ファ・ラ~

たしかに、これは調和的な響きだ。


さらに、天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測した。

それを「天球の音楽」と呼んだそうだ。(←なんとも、ロマンチックな・・)

たとえば、

月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)・・ほぼ、1:2
水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)・・・3:2

など。

惑星の運動法則を見出した天文学者、ケプラーさんは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じている。

それぞれの惑星の音律まで記している。

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ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律


天空で奏でる惑星たちの音楽

音楽をまた数学で表すこともできるし・・そして、それは天文学でもあり、宇宙の調和を数字や音で表したものといえるだろう。


現在でも、西洋占星術ではアスペクト(天体間の角度)の法則が使われているが、それもまた、ケプラーに由来するものだろう。


ピタゴラスからはじまりケプラーへ。

それもまた、星を見ることから始まっている。



さて、それでは・・現代の占星術はどーなんだろう?
東洋占星術であれ、西洋占星術であれ・・

古くは、天文学と密接に結びつき、自然の理を知り世界を知り己を知るために研究されてきたものが、現在ではすっかり、似非科学に追いやられてしまったわけで「星占い」と呼ばれるエンターテイメント要素の強いものになってしまってる気さえする。


もちろん、りっぱな占い師さん、鑑定士さんと呼ばれる人たちもいるけど、

ふと、思うのだ。

彼らはどうやって学んでいる? どうやってその知識を得たんだろう? と。


おそらく、それぞれの流派があったり、また個人の先生に弟子入りしたり、学校で学んだり、さまざまだろう。

しかし、元となるものは古代の文献のはず。

しかし、占星術は中世期にキリスト教の弾圧を受けて焼き捨てられてしまった書物の方が多いのだ。
まさに、マヤのチラム・バラムの聖なる予言書が、野蛮なスペイン人たちによって燃やされてしまったように。


そんな中で、わずかに残った文献から、後世の人たちがそれを読み解き伝えてきたものがもとになってるのではないだろうか?


でも・・それだけでいいのか?
文献を読み解き、それを伝えることだけで・・

未来の予測が可能になる??


もっとも古代の書を読み説くだけでもそれは大変な苦労だろう。
しかし、それだけで終わってしまい、それだけで論じてしまってるとしたら?

占星術のベースは天文学にある
星の動きにある。


それが前提にある以上、
現代を予測するのに現代の夜空を見上げることがなければ、現代はわからないのではないだろうか?



たとえば・・最近起こってること。


私はたまに、宇宙天気ニュースというサイトを見るのだが、それによると・・

去年の暮れには太陽の黒点がほとんどなくなり、ゼロを更新していた。
これは、氷河期到来か?と思っていたところ・・

今年に入って、今度は逆に異常に黒点が増えだし、4月に入ってその数、50にもなり、Mクラスの太陽フレアーを起こしたそうだ。
あっちこっちでオーロラも観測されている。

なんだこりゃ!
黒点が増えたり減ったりの周期は11年といわれてたのに、もう、めちゃくちゃじゃないか!@


黒点については、以前のブログで書いたことがある。
   ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?




さらに、数々の天体衝突、拡大する自然災害、相変わらず続く野生動物の大量死などなど。


現在の占星術の占い師さんは、こういったことも考慮して占い結果を出してくれているんだろうか?
いやいや、どうも・・そうとは思えない(笑)
(ただし、ここでは占い師さんといっても霊感を使うような人々は除いて・・の話だ。
あくまでも研究した学者としての占い師さんについてだ。)


せめて、こういった変化に着目して研究されるんだろうか?

いや・・これも、どうも・・そうとは思えない(笑)


天体と地上のできごと、そして個々の人間もまた天体から影響を受けているというのが大前提である以上、

占星術の占い師さんならば、毎日のように星を眺めて天空の変化にも気がつかなければならない。
そもそも天文の知識がベースに必須なんじゃないかな?

と、思ってしまう私だ(笑)

これは別に・・現在の占星術師にクレームをつけてるわけじゃない。
そうゆうものなんじゃないかなあ?という、私の疑問に過ぎない。


どの占星術を使っても、個人が持って生まれた性格、性癖、志向性などというものは、たしかに当たってることが多いなあ、とは思うけど・・・残念ながら、それどまりって気がしてしまう。


それ以上のことは、やはり・・天体を観測しないと、これ以上は行き止まりなんじゃないだろうか?
古代エジプトで、シリウスの動きとナイル川の氾濫の関連性を発見したように。


おいおい、それじゃあ、NASAは何やってんだ? (←もう、占い師さんの話どころの話じゃないなあ。)
肉眼で見るしかなかった時代とは違って、高性能な天体望遠鏡で見てるんだろうに~。

彼らは何を研究してるんだよ!


古代の人は、星を観察することで、

天体と地上のできごと、そして人間は天体から影響を受けている。

まず、これに気づいたのだったな。

そして、さらに研究をはじめた。

なんのために?

天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測するために。
世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。


そうだったはず。。。


その結果、さまざまな学問が生まれて分化していくうちに・・
たぶん、すべての分野の人々が、本来の目的からかけ離れてしまったのではないだろうか?

天文学者も、数学者も、哲学者も、音楽家も・・・もちろん、占星学の占い師さんたちも。



科学技術が高度に進んだ現代では予言などというものは迷信の一種としか扱われなくなった。

それでいて、現代人はコンピュータとカオス理論を操って未来を予知しようと企てている。

カオス理論の超簡単でわかりやすい説明はここ
    ↓
カオス理論とは




NASAでは、新しい天体の発見や地球に衝突しそうな惑星をチェックしているんだろうか?
(いや、国家の兵器開発のため・・って噂もあるけど(笑)

地震学者は地震の予知をしようと試みる。

だけど・・・

現代科学の粋を集めたスーパーコンピュータでさえ、明日の天気ですら確実には予知できないという。

そりゃそうだろう。

コンピューターにだって、初期値を入力しなきゃならないんだから。

一枚の紙切れを高層ビルから落としてそれがどこに落下するかなんて、スーパーコンピューターだって、ピンポイントで予測は無理無理。

しかし、
占星術は似非科学で予言は迷信と言いながら、コンピュータを使った地震予測や天体の動きを予測することは予言とは違うんだろうか?

なんだか矛盾を感じてしまうような・・(笑)
どの分野も違った方向へ行ってしまってるような・・

なんのために勉強するんだよ~(←落ちこぼれ小学生の気分で言ってみる。)

もう一度、古代人のように星を見ることから始めてみるか~

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サイコパス的価値観が蔓延する時代の生き方って?

たしか、どこかの東洋占星術のサイトだったと思う。

古代から占術は帝王学のひとつであり主に王侯貴族に用いられてきたものだったが、
現在は各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本となる。



そんなことが書かれていて、あー、なーるほどなあ、と思ったことがあった。


時代によって価値観が変わるのは当然だし、また個人によっても一般的ではない価値観を持っている場合だってある。
そうなれば、一般論の占いには当てはまらないことだってあるだろう。


実は私も、若い頃に、相性と結婚運を観てみらったことがあった。

「うーーん、このお相手との相性はあまり良くないようですし結婚運もよくないかもしれません。
運気が波乱万丈になりそうだし安定した結婚生活が送れない可能性が高いでしょう。それにお子さんにも恵まれないかもしれませんね。」


と、占い師さんに言われたことがあった。


「え? 私、子供はいてもいなくてもいいです。それに・・波乱万丈は、むしろ望むところだし、夫と頻繁に派手な喧嘩をしても構わないし~、ただ何があっても二人で苦難を乗り越えていける関係というのが私の理想なんですけど。」

と言うと、
「あ、それなら、むしろ相性がいい関係かもしれませんね。」と言われた。

え? 占いってそんなものなの?(笑)


また、相手が外国人だったり、年齢差10歳以上離れていたり、お互いが晩年の結婚だったりする場合は、通常の相性鑑定には当てはまらないのだそうだ。

じゃ、そういうケースの占いってどーなるんだろう?とは思ったけど、いまだに答えは得られてない。


たぶん・・・この「通常の相性鑑定」というのが、現代の一般的価値観をもとにしてたんだなあ、と、このとき気がついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたまに、日本の時代劇映画やドラマを見ることもあるのだが・・

近年、なんだか見ていると違和感を感じてしまうことが多い。


なぜなら、現在の人々の感覚のまま作られちゃってるから!

現代の価値観で善悪までもジャッジしてしまうような作り方になってるような点が・・どうにも違和感が残る。
これじゃあ、ちっとも時代劇じゃないよな~、と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)


たとえば・・戦国の姫君たちが、「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか、「私というものがありながら側室を持った」、「他の女に子供を産ませた「とか、
「戦は嫌だ!」とか(笑)


おいおい、これはまさしく現代の価値観そのもの


戦国時代ならば「領地を拡大し家名をゆるぎないものとして存続させる」ことが男女ともに第一の目標であり、それが価値観にもなっていたんじゃないのかなあ?

だからこそ、少しでも勝ち戦をして領地を広げる。

ただし戦ばっかりしてれば、莫大な資金を費やし大事な兵士も失う可能性もある。

そこで上手な外交政策も必須。

それが姫君たちの役目だったように思うのだ。
また嫁ぎ先の事情をスパイする役目も担っていたかもしれない。

そんな大事な役目を託されて嫁ぐということは、むしろ姫君たちにとっては名誉なことで喜んで敵地に嫁いでいった人たちも多かったかもしれない。
機転が利いて賢い姫君だったら、見事にやり遂げたことだろう。


となると・・

「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか「戦は嫌だ!」

というのは・・・まさに現代人の個人主義的な思いだ。

たしかに男尊女卑の時代ではあっただろうけど・・すべてに身分制度がものをいう時代。
しかも戦国時代ならば、いくらでものし上がるチャンスがあった時代。

女性であっても、城主の奥方ともなれば旦那を別にすれば自分がトップの立場になれるし、いくらでも政に采配をふるえる。(もちろん能力があれば・・だけど)

まして戦国時代、コロっと旦那の城主様が討ち死にでもしてしまえば自分が頂点に立って采配をふるうこともできただろうから(笑)

今川義元のお母さんの寿桂尼(じゅけいに)さんなんて有名だよね。

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一方、男性側は、家の繁栄と存続を守るために領主が側室を持つことが必須だったし・・また、男色も当時は認められていた時代だ。
むしろ、「男同士の恋愛は美学」・・なんてことさえ聞いたことがある。


同性愛が良いか悪いか、美学かキモイだけのものか・・なーんてことさえ、時代によって変わるのだ。


当時、恋愛結婚ができたのは身分の低い人たちだ。(藤吉郎とおねさんみたいに。)
気ままに個人主義を貫けたのは、身分の低い人たちの特権だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

もしも、私が戦国の世の大家の跡継ぎに生まれて、15-6で出会った百姓娘に惚れてしまい、
家も跡継ぎの立場も家来たちも全部どーでもよくなってしまって、みーんな捨てて家を飛び出したとしたら・・・・

そりゃ、ひょっとしたら抹殺されたかもしれない。
それとも・・ほかに兄弟姉妹でもいれば、死んだことにされて諦めてくれたんだろうか?

いずれにしても、時代の価値観に逆行して生きようとすることは、決してラクではなかったことだろう(笑)


だからこそ、占いサイトにも書かれていたように・・時代の価値観に即して生きることこそが、生きやすい生き方なんだろう。



では、今の価値観とは?

たまたま、In Deepというサイトで、あるブログ記事をみつけたんだけど・・
ここに、まさに私が漠然と思っていたことが書かれていたので、ちょっとびっくりした。
    ↓
サイコパスとその理念が世界を動かしている「悪意の時代」の中で

抜粋すると、このように書かれている。
    

「アメリカから始まり西洋(および多くの西洋の影響を受けている国)全体に広がっている現在の社会は、全体が《サイコパス的》価値観に支配されている」



そう、現在の価値観は《サイコパス的》価値観なのだ。
しかも・・身分制度がなくなった現代は、階級には関係なく、すべての人々に《サイコパス的》価値観が蔓延してしまっている

そんな気がしてならない。


そして、サイコパスの定義はこのように書かれている。
     ↓

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの定義

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的



こういったサイコパス気質を持ちながら優れた能力を発揮して、なおかつ、巧みに「道徳的な行動」にカモフラージュさせて、「世のため人のために貢献している」ことををアピールできたならば、多くの人々の心を掴むことができる。

そうなれば、頂点に立つことがでできる時代なのだ。

サイコパスをベースに、プラス、才能とカリスマ性で、時代の寵児、ヒーローだ!
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これが、特権階級のみならず、一般庶民の間にも蔓延してしまっていることが怖い時代かもしれない。


たとえば・・身近なところで私たちの職場をみても、多くの会社が、第一目標は「いかにして儲けを出すか」
会社の上層部も社員たちもその理念のもとに、出世&給料アップを目指して突っ走っている。

もちろん経営理念に、「がんがん、ひたすら儲けること」と謳ってる企業は見たことがないけど・・(笑)
    ↓参考までに
Googleで経営理念を検索する

目標は売上アップのみ。 
会社側も社員も、相手を蹴落としてでも勝ち組となることを目指す。
そして負けたヤツは本人の力量不足なんだから当然!とばっさりと切り捨てる。



どんな立派な経営理念を掲げても・・・これがまさに、ホンネに思えてならない時代。

これじゃあ、多くの企業がブラック企業と紙一重なのかもしれない。


その結果、(これもIn Deepからの抜粋だけど・・)

見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、宗教は精神性を破壊しているばかりだ」 – マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)



まあ、そりゃ当然の結果だよなあ。


もちろん昔から、ガンガン金儲けしてビッグになることを目標にした人は多かったことだろう。

貧しければ貧しいほど、そう願うのは当然だろうから。


しかし・・それでも、

人々の間にはやっていいことといけないことの境界線がひかれていたように思う。


どんなに手っ取り早く売り上げを伸ばせる方法がわかっていても、これだけはやってはいけない!という境界線を持っていたように思える。

法に触れるからというよりも、それは人道的・精神性から来るものが大きかったように思うのだ。

それでも、もしも非人道的なことをやっちゃった人は、法で裁かれる前に社会的制裁が加えられることになったことだろう。


現代と大きく違う点は、
「人道的、モラルの境界線」から「法律に触れて告訴されないギリギリの境界線」へ変わっってしまったように思える。

それも社会全体、人々の価値観全体が。


・・・・・・・・・・・・・

ウチのじいちゃんは、江戸商人の出だったそうだ。
そのじいちゃんから、子供の頃に聞いた話がある。

「昔は、いちいち証文やら売買契約書なんてものが無くても、口約束だけで取引することも多かったんだ。」
と、じいちゃんは言った。

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江戸の商魂 (講談社文庫) 文庫 より




「え? そんな危ないことしてたの? 商品持ち逃げされちゃったりお金を返してくれなくなったり、大変だったんじゃない?」

「そんなことは一度もない! 商売仲間は信用で貸し借りも売買もしてたからね。
もしも、相手を裏切るようなことをすれば、あっと言うまに同業者に広まり、そいつは二度と商売ができなくなっただろうからね。
だから、そんなことをするヤツはいなかったよ。」

「へええ、今じゃ考えられないなあ。」

「それどころか、関東大震災で店が潰れたときは、大阪の知り合いの商人が無期限無担保で資金を貸してくれたもんだよ。
どうぞ使ってくれなはれ! あんさんの器量を見込んでお貸ししますよってに、って。
それで、ワシは店を再興することができたんだよ。」


それは・・当時の人たちが持っていた、義理とか人情ってものだろうか?

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倫理観、モラル、人としてのプライド

仁・義・礼・智・信というのは、かつての日本人の精神性に刻まれていたものだったと聞く。


たぶん、武士であっても、商人であっても、当時の人たちには、そういった精神性が心の奥に刻まれていたのだろう。

だからこそ一線を越えない。
心情的に超えられない。


どんなに儲けるためでも家を守るためでも・・超えてはいけない境界線を意識していた人が多かったように思う。



古い時代というものは、野蛮で残酷な殺戮の時代というイメージがある。
私も、そう思っていた。

首を切って処刑するとか自分で腹を切る切腹だとか・・

こりゃ、たしかに、スプラッターだ。


では、現代は、もっと人道的で優しい時代になったんだろうか?

答えはNO!!

むしろ、視覚的スプラッターをきれいなオブラートに包んだだけで、残酷、冷酷、非常さはもっと増したのかもしれない。

過労死、薬害、自殺も増えているわけだし、
戦争で多くの人々を殺戮しているのも事実だし。


倫理観、人情といった精神性を失いつつある現代だからこそ、罪悪感もなければ後悔することもない人も増えている。
そのうえ、むしろ、そういった人こそ、トップにたったり称賛の的になったりする。

そんな時代なのだから。

それをサイコパスと呼ぶわけだ。


サイコパスに動かされている時代。
それが一般的価値観になってしまった時代。




しかし・・

それでも多くの人は、もう心の奥で気づいているんじゃないかなあ。


今の時代って、なんかヘン。 なんか狂ってる。


世間に順応できない若者が増えたり、「引きこもり」になったり、
うつ病を患ったり。
スピリチュアル系にはまる人が増えたり。


なーんとなくでも、現代の価値観で生きられない人は、そうやって病んでしまうか、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。


醜いものに蓋をして逃げ出したい気持ちはよーくわかるなあ。

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見なかったこと、聞かなかったことにしちゃう!
そして、ほんわかした世界で生きようとする。

私も、つい・・そうしがちだったから(笑)


だけど・・逃げ場を求めて自分の世界に籠っていていいんだろうか?


スピリチュアル系で使われる言葉で、グラウンディングというのがある。

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グラウンディングとは「地に足つけてしっかりと現実を生きる」ことをいいます。
また、目的達成や集中力、「今、ここに居る」という意味もあります。
グラウンディングが出来ていない時は意識が身体の外側に向き、現実から心が離れて心身のバランスが取りにくくなります。



この世に生まれてきて現実を生きている以上、現実と関わりながら生きなければいけないんじゃないか?
たとえ、それがどんな現実であろうとも。


私も最近は、そう思うようになった。


それには、精神性レベルにおいて強くなること。
サイコパスに動じない強さを持つこと。
現在の価値観に合わせることではなく、自分の価値観に現実を変えていくこと。




おっと、その前に・・まずは自分の価値観を確立させることかもしれない。

青少年の頃から、少しづつ自分の価値観を作っていかなきゃならないわけだけど・・・そういうと、ご年配の方々は
「昔のように、学校で道徳を教えるべきよ。」

なーんて言う方々も多いが、これも、ちと問題かもしれない(笑)


私の子供時代にはたしかに道徳の時間というのがあったはずなんだけど・・一番つまらない授業で眠かった記憶しかない。

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それでも、よーく思い出してみると、答えが全部、はじめから決まっていた気がするのだ。
お年よりに席を譲ること、何事も最後までやり遂げること、人に親切にすること・・・それが正しいことで正解。

子供でも、そのくらいの正しい答えは知ってた。
みーんな正解だった。

ただ、それがなぜ? ということは知らなかった。

すでに知ってる常識や善悪だけを叩きこまれるだけの、だるーい授業だったのだ。


そう思うと、その当時から・・少しずつ世の中は狂いだしていたのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・

ここでまた、戦国武将の話に戻すけど、

彼らは幼少の頃の教育は、主に知識人である僧侶が行っていたことが多かったようだ。

禅宗の寺に預けられて、必読書となるのが「四書五経」
和歌や風流を学ぶためには、『源氏物語』『伊勢物語』も使われたそうだ。

参考に
 ↓
戦国大名が『源氏物語』を読んだのはなぜ? 戦国武将と意外な読書の遍歴

禅問答といわれるとおり、はじめから正解を教えて叩き込む教育ではない。

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あくまでも自分の頭で考えさせる教育だったという点は現代の教育とは大きく違っている。



さて、子供たちへの道徳教育ってどうなんだろう?
まず先生から教育が必要だったりして(笑)

道徳教育は一歩間違えば善悪の押し付けや洗脳になってしまう危険性もある。

学校で道徳教育を受けたはずの私だけど、その記憶すらほとんどないんだから、まったく受けてなかったことと同じわけだ~。

たぶん・・寝てた(笑)
絶対・・寝てた(笑)

道徳の時間=寝る時間という記憶がほとんどだから。

そんな不真面目な子は洗脳されることだってなかっただろうけど(笑)


教育の基本というのは、自分の意思で考え何かを選択していく力をつけるってことかもしれない。
そう考えると・・たぶん今の学校教育では、とくに精神性の教育は無理かもなあ。


せめて大人が出来ることは、ニュートラルな立場でまっさらな状態から、多くのことを見聞きできる状況を与えてあげることだけかもしれない。

どれが良いことで悪いことなのか・・お互いに話し合い自分で模索しながら、自分の価値観を作っていけるように。



そして、価値観が構築できたなら、

やはり大事なことは・・・

どんなに最悪で生きにくい世の中であっても、やっぱり現実から逃げてはいけない気がする。

あるスピ系の人々は、地球外知的生命体とのチャネリングやら、死後の世界や前世を模索し、同じものを共有できる仲間ウチの世界だけで生きるそうだ。 
むしろ、その方が魂の向上になりアセンションができるそうだが・・・。


でも、それも一歩間違えば・・現実逃避か、偏った選民思想を作り出すことにもならないだろうか?



そもそも現実を無視して蓋をしてしまえばスピリチュアルの意味すらないように思う。

肉体があるってことは現実に生きろ!ってことだと思うし、スピリチュアルとは、現実を生きるための知恵とパワーだと思っている。


むしろサイコパスな価値観が蔓延する現代だからこそ、私たち一人ひとりが自分の価値観を構築して生きる時代がきたのかもしれない。


そう考えると、現代も決して悪いことばかりじゃない。


最初の占いサイトにあった言葉、
「各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本」


それに、私なりの訂正を加えると・・


世の中の一般的価値観に合わせて生きることではなく、自分の魂が命ずる価値観を現実と融合させていくこと。
ほんの少しずつでも。


それが最終的に、自分で「生きやすい」場所を作っていくことじゃないだろうか?

そうゆうところに価値観を見出した占いがあるかどうかは知らないけど・・


戦国時代じゃないけど・・・我々の現代も日々戦いなのだ(笑)
自分の良心がNOと言ってるときは、声に出してNOと言わなければならない。

それも現実に足をつけて生きることの第一歩かもしれない。

強い精神力を鍛えて。
地に足をつけて。

負債(借金)ってなんだろう?

「3月15日かあ・・・。また、負債上限問題でぎりぎりまでもめるんだろうけど、どうせ最終的にはデフォルトを回避するように決まるんだろうよ。」

巷でちらっとそんな会話を耳にして・・

あ、そうか~。アメリカは2017年の3月15日で、債務上限の引き延ばし期日が来るんだったよなあ・・と気がついた。


日本は負債の上限額というのは定められてないけど、アメリカは借金の上限を決めている国だった。


たとえば・・ある家庭で、どうしても今50万円が必要になのに、そのお金がない、
こりゃ、やばいぞ!!

って状況だとする。

で、どうするか?

そりゃあ、どこぞで借金して50万円ゲットしてくるしかない。


でも・・そんなことばかりしてたら、いつかは借金が返せなくなってしまって破滅するだろうなあ。
そこで、夫婦で話し合い、今回の借金はやむを得ないけど、ウチの借金の上限は100万円までにしよう・・と決めた。

これなら、次のボーナスを当て込んで、なんとか返済できる金額だろうから。



ところが、国家というのは一般家庭とは違う。

返済期限を引き延ばす。
せっかく決めた借金限度額を上げる。


そんなことが出来てしまうんだから(笑)

お金が無ければ、その分のお金を作ることができるのだ(笑)



そりゃあ、もちろん、議会で可決しなけりゃダメだけど・・デフォルトを回避し、世界経済を安定させるためならば、それも致し方ない。・・・ということで、最終的には議会で可決される。

ずーーと、そうゆうことが続いているんだと思う。



でも、それじゃあ、日本のように上限額を決めていなくても同じことじゃないかなあ~。
それでも、せいぜい、行政の予算案に一定の歯止めをかけるくらいの効果はあるんだろうか。

もしも、歯止めがなければ、某国のように、各省庁がそれぞれ予算を少しでも多くゲットすることだけに躍起になってしまうだろうから。


で、日本国の借金は、1062兆円 過去最大で、それを国民1人当たりに換算すると、837万円なんだそうだ。

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【図解・行政】「国の借金」の推移


私は経済の知識は無い、まったくのシロウト。

だけど、なんだかヘンじゃないかな~?って思うことはいっぱいある。


そもそも、なんだって国民一人当たりに換算するんだ?

だって国民が作った借金じゃないし・・・そもそも、足りなくなったらお金を作れるような国家と個人を一緒にしても仕方ないんじゃないか?

もっとも・・「国家を作っているのは国民一人一人なのだ。 国民が選挙によって政治家を選んでいるんだから。」なーんていう人もいるけど、どうも、最近ではそうは思えない。
学校で学級委員を選ぶように、総理大臣を選べるわけではないし、そのシステムですら、グレーの部分が多いんだから。


国民一人当たりに換算して、「みなさんは、一人当たり837万円の借金を抱えてることになりますよ~。」
なーんて言うところの意味はなんだろう?

だから、税金アップするしかないでしょ?
そこんとこ、わかってね!


・・・国民に税金アップさせるための政府の思惑だ!って言っている人もいるけど。(笑)



そもそも国の借金といっても、それを、どっから借りたことになってるんだ?

たぶん、国が発行する国債、それを誰かに買ってもらう事で国は資金をゲットしているのがほとんど。
つまり、国債というのは、「日本国政府」が発行する「国の借金証書」。

で、買ってる誰かとは・・・そのほとんどが国内の金融機関、 つまり銀行とか郵便局とか保険会社ってことだ。

もちろん、個人だって、国債を取り扱っている金融機関や郵便局などに口座を持って国債は買える。


私は国債なんて買ってないから、国にお金を貸してないぞ!
なーんて言ってる人だって、おそらく、お金を預金してるはず。

国民がそこにお金を預けてるってことは、日本国民が国にお金を貸してるってことになる(笑)

つまり、お金の流れは・・ 国民→金融機関→国

だったら、なんで・・国民一人の借金が837万円なーんて、数字を産出されなきゃならないんだ??



へんな話だよなあ。。。

へんだなあ?と思うことはまだまだある。


国の大借金の原因を政府の正式答弁では、こう言ってるらしい。

歳出面において
①急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加
②バブル崩壊以降の景気対策に伴う公共事業関係費の増加

歳入面において
①バブル崩壊
②リーマンショック等による景気後退
③減税による税収の落ち込み



へえ? そうなんか~。


でも、実際のところ・・私は国のバランスシートもPL表も見たことがないんでわからない。
(バランスシートとは、日本語でいうところの貸借対照表であり、PL表は損益計算書)


それで色々と探してみたんだけど・・財務省のホームページでは、我が国の予算・決算という、おおまかなものはあったけど、ちゃんとしたバランスシートもPL表もないのだ。
    ↓
財務省のホームページ


え? ない?

でもなあ・・・まさか、国民には公表してないけど・・ちゃんとしたものは、いちおう政府にあるんだよな??

だからこそ、急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加、リーマンショック等による景気後退なんて原因を追究できたんだよね?

でも、それを公開してない。。。


マトモな企業だったら必ず存在してなきゃいけないものだ。
それこそ・・いい加減なものだったりすれば、脱税を疑われるだろうし、東京国税局査察部(通称マルサ)がのり込んでくることになる(笑)

無い!なんてことは、ありえない。 あってはいけないことだし~。



個人の家計にしたって、ちゃーんと月々、立派な家計簿をつけてる人だっている。

ある日本人夫婦で、奥様は専業主婦なのだが、彼女は会計ソフトのQuickBooks(クイックブックス)を使い、すべてを入力し、月末には、バランスシートとPL表を作成している。

QuickBooks(クイックブックス)とは、アメリカで多く使わててる会計ソフトで、たしかに使い勝手のいい優れものだ。

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それを見れば現状分析も出来るし今後の展望も見えてくるわけだし、ちゃーんと、ご主人に毎月提出してサインをもらってるとか(笑)

ご主人は、「わかったから・・やめてくれよ!」と言ってるらしいけど・・。

ユキちゃん(奥様の名前)は、「私は家計を預る以上、正確に記録する必要があるし、あなたはちゃんとそれを見て納得して承認する義務があるの!」と、ご主人に言ってる。


とにかく、数字を見れば、どんな人でも概要はつかめるだろうし、また、プロともなれば、怪しい部分も数字から判断できることもあるだろう。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる。



だけど、それが無ければ、また、それを見ていない私たちには、なーんも判断が出来ない。

言われるがまま、だ。


例えば・・以前に、某都知事が出張費5000万円も使ったとか、公金の横領してるとか、なーんて話もあったけど、都庁ではそういった会計上の記録はどーなってんだろう?と思ったものだ。

収入と支出をすべて記録しないんだろうか?

今月の収入額 xxxxxxx円
 XXXの税金 xxxxx円
 XXXからの賄賂 XXXX円

今月の支出額 xxxxxxx円
 その中に、都知事の出張費5000万円
 内訳は、ホテル代 一泊15万円x10人x10日で、1500万円

 

なーんて具合に(笑)


しかも、それを月々、都民にちゃんと公表しちゃえばいいのに。

都民はそれを回覧して、何が必要か不必要経費かを分析する。
で、都民からの質疑応答にちゃんと対応する。

たぶん、ユキちゃんだったら、そうするだろうけどなあ(笑)


国も県も、そこまでやっていれば・・・なかなか公金横領なんて出来なくなってくるものだ。
おまけに、国民はどうやって自分たちの税金が運用されるのかがよーくわかるってもんだ。


日本は民主主義国家じゃなかったっけ?
民主主義というのは、自由や平等といった人権を基にして国民を主とする考え方じゃなかったっけ?


秘密裡にして当然というのは、おかしくないか??
なぜ、開示を求めないんだろう?



おかしいことはまだまだある。

そういえば、国債の発行は景気回復のため。・・・というのはよく聞いた話だ。

国民がお金を使わないんで不景気になってる。
そこで、まずは国がお金を使おう。 

で、国も使うお金がないんで、借金(国債を発行)しよう。

ってことまでは、よくわかる。


たしかに・・景気回復のためには、みんながいっぱいお金を使うことだろう。
でも、使えるお金がなけりゃ、庶民は使えない。

なーんで、お金がばらまかれてたのに、使えるお金がないわけ??
そのお金は、いったいどこへ行ったの?


こりゃあ、疑問だ(笑)

潤うのは、なぜか・・官僚やら政治家、それらと癒着している民間企業・・・なーんて噂もあるけどね(笑)


レジナルド・マッケンナ(Reginald McKenna)という人がいて、この人は(1863年7月6日 - 1943年9月6日)の人で、イギリスの銀行家で政治家だった人。
200px-Reginald_McKenna_photo.jpg
Reginald McKenna_Wiki

私が残念なのは一般市民は銀行がお金を創ることができるのを知らされていないことである。
そして国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っていることを。


という言葉を残してるそうだ。

それも19世紀の話だ。


日本の場合は、お金を作るのは日銀で、日本銀行は日本銀行券というお金を発行して造幣局に印刷してもらってるわけだよね。
それを、普通の銀行に売る。
フツウの銀行はお金を貸すことで儲けるわけだから。


でも、当然ながら・・お金を作るといっても、作られるお金というのは元金だけだ。

そして、

もしもお金を借りた場合、その支払いは元金+利息がいることになる。
(無期限利息なし・・なーんてことは、よっぽど信頼し合った仲良しのお友達以外ありえないから)


お金を借りた以上、それをもとでにガンガン儲けて利息を支払う以外、選択肢はない。


じゃあ、その利息はどっからくるんだろう?

つまり、市場経済の中しかない!


その上、貸し手と借り手がいて利息が発生するのに、利息分のお金が作られていないとなれば、

明らかに誰もが元金と利息を返済するのは不可能ってことになる。

だって、利息というお金は存在しない、単なるヴァーチャルな数字にしか過ぎないんだから。


そうなると当然のように、勝ち組と負け組というのが出来上がる構造になっちゃう。

利息をゲットするには、勝ち組になって負け組から分捕るしかなくなる



当然のごとく、貧富の差が生まれるわけだけど・・・

それよりも、

そもそも・・お金は商業生産を加速させるものじゃないだろうか?


お金を作れば作るほど貨幣供給が増加するなら、生産と取引量が同じように成長しなけりゃ、インフレになる。


よく、経済成長率が2%だとか3%だとかって話も聞いたりしたし・・・成長率がアップしてれば、そりゃよかった!なんて思う人も多いんだろうけど・・(←私も昔は漠然とそう思っていたこともあった)

だけど、それって本当に、経済が成長していってる=これで安泰! ってことなんだろうか?

経済成長率 = (当年のGDP - 前年のGDP) ÷ 前年のGDP × 100


経済成長率を上げるには、毎年数パーセントが積み重なっていかなきゃならないことになるし・・
昨年の3%に今年の3%の商品(またはサービス)が増加させてかなきゃってことになっちゃう。

そのためには、実際の経済を永久的に成長させていかなきゃならないってことになっちゃう。

世界の資源とエネルギーを永久に拡大しつづける。
それを永久的に消費し続ける。



何がなんでも、そうしなきゃならないことになる。


あ、たぶん・・・そのためなんだろう。

どんどん使い捨てをして新しいものを購入する風潮が生まれたのも。
国家の政策としてそれを煽られてたともいえるけど。


そのためには、自然資源から採取した原料を毎年毎年ゴミにしてでも生産し続けて消費し続けなきゃならない。


無駄使いをどんどんしろ!!
みんながお金をどんどん借りて、どんどんお金を使って、そして、ガンガン働いて利息を返し続けること


もし、それを辞めてしまったら、

この貨幣システムが崩壊しちゃうことにもなる。


だけど・・そんなことをし続ければ・・
結局は崩壊することになる。

どっちにしても崩壊が待ってる。。。


自然は人々に多くの恵みを与えてくれるけど、実りもまたずにガンガン乱獲してしまえば・・どうなることか?

たぶん、多くの人がそれを知ってる。


経済成長を目指すステージなんて、とうの昔に終わってるってことも。



経済成長率なんて、ただの数字に過ぎない。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる、だけど、数字は一時しのぎのまやかしになることもある(笑)

経済成長率、失業率、GNP(国民総生産)、GNI(国民総所得)・・・みーんな数字


これじゃあ、どこの国だって、先進国と言われる国ならば、どんどん負債は増えるわけだね。

現在の貨幣制度と現在の価値観がある以上。

なんだか、自分なりに納得してしまった(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の知人で、超・超・大金持ちのおじいさんがいるのだが、
その人は、田舎の農場を買い取って今では百姓仕事をしているという。

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もちろん、いくつもの豪邸、自家用機なども持っている人だったそうだが、今では自給自足の田舎暮らしが自分のライフスタイルになったそうだ。 もちろん、どっから見ても億万長者には見えない暮らしぶり。

「お金なんていくら持っていたって、ただの数字に過ぎないさ。 投資して増やすなんてことよりも、今は自給自足で作物を育てるライフスタイルが好きなんだ。」



また、ある一人暮らしの男性で、クレジットカードの借金が一万ドル近くあるという人がいる。
現在の職業ならば、ちょっと無理して返済すれば無理なく全額返済できてしまうのに、最低返済額だけを毎月返済しているという。

それじゃあ、すべて返済するのに数十年はかかるだろう。

「長く利子を払っていかなきゃならないわけだし、それじゃあ大損するだけでしょ?」 と聞くと、

「別に・・。今、無理なく日々の生活を送ることの方が大切だからね。
損得を計算するよりも、無理なく日々の生活を送る方が僕には大切なんだ。」


彼らにとっては、お金とはただの数字でしかないようだ。
それよりも、今現在の生活をすることの方が大切らしい。


たしかに~、

損をする得をするなんて言っていても・・
常にお金は貨幣価値を表すもので一定ではない。

だからこそ、ハイパーインフレともなれば、一晩でパン一個の値段が100倍なんてことにもなるわけだ。

どんな資産を持っていようが、一晩で紙切れになることだってある。

世界大恐慌だって起こったのに、それを・・すっかり忘れてる?
いやいや、生まれてなかったし、学んでないんだろうか?


そもそも、借金のために勝手にお金を作っちゃう立場の人がいる一方で、借金で首が回らなくなって自殺する人もいるなんてヘンな話だと思う(笑)



生きていくために必要なものは、

水と空気と食料。

お金は紙。
いざとなれば、燃やす材料にしかならない。

おまけに手元に札束がなければ・・燃やす材料にもならない、何もないに等しい。

ところが、
無神論者や物質主義の人々でさえ、お金には、ころっと騙されてるような気がしてくる(笑)
一番目に見えない、不安定なものなのに。

なぜか・・信じていて必死で守ろうとしたり増やそうとする。



繰り返すけど・・

生きてくために必要なものは、

水・空気・食料

おっと・・もっと根本的なものを言うなら、太陽も必要だろう。

それと、どんな状況下でも生きていける精神力



レジナルド・マッケンナさんは、「国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っている」と言ったけど・・、

それは、すべての人が同じ価値観の中にいるからに他ならない。
人々の価値観が違えば、誰も奴隷にはならないしなりようもないと思うのだけど・・・。

母からホームズの観察眼と演繹法を重ねてしまったこと

日本に住む母から電話があった。

「私ね、病院を変えたのよ! この間さっそく行ってきたんだけどね・・」

年寄りというものは病院の話題が多いものだ(笑)

私はいつも聞き役に回る。

「でね、すっごくいい先生でね、今までの薬を全部やめなさいって言われたの。
この薬をずっと飲み続けてると、脳梗塞になっちゃうって言われたのよ。」

私の母はずーーーと高血圧の薬を飲み続けている。
その他、ひどい足のむくみやら、たまに腰痛やら・・。

「へええ、それはよかったね~!
その病院は誰かの紹介で行ったの?」

「違うのよ!誰も紹介してくないから、自分で電話帳で探したの。
自分で行ける距離で、しかも・・なんとなく良さそうなところを探したの。」

「大きな病院なら、紹介状とか必要だったんじゃないの?」

「もちろん、そうなのよ! でね、近所のお医者さんに頼み込んで、私はここに行きたいんですけどって言ってね、紹介状を書いてもらったの。」


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ほおお!

自分で行動を起こしたってことか。
それも、かなり積極的に。


私は前々から、大量の数種類もの降圧剤を何年にも渡って飲み続けていることを心配して、何度も忠告していたのだが、
彼女はほとんど聞く耳を持たなかったのだ。
   
以前にもこちらのブログにも書いたことがある
      ↓
高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ


それが、ついに、自分で何か思うところがあったらしい。


「その年で自分自身で行動を起こすってことは、立派だよ!」

私の母は80過ぎだ。

「そうよ!自分のことはすべて自分でやらなきゃね。 あなたもしっかりしなさいよ!」


やれやれ。
ちょっと褒めると・・すぐこれだ~。


だけど・・

今まで、ずーーと・・このままでいい!って思ってたくせに、
なぜ、新たな行動を起こしたのか?

それを母に聞いてみると、

まず、なーんとなく、今までの病院が嫌になったというのだ。


掃除が行き届いてなくてヤナカンジ。
看護婦、受付などの職員の対応がヤナカンジ。
知識がなさそうで、ヤナカンジ。


全部が、なんとなく・・母のヤナカンジってことでしかないんだが・・

「それにね、ちーーとも自分で良くなってるって気がしなかったのよ。
むしろ、悪くなってくような・・。
だから、病院を変えてみようかなあって思って、何度かジュン(息子の名前)にも相談したんだけど、あの病院はいい病院だから、変える必要はないよ! 年なんだからすぐには良くならないよ!って言って、他を探してくれなかったのよ。」


一人暮らしの老人にっとって、新しいことにチャレンジすることは、なかなか難しいことだろう。

ましては、周囲の人の同意が得られなければ・・このままでいいんだ!と思ってしまいがちだ。



こういったことは、母のような老人に限らず、きっと多くの人が陥りやすいことかもしれない。

●周囲の人々がみな同じことをしている
●情報源が少ない
●自分で新たなことを起こすのは億劫(または勇気がない)


そんな状況で、自分の感に従って、えい!っと新しい道を模索するってことは、かなりエネルギーもいることだ。


自分の感に従って

そう、これは、母の勘(感?)が発端だったようだ。


「なーんか、この病院、良くないって気がしてきたのよ。 きっと、このままじゃますます悪くなって死ぬ気がしてきたのよね~。」


だからさあ、私は何度も忠告してたんだけどなあ・・・。
しかし、彼女は、どんなに私が理路整然と説明しても聞く耳を持たなかったのだ。

どうやら、彼女にとって理論なんてものは、どーでもいいこと。
馬耳東風


彼女を説得するということは、実に大変なのだ。
だって、どんなに理論的に説明してもムダなのだから。

自分の心にずずーんと直接、響いてこないものは全部無視してしまうのだから。



「そりゃあ、私の年ではいずれは死ぬだろうけどさあ、自分で気に入らない死に方はしたくないじゃない!」


自分で気に入らない死に方はしたくない! かあ(笑)

おそれいりました。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の母は子供の頃から勉強嫌いだったようで、もちろん、学歴もない、一般教養にも欠ける人だ。
それも大きく欠けてる。


ところが、昔から勘だけは、すさまじいものがある人だ。

野生の勘か?


亡き父は、かなりの高学歴の人だったが、いつも母の勘には舌を巻いていた。
父の一番の相談相手は、母だったんだろう、と思う。


母の頭では到底理解できるはずもない専門分野のことまで愚痴ってたみたいだから。

「今、仕事は大変なんだよ~。 xxxxxがあってxxxxが起こって、現状はxxxxなんだけど、どうにも道が見出せなくてね~。」

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なーんて愚痴る父に、

「こっちの道よ!」

と、的確に、それも即座に道を示すのはいつも母だったようだ。


父が母の助言(いや、ただの野生の勘)に従ったときは、

「ほーらね、私の言ったとおり、でしょ!」

とご満悦になり、

父が母の助言に従わずに失敗すれば、

「ほーらね、だから、私が言ったとおりにすればよかったのよ。」

と、やはりご満悦になった。

この母の自信はいったいどこからくるんだか?


そのうち、父は母のご神託のすべてに耳を傾けるようになったそうだ。

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私が今でも覚えている話は、くじびきのときのことだ。
私が小学生の頃だったと思うのだが・・。

箱に入った白い封筒を選ぶのだが、私がどれを選ぼうかと悩んでいると、横から母が割り込み、ごそごそと白い封筒をいくつか触った後、

「これが、たぶん当たりだね。」

と、私に渡したことがあった。

もちろん、それが当たっていたんで、私はびっくりして母に聞く。

「どーしてわかったの?」

「うーーん、どーしてかなあ?
うーーん、なんか色のカンジと重たいカンジがしたのかしら?」


色は全部白い封筒だし~、中身は1枚の紙しか入ってないし~。

当たりくじは、カラーインクで花の模様が描かれてるけど、ハズレは黒いインクでハズレとしか書かれてない。

それが透けて見えた?
それとも、当たりはいっぱいインクを使ってるから、そのインクの重さか?


ESPかよ!!


そんなはずはない!

そもそも母はまーーーたく、スピリチュアルとは縁がない人だ。
むしろ、超のつくほどのリアリストなのだ。

目に見えないものは信じない人だから。

「幽霊? さあ・・私は見たことないわね。
でも、見たことがある人がいるなら、きっと、いるんじゃないの~?」


自分が見えないからといって決して全否定はしないのだが、見えないものは、母にとっては、どーでもいいものらしい。


●自分が見えないものは信じない(どーでもいいものとしか思わない。)
●自分の興味以外の世界は無視
●理路整然と説明しても無視する。
●気に入った人(モノ)には思い入れが深いが、その他は無視



それでいて、恐るべし勘が働く。


私は・・どうも、こうゆう母が、私の理解を超えた存在でもあり苦手だった。

とにかく、母の興味の範疇でしか会話ができないわけだし、彼女がNOと言ったらNOなのだ。
ところが、突然YESと思ったら、きのうまでNOだったことまで忘れてYESを主張する人なのだ。


おまけに自分は絶対だと思ってるフシがあって・・そこに高慢さも感じる。


どうやっても、私には会話が楽しめない人の典型だったのだ。
幼いときから、母は苦手な存在だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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ある日のこと、大人になってから、私はシャーロック・ホームズの緋色の研究を読み返したことがあった。

それは、ワトソン博士がシャーロック・ホームズと知り合った当初の頃の話だ。


そもそも、ワトソン博士は初対面で、ホームズに「アフガニスタン帰りの軍医」と言い当てられて驚いたのものの、
どうせ、事前に誰かに聞いていたのだろう、と思っている。

ところが、二人がアパートのシェアをはじめた、ある日のこと、
一人の男が手紙を届けにくる。

その男が手紙を持ってウロウロと探している様子が窓から見えた。

それは、こんなふうに書かれているシーンだ。
    ↓

「あの男、何を捜してるのだろう。」と私が指差した先には、素朴な服装をした体格の良い男がいた。
通りの向かい側をうろつき、せわしなく番地を確かめている。
大きな青色の封筒を手にし、見たところ手紙の配達人らしかった。

あの海兵隊の退役軍曹のことか?」
とシャーロック・ホームズは言う。http://www.alz.jp/221b/holmes/stud.htmlより抜粋




もちろん、ワトソン君は、嘘つけ! でまかせを言いやがって!と思う。(笑)

運よく、その男がホームズ宛の手紙を持ってきたので、ワトソン君は、確かめるためにその男に質問する。
ワトソン君は、ちょっと高慢な自信過剰なホームズをやり込めてやりたい気持ちだったのだろう。

ところが、その男は、
「私は今は便利屋だけど、もともとは海兵隊の軍曹でした。」と言ったのだ。


ひええ!

ワトソン君はびっくりして、ホームズに尋ねる。

どーして、海兵隊の元軍曹って、わかったの?

だって・・ワトソン君には、素朴な服装をした体格の良い男、としか見えてなかったんだから。


ところが、ホームズは、そんなことは当然のこととばかり思ってる。

じゃ、キミは「海兵隊の軍曹とはわからなかった」ってことかい?と、逆に聞かれてしまう。


わかるわけないだろーが!!

そこでホームズが、今度は親切に説明してくれるんだけど・・・
そのホームズの説明を引用
   ↓

「知るは易く、解くは難し。二足す二は四であることを証明せよ、と言われれば、君でも難しいと思うだろう。
だが事実と飲み込める。


すなわち道を横切る男、手の甲に青く大きな錨の刺青を視認。海の男だ。
それでいて立ち居振る舞いは軍人、人並みのほおひげもある。我が国には海兵隊があったな。
どこか偉そうで、なるほどきびきびした男だ。

君も見ているはずだ、あの男が頭をもたげ、短い杖を振り上げたのを。

それに顔を見ると生真面目で立派な中年の男――すべての事実から、僕は彼が軍曹であったと信じるに至った。」



聞いてみればちっとも不思議なことではない。
あー、なーんだ、な~るほど・・と思う。

見事な演繹法だ!

多くの観察
そこから組み立てて1つの結論に導く

ただし、その結論に至るまでの時間がものすごーく短い。
ほんの一瞬で出来てしまうのだ。

これじゃあ、

どーしてそんなことがわかるの?
キミはサイキックか?


と思われるのも無理はない(笑)

ホームズはこうも言っている。
     ↓
「そう、僕は観察と演繹の才を兼ね備えている。僕がそこに書いた理論は、君には鵺みたいな話に思えるかもしれないが、実用も実用――実用的すぎて僕はこれでパンとチーズを得ているくらいだ。」


恐るべき観察眼と演繹の才能
そして、リアリスト



そこで、ふと・・また母のことを思い出してしまったのだ。
そんなとこで、思い出したくはなかったんだけど・・・。


あの人も、おそるべき観察眼と演繹法を持っていたのかも・・・

ただし、教養の無い母は演繹法という言葉は知らないだろうし、
おまけに、ホームズ君のように、どうやって、結論に導いたのかを言葉にして説明すらできないだろう。

そこが大きな違いなんだけどね~(笑)


ところが・・・自分でもわかってないくせに、鋭い観察から演繹法の論理思考で結論を導いているフシがあるのだ。

それをホームズ君のように説明してくれない限り、一般人のワトソン君たちには、

「なんだかわかんないけど、ものすごく勘のいい人」としか思えないのかもしれない。
現に、私も父も、そう、思っていたのだから。。。


そいういえば・・・
母はフィギアスケートが好きで、よくTVで見ていたものだが・・

ちらっと見ただけで、選手の演技が始まる前に、

「この選手、きっと転んじゃって今回の成績は良くないわね。」

などと、また・・突然、サイキックみたいなことを言い出すのだ。


事前にこういったシーンが見えるんだろうか?
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そんなはずはない!


ところが・・案の定、母の言ったとおりになる。

なんで、そう思ったの?

と・・しつこく聞くと、

しばらく何かを思い出してる様子で、

そういえばね~、

演技の前の笑顔が無理してひきつってるように見えた。
動さがぎこちなかった。
なんか無理してるみたいだった。
怖がってるみたいな目だった。


なーんてことを、思い出したようにぽつぽつと言い出す。

たぶん、ワトソン君が見ていないところまでを一瞬の観察眼で見抜いていたということには違いなさそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、また、別の話を思い出した。
私が子供の頃、何度も母に悪事がバレたことがあった・・・。

あるとき、こっそりと色紙を隠し持ってるのをみつけられて、

「あんたこれ、きのうの午後、私のお財布から10円ネコババして、きょう学校の帰りに買ったわね!」

その時は、びっくりしてしまった。


ところが今思えば、それはちっとも不思議ではないことが見えてくる。

私の表情、日ごろの私の嗜好、状況を考えれば、容易く導き出せる結論だったのだ。

やれやれ。

いっそのこと、母はもっと勉強して教養を身に着けて、私立探偵にでもなればよかったのだ!

まったくもう!


ところが母は興味ないことに関しては、まったく関心を示さない。

彼女の好きな世界は、母として妻として家族を守ること
それだけに限定された世界だったんだから。

そこに、全能力を投入してしまっていたのだろう。


いやあ、家族はたまったものじゃなかったけどなあ・・(笑)
家族全員、誰も母には隠し事ができなかったもんなあ。。。



その能力は認めるものの、やっぱり母という人は、扱いにくいつーか、実にやりにくい人なのだ。


・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、シャーロック・ホームズの世界も実に狭い。
限定された世界に住んでる人だ。


ワトソン君は、こう言っている。
   ↓

文芸、哲学、天文はゼロ。
政治の知識は・・不十分。
シングル・スティック、ボクシング、フェンシングの達人。
バイオリンの名手。
英国法の極めて実用的な知識あり。

怪奇事件の知識は計り知れないものがあり、毒学、化学、解剖学、地質学の知識は体系的ではないけど、部分的に優れたものがある。
ズボンに付いた泥のはね跡を見て、色や質感からロンドンのどこで付けたものか言い当てるほど・・だったと、ワトソン君は言っている。



つまり、ぜーんぶ、大好きな犯罪捜査に関したものは恐るべき知識を吸収するけど、それ以外は、どーでもいいって人だったようだ。

さらに、ワトソン君が教えるまで、地球が太陽の周りを回ってることを知らない人だったようだ。

え? それって・・バカじゃん!
児童文庫ではそんなシーンは書かれてなかったぞ!

当然、ワトソン君もびっくり仰天するのだが・・


ところが、ホームズ君は、

「驚きのようだね。だが知ってしまったからには、全力で忘れるとしよう。」・・・と言ってのける。

ホームズにとって余計な知識は邪魔なのだそうだ(笑)
天体がどうであろうとも、自分には関係ないそうだ。


スコットランドヤードの無能ぶりをバカにしてせせら笑ってみたり、自信過剰、自負心の強さ、
頑固なまでに自分の世界に浸り込む。 興味に無いことは無視。

結構、ホームズって嫌なヤツだったんだなあ。



私が子供の頃に読んだシャーロック・ホームズ像だと・・・

細身でハンサム、武道の達人、頭脳明晰でクール、正義の味方でヒーロー、
バイオリンの名手

だったんだけどなあ~。


たしかにバイオリンの名手ではあるんだけど・・それですら、ほとんど自分の気分で自作自演の曲を演奏する方が多いと、ワトソン君は言ってる。
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うーーむ、やっぱ、児童文庫ってのは真実を伝えないものなんだなあ(笑)
もっとも、子供じゃ、そういった屈折した人間像は理解できないから、アレンジしたんだろうけど・・


ホームズ君っていうのは、やっぱ、やなヤツ。

だけど、シャーロック・ホームズは、その、やなヤツなところに魅力があるのも確かだ。



そして、

優れた観察眼と演繹法は、一般人にはサイキックのように見える、ということもわかった気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなことを言い出すと・・・今度はサイキックの定義だって怪しくなってくるかもしれない。


観察眼から一瞬にして導き出した結論。
頭の中に一瞬にして閃いた光景💡
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が見せてくれた光景


スピリチュアな表現をしてしまえば、
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が鋭い観察眼を授けてくれたとも言えなくもない(笑)


そこに違いがあるとすれば、

ホームズ君のように、自分の思考回路を、他人が納得するように理路整然と説明が出来るか出来ないかの違いだけかもしれない。

占い師というのは、サイキックのように思われがちだけど・・優れた観察眼を頼りに人相を見て状況を判断して、占い結果を出す人だってありえるだろう。

まあ、とにかく、
真実を見せてくれさえすれば、どっちでもいいことだろう。


ただし・・

ただし・・なのだ!

多くのワトソン君たちを納得させるためには、論理的な思考回路を使って彼らにもわかるように説明しなければならないことは確かだ。
2+2が4になるということを。


ところがまた、そんな説明をしなくても、受け手しだいとも言えるだろう。

信じるか信じないかは受け手が決めることなのだから。

同様に鋭い観察眼を持ってる受け手ならば、説明を聞かないまでも、アイツの言ってることは真実だ!とか、ウソだ!・・ということを、その鋭い観察眼から一瞬にしてわかってしまうだろうから。

または、それも受け手のサイキック能力で感じとることかもしれないけど。


結局のところ、どんなアプローチ方法であっても、どんだけ早く真実が見えるかどうか?なんだろうなあ。


多くの人からの同意を得ようとしない限りは、説明が出来なくっても大した問題じゃないのかもしれないのだ。
むしろ、理論に振り回されて見失うことの方が問題かもしれない。


私の母のように、「なーんか、そう思ったのよね~」

と言ってのけて、それに絶対的な自信を持っている人もいるわけだし(笑)


実に強い!


うーーむ、それゆえ、私は母がニガテなのだろうけど(笑)

ネコと引き寄せの法則にまつわるローカルニュース

カリフォルニアのローカルニュースから、ネコにまつわる面白いニュースがあった
     ↓
Cats, separated at Petaluma shelter, reunited when owners start dating

2014年のこと、シングルマザーのキャサリンが6歳の娘とともにシェルターで、2匹の兄弟ネコをみつけた。
白とオレンジ色の子猫

名前はオジーとバター

ozzie and buter
https://www.petalumaanimalshelter.org/

あまりにも愛らしい子猫たち、しかも、瓜二つのそっくりネコたち

寄り添っている小さな兄弟を引き離すのはかわいそう・・・ぜひ、二匹とも引き取りたい!と思ったものの・・
彼女のアパートは、1匹しか許可されない。

そこで泣く泣くオジーだけを引き取ることにした。

それから2年後、キャサリンはシングルファザーのブライアンとネット上で知り合い、初デートをした。

意気投合しブライアンの家で食事をし、バックヤードで語り合っていたところ・・・

キャサリンの目は釘付けになった。

あ!オジーがいる!

「あれは、ウチのネコだわ。」

そこには、オジーそっくりなネコがいたのだ。


「違うよ。 あれば僕のネコのバターだ。」

と、ブライアンが言う。

翌日、キャサリンはブライアンを家に招待した。
今度はブライアンがびっくり仰天。

瓜二つのネコなのだから。。

そこで二人はシェルターからの里親契約書を見せ合った。

すると、
それは紛れもない、あの、兄弟ネコたちだったのだ。

しかも、キャサリンがオジーを連れ帰った4日後に、ブライアンがバターを連れ帰っていたことが判明。

もちろん、結末はハッピーエンディング(笑)
2家族と2匹は一緒に暮らすことになったのだ。

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左からブライアンの娘のルビー、バターを抱いたブライアン、オジーを抱いたキャスリーン、娘のカリ

特にキャサリンの娘のカリは、彼女はバターに会ってひどく感動したそうだ。
当時子猫の兄弟を引き離してしまったことを、彼女はずっと気に病んでいたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強い絆で結ばれた兄弟ネコが2家族を結びつけたのか?

それとも、

運命の糸で結ばれた二人の出会いが、ネコたちを再開させたのか?


たぶん・・両方かも。(笑)

えーっと、確率としてはどのくらいあるんだろう。


まず・・この街のシングルの男女の人口と、捨て猫の数と・・・それをエクセルのCOMBIN関数を使えば、どうかな?と、ちょっとした遊び心で思ったけど・・
それぞれの確実なデータ自体が存在するわけでもないし・・こんなことを考えること自体が無理だ(笑)

勘だけで、とんでもなく稀な確率だろうってことだけはわかる。


こういったことを、多くの人は「偶然」という言葉で処理してなんとなく納得してしまいがち・・


でも、偶然を引き起こすのも人々の意識なのかなあ~、なんて思ったりする。。。(笑)


母親のキャサリンは兄弟ネコの片割れ、バターのことを気がかりに思っていた。

娘のカリはもっと強烈に思っていた。

同時にキャサリンは新しい出会い、再婚を願った。

ブライアンも新しい出会い、再婚を願った。

引き離されたネコたち、オジーとバターもお互いを想っていた(決してお互いを忘れていなかった)



多くの人(ネコも?)の意識の方向性が1つに集まれば集まるほど、引き寄せパワーが大きく働くのかもしれない。
ただし・・決して強烈で表面的な思いではなく、もっと潜在的な意識だったのかもしれないが。


この家族すべての思いと2匹のネコの思いが、偶然と見えるような現象を引き起こしたのかもしれないなあ。

なんだか、多くのデータ集めをして確率計算するよりも、こっちの方が的を得てる気がしてくる。



日本では、近年「引き寄せの法則」だとか、「偶然はない。すべては必然だ!」なんてことをよく耳にするようになったけど、

そういえば、アメリカでも昔から言われてる言葉があった。

Everything happens for a reason 「全ての出来事には意味がある」

世界中、同じなのかもしれない。

「千の風になって」とパブロ・ネルーダの詩の世界から

千の風になってという曲を前回の記事、先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)の中でアップしたのだけど、

この曲の歌詞に対することで論争があったということを耳にした。

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私はお墓の中にいません。 お墓の前で泣かないでください・・・って箇所が問題らしい(笑)

◆だから・・お墓なんて建てる必要がないんだ

◆じょーだんじゃない! 我々文化に置いてお墓は必要だ

    ↓

「この歌詞は石塔(墓)を立てて、盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえるもの」
「東日本大震災後の遺体捜索を見れば、遺体によって親族の死を確認し火葬骨を墓に納めたいという遺族の強烈な願いと行政がそれを無視できないことが露わにされている。 (ウィキより引用)



あーあ、なんで・・こーなっちゃうんだろうね~。

やれやれ。

お墓を建ててお墓詣りをするもよし、またはお墓を作らない方法で個人を偲ぶもよし・・それで、いーんじゃないのかなあ、なんで論争になる?


ましては、こういった曲の歌詞を論争の引き合いに出すってところが・・どうもなあ。

私はお墓の中にいません。
私は死んでいません。


それを・・
嘘やんけ!
死んでるやんけ!


と言い出したら、

お月様が笑ってる。
風がすすり泣いている。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝(←こちらヨハネの福音書から)


こいったメタファーを全部、否定することになってしまう。(笑)

最近は、なんだか、ただ言葉尻をとらえただけで、あらさがしをして、そこを攻撃することが目的、みたいな論争も増えてる気がする。

双方が建設的な結論を導くための論争ではない気がする。

本筋から逸れてしまって、ちょっとした人の言い間違いだけをクローズアップして叩くとか・・(笑)



あ、そういえば・・


云々(うんぬん)を、でんでん・・・と読んだ人がいたとか(笑)

こちらに住んでると、そういった日本人は多くいるんで、私はあまり驚かない。
日系2世、3世の子供たち、または、長年アメリカに住んで日本語を忘れてきちゃったおじいちゃん、おばあちゃんなど。

そうゆう間違いを聞くと、なんだか私は・・かわゆい!って思えて、つい笑ってしまう。

ただし、彼らはとうぜん英語は堪能だし、それなりの教養はある人たちだ。
だからこそ、ちょっと子供っぽい日本語の間違いが、逆にかわいく思えてしまうのかもしれない。

しかし・・・

もしも、でんでんの間違いをしたのが、日本在住の人で大学出で、しかも、もしも(笑)、国家の首脳クラスの人で、しかも国会討論会の席であったとしたら・・・そりゃあ、当然、話は別。

そもそも、

自分の言葉で原稿を書いてない。
その場で読んだだけで内容を理解してない。

そんな人に国を任せていいんかい?


ってことになっちゃうから~。

・・・・・・・

そういえば、もう数年前のことだけど、私がアメリカに来てから体験した「言葉の間違い」事件もあったなあ・・・。


ある日系人のおじいさんから日本語の手紙のタイピングを頼まれたことがあったのだ。
原稿はすでに別の日本人女性にお願いして手書きで作ってもらっているという。
それを、タイピングして、ワードで添付して欲しいと頼まれたのだ。

それでその手書きの原稿に目を通したのだが・・・
どうしても、ある箇所が理解できない。

XXXXXXXXXX、XXXXXXXXXX
xxxxx、よめ、XXXを持ってきてください。

この、よめがわからん?のだ。

よめって、どうゆう意味だろう?
ただの書き間違い?


いくらそこに書いてあるからっていっても、自分で理解できないことをタイピングするわけにはいかない。

そこで、手書きの原稿を書いた日本人の方に聞いたのだ。

「あの、よめって何かの間違いですか? これ、削っちゃっていいの?」・・・と、私。

「何言ってるの! 削っちゃだめよ。」・・・と、その人。

その方は、中年の日本人女性で、日本語学校で国語の教師をしているという。

「あの、私・・よめって聞いたことがないんだけど、どうゆう意味ですか?」・・・と私。

「あら、あなたは、あまり本を読んだことがないのね。。。」と、彼女は軽蔑したような視線を私に向けながら続ける。

「本をいっぱい読んでる人ならわかると思うけどね、これは、よく使われる言葉なのよ。」


長年生きてきて、そんな日本語に出会ったことがなかった。
だけど・・日本語も英語も間違いだらけの私には自信がない(笑)

「そうなんですか~。 
ところで、どうゆう意味ですか? 次の文を強調するようなときに使う言葉ですか?」

「え?強調?、そうね・・・そういった意味も含まれると思うけど・・とにかく、頻繁に使われる言いまわしだと思ってちょうだい。
あなたも、もっと本を読んだ方がいいわよ。
うちに帰って調べてみるといいわ。 これはあなたの宿題ね。」


なんだか、上から目線で、完全に私を生徒扱いかよ。

まあ、とにかく解明しないとタイピングができない。
そこで色々と調べたのだ。

これは、どこぞの方言か?
彼女は、どこの出身だったっけ?
それとも、古語なのか?


ところが、
最終的に行き着いたのはこれだった。
   ↓

最近のゆとり世代と言われる人々は、漢字が読み間違いが多い。
予め(あらかじめ)を、よめ・・と読んだりする人も多い。



ええ??
予め(あらかじめ)のつもりだったの??


そもそも、強めの意味じゃないし~・・意味も知らずに使ってたんかよ!!

おまけに、よめとひらがなで書かれたんじゃ、わかるはずもない!

いやあ、まいった! まいった!(笑)


とにかく、
ある社会的立場にいる人は、自分の知らない言葉を思い込みで使ってはいけないのだ。

よめ、にしろ・・でんでんにしろ・・。


そうはいっても、私も人のことは言えない。
白状するけど・・私は、「引導を渡す」という言葉を、ずーーと「インロウを渡す」だと思い込んでいたのだ。

たぶん、最初に耳で聞いて、引導(インドウ)をインロウと聞き間違えて、勝手に印篭を渡すだと思っていたのだ。

ある日、何かの文章の中で、「引導を渡す」と書かれていて、はじめて、自分の長年の間違いに気がついたというわけだ。

もっとも高校生の頃だったけどね~(←十分、恥ずかしいだろ!)
そのせいか、いまだに引導を渡すという言葉をみつけると、つい、印篭が頭に浮かんでしまう。

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それを友人に話したら、

「僕なんか、もっとすごいぞ! 常夏(とこなつ)の島って言うだろ? それをココナツの島だと、ずーーと思ってたんだ。
常夏って字を、ココナツと読むもんだとも思ってたぞ! しかも、二十歳過ぎまでだぞ!」

「そりゃ、すごい! キミには負けた。。。」(←そうゆうことかよ@!)


こういったおバカ自慢ができるのも、ただの庶民の庶民的な会話の場だから許されるんだけど・・・

それが、国語の先生って立場の公の場だったり、国会討論会じゃあ・・やはり、失格の烙印を押されてしまうだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・

話が逸れてしまった!

千の風になって、の話に戻すことにしよう。

これは、もともとは曲ではなく、詩だったそうだ。

Do not stand at my grave and weepという、アメリカで生まれた詩だったという。

それもかなり古い。
1930年代に、ある主婦が友人のために書いた詩だったそうだ。

遠い異国のドイツに住む母が亡くなった知らせを聞いたものの、当時の反ユダヤ主義のドイツへ帰国することも出来ずに、嘆き悲しんでいた友人のために、メアリー・フライ(Mary Elizabeth Frye 1905 - 2004)という人が、茶色の紙袋に書き綴ったものを送ったのがはじめだった・・と言われている。

その詩が口コミで、どんどん広がり、公の葬儀のセレモニーでも朗読されるようになったとか。

実際に墓石に掘っちゃう人だって何人もいるくらい、多くの人に愛されている詩なのだ。
    ↓
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Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.
I am in a thousand winds that blow,
I am the softly falling snow.
I am the gentle showers of rain,
I am the fields of ripening grain.
I am in the morning hush,
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight,
I am the starshine of the night.
I am in the flowers that bloom,
I am in a quiet room.
I am in the birds that sing,
I am in each lovely thing.
Do not stand at my grave and cry,
I am not there. I do not die.



これがオリジナルの詩だとされているんだけど、日本語の訳詩もほとんど同じ。
      ↓

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって あの大きな空を
吹きわたっています




メアリー・フライさんは友人を癒すため、追悼のためにこの詩を書いたので、著作権にこだわることもなかった。

そのため、多くの人々は自分の文体や言葉で好きなようにアレンジも出来たし、出版することもできた。
それが広く流通して知れ渡ることになったんだとか。

そして、ついに・・それが日本でも紹介されて曲もつけられて公の前で歌われることになった。

ということだ。

・・・・・・・・・・・

詩としての本来の在りようで広まっていった・・・つくづくそんな気がした。


以前のブログ記事、本を読むことから自分の中でリアルな映像化するの中で、

イル・ポスティーノという古い映画について書いたことがあった。
実在の詩人パブロ・ネルーダがナポリのカプリ島に滞在したという史実をもとにして作られた映画だ。

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以前のブログの中でも触れたのだが、

マリオという地元の郵便配達人が、パブロ・ネルーダ(有名なチリの詩人)と仲良くなって、彼の作品を勝手に使って最愛の恋人へ詩をプレゼントすると、

パブロがマリオにいう。

盗作はダメだよ!と諫めるパブロに、

今度はマリオが言う言葉。

「どうして? だって、たしかに詩は、最初にあなたが書いたものだ。 だけど、それに感動して、それを使ったものがいたら、それはもう、あなただけのものじゃなくなる。 それを一番必要としている人のものになるんじゃないのかな? 」

イタリア語だったんだけど、英語の字幕ではこう書かれていた。今でもよーく覚えているシーン。
Poetry doesn't belong to those who write it, but those who need it.



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いやあ、私たち凡人は、つい著作権で保護するとか、盗作だとか・・という視点で見てしまいがちだけど・・

本来のアートは、感動してそれを必要とする人すべてもものになることが本来の在りようかもしれない。

それこそ、まさにアーティスト冥利につきるってもんだろう。

とにかく・・この映画は私にとっては、インパクトの強い映画だった。



この「千の風になって」・・も、マリオの言葉どおり、感動した人々すべてのものになってるってことじゃないのかなあ。

自分のものにした人々は、それぞれに、ほんの少しずつ自分流にアレンジを加えて朗読し、ますます広まっていく。


日本に入ってきたとき、タイトルは「千の風になって」と変わった。

詩の3行目の、I am in a thousand winds that blow,から、「千の風になって」というタイトルにしたそうだ。

うん、たしかに・・原題よりも、洗練されたカンジになった。


そもそも、オリジナルは、メアリー・フライによって作られたらしい・・とは言われているものの、今となっては、それすら確実かどうかはわからないそうだ。
そこで、この詩は作者不明と表記されることが多いと聞く。

最初に誰が作ったか?

いや、そんなことは、どうでもいいのかも。


作者は自分の名前を残すことよりも、作品だけを残し多くの人を癒すことを望んだのだから。

実際に、アメリカで広まり、葬儀のときには、すべての宗派も超えてこの詩が朗読されることも多い。


なのに~

「この歌詞は石塔(墓)を立てて盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえる」・・・なんて、捉え方をする人がいるとしたら・・それは、あまりにも気の毒な人。

感じる心は教養とはまったく関係がないように思える。



マリオが居酒屋の娘、ベアトリーチェの心を射止めて結婚式を挙げたとき、その席で立会人になった、パブロ・ネルーダがスピーチの代わりに自作の詩を暗唱してみせるシーンがある。

これが実に良い響き、実にいい詩。
イタリアの片田舎の寡黙で文字の読めない人々が、みんな下を向いてじっと聞き入っている。

感じることというのは、そういったことなんだと思う。


映画の中にも、いくつか実際のネルーダの詩が使われていた。

引用された有名なネルーダの詩 Walking around というのがあったが・・

人間であることにぼくはうんざりしている、
フエルト製の白鳥のように疲れていながら意地になっているだけ。
ぼくは散髪屋の臭い声をあげて泣く
ぼくの望みはただ一つ 石か羊毛のやすらぎ


一部だけを引用すると、こんな内容の詩だったはず・・

マリオが最初にこの詩をひどく気に入ってしまい、それを暗唱してみせてから、こう尋ねるシーンがあった。

「理髪店の臭いに声をあげて泣くというのは、どうゆう意味ですか」

ネルーダは答える。

「いいかね、マリオ。 君の読んだ詩を違う言葉で表現することはできないんだよ。
詩は説明しては意味がない。詩から直接、何かを感じ取ることが大切なんだ。
理解しようと思えば感じるはずだ」


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こちらが本物のパブロ・ネルーダ↑

チリの国民的詩人、ノーベル文学賞を受賞した詩人でもあり、メタファーの達人と言われた人
バスク系チリ人
(←なぜかバスク系は、私の憧れ)
そして外交官で政治家


最後は暗殺されたという噂もあり不幸な死を遂げた人だったけど・・・

世界はメタファーで満ちていることを知っていた詩人の一生は、やっぱり不幸だったとは思えないのだ。

詩は感じること

たぶん・・・詩だけではなく、すべては「感じること」が基本かも。

考える前に感じること

理路整然と説明できる人は賢い人と言われるけど・・

説明なんかできなくても、より深く感じられる人の方が豊かかもしれない。



暗い部分ばかりがクローズアップされる世の中だけど、
多くを感じることができれば、もっと、この世はステキなもので満ちているのかもしれない。

なんだか温かい気持ちでそんなことを思った。


あ、そうそう・・
もしも、イル・ポスティーノを見るとしたら、この映画に限っては、日本語吹き替え版はお勧めできない。
音の感覚が大事な役割を果たしているんで・・

先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)

「先祖と前世というのは別物ですか?」という質問をされた。

たぶん前回のブログ、ファミリーヒストリーとアイデンティティをからの質問じゃないかな? 


さて、私自身の頭の中を整理するためにも、もう一度、考えてみようと思う。


まずは先祖、前世という別の言葉があるとおり、いちおう定義としては、

先祖(せんぞ)または祖先(そせん)とは、現代人の、既に亡くなった数世代以前の血縁者全般のこと。とくに直系についていう場合が多い。

前世とは、前世(ぜんせ)とは、人の転生を認めるという大前提のもとで、現世以前の、それより前の人生のことを指す。
皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになる。



となると・・自分の先祖の中に前世があることも、前世の中に先祖があることだってありえるだろうねえ。


ただ、先祖というのは、かなり曖昧な部分があって、一人の人のその親の親の親と辿っていくのが先祖なんだけど・・・

兄弟姉妹がいれば傍系というのができるわけだし、1947年に日本国憲法が施行される前は、長男相続制だったわけだから、本家というのは代々の長男が継いでいたわけだ。

なぜか、男子で生まれて長男という立場なだけで、家屋、財産のすべてとその家の責任をぜーんぶ押しつけられてきた時代があったのだ。
お気の毒な・・(笑)

ところが長男が死亡したり、はたまた、男子全員が死亡したりすれば、お家存続のために養子を迎えたりしたこともあったわけだから・・完全に1つの血脈によって代々続いた家なんて、ありえない・・と考えた方がよさそう(笑)

しょせん、家の概念、家系というものは、生きている人間が作り上げた形でしかないような気がする。


もちろん、それは日本に限ったことじゃない。

たとえば、有名なロマノフ王朝だって、ロマノフ朝第8代ロシア女帝、エカチェリーナ2世だって、ロマノフ家の血なんて一滴も流れてない。

eka.jpg
映画エカテリーナから

つーか、ロシア人でさえないんだから(笑)

彼女は北ドイツで生まれた、ルター派の洗礼を受けた、ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケさんって名前だったわけだし、それがロシアの皇太子のピョートルと結婚するために、ロシア正教に改宗してエカチェリーナ・アレクセーエヴナと改名して、いかにも、名家のロシア人ぽく、しちゃっただけなのだ。



ま、どこの国だってそんなものだろう。。。


ただ、日本の特殊な部分をあげるとすれば、日本人の心に祖霊信仰(それいしんこう)が根付いている点かもしれない。


きのうのブログでも、ちょっと触れたけど・・

既に死んだ祖先が生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも一部見られる。
(ただし現代のアフリカのズールー人たちはほとんどがキリスト教らしいけど。)



となると・・現代でも熱心な祖霊信仰は、中国、韓国、日本、東南アジアってことかな?


未だに日本人は、お墓参りを大切に行う民族だ。
宗教を持たない日本人と言われているのに・・(笑)

ちなみに欧米では、XX家の墓という概念はない。
お墓は、すべて亡くなった個人のために作られている。


ちなみにこちらは、沖縄のお墓だそうだ↓
que-1436916389.jpeg
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1436916389

日本では、祖先の霊を祀り崇拝し、先祖を「ご先祖様」「ホトケ様」と言い、一般家庭で位牌を仏壇の中央にまつるわけだし、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事だってある。
まさに、見事なまでの祖霊信仰に属するものだ。

そして、それこそが仏教だ!
と、思ってる人も多いようだけど・・(笑)

ところが、本来、祖霊信仰と仏教本来の「シャカの教え」とは、まったく関係がない。
まあ、言ってみれば・・これこそ、まさに日本仏教。

じゃあ、本来の釈迦の教えって何だったの?

ってことになる。

それをひとことでまとめちゃえば・・おそらくこんなこと
      ↓(かなり要約しちゃってるけど 笑)

生・老・病・死という“四苦(しく)”は生きている人間の宿命であり、輪廻のサイクルの中にある。
輪廻思想が大前提。

仏教が目指す最終目的として、悟りを得て輪廻のサイクルから抜け出すことで本当の幸せになれる。
悟りを得て解脱(げだつ)




「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」というのが釈迦の言葉。

で、釈迦は輪廻転生を認めながら霊魂の存在を認めていないのだそうだ。

ええ? それってどーゆうこと? 矛盾してるよー、と釈迦の弟子たちですら頭を抱えてしまったそうだ(笑)

また現代でも、霊魂の存在を否定した釈迦の教えは間違いだった!なーんて言い出す、スピリチュアル信奉者もいるらしい。


さて、それをどう解釈するかは、みなさん、それぞれ(笑)


私の独断的解釈としては(笑)
    ↓
「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」という意味は、
「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんて、ないよ~!と言ってるだけだと思う。


つまり、AさんやBさんの死後、Aさんの霊魂やBさんの個々の霊魂が生き続けるということではないってことだ。

死後、AさんBさんに宿っていた魂は49日を経て霧散してしまい、その意識の一部だけが残って転生していく。
だからこそ、AさんBさんの自我、実在としての霊魂はない!ってことじゃないだろうか?

ただし、彼らが現世で学んできた意識の一部は転生し受け継がれている・・・というのが私の勝手な解釈(笑)

私としては、ちーとも矛盾してない気がする。

スピリチュアリズムで言われる類魂とも共通してる概念じゃないかな?

以前、どこかでこんな例えを聞いたことがあるけど・・
     
deop.jpeg

類魂 とは、コップの水のたとえで言うと、大きなコップから一滴また一滴と現世にこぼれ落ちる水滴(たましい)が、それぞれ、実にさまざまな時代、国、性の人間として生まれ、まったく違う経験を積んで、また死んでコップの水の中に混じって溶けあう現象。
それを何度も繰り返す。

類魂の「個性」は同一なのに、それぞれの「経験」は別々。
それが全体として溶け合うことで、類魂の中(コップの中)へ再び溶け合ったとたんに、それらすべての経験が、コップの中で共有される。
1つである個は全体の一部であり、それはまた1つとなり全体の一部となる。



それが、一つの生命の誕生、輪廻転生、類魂だそうだ。


そうなると、死んでからもなお個人としての魂がお墓に宿っている、と考えるのは、ちと違う気がする。

もっとも、成仏しきれない魂、つまり、死んでも何らかの強い念のため、自我を頑なに持ち続けてしまってる魂だったら、お墓に宿ってるってこともありそうだけど・・。

ちゃんと成仏(浄化?)できた魂だったら、お墓にしがみついてるわけはないと思う。

たぶん、こっちの方が正しいと思う(笑)
  ↓

これは、日系人の90歳になるおじいちゃんが好きだった曲。もう、故人だけど・・

彼は日本語がイマイチだったんで、もっぱらこっちのビデオをみてた。



まあ、そんなわけで、私は先祖供養が最も大事なことだとか、それこそが仏教の神髄だとは思ってはいない。

だからといって、もちろん否定する気はないし、むしろお彼岸やお盆といった日本独自の文化も好きだ。
お墓にお参りをするというのも、喜ばしいことだと思っている。
おそらく・・それは死者のためというより、「生きている人々のため」だろうけど。

ただし、先祖供養をしてなかったら罰が当たったとか、子孫に不幸が起こるなんてことはありえない、と思っている。
そんなことをいったら、遠い異国に住んでしまって日本へお墓参りに行けない人は全員、不幸な憂き目にあうことになっちゃう。


なぜ、日本が祖霊信仰の国になったのか?
おそらく、中国大陸、朝鮮半島を経て入ってきた、儒教思想や道教思想の影響じゃないかと思う。

儒教は家庭を中心とした人間関係というものを強調したわけで、父子、夫婦、兄弟姉妹、友人間、統治者と民衆間の五つの関係を基本にして、最も強調されるのが父子関係、それを拡大して年齢の上下の関係を重んじるようになっていったそうだから。

道教もまた、自然と祖先の魂とへの崇拝という概念が基本にあるわけだし、神仙思想と結びついて、中国式の煉丹術や中国占星術、中国伝統医学、風水なんかも、生まれてきた。

なので、未だに四柱推命や算命学では、祖先という概念で捉えることも多いんだとか。


うーん、たしかにスピリチュアルリズムの観点から見ると、先祖が守護霊になっていることもそれなりに多いらしいし、また前世=先祖だったこともあるらしいから、まんざら的外れではないのだろう。


じゃあ、DNAを辿ったらどうなんだろう?

ところが、ミトコンドリアDNAだと、必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。
したがってミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の…と女系をたどることができるけど、ずっと男性社会が支配していた家系図と照らし合わせるのは難しいだろう。

そもそも家系図が怪しいとなれば・・・もう、お手上げだ。

じゃあ、DNAと前世の関係を調べるとすると、遺伝子学者と霊能者(スピリチュアルリスト)のコラボレーションが要求されることになるし・・・・うーん、これもまた、なかなか実現しそうにないのかも(笑)


そういえば、霊能者の方から、こんなことも聞いたことがある。

「絶対先祖は子孫に大きく影響する! 現にXX家では先祖の祟りで代々長男が呪われてる!」

さらに、

「XX家に強い恨みを抱いて死んだ人が、そこの家の長男に代々祟っている」

なーんてことも。

確かにそれもあり得るだろう。
でも、これは、先祖や家系とは関係無いように思う。

強い恨みを抱いて死んだ人が、たまたま、勝手にXX家のせいだ! だからXX家を呪ってやる!という念を残して死んだからだと思うのだ。

成仏できない誰かさんの思い違い、思い込みからきたものだろう。
その結果として、XX家の長男が呪われる、ってことになっただけだと思うのだ。

もし、強い恨みを抱いて死んでいった人が、「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんてない、と知っていたら・・

もし、類魂や前世というものを知っていたら・・

XX家を代々呪ったところで、そりゃあ、お門違いってことに気づくだろう。


キミね、もっと、的を得た、他の呪い方があるだろ!・・・と言ってやりたくなる(笑)

ところが、生きた人間とか、肉体を無くしてさ迷ってる霊というものは、得てして・・こんなふうに思い込みがちなのかもしれない。

物事を多角的に大きな視点から見ることができる霊だったら、いつまでも怨念を抱いて現世をさ迷ってることもないだろうから。

Grave-Of-The-Fireflies-post.jpg

さて、

結局、どれが正しいか間違ってるか? なーんてことを議論をしたって、なーんの結論も出てこない。

インドで釈迦が説いた仏教こそが本物で日本仏教が偽物だなんて言ったところで、また祖霊信仰がいいとか悪いとか言うような問題でもないと思う。

また、個人の何パーセントくらいが意識として残り統合されるのか?・・なーんてパーセンテージで示すことさえも愚問だと思う。
そんなことに平均値やパーセンテージで示せるとも思えないし、また、どうやってその数字が導き出せたのかもいうのも疑問だから(笑)

もちろん、お墓にいないなら墓参りなんて必要ない!なんてことも思わない。
それじゃあ、目に見えないものすべてを否定する現世主義者の思考回路だ(笑)

わざわざお墓に出向くことによって、そこに死者の魂を感じるならば、やはり、そこには意味があるはずだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところは、

さまざまな文化を知った上でたくさんの選択肢の中から、自分がどう感じるか、どうしたいか?

それだけだと思う。


前述したエカテリーナ2世のように、生まれ持ったプロイセン人のアイデンティティを捨て名前まで捨てて、新たにロシア・ロマノフ家の大帝としてのアイデンティティを自ら選ぶなら、それはそれでアリなのだから。


ただ1つの世界だけにしか目を向けなければ・・選択肢は狭まってしまうだろうし・・それじゃあ、生きながらにして成仏(浄化)できずにいる霊たちと同じになっちゃう(笑)
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