日本語の特異性と感性の必要性

仕事で、日本の会社の人とメールのやりとりをすることがあるのだが・・

Dear Ms.XXXXX(私の苗字がXXXXのところに書かれている)

Thank you for your continuous support.



英語で書かれているのに、とっても日本人らしい書き出しなのだ。....

実はこのメールの相手は、日本在住、日本企業に勤務する中国人だ。日本人ではない!
中国語、日本語、英語も堪能な優秀な方だと聞いている。

優秀な方ゆえに、ちゃーんと日本の風習や感覚も身につけて使いこなしているんだろうなあ(笑)

この書き出しは、

XXXXX様

いつもお世話になっております。



実に日本人らしいビジネス文書を英語にしたものだ。
感覚は日本人のまま(笑)



そう、「いつもお世話になっております」っていうのは、日本人だったら実によく使う言葉だ。

たぶん・・挨拶がわり。

だから、決して突っ込んではいけない。

誰が、いつどういったお世話をしたのか? 書き手は何に対して感謝を述べてるのか?・・・なーんて考えてもいけない。


しかし、それを知らない英語圏の人々にとっては、ひどく異様な感覚に陥る。。。

もっとも、ウチのオフィスで働くアメリカンたちは、こういった日本人気質をよーく理解してるんで、今更、なんの問題もないんだけどね。

InterLinx-Webmail-Compose.jpg


ちなみに、英語のビジネス文書だとこうなる。

Hi Mike,

Can you email me billing invoice ASAP? (できるだけ早く請求書を送ってくれる?)

Thanks.



書き出しは、Dear でもHelloでもいいんだけど、何度もやり取りをしてる担当者であれば、Hi を使ってファーストネームが一般的。

そして、いきなり要件、

最後は、ありがと!(Thanks)とか、よろしく(Best regards,)で閉める。
とっても短く済んでしまう。

これで相手に、失礼だ!なんて怒られることさえない!

もちろんあまり面識がない相手だったり、相手がかなりの権威者だった場合は、DearでMr.やMs.で始めるし、Could you~の丁寧語くらいは使う。


それに慣れてしまったせいか日本語でビジネス文書を書こうとすると、私はいつもひどく頭を悩ませる。

要件は、早くXX書類を送ってね!って書きたいだけなのに。



えーと、出だしは、いつもお世話になっております、って書いて・・・それから・・恐れ入りますがXX書類を至急お送りいただけますでしょうか?、かな?  うーん、ますでしょうか?ってヘンだよなあ。。。。
お送りください!でいいのかな? いやいや、これじゃ、ちょっと断定的で強すぎる言い方かなああ。。。やっぱり、ここは、お送りいただけますか? かなあ・・・それとも、お待ち申し上げます??  それと、ここは、恐れ入りますがより、お手数ですが、の方がいいのかなあ?



きいい! 忙しいのに、たったこれだけの要件にどんだけ時間をかけてるんだよ!と、そのうち自分が腹立たしくなる(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の言葉には、独特の柔らかさ、曖昧さ、を持つものが多い。

XXXなんでXXしてください!と直接的、断定的表現を避ける傾向にある。

だからこそ、人間関係を円滑にさせる場合もあれば、逆に曖昧に誤魔化すことにもできる。



どっちにしても、英語圏に慣れてしまった人には難しい。


ああ、もう・・・。

「いつもお世話になっております。
XX書類を至急お送りください。
よろしくお願いします。」


だけじゃあ、ダメなんかい?

こんなに頭を悩ませて時間をかけなきゃならないなんて、非合理的、非生産的じゃないか?(←自分の文章能力の無さを棚上げしてる)


しかし、礼儀を重んじる日本人には、それではまだ失礼に当たり、気分を害する方もいるので、もっと丁重に!と注意されたことがある。

で、私は日本語のビジネスレターが、ますます苦手になってしまったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも日本人は形式というものを重視をする傾向が多いように思う。


つい最近のこと、日本人の女性から、あるデーティングサイトで知り合った男性の話を聞いた。
お相手の男性は中年の男性だったそうだ。

彼女は、最初のメールで、現在の仕事と過去の離婚歴、最近ボーイフレンドと別れたこと、今後はこんな人とこんな付き合いをしていきたい!と軽くさらっと書いたそうだ。

datingsite.jpg


そして何回かのメール交換後、初めてのデートで、こんなことを言われたそうだ。


「XXさんは、びっくりするくらい率直な方なんですねえ・・・初めのメールで、自分の男性遍歴を書いてくる人って初めてなんで、びっくりしました。」

え? 男性遍歴って・・・あんた、過去の男たちを、そんなに並べ立てたの?」と、私が聞くと、

「まさかあ・・・過去に1度の離婚歴があることと、昨年まで付き合ってた男性が東部に引っ越すために別れちゃったんで今は一人暮らし、って書いただけだよ。 だから、一緒に食事したり会話を楽しめる人がいたらいいなあ、って思ってるって書いたんだよ。」

「へ? それだけで男性遍歴ってなっちゃうわけ?
その男の離婚歴は? それとも、今までガールフレンドもいなかったって人?」

「さあ、知らない。長年駐在員としてアメリカで働いていたようで・・・どうも離婚歴があるらしいけど自分でははっきり言わないんだもん。」

「なーるほど・・日本人はあまり最初から、離婚歴などを話さないものなんかなあ?
それって、日本人の礼儀なのかなあ? もしそれを率直に言うと、男性遍歴になっちゃうのかな?」



「うーん、日本人ってわかんないなあ・・・。」(←私も彼女も日本人なのだが・・笑)


英語圏のサイトでは、真っ先にプロフィールを紹介するのが、ほぼ鉄則みたいなところがある。
現在独身なのか、別居中なのか、離婚歴があるのか・・
むしろ、最初に、こういったことこそ率直に言う方が礼儀とされるし、また正直さもアピールできるからだろう。



「で、結局、そのブラインドデートはどうなったの?」と、私は聞いた。


「うん・・彼は自分の趣味の話題だとか、トランプ政権の話とかをしてたんだけど、ちっとも私と話しが嚙み合わないんだよね~。

彼の話すことって、あまりにも一般的でどこでも言われてるようなことばっかりだったし、趣味にしてもさあ、本当に好きでやってるの?って突っ込みたくものばっかりだったんだよ。」


二人で大笑いしてしまった。


「ところで、デートは、どこでランチしたの? おしゃれなレストランにでも行ったの?」

「それがさあ、なかなか決まらなくてさあ、彼の食べ物の好みがわからないから、どんなものが好き?ってメールで聞いたのに、はっきり言わないんだよ。ウダウダを私にばっかり聞こうとするんだもん。

だからさ、リブを食べに行きたい!って私が言って、私が指定したリブ専門店になったんだ。」

「ほう、初デートで、手掴みで食べるリブとは・・・やるなあ。
まず、日本人の若いカップルだったら、絶対にありえないだろうなあ。」

「だろうねえ・・・でもさ、そういえば、その男、ナイフとフォークでリブを食べたんだよ!」

「え?? ナイフとフォークでリブを食べた?
あれって、手づかみで豪快に食べなきゃ美味しくないでしょーが。」

「変った人だよねえ・・・私はもちろん手づかみで食べたけどね。」


これが正しいリブの食べ方
     ↓
rib girl

「あんまり好きじゃなかったのかもしれない。だいぶ残してたし、持って帰ることもしなかったから。
だったら、はじめから自分が何が食べたいのか言えばよかったんだよね~。」

「あー、めんどくさいやつだね~。で、結果はどうなったの?」
(←聞くまでもないけど)


「いちおう、その日別れてからメールできょうはありがとう!ご馳走になりました。とメールしたんだ。
彼の方が少し多めに支払ったからね・・・ところがね、それに対してぜーんぜん返事のメールがこないんだよ。
これ以上私と付き合いたくないって思ってもさあ、無視するってのは失礼でしょ!
まさに、礼儀知らずなやつだったよ!」

「あらら~、そりゃあ、とんでもない礼儀知らずだね!」


「なんではっきり言わないのかね? あなたとは根本的に感覚が違う気がするので将来の嫁探しが目的の僕としては、今後のお付き合いはお断りさせてもらいますって・・・そう書けばいいのにね!」



よくはわからないが・・・たぶん、その彼にとっては、

もっとも・・もう会いたくないから、メールするのもめんどくさいって思ったのかもしれないし・・

もっと好意的な見方をすると、

お断りをはっきり言わない方が礼儀、または相手を思いやる親切だと思ったんだろうか?


しかし・・彼女から見れば、

メールに返事もしない礼儀知らずであり、
ちゃんと意思表示すらもできないダメ男、のレッテルを貼られてしまったわけだ
(笑)

どうなんだろう?
これも、お国柄による感覚の違いか、それとも、たまたま、そうゆうタイプの男だったのか?

とはいっても・・二人とも日本人だ(笑)


彼女は、中学のときからこちらに住んで、しかもアメリカ人社会で育った人だ。

彼は、何年アメリカに住んでいるのかは不明だけど、おそらく日本人社会の感覚で生活してきた人なんだろう。


自分のプロフィールもはっきり言わない。
食べ物の好みさえも、はっきり言わない。
バイバイさえも、言えない。

おまけに彼女に言わせると・・彼の話題もまた一般的な当たり障りのないことばかりで、ちっとも面白くなかったそうだから。


「あーあ、日本人ってわけがわからないし・・・うんざり!」と彼女が言う。

「まあまあ・・そんなヤツばかりじゃないと思うけどね、たまたま、優柔不断の礼儀知らずに出会っちゃただけだよ。」


おそらく、これは私の想像だけど・・・

彼としては、

あまりにも率直に話す彼女に閉口気味。

おまけに、彼の話に尊敬と多大な関心&感心をもって聞き入ってくれなかったことにもがっかり。

本当は、アメリカンのリブレストランなんて行きたくなかったけど仕方なくいったこと。

そして、極め付けは、彼女が大きなリブを手で食べたこと(笑)

なんて空気の読めない女だ!




そりゃ、相容れない二人だろう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆日本語というのは、はっきり言わない、あえて曖昧にしておく・・みたいなところが多いように思う。


まあ、よく言われてることだけど、

ビジネスシーンで、相手から何かの要求や願望を受けた場合、

「まあ、頑張ってやってみます」
「努力してみましょう」


と言われることがあるけど・・・これはお断りの文句と思っていい。

よく政治会談や貿易交渉でも、

「前向きに考えます」
「検討させていただきます」
「善処いたします」


なーんて言葉も、一見は賛成・賛同の意のように見えても、実は丁重に断る意思を伝えてる言葉だ。


たぶん、こんなことは、言葉のニュアンスとそのときの雰囲気で同じ日本人同士ならば、わかることだろう。



前向きに検討なんて言われると、前向きって言葉は本来は積極的な意味だけに期待させられることも多いが、、交渉するときの断りの意味でも使われるのだ。

ところが、

同じ日本人同士ならともかく、海外が絡めば、当然、誤解され問題になることも多い。
(最近では、さすがに日本人も海外ビジネスでははっきり言うようになってきているというが。)




◆もうひとつ、日本語の特徴として省略形が日常的にもよく使われる。

「それではそろそろ…」(そろそろ帰ります、という言葉が続くはず。)

「切手が一枚ほしいんですが…」(売ってください。買います・・という意味)

「お茶が入りましたけど…」(飲みませんか?・・という意味)



おそらく、これを外国語にしてそのまま言ったら、

そろそろ・・何をする気なんだ?って聞かれるだろうし、

切手が1枚欲しいけど・・何か問題があるの?って聞かれるだろうし、

お茶が入ったけど、お茶に何か問題があったの?って思われるだろうし・・



外国人には伝わらないのだ!(笑)

日本人はこれを「建前」と言い、言い出さずに省略した核心部分を「本音」と呼ぶわけだ。



たしかに、はっきりと最後まで言わなくても伝わるならば、あえて言う必要もないのだろう。

また、はっきり言い切るよりも省略した方が、ほんわりオブラートに包んだような柔らかさを醸し出すことだってできるようだ。


ニコニコして、「切手を1枚欲しいのですが・・」なんて言われると、
聞き手の方は、そのあとに「売って頂けますか?」「よろしくお願いします。」なんて言葉を、勝手に想像して、心地よい気分になる。


しかし、日本語に慣れていない外国人には、こういったところは非常に難しいだろう。
相手の顔色やシチュエーションを悟って、敏感に相手の意思を理解しなきゃならないんだから。

たとえば、あるベトナム人が日本語を習っていたころ、

「きょう、お蕎麦を食べに行きませんか?」
「結構です。」

それは行きたいのか行きたくないのか、同意か断りか!!と、始めはひどく悩んだとか(笑)




◆もともと日本語は曖昧な単語も多いのだ。

しかも、さらに曖昧にさせてしまうような言い方さえある。



たとえば職業を聞かれると
「ファッション系の仕事です。」 なんて言ったりする。

ファッションデザイナーなのか、パタンナーなのか、モデルなのかはっきりしないし、それどころかファッション・マッサージで働く人も、そう言うんだとか(笑)

「医療関係です」ってのも、範囲が広すぎてわからん!


また、

「おタバコの方は、こちらで・・」
なんでなんだ? 

「パソコンとか持ってる?」
パソコンとかって言うから、パソコンを含めたコンピュータライズされた電子機器一般を指すのかと思うと、パソコンだけを指してる場合が多い、・・・つまり、パソコン持ってる?って聞いてるのだ。


たぶん、そういったことが日常化してしまってる日本人から見れば、あまりにも自然で違和感はないのかもしれない。

でも、私から見れば、こんなことは、はっきり言えばいいのに!と思うことが多々ある。




◆さらに、マスコミやおそらく政治家さんたち?によって、あえて生み出された言葉もあるようだ。


売春 → 援助交際
暴行・殺人 → オヤジ狩り
商工ローン → 高利貸し 
(高利貸しは高利貸しだろーが。)

ぜんぶ嫌な言葉だ。

まるで売春を正当化するような言葉だし、オヤジを刈るなんて言葉には、人種偏見すら潜んでいる気がする。
それが流行語大賞になったというんだからなあ。


また、先日の私のブログ記事でも書いたけど・・

アミノ酸等・・・等を使って、曖昧にうやむやにさせる意思が見え見え。

化学調味料 → うまみ調味料・・・これも化学よりもうまみの方が、印象がぐーんとアップするのを狙った意思が見え見え。


こっちは、村上龍さんの「明日できることは今日しない」から抜粋だけど・・
     ↓

銀行に公的資金が使われる、なんて言ってるけど、なんで税金と言わないで公的資金なんて呼ぶんだ?

戦没者慰霊祭は、なんで戦没者なんだ? なぜ戦死者と言わない?



なんて書かれたいて、おー、なーるほど!と思ったものだ。



さらに、

今じゃ、当たり前のように使われているリストラ、これだって解雇のことだよね?

英語でリストラクティング(restructuring)というのは、再構築の意味だ。 それからとって日本語で解雇することをリストラという言葉を作り上げたんだとか。




もっと、すごいなあ、って思ったのは、

「拉致」は「誘拐」のことだ。
なぜ、拉致と呼ぶようになったのか?
    ↓

北朝鮮による拉致事件だ。
誘拐という世界中のどの国でも最も重い犯罪を国家が主導で実施した、歴史上稀有な事件である。
偉大だといわれているかの国の指導者を被告にして国際司法裁判所に告訴してもいいくらいなものだ。
国のマスメディアがこぞってソフトイメージの演出に腐心し、交渉を有利にしてくれる手伝いをしてくれるのだから。
http://d.hatena.ne.jp/hamachan/20041110




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の曖昧さは、人間関係のコミュニケーションを円滑にするという長所もある半面、こういったように、あえて意図的に曖昧にさせて真意をぼかす目的でも使われるのかもしれない。


ここのサイトの、日本人が曖昧な表現を好む理由を心理学者が分析という記事によると、
       ↓
http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20150719/Goowatch_f2c71208cc2edb0a99636a0e71d61986.html


このサイトの心理学の先生は、こんなことを言っている。
    ↓

●明確な発言をすると、責任がついてまわりますよね。昔から日本人は、責任の所在を分散させて、問題が起きたときに誰か1人が責めを負うことがないよう配慮してきたのです

●日本人が曖昧な表現を好むもう1つの理由に、相手との議論を避けたいという心理があります。
議論をすると勝敗がついてしまいますよね。それでは周囲の人とのあいだに摩擦が生まれてしまうかもしれません。
そこであえてぼやけた表現を使うことで、他人との議論を避けてきたのでしょう。

日本人に議論を避ける傾向があることは、日米の比較テストでも証明されています」




この2つの日本人の心理的要因、たしかにそのとおりだろう。


どこの会社でもよくありがちな話。
     ↓
大きなミスが起こったとき、必ず責任の所在は追求される。



以前に私が前にはまっていた、メーデー!:航空機事故の真実と真相
のドキュメンタリーの中でも、墜落事故を起こした飛行機の真相を究明し責任の所在ははっきりさせる作業が行われている。


なぜなら、二度とミスを起こさないため!
人命が係わることだから、なおさら真剣に厳しく追求するのは当然のことだ。


原因を追究すると、パイロットの判断ミスだったり、または、整備士のうっかりミスだったことが判明するんだけど・・

今度は、そのパイロットや整備士の勤務記録の心理状態やその会社からのノルマや体制までもがチェックされるのだ。

そうすると、会社側から無理なフライトスケジュールでこき使われていたり、多大なノルマを達成させるために無理を強いられていたり・・そのほとんどが、個人だけに責任を押し付けられないような、バックグラウンドの問題や、いくつかの他の多くのミスが積み重なっている場合がほとんどだった。


だいたいの場合、一人の人間は、その人が不運にも引き金となって事故を引き起こしたに過ぎない。



そこで、多くの改善策が出来上がり、即実施されることになる。
二度と事故を起こさないために。


ところが、これが・・いい加減な会社だったりすると、責任の所在を、一方的に担当者に押し付けて首切りするか、上司の管理不行き届きとして担当上司に責任を押しつけて終わってしまったりするだけで、ちーっとも根本的改善はされないってこともある。


よくこんなことしてる会社あるよね
   ↓
sorry.jpg


深く頭を下げて一時停止して・・・謝罪するってのは、日本人らしいのかもしれないけど・・・

これで、視聴者も納得してしまうんだろうか?

私には、こっちの方が気になる。
   ↓
徹底的に原因を追究し、それに対し次回からはどんな改善案を施したんだろうか?



私は個人的に、こんな謝罪パフォーマンスなんかどーでもいいから、どのように原因究明して、今後はどのように改善したのかを具体的に発表してもらいたいと思ってしまう。。。。

そっちの方が、本当の謝罪だろう。



何かをより良く改善していくためには、それぞれの責任をもう一度考え直し、多くの人々と議論を重ねることは絶対に必要だと思う。

ただ、その目的が、誰かを責めることにあったり犯人捜しになったり、または、責任逃れをする目的があれば、・・まったく意味はないけどね。

そんなことなら、やっぱり、うやむや曖昧にしてしまう方が、まだマシってことにもなりかねない。

でも・・それじゃあ、ちーっとも問題解決できないよなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もう、ひとつ、こんな意見があった。

「あいまいな言葉」をうまく使って、コミュニケーションを円滑にする方法
仕事で失敗した部下や同僚を慰めるときは、あいまいなぐらいがちょうど良いものです。
私たち日本人が周りの人を慰めるときによく使う「頑張ったのに残念だったね」という言葉。
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。

しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。
お互いに伝えたいのは「慰めてやりたい」「慰めてくれてありがとう」という気持ちであり、具体的なアドバイスや情報ではありません。

慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。
http://tabi-labo.com/279832/everything-starts-with-writing-02




いやあ、そうゆうものなんかなあ?

多くの日本人のみなさんは、そう望むんだろうか?



これに関しては、私自身は反対なので・・わからない。

反対というよりも、私自身がそんなことをされたら嫌なのだ。
       ↓
これは何について頑張ったと評価しているのか、何について残念だと思っているのか、明瞭ではありません。
しかし、落ち込んでいる人にはこれで十分なのです。



私だったら、何について頑張ったのか残念だったかもわかりもしない人にそんな言葉をかけてもらいたくない!

形だけの優しい言葉なんて、まっぴらだ!って思ってしまう。


かえって・・・怒り出す!(笑)


そうだなあ・・。
私の場合だったら・・・

ただ、冷静に会話もできないほど落ち込んでるときは、まず、そっとしておいて欲しい。

または、黙ってハグしてくれるとか・・(←これは日本人には無理かも(笑)

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または、ひとこと、「ま、よくあることさ!元気だせよ!」と、美味しくて温かい飲み物でも頂いた方が百倍嬉しい。


さらに、心まで温めてくれるようなものをごちそうになるとか。(←結局食べ物かよ!)


そして、もしも私を思ってくれるのだったら、何が原因だったのか、どうすればよかったのか、今後どうすればいいかを、一緒に考えて意見を言ってもらいたい。

私は、そっちの方が嬉しい。



あ、そうそう、もう一つ、このアドバイザーが言っていた、この部分も私には気になる箇所
    ↓
慰める側が論理的に失敗の分析をしたり、次はどうすべきか具体的にアドバイスしたりしても、言われている側はあまり嬉しくないものです。

相手をただ嬉しがらせることで、慰さめようとするんかい?

嬉しがらせることと慰めは別物だ~!

そんな、表面的なことで嬉しがるわけないだろーが!!
(←これは、私の場合だけなんかな?)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも・・

「頑張ったのに」
「私なりに一所懸命やったのに」


という言葉は、私自身あまり好きな言葉じゃないのだ。


だって、頑張るとか自分なりに一生懸命やるなんてことは、誰だって当たり前じゃないかな?


それをなぜ、あえて口にするんだろう?


それを口にする心理には・・・

私は悪くない! 一生懸命やったんだもん!という自己弁護が見え隠れしてしまうから、嫌なのだ。



そういえば・・日本の人生相談にありがちなパターン。

「私は家事もパートも一生懸命私なりにやってきたつもりです。しかし・・主人は・・・・」
「僕は毎日、一所懸命働いてきたつもりです。しかし・彼女は・・・・」

どれも・・それとな~く、私は悪くないのに!といった自己弁護を匂わせている。




もっと嫌味だなあ・・・って感じてしまうのは、

何には、私も至らないところがあったかもしれません・・と言いながら、さらに、自己弁護を強調したりする。(笑)



ところが、これがアメリカ版だと、そうはならないのだ。

Jerry Springer Show
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私は、一生懸命私なりにやってきたつもりなんて曖昧な言い方はしない。


私は死ぬ物狂いで働いていたんだぞ! と・・見事に言い切る。

毎朝、6時に起きてコーヒーショップで働き、午後からはXXXし、夜間はXXXで働き11時まで働くのを3年も続けてるんだ・・・と具体的に言ってのけて、相手を徹底的に罵るのが常だ。


少なくとも日本人の方が、表向きは非常に上品だ。

しかし、その上品さが私には陰湿に感じてしまうことがある。

また、

私も至らないところがあったのかもしれませんが・・
私にも悪いところがあったのかもしれませんが・・・



という言い方は、謙虚さともとれるけど・・心の底では「私はちーーとも悪くないもんね!だから、みんなも私に同意してよ!」という、甘ったれた声として聞こえることもある(笑)


そんな姿を見るくらいなら、むしろ正面切って相手を罵り合うような、下品なアメリカ人たちの方がずっとマシに思えてくる。

少なくとも、自分の心にも相手にも正直だから。


自分の心に正直な人は間違いを気づけば屈託なく改善できるだろうけど、曖昧な心のままでは、いつまでも心の底のくすぶりはとれないものだ。


もちろん、曖昧な言葉で慰めてあげよう!というのも、
相手を思っての優しさから出たことなんだろうけど・・それでは、表面上のイガイガを一時的に滑らかにするだけじゃないかな?


ただし・・私の場合は、よけいにイガイガを大きくすることになるんで、私には、やめてくれ~!(笑)


そもそも、


一時的に表面を滑らかにして、それで The End にしちゃったら、そんなものは思いやりにも何にもなりゃせんぞ!



なーんとなく、そこらへんにも、日本的風潮があるような気がする。
これは、もちろん悪い意味で、だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういったことは、おそらく日本語の持つ、曖昧さ、優しいニュアンスに起因していることが多いんじゃないかな?


日本語の曖昧さは、相手を思いやるためにもなり、無駄な議論を避けるためにもなる反面、自己欺瞞や問題の核心を隠ぺいすることにもなりかねない、ということを、よーく肝に銘じておく必要があるかも。


そのためには、常に言葉の裏にあるものを感じることだ。
昔の日本人が得意だった能力、まさに、本音と建て前を感じ取ること。


日本語は曖昧さを持つだけに、感性を鈍らせたら終わりなのだ。
感性欠乏症にならないように(笑)



そんな感性を失った人たちに限って、当たり障りの無い言葉、無難な言葉のみを用いようとする。
また、同様に、当たり障りの無い言葉、無難な言葉を用いる人たちの方に共感を覚えるようになる。


そうやって、言葉によって、心まで曇らせてしまうことになる。


たぶん、それは日本語の特質なのかもしれない。
もちろん、悪く作用した場合の特質だね。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆しかし、曖昧な日本語だからこそ、美しい世界を作り出すことだってできる。

こっちは、日本語の素晴らしいところ(笑)

diapo001.jpg


国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった

これは、おなじみの川端康成の雪国の冒頭だけど、これを英訳するときは大変だったらしい。

そりゃそうだ!

だって主語がないんだもん。
誰がトンネルを抜けたかわからない!

日本語は抽象的な表現を好み動詞が主役。
これに対して、英語は具体的・説明的で能動的な表現を好み、名詞が主役、特に「ものとものとの関係」は実に明瞭である。
http://home.att.ne.jp/yellow/townsman/SnowCountry_1.htm



そりゃあ、まあ、汽車に乗ってる男には決まってるんだけどね~。

ここで、主語を私か男にして・・・たとえば、

「男の乗った汽車がトンネルを抜けたとき、男はそこが一面の雪景色になってることを発見した。」

と英訳したら?

こんな作品、誰も読まないぞ(笑)


ここはどんなイメージが浮かぶだろうか?


私には、

まるで、映画のプロローグで車窓の景色だけ淡々と映しだしていくような、そんなイメージなのだ。



それを見事なまでに、川端康成さんは日本語という文字で演出している。

まさに、主語を必要としない日本語だからこそ出来ることだ。


うーーん、

この美しい感性を英語で表現するのは、とっても大変なことだっただろう。

yukiguni.jpg

そこで、

サイデンステッカーの英訳 ”Snow Country” によると、

The train came out of the long tunnel into the snow country.

サイデンステッカーさんは、主語を汽車にして、とってもシンプルな文章にしている。
しかも、国境ということばを省略して、The train という単語を主語として、あえてTheをつけている。

これなら、目をつぶると、その光景がいきいきと目に浮かんでくる。



原文の次の文章は、

夜の底が白くなった


これを、翻訳では・・

The earth lay white under the night sky.
大地は夜空の下、白く横たわっていた。


お見事!
実に美しい!



この翻訳者は、エドワード・ジョージ・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker)
コロラド州生まれアメリカ人。
川端康成自身、「私のノーベル賞の半分は、サイデンステッカー教授のものだ」と言わしめたほどの名文家・知日家だったそうだ。
Edward Seidensticker_Wiki



seidensticker190.jpg


当然のことながら、

翻訳は単に言葉の意味を伝えることじゃない。
感性を伝えることなのだ。



川端康成の雪国を、感性で正確に捉えられない人には、翻訳はできないってことになる。


特に文学作品の翻訳は、いかに作者の感性を正確にとらえて、それを別の言語でその感性を伝えることにあるのだ。


映画シーンから 
  ↓
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日常の言葉もまた、本質は同様じゃないだろうか?


言葉は、その人の思いや感性を伝えるもの。

それを読み取るのも、また、感性なのだ。

得に日本語は、感性欠乏症には使いこなせない言語のようだ。

科学者の唱えるパラダイムシフト

「意識は高次元空間と繋がっている」・・・これは、スピリチュアル分野では常識的に言われ続けてきたことだ。

ところが、現代ではすでに、サイエンス分野では、これも常識的になってきているようだ。



こちらは、今年2017年の2月の記事で、ハーバード・カー教授(Bernard J. Carr)が言ってることだ。

 ↓
Paranormal phenomena exists in ANOTHER dimension that 'our consciousness connects with'

この人
 ↓
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バーバード・カー教授(Bernard J. Carr)というのは、ロンドンの大学、Queen Mary University of London (QMUL)に籍をおく方で、
数学と天文学分野の教授。
Bernard J. Carr is a Professor BIOGRAPHY

こちらのWikiでも紹介されてる。
     ↓
Wikiより Bernard Carr


宇宙の起源や初期宇宙、ダークマター、一般相対性理論、ブラックホール、人間原理学などを主に研究されてきた方らしい。

ちなみに人間原理というのは、ちょっと聞きなれない言葉だけど、さっくり」言うと、こういったことを研究する分野らしい。
   ↓

人間原理(Anthropic principle)とは、物理学、特に宇宙論において、宇宙の構造の理由を人間の存在に求める考え方。
「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という論理を用いる。・・Wikiより引用



ざっくりとだが・・彼の言葉を要約すると、こんなことだ。

●次元の存在はヒエラルキー構造になって存在している。

1次元、2次元、3次元、そう私たちの存在する世界は、3次元だね~。
アインシュタインさんは、それに時間を加えて4次元。

ところが、現在の物理学では11次元までもが提唱された。

そう、超ひも理論、とか M理論という・・あれのことだね。

名前くらいは私も知っている(笑)

いちおう、簡単な説明を下記にコピペしておくことにする。

★超ひも理論・・・物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。 超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
381711267-string-theory7.gif

★M理論(Mりろん)・・・現在知られている5つの超弦理論を統合するとされる、11次元(空間次元が10個、時間次元が1個)の仮説理論である。 尚、この理論には弦は存在せず、2次元の膜(メンブレーン)や5次元の膜が構成要素であると考えられている。
mtheory1.png




ん? なにが簡単な説明だよ!!(←ほとんどわかってない私)



ま、ここでは物理理論を説明するつもりはないんで、さらっと読み飛ばしちゃってください。
つーか、私自身がわかってないのに説明もなにもないのだが・・・。



そもそも、こういった研究は素粒子研究の第一人者、シカゴ大学の南部陽一郎教授などによって研究されてきたことだったなあ。


たしか、南部教授のことは以前のブログ記事でも紹介していたはず。
  ↓
フォトンの作りだす世界を量子論とスピリチュアルで眺める

人の意識とボーアから始まった量子論




そうそう、・・すべては、理論物理学の量子論からはじまっていたんだった・・。


それまで物質と心(意識)はまったくの別物として対照的に扱われてきたものが、ここで同じ土俵にあがったようなもの(笑)

実に画期的だった。


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ところが、このカー教授によると、

「それぞれの次元はヒエラルキー構造をしていて、私たちが認識できる次元はいまだに最下層に過ぎない。
これまで物理学が提唱してきた11次元なども、精神とかかわるより高い次元から見ればまだまだ下層次元に過ぎない。」


今や、物理学分野では、従来の超ひも理論を包含する“M理論”が登場して11次元になったんだったね。(←唯一、私が理解してること)


ところが・・・もっともっと高次元があるという。
11次元なんて、まだまだ下の方で、私たちが住んでる世界は最下層。。。


そこで、カー教授はさらに、こんなことを言っている。

●超能力などを研究する、超心理学(parapsychology)は、ますます成果をあげてきているけど、いまだに、主流派と言われる科学から真剣に受け止められていない。

「そして、主流派物理学のパラダイムでは意識の問題を未来永劫解決することは不可能だろう。
これらの問題を解決するためには、2つの特徴を持つ新パラダイムに移行する必要がある。」


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これをもっと簡単に言ってしまえば・・

今までの時代のような、ものの味方や考え方を変えていかなければ、永久に超心理学は解明できないってことだ。

科学者たちの世界もまた、我々一般社会と同様で、従来の考え方にしがみつく人も多いってことだね(笑)


それじゃあ、どうすりゃいいのか?


そこで、カー教授は、2つの新しいパラダイムに移行することを提唱している。

●その1: 物質世界に意識(心・精神)を組み込むこと。

「意識抜きに“統一理論”の構築を夢見る主流派科学者たちもいるわけだし、おそらく彼らは猛反対するだろうけど、物質世界だけで解明しようとしたところで、意識や超能力の問題を解決することは不可能だ」と彼は言っている。

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●その2: 高次元の現実構造を含むこと

「幽体離脱、臨死体験、超能力、幽霊現象は、物理的空間とは違う「共有スペース」を持っていると予想される。
共有された宇宙の一部として認識していく必要がある。」


彼はこれを、普遍的=宇宙的構造(universal structure)と呼んでるようだ。

「これは我々の異なる経験を結び付ける高次元の情報空間であり、一面において物質的でありながら、精神だけがアクセスできる非物質的な領域も含んでいる。」

ふーーむ。
なるほどなあ・・・



でも・・・こういったことは今にはじまったことではない!

すでに19世紀の時点で、心理学者のユングが、超心理学、深層心理、シンクロニシティーなんてことを唱えてたわけだし・・。

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当然、サイキックたちもまた、その能力を高次元の何かから得ているわけだったよね。
    ↓
つい最近、英国版スピリチュアルから、ふと思うことの記事の中で、気功とレイキなどの、気の正体ってなんだろう? ってことになって、

あるヒーラーの言葉を引用したんだけど、大いに関係ありそうなんで、もう一度、ここで引用してみる(笑)


それは宇宙の気? それとも守護霊や神のような存在から得ている気?

「私にもその正体ははっきりとはわからないんだ。これからの研究課題だろうね~。

ある霊能者さんは自分の高次の守護霊様から得ている気を使ってるって人もいるし、自分の信じる仏や神から得てるって人もいるし、植物、花のパワーから得てるって人もいるし・・実にさまざまなんだよ。

私の場合はね、どうやら・・地球外生命体のパワーを得てるような・・・」




結局、サイキックと呼ばれる人たちだって、自分自身の力で何かが見えたり聞こえたりするわけでもないし、また、超能力が発揮できるわけでもないらしいのだ。

彼らもまた、それを何かから得ている(おそらく高次元の何か?)ということだった。(もっとも、それとアクセスできるってことは彼らの能力ではあるけどね・・)


さて、そうなると、

カー教授のいうように、これからは、人の意識と高次元の意識を考慮していかない限り、何も先には進めないだろう。


「このパラダイムを用いれば、物理学分野だけでなく、心と体の関係においてよく知られた哲学的問題も、心身問題も、さらに、時間の本質を解明することも可能です。
もちろん、幽霊のような超常現象を解釈するための存在論的枠組みさえ提供できる。」

と、彼は言っている。


ところで、物理学者たちが、いったいどうやって、11次元にまでたどり着いたかというと、

強弱それぞれの核力、電磁気力、弦、2次元の膜、ブラックホール、さらに、もっと摩訶不思議な重力を統一的に記述されたものだとか・・・まあ、そういったものも考慮して、ようやく、今、11次元ということらしい。

うーーーん・・・さっぱりわからん(笑)

と、とにかく・・

M理論が登場したときは、物理学者たちは、そりゃ、もう興奮状態だったそうだ。



いやあ・・一般社会の、働いてTVを見て寝るだけの一般人とはずいぶんかけ離れた世界だなあ。

また、サイキック連中ともかけ離れた世界だろう。

どちらかというと、サイキック連中は、科学的アプローチで証明してみようという人は少ないようだし、なんだか自分でもわかんないけど、感じてしまうんだよね~、って人が多いようだから(笑)


ところが、

物理学者の野望は、たった1つの理論で森羅万象を説明することだそうだ。
そして、それは・・・もちろん、見事な数式で。


おー、これはこれで、素晴らしい!!


そういえば・・・

宗教においても、キリストさん、釈迦さん、日蓮さん、空海さん・・などなど、偉大な人は多かったけど、それを継承する人たちは、みーんな3次元の頭で理解しようとして、それぞれの宗教(宗派)やらドグマを作ってしまったわけだったよね~。

これもまた、カー博士の提唱する、2つのパラダイムに移行しなければ、真実は見えてこない・・ということじゃなかったのかなあ。

うーーん、なんか自分なりに繋がった気がする。。。

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さらに、カー教授だけではないのだ。

米「タイム」誌でおなじみの、再生医療の専門家ロバート・ランザ博士、米ヴァージニア大学医学部精神科のジム・タッカー博士なども、

意識こそ現実を構成する最も基本的な要素であると主張しているようだ。

世界はもう、ここまで来たんだよなあ~
そう思うと、なんだか嬉しくなる!!


だって、少し前までは、

物質  ←→ 心(精神)
現実 ←→ 精神世界(夢)
肉体 ←→ 心
科学 ←→ スピリチュアル


と考えられていたわけだから。


それが、科学(理論物理学)分野から二極化がなくなってきている。。。

まさしく画期的なこと!

それも、科学者たちが提唱しだしたということは、とっても大きいだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人レベルのポジティブな意識、ネガティブな意識が、個人の人生を作る。
さらに、多くの人々の意識が世界を、そして宇宙も作る。



それならば、私たちの現状は、私たち自身の意識が作りだしたものに過ぎないわけで、

また、いくらでも作り替えられるということだ♪



ところが、唯一それを邪魔するものは・・・古いパラダイム、ということだね。(笑)

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古いパラダイムにしがみつく学者たちというのは、結局、我々の身近にもいる人たち・・何も変えたくない人々、現状維持をしたがる一般人とも同じだろう。

何かが変ってしまうのが、怖いからだ。



それでも、かつて古いパラダイムだった天動説が新しい地動説に変わっていったように、

いつか必ず、すべての人々が、物質と共に人の意識と高次元の意識の存在を理解するときが近いと思う。


見えないものは存在しない・・なーんて思い込んでいる時代ではないってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛、信頼、真心といったポジティブな心、感謝する心、笑顔、言葉に宿る言霊・・・こんなことはスピリチュアルでは言われ続けてきたことだ。


しかし、そんな見えないものの必要性よりも、目に見えるものを優先しようとしてきたのが現状の世界。


でも、私は思うのだが・・

本当は、誰もが心の奥底では、目に見えない世界の存在だって知っているのではないだろうか?

知ってるけど、古いパラダイムにしがみついて見ようとしない。
なんらかの理由をつけては後回しにしちゃてるだけ、なんじゃないかな?


まさに15世紀に、地動説には目を塞ぎ力づくでも天動説を主張し続けた旧体制派がいたように。(笑)

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おそらく、最後にそれをぶち破ってくれるのは、こういった科学者たちの力かもしれない。

頑なに拒絶し耳を塞いでしまう人たちには、宗教家やサイキックでは太刀打ちできないだろうから。


だからこそ、たった一つの理論で森羅万象を解明しようとする科学者たちに、ぜひ先駆者になって欲しいものだ(笑)

一人の意識から、多くの人を動かすこともできるし、

現状維持の頑な怖がり屋たちというものは、常に大多数の方へと傾くものだからね(笑)

とっても楽しみ~

人々の意識(認識)が変ったとき、どんな世界が来るのか・・♪

死んだ息子からのメッセージ

ちょっと悲しいけど、心温まる話を聞いた。


16歳の息子が山で遭難、当然息子を亡くなってしまった母親からの話だ。

「息子は学校の寮に入っていて一緒には住んでなったんだけど・・週末はいつも家に帰ってきてたの。
家族で一緒に食事したり、会話も多かったし・・楽しかっただけに、ひどくショックで打ちのめされたわ。
夫も、それ以来、ひどくふさぎ込んでしまい、食事もほとんど出来なくなってしまったの。
何を食べても、味がしないんですもの・・。


そんなある日、友達から・・突然メールをもらったの。

それには、こんなことが書かれてたの。


昨夜の夢に、あなたの息子のJoeが出てきた。

山の風景、そこで足を滑らしてJoeが転落する風景が見えた。
それから、場面が変って、Joeがやってきて私に言うの。
僕はちっとも死んだことが無念だなんて思ってないよ、これはね、宿命としてすでに決められていたことだったし、僕は十分僕の人生を全うしたんだよ。

”今僕は幸せだと思ってるんだ。 大好きなパパとママの子として生まれて、僕は二人からいっぱいの愛をもらったよ。
ものすごく感謝してるし、すごく充実した素晴らしい人生だったと思ってる。

だから、パパとママも僕を思って悲しんでばかりいて欲しくないんだ。
前を向いて、ちゃんと歩いていってよ! 
僕がいなくなっても、僕たちの家族の絆は深いだろ?
妹だって、パパとママのことを深く愛しているよ。

家族で支えあって、素敵な人生を歩んで欲しいんだ。
そして、僕を幸せにしてくれたみたいに、これからは多くの人たちを幸せにしてあげてね。”

そういって、Joeはすごくステキな笑顔のまま消えていったの。

なんだか、これは、すぐあなたたちに伝えなきゃと思って、メールしたの。」



あらら・・これじゃあ、50年代の家族だよなあ。
     ↓

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このメールを読んで、彼女と夫は泣き崩れたという。

「でも私たちのそのときの涙はね、今までの涙とは違うの。
私たちはね、ひどく温かいものに包まれているような・・そんな感動の涙だったの。

その次の日、娘がね、Joeが描いた絵を偶然にも、屋根裏部屋でみつけたの。
彼女は、自分が幼い頃に、兄からもらったクリスマスプレゼントを思い出し、それを屋根裏部屋で探していたんですって。

ところが、そこで見つけたものは、Joeがその当時に描いた絵。
日付をみると、Joeが10歳のころの絵だったの。

その絵はね、夜明けの山の風景・・朝日が差し込んで、ひどくきれいな風景なの。
夫と私は、この絵は、きっとJoeが死んだ山に違いないと思ったわ。

この写真はイメージ
   ↓

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また、これは、Joeから私たちへのメッセージだと。

光に向かって、美しく生きろ!という・・そして、僕はいつまでも見守ってるよ!という。。。

私たちは、その絵をリビングに飾ることにしたの。
それからね、私たちは、少しづつだけど・・ちゃんと前を向いて歩けるようになったわ。

それでも、今でもまだ、Joeを思い出すとふと悲しいような切ない気持ちになることもあるけど、同時に温かいものや勇気に満ちた感覚も感じるようになったの。

だから、もう大丈夫。
Joeにありがとう、という感謝でいっぱいなんですもの。
それだけで、私たちの心は温かくなれるのよ。
ちゃんと前を向いて歩いていけるわ。」

なんだか、この話を聞いたとき、私の心にもまた、ちょっぴりの寂しさと同時に深い温かさが伝わってきた。

いい話だよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女は、またこんなことも言っていた。

「私は、霊の世界について、今まで考えたことがなかったんだけど・・・本当にあるものだったのね。
今は、それがすごく嬉しいことに思えるわ。

それにしても不思議に思うのは、なんで・・Joeは直接、私たちの夢に現れずに、友人の夢に現れたのかしらね?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これについて、知り合いの霊能力者、ヒーラーに聞いてみた。

「そりゃそうだよ。 
だって、ご夫婦ともに息子さんの死にひどくショックを受けて悲しみのどん底だったわけでしょ?
だったら、夢に現れることなんて出来ないよ。

感情的になっているときは、メッセージとしての夢はみることはできないんだよ。
だからこそ、第三者の、しかもご両親に関係ある友人に、夢で伝えてもらったんだよ。」


「なーるほどね~。
じゃあ、Joeの妹が偶然、屋根裏部屋でみつけたJoeが昔に描いた絵ってのも・・決して偶然じゃないんだよね?」

「当然!
Joeは10歳の頃に、おそらく無意識で・・それこそ夢でみた山の風景か何かを描いたのかもしれないね。
それは自分自身の深層部分ですでに知っている予知夢だった可能性もあるけど・・決して死を捉えたネガティブなものではなさそうだね。
むしろ、彼の人生の完成図だったのかもしれないよ。

それを、残した家族を癒すため、また、勇気を与えるために、妹にみつけ出させたんだろうね。」


「そうか・・なんか、いい話だよね。 私まで、なんだか気持ちが温かくなるんだよ。」


「それだけ、Joeの家族は絆が強い家族だったんだと思うよ。
相手を思う絆がなければ、メッセージってのは伝わらないんだよ。
妹だって、屋根裏部屋で何かを探そうなんて・・思わなかったはずだよ。
みんなが、家族思いの愛でいっぱいな、ステキな家族なんだよ。」


「でもさあ、こんな話、霊の世界を信じない人から見れば、そんなの、ただの偶然だよ!で片づけられちゃうのかなあ。」


「そりゃそうだよ。 神霊(心霊)というのは、受け手も同じ波長で感じない限りは、ないも同然の世界だからね。
たとえ、どんなに明確な証拠を挙げたとしても、心が否定してしまってる人には何も伝わらないのと同じことさ。
つまり、心が否定している人には霊の世界も無いってことだよ。」


少なくとも死んだ息子の意思を受け取り悲しみから癒された家族のほうが、心で拒否してしまってる人よりは、ずーーと幸せだろう。

さて、これから、
この家族たちは、それぞれ、どんな人生を歩んで行くんだろう?

それが、なんだか、とっても楽しみ~♪

陰陽五行説をもとに作られた古代中国料理と現代

「この店、どうかな? 近所にオープンしたチャイニーズなんだだけど、行ってみない?」

と、友人がチラシを持ってきた。

わ!見た目は美味しそう。

こんなのやら
   ↓
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こんなのも
   ↓
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典型的なアメリカのチャイニーズフード店だ。

「このチラシに、NO MSGって書いてあるし・・行ってみようよ。」

と、友人は言う。

MSGとは、グルタミン酸ナトリウム(Monosodium Glutamate=MSG)のこと、= 味の素

アメリカに住む人たちは、MSGと聞いただけで嫌がる人が多いので、多くの安いチャイニーズレストランでは、NO MSG(うちの店はMSGは使っていません!)の表示をしているところが多い。

「行くのはいいけどさあ、NO MSGでも化学調味料は入ってるよ。
だって、チャイニーズだよ!」


「え? うっそ~!」

「MSGは、入ってないかもしれないけど、それに代わる何かは絶対入れてるって!
だって、全部天然素材で作ったら、こんな値段で食べられるわけないよ。」


お手軽チャイニーズフードは、せいぜい一人10ドル~20ドルで食べられる。


料理の決め手は、出汁(だし)にあり・・・言うまでもないけど(笑)
これは世界各国、どこの料理でも、ダシで決まるのだ。

で、ちなみにチャイニーズフードでは、どんなダシを使っているかというと・・


●清湯(チンタン)
清湯とは読んで字の如く、濁らせない清らかに澄んだ味を特徴とするダシ。
原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。
この時に「蝦眼水(エビの眼のような細かい泡ができる程度に静かに煮る)」の状態jを保てるよう火加減に注意し、スープを濁らせずに旨みを引き出すことが重要。
脂感よりも肉感の旨みが感じられる風味となる。

●白湯(パイタン)/乳湯(ナイタン)
白湯、もしくは乳湯と言われるのは、白く濁ったコクのあるダシ。
原料は清湯とほぼ同じだが、材料が焦げ付かない程度の強火で、比較的短時間で煮出すことによって、原料中の油脂が乳化状態となり、白く、濃く、深いコクのあるスープとなる。
このスープは素材由来の脂の旨みが厚く感じられる風味が特徴。

●上湯(シャンタン)
これは清湯の一種、中華料理のダシの最上級品と言われる。
原料となるのは、世界3大ハムのひとつ、といわれている・・金華火腿(キンカハム)
ちなみに、世界3大ハムのほかの2つは、イタリアの「プロシュート」、スペインの「ハモン・セラーノ」

金華火腿の原料となるのは両烏豚と呼ばれる小型の豚で、中国・浙江省の金華市で、脂肪となる穀物は与えずに、干した茶殻や白菜等を乳酸発酵させた飼料のみを与えて育てらたもの。

この金華火腿は旨みの主成分である遊離アミノ酸量が非常に高く凝縮された高級品で、ダシとするには最適。
この高価な原料を惜しげもなく使い、鶏がらや豚肉と共に弱火で6時間ほどかけて旨みを取り出した最上級のもの。



そのほかに、干し貝柱、干しエビ、干しアワビ、干しナマコ、なども、ダシとして使われたりする。
もちろん、フカヒレも燕の巣も・・・干したもの。(もっとも、こういったものは高級店じゃないと使われないけどね~。)

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http://www.tsujicho.com/column/cat658/post-260.html

生の食材よりも、干すことによって、旨味も断然増すし、栄養素も増す、さらに食感も変わるのだ。

こんな知識や技術があるなんて・・さすが、中国4000年・食通の国だよなあ(笑)

中国人、偉い!!


さて、話をもとに戻そう!

で、一般的なダシであっても、

原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。
肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出す。



だよね?

こんなことやってたら、いったいどれだけ手間ヒマかけて、どれだけ人件費も光熱費もかかると思う?

現代の、ビジネスに聡い中国人たちが、こんなことするわけない!
(もちろん、ちゃんとやってる店もあるかもしれないけど・・。)

で、大量にMSGを使うことになったってわけだ。

もっとも、1960年あたりからだろう。

これは、アメリカでは有名な話
    ↓
1968年に中華料理を食べた少数のアメリカ人が食後に炎症を覚え、眠気、顔面の紅潮、掻痒感、頭痛、体の痺れそして軽度の背中の無感覚などの症状が見られたことから、チャイニーズレストランシンドローム(CRS)と名付けられた。



添加物、化学調味料、防腐剤といったものに免疫がなかったアメリカ人は、一発でやられてしまったんだろうなあ。

アメリカ料理ってのは、昔は、ダシを使って旨味を引き出すなんてことは、あんまりしなかった国民性だからね。


それ以前の、昔の中国料理は、すべて・・ちゃーんと手間暇かけてダシをとっていたそうだ。

でも、それに代わる画期的なものが、MSGだったわけだ。
中国料理が、ダシにこだわる料理だったからこそ・・とも言えるんだけどね。

今では、チャイニーズレストランは大きなオタマでバシャッと化学調味料をすくってフライパンに放り込んでいるとか。

中国人、サイテー!

なーんて思っては、いけない。。。(笑)



そんなことを言えば、日本食だって、ほとんどの店で使ってる。
超高級日本食レストラン以外は、たぶん・・ほとんどの店が使ってるだろう。

だって、厳選した昆布や鰹節をひいてダシをとっていたら、とてもじゃないけど、10ドル程度の定食屋はやっていけないだろうからね。


それに、今じゃ、技術者がいない。
おそらく、日本食レストランにしても、チャイニーズレストランにしても・・ダシをとるということだって、それなりの技術がいるのだ。

厨房を除くと、ほとんどがパートタイムの人たちばかりだ。



今や、日本国内だって・・あれれ??って思うことが多い昨今。

そういえば、化学調味料って言い方をしないそうだね。

化学調味料のことを「うま味調味料」って呼ぶそうだ。

なぜなら、多くの人たちが嫌がるからだそうだ。

でも、ありとあらゆるものに含まれているわけだし・・
   
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化学調味料>>うまみ調味料=アミノ酸等

おっと、アミノ酸等も嫌う人がいるんで、今では酵素エキスが主流なんだとか?

*そもそも、アミノ酸等・・の、ってどうゆう意味だよ!

ちゃんとはっきり書けよ!・・・と思ってしまう私。

言葉のマジック・・心地良い言葉で、なーんかヘンかも!って、わかっていても騙されちゃう人々。 いや、騙す目的のための言葉か?

なんだか、売春を援助交際と呼ぶようなものかな~。(笑)


やれやれ。

さて、また話がそれそうになってきたので、もとに戻そう。


チャイニーズフードの話だった・・。

中国料理には、4000年の歴史があるという。

世界3大料理のひとつ

中国料理、フランス料理、トルコ料理

iいずれも文明の栄えた地であり、食べることを追求した人たちがいた地域だ。

食べること大好き、食への関心度が、すぐれた技術と洗練された舌を磨くことになったのだろう。


しかし、中国の場合は、それだけではない。
古代中国では、食事治療専門医がいたという。

まさに、医食同源・・・いや、この言葉は近年になって日本人が作りだした言葉だそうだ。
本来は、薬食同源といったそうだ。

(薬という言葉を使うと、食べ物が薬のイメージで不味く感じられるから、医に変えたんだとか・・まさに、言葉のマジック好きの日本的発想か(笑)

周礼(しゅらい)という書物があるのだが・・これは、周公旦(しゅうこう たん)さんという、、中国周王朝の政治家が書き残したものとされているそうだが、

その中の食についての部分には、こんな記述があるそうだ。
    ↓

◆天官に定める医師四種の筆頭の食医
王の食事を調理するのに「春に酸を多く、夏に苦を多く、秋に辛を多く、冬に鹹を多く、調えるに甘滑」

ようするに、五味を重視しているわけだね。

◆食医に次ぐ疾医(内科医)には、
「五味・五穀・五薬を以てその病を養う」とある。

◆瘍医(外科医)には、
「五毒を以てこれを攻め、五気を以てこれを養い、五薬を以てこれを療し、五味を以てこれを節す」



で、やはり五味をいう。

さすが中国、陰陽五行説に基づいている。

近年の五行説によると、五臓を、肝-木、心-火、脾-土、肺-金、腎-水と当てはめている書物がある。

ただし、これは・・近年になって、実に大まかに当てはめただけに過ぎない。

季節や状況、、王侯貴族の一人一人の体質や状態までも考慮して、食事の献立を作っていたようだ。

まさに、料理=薬であり、料理人=医者でもあったというわけだ。


とにかく、古代中国には、多くの料理&薬学などの文献があったそうで、

出土した漢代の医書によると、湯液(スープ剤)が多いそうだ。

その湯液剤のベースは、桂皮・生姜・大棗(ナツメ)などが使われていて、これは古代から多用されていた調味料らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、ここで思い出したのだが・・・

私がなんとしても食べてみたい!と思っている料理が2つだけある。

●ピルピル・・・バスク地方の郷土料理で、オリーブオイルににんにくを入れて香りづけをして取り出したところに、タラの切り身を入れて、鍋を揺すり続けると・・・タラの身と皮の間にあるゼラチン質が溶け出して、オリーブオイルがマヨネーズみたいなクリーム状になるという料理。 単純だけど奥が深く、超美味しいそうだ!!

(バスクの、サン・セバスチャンという町には美食倶楽部もあり、ミシュランの星獲得数が多い食通の町だとか)

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●ファッチューチョン(佛跳牆)・・・中国料理のスープで、色は琥珀色のシンプルなスープ。
あまりにも香しい美味しそうな匂いで、修行僧でさえ我慢できず寺の壁を跳び越えて来てしまう・・ということから名づけられたとか。

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福健料理のひとつで、主な材料煮たり、寝かしたり、1日かかりとか・・さらに、また甕に入れて封をして寝かしておく。

ファッチューチョンは店によって材料が違うが、共通点は乾物が使われているのでアミノ酸などによる旨味が豊富。
また多くの素材から、複雑で深い味わいと香りが特徴だそうだ。

実は、だいぶ前に、美味しんぼの動画をみてから、食べてみたくなったのだ(笑)
説明は、詳しくこの動画の中でも紹介されてるんで、興味あれば・・どうぞ。
     ↓


ファッチューチョン(佛跳牆)・・・まさに、古代中国の医食同源を彷彿させるような料理。

しかし、たぶん、この2つとも食べられる機会はないだろうなあ。。。
「もどき」・・ならありそうだけど。

シンプルなんだけど、ものすごく複雑でもあり、技術と手間をかけた料理だもんね。

そんなもの、今時、無理無理!



たとえば、日本の豆腐

私は子供のころから豆腐好き!
ところが、子供のころ、おばあちゃんに言われたことがある。

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「今の豆腐はだめよ。だって白いんだもん。
本当の豆腐じゃないわよ。」

「え? 豆腐って白いものでしょ?」

「何言ってんのよ!大豆でちゃんと作った豆腐が真っ白なわけないでしょ。うっすらクリーム色してるのよ。
今のはね、薬使っちゃうし、機械で作っちゃうから美味しくないのよ。まず、香りが全然ないし大豆の甘味すらないよ。」


これは、私が子供のころにおばあちゃんから聞かされた話だ。

そして今、私は・・最近のスーパーに並ぶような豆腐はまずくて食べる気もしない、なーんて思っている。

子供のころ、お豆腐屋さんが売りに来る豆腐は美味しかったなあ・・なーんて思ったりするのだが、おばあちゃんは、きっとそれよりも美味しい豆腐を食べていたということだ。


昔の豆腐職人は大変だったそうだ。
朝暗いうちに起きて、冷たい水を使い、細かい技術を要求され、技術習得には何年もかかる、しかも重労働で・・しかも天秤棒をかついで売り歩いた時代もあった。

こちらは昭和初期の豆腐屋さん
   ↓
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http://blog.gekko-u.shop-pro.jp/?eid=1240

しかし、現代の労働は実にラクになった。
機械化され、薬品を使うことで、豆腐は同じ大豆の量から、10倍近い量の豆腐が作れるようになったとか。
もちろん、熟練の技術なんて必要なくなった。

実に効率の良いビジネスに変わった。


その一方で、私は、おばあちゃんのいうような「本当の豆腐の味」は知らないし、また次世代は、もっと知らない。

豆腐とは白くて味も香りもないもの、と誰もが思うようになってしまった。

もしも、現代において、本当に無添加・手作りの美味しいものを食べようとするならば数少ないそういった店を探しだし、当然、一般よりも高い料金を払わなければならないことになる。

それこそが、早くて便利の効率のみを追求し続けてしまった、我々の代償だ。



そういえば、豆腐も中国伝来だったよなあ。

本当に、中国という国は素晴らしい国だったと思う。(←過去形だけど)
料理ひとつとっても、どれだけ素晴らしい文化を持ち、知識も技術も秀でた国だっただろうことは想像できる。


でも、すっかり変わってしまったようだ。

こんな記事もあるくらいだから。
   ↓

「新華網」によると、アヘンの原料で中毒性のあるケシから取れる果皮の粉末(ケシがら)を、料理に使う飲食店が全国で増えている。
昨年9月末以降、上海市、四川省、青海省などでケシがらを食品に混入していた飲食店が次々と摘発されているのだ。
火鍋のスープに混ぜたり、麺に練り込んだりする手口で、いずれも顧客を中毒にし、リピーターとして獲得することが目的だった。

「調味料メーカーの営業マンがよく食品添加物を売りに来るんですが、『ひと匙で客が病みつき』というのが決まり文句。噂では、覚せい剤と同様の成分が入っているものもあるらしい(笑)。かつて『肉宝王中王』という依存性の強い食品添加物が中国で問題となったが、それにはベンゼンの元となる成分が含まれていました」
https://nikkan-spa.jp/820364



自然の旨味がなくなり、まずいものばかりってだけじゃないんだね~。

中毒性を狙ってリピーターを増やすのかよ。

とんでもない話だ!


しかし、これもまた・・中国だけに限ったものではない。

日本でも、ある食品工場の人が、「ウチの工場で作ったものは自分は絶対に食べない!」っていうような話も何度も耳にしている。

あーあ・・
ビジネスの効率性のみを追求した先にあるのは、

人に害を及ぼすものでも売ってしまえ!
ばれなきゃ、かもうもんか!


そんなどす黒い思いが込められた食品が増えたってことかよ!


働きづめで苦労してるけど、少しでもお客に喜んでもらえる美味しいものを作ろう!というのと、マ逆(笑)

栄養素の問題を別にして、スピリチュアル的にみても、

どっちの商品が、消費者の心を幸せにするかは一目瞭然だろう。



そういえば、MSG(うまみ調味料)も、似たようなものかもしれない。

MSGが体に害があるかどうかは別として、たしかに味覚障害を起こすことは確かなようだ。
なぜかMSG慣れしてしまうと、MSGが入ってないと旨味として舌が認識しないようになってしまう。


それは、私自身が体験してる!

日本にいたころ、私は、知らず知らずのうちにMSGまみれ・防腐剤まみれの食生活をしていた。
コンビニ食が多かったからね~。

ところが、渡米してから食生活ががらっと変わり・・最初のうちは何を食べても、アメリカの食事って旨味がない、と思っていたのものだ。

しかし・・長年アメリカに住むうちに、しかも貧乏生活のせいか(笑)添加物食品をほとんど買うことができなくなった。


そのおかげで、私の味覚障害は治ったらしい(笑)


今では、MSGなどの添加物食品は、ひとくち食べただけでわかるようになったし、それがあまりにも多すぎる食品は、さすがに気持ち悪く感じるようになり食べられなくなってしまった。

昔は、それが美味しいと思ってたのに。


ところが、こちらに日本の駐在員に大人気という飲茶レストランがある。

私も一度行ってみたが・・そこの料理は、ほとんどすべてが、一口食べただけで、気持ちの悪い甘さが舌に残るのだ。

どんだけ、MSGを使ってるんだよ!

もう二度と行くもんか!と思ったものだが、あいかわらず日本人駐在員たちで、いつも混んでいる(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


古代中国の医食同源じゃないにしても、現代人だって、
「食生活と日々の健康は深くかかわりあっている」ってことくらい周知の事実だ。


それどころか、私は精神にも、また霊性にも、深く影響すると思っている。


以前、「最近の切れやすい若者と食生活」を調べたデータによれば、添加物まみれの加工食品を食べている若者に限って、切れやすい、鬱、無気力になりやすいという記事があったが、そこにも、なんらかの因果関係はありそうな気がする。



ついでに、スピリチュアル的に言えば、五感を鈍らせる生活はタブーなのだ。

感性を磨く基本は、常に、まず五感をクリアーにしておくことだ。

季節を感じ、風の流れを感じ、香りを感じることもできなければ自然と一体になれるわけもない。
心をニュートラル位置におくことさえ難しいだろう。


そうであれば・・味覚もまた、重要な部分だ。


だからといって、決してベジタリアンやらビーガンになれ!ってことではない。
むしろ、ストリクトなベジタリアンやらビーガンのほうが、スピリチュアルと縁遠くなってる人も多いような・・。

なぜなら、

XXしてはいけない。
XXすべきだ!


といったようなドグマで心を縛ってしまう人が多いからだ。
おまけに、肉食やジャンクフードを食べる人たちに対して、ひどく批判的な目を向ける人さえいる。


そうなってしまえば・・自然体とは程遠く、スピリチュアルともますます遠くに行ってしまう。

同時に、これは・・味覚障害者と同じことかもしれない(笑)



自然体でいること、自然であること

うーーん、それこそが今は一番といっていいほど、難しい時代かもしれない。


食事ひとつとってもわかるように・・・自然な美味しいものを探すことが、どんなに難しいことか。

はっきり言って、日常的に無理!

これは、すべて人々が、

少しでも時間をかけず、安くてラクに効率良く美味しく・・と望んだ結果なのだ。

その結果、美味しいという感性すら不自然に歪められてしまい、それさえも気がつかない。


そういうと、多くの人たちが、

あーあ、この世はもうダメだ~、行くとこまで行くっきゃない!と嘆くのだが・・。



それでも、私は・・それほど悲観的には思っていない(笑)


人間は強いと思っているから。

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まさに、泥の中でも咲く蓮の花のように。


体は、多少の毒を口にしても免疫はつくし浄化作用を持っている。

もちろん・・ある程度までなら。

しかし、気がつかず続けてしまえば・・いくら丈夫な肉体でも蓄積されれば害は出るだろうし、その前に精神にも問題が出るかもしれない。


そのためには、少なくとも、まず味覚障害だけは起こしてはいけない。

味覚さえ、正常であれば、なんとかなる(笑)


味覚が正常であれば、食品に込められた思いを舌で感じることができるはず。
作った人の、どす黒い思いが込められているのか、それとも、真心が込められているのか・・・

それは、舌で判断できる。




そして、万が一、悪いものを食べてしまったとしても、

デトックスができる。

現代に生きる以上、上手にデトックスし続けることだ。


添加物の多い食事の次の食事は、オーガニックの大根をかじるとか(笑)

太陽を浴びたり新鮮な空気を吸ったり、心穏やかに過ごすだけでも、デトックスになる。

またそういったことでも、味覚障害を防ぐことにもなるはずだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

「ねえ、どうすんの? チャイニーズ行く?」

「うん、新しい店だから、一度は行ってみようよ。」

結構乗り気な私(笑)(←新しもの好きの私)


ただし、一口食べて、おえーーと言うほどMSGまみれだったら、二度目はないだろう。

だけど、多少だったらMSGもOKだ。

この現代において、その値段のチャイニーズで、まったく無添加なんてありえないからね。

私の舌で、そこの店のオーナーの心意気も味わってこようと思う。

万が一、最悪でも、ちゃーんとデトックスするから、私は平気(笑)
たまにはチャイニーズもいいもんだ~♪

だけど・・・なぜかチャイニーズを食べると、非常に喉が乾くんだよなあ。
美味しいウーロン茶かジャスミン茶をいっぱい飲んで、デトックスするかな(笑)

シャーマニズムと宗教話ついでに恋愛話も。

ハンク・ウエスルマンのワークショップに行きたい!と前々から思っているんだけど・・なかなか都合がつかなくって行かれない。

あ、カリフォルニアに来る!と思っても・・・サンフランシスコに近い地域ばかりなのだ。
とても日帰りできるような距離じゃないよなあ!

「そりゃあそうだろうよ!カリフォルニアといったって、能天気なアホばかり住んでるようなLAなんかには来ないさ。
サンフランシスコ、サンノゼ付近だろうね。」
・・・と友人は言う(笑)

そうだろうなあ。

こちらがハンクと奥さんのジル
   ↓
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さて、ハンク・ウエルスマンって誰?という人のために。
       ↓
スピリチュアルウォーカー ハンク・ウェスルマン
こちらは、私にHPの中の本の紹介ページから(かなり昔のものだけど。)


8年くらい前だったと思うけど、この本を最初に読んでからハンク・ウエスルマンさんにはとても興味を持つようになった。


彼についてもっと詳しい内容は、こちらのヤスさんのブログで、どうぞ。
      ↓
ヤスの忘備録 番外編




私がなぜ、彼のワークショップに参加してみたいか、というと・・シャーマニズムについての話が聞きたいから。

彼自身がすでにシャーマンの能力を持ってる人だし、それを学者らしく分析し様々な部分を解明してきた人だからだ。

また、すべての人に宿るシャーマン能力を開発して、それぞれの生き方にもヒーリングにも活用して欲しいという趣旨を持つ人でもある。



一般人からみると、シャーマンとは、古代文明やら未開の地で・・火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になったりする怪しげな人ってイメージが強いかもしれない。

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しかし、火や太鼓なんかを使ったり、化粧したり、トランス状態になるにも、それなりの意味があるのだ。

そして、シャーマンとは、その部族においての

メディスンマン
霊能者
ミディアム
ヒーラー
チャネラー
医者
超能力者
カウンセラー



などと考えていいだろう。

別の言い方をすれば、3次元世界にいながら精霊(別次元)世界とコンタクトがとれる人。

ハンクに言わせると、それ・誰でも本来持っている能力だそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、話はちょっと変わるのだが・・

つい先日、日本人女性から、ある相談事を持ちかけられた。

この女性は、ある新興宗教に6年間入信していて、つい先日脱会したそうだ。
その新興宗教の教祖は、かなりの霊能者だとか。



そこで相談事というのは・・

「私は6年間もその教祖に、私の依存心を教祖に向けるようにと仕向けられてきました。
そこで、その教祖を訴えたい!または、彼のしたことや私のひどい経験をネット上で拡散したい!
一番いい方法は、どうすればいいと思いますか?」


そんなこと、知るか!!

彼女の話を聞いてるうちに、きいいいい・・とイライラが募ってきてしまった(笑)


その教団というのは、それほど有名でもなく、どっちらかというと割と小さい組織らしい。
で、彼女の被害というのは・・・別に、家を奪われたり老後資金すべてを奪われたってわけではなく・・

たしか入会金が5000円で月会費が3000円だとか。(←私の子供の頃のピアノの月謝よりも安いような・・・)

ただし、任意でセミナーに参加費を払って参加するとか寄付するとか・・お金を使いたければもちろんもっと使えるらしい。
だからといって、別にあやしげば壺や絵画を売ってるわけでもなさそう。

彼女は、月に3万~4万は教団のために使ってきたいう。(←でも、それって自分の意思で使ったわけで恐喝されてたわけじゃないんだよね?)


「とにかく、月4万円として6年間でざっと300万弱のお金を使ってしまったことに対して、憤りを感じてるわけ?
騙されて支払ってしまったって思うの?」
・・と聞くと、

「いや、お金のことは、それほど大した額ではないのでいいです。」と彼女は言う。


じゃあ、なんで怒ってるわけ?


「私の依存心を煽って、私を教団から離さないようなことをしたからです。 
たぶん、霊能力を使って、私を操っていたんだと思う。
私は、教祖様のことを私の神様だと思ってましたからね・・・。
だから私、絶対、許せないんです!」


はあ?

月々3万円か4万円を使う会員に対して、霊能力を使ってまで教団に縛り付けておくなんてこと、するかな?(笑)
そんなことをしたら、たぶん会員全員に怪しい術でもかけなきゃならないだろうし・・会員数何人いるんだか知らんけど・・。
そもそも・・・そんな怪しい術って?(笑)

というようなことに・・この元信者は気づかないもんかね!!

気づかないんだろうなあ・・・だから、こんな相談事をしてくるわけだから。


何が私をイライラさせたかというと・・・(←こんなことでイラつく私もかなりの未熟者だ)

ぜーんぶ、ネガティブな被害者意識ばっかりだから。
それを長々と聞かされてるだけで、イライラしてくるのだ。。。


そもそも・・依存心を持たされるように仕向けられた!って、なんだそりゃ?

依存心を強く持つ人に限って・・・「私はXXされた」というネガティブな被害者意識を持つことが多い。

彼女の依存心は、いまだに健在だってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうゆうのは、ある種の恋愛問題にも似ているかもしれない。


ものすごーく思い入れの強い女性(または男性)が、相手のために必死で尽くす。

それこそ、痒い所にも手が届くほどの尽くしようで、なんでも相手の望むことをしてあげちゃう!

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http://pinky-media.jp/I0014863


ところが、その相手の方は・・だんだん、それが重荷で嫌になってくるものだ。(←まあ、よくある話だよね~)

なぜ、そんなにも尽くされてるのに嫌になってしまうのか?

だって、それって・・本当に相手のことを思い、愛しているわけじゃないから!

最初のうちは、なーんてよく尽くしてくれるんだろう!と嬉しいものかもしれないけど・・そのうち、これってなんか違う!ってことに、人は無意識のうちにも心で気がついてしまうものなのだ。

なぜなら、

彼女(彼)が尽くすのは、相手の愛を自分に繋ぎとめておくため。
自分は捨てられたくない! 一人になりたくない!


・・・・その一心でしてたことに、相手だって気がつくときが必ずくる。


そして、ある日、

「ごめん、もう別れたいんだ。」

とか、

「ごめん、他に好きな人ができた。」

なーんて別れを切り出されると、尽くした相手はぶち切れる。


私はこんなにも尽くしてきたのに捨てられた!
訴えてやる!


なーんて具合に、被害者意識から、憎しみや恨みに豹変する


これって、ぜーんぶ依存心の強いタイプにありがち。


一人になりたくない!という寂しがり屋なのか?
捨てられたくない!というプライドなのか?

それとも

何かにすがらなければやっていけない現状があるのか?



とにかく、相手に執着して離れたくないだけなのだ。


さらに、こうゆう執着タイプは困ったもので・・、

たとえば、相手が悪いヤツで自分が利用されているだけ騙されているだけだったとする。

それを薄々感づいていたとしても、あえて見ないようにして目をつぶってつきあっていく!なーんてことを、やってしまいがちなのだ。

真実を知りたくない!
このまま変わらずに、ずっとこのまま!


という意識が働いてしまうのだろう。


執着=依存心=失うことへの恐怖


そして、ついに、それが明るみに出てしまうと、やっぱり、被害者意識から恨みや怒りとなって爆発する。

「私は騙されていた!」
「そんなこと、ちっとも知らなかった!」
・・・と。

あーあ、厄介なことだ。


対処法は、なぜ?を自問自答して、自分を内観して自分で答えをみつけるしかないのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・

さて、こういった恋愛ケースも新興宗教への依存心も、なんだか、ひどく似ている気がする。


新興宗教であれ恋愛であれ、そんな形でハマるってことは・・心の底になんらかの弱さがあるからなんだろうけど・・、

だからこそ、「新興宗教にすがりたくなる」ともいえるのだろう。

また、

だからこそ、新興宗教も信者を増やせるってものかも(笑)

悩みをかかえてる人、弱い人、かもーん、かもーん!・・・もっとも、そんな宗教団体ばっかりではないだろうが。


新興宗教と言う言葉を聞くと、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人も多いようだ。


ところが、新興宗教というのは、伝統宗教と比べて比較的成立時期が新しい宗教のことを差すだけのことで、日本では明治以降の宗教を新興宗教と呼ぶらしい。

それだけのことなのだ。


ところが、新興宗教と聞くと聞いただけで、なんとなく胡散臭いってイメージを持つ人の方が多いのはなぜだろう?

まあ、過去にもさまざまな事件があったりしたわけだし、また、「自分のとこの神様が本物なんだ!他は一切認めないぞ!」と主張する教団もあったりするようだし・・

そうなると、なんだか精神世界つーよりも、ただの宗教ビジネスに思えてしまうせいかもしれない。


じゃあ、伝統宗教は違ったのか!というと・・いやいや、それでもないのだ。

鎌倉時代に遡って、まさに元寇がやってきた頃、新興宗教として登場した日蓮さんもまた、
「法華経こそが正法であるのに、浄土宗などは邪法だ!」と、堂々と非難していたようだ。
(もっとも、これは若い頃の日蓮さんが辻説法をやっていた頃だそうで・・流罪された後は変わったそうだ。)


そもそも・・仏教と言ったって、シャカは文書にして何も残さなかったわけだし、
たとえば、日本に多く広まっている法華経なんて、シャカの死後、ざっくり600年もたって記されたものだ。

それに比べて、キリスト教の新約聖書は、キリストの直弟子たちによって記されたものなんで、まだ聖人の言葉が忠実に記されたものか?というと・・それが、そうとも言えないらしい。

だからこそ、いくつもの宗派ができたわけだし、宗派どうしで解釈の違いによる論争だって起きるわけだ(笑)


人から聞いたものを書き起こせば、それは書き手の意識が必ず投入されることになる。
一つの言葉にしても、受け手によって解釈の違いはあるし、特に精神世界の言葉というものは、なかなか言葉だけでは表せないことの方が多い。


だいたい、精神世界は頭で理解することではないのだから!



仏教の宗派なんて、いったいどれだけあるんだろう?

結局・・自分がどれを支持するか?(信じるか?)でしかないように思う。


私自身は、以前にもブログにアップしたことがあるけど・・宗教家として好きな人の名をあげるならば、やっぱり空海さんかな。
    ↓ 
空海とシュタイナーの関連性

だからといって、わざわざ真言宗の檀家に入ろうとも思わないし、新興宗教の真如苑に入ろうとも思わない。

空海さんは、宗教家というだけでなく、書家としてアーティストの才もあったし、建築、土木、鉱山など、あらゆる才を発揮してるし、自分で道を切り開いた人でもある。

それでいて、しっかりと親のスネをかじって留学費用を出してもらったり(たぶん・・そうだったんだろうなあ。)、当時の天皇にも上手に取り入ったというか(笑)、そういった世渡り上手な人間臭い部分も持ち合わせている。

そういったところをすべて含めて、好きなのだ。

まあ、好みの問題かもしれない(笑)


キリストさんもそうだし、日蓮さんだって・・みんなそれぞれ、独自の道を作り上げたパイオニア(開拓者)だったという点では、たしかに尊敬できる人たちばかりだ。

今では、みんな高次元の存在=神となっている人たちかもしれないけど・・そうやって、人として現世にいた頃は、おそらく、悩んだり試行錯誤を繰り返しながら、道を究めていったことだろう。

空海さんは、しっかり時の天皇にも可愛がられたけど、日蓮さんは反逆者として迫害され処刑されそうになったり、島流しの憂き目にもあってる・・さぞ、熱くまっすぐな人だったのだろう。

それに、親鸞さんのような、アウトロー精神にも脱帽だ。

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当時の仏教社会では、僧侶の妻帯や肉食はタブーとされていた時代だったのに・・奥さんを持った人だったことでも有名な人だ。


私は、そういった先駆者として道を究めた人が好きなのだ。



しかし、宗教となると、それは人間によって作られた団体、組織に過ぎないと思う。

みんなで集まって、勉強し精神修行をするところだ。


精神修行とは、

◆高次元と繋がること
(高次元の宇宙人、神、精霊といったようなもの・・いわゆるハイヤーセルフなんて言葉も使われるけど・・。)
そこからメッセージをもらって学んでいくこと

◆自分を客観的に観察し、分析して、考え方の修正をしていくこと


この2点ではないだろうか?


でも、宗教団体に所属するということは、必ずといっていいほど、人間関係特有の問題やら矛盾もくっついてくることになるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、元創価学会の熱心な会員だったという人に聞いた話だ。

その人は、日蓮上人の教えを学びたいために入信したのだそうだが・・・あるとき、学会に飾られた曼荼羅を見ると、そこには・・天照大神や八幡様までがいることに気がついたそうだ。

だけど・・

「創価学会では他宗教を批判してるし、神道を含めた宗教も否定している。 それって矛盾してるぞ!」
と思ったのがきっかけになったそうだ。


そこから、ますます色々な矛盾に悩むようになり、結局脱会したそうだ。


それでも、多くのことを学ぶこともできたし、また、そういった矛盾を知ることもできたんだから、今でも創価学会にはとっても感謝してると言っていた。

いやあ、先ほどの、元信者とは大きな違いだ(笑)


「どこの教団だってそうでしょうが・・宗教という団体になった以上は、3次元的に維持していかなきゃならなくなっちゃうんですよ。

そもそも高次元の神の言葉を、3次元の人間が本にまとめて、それを読んで勉強するのも3次元の頭だったんだってことに・・
私はようやく気がついたってわけです。」

と、その人は言っていた。

なるほどなあ。。。

宗教団体に所属して一生懸命、精神世界について学ぶよりも、野に咲く花に感動できる人の方が、よっぽどハイヤーセルフに近いのかもなあ。

なんだか、そんなことを思った。

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God grows weary of great kingdoms, but never of little flowers.
<<神は偉大な王国には飽きられてしまうが、小さな花には飽きることはない>>

これは、ラビンドラナート・タゴールRabindranath Tagore(1861 – 1941)の詩の一節だったかな?
     ↓
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう考えると、精神世界を探るのは宗教に限ったものじゃないってことになる。

つーか、むしろ、宗教団体に所属するよりも、戒律だとかめんどくさい人間関係が無い分、自由な心で見つめられるような気がする。


もちろん、シャーマニズムの世界もだ!

ハンク・ウエスルマンさんは、独自の経験を通して、シャーマニズムの道にそれを求めたということだろう。

彼の新しい本で、心霊の世界に覚醒してというのが出版されているんだけど、サブタイトルは、「直接啓示を受けるためのシャーマンの方法」となっていて、なかなか実践的で面白い。

シャーマンにもいろいろなタイプがあることが解説されてるし、

また、霊能力があるからとか、悟りの体験してるからというだけで、その人達の言うことを鵜呑みするべきではない。ということも、当然ながら頷ける(笑)


ついでだから、ざっと紹介すると、

シャーマニズムとは神霊の世界に直接アクセスし神霊の助けと保護を得る精神的な実践方法だそうで、大きくわけて、

3つあるそうだ。

◆感謝の心

何事にも感謝する姿勢が、神霊の世界へのドアを開ける一歩になる。

この世の裏側では、神霊たちが人間の目には見えないけど、気づいてもらいたいと思って光を放っているのに、なかなか人間は気がつかないものだ。

(彼は精霊と呼んでいるけど・・神・守護霊・高次元の宇宙人・ハイヤーセルフ・・そういったものと考えてもよいかと・・・。)

神霊の世界への入口は実にいたるところに隠されている。その一つは心臓のところにあるそうだ。

恐れ、敵意、うぬぼれ、落ち込み、疑い、皮肉癖、憤りなどの感情は、この心臓にある出入り口を塞ぐので、ほとんどの人の出入り口は閉じられてしまっているそうだ。

ところが感謝の心を持つことにおって、これらの悪感情を追い払うことができるので、心臓の出入り口を開くことができるようになるそうだ。

うーん、ハートチャクラを開くってことかもなあ(笑)


◆見る
二つめのテクニックは見ること。
無知や間違った世界の見方を克服できる術は、「見る」ことで、神霊が現実の中で見せてくれる真実を知ることができる。
シャーマンが言うところの「見る」というのは、頭の中をカラにして、一切の現世の考えを取り去ることだ。

無になることで、サードアイチャクラが開くってことかな?


◆祝福の祈り
三つめのテクニックは、祝福の祈りをすることだ。
祝福の祈りは魂へと還る道だそうだ、
そこには、人間の想像を超えた力があり、おそらく3つの中でも最も強力なものとなるだろう。
しかし、感謝の心がなければ祝福の祈りを捧げることは難しいことになる。



なんだか、本の紹介みたいになっちゃったけど(笑)
    ↓
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まあ、そんなわけで、私も一度はワークショップに参加して色々と聞けたらいいなあ!と思ったのだ。


いずれにしても、

精神世界を極めるにしても、ハイヤーセルフと繋がるにしても、自己改善にしても、良い恋愛をするにしても・・・

私は、ハンクさんの3つのことが基本かな、って気がする。


参考
SharedWisdom

英国版スピリチュアルから、ふと思うこと

イギリスに10年近く住んでいたという人からこんな話を聞いた。

「イギリスでは、国家公認の超能力&霊能力機関というのがあって、時には裁判でも、霊視や透視を裁判の証拠として採用される事例だってあるんだよ。

私のイギリス人の友達はもともとサイキック能力があった人なんだけどね、学校でさらに学んでパワーアップさせて、認定試験を受けて資格をとったんだって。」


「へえ、そうなんだ~、前からイギリスではサイキックの専門学校があるという話を聞いていたけど、国家で認定するってことは、国家がサイキックの存在を認めているってことだね~。」


**霊能力者でも超能力者でも、サイキックと呼ばれている。

「うん、そうだよ。 
でも、そうゆう認定が無かったころは、やっぱり、インチキなサイキックたちが跋扈してた時期があったようでね、それなら、ちゃんと国で認定しよう!ってことになったそうだよ。

それには多くの人々の運動が過去にあったからなんだよ。」




そういえば、コナン・ドイルさんの話は有名だ。

まず、コナン・ドイルさんの人物と歴史を振り返ってみたくなった(笑)

正式名は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle) 1859年生– 1930年没

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アイルランド系・カトリックの出身で、家は貧しく苦労していた人らしい。

しかし、サーの称号を与えられた人でもあり、推理小説ではシャーロック・ホームズシリーズは超有名だし、SFでは失われた世界の作者。
他にも歴史小説も書いてるんだけど・・シャーロック・ホームズが有名になりすぎてしまったせいか、そっちの方ではあまり脚光を浴びてない。
(本人は、シャーロック・ホームズなんかよりも、むしろ歴史小説を書きたかったそうなんだけどね~。)

もともと作家志望だったかというと、そうではない!

もともとはお医者さん、軍医として従軍した経験もあり、また開業医にもなったけど・・あまりぱっとしなかったそうだ。

かなりヒマを持て余してた開業医だったらしく(笑)・・そこで執筆したのがシャーロック・ホームズだったらしい。

ホームズシリーズの中に登場するワトソン君が、まさしくコナン・ドイルさんとダブルわけだね(笑)

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また、政治活動家でもあった人だ。
選挙に出馬した経験もあるし、イギリス軍の汚名を注ぐために、1902年に『南アフリカ戦争 原因と行い』を発表したり、そのその功績によって国王エドワード7世から「サー」の称号を得たそうだ。

間違っても、ふわふわ思考のスピリチュアル信奉者とは大違いの人だったようだね(笑)


むしろ、現実社会で地に足をつけて、前だけを見て生きてきた・・そんな印象を受ける人だ。

スポーツ好きで自分で多くのスポーツをしたそうだし、とくにボクシングは、
「武器を使わない最もフェアで男らしいスポーツ」
と絶賛してたくらいだし、アマチュア・ボクサーにしては、かなり強かったとか。

いかにも当時の英国紳士らしい、騎士道精神+愛国心の、熱~い人だったようだ(笑)



同時に、彼は心霊世界の研究者でもあったことでも知られてる。 
彼の晩年は心霊研究に捧げられていたといっても過言ではないのだ。

しかし、そうはいうものの、彼はもともとは心霊については、むしろ懐疑的な立場の人で、
バリバリの唯物論者であり、心霊世界のインチキ・トリックを暴いてやろうという、むしろ逆のスタンスの人だったと、のちに本人自身が語っている。

大槻教授みたいな立場だったんかな?(笑)
(いやいや、大槻さんは、バラエティー出演用のパフォーマーだったのかもしれないし・・)



ドイルさんは第一次世界大戦あたりから、多くの親しい人を亡くした経験から心霊の研究を熱心にするようになったといわれているが、何が原因だったかは実際のところはわからない。
多くのサイキックと知り合い、自分でも霊の世界を確認していくうちに、探求心が自然に触発されていったのかしれない。


1891年には、「英国心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research =略称SPR)」の会員となり、自ら交霊会を主催したり、国内外での心霊学の講演や関係著作の執筆などを活発に行ったそうだ。

こちらが、その団体
   ↓
心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8D%94%E4%BC%9A


つい、こういった団体なんかは、日本だと、なんだか胡散臭いなあ・・と、まっさきに思われがちかもしれない。

ところが、歴代の学長のプロフィールを見てもそうそうたる科学者ばかり。

(後に首相となった政界の重鎮アーサー・バルフォアであったし、哲学者ウィリアム・ジェームズ、博学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス、物理学者オリバー・ロッジ、化学者ウィリアム・クルックスなど、名だたる科学者たちが心霊主義を信じて、さらに真摯に研究していたってことなんだろう。)


ここで、当時のイギリスという国について考えてみよう。

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19世紀後半のヴィクトリア朝時代(まさにシャーロック・ホームズの時代)

産業革命によって絶頂期だった時代。 機械生産によって多量に生み出される商品の原料調達と消費市場を同時に満足させるために世界を植民地化する政策がとられてた時代。

帝国主義政策によって世界中を植民地にしたものの、ボーア戦争、アフガン戦争など激しい抵抗が起きてた時代でもあるわけで、
ドクター・ワトソンはアフガンが帰りの軍医って設定だけど、まさに、ドイルさんも同じ経験をしている。



唯物主義でサイエンス思考、時代の最先端を目指しながらも、
ところが・・・一方で、まだ魔女法なんてのが残っていた時代でもある。


魔女狩りといえば、中世ヨーロッパ・・16世紀後半から17世紀がもっとも盛んだったはず。


ドイルさんは晩年には、何度も心臓発作を起こすようになっていたようだ。
Wikiによると、

「死の直前の1930年7月1日にはジェームズ1世時代に制定され、近年心霊主義弾圧のために再利用されるようになっていた「魔女法」の撤廃を陳情すべく、内務大臣ジョン・ロバート・クラインスを訪問したが、これによって体力をかなり消耗させた」

 そうだ。

そして、71歳で亡くなった。

この、近年心霊主義弾圧のために再利用されるようになっていた「魔女法」というのは、中世の魔女狩りをそのまま復活させるということではない。 さすがに・・この時代、それはないだろう(笑)

それなら、なぜ・・魔女法を持ち出そうとしたかというと、

いたずらにスピリチュアルを使って、(つまり、占星術やミディアムなど)による、お告げや予知を行って人心を惑わすことを禁止するという意味合いが強かったそうだ。


それだけ、インチキ霊能者が多かったということだろうし、それだけ、それを信じて惑わされる一般人も多かったということだろう。
そんなわけで、知識階級の中にはスピリチュアル、心霊に対する反対者も多くいたということだろう。

そういえば・・

少し前に日本でも、「オーラの泉」というTV番組からスピリチャルブームになったと聞く。

その後、「前世やらオーラなんて言葉を使って人心を惑わすけしからん番組」として、多くの団体からTV局にクレームがあったと聞いたことがある。



うーーむ、なんだか・・この時代のイギリスとも変わらんような・・(笑)



そこで、イギリスでは、どれが偽物でどれが本物かを見極めるべきじゃないか!ということになり、だったら、政府で公認してもらおう!という動きになっていったのだそうだ。


ここらへんが、たぶん・・日本とは違うところなんだろうね~。



日本ではいまだに、そんな機関もないわけだから・・・私たちが霊能者やヒーラーを頼ろうとすると、時にはトラブルと隣り合わせってことも多いってのが現状。

営利目的で多額の料金を請求されるだけだったり、洗脳目的の宗教団体だったり・・なーんて話もよく聞くところ。

それどころか、個人情報収集を目的として、ネットに無料ヒーリングを掲げるサイト(フィッシングサイト)だってあるようだ。


さらに、日本の場合では、いまだに・・

医療目的のヒーリングであっても日本ではそれを認める法がないそうだ。

つまり、医療機関との連携でヒーリングをすることさえも認めてないってことだね。



さて、それが良いことか悪いことかは別にして・・

なーんの法も規制も無ければ、誰でもが明日から自称「ヒーラー」にも、霊能者にもなれるわけだし名乗ることだって自由だ。
おまけに今の時代、簡単にインターネットでクライアントが獲得できるだろう。

実際に、ヒーリング系サロン運営の宗教団体が警察に摘発されるな~んて事件もいくつも耳にしてる。

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実際に、最近のヒーリングビジネスを、ちょこっとインターネットで検索してみると、


いやはや・・・

英国スピリチュアルヒーラーズ連盟の公認を看板にしてたり、ハリー・エドワーズの名を使ったりしてるところがあって・・

いやはや、なかなか・・商魂たくましい!つーか(笑)
(こうゆうのを見たときは、まず、自分で英国スピリチュアルヒーラーズ連盟に問い合わせてみるのが一番だろうなあ。)


さて、ここで使われてた名前、ハリー・エドワーズとは・・
Harry Edwards (healer)

スピリチュアルヒーリングの第一人者とされた人で、ヒーリングをオカルトや魔術から医療へと昇格させた草分け的人物といわれてる人なのだ。

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Harry Edwards: The Great Healer

ドイルさんやエドワーズさん、こういった人たちの活動のおかげで、現在のイギリスのスピリチュアルが確立したんだろうなあ。



エドワーズさんのスピリチュアルヒーリングは、
「治療専門の知性・個性を持った霊的存在が治療霊媒を媒介して患者を治療している」というスピリチュアリズムの理論から成り立ってるそうで・・


どうやら、日本の霊気、中国の気功、アメリカのセラピューティックタッチなんかも、共通するものがありそうだ。


すべては目にも見えない気(エネルギー)の存在。


彼の英国スピリチュアリスト協会、学校、治療院は今でも現存している。

◆英国スピリチュアリスト協会(The Spiritualist Association of Great Britain・・ここは現在でも専属の霊媒師らによる「対面ヒーリング」と遠方への「遠隔ヒーリング」が行われてるそうだし、
また彼がスピリチュアリストの仲間と共に設立した治療院ハリー・エドワーズ・ヒーリング サンクチュアリ(Harry Edwards Healing Sanctuary)も現存。


その他、まだこんな学校だってあるのだ。

◆「NFSH(英国スピリチュアルヒーリング)」National Federation of Spiritual Healers・・19世紀からの流れを汲んだ機関で、ここもまた、研究機関や学校もあり、ちゃんと市民権を得ているのところ。



◆「SAGB(The Spiritualist Association of GREAT BRITAIN/英国スピリチュアリスト協会)」・・1872年にスピリチュアリズムの原理を伝道することを目的として創立された団体で、江原さんもここで学んだんだとか。

◆「Sociery for Psychical Research(英国心霊現象研究協会)」・・1882年、ケンブリッジ大学出身の学長によって創設され心霊現象や超常現象の真相究明を目的とした科学研究機関


まだまだ、さまざまな学校があるようで、医療目的のヒーリング中心に学ぶところや、超常現象の研究を主とするところやら、

瞑想やヒーリング、チャネリング、占星術を本格的に学ぶところやら、

さらにヨガや瞑想を取り入れた総合学院もあったりと・・学校によってさまざまな特色があるようだ。



なんだか、こういった現状を見ていくと・・

いまさら、

幽霊はいるかいないか?UFOはいるかいないか?・・・・なーんて、レベルでバラエティー番組で議論して楽しんでるような時代じゃない@って気がしてくる(笑)


言うまでもないけど、こういったカレッジの先生たちは、いずれも、全員サイキックかヒーラーなのだ。(しかも国家によって認定されてる人たちだ。)


・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ちょっと話は変わるけど・・

私の日本にいる友人で、ヒーラーを職業にしている人がいる。

彼女は、主に・・末期がん患者や統合失調症といった難病を抱える人のヒーリングを得意としているようで、以前、どんなふうにするの?」と聞いたことがある。

<<彼女の答え>>

●まず最初に、自分をニュートラルな精神状態に置く。(これは慣れで、ほんの数秒でできるそうだ。)

●そして精神を集中させる(これも、慣れですぐにできるとか・・)

●すると、患者の悪い部分が黒くみえてくる(人によって、頭の右側だったり、胃のあたりだったり・・さまざまな部分があるとか)

●次に、自分の気をぐぐっと高めて、患者の黒く見える部分に自分のパワーを送り続ける。
(実際に目に見えるということではなく、脳の一部・・たぶん第3の目と言われるところで見ているカンジ・・あくまでも強いイメージと考えた方がいいらしい)

●すると、患者側は体の痛みが和らぎ心が落ち着いてくるそうだ。
多くの人は、暖かい心地よい温度を感じるという。




たったの一回で治ってしまった患者さんもいれば、すぐに再発してしまう人もいるし、また、心身の痛みがとれただけで病自体は治癒しないまま、そのまま亡くなった方もいるそうだ。

ただ、心穏やかに亡くなっていったという話だったけど・・


それが、どうしてなのか? どうして人によってそういった違いがでるのか?

彼女は、自分自身でその理由は想像できるけど・・あくまでも自分の想像、仮説段階なんでそれを公言するつもりはない、と言う。


そこで私が別の質問する。

「それって、ちゃんと対面してやるものなの? それとも遠隔操作でも出来るの?」


「私はどっちでもOKだよ。
だって、実際の目で見てるわけじゃないからね~。

たとえば、電話でも相手を感じられれば・・私の中で見えてくるわけだし、そこにパワーを送り込むわけだから、たぶん物質的な距離は関係ないってことじゃないかな?」


なーるほど、納得!

そこで、次の質問。
「いつから、そんなパワーを持つようになったの?」

「気がついたのは、子供の頃、
なんで自分は人と違ったパワーがあるのかわからなくって、若い頃は、自分なりに本を読んだりお寺で修行したり、色々なことを試したりしてた時期があったんだよね。

もちろん、幽霊みたいなものだって日常的に見てたよ。」
と彼女は言う。


しかし、彼女は霊能者のような、除霊はやってない。
あくまでも、病気を癒すヒーラーを専門にしているだけだ。

(もっとも個人的に、自分のところに幽霊が寄ってきたときは、同じように自分の気のパワーを高めて退散させてしまうことはやってるそうだ・・あくまでも自分のために。)


おそらく、ヒーラーの分野が彼女に合っているのだろう。


また、私の質問。

「ヒーリングパワーを送り続けた後って、自分がひどく疲れたりしないの?」


「うーーん、同業者に聞くと、ひどく消耗してしまってしばらく起き上がれなかったり、自分が病気になっちゃうって人もいるようだけど・・私は平気かな。

一杯やって、がーがー寝れば、ぜーんぜん疲れなんて残らないタチなんだ。」

(彼女、結構酒豪なのだ(笑)


もう一つ、彼女が興味深いことを言っていた。

「私が調べたところによるとね・・気功で使う気は、自分自身が鍛錬して呼吸法や動作を使って、自分の気を強く大きくして送り込むんだそうだよ。

だから自分も体力・胆力が無いと消耗が激しいみたいなんだよね。

ところが、霊気ヒーリングの気は、空間に偏在する気をあくまでも自分がアンテナとなって取り組んで患者に送りこんでるらしいんだよ。

だから、疲れないって言われてるんだよね。

私は、どっちかというと・・そっちのタイプなんだろうね~。」




いやはや、気功とレイキの違いが、ここで出てきたね。


そうなると・・・


ここで気になるのは・・空間に偏在する気の正体だ。


それは宇宙の気? それとも守護霊や神のような存在から得ている気?


彼女は続ける。。。

「私にもその正体ははっきりとはわからないんだ。これからの研究課題だろうね~。

ある霊能者さんは自分の高次の守護霊様から得ている気を使ってるって人もいるし、自分の信じる仏や神から得てるって人もいるし、植物、花のパワーから得てるって人もいるし・・実にさまざまなんだよ。

私の場合はね、どうやら・・地球外生命体のパワーを得てるような・・・」


え??と私。

「ほーらね。だから、あまり想像の範疇のことは人には言いたくないんだよね~。
もっとも、アンタだから、なんでも思ったままを、つい言っちゃうんだけどね。」

と彼女は笑った。


「ただね、ひとつだけ確なことはね、

この世にはそういった気(パワー)が満ちてるってことだよ。

霊能者やヒーラーなんか、もちろん私も含めてだけど・・決して自分の力じゃないんだよ。

この世には、病気にさせるようなネガティブパワーもある反面、それを治癒するパワーだって存在してるってことだよ。

そのパワーを、上手に頂いて私たちの役目は、それを人に橋渡しするだけなんだと思うよ。」




あ、そういえば・・・

ヒーラーの草分け的存在だったエドワーズさんも、さらっと前述したけど・・こんなことを言ってたんだよね。
     ↓
「治療専門の知性・個性を持った霊的存在が治療霊媒を媒介して患者を治療している」というスピリチュアリズムの理論

彼の場合は、治療専門の知性・個性を持った霊的存在、つまり、偉大な医者だった人の前世?や守護霊?にコンタクトしてパワーを得ていたということかもしれない。



うーーむ。



彼女がさらに言っていたこと。

「たとえば、気功は自分の中の気を大きくしたりするって言ったけど・・あれだって大元は外部から良いエネルギーを自分自身が取り入れてなけりゃ、気功師は消耗して死んじゃうことになるでしょ?

人によって、気の使い方の方法が違うだけで・・たぶん、大きな目で見れば根本は同じってことなんじゃないかな。」



そこでまた、思い出す。

そういえば・・昔気功を学んだというホセ君から、最初はいつも恵みの太陽をイメージして、太陽のパワーを自分自身の丹田に取り込むイメージをしていたと聞いたことを思い出した。

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つまり、

誰でも・・さまざまなものからパワーを得ているってことじゃないだろうか?
(たとえ、本人がなーんも気がついていなかったとしても・・。)


そして、

世界はさまざまな気で満ちている


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人のヒーラーは、日本生まれで日本育ちの日本人だ。

もちろん、本場のスピリチュアルをイギリスの学校で学んだことはない。

すべては、彼女が独学と試行錯誤の連続で、自分自身で学んできたことだそうだ。


世の中には、ざっくり分けると、彼女のように生まれついてのサイキックパワーが強い人、
または、自分では気がつかないほど弱い人だっているだろう。(よく、私は霊感なんてないよ~って言ってる人たち)の2通りがあるようだ。

コナン・ドイルさんも、「霊感無しタイプ」だったようだ。
のちに、自分で能力アップさせたらしいが・・。


生まれ持ってサイキックパワーが人並はずれて強い人の場合は、

当然ながら、

「どうして自分は人と違うんだろう?」
「このヘンな力は、どこから来るんだろう?」 「なぜなんだ??」


という壁に必ずぶち当たることになる。

ヒーラーになった彼女のように・・。



しかし・・今、自分には霊感がない!と思っている人こそ、
スピリチュアルについて学ぶときが来ているのかもしれない。

まさに、コナン・ドイルさんがやってきたように。


特別な人たちが学ぶことではなく、むしろ・・霊感なんて無い!と思ってる一般人にこそ必要なんじゃないだろうか?

なんだか、最近ひどくそんな気がして仕方がない。。。

・・・・・・・・・・・・・・・

イギリスのスピリチュアル学校で、まず最初に行う訓練は、「気を感じること」だそうだ。
これは、気功の世界でも「気感」と呼ばれるもののことだろう。

もちろん、本来は誰でも持ってる能力だそうだ。

学校では、さらに能力アップしながら、それぞれの得意分野の専攻に移っていく。


スピリットレスキューを専攻する人たちは、まず、先生から、憑依サイキックアタックについて学ぶそうだ。

 **スピリットレスキューとは、憑依している霊を魂の世界に帰してあげるのをメインの仕事とする(つまり、日本で言う、浄霊ってことらしい)

簡単にいえば、憑依ってのは霊がついてる状態で、サイキックアタックというのはなんらかの攻撃を受けてる状態・・だと思う。


さて、そこで、具体的なプロテクションの方法を学ぶのが、一番のポイントになるそうだ。

つまり迷っている霊から憑依されないようにする方法

さらに、霊だけでなく、すべてのネガティブなエネルギーから身を守る方法などを学ぶそうだ。
(もちろん、ネガティブというのは、霊に限らず、生きてる人間や環境ってことも含まれる)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そうだよな~。

こういった認識が無い人たちが多いから、わざわざ心霊スポットにいって具合悪くなっちゃう人も出てくるんだろうなあ。

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スピリットレスキューを志すわけでもなく、プロテクト方も知らずに、自ら心霊スポットに出かけていくなんて・・
知らないってことは実に恐ろしい!

心霊スポットから戻って原因不明の病気になったり事故続きなーんて話も聞くわけで・・・そこで霊能者を頼って助けてもらおうとすると、それがインチキで高額な支払いを要求されただけで、ちっとも良くならないなーんて話も聞いたことがあった。

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・・・こりゃ、たまらん。


まあ、イギリスのように国が認定してる機関がないわけだしね~。
バチカンでは、「国際エクソシスト協会」(AIE)を公認してるそうだし、エクソシストすなわち悪魔祓いをちゃんと受けられそうだ。

日本だけ、なんにも認められてないだよなあ。。。



でも・・ここでちょっと逆な発想をしてみる(笑)

それこそ、個人がそれぞれ気を感じる能力(気感)をアップさせていけるチャンスなのかもしれない。

もしも、政府のお墨付き、学校なんてものがあれば、そこにさえ行けば安心、高い月謝を払ってでも安心・・という依存心が生まれてしまう傾向があるかもしれないのだ。


すべては信じることから始まるけど、依存心は信じることさえ曇らせる。


そもそも・・

この世に多くあふれた、まがい物スピリチャルを見極めることくらい、実は誰にでもできる簡単なことだと思うのだ。


そりゃあ、明らかに金儲け目的で能力ゼロのインチキ霊能者もいれば・・中には自分自身が特殊能力があると本心から信じ込んでしまってる霊能者もいるし、または、確かにそこそこの能力があるんだけど、その能力ってのが・・どーも禍々しいカンジのものだったりする人もいたりする。。。



たぶん・・そんな違いは誰にでもすぐに見分けられると思う。

依存心を捨ててニュートラルな心で気を感じ、自分の魂の声を感じれば・・おそらく誰にでもできる!



少しでも多くの人が、日常の中に漂う気や自分の気を感じられるようになればいいよなあ!!

・・といつも思う私だ。(笑)

ステレオタイプでステータスクオから脱却する

友人と一緒に、コーヒーショップにいたときのこと。

隣の席に日本人の若い女性が二人、わりと大声で話していたので、つい、私たちの耳にも聞こえてしまった。


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どうも、一人の女の子は日本から来た学生さんのようで、外国人の女の子とルームシェアしてるらしい。
その愚痴をさかんに友達に話してるのだ。

「もう、頭に来ちゃう!
だってさあ、食事した後、シンクに食器を溜めとくんだよ!信じられる?
なんで、すぐに洗わないのって聞いたら、明日にでも洗うつもりよ!だって~。
もう、信じられる?」

「やーだ! それって最低!
あっちの国の人って、すっごくルーズなのよね~、わかる、わかる!」

「でしょ!
でも私、汚いの我慢できないのよね、だってさ、シンクは共同で使うとこだよ。」

「そうよ~、すぐに食べたものを洗うのって、フツウ礼儀だよね!」

「でしょ! だからさ、結局私が彼女の洗い物まで、つい洗っちゃうわけよ。
頭にくるけど、汚いのって我慢できないんだもん。」

「そうだよね~、だけどさ、相手はそれに感謝してるわけでもないでしょ。
毎回、そんなことをしたら、アンタばっかりが損するだけじゃない!」

「そーなのよ! もう、いい加減に頭に来ててさ・・アパート出たいんだよね。」

「今度は日本人の子とアパートシェアした方がいいよ~、誰かシェアしてくれそうな人、私も探してみるよ。」



私たちは、つい・・二人で顔を見合わせてしまった。。。

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コーヒーショップを後にして、私の友人が言う。

「なんで、いきなり・・アパートを出るって話になっちゃうのかな?
まあ、気持ちもわかるし・・そこが、日本人っぽいって言えるかもしれないけどね~。」



私の友人は、子供の頃にアメリカに移住して、こちらの大学を卒業してる。
たぶん、完全に日本人の習慣や常識の中で育った人ではないので、おそらく日本からやってきたばかりの日本人とは感覚が違うのも確かだ。

それでいて、長年日本企業で働いていたせいで、多くの駐在員たちと接しているせいか、両方の感覚が理解できるようだ。


さて、これが、みなさんの立場だったらどうするだろうか?

ここはアメリカ。
そして、習慣も常識も違う外国人とルームシェアをしてるとしたら・・
(笑)


私は友人と、もしも、我々が同じ状況になったら、どうするだろうか?と話してみた。


そこで、私達の解決法は・・2つ

●自分が我慢できないんだったら、相手の食器を進んで洗ってあげればいいんじゃないのかな。
ただし、自分ばっかりが損してるって気持ちではなく、仕方ないなあ~、ま、いいか!って、おおらかな気分で。

(お掃除が苦手な専業主婦の代わりに、ダンナさんが仕事から戻ってからお掃除してくれるってお宅もあるくらいだからね~。
これは、私の友人宅の話・・実際にこれで夫婦円満で長年連れ添ってる家庭なのだ。)


それができないならば・・

●話し合う。
ただし、常識だとか、これがマナーだとか、当然でしょ!って意識は捨てたところで話しあって決めることだ。
相手を理解しようとして話すこと、同時に自分も理解してもらおうとして話すことがポイント。



私の友人もかなりきれい好きな人なんで、「あなただったら、まず・・どう話す?」って聞いてみた。

そうだねえ・・こんなふうに言うかな、と彼女。

「シンクを汚くしておくと目に見えない病原菌がはびこるし、衛生学的にも病気ももたらすことになるんだよ。
私たち、毎日元気で仲良くいたいもんね~。

それにね、中国には風水学ってのもあってね、空気の流れを良くしてキレイに掃除しておくことがポイントなんですって。
汚くしておくと運気も落ちるって言われてるの知ってる?
私、どうしても・・そうゆうことが気になってしまうタチなんだよね。

そこでね、お互いうまくやってくための提案だけど・・あなたがすぐに洗えないならば、その食器をかごに入れて洗剤をかけて別にして置いておくってのは、どうかな? 」


なるほどね~。

「そこで、同居人の常識とか考え方や違いだってわかってくるだろうし、お互いにうまくやっていこう!と思えば、必ず解決策はあると思うよ。 

それに、お互いの文化だって理解し合えるようにもなるわけだし、それこそが外国の文化を学ぼうとしてやってきた意味があるってもんでしょ!」
と、彼女。

ごもっとも。
私も同感。


「だけど・・たぶん、あの子たち、たぶん語学学校の学生のようだし・・英語も堪能じゃないから、そこまで話せないのかもね~。」
と、私。

「それこそ、生きた勉強のチャンスだよ!
辞書を引きながらでも、ちゃんと言葉を覚えて文章を作ってからでも話そうとしなきゃ、留学した意味もないんじゃないかな。

私も中学生のはじめにこっちに来たんだけど、たしかに最初は言葉で苦労はしたけど、一生懸命伝えようとはしてきたよ。」

ますます・・ごもっとも(笑)


そうなると・・たぶん、あの女の子は一番、まずい選択をしちゃいそうだなあ。

ちゃんと意思を伝えずに怒ってアパートを出て、今度は同じ日本人の子と住むつもりらしいから。

もっとも、ロサンゼルスというところは日本人が多いので、それが簡単に出来ちゃうってところが問題かもしれない。
したがって、それですんじゃう! ちーっとも学べない!ってことになる(笑)



たしかに、日本人特有のきれい好きは美徳だ。

だけど・・それが当然!という意識で、相手に押し付けてしまったり、

また、

黙って我慢して相手の分まで洗ってしまうくせに、しかも、私ばっかりが損してる・・なーんて意識を持つとしたら、

それは、日本人のネガティブ思想でしかなくなってしまう。

我慢私ばっかりが損してる・・って意識は、ネガティブそのものだから。。。


きっと、そのままルームシェアをやめてしまえば・・


日本人女性 :「やっぱり、同じ日本人じゃないとダメね~、あの国に人ってルーズで嫌だよな~」
って意識しか残らないだろう。

彼女の同居人:「なんだか、あの子、怒って出て行ったみたいだけど・・なんかよくわからない人だなあ。日本人てああゆう人が多いんだろうか?」



なーんてことになるのかも。


残念ながら、一緒に住んだことは、お互いにマイナス意識を植え付けただけで終わってしまうことになる。
お互いの学びには、ちーーともならずに、悪い印象で終わってしまうってことになっちゃう。


しかし・・

広い目でみると、似たようなシチュエーションは、日本に住む日本人同士でも起こり得ることかもしれない。

相手に歩み寄って、理解しよう、理解してもらおう!というのは、たしかに骨が折れることなんだけど・・
それをめんどくさい!とやめてしまえば・・


結局は、黙っていてもわかってくれる人、自分と同部類の人だけを探してつき合うだけになってしまうだろう。
そりゃあ、そっちの方がラクだもんな~。


でも、それじゃあ、ちーーとも変わらないし変えられない。
何も変わらない。 自分も変わらない。


それに、


異種間交流なんて絶対ムリ!(←いきなり、異種間かよ?)


実は、私・・今朝、それも・・4時過ぎに、ネコにたたき起こされたのだ。

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これは、よそのネコちゃん。。。

うちのは、こんなかわいいもんじゃない!


この巨体で、がーんと体当たりはされるし、耳もとで叫ばれるのだ!
   ↓
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うぎゃあああ、きえええ!!(さっさと起きんかい!)と。
それは・・私が起きるまで続くのだ。。。(←ネバーギブアップの精神を持つヤツなのだ。)


そもそも、私が寝る前に、彼女(ネコ)のトイレ掃除をしなかったのが原因。

翻訳すると・・
「早く起きんかい! あんなに汚いトイレ、入れないよ!
私、おしっこしたいんだってば~!」


と叫んでるのだ。

「うーーん、ごめ~ん!
わかったよ~、今、やるからさあ・・。」


と、もぞもぞ起きだして掃除したのだ(笑)

待ってました!とばかり、彼女はトイレに直行。
しゃああああ~。(←音はいいから!)


このように・・(笑)

一緒に同居するってことは、上下関係もなければ、文化の違いさえも越えなければならないのだ。

私はネコ文化の理解に努めなきゃならないし、彼女にもヒト文化をわかって頂かなければならないってことだ。




本来、自由きままなネコさんたちに、狭いアパート暮らしで同居して頂くからには、せめて清潔なトイレを保つことは私の第一の義務なのだ。

人間の都合だけを押しつければ、それは傲慢というものになる。


で、ちゃーんと、「ごめんなさい!」と誤った。

謝ることを忘れたらいけないのだ。



「ったく~、アンタって、すーぐ忘れるんだから!ま、いいか~!」
と、ぶちぶち言いながらも許してくれたみたい(笑)

で、人の事をたたき起こしたくせに、自分は、まだ眠い@と言い残して、寝てしまったのだ。。。


やれやれ 😥

でも・・悪かったのは私だし・・と反省。


まあ、こうゆうことの繰り返しで、お互いに理解しあい、自然と歩み寄れるようになって、同居もできるようになるんだろうと思ってる。

たとえそれが、人間同士でも異種間であってさえも。


信頼関係というのも、そういった中から培われるのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・

ある弁護士さんが、以前、面白いことを言っていた。

「僕は土地問題を多く扱かってたんだけどね、多くのクライアントがお互いに、ここは私の土地だ、私に権利がある!って主張するんだけどさ、ときどき、ふと、思うんだよね~。

じゃあ、カラスはどうなるんだろう? 野良猫は? と。」


なーるほどね~、とつい笑っちゃった。
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現代人は、まるで、アメリカ先住民の土地を武力でぶんどってしまった移民白人と同じなんだね~(笑)


もともとアメリカ先住民たちには、自分の土地って感覚はなかったそうだ。
当然のように、カラスのものでも野良猫のものでもあったし、すべての動物たちのものだったのだ。

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そして、自分もまた、その一部でしか過ぎないと思っていた人々だ。


その感覚さえ持っていれば・・ペットとの同居だってうまくいくだろうし、他国の人同士だってうまくいくはずなのに~、と私は思ってしまう。


何がその感覚を邪魔させてしまうんだろう?


たぶん、自分が生まれ育った環境からくる常識植え付けられた善悪思想、そこから生まれてしまう先入観固定観念

それが他者に対しての、偏見や差別まで生んでしまうことになる。
根底にあるのは・・自分と違うものを一切認めようとしない頑なな意識。


そうなると、相手を理解しようとする前に、つい、善悪意識でばっさりと一刀両断にしちゃうことになる(笑)


まさに、ステレオタイプっていわれるものだよね~。

ステレオタイプ(Stereotype)とは、判で押したように多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念やレッテル、偏見、差別などの類型・紋切型の観念である。



そして、ステレオタイプの人に限って、ステータス・クオなのだ。


かなり前のブログ記事にもアップしたけど、
    ↓
クリエイティブとステータスクオ


ステータス・クオ(Status quo)というのは、もとはラテン語のようだけど、英語でも使われていて、
おそらく、日本語でいうところの、現状維持に近い感覚かと思う。
(でも、ちょっとニュアンスは違うんだけど・・、この際、現状維持ってことで。)

そう、つまり・・ステレオタイプに限って、ちっとも自分で変えていこうとしない、現状維持にしがみついてしまう、傾向があるように思えるのだ。



日本にいたときも、またアメリカでも、こういったタイプの人がわりと多い気がする。

でも、もしも・・ステレオタイプでステータスクオばっかりだったら・・・

異人種を理解できないだけでなく、ちーーとも世の中は進歩しなくなっちゃう。


どの分野であっても、常に新しいことに挑戦したり発見してきた人たちは、みーんなそこから脱却してきた人たちだと思う。

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https://matome.naver.jp/odai/2138333659617849001



私は、偉人と呼ばれる彼らが特別だったとは思わない。
ただ、、彼らは「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却した人たちだったいうのが、大前提にあったと思うのだ。

それを一般人たちが、ヘンとか奇人・変人と呼んでるだけではないだろうか?

それなら、みんなが、それぞれの、ヘンな人になればいいだけだ!(笑)


ひょっとしたら、私たちすべてが、
「ステレオタイプでステータスクオ」を脱却するために生まれてきた!」んじゃないかなって気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はもともと、子供の頃から、あまり常識概念を持たない性格だったと思うけど・・それでも、10年くらい前、ここに住んだときはびっくりしたことがあった。


ウチの隣がメキシカンの経営する美容院なんだけど・・・結構繁盛していて常に客が多いのだ。

私がちょっと車で留守をすると、彼らは当然のごとく、私の駐車スペースに車を停めてしまうしまう。

信じられない!

私は、すぐにアパートの管理会社に、ぷりぷりと怒りながら、クレームをつけた。

すると、

「はあ? そんなことですか~?
だったら、あなたもとりあえず、空いてるスペースに車を停めときゃいいことでしょ!」
と、

それでぶち切れたのだ!
なんて管理人だ!
ロサンゼルスってこんなとこだったのかよ!

と。

そもそも、私の駐車スペースだし、私が家賃払ってるわけだし、私に権利があるわけじゃないか!
いくら、私が留守だからって、勝手に停めるなんて許せん!


というのが私の主張するところだ。


しかし、落ち着いてよーく考えてみると、

たしかに法的権利から見れば、私の言ってることは間違ってないんだけど・・・
でも、それって、それほど主張すべきものなのかな?

そもそも、そんなことくらいで、なんで怒るんだ? 私って。。。

って気がしてきた。


私が帰ってきたときに、美容院に行って、「私、今戻ったんで車移動してくれませんか?」って言えば、すむだけなんじゃないのかなあ?

と。

それもせずに、いきなり管理会社にクレームする必要があったんだろうか?

と。


それで、実際にそうしてみたところ、メキシカンの人たちは、

「あ、ごめんね! 今どかすからね~」と、すぐ移動してくれたのだ。

すると今度はもっとおおらかな気持ちで見られるようになる。
彼らも気さくに声をかけてくれるようになる。


たしかにな~、ウチの周りはいつも車がいっぱいで、駐車するところがないのだ。
小さな子供を連れて車で来る人は、とっても大変だよな~。


なんだか、私も、そんな気持ちにもなってきたのだ。


それから後、

私がいないときは、いつでも車停めていいよ~、ただし戻ったときは移動してね~ってことで・・なんとなく、美容院の人とも仲良く近所付き合いができるようになった。


ただし、それによって多少なりとも家に入るまでに時間がかかってしまうのは仕方がない。


まず美容院に入って、今帰ったから!って言って、
それから、のーんびりしたメキシカンのおっちゃん・おばちゃんが、どっこらしょ!って出てきて・・車にエンジンをかけて、バックしたり切り替えしたりしながら移動するのを待つんだから。

でも、そんな時間すら、今の私は気にならなくなった。

そんな時間くらい、どーってことないじゃん!と思えるようになっている(笑)
むしろ、それが当然だろ!って気にもなってくる。


日本にいた頃の私の生活は、常にこういったものだったから・・
    ↓
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これが日常だったし、とくにビジネスが絡めば一分一秒を争うのも当たり前というのが常識だったから。

今思えば、こんなふうに当たり前に思ってきたことや、むしろ若い頃はビジネスパーソンが自慢だったことさえも、実にばかばかしいことに思えてくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実に小さなことだけど、そういったことも、私を少しづつ変えていったのだろうと思う。
それに気がつかせてくれたメキシカンの人たちには感謝だ!(笑)


人にはそれぞれの考え方もあるけど・・

今では、法律上だけで善悪を主張しようとしてた、あの当時の私の方が間違ってたように思う。
私のモノなんだから、アンタたち、メキシカン連中なんか知ったこちゃない!って意識が底辺にあったような気がするのだ。


しかも、自分の正当な権利とばかりを、がんがん主張すれば・・管理人さんだって、むしろ違法駐車の人の肩を持ちたくなるってのが人情ってもんだよなあ。


こうやって、私も少しづつだけど・・変わっていってる(進歩していってる)んだろうなあ。


いつかきっと、異人種とも、異種とも、いや、異星人とも・・理解し合えるようになればいいよな~と思ってる。


近所の野良猫たちのこんな姿をみると、なんだか・・ほっとするんだよね~。
   ↓
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そうなれば・・・きっと、みんなが新しいことをどんどん知ることが出来るようになるだろうから。
どんどん、世界も、すべてが変わると思うから。

世の中には危険がいっぱい

ウチの隣には、メキシカンのおばちゃんが経営する小さな美容院がある。
彼女は最近、車を買い替えたらしい。

「これ、私の姉からもらったのよ。 いいでしょ!」

と、彼女が同僚の女性に嬉しそうに見せびらかしていたのが車用のロザリオ。

メキシカンの人たちは、車にロザリオをぶら下げてることが多い。

こんなふうに
   ↓
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たぶん、日本だったらこうなるところだろう。
    ↓
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https://kurera.jp/happy/898


これが、カトリック信者=メキシカンだと、ロザリオに変わるだけだ(笑)

「あら、これステキじゃない?
一歩外にできれば、世の中危険だらけだからね~。」

「私は車だけじゃなく、バッグにもいつも入れてるわよ。」


そんな会話が聞こえてきた。


たしかになあ。
世の中危険だらけだよなあ。


日本人だと、やっぱりお守りを身につけてる人もいるのだろう。
いや、最近ではパワーストーンのブレスレットを身に着けてる人も多そうだ。


人間の考えることは場所が変わっても人種が変わっても同じなんだなあ、とつくづく思う。


危険といえば、どんなものがあったっけ?

いつ巻き込まれるかわからない交通事故、銃撃戦(アメリカならではかな?)、その他、火事、地震・ハリケーン・津波などの天災。

さらに個人的な出来事・・・病気、失業、家族の問題などなど。

心配しだしたら、そりゃ、もうキリがない。


さらに、危険はもっと日常的なものにさえ潜んでいる。

昨今の社会問題としても言われているもの
   ↓

●食品添加物まみれの食事や医薬品
●飲料水に含まれるフッ素
●農薬&遺伝子組み換え(モンサント)
●ワクチン問題



ところが政府が危険!と認定しない限り、多くの人々は、それが本当に危険かどうかの認識さえできないのが現状だ。


だけど・・政府といっても国によって違うんだよなあ~。

たとえば食品の例で言えば、マーガリンの中に含まれるトランス脂肪酸。
全米では危険視されて販売中止になったけど日本ではいまだにOKだそうだ。


なんで同じ物質がA国では危険とされてB国では大丈夫なんだか?

日本で禁止にならなかった理由は、日本人の摂取量が1日平均1グラム以下だったとかで、WHOのガイドラインを下回っているので、「日本の通常の食生活では健康への影響は小さい」と判断された経緯があるとか。

今のところ、日本では病気になってる人が少ないからOKってのもヘンな話だし・・アメリカだって今まではOKとされてたくせに、病気になった人が増えてクレームが増えたから禁止になったってのもヘンな話。

WHOのガイドラインでデータを取ることが判断基準というのもヘンな話。

さらに、マスコミで「トランス脂肪酸は万病のもと」なんて記事が出ると、禁止されてない日本でも、あっと言うまに売り上げが落ちるってのもヘンな話。




つまり、我々の日常には危険なものがいっぱいあるわけで、それを知らず知らず摂取させられてるってことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少し前のニュース、5月9日の記事にこんなのがあった。

米ワシントン州の核施設群「ハンフォード・サイト」で、5月9日に、トンネル天井の陥没が確認された。
汚染物質保管場所で大規模な崩落が発生して、一時避難の非常事態とされたが詳細はよくわからないまま。



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CBS Newsの記事
http://www.cbsnews.com/news/emergency-reported-hanford-nuclear-site-washington/


ところが、同時に日本のニュースで見ると、「放射性漏れなし」と断言されていて・・
       ↓

核施設でトンネル崩落=放射能漏れなし-米西部

米西部の核施設でトンネル崩壊、放射性物質漏えい確認されず



え? 詳細はまだよくわからないんじゃないの?
と思ったものだ。

そもそも、アメリカよりも日本で先に安全宣言?されてるってのも、なんだか妙なものだ。(いや、別に安全宣言ってわけでもないのか?)


その後、アメリカ時間5月10日の記事(日本時間だと11日になる)で、ようやく放射漏れはないとリポートされたという記事があがっていた。
    ↓
http://www.cnn.com/2017/05/09/us/hanford-nuclear-site-tunnels-contamination/


ニュース報道というのは報道され方によって、ずいぶんニュアンスが違うものなんだなあ・・とつくづく思う。

ある日本語記事の中身を読むと、「けが人や放射能漏れの報告はないという。」と書かれている。
それはつまり・・放射漏れが無かったと断言したわけではなく、ただ報告はない・・という意味だけど、タイトルには「放射能漏れなし」と入れた、ということか~。


だけど、「詳細は解明中」とするのと、日本のタイトルのように、「放射漏れなし(報告はあがっていないって意味で・・)」という書き方では、読者の受け取り方のニュアンスは違ってくることだろう。


ハンフォード・サイトとは、

日本に投下された原爆でも知られてる、マンハッタン計画において、プルトニウムの精製が行われた場所でもあり、その後の冷戦期間にも精製作業は続けられていた場所なのだ。
現在は稼働していないが、米国で最大級の核廃棄物問題を抱えており除染作業が続けられている。

とWikiにもある。




ところが、トンネルは冷戦時代に作られたもので、放射性物質で汚染された機器を保管するために作られたものだそうだが、当局によると1990年代半ば以降封印されているという。

さらに、90年代から除染が進められているけど遅々として処分計画が進まない。

順調に進んだとしても2018年までに10%しか処理されいだろうという話だ。

え? じゃあ、その間・・核汚染物質はどーなってるわけ??


おまけに・・
核廃棄物の保管施設はここに限ったものじゃないのだが、とにかく、ここは最大規模の量なので、もしも、爆発でも起こしてしまえば、アメリカはもとより、死の灰は他国へも大きく影響するだろうといわれてるような場所でもある。



実は・・こんな話、今に始まったことだけじゃないようで、以前から何度も色々と噂がある。

こちらは今年の1月6日の記事だが、ハンフォードで汚染が拡大し労働者が病気になっているというような記事
    ↓
Radioactive contamination spreading in shuttered Hanford Site nuclear plant

そこで政府はイメージアップを図ったのか、去年から、ハンフォードサイトでの見学ツアーなんてのがあるのにはびっくりだ。
なんと、日本語サイトまであった(笑)

世界が注目!新旧の最先端技術が学べる、ハンフォードの無料ツアー

しかも・・無料ツアー!!
何が目的なんだよ? 無料ってのは・・(←つい深読みしてしまう私)


ここの近くにはコロンビア川があるしインディアン居留地もある。
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コロンビアリバーというのは、カナディアンロッキーを源に北から南の砂漠地帯まで流れる大きな川。


ハンフォードサイトが及ぼすコロンビア川の魚類への影響と先住民たちへの健康被害の問題など以前から問題視されているのだ。


核汚染物質は地中深く埋めるか海に流れるかしかないのか?(笑)笑ってる場合じゃないんだけど・・もう笑うしかないような心境になってしまう。

地下に埋めるといっても、地下数百メートルから1000メートルの深さにして特殊容器に入れてということになるだろうし・・資金も労力も追いつかないだろう。

いまだ、多量の廃棄物がまだそのまま残ってるってことは・・当然汚染物質が地下水へ到達するのも明らかだろうし、コロンビア川にだって流出してしまってることだろう。


気の毒なのは、インディアンリザベーションの人々だ。
過去にも・・彼らは核の危険性を知らされず労働に駆り出され多くの被害をこうむった事実だってあったわけだし。。。

もちろん核廃棄物の問題だけではなく、核実験にまつわる悲惨な話も山ほどある。
ビキニ環礁の水爆実験なんて実に有名な話で、あれから60年以上たっても、いまだに汚染されたままだし、もちろん、30年前のチェルノブイリだって、いまだに立ち入り禁止状態だ。

常にマイノリティーの命は無視され、いや、むしろ実験材料にされてるような気もしてしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと待てよ~。

マイノリティーだけともいいきれない。

そういえば・・「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本を思い出した。

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この本によると・・

アメリカは、1951年~1953年の間にネバダ砂漠で80回以上の核実験をしていたそうだ。
その結果、ユタ州やアリゾナ州、ネバダ州など、ラスベガスの近くで大量の死の灰を降らせることになったという。


ジョン・ウェイン主演の映画「征服者」の撮影はネバダ核実験場の100マイル風下で行われたようで・・

1954年の「征服者」のロケでは、その死の灰がある砂漠に行っていた俳優やエキストラ、スタッフらは総勢1200人、
主演はジョン・ウェイン、スーザン・ヘイワード。
3か月も砂漠の中で粉塵を浴びつつ撮影することになってしまったそうだ。


ジョン・ウェインはロケ現場にガイガー・カウンターを持ち込んでいたそうだが、ガイガー・カウンターが激しく作動したのを見て、
「ここには鉱脈があるみたいだな。」と言った話が残っている。

あ~、1950年代当時の放射線の一般認識なんてそんなものだったのだろう。


その結果、有名な俳優たちは、その後10年~20年の間にガンや白血病を患ってずいぶん亡くなってしまった。
もちろん、エキストラの死亡も多く、それまではガンの死亡を見たことのないような葬儀社が、ほとんどの死亡者がガンで亡くなっていることに驚くほどだったという。

ゲイリー・クーパー、ジョン・ウェイン、スティーブ・マックイーン、ロック・ハドソン、ロバート・テイラー、
ジョン・フォード、スーザン・ヘイワード、ユル・ブリンナー


みーんな私が子供の頃にみた映画の有名俳優さんたちばかりだ・・・。

当時は西部劇が流行していた時代だったからね~。


当局は、風向きを配慮して核実験の死の灰を、ハリウッドやラスベガスには向けないようにしていたらしいが・・

まさか、映画の撮影クルーたちが来るとは思ってもいなかったんだろうが、そうなっちゃえばもう構ってられなかったってことか・・。

この本の内容が事実かどうかの証明はできるはずもないんだけど・・それでも可能性としては非常に高いような気がする。
そもそも、すぐに発病するわけでもないわけだし、因果関係を証明するのは大変なことには違いない。

しかし・・・当局は大都市の人々にはいちおう気を使ったけど、砂漠地域に住むマイノリティーはどーでもよかった!って無視されてたのは事実なんだろうなあ。


まったく、アメリカって国は!と、つい思ってしまうけど、

しかし、こんなことは・・核保有国すべてにいえる話だろう。

被爆というのはセンシティブな問題だけに、事が起こったところで国家が人命第一に対応なんてしてくれないのが常。

チェルノブイリだってそうだったわけだしね~。

もちろん、福島の問題だって。



さらに問題なのは・・・当事者の人命問題だけでなく、どんどん地球が汚染されていくってことかもしれない。


放射能物質の汚染が消えるまではとんでもない時間がかかるわけだし・・種類にもよるけどウランやトリウムなどは数十億年や数百億年かけて放射能が半分になるのだとか。

なのに、

あっちこっちで核兵器も原発も扱っているわけで、しかも、いまだにどこの国でも完全に廃棄物を処理することもできないって、どーんなんよ?

なのに、それを使ってる人間ってどーなんよ?


・・・・・・・・・・・・・・・

放射能汚染は一番の脅威だろうが・・汚染物質なんてまだまだある。


一番身近なところではプラスティックかもしれない。
私たちの生活にはプラスチック製品ばかりだから。

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たしかに軽くて便利、おまけに安価。
化粧品にだって、プラスチックマイクロビーズを使う時代なんだから・・プラスチックでないものを探す方が大変だろう。


それがぜーんぶゴミとなって海に流れていく。

いつしか海の中でところどころで集まり、こんなになってたり・・

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または、こーんなところだってある。(捨てられたタイヤの山か!)
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そうなると・・
プラスチックを間違えて食べてしまう海鳥やウミガメ、魚たち。
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いや、彼らが食べなかったとしても彼らのエサであるプランクトンが食べてしまうらしいのだ。

プラスチックはどんなに粉々になって、マイクロ・プラスチックになってさえも有毒な存在となって残るわけで、
   ↓
海に漂う“見えないゴミ” ~マイクロプラスチックの脅威~


それをプランクトンが食べ、魚が食べ、そして人が食べるという食物連鎖。
そして、もともとは人が作りだし捨てたもの。



そんなことを考えると安全に食べられる魚なんていないかもしれないし、安全な肉だってない。(成長促進剤とワクチンで育ったのがほとんどだから。)


安全な大地もなければ海も川も危険だらけだ(笑)


私の住んでいる州では、去年からお買い物で使うプラスチックバック(ビニール袋のこと)が廃止になったけど・・だからと言って、ここまできちゃった地球規模の汚染が改善されるとは到底思えない。

だって、

プラスチック製品を使い続けることも、核使用も、成長ワクチン使用も・・たぶん害があるんだろうなあ? いいことじゃないんだろうな?と、うすうす感じてる人たちも今ではいっぱいいるだろうが・・

それでも、やめられないのが現状なんだから(笑)


無理に禁じてしまえば、経済破綻を引き起こす・・それが一番の理由
絶対、曲げられない理由。


経済破綻を引き起こす方が怖い!と思ってる人たちの方が、たぶん圧倒的に多いってことだ。


今、すぐに死ぬわけじゃないから、ま、とりあえず、いいか~
そんな心境で突っ走るしかないんだろうか?


そのくせ、危機管理と称して軍事費だけは、すごいことになっている。
    ↓
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もっともこれは、国民の数やGDPを考慮に入れたグラフではないけど金額にしてこれだけのものが使われているということだけでも、どれほどすごいものか想像がつく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

我々は今こういった現状で生きてるわけで、

そうなると身を守るものは、やっぱり・・ロザリオだったりお札やパワーストーンになるのも無理もないのかもなあ(笑)


近所のメキシカンのおばちゃんたちの世間話ですら、

「そりゃあ、偽旗ニュースぽいわよねえ。」なんて会話が飛び出す。


偽旗作戦 偽旗作戦(にせはたさくせん、false flag)とは、あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦である。
平たく言えば、敵になりすまして行動し、結果の責任を相手側になすりつける行為である。 ... 偽旗工作・偽旗軍事行動とも呼ばれる。




さてさて、
何を信じて生きるかは自分次第ということか?

さすがに、移民としてアメリカで生きてるメキシカンたち。
彼らは、政府や自治体といったものには、ほとんど依存心を持たないようにみえる。

「高い保険に入るよりロザリオの方がよっぽどいいわよ。保険なんてどうせ、金をふんだくられるように仕組まれてるんだからね。」

そして、ロザリオは、ガーディアンエンジェルの声を聴くツールのようなものだという。

なーるほどねえ~♪

「病と体と心」そしてガーディアンエンジェル

友人が風邪&帯状疱疹になってしまい、数日会社を休んでたそうだ。
「ゆっくり休んだせいか、今はすっかり元気になったよ!」と明るい声で言っていた。

うん、そりゃあ・・よかった~。


残業続きの生活をしている人は体を壊しやすくなる。
また、こういった人たちは、ほとんどはマネージャークラス以上で多くを任され責任の重い立場の人たちが多いのだろう。

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ある日、私の会社で働いていた上司に言ったことがある。
彼女もまた、毎日どんでもない時間まで残業し、原因不明の病気で医者通いを続けてる人だった。



「基本的に1日24時間を3つに分け8時間づつ使うことが一番、心身が健康でいられる方法なんだってよ!
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合にね。」



と、言ったところ・・・

「あははは・・・。そんなこと実際に出来るわけないじゃない!」

と、一笑に付されてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ずーーと昔、私が若かったころ、
体を壊すほどガンガン働く!ってことが、ちょっぴりカッコいい!と思ってたことがある。

私の頭の中では、こうゆう図式があった。
              ↓
体を無理させてまで仕事をしようとする=頑張り屋=カッコいい!

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しかし・・今ははっきり思う。

それってただのバカじゃん!
言葉が悪くてすみません。。。


もちろん、「1日24時間を3つに分けて、睡眠に8時間、仕事に8時間、自分の好きなことや趣味に8時間」というのは、一般的な目安でしかない。


人は個々によって違うわけだし、睡眠時間ひとつとっても、短めの方が体調がいい人もいるし10時間寝ないとダメって人もいる。 労働内容も個々に違うわけだし、とうぜん一概には言えないのだ。


中には毎日10時間以上働いたとしても、健康で元気もりもり!って人だっているだろう。
それならば、なーんの間違いない。 その人は正しい選択をしてるってことだ。

だからといって、自分が10時間働いて健康だったとしても・・それを他人に押し付けてしまったとしたら、そりゃまた大バカ野郎だ!(←言葉悪すぎだ~!)


そんなわけで何事も一概にはいえないものだ。

ところが、体調を壊す=病気になる・・・・ということは、必ず何かが間違っているからだと思う。


そして一番悪いことは・・それに気づかないこと!


と、私は思うようになった。


体調不良=病気、というものは、車の警告灯が点灯したような状態だと思うのだ。

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最近の車は、どこかに問題があると・・チェックランプが点灯するようになっていてとってもわかりやすくなってる。
体調不良=病気も、まさにそれと同じで、とっても便利でありがたいものだと思うのだ。


きょうは朝から頭痛がする。

あ、きのうの寝不足のせいだ! きょうは早く寝よう。

または、

あ、こりゃあ風邪気味だな。。。温かくして消化に良いものを食べて早く寝よう。



ま、これで、ほとんどは改善できるものだ。


自分を知ること
まずは、自分の体を知ること、自分の感覚を知ること


それだけで、ほとんどの場合は治ってしまうものだ。



ところが、最近・・自分を知ることが出来なくなっちゃってる人が多いように思うのだ。

警告ランプが点滅してるのに、それさえ気がつかないような人たち。
寒いか暑いかさえも、わからなくなっちゃってる人たち。


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その根底には、昔の私のように・・

「自分の体のことなんかに構ってられっか! 無理して仕事する方がカッコいい生き方だ!」 みたいな思い込みがあるからだろうか?

それとも辛さを我慢することが美徳と思ってるのか?




そして、こういったタイプの方々に限って、辛い症状や病が、有難い警告ランプだとは思わないらしい。

ただ、症状を消すことのみに専念してしまう。


辛い症状=病気=悪いヤツ
少しでも早く治してやるぞ!
やっつけてやるぞ!





少し前に聞いた話だけど・・

風邪にはシロップタイプの小児用ジキニンの一気飲みが早く効く」という話があるらしく、昨今では大の大人が、小児用ジキニンの買い占めをする人が多いんだとか。


アメリカの子供の風邪のために使われる、ホーム・レメディ
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ほんとかよ?と思って、成分を調べてみたけど・・1本分の成分量が大人用風邪薬の1回分相当になっているだけだった。

形状がドリンクタイプだし、水薬の方が即効性があるような気がした人たちが言い出してたのが流行ってしまったんだろうか?


まあ、それだけ・・人というのは噂に弱いってことだし、風評だけでそんな気になっちゃう人が多いってことかもしれない。


もっともプラシーボ効果というのもあるくらいだから、
本人が早く治るというなら、それはそれでいいのかも~(笑)


だけどなあ・・・大人用の風邪薬よりも高額なわけだし・・そんな風評を喜んでくれるのは製薬会社だけだと思うけどなあ~。



多くの人たちは、辛い症状が消えさえすればそれで解決なんだろうか?

症状がなくなる=病気が治る


と思い込む傾向があるのかもしれない。


しかし結局のところ、

自分の体の声に耳を傾けない。
なぜ・・自分が風邪をひいたのか?
どんな生活が悪かったのか?


を無視してしまえば、きっと何度でも同じことを繰り返すことだろう。
結果的には、どんどん下降線をたどることにもなる。


以前、風邪や高血圧といった症状についてのブログをいくつかアップしたことがあった。
    ↓
病気になる(これは私の個人的な日記)

高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ

幽霊にも病気にも強くある方法


いずれも「薬は症状を軽くしたり無くすだけであって根本的な治癒をするのは自己免疫力。薬は無理やり症状を抑えるため、必ずそれによる弊害(副作用)を伴う」ということを書いたはずだ。


すると勘違いする方もいて・・すぐに、こっちの方向に行っちゃう人がいる。。。
    ↓

薬は悪い!
薬を飲んではいけない!
医者にかかってはいけない!
西洋医学は悪い、やっぱり漢方の方がいい!
オーガニックを食べよう!



さっきも言ったように・・


人はそれぞれ違う。
身長体重年齢だって違うように、生活習慣も性癖も体質も好みも仕事内容も、そのときの状況も何もかも。

だからこそ、自分自身で自分を知ることから始めなきゃならない、と思うのだ。


相手のことも知らずに・・どうすべきか!なんてことは言えるはずもない。


また一人の人間でさえ、
時には西洋医学の手術や抗生物質が必要なことだってあるし、また時にはまったく不要なことだってあるはずだろう。


一般的データや数値、ガイドラインに従うことだけで、本当の治療は出来ないと思うのだ。



たとえば、これは降圧剤の話だけど・・

かつては降圧剤は「年齡+90」ないし、160が最高血圧の上限だった。
ところが、140未満までとガイドラインが下がった
そしてさらにアメリカの最新研究が、最高血圧120以下を提唱しだしたそうだ。
      ↓
高血圧治療ガイドライン 120未満に引き下げで「患者」増加

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以前は血圧160以上の人だけが降圧剤を飲んでいたのに、最近では140以上の人も飲み続けることになったわけで、さらに今度は120以上の人に処方することになるんだろう。


そこで多くの患者さんが質問するそうだ。


「先生、今まで血圧140まではいいといっていたのに、新聞では120未満って書いてありました。 どっちなんでしょう?」と。

もう、悲しくなっちゃうほどの・・実に愚問!(笑)


どうして自分で感じようとしないの?
どうして、すべて医者まかせなの?



ショックを受けたりドキドキすれば血圧が上がるのは当然だし、年齢、身長・体重が異なれば血圧だって違って当然。
血圧は体質や精神状態によっても違うのだ。

そもそも・・すべての人を対象に一様にガイドラインの基準値140と決めること自体がヘン?って気がする。。。


これじゃあ、本当は病気じゃないのに、ますます病人を大量生産することに繋がらないかい?
しかも意図的に!
それを・・120にすれば、もっと病人は増え、もっと製薬会社が潤うことになるだろうけどなあ。

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不景気な時代と言われる中で、製薬会社の伸び率がどんなものだかご存じだろうか?

こちらは2015年決算のものだけど、毎年伸び率があるのだ。
売上高トップは武田薬品工業で1兆8074億円。

すでに一兆円の大台に乗っている。

【最新版】国内製薬会社2015年度決算ランキング―塩野義や小野が躍進、海外売上高比率はアステラスがトップ


こちらは世界を対象にしたものだが・・。
   ↓
【2016年 製薬会社 世界ランキング】ファイザーが首位奪還、ロシュが2位に ノバルティスは3位に後退


とくに日本の市場では降圧剤は実によく売れるらしい。
しかも10年以上、死ぬまで飲み続けてくれる人が多いわけだから・・・

血圧が高い → 降圧剤を何年も続ける
→ 認知症の疑い → 認知症の薬を処方される
→ 認知症の薬の副作用が出る → 認知症の副作用を抑える薬を始める

これは、血圧降下剤で病気になる!のブログ記事からの引用だが、まさに、この路線を歩んで最後には脳梗塞を引き起こし亡くなった方を私も個人的に知っているのだ。



同時に、これじゃあ・・製薬会社だけはどんどん大きくなるしくみが出来上がってるよなあ!!と感心?してしてしまったものだ。

もちろん、ここで製薬会社を悪く言うつもりはない。


だって、それを選択するのはやっぱり個人なのだから。
医者の提案に従うのも個人なのだから。



ただ・・自分で考えて決めてほしい!と思うだけだ。

言い換えれば・・自分を知ること、まずは、知ろうとすることだ。

決して一般論やガイドラインに惑わされないこと(自分自身のガイドラインを作ることだ。)




たとえば・・最初に私が言ったように、

「基本的に1日24時間を3つに分けて8時間づつ使うことが一番心身が健康でいられるそうだよ。
睡眠に8時間、仕事に8時間、自分自身の時間に8時間・・という具合に。」


これを言うと、中にはすっごく感心してくれる人がいて・・きっちり8時間づつを実行し続けようとする人がいる。


おいおい!


それこそ、私はただの一般的ガイドラインを言っただけだ!
割り振りは自分で考えて決めるべきなのだ・・・。


あ~、もう・・・だからうっかりしたことは言えないな~、と思うときがある。



それを試しにやってみるだけならばいんだけど、最初から「きっちり8時間にしなけりゃいけない!」って思い込みで続けたとしたら・・

それはただの依存心だ。
自分で考えることを放棄してしまってるということだ。



あ˝~なるほど~、だからこそ、

医者まかせ。 薬まかせ。 子供用風邪薬信奉者までもが、増えるわけかも・・・。



もちろん、こういったことは風邪や高血圧だけじゃない。
がん治療にしても、たとえどんな厄介な病気にしても・・

まずは自分で知ること、そして、どうゆう治療法をするかを自分で決めることだ。




「知ること」と言うと、また誤解があるといけないんで・・ちょっと補足することにしよう。

「知ること」とは・・病気の原因や仕組み、薬の成分などを調べて勉強するってことじゃないのだ。
あ、もちろん、それも良いことには違いないんだけど・・


それより先に、自分の体はどうすれば喜こぶのか感じることだ。

たとえば・・

1日15分のウォーキングがいいカンジ。
7時間睡眠がいいカンジ。
私は6時間だ、
ショウガを食べたら、体があったまって気分が良くなった。
1日、このくらいの水を飲むといいカンジがする。
日光浴すると気分が良くなった。
毎日少しづつカラードグリーンを食べると調子がいい。

などなど。

こういったことを・・全部、自分で探すことだ。

もちろん、最初は他人の話を参考にして試してみることも良いだろう。


ところが、もしも・・それが苦痛だったり、ちっとも楽しくなかったりしたらやめた方がいい気がする。
たぶん、それは自分にとっては違うのだ。


毎日ちっとも楽しくない体操を15分続ける。
体のためだから、自分に鞭打ってまで続けなきゃならない・・
と思ったとしたら、すでにここでアウトだ!と、私は思う(笑)


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たぶん・・体操をしながらつまらない、つらい!なんて感じるとしたら、体操をする前に食生活を変えるとか睡眠時間や睡眠の状況を改善するとか・・おそらく優先してやるべきことが他にあるような気がする。


心が楽しいと思わないことを無理やり続けたところで体のためになるとは思えないし、それは逆効果な気がしてしまう。


まず、そこから知ることだろう。


本当に自分にとって良いことは、

体が心が、気持ちよく感じることじゃないだろうか?

それこそが正解であり、自分自身の健康法だではないだろうか?




それには、

自分の感覚を研ぎ澄ませて自分で探すことだ。
そしてもしも、病になったら、今まで何が悪かったのかも探し出すことだ。



体を大事に出来ない人は心も大事にできない。
そして自分を痛めつける人は、結局他人を痛めつける結果を招く。


それは、自分をちゃんと愛することができない人は人を愛することもできない・・って理屈と同じじゃないだろうか?


・・・・・・・・・・・・・・・

話をちょっと戻して・・

病院通いをしながら、毎日残業し続けていた上司の話。


彼女はもともとすごく頑張り屋で好奇心も強く成績優秀で、何事にも偏見というものを持たないってタイプで私は個人的に好きな人だった。


なので、なんとか生活改善してほしいと思っていたし、かなり心配もしていたのだ。(←だけど聞く耳すら持たないんだよね~)

ところが、彼女は仕事の虫、ワークホーリックの典型@

家に帰ってまで、仕事の事が頭から離れず、ベッドに入ってさえも、急に仕事を思い出して眠れなくなってしまうことが多かったそうだ。


このまま行くと彼女は完全に大きな病気になるだろう・・。

しかし聞く耳を持たない者には何も通じない。



そのうち、

ご主人が急病で倒れた(運よく2-3日の入院で復帰したそうだ)、
次に、家の隣が火事になって自分の家も燃えそうになった。(大事には至らなかったが・・)、
さらに、飼い猫が急病で死にそうになったり(これも運よく1週間ほどで治癒)、
最後に、通勤途中で車が事故(これも大事には至らなかった。)



これが立て続けに起こりだしたのだ。

ああ、こりゃもう! 完全にお知らせ現象だよな・・・と私は思った。



そもそも、原因不明の体調不良で病院通いをしだしたあたりで気づかなきゃならなかったのだ。
それこそまさに、車の警告ランプみたいなものだったんだから・・・。


さすがに、彼女もわかったことだろう・・と思ったのだが、


ところが、彼女は、大バカもの!!(ものすごく優秀な人でNASAで働いていたような人なのに・・)

まだ気がつかないのだ。


大事に至らなくてよかった~、で終わってしまい・・・
仕事人間を、ちーーとも改めようとしない!



ある日のことだ。


急にご主人の家の問題が起こって、ボストンに引っ越さなければならなくなってしまったのだ。

さすがにワークホーリックの彼女も、愛するご主人と離れ離れに暮らそうとは思わなかったらしく、会社を辞めて二人で引っ越すことを決めた。



そのとき、私は思ったのだ。

彼女は何かに強く守られてる人なんじゃないかな?  と。


だって、

原因不明の病気で長く通院することから始まって、ご主人が倒れたり、飼い猫の病気、火事、車の事故と続いてるくせに、どれも大事にはなってないのだ!


しかも、ついに・・・引っ越さなきゃならないことになって、ようやく会社を退社できたんだから。


こーんな大バカ女を、何かの大きな力が守ってるとしか思えないだろう。。。



そういえば・・ずっと前に彼女が話していたことを思い出した。

「私ね、スピリチュアルなこととか信じる方じゃないし興味もないのよ。
だけど、私の母が大きなトルコ石の原石をどっからか手に入れてね、お守り代わりにベッドサイドにおいておきなさい!って。
なんだか、それだけは・・言いつけどおりにサイドテーブルに置いて毎日眺めてるのよ。」



ひょっとしたら、それかな?(笑)


娘を思う強い母心。
お母様は何かの信心があるのか? それとも徳を積んでるような人なのか・・。

そんなことまでは私にはわからないが、おそらく、彼女は何かの力で非常に強く守られた人なのだろう。


しかしなあ・・・

彼女、超・バカ過ぎ~(笑)

どんなに成績優秀で仕事もできる人で現実社会ではエリートだけど・・
現実社会と精神社会では、つくづく違うってことを思い知らされる(笑)



きっと彼女のガーディアン・エンジェルさんは、かなり呆れ果てたことだろうなあ。

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うーーん、こんな幼子だったら・・気が付かないのもかわいいんだけどな~。



「おい!ここまでやってるのに・・まだ気がつかないんかい!」
「なんでそんなに鈍感!なんだ~!  いい加減、きがつけよ!!」 
と。(笑)


でも、結果的に本当によかったな~、と私は思っている。

ルドルフ・ヴァレンチノと天然石の話

呪われた宝石、ホープダイヤモンドは有名だけど、アメリカに、呪われた指輪があることをご存じだろうか?


きょうはそれを紹介してみようと思う。

それは、ルドルフ・ヴァレンチノの指輪

誰、それ?

という方も多いかもしれない(笑)

 この人
  ↓
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Rudolph Valentino、本名:Rodolfo Alfonso Raffaello Piero Filiberto Guglielmi di Valentina d'Antoguolla)フルネームはやたら長い。
(1895年5月6日 - 1926年8月23日)
サイレント映画時代のハリウッドで一世を風靡した俳優

ホモセクシュアルだったという噂もある人だ。


イタリア出身で父はイタリア人で母はフランス人だったそうだ。
若くして父を失い希望する軍隊にも入れなかったことから、フランスに渡りダンサーをしていた時期がある。
1913年、18歳のときにアメリカ、ニューヨークに渡り、主にタクシーダンサーをしながら生計を立てていた。

移民はみんな苦労した時代だったのだ。

タクシーダンサーというのは、まあ、日本風にいえば水商売(笑)
ダンスホールで、ダンスのお相手をするお仕事だが、チケット制で時間が決められていて、客はそのチケットを買わなければならないというシステムになっていたそうだ。

チケットさえ買えば、誰でも何度でもダンスのお相手をしてもらえるので、まるでタクシーみたい!ということで、タクシーダンサーを呼ばれたとか。



当然ながら、男も女も美形でダンス上手であることが条件だったことだろう。
彼もまた、アルゼンチンタンゴの名手とまで呼ばれてたそうだ。


ところが、ある事件をきっかけに彼は、1917年、西海岸のハリウッドに移ることになる。

ルドルフのダンス・パートナーと不倫関係にあった男性がその妻に撃たれるというような事件だったみたいで・・・まあ、夜の世界にはありがちな事件かも。


当時のハリウッドといえば新しい街、そしてサイレント映画まっさかり。

彼もまた、ダンスの腕を買われてサイレント映画に出演することになり・・

そのうち、脚本家や有名女優に引き立てられて出世街道を歩むことになる。
そして、あっと言うまに多くの女性ファンを掴んでしまう。

超・ビッグなスターになってしまった。


当時のアメリカ女性は、エキゾチックな雰囲気がある美形男性にメロメロ傾向だったみたいだ。
(今でもその傾向はあるみたい・・ただし東洋人は問題外、早川雪舟さんだけは例外だったけど。)

イタリア人とフランス人のラテンの血を受け継ぎ、黒い髪に切れ長の目、ミステリアスな雰囲気、しかもアルゼンチンタンゴの名手とくれば・・

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そりゃ~、ご婦人方はたまりませんね~。

役どころも、アラブの族長(シーク)、スペインの闘牛士、ロシア貴族などといった、エキゾチシズム満載のものが多かったようだ。


もっともこの時代の主流の映画は、前回のブログにも書いたようにメロドラマ系が多い。


こんなアラブ人いるわけないだろうに~と思ってしまうのだが・・・ストーリ設定によると、
実は砂漠で拾われたスコットランドの伯爵の血を引く人物だったのだ!ってことになってる(笑)


当時の白人優位主義が見え見え。

まあ、そうゆう時代だったわけだからね~。


1920年、ビッグなスターになった彼が、ある日、サンフランシスコのジュエリー・ショップに立ち寄る。
(正確には・・ジュエリーショップ、質屋、骨董屋だったか、さまざまに書かれているのでよくわからないのだが・・。)

そこで、彼は、ある指輪に目が釘ぎづけになってしまった。

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(実際にこの指輪だったかどうかも不明なのだが・・)

どうしても欲しい!

ところが、店主が言う。

「あの・・実は、これは呪われた指輪というジンクスがあるのですが、よろしいでしょうか?」

なかなか親切な店主だ(笑)


でも、気に入っちゃったし、もう手放せない!!

当然ながら、彼は即購入。

1922年、The Young Rajah(ヤングラジャー)という映画は大コケ。
その後彼は2年間、映画から遠ざかることになる。


今までこんなことはなかったのに~。
ひょっとしたら・・あの指輪のジンクスのせいか?


そう思った彼は、しばらく指輪をはずしていたという。


ところが、

The Son of the Sheik(日本名:熱砂の舞)という映画の中で、彼はこの指輪を小道具として使いたいと提案したそうだ。
(画像を検索してみたけど・・どのシーンで使われたのか? どの指輪だったか不明)


1926年に、その映画のプレミアのとき、彼はその指輪をつけて出席。

そして・・ニューヨークのホテル・アンバサダーにて、彼は突然倒れてしまったのだ。

最初は虫垂炎と診断され大事に至るものではなかったらしいが、潰瘍? がん性腹膜炎? 
(よくはわからない・・。)
とにかく感染症を引き起こし、結果的に他界してしまった。


1926年、8月23日 31歳だった。


彼の死を知ったファンは、ものすごいことになった。

彼の葬儀会場の外には10万人が集まり、二人の女性ファンは病院前で自殺を図るし、ロンドンやパリでも後追い自殺者があったという。

ニューヨークで死去した彼はハリウッドに移送され、今なお、ハリウッド・フォーエバー墓地で眠っている。

彼の死後、毎年命日になると、黒いドレスに身を包んだ美女が1本の赤いバラを持ってセメタリーに現れたという。
実は、これは話題性を狙ったパフォーマンスだったと言われてるけど、その後も、それをマネた女性が毎年現れたそうだ。

いやはや、これほどの人気人物だったってことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、呪いの指輪の話はここからだ。


まず、その指輪の行方を追ってみると、

最初に彼の遺品の指輪を受け継いだのは、彼の当時の恋人だったポーラ・ネグリ(Pola Nergi)

この人も有名な女優さんだ。
    ↓
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指輪を受け継いだあと、急に重病に陥ったという。
しかし、彼女は運よく生還し、それを後の恋人、ラス・コロンボ(Russ Colombo)に譲ったのだ。

シンガーで俳優、しかもバレンチノによく似ているといわれた人
   ↓
RussColumbo-001.jpg

ところが、その数日後、彼は友人の一人の撃ち殺されてしまう。
なんともミステリアスな事件で、故意に起こした殺人ではなく不幸な事故だっとか?
(真相は不明)

次に指輪は、コロンボのベストフレンドだった、ジョー・カシーノ(Joe Casino)に譲られた。

彼はジンクスを気にしたせいか指輪を絶対に触ろうとせずに、ガラスケースに入れて保管していたそうだが・・
最終的には、バレンチノ博物館に譲ろうとして触れたところ、その1週間以内にトラックにはねられて死亡。


やれやれ、なんとまあ不幸な人だ!

次は、

Casinoの兄弟、デル(Del)
彼は、ジンクスなんて全~然気にしないタイプで、実際リングをつけていたし、またバレンチノのコレクターに貸したりもしていたそうだ。

「やっぱりなあ・・呪いはただの気味の悪い偶然が重なっただけだったのだろう」・・・と人々が思うようになった頃のことだった。

デルの家に泥棒が入った。
ジェームズ・ウィリス(James Willis)という男が、まさに、その指輪を盗んでいるとき、警官が飛び込んできて威嚇射撃をした。

しかし、なんとも運悪くその弾丸が彼に命中、射殺されてしまった。


指輪はその後、さまざまな人の手に渡った。


そして、その後のこと
ルドルフ・ヴァレンチノの伝記映画が作られることになった。

彼とよく似た、元スケート選手だったという、ジャック・ダン(Jack Dunn)が主演を獲得するためにスクリーンテストに向かった。
そのとき、彼はヴァレンチノの服を着こんで、例の指輪もつけて臨んだのだが・・その10日後、急に病死。

実に珍しい病気で、ツラレミア(tularemia)という血液疾患だそうだ。
日本語で調べたところ、野兎病(やとびょう)と言うらしい。
   ↓
野兎病

ジャックは、ハンティングが趣味だったようで何度も、野兎を素手で触っていたので感染したのではないか、といわれている。
まだ、21歳の若さだった。


その後、指輪は ロサンゼルス銀行の貸金庫(Los Angeles bank vault)に保管された。
(これは、現在のBank of Americaのことだろうか?)


その1年後、銀行に強盗が入り約20万ドルを盗んで逃走したのだが、強盗団は警察の捜査網にかかってあっけなく逮捕。
終身刑を宣告された強盗が、「もしも、あの金庫に金以外に何が入っていたか知っていたら、他の銀行を襲っただろう。」
と言い残したという話がある。


さて、そこの貸金庫は、2回襲われ、火事が1回、キャッシャーのストライキが1回あったそうだが、今でも、あの指輪は保管されているのだろうか?

それとも、別のどこかに?

・・・・・・・・・・・・・・

以上が指輪にまつわる話なのだが、むろんこれだけじゃない。

ルドルフ・ヴァレンチノの幽霊が出現する話も多く残されていて、

多くの南カリフォルニアのホテル
the Musso and Frank Grillのトイレだとか・・・
DeLongpre Parkの怪事件だとか・・・

もっとも、ロサンゼルスの古いホテルやビバリーヒルズあたりではさまざまな幽霊証言が多く存在する。
マリリン・モンローの幽霊がよく出現するホテルというのもあるし~。
珍しい話ではないのだ。



当然ながら、彼の豪邸Falcon Lairでは、風もないのにドアが開くとか足音を聞いたり・・人影を見たりするのが頻繁に起こったそうだ。

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ところが、彼の愛犬のケイバー(Kabar)はそれが当然のようにふるまい、まるで彼が今でも生きているかのように振舞っていたとか。
(彼は愛犬家で常に何匹も犬を飼っていたそうだ。)

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ケイバー(Kabar)の死後、ペットセメタリーに埋葬されたのだが、なんとケイパーの幽霊話までもある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最初に言ったように、呪われた宝石というのは世界中によくある話なのだ。

得に有名なホープダイヤモンド
    ↓

ホープダイヤモンドは、ヒンドゥー教の寺院の女神像の目にはめられていた宝石で、それが盗まれ、あまりにも美しい希少なブルーダイヤモンドだったために、フランスの王家に渡り、崩壊後イギリスに渡った、何世紀にも渡るような、実にいわくつきなシロモノだ。



おそらく金額をつけられないほどの高価な品でもある。
しかも、巨大なブルーダイヤモンドに紫外線が当たると赤い光を発するという、実に希少なもの。

当然、多くの人々を魅了したことだろう。


いわくつきの石というのは、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ・・といった高価な石がほとんどなのだ。


ところが、ルドルフ・ヴァレンチノの指輪の石は、どうみたって宝石ではない。
ただの天然石!


上の写真をみたところ、(もっともあの写真が確実に本物かどうかも定かではないけど・・)、なんとなく、タイガーアイのような・・
それも、きれいなシャトヤンシーの入ったもののようで、銀細工の部分を見るとなかなか見事だ。
    ↓
シャトヤンシーとは


おそらく、これを見る限りでは、当時のインディアン・ジュエリーのようだ。


しかし、宝石ででもないわけで、当時のインディアン・ジュエリーとならば今ほど高価な値がつくものでもなかったはずだ。
まして・・ターコイズではなかったわけだし~。


どうみたって、超リッチな人物が手に入れたがるようなシロモノではないのだ。
おそらく、現代の我々でも買えそうな値段だったかもしれない。

なのに・・なぜ、彼はそこまで惹かれたのか?


かなりな思い入れがあったのは確かだろう。

悪いジンクスがあるシロモノと聞いてたにもかかわらず、そして実際に映画が大コケしてしまったあとでさえ、
今度は、映画の小道具としてまで使いたがったわけから。

たぶん、並大抵の思い入れではない。



その後、彼の指輪を受け継いだ人々も多くの不幸に見舞われる。
(もちろん、ただの不幸な偶然が重なっただけって見方もあるので、そこは人それぞれ。)

そして、不幸に見舞われても無事だった人もいれば(ポーラ・ネグリは重病に陥っても助かっている)、たった一人だけ、なんともなかった人もいた(Casinoの兄弟、デルは身に着けてもなんともなかった)。
だけど、デルの家に入った泥棒は不幸にも射殺されてしまったんだった。


悪いもの(呪われたもの)を入手してしまうときには、通常、二つ考えられている。
    ↓

◆禍々しいものに引き寄せられてしまった。
◆運勢が下降線になっているとき、それに同調して禍々しいものを引き寄せてしまう。




だいたいにおいて、いわくつきの品物を持つとあまり良い結果にはならないものだが・・
もちろん、そんなものはモノともしない平気な人だっているってことだ。


そうゆう人は、自分の気の方が禍々しい気よりも、はるかにパワーが強いのかもしれないなあ(笑)


怖がってガラスケースに入れて保存するなんてのは、すでに負けてる気がする(笑)
だったら、はじめから入手しない方がいいんじゃないかなあ。。。


手作りのものはすべてにおいて作った人の気が入る・・・と私は思っている。
長年にわたって持ち主が変われば、多くの持ち主の気も込められていくことだろう。

それは良いものを引き寄せることもあるだろうし逆もあるはず。


俗にいわれることだが・・

お買い物をするときは、自分が最高に気分が良い状態で出かけること。

特に質屋や骨とう品店でのお買い物ならば、なおさらだと思う。


・・・・・・・・・・・・・・

一世を風靡した大スター、ルドルフ・ヴァレンチノ
この指輪のエピソードが、なんだか私には印象的なのだ。


参考
The Life, Death, Afterlife, and Curse of Rudolph Valentino

Haunts of the Sheik Spirited Remnants of Valentino

Rudolph Valentino

韓国企業訪問で、韓国ドラマと火病を考えてみる

少し前に、ある韓国系企業を仕事で訪れたときの話だ。
そこは社員10数人の小さな会社。

1時少し過ぎのアポだったが、応接室に通されるとき、ちらっと開け放されたドアから、まだランチ真っ最中の光景が飛び込んできた。

鍋を囲んで食事をしている。
なんと・・私の担当者の女性社員が、男性たちにサーブをしているところだった。

鍋を囲んで・・・、会社のランチなのに???


しばし待たされ、ようやく担当の女性が男性社員二人を引き連れて現れたのだが、またすぐに・・彼女は出て行ってしまった。。。


そして、またもや・・しばし待たされる。

ようやく、彼女は人数分のコーヒーをトレーに乗せて現れたのだ。

ああ、そうか~。
コーヒーを入れてきてくれたのか~。



いまどき、ビシネスミーティングをするのに、わざわざコーヒーを入れて持ってきてくれるような会社ってのは、実に珍しい。


ところが、

彼女は、運んできたコーヒーを自分の会社の男性たちに配っている。

へ?




ようやく私のそばにコーヒーを置きながら、彼女が言った。

「ごめんなさいね。
韓国では男性が先なのよ。」


あ、そうか~。

「知ってるから別に気にしないよ。」 と私。

そうなのだ。

韓国では男性が常に先。
年配者が先。


必ず上下関係がある。

上司と部下の場合はどうなるんだろう?
年長者が先か、役職順なのかは・・ちょっとわからないが。



まあ、順番なんか、私はどーでもいいんだけど・・・
それって、ひどく非合理的でないかい??


このプロジェクトの中心人物の彼女が雑用することで、ミーティング開始が遅れるのだ。
ましてや、ウチの会社はお得意様のはずなのに~。


合理主義のアメリカでは、たとえお得意様であろうともミーティングの際にお茶を出すことはない。

時間がもったいないから!(笑)

せいぜい、ペットボトルの水が置いてあるかベンディングマシンのコーヒー(もちろん紙コップ)だ。
なーんも出ないところだって多いのだ。
    ↓
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そもそも・・「どうしてもウチの会社はお客様にお飲み物を出すのをモットーとしている」というならば、ここは、彼女にくっついてきた男性社員がやるべきだろう。


彼らははっきりいって部外者なんだし、くっついてくるヒマがあったらお茶でも入れてくれよ~、と、私は思ってしまう(笑)


やれやれ。。

せっかくアポの時間どうりに到着したのに・・こんなことで時間が取られるとはなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

遠い昔・・・

昔は日本でも、OLと呼ばれる女子事務員がいて彼女たちの仕事はお茶入れとコピー取り、男性社員の補佐が主な仕事内容だったと聞く。

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子供の頃、近所にいた新米OLのおねえさんが母に、こんなことを言っていたのを思い出した。

「もう、大変よ~。 まずね、大勢いる男性社員のカップを覚えて、誰がお砂糖とミルクを何杯入れるかも覚えなきゃならないんだから。」

           (━_━)

ある意味では、実にいい時代だったのかもしれない。

雑用係として女子社員を雇用できるほど会社側にも余裕があり、まあ、今のように人件費削減と言われない時代だったということだ。


しかし現代、

男でも女でも年も関係ない! 優秀でガンガン働いてくれて会社の業績アップに貢献してくれれば誰でもいいんだ!

飲み物なんか、勝手に自分で入れて飲め!

職場の花? なんだそりゃ!



完全にこうなっった。

実に合理主義(金権主義?)を追究するアメリカらしい考え方だ(笑)


おそらく、今の日本もこれに近いんじゃないだろうか?
私が日本で働いていた会社も、すでに、こうゆう会社ばっかりだったから。。
(地方に行くとさすがに違うのかもしれないが・・。)


ところが、韓国流というのは、この現代においてさえ合理主義(売り上げ最優先)よりも、序列を優先する習慣なんだろうか?

年配者優先、男性を優先・・・というように。


このアメリカであってさえも、韓国企業は自国の風習が抜けないんだろうか?

それとも、たまたま、その韓国企業だけだったのか? 
それはわからない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、ナショナル・ジオグラフィックチャンネルのメーデー!:航空機事故の真実と真相 というドキュメンタリー番組にはまって、さまざまな航空機事故を見たものだったが・・・

そのときにも、Korean Airは頻繁に事故を起こしている時期があったんだ。

その事故原因を調査した結果、、「副操縦士と機関士は事前に危険を察知していたのにもかかわらず、ベテランの機長に遠慮して注意することができなかった」という心理的要因が事故を引き起こした、というケースがあったことを思い出した。


そのときは、つい・・
韓国人というのは、乗客の命や自分の命よりも上下関係の方が大切なのかよ!と、私は呆れかえっってしまった。


いやいや・・韓国人ってやつは!という考え方は、やっぱりいけないよなあ!と、すぐに思い直したのだが・・(笑)

何事も先入観で物事をジャッジしようとすれば偏見につながるだ。



それでも、つい、人というものは・・・

韓国人とは? 日本人とは? アメリカ人というやつらは?
モスリムのヤツらは?



といったように、人間をカテゴリーに当てはめて判断してしまうことが多いように思う。

なんでも分類してしまいたがるのだ(笑)

分類した上で勝手に理解した気になる。



それがもっと細かくなると、

九州の人は? 東北の人は? 関西人は?となるし・・

アメリカだと、南部生まれは? 西海岸のやつらは? ミネソタ出身者は? アリゾナ生まれってやつは?

なーんてことになる(笑)


個でみるよりもカテゴリー化してみようとする傾向があるようだ。
自分も個である人に過ぎないくせに(笑)


それでも、たしかになあ・・・


人というものは自分が生まれ育った地域の常識や習慣を植えつけられて育っていくのはたしかなことだろう。
それが致し方ない、自然ななりゆきってヤツだ。

そして、世界中、習慣、常識、ときには善悪意識さえも違うのだから。


もちろん、韓国生まれで韓国育ちなら、韓国人特有のものだってあるだろう。


じゃあ、韓国人気質というのは?

私は個人的に親しくしている韓国人もいないし、ましてや韓国に住んだこともないのでよくわからない。

身近で見聞きしたことや文献から想像してみるしかない・。



◆韓国といえば、日本で流行っている韓国ドラマ。

日本人が韓国ドラマにはまるわけ(ネットで検索したものを、いくつかまとめたもの)
   ↓

1. ドロドロとした人間関係がわかりすく表現されている。
2. 他人の不幸を見るのが好きな人間の本性を煽るのがうまい。
3. 主人公が泥沼から這い上がる設定に共感を得やすい。
4. 恋愛においては、非常にピュアさ。
5. 出演者の俳優はかっこよく女優は綺麗でかわいい。



さらに、よくあるパターンで・・出生の秘密、シンデレラストーリー、余命宣告、財閥、悪い姑、記憶喪失、不倫などといったモチーフを盛り込むのだそうだ。


かなり前に、ある人から、「このドラマが韓国ドラマブームの火付け役になったんだから、ぜひ見てごらん。」
と言われて、貸してもらったビデオが、「冬のソナタ」というヤツだった。
    ↓
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いやあ、確かにきれいな雪景色で、いかにも~と思うほどの美男、美女で・・

なんだかこれって、

メロドラマなんじゃない??
日本では昼メロ?って言ったんだろうか?




メロドラマとは
   ↓
●登場人物の行動から人生や人間性について深く考えさせるというよりは、衝撃的な展開を次々に提示することで観客の情緒に直接訴えかけることを目的とする。

●扇情的だがドラマの中身が薄いことを指摘する意味で、この語が侮蔑的に用いられることもある。
● 狭義には、メロドラマは19世紀にイギリスを中心にヨーロッパやアメリカ合衆国で流行した演劇のスタイルを指す。



いやあ、まさしく‥メロドロマだ!


しかし、一昔前は、メロドラマはどこの国にもあったわけで、別に韓国に限ったことじゃない。

君の名は (最近のアニメじゃないからね!アニメにも同じタイトルのモノがあるのだ!)
  ↓
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これは、日本でおじいちゃん、おばあちゃんの時代には大ヒットしたんだとか・・・。(私は見たことないけど・・)


巡り合い
  ↓
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心の旅路
  ↓
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カサブランカ
  ↓
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外国版メロドラマの有名どころは、小学生の頃にほとんど見てるなあ。(笑)
(父が外国映画ファンだった影響なのだが・・)

たしかに美男・美女、しかも俳優さんのしぐさもきれいだしカメラワークもきれいで、まるで一枚の絵をみるように美しかったのを思い出す。


ただなあ・・私は個人的に、韓国メロドラマは好きにはなれなかった。

陰湿なイジメがあったり、やっぱり上下関係があってじっと耐えている姿なんかをみると・・
すっきりできない・・ドロドロ感が残ってしまうのだ。

なんか・合成着色料と合成甘味料をたっぷりの甘いお菓子を食べた感覚なのだ。



しかし、なぜだろう?・なぜ日本では大人気なのだろう?

同じメロドラマならば、古い日本映画だって洋画だってあるのに・・・。

韓国ドラマには日本人が共感する何かがあるのだろうか?
日本と韓国?

うーーーん。

・・・・・・・・・・・・・・・

もうひとつ、

韓国しかないものを思い出した!


◆火病 (ファビョン) 英語名ではHwabyungと呼ぶ。

これは、朝鮮民族特有の文化依存症候群の一つといわれている。 

つまり、いくら韓国ドラマに共感を覚える日本人にもない、朝鮮半島独特の病気らしい(笑)


また、心窩部に塊がある感覚、胸が苦しく火傷をしたような痛みを伴うことから、火病と呼ばれるのだとか・・・

Wikiによれば、火病とは、抑鬱した感情を発散せず、抑制した中で起こる神経性的な火(鬱火)によって現れる全ての症状
と説明されていた。

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うつ病の一種ともいえそうだけど・・

原因は、一言で言うと、「極度に怒りを我慢して溜め込む事によって起こるストレス性の障害」だそうだ。


もともとは、中年女性に多かった病気で、特に社会経済的に低い階層の者、地方在住者、離婚や別居をしている人、引っ込み思案で弱気なタイプに見られたそうだが、

最近では、男性にも、また若年層にも増えつつあるとか。


原因としては、いくつかの社会的要因があげられている。

●長年中国の「千年属国」という、圧政に苦しまされて来た奴隷の歴史から、朝鮮人には強いストレスが蓄積し、それが病気となり遺伝子に刻み込まれ後世へと伝えられたのではないか?

●封建的な韓国過程において、女子は生まれながらに家族の一員とは数えられないこともあり、男子を産まない母親は家を追い出される例もあった。
このような社会背景から、女性は言葉や行動による怒りの表現を禁じられ忍従を強要されてきた。




最近では、地方の貧困女性ばかりでなく発病しているらしいし、また、韓国はうつ病も自殺も多い国だ。
   ↓
韓国の自殺者数


さらに、男子は19歳~29歳の間に約2年間の兵役義務が課せられているそうだ。
噂によると、そこではかなりのイジメがあるらしく必死に兵役逃れを試みる若者が増えているんだとか・・。

また、かなりの競争社会とも聞く。
子供のころからの英才教育、有名校への進学は必須という意識が強くなってるそうだ。


そりゃあ、若年層だろうが、男性だろうが・・ストレスは溜まることだろうなあ。


ひょっとしたら、韓国人が唯一鬱積しているものを発散できる場は、スポーツしかないのかもしれない。


日韓戦

日本なんかぶっ潰せ~、と(笑)

職場でも家でも常に年長者をたてて何も言えない若者たちの怒りの発散の場だろうか?(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本は韓国ブームで、韓国語を習得しようとしたり韓国旅行も増えたそうだが、韓国では根強い反日感情があるようだ。


慰安婦像の問題などをみていると・・精神的な部分でいまだに太平洋戦争が終らない人たちもいるのかもしれない。

しかし、旧日本軍の統治を受けて悲惨な目にあってるはずの・・・台湾は親日だったりする。


その違いはどこから来るんだろう?


なんだか・・そこに、国家レベルで意図されたような・・洗脳らしきもの・・を感じてしまう。

実際に戦争を知らない世代の子供に憎しみを植え付け、戦争体験者に恨みを助長させるように意図されたものを。



洗脳といえば・・すべての人は、まず洗脳されることから始まっているのかもしれない。

影響か洗脳か?(笑)

先に述べたように・・
世界中、習慣、常識、ときには善悪意識さえも違うのだ。


しかし・・そこで生まれた子供は、その地の常識、その家庭の常識に従って育てられる。
善悪意識も植え付けられたものだ。


しかし・・だんだん成長していくにつれて、
「あれ? なんだか自分は他の人とは違うような・・、なんだか、心から馴染めないような・・」

という違和感をひそかにおぼえるようになる。


それが自然な姿なんじゃないかな。

おそらく、そこから人は、それぞれの自分自身の道を模索していくようになる。

植え付けられたものではなく、自分で考え、感じた道、自分自身の世界を作り上げる。


さもなければ・・心も体も病むことになる。


自殺者が多い国、精神疾患が多い国というのは、おそらく・・
心の奥底で「こりゃ!違うぞ!」と気がついているのに、無理やりそこに自分を押し込めようとする人が多い国(または地域)
、といえるかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひょっとしたら、日本における韓国ブームもマスコミに煽られて作り上げられたブームかもしれない(笑)

TVや雑誌が毎日のように、古き良きアメリカブームと題して、アメリカの古いメロドラマばかりを取り上げたら、そっちのブームになったかもしれないし、また、昭和初期のレトロブームを意図的に作り上げることだってできるだろう。
なぜ、韓国を取り上げたのかは知らないが・・・。


ようは、ファッションブームと同じで、「作られたもの」という気がしてしまうのだ。


それも一種の洗脳ではないかな?


それを洗脳と呼べば、世界中の人すべてが洗脳から始まるのかもしれない。


最初は、その土地特有の、植え付けられた常識の中で生を受け育ち、成長しながら、だんだん自分を見出していく。

きっと、それこそが成長するということかもしれない。


そうであれば・・

そうやって成長していった人々を、カテゴリー化して判断しようとすることが実に愚かなことに見えてくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


韓国企業でミーティングが終わって帰るとき、担当の彼女に聞いた。

「あのさ、ひょっとしてランチのときって、いつもみんなで鍋を囲むの?」

「まさか~。 鍋をするのはせいぜい10日に一回よ~。
支度や後片付けが大変ですもん。」


う! 
10日に一回もするんかい?



もしも・・私が韓国で生まれ育ってたら、今頃どうしてたのかな~?と、想像してみた。

たぶん私は、きっと今と同じ場所で同じことをしているような気がする。

おじいちゃんたちとヒーローの話から「悔いなき選択」

ある日のこと、日系人のおじいさん3人に混じってマンガについての会話することになった。。。
なんなんだ~、このシチュエーション???


おじいさんA: 「最近の日本では、どうゆうマンガが流行ってるんだい?」

と、こちらに住む日系人のおじいさんAに聞かれた。


「あまりにもいっぱいあって、ジャンルもいっぱいあるから・・・いきなり言われてもわからないよ~。」


「それじゃあ、鉄腕アトムのような・・ああいったヒーローものでは、どうゆうのがあるんだい?」


手塚治虫ファンだったのかな?(笑)  このおじいさんは、91歳なのだ。。。


「うーーん。。。戦うヒーローもの?といえば・・・進撃の巨人というマンガで、今アニメにもなってるヤツがあるよ。」


おじいさんB: 「それは、どうゆうヒーローが出てくるんだい?」


「いや、ヒーローと言っても、たった一人のカリスマ性のあるヒーローが活躍するっていう、従来のパターンとはちょっと違うかな?

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架空の世界が舞台で、人類が生き残るために巨人たちと戦うというストーリーなんだけどね、

いちおうヒーロー、ヒロインというのは設定されてはいるようだけど・・・それぞれの登場人物のすべての物語とも言えるし・・・従来のパターンのように、カリスマ的ヒーローが戦って、美しきヒロインを守るっていう古いパターンの漫画とは違うよ。」



おじいさんC : 「なんだ、そりゃ・・マンガか! 漫画はしょせんマンガさ。 今の若いやつらは、そんなもんばっかりしか見ないから、バカが多いんだ!」



おいおい!
だから・・最初からマンガの話をしてたんだってば!!



「いや、そうとは言えないと思うよ。
このマンガの熱烈ファンらい人のサイトがあってね。

マンガの中で、ほんの小さく書かれたような絵や表情、言葉などから伏線となるものをピックして、考察しているサイトがあるんだよ。
それを見ると、なかなか鋭いものがあるし、実に研究熱心なのがわかるよ。」


こちらの考察サイト
     ↓
進撃の考察



「たとえばね、登場人物の名前や固有名詞から、それが・・北欧神話に由来するものだとか、語源はドイツ語で、どんな由来の言葉かまで考察したり、建物の形状から考察したり・・

そうそう・・登場人物のアッカーマンという名前から、アッカーマン関数との関連性を探ったり・・こりゃ、数学だし・・アッカーマン関数とは原子再帰的なんだそうだよ~。
(←よくわかってない私。)


また、登場人物の構成についても・・、”この人は、死ぬことで完成する役割で登場する人物”だろう・・とか・・こんな深い考察は、バカな人には出来ないことだと思うよ。


私は、Die Flügel der Freiheit.(ディ フリューゲル デァ フライハイト 自由の翼)というドイツ語を、ここで初めて覚えたしね~(笑)
実に勉強になるんだよ。」


おじいさんA・B・C揃って 「へええ、そりゃ、すごいもんだなあ~。」


「そうゆうのを日本では、オタクと呼ぶんだけどね~。
ひとつのことを徹底してやる人のことだよ。」



A: 「ほおお・・なるほどなあ。。。What one likes, one will do well.っていうもんなあ。」


ん? ああ・・好きこそもの上手なれってことか~。



B: 「学校の勉強が出来て優秀な成績を取って卒業したところで・・そんなもんは大人になる前に忘れちまうってことだよなあ。
俺もそうだったけど・・きっと、好きなことから学んだものは、いくつになっても忘れずに血となり肉となるんだろうよ。

あとで、動画サイト教えてくれよ。」



やれやれ。
おじいちゃんたちは、ヒマしてるからなあ。。。


「ところで、皆さんが若い頃のヒーローものというと、どうゆうのがあったの?」


「アメリカだったら、フラッシュ・ゴードンだな。」

   ↓
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「西部劇のヒーローだったら、もちろん、ローン・レンジャーだ。」


あ、それなら・・知ってる。

賢い白馬に乗って、ハイよー!シルバーって声をかけるヤツだ。。。(笑)


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「いやいや、日本だったら、ハリマオだろうよ!」


ハリマオ?
どっかで聞いたことがあるような・・?

私は、その程度しか知らない。。。

「知らないなあ・・それって魁傑ゾロみたいな人?」

Zorro cavallo


「知らないのかい? こーんなカッコしてたんだぞ。」

     ↓
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なんだ? この頭に巻いてる布?


「ゾロはメキシコがスペイン領だった頃の話で、そこでスペインの傍若無人な役人や兵士共の圧政に戦うのがゾロだっただろう?」


「ところが、魁傑ハリマオは、マレーの話なんだよ。」


「マレーって、今のマレーシアのことだよね?」
・・と私。


「マレー半島と思った方がいいな。 昭和初期に、そこで実際に活躍した人物なんだよ。」


「え? 実在の人物だったの?」

一番左の人だそうだ
   ↓
tani yutaka sister


おじいさんたちの話を総合して、Wikiで調べたものを総合したものがこちら
    ↓

●ハリマオというのは、谷 豊(たに ゆたか)さんという日本人で実在の人物

●幼少のとき、当時イギリス領だったマレー半島に移住し、マレーの文化の中で育った。

●いったん日本へ帰国したものの、どっぶりマレー文化で育った彼は、ムスリムに改宗して、ムスリム名「モハマッド・アリー・ビン・アブドラー」となる。

●当時、現地のマレー人に対し、力を持った華僑がちが傍若無人なふるまいを続けていた。
実際に妹が斬殺される事件が起こった。

●それ以来、マレー人の友人たちと徒党を組み、主に華僑と戦う盗賊団になった。

●マレー語とタイ語が堪能で、日本人と思う人は少なかった。

●太平洋戦争がはじまり、日本陸軍の諜報部員になる。

●30歳でマラリアで生涯を終える。
最後まで、白人の作った薬は飲まないと拒否し、現地の伝統法だった、サイの角を粉末にしたものを薬として飲んでいた。



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ひょっとしたら、当時の日本陸軍にいいように利用された人という見方もできるかもしれないし~、

また、当局がハリマオとして宣伝することによって「戦争のために人々の士気を煽ることを目的」に、作られたヒーロー像だった可能性も高い。


とにかく、マレーの虎、ハリマオという異名をとった人だ。
ハリマオとはマレー語で虎という意味だそうだ。


彼がどんな人物だったかはわからないが、

少なくとも言えることは・・

彼は最後まで一貫してマレー人として生きた人のようだ。
なんせ、ムスリムになっちゃうくらいだから。

ムスリムといえば、中東諸国を思い浮かべるけど・・そういえば、現在のマレーシアもムスリムが非常に多い国だ。


ハリマオの谷さんは、国籍は日本人として生まれているけど・・

国籍や生まれは関係なく・・そういったことはすべて本来、自分が選択することなのかもしれない。


また、

盗賊? 義賊?
諜報部員だったのか? 革命家?
政治犯かヒーローか?



そんなものは見方によって変わってしまう・・・ということを、つくづく実感させられる。


ロビンフッド(伝説上の人物)、鼠小僧(実在の人物らしい?)、カストロやチェ・ゲバラ(実在)、ウィキリークスのアサンジさん(実在)
元CIAのスノーデンさん(実在)・・・(笑)


必ずといっていいほど、歴史上の混乱期にはこういった人物は現れる。


彼らは見方によっては正義の味方のヒーローかもしれないし、ただの犯罪人、ただのお騒がせ野郎、大悪党かもしれない。
真実なんてわからない。


これは、進撃の巨人のマンガからの、ある会話の抜粋部分。
     ↓

この世に真実などない。
それが現実だ。
誰だって、神にも悪魔にもなれる
誰かがそれを真実だって言えばな。

それもあんたの真実か?
残念ながら、それは事実だ。



真実、現実、事実・・の使い分け方が面白い。。。


結局のところ、

その人がどんな信念を持って何がしたいのか? どう生きたか?しかないわけで、

あとは・・それを他人がどう思うか?

というだけで・・色々と外野陣が、それぞれの思い込みでジャッジするだけのことだ。


それだけのこと。


それならば、せめて悔いなき選択をするしかないんだろう。(笑)



どれが正しい選択で、どれが誤った選択なんて・・結果なんて誰にもわからないのだから。



それならば・・

そのときどきで、

自分の悔いなき選択をすることが一番なのかもしれないなあ(笑)

野生動物の異種間交流と聖書の言葉から

「最近はとくに、凶悪事件やら、戦争とかテロのニュースばかりだよなあ。
なんか、こう、ぐぐっとくるような心温まるニュースってのは、ないもんかなあ?」

と、友人が言った。

あるわけないじゃん!


いや、私が見たヤツで、ひとつあったな~。


ノルウェーに住む、写真家のTorgeir Bergeさん愛犬、Tinni(ティ二)と野生のキツネのSniffer(スニファー)がベストフレンドになっているという記事。

あるとき、バージさんがティ二を連れて森に散歩に行ったとき、一匹のキツネとばったり出くわした。

なぜか、愛犬とその狐は意気投合。

それからずーーと、2匹はこの森で会うたびに、いつも一緒になって冬も夏も広い森の中を元気いっぱいに遊び回る。

こちらがその写真

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バージさんは、このキツネにSniffer(スニファー)と名づけた。

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寒い雪の日も夏の日も。

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二匹はいつも一緒。

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なんなんだ? この仲良しぶりは?(笑)

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バージさんは、彼らの交流を見るたびに、いつも写真を撮っている。

そして、こんなコメントを載せていた。
    ↓
「犬とキツネは行動や性格が似ているところがあって・・・、スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」

https://www.thedodo.com/fox-and-hound-are-real-life-best-friends-1169549384.html




キツネと犬というのは、そもそも天敵のような関係だったはず?
キツネ狩りには犬を使うわけだから。。。


それに、

野生動物は食べることと繁殖すること・・のみで生きている・・それが野生動物なのだ

だから、人間のように遊びのための遊びはあり得ない・・とされてきた。
(つまり、子供同士の遊びに見えても、獲物を獲得するための狩りの練習に過ぎない・・という説)


もしも、この説が正しければ、絶対に野生動物には異種間の交流なんてありえないだろう。


ところが、どう見ても・・この二匹は一緒にいるというだけで幸せそう。


そういったことに気がついて、もう、ずいぶん昔に、この説に対して反論を唱えていたのが、羽仁進監督だったのだが・・・

今では、なーるほどなあ・・と、思っている。


異種間の交流と言えば・・

もちろん、キツネと犬だけでない。


野生のホッキョクグマと仲良く遊ぶ犬だとか、フクロウと仲良しのネコだとか、びっくりするような組み合わせが多く報告されている。


なぜなのだ?

エサをもらえるわけでもないし子作りに貢献できるわけでもないのに・・つまり、お互いに利害関係は無いのだ。
そもそも、利害関係から彼らの心理を探ろうとすること自体が、人間の大きな間違いではないだろうか?


すでそこに、重点を置いて考えてしまいがちな、悲しい人間の性。


理由は何もないよ。
ただ、お互いに幸せだから・・・



それだけの理由すら理解できない人間の方が愚かなのかもしれない。

そして、我々は・・野生動物のことすら、いまだにわかってないのかもしれない。



私は友人とそんなことを話し合った。

「それにしても、ほのぼのするような良いニュースってのは、みんな動物がらみのばっかだよなあ。
人間のニュースは、最悪なのばっかだもんなあ。 これじゃあ、人間嫌いになっちゃいそうだ~。」

と、友人が言う。


「ほんとだよねえ・・サリン空爆に報復して米軍がシリア攻撃をしたとか・・そんなのが一面のトップニュースだったりすると、うーーんざりだよ。」

「そもそも、報復ってのはおかしいよ! しかもアメリカ国家が堂々と報復するってのはさ。
アメリカは、昔っから、国家の中枢に登れる人は、WASP(ワスプ)のみって言われてきた国なんだよ。」

注: WASP(ワスプ)とは、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(英語: White Anglo-Saxon Protestant)」の頭文字をとった略語のこと


「たしかにそうだよね~、 オバマさん以来、ホワイトというのだけは完全に変わったけど・・いまだに、ムスリムは国家中枢機関にいられないだろうしね。」

「だろ? そのプロテスタントの国家中枢が、堂々と報復のための戦争なんて言葉を使うこと自体が大きな矛盾なのさ。」


「でも、歯には歯を! 目には目を!って言葉があるからOKってことなんじゃないの!」

「それは、聖書を読んだことが無い人の誤解だよ。」



おっと、そうだった・・。。。


目には目、歯には歯
出典はハムラビ法典とされているし、また、旧約聖書にも同じ言葉が記されている。

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目には目。歯には歯。手には手。足には足。やけどのはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。
(旧約聖書 出エジプ記21章24-25)



これは、復讐することを奨励する言葉ではなくて、まったく逆の意味なのだ。


紀元前の、この時代の律法では加害者に罰を与えることが出来たわけで・・
ただし、そのやりすぎを案じての但し書のようなものだったらしいのだ。

たとえば、加害者が被害者の片目を潰したとする。
被害者側は超怒りまくって・・今度は加害者の両目を潰した上瀕死の重傷を負わせてしまったとする。

こりゃあ、明らかにやりすぎ。
こんなるともう、被害者の方がもっと凶悪な犯罪者だ。




だから、もしも片目を潰されたなら、片目だけにしなさいよ・・という意味だったそうだ。


そして、こちらは

マタイ伝
   ↓
「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 
しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」
新約聖書 マタイによる福音書 5章38~39節

http://www.christ-hour.com/archive/detail.php?id=93より




こちらは、

パウロによるローマの信徒への手紙からの抜粋
       ↓
愛する人たち。自分で復讐をしてはいけません。神の怒りに任せなさい。
それはこう書いてあるからです。「復讐はわたし(神)のすることである。
わたしが報いをする、と主は言われる。」
(新約聖書 ローマの信徒への手紙 12章19節)



古代の律法でも行き過ぎた報復は禁じられていたし、キリスト教が誕生後は、完全に報復はするな!と言い切っている。


うっ! 
そうなると・・・少し前に流行った、倍返しって言葉があったけど・・・これって、完全に現代の報復を象徴するような言葉なのかもなあ。。。



それにしても・・・

昔からキリスト教国だったアメリカって、なんなんだよ?
ちっとも聖書、読んでないじゃんか!@@


ひょっとしたら、復讐するは我にあり=我=神=アメリカ

と・・超・おバカな勘違いでもしてるのだろうか~?


そうでなければ、国家が堂々と、「報復のため」なんて言葉を公言できるはずもないだろうから。
それで、納得しちゃう国民もまた、真のキリスト教徒ではないってことになる。


「だけどさ、そこはほら・・・大人の事情ってヤツでさ・・聖書で正しいことはわかっていても、世の中、そうはいかない事情ってのが大人にあるって言われるだろ? そうやって、みんなが納得しちゃってるんじゃないかな。」

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「それこそ・・詭弁でしかないね~。
大人の事情ってのは、ほとんどが利害にまつわることだもんね~。
それじゃあ、子供に正しい道なんて示せるわけないし・・いずれは、みんな大人になっちゃうことを考えると、お先真っ暗だよ。」



「仲良しワンコとキツネの方が、ずっと神に近い存在だよね~。」


「そうだね、逆に、自称・敬虔なキリスト教徒と言ってる人のほうが、ずーーと神の世界からは遠い場合も多いのかもね~。」
愛よりも利害関係を先に考えるのが大人だとしたら・・・悲しいよね~。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先ほどのワンコとキツネのニュースで、ワンコの飼い主で写真家のバージさんが、

「スニファーのような多くのキツネたちが、毛皮を採るために捕獲されて、ケージに入れられていくことを考えると、ひどく胸が痛んでしまう。」とコメントしてたけど、


下記のビデオは、「子ぎつねが捕まって毛皮工場のゲージに入れられていたところを助けた」人がアップしたビデオだ。

こーんな小さなキツネまで毛皮にするために殺すのか・・と、私は初めて知った。。。
そりゃあ、たしかに子ぎつねの毛の方が柔らかいだろうし、上物だろうけど・・。



この子キツネは、助けてもらった人の家で、犬たちと一緒に飼われているらしい。
今では犬とも子供とも仲良くなって、とってもステキな表情をしている。 (1分程度のビデオなんで、どうぞご覧ください。)
     ↓




こんな子ぎつねを殺してまで毛皮にする人もいれば、それを買う人もいるってことだね~。

(そうゆう私も、子供の頃にはキツネの襟巻を持ってたし、若い頃はフォックスコートを持っていたことがあるのだが・・。)


しかし、今は思う。

唯一、動物を殺して食べたり毛皮にすることが許される人々は、厳しい自然環境で生きる原住民だけだと。

彼らは、命がけで狩りをして獲物を捕獲して食べ、また、極寒の冬を乗り切るために毛皮を得る。
そして、それを感謝と共に頂く人々のみが神から許されるのだろう、と。



そう思うと、子ぎつねを捕獲する毛皮工場も、それを身にまとう人々も・・・なんと、あさましい。
神の世界からは遠い人々だ。


だけど・・一方ではそれを救う人がいることも事実だ。

私は、まだまだ・・人間嫌いにはならないだろう。(笑)

WW3(第3次大戦)というワードが検索サーチで最もヒットしたとき

現在、Google検索で最もヒット数が多いのが、WW3(第3次大戦)だそうだ。

こちらのデイリーメール(イギリスでもっとも古いタブロイド紙)の記事から
   ↓
http://www.dailymail.co.uk/news/article-4405550/Google-searches-World-War-3-hits-highest-level-ever.html

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他にもこんなサイトや、

http://michaelbaisden.com/google-searches-world-war-3-hits-highest-level-ever-recorded/

こんなサイトもあって、

http://www.spiritualresearchfoundation.org/spiritual-research/global-issues/world-war-3-predictions/?gclid=CjwKEAjwrMzHBRDW3saA88aT80MSJACbvo1TcZsWAqBKxIswu33atWe9rd938rIAnZ9CBQzdM3CmOBoCb3Tw_wcB

まあ、無理もない。

4月4日にシリアでサリンガスが使われ、多くの子供を含む一般市民が殺害され、

4月6日、トランプ大統領がシリア、59発の巡航ミサイルをシリアの空軍基地に向けて発射

4月12日、AFP通信との単独インタビューで、化学攻撃など「100%でっちあげだ」と反発した。
     ↓
アサド大統領、シリアによる「化学攻撃」は「でっちあげ」 

ロシアとイラン側は、さらなる攻撃があった場合は「武力で応える」と表明

さらに、トランプ大統領は、空母打撃群(CSG)を朝鮮半島に向かわせた。

当然、金正恩はトランプを厳しく非難する。

それに対し、トランプは、北朝鮮が問題を起こそうとしているからだ!反論し中国にも介入を求める




それぞれの国々が緊張状態に入ってるわけだから。

しかも、第二次世界大戦のときとは、武器も戦力も格段にアップしている。

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4月13日、トランプ政権は史上最大の爆弾とされる大規模爆風爆弾、通称MOAB(モアブ)を、アフガニスタンに投下した。
これは、テロ集団のISILを叩くため。



MOAB(モアブ)というのは、全長9m、総重量10トンの最強、爆弾だそうだ。
もちろん、こんな巨大なモノ、戦闘機ではムリ。
   ↓
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たぶん、多くの人が疑問に思ってることだろうけど、

●誰がサリンガスを使って攻撃をしたのか?

今のところ・・明確な証拠は何もないのだ。(最終的に誰もが納得できる証拠なんて出てこないだろうけど。)

しかも・・化学兵器を使い、しかも一般人を殺害すれば、世界を敵に回すことになることは明白なのに・・・。

なのに・・なぜ?

とにかく、トランプは、いたいけな子供たちが殺された映像を見て。すぐにシリア攻撃を決意したそうだ。。。
(なんだか・・いかにも!と思わせる嫌なカンジが漂う。)
完全にシリアだと断定した行動・・ということになる!


そういえば・・911の後、イラク戦争に発展した時、ブッシュ政権による理由は、「大量破壊兵器を保持しているから」という理由だった。

で、結局は・・それらしきものは何も出なかった!

私の母、ただの直感だけで生きてる母は、当時も、「そんなものあるわけ無いわよ!」とあっさりと言ってたっけ(笑)


なんだか、今の時代とも、ちっとも変ってないような・・。


唯一、プーチン政権とトランプ政権が一致してることは、ISIL(イスラム国)の撲滅のわけだけど・・

そもそも、
●ISIL(イスラム国)はなんのためのもの? 誰がバックアップしてる?

ただのテロリスト集団ならば、それほどの資金源もないはずで、すぐに大国に撲滅されちゃいそうなはずなのに・・なぜか、いまだにそれが実行されない。

豊富な資金源、武器はどこから流れているのか?・・というのが疑問。

このような記事もある。
    ↓
「イスラム国」とは何か?


そして・・・

●誰がなんのために世界大戦を招こうとしているのか?


戦争が起こる背景には、経済的な問題(大不況)というのがよくあげられるわけで、これは確かに事実だと思う。
第一次大戦の原因も世界的に同時不況の時代に入っていったという背景もあったわけだし・・また、第二次大戦は、最初の第一次大戦で経済破綻に追い込まれた国々(特に悲惨だったドイツ)に起因してることも多いわけだから。



でも、

もっと深いところで、なんらかの別の意思が働いているような気がする(もちろん、これは私の個人的なもの。)


そんなことを言いだすと、

じゃあ、誰が?
何の意図で?
世界をどうしたいわけ?


なんてことになってくるわけで・・だんだん、陰謀論めいた方向へ進んでしまいそうになる。

たとえば、イルミナティーだとか、フリーメイスンだとか・・・結局、こういった存在は、あまりにも一般人には計り知れない、大きな権力なので、結局のところは、陰謀論ということ一括りにされて終わってしまう。


今回のことにしても、誰がサリンガスを使って攻撃したのか?も、わからないわけだし、ISILを誰が支援しているのかも?
わからないわけで・・。

そんなことを言えば・・911は誰が起こしたのかも?いまだに、正式発表はされてない。
(また50年後には発表されるのかもしれないけど。)

ひとつだけ、誰にでもわかっていることは、

世の中には大きな力が働いて解明できないことがいっぱいあるということだ。


そうったものは、すべて・・陰謀論というカテゴリーに押し込められるのだろう。


現在のところ、トランプが大統領になったからシリアを攻撃した・・という見方が大多数のようだけど・・
「たとえ、ヒラリーが大統領になっていたとしても同じ結果になっただろう。」という見方もまたかなりの数あるようだ。

なぜか私も、そう感じる。(もちろん根拠は何もない。ただ・・そう思うだけ(笑)


一人の大統領の影響だけでなく、もっと大きな何かに突き動かされている、という気がするから。
大統領ですら動かされている。


安倍総理は、米軍によるシリア攻撃について、いち早く「トランプさん!シリア攻撃、僕、大賛成!!アンタは偉い!!」と言ったとか・・

あ、違った!「トランプ米大統領の強い関与を高く評価している」だったかな(笑)

むしろ、この人の方が、ちっとも何にも動かされてない気がしてしまう。
自分自身のとっさの思いでモノを言える人、言っちゃう人?かな?
(いや失礼。言い過ぎか?)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今この状況で世界第三次大戦が起こったしても、不思議はないだろう。

私たち世代が知らないだけで、日本だって第一次大戦や第二次大戦を経験してきたわけで、第二次大戦では悲惨な戦争体験をした人々だっていたのだから。

平和な世界なんて、ある日簡単に崩れる。

たとえ、周囲を頑丈な壁で囲って平和を維持したところで、それが100年続いたところで、ある日突然崩壊することだってありえる。

カルカソンヌの城壁都市(人気漫画「進撃の巨人」の舞台では?とも言われてるらしい)
      ↓
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ただ、多くの人が思うのは、天変地異で死ぬのは諦めがつくけど人為的な戦争で殺されるのには耐えられない、ということらしい。
しかし、大災害でさえ、人為的な自然破壊の結果生まれたもの、と考えられなくもない。

どこまでが人為的か天変地異か偶然の出来事なのか・・そんな境界線すらわからないのだから。


私たちが出来ることは、感じることだけだ。

世界第3次大戦というキーワードを検索した人が多いということは、それだけ、多くの人が「戦争による不安」を感じているからだろう。


ネガティブな何かがどんどん大きくなると、海のうねりとなって、いつかは巨大な波となって押し寄せる。
海にいつも波があるのはなぜ?

世界は、そんなふうに出来ているのかもしれない。

そして、わたしたちはその波を構成する、一粒の泡のような存在かもしれない。


今でも、どこかで戦争が起こっているということは・・・異常な精神状態になっている人々がいっぱいいるということだ。

恐怖で逃げ惑う人々、肉親を殺されて怒り狂う人々・・これは被害者側だけど、
逆の、攻撃を仕掛けた人たちも、また狂気なのだ。


ちょっと気分が悪くなるような写真だけど・・。
      ↓
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https://www.quora.com/What-do-Americans-think-about-the-atomic-bombing-of-Hiroshima-and-Nagasaki#!n=66

第二次世界大戦時のアメリカ兵たち・・・たぶん日本兵の髑髏らしい。

3人とも満面の笑顔で・・もちろん後悔の念なんかない! 
お国のために正しいことをしたと思っているから。

そう思わなきゃ、戦えない!
人は殺せない!


もちろん、こんなことは・・どこの国でも同じことだろう。
参加させられる当事者は、あえてでも、自分を保つために狂気に変身しなければならない、ということだ。

ネガティブな波は、大きくなって地球のどこにでも届く。

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世界を巻き込むことになる。


一抹の不安でも、多くの人が思えば思うほど大きくなって、不安色の波が押し寄せることになる。


・・・・・・・・・

ま、いざとなったら・・私はネコを抱えて、逃げられるだけ逃げるだけだ。
新たな「試練の旅、冒険」と思うことにしよう。

そう思う他、ないだろう。



そう言ったら、

キミは、本当に戦争の地獄絵図のような悲惨さを見てないからだよ!と怒られた。

確かに・・私はナマでは見ていない。

でも、経験の無い者を怒ってどーすんだ?

「じゃ、どうすればいいと思う?」と、私が聞くと、

「誰にもどうにもならないんだ!地獄を見るだけなんだから!」



そんなネガティブな回答は聞かなかったことにする(笑)

そして、

地獄の中でも希望のかけらを探してやる~!
絶対、ある!!
と、思っているから。

スターウォーズとジョーゼフ・キャンベルの世界観

「今年また、スターウォーズが公開されるらしいな。やっぱり見なきゃな。」
と、ある中年男が、にんまりしながら言っていた(笑)

スターウォーズかあ。

スター・ウォーズ(Star Wars)といえば、ジョージ・ルーカスが作った映画シリーズだ。 正確にいうと、スペースオペラと呼ぶらしい。

タイトル通り、宇宙戦争(Star Wars)を描いた、今までで最高の部類に入るSF宇宙モノといえるだろう。

大ヒットを飛ばし、グッズやゲーム、本までもが売れたんだから。 
あるときはグッズの売り上げだけでも、映画の興行収入の2.5倍、約1兆円も売れたとか。

こんなに儲かった映画なんだから、まさに、笑いが止まらない!!


日本でも大ヒットを飛ばしたわけだし・・もちろん私もスターウォーズは全シリーズを何回も見た。

そりゃあ面白かったから(笑)

今までにないCGを駆使した映像の壮大さ、華やかなアクションとストーリー性に釘付けになったものだった。

また細部に渡って考え抜かれた衣装や髪型、宇宙船のデザインや小道具、音楽、カメラワーク、CG技術など、どこに注目しても優れていたと思う。

まさに、派手でエンターテイメント満載のハリウッド映画
ビッグな商売人、ジョージ・ルーカスに脱帽!


と思ったものだ(笑)

ストーリーといえば、正義の味方と悪者が登場して、最後は完全懲悪のいかにもアメリカらしいパターンだろう!

お決まりのパターン!
いかにもハリウッド映画だろうなあ・・と思って見始めたのだが・・・



ところが、見ていくうちに、
びっくり!

ストーリーを通して東洋的な哲学思想が流れていることに気がついたからだ。


そもそも、ジェダイの力の源とされるフォース

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生まれつきフォースに敏感な者は、目には見えないこのフォースの「流れ」を感じ取り、更にそれを制御して自由に操作することが可能である・・・と、Wikiにまで説明されてる(笑)


ようするに、これは東洋で言うところのエネルギーのことじゃないか!・・と、たぶん日本人ならすぐに気がつく(笑)


そういえば、こんなシーンを覚えているだろうか?

Planet Dagobah(惑星ダゴバ)でルークが、沼に沈んでしまったX翼戦闘機を引き揚げようとするんだけど、出来ないのだ。
ルークはまだ若くて未熟者だからね~。

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そのとき、ヨーダがルークに言う言葉がこれ
  ↓
Life creates it, makes it grow. Its energy surrounds us and binds us.
(生命がフォースを作り育む。フォースのエネルギーは、ワシらを囲んで結びつけるのだ。)

You must feel the Force around you.
( お前の周りにあるフォースを感じなさい。)


Here, between you, me, the tree, the rock-everywhere.
(ほらここに、お前とワシとの間にもある。その木との間にもその岩との間にも、あらゆるところにあるのじゃ。)

Yes, even between the land and the ship.  
(そうじゃ。あの戦闘機と岸の間にもあるのだ。)


ルークは、そんなあ・・。無理に決まってんじゃん!とふてくされ顔。
立ち去ろうとするルークをしり目に、

ヨーダはフォースを使って戦闘機を岸まで運んで見せる。

えええ!!
I don't believe it.(し、信じられない!!)

と、ルークが言う。

そして、ヨーダが言う。
That is why you fail.
(信じられないからこそ失敗したのじゃよ。)



フォースは人にも木にも岩にも・・どこにでもある、という考え方って・・・
「神羅万象は気から作られている」という東洋思想と同じじゃないか!

と、そのとき、私は思ったものだ(笑)


これが、アメリカのハリウッドの娯楽映画なのか~?



ついでだから、スピリチュアル的なセリフをいくつか抜粋してみよう。


Our meeting was not a coincidence. Nothing happens by accident.
●出会いは偶然ではない。 偶然に起こることなんて何もないのだ。(さだめなのだ。。)


最愛の人を失う恐れに悩まされているアナキンがヨーダに尋ねるセリフ
    ↓
But you can't stop the change, any more than you can stop the suns from setting.
●運命は変えられないの。夕日が沈むのを止められないように。


うう・・なぜか切なくなるような・・おしゃれな表現。


以下はヨーダの言葉
   ↓
Death is a natural part of life.
●死は生きることの一部でもあるのだ。


まさに、死生観?


Fear is the path to the dark side. Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering.
●恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じるものだ。


●Careful you must be when sensing the future, Anakin. The fear of loss is a path to the dark side.
未来を感じる時は用心が必要なんだよ、 アナキン、喪失への恐れは暗黒面につながるのだ。


●But beware of the dark side. Anger, fear, aggression. The dark side of the Force are they.
フォースには暗黒面もある。怒り、恐怖、敵意 。それが暗黒面だ。



●Is the dark side stronger?
暗黒面の方が強いの?


●No, no. Quicker, easier, more seductive.
いや、そうではない。 入りやすいのだ。
(素早く、たやすく、そしてひきつけてしまうものだ。・・・という意味で。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、目隠ししたままだと戦えないというルークに対して、オビ=ワン・ケノービが言うセリフ
   ↓
●Your eyes can deceive you. Don't trust them.
目が見えるとかえって惑わされる。
(目はおまえを欺くものだ。 見えるものを信じるな。)


まるで武士道のような。。。
目に頼って見るな。感じろ!ということか~。



ルークがヘルメットで目を覆ったまま光線をはね返した際、ハンが「まぐれさ」と言うのに対して、

●In my experience, there's no such thing as luck.
経験上、成功にまぐれなどない



これもまた、剣道の極意のような・・
   ↓
●Judge me by my size, do you?
わしは小さいから弱いか?


yoda fighting

●No different. Only different in your mind.
サイズは何も違わん。そう思い込んどるだけだ。


たしかに、剣道を究めめたものは、体の大きさや若さでもなかったよなあ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ライトサイドとダークサイドをどうやって見分けるの?」という問いに対して

●You will know, when you are calm, at peace, passive.
自然に分かる。心を平静に、無の境地にひらけば。


・・・・・・・・・・・・・・

ハンとレイアが苦しむ未来を見てしまい、彼らの安否を尋ねるルークに対して

●何とも言えん。未来は絶えず揺れ動くものだ。
Difficult to see. Always in motion is the future.


未来は決まってなんかいない?


こちらは、ルークにフォースの解説をするときのセリフ
    ↓
●It’s an energy field created by all living things. It surrounds us and penetrates us. It binds the galaxy together.
生命体が作り出すエネルギーの場で、銀河全体を覆い貫き、銀河系すべてを結びつけているのだ。


●Luminous beings are we, not this crude matter.
生命は光り輝く存在だ。肉の塊ではない。


・・・・・・・・・・・・・

こうやってみていくと、まるで、スピリチュアルのオンパレードのようなセリフばっかりだ。
まさしく、そこには東洋哲学思想が流れているかのようだ。


スターウォーズには、原作本というのは存在していない。
あくまでも、ジョージ・ルーカス自身の感性から生まれてきたものだ。



アメリカ西海岸生まれの彼が、どうやって、そんな感覚を習得したのだろう?

子供の頃からジョージは、大のSFファンで、車大好き、コミック大好き少年だったという。

そして、彼が大きく影響を受けた人は、Joseph Campbell(ジョーゼフ・キャンベル)だった、と本人自身も語っている。



ジョーゼフ・キャンベル : アメリカの神話学者、文学者、講師、比較宗教学者で、アメリカ人にとって、従来の宗教を離れて精神世界を模索しようとする人々たちにとっては、バイブル的存在とも言われている人。



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右側の言葉は、こんな内容→あらゆる宗教はどれも真実だ。それを暗喩的に理解するならば真実なのだ。
しかし、それを事実として自分自身の暗喩や解釈としてとらえてしまえば問題になるのだ。



キャンベルさんは、子供の頃、ネイティブ・アメリカンの工芸品を見たのがきっかけで、すっかりネイティブ・アメリカンの文化に魅了されてしまい、ネイティブ・アメリカンの研究をするようになったそうだ。


それから神話研究の世界に入っていったという。

こちらに彼の名言集がある。(なんとなく、これを見ただけでも彼という人がわかることだろう。)
    ↓
ジョーゼフ・キャンベル名言集


ジョージ・ルーカスは、ジョーゼフ・キャンベルの影響を受けた。
そして、ジョーゼフ・キャンベルは、ネイティブ・アメリカンに影響を受けた
ということは・・・

こりゃあ、東洋哲学思想と言い切れないようなあ~、と気がついたのだ。


東洋哲学思想=ネイティブアメリカン哲学

そもそも、この2つは、ひどく類似点が多い。

神羅万象に気が宿る

この底辺にあるものからして同じなんだから!
場所も人種も違うのに?



そう考えると、別にこれって、東洋独自のものではなかったのかもしれない、と思えてくる。
本来、世界中の人間の根源に流れていたものかもしれない。



ただ・・
西洋文明の方が先に進んでしまったために、多くの西洋人が忘れてしまった感覚だった・・というだけのことかもしれない。


ふと、そう、思ったのだ。



キャンベルさんは、最初にスターウォーズをみたときに、「私はスターウォーズが大好きだ」と公言したそうだ。
これは、神話の「英雄伝説」を完全に体現している、と言ったそうだ。

そりゃ、そうだろう。

そもそも、キャンベルに心酔したジョージ・ルーカスが作ったわけだし。




キャンベルさんによると、神話の「英雄伝説」には、同じ行動パターンがあるという。

彼自身の名著「千の顔をもつ英雄」にも述べられている。
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「英雄とは困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」


スターウォーズの中で言うと・・

ルークは地味に農作業の手伝いをしている青年だった。
ある日、ジェダイの騎士と出会う。

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ルークはジェダイの騎士と共に新たな世界へと飛び出す。
さまざまな困難を乗り越えながら、多くを学び、強大な帝国軍、悪の化身ダースベーダーと壮絶な戦い。

ルークは多くの試練や苦難を乗り越え、ついに悪の帝国をうち倒す。
そして、ルークは彼を待つ仲間のもとに帰還する。




ハン・ソロもまた、別のタイプの英雄だろう。
     ↓
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う、若かったよなあ・・ハリソン・フォード(笑)

まるで海賊のようなならず者。
自分でも、「正義のため、なんぞ・・クソくらえ!俺は金のためにしか働かないぞ!」って言い切る男。


ところが結局、相棒のチューバッカと共に命がけで人助けをしちゃう男。





人間というのは、面白いものだ。

いざとなったとき、普段はとっても良い人だったのに、人を押しのけてまで自分だけ助かろうとしたりしたり、また逆に、普段はワルのくせに、いざとなると、人を助けちゃう人いるのだから。
(飛行機事故で絶対絶命のピンチに陥ったとき、乗客がシートベルトで動けない子供を踏みつけて我先に脱走した話もあった。可哀そうな子供は踏みつけられて死んだのだった・・。)


まさに、スターウォーズからのセリフを借りれば、
恐れはダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ通じる」だ。


恐怖心は、品行方正の善人ですら、あっと言うまにダークサイドに落としてしまう。。。


ところが、ふだんは悪人と言われている人でも、英雄的行為をしてしまうこともある。


むしろ・・そういった人の方が魅力的なのかもしれない、とくに・・女性にとっては。(笑)
ふだんは悪ぶってるくせに、いざとなると・・勇気・正義の塊になる男ってヤツに。


ならず者のハン・ソロと気の強いレイア姫、生まれも育ちも違う二人。
当然のごとく、いがみ合う2人。

レイア姫が、「これからは私の命令に従って」 と言うと、

I take orders from just one person…me! 「俺に命令できるのはこの俺しかいねえ!」 と、ハン・ソロ。



ところが、この二人が恋に落ちるのに時間はかからない。

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それにしても、ハリソン・フォード、めっちゃ若い!



たしか最初の大ピンチのときに、レイア姫が、I love you! と告白すると・・
ハン・ソロは、I know..知ってるさ。・・・と応える。

また別のシリーズの中で、ピンチに陥ったとき、
今度は、ハン・ソロがI love you! というのだ。
すると、レイア姫がI know..わかってるわ。と応える。

こういった見せ方も、ちゃんと心得ている(笑)

なかなか盛沢山の映画だ。




もちろん、スピリチュアルなセリフだけでなく、こんなのもある。

●Twice the pride, double the fall.  
自信が増せばその分挫折も大きくなる。

●All who gain power are afraid to lose it. Even the Jedi.
力を得た者はそれを失うことを恐れる。ジェダイさえもだ。

●I should think you Jedi would have more respect for the difference between knowledge and wisdom.
ジェダイには「知識」と「本物の知恵」の違いに敬意を払ってもらいたい。

●The more you tighten your grip, Tarkin, the more star systems will slip through your fingers.
力で締めつけるほど反乱は広がるわ。(手で強く握りしめればしめるほど、手からすべり落ちていく)

●The day we stop believing democracy can work is the day we lose it.
民主主義を捨てる日は、民主が滅びる日。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、スターウォーズ・・・英雄伝説、大叙事詩。

2015年の公開からは、ルーカス・フィルム(ジョージ・ルーカスが設立した会社)から、ウォルト・ディズニー・ピクチャーに権利が移っている。

このお馴染みのロゴの映画会社だ。
    ↓
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とにかく、ウォルト・ディズニー会社が権利を買い取ってしまったのだ。


そのため、ジョージ・ルーカスの意見はほとんど無視されて製作されたとか。

2015年に、完成したスター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)を見たとき、ルーカスさんは、ひどくがっかりして、こき下ろしたそうだ(笑)

もちろん・・すぐに謝罪を入れたそうだけど。


そりゃそうだ!
さらに、バージョンアップして、大成功を収めたんだから。
世の中、金がモノを言うのだ(笑)

評判も賛否両論でまっぷたつに分かれるとか・・。



実はこの作品に限っては、私はまだ見ていない。

その後の、ルーク、ハン・ソロ、レイア姫も、登場してくるんだとか。(まるで往年のファンを楽しませるための企画か?)

でも・・こんなに変わった3人を、あまり見たいとは思わない私だ(笑)
   ↓
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(左から、レイア姫、ルーク、ハン・ソロ)

おそらく・・ディズニー映画になってから、東洋哲学=ネイティブアメリカン哲学や、登場人物の深い心理的葛藤など・・そういったメンタル面が希薄になってしまったのかもしれない。
その分、もっとエンターテイメント性を増したのかもしれない。

もっとも、私は見ていないんだから・・これは、ただの私の想像に過ぎない。


1977年 スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
1980年 スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲
1983年 スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還

1999年 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
2002年 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
2005年 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

ここから、ディズニー映画になる。
       ↓
2015年 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)
2017年 スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)
2019年 未発表(エピソード9) コリン・トレヴォロウ



まあ、それは・・それでいのかもしれない。

別に、旧作のルーカス作品にしたって・・
精神性や人間心理の機微に感動を覚えた人もいれば、そんな部分はまーーたく気がつかず、大活劇のエンターテイメント性に感動した人もいたことだろう。


それでも・・ジョーズ・ルーカス & ジョーゼフ・キャンベルの感性は、彼らの無意識の、心の深層部分に刻まれているはずだから。

哲学思想なんて、なーんも知らない子供の心にも、何かが残っているのかもしれない。


なんだか知らないけど・・ヨーダってカッコいいんよな~って言う子供もいるくらいだから(笑)


心に残る映画というのは、そうしたものかもしれない。


ジョーゼフ・キャンベルの英雄伝説のように、
「困難なものに人生を賭けて挑戦しそれを成し遂げる者」

みんな、そうなるべきなのかもしれない。


あ、そういえば・・もうひとつ、ジョーゼフ・キャンベルの言葉があった。
   ↓

僕たちは「世を救うという華々しい英雄」ではないにしても、
英雄たちと同じように、自分の内部における精神的、心理的な旅をしなければならない。

世界を救う旅路ではなく自分を救う旅に出かける。そうすることであなたは世界を救うことになります。
いきいきとした人間が世界に生気を与える(神話の力 より)




そして、スターウォーズで、何度も出てくるフレーズ。

May the force with you.
フォースと共にあらんことを!


まずは・・自分の気も、周囲の気も・・「感じること」から始めなければならない。(笑)

物語から見る「歳を経て霊力を持った動物たち」

知人の家のネコは、22歳だという。
写真を見せてもらったところ、とても22歳とは思えないほど若々しかった。

こちらは、ニュースに載っていた長寿ネコで24歳のお誕生日の写真だ。
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Daily Newsの24歳のネコの記事から

知人のネコは、これよりもはるかに若々しくて12-3歳程度にしかみえなかったけど・・
まあ、人間同様それぞれだ。

それに・・・22歳くらいで驚いちゃいけない。
たしか、クリーム・パフというネコは38歳まで生きたそうだから。
Creme Puff (cat)

たぶん、こんな時代も
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こんな時代も
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経てきたことだろう。
飼い主さんと共に。

ちなみにネコの寿命は、少し前までは10年くらい、と云われてきたけど、今では15歳くらいまでに延びてるそうだ。


ネコに限らず、稀に、はるかに平均寿命を超えて長生きするものがある。


それが自然界の動物の話となると、
〇〇池に住む大蛇だとか、山の中に何百年も生きている大鹿だとか、妖魔と呼ばれる大狐だとか・・

そんな話は古今東西いっぱいあって、そのうちオカルトチックに扱われたりして、なんだかもう、胡散臭い話に思われたりもする。
でも実際のところ、平均寿命を超えて超長生きした個体もいたはず。

ネコだって、平均寿命が10年だとか15年と言われてたって、その倍以上も生きたネコがいるくらいだから。
もちろん寝たきりで延命治療を施した長生きとは別のことだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、いくつかの話を思い出した。
これは小説や物語の話なんだけど・・まんざら、フィクションとも言えないような気がしたのだ。

◆巨大な鯉の話

これは池波正太郎さんの、いわずと知れた鬼平犯科帳の「大川の隠居」という話から。

鬼平といえば、極悪の盗賊どもをバッタバッタと退治するような派手なアクションのイメージだけど・・この話には、まったくそんな派手な捕り物シーンも登場しない、地味~な話だ。

元盗賊だった老船頭の舟にたまたま長谷川平蔵さんが乗せてもらう。

おそらく、こうゆう舟のことだろう。
    ↓
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日本橋の南詰から江戸橋へ出て渡り、思案橋のたもとの船宿加賀屋に入る・・と書かれていたので、そこは、かなりの、昔の繁華街だったはずだ。

現在の日本橋あたりか?・・まだ埋め立てられず、江戸の下町、大川(現在の隅田川)が流れていた頃、
タクシー代わりに船宿に頼んで舟を使ってた時代の話だ。

思案橋あたりから、遊郭のある吉原に行くか、それとも芝居小屋の多い堺町に行くか思案したんで、思案橋と名づけられたと古い住人から聞いたことがある。
どっちにも行ける要所だったってことだろう。


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http://satueitai.exblog.jp/20777125/


舟宿というのは、舟の手配をしてくれる他、釣り舟の手配、料亭&居酒屋のような社交場も兼ねていて、さらに男女のあいびきにも使わてたとか。

江戸は縦横に河川や運河がめぐらされていて、べネツィアにも匹敵する水運都市だったため多くの舟宿が存在してたそうだ。

池波正太郎さんの時代物を読んでいると江戸の情景がリアルによみがえってくる。・・ただの想像なんだけどね~(笑)
江戸の料理だけでなく、四季の風物詩も満載されていて・・タイムスリップした情景が浮かんでくるのだ。
行ったこともないくせに~(笑)

夜、長谷川平蔵は友人と舟宿で料理と酒を楽しんだあと、また大川に舟を出してもらい途中で一服していると・・・老船頭のところに、巨大な鯉が姿を見せる。

老船頭は言う。
「あれは大川の隠居なんです。 大川の隠居が現れた次の日は必ず雨になりますよ。いくら今、月が出てたって雨なんです。
隠居は、わしたちの声もちゃんと聴き分けてるし、こうやって呼びかけにも応えて、たまに姿を見せてくれるんですよ。

隠居、もう行くのか~。じゃあ、またな~。」


と、古い昔馴染みにでもあったような声をかける船頭。

長谷川平蔵は、巨大な鯉にびっくり仰天。
ちらっと見せた鯉の目は、まるで・・鯉の目とも人の目ともつかないような・・・と感じる。

「いやあ、しかし・・実にいいものを見せてもらった。」と彼は思う。


私はなぜか、このシーンがとても印象的で、鯉の寿命ってどんなものなんか?と調べたのだ。

●コイの寿命は平均20年~70年、それ以上の個体も存在する。
●鯉は雑食で、貝類、水中昆虫、水草、土中の有機物質を食べ、大きいものは153センチで45キロという記録もある。
●長寿のものは210歳になった記録がある
(もっとも、これは天然の鯉の話で養殖の鯉は別、特別な餌で太らせたり手をかけるので短命だそうだ。)

実際、こーんなのもいるくらいだし・・
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雑食でたくましく汚れた水の中でさえ生きられる鯉は、鯉の滝登りの伝承から鯉のぼりにもなったそうだ。
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ちなみに、登竜門とは、鯉が滝を登って龍になるという故事から作られた言葉だそうだ。

そうすると、この大川の隠居の描写も、充分に実際にありえるかも!

●もしも、興味のある方は、ぜひ‥小説でお読みください。
TVドラマシリーズの中にも、「大川の隠居」があるんだけど・・ストーリーもエンターテイメントに作り替えちゃってあるんで・・。

または本を朗読したものを、YOutubeで見つけたのでこちらを
      ↓
鬼平犯科帳・大川の隠居




さて、もうひとつ池波作品で思い出したのは・・


◆狐の話

これは、剣客商売というシリーズのひとつなんだけど・・・やはり、悪者退治の派手な話ではなくって、やっぱり地味系。

剣術大好きな男がいるのだが、この人、めっちゃ弱い!
ところが、ある武家の娘と恋仲になって・・二人で添い遂げようとするものの悪者連中に狙われて二人で逃げ回る日々。

もう、二人で死ぬしかないのか・・とまで思い詰めてると、
そこに、昔々、その男の恋人によって命を助けられたことがある、という白い狐の化身があらわれる。

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その狐の恩返しの話なんだけど・・それほど甘い話ではない。

狐の化身が言うには・・

「私の大恩あるお嬢さんを助けるために、あなたに乗り移ってあなたを強くしてあげます。
ただし・・私が乗り移れるのは3年だけ。 その3年の間に、あなたは死に物狂いで剣術の稽古をして本物の、天下無双の剣客になってください。」

その狐はもう、すでに死んでいる。 しかし死んでから霊狐となって、今では伏見稲荷の狐になっているのだが、二人のことを心配して姿を変えて江戸にやってきたんだという。

それから彼は、人が変わったように稽古に励む。

ふと・・道場で彼のすさまじい稽古ぶりを見ていた秋山小平(剣客商売の主役で、剣の達人の老人)が、道場の片隅にたたずむ何かの気配を感じとる。

はて? 何も見えないのだが・・何かがじっと彼の稽古を見守ってる様子。
しかも、なんだか人の気配とも違うような・・しかし、何かが、たしかにそこにいる気配だが・・。


修行を積んだ剣客ともなると、以前にもアップした記事、武士道と刀のスピリチュアルにも書いたけど、
見えない気配(気)を感じる能力もずば抜けてくるようだから。

それは、剣の達人となった老人、秋山小平だけが感じ取れた気配かもしれない。

狐という動物は昔から霊力を持つとも言われてる。

妖狐


●この剣客商売もTVドラマ化されて「狐雨」というシリーズも入っているんだけど・・また、これも原作とは違う内容になってしまっている。
最後のオチで、狐の恩返しやら狐の霊の話は、恋人の娘が彼を強い男にするための作り話だった・・と変えられてしまっている。
地味な話をエンターテイメントのドラマにするには、それも仕方ないんだけど・・やっぱり、原作の小説をお勧めする(笑)




◆ヒキガエルの話

アマガエルなら、ちっちゃくてグリーンでかわいいんだけど、ヒキガエルとなると、ちょっとなあ~。
いぼいぼがあって毒を持つというし・・なにより色が汚い。

だけど、されど・・ヒキガエル、これがまた不思議な力を持つと言われてたようだ。

ヒキガエルが式神となって登場してくるのは、夢枕獏さん、または、岡野玲子さんの漫画の中の 陰陽師シリーズ「蟇」(ひさ)という作品。

蟇という漢字は、がま、とか ひき(ヒキガエルのひき)と読むらしいけど・・ここでは、ひさと読ませてる。


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さて、本題の蟇(ひさ)の話だが・・。

応天門に妖(あやかし)が出て怪異があったというので、安倍晴明と友人の源博雅が調べに行くことになった。
866年に応天門の変が起こった。応天門が放火された事件だ。

その裏には藤原一族と名門・伴氏の足の引っ張り合いが潜んでいたらしいが、いわゆる政権争いだろう。
最終的には伴氏が真犯人とされて、一族は死罪にされたり流刑されたりして、ことごとく処罰された事件だった。

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そのとき、伴氏が宿敵に呪いをかけるために使ったのが、流刑の地の佐渡から持ち帰ったヒキガエル(蟇)だった。
怨念を吸いこんで相手に災いをもたらすようにして、甕に入れて土に埋める。

ところが、うっかり・・呪詛を見られてしまったために失敗し、逆に伴氏が失脚することになる。


この物語では、安倍晴明が伴氏に起こった事件の真相を探り、最後に蟇が埋められていた甕を発見する。

すると・・・ぴょーんと甕から飛び出したのだ。
干からびて死んだはずの蟇が雨水を吸って、自ら生き返った。

博雅が言う。
「人の目をしてるぞ!
気味が悪いから、捨ててしまえ!」

「いやいや、これは人の気と歳経た蟇の気が練り合わされたとっても強いものだ。
めったなことで手に入るものじゃないぞ。」


と、安倍晴明さんは嬉しそう。

持ち帰って、その後、式神として使うようになるのだが、今度は美しい昔の装束の女性となった姿で現れるようになる。

こんなふうな、唐風の奈良時代を思わせるような式神だった。

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http://komurovski.blog.fc2.com/blog-entry-27.html



そもそも天安門事件が起こったのは、866年
安倍晴明が生まれたのは、921年とされてるから、そのとき、晴明が30歳だと計算しても・・85年も生きてることになる。

この蟇は少なくとも・・・百年以上は生きてる!ってことだ。


ヒキガエルというのを調べ見ると、日本神話で神様とされている。
    ↓
多邇具久(たにぐく)

たにぐくと呼ばれていたそうだ。

万葉集その三百六十八(谷ぐく=ヒキガエル)によると、

「谷ぐく」とはヒキガエル、いわゆるガマの古名で、「谷間を潜(くく)り渡る」
あるいは「谷間の陰湿地に住んでククと鳴く」ことに由来するとも言われている。



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そのほか、こんな記述もみつかった。
    ↓
●万葉集にも登場しているし、夏の季語として、「蟇/蟾蜍(ひきがへる)」「蟾(ひき)」「蝦蟇(がま)」が使われるそうだ。

●大槻文彦の「言海」には、蟇(ヒキ)は「気によって小虫を引き寄せて食べる蛙という伝承」の記述がある。

●漢籍においては、「蟾蜍(せんじょ)」は兎(ウサギ)とともに文字色月の象徴。月中蟾蜍。
夫の羿を裏切って一人で不老不死になろうとした嫦娥と言う仙女の伝説が由来である。

●日烏と呼ばれる3本脚のカラスが太陽を象徴したのに対して、月には陰気の動物であるヒキガエル(蟾蜍)またはウサギ(月兎)が棲むとされた。


●東アジアの美術にしばしば登場するモチーフである。「蟾蜍」の名はまた、文具の「水滴」の別称にも流用されている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ、物語に登場する、信じられないほどの長寿な動物の話はいっぱいある。
(おっと・・狐の話は、すでにこの世のものではなかったけど・・。)

これは、私がたまたま気に入ってる、3つの話をあげたまでだ(笑)

そのほか、大鹿、大蛇など・・数えきれないくらいある。

ただの物語とはいえ・・いづれの作者も古い伝承や文献からヒントを得て書いていることを考えると・・まったくあり得ない、フィクションとは言い切れないように思う。

いずれにも共通することは、

超長生きしてる
霊的な力を持っている


ということなんだけど、

長生きした結果霊的な力を持ったのか、霊的な力を持っているから長生きができるのかは不明。
両方とも同時でどっちも!言えることかもしれないし~。

自然の中に生きて人間と関わらない動物でさえ・・・晴明さんが言うように・・人の気を吸って生きたことで霊的なパワーを持つようになるのかもしれない。

スピリチュアル的表現をすると、自然霊が宿った生きもの、または、人の霊が宿った生きもの・・・になっているのかもしれない。


だから、
「人の目をしている」・・のだろうか。。。
いやいや、たしかに動物の目には違いないんだけど・・なぜか、まるで人のような表情を持つ目に見える、ということだろう。

そうやって年を経た自然の生きものは、人々の守り神になるのか、それとも邪神となるのか?

時と場合によって・・また、関わる人によって・・彼らはどちらにでもなれる存在という気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、家庭で飼われたペットたちは、また別だ。
家族の中で特定の人の中だけで、年月を過ごしてきたわけだから。


それでも・・かなりの高齢になって白内障を患っているようなペットですら、

見えない目で、じっと見つめられるとき、
まるで人間のような目をしてるな~って、感じるときがある。

以前私も、年老いたネコに、「大丈夫だよ。わかってるから。。。」
と・・・言われた気がしたことがあった。(←そう、思い込んだだけとも言えるけど、私としては、今でもそう思っている。)


別に寿命が短くても長くても、それが幸か不幸かなんてわかりようもないし、また、どっちがいいとも悪いともいえないわけだけど・・

それでも、異常に長生きしているものには、まるでヨーダに対するような・・・ゆるやかな畏敬の念を覚えてしまう私だ。

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星を見ることから始まった占星術と天文学

これは、Mono Lakeという場所の夜空、ミルキーウェイの写真
       ↓
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カリフォルニア州の北、ヨセミテの方角でほとんどネバダにも近いあたりだとか。

こっちもカリフォルニア州、California Coastal National Monument
      ↓
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先日休暇を取ってナショナルパークへ出かけた人から、夜空の星が大きく美しいのに驚いたって話を聞いたばかり。

そうなんだろうなあ・・・。
しかし、都会で星は見えない。

都会で星が見えない理由は、

●都市部の夜間照明
●空気の透明度の低下

だそうだ。

スモッグがあって、夜でも明るい街中では星なんか見えないだろう。


スモッグといえば・・これは、上海の大気汚染された街並みだそうだ。
   ↓
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まるで、濃霧に覆われた朝みたいじゃないか~。

私の住んでいるところは、比較的朝晩、霧が発生する地域なんで・・・たまに、早朝、こんなカンジになることもあるのだが・・
しかし、霧ならば晴れるけど、大気汚染となると、こりゃ、たまったもんじゃない!

中国都市部では大気汚染のために視界がゼロに近くなり、飛行機が着陸できないことさえあるという。


これじゃあ、星どころじゃない。


さて、満点の星空の話に戻そう(笑)


「実に美しい星空だったよ~。
古代の人もこうやって星空を眺めたのかと思うと、悠久のロマンを感じるよなあ。」


と、その人は言ったけど・・・
古代人、星空、悠久のロマンなんて言葉を聞いて、ふと、古代の天文学と占星術のことに思いを馳せた。


昔々、天文学と占星術が一緒だった時代。

古代の人々は、天体を眺めて観察しているうちに、地上で起こる天変地異や人々にも影響を及ぼしていることを知ったのだろう。
そこで、さらに観測し、天体の動きを予測することで、地上で起こることも予測しようとした。。

それが、天文学であり占星術であったそうだ。

英語でいうところの、
天文学を astronomy (アストロノミー)
占星術を、Astrology (アストロロジー)
 

と今では区別されてしまったが、

両方に共通する接頭辞のアストロ(astro)というのは、古典ギリシア語の astron という意味だそうだ。





紀元前の昔、高度な文明を持っていたといわれてるとこがある。


その有名どころは、

シュメール、メソポタミア、マヤ、など。


その文明が、インド、エジプト、東アジア、ギリシャなどに渡っていくことになる。


しかし・・・すべての文明の発端は、「星をみること」から始まったのだ。


夜は真っ暗だった時代、寝ないで夜空を見続けた人がいたんだろう。
(きっと、どの時代にも人と違うことをするタイプはいただろうから。)

じーーと観測を続けていると、ある星が周期的な動きをしてることに気がついた。


あれ~? いつも、あの花が咲くころにあの星はあそこにくるし~、あの鳥が飛んでくる時には、あの星はあそこにいるなあ~なーんてことに気がついて、

まず、星が周期的な動きをしてるらしい?、というところに気がついて、
どうゆう周期で動くんだろう? あっちの星はどうだろう?
じゃあ、次には、どこに動くんだろう?

星の周期に焦点をあてて観測、さらに次の動きを予測しようとしたようだ。


同時に、そこではじめて、時間という概念が生まれた。

そう、我々が当たり前のように思っている、時間だって、古代人の星の観測から生まれたものだ。


そうでなければ、愚かな人間たちは、明るくなって朝がきて起きて食べ物を探す。だんだん暗くなって夜になったから寝る・・・なんだか知らないけど、そうゆうものなんだよなあ~、と生活してただろうから。(←まるで現代人とほぼ一緒(笑)


ところが、星を眺めて色々と考えた人たちがいてくれたおかげで、
天体の周期を知り、季節、時間、というものを知るようになり、暦を作り出すまでになったのだ。

暦というのは、現代人にとっては、ただのカレンダーで、「きょうは何日?」を知るくらいのものだろうが、古代人にとっては画期的なものだった。
雨期や乾季の時期を知り、農耕がはじまれば種まきの時期を知り・・・どれだけ、人々の生活に役だったことだろう。

そして、どれだけ文明を発達させていったことだろう。


その証拠に、数々の建造物が残されてる。
正確な天体の動きを理解していなければ、こんなものは作れないだろうから。


◆ストーンヘンジ(イギリス)
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https://twitter.com/sekakenpr/status/745051281769672704

紀元前3050年頃から紀元前1600年頃にかけて築かれた巨石遺跡。祭壇石を中心に、30個の石が直径30mの円形に配され、そこから100mの場所にヒール・ストーンと呼ばれるもうひとつの立石があり、夏至の日、ヒール・ストーンと祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る。

◆アブ・シンベル神殿(エジプト)
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「ヌビアの遺跡群」の一つであるアブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラメセス2世が築いたもの。
正面入り口に建つ4体の巨大なラメセス2世像が配置され、この入り口から60mほど奥に進んだ至聖所に、さらに4体の神々の像がある。 春分と秋分の朝、入り口から差し込む朝日は、まず入り口のラメセス2世像、続いて神々の像を照らす。


◆チチェン・イツァ(メキシコ)
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ユカタン半島のチチェン・イツァは、5世紀半ばから7世紀末、また、11世紀から13世紀にかけて2度栄えた古代のマヤ遺跡。
後期に建てられた9層のピラミッドでは、春分と秋分の日没時、巨大な蛇が表れる。
その正体は太陽の影。北面中央に設けられた階段の横に、天から大蛇が降りるごとく、上から下へ光と影のジグザグ模様が浮かび上がる。



どの建築物も、秋分・春分の太陽の位置を計算した上で意図的に建築されたものだ。


つまり、時間の概念が生まれ、数学が生まれ、建築学も生まれ、同時に神秘を知り、宗教も哲学も生まれ・・あらゆる学問のもとになっていったのだろう。

すべては星をみることから始まっている。


●紀元前3000年頃のシュメール文明では、季節が冬と夏の2つで、1か月29日か30日の12か月の比較的簡単な暦を作り上げたといわれている

古代エジプトでは、定期的にナイル川の氾濫に悩まされていたようだが、それが恒星シリウスの観測から、次の年の増水開始までの日数を数え上げ、1年が約365日であることを知ったそうだ。

マヤ文明では、かなり正確な暦が作られていて、火星や金星の軌道も計算していたそうだ。
高度な数学も発達させて、20進法を用いて、ゼロの概念を発明されていたそうだ。




そういえば・・

マヤとはメキシコ先住民の言葉で「周期」、マヤ文明とは「時間の文明」という意味なのだそうだ。 (メキシコ・グアテマラ先住民のマヤ族)
古代マヤ文明とは
マヤ文明_Wiki 


マヤ人は、自ら「マヤ=時の民」と称したくらいだから、彼らは時間の神秘の謎を解き未来を知ることを研究することに専念していたのかもしれない。

もっとも、これはマヤ人だけではなく、おそらく・・すべての古代文明の人たちに共通することだろうけど・・特にマヤ人たちは、その謎の解明に心血を注いだのかもしれない。


マヤ暦というのは、現在でも頻繁に耳にするくらいだし(笑)



未来を予測すること、もちろん、それは現代で言うところの、占星術
天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測する。


世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。



そのために、人類はあらゆる学問を発達させてきた・・・といえるかもしれない。


天文学と占星術からはじまり、数学、物理、天文学、哲学なども発展させてきたけど・・すべてはひとつに融合するものだった。
それが現在のように別物として扱われ、分業していくのは、主に19世紀に入ってからだそうだ。

古い時代の学者に限って、多くの肩書を持つ人が多いのはそのせいだ。

たとえば、
レオナルド・ダビンチ・・・画家であり、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など


ダビンチほどじゃなくても、一人でいくつもの分野を手掛けてる人の方が当たり前、という時代だった。

「真理の追究」をしていけば、多くの分野にまで及んでしまうのは自然の流れだろうし、そもそも、現代のように、カテゴリー化する感覚すらなかっただろうから。


古代マヤ人たちが遺した重要な考古学資料の中に、チラム・バラムの聖なる予言書というのがある。

マヤの神話から始まり、古代からの研究成果である大宇宙の循環を記したものや宇宙の真理にまで及んでいたのではないか?といわれているが・・。

マヤ滅亡後もずっと、代々の王族に受け継がれてきた20巻にも及ぶ貴重なものだったそうだ。
しかし、その多くはスペイン人が占領したときに焼き捨てられてしまったそうだ。


そういえば・・マヤ人たちは二十進法を用いていたそうだ。
一方、バビロニアを含むメソポタミア文明は六十進法を用いたそうだ。



60進法の基本は、
10 というのは両手の指の数で、12は太陰暦の1年=12ヵ月というのをすでに知っていたので、
そ の最小公倍数であり、かつ、 2, 3, 4, 5 の最小公倍数にもなるんで、60というのが生まれた




たぶん、そうだろう。。。


そういえば、東洋占星術で用いられる干支というのも、六十進法が基本になってるんじゃないだろうか?
「甲子」「乙丑」というように十位と十二位の組み合わせで表現されているわけだから。


ということは、東洋占星術はバビロニア・メソポタミアの流れを汲んでいるのかもしれない。


さて、ここから、占星術の話をしよう。

今では、大きく・・ざっくり分けて、東洋占星術と西洋占星術に分けることができる。
(なぜか人って分類するのが好きだよなあ~)


もともとは、ひとつの西洋占星術がインドに渡り、それがインド占星術となり東アジアや中国へと伝わり、東洋占星術の基礎になったとのではないか?って話だ。


東洋占星術には四柱推命や九星気学、算命学など様々な占術があって、それらをまとめて東洋占星術と呼んでいる。

東洋占星術と西洋占星術も、地球上全ての存在は宇宙の中の一つという概念がもとになっている。

ただ、大きく違う点は、

西洋占星術では、万物を生成する要素は「火」「地」「風」「水」の4つと考えられている。

東洋占星術では、陰陽五行説を元にして「陰」と「陽」という二つの概念と、「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素が万物を生成していると考えられている。


じゃあ、東洋占星学の方がより細かい分類をしてるから西洋よりも優れてるかって?

いやいや、簡単にそんなことは言い切れないのだ。

西洋占星術では生年月日と生まれた時間、生まれた場所から、10個の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星)が、生まれたときにどこに位置していたかを示す「ホロスコープ」と呼ばれるチャートを作成することからはじめる。

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占星術師たちは、この星の配置図(ホロスコープ)を分析することで、まずは、その人の性格、才能、運命などの基本パターンを知ることができるのそうだ。

一方、東洋占星術では、まず人体星図というのを製作するそうだ。
     ↓
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東洋占星術は、一定のサイクルが繰り返し循環していくという考え方がベースになっているのに対して、西洋占星術では、「今このときの惑星の配置」に重点をおいて分析していく。

なので、東洋では時間を循環するものとして捉えるが、西洋では一本の直線として捉える・・・なーんて話も聞くけど・・・

そんな単純なことではないだろう(笑)

両者とも、循環を繰り返す中にも個の特異性があることも知らないはずはないから。


ドイツの天文学者で、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、1571年12月27日 - 1630年11月15日)という人がいる。

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そうそう、あのケプラーの法則で有名な人。

どっかで聞いたけど忘れちゃったぜ!という人のために・・
ひとことで言っちゃうと・・・ケプラーは、太陽の周りを楕円をえがく軌道で地球が回ってるという地動説を確定的なものにした人だ。

詳しくはここ
   ↓
http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=5369


ケプラーさんは、天文学者でもあったけど、同時に、数学者、自然哲学者、占星術師でもあった。

まず彼は、ピタゴラスの神秘哲学に深い影響を受けていたそうで、宇宙秩序の根底にある「数の法則」というものを研究している。

そもそも、ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説いていたそうだから。

なんだそりゃ?

オクターブ(8度音程)は、1:2
5度音程は、2:3
4度音程は、3:4

音楽の経験がある人なら、すぐピンとくるだろうけど・・これは、ド・ミ・ソ~♪の響きだ。

ド・ミ・ソ
シ・レ・ソ
ド・ファ・ラ~

たしかに、これは調和的な響きだ。


さらに、天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測した。

それを「天球の音楽」と呼んだそうだ。(←なんとも、ロマンチックな・・)

たとえば、

月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)・・ほぼ、1:2
水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)・・・3:2

など。

惑星の運動法則を見出した天文学者、ケプラーさんは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じている。

それぞれの惑星の音律まで記している。

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ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律


天空で奏でる惑星たちの音楽

音楽をまた数学で表すこともできるし・・そして、それは天文学でもあり、宇宙の調和を数字や音で表したものといえるだろう。


現在でも、西洋占星術ではアスペクト(天体間の角度)の法則が使われているが、それもまた、ケプラーに由来するものだろう。


ピタゴラスからはじまりケプラーへ。

それもまた、星を見ることから始まっている。



さて、それでは・・現代の占星術はどーなんだろう?
東洋占星術であれ、西洋占星術であれ・・

古くは、天文学と密接に結びつき、自然の理を知り世界を知り己を知るために研究されてきたものが、現在ではすっかり、似非科学に追いやられてしまったわけで「星占い」と呼ばれるエンターテイメント要素の強いものになってしまってる気さえする。


もちろん、りっぱな占い師さん、鑑定士さんと呼ばれる人たちもいるけど、

ふと、思うのだ。

彼らはどうやって学んでいる? どうやってその知識を得たんだろう? と。


おそらく、それぞれの流派があったり、また個人の先生に弟子入りしたり、学校で学んだり、さまざまだろう。

しかし、元となるものは古代の文献のはず。

しかし、占星術は中世期にキリスト教の弾圧を受けて焼き捨てられてしまった書物の方が多いのだ。
まさに、マヤのチラム・バラムの聖なる予言書が、野蛮なスペイン人たちによって燃やされてしまったように。


そんな中で、わずかに残った文献から、後世の人たちがそれを読み解き伝えてきたものがもとになってるのではないだろうか?


でも・・それだけでいいのか?
文献を読み解き、それを伝えることだけで・・

未来の予測が可能になる??


もっとも古代の書を読み説くだけでもそれは大変な苦労だろう。
しかし、それだけで終わってしまい、それだけで論じてしまってるとしたら?

占星術のベースは天文学にある
星の動きにある。


それが前提にある以上、
現代を予測するのに現代の夜空を見上げることがなければ、現代はわからないのではないだろうか?



たとえば・・最近起こってること。


私はたまに、宇宙天気ニュースというサイトを見るのだが、それによると・・

去年の暮れには太陽の黒点がほとんどなくなり、ゼロを更新していた。
これは、氷河期到来か?と思っていたところ・・

今年に入って、今度は逆に異常に黒点が増えだし、4月に入ってその数、50にもなり、Mクラスの太陽フレアーを起こしたそうだ。
あっちこっちでオーロラも観測されている。

なんだこりゃ!
黒点が増えたり減ったりの周期は11年といわれてたのに、もう、めちゃくちゃじゃないか!@


黒点については、以前のブログで書いたことがある。
   ↓
太陽の黒点が及ぼす影響は?




さらに、数々の天体衝突、拡大する自然災害、相変わらず続く野生動物の大量死などなど。


現在の占星術の占い師さんは、こういったことも考慮して占い結果を出してくれているんだろうか?
いやいや、どうも・・そうとは思えない(笑)
(ただし、ここでは占い師さんといっても霊感を使うような人々は除いて・・の話だ。
あくまでも研究した学者としての占い師さんについてだ。)


せめて、こういった変化に着目して研究されるんだろうか?

いや・・これも、どうも・・そうとは思えない(笑)


天体と地上のできごと、そして個々の人間もまた天体から影響を受けているというのが大前提である以上、

占星術の占い師さんならば、毎日のように星を眺めて天空の変化にも気がつかなければならない。
そもそも天文の知識がベースに必須なんじゃないかな?

と、思ってしまう私だ(笑)

これは別に・・現在の占星術師にクレームをつけてるわけじゃない。
そうゆうものなんじゃないかなあ?という、私の疑問に過ぎない。


どの占星術を使っても、個人が持って生まれた性格、性癖、志向性などというものは、たしかに当たってることが多いなあ、とは思うけど・・・残念ながら、それどまりって気がしてしまう。


それ以上のことは、やはり・・天体を観測しないと、これ以上は行き止まりなんじゃないだろうか?
古代エジプトで、シリウスの動きとナイル川の氾濫の関連性を発見したように。


おいおい、それじゃあ、NASAは何やってんだ? (←もう、占い師さんの話どころの話じゃないなあ。)
肉眼で見るしかなかった時代とは違って、高性能な天体望遠鏡で見てるんだろうに~。

彼らは何を研究してるんだよ!


古代の人は、星を観察することで、

天体と地上のできごと、そして人間は天体から影響を受けている。

まず、これに気づいたのだったな。

そして、さらに研究をはじめた。

なんのために?

天体を知り、地上を知り、自然の理を知り、自分を知ることで、未来を予測するために。
世界の未来と自分の未来
そして、現在、どうすべきか? を知ること。


そうだったはず。。。


その結果、さまざまな学問が生まれて分化していくうちに・・
たぶん、すべての分野の人々が、本来の目的からかけ離れてしまったのではないだろうか?

天文学者も、数学者も、哲学者も、音楽家も・・・もちろん、占星学の占い師さんたちも。



科学技術が高度に進んだ現代では予言などというものは迷信の一種としか扱われなくなった。

それでいて、現代人はコンピュータとカオス理論を操って未来を予知しようと企てている。

カオス理論の超簡単でわかりやすい説明はここ
    ↓
カオス理論とは




NASAでは、新しい天体の発見や地球に衝突しそうな惑星をチェックしているんだろうか?
(いや、国家の兵器開発のため・・って噂もあるけど(笑)

地震学者は地震の予知をしようと試みる。

だけど・・・

現代科学の粋を集めたスーパーコンピュータでさえ、明日の天気ですら確実には予知できないという。

そりゃそうだろう。

コンピューターにだって、初期値を入力しなきゃならないんだから。

一枚の紙切れを高層ビルから落としてそれがどこに落下するかなんて、スーパーコンピューターだって、ピンポイントで予測は無理無理。

しかし、
占星術は似非科学で予言は迷信と言いながら、コンピュータを使った地震予測や天体の動きを予測することは予言とは違うんだろうか?

なんだか矛盾を感じてしまうような・・(笑)
どの分野も違った方向へ行ってしまってるような・・

なんのために勉強するんだよ~(←落ちこぼれ小学生の気分で言ってみる。)

もう一度、古代人のように星を見ることから始めてみるか~

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サイコパス的価値観が蔓延する時代の生き方って?

たしか、どこかの東洋占星術のサイトだったと思う。

古代から占術は帝王学のひとつであり主に王侯貴族に用いられてきたものだったが、
現在は各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本となる。



そんなことが書かれていて、あー、なーるほどなあ、と思ったことがあった。


時代によって価値観が変わるのは当然だし、また個人によっても一般的ではない価値観を持っている場合だってある。
そうなれば、一般論の占いには当てはまらないことだってあるだろう。


実は私も、若い頃に、相性と結婚運を観てみらったことがあった。

「うーーん、このお相手との相性はあまり良くないようですし結婚運もよくないかもしれません。
運気が波乱万丈になりそうだし安定した結婚生活が送れない可能性が高いでしょう。それにお子さんにも恵まれないかもしれませんね。」


と、占い師さんに言われたことがあった。


「え? 私、子供はいてもいなくてもいいです。それに・・波乱万丈は、むしろ望むところだし、夫と頻繁に派手な喧嘩をしても構わないし~、ただ何があっても二人で苦難を乗り越えていける関係というのが私の理想なんですけど。」

と言うと、
「あ、それなら、むしろ相性がいい関係かもしれませんね。」と言われた。

え? 占いってそんなものなの?(笑)


また、相手が外国人だったり、年齢差10歳以上離れていたり、お互いが晩年の結婚だったりする場合は、通常の相性鑑定には当てはまらないのだそうだ。

じゃ、そういうケースの占いってどーなるんだろう?とは思ったけど、いまだに答えは得られてない。


たぶん・・・この「通常の相性鑑定」というのが、現代の一般的価値観をもとにしてたんだなあ、と、このとき気がついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたまに、日本の時代劇映画やドラマを見ることもあるのだが・・

近年、なんだか見ていると違和感を感じてしまうことが多い。


なぜなら、現在の人々の感覚のまま作られちゃってるから!

現代の価値観で善悪までもジャッジしてしまうような作り方になってるような点が・・どうにも違和感が残る。
これじゃあ、ちっとも時代劇じゃないよな~、と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)


たとえば・・戦国の姫君たちが、「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか、「私というものがありながら側室を持った」、「他の女に子供を産ませた「とか、
「戦は嫌だ!」とか(笑)


おいおい、これはまさしく現代の価値観そのもの


戦国時代ならば「領地を拡大し家名をゆるぎないものとして存続させる」ことが男女ともに第一の目標であり、それが価値観にもなっていたんじゃないのかなあ?

だからこそ、少しでも勝ち戦をして領地を広げる。

ただし戦ばっかりしてれば、莫大な資金を費やし大事な兵士も失う可能性もある。

そこで上手な外交政策も必須。

それが姫君たちの役目だったように思うのだ。
また嫁ぎ先の事情をスパイする役目も担っていたかもしれない。

そんな大事な役目を託されて嫁ぐということは、むしろ姫君たちにとっては名誉なことで喜んで敵地に嫁いでいった人たちも多かったかもしれない。
機転が利いて賢い姫君だったら、見事にやり遂げたことだろう。


となると・・

「好きな人と結婚したい!」「男たちの都合で女はいつも政治の道具にさせられる」とか「戦は嫌だ!」

というのは・・・まさに現代人の個人主義的な思いだ。

たしかに男尊女卑の時代ではあっただろうけど・・すべてに身分制度がものをいう時代。
しかも戦国時代ならば、いくらでものし上がるチャンスがあった時代。

女性であっても、城主の奥方ともなれば旦那を別にすれば自分がトップの立場になれるし、いくらでも政に采配をふるえる。(もちろん能力があれば・・だけど)

まして戦国時代、コロっと旦那の城主様が討ち死にでもしてしまえば自分が頂点に立って采配をふるうこともできただろうから(笑)

今川義元のお母さんの寿桂尼(じゅけいに)さんなんて有名だよね。

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一方、男性側は、家の繁栄と存続を守るために領主が側室を持つことが必須だったし・・また、男色も当時は認められていた時代だ。
むしろ、「男同士の恋愛は美学」・・なんてことさえ聞いたことがある。


同性愛が良いか悪いか、美学かキモイだけのものか・・なーんてことさえ、時代によって変わるのだ。


当時、恋愛結婚ができたのは身分の低い人たちだ。(藤吉郎とおねさんみたいに。)
気ままに個人主義を貫けたのは、身分の低い人たちの特権だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

もしも、私が戦国の世の大家の跡継ぎに生まれて、15-6で出会った百姓娘に惚れてしまい、
家も跡継ぎの立場も家来たちも全部どーでもよくなってしまって、みーんな捨てて家を飛び出したとしたら・・・・

そりゃ、ひょっとしたら抹殺されたかもしれない。
それとも・・ほかに兄弟姉妹でもいれば、死んだことにされて諦めてくれたんだろうか?

いずれにしても、時代の価値観に逆行して生きようとすることは、決してラクではなかったことだろう(笑)


だからこそ、占いサイトにも書かれていたように・・時代の価値観に即して生きることこそが、生きやすい生き方なんだろう。



では、今の価値観とは?

たまたま、In Deepというサイトで、あるブログ記事をみつけたんだけど・・
ここに、まさに私が漠然と思っていたことが書かれていたので、ちょっとびっくりした。
    ↓
サイコパスとその理念が世界を動かしている「悪意の時代」の中で

抜粋すると、このように書かれている。
    

「アメリカから始まり西洋(および多くの西洋の影響を受けている国)全体に広がっている現在の社会は、全体が《サイコパス的》価値観に支配されている」



そう、現在の価値観は《サイコパス的》価値観なのだ。
しかも・・身分制度がなくなった現代は、階級には関係なく、すべての人々に《サイコパス的》価値観が蔓延してしまっている

そんな気がしてならない。


そして、サイコパスの定義はこのように書かれている。
     ↓

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの定義

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的



こういったサイコパス気質を持ちながら優れた能力を発揮して、なおかつ、巧みに「道徳的な行動」にカモフラージュさせて、「世のため人のために貢献している」ことををアピールできたならば、多くの人々の心を掴むことができる。

そうなれば、頂点に立つことがでできる時代なのだ。

サイコパスをベースに、プラス、才能とカリスマ性で、時代の寵児、ヒーローだ!
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これが、特権階級のみならず、一般庶民の間にも蔓延してしまっていることが怖い時代かもしれない。


たとえば・・身近なところで私たちの職場をみても、多くの会社が、第一目標は「いかにして儲けを出すか」
会社の上層部も社員たちもその理念のもとに、出世&給料アップを目指して突っ走っている。

もちろん経営理念に、「がんがん、ひたすら儲けること」と謳ってる企業は見たことがないけど・・(笑)
    ↓参考までに
Googleで経営理念を検索する

目標は売上アップのみ。 
会社側も社員も、相手を蹴落としてでも勝ち組となることを目指す。
そして負けたヤツは本人の力量不足なんだから当然!とばっさりと切り捨てる。



どんな立派な経営理念を掲げても・・・これがまさに、ホンネに思えてならない時代。

これじゃあ、多くの企業がブラック企業と紙一重なのかもしれない。


その結果、(これもIn Deepからの抜粋だけど・・)

見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、宗教は精神性を破壊しているばかりだ」 – マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)



まあ、そりゃ当然の結果だよなあ。


もちろん昔から、ガンガン金儲けしてビッグになることを目標にした人は多かったことだろう。

貧しければ貧しいほど、そう願うのは当然だろうから。


しかし・・それでも、

人々の間にはやっていいことといけないことの境界線がひかれていたように思う。


どんなに手っ取り早く売り上げを伸ばせる方法がわかっていても、これだけはやってはいけない!という境界線を持っていたように思える。

法に触れるからというよりも、それは人道的・精神性から来るものが大きかったように思うのだ。

それでも、もしも非人道的なことをやっちゃった人は、法で裁かれる前に社会的制裁が加えられることになったことだろう。


現代と大きく違う点は、
「人道的、モラルの境界線」から「法律に触れて告訴されないギリギリの境界線」へ変わっってしまったように思える。

それも社会全体、人々の価値観全体が。


・・・・・・・・・・・・・

ウチのじいちゃんは、江戸商人の出だったそうだ。
そのじいちゃんから、子供の頃に聞いた話がある。

「昔は、いちいち証文やら売買契約書なんてものが無くても、口約束だけで取引することも多かったんだ。」
と、じいちゃんは言った。

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江戸の商魂 (講談社文庫) 文庫 より




「え? そんな危ないことしてたの? 商品持ち逃げされちゃったりお金を返してくれなくなったり、大変だったんじゃない?」

「そんなことは一度もない! 商売仲間は信用で貸し借りも売買もしてたからね。
もしも、相手を裏切るようなことをすれば、あっと言うまに同業者に広まり、そいつは二度と商売ができなくなっただろうからね。
だから、そんなことをするヤツはいなかったよ。」

「へええ、今じゃ考えられないなあ。」

「それどころか、関東大震災で店が潰れたときは、大阪の知り合いの商人が無期限無担保で資金を貸してくれたもんだよ。
どうぞ使ってくれなはれ! あんさんの器量を見込んでお貸ししますよってに、って。
それで、ワシは店を再興することができたんだよ。」


それは・・当時の人たちが持っていた、義理とか人情ってものだろうか?

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倫理観、モラル、人としてのプライド

仁・義・礼・智・信というのは、かつての日本人の精神性に刻まれていたものだったと聞く。


たぶん、武士であっても、商人であっても、当時の人たちには、そういった精神性が心の奥に刻まれていたのだろう。

だからこそ一線を越えない。
心情的に超えられない。


どんなに儲けるためでも家を守るためでも・・超えてはいけない境界線を意識していた人が多かったように思う。



古い時代というものは、野蛮で残酷な殺戮の時代というイメージがある。
私も、そう思っていた。

首を切って処刑するとか自分で腹を切る切腹だとか・・

こりゃ、たしかに、スプラッターだ。


では、現代は、もっと人道的で優しい時代になったんだろうか?

答えはNO!!

むしろ、視覚的スプラッターをきれいなオブラートに包んだだけで、残酷、冷酷、非常さはもっと増したのかもしれない。

過労死、薬害、自殺も増えているわけだし、
戦争で多くの人々を殺戮しているのも事実だし。


倫理観、人情といった精神性を失いつつある現代だからこそ、罪悪感もなければ後悔することもない人も増えている。
そのうえ、むしろ、そういった人こそ、トップにたったり称賛の的になったりする。

そんな時代なのだから。

それをサイコパスと呼ぶわけだ。


サイコパスに動かされている時代。
それが一般的価値観になってしまった時代。




しかし・・

それでも多くの人は、もう心の奥で気づいているんじゃないかなあ。


今の時代って、なんかヘン。 なんか狂ってる。


世間に順応できない若者が増えたり、「引きこもり」になったり、
うつ病を患ったり。
スピリチュアル系にはまる人が増えたり。


なーんとなくでも、現代の価値観で生きられない人は、そうやって病んでしまうか、逃げ場を求めてしまうのかもしれない。


醜いものに蓋をして逃げ出したい気持ちはよーくわかるなあ。

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見なかったこと、聞かなかったことにしちゃう!
そして、ほんわかした世界で生きようとする。

私も、つい・・そうしがちだったから(笑)


だけど・・逃げ場を求めて自分の世界に籠っていていいんだろうか?


スピリチュアル系で使われる言葉で、グラウンディングというのがある。

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グラウンディングとは「地に足つけてしっかりと現実を生きる」ことをいいます。
また、目的達成や集中力、「今、ここに居る」という意味もあります。
グラウンディングが出来ていない時は意識が身体の外側に向き、現実から心が離れて心身のバランスが取りにくくなります。



この世に生まれてきて現実を生きている以上、現実と関わりながら生きなければいけないんじゃないか?
たとえ、それがどんな現実であろうとも。


私も最近は、そう思うようになった。


それには、精神性レベルにおいて強くなること。
サイコパスに動じない強さを持つこと。
現在の価値観に合わせることではなく、自分の価値観に現実を変えていくこと。




おっと、その前に・・まずは自分の価値観を確立させることかもしれない。

青少年の頃から、少しづつ自分の価値観を作っていかなきゃならないわけだけど・・・そういうと、ご年配の方々は
「昔のように、学校で道徳を教えるべきよ。」

なーんて言う方々も多いが、これも、ちと問題かもしれない(笑)


私の子供時代にはたしかに道徳の時間というのがあったはずなんだけど・・一番つまらない授業で眠かった記憶しかない。

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それでも、よーく思い出してみると、答えが全部、はじめから決まっていた気がするのだ。
お年よりに席を譲ること、何事も最後までやり遂げること、人に親切にすること・・・それが正しいことで正解。

子供でも、そのくらいの正しい答えは知ってた。
みーんな正解だった。

ただ、それがなぜ? ということは知らなかった。

すでに知ってる常識や善悪だけを叩きこまれるだけの、だるーい授業だったのだ。


そう思うと、その当時から・・少しずつ世の中は狂いだしていたのかもしれないなあ。

・・・・・・・・・・・・

ここでまた、戦国武将の話に戻すけど、

彼らは幼少の頃の教育は、主に知識人である僧侶が行っていたことが多かったようだ。

禅宗の寺に預けられて、必読書となるのが「四書五経」
和歌や風流を学ぶためには、『源氏物語』『伊勢物語』も使われたそうだ。

参考に
 ↓
戦国大名が『源氏物語』を読んだのはなぜ? 戦国武将と意外な読書の遍歴

禅問答といわれるとおり、はじめから正解を教えて叩き込む教育ではない。

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あくまでも自分の頭で考えさせる教育だったという点は現代の教育とは大きく違っている。



さて、子供たちへの道徳教育ってどうなんだろう?
まず先生から教育が必要だったりして(笑)

道徳教育は一歩間違えば善悪の押し付けや洗脳になってしまう危険性もある。

学校で道徳教育を受けたはずの私だけど、その記憶すらほとんどないんだから、まったく受けてなかったことと同じわけだ~。

たぶん・・寝てた(笑)
絶対・・寝てた(笑)

道徳の時間=寝る時間という記憶がほとんどだから。

そんな不真面目な子は洗脳されることだってなかっただろうけど(笑)


教育の基本というのは、自分の意思で考え何かを選択していく力をつけるってことかもしれない。
そう考えると・・たぶん今の学校教育では、とくに精神性の教育は無理かもなあ。


せめて大人が出来ることは、ニュートラルな立場でまっさらな状態から、多くのことを見聞きできる状況を与えてあげることだけかもしれない。

どれが良いことで悪いことなのか・・お互いに話し合い自分で模索しながら、自分の価値観を作っていけるように。



そして、価値観が構築できたなら、

やはり大事なことは・・・

どんなに最悪で生きにくい世の中であっても、やっぱり現実から逃げてはいけない気がする。

あるスピ系の人々は、地球外知的生命体とのチャネリングやら、死後の世界や前世を模索し、同じものを共有できる仲間ウチの世界だけで生きるそうだ。 
むしろ、その方が魂の向上になりアセンションができるそうだが・・・。


でも、それも一歩間違えば・・現実逃避か、偏った選民思想を作り出すことにもならないだろうか?



そもそも現実を無視して蓋をしてしまえばスピリチュアルの意味すらないように思う。

肉体があるってことは現実に生きろ!ってことだと思うし、スピリチュアルとは、現実を生きるための知恵とパワーだと思っている。


むしろサイコパスな価値観が蔓延する現代だからこそ、私たち一人ひとりが自分の価値観を構築して生きる時代がきたのかもしれない。


そう考えると、現代も決して悪いことばかりじゃない。


最初の占いサイトにあった言葉、
「各個人がなるべく災いを避けて無事に、生き易くするためのものである。
そのためには現在の価値観に合わせた生き方をしていくことが基本」


それに、私なりの訂正を加えると・・


世の中の一般的価値観に合わせて生きることではなく、自分の魂が命ずる価値観を現実と融合させていくこと。
ほんの少しずつでも。


それが最終的に、自分で「生きやすい」場所を作っていくことじゃないだろうか?

そうゆうところに価値観を見出した占いがあるかどうかは知らないけど・・


戦国時代じゃないけど・・・我々の現代も日々戦いなのだ(笑)
自分の良心がNOと言ってるときは、声に出してNOと言わなければならない。

それも現実に足をつけて生きることの第一歩かもしれない。

強い精神力を鍛えて。
地に足をつけて。

負債(借金)ってなんだろう?

「3月15日かあ・・・。また、負債上限問題でぎりぎりまでもめるんだろうけど、どうせ最終的にはデフォルトを回避するように決まるんだろうよ。」

巷でちらっとそんな会話を耳にして・・

あ、そうか~。アメリカは2017年の3月15日で、債務上限の引き延ばし期日が来るんだったよなあ・・と気がついた。


日本は負債の上限額というのは定められてないけど、アメリカは借金の上限を決めている国だった。


たとえば・・ある家庭で、どうしても今50万円が必要になのに、そのお金がない、
こりゃ、やばいぞ!!

って状況だとする。

で、どうするか?

そりゃあ、どこぞで借金して50万円ゲットしてくるしかない。


でも・・そんなことばかりしてたら、いつかは借金が返せなくなってしまって破滅するだろうなあ。
そこで、夫婦で話し合い、今回の借金はやむを得ないけど、ウチの借金の上限は100万円までにしよう・・と決めた。

これなら、次のボーナスを当て込んで、なんとか返済できる金額だろうから。



ところが、国家というのは一般家庭とは違う。

返済期限を引き延ばす。
せっかく決めた借金限度額を上げる。


そんなことが出来てしまうんだから(笑)

お金が無ければ、その分のお金を作ることができるのだ(笑)



そりゃあ、もちろん、議会で可決しなけりゃダメだけど・・デフォルトを回避し、世界経済を安定させるためならば、それも致し方ない。・・・ということで、最終的には議会で可決される。

ずーーと、そうゆうことが続いているんだと思う。



でも、それじゃあ、日本のように上限額を決めていなくても同じことじゃないかなあ~。
それでも、せいぜい、行政の予算案に一定の歯止めをかけるくらいの効果はあるんだろうか。

もしも、歯止めがなければ、某国のように、各省庁がそれぞれ予算を少しでも多くゲットすることだけに躍起になってしまうだろうから。


で、日本国の借金は、1062兆円 過去最大で、それを国民1人当たりに換算すると、837万円なんだそうだ。

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【図解・行政】「国の借金」の推移


私は経済の知識は無い、まったくのシロウト。

だけど、なんだかヘンじゃないかな~?って思うことはいっぱいある。


そもそも、なんだって国民一人当たりに換算するんだ?

だって国民が作った借金じゃないし・・・そもそも、足りなくなったらお金を作れるような国家と個人を一緒にしても仕方ないんじゃないか?

もっとも・・「国家を作っているのは国民一人一人なのだ。 国民が選挙によって政治家を選んでいるんだから。」なーんていう人もいるけど、どうも、最近ではそうは思えない。
学校で学級委員を選ぶように、総理大臣を選べるわけではないし、そのシステムですら、グレーの部分が多いんだから。


国民一人当たりに換算して、「みなさんは、一人当たり837万円の借金を抱えてることになりますよ~。」
なーんて言うところの意味はなんだろう?

だから、税金アップするしかないでしょ?
そこんとこ、わかってね!


・・・国民に税金アップさせるための政府の思惑だ!って言っている人もいるけど。(笑)



そもそも国の借金といっても、それを、どっから借りたことになってるんだ?

たぶん、国が発行する国債、それを誰かに買ってもらう事で国は資金をゲットしているのがほとんど。
つまり、国債というのは、「日本国政府」が発行する「国の借金証書」。

で、買ってる誰かとは・・・そのほとんどが国内の金融機関、 つまり銀行とか郵便局とか保険会社ってことだ。

もちろん、個人だって、国債を取り扱っている金融機関や郵便局などに口座を持って国債は買える。


私は国債なんて買ってないから、国にお金を貸してないぞ!
なーんて言ってる人だって、おそらく、お金を預金してるはず。

国民がそこにお金を預けてるってことは、日本国民が国にお金を貸してるってことになる(笑)

つまり、お金の流れは・・ 国民→金融機関→国

だったら、なんで・・国民一人の借金が837万円なーんて、数字を産出されなきゃならないんだ??



へんな話だよなあ。。。

へんだなあ?と思うことはまだまだある。


国の大借金の原因を政府の正式答弁では、こう言ってるらしい。

歳出面において
①急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加
②バブル崩壊以降の景気対策に伴う公共事業関係費の増加

歳入面において
①バブル崩壊
②リーマンショック等による景気後退
③減税による税収の落ち込み



へえ? そうなんか~。


でも、実際のところ・・私は国のバランスシートもPL表も見たことがないんでわからない。
(バランスシートとは、日本語でいうところの貸借対照表であり、PL表は損益計算書)


それで色々と探してみたんだけど・・財務省のホームページでは、我が国の予算・決算という、おおまかなものはあったけど、ちゃんとしたバランスシートもPL表もないのだ。
    ↓
財務省のホームページ


え? ない?

でもなあ・・・まさか、国民には公表してないけど・・ちゃんとしたものは、いちおう政府にあるんだよな??

だからこそ、急速な高齢化の進展による社会保障関係費の増加、リーマンショック等による景気後退なんて原因を追究できたんだよね?

でも、それを公開してない。。。


マトモな企業だったら必ず存在してなきゃいけないものだ。
それこそ・・いい加減なものだったりすれば、脱税を疑われるだろうし、東京国税局査察部(通称マルサ)がのり込んでくることになる(笑)

無い!なんてことは、ありえない。 あってはいけないことだし~。



個人の家計にしたって、ちゃーんと月々、立派な家計簿をつけてる人だっている。

ある日本人夫婦で、奥様は専業主婦なのだが、彼女は会計ソフトのQuickBooks(クイックブックス)を使い、すべてを入力し、月末には、バランスシートとPL表を作成している。

QuickBooks(クイックブックス)とは、アメリカで多く使わててる会計ソフトで、たしかに使い勝手のいい優れものだ。

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それを見れば現状分析も出来るし今後の展望も見えてくるわけだし、ちゃーんと、ご主人に毎月提出してサインをもらってるとか(笑)

ご主人は、「わかったから・・やめてくれよ!」と言ってるらしいけど・・。

ユキちゃん(奥様の名前)は、「私は家計を預る以上、正確に記録する必要があるし、あなたはちゃんとそれを見て納得して承認する義務があるの!」と、ご主人に言ってる。


とにかく、数字を見れば、どんな人でも概要はつかめるだろうし、また、プロともなれば、怪しい部分も数字から判断できることもあるだろう。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる。



だけど、それが無ければ、また、それを見ていない私たちには、なーんも判断が出来ない。

言われるがまま、だ。


例えば・・以前に、某都知事が出張費5000万円も使ったとか、公金の横領してるとか、なーんて話もあったけど、都庁ではそういった会計上の記録はどーなってんだろう?と思ったものだ。

収入と支出をすべて記録しないんだろうか?

今月の収入額 xxxxxxx円
 XXXの税金 xxxxx円
 XXXからの賄賂 XXXX円

今月の支出額 xxxxxxx円
 その中に、都知事の出張費5000万円
 内訳は、ホテル代 一泊15万円x10人x10日で、1500万円

 

なーんて具合に(笑)


しかも、それを月々、都民にちゃんと公表しちゃえばいいのに。

都民はそれを回覧して、何が必要か不必要経費かを分析する。
で、都民からの質疑応答にちゃんと対応する。

たぶん、ユキちゃんだったら、そうするだろうけどなあ(笑)


国も県も、そこまでやっていれば・・・なかなか公金横領なんて出来なくなってくるものだ。
おまけに、国民はどうやって自分たちの税金が運用されるのかがよーくわかるってもんだ。


日本は民主主義国家じゃなかったっけ?
民主主義というのは、自由や平等といった人権を基にして国民を主とする考え方じゃなかったっけ?


秘密裡にして当然というのは、おかしくないか??
なぜ、開示を求めないんだろう?



おかしいことはまだまだある。

そういえば、国債の発行は景気回復のため。・・・というのはよく聞いた話だ。

国民がお金を使わないんで不景気になってる。
そこで、まずは国がお金を使おう。 

で、国も使うお金がないんで、借金(国債を発行)しよう。

ってことまでは、よくわかる。


たしかに・・景気回復のためには、みんながいっぱいお金を使うことだろう。
でも、使えるお金がなけりゃ、庶民は使えない。

なーんで、お金がばらまかれてたのに、使えるお金がないわけ??
そのお金は、いったいどこへ行ったの?


こりゃあ、疑問だ(笑)

潤うのは、なぜか・・官僚やら政治家、それらと癒着している民間企業・・・なーんて噂もあるけどね(笑)


レジナルド・マッケンナ(Reginald McKenna)という人がいて、この人は(1863年7月6日 - 1943年9月6日)の人で、イギリスの銀行家で政治家だった人。
200px-Reginald_McKenna_photo.jpg
Reginald McKenna_Wiki

私が残念なのは一般市民は銀行がお金を創ることができるのを知らされていないことである。
そして国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っていることを。


という言葉を残してるそうだ。

それも19世紀の話だ。


日本の場合は、お金を作るのは日銀で、日本銀行は日本銀行券というお金を発行して造幣局に印刷してもらってるわけだよね。
それを、普通の銀行に売る。
フツウの銀行はお金を貸すことで儲けるわけだから。


でも、当然ながら・・お金を作るといっても、作られるお金というのは元金だけだ。

そして、

もしもお金を借りた場合、その支払いは元金+利息がいることになる。
(無期限利息なし・・なーんてことは、よっぽど信頼し合った仲良しのお友達以外ありえないから)


お金を借りた以上、それをもとでにガンガン儲けて利息を支払う以外、選択肢はない。


じゃあ、その利息はどっからくるんだろう?

つまり、市場経済の中しかない!


その上、貸し手と借り手がいて利息が発生するのに、利息分のお金が作られていないとなれば、

明らかに誰もが元金と利息を返済するのは不可能ってことになる。

だって、利息というお金は存在しない、単なるヴァーチャルな数字にしか過ぎないんだから。


そうなると当然のように、勝ち組と負け組というのが出来上がる構造になっちゃう。

利息をゲットするには、勝ち組になって負け組から分捕るしかなくなる



当然のごとく、貧富の差が生まれるわけだけど・・・

それよりも、

そもそも・・お金は商業生産を加速させるものじゃないだろうか?


お金を作れば作るほど貨幣供給が増加するなら、生産と取引量が同じように成長しなけりゃ、インフレになる。


よく、経済成長率が2%だとか3%だとかって話も聞いたりしたし・・・成長率がアップしてれば、そりゃよかった!なんて思う人も多いんだろうけど・・(←私も昔は漠然とそう思っていたこともあった)

だけど、それって本当に、経済が成長していってる=これで安泰! ってことなんだろうか?

経済成長率 = (当年のGDP - 前年のGDP) ÷ 前年のGDP × 100


経済成長率を上げるには、毎年数パーセントが積み重なっていかなきゃならないことになるし・・
昨年の3%に今年の3%の商品(またはサービス)が増加させてかなきゃってことになっちゃう。

そのためには、実際の経済を永久的に成長させていかなきゃならないってことになっちゃう。

世界の資源とエネルギーを永久に拡大しつづける。
それを永久的に消費し続ける。



何がなんでも、そうしなきゃならないことになる。


あ、たぶん・・・そのためなんだろう。

どんどん使い捨てをして新しいものを購入する風潮が生まれたのも。
国家の政策としてそれを煽られてたともいえるけど。


そのためには、自然資源から採取した原料を毎年毎年ゴミにしてでも生産し続けて消費し続けなきゃならない。


無駄使いをどんどんしろ!!
みんながお金をどんどん借りて、どんどんお金を使って、そして、ガンガン働いて利息を返し続けること


もし、それを辞めてしまったら、

この貨幣システムが崩壊しちゃうことにもなる。


だけど・・そんなことをし続ければ・・
結局は崩壊することになる。

どっちにしても崩壊が待ってる。。。


自然は人々に多くの恵みを与えてくれるけど、実りもまたずにガンガン乱獲してしまえば・・どうなることか?

たぶん、多くの人がそれを知ってる。


経済成長を目指すステージなんて、とうの昔に終わってるってことも。



経済成長率なんて、ただの数字に過ぎない。

詳細な数字を示すことは説得力に繋がる、だけど、数字は一時しのぎのまやかしになることもある(笑)

経済成長率、失業率、GNP(国民総生産)、GNI(国民総所得)・・・みーんな数字


これじゃあ、どこの国だって、先進国と言われる国ならば、どんどん負債は増えるわけだね。

現在の貨幣制度と現在の価値観がある以上。

なんだか、自分なりに納得してしまった(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の知人で、超・超・大金持ちのおじいさんがいるのだが、
その人は、田舎の農場を買い取って今では百姓仕事をしているという。

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もちろん、いくつもの豪邸、自家用機なども持っている人だったそうだが、今では自給自足の田舎暮らしが自分のライフスタイルになったそうだ。 もちろん、どっから見ても億万長者には見えない暮らしぶり。

「お金なんていくら持っていたって、ただの数字に過ぎないさ。 投資して増やすなんてことよりも、今は自給自足で作物を育てるライフスタイルが好きなんだ。」



また、ある一人暮らしの男性で、クレジットカードの借金が一万ドル近くあるという人がいる。
現在の職業ならば、ちょっと無理して返済すれば無理なく全額返済できてしまうのに、最低返済額だけを毎月返済しているという。

それじゃあ、すべて返済するのに数十年はかかるだろう。

「長く利子を払っていかなきゃならないわけだし、それじゃあ大損するだけでしょ?」 と聞くと、

「別に・・。今、無理なく日々の生活を送ることの方が大切だからね。
損得を計算するよりも、無理なく日々の生活を送る方が僕には大切なんだ。」


彼らにとっては、お金とはただの数字でしかないようだ。
それよりも、今現在の生活をすることの方が大切らしい。


たしかに~、

損をする得をするなんて言っていても・・
常にお金は貨幣価値を表すもので一定ではない。

だからこそ、ハイパーインフレともなれば、一晩でパン一個の値段が100倍なんてことにもなるわけだ。

どんな資産を持っていようが、一晩で紙切れになることだってある。

世界大恐慌だって起こったのに、それを・・すっかり忘れてる?
いやいや、生まれてなかったし、学んでないんだろうか?


そもそも、借金のために勝手にお金を作っちゃう立場の人がいる一方で、借金で首が回らなくなって自殺する人もいるなんてヘンな話だと思う(笑)



生きていくために必要なものは、

水と空気と食料。

お金は紙。
いざとなれば、燃やす材料にしかならない。

おまけに手元に札束がなければ・・燃やす材料にもならない、何もないに等しい。

ところが、
無神論者や物質主義の人々でさえ、お金には、ころっと騙されてるような気がしてくる(笑)
一番目に見えない、不安定なものなのに。

なぜか・・信じていて必死で守ろうとしたり増やそうとする。



繰り返すけど・・

生きてくために必要なものは、

水・空気・食料

おっと・・もっと根本的なものを言うなら、太陽も必要だろう。

それと、どんな状況下でも生きていける精神力



レジナルド・マッケンナさんは、「国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し人々の運命を奴隷のように握っている」と言ったけど・・、

それは、すべての人が同じ価値観の中にいるからに他ならない。
人々の価値観が違えば、誰も奴隷にはならないしなりようもないと思うのだけど・・・。

母からホームズの観察眼と演繹法を重ねてしまったこと

日本に住む母から電話があった。

「私ね、病院を変えたのよ! この間さっそく行ってきたんだけどね・・」

年寄りというものは病院の話題が多いものだ(笑)

私はいつも聞き役に回る。

「でね、すっごくいい先生でね、今までの薬を全部やめなさいって言われたの。
この薬をずっと飲み続けてると、脳梗塞になっちゃうって言われたのよ。」

私の母はずーーーと高血圧の薬を飲み続けている。
その他、ひどい足のむくみやら、たまに腰痛やら・・。

「へええ、それはよかったね~!
その病院は誰かの紹介で行ったの?」

「違うのよ!誰も紹介してくないから、自分で電話帳で探したの。
自分で行ける距離で、しかも・・なんとなく良さそうなところを探したの。」

「大きな病院なら、紹介状とか必要だったんじゃないの?」

「もちろん、そうなのよ! でね、近所のお医者さんに頼み込んで、私はここに行きたいんですけどって言ってね、紹介状を書いてもらったの。」


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ほおお!

自分で行動を起こしたってことか。
それも、かなり積極的に。


私は前々から、大量の数種類もの降圧剤を何年にも渡って飲み続けていることを心配して、何度も忠告していたのだが、
彼女はほとんど聞く耳を持たなかったのだ。
   
以前にもこちらのブログにも書いたことがある
      ↓
高血圧の母にDon't take anything for granted.と言いたくなって中村天風さんへ


それが、ついに、自分で何か思うところがあったらしい。


「その年で自分自身で行動を起こすってことは、立派だよ!」

私の母は80過ぎだ。

「そうよ!自分のことはすべて自分でやらなきゃね。 あなたもしっかりしなさいよ!」


やれやれ。
ちょっと褒めると・・すぐこれだ~。


だけど・・

今まで、ずーーと・・このままでいい!って思ってたくせに、
なぜ、新たな行動を起こしたのか?

それを母に聞いてみると、

まず、なーんとなく、今までの病院が嫌になったというのだ。


掃除が行き届いてなくてヤナカンジ。
看護婦、受付などの職員の対応がヤナカンジ。
知識がなさそうで、ヤナカンジ。


全部が、なんとなく・・母のヤナカンジってことでしかないんだが・・

「それにね、ちーーとも自分で良くなってるって気がしなかったのよ。
むしろ、悪くなってくような・・。
だから、病院を変えてみようかなあって思って、何度かジュン(息子の名前)にも相談したんだけど、あの病院はいい病院だから、変える必要はないよ! 年なんだからすぐには良くならないよ!って言って、他を探してくれなかったのよ。」


一人暮らしの老人にっとって、新しいことにチャレンジすることは、なかなか難しいことだろう。

ましては、周囲の人の同意が得られなければ・・このままでいいんだ!と思ってしまいがちだ。



こういったことは、母のような老人に限らず、きっと多くの人が陥りやすいことかもしれない。

●周囲の人々がみな同じことをしている
●情報源が少ない
●自分で新たなことを起こすのは億劫(または勇気がない)


そんな状況で、自分の感に従って、えい!っと新しい道を模索するってことは、かなりエネルギーもいることだ。


自分の感に従って

そう、これは、母の勘(感?)が発端だったようだ。


「なーんか、この病院、良くないって気がしてきたのよ。 きっと、このままじゃますます悪くなって死ぬ気がしてきたのよね~。」


だからさあ、私は何度も忠告してたんだけどなあ・・・。
しかし、彼女は、どんなに私が理路整然と説明しても聞く耳を持たなかったのだ。

どうやら、彼女にとって理論なんてものは、どーでもいいこと。
馬耳東風


彼女を説得するということは、実に大変なのだ。
だって、どんなに理論的に説明してもムダなのだから。

自分の心にずずーんと直接、響いてこないものは全部無視してしまうのだから。



「そりゃあ、私の年ではいずれは死ぬだろうけどさあ、自分で気に入らない死に方はしたくないじゃない!」


自分で気に入らない死に方はしたくない! かあ(笑)

おそれいりました。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の母は子供の頃から勉強嫌いだったようで、もちろん、学歴もない、一般教養にも欠ける人だ。
それも大きく欠けてる。


ところが、昔から勘だけは、すさまじいものがある人だ。

野生の勘か?


亡き父は、かなりの高学歴の人だったが、いつも母の勘には舌を巻いていた。
父の一番の相談相手は、母だったんだろう、と思う。


母の頭では到底理解できるはずもない専門分野のことまで愚痴ってたみたいだから。

「今、仕事は大変なんだよ~。 xxxxxがあってxxxxが起こって、現状はxxxxなんだけど、どうにも道が見出せなくてね~。」

manyways.jpeg

なーんて愚痴る父に、

「こっちの道よ!」

と、的確に、それも即座に道を示すのはいつも母だったようだ。


父が母の助言(いや、ただの野生の勘)に従ったときは、

「ほーらね、私の言ったとおり、でしょ!」

とご満悦になり、

父が母の助言に従わずに失敗すれば、

「ほーらね、だから、私が言ったとおりにすればよかったのよ。」

と、やはりご満悦になった。

この母の自信はいったいどこからくるんだか?


そのうち、父は母のご神託のすべてに耳を傾けるようになったそうだ。

esp card


私が今でも覚えている話は、くじびきのときのことだ。
私が小学生の頃だったと思うのだが・・。

箱に入った白い封筒を選ぶのだが、私がどれを選ぼうかと悩んでいると、横から母が割り込み、ごそごそと白い封筒をいくつか触った後、

「これが、たぶん当たりだね。」

と、私に渡したことがあった。

もちろん、それが当たっていたんで、私はびっくりして母に聞く。

「どーしてわかったの?」

「うーーん、どーしてかなあ?
うーーん、なんか色のカンジと重たいカンジがしたのかしら?」


色は全部白い封筒だし~、中身は1枚の紙しか入ってないし~。

当たりくじは、カラーインクで花の模様が描かれてるけど、ハズレは黒いインクでハズレとしか書かれてない。

それが透けて見えた?
それとも、当たりはいっぱいインクを使ってるから、そのインクの重さか?


ESPかよ!!


そんなはずはない!

そもそも母はまーーーたく、スピリチュアルとは縁がない人だ。
むしろ、超のつくほどのリアリストなのだ。

目に見えないものは信じない人だから。

「幽霊? さあ・・私は見たことないわね。
でも、見たことがある人がいるなら、きっと、いるんじゃないの~?」


自分が見えないからといって決して全否定はしないのだが、見えないものは、母にとっては、どーでもいいものらしい。


●自分が見えないものは信じない(どーでもいいものとしか思わない。)
●自分の興味以外の世界は無視
●理路整然と説明しても無視する。
●気に入った人(モノ)には思い入れが深いが、その他は無視



それでいて、恐るべし勘が働く。


私は・・どうも、こうゆう母が、私の理解を超えた存在でもあり苦手だった。

とにかく、母の興味の範疇でしか会話ができないわけだし、彼女がNOと言ったらNOなのだ。
ところが、突然YESと思ったら、きのうまでNOだったことまで忘れてYESを主張する人なのだ。


おまけに自分は絶対だと思ってるフシがあって・・そこに高慢さも感じる。


どうやっても、私には会話が楽しめない人の典型だったのだ。
幼いときから、母は苦手な存在だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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ある日のこと、大人になってから、私はシャーロック・ホームズの緋色の研究を読み返したことがあった。

それは、ワトソン博士がシャーロック・ホームズと知り合った当初の頃の話だ。


そもそも、ワトソン博士は初対面で、ホームズに「アフガニスタン帰りの軍医」と言い当てられて驚いたのものの、
どうせ、事前に誰かに聞いていたのだろう、と思っている。

ところが、二人がアパートのシェアをはじめた、ある日のこと、
一人の男が手紙を届けにくる。

その男が手紙を持ってウロウロと探している様子が窓から見えた。

それは、こんなふうに書かれているシーンだ。
    ↓

「あの男、何を捜してるのだろう。」と私が指差した先には、素朴な服装をした体格の良い男がいた。
通りの向かい側をうろつき、せわしなく番地を確かめている。
大きな青色の封筒を手にし、見たところ手紙の配達人らしかった。

あの海兵隊の退役軍曹のことか?」
とシャーロック・ホームズは言う。http://www.alz.jp/221b/holmes/stud.htmlより抜粋




もちろん、ワトソン君は、嘘つけ! でまかせを言いやがって!と思う。(笑)

運よく、その男がホームズ宛の手紙を持ってきたので、ワトソン君は、確かめるためにその男に質問する。
ワトソン君は、ちょっと高慢な自信過剰なホームズをやり込めてやりたい気持ちだったのだろう。

ところが、その男は、
「私は今は便利屋だけど、もともとは海兵隊の軍曹でした。」と言ったのだ。


ひええ!

ワトソン君はびっくりして、ホームズに尋ねる。

どーして、海兵隊の元軍曹って、わかったの?

だって・・ワトソン君には、素朴な服装をした体格の良い男、としか見えてなかったんだから。


ところが、ホームズは、そんなことは当然のこととばかり思ってる。

じゃ、キミは「海兵隊の軍曹とはわからなかった」ってことかい?と、逆に聞かれてしまう。


わかるわけないだろーが!!

そこでホームズが、今度は親切に説明してくれるんだけど・・・
そのホームズの説明を引用
   ↓

「知るは易く、解くは難し。二足す二は四であることを証明せよ、と言われれば、君でも難しいと思うだろう。
だが事実と飲み込める。


すなわち道を横切る男、手の甲に青く大きな錨の刺青を視認。海の男だ。
それでいて立ち居振る舞いは軍人、人並みのほおひげもある。我が国には海兵隊があったな。
どこか偉そうで、なるほどきびきびした男だ。

君も見ているはずだ、あの男が頭をもたげ、短い杖を振り上げたのを。

それに顔を見ると生真面目で立派な中年の男――すべての事実から、僕は彼が軍曹であったと信じるに至った。」



聞いてみればちっとも不思議なことではない。
あー、なーんだ、な~るほど・・と思う。

見事な演繹法だ!

多くの観察
そこから組み立てて1つの結論に導く

ただし、その結論に至るまでの時間がものすごーく短い。
ほんの一瞬で出来てしまうのだ。

これじゃあ、

どーしてそんなことがわかるの?
キミはサイキックか?


と思われるのも無理はない(笑)

ホームズはこうも言っている。
     ↓
「そう、僕は観察と演繹の才を兼ね備えている。僕がそこに書いた理論は、君には鵺みたいな話に思えるかもしれないが、実用も実用――実用的すぎて僕はこれでパンとチーズを得ているくらいだ。」


恐るべき観察眼と演繹の才能
そして、リアリスト



そこで、ふと・・また母のことを思い出してしまったのだ。
そんなとこで、思い出したくはなかったんだけど・・・。


あの人も、おそるべき観察眼と演繹法を持っていたのかも・・・

ただし、教養の無い母は演繹法という言葉は知らないだろうし、
おまけに、ホームズ君のように、どうやって、結論に導いたのかを言葉にして説明すらできないだろう。

そこが大きな違いなんだけどね~(笑)


ところが・・・自分でもわかってないくせに、鋭い観察から演繹法の論理思考で結論を導いているフシがあるのだ。

それをホームズ君のように説明してくれない限り、一般人のワトソン君たちには、

「なんだかわかんないけど、ものすごく勘のいい人」としか思えないのかもしれない。
現に、私も父も、そう、思っていたのだから。。。


そいういえば・・・
母はフィギアスケートが好きで、よくTVで見ていたものだが・・

ちらっと見ただけで、選手の演技が始まる前に、

「この選手、きっと転んじゃって今回の成績は良くないわね。」

などと、また・・突然、サイキックみたいなことを言い出すのだ。


事前にこういったシーンが見えるんだろうか?
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そんなはずはない!


ところが・・案の定、母の言ったとおりになる。

なんで、そう思ったの?

と・・しつこく聞くと、

しばらく何かを思い出してる様子で、

そういえばね~、

演技の前の笑顔が無理してひきつってるように見えた。
動さがぎこちなかった。
なんか無理してるみたいだった。
怖がってるみたいな目だった。


なーんてことを、思い出したようにぽつぽつと言い出す。

たぶん、ワトソン君が見ていないところまでを一瞬の観察眼で見抜いていたということには違いなさそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、また、別の話を思い出した。
私が子供の頃、何度も母に悪事がバレたことがあった・・・。

あるとき、こっそりと色紙を隠し持ってるのをみつけられて、

「あんたこれ、きのうの午後、私のお財布から10円ネコババして、きょう学校の帰りに買ったわね!」

その時は、びっくりしてしまった。


ところが今思えば、それはちっとも不思議ではないことが見えてくる。

私の表情、日ごろの私の嗜好、状況を考えれば、容易く導き出せる結論だったのだ。

やれやれ。

いっそのこと、母はもっと勉強して教養を身に着けて、私立探偵にでもなればよかったのだ!

まったくもう!


ところが母は興味ないことに関しては、まったく関心を示さない。

彼女の好きな世界は、母として妻として家族を守ること
それだけに限定された世界だったんだから。

そこに、全能力を投入してしまっていたのだろう。


いやあ、家族はたまったものじゃなかったけどなあ・・(笑)
家族全員、誰も母には隠し事ができなかったもんなあ。。。



その能力は認めるものの、やっぱり母という人は、扱いにくいつーか、実にやりにくい人なのだ。


・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、シャーロック・ホームズの世界も実に狭い。
限定された世界に住んでる人だ。


ワトソン君は、こう言っている。
   ↓

文芸、哲学、天文はゼロ。
政治の知識は・・不十分。
シングル・スティック、ボクシング、フェンシングの達人。
バイオリンの名手。
英国法の極めて実用的な知識あり。

怪奇事件の知識は計り知れないものがあり、毒学、化学、解剖学、地質学の知識は体系的ではないけど、部分的に優れたものがある。
ズボンに付いた泥のはね跡を見て、色や質感からロンドンのどこで付けたものか言い当てるほど・・だったと、ワトソン君は言っている。



つまり、ぜーんぶ、大好きな犯罪捜査に関したものは恐るべき知識を吸収するけど、それ以外は、どーでもいいって人だったようだ。

さらに、ワトソン君が教えるまで、地球が太陽の周りを回ってることを知らない人だったようだ。

え? それって・・バカじゃん!
児童文庫ではそんなシーンは書かれてなかったぞ!

当然、ワトソン君もびっくり仰天するのだが・・


ところが、ホームズ君は、

「驚きのようだね。だが知ってしまったからには、全力で忘れるとしよう。」・・・と言ってのける。

ホームズにとって余計な知識は邪魔なのだそうだ(笑)
天体がどうであろうとも、自分には関係ないそうだ。


スコットランドヤードの無能ぶりをバカにしてせせら笑ってみたり、自信過剰、自負心の強さ、
頑固なまでに自分の世界に浸り込む。 興味に無いことは無視。

結構、ホームズって嫌なヤツだったんだなあ。



私が子供の頃に読んだシャーロック・ホームズ像だと・・・

細身でハンサム、武道の達人、頭脳明晰でクール、正義の味方でヒーロー、
バイオリンの名手

だったんだけどなあ~。


たしかにバイオリンの名手ではあるんだけど・・それですら、ほとんど自分の気分で自作自演の曲を演奏する方が多いと、ワトソン君は言ってる。
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うーーむ、やっぱ、児童文庫ってのは真実を伝えないものなんだなあ(笑)
もっとも、子供じゃ、そういった屈折した人間像は理解できないから、アレンジしたんだろうけど・・


ホームズ君っていうのは、やっぱ、やなヤツ。

だけど、シャーロック・ホームズは、その、やなヤツなところに魅力があるのも確かだ。



そして、

優れた観察眼と演繹法は、一般人にはサイキックのように見える、ということもわかった気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなことを言い出すと・・・今度はサイキックの定義だって怪しくなってくるかもしれない。


観察眼から一瞬にして導き出した結論。
頭の中に一瞬にして閃いた光景💡
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が見せてくれた光景


スピリチュアな表現をしてしまえば、
ガーディアンエンジェル、または守護霊様が鋭い観察眼を授けてくれたとも言えなくもない(笑)


そこに違いがあるとすれば、

ホームズ君のように、自分の思考回路を、他人が納得するように理路整然と説明が出来るか出来ないかの違いだけかもしれない。

占い師というのは、サイキックのように思われがちだけど・・優れた観察眼を頼りに人相を見て状況を判断して、占い結果を出す人だってありえるだろう。

まあ、とにかく、
真実を見せてくれさえすれば、どっちでもいいことだろう。


ただし・・

ただし・・なのだ!

多くのワトソン君たちを納得させるためには、論理的な思考回路を使って彼らにもわかるように説明しなければならないことは確かだ。
2+2が4になるということを。


ところがまた、そんな説明をしなくても、受け手しだいとも言えるだろう。

信じるか信じないかは受け手が決めることなのだから。

同様に鋭い観察眼を持ってる受け手ならば、説明を聞かないまでも、アイツの言ってることは真実だ!とか、ウソだ!・・ということを、その鋭い観察眼から一瞬にしてわかってしまうだろうから。

または、それも受け手のサイキック能力で感じとることかもしれないけど。


結局のところ、どんなアプローチ方法であっても、どんだけ早く真実が見えるかどうか?なんだろうなあ。


多くの人からの同意を得ようとしない限りは、説明が出来なくっても大した問題じゃないのかもしれないのだ。
むしろ、理論に振り回されて見失うことの方が問題かもしれない。


私の母のように、「なーんか、そう思ったのよね~」

と言ってのけて、それに絶対的な自信を持っている人もいるわけだし(笑)


実に強い!


うーーむ、それゆえ、私は母がニガテなのだろうけど(笑)

ネコと引き寄せの法則にまつわるローカルニュース

カリフォルニアのローカルニュースから、ネコにまつわる面白いニュースがあった
     ↓
Cats, separated at Petaluma shelter, reunited when owners start dating

2014年のこと、シングルマザーのキャサリンが6歳の娘とともにシェルターで、2匹の兄弟ネコをみつけた。
白とオレンジ色の子猫

名前はオジーとバター

ozzie and buter
https://www.petalumaanimalshelter.org/

あまりにも愛らしい子猫たち、しかも、瓜二つのそっくりネコたち

寄り添っている小さな兄弟を引き離すのはかわいそう・・・ぜひ、二匹とも引き取りたい!と思ったものの・・
彼女のアパートは、1匹しか許可されない。

そこで泣く泣くオジーだけを引き取ることにした。

それから2年後、キャサリンはシングルファザーのブライアンとネット上で知り合い、初デートをした。

意気投合しブライアンの家で食事をし、バックヤードで語り合っていたところ・・・

キャサリンの目は釘付けになった。

あ!オジーがいる!

「あれは、ウチのネコだわ。」

そこには、オジーそっくりなネコがいたのだ。


「違うよ。 あれば僕のネコのバターだ。」

と、ブライアンが言う。

翌日、キャサリンはブライアンを家に招待した。
今度はブライアンがびっくり仰天。

瓜二つのネコなのだから。。

そこで二人はシェルターからの里親契約書を見せ合った。

すると、
それは紛れもない、あの、兄弟ネコたちだったのだ。

しかも、キャサリンがオジーを連れ帰った4日後に、ブライアンがバターを連れ帰っていたことが判明。

もちろん、結末はハッピーエンディング(笑)
2家族と2匹は一緒に暮らすことになったのだ。

happyending.png
左からブライアンの娘のルビー、バターを抱いたブライアン、オジーを抱いたキャスリーン、娘のカリ

特にキャサリンの娘のカリは、彼女はバターに会ってひどく感動したそうだ。
当時子猫の兄弟を引き離してしまったことを、彼女はずっと気に病んでいたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

強い絆で結ばれた兄弟ネコが2家族を結びつけたのか?

それとも、

運命の糸で結ばれた二人の出会いが、ネコたちを再開させたのか?


たぶん・・両方かも。(笑)

えーっと、確率としてはどのくらいあるんだろう。


まず・・この街のシングルの男女の人口と、捨て猫の数と・・・それをエクセルのCOMBIN関数を使えば、どうかな?と、ちょっとした遊び心で思ったけど・・
それぞれの確実なデータ自体が存在するわけでもないし・・こんなことを考えること自体が無理だ(笑)

勘だけで、とんでもなく稀な確率だろうってことだけはわかる。


こういったことを、多くの人は「偶然」という言葉で処理してなんとなく納得してしまいがち・・


でも、偶然を引き起こすのも人々の意識なのかなあ~、なんて思ったりする。。。(笑)


母親のキャサリンは兄弟ネコの片割れ、バターのことを気がかりに思っていた。

娘のカリはもっと強烈に思っていた。

同時にキャサリンは新しい出会い、再婚を願った。

ブライアンも新しい出会い、再婚を願った。

引き離されたネコたち、オジーとバターもお互いを想っていた(決してお互いを忘れていなかった)



多くの人(ネコも?)の意識の方向性が1つに集まれば集まるほど、引き寄せパワーが大きく働くのかもしれない。
ただし・・決して強烈で表面的な思いではなく、もっと潜在的な意識だったのかもしれないが。


この家族すべての思いと2匹のネコの思いが、偶然と見えるような現象を引き起こしたのかもしれないなあ。

なんだか、多くのデータ集めをして確率計算するよりも、こっちの方が的を得てる気がしてくる。



日本では、近年「引き寄せの法則」だとか、「偶然はない。すべては必然だ!」なんてことをよく耳にするようになったけど、

そういえば、アメリカでも昔から言われてる言葉があった。

Everything happens for a reason 「全ての出来事には意味がある」

世界中、同じなのかもしれない。

「千の風になって」とパブロ・ネルーダの詩の世界から

千の風になってという曲を前回の記事、先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)の中でアップしたのだけど、

この曲の歌詞に対することで論争があったということを耳にした。

donot.jpg



私はお墓の中にいません。 お墓の前で泣かないでください・・・って箇所が問題らしい(笑)

◆だから・・お墓なんて建てる必要がないんだ

◆じょーだんじゃない! 我々文化に置いてお墓は必要だ

    ↓

「この歌詞は石塔(墓)を立てて、盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえるもの」
「東日本大震災後の遺体捜索を見れば、遺体によって親族の死を確認し火葬骨を墓に納めたいという遺族の強烈な願いと行政がそれを無視できないことが露わにされている。 (ウィキより引用)



あーあ、なんで・・こーなっちゃうんだろうね~。

やれやれ。

お墓を建ててお墓詣りをするもよし、またはお墓を作らない方法で個人を偲ぶもよし・・それで、いーんじゃないのかなあ、なんで論争になる?


ましては、こういった曲の歌詞を論争の引き合いに出すってところが・・どうもなあ。

私はお墓の中にいません。
私は死んでいません。


それを・・
嘘やんけ!
死んでるやんけ!


と言い出したら、

お月様が笑ってる。
風がすすり泣いている。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝(←こちらヨハネの福音書から)


こいったメタファーを全部、否定することになってしまう。(笑)

最近は、なんだか、ただ言葉尻をとらえただけで、あらさがしをして、そこを攻撃することが目的、みたいな論争も増えてる気がする。

双方が建設的な結論を導くための論争ではない気がする。

本筋から逸れてしまって、ちょっとした人の言い間違いだけをクローズアップして叩くとか・・(笑)



あ、そういえば・・


云々(うんぬん)を、でんでん・・・と読んだ人がいたとか(笑)

こちらに住んでると、そういった日本人は多くいるんで、私はあまり驚かない。
日系2世、3世の子供たち、または、長年アメリカに住んで日本語を忘れてきちゃったおじいちゃん、おばあちゃんなど。

そうゆう間違いを聞くと、なんだか私は・・かわゆい!って思えて、つい笑ってしまう。

ただし、彼らはとうぜん英語は堪能だし、それなりの教養はある人たちだ。
だからこそ、ちょっと子供っぽい日本語の間違いが、逆にかわいく思えてしまうのかもしれない。

しかし・・・

もしも、でんでんの間違いをしたのが、日本在住の人で大学出で、しかも、もしも(笑)、国家の首脳クラスの人で、しかも国会討論会の席であったとしたら・・・そりゃあ、当然、話は別。

そもそも、

自分の言葉で原稿を書いてない。
その場で読んだだけで内容を理解してない。

そんな人に国を任せていいんかい?


ってことになっちゃうから~。

・・・・・・・

そういえば、もう数年前のことだけど、私がアメリカに来てから体験した「言葉の間違い」事件もあったなあ・・・。


ある日系人のおじいさんから日本語の手紙のタイピングを頼まれたことがあったのだ。
原稿はすでに別の日本人女性にお願いして手書きで作ってもらっているという。
それを、タイピングして、ワードで添付して欲しいと頼まれたのだ。

それでその手書きの原稿に目を通したのだが・・・
どうしても、ある箇所が理解できない。

XXXXXXXXXX、XXXXXXXXXX
xxxxx、よめ、XXXを持ってきてください。

この、よめがわからん?のだ。

よめって、どうゆう意味だろう?
ただの書き間違い?


いくらそこに書いてあるからっていっても、自分で理解できないことをタイピングするわけにはいかない。

そこで、手書きの原稿を書いた日本人の方に聞いたのだ。

「あの、よめって何かの間違いですか? これ、削っちゃっていいの?」・・・と、私。

「何言ってるの! 削っちゃだめよ。」・・・と、その人。

その方は、中年の日本人女性で、日本語学校で国語の教師をしているという。

「あの、私・・よめって聞いたことがないんだけど、どうゆう意味ですか?」・・・と私。

「あら、あなたは、あまり本を読んだことがないのね。。。」と、彼女は軽蔑したような視線を私に向けながら続ける。

「本をいっぱい読んでる人ならわかると思うけどね、これは、よく使われる言葉なのよ。」


長年生きてきて、そんな日本語に出会ったことがなかった。
だけど・・日本語も英語も間違いだらけの私には自信がない(笑)

「そうなんですか~。 
ところで、どうゆう意味ですか? 次の文を強調するようなときに使う言葉ですか?」

「え?強調?、そうね・・・そういった意味も含まれると思うけど・・とにかく、頻繁に使われる言いまわしだと思ってちょうだい。
あなたも、もっと本を読んだ方がいいわよ。
うちに帰って調べてみるといいわ。 これはあなたの宿題ね。」


なんだか、上から目線で、完全に私を生徒扱いかよ。

まあ、とにかく解明しないとタイピングができない。
そこで色々と調べたのだ。

これは、どこぞの方言か?
彼女は、どこの出身だったっけ?
それとも、古語なのか?


ところが、
最終的に行き着いたのはこれだった。
   ↓

最近のゆとり世代と言われる人々は、漢字が読み間違いが多い。
予め(あらかじめ)を、よめ・・と読んだりする人も多い。



ええ??
予め(あらかじめ)のつもりだったの??


そもそも、強めの意味じゃないし~・・意味も知らずに使ってたんかよ!!

おまけに、よめとひらがなで書かれたんじゃ、わかるはずもない!

いやあ、まいった! まいった!(笑)


とにかく、
ある社会的立場にいる人は、自分の知らない言葉を思い込みで使ってはいけないのだ。

よめ、にしろ・・でんでんにしろ・・。


そうはいっても、私も人のことは言えない。
白状するけど・・私は、「引導を渡す」という言葉を、ずーーと「インロウを渡す」だと思い込んでいたのだ。

たぶん、最初に耳で聞いて、引導(インドウ)をインロウと聞き間違えて、勝手に印篭を渡すだと思っていたのだ。

ある日、何かの文章の中で、「引導を渡す」と書かれていて、はじめて、自分の長年の間違いに気がついたというわけだ。

もっとも高校生の頃だったけどね~(←十分、恥ずかしいだろ!)
そのせいか、いまだに引導を渡すという言葉をみつけると、つい、印篭が頭に浮かんでしまう。

inrou.jpg

それを友人に話したら、

「僕なんか、もっとすごいぞ! 常夏(とこなつ)の島って言うだろ? それをココナツの島だと、ずーーと思ってたんだ。
常夏って字を、ココナツと読むもんだとも思ってたぞ! しかも、二十歳過ぎまでだぞ!」

「そりゃ、すごい! キミには負けた。。。」(←そうゆうことかよ@!)


こういったおバカ自慢ができるのも、ただの庶民の庶民的な会話の場だから許されるんだけど・・・

それが、国語の先生って立場の公の場だったり、国会討論会じゃあ・・やはり、失格の烙印を押されてしまうだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・

話が逸れてしまった!

千の風になって、の話に戻すことにしよう。

これは、もともとは曲ではなく、詩だったそうだ。

Do not stand at my grave and weepという、アメリカで生まれた詩だったという。

それもかなり古い。
1930年代に、ある主婦が友人のために書いた詩だったそうだ。

遠い異国のドイツに住む母が亡くなった知らせを聞いたものの、当時の反ユダヤ主義のドイツへ帰国することも出来ずに、嘆き悲しんでいた友人のために、メアリー・フライ(Mary Elizabeth Frye 1905 - 2004)という人が、茶色の紙袋に書き綴ったものを送ったのがはじめだった・・と言われている。

その詩が口コミで、どんどん広がり、公の葬儀のセレモニーでも朗読されるようになったとか。

実際に墓石に掘っちゃう人だって何人もいるくらい、多くの人に愛されている詩なのだ。
    ↓
6201.jpg


Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.
I am in a thousand winds that blow,
I am the softly falling snow.
I am the gentle showers of rain,
I am the fields of ripening grain.
I am in the morning hush,
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight,
I am the starshine of the night.
I am in the flowers that bloom,
I am in a quiet room.
I am in the birds that sing,
I am in each lovely thing.
Do not stand at my grave and cry,
I am not there. I do not die.



これがオリジナルの詩だとされているんだけど、日本語の訳詩もほとんど同じ。
      ↓

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって あの大きな空を
吹きわたっています




メアリー・フライさんは友人を癒すため、追悼のためにこの詩を書いたので、著作権にこだわることもなかった。

そのため、多くの人々は自分の文体や言葉で好きなようにアレンジも出来たし、出版することもできた。
それが広く流通して知れ渡ることになったんだとか。

そして、ついに・・それが日本でも紹介されて曲もつけられて公の前で歌われることになった。

ということだ。

・・・・・・・・・・・

詩としての本来の在りようで広まっていった・・・つくづくそんな気がした。


以前のブログ記事、本を読むことから自分の中でリアルな映像化するの中で、

イル・ポスティーノという古い映画について書いたことがあった。
実在の詩人パブロ・ネルーダがナポリのカプリ島に滞在したという史実をもとにして作られた映画だ。

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以前のブログの中でも触れたのだが、

マリオという地元の郵便配達人が、パブロ・ネルーダ(有名なチリの詩人)と仲良くなって、彼の作品を勝手に使って最愛の恋人へ詩をプレゼントすると、

パブロがマリオにいう。

盗作はダメだよ!と諫めるパブロに、

今度はマリオが言う言葉。

「どうして? だって、たしかに詩は、最初にあなたが書いたものだ。 だけど、それに感動して、それを使ったものがいたら、それはもう、あなただけのものじゃなくなる。 それを一番必要としている人のものになるんじゃないのかな? 」

イタリア語だったんだけど、英語の字幕ではこう書かれていた。今でもよーく覚えているシーン。
Poetry doesn't belong to those who write it, but those who need it.



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いやあ、私たち凡人は、つい著作権で保護するとか、盗作だとか・・という視点で見てしまいがちだけど・・

本来のアートは、感動してそれを必要とする人すべてもものになることが本来の在りようかもしれない。

それこそ、まさにアーティスト冥利につきるってもんだろう。

とにかく・・この映画は私にとっては、インパクトの強い映画だった。



この「千の風になって」・・も、マリオの言葉どおり、感動した人々すべてのものになってるってことじゃないのかなあ。

自分のものにした人々は、それぞれに、ほんの少しずつ自分流にアレンジを加えて朗読し、ますます広まっていく。


日本に入ってきたとき、タイトルは「千の風になって」と変わった。

詩の3行目の、I am in a thousand winds that blow,から、「千の風になって」というタイトルにしたそうだ。

うん、たしかに・・原題よりも、洗練されたカンジになった。


そもそも、オリジナルは、メアリー・フライによって作られたらしい・・とは言われているものの、今となっては、それすら確実かどうかはわからないそうだ。
そこで、この詩は作者不明と表記されることが多いと聞く。

最初に誰が作ったか?

いや、そんなことは、どうでもいいのかも。


作者は自分の名前を残すことよりも、作品だけを残し多くの人を癒すことを望んだのだから。

実際に、アメリカで広まり、葬儀のときには、すべての宗派も超えてこの詩が朗読されることも多い。


なのに~

「この歌詞は石塔(墓)を立てて盆や彼岸にそれに参る、われわれの葬礼習俗への挑戦ともいえる」・・・なんて、捉え方をする人がいるとしたら・・それは、あまりにも気の毒な人。

感じる心は教養とはまったく関係がないように思える。



マリオが居酒屋の娘、ベアトリーチェの心を射止めて結婚式を挙げたとき、その席で立会人になった、パブロ・ネルーダがスピーチの代わりに自作の詩を暗唱してみせるシーンがある。

これが実に良い響き、実にいい詩。
イタリアの片田舎の寡黙で文字の読めない人々が、みんな下を向いてじっと聞き入っている。

感じることというのは、そういったことなんだと思う。


映画の中にも、いくつか実際のネルーダの詩が使われていた。

引用された有名なネルーダの詩 Walking around というのがあったが・・

人間であることにぼくはうんざりしている、
フエルト製の白鳥のように疲れていながら意地になっているだけ。
ぼくは散髪屋の臭い声をあげて泣く
ぼくの望みはただ一つ 石か羊毛のやすらぎ


一部だけを引用すると、こんな内容の詩だったはず・・

マリオが最初にこの詩をひどく気に入ってしまい、それを暗唱してみせてから、こう尋ねるシーンがあった。

「理髪店の臭いに声をあげて泣くというのは、どうゆう意味ですか」

ネルーダは答える。

「いいかね、マリオ。 君の読んだ詩を違う言葉で表現することはできないんだよ。
詩は説明しては意味がない。詩から直接、何かを感じ取ることが大切なんだ。
理解しようと思えば感じるはずだ」


pablo_neruda.jpg
こちらが本物のパブロ・ネルーダ↑

チリの国民的詩人、ノーベル文学賞を受賞した詩人でもあり、メタファーの達人と言われた人
バスク系チリ人
(←なぜかバスク系は、私の憧れ)
そして外交官で政治家


最後は暗殺されたという噂もあり不幸な死を遂げた人だったけど・・・

世界はメタファーで満ちていることを知っていた詩人の一生は、やっぱり不幸だったとは思えないのだ。

詩は感じること

たぶん・・・詩だけではなく、すべては「感じること」が基本かも。

考える前に感じること

理路整然と説明できる人は賢い人と言われるけど・・

説明なんかできなくても、より深く感じられる人の方が豊かかもしれない。



暗い部分ばかりがクローズアップされる世の中だけど、
多くを感じることができれば、もっと、この世はステキなもので満ちているのかもしれない。

なんだか温かい気持ちでそんなことを思った。


あ、そうそう・・
もしも、イル・ポスティーノを見るとしたら、この映画に限っては、日本語吹き替え版はお勧めできない。
音の感覚が大事な役割を果たしているんで・・

先祖と前世とアイデンティティ(きのうの続きから)

「先祖と前世というのは別物ですか?」という質問をされた。

たぶん前回のブログ、ファミリーヒストリーとアイデンティティをからの質問じゃないかな? 


さて、私自身の頭の中を整理するためにも、もう一度、考えてみようと思う。


まずは先祖、前世という別の言葉があるとおり、いちおう定義としては、

先祖(せんぞ)または祖先(そせん)とは、現代人の、既に亡くなった数世代以前の血縁者全般のこと。とくに直系についていう場合が多い。

前世とは、前世(ぜんせ)とは、人の転生を認めるという大前提のもとで、現世以前の、それより前の人生のことを指す。
皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになる。



となると・・自分の先祖の中に前世があることも、前世の中に先祖があることだってありえるだろうねえ。


ただ、先祖というのは、かなり曖昧な部分があって、一人の人のその親の親の親と辿っていくのが先祖なんだけど・・・

兄弟姉妹がいれば傍系というのができるわけだし、1947年に日本国憲法が施行される前は、長男相続制だったわけだから、本家というのは代々の長男が継いでいたわけだ。

なぜか、男子で生まれて長男という立場なだけで、家屋、財産のすべてとその家の責任をぜーんぶ押しつけられてきた時代があったのだ。
お気の毒な・・(笑)

ところが長男が死亡したり、はたまた、男子全員が死亡したりすれば、お家存続のために養子を迎えたりしたこともあったわけだから・・完全に1つの血脈によって代々続いた家なんて、ありえない・・と考えた方がよさそう(笑)

しょせん、家の概念、家系というものは、生きている人間が作り上げた形でしかないような気がする。


もちろん、それは日本に限ったことじゃない。

たとえば、有名なロマノフ王朝だって、ロマノフ朝第8代ロシア女帝、エカチェリーナ2世だって、ロマノフ家の血なんて一滴も流れてない。

eka.jpg
映画エカテリーナから

つーか、ロシア人でさえないんだから(笑)

彼女は北ドイツで生まれた、ルター派の洗礼を受けた、ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケさんって名前だったわけだし、それがロシアの皇太子のピョートルと結婚するために、ロシア正教に改宗してエカチェリーナ・アレクセーエヴナと改名して、いかにも、名家のロシア人ぽく、しちゃっただけなのだ。



ま、どこの国だってそんなものだろう。。。


ただ、日本の特殊な部分をあげるとすれば、日本人の心に祖霊信仰(それいしんこう)が根付いている点かもしれない。


きのうのブログでも、ちょっと触れたけど・・

既に死んだ祖先が生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも一部見られる。
(ただし現代のアフリカのズールー人たちはほとんどがキリスト教らしいけど。)



となると・・現代でも熱心な祖霊信仰は、中国、韓国、日本、東南アジアってことかな?


未だに日本人は、お墓参りを大切に行う民族だ。
宗教を持たない日本人と言われているのに・・(笑)

ちなみに欧米では、XX家の墓という概念はない。
お墓は、すべて亡くなった個人のために作られている。


ちなみにこちらは、沖縄のお墓だそうだ↓
que-1436916389.jpeg
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1436916389

日本では、祖先の霊を祀り崇拝し、先祖を「ご先祖様」「ホトケ様」と言い、一般家庭で位牌を仏壇の中央にまつるわけだし、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事だってある。
まさに、見事なまでの祖霊信仰に属するものだ。

そして、それこそが仏教だ!
と、思ってる人も多いようだけど・・(笑)

ところが、本来、祖霊信仰と仏教本来の「シャカの教え」とは、まったく関係がない。
まあ、言ってみれば・・これこそ、まさに日本仏教。

じゃあ、本来の釈迦の教えって何だったの?

ってことになる。

それをひとことでまとめちゃえば・・おそらくこんなこと
      ↓(かなり要約しちゃってるけど 笑)

生・老・病・死という“四苦(しく)”は生きている人間の宿命であり、輪廻のサイクルの中にある。
輪廻思想が大前提。

仏教が目指す最終目的として、悟りを得て輪廻のサイクルから抜け出すことで本当の幸せになれる。
悟りを得て解脱(げだつ)




「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」というのが釈迦の言葉。

で、釈迦は輪廻転生を認めながら霊魂の存在を認めていないのだそうだ。

ええ? それってどーゆうこと? 矛盾してるよー、と釈迦の弟子たちですら頭を抱えてしまったそうだ(笑)

また現代でも、霊魂の存在を否定した釈迦の教えは間違いだった!なーんて言い出す、スピリチュアル信奉者もいるらしい。


さて、それをどう解釈するかは、みなさん、それぞれ(笑)


私の独断的解釈としては(笑)
    ↓
「すべては因果的関係性の上に成り立っていて確固不変の実在はない」という意味は、
「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんて、ないよ~!と言ってるだけだと思う。


つまり、AさんやBさんの死後、Aさんの霊魂やBさんの個々の霊魂が生き続けるということではないってことだ。

死後、AさんBさんに宿っていた魂は49日を経て霧散してしまい、その意識の一部だけが残って転生していく。
だからこそ、AさんBさんの自我、実在としての霊魂はない!ってことじゃないだろうか?

ただし、彼らが現世で学んできた意識の一部は転生し受け継がれている・・・というのが私の勝手な解釈(笑)

私としては、ちーとも矛盾してない気がする。

スピリチュアリズムで言われる類魂とも共通してる概念じゃないかな?

以前、どこかでこんな例えを聞いたことがあるけど・・
     
deop.jpeg

類魂 とは、コップの水のたとえで言うと、大きなコップから一滴また一滴と現世にこぼれ落ちる水滴(たましい)が、それぞれ、実にさまざまな時代、国、性の人間として生まれ、まったく違う経験を積んで、また死んでコップの水の中に混じって溶けあう現象。
それを何度も繰り返す。

類魂の「個性」は同一なのに、それぞれの「経験」は別々。
それが全体として溶け合うことで、類魂の中(コップの中)へ再び溶け合ったとたんに、それらすべての経験が、コップの中で共有される。
1つである個は全体の一部であり、それはまた1つとなり全体の一部となる。



それが、一つの生命の誕生、輪廻転生、類魂だそうだ。


そうなると、死んでからもなお個人としての魂がお墓に宿っている、と考えるのは、ちと違う気がする。

もっとも、成仏しきれない魂、つまり、死んでも何らかの強い念のため、自我を頑なに持ち続けてしまってる魂だったら、お墓に宿ってるってこともありそうだけど・・。

ちゃんと成仏(浄化?)できた魂だったら、お墓にしがみついてるわけはないと思う。

たぶん、こっちの方が正しいと思う(笑)
  ↓

これは、日系人の90歳になるおじいちゃんが好きだった曲。もう、故人だけど・・

彼は日本語がイマイチだったんで、もっぱらこっちのビデオをみてた。



まあ、そんなわけで、私は先祖供養が最も大事なことだとか、それこそが仏教の神髄だとは思ってはいない。

だからといって、もちろん否定する気はないし、むしろお彼岸やお盆といった日本独自の文化も好きだ。
お墓にお参りをするというのも、喜ばしいことだと思っている。
おそらく・・それは死者のためというより、「生きている人々のため」だろうけど。

ただし、先祖供養をしてなかったら罰が当たったとか、子孫に不幸が起こるなんてことはありえない、と思っている。
そんなことをいったら、遠い異国に住んでしまって日本へお墓参りに行けない人は全員、不幸な憂き目にあうことになっちゃう。


なぜ、日本が祖霊信仰の国になったのか?
おそらく、中国大陸、朝鮮半島を経て入ってきた、儒教思想や道教思想の影響じゃないかと思う。

儒教は家庭を中心とした人間関係というものを強調したわけで、父子、夫婦、兄弟姉妹、友人間、統治者と民衆間の五つの関係を基本にして、最も強調されるのが父子関係、それを拡大して年齢の上下の関係を重んじるようになっていったそうだから。

道教もまた、自然と祖先の魂とへの崇拝という概念が基本にあるわけだし、神仙思想と結びついて、中国式の煉丹術や中国占星術、中国伝統医学、風水なんかも、生まれてきた。

なので、未だに四柱推命や算命学では、祖先という概念で捉えることも多いんだとか。


うーん、たしかにスピリチュアルリズムの観点から見ると、先祖が守護霊になっていることもそれなりに多いらしいし、また前世=先祖だったこともあるらしいから、まんざら的外れではないのだろう。


じゃあ、DNAを辿ったらどうなんだろう?

ところが、ミトコンドリアDNAだと、必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。
したがってミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の…と女系をたどることができるけど、ずっと男性社会が支配していた家系図と照らし合わせるのは難しいだろう。

そもそも家系図が怪しいとなれば・・・もう、お手上げだ。

じゃあ、DNAと前世の関係を調べるとすると、遺伝子学者と霊能者(スピリチュアルリスト)のコラボレーションが要求されることになるし・・・・うーん、これもまた、なかなか実現しそうにないのかも(笑)


そういえば、霊能者の方から、こんなことも聞いたことがある。

「絶対先祖は子孫に大きく影響する! 現にXX家では先祖の祟りで代々長男が呪われてる!」

さらに、

「XX家に強い恨みを抱いて死んだ人が、そこの家の長男に代々祟っている」

なーんてことも。

確かにそれもあり得るだろう。
でも、これは、先祖や家系とは関係無いように思う。

強い恨みを抱いて死んだ人が、たまたま、勝手にXX家のせいだ! だからXX家を呪ってやる!という念を残して死んだからだと思うのだ。

成仏できない誰かさんの思い違い、思い込みからきたものだろう。
その結果として、XX家の長男が呪われる、ってことになっただけだと思うのだ。

もし、強い恨みを抱いて死んでいった人が、「霊的自我としての霊魂」、「実在としての霊魂」なんてない、と知っていたら・・

もし、類魂や前世というものを知っていたら・・

XX家を代々呪ったところで、そりゃあ、お門違いってことに気づくだろう。


キミね、もっと、的を得た、他の呪い方があるだろ!・・・と言ってやりたくなる(笑)

ところが、生きた人間とか、肉体を無くしてさ迷ってる霊というものは、得てして・・こんなふうに思い込みがちなのかもしれない。

物事を多角的に大きな視点から見ることができる霊だったら、いつまでも怨念を抱いて現世をさ迷ってることもないだろうから。

Grave-Of-The-Fireflies-post.jpg

さて、

結局、どれが正しいか間違ってるか? なーんてことを議論をしたって、なーんの結論も出てこない。

インドで釈迦が説いた仏教こそが本物で日本仏教が偽物だなんて言ったところで、また祖霊信仰がいいとか悪いとか言うような問題でもないと思う。

また、個人の何パーセントくらいが意識として残り統合されるのか?・・なーんてパーセンテージで示すことさえも愚問だと思う。
そんなことに平均値やパーセンテージで示せるとも思えないし、また、どうやってその数字が導き出せたのかもいうのも疑問だから(笑)

もちろん、お墓にいないなら墓参りなんて必要ない!なんてことも思わない。
それじゃあ、目に見えないものすべてを否定する現世主義者の思考回路だ(笑)

わざわざお墓に出向くことによって、そこに死者の魂を感じるならば、やはり、そこには意味があるはずだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところは、

さまざまな文化を知った上でたくさんの選択肢の中から、自分がどう感じるか、どうしたいか?

それだけだと思う。


前述したエカテリーナ2世のように、生まれ持ったプロイセン人のアイデンティティを捨て名前まで捨てて、新たにロシア・ロマノフ家の大帝としてのアイデンティティを自ら選ぶなら、それはそれでアリなのだから。


ただ1つの世界だけにしか目を向けなければ・・選択肢は狭まってしまうだろうし・・それじゃあ、生きながらにして成仏(浄化)できずにいる霊たちと同じになっちゃう(笑)

ファミリーヒストリーとアイデンティティ

「Tsubasaって名前は、日本人にはよくある名前?」・・と聞かれたんだけど。。。

翼(つばさ)って名前、最近ではよくある名前なんだろうか?

「わかんないよ~、私はアメリカに住んで10年以上経つしなあ。」と、答えるしかない。

「意味をこのサイトで調べたんだけどね、こんなふうに出てたよ。」


日本名で男女共に使える名前、漢字では翼、発音はtsoo-bah-sah
意味はWingのこと。


こちらのサイトからチェックしたとのこと
     ↓
http://www.behindthename.com/name/tsubasa

「翼って、友達の名前かなんか?」

「日本のコミック本に出てくる主人公の名前だったんで、ちょっと興味を持ったんだ。
日本の名前ってさ、みんな意味があるんだろ? それに苗字で先祖もわかるって聞いたけど?」

「いやいや、苗字だけで・・なかなか先祖やルーツを知るのは難しいと思うけどね。
むしろアメリカ人の苗字の方が、わかりやすい場合が多いんじゃない?」

familyhistry.jpeg


マクドナルド(McDonald)、オニール(O’Neil)、オブライエン(O'Brien)など、 アイリッシュ, スコティッシュ系
ホフマン(Hoffman), ミュラー(Muller), シュナイダー(Snyde)など、ドイツ系
ジュリアーニ(Giuliani)、ペロシ( Pelosi)、コッポラ(Coppola)など、イタリア系


その他、南米系、ロシア系、北欧系、韓国系、中国系、ベトナム系などなど・・だいたいにおいて苗字で判断できることが多い。

「でも僕のファミリーネームは、フリーマン(Freeman)だろ? 調べてみるとアングロサクソン系にあるらしいんだけどさ、僕の先祖はアフリカ系の血が入ってることは確かだし・・もともとはアフリカから連れてこられた黒人奴隷だった可能性は高いと思うよ。
奴隷解放後に、勝手に自分で苗字をつけちゃっただけかもしれないし~。」

そういう彼は、見た目ではまったくの白人で、まったく黒人の血が入っているようには見えない。


苗字から意味とルーツを探るサイト(英語サイト)アルファベットで日本名を入れても検索できる
        ↓
https://www.familyeducation.com/baby-names/surname

ここのサイトでは、アメリカのどの地域に多いかもわかるようになっている
       ↓
http://www.ancestry.com/learn/facts/

・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、アメリカの何かの番組だったかで・・こんなのを見たことがあった。

アメリカ人のある遺伝子学者が自分の家の家系図と遺伝子学を使って10数代前まで遡ったところ、なんと自分は黒人奴隷でしかも、奴隷の主人にレイプされて生まれた祖先を持っていたことが判明したそうだ。

しかし、その方も見た目はまったくの白人。

family-history.jpg


今では自分のDNAから祖先を辿ることも可能となった。
それによって、彼のように見た目が白人であっても、黒人のDNAを色濃く持つ場合もあるだろうし、また逆に黒人であっても白人のDNAを持つ場合があるということもわかるようになったのだ。

見た目の肌の色や髪の色なんて、ただの見た目でしかないってことだ。


いやいや、アメリカの歴史から考えれば、ほとんどの現在のアメリカ人がそうかもしれない。
そのほとんどが、強姦魔の奴隷所有者と黒人奴隷被害者の両方の血を受け継ぐものってことになってしまうかも(笑)

さらに、アメリカインディアンの部族の血が流れていることだって多いだろう。

・・・・・・・・・・・・・・

日本のTV番組では、ファミリーヒストリーというのがあって、なかなかの人気番組だと聞いたことがあった。
たしか、NHKの番組で、芸能人たちの先祖を辿る、というような内容だった。

私もYoutubeにアップされていたものをいくつか見た覚えがあるが、それぞれが皆、ドラマチックなストーリー仕立てで製作されていた。

もっともこの番組では、家系図と聞き込み調査をメインに調査しているだけらしいのでDNAを使った遺伝子学のアプローチではされてないようだ。

だけど、もしも祖先に凶悪犯人や犯罪者がいることがわかったら、番組として、どうなんだろう?と、ふと思った。
そりゃあ、芸能人たちのイメージダウンになちゃうだろうし、本人たちだってショックだろう。

だけど・・そこはまあ、番組だし~、決して本人のイメージダウンにはならないように製作されるのかもしれない。(笑)
まあ、視聴者が番組として、楽しんで見ればよいことなんだろうから。

・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、日本は歴史から見ても、名門の血を引くかどうかというのが、大きなウエイトを占める。

武田家は八幡太郎義家の血をひく源氏の血筋だったし、北条家は桓武平氏の血筋だったそうだ。


源氏か平家か。

源平


それは天皇家の血筋に繋がるってことになるわけだから。
だからこそ家の格式を重んじる時代では重要なポイントになるのだ。

天皇というのは思いのまま子供をどーーさり作ることができたわけだけど・・ところが、平安時代頃になってくると、天皇の子供の量がどっと増えてしまって・・そりゃ、天皇家といえども困ったことになる。
そこで源か平の姓を名乗らせて臣籍降下させたのがはじまりだそうだ。

で、清和源氏とか桓武平氏とか、頭にくっついているのは天皇の名前で、どの天皇の氏族から出た一族なのかをあらわしているそうだ。



でも、実際には、源とか平を名乗ってなくても、有名どころの戦国武将、足利、新田、山名、武田、今川、村上なんかは、出自は清和源氏なのだそうだ。(壇ノ浦で滅びた平氏よりも源氏の方が圧倒的に多いけどね。)

そもそも、苗字なんていくらでも変えられた時代だし、上司から、「明日から〇〇と名乗れ!」と言われれば、そうしなきゃならなかった時代でもある。

または、自分が出世して武家の頭領にでもなってしまえば、権威付けのために自分で家系図を作っちゃうことだって可能だっただろう。

どの時代でも、金と権力さえ手に入れれば、好きなように家系図だって作れるわけだから(笑)


実際に出自は天皇家の血を引く人であってさえも、本人は知らずに超貧乏な農民として一生を終えた人もいるだろうし、その逆もあったことだろう。

そう考えると・・現存されている家系図の信憑性ってのは、あまりなさそうな気がする。


そんなことを言えば、ヨーロッパの名門家だって同じだろうけど・・。

ハプルブルグ家は、現在のスイス領内に発祥したドイツ系の貴族の家系古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称してたそうだから。

こちらはハプスブルグ家の紋章、双頭の鷲↓
Krems_Coa.jpg


ところで・・

自分の家系を知ろうとすることは、自分の前世を知ろうとする感覚とも近いのかもしれない。

ふと、そんなことを思う。

多くの人は、ご先祖様が大御殿に住むような人物で人格者であったと聞けば、なぜか嬉しくなるものだろうし、代々貧しい小作人だったと聞けば、がっかりするのかもしれない。

凶悪犯罪者だったなんて聞けば、さぞショックだろう。


今の自分と関係ないのになあ!(笑)


ふと、

くだんの母という、小松左京の小説を思い出した。
ずいぶん昔、私が10代の頃に読んだ小説だった。

漢字で書くと、くだんとは、
「件」(=人+牛)のこと

九段の母じゃないからね・・!
    ↓ なぜか検索すると、こんなのがヒットしてしまったけど・・これはなんだ? 関係ないのは確か。
kudan.jpeg


第二次世界大戦末期、家を焼け出されてしまった少年が兵庫県芦屋市の名家の離れでお世話になっていたときに不思議な体験をする話。

そこは大きなお屋敷で美しい奥様と、病気にかかっているという姿の見えない女の子だけが住んでいる。
戦時中なのに、贅沢な食べ物には困らない家で、しかも決して焼けることはない家だと、奥様は言う。

ついに、最後に・・隠されていた女の子を見てしまうのだが、それは、人間の体と牛の頭部を持つ化け物のような女の子だった。

そこの家系は、代々続いた名家で、しかも多くの人々を斬殺し多くの恨みの上に築かれた、呪われた家系だという。
そこの家では、女の子は生まれない、生まれても育たないそうだ。そして稀に生まれるとすれば、それは・・件(くだん)

「件」(=人+牛)の文字通り、半人半牛の姿をした怪物
件は歴史に残る大凶事の前兆として生まれ、数々の予言をし凶事が終われば死ぬそうだ。

実際にそうった言い伝えがあったそうで、それをもとに小説化したらしい。
Mt_Kurahashi_Kudan.jpg


その子も太平洋戦争終結とともに死んでしまう。

ただし、部外者は決して件の姿を見てはいけない・・と言われている。



そんな内容だった・・・もっとも私の記憶が正しければ、だが。


たしかに、代々続く名家というものは、おそらく、多くの人の血と涙と恨みの上に存続したきたというケースが多いのかもしれない。
なんだか、つくづく、そんなことを思ったものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずいぶん以前のブログ記事にこんなものをアップしたことがあった。
      ↓   
自分の先祖を知ることって

これは多くの人々の家系を遡ってデータ集めをして、そのデータから導き出したものだったが、なかなか面白かったのだ。

もういちど、このポイントを記すとこんなことだった。
     ↓

ある家に長男、次男、三男がいる場合、
●三男は父親に似ることが多く、次男はおじいさん、長男はひいお爺さんと似る。

●夫婦仲良く過ごしたカップルは、後々まで安定し一族は子孫代々まで繁栄する傾向あり。
ところが、夫婦仲が悪かったり愛人を持ったり隠し子を作ったりした場合、その3代あとに悲惨な影響が出ることが多い。
長男が病死、事故、また、何人か子供のうち、一人が未婚の母だったり、自殺、同じように不幸な結婚をして、愛人を持ったり....と繰り返される傾向あり

●一番一家が繁栄し後々まで繁栄し続けるケース
夫が初婚で連れ子を持った女性と結婚し、その子供も新たに生まれる自分の子供もわけ隔てなく育てて、幸せな家庭だった場合は、何代にも渡って、その一家は繁栄を極めることが多い。




たしか武田信玄についても触れていて、知略・武力に長けた最高の武将だったのに、家庭内にはいつもゴタゴタが絶えなかったのが敗因か?・・というようなことも語られていたことを思い出す(笑)

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確かに武田信玄(晴信)さん、正室の三条夫人の他に3人の側室がいたわけで子供は12人。他にも記録に残らないような身分の女性もいた可能性もあるだろう。


この時代は権力者ともなれば妾を持って当然の時代だったからね~。



これはもちろん、ただのデータの分析結果だ。
夫婦仲良くしていれば子孫繁栄だし、浮家族気して家庭不和になると子孫に不幸が起きますよ!だからやめましょう!
なーんて、レベルの話ではない(笑)


それをどう読み説くか、という推理でしかないのだが・・

ようするにすべての人たちを幸せにできたかどうかってところがポイントのような気がする。
妾や浮気相手が何人いようがいまいが、みーんなが納得して幸せだったら・・そんなことは関係なさそうだ。

事実、戦国武将はみんなそんなものだったわけだし~。

しかし・・現代は、一夫一婦制になってるわけだし、法的にも社会通念からも妾を持つことはタブーの時代になっている。

なので、隠れてこっそりの「浮気」って言葉が出来上がったのだろう。

その結果、妻も浮気相手も隠し子も・・周囲みんなを不幸にしてドロドロにしちゃう可能性の方が高いんじゃないかな(笑)

そうなると、周囲のネガティブ意識は子孫にまで影響するようになる。


ならば現代だって・・
もしも光源氏のような人がいて、豪邸を建ててすべての妾やその子供たちを堂々と住まわせて、みんなが幸せに暮らしていければ、一家は安泰、子孫も安泰ってことだろう。(←どこにいるんだ? そんな現代人!)


どうも、そうゆうことらしい(笑)


とくに子供は生まれた環境に非常に影響される。
まだ生まれてこない胎児もまた、母親のストレスに大きく影響されるというのは、いまでは周知の事実。

ストレスホルモンは身体に防衛反応を呼び起こす種類のホルモンだそうで、もしも妊婦がそれを抱えていた場合、当然胎児の血流にも入り、母親の胎内と同じように、標的組織や標的器官に影響を及ぼすそうだ。


今はほとんどの病気の原因がストレスと言われるくらいだし、生まれてくる子供の健康に大きくかかわるのが、妊娠中の母親のストレス、そのストレスを与えるのが生活環境であり、やはり夫ということになりそうだ。

生まれてからも、ストレスいっぱいの母に育てられ、鬱々とした思い、悲しみ、恨みの渦の中で子供が育ったとしたら・・そりゃあ、家を出ない限りは良い人生になるとも思えないし、一家の繁栄にもならないだろう。


逆に、●一番一家が繁栄し後々まで繁栄し続けるケースであったように、
夫が初婚で連れ子を持った女性と結婚し、その子供も新たに生まれる自分の子供もわけ隔てなく育てて幸せな家庭だった場合・・・というのは・・・

おそらく愛情あふれる夫婦だったということが言える。

昔の常識としては、初婚の夫に連れ子ありの妻というケースは敬遠されたことだろうに。
それをものともしない愛情があったとするならば・・・そりゃあ、そんなきな愛の波動の中で育った子供たちの将来にも大きく影響していくことだろう。

スピリチュアル的な見方をすれば、愛の意識は周囲の人を幸せに導き、憎悪や不安は運を下降させるものだ。
幸せな波動は次の世代へと影響を与えていく

そう考えると、このデータ結果も、なんとなく納得できてくる。


家系を辿ってファミリー・ヒストリーを調べてみたり、または、前世を知るのは、たしかに面白い。

DNAから判明する先祖によって、「自分が生物学上でどこの人だったのか?」ってことがわかるだろうし、
自分のヘリテージ(身元や自分を構成するもの)で、「自分がもともとはどんな人間だったのか?」ってことがわかるだろうから。

でも・・・それだけのことだ。
過去の先祖は自分ではない、別の人だ。


黒人でも白人の血が入ってるわけだしその逆もあるわけだし・・日本人だったら韓国系、中国系、南洋系だって多いだろう。


そもそも日本は、祖霊信仰が生きている国だ。

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祖霊信仰(それいしんこう)もしくは祖先崇拝(そせんすうはい)とは、既に死んだ祖先が、生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教体系である。
中国、朝鮮、日本(とりわけ沖縄)中国では祖先崇拝と呼ばれ、清明節などの習慣がある。(Wiki より)



だからこそ、日本人は欧米人以上に、先祖への関心や血筋というものにこだわる傾向があるのかもしれない。


だけど、辿ったところで・・・辿れば辿るほど、どんどん世界に広がりミックスしていくだけだ(笑)

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たとえば、日本人の佐藤さん(仮名)がいたとしよう。  バリバリの日本人の顔をした日本人だったとしても・・
朝鮮半島から渡ってきた帰化人の血を引く人で、それ以前は中国大陸、コーカサス地方、ウズベキスタンかトルクメニスタンの馬賊、その前はイスラエル王朝かアラブ系の血をひくこともありえるし・・ゲルマン系ともミックスなんてこともありえる話だ。

どこまで遡ればいいんだ?

そりゃあ、世界の千差万別な人がいたことだろうなあ(笑)



たしかに、途中で名家の血筋が入っていることがわかって、

「私は世が世なら薩摩藩のお姫様と呼ばれたんだ!」と言ってみたところで・・・
「わが先祖はロマノフ王朝の血筋を引いてる」と言ってみたところで・・・

それがどーした?(笑)・・・でしかない。

たった一つの良い部分、自慢できる部分だけをクローズアップしてみたところで、あんまり意味はないように思う。
遡れば遡るほど、あまりにも多くの血脈の上に出来上がったいるのだから。


それは先祖に限らず、前世という概念だって同じことだろう。


結局、

すべての人は今生に生まれて、幾つもの選択肢の中から自分自身で何かを選ぶかしかないのだろう。


価値観、文化、哲学、信仰・・・それらすべてをひとつひとつ自分で選んでいったものが、自分のアイデンティティーになるわけだから。

そして、そのヘリテージを次の世代にたくしていく。
ただし・・それは血縁とは限らない。

ある種の技術だったり思想だったり・・そういったものを次の世代の人が自ら選択し、師匠となる先代から受け継いでいく。


先祖から脈々と受け継ぐ血や前世というよりも・・・やはり、それは現在の自分の意思で、自分のアイデンティティーを作っていくことなんだと思う。


先祖を気にするなら・・せいぜい、記憶に残っている祖父母か曾祖父母までだろうし、つまり、意識的な影響を受けているだろう・・という人までで充分な気がする。
もっとも、私はそれすら、よく知らないのが・・。(笑)

梅と桜のタマフリの季節

週末にパークに出かけて梅の花を見てきた、という人がいた。

梅の花をアメリカで見られるとは知らなかった。。。

UME_TREES_2012_002_(2).jpeg
http://parks.lacounty.gov/wps/portal/dpr/Parks/Peter_F_Schabarum_Regional_Park

Peter F. Schabarum Regional Parkという公園で週末は入園料を取られるらしいが、梅の花は今が見ごろ。

なんでもここは日系企業の寄付もあり、また水戸の偕楽園から取り寄せた梅の木なんだとか・・。

最近では、桜はアメリカ国内でもずいぶん見られるようになったものの、梅は知らなかった。

桜だろうが梅だろうが、花見は良いことだろう。
なんといっても、タマフリなんだから。

かなり以前に、こんな記事をアップしたことがあったけど・・
      ↓
桜とタマフリと

花見をする意味は、タマフリにあるという。

神道で使われる言葉に、タマシズメ(魂鎮め)とタマフリ(魂振り)というのがあり、タマフリというのは、神を呼び起こし魂を奮い立たせる儀式のことだそうだ。



花を咲かせる元気な樹木の生命力の波動を目で見て感じることで、「タマフリ」になるそうだ。

心身共に疲れ気味で、あ˝~うつ病になりそう!なんて感じている(またはすでに発症しかかっている?)現代人こそ必要なことかもしれない。

それにしても・・

やはり日本人とは世界に類を見ない人々かもしれない。

魂が抜けそうでウツ気味だったり、災難続きのとき、お祓い方法やフレッシュなエネルギー注入法を古代人は知っていたということだ。

アメリカでは花見の文化なんて聞いたことがない。
タマフリなんて、当然知らないだろう。

こっちでは、心身共に疲れてストレスが抜けなければ、サイコロジストを進められるだけだ。
ただし日本で精神科だとか精神分析医というと特別な事のように思われがちだけど、こちらではいたってフツーなこと。

うーむ。

日本では花見文化があるから、アメリカほどサイコロジストのもとへ通う必要がなかったのかもしれない。



以前のブログ記事にも書いたことだが・・花見とは
     ↓
「悪い日=厄日」に出かけて、真っ盛りの花の美しさをその目で見る事によって樹木からその生命力を分けてもらう。
悪い波動を追い出してきれいな波動を注入する。


これが花見の、もともとの意味だったそうだ。  つまり、タマフリ。

お花見は、まさしく、タマフリのひとつの方法。
●自然の美しいものをみること

しかしタマフリとは、見ることだだけとは限らない。

●音によるもの
神道では古来より鈴には「邪なるものを祓う力」があると考えられてきたそうだ。
ただし鈴そのものにではなく、「鈴の音」

浦安ノ舞(後ろ姿)


もちろん、鐘の音だって同様だろう。
魔を払う力があるとされているからこそ、寺でも鐘を鳴らすわけだから(時刻を知らせるだけじゃないわけで・・)

家にいてなーんなく嫌な気分になったり、空気が澱んできたと感じるときに、パンパンと拍手するのもいいそうだ。

これもまた過去記事に、音、周波数について書いたものがあったけど・・
    ↓
DNA修復のための周波数と現代の音楽

音(周波数)が人体に及ぼす影響も大きいということを書いたのだが、実は私自身もこれを体感することがある。

●自然な良い香りを嗅ぐこと
梅の香り、桜の香り(桜は梅ほど香らないけど・・桜餅は自然な香りかも(笑)

現代では医学的にも証明されているアロマセラピーもこれに含まれるだろう。

ようするに、五感のすべてを使って魂の修復(医学的に言えばDNAの修復だろうか?)をする、それこそがタマフリ。

それを古代日本人が知っていたことに、今さらながら驚かされる。


ただし、今まですべての日本人が、花見=タマフリと知っていたわけではないのも確か。

平安朝くらいまでは、花見は貴族階級のものだった。
江戸時代に入ると裕福な町人をへて庶民にも行き渡っていった。

その頃には、お花見は文化人にとっては花を愛でる風流、庶民にとっては食べて飲んで踊る娯楽になった。
現代人のように(笑)

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それにしても・・花見と言えば桜。
なぜ桜なんだ?

梅ではいけないのか?
他の花では?


事実、万葉集の時代では花といえば、梅の方だったようだ。
万葉集では桜が42首に対し、梅は118首も詠まれているというから。


梅はもともと7世紀後半に中国から輸入されたものらしい。
寒さに耐え、桃や桜に先駆けて美しい花を開き、馥郁たる香りを漂わせる。
plum blossoms


いやいや、もっと現実的な理由で輸入されたらしい。

梅は実を食用・薬用にする為だった。
この時代において、こんなに重宝なものはないだろう。


食中毒防止、胃がん、動脈硬化、血液浄化などの万能薬
ウメ(梅/うめ)に含まれる栄養価と効能

ただし、青い梅の種は毒。
青梅や生梅の核には アミグダリンとプルナシンという成分があり、 砕けると酵素分解によって青酸ガスを生じる。
食べると腹痛や中毒を起こすとか。
(アミグダリンとプルナシンは、梅が完熟すると解消してしまうけど)

まさに植物は使い方によって毒にも薬にもなる。

昔の人たちは、「種子の中には天神さまがおられるので、食べてはいけない。罰が当たる」と言ったそうだ。

天神様=菅原道真さん、のこと。

菅原道真さんは、こよなく梅を愛した人だったから。


梅は落ちても、またしっかりと芽を出す事から、 生命のしるしとされたという。
奈良時代から祝儀や縁起物にもされたし、また、絵画や和歌の題材にもされたというわけだ。

中国から渡ってきた梅が、だんだん桜に変わっていった理由はわからない。

だんだん中国風から国風文化へと移行していったから?
漢詩よりも和歌の時代に入っていったように。。。
(そういえば、菅原道真さんはバリバリの漢学者でもあり、漢詩で有名だったなあ)

鑑賞する花としては、桜の方に美的センスを感じたから?かもしれない。
たくましい生命の息吹を感じる梅よりも、わずか10日足らずで散ってしまう桜に。

散りゆく美学のルーツ?

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿

こんな言葉があるけど・・・梅は枝を切ると切り口から小枝が密生し枝振りがよくなるけど、桜は枝を切ると木の勢いがなくなり枯れやすくなるそうだ。

梅は逆境になればなるほど強く、桜は自然体でいればいるほど強いということだろうか。


いずれにしても、花は日本文化と密接なものだった。

春といえば、梅・桜だけど、秋といえば、萩の花
万葉集には、これもどっさり詠まれている。

四季折々のタマフリがあったのかもしれない。

なかでも初春
これから生命が息吹く季節
ピンクという色


とくにタマフリには最適だったのかも。

古代をまねてタマフリをしてみるか~。

そうはいっても・・

現代の花見なんて・・雑踏の中で場所取りでもみくちゃにされるそうだし・・
添加物まみれの梅干しを食べてもなあ(笑)

これじゃ、なんだか・・かえって魂がぐらつき、抜けちゃいそうだ。

自分なりのタマフリを見つけることしかなさそうだ。

そのヒントは、やっぱり・・自然にあるのかもしれない。

音、色、香りを使って。

すべての宗教の根本は愛にあった?

イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転するって!!

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実は私は、このような記事をいくつか読んでいたのだ。
     ↓
米大使館のエルサレム移転、5月にも発表か 国際社会は警告

在イスラエル米大使館 エルサレム移転を5月に判断か

イスラエルは、もう、強引にエルサレムを自分のものにしちゃえ!ってことらしい。

イスラエル横暴過ぎ!
 
いやいや、イスラエルって言い方はよくないかもなあ。
(安倍政権のやることすべてを、すべての日本人の意思と思われたくないのと一緒かも。)

現にイスラエル人だって、それに反対している人は多いと聞くから、やっぱり問題は、正確にいえば、ネタニヤフ政権だ。

ネタニヤフ政権、どーなってんの?


エルサレムというのは、周知のとおり、イスラエル東部・パレスチナ自治政府にある都市で、
ユダヤ教・イスラム教・キリスト教がみーんなが聖地としてる場所で、旧市街は城壁に囲まれ、東西南北に宗派ごとで四分割されている。 (ちなみに、北東はムスリム地区、北西はキリスト教徒地区、南西はアルメニア正教徒地区、南東はユダヤ人地区)

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もちろん紀元前からの古~い歴史のある場所で、歴史的にも有名な、嘆きの壁、聖墳墓教会、ダビデの塔、岩のドームといった各宗教の建造物がいっぱいあるとこだ。

だからこそ、どこの国もみんな、それなりの配慮をして、エルサレムを避けてテルアビブに大使館を置くようにしていたようだ。 



なぜかこういったニュースをまたも聞くたび・・私はつい、こんなことを想像してしまう。

ある学校のあるクラスに、I君とP君がいました。

I君はお金持ちのくせに、貧しいP君の持ち物が欲しくって無理やり分捕ろうとしました。
そこでI君は、学級会に訴えて裁いてもらおうとしました。
とうぜん、学級会では、「P君の持ち物を奪ってはいけません。I君は以後気をつけるように!」とI君に注意しました。

すると、I君は逆キレ、
「俺が今まで学校やクラスにどれだけ寄付してたと思ってんだ?それならその金、全部返せよ。
それに、俺には、強力な父ちゃんの後ろだてがあるんだぜ。
こーんなバカバカしい学級会なんて、やってられっか!」



I君をイスラエル、P君をパレスチナ、学級会を国連、パパはもちろん・・アメリカ、
と置き換えるとまさに!ってカンジでしょ?


私には、こんなレベルの話にしか思えないのだ(笑)

子供でも、よーーくわかる話だと思う。



ある人たちは、パレスチナとイスラエルの長年の戦争&確執を「宗教の違いによるもの」という人もいるけど、問題の本質はそんなことではないように思う。


以前のこちらのブログでも、オスマントルコの平和な時代から、現在のように中東が戦争だらけになってしまったことを書いたけど、結局原因を作ったのは西洋諸国の利権争いが発端だと思ってる。
      ↓
クリスマスに2016年を振り返ってみて


たしかに宗教は権力に利用されやすい・・それは事実だろう。
そんなの太古の昔からのことだからね~。
(ローマ帝国を盤石なものにするために利用されたのがキリスト教だと思ってる。ニケーア公会議なんてやっちゃって・・1つに決めちゃったわけだからね。)

でも、実際のところは、クラスにいる金持ちで強欲なI君の話の方が近いんじゃないかな、と私は思っている。

・・・・・・・・・・

宗教の話といえば、昨日、アメリカ人の友達がくれたメールでこんなことが書かれてあった。


>なんだか、今朝憂鬱な気分で目が覚めたので、ふとベッドサイドにあった聖書を手にしたんだ。
そして、僕の一番好きな箇所を読んだ。
僕の好きな一節はこれなんだ。
シェアしてくれると嬉しいんだけど・・。



と言って最後に書かれてたのがこれ。
  ↓

1 Corinthians 13:13 says that “There are three things that remain - faith, hope, and love - and the greatest of these is love”



ん? コリンティアンズって、たしか・・・コリントってのが聖書にあったよなあ。。

で、
結局、最後に残るものは、強い信頼と希望と愛の3つ。 そして中でも一番偉大なるものは愛なのだ。

と、私は頭の中で理解したのだけど・・、ここにちゃーんと訳された正規のものがあった!
      ↓
コリント人への第一の手紙 - 1 CORINTHIANS 13

この一番最後に出てくる訳文がこれ
      ↓

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛とこの三つである。
このうちで最も大いなるものは愛である




そうか~、聖書だからね~、faithは信仰と訳す方が正解なんだね~。
だけど、私的には深い信頼の方が、ぴったりくるんだけどね~。

詳しい背景を知りたい方はこちらを
      ↓
コリントの信徒への手紙一 Wikiより


愛? どの宗教もすべて愛を説いているんじゃないだろうか?

あらためて、そんなことを思った。

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仏教は慈愛であり、キリスト教は愛を説いている・・という人も多いけど、慈愛だろうが愛だろうが、言葉の違い、ニュアンスの違いだけであって、根本は同じものではないだろうか?

もちろん、仏教だってキリスト教だって、ものすごーーく宗派があるわけで、そもそも弟子の解釈の違いによって伝えられるものは、それぞれ違ってくるのは当然だろう。

どっちが正当なんてことなんて、この際どーっでもいいことで、根本は愛(または慈愛、言葉はどっちでもいいけど・・ここでは短い方をとって愛としておこう)


そしてこれは、おそらく仏教、キリスト教だけじゃないと思うのだ。

世界3大宗教と言われている、最後のひとつ、イスラム教も同様、という気がする。
もちろん、私は専門知識があるわけではないし、イスラム教に至っては、もっと知らないことの方が多いのだが・・。

それでも、ふと、思い出したことがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が、まだNY州のバッファローに住んでいた頃のことだ。

ある日、2週間という約束で外国人のホームステイを受け入れたことがあった。

その人はサウジアラビア人の30歳の男性で、家族でアメリカに住むことになっているんだけど、先に来て家族と一緒に住む家探しをするのでその間、ホームステイをしたいとのことだった。

職業は、サウジアラビアで英語の先生をしていたそうだ。

そのせいか、めっちゃ英語が上手かった。 当然、私などは足元にも及ばない(笑)
唯一、私が彼に教えてあげた英単語は、「ネコのひげ」 ちなみに、動物のひげは、ネコだろうとライオンだろうと、すべてwhiskersという。

ウチのネコが顔を洗っているのを見て、彼がひげを手でこすってるね・・と言おうとしたときの話だ。

ただ度忘れしてただけで、すぐに出てこなかったというだけらしい。

「いやあ、キミは英語を僕より知ってるじゃないか。 僕、すっかり単語忘れちゃってたよ。」

彼はとっても人へのさりがない気配りが上手な人だった。

「そんなこと褒められたって別にうれしくないよ。 だって、whiskasってブランドのキャットフードがあるんだもん。」(ちょっとスペルは違うけど明らかにそのまんまを意識したブランド名、ちなみに日本では、ねこまっしぐら、カルカンというブランドになってるらしい。)
   
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彼は、バリバリのイスラム教徒だ。
ちゃんと1日に5回はメッカに向かって祈りを捧げるくらいの人だった。

ところが、3日だけウチにいただけで、あとは友達のうちに泊ってくるといって、ずっと帰ってこなくなったのだ。

え? アメリカに来たばっかりで、誰も知人がいないんでホームステイをしたいって話だったような??

と、私は不思議に思った。

しばらくして戻ってきた彼に聞いたのだ。

「友達が、こっちにいたの?」

「いや、正確にいうとね、たまたま出会って友達になったんだよ。その人もイスラム教の人だったんだけどね、
そしていつまででも構わないからウチに泊っていいし、家探しも手伝うし、家族を先に呼んでもウチで面倒みるよ!って言ってくれたんだ。」

「え? だって会ったばかりの人でしょ?」

と、私が怪訝そうな顔をすると、彼は言った。

「うん、そうだね。会ったその日にそんなことを言われたってフツウだったら信じられないだろうし、なんか魂胆があるんじゃないか?って思うのがフツウだろうね。
でもね、これは僕たちのイスラムの教えのひとつにあるんだよ。

たとえ、通りすがりの人であっても、出来るだけの食事で持てなし、困ったことがあれば、どんな助力も惜しまないこと・・という教えというか、いや、これは僕らの中では常識に近いのかもしれないなあ。」


「え、それはイスラムの教えなの?」
私はあえて、スンニ派だとかシークだとか・・めんどくさいことは聞かなかった。

「そうなんだよ。 イスラムの教えの根本はね、愛にあるんだよ。
相手がまったく知らない人であっても、困っている人はすべて助けるし、決して金銭は要求しないんだよ。
つまり、愛の手を差し伸べるってことなんだよ。」

私は、そのとき、正直びっくりだった。

「それは、すごいね~。
でも、私たちの感覚でいうと、やっぱり知らない人は、たとえどんなに信用しているとしても、やっぱり遠慮しちゃうところがあるからなあ。」

遠慮をしちゃいけないって教えもあるんだよ。 食事を出されたらお腹いっぱいになるまで食べるし、お金をくれたらすべてありがたく頂くことなんだよ。
そして困ったときはお互いに助け合えばいいことだし、また、僕が別の人をそうやって助ければいいことなんだよ。」


「それは、素晴らしい教えだね~。」

私は心底、そう思った。

現に彼は、出会ったばかりの人に泊めてもらい、家を借りるための手持ちがすぐに無ければ僕が出すとまで言われたそうだ。


私はアメリカに来て、数人の日本人に出会ったが、どんなに困ったことがあっても何も言い出せなかったし、また、そんなことまで言ってくれる人に出会ったことがない。
ましてや、出会ったばかりで、あるわけがない!

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イスラム教の根本は愛にある?


彼は愛という言葉を英語でLOVEと言ってたけど、彼らの言葉でそれをなんと呼んでいるのかは知らない。

愛、慈愛、アガペー、人類愛、思いやり・・・言葉はさまざまだけど、その神髄はひとつのはずだし、どう訳すかなんて問題じゃないはずだ。

ギリシア語では人の愛を3つの言葉で区別しているそうだ。

 エロス……男女の愛。自分の好みに合った対象のみに向けられる愛。
 ピリア……友情。 共に生活したり行動したりすることが条件。
 ストルゲー……親子の愛。血のつながりが条件。
 
この3つは条件つきの愛なのだが、それに対して神の愛は、無条件の愛で、それを ギリシア語で、アガペーと呼ぶ。




まさに見返りを求めない無条件の愛ならば、それはギリシャで言うところのアガペーだ。

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もしも、彼らのようなイスラム教徒ばっかりだったら、町中からホームレスはいなくなるだろうし、格差社会だってなくなることだろう。


そういえば愛については、私はこちらのブログ記事で、
   ↓
絶体絶命の状況から学ぶ冷静さや恐怖心など

愛とはネガティブを消すための唯一の武器(パワー)の名前って気がする・・なんてことを書いたっけ。

愛で常に充電されていれば、たとえ飛行機事故のような絶体絶命の状況でさえ、恐怖心やエゴにも打ち勝つことが出来る。

絶体絶命のピンチのとき、パニックになって人を押し倒して逃げる人を責めることはできない。

おそらく、そんな人だって日常生活では優しい良い人だったりするわけだし、ただ、そんな状況のときに、わが身を顧みずに人を助けるか、人を踏み倒して逃げる人になるかの違いは、愛が充電されてる人か電池切れの人かの違いだけだろう。



そんな内容を書いた。

今また、つくづく、そう思う。


そして、すべての宗教はそれぞれ違いはあっても、すべては、さりげなく・・愛をおしえているような気がしてならない。(もちろん、この際、いかがわしい宗教やら曲解した宗派などは除く、他の宗派は認めないとか唯一神しか認めないとかの教えは別物だと思ってる)



いや、宗教だけでない。

これも、私の過去記事からだけど、
     ↓
脳が幸せを感じるしくみ

この中で、

●ダッカー・ケトルナー教授は、人間の脳はもともと、他者に対して同情するようにデザインされていると説明している。

●アミット・ソッド博士が提唱する、脳で幸せを感じるための方法は、深い感謝(GRATITUDE)思いやり(COMPASSION)を培っていくのみ。



こんなことを書いた。

これは、宗教ではなく医学的見地からのアプローチだったけど、やはり、神髄は同じじゃないだろうか?

人種や文化や時代が違っても、またそれぞれのアプローチ方法が違ったとしても行きつくところは一つ。
そんな気がしてきた。


そうであれば、世界の首脳陣たちが何をやらかそうとも、私たち個人が決して惑わされず、一つのことさえ肝に銘じていれば、世界は決して悪くはならない、どんどん変わっていくだろうなあ。

もちろん、それは素晴らしい方向へと。

トランプ政権を支持する人しない人

政治の話というのはどうも好きになれない。

理由は・・イライラがつのる、だからと言って現状の解決法が思い浮かばない・・などなどの理由から、
こりゃ、どうみたって、自分の精神衛生上良くないだろう!

だけど、アメリカで生活していれば当然かもしれないけど・・周り中、トランプさんの話題が聞こえてくる。

ちなみに私の周りでは、トランプ支持という人は一人もいない。
それは、アメリカ人(白人、その他有色人種に至るまで)、日系人、在留日本人、すべてに至るまで。

いったい、どこにトランプ支持者がいるんだ?
いったい、どこの地域の票を集めたんだ?


・・・と不思議な気がする。

つい、先日、アメリカ中西部から引っ越してきた白人男性(デンマーク系アメリカ人で、もともとはロサンゼルス生まれの人)と、たまたまトランプさんの話になってしまい・・(本当はそんな話したくなかったんだけど?)

「まさか、あなたはトランプ支持者じゃないよね?」
と、私に直球を投げてきた。

「うーーーん、そうだなあ・・。」と口ごもっていると、

「え?? トランプ支持者なの?

と、またも2球目の直球。

別にトランプなんか支持してないけど、こういった話題の返答を避けたいんでちょっと考えてただけなのに・・。

「いや、好きか嫌いか、支持するかしないか?って聞かれれば、NOだよ!」、とストレートに返した。

彼はほっとした様子。

もしも私がトランプ支持者なんてひとことでも言ったら、もうそれ以上の会話すらしたくない!というのがありありと見える。


「たださあ、どうみたって、この選挙はクリントンで決まり!って言われたたわけじゃない・・あ、クリントンだって大嫌いだけどさ~。
なのに、なんで・・トランプで決まっちゃったんだろ? どこにそんな支持者がいたんだろう?って不思議に思ったんだよ。
だって、現に私の周りではトランプを支持してる人なんて一人もいないよ。」

「僕はね、中西部に3年ほど住んでたけど、あっちではカリフォルニアとはまったく異質な土地柄でね、トランプ支持者が多いんだよ。 とくに中西部、南部の白人層には人気なんだ・・。」


あ˝~ やっぱり・・そうなのかなあ?

中間層以下と呼ばれる白人が多い地域。


もともとは、彼らのようなブルーカラーの白人労働者たちが、アメリカの製造業や労働力の基盤としてアメリカを支えてきたわけだし、また、そういった自負を持ってるだろう。

なのに、時代の変化とともにグローバル化の波が押し寄せるし、生産拠点はどんどん海外に移転。
おまけに様々な人種が入り込むんで自分たちの職業も取られるし、長年のキリスト教を中心とする自分たちの価値観だって脅かされてくる。

白人ブルーカラーと黒人ホワイトカラー
    ↓
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そもそも、アメリカ中西部の白人社会は閉鎖的だし、新しいもの、異質なものへの反発、違和感は強い。
毎週教会に通うようなキリスト原理主義の土地柄でもあるわけだから。。。


で、彼らは言う。

「なんで私たちの税金で難民や移民の面倒を見なきゃいけないの?
私たちこそがアメリカ人じゃないの!
なんで、アメリカの軍事力で日本を守ってあげる必要があるの?」


そりゃそうだ!


でもこれって、日本の街頭インタビューで聞いた、これと似てない?

「別に安倍政権なんてどーでもいいんだよ。
俺たちの景気回復してくれて消費税を増税しない党なら、それが一番!」


おいおい! 

でも・・・もしも今の状況で消費税増税しなきゃ、我々の赤ちゃん世代にはすっごいしわ寄せがくるんじゃないの!
そんなこと、知ったことか! どうせ、俺たちは生きてないもんね~。って、ことか(笑)


そこで、トランプさんに話を戻すと、彼のかかげるキャッチフレーズは、Make America Grate Again

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ちゃんと帽子にまで書いてある(笑)

なんでもいいから、アメリカ第一主義!
他のことなんかかまっちゃいないぜ! まず、アメリカさえよければ、それでオッケーさ~!



いやあ、実にストレートでわかりやすい。

今までのパクス・アメリカーナとは大違い(笑)

Pax Americana 

超大国である米国の存在により世界平和が維持されていることをさす語で、古代ローマ帝国の「パクス・ロマーナ」をもじった言葉だそうだ。
「 パクス」は、ローマ神話に登場する平和と秩序の女神のこと




世界に平和と秩序がもたららす国となる・・・実に美しい言葉し、実際、第二次世界大戦では連合国側に幸福をもたらしてアメリカは世界一の大国になって平和と秩序をもたらした。


だけど、負けたドイツや日本はどん底、とくに日本は原爆まで落とされたわけだし・・。
でも、当時の日本は、まさにアメリカにとっての「悪の枢軸国」だったんだから、なーんにも言えないのだ。

それが今でも尾をひいていて、未だに日本はどんな理不尽なことをされても黙って我慢する国になってる(笑)



いやあ、パクスアメリカーナ・・美しい響きだけど、その実、「征服者が世界を思ったとおりに牛耳る」ってこととちーっとも変わらない気がするのは、私だけ?


そしてアメリカの政治家さんたちは、パクス アメリカーナ・・こういった言葉が好きだ。
世界平和、秩序なーんて、美しい言葉でキラキラ飾り熱いスピーチをすることは、政治家としてのマナー、教養、たしなみ、品性?


そう、政治家さんたちは品性がなければいけない。
そして、本音で話してはいけないのだ。
悪事も美しく隠蔽しなければいけない。


そう、まさにクリントンさんのように。


ところが・・

じょーだんじゃないぜ!
もう、そんなのまっぴらだ!
奴らは、自分たちアメリカのエリート層だけを守るだけじゃんか!
俺たちは、型破りなトランプにかけるぜ。

(おいおい、賭けかよ!)

ってことで、今回は異色のトランプさんが選ばれちゃったのかもしれない。
とくに中西部のブルーカラー層たちによって。。。(実際はどーなのかは知らないけど、そーゆう話)


トランプさん、
ちーっとも政治家っぽくない、お下品さ、考えなしに発言しちゃうような正直さ、またコロコロと変える早さ、そして行動力・・・

いやあ、どうみたって政治家っぽくない。

そりゃあそうだろう。
彼は、不動産会社トランプ・オーガナイゼーションの会長兼社長、カジノ・ホテル運営会社トランプ・エンターテイメント・リゾーツの設立者。

もともと、やり手の実業家なんだから。

彼にとって、政治はビジネス。
行動力のある優秀なビジネスマン。



●まず第一に、利益が大事(もちろん、目先の利益優先・・百年後なんて考えてられっか!)
●合理主義者(常識だとかルールには縛られない自由さ)
●熟考するよりもまず、やっちゃう行動力



トランプのシリア政策は、オバマと違う点は「アサド政権を容認してISを殲滅する」ことにあるそうだ。

とりあえず、直接害がないならアサド政権なんてどーでもいいから、ISをぶっ潰す方が先でしょ?
いやあ、目的のためなら、その他の敵とも手を結んでおく・・というのは、実に合理的、リアリスト。

●メキシコ国境に3200メートルの壁を作って、不法移民・麻薬・犯罪者を締め出しちゃおう。
だけど・・その壁を作る費用は出さないよ! メキシコ側で持ってね。。。

●その他の国にたいしても、特定の国から入国禁止。
人種差別なんて言われても、しったこっちゃない!

●去年の話だけど・・「他の国が核を持っている時代だし、日本も核を持ってもいいのではないか。」という発言をしたとかしないとか・・。

動画を見ると・・ちゃんと言ってる(笑)

ここらへんの流れは、こういったことだったらしいのだ。
    ↓

「現在アメリカは世界の警察として同盟各国に自国の軍を配備して各国を守ってあげてるのにも関わらずアメリカはその軍の駐在費を負担してるじゃないか!
それを払え!
それが払えないなら、米軍は撤退するから自分たちで守れば!核を持てばいいじゃんか!」



という流れで言ったらしい。

たしかに・・無駄な経費削減=ビジネスマンの鉄則


しかし、とうぜん、日本は唯一の被爆国の面目にかけて反論したそうだ。

我々は唯一の被爆国なんです。
そんな我々日本が核をもつなんてトンデモない!



でも・・よく考えてみるとこれもヘンな論理って気がする。

被爆国と核保持反対には、どう関係するんだろう?

被爆国の経験があるからこそ、今度は自国を守るためには核を備えておこう!と考える方が自然なんじゃないだろうか?


それとも、被爆国の国民すべてが神のような犠牲的精神に目覚め、武器を持たずに殺されても世界平和を祈りながら、喜んで死んでいこう!という境地に達したんだろうか?

いやいや・・ぜーーたい、そうは思えない。


もっと現実的だ。


そして、現実的に安全性・平和を考えるならば、現状では二つに1つしかない気がする。

●すべての国が核を持つこと(どんな小国であろうとも、すべての国が核兵器を持ってしまえば、うかつには攻撃できないことになる。(「核の抑止」)

●または、すべての国に対して核兵器を地球上から一掃する運動を起こす



このどっちもしないで、日本は被爆国だから平和を訴えると言いつつ、核保自国のアメリカに守ってもらおうって、どーなんよ!
って気もする。。。

なんだか、ずるくない?

いざとなったら、オタクの兵器と戦力で守ってよ。多少のお金を出すからさあ・・・じゃ、アメリカ国民は納得するはずはないよなあ。

若いアメリカ兵士の命と税金で集めた金をそんなことに使ってなるもんか!


これじゃあ、ストレートに物申す、トランプとブルーカラー層の反発を買うのも当たり前かも。

もっとも核なんて言ったところで、今さら・・大量破壊兵器とは呼べないだろうけど。
核に変わるような、ハイテク兵器はいくらでもできてることだろうから。

つまり、核というのは、新しい今後の行く末を決めるキーワードという意味でしかないとは思っているけどね。



そもそも、アメリカが日本を守ってくれるなんてファンタジーはありえない。

なんでアメリカの兵器と若い命を投入してまで、よその国を守らなきゃならないんだ?
そこに、アメリカが得をするような大きな何かがあれば別だろうけど・・。

残念ながらなーんにもないと思う。


優秀なビジネスマンだったら、ぜーーたいにそんなバカなビジネスはしない。


リアリスティックなビジネスマン、トランプ!
下品なほどホンネしか言わないトランプ、自国の利益しか考えないトランプ。

はっきり言って、私は嫌い!
そもそも、あの下品極まりない顔からして嫌い!


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だけど、キレイごとを掲げてこそこそと隠蔽して、わが身の安泰と目前の利益しか考えない奴らは、もっと気持ち悪い!

そして、そんな言葉に騙されて・・世界平和のためにとか、兵器を持つのは悪いことです!なーんて言ってるだけの人にも、うんざりする。
また、ただ攻撃的に批判するだけの人にもうーんざりする。


だから・・私は政治の話は好きじゃない。


じゃあ、アンタはいったいどんな政治家ならいいわけ?

うーん。。。

そりゃあ、もちろん・・・品性があって冷静で裏表がなくストレート、百年先の世界全体のビジョンを持ち、現状の問題をバシバシ解決していける人。



そんな政治家、いったいどこにいるんだ?

さて?
たしかに思いつかない・・・




最近は、アメリカの大統領でなくても、政治家さんたちは、みな、ビジネスマンになりつつあるような気がする。
政治家じゃなくって、政治屋と呼ぶそうだ。

政治はビジネス!


ビジネスとはシビアなー世界、いかに儲けるか? 
それのみ。
情にほだされては成功できない。



ところが、こんな会社もあったよなあ。
   ↓
企業の良いニュース_グラビティー・ペイメント社の人たちとその意識は?


社長が社員全員を解雇することなく、自分の給料を下げてまで全員に破格の給料を支払うことによって、社員全体のモチベーションが上がり、収益が1年で倍増したという、異色の会社の話だった。

さて、この社長は単に優しい人で、情にほだされた?だけだったのか・・それとも、社員全体のモチベーションを上げることによって大幅収益までも計算した結果だったのかはわからない。

・・・もし、後者だとしたら、恐るべき先見の目を持つリアリストということになる。

少なくとも、「了見の狭い、保身に走るだけのケチ野郎ではなかった」、それだけは確か。

そうじゃなけりゃ、自分でそんなリスクを背負ってまで思い切ったことはできないだろうから。

この社長さん
  ↓
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さて、同じビジネスマンのトランプさん、

リアリストで思ったことを口にして実行しちゃう、ガンガン・イケイケのイメージだけど・・・


果たして、グラビティー・ペイメントの社長みたいに、そこまで思いきって常識はずれなことができるだろうか?
それとも、常識レベルでの優秀なビジネスマンに過ぎない人?(笑)


いっそのこと、まずはグラビティー・ペイメントの社長を見習って・・自分の大統領としての給料も何もかも、ぜーんぶ、国民のために使うとこからはじめちゃうとか?

大統領の給料は約5000ドルで、1万2,000ドルの娯楽費と10万ドルの旅費がそれぞれ非課税で与えられるとか。
在任中は専用リムジン、ヘリコプター、飛行機などは無料だし、ホワイトハウスに専用シェフ付で無料で住めて、別荘や専用のSPだって、ぜーんぶ無料。その他、講演料だとか入れるとかなりなものだろう。。。



そもそも自分は仕事しなくたって、すでに超がつくほどのお金持ちなんだし。
ついでに、政府首脳陣の給料も半額にしちゃうとか。。。



何事もだけど・・トップに立つ人が人々の心を本当に動かすことができるかどうか? 
社員が(国民)が、愛と信頼を置いているか・・それに尽きる気がする。

たとえそれが冷徹なビジネスで儲けることが目的であってさえ。
そこの差は大きい。

だって、量子論的に言えば、この世は人々の意識で作られるんだから。



型破りと言われるトランプさんは・・・本当に、常識社会をぶち破る人なのか?
それとも、従来の政治家としては型破りってだけなのか?


いやいや・・・彼は、この世界を破滅させる役割を持った人だっていう話もあるけど・・・(笑)

破滅のあとは新生ってことになるし、それならそれで彼の役割があるのかもしれない。

病気になる(これは私の個人的な日記)

ちょっと困ったことになった。
右目瞼の内側がずーーと赤く腫れていて、ちっとも腫れがひかないのだ。痛みはないんだけど・・。
これって、いつからだったかなあ? 


さすがにこりゃあ、眼医者さんにいった方がいいんかなあ? 
・・・目医者さんに行くのは初体験(日本にいた子供の頃でさえ行ったことがないのだ。)・・・怖いなあ!

怖い理由は2つ。
    ↓
●どんなこと、されるんだろう? 痛いかなあ? 目だよ、目!
●いったいお支払いはいくらかかるんだろう?

私の医療保険は目や鼻、歯医者はカバーされてない。


ドキドキしながら電話予約をする。
検査費用は25ドルだという。

それなら、問題ない。
だけど、もしも切開するとか手術なーんて云われてしまったら、5000ドル? 1日入院で1万ドルなんて云われたら・・、そのときは自分で治すことにして帰ってくれば、いいんだ!そーだ、そーだ!(←どうやって自分で治すんだ? でも・・本気)

と、決心を固めていくことにした(笑)
ちなみに、アメリカで一番多い破産の原因は「医療費による負債を抱えたためだそうだ。

そこそこの蓄えがある人であっても、もしも入院、手術ともなれば、xx万ドルの請求がくるんだから、時には車や不動産を購入するよりも大変なことになる。

さて、覚悟を決めていったのだが・・・。

診察時間は10分ほど。

実にあっけない!

「大丈夫、大したことではないよ!目薬と抗生物質を7日間続けてみてください。
処方箋を書くからこれで薬屋さんに行って購入してください。」


ほ、ほんとかよ~。

どうも何かのバクテリアによって炎症を起こしているらしく、涙腺が詰まり、流れがスムーズにいかなくなっているとかなんとか・・
(実際、詳しいところは英語の説明なんで完全には理解できなかった。 もっとも、日本語で病名を言われても知識ゼロの私にはわからなかっただろうけど。)


「それって、日本語でいうところの、ものもらい みたいなもんですか?」と質問しようと思ったけど・・アメリカ人の目医者さんが、「ものもらい」って言葉を知ってるとは思えないんで・・やめとくことにした。


もうひとつ、面白いことを教えてもらった。

ドクターが、笑いながら言う。

「あなた日本人なら、お米を食べるでしょう? 家にある?」

「はい、いちおう、買い置きのお米はありますが。」

「それならね、靴下の片方にナマのお米を詰めてよく縛ってね、それを電子レンジで温めるんだよ。
それを目に当てて温めると血行が良くなって、自然治癒力を向上させるし疲れ目も取れるよ。 やってごらん。」


片方の靴下ってこうやって使うだけじゃないんだ!!
    ↓
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「なーるほど・・なずけて、ライス・トリートメントですね~。 やってみます!」
(笑)と、私。

そして帰り道、近所の薬屋に寄って処方箋を出したところ、
そこで、びっくり・・・

「えーーと、保険カードがなければ、両方で198ドルになりますが?」
・・と、薬屋さんが涼しい顔で言う。

ひええ? 19ドル80セントの間違いじゃないんの??(←間違いであるわけないだろ!)

まさか~、じゃ、やめます!とは言えない。。。
しかたなく、カードで支払った。。。。

そうだった。。。。
アメリカでは、薬代ほど不透明なものはない。

そもそも、もともとの薬の値段が不透明な上薬局によっても違うし、持っている保険の薬カードによるし・・
実に、複雑怪奇な仕組みになっていて、さっぱりわからん。

アメリカの医薬品、保険事情は、いったいどーなっとるんだ?
と、今さらながらチラッと思ったものの・・そんなこと今、考えるのもめんどくさい。


そして、家に帰りついた。

今度は・・・完全に風邪の症状になった。

あ~、さんざんな日だ。。。


実は、きのうから風邪の兆候はあったのだが、本日の午前中の外出(目医者、そしてスーパーマーケットの中にある薬屋で待たされてこと)で悪化したようだ。

くしゃみ、鼻水が止まらず、おまけに熱が出てきた。

今まで、風邪のときは風邪薬を飲まずに1日で治してきた私だが・・・どうも、今回は、そう、うまくはいかない気がする。。。

最近は疲れが溜まっていて、おそらく免疫力が落ちていたのが原因。
だからこそ、目が腫れるなんてことも起こったのかもしれない。

私たちが自覚しないだけで、日常、我々は多くの菌にさらされているのだ。
ところが・・・日ごろは、体のメカニズムがせっせと働いて、害になるものと戦い、せっせと排除してくれてしまうため、まったく気が付かない。

私の知らないところで、今までいくつもの戦いがあったことだろう。

私の体 Vs. バクテリア

ところが今回は、自分の不摂生のため、戦いは第二ラウンドまで持ち越され、ついに自分の自覚するところとなったということか。



うーーむ。

さてと~、
目のための抗生物質を飲んでいる以上、風邪薬は飲めない。(つーか飲む気もないのだが・・。)

そこで、特性ホットドリンク(レモン、ショウガ、ハチミツ)を作った。
こうゆうときは、すべてオーガニックの材料にこだわる(笑)

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特性ドリンクを飲んで寝ていると、体がかあっと熱くなってくる。
汗が出てくる。

あ、熱がどんどん上がっていく~。

そうか!
今、私の体は戦いの真っ最中なんだ!(なんだか、ちょっと快感!)


突然、日本にいる母から電話があった。

今、風邪をひいて寝込んでいるというと、

「あら、アンタ、看病してくれる友達も恋人もいないの?
病気のときは、つらいし寂しいものよ!
それにね、万が一、一人暮らしだと病気で死んでも誰にも発見されないなんてことにもなるわよ~。」


まったく~、なんて話題をするんだ?!
だから、どうしろ!って言うんだ!


「あのねえ、ママだって一人暮らしでしょ! 誰か親身になって助けてくれる人は傍にいるわけ?」

「いないわよ! 元気なときだって・・たまに話し相手が欲しくなって孤独を感じることだってあるわよ。
だからといってね、形ばっかりの友人に電話してみたところで決して楽しいとは思わないわ。
だったら、やっぱり一人の方がいいわね。 たとえ病気でも私は一人で治せるし、死ぬときは死ぬものよ~。(笑)」

「もう!その言葉、そっくりそのまま返すよ!
とにかく、私は寝るから、電話切るからね!」


相変わらず・・我が母親の言うことはよくわからん。。。



ふと、寝ながら考えてみる。

人は孤独を恐れる。
病を恐れる。
死を恐れる。



心身共に弱っているときは、とくに何かを恐れるものかもしれない。
また、何かにすがりたくなるものかもしれない。

でも、そういったときに他力本願ですがるものは、だいたいにおいてロクなことはない。

ふと、中村天風さんの言葉を思い出した。

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病める人は、その病から心を放してしまいなさい。病のとき、病を一生懸命に大事に考えていないと、病が癒(なお)らぬように思っているとしたら大間違いである。
病になったならば、病をむしろ忘れるくらいな気持ちになりなさい。病は忘れることによって治る。



なーるほどねえ。。。

そのとき、ベッドの上にネコがジャンプしてきた。

彼女の声が聞こえてくる。
「おい! 私のゴハンは!! ないんだけど・・!」


し、しまった~!
すっかり買い忘れてた!!


たしかに何もない!

こりゃ、買い物に行かなきゃなるまい!

またネコが言う。
「私も連れていけ!」

幸い起き上がってみると、ちょっとフラフラするものの十分運転はできそう。
車にネコを乗せて一緒に買い物に出る。



無事買い物を終えて帰宅すると・・またとたんに熱が上がってきた。

熱を出すことは健康に必要なことで、体内の毒素を出したり癌細胞を死滅させたりすることにもなり、
体を浄化してくれる。


なんかの本で読んだことがあったなあ。

そうかあ、
じゃあ、浄化された自分を想像して発熱は有難いものとして、これを楽しむことにしよう~♪



そこで、ふと思いついて、ベッドに行く前に午前中に買ってきた薬をインターネットで調べてみる気になった。

DOXYVYCLINE・・・抗生物質
FLUOROMETHOLONE・・・目薬


え??
両方ともオンラインで購入すれば、保険カードがなくても・・20ドル程度じゃんか!!
合計で40ドル?

まーーたく、いったい・・アメリカの医薬品、保険システムってどーなってんだよ!

そう思ったとたん、また、熱がかーーっと上がっていくのがわかった(笑)

いかんいかん。
これじゃあ、私の体は浄化にますます時間がかかりそうだ。。。

どうも私の場合、病気になると・・病の恐怖やら孤独感よりも、現実的なお金の問題から怒りに走る傾向がありそうだ(笑)
なんという、現実主義的志向の持ち主なんだろう。。。


発熱のだるさを楽しみ、浄化された自分を想像しながら、ベッドでゴロゴロすることにしよう~♪

霊感と霊能者についてもう一度考えてみる

最近、霊感が強い人=霊能者 と勘違いしてる人も多いのかもしれないなあ、と思うことが多々ある。

いや、これって別に・・最近に始まったことじゃないんだろうけどね~。

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◆霊感が強い人・・・第六感が働く人第六感は英語ではシックスセンス、まさに、そのまんま!

予知能力、透視能力、念動力、超能力・・・と、まあ色々あるけど、
大辞泉によれば、「基本的に五感を超えるもので、物事の本質を掴む心の働きのこと」と、短くまとめてある(笑)

そう、それが強いか弱いかは別として、誰でも持っているもの。

もちろん、それを強く感じる人ならば、
幽霊が見える人もいるし幽霊と話が出来る人もいる。

または、幽霊は見えないけど近い未来が見えてしまう人、初対面で出会った人なのに、相手が何をしている人なのかが突然わかってしまう人など・・・実にそれぞれ。


いやいや、私はまったく霊感なんてありません・・なんて言ってる人でさえ、

親しい人が亡くなるときには「虫の知らせ」を感じて予知したりする。
また、大惨事の前に「なんか嫌なカンジがする」と感じる人もいる。

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http://photozou.jp/photo/show/141801/65558367

また、初対面で、笑顔をたやさないいかにも優しそうな人と出会っても、「なーんか、あの人嫌な感じがするんだよね~」、と感じる場合もあるだろう。

これは・・すべて、第六感であり、別の言葉で言えば、霊感と呼べるものかもしれない。



それがいったい、いつ、どういったメカニズムで発動するのかはわからない。

動物が人と比べて、そういった能力が強いのをみると、本能に近いものかもしれない。

西洋では、昔からこんな言葉がある。

Rats desert a sinking ship.
ネズミは沈没する船から逃げる



実際、帆船の時代は、ネズミの行動を見て危険を察知する、というのは船乗りにとっては常識だったそうだ。

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だけど・・本能というのは、生まれながらに持っていた能力のことを言うなら、第六感はまた別のものという気がする。
なぜなら、修練することでもパワーアップするそうだから。

そうなると、直感?に近いものか?
直感もまた、鍛えることが出来るものだから。。。


直観とは、意識的・分析的な理由づけをせずに直ちに何かを理解し決断を下すことができる脳のプロセスのことをいう
のだそうだ。


第六感(霊感)は、直感の一種かもしれない。

もともと備わっているものであり、
それを目覚めさせることも可能であり、
訓練によってパワーアップも可能なもの





さて、ここで、霊感がある人と霊能者との違い。

霊能者というのは、英語でいうところのヒーラー、ミーディアム、チャネラー、スピリチュアル・カウンセラーなどのことを指す。(最近ではこういった言葉もカタカナで日本語化しているようだ。)

まず・・霊の存在が見えたり感じることは基本だろうけど・・それだけじゃ、タダの霊感がある人に過ぎない。

霊能者というからには、霊の存在が見えるたり会話ができるだけじゃなく、そこにある問題を解決させる能力までもが要求されるもの。
つまりは、良きカウンセラーでなくてはならない。


そこが大きな違いだろう。

依頼主の人間には、「ああ、これですっきりして、無事生活が送れるようにまりました。ありがとう!」としてあげなきゃいけないし、
霊には、「ああ、これですっきりして別世界に旅だてます。ありがとう!」としてあげなきゃならない。

原因究明能力、洞察力、理解力、問題解決能力などが要求されるもの。

ただ霊感が強いというだけでは、こりゃ、どーにもならない。


たとえば、よくある話だけど・・

ただ霊感が強いだけの人だったら、血みどろで怨念の塊のような幽霊さんを見えば、ひええ~!と怖がるだけだし、寒気、めまい、吐き気に襲われたり、気分が悪くなってダウンしてしまったりする。

これじゃあ、まったく使いモノにならん!
むしろ、霊感なんかない方がマシ!


なので、霊感の強い人は、ヤバい場所には近づかないようにして身を守っていることがほとんどのようだ。

ところが、
中には困った人もいて・・稀に霊感の強い人の中には、「あんたの後ろに霊が憑いてるよーー!」と、すぐに人に教えたがる人もいるようだけど・・・これこそ、迷惑な話だ~。

そんなことを言われれば・・言われた人は、気味悪くなったり怖くなったりするだけだ。



もともと人というものは、自分に関係無いところの厄介ごとには関わりたくはないものだ。

霊感が強い人だって、あえて霊能者なんかになりたくないと思う。。。
その危険度や怖さを身に染みて知ってる人ならば、なおさらのことだろう。

ただ霊が見えたり会話ができるだけじゃあ、とてもじゃないけど、問題解決なんて出来るわけがないんだから。

そもそも・・人間も霊も、聞き分けが無いヤツ、凶暴なヤツもいるわけだし、そんなヤツを相手にすると考えただけでもゾっとする(笑)



ところが、それでも霊能者になろう!とする人は、
まず、心底から「人(霊も)を救ってあげたい!」という思いが強くなければできないことだろう。


そういえば、

私の知っている霊能者たちを思い出してみると、彼らはみな過去にとっても苦労した人ばかりだった。

若い頃に大病を患い生死の境をさ迷った人、非遇の人生を歩んできた人ばかり。
また子供の頃から第六感(霊感)が強かったために、一般社会への同調が出来ずに苦労した人など。


そして、彼らに言わせると・・なんで、自分ばっかり・・こんな目に合うんだ?と考えたのがはじめだったという。

そこで、自分なりに、霊に煩わされない方法・・まずは、質の悪い霊と遭遇しても身を守れる方法を試行錯誤で学んだりしながら、しだいに身に着けていったそうだ。

さらに、こんな疑問を持つようになったそうだ。
 ↓
なんで自分には霊が見えるんだろう?
なんで、こんな能力を持ってしまったんだろう?
なんで、霊は存在するんだろう?
死後の世界は? 
この世界、宇宙はどうやって、なぜ成り立っている?

そんなことを考え始めたという。


そりゃそうだろう。

何も見えず何も感じず、すんなりと現実社会に溶け込める人だったら、若い頃からこんなことまで考えたりはしない。

どうやって恋人を射止めるか
どうやって成績を上げるか
どうやって良い仕事をゲットするか
どうやって金持ちになるか


の方が先だろうから(笑)


ところが、彼らは、そんな人並な望みを持つことさえも許されないような状況だった・・ってことだ。
やむにやまれず・・・自分を救うために自分で解明していかなきゃならなかった・・状況があったのだろう。


そこで、

自分なりに・・学校では教わらない勉強をしていった人。

時には、同じ経験を持つ霊能者の大先輩から学んだりもした。

ここらへんは、日本の霊能者もアメリカの霊能者も同じようだ。
知人で、FBI超能力捜査官に弟子入りしたという人もいたなあ。(ちなみに、FBI超能力捜査官なんて役職名はない。超能力を使って事件解決に貢献しても、ただのFBI捜査官と呼ばれている。)


そんな過程の中で・・

こうなったらもう、自分の知識と能力を使って・・・
人々を救ってあげたい ⇒ 霊能者になろう!

と決心を固めたのかもしれない。


とにかく大変なことは確かだ。

霊能者に必要なこと
   ↓
●自分の身を守る方法
●常に無心の境地になること(恐怖や先入観を捨てることなどを意味する)
●見えてきた断片的な事柄から、論理的に読み取る方法
●古今東西における豊富な知識
●相手に伝えて納得してもらうための話術



などなど。

私の以前のブログ記事にも似たような記事をアップしたことがあった。
   ↓
二人の霊能力者と相談者

相談者に憑依したものが見えれば、すぐにお祓いして引きはがせばいいってものじゃない。
それがどういったものかを理解してなきゃ、どんでもない間違いを起こすことだってあるそうだ。

まだまだ半人前の霊能者には、実際、そうった失敗談もあるんだとか(笑)

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さて、ここで・・もうひとつ、

そういった霊能者たちには興味深い共通点がある。

彼らは心の中に常に信じている存在がある。

たぶん、神と呼ぶに近い存在。。。

だけど、決して「何かの宗教に属してること」という意味ではない。
むしろ、依存心から出る強い信仰心は逆効果になるらしい

それは、自分だけの信じる神であっても構わない。

うーん、神というよりも、人によっては「宇宙の摂理」とか「真理」とか「グレイトスピリッツ」というものかもしれないし~。

ここらへんの言葉は色々あって何て呼んだらいいのか難しいところだけど、とにかく、心の中に「信じる何か」を強く持っていること。

カトリックのエクソシストと呼ばれる人たちは、それは・・もちろん、ジーザス精霊とかと呼ぶだろうし・・
日本の霊能者では、神道でいうところの、国之常立神(くにのとこたちのかみ)だったり、または仏教でいうところの、大日如来だったり、自分の守護霊の〇〇の神という人もいるし、自然の中や太陽の光の中にあるという人もいれば・・人によっては、地球外生命体の〇〇と呼ぶ人もいる。

つまり、便宜上、それぞれがそれぞれに名前をつけてるだけで、信じる存在というのは、ひょっとしたら・・全部同じ1つのものに通じる何かかもしれない。

心の中にある信じるもの=真理 (私から見れば・・真理という言葉でしか表現できないんだけど・・)


霊能者たちは、ニュートラルな状態(または無の境地)に入って、その信じる何かとコンタクトをとって新たなことを教えてもらう。
信じる存在からパワーを得ている。

それもコンタクトできるようにするためには、日々自分にも磨きをかけて学んでいかなければならないそうだ。


たぶん・・日本的な言い方をすると、「お告げを受ける」とか「上から降りてくる」というようなことに近いみたいだ。

そうやって人助けに貢献しているのが霊能者なのだ。



ところが、霊能者というのは、おそらく、ほとんどの霊能者が自分のことは見えないという。

人のために役立つことが霊能者だから。
自分のためには使えないってことか・・・。

そのため、同じ霊能者仲間から、自分のことをアドバイスしてもらうことも多いんだとか(笑)


巷で、こんな事を言ってる人がいた。

「〇〇って霊能者って、本物の霊能者かな?」

「あの人、離婚歴があるらしいよ。 自分が結婚に失敗してるような人に結婚運を見てもらったって当たるわけないよ。」

「そーだよね・・・。きっとインチキ霊能者だね~。」



もし、この二人の会話でいくならば、すべての本物霊能者は決して失敗せずに自分の運勢も良い人ってことになってしまう。

「離婚歴もなく経済的にも豊かな成功者が本物」ってことになってしまう(笑)

そんなバカな・・(笑)だ。



霊能者だって我々と同じ、人なのだ・・・。



また、よく耳にする会話だけど・・

「あの、TVに出てるXXさんて霊能者、あれって本物?」

とか・・

「あの人、当たるの?」

とか・・

「あの人、本当に霊能力あるの?」

とか。。。

今さら、そうゆうことを聞くと、正直、ウンザリ&ガッカリする。


あまりに、霊能力について知らなすぎる人たちの会話。
霊能者だったら、一方的に助けてもらえるのが当然だと思ってるのがミエミエな会話。

これは、単なる依存心だと思う。。。



そりゃあ、口コミだって大事だろう。
だけど、最終的に何事も選ぶのは、自分の直感でしかない。

自分の直感を使えない(使わない)人に限って

立派なプロフィールで華々しく飾ってる人を選ぼうとする。
世間の噂で選ぼうとしたり、TVや雑誌で取り上げられた人を選ぼうとする。

ネームバリューに頼ろうとする。

それは・・自分の直感を使えない(または使おうとしない)人たちの依存心
残念ながら、いまだにそういった人たちも多いのかもしれない。


医者や歯医者、大工さんを選ぶときだって同じことだろう。
それじゃあ、決して本物には巡り合えない気がする。

少しでも良いものを作りたい。
少しでも人々に貢献したい。


どんな職業であれ、そう思っている人を直感で選ぶしかないのだ。
それこそが、本物と呼ばれる人だと思うから。

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霊能者も同じ人間に変わりない。


ただし、どれだけ・・他人のことを思えるか?
どれだけ・・自分で学んできたか?

その差は大きいだろうけど・・



そしてまた、霊能者ではない一般人も同じだろう。

第六感は誰にでも眠っている能力、磨けば磨くほど身についていくもの・・と考えれば、

誰だって霊能者になれる可能性はあることになる。


また、霊能者にならなくったって、第六感(直感)に磨きをかけて、それぞれの職業に活かせることはできると思う。

例えば、スポーツ選手だって、数々の経験と訓練によって、相手の次のプレイを予測をしながら瞬時に体を動かすことができるようになるのだという。

まさに、訓練によって直感を研ぎ澄ますことができるということだ。


前回の私のブログ記事、これも同様のことを書いていたと思う。
    ↓
武士道と刀のスピリチュアル

心身ともに鍛錬した武士は、モノの気配や殺気を感じたし、相手の動きが先に読めるようになったという。


おそらく、武道やスポーツだけではない。

もっと日常的に、ビジネスにおいても人間関係においても、第六感(直感・霊感)を使って・・相手や時流を知り、それを役立てることはできると思う。

武士道と刀のスピリチュアル

実は・・きょう、剣道について質問されたのだ。 
ところが、私は経験がないんで、よくわからん。

しかし、アメリカに住んでいると、日本人なら誰れも、剣道や柔道、華道やお茶、仏教・・なーんて日本古来のものに通じていると勘違いされることが多々ある。

おまけに、クロサワ映画は最高! サムライってかっこいい!・・・と思ってる人も以外に多い。

そんなことからか、私もじっくりとクロサワ映画を見るようになったのも、アメリカに住んでからだ。
また、そのほかの時代劇、サムライ・ムービーもなぜか、興味を持ってたくさん見ることになった。

とくに、池波正太郎さんの作品、剣客商売、鬼平犯科帳、雲霧仁左衛門、などは、面白かったので、さらに本まで読み漁ってしまった。

そして、その結果、思ったこと。

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剣の達人であるサムライは、(剣客と呼ばれる人たち)

●人や動物の気配を感じたり、とくに殺気(悪意)を感じたりできる。

●刀を持って構えた人をみただけで、どれだけ強いかわかる。

●刀は武士の魂とされ、魂が宿るものとされていた。

●剣道とは精神修行でもある。(心身共に鍛えないと強くなれない)



これはまさに、スピリチュアルなサイキック能力に近いものがありそうだ(笑)


ほんとかよ~! そんなことって・・単なる脚色に過ぎないんじゃないの~!と、以前の私だったら思ったことだろう。

しかし今は、これは、おそらく本当の事だろう・・・と思えるようになった。


その理由のひとつとして・・日本刀が作られるまでの過程を知ったことも大きい。

そもそも、日本刀というもの自体が世界に類を見ないようなシロモノだったのだ!



そういえば、ずっと以前にも、モノにも気が宿るという話を何度かアップしたことがあったと思う。
   ↓
お買い物の注意:「物にも入る気」
浄化する方法


とくに気が宿りやすいものは、人形、天然石、手作りのもの、手作り料理など。

その中でも、群を抜いて「人の気がいっぱい入ってるもの」が日本刀じゃないかと思う。


それは、その製造過程をみると納得させられてしまう。

製造過程は大きく分けて3つ。 
つまり、3か所のスペシャリストの手を経て、はじめて日本刀が作られるそうだ。

まずは、原料となる砂鉄を探すことからはじめる

1.たたら師・・・原料となる良質の砂鉄を探して、たたら炉で、「たたら製鉄」という方法で砂鉄と炭から玉鋼(たまはがね)というものを作る人。
炉に火を入れたら、三日三晩火を燃やし続け、まったく目が離せないのだそうだ。

しかも出来上がってみないと、どれだけ良質のものが採れるかはわからない・・という。
日本刀にするのは、その中でも一級品でそれ以外のものは、包丁にしか使えないんとか。

一級品というのは、不純物が少なくより硬くより曲がりにくいモノのこと。
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さて、その一級品の部分だけを、今度は刀匠にバトンタッチする。


2.刀匠(とうしょう)
これは、よく映像でも見るシーンで、火にくべては、熱いうちにとんてんかんとんてんかん、水にじゅーーとつけたり・・って、作業をしてるシーンにはときどきお目にかかる。

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鉄は熱いうちに打て!って言葉があるけど、まさに、それ! 手作業だけでまったくの狂いもなく均一に伸ばす。
そして、造り込みをする。

作り込みというのは、柔らかい鉄を中にして、堅い鉄で包み込むと言う手法のこと。 
まさにアンコを包み込むモナカのように。(←こんな例えでいいんか!)

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日本刀の特徴は、「折れず、曲がらず、良く切れる」

「折れない」ってことは、柔らかさがなければならない、わけだよね~。
だけど、「曲がらない」ってことは、鉄が硬くなければならない。


この矛盾を解決すべく生み出されたのがこの技法なのだろうけど、これはまさに、日本刀だけだそうだ。

そして最後に、研ぎ師のところへ送られる。

3.研ぎ師

「研ぐ」といっても包丁を研ぐみたいに、より切れるように研ぐというだけではなく、「刀身の地鉄、刃文の見所を引き出すために砥ぐ」のだそうだ。
つまり、ここで芸術的価値が付加されることにもなる。

これが大きくわけて3つ、なんだけど・・実はもっと細かくそれぞれのプロフェッショナルな手を経て出来上がっている。

1.鉱山師 - 鉱物を掘り出す
2.鉄穴師(かんなじ) - 砂鉄を採集し砂と分ける
3.タタラ師 - たたら吹きの一種たたら製鉄し砂鉄を溶かす
4.山子 - 炉の火のための炭を焼く
5.刀鍛冶 - 鉄を製品に加工する(ここでは、鉄の塊を鍛造し日本刀にする)
6.彫師 - 刀に梵字や装飾図を彫る[5]
7.鞘師 - 刀にあわせて、鞘を作る
8.研師 - できあがった刀を研ぐ
Wiki より



刀工
日本刀研磨
http://www7b.biglobe.ne.jp/~osaru/dekirumade.htm

いやはや・・すごいものだね~。

それぞれのプロフェッショナルたちが、昼夜魂を込めた仕事をするわけで・・。
刀匠なぞは、まず、身を清めて装束に身を包んで一心不乱に仕事をするそうだし・・・
それぞれの流派を受け継いだ人たちの技の結晶でもある。

そりゃあ、刀が一番「気がこもる」(魂がこもる)というのも頷ける。


自然界にある砂鉄から、それぞれの人々の魂を込めて作り出されたのが一振りの名刀となるわけなんだね~。

ところが、

どんな名刀であっても、それを使う剣士の技が未熟であれば、ぜーーんぜん使いこなせないそうだ。



そこで、今度は剣術の話になるんだけど・・

ずーーと前のブログ記事としても簡単に紹介したことがあった。
    ↓
殺陣と剣道と四戒
サムライスピリット

もういちど、それを抜粋すると・・

ある剣道の達人と言われる、高齢の人が筋骨隆々の若い男を相手にするんだけど、まーーたく、そのおじいちゃんに歯が立たない、という映像を見たことがあった。

また、そのおじいちゃんの言葉を紹介すると・・

「剣道というものは、身長も体重も関係ないんですよ。」

「気、剣、体が一体とならなければ、切ることはできません。たとえ竹刀であっても、真剣と思えれば、それは真剣になるんです。」

四戒という剣道における言葉があります。それは、四つの迷いの事で、驚き・恐れ・疑い・戸惑い・・・・それを、克服することが強くなるということなんです。」



そう、四戒! これがベースにあって、さらに体を鍛えて技を鍛えなければ達人にはなれないのが剣道。

あくまでも精神性がベースになっている。

そういえば、前回のブログ記事にも、ネガティブフィーリングとして、恐れや自己不信について書いたけど、まさに、こういったものを克服しない限りは強くなれないってことらしい。

相手を前にして恐れたり、逆に俺の方が強いもんね~と慢心したり、大丈夫かなあ、って不安や自己不信がよぎったり・・、それじゃ、まだまだ未熟者ってことなんだね~。


だからこそ、まずは、無心になることが要求される。
自然の中に溶け込み心の目でみる。

以前、剣道部に所属していたという友人が言っていた言葉を、ふと思い出した。

「剣道ってさ、根本は相手の動きを読むことなんだよ。 いかに早く相手の次の動きを読んで素早く動ければ勝てるものなんだよ。
将棋じゃないけどさ、優れた人は何手先までもを見通すそうだよ。」


なーるほど。

だからこそ、小柄な老人だって若い大男にも勝てるってわけなんだ!
全部動きを読まれてるわけなんだから。

相手の動きを読んで、しかも機敏に無駄なく動ければ・・相手の太刀なんて絶対にかすりもしないだろう(笑)
おまけに、隙(弱点)を見つけられるし、即座に打ち込めるってわけだね~。


さらに、その友人は言ったものだ。

「相手の隙をみつけて打ち込めば勝てるんだけどさ、相手だって、わざと隙を作って見せて、そこに相手が打ち込んでくるのを待ってるって場合だってあるんだよ。
だから、本当にそれが隙なのか、わざと誘ってる隙なのかを見極めなきゃいけないんだよ。そこが難しいんだよー。」

「へえ、それじゃあ、剣道ってお互いの読みあいだし・・悪く言えば、騙し合いだねえ~。
だけど、真意を見極めた者が有利になるってことなんだね。」

「そーゆうことだよ。」


ああ~、それじゃあ・・・やっぱり、長年精神性を鍛えぬいてきた、おじいちゃん剣士に若造ごときが、勝てるわけないよなあ。


多くのプロフェショナルな人たちによって、魂を込めて製作した刀が、今度は剣豪と呼ばれる人が手にしたとき、それって、どれだけすごいパワーを発揮するのだろうか。


名刀を剣豪が手にしたとき、

日本刀は、人間の体ですら一刀両断にできるという。(しかも名刀は刃こぼれも起こさないそうだ。)
そして、舞い散る木の葉ですらスパっと切ることもできるという。

それどころか、金属ですら切ったという話もある。
斬鉄剣ってホントだったのかも!(笑)

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強靭な強さと繊細さを併せ持ったもの。
まさに気(魂)が宿ったもの。


西洋の剣は、分厚い刀身で両方に刃がついているし、それ自体が重いので、どっちかというと「ぶった切る」という感覚。
同じ技術を持ってる剣士だったら、おそらく若くて力の強い者の方が有利だろう。

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そう比べると、同じく剣で戦うにしても、つくづく日本では、いかに精神性が重要だったか!ということがよーくわかる。

日本というのは、つくづく精神性に基づく文化なんだなあ。


四戒

●無心になることができる

だからこそ、

●気配を感じることができる

●人の動きを読める

いやあ、これって、まさにサイキック能力だと思う。

おまけに、いにしえの武将と言われた剣の達人たちは、歌を詠み、能や茶の湯で花を識っていた。
そういったことも、すべてが精神性を研ぎ澄ますことだったのかもしれない。

西洋の戦いの基本がアドレナリン出まくりのファイティングスピリットならば、
日本の剣道の基本は「無心になること」からはじまる。


日本古来の剣道、弓道、華道、茶道・・みーんながついてることを見ても、
少なくとも、フラワーアレンジメントやティーセレモニー・レッスンとは、別種なものだろう。

これだけ精神性を極めることを「道」とした日本人の文化って、つくづくすごい!と思う。

どうして・・こんな素晴らしいことを現代人は忘れちゃってるんだろう。

世界に類をみない技術、職人芸の国なのに~。

そして、

世界に類をみない精神性を持っているのに~。


こちらのビデオは面白かったですよ~。
ぜひ参考に。
   ↓


Profile
スピリチュアル世界中心のブログ★

gingetsu2010

Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

皆様にも「スピリチャアルの意味」「生きる意味」を感じて頂けたら、幸いです!☆

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