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帝王学・易姓革命そして古代中国

これは日本に住んでいた頃、友人から聞いた話。

「私、6歳ごろから祖父に帝王学を授けられてたんだ」・・と彼女は笑いながら言った。

て、帝王学~?

「それって、具体的にどうゆう教育をされてたの?」(いったい彼女のおうちって、どんな家系の家だったんだろう?)

「じいちゃんが、あちこちの店に食べ歩きに連れていってくれるの。
それこそ、近所のラーメン屋から定食屋、デパートの食堂、ときには高級フレンチや料亭まで。」

「6歳ごろから? そりゃすごい!」
(ん?それって帝王学つーより、食べ歩き?)


「でね、必ず聞かれるのが、美味しいか不味いか? 次にここの料金は○○円するんだけど、どう思う?高いか安いか? 
それを子供の感覚で適当に答えるとね、なんでそう思う? ちゃんと考えて理由を答えなさい、って言われる・・。

じいちゃん、そんなことわかんないよ~。 なんで私、そんなこと考えて答えなきゃならないの~?って聞くとね、

『これはフィールドワークのお勉強なんだよ。 しかも帝王学を授けてるんだぞ。』って言われたのよ。」



ふぃーるど・・? てーおーがく?・・・って言われても、意味わからんかったらしい。(そりゃあ、6歳じゃね~。)
でも、彼女は、なんかその響きがカッコいいように思えて、じいちゃんにいつも付き合って食べ歩きをしたという。



それから数年経ち、彼女がティーンエイジャーになった頃には祖父はすでに他界。

あるとき、ご両親とおじいちゃんの思い出話をしたそうだ。

子供の頃、いつもおじいちゃんとたくさんのお店に食べ歩きに言ったことを話すと、

「ああ、オマエのじいちゃんは食べ歩き大好きだったからな~。
うちは、パパもママも家業で忙しかったから、いつもじいちゃんがオマエの面倒を見てただろ?」


「じいちゃんは、食べ歩きするのは私の勉強だって言ってた。 それは、帝王学だって、しょっちゅう言ってたよ」、と彼女が言うと、

「食べ歩きが帝王学だって~? あははは・・あのじいさんらしいよな~。」と両親は大爆笑。


その彼女もすでに30代後半に差し掛かった。

「あのとき、じいちゃんがさまざまなお店に連れて行ってくれたことが、今、ものすごく色々な面で役立ってる。
最初はただ、美味しいか不味いかだけだったのに、料金を示されれば、なんで、この値段なんだろう?って子供ながらにお金の価値考えるようになったしね・・

なぜ美味しくて安いのにお客さんがいないんだろうとか? 
なんで汚らしいお店なのにお客さんがいっぱいなんだろうとか?

そのうち、子供ながらに、お店の従業員やら雰囲気、建物や、色々なことにまで目を向けるようになってきたんだ。
そうゆうのをじいちゃんと一緒に話すのがすごく楽しかったし、それがまた、勉強になってたんだな~って思う。

まさに、あれはジョークでも誇張でもなく、帝王学だったと思う。」

彼女は20代で企業してベンチャービジネスの会社を持っている人だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、その話を聞いてから、帝王学というものの見方が変わった。


「帝王学」というのは、昔から皇帝、国王、戦国武将など、国を治めるために学ぶものって思ってた。

人々の性質を知り敵と味方を把握し、領土を知り、先を予測して、時、場所などを選ぶことで、物事を有利にスムーズに進める手法。 その目的は、統治して末永く繁栄させていくことにある。



言うまでもないことだけど、これは世襲の君主国の場合のお話。(共和制ではない)


『君主論(1532年に刊行されたマキャヴェリによる政治学の著作)によれば、
*これは西洋における元祖帝王学ともいわれている。


”世襲の君主ならば既に定められた政策を維持して不測の事態に対処するだけで統治は事足りる。”と書かれてるそうな。


なまじ共和制にするより、世襲制の君主国にしちゃった方がラクなのだ。

こうなりゃ、君主は平均的な能力さえ持って国民に愛されてれば、なんとか国はまわっちゃうってこと。

バカ殿でもたぶんOK? (これ懐かしいなあ・・)
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そういえば、260年続いた徳川政権だって、名君ばかりじゃなかったもんね~(笑)



帝王学を書いてる著書は、世界各国にあって、

インドの『実利論』は、古代インドの政治家カウティリヤによる帝王学の著作。

『禁秘抄』(きんぴしょう)は、第84代順徳天皇による有職故実の解説書・・・宮中の恒例行事の事次第だとか、改元などの国家的な行事の作法、宮中の宝物・施設や組織のあり方とか。(かなり現実的な内容)

また、それぞれの武将たちによるものもある。

武田信玄が残した『武田信繁家訓』・・99条にもわたるものだとか・・・。 ひええ。よっぽど書くこと好きだったんだねえ。
これはのちの甲州法度之次第の原型ともなったものだそうだ。

毛利元就が残したのは『三子教訓状(さんしきょうくんじょう)』・・・これまたすっごい長文、14条に渡るもので3メートルもあったとか。読む息子たちも大変だったろう。

こうゆうのすべてが、「帝王学」と呼べるものだろう。

帝王学とは、学と名はついているものの、明確な定義のあるひとつの学問てわけではない。
それぞれの家系や家によっても違うわけで、まあ、言ってみれば・・跡継ぎと決まった者に、幼少時から家督を継承するための特別教育のこと。



となると・・じいちゃんの食べ歩き教育だって、立派な「帝王学」に違いない。
実際、本人にとっては一般的な学校教育よりも、はるかに素晴らしい知的財産になったってことだし。

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各国の「帝王学」をみていくうちに、中国だけはちょっと異質、ということに気がついた。


有名どころで、古代中国の帝王学とされているものに、『韓非子』(かんぴし)がある。

春秋戦国時代の思想・社会の集大成というから、めっちゃ古い。

諸葛孔明さんが、幼帝の劉禅の教材として韓非子を献上したくらいだから、帝王学として重きを置かれていたものなのだろう。

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韓非子という人(人の名前でもある)は儒家の「荀子」(じゅんし)に学んだ人で、人の本性は悪であるとする「性悪説」を基本とする考え方になっている。
なので、法によって(つまり刑罰)人々を抑えるべきと主張されているとか。(←私は読んだことないけどね、解説書にはそう書かれていた)


そのせいか?(まさかね~)・・古代中国では、ここまでやるか?と思うほどの残虐行為が多いのは・・。
一族どころか、村中、町中焼き払って惨殺なんてことを日常的にやってのけたらしい。

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なぜ中国王朝では人類史に残る「大量死」が何度も起きたのか?

それでいて、易姓革命の思想を持つ国でもある。

ここが他の国々とは違うところ。


易姓革命とは、
   ↓  「世界史の窓」から引用

中国では王朝が交替することを易姓(えきせい)革命と言った。

易姓は王朝の支配者の姓がかわる(易る)こと、革命は天の神(天帝)の意志(命)がかわる(革る)ことを意味する。
殷(商)の紂王が悪徳の限りを尽くし、民を虐待したため、天の意志で周に交替したのがそのはじめであり、それ以後「革命」は中国では王朝の交替のことを意味していた。

現在では revolution の訳語として使われている。なお、易姓革命の形式には禅譲と放伐の二つがあるとされている。
世界史の窓より引用




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https://www.pinterest.ch/pin/307089268341378548/?lp=true

ちょっと補足説明をすると・・

●この世は天帝(天にいる神的存在)の意思によって作られている。
●王は天帝によって選ばれたものであり、もしも、王がを失った場合は人心が離れ国が乱れる。
となると・・天帝は現在の王を見限る。

●見限られた王は、禅譲(ぜんじょう)と言って、自ら退位を願いでるか、または他者によって討伐される。
この場合、討伐した者たちは反逆には当たらない(天帝の意思だから)

●新たなる王には、他姓の者がなる。 それによって、国名は変わる(国璽も変えること)



あれれ? 十二国記をお読みの方はお気づきでしょうが・・まさに、小野不由美さんの、あの小説は易姓革命の思想がベースにあるってわけですね~。

つまり、血統や身分を重んじるんじゃなくって、王としての資質、徳を重んじるという考え方。
儒家の孟子も、武力による王位簒奪さえ認めてたそうだ。(いやあ、ある意味、過激ですね~)

*世界史の窓の中の一文に、「現在では revolution の訳語として使われている」とあったけど、これは間違いかと思います。
revolution(革命)=易姓革命、ではないと思います。



さて、どのように思われますか?

「徳を失った王を交代させる」・・いかにも、最もなことのようにも聞こえるんだけど、徳を失ったかどうかって、いったいどうやって人々が判断できたんでしょうね? (十二国記の中では麒麟の存在で判断できたけど)

そもそも徳って? 何を持って徳と?


実際に王朝交代を正当化する理論にも使われてしまっていたらしい。

古代中国流大義名分ってヤツ。

北方から別部族が攻めてきて王を討つ。 
栄耀栄華を極め人民を苦しめ虐待し・・と王に対する罪状はいくらでも作り上げて、ちゃっかり新王に収まることができる。
(どんな善政を敷いたところで、反対派は必ずいるもんですからね)

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黄巾賊より多い黒山賊100万を率いた張燕(ちょうえん)


王を倒すのは、平民だろうがどこの馬の骨でもOK, (強大な武力さえあれば)
劉邦さん(前漢の初代皇帝)とか、朱元璋さん(明の始祖)なんか、平民出身だしね。


古代中国の歴史って、ずーーーーと、そんなんばかり。


そんなんばかりじゃ、古代中国の統治者たちは枕を高くして眠れなかったことだろう。
で、有能な占い師ブレーンを置いていた・・・という説がある。


そういえば、中国系占いサイトによくあるキャッチフレーズで、
「四柱推命(または算命学)は、中国4000年の歴史の中で帝王学として扱われてきた秘中の・・・」なーんてヤツね(笑)


ところが、占い師といっても当時は軍師が兼ねていることが多い。

たとえば、諸葛亮(孔明)さん  (またも登場)
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https://www.pinterest.de/pin/310396599302454505/?lp=true

奇門遁甲に通じ、八卦に基づく八陣図をモチーフにした陣形を組んだり、風向きを読んで戦いを勝利に導いたりしたそうだ。

これ、小説でも漫画でもる名シーンになってるとこ(笑)


で、紀元前500年頃には、兵法家の孫武が記した『孫子』兵法がすでに広まっていたそうだ。

『孫子』は戦争の勝敗は天運ではなく人為によるものと説く極めて現実的な兵法書。 占いには頼らず人事を尽すという考え方。

古代中国人はかなり現実的な考え方を好んだようで、孫子の兵法は広く受け入れられたそうだ。

たしかに、実践的じゃなきゃ明日攻めてくる敵には勝てないからね~。



それでも、現在に伝わる四柱推命や算命学が五行思想をベースにしているように、古代中国の時代から、五行思想は根強いものがあったようだ。

万物には木火土金水の徳があり、王朝もこの中の1つの徳を持っている、という考え方。

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『後漢書』とかいう書物の中では、漢朝は火の徳を持っているとされ、漢朝に代わる次の王朝は土の徳とも書かれてあったという。

イメージカラーも赤の次は黄色だ!となる。

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ああ、だから・・黄巾党だとか、

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黒山賊だとか、色にこだわったのかもしれない。 

自分たちの徳を象徴する色であり、新たに取って代わる色を誇示するために。

やはり、易姓革命の思想なんだな~。


一方、ヨーロッパの王朝の場合、もしも子供が短命で死に耐えてしまった場合は、他国から王族を招き入れて新しい血を入れたほどで、彼らは「王族の血」というものにこだわった。

また、前政権のすべてを無に帰して(または破壊して)完全に塗り替える・・・なんてことまではしない。


日本の場合は、ご存じのとおり「天皇」国家だ。 
中央集権化した大和時代あたりからずーーと今まで綿々と続いてきている。

天皇が徳を失ったとかボンクラだったとかって理由で、過去に滅ぼされたことは一度もない(笑)

豊臣政権とか徳川政権なんてあったけど・・結局、彼らは天皇によって認められた「総理大臣」のようなものであって、
実質的には武将が政治的実権は握っていたけれど、それを認めて任命するのは今も昔も天皇だった。


そう考えると、中国には歴史がないのは当然だろうなあ、って思う。
過去を潰して塗り替えてきたのだから。


もちろん中国にだって、何千年前の建造物も残っている。

こちらは、山西省にある南禅寺(782年に建築された最も古い仏教寺院)
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https://zh.wikipedia.org/wiki/File:%E6%97%A9%E6%99%A8%E7%9A%84%E5%8D%97%E7%A6%85%E5%AF%BA%E5%A4%A7%E6%AE%BF.JPG

でも、それは形骸に過ぎない。 精神は断たれてしまってるから。

精神を絶つことこそが、易姓革命の考え方でもあったわけで、

歴史を伝えるよりも、新しく塗り替えていくことに重要性を置いていたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、どこかで「世界の老舗企業」というアンケート結果を見たことがある。
(創業100年とか200年とかの伝統を守りぬいてるという店や会社)

そのサイトが見つからなくなっちゃったので、こちらの老舗の一覧でも、ご覧ください。


現存している中で日本で一番古い(世界最古)なのは金剛組だそうだ。
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*578年、四天王寺(現在の大阪府)建立のため聖徳太子によって百済より招かれた3人の宮大工(金剛、早水、永路)のうちの1人である金剛重光により創業。


このサイトだとデータ化されてないのでわかりにくいんだけど、

私が見たサイドでは、
とにかく日本が「老舗の数」においてダントツの1位だった。 たしか3000以上あったはず。

2位がドイツで1000と少しだったかな。

それ以下、やはりヨーロッパが多く、アメリカだって1600年代になれば登場してくる(それ以前はアメリカって国はなかったわけだもんね、それを思うとアメリカでさえ古いものを残してることがわかる。)


中国は・・・どこにあったのか覚えてないんだけど、すごい下の方で数十件しかなかったような。(韓国に至っては記憶にない)

あんな大国で人口も多いのに、人口の少ないチェコの方がずっと上位だったことを考えると、中国がいかに古きものを残さない国かということがわかる。


ひょっとしたら、文化大革命のときに、すべての古いものは壊されて、伝統を守る人々は殺されるか他国へ逃げ出してしまったのかもしれないが・・。



ダントツ1位の日本の老舗にインタビューすると、どこでも口を揃えて言うことがある。
「一番大切なのは、です。 信用・信頼を無くしてはたとえ一代限りであっても成り立ちません。」

また社内でのモットーは、
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という言葉が一番多かったそうだ。

社内においては上下心を一つにして共に働き、対外的には信用を最も大切とし誠を尽くす、ということらしい。


このデータを見るまで、日本がこんなにも古い伝統を持つ国だったとは、ここまでとは・・思ってもみなかった。


いったい何を持って「中国4000年の歴史」と言われるようになったのかは不明だけど(笑)

むしろ中国は面々と新しさのみを追求していこうとする国なのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い頃の私は、伝統なんて大っ嫌い! ぶっ潰せ~!と思ってた。

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パンクファッションはキライだったけど、中身は完全無欠のパンク野郎だった。

それは、愚かにも「昔と同じことをただ黙々とし続けなければいけない」と思い混んでたからだ。 それが伝統だと。

「精神を受け継ぐ」ということを、ちっとも理解していなかったのだ。


帝王学もまた同様で、一番大切なことは「精神を受け継ぐこと」なのだと思う。

「帝王学」なんていうと、選民思想を彷彿とさせるよーな、ずいぶん大層なネーミングだけど・・

親から子へ、または先代から次世代へ伝える大切なメッセージであり教育、とも言い換えられそうだ。

誰でも一緒の学校教育とは違って、何を伝えるか、どのように伝えていくかは、そこはそれぞれというわけだ。

パンデミックとなる病

武漢の新型肺炎もSARSも流行の始まりは同じ…… 写真で見る、中国の生鮮市場とは

こちらの写真をみていて、本当に中国系のマーケットですごいなあって思ってしまう。
凄いとしか・・言葉が無い。

閉鎖される前のこの市場では加工肉のほか、生きたままの食用動物も販売されていたという。
鶏やロバ、羊、豚、ラクダ、キツネ、イヌ、アナグマ、タケネズミ、ハリネズミ、ヘビ、ジャコウネコといったものまで。
中には、小さなケージに、タヌキとシカが入れられているものまであったそうだ。


これは中国本土というだけなく、香港でも台湾でも、どこでも”中国系”のマーケットの実情なんだろう。

アメリカでさえ、ある中国系マーケットに行ったとき、生きたままのカメを販売してたんでびっくりしたことがあった。

なんと、生きてるカメを3個セットで縄で縛って販売されてたのだ。(さすがに他の動物類はなかったけど)

え? まさか・・食べるわけ?

「そりゃそうだよ。食べるに決まってるじゃない!まだ生きてるんだから新鮮で旨いよ。」


大きな肉を塊のままぶら下げて売るのがいかにも中国系、日本だったら絶対元の形をイメージさせる売り方はしないだろう。
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そういえば、ずいぶん昔の話だったけど、中国系の女優さんだったか?が日本に来て、公園にハトがいっぱいいるのを見て、こんなことを言ったそうだ。

「なんでみんなハトを獲らないの? 中国だったら、みんなで争って捕まえるわよ。
日本人てハトを可愛いと思うんですってね。 私たち中国人だったら、まず美味しそう!って思ってしまうのに。」


きっと奈良公園になんか行ったら・・・😋

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それだけ食文化に対する見方が違うんだろうなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回、中国で感染が拡大している新型肺炎も、また2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)にしても、 どちらもコロナウイルスが原因で、生鮮市場から始まっている、という共通点がある。

SARSの場合は、野生動物を取り扱い、殺し、販売していた人や、調理していた人が最初の感染例の40パーセント近くを占めた。


生鮮市場では人間と、生きているまたは死んでいるさまざまな動物が密に接触し合う場所なわけで、それが動物から人間へウイルスをうつりやすくしてしまう。

なぜなら、その正体は、
動物から人間へと広がる「人獣共通感染症」だからだ。

たとえば、こんなふうに分類できる。(ほんの一例だけど)

★ヒトにだけかかる風邪のウイルス
・スペインかぜ(1918年のインフルエンザのパンデミック)

★動物から感染する重症な肺炎ウイルス
  ・重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)・・最初はハクビシンが感染源と言われてたけど現在はコウモリとされた。
  ・中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)・・ヒトコブラクダからヒトに感染したと考えられている。

★同種続巻で感染するウイルス
  ・猫白血病ウイルス感染症・・白血病を含めて「FeLV関連疾患」でネコの間で感染する。



この中の2番目、「人獣共通感染症」なのだ。
あ、だからといって、「動物から移るんだったら動物は汚いもの」という考え方は間違い。 
逆に人から動物にも移るウイルスであり種族間を超えて伝染するということ。


たとえば、エイズ、エボラ、H5N1鳥インフルエンザはいずれも野生生物の間で徐々に広がり、それが人間との密な接触を機に、世界的な大流行を起こしてしまったのだ。


では・・それらをどうやって予防するか? どうやって治療するか?


はっきり言って、ありません!

せいぜい、ワクチン接種でかからないように予防するくらい。


唯一、天然痘は1980年に撲滅宣言が出されている。
これは、ヒトからヒトのみに移る痘瘡ウイルスだったため、終生免疫となるワクチンの開発に成功し、それを多くの人々に接種していくことで、それ以上天然痘は伝染しえないことになって撲滅されたのだ。


ところが、「人獣共通感染症」ではそれは不可能。
ウイルスの正体を掴んで、ワクチンを開発できたとして・・それを世界中のヒトだけでなく、世界中の動物に接種するのは到底無理なこと。


また撲滅させない限り、ウイルスはどんどん変異して、どんどん強くなっていく可能性も大なのだ。

さらに、今回のように新種のウイルスが出てきてしまえば・・それを、これから研究してワクチンを作ることになるわけで・・
もう、お手上げです。



しかも、コロナウイルスによる新型肺炎、当初の予想よりはるかに強力で感染力が強いようだ。

何と「医療従事者」たちも多く感染していて、しかも死者まで出したとか。
彼らは日頃から病気の人々な中にいるため、そうそう簡単には感染しない体が作られているともいわれてます。
また、最大の防御態勢と衛生面の配慮だってされてたはずです。

それでも感染してしまったということは、かなり感染力が強いのではないだろうか?
報道をみると、なんだか爆発的に増えていっているようでもあるし。


もしも感染してしまったら、抗ウイルス薬はあるのか?

いやいや、新種のものに対して・・あるわけないです。


●抗ウイルス薬について

こちらの関東労災病院のサイトを見る限りでは、
感染症の治療:抗菌薬について

たとえば、インフルエンザウイルス感染症においてさえ、基本的に予防はワクチン療法しかないそうです。

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○: 効く, ×: 効かない, △: 条件が揃えば効く
※ 細菌の種類により、効果のある抗菌薬は異なります。
感染症の治療:抗菌薬について



つまり、かかってしまったらそれに効く薬はないってことのようです。
引用すると・・

一般に“かぜ(感冒)”と呼ばれるものは、ウイルス感染症であることがほとんどです。
特定のウイルス感染症では抗ウイルス薬が有効な場合がありますが、多くのウイルス感染症は、自分の免疫力で自然に治癒するのを待つ必要があります。

前述のごとく、ウイルス感染症に抗菌薬を使用しても、治療効果がないばかりか副作用の可能性は上昇してしまいます。
症状がどうしてもつらい場合には、症状に応じた治療(対症療法)を行いますが、ウイルスに対する根本的な治療ではありません。



自分の免疫力で自然に治癒するのを待つっきゃないんですね。


では、どうやって予防するか?

これまた・・ないです。

みなさん、マスクをしてるようですが・・

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マスクで予防できるのは飛沫(ひまつ)感染を防ぐだけです。

さらに、うがい、手洗いをしましょう・・・というのは、昔から言われてることだけど・・接触感染を防ぐだけのこと。
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https://igakushitosyakai.jp/article/post-537/

空気感染するものには、ほとんど無意味。


もちろん日頃から手を洗いうがいをすることは健康上良いことだし、マスクをするのも、ゴホゴホするのであれば、エチケットとしては良いことだと思いますが・・何もマスクの爆買いまでするほどのことか?と。

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さらに・・追い打ちをかけるようだけど・・

どんなに空港で厳しくチェックしたところで無理でしょうね。

乗客たちの体温がわかるらしい
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「感染しても症状の出ない場合がある」
ということもすでに判明している。
そして、こういった人たちも新たな感染源となってしまう。 本人すら気づかないうちに。


こういったパンデミックと言われるような病を前にして、人にできることなんてなーんもないんですね。

ただ日頃から、

健康でいること。
体にも心にもストレスを溜めないこと。


ものすごく当たり前なことしか、ないです。

しかし、その当たり前なことによって、「自分のからだの免疫力を高めてウイルスに感染しにくい体を作る」
ことも可能なわけです。


同じような状況であっても、感染しない人もいれば、感染したところで軽症で治癒する人もいれば死に至る人もいる。

死に至る人のほとんどは持病を持っていた方のようで、そのため免疫力が落ちていたというのが一番の原因のようです。


先日のこちらの記事の中にも書いたことだけど、玄米を食べて考えさせられたこと
「抗生物質を服用すればするほどウイルスに感染しやすくなる」ので、そこらへんもちゃんとインプットしておいた方がよいかと思います。



昔のパンデミックといえば、スペイン風邪のように、ヒトからヒトだったものが、今では大きく変わり「人獣共通感染症」になってしまった。

この感染源がどこにあるのか? それを探るのは非常に難しいもののようですが、必ず、なんらか原因は必ずあるはずです。
SARSのときもハクビシンと言われたりコウモリってことになったり・・・それだけ解明は難しいものなんでしょうね。


いったい何が問題なんだろう?



ヒトはストレスを溜めると病気になるし免疫力が下がってしまう。


これは、動物だって同じことだと思う。
動物にだってストレスを与えれば病気になる。 

くちばしを切られて、こんな狭いところに一生押し込められればストレス絶大じゃないだろうか。(立派な動物虐待だと思うんだが)
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多量の抗生物質を与えて病気を発症させないようにしてるだけのことで。
中身はストレスだらけ。


私にはどうみたって虐待!に見えるんだけど、家畜動物の場合には虐待に相当しないらしい。
どうせ、卵を産ませるだけのものだし、殺して食べちゃうんだからどんなに痛めつけたって構わないだろうという考え方なんだろうか?



とにかく、彼らはストレス絶大ですでに病んでるように思えてならない。

とくに中国の養鶏所や牛舎などは劣悪な環境が多いようで、社会問題にもなりつつある。

そのせいだろうか?
中国では毎年、鳥インフルエンザのような深刻な感染症の事例が発生しているのは?


事実、中国でも密飼育を避ける(ストレスの緩和)ように指導しだしたという話だけど、なかなか浸透していかないのが現状とも聞いている。



私は、こちらのナショナルジオグラフィックの記事を読んでいたんですが・・
すでに数千人が発症か、中国の新型肺炎、疫学者らが発表


この記事の最後で、

武漢のアウトブレイクについて、野生動物の売買にいっそうの監視が必要なのか、あるいは完全に禁止したほうがよいのかという問題に対して、ある研究者はこのように答えている。

「考えられる介入は非常にシンプルです。野生動物の取引を減らし、野生動物市場を浄化するだけです」
「野生動物の取引を減らせば人間にも動物にもプラスになります。捕獲の対象となる種を守ることができ、新型ウイルスの流行も抑えられるのですから」



私は動物愛護という以前に、自然の摂理としての在り方について考えさせられてしまうのだ。

必ず物事には原因があってそれが現象となって現れる。 因果の法則の上で成り立ってるのが自然界なのだ。

パンデミックになるような病は、なんらかの歪が生み出した結果じゃないだろうか?
つまり、何かが間違っている・・・ということだ。

玄米を食べて考えさせられたこと

「これは有機無農薬の玄米だよ。ぜひ食べてね~♪」 と言われて、玄米を頂いてしまった。

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ところが、パサパサしてるし臭いし・・とにかく不味い!

ブラウンライス(←アメリカではブラウンライスと呼ぶ)は、何度も食べてるけど、これはとくに酷くね!


アメリカに住むようになってからというもの、私は自分の舌を信用するようになり、むしろ敬意さえ払っているのだ。(笑)
日本にいたときは、添加物まみれのものをいっぱい食べていたせいで、舌(つまり、味覚)が狂ってたんで信用できなかった。

今ではすっかり信頼してる私の舌が、
「おえ! マズっ!」って言うんだったら、絶対 私が食べてはいけないものだろう、と思った。

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玄米は白米よりもミネラルも豊富で栄養価が高いということは知っている。

でも、こんなにマズかったっけ?
しかもオーガニックの方がマズイってどーゆうこと?


もちろん、私は有機無農薬とかオーガニックという表示も完全に信用してるわけではない。
それでも、食べた結果当たりが多いかな~!と思うのでオーガニックの店で買うことが多くなった、というだけのことだ。



ヨーロッパと比べるとアメリカはまだまだの国だけど・・それでも、オーガニック食品と認められるものは、厳しい検査を経て合格したものだけだ。(←いちおう)

USDA(アメリカ農水省)が畑も栽培方法もすべてチェックして厳しい検査を経たあとで、ようやくこのマークをつけて販売することができる。

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もちろん、検査を受けて認められないくせに、オーガニック表示をすることは出来ない。(←違法)


あ、ちなみに・・Kosher(コーシャ)というのもある。
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これはユダヤ教の人たちのためのもので、

ユダヤ教の資格を持ったラバイ(指導者?)が製造工程から確かめて、ユダヤ教の教義に従った安全な食品であると認定した食品のみにつけられるロゴマークのこと。

どちらにしても、オーソリティーによるお墨付きってわけだ。


ところが・・まあ、そこんとこは色々あるわけで・・(笑)

今のアメリカはオーガニックに関心が高くなってるため、オーガニックのロゴが貼ってあれば、それだけで人は買ってくれる。 
となると、大手食品会社が政府にお願いするのは当然の流れ、となる。
(お願いなのか? 賄賂か? 圧力をかける? 脅迫か?・・そこんとこは知らん。)

もともとオーガニック調査はかなり厳しいと言われているけど・・その規制をもっと緩めろ!というのが彼らの言い分。

「このくらいの残留農薬だったら、いいってことにしてよ~。」と大企業が言えば、
USDA側が、「そだな・・。 そうしちゃってもいいよ~! その代わりさあ・・・・」 なーんてこともあるかも。

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いや、実際に何度もあったらしく、USDAが訴えられたことさえあるのだ。

アメリカでは、こういった消費者団体が常に目を光らせている。
   ↓ (英文のままで申し訳ないけど)
SAVE ORGANIC STANDARDS

ちょっとでもオーガニック規制を緩くしようとする大企業とUSDAに、こうやって目を光らせてる団体がいてくれるおかげで、まあ保ってられるというのがアメリカの現状だ。

一般市民の関心度が高かれば高いほど、政府や大企業さえも抑制することができるってことなんだね。


でも、あの頂いた玄米はなんだってあんなにマズイ?


もしもUSDAがズルしたわけじゃないとすると(笑)  原因はどこにあるのかなあ?と考えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、最近読んだ記事のことを思い出した。
   ↓
健康や環境への影響も…。 抗生物質汚染と食肉への残留について

世界の川侵す抗生物質汚染 耐性菌由来の病死広がる?

いずれも、抗生物質によって地球上が汚染されてきている・・という記事だ。

抗生物質だとか新薬 Vs. 耐性菌 の問題などは、過去記事でも触れたことはあったけど・・・
     ↓
ネコの食事に抗生物質など・・諸々の問題

どうやら、私が想像していた以上にすごいことになってるらしい。。。


今や抗生物質は医療だけでなく、農業や畜産でも過剰なほどに使用されているという。
しかも、耐性菌が出来てくれば、さらに強力なヤツを作り、またさらに強力な耐性菌が出来て・・の繰り返し。

こうゆうの、いたちごっこ
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一番の問題は、抗生物質が体内から排出されても(つまり尿や便で出されるってこと)、それが土には完全に還らないし、川や湖の水を浄水場で処理したところで水道水に含まれてしまうことにある。

それじゃあ、どんどん地球上に蓄積していくはず。
今、どれだけ汚染されているのか? その正確なデータさえ出せていないという現状らしい。

ここにも、抗生物質への警鐘を鳴らす記事があったので、
   ↓ (英文)
Antibiotic resistance is the next great global challenge - we must act now

ここから一文だけ抜粋すると、
    ↓

12か国を対象とした2015年の世界保健機関(WHO)の調査では、一般市民の64%が、抗生物質がインフルエンザや風邪などのウイルス感染にも有効であると誤って信じていることがわかった。




おいおい!
まだ、いるのかなあ?
「風邪ひいたんですけど、先生、抗生物質出してください!」なーんて言っちゃう人。。。

抗生物質を飲めば免疫力は減退します!!(←これはメディカル記事によればすでに証明済みのことらしい)

だから飲むな!ってことじゃないです! ある種の細菌を殺すためには大変有効で、命が助かることもあるんだけど・・不要な時には絶対飲むな!ってこと。


ううむ、これって放射能汚染を問題より、こっちの方がよっぽど問題なんとちゃうの?



抗生物質で忘れちゃいけないのが家畜
すべての家畜の飼料には、抗生物質をパカパカ混ぜてる。

抗菌薬抗生物質と言われるもので、家畜を病気にさせず、しかも成長を早めることができるからね~。(←人間側の都合だよなあ)


で、大量に出た彼らの糞を集めて肥料にする。

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化学肥料使ってないし~、これなら立派な有機農法になる?

でも・・ちょっと待った!
そんなもん(抗生物質をたっぷり含んだヤツ)を土に混ぜれば、草木はそれを養分として実をつけるんだよ。 
つまり、出来上がった植物もまた抗生物質まみれ@@


そりゃあ、抗生物質の味がするのかもしれない。

ミルクの味だって牛肉の味だって、その牛が食べていた草によって風味や味が違ってしまうことを考えれば・・
頷ける話だ。。。


そんなことをじーーくり考えていたとき、またまた、「こんな話、遠い昔にどっかで聞いたような・・」気がしてきて、

ようやく思い出したのがコレだった。
    ↓


まさに、玄米Vs.白米の話だった(笑) ようやく探したのだ。。。


このアニメ、80年代じゃなかったかなあ?
こんな昔から抗生物質のことが言われてたのに・・あれから30年経てば、汚染具合はどんなことになってるんだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
本当に美味しいものを食べるには・・
たぶん、このアニメの最後の方にあったような、自然農法かまたは、シュタイナー農法しかないのかもしれない。(別名、バイオダイナミック農法

これ、中国の、とある牛舎だとか。
      ↓
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こんな・・気の毒な牛さんたちじゃなくって、


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こうゆう牛さんたちが、のんびり草をはみ、糞を出し、その糞や虫たちで肥えた土地から、作物を作る。

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それを人が食べ、牛の世話をして、牛のふんが・・・という循環した構図なのだ。

人も動物も死ねば細菌に分解されて土に還る・・それが肥沃な土を作り、また他の生物の糧になっていく。

たぶんそれが正しい在り方であり、生き方なのかもしれない。
自然の摂理に沿った生き方が。


ま、そんなことを言ったら、大量生産は出来ないことになるし現代のビジネスが成り立つわけがない。
せいぜい自給自足になる。・・・ってことで、言ってみたところで切ない話かもしれない

それでもやっぱり、汚染さえていく土や水のことを考えずにはいられない。

だって・・本当の美味しいモノが食べたいから!


汚染された土は、それがもとに戻るまで、それなりの時間がかかる。
汚染物質によって、数年、10数年、100年なんてことにもなるらしい。

この先、どーなるんだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日だって、玄米を頂いた人に聞かれた。

「どお? 美味しかったでしょ?」

「こめん! どうも私、玄米は苦手だなあ。 臭いしパサパサしてるしで・・」

「それこそが玄米なのよ。 あれはね、無農薬で作られたものだからこそ、ちょっと匂いもあるしパサパサするのよ!
本物はね、そうゆうものなのよ。 体にいいんだから毎日食べた方がいいわよ。」


ん? なんだか完全に「美味しんぼ」の内容とダブルなあ(笑)
30年も前のアニメと。

・・・・・・・・・・・・


こんな記事もあったので貼っておきます。
   ↓
玄米VS白米、本当に健康にいいのはどっち?


こちらは英文記事ですが、
   ↓
Brown Rice Vs. White Rice
最後の部分を抜粋しておきます。

自分の体にどちらがいいのかを判断するとき、どちらかの米を食べた後、自分の体によーく注意してみてください。
体がどのように反応するか? 気分が良くなったら、それがあなたにとって正解の方です。 ぜひ食べ続けてください。
気分が良くないなら、食べないでください!


霊障から学んだ丹田のこと

これは、もうだいぶ前の話だけど・・私はずーーと霊障で悩んでたことがある。
いくら払っても払っても、また憑かれるから、いつもどよーんとした状態で、どうにもならなくなってた時期だった。


そんなとき、
「まず、体鍛えろ!そして常に丹田を意識しろ!」と、気功の先生に言われた。

えええ? こうゆうときって、フツウお祓いじゃないの~! 神社とかお寺さんとか(←アメリカではお祓いしてくれる神社も寺もなかったけど)、優れた霊能者さんとか!

「無駄だね。 どんな優れた霊能者に頼んだところで自分が変わらなきゃ!」

このときはじめて、丹田という言葉を知った。

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https://matome.naver.jp/odai/2138328000082130501


丹田を意識するとか丹田を鍛えるというのは、「呼吸法」と密接に繋がっている。

鼻から息を吸い込んで丹田を意識して溜める。 
それから、ゆーーくりと口から吐く。 悪いものを吐き出してしまうイメージで。



たしかに不思議なもので・・これをやると、
大きなショックを受けたときも、怒りや深い悲しみで落ち込んでるときも、すーーと引いていく気がする。

心にニュートラルな状態が出来てくる。

すべてはここから始まるのだという。
*ただし、注意事項として「鼻から息を吸い込むこと」 
口からだとただの胸式呼吸になりやすいからね。 これだと息が丹田まで行かずに、そのまま吐き出しちゃうことになる。


東洋医学の考え方では・・息を吸い込むこと=気を吸い込むこと


とくに日本人は腹式呼吸が苦手といわれている。

なぜなら、ふだん使ってる日本語は腹式呼吸を使わずに発音できる言語だから・・らしい。
(抑揚が無くて棒読みでも通じるのが日本語。ほとんどが有声音なので腹式を使わずに発音できてしまう)


その代わり・・と言っちゃなんだけど、

かつての日本人の生活や文化の中には、腹式呼吸を使うものが非常に多かったのだ。
つまり「丹田」に気を溜めなきゃ、出来ないものが多かったということ。

武道や武術はもとより、鍛冶、踊りや楽器の演奏、農作業や工芸作業でも。

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「もっと腰入れんかい!」
「腰を落とさんかい!」


まさにそれ!

田舎で若い兄ちゃんたちが、薪割りをするときや餅つきをするときも、じいちゃんたちに、そう怒鳴られていた。
「そんなへっぴり腰じゃ、薪は割れんぞ!」と。

実際に、ヨボヨボに見えるじいちゃんたちの方が、サクサク巻き割りも出来るし餅つきも上手なのだ。
若い兄ちゃんたちの方が、絶対力はあるはずなのにな~、と不思議に思ったものだ。

これは、もっと丹田を意識しろ! 丹田にバランスを置け! ってことだったんだな~と、あとで気づく。


以下Wikipedia より

丹田(たんでん)とは、内丹術で気を集めて煉ることにより霊薬の内丹を作り出すための体内の部位。 
内丹術では、気を材料として、下丹田を鼎炉(ていろ)とみなし意識と呼吸をふいごとして、丹を煉成する


*鼎炉(ていろ)ってのは、こんな形をした古代中国にあった香炉のことらしい。
   ↓
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なのだそーだ。

さらに・・

内丹術(ないたんじゅつ)は、天地万物の構成要素である「気」を養うことで、自己の身中に神秘的な霊薬である「内丹」を作り、身心を変容させて道(タオ)との合一を目指す、性命を内側から鍛練する中国の伝統的修行体系である。



ひええ。

最終目的は道(タオ)との合一? すごい! ここまで行っちゃうんだ~。


日本人の日本語発音は胸式呼吸なくせに、その反面、生活様式は丹田と密接に繋がっていることが多く、
しかも日本人は体質的にも「気」の力を丹田に溜め込むことが、わりと自然に出来やすい人たちだったらしい。


え? 内丹術って中国から来たものなのに、中国人よりも日本人の方が優れてたんかいな?

と、気功の先生に訊いたところ、

そのとおり! たぶん日本人は内丹術なんて言葉を知らなくても、自然体で自然の中から体で学び取っていたんじゃないかな」 ということだ。


ついでに朝鮮人は? と聞いてみたところ、


「朝鮮人は中国人とも日本人とも違った部分があってね、
外から気を取り込んでも、それを丹田に溜めることをあまりしない。

その代わり、内在してる気の力は、日本人や中国人にも及ばないほど大きく強いものを持ってることが多い。
だからこそ、大きなパワーを一度に発散することもできるし、すごい瞬発力も出るんだけど・・

大きいあまり、自分で感情や衝動を抑えられなってしまって、その気が甲状腺から頭に入ってしまうと、一時的な発狂状態に陥ることもあるんだよ。 それが精神的な病にも繋がることにもなる。

もっとも朝鮮系といっても、地域によっては日本人に非常に近い人たちもいるから一概には言えないんだけどね。」



ふと、火病という言葉が浮かぶ。

「だから、丹田に気を溜められる日本人の方がいいとか優れてるかというと、これまた一概にはどっちがいいとは言えないんだよ。

丹田に気を溜められれば、温厚で我慢強い性格になる。」


たしかに・・典型的日本人らしい性格かもしれない。

「ところが、それだけだと、それだけのことで終わっちゃうんだよ。 
それどころか、溜め込むだけだと、これまた病気になる。
肝心なのは、丹田に溜めた気を練って変換させて外に放出させることが出来なきゃ。」


丹田に溜めた気を練って変換させて外に放出?
そりゃ、どうゆうことなんだ???

「日本の武術を見てごらんよ。 剣道、弓道、柔道、空手道
武術どころか、日本舞踊も能学も・・みんな丹田に溜めたものを熟練によって変換してる。」

ふと、自分で書いた剣道についての過去ブログを思い出した。

剣豪・山田次郎吉という人

武士道と刀のスピリチュアル

殺陣と剣道と四戒



剣道では、(何があっても動揺せず怖がらず疑わず迷わず・・の四戒明鏡止水(めいきょうしすい)の境地であること
それが精神面での基本だった。 と、同時に肉体も鍛えぬく。
 
肉体と精神、魂が一体とならなきゃ、強くはなれない。
それはサイキック能力にも影響し、剣豪と呼ばれる人たちはみなサイキックだったのかもしれない。
(実際に見えない殺気を感じる能力、予知能力にも優れていた)



自分で、そんなことを書いていたっけ。


そして、それはすべて丹田から始まる。


「日本の武道も舞踊も小唄端唄長唄にいたるまで・・ぜーんぶ丹田と関係しているんだよ。
西洋の歌曲だって、呼吸法を使って丹田を鍛えてるだよ。 だから常人離れしたものが唄える。」


ああ、たしかにそうだ!

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5オクターブの音域を出しちゃう歌手だとか、細かいピッチカートの連続でどこで息継ぎしてるんよ~!
なんで、そんなに息が続く? 乱れない?

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みんな丹田を鍛えられてるということか~。
その第一歩は呼吸法の練習にあるのか・・。



「中でも日本の武道は、とくに肉体と同時に精神性が要求されるものなんだよ。」


ん? 空手は日本のものだけど、テコンドーは韓国発祥の武術だよね?
あれは日本同様な武道とは違うのかなあ?・・・すぐ、細かいとこに疑問を持つ私だ・・😥

「違うと思うね。 調べてみれば・・」と、冷たく言われた。。。


で、調べたところによると、

★「空手」とは、琉球王国時代の沖縄で発祥したといわれる武道(三戦:サンチン)で、日本国内に入って空手となった。

★「テコンドー」とは、松濤館流空手を起源とする武道で、拳による突き、足による蹴りなどの打撃技を攻撃の主体とする韓国の国技。 横回し蹴り・飛び横蹴り・飛び後ろ蹴り・飛び後ろ回し蹴りなどがあり、足技が多彩。


テコンドーの方が、空手よりも後から出来たものだ。

私のようなシロウト目には、テコンドーの方が、スピーディーだし華やかでカッコよく見える。

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画像 Wikiより


ところが、もっとよく調べてみると・・

●テコンドーは、パワーよりもスピードが大切で、技をいっぱい使った方がポイントが上がるそうだ。

●一方、空手は(正確にいうと、フルコンタクト空手という)パワー、威力が重要になる。


なぜかといえば、現在はあくまでも競技のためのものだから。(いまどき実践で格闘技って使わないわけだしね。)

そこで競技の上では、

テコンドーはポイント制(どんだけ技を使えたかとかスピードで点数アップ)
空手はノックダウン制(相手を倒してナンボの世界)



という違いがあるらしい。

ということは・・

空手は威力のある技で相手を倒さない限り、すぐに反撃されることになる。
しかも、反撃にも備えたパワーを蓄えて置かなきゃならない・・ってことにもなる。

ところがテコンドーではそれは不要?

実際に不要らしい。 競技では先に技を当てさえすればいいんだとか。(ぜーんぜんダメージを与えられない技でもいいらしい)
技さえ当てれば、審判によって一度試合を止められポイントをコールされてから、また再開となので反撃に備える必要もないとか。


ええ? こんなん格闘技じゃないやん!(←だから今は格闘技じゃないんだってば! ただの競技、スポーツなの!!)
ゲームの世界だって、攻撃と防御はセットになってるつーのに。


せっかく、テコンドーカッコいいと思ってたのに正直がっかり。


それを先生に報告すると、

「攻撃と防御では、気の練り方を変化させなきゃならないんだよ。

鍛えた空手家の体は、ちょっと力を入れるだけで鋼鉄のように強くなるそうだよ。
そこらのチンピラに殴られようがびくともしないし、角材で殴られたって角材の方が折れてしまうって聞いたことがあるよ。」


そういえば・・
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瓦割りが出来るのは、力が強く手の皮が厚くなってるからかと思ってたけど・・そうゆうものではないらしい(笑)


「体を鍛えることはもちろんだけど・・肉体だけ鍛えたって出来るもんじゃないんだよ。 
気を丹田に取り込んで、それを変換させてパワーを出すことが出来るかどうかってとこにあるんだよ。


当然ながら、ただ気を取り込んで溜めればいいってものでもない!


陽の気をいっぱい取り込んでも、自分の体にある気がもともと陽の気だったら、体中は陽だけになってしまう。
瞬間的には強いパワーが出るかもしれないけど、それだと結果的に、必ず自分の体が壊れるか・・精神を病むことになる。」


あ? やっぱり・・火病?

じゃあ、どうすりゃいいんだ?


「陽の気をいっぱい取り込んでも、丹田を使って陰の気に変換させることなんだよ。
それがバランスであり、コントロールすることになる。

さらに熟練してくると、さまざまな呼吸法を学ぶことによって、自分で思ったように練り上げて別のものに変換させることさえできるようになるんだよ。」



そりゃまあ・・
熟練した武道家、剣豪などの場合は、そうしてることもよーくわかるのだが・・・

では、私はどうしたらいい?
それで霊障を防げるものなのか?



「もちろん! 原理はまったく同じことだ。
悪霊や魑魅魍魎から防御し、ヤツラを吹っ飛ばすことだって出来る。」



ん?ちょっと待ってよぉ~。
私は今から・・塚原卜伝とか山田次郎吉翁のような修行を積めるとは思えないし、
付け焼刃のテコンドー程度にだって、足が上がるようにならないよ~。

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こんなになれるわけがない!!


バカか! 巌流島の決闘に備える必要なんてないだろーが!

まず、毎日丹田を意識して腹式呼吸を心掛けること。 吐くときはゆっくり、悪い気を吐き出すイメージで。
そのうち、どんなパニックになったときでも、怒りや悲しみときでも、すぐに平静に戻せるようになる。

そこまでが基本。



それが出来たら、気を練る練習
体中を新鮮な気を自由に巡らせるイメージで、右から左、左から右、頭から足先へと、思いのままに。


もしも、悪霊やら怨霊がやってきたら、丹田に溜めてある気を出して体中に光のバリアを作るとか・・
または、玉状にしてどんどん大きく練ったものを、投げて撃退するか・・

そこらへんは、自分が一番イメージしやすいものでいい。
それが一番、実際に効果があることになる。」



私のイメージしやすいもの・・。


ドラゴンボールのかめはめ波
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ブリーチのネリエルの技、セロ・ドーブル
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うん、これは相手にぶつけられたパワーを吸い込んで、さらに自分のパワーをのっけて吐き出すんだから最強かな。(倍返し~!)
ここにあった。
  ↓
Power & Abilities


先生! アニメからしか浮かばないだけど・・こんなんでよろしいでしょうか?


「よかったなあ。 そうゆうアニメ観てて! もちろん、それでいいよ!

ただし、剣道の四戒じゃないけど・・相手のパワーに怖がったり驚いたり、無理かもしれないと諦めムードになったりしてしまったら、
出来ないよ。
どこまでも、心は明鏡止水(めいきょうしすい)の境地でな。」



それなら、崇徳天皇級の怨霊が寄ってきても、私、撃退できるようになるのかな?


バカか!! 出来るわけないだろーが!! そうゆう思い上がりは、すでに明鏡止水じゃないんだよ!
そもそも、そんなすごい怨霊はよっぽどの事をしでかさない限り、寄って来ることはない。」


え? もしも、もしもよっぽどの事をしちゃったとしたら?

「その場合は、おとなしく取り憑かれて殺させてあげなさい。」



はあ。 おっしゃる通りで・・。 


「相手に多少力があったところで、
自分にまったく非が無いという気持ちを強く持っていて、これまで言ってきた通りにすれば必ず撃退できるものだよ。


霊能者なんかにお祓いを頼む前に、自分で自分の身を守れるようにならなきゃ!

それに比べりゃ生身の凶悪犯の方がよっぽど危険だよ。 (←日ごろから防犯大事! すぐに911に連絡しなきゃ!)


霊的な存在ならば、気の大きさと使い方だけで、いくらでも自分が強くなれるんだよ。
たとえ、非力な子供だって老人だって関係ないんだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上がずっと前に、気功の先生であり、また霊能力者だった方から教えてもらったことだ。

腹式呼吸で、どんな状態のときでも、素早く平静に戻れるようにはなったと思う。
上手に気を練って・・というのは、まだまだだけど。

少なくとも、今では霊障はすっかりなくなったように思う。

ただ・・一番難しいと思ったのは、四戒の方だった。
呼吸法でどんなに早く冷静に戻れるようになったとしても、常にニュートラル状態を維持し続けるのは難しいものだ。
何かあれば、すぐに嫌な気分になったり心配になったり・・すぐ冷静になれてもまたそこに落ちるんだったらキリがない。

普段から何があっても常に冷静でいられるくらいでないと。

そうでなければ、剣士にはなれない(笑)
霊能者にもなれない。
怨霊や魑魅魍魎にもすぐとりつかれることになる。

それでも、私は過去と比べれば、ずいぶんよくなったものだ・・と自分を褒めてあげている。



<参考>
テコンドーと空手の大きな違いは?上段回し蹴りからも見えてくるその特性。

東洋武術によくある丹田を意識した呼吸の利点とは?

雅楽と西洋音楽のスピリチュアリズム

「洋楽は指揮者が必要なのに、なぜ雅楽は指揮者がいないのだろう?」

と聞かれました。

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確かに雅楽には指揮者はいない。


ん? そもそも雅楽ってどうゆうもの?
たぶん、そこらへんに答えがあるような気がする。


奈良・平安時代頃から始まり、わが国在来の古楽と、唐・三韓(さんかん)などから伝来した音楽との総称。
神楽(かぐら)・催馬楽(さいばら)・朗詠・唐楽・高麗楽(こまがく)などで、中国、インド(天竺)、南ベトナム(林邑)、さらにシルクロードを経て伝来し たもの。

とあります。
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日本雅楽会

手っ取り早く言えば、日本で生まれたものでも起源が海外にあるものでも、「洋楽以外のものすべて」を雅楽とよんだようです。

そういえば、空海によって伝えられた真言密教の楽器や音楽もあるようです。仏具でも音を出しながら声明を唱えるものもいっぱいありますからね~。

雅楽とは、このように器楽演奏、歌、舞踏・・すべてを含めたもの。


で、なんのために?

雅楽は、奈良時代・平安時代から、宮廷は勿論、寺院や神社において盛んに演奏されました。(←日本雅楽会より)

毎年の行事として節目節目にも行わていたようで・・これは、別に宮中の楽しい行事(たとえば、春の花見や夏の舟遊びみたいな)っていうより、政(まつりごと)のためだったようです。

まつりごというのは現代の「政治」のことではないです。

まつりごととは「祭政一致(さいせいいっち)」のこと
祭祀と政治とが一元化、一体化していることだそうだが・・
精神性(民意)と行政が一致してるものでなくてはならないもの。



雅楽はそのために、「自然に宿る神と交信するためのもの」と考えた方が近いかと思います。

それならば・・指揮者は不要ですね~。

神の声を聴くため、心を澄ませて耳を傾ければ、自ずから演奏者の心は1つになっていくわけですから。


それと、雅楽にはもう1つの意味もあったようです。

「安摩」という舞いがあり、さらに「安摩」の「二の舞」という踊りがありますが、ご存じですか?
(俗にいう、二の舞を踏むというのは、ここから出たんだとか・・)

私は岡野玲子さんの漫画「陰陽師」を読んで、初めて知ったのだけど・・
その中で、安倍晴明が「安摩の二の舞」を踊るエピソードが出てきます。

内裏が炎上するわ日照り続きで不吉なことばかり。そんな中、ようやく焼け落ちてた内裏新造の際、地鎮祭を行うことになる。
そこで、安倍晴明は「安摩」を舞う。
*この「安摩」というのは、6世紀頃今のベトナム北部にあった国(林邑=チャンパ王国)から伝わったもので、当時の他の舞楽ともかなり異なった特色を持っていたらしい。


このときの面がまた、とっても不思議な幾何学模様で、なんとも奇妙で、どこか滑稽さを感じる面なんですよ。

右側が「安摩」で使う面
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http://ohtsukajumpei.hatenablog.com/entry/2015/07/09/153908

こんなふうに
   ↓
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https://www.pinterest.jp/pin/760826930773713884/


ひとくちに地鎮祭といっても、ただ決まった踊りをそのまんま踊ればいいってもんじゃないようです。

降雨のない状態が「陰」の龍ならば、「陽」を象徴する「朱雀」をもってその瓦解に充てる。
縦糸に横糸を通すように、「陰陽和した状態」を作り球体(珠)をもって表す。

これまた手っ取り早くいえば、陰陽のバランスが保てるような状態を舞いによって作り出すということ。(しかもすべての所作に意味があり、かなり理論的なもの)

詳しく知りたい方は岡野玲子さんの漫画「陰陽師」を読んで頂くか、下記のようなブログでも参照ください。
    ↓
中沢新一さんの虹の理論からの陰陽師の安摩の舞とか古事記のアメノウズメのくだりとか
海士と安摩-笑いの魔力




これでお分かり頂けたと思いますが、
雅楽はまつりごとに欠かせないもの、であると同時に「呪術」でもあった・・・ということです。

呪術というとおどろおどろしいものをイメージする方もいるかもしれませんが・・地鎮祭や魔を払うことなども、呪術の1つだったんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに比べて、洋楽というのは、すべて「人によるもの」から成り立っています。 (人が作り人が演奏し人に聴かせるもの)


人によるものであれば、指揮者は絶対必要になってきますね。


それでも昔は「指揮者」という職業は存在してなかったようで、指揮をするのは皆作曲家だった。
自分で作った曲を自分で指揮するんだから・・そりゃ当然。

ベートーベンさんも自分で作った交響曲は自分で指揮してました。
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でも時代を経て、作曲した人が死んでいくと指揮する人が必要になってくるわけで、
そこで生まれてきたのが「指揮者」という職業のわけです。


作曲家は楽譜を残してます。

ベートーベンのムーンライトソナタらしいが・・結構悪筆?
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その楽譜をもとに、作曲した人の思いを読み取り、さらに自分の表現力や解釈を加味させたものが1つの曲となって今に甦えさせる・・それが指揮者の仕事になったんだと思います。


おおもとの作曲家がいて演奏者がいて、時代を経てからの指揮者と演奏者がいる・・・すべてが人によるもの。


単純に言ってしまえば、
雅楽が神(自然の声)を聴き取るのに対し、洋楽は多くの人の思いが詰まったもの
とも言えるかもしれません。


そんなわけで、クラシック音楽の場合、まず楽譜は基本。 楽譜から始まるわけです。
(ただし原譜の楽譜のこと・・練習用楽譜の場合、わかりやすくするため速度記号などを勝手に書き足しちゃった○○版とかってのもあります)

ところが、作曲家といえども楽譜にすべてを事細かに記すことは到底不可能。

ここんとこは強調した音だけどのびやかで繊細さも含めるとか、しっとりと含めた音にするとか・・書いてられないつーの。
そもそも言葉で説明できるってもんじゃないし~。

だからこそ、後の人の解釈次第でいかようにもクリエイティブにしていくことが出来るってのも面白いとこです。

数百年前の作曲家と演奏家と指揮者との共同作業でもあり、そしてぜーんぶの人の思いが詰まったもの。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、そういえばクラシック界にも異端児もいましたっけ。

世界的なピアニストでありながら、和音を勝手にアルペジオにしちゃうとか、音を足しちゃうようなことまでした人。
有名なグレン・グールド(Glenn Herbert Gould)さん
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とことん、彼は自分流の自由な音楽を目指したかったんでしょうね~(笑)
ただし、彼の演奏はバッハなどのバロック音楽にほとんど限られていたようで、ショパンやリストではやっていません。

バッハくらいの時代だと即興性が強かったんで、まあ、オーソドックスなスタイルのジャズで即興演奏してる感覚なので、そうそう原曲をぶち壊すことにはならなかったんだと思うし、むしろ、曲によっては原曲を大いに活かした部分も大きかったかもしれません。


ところが、ロマン派以降のショパンやリストの時代の作曲家の作品は、下手に音を加えたり外したりしてしまえば、曲の完全破壊につながってしまうわけで・・

そこんとこ、グレン・グールドもわかってたらしく、ロマン派作品は好きじゃない!って言ってたようです。
そりゃ、自由にできないからね!(笑)

まあ、自由奔放にやりながらも、ちゃーんと曲の神髄は理解してた人なんだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、そういえば・・
現代のピアニストの中にも、自由奔放に、平気でぶっ壊す演奏しちゃう人もいるとか(笑)

しかも、この人、ショパンやリストの曲に独自で音を足しちゃったり省いちゃったりするわ、ミスタッチも多いわ、暗譜も忘れるわ・・で大変らしい(笑)


ところが本人は、私は機械じゃないんだから!(ミスしたって暗譜忘れたっていいっしょ!)と言ったとか言わないとか・・

うーーん! ある意味、すごいツワモノだと思うが・・

しかしながら・・
プロの落語家や講談家は、「滑舌が悪い」「言葉を噛む」ってのは致命的で、絶対やらないことだそーですよ。
そりゃあ、せっかく話の世界に入っても、それだけで現実に引き戻されちゃいますもんね~。

これは、演奏家も同じだと思うんですよ。 
ミスタッチしない、暗譜は忘れない・・なんてことは出来て当たり前で、だからプロなんだと思うのですが・・。


ずいぶん前でしたが、音大時代の知人(モーツァルト大好き)が、このピアニストとN響による、モーツァルトのピアノ協奏曲21番だったか?を聞きにいったそうですが・・

酷評でした。。。

だって、どこにもモーツァルトがいないんよ!
今まで、いっぱいコンサートで聴いてきたけど、モーツアルトの曲なのに、モーツアルトがどこにもいない演奏を初めて聴かされた! と。

完全に自分流の解釈で、ヘンな甘さとロマンチックを表に出す弾き方、しかも、あまりにも気ままで感傷的なだけ。
だったそうです。

たしかに、モーツァルトの美しさって、むしろ中庸のバランス的なとこにあるようです。
だからこそ、ロマンチックさも残り香のように、後からさわやかに伝わってくるみたいな。(←モーツアルトファンによる)

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まあ、音楽なんて好きなように演奏すりゃいいわけなんだけど・・・

それでも、演奏家は作曲家の思いを皆さんに伝えるという役目もあると思う私です。

作曲者を完全無視するなら、自分で作った曲を演奏すべきじゃないかな~って思う私です。


西洋音楽は「人によって作られたもの」 
クラシックとして今も残っているものは、その多くの人々を経た「最高傑作」のはず。

モーツアルトの曲を演奏するなら、時代背景から緻密な楽曲分析をしたりするのは必須のわけで、
(そういえば、のだめカンタービレの中でも、気分だけで弾いてたのだめが成長して、一生懸命、楽曲分析をするようになりましたね。・・あんなもんです。)

なぜなら、少しでもモーツァルトの心や、その神髄に近づこうとするからです。
つまり、自分だけの音楽でありながらも、決して自分だけのものでないのが音楽なのかと。

それを別の言い方をすれば、作曲者へ対する敬意なのかもしれません。

そういったものを完全無視するならば、そこに演奏価値は無いように思います。
やっぱり、自分で作曲した曲を演奏すべきかと。

・・・

さらに、驚くべきことに、このN響の演奏に指揮者を置かなかったそーですよ。

おまけに、途中から遅刻してきた客を途中でどんどん入れちゃうわで・・ざわついて煩かったとか。
(せめて人を入れるなら、1つの楽章が終わった切れ目にすべき、と思うのですが)

ええ? N響ってそんなとこだったん?
日本のクラシック音楽界ってそんなもんなん?


・・・と、これを聴いてちょっと悲しくなりました。。。

探してみたら、似たようなことを書いてるブログがありました。
    ↓
樋口裕一の筆不精作家のブログ


ついでに、かなり古い映像だけど、私が好きなピアニスト、マルタ・アルゲリッチと小澤征爾さんのコンサート前に打ち合わせをしてる映像があったので貼っておきます。
お二人とも、すごく若いとき。 (なかなか二人のやり取りが面白いし、最後の方には昨日のブログの、ベートーベンの7番もちょっとだけ入ってます。ベルフィンフィルだけど)



このようにして、指揮者もピアニストも綿密なリハーサルを重ねて本番に臨むわけです。

それだけ多くの人々の思いが詰まって出来上がるもの。
それが西洋音楽なんだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<<雑記>>

雅楽をもっと聴いてみたいな~とは思うものの・・なんか、耳にする雅楽ってどれもテンポが超スローなものばかりだし、似たようなものばかりって気がする。 本当はシルクロードを経て伝わってきた、かなりハイテンポな曲もあったはずなのですが・・。

ふと、Wikiの一文にこんなことが書かれていた。
  ↓

現在、宮内省雅楽部は宮内庁式部職楽部となり百曲ほどを継承しているが、使用している楽譜が楽部創設以来の明治選定譜に基づいているにもかかわらず昭和初期から現代にかけて大半の管弦曲の演奏速度が遅くなったらしい。
曲によっては明治時代の三倍近くの長さになっており、これに合わせて奏法も変化している。

これは廃絶された管絃曲を現代の奏法で復元した際に演奏時間が極端に長くなったことにも現れている。
このような変化や律と呂が意識されなくなってきている事などから現代の雅楽には混乱が見られ、全体としての整合性が失われているのではないかと見ている研究者もいるが・・



つまり、今では伝承されてないものが多くあるということなんですね~。
そもそももともとは楽譜はなかったわけだし・・いずれにしても残念なことです。

クラシック音楽から知った「平凡な一般人でもラッキー!」

休暇をとって日本に帰省していた同僚が戻ってきた。

ところが、いつも明るいオーラを発散してる人なのに、どす黒いオーラになってる。

げえ! なにがあったん? 
こりゃ近寄りがたいぞ!


と初めは逃げ腰になったものの、なにげなく聞いてみた。

「なんか顔色悪いよ! 体調崩した?」

「もう、日本で色々と大変だったんよ~!」
と彼女が語り出したところによると・・
遺産相続で弁護士まで介入してぐちゃぐちゃ状態になったことを皮切りに、しばらく我慢してきた仕事の不満までもが噴出し・・

もう手をつけられないような状態になってる。。。

そんな人に、大丈夫よ、頑張ってね、なーんて歯の浮くような慰めを言えるわけもない。


そこで話題を変えて、娘さんのピアノレッスンの話をした。

さすがに愛娘の話ともなると、いくぶん顔色は明るくなる。

「私、クラシックには無縁だったんだけど、娘にピアノを習わせるようになってから有名ピアニストの演奏を聴くようになったの。 私でもわかるようなクラシックで、何かお勧めない?」


そーだなあ~。。。

急に思いついたのが、こちらの演奏。
   ↓

Beethoven: Symphony No.7 / Ozawa Boston Symphony Orchestra (1989 Movie Live)

「うわ!オーケストラ? 交響曲なんて、私、ちゃんと聴いたことないし、よくわからないと思うなあ~。」

「のだめカンタービレ、全部観たって言ってたよね? これ、その中にも出てきた曲だから知ってはずだよ!
ま、とりあえず娘さんと一緒に聴いてみなよ!」
と、LINEでURLを送った。
   ↓
nodamecd.jpg
Amazonのサイト

「長いから、面倒だったら、終楽章だけでも聴くといいよ」
1st [0:20] 2nd [14:53] 3rd [23:37] 4th [31:27]
*4楽章は31分27秒から始まります。



その数日後

「うわああ! 凄--くよかったよ!もう、娘なんか感動して涙ぐんじゃったのよ!
小澤征爾さんて、ほーんとすごい人だっのね~。」

よかった~! 元気を貰えて・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、私も小澤征爾さんの演奏を生(ナマ)で聴いたことがない。
小澤さんどころか海外の超有名どころのオケ&指揮者のパフォーマンスやオペラも・・生で聴いたことがない私なのだ。


私の若い頃は、YouTubeもなかった時代だし、映像も見るならば、直接コンサートに行って聴くしかなかった時代だ。


ところがですね~・・一番の問題はお値段が超高いこと!!

あの時代でさえ1万円台はザラだったし・・たしか、某有名オペラの席なんか、3万円はしてたと思う。。。

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音大時代に先生たちからは、どんどんコンサートに行け! ただし安い席じゃダメだ!一番良い席で聴け!と言われてたんだけど、

あんたね~、そう簡単に行けるわけないだろーが!
楽譜だって、いいヤツ買おうと思うとウン万円したりすんだから~!
コンサート代まで回んないのよね~。


そんなわけで、私がよく行ったのはロックコンサート(←クラッシックの超有名オペラやシンフォニーと比べれば安いから。)
また、当時の私の音楽はクラシック1本ってわけでなく、ブリティッシュロックやソウルも大好きだった・・というのも理由の1つ。


しかし今、メチャメチャ後悔している!
無理してでも絶対行くべきだったと。



Youtubeのナマを見るようになってわかったことだけど、

★CDと生演奏とでは全然違うということ (そもそも録音用と生演奏では演奏自体も、それように変えてるらしい)

つまり、生演奏でなきゃビンビンに伝わってこないってことだ。
演奏者たちのその時の気分の高揚度によっても、コンサートホールによる音響の違いによっても違うのだから。


たとえば、こちらのAmazonのサイトに入って、CDで同じ曲を視聴してみると・・

下の方にスクロールすると、この1楽章と4楽章が視聴できるので、 このの部分をクリック。
    
: ベートーヴェン:交響曲第7番 1. ベートーヴェン:交響曲第7番
: ベートーヴェン:交響曲第7番 2. ベートーヴェン:交響曲第7番




これを小澤征爾&ボストンフィルの動画を観たあとで聴くと・・

とても上手だしきれいで、コンパクトにまとまったいい演奏だと思うけど・・なーんかそれだけ。(もちろん、これが下手だとか芸術性に欠けるなんて話ではない)

しいて言えば・・こんなキレイな美味しいお弁当を食べてるようなカンジかなあ~。
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お店に入って、じゅーじゅー聞いて、アツアツをふーふーして食べて、うわあ!おっちゃんの作る中華って絶品だ~!
   ↓
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https://fuji-totochan.com/eat/2676/

・・・みたいな感動がないってカンジかな? (←すべて食べ物で例えちまうんかよ?)


まあまあ、そう言ってしまえば・・舞台だってナマだし、TVとはぜーんぜん違うわけで、
別にクラシックの、オーケストラ演奏だけに限ったことじゃない。


それでも、
オーケストラの指揮者というものは、すごく特異な、不思議な存在だと思う。

2018-19-overviewimage.jpg


自分では何も楽器演奏はしないくせにめっちゃ演奏してる存在。

どんな一流どころのオーケストラが同じ曲を演奏しとしても、それは指揮者によって、まったく違う仕上がりになってしまうのは、すでに皆さん、ご存じのはず。


指揮者のお役目は、音楽の方向性を示し団員すべての思いを1つして曲を作り上げること。
その結果として、指揮者とそのオーケストラの個性が出ることになるんだよね~。

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ところが、そう簡単にはいかない(笑)

楽団員は大勢いて、そもそも人は十人十色、感じ方も音楽性もそれぞれ違う。
さらに、老若男女、国籍もバラバラだったりする。

そういったメンバ―すべてが、一点の曇りないとこで同じ方向を向く。
これは本当に凄いと思う。


それが指揮者のお役目と言われればそれまでなんだけど・・実際にそれをやってのけちゃう指揮者って、私には凄いとしか思えないのだ。


完全なる調和の世界


もしも、たった一人でも個人主義に走ってしまえば絶対に成り立たない世界だ。

なーんていうと・・自分を殺して皆に合わせるってことだね? と誤解されることもあるんだけど、
それはNO

自分を活かした上で全体の調和を目指すこと

目指すところは、さらなる高みなのだ。



俗に「息が合ってるね~」なんて言ったりもするけど、そんなことはオケにおいては当然だし~基本中の基本ってヤツだ(笑)

皆で一斉に音を出すとき、もしも0コンマ1秒、00コンマ1秒のずれがあっても、それは違和感となって聞こえてしまうのが音楽の世界。
音というのは実にシビアーだ。


それが出来るということは・・全員が同じ強い思いを持っているということだろう。
だからこそ皆が極限の集中力を保っていられるわけだし、息も合って当然。


それをやらなきゃならない指揮者は、すべての楽器を熟知して音を聴き取る鋭い耳を持ってるの当然のことだし、
さらに、全体のバランスを聴き取り、自分の目指す音楽の方向性を示して皆を誘導しなきゃならない。
気持ちも1つにしなきゃならない。


いやあ~。 指揮者って大親分みたいなもんやね~。

ところが、この大親分、自分一人では何1つ出来ない存在でもある。
団員がいなければ指揮者の存在はない。

ここらへんの関係性が、面白いとこだなあって思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私もこれから、もっとオーケストラ曲も聴いてみたくなってきた。」

そりゃあ、よかったね~。

「でも、ああいう人たちって、生まれながら耳がすごく良くて、天分に恵まれた人たちなんだろうね~。」

さあ、それはどうだろう?


私が音大の1年のとき、聴音(音を耳で聴きとって楽譜に書くヤツ)をやらされたことがあって、
それがね、コントラバスパートだけを聴き取って楽譜にしなきゃなんないんだけど・・すっごく複雑に絡み合ってるヤツなんで、みーんな四苦八苦してた。
1年生でみんな未熟者だったせいもあるだろうけど・・とにかく完璧に聴き取れないのだ。

コントラバス
  ↓
bassist.jpg


ところが一人の女の子だけが、サラサラと楽譜に書いていく。 

ええ? なんであんたは、そんな簡単に出来るの~?

「私のカレシはベーシストなんよ。 ジャズだけどね・・
彼の演奏をいつもそばで聴いてたから、たぶん耳が慣れちゃってるんじゃないかな。」

 
クラッシック以外の演奏法では弓を使わないことも多い
     ↓
rockabilly slap bass


この彼女、他の成績はぱっとしない人だったが、ベースを聴き取る耳だけは凄かった(笑)

そう、「好きだから」かもしれない。
彼女の場合は、カレシが好きで、カレシの演奏も好きで、カレシのベース音が好きだったんだろうけどね。


私には、才能というのは後天的なものに思えてならないのだ。

いくら先天的な才能があったとしても、それが開花しなきゃ無いのと同じだし。

原動力は「好き」という熱い思いしかないように思う。
そこまで好きになれるかどうかじゃないのかな。


「なーるほどね~、みんな一流どころのミュージシャンとかアーティストは皆そうなんだろうねえ。」・・と彼女は納得しつつ、

「でもね~、 芸術分野の人っていいわよね~。 だって世俗に染まらずに好きな世界だけを一生懸命やってればいいんだもんね~。 私たちとは違うのよね~。 はあ。」・・と、またまた、ネガティブモードに入っていく(笑)


「そりゃ違うよ! 有名になっていけばいくほど出る釘は叩かれる、お金の問題もついて回るし、妨害や嫌がられだって大きくなるだろうし・・そうゆうのから上手に防御し立ち回りつつも、掃除洗濯して家計簿つける能力がなきゃ生活が破綻しちゃうのは、みーんな同じ。」

プラハにあるRudolfinumコンサートホール
   ↓

Rudolfinum.jpg

実際に小澤征爾さにしたって、ものすごい苦労の連続だったと思う。
もともと資産家の家庭に生まれたってわけでもなかったようだし、過去に起こったN響との確執問題ってのは特に有名な話だ。(TAP the POP


どんなに一流どころと云われる人でも、みーんな苦労はしてるわけで、
むしろ、彼らは一般人以上に過酷な苦労をしてるんじゃないかな~と思うのだ。


一般人で平凡に生きるということは、それだけ苦労も少なく済むってことかもしれない
苦労が少ない分、感動も少ないのかもしれないけど。



そこで、我々に感動を与えてくれる存在こそが、アーティストと呼ばれる人たちじゃないのかな。
(ざっくりアーティストっていったけど、ミュージシャン、落語・講談家、漫画家、小説家などなど、みーんな含めてのこと。)



まあ平穏無事に生きてきて、経験も感動も少ない我々なんだけど・・
ラッキーなことに、彼らからすべてを受け取ることが出来るのも我々。
(人から受け取って自分の血肉に出来ちゃうなんて超ラッキーだわい。)


それを与えるのが、彼らのお役目なのかもしれない。


ただし残念ながら、一流どころじゃないと、そこまでのものは与えて頂けない。
アートも、ただの娯楽(余暇の楽しみごと)で終わっちゃうことになる。


さらに、一流かどうかの判断も、これまた人によっても違うところかもしれないけど、

小澤征爾さんは、私にとって「一流どころ」の一人だ。


ベートーヴェン交響曲7番ならば、
私がもっとも好きなのは、この、「小澤征爾さん指揮のボストンフィル」1989年ですね~
この曲に関しては、ベルリンフィルより、やっぱボストンフィルだよな~って思ってしまう。
小澤さんの指揮は、ものすごーく緻密で、すごくパワフルで、まさに神が降りてきた~!ってカンジ。
それに見事に応えてるのがボストンフィル、ベルリンのは、なぜかもっと洗練され過ぎてるような気がしてしまうのだ。



残念ながら小澤さんの時代は終わったけど、どんどん新しい指揮者も出てるので、また楽しみです。

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何か1つでも、こういった「お気に入り」を持ってるといいもんです。

どんなダメダメな時でも、また新たにパワーを吹き込んでもらえますから。


あ、もちろん私、ここでクラシック音楽のお勧めをしてるわけじゃないですからね!

分野なんて、なんでもいいです。
それこそお好きなものを!

ただし、娯楽ではなく、魂に息吹を感じられるようなものを!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雑記

ところで、クラシック音楽のコンサートって、なんで日本ではあーんなに高いんでしょーねえ?
糞見たいなもの(失礼!)でも数千円は取るし~・・・だからこそ、敷居が高いものになっちゃうのかも。
アメリカでも、クラシックは高尚な趣味みたいに思われるとこあるけど・・でも、日本ほどじゃないし~。

ヨーロッパだと、オペラ座のようなとこでも一番安い席では500円程度で観られるとか(立ち見席だけど)
そりゃ貧乏でも、いくらでも行けるわ~!

ウィーンのオペラ座で立ち見席を利用する若者たち。 気軽に行けて羨ましいっす。
   ↓
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日本人が持つ特異なDNA

こちらのデータを見て、うーーーむ、と考えさせられてしまった。

まずは見てくださいな。

ausority-2010 (1)
社会実情データ図録より


日本だけがダントツ1位
「権威や権力」は「悪いこと」と考えている。

他の国をみると、世情不安で戦火が絶えないような地域ほど、逆に権威や権力の「必要性」を感じているようです。

先進国と言われる国でも、まあ半分半分てとこ。
2位のスウェーデンを見ても「悪いこと派」は50,2%で、まあ半々てとこですね。

日本だけが飛びぬけてる!!
これには、びっくり!!


みなさんは、いかがでしょう?


私個人は、もちろん大嫌いです!!

私のキライなもののは、
●権威や権力
●宗教


そういえば昨日のブログ記事では、幼少期から私のキライだったものを好きになった話をアップしましたが、

権威や権力は、物心ついたときからキライで、今でもキライです。
たとえば、大人の威光や学校の威光で禁止されたりすれば・・それだけでフツフツと反抗心の塊になった私です。
(表には出さないようにしてましたけどね~)

その後、どんなに冷静に考えようとも、どんだけ俯瞰して見ようとも、やっぱり今でもキライです。


ついでに「宗教」もキライになりました。(←これは大人になってから。子供のときは、ようわからんかったんで・・)


宗教といっても、原始キリストが説いたもの、ブッダが説いたものなどとは、私の中では宗教とは思っていません。
宗教とは「組織化」されて、それがビジネスの一環であり、政(まつりごと)にも結びついているもの。(過去の歴史上でもわかるように)



このデータ結果をみて、
なんで日本人の多くはこれほどまでに権威や権力を嫌う国民なんだろう?と不思議に思ったのですが、

その前に、権威や権力はなぜ必要と思われるのだろう?ってことが引っかかりました。


そこで、ふと気がついたのは、こちらの方のブログ記事にあった、統制理論という考え方
   ↓
アメリカはすでに「反キリスト」に支配されている

こちらから抜粋すると、

統制理論とは

社会的または心理的な統制力が弱まることで、犯罪や非行が発生すると考える理論。 コントロール理論ともいう。

本来はすべての人間に犯罪や非行の動機があるにもかかわらず、社会的または心理的な統制力によって犯罪や非行が抑止されていると考える。

統制理論は性悪説を前提としているため、性善説を前提とする学習理論と対立する見解がある。

(日本大百科全書)




ああ~! そうか~。

もともとの考え方が違ったんですね~。
本来はすべての人間に犯罪や非行の動機がある・・という考え方がベースになってる。・・・性悪説

だからこそ、権威や権力でもって統制し人々をコントロールしなきゃいけない!という考え方になるんですね~。

さらに、私がなぜ宗教キライなのかも、これでわかった気がしました。

「アメリカはすでに「反キリスト」に支配されている」の記事から引用させて頂きます。
    ↓

性悪説に基づいて作られた社会制度のひとつが宗教だ。それは非常に強力だ。
宗教の場合、それに反対する人たちは、特定の信仰を生み出した個人や概念から敵対的であると非難されることが多いからだ。

しかし、現実的に言えば、宗教の持つ防衛力の多くは、時間の経過とともに、宗教が「大きな企業となった」という事実から生じることが明らかになった。

そして、多くの宗教機関は、宗教が有益な利益を上げるだけでなく、他人の心を揺さぶり、コントロールするのに便利な方法であることに気づいていった。





私個人の考え方は、そもそも性善説なんです。

ただし、愛を知らずに育ってしまった人間は犯罪や非行に走りやすいってことは知ってます。
そうゆう人たちは粗野な欲望に支配されやすくなっちゃうもんです。

それを昇華させるには、私は教育しかないって思っています。
ただし教育といっても、現在のように知識を詰め混んで世の中の勝ち組になるための教育のことじゃないです。
自然の摂理や理を知るため、の教育です。 その最終目的は究極の愛を知るためのもの。

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たぶん、それがイエス・キリストさんがやってたことなんじゃないかな~って思います。
宗教じゃなくって教育! それも愛を教える教育だったのではないかと。

言うまでもないですけど・・頭ごなしに「悪いこと、良いこと」を教え込む道徳教育も間違いだし、ただ「すべての人を愛しなさい」って言葉だけで言われたところで、そんなもんはピンと来ないもんです。(それこそ、権威や権力をベースにした教育になっちゃう)


私はどの分野からでも・・自然の摂理や理を学んでいけば、自分もまた森羅万象、宇宙の一部ということにいきつくように思います。

それが、別名「愛」だと思うんですよね~。 
人を愛すること、森羅万象を愛すること、そして愛されていることを感じること・・に繋がるんじゃないかなって思ってます。


でも、つくづく思ったんですけど、現状の世界はまったく真逆な方向になっちゃってますよね~。

キリスト教圏の国家をみても、どこにキリストの教えがあるんじゃい!って思いますもん。



そこで、いよいよですが・・
なんで日本人は、他の民族と違った人々なんだろう?って点です。

日本人の特異性として、最近はDNA解析から、
日本人の遺伝子は違う!ってことがわかってきました、


少し前までは、祖先を探るにはミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析しかできなかったわけで、ミトコンドリアDNAは母から受け継ぐ遺伝子のこと。

この発端は1987年、アメリカの研究グループによって、「世界の人々の母方の祖先をさかのぼると、20万年前のアフリカにいた、たった一人の女性に辿り着く」というものでした。 この女性は「ミトコンドリア・イブ」と名付けられ、本も発売されてセンセーショナルを巻き起こしたものです。

ちなみに、日本人の母親のルーツは16人の母親で、トルコ、バイカル湖西部周辺、チベット、中国、台湾、東南アジアなどがいる・・

まあ、日本人についてわかってたことは、当時はせいぜいこの程度。


ところが、昨今、
2種類のDNAテストが可能になり、先史時代の祖先をさかのぼることができるようにもなりました。

1つ目は前述したミトコンドリアDNA(mtDNA)で、細胞の核の外側にあり母系を通じて遺伝するDNA。
もう1つはY染色体(Y-DNA)で、父からのみ継承されるDNAのこと。

どう違うのかというと・・
   ↓

ミトコンドリアDNAの持つ情報は限られていて、文字数に例えると2万文字以下の情報程度
これに対し、核DNAは32億文字にも上り、私たちの姿形や体質など膨大な情報をまでも含む。
技術の進歩で核DNAの一部が解読されようになった。



この図をみるとわかりやすいかも。
    ↓
img_1bcc2347a6ebe9d4f330ccec333e9cf3241669.jpg
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59644


では、ここでY染色体(Y-DNA)の分析結果から日本の近所の国々と比較してみましょう。

East_Asian_Y-DNA_haplogroups.jpg
The Origins of the Japanese people

ざっくりと色で見て頂くだけでOKです・・グリーン系のところに注目してください。

たしか日本人のルーツは朝鮮半島から渡ってきた民族・・なーんて歴史だったかで習ったような記憶があるけど・・ぜーんぜん、朝鮮半島の人々とは色が違いますね~。 台湾とも違うし~。

とくに、グリーンの部分が多いのは、アイヌ、 そして琉球

このグリーンの部分を俗にYAP遺伝子と呼ばれています。
*詳しくはYAP+とか、YAP-もあるし、もっと詳細な分類があるんだけどここでは、わかりやすく省略します。


YAP遺伝子は縄文人とも共通する遺伝子。
(昨今の遺跡調査から人骨のDNA解析の結果、判明していることです)

弥生人によって取って代わられちゃった縄文人・・でしたね~。


縄文人については、ずっと前にこちらのブログ記事にもアップしたのですが、
    ↓
サンクスギビングデイに日本史を考える

私が受けた歴史教育では、縄文人は未開人で弥生人は大陸から渡ってきた文明人(稲作もも弥生時代から始まった)と習ったのですが、実は違ってた!ことが、すでに判明してます。

縄文時代の特徴として、
   ↓

●芸術的ともいえる土器の数々
●すでに稲作も行われていた
●翡翠を加工する技術
●すでに漆を利用していた
●文字があった(神代文字)
●武器がない



顔立ちもこんなに違います。 (弥生人=文明人 縄文人=野蛮人みたいに言われてました)
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うーーん、たしかに典型的なアイヌの顔だちに似てますね~。
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縄文文化といえば

すべての人々が共存できた国
争いがほとんどなかった国



だからこそ、芸術的な土器製作に専念できる時間もあったんだと思います。
ところが・・縄文後期の土器になると、だんだん質素で弥生土器っぽくなっていくので・・ああ、時代の移り変わりやな~ってのが、がなーんとなくわかります。


私たちが習った縄文時代の歴史と、どこがどのように違ったのかを説明するとすっごく長くなっちゃいそうなんで・・簡単に文字についてだけ言えば、

日本には神代文字やヒエログリフがもともとあったわけだし・・
何より中国の歴史書「随書倭国伝」の中の倭人の風俗の中で、縄文字についての記述があるそうです。
 
なんでも古墳時代よりもずっと前から存在していたとか。

81306024014081.jpg
https://kotobank.jp/word/%E7%B5%90%E7%B8%84-59610

ほお! これなら紙がなくても羊皮紙がなくても竹簡じゃなくても、記録できたってことだねえ。。

ちなみに、沖縄においては戦前まで使われていたそうですよ。

これだけみても、今まで習ってきたことってウソやねん!て言えそう(笑)
     ↓

日本に文字が伝わったのは5世紀あたりから・・中国から朝鮮半島を経由して伝わった。(中国の漢字が伝わった)
それまでは文字が無い国だった。




さらに驚いたことに、インカ帝国でも縄文字(桔縄文字)を使ってたんですよね。
それは、こちらの古いブログにアップしてます。
   ↓
二匹の狼の話と縄文人とインカ人繋がり

このときのブログ記事でも、インカ人と南北アメリカ先住民と日本人のDNAについて少し触れてますが、非常に似通ったDNAを持っているということ。

そうです! YAP遺伝子!!

同じくYAP遺伝子を持つ人たちは、チベットやウィグル民族、太平洋の孤島バヌアツや南米エクアドル、インド洋のアンダマン諸島などの一部にも多くみられるようです。
さらに、イスラエル十支族の末裔とされる人たちも同様のようです。


これまた、古いブログに自分でアップしてたんだけど・・
   ↓
ユダヤの謎と日本の起源(その1)
続:ユダヤの謎と日本の起源(その2)


実際に、イスラエルのアミシャーブという機関(失われたイスラエル十支族を探索し帰還を促す目的とか)は、かなり以前から日本に注目していて、このYAP遺伝子を持つ人々が分布しているところが、なんと、シルクロードに位置していること。
そして、失われたイスラエル十支族の末裔がDNAや文化・習慣ともに一致が多くあるから、なんだそうです。



さらに、もっと話を拡大すると、ネアンデルタール人にまで遡ります。

2010年、ドイツのグループがおよそ4万年前にヨーロッパにいたネアンデルタール人の核DNAを解読。
「我々はネアンデルタール人からDNAの数%を受け継いでいる」と発表したそうです。

実はこのネアンデルタール人由来のTLR1とTLR6、TLR10という・・遺伝子だそうですが・・なんと、これを最も多く持つのが日本人。
どの集団よりも高く、アイヌに至っては約51%が持っていたんだとか。(上の図グリーンのとこね)

数パーセントどころじゃないっすね~!


従来の考え方だと・・・ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスによって取って変わられた!って言われてました。
ネアンデルタール人=野蛮人、ホモサピエンス=現代人みたいな(笑)

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それが、この研究結果によって、
ホモ・サピエンスはネアンデルタールと共存し交わりを持って子孫を残したのではないか?
それが我々の祖先ではないか?

つまり・・

私たちは他者を滅ぼすばかりの攻撃的な種では無く、異なる人々を受け入れ、それによって豊かな多様性を持つようになったのではないか?
   ↑
どうやら、そこんとこが言いたかったみたいですが(笑)


そんなことを言えば、数パーセントであるならば、ヨーロッパ圏でも世界中でも・・持ってる人は意外といるのかもしれませんね。


ところで、なんで日本人の多くがこの遺伝子を多く受け継いできた人が多いんでしょう?


まず言えることは、ネアンデルタール人にしろ縄文人にしろ・・彼らの特性として、

●創意工夫うできる優秀な頭脳を持っていること
●異なる人々を受け入れ、それによって豊かな多様性を持つ特性(争いよりも融和を望む)


でしたよね。。。

でも・・こんな「いい人」DNAだったら・・好戦的なDNAを持つ人が攻めてきたとしたら、すぐにやられちゃうのは明白。

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とくに大陸の場合、四方を敵に囲まれているわけだし、とことん残忍な手段を使って負けた側の民族絶滅のために、
男子から徹底的に殺すとしたら、その民族のY染色体DNAは無くなってしまうってことになります。

まっさきに男から殺されるだろーし。

実際に今でも中国によるチベットやウィグル民族の浄化(チベットやウィグルの男子を片っ端から殺し漢民族の男性を送り込み強制結婚させる)が行われているって聞いてます。

つまり、現在YAP遺伝子がなくなっちゃってる地域というのは、
もともとは、そこにもYAP遺伝子を持ってる人がいたかもしれないけど、徹底した虐殺が行われたせいでいなくなっちゃった地域といえるのかもしれません。

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日本の場合は小さな島国だったため、他国からの脅威も少なかったこと。
それでいて温暖で海の幸、山の幸に恵まれていて、自給自足ができたこと。

そういった点で、日本は世界でも稀にみる恵まれた地域だったんだと思います。


それでも、他国に侵略されそうになった危ない時期は何度かありましたけどね~。

●まずは、厩戸皇子(聖徳太子)の時代・・・聖徳太子の見事なまでの外交政策で乗り切ってます。
これだよね~。
hiizorutokoronotenshi.png

●鎌倉時代中期の元寇・・北条時政さんの作戦勝ちっていうより、台風が味方したみたいだけど・・

●そして江戸末期の開国そして明治時代・・なんとか属国にはならずにすみました。




海外の脅威にさらされるだけじゃなく、日本国内にだって戦火は山ほどありました。

それでも、どんだけ最悪なときでさえ、八百万神(やおよろずのかみ)がいて、至るところに神社仏閣、道祖神、お地蔵さんまでいて・・こんだけ日本古来のアニミズム(精霊信仰)が残ってきた地域はないです。

戦後日本人はキリスト教も受け入れたけど・・それでも、他国のようにキリスト教1本になることはありませんでした。


日本人のDNAの中には、1つの権威や権力に縛られれず、すべてを受け入れ融和させていく意識が息づいているような気がします。


あ、だからといって、
YAP遺伝子を持ってるからこそ、日本人はすごい!優秀で平和を愛する民族・・だとは決して言えないと思います。

いくら優秀と言われる遺伝子を持っていたとしても、それが発動されなきゃ持ってないも同じだから。
たった1%しか持ってなかったとしても、発動させられれば、そっちの方がずっといいわけです(笑)

むしろ現在の日本人は、戦後の欧米化政策に染まっていってしまった人の方が多いように思われます。
残念ながら、せっかく潜在的に持っているDNAなのに、ちーっとも発動されてないんじゃないかな~とも思います。


ここでまた話は戻るけど・・性善説派で統制理論反対の私としては、やっぱり教育だよなあ、って、つくづく思うわけです。

YAP遺伝子を持ってるはずなのに、使えなくなっちゃってる人のために。
また、ぜんぜん持ってなかったとしても、人は「知ること」でいかようにも変わっていくことができると思うので。


Dragon-with-Balloon.jpg

街中でただの通りすがりの人なのに、困ってる人をみると即座に手を差し伸べてあげる人がいます。
具合が悪いの? 何か落とし物でもしたの? などと。

困ったときはお互い様、名前も知らない人だけど助けてあげちゃう。
こうゆう人には今さら教育は不要かもですね~、

少数派かもしれないけど・・すでに持って生まれたDNAを発動させてる人は世界中にいますから。

・・・・・・・・・・・・・・

DNAを見ていくのって面白かったです。
とんでもなく離れた地域でも、似通ったDNAがあったりするものなんですね~。

そうそう、余談だけど・・・出雲の人たちと東北の人たちが遺伝的に似ているみたいですよ~。

推理小説だったかで・・東北弁とよく似た出雲方言が事件解明のカギとなる・・みたいなのがあったよなあと思い出し、
あ、それって松本清張の「砂の器」じゃなかったっけ?と、さらに思い出しました。

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https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6769204/

意外な地域の間でDNAが似通ってる?
しかも世界レベルで。

そう考えると、もとはたった1つのDNAで人類誕生のルーツは縄文人、そのもっと前のネアンデルタール人にあったのかもしれません。
もともと人は争いよりも、「異なる人々を受け入れ、さらに豊かな多様性を持ち成長し続ける」要素を持っていた・・・。

人とは、もともと、そのようにプログラミングされて誕生してきたものだったのに・・
それがどこかの時点で少しずつ、誤作動を起こしてきただけなのかもしれません。

まさに、これは私の性善説的な考え方ですね~(笑)

でも、なぜか・・私にはそうとしか思えないのですよ。

幽霊に会って赤ちゃんキライを振り返ってみたり

めったにないことだけど・・たまーに、幽霊さんに遭遇するときがある。
  ↓
ある夜、気持ちよーく寝ているとき、ヘンなヤツ(←幽霊さん)にいきなり首を絞められて、
「オマエなんか苦しんで死ね~!」と言われた。

「はあ? なんでアンタに恨まれなきゃならんの! そもそもアンタ誰? 」


死んだ人なのか? 生霊なのか?
どっちにしたって、まったく知らんヤツ!


知らん人に首を絞められて死ね!と言われるとは・・
理不尽にもほどがある!

超ムカついて目が覚めると、ヤツはもういない。


あれれ? 夢だったのかなあ?
私は日常、幽霊を見ない人だし幽霊さんとコンタクトとることも出来ない人だ。

ところが、寝ていると、たまーーにこうゆうことがある。

以前にも似たようなことがあったとき、それをサイキックの友人に話したことがあった。

「ああ、それはよくあることだよ。
たぶん、通りすがりの幽霊じゃないかな~。そんなの、ほっといて問題ないよ。 アンタの方がよっぽど強いから(笑)」

と言われたのものの・・納得できん!

冗談じゃない!
通りすがりだろうとなんだろうと、他人の家に無断で侵入してきて、人の首を絞めて死ね!とは!
肉体が無いのをいいことに無断侵入するなんて、まず、そこからして許せん!

と妙に腹がたった。


「幽霊になっちゃう人はね、人を恨んだり羨ましがったり、自分だけが報われなくて可哀そうって思ってる人が多いんだよ。

彼らの唯一の楽しみは、他人が不幸になる姿をみること。 他人の恐怖や絶望が彼らにとっては美味しいものなんだよ。
人の不幸は蜜の味って言葉があるだろう?

よーするに、バカは死んでも治らない! だから幽霊になっちゃうんだよ。」

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https://read01.com/KBx2KEM.html#.XhXd8kdKjIU


そういわれてみれば・・生きてる人だって、すでに幽霊になっちゃってるような人、いるかも。


人はこの世に生を受け、現生で生きて、そして死んでいく。

これこそが、すごい奇跡なのに。

・・・・・・・・・・・・・・

算命学の先生から、こんなことを教えてもらったことがある。

算命学における「三位一体」というものがあるそうで、

それは、「気」「心」「体」が一致していること。

まず、何かをやろうという「気」あって、それが自分の中で腑に落ちて「心」となり、それを「体」で実現すること。
それを「内次元」を備えるというそうだ。


人は生まれながら持って生まれたものがあるのだけど、それぞれに秀でたところも欠けてる部分もあるわけで、

その欠けてる部分を自ら補っていくのが、現生を生きるということ。

それがバランスになり、人としての成長でもあり、また次元を上げることになる、という考え方らしい。

また驚くべきことに、欠けてる人には、ちゃーんと欠けてる部分を補うべきチャンスが必ず巡ってくるという。
自然の摂理の中に、ちゃーんと組み込まれているそうだ。

あとは、それに気づいて自分のモノにするだけのこと。

気づけない人は、いくら年をとっても、そのまんまなんだとか(笑)


幽霊さんたちは、それに気づけないうちに死んじゃったってことなんか~。


・・・・・・・・・・・・・・・・

人というもの、生まれ落ちたときはみーんな同じだと思うのだが・・どうだろう?
私はそもそも性善説派で、生まれたときはみーんな一緒でいいヤツって思ってるのだが・・。

生まれたときは、横並び一直線のいいヤツたち?
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スタート地点は一緒でも、その後は次元を上げる(成長する)ことが出来る人と出来ないまま死んじゃう人がいる。


そういえば・・私、子供の頃は、人間の赤ちゃんが嫌いだった(笑)
物心ついた頃から赤ちゃんキライ子供キライで、一度もかわいいと思ったことがなかった。(←自分だって6歳くらいの子供だったくせに~)

生理的に拒否、生態的にも拒否!というありさまだった。

お腹が空いたっていえばピーピー泣くし、寂しいよ~遊んでよ~と泣くし、怖いよ~と泣くし~

なんでも泣いて自分の思い通りにしようとするんかい!と。

そして親はメチャメチャ甘やかすから赤ちゃんはますますつけあがる、幼児になれば、もっとつけあがって、まるでモンスターじゃないか!と。

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それに比べて、イヌやネコの赤ちゃんは小さいながらも必死で耐えることだって知ってるし、自分でなんとかしょうと努力する。
動物の赤ちゃんたちの方が、ずーーと健気でかわいい、と。

ずーーと、そんなふうに思っていた。


ところが、私も大人になるにつれて、一概にそうとも言えないよな~、ということに、ようやく気がついた。

赤ちゃんといえども個人差は大きい。


たとえば、
子育て経験のある友人によれば・・新生児の頃にはモロー反射というものがあるらしい。

小さな音やなんらかの刺激でびくっとなって、こんな状態になるそうだ。 眠り際になる子も多いんだとか。
     ↓
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このときの赤ちゃんのリアクションが、それぞれ違うという。

驚いて泣きだす子、または、眠いのに眠れないよ~!とグズグズ泣き出す子もいれば・・
ぜーんぜん動じない子もいる。


知人の赤ちゃんは、「え? なんやねん、これ!」って、毎回不思議そうな顔をして何度もモロー反射と睡魔と戦ってたそーだ。

「その顔が面白くてね~、あの姿ビデオで撮っとけばよかったよ~」と、その母親は懐かし気に語ってくれた。


モロー反射ねえ・・・と、ちょっとググってみたら、あった!
それも20連発だって(笑)


*最終的になかなかモロー反射が収まらずに眠れないようならば、布でラッピングしてあげるんだそうだ。(←あ、こんなこと子育て経験のある人だったら皆知ってることかも。)


つまり、新生児といえども、実にそれぞれなのだ。

なのに私は・・赤ちゃんというヤツは自分の欲求を通すためにすぐにピーピー泣きわめくものと思い混んでいた。


さらに母親経験のある人に、よーく聞いてみると、

何かをしようとするとき、(たとえば眠りたい!とか、寝返りしたい! あれを手に取ってみたい!などなど)

それを自力でなんとかしようとトライする赤ちゃんも結構多いらしい。

また、私が嫌ってたように・・何もトライせずに、いきなり泣いて親に要求しちゃうような赤ちゃんもいるらしい。(←すべて他力本願タイプ?)


これはペットもまた同じ。

私は物心付かない頃から、大の動物好きだったらしく(←自分では覚えてない)・・どんなに大きな動物をまじかにみても、怖がるどころか触れたがりニコニコしてたらしい。(←これまた不思議? ウチの両親はとくに動物好きではない)

そんな私でも・・1度だけ、好きになれないワンコに会ったことがある。

見た目はすごく可愛いチワワなのに、実に嫌~なカンジのワンコだった。
しいて言えば、どす黒いイガイガしたオーラがいっぱい出まくってるような・・・。

たぶん人間にしたら、自己中で上から目線で命令するタイプ。
人を人とも思わない、すべて自分の下僕としか思ってないような・・超嫌なヤツだと思う(笑)


やたらギャンギャン吠えるし、近寄れば噛みつく。(それも怖がって噛みつくんじゃなくって、自分を誇示したいがために噛みつくし機嫌が悪くても噛みつくというヤツ)

なーんも工夫せず自分で考えようともせず、ぎゃんぎゃん泣いて、すべてを人にやらせようとする。

ったく! 犬の風上にも置けないようなヤツだと思った。


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でも、その飼い主さんを見てすぐ納得。

飼い主さんが、ものすごーーーい異常なほどの可愛がり方をする。(たぶん、飼い主さんの心も病んでたんだと思うが)

躾けをまーったくしないどころか、ベタベタに可愛がって、なんでもかんでもやってあげちゃうのだ!
(犬の躾けはとても大事・・躾けは犬と人間のコミュニケーションの賜物だと思っている)

飼い主さんは深い愛情をかけてるつもりなんだろうけど・・そうゆうの、溺愛っていうんだろうなあ?
溺愛は愛じゃないもんな~。

結果的に、そのチワワは愛を知らない子に育っちゃったというわけだ。

誰も信頼してない。おそらく飼い主さんのことですら。
だからやたら攻撃的でギャンギャン吠えまくる。


ペットも人も同じだ。
愛されることも愛することも知らずに育った子は、未成熟な感情を爆発させて生きるだけになる。

・・なーんてことを、そのとき学んだ気がする。

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さきほど、生まれたときは横一線とは言ったものの・・
実は人の子は胎児の頃から親の影響を大きく受けて生まれてくるという。

お腹の中にいる頃、両親の喧嘩が堪えなかったり、母親がイライラしたり、嘆き悲しんだりした中で育っていくと・・
神経過敏ですごく怖がりになったり、泣き虫の子になって生まれることが多いとも聞く。

もちろん、それだけではなく、胎児の吸収する栄養にも深い関わりがあるようだ。
*胎児のエネルギー源はブドウ糖ではなくケトン体なのだそうで・・胎盤には高濃度のケトン体が含まれているとか。


当然ながら、栄養素は体だけでなく精神にも大きな影響を及ぼす。


そう考えると、生まれたときのスタート地点だって、本当のとこは・・・皆一緒とは言えないのだろう。

生まれる前から、つまり胎児の頃から、ベーシックな性格形成がそれぞれに出来上がっている。

いやいや、そんなことを言い出せば・・胎児の前、前世まで遡ってしまうのかもしれないけどね(笑)


それでもなんでも、この世に生を受ければ、新たな現生でのスタート地点になる。

つまり、この世に肉体を持って生まれることによって、誰の上にも、いかようにも変わっていく、変えていくことができるチャンスがあるということだ。


神経過敏で不安、恐怖心、猜疑心を強く持って生まれてきちゃった子も、

不幸にも溺愛両親に育てられてしまった子も、

算命学の先生に言わせると、「必ず、それを変えていくチャンス到来の年が巡ってくる」ことになるし、

スピリチャル大家に言わせると、感動と経験を多く積むことによって、どんどん学び次元を上げて、死ぬときは、ちゃんと成長してあの世へと戻っていくことができる」・・そうだ。

みなさん口を揃えて、「現生に生まれてくること、それこそが、この世は学びの場」という。


なーるほどね~。

と納得してしまった私だったが、中にはこんなことを言う人もいる。

「感動と経験だとお? ワシは金持ちじゃないし、一人のビンボー庶民だ!
そんなもん、この年になってあるわけねーだろーが!」


やばっ! 生きながらにして、幽霊さんに近づいてきてる人なのかもしれない(笑)


頻繁に海外に行ったり、様々な職業を経験したり(1日署長さんをするとか?1日船乗りさんとか、1日農家さんとか、1日お医者さんとか?)

そりゃあ、あるわけないがな~(笑)


そもそも、感動と経験てのは体だけでするもんじゃないし~。
むしろ精神や心に体が伴って、そこではじめて出来るものなんとちゃう?


平凡のようにみえる日常にだって、いくらでもある・・と思うのだが。
ちとばかり視点を変えさせすればね。

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私自身はどーなんだろ?

動物大好き・・たぶん、これは生まれながらに持つ私のファクター
人間の赤ちゃん嫌い・・これも、私の生まれながらのもの。

でも、人生の途中で気がついて、「人の子も動物の子も同じように愛しいと思えるようになった」

これは、私の大進歩、大成長・・そして大快挙だ(笑)


たぶん・・あのまま行っちゃってたら、私はいまだに赤ちゃんを見るだけでキモッ!と目を背けてただろうなあって思う。

ところが不思議なもので・・今振り返るとって話だけど、ある時期から、私はメチャメチャ赤ちゃんや幼児に好かれるようになった。

もちろん、私はキライだって思ってるから、そばに来ても完全無視してる。

それでも電車に乗れば、赤ちゃんにメチャメチャ笑顔を向けられて、わけわからん言語で話しかけられられるわ、
よその家にいけば、そこんちの幼児に、お菓子あげるから一緒に遊びましょーよ~、と誘われるわ(←完全に同類だと思われてたような・・?)

なんなんだ、これ! 

今想えばだけど・・それこそが、なんらかによって私に仕掛けられた時期だったのかもしれない。
私の学びのための時期だったのかもしれない。


だからといって、キライなものがいきなり好きになるわけじゃないんだけど・・
なんで? どんなっとるん? といった好奇心だけはフツフツと湧いてきたのは確か。

好奇心から興味が湧いて、キライな対象ですら、よく知ろうとする気持ちの方が勝っちゃうみたいな。


図式するとこうなる。
   ↓
好奇心⇒興味 > キライという感情

好奇心は危険
好奇心は猫をも殺す


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なーんて諺もあるくらいで、本当は危険なものかもしれないんだけど、私の場合はすべてが好奇心から始まってる。


「学び」なんていうと、ちょっとカッコよく聞こえるけど、早い話、私の場合はただの好奇心。
あとから見れば、それが成長に繋がったのかもな~って思うだけのこと。

振り返ってみると、実に不思議だ。
あれほど、大キライだった赤ちゃんがねえ・・。


そんなこんなで、今ではすっかり赤ちゃんも好きになれた私なのだが、

それでも「ウチの子こんなに可愛いんだぜ~!」みたいなビデオは別に見たいとも思わない。
こんなFunny Babyビデオ観るのは好きだけど。
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ペットビデオだったら、どんな親バカビデオですら、きゃあ!!かわいい~!って見れるくせに(笑)

そこらへんのとこは、やっぱ「生まれ持ったものは消えることなく息づいている」のかもしれないなあって思う。



持って生まれた感情ってのは、たとえ「好き」って感情でも、すごく粗野なものなのかもしれない。

ところが、あとづけで好きになった感情は、もっと冷静で洗練されたものになるのかもしれない。

なんだか、そんなふうに思えてくる。



ところで、私の成長って・・そんなことくらいなんかな?

子供の頃から、
大嫌いだった「人間の赤ちゃん」が好きになったこと
大嫌いだった「玉ねぎ」が好きになったこと


ものすごーく、私って未熟者って気がする。
まだまだ・・だよなあ。。。
だから、まだこの世に生かされてるのかもしれない。


大人になって大好きになった玉ねぎ、オニオングラタンスープが食べたくなってきた・・・。

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幽霊さんよ~、キミたちには食べられないだろ? こんなに温かくて美味しいものがあるのになあ!

任侠道の価値

年末年始は風邪で寝てたんだけど・・なぜか、寝ながらヤクザ映画を観てしまった。。。

有名どころの、仁義なき戦いだとか、小沢仁志さんが出てくるヤクザ映画だとか・・。

ほんとは他に観たい映画あったんだけどなあ。(←おいおい!何やってんだ私?)


でもね~、日本の戦後史を知る上のは、なかなか興味深かったんだよね、これが!

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヤクザの歴史はかなり古いし、渡世人、侠客(きょうかく)とも呼ばれるし、なかなか定義づけしたり分類分け出来ないとこも多い。

侠客(きょうかく)」を辞書で引くと、江戸時代、強きをくじき弱きを助けることを主義とした人。
町奴、博徒の親分。男だて。

中国において義侠心をもって人の窮境を救う武力集団を指す呼称だったが、日本では市井無頼の徒「やくざ者」に対する美称として用いられた。 Wikiより



こちらが元祖と呼ばれる、歌川国芳の画による、幡随院 長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)さん
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服装も常識破れのハデハデだったんだね~、粋? 傾奇者?


ざっくり言えば、江戸時代の士農工商の身分制社会の中で、彼らは体制からはみ出すアウトロー、またはアウトロー集団。

こういったアウトロー集団は、日本各地に存在していたらしい。
国定忠治とか清水の次郎長とか、有名どころだね~。


時代はどんどん移り変わって敗戦後。

そう、太平洋戦争に負けて、なにもかも焼けちゃった後。

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人々は焼け野が原にバラックを建てて、なんとか生き抜いてかなきゃならない。

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そこで、人々は食ってくための商売を始める。
それが闇市

浅草の闇市でうどんを食べる人たち
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http://japanese.china.org.cn/photos/2010-12/09/content_21510652.htm

とくに都市部の人たちは最悪だった。 都市はどこも丸焼けだったはずだから。

餓死する人は全国の各街に及んでいたし、焼け残った衣服や家具などといった生活用品のすべてを主食や野菜と交換して、最低限の生活を維持していた。

ウチの親戚一同も東京在住だったから、超込み電車に何時間も揺られて、せっせとヤミ米買い出しに行ってたって話を聞いている。
足を棒にして回っても何も売ってもらえなかったり、焼け残った先祖代々の高級反物などを差し出して頭を下げて、やっと米一合としか交換してもらえなかったことさえあったとか。
田舎の人=素朴で優しいなんてとんでもない!と、この経験から、すっかり田舎嫌いになってしまったらしい。



本当に、こんな電車に何時間も乗っていったらしい。 こりゃ!命がけじゃ~! でも自分と家族の為に日々命がけだったそうな。
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https://rail-to-utopia.net/2018/03/598/


でもね、闇で米を入手することは違法行為。(物々交換も違法)

食料のほとんどは統制物資だったわけで、食糧管理制度(1942年に制定されてる)の下で配給以外に食料を入手することは即ち違法行為ってわけ。


ところが、配給なんてぜーーんぜん足らない。 

法を守って配給に頼ってたら死んじゃう!


事実、1947年(昭和22年)には法律を守り、配給のみで生活しようとした裁判官山口良忠が栄養失調で餓死という事件も起きている。(Wiki による)

彼は裁判官の立場で闇取引を取り締まる立場だったわけで・・それなのに、自分が闇米を買って食べるわけにはいかない!という信念だったらしい。・・・なんとも痛ましい。。。

当時の人々にとっては、闇市の闇物資が生きるすべだった。


ところが闇物資とわかれば、警察やMPに没収されてしまう。

さらに困ったことに、不良外国人(第三国人)が大暴れをして強奪、横暴の限りを尽くす。
彼らは次第に巨大なグループ化し徒党を組みだす始末。

まさに、こんなカンジで日本人を罵倒し物資を奪っていく人が後をたたかなったという。
     ↓
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https://bokete.jp/odai/782124

まあ、戦前は、彼らは日本人から蔑まれた立場にいたんだから、それがいっきに爆発しちゃったのかもしれないけどね~。


当時の日本の警察は日本人は取り締まれても、三国人は取り締まれなかったそうだ。
彼らは平気で庶民からは物資を強奪するわ、政府の配給品も強奪するわ、なんでもかんでも強奪した物資で闇で儲けたという。

そもそも戦後すぐの警察なんて・・・ほとんど機能してないような状態。
武器で対抗しようにも武器は不足してるし~、無法者の三国人は怖いし~、自分たちだって食うや食わずで命は一番大事だし~。

MPが助けてくれるかって?
そりゃ、NOだわ~。

となると、不良三国人グループに敵なし。
彼らも大きな組織を形成していき、戦後一番金を産む「闇市」に目をつけて手中に収めようとする。



さて、そこに登場してきたのが、任侠の男たち

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https://twitter.com/pal0dies/status/798658185502466048

自警団を作ろうと思うんや~。 これで安心して買い物でけるで~。


自分の土地とそこで暮らす庶民を三国人集団から守るために自警団を作る。
これが、戦後ヤクザさんの出発点となる。


彼らのお仕事は毎日闇市を見回り、不良外国人から人々を守り、時には警察からの闇物資の疑いをかけられればその仲裁役にも回ったそうだ。

ヤミ物資を没収する警察官とMP(1949年) Wikiより
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闇物資だろうと・・そこんとこは上手に胡麻化してくれて、闇市の売人たちを守り買い物客も守ってくれるってわけだ。

さらに、闇市で商売する人たちが増えてくれば、場所をめぐってのいさかいも起こってくる。
それを間に入って仲裁し解決してくれる・・つまり、困ったことすべて解決するのが彼らのお仕事。


その見返りに、売人たちは自警団の人々にみかじめ料(場所代、用心棒代)を支払うようになる。

みんな自主的にみかじめ料を払っていたらしい。
そりゃあ、非力な人たちにとって守ってくれる存在は、さぞかし有難かったことだろう。


庶民だけじゃなく、警察署も・・かなり、この自警団連中には助けてもらっている。

三国人グループに警察署襲撃されそうになると、警察署長自ら自警団(後のヤクザ)に警護を頼んだという。
その他、もめ事が起きやすい競馬場などの警備も、自警団にお願いすることが多かったともいう。



こうやって、自警団は〇〇組という組織となり、次第に力をつけていくことになる。

たとえば、新宿は、尾津喜之助(おずきのすけ)さん率いる関東小津組
    ↓ 看板の下の方に小津の文字がみえる
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http://blog.livedoor.jp/oobasakura/archives/52212430.html

この人のキャッチフレーズは、光は新宿より
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https://ja-jp.facebook.com/pages/category/Public-Figure/%E5%B0%BE%E6%B4%A5%E5%96%9C%E4%B9%8B%E5%8A%A9-414123058620645/

焼け野が原だった新宿に、闇市をどんどん大きくし一大マーケットに作り上げたのは、この人だったそうだ。


関東新橋・渋谷付近を縄張りにしていたのが、松田義一さんの関東松田組
   ↓ ちゃんと松田組の看板が立ってる。
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松田儀一さんは悲願だった渋谷のマーケットの完成間際で射殺されてしまうのだけど、その後を継いだのが奥さんの芳子さん。
二代目松田組、女組長ってわけ。

在日三国人から完成したマーケットが襲撃されそうになると組員と共に完全阻止したというツワモノ女性。(1946年の渋谷事件)

この写真左の女性
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https://ameblo.jp/horikinu/entry-12120718886.html

いずれにしても、写真を見る限りみなさん笑顔、地域住民には地元ヤクザさんたちは慕われていた時代だったんだろうね。



これらは関東の話だけど、同様に日本全国どこの都市部でも、似たような自警団、のちのヤクザ組織が出来上がっていく。

札幌も、広島も、大阪も、神戸でも。

神戸出身のヤクザ組織が、のちに全国制覇をした山口組というわけだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もともとヤクザさんのお仕事は、みかじめ料を取りつつ、自分とこの土地を守る自警団であり警察とも協力体制の・・
強きをくじき弱気を守る正義の味方~任侠道の鏡~みたいなものだったんだろうけど、

時がたつと共にそれぞれのビジネス形態は変わっていく(笑)


戦前の古いタイプのヤクザさんの主な収入源は賭博場の上がり
   ↓ こんなに美人でおしゃれな着こなしをするヤクザさんもいたんだろうか?
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でも戦後はそれだけじゃやっていけない。

そこでさまざまな分野に乗り出すことになる。


中には政界に出馬した親分さんもいるし(←地元住民から人気があったしね~)

競馬・競輪場の警備から、ノミ屋経営したり、キャバレーやダンスホールなどの直属経営。

また興行師のお仕事は、ほとんどヤクザさんたちの仕事だったと言われている。
新人俳優さんや歌手、講談師などの興行を手掛けて彼らを売り出すのも大きな仕事のひとつ。

まさに芸能事務所。
現在でも存在する、ある有名な芸能プロダクションは、もともとはヤクザ組織のシノギから始まったそうだし~。


そういえば、鶴田浩二襲撃事件なんてのも、あったし・・
ひと昔前の芸能人は、みんなヤクザさんたちのおかげで仕事が貰えてたんだろうなあ。

そう考えると、ヤクザが芸能界、政界、警察とも深いかかわりがあったことにも頷ける。


ところが困ったことに、任侠道一直線のヤクザさんたちは、だんだん少なくなっていくことになる。

カタギ衆には決して迷惑をかけない。
人々を焼け野が原から救い出し新宿に光を!


な~んて大望を抱くヤクザさんはいなくなってったんだろうなあ。


儲かりゃなんでもアリ!になってしまって、覚せい剤を売りさばき、風俗経営をし密売し・・

もっとも、それはヤクザ社会だけじゃないけどね~。
金になりゃ、なんでもいいやんけ! 逮捕されなきゃいいやんけ!というのは、一般カタギの人でもいるから(笑)
もっともヤクザさんの場合は逮捕されても構わないみたいだけど・・。


さらに困ったことに・・
組織が大きくなればなるほど・・勢力争いが盛んになっていく。

○○組抗争ってヤツね~。


真昼間の住宅街で銃撃戦になるわ~、一般人は巻き添えになるわ~。

どこがカタギ衆には迷惑かけん!って?

どこが、任侠道なん?
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https://twitter.com/yomota258/status/686161869598425088?lang=ca

そんなこんなで暴対法が強化されたこともあって、すっかり嫌われ者になったヤクザ。

それでも現在でさえ、多くの暴力団名が指定暴力団とされてる、つまり、ヤクザ組織はなお継続中。

噂によれば、有能な顧問弁護士を雇い入れ、法律に触れぬように巧妙になり、一般企業社会への進出(企業舎弟の増加)や組織擬装などによってカモフラージュされてしまってるんだとか(←どっからの噂よ?)



そんでも、日本人はもともとヤクザ映画好き。

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「股旅物」(またたびもの)って呼ばれて、各地を渡り歩く博徒・俠客を主人公とした、時代劇・通俗小説・映画などの総称で、義理人情、漢気(おとこぎ)みたいなものがテーマだったそうだ。


さすがに今時の人は、ヤクザ映画なんて興味ないけどね~(笑)
いや、むしろ嫌われるかも(笑)

風邪ひいて熱出しながら、こんなんボーっと見るなんて私くらい?


・・・・・・・・・・・・

でも、思うんですよ~!

戦後の・・あの想像も絶するような焼け野が原で生きていかなきゃならなかった都会の人々。

食うや食わずの状況なら人の心も荒れてるし、いつ強盗に襲われるとも限らないような状況だし、いつ餓死するかもしれないような状況。

もちろん助けてくれる人なんていない。 軍隊はなくなっちゃたし警察なんてぜーんぜん当てにならない。


そんな中だからこそ、正義のアウトロー集団が生まれてきたんだろうなあ~と。
現実社会がすでにアウトローならば、アウトローな人ほど水を得た魚のように、義の為に生きられたのかもしれない。



昭和21年「生活費500円」という動画をみつけた。 (この当時のお金の価値がわからなかったからね~)

当時の一般家庭、家族5人の生活費を政府は1か月500円として計算して配給を決めたそうだ。






うわああ!! 
これじゃあ、配給だけでやってた裁判官が栄養失調で死んじゃったの・・よーくわかる。


もう一つ、この動画をみてて面白かったのは、

前半の方で、「バカバカしい戦争をやったおかげで、都心にはほとんど住宅という住宅はありません」というナレーションが入るところ。


え? 昭和21年には、すでにバカバカしい戦争をやったという認識になっちゃってたんだ!と。
終戦が20年だったはずだから・・たったの1年で?



そういえば、戦争経験のある人たちは、よく言ってたっけ。

「戦前は軍国主義一色で一致団結してたくせに、戦後はコロっと考え方が変わってしまった。
一夜にして民主主義になってしまって、鬼畜アメリカがアメリカ万歳になってしまった。
日本人の変わり身の早さってなんなんだろーね~。」



同じようなことを、ある番組で美輪明宏さんが言ったことがある。

「戦前と戦後にはがらっと、すべての常識が変わってしまったんですよ。
いったい常識ってなんなんでしょうね?
だから私は常識なんて信じないって思いましたね。
絶対変わらないものは、真実しかないんですよ。」



戦前、戦後を通して多くの人の生死をみつめ、荒廃と復興をみつめてきた人たちの視点は違う。
それは当然のことながら。


戦後生まれの人たちには想像を絶する世界だったことだろう。



それでもまたいつ日本がこういった状況にならないとも限らないのだ。

それは戦争とは限らないかもしれない。

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誰でもいまある時代が永遠に続くものと思いがちだけど・・・

サムライだって、元禄年間のサラリーマン化したサムライは、一度も刀を抜いたことが無い人の方が多かったそうだ。
大阪夏の陣(1615年)を最後に平和になっちゃったもんね~。

ざっと100年過ぎれば戦国時代のことなんて遠~い昔になっちゃって、現実の価値観の中で日々のお勤めに励んでたことだろう。

今も昔も・・
そういうの平和ボケ?


三輪さんの「真実」じゃないけど、真実をみつけてない人は、いざという時、まっすぐ生きられなくなっちゃうのかもしれない。

ヤクザ映画を観ながら、そんなことを思っていた。。。

頭の中がお花畑なんだって~。

2020年が明けたと思ったら、さっそくこんなニュースが!!

トランプ米大統領がイラン革命防衛隊司令官の殺害に踏み切ったというニュース
   ↓
イラン司令官殺害、トランプ氏「戦争始めるためではない」


しかも、ドローンを使えばもう、こんな人たちはいらないわけだし・・
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ドローンかあ。。。


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爆弾ドローンが開発された「意外な理由」
実はあまり知られていない?軍事用ドローンの直面している課題や問題点とは



人間抹殺もお手軽簡単で的確になったよな~と感心させられてしまう。(←おいおい!そこじゃないだろ!)

また

同じことを個人が行えば殺人罪だけど、国家レベルでやれば政策なんだよな~てことにも・・今さらながら感心してしまったわい。(←そこでもないだろーが!)

「戦争もIoT化」かあ~。
ドローンがなかなか武器に出来なかった理由として、標的を正しく絞りこむことがができないからだったのだが・・
もう、ちゃーんと出来てるやんけ!と、またまた感心しちゃったわい。(←おいおい! だからね!)



これに関して、日本の報道をざっとみると、

「トランプは気が狂った政治家だから」
「気に入らないから、いきなりやっちゃった」
「報復だ!」


みたいなのが多かったけど、そんなはずないだろーが


突発的に起きちゃったわけでも、たまたま、やっちゃたことでもなく、「緻密に計算して、ある意図を持って政治家が起こしたこと」の結果なのだ。

そもそも、保守党の大統領が選挙を控えれば戦争が起こっても(あえて起こしても)別に、な~んの不思議もないのだよ~、なぜなら、軍需産業は彼らの支持母体だもんね~。



まあ、そんな政治的思惑の話しは置いといて~、人々の反応はどうなんだろ?と、いろいろとググってみると、

なぜか日本では、アンチトランプ報道が一般的らしい。


トランプは嫌なヤツ、みんなに嫌われてる、アメリカ人だって、みーんなキライ!・・・みたいな。

日本のメディア報道って、なんでもかんでも一色になっちゃうだなあ~。



そんな中で、こちらのブログ記事を読んでいたのだが、
    ↓
2417.日本の嘘つきマスメディアは "トランプが気に食わない人間は簡単に殺す"のように偏向報道しています!

ツイッタートレンド大賞の記事が挿入されていて、それがなかなか興味深い。

(Twiterで最も多く出現したワードを集計したものを国別にしたもの)

抜粋します。
   ↓

今のトレンド1位を見てみた

★アメリカ Iran
★カナダ  Iran
★イギリス Iran
★ドイツ WWⅢ
★フランス WWⅢ
★ロシア WWⅢ
★日本 BABA嵐

↑grace*no war / nukes‏ @mitsuko_to さすがに驚いて自分の目を疑った。同時刻、日本のトレンド29位までに、ただの一つも中東関係のワードがなかった。

https://twitter.com/tsuta2010/status/1213085429588586496



当然ながら、こんなニュースを見聞きした後ならば、「イラン」というワードやら、「世界大戦のワードが並ぶだろうことは予測できる。



ところでBABA嵐ってなに?

正直、アメリカにいる私には意味不明だったんで、ざっくり調べたところ、どうやら、ジャニーズのババ抜き大会番組?のことらしい。


ほお~

平和やなあ・・。


最近、「平和」って言葉が空恐ろしい言葉に聞こえてくる。


たぶん・・日本では、大々的に報道されない世界のニュースが実に多いのだろう。
されたとしても、小さくサラッとだけ。(そうゆうの過去にもいっぱいあったし~)

もっとも、さらっと報道されていたとしても・・人々に関心がない?
だからこそ、ますます報道されなくなるのか?

それとも、これは、陰謀論者がいう3S政策のたまものなのか?

そこらへんのことは、相変わらずわからん!


日本の人に聞いたところ、こーんな答えが返ってきた。

「そりゃ仕方ないよ~。
イランなんて遠い国ピンとことないし~、日本に戦争なんてないもん。

それはね、日本の政治教育レベルが低いからだって人もいるけど、そりゃあ違うと思うよ。
高等教育を受けてる人の方が、いい大学を出ていい職に就くことだけしか考えてないと思うよ。」



えーー、日本人ってそんなふうに考えるんだ~!
(いやいや、私だって日本人じゃなかったけ?? なんなんだ! この温度差の違いは!!)




もちろん、人々が日々楽しく暮らすのは一番だ。


美味しいスイーツの話題や好きなTVタレントの話題で盛り上がるのは、大変結構なこと~♪
知ったかぶりした大人たちの、政治経済談話なんかよりも、よーーぽど健全で楽しい~♪


日本人は、平和ボケだとか、頭の中がお花畑だとか言われるけど、
戦争になったら怖~いよ~!と、ドキドキ怯えてる方が、よっぽどネガティブなマイナス感情だと思う。


そんなんだったら、お花畑の方が、なんぼかマシ!


とは思うものの・・


はてさて? 本当に心から平和を楽しんでるの~?


外部で作られた平和・幸せイメージ像を楽しんでるだけなんとちゃう?
楽しもうとしてるだけなんとちゃう?



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https://the-buchiblo.com/2016/02/20/post-331/


多くの人から、日本人が社会情勢に疎い(興味が無い)のは、日本のマスコミが悪いという話をよく聞かされる。


うーーむ、たしかに、日本人はマスコミ・メディアから受ける影響大だよな~。

とくにTV局の報道はほぼ一緒だし、報道番組より、報道バラエティー番組というのが日本にはあって、そっちから情報を得ている人が多いそーなのだ。

さらに報道に限ったことではなく、一般番組ですら、どこの局に出演してる人たちもほぼ一緒だし、ほぼ似たような番組ばかり。


その理由は、〇〇放送制作会社という一社が日本の全テレビ局を牛耳っているんだとか。
しかも、今ではそれぞれの局で番組制作するわけではなく、その下請け会社から買ってくるそーだ。


ああ、なるほどね~。 それならすべて同じようになっちゃうわけだろうなあ。



そんなわけで、日本にいると、どんどんどんどん、とくに海外情勢はわからない人が多くなってしまうらしい。

香港で大規模なデモがあったんだってね~。 へええ、そーなんだ~。 ・・と、せいぜいそれくらいのとこでサラッと流しちゃう(笑)


これじゃあ、鎖国状態やん!


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https://ameblo.jp/charlietaka-global-yossy/entry-12375403926.html

おまけに、減塩が良いと言われれば、すぐに減塩ブーム。
納豆が体に良いと言われれば、すぐに納豆を買いに行く。

これって、
頭の中も鎖国状態!


ほげ~って言うお花畑=幸せは、ちーーとも幸せじゃないように思うのだが・・。

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なぜって・・お花畑の裏側には不安や焦りを抱えてるように見えるかから。 将来の不安だとか老後の不安だとか漠然とした不安だとか・・・ってヤツ。


お花畑は良いことだけど、ほげ~はやめようよ!
ほげ~だけは!(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

パワーストーンブレスを製作してると、こんな質問をされることがある。

「どーしたら感性を豊かに出来ますか?」
「どーしたら、霊能力を高められますか?
「どーしたら、幸せになれますか?」


その答えは、まずは俯瞰して見よ!としか言えない。


その手段の1つとして、今、世界で起こってることを見つめてみること。
まったく違う国、違う人々に思いを馳せてみること。 感じてみること。

たぶん・・それすら出来なければ何も出来ない。


そこから、本当の自分のお花畑を構築していくこと。

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不安も恐怖もない、限りなく美しい花畑を。


そうなりゃ・・
「頭の中はお花畑」? そりゃ最高だよ~。

HAPPY NEW YEAR 2020

あけましておめでとうございます。

たった今、私の住むところの時間(PST 太平洋時間の冬時間)で、年が明けたところです。

newyear fireworks

あちらこちらで、花火の音が聞こえてきます。

アメリカにいると、年末年始という感覚がなくなってしまうせいか、日本のお正月が妙に懐かしく感じられたりします。

家中を大掃除して、年越し蕎麦、門松に松飾、掛け軸や書画をお正月のものに変えたり、お供え餅に、お雑煮、お節料理と・・
獅子舞がやってきて(←いつの時代やら?)

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https://matome.naver.jp/odai/2141964045800257501/2141965414113881403

お飾り一つをとっても、それぞれに意味があり・・つくづく日本て、宗教とは違った意味でのスピリチュアルな国なんだよな~と思い知らされます。

華やかさの中にも静謐荘厳なのが、日本のお正月でしたよね~。

それって、神様の国だからなんでしょうね~。

神様といっても、これまた宗教的な神様ではなく氏神様
それぞれの土地を守護し、その土地の発展と信仰する人々の守護をしてくれる神様。

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https://www.asisbiz.com/Japan/Ujigami-Shrine.html


いったい日本の神社の数ってどんだけあるんよ~と調べたところ・・
   ↓
全国神社の数について

コンビニより多い(笑)

最も神社が少ない地域は沖縄らしいけど・・沖縄は非常にスピリチュアルなものへの信仰の厚い地域でもある。
それが、日本古来の神道とは、ちと違うというだけのことで土地神様信仰という点では、むしろ信心深い土地柄でもある。




新年ともなれば、多くの人が、初もうでに神社やお寺に行く人々も多いことでしょうね。


初もうでに関する面白い話を聞いたので・・ちょっと紹介します。

お賽銭は多ければ多いほど良い。
お賽銭はいくらでも構わない。

さて、どっち?(笑)


基本、お賽銭はいくらでも構わないらしい。 また人の懐具合によって、ぽーんと1万円、百万円出せる人もいれば・・
千円がやっとって人もいるだろう。

それでも、ある程度の覚悟を込めた金額を出さない限り、願いは叶わないという。

5円玉や10円をぽーんと投げて、あれこれお願いしたところでムリらしい(笑)


つまり、ぜーんぜん自分で痛みも何も感じないような5円10円程度で、ラク~な気持ちで祈願したところで、なーんにもならないってこと。

お金を出せないのならば、その分、神様に対してなんらかの奉仕をするとか、自分の大切な何かを絶つとか・・
そういった心構えが求められるのだという。

つまり、祈りは神様との契約


そして、一番やっちゃいけない事!
願いが叶ったあと、ちーーともお礼詣りをしない。
あれ~、私ってラッキー!で、神様に祈ったことさえ忘れちゃう人も多いんだとか。


神様なんだから、絶対バチを与えるわけないと思ったら大間違い。
日本の神様は守り神にも祟り神にもなるというのが特徴。

もともとは自然霊なんだから。

神様もまた人の信仰によって作られるものかもしれない。
守り神にするも祟り神にするも、人次第、人の信仰次第。


そういえば、1千万円が欲しい!と祈った人がいて、見事に叶ったという話を聞いたことがある。
ただし、なんのために必要であり、その詳細な使い道までも神様に説明したのだという。

その人が言うには・・
「ただお金欲しい! 金運アップを願ったところで叶わないと思うよ!
しかも・・それが自分の漠然とした欲求を満たすだけのものであれば、ますます叶わないと思う。
漠然としたものだと、祈りのパワーが出ないし神様に届かないんじゃないかな。」


ちなみに、その人、中小企業の社長さんで、会社が倒産の瀬戸際だったという。
社員一人一人の顔を思い浮かべ、どのように借金を返済し、今後はどのような会社にしてどのように社会に貢献していくか・・までも、神様に話したのだという。


金運や出世運、名声を願うのって・・なんだか、物質主義の垢にまみれたみたいに言われることもあるけど、そうとも言えない。
ようは中身なのだ。

人々のため、社会のために貢献するためには、みな必要なもの。



祈りもイメージ力なのかな?と思ったりする。
具体的にイメージが湧いてこない人はムリ(笑)

イメージが湧いてこないということは、それほど心から望んでいないともいえる。


さて、皆さまは何を祈りますか?


私は明日からは仕事・・
アメリカは31日と1日しか休みがないし~、年明け2日は超忙しいだろーな~、やれやれ😥

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魔を払う風邪を払う果物

レモンは魔を払うための爆弾、オレンジはシールドして身を守るもの、リンゴは治癒させる薬・・というのを聞いて、
あーなるほどねえ~と思った。

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そういえば天然石にも、厄除け魔除けの石と呼ばれるものがあって、俗にオブシディアン、マラカイト、ラピスラズリ、翡翠など。

ひとことで「厄除け魔除け石」であっても、それぞれのパワーの在り様が違うように、果物もまたそれぞれの働き方があるんだよな~と、納得したのだ。
いやいや、果物どころか、自然の恵みである食べ物すべてが、きっとそうなのだろう。


これを私、いったいどこで聞いたんだ?
それともどこで読んだのか?



よく考えてみたところ・・どうやら、夢のお告げだったみたいだ(笑)


実は私、クリスマス前あたりから風邪をひいてしまい、今回の風邪はなかなか抜けないのだ。

数年前から風邪薬を飲むことをやめたところ、びっくりするくらい早く治るようになったのだが・・
   ↓
ここにも書いたけど・・野口 晴哉さんの「風邪」の必要性


ところが今回の風邪は、どこか今までと違う風邪でもあって、1週間たっても完全に抜けないでいる。

うーーむ
こりゃあ、来年に向けて私自身の大きなターニングポイントに差し掛かってるんろうなあ。

そのための体作りのために、これは私にとって必要な風邪なんだろう!


熱でうなされながらも、つい、こんな気分で寝落ちしたところ・・
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私の夢の中で言われた言葉がこれだった(笑)
    ↓
レモンは魔を払うための爆弾、オレンジはシールドして身を守るもの、リンゴは治癒させる薬


夢の中で質問する。

レモンというのは、病気でも悪霊でも、とにかく自分に害成すものをどっかーんと払ってくれるわけ?

「そーだよ。
レモンは円錐形の黄色をしてるだろーが。 ありゃ、まさに強烈な爆弾みたいなもんだ。
まずは、それで、どっかーんと一発お見舞いするがよろし。」



なんだか、それって梶井基次郎の小説じゃなかった~?

「そーだよ。
あれば正しいのだ! 体の病も気鬱の病も魔物もどっかーんだ。」


ふーーん、 どかーんとやった後、オレンジがシールドしてくれるって?

「攻撃の後は防御だ。 剣と盾のようなものでな。」



こーゆうことかいな?

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いやいや、エクスガリバーかな?

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「ん? ま、そーゆうイメージだよ。 つややかなオレンジ色の果汁には、シールドパワーがあるのだ。
限りなく優しく強いシールドパワーだ。 そうやってオレンジは心身を温めてくれる。」


Fresh squeezed orange juice 3



限りなく優しくて強くて暖かい、そして甘い・・

無性に食べたくなってきた。

ところで、リンゴは治癒する働きがあるの?

「1日1個のリンゴは医者いらずって言葉どおりに、ダメージを治癒する働きがあるのがリンゴだ。
だけど、なかなか最近では本物の林檎は手に入りにくいのが難点だ。」

ああ、そうだったよね~。
林檎栽培は難しいって言うよね。 ものすごく虫がつきやすいから、ものすごい量の農薬を散布しなきゃならないって言うしね~。

「虫が着くということは、虫たちは、それだけ治癒してくれるものだって知ってるからなんだ。
虫がつかないような林檎は、むしろ害になるかもしれないぞ。
そもそも、薬は用い方で、良薬にも毒にもなるからな。」


ああ、そうだねえ~。
有機栽培をしているとこのリンゴはこうゆうのが多いらしい。
    ↓
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黒いところや押し傷を削っちゃえば、驚くほどジューシーで甘かったりもするけど、見た目が悪いと商品にはならんからね~。


以上が夢の中での会話だった。


ん? いったい誰と会話してたんだろ?

果物聖人?みたいな人かいな?



夢から覚めたとき、甘~くてジューシーなオレンジやら、リンゴやら・・が無性に食べたくなってきた。

ちょっと押しただけで、じゅわーと果汁が溢れてくるオレンジやら・・
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たぶん、こうゆうの食べたくなるのは熱があるとき。・・・熱が高かったんだろうって思う(笑)


残念ながら、果物の在庫はなーんもなかった。

ああ、それならば・・めっちゃ旨い、100パーセント果汁のソルベ、またはジェラートでもいいよなあ・・。

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ところが、またまた運悪く、そういった在庫もなーんもなかった。

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クリスマス前の24日についに風邪でダウンして会社を休み・・それでも、近所のスーパーマーケットに買い物に出かけた。

熱でフラフラになりながら、どーしても食べたい!
行くっきゃない!



ところが、まだ1時頃だというのに、駐車場に車を停めるスペースさえ見つからない。
中は長蛇の列。

しまった~! クリスマス前ってこんなに混むの忘れてたわい!


さすがに、これでは少なくとも1時間以上はかかるだろう。
さすがに・・これ以上悪くなったら運転出来ないぞ!と諦めた。

・・・・・・・・・・・・・

ようやく、クリスマス明け、そこでリベンジの買い物。

念願のオーガニックのオレンジと、一番値段が高い(たぶん一番美味しいであろう・・)アップルサイダーを買って帰った。


ところが、

不味い!

なんだ? このオレンジは!!
甘味が薄いしオレンジ特有の味わいさえない!

アップルサイダーも最悪!

これ、絶対添加物加えた味だろーが!と腹が立つほどに。

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アップルサイダーというのは、日本では聞きなれない言葉かもしれない。
ひょっとしたら、こうったサイダーと勘違いされるかもしれないけど、まーーたくの別物。

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どこのアップルファームでも、こうゆう機械があって、りんごを絞ってくれる。

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絞っただけのリンゴがアップルサイダー(Apple Cider)なのだ。
砂糖を加えたり、水を加えたり、熱処理したものはアップルジュースと呼ばれる。


当然ながら・・アップルサイダーには、ぎゅうっとリンゴ🍎の旨味が詰まっていて、ものすごーく美味しい。


一度凍らせて溶けてきたのを飲むもよし、

寒い冬はホットにして、シナモンスティックを加えて飲む方法もある。
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そもそも・・近所のスーパーでお手軽に買おうと思ったのが間違いなのだ・・。

本当に美味しいオレンジは、そこらで売ってるわけじゃないし・・アップルサイダーに至っては、おそらく現地アップルファームに行かなきゃ、なかなか手に入らない。


私の住むカリフォルニアは、レモン、アボガド、オレンジの木は、いっぱいあるのになあ。

意外に思われるかもしれないけど・・リンゴも産地なのだ。

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数年前に行った、San Luis Obispoという場所にある、アップルファームのアップルサイダーは、死ぬほど旨かったよな~。

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Apple Farm In

https://www.applefarm.com/blog

https://www.guestreservations.com/apple-farm-inn-hotel/booking?gclid=EAIaIQobChMI3o2XpIvW5gIVviCtBh10SAabEAAYASAAEgJsb_D_BwE

ここはまた、小さなしゃれたホテルにもなっていて、オーガニック野菜主体のレストランやら、もちろん、アップルが売りなんだけど・・
ホテルの部屋も1室づつ、全く違った色使いの部屋になっている。

懐かしのローラ・アシュレイ風とでも言おうか。

私が入ったのは、ロビーと売店、レストランまでで宿泊はしていない。(ネコ連れだったし、ペット不可ってのは問題だけどなあ~)
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ああ、また行きたいなあ。


さて・・・なんで今回に限って、こんなに風邪が長引いているんだろ?と考えたとき、

いつもだったら、風邪の引き始めに、特製ホットレモネード(レモンとハチミツとショウガ)を飲んでるのに、それを飲んでなかったこと。 ハチミツを切らしていたし・・ちょっと遠くまで行かないとマトモなハチミツが買えなかったから。

ずうーーと、オレンジもなかったしリンゴもない。
100パーセントの良質ソルベやジュースさえ買えなかったこと。

それなら、いっそのこと、体が温まるチゲ鍋にしよっか!と思っても、運悪くキムチ専門店が休みだったり、お豆腐屋さんは1時ににクローズしちゃうし買いにいけなかったり・・と、なぜか、これでもか!という不運が重なった。

つくづく思ったのだが・・
風邪の良いひき方をするには、食べ物は大事なのだ。

しかも、風邪のときは、適当なもので妥協しちゃいけない!
良いモノを買い、すごく美味しいと思って食べないとね~。(←だからこそ、なかなか調達できなかったってことでもあるんだけど)


野口法プラス、やっぱ食べ物!

つくづく、食べ物の有難みを知った。

たぶん、魔を払うというのにも、食べ物は大事。

ひょっとしたら、高価な天然石以上に魔を払ってくれるのかもしれないなあ。

民族性とか国民性とか

先日、駐車場に停めてあった車の窓が割られて現金とノートパソコンがが盗まれる・・という事件があった。
ちなみに、こうゆう事件に巻き込まれるのはなぜか日本人に多い。

外から見えるところに財布とノートパソコンを置きっぱなしにしてたらしい。

そりゃ、盗まれるがな~。
盗んでくださいって言ってるようなもんだよ~。
盗んだヤツより盗まれた方が悪い。

みんな口癖にこんなことを言う。

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さすがに、盗んだヤツより盗まれた方が悪いとは思わない。 そりゃあ、人のモノ盗む方が悪いがな~!

でも、盗まれた人はかなりの不注意者だし無神経だなあ、とは思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バブルの頃に、海外旅行に出かけた日本人が路上で襲われて現金や貴金属が強奪されたというのも聞いたことがある。

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ゴールドのアクセサリーをいっぱい身に着けてブランドバックにブランド服で歩いていたらしい。(←これ私の当時の上司)
それも貧しい人々がいっぱいいるようなスペインの街角をだ!

そうゆうのって、
何日も食べてない犬にハンバーグの塊を見せつけておいて、上から目線で食べるな!って言ってるようなシーンを想像してしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、今、私の働いてるオフィスでの話。

ウチのオフィスは100人くらいはいて、いくつか休憩室があり、そこには大型の冷蔵庫が置いてある。
誰でも自由に使える。

ところが、その冷蔵庫の中から、たまに・・食べ物・飲み物がなくなることがある。(つまり、ドロボーさんがいるってこと)

同僚(フィリピン系アメリカ人)が、グリースヨーグルトを1ダース買ってきて、あとで一緒に食べようよ!と冷蔵庫に入れて置いてところ、翌日すべてが消えていた!!

私はびっくりしたのだが、古くからいる人たちは慣れたもの。

やられたか~!
せめて、大きく名前書いとかなきゃ!
でっかく、Don't touch my stuffて書いた方がいいよ!
ダメダメ、翌日まで置いたら、無いと思わなきゃ!

皆に言われていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

そして昨日、私のオフィスではクリスマスランチが催され、その後には料理やお菓子類が残った

幹事役の人が、「残ったものは皆さんで分け合ってお持ち帰りください。」と言ったところ、
アルバイトのおばちゃんが、手つかずだった箱入りドーナツを即座に抱えこんだ(笑)

このドーナツ
   ↓
Krispy Kremebox

「ちょっと待ってくださいよ! みんなで分け合ってって言ったはずですよ。」と幹事は取り上げたが・・

これだって、難しい問題だ!
みんなで分け合って・・というのは実に日本人的曖昧さだ。

お持ち帰りしたい人の人数をみて、これなら自分の分は1個か2個だよな~ということまで判断して持ってけ!ということを暗に示している。

しかし、オフィスには多くの人々がいて人種もさまざま。
習慣も常識もモラルも違う人々にはなかなか通用しない言葉かもしれない。

だったら、はじめから、「ドーナツのお持ち帰りは一人1個!」と言えばいいだろってことにもなる(笑)


ところが、幹事役は日本人で、1箱お持ち帰りしようとしたおばちゃんも、これまた日本人だった。

同じ日本人同士なんだから、言葉のニュアンスが通じなかったってわけではなさそう。

たぶん、このおばちゃん、「通じなかったフリして全部持ってちゃお! ここにはいろんな人種がいるんだし、私だけじゃないもんね~。」って思ったんとちゃうか。。。(←心理分析)


こちらに住む日本人の間では、日本人は謙虚で優しい、アメリカンはドライ、メキシカンは図々しい、韓国系中国系は自己中なーんて思われている。

ところが、そうとは言えなのが現状(笑)


本国からやってきたばかりの頃は、それぞれの国の常識を持っているんだろうけど・・それが長年、こちらに住むようになればなるほど、結局のところ、自分の地が出るようになる(笑)


雑多な常識の中にいれば何でもアリだし、次第に自分の意思で自分の行動も選ぶことになるようになるのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・

以前、メキシカンのアルバイトが辞めていくとき、

「みなさん、お世話になりました!」と言って、一人ひとりに小さなプレゼントを渡していた。

これには驚いた!

それも、たった半年契約のバイトだったし、彼の生活が決してラクでないことは知っている。

すごく気持ちは嬉しいんけど、なんでそんなことするの?って聞くと、

「僕は日本人のこういった習慣が素晴らしいと思うんです。 僕自身も日本人の方にして頂いたことがあって、とても嬉しかったから。」 だって~。

メキシコに住んでる頃は、こんなこと、したことないし、考えてもみなかったことだという。

これもまた、この人の地(じ)なんだろう。


経済的苦しさは心さえも貧しくもする。
だけど、ちっとも心は貧しくならずに豊かなままの人もいる。
逆に、どんなに経済的に裕福であっても、心も豊かとは限らない。


人間って面白い。

結局が出る。
とくに、多国籍の中にいれば、ますます地が出やすいのかも。


ところが、ずっと1つの国にいると自分の地(じ)の色がわからずに、周囲の習慣や常識に染められてしまってる場合も多いのかもしれない。
または、気がついていても、その色を外に出せないのかもしれない。

そういった1つのカラーが国民性とかって呼ばれるようになるのかもなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同僚の韓国系アメリカ人がこんなことを言っていた。

それは、最近の日本と韓国における険悪な状況についての話していたときのことだ。


「韓国ってね、国民情緒法ってのがあるんよ~。 感情法っていうのかな。
それで、裁判だってひっくり返っちゃうくらいだから、彼らは国際法だって無視できちゃうわけよ~。」

「法より感情を優先しちゃうわけ? じゃあ、法治国家じゃなくなっちゃうんじゃね?」

「いやいや、彼ら側からすれば、それこそが法だと思ってるから、法治国家ってわけよ。
ロジカルなものより感情優先が法ってわけ。」


そりゃ、知らんかったな~。

「おまけに、身内が一番だと思ってる。
身内ってのは自分の一族や家族のことで・・身内を守ることこそが一番だし、それが正義だって思い混んでるからタチが悪い。」

「じゃあ、もしも・・一族の中で殺人・強盗などの犯罪者が出たとしたら?」

「それでも守ろうとするのが正義だと思ってるんよ。
だから、よそ者に対して身内の恥は必死で隠そうとするしね。 外部からの批判が、どれほど筋道が立つことであっても、感情としては、絶対受け付けないわけよ~。  それが一般的にまかり通っちゃう。」

「それじゃあ、国際社会では立ち行かなくなっちゃうだろうし~。」

「だから、今、そうなってんじゃない。」

「それなら、いっそのこと自給自足で鎖国してればいいのに。」

「でも、事実上貿易に頼らなきゃやってけない国だからね~。 貿易するなら、必ず両国間の利益を考えなきゃいけないわけだけど・・感情法がまかりとおちゃう韓国は、とにかくなにがなんでも韓国ファーストのわけ~。

どこの国だって、自国ファーストってのは本音にあると思うけど、韓国の場合はそれこそが正義って思ってるから、露骨にやっちゃうわけよ。 で、それが、どれだけ品が悪いことかなんて、ちっとも思わない。」


ふうう


「なんだってまあ、そこまで狭い考え方になっちゃうんかね?」

「さあ~。 長年の歴史の中で虐げられてきた民族だから、身内だけを守ろうとする意識が強くなったのかもしれないし・・儒教精神の行き過ぎた考え方から来てるのかもねえ」


そうゆうものなんかなあ。


「でも、これって韓国にとっていい機会だと思う。 一度潰れれば、そこで初めて別の視点で見ることも出来るようになるだろうし、再出発できるチャンスかもって私は思ってるんだ。」

「すごい発言だね! でも、そんなこと、韓国在住の人たちには言えないでしょ?」

「当たり前よ~! こんな会話を他国の人としてるってわかっただけで、私は非国民呼ばわりされた上、情緒法で投獄されかねないもん。(笑) でもここはアメリカだし今では私もアメリカ人だからOKだけどね。

でもねえ、 実は韓国人だってそんな人ばかりじゃないんだよ~。
一部の人々はちゃんと物事をわかってるけど、それを声を大にしては言えないんだと思う。

ただねえ・・古いタイプの韓国人は親代々からそのように教育されるし国家からも洗脳されちゃうわけよ。
ましてや今の政府がそうなっちゃってる状況だからね~。

それが嫌だと思う人々は、さっさと外国に行っちゃうしね~、私のウチみたいに。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はそれなりに韓国人との付き合いはあったものの、いずれも日本在住で日本の会社で働いていた人とか、アメリカで韓国系アメリカ人だとか・・そうゆう人としか接したことがない。

つまり、韓国在住の韓国人と接したことは一度もない。


それは韓国人に限ったことでなく、他の民族についても知らないことは多い。


あの人は中国系と思っていても・・

「私は香港人だから中華民国人じゃない!」って言われたり、
「私は台湾人よ!」って怒られたこともあった(笑)

じゃあ、同じ中国本土の人だと思っていても、
「僕は四川出身の四川人なんだ! そんな漢民族の思想は持ち合わせていない!」と言われたこともある。

中国とひとくくりには出来ないのだ(笑)


同様に南米もまた、それぞれなのだ。

「僕はメキシカンじゃないよ。 アルゼンチン人だ!」と言われたこともある(笑)


今さらながら、人は個々に違う!ということを思い知らされる。
決して、○○人とか民族だけで、一括りに出来ないものがある。

ましては、中国系、ラテン系なんて言葉でくくれるわけがない。



これだけ個々に違う人々がいる中では、どれが正義でどれが悪かなんて価値判断は無意味になる。

ただ1つ言えることは、暖かい心だけはどんな相手にも通じる。

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小さなプレゼントを渡したメキシカン男のように。


それを国際間に言い換えれば、お互いのWin-Winを目指す関係ってことだろう。


古い日本語で言えば、魚心(うおごころ)あれば水心(みずごころ) なんてのもあったなあ。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、韓国の司法界に国民情緒法(感情法?)があるとは、今の今まで知らなかった。


日本には、情状酌量というのがある。

これもまた、感情法と言い換えることができるかもしれないけど、その中身は大きく違ってると思う。


たとえば、お腹を空かせた子が店先から食べ物を盗んだとする。

窃盗罪は明らかに罪だし、彼は明らかに犯罪者。

でも、本人も何日も食べてないし、さらに弟や妹たちにも食べさせたいと思って盗んだ場合、
その状況や心情を理解し、罪を軽くする、それが情状酌量となる。

他者への同情や思いやりから出たモノが情状酌量の措置となる。



ところが、司法の上で無罪となったのに多くの国民が、あいつキライだし!、という理由で有罪にすることができるのが、国民情緒法だとしたら?

また、同胞が外国人を殺害した場合、殺された相手は外国人だし、しかもウチらのキライな人種だったんだから・・まあ、いいやね~、犯罪者の罪を大幅に軽くしてあげちゃえ~というのもアリだとしたら?


これでは、法の無い時代に逆戻りだ(笑)

昔の隔離された農村で、みんなが嫌ってるから村八分にしちゃえ~とか、
西部開拓時代で、アイツ流れ者だから、縛り首にしちゃえ~っとか、

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https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/5496

そうゆうのをやめさせるために、法が出来たはず。

個々の感情を排除してロジカルに出来上がったガイドラインが法。


ところがなんでもかんでも杓子定規に法を施行しちゃうと、お腹を空かせた妹のためにパン1個盗んだ子供でも19年も投獄されちゃったりするわけで・・(←ジャン・バルジャンかい。)


そこで、唯一ガイドラインに手加減できるような「情状酌量」になる。

人々の同情と温情によって、罪を軽くしてあげるためのものなのだ。


ところが逆に罪を重くしちゃえ~というのが通るとしたら、大昔の無法地帯に逆戻りってことになっちゃう(笑)


私は韓国における司法の現状は知らない。
ただ今回、同僚に聞いて、「国民感情法」という存在をはじめて知っただけのこと。

なので・・まさか、ここまで大昔のムラ意識で成り立ってる世界とは思わない(笑)
あくまでも、感情を法に用いる必要性を考えて、極端な例をあげてみただけのことだ。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人の感情というのは酷くやっかいなものだ。

ちゃんと感情を成長させ、熟成させてきた感情ならば、それに勝るものはないと思う。
そんな人たちばかりだったら、法のガイドラインすら必要はないのかもしれない。


ところが、粗野のままの感情だったら?

お腹が空けば大泣きし、思い通りに行かなければ大泣きし、
まるで赤子のように、自分の欲求を通すだけのものであったとしたら?

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人種や国民は関係なく、大人社会では通らないことになる。
ロジカルな思考と熟成された感情を持って、はじめて大人になるのだと思う。

キューバにおける「豊かさ」って?

そういえば、社会主義国っていえば・・キューバがあったよね。


ふと、キューバ大好きのコウゾ―さんのことを思い出した。
あの人はキューバに永住しちゃったのかなあ、それともアメリカに戻ったんだろうか? 

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コウゾ―さんという人、とにかくキューバ好き(←特にキューバ女性が)
日本女性にもアメリカ女性にも興味無し。 好きになる女性はすべてがキューバ人という人だった。

何年か前にこちらのブログにもアップしたけどね~。
    ↓
コウゾーさんとキューバ

このときにも、コウゾーさんが永住したい!とまでいうキューバってどんな国なんだろう?と興味を持って、歴史やら現状やらと・・いろいろと調べたものだ。

今はどうなってるんかな?と思って、ちらっと調べてみたところ・・それほど変わってはいないらしい。

こちらに外国人カップルから見たキューバの映像があった。(ちっとも閲覧注意って画像じゃないんだけど・・)
    ↓



あいかわらず、貧しいながらも最低限度の生活は保障されている。

基本的に・・

●医療費タダ。

●最低限度の食料品は、政府管轄のスーパーマーケットに行けば、ものすごい安価で買える。
(それ以外のスーパーだと、何十倍、何百倍もの値段になるとか。)

●教育費タダ(←これはすごい!と思う。 望めば誰でも大学まで行ける)



こうゆう点からみると・・

貧民に生まれたため教育も受けられず、コソ泥かギャングかアル中になるしかないとか、

貧しい農村の生まれのため、重い病にかかっても死を待つだけで放置されてしまうとか・・

そういった国から比べれば天国ともいえる。

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この背景には、キューバの歴史が深くかかわっている。

ずーーと長年に渡って各国によって奴隷化されてた歴史を持つ国。 それがキューバ革命によってようやく解放された。

なーんもないボロボロの状態から出発するには、まずは社会主義体制をとるっきゃなかったわけだし、
カストロ政権は、まず人々が食えること、次に、医療と教育に力を入れなきゃならなかったのだ。

これこそがトッププライオリティーでもあり、彼らがまず望む国家だった。

それだけでも継続してこられたってのは・・ある意味すごいことかもしれない。



もちろん、カストロ政権の悪い話は私も山ほど聞いてる。

実際に、NYにいた頃、ESLクラスで知り合ったキューバ人男は、こんなことを言っていた。
    ↓
「ウチの国には自由がない。 政府の悪口を言うものなら投獄されちまう国なんだ!
だからアメリカに亡命したんだ! アメリカは自由の国で長年の僕の憧れだったから。」


私も、そのときは・・ああ、そーなんだ~! と、旧ソビエトだとか北朝鮮と似たような暗~いものをイメージしたけど・・

どうやら、そうではないのかも~♪と、思うようになった。


コウゾーさんの話や、他のキューバを訪れた人に聞いてみても、

とにかく人々の顔が明るい。 悲壮感が感じられない。
政府による洗脳ってカンジもない。
(←社会主義国や共産主義国にありがちな・・)

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貧しいちゃー貧しいし、インフラだっていいとは言えない国なのに。

それでいて、観光客も増えている。
アメリカもトランプ政権になってからまたキューバの渡航は厳しくなったはずなのに・・なぜか、アメリカ人観光客も増えているらしい。



文明に遅れた国で、Wifiの繋がりも悪いしインフラも悪いし、カードも使えないことだって多いのに・・

*キューバでは一部のホテルなどを除き、Wi-Fiは一部のストリートや公園などに限定されている。
国民にとっては1時間あたり約110円と給与水準に対してかなり高額の上、通信速度も遅いらしい


それでも、某国のように禁止されてるってわけではない。
日常の食品は、ものすごーく安く買えるけど、Wi-Fi接続費などはメチャ高いというだけのことだ。



かえって、そのレトロな雰囲気と底抜けに明るい人々が魅力になってるとか・・。

レトロな街並みにクラッシックカーが人気だとか(新しく建て替えられないし、新しい車が入ってこないだけなんだろうけど・・(笑)
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アメリカでは医者や弁護士はエリート職業と言われるし、それなりの高収入をとることは知られている。

でもキューバではちっとも高給取りなんかじゃない。 ほとんどが公務員なんだから(笑)
従って、エリートという意識も無いのかもしれない。。。

それを、平等で羨ましいと受け取るか、そっちの方が不平等と受け取るか?




2008年ごろから、だんだんと国民の不動産所有に関する改革(自分の家が持てるようになること)、農業やスモールビジネスOKといったように、憲法も改正されつつある。(手っ取り早い話、サイドビジネスもOKってこと)


ドクターとして働いてる人も(←給料メチャ安だから)、サイドビジネスとして、家で宿屋やレストランを営んだりする人もいるという。

*ただし、あくまでもスモールビジネスが許可なので、「自分の家で行うこと」が義務付けられてるそうだ。
ここらへんが、あくまでも社会主義体制を崩さない方針らしい。

自宅を改造したレストラン
   ↓

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このように、キューバという国、社会主義国でありながら少しずつ自由化してきている部分もある。

それでも、あくまでも基本は社会主義体制に置いて、上手にソーシャリズム(社会主義)とキャピタリズム(資本主義)とバランスをとっていこうということらしい。

これは自然の流れなのだろう。



多くのキューバ国民はどう思っているんだろう?


私がNYで知り合ったキューバ人亡命者のように、アメリカに憧れる人だって多いだろう。

とくに若者は、インターネットでアメリカなどカルチャーを知っていて、単純にアメリカの生活や資本主義に憧れる者も多いという。


そもそも人って、自分と他国(他人)を比較しちゃう傾向がある。

自分とこより、相手が優れていれば羨ましいと感じる。

自分よりモノをいっぱい持ってれば、それまた羨ましいと感じる。


キューバ旅行したある日本人は・・
「インターネットは自由に繋がらないし遅いし~、カードは使えなかったり現金でさえ使えるのと使えないのがあるし・・
おまけに、シャワーのお湯が止まっちゃったし、最悪な国だった。」
という人もいた。


「蛇口から飲料水が飲める」「シャワーからお湯が出る」「安心して外が歩ける」「食べものが安全」「感染病の心配がない」
「どこでもインターネットが繋がる」「Wi-Fiはタダ」「クレジットカードが使える」
・・こうゆうのが当たり前だと思っていれば、

その水準に満たない国には行きたくないということになる。

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逆に、そんな先進国に憧れるキューバの若者が、自分の国と比較して、「ウチはまだまだ貧しい国なんだなあ。
多くのモノがあふれるような、もっといい暮らしをしたい!」
と思ってしまうのも無理はないのかもしれない。


結局、みんな自分と比較するからだ。

それも表面的に見てるだけ・・かもしれないけどね~(笑)



はいはい。 たしかにこちらでは、Wi-Fi使い放題だし便利だけどね~、月々のスマホ使用料は決して安くないよ~。
なんでも手に入るけど、なんでもカネはかかるよ~。

カネがなきゃ病気しても病院で断られるんだよ~。 
タダで助けてくれるとこなんて無いよ~。
教育費が払えなくって、学校にさえ行かれない子だっているんだよ~。

・・・と、私は言いたい(笑)


「そんなの承知の上だい!
俺様は頭脳明晰でビジネスセンスだってある。 将来起業してビリオネラーになるんだ!」

まあ、そう言われてしまえば・・・それなら、どうぞアメリカに来てくださいと言うしかない(笑)

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そりゃキューバにいたんじゃ、どんなに優秀で努力したところで・・ビリオネラーの道はないもんね。
アメリカで勝組で居続けることさえできれば、すべてクリアーだし、むしろ幸せかもしれないね~。


でも、ビリオネラーがいるということは、それだけ貧しい人々を産んでるということにもなる。

貧富の格差は年々拡大しているのだ。 

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こちらの記事によれば、
貧富の格差さらに拡大 世界のビリオネア26人が貧しい38億人と同じ資産を保有

世界のビリオネア26人が貧しい38億人と同じ資産を保有
昨年1年間でボトム・ハーフの資産は11%も縮小する一方で、ビリオネアの資産は12%も拡大。(1日に25億ドルずつ増えていた。)

十分な医療を受けられないため、推定約1万人が毎日亡くなり、両親が学費はおろか教科書代を負担できないことで学校に行けない子供は2億6200万人

もしも、世界トップ1%のお金持ちが資産の0.5%に相当する税金を納めれば年4180億ドルが集まり、彼らを救うこともできるんだけど・・

なぜか、そうならない(笑)


そんな中、キューバ人の中にも、別の考え方を持つ人も増えてきているという。

「私たちは、そこまでの自由化は望んでいない。 なぜなら資本主義社会の欠点も十分に認識しているから。
それでも、私たちは自分たちの培われた知的財産や歴史、徹底された教育制度をベースに自分たちの生き方を確立した上で、
もう少し経済的にも良い暮らしをしたいと思っているのは事実だ。」


彼らは、昨今のキューバ政府がだんだん自由主義化が進んでいるようにみえて、それに不安を感じたり警鐘を鳴らす人たちもいるという。


結局ね、人々がどこで豊かさを感じるかってことに尽きると思う。

それによって国も作られ、国も成り立っているのだと思う。

キューバは、社会主義国でありながら・・なんとかうまく運営してきた国なのだろう。
もちろん問題は山ほどあるだろうし、政府のダーク部分だってあったとは思う。



そもそも、あんな小さな島国が生き延びてくるのは大変だったと思うのだ。 日本も同様だったけどね~。

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戦国時代の真田家じゃないけど(笑)、生き残るためには、大国の武田家になびいてみたり、北条だったり、上杉だったりと・・
上手にかじ取りしなきゃならない。 それが小国の宿命ともいえる。

キューバだって、アメリカに経済制裁を受けたり、ロシア側に近寄ればうまい具合に利用されるだけだったり・・と小国故えの腹立たしい思いはずいぶんしてきている。

結局のところ、他国に頼らず最終的には自給自足路線を目指したところは正解だったのかもしれない。
それも有機農法を使ったもので。

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How organic agriculture in Cuba saved its population from hunger


それと‥教育をに力を入れてきたのは素晴らしい点だろう。

資本主義国にありがちなことだけど、3S政策を推し進めれば、簡単にプロパガンダに洗脳されやすい人々を作り出す。

これは、共産主義国が軍隊や警察力で無理やり押さえつけることと、ある意味同じともいえる。


キューバ人の中に、「社会主義のままでいいし、そこまで豊かな暮らしをしたいとは思わないけど・・」といった意見を持つ人がいるということは、それだけ教育及び教養水準は高いのかもしれない。


そこには、成功者に対する、恨み、つらみ、妬みから出来上がった社会主義の匂いもなければ
個人主義・利己主義の権化と成り下がった自由主義の匂いもない。
今さらながらのマルクスと韓国の行方



結局のとこ、また繰り返すけど・・

人々がどこに豊かさを求めるかなのだ。
さらに、どこでこれ以上は必要ない!と線引きできるかなのだ。




NYのESLクラスで知り合った、キューバ人亡命者(←名前を思い出せない)は、今アメリカで幸せに暮らしてるんだろうか?

キューバに行ってしまったコウゾーさんは、今、幸せに暮らしてるんだろうか?


貧しい?けど、キューバにはモヒートがあるし・・
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有名なハバナクラブの葉巻があるし、
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至るところに歌とダンスはある。
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観光客のおばあちゃんたちでさえ、サルサを踊ってしまう。
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もうずっと昔、アメリカ生まれのヘミングウェイは、こよなくキューバを愛したことでも有名だ。
    ↓
ヘミングウェイの「老人と海」とキューバ

豊かさの基準は、つくづく人によって違う・・・と思う。


<<参考>>
都市部から広まったキューバの自給自足政策

キューバ、経済自由化に進む社会主義国の実情 私有財産を許可、4月に憲法改正案公布へ

社会主義国キューバの変化に見る「クリエイティビティ」への希望

魅惑のキューバ!旅行を楽しむための基本情報

日常から別世界に飛ぶ人と飛ばない人

想像力欠如してる人多くね?
そんなことを思った。。。



その日、オフィスの同僚(日本人)が、[1Q84(村上春樹さんの小説)を読み終わったよ。」と、報告しにきた。

私も読んだことがあるので、きっと感想が聞きたかったのだろう。


「なんだか、ちっとも解釈がつかない小説だったなあ。」と、その人はいきなり言った。


「解釈がつかない?」


ん? どーいう意味?

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「結局・・空気さなぎって何? リトルピープルって? マザとドウタも? そうゆうのちゃんと解決つけてないでしょ?」

注: すみません。。この会話部分は読んでない人には意味不明だろうし、読もうと思ってる人にはネタバレになる可能性があるかも。


どうやら、謎が謎のままでわからないまま終わっちゃってすっきりしないってことらしい。


「そりゃあ、文中でもはっきりと謎の種明かしはしてないけど、私は私なりにすっきりしたよ。」


「ふーん、 じゃあ1つ1つ説明してよ。 まず、あの正体不明のNHKの集金人は誰だったの?」

「それは、天吾の寝たきりのお父さんの生霊みたいなものだったと思うよ。
たしか、文中にも、天吾くんの言葉を借りてさらっと説明してたとこがあったと思うし。」



「そうか~。私の読み方が浅かったのかもしれない・・。
とにかく、やたらに長すぎて、あれじゃポイントがつかめないんよなあ。
じゃあ、次に・・」



もう! うっとおしいなあ!

説明しないとわからないものは説明したってわからないんだよ~!と叫びたくなる。


あれ? そういえば、このセリフこそ、天吾くんのお父さんが言った言葉じゃなかったっけ?(←いきなり思い出す)

こりゃ、まさに名言だわい!(笑)

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「あのね~、私が説明したところでそれが正解かどうかなんてわからないんし、説明するようなものでもないと思うよ。
自分でどう思ったか? 面白かったかどうか? でいいんじゃね?」


「つまり、それだけ曖昧なものってことになるよね~。 
そうゆうところが、中途半端でいい加減な気がしちゃうんだよ~。

ファンタジー小説なんだから、なんでもアリって言われちまえばそれまでだけど、それをちゃんと解決つけないままに終わっちゃうって、ものすごい手抜きだと思う。 あんなんが小説なんかね~!って、悪いけど思っちゃった。」


そこに行っちゃうんか?(笑)


「小説は論文とは違うよ~。」

「それはそうだけど、あまりにもあり得ないだろ。
ふかえりとセックスした天吾の子供を青豆が宿すって、時空を超えて別の女が妊娠するって、あまりにも突飛だし・・
それに、病院の看護婦さんとかの会話だって、すごく文学的つーか、日常であんな会話する看護婦がいるわけないのに。」


はああ。 そうゆうことか~。


「で、感想はイマイチ、面白くなかったってわけ?」(←めんどくさいから結論に飛ぶ)

「そうだな~、ただの恋愛小説か官能小説に、わけのわからんファンタジー世界を絡めてしまって謎解きはしてないし、それに反社会的な内容が多すぎると思う。」

「反社会的な内容?」

「そうだよ。 殺人もあるし、主人公がドラッグでぶっ飛ぶシーンやら不倫もあるし・・
村上春樹って結構危ない人かもしれないねえ。 」


やれやれ。 そこに行っちゃうんかい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この人の感想を聞いて、私もあらためて気づいたことがあった。


「今、ここにある日常の現実こそが正しい」と認識してる人と、「この世はなんでもアリ」思ってる人と・・・

大きく分けて人には2通りあるんだなあ、ってこと



私は、ずーーと子供の頃から後者のタイプだった。

だから・・・

洋服ダンスの中からナルニア国に行っちゃうことも、小さな島でしゃべる案山子に遭遇することも、空飛ぶブタがいても驚かない(笑)

ところが、(目に見える)現実こそが正しいと認識する人には、そういったことは、ものすごく異質なことになっちゃうし、
異質なことには違和感を覚えてしまうのだろう。

だから、異質なことを書くなら、それをちゃんと説明しろよ~! 謎解きしろよ!ってことになるのかも。

それも自分で謎解きするんじゃなくって、相手に説明を求めちゃう?



・・・・・・・・・・・・・・・・

もう、ずーーと昔、「私はジブリ映画の中で「紅の豚」が一番好き!」と人によく言ってた。
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すると、
「え? なんで? あれ、わかんないよ。 なんで豚になっちゃったの?」とか、

「かっこいい男のままで豚でさえなきゃ、もっと盛り上がったんだけどね~。」とか、言われたものだ。。。

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そうじゃないよ!
豚だからいいんだよ!
あの男の哀愁とカッコよさは、ブタじゃなかったら出ないだろーが!


と、若かった私はムキになって説明したものの、わかってもらえない人にはやっぱりわかってもらえない。


強く深く感じることは言葉では説明できない。
説明してしまうと霧散してしまいそう。



そのうち、「オマエの頭の中はファンタジーが詰まってるんだよ! 僕はね、アンタとは違ってリアリストなんだ!」

なーんてことも言われたりして、

「いや、私はリアリストだよ! リアルの意味がアンタとは違ってるだけだよ。」

なーんて言い返したものだ(笑)




リアルって意味が少なくとも、日常=現実=リアルってことだとすれば、私にだって「日常生活」はある。

ちゃーんと日常の中で働いてるし、請求書が来れば支払うし、掃除したり洗濯もする。


とっても現実的。

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https://www.artstation.com/artwork/orb1W


村上春樹さんの小説もまた、ものすごく現実的だと思う。(←すべての作品を読んでるわけでもないしファンとうわけでもないけど)


まず、誰もが知ってる映画や音楽、ファッションブランド名や地名などが多く出てくるせいか、私は、すごく日常的な現実を感じる。
そうそう、あの音楽、あの映画、あの服ね!って(笑)

1Q84には高円寺が出てくるし~、長年高円寺に住んでた私としては、それだけで、すっごく身近に感じる。


日常のある現実そのものなのだ。


それでいて、日常そのものの世界から、ふわりと別世界にいざなわれてしまう。
気がつかないまま、とっても自然に。

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そうなると、もう、どっちが現実だかわからない。
どっちも現実だし、どっちも現実じゃないともいえる。


そこらへんが、ムラカミワールドなのかもしれない。
それにしても、いつも見事だな~って思う。


現実なんてそんなものなら・・・自分で選択して自分の意思で生きるだけやん!と、それを自然に思わせてくれる。 青豆さんじゃないけど。

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でも・・・

既存こそが正しいって思っている人からみれば、それは到底受け入れがたい世界だろう。

百歩譲っても、あれは小説の中の作り事だからね~ってことで終わっちゃう。


いったいどこから、こんな違いが出てきてしまうんだろう?

最初に言ったように、想像力が欠如してる? ってことなのか他にも問題があるのかどうか・・そこはわからない。



ただ「既存社会」だけしか見ないんだったら、それは、小さくてつまらない世界だろうな~って思う。

大きな喜びやワクワクするような大発見もできない気がする。


「既存」なんて、多くの人が頭で作り上げたモノにしか過ぎないし、

多くの人が敷いたレールに乗っかってるだけなんて・・・つまらないよなあ(笑)


それじゃあ、今ある現実だって変えられない、変わらない。

そりゃ、つまらんわ~!

ふと、そんなことを思った。

今さらながらのマルクスと韓国の行方

私はあまり政治の話はしたくもないし興味もないのだけど・・・
でも、それなりに、ざっとだけど世界のニュースには目を通してはいる。

そこで、ふと思ったこと。
韓国の大統領、文在寅さんって人、いったい韓国という国をどうゆう方向に導きたいんだろう?って。

南北統合を望んでることは知ってるけど・・
それだけじゃなく、今までの韓国が築いてきた路線をぶち壊して、共産主義路線にしたいんかな~、なんて思ったりもする。

どうであれ、日本の隣国のわけだから、今後の韓国情勢の行先次第で日本にも影響は出るだろうなあ。

なーんてことを、つらつらと思った。


共産主義ねえ。。。

ここで、今さらながら共産主義について考えてしまった。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

資本主義だろーが、社会主義だろーが、共産主義だろーが・・・そんなものはなんでもいい。
国民が安心して、それぞれが楽しい人生が送れる国であれば、なんでもいいのだ。

私にはどうあるべきか?なーんて、ビジョンは何もない。


ただ事実として・・1980年代までは世界の半分ぐらいが社会主義国家だったのが、それが、バタバタとあっけなく潰れてしまった。

それまでは、「資本主義は崩壊して社会主義になるのが歴史の必然だろう」、なーんて、どっかで聞いた覚えがあるんだけど、
実際にあれよあれよというまに崩壊したのは社会主義の方だった。

今では、社会主義や共産主義の方が、ダメな経済システムの代名詞みたく言われる(笑)


まあそんなわけで、今では完全な社会主義、共産主義国というのはない。

共産国といえども、自由経済にさせてる部分もあって、それでいてベースは政府がバリバリの管理をしているというのが、現在の共産主義国の在り方。


こんなCityの写真をみる限りでは、共産主義国なんて思えないよねえ~。
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ところが、某国では自由にインターネットの閲覧もできないらしいし、スカイネットだか(映画の世界かい?)を利用して全国民を監視できる体制にしてるんだとか・・。


もしも、完全なる社会主義や共産主義国にするならば、国家がパーフェクトな計画の上で運営しない限り、あっという間にぶっ潰れてしまう。

パーフェクトというのは、国民のすべてが何を望んでいるかを知り、すべての会社がどのように機能しているかを把握して、そのうえで綿密な計画をたてて、お達し(命令)しなきゃならない。

そりゃ全知全能の神でもない限り、無理ってもんだ。


それと~、共産主義、社会主義の一番の問題点をあげるなら・・人々の働く意欲がなくなっちゃうこと

いや違うぞ! 資本主義社会は競争を煽ることになり、競争心こそが諸悪の根源で不平等を作り出す!っていう人もいるけど・・

ちょっと待ってください・・
競争心の前に、働くためのモチベーションがなくなっちゃうと思うのだ。


たとえば、お役所仕事ってものを想像するとわかりやすいよね。
お役所とかNPO法人、働か無くても給料はもらえる。 むしろ上から命令されないことはやっちゃダメ~なんて状況だと・・

毎日毎日同じことだけをするだけ、与えられた仕事だけを延々と続けるだけで・・たぶん、こうなる。
   ↓
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黒澤映画の「生きる」から。

モチベーションは大事なのだ。
個人の生きがいにも通じ、会社の生産性にも通づるものだから。


ここで、もしも生産性が上がらず傾いてきたとしよう。
でも、心配ご無用。

政府が助ける。

わーい!助けてくれてありがとう!と社員は喜ぶだろうけど、経営破綻した会社を政府が助けていれば、そのうち国民全体が貧しくなっていく。 だって生産性が無いんだもん。

こうなると、ますます悪循環に陥る。

国の借金が増えて冷え込んで、冷え込んでくれば、ますます人は不安になってお金を使わず溜め込むだろうし、そうなりゃ、ますます、経済は衰退する。

それが、共産主義、社会主義国のよくある姿。



もう一つ、大きな問題!

共産主義だったら富のすべてを平等に分配しなきゃならないはずなのに・・・なぜか貧富の差が激しい(笑)
ものすごい格差社会になっちゃうのは、どーして?


潰れちゃったソ連だって末期は悲惨な状態だったという。

こんなんだったらしいもんね~。
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庶民は暖房もなく食べ物を買うことすら出来ないのに、なぜか、政府高官は贅沢三昧。


そのうえ、お決まりの情報操作(インターネットを自由に閲覧できないとか、政府の許可なしでTV報道もできないとか・・)

国民に自由は無い。 政府の批判もオチオチできない!

ちょっとでも、不満をもらせばすぐに捕まる。(どこでも軍部の力が強い。)


そのうち、ついにどっかーん!と革命が起こる。


だったら、資本主義にして自然に任せておいた方が、まだマシなんとちゃう?

危なくなってきたときだけ、上手に政策を打ち出す方が。(←この上手な政策が打ち出せないから資本主義国だって問題にもなるんだけどね)



いったい、誰が共産主義なんてことを言いだしたんだっけ?


ああ、そうそう、元祖はマルクスって人だったよな~。
資本論で有名になった人ね~。

Karl Marx, 1818年5月5日 - 1883年3月14日
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https://www.nytimes.com/2019/08/06/books/review/shlomo-avineri-karl-marx.html

この人、マジで全国民で平等に富を公平に分配できる社会なんてこと、考えてたんかいな?、そう思って・・
ずいぶん前に、マルクスさんについて調べたことがあった。


さぞかし、「苦しい労働者階級の出身でありながら頭脳優秀で、貧しい者に寄り添い、皆が幸せな社会」というユートピア世界を目指した人なんだろうな~って思ってたんだけど、

これが、大違い!だった。


この人、貴族階級ではないけど裕福なおうちの生まれ。
父親はユダヤ人の弁護士さん。しかも、息子に甘いおやじだったらしく、過保護なほどに金を与えてる。。。

息子が大学生活を送ってる頃に、こんな手紙を送ってるらしい。

「裕福な家庭の子弟でも年500ターレル以下でやっているというのに、我が息子殿ときたら700ターレルも使い、おまけに借金までつくりおって」と小言を述べている。 Wikiより。

そう、マルクスさん、金遣いは荒いし計画性はまるでない。
女にはだらしなく責任もとれないような男。 家政婦の女性だったか?にも手を出して子供まで産ませて、かなり酷い待遇。
そのうち、さっさと里子に出しちゃうような男。

仕事もいい加減、いったい将来何になりたいのか? 
詩人になろうとしたり、大学教授になろうとしたり・・ちゃらんぽらん男。
学校の成績はそれなりによかったようなのだが、それがまた災いして矜持だけは高くなっちゃったのかも(笑)

思った通りにいかなければすぐに罵倒する、誰かのせいにする。 酒癖が悪くて好戦的。 


妻や子のために、とりあえず稼ごうともしない。
金がなくなれば、親、親戚、だれにでも金を借りて生活する(もちろん返すわけもないし、そんな当てすらない)

女房に遺産が入ったとなると、すぐに二人して贅沢三昧して、あっという間に使い切ってまたも借金まみれ。


なんでこんなに・・計画性ゼロなん?

よくもまあ、こんな男の妻になる女がいたもんだ~、と、そこんとこにも驚くんだけど、

そうゆう男こそ、子供っぽくて純真で可愛いと思う女もいるのかもしれない。


でも、その子供っぽさは、わがままで自分勝手、自己中心主義。
感情面での成熟がまるでない。
人間関係においても、稚拙さ (冷たさ ) ズボラだけが目立つ。

さらに子供っぽいだけに、露骨なまでの負けず嫌い。 闘争好き。

結局、彼は居場所をなくしてヨーロッパ中を転々とする。(生まれはプロイセンだったはず)


その彼が書いた本は、 破壊本能 と批判精神てんこ盛り。

自分の不遇に憤って、共産主義に走り、その怒りをすべて本にぶち込めた!みたいな・・(笑)

とにかく、毒舌による人物批評や思想批判はお手のもの。


そんなん、本て呼べるんかい?

たぶん、マルクス自身のストレス解消には大いに役立ったと思うけど、思想を論ずるならば「客観性」と洞察力がなければ、
論文じゃないよなあ。


私は、資本論は経済書だと思ってたんだけど、どうやら、マルクスの資本論は、どちらかというと「哲学書」風ってことになってるらしい。 哲学に申し訳ないような・・


なにはともあれ、このマルクスの思想が元になって、のちに経済書が多く出ることになったのだが、それがマルクス経済学と呼ばれるようになっていったそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやあ~、ここまでダメ人間とは知らなかったなあ。

いちおう後世に名を残した人って、たとえ悪いヤツだろうがダメ男だろうが・・なんらかの魅力があったり、ずば抜けた天才的な何かを持ってる場合が多いんだけどなあ。

調べれば調べるほど、うーんざり!してしまうような人なのだ。(←申し訳ないけど、これが率直な私の感想です。)



私? もちろん彼の書いた本なんて読んだことはない。 読む気もない。

資本主義についてのマルクスの記述の多くは、「横領」、「強盗」、「搾取」という言葉が並んでるそうで・・

「収奪者が収奪される運命の時は近づいている。共産主義への移行は歴史的必然である」と結論してるらしい。


ああ、この言葉って・・もともとはマルクスの資本主義論から出てたものだったんか~!(笑)


俺様はもっとビッグになる男なのに、なんでいつもこんな待遇しかされないんだ~!
あいつらが悪いんだ! 世のブルジョア連中なんかぶっ潰せ~。


私には、そうとしか聞こえない。


ベースにあるものはマルクスのストレス、ストレスの原因は、思ったとおりにならない人生。
成功者に対する、恨み、つらみ、妬み

なんだか、そんなふうに感じるんだよね~。


仮に、労働者階級を救うために、あえて過激な言葉を使ったとしても・・そこには愛が感じられるはず。
それがなきゃ、本物じゃないよなあ。

また、ブルジョア階級労働者階級を問わず、すべての人々が納得できる社会を目指すべきなのに、そういったビジョンも感じられない。


こんなん読んでたら、私まで、恨み、つらみ、妬みから来る怒りのパワーを受けそうで・・やなこった!と思ってしまった(笑)


それでも、マルクスの本は、のちに、マルクス・レーニン主義になり、日本でも、学生運動が盛んだった時代には、影響を受けた人も多いという。

たとえば、赤軍派は「マルクス・レーニン主義に基づく日本革命と世界の共産主義化を目的」としていたんだとか。

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その結果、警察署の襲撃や銀行強盗等の数々の凶悪犯罪を犯し、テルアビブ空港乱射事件を起こしたのも・・たしかこのメンバーたちだったはず。

まったくもう!
一般人たちを銃で撃ちまくるって・・・これが、平和なDNAを持ってる日本人のやることですか~?って言いたくなる。。。


「マルクス・レーニン主義に基づく日本革命と世界の共産主義化を目的とする」なーんて言ってるけど・・
中身はただの、個人的な恨み、つらみ、妬みしかなかったんじゃないかな?

思い通りに行かない人生、漠然とした不安のはけ口を爆発させただけ。
まさに、マルクス自身と同様に。

この人は世界中に、どす黒い悪影響を及ぼしたのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どんな政治的理念を持つのもOKだと思うけど、

共産主義のベースにあるものが、裕福な人に対しての恨み、つらみ、妬みであったなら、
そんなものは主義や理念ではない。
たとえ、どんなに立派なキラキラワードで飾ろうとも。


だって、ちっとも人のこと(国民のこと)を考えてないんだもん。
「自分への哀れみからくる怒り」しかないんだもんね~。


私がたった1つわかっていることは・・
どんな政権であろうとも、人にはモチベーションが必要だってこと。

それを言い換えれば、人は自由であるということ

あらゆる情報を公開し、言論の自由、選択の自由があること。

情報操作し隠匿し、武力権力で押さえつけ、監視し管理するようになっていく政府だとしたら、必ず綻びを生じる。
綻びはあらゆる面で大きくなって、いつしか破綻する。
とくに経済破綻は顕著に出る気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういえば、少し前に「韓国で最低賃金を30パーセントアップした」なんて、ニュースを聞いて、ええ?と、びっくりしたことがあった。

そんなことしちゃって大丈夫なん?


人件費がいきなり30パーセントもアップしちゃったら、潰れる企業だって出てくるだろうが?(政治・経済、ド素人の私には言われたくないだろーけど・・)

韓国のトップ企業は、いずれも財閥が占めていて、しかもファミリー企業だそうだ。
日本の財閥は違うけどね~。

しかも、トップ企業が韓国のGDPの4分の3を占めるんだとか。


案の定、バタバタと小さな企業から潰れたらしい。 で、⇒ 失業者が増える ⇒ 経済危機



わからん! 

わざわざ自滅するようなことをやってるとしか思えない。


それに、またも慰安婦問題を持ち出して、誠意をみせろ!といったとかなんとか・・。

これって本当のこと? 


だって、誠意を見せろ!って、言い換えれば・・

カネ、出さんかい!ってことだよね。。。

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私はついつい、チンピラヤクザをイメージしちゃうのだが・・。

こんなこと、本当に一国の政府が言ったんだろうか?(←信じられないカンジ、眉唾報道とちゃう?)


でも・・もしも報道されていることが正しいとすれば・・今、一番気の毒なのは韓国の人たちだ。


ここからは、私の独り言。

韓国民は、情報操作で反日意識を煽られて反日感情になっちゃってるのかもしれないし・・
それに対して、資本主義国家の日本人が、反韓感情で対抗するなら、まさに、同じ穴のムジナさんだ~。

最近やたらに反日&反韓報道が多いし、まるで、それを煽ってるような報道の仕方も嫌だなあ、と思う。

だからといって、韓国さんにどんなに罵倒されても、「はいはい!お金で済むことならお金出しますよ~。
だから、これでまるーく収めてくださいね~」だったら、まるで、マルクスのパパだ。
アホ息子は目が覚めずに、どんどん不良化するだけ(笑)

NOと言うべきところははっきり言うべきだし、効果的な経済制裁を与えるときには与えるべき。
そうゆうのって、いかにも策略的だけで気持ちいいものじゃないけど、そのためにあるのが政府だったりする。

最終的には、アホ息子には目を覚ましてもらい、共に手を取り合っていかれるようにならなければ、どちらの国家にも将来的な発展は望めない。

今や、どこの国だって自国だけでやっていける時代じゃないんだもの。




<参考>
https://repository.lib.gifu-u.ac.jp/bitstream/20.500.12099/47470/1/reg_040008021.pdf

https://www.intellectualtakeout.org/blog/karl-marx-was-pretty-bad-person

https://zingcreed.wordpress.com/2013/10/13/karl-marxs-personality-a-balance-sheet/

Karl Marx

オーストラリアからジェノサイドを考える

「ワーホリでオーストラリアに1年行ってたことがあるんだ。

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カンガルーやコアラでも有名なくらい、大自然があって、それでいて都市も立派だし、すごくいいとこだったよ。
あの国は生態系を崩さないようにエコロジーにも力を入れているんだよ。」

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「アメリカとは違って、オーストラリアの治安はいいし危険な地域はないんでしょ?」
 と、誰かが聞くと・・

「いや、アボリジニって人種は危険だから近づくなって言われたもんだよ。
どこにでも、そういった危ないヤツラってのはいるもんだよ。」


ふとそんな言葉を耳にした。

そういえば、オーストラリア留学だとか、ワーキングホリデーだとか・・日本で流行ってた時代があった。


私がまだ日本に住んでいた頃、当時の職場でも、オーストラリアで留学経験を持つ同僚がこんなことを言っていた。

「ホストファミリーからは、アボリジニには気をつけなさいってよく言われてたわ。
彼らは、すぐに小銭をねだってくるし、酔っ払いも多いし、何されるかわからない危険な人たちだから近寄っちゃダメって言われたものよ。
海外には、危ない場所や危ない人たちってのも多いものよ」



私は心の中で思う(笑)

こいつらバカか~~!

失礼・・。
オーストラリアに住んでたのに、アボリジニとオーストラリアの歴史も知らないの~?と思ってしまったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大航海時代、ヨーロッパでは多くの人々が新大陸を目指して船出した。

そして新大陸発見、移住、ゴールドラッシュの時代を迎えることになる。

そこで何が行われたか?
先住民の大虐殺だ。



北米、南米、オーストラリアもニュージーランドもタスマニアも。
どこの地域でも。

大量殺人は大罪だけど、
ジェノサイドは罪ではない。

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Australia admits 'failing' to improve Aboriginal lives

各地にいた先住民たちは、95パーセント以上は皆殺しにされたという。


しかも、その殺し方が尋常じゃない。
これが人間のやることかよ!と唖然としちゃうようなものばかり。


当時の航海記に書かれている記述によれば、

両親の前で生きたまま子供を切り刻んで楽しむとか、獰猛な狩猟犬を使って逃げる人々を食い殺させるとか、
・・そんな方法ばかり。

昔、ソルジャーブルーという映画をみてトラウマになりそうなシーンがあったけど、たぶん現実はあれより酷かったのだろう。


その地に何万年も前から住んでいたという先住民たちは、もともと争うことや殺し合いということには無縁だったという。
したがって武器というものさえ知らなかったそうだ。

また、土地や物に対しても自分の所有物という概念さえ持たなかったという。

そんな人たちだから、未知の国からやってきた白人たちに対しても警戒心を持たない。

むしろ、彼らを歓迎したという。



北米インディアンの歴史については、過去ブログにもざっと書いたことがあったけど、

アメリカインディアンの歴史

その3: 現代までのアメリカインディアン

ほとんど、どこの地域でも白人たちがやったことは同じ。

やたらめったら大量虐殺。

生かしておいた者はゴールドを探させるのに使ったり(ゴールドラッシュだったからね~)、奴隷として使いきる。


ところが、だんだん、その事実が明るみになって国連やら他国から批判されるようになると、

今度は巧妙で陰湿な手口で抹殺する。

飲み水に毒を入れる。
天然痘などに感染させて皆殺し。


そのうち、もっともらしく「インディアン保護政策」を打ち出す。

当然ながら、中身は保護なんてもんじゃない。


リザベーションを作って、不毛な土地へ追いやって手を下さずに餓死させるとか、

子供を両親から取り上げて、学校という名のもとで教育するとか。
(白人に従順な奴隷となるような教育。 当然ながら、マトモな学問を教えるわけではない。)


これは学校という名の、人権無視で劣悪な強制収容所だった。

主にキリスト教のシスターたちが運営管理をしていたらしいが・・これがまた、子供たちにどれほど非道な扱いをしたのか想像を絶するものがある。(おそらく、日常的な虐待だったのだろう。)


もう、老年に近いようなネイティブアメリカンの女性が、
「私はいまだに、街でシスター姿を見かけると動機が激しくなり吐き気をもよおしてしまう。」と、言っていたけど、

幼い頃両親と引き離され、シスターたちに監視され、恐怖を植え付けられて成長してきたのが、いまだにトラウマになってるそうだ。


当時のキリスト教の考え方は、

キリスト教のみが正義であり善である。
キリスト教以外の神、たとえば森羅万象に神が宿るとするアニミズムも多神教も、
これらはすべて未開野蛮な信仰と見なされ邪教とされた。


世界はキリスト教徒によって征服されるべきであり、未開人をキリスト教に改宗させることこそが彼らを救うことにもなる・・・と。



竹山道雄さん(「ビルマの竪琴」で有名な作者)は、「妄想とその犠牲」のなかで次のように言っている。
   ↓

「中世では異教徒は悪魔の手先であって人間ではありませんでした。
それを殺すことは、神の栄光をたたえることではあっても、ヒューマニズムに反することではありませんでした。
むしろヒューマニズムに奉仕することでした。」
「竹山道雄と昭和の時代」より




だから、私は宗教ってのは大キライなのだ(笑)
イエス・キリストの教えと、キリスト教は別物だと思っている。


これはキリスト教に限ったものではないけど・・

○○教という宗教組織になった時点で始祖とは別の方向へ歩み出す。

集団化すれば必ず大義名分が生まれ、非道を正当化する手段に使われ人々洗脳しようとする傾向が出てくる。


それともうひとつ。

この当時の白人連中の考え方にダーウィニズムがある。

これは、何度か私もブログ記事にもしたことだけど・・

白人こそが文明的に進化してきたもの。
進化することは優れた人種であることであり、それは神に選ばれたもの(←ここでまた神ともドッキングするんだけど・・)




この2本立て思想は、
@先住民を抹殺し新しい土地のすべてを我が物にしちゃう@のに、さぞや素晴らしい大義名分になったことだろう。


アメリカもオーストラリアも、建国200年程度の新しい国と言われ、

コロンブスキャプテン・クックは、偉人として銅像にもなってるし・・

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エイブラハム・リンカーンは、黒人奴隷を開放した大統領、しかも人格者として知られた。

人民の人民による人民のための政治」(ゲティスバーグでの演説)とかで有名だしね。


ところが、これら偉人といえども、先住民に対しの行いは残虐極まりない!


実際、リンカーンは先住民を撲滅させる政策を積極的に打ち出している。 

ダコタ・スー族の虐殺

ナバホのロングウォーク

1500kmの原野を徒歩で長旅させて、旅の途中体力のない老人や子供たちからバタバタ倒れて死ぬことで人数を削減させ、

生き残ったヤツラらを飢えと寒さの渦中に置き、アパッチ族を追いやった不毛な地域に一緒に入れてしまえば、お互いに殺し合って手を下さずに抹殺できるかも~!という、実に巧妙な方法だったように思う。


ついでに言うと・・彼が黒人奴隷を開放したのも、私には人道的な理由だったとは思えないのだ。

その当時、アメリカにおける黒人奴隷の扱いが、だんだんヨーロッパ諸国で問題視されるようになってきたため、
ここらで、「アメリカは野蛮国」というイメージを払拭することが1つの目的だったように思う。(自分が政権を握る手段だったのかも)

もう1つは、南部の富裕層がますます近代化していき、なんとか彼らの勢力を削ぎ手中に収めることが目的だったのでは?

と、思えてならない。

人格者というより「優れた政治家」だったのだろう。


最初に入植したキャプテンクックやコロンブスの行為に至っては、そりゃもう、かなりの残虐だったことは言うまでもない。


それが、ようやく今になって、人々の認識や意識も移り変わり、先住民を人間と認めるようになった。

あちこちの大統領や知事といった地位にある人たちが、先住民に対して公式謝罪をするようになった。
加州知事が公式謝罪:先住民への 過去の「虐殺」認める


去年ロサンゼルス市は、コロンブス・デイという祝日(10月の第2月曜日)を、「先住民の日(Indigenous Peoples Day)」という名前に変えたそうだ。


銅像にこんな落書きがされるようになってしまっては・・市としても、いつまでも偉人イメージで置いておくわけにはいかなくなったのだろう。

赤いペンキで、ストップ・ジェノサイドと書かれてある。
    ↓
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オーストラリア、ニュージーランド、タスマニアといった南半球における先住民の歴史は、
おそらく、もっと悲惨だっただろう。


なぜなら、オーストラリアって国、主にイギリス国内から追い出された囚人が送り込まれた場所だったから。

そう、元囚人が作った国といっても過言ではない(笑)

またはゴールドラッシュで一攫千金を狙う荒くれ者か、それを監視するための軍人ばっかの国だった。

ずいぶん昔に、シャーロック・ホームズを読んでいた頃、イギリスにいれば殺人罪で絞首刑になるべく男を、家族がそっとオーストラリアに逃がそうとする話が出てきたり、オーストラリアで非道な方法で一攫千金を稼いでイギリスに戻ってきた男の話だとかがあって、

ふと、オーストラリアってそんなとこなん?と思ったことがあった。

でも、のちに色々とわかってくるようになると、あ~、なーるほどな~!と、様々に散らばってた点が1つに結びついていった気がする。


オーストラリアは、そんなとこだった。。。

昔のアメリカ西部なんかよりも、もっともっと無法地帯だったんだろうなあ。 

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オーストラリアの入植者がやってたことは無茶苦茶だ。

アボリジニ虐殺だけじゃない。

連れてきた家畜がディンゴに襲われたといっては、ディンゴの大量虐殺

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クジラは、油と髭だけとってぽい。

油はご存じのとおり、灯火用の燃料油
クジラのひげは、プラスチック発明前までは弾力性にすぐれた貴重なものだったそうだ。

おいおい! 
日本の捕鯨が野蛮だって問題になったけど・・日本人はクジラのすべてをムダにすることなく使い切るそうだよ。
また、母クジラが子クジラを伴っているときは銛を打たないというルールがあったらしい。


カンガルーが邪魔だと思えば、これまた、すぐに大量虐殺。

コアラは動き鈍いし~銃で狙いやすい。
毛皮とれば儲かるかもな~と思いつくと、すぐにも大量虐殺

こうやって、温順な動物からどんどん絶滅させられることになる。


アボリジニも同様、
人だと思ってないわけだから・・

楽しいリクレーションとしてアボリジニ・ハンティングをする。

ニューサウスウェールズ州立図書館だったか?には、「今日の収穫27匹」という記録も残ってるそうだ。

こんな写真まで残ってるくらいだから。

massacres of aboriginal people
Australia’s 'sanitized' genocide against Aborigines in the 21st century

この写真を思い出してしまった。
    ↓
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「本能」という言葉、そして野生ライオン


殺した獲物の前でポーズをとる男(いやいや、女も多いが)
    ↓
非難殺到!人々の逆鱗に触れた10のハンターたちの記念写真


昔も今も、やることは一緒か~。

しかも、白豪主義政策が国是となってれば、「アボリジニ狩り」は、ぜーんぜん罪にはならない。
罪にならないどころか、むしろ、どんどんやってください!と暗にお勧めされてる。


そして、彼らに共通するものは「殺すことを楽しんでいる」ということ。
それも、なるべく残酷に大量に殺せば殺すほど楽しいらしい。


たとえば、先住民が白人を襲う場合、拉致された子供を救うためだったり、または殺された恨みのためであっても・・・
その対象となる者だけを襲う。

それに対して、白人の場合、
たった一人の先住民が反抗したとしても、その部族全員を壊滅させてしまう。

ディンゴに家畜を襲われたから、ディンゴすべてを撃ち殺すのと同じこと。

これはもう、殺すという行為を楽しんでいるとしか思えない。


いやはや~

白人連中は、生まれながらに好戦的で残虐なDNAを持ってるからだよ!
そこへいくと、日本人のDNAは縄文人と同じYAP遺伝子を持ってるから、友好的な人種なんだ!

なーんて言う人もいるけど・・。

私は、そういった考え方はしたくない。
持って生まれたDNAのせいにする気もない。


オーストラリアに渡った英国軍人でも、こんな発言をしてる人だっていた。 
    ↓
「誰でも胸に手を置いて、原住民の両親から子供を拉致した英人と、この無情な迫害を憤り、その盗まれた子供を取り返さんと勇敢に英人に向かった黒人と、いずれが野蛮人であるかを自問して見よ」


ところが、ジェノサイドの前にこんな声は抹殺されてしまう。

当時はこのように考えられていたんだから。
   ↓

黒人は家畜
黄色人種は猿
インディアンは害虫
アボリジニは狩りの対象




こんなこと言われちゃうと、顔をしかめる日本人も多いかもしれない。
なんてたって猿よばわりだもんね~。


でも、もしも・・
あなたがこの時代のヨーロッパに白人として生まれ、こういった環境で育ったなら?


声を大にして、先住民殺害に反対できただろうか?
周り中がシェノサイドを合法としている中で。


心の中に、どんな状況にも社会通念にも流されない確固たる信念を持たない限り、それは・・無理なのかもしれない。


日本が経済成長を遂げて、大国の仲間入りをするようになってきた頃、
80年代には、ホームレス狩りというのが流行った。

これなんかまさに、アボリジニ狩りと同じ発想じゃないか?

また、昨今では、キレる高齢者問題

こんなのを聞くと、日本人は友好的・平和的なDNAを持ってるとは言えない気がする(笑)


人間なんてみな一緒やん!

人は心の奥底に、残虐性のスイッチを持っているのかもしれない・・なーんて思う。

それを、現在では人種差別はタブーであり悪とされるようになったため、
スイッチをオフにしてるだけかもしれない。

もしも、人に見つからず罪に問われなきゃ、スイッチオン。
心が病めば、自動的にスイッチオンに切り替わる。


個人がそうなら、国家だってまた事あればスイッチオンの可能性も大アリだ。
世間の善悪なんてその程度のものでしかない。


そんなふうに考えると・・・いくら公的に謝罪をしたところで、いくら道徳的に善悪を設定したところであんまり意味がないことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

残念ながら、私たちは今自分たちが住んでいるところの視点だけで、物事を見てしまいがちだ。
日本であれば、日本という国の、その地域の、そのまた自分の周囲だけの視線で。

すっごく小さい!

小さい視点からは・・自分たちだけが良ければいいんじゃい!って発想しか生まれない。
言い換えれば、自分の存在理由も、そこにしかないことになる。



世界がもっと大きいことも、すべての人種も、ディンゴもコアラもカンガルーだって繋がってることを知らない。

少なくとも、私はそう思っている。

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私たちの体の臓器には何一つ無駄なものは無いのと同じように、地球上の人も動植物にも何1つ無駄なものは無いと思っている。

たとえば昔、盲腸は進化の過程で不要となったムダな臓器だから、痛くなったら切っちゃえ!だったけど・・・
今では、虫垂にはたくさんの免疫細胞が住んでいて健康と深くかかわっていることがわかってきたという。


同様に世界中のすべてにもムダなものは何ひとつないのではなかろうか?

1つの種族を絶滅させてしまえば、それは自分の1部を排除したことにも繋がるのではないだろうか?




もともと私は、「私こそが自分がこの世で一番大事で一番かわいい」と思ってる(笑)
もう、完全に自分中心。

それでも、世界のすべてが自分と繋がってると感じたとき、なんだか・・すべてが大事でかわいく見えてきた。

そのうち、自分と世界の区別がつかなくなるほど、すべてが愛しく思えてきた。
自分が世界の一部で世界も自分の一部みたいに~


私という人間、もともと「優しい」DNAなんて持ち合わせてないようなタイプだと思ってる・・。
生まれたときから・・なんとなく。

大好きか大嫌いしかなかったし大嫌いなヤツはずっと大嫌いだったから。

愛と平和なんて言われても、なんじゃい!それ?って思ってたくらいだから。

私も、以前はいつでもオンに出来るような起爆スイッチを抱えてたのかもしれない。
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それでも今では、すっかりスイッチが錆びついて小さく退化しちゃったんか消えちゃったのか・・
そんなふうに感じている。


なんで、そんな境地に行きついたんだろ?と自問自答してみると・・

1つだけ言えるとすれば、周囲の考えに染まることだけはなかったからかな~・・・と思う。
むしろ子供の頃は、反抗心の塊だったし~。



でも、逆にどんなに心優しい子に生まれてきたところで、小さな狭い世界だけにいると、いつのまにか周囲の考え方にどっぷりと染まっちゃうものかもしれない。

本当は心優しい魂として生まれても、その環境下で育てば大人になるうちにアボリジニは害虫としか思えなくなっちゃうのかもしれない。


人というものは、それだけ流されやすく影響されやすいものかもしれない・・・少なくとも、確固たる信念を持つまでは。




だからこそ、広い視野で見るために外に出ることが大切なんだよ!という人もいる。
それが、海外留学とか海外視察体験のお勧めになったりもする(笑)

どの国に留学経験がありますか?のアンケート結果
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https://more.hpplus.jp/odekake/o-news/50984


でも・・せっかくオーストラリアに留学しても、今度はホームステイ先の白人目線でアボリジニたちを見ちゃう人たちもいるわけで・・

それじゃあ、やっぱり小さな視点のままだ。


結局のところ、1つのところに住んでいようが海外に住もうが世界を放浪しようが・・そんなことは関係ないように思う。

人や周囲の影響を受けずに、自分の中で物事を考慮し真実を見つけようとすることが第一歩なんじゃないかなあ、とつくづく思う。

本当は、自分の奥深く魂の中にこそ、大きな世界が広がってるのかもしれない。


個人個人の意識がそこまで行きつかない限り、ジェノサイドだってなくならない。

これはオーストラリアだけでなく、ナチスのホロコースト、ユーゴスラビアの民族浄化、ホロドモール、ルワンダの虐殺、チベット人虐殺と・・数え上げればきりがない。

また国が公的に謝罪しようが莫大な慰謝料を払おうが、それだけで解決できる問題でもない。


Perth - Beautiful City
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絶滅させられてしまった先住民族が多い中、アボリジニはなんとか生き延びた。
とはいっても・・そのほとんどが混血らしい。(少女に成長した子は必ず白人にレイプされたそうだから)

生き延びたとはいえ、彼らの生活は貧困のままだ。


幼少の頃から両親と離され、虐待の中で劣等意識を植え付けられ、マトモな教育も受けさせてもらえてなけりゃ、
物質至上主義の世の中ではマトモな職にはつけない。 
経済的にも貧しければ心も貧しいまま。 


アボリジニを人口統計に入れたのは、1973年の憲法改正以降だったという。
ようやく「人間」に昇格させたってだけのことだ。

親の世代から代々受け継いだ貧困は、今の世代に至っても相変わらず貧困のままだ。


そりゃあ、観光客に金をねだったり、コソ泥くらいしなきゃ生きていけない状況だろうよ~。
心を病めばアル中も増えるってもんだ。(実際、アメリカ先住民のアル中は社会問題にさえなった。)


オーストラリアが背負ってしまった負の遺産は、オーストラリア自らが払拭しなければならない。


2000年のシドニーオリンピックでは、アボリジニと白人社会の融合のイメージを作り出したり・・

もちろん、エコロジーの国というイメージをアピールしている。

だって、あれだけ動物も殺しまくったんだからね~。



それでもいまだに、先住民族との格差社会は埋められない。

もちろん、これはオーストラリアだけに限ったことじゃない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だからね、地球人が火星に移住なんてまだまだ無理なんだよなあ!(笑)(←なぜ、話がそこに飛ぶ!)
   ↓
もしも火星に移住するというなら・・

地球人同士でさえ人種偏見や格差意識がある以上、宇宙なんて無理だろーが。

アメリカ料理はBBQにはじまりBBQに終わる

アメリカ料理で美味しいものを教えてください!と・・言われた。

うーーん? 
あくまでも、私がアメリカに住んで美味しい~と思ったものでよければ・・。

●バーベキューリブ
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もともとは、家庭のバーベキューパーティー(July4thの祝日のBBQ)で作るものだったはずだが、今では専門店も多くある。

アメリカ人はBBQリブが大好き。

大好きなはずだ~! めっちゃ美味しいから!


日本人旅行者は、アメリカに来たんだしステーキかな? 肉を食べに行きたい!という人が多かったんだけど・・それは認識違い!

アメリカ=ステーキというよりも、アメリカ=BBQリブなのだ。

そうゆう方を案内するとき、私は必ずBBQリブの専門店に連れて行く。

その結果、みんなに喜んでもらえている。

「うわあ、こんなに美味しいステーキ食べたことがなかったです。 さすがに本場アメリカですね~。」

おいおい! これはステーキじゃないんだってば!

リブは、牛さんではない。(ビーフリブというのもあるけど、リブはブタで作った方が断然美味しい。餃子が豚肉であるように・・)
ブタさんなのだ!

上の写真は1人前。 サイドは自分で2品まで選べる。
サラダは別にオーダーして、みんなでシェア。

これに、店オリジナルの「焼きたてガーリックロール」がお代わり自由でついてくる。

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多くの日本人の方々は、「こんなに大きなもの一人で食べきれないよ! 1つをたのんで一緒にシェアしませんか?」という。(笑)

ジョーダンじゃないよ!

「私は一人で全部食べたいんで、シェアは出来ません!」と、お断りする。(笑)
「もし食べきれなければ、残りは持って帰れますよ。」

するっと、ちょっと嫌な顔をされたりするんだけど・・

サイドに選んだ、トウモロコシがメチャメチャうまいし、コールスローだって手作りで旨い!

それらを、ビール好きはビールで流し込む。



結局、量が多すぎと言ってた人も、全部平らげてしまう。

不思議なもんで・・全部が美味しければいくらでも食べられるってことかもしれない。

また、リブは真ん中部分が骨なので見た目より、ずっと量的には少ないのだ。

どうしても食べきれなければ、お持ち帰りすればいい。
持ち帰ったリブをほぐしてサンドイッチで食べるのも😋




ただし・・リブは店によって、地域によって、レシピも違う。
テキサススタイル、ルイジアナスタイルとか・・色々ある。

いずれにしても、決め手は「ソースと肉の焼き方」にあるので、美味しいところは際限なく美味しく、マズイ店は死ぬほど不味いということも覚えておいた方がいいかも(笑)


決してどこでも旨い!ということではない!!
だけど、アメリカは人種に関わらず、誰もがリブ好き、自分スタイルのリブがある(笑)


そんなわけで・・BBQリブだけは、美味しい店を聞いてアメリカで食べるに限る!

**美味しいBBQリブの見分け方として、骨から身を崩したとき、骨に身がくっつくことなくキレイにぽろっと剥がれるようなら焼き方成功。 まず美味しい!



昔、日本に来たアメリカ人に気を利かせたつもりで・・アメリカ料理の店に連れていってあげたことがあった。
そこで、出されたBBQリブセット(1人前)が、こんなカンジのものだった。
    ↓
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明らかに、がっかりした顔をされて、ほとんど手を付けてもらえなかった・・・・。

自分がアメリカに住むようになって・・今や、その理由がよーーくわかる!
大変申し訳ないことをしてしまった。

アメリカ人旅行者には、基本・・日本のアメリカ料理店に連れて行ってはいけない!


●カウンティーフェアの屋台

これは夏祭りのこと。 だいたい8月下旬~9月初めに、各地で催される。

日本の夏祭りのように、御神輿はないけど、移動遊園地のような観覧車があったり、コンサートや様々な露天が出る。
いわば、各地の農家さん、酪農家さんなどの収穫祭みたいなものだ。

なので、家畜動物も多くみられる。
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ブタさんレースがあったり・・

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家畜の品評会を兼ねていることもある。
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なんといっても、このときの屋台の食べ物が美味しい!

それを目当てで来る人も非常に多い。

まずは、
★ターキーレッグ

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これを手に持って豪快にかぶりつく。

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テキサスサイズって・・もっとデカいんかい? 
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★オニオンブロッサム

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大きなオニオンを花のように開いて、バターミルクにさっとつけて揚げたもの。

これがまた、ビール好きにはたまらないらしい。。。

★ローステッド・コーン

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皮つきのまま焼いただけのとうもろこし。

なのに、カウンティーフェアで食べるとこもろこしだけは旨い!
最近、どこに行っても美味しいとうもろこしは少ない。

アメリカのトウモロコシはほとんどが、GM、遺伝子組み換えと聞いている。
でも、カウンティーフェアで提供されるものだけは別なんだろうか?

これを溶かしバターで食べる。(私としては、これに醤油も少々欲しいところなのだが・・(笑)
さすがに、醤油は置いてない。

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★ファネルケーキ(Funnel Cake)

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ファネルとは漏斗のこと。

これに生地を入れて油であげて・・

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これがベーシックなもの、つまり・・ドーナツ。
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それに、好きなトッピングをしてもらう。

イチゴ、バナナ、チョコレート、ホイップクリーム、ナッツ類など。

私のお気に入りはホイップクリームといちご。
    ↓
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日本人からは、「すごく油っぽくてしかも超甘すぎでしょ!」と言われるのだが、

カウンティーフェアでは回転が良く油も新しいのを使うせいか、近所のドーナツ屋のドーナツよりもはるかにさらっとして旨い。
こちらのドーナツ屋よりも、甘くない(笑)
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しかも、アメリカのイチゴはもともと酸っぱいので、ホイップクリームをたっぷり乗せてちょうどよいくらい。

まだまだ、カウンティーフェアの屋台は色々あるけど、代表的なものはそんなとこかな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなところが、私のお勧めの「アメリカらしいアメリカ料理」でもある。

あれ~!

アメリカ「料理」とは言えんよなあ~。

どれも、BBQでジュージューと、スモークされたり焼いたものだし・・

または、油で揚げたものだし・・

あまりにも単純すぎる(笑)


あまりにも単純すぎるものこそが、アメリカ料理なのかもしれない。

しかも全部、庶民料理ばかりだ。
本来は、家のBBQで作る家庭料理ばかりだ。


お上品な料理は一つもなく、老若男女、手づかみで大口を開いて食べるようなものばかり(笑)

こんな単純料理ではあるけれど、ところが、誰でも見よう見まねですぐ作れるものでもない。

どれも火加減1つで大失敗にもなりかねない料理なのだ。

リブは表面はカリカリでスモーキーな香りがあって、中の肉はあくまでもジューシーで旨味がなくっちゃならない。

中には、ぐにゃとした歯触りで肉臭くてまずーいリブもあるし、オニオンブロッサムもファンネルケーキも油っぽくてぐんにゃりしてしまったら、食べられたもんではない。

BBQリブにも、さまざまなレシピがあって、1時間水につけておくとか、ウチは一晩漬けこむとか・・最初はフタして蒸し焼きにするとか・・実にさまざまな手法が各家庭によってあるらしい。

単純そうに見えるけど結構センシティブだったりする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

旨く作れば、たしかに素晴らしく美味しい料理の数々だけど・・それでも、アメリカ料理は日本人には敬遠されるのかもしれない。

まず、基本的なコンセプトが違う。

一般的アメリカ人にとっての料理とは、

味が旨い!こと。
量はたっぷりあること。 (どんなに美味しくても少ない盛りつけはアウト)


それ以外のことにはこだわらない。 店も客も(笑)

日本人が大切にすることは、味もさることながら、盛り付け方や彩りに気を配る。
見た目が悪ければ、食欲さえわかなくなってしまうのが日本人なのかもしれない。


アメリカ人の庶民感覚は、

旨いことが一番、そして、たっぷり量があって、しかもフレンドリーなウエイター・ウエイトレスだったら最高なのだ。


求められることは、おそらく・・この3つだけ。
食事はアートとは別物!と思ってる。


量がたっぷりあって食べきれないときは、ほとんどの人がお持ち帰りする。
家で待つ人のために・・または、ちょっとアレンジして明日のランチにすることだって出来る。

ここが・・すごく不思議なとこ、
日本では、お持ち帰りできるレストランは非常に少ないと聞く。

食中毒などで訴えられると困るからだそーだが・・なぜ、なんでも訴えちゃうようなアメリカの方で、料理は持ち帰りOKなんだろう?




さて、そうすると・・アメリカには美しい料理はないのか?というと・・そうでもない。
都市部であれば、彩や盛り付けの美しい、創作料理のレストランも多く存在する。

こちらは、Japanese Sushibar スタイルの店。
    ↓
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https://www.cruisington.com/putting-nobu-to-a-new-test-on-crystal-serenity/


こちらは、フレンチスタイルの創作料理のレストラン。

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https://www.thomaskeller.com/tfl

たしかにこういったお店は素晴らしいんだけど・・でもなあ、アメリカっぽいって言えるのかなあ?

こんな高級レストランならば日本だってあるし・・世界中どこいいっても、高級になってしまうと、あまり代わり映えしなくなる。


しかも当然ながら、こういった店に行くには、それなりのお値段はする(店によるけどお一人様、200ドル~500ドルくらいするかも。)



一人50ドルくらいで、おしゃれで器にも凝った美しい盛り付けをしてくれるところは滅多にない(笑)

ところが日本だと、1000円のランチ定食であっても、キレイに盛り付けられてたりする。

美的センスにもこだわる美しい日本・・・だけどなぜか日本はメチャメチャ量が少ない。(日本人は食が細いんだろうか?)

同じ東洋人の中でも日本は料理の量が少ないことで有名な国だ。


私も若い頃、日本にいた頃、友人とステーキのフルコースを食べに行って、帰りにラーメン屋でラーメン・餃子にチャーハンを食べて帰ったことがある。
また焼き肉屋にいったときもお腹いっぱいにならず、友人と焼き肉屋のハシゴをしたことさえある。
週3日ジム通いで週末乗馬レッスンででカロリー消費してたんだろうと思うが・そもそも私が大食漢なのかもしれない(笑)

それにしても一般日本人の胃袋は小さいのだろうーか?



ロサンゼルスに、ローリーズ(Lawry's)というプライムリブの専門レストランがある。
日本人観光客がメチャメチャ多いことでも有名な店だ。

そこでは日本人観光客に対応するように、ものすごく小さいサイズのプライムリブを提供するようになったそうだ。
どこかの日本の旅行会社が、そこをロサンゼルス観光に入れるため、小さいサイズのセットを依頼したのが初めだとか。


これが、カリフォルニアカットと呼ばれる一番小さなカット(主に日本人ご用達といわれる)
    ↓
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日本で食べるロースト・ビーフがこんなものだったような気がするから・・まあ、日本人にはフツウなんだろうけど・・

薄ーくカットしてしまうせいか肉がマズイ! 旨味が出ちゃうからなのか? それともこの店のがそもそも旨くないのか?
しかも、この薄~い肉に、このソースが合わないよーな気がした。

もうずいぶん前に一度だけ、ローリーズに連れていってもらって、この小さなカットを食べさせられたのだが・・・

正直いって、美味しいと思えなかった。
肉の臭みさえ感じてしまって、ちっとも美味しいとは思えず、残してしまった。


「小食なんですね~」
、と言われ・・「はい! 私、どうも食が細いほうで申し訳ありません。」と誤った覚えがある。


私が通常食べるプライムリブはこのくらいの厚さ。
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これを、さっと食べる直前に表面をあぶってもらって、ホースラディッシュで食べる。
または、大根おろしと醤油で食べる(←特別注文を聞いてもらえる店でお願いする)

旨い肉には臭みはない!
むしろ、食欲をそそる香りがある。



こうなると、底なしにいくらでも入る!😋


美味しく食べるには量の問題ではなく、カットの仕方や厚さの問題も大きいように思う。

このくらいの厚みがあり、しかも骨付き肉の方がジューシーで旨味がたっぷりなのだ。

それを、大根おろしで食べたりすると、びっくりするほど食べられてしまう。(←最近の私はかなり小食になってる)
こうゆうときは肉を主食にして、サイドメニューを少しずつ食べる。


こんな幸せを、ほとんどの日本人観光客は知らないんだろうなあ~と、つくづく思う。

そして、日本に戻って「アメリカ料理ってやっぱりそれほど美味しいものはなかったよね~」と、残念な発言をすることになる(笑)


こうゆう人達には、ぜひ一度、

ターキーレッグや焼きトウモロコシ、BBQリブ、分厚いプライムリブやTボーンステーキなどを食べて欲しいなあ~って思う。

そう、ぜーんぶ、庶民の味ばかり。

気取って食べるものは何一つない。

たぶん・・そうゆう国がアメリカなんだろうな、って思う。

サンクスギビングデー 2019

きょうから、Thanksgiving holidayで、本日木曜日から日曜までお休み!!

アメリカでは1年中で一番のハッピーホリデーってわけです!!

おそらく午後3時ごろから食料品店もクローズされるだろうし、私も朝一番で買い物に出かけた。

遠くに住んでいる人もこの日ばかりは帰省して、夕食は家族全員が集まってサンクスギビングディナーをするのが恒例。

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まあ、日本でいうところの「お正月」みたいなもんですかね。

メインディッシュは、もちろん、ターキー。

大家族が集まる家は、このくらい大きなターキーをブロイルするんだろうし・・
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2-3人の家ならば、キャセロールに入れてこんな作り方もできる。

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そして、ターキーといえば、クランベリーソース

これも、コトコト煮込んで作る。
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私はクランベリーよりも、グレービーソースの方が美味しいと思うし・・しかも、ちょっぴり隠し味に醤油を垂らしたものが最高😋

だが、クランベリーソースは昔からの伝統的なスタイルなので、それにこだわるお年寄りも多い。


グレービーソースは、こうやって作る。
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マッシュドポテトとターキーにかけて食べる。
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ああ、とにかくターキーは旨い😋のだ!!
それぞれの部位によって味も違うし、さまざまに楽しめる。

皮はキツネ色にパリパリ、中はジューシーで、あっさりしていながらコクのある味わい。
(作り方失敗すると、外はぐんなりで、中はパサパサになっちゃうけど・・)


サイドメニューは家庭によってそれぞれ。 東部、西部、南部といった地域にもよっても違う。

左はスイートポテト(さつまいも)で、右はブリュッセル(芽キャベツ)のガーリック風味
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こちらはズーキー二・・軽くオリーブオイルを塗ってグリルするだけ。
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黒人家庭ならば、必ず出てくるのが、カラードグリーン
   
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げ! ちっともグリーンじゃないし~、色汚いしクタクタだし・・と思ってはいけない。

これがまた、ベーコンの風味で野菜のえぐみが消えて、旨味だけが凝縮して超旨いのだ。
(もちろん、これも作り方なので・・死ぬほどまずいカラードグリーンを食べたこともある)


メインはターキーでも、サイドメニューやデザートは各家庭によってそれぞれなのだ。

日系人の家では寿司をつけるってとこもあるし、スペイン系の家でも米はかかせない。

デザートはパンプキンパイだという家もあれば、ウチは絶対チーズケーキだ!というとこや、いや、パンプキンチーズでしょ!と、主張する人もいる。(まあ、それぞれ)
   ↓
これがパンプキンチーズケーキだとか。 レイヤーになってるらしい。
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これらを手作りするわけだから、午前中から家族総出で大忙しになる。


いよいよ、ディナータイムともなれば、

各自お皿を持って好きなだけ、好きなものをとってきて食べるというのがアメリカンスタイル。
(日本と違いはお皿に盛り付けて出すということはしない。)

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アメリカのどこの家庭のディナー招待されても、みなこのスタイルだった。

給仕する側に回る人というのがいないので、全員がテーブルについて、よく食べよく話すことができることは利点かもしれない。


ああ、ほんとーに私ってアメリカ人に生まれて幸せ~♪(←違うだろーが!)

アメリカに住むようになって、本当によかったな~と思うことは、私にとって食事だ。

とくに、

肉が旨い!
パンが旨い!

日本の場合は、肉もパンも柔らかいことが一番と考えるらしいが、こちらでは味重視なのだ。

ファーストフード店で作ってもらうサンドイッチでさえ、「チキンはダーク(もも肉)ですか、それともホワイト(むね肉)がいいですか?」と質問されるくらいだ。

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パンの種類も豊富
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バケット、ベーグル、ブリオッシュ、パニーニ、フォッカチャ、スコーンとさまざまだし・・

黒パン、ライムギパン、サワードブレッド(サンフランシスコ名物だとか)、ホワイトブレッドなど、それぞれの料理に合ったものを組み合わせることができる。

こちらは日本の食パンに似てるけど、
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ちゃんと小麦の味と香りがする。


日本の食パンは、モチモチ感と柔らかいフワフワ感を出すように作られているけど、小麦特有の香りも味も無いことが多い。
(とくに大手メーカーで大量生産されてる食パンの場合)


私は日本のパンが苦手になってしまった!

ふにょふにょしてて、生パンでサンドイッチでも作ろうものなら歯の裏にくっついて気持ち悪いし・・なによりも小麦の味と香りがしないことが不満だ。

これじゃあ、パンの種類と具の組み合わせなんて考える必要さえない。 どのパンだって全部一緒だろ-が。


そうそう・・こちらにも、大量生産されてる安物食パンだってある。


ちなみにこの大きさで、安いものだったら1ドル程度で買える(←ビンボー大家族の強~い味方)

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安物食パンで作るサンドイッチは、トーストにするのが定番。
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たとえ安い食パンでも、ジューと鉄板で焼いて作ったトーストはそれなりに美味しくなる。
パンはカリカリの食感を楽しみ、中身をたっぷりはさんで、大口開けて食べるのが定番のサンドイッチ。

フワフワもちもち感が求められないのは、お国柄の違いかもしれないが・・


日本のパンって一体、何が入ってるんだ?と調べてみたら、こーんなふうに作られるらしい。(一般的な大手メーカーで作らるパン)
      ↓
パンに含まれる食品添加物一覧 | 添加物の危険性


・・・・・・・・・・・・・

ふと思うのだけど・・

アメリカ人はインスタント料理ばっかりで日本人は手作り料理をする・・ってのは、違うかもな~!って、アメリカに住むようになって感じるようになった。

たしかにアメリカ人は忙しいとき、気分が乗らなきゃ料理しない。
テイクアウトにしちゃったり、外食しちゃったりするけど・・やるときは、全部手作りすることの方が多い。

また料理する人のしない人は差もはっきりしてる(笑)


日本人は全体的に手作り料理をするようだけど・・

手作りといっても、○○の素だとか、簡単電子レンジでチンとか・・簡単に出来る料理がメチャメチャ多いように思う。

クリスマスケーキを手作りする人って、あまりいないようだし~、だから、あんなにクリスマスケーキが売れるんだろうな~って思う。

日本の大手メーカーのクリスマスケーキは、添加物まみれで20日以上前に作り置きして冷凍保存しておくとか。
だから、クリームも型崩れしないし、スポンジ部分もふかふかでいられるそうな・・



さきほど、こちらのブログ記事を覗いていたら、
福田元昭の「さくらの木になろう」

こんな写真が掲載されていた。
    ↓
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そーなのだ@

日本食品を日本から輸入して売ってるスーパーマーケット(とくに日系スーパー)があるんだけど・・

こういった日本の食品には、アメリカでは許可されていない(危険とされている)添加物が多く含まれてることが多い。

ちゃんとここまで大きく表示をしているスーパーは良心的な方だと思う。
(もっとも、健康被害で訴えられたら困るから表示せざるを得ないんだとも思うけど・・)


アメリカの場合、裏には必ず事細かく何が含まれているかが表示されているし、オーガニック表示が使えるのは、USDA(アメリカ農水省)によって認められたもののみ。(USDAの認定を受けるには、かなり細かくチェックされるらしい)

消費者はちゃんと裏のラベルを見てから購入する人も多い。

ところが、日本では、そこまで読んでから購入する人はむしろ少ないと聞く。
むしろ、そんなことまでしてる人は、「健康オタク」とバカにされるなーんて話も聞く。


つい最近、日本土産でもらったお菓子

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https://gourmet-note.jp/posts/3892

色々な味の種類があるようで、私が貰ったのは、コーンポタージュ味とタコ焼き味だった。

さくっとして良い歯ざわり、コーンポタージュの味が見事に口いっぱいに広がる。

わお! これはすごいと思ったのだが・・

後味がものすごーく悪い。
なんか、奇妙な不自然な甘さが残って気持ち悪くなってきた。。。

裏の表示をみると・・
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なーるほど。

いったいどんだけ「うま味調味料」ってヤツが入ってんだか(笑)



何年か前に、日本製の冷凍餃子をもらって食べたとき、気持ち悪くなったことを思い出した(笑)

日本にいたときは、そこまで気持ち悪いとは感じなかった。


冷凍餃子が美味しいとは思わないけど、まあ揚げて弁当にするならいいか~と思ってたし・・
袋づめの千切り野菜は超簡単だけど、野菜の味はしないよな~くらいにしか思ってなかったのだが・・

すっかりアメリカナイズされてしまった体で食べると、冷凍餃子は不自然な甘さ?みたいなものが気持ち悪いし、
袋詰めキャベツの千切りにいたっては、ヘンな臭いまで感じるようになってしまった。

すっかり食べられなくなってしまったのだ。


人の味覚というのは、つくづく環境に慣らされてしまうものなのだろう。



それにしても・・日本の技術はすごいよなあ。

落ちリンゴを集めて、ぜーんぜんイチゴを使ってないのにイチゴジャムを作っちゃう技術だとか(笑)
りんごからイチゴジャム

うまい棒のコーンポタージュ味もタコ焼き味も、まさに、そのままの味を出しちゃうんだから。

でも、やっぱり今の私には不味い!
不味いと思ったら、もう食べられん!!


こんな素晴らしいフェイク食品を作る技術があるなら、もっと他のことに貢献して欲しいよな~。 日本!!


表示を見て何が含まれているか? 体に良いか悪いかをいちいち考えてから食べることより、

ひとくち食べただけで美味しいか不味いかで判断できる舌だけは、ずっと持ち続けたいなあ~と思う。



これは、私の一番の、アメリカに来てよかった事だ!

アメリカが添加物まみれになってない国だから。


それでもヨーロッパと比べると、まだまだアメリカで使われる添加物が多いとされているけど・・

じゃ、日本はどーなっちゃうんよ?


小さい頃から、モチモチふわふわ食パンで慣らされてしまった日本の子供はどうなるんだろう?
気の毒になあ~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ついつい、サンクスギビング料理の話から脱線してしまったわい!

さて、私のサンクスギビングの料理は?

なーんもありません(笑)

小さいターキー買ってきて、スタッフィングには、ターキーの出汁をしみこませた玄米と香草をお腹に積めて薬膳風にして、
グレービーソースは、特製のマッシュルームと醤油ベースにしようか~とか・・・

いちおうイメージしてみたものの・・

ベッドに寝っ転がって音楽聴きたい♪、本読みたい、ウダウダした~い!と思ったとたん、止めちゃいました。

まさに、これこそ一人暮らしの醍醐味
気分次第で好き勝手ができるってもんです

ただ、季節がらクランベリーが安かったんで、大袋を買ってきて、今ぐつぐつハチミツと一緒に煮てます。
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クランベリージュースを買うより手作りしようかと。

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クランベリー、体にいいっすよ!

とくに膀胱炎にはよく効きますよ~。(←私の持病)

もしも火星に移住するというなら・・

地球は人口増加と汚染のために、ついに「宇宙移民計画が始まる。スぺースコロニーへと移住をする」

こうゆうのは、今や宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダムの中の話ではない。


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実際に・・2012年からだったか・・火星移住計画を進めていて一般志願者もすでに多く集まっているという。

第1回 赤い惑星に人類が降り立つ日 National Geographic


こちらは産経ニュースのマーズワン計画の記事
   ↓
https://www.sankei.com/wired/news/150208/wir1502080001-n1.html

https://www.tel.co.jp/museum/magazine/spacedev/130422_interview02/index.html

宇宙大好きで好奇心の塊みたいなあなただったら、ぜひ参加したいとこでしょーね?・・と私は言われたことがあるが・・

答えはNOだ。

私が、たとえどんだけリスクを恐れなかったとしても、どんだけ費用を払える経済力があったとしても・・

NO WAYだ!!


なんか、違うんじゃね?という心の声がするから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多くの人が宇宙に関心を持つようになったのは、おそらく、アメリカのアポロ計画(1961年から1972年にかけて実施され全6回の有人月面着陸に成功)以来だろう。

月には兎が住んでるんだろか?な~んてロマンチックに眺めてるだけだったのが、現実のものになった瞬間かもしれない。

それ以来、宇宙を舞台にしたSFアニメも映画も多く生まれた。(←私も結構好きで、ほとんどもものは見てると思う)


多くの人が近い将来、宇宙旅行は出来る! 宇宙に移住も夢ではない!(とくに、月と火星なら@)と思うようになった。


     ★★★★☽★★★☽


そういった方々の夢を壊すようで大変申し訳ないのだが・・少し前に、In Deepの記事で紹介されていたものがある。
      ↓
「人間は地球の磁気圏の外では生存できない」:ロシア科学アカデミーの科学者が、アメリカの過去の月探査ミッション、そして将来の火星ミッションの「すべてを不可能」と断定


これを読んで、ああ~、やっぱり、そうなんだよなあ!と思ってしまった。


ずっと前から、アポロは月面着陸なんかしてない! 人類は月に降り立ってないんじゃないか!という疑惑や陰謀論と呼ばれるものもあった。

当時の状況からいえば、アメリカとソ連と張り合い、しかも大幅に後れを取ってしまってたアメリカさんが、一歩先んじるには、
「人が月面に降り立つ!もう、これっきゃソ連には勝てない!」ってとこまで追いつめられていた状況で、

それをほんとに、しかも短期間で実現させちゃったのだ! 


人類初で月に降り立ったアームストロング船長は、

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「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」という名言を残した。


最高のクライマックス。

まるで映画のようなカッコよさだ(笑)



多くの人が熱狂し、さすがアメリカ!バンザイ! となった。

ところが、時が経つうちに疑惑やら陰謀論もささやかれるようになった。


国家陰謀としてシナリオを描き、「初の有人月面着陸」を人々に信じさせたのではないだろうか?と。
つまり、すべてがフェイクだと。

でも、だとしたら・・@すごい!@

世界を観客にした大スペクタクル映画を作っちゃったってことだから。
しかも、人々を信じさせちゃうほどの。

もっとも、それも不可能ではないかもしれない。

「2001年宇宙の旅」みたいな、ステキな映画だって出来ちゃうくらいの技術があって、CIAがいて、フーバー長官が牛耳ってたFBIの時代だったんだから(笑)

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これは本物の宇宙よりも美しい宇宙の映像だったと思うし~。(本物の宇宙、知らないけど・・(笑)


ところが、私自身は陰謀論にはさほど興味はないし、それを考えたり論じたりしたいとまでは思わない。

もちろん、なーんかヘンなカンジがするなあ?と感じることはあっても、そのままに留めておくようにしている。


だって・・・そんなこと、いくら個人レベルで調査してみたところで真相はわかりようもないから。

それに、陰謀論を論じたりするとイヤな気分になってくるんだよね~。

アポロの件にしても、宇宙計画自体が、ますます軍事と結びついた政治がらみの垢まみれに見えちゃうし、
結局のところ、陰謀論てのは誰が世界をコントロールしてるんだ?を突き詰めることになる。

仮に、そういった人、世界を牛耳る人(団体)がいるとして、たとえそれが誰にも暴かれることがない巨大な力だったとしても、
しょせんは世界を思いのままにコントロールなんて出来ないし、いずれは自滅の道をたどることになる・・というのが自然の摂理じゃないかな~って思ってるせいかもしれない。

まあ、そんなわけで、陰謀論の視点からは考えないことにしている。



なので、ここでは陰謀論とは別の視点で、

人は月や火星に移住できるのか? ということを考えたとき、

このままでは無理だろ!というのが私のファイナルアンサーだった(笑)

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https://news.biglobe.ne.jp/smart/trend/1011/9398503440/toc_MarsColony_h_jpg.html



まず、漠然とそれをを感じたのは、だいぶ遡るけど・・・子供のとき、飛行機に乗ったときだ。

バックに入れて置いたポテトチップだったか、袋入りのお菓子の袋がパンパンに膨れちゃったとき。
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まさにこの状態。

なんで、こーなるん?

ああ、これが気圧の違いなんだ~!て体験的にわかったのはこのときがはじめて。

私が生まれて初めて気圧というものを意識した瞬間でもある(笑)


飛行機でこれだったら、もっと高くあがったら、宇宙に行ったら、人間はどーなるん?


血管も内蔵も膨張しちゃう・・沸騰しちゃうの?  ぎゃあ、あっという間に死ぬわ~。

人は地球に守られて生きてるんだ~と、つくづく感じた瞬間でもあった。


でも、なんで宇宙飛行士は宇宙に出ても大丈夫なん?


新たな疑問も出てくる。。。

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あ、そっか~、この宇宙服を着てるからか~。

じゃ、この宇宙服ってどーなってん?

宇宙服は、すさまじい温度差(プラスマイナス120度C)、宇宙線(発がん性がある)、、宇宙塵、デブリ、紫外線などからの防護するように出来ている。
背中のバックパックのには、生命維持装置で空気を送ったり、圧力を高める装置がついている。



ほおお~。 なるほどなるほど・・・


ところが、よーく調べてみると、これを着るのはかなり大変らしい。
ダイビングスーツみたいに、ぺろんと1枚だけ着ればすむってもんではない。

たしか10数枚も着なきゃならないはずで、重さは全部で120キロにもなる(絶対、一人じゃ着られない。仲間に手伝ってもらって着る)

しかも、どんなに早くても7時間はかかる(減圧して体を慣らす時間も含まれるから。)

そこで、もしも何かの不都合が生じて減圧がうまくいかないと、毛細血管を詰まらせて、あっという間にあの世行きとなるんだとか。


映画をみてると・・

仲間が外(宇宙空間)でトラブルに巻き込まれたりすると、よーし、俺が今すぐ助けにいくぞ! なーんて言って、しゃしゃっと宇宙服着て外にGO、なーんてシーンがいっぱいあったけど・・・あれ、大ウソなんだ~(笑)

そりゃあ仕方ないわい。

7時間て睡眠時間だろーが・・。


つくづく、気圧の違うところに出ることだけで、どんだけ大変なんよ!と実感させられた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういったことを考えると、火星で生活するってどーなんよ!と思ってしまう。

1気圧に保たれた巨大ドームの中で一歩も外に出ないならば可能なんかな?
でも、それって生活って言えないんとちゃう? 避難してるだけとちゃう?

それに、気圧や磁場の問題だけじゃないしなあ。

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http://estorypost.com/news/mars-one-colony-plan1/


そもそも、地球上の生物は、地球上の環境にぴったり合うようにデザインされた体で生まれてくる。

空気、水、磁場、気圧、太陽放射線などなどが、ぴったり合うように生まれてきている。
しかも、虫も鳥も爬虫類、哺乳類も、それぞれの生活範囲に合わせた体にデザインされていて、まったく無駄がないという。

深海に行けば、深海にぴったりフィットする体(器官)を持つ生物がいる。

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水圧は10m潜るごとに1気圧ずつ増えて、水深6,500m(651気圧)では、1センチ平方メートルあたりに約650kgもの水圧がかかる。

うひょお!
マリアナ海溝なんて、水面下10,911mだそーだよ。


深海に生きる生物は、深海の世界のみで生きられるようにデザインされているのだ。

地球上生物もまた然り。

宇宙人とて同じこと。


そこの星にぴったり合うようにデザインされて生まれてくるのだ。


もしも、別の惑星で生活しようとするならば、別世界の星の生物と同じ体に作り変えるしかないんとちゃう?

それを地球人のままの体で、別の惑星に住もうとすること自体、無理なんじゃね?

根本的になんか違うんじゃね?


In Deepさんの記事にあったように・・

「人類は遠い宇宙空間には行けないし、他の宇宙人も地球には来られない」

私もこれが事実のように思う。


ただし・・・
一方では、地球にやってくる宇宙人もいる・・とも思っている。


つまり、現在私たちが考えるような「物理的方法以外の方法」を使ってやってくるのではないか?と思うのだ。


たとえば、

地球人の姿にトランスフォームすることができれば、地球上で生活することは可能になる。(そこの星の状況に適応した体や器官を持つってこと。)


また、乗組員がロケットごとテレポートできれば、たとえ何億光年の距離からやってくるとしても、それも可能になる。


まんず、何億光年の距離だとか時間だとか、3次元的な感覚に縛られている以上はムリなんじゃね?(笑)


そうすると、地球にやってくることの出来る宇宙人は、次元を超えられる存在ということになる。

次元を超えられる存在になるには、まず意識の変容を可能にしなければ、それだけのテクノロジーを持てるようにならないのでは?


それこそが、ほんとの進化ってものかもなあ~、なんて思ったりもする。



さて、残念ながら今の地球人では、まだまだ無理だろう。

地球人は今や宇宙開発ばかりに力を入れてるけど、深海のことは、ほとんど研究が進んでいない。

深海の研究より、宇宙の研究の方が華やかだからかね~(笑)
それとも軍事に結びつくから?



深海の生物どころか、イルカや渡り鳥、サケやミツバチといった動物たちが持っている、地磁気を感じる能力だってまだまだ、わかっていない。
磁気の正体がつかめてなくて、しかも感じることが出来ない人間が、どうやって宇宙に住める?

テレポートの技術だってまだまだ。(原子レベルでは可能になったようだけど・・)
生きた人間をそのまま、生きて健康な状態のままにテレポートできなきゃ無理だろうし。

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つまり、宇宙で生活しようと思うならば、宇宙工学だけをこの先どんなに発達させよようが無理。

総合的な視野で、あらゆる分野が進化していかない限り無理だと思うのだ。


それには、根本的に地球人の意識や考え方が変わらない限り、そこまで到達できない・・と思う。


地球人は3次元的な科学の発展は十分に遂げたと思う。

でも、ここから新たな壁を突き破らない限り、宇宙はまだまだ遠い。

新たな壁とは、次元、意識、心も関係する部分だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、なんで他の惑星に移住しようと思うわけ?

「近い将来、地球に住めなくなった場合に備えてバックアップとして居住可能な惑星を用意しておく」という考え方があるらしい。


でも・・なんで住めなくなるん?


宇宙人に核攻撃されて汚染されちゃったわけじゃないし~(アニメでは、こうゆう設定あったけど(笑)

汚染されてきたのは、みーんな自分たちで原因を作ったんじゃね?


そこから改善しようともしないで、いざというときの為にバックアップの惑星を作っておくって・・超バカげてね?


それより先に、真剣に地球を守れ!だろーが。(←スーパーヒーロー気分)


私たちはなんらかの縁あって(←どうゆう縁だか知らんが)、地球に地球人の姿で生まれてきたってのに、それを放りだしてどーする?
自分で自分のケツ拭かずに逃げてどーする?

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こんな記事を読んだ。
   ↓

NASAが火星の大気を守る巨大磁気シールド構想を発表
そこで、研究者らは新たに「宇宙船を火星の軌道上に送って人工的な磁場シールドを作り出し、火星を住みやすい環境に変える方法」


https://japanese.engadget.com/2017/03/06/nasa-co2/

あーあー、まだまだ宇宙は遠いよな~、とがっかりしてしまった。。。

あーあ~、いったい何やってんだよ@

方向が違うだろーが@


人は人の姿のまま。 生活もそのまま。
自分は何ひとつ変えることなく、環境を自分に都合の良いように変えようとする。


たぶん・・その意識から変えていかない限り、これからの科学の発達は無いように思う。


もしも、別の星に移住しようとするなら、 オレ、こんな姿に代わってもOK~だぜい♪くらいの気持ちがないとなあ(笑)
   ↓
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それこそが、3次元を超えられる意識だと思うのだが・・どうだろう(笑)

死を直前にして老人が語ったこと

死を目前にした老人が、ある日突然目覚めて言った。

👴「ワシは、今ようやくわかったんだ!」


👨「お爺ちゃん、何がわかったの?」と孫が聞く。


👴ワシの人生は糞見たいなものだった。


👨どうして? お爺ちゃんは若い頃から勉強家で頭のいい人だったって、みんな言ってるよ。


👴ワシは若い頃、文学書や哲学書を読み漁ってばかりだった。


👨すごいなあ。僕がはまったのはゲームだけだよ。 お爺ちゃんは読書家だったんだね。


👴ワシはずっと「生きる意味」を求め続けていた。 生きる意味という崇高な「精神的欲望」を満たそうとしていて本ばかり読んだんだ。

食って寝るだけの生き方をしてるヤツラは低級な人間だと思っていたし、あいつらは「物質的人間」と見下して、バカにもしていた。

ワシはそんなヤツラとは違う! 
「精神的欲望」こそ素晴らしいものなのだと信じて本を読み、本には線を引き、重要な言葉を書き出しノートを作り、また考えた。


👨そこがすごいよ~。 僕は難し過ぎると勉強する気さえ起きなかったもん。
面白い漫画とかゲームばっかりだったから(笑)


👴本を読むことが面白いかって? 楽しいかって? そんなことを一度も思ったことがない。
哲学書や文学書なんかに喜びも楽しさもなかった。 
自分はアイツらとは違うのだ、精神的探究者なのだという自負だけで読んでたようなもんだ。

またあの当時は、学校の成績が良く、本ばかり読んでるヤツラはインテリと言って周りも誉めそやした。
それで、よけいワシは、低俗な肉体派とは違う!といい気になってたんだ。

まったく、くだらない!


ワシは逃げていたんだ。 現実から逃げていただけなんだ!
本当は、汗水流して働き食って寝るだけの生活が出来ない、ただの怠け者だったのかもしれない。

いや、仮にそんな暮らしが嫌だったならば、そんな現実が嫌だったならば、自分で自分の現実を作ればよかったんだ。

しかしワシは、目の前の納得のいかない現実や状況をみるたびに絶望的になって「精神世界」に逃げ込んだ。
現実逃避だったんだ。

現実を変えられる可能性は山ほどあっただろうに・・それそら考えてもみなかった。

怖かったのかもしれない、自信がなかったのかもしれない。
現実を変えるよりも、本を読んでいて、人からインテリと誉めそやされてる方が楽で心地良かったからだ。

ワシのした事はなんだ!

現実や肉体から精神をレベル分けして、精神的要素の方がより高貴なもので重要だ、と正当化して、
「精神的探究者」という崇高で美しい世界に逃げ込んだんだ。

「崇高で美しい」? そんなもんは糞だ!

「精神的要素」こそが人間には重要だなんてのは、一つの信仰や思想に過ぎない。 
信仰や思想なんてものは、弱虫の駆け込み寺みたいなもんだ。

ワシは、現実を変える勇気も覚悟も無いがため、「生きる意味の探求」という「ぬるま湯」にとどまって現実から逃げただけだ。


生きる意味の探究なんぞしなくたって人は生きることができる。幸せを感じることが出来る。

大事なことは、「現実の状況を変えられるか否か」なのだ。
ワシは本なぞ読んで考えてばっかりいるだけで、何一つしてこなかったのだ。


だから・・ほら、見てみろ!
今のワシには妻も子も友人さえなく、今たった一人孤独で死にかけてる。



👨ああ~、ちょっと待ってよ!
お爺ちゃんだって、若い頃は恋もいっぱいしたでしょ? イケメンだったと思うし・・さぞ女性にはモテたと思うけどなあ。 


👴たしかに・・多くの恋はしたさ。 だけど、なんのコミットメントも出来ないような無責任な男は、家庭を望む女にはすぐ捨てられる。
家庭を望まない女たちは、まるで恋に恋するような薄っぺらな男のことなぞ、初めっから相手にしない。
自分では多くの女たちを振ったと思ってたけど・・実はワシが振られてたんだ。


👨でも~、お爺ちゃんは知識が豊富で難しい言葉だっていっぱい知ってる。
女の人は頭のいい男性に憧れるって言うし、男たちだってお爺ちゃんに憧れたり、一目も二目も置いてたんだと思うけどな~。


👴たしかに、難しい言葉は知っている。
「アンチノミー」、「パラドックス」、「アウフヘーベン」・・みんな哲学用語だ。

だけど、こんな言葉を知らなくたって立派に生きてる人たちは山ほどいる。

いや、彼らは言葉を知らないというだけであって、実は人生の体験から知ってるんだ。
三重苦のヘレン・ケラーが「水」という言葉を知らなくったって、それが喉の渇きをいやす甘露な液体であることを初めから知っていたように。

何ひとつ知らないのは、実はワシの方なのだ。  
ただ言葉を記憶しているだけで体では何もわかってなかったのだ。


カントはこんなことを言っている。

悟性は純粋概念の能力と呼ばれ、感性に与えられる素材を自己の形式(範疇)にしたがって整理し、対象を構成する自然界の立法者である。




ワシはこれをそらんじている。 そしてちゃんと理解してる、どうだ! 偉いだろ!
お前らには到底わかるまいと!・・・そう、思っていた。

だけど、何ひとつわかってなかったのはワシの方だ!


👨え? 僕には、難しすぎてさっぱりだよ。


👴明治時代の人がドイツ語を訳したのだろうから、やたら難解な言葉を使ってるだけなんだ。

簡単に言えば、こうゆうことだ。

人は何かを理解しようとするとき、頭の中の枠組みに当てはめようとするけど、頭じゃなくて、すべての感覚器官で感じることなのだ。




肉体派とバカにしてた人々に、なーんだ!そんなことは当たり前だろーが!と笑われそうだ。


だが、ワシは今・・死ぬ間際になってようやくわかったのだ。
こんなことさえ、わかってなかったのだ。



👨お爺ちゃん・・・。 もう、いいじゃないか。 今わかったんだから。
わかるのに一生かかってしまったとしても、わからないまま死ぬよりも、それはずっと素晴らしいだろ?

お爺ちゃんは今度生まれ変わったら、どんな人生を送りたい?


👴ワシは今度は、強欲な代官様が圧制を強いてるようなところで、うんと苦しい生活をしてる水飲み百姓に生まれたいなあ。

そこで、今度こそ、自分で現実を変えていくことをしたいと思っている。


このおじいさんは、資産家の名家に生まれ一生働かなくても生活が出来るという恵まれた境遇の人だったそうだ。


👴えっと、キミはなんて名前だ?
ありがとうな! いつも優しく孫のように振る舞ってくれて・・。

ワシの最後の話を聞いてくれてありがとうな。
もう、思い残すことは何もない。
本当に本当に・・ありがとうな。


彼は孫ではない。
ここのホスピスで働く、若い看護師に過ぎない。

意識の戻らない寝たきりの老人に、いつも、僕はあなたの孫だよ!と話しかけていただけなのだ。


この老人は話し終えると、また混濁した意識の中に落ちていき、そして二度と正気に戻ることなく息を引き取ったという。


これは、この若い看護師から聞いた話だ。

スピ系の本物か偽物か

「お久しぶりです! またフェアーが開催されるんだけど一緒に行きませんか~。」と誘われた。

「いえ、せっかくのお誘いですが、今私はまったく興味が無いんで行きません。」と断った。

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前に一度だけ、「スピリチュアル系フェア」みたいなとこに連れて行かれたことがあった。

ヒーラーだとか、ヒプノセラピーする人だとか、占い師だとか、前世見る人だとか、スピ系をプラスした自己啓発系のセミナーだとか・・まあ、そんなことをやる人が一同に集まって、それぞれのブースを持ってる一大会場みたいなとこ。

もちろん、これはロサンゼルスの話であって、日本ではない。

ところが、どうやら日系のスピリチュアル系の団体だかが企画してたらしく、日本人の霊能者(または占い師、ヒーラー)たちが非常に多かった。

よくもまあ、ロサンゼルスでこういったスピ系日本人が集まるもんだなあと、びっくりしたけど、
考えてみりゃ、ロサンゼルスは日本人が多いところなんだから、当然なのかもしれない。

紹介して私を連れていってくれた人は、1つのブースに入り込んで鑑定だかカウンセラーに夢中になってしまったようなので、私は一人でざっと回ってさっさと帰ってきた。

会場全体がぼわーーんとしてて、それが軽い耳鳴りを起こさせるような気がしたからだ。

ウチに帰ってきてすぐに、バスタブに湯を張り、バスソルトにラベンダーを入れて入浴した。

浄化作用は抜群
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まあ、よい勉強になったとは思うけど、もう2度と行かんぜ~!と思った。


しかし、すごいもんだ! いったい、この企画でどんだけの金が動くんよ?
スピリチュアル云々よりも、ビジネスとしてのカネの動きの方が気になった。


こうゆう一大フェアーのイベントは色々あって、中古車ディーラーフェアだとか、中には大型トラック専門のフェアもあるし・・
私は、前にアリゾナのTucson (ツーソン)で催された、天然石フェアに行った事もある。

でもスピ系フェアだけはいかん!
空気が重くてやなカンジなのだ!@


重たい想念、しかも歪んでて渦巻いてるカンジとでも言おうか・・。

なんとなくご想像頂けるだろうか?


ブースを持ってる店側と来場者たちの想念が交じり合って巨大化して、こーんなカンジになっちゃうんだろ~か。

・・・・・・・・・・・・・

私は決して「人を見る目がある」わけではない。(←過去に、え?この人ってこんな人だったんか? なんか騙された気分~!なんてこともあったから)

だけど、スピ系の人(ヒーラー、占い師、スピリチュアルカウンセリング、前世見、スピ系の自己啓発系などなどの人たちを見る目だけは間違わない、というヘンな自信を持ってる。

自分じゃ見る目がないくせに、この人はどんだけ見る目があるかを測る能力がある?ってヘンな話だけど(笑)

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https://www.telegraph.co.uk/travel/lists/best-spiritual-places-to-find-yourself/

この人は当たるか当たらないかの確率とか、
本物かインチキか?なんてことはすぐにわかる。

でも、そんなことは人には言わない!

客によっては当たる当たらないよりも、親身に相談に乗ってくれて元気をもらえればいいってニーズもあるし、また、ヒーラーの能力がなくても(←つまり、インチキ)本物っぽく見せてくれてれば、それでいい!ってこともあるわけだから・・営業妨害したり水を差すようなことをする気はさらさらない。


ただ、私なりに本物と偽物という区別はある。

それを今回、ここだけの話で書き出してみようと思う。

1.偽物は自分と同じ色をしたお客だけを集める。
本物は、まったく違う色をした幅広い客を集める。(そもそも、あまり自分の色を出してない。プライベートのときは知らんが・・。)

こうゆうのも引き寄せか~。

2.無料で鑑定するか超安く鑑定するのは偽物と思うべし
中には、私はまだ勉強中で見習い中だから無料で見させて頂いてます!と殊勝なことを言う人もいるんだけど、
これっって根本的に考え方が間違ってる!と思う。

無料と聞けば、無料の言葉に惹かれてくる客が多くなる。
つまり1つの色の客ばかりが来ることになる。

それは、代価を考えられない人たちには代価を考えられない人たちを集めてしまうという図式
これも引き寄せかね?

またヒーラーや鑑定士側にも、必ずどこかに「私はお金を獲ってないんだから、未熟な部分があっても許されるだろう」という甘えが無意識のうちに生じることになる。

それじゃあ、見えるものも見えてこないし自分の勉強にだって役立たない。


ある霊能者見習いの人で「料金はいくらでも結構、最後にお客様がお決めください!」ってやってた人がいたけど・・これはなかなか面白かったそうだ。

人柄というのが出るらしい。

「先生、私お金ないんで、すみません。」と500円だけ置いて翌日、お酒を何本も持ってきてくれたおっちゃん(酒屋の亭主)もいれば、何時間も粘ったあげく、結局満足できないから金は1円も払わんよ!という人がいたりと。

代価ってのは何もお金だけじゃないんだよな~!(←酒好きな人)
あとは焼き鳥屋のおっちゃんとか、魚屋とか・・来ないかなあ~と言っていた。

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3.ヒーラーや鑑定士側の暮らし向きでだいたいわかる(笑)
超豪邸に住んでるような人はダメ。 また、食うに事欠くようなビンボーもダメ。・・・どっちも偽物。

なかには、どっかの大聖堂みたいな立派な建物を作ちゃったり、豪邸に住んで先生と呼ばれセレブ並みの生活をしてる人もいるし、
かと思えば、生活にゆとりがないビンボー先生もいる。

本物はフツウの生活をしている。
それなりに食っていけていて、たまには外食したり映画を観に行ったりと、好きなことも出来る生活レベル。


霊感の強い人なんて世間にはザラにいるけど、霊能者とかヒーラーになれる人は一握りの人だ。

その違いは、今起こっている問題を解決に導く能力があるかどうか?

そういった解決能力は、それがどこから与えられたのかはわからないけど(天から?神から?)
とにかく与えられたものであり、また自分でもその役目を認識して勉強なり修行なりを積んできた人たちなのだ。

はっきり言って・・苦労が多く厄介なお役目といえる。

その代わり彼らには、「それなりの生活ができる」という土壌も与えられているように思う。

*好きな霊能者業をするために、夜は土方や水商売でバイトしなきゃ暮らせないとしたら(←かなり極端な例だけど)、つまり方向が違うってことだ。

逆に他の職業についてたときは、かつかつの生活だったのに、霊能者を目指したとたん生活が安定したって人が本物。

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ところが、たとえ本物であっても、どんどん名前が売れて先生とおだてられセレブ生活に溺れてしまった霊能力者は、能力を取り上げられるとも言われている。

本当に取り上げられるのかどうかはわからないけど・・能力が落ちてしまうのは確からしい。


名声を得て取り巻きが増えて、豪邸やゴージャスな車、キレイなお姉ちゃんを侍らせて銀座で豪遊~♪
なーんことに喜びを見出すようになってしまったら、そっちの方向に集中力も直感も奪われてしまうだろうから。

そうゆうの俗に「天狗になる」というらしいが、なんで天狗になった人のやることってほとんど同じなんだろ?

天狗になったアメリカ人はスーパーカーにスーパーブロンディーを持ちたがるとか。
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豪邸・ゴージャスカー、ブランド服に銀座で豪遊って・・まるで判で押したように(笑)
その先生が、どこに価値を見出しているか?は生活を見りゃ、だいたいわかるはず。

そうなると、誰に取り上げられるでもなく自然と能力が落ちるのも必定かと(笑)


4.プロじゃない素人さんには注意。

「うわ! あなたすっごいモノ憑けてる~! きゃあ~@@ 怖ーい!
かなり危ないわよ!!私にはこんなすごいの取れないから早くどっかで取ってもらった方がいいよ!」


なーんて言っちゃったりする。

おいおい!

こんなこと言われた人は、
「ええええええ~! どうすりゃいいの? 私、どこに行けばいいんでしょう?」とビビる。

「ごめん・・。私にもわかんないけど、徳の高いお寺とか神社とか、強い力のある霊能者さんのとこよ!」

おい! それがどこだって聞いてんだよ!

こうゆう無責任極まりないのが素人の「ただ霊感があって見えるだけ」の人。
おまけに知識も何もない人。

たまーに、プロでもこうゆう人いるらしい。 それは偽物とかいう前に「素人丸出し」。

仮に本当に、そんな凄いものが憑いていて自分の力ではどうにもできないとしたら・・・
口が裂けても、相手をビビらせることを言ってはいけない!

恐怖感はますます、悪霊パワーをアップさせてしまうエサなのだから!


5.セミナーや講座を中心に運営しようとする人には偽物が多い。
はっきり言って、個人鑑定するより、安全で手っ取り早く儲かる!というのが理由。

本来、人(個人)を救うことが与えられた使命だと思う。(←私はそう思ってる)

ところがセミナーは、一般的万人向けなことしか言えない世界だ。

たとえ後継者を育てる目的があったとしても、セミナーや教科書を与えるだけのとこは、私としては信用してない。

弟子をとって一人ひとりを、マンツーマンで教えることだと思う。
それも師匠が、一人ひとりのクライアントに対峙している姿も見せながら。

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6、想像力が欠乏してる人は偽物

霊能者や占い師でそんな人がいるんかい?と思うのだが・・・

ところが昨今はそうゆう人も多いんだとか(笑)

それでいて立派に商売になってる人までいるらしい。

知人の女性から聞いた話

この人は、とあるヒプノセラピーのセミナーに行ったことがあるそうだ。

そこででのセッションは、良いアロマの香りに音楽が流されていて、長椅子に寝てリラ―――クスして目を閉じることから始まる。
まずは実践でクライアント側の体験をさせようということらしい。

ヒプノセラピーの先生が、
「さあ、みなさん、草原を思い浮かべてください。 あなたはそこを歩いています。」と言う。

彼女は、草原、季節は初夏、草の香り、近くに海もあるらしく・・ほんのり潮風も含んだ風、足音を消す柔らかい土の感触・・などをイメージしたところで、

「そこで、大きな洞窟をみつけます。」と、また先生の声が続く。

そこで彼女は、今度は自分のイメージの中に洞窟を出現させる。

ここらへんで、
こりゃ! ダメだ! このセミナーは糞だ!と思ったそうな。

他の生徒たちが、誰一人最初の草原すらイメージ出来てないことに気がついてしまったという。

おまけにこの先生、生徒たちがイメージ出来てないのもわかってない!ということにも気がついてしまった。


この先生自身、イメージ能力無いんと違うか! たぶんテキストブックに従ってやってるだけだ!と。
こんな講師から教わるものは無い!

案の定、なーんも得ることがなかったそうだ。
まあ、これも未熟な私の人生勉強だね、と笑っていたが・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これが、ざっと私の思ってるところの「本物か偽物かの違い」だ。

面白いことに、偽物先生ほど、先生と同じ色をした客だったり受講者だったりを集めている。
いつも同じ色で取り巻かれてる。

ところが、本物のプロフェッショナルの先生はセッション中は無色に見える。
そして、さまざまな色の人たちが集まってくる。


私がずっと前に行った、スピ系フェアは会場すべてが同じ色になって渦巻いていた。

そんなところへは二度と行きたくない(笑)

江戸っ子の粋(いき)であること

私の勤めている会社で、OSAKAというニックネームで呼ばれている人がいる。
彼女は、コーリアンアメリカンなのだが、大阪のおばちゃんに似てると・・彼女の上のマネージャー(日本人)が名づけたニックネーム。


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彼女はぽっちゃりでパンチパーマの大阪のおばちゃんキャラではない。
スレンダーな体系で、服装だって、ちゃんとしてる(笑)

「ちゃんとしてるってのは」、こうゆうヤツ(写真で見てもらった方が早い!)
     ↓
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こんなん、日本で働く女性だったら当たり前のことだろうけど・・ロサンゼルスはまったく違う。

LAで、働く人たちは男も女もこれがフツウのスタイル(これでも、普段着ではなくオフィス用・外出用の服なのだ!)
   ↓
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https://www.6sigma.us/gallery/six-sigma-green-belt-los-angeles-ca-2018/

服の「コーディネイト」なんて言葉は、全く存在しないのだ(笑)
(もちろん・・ハリウッドあたりに住むセレブは別、あくまでも一般人のこと)

つまり・・OSAKAと呼ばれる彼女は、コーディネイトされた服を着てくる人なので、オフィスではかなり浮いた存在。
人と違って目を見張るような「おしゃれをする人」してる人ってことになる。(重ねて言うけど日本だったらフツウのこと)

ところが中身は、バリバリの大阪人っぽい!で、そのアンバランスが面白い!らしく、オフィスの日本人がOSAKAという名で呼ぶようになったってわけ。

「大阪の人って、東京の人とはまったく違うの?」と聞かれたので、このように説明した。

「同じ国でも地域による違いってのは、あるよ。 アメリカだってあるし韓国にだってあるようにね。

大阪人はね、東京人と違ってストレートにはっきりモノをいうし、喜怒哀楽もはっきり顔に出すんだよ。
明るいビビットカラーを好むし華やかさなのが好き。性格だって、東京の人のように世間体を考えてウジウジしてたり、
シャイなところはないんだよ。 明るくてフランクな人が多いなあ。」


この説明に彼女は納得したようだ。(←かなり気に入った様子)

それからしばらくたってから、今度はこんなことを聞かれた。

「江戸っ子って言葉があるらしいけど・・それ、どうゆう気質の人?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

江戸っ子ねえ・・


以前に自分で書いたブログ記事を思いだしてみる。
    ↓
またも夢から「坊ちゃん」の感想文と父の思い出にとぶ

そこで、江戸っ子気質をこんなふうに書いていた。

●べらんめえ口調
●竹を割ったような性格(ストレート)で、単純
●意地っ張り
●金離れがいい(金に執着しない)
●議論が苦手
●喧嘩っ早い(議論が苦手のせいか、先に手が出るのかも・・)
●駄洒落が多い
●人情家で涙もろくて、正義漢
●東京が一番だと思ってる人が多い、ほとんど旅行しない
●粋であることが大事(独自の美意識やこだわり、を持ってる)



一心助だとか、新門辰五郎だとか、香具師の元締だとかの名前が、つい浮かんできちゃう私だ(笑)

まあ、一般庶民も似たようなものだったんだろう。

たしかに夏目漱石の坊ちゃんは、「江戸っ子」代表みたいなもんかもしれない。



ずっと前に大阪人から聞いた話なのだが・・
大阪のお買い物では、値切るのが当たり前なんだとか。 (だいぶ昔の話なのでこれが現在も同じかどーかは知らない)

「私、東京に来てから買い物がち~っとも面白うないわ! 
誰も値切らんし~。 値切って買うときの、あの店の人とのやりとりが買い物する醍醐味なんよ~。
なんや、東京って寂しいとこやね~。」


たしかに東京では値切って買うってことないよなあ~。


それでも子供の頃までは、個人商店で買い物するときは値切って買ったり、おまけしてもらったりした記憶はある。


浅草でバナナのたたき売りを見たこともあったし~。

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「ええい! もってけドロボー!」って言われて・・

「わーい😃 やったぜ@」と客は大喜び・・

それでも店はちっとも損をしてるわけじゃないし、お客もそれほど得したわけでもないのは承知の上。
なのに、それなりにお互いに楽しんで売買してたようなところがあった。



今ではスーパーマーケットやデパートで買うのが多くなったせいか値切る人はいないだろう。

値切ったところで、「誠に申し訳ございませんが、当店本部により価格設定が決定されておりますので、私個人の一存にて価格を変えることは致しかねます。」とか、言われそう(笑)



昔々じいちゃんに聞いたことがある。

「モノを買うときはな、釣りはいらねえよ!って言って札を出すもんだ。」

「今でいうチップってヤツのことだね?」

「ぜんぜん違うわい! わざわざ、これが心付け(チップ)です・・なーんて渡すもんかい!
黙って札出して、釣りはいらねえよ!って言うんだよ。
それもピン札であればあるほど、決まるんだよ!!」


そーゆうもんかい?

「でも感じ悪い店の人に、わざわざ大目にあげること、ないっしょ!」

「そんな店は初めっから行かねえよ!買い物も心意気なんだからよ~。

でな、もっと粋な買い方ってのがあってな・・・相手が1万円だ!って言ったら、そりゃ高いといって負けさせるんだ。
7000円にしろってな・・。 仕方ねえなあ~!じゃあ、7000円でいいよ!ってなったところで、
パッと万札を出して、釣りはいらねえよ、とっときな!ってやるんだ。
それが江戸っ子の粋ってもんよ~!」

子供ながらに・・呆れた。

付け加えていうと・・こうゆうことをやるのは、決まって江戸っ子、庶民。
はっきり言って・・あんまりお金を持ってないような人たち(笑)

金よりもが最優先らしい。

粋なのか見栄なのか? 

だから江戸っ子は、金も無いのに見栄っパリって言われたんだろう。

で、「てやんで~!俺の生き方だ!」って言い張って、今度は「強情っパリ」って言われたんだろう。


もう、江戸、いや東京でも・・こんな人種は死滅してしまったことだろう。

たぶん、ここらへんが最後の人
    ↓
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https://ameblo.jp/protimes-souken-minagawa/entry-12352135339.html


今では、「負けろ」というのも聞かないけど、心づけ(チップ)を渡すのも見たことない気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカでは日常的にチップの習慣がある。

レストランで食事してもタクシー乗っても美容院でも駐車場でも(バレーパーキングの場合)
人の手を煩わせるものすべてにチップを払う。

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チップの金額は、それこそ心意気次第。
感謝と満足の度合いによる。


そんなにいちいちチップを払うんじゃ、アメリカ人は大変だね~と言われることがあるんだけど、心配ご無用


チップを払うのが大変だ(嫌だ?)って思うアメリカ人たちは、めったにそんな場所には行かないから。

外食はファーストフード店かテイクアウトにし、宿泊はモーテルに泊まり、パーキングはセルフパーキングか路上のコインパーキングにすればチップはかからない。 チップを払わない生活ができるのだ。
そしてほとんどの一般庶民はそうゆう生活をしてる。(←私も含めて)


ところが、それなりのホテルに宿泊すれば、ご厄介になったバレーマン、ベルマンにも、ドアマン 、コンシェルジュ、ハウスキーピング 、ルームサービス、食事すればウェイター、ウェイトレス・・すべてにチップを払う。


それを払わなかったヤツとか、超ケチった金額しか払わない場合・・・・アメリカ人は江戸っ子ほど粋か無粋にはこだわらない人たちだけど、それでも、そこで人柄が判断されることにもなる。

たとえば、こうゆうタお客(これ日本人旅行者に多いって話だけど)
   ↓
レストランで食事した後、電卓出してチップを計算するヤツ。
旅行雑誌などには平均15%から20%って書いてあるらしく、それを電卓できっちり計算する人たち(笑)

「えっと・・チップは15%払わなきゃならないんだから・・計算すると13ドル25セントになるなあ。」
といって、ごそごそ財布の中を探って・・挙句の果てに、「ありゃりゃ1ドル足りないぞ! オマエ持ってないか?」

「やば!俺も1ドル札持ってねーぞ。」

と二人で財布をごそごそさせてる人たち、

超ダッサ~!!

となる(笑)


チップを払わなければならないような場所に行くときは、ちゃーんと初めから小額紙幣は容易しておくもの。

それを、こうゆうマネークリップで止めてさりげなくポケットへ入れておく。
   ↓
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さらりと・・それも、手の込んだおしゃれなマネークリップを出して、さらりとテーブルにチップを置く。

これが、こちらの粋ってもの!!らしい(笑)

それをウエイターウエイトレスは、しっかり見てる。

おー、ジェントルマン!と思われるか、マナーも知らない田舎者だ~と思われるかは、こうゆうとこで決まるそうな。

もっとも、ここまで粋なことをする客も、昨今のアメリカでは少ない。
支払いをカードでする際に、チップも書き込んで支払ってしまう方が多い。


ところが一方では、はじめからチップの20%を上乗せしてお客に請求してしまう店もあると聞く。

とくに外国からの観光客が多く入る店、しかもチップの習慣が無い国から来る観光客はぜんぜんチップを払ってくれないから・・というのが理由らしい。

まあ、気持ちはわかるけどね~・・・なんとも、せちがない!

ついでにひと言・・
チップの額は15%~20%というのは、並のレストランやホテルの場合。
一流どころであれば、それに応じてチップ額も大幅にアップするのは必定。

一流どころは、その名に恥じないサービスを提供するのが当然とされているから。
それなのに、もしも・・これはダメっしょ!というサービスだったら、ただちに支配人(黒服来てることが多い)を呼んで静かにクレームする。




とにかく、欧米においてはチップはマナーの1つであり、
金額は客の気分次第で決まる!ものなのだ。


アメリカでチップにまつわるこんな話もあったらしい。
    ↓
通常の20倍のチップを残して去った女性客。その理由が切なくも温かい…
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あれれ~。

これってチップを細かく計算して、ちゃーんと100ドルにしてる~♪
じいちゃんが話してた、1万円札だして釣りはいらねえよ!と一緒じゃないかい!!

たったの22ドルの食事代だったら、フツウならせいぜい5ドルくらいのチップだ。

しかも、担当したウェイトレスにはひと言も言わずに去っていったそうな。

粋だねえ~!

きっと、じいちゃんが聞いたら、「おう!これこそ江戸っ子だ!」と喜んだことだろう。

アメリカでは、まだまだ、こういった話を聞くことがある。

毎日カフェに朝食通ってくる客が、いつも応対してくれるウェイトレスに、ぽーんと5千ドルの小切手を置いていったとか。

息子の大学の費用を溜めるために、せっせと働くおばちゃんウェイトレスだったそうで・・
客は、そのけなげで明るい雰囲気が気に入って、多額のチップを置いていったらしいのだ。

もちろん、名前も素性も知らない客なのに、さりげなーく「チップだよーん。いつもステキな笑顔をありがとう!息子さんの為に役立てて~。」とメモ書きだけが残ってたという。


残念ながら、昨今の日本ではこういった話はまったく聞かない。
チップの習慣が無い国なんだから・・と言ってしまえばそれまでだけど。

少なくとも、時代小説などを読む限りでは・・ひと昔前の日本人だって、あちこちで心付けを渡していたようだ。

おそらく、東京でも大阪でもそれは変わらないように思う。

俗に大阪人はケチ!と言われてるみたいだけど・・

私の父に言わせれば、大阪人は「ここぞ」というときはびっくりするほど気前が良いという。

通常は会社の部下を連れて飲みにいっても上司が部下に奢ることはないし(割り勘)、なんでも値切って買い物する大阪を、最初はイヤ~なところだ!と思ったらしいが、

いざというとき、気に入った人や会社を助けるためなら、どーんと金を出すことを厭わないのが大阪人なんだそーだ。
彼らは自分の身内でもなんでもない人たちを、なんの躊躇もなく助けたりする。
もちろん、それは気に入った相手だけに限られてはいるそうだが・・。

*事実、問屋業を営んでいたウチの先祖は、関東大震災ですべてを失ってしまったときに大阪商人だけが多額の投資をしてくれたという。
よろしおます! わてはあんさんの器量にかけまっせと、言ったとか・・。


だから普段はケチケチしてるんかもしれないよ~と、父が言っていたことを思い出す。

「江戸っ子みたいに宵越しの金は持たねえ!なんて使ってたら、いざっていうときは人助けも出来ないかもしれないからねえ。
僕はね、ずっとうな丼しか知らなかったけど、大阪に住んでからマムシ丼も好きになったなあ。」


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大阪の土用は「まむし丼」!?うなぎがいないうなぎ丼@天満橋

ここでなんで食べ物の話になる?


もっとも、これは生前の父が言っていたことなので、私は今の大阪は知らないし東京事情さえもよくわかってない。


ただ、どこにでもというものは、形は違えってもどこにでも息づいている」んじゃないかな~と思うのだ。
それとも、今では「息づいていた」という過去形なんだろうか?


江戸っ子だろうが、浪花っ子だろうが、アメリカでもどこでも。

そしてすべてに共通してることは、
「さりげなくさらっと」やってのけることらしい。
相手を、ええ?っとびっくりさせちゃうことらしい。


それが茶目っ気でもあり、粋でもあり、1つの美意識?だったのかもしれないなあ。(かなり独りよがりの美意識かもしれないけど (笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は今、アメリカ一般庶民として、ほとんどチップを払うことのない生活をしている。

もっぱら利用するのはセルフパーキングだし、たまに行く外食はせいぜい高くても、一人50ドル程度の店だ。
高級レストランも行ったことがない。

こちらで有名なのは、ナパの、French Laundryって店。
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田舎の一軒家のようなとこで・・ざっくり、おひとり様500ドルはかかるそうな。

NYのウォルドルフとかプラザなんて・・宿泊したことすらない(笑)

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私が宿泊するのは、もっぱらネコ連れOKのモーテルだし、たまーに行く高級ホテルはせいぜいラスベガスくらいだ。
*ラスベガスは高級ホテルであっても、そこまでチップをばらまく必要はないから。
なんてたってカジノの街だから。



それでも、服装だけはLAに染まりたくないと思ってる。

LAというところは、多くの日本人でさえ長くこちらに住めば住むほど、
「アメリカって服を考えなくて済むからラクでいいよね~♪」というくらい、ラクになってしまうところだ。


一般庶民が服のコーディネイトをすることは、まさに時間と金のムダ使いでしかないのは承知の上。
まして、そんなことしてる人は周りにはいないのだ。


でも、そうやって、すべての無駄がコスパに置き換えられて失っていく今、寅さんも香具師なんて職業も無用の長物になってしまった今、

OSAKAと呼ばれる彼女同様に、私もまた私のファッションで仕事に行く。

それがせめてもの、私のであり、私の見栄のパフォーマンスかもしれない(笑)


私はどうやら・・ムダであることは粋に通ずると思ってるフシがあるらしい。


一説によれば、江戸っ子は3代以上続いて江戸っ子というらしいけど、私はまさに3代目? ん?4代目だったか?

だからってわけでもないし私には特別の郷土愛もノスタルジーも持ち合わせてないんだけど、どこかに、粋を失いたくない!という思いが無意識の中に存在してるのかもしれないって思うことがある。

オシャレは私の戦闘服なのだ。自分自身を鼓舞するための。

日本の読書率は30か国中ワースト2、感情は成長させられるのか?

最近は読書する人が少なくなくなった!とよく言われる。

まあ、たしかに・・・こうゆう風景は日常見かけるけど、
    ↓
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本を持って読んでる人はめったに見かけることがない。


ひと昔前はこうゆう風景だったのにね。
    ↓
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とくに昔の女性は小説好き(男性は新聞を読んでる人も目立つけど)

まあ、これも時代だろう、と思う。

本て持ち運ぶには重いし(欧米には日本のような文庫本は無い)、今なら、スマホやタブレットで電子書籍で読めるもんね~!

スマホをずーーと見てる人でも、ひょっとしたら読書してる可能性もある(笑)

「NO! No. いや、それはないなあ~!
アメリカ人て、本読まないから!」

と、言われてしまった!!

「アメリカ人って仕事や学校で必要な本以外は読まないんだよ。
ヨーロッパ人と違って心にゆとりがないのかもなあ・・・つーか、ただのバカなんかも!」

と、アメリカ人に言われてしまった(笑)


へええ~。 じゃあ一番本読んでる国ってどこなんだろ?
日本はどうなんだろ?


と、調べてみると、こんなデータがあった。(2016年のデータでちょっと古いけど・・さほど変化があったとも思えない)

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https://www.mentalfloss.com/article/55344/which-country-reads-most

トップからベスト30までを挙げてあるのだけど・・ちょっと見にくいんで順位を下にコピペしよう。

   ↓
これは1週間に何時間読んだか?というデータ結果

1. India — 10 hours, 42 minutes
2. Thailand — 9:24
3. China — 8:00
4. Philippines — 7:36
5. Egypt — 7:30
6. Czech Republic — 7:24
7. Russia — 7:06
8. Sweden — 6:54
8. France — 6:54
10. Hungary — 6:48
10. Saudi Arabia — 6:48
12. Hong Kong — 6:42
13. Poland — 6:30
14. Venezuela — 6:24
15. South Africa — 6:18
15. Australia — 6:18
17. Indonesia — 6:00
18. Argentina — 5:54
18. Turkey — 5:54
20. Spain — 5:48
20. Canada — 5:48
22. Germany — 5:42
22. USA — 5:42
24. Italy — 5:36
25. Mexico — 5:30
26. U.K. — 5:18
27. Brazil — 5:12
28. Taiwan — 5:00
29. Japan — 4:06
30. Korea — 3:06

インドが一位かあ。 これにはなんとなく納得できる。

あらら、アメリカって下から数えた方が早いやん。。やっぱ本読まない国なんだなあ(笑)


えええ?
日本って・・下から2番目~!!
それってワースト2!

ちなみにワースト1は韓国!


この結果はいったい何を物語ってるんだろ?(笑)

韓国はものすごーーく「お受験」が大変な国だと聞く。
エリートコースに乗るためには一流大学に入らなければならない、
それが超狭き門で、毎日何時間も猛勉強しないと勝ち組になれない!と聞いたことがある。

つまり・・若者は本なんて読んでるヒマないってことかもしれない。
当然、大人になっても、本なんて読んでるゆとりがないってことかもしれない。


一方、インドという国、ご存じの通り、IT国家、数学が得意、しかも英語を早期習得してる国(ただし訛りはキツメだけど。)

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https://cocoiro.me/article/4414

そのせいか、NASAやマイクロソフト、IBMなどの上層部はインド系で占められているって話だ(笑)


おっと!!ここで、理数系に読書なんてカンケーないでしょ!・・・と思ってはいけない。

実は数学脳を作るためには、情操教育は欠かせないのだ。

事実、インドの教育現場では読書を推奨しヨガも取り入れてるって聞いている。


お受験のための丸暗記して睡眠時間を削ってまで頑張ったところで・・数学脳(サイエンス脳)は出来ないのだ。
出来ないどころが、むしろ、せっかくの脳の働きを殺してしまうのかもしれない。

優れた数学者になるためには、簡単に言えば・・クリエイティブ脳でなければならないわけだし、クリエイティブ脳はリベラルアーツに重きを置かない教育の中では生まれてこない。

こんな話は下記のブログ記事にも書いたけどね。
     ↓
専門バカ、リベラルアーツ
リベラルアーツ続きで・・佐治先生の本を紹介



韓国という国は、何事も日本のマネっ子して伸びてきた国なんだとか。(←これはウチのオフィスのコーリアンアメリカン説)

それで・・「受験戦争日本」の悪いところまでマネちゃって、今では日本以上に一流大学=出世=勝組=幸せと、なっちゃったのかも。


だとしたら残念なことだ・・・。

試験の成績だけにフォーカスしてしまうようになると・・・それに反比例するように、多角的に物事を見つめたり何かを発見する能力は劣ってしまう。

しかも、試験に受かるための勉強ばっかりしてると・・ぜーんぜん勉強が楽しい~♪とは思えなくなる。
これは学生時代の私にも覚えがある。

たとえクラスで1番の成績を獲ろうが人から賞賛されようが、知らず知らずのうちに欲求不満のストレスが溜まってくだけになる。


そりゃそうだ~! 「自分で発見する!」とか「作り出す」喜びが、なーんもないんだもん。

韓国の若者たち、大丈夫なんかなあ~!
いや、そうゆう人たちが大人になるんだし・・大人だって大丈夫かなあ?

もっとも、まだまだ日本だって似たようなものかもしれない。



こちらは、同じ2014年の記事だ。
    ↓
「1冊も本を読まない」…47・5% 文化庁調査で「読書離れくっきり」

これを見ると、日本では若者だけでなく、中高年層ですら本を読まない人が多いらしい。

むしろ日本の場合は、老人になるほど本離れになるとか。


まあ、人それぞれだし別に読書しなくても死むわけじゃなし(笑)・・・・それに代わる楽しみをいっぱい持っているんだったら構わないとは思う。

でも、もしも・・それに「代わるもの」さえ持ってないとしたら・・感情が育たない。


何かに書いてあったんだけど・・感情ってひとことでいっても、それぞれ違うのだ。
英語でははっきり区別して使われるんでわかりやすい。

★feeling(感情)
おもに感覚からくる快、不快がベースになるもの。 心的状態や意識的経験からくるもの。
いや~な気持ち、晴れ晴れした気持ち、爽やかな気持ちなど。

★emotion(情動)
行動・運動的などの外面的反応でもあり、それによって内分泌腺によって生理的活動をともなうようなもの。
「怒り」「恐れ」「愛」などで、もちろん性欲を伴う愛もそうだし、焼肉の匂いを嗅いで猛烈に食べたくなるのもコレだとか。

★mood(気分)
emotion(情動)と比べるともっと長く持続してしかも弱い感情。
なんとなく楽しい、なんとなくふさぎ込んでるなど。
  
★sentiment(情操)
個人の経験や学習を通じて獲得された感情。情緒性。
喜怒哀楽を超えた感情であり、感情に基づいた「感情」「思考」「意見」を意味する・・なーんて説明もあったり、
マインドに近いと言われることもある。



人というものは、長年経験を積んでくると感情も成長していく。
より豊かにまろやかに、極上のコニャックのように。

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より昇華させた豊かな感情が、sentimentになるんだろうと思う。

感情面で成長しないできちゃうと、年をとったら、ただの「キレやすい老人」になるか、悶々としたものを内に溜める老人になっちゃうのかもしれない。

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https://kaigo.news-postseven.com/16400

そうゆう人を作らないために(笑)、ようやく最近では音楽・演劇といった「情操教育」だとか、リベラルアーツも注目されてきたのかもしれない。

また、リベラルアーツとか教育抜きにしても、読書は手っ取り早い「楽しみ」の1つだと思う。

感動や充足感を求めたり、リラックスしてう~んと楽しむ!という意味において、実に手っ取り早いツールだと思う。


ベッドの中でウダウダしながら、好きな本を読むって・・すごい幸せな時間~♪
       ↓
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なんで、こんな楽しいことしなくなっちゃったんだろう?
読書離れはどこにあるんだろうなあ?



そこで巷の声を拾ってみた(Yahoo知恵袋とかOKWeb、Excite質問などより)

●わざわざ小説を読まなくても、今は漫画を見たりアニメや映画を観ることができる。

●小説がつまらないのは、筋がちゃんとわからないようないい加減なものが多いからです。

●とくに純文学作品とか、筋には関係無いことが長ったらしく説明してあったりしてイライラします。

●私は小説だけでなく漫画もわかりません。 ラノベが一番わかりやすく出来てると思います。




そうそう、最近は漫画の読み方がわからない!って人がいることに、びっくり

こんな漫画の読み方サイトまであるくらい。
    ↓
今更恥ずかしくて聞けない!?マンガの読み方!!

なんだこりゃ!

私は子供の頃から漫画大好きだったけど・・それをどうやって読むのかなんて教わった覚えはない!
気がついたら、なーんとなく無意識に読んでてハマってた。

これは昔の子供と今の子供の違いってこと?



小説キライの人たちの声を拾ってみた結果、

ストーリーがわかりやすく起承転結になってないと面白くない!と感じる人が多いようだ。

じゃあ、サスペンスドラマ仕立てが一番いいってことかなあ?


さらに、ストーリーと関係ないようなことが、くどくどと説明してあるのも・・ダメらしい。

でもさあ・・
筋だけ書いてあるんだったら、「あらすじ」だけ見ればいいってことになっちゃうし、わざわざ読む必要ないし~。
ああ、だから読まないんか!

でもねえ・・
あらすじだけだったら、直線・2次元的で色も形も匂いもないよ~!

色や形匂いがなかったら、リアル感ないし~!




ジブリ映画、とくに「となりのトトロ」は、いまだに大人にも子供にも人気らしい。

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ところが、これを一度も見たことが無い人に、ストーリーだけを話したら、どうなんだろう?
きっと一体何が面白いのかさっぱりわからないと思う(笑)

ところが、それが映像になると何回見てもあれは飽きないし、美しい世界についつい引きこまれちゃう。

小説も同様で、小説は文字だけなのに、それを鮮やかにやってのけちゃうところが面白いとこ。
さらに、それがみんなの映像じゃなくって、自分だけの映像になっちゃうとこが、さらにいいとこ。

小説家ってマジシャンみたい!

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しかし・・

うっそ~! 字ばっかりの本みてたって、そんなん感じないよ~!

という人もいる。


おそらく、それは大きくわけて2つの理由があると思う。

●読む人が、あまりにも感じる能力が欠けちゃってる場合
想像力、イメージ力が極端に欠乏しちゃってる場合はムリ。 まずは、そっちを取り戻さないと!

●書く人が、なんか間違ってる場合



私もたまに、説明が長ったらしくてつまんないなあ!冗長すぎるよ~!って感じるときもあれば、それをまーーったく感じないときもある。

音楽じゃないけど、リズムのある文章はそれを感じさせない。
料理じゃないけど、スパイスの効いた文章もそれを感じさせない。



たぶん、そうゆうところで、書き手がプロかどうかってのが出ちゃうかもな~って思う。
私はまったくのシロウトだし小説の技術的なことはさっぱりだけど、そこらへんが書き手の才能だったり、技量だったりするんじゃないかな~って思う。


そんなわけで、優れた小説であればあるほど、漫画化したり映画化したりすると、かえってがっかりってことにもなりかねない😞


ということで・・小説読まなくっても、漫画を見たりアニメや映画を観てしまえば・・というのは大間違い。

根本的にまったく違うものなのだ。 

アジを刺身で食べるか、フライにしてタルタルソースで食べるか、塩焼きで食べるかくらいの大違い。
私はどれも大好き


ここで、もう1つ、よく聞かれる質問がある。

これは、私も何度も聞かれた質問。
    ↓
これだけ多くの小説が溢れてる中で、どうやって面白いものをみつけるの?

まさに、情報リテラシーだね~(笑)

ありとあらゆる情報が溢れてる中で、自分に最適なものを選ばなきゃならない。
間違ったものを選んじゃうと、よけい混乱させられて間違った方向に導かれちゃうことにもなるとか。



で、どの本を選べばいいの?ってことを聞かれるのだ。


そんなことは私には説明できない!!

初めての街で、どのスーパーに入ってどの野菜を選ぶかとか、数あるレストランの中でどの店を選ぶか・・と同じことだから。

まさに勘でしかない!

野菜を選ぶのも服を選ぶのも、みーんな勘で選ぶ。


若い頃は失敗もあったけど、これまた経験を積んでくるとほとんど失敗がなくなる。

「孤高のグルメ」 の井之頭さんが、
「ほ~、いいじゃないか!こうゆうカンジがいいんだよな~」と選ぶようなものだ。
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ときには友人から、「この本面白いよ~! お勧めだよ!」と言われることもある。

あ、この人の勧めなら絶対面白い!と思ったときは、これまたハズレがないのだ!

逆に私も、こういった友人にならお勧めも出来る・・でも、一般人にはお勧めのしようがない(笑)



ある小説の一文を借りれば、

「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまり、どれだけ説明してもわからんということだ」

ってことかもしれない(笑)


どうか皆さん~!

アジの刺身がきらいなら、まずは最高の塩焼きかアジフライを楽しんでください!
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http://bush.air-nifty.com/bushlog/2018/06/post-4cbd.html
そのうち、アジの刺身だって好きになっちゃうもんですよ~♪

読書もまた同じこと。

さすがに・・ワースト2は、酷すぎだよな~。。。

古い思い出とお金のこと

そうだなあ・・私がちょうど30歳頃だったかなあ?
この頃はまだ東京の小さな外資系の会社で働いていたのだけど、そこで1人の同僚と仲良くなった。

私はシングルの一人暮らしで、彼女は2人の子を持つシングルマザーだった。

日本でシングルマザーと聞くと、生活が大変で苦労してるんだろうなあと思われがちだけど、彼女は、なかなか余裕ある生活をしていた方だと思う。

都内にある家は一戸建ての立派な持ち家で、離婚したご主人からは月々かなりの生活費を貰い、また本人も働いている。
しかも、なかなかの高給取り。

その彼女がある日、私に言った。

「ねえ、アナタ家買う気ない? 私ね、そろそろ長野の田舎に引っ越すかオーストラリアに移住しようか?って考えてるんよ~。」

「は? 家買うなんて考えたことないっす!」

「アナタになら安く売ってもいいわよ。 ん~、ざっくり、5千万でどう? ちょっと古いけど、荻窪駅徒歩15分、二階建ての庭付き一軒家、 悪くないでしょ? ただし一括払いにして欲しいんだけど・・」

「はあ? 一括払いも何も・・私、今、全財産53万円しかないよ!!
50万円なら買ってもいいけどな~、貯金3万円残るし~。

「え? マジ???」


しばし沈黙のあと・・彼女は言った。

うっそ~! アンタ、よくそんな生活していて不安にならないわね!!
私だったら、銀行預金が100万円以下になった時点で真っ青になるわ~!」

え、そーなの?

今度は私がびっくり。

「私、自慢じゃないけど100万円以上になったことないよ~。いつも似たようなとこを増えたり減ったりで。
10万円以下になったときは、さすがにネコの病院代が払えるかどうか心配になってきて、夜バイトしよっかな~って思ったことはあったけどね。」


このときはじめて、お互いの金銭感覚の違いに気がついたのだ(笑)


その少し前にも、40代シングル女性の同僚から、こんなことを言われていた。

「あなたの年でシングルの女性の場合は、せめて片手くらいのお金は貯金してなきゃダメよ!」と。

「片手って50万? だったら今ならあるぞ~。

「おバカ! 500万よ!!」



え? 現在の給料でしかも一人暮らしで家賃払ってて・・・どうしたら溜まるん?

海外旅行も、好きな食べ歩きも、見たいコンサート、演劇、映画も、本も、パソコンも・・ネコも養えないぞ。


そこで思い出した!

あ、そういえば1年で100万円溜めるという友人👨がいたよなあ。
しかも・・契約社員だったかバイトしながらの、東京一人暮らしで!

どうやって貯めるつもり?・・と聞いてみた。

「ウチ、家賃3万円のボロアパートだよ。 で、毎日スパゲッティーを中心に食べてる。
スパ麺茹でてトマトをつぶしてガーリックと一緒に和えたり、毎回安い材料で工夫するんだ。
ゴハンメニューより、ぜんぜん安上がりなんだよ。
他は極力何も買わないし、今着々と目標どおりに溜まっていってるよ! 」


ひええ。

「ところで、なんで1年で100万円溜めなきゃなの?」

「今、ロシアと東欧旅行を計画してるんだ。 少なくとも3か月以上かけて気が向くままに、ゆっくり回る旅をしたいからね。」

「そのための資金か~。 でも毎日そんな生活してたら、ストレスたまんない?」

「そうだなあ・・せめて2か月に1回だけは友人とレストランで外食するかな。
そのときは、好きなものを好きなどけ食べるようにしてる。
そうそう、そろそろ2か月目になるから・・なんだったら、一緒に食事に行かない?」

と連れていかれたのが、ルーマニア料理のレストランだった。

このようなフルコース食べた。
(下記画像はWeb上で拾ったもの)
*アメリカのサイトから拾ったものなので盛り付けはキレイじゃないけど・・日本で食べたときは盛り付け方がすっごくキレイだった記憶がある。

料理名は忘れちゃったけど・・

ロールキャベツ風のもの
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ビーフシチュー風のもの
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こちらはブレッドにシチューを詰めたもの
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「パパナシ」というデザート
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「これはね、パパナシといってね、ドーナツの1種なんだけど、ルーマニアのフレッシュチーズやレモンの皮を生地に練り込んで、上からジャムやサワークリームのソースをかけてるんだよ。 このジャムはブラックチェリーのジャムだよ。」

なーんて、説明してくれたっけ。

いやあ、懐かしいなあ。
この人は東欧&ロシアに関することなら、なんでも実によく知っていた

そして彼はいつも「私の食べ歩きの友」だった。 ただし、東欧料理とロシア料理部門に限られてはいたけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局私は生活パターンを変えることなく、数十年が過ぎていく。


私は一時、様々なゲームにハマってたことがあって・・あるとき、スマホで、カジノ・スロットゲームをやっていた。

これ、実際のカジノにあるマシーンとまったく同じで面白かったのだよ。

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ところが実際のカジノでするゲームじゃないんで・・最初は10ドル程度の掛け金でスタートしても、そのうち、10万ドル百万ドルと掛けられるようになる。(実際のお金じゃないからね~。いくらでもお金持ちになれるのだ。)

それが面白かったんだけどね~。

ところが、

そこで気がついた。

なあんだ! 
1ドルの掛け金であろうが百万ドルの掛け金だろうが・・まったく同じじゃないか!


これじゃあ、貧乏人でも金持ちでも変わらないよなあ、と。



そういえば、「社長さん」と呼ばれる人だとか、芸能人、著名人という人たちに憧れる人も多いと聞く。
私もそうなりたい!と思う人も多いんだとか。

大きな会社の社長さん、芸能人、著名人 = みんなお金持ち = 幸せ と思ってるからじゃないかな?(笑)

ところが
入ってくる金額が大きいということは、出ていく金額も大きくなる・・という基本を忘れてることも多い。

また、当然リスクだって大きくなるわけで、それに比例して苦労は多くなる(笑)

みなさん、華やかなとこだけにスポットを当ててみてるだけなんだと思う。



つまり、年収数百万程度のサラリーマンも、社長さん、芸能人、有名人も、基本みーんな一緒。 
苦労は一緒。

「働かなきゃ生活できない」という意味において、みーんな一緒。


スロットゲームをやっていたとき、10ドルの掛け金だったときも百万ドルの掛け金だったときもゼロになるときは一緒だったしね。
大当たりをしたときのスリリングな感覚やエキサイティングな感覚も一緒。


実生活もまるで同じだよな~と思ったわけだ。


中には「生まれた瞬間から生活費には困らない」ような大財閥に生まれちゃう人もいるけど・・
それはそれで・・おカネ以外のとこで、もっと不自由な苦労な人生に思えてくる。


・・・・・・・・

そもそもお金って、バーチャルなものだよね。

いまどき金貨や銀貨じゃないし、紙切れだよ! 紙切れ!
それを「日本銀行券」って信用だけで流通させてるだけだもん。


しかもそれが昨今では電子マネーも登場して、ますますバーチャル化する一方。

私もめったに現金を持たないカード生活なので、ほとんど実感がない。

ところが銀行に入ってる数字をみたとたん、人々の安心感や不安感が生まれてくる(笑)

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ところが、ある日突然大災害が起きてすべての銀行データが消えちゃったとしたら・・一億の貯金がある人も10万円の人も、みーんなゼロになっちゃうのだ。(借金も消えるけどね~)
サイバーテロが起れば、これまた同様。


でも人というものは、なぜか、こういうとこだけは都合良く考える(笑)
    ↓

そんなことは実際には滅多に起きるわけないし~!(滅多に・・とは自分には起こらないと考える)
起きたところで今はすぐに復旧させられるシステムになってるから大丈夫、と思って安心してしまう。



で、やっぱり銀行に入ってる数字を見て一喜一憂する。


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お金持ちほどケチだよねえ。

という言葉をよく聞くけど、

これは間違いかもしれない、と私は思っている。

お金持ちほど不安な人が多いんじゃないかな~。


たとえば最初に登場した私の友人、
「銀行預金が百万円を切りそうになったら、真っ青になる」って言ってた人。

たぶん、彼女に「今月家賃が払えなくなりそうだから10万円貸して~」とお願いしても、NOと断れれるだろう。

「じょうだんじゃないわよ。 私だってお金無いわよ! 貸せるお金なんてないわよ。」と。

うっそ~! だって百万円は貯金あるって言ってたじゃない!と怒ってはいけない(笑)

だって本当に、彼女は百万円しかない! と不安になってるんだから。

同様に1千万円しかないと不安がる人もいれば、たったの一億しかない!と焦る人だっているだろう(笑)

ケチなのではない! 
不安なのだ!



逆に、当時の私だったら、「わーい、今銀行に50万以上も入ってる!」と思ってるわけだから、
「おう! いいよ~。 10万円なんて楽勝!貸してあげるよ~!」となったことだろう。


どっちがケチとか気前がいいとかの問題でもないし、冷たい人優しい人ってことでもない。

どこで不安を感じるか?ってことだと思う。


不安が増えれば増えるほど、他人からみれば、ケチにもなり、冷たい人にもなり、イライラしたりギスギスしたりの嫌な人間にもなってしまう。

不安の原因ってのも色々あるけど・・お金の不安は大きな要素を占めるものになりかねない。

さらにお金の不安は、自分がこれからの生きていく道すら誤らせることにも・・なりかねないのだ。
お金をゲットするために!がトッププライオリティーになっちゃったりするから。


だからといってお金を悪者にしちゃいけない!

「たかがお金、されどお金」で、とくに都会生活するなら、ぜんぜん無かったら生きてはいけないのだから。


そのどこにボーダーラインを引くかってことじゃないかな?

貯金はほとんどないけど、それでも健康で今は好きなことをしながら楽しい生活は送れている。

でも、それでもやっぱり心配でたまらない、という人もいる。

なぜ?と聞くと・・

もしも、事故にあったり大病をしたり悪いことが起こったとしたら、ぜーんぜんお金が足りなくなるから!と言う。


ん? じゃあ、いくら貯金があれば安心なんだろう?

実際、知人のアメリカ人で、この方はとても心配症で「貯金が大事」って人だった。
若いときからコツコツと溜めて500万ドルもの貯金をしたのだ。

ところが突然の不幸に見舞われて大きな家も車も何もかも失い、今では抜け殻のようになってしまってると聞いたことがある。


先のことなんて起こるときは起こる。
起こらないときは起こらない。



まあ、そんなものだ~。

起こるときは、たとえXX万ドルだろうが、ビリオンあろうが、なんの解決にもならないことだって多い。


また、お金に対する心配性や不安を抱えてる人に限って、そういったハプニングが起こりやすいようにも思える。

たぶん、不安が引き寄せちゃた結果じゃないのかな~。

たとえば、

今現在はそれなりに生活は回ってるのに、ああ、ダメ~!もっとお金が無いと不安だ~!と
好きなことも我慢に我慢を重ねて貯蓄し続けてる人の場合、

それこそ、お金にまつわる不幸を引き寄せてしまう気がするのだ。

健康に注意し過ぎて、大好きな甘いものを我慢し続けてストレスをためて大病しちゃうようなものかも(笑)


「喜べば喜ぶことが起こってくるのざぞ。悲し気は悲しき生むぞ」

これは日月神示の一節だったように記憶している。



そうは言っても、人はときには我慢して貯蓄することも大事だ!

東欧旅行に行った彼のように、計画を立てて我慢して貯蓄しなかったら目的は実現しなかっただろう。
(実際彼は1年で目標金額を溜めて旅立って行った)


当時、彼は人から「アイツってビンボー臭いし一緒に歩きたくないよな~」なんて陰口を言われてたのも知ってる。
実際、超ビンボー生活してたもんね~(笑)

でも、そのビンボー生活しながら、自分でも「毎日が辛いぜ~!」って言いながらも、それでも楽しそうだった。
いつもどこかキラキラしてて楽しそうだった。

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口では俺も我慢し続けたよな~とは言ってたけど・・彼の我慢はキラキラした我慢だったと思う。

我慢するなら、キラキラと楽しい我慢をしなきゃかも~♪



私は特に彼のような大きな夢はなかったけど、それでも若い頃は毎日を楽しんでいたと思う。

うーーん・・・一番大きかった支出は乗馬レッスンかなあ~、と、海外旅行もか~。
英会話とか陶芸のクラスにも通ったけど、乗馬と比べりゃまだまだ微々たるもんだった気がする(笑)


その当時、母には、
「あんたって、どうしてそう浪費家なの! そうゆうムダをすべて止めたらかなりの貯金が出来るはずよ!
ああ、もったいない! ムダ使いばっかり!」
と言われ続けたもんだけど(笑)

私としては、何1つムダだと思うものはなかった。

やりたいことを片っ端からやっただけ。


今想っても、やっぱりムダは何一つ無かったと思うし、そういったすべてが現在の自分を作ったんだろうなあ、とも思える。

そのときどきの経験と幸せのすべてが、今思い出しても、過去のことでさえ幸せな気分にさせてくれるし・・

私の考え方や感じ方まで変えたんだろうな~と思うのだ。


もしも、あの頃、何もせずに貯金だけをしてる私だったら、たしかに、片手分(500万だったよな? 50万じゃなくって・・)は溜まったかもしれない。

でも、結局すべてを失ってしまい・・年を経た今、ああ、私って何て不幸! お金も無いし家族もいない一人ぼっち。
こんなんで病気したらどーしよう!孤独死したらどーしよう! と、不安だらけの嫌~な性格の意地悪ババアにでなってたような気がする。

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ああ、ヤダヤダ~(笑)

でも・・乗馬にはずいぶんお金かけたと思うけど・・おかげでどんなに馬がステキな生き物かも知ってるし、風を切って走るときの爽快感や愛おしさがアリアリと今でさえ蘇ってくる。 ふと思い出すだけで、今でも幸せな気分になれるのだ。

これは大きい!

おかげで、私は、イヤ~な意地悪ババアにならずにすんでるのかもしれない!

ところがねえ~、
中には「過去の楽しい思い出は浸れば浸るほど現実は寂しく感じるものだ!」って言う人もいる。

それは、NOだ!

本当にステキな思い出は色あせることなく、現実だって幸せに変えてくれるものなんだよ~

私には苦い思い出も無ければ(←たぶん苦いのが消えちゃってフツウの思い出になってるんか?)
甘酸っぱい思い出も無い! 甘露な思い出ばっかし

・・・・・・・・・・・・・・・

今、あの二人の友人はどうしてるのかなあ?
連絡先がわからなくなってしまって、もう久しい。


今想えばだけど・・

あのときの会社の同僚だった友人、百万円以下で不安になるといっていた人も・・

家を即金で安く売ってまで、田舎暮らしかオーストラリアに移住しようと思ったのは、
都会暮らしの、そういった不安から逃れたかったのかもしれないなあ・・と思う。


やっぱ一番大事なことは、

不安はさっさと解消して毎日を、一分一秒を楽しく充実して過ごすことに尽きると思う。

そしてその不安もまた、実は自分の中で作りあげただけの幻影に過ぎないのかもしれないのだ。


あ、お金のこと?

お金はバーチャルなもの、されどお金でもある。
でもね~、やっぱ墓までは持ってけないしね~(これは月並みに言われてることだけどね。)

そんなことで一喜一憂して不安になるよりも、楽しく過ごしてた方が、なぜか絶対、金運も引き寄せる。

不安だけは・・ロクなもんにしかならないから要注意だ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は若い人たちには、本当に好きなことをいっぱい経験して欲しいなあって思うし・・

老い先短い人ならば、残りの人生を死ぬ気で楽しめ~!と言いたい(笑)

そうゆう人たちには、必ずお金も必要なとき必要に応じて入ってくる!
(ただし、莫大なお金が入ってくるってのは違うけどね~)


お金はタダのモノに過ぎず、良いものでも悪いものでもない。

ただし、人の気によって引き寄せたり引き返したりする、波のようなものに過ぎない、と思うのだ。

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首里城消失で思ったことあれこれ

ここんとこ、沖縄の首里城や岐阜県の白川郷など、精神的意味を持つような場所ばかりで火災が起こったような気がする。
そういえば、今年の春には、ノートルダム大聖堂もかなり大きな火災に見舞われたことも思い出した。

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いずれにしても、価値にして数百億とか言われるような、歴史的建造物が損なわれるということは・・
漏電だとか、たまたまの火の不始末だったか、火付けだったか・・・そんな原因だけで語れないようなものを感じてしまう。


なんらかの因果の結果起こったことなのではないか?


国を揺るがすような大きな天災や事件が起こるときというのは、だいたいにおいて、

●人心が乱れているとき、または国家の向かう方向が修正されなければならないとき
では、ないだろうか?


また、それはさらに、一定の周期で太陽活動の最大期に起きている
というデータもあるくらいです。

投資家たちの間では、そんなの常識~の話らしく、太陽の黒点活動と景気や気象の関係を調べてる人たちも多いようです。(ちょっとググると、すぐヒットしてきます)


社会の騒乱や革命、911などの大事件、株式相場の大暴落、天変地異など

これらが「基本的に太陽活動の最大期に起きている」ということは、すでにオカルト話ではなく、今ではデータをもとにした現代史上の事象とされています。


考えてみれば、それも当然なわけで・・

黒点ゼロ=太陽活動が活発であれば、放出される磁場が「人間」に影響を与えるわけで、

騒乱や革命などの大事件も、株式の売買も、その人間が行なってるわけだから・・

ということですもんね~。


ちなみに、今現在の太陽活動はどーなってんだろ?と思って調べてみたら、

http://swc.nict.go.jp/trend/sunspot.html

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見事なまでに、ほとんどゼロ!!

これが現在の太陽だそーで、
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ぜーんぜん、黒点ないですね~。


あ、だからといって、
そうか! 太陽のせいか~!、んじゃ、仕方ないよな~!と思ってしまうとしたら、これまた違うと思います。

占いに凝ってる人が、あ、きょうは厄日だ!害日だ!と、ビビって実際に悪い事が起っちゃうのと一緒。
悪いことが起きると、厄日だったんだから仕方ないよな~と思ってしまうのとも一緒(笑)


逆に考えれば、人間の意識(想念)が太陽や天体に影響を与えているとも考えられるわけです。

人々の想念が波となって太陽に影響を及ぼして黒点ゼロ、それがまた人々に影響を及ぼして、相乗効果で悪い時はどんどん悪くなるってこともアリかと思います。

そうであるなら、

むしろ、ゼロが続くときは、リラックスした気分で楽しいことして過ごそうと、心掛けるのが一番いいように思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

沖縄といえば、以前に沖縄のスピリチュアルについて書いたことがありました。
     ↓
琉球スピリチュアル_マブイについて

なんか、こうゆう沖縄の文化・考え方をみていると、古代日本の文化や考え方をそのまま継承してるんじゃないかな~と思ったりします。

政治というのは、政(まつりごと)とも呼ばれる。
まつりごとというのは・・祭政一致(さいせいいっち)のことで、

精神性と行政が一致してるものでなくてはならないもの


という考え方が基本にあります。


琉球王府の尚真王(しょう しんおう)聞得大君(きこえおおきみ)を中心に神女、その下にノロを置くという神職組織を作り上げ、

聞得大君(きこえおおきみ)
  ↓

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行政は男(宦官を含む)エリート集団で行うという、2本立て政治(まつりごと)を行っていたわけです。

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(写真はドラマ・テンペストより)

つまり、女が神からの声を聴き民意を知り、男が実質的な行政を行う、という完全分業制。

それは、政(まつりごと)の半分、精神や方向性において女性の力が大いに必要とされたということです。

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実際、サイキック能力というのは母系遺伝で受け継ぐということが多いようです。

お祖母ちゃんに優れたサイキック能力があると、その娘や息子も同様な能力を受け継いでいることが多い。
娘から、またその娘へ受け継がれる。(お祖母ちゃんからみて孫娘)

ところが息子の場合は、どんなに優れたサイキック能力を持つ息子であっても、一代限りで終わることが多いという。
(サイキック能力のある息子から、その息子や娘にも受け継がれることは非常に稀)

沖縄で神人(かみんちゅ)と呼ばれるのは男だけど、ほとんどお母さん、またはお祖母ちゃんが優れたサイキック能力を持っていたって聞いてます。

母系に受け継がれるって・・これってミトコンドリアDNAなんだろうか?



おそらく、そういったことを、よーーく承知していた沖縄では、女性を精神性の拠り所としてまつり事にも参加してもらってたんだと思います。

これは古代日本の在り方とも、共通したものを感じます。


女性は内にあり天からの声を聞く者であり

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男は外に出て、その声を精神的拠り所として行動し、内にいる女性を守り糧を得てくる者。
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そういった考え方が、沖縄では明治政府になって合併されてしまうまで、残っていたってことにはびっくりです。

だからこそ、今でも沖縄人はスピリチュアルは身近にあり、何かあればユタに相談したり・・
学校でも年に1度は、ユタを呼んでお祓いしたくらいで、ちゃーんとユタ費まで経費に組み込んであったとは驚きです。

これは40代半ばの人に聞いた話だけど・・現在はどうなのか? わかりません。。。


さすがに現在の沖縄では、多くの神事や公にノロを育成したりすることも、もう、ほとんど行われなくなってきたそうで、
多くの沖縄特有の神事も年々消えていってるって話です。


もっとも、本土では早い時期にすでに消滅してしまっていて、

神の声を聞く~? 祭事を行う~?なんてのは迷信じゃい! 
政治とは関係なーい!


という方向に向かってしまいましたけどね。

と、同時に重要な女性の役割も消えてしまったのかもしれません。


神の声を聞く役割。
これは、なかなか大変なことであり・・

もしも、神の声を聞ける女性が、

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https://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/himikoo.htm

我こそは神に選ばれし者! そして私もまた神なのだ~!となっちゃったら、ヤバイですね~(笑)
たまに、こうゆう霊能者とか教祖様っているみたいだけど。


こうなると・・せっかくの2本立て政(まつりごと)を行ってる国も、滅びの道をたどります。


女は神の声を聞いて伝えるお役目を授かってるだけ。
男は行政の役目を授かってるだけ。



それだけのことなのに・・。


・・・・・・・・・・・・・・・

残念ながら、多くの天変地異や大事件が起きても、今は政治の中枢にいて天の声を聞いてくれる人はいません。
それを国民に告げてくれる人もいません。


私は「なんらかの因果の結果起こっている」、という気がするのですが・・

そこには必ず、見直さなければならないこと、考え方を改めなければならないことがあり、

悪い現象が起こることでそれを示唆しているのではないか、と思えてならないのです。


こういったことは、私たち個人にも言えることで、

最近、なんか病気っぽいなあ、とか、感情や思考に乱れがあるなあ、とか、運が落ちてるよなあとか、
そう感じるときは、必ず、何か根本的に見直さなければならないことがある、と思います。

残念ながら、個人の人たちも・・よっぽどの大事にならない限り、小さなことにはスルーし続けちゃう人も多いようで・・
たまたま運が悪かっただけとか、年だからとか、若いからとか・・自分に自分で言い訳して胡麻化しちゃうのかもしれませんね(笑)

そうすると、ますます、大きなことが起こるようになってくるもんです。

それは個人も、国家も、地球規模でも、同じように思います。

・・・・・・・・・・・・・・

私は以前は、男女の違いということには無頓着だったんですが・・
男性は男性として、女性は女性としての役割ってものもあるかもなあ、と最近は思うようになりました。

それは、世間一般の常識やステレオタイプでいうところの「男女の役割」ということではなく、もっと潜在的なものからです!


たとえば、結婚して子供のいる家庭の人たちを見た場合、

妻が家にいて夫が外で働いていて、しかも夫は常に家にいる妻に、何事も相談して決めているような家庭。

こうゆう家庭の方が「家庭」としてうまく行ってるウチが多いようです。


逆に、夫が何ひとつ妻には相談もせずに「仕事に口だすな」なんて家庭だったり、
また、精神的に自立出来てないような妻、依存心が強いような妻の場合・・どっか破綻してるような家庭だったりしてます。

最初は良くても、必ずこういった家庭は崩壊していくようです。



もちろん最近の事情では、共働きをしなければ経済的に回らないという現状もあるので、
これは「専業主婦」か「働く主婦」か、なんて形のことではなく・・

ただ、女性はでーんと家庭において精神的に男性を支え、また家庭を丸ごと支える役割があるのかなあ、なんて思えてきます。

女の子の方が成熟するのが早いというのも、そういった意味があるのかもしれませんね。


少なくとも、「世界を牛耳るのは男、女は家にいて子を産み、口出しせずに家事と子育てしてればいいんじゃい!」
な~んて思ってる家庭に、良い未来はないと思いますね。


当然、そういった国家体制をとっている国があるとしたら・・それは国家ごと未来はないように思います。

織田信長という人(その2)

<<前回からの続き>>

織田信長さんの、悪名高い部分をいくつか挙げてみる。


●比叡山の焼き討ち
<比叡山を焼き討ちし、学僧、女子供を含めた数千人を殺したことで鬼と言われるようになった出来事。>

歴史あるお寺を焼いちゃって、しかもそこにいるマジメ~なお坊さんや女子供までも殺しちゃうって、いったいどんな人なんよ!・・って、小学生の頃は思ったもんです。 まさに鬼のような怖い人だと(笑)

これが大人になると、決して神聖な場所=お寺ってわけじゃないかもな~ということも見えるようになる。


比叡山延暦寺は、平安時代、最澄により開かれた天台宗の山寺であって、たしかに昔は天台宗を学び修行する敬虔な人々の殿堂だったのだろう。

ところが、宗教というもの、時代とともに力を持つようになると、色々とんでもないことになるのが常。
1980年代に日本でも、ある宗教法人が起こした事件はいまだに生々しい記憶に残っている。


さて、比叡山がそこまでのものだったかどうかはわからないが・・

僧兵を置いて武装し、結構好き勝手放題にやってたらしいのは確からしい。
誰も手出しが出来なきゃ、そうなるわな。

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そういえば、その昔白河上皇だったかが・・

「私の思い通りにならないものが3つだけある。サイコロの目と鴨川の水と山法師だ」と言わしめた程、比叡山延暦寺を中心にした寺社勢力はアンタッチャブルで厄介なものだった。

宗教というものは一歩間違うと怖いものに変じてしまうのかもしれない。(←信長より、こっちの方がよっぽど怖いぞな。)


とくにこの時代、みんな迷信深かったし、天罰が当たると言われれば誰も手出しができなかったのだろう。


これは新平家物語の中にもあった話
    ↓
叡山の山法師たちが、自分たちに都合のよい要求を通すために、日吉山王の神輿(みこし)を担いで京の都をデモ行進し、皇居へ運び入れるってことをしてたらしい。

これを、強訴(ごうそ)と呼んだそうで、
この神輿(みこし)の前では、天皇すら、階を下りて地にひざまずき、礼拝しなければならなかったという、絶対的な象徴だったとか。

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たとえ、それに矢を射ても、矢は「神輿(みこし)に当たらず、すべて地に落ちてしまう」
「射る者があれば、たちどころに血ヘドを吐いて死ぬ」
と信じられてたそうな。


ところが、それをやっちゃったのが、平清盛さん。

清盛のドラマより
きよもり13


「人を、悩ませ惑わせ苦しませる神や仏が、あろうはずがない。
もしあらば、外道の用具に違いない」
と言って、矢を放ったそうだ。


矢は見事に命中し、清盛さんは倒れるどころかピンピンしてた。

なかなかやりますな~! 清盛さんも! 

・・・・・・・・・・・・・・・

さらに時代を経て、さすがに・・神輿を担いで強訴はなくなったけど、やっぱり信長さんの時代にも、まだまだ神仏を恐れるという感覚は強かったし、「比叡のお山は神域」というイメージはみんなが強く持っていたことだろう。

それをいいことに、延暦寺は相変わらず僧兵軍団は持ってるし政治にも口を挟んでくる。

え?どこが敬虔なる宗教団体なん?と思うほどに。

信長に敵対した浅井朝倉の残党は匿うし・・それも仏の慈悲の心で匿ったというのでもなさそうだし、
何やらあれこれと戦略をたてて企んでいたフシも大アリなのだ。


そこで信長は討伐を決心する。

信長にとっては宗教団体も敵対する武将も一緒のこと。
(信長さんは無神論者だから。 仏教もキリスト教も信じてないし天罰なんかありえね!って思ってる)

でも信長配下の武将たちは、ええ! 比叡山をやるんですかい??とビビりが入ったのも確からしい。

おいおい、キミたち、一向宗だって宗教法人じゃないすか!
なのに、一向宗を鎮圧するのは平気なくせに、なんで比叡山はダメなん?と、私も、ついツッコミを入れたくなってしまうのだが・・・

そこはやっぱ、一向宗は当時の新興宗教でポッと出だったし、比叡山は平安時代からの歴史のある大御所みたいなもんだったから・・大御所には神仏がついてる、畏れ多い! ってことだったのだろう。

今でこそ、浄土真宗も浄土宗も天台宗も、みんな歴史ある宗教になったけどね。


そこで武将たち、

比叡山は、なにかと敵対する態度だし僧兵で武装はしてるし、しかも女まで入れて最近は堕落した坊主が多いとは聞くけどさあ、
なんてたって歴史ある比叡山だからなあ。
仕方ないよな~、手出しは出来ないよなあ~。
つーか、いくら信長様の命令でも・・神仏がいるとこは・・したくないよな~!



というのが本音だったかと。


ところが、ここでまた言わせてもらうけど・・

信長さん、常識ってヤツを、もともと持ってないから。
信長さん、無神論者だから。


彼の中では、ただの敵の城攻めと一緒のような感覚だったのだろうと思う。


むしろ、そういった常識に縛られ何もできなくなってしまう家臣共に、あえて常識を突き抜けさせたいと思って命じたところもあったかもしれない。


さて、実際のところはどうだったのか?というと・・
    ↓
多くの罪の無い人々が何千人も殺され、山のすべてが焼け野が原で、何百年もの宝物も焼けて・・と言われ続けてきたわりには、

昨今の地質学的な研究によれば、この焼き討ちで焼失したのは根本中堂と大講堂くらいで、貴重な宝物というものも、言われているほどなかった・・という研究結果も出ている。



●馬揃えで天皇家に軍事力を見せつけたこと

●蘭奢待(らんじゃたい)の削り取りで、天皇家&公家に高圧的態度を見せつけたこと


この2つの出来事は、信長が天皇家へ、その軍事力を誇示し、高圧的な態度をみせつけるためのものだったと言われることが多い。


ところが、これまたちょっと調べてみると、

馬揃えのきらびやかなパレードがみたい!と言い出したのは天皇さんの方で、天皇さんが見たいって言うんだったら、この際うんと派手にやりますか~!となったらしいのだ。

蘭奢待(らんじゃたい)というのは、今でいうアロマ、炊くと良い香りがする香木のこと。 それも最高級品とされている。

東大寺の正倉院の秘蔵のお宝の1つ、そもそも正倉院というのは、東大寺の大仏様を建立した聖武天皇が生前に集めたお宝を、奥さんの光明皇后が1ヶ所に納めた倉庫のこと。 中のお宝は、ぜんぶ天皇家の物ってわけ。
ところが、天皇だっていつでも自由に出入りして見られるってわけではない



そんな場所に、信長さんが武力で正倉院に押し入って蘭奢待を切り取ってしまったわけではない!
(そりゃ、盗賊だがな~)

信長さんは、事前に関白さんの許可済みだったらしい。

ところが、天皇さんは、どうやらそれを聞かされてなかったらしいので、え?僕は許可した覚えないのに~!と驚き、ちょっと不快感を示したとか。

このときの天皇さんは正親町天皇だったと思うけど・・天皇公家衆といったって、こちらも1つにまとまってるわけじゃなかったみたいで・・正親町天皇vs.近臣たりの間でもなんやかやあったようだ(笑)


それにしても、なぜ信長さんは蘭奢待を切り取ったんだろう?

ちなみに蘭奢待を切りとった人を調べてみると。

寛正六年(1465年)、足利義政
天正二年(1574年)、織田信長
明治十年(1877年)、明治天皇


この3人だけ。

もっとも正倉院の宝物殿の見学が許されて、蘭奢待を実際に見たってだけの人だったら、他にもいる。
藤原道長とか足利義満とかも、見るだけなら見てる。 切り取らなかったけどね。

まあ、足利さんとか藤原さんとかは天皇家の親戚筋みたいなものだったけど、信長さんはまーーたく関係ない尾張の小大名の子だからねえ。 この中では確かに異質な存在ではある(笑)


なのに、なぜ、切り取ったのか?

香木に興味深々で欲しかったのか?
好奇心旺盛の信長さんだから、それもアリかもしれないけど・・なんとなく政治的な目的で奈良へ赴く口実として、正倉院に立ち寄った・・ような、そんな別の目的があったような気がする。

なので、高圧的な態度で武力で!というのは、実際にはあり得ないと思う。


若い時はうつけと呼ばれたり、こーんなファッションしてたらしいけど・・

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https://yururito-sengoku.com/sengokuodanobunaga1/sengokuodanobunagautuke.html

それでも斎藤道三との面会では、こうなったわけだから・・
   ↓
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若いときから筋目を通した方がいい時や場所は心得ていて、いつもヤンキースタイルでのし歩くアホじゃないってことだね(笑)

東大寺や春日大社を参拝する時の信長も、「一段慇懃(いんぎん)」と当時の関係者の日記(にも記されているらしい。
つまり、実に真心こもった礼儀正しい態度であったと書かれている。



●信長は神になろうとしていたという説

これは、安土城の一角だったかに、信長の代わりとなる御神体(ただの、そこらの石)を安置して、これを拝め~!って信長が命じたと、ルイス・フロイスが記したことが発端になったもの。


あははは。 これ、ホントにやったかもしれない(笑) 
これ、信長流のギャク入ってたんじゃないの?と、私は思ってしまうのだが・・。

神仏とか言って熱心に願いをかけたり拝んでる人を見て、アイツらアホか!
なんでも拝めばいいってもんじゃないだろ!
だったら、ワシも神になれるわい! と、そこらの石を拾ってきて、これがワシのご神体だ! さ、これでも拝んでろ!


みたいな事だったのではないかと・・(笑)


ところが、ルイス・フロイスはそれをマジに受け取っちゃって、信長は自分が神だと思っている!ってことになっちゃったのかも。

ルイス・フロイスって人、信長をなんとかキリスト教の信者にしようとして、見事失敗しちゃった人だからね~。

そこで、
この人は何の神も信じてない。自分が神だとでも思い混んでる!恐ろしいヤツだ!って自分で思い混んじゃったのか・・
それとも、キリスト教徒に出来なかった腹いせに、わざと信長を鬼のように描きたくなったのか・・・・

そこんとこはわからないけどね~。

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ルイス・フロイスもフランシスコ・ザビエルも属していたのはイエズス会だ。

キリスト教は博愛の精神で情け深くって、世界中の人々を救うため苦労して旅をして教えを広めてるんだな~と・・これまた私が小中学生の頃に思ってたこと(笑)

ところが、キリスト教の宗派も色々あって、当時だって宗派の違いで血を血を洗うようなありさまだったし・・また、イエズス会というのは昔から黒い噂が絶えないことでも有名な宗派でもある。


なぜ、この時代、イエズス会だけが日本にやって来たのか?

そもそも、世界中に派遣する修道士たちの生活費はいったいどこから出てるんよ?

それを誰が何の目的で出してるんよ?と考えるてみると・・なかなか、愛と博愛の精神で世界中の人の幸せにするため~なーんてキレイごとだけじゃすまない何かもありそう(笑)

イヤだね~、大人の世界は!


信長さんは、一切宗教に関心なし。

キリスト教を重んじたのは、広い世界に目を向けるため、新しい技術や道具を知ることが目的だった。(これは周知の事実)

仏教だって関心なし!

仏教の歴史で忘れちゃいけないことは、当時の、とくに庶民が信仰していた仏教は「来世仏教」だったということ。
これは死んでからのことが重要で、極楽浄土にはどうしたら行けるか、どうすれば地獄に落ちないで済むかが課題だったのだ。

だからこそ、ビンボー人はただただ拝むだけ。(それでいて不具者は前世の行いが悪かったせいにして無視しちゃったりする。・・これ前回に書いたけど)
金持ちはお堂を作って善行を積もうとしたりして、戒を破ちゃったことに対する贖いで許されようとしてたってわけ。
(人間、罪の1つも無いって人はいないからね~)

ただ「禅宗」はちょっと違って、死後のことはあんまり言わない。 それよか、とにかく座禅あるのみ。
座禅によって悟りを獲得するから、とにかく座禅あるのみだったそうな。

これもまた、信長さんの次元じゃなかったんだろう。



ならば、信長さんの死生観は?
それは・・「死んだら人は一握りの灰になる」


ここらへんのところが、スピリチュアル信奉者には、だから信長は権力と財力だけの唯物主義者だ!と嫌う人も多いところ。



だけど、私には信長さんが、即物的・唯物論者だったとは思えないのだ。
リアリストだったとは思ってるけどね。

彼が好きだったものは、茶の湯と能

利休を見出し用いたのも信長だったし、多くの茶器の収集をしたことでも有名だ。


茶の湯の極意、その魅力はどこにあるのだろう?


それは・・わびさびという言葉に尽きると思う。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%B6%E5%AE%A4

「侘び」というのは、「侘ぶ」という動詞からきていて「思い通りにならない感情」が原義だと聞いたことがある。
「寂び」の原義は「生命力が衰えること」なのだそうだ。
人が孤独で生きていく力が無くなったら、それは“寂しい”になり、金属も時を経て錆が出る・・ということにも通ずる。


思い通りにならないこと、古びて孤独になったり寂しくなること・・なんだかネガティブなようだけど(笑)

一見そういったネガティブの中に美を見出すのが、茶の湯の世界=日本人の美意識、ということになる。
形として完璧に完成されたものを求めるのではないところにある美=世界観みたいなもの。

それはもう、決してネガティブなものではなくなってしまう。
むしろ、ポジティブな輝きを持つ世界に変じてしまうのかもしれない。

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こうゆうところの、日本の美意識ってすごいよな~って、いつも私は感心させられてしまう。


日本の和歌の世界の美意識も同様のものだったし、また能の世界にも通ずるものがある。

観阿弥から世阿弥に伝えられたのが能楽で、世阿弥は父親の観阿弥から伝えられたすべてを「風姿花伝」という書物に残している。
能の理論書であり、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学、さらに人生論まで。
世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えたものも書かれているという。



私は読んだことないけど・・その中の有名な言葉だけは聞きかじってる。

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。 この分け目を知ること肝要の花なり

それと、「幽玄」という言葉。


幽玄という言葉、またまた若い時の私は、どこか頽廃的な美しさみたいなものを感じてたんだけど・・
19世紀ヨーロッパに起こったデカダンス芸術みたいなヤツの日本版かにゃあ?と。(←アホやね~)

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能を、私はそれほど多くは観たことないのだが・・

名人とか達人とかって言われる人の能を観て、不思議な感動を覚えたことがある
面と取るとタダのお爺ちゃんなのに、演じているときは鬼であっても、生命力のある、なんともいえない美しさを感じてしまったのだ。

外面は静かで優雅なだけなのに、そこに内面から出てくる生命力や美しさが伝わってきて、それが感動になったんかな~。
な~んて、シロウトながらに思ったことがある。

内に力を秘めた強さ、生命力をもちながら、外はどこまでも静かで内面の力を感じさせない。
これが、世阿弥のいうなのかなあ。

それが幽玄なのかなあ、と。


たぶん即物的な人ならば、そんなものに美しさは見いだそうとはしない。

古ぼけた歪みのある茶碗より、ゴールドで作られた完全なる形をした茶碗を好むはずだし、
能を見るより、シルクドソレイユを好むはず(←シルクドソレイユは、あれはあれで見事だし私も好きだよ~)

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

信長さんは、宗教を心の拠り所にはしない。
死んだら灰になるだけだと思っている。

思っているというか、そうありたいと思ってたのかもしれない。。。


彼の心の拠り所であり目指すところも、美の探究とその世界観にあったのかなあ、な~んて思ったりもする。


敦盛の舞が好きだったらしいけど・・

まさに滅びゆく平家の若武者、笛の名手だもんね~。

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あ、そうそう・・・私は知らなかったんだけど、信長が舞った敦盛は正確に言うと「能」ではなくって、「幸若舞」(こうわかまい)の「敦盛」なんだそうだ。

これを、たぶん型に忠実に踊るというよりは、自分流に行きついたところを舞っていたのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここからは、私が思ってるだけの話。

信長さんの美の最終傑作=人生の最終達成は、安土城にあったんじゃないかなあ?。

たぶん、天下統一を達成するくらい、いや、それ以上にも? 
彼は全身全霊を捧げて作ったような気がする。

安土城


完成した安土城を、キリスト教宣教師、ガスパル・コエリヨは、このように評している。

「この城はヨーロッパのどの城よりも素晴らしい。
城内の広さ、大きさ、美しさをなんといって形容してよいか、私はそのすべを知らぬ。

城内には黄金の飾りをつけた御殿が立ち並び、そのつくりの見事さといったら、人の手の及んだものとは思われぬ立派な細工に埋まっている。
城の中央には7階の塔(天守閣)があり、その巧妙さをみると、日本の工人の腕には魔力が宿っているとしか思えない。

塔の中の彫刻はすべて金が塗り込まれ、白や黒、赤や青の彩色豊かに塗られた壁や窓。
そして青い瓦の屋根。 その瓦の前の箇所には金がかぶせてある」




とくに見事な青の色を出すため、瓦を特別に焼かせたというような話を昔何かの本で読んだことがある。


信長以降、天下の名城と言われる城を築いた人は多くいるけど、おそらく、安土城だけはまったく異質なものだった気がする。
コンセプトがまったく違うものだった気がするのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

信長さんの生き方を追っていると、「死んだら灰になって塵となって消えてしまうだけ」って考え方もアリかな~と思うようになった。

私は個人的には、そりゃあ幽霊だってわんさかいるし死んだら輪廻転生があると思ってる。

だけど、なまじっか、輪廻転生があれば、もう1回生まれてくるんだからいいんだ~って短絡的に考えちゃう甘ちゃんもいたりして、ゲームオーバーでリセットして、簡単に自死を選ぶような人もいるわけだし。

そんな人と比べれば、たった1度しかない!死んだらチリになって消えるだけ(←バンパネラか!)と思える人の方が潔い。

また、それだけ必死に悔いなく、生きられたような気がする。


信長さんは安土城を作ることと、天下統一を果たしたあと、何がやりたかったんだろう?
世界を人を、どのように導いていきたかったんだろう?


それにしても不思議な人だ。

●今まで天皇(または親族)しか切り取ったことのない、蘭奢待を切り取った人
(実際には30か所以上も切り取られた跡があるそうなんで、こっそり切り取った人は他にも続々といそうだけど、いちおう、堂々と切り取った人って意味で)


●世界に二つと無いような安土城を作った人

●天下統一目前にして本能寺に消えた人

●しかも焼け跡をどんだけ探しても死体があがらなかった人。

●信長の死と共に、美の傑作だった安土城も燃えてしまったこと。



私には、織田信長という人、日本の歴史上において、一番謎の多い不思議な人に思えてならないのだ。

ほんとに、バンパネラだったんかよ~と思うほどに(笑)

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ついついポーの一族のこのシーン、火の中で塵となって消えちゃうバンパネラのシーンを思い出してしまうのだ(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い世代の人に、織田信長って知ってる?聞くと、「ああ、小栗旬ね」と即座に言われるとか。

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これ、面白かったもんね~。
漫画もドラマも!

常識に縛られることもなく人とは別次元を見ていた信長さんならば・・
ああ、これもアリだよな~、となぜか私には思えてくる(笑)

織田信長という人(その1)

日本の歴史上の人物で誰が好きですか?・・というアンケートによれば

<<ベスト3>>

1.坂本龍馬
2.織田信長
3.真田幸村

地域ネタドラマ・映画 【男女3,921名に聞いた】一番好きな歴史上の人物ランキング



この結果は、おそらく小説やドラマの影響による結果なんだろうなあと思う。

鳥居強右衛門(とりいすねえもん)とか、小田氏治(おだうじはる)とか、山中鹿之助(やまなかしかのすけ)って名前は、さすがに1つも上がってこないんだなあ~(笑)

戦国マニアのゲーマーでもない限り、一般の人たちには名前も知られてないのかもしれないけど・・「その道」では有名な人たちなのだ!(←その道ってどの道?て聞かれそうだけど・・)

そういえば・・大河ドラマで、以前かなりマイナーな人(吉田松陰の妹)なんかを主人公にしたこともあったのに、何故「その道」の有名人を主役にしたドラマがないのかなあ、といつも思うのだが・・。

まあ、そんな話は置いといて・・


織田信長は常に人気上位に入ってる人物だ。

天下人という括りだと、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康なのに・・その中でも一番人気は織田信長なんだとか。

ホトトギスのたとえ話だと、「鳴かぬならば殺してしまえ」だったし、

超現実主義な行動力、武力で押し通す、短気で残虐、革命児、常識破りのアウトローといったイメージが一般的なのになあ。



でも、ちょこっと調べたところにろると・・信長さんの人気があがったのは近代に入ってからで、それも1960年以降なんだとか。

それまでは秀吉さんとか家康さんの方がずっと人気だったとか。

たしかにね~、そりゃそうかも。

信長さんは、もうちょっとで天下人に手が届きそうなところで、残念ながら亡くなっちゃった人。
秀吉さんは、それをちゃっかり受け継いで天下人、
家康さんはさらに600年も続く江戸幕府の礎を築いた人。

さらに、性格的にも問題だし・・信長さんはアウトロー。 
天皇や将軍というった上下関係にも心底から重きを置いてなかったようだし、副将軍の位だって、そんなもんはいらね~!って断ったくらいの人。
逆に下々の者であっても、優秀な人材なら出自には全くこだわらずに、どんどん出世させちゃう。

早いはなし、完全なるリアリストなのだ。

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でも、そういったところが、「目上を敬うこと」が美徳だった時代の人たちから敬遠されたってのも頷ける。


ところが、60年以降の人々には、逆にカリスマ自由人のイメージで、どんどん人気がアップしたのもわかるような気がする。


さて、人の性格というのは、なかなかひと言では言えない。

ふだんはとても勇敢で頼もしい人が、いざというときに優柔不断なダメ人間になっちゃうこともあれば、
逆にいつもダメダメな人が、ものすごい勇敢な人になっちゃったりもする。

また、時が経つうちに人は変わっていくものでもある。


と、私は思っている。


信長は「怖い、鬼のような人」、秀吉は工夫をこらすタイプ、家康はがまん強い性格だったといわれているけど、
なかなか・・どうして(笑)

みなさん、それぞれに短気な部分も我慢強い部分もあり、工夫を凝らす知恵があるからこそ、強い武将でありえたわけなんだからね~。


中でも、信長さんという人物は「怖い、鬼神」というより、私には「いい人」に思える。
「いい人」というのは、薄っぺらないい人って意味でなく、「情の深い」ストレートな性格って意味の「いい人」だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

信長公記』という、信長の旧臣によって記された資料があるのだが、これは最も信ぴょう性が高い一級資料とされている。

その中に、信長が京へ上る途中、山中で片輪者の乞食を見かける話が載っている。(片輪者って差別用語だけどね)

旧中山道山中
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https://yaplog.jp/rekishi-meijo/archive/379

その乞食にひどく同情して、信長は村人を呼び寄せ、反物を村人に与え、この乞食が一生食っていくのに困らないように、実に細かい指示をしている。

ただ同情しただけだったら、その乞食にぽーんと銭かモノを与えれば済むことなのに、ここらへんの配慮の細やかさからみても、
ああ、これは、ただの気まぐれの同情だとか憐憫とかじゃないんだよな~と思わせるものがある。

そもそも、この当時の考え方というのは、

障害を持って浮かれてくる者は「過去性において大罪を犯したもの」であり、言ってみれば・・自業自得という考え方が主流だった。



たぶん仏教思想の1つ?

だから、気の毒でも仕方ないよね~、助けなくってもいいよね~。 ほっておいてもOK~・・という、実に都合の良い考え方が、常識とされてた時代でもある。


ところが、信長という人、常識的考え方に囚われない人。
気の毒に思えば、すぐに助けるという率直さ。 ストレート。


村人から見れば、今まさに京へ上ろうとする勢いのキラキラ武将が、一介の乞食を助けたわけだから、
人々は深く感動してしまった・・というエピソードが、わざわざ信長公記にも記されたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここでもう1つ、最初にちょこっと名前を出した、鳥居強右衛門(とりい すねえもん)さんのエピソードも紹介しておこう。


信長さんは、鳥居強右衛門の働きに、えらく感動して彼自身に出世を約束している。

この人、何をした人かというと・・

武田と信長(徳川さんも含まれる)軍の有名な戦い、長篠の戦いの前哨戦ともいうべきものがあって、

奥平貞昌(おくだいらさだまさ)さんという城主が、長篠城を徳川家康から託されて約500の城兵で守備していたところ、武田勝頼さんの軍勢1万5千に囲まれてしまう。

長篠城って、こーんな地形のとこだったんだね~。
mikawanagasino.jpg
https://blogs.yahoo.co.jp/panzerjoji/16977456.html


そりゃもう、アリ一匹逃げ出す隙間もないほどに。
絶対絶命の状態。

援軍(信長軍と家康軍)は来るんか来ないんか?

だからさあ、やっぱ信長方より武田方についときゃよかったんよ~。
この際、さっさと降参して武田軍に入っちゃいましょーよ。 
そうすりゃ命は助かるんだからさ~。


と、重臣たちは喧々諤々。

ところが、城主の奥平貞昌さんは、徳川家康さんの人物に惚れ込んで傘下に下った人であり・・
(それまでは今川についたり武田についたりしてた)
つまり、深い信頼を寄せている。

家康さんは絶対我々を見殺しにはしない。 
この重要な拠点となる城を新参者の私を信頼して任せてくれたのだ。
今が、がんばりどころなんだ!!


と思ってる。


けど・・家臣たちには、そうは思えない。
城主様はまだ若い上、老臣たちに囲まれている状況なのだ。

どうみたって城主様、反対意見に囲まれて不利な状況なのだ。
なんとか家臣たちを説得して安心させて一丸となって・・と思うのだが・・それがなかなか難しいところ。


なんてたって、城から一歩も抜け出せない以上、情報ってのがまったくゼロだからね~。

そこで、

城主様が言い出したこと。

「だったら、現在、援軍は来てるのか? 来ないのか?
こちらの状況を説明して早く援軍が来るように要請する必要がある。
誰かが決死の覚悟で城を抜け出して、徳川軍まで走って確かめてくるしかない。

城主である私は城を抜け出すことは出来ない。 いずれにしても最後の責めを負うのは私だからね。
誰か私の代わりにいってくれる者はいないか?」


しーん。

誰もなかなか手を挙げない。

ところが、ここで鳥居強右衛門(とりい すねえもん)の登場。

「あの~、だったら・・私がいきまっせ。」


鳥居強右衛門さんて人、身分はめっちゃ低い。足軽だったとも。
でも、この人もまた、若殿(奥平貞昌さん)の人柄に惚れ込んで家来になった人なのだ。

だからといって、取り立てて武勇や知略に優れてるってわけではない。
デカいだけの、むしろ鈍重と思われてる男。

えええ~、こいつが~!
絶対無理やろ~!
ああ、これで終わった~!


と皆が思うのをよそに、(←だったら、誰か行けばいいじゃんかよ!)

彼は見事脱出に成功。

蟻の這い出る隙もないところを、いったいどうやって?


それが・・便ツボから抜け出したという。(昔のポットン便所のこと)
そこから糞まみれになって、まず川に抜けて泳ぐって方法。

さすがに武田軍も、そんな過酷な臭いところから、💩まみれ💩の人が抜け出してくるとは思ってもみなかったんだろうね(笑)
(これは池波正太郎さんの「忍びの風」による説)


劇画タッチのスネエモンさん
   ↓
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https://gamewith.jp/sengokuenbu/article/show/105538

えっと長篠から、徳川さんのいる岡崎だと片道65キロ・・・これをひたすら、敵方に見つからないように隠れて走り通したんだとか。
つまり・・街道を走れないから山野を駆けたんだと思う。


こっちは、ゆるキャラ・スネエモン
   ↓
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http://blog.livedoor.jp/furusato_ouen/archives/1013931029.html

主君への愛と信頼で走りぬくって・・まるで走れメロスみたいな話だけど。

彼は見事に岡崎まで走りぬいちゃう。


ieyasu1.jpg

家康さんはびっくりして、すぐに信長さんに報告。


nobuna1.png
信長さんもまた、

「そんな状況になってるなら大変だ!
準備を急げ急げ! すぐにも出発するぞ~!」


ということになる。

そう、援軍はちゃーんと進軍してきてたんです!

ところがなんてたって、あの、長篠の戦いだから・・
信長さんは、3万もの軍勢に鉄砲3000と馬房策の用意もあって、それなりの時間がかかってたわけ。


スネエモンはそれを聞いて大喜びしたものの、今度は早くこの朗報を長篠城にいる殿に伝えたい!
そうしなければ・・援軍が来ないと思い混んで、殿は切腹して開城しちゃうかも・・とか、色々焦るわけです。


「そんじゃあ、ワシ、戻って殿に伝えまっせ!」と。

おいおい!そりゃ、無謀だ!と、家康さんも信長さんも止めるのだが・・

また、スネエモンさんは走り出す。 またも65キロの道を!


ところが・・やっぱり・・今度は、武田方にみつかって捕まっちゃうのだ。

敵方の武田勝頼さんは、
takedakatuyori.jpg
https://sengokumiman.com/takedakatuyori.html

スネエモンに
「オマエ、よくやったよな~。 見上げたもんだ! だけど捕まっちゃたんだから潔く降参して今度はワシの家来になれ!
重く用いてやる。
ただし、家来になる証に、明日の朝、長篠城に向かって援軍は来ないから、投降しろ~!と叫べ。」

と条件を持ちかける。

スネエモン、少し考えてから・・わかった! そうする!と同意するのだ。

この時代の常識として・・命がけで良い働きをした者は捕虜となっても敵方に優遇されるし、また、それを受けることも当然とされていたのだ。


そして翌朝。

スネエモンは、
「殿~! 援軍はもう、そこまで来てますよ~。
だから絶対、降参しちゃいけませんよ~! あと、ひと踏ん張りですよ~。」

と、叫んじゃったのだ。

なんでそうなる?

スネエモンは本気で、ここまでやったんだから我が殿も許してくれるだろう。 だから武田の家来になろうと思ってたのかもしれない。 だけど、つい、いざとなったら、自分でもあれれ~?と思いながら、反対のことを叫んじゃっただけかもしれないし・・

または、初めから、勝頼を欺くつもりだったのかしれないし・・

そこんとこはわからない。
でも、そう叫んじゃったのは、まぎれもない事実!


長篠城の皆々は大喜び。

ところが、勝頼さんは、約束が違う!と激怒。(まあ、そりゃそうだ!)
そこで、わざわざ見せしめに、高台でスネエモンを磔にしてしまったのだ。

それを涙ながらに、城主の奥平貞昌さんや家臣たちが見て、
「ここまでしてくれたスネエモンの死を絶対無駄にしてはいけない」と一致団結したのは言うまでもない。

結局、織田・徳川連合軍の一隊が包囲を破って救出に来るまでの間、見事に武田軍の攻勢を凌ぎきったという。


武田軍としてみれば、ますます逆効果になっちゃったというわけ。
勝頼さん、まだまだ、こうゆうところが若いんだね~。


この後のことは皆さんご存じの通り、長篠の戦いになり、それが武田家滅亡へと繋がることになる。

さて、この鳥居強右衛門を、家康さんも信長さんもひどく感動し深く死を悼んだという。

亡き鳥居強右衛門の息子も重く用い、彼の殿だった奥平貞昌さんのことも重く用いることになる。

家臣にそれほどまでに信頼される殿というだけで奥平貞昌さんの評価もぐーと上がったし、事実また、その評価に値する人物でもあったらしい。


信長さんは、スネエモンの殿、奥平貞昌さんの戦いぶりを賞賛し、信長の偏諱「信」を与え、のちに、奥平信昌と改名することになる。 信長の直臣でもないのに・・むしろ新参者でしかも徳川の部下に偏諱を与えるってかなり珍しい。

もちろん鳥居家も、その後ずっと徳川政権になってからも繁栄していく。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スネエモン話、長々書いたけど・・信長さんは、どうもこうゆう話に弱いらしい。

こうゆうことに深く感動してしまうところがある。

自分も常識外れのせいか、常識外れで命がけで事を成そうとする人にはついつい、共感を覚えてしまうのかもしれない。


この話は、武士の忠義といってもてはやされている。


ところが、ひとこと言わせてもらうと、

忠義とひとことで言っても、「部下の立場上なにがなんでも大将に従う、絶対裏切らず尽くす」という忠義とはぜーんぜん中身が違っているのだ。


たとえば、逆パターンでこんな話がある。
    ↓

ある勇猛な槍働きをする足軽が、ある武将に仕えて大活躍をしたため、戦を勝利に導いた。
その武将の、また上の大将が大喜びして、その武将に何万石もの恩賞をとらせたそうだ。

ところが、その武将というのが、かなりセコイヤツだったらしく・・自分の部下の働きだったことを自分の大将にひと言も告げずに、ぜーんぶ自分の手柄にしちゃったらしい。 もちろん、加増分も独り占め。

それを見た勇猛な足軽は、「こんな男はダメだ~! もっと俺が命がけで仕えることにできる主人を探そう!」と、さっさと見限って出て行ってしまったんだとか。



ええ? これじゃあ、まるで忠義心が無い?と思われがちだけど、

これはまさに、スネエモンと同じこと!
「惚れこんだ男になら命をかける」という点で、そんな主人に巡りあったか、まだ巡り合ってないかの違いだけ。

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https://www.toyorigin.com/collectibles/pop-toys/devoted-samurai-standard-version-1-6-scale-figure-ex026a/

主人の人物を見極めることもできずに、ただ忠義さえ尽くしてればいいと思うのは、ただのアホということになっちゃう。
江戸時代に入ってからの武士の忠義は、だんだん、こうなっていっちゃったようだけどね~。

これが戦国時代の「正しい」忠義の尽くし方。

これぞと思った人物に仕える、そして死を恐れず勇敢に働くこと。
それに対して、上司も信頼し重く用いることで、さらに両者の絆が深まっていく。


早い話、その人物に惚れてるか恩を感じてるか・・なのだ。
そこから生まれるのが「忠義心」なんだと思う。


信長さんは、そこらへんは実によくわかってた人のようだ。
だからこそ、有能な部下がいっぱいついてきたわけだし。

もっとも信長さんだけじゃなく、それぞれ名を残すような武将はみ~んな、それだけの器を持ってたともいえるだろう。

織田信長をトップに、その下が家康さん
逆に下から言えば、スネエモン ⇒ 奥平貞昌 ⇒ 徳川家康 ⇒ 織田信長

トップの信長さんが、一番下の足軽のスネエモンに直に対面して出世を約束しちゃうのも、なかなかない話。



やっぱり、「熱く情の深いストレートな性格」、いい人だった信長さん、

だけど、それだけじゃない。

同時に緻密なほど計算高く、現状把握ができて、先見の明もある。
人を上手に使う才能
もあった人だ。

みんながみんな自分の人物に惚れてついてくる部下ではないのも承知の上。
目先の損得だけでついてくる武将もいただろうし・・・それでも、こいつは役に立つと思えば、ちゃーんとそれなりの部署に配置して使い分けている。


ただの「いい人」だけだったら、必ずそのうちコケる。
戦国時代をタフに上り詰めるなーんて、絶対ムリ。

信長さんの緻密なほどの計算高さと冷静な目もあったればこそ・・だったんだと思う。
さらに世間の常識には一切無関心つーか、もともと持ち合わせてない人・・だったんだと思う。

渡辺健さんの織田信長より(←私はこの信長さんの、このシーンの立ち居振る舞いが一番美しかったように思う)
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ところが、なぜか信長さんの「いい人」部分はスルーされて、残虐・冷酷非道の部分が強調されて描かれることが多い。

では、次にネガティブ部分をみてみよう。

<<長くなりそうなんでいったん切って、次回に>>

日本から届いた本とお菓子

10月半ばに「十二国記」の新作が発売されるというので注文しておいたところ、それが先日届いた。

日本の母の家に配達してもらうようにして、それが母から送られてきた小包の中に入っていた。

魚の骨煎餅だとか子魚チップスだとか(←私のキライなもの)・・わけわからんものの中から出てきたのがこの本。
    ↓
十二国記白銀の墟玄の月第一巻、第二巻表紙

『十二国記』というのは別世界の物語で・・12の国があってそれぞれの王と麒麟によって統治されていて、そのうえに天がある。
天にもまた、天帝をトップにした天の世界が存在する・・という、いわゆるファンタジー小説と呼ばれるものだ。

12の国でそれぞれの物語があるのだけど、その中でも、戴国(たいこく)の話が途中で終わってしまっていて・・おそらくファンの方々ならば、早く続編を読みたいよ~!と切望してたことだろう。

それが18年ぶりにようやく続編が出たという。

18年だよ! 18年! 生まれた子は18歳になっちゃうし、私は鬼籍に入ってたかもしれない(笑)

そうそう、ポーの一族は40年ぶりだったそうだけど・・あれは見事に完結してたと思うので、あれはあれでいいのだ!

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が、中途で終わってるものはさっさと出版して頂かないと困る(←ファンの声)

かくゆう私は、特にファンというわけではないのだが・・それでも、「十二国記」シリーズ全部読んじゃったいきさつ上、やっぱ、どうゆう結末になるんだろう!と興味深々で注文してしまった。
奇想天外なサスペンスドラマを途中で止められなくなる心境みたいなものかもしれない。


で、18年ぶりに続編は、長編で文庫本4冊なんだそうだ。 しかも10月に1巻2巻、11月に3巻4巻が発売されるという。
(あえて一か月あけるのって出版社&出版業界の戦略? 
なんだか、かえって作品を貶めるような戦略に思えてしまうけど。 )



まずは発売された1巻2巻を一気読みした。

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https://www.pixiv.net/artworks/664710

で、読み終わった感想を言うと(もちろんネタバレは避けるけど・・)

いやあ、長かった~! まだ前半部分なのに~。

スティーブン・キングのダークタワーも一気読みしたけど(たしか14冊?)・・それよりも、この2冊の方がずーーと長く感じたのはなぜ?


とにかく話がさっさと進まない。
詳細な説明部分と描写が長~い。

おそらく今までの十二国記シリーズのどれと比べても、
話が冗長過ぎてテンポが悪いのは確か。


もともと、一番最初の作品を読んだときも、
説明っぽいところが長いよな~。
会話部分がイマイチだよな~。野暮ったいよな~。

と思いながらも、それでも不思議な世界観や面白い登場人物のキャラの魅力に、ついつい引きこまれてしまったのだけど・・・

今回のはさらに、新しい登場人物がいっぱい出てくるわけで・・


しかも、

禁軍中軍師帥 楚 項梁(きんぐんちゅうぐんしすい そ こうりょう)とか
天官寺人の平仲(てんかんじじんのへいちゅう)とか、

もともと、役職名も名前も難しい漢字ばっかりだし、新しい登場人物が多くなればなるほど、えっと、これってどこの誰だっけ?って・・とても一度聞いただけでは私の頭は覚えきれないのだ。(笑)

そんなところも、長~く感じたのかもしれない。


それでも、伏線らしき部分もいくつもあったことだし・・・
こんだけ、状況描写やら登場人物の過去の話でひっぱってきて、しかもたくさんの登場人物で広げに広げてしまって・・

さて、これをいったい、どうやって畳むんだろう? 

と、また来月も楽しみに買ってしまうんだろうなあ(笑)



ただし、この本をはじめて読む人は、なんだこりゃ! ちっとも面白くない!ような気がする

「冗長」もファンの方からみると「詳細で緻密なプロット」になるのかもしれないし、ファンじゃない人(または今まで十二国記を読んでない人)からみると、話を広げるだけ広げちゃうけど、畳む能力の無い「残念な本」になるのかもしれない。

つーか、さっぱりわからん本だと思う(笑)
あえて、そうしたのだろうけどね。



それと・・・これは本の内容とはまったく関係ないんだけど・・なぜか「病んでる」ような気がした。

何が病んでるのかはわからない。
作家の小野不由美氏なのか講談社なのか、それとも別の何かなのかわからないけど、

まさに、麒麟失道の前兆のような(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日オフィスで、「母が本を送ってくれるついでにお菓子も送ってきたんで、どーぞ」とテーブルに置いた。

私のいる部署には日本人はいないし、骨せんべいなんて絶対食べんだろう!と思ったら、中国系と韓国系アメリカ人たちには、なかなか好評!

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「これって、韓国でも買うとなかなか高いんよ~!」と、バリバリ食べていた。

さすがに他の人種は食べない。

でも、こういったクッキーは食べてくれて、
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「美味しい~! だけど一口で小っちゃすぎ!しかも、1つ1つラッピングしてる~!めんどくせ~と驚かれた。

さらに、
「1個1個ヘンなのも入ってるけど・・これも食べるもの?」と聞かれた。

「あ! それは食べ物じゃないよ! 防腐剤だよ!」

「なんでそんなもんが入ってる? しかも1個1個に?」
と・・・質問責めにあった。

めんどくさいから、日本だからだよ!と答えておいた。


別の一人はお菓子を食べながら、
「マミーが送ってくれたって本は全部読んだ? 面白かったの?」と聞いてきた。

「前編だけが出版されて後編は来月にならないと出版されなから、まだ全部読んでないよ。」

「あ、月刊誌か~!」


「いんや、もう出来上がってる本なんだけど!」というと、びっくりされた。


「なんで、4冊に分ける? しかもなんで後半の発売日を遅らせたりするんだ?」と。
注:アメリカでは、かなり分厚くなっても1つの本にしちゃう方が多い。

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これも、めんどくさいから・・日本だから!と答えておいた。


「そんな売り方をしたら、待ち望んでるファンが激怒するんじゃないか? 出版社は潰れないのか?」

はあ~。


これには、骨せんべいをバリバリ食べてる韓国系アメリカ人が答えてくれた。

「日本のファンは怒らず、じっと待つんだよ。 アメリカ人や韓国人みたいに、クイックテンパーじゃないからね~。」

進化論と社会ダーウィニズム

先日のブログに、ドクラ・マグラの世界から「胎児の夢」と生と死との中で、「ヘッケルの反復論は反論された」ということを書いたのだけど・・

なーんで反論されたのか? という当時の社会的側面についてもちょっとだけ述べておこうと思う。

ちょっと面白いなあ~と思ったもんで・・(面白いのは私だけ?こんな話、ほとんどの人が興味ないのかもしれないけどね。)


一番大きな理由は、
20世紀にナチスによる人種差別の正当化に利用されることになっちゃったから!というのが一番の原因だったらしいのだ。 


1859年、ダーウィンが『種の起源』を出版すると、それに関連するかのような「反復説」も流行してきて、
「反復説」はナチスにとっては都合良かったので、利用されちゃった!らしいのだ。


利用した!というより、本当に、そうだと信じていたのかもしれないし・・そこんとこはわからない。


えっと~、そうゆうの、確証バイアスっていったっけ?

個人の先入観に基づいて、自分に都合のいい情報だけをピックしちゃって、そんでもって、自分の先入観を、ほらね~!やっぱ私は正しいんだよな~と納得させてしまうような心理的傾向のこと。

ヒトラー&ナチスが「確証バイアス」で信じちゃってたのか、それとも・・これは利用できる!と冷静客観的なイデオロギーで「利用」したのかは不明。

でも、ニーチェをしっかり利用しちゃったくらいだから、やっぱ冷静客観的イデオロギーの方かなあ?エリーザベト・ニーチェとその兄貴&ヒトラー(その2)より


反論され埋没させられてしまった原因は、そういったナチズムとの関係、またさらに、その後ヘッケルによる証拠偽造スキャンダルがあったりして(これも事実だったかどうかはわからんのだが・・)

結局、反復説は研究者たちの間でタブーになってしまったといういきさつがあったらしい。

1977年、スティーヴン・ジェイ・グールドが反復説を批判するために『個体発生と系統発生』を出版している。

ところが彼は出版物の中で、このようにも言ってる。

個体発生と系統発生との間の並行関係について一冊の本を書いているとある研究仲間に話したところ、彼は私を脇に呼んで、誰も見ていないことを確かめ、盗聴器の有無をもチェックしかねないようすで、ことさらに声を低めて、「ここだけの話だが、私は、実際、それには最終的に何かがあると思う」と告白した。



よーするに・・ひょっとすると反対説を唱えながらも、「反復説」もアリかも?と感じてたということになる(笑)・・正直な人だ。
でも、科学者としての名声に傷がつくのはイヤだし~、ヘタすりゃ学会から追放されちゃうかもしれないから、反復説支持を公然と表明するなんて出来ないよ~!ということらしい。

やれやれ~😥


今では、すでに受胎から誕生までの写真撮影にも成功してるし
   ↓



こうゆうのを見る限り、やっぱり、魚類⇒爬虫類⇒哺乳類の姿を辿ってるようにしか見えないんだよね~。
 


さらに現代科学について言えば、ついにダーウィンの進化論は崩壊しちゃったのだ。 みなさん、ご存じでしたか?

(Pixabay) ダーウィンが主張した進化論は成立せず?猿人を否定する新たな説

特報]ダーウィンの進化論が崩壊 : かつてない大規模な生物種の遺伝子検査により「ヒトを含む地球の生物種の90%以上は、地上に現れたのがこの20万年以内」だと結論される。つまり、ほぼすべての生物は「進化してきていない」

これは2018年に発表されたもので、10万種の生物種の DNA から抽出された500万の遺伝子断片である「DNA バーコード」を徹底的に調査した結果から導かれたという。


その結果、類人猿🐵 ⇒ ヒト に進化してきたってのは大ウソってことが証明された。
猿人なんか存在しなーーい!


つまり、こうゆうの、なかったことになった。
   ↓
Utilization-of-diagnosis-of-apes-Bigmac-Hen.jpg


以前はネアンデルタール人は、左のような姿をしていると言われてたんだけど・・現在のネアンデルタール人は右側になった。

neander.jpg

なんだかな~(笑)


そもそも私はダーウインが嫌いなのだ!(←私の個人的感情)


あの進化論は、ダーウィンとウォレスと最新の進化論のブログにも書いたとおり、ウォレスのものだと思っている。

それをダーウィンがパクっちゃって、それに自説を付け加えて発表しただけだと思っている。

そのダーウィンの自説付け加え部分が見事に崩壊!!したことになったんで・・これはメチャメチャ嬉しい(←だから個人的感情論はやめろって!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんで以前から、ダーウィンの進化論は間違いだって言われてきたのか

以前は、ダーウィンの進化論をバックアップするものの1つに「地層を見れば分かる」というのがあったんだけど・・
 

こちらは、地層見学でも有名なグランド・キャニオン
    ↓
Grand_Canyon_Beauty-.jpg

そして地層
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地層は古いものほど下になっていて、三葉虫が含まれている地層は古生代、アンモナイトが含まれていれば中生代って考えられていて、進化してない生物の化石ほど古い地層から出てくるという、なんともまあ単純なもの! 
アンタね、そんな単純なもんじゃないっしょ!

ところが、実際にはカンブリア紀の地層からは多くの種がごっちゃに出てくるって話を、詳しくはこちらの過去ブログでも書いたいたっけ(笑)
先史時代からノアの箱舟とシュタイナーの説へ

少なくとも、地層からでは判断は出来ない!という結果になった。


次にこの部分
  ↓
ダーウィンは突然変異による変種の積み重ねで、新しい種が出来ると思ってたわけだけど・・🐵⇒

そもそも突然変異で新しい種になる・・たって、突然変異の起こりうる確率は天文学的に少ないのだ。


そうして、こういった疑問点は、ずっ~と以前から言われ続けている
それもあらゆる分野から・・。
   ↓

宇宙物理学者で天文学者のフレッド・ホイルさんによれば、
「宇宙の年齢を100億年としたとして、進化した哺乳類の細胞核に含まれる2000個もの遺伝子ができるチャンスを考えるとそれでも十分じゃないよ~。
それが突然変異だとすると今ある遺伝子情報のように複雑で整然としたシステムが出来る確率は、竜巻がごみ屑を巻き上げたらジェット機ができたというようなものだろーが。」(←すっごい例えだよな~(笑)


多くの数学者によると、突然変異により生命組織の形成される確率を計算をしたところ・結果は事実上0
たとえば、最も単純なアメーバでさえ、単なる偶然でこれが発生するチャンスは10の78436乗分の1だとか。


はあ~。

★さらに情報理論の立場においては、「突然変異によって情報が新たに加えられたという例はひとつもない」と言い切っている。
分子レベルで研究すれば、突然変異によっては遺伝子情報は増加するどころが、逆に減少することが、あらゆる事例によって示されているという。

★また品種改良家がいくら改良してみても、結局同じ種にとどまり、まったく新しい種にならないことはすでに知られてることなんだそうだ。
**種は平均的な姿から大きくはずれることのないような「見えない規制」が働いていて、変種が誕生してもまた平均的な姿に戻ろうとする(平均回帰の法則)




ここまで言われてきても、まだまだダーウィンの進化論は正統派扱いされてきた。

それが今回のDNAの研究結果で、よーやく、ありえね!ということが証明されてしまったことになる。

それでも・・とっても不思議なことに、
こんな大々的なニュースが報道されてなかったように思う。。。。

大スクープ
~ダーウインの進化論の間違い発見。

人間はサルから進化していなかった!



TV、新聞、雑誌などで、こんなスクープ記事をみただろうか?

NO!

本来だったら、号外が出たり、それこそTVで特集番組になったり・・するくらいのモノだと思うのだが・・。

うーーむ。

やっぱ、マスコミの使命は売れるネタを報道すること・・になのかなあ?

国民が関心無さそうなことは報道しないってことなんかな?

いやいや、マスコミが報道することで「関心が向く」ことにもなり、大きな影響力だって作りだしてしまうのも確か。

すると・・あえて関心を向けさせないために報道しなかった?

ついつい、そんな憶測をしてしまうほど、ダーウィンの進化論の扱い方には、とても不可解なものを感じてしまう。


初めから教科書にも堂々と「ダーウィン進化論」が、まるで正しい説であるかのように載せられてしまっていたし・・
どんどん疑問点が出てきても、無視されたまま載せられていたし、
今回、DNAの研究結果から間違いだったわかっても報道されなかった。


これでは、「そのままにしときましょう!」・・という意図が働いてるとしか思えなくなってしまう(笑)


まったく興味の無い人からみれば・・
そんなサイエンス分野なんて~、どっちだっていいじゃん!・・と、思われるかもしれない。


しかし、ダーウィンの進化論は、ただのサイエンスに留まらないセンシティブな問題も含まれているのだ。

魚類⇒爬虫類⇒哺乳類⇒類人猿⇒ヒト

ということになると、ヒトが一番上というヒエラルキーを作り出すことになるから。

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しかも、進化していくためには生き残りをかけた「生存競争による最適者生存」がある。
自然界がそうなんだから、人間界もそれが当然!と、それを肯定することにもなる。
    ↓
それが「社会ダーウィニズム」という考え方。

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そりゃあ、ナチズムの優生政策にも繋げられちゃうわな~(笑)


今は、ナチズムは悪とされ人種差別こそはなくなったけど(表向きには・・)
現在の資本主義世界も、そのようになってるんじゃないかなあ?

原始時代の生物、または現存の下等動物 Vs. 人類
下等動物 Vs. 高等動物
劣等民族 Vs. 優秀民族
子供 Vs, 大人


常に支配される側と支配する側


仮に人間がより進化してきた結果の種だったとして・・進化の回数が多ければ、より優れた種なのだろうか?


まるで、一度も転職をしなかった人と何度も転職した人とどっちが優れてるか? 過去性が何度もある人の方が、少ない人よりも優れてるか?(←スピ系の人がよく言う話題)ってくらいナンセンスな話。

これって、どこに価値観を置くかってだけの問題とちゃうの?
そして、その価値観は、どっからきたん? 誰が作り出したもの?・・ということになる(笑)


それに・・もしも、この社会ダーウィニズムを肯定してしまえば、他者への愛や思いやりは不要ってことになっちゃう。
自分の個の存在、または自分の子孫を残すことだけが生きる第一目的なんだもんね~。


そこで、ヒエラルキー世界にどっぷり使ってる人に、愛や思いやりを持ってますか~と聞くと、


優れた人間が下等な人間を率いてあげなければならない。
正常者はかわいそうな障害者をいたわらなければならない。
年上の子は、弟妹の面倒をみなければならない。


なのだそーだ。

彼らの「愛や思いやり」は、やっぱりヒエラルキーをベースにした上になりたっている。

・・・・・・・・・・・・

前回のドグラ・マグラの世界からいえば、全~部、脳髄が作り上げた幻想だ!ってことになる。

鳥より人の方が優れてるっていうけど、おまえたち人間は道がわからなくなって交番で聞くだろ!と言ってたな(笑)
あ、今はナビやスマホがあるから交番は必要ないけどね~。

ん? まさかね~。
 ↓

homing instinct


渡り鳥は磁石もスマホも持ってないけど、ちゃんと目的地に向かえるぞ!

すると、こんな反論に合う。
「いやいや、そりゃあ、帰巣本能ってもんさ。 動物は人のような高い頭脳が無い代わりに本能があるからね~。」

じゃあ、本能とは? 
そのメカニズムを正確に答えられる人は誰もいない・・つーか、いまだに解明されてもいないのだ。

わからないからこそ、なーんとなく、わからないままに、曖昧に都合よく本能だ!と使ってるだけ(笑)



なぜ、胎児はたった1つの細胞から、進化の過程をたどるかのようにヒト型になっていくのか?
なぜ、私たちの体は精巧なしくみで出来上がっているのか? 

私たちの臓器は、何1つムダなものはないのだ。

たとえば盲腸1つとっても、以前は「進化の過程で機能が失われたムダなもの」と思われてきたようだけど、近代の研究では、
虫垂にはたくさんの免疫細胞が住んで いることがわかっている。

この世界の生物すべてが、何ひとつムダの無い完成形になっていて、
そして前述したとおり・・偶然によって生物が誕生する確率は0なのだ。

そういった多くの生物たちが関係し合いながら生息し、しかも、この世界には明らかに物理的、化学的諸法則が存在している。
すべての生物・物質はその諸法則に従って存在している。

それはなぜ?

世の中、わからんことばっかし!


少~しずつ、どうゆう法則があるのか?はわかってきたけど・・
それが、なぜ?ということになると、ほとんどわかってない。

残念ながら、社会ダーウィニズムに支配されていたら、それは永久に解明できない。

少しでも人はヒエラルキーの上を目指そうとするだろうし、生活をラクで便利にすることだけに価値観を置いてしまうだろうから(笑)


また価値観は人によって違うし自由といいながら・・すべてを確証バイアスでみるようになるし、それを無知な者や子供たちに押し付けることにもなる。

ポリティックが科学の世界だけでなく、芸術やスポーツの世界にも介入できちゃったり、たとえば、「ダーウィンの進化論」という1つの説しか教えなかったり・・・

ダーウインの進化論が正しいか間違っているかでさえ、「確証バイアス」から判断してしまうことにもなりかねない(笑)

中西部のキリスト教原理主義者がやみくもにダーウィンの進化論に異議を唱えたことも、逆に、今でも進化論を正論としておきたいことも、ナチズムを彷彿させる反復論に反対するのも・・脳から出たバイアスのなせる業。


脳ってやっかいなものだよね~。

自分の先入観をなんとか正当化しようとして働いちゃうんだから!


brainmaulfunction.jpg

しかもそれを、無知な人たちや子供たちにまで押し付けちゃったりもする。

無理やり法律や規則で「禁止」するより、「教育」という形をとるのは、もっとタチが悪いことにもなる。

歴史教育をみても、皇国史観、唯物史観社会史史観 なんて、その都度新しい政策によって書き換えられるんだもん。


戦前生まれの人は、平将門明智光秀は極悪人と思ってたようだし、逆に楠木正成は立派な人と思ってたらしい。
楠木正成の歌まであったんだとか・・(笑)


これも教育のたまもの(笑)

こーゆうのを別名、「洗脳」というのかもしれないけど・・洗脳されてたら自分で何も考えられなくなっちゃうよね~。
おまけに・・洗脳されてることさえも、わからなくなっちゃう。

やっぱ脳は厄介なものでもある。

ドグラ・マグラの世界からじゃないけど、脳だけで考えるな!ってことだよな~と、つくづく思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここで疑問点。
     ↓
ヘッケルの反復論は間違いとされたけど、本当にそうだったのか?

ダーウィンの進化論「人は下等動物から進化してきた」、🐵⇒ヒト・・・は完全にあり得ない!ということになったけど・・

だとすると、胎児が見ている夢はなんだったのだろう?

進化の過程を再現していたのではないとすると?


それについて、学者さんたちによる新たな学説がある。

●ホメオティック遺伝子の塩基配列の領域にホメオボックスというのがある。
ホメオティック遺伝子群

これ、手っ取り早く言ってしまうと・・

人間にはシッポもヒレもないけど、それはシッポやヒレを作る遺伝子がないんじゃなくって、その遺伝子がオフになっているだけのこと。 オンにすれば人間にもシッポやヒレが発生するって考え方。


●フラクタルという考え方
フラクタルは、自己相似性が再帰的に現れるという性質があり、個体発生が系統発生を自己相似的に繰り返すこともまた時間的フラクタルの一つとみなされる。

これも手っ取り早く言っちゃうと・・全体と個の部分、大自然と個が同じってこと、同じことの繰り返し(←すっごくいい加減な言い方だけど・・)

図をみた方がわかりやすいかも。

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220px-Fractal_tree.gif

胎児は(ひょっとしたらすべての動物の胎児も?)オン・オフを切り替えるだけで、いかようにもなれるのかもしれない。
(稀に尻尾を持ったまま生まれくる赤ちゃんもいるようだし・・)

そして、生物すべてが宇宙の進化の再現なのかもしれない。

CosmicEmbrion.jpg


今、学者さんたちは、このような仮説を立てて研究中。

こういった人たちがいるということは、すべての人が社会ダーウィニズムに陥ってない!ってことだね


私たちもまた、バイアスに陥ることなく洗脳されることなく(笑)、世界の成り立ちを考えてみたいもんです。
ただし・・頭だけで考えるんじゃなくってね!


誕生して死を迎えることって、もうそれだけで素晴らしい奇跡なんじゃないかな。
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Author:gingetsu2010
アリゾナ州セドナにて、アクセサリー工房Alizona*銀の月*をオープンしてる銀月です!

日々の生活や体験の中から、社会のこと、スピリチュアルなことなど・・思いつくままに書きつらねてます。

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